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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

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進撃百鬼夜行物語

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  1. 1 : : 2014/05/30(金) 00:06:31


    少年三部作と百花繚乱の続き的な話になります
    少しホラーの要素があるので苦手な方はご注意下さい

    原作も佳境に入って来て新しい展開が出ていますが、13巻辺りからの派生未来です

    解散式から17年後のお話なので、キャラの立場や世界情勢が変わっていたりしますが、細かい事は気になさらず、物語として楽しんで頂けたら幸いです

    長くなりそうなのでゆるゆると更新させて頂きます。ご了承下さいm(_ _)m


  2. 2 : : 2014/05/30(金) 00:17:58


    月明かりもない闇に包まれた新月の夜

    街の裏路地を一つの黒い影が静かに移動していた



    ヒタヒタ……



    ヒタヒタ……



    裸足の足が石畳を打つ音は夜の静寂の中に吸い込まれ、健全な眠りについている街の住人の安寧を破ることはない


    誰にも気付かれることなく『彼』は歩いていた



    そのうちに

    横道から現れた同じような影が一つ二つと『彼』の後ろに加わっていき、まるで黒い川のようになった『彼等』はそのまま街を静かに流れて行く






    目的の地に向かって







    湿った空気を孕んだ夜の闇の中、その行進は死者の群れを思わせる不吉な静寂を保ちながら歩き続けていた



  3. 3 : : 2014/05/30(金) 00:22:17

    ートロスト区酒場ー

    客「なぁ、女型の巨人が処分されるって聞いたがほんとか?」

    店員「ええ、決定はまだですけど、審議はされてるみたいですね」

    客「やっと居なくなるんだな。ようやく安心できるよ」

    店員「全くです。なんでも女型は巨人を集めることが出来るって噂ですからね」

    客「やだやだ、もうあんな酷い目には遭いたくないぜ。壁が壊された時、うちのカミさんが丁度産気づいててさ……」


    「行くか」

    「うん」

    「勘定ここに置いて行くぞ」

    店員「あ、はい。ありがとうございました」

    客「でさ、とんでもないことに屋根の上に………」






    「長かったな」

    「そうでもないよ。僕はいつまででも待つつもりだったから」


    「まぁ、これからは動き出した船に乗るだけだ」

    「泥船じゃないといいけどね」

    「縁起でもないこと言うんじゃない。ベルトルト」


    ベルトルト「君がお人好し過ぎるんだよ、ライナー。今までそれで散々痛い目に遭ってるのにさ」


    ライナー「ああ、分かってる。今回は絶対失敗出来ないからな」





    ベルトルト「うん、彼女の為にもね……」






  4. 4 : : 2014/05/30(金) 00:28:23
    《第一章 〜徘徊する魍魎〜》



    【ウォールシーナ】
    王宮内謁見室


    ヒストリア「疫病?」

    医師「はい、過去に症例の無い、接触感染が疑われる伝染病で、今のところ致死率100%というかなり厄介な疫病です。
    現在罹患者が確認されているのはシーナ地下街の一部のみで、その数およそ50名弱。こちらが報告書になります」

    ヒストリア「そう…でも接触感染なら拡散を防ぐのはそう難しいことではないでしょ?」

    医師「仰る通りです。罹患者の扱いにさえ注意をすれば、難しくはありません。
    ただし、地上の街であれば…の話ですが」

    ヒストリア「どういう事?」

    医師「現在壁内全ての医療施設、診療所には、今回発生した疫病に関しての周知を徹底させるように手配しております。
    しかしながら発生源である地下街に関しては、中央の力も及ばない治外法権の無法地帯ですので…」


    師団長「いっそ、その疫病で地下が全滅してくれれば、世の中のゴミが減ってありがたいんですがね」


    ヒストリア「口を慎みなさい。人の命を何だと思っているの?」


    師団長「恐れながらヒストリア様、貴女はあいつらがどれほどのクズなのかご存知ないでしょう」

    師団長「盗み、暴行、殺人、人身売買…あそこはありとあらゆる犯罪の温床なのですよ」


    ヒストリア「何故彼等が犯罪に手を染めなければならなくなったのか、あなたは考えた事があるの?」

    師団長「ヒストリア様、お優しい理想論はたくさんです。
    今現在、地下街のクズ共によって健全な市民が傷つけられ、略取されているのは事実なのですから」


    ヒストリア「だからと言って放置するべきじゃ無い事も事実よね」

    師団長「分かっておりますよ。ドーク総統の指示で憲兵団及び駐屯兵団の医療班が、地下街で最も被害の大きい地区で医療活動を行っています」


    師団長「まぁ…大人しくしてる奴らばっかりじゃないので、取りこぼしは必至ですがね」




    ヒストリア「……わかりました。報告ありがとう」


    医師「では、失礼いたします」



    ヒストリア「疫病について新しい事が分かったら、また報告するように」

    師団長「……かしこまりました」

  5. 5 : : 2014/05/30(金) 00:30:58

    二人が退室した後ヒストリアは、奥の部屋に控えていたユミルに声を掛けた

    ヒストリア「ユミル、話は聞こえていた?」

    ユミル「ああ、何だか厄介な事になってるみたいだな。これが報告書か?」

    ヒストリア「ええ」



    ユミル「ふーん……発症者は光や水を嫌う…か…。この辺は狂犬病と似てるが…」

    ヒストリア「それとは違うの?」

    ユミル「狂犬病は人間からは感染しない。例え罹患者に噛まれたとしてもな。ほら、ここ見てみろ」


    ヒストリア「……発症者には自傷行為や人に対して噛み付くなどの攻撃性が見られ、噛まれた者及び患者の自傷行為によりその血液が眼球、口腔内に入った者への感染が確認されている……」


    ユミル「な?これは人から人に移る。血液を介してだ」


    ヒストリア「……人に噛み付くなんて…なんだか怖いよ…」

    ユミル「まぁな、私も散々酷い光景を見てきたが、こればっかりは慣れるもんじゃない。
    感染者は一日から二日で死んじまうらしいから、新しい感染者を出さないように徹底出来れば自然と収まってくるだろうが…発生した場所が悪かったな」


    ヒストリア「何とか被害が広がる前に食い止めなきゃ……」

    ユミル「んー……そこは憲兵達の働きに任せるしかないな。
    良心が豆粒ほどしかなかったとしても、さすがに自分達の足元に火が付くまで放って置くことは無いだろう」



    ヒストリア「だといいけど……」


  6. 6 : : 2014/05/30(金) 00:32:06

    その夜、ストヘス区に設置された臨時死体安置所では、疫病によって死亡した遺体の焼却作業が行われていた


    組み上げたやぐらの中に、布に包まれた遺体を置いていく二人の兵士


    駐屯兵1「ほんとに大丈夫なんでしょうね?」

    駐屯兵2「しつこいなお前も。先生がそう言ってるんだから、間違い無いだろう」

    駐屯兵1「そうなんでしょうけどね…やっぱり気持ちがいいもんじゃないですよ」

    駐屯兵2「とにかくマスクとゴーグル、それと手袋さえしてればうつる心配は無い」

    駐屯兵1「大体なんでこういう仕事は俺たちに回ってくるんですかね」

    駐屯兵2「憲兵の皆さんは王都を護るのにお忙しいからな。さぁ、グダグダ言ってないでとっとと済ませるぞ」

    駐屯兵1「了解っす」


    兵士はやぐらの中の遺体に油をかけると、手に持っていた火種をその中に放り込んだ



    勢い良く火柱が上がり、オレンジ色の炎が夜空を明るく照らす



    疫病に侵された屍を浄化するような暖かい光に、若い兵士はホッと一息ついた

    駐屯兵1(やっぱり燃えちまうと安心するな……)






    『……………』






    駐屯兵1(あれ………?)



    駐屯兵1「先輩、何か言いました?」

    駐屯兵2「……?いや、何も言ってないが?」



    駐屯兵1(気のせいか……)





    不浄を払う炎の熱を頬が火照るほど浴びているのに、何故か背中に薄ら寒い悪寒のようなものを感じて、若い兵士は小さく身震いした





  7. 7 : : 2014/05/30(金) 09:23:10


    【ウォールマリア】
    南コロニー統括本部


    兵士「コニー分隊長、失礼します」

    コニー「ん…どうした?こんな遅い時間に」

    兵士「お休みのところすみません。出荷用に積み込んだ牛達の様子がおかしいんです。ちょっと見てもらえませんか?」

    コニー「おぅ、分かった。今行く」

    コニーは手早く身支度を済ませると、部下の兵士と共に牛が積み込まれている貨物船へと向かった



    コニー「牛の様子がおかしいって?」

    兵士「お疲れ様です、分隊長。見ていただければ分かります」


    見張りの兵士が指し示す先には、極度の緊張状態で円陣を組むように集まり、硬直する牛達の姿があった


    見開かれた目は充血し、落ち着きなく動いている

    中には口から泡を吹いている牛もいた


    コニーに気付いた獣医が診察の手を止め近づいて来る

    コニー「悪い病気か何かか?」

    獣医「いえ、その可能性はほぼ無いと思います」

    コニー「どうしちまったんだ?一体」

    獣医「原因は私にも分かりませんが……夜になって急にこんな状態に…」

    コニー「昨夜はなんとも無かったよな?」

    獣医「今までずっと大丈夫でしたよ。何かの病気なら一斉に発症する事は考えにくいですし、何よりこの状態は分隊長もご覧になった事がおありなんじゃ?」


    コニー「確かにな。でもここは壁内だ。しかも外も見えない貨物船の中だぞ?」


    兵士「どこからか、狼でも迷い込んだんでしょうかね?」

    コニー「この狭い船内のどこに隠れるって言うんだよ。こんな所に入り込んだら最後、パニックになった牛達に踏み潰されてお終いだろう」

    兵士「ですよね……」


    コニー「念のため2.3日はここに停泊して様子を見よう。出荷が遅れる事は朝一で使いを出しておく」

    兵士「分かりました」

    コニー「血液検査と経過観察は続けてくれ。手が足りなかったら本部の奴ら使っていいからな」

    獣医「承知しました」




    コニー「……にしても……一体何をそんなに怖がってるんだ?お前らは」




    コニーの問いに答えはなく、薄暗い船内には何かに怯えるように固まる、牛達の荒い呼吸だけが満ちていた



  8. 8 : : 2014/05/30(金) 10:31:01



    翌朝

    食堂で朝食を摂るコニーの元に、昨夜の兵士がやって来た

    兵士「コニー分隊長、牛達落ち着いたみたいですよ」

    コニー「そうか。やっぱり神経質になってただけなのかもな」

    兵士「ですね。ただ、少し気味の悪い噂を聞いたもので……」

    コニー「噂?」

    兵士「はい。市場に来ていたおばちゃん達の話だから、眉唾ものなんですがね…」


    兵士「ウォールマリアの壁近くの森にグールが住み着いていて、夜な夜な屍体を川で洗ってるって言うんです」


    兵士「今丁度貨物船が停泊してる辺りですよね……」



    コニー「なんだ?グールって」

    兵士「屍体を食べる化け物です」

    コニー「気持ち悪い事する割には、綺麗好きなんだな。わざわざ洗って食うのか?」



    兵士「分隊長、怖く無いんですか?」

    コニー「なんで怖がる必要があるんだ?屍体しか食わないなら、生きてるオレ達が何かされる事は無いんだろ?」

    兵士「……いや……理屈ではそうですけど…やっぱり気味悪いじゃないですか」

    コニー「まぁ、気持ちいいもんじゃ無いな。でも巨人は生きてる人間を食うからなぁ…」




    兵士「あ……なんかすみませんでした……」

    コニー「はは、謝らなくてもいいだろ」


    兵士はにこやかに笑みを浮かべるいつも穏やかな上官が、自分より幼い少年の頃に、巨人との壮絶な戦いを経験した人物であることを改めて思い知らされた


    兵士「いえ、ほんと…ごめんなさい…。俺、確かにコロニーで巨人は見てますけど、みんなあっという間に討伐されちゃったし…ましてや人が食われるところなんて見たこと無かったんで……」



    コニー「それでいいんだ。あんな思い、お前達にはさせたくないからな」



    兵士「分隊長……」


    コニー「でもよ、昨夜の牛の怯え方は普通じゃなかった。今夜も様子がおかしくなるようなら、外を調べてみた方がいいかもな」

    兵士「はい。夜警の数を倍にして対応します」

    コニー「オレも今夜は船に詰める。グールだかなんだか知らないが、もし居たらオレが捕まえてアルミンへの土産にでもしてやるよ」



    大らかで明るい笑顔に心からの安心感を覚えた兵士は、頼もしい上官を尊敬の眼差しで見つめるのだった


  9. 9 : : 2014/05/30(金) 10:49:08


    そして夜が訪れた

    コニー「今夜も同じだな……」

    牛達は昨夜と同じ様子で身体を寄せ合い、何かに怯えている

    コニー「よし、外を見て来るぞ」

    兵士「はっ!お供します」

    コニー「グールは怖く無いのか?」

    からかうような上官の言葉に

    兵士「分隊長が居れば大丈夫です!」

    兵士は笑顔で敬礼を捧げた




    二人は船の甲板に上がると、停泊している川面や河原をランプの光で照らした


    コニー「特に変わった事は無いみたいだな」

    兵士「そうですね。こちら側の河原には異常は無いようです」


    船尾から始まり、此岸、船首と甲板の縁を歩いていく



    船首を回って対岸側を照らした時、船が停泊してる辺りより少し川上の河原に、不自然に蠢く黒い影を見つけた

    兵士「ぶ…分隊長、対岸の河原に何か居ます」

    コニー「ここからだと光が届かないから、良く分からないな…」

    兵士「犬……でしょうか?…それにしては大きい気もしますが……」

    コニー「あれは犬じゃない。人間が屈んでるんだ。一人……二人いるな」

    兵士「何をしてるんでしょう……」


    船上に灯った明かりに気付いたのか、黒い塊は二つに分かれてそれぞれが対岸の奥へと姿を消していった


    兵士「ほんとだ……人でしたね」

    コニー「小舟を出せ。あいつらが居た辺りを調べてみる」

    兵士「はっ」





    コニー「この辺りだな」

    小舟を岸に付け、影が居た辺りを調べてみる

    兵士「地面が濡れてますね…」

    コニー「屍体でも洗ったかな?」

    兵士「や、や、やめてくださいよ」

    コニー「ははは、怖く無いんじゃなかったのかよ?」

    兵士「こ…怖くは無いですけどね…」





    ガサガサ…ガサガサ…!






    兵士「ひゃあぁぁ!!」





    コニー「おい、大丈夫だ。離れろ」

    兵士「……い…犬……?」

    コニー「おう、ただの野良犬だぞ」



    コニー「………ん?」



    コニーはしがみついている部下を引き剥がすと、草むらから現れた野良犬に近寄っていった




    ランプの光を浴びて、獣の瞳が白く光る



    威嚇するように唸る犬が咥えていたもの




    それは






    肘から上を失った、人間の腕だった





  10. 10 : : 2014/05/30(金) 21:13:41



    【ウォールローゼ】
    調査兵団本部


    アルミン「どういうこと?!」

    ジャン「どうもこうもない。議会の意向を伝えただけだ」

    アルミン「どうして急にそんな話が……」

    ジャン「最近あいつが保管されてる施設の周りを不審な人物がうろつくようになったらしい」

    アルミン「不審な人物?」

    ジャン「ああ、フードを被った巡礼者風の姿で、多い時は20人程の集団になるそうだ」

    ジャン「奴等の目的が何なのかは分からないが、元凶を処分しちまえば大事にはならないんじゃないかって事みたいだな」



    アルミン「ジャンはそれで納得出来るの?!」


    ジャン「アルミン、申し訳ないが俺はあいつにそこ迄の思い入れはない」


    ミカサ「冷静になって、アルミン。
    あの女が私達に何をしたか思い出して欲しい。
    今日まで処分されなかった事の方が、おかしいぐらいだと思わない?」


    アルミン「……っ!」


    ミカサ「私にはアルミンがどうしてあの女に情けをかけるのか、その気持ちの方が分からない」


    アルミン「僕は…」


    ミカサ「悪い事をした者には罰が与えられて当然。人を殺した者は自分が殺されても仕方が無い。違う?」



    アルミン「違う……違うんだ……」



    エレン「おい、もういいだろミカサ。アルミンは今混乱してるみたいだし、話はまた明日にでもしようぜ」

    ジャン「そうだな。おいアルミン、採決が取られるのは来週だ。それまでに少しは気持ちの整理をつけておけよ」




    幹部達が会議室を出て行った後も、アルミンはその場から動くことが出来ずにいた


    アルミン(アニ……)


    色々な感情が嵐のように頭の中を掻き乱し、まともに何かを考える事が出来ない


    大声で叫び出したい衝動に駆られたアルミンは、固く握った拳をテーブルの上に叩きつけた


  11. 11 : : 2014/05/30(金) 21:32:59


    「ほら、飲めよ。落ち着くぞ」

    静かに声を掛けられて振り返ると、そこにはカップを両手に持った幼馴染の姿があった

    ホットミルクの甘い香りが漂い、懐かしさを感じる


    アルミン「エレン……」

    エレン「珍しいな。お前がそんな風になるなんて」

    アルミン「どういう意味さ……」

    エレン「お前はいつも冷静で、正しい答えを導き出す力を持っているからな」

    アルミン「そんなもの、何の役にも立たないよ……」

    エレン「立ったさ。お陰で俺達はこうして生きてる」

    アルミン「何が言いたいの?エレン。僕に冷静になって彼女の処分を受け入れろって?!」


    悲痛な表情を浮かべる親友の顔を、エレンは痛々しい思いで見つめた



    エレン「逆だ。お前ならあいつを助ける方法が見つけられる。
    それが言いたかった」


    アルミン「え…?」




    エレン「俺さ、お前が航海に出てる間に色んな事考えたんだ。今まで自分に起こった事を振り返って、お前だったらどうしただろうって」


    エレン「ずっと自分の事に手一杯で、そんな風に人の視点に立って考える事なんて無かったからさ。
    そうやって考えてみると、物事には正しい結論なんて一つも無いんだな」


    アルミン「うん。そうさ。正しいのは自分から見た結論でしかないよ」


    エレン「争い事はお互いがそれぞれの正義の為に戦う。正義の方向は決められていて、それに向かって進む事が正しい答えだ。
    前線の兵士の思いとは関係なく、正義はそれぞれに一つしかない」


    アルミン「そうだね……」


    エレン「まぁ、戦いの中ではみんなが必死だから、そんな事は言っていられないが…平和になった今、彼女を処分することに意味なんかない。
    ただ自分達の安全を確かにするための、おまじないみたいなものにしかすぎない」

    エレン「そんな小さな理由で彼女は殺されようとしている。過去の罪の報いという大義名分でな」



    エレン「犠牲者の恨みを煽って、その陰で決して自分の手を汚さない奴らの身勝手な正義が、また新しい犠牲と憎しみを生み出す…それがお前には許せない。
    そうだろ?」



    アルミン「エレン……」


    エレン「びっくりしたか?アルミン。俺だってこれくらいのことは考えられるようになったんだぞ?」


    アルミン「ごめん……正直びっくりしたよ」


    エレン「はは、少し前の俺ならミカサと一緒に、母さんや先輩の仇を処分して何が悪いって思っただろうからな」



    エレン「でもさ…あいつを殺しても、母さんもみんなも戻ってくるわけじゃないんだよな……」



    アルミン「変わったんだね、エレン」

    エレン「お前のお陰だアルミン。俺はお前の家族で居られることを誇りに思ってる」



    アルミン「うん。ありがとう、エレン。僕もだよ」

  12. 12 : : 2014/05/30(金) 22:11:01


    エレン「なぁ、大人になってから、こうして二人でゆっくり話す事ってあんまり無かったな」

    アルミン「そうだね。久しぶりだ」

    エレン「後一週間、何とかなりそうか?」

    アルミン「どうだろう…今の状態で出来る事は、処分の日程を先延ばしにすることぐらいかもしれない。
    結晶化さえ解ければ助ける手段はありそうだけど…」

    エレン「そうか…まだ見つからないんだよな?結晶を解く方法」

    アルミン「うん。僕達が彼らの故郷に行った時には、もう既に廃墟になっていたからね。
    誰も居なかったし、何一つ残ってなかった」


    エレン「でも諦めないんだろ?」

    アルミン「当たり前さ。僕の家族に愛想尽かされたくないからね」

    エレン「おう、俺に出来ることがあったら、何でも言ってくれ」


    アルミン「アニが保管されてる施設に集まる不審者が気になるんだ…少し調べてみようと思う。
    エレンの部下の子、何人か借りるかもしれないけど、いいかな?」

    エレン「そんな事ならいくらでも。自由に使ってくれ。
    ミカサと俺で鍛えてるから、かなり頼りになるぞ」

    アルミン「うん。ありがとうエレン」





    アルミン「ねぇエレン、この先もしまた争い事が起こったら…僕は君達を守るための正義を正しい答えだと信じて、迷わず全てを切り捨てるよ」





    エレン「ああ、分かってる。そんな日が来ないことを祈るけどな」






    二人は冷めかけたミルクのカップを軽く打ち合わせた






  13. 13 : : 2014/05/30(金) 22:38:24




    『……』



    『……ン……』



    『…………ジャン……』



    「………ん………?」



    『……ジャン……僕だよ……』



    「……誰だ?……この声は……」



    『僕だよ……』



    「この声……マルコなのか?」



    『久しぶりだね。ジャン…』



    「おいマルコ、お前どこに居るんだ?」



    『ごめんね…僕、君の前には出ていけないんだ…』



    「どうしてだよ?いいから出てこいよ」




    『だって………』







    『僕は………』








    『こんな姿になっちゃったから…』









    「…………………!!!」



    「…………」


    「……」








    ジャン「……夢か……」


    生々しい悪夢に飛び起きたジャンの身体は、吹き出した汗で水を被ったように濡れていた




    ジャン「ち……あいつらがあんな話をしやがるから……」




  14. 14 : : 2014/05/30(金) 23:03:06


    今日の昼、シーナの審議所を出たジャンは、同行していたサシャにねだられてヒストリアの元に足を運んだ


    ここのところ役職に就てないのをいいことに、サシャはやたらジャンと行動を共にするようになっていた

    本人曰く「団長補佐」のつもりらしいが、実際のところは中央に出て、美味しい物を食べたいだけだろうと、彼は思っている



    そこでジャンは、シーナ地下街で発生している疫病の話を初めて聞かされた


    ジャン「あん?…今審議所で師団長や司令に会ってきたが、そんな話一切無かったぞ?」

    ユミル「調査兵団は今のところ直接関わってないからな」

    ヒストリア「疫病に関する情報は、壁内全ての医療機関に伝達されるらしいから、じきにジャンの耳にも入ったと思うけど…」


    ジャン「……面白くねぇな」

    ユミル「拗ねるなよ。団長さん」


    ジャン「で、疫病の蔓延は抑えられそうなのか?」

    ヒストリア「地上への感染防止はかなり徹底されているから広がる恐れは無いけど…地下に関しては、医療班が詰めてはいても、どこからかまた発生者が出て、そこから増えていく……の繰り返しで…」

    ユミル「罹患者は常に20名から30名。死亡者の延べ数は200を越えた」


    ジャン「なんだよそりゃ…酷ぇな」


    ユミル「それだけじゃないぞ?」

    ヒストリア「ユミル、あれはただの噂だから」

    ジャン「何だよ、噂って」



    ユミル「遺体の焼却を任されてる兵士達がな、朝と夜では遺体の数が違うって言うんだ」

    ジャン「当たり前だろ。夜になるまでにも、遺体は運び込まれてるんだろうからな」

    ユミル「いやいや、増えてるんじゃない」



    ユミル「減ってるんだよ」



    ジャン「………」



    ヒストリア「後…これも多分勘違いだと思うけど…」


    ヒストリア「遺体を焼却する時に、炎の中から人の声が聞こえる…って……」



    ジャン「………」






    サシャ「それ、モドリビトですね」




    ジャン「うわっ!お前!急に喋るな!」


    サシャ「ヒストリア、焼き菓子美味しかったです。ご馳走様でした」

    ヒストリア「よかった。後で包ませたのを持ってくるから、ミカサにもあげてね」

    サシャ「はい!ありがとうございます!」


    ジャン「いや、お前、さっきなんて言った?」

    サシャ「焼き菓子美味しかったです?」

    ジャン「その前!」

    サシャ「あぁ、戻り人ですか?」

    ジャン「それ!」

    サシャ「うちの実家の地方でそう言うんですよ」



    サシャ「亡くなった人が生き返って悪さをするって」



    ジャン「……どんな悪さをするんだよ…」

    サシャ「さぁ……でも戻り人は夜にしか動けないんです。
    だから遅くまで起きてる子は、戻り人に攫われるぞって言われてましたね」


    ジャン「………」



    ユミル「夜になると数が減る遺体と戻り人か……」


    ヒストリア「やだユミル…そんなの迷信でしょ?」


    ユミル「んー…どうだろうな…。
    もしかしたらほんとにいるのかもしれないぞ。『戻り人』がな」



    ーーー

    ーーーーー


    汗で濡れたシャツを脱ぎ、その服で身体を拭ったジャンは、窓を開け放して外の風を部屋へ入れた


    初夏の夜風は涼やかに、彼の身体の熱を冷ましていく


    ジャン「疫病に戻り人…それに巡礼者……」



    戦いの日々に付いた幾つもの傷痕が小さく疼く



    ジャン「嫌な予感しかしねぇな……」



    そう呟く彼の声は深い闇の中に吸い込まれ、夜に支配された世界は彼を嘲笑うかのように、ますますその色を深くしていくのだった







    第一章 終





  15. 18 : : 2014/05/31(土) 22:22:28



    《第二章〜化け物を凌ぐ者達〜》




    【ウォールシーナ】
    某所


    薄暗い場末の酒場

    そこに三人の男の姿があった


    彼等の他に客の姿はなく、店員も見当たらない


    一人はこんな場所には似つかわしくない、品の良い身なりをした男

    もう一人は小柄だが、その佇まいからも分かる程、戦い慣れた者の剣呑な雰囲気が滲み出ている

    三人目は一見穏やかで優し気な容姿だが、その瞳は底知れぬ深い色を湛えた隻腕の美丈夫だった


    エルヴィン「本当なら私の方から出向くべきなのだが、わざわざ来てもらって申し訳なかった」

    ナイル「ほんとに申し訳なく思ってるのか?」

    エルヴィン「思ってるさ。ここは君のような立場の人間が出入りするような場所じゃないからな」

    ナイル「そう思うなら、最初から呼び出したりするな。大体お前は昔からそうだ……」



    リヴァイ「ち……相変わらずネチネチと細けぇことを……」

    エルヴィン「リヴァイ、口を慎め。彼は今や人類にとって防衛の要。本来なら我々が簡単に会えるお方じゃないのだから」


    ナイル「……イヤミにしか聞こえん…」


    リヴァイ「で、あいつはどうした?」

    エルヴィン「彼女にも使いは出しているんだが…少し遅れているようだな」

    リヴァイ「あいつが居ない方が、話が早く済むんじゃねぇか?」


    その時、入り口の扉が勢い良く開き、静かな店内に賑やかな風が流れ込んで来た


    ハンジ「ごっめーん!遅くなっちゃった!」

    リヴァイ「……ちっ…」

    モブリット「お待たせしてしまって、申し訳ございません」

    ハンジ「エルヴィンもリヴァイも久しぶりだね〜!ちっとも顔見せないんだもん。一体今何してるのさ?!」

    リヴァイ「お前はちっとも変わってねぇな」

    エルヴィン「元気そうで何よりだよ。ハンジとモブリット」

    ハンジ「元気元気!アルミンと遊んだり、エレンとミカサの所の天使と遊んだり、研究所のみんなと遊んだり!」

    リヴァイ「……遊んでばっかりなのかよ…」

    モブリット「はははは……」


    ハンジ「いいじゃないか。せっかく平和になったんだから。
    私はね、もう一緒に遊べなくなってしまった人達の分も遊ぶんだ」

    エルヴィン「うん」

    ハンジ「そうすれば私があっちに行った時に、たくさん土産話をしてあげられるだろ?」


    エルヴィン「そうだな。たぶんみんな喜ぶだろう」

    リヴァイ「俺はごめんだがな」

    ハンジ「リヴァイ、君はちっとも丸くならないね。もういい歳なのに、まるで反抗期の少年みたいだ」


    エルヴィン「……くくっ…」


    リヴァイ「笑うなエルヴィン…」



    ナイル「あー……せっかくの楽しい同窓会を邪魔して悪いが、そろそろ本題に移ってくれないかな?」

    ハンジ「あ、ごめんね、ナイルさん。そうだよね、総統だもの忙しいよね」

    エルヴィン「彼は一番最初にここに着いていたがな」

    ナイル「お前達が時間にルーズ過ぎるんだ!」



    エルヴィン「さて、みんな揃ったし、本題に移ろうか」

    ナイル「ああ、私を呼び出すぐらいだ、よっぽどの事なんだろうな?」



    エルヴィン「なに…私達がやり残してしまった事の始末をつけようと思っているだけだ」



    そう言うエルヴィンの表情は、かつての鬼神の如き勇姿を彷彿とさせる厳しいものに変わっていた





  16. 19 : : 2014/05/31(土) 22:25:52



    【ウォールローゼ】
    調査兵団本部



    エレン「失礼します」

    ハンジ「あ、エレン!ごめんねー急に呼び出しちゃったりして」

    エレン「いえ、最近はコロニーの本部に居るよりこっちに居る方が多いですから」

    ハンジ「こっちには天使も居るしね」

    エレン「いや、そんな私情は……」

    ハンジ「ん?ん?」

    エレン「……ありますが…」

    ハンジ「はははっ!正直で宜しい!誰でも自分の血を分けた子供はかわいいさ」

    エレン「そうですね…親になってみて、初めてわかった事がたくさんあります」

    ハンジ「うんうん」


    エレン「あ…ごめんなさい。俺に用があったんですよね?」

    ハンジ「ああ、実はね、ちょっとエレンの血液を採取させてもらいたいんだよ」

    エレン「血…ですか?構いませんけど…」

    ハンジ「シーナの地下街で疫病が発生してるって話は聞いてるよね?」

    エレン「はい。この前ジャンから聞きました」

    ハンジ「今までに症例の無い疫病だからね、まだその正体も良くわかってないんだ。
    私もある所から頼まれて疫病について調べていて、ちょっとした仮説を立てたから確かめてみたいんだよね」

    エレン「もしかして…俺の巨人化の能力と関係が?」

    ハンジ「んーまだなんとも言えないな…」

    エレン「分かりました。俺でお役に立てるなら、いくらでも持っていって下さい」

    ハンジ「はは、そんなにたくさんは要らないよ。少しで充分さ」






    ハンジ(そう、たぶん私の仮説は正しいからね…)







    ーーーーーーー



    エルヴィン『疫病についてはハンジに任せる』

    ナイル『中央の医師団が躍起になって調べてるが、未だに正体不明なんだぞ?』

    ハンジ『過去の症例や既存の感染症からのアプローチじゃ、いつまでたっても分からないと思うよ』

    ナイル『どういうことだ?』


    ハンジ『この感染症が人為的に仕組まれたものだとしたら…?』


    ナイル『そんな事が可能だとは思えん』

    ハンジ『ダメだよ、ナイル総統。幾つになっても、頭は柔らかくしておかなきゃ』


    エルヴィン『彼の頭は昔から石より固い』


    ハンジ『今回の疫病の特徴から考えられる可能性を、先入観なしで一つづつ検証していくんだ。
    例えそれが荒唐無稽な仮説だとしてもね』




    ーーーーーーー




    ハンジ「ありがとうエレン。早速研究所に帰って調べてみるよ」

    エレン「よろしくお願いします。これ以上被害が大きくならないように…」



    ハンジ「うん。目に見えない化け物なんかに、これ以上好き勝手させないよ」



  17. 20 : : 2014/05/31(土) 23:00:08


    ーーその日の夜


    ミカサ「アルミン、ちょっといい?」

    アルミン「ああ、ミカサ。どうしたの?」

    ミカサ「あなたはまた私達に隠れて何かをしているようだけど」

    アルミン「何のことだろう…」

    ミカサ「とぼけてもダメ。エレンの所の尖鋭班から、何人か引き抜いてるでしょ」


    アルミン「あー。あの子達はジャンから受けた正式な任務で、新コロニー設置の為の調査に出てるはずだよね?僕は何も関係してないよ?」


    ミカサ「ジャンはそんな命令出してないと言っていた」



    アルミン「確かめたんだ…ミカサは勘が鋭いね」

    ミカサ「笑い事じゃない。あなたはあの女の件で何かしようとしてるんじゃない?」

    アルミン「アニの件については確かに何とか出来たら…とは思ってる。
    でも今の段階で出来る事はほとんど無いのも事実だ」


    ミカサ「なんとかしようと思ってるのね」

    アルミン「彼女の保管場所に集まって来る不審者達を、調べてもらってただけだよ」



    ミカサ「アルミン、あなたの家族として一言言わせて。
    あの女は私達の敵。あなたが彼女を助けたいと思っても、私は絶対それを許さない」



    アルミン「……ミカサ、君がそういう考えなら、僕はもう何も言うことは無いよ。
    たぶんどんなに言葉を尽くしても、君を納得させる事は出来ないだろうしね」



    アルミン「でもね、これだけは伝えておく」


    アルミン「僕は諦めないよ」




    ミカサ「……どうしてそこまで?」


    アルミン「今はまだ分からなくてもいいさ」



    ミカサ「……そう。なら私も、もう言う事は無い」



    ミカサが部屋を出て行った後、アルミンは深い溜息をついた


    アルミン(簡単に分かってもらえるとは思ってなかったけど…あんなにはっきりと言われたらさすがにキツイな…)





    アルミン(調査を始めて三日…不審者達は特に何をするでもなく、ただ集まってうろついているだけらしい…)



    アルミン(そして明け方近くになるとそれぞれの家に帰っていく…)





    アルミン(もう時間がない…)



    『何が目的かは分からないが、元凶を処分しちまえば大事にはならないんじゃないかって事みたいだな』






    アルミン(………そうか……もしかしたら……)



    アルミンは壁に貼り付けられた壁内全土の地図を見つめた



    アルミン(明日、確かめてみよう)





    アルミン(ごめんね…ミカサ。ここで諦めるわけにはいかないんだ…)






  18. 21 : : 2014/06/02(月) 10:18:54


    朝を待ち、まだ眠っていたジャンを叩き起こしたアルミンは、彼に一つの事を確認した後、すぐに本部を飛び出した



    アルミン(馬を乗り継いで、ウォールマリアまで一日強…往復で三日か…ギリギリだな…)



    アルミン(決裁の日までに間に合えばいい。新しい判断材料が示せれば、処分中止か、最悪でも検証や再審議で決定までの時間は稼げる)


    今朝朝一でジャンに確認した事

    それは『どうやってアニを処分するつもりなのか』

    という一点だった

    そしてその問いに対するジャンの答えは、自分の推測通りのものだった


    ジャン『壊すことが不可能なんだ、捨てるしかないだろう。
    船に乗せて、外洋に沈めるらしい』


    ジャン『東の海は壁内からも比較的近いし塩田も作られてるから、沈めるのは南の海岸からだろうな』




    アルミン(間違いない。『奴ら』はアニの処分を実行させる為に動いていたんだ)



    昨夜のうちに、兵士であることを隠して不審者と接触を取り、どういう経緯でそこに集まっていたのかを探らせるよう、エレンの部下達には指示を出してある


    アルミン(たぶん不審者達は傀儡にしかすぎない。近隣の住民を買収して実行させていたんだろう…見張っても何も出ないはずだよ)



    アルミン(後は『奴ら』にとって処分の実行がどういう意味を持つのか…それが確認出来ればいい)



    一刻も早く自分の仮説の裏付けを取りたい


    アルミンは逸る気持ちのままに、休む事無く馬を走らせた

  19. 22 : : 2014/06/02(月) 10:21:18


    【ウォールマリア】
    南コロニー統括本部


    途中、伝令用の詰所で何度か馬を乗り換え、丁度丸一日かけてアルミンはウォールマリアに辿り着いた


    アルミン「コニー、いきなりで悪いんだけど、最近何か変わった事は無かった?」

    挨拶もそこそこに、早朝から作業に出ていたコニーを掴まえて声を掛ける

    コニー「なんだ?確かにあったけど…まだ報告はしてないぞ?」

    アルミン「どんな事があったのか、聞かせてくれないかな?」

    コニー「おう、それは構わないが…アルミン、お前休みなしでここまで来たのか?」

    アルミン「ごめん、時間が無いんだ」

    コニー「いくら時間が無いからって、無茶するんじゃねぇよ。とりあえずオレの部屋に行くぞ」

    アルミン「あ……うん…」




    コニー「一体何があったんだ?」

    アルミン「…アニが処分されるかもしれない」

    コニー「ん?なんで今頃?」

    アルミン「そうなるように誰かが仕組んだんだと思う」

    コニー「どうしてそんな事するんだよ。今さらあいつを処分しようがしまいが、何も変わらないじゃねぇか」

    アルミン「うん、何も変わらないよ。だからたぶん『奴ら』の目的は処分そのものじゃ無い。
    アニをあの場所から外へ移す事なんじゃないかと思うんだ」

    コニー「すまん…言ってる意味が良くわからねぇ」

    アルミン「処分の方法はアニを海に沈める事なんだ。南側の海岸からね」


    コニー「なるほど…ここを通って海まで運ぶってわけか」

    アルミン「だからこの辺り…もしくは壁外ならコロニー周辺で何か不審な動きは無かったか確認したかったんだよ」

    コニー「コロニーの方では特に何も報告は受けていないが、ここではあったぞ」



    コニーはここ数日に起きた出来事をアルミンに話した


    コニー「犬に逃げられちまったから腕は回収出来なかったけどな」

    アルミン「街で噂になってる森の中は調べてみたの?」

    コニー「いや。出荷も遅れてたし、先ずはこっちの仕事を片付けてから報告に行こうと思ってた」

    アルミン「そうか…確証は薄いけど何かありそうなのは間違いないね」



    アルミン「コニー、ありがとう。それだけの事実があれば、調査の必要性を訴える事は出来る。早速帰ってジャンに伝えるよ」


    コニー「おい、待て待て。お前何日も寝てないだろ」

    アルミン「さっきも言っただろ、時間が無いんだよ」



    コニー「ったく…ミカサがお前の世話を焼く気持ちがわかったよ…」



    コニー「オレも一緒に行く。丁度出荷も終わったし、空になった貨物船でローゼまで行けばいい。
    馬で帰るのとそう時間は変わらないはずだ。お前は移動中少し休んでろ」

    アルミン「うん…ありがとうコニー」



    そしてアルミンはコニーと一緒に貨物船に乗り込んだ



  20. 23 : : 2014/06/02(月) 10:27:56

    【ウォールシーナ】
    地下街




    リヴァイ「………」



    兵団の医療班が建てた特設テントの中は、むせ返るような血の匂いに満ちたこの世の地獄だった


    感染してしまったら最後、治療の見込みがない為、感染者達は隔離することだけを目的としたゲージの中に数名単位で入れられ、死を迎えるまでただ放置されている

    病魔は彼らの精神を冒し、かつては人だったもの達は、まるで飢えた獣のような唸り声を上げ、リヴァイに向かって腕を伸ばしてきた


    感染者に襲われ、食い千切られたのだろうか…

    それとも感染後に自らの身体を噛み千切ったのだろうか…

    全ての罹患者の身体はどこか一部が欠けている状態だった


    リヴァイの脳裏にハンジの言葉が蘇る


    ハンジ『発症者は自傷行為や人への攻撃を繰り返す。中でも一番顕著に見られるのは、人に噛み付く行為だ』



    リヴァイ「あのクソメガネ…噛み付くなんてかわいいもんじゃねぇだろうが……」



    リヴァイがテントから出ると、外に立っている医師が彼の身体を検めた

    医師「家族には会えたか?」

    リヴァイ「ああ……」


    テントの中の異様な瘴気は外に出ても消えることなく彼の身体にまとわりついている



    見張りの憲兵達の間を過ぎその姿が見えない所まで来て、ようやく呼吸が楽になった気がした


    リヴァイ「何が医療行為だ…笑わせるんじゃねぇ…」


    そして足早に目的地に向かう

    小一時間ほど歩いた後、一つの民家の前で足を止め、そのまま中に入って行った



    巨体を小さな椅子に申し訳程度に乗
    せた老人が、突然の訪問者を見て訝しげに眉を顰める


    リヴァイ「よう、まだ生きてたか」

    老人「とうとう俺にもお迎えが来たか…」

    リヴァイ「…ちっ……死神扱いするんじゃねぇ。大体そんなでかい図体したジジイなんか、死神だって連れて行くのを嫌がるだろうよ」

    老人「ここにも悪魔が入り混んで来たからな…どうなるかわからん」


    リヴァイ「その疫病について聞きたい事がある。
    そもそもの発端は何だったんだ?あんたなら知ってるだろ」


    老人「……えらく回りくどいやり方をする奴がばら撒いたようだ。薬物中毒者を使ってな。
    薬が発症者の手に渡るまでに最低でも三人の仲介が入っている。毎回別ルートを使って持ち込まれるから、大元の特定は難しいだろうな」


    リヴァイ「よっぽど身元を隠したい奴って事か」


    老人「地下にそんな奴は居ない。お前もよく知ってるだろう」


    リヴァイ「ああ、ここでは悪事は勲章みたいなもんだからな。ばら撒いたのは地上の奴だ…しかもそこそこの地位がある…」


    老人「地上の豚を特定したいなら憲兵を調べてみろ。数年前に地下遺跡の調査とやらでやたら頻繁にここに出入りしていた部隊がいるはずだ」


    リヴァイ「ありがとよ。……なぁ爺さん、あんたも医者の端くれならこの状況をなんとかしようとは思わねぇのか?」


    老人「感染者が放置されてる事か?残念ながら俺は医者だ」


    老人「呪いに対抗出来る術 は持ってない」





    リヴァイ「呪いか…確かにな」



    リヴァイは人ではなくなってしまった犠牲者達を思い出し、静かに呟いた





  21. 24 : : 2014/06/02(月) 13:40:34
    【ウォールローゼ】
    調査兵団本部



    ジャン「なるほどな。アニの処分が実行されたら、そいつ等がなんらかの行動を起こす可能性があるって事か」

    アルミン「今はまだ確証が無い。だから調査をするだけの時間を稼いで欲しいんだ」

    ジャン「お前は奴らの正体について、ある程度の目星はついているのか?」

    アルミン「……うん、僕自身も信じられないような推測でしかないけどね」




    「その推測はたぶん間違えていないはずだ」



    いきなり掛けられた言葉に驚いて振り返ったアルミンは、そこに立っていた人物を見て更に目を丸くした



    アルミン「エルヴィン…さん?」


    エルヴィン「久しぶりだねアルミン」


    ジャン「お探しのものは見つかりましたか?」

    エルヴィン「ああ、ありがとう。混乱していた時期の記録だから正直見つかる可能性は薄いと思っていたが、意外にもしっかり残されていたよ」

    ジャン「お役に立てて良かったです」


    アルミン「あの…」


    エルヴィン「君がここに着く少し前にお邪魔させてもらっていたんだ。17年前の記録を確認したくてね」

    アルミン「そうでしたか…すみません、僕、本部に着いて真っ直ぐここに来てしまったから…」


    エルヴィン「アルミン、君はアニ・レオンハートの件から何かを推測したようだね」


    アルミン「はい。何の確証もないので、まだ僕の妄想みたいなものですが…」

    エルヴィン「私達は疫病について調べている。こちらもまだ仮説にしか過ぎないが、だいぶ核心に迫って来ているはずだ」

    ジャン「二つの件には繋がりがあるんですか?」



    エルヴィン「ああ、おそらく同じ組織が関わっている」




    ジャン「て事は…アルミンが言う通り、今回の処分の件は見送らせないと…」


    エルヴィン「いや、奴らにはまだ我々の動きを悟られたくない。決裁は予定通り処分の方向で決定させるんだ」


    アルミン「そんな!」


    ジャン「審議に関わっている中央にも、奴らの関係者が居るって事ですね」

    エルヴィン「そういう事だ。アルミン、君は事件の背後にある組織についての当たりはつけているようだが、首謀者を特定するまでには至っていない」


    アルミン「確かにそうです…」



    エルヴィン「首謀者は中央の人間を動かす事が出来る程の大物だよ」



    エルヴィン「処分が決定されても、実行されるのはまだ先だ。それまでに確かな証拠を重ねて奴らを出し抜いてやればいい」




    アルミン「分かりました…貴方を信じます」




    エルヴィン「ジャン、明日の夜、幹部のみんなをここに集めて欲しい。
    審議所に行くついでにヒストリアの所に居るユミルも呼んでくれ。
    ここから先は、君たちの協力が必要だ」


    ジャン「ユミルが戻った事、ご存知だったんですか?」


    エルヴィンはそれには答えず、微笑を浮かべて部屋を後にした


    ジャン「よし、アルミン、俺はそろそろ支度をしてシーナに向う。
    帰りにはユミルを連れて戻るから、お前はコニーにここに残るように伝えてくれ」


    アルミン「うん。エレン達にも伝えておくよ」




    すべては明日の夜…


    得体の知れない影だった魍魎たちが、ようやく実体を伴った形となって彼らの前に現れようとしていた







    第二章 終
  22. 27 : : 2014/06/04(水) 09:36:18

    《第三章〜闇を照らす光〜》



    月明かりもない闇に包まれた新月の夜

    街の裏路地を幾つもの黒い影が静かに移動していた



    ヒタヒタ……



    ヒタヒタ……



    裸足の足が石畳を打つ音は夜の静寂の中に吸い込まれ、健全な眠りについている街の住人の安寧を破ることはない


    誰にも気付かれることなく『彼等』は歩いていた



    そのうちに

    横道から現れた同じような影が一つ二つと『彼等』の後ろに加わっていき、まるで黒い川のようになった『集合体』はそのまま街を静かに流れて行く






    目的の地まではあと少し……






    湿った空気を孕んだ夜の闇の中、その行進は死者の群れを思わせる不吉な静寂を保ちながら歩き続けていた






    やがて




    闇を纏った黒い川の流れは街の外れを抜け、深い森の中に佇む荒れ果てた古城の中へ、吸い込まれるように消えていった







  23. 28 : : 2014/06/04(水) 09:43:36


    【ウォールローゼ】
    調査兵団本部



    その夜

    会議室に集められた幹部達は、それぞれの思念と感情を抱えてエルヴィンの言葉を待っていた


    エルヴィン「若干一名遅れているようだが、始めよう」

    リヴァイ「ちっ……またあいつか…」


    エルヴィン「事の詳細については、全員が承知していると思う。
    アニ・レオンハートの件、地下街に蔓延している疫病の件、この二つには同じ組織が関係している可能性が高い」


    確かにここに集まるまでにこれまでの経緯は全員が共有していたが、いきなり核心に触れる言葉が出た事で、場の空気に緊張感が走った


    エルヴィン「彼等の目的の一つ目はアニ・レオンハートを手に入れる事。
    二つ目は地下街の機能を失わせ、そこに眠る遺跡を取り戻す事。
    そして三つ目は『巨人が支配する世界の復活』だ」


    エレン「…んですかそれ!せっかくここまで来たってのに……!」

    ミカサ「エレン、落ち着いて。最後まで話を聞こう」



    エレン「…クソッ……」



    アルミン「では……やはり彼等は…」


    エルヴィン「ああ、この二件の裏に居るのは『巨人教団』の信者に間違いないだろう」


    ジャン「巨人教……」



    エルヴィン「かつては壁教と同等の勢力を持っていた巨人教は、22年前のシガンシナ区崩壊で、拠点を追われた。
    その後壁教団の台頭で表に出る機会は無くなっていたが、密かに活動は続けていたと思われる」


    エルヴィン「元々壁教団のような政治力を持たない巨人教団だが、ある一人の男の力で旧王政派の貴族やギルドを取り込む事に成功した」




    エルヴィン「その男がこの計画の首謀者、ロッド・レイスだ」





    ジャン「ちょ…ちょっと待って下さい。レイス卿は15年前に亡くなってますよね?それに彼は壁教と繋がりがある人物じゃないですか」


    アルミン「ジャン、壁教団と巨人教団は決して相容れないものじゃないんだよ。
    そもそもの成り立ちは一つの教団だったっていう説もあるくらいだ」

    エルヴィン「その通りだ。ヒストリアが即位した後、巨人教団はロッドに接触を試みた。
    フリッツ王という傀儡がいた時代から続いていたレイス家の実権は、ずっと長い間ロッドが持っていたからね。
    彼の名前を出せば旧王政派は面白いように巨人教団へ流れていったはずだ」


    ジャン「それじゃ…レイス卿は生きてるって言うんですか?
    そんな……ありえない…」



    エルヴィン「彼は生き返ったんだよ。そして生きている」



    ハンジ「生かされてるって言った方が正しいかもしれないけどね」



  24. 29 : : 2014/06/04(水) 09:45:08


    ハンジ「ここから先は私が説明するよ」

    ジャン「ハンジさん!」

    ハンジ「ごめんね、遅くなっちゃって」

    ジャン「いえ…続けて下さい」

    ハンジ「うん。ロッドはね、エレンの家の地下から持ち出された巨人化の薬を投与されたんだ。15年前にね」

    ジャン「えっ?!」

    エレン「!!」

    アルミン「……なぜ…?」


    ハンジ「これは完全に私のミスだ。あの時地下室を調査した部下の中に、巨人教の司祭の息子がいたんだよ」

    エルヴィン「昨日私が調べていたのは、当時調査に参加した兵士の名簿だ。戦死した者、兵団に残っている者を除いた中に、彼の名前があった。16年前に兵団をやめている」


    エレン「じゃあ…ロッド卿は俺と同じ巨人能力者に…?」


    ハンジ「いや…恐らく彼はまともな巨人能力を手に入れていない。もし手に入れていたなら、こんな回りくどいやり方はしないはずだしね」


    ユミル「なるほどな…『出来損ない』か…」

    エレン「出来損ない?」

    ユミル「ああ、巨人化させる時に失敗した奴の事を猿はそう呼んでいた。ラガコ村にも居ただろ…」

    コニー「……っ!」


    ハンジ「ロッドはそのまま生かされている。彼の体液から作られた薬が、今回の疫病の正体だ」


    アルミン「……狂ってる…」


    ハンジ「何人かの感染者を検体にして調べてみた結果、ほとんどが死んでしまう中で、稀にそのまま何日も生き続ける検体がいた。昼は死体と変わらないぐらいまで機能が低下して、夜になると僅かながら息を吹き返すんだ」


    ユミル「死体が減ってたのはそういう訳か…」

    ハンジ「彼等が自分で外に出たとは考えにくい。もしそうならすぐに見つかってるだろうしね。
    警備が緩いのをいい事に、信者が連れ帰ったんだろう」

    アルミン「奴らは完全な巨人化の薬を作るつもりなんですね…」


    エルヴィン「ウォールマリアにあると思われる彼等の拠点を調査する必要がある。そこで我々の仮説が実証されれば、教団を潰すのには充分な理由になるからね」

    リヴァイ「そうなりゃ疫病をばら撒くのに協力した中央の豚達にも、痛い目を見せてやれるしな」

    アルミン「分かりました。でも…アニの件はどうするんですか?」


    エルヴィン「昨日の審議で彼女の処分は可決された。実行は10日後だ。
    それまでに結晶化を解き、彼女を確保する」


    アルミン「結晶化を解く方法があるんですか?!」

    エルヴィン「確かなものではないが、試す価値はある」



    ミカサ「待って下さい!巨人教を潰す事は納得できます。そんな狂った教団は徹底的に潰してやればいい。
    そうすればあの女を予定通り処分するのになんの支障も無いはず」

    アルミン「ミカサ……!」



    エルヴィン「ミカサ、アニの解放はこの計画の最優先事項なんだよ」

    ミカサ「何故ですか?!」



    エルヴィン「それが我々に巨人教団の動きと、司祭の息子だった兵士の情報を伝えてくれた人物の出した条件だからだ。彼等は結晶化を解く手段についても協力してくれている」



    ミカサ「……彼…等…?」




    ミカサ「エルヴィンさん……それは…誰…?」



    エルヴィン「彼等の名前を出すことは出来ない」



    ミカサ「!!」


    エレン「ミカサ!落ち着け!」


    ミカサ「……話にならない…」


    アルミン「待って!ミカサ!」


    エレン「アルミン、俺が行く。後で会議の内容を聞かせてくれ」


    アルミン「エレン……うん、分かったよ……」


    リヴァイ「根暗な癖に女型の事になると激情しやがる…」

    ハンジ「彼女にとっては、エレンが目の前で攫われた事がトラウマになってるんだろうね」




    エルヴィン「ここまでで大体の事は分かってもらえたと思う。実行計画だが、先ずは教団への潜入調査が必要だ」





    サシャ「私が行きます」


    コニー「サシャ?!」




    今まで口を開く事の無かったサシャは、強い決意を込めた瞳ではっきりとそう告げた




  25. 30 : : 2014/06/05(木) 23:13:50


    【ウォールマリア】



    会議が終わってすぐ、サシャは教団制圧部隊の準備をする為に南本部に戻るコニーと共に、ウォールマリアに向けて出発した

    ジャンが選んだ信用の置ける兵士が3人、彼女をサポートするために同行している


    一日目の夜は立体起動を使い、徹底的に森の中を調べた

    地方豪族の別荘だったと思われる怪しげな古城は簡単に見つかり、サシャの班は周辺地理や城の構造等、作戦実行に必要な調査を一晩かけて行った


    そして二日目の夜

    城から少し離れた森の中でじっと息を殺しているサシャ

    サシャ(下草の踏まれた跡が新しい。この道を使ってるのは間違いない…昨日は誰も城へは来んかったけど、今日はどうやろ……)


    もとより狩猟民族出身であるサシャにとって、こうしてじっと獲物を待つ作業は全く苦にならないものだった

    彼女は会議の後交わされた、ジャンとの会話を思い出す





    ジャン『お前が自分から志願するとはな…予想外だった』


    サシャ『志願していなくても多分私が任務についてましたよね?』


    ジャン『お前は勘が鋭い。潜入先でも上手く危険を回避して、臨機応変に動けるだろうからな』

    サシャ『なら同じ事じゃないですか』

    ジャン『命令されて従うのと、自分で志願するのとでは、全然違うだろ』



    サシャ『よく分かりませんけど…こんな自分でも役に立てるならって思っただけです』


    ハンジ『おーいサシャ!ちょっとこっちに来てくれないか?!』



    サシャ『あ、ハンジさんが呼んでるので行きますね』



    ジャン『おい、死に急ぎは一人で充分だ。無理は絶対するなよ!』




    サシャ『ふふ、分かってます』







    サシャ(うちにはこんな事ぐらいしか出来ないから…)







    その時、下草を踏む微かな音がサシャの耳に届いた



    サシャ(来た!)


    近くの木の上に待機している兵士に合図を送る


    サシャ(人数は…20人弱…)



    森の入り口方向から、まるで葬儀の列のように見える集団が、粛々と歩いてくる


    サシャは小石を一つ拾うと、最後尾にいる男に向かって軽く投げた



    男「……?」



    男は立ち止まり振り返る


    そして列から僅かに遅れた瞬間


    隠れていたサシャは、暗闇にいる事をを感じさせない無駄の無い動きで男を気絶させると、草むらに引き摺り込んだ

    男の外套を脱がせ、自分が纏うと、フードを深く被りそのまま列の後ろに付く


    それは上から見ていた兵士達が見惚れるほどの手際の良さだった



    こうしてサシャは単身、魍魎達の牙城に入り込んで行った



  26. 31 : : 2014/06/05(木) 23:18:09

    【ウォールローゼ】

    その頃

    調査兵団本部では、彼女からの報告を待ちながら、計画実行についての細かい打ち合わせと準備が行われていた



    エルヴィン「これが結晶を壊す為のブレードだ」

    リヴァイ「普通のブレードとそう変わらない気がするが…」


    エルヴィン「持ってみるか?リヴァイ」


    リヴァイ「……!何だ…馬鹿みてぇに重い…」

    エルヴィン「本当ならもっと軽量化したものを使いたかったんだが、短期間で作りあげるのはこれが限界だった」

    アルミン「このブレードは二本ありますが…この重さのものを両手に持って、まともに振れるんでしょうか…」


    エルヴィン「いや、ブレードは二人で使う。同時に結晶に叩きつける事で共振現象を起こして結晶を破壊するんだよ」

    リヴァイ「理屈は良くわからんが、上手くいくもんなのか?」

    エルヴィン「彼等の話では、一番可能性が高いらしい」


    エルヴィン「巨人の硬化した皮膚も破壊出来るらしいからね」



    アルミン「……もしかして…このブレードには共振を引き出しやすいように結晶や硬化皮膚と同じ素材が……」


    エルヴィン「アルミン、その件に関して私は何も言えないよ」


    アルミン「……そうでしたね。すみません」


    リヴァイ「どうせ皆分かってるんだろうが」

    エルヴィン「それでも明らかにしてはいけない事が世の中にはあるんだよ、リヴァイ」


    リヴァイ「ちっ……めんどくせえ」


    アルミン「ブレードを使うのは、本当ならリヴァイさんと力量が近いミカサが適役なんでしょうけど…」

    リヴァイ「あの激情女は絶対手を貸さないだろうな」

    エルヴィン「この班だけは幹部以外の兵士を使う訳にはいかない。エレンに頑張ってもらうしかないな」



    エルヴィン「サシャからの報告が届き次第ここを出る。リヴァイ、エレンと打ち合わせをしておいてくれ」

    リヴァイ「そういえばエレンはどうした?」


    アルミン「ジャンの所に。教団制圧部隊の人選をしています」


  27. 32 : : 2014/06/05(木) 23:23:24


    ジャン「とりあえずこんなもんか…」

    エレン「コニーの所からも応援が来るだろうし、充分だろ」

    ジャン「明日の朝、特別部隊として招集を掛けさせておこう」

    エレン「頼む」

    ジャン「ミカサは相変わらずか?」

    エレン「ああ、協力する気はないらしい」

    ジャン「お前が説得してダメだったなら、もう無理だな」

    エレン「一応作戦の詳細は伝えてある。聞いてたかどうかはわからねえけどな」

    ジャン「仕方ないな。まぁ今回は制圧が目的だ。戦闘力が必要になる作戦も無いから、なんとかなるだろう」


    ジャン「気になるのはサシャだ…」


    エレン「サシャ?確かに一番危険な任務に就いてるが…あいつの性格なら上手くやれるさ」




    ジャン「今までのあいつならな…」


    エレン「どういう事だ?」





    ジャン「……いや…なんでもねぇ」






    その日から二日後、潜入班からの報告が本部に届いた



    兵士「教団拠点の古城に司祭とその息子が居る事を確認しました。疫病感染者と思われる者が約30名。信者の数は敷地内の建物に居る者を含めて、延べ150名。レイス卿の所在については未確認です」



    リヴァイ「アルミン、エレン、行くぞ」



    ジャン「制圧部隊はマリアへ!南本部でコニーの班と合流する!」




    エルヴィン「ユミル、シーナは任せた。途中ハンジへの連絡も頼む」




    一気に慌ただしくなる本部



    未だに気持ちの折り合いがつかないミカサは、複雑な表情でその様子を見つめていた




    エレン『お前はアニの何が許せないんだ?』


    分からない……


    あの女は私達にとっての敵


    エレンを攫い、たくさんの人を殺した


    あの女を倒さなければ私達が滅ぼされていた



    エレン『お前が本当に憎んでいるのは何なのか、よく考えてみろ』


    私は…何を憎んでいるのか…



    ミカサの脳裏に訓練兵時代の光景が蘇る




    平地には珍しく雪が深く積もった冬の朝

    おかしなきっかけで雪合戦が始まり、アニはミカサと同じ班だった

    集中攻撃を受け、それを躱す事に集中していたミカサは、後ろからの奇襲に気付くのが一瞬遅れた

    しかしミカサに当たるはずだった雪玉は、アニの脚によって空中で粉砕される


    アニ『あんたは前だけ見てな。後ろは私がカバーする』

    ミカサ『ありがとうアニ』

    アニ『くだらないお遊びだけど、あんたはうちの班長だ。私のやるべき事はあんたを守る事。全力で死守するさ』



    あの時背中を合わせて戦ったように、お互いが違う方向を向いて全力でやるべき事に向かっていただけ…





    『そっちには行けない…私は戦士にはなり損ねた…』





    『アニ…落ちて』





    どれだけ年月を重ねても、決して消える事のない過去の感情が、亡霊となってミカサの心を支配していた





  28. 33 : : 2014/06/05(木) 23:38:36

    【ウォールマリア】


    ジャン率いる制圧部隊は南本部でコニーの班と合流し次第、城への突入を実行する予定だった


    しかし、戻っている筈のサシャの姿が無い


    ジャン「その後サシャから連絡はあったか?」

    兵士「いえ、ありません…」


    ジャン「どういう事だ?最初の報告が本部に届くまでに一日。連絡を受けた俺達がここに着くまでに二日はかかっている」

    コニー「ジャン、オレもおかしいと思ってた。教団の動きに変化は無いから、サシャが兵士だとバレた訳じゃ無いだろうが……
    お前が着く少し前に、オレ達の班だけでも先に突入するつもりで指示を出していたところだ」



    ジャン「……クソ!あいつ…無理はするなと言ったのに…」





    ジャン「制圧部隊!これより教団の制圧作戦を開始する!
    潜入班であるサシャ・ブラウスが教団内部にいる可能性が高い!突入班は首謀者の確保と共にブラウス兵の捜索、保護も頭に入れておけ!」


    兵士達「はっ!!」




    ジャン(頼む…間にあってくれ……)





    ーーーーー

    ーーーーーーーーーーー



    信者の列に紛れて古城へと潜入したサシャは、城内に広がる異様な光景を見て背筋を寒くした


    入ってすぐ目に入ったのは、吹き抜けいっぱいの高さがある、巨大な巨人の像だった

    そしてその足元にひれ伏し、祈りを捧げる信者達


    サシャ(あんなもんに祈る事に何の意味があるん……)


    狩猟民族の村で育ち、神に祈る事自体馴染みが無いサシャにとって、初めて目にした偶像崇拝者の姿は、常軌を逸して見えた


    他の信者と同じように祈る振りをしながら、辺りの様子を観察する

    サシャ(信者が城の中入るのは、祈りの時だけみたいや……)

    外扉から何人かの出入りはあるものの、皆この広間から奥へは入ろうとはしなかった

    サシャ(何処かに幹部連中と感染者が居るはず)


    巨像の後ろにある扉から内部に入るのは難しいと判断したサシャは、一旦外に出て、裏口から改めて中へ入っていった



    内部にはもっとたくさんの教団関係者がいると思っていたが、意外にもひと気は無い


    もしかしたらここは教会で、ただ信者が集まっているだけなのではないか…という不安が彼女の頭をよぎる


    しかし、蝋燭の灯りすらない真っ暗な廊下を進むうち、僅かに光が漏れている部屋が見えた


    扉に耳を付けて中の様子を伺う


    低い呻き声と衣擦れの音


    サシャ(感染者……?)


    音を立てないように注意しながら細く扉を開け、中を覗く


    サシャ(!!)




    声が漏れそうになるのを手で押さえ、辛うじて堪えた



    サシャ(なんやあれ…あんなん…どんだけ神様に祈ったって赦されるわけない!)



    檻に入れられた感染者達のあまりにも酷い姿に、サシャの瞳からは涙が自然と溢れ出ていた



    サシャ(こんなんする奴は人やない…必ず……潰したる!)


    僅かな間だったが、サシャは感染者の部屋には見張りのような者はいない事を確認していた

  29. 34 : : 2014/06/06(金) 00:24:21




    ーーその時、耳に届いたのは何処かの扉が開く音と、靴音…

    咄嗟に廊下の奥の暗がりまで走り、身を潜める



    サシャ(上の階から…靴音は二つ…男のもの…)


    部屋から出たらしい二人の男は、何やら話しながら階下へ降りてくる


    男1「……父さん……だといいん…」

    男2「彼女の……全て…地下…順調……か」


    老人と中年の男の声

    途切れ途切れに聞こえる会話の内容から、司祭とその息子であると予測はついたが、確かな証拠が欲しかった



    そして階段を降りきった時、老人が男の名を呼んだ





    その名前は

    17年前地下室から薬を盗んだと思われる兵士のものと同じだった






    二人が広間へ続く扉へ消えるのを確認した後、サシャは再び外に出て、敷地内にある建物を一つづつ覗いていった

    窓から覗く限り、中は信者達の生活空間になっているらしい


    サシャ(司祭と息子の確認は取れた。感染者もおったし、これで制圧作戦は実行可能になる…)


    サシャ(レイス卿もここにいるんやろか…)


    本来なら、このまま戻って報告すればそれで済む筈だった


    しかしサシャは今夜見た情報を紙に書き留め、班員の兵士との連絡用に決めておいた林の木の枝に結びつけた


    制圧作戦が上手く行けば司祭と息子は確保されるだろう

    だが二人が計画を洗いざらい話すとは思えなかった

    レイス卿がここに居なければ、上手く言い逃れる事も出来る



    サシャ(そんなん許せん…)



    先ほど見た感染者を思い出し、彼女の瞳に怒りの色が浮かぶ


    サシャ(まだ夜明けまでは間がある…)


    そしてサシャは再び裏口から城内へと入って行った


    ーーーーーーーー

    ーーーーーー




  30. 36 : : 2014/06/06(金) 20:18:47

    ーーーーーーーー

    ーーーーーー




    制圧部隊が城への突入を実行した時、サシャは感染者達と一緒に檻の中にいた



    サシャ(あれから何日経ったんかな…そろそろ制圧部隊が来るはず…)


    失われた血液の量が多く、意識が朦朧とする


    あの夜、レイス卿の所在を探る為に再び城内に戻ったサシャは、一番最初に感染者達が居た部屋へと向かった


    確信があったわけではない

    しかし彼女の勘が、この部屋を調べるように伝えていた


    サシャ(レイス卿が『出来損ない』になっているなら、上階に運ぶ事は無いはず…)


    教団が完全な巨人化の薬を作ろうとしているなら、検体は同じ場所に置くのではないか

    そう思い、覚悟を決めて部屋に入ったのだ……





    サシャ(このまま死んでしまうんやろか…)



    彼女の脳裏にはずっと、ある人物の笑顔が浮かんでいた



    出発前にハンジから接種された抗体の効果が疫病の感染を防いでいてくれてはいたが、噛まれた傷からの出血はゆっくり彼女の命の火を削っていく


    サシャ(思ってたより……怖くないな……気持ちいいくらいや…)



    既にサシャの五感は機能していなかった


    彼女を抱き上げ、必死にその名を呼ぶ声も届いていない





    サシャ(……お腹空いたなぁ……)









    そのまま彼女は底の無い暗闇に落ちていった





  31. 37 : : 2014/06/06(金) 20:21:31


    【ストヘス区】


    兵士1「交代の時間だ」

    兵士2「おう、お疲れさん」


    夜警の兵士は、建物の入り口に置いてある警備用の椅子に腰を下ろした

    後は長い夜が終わるのを待つだけだ

    後6日でここも閉鎖される

    兵士が夜警の任務に就いてまだ一ヶ月弱だったが、それでもこの退屈なだけの時間には、飽き飽きしていた


    兵士(次はもっと美味しい任務に就きたいもんだな…)

    そう兵士が思った時、入り口の扉に何か重い物がぶつかる音がした


    兵士(?)


    警戒しながら扉を開けようとするが、何かが当たっているようで上手く開かない

    細く開いた隙間から、強い酒の匂いが漂ってきた


    兵士(酔っ払いか…)

    彼は緊張を解き、ドアに寄りかかってるらしい男に声を掛ける

    兵士「おい、そんな所で寝るな」

    男「んー……?」

    男は扉の隙間に手を入れると、そこから顔を覗かせた

    男「あー…憲兵さんだ。何してるんです?一緒に呑みましょ?」

    兵士「こらこら、ここはダメだ」

    男「どーしてー?いいでしょー?」


    ただの酔っ払いなら力尽くで追い返すところだが、覗いた顔が中性的な色気を持つ美青年だった事で、自然と力が緩む


    青年は細身の身体を中に滑り込ませ、兵士に向かってしなだれかかってきた

    男「ね?一口だけ……」

    耳元で囁きながら、兵士の口に酒瓶を当てる

    顔を逸らそうとするが、酔っているはずの青年の力は、その容姿に似合わず思いの外強かった


    兵士「……!ん!ぐふっ!」

    男「ゴメンね、口移しじゃなくて…」


    瓶の中の酒を半ば流し込んだところで、青年の身体が兵士から離れた



    次の瞬間、後頭部に強い衝撃を感じ、兵士はそのまま気を失った



    ーーーーー


    地下へ続く階段を降りながら、アルミンは不満気な声を漏らした


    アルミン「どうして僕は、いつもこんな役回りなんですか…」

    リヴァイ「俺や悪人面したこいつじゃ、警戒されるだけだろう」

    エレン「これなら誰かが侵入してアニを攫ったって証拠は、何も残らないからな」

    リヴァイ「女型は勝手に結晶を壊して、勝手に逃げていったんだ。夜警が酔って潰れてる間にな」

    アルミン「それにしたって、他にやり方はあったでしょう…」


    リヴァイ「エルヴィンの計画はいつもえげつない。知ってるだろ?」


    アルミン「……ああ……そうでしたね……」


    リヴァイ「次の見張りが来るまでに成功させる。エレン、とっとと始めるぞ」

    エレン「はい!」


  32. 38 : : 2014/06/06(金) 20:22:54


    しかし結晶は三人が思っている以上に硬かった


    二人のタイミングを合わせ、ブレードを打ちつけた後、今度はその振動に合わせてより大きい共振を生む為の一撃を叩きつけなくてはならない

    少しでもタイミングがずれれば、振動自体を止めてしまい、またやり直しになってしまうのだ


    実戦では使う事のない重さのブレードを扱う為体力の消耗が激しく、休憩を挟みながらの試みで、時間は瞬く間に過ぎていった



    エレン「チクショウ!ほんとにこんなんで壊れるのかよ!」

    リヴァイ「これだけ打ちつけているのに刃こぼれひとつしてねぇ。結晶が壊れるってのもあながち間違いじゃないだろうな」





    「エレンは力を入れるタイミングが少し早い。それではせっかくの振動を止めてしまう」


    アルミン「ミカサ!」


    ミカサ「エレン、どいて。私がやろう」

    エレン「頼むぞ。ミカサ」


    ミカサはエレンの手からブレードを受け取ると、その重さを確かめるように2、3度振った


    リヴァイ「いけそうか?」

    ミカサ「いつでも。それとも少し休みますか?」

    リヴァイ「見くびるんじゃねえ」




    二人は声を掛け合う事もなくブレードを構えると、呼吸を合わせて結晶に打ち下ろした


    ミカサ「はぁっっ!!」



    キーーーーーーーーン!



    エレン「ヒビが入ったぞ!」


    2打目、3打目と、共振による内部からの破壊は進んで行き




    リヴァイ「これで最後だ」




    ガッ………………!



    4打目の打ち込みでアニの結晶は粉々に砕けた





    まるで細氷のように舞う結晶の欠片





    その中で静かに眠る少女は、かつての仇敵の手によって17年振りに外の世界に現れた






    アルミン「アニ!」

    アルミンに抱きかかえられたアニは、未だその眠りから目覚める様子はない



    ミカサ「エレン、やるべきことは済んだ。行こう」

    エレン「おいミカサ!待てよ!」


    アルミン「ミカサ!」

    アルミンは、足を止めることなく階段を上がっていく、ミカサの背中に声を掛けた




    アルミン「ミカサ!ありがとう!」




  33. 39 : : 2014/06/06(金) 20:25:21



    空が白み始めたばかりの街には人影もなく、二人の靴音だけが響いている


    微かに俯いたその背中を見ただけで、彼女が泣いているのが分かった


    どれだけ心の中の葛藤と闘っていたのか…


    どんな思いでここに来たのか…


    誰よりも近くでその姿を見てきたからこそ、今の彼女に掛けてやれる言葉は何も無い




    エレンは黙ったまま、少し前を歩くミカサの手を取りそっと握った





    ーーー暖かい……




    最愛の人の暖かさを、こうして感じられる幸せ……




    ミカサ「エレン…」


    エレン「ん?どうした?ミカサ」





    最愛の人の名を呼べば、優しく応えてくれる幸せ……




    ミカサ「………なんでも…ない」








    私は、もう何も怖がらない


    あなたがくれたこの幸せをずっと忘れないから…








    ミカサの中に居た過去の亡霊は、昇り始めた朝日の暖かい光を浴びて、静かに溶かされていった










    第三章 終



  34. 42 : : 2014/06/07(土) 23:29:59


    《第四章〜約束の日〜》




    リヴァイ「まだ目は覚まさないか?」

    アルミン「はい、呼吸や脈は落ち着いているので、健康状態に問題は無いと思いますが…」

    リヴァイ「まぁ、俺達に出された条件は、女型を結晶から解放して奴らに届けるまでだ。寝てようが起きてようが、生きてりゃ関係ないだろ」


    アルミン「彼等は僕達の前に現れるんでしょうか」

    リヴァイ「さぁな。現れたところでどうにかする気もねえが、万が一女型や奴らが巨人化しやがったら、容赦無くこのブレードで項を削ぐ」

    アルミン「……はい」

    リヴァイ「引き渡し場所のあるカラネス区まで後半日、早いこと済ませて本部に帰るぞ」


    リヴァイは御者座に回り、馬車を走らせた


    アルミン(そうだよね…もしかしたら、目覚めた瞬間彼女は巨人化するかもしれない。彼女はまだ17年前の時の中にいるんだから…)


    眠っているアニを馬車の揺れから守るようにその肩を抱き、自分にもたれかからせているアルミン


    アルミン(起きていたら絶対こんな事させないだろうな…立てなくなるまで蹴られそうだ)


    こんな時なのに少し可笑しくなって、小さな笑い声が漏れた


    アニ「…ん……」

    アルミン「アニ?目が覚めたの?」


    長いまつ毛に縁取られた瞼が微かに動く


    アルミン「アニ、起きて。もう全て終わったよ」


    アルミン「もう誰も君を傷付けたりしないから」


    アニ「……あんたは………」


    アルミン「うん、アルミンだよ。わかる?アニ」




    アニ「…あんたの声……ずっと聞こえてたよ…」


    アルミン「!!」


    アニ「…ずっとね……」




    アルミン「うん………そっか……うん……」



    アニ「泣くんじゃないよ…男のクセに…」



    アルミン「アニだって…泣いてるじゃないか…」



    アニ「私はいいんだよ…乙女だからね」


  35. 43 : : 2014/06/07(土) 23:30:55


    目が覚めてからも、アニはアルミンに身体を預けたままだった


    アルミン「ライナーとベルトルトが君を待ってるよ。彼等は君を見捨てたりはしなかった」

    アニ「…そう」

    アルミン「うん。色々あったけど…これからは笑って生きていけるよ」

    アニ「約束、守ってくれたんだね」

    アルミン「僕だけの力じゃないけどね」

    アニ「ん……ありがとう」



    二人の間に多くの言葉は必要無かった


    17年間アルミンが結晶の中の彼女に語り掛けてきた言葉は、彼女の心の中に確かに残っている



    目的地に着くまでの間二人は寄り添い合い、お互いの温もりを感じながら、優しい時を過ごした





    そして

    馬車の揺れが止まり、リヴァイが目的地に着いた事を告げる



    馬車から降りた二人はそこに立っている人物を見て、同時に声をあげた

    アルミン「憲兵?」

    アニ「マルロ?」

    マルロ「やぁアニ、久しぶりだね。あの時のまま歳を取ってないなんて、ヒッチが聞いたら泣いて悔しがるだろうな」

    アニ「元気そうだね」

    マルロ「お蔭さまで」


    リヴァイ「ナイルの指示で迎えに来たらしい。ここからはこいつがアニを運ぶ」

    アルミン「マルロさん、よろしくお願いします」

    マルロ「分かった。さて、休む間もなくて悪いけど、もう行くよ」

    アニ「ああ、大丈夫さ」




    アニがマルロの用意した馬車に乗り込もうとした時、アルミンは彼女に最後の言葉を掛けた






    アルミン「アニ!笑って!」






    その声に振り返ったアニは、アルミンが初めて見る屈託の無い美しい笑顔で、彼に向かって手を振った




  36. 44 : : 2014/06/07(土) 23:31:53



    ユミル「それ、今回の計画に関わった奴のリストか?」

    ヒストリア「うん『あの人』が送ってくれたの」

    ユミル「即位させた責任感だかなんだか知らないが、後ろ盾になるつもりならもっと堂々としてりゃいいじゃねえか」

    ヒストリア「表立っては動けない立場なんだから、仕方ないじゃない。私はこうして、いつも影から見守ってくれてるだけで心強いよ?」

    ユミル「親父の事はもういいのか?」

    ヒストリア「少しショックだったけど大丈夫。私の中では15年前に亡くなってるし……あ……!」

    ユミル「どうした?」

    ヒストリア「ここ見て」

    ユミル「……疫病の報告をしてた医者か?」

    ヒストリア「うん。地下街に撒く薬の精製を手伝ってたみたいね」

    ユミル「ほー…平気な顔してここに来てやがったクセに…面の皮が厚い奴だ」

    ヒストリア「丁度前室に待たせているから呼びましょう」



    ユミル「あ……なんかやな予感がする…」



    医師が部屋に通されて来ると、ヒストリアは夜会でも滅多に見せた事のない艶やかな笑顔で彼を迎えた


    ヒストリア「地下街の疫病は医療班の方々の尽力で、無事鎮静化したと聞きました。ご苦労様でしたね」

    医師「身に余る御言葉、光栄に存じます」

    ヒストリア「せっかく地下街を潰せると思ったのに、残念だったでしょう?」

    医師「は?」

    ヒストリア「ナイル総統の直属部隊の調査が入るまで、患者を放置していたと聞いたけど?」

    医師「は…?いや…なんの事でしょう…私は…」



    ヒストリア「お黙り!お前のような豚に発言する資格があると思ってるの?!下らない私欲に溺れて人々を犠牲にするような豚以下のクズは、家畜の餌になってしまいなさい!!」


    医師「!!!」


    ヒストリア「…あなたの処遇については後日連絡が行くでしょう。下がりなさい。……クズ!」


    ユミル「悪く思うなよ、おっさん。うちのお姫様は怒ると手が付けられないんだ」


    肩を落として部屋を出て行く医師と入れ替わりに、女官が怒れる女王陛下に来客を告げた


  37. 45 : : 2014/06/07(土) 23:32:47


    女官「スプリンガー分隊長がお見えです」

    ヒストリア「お通しして」

    ユミル「珍しい奴が来たな」


    ヒストリア「コニーいらっしゃい。来てくれたのは初めてじゃない?」

    コニー「おう、別に用事も無かったしな。おいヒストリア、なんだかデカイ声で怒鳴ってたが、あんな汚いおっさんうちの牛は食わねぇぞ?」

    ヒストリア「巨人より美食家なのね」

    コニー「巨人と一緒にするな」

    ヒストリア「ふふふ、ごめんね」

    ユミル「お前、今日はやけにめかしこんでるな」

    コニー「ああ、ジャンの代理押し付けられて、ドーク総統に報告書届けに行った帰りだからな」

    ユミル「またなんか出たのか?」

    コニー「巨人教の奴らが川に感染者の屍体を捨ててたらしくてよ、川を浚ったら結構な数の遺体が出て来た」

    ユミル「燃やすと目立つし、埋めるのは手間だからな」

    コニー「水質には影響無いらしいが…全く迷惑な話だ」

    ヒストリア「そっか、コニーがいる南コロニーに流れるんだもんね」

    ユミル「そういや牛達は落ち着いたのか?」

    コニー「ああ、教団が居なくなってからもしばらくは同じような様子だったが…最近落ち着いたな…一体なんだったんだ」

    ユミル「さあな。川に捨てられた遺体が、見付けて欲しいって言ってたのかもしれないぞ」

    コニー「そっか。見付けてやれてよかったよ」

    ヒストリア「コニー、怖くないの?」

    コニー「グールも幽霊も、生きてる人間がすることに比べたらかわいいもんだ」

    ヒストリア「確かにね。アニの特赦状は満場一致で交付されたらしいし…」

    ユミル「今回の件で、弱味を握られた奴らがかなりいるって事だな」


    ヒストリア「サシャは元気になった?」


    コニー「あ、そうだよ!あいつのせいでオレがここに来ることになったんだ!」



  38. 46 : : 2014/06/07(土) 23:33:51


    『……潜入班班長サシャ・ブラウスは見回りに来た信者から隠れる為に感染者を運ぶ布袋に潜むが、信者の手により檻に入れられ……』

    ジャン「どうして檻に入れられる前に袋から出て逃げなかったんだ」

    サシャ「潜入してることが分かったら、作戦は失敗するじゃないですか」

    ジャン「んなもん、どうにか上手く出来ただろう」

    サシャ「調査報告が本部に届くまでに1日、制圧部隊が来るまでに早くて1日半掛かるんですよ?逃げ出しても南本部のコニー班だけで制圧するのは難しかったでしょうしね。
    幹部達が逃げちゃったらお終いじゃないですか」

    ジャン「まぁ…そうだが…」

    サシャ「ハンジさんに抗体を打ってもらってましたし、なんとかなると思ったんですよね…」

    ジャン「なんとかならなかったみたいだがな」

    サシャ「もういいですか?」

    ジャン「どうした?具合が悪くなったか?」



    サシャ「いえ、お腹が空きました」

    ジャン「………」


    サシャ「お腹が…」

    ジャン「聞こえてる!2回も言わなくていい!」


    ジャン「お前が利き腕を噛まれて使えないから、俺が代わりに報告書書いてやってるんだろうが!メシぐらい我慢しろ!」


    サシャ「ジャンはいつも、怒ってばっかりですねぇ」


    ジャン「お前が怒らせるような事するからだろ」



    サシャ「笑った顔の方が、ずっと素敵ですよ?」



    ジャン「え?」



    サシャ「え?」






    ジャン「………まあ…間に合って良かったよ」



    サシャ「はい!ありがとうございました!」



    明るいサシャの笑顔に、ジャンは事件以来久しぶりに心からの笑顔を見せた






    第四章 終



  39. 47 : : 2014/06/07(土) 23:35:02


    ライナー「なぁ、本当にいいのか?」

    アニ「しつこいね…あんたも。これで何回目だい?」

    ベルトルト「8回かな」

    ライナー「ベルトルト、数えるんじゃない…」

    アニ「何度も言うけど私があっちに残っても、お互い気を遣い合って上手くいくわけないんだよ」

    ライナー「ああ、それは分かるが…」

    アニ「いつからそんな心配性になったんだい?」

    ベルトルト「用心深くなってくれればと思ったんだけど…僕が厳しく言い過ぎたかな」

    アニ「ダメだよベル、ライナーは根が素直なんだから」

    ライナー「お前の事心配してるだけだろうが!」

    アニ「はいはい、9回目。大丈夫だよ、私があんた達と一緒に居たいんだ」


    ベルトルト「アニ…」


    ライナー「よし!俺ももう心配は止めよう!」

    アニ「そうして欲しいね、キリが無いから。で、どこに行くんだい?」

    ベルトルト「どこでもいいんだけどね、せっかくだから北に行こうかなって」

    アニ「どうして北なの?」

    ベルトルト「僕達南の出身だから、北に行けば見たこと無いものが見られるかもしれないじゃないか」

    アニ「ふふ、何それ?子供みたいだ」


    ライナー「お前、よく笑うようになったな」

    アニ「そうだね。でも昔に戻っただけだろ?」

    ライナー「ああ」

    ベルトルト「アニは笑顔が可愛い女の子だったよね」




    露店主「ちょっとそこのお父さん!可愛いお嬢さんに焼き菓子はいかがです?!」




    ライナー「……お父さん?!俺か?!」





    アニ「あははは!やだ…お腹痛い!」

    ベルトルト「はははは!」








    アニ「焼き菓子欲しいなぁ…お父さん!」







    fin






  40. 48 : : 2014/06/07(土) 23:36:14


    以上で終了です。

    今回は地の文を極力使わないで書いてみました。

    伏線回収出来ている筈ですが、漏れていたらごめんなさい(⌒-⌒; )

    最後まで読んで下さった方に心から感謝致します。

    ありがとうございました。


  41. 49 : : 2014/06/08(日) 00:03:48
    ライナーがお父さんって笑
    めっちゃ笑った!笑
    面白かったです!
  42. 50 : : 2014/06/08(日) 00:25:46
    お疲れ様です。

    最後はみんなハッピーエンドになって、幸せな気持ちになりました。

    心配だったサシャも無事でしたし(笑)


    次回も楽しみにしています。
  43. 51 : : 2014/06/08(日) 09:34:01


    ケン坊さん、ライナーは貫禄があるので、訓練兵時代から歳相応には見えませんでしたし…(笑)最後までお付き合いありがとうございました(o*。_。)o


    ありゃりゃぎさん、未来のお話なので、今原作に出ているキャラはみんな幸せになって欲しいという思いで、今までの作品は全てハッピーエンドでしたね(笑)
    今回も応援頂き、とても励みになりました。
    ありがとうございました(。-_-。)

  44. 53 : : 2014/06/08(日) 22:33:09
    あの『風を読む者』を書かれたのは、あなただったのですね!
    お会いできて良かった、探していました。
    今やっと全て読むことができ、僕はとてもファンになりました。構成力の高い作品を、これからも楽しみにしています。
  45. 54 : : 2014/06/09(月) 00:44:49
    執筆お疲れ様でした。
    一章を読了してから執筆終了まで我慢して、一気に読破しようと思っていたのですが、正解でした。笑
    月子さんの描かれる独特の世界観が、本当にたまりません!
    序盤はぞくぞくするような場面も多く、それからも沢山の謎が出てきて、画面をスクロールする手が止まりませんでした。終盤の伏線の回収もお見事の一言です…!
    個人的には結晶の中から出てきた後のアニが、今までにないような切り口で描かれていて、感銘を受けました。
    長くなってしまってすみません、今回も楽しませていただきました。ありがとうございました!
  46. 55 : : 2014/06/09(月) 01:58:40
    とても良かったです。
    トップページのPick upの1番上に表示されるのにふさわしい作品だと思います。
    次も楽しみにしています。
  47. 56 : : 2014/06/09(月) 12:58:08
    Artさん、ジャンの話読んで下さってたんですね。気に入って頂けて嬉しいです。ありがとうございます(o*。_。)o
    まだまだ書きたい事が上手く表現出来ない未熟者ですが、今後も暖かい目で見て頂けたら幸いです。


    submarineさん、楽しんで頂けて良かったです。ほっとしました(。-_-。)
    本当はもっと恋愛要素を入れたかったんですが…胸キュンの壁は厚かったです(笑)
    これからも頑張りますのでよろしくお願いします。


    星月夜さん、Pick upがどういう基準で選ばれているのか分かりませんが、正直ビビっております…コソコソ書きたい派なので(笑)いつも見て下さってありがとうございます(o*。_。)oこれからも頑張ります。


  48. 57 : : 2014/06/10(火) 13:00:49
    とても面白かったです!
    104期のみんなが格好良くて……!

    構成などもしっかりしてて読みやすかったです。
    次回作も楽しみにしてます!
  49. 58 : : 2014/06/10(火) 21:40:30

    キミドリさん、ありがとうございます。
    構成はいつも頭の中だけで組んでしまうので、今回はちょっと心配だったのですが安心しました。これからも頑張ります(。-_-。)

  50. 59 : : 2014/08/14(木) 09:29:58
    ライナーがお父さん・・・wwwwwwwwww
  51. 60 : : 2014/08/15(金) 21:37:46

    エレンさん、ライナー父さん似合うと思いまして…(笑)
    最後までお付き合いありがとうございました(o*。_。)o

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Tukiko_moon

月子

@Tukiko_moon

この作品はシリーズ作品です

大人になった104期生のお話 シリーズ

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