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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

「Die Sternennacht」~星降りの夜に君に届け~ 絵師くちさんとのスペシャルコラボ

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  1. 1 : : 2014/05/09(金) 14:47:27
    「Die Sternennacht」~星降りの夜に君に届け~ 絵師くちさんとのスペシャルコラボ

    絵師くちさんのイラストと、私の文章で一つの物語を作る事になりました
    私の文章の合間に、くちさんが挿絵を描いてくださいます

    カップリング要素あり、大人組の脇役の方のお話

    その人物と、ナナバさんが同期という設定です

    シリアスです

    『Sternennacht』(スターネンナハト)とは、ドイツ語で『星降り』
    Art・Bill兄弟に翻訳してもらいました!

    原作と相違がある部分が多々ありますが、目をつぶって頂けましたら幸いです
  2. 2 : : 2014/05/09(金) 14:47:50
    宵闇の中の崩れ落ちた古い城

    石作りの城は見るも無残に破壊されていた

    ただ一つ、どうやら城のシンボルであったらしい塔だけが、崩れ傾きながらも、宵闇の月明かりを背に鎮座していた

    その今にも崩れそうな塔の上に、人影が一つ・・・

    塔の上から下を覗く様に、跪いていた



    シンと静まり返る古城

    激しい戦いの爪痕

    一人の男が立体機動でその崩れかけた塔の上に降り立った

    男が塔の上から下を覗くと、がれきの山しか目にすることは叶わなかった

    男が欲していた者は、もうそこには存在しなかった

    もうこの世界の何処にも、存在しなかった
  3. 3 : : 2014/05/09(金) 14:48:31
    もしここに、もう少し早くたどり着いていれば、助けることが叶ったのか

    もし真実をもっと早く知っていれば、失わずに済んだのか

    男は頭を振った

    ここで勇敢に戦い、命を落とした兵士のために用意した、4つの小さな花束


    「リーネ」
    そう名を呼んで、花束を塔の上から投げる

    「ヘニング」
    また、一人の名を呼んで、小さな花束が宙を舞う

    「ゲルガー」
    陽気な酒飲みの名を懐かしむ様に呼んで、また花束を投げる



    最後に残った花束

    男はそれをぐっと握りしめる

    こみあげてくる想いに、ついに男の涙腺が緩む

    だが、必死にこらえる

    この花束を贈る主は、きっと自分が泣く事を望んでいないだろうから

    だから、男は涙をこらえる


    「ナナバ・・・君はよく、戦ったね」
    そう一言だけ、天を仰ぎ、星にむかって呟いた



    男に向かって降り注ぐ月明かりと星の光

    あたかも男の悲しみをすべて包み込むように


    絶え間なく、注がれる
  4. 4 : : 2014/05/09(金) 14:49:37

    パシュッパシュッ・・・
    立体機動装置を操りながら森の中を駆け抜ける、一人の青年

    その目の前に、木でできた巨大な張りぼてがお目見えする

    その張りぼては人の様な形をしており、ちょうど首の後ろ・・・うなじの部分にクッションの様なものが付けられていた

    青年はそのクッション部分をしっかりと見据えて立体機動をしながらスナップブレードを閃かせる

    その時・・・

    「もらった!!」
    青年より一瞬先に、その木の張りぼてに近づく人影

    「あっ・・・しまった」
    青年は思わず口を開く

    口を開きつつも、木の張りぼてに一直線だった動線を旋回させるべくトリガーを引き、アンカ―を繰り出す

    青年の体はそのアンカーを軸に回転しつつ、地面に着地した

    そして、視線を木の張りぼてに向けると・・・

    「とった!」
    その人影は見事なブレードさばきで、縦1メートル幅10センチを綺麗に削ぎ落す

    そして、まるで天女の様にふわりと地上に降り立った
  5. 5 : : 2014/05/09(金) 14:50:14
    青年はその天女の様な人物に歩み寄る
    「さすがだね、ナナバ。俺が取れると思ったんだけどな・・・」

    青年は鼻の頭をぽりっとかいて、そう言った

    「ふふ、残念だね。あなたの行動を見させてもらっていたから」
    ナナバ・・・と呼ばれた人物は、そう言って微笑んだ

    「覗き見か、ナナバ。君は趣味が悪いよ」
    青年は苦笑気味に言った

    「あはは、そうかな。あなたの動きがわかりやすすぎるのがいけないんだよ」
    ナナバはそう言うと、青年の額を指でぴんと弾いた

    「っ痛・・・」
    青年は弾かれた額に思わず手を当てる

    「あら、そんなに痛かった?でも・・・あなたは痛がりだからね、ふふふ」
    ナナバはそう言って、ふわりと笑顔を浮かべた

    「痛いに決まってるだろ・・・いつもデコピンしてくるからな、君は。きっと穴でも開くよ、そのうちね」
    青年はため息をついた

    「・・・あっ、もう開いてるよ?」
    ナナバは青年の額に指で触れながらそう言った

    「え?」
    青年はあわてて自分の手を額に当てようとして、その手をナナバに絡め取られる

    「・・・ばか。うそだよ」
    ナナバはそう言って、見るものを魅了する様な艶やかな笑みを浮かべた
  6. 19 : : 2014/05/11(日) 11:34:17
    ―トロスト区の訓練兵施設―

    ここでは各所から集う若者たちが、立派な兵士になるべく訓練に励んでいた

    訓練兵は3年の間に、巨人を倒すための技術・・・立体機動、スナップブレードの扱い、対人格闘や、座学に至るまで、みっちり仕込まれる

    余りにも素質のない者は容赦なく開拓地送りにされる、過酷な訓練所での生活の中、それでも若者たちは夢や希望を胸に日々努力を続けていた

    そして、今年も訓練兵たちがその3年の兵役を終えようとしていた



    郊外の森での立体機動訓練を終えた訓練兵一行は、トロスト区の訓練兵兵舎に帰還後、遅めの夕食にありついていた

    一人の女性が頬杖をつきながら、パンをゆびでつんつんとつついている

    ふわりとした髪をショートヘアにし、その印象を幾分快活に見せているが、顔のつくり自体はとても繊細で、男とも女とも一瞬見分けがつかないような、中世的な顔立ちをしていた
    ただ美しい部類の顔の造作に間違いはなかった

    他の兵士たちは食事を掻き込んでいるいるなか、ただ一人食事が進まない女性
    その瞳は遠くを見据える様に、窓の外に向けられていた

    そこに一人の青年が近付く
    「やあ、ナナバ。隣はいいかな」

    食事が乗ったトレーを片手で持ちながらはにかんだような笑顔を見せる、その青年
    身長は、兵士にしては決して高いとは言えない・・・175センチくらいだろうか

    穏和を絵に描いた様なその顔は、到底兵士を目指しているとは思えない、優しげな雰囲気を醸し出していた

    「ああ、どうぞ。そういえば、今日の立体機動訓練はあれからどうだった?一つはターゲット取れた?」
    ナナバが心配そうに、隣に腰かけようとしている青年に話しかけた

    青年は椅子に腰を下ろし、パンを一口だけ口に入れると、首を横に振った
    「あれから0だよ。これで訓練兵10位以内は消えただろうね」

    青年ははぁとため息をついた

    そんな青年の肩をぽんと叩くナナバ
    「いいじゃない?代わりに私が10位以内に入っているから」
    そう言ってふふっと笑みを浮かべた

    「・・・君は今日のターゲットを取らなくても10位以内だろうに」

    そう言って頬を膨らます青年の頬を、指でつんつんとつつくナナバ

    「あら、だめだよ八百長は。私はいつでも全力。いくらあなたの頼みでも、ターゲットを譲ったりはできないよ」

    「・・・わかっているよ。まあ、10位以内には入れない実力だってことは自分でもね」
    青年はバツが悪そうにそう言って、肩をすくめた
  7. 20 : : 2014/05/11(日) 11:35:20
    「あら、拗ねているの?あなた」
    ナナバは再び青年の頬をつつき、首を傾げる

    青年は首を横に振る
    「いや、拗ねてなんかいないよ。ただなんだろう・・・俺は結局、君に一度も何も勝てた事がなかったなぁとね」

    「当たり前じゃない。私に勝とうなんて、10年早いよ?」
    ナナバは青年の頬をつつくのを止め、代わりに頭を撫でた

    「10年か・・・一生かかっても勝てそうにないね、俺は君に」
    青年は頭を撫でられながら、ため息を漏らした

    「ちょっと、捨てられた子犬の様な顔をしないでよ、ふふ」
    ナナバはそう言って、こぼれるような笑顔を見せた

    「そ、そんな顔をしているかい?」

    「ああ、今にも泣きだしそうな顔をしているよ、あなたは」
    頭を撫でていたナナバの手が、青年の頬に当てられた

    「さすがに泣いたりは、しないよ」
    青年のその言葉にナナバは

    「あはは。ああ、わかっているよ。でも心配しないで、大丈夫。あなたは私が守ってあげるからね」

    その冗談とも本気ともつかない言葉に、青年の顔が一瞬固まった

    「自分の身くらい自分で守るよ、ナナバ」

    青年の真摯な眼差しが、ナナバの顔に注がれる

    「・・・うん。そうだよね、ごめんね」
    そう言って、ナナバはふわりと柔らかな笑顔を青年に見せた
  8. 21 : : 2014/05/11(日) 11:36:25
    そのまま食堂で何気ない会話をしながら食事を平らげた二人は、兵舎の外にある屋外修練場に足を運んだ

    しんと静まり返った夜の修練場
    月明かりと星の瞬きが、夜空に彩を添えていた

    「明日、ここで進路を決める事になるよね・・・。ねえ、あなたはもう決めているの?進路」
    ナナバは地面に腰を下ろして、そう言葉を発した

    青年はナナバの隣に腰を下ろし、片方の膝を曲げて座った
    「・・・ああ、一応決めているんだ」

    青年は星がきれいな夜空に目をやりながら、呟く様に言った

    「へえ、あなたは座学が優秀だし、駐屯兵団の技巧関連が合いそうだよね」
    ナナバは、夜空を仰いでいる青年の顔を眺めながら言った

    だが青年は、ゆっくり首を横に振る

    「・・・俺は、調査兵団に入るよ」
    青年は視線を星空に向けたまま、静かにそう言葉を紡いだ

    その青年の言葉に、目を見開くナナバ
    首を横に数回振振って、珍しく矢継ぎ早に言葉を発する

    「待って、どうしてよりによって調査兵団なの?絶対にあなたには向いていない。あなたみたいな優しい人は・・・きっとすぐに死んでしまう」

    ナナバはそう言って表情を曇らせながら、青年の手を取った

    青年は相変わらず星に視線を向けていたが、やがてナナバに視線を移動させた

    「心配・・・してくれてありがとう、ナナバ。でももう、決めたんだ」

    青年は自分の手を握りしめるナナバのその手を、もう片方の自分の手で包み込んだ

    「・・・どうして・・・」
    ナナバは頭を振った

    「どうしてだろうね・・・でも随分前から、調査兵になろうと決めていたんだよ。ナナバ、君は・・・憲兵になってくれよ」
    青年はそう言うと、泣き笑いに似た表情を浮かべた
  9. 26 : : 2014/05/14(水) 00:52:53
    「なんだか今日はさ、星が近い気がしないかい?ナナバ」
    青年は夜空を見上げて呟く様に言った

    ナナバは青年の言葉に引かれて、同じように夜空を見上げた

    「確かに、近い気がするね・・・あっ流れ星」
    ナナバが見上げた視線の先に、きらりと筋を残しながら空を駆ける流れ星

    その姿は一瞬で消えて見えなくなった

    「流れ星?俺には、見えなかったな・・・」
    青年は目を皿の様にしながら、星空を見つめ始めた

    「ほんの一瞬だったからね・・・願い事も言えなかったよ」
    ナナバは少し残念そうに、肩をすくめた

    流れ星を探すべく星空に視線を送っていた青年は、ナナバのその言葉にちらりと顔を彼女に向けた

    非の打ちどころのない美しい横顔
    腕のいい彫刻家でも、彼女の美しさは表現できないだろう

    繊細な顔のライン、ふわりと咲く桜の様な唇

    決して大きくはないが、凛と輝く強い意志を感じる瞳

    この瞳が、彼女がただ美しいだけではない人となりであることを如実に表していた

    この美しい顔に、瞳に、何度目を奪われただろう

    現に今も青年は、まるで吸い寄せられるかの様に、彼女から視線を離す事が出来ずにいた

    「・・・どうしたの?モブリット」

    じっと自分を見つめてくるその視線に気が付き、ナナバは静かな湖にさす月明かりの様な、優しい微笑みを見せた
  10. 27 : : 2014/05/14(水) 00:54:31
    「あ、いや何も」
    自分に向けられる優しい微笑みを受け止めきれずに、ついと視線を外しながら、モブリットは小さな声で言った

    「ふうん、なんだ。私に見とれているのかと思った・・・あはは」
    ナナバはそう言って愉しげに笑った

    モブリットはその言葉に一瞬体をびくっと震わせたが、それ以上態度に出すことだけはなんとか耐えた

    まさに見とれていたなんて、言えるはずもない
    気恥ずかしさから、手の平に変な汗をかいた

    「そんなんじゃないよ、ナナバ」
    しどろもどろにそう言葉を発したモブリットに、ナナバはふわりと微笑を浮かべた

    「そうだよね?私の顔なんて、毎日見飽きてるはずだしね?今更見とれるなんて、ね」

    鈴のなるような凛とした声、形容しようの無い美しい微笑
    それらが自分に対して向けられている事に、モブリットはまた自分を見失いそうになるが、なんとか耐える

    「見飽きてる・・・とかそういうのではないけどね・・・」

    もはや、何を言っても墓穴しか掘らない様な気にはなっていたが、何も言わないわけにはいかない

    モブリットは懸命に言葉を探した

    しかし、一向に気の利いた言葉は浮かばなかった

    「そういうのではないけど、何?」
    ナナバはモブリットの顔を覗きこむ様にして、彼に尋ねた

    モブリットは間近に迫るナナバの顔に、心臓が跳ね上がった気がした

    「な、何でもないよ・・・」

    モブリットは懸命に動揺を隠そうと表情を作ろうとした
    だが結局失敗に終わり、顔を真っ赤にそめた

    ナナバはそんなモブリットの様子を見かねて手を頬に当てる
    「・・・顔が真っ赤だよ、ふふ」
    そう言って、いたずらっぽく笑った


    ※くちさんのイラストです↓
    http://i.imgur.com/xKWokkd.jpg
  11. 36 : : 2014/05/14(水) 13:56:58
    「でも・・・あなたが調査兵か」
    ナナバはモブリットの頬に手を当てながら、彼の瞳をじっと見つめて呟く様に言った

    気が弱くて優しく、そして痛がりのモブリットがまさか調査兵を希望していたなんて、寝耳に水だった
    絶対に憲兵団か、駐屯兵団を志望しているものと思っていたのだ

    「ああ、やれるところまで、頑張ってみるつもりだよ」
    モブリットは、頬に当てられている手の温もりを感じながら、ゆっくり言葉を紡いだ

    「本気なのね」
    ナナバは彼の頬に当てた手を離すと、俯き息をついた

    「応援は、してくれないのか?ナナバ」

    「・・・だって、今まで一度も話してくれなかったじゃない?散々進路の事について話してきたのに」
    ナナバは上目使いでモブリットを見た

    「そうか・・・そうだったね。ごめん、ナナバ」
    モブリットはそう言って、少し悲しげに微笑んだ

    ナナバはモブリットの憂いを秘めた様な微笑みに、思わず彼に腕を伸ばしてぎゅっと抱きしめた

    「モブリット・・・応援、しているから。私はいつだってあなたの事を・・・」
    ナナバはモブリットの耳元で、ゆっくりかみしめる様に、そうささやいた
  12. 37 : : 2014/05/14(水) 13:57:40
    次の日

    修練場には全ての訓練兵が整列していた

    今日は訓練兵の修了式

    3年の訓練も今日で終わりを迎える

    まずは教官から、成績が言い渡された

    「4位  ナナバ」

    ナナバは訓練兵の中で4位だった
    この成績は今回の訓練兵の中の女性最上位で、憲兵団に入る事を許される順位でもあった

    美しく聡明で、訓練兵の中でも一番人気があった女性が、4位という好成績
    訓練兵たちは一様に色めきたっていた

    皆から羨望の眼差しを浴びる事に慣れているナナバは、どれだけ注目されていようとも全く動揺を見せず、涼やかな笑みを浮かべていた

    それを横目で見ていたモブリットは、彼女がまぶしく輝いている様に思えた
    そして、いつも彼女の傍にいる事が、自分にはとても不相応に感じた

    結局10位までにモブリットの名前はついに呼ばれる事がなく・・・

    「11位  モブリット」

    モブリットはそれを聞いた瞬間、肩をがっくりと落とした
    よりによって11位・・・
    なんとも中途半端な順位だろう

    自分らしいとは思いながらも、苦笑せずにはいられなかった

    ナナバはそんなモブリットを見咎めて、そっと彼に歩み寄り、声を掛ける

    「モブリット、11位だってすごいよ」
    ポンと彼の肩を叩いてそう言った

    「ああ・・・ありがとうナナバ。何となく悲しいのは気のせいかな」
    モブリットははぁとため息を漏らした

    「でも・・・11位って、あなたらしい順位ね。詰めが甘いというかなんというか」
    ナナバはそう言って、くすっと笑った

    「ナナバ・・・今笑っただろ?ひどいな・・・これでも結構傷ついているんだよ」
    眉を顰めながら、ふてくされたような口調で言葉を発するモブリット

    ナナバはそんな彼の頭に手を伸ばして、優しく撫でながら言葉を紡ぐ
    「そっか、ごめんね。でも私、あなたの事は本当に凄いと思っているんだよ?確かにあなたは痛がりだし、ちょっと気が弱い所はあるけど・・・でも」

    「いいよ、ナナバ。慰めてくれなくても、大丈夫だから」
    モブリットはナナバの言葉を途中で遮る様に、ナナバの肩をぽんと叩いた

  13. 41 : : 2014/05/15(木) 12:55:59
    訓練兵の修了式が終わり、皆、仲間と思い思い進路について話をしていた

    モブリットは、ナナバと数人の同期達と共に、新兵勧誘式が行われる修練場の隅に腰を下ろしていた

    「モブリットは、調査兵団を希望するのか・・・11位、惜しかったよな」
    そう言うのは、この年ですでに酒が好きなゲルガー
    小さな頃から水の代わりに酒を飲んでいたと豪語するほどの酒豪だ

    「モブリット、本当に大丈夫?君には向いていない気がするんだけど・・・。折角座学が優秀なんだし、駐屯兵団で研究の方に回る方がいいんじゃないの?」
    ナナバと同じ意見を発しているのは、リーネ

    訓練兵の中で数少ない女性だ
    美人の部類に入る彼女ではあるが、あまり女性らしい所をみせず、常に男性と張り合うようなそんな所があった
    ただ本来の彼女は優しく、いつも仲間たちを見守っている様な、そんな存在であった

    「一応、調査兵団に入るつもりでいるよ、俺は」
    モブリットは困ったように微笑んだ
    その表情には、まだ迷いがある様に見てとれた

    「お前らは、決めたのか?進路・・・俺はまだ迷ってる」
    ぼそっと呟く様に言ったのはヘニング
    髪は短く切りそろえ、精悍な顔付きはすでに歴戦の兵士の様な雰囲気さえ感じさせる男だ

    「・・・私も、迷ってるいるよ」
    リーネはそう言うと、俯き息を吐いた

    「俺は、今日の新兵勧誘式で決めようかなと思っている。大体、決めているんだがな」
    ゲルガーはきっちり決めたオールバックの髪型を気にするそぶりを見せながら、そう言葉を発した

    「ねえ、ナナバはどうするの?4位だし、憲兵団だよね」
    リーネがナナバに視線を合わせて言った

    ナナバはリーネに笑いかけた
    「どうしようかな・・・ふふ」

    その笑みは、艶やかで見る者を虜にするに余りある微笑であったが、どことなく憂いを帯びている様に見えた

    その笑みを見ていたモブリットが、ナナバに真摯な目線を向ける
    「ナナバは、憲兵団だよ」

    モブリットのその言葉に、ナナバは目を見開いた

    「・・・憲兵団、ね」

    そう言って、また元の微笑に表情を戻したのだった
  14. 42 : : 2014/05/15(木) 12:56:26
    300人近くいる訓練兵の中で、毎年少数しか行くことができない『憲兵団』
    なぜなら成績上位10名しか行く事が出来ないからだ

    ナナバはその上位10位に入っていた、だから憲兵団に行く権利を持っていた
    訓練兵ならばほぼ全員が目指す、憲兵団

    ウォールシーナ内地での勤務
    巨人と戦わずにすむ、安定した職

    そして、同じく毎年少数しか行くことができない・・・のではなくて行かない兵団が、『調査兵団』
    こちらは、約月一回毎に行われる『壁外調査』を主に活動の主軸としている兵団

    巨人との戦闘の矢面に立つため、犠牲者が多い
    新兵がベテラン兵になる前に戦死する事があまりにも多い現実に、どの訓練兵も好き好んでこの兵団を選ぶ事はなかった

    それでも毎年十数人が調査兵団に入っていた

    その理由は様々だろう

    幼い頃から見てきた、恐れを知らない調査兵団の後ろ姿にあこがれを抱く者
    自らの手でこの混沌とした巨人支配から逃れるべく動きたい者

    自らの命を賭してでも、巨人にとらわれた鳥かごの様な人類のこの状況を脱却したい
    その強い信念の元、果敢に、無謀に壁外に向かう調査兵団

    その紋章は『自由の翼』
    二枚の大きな翼を背に、調査兵団は壁外へ飛ぶ

    その名の通り、自由を求めて羽ばたく、そんな兵団だ

    そしてそのどちらにも入らなかった者たちは、『駐屯兵団』へ配属される
    これは憲兵団の下につく組織で、壁の補強修理、壁内の警備、大砲の整備などの任務を行う

    訓練兵から大人数が、この駐屯兵団に入る

    壁が破られた場合は巨人との交戦を余儀なくされるが、今のところそう言った状況は無く、ただ壁の内側で警備をしながら酒を飲む姿が見られるほど、呑気な兵団でもあった


    訓練兵たちは、この3つの兵団のうちどれか一つを選択する

    その重大な選択をする日が、まさに今日であった
  15. 43 : : 2014/05/15(木) 12:57:07



    訓練兵たちが整列する中、調査兵団団長キース・シャーディスが演説を始めた

    キース団長はげっそりとやせたような風貌に、うっすら頭皮がのぞくような頭髪
    疲れ切った表情が伺えた

    なにしろ壁外遠征からかえってきたばかりだというから当然だろう

    だがその声は広い修練場にひびきわたるほど大きかった

    その傍らに立つ副官の様な男
    立派な体躯に精悍かつ端整な顔を持ち、演説をするキースの後ろで訓練兵たちに鋭い目線を向けていた

    まるで、値踏みをするかの様に

    「犠牲を恐れていないわけではない。ただ先人たちが切り開いてきた巨人支配からの脱却の糸口をつかむべく、この調査兵団はここで行動を、歩みを止める事は出来ない!諸君たちの胸に聞いてみてほしい。このまま何もせず巨人に支配されたまま終わるのか、それとも真実を知るべく行動をするのか」

    訓練兵たちは、一様に青ざめた顔をしていた

    団長が言っている意味はわかる
    だがあくまで理想論だ
    だれだって、人柱になどなりたくない、死にたくないのだ

    巨人に支配されていたくなどない、だが現実的にその支配から逃れる術がない
    だから、壁の中でじっとしていた方が安全なんだ

    ・・・そういう思考の者がほとんどだろう

    ただそんな訓練兵達の中で、前をまっすぐ見据えて団長の話に耳を傾けていた人物がいた
    恐れず、その凛とした眼差しでしっかりと前を見据える

    モブリットはその人物にちらりと視線を移す
    団長の話を聞いているその人物表情に、強い決意の様な物をはっきりと感じ取る事ができた

    「(まさか、ナナバは・・・)」
    モブリットは首を横に振った

    「(いや、4位だ。憲兵団のはずだ)」
    そう自分に言い聞かせて、また団長の話に耳を傾けたのだった
  16. 44 : : 2014/05/15(木) 12:58:05
    キース団長の演説が終わった

    「では、調査兵団へ入団を希望する新兵はこの場に残るように、後は解散」
    その団長の言葉に、次々と仲間の訓練兵が修練場を後にした

    モブリットは目を閉じ、自分の気持ちを落ち着かせながら、だが一歩もその場を動く事はしなかった

    恐ろしくないはずがない
    何故調査兵団を選ぼうと思ったのか・・・自分には駐屯兵団の技巧部門が向いている、その声が教官からもかかっていたというのに

    その理由は一つ、真実を知りたいから
    壁の中にいてはわからない、真実を知りたかったから

    ただ、自分にどれほどの事ができるのか、今となってはただの人柱にしかならない予感しかしなかった

    今動けば、まだ駐屯兵団へ行ける

    そう思ったが首を振る

    一度決めた事だ、やり遂げてみせる
    その決意を新たに息を吐き、目線を前に向ける

    そして、改めてがらんとした修練場を見渡して絶句した

    「ナ、ナナバ・・・?」

    自分より少し離れた位置にいる、凛とした佇まいの女性
    一歩も動かない、両足をしっかり地につけて、まっすぐ前を見据えている

    数人の訓練兵がその場に残っていた
    そこにはゲルガーも、リーネも、ヘニングもいた

    「君たちまで・・・」
    モブリットは泣きそうになるのを必死にこらえた

    「俺だって、決めていたんだ」
    ゲルガーがモブリットの肩をがしっと抱く

    「モブリット、泣きそうな顔してるよ、しっかりしなさい」
    ぽんと背中をたたく、リーネ

    「お前も泣きそうだぞ、リーネ」
    そう言うのはヘニング

    そして、ナナバが歩み寄ってくる
    「あなたたちも、調査兵になるんだね」
    そう言って、憂いを帯びた表情で微笑むナナバ

    「君は、憲兵に・・・なるべきだ」
    モブリットは震える声でそう言った

    「何故?私はもともと調査兵になるために兵士になったんだよ?それともなに?私が調査兵団なんて不服かな?すぐ死ぬとおもう?」
    そういたずらっぽくいうナナバに、リーネがはははと笑う

    「ナナバは殺しても死にそうにないよね!何せ目ざといんだから。ターゲットを発見して横取りするのに長けているしね」

    「誰がいつ横取りしたの?!あなたたちが遅いのが悪いのよ」
    ナナバは頬をふくらませた

    「まあ、ナナバ怒るな怒るな。ナナバがいりゃあ安心だな。みんなでじいさんばあさんになるまで生き残ろうぜ?な!」
    ゲルガーのその言葉に、5人の心が和んだ

    「ああ、そうだね。精いっぱい戦って、生きよう」
    モブリットは頷き笑顔を見せたのだった
  17. 48 : : 2014/05/16(金) 12:13:01
    その夜

    モブリットは何となく寝付けなくて、夜の修練場へ足を踏み入れた

    今日は重大な決断をした
    もう、後戻りはできない・・・はずだ

    明日からは調査兵団の本部での勤務になる
    毎晩の様にここへ来ては星を眺めたり、未来について語り合ったりした
    それも今日が最後だ

    そう思うと、感慨深い想いが胸の底から湧きあがってくる様な気がした

    調査兵団に入れば、毎月の壁外遠征が待っている
    新兵は5年生存率が10%に満たないと言われていた

    その10%が、優秀な兵士として兵団をひっぱっていくのである

    自分がその10%に入れるとは、思えなかった
    それでも、何かをやらなければという思いだけは本物だった

    だが、怖い

    自分の意気地の無さに自分自身で呆れているモブリットであった


    ナナバはまっすぐな瞳で、微動だにすることなく、調査兵になる事を受け止めていた
    自分とは心持ちから違う
    技術も、才能も、すべて彼女が上だ

    だから、いつも弟扱いだ
    それはいたし方ないと思う

    だが3年の月日の間に芽生えた彼女への想い

    それに気が付いたとき、自分はもっと変わらなければと思った
    彼女に自分が男である事を理解させたいから?
    それだけではない

    だが、調査兵を選んだ理由に彼女の存在と、彼女への想いがあった事は事実だった
  18. 49 : : 2014/05/16(金) 12:13:25
    ふと空を見上げる

    星々が夜空に瞬く

    その星々が夜空に描き出す美しい絵に、モブリットは目を凝らす

    ・・・星は降ってこないかな

    だが、待てども待てども、流れ星はモブリットの目に留まる事はなかった

    その時だった

    「モブリット」
    鈴のなるような凛とした声

    モブリットが振り向くと、ふわりと優しげな笑みを浮かべたナナバが、星明りを背に立っていた

    「ナナバ」

    「やっぱりここに来ていたのね」
    ナナバはそう言うと、モブリットの隣に歩み寄った

    「ああ、なんだか寝付けなくてね」

    「あなたも?私もだよ」
    ナナバはふふっと笑った

    「ナナバも、か」
    モブリットはふうと息をついた

    そのモブリットのどことなく不安そうな表情に気が付いたナナバは、彼の額に手を伸ばす

    そして、ぴんと指で弾いた

    「・・・痛っ」

    「モブリット、なんて顔してるの?今にも死にそうな顔しないでよ・・・ふふ」
    ナナバはいたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った

    「ナナバ、君はまた、デコピンを・・・」

    「だって、変な顔しているんだもの、あはは」
    ナナバは笑いながら、ふてくされるモブリットの頭を撫でてやるのだった
  19. 50 : : 2014/05/16(金) 12:14:03
    「不安なのはね、皆一緒よ、モブリット」
    ナナバはモブリットの頭を撫でながら、諭す様に言った

    「・・・ああ」
    モブリットは頭を撫でられている事が嬉しいのか悲しいのか、よくわからなくなっていた

    やはり自分は弟の様に思われている
    そう理解せざるを得ない状況だった

    「今ならまだ間に合うよ?駐屯兵団に・・・」

    「いや、もう決めたから。いくらナナバに言われても変えないよ。それより君こそ憲兵団になりなよ。何のために4位になったんだよ」
    モブリットは頭を撫でるナナバの手を振りほどく様に、少し彼女から距離を取った

    「何のために4位・・・か。自分の力を試したかったのもあるし、調査兵として働いていくなら、技術が必要でしょう?だから必死に訓練したの。その結果4位だっただけの話よ」

    「上位を目指すのは、憲兵団に入りたいから・・・じゃないのか」
    モブリットは首を傾げた

    皆が上位を目指すほとんどの理由が、憲兵団に入団ができるという事
    憲兵団に入れば、危険に晒される事が少ない
    巨人を殺すための技術が高い人ほど、巨人と戦わなくて済む領域に行く事ができる

    この歪んだ体制はおかしい

    ナナバは以前からこの矛盾に対して疑問を呈していた

    「憲兵団ね・・・私にはまったく魅力が感じられないよ。私は、壁の外の世界を見てみたいの。憲兵団になんか入ったら、一生壁の外を見れなさそうじゃない?そんなの損だよ」
    ナナバはそう言いながら、こぼれるような笑顔を見せた

    モブリットはその笑顔に、また目を奪われた
    自分の心を掴んで離さないナナバの表情

    それを向けられる度に疼く、自分の心

    モブリットはその笑顔を直視しかねて、星空に視線を移した

    星は二人を包み込む様に、優しげな光を放っていた
  20. 51 : : 2014/05/19(月) 00:23:45
    「モブリット?」
    ナナバはモブリットの顔を覗きこんだ

    モブリットが星空から視線を下に移動させると、そこには心配そうに自分を見つめるナナバの顔が、目の前にあった

    自分を見つめる、慈愛に満ちたその表情

    モブリットはその美しくも儚げな顔に、思わず手で触れたくなる衝動を、必死に抑えた

    「なんだい、ナナバ」
    モブリットは心の中の動揺を隠すべく、静かに言葉を発した

    「流れ星は、見えた?」

    「・・・いや、見つからなかったね」
    モブリットは首を横に振った

    「そうか・・・。ねえモブリット、今度一緒に流れ星を見つけに行こう?壁の上なんてどうかな?ここより星がよく見えるだろうし」
    ナナバはモブリットの服の裾をつんつんと引っ張って、ねだる様に言った

    「壁の上か・・・そうだね、そうしよう」
    モブリットは頷き、ナナバに微笑みかけた

    「その時には、二人とも調査兵になっているよね。一緒に星が見られるように頑張らなきゃね」
    ナナバはそう言うと、微笑むモブリットの手を握った

    モブリットはナナバのその行動に、思わず心臓が口から飛び出しそうなほど焦った
    だが、ナナバの手から伝わる温もりが心地よくて、目を閉じた

    「ああ、頑張るよ。君との約束を、守るためにも」

    「本当に約束だよ?破ったらデコピンだからね?」
    ナナバはそう言うと、彼の手をぎゅっと握りしめた

    「デコピンは痛いからね・・・頑張るよ」
    モブリットは握りしめられた手から流れてくる温かい何かが、身体全体を包み込んでいく様な、そんな安心感に包まれていた
  21. 52 : : 2014/05/19(月) 00:24:09
    それから、モブリット達は調査兵団へと入団し、日々訓練に明け暮れていた

    慢性的に人員不足の調査兵団では、新兵とはいえいきなり実戦投入される

    初の壁外遠征を前に、皆の表情は硬く重かった


    今日の訓練も、非常に厳しいものではあったが、訓練兵として3年間を過ごしてきた彼らにとってはこなせない内容ではなかった

    立体機動をより高度に使いこなすテクニックを先輩調査兵から伝授されたり、連携を教わったり・・・
    自分の命を守るために身に着ける技術

    誰もが真剣で本気で取り組んでいた


    そんな訓練を終え、やっと一日で唯一リラックスできる夕食の時間になろうとしていた時

    調査兵団本部の外庭で整列をしていた訓練兵たちに、からっとした明るい声がかかった

    「やあ、訓練ご苦労さま!疲れただろう?今日はそんな皆にお待ちかねの物を持ってきたよ!」

    その声の主は眼鏡をかけた女性兵士
    訓練兵達を初日に温かく迎え入れ、いろいろと世話を焼いてくれる先輩兵士だった

    「ハンジさん、お待ちかねの物ってなんですか?」
    新兵の一人が気さくに上官である女性兵士に話しかける

    「ああ、これだ・・・よっと!」
    女性兵士・・・ハンジは背中に担いでいた大きな布袋を地面に置き、中から何やら取り出した

    「それは・・・!」
    兵士達が色めきたった

    「そう、自由の翼の紋章入りの兵服!調査兵団の兵服だよ!さあみんな取りにきて!」

    皆が憧れていた自由の翼

    その大きな翼が背中に描かれた、壁の外を自由に飛ぶための兵服

    これをまとえば、空を自由に舞える・・・そんな風にさえ思えるほど、その紋章には力が宿っている様に思えた
  22. 61 : : 2014/05/24(土) 23:15:32
    新兵たちは、皆その兵服を受け取り、羽織ってみたり、広げて眺めてみたりしていた

    そんな中モブリットは、なおも何かに悩む様に、受け取った兵服を抱いていた

    自由の翼の兵服

    大空を自由に飛ぶための翼

    それを背中に背負う資格が自分にあるのか

    その翼を力強くはためかせ、空高く飛ぶことが自分には可能なのか

    そんなことを思い悩んでしまっていた

    意気地の無い自分が、またここにきて出てきてしまっていた

    その時、彼の背後から声がかかった

    「モブリット」

    その声は、何故かモブリットの心を震わせる、魔法の鈴の様な声
    モブリットの心に直接語りかけるかの様な、そんな不思議な声

    「ナナバ」
    モブリットはちらりと声の主を見た

    「あなた・・・本当に調査兵になるの?」
    ナナバは歩み寄りながら、調査兵団の兵服に袖を通していた

    少し心配そうなその表情が、また自分に対して向けられている事に、何となく心がざわついたモブリット

    「!なっ、何か文句があるみたいだけど」
    モブリットは眉をひそめて不服そうに口を開いた

    ナナバは兵服を正しながら、ゆっくり瞬きをする
    「痛がりなのに・・・ふふっ」
    そう言って、小さく笑った

    モブリットはなおも不満をあらわにする
    「我慢強くなった方だと思うけどな・・・」

    痛がり、だなんて言われてうれしい男がいるはずがない
    しかも、自分が惹かれている女性に言われて・・・

    モブリットは不服そうに表情を歪めながら、兵服を広げて袖を通し始めた

    ナナバはそんなモブリットを見ながら、困った様な、だが優しい微笑を投げかける
    「擦り傷じゃすまないよ、大丈夫?」
    表情と同じ様な、優しい口調でモブリットに声を掛ける

    そして、モブリットの着替えを手伝うべく、手を伸ばすのであった


    ※くちさんの挿絵(修正版)です!!!!!必見必見!↓
    http://i.imgur.com/J0S82Ew.jpg
  23. 62 : : 2014/05/24(土) 23:15:45
    「うん、なかなか似合ってるよ、モブリット」
    ナナバはモブリットの兵服の襟を正し、ぽんと彼の肩を叩いた

    「そうかな、だといいけどね」
    モブリットはふうとため息をついた

    そんなモブリットの頭に手を伸ばすナナバ
    「まあ、まだ兵服に着られている感はあるけどね・・・ふふ」
    そう言って、彼の頭を撫でながら笑った

    「ナナバ・・・もう俺は子どもじゃないんだから、頭を撫でるのはやめてくれよ」
    モブリットは、自分の頭の上に置かれる事が多いナナバの手に関して、苦言を呈した

    ナナバは首を横に振る
    「子ども扱いしているつもりじゃないのよ?ただ何となく撫でたくなるだけ」

    「だから、それが子ども扱いだって・・・」
    モブリットは不満げに眉をひそめた

    「どうして駄目なの?そんな事今まで一度も言った事がなかったじゃない」
    ナナバは怪訝そうな表情を、モブリットに向けて言葉を発した

    「・・・もう、いいよ、ナナバ。夕食を食べに行こう」
    モブリットはナナバに複雑そうな表情を見せて、息をついた
  24. 63 : : 2014/05/24(土) 23:15:59
    夕食を摂り、モブリットはナナバに別れを告げて兵舎の宿舎へ足を運んだ

    新兵に個室など与えられるはずもなく、4人一組で部屋を使う

    ただ、その4人も一月ごとに陣容が変わる
    ・・・壁外遠征毎に死者を出す調査兵団ならではといえるだろう

    部屋に入ると、すでに先客がいた

    「よう、モブリット、飯食ってきたか?」
    そう言うのはゲルガー
    こっそり持ち込んだであろうスキットル入りの酒を飲みながらベッドに腰掛けていた

    「ああ、今食べてきたよ。君はまた酒か・・・好きだな、ほんとに」
    モブリットは顔を赤くしているゲルガーを見て肩をすくめた

    「固い事言うなよ、モブリット。内緒だぜ内緒」
    ゲルガーは口元に人差し指をあてる仕草をした

    「はは・・・その仕草、君には似合わないよ」
    モブリットは隣のベッドにどさっと腰を下ろしながら、笑った

    「あ、そうか?そうだな・・・ナナバなら、絵になるんだろうな」
    ゲルガーのその言葉に、モブリットは背中をびくっと震わせる

    「ナナバ・・・ああ、そうだね」

    「モブリットの顔が赤いな。酒が入ってないはずなのにな」

    ゲルガーの面白がるかの様な口調に、モブリットは眉をひそめる
    「赤くなんか、なってないさ」

    ゲルガーはモブリットの肩をぽんと叩く
    「まあ、お前の気持ちはわからんでもない。ナナバは・・・女神のようだしな」

    「そうだね、本当に」
    モブリットは呟く様にそう言うと、はぁとため息をついた
  25. 64 : : 2014/05/24(土) 23:16:18
    すると、部屋の扉が開き、また一人兵士が入ってきた

    「ただいま。おっゲルガーすでに出来上がってるな?」
    入ってきたのはヘニングだった

    「おおヘニング、いい所に来たな?今ちょうど恋について語り合っていたところだ」
    ゲルガーはヘニングを手招きしながら、にやりと笑った

    ヘニングはゲルガーの隣に腰を掛けて、首を傾げる
    「お前らが恋について語り合うだと・・・?気持ち悪いな、おい。どういう風の吹き回しだ、そりゃ」

    ヘニングはにやにや笑うゲルガーと、顔を真っ赤にしているモブリットを交互に見ながらそう言った

    「ゲルガーは酔っぱらってるんだよ。ヘニング」
    モブリットはこめかみを指で押さえながらぼそっと呟く様に言った

    「酔っぱらってないさ。我らがナナバ様について語り合っていただけの話だ、なあモブリット?」

    「俺に話を振らないでくれ、ゲルガー」

    「・・・なるほどな、モブリットがナナバに惚れている、という話をしていたわけか」
    ヘニングは顎に手をやりながらそう言い放った

    「ヘニング?!な、な、何を?!」
    モブリットは赤かった顔を更にリンゴの様に赤くしながら狼狽えた

    「わかりやすすぎるぞ、モブリット」
    ゲルガーはにやりと笑った

    「ナナバかあ・・・よくわからんなあ。モブリットの事は特別気を配っている様には見えるんだがな」
    ヘニングは視線を上に向け、何かを考える様な仕草をしながら言葉を発した

    「だよな、俺もそう思う。だがそれが友情からなのか愛情からなのか、はたまた守ってあげたい母性本能からなのか、その辺がよくわからん」
    ゲルガーはヘニングの言葉に頷きながら言った

    二人の言葉を聞いていたモブリットが、また盛大なため息をつく
    「自分ではわかっているつもりだよ。身の程知らずだと言う事くらいは」

    「・・・ってことは、お前やっぱりナナバが好きなんだな」
    ゲルガーがニヤリと笑った

    「・・・やっぱりそうか」
    ヘニングは、してやったりといった表情を浮かべた

    「あ・・・君たち、図ったな?!」
    モブリットは顔を真っ赤にして激昂した

    「怒るな怒るな、前からわかりやすいくらいにわかっていたさ。応援してやるから頑張れよ?」
    ゲルガーはモブリットの頭にぽんと手を置いて、ぐしゃっと髪を混ぜた

    「ははは、俺も、応援しているぜ?モブリット」
    ヘニングは笑いながらそう言った

    「なる様にしか、ならないさ」
    モブリットは憮然とした表情を見せながら、小さな声でそうつぶやき、またため息をついた



  26. 67 : : 2014/05/28(水) 15:29:53
    調査兵になって日々訓練に明け暮れていた新兵達

    そして、いよいよ初めての壁外遠征を明日に控え、皆緊張の面持ちを隠せずにいた
    モブリットはナナバやゲルガー達と班が分かれてしまっていた

    ナナバは長身で少しくせのある班長の下に付く事になっていた

    モブリットは・・・
    「やあ、君が私と同じ班か!よろしく頼むよ」
    からっとした声でそう言うのは、メガネのハンジ班長だった

    若くして班長になったほどの実力者
    戦歴が著しく優れていたために抜擢されたらしい

    調査兵団の精鋭の中の精鋭、といえる存在だ

    その上、ハンジはとても明るく快活で、面倒見が良い理想的な上司に見えた

    だが、あまりいい噂を耳にしないのも事実だった

    先輩に聞いても、言葉を濁してはっきり教えてもらえなかった

    ・・・一緒に壁外遠征をすれば、嫌でもわかるさ
    皆口をそろえてそう言うだけであった

    そんな不安をなるべく顔には出さない様に、笑顔を作るモブリット
    「ハンジ班長、よろしくお願いいたします」

    丁寧に頭を下げるモブリットの頭を、ハンジはぐしゃっと混ぜた
    「ああ、こちらこそ!」

    そう言って笑うハンジのどこが不都合なんだろう
    モブリットは首を傾げるしかなかった
  27. 68 : : 2014/05/28(水) 15:30:47
    「君の位置はここ・・・長距離索敵陣形はずいぶん叩き込まれてるだろうから、やる事はわかっているだろうけど」
    ハンジが陣形組織図を広げながらある場所を指さしながらそう言った

    「次列5、伝達・・・ですね」

    「うん、そうだね。私は伝達と索敵の間をうろうろしてるよ。いわゆる索敵支援班ってやつね。君たちが伝達をスムーズに行える様にフォローするからね」
    ハンジはそう言ってまたモブリットの頭を撫でた

    自分は何故頭を撫でられることが多いのだろう
    モブリットは心の中でそう思ったものの、口に出す事は避けた

    「無事に・・・生きて帰ってこれる気がしません」
    モブリットはぼそっと呟く様に言った

    「大丈夫・・・だよ。私がなんとかするから」
    モブリットの言葉に、ハンジは急に笑顔をしまいこんでそう言った

    眼鏡の奥に凛と輝く瞳が、まるで焔を滾らせている様に見えた
  28. 75 : : 2014/06/04(水) 10:11:14
    翌朝・・・
    初めての壁外遠征の日

    夜明けとともにシガンシナ区、ウォールマリアの開閉門に集結する調査兵団

    今日の壁外遠征の主な目的は、壁外兵団拠点の設置だ

    壁外へ足を踏み入れる時にどうしても必要となってくる補給

    この補給線を少しずつ伸ばし、それを橋頭堡にどんどん壁外の遠くへ進軍していくという算段だ

    ただ、神出鬼没な巨人たち・・・
    いくら長距離索敵陣形を駆使していたとしても、その輪をかいくぐってくる巨人は少なからずいる

    その少なくない巨人との交戦で、毎回多数の死者が出る・・・
    そう、講義の時に聞いた

    話にだけは聞いていた、絵空物語
    新兵たちはこれから、これらの絵空物語が、現実であると嫌でも認識する事になる
  29. 76 : : 2014/06/04(水) 10:20:31
    「辺りがざわつき始めた・・・そろそろかな」
    モブリットは独りごちた

    自分の心が落ち着かないからだろうか、なんだか馬もそわそわと前足を動かしていた
    馬の心は人の心とつながっていると聞く
    自分が落ち着かなければ馬も落ち着けない

    モブリットはふうと息をついて、馬のたてがみを優しく撫でる
    「ごめんごめん、大丈夫だから安心して」

    モブリットのその声を聴いたからだろうか・・・馬はふん、と少しだけ嘶いて、足をじっとさせた

    ―その時

    ゴーーンゴーン
    大きな警鐘の音

    それと共に進軍を発する怒号の様な声が各所から起こる

    調査兵団の隊列が、馬を駆り、動き出した

    ついに、初めての壁外遠征が幕を開けた
    モブリットは恐怖と戦いながら、前だけを見据えて隊列に続いた



    ウォールマリアの開閉式の門をくぐり、一歩壁外へ出ると、壁に隔たれていない広大であろう空間が目の前に広がった

    意外な事に、恐怖感を感じなかった

    モブリットは大きく息を吸い込んだ
    何故か、壁の中よりも空気がおいしい気がした




  30. 77 : : 2014/06/06(金) 11:41:34
    長距離索敵陣形展開の合図で、隊列はある一定の距離を置いて広がっていく

    初列索敵班からの連絡を受けてその連絡を中央へ飛ばす役目を担うモブリット
    自分の騎乗している馬とは別に予備の馬と並走している

    新兵の間はこうして陣形の中に入って伝達や荷馬車を護衛する任務が与えられる事が多い
    ベテランや、精鋭たちは索敵に当てられていた

    その時、右側から赤の信煙弾が確認できた
    ここは陣形の中だからわかりにくいが、確かに巨人の巣窟に踏み込んでいる

    いつ、巨人が出てもおかしくない状況・・・そして、ついにその時がやってきた

    右側からの赤の信煙弾を受けて、モブリットも同じように赤の信煙弾を発射する
    それを中央むかって順に上げていくのだ

    しばらくすると、今度は中央から左方向へ、緑の信煙弾が発射される
    巨人との戦闘を避けるべく、陣形は一つの大きな生き物の様に進路を変えた

    「ふう、信煙弾見るたびに心臓が飛び出そうになるな・・・」
    どうも自分のこの小心具合が気に入らない

    モブリットはため息をついた

    「モブリット、大丈夫?」
    その時横合いから声がした

    場違いなまでに明るい声・・・ハンジ班長だった

    「あ、はい、大丈夫です」
    モブリットは、ハンジのその声にすらびくっと体を震わせたが、辛うじて返事はできた

    「ならいいんだ、なんだか顔色が悪かったから・・・、ま、初めての壁外だ、そんなもんだよ」
    ハンジ班長はそう言うとははは、と笑った
  31. 78 : : 2014/06/06(金) 11:42:23
    その明るい声色は、小さく縮こまっていた自分の心をまるで解きほぐしていく様に思えた

    モブリットはもう一度息を吐き、前を見据えた

    その時だった

    ドーン・・・
    右手前方から、黒の信煙弾があがった

    「?!奇行種?!」
    すぐさまハンジ班長は信煙弾が上がった方向へ馬を走らせた

    モブリットは隊列を崩すことは許されていない

    「奇行種・・・動きが読みにくい奴らなんだよな・・・今頃初列の先輩たちは巨人と交戦しているのかな・・・」

    その時、馬がひひーんと嘶いた
    モブリットが馬の異変に気が付き、視線をあたりに這わせる・・・すると
    ハンジが馬を走らせた方向より少し先・・・そこから巨人がずどんずどんと走ってくるのが見えた

    ・・・こちらに向かって

    奇行種・・・のように見える
    索敵の取りこぼしか?はたまた索敵がすでに機能していないのか?

    モブリットにはわからなかったが、やる事は決まっている

    黒の信煙弾を発射して、巨人がここにいる事を知らせる

    そして
    「お前は後ろに逃げて」

    並走していた予備の馬の手綱を離し、逃がしてやった

    自分がやれることはここまでだ

    巨人はどんどん自分に近づいてくる
    変な、走り方だ

    漠然とそんな風に思った
  32. 79 : : 2014/06/06(金) 11:42:47
    目前まで迫った巨人を目にして、モブリットの身体はぴったりと石像の様に固まって動かなかった

    巨人の弱点は知っている・・・何度もシュミレーションで削いできた
    だが、あれは木の張りぼてだ、動かない

    今目の前に迫っている巨人は、動く・・・しかも奇行種、動きがまったく読めないやっかいな種

    ぶんぶんと首を振った・・・なんのために厳しい訓練に耐えてきた
    こんなところで何もせず、何も成さず、人生を終えるのか?

    だが、ここは平地だ・・・
    木や建物があれば立体機動の恩恵を受けられよう

    平地ではほとんど役には立たない・・・巨人の身体に取りつく以外に討伐する方法がないのだ

    それを、実戦が初めてな新兵にやれというのが無理な話だった

    それでも、やるしかない

    モブリットがそう意を決して、トリガーに指を掛けた瞬間

    「あんたの相手は・・・こっちだ・・・よっと!!」

    場違いな明るい声があたりに響き渡る

    その声の主は馬から巨人に向かって迷う事無くアンカーを射出する

    そして、宙を舞う様に巨人の身体をブレードで刻む

    巨人はモブリットから、その声の主にターゲットを変えた
  33. 80 : : 2014/06/06(金) 11:43:05
    その声の主は、先ほど黒の信煙弾に呼応するように駆けていったハンジだった

    ハンジの華麗なまでの立体機動に、モブリットは一瞬見とれた

    だが、ふと疑問に思った

    あれほどの技術があれば、うなじを一気に削げるはず・・・なのに、ハンジは一向にうなじを削ごうとせず、腕や背中や足・・・いろんなところの肉を削っているだけに見えた

    弱点を知らないのか・・・?そんなはずはない

    ならば、わざとか?

    その生産性の全くない狩りの仕方に、モブリットは疑問を抱かざるを得なかった

    「ほらほら、にぶちんだねえ君は!私はここだっての・・・!」
    巨人の目のあたりを立体機動でちらつきながら、あたかも挑発するかの様な行動をとるハンジ

    そのハンジに、巨人の腕がのびる・・・が、寸前でひらりとかわす

    「ざーんねん!そんなんじゃ当たらないよー!」

    モブリットは、出陣前の先輩たちの言葉を思い出した・・・『一緒に壁外へ出ればわかるさ』

    この事だったのか・・・
    じっと目を凝らすと、ハンジが今までに見た事のないような、真っ赤な顔で不敵な笑みを浮かべているのがわかった

    「この人、正気じゃないのか?」

    モブリットはそう呟くと、トリガーに指を掛けた
  34. 81 : : 2014/06/06(金) 11:44:15
    パシュッという空気の抜けたような音をさせてアンカーを巨人の背中に打ち込んだ

    モブリットの身体は巨人に向かって宙を飛ぶ

    そして、背中に張り付く事に成功した

    それに気が付いたハンジが同じく背中に張り付く

    「ちょっとモブリット、危ないだろ?!近寄ってくるなよ、逃げろよ!」
    そう捲し立ててきた

    「危ないのは貴女です、ハンジ班長。早くうなじを削いで仕留めなければ」

    「これが私の狩りの仕方なんだよ。ごちゃごちゃ言わないでくれよ」
    ハンジは口を尖らせた

    モブリットはなんだか腹が立ってきたのか、語気を荒げる
    「ハンジ班長!貴女がすんなりこいつを削いでいれば、他の所で襲われている兵士たちが助かったかもしれないんです!強い人は、その力の使い方を間違ってはいけません!」

    そう言うと、モブリットはアンカーを巨人のうなじに射出する

    それを見たハンジはひゅぅ!と口笛を吹き、自ら囮となって巨人の目の前に身体を飛ばした

    ハンジの囮のおかげでがら空きとなった奇行種のうなじに、モブリットは落下速度を力に変えて、ブレードを叩き込んだ


    「やった・・・」
    ハンジはふわっと地上に降りて、いましがた巨人を倒した新兵の姿を、物珍しそうに見ていた

    近くにいた馬を二頭、手綱を引き、続いて降りてきたモブリットの元へ向かう

    モブリットはへなへなと、地面に座り込んだ

    「おめでとうモブリット。討伐数1だね、しかも奇行種。こんな新兵はめったにいないよ」
    座り込むモブリットの肩をポンとたたくハンジ

    モブリットは何も言わず、ただ首を振るだけだった

    「さ、壁外で馬に乗ってないのは自殺行為だ。早く陣形に戻ろう」

    ハンジの言葉にようやく気を取り戻したモブリットは、ハンジと共に陣形に戻るのだった

  35. 82 : : 2014/06/24(火) 13:51:34
    モブリットは、屋根の上で単眼鏡を片手に、巨人の襲来がないかを見張る役目をおっていた
    丘の上のさらに家の屋根の上
    見晴らしの良いそこからは、かなり遠くまで見渡すことができた
    息を吸い込むと、新鮮な空気が身体を駆け巡り、気分を落ち着かせた

    その時背後から、パシュッと聞き馴染みの深い音がした

    モブリットが振り返ると、ハンジが笑顔で立っていた

    モブリットは、後ずさりそうになるのを寸前でこらえた

    何しろ先ほどこの上官に対して暴言じみた事を吐いたばかりなのである
    笑顔の裏では実は怒りがあふれかえっているのではないか、そう思っていた

    「やあ、モブリット、ほらご飯」
    ハンジはそう言ってポイッと何かを放り投げた
    固形の野戦糧食であった

    「ハンジ班長・・・ありがとうございます」
    モブリットはぺこりと頭を下げて、それを一口かじった

    あまりおいしいとは言えないパサつきかちかちになったパンの様な味と食感
    ただ日持ちがするので、遠征には欠かせない食糧だった

    「美味しくないよね・・・これさ、いろんな味付けに変えたらいいと思うんだけどねえ」
    ハンジは同じように野戦糧食をかじりながら、モブリットの隣に立った

    「いろんな味・・・ですか」
    モブリットはそう言いながら、どうやら先ほどの行動は許されたのだとほっと胸をなで下ろした

    「さっきはさ・・・君、結構傷つく事言ってくれたよね・・・?私が貴女がすんなり巨人を削いでいれば、他の所で襲われている兵士たちをたすけられたかもしれないって」
    ハンジの鋭い視線が、モブリットを射抜いた
    やはり、許されてはいなかったようだ・・・モブリットは身を縮こまらせた

    「はい、すみません、出過ぎた事を」
    モブリットは素直に頭を下げた

    その時、モブリットは下げた頭を撫でる感触に気が付いた
    顔を上げると、にこやかにほほ笑むハンジが、モブリットの頭を撫でていた
    「君はさ、勇気があるよ。初陣で、しかも初めて出会ったのが奇行種の巨人だったのに、冷静に判断ができていた」
    ハンジはそう言った

    「いえ、そんなことは」
    今思い出しただけでも恐ろしくて、膝が震えるほどの体験だった
    冷静な判断など、しているつもりもないただ・・・自分がどうやったら生き残れるか、そんな事しか考えていなかった様に思える

    「確かに、私がちゃんとすんなり巨人を倒していれば、他の場所で襲われている兵士を助けられたと思う。私は班長として、その責任を負っている。だから、君の言は正しい。ただね・・・」
    そこでハンジは悲しげな表情になる

    「私は、巨人を見てしまうと憎悪が先に立ってしまって・・・どうしても、ああやって暴走・・・してしまうんだ」
    そう言ってハンジは目を伏せた


  36. 83 : : 2014/06/24(火) 14:02:31

    「暴走・・・ですか」
    たしかにあの時のハンジの目、表情は、いつもの穏やかで気さくな印象とはまるっきり違う感じがした
    背中に寒気が走るような・・・そんな形相だった

    だから、モブリットはハンジが冷静ではない、と判断したのだ

    「うん、そう、何時の頃からかな・・・わからないんだ。初陣の時から少しずつ、そうなって行った様に感じる。友人が、上官が、仲間たちが次々に目の前で食われていくのを見せつけられているうちにね」
    ハンジはそういってため息をついた

    「そう、でしたか」
    この人はたくさん辛い経験をしてきているのだろう、そう思いながらモブリットは真摯にハンジの話に耳を傾けていた

    「ああ、こんな話を人にあまりしたことがないのに・・・ごめんね、言われても困るよね」
    ハンジはそういって力なく笑ったが、モブリットは首を振る

    「いえ、俺では解決はできないかもしれませんが、話を聞く事くらいはできますから」
    モブリットは極力優しげに聞こえる様な声色で、そう言った

    「そうか、君って・・・優しいんだね」
    ハンジはそう言って、ふわりと微笑んだ

    その笑顔は、この人とはまったく、似ても似つかないはずのナナバの笑顔と重なって見えた

    「いいえ」
    モブリットはことさら強く首を振った

    「ううん、優しいよ。でも・・・この世界では優しい人ほど早く、逝ってしまうから・・・。だから、ちょっと意地悪になりなよ」
    ハンジはそう言って、モブリットの肩をぽんと叩くと、屋根の上から降りて行った

    モブリットはその姿を見送ると、考えを巡らせるように視線を遠くへ向けた。
  37. 84 : : 2014/06/24(火) 16:00:51
    拠点作りを終え、調査兵団一行は行きよりも少し数を減らして帰路についた

    トロスト区へ帰還したのは夕方ごろだった
    何度か巨人の脅威にさらされながらも、無事に門にたどり着いた新兵は、皆一様にぐったりしていた
    想像以上に厳しい現実を、突き付けられたからであった

    モブリットは馬から降りるなり、へたりこんでいた

    彼は帰還時に目の当たりにした・・・人が、巨人に食われるのを
    熟練兵だろうが、新兵だろうが、生存率はさして変わりはないかもしれない
    モブリットが見たのは、5年は調査兵にいるという古株の先輩の死であったから

    あっさり、食われてしまったのだ、熟練の先輩が、なすすべもなく

    思い出しただけで吐き気をもよおす
    口を押えたその時、ぽんと肩を叩く感触を感じる
    振り向くと、疲れた表情をしながらも微笑むナナバがそこにいた

    「モブリット、大丈夫?」
    ナナバはそう言って水袋をモブリットの口へ持って行った

    「ああ・・・大丈夫だよ、ナナバ、君は・・・無事だったんだね」
    モブリットはそれを一口のんで、ふうと息をついた

    「私も何とか、生きてるよ」
    ナナバはそう言って儚げな笑みを浮かべた

    「・・・良かった」
    モブリットは小さな声でつぶやいた

    あんな先輩ですらいともたやすく食われる現実

    ナナバがもしそうなったら・・・そう思うと居ても立っても居られないほど、胸が苦しくなった
    その胸を掻き毟ろうにも、その部分は決して手では届かない・・・そんな状況でモブリットはただ・・・
    ナナバの無事を祈っていた

    だから、ナナバの無事な姿をこの目で確認できて、心底ほっとしたのである

    「モブリット・・・本当に良かった」
    ナナバは座り込んでいるモブリットの後ろから、腕を回して抱きしめた

    モブリットは背中にナナバのぬくもりを感じながら、目を閉じた
    不安だった気持ちが全て、払拭されたように感じた
  38. 85 : : 2014/06/24(火) 22:44:58
    ぼろぼろになった調査兵団を、興味本意で見物する市民達

    心ない野次が飛ぶが、それが耳に入らないほど、モブリットは憔悴しきっていた

    想像以上に厳しい壁外、抗い様がなく思える、巨人ども

    いとも簡単に失われる命

    ナナバが無事だった…その事だけが、彼を立って歩かせている原動力になっていた

    先程背中に感じた、温かく優しいナナバの抱擁

    それが、モブリットの小さく消えそうな心を、現実に引き留めてくれている様だった

    ふと隣を見ると、ゲルガーの姿が見えた
    彼も無事だったか…
    モブリットはふぅと息を吐いた

    ゲルガーもモブリットに気が付いたのか、懐を探る仕草をみせて、肩を竦めていた

    「はは、こんな時にも酒が忘れられないか」
    モブリットはそんなゲルガーを見て、笑みをこぼした




  39. 86 : : 2014/06/24(火) 23:57:22
    兵舎に帰宅するなり、倒れ込む様にベッドに突っ伏したモブリット

    部屋にはすでに、ゲルガーとヘニングがいた
    二人とも生きていた事に、モブリットは信じてもいない神に感謝した

    「酒が飲みたいが、今はそれより休みたいな」
    ゲルガーも、モブリットと同様でベッドに身を投げ出していた

    ヘニングは、几帳面に脱いだ服を畳んでいたが、思い出したかの様に口を開く

    「そういえば、モブリット…お前やるなあ」
    ヘニングはモブリットの方に体を向けて、そう言った

    「ん?何の話だよ」

    「お前、討伐1らしいじゃないか、しかも、奇行種だったってな?」
    ヘニングのその言葉に、ゲルガーが体をむくっと起こす

    「ま、まじかよ!?討伐した上に、奇行種だって!?」
    ゲルガーは目を見開いた

    モブリットは枕に顔を埋めていたが、少しだけ顔をあげた
    「…いや、あれはハンジ班長のお陰と言うか…ハンジ班長が討伐するはずだったというか…」

    モブリットはしどろもどろに呟いた

    「いや、棚ぼただろうが何だろうが、巨人と交戦したこと自体が凄いさ、なあゲルガー」

    「ああ、でこぴんモブリットが、実はやるやつだったとはな!!今夜は酒でも飲みに行くか」
    ゲルガーは、グラスを傾ける様な仕草を見せた

    「でこぴんモブリットって…まあ否定出来ないのが辛い所だけどな…酒は君が飲みたいだけだろ、ゲルガー」
    モブリットがそう言うと、ゲルガーははははと笑った

    「飲みたいな!!当たり前だ!!なんなら奢ってやるよ、モブリット」

    「いや、止めておけ、また先に酔っぱらって、勘定払わずに何処か行ってしまう可能性が高いしな」
    ヘニングは、ゲルガーをちらりと見ながらそう言った

    「そうだな、いつもそうして結局奢らされる…」
    モブリットは眉をひそめた

    「おいおいお前らひでぇなあ…たまには奢るさ」
    ゲルガーは口を尖らせた

    「まあ、今日は疲れているから…また今度」

    「ちぇっ…モブリットつれねぇなあ!!」

    こんな他愛もない会話を、またすることが出来て、モブリットは幸せに感じた
  40. 100 : : 2015/01/02(金) 19:11:39
    初の壁外遠征を終えたモブリット

    無事帰りつきベッドに横になったが、ある種の興奮状態なのであろうか…全く眠れずにいた

    体を起こし、同室の仲間達のベッドに目をやる

    皆ぐっすり眠っている様だった

    「皆、疲れてるよな。当たり前か…」

    ぐぅぐぅとイビキをかいているゲルガーに、息をしているのか心配になるほど大人しく寝ているヘニングを見て、モブリットはふぅと息をついた

    改めて、同期の仲間が生還できた事を嬉しく思った

    ナナバも無事だった…その事もモブリットの心を暖かくした

    「眠れそうにないな…外の空気でも吸ってみるか。落ち着くかな」

    モブリットはそう独りごちると、そっとベッドから降りて部屋を出た
  41. 101 : : 2015/01/02(金) 19:22:52
    夜更けの静まり返った廊下をゆっくり歩く

    窓の外からの月明かりが、廊下を優しく照らしている

    モブリットは月明かりに誘われる様に、窓から外を覗いた

    寝静まった兵舎の外に、人影が見えた

    こんな時間に自分と同じ様に寝られない人がいるんだなと、モブリットはそう思った

    その人影の動きを、何気なく目で追った

    よく見るとその人影は、モブリットの良く知る人物であった

    「ナナバ…?」

    人影の正体のナナバは、ゆっくり歩いていた

    そして…

    「あの人は、ミケ班長……?」

    月明かりの中、まるで月の女神の様なナナバと、軍神の様な偉丈夫のミケ

    モブリットの目にはどんな絵画よりも美しく、荘厳に見えた
  42. 102 : : 2015/01/02(金) 21:51:57
    自分がハンジのお陰で生還できた様に、ナナバはミケ班長に助けられたのかもしれない

    何せミケは、調査兵団でも指折りの強者

    モブリットはナナバがミケの下についた配属されたと聞いた時、ほっとした記憶がある

    ミケほどの人なら、ナナバを守ってくれそうな気がしたからだ

    だが、こうして月明かりの中を二人並んで歩いているのを見ると、心がざわついた

    ナナバがますます遠くへ行ってしまったような、そんな気分になっていたモブリットであった


  43. 103 : : 2015/01/02(金) 22:14:48
    元々、ナナバには弟扱いしかされていない自分

    モブリットはとことん、自分に自信がなかった

    成績だって中途半端、勇気も根性も人並み以下

    そんな自分だから、ナナバからの弟扱いを受け入れるしかなかった

    調査兵団に入ったのも、その現状をなんとか変えたかったからだというのが理由の一つだ

    何事にも受け身で、気が優しいといえば聞こえはいいが、要するに優柔不断で周りに流される様な自分

    そんな事では駄目だと思い、やっとの思いで初遠征を生還した彼の目に、ナナバとミケの姿は、眩しく、また決して踏み入れる事が出来ない別世界のように思えた
  44. 104 : : 2015/01/03(土) 10:09:11
    翌日の朝

    調査兵団は前日の壁外遠征等無かったかの様に、疲れた身体に鞭を打って職務に励む

    多数の犠牲のわりに、何の成果ももたらさない調査兵団に、休む暇など無かった

    モブリットも例外ではない

    まだ人気の少ない食堂で、いつもと代わり映えのしない朝食を口に運んでいた

    昨夜はあれから、殆ど眠れなかった

    遠征後の興奮状態に追い討ちをかけるような、ナナバと上官の逢瀬

    とはいえ、ただ並んで歩いていたに過ぎない

    だがそれでも、モブリットの心に重石をぶら下げるに充分だった

    「はぁ……」

    モブリットはため息をもらした

    頬杖をつき、窓の外をぼんやりと見つめる

    その目からは、全く力強さが感じられなかった



  45. 105 : : 2015/01/03(土) 10:28:05
    「おはよう、モブリット」

    その時、背後から声がかかった

    モブリットが振り返ると、にこやかな笑顔のハンジが食事のトレイを片手に立っていた

    「おはようございます、ハンジ班長」

    モブリットは席を立ち、挨拶をしようとした

    だが、ハンジがそれを制する

    「ああ、いちいち立たなくていいよ。隣、いいかい?」

    ハンジはそう言うと、モブリットの隣の空席を指差した

    「あ、はい、どうぞ」

    モブリットは慌てて隣の椅子を後ろに引いた

    「ありがと!」

    ハンジは机にトレイを置くと、モブリットが引いた椅子にひらりと腰を下ろした

    そして、彼女はぱくぱくと朝食を口に運びはじめた
  46. 106 : : 2015/01/03(土) 10:28:44
    期待であります!( ̄^ ̄)ゞ
  47. 107 : : 2015/01/03(土) 10:29:18
    >キルさん☆
    ありがとうございます!お待たせしています!
    頑張ります♪
  48. 108 : : 2015/01/03(土) 11:09:24
    「良く眠れたかい?なんだか疲れているみたいにみえるけど」

    ハンジは、隣で朝食をつつくモブリットの顔を覗きながら言った

    「あ、はい。なんだか寝付けなくて…」

    「分かるよ!初めての遠征の後ってさ、目をつぶるといろんな事が走馬灯の様に頭に浮かんできてさ、どきどきして、眠れなかった記憶がある」

    ハンジは頷きながらそう言った

    親身で優しい上官

    壁外での無謀な行動さえなければ、100点満点の上官だ

    モブリットは、労るような優しげな視線を自分に向けているハンジに、無遠慮に点数をつけた

    心の中でだが

    「ハンジ班長も、そうでしたか」

    「そうだよ。君みたいに冷静に行動できなかったしさ。慌てるのはカッコ悪いから涼しい顔はしていたけど、実は何度もちびりそうになったしね!」

    ハンジはそう言うと、はははと笑った

    その笑顔は、モブリットの様々な不安や恐怖や葛藤を、少しだがほぐした

    「ちびりそうに、ですか?ハンジ班長が?」

    「うん、実はちょっとちびったかも。他のやつらには内緒だよ?君は大丈夫だったかい?」

    ハンジはモブリットの頬をつんつんとつつきながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた

    モブリットはその感覚に一瞬体を震わせた

    そして、顔をほんのり朱に染めて、小さな声で言葉を発する

    「だ、大丈夫でしたよ……」

    「ふぅん、正直に言いなよ、モブリット。黙っててあげるからさ!私だって暴露したんだよ?」

    ハンジは尚もモブリットの頬をつつきながら、自らの頬をぷくりと膨らませた

    「ちびっていませんし」

    「うそだー!モブリットはちびってるはずさ!仲間仲間!」

    ハンジはそう言うと、モブリットの手を握りしめて、無理矢理握手をしたのだった

    「仲間しないで下さいよ、ハンジ班長!」

    「やーだね!」

    二人の押し問答はしばらく、朝の食堂のBGMとなったのであった

  49. 109 : : 2015/01/03(土) 21:03:46
    「あ、そうそう、今日も君は私と一緒に任務につくよ」

    ハンジはパンをちぎって、野菜スープに沈めながら言った

    「そうですか、よろしくお願いします、ハンジ班長」

    モブリットも同じ様に、パンをちぎってスープに浸してみた

    口に入れてみると、固くてパサついた兵食のパンがふやけて、思った以上に旨かった

    「スープに浸したら旨いだろ?あまり上品な食べ方じゃないけどさ。」

    ハンジはそう言うと、にやりと笑ってパン入りスープを口に運んだ

    「確かに、味気ないパンがましになりますね」

    「だろ?早く食べれるし、一石二鳥さ。私は訓練兵の時からずっと、この食べ方さ。何せパンの不味さが我慢できなくてさぁ…」

    ハンジは顔を歪ませながら頬を膨らませた

    「確かに美味しくはないですね。年々小麦の生産量が減っていて、パンの質も落ちているみたいですし」

    「へえ、君ってそんな話も出来るタイプなんだ」

    ハンジは顎に手をやりながら、モブリットに品定めするような視線を向けた


  50. 110 : : 2015/01/03(土) 22:44:32
    「えっ…どういう意味ですか?」

    「いや、壁外への興味っていうのは皆何かしら持ってるけど、君みたいに壁内の食料事情にまで詳しい人って、ここにはあまりいないからね」

    ハンジはそう言うと、何故か満足げな笑みを浮かべた

    「そんなに特別な事では…たまたま耳にした程度ですし」

    モブリットは困ったような表情をハンジに向けた

    「でも、それを少なからず問題だとは思っているんだろ?」

    「まあ、そうですね…いつまで食料がもつんだろうか、とか考えたらきりがないです。俺はその……心配性なんで」

    小さな声でそう言うモブリットに、ハンジは一瞬目を丸くした

    そして、輝くような笑顔を見せる

    「そっか、心配性か!うん、でもこの壁内の食料がいつまでもつか、疑問に思う意見は初めて聞いたよ。また君と、ゆっくり話をしたいな」

    ハンジはそう言うと、モブリットの手をがしっと握りしめた

    モブリットは握りられた手の温もりと力強さに、面食らった

    だが、こくりと頷く

    「はい、俺でよければ喜んで」

    こうしてモブリットは、ハンジという変わり者の上官に引き立てられていく事になるのであった
  51. 111 : : 2015/01/04(日) 13:07:35
    「クソメガネ」

    モブリットとハンジが朝食しながら談笑をしていると、横合いから声がかかった

    小さな声に、どことなく威圧感が漂うのは気のせいなのだろう

    しかし、モブリットはこの声を聞く度に身を縮込ませる

    「やあリヴァイ、君も一緒に食べるかい?」

    ハンジは全く調子を変える事なく応対する

    「冗談じゃねえ。朝っぱらからうるせえ話に付き合いたくねえ。お前、よく付き合ってやれるな…ええと」

    リヴァイは眉をひそめながら、モブリットを指差した

    「モブリット、だよ、リヴァイ」

    ハンジはモブリットの頭をわしゃわしゃと撫でてそう言った

    「おはようございます、リヴァイさん」

    モブリットはリヴァイに頭を下げた

    「よう、モブリット。クソメガネの相手はお前に任せる。精々大人しくなる様に調教してやれ」

    「えっ、何だよ調教って!私がモブリットにいろいろ教えてあげるんだよ?」

    ハンジはリヴァイの言葉に頬を膨らませた

    「ふん、とにかく話を聞きにいけばわかる。エルヴィンとキースが呼んでるぞ。団長室へ行け。お前……モブリットも一緒にな」

    「お、俺……いや、私もですか?」

    何やら重要そうな話にまさか新兵の自分が加わるなど、青天の霹靂

    モブリットは目を丸くした

    「ああ、おまえも一緒にって話だ。ま、精々頑張れよ」

    リヴァイはそう言うと、モブリットの肩をぽんと叩いて立ち去った

    「……なんか、巻き込んじゃったみたいだね、モブリット」

    ハンジは申し訳なさそうな表情で、モブリットの顔を覗いた

    「いえ、とにかく話を聞きに行きましょう、ハンジ班長」

    「うん、そうだね、そうしよう!」

    こうしてモブリットの運命は、急速に舵を切り始める
  52. 112 : : 2015/01/04(日) 20:46:31
    「モブリットを副官に?」

    団長室に入るや否や、ハンジに辞令を見せたキース・シャーディス団長

    ハンジは一枚の紙をモブリットと一緒に見ながら、声を出した

    「ああ。なかなかの名コンビ振りだったらしいな。丁度お前にもそろそろ副官をと思っていた所だ。モブリット、引き受けてくれるな?」

    キースのその有無を言わさぬ口調にモブリットが反応する前に、ハンジが首を振る

    「待ってくれよ。私の副官なんて危ないって!モブリットはまだ新兵なのに!だめだよ、無理だって!」

    ハンジは早口でそう捲し立てた

    「だが、班長には副官がつくのが通例だ。今まではお前の意見に配慮してつけなかったが、そろそろ班長としての仕事を全うしてほしいんだ。調査兵団は人手不足だ、わかるだろう?」

    エルヴィンの諭すような言葉に、ハンジは尚も反論する

    「わかるけどさ!私には無理だって!誰かを側に置くなんて、誰かの運命に責任を持つなんて!私は一兵卒のままでいいんだよ。班長にだってなりたくてなったわけじゃない!」

    ハンジは悲痛な表情で訴えた

    「………俺、やります」

    「え?」

    モブリットは拳を握りしめて、静かにそう言った

    ハンジは予想外のモブリットの反応に、面食らった

    「やってくれるか、モブリット」

    キースの言葉に、モブリットは真摯な表情で頷いた
  53. 113 : : 2015/01/04(日) 21:33:47
    団長室を出たモブリットは、こめかみを押さえて辛そうにしながら歩くハンジの後ろを追った

    「ねえモブリット…」

    ハンジは不意に立ち止まって振り返った

    その表情は不安と焦燥が混じったような、複雑な趣を見せているように、モブリットには見えた

    「はい、ハンジ班長」

    「本当にいいのかい?君は…見ただろう?私が壁外でどうなったかを。皆が私をどう思っているのかも聞いているはずだ。それなのに…」

    ハンジの目にはうっすら涙が浮かんでいるように見えた

    「いいもなにも、もう辞令は出ていますし。それに…無理かどうかはやってみなければわからないですし」

    「あ、いや……さっき無理だって言ったけど、そういう意味じゃなくて、誰も無理だと思ってね、私の側になんて…」

    ハンジは震える声でそう言った

    「ですが、俺は確かにあなたに助けられてこうして生還したわけですし…ただ気が弱いので役不足だとは思いますが」

    「いや、気が弱いなんて違うよ。君は、気が優しいんだ」

    ハンジの言葉に、モブリットは首を振る

    「優しいだけでは生き残れませんので、いろいろ教えて下さい、班長」

    モブリットはそう言って、頭を下げた

    「ああ…ありがとう、あらためてよろしく」

    頭をあげると、満面の笑みを浮かべたハンジがそこにいた

    何かをふっきった様に爽やかな笑顔だった


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著者情報
fransowa

88&EreAni☆

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