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クラブ『Flügel der Freiheit』(自由の翼)(第2章)

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  1. 1 : : 2013/12/31(火) 22:02:04
    クラブ『Flügel der Freiheit』(自由の翼)(第2章)

    ★ストーリー★
    現パロ。
    クラブ『Flügel der Freiheit』(自由の翼)(http://www.ssnote.net/archives/3669)の続き。

    ディスコ・クラブのDJリヴァイが主役、
    オーナーのエルヴィンが準主役。
    世界観は『日本風の現在のどこかの外国』
    二人を取り巻く人たちとの日常のドタバタ劇。
    第2章からは命を落としたキャラクターたちを
    多く出していきます。
    オリジナルのキャラもいます。
    クラブ(ディスコ)で紹介する曲は実在するものです。

    ★過去のSS

    「若き自由な翼たち」
    http://www.ssnote.net/archives/414

    「Ribbon in the sky~舞い踊る自由の翼は再生する」
    http://www.ssnote.net/archives/1006

    「アルタイルと星の翼たち」
    http://www.ssnote.net/archives/1404

    「密めき隠れる恋の翼たち~『エルヴィン・スミス暗殺計画』」
    http://www.ssnote.net/archives/2247

    「密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスとの1週間』」
    http://www.ssnote.net/archives/4960

    「密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの苦悩』」
    http://www.ssnote.net/archives/6022

    お時間ある方はどうそ!

    昨年は皆様、ありがとうございました。
    新しい年もよろしくお願いします。

    今回は年明けからUPしていきますので、よろしくお願いします。
  2. 5 : : 2014/01/02(木) 01:58:57
    ①新しい年、新しい気持ち

    真新しい高級のスーツに袖を通した
    その長身の大柄の男は新しい年へ向け、
    気を引き締めていた。
    クラブ『Flügel der Freiheit』(フリューゲル デア フライハイト)や
    カフェ『H&M』を始めとする飲食店を経営する、
    オーナー、エルヴィン・スミスは全身鏡を見ながら、
    新しいスーツのバランスが悪くないか自分の姿を確かめていた。

    「よし…問題ない…!」

    エルヴィンは気合を入れるように両手で頬を軽く数回叩くと、
    そのまま自分の経営する飲食店の見回りを開始することにした。
    クリスマスから多忙の毎日だったが新しい年になると、
    従業員の労いを兼ねて店を数日休みにしていた。
    いつもその年の始まりにはオーナー自らが一番乗りをして、
    従業員たちに挨拶をするようにしている。
    それは亡き妻である共同経営者だったミランダや
    ハンジ・ゾエ、モブリットたちとの約束事であり
    ずっと実行している『恒例行事』のようなものである――
    そしてエルヴィンの原点、一番最後に到着した
    カフェ『H&M』にはすでにハンジ・ゾエと夫のモブリットが到着していた。
  3. 6 : : 2014/01/02(木) 01:59:12
    「エルヴィン!また新しい年もよろしく!」

    「ハンジ、モブリット、こちらこそよろしく頼む」

    3人は無事に新しい年を迎えられたことに
    ホッと胸を撫で下ろし、ハンジとモブリットがキッチンへ入ると
    エルヴィンはリヴァイが出勤する前に
    掃除道具を取りやすいように揃えていた。
    エルヴィンもまた客から『H&M』が清潔感があって
    過ごしやすいということを何度か聞いており、
    DJとしてのリヴァイだけではなく、カフェとしても
    必要で頼もしい人材だと実感していた。
    ちなみに他の飲食でもリヴァイに掃除の仕方を
    教えてもらおうと依頼をしようと思っても、あまりにも細かいため、
    従業員たちが付いていけないだろうと判断したエルヴィンは
    『H&M』だけの掃除をお願いしている。
  4. 7 : : 2014/01/02(木) 01:59:26
    「オーナー…おはよう…」

    リヴァイはいつも通りにカフェ『H&M』のガラスドアを開けると、
    心なしか気だるいような眼差しをしてながら
    カフェ内に入ってきた。

    「リヴァイ、おはよう。新しい年もよろしくな」

    「あぁ、そうか…新しい年だから、オーナーが一番乗りなのか」

    「おい!リヴァイ!大丈夫か?休みはちゃんと休めたのか…?」

    「あぁ…!」

    エルヴィンの『休みは休めたのか』という言葉で
    リヴァイは口角が上がった。
    それは珍しい連休でリヴァイは大切な関係となった
    ペトラ・ラルとほぼ一緒に過ごしていたからだった。

    ・・・ほう…リヴァイのやつ、
    年末から『春』がきて、ペトラさんと遊びすぎたか…?

    実際のところ、ペトラは親と同居のために夜は帰るものの、
    昼過ぎからリヴァイの部屋で何をするわけでもなく
    のんびりと過ごしていた。リヴァイにとっては特別なことを
    せずとも、ペトラと一緒にいることが心地よかった。
  5. 8 : : 2014/01/02(木) 01:59:40
    「リヴァイ、また新しい年も頼む」

    「あぁ、もちろんだ」

    エルヴィンから掃除道具を受取ったリヴァイは
    疲れた表情が引き締まり、いつもの如く
    バンダナの頭巾と大きなマスクをして
    エプロンをしながら、掃除に取り掛かった。
    そしてユミルも出勤してきてエルヴィンはリヴァイと同じように
    労いの言葉を掛けると、ランチタイムがそろそろ近づいてきた。
    そしてリヴァイが掃除を終えると、ランチを知らせる告知を
    カフェの出入り口のそばのイーゼルに掲げていた。

    「ユミル、新しい年もたくさん客がくるといいな」

    「そうだね、今までの常連さんが
    またお客さんを連れてきたらいいけどね…!」

    ユミルがリヴァイに冗談っぽく言うと鼻で笑っていた。
    新しい年のため客の出だしはいつもより落ち着いているようで
    一気にではなく、徐々に客が増えていった。
    そしてその中に――

    「エルヴィン!久しぶりだな」

    ガラスドアの入り口から聞こえた声にエルヴィンは目を丸くしていた。
    かつての仲間のナイル・ドークがいかにもオーダーメイドの
    3ピースのスーツを着て立っていたのだった。
  6. 9 : : 2014/01/02(木) 01:59:56
    「あぁ…ナイル、久しぶり、元気だったか?」

    「まぁ…な。今日はウチの娘がここでランチをしたって聞いてな。
    懐かしくて、部下を連れてきたよ」

    「ほう…それはありがたい」

    それは前の年のクリスマス、アルミンのクラスメイトでもある
    ナイルの娘のミーナが同級生とクリスマスパーティーを
    『H&M』で開いたということを父であるナイルに話していた。
    そしてそれをそばで聞いていたエルヴィンに興味がある
    妻のシイナは顔を引きつらせていたが、
    あえて話には加わらなかった。

    「えー!この方が噂の社長のお友達の…?」

    驚きの様子で頬を赤らめ声に出していたのがナイルが
    連れてきた数人の女性秘書の一人だった。
    その日のナイルは車で秘書と共に外出のため
    昼時になったとき、『H&M』のことを思い出して
    秘書たちを連れてやってきた、ということだった。
  7. 10 : : 2014/01/02(木) 02:00:12
    「ステキな方ですね…!ウチの社長と交換して欲しいわ!」

    また別の秘書がエルヴィンの顔を冗談なのか本気なのか
    わからない表情で社長であるナイルの前で大きな独り言を言っていた。

    「おい…!君…!社長の私の前で何を…!」

    「もう!社長、冗談じゃないですか~!」

    「なら、いいが…!わかっていたよ」

    ナイルは当初不機嫌になるも、
    冗談だとすぐにわかると、美人秘書たちに囲まれている影響か、
    大して気にする様子もなく、エルヴィンに席を案内されていた。

    ・・・相変わらず…だな、ナイルは

    エルヴィンがナイルたちを背を向けると鼻で笑っていた。
    昔からナイルを知るエルヴィンは感情的な部分が苦手としていた。
    しかし、この秘書たちはナイルの感情を手玉にとっているようにも伺えた。

    「オーナー…あれが例の昔の仲間か…?
    いかにも2代目社長って雰囲気だな」

    「おい、リヴァイ、聞こえるぞ…」

    エルヴィンはリヴァイの声を遮るように言うが、
    賑やかに秘書たちと話すナイルの声は届いていないようだった。

    「ほう…あのスーツもオーナーのように着こなす、というよりも
    『服に着られている』というか…」

    「おい、リヴァイ!」

    エルヴィンはリヴァイの言うことが自分と思っていたことと
    一致したために笑いを堪えることに必死だった。

    「まぁ…お嬢様タイプの奥さんも
    美人秘書に鼻を伸ばすようなダンナだったら
    外に目を向けたくなる…ってことか」

    リヴァイは冷ややかな眼差しをナイルに注ぐと
    ドリンクの補充やハンジに手渡された新しいフードの
    追加に勤しんでいた。
  8. 11 : : 2014/01/02(木) 02:00:34
    ・・・そういえば、ナイルの奥さんもここに来ていたか…
    まぁ、娘もダンナも来た、って知れば来なくなるだろう…

    笑いをどうにか堪えることが出来たエルヴィンは
    他の客の接客や常連の客の挨拶に回っていた。
    しかし、シイナは土曜日は時間が許す限り、
    カフェ『H&M』での会合は新しい年も参加しようと
    密かに決めていたのだった――
    そしてランチタイムが中盤になった頃、ナイルと秘書たちは
    自社に戻るため席を立つことになった。

    「ご馳走様でした!ホント美味しいところなので、
    今度はプライベートで来たいです!」

    「そうねー!社長の顔見ながらっていうよりもね~!」

    「おい…君たち…!」

    ナイルは秘書たちから冗談とはいえ、
    『コケ』にされるようなことを
    言われていても、楽しい時間を過ごしていて影響か
    気にせず笑顔で交わしていた。

    「またお待ちしておりますので、よろしくお願いします」

    エルヴィンの笑顔の挨拶で秘書たちが
    再び頬を赤らめていると、

    「やっぱり、ウチの社長と交換したい!」

    ほぼ本気の眼差しで秘書同士で見合っていた。

    「おい…昔の仲間内ではあいつよりもモテていたんだぞ」

    「はいはい…社長、わかりました」

    秘書たちはナイルの冗談には冷ややかに答え、
    皆は慌しく、和やかな雰囲気で帰っていった。

    「間に合わなかったか…!ナイルに挨拶しようと思っていたけど」

    キッチンから出てきたハンジは昔の仲間であるナイルに
    挨拶をしようとしたが、出遅れてしまっていた。
  9. 12 : : 2014/01/02(木) 02:00:51
    「あぁ…ハンジ、ナイルのヤツは昔とちっとも変らないよ」

    「なんだか、雰囲気的にそうみたいね…」

    エルヴィンとハンジは呆れるようにナイルたちが出て行った
    ガラスのドアを見つめていた。

    「やれやれ…片付けてくるか…」

    エルヴィンはナイルたちが帰って胸を撫で下ろし、
    彼等が座っていたテーブル席に片付けのため向っていた。

    「リヴァイ、早速、常連さんが新しい客を連れてくる、
    って感じのことが起きて、新しい年から縁起がいいじゃない…?」

    「あぁ、さっき話していた通りだな。
    まぁ、オーナーの心境は複雑だろうよ」

    ユミルとリヴァイは片づけをするエルヴィンを見ながら
    笑みを浮かべていた。
    そしてまたガラスドアが開くとそこには学校が早く終って真っ直ぐ
    カフェ『H&M』に向ってきたアルミンのクラスメイトの
    ミカサ・アッカーマンが立っていた――

    「あなたは確かアルミンの同級生の…?」

    「はい…」

    ユミルがカフェ内に入ってきたミカサに声を掛けると、
    不機嫌な様子だった。
    そして後ろから、エレン・イェーガーとアルミンも
    ミカサを追いかけ息を切らしていた。
  10. 13 : : 2014/01/02(木) 02:01:04
    「おい…!ミカサ、どうしたんだよ!」

    エレンに声を掛けられたミカサはうつむくだけで
    その場に立ち尽くすだけだった――

    ・・・ほう…オーナーの周りでは…新しい年もまた色々と
    おもしれーことがありそうじゃねーか…

    リヴァイが3人の姿を見ると、無意識に口角が上がっていた。
  11. 16 : : 2014/01/03(金) 00:25:43
    ②ミカサの数奇な人生

    「ミカサ!どうしたんだよ!」

    エレン・イェーガーの声を振りきるように学校から出て行くと、
    ミカサ・アッカーマンは自然にカフェ『H&M』に向っていた。
    いつも仲良しのエレンとアルミンとランチタイムを
    賑やかに過ごしたり、
    ハンジ・ゾエの手作りのケーキをみんなでほお張るのが
    ミカサにとっては至福の時間だ。
    ミカサの両親、アッカーマン夫婦は共に医師である。
    かつてはエレンの父のグリシャ・イェーガーと共に働いていた。
    あるとき、まだ幼いミカサをイェーガー家を預け
    夫婦である国の紛争地域へ医師活動として
    自ら志願するが、帰国時期になっても夫婦そろって
    帰国することはなかった。
    『行方不明』になってしまったアッカーマン夫婦を
    イェーガー医師は今でも生きていると信じて地道に
    捜索活動をしており、そして夫婦が帰国するまでミカサを
    自分たちの子供として立派に育てようと決意して今に至る――
    またミカサと同い年のエレンとは
    幼い頃からいつも一緒だったせいか、
    周りからは『似てない双子』とからかわれることがあった。
    エレンが対抗しても、いつも冷静なミカサはからかう相手を
    にらみつけ、怯ませることが多かった。しかし、エレンは自分の迫力に
    相手が根負けしたと勘違いすることが多かった。
    そして二人が幼いとき、エレンの母のカルラから
    お揃いの小さなファスナー付きのコインケースをもらったことがあった、
    カルラは二人にお小遣いを自己管理するように、という願いをこめていたが、
    エレンは早々に失くしてしまった。しかし、真っ赤な可愛いコインケースは初めての
    お揃いのモノのため、ミカサはバッグが変ってもそのコインケースだけは真っ先に
    入れ替えをしていた。もらった当初は真っ赤だったが、
    今で色あせて、エンジ色っぽくなり、
    ファスナー部分も開閉しにくくても、ミカサは大事に使っている。
    スクールバッグの中のコインケースをミカサが確かめると、
    大好きな場所でもあるカフェ『H&M』のガラスドアを開けていた――
  12. 17 : : 2014/01/03(金) 00:26:00
    「こんにちは…!今日も来ちゃいました…」

    「ミカサちゃん、どうしたの?気分でも悪いの…?」

    ユミルはカフェに入ってきた浮かない顔のミカサを見ると、
    何かあったかと察していた。
    そしてその後ろからエレンとアルミンも
    息を切らし追いかけてきた様子を見かけた
    ユミルは3人をカウンターに座らせていた。

    「ミカサ、どうしたんだよ!?急に走り出して」

    「エレン…私はどうたらいいの?イエーガー家から離れたくないのに」

    カウンター3人が座る様子を心配そうな表情で眺めていたのは
    アルミンの父でもあるエルヴィン・スミスだった。
    新しい年から3人が神妙な面持ちの様子が気になると、
    居たたまれずに、こっそりとアルミンを呼び出して、
    事情を聞くことになった。
  13. 18 : : 2014/01/03(金) 00:26:43
    「父さん!何だよ…僕は今、父さんと話すより二人と話すことが大事なんだ」

    「アルミン!父さんに対するその態度は何だ?心配しているのに…」

    「とにかく、また僕は二人のところに戻るから」

    「アルミン…まずは事情を話してくれないか…?」

    二人のやり取りに進展がなく、特にいつも冷静のはずの
    エルヴィンはアルミンのことになると感情的になる。
    あえて話を聞くことにしたのはリヴァイだった。

    「リヴァイさん、実は…」

    ・・・アルミン…父さんより、リヴァイの言うことなら聞くのか…?

    エルヴィンはアルミンが真剣な眼差しで
    リヴァイに打ち明ける姿を見ると少し悲しかった。
    前の年のクリスマスが終った後、ミカサの母方の親戚が
    ミカサを引き取りたいとイェーガー家に突然やってきた、ということだった。
    その親戚は他の国に住んでおり、ミカサを引き取ると
    一緒にその国に住むということ、そして仕事柄、他の国を転々とすることが多く、
    結局、ミカサはその国で一人ぼっちになる可能性が高い、ということだった。
    そのためにイェーガー夫婦は反対して、その親戚を半ば追い払うように帰したのだが、
    エレンは唯一の身内が一緒に住もうというのなら、一時的に離れ離れになっても
    一緒にいられることがあるのなら、ミカサはその国に行くべきだという考えだった。
  14. 19 : : 2014/01/03(金) 00:26:59
    「ほう…エレンは反対ではないのか…?」

    「うん、なぜか、エレンはミカサが離れても平気みたいなんだ…」

    「まぁ、今では便利な通信機器がいっぱいあるから、
    どこにいても、連絡は取り放題だからな…」

    「確かにそれはそうだよね…」

    リヴァイとアルミンは二人に視線を送っていた。
    そしてアルミンはいつも冷静なリヴァイに話して
    ホッと胸を撫で下ろしていた。

    「まぁ…アルミン、永遠の別れではない。
    おまえしか出来ない、
    今の二人に精一杯出来ることをするしかないか…」

    淡々とした答えではあったが、リヴァイからの返答を聞くと
    アルミンは目を輝かしてうなづき、カウンターの席に戻っていった。
    そしてリヴァイは持ち場に戻ろうとすると、ふと鋭い視線を感じた。
    エルヴィンがリヴァイを半ば焼きもちを焼きながら睨んでいた。
  15. 20 : : 2014/01/03(金) 00:27:13
    「オーナー…どうかしたか?」

    「リヴァイ…おまえはどうして、アルミンの気持ちがわかる…?」

    「さぁ…な」

    リヴァイは鼻で笑うと、テーブルを拭く手には力が入り
    そして目線はアルミンに向いていた。

    「エルヴィン!どうしたのよ…アルミンのこととなるといつも
    冷静じゃなくなるのは気をつけた方がいいよ」

    「あぁ、わかっている」

    キッチンから3人のやり取りをみていたハンジも
    冷静にエルヴィンに話しかけていた。

    「ミカサ、ずっと他人の俺たちと一緒にいるよりも、
    親戚と一緒にいた方がいいじゃないか?」

    「私はイェーガーのおじ様もおば様も…家族と思っていたの…
    他人だなんて、そんな冷たい響きで片付けないで…!」

    「ミカサ…」

    いつも冷静であるはずのミカサが珍しく感情的になる姿を
    エレンとアルミンは戸惑いながら見つめるだけだった。
    そしてアルミンがエレンに聞いた。
  16. 21 : : 2014/01/03(金) 00:27:28
    「エレン、ホントにミカサが遠くに行ってもいいの?
    なかなか会えなくなるんだよ」

    「あぁ、だって、今は便利じゃん。遠くにいても近くにいても
    ウザいくらい連絡できるし、今のミカサだって、いつでも
    俺と連絡取りたがるし――」

    「違う…!遠くにいるのと、近くにいるのでは気持ちが違うの」

    ミカサはどんなに便利になっても、距離があると
    気持ちまで遠くに離れてしまわないか怖かった。
    そして今まで自分を大事にしてくれたイェーガー家から離れることに
    現実味がなかった。それにイェーガー夫婦が必死に反対してくれる
    姿が嬉しかったが、
    それに引き換えエレンが賛成する姿に戸惑いを覚えていた。

    「3人とも…これでも飲んでね…」

    アルミンを自分の子供ように思っているハンジも
    ただならぬ3人の雰囲気にオレンジジュースを出すと
    その場を離れ、見守るしかなかった。
  17. 22 : : 2014/01/03(金) 00:27:43
    「ハンジさん、ありがとう…」

    アルミンはハンジから出された
    オレンジジュースの入ったグラスを
    二人の前に出したが、
    ミカサはグラスを見つめるだけで手を付けなかった。
    そしてその時、ミカサのスマホに通話の着信が入った。
    相手はミカサの親戚からだった。
    なかなか出る様子のないミカサだったが、
    アルミンに促され出ることになった。

    「もしもし…はい…うん、今はカフェ『H&M』というところ…
    場所?どうして来るの?来れるものなら、来てみなさいさいよ!」

    ミカサは半ば挑発的な態度で通話を切った。
  18. 23 : : 2014/01/03(金) 00:27:59
    「ミカサ、今のは失礼なんじゃ…?」

    「いいの、会いたくないし、私には関係ない人だから」

    「そうか…」

    アルミンはミカサの態度に注意しようとするも、
    悲しげな顔を見ると、これ以上なにも言えなくなっていた。

    「アルミン、大丈夫だよ、ミカサの親戚っていろんな国を
    回っている人みたいだから、小さな手がかりでもその場所に
    たどり着く自信がある、とか、言っていた気がする」

    「へぇ…」

    アルミンがエレンの言うことに感心していると、
    ミカサがまた間に入った。

    「そう、だからカフェの名前だけでどうにかたどり着けたら、
    ちゃんと話してもいいよ」

    ミカサが上の空ではあるが、
    話したことで少し元気になっている様子を見ると
    アルミンが安堵していた。そして次の瞬間、
    カフェ『H&M』の電話がなった。ハンジが電話を取ると
    通話の相手は女性であり、
    『ミカサ・アッカーマンは来店していないか』という内容だった。
    ハンジがミカサに受話器を渡そうとすると、ミカサが戸惑っている間、
    『もう近くにきたから、すぐ来店する』と告げるとその電話は切れてしまった。

    「今の電話…ミカサちゃんの親戚よね?すごいね…」

    ハンジが驚いていると、すぐにミカサの親戚らしき
    女性がガラスのドアの前に立っていた――
  19. 24 : : 2014/01/03(金) 23:34:44
    ③異国からやってきた女

    少しラメの入ったアイシャドーが入った目元とは
    対象的な鋭い眼差しの女は
    顔の半分が隠れるくらいの
    ブランド物の大きなサングラスを
    頭の上にカチューシャのように上げた。
    カフェ『H&M』のガラスのドアから店内を覗きながら
    ミカサ・アッカーマンを見つけると、ニヤリと口角を上げ
    不敵な笑みを浮かべていた。
  20. 25 : : 2014/01/03(金) 23:35:01
    「ミカサ…見つけたよ!私から逃げられると思っていたの…?」

    冗談を言いながらガラスのドアを開け
    ミカサに近づいてきたのは
    異国の地に住んでいるというミカサの母方の親戚、イブキだった――
    背が高く、また長い黒髪の毛先は
    レイヤーカットで手入れしやすいスタイルだ。
    薄手のコートに大きなマフラーは
    まるで顔を隠しているようにも見える。
    そしてタイトなパンツにウェッジソールは
    いかにも動きやすそうなスタイルだが、全体的に
    女としてのおしゃれ心は忘れていないという印象だった。
    ミカサは元々母親似である。
    年齢的にイブキとは10歳程度離れているため彼女の雰囲気は
    ミカサが大人びた風にも見えた。
    イブキがカウンターの隣に座ると、ミカサに突然、話し出した。
  21. 26 : : 2014/01/03(金) 23:35:24
    「ミカサ、とにかく、突然で驚いたでしょ。
    私もホントは自分の親戚がこの国にいる
    って聞いて、ひと目会えればそれでいいと思っていたのに…
    あなたは私があなたと同い年くらいのときとソックリで…妹みたいに思えて…」

    「それがどうしたの?私には関係ない…」

    「そうよね…でも、私たちは唯一の血の繋がりのある関係よ?
    いいじゃない?一緒に私が今いる国に住まない?」

    「イヤよ、エレンたちと離れたくない…」

    「エレンとミカサは付き合っているの?」

    ミカサはイブキの突然の質問に頬を赤らめうつむくだけだった。
    そして静かに答えた。

    「エレンは大事な家族よ…」

    イブキは照れながら答えるミカサを見ると
    本心を隠しているかもしれないと察すると
    これ以上何もエレンとの関係は聞かなかった。

    「家族か…私だって、家族はいない…」

    「えっ…?」

    ミカサは驚いた表情でイブキを見ていた。
  22. 27 : : 2014/01/03(金) 23:35:41
    「突然、異国からやってきた女から
    一緒に住もうって言われても驚くだけよね…」

    「ホントに…何がなんだか」

    「いいわ、ミカサ…しばらく考えて…!
    お互い孤独同士、仲良くやっていきたいのよ」

    「私は孤独じゃない…」

    「とにかく、いい返事待っている。
    私はホテルの部屋でちょっと仕事してくる。
    帰国まで数日だけど、よく考えてね」

    イブキがミカサの肩に触れると、カウンターの席から立ち上がった。

    「みなさん、お騒がせしました…。
    それじゃ、失礼します…」

    イブキは会釈をすると、サングラスを掛け直すと
    颯爽とガラスのドアを開け足早に出て行った。

    「今のが…ミカサの親戚…?」

    「うん、そうよ、イブキ叔母さん」

    「叔母さんというには若いね…」

    「そうなの…?私にはわからない」

    ミカサはイブキが出て行ったと同時にホッと胸を撫で下ろすと、
    アルミンがミカサにイブキのことについて質問始めていた。
    また風のようにやってきては去っていたイブキを
    皆は唖然として見ていた。

    「だけど、どうしてここの場所がわかったんだろうね?」

    「仕事柄、スマホとかタブレットを使いこなしているんだって…
    だから、ここの名前を検索してナビでも使ったんじゃない?」

    「へーっ…」

    一方的に話していたイブキだったが、
    無理やり連れて行く様子ではなく、
    猶予を与えるような態度のためにイブキのことを
    アルミンは思ったよりも悪い印象でもなかった。
  23. 28 : : 2014/01/03(金) 23:36:05
    「アルミンはどう思う…?ホントに悪い人そうじゃないだろ…?」

    エレンは笑みを浮かべながら
    アルミンにイブキの印象を問う。

    「確かにまったく悪い人そうじゃないけど…
    でも、ミカサが離れて暮らすかどうかというのと、
    イブキさんの人柄はあまり関係ないかもね…」

    「そうか…」

    エレンはアルミンに言われ納得した様子で
    目の前の氷が解けかけたオレンジジュースに
    手を伸ばしていた。

    ・・・ほう…アルミンのヤツ、大人な答えを言うもんだな。
    どっちにもいいように取れるような答えを言うとはな

    アルミンの様子を伺っていたリヴァイは口角を上げて
    関心している様子だった。
    そして、何気なくと隣に立っている
    オーナーであるエルヴィン・スミスを見ると
    顔が緩んでいることに気づいた。

    ・・・オーナー…何笑ってやがる…

    その姿を見たリヴァイは顔を引きつらせていた。

    「エルヴィン!どうしたの…?笑っちゃってさ」

    その顔に近くにいたハンジも気づいたようですかさず声を掛けていた。
  24. 29 : : 2014/01/03(金) 23:36:28
    「いや、その…何でもないよ」

    戸惑い頬をほのかに染めるエルヴィンを見た
    付き合いの長いハンジは鋭い眼差しで核心をついた――

    「エルヴィン!今のイブキさんって…タイプでしょ!?」

    「な、何を言っている…?ハンジ!?
    まだランチタイムは終っていない…!
    さぁ、さぁ、仕事…!」

    誰が見ても動揺している様子を披露したエルヴィンを見かけた
    アルミンは鋭い眼差しをしながら、近づいてきた。

    「父さん…!何考えているの?まったく…よりによって
    ミカサの一大事のときに、問題の相手に一目惚れだなんて」

    「な、何を言っているアルミンまで…」

    明らかに動揺するエルヴィンをただ呆れた眼差しで
    アルミンは見るしかなかった。
    エルヴィンは亡き妻のミランダは天真爛漫で
    自分には出来ない誰にでも笑顔で接する姿に惹かれていたが、
    イブキには今まで出会ったことのない妖艶な女性に
    見とれてしまっていた。またミランダとは違う魅力に
    惹かれていることに気づいていた。

    ・・・ミランダとはまた違うタイプに…惹かれるとはな…

    エルヴィンがイブキの姿を思い出し
    口角を上げた瞬間、またアルミンに指摘されていた。

    「父さん、ホントに…」

    呆れながらアルミンはミカサとエレンの元に戻って言った。

    「ミカサ、もう一度、父さんと母さんと…話し合ってみようよ」

    「え…?」

    「だけど、イブキさんだって孤独とか言っていたこが気になる。
    それでもミカサが離れないでいられる
    いい方法がないか、考えよう」

    「…エレン!」

    ミカサはエレンから別の考えの提案を聞くと嬉しさで
    目を見開き口角を上げていた。
  25. 30 : : 2014/01/04(土) 22:29:47
    ④魂の再会

    「エレン…よかった…!」

    「何だよ!大げさな…」

    ミカサ・アッカーマンは自分自身が遠い異国の地へ
    住むような事態になっても、今まで家族として接してきた
    エレン・イェーガーが大して反対する様子を
    見せていなかったことに不安を感じていたが、
    カフェ『H&M』で話し合いをしたところ、
    少し考えを改めた様子を見て嬉しくて、
    エレンに両手を握りながら喜んでいた。

    「ミカサ、みんなが見てるだろ!くっつくなよ、ほら行くぞ」

    エレンは少し頬を赤らめ照れながら
    ミカサと共にカウンター席から立つと
    そのまま皆にお礼をすると、早く話し合いを持ちたいために
    足早に帰路に付いた。
    ミカサとエレンを安堵の様子で見送るアルミンを見た
    リヴァイはそばに近寄り話しかけた。
  26. 31 : : 2014/01/04(土) 22:30:06
    「アルミン…まぁ、今のところまた話し合いをするってことで
    一安心だろうな…」

    「はい、リヴァイさん!」

    アルミンは頼り甲斐のあるリヴァイに話してよかったと思ったと同時に
    父であるエルヴィン・スミスに視線を送ると、笑いを堪えながら
    接客している様子に顔を引きつらせていた。

    「アルミン…おまえの親父は…
    出会いに関して、特に前の年は散々だった…大目に見てやれ」

    「それもそうですね…」

    アルミンは前の年に父であるエルヴィンに再婚して欲しいと願うも
    出会いがなかなかないことに嘆いていたが、
    恐らくタイプであろう、イブキを目の前にして『心ここにあらず』の態度の
    父であるエルヴィンを見ると、仕方ないかもと、感じていた。

    ・・・父さんは母さんを忘れないと思うけど、僕は幸せになって欲しいよ

    アルミンはエルヴィンに笑みを浮かべると、
    ハンジ・ゾエが用意した昼食であるランチプレートが
    カウンターで用意されると嬉しそう目を輝かせると、
    もう一度、席に付いた。
    そしてアルミンが食事を終える頃にはランチタイムも終了のため
    リヴァイがランチの告知の看板をイーゼルから片付けていた。

    「リヴァイさん、父さんのことよろしくお願いします!それじゃ」

    アルミンがリヴァイに見送られるとそのまま自宅のマンションへ向った。

    ・・・アルミンは…いい大人になるだろうな…
  27. 32 : : 2014/01/04(土) 22:30:55
    リヴァイはアルミンの背中を見るとかすかに笑みを浮かべていた。
    ランチタイムが終了すると、リヴァイたちはその年の初めの
    クラブ『FDF』の営業のために自分たちの昼食が終了すると、
    足早に準備に入っていた。特別なことはしないが、念入りに掃除をして
    新しい年でお客を迎えたいというリヴァイからの提案でもあった。
    そしてハンジとモブリットもカフェ『H&M』では新しい年のディナーのため
    張り切ってキッチンに立って準備をしていたが、
    この日から新しいバイトとしてマルコ・ボットも働くことになっていた。
    エルヴィンから紹介されると、好青年のマルコにハンジとモブリットは
    とても気に入り、接客について楽しげに教えていた。
    ラストオーダーの時間になった頃、マルコがガラスのドアの方に視線を向けると
    戸惑う表情を見せていた。
  28. 33 : : 2014/01/04(土) 22:31:15
    「マルコくん、どうしたの…?」

    ハンジが声を掛けると、ガラスの向こうには大きなサングラスを目の下の方にずらし、
    カフェ内の様子を伺いながら入るか入らないか
    迷っている様子のイブキが目に入った――

    「あぁ、彼女は」

    ハンジがイブキを見つけると、
    キッチンから出てきてガラスのドアを自ら開け、
    カウンターに座るよう促していた。

    「すいません…なんだか、中を覗いたら、カップルや家族連れが多くて
    一人で入るのは気まずいかと思って…」

    イブキは申し訳なさそうな態度をハンジに示すと
    掛けていたサングラスをカウンターに置いた。
  29. 34 : : 2014/01/04(土) 22:31:32
    「いいえ…!また来て頂いて嬉しいです!」

    ハンジが笑顔でお冷を出すと、
    イブキは安心した表情を向けていた。

    「初めて来た街だし、お腹が空いてもどこに行けばわからなくて…
    ここに来ちゃいました」

    イブキが茶目っ気溢れる表情でハンジに言うと
    オススメのディナーコースをオーダーしていた。

    ・・・イブキさんは…いい感じの人っぽいな…

    ハンジがキッチンに戻りながら、ミカサを自分の住む国で
    一緒に住もうとしているのは何か理由があるのかと察していた。

    「おまたせしました…!」

    マルコがイブキの前にメインディッシュを出すと
    目を見開き、嬉しそうな表情でナイフとフォークを手に取ると
    幸せそうな表情で口に運んでいた。
    そして近くにいるマルコに
    笑みを浮かべながら美味しいを連発していた。
    その様子を見ていたハンジはキッチンが落ち着いてきたため、
    イブキが食事を終える頃にカウンター越しに話しかけることにした。
  30. 35 : : 2014/01/04(土) 22:31:50
    「本日は2度目のご来店、ありがとうございます!」

    「いいえ、こちらこそ、昼間は突然で失礼しました」

    イブキはナプキンで口を拭くと昼間のことに頭を下げていた。

    「何か…ご事情があるんでしょうね…ミカサちゃんと一緒に住みたいって」

    「まぁ…実は」

    イブキは伏し目がちになりながらも事情を話した。
    現在、様々な国を行き来するような仕事をしているが、
    そんな最中、自国で最近、唯一の肉親だった母が病死する前、
    疎遠になった身内がこの国に知らされたということだった。
    そして仕事でこの国きたとき、母が言っていたことを思い出し、
    住所を頼りにミカサに会いにきて、一目会えたらそれでよかったが、
    自分自身の顔がミカサと同じ年の頃とそっくりなことと、
    イブキ自身も肉親がもうミカサだけのためにぜひ一緒に住みたい、
    ということだった――

    「まさか…そこまで、拒否されるとは思わなかったけど…」

    イブキは最後に出されたホットコーヒーのすすりながら
    悲しげに正面を見据えていた。

    「そうだったの…」

    ハイジはそれなりの事情があることを知ると何も言えなかった。
  31. 36 : : 2014/01/04(土) 22:32:09
    「まぁ…最終的に一緒に住まなくても、今は連絡手段とかいっぱいあるし…
    たまたま今回、この国にきたけど、また仕事で来れるかも知れないし――」

    イブキは複雑な表情のハンジを見て微笑みかけた。

    「すいませんねー!なんだか、湿っぽい話になって!私は大丈夫ですから」

    「はぁ…いいえ」

    「それに、ここの料理すごく美味しい!
    私の国にあなたを連れて帰りたくなったりして…!」

    その声を聞いたモブリットはキッチンから慌てて出来た。

    「ハンジさんは誰にも渡しませんよ!」

    「もう…冗談ですから…!」

    イブキとハンジは二人して声をあげて笑っていた。

    「いい旦那さんですね!すごく愛されてるのわかります!
    だって、お料理がホント美味しいから」

    イブキが戸惑い慌てるモブリットを見ながら
    目じりの涙を指先で拭っていた。
    その時だった――
  32. 37 : : 2014/01/04(土) 22:32:25
    クラブ『FDF』の営業のためエルヴィンがガラスのドアの前を通った。
    いつもなら、ディナーのディナーの様子をガラス越しで見て
    足早に『H&M』の上の階に位置する『FDF』に向うのだが、
    イブキがカウンター席にいるとわかると、そのまま入ってきた。

    「エルヴィン、珍しいね、ディナーに入ってくるって…あっ」

    ハンジはいつもと違うエルヴィンの行動に驚くも
    イブキに会いにきたのだろうと察知した。

    「今夜はご来店ありがとうございます…」

    エルヴィンはイブキに丁寧に挨拶をしていたが、
    しかし、ハンジはエルヴィンがイブキに惹かれていることに
    気づいているため『何気取っているだんか』と
    笑いたくて必死だった。
  33. 38 : : 2014/01/04(土) 22:32:40
    「上の階ではクラブの営業もしています。
    もし、お時間ありましたら、ぜひお待ちしていますので…」

    語尾を強くエルヴィンがいうと、
    必死に『ぜひ、おいで』と誘っているように
    ハンジには聞こえていた。
    そしてエルヴィンは笑みを残してそのまま『FDF』に向っていった。

    「へーっ…上の階はクラブなんですね」

    「まぁ、お時間あれば、ってことですが」

    イブキはミカサのことだけでなく、
    数日、多忙のためあまり休めていなかったために
    頭を空っぽにしたいという気分になっていた。

    「久しぶりに踊りたい気分かなぁ…」

    「はい、ウチのオーナーも喜ぶと思います!」

    「えっ?今の方が…?」

    ハンジはマズイことを言ったかと思ったが、
    態度に出やすいエルヴィンのことだから、すぐに
    バレるだろうと思い、あえて気にせず流すことにした。
  34. 39 : : 2014/01/04(土) 22:32:56
    「今のオーナーさん…まさか私に気があるとか…!
    あんなに気取った態度の人、最近見たことない」

    ハンジはその一言で思わず噴出してしまった。

    「まぁ…イブキさんはタイプみたいですよ」

    「へーっ…そうなんだ…!」

    イブキの表情を小悪魔っぽく感じたハンジは
    彼女に惑わされそうなエルヴィンを想像すると
    再び笑いを堪えるのが必死だった。

    「ハンジさん…でしたね?今日はご馳走様でした!
    それじゃ…ちょっと踊ってきます!」

    イブキが清算を済ますと、そのまま『FDF』に向った。
    そしてフロアに案内されると、その日は平日のために
    踊る客はまばらではあったが、カクテルに一口付けると
    自分が好きな曲が流れ始めるとそのままフロアに流れて行った。

    「この曲好きなんだ…!」

    イブキは数日間の多忙な日々を忘れるように踊っていると、
    いつもはゲイバーのママのイッケイさんと小(チー)ママのマッコイさとしか
    踊らないはずのエルヴィンも一緒にフロアに出てきた。
  35. 40 : : 2014/01/04(土) 22:33:12
    ・・・ほう…オーナーが…女性客と踊るのは珍しい。
    マジに惚れても…おもしれーじゃねーかー…

    ブースにいたリヴァイは意味深な笑みを浮かべると、
    イブキが楽しげに踊っている様子を見ながら
    好きそうなナンバーから繋ぎやすいナンバーへと
    セレクトしてエルヴィンと一緒に躍らせるようにした。
    フロアでスポットライトの光を浴びながら、
    恍惚の表情を浮かべる妖艶なイブキに
    エルヴィンは興味は増すばかりだった。

    「ここのセレクト、私の好みが多い!」

    踊りながらイブキは
    自分の好みのナンバーが踊る様子を
    通してリヴァイに知られることは微塵も感じず、
    エルヴィンと二人でフロアで楽しげに踊っていた。
    そしてカウンターに座ると、イブキはエルヴィンに
    笑顔で話しかけていた。
    その笑みを見たエルヴィンは自然にリヴァイにも
    親指を立てサムアップをしながら、
    まるで『よくやった』と言いたげな視線を送っていた。
  36. 41 : : 2014/01/04(土) 22:33:27
    ・・・ほう…うまくいけばいいが、あとはオーナー次第だがな

    リヴァイは伏目がちになると、口角を上げていた。
    イブキと話をしてみて、さらに彼女を知りたいと思ったたエルヴィン
    同じビルにある地下のショットバー『ザカリアス』に連れて行くことにした。
    そして、踊りつかれたイブキを連れて二人で地下に向っていると、
    エルヴィンは途中でなぜか妙な感じがした。
    マスターのミケ・ザカリアスに会わせてはいけない――
    しかし、時はすでに遅し、
    バーの前に到着すると、ドアの前でミケが背を向け鍵を開けようとしていた。

    「あぁ、エルヴィンか?今、ちょっとタバコ買いに行っていたところだ――」

    ミケがエルヴィンに気づき、背中を向けながら話していると、
    イブキがその背中を見入っていた。
  37. 42 : : 2014/01/04(土) 22:33:42
    「いらっしゃいませ…?」

    ミケが後ろを振り向きイブキを見ると
    不思議そうな面持ちで自分を見つめていた。

    「あの、何か…?」

    ミケが戸惑い怪訝な表情を浮かるとイブキは
    はっと我に返った。

    「いえ…なんだか、どこかで会ったことがあるような感覚がして…」

    「もしかして、以前ここに来たことがあるとか…?」

    ミケはイブキとエルヴィンをカウンターに座るよう促すと、
    この街自体、来るのが初めてだとイブキは話していた。

    「変な感覚…なんだか、やっと会えたって感じ…酔っているのかな」

    イブキはエルヴィンに笑みを浮かべ見るも、
    やはり『ザカリアス』には連れてくるべきじゃなかったと感じた。
    ミケもイブキに言われながら、口元のひげを触りながら
    何かを思い出そうとする仕草をしていた。
    その時、エルヴィンは先にイブキと会ったのは自分自身であると
    なぜか、ミケに対して対抗心を密かに燃やしていた――
  38. 43 : : 2014/01/05(日) 23:48:29
    ⑤三角関係再び…

    「この国は元々私のふるさとでもあるんですけど、
    親の代で、今私が住んでいる国に移住して…」

    「ほう…」

    ショットバー『ザカリアス』のカウンターでは
    エルヴィン・スミスと遠い異国からやってきたイブキが
    笑顔と身振り手振りを交え会話を楽しんでいた。
    そして二人をバーのマスターである
    ミケ・ザカリアスが目を細め見守っていた。
  39. 44 : : 2014/01/05(日) 23:48:48
    ・・・エルヴィンのヤツ…新しい年になって早速いい出会いがあったか…
    でも、この客…俺とどこかで会ったことあるって言っていたが…何のことだ?

    ミケはイブキに『どこかで会ったことがある、やっと会えた』と初対面で言われると
    『変なことを言う人』という第一印象を抱いていた。
    しかし、エルヴィンはなぜか、ミケにイブキを会わせてはいけない、
    そして二人が惹かれ合うのではないか、という自分でも理解しがたい
    不安にも似た感覚が湧き上がっていた――
    ミケがタバコに火をつけるため、ジッポライターを
    カシャリという金属音を立てふたを開けたときだった。

    「えっ…」

    ミケはジッポライターの金属音を
    いつも耳にしているはずのなのに
    この『カシャリ』という音を共にイブキを見ると、
    何とも説明しがたい懐かしい感覚が湧き上がってきた。
  40. 45 : : 2014/01/05(日) 23:49:09
    「あの…イブキさんと言いましたっけ…?」

    「はい…?」

    ミケは火を着けるのを止め、
    そのままライターをカウンターの上に置き、
    タバコは手のひらで握っていた。

    「俺も…なんとなくだが…あなたにどこかで会ったような…?」

    「そうですよね!不思議なんですが…」

    イブキはミケから同じように
    『会ったことがある』と言われ
    心が躍る感覚がしていた。
    しかし、ミケは腕組みをしながら、
    首を横に傾け何かを思い出そうとしても
    思い出せないもどかしさがあった。
    眉間にしわを寄せ、考え事をしているような
    ミケを見ながらエルヴィンは本能的に
    思い出させてはいけないと感じていた。
  41. 46 : : 2014/01/05(日) 23:49:30
    「まぁ…ミケ、いいじゃない。そんな――」

    「いや…この3人で…会ったことある気がする」

    「何だって…?」

    ミケが沸いてきた感覚を口に出すと、
    エルヴィンは声をあげて驚いたのは
    自分の想像以上の味わったことのない感覚を
    ミケが口にしたからだった。

    「変だよな、俺とエルヴィンは10年以上の付き合いだが…
    今までそんな感覚はなかったはずだがな…」

    いつも仕事のときは薄く作ったウイスキーを飲むミケは
    それを一気に飲み干した。

    「まさか、これで酔っているとは思えない…」

    残った数個の氷が軽くぶつかり合う音を立てるグラスを
    ミケは不思議そうな表情で見つめていた。
    イブキはその顔を見ながらかすかに笑みを浮かべていた。
  42. 47 : : 2014/01/05(日) 23:49:49
    「そう言われてみると…二人とも…?」

    ・・・私と会ったことある…?

    ほろ酔いで頬を赤らめたイブキは二人を見ながら
    首をかしげていた。
    カウンターに肘を突いた右手の先には
    カクテルが半分になったロンググラスを持っていた。

    「もしかして、私たち…遠いどこかの世界で…
    三角関係だったことがあったりしてね…!」

    イブキはからかい半分のように言いながら
    笑みを浮かべると、そのままグラスを口元に運んだ。
    エルヴィンはイブキのその一言で
    ミケにライバル心が灯ったような気がしていた。
    イブキが真剣な表情のエルヴィンを見るとグラスを
    テーブルに置くと、戸惑いの表情を浮かべた。

    「もう…!冗談じゃないですか!そんな真剣にならなくても」

    「それもそうだな…」

    イブキが戸惑い目が
    泳ぐような表情を見ると
    エルヴィンは照れ笑いをしながら、
    ミケにウイスキーのロックのお代わりをオーダーしていた。
  43. 48 : : 2014/01/05(日) 23:50:35
    ・・・三角関係…?何だそれ、でも、わかるような…

    ウイスキーのボトルを手にとったまま動きを止めたミケは
    イブキの顔をただじーっと見つめるだけだった。
    遠い記憶を探るように頭の中のフル回転させていた為に
    イブキの顔を見るとすべき行動を忘れてしまっていた。

    「おい、ミケ…!どうしたんだ?」

    「あぁ、すまない…」

    ミケはエルヴィンに静止していることを指摘されると
    鼻で笑いながら、再びオーダー通りに作り始めていた。

    「もう…二人ともすでに私に夢中だとか…!」

    子供同志で好きな子をからかうような
    冗談で言ったつもりなのに
    ミケがエルヴィンにグラスを差し出すその目は鋭く
    まるで、火花を散らしているようにも見えた――

    「あの…二人とも、すいません、悪い冗談でした…」

    イブキは目が点になり顔を引きつらせ
    申し訳なさそうに手を振る仕草で二人に示した。
    ミケは自分がそんな眼差しを
    エルヴィンに向けたことに戸惑っていた。
  44. 49 : : 2014/01/05(日) 23:50:56
    ・・・俺はどうしたんだ…? 女に対してこんなに惑わされるとは…?

    ミケは二人に背を向けタバコに火を着けた。
    いつも彼がタバコを吸うときは客に向ってではなく、
    客に煙がまとわり付かないように
    背中を向けながら、静かに吸うことが多い。

    ・・・あれ…やっぱり、ミケさんの背中…見たことある…

    イブキはミケの背中を見ながら両手で口元を押さえると、
    突然、大粒の涙を流した。
    その涙は様々な困難を乗り越え
    やっと恋人に会えた心境であふれ出す涙にも似ていた――
    隣のエルヴィンはイブキの涙に戸惑うも
    自分のジャケットの胸ポケットからハンカチを差し出していた。

    「ごめんなさい、エルヴィンさん…なんだか、
    ミケさんの背中を見ていたら失った大切な人と再会した…
    そんな感覚が蘇ってきて――」

    「えっ…」

    ミケは振り向きながら
    再び首をかしげ、ただ戸惑うだけだった。
  45. 50 : : 2014/01/05(日) 23:51:19
    「エルヴィンさん、ありがとう…ハンカチ…洗って返すから。
    やっぱり、私…酔ってるみたい」

    「いや…気にせずに」

    エルヴィンがイブキの肩に自分の腕を回し
    慰めるような仕草をミケが目の前を見たときだった。

    ・・・イブキに何をする――

    「何…?」

    ミケはエルヴィンの何気ない仕草に突然焼きもちのような
    『自分の大切な女性に触れるな』とでも言いたくなるような
    感覚が沸いてきた。

    ・・・今日の俺はおかしいぞ…

    「ミケ、どうしたんだ…?ってというか…俺たち、3人おかしいな」

    エルヴィンはミケの戸惑う姿を見ると冷静になった。
    カウンターにいる三人は三者三様の不思議な感覚に陥っていた。
    この3人は遠い昔。
    別の時代の同じ世界に生きていた。
    過酷しかない、いつも死と隣あわせの人生だったが、
    平和なこの国に改めて命を宿すと、
    3人の強い絆は新しい世界でも
    自然に引き寄せられ再会を果たしていた――
    ミケが『カシャリ』というジッポライター金属音で蘇った記憶は
    かつて命をかけて戦っていたとき、戦友にも等しい『刃』の音と
    似ていたからだった。
  46. 51 : : 2014/01/05(日) 23:51:43
    「私が…この国に来た本当の理由は…
    あなたたちに会いにきたのかな…」

    イブキはカクテルを数杯飲んでさらに
    頬だけでなく、耳や首まで赤らめていた。
    そしてエルヴィンとミケを見つめながら
    二人に少女のような愛くるしい眼差しを注いでいた。
    その目線の先の二人はイブキに釘付けになってしまっていた。

    「そうだとしたら、俺は嬉しいがな…」

    エルヴィンはミケに負けじと先に返事をしたが
    ミケはただ面食らうだけだった。

    「あぁ、そうか…」

    イブキはミケの素っ気無い態度が一瞬、胸を苦しめるも、
    それも懐かしい雰囲気だと笑みを浮かべていた。

    「ホント…酔ってるみたいだから、私はこれで失礼します…」

    イブキがカウンターから立ち上がろうとしたその時、
    よろけてしまうが、エルヴィンは自然にイブキを
    柔らかく抱きしめていた。
  47. 52 : : 2014/01/05(日) 23:52:10
    「すいません、何だか…」

    「一人で帰れますか…? もしよければ俺が送ります」

    「いいえ、ホテルはこの近くですから…一人で帰れます」

    エルヴィンは胸元の頬を赤らめるイブキを見ると、
    早速、帰したくない気持ちになった。
    二人の会話のやり取りを
    見ていたミケは胸が痛むような感覚がしていた。

    「エルヴィン…二人で表まで送ろう…」

    「あぁ…」

    ミケから鋭い眼差しで言われると
    エルヴィンは仕方なくイブキを離すと、
    『ザカリアス』が位置する地下から表に出て
    タクシーを拾うとイブキの乗せた。

    「今日は本当にありがとう…帰国前にまた来ます」

    イブキは丁寧に挨拶するとニッコリと笑みを浮かべ
    宿泊するホテルに向っていった。

    「『また来る』ってどこにだろうな…ミケ」
  48. 53 : : 2014/01/05(日) 23:52:26
    「俺の店かおまえの店か…」

    ミケはエルヴィンにそういわれると、鼻で笑っていた。
    いつも冷静なミケだが、一人の女性に戸惑わされるのは初めてだった。
    いい年齢なのに、独身を通してきたのは出会いの時期を逃しただけでなく、
    元々口下手ということもあり、出会う女性とはうまくいかなかった。しかし、
    イブキと出会いなぜだか懐かしい感覚もあれば
    エルヴィンとのライバル心もあるという不思議な感覚に戸惑いがらも、
    それすら懐かしく感じていた――

    「なぁ…エルヴィン、
    朝まで一緒に飲もう…おまえはライバルかもな…」

    「それはこっちのセリフだ」

    地下の『ザカリアス』に再び急かされるように戻ると
    イブキが笑みを浮かべながら『また来る』と言っていた姿を思い出しては
    お互いに不敵の笑みを浮かべていた。
  49. 54 : : 2014/01/07(火) 00:11:09
    ⑥イブキの帰国

    冷たいシーツのベッドにうつ伏せに寝ていると、
    使い慣れない硬い寝具の影響か、ちょうど腹部あたりに
    圧がかかる感覚がすると、
    胃に違和感を覚えながら朝を迎えていた。
    まぶただけでなく、頭も重い感覚で起きたイブキは
    自分が宿泊しているホテルの部屋で寝ていたことに安心していた。

    「そっか…私は昨晩、エルヴィンさんやミケさんと飲んでいたか…」

    窓際にはキチンと遮光カーテインがかかっているが、
    その隙間からイエロー掛かったプラチナの輝きの光がイブキの部屋を射していた。
    朝を知らせるその輝きを見ながら、目覚め出したイブキは
    昨晩、エルヴィン・スミスやミケ・ザカリアスと飲んだことを思い出すと、
    改めて懐かしさがこみ上げていた――
  50. 55 : : 2014/01/07(火) 00:11:21
    「初対面のはずなのに…おかしいな…」

    イブキはため息混じりに、かすかな自嘲の笑みを浮かべると
    バスルームに向いシャワーを浴びることにした。

    「私は…ミカサに会いにきたはずなんだけどな…」

    イブキはシャワーヘッドから注がれる心地よい温水を頭から浴びていると、
    数日間の出来事を思い返していた。
    本来は仕事のついでに自分の遠縁であるミカサ・アッカーマンを一目見て
    仕事を終えるとすぐ帰国するはずだったが、自分に面影があるミカサを見ると
    ぜひ自国へ連れて帰り、一緒に住みたいと当初は願っていた。
    ところが、ミケに会った途端、遠い昔どこかで会ったことのある人、
    引き裂かれるように失った人に再会した、そんな感覚がすると、
    ミカサのことは二の次のようになっていた――
  51. 56 : : 2014/01/07(火) 00:11:36
    「この湧き上がってくるような気持ちは…何だろう」

    イブキはシャワーの蛇口を止めながら、しばらく考え込んでいた。
    そしてバスルームから出て髪を乾かしていると、
    昨夜、エルヴィンから借りていたハンカチが視界に飛び込んだ。

    「エルヴィンさん…親切な人だけど、ミケさんとも違う…でも、何かある…」

    イブキはハンカチを手に取ると
    エルヴィンに気に入られていることを勘付いていても、
    ミケの背中を思い出すと胸が締め付けられるようだった。

    「とにかく、私は…遠い昔…あの二人と何かあったかもね」

    イブキは再び深いため息をついた。
    エルヴィンから借りていたハンカチを洗面台で洗い、
    ドライヤーで乾かすと
    その日にエルヴィンに再び会って返そうと決めていた。
  52. 57 : : 2014/01/07(火) 00:11:52
    「私は…どうするべきかな…」

    イブキはホテルの部屋でこもって仕事をしていると、
    今後について考えながら、持ち込んだPCに向っていた。

    「この仕事は…どこでも出来る…ネットが繋がる環境さえあれば――」

    独り言を言いながら肘をついて画面を見ていると、イブキはハッと気づいた。

    「そうだ、この仕事は…!」

    イブキは仕事を途中で切り上げると、外出する準備を始めていた。
    そして足早に向った先はイェーガー家った。
    イブキがホテルのフロントから慌しくタクシーに飛び乗ると、
    すでに西日が目に厳しい時間になっていた。
    バックミラーに映る夕日がまぶしいため、
    運転手はサングラスをかけながらハンドルを握っていた。
    イブキがイェーガー家に到着すると、
    すでにミカサやエレン・イェーガーの帰宅時間と重なっていた。
  53. 58 : : 2014/01/07(火) 00:12:07
    「イブキさん!私はあなたの国には行けません!そう決めました…!」

    ミカサはタクシーから降りたイブキを見るなり、
    自分の気持ちをすぐさま打ち明けた。

    「ミカサ、それでいいのよ!エレン、ご両親は在宅してるの?」

    「えっ…?母さんなら、今、家に…」

    ミカサとエレンはイブキの慌ててやってきた様子に驚いていると、
    在宅しているという母のカルラとイブキは今後について話をつけた。
    そしてその後、また向った先は
    カフェ『H&M』が入っているテナントビルだった。

    「あとは、エルヴィンさんにハンカチを…あっ」

    イブキは借りていたハンカチをエルヴィンに返すつもりだったが、
    ビルの前で自分の店の営業のために現われたミケとバッタリと会っていた。
  54. 59 : : 2014/01/07(火) 00:12:23
    「イブキ…さん!」

    ミケはイブキを見ると、相変わらず懐かしい感覚が蘇り
    酔っていた訳ではなかったと改めて感じていた。
    それはイブキも同様だった。

    「ミケさん、昨晩はありがとうございました…営業はこれからですか?」

    「あぁ、今から準備なんだが、もしよかったら来ますか?」

    「はい…!」

    イブキはミケに誘われると、ただ嬉しくて満面の笑みで返事をしていた。
    照れるミケはすぐさまイブキに背中を向け『ザカリアス』がある地下へ向っていた。

    ・・・この広い背中…やっぱり、見覚えがある、この…愛おしい背中を

    イブキはミケの背中に触れたくなる衝動に駆られるが気持ちを
    どうにか胸に秘め、ミケがバーのドアの鍵を開けるのを待っていた。
    そして昨晩と同じカウンター席に座り、ミケをカンター越しに見上げると
    気がつくとお互いに見つめあっていた。
  55. 60 : : 2014/01/07(火) 00:12:39
    「あぁ…すいません、なんだか」

    イブキは伏目がちになると、頬を赤らめた。

    「いや…気になさらずに…だけど、ホント昨晩は変だった…
    あなたの涙を見たとき、『また泣かせてしまった』って感じていた」

    「えっ…」

    イブキはミケのその声を聞いて、
    顔をあげると再びミケの顔を見つめていた。

    「私たち…エルヴィンさんも含めてだけど、不思議ですね…」

    「不思議だ…それ以上の適当な言葉が見つからないな」

    二人は苦笑いを浮かべながらも、心地よさに浸っていた。
    そして翌日、帰国するとイブキがミケに告げると、
    彼が心苦しい気持ちになったのは一瞬だけだった。
    今後の予定についてイブキに打ち明けられると、
    心が弾むような感覚で、笑みがこぼれるほどだった。
  56. 61 : : 2014/01/07(火) 00:13:08
    「そういえば、私はまだ仕事も残っていたんだった…
    ここにいると楽しいからかな、忘れていた…!
    しかも帰国の準備もしなきゃ…そろそろ失礼します」

    「そうか…」

    ミケはイブキが帰る支度をするとうつむき、目を逸らした。

    「もう…また会えますから…! あ、そうだ」

    イブキは優しい笑みをミケに注ぐと
    エルヴィンのハンカチを託し、
    宿泊するホテルへ戻っていった。

    「…昨夜、『また来ます』って言っていたのは俺の店だったのか…?」

    イブキから託されたエルヴィンのハンカチを手に取ると
    ミケは鼻で笑っていた。
    そして『ザカリアス』で常連客がお酒を楽しんでいると、
    いつもと違うミケの表情に気づかれていた。
    すぐさま、何か嬉しいことがあったのではないかと指摘されていた。
    しかし、否定するその顔は自然と綻んでいた――
  57. 62 : : 2014/01/07(火) 00:13:24
    「イブキさんは来なかったか…」

    夜も更け、エルヴィンはクラブ『FDF』の営業を終了すると、
    肩を落としながら、『ザカリアス』のドアを開けていた。

    「エルヴィン!お疲れさん!今日も来るかと思って準備していたよ」

    「あぁ…ミケ、すまない」

    エルヴィンがカウンターに座ると、すでに準備されていた
    ウイスキーを出されていた。

    「イブキさん、ウチの店、どちらにもこなかった…」

    「どちらにもって、『H&M』や『FDF』にもってことか?」

    「あぁ、そうだ…」

    エルヴィンは不機嫌な表情でグラスを口元に傾けていた。

    「明日帰国って言うから、忙しかったんじゃないか…?」

    「ほう…そうか、って、おまえ!どうしてそんなこと知っている?」

    エルヴィンは目を見開きミケを見ていた。

    「今日の夕方、こっちに来ていたんだよ、それにこれ――」

    イブキに託されたハンカチをミケはエルヴィンに手渡していた。
  58. 63 : : 2014/01/07(火) 00:13:47
    「えっ…どういうことだ?」

    「だから、夕方ここに来ていたんだよ!それから、
    『また来ます』ってのは今日だけとは限らないぞ」

    「何…?」

    エルヴィンはミケに言われたことに怪訝な表情を見せた。

    「イブキさん…この街に住むと決めたらしい…!」

    「ええっ!」

    エルヴィンはカウンター席に両手を付くぐらい驚いていた。
    イブキの仕事はネット環境が整い、他の国に行き来しやすい
    環境であれば、どこでもできる。ミカサにも会いたいときに会える、
    そしてミケやエルヴィンとの不思議な関係も気になり、
    急きょ、自分の拠点をこの街にするということをミケに打ち明けていた――

    「へー…イブキさんがここにね…」

    エルヴィンは緩む頬を押えるために左手で顔を触れていると
    薬指の亡き妻の形見であるヒスイのカレッジリングの指輪は相変わらず輝いていた。

    「エルヴィン、いいのか…?その指輪はそのままで…」

    ミケが意味深な笑みを浮かべ言うと、すぐに手を下ろした。
  59. 64 : : 2014/01/07(火) 00:14:03
    「まぁ…いいじゃないか」

    エルヴィンは鼻で笑うと嬉しそうに再びウイスキーを
    口元に運んでいた。
    イブキはイェーガー家ではミケやエルヴィンのことを
    伏せるも、『この国に住むことにした』と打ち明けると、
    歓迎されていた。またミカサはイブキに再び自分の国へ
    一緒に行こうと説得に来たときはエレンも反対することに
    していたために肩透かしのような気分になっていた。
    しかし、自分に似ていると言ってくれるイブキが近くに住むとなると
    嬉しい気持ちに変っていた。

    「エルヴィン…俺たち、どうなるんだろうな…」

    「まぁ…流れに任せる…しかないか」

    エルヴィンとミケはお互いの心はキブキに傾いていたが
    それを表情に出さず、含み笑いをするしかなかった。
  60. 67 : : 2014/01/08(水) 00:36:41
    ⑦恋するパンケーキ

    パンケーキは某国の暖かい地域発祥のデザートである。
    流行なのは、甘くないホットケーキを数段重ね、
    まるで真夏の入道雲のような
    ホイップクリームをその上に乗せる。
    そして周辺にはベリー系のフルーツで
    色とりどりにお皿に飾るタイプが多い。
    もちろん、カフェ『H&M』でも同じようなパンケーキが人気だが、
    ハンジ・ゾエと夫のモブリットが考案したのは
    見た目のバランスだけでなく、栄養バランスも考えられている。
    それだけでなく、口コミで『恋するパンケーキ』として人気が広がった――
  61. 68 : : 2014/01/08(水) 00:36:56
    「いやぁ…ハンジさん、まさかこんなに人気が出るとはね…」

    「ホントに…だけど、ここに来た人たちが幸せになってたら、
    私たちも幸せなことだよね」

    新しい年を迎えてもキッチンで忙しくしているハンジとモブリットは
    顔を見合わせながら、疲れた表情を見せず勤しんでいた。
    『恋するパンケーキ』が広まったのは、カフェの前のイーゼルの広告の
    キャッチコピーで『恋が叶うパンケーキ』と掲げられたり、
    ネットの書き込みで広まると、それが口コミで広まっていった。
    カフェ『H&M』は通常、ランチタイムとディナータイムしかないが、
    パンケーキが人気が出たことでランチタイムの途中からティータイムに
    切り替えることにしている。その担当のリヴァイとユミルの二人は
    手早いリヴァイの動きのためにあっという間にランチビュッフェのテーブルは
    片付けられ、ティータイムのお客を迎え入れている。
  62. 69 : : 2014/01/08(水) 00:37:10
    「まったく…今時のヤツはパンケーキを食べなきゃ、恋愛もできねーのかよ」

    リヴァイは舌打ちしながら、パンケーキをほお張るカップルや
    女性客を横目にカフェ内を動いていた。

    「まぁ、まぁ…忙しいことはいいことじゃない?」

    いつも冷静なユミルはリヴァイの不満を少し焦る表情を示し、
    両手で彼の気持ちを押さえるような仕草をしていた。
    しかし、『自分だってこのパンケーキを食べる彼女が気に入ったんでしょ?』
    と、心のうちでは思っていたが、さらに不機嫌になると予感していたために
    あえて口にはせず、かすかに笑みを浮かべていた。
    今ではリヴァイの大切な存在となったペトラ・ラルが
    このパンケーキをほお張る姿を見たとき、
    確かにリヴァイは『甘いものを食べる姿は悪くない』という印象を受けていた。
  63. 70 : : 2014/01/08(水) 00:37:27
    「やっと来れたね、エレン!」

    「あぁ…」

    ティータイムが終る頃、学校帰りにミカサ・アッカーマンに
    ほとんど無理やり連れて来られたのはエレン・イェーガーだった。
    ガラスのドアがいつも以上に重く感じたエレンはミカサと共に
    テーブル席に先に座ると、頭をかくと目線を上げながら座っていた。

    「あれ、さすがにアルミンは今日は一緒じゃないのね?」

    ユミルが二人のお冷を出しながら問うと、
    二人は周りを見渡すような表情をした。

    「えっ?アルミンも一緒のはずだけど…?」

    ミカサが首をかしげていると、
    アルミンはガラスのドアの向こうで
    ニヤっと意味ありげに口角を上げていた。

    「アルミンったら…今日は遠慮したの?」

    ユミルがガラスのドアを開け、アルミンがカフェの中に入ると
    二人と同じテーブル席には座らずに
    いつものカウンター席に自ら座ることにした。
  64. 71 : : 2014/01/08(水) 00:37:42
    「今日の僕はここでいいよ!」

    アルミンがユミルにオレンジジュースをオーダーすると、
    静かに自分のスマホをいじることにしていた。
    もちろん、ミカサとエレンは『恋するパンケーキ』を頼んでいた。

    「アルミン…おまえの学校でもここパンケーキ、有名みたいだな」

    ひと段落したリヴァイがアルミンのオーダーのオレンジジュースを
    カウンターに置くと、そばで立ちながらアルミンに話しかけていた。

    「そうなんだよ!ウチのクラスでも片思いの相手と一緒に
    食べるとカップルになれるとか、そういう風に言われているよ」

    「ほう…」

    リヴァイは『片思いと一緒に食べる』と聞くと、
    客が客を連れてくるなら新規の顧客獲得に繋がると思うも
    それはアルミンの友達の場合もあるため、
    因果な流行だと感じていた。

    「まぁ、アルミン…おまえもいつか、
    誰かと一緒に来れるといいがな…例えば、あのおさげのコとかな」

    「え?誰それ…?」

    「何…?」

    リヴァイは目を見開きアルミンに鋭い眼差しを送った。
    前の年にのクリスマスにアルミンが仲がいいクラスメイトと
    クリスマスパーティーをカフェ『H&M』でしたときだった。
    一緒に参加していたミーナ・ドークが
    頬を赤らめ、隣に座っていたアルミンに
    懸命に話しかけている姿を見たリヴァイは覚えていた。

    ・・・あのコはアルミンに片思いしているだろうよ…

    「まぁ…おまえの親父と同じくらい…
    恋愛のアンテナの感度を上げる必要があるかもな」

    「ええっ!リヴァイさん、ホントに誰のこと言っているの…?」

    ・・・こいつ…あのとき、ホントに気づいていなかったんだ…

    戸惑うアルミンの様子を見ていると、ミーナが健気さが気の毒に感じた。
    しかし、リヴァイはこれも縁だと感じるとアルミン自身に
    気づかせることが最善だと判断し、これ以上何も言わなかった。
  65. 72 : : 2014/01/08(水) 00:37:58
    「俺は忙しい…またあとで」

    リヴァイはアルミンに背を向けると他のテーブル席の片付けに入った。

    ・・・リヴァイさん、何か気づいているみたいだけど、ホントにわからない…
    でも僕が一緒に食べたいのは、ミリアン先生かな

    アルミンは保健室の養護教諭であり、亡き母にそっくりな
    ミリアン・パーカーとなら、一緒に食べてみたいと考えていた。
    彼女の優しさに触れると、アルミンは胸の鼓動が激しくなることがあった。

    ・・・母さんともまた違う…何だろう…

    アルミンはミリアンのことを思い出すと含み笑いをしていた。
    その姿をすかさず見つけたのは、やはりリヴァイだ。

    ・・・気がついたら、笑っている…
    それまで似てる親子って…

    アルミンの父親であるエルヴィン・スミスも
    時々、気がつけば思い出し笑いのように
    一人で笑みを浮かべることがある。
    リヴァイは元々、エルヴィンとアルミンは
    『似たもの親子』と思っていたが、
    それまで似ていると感じると、表情を強張らせていた。
  66. 73 : : 2014/01/08(水) 00:38:16
    「噂をすれば…」

    エルヴィンがガラスのドアを開けると、
    いつものように掛けていた
    トレードマークでもあるブラウンカラーの
    グラデーションサングラスを外し、
    胸ポケットに入れると、すぐにアルミンのそばに座った。

    「アルミン――」

    「聞いてない!」

    「父さんはまだ何も話してないよ…」

    「父さんの言いたいことはわかっている!」

    アルミンが呆れた顔でエルヴィンの顔を見ると
    ため息が漏れていた。
    最近のエルヴィンは習慣のように
    アルミンが学校から帰るとすかさず聞くのが
    『イブキがこの街にいつから住むのか、ミカサから聞いてないか?』
    ということだった――

    「父さん、気持ちはわかるけど…ただの引越しじゃないんだよ!
    異国の地から引っ越すんだから、手続きとか面倒だろうし、
    時間がかかるはずなんだよ」

    「そうだよな…」

    エルヴィンはカウンターで頬杖を付くと、
    遠くを見つめるような眼差しをしていた。

    ・・・ほう…やはり、しっかりしているのは息子の方か

    リヴァイは二人のやり取りを見ていると、
    鼻で笑っていた。
  67. 74 : : 2014/01/08(水) 00:38:37
    「エレン、美味しいね…!」

    「あぁ、そうだな…」

    エレンとミカサのテーブル席のパンケーキは半分近くになっていたが、
    ミカサは笑顔と共にフォークを口に運んでいた。
    しかし、エレンは照れからか、ミカサとは目を合わさずに
    懸命に食べるだけだった。

    「エレン!ホイップクリームが…!」

    ミカサがエレンの口元に白いクリームが付いていることを指摘して
    指先で取ろうとすると、不機嫌に拒否しために
    ミカサは悲しげにうつむいてしまった。

    「まったく、ガキじゃねーんだから、それくらい自分でやるよ!」

    エレンはペーパーナフキンで口元を拭くと、
    それを丸め乱暴にテーブルの上に軽く投げつけた。

    「エレン、いくらななでも、それじゃ、ミカサが…!」

    そばで見ていたアルミンがエレンの態度に納得せず、
    ミカサが気の毒と感じると、席を立とうとした。
  68. 75 : : 2014/01/08(水) 00:39:16
    「アルミン…俺がなんとかする…」

    リヴァイはアルミンが立ち上がろうとすると、
    その動きを静止し、エレンが座るテーブル席に向った。

    ・・・リヴァイさん…なんだか、殺気立っている気がするけど、
    大丈夫かな…

    アルミンはリヴァイの後姿を見ながら息を飲んだ。
    リヴァイは笑みを浮かべながら、パンケーキをほお張る
    ミカサとは対照的に不機嫌な態度が気になっていたが、
    ペーパーナプキンを投げつける態度を見たとき、
    自分の中で怒りめいた感情が沸いてきた。
    例え照れ隠しだろうと…その態度は『ない』と感じていた。
    リヴァイはエレンのテーブル席のお冷を入れながら、
    氷のような冷たい声でエレンの耳元でささやいた。

    「エレンよ…馴染みとはいえ、友達に対するその態度は何だ…?
    俺の身近に…ミカサを気に入っているヤツがいてな…
    そいつに紹介してもいいよな?
    そんな態度だと…ミカサのことはどうでもいいって…ことだよな?」

    リヴァイは声だけでなく、真冬の窓を突然開けたときのように
    震え上がる空気が身体にまとわり付くような冷たい視線をエレンに送っていた。

    「え、あの…今の態度は…」

    エレンはリヴァイのその冷たい視線からすぐ目を逸らすと
    顔を強張らせながら、ミカサを見ていた。

    「ミカサ…ごめん、悪気はなかった…」

    「うん…私は…大丈夫よ」

    顔をが引きつるエレンとは対照的にやはりミカサは
    頬を赤らめエレンを見つめていた。
    ミカサはリヴァイに『エレンを睨んで何よ!このチビ!』と
    一瞬思うも、エレンの態度を正すためだと感じると、
    仕方ないと納得していた。
    リヴァイがカウンター席に近づくと舌打ちしながら、
    アルミンに聞こえるように舌打ちしていた。
  69. 76 : : 2014/01/08(水) 00:39:36
    「まったく…女の子の気持ちも考えやがれ…」

    「リヴァイさん、ありがとう!ミカサが笑顔になっている!」

    「あぁ…だけど、アルミン、おまえも人のこと言えない…」

    「えっ…」

    アルミンはリヴァイからエレンほどではないが、
    鋭い眼差しを注がれるも、誰から自分が思われているのか
    まったく気づかなかった。

    ・・・僕も…エレンみたいに睨まれ、
    冷たい声でささやかれたら恐ろしい…

    そのとき、アルミンはリヴァイを絶対に
    怒らせてはいけないと心で誓っていた。

    「エレン、そろそろ帰ろう…」

    「わかった」

    エレンとミカサがテーブル席から立ち上がり、
    ユミルがいるレジでお金を払おうとしたときだった。

    「ミカサ、今日は俺が出すよ」

    「ホントに…?えっ…それ」

    エレンがポケットから出したのは
    幼い頃、母のカルラからミカサと
    『お小遣いを管理するように』と、ミカサとお揃いで
    買い与えられたコインケースだった。

    「あぁ、これか?失くしたと思っていたけど、
    机の引き出しの奥から出てきた。
    おまえと同じってのは、どうかと思うけど、使いやすいからな」

    エレンはミカサに対して伏目がちになり、
    頭をかいて照れた態度を見せていた。
  70. 77 : : 2014/01/08(水) 00:39:52
    「エレン…!」

    腕に抱きついてきたミカサを振りほどこうとしたエレンは
    リヴァイを無意識に視線を追っていた。
    またリヴァイに睨まれるかも、思っていたが
    他のテーブル席のグラスのお冷を注いでいる姿に
    ホッと胸を撫で下ろしていた。
    しかし、エレンはミカサの嬉しそうな姿を見ると、
    振りほどこうとはせず、
    そのときはミカサにされるがままにしていた。

    ・・・リヴァイさんにあの目で睨まれたら…まぁ、今日はいいか…

    エレンは幼いときからの付き合いのミカサに
    触れられるような態度をされると戸惑うが
    楽しそうな姿を見ると、笑みを浮かべそのままにしていた。

    「あの…お会計を…!」

    レジでは二人のやり取りを目の前に
    ほとんど、ほったらかしにされていたユミルが
    顔を引きつらされながら、立ち尽くしていた――
    会計を済ますと、二人は仲良くガラスのドアに立つと
    ミカサがエルヴィンを見ると、
    何かを思い出したかのように声を掛けた。
  71. 78 : : 2014/01/08(水) 00:40:09
    「アルミンのお父さん…!そういえば…」

    「どうしたの…?ミカサちゃん?」

    ミカサがおもむろにスクールバッグから
    手帳を取り出すと、エルヴィンが近づいていった。

    「これ、イブキ叔母さんから連絡先を渡してくれって
    頼まれていたの」

    ミカサは手帳に挟んでいたイブキの連絡先を
    エルヴィンに渡すと、すぐさま目を見開き
    顔をほころばせていた。

    「ありがとう…ミカサちゃん…!」

    エルヴィンは自分の顔がほころぶことに気づき、
    左手で顔を抑えるが、すでにおそかった。
    学校では『アルミンのお父さんはクール』という
    印象をもたれていたが、それが崩れる瞬間でもあった。

    「アルミンのお父さん…あの、イブキ叔母さん…
    近いうち、今度は居住目的で来るから…そのときは
    よろしくお願いします…!」

    ミカサが丁寧にお辞儀をすると、
    さすがにエルヴィンはこのときばかりは
    顔を引き締めていた。
  72. 79 : : 2014/01/08(水) 00:40:29
    「はい、それはもちろん、
    だけど…どうして連絡先が2枚あるだい?」

    「そういえば、ミケさんって方にも渡してって言われたんだけど、
    私はその方知らなくて、アルミンのお父さんのお友達かな…?」

    「ミケにも…か…」

    エルヴィンがもう一枚の連絡先をにらめつける様子を見ていた
    アルミンは『ミケには渡さないかも』と感じていた。

    「父さん、これ、僕がザカリアスのおじさんに渡すね!」

    アルミンはエルヴィンの手から一方の連絡先のメモを奪うと
    自分のポケットにすぐに忍ばせていた。

    「アルミン!何するんだ!」

    エルヴィンは唖然としてると、すかさずアルミンは言い放った。

    「父さん、ライバルとは平等の立場にいないといけないよ」

    「何…?」

    アルミンが茶目っ気溢れる表情でエルヴィンを向けるが、
    視線は鋭いために、エルヴィンは目線を逸らすしかなかった。
  73. 80 : : 2014/01/08(水) 00:41:39
    ・・・アルミンのヤツ…!

    ミカサはそのやり取りを見ていると、
    エルヴィンがイブキに気があるのだと感じていた。

    「イブキ叔母さんが来たら、
    ランチしにきますから…!
    あ、エレン、もう帰ろう…!」

    「うん、ご馳走様でした!アルミン、またな!」

    二人は仲良くそそくさと帰っていった。
    エレンはまるで、リヴァイから逃げるように帰路に付いた。

    「ほう…あの二人は仲良く帰ったか」

    「リヴァイさんの『荒療治』のおかげででね」

    「そうか…しかし、おまえの親父も忙しくなりそうだな」

    リヴァイがアルミンに話しかけるが、隣にいたエルヴィンには
    その声は届いておらず、イブキの連絡先を改めて見つめると
    顔が自然と綻んでいた。

    「父さん…一人で笑うの気持ち悪いよ」

    「もう…俺は…見慣れたがな」

    エルヴィンは久しぶりにイブキの予定がわかっただけなく、
    連絡先まで知ったことで『待った甲斐があった』と
    うれしさを隠せずにいた。
  74. 81 : : 2014/01/08(水) 23:25:58
    ⑧ペトラと過ごす時間

    新しい年が始まって、わずかな休みが過ぎ去り、
    再び慌しい日々がリヴァイを忙しくさせていた。
    『忙しいことは、悪くない』と思いつつ、
    今では大切な存在となったペトラ・ラルと過ごす時間も
    あっという間のために、二人でゆっくりと過ごしてみたいと、
    リヴァイは仕事中にふと考えることがあった。

    ・・・ペトラは…『俺に遠慮するな』と言っても…いつもなぜか
    気を使っている…健気なのはいいが、それがペトラにとっていいのか…

    平日の夜、営業が始まったばかりで、まばらな客人のため
    クラブ『FDF』のフロアを眺めているリヴァイは、
    ブースに入ると、ミディアムテンポのナンバーをセレクトして
    今や遅しと客が増えることを待ち構えていた。
    リヴァイはレコードを手に取り、いつものように指先で端を持ってくるりと
    器用に回しながら埃を払うと、ジャケットに納めていた。
    その姿を初めて見たマルコ・ボットは見入ってしまい、
    近くにいたジャン・キリシュタインに話しかけていた。
  75. 82 : : 2014/01/08(水) 23:26:17
    「おい!ジャン、今の見たか?リヴァイさんって何やってもカッコイイな」

    「あぁ…!あのレコードをくるりと回す姿を見たいがために
    ブース近くで踊ってる客もいるくらいだ」

    「へ~!」

    ジャンは尊敬するリヴァイのことを自分のことを自慢するように
    前の年のクリスマスからバイトを始めたマルコに上機嫌で話していた。

    「新しい年になって、リヴァイさん、ちょっと変ったんだよ」

    「え?何が」

    ジャンは再び自分のことのようにマルコに
    リヴァイのことを自慢げに話し出した。

    「今までリヴァイさんはブースに入るときって、
    白いシャツしか着てなかったけど、最近から緩めのネクタイしたり、
    ベストを着たりしてるんだけど…」

    「…うん!」

    マルコが返事をすると共にリヴァイへ目線を送った。

    「ネクタイはネクタイピンしてるし、ベストは襟にピンブローチしてるんだけど、
    それがどっちも同じヤツなんだよ」

    リヴァイはクリスマスだけでなく、
    誕生日プレゼントとしてペトラからもらった片翼がクロスしたような
    シルバーのネクタイピンを気に入っていた。
    そのため自分がプレイするときにはこのピンが装着できるような
    服装を気がつけば選んでいる。
    ジャンとマルコがいるカウンターからリヴァイを見ると、
    ターンテーブルと機材を照らすオレンジ色の淡いライトが
    リヴァイの鋭い眼差しの顔も煌々と明るくさせていた。
    その夜は白地のシャツに黒いベストを着ていたために
    襟元の翼のシルバーのピンブローチが遠くからでも
    反射してジャンとマルコにも気づかれるほどだった。
  76. 83 : : 2014/01/08(水) 23:26:38
    「あぁ、あの光っているヤツね!クリスマスに会いに来ていたあの女性から…?」

    「そう!きっとペトラさんからもらったんだと思うよ」

    ジャンとマルコはリヴァイに憧れの間ざしを注ぎながらも、
    新たな客が来店すると、席に案内したり、
    平日のため、ゆったりと始まった営業に勤しんでいた。
    リヴァイがジャンにブースを譲ると、ロッカールームに行き
    スマホのメールのチェックをしていた。
    これもリヴァイにとっての新しい習慣の一つである。

    「ほう…ペトラが来るか…」

    リヴァイはペトラからのメールを見て鼻で笑い、口角を上げていた。
    そのメールの内容は翌日、平日の休みのため、この日の夜に
    ペトラが泊まりに来るということだった。

    「今夜は…何にもなければ問題なくいつもの時間に帰れるか…」

    リヴァイは帰宅時間の目安を返事すると、
    口角は上がりっぱなしのため顔を抑えていた。

    ・・・俺も…オーナーのこと言えないか

    クラブ『FDF』のオーナーのエルヴィン・スミスは嬉しいこと、
    特に女性に関することでいいことがあれば、
    気がつけば笑みを浮かべていることがある。
    リヴァイが気がついた当初は、自らの顔をリヴァイは
    強張らせ、『あぁにはなりたくない』と密かに心に誓っていた。
    しかし、ペトラとのことで一人でニヤけてしまうことに気づくと、
    人には言えないと自嘲的にかすかに笑みを浮かべていた。
    再びリヴィアがブースにフロアに戻ると、
    オーナーであるエルヴィンが笑みを浮かべている姿が視界に入った。
  77. 84 : : 2014/01/08(水) 23:26:55
    ・・・あれは『営業スマイル』じゃない…
    あの異国からやってくるイブキさんを想像している顔だ…

    リヴァイはエルヴィンの笑顔を横目にカウンターに座って
    ブースのジャンの様子を伺っていた。
    リヴァイの予想通り、エルヴィンは現在の気になる女性の
    イブキが同じ街に住むことになると嬉しさを隠せず、
    気がつけば一人で薄ら笑いをしていることが多かった。
    その姿を見るたびにリヴァイ自身は気をつけようと思っていても
    誰も見てないときは、口角を浮かべることがある。
    そして、営業が終了していつもの通り
    自分を後をつけてくる常連客がいないか
    注意を払い帰宅して、アパートのドアを開けるとペトラが待っていた。

    「リヴァイさん、おかえり!お疲れ様!」

    「あぁ…ペトラ、ただいま」

    ペトラがリヴァイを柔らかい笑顔と共に迎えてくれると、
    ホッと胸を撫で下ろしていた。
    大切な存在になってこうして、ペトラが温かく迎えてくれることが
    度々あるが、毎回のように『悪くない』と感じていた。
  78. 85 : : 2014/01/08(水) 23:27:12
    「リヴァイさん!このピンブローチ、つけてるんだね!」

    リヴァイがベストを脱ぐと、ペトラは早速、自分がプレゼントした
    ピンブローチが目に入った。

    「あぁ…これか、もちろんだ」

    ペトラの頭をポンと軽く触れると、
    リヴァイはそのままシャワーに入りその日の
    疲れを癒していた。
    リヴァイは夜からあまり食べないために
    二人は軽くビールを飲んでテレビを見たり
    他愛のない話をしていると、就寝の時間になっていた。

    「ペトラ、シャワーはまだだっけ?」

    「うん…まだ…」

    「そうか、待っている」

    リヴァイはペトラの目を真っ直ぐ見ると
    そのまま寝室に向かい、
    ペトラは一人、バスルームに向う準備をしていた。
  79. 86 : : 2014/01/08(水) 23:27:28
    ・・・この時間…緊張する…もう何度か経験しているはずなのに

    心地よい温水がペトラの身体を伝うと、
    さらに、これ以上の心地よさがペトラを包むと想像すると
    身体がまた芯から火照る感覚がしていた――
    バスルームから出ると、すでに部屋の電気は消えていて
    ペトラが身体の水滴をタオルで拭くとそのまま身体をくるみ、
    リヴァイが待っているシングルベッドに静かに身体を滑り込ませた。

    「…足が…冷たい」

    「えっ!…ごめん!」

    うつぶせに寝ていると思われていたリヴァイは
    ペトラの冷えた足が身体に触れると目を覚ましていた。

    「ペトラ…」

    リヴァイはペトラの上に優しく覆いかぶさり、
    部屋の暗がりの中でも潤んだ瞳のと唇を見つけると、
    すかさず、自分の唇をペトラに重ねていた。
    ペトラはリヴァイからの愛を受け入れると、
    苦しくも心地よい時間はしばらく続いていた。
  80. 87 : : 2014/01/08(水) 23:27:44
    「…もう朝か」

    リヴァイはカーテンの隙間から柔らかい朝の
    日差しが差し込んでいると感じると、
    隣にペトラがいると思い、手を伸ばしていた。
    予想外にもその手は空(くう)を切っていて
    驚かされていた――

    「ペトラ…!?あぁ…」

    その驚きは即座に安堵に変っていた。
    ペトラはキッチンで朝食の用意をしていただけだった。
    キッチンで何やら、動きを感じたリヴァイは
    部屋着に着替えると、キッチンに向った。

    「おはよう…何を作っている?」

    リヴァイはキッチンに立つペトラを後ろから抱きしめていた。

    「おはよう…!もう、危ないよ!リヴァイさん…」

    ペトラはリヴァイのパジャマの上着だけを羽織っていた。
    まるで、ミニワンピースのようなカッコウになり、
    そこから伸びるペトラの足がリヴァイの目を見張っていた。
  81. 88 : : 2014/01/08(水) 23:28:00
    「こんなカッコウ…他の誰にも見せるな…」

    「それはそうよ、リヴァイさんだけ…」

    ペトラは背中に感じるリヴァイの温かさを何事にも変えられない
    幸せと感じていた。そして愛されていると実感していた――
    そしてペトラは簡単ながら、フレンチトーストとサラダを
    テーブルに広げていた。

    「リヴァイさん、ホットコーヒーと紅茶、どっちがいい…?」

    「わかっているだろ?」

    「はいはい、紅茶ね…!」

    ペトラはリヴァイは紅茶好きとわかっていたが、
    茶化すようにコーヒーとどちらか選ばすと、
    すこし不機嫌な表情のリヴァイを伺うのが
    最近の『マイブーム』のようになっていた。
    自分の小さな行いで少し不機嫌になるリヴァイが
    なぜだか、可愛らしく感じていた。
    そして紅茶をペトラが淹れると、
    二人の朝食を囲む姿の周りにはピンクの
    『ハートマーク』がたくさん浮いているような
    愛らしい二人の姿になっていた。
    リヴァイは心地よく感じていたが、誰にも見られたくない
    時間だけでなく、幸せというのはこういうことなのだと
    実感していた――
    リヴァイはカフェ『H&M』のランチタイムの準備もあるため、
    朝食が終ると、早速出勤の準備に入った。
  82. 89 : : 2014/01/08(水) 23:28:17
    ・・・こんな幸せな時間があって…いいのかな

    ペトラはリヴァイが着替える姿を見ながら
    昨晩の『痛み』もかすかに感じるだけで、
    今は出会ったばかりの幸せの絶頂のようであった。
    ペトラも帰宅のため着替えると、二人そろって
    部屋から出ることになった。

    「なぁ、ペトラ…今度の日曜、予定はどうなっている?」

    リヴァイは歩きながらペトラの予定を聞いていた。

    「日曜日は予定ないよ?」

    「じゃ…あのスパに行こう…個室を予約する」

    「えーっ!いいの?」

    「あぁ…」

    リヴァイはペトラの嬉しがる声を聞くと、
    口角を上げていた。
    そしてカフェ『H&M』の近くに到着すると、
    ペトラはそのまま駅に向うことになった。
  83. 90 : : 2014/01/08(水) 23:28:33
    「ペトラ…」

    「どうしたの?リヴァイさん」

    リヴァイは周辺に誰もいないか周りを見渡していた。

    「だから、どうした――」

    リヴァイは周囲に誰もいないことを確認すると、
    話しているペトラを阻止するかのようにペトラの唇に
    自分の唇を少し開きながら重ねていた。

    「いってくる…また…メールする」

    リヴァイはペトラを軽く抱きしめると、
    そのままカフェ『H&M』に向った。

    「リヴァイさん…いってらっしゃい…」

    ペトラは頬を紅潮させ、
    リヴァイに手を振りそのまま駅に向かい歩き始めた。

    ・・・リヴァイさん…大好き…!

    スキップしながら帰りたい気持ちを抑え
    ペトラは『幸せオーラ』を身にまとい、
    そのまま家路についた。
  84. 91 : : 2014/01/08(水) 23:28:47
    「おはよう…」

    リヴァイはハンジ・ゾエとモブリットにいつものように
    挨拶するも、その顔をはこれまでとは違い綻んでいることを
    ハンジは見抜いていた。

    「おはよう!リヴァイ、今日もよろしく頼む!」

    ・・・リヴァイ…あなたまでエルヴィンのように一人で笑わなくても…!
    あなたの朝は不機嫌さが似合う

    ハンジはリヴァイにいつものように掃除を頼みながら、
    いつもと違う表情に少し戸惑っていた。
    しかし、幸せなら仕方ないと、
    半ば呆れるような表情でモブリットと共にキッチンに立っていた。
  85. 92 : : 2014/01/10(金) 02:39:37
    ⑧オトコの笑顔

    平日の夜中、リヴァイは早く帰宅したとき、
    ペトラ・ラルが泊まりにきた時を除いて
    『DJ部屋化』とした自分のアパートの一室で
    一人こもり、スクラッチプレイの練習をする。
    ヘッドフォンで音が漏れないようにしているのは
    近所迷惑にならないためである。
    特に力を入れて練習するようになったのは
    DJの師匠である、
    イアン・ディートリッヒとのコラボイベントをした後から
    習慣にしていた――
  86. 93 : : 2014/01/10(金) 02:40:15
    ・・・イアンさん、『箱』から離れているとはいえ、
    あのプレイ…さすがだ…俺はまだまだ、練習しかない

    リヴァイはイアンのプレイを思い出しながら、
    集中していると、気がつけば窓の外が
    白々とした淡い日差しが部屋に差し込んでくることもある。
    そのときはすぐ寝てしまうが、目の下のクマが酷くなり
    ペトラに心配されることもあった。

    『リヴァイさん、練習も大事だけど、
    ちゃんと眠らなきゃ…』

    リヴァイがペトラからの心配されるメールを受取ると、
    口角を上げていた。それを見せたくない相手は
    クラブ『FDF』のオーナーのエルヴィン・スミスだ。
    しかし、この時のリヴァイは
    エルヴィンが運転する車の助手席にいた。
    タイミング悪く信号待ちと重なり見られてしまった。
  87. 94 : : 2014/01/10(金) 02:41:44
    「リヴァイ、おまえが携帯を見ながら笑うって珍しいな…」

    その声を聞いたリヴァイは舌打ちすると、
    あえて無視していた。

    ・・・オーナーほどじゃねーよ…

    2回目のリヴァイとイアンとのイベントが開催されることが決まった。
    二人が向っていたのはイアンが経営する居酒屋とクラブ『FDF』が位置する
    中間地点のカフェで打ち合わせするためだった――
    先に到着していたイアンは二人を見つけると、
    片手を軽く上げて自分の位置を示すように合図していた。

    「リヴァイ!エルヴィンさん、ご無沙汰!
    またいいイベントにしましょう!」

    「イアンさん、また次回もよろしくお願いします」

    リヴァイは丁寧に挨拶しながら、席に付いた。
    前回のイベントを振り返り、同じ内容をどう変化させるか、
    または同じようにするか、DJバトルをした方がいいか、
    真剣な眼差しで意見を出し合っていた。
    二人の表情を横目に、エルヴィンはDJのことは
    詳しくないために、ほとんど『書記係』のように
    二人が話す内容を手帳にメモするだけだった。
    そして話がひと段落した後、お互いに前回のイベントの後、
    何か変ったことがないか話していたときだった。
  88. 95 : : 2014/01/10(金) 02:42:05
    「あれから、クラブの客層が変わって…
    昔のなじみも来るようになりましたよ」

    「そうか、リヴァイ…!」

    ・・・イアンさんも…どうしたんだ…?

    リヴァイがイアンも話をしながら
    笑みを浮かべる表情に顔を強張らせていた。

    「イアンさん…何かあった?」

    「これを…!」

    イアンは1枚の写真を取り出し、テーブルの上に置いた。
    それは黒地に白い横線が走って、真ん中に
    黒い楕円があるようなエコー写真だった。
    リヴァイはさっぱりわからなかったが、いち早く気づいたのは
    何度か見たことあるエルヴィンだった。

    「これは…!イアンさん、おめでとうございます!」

    「イアンさん、これってもしかして…?」

    「あぁ、3人目が産まれる」

    ・・・ローズ、3人の母か…!

    かつて、リヴァイが大切に想っていたローズのおめでたを
    聞きながら、リヴィアは写真を手に取っていた。
    リヴァイは心から『めでたい』と祝福したい気持ちのため、
    ローズのことはもう過去なんだと感じていた。
  89. 96 : : 2014/01/10(金) 02:42:25
    「イアンさん、子供…どこに写っている?」

    「そうか!まだ8週だから、
    わかりにくか…!これだよ!小さいだろ?」

    「ほう…」

    イアンはリヴァイに写真を説明すると、
    顔がさらに綻び嬉しそうにエコー写真について説明していた。

    「いや~…!あのイベントのあと、
    新婚当時のように戻っちゃって…」

    「…なるほど…」

    リヴァイは返答に困り、
    内心『誰も聞いてねーよ』と突っ込みたくなっていた。
    しかし、DJの師匠であるイアンにはその気持ちを抑えていた。

    「俺も、3人目が産まれるから、頑張って仕事しないとな…」

    「そうですね、
    ぜひ次回もイベントを成功させて集客につなげないと…」

    「あぁ…!」

    イアンは写真を見つめながら、
    顔を引き締め強い父の顔になっていた。

    「まぁ、リヴァイ、おまえもいい話、聞けること楽しみしてるよ」

    「俺のことはいいですよ…」

    リヴァイが伏目がちになるが、エルヴィンがすかさず話し出した。
  90. 97 : : 2014/01/10(金) 02:42:46
    「まぁ、リヴァイもいいことあったし、いいじゃん、話しても」

    舌打ちすると、
    リヴァイは肘をついて頬を手のひらで支え目線を上に上げていた。

    ・・・勝手に人のこと言いやがって、オーナーは…

    そのときだった――
    エルヴィンのスマホにメールの着信が入るとその相手はイブキだった。
    口角が自然に上がる表情を見るとリヴァイはすぐに
    メールの相手は誰だかすぐさま理解していた。

    「オーナー、イブキさんからのメールか?」

    リヴァイは仕返しのようにイブキの名前を出すも、
    その声は届いておらず、メールに見入っていた。

    ・・・オーナー…聞いちゃいねー…

    「リヴァイ、エルヴィンさん、彼女ができたのか?」

    「いや、友達らしいが…ライバルもいるし、どうなるやら…」

    イアンもエルヴィンの表情を見ながら、
    リヴァイに話しかけるが、その会話も聞こえてなかった。
    そしてメールに見入っていると、
    さらに嬉しそうな表情で返事をし始めた。
  91. 98 : : 2014/01/10(金) 02:43:26

    「オーナー…ホントにどうしたんだ…?どんな内容なんだ」

    「あぁ…イブキさんがこっちに住む日が決まって…
    でも、住まいが正式決定するまで、
    しばらく安いホテル住まいになるしい…」

    「ほう…よかったじゃねーか…
    でも、そのメールってミケさんにも送ってるかもな」

    「何…?」

    リヴァイは不敵な笑みを浮かべ
    改めて仕返しかのようにエルヴィンに言い放った。
    きっと連絡のメールは『ライバル』でもあるミケ・ザカリアスとの
    同報メールだろうと――

    「リヴァイ、世話になっているエルヴィンさんを応援しろよ」

    「それはもちろん…でも、こればかりは『縁』ですから」

    リヴァイとイアンは、口を押さえ険しい顔をでメールを見入る
    エルヴィンをただ見守るしかなかった。

    「ところで…実際のところ、
    ペトラさんと…うまくいっているのか?リヴァイ?」

    「え、まぁ…」

    リヴァイは伏し目がちになるが、口角を上げていた。
    昔から、言葉数が少ないのに気持ちを表情に出すために
    楽しくやっているだろうとイアンは想像していた。
  92. 99 : : 2014/01/10(金) 02:43:46
    「おまえはまぁ、若く見えるがいいが、
    いい年した野郎3人が笑っているのも不気味だな」

    「確かに…冷静になると怖いですね」

    いつも冷静なリヴァイはイアンに指摘されると、
    改めて、エルヴィンの笑顔を見ると引き気味になっていた。

    「とにかく、また次回もうまくいくといいな!
    イベントの内容はアイディアを出し合って、改めて話し合おう」

    「了解しました、また次回…」

    リヴァイはイアンの綻ぶ顔を見ると、
    かつて大切に想っていたローズは
    幸せだろうと感じていた。
    引き裂かれるような想いではあったが、
    結果的にそれでよかったと、身に染みていた。
    リヴァイはまだメールを見入っているエルヴィンを見ると
    舌打ちしていた。

    「オーナー…、また話し合いは次回に持ち越しになった。
    帰ろう…」

    「えぇ?、わかった。イアンさん、すいません!情けない姿を見せてしまって…」

    「いや、俺は応援しますよ!きっといいことありますよ!」

    「ありがとうございます…」

    エルヴィンはイアンに応援されると、
    笑みを隠すことを出来ず、顔を抑えることに必死だった。
  93. 101 : : 2014/01/11(土) 01:09:40
    ⑨イブキ、ふたたび

    使い慣れた大きなトランク一つと手荷物を持ち、
    その街に降り立ったイブキは快晴の空を
    手の平で日よけをするように見上げていた。

    「この街での暮らしが始まる…!」

    ミケ・ザカリアスやエルヴィン・スミスが住む
    新しい居住の地となったこの街で、
    イブキはこれから始まるであろう想像が出来ない生活に
    胸を躍らせていた。不安よりも理由もわからないまま
    ミケやエルヴィンに気持ちが揺さぶられる
    理由を探すことに関心を持っていた。
  94. 102 : : 2014/01/11(土) 01:09:59
    ・・・なぜ、あの二人に惹かれるんだろう…特にミケさんに――

    ミケを想うとイブキは胸が高鳴る。
    もちろん、唯一の肉親であるミカサ・アッカーマンの
    近くで生活できる喜びもある。
    しかし、ミケに対して時々想い浮かぶ、愛おしい気持ちの
    謎を解きたい気持ちの方が出し抜いているようだった。
    イブキは新しい生活に対して気を引き締めると、
    仮住まいとなるカフェ『H&M』が入るテナントビル近くの
    ホテルに足早に向った。
    その日は土曜日。
    いつものようにカフェ『H&M』では
    オーナーのエルヴィン・スミスを目的とした
    アルミンの同級生の母親たちが彼を囲み和やかにランチをしていた。
  95. 103 : : 2014/01/11(土) 01:10:15
    「まったく…飽きもせずに」

    リヴァイはランチタイムがひと段落着くと、カウンターの中でグラスを洗いながら
    エルヴィンを取り囲む皆の姿を冷ややかな眼差しを注いでいた。
    そしてまさにその時。
    エルヴィンのスマホのメールの着信音がカフェ内で鳴り響いた。
    右手ですぐさま停止させ画面を見ていると、
    目が見開きそして笑みを浮かべそうになり、その顔を左手で抑えていた。
    もちろん、その姿をリヴァイは見逃さなかった。

    「オーナー…イブキさんから、連絡がきたか?」

    リヴァイは洗ったグラスを磨きながら
    『これからどう行動するんだ?』と想像すると、
    口元が緩んでいた。

    「みなさん、ちょっと失礼します…」

    「あら、スミスさんどちらへ…?」

    「至急、電話をかけないといけないところがありまして」

    エルヴィンは『奥様連中』に一言断りを入れると、
    リヴァイのいるカウンターに
    心なしか駆け足で向うと、席に付いた。
  96. 104 : : 2014/01/11(土) 01:10:38
    「リヴァイ…俺はこれから、ちょっと外す」

    「オーナー、どこへ行く?」

    「えっ…イブキさんが、
    この近くのホテルに泊まることになったらしい――」

    「ほう…それで、『奥様連中』はどうなるんだ?」

    リヴァイが話していると、エルヴィンの帰りを待ちわびる
    『奥様連中』がその背中に視線を注いでいた。
    エルヴィンは顔を引きつらせ、背中から冷や汗が流れているようだった。

    「で、そのメールには会いたいとか言ってきているとか?」

    「いや…特にそれは。ただ近くにいるとなると、会いに行こうと――」

    「向こうの都合もあるだろう。会いたいって言っていないなら、
    『のこのこ』こっちから向うのは、迷惑だろうよ」

    「それもそうか…」

    エルヴィンはリヴァイに淡々と言い切られると、肩を落とした。

    「今は奥様たちの相手をして、それから考えるといい」

    「そうか…リヴァイ、おまえの冷静さは参考になるよ」
  97. 105 : : 2014/01/11(土) 01:10:55
    エルヴィンはため息をつきながら、
    再び奥様たち温かい笑顔に迎えられ
    再び同じ席に付いていた。

    「オーナーよ…落ち着かないのはわかるが、こんなときこそ冷静になるべきだ」

    リヴァイはエルヴィンを見送ると、軽くため息をついた。
    そして、グラスをすべて磨き終わると、戸棚に片付け始めていた。
    ランチタイムは終了の時間を迎えようとしていた、そのとき。
    ユミルが客人が帰ったテーブルを拭いていると、
    ミケ・ザカリアスがガラスのドアを開けて入ってきた。

    「まだランチはやっている?」

    「ミケさん、こんにちは!
    昼間に会うのも珍しい!もちろん大丈夫ですよ!どうぞ」

    ユミルは『FDF』の営業中に同じビルの地下にある
    『ザカリアス』のマスターのミケとは顔を合わすことが度々ある。
    しかし、昼間に会うのは滅多にないことだった。
    振り向きながらガラスのドアを半分開けると、
    ミケは誰かを呼びながら、手招きしているような仕草を見せた。
  98. 106 : : 2014/01/11(土) 01:11:14
    「お久しぶりです…!」

    そこにやはり顔が隠れるくらいの
    ブランド物の大きなサングラスを外しながら
    入ってきたイブキだった。

    「仮住まいのホテルの前で、ミケさんに偶然に会っちゃって…
    お昼がまだって話になったら、二人でここにまた来ちゃいました」

    イブキは照れながら、ユミルに話すと二人はテーブル席に案内されていた。

    ・・・オーナー、イブキさんが
    向こうからやってきたじゃないか…しかもライバル連れて――

    リヴァイはエルヴィンの願いが叶うが、ミケも『付いてきた』ことに対して
    薄ら笑いを浮かべていた。
    そのエルヴィンは背中でイブキとミケが入店したことに気づき、
    そばに行きたいと願うも、子供の教育問題の、しかもその時に限って
    自分の持論を話している途中のため、止めるに止められない状況だった。

    「イブキさん、住むところはどうなっている?」

    「うん、事前にネットで探していて、ここなんだけど…」

    イブキとミケは自分のプレートの食べたいだけの食事を運んで落ち着くと、
    新しい住まいについて話し出していた。

    ・・・…ミケさんが一歩リードか?

    リヴァイはカウンターからイブキとミケが
    新しい住まいについて話している姿と
    エルヴィンが奥様連中と熱心に議論している様子を
    遠くから見守っていた。
  99. 107 : : 2014/01/11(土) 01:11:35
    「へーっ! この住所、俺のアパートの近くじゃないか…!」

    ミケがイブキから手渡されたプリントアウトされた地図を見ると、
    自分の住まいから近いとわかると、自然に口角が上がっていた。

    「ミケさん、そうなの…? じゃ、こっちに決めようかな…」

    「一応、下見した方がいいんじゃない」

    「知っている人が近所にいると安心だし――」

    イブキは探していた物件が
    偶然にもミケの住まいの近くだっため
    嬉しい本音を隠し、冷静に話していた。

    「あの…みなさん、今日、私は忙しくて…
    申し訳ないのですが、そろそろお開きにしませんか?」

    エルヴィンは自分の持論を話した後、
    伏目がちになると、珍しく自ら奥様連中を
    帰るように促した。

    「まぁ…スミスさん、ご多忙なのですね…」

    「今日は帰りましょうか…?」

    奥様連中はエルヴィンが後頭部を手のひらで抱え、
    申し訳なさそうな表情を見ていると、
    本当に忙しいのだと察して、帰ることにした。
  100. 108 : : 2014/01/11(土) 01:11:54
    「スミスさん、今日もありがとうございました、それではまた…!」

    エルヴィンに丁寧に挨拶すると、
    奥様連中は後ろ髪引かれるように
    足取り重く帰っていった。
    エルヴィンは笑顔で見送り、視界から消えたことを確認すると、
    瞬く間にミケとイブキのところに振り返り、同じ席についていた。

    ・・・オーナーよ…己の欲の為の行動とはいえ、なんて素早い――

    リヴァイはエルヴィンの行動に鼻で笑った。

    「エルヴィン、忙しいとか言ってなかったか?大丈夫なのか?」

    ミケはエルヴィンが多忙ではないかと問うも、
    彼の声は耳に入っていないようだった。
    『イブキの新しい住まいがミケの近所になるかも』と考えると
    それを阻止したい気持ちで奥様たちを帰していたため、
    やっと同じテーブルに付けたと安らいでいた。
  101. 109 : : 2014/01/11(土) 01:12:11
    「…え?誰が忙しいって…?それより、イブキさんの新しい住所って…?」

    ・・・エルヴィンの野郎…!

    ミケは半ばあきれて、エルヴィンを見ていた。

    「エルヴィンさん、この場所わかる?」

    ・・・エルヴィンさん、慌てなくてもいいのに――

    イブキはエルヴィンの咄嗟の行動に笑いそうになるが、
    それも懐かしい行動のように感じていた。

    「このアパート、確かに俺も知っているが…
    やはり、下見した方が必要なのでは…? 外観とか」

    「それもそうね…ミケさん、この周辺は暮らしやすい?」

    「そうだな」

    ミケは自分の近所について話すと、生活に困らない買い物が出来ることや
    何ら不自由がないと説明すると、イブキはそのアパートに住むことに
    ますます興味を抱くようになっていた。
  102. 110 : : 2014/01/11(土) 01:12:28
    「わかりました! 食事が終ったら
    ミケさん、一緒に行きませんか?」

    「俺も一緒に行く…」

    「エルヴィン、おまえは仕事があるだろ?」

    ミケはエルヴィンが一緒に物件の下見をすることに
    目を見開いて驚いていた。

    「じゃ…3人で! でも、エルヴィンさん、仕事があるなら
    ムリはしないで下さい」

    イブキはイタズラっぽい笑顔をエルヴィンに向けると、
    話を進める間、放置されていたランチに手を伸ばし始めていた。
    その会話を遠くから聞いていたリヴァイが話の輪に加わり出した。

    「オーナー…ランチタイムが終ったら、イベントの話を詰めようと
    言ってなかったか…?」

    リヴァイは珍しく感情に振り回されるエルヴィンに対して
    不機嫌な表情を見せていた。

    「あっ…そうだった」

    エルヴィンは仕事は手を抜きたくない、
    しかしイブキとミケを二人だけにしたくない、
    そんな気持ちの葛藤から目が泳いでいた。
    その表情を見たリヴァイは舌打ちをした。
  103. 111 : : 2014/01/11(土) 01:12:47

    「わかった…オーナー。ミケさんと一緒に行ったら、
    すぐ帰ってくることだな」

    「リヴァイ、すまない…!」

    「ただし…その物件、一ヶ所だけだ。もし、条件が合わないとかで、
    他のところも巡るってことになれば、それはミケさんにまかせることだ」

    「えっ…」

    リヴァイはエルヴィンに条件を出すと、渋々了解しているようだった。
    大事なイベントのためにリヴァイは早く話し合いをしたいが、
    きっとエルヴィンのことだから、二人を考えると
    落ち着かないだろうと簡単に想像できた。
    そのため『物件1ヶ所の下見なら、許可する』ということだった。
    ランチタイムが終了すると、リヴァイは告知をイーゼルから下げていると、
    3人がガラスのドアの前に集まっていた。
  104. 112 : : 2014/01/11(土) 01:13:07
    「イブキさん、お久しぶり! この街に住むんだね!
    これからよろしく!」

    キッチンから出てきたハンジ・ゾエは
    久しぶりに会えたイブキに元気な声で話しかけた。

    「ハンジさん、こちらこそよろしくお願いします!
    ランチも気に入りました!もうからからは、常連になりますよ」

    イブキはハンジに笑顔を向けながら挨拶していると、
    エルヴィンとミケは見とれているようだった。

    ・・・この二人は…!

    ハンジが半ば呆れるような表情をしていると、
    3人は物件めぐりに出かけた。

    「イブキさん…誰を選ぶんだろう…?」

    ハンジは同じように呆れ顔のリヴァイに話しかけていた。

    「俺は…オーナーを選んで欲しいがな、一応、世話になっているし――」

    「でも…あの二人から選ぶのは難しいかもね…
    私だったら、このまま二人を手玉にとるわ」

    ハンジは冗談っぽく言いながら、笑顔で言うと
    そのままキッチンに戻っていった。

    ・・・手玉に取るかは別にして…どっちも男として
    非の打ち所がない…イブキさん、難しい選択だな

    リヴァイはエルヴィンが自分の出した条件を守り、
    戻ってくることを願いながらランチタイムからティータイムの
    切り替えの準備に入っていた。
  105. 113 : : 2014/01/12(日) 02:51:21
    ⑩ミケの悪夢

    ・・・何…この光景、見たことある…?

    キブキは掛けていたサングラスをバッグに入れながら、
    目の前を歩くミケ・ザカリアスとエルヴィン・スミスの背中を
    見ていると、この自分の前を進む二人を
    どこかで見たことある気がしていた。
    記憶が遠すぎて決して、思い出すことはない。
    それは遠い遠い昔、3人は今が生きているのか、
    死んでいるのかわからない、血なまぐさい
    過酷しかない時代を生きていたのだから――

    「イブキさん、この辺りだよ」

    3人はイブキが新たな住まいをネットで探し、
    その近所がミケのアパートから近いと聞いて
    自分が理由もわからなぬまま、
    惹かれるその男性、ミケの近くに住めると思うと
    心が弾む感覚がしていた。
  106. 114 : : 2014/01/12(日) 02:51:44
    「この辺なんだ…確かに便利そうね」

    近くにはスーパーや日用品が確保できそうな店があり、
    日常生活には問題ないように伺えた。

    「このスーパーは俺も利用するから…」

    「――またバッタリ会っちゃうかもね」

    ミケとイブキが顔を見合わせ笑みを浮かべていると、
    エルヴィンは咳払いをしながら誰が見ても
    不機嫌な表情になっていた。

    「とにかく…物件まで行こう」

    ・・・エルヴィンさん、なんて、わかりやすい

    イブキはエルヴィンのその表情を見てかすかに
    声を出して笑ってしまうと、指先で口元を押えていた。

    「この住所だ…えっ!」

    エルヴィンが住所と目的の物件に目を通していると、
    そのアパート正面のエントランスから出てきたのは
    不動産王のドット・ピクシスと孫娘のアンカだった。
    仕事中はトレードマークのループタイの石は
    エンジ色で夜に比べると地味にしている。
  107. 115 : : 2014/01/12(日) 02:52:02
    「ほう…スミスくん、昼間から美女とお散歩かな」

    「ピクシスさん、いつもお世話になります…」

    エルヴィンはピクシスにイブキが今出てきたアパートの
    部屋を探していると話すと、浮かない顔をした。

    「残念じゃのう…昨日、その部屋の引越しが終了してな、
    今、アンカと住人のところに挨拶に行ってきたところなんじゃ…」

    「え…!そうなんですか…」

    イブキがピクシスのその声を聞くと、
    伏目がちになり肩を落としていた。
    自分が住みたいと思っていた部屋の
    契約が今一歩届かなかっただからではなく、
    『ミケの近くに住めなくなった』ということで、心が締め付けられるような
    感覚がして、うつむき加減になってしまった。

    「ほう…お嬢さん、この物件がそんなに気なっていたのかな?」

    ピクシスがイブキの表情を見るとすかさず声を掛けた。

    「はい…この辺りがいいかと思っていたので…」

    「ほう、それじゃ…今からワシの
    事務所へきてみてはどうかな?
    アンカもいるし、女性の意見も交えて
    このあたりの物件を探してはどうかな」

    ピクシスは優しい笑みを交えイブキに提案をした。
  108. 116 : : 2014/01/12(日) 02:52:22
    「いいんですか!? ぜひ、お願い致します!」

    イブキは丁寧にお礼をすると、早速、
    そこから近場で徒歩で移動できるピクシスの不動産会社の
    事務所に向うことになった。

    「おい、エルヴィン…おまえはどうする?
    確かこの後、リヴァイと約束では
    『物件は1ヶ所だけ巡る』ということじゃなかったか?」

    ミケはニヤっと口角を上げると、まるで勝ち誇ったような表情には
    エルヴィンには見えていた。

    「えっ…! そういえば」

    エルヴィンはすっかりリヴァイとの約束をすっかり忘れていたが、
    仕事は仕事と割り切り、ため息をつきそのまま戻ることにした。

    「エルヴィンさん、今日はありがとうございました!
    またカフェにもクラブにも遊びに行きますから、そのときはよろしく」

    イブキが笑顔を交え挨拶すると、
    昼間の太陽光線でさらに輝きが増し
    色気のある艶っぽい表情に惹かれていると
    改めて感じていた。

    ・・・やはり、ミケには…取られたくない…

    「わかりました…またお待ちしています!近いうちに…!」

    エルヴィンは拳を強く握り、そして
    語尾を強めてイブキに言うとそのまま
    一人肩を落として、カフェ『H&M』に戻っていった。
  109. 117 : : 2014/01/12(日) 02:52:39
    「イブキさんといったかな? それじゃ、まいろうか」

    ピクシスはイブキに向って自分の腕を『くの字』のように差し出し、
    まるで自分と腕を組んで、とでも言っているようだった。
    しかし、それを見ていたアンカはその間に入った。

    「もう…!おじいさま!女性のお客様に対していつもこうなんですから」

    アンカはピクシスのおふざけに目くじらを立てると、
    ピクシスの手を丁寧に押えていた。

    「私は気にしないので…大丈夫ですよ」

    「いいえ…! おじいさまは付け上がるので、
    隙あらば、何をするか」

    「そうなんですか…!」

    イブキはピクシスが困惑するような様子と、
    可愛らしい顔立ちをしているのに
    祖父であるピクシスに対して容赦しないアンカの態度が微笑ましかった。

    ・・・いいな…おじいさんがいるって。私にはそういう環境がなかったな――

    イブキが目を細めて微笑む姿を見つめるミケは
    何か物悲しい雰囲気を感じ取った。

    ・・・イブキさんは、人とのつながりが欲しいから…こうして、
    この国にわざわざ住みにきたのか…?

    「ミケさん」

    「はい?」

    ミケはイブキに突然声を掛けられたために
    上ずった声で返事をすると、その声で彼女は
    目を丸くすると、微笑んでミケを見ていた。
  110. 118 : : 2014/01/12(日) 02:52:56
    「どうしたんですか? もう…! 変な声出しちゃって。
    ミケさんも不動産屋さんまで一緒に来てくださいますか?」

    「えっ、はい、わかりました」

    ミケはもちろん、ピクシスの事務所までついていくつもりだったが、
    イブキに誘われ堂々と一緒に行けるために
    少し気持ちが和んでいた。
    ピクシスの経営する不動産会社の事務所に到着すると、
    アンカがイブキに対して理想の物件を紹介することになった。
    検索して、パソコンの画面を見せながら様々な物件を見せているときだった。

    「お二人で住まわれるなら、もう少し広めの方が――」

    「二人で…?」

    イブキは一人暮らしの予定だが、突然、アンカに言われたために
    驚きで何度か目をまばたきをさせた。
    その表情を見たアンカは再び疑問を投げかけるように二人に話し出した。

    「あの…お二人は新婚さんなのでは…?」

    「いいえ、違いますよ! 私一人だけが住むんです!」

    イブキはアンカに新婚に間違われたことに思わず、
    身体を仰け反らせ、照れてしまっていた。
    そしてミケは目線を逸らし、頬を紅潮さるだけで、口を閉じてしまった。
    イブキは理想の物件をプリントアウトを頼むと、
    エルヴィンやミケの紹介ということで、
    安く借りられることを約束されると、ぜひ検討すると話を終えていた。
  111. 119 : : 2014/01/12(日) 02:53:20
    「イブキさん、スミスくんとザカリアスくん…だけじゃなく、わしもその仲間に
    入れてくれぬか? なんだか楽しそうでのう…お主ら、3人は――」

    「もう…! おじいさまったら!!」

    アンカは美女を見かけると、相変わらず鼻の下を伸ばす表情に
    ついにピクシスはカミナリを落とされた。

    「あの…私は気にしてませんから、楽しいおじいさまでいいと思います…!」

    「本当に申し訳ありません…」

    アンカは苦笑しながら、イブキに伝えると、『ぜひ検討してまたくる』と言い残し
    ピクシスの不動産の事務所をあとにした。

    「ピクシスさんって、面白い方ですね」

    「あぁ、そうだな…」

    二人は顔を見合わせると、自然に笑みがこぼれていた。

    「だけど…まさか、新婚さんに間違われるなんて」

    「うん…」

    目を合わせて話していた二人だったが、
    新婚に間違われたことを思い出すと、
    お互いに顔を赤らめ、目を逸らしていた。
    そして、そのときイブキのスマホに通話の着信が入った。
    ミカサ・アッカーマンからの着信で、
    イブキがやって来たことに歓迎して、その後すぐに
    イェーガー家に挨拶に行くことになった。
  112. 120 : : 2014/01/12(日) 02:54:22
    「ミケさん、せっかくここまでお付き合いいただいたのですが、
    すいません…」

    「いや、俺は仕事前でちょっと時間があったから」

    「あ、そうだ! 今夜『ザカリアス』に行っていいですか?
    ぜひ、この物件をミケさんにもう一度見て欲しいんです」

    イブキは物件がプリントアウトされた封筒を大事そうに抱え
    ミケにお願いしていた。

    「わかった、それじゃ…待っている」

    「ありがとう…! それじゃ、今夜」

    イブキはミケに清々しい笑顔を残し、目の前でタクシーを拾うと
    そのままイエーガー家に向っていった。

    ・・・俺は…イブキさんと、どうなりたいんだろう――

    ミケはイブキを見送ると、思わず手を振った
    手のひら見ながら冷静になっていた。
    一緒にいて楽しいことは楽しいが、独身の気楽さもある。
    だけど、イブキに対して時々思い浮かぶ、
    不思議な感覚も気になっていた。
    そして開店準備のために
    ショットバー『ザカリアス』に一人、到着していた。
  113. 121 : : 2014/01/12(日) 02:54:38
    「さすがに…眠いか…」

    ミケは夜の仕事のため昼間から活動することは珍しいことだった。
    偶然にイブキと会ったとはいえ、昼間から出歩いたために
    営業時間の前に眠気が襲ってきた。

    ・・・少し寝よう

    ミケは端のカウンター席に座ると、
    自分の腕を枕にしばらく仮眠のため横になることにした。
    イブキと再会できた嬉しさだけでなく、歩き回った疲れのため
    すぐに深い眠りに落ちていた。
    ミケは疲れているとき、物心ついたときから同じ夢を見る――
    それは、自分の身体がバラバラに刻まれる夢だ。
    ほんの一瞬、全身に走る激痛の後、
    いつも何事もなかったように楽になる。
    その楽になった瞬間が『死』であると、幼い頃から気づいていた。
    この夢を見るといつも全身に汗をかいて飛び起きていた。
    しかし、このとき。同じ夢を見ながら、その続きがあることを初めて知った。
  114. 122 : : 2014/01/12(日) 02:54:58
    『この痛みよりも…苦しい…もう、会えないなんて、もう二度と触れられないなんて――』

    ミケは夢の必死に会えない人物を思い出そうとしても、
    ぼんやりとした『縁取り』のような姿は見えるだけだったが、
    それは自分の最愛の人物であると気づいた。

    ・・・誰だ、その相手は…

    「ミケさん、大丈夫? ミケさん?」

    ミケは夢の中だが、誰かに身体を揺さぶられていることに気づいた。

    ・・・まったく、誰だよ、せっかく相手が見えそうだったのに――

    「イ、イブキさん?」

    ミケが目を覚ますと、
    イブキが起こしてくれたことで驚きのあまり、
    大きな身体を仰け反らせると、壁に頭をぶつけてしまった。

    「ミケさん…どうしたの? 慌てて?」

    「いや、変な夢見てて…」

    イブキは夢にうなされそして、起きた途端、壁に頭をぶつける
    ミケに面食らい、心配そうな表情を浮かべていた。

    「ところで、そんなに早くここに来たんだね」

    「早くだなんて…もう、遅い時間よ…?」

    ミケが時計を見ると営業時間はすでに過ぎていた。
  115. 123 : : 2014/01/12(日) 02:55:19
    「結構、寝たんだな…」

    ミケは再び椅子に座ると、目頭を指で押えていた。

    「ごめんなさい、もしかして昼間、疲れさせちゃった…?」

    「いや、それは関係ない…イブキさん、それより起こしてくれてありがとう、
    このまま朝まで寝ていたら、商売上がったりだった」

    ミケはイブキをカウンター席に座らせ、
    自分自身はカウンター内側に回り
    氷水を飲みながら、目を覚まさせていた。

    ・・・あの悪夢…昔から見ていたけど、続きがあったとは…
    『会えない人』って、まさか――

    ミケはタバコに火をつけ、一口吸うと
    首をかしげていた。
    プリントアウトされた不動産の物件を広げる
    イブキが嬉しそうに姿を見ながら。
  116. 124 : : 2014/01/14(火) 00:17:01
    ⑪ペトラとデートpart3

    土曜日の夜。
    クラブ『FDF』でのリヴァイは
    いつもの如く慌しい夜を過ごしている。
    常連の女性客にブースに囲まれ、
    恍惚とした表情がまとわり付く。
    舌打ちしても、それが遠ざかるわけでもない。
    しかし、『客』でもある故に無碍にもできない
    もどかしさだけが残る。

    「ジャン…あとは頼んだ」

    リヴァイは客がこれ以上増えないと判断すると、
    ジャン・キリシュタインにブースを譲る。
    そして、ロッカールームへ行き
    大切なペトラ・ラルからメールが来てないかチェックしては、
    ホッとするのがリヴァイの習慣だ。
  117. 125 : : 2014/01/14(火) 00:17:23
    『リヴァイさん、お疲れ様!今日も遅いだろうけど、
    身体だけは気をつけてね。それから、先に寝ます。明日は楽しみ!』

    「明日は俺も楽しみだ、ペトラ」

    リヴァイはペトラからのメールを見ると口角を上げた。
    土曜日の夜はペトラが泊まりに来ることが多い。
    しかし、リヴァイの帰宅時間がハッキリしないため、
    起きて待たずに、寝ていろとリヴァイは伝えている。
    その翌日、リヴァイはペトラから前々から行こうと
    話していた常連のスパの個室に行けることを
    楽しみにしていた。
    リヴァイはメールを見ながら、
    数日前にスパの個室を予約したことを思い出していた。
  118. 126 : : 2014/01/14(火) 00:17:49
    いつもネットで予約しているが、予約が完了した後、
    すぐにリヴァイのスマホに着信が入った。
    通話の相手はスパの予約係で、
    『FDF』の常連客の男性でもある――

    『リヴァイさん!2名様ご利用ってありますけど、
    お間違いじゃないですか…?』

    『いや…間違いない』

    その予約係はリヴァイの返事を聞くと、しばらく間を置き
    また話し始めた。

    『失礼しました! それではリヴァイさん、
    お待ちしていますので、これからもよろしくお願いします…!』

    丁寧に電話を切ると、リヴァイは鼻で笑った。

    ・・・確かにいつも一人だから、間違いと思われても仕方ないか
  119. 127 : : 2014/01/14(火) 00:18:13
    その予約係は余計な詮索はしなかったが、
    リヴァイが二人で来るとなると、同伴者は女性だろうと、想像していた。
    そのため、いつも『FDF』で盛り上げてくれるリヴァイの疲れを
    考えると、『サービスせねば!』と、リヴァイが来る日は
    張り切って準備することにしていた。

    営業が終る頃、いつもの土曜日の夜よりも少し遅くなってしまった。
    リヴァイがブースを片付けていると、ただでさえ行動が早いのに
    いつもより手早い様子にジャンは勘付いた。

    ・・・リヴァイさん…ペトラさんが待っているのか…?

    その様子を見ていてジャンはリヴァイに話しかけた。

    「リヴァイさん、約束があるなら、俺やっときますよ!」

    すかさずリヴァイは舌打ちをした。
    そしてジャンにするどい眼差しを注いでいた。

    「――いや…気にするな、これも仕事だ」

    「でも、ペトラさんが――」

    「もう終った、気にするな」

    ジャンがブース内を見渡している途、
    すでに片付いていることに気づき目を見開いて驚いていた。

    「お疲れさん、それじゃ、お先に――」

    「はい!お疲れ様でした」

    ・・・さすが…!女のためなら、ここまで作業が早くなるのか…!

    ジャンはリヴァイの背中を見送ると、頼もしく感じていた。
    そしてリヴァイはいつものように女性客を巻きながら、
    帰宅すると、ドアの鍵をそっと開けていた。
  120. 128 : : 2014/01/14(火) 00:18:37
    「ペトラ…寝てるよな」

    リヴァイが玄関先でペトラの
    かかとの低いハイヒールがキレイに
    揃えられてるのを見るとホッと胸を撫で下ろし、
    ペトラに会えると実感する瞬間でもある。
    軽くシャワーに入り、ペトラが眠る寝室の
    ベッドへ音も立てずにもぐりこんだ。

    「あれ…リヴァイさん? おかえり…」

    「すまない、起こしてしまったか」

    「ううん、大丈夫…」

    ペトラは寝ぼけながらも、リヴァイと会えて嬉しくあり、
    愛らしい表情を向けていた。

    ・・・疲れているのに、こんな笑顔をされちゃ…

    リヴァイがペトラの上に組み敷くように見下げると、
    潤う眼差しが自分の顔の下にあると気づいた。

    「もう…明日、早いのに…」

    「それは、わかっている」

    リヴァイは唇を少し開けながら、
    ペトラの柔らかい唇に押し押し当てていると、
    しばらく二人はその甘い感触を楽しんでいた。
  121. 129 : : 2014/01/14(火) 00:19:17

    「続きは…明日…おやすみ」

    リヴァイはそのままペトラの肩を抱きしめると、
    そのまま眠りについた。

    翌朝、二人は早起きすると、
    リヴァイの常連のスパへ向っていた。
    ペトラが個室のドアを開けると、真正面の
    ベランダに面した露天風呂の上空には青空が広がっていた。
    天気に恵まれ、雲ひとつない大空に見とれてしまい、
    部屋に上がると小走りに駆け出していた。

    「リヴァイさん!ベランダにお風呂が…!
    こんなに大空の下でお風呂に入るなんて…!」

    ペトラは大きな目をさらに大きくして、胸元で祈るように
    手を組み、喜びを全身で現しているようだった。

    「そんなに…喜ばなくてもいいだろ」

    「だって、だって…こんなステキなところに二人で来れるなんて」

    リヴァイは予想以上に喜ぶペトラを見ていると、
    目を細め、和らいだ視線を彼女に注いでいた。
  122. 130 : : 2014/01/14(火) 00:19:46
    「今日は天気がよくてホントによかった!」

    垣根の上の広がるどこまでも広がる
    透き通った青空を見上げペトラは頬を緩めていた。
    その声を聞いたリヴァイは
    ペトラのそばに立ち、肩を抱き寄せていた。

    「そうだな…」

    リヴァイに耳元でささやかれると、ペトラはくすぐったいようで、
    肩をすぼめたかと思うと、頭を傾けていた。

    「さて…入るか…」

    リヴァイは慣れたように露天風呂に入る準備をすると、
    タオルで腰周りを包むと、そのまま足から湯につかることにした。

    ・・・リヴァイさん…慣れてるけど、私はどうしたらいいの…!

    ペトラは頬を赤らめリヴァイは露天風呂の淵に
    両肘を乗せている背中を見ていた。

    「ペトラ…どうした…・来いよ?」

    リヴァイは振り返りながら、ペトラの姿をチラっと見ながら
    声を掛けていた。
    すると、ペトラはフェイスタオルで身体の前部分だけを隠して、
    伏目がちになりながら、湯に足を入れると、リヴァイの隣に座った。
  123. 131 : : 2014/01/14(火) 00:20:05
    「うわ~!温かくて、気持ちいい!」

    「そうだな…」

    ペトラはリヴァイの隣で照れた表情を見せるも、
    温かい湯に浸かった影響か、うっとりとして
    唇を少し開け、ため息にも似た
    色気がこもった声を漏らした。

    ・・・ペトラ…色っぽいじゃないか…

    リヴァイはその表情を見ながら、身体を引き寄せていた。

    「リ、リヴァイさん…空がキレイ…」

    うっすらとした湯気の中、
    ペトラは雲ひとつない空をを見上げていると、
    顔だけでなく、耳まで赤らめていた。
    リヴァイはペトラの肩を抱きながら、
    いつもよりも温かく、また湯に濡れたペトラの
    感触がさらに心地よくさせていた。
    そして、自分の周りに湯の波が波紋の如く
    身体に寄せられる数だけペトラへの気持ちも
    増していくような感覚がしていた――
  124. 132 : : 2014/01/14(火) 00:20:25
    「ペトラ…」

    「どうしたの…?」

    リヴァイは恍惚とした表情を浮かべると、
    ペトラを覆っているフェイスタオルをゆっくりと、はがすように引っ張った。

    「リヴァイさん…恥ずかしいよ」

    「…二人だけだ。それに…俺にはもう何度も見られているだろう…」

    「そ、そうだけど…!」

    そしてリヴァイのペトラの愛情から激しい情欲へ変ると、
    すでにタオルは湯の波に踊っていた。
    ペトラは身体を両腕で隠し伏目がちになりながら、
    湯の波に翻弄され、ただ頬を紅潮させるしかなかった。

    「…悪くない」

    リヴァイはペトラを背中からペトラを抱きしめると、
    身体はすでに火照っていた。
    湯を挟みながら、引き寄せられた胸元の感触を味わうと、
    これまでに感じたことのないペトラへの欲望が身を包んでいた。

    「ペトラ…ベッドへ…行こう」

    「うん…」

    それはペトラも同じだった。
    湯の温かさとリヴァイへの気持ちが交わると、
    益々高まっていく気持ちと愛情を抑え付けられなかった。
    二人は身体を丁寧に身体を拭くと、ベッドの中に包まっていた。
    そしてリヴァイはペトラに組み敷くと、
    いつもより少し温かいペトラの唇を感じると、
    自らの唇を少し開きながら押し当て、むさぼり、とろけるような
    キスをした。
    苦しい表情ながらも、ペトラはリヴァイにささやいた。
  125. 133 : : 2014/01/14(火) 00:20:49
    「リ…リヴァイ…さん…」

    「なんだ…?」

    「…もっと…して」

    ペトラはリヴァイから情熱的なキスをされても、
    恥じらいはなく、とろんとした眼差しは
    リヴァイをただ、ありのままに、求めているようだった。

    ・・・ペトラ…悪くない…、その顔

    リヴァイは自らの唇でペトラの唇をこじ開け、
    淫靡な音を立たせると、切なくも、甘い吐息を漏らし始めていた――
    二人が居る部屋の窓の外からは
    太陽が頂点まで昇り、雲ひとつない
    清々しい大空が広がるが、それはもうどうでもいい。
    情熱と快楽を激しく衝突させ、互いの身体に溺れ、
    一つになる行為を夢中になるしかなかった。
  126. 134 : : 2014/01/14(火) 00:21:07
    「リヴァイさん…」

    ペトラはその行為が終ると、息を整えシーツで顔半分を隠していた。

    「どうした、ペトラ…?」

    リヴァイはベッドに肘を突くと頬杖するようにペトラに身体を向けていた。

    「すごい…恥ずかしい…こんなに激しく…」

    ペトラは『激しく』と自ら言い放ったのにも関わらず、
    その言葉と同時に顔を真っ赤にしていた。

    「この場所が…そうさせたかもな」

    「…うん!」

    リヴァイはペトラの肩を抱き寄せると、
    息遣いが大人しくなっていることを感じていた。

    「またここに来よう…」

    ペトラは恥ずかしく照れた表情を浮かべるだけで、
    何も答えなかった。

    「イヤか…?」

    「そんなことない…! また来たいな…」
  127. 135 : : 2014/01/14(火) 00:21:26
    ペトラはすかさず返事をすると、リヴァイは鋭い中にも
    優しい表情をペトラに注いでいた。
    ペトラがすぐに返事を出来なかったのは、
    自分の中にあるリヴァイに対する愛情と激情が
    溢れたことに戸惑っていたからだった。
    そしてペトラがシャワールームに入ると、
    アメニティグッズの多さに驚いていた。
    シャンプーやトリートメントだけでなく、
    一度では使い切れないような、
    香りが豊かな入浴剤がいくつも用意されていた。
    そのことを聞いたリヴァイは『FDF』の常連の
    受付係がサービスしたのだろうと想像していた。

    ・・・ヤツが来たら、『音』のサービスをするか

    リヴァイはその受付係が来たら、好みのナンバーを
    セレクトしようと決めて、鼻で笑っていた。
  128. 136 : : 2014/01/16(木) 23:41:20
    ⑫二人が描く未来

    リヴァイとペトラ・ラルが互い気持ちが高ぶり、
    『烈烈とした甘い時間』を過ごした後、
    同じスパの施設内にあるカフェに移動していた。
    正面に森を見据えるカウンター席に二人が座ると、
    ペトラの横顔が、気だるく、
    まだ色気を残した表情にリヴァイが気づくと、
    目を少し見開き、ドキリとさせられた。

    ・・・確かに…ペトラ、大胆だったな

    リヴァイが口角を上げていると、その表情にペトラが気づいた。

    「もう…! リヴァイさん、何笑っているの?」

    「いや、さっきの姿――」

    「恥ずかしいよ…!」

    ペトラはリヴァイが二人だけで過ごした時間のことを口にすると、
    すぐさま、顔を赤らめると肩をすぼめていた。
  129. 137 : : 2014/01/16(木) 23:41:37
    ・・・この表情も悪くない、ペトラ

    リヴァイはペトラの肩に触れると、
    恥じらいながら、いつもの愛らしい表情をリヴァイに注いでいた。
    二人が食事をしていると、
    リヴァイは今までよりもペトラが
    自分の元へ寄り添っている姿勢に気がついた。
    ほんのわずかな距離でも、ペトラが近づいていることに
    リヴァイを嬉しくさせていた。
    遠慮がちなペトラが少しずつ変っていることに――

    「ねぇ、リヴァイさん!デザートも食べようよ!」

    「あぁ、そうだな」

    ペトラがメニューを見ながら、リヴァイに身を寄せていると、
    何かに気づいたようにペトラは定位置に戻すように
    自分の席にキチンと座って目線を落としていた。
  130. 138 : : 2014/01/16(木) 23:41:56
    「ペトラ、どうした?」

    「なんだか…近づきすぎちゃったかなって…」

    「俺はそれでも、かまわないが?」

    「ホントに…?」

    ペトラは再び、愛らしい表情を向けていた。
    そして遠慮がちでいたことを話し出した。

    「実はね…リヴァイさん…」

    それは年の差があって、
    いつも冷静なリヴァイがペトラ自身の積極的な態度を
    リヴァイが嫌がるのではないか、ということ。
    そして何よりも、クラブ『FDF』で人気DJであるが故、
    ファンも多いため申し訳ない気持ちでいたことだった。
    ペトラの気持ちを聞いたリヴァイは鋭い眼差しになったかと思うと、
    優しい眼差しを注いでいた。

    「ペトラ…気を使わせて悪かったな…
    年の差は…気にしなくていい。
    それに確かに俺目当ての客が多いのは知っている…」

    「そうよね…」

    ペトラはリヴァイに優しい視線を注がれると、
    頬を染めると、また伏目がちになった。
  131. 139 : : 2014/01/16(木) 23:42:12
    「だけど…俺はおまえを見ている。
    ただ…一人の男として、俺を見て欲しい…」

    「…えっ」

    ペトラが顔を上げ、リヴァイの顔を見ると、
    穏やかな表情で、そして優しい眼差しに
    吸い込まれそうになっていた。

    「わかった…リヴァイさん…これからは…」

    ペトラはリヴァイの腕にすがるように抱きかかえると、
    優しく髪の毛を撫でられていた。

    ・・・ほう…すぐ行動に出るタイプか――

    リヴァイはペトラの頭をポンポンと軽く触ると、
    カフェの店員がデザートを持ってきたことを
    気づくと、自然に離れていた。
    テーブルには二人がオーダーしていた
    デザートが並べられていた。
    リヴァイは紅茶とスコーン、
    そしてペトラはホットラテとフルーツタルトだった。

    ・・・やっぱり、甘いもの食う顔は悪くない…

    リヴァイはティーカップを握るように持ち上げ、
    口元に運ぶと、温かい紅茶が少し冷えた身体を
    再び温まっていく感覚がしていた。
    それは身体が温まるだけでなく、ペトラの笑顔が
    そうさせているのだと感じると、穏やかな気持ちになっていた。
  132. 140 : : 2014/01/16(木) 23:42:27
    「リヴァイさん、ここのデザートも美味しいんだね!」

    「あぁ、そうだな」

    ペトラは辺りを見回したかと思うと、
    リヴァイに頬を寄せるように近づいてきた。

    「なんだ…?ペトラ…?」

    「やっぱり…『H&M』のハンジさんのデザートの方が私は好きかな」

    愛らしい表情をリヴァイに向けると、ペトラはまたリヴァイから離れた。
    ペトラが近づいてきたのは、せっかく一緒にきたカフェなのに
    例えハンジ・ゾエのデザートが好みだったとしても、
    その感想を言うのを堂々と言うのは申し訳ない――
    周りに気を使ってリヴァイだけに伝わるように近づいていた。

    「確かに…ハンジさんの料理は何でもうまい…」

    ペトラはそういいながらも、ケーキをほお張りながらも
    幸せそうな子供のような笑顔をリヴァイに見せていた。

    ・・・女は…結局、デザート好きってことか

    リヴァイは頬を緩めると、再び紅茶を口元に寄せていた。
    ペトラがタルトに乗っていた最後のイチゴをフォークに刺して
    口元に運ぶと、リヴァイに話し出した。
  133. 141 : : 2014/01/16(木) 23:42:59
    「ねぇ、リヴァイさん…将来、どうなりたいとかあるの…?」

    突然の予想さえしなかった質問をペトラに投げかけられリヴァイは
    口に含んでいた紅茶をゴクリと音を立て飲み干した。

    「リヴァイさん、驚かせちゃった…? 
    ただ…DJとして、どうなりたいかとか、そんな感じ…かな」

    「なるほど…」

    リヴァイはペトラが『将来について』漠然とした質問をしてきたため
    もしかして、自分とどうなりたいかと問われたかと戸惑っていた。

    「今は…DJとしてだけでなく、オーナーのそばで仕事をすることを
    やりがいに感じている。あのカフェやクラブは…帰る場所みたいな感覚だからな」

    「確かにみなさん、いい方ばかりよね…」

    「あぁ、そうだな…俺は恵まれているな」

    正面を見据え、目を細める姿を見つめるペトラは
    自分のことのように嬉しさがこみ上げてきた。

    「あと、DJとしては…DJの師匠のイアンさんとイベントをして、
    もっとうまくなりてーと思ったよ…俺はまだまだ…」

    「私はDJのことは詳しくわからないけど、
    ブースに立つリヴァイさん…ステキだと思うから、
    『まだまだ』だなんて…感じないな」

    「そうか…」

    リヴァイはペトラに優しい視線を送ると、
    肩に手をやさしく添えていた。
    そしてまた近々イベントがあるために
    また時間があれば来て欲しいとペトラに願うと
    笑顔で返事をしていた。
  134. 142 : : 2014/01/16(木) 23:43:20
    「イベントを通して…DJとして何か結果を残せたらいいがな…
    ところで、ペトラの将来は…?」

    「えっ…私…?」

    ペトラは今の仕事をはデスクワークが多いが
    やはり、同僚や先輩恵まれ、
    やりがいがあると感じていた。

    「やっぱり、仕事って人との関係よね…」

    「あぁ、そうだな」

    「あとはね…仕事だけじゃなくてね…私はちゃんと親孝行をしたい」

    「ほう…」

    ペトラは厳しいながらも優しく、
    自分に理解のある両親に育てられ
    特に父親と仲がいいと話していた。

    「そのことをお父さんに話したらね…
    『もう親孝行をしている』って言われちゃった」

    「何をしたんだ…?」

    「『最近のペトラを見ていたら、幸せそうだから
    それを見させてもらっているだけで、幸せ』だって…」

    リヴァイは笑みを浮かべ、
    ペトラの頭を抱えるようにそばに寄せていた。

    「俺も…おまえといると安らぐ。これが幸せってもんだろうな」

    ペトラはリヴァイに耳元でささやかれると、
    温かい気持ちで胸が締め付けられると、
    涙ぐんでいた。
  135. 143 : : 2014/01/16(木) 23:43:41
    「自然を前にすると、素直になれるのかな…
    私はここまで…打ち明けたこと…誰にもなかったかも」

    「それは…俺もそうだ」

    リヴァイは正面の森を見たかと思うと、
    ペトラに柔らかい眼差しを注ぐと帰る支度を始めていた。
    そしてスパの施設を出て、最寄の駅に散歩するように
    のんびりと歩いて向っていた。

    「リヴァイさん、楽しかったね…!」

    「そうだな…また近々来るか…?」

    リヴァイが口角を上げ、少し笑みを浮かべる表情に
    ペトラが気づくと、ベッドでの甘い時間を思い出し
    恥ずかしさが急に込み上がってきた。

    「もう…ヤダ! リヴァイさん!」

    ペトラが頬を赤らめリヴァイの腕にしがみつくと、
    自然に受け入れていた。

    ・・・この俺が…人前で、女にいちゃつかれても、
    嫌がらないとはな…

    リヴァイが鼻で笑うとペトラの手を握っていた。
    すると、指先が冷えていることに気づいた。

    「さっきまで温まっていたのに…さすがに外では冷えるか」

    リヴァイは互いの指先を絡ませると、
    そのまま自分のダッフルコートのポケットに入れていた。

    「手袋がないなら、仕方ないだろう…」

    「うん…!」

    「まぁ…自然の前だと、
    人はこんなに素直になれるものか…ある意味怖いな」

    「そうだね…もう一度、あの植物園に行ったら、リヴァイさん、どうなるのかな」

    ペトラはリヴァイに茶目っ気のある笑顔を向けていた。

    「どうなることやら…」

    リヴァイはポケットの中のペトラの手を力強く握ると
    心はその日の天気のように曇りもなく澄みきり、
    幸せと感じていた。
    それは仕事で感じる充実感とは
    異なる感情を久しぶりに味わっていた。
  136. 144 : : 2014/01/18(土) 00:16:22
    ⑬イブキの正体

    「ここの空、悪くない…!」

    ベランダで青く広がる空に浮かぶ白い雲を見上げ
    これからの居住地となる空と空気を肌で感じていた。
    異国からやてきたイブキは、新しい生活の住処と決めた
    最上階のアパートから部屋から
    見える景色をすぐに気に入っていた。
    その場所はミケ・ザカリアスの住まいと
    エルヴィン・スミスが経営する飲食店とほぼ中間地点であり、
    二人とも、異論はなく賛成するしかなかった。

    「それにしても、ガランとし過ぎているか…な…!」

    イブキが最低限の着替えや仕事で使うPCや周辺機器と共に
    この街にやってきたのだが、それ以外の日常で使うものは
    ほとんど処分していた。
    新たに日常に必要な家財道具を徐々に揃えるつもりではいるが、
    あまりにのもムダがなく、
    殺風景な自分の新たな『城』に自嘲の笑みを浮かべていた。
    寝室にはまだベッドがなく、
    リビングは仕事のためのPCやデスクがあるだけで、
    就寝時はその周辺で毛布に包まって寝ている。
    引越し後、数日は耐えられたが、これ以上は
    『腰にくる』と、健康を心配してせめて早めにベッドを
    買おうと決めていた。
  137. 145 : : 2014/01/18(土) 00:16:41

    「まぁ…ミケさんか、エルヴィンさんと
    一緒に買いに行けばいいかな」

    ベランダで一息ついていたイブキは
    仕事のため改めてネット環境が整った
    PCに向おうとしたときだった。
    お腹が昼時を知らせる合図をしてきた。

    「エルヴィンさんとこ行こうか…
    引っ越ししてからまだ挨拶してないし――」

    イブキはカフェ『H&M』にランチ目的に行くことにした。
    引越しのため、なかなか進んでなかった
    仕事の手を休められないため、ノートPCを持参していた。

    ・・・さすがに…連続でミケさんとは…バッタリってことはないか…

    徒歩でカフェ『H&M』に向っていると、
    ミケとの偶然に会えないかと
    心を弾ませているが、そのままカフェ『H&M』に到着していた。
  138. 146 : : 2014/01/18(土) 00:17:14
    「こんにちは…! これから、
    常連になると思いますので、よろしくお願いします!」

    「イブキさん、いらっしゃい、こちらこそよろしく…!」

    カフェの出入り口のガラスのドアを開けたイブキに
    気づいたユミルは笑顔で迎え入れていた。
    そして、PCを使いながらランチしたいと伝えると、
    テーブル席に案内されていた。

    「ほう…イブキさん、引越ししたてなのに忙しいのか…」

    「そうみたいね、でも何の仕事なんだろうう…?」

    「そういや、聞いたことない…」

    イブキが席にPCや荷物置くと、
    ビュッフェのメニューから一品ずつプレートに盛っていた。
    最近のまともの食事はカフェ『H&M』だけのため、
    イブキの姿はリラックスしているだけでなく、
    顔が自然と綻んでいた。

    「食べながら…って行儀が悪いけど…仕方ない…」

    イブキがプレートの半分をほお張ると、
    メガネをかけ、テーブル席にPCを広げ
    仕事を再開していた。
  139. 147 : : 2014/01/18(土) 00:17:47
    「イブキさん…! 今日も来てくれたか…!」

    オーナーであるエルヴィンが他の店舗を見回って
    カフェ『H&M』のガラスのドアを開けると、
    真っ先に自分の視界に入ったイブキに見入っていた。

    「オーナー…イブキさん、ランチを半分食べたら、
    すぐに仕事に集中している…なんの仕事か聞いていいるか…?」

    「いや、俺も聞いてない…」

    「そうか…」

    リヴァイはイブキが熱心に食事も忘れるほどの集中力で
    仕事をしているため、エルヴィンに思わず問うほどだった。

    ・・・まぁ、詮索する必要もないがな――

    リヴァイがいつもの通り、ランチタイムからティータイムに切り替えようと、
    カフェの中を動いているときだった。
    カウンターに座るエルヴィンが仕事に集中しているイブキに
    声を掛けようか、掛けまいか、
    躊ちょしている姿がリヴァイに見つかっていた。
    その姿を見たリヴァイは舌打ちをしてエルヴィンに声を掛けた。

    「オーナー…今からティータイムに切り替える。
    ちょうどいいタイミングじゃねーか? 話しかけるには…」

    その声を聞いたエルヴィンは目を見開いてリヴァイを見ていた。
    まるで『よくぞ、言ってくれた!』とでも目で訴えているようだった。

    「そうか、もうこの時間か…! わかった、行ってくる」

    エルヴィンは背中から見ても
    『心がふわふわ』として浮かれている様子が一目瞭然で
    その姿にリヴァイは舌打ちをした。

    「オーナーよ…背中に『翼』でも生えてるんじゃねーのか」

    エルヴィンはリヴァイから冷ややかな視線を送られていると
    気づかずに、イブキの席に到着していた。
  140. 148 : : 2014/01/18(土) 00:18:02
    「あの…イブキさん…」

    「エルヴィンさん、こんにちは! すいません、全然気づかなかった…」

    エルヴィンは『気づかれなかった』ことに少し心が痛かったが、
    そのままイブキに話しかけていた。

    「もうランチの終了時間なんですが――」

    「え、そうなの? もうそんな時間なんだ…」

    「でも、この後、ティータイムもありますので、
    もしよかったら…」

    エルヴィンは仕事を続けるなら、ティータイムも利用して欲しいと
    表向きに誘うが、本心としてはイブキと話したいだけだった。
    特にミケに出し抜きたい気持ちが強かった。

    「ティータイムか…仕事がひと段落ついたので、
    ティータイムは休憩します!」

    イブキがメガネを外し、
    PCを閉じて、そして残りの食事を終えると
    カウンターに移動してエルヴィンの隣に座ることになった。

    「オススメのデザートはありますか…?」

    「今は『恋するパンケーキ』がオススメですよ」

    エルヴィンはイブキにすかさず『恋するパンケーキ』を勧めていた。

    「へーっ! かわいいネーミングですね! お願いします!」

    エルヴィンは看板メニューの『恋するパンケーキ』のはずだが、
    イブキが食べるとなると、綻ぶ顔を隠すのに必死だった。
    そして、ティータイムが始まると、
    エルヴィンの息子であるアルミンの同級生、
    ハンナとフランツが入店してきた。
  141. 149 : : 2014/01/18(土) 00:18:29
    「アルミンのお父さん、こんにちは!
    今日もきちゃいました!」

    ハンナがエルヴィンへ、にこやかに挨拶すると、
    そのままカウンターから近いテーブル席についていた。
    二人は授業が終ると、真っ先にカフェ『FDF』に来ていた。

    「フランツ、今日は何食べる…?」

    「決まってるじゃないか…!」

    「すいません、ユミルさん!
    『恋するパンケーキ』二つお願いします!」

    二人はすでに『恋するパンケーキ』を食べているが、
    お気に入りのメニューのため、時間があれば食べにきて、
    『二人だけの世界』を楽しんでいる。
    そして、エルヴィンはイブキあの二人が息子の同級生であること、
    恋するパンケーキについて笑顔を交えて話していた。

    「へーっ! ホントに恋に効くんでしょうね。
    あの二人、すごく幸せそう」

    イブキはハンナとフランツに視線を送ると、
    二人の幸せな雰囲気を『おすそわけ』もらった影響か、
    仕事で張り詰めていた雰囲気から、解放され目じりが緩んでいた。

    「…ですね…!」

    エルヴィンはイブキの綻ぶ表情を見ていると、
    元々、惹かれている影響もあり自分の顔も
    綻んでいることに気づいた。しかし、
    誰にも見られたくないため、自分の顔を左手で押さえ
    その顔をさらすのを必死に押えていた。

    「まったく…オーナーよ…! わかりやすい」

    「そうね、イブキさんが来ると、毎回あの表情が見られるのかしらね」

    リヴァイがテーブルを拭いてセッティングしていると
    ハンナとフランツのオーダーを取り、
    キッチンに向おうとしたユミルに話しかけていた。
    そして二人は半ば呆れ顔でエルヴィンを見つめていた。
  142. 150 : : 2014/01/18(土) 00:18:54
    「イブキさん、おまたせ!どうぞー!」

    ハンジ・ゾエがキッチンからイブキがオーダーしていた
    『恋するパンケーキ』を
    カウンター席に座るイブキに差し出すと、目を輝かせて、
    パンケーキを見つめていた。

    「ハンジさん! すごく美味しそう…! 
    私の国にもパンケーキはあったけど、
    ここまでキレイな彩りではなかった…!」

    ハンジはモブリットや皆でアイディアを出して
    編み出したパンケーキをイブキが嬉しそうな声をあげていた。
    そしてその様子を見ていると、
    自分自身も気持ちが高ぶるような笑顔に見入り、
    作ってよかったと改めて思っていた。

    「イブキさんもいい出会いが――」

    ハンジが言いかけたとき、
    隣のエルヴィンがイブキの横顔を見つめ
    頬を緩ませている表情が目に飛び込んできた。

    ・・・そっか、エルヴィン…イブキさんのこと
    そんなに気に入っているのか…

    ハンジはミケ・ザカリアスもイブキのことを気に入っていると
    勘付いていたが、エルヴィンの様子を目の当たりにすると、
    ため息をついた。

    「エルヴィン、あなたも…食べる…?」

    「何を…?」

    「このパンケーキよ」

    エルヴィンはハンジに言われ、顔をさらに緩めそうになるが
    満面の笑みを必死に左手で押えていた。
    手が大きくて長い指には色気があるが、
    それには不似合いの笑顔がその向こうに輝いていた。
  143. 151 : : 2014/01/18(土) 00:19:13
    「ハンジさん! 今からまた作るのも大変でしょ?
    エルヴィンさん、一緒に食べましょう!」

    「えっ…!」

    「イブキさん…?」

    エルヴィンとハンジはほぼ同時に驚きで目を見張り、
    そして、エルヴィンは嬉しさで息が止まりそうになっていた。

    「イブキさん…いいの?」

    「私は構わないから、エルヴィンさんのナイフとフォークをお願いします!」

    ハンジはイブキに頼まれ、
    エルヴィンにナイフとフォークを手渡すと、
    緩みっぱなしの笑顔をさらしていた。
    エルヴィンがパンケーキにナイフを入れていると、
    後ろから見ていたリヴァイが冷ややかにつぶやいた。

    「結婚式みてーだな…」

    「何を言っている、リヴァイ! 
    『新郎新婦のケーキ入刃』みたいだなんて!」

    「俺は…そこまで言っていない…」

    リヴァイはうろたえるエルヴィンに舌打ちすると、
    そのまま自分の持ち場に戻っていた。
    イブキはエルヴィンの様子を微笑ましく感じていた。

    ・・・エルヴィンさん、なんだか…かわいいな…。
    でも、私はミケさんとも食べて――

    エルヴィンがナイフを入れて、取り分けたパンケーキを
    イブキが口にしたときだった。
    近くに座っていたハンナとフランツの会話が聞こえてきた。
  144. 152 : : 2014/01/18(土) 00:19:45
    「ねぇ、フランツ、噂なんだけど、この街に世界的に有名な
    占い師が住んでるんだって」

    「なんだよ、それ?」

    「ネットの噂なんだけどね、世界を渡り歩いている占い師らしくて、
    裏で政治家とかも操っているらしいよ」

    「へーっ!」

    イブキはこの会話が聞こえると、身体をビクっと揺らすと
    握っていたフォークを止めてしまった。

    ・・・まさか…こんな噂が…

    「イブキさん、どうしたの…?」

    「いや…何でもないよ」

    イブキはエルヴィンの話をしながら、
    ハンナとフランツの会話を聞き耳を立てていると、
    顔を引きつらせ、焦りの表情を浮かべていた。

    「イブキさん…?」

    「あぁ、そうだ! エルヴィンさん、
    今度、家具とか見に行きたいんだけど、
    一緒に付き合ってもらえないかな?」

    イブキは『家財道具』が必要のため
    買うことを決めていたために
    それを常に頭の片隅に置いていた。
    しかし、まだ実行に移していないためか、
    二人の会話を気を取られていると、
    深く考えず、思わず口に出したときは、
    訳もなくエルヴィンを買い物に付き合うよう誘っていた。
  145. 153 : : 2014/01/18(土) 00:20:04
    ・・・このパンケーキ、ホントに効果があるのか…?

    エルヴィンは目を見開き、パンケーキを見ると
    イブキに視線を移していた。

    「イブキさん! いつ行きましょうか…?」

    「え、どこに…?」

    「家具を…見に行くんでしょ…?」

    「あっ…!」

    イブキが『しまった』と思っても、遅かった。
    満面の笑顔を浮かべ声も上ずっている
    エルヴィンがイブキに熱い視線を送っていた。

    ・・・ヤバイ…! 思わず誘っちゃったけど、
    もう引くに引けないか…

    「私は時間を作りやすいから、いつでもいいけど、
    そうだ、ミケさんも一緒に――」

    「いや、二人で…行きましょう」

    「あぁ…はい…」

    イブキはエルヴィンの勢いに押されいた。

    ・・・ミケさんと…3人で行けるのがベストなんだろうけど――

    そしてハンナとフランツがパンケーキを食べ終え
    二人で楽しげな会話をした後、帰路につくため立ち上がった。
  146. 154 : : 2014/01/18(土) 00:20:20
    「二人とも、今日もありがとうね!」

    「いいえ! ユミルさん、ホント美味しいですから…あ、そうだ」

    ハンナがユミルにお礼を言いながら、
    思い出したかのように話し出した。

    「ユミルさん、この噂知ってますか?世界的に有名な占い師が
    この街に住んでるんだって!」

    「へーっ! そうなんだ! 聞いたことないなぁ…」

    「このカフェに来るとかって…ないかな?」

    「まさか! 占い師だったら、
    怪しげな雰囲気とかしてそうだから、すぐわかるでしょ?」

    「それもそうね…!」

    ハンナはユミルと話しながら、どんな些細なことでも
    笑いたくなる年頃らしく、
    フランツと二人で声を上げ、笑みを浮かべていた。
    二人は会計を済ませると、そのまま楽しげに手を繋ぎ
    街中へ消えていった。
    二人の会話を聞いていたイブキは二人が
    ガラスのドアから出て行くのを確認すると、
    ホッとため息をついた。そのため息を見た
    カウンターの前にいるハンジが声を掛けた。
  147. 155 : : 2014/01/18(土) 00:20:34
    「イブキさん、どうしたの…?」

    「いや、ね…今の学生たちが…噂話していたでしょ…?」

    「世界的な占い師がどうこうって…?」

    「そう…」

    イブキが一息ついて、話し出した。

    「それ…私のことかも…!」

    イブキの周りにいた皆は仰け反るような態度で
    驚きの表情を見せていた。
    イブキはネットの噂では
    世界を裏で牛耳る占い師となっていた――
  148. 158 : : 2014/01/19(日) 00:21:26
    ⑭イブキへの質問

    異国からきたイブキはいろんな国に顧客がいる占い師だった。
    ただ、本来の占い師とは別の姿が一人歩きして、
    ネットで噂になっていることに困惑していた――

    「イブキさん、世界を渡り歩いている占い師ってどういうこと…?」

    イブキが座るカウンターの内側で立っている
    ハンジ・ゾエは噂となっていることをズバリ、聞いていた。

    「世界を渡り歩くって、ホント大げさ…なんだけど、
    ウチは代々占いが家業でね…
    代々のクライアントがいろんな国にいる…それだけ…」

    イブキは伏目がちになり、
    照れた様子でハンジの質問に答えていた。

    「あと、裏で政治家を操っているって…?」

    ユミルもハンナとフランツの会話を聞いていたために
    思わず質問していた。
    それにイブキは顔を綻ばせると、目じりに涙を浮かべていた。
  149. 159 : : 2014/01/19(日) 00:22:36
    「なんで、こんな噂が出たんだろう! 
    確かに政治家の顧客もいるけど、
    政治的なことなんて、聞かれたことないけど…!」

    イブキは普段、顧客から占いの鑑定はメールでのやりとりをしている。
    そして、直接占って欲しいと頼まれると、その国まで出向くことがある。
    そのため『世界を渡り歩く』と噂が流れたのではないか、と説明していた。

    「だけど、噂って怖いね」

    「そうね…私の場合は、私も悪いかも…
    クライアントに『拠点をこの国に移す』って話したから、
    そこから広まったかもしれない…」

    ハンジはイブキがため息をつくと、
    お代わりのアイスコーヒーを入れていた。

    「ほんと、ここはリラックスできていいですね!
    最近、クライアントになかなか返事が出来なくて、
    さっき集中していたら、ほぼ完了しました!」

    エルヴィン・スミスはイブキの隣で
    笑顔を見つめながら質問し出した。

    「イブキさん、メール以外でも占いをするの…?」

    「今はしてない…私一人だから、キリがなくて…
    紹介者を通しての今はメールだけ」

    アイスコーヒーを一口飲んでまた話し出した。
  150. 160 : : 2014/01/19(日) 00:22:56
    「それに私は…身近な人を占うことはしてないの。
    何度か、それで嫌な思いをして…。
    やっぱり、
    自分の人生は自分で切り開けるって信じているから…」

    イブキは皆に清々しい笑顔を振りまいていた。
    エルヴィンはイブキの笑顔を見るたび
    胸が高鳴り、ますます惹かれていることに気づいていた――

    「イブキさん、
    さっき『占い師は怪しげな雰囲気だからすぐわかる』
    とか、言っちゃったけど…ごめんなさい…」

    ユミルは申し訳なさそうな表情をして、
    イブキに謝っていた。

    「ユミルさん、気にしないで…!
    私の母の代までは、確かに黒いレースのショールを
    頭から羽織るような、怪しげなスタイルだったから、
    言われても仕方のないの…!」

    イブキは自分の長い髪で顔を隠す素振りをして
    ユミルを笑わせていた。

    「私が継いでから、普通の格好で占うことに決めたんだ」

    「なんだか…イブキさん、強いのね! 
    しかも、異国から一人でこの街で
    やって来るなんて、すごい度胸だと思うよ」

    ハンジはイブキに腕組みして関心していた。
  151. 161 : : 2014/01/19(日) 00:23:16
    「やっぱり…それは…」

    イブキはエルヴィンや、
    特にミケ・ザカリアスに惹かれる謎の答え探しが
    一人でやってきた原動力のようなものだった。
    その本心は話さないでいると、頬を赤らめていた。

    「イブキさん、まさかエルヴィンのことを――」

    「いや…その…」

    イブキはハンジにエルヴィンのことを聞かれると、
    顔を赤らめ、うつむいていた。
    しかし、ミケのことも同時に思い出していた。
    その様子を見ていたリヴァイは舌打ちをした。

    「占い師なら…自分の恋愛も占えるだろ…?」

    「それが、私は恋愛は占いはしないの。
    だって、『当たって砕けろ!』
    としか言えない鑑定が多くて…バカらしくて、
    恋愛の鑑定は止めました…」

    「ほう…」

    「それに自分の占いはしない…
    やっぱり、先が見えるのは楽しくないから…
    占い師の私が言うのもなんだけど」

    イブキは苦笑いをしながら
    肩をすぼめ、リヴァイの質問に答えていた。
  152. 162 : : 2014/01/19(日) 00:23:36
    「だけど、恋愛で『当たって砕けろ!』って思っても
    実際の私は…なかなか実行に移せなかったりして…!」

    イブキは照れて頬を赤らめながら、
    目の前のアイスコーヒーのストローに
    氷を絡ませ、くるくると回していた。

    「じゃ…イブキさんは
    今、『当たって砕けたい』って人はいるの…?」

    ハンジはわざとらしく、また好奇心溢れる表情で
    イブキに質問し始めた。
    隣で見ていた夫のモブリットはハンジがたまに
    見せる暴走する姿にならないか、ヒヤヒヤと焦る表情をして
    両手は彼女を押さえるような仕草をしていた。

    ・・・ハンジさん…! 大丈夫か…?

    イブキは目を見開いたかと思うと正面を見据えて
    話し出した。

    「私は…今、流れにまかせています…!」

    意味深な笑みを浮かべ
    曖昧にイブキはつぶやくように答えた。
    当たって砕けろと思っても、
    大切な相手を失い何も残せなかった
    遠い遠い過去が、行動にブレーキを掛けている――
    イブキはそう感じていた。

    ・・・ハンジさん、私に何か言わせようとしているのかな…!

    イブキはエルヴィンをチラっと見るとアイスコーヒに
    口をつけると、すべて飲み干していた。
  153. 163 : : 2014/01/19(日) 00:23:54
    「じゃ、そろそろ…私は失礼しようかな…」

    イブキは自分が食べたパンケーキのプレートや
    空になったグラスを丁寧に片付けると、
    カウンター席から立って会計をしようとしていた。

    「イブキさん、買い物はいつにしましょうか…?」

    エルヴィンはイブキと家財道具を一緒に揃えるという
    買い物を忘れていなかった。
    落ち着いた口調ではあったが、その目は輝いていた。

    「エルヴィンさん、やっぱり、ミケさんも――」

    「いや…二人で行きましょう! 男二人に女一人で
    家具を見るのもなんだか…」

    イブキは再びエルヴィンの勢いに押されていた。
    半ば一生懸命なエルヴィンに根負けしているようだった。

    「それじゃ…次の日曜日はどうですか?」

    「はい…!わかりました! 車で迎えに行きますので…」

    エルヴィンは頬を紅潮させ、
    拳は強く握られていた。ガッツポーズをしたい気分だったが、
    それは敢えて抑えていた。
  154. 164 : : 2014/01/19(日) 00:24:22
    ・・・エルヴィンさん、張り切っちゃって…どうしよう…
    ミケさんにも連絡してみるか…

    イブキは困惑した表情を浮かべるが、
    エルヴィンが親切心から誘っていることに
    気づいていたために、戸惑うだけで、
    イヤではなかった。ただミケとも一緒に出かけたいと
    素直に思っていただけだった。

    「それじゃ、また…ランチしにきます!」

    イブキはノートPCが入ったバッグを片手に
    ガラスのドアのそばに立つと、
    エルヴィンが近寄りエスコートするように
    開けてくれた。

    「ありがとう、エルヴィンさん、それじゃまた連絡しますね」

    イブキはエルヴィンに笑みを残しそのままカフェ『H&M』を後にした。
    エルヴィンは皆に背中を向けていたが、カフェ内ではエルヴィンが
    どんな顔をしているか、振り向かなくても察知されていた。

    「ミケさんに…こっちから買い物の件、連絡しても面白いだろうな」

    リヴァイがため息混じりに、冷めた小声で、
    冗談のつもりで言うとエルヴィンが瞬時に振り向いた。

    「リヴァイ…! ダメだ! それだけは」

    振り向いたときの顔は眉間にシワを寄せ
    強く握りこぶしを作っていた。

    「もう…! エルヴィン! 冗談じゃないの…!
    そんなにムキにならないの」

    ハンジは鋭い眼差しのエルヴィンを見ると
    冗談さえ通じないため、本気だと感じていた。

    ・・・オーナー…この俺を睨むとは、よっぽどか

    リヴァイは鋭い眼差しを返すがエルヴィンの顔は
    氷が解け始めたように、
    厳しい眼差しから緩み始めていた。
    その姿を目の当たりにしたリヴァイは
    冗談が通じなかったことで、一瞬だけでも
    苛立った自分自身がバカらしくなっていた。
  155. 165 : : 2014/01/19(日) 00:25:11
    ・・・そうだ、同じビルなんだから、
    ミケさん…いるかな?それで、買い物を一緒に誘ってみよう――

    イブキはカフェ『H&M』と同じビル内の地下ある
    ショットバー『ザカリアス』に行くと決めると、急ぎ足で向っていた。
    心を弾ませ、そして半ば祈る気持ちドアノブを回すと、
    ゆっくりと回り始めた。

    「ミケさん…! いるんだ…!」

    夕方前の時間ではあったが、夜からの営業のはずにも関わらず
    ドアノブが回り、ドアが開き始めるとイブキは胸の鼓動を止められなかった。

    「ミケさん…こんにちは…! えっ…」

    イブキがドアをそっと開けると、
    そこにはカウンターで賑やかにミケ話す
    女性客が視界に入ってきていた――
  156. 166 : : 2014/01/20(月) 00:20:58
    ⑮ジェラシー

    「おー! イブキさん、いらっしゃい!
    今日、たまたま早い時間に店を開けたんだが――」

    「もう…たまたまって、私が来るから早めに開けたんでしょ!」

    イブキがショットバー『ザカリアス』のドアを開け、
    カウンターを見るとミケ・ザカリアスと女性客が和やかに話していた。
    イブキを迎え入れるミケの声も和やかさの影響か、
    心なしか彼女には弾んでいるように聞こえていた。
    その女性客はミケとほぼ同じくらいの年齢で
    女として熟した美しさを放っていた――

    ・・・大人の美を持ち合わせた雰囲気の女性…
    ミケさんの大切な人かな…?
    こんなに賑やかに話してるなんて――

    「イブキさん、どうした? 
    まぁ、時間は早いけど、どうぞ!」

    「あ! そうだ…! 急用思い出しちゃった…! 
    ミケさん、また来るね! おじゃましました…」

    イブキは今出来る限りの
    ありったけの『愛想笑い』を浮かべると
    『ザカリアス』のドアを閉め出て帰ることにした。

    ・・・私…何やってるだろ、確かにお互いに何か…
    感じるものはあっても、それだけ…
    私はミケさんに何を求めているの――

    数分前までミケに会えると軽々と地下と地上を繋ぐ
    階段を下っていたのに、
    登るときの足取りをイブキは重く感じていた。
  157. 167 : : 2014/01/20(月) 00:21:20
    「ミケ、今のお客さん…どうしたの? 突然帰って…?」

    「あぁ、そうだな…どうしたんだ? イブキさん?」

    この女性客はかつて、『ザカリアス』の以前に
    同じ場所でバーを営業していたママだった。
    しかし、結婚を機にお店をたたむことになり、
    たまたまバーを開きたいと店舗を探していた
    ミケが紹介され、そのままこの場所が引き継がれていた。
    その日は久しぶりに夫と近くまで来ていたため、
    『ザカリアス』に立ち寄ったまでだった。
    ちなみにエルヴィン・スミスも長く同じビル内で営業しているため、
    旧知の仲であり、エルヴィンの亡き妻のミランダとも仲がよかった。
    そして、このママは慌てて帰るイブキの表情を見て勘付いた。

    「あ…もしかして、あの様子じゃ…私のこと、
    ミケの恋人とかと…勘違いしたのかしら…?」

    「えっ! まさか…」

    いつも冷静なミケの血相を変え
    慌てる顔色をさらすと、
    ママはキブキが気になる存在の女性であると気づいた。

    「ミケ…! 昔から、あなたって女の影がなかったけど、
    久しぶりにここに来たら、
    こんなことになっていたとは…!
    しかも、あんなに若いコとね。でも、なんだか色気もあるし、
    ああいうタイプが好みだったとは――」

    「いや、その――」

    ミケは職業柄多くの女性を見てきた
    ママの指摘を受けると、伏目がちに口ごもっていた。
  158. 168 : : 2014/01/20(月) 00:21:39
    「誤解を解くには早い方がいいから、追いかけたら…?」

    「あぁ…すまないが、ちょっと留守をまかせていい?
    久しぶりに会いに来てもらって、すまないが」

    「わかった、早く追いかけて…!」

    ミケはママに留守番を任せたと同時に店を飛び出していった。
    地下から地上に繋がる階段を一気に駆け上った。
    イブキの住まいであるアパートの方向に目線を送ると、
    一人で歩いている寂しそうな後姿を見つけた。
    そして、小走りに追いかけ、
    イブキの背中に肩を触れたときだった。

    「――ミケさん?」

    「あ、あの――」

    イブキが振り返った瞬間、
    彼女のスマホが通話の着信音が鳴った。
    その通話の相手はエルヴィン・スミスだった。
  159. 169 : : 2014/01/20(月) 00:21:59
    「あぁ、エルヴィンさん…?
    日曜日の買い物…はい、
    わかりました!それじゃお昼の1時に――」

    イブキはエルヴィンの通話を終えると、
    ミケに引きつり、悲しげな表情を見せていた。

    「ミケさん、どうしたの…? そんなに慌てて?」

    「今の相手はエルヴィン? 買い物ってどういうこと…?」

    ミケは誤解を解こうと、イブキの肩に触れたはずなのに
    エルヴィンと話す様子を目の前にすると、
    何を話したか、その内容の方へ気が取られていた。

    「あぁ…日曜日に買い物に行くって約束したの、
    家具とか色々必要なものがあるから」

    「――俺も行く」

    「えっ?」

    ミケはイブキがエルヴィンと買い物に行くと聞くと、
    すかさず一緒に行くと言い出した。
    それは、咄嗟にエルヴィンにイブキは渡したくない、
    という焼きもちからだった。

    「どういうこと…?」

    「だから、俺も行くってこと…」

    「なんで…?」

    ミケはイブキの肩に
    触れていた手を自分の元に戻し、
    不思議そうに自分を見つめられると我に返った。
  160. 170 : : 2014/01/20(月) 00:22:21
    「あ、あの、その…」

    ミケはイブキが不思議そうに
    首をかしげる眼差しを前にすると、
    しどろもどろになっていた。
    そして、ママのことを説明しなければと
    冷静になるよう努めた。

    「さっき、俺と話していた女性客なんだが――」

    ミケは指先で髭をかきながら、目を逸らし話し出した。
    ママと旧知の仲であり、たまたま夫と近くに来ていたため、
    久しぶり『ザカリアス』に遊びに来ていたことを
    一気に早口で身振り手振りを交え説明していた。
    そして慌てて来たために
    最後は息を切らし、大きなため息をついた。
    イブキは一生懸命に話すミケの話を聞き終わると、
    目を見開いてミケ見つめていた。

    ・・・私は思いっきり勘違いしてたんだ…! 
    それにミケさんも慌てて追いかけてくるなんて――

    「ミケさん、わかった…! わざわざすいません、
    突然、私も帰っちゃって…。
    それから、買い物、ぜひ3人で行きましょう」

    イブキはミケに優しく微笑みかけた。

    「えっ…! いいのか?」

    「もちろん! 3人で行こうと思っていたし…」

    「じゃ…ぜひ――」

    「それから…」

    イブキはミケの目を見ながら、さらに話しかけていた。
  161. 171 : : 2014/01/20(月) 00:22:40
    「買い物…で何が必要か考えたいので…
    今夜、『ザカリアス』で一緒に考えてもらえませんか?」

    「それは…もちろん」

    イブキはミケから返事をもらうと、
    曇りかけていた心が晴れていくように
    だんんと、穏やかな表情を浮かべていた。
    二人はまたその日の夜、
    『ザカリアス』で会うことを約束すると
    お互いの帰路についた。
    イブキは自分の勘違いだと改めて気づくと、
    ホッと胸を撫で下ろしていた。
    それだけでなく、ミケがわざわざ追いかけてきて、
    誤解を解くように説明してくれたことで
    今度は嬉しさで胸が締め付けられていた。

    「あぁ…! ママを待たせている!」

    ミケは安堵感からゆっくり歩いて帰ろうとするが、
    再び慌てた様子で、自分の店に戻っていった。

    「ミケ…! どうやら、間に合ったようね」

    慌てながら、『ザカリアス』に戻ったミケの顔が
    緩くなっている様子に気づいいていた。

    「あぁ…なんとか…すまなかった」

    ミケはホッとすると、タバコに火をつけ
    ため息をつくように煙を口から吐いた。
  162. 172 : : 2014/01/20(月) 00:23:03
    「たまにしかあなたとは会わなくても、
    長い付き合いだから、わかるんだけど…
    女性に夢中になる姿は初めて見たかも…」

    「えっ…!うっ――」

    ミケはママに突然言われたことで、
    咳き込んでしまった。

    「もう…ミケったら…! 笑っちゃう――」

    ママはミケの慌て、恥らう様子に
    未だかつて見たことない姿のために声を上げて笑っていた。
    そして、ママの夫が迎えに来ると、
    そのまま帰宅の途についた。
    夜の営業が始まり、
    お客が少なくなった深夜過ぎ、イブキが入店してきた。

    「ミケさん、こんばんは…! 
    遅い時間からだけど、来ちゃった…」

    イブキがドアを開け、ミケが穏やかな顔で
    迎え入れる様子を見ると、遅い時間からでも
    来てよかったと安堵感に浸っていた。
  163. 173 : : 2014/01/20(月) 00:23:25
    「イブキさん、遅いから今日はもう来ないかと思っていた」

    「私は約束はキチンと守るから」

    「そうか…」

    ミケはイブキの声を聞くと、年甲斐もなく
    胸が高鳴る自分に驚くと同時に
    イブキに何度か感じていた不思議な感覚を
    思い出していた。

    ・・・だけど、イブキさんに俺とエルヴィンは…
    なぜ、惹かれるだろうか――

    「ミケさん、必要なものだけどね――」

    イブキが嬉しそうな表情で、
    必要なものを書き記したメモをカウンターに
    広げたその時、『ザカリアス』のドアノブが開く音がした。

    「ミケー! 今夜も来たぞ…! えっ…イブキさん!?」

    上機嫌な声と共に入店してきたのはエルヴィンだった。

    ・・・こいつは…!
    せっかく、イブキさんと二人っきりになれたと思ったのに――

    「エルヴィン、いらっしゃい…」

    ミケは顔を引きつらせ、イブキの隣に座らせた。
    エルヴィンの機嫌がよかったのは
    イブキと買い物の約束をしていたために
    ミケを出し抜けると思っていたからだった。
  164. 174 : : 2014/01/20(月) 00:23:54
    「イブキさん、何を見ている…?」

    エルヴィンはイブキが
    生活で必要な物のリストを記した用紙を覗き込んでいた。

    「あぁ、これね、日曜日の買い物リスト! 
    ミケさんも行くことになったから」

    イブキはエルヴィンに対してイタズラっぽい笑みを浮かべていた。

    「あぁ…そうか、3人で楽しみだな」

    エルヴィンはミケの顔を見上げると、
    心なしか勝ち誇ったようにも感じた。
    二人はイブキに対して恋の炎をその胸に燃やし
    目線で火花を散らしているようだった。
  165. 175 : : 2014/01/21(火) 03:26:02
    ⑯おかしな三人

    イブキは新しい居住の地として選んだ
    ミケ・ザカリアスやエルヴィン・スミス等が住む街にきて
    初めて遠出をすることになった。
    二人にはほぼ自分の買い物に付き合ってもらうのだが、
    イブキはそれでも、久しぶりにドライブがてら、
    出かけられることを楽しみにしていた――

    「そろそろ来るかな…! あぁ、来た」

    その日のイブキはカジュアルスタイルで
    スニーカーにジーンズで、
    ダウンジャケットを羽織っていた。
    エルヴィンが車で自分の住まいである
    アパートの1階に迎えにくると約束していたが、
    その場所にはミケと共に待つことになっていた。
  166. 176 : : 2014/01/21(火) 03:26:17
    「ミケさん、こんにちは! 今日は楽しみですね」

    イブキはミケと出かけられることで、心が弾んでいた。

    「こんにちは…俺も楽しみだ」

    ミケはいつも、バーではシャツが多いがこの日は
    寒いこともあり、厚手のパーカーを着ていた。

    ・・・ミケさん、なんだか可愛いな――

    イブキはカジュアルなミケが微笑ましくて、
    見とれていると、自然に笑みがこぼれる。
    ミケは徒歩でイブキのアパートまでやってきていて、
    彼女の笑顔を見ると、照れて伏目がちになり、
    指先で髭をかいていた。

    ・・・エルヴィンと一緒だが…それは仕方ないか…

    ミケがイブキと二人きりで出かけられないことでため息をつくと、
    エルヴィンの車が目の前に止まった。

    「イブキさん、ミケ、おまたせ。それじゃ、行くか――」

    セダンのエルヴィンの車の助手席に誰が座るか、
    イブキとミケは迷ってしまっていた。
  167. 177 : : 2014/01/21(火) 03:26:32
    「イブキさん、助手席に…」

    「いや、俺が座る――」

    早速、エルヴィンとミケは火花を散らしているようだった。
    その姿を見ていたイブキは顔を引きつらせながら、
    苦笑いを浮かべていた。

    「じゃ…私が助手席に座ります…」

    イブキは収拾がつかないと判断すると、自ら助手席に座ることにしていた。
    エルヴィンは上機嫌でイブキが助手席に座る姿を見ていた。
    最後はミケは半ば不機嫌で後部座席に乗り込んだ――
    3人が向ったのは郊外にある家具や雑貨を取り扱う大きな
    ショッピングセンターだった。
    イブキを先頭に店内を歩いていると、
    家具売り場に到着していた。

    「一応…メモの通りに…。テーブルとベッド見てみたい…」

    イブキはリストを見ながら何気なくミケとエルヴィンを見ると
    照れて立ち尽くしている様子だった。

    「二人とも?どうしたの…?顔赤くしちゃって?」

    「いや、なんでも…」

    ・・・もしかして、ベッドを買うから、この二人は色々想像してるのか…?

    イブキは噴出して笑いそうになるが、必死に押えていた。
    そして、寝具を色々と見ていると、店員が話しかけてきた。
  168. 178 : : 2014/01/21(火) 03:26:47

    「お客様、何かお探しでしょうか?」

    「ええ、『シングルベッド』を探しているのですが…!」

    イブキは敢えて『シングルベッド』を強調して店員に話していると
    二人はまだ照れた様子でうつむいていた。

    ・・・シングルじゃなくても…

    エルヴィンとミケはこのときばかりは同意見で
    心の中では思っていた。

    ・・・この3人はどういう関係なんだ…?

    店員は女一人、男二人がベッドを選んでいる様子を見ると
    目を丸くさせ、どう接客したらいいのか戸惑う表情を浮かべていた。
    その様子に気づいたイブキは店員に言い放った――

    「すいません、私の買い物に二人に付きあってもらってるだけで、
    私の一人暮らしの買い物なんです! 気にしないでください!」

    店員はそのイブキの声を聞くと、驚いた表情から、
    営業スマイルに変り、
    女性に人気にあるシングルベッドを勧めていた。
    家具類を決めていくと、配送の手続きを済まし、
    そして雑貨類を見ることにしていた。

    「ねぇ、エルヴィンさん、『H&M』のお皿とかって
    可愛いのが多いけど、あれはハンジさんのセンス?」

    「あぁ、そうだな…ほとんど、ハンジとモブリットが選んでいる」

    「そっか…! あの夫婦はセンスもいいんだね!
    カフェっぽい食器とか欲しいな――」

    エルヴィンは雑貨を選ぶイブキを見ていると、
    自分との生活の為に選んでいるのではと
    錯覚しそうになり、ニヤけてしまいそうになるの顔を
    必死に押えていた。
  169. 179 : : 2014/01/21(火) 03:27:21
    「あと…『ザカリアス』で飲むお酒って何でも美味しいと思うけど、
    グラスも凝っているよね? ミケさん?」

    「えっ? 確かに…俺もグラスにはこだわりがあるな」

    「うーん…迷うけど、いいのが欲しいな」

    二人はやっとイブキにアドバイスが出来る場面がきたと思うと、
    こだわりのお皿やグラスについて話していた。
    そして、日常に必要な買い物が終ると、3人は大きな手荷物いっぱいで
    ショッピングセンターを後にしていた。

    「今日はホントに二人がいて助かった! ありがとう」

    イブキは荷物を持ちながら、二人に笑みを浮かべお礼をしていた。
    そして、その日。初めて3人で長い時間過ごしてみて
    イブキは心地よさに浸っていた。
    ミケには確かにとても惹かれ感じるものはあるが、
    この3人でいると、落ち着く感覚だけでなく、懐かしさも溢れていた。
    荷物とをトランクに入れ、残りを後部座席に置くと、
    今度はイブキが荷物の支えもあるため
    後部座席に座ることにした。
  170. 180 : : 2014/01/21(火) 03:27:38
    「そうだ! 二人にお礼したいんだけど、
    どこか海が見えるレストランとかないかな?
    私が住んでたところ、内陸だったから、海って珍しいんだ!」

    エルヴィンはルームミラーから見えるイブキの
    無邪気な少女のような笑顔で癒される感覚がすると、
    隣の助手席に座るミケの存在理由が
    咄嗟にわからなくなってしまっていた。
    そして、海の見えるレストランを必死に思い出そうとしていた。

    「あぁ…そうだ、
    俺の客がいいレストランがあると話していたな。
    海が見えて、なかなかいい雰囲気らしい――」

    そして、イブキの気に入りそうな
    レストランを最初に提案したのはミケだった。

    「ミケさん、どこなの?」

    「そこは――」

    イブキとミケは互いのスマホを駆使して
    そのレストランを探して、予約までこぎつけた。
    運転中のエルヴィンは先を越されたことで不機嫌になってしまった。

    ・・・まったく、本来なら、二人きりで食事までするはずだったのだが…

    そして3人は目的地のレストランに到着すると、
    目の前が海で、窓際から見える席に案内されると、
    イブキは興奮気味で話し出した。
  171. 181 : : 2014/01/21(火) 03:28:22
    すごい…! 海だ! やっぱり、水平線ってどこまでも続くんだ!」

    夕暮れ時で、空はオレンジ色に染まるが、
    その日は晴れて雲も少なかった為に
    イブキは窓から見える水平線を笑顔を浮かべ見入っていた。

    「イブキさん、そんなに珍しいの?」

    エルヴィンは嬉しそうな姿のイブキを見ると
    このレストランを選んだミケを
    褒めてやりたい気分になっていた。

    「うん! 私のところから海を見るには、
    車を何日も走らなければいけないの。
    湖はあるけど、やっぱり…規模が違う…!」

    イブキの目の前にはエルヴィンとミケが座っていた。
    そして、二人はイブキの姿を見ていると、
    やはり、年甲斐もなく心が躍るような感覚に浸っていた。
  172. 182 : : 2014/01/21(火) 03:28:46
    ・・・この二人…ホントにいい人たち…

    イブキは占い師として、二人から深く何か感じるものがあっても
    気分がオフになっているときは、気にしないように勤めている。
    そして、自分の恋愛は自分の意思で決める、
    その信念をいつも胸に宿していた。
    イブキはもちろん、二人に好かれていること気づいている。

    「ここ美味しいね! また3人で来れるといいな…」

    イブキは食事をしながら、
    窓から海を眺めていると、桟橋があることに気づいた。
    そして食事が終ると、そこに行こうと再び提案すると、
    二人は受け入れていた。

    「二人は先に先に行っていて…!」

    イブキは食事が終ると、化粧室に向っていた。
    そして鏡を見ながら、
    最近にない楽しそうな自分がそこに写っていた。
    そして、いつものようにメイクを直していた。

    ・・・私は…あの二人の前でこんな顔をしていたんだ――

    イブキは見慣れているはずの自分の顔のはずだが、
    いつもより口角があがっている気がしていた。
    あの二人といると、自然に笑顔になっていると改めて感じていた。
  173. 183 : : 2014/01/21(火) 03:31:04
    ・・・でも…私はミケさんに…特に惹かれているのにな…

    イブキは自分に気持ちを寄せるエルヴィンにも
    申し訳ない気持ちと嬉しさが交差しているようだった。
    そして、二人が待つ桟橋に向うことにした。
    そこは海のそばの木製の桟橋でエルヴィンとミケは
    手すりに持たれてイブキを待っていた。

    「お待たせ…えっ…」

    イブキが二人の背中を見たときだった。
    駆け出していた足がだんだんと緩み出した。
    イブキの遠い遠い記憶が少しだけ蘇った。
    愛する誰かを失った後、立ち直れない自分自身を
    大切にしてくれる存在がいたことを――

    ・・・何この感覚は…何?
    失った愛する人と、
    その後…大切にしてくれた人って、まさか

    イブキが桟橋を歩いていると、その足音を聞いた
    エルヴィンとミケが振り向いた。

    「ごめんね、待たせちゃった! 寒いのに」

    イブキは笑みを浮かべながら、ちょうど二人の間に立ちながら
    遠くを見つめるような表情をしていた。
    長い髪が、波風になびかされていた、
    さらに艶っぽい表情が
    またに二人の胸の高鳴りを刺激していたようだった。
  174. 184 : : 2014/01/21(火) 03:31:22
    「私は…この国にきて…
    二人に出会えて幸せだよ」

    イタズラっぽい表情を浮かべ
    エルヴィンとミケのそれぞれの顔を見上げると、
    イブキは二人の手を握った。

    ・・・イブキさん…?

    ・・・どうした…?

    ミケとエルヴィンは突然のことで混乱するが、
    嬉しさもあり、そのままイブキを見ていた。

    「今は…二人に大事にされていることを…大事にしたい…
    って言ったら、小悪魔っぽいかな――」

    イブキはうつむき加減に言いながら、手を離すと、
    二人を見上げ、後ろ向きに歩き出した。
  175. 185 : : 2014/01/21(火) 03:31:37
    「あー! もう、寒い! 帰ろう!」

    「自分からここに来たいっていっていただろう…!」

    そして、また突然、帰ろうと言う
    イブキに驚いたミケは呆れた表情でいると、
    彼女の目が潤んでいることがわかった――
    そして、今度は二人がイブキの背中を追いかけるように
    桟橋を歩き出した。

    「エルヴィン…もしかして、イブキさん…」

    「あぁ…俺たちの気持ちに戸惑っているかもしれないな――」

    エルヴィンとミケは自分たちの態度がイブキの心を
    かき乱していることに気づいた。
    だが、どちらも身を引くつもりはない――
    ミケは遠い遠いかすかな記憶が
    もう失った後、一度会いたい、と言っている、
    そして、エルヴィンはミケには渡したくない、という感覚が
    理由もわからないまま沸いてくるようだった。
  176. 186 : : 2014/01/22(水) 12:02:17
    ⑰恋を思い、惑う

    イブキの新たな城となったアパートの部屋に
    ベッドや大型家具が配送されると、
    エルヴィン・スミスとミケ・ザカリアスがその設置作業を
    快く引き受けていた。
    その後の引っ越し祝いもイブキの部屋で行い、
    3人はさらにより近い間柄になっているが、
    まだイブキはどちらとも付き合うことはない――

    「なんだか…家らしくなったなぁ…」

    イブキはキッチンでコーヒーの準備をすると、
    数日前まで殺風景だった自分の部屋の変わりように
    まるで子供がおもちゃを与えられたように
    心が弾んでいる気がしていた。
    そして、リビングで落ち着いて、
    仕事が出来ることでホッとしながら、
    エルヴィンが選んだマグカップに
    淹れた温かいコーヒーに口元を寄せていた。
    キーボードに触れている手が止まると、
    ふと、ミケとエルヴィンのことを考え、ため息をつく。
    またクライアントに送る占い結果のメールを読み返している
    目線を途中で止めたのは、自分自身の恋愛のことを
    考えていたからだった。
  177. 187 : : 2014/01/22(水) 12:02:36
    頬杖をつくと、掛けていたメガネを外し、目を休めることにした。

    「恋愛は当たって砕けろって人言うけど…私はどうなんだって感じよね」

    イブキは自嘲気味に笑みを浮かべ、
    目薬を差すと、目を閉じながら指先で目頭を押えていた。
    『二人に大事にされていることを大事にしたい――』
    ズルいかもしれないが、二人の気持ちが嬉しい。
    今のイブキにとってこれが最善な答えだった。
    イブキの遠い遠い記憶に二人が存在することを感じると
    言いようのない、もどかしさが心に残っていた。
    そして、イブキのスマホがメールの着信を知らせるため震え出すと、
    手に取り、目をこすりながら送信者を確認した。
    イブキは嬉しさで口角を上げていた。
    それはブキと血のつながりのあるミカサ・アッカーマンが
    エレン・イェーガーやエルヴィンの息子である
    アルミン共にカフェ『H&M』でランチをしようという誘いのメールだった。

    「ちょうどいい時間だし、もちろん誘いに乗りますよ!」

    イブキは出会った当初は避けられていたミカサが
    誘ってくれることは嬉しいことだった。
    天涯孤独だと思っていた自分自身に妹が出来たように
    素直に嬉しくて、笑顔で返信していた。
    カフェ『H&M』へ行けるのは心が躍る感じもするが、
    エルヴィンの自分に対する想いと考えると、少し心が痛んだ。
    イブキは仕事がひと段落すると、
    ジーンズに厚手のカーディガンとマフラーをしてそのまま
    カフェ『H&M』に向った。
  178. 188 : : 2014/01/22(水) 12:02:54
    ガラスのドアからカフェ内を覗くと、すでにミカサたちが
    席に座っていて、イブキのことを待っていることを伺えた。

    「ごめんね、待った…?」

    「イブキ叔母さん! こんにちは!私たちも今来たところだから――」

    イブキがテーブルに座り、カーディガンを脱ぐと、
    カフェ内を見渡し、何かを探している仕草をしていた。
    その様子を見ていたアルミンがすかさず話し出した。

    「イブキさん、今、父さんはリヴァイさんと打ち合わせがあって、
    外出しているんですよ」

    「えっ! そうなの…アルミン、ありがと」

    イブキはアルミンに言われたことで、
    微笑むも、すぐ目をそらしていた。
    エルヴィンに会えないことは罪から逃れられた安堵感のような
    感覚もあるが、切ない気持ちにも包まれていた。
    ちなみにリヴァイの代わりにその日は
    エルド・ジンがランチの担当をしているが、
    柔らかい雰囲気から、女性客からも人気が高い。
    女性客によっては、恋愛相談をするものもいる。
  179. 189 : : 2014/01/22(水) 12:03:10
    「いただきまーす!」

    「アルミン、やっぱり、ハンジさんの料理はうめーな!」

    「私も美味しいから、好きだよ」

    イブキはハンジ・ゾエとモブリットの料理を
    じっくりと味わいながら、
    ミカサたちの会話に耳を傾けていた。

    「3人ともホント、仲がよさそうだね」

    「イブキ叔母さん、そうなの…
    私たち、学校から帰っても一緒のときが多いよね?」

    「あぁ…ウザいくらいに――」

    ミカサに話しかけられたエレンは頭を抑え、
    迷惑そうに眉をしかめるような表情を浮かべていた。
    イブキはそれが照れているものだと感じていた。

    「エレン、リヴァイさんにその姿見られたら、大変だよ」

    「あぁ、そうだった…! 今日は出かけていてよかった…」

    何日も前に、ミカサに悪態をつくエレンに対して
    リヴァイが『お灸をすえる』ように注意したことがあった。
    その効果があって、エレンの態度は柔らかくなっていが、
    改めてアルミンがエレンに思い出させるように指摘すると、
    エレンは背筋が伸びるような感覚になっていた。
  180. 190 : : 2014/01/22(水) 12:03:29
    ・・・なんだか…このくらいの年齢だったら、利害を考えずに
    男女3人でも楽しく過ごせるんだろうな…

    そう考えるとイブキはエルヴィンがいつも座るカウンター席に
    視線を送ると頬を緩めていた。
    その微笑を見たアルミンは父である、エルヴィンが
    最近、上の空でため息をつくことを思い出していた。
    そしてミケを含め『大人の恋愛って大変』と
    心配そうな視線をイブキに注いでいた。

    「こんにちは…!ユミルさん、ご無沙汰です――」

    ランチが終盤に差し掛かった頃、
    クリスタ・レンズが久しぶりにカフェ『H&M』に来店していた。

    「クリスタさん、お久しぶり!元気だった?」

    ユミルは久しぶりに会えたクリスタを笑顔で迎え入れると、
    浮かない表情に気づいた。
    そして何か相談があるのだろうと
    感じるとそのままカウンター席に座ってもらうことにした。

    「クリスタさん…ライナーさんと何かあったの?」

    ユミルはカウンター越しに話しかけていた。

    「実は…ライナーさんのことで相談があって――」

    クリスタはユミルに出されたお冷を一口飲むと話し出した。
    それは、お付き合いしている
    相手のライナー・ブラウンの束縛がクリスタを悩ませていた。
    最初は大事にされていると感じていたが、
    忙しくて会いないほど、メールや電話が多くなることだった。
  181. 191 : : 2014/01/22(水) 12:03:47
    「まぁ…やっぱり、クリスタさん、あなたに会えないから、
    そうなっちゃうのでは…」

    「限度ってものがあって…
    仕事で忙しくて電話に出られないことがあると、
    ライナーさんの着信だけで、
    スマホのバッテリー切れになることもあるんです――」

    「それはまた…」

    ユミルは息を飲んで話を聞くことに努めた。

    「あと、納得いかないのが…女子会にもついてくることです…」

    クリスタはお冷のグラスを握りながら、ため息をついていた。

    「まぁ…女同士だから、話せることもあるのに…」

    「そう! そうなんですよ…!」

    クリスタはユミルが共感してもらえると、
    安堵で胸を撫で下ろしていた。

    「男性って…そんなに束縛するものなんですか?」

    クリスタは思いつめたような眼差しで
    ユミルを見つめていた。

    「クリスタさん…」

    ユミルは自分のことを姉のように慕うクリスタを苦しめる
    ライナーを思い浮かべると、怒りで顔が引きつるのがわかった。
    『束縛する男は自分の浮気を隠す場合がある』と考えるも、
    悩むクリスタを見ていると、さらに傷つけるかもしれないと思うと
    敢えて伏せていた。
  182. 192 : : 2014/01/22(水) 12:04:02
    「クリスタさん、今日も来て頂いてありがとうございます…?」

    キッチンにいたモブリットはクリスタが来店したと聞いて、
    挨拶の為にカウンター越しに彼女を見ると、
    浮かない顔に驚かされていた。そしてユミルから束縛の話を聞くと
    クリスタに話し出した。

    「クリスタさん、今からライナーさん…呼び出せたりしますか…?
    僕も一途な方なので…気持ちがわかるかもしれない…」

    「えっ…?」

    「もしよかったら、ライナーさんの話を聞くのも
    必要かもしれないですから――」

    前の年に
    モブリットはライナーのクリスタへの想いを聞いて
    二人の架け橋のようなことを成し遂げた。
    そのために、ライナーの話をぜひ聞いてみたいと考えていた。

    「わかりました…今からメールしてみますね」

    クリスタはカフェ『H&M』にいて、モブリットが話したいことがある、
    という内容のメールを送信すると、『すぐ来る』と返信が来ていた。
    ライナーにとってモブリットは縁を繋げてくれた恩人のように思えて
    その人からの呼び出されしかもクリスタも一緒となると、
    必ず行かなくてはという気持ちになっていた。
    そして、ランチタイムからティータイムに切り替える頃、
    ライナーが仕事を抜け出して、
    慌ててカフェ『H&M』にやってきていた。
  183. 193 : : 2014/01/22(水) 12:04:18
    「クリスタ、どうしたの…?」

    ライナーが冷えた寒空が広がるのに
    額に汗してカウンターに座ると、
    ユミルが怪訝な表情で睨んでいた。

    「あのね、モブリットさんが話があるって…」

    「ライナーさん、ご無沙汰――」

    モブリットはクリスタから離れたテーブル席に
    ライナーを座らせると、話を始めた。

    「ライナーさん…クリスタさん、可愛いのはわかるけど…」

    「はぁ…」

    ライナーは大きな背中を丸くして
    モブリットに話し出した。
    一方、ミカサたちはイブキの国の異文化の話を聞いていると、
    面白くてそのままティータイムまで残っていた。

    「ライナーさん…好きなら、もっと信用した方がいいですよ。
    クリスタさんだって、女友達との約束あるだろうし…」

    「はい…」

    「このままじゃ、お互い疲れてしまいますよ…」

    「そうですよね…」

    ライナーはため息と同時にうつむくと
    モブリットの顔を見ることが出来なかった。

    「ほら、ウナギだって、強く握ろうとしたら、
    ニュルニュルってどんどん逃げていくでしょ?
    恋愛も同じだって!」

    モブリットはウナギを両手で握るような動作をして見せると
    その例え話にライナーは苦笑いを浮かべていた。
    もちろん、言わんとすることには理解していた。
  184. 194 : : 2014/01/22(水) 12:04:36
    「確かに…追いかけすぎたり、度が過ぎる行動を取ると、
    逃げたくなりますよね…」

    「そう、そうだよ! もっと余裕のある大人の男として
    どーんと構えたらいいんじゃないかな」

    ライナーは力強くモブリットに言われると、
    今まで余裕のない気持ちでクリスタに接していたことに
    申し訳ない気持ちが心に沸くと、チクっと痛みが走った気がした。

    「モブリットさんと話せて、やっぱりよかったです…
    クリスタさんを誰にも取られたくないので…
    二人で自分たちのルールを考えます」

    「うん、それもいいけど、ルールに縛ると
    また別の問題も出てくるから、
    臨機応変に、柔軟な態度に出られるルールがいいだろうね」

    「…はい!」

    ライナーはモブリットに自分の気持ちを話したことで、
    ホッとしたと同時にクリスタを大切にしなければと
    新たに決意して、テーブルに乗せていた手のひらを握っていた。

    「クリスタ、今までごめん…誰にも渡したくないからって
    束縛しすぎたね」

    「ライナーさんが気づいてくれたら、それでいいから――」

    クリスタはモブリットと話を終えて、自分のそばに立った
    ライナーを見つめると優しく微笑んだ。
    そして、自分が好きな笑顔に戻ってくれたことで
    今までどれだけ、酷い態度だったのかと思うと
    ライナーは顔を引きつらせていた。
  185. 195 : : 2014/01/22(水) 12:04:52
    「ホント、ごめんなさい…」

    今にも泣きそうなライナーを見ると、
    クリスタは困惑すると同時に、背中に触れ
    気持ちをなだめていた。

    「モブリットさん、ありがとうございました」

    クリスタはモブリットに対して深々とお礼をしていた。
    そしてユミルに対しても笑みを浮かべていた。

    「ユミルさん…また遊びに来ていいですか…?」

    「それはもちろん、大歓迎!」

    ユミルは笑顔を向けられると、心が満ち足りていた。
    『妹のようなクリスタ』が自分を慕ってくれることを――
    クリスタとライナーが帰った後、
    イブキやミカサたちも帰るためにテーブル席から立ち上がった。
    そして、すれ違うようにエルヴィンとリヴァイも
    外出先から戻ってきていた。

    「イブキさん、来ていたんだ――」

    「うん、でも…もう帰るんだ。仕事も残してきてるから」

    エルヴィンはイブキが帰るとわかると、
    一瞬、表情を曇らせたが仕事なら仕方ないと
    気持ちを切り替えるように努めた。
    そして、笑顔でイブキの帰る姿を見送ると、
    ため息をついた。

    「父さん…」

    そのまま『H&M』に残っていたアルミンは
    切なく、視線を落とすエルヴィンを見ていると
    もどかしさでいっぱいになる。
    近くにいたリヴァイはアルミンの肩にそっと手を置いた。
  186. 196 : : 2014/01/22(水) 12:05:09
    「リヴァイさん…」

    「アルミンよ…
    『なかなか、うまくいかないのが大人の恋愛』だ。
    色んな事情があるだろうよ…今は親父を見守るしかない――」

    「そうなんですか…」

    リヴァイの冷たい中にも熱のこもった声を聞いたアルミンは
    『そういうものなのか』と、理解しがたい大人の恋愛事情に
    ため息をつき、肩を落としたエルヴィンの背中を見ていた。
    リヴァイもアルミンと同じ視線でエルヴィンを見ると、
    自分の恋愛がうまくいっていることで、
    さらに大切な存在であるペトラ・ラルを愛おしく感じていた。
    そして、今の自分はペトラの愛情支えられ、
    それに応えるのは仕事でも発揮できると思うと口角をあげた。

    ・・・ペトラ…見ててくれ

    そして上げた口角を引き締め、厳しい眼差しになっていた。
    それは、日時が決まったDJイベントを成功させなければと
    心に誓ったからだった。
  187. 197 : : 2014/01/23(木) 11:03:07
    ⑱DJイアンとコラボイベント(上)

    その土曜日の夜のクラブ『Flügel der Freiheit』のDJは
    緊張感で息が詰まる感覚がしていた。
    それを待ち構える客は沸き立つ心を抑えるのを必死だった――
    リヴァイとイアン・ディートリッヒは
    ブースの前で最終の打ち合わせをしていた。
    前回と同じであれば2回目のお客さんには飽きられ、
    しかし、まったく違うことをしてしまうと、
    同じ事ことに期待していた客にはガッカリされる。
    二人はその合間のちょうどいいバランスをとろうと考えていた。

    「リヴァイ、2回目とはいえ、緊張するな…」

    イアンは緊張で冷たくなった指先を両指でこすり、
    温めながらリヴァイに話しかけた。

    「そうですね、俺も緊張しますよ…」

    「おまえは、いつも涼しい顔しているから、そんな風に見えないが――」

    「そんな…」

    イアンに緊張しないように見えるとリヴァイは言われていたが、
    やはり、イベントのときは心臓がの鼓動が激しいことに気づいていた。
    普段から厳しい眼差しのため、気づかれないのが
    この時ばかりは難点かもしれない、とリヴァイは感じていた。
  188. 198 : : 2014/01/23(木) 11:03:24
    「リヴァイ、これペトラさんに選んでもらったのか…?」

    「あぁ…まぁ…」

    リヴァイは黒いスリムジーンズに
    第3段ボタンまでのボタンを外した白いシャツ、
    そして黒いベストを着ていた。
    ベストの襟元にはペトラからプレゼントされた、
    片翼がクロスしたピンブローチが輝いていたが、
    イアンの視線が注がれていた。

    「俺もローズに選んでもらったんだが」

    ・・・イアンさん、聞いてない…

    イアンはTシャツの上に大きいサイズの長袖シャツを着ていた。
    そして、ローズに選んでもらったベースボールキャップを
    斜めにかぶり、自慢げにリヴァイに見せていた。
    普段着とは程度遠いが、
    現役だった頃のスタイルでプレイすることにこだわっている。

    「イアンさん、ローズは大丈夫なんですか? 子供の面倒は?」

    「あぁ、大丈夫だ。たくましいよ! さすが、母は強しだな!」

    「ほう…」

    イアンはローズに例え一晩でも身重の身体に子供二人を
    面倒を看させるのは申し訳ない気がしていた。
    しかし、イアンのことをずっとそばで応援してきたローズは
    イベントを成功させるべきだと背中を押してくれた。
    ローズはイアンにリヴァイを会わせても、
    特別な感情はわいてこないため、
    二人が過ごしていた過去は『本当の過去』になっていた。
  189. 199 : : 2014/01/23(木) 11:03:40
    「リヴァイ、そろそろ移動しようか…」

    「そうですね」

    二人は打ち合わせが終ると、ロッカーで一旦控えることになった。
    イアンはまだまだ指先が冷たく感じこすりながら歩いていた。
    リヴァイはイアンの背中を見ながら
    『俺はまだまだイアンさんのレベルまで到達できてない』と
    前回のイベントを思い出していた――

    「今回のイアン、どうだろうな?」

    「この前見逃したから、期待してしまうな…」

    「リヴァイの師匠とのコラボってどんな感じだろう――」

    オーナーのエルヴィン・スミスはイベントのときは
    ユミルやエルド・ジン、グンタ・シュルツ等と共に
    クラブの出入り口に立って客の入りを見つめていた。

    「今回もすごい…リヴァイ人気かもしれないが、
    イアンさん目的も多い」

    「オーナー、そうですね。なんだか、こちらまで緊張感が走ります」

    エルヴィンに話しかけれたユミルは客の多さに驚き、
    二人の人気の高さを目の当たりにして息を飲んだ。

    「いらっしゃいませ、どうぞ――」

    エルドとグンタが両扉のドアを開けると、期待に胸を膨らませて
    客が続々とフロアに吸い込まれるように入っていった。
    前回のイベントで評判を聞いた『DJファン』やイアンの昔からの馴染み、
    そしてリヴァイのファンが増えた影響もあり、
    客の入りは前回よりもさらに多くなっていた。
    そして、問い合わせも多いためエルヴィンは
    客数を限定したチケット制すべきか提案したが、
    まだ始めたばかりということで、二人は断っていた。
    しかし、フロアに流れていく客を見ると、
    エルヴィンは再度、検討すべきだと考えていた――
  190. 200 : : 2014/01/23(木) 11:04:14
    「リヴァイ、客がどんどん入ってきたな…」

    「今回はどれだけ入るだろうか…」

    「あぁ…」

    イアンはリヴァイと互いに緊張感を漂わせ話していると
    目元は涼しげでも、過去に見たことない
    柔らかい雰囲気になっていると気づいた。
    それは大切な存在のペトラ・ラルのおかげだろうと察した。

    「――リヴァイ、おまえ、なんだか…いや、なんでもない」

    イアンはリヴァイに『雰囲気が変わったのはペトラのおかげか』と
    冗談を交え指摘しようと思ったが、
    リヴァイが幸せなら、仕方ないと自分で途中で止めていた。

    「イアンさん、何ですか…?」

    「あぁ…2回目からは色んな意味で厳しくなるだろう、とにかくやるしかないぞ」

    イアンはリヴァイの肩を軽く叩きながら、発破をかけていた。

    二人が控え室のロッカールームから出ると、
    客から歓声を上げられブースに迎え入れられていた。

    「今日のリヴァイもかっこいいね――」

    「やっぱり、イベントのときはヘアスタイルも変えるんだね」

    いつものリヴァイは洗いざらしの髪で特に何もすることはないが、
    イベントのときは、ヘアワックスを使い毛先を遊ばせるような
    スタイルをしている。
    キレイ好きのため、手先についた整髪料が付着するのは
    気に入らないが、イベントのときは泣く泣く妥協して、
    手入れしやすいワックスを使用している。
    もちろん、手入れが終るとすぐ洗い流す。
  191. 201 : : 2014/01/23(木) 11:04:35
    イベントの始まりは二人ともダンスナンバーからセレクトして、
    フロアを盛り上げることか努めることにしていた。
    最初にブースでプレイすることになったイアンは
    箱からしばらく離れていることもあり、最近仕入れた最新のナンバーを
    自分の好みのナンバーをつなげ、自分のモノにしていた。
    イアンのプレイで踊る昔を知るなじみ客は驚きの顔で身体を動かしていた。

    「イアンがこのナンバーを知っているとはな!」

    「あぁ、昔から音に関しては貪欲だったから、仕入れたんだろう」

    大音響が広がるフロアで馴染み客同士は大きな声で
    耳打ちをしながら話していた。
    リヴァイはイアンの音を引き継ぐようにノンストップでナンバーを合わせた。
    そしてテンポも変えず繋いでいたために、
    途中でDJが変わったことも気づかずに
    客たちも引き続き踊っていた。
    そして、最新のエレクトロのナンバーが響くと若い客を初め歓声を上げさらに
    フロアを盛り上げていた。またユーロ系も違和感なく組み合わせ繋ぎ、
    リヴァイは昔からの馴染み客も盛り上げることは忘れていなかった。

    「あれ…静かになったね…?」

    「うん…リヴァイはまだプレイしているけど…?」

    フロアで響いていた音のボリュームが下がると、
    リヴァイが2枚使いのジャグリングを始めると共に
    またフロアでは大音響が響き出した。

    「おぉ…!もしかして、ここからバトルが始まるのか!?」

    リヴァイがターンテーブルに乗せられた2枚のレコードの
    スクラッチプレイを始めると、
    今まで踊っていた客はトーンダウンするも
    身体を揺らしながら、ブースに視線を送っていた。
    ブースに当てられた照明と共にリヴァイの輝きは増していた。

    ・・・リヴァイさん…さすがだ…

    ジャン・キリシュタインは前回同様、プロジェクターを使い、
    二人が活躍していた頃の写真や当時の流行のナンバーの
    CDジャケットを編集して映像に映す作業をしていた。
    その作業をしながらも、ジャンはリヴァイに見入っていていた。
  192. 202 : : 2014/01/23(木) 11:04:50
    ・・・やっぱり、かっこいいな…

    フロアの一番後ろで見守っていたペトラは
    イベントが近づくにつれ緊張していくリヴァイを見ていただけに
    プレイする姿に改めて見惚れていた。
    リヴァイはヒップホップをベースにドラムのリズムから2枚使いの
    ジャグリングをしながら、時々手を上げたり、フロアに指をさしたり
    フロアの客を挑発するようなパフォーマンスをすると、
    特に女性客は身体が痺れるように喜び狂っていた。
    リヴァイがパフォーマンスを交えるのは珍しいが、
    盛り上がる客を目の前にすると、自然に身体が動いていた。

    「今、リヴァイは私を見たよね!?」

    「いや、私よ…!」

    リヴァイは鋭い目線を刺す様に注ぐと、
    そのままイアンにブースを譲ることになった。
    イアンがセレクトしたナンバーはファンク系だった。
    2枚使いでは難しいセレクトではあるが、
    敢えてイアンはそうしていた。
    フェーダーを長い指先で器用に操り、
    ビートを変えては曲の雰囲気も変えていた。

    ・・・さすが、イアンさん…

    つなぎに突然ロックをぶっこみ、違和感なく繋げ2台のターンテーブルを
    合間をすべり、そして踊るように移動する姿はリヴァイは目を見張っていた。
    そして、前回同様、今まで培った技術で魅せ、最新の機材は使っていなかった。
    二人はまるで、腕と最低限の機材さえあれば、
    充分楽しませることが出来ると言いたげだった。
  193. 203 : : 2014/01/23(木) 11:05:16
    「さすが! イアンだ…! 昔と変らないか!?」

    「いや、進化しているよ! また新たなイアンだ」

    昔からの馴染みの客はイアンのプレイに腕組みするくらい
    見入っていた。
    そして、最後はリヴァイがブースに立つとイアンのファンク系から
    ダンスナンバーへ繋ぐと今までブースを見入っていた客が
    徐々に踊りだしていた。

    ・・・やはり、イアンさんすごい…俺はまだまだ…

    盛り上げながらも、リヴァイは少し落ち込んでしまったが、
    それは見せないように、努めフロアで踊る客を見ていると
    その合間からペトラの姿を見つけた。

    ・・・リヴァイさん、なんだか…浮かない顔をしている…?

    遠くからではあるが、フロアを盛り上げながらも、
    何か迷いがあるかのように
    目線を上げたり下げたりする仕草を
    ペトラは見逃さなかった。

    ・・・もしかして、イアンさんを目の当たりにして
    落ち込んでいるのかな…?

    ペトラはDJのことはわからないが、
    師匠であるイアンに実力に圧倒されているのではないか、と勘ぐっていた。
    涼しい目元はそのままにリヴァイは最後まで客を座らせることなく、
    自分のナンバーで踊らせると、そのままスローナンバーで繋いでいき
    客をトーンダウンさせると、そのまま終了に漕ぎ着けた。
  194. 204 : : 2014/01/24(金) 14:09:02
    ⑲DJイアンとコラボイベント(下)

    クラブ『FDF』の2回目のDJイベントも盛り上がり、
    客を座らせることなく楽しませ成功を収めると、
    フロアには多くのファンがまだ残っていた。

    「イアン、さすがだ…!」

    「腕が落ちてない」

    「またクラブで回して欲しいよな」

    リヴァイの師匠でもあるイアン・ディートリッヒの周りには
    彼のファンが取り囲んでいた。
    イアンは多くの視線を集めると、照れながら指で鼻先をかいていると、
    『俺はもう年だ』というが、古参ファンからは『いぶし銀DJになれ』と
    冗談で言われていた。
    ジャン・キリシュタインはフロアを見ながら、
    ブースでは『BGM』係りとして徹して、
    ファンが話しやすいようなボリュームで皆の様子を伺っていた。
  195. 205 : : 2014/01/24(金) 14:10:34
    ・・・さすが、イアンさん…リヴァイさんよりも…いや、
    俺の方がまだまだ、何もかも足りない――

    ジャンはイアンの実力に驚き、息を飲みながらフロアを見ていた。
    リヴァイはイアンの様子を横目に自分のファンに囲まれていたが、
    ルックスや仕草の女性ファンが多く、DJとしてのファンは遠目に見ていた。

    ・・・俺も…イアンさんのようにDJファンと話したいんだが――

    イアンがファンと共に楽しそうに談笑している様子を
    リヴァイは横目に眺めていると、
    初めて彼のDJプレイを目の当たりにしたことを思い出ししていた。

    ・・・俺は全然、足元にも及ばない…

    リヴァイの鋭い眼差しにベールが掛かったように曇り、
    伏目がちになっていた。何気なくリヴァイの様子をチラっと見た
    その瞬間をイアンは気づいた。
    二人は一旦休憩のため、ロッカールームへ移動すると、
    ハイタッチをして、そのまま握手すると、
    安堵の表情を互いに浮かべていた。

    「リヴァイ! お疲れ! 今回も盛り上がったな」

    「そうですね、イアンさん…」

    二人は缶ビールで乾杯すると、そのまま椅子に座り、
    特にイアンは足首を伸ばして、ストレッチを始めていた。

    「やっぱり、立ちっぱなしは大変だ…ところで、リヴァイ――」

    「はい…?」

    リヴァイも椅子に座ると、イアンが突然真顔で話し出した。
  196. 206 : : 2014/01/24(金) 14:11:35
    「俺は…思うんだが、おまえは、俺には出来ないフロアを
    盛り上げられる『技』を持っている。それは、すごいと思うよ」

    「まぁ…」

    リヴァイは伏目がちにため息に似た返事をしていた。

    「特に俺は自分のプレイに集中すると、昔からのクセで
    フロアを見ないんだが…
    今じゃ、自宅で自己満足でプレイすることがあるから、
    それに拍車が掛かっているかもな――」

    イアンは苦笑いすると、ビールを一口飲んだ。
    リヴァイは何も言わず、イアンの話を聞いていた。

    「確かにフロアがどうなっているか、って
    想像するが実際にブースに立つと緊張から、
    そこまで気が回らないだよな…
    だけど、フロアを見ながらおまえはセレクトできる。
    今の俺にはそれは出来ないよ――」

    イアンはリヴァイの肩を軽く叩いて
    ホッとしたような表情の中にも眉間にシワを寄せ
    悔しそうな表情にも見えた。
    それは弟子が師匠を追い抜いた、
    成長は嬉しいが自分が置いてけぼりにされたような、
    一抹の寂しさのようにも伺えた。

    「いや…俺はまだイアンさんにはまだ及びません――」

    「謙遜するな、おまえらしくない」

    イアンの根底には悔しさもあるが、
    DJプレイが出来ること、それがリヴァイと出来ることで
    さらに自分が向上していくことが楽しみでもあると感じていた。
    そして、リヴァイは自分に対して意見を言われたこと、
    最近の日常ではない為にイアンの声を聞くと、嬉しくもあり、
    いつもの鋭い眼差しが目元に再び宿った気がしていた。
    二人がフロアに戻ろうとすると、ジャンがロッカールームに
    伏し目がちになり、不安げな表情で入ってきた。
  197. 207 : : 2014/01/24(金) 14:12:50
    「ジャン、どうした…?」

    「あの…ペトラさんをここに呼ぼうと思ったのですが…
    リヴァイさんの目的のファンが多すぎて――」

    リヴァイは舌打ちすると、軽く肩を叩いてそのままフロアに戻っていった。
    まるで、余計な心配はしなくてもいい、と言いたげな表情を浮かべていた。
    その表情を見たイアンは鼻で笑い、ジャンに言い放った。

    「リヴァイのファンが彼女の存在を知ったら、今の人気はどうなることやら…」

    ジャンは『アイドルか』とイアンの冗談で心に突っ込むが、
    ファンの多さを目の当たりにすると、
    満更冗談だけではすまないかもとイアンの背中を見送りながら、
    ジャン自身もロッカールームを後にした。
    リヴァイがフロアに戻ると、待ってましたと言わんばかりにファンに囲まれていた。

    「リヴァイ、ますますかっこよくなっている!」

    「あのとき、私に指差したよね…?」

    「今夜、どこか行こうよ」

    女性客たちはリヴァイに夢中になり、恍惚とした表情を浮かべていた。
    その視線にため息をつくと、視界の端にペトラがいることに気づいた。
    微笑を浮かべながら、自分を見つめているとリヴァイは気づくも
    寂しそうな眼差しであるとすぐにわかっていた――
  198. 208 : : 2014/01/24(金) 14:13:55
    「ペトラさん、今日は…ごめんなさい、すごいことになってますね」

    「あぁ…大丈夫ですよ」

    ジャンはペトラがリヴァイが囲まれている『輪』から遠く離れ
    立ち尽くしている姿を目の当たりにすると、声を掛けずには
    いられなかった。そして、返事を聞いたその声も、
    大丈夫と言っている割に覇気がないことが、寂しさを物語っていた。

    ・・・ペトラさん、健気だな…だから、リヴァイさんが惚れたのか

    ジャンはリヴァイを想うペトラにそっとため息をつくと、
    イベントで使用した機材の片付け始めていた。

    ・・・リヴァイさん…今夜は会えるのかな…わかんないけど――

    人気があるのはいいことと、自分の気持ちを引き締めたペトラは
    『部屋で待っている』とリヴァイにメールして、
    そのままリヴァイの自宅のアパートに向うことにした。
    その一歩一歩の足取りは決して軽やかではなかった。

    「ねぇ、リヴァイさん、どうして新しい機材を入れないの?
    確かに技術は素晴らしいけど、新しいこと始めないのはどうして?」

    ファンに囲まれながら、リヴァイに対して珍しくDJのテクニックのことで
    質問してくる女性の声がした。いつも、リヴァイに声を掛ける女性は甲高く、
    若さを強調しているようだが、その声は低く落ち着いてすぐに
    自分より年上の女性であるとリヴァイは気づいた。

    「何よ? あんた、リヴァイに文句…?」

    「いや、話を聞く――」

    リヴァイ目的のファンはその声を聞くと、難癖を付けていると思うが、
    そのような声をリヴァイに対して発せられたのがほぼ初めてだった。
    そして、耳を傾けるために、近づいていった。
  199. 209 : : 2014/01/24(金) 14:14:43
    「確かに今はサンプラーでも、何でも…新しい機材は多い。
    ただ俺は『おもちゃ箱をひっくり返した』ような音がイヤなだけだ…」

    「最新の機材が『おもちゃ』か…」

    その女性は怪しい笑みを浮か
    べリヴァイの話を聞いていた。

    「あぁ…確かにサンプラーとか、見た目は派手で、
    ブースも華やかになるだろう。だが、それよりもイアンさんのように
    ターンテーブルを行き来する指先の方が派手だと思うが」

    「なるほど…じゃあ、CDJとか使おうとは思わないんだ?」

    「そうだな…もしかして、いつか使うかもしれないが、今は使おうとは思わない」

    「へーっ…なんだか、『職人気質』みたいね」

    「それに近いかもな――」

    リヴァイがその女性に注ぐ眼差しは鋭くも柔らかかった。
    そして、『また来る』と言いながら、
    強い目元は割れたガラスの先端に放たれた光のように
    ギラリと輝かせフロアを後にした。
    強い目元はリヴァイにも負けなかった。

    「今の人なにー? リヴァイに文句?」

    「ホント…」

    「いや…俺は気にしていない――」

    フロアから出て行くその女性の後ろ姿を見たリヴァイは
    こういう自分に意見を求める客は
    大歓迎と思い、嬉しそうな苦笑いを浮かべていた――
  200. 210 : : 2014/01/24(金) 14:15:43
    「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしています」

    オーナーであるエルヴィン・スミスは
    その女性を見送るために声を掛けると、
    目の前で立ち止まった。

    「なかなかいいDJですね、リヴァイ…さん、っていいましたっけ?」

    「はい――」

    「それじゃ、また来ますから、楽しみにしています」

    エルヴィンが軽く会釈して顔を上げると、
    妖しい笑みを浮かべながら、
    そのままドアから出て行く姿を見ると
    自分と同じ匂いがすると感じていた。

    「オーナー…どうしたんですか?」

    眼光鋭く見送る姿を目の前にしたユミルは
    すかさずエルヴィンに話しかけた。

    「いや…今の女性客…『同業者』かもしれない…」

    「え? 同じようにクラブ経営とかしているとか…?」

    「あぁ…まさか、リヴァイを引き抜くため、下見にきたのか…?」

    エルヴィンは口元に手を寄せ考え事をして
    まるで独り言のように自分が感じた疑問を口にしていた。
    その女性はエルヴィンのようにダークカラーではあるが、
    見た目からすぐわかる高級ブランドのスーツに身を包み
    高さのあるピンヒールを履きこなしていた。
    長い間、エルヴィンは飲食店を経営していて、
    幅広い人脈もあるがその女性と会ったことはなかった。
    そして、客が帰り始める頃、すかさずエルヴィンはリヴァイに話しかけた。
  201. 211 : : 2014/01/24(金) 14:16:29
    「リヴァイ、さっき、女性客に話し掛けれらなかったか…?」

    舌打ちしながら、たくさん声を掛けられたと
    答えるとうんざりとした表情を見せていた。
    すると、エルヴィンはその女性の特徴を話すと
    リヴァイは思い出したように目を見開いた。

    「あぁ…そういえば、珍しく音のことで質問されたな…」

    「…そうか、あの女性…同業者かもしれない――」

    「ほう…」

    リヴァイはエルヴィンに鋭い眼差しで注がれると、
    『引抜には応じるな』とでも言っているようだった。
    リヴァイはもちろん、『FDF』を離れる気はないが、
    それよりも、自分の音に質問する客がいたことが嬉しかった。

    「リヴァイ、何かあったのか…?」

    「いや…珍しく、音のことで質問する客がいると思ったら、
    同業者かもしれないと、オーナーが心配してまして――」

    「なるほど…」

    リヴァイの様子を見たイアンは心なしか、
    笑みを浮かべているため不安で眉をしかめていた。

    「…もちろん、同業者からの引き抜きでも、
    俺は応じるつもりはありませんが――」

    「だよな」

    イアンはリヴァイの返事を聞くと腕を軽く叩いていた。
    二人はDJとして同じクラブにいたとき、
    他のクラブと掛け持ちをしたこともあったが
    そのとき、オーナー同士がDJに対して意見が合わなく
    面倒なことに巻き込まれたことがあった。
    そのことを同時に思い出しては、苦笑いを浮かべていた。
  202. 212 : : 2014/01/24(金) 14:17:22
    「まぁ…あのときのように面倒なことはゴメンだよな、
    そんなことより、リヴァイ…ペトラさんが待っているじゃないか?」

    「…そうですね」

    急に話題を変えたイアンを見てはすかさず、リヴァイも話を振った。

    「ローズがきっと今日の話を聞きたがっている思いますが…」

    「そうだな、互いの愛しのベイビーの元へ戻るか…」

    「はぁ…」

    たまにボソっと言うイアンの寒い言葉が
    柔らかくなっていたリヴァイの眼差し再び鋭くさせていた。
    しかし、『愛しい』ということは正しかった。

    「ペトラ…おまえの支えもあったから、今回の成功も導けた――」

    リヴァイはイベントを成功させたことに安堵しながら、
    機材を片付けながら、自分の部屋で待たせている
    ペトラに早く会いたく、抱きしめたときの感触を思い出しては
    人知れず口角を上げていた。
  203. 213 : : 2014/01/25(土) 12:51:03
    ⑳エルヴィンの不安

    リヴァイのDJの師匠である
    イアン・ディートリッヒとのイベントが終ったその夜。
    リヴァイは営業が終了しても、
    興奮が冷め止まないファンがなかなか帰らない為
    舌打ちすることが何度かあった。
    それはせっかく盛り上げてくれたファンということもあるが、
    ペトラ・ラルが待つ自分のアパートへなかなか帰ることができない
    もどかしさが、イラつかせていたのだった――

    ・・・ペトラが待っているが…無下にも出来ない…

    リヴァイは自分目的のファンもどうにかなだめ、
    帰宅を促すことにも成功すると、いつも以上にファンを巻くことに慎重になり、
    自分のアパートが気づかれないように帰路に着いた。
    そして、自分の部屋の鍵を開けようとすると、
    部屋の中から玄関まで足音が近づいてきて、
    それが徐々に大きくなることをリヴァイは気づいた。
  204. 214 : : 2014/01/25(土) 12:51:33
    ・・・ペトラ、まさか起きて待っていたか…?

    「リヴァイさん、おかえりなさい!」

    眠そうな顔がドアから覗くとリヴァイは目を見開いて驚いた。

    「ペトラ、起きていたのか…?」

    「うん、今日は…大事なイベントの日だし、
    やっぱり起きてなきゃ…」

    「――そうか」

    リヴァイはドアを開けて、鍵を掛けると玄関先でペトラを抱きしめていた。

    「今日は…すまなかった…せっかく来てくれたのに
    全然、話もできなかった…」

    「ううん…私はリヴァイさんの活躍を見られただけで、よかった…素敵だったよ」

    「ペトラ…」

    リヴァイはペトラの頬を撫でると、うっとりとした表情を
    大きな瞳が涙でゆらゆらと震えると大粒の涙を流した。

    「ホントに…すまなかった」

    リヴァイはペトラに少し唇を開いてキスをしながら、
    強く抱きしめていた。

    ・・・私はホントに幸せ…リヴァイさんに――

    ペトラはいつも厳しい眼差しのリヴァイが優しく抱きしめられ、
    ぬくもりに包まれると、身を任せるしかなかった。
    それは全身に満ちた幸せ味わうために――
    翌日の日曜日。二人はのんびりと、リヴァイの部屋で過ごすことにしていた。
    その朝。リヴァイは珍しく寝坊をしていた。
    いつもの日曜日は習慣で出勤時間に起きては
    二度寝することが多いがその朝は、イベントの疲れが深い眠りを誘っていた。
  205. 215 : : 2014/01/25(土) 12:51:54
    ・・・ペトラはキッチンか…

    何やら朝食を準備するペトラはリヴァイのためキッチンに立つと、
    自然に顔が緩んいた。

    「朝食は…なんだ…?ペトラ」

    リヴァイは音も立てずペトラを後ろから抱きしめると、
    今にも飛び立つかのように驚かせていた。

    「…リヴァイさん! おはよう…驚かせないで!」

    温かいペトラの温もりを感じていると、ずっとこんな日を過ごせたらと
    リヴァイは願っていた――
    そして月曜日。カフェ『H&M』ではいつもの通り、ランチタイムが始まる前、
    リヴァイがカフェ内の掃除に勤しんでいると、珍しく早めにオーナーである
    エルヴィン・スミスが慌てた様子でガラスのドアを開けて入ってきた。
  206. 216 : : 2014/01/25(土) 12:52:13
    「オーナー、おはおう…珍しいな――」

    『――こんなに早く』とリヴァイは続けようとしたが、すかさずエルヴィンは話しかけた。

    「あぁ…リヴァイ、おはよう、この雑誌を見てくれ――」

    「雑誌…?」

    慌ててやってきたエルヴィンが手に持っていた雑誌を渡されると、
    リヴァイはある記事を確認するよう促していた。
    その雑誌はアルミンが持っていた情報誌だった。
    リビングのテーブルに置かれていたのだが、何気なくめくってみると、
    あるコンサート情報が載っていた。そしてそのインタビュー記事にエルヴィンは
    目を見張っていた。

    「あぁ…この女性は――」

    リヴァイはインタビュー記事を読んでいると、写真が添えられていて
    女性音楽プロデューサーが紹介されていたが、イベントの日、リヴァイにDJとして
    話しかけてきたあの女性客だった。
    同業者ではないが、同じような匂いを感じていたエルヴィンは
    結局は、業種は違っていたが経営者として同じ匂いを感じていたのではないかと、
    自分の中で結論付けていた――
  207. 217 : : 2014/01/25(土) 12:52:30
    「まさか、音楽プロデューサーだっとはな…」

    リヴァイは雑誌を広げながら、掃除道具をエルヴィンに預け記事を見入っていた。
    これまで、リヴァイはDJとして人気が出ていたが、
    まさか自分が音楽プロデューサーの目に留まるとは予想さえしなかった。
    エルヴィンはどうして彼女が接してきたのか不安だった。
    リヴァイはクラブ『FDF』の人気DJであり、稼ぎ頭でもあるが、それだけでなく
    長い間、自分の傍で働いてもらって、家族のような存在になっていたからだ。
    エルヴィンにとっては久しぶりにイブキ以外での不安な出来事だった。

    「まぁ…オーナー…俺はここから動くつもりはないから――」

    リヴァイはエルヴィンに雑誌を渡して、そして預けていたほうきを受取ると、
    掃除を再開していた。

    ・・・なんで、俺なんかに接してきたんだ――

    掃除をしながら、リヴァイは接してきた意図はつかめないが、
    満更イヤではなく、口角をあげていた。

    ・・・まぁ…『また来る』と言っていたから、その時話せばいいか

    もし、自分のDJとしての人生が変るものなら、再び会ってみたいと思うが、
    ペトラを想うと、ガラっと生活を変えてはいけたいと感じると、
    掃除をする手を止めていた。しかし、
    具体的な話も出ていないのに何を期待しているんだとリヴァイは鼻で笑っていた。
  208. 218 : : 2014/01/25(土) 12:52:52
    ・・・リヴァイ…何を考えている…?

    エルヴィンは笑みを浮かべたり、掃除を途中で中断する姿を見ては
    彼に何か考えがあると想像すると、心に不安が過ぎっていた――

    「ミケ…今日もやってきたぞ――」

    エルヴィンはクラブ『FDF』の営業が終ると、真っ先にミケ・ザカリアスがマスターの
    『ザカリアス』のドアを開けていた。エルヴィンが神妙な面持ちと共に入ってきたため
    カウンターから目を丸くして彼の顔を見ていた。
    これまでだと、何も思いもしなかったが、
    エルヴィンが何か不安な表情を浮かべると、二人が気に入っているイブキに何かが
    あったのでないかと、ミケは勘ぐっていた。

    「エルヴィン…どうした? 何かあったか…?」

    エルヴィンがカウンターのいつもの席に座り、ミケがウイスキーロックを差し出すと
    グラスに唇を寄せると話し出した。

    「実はリヴァイのことなんだ――」

    「あぁ…」

    ミケはイブキのことではないとわかると、ホッと胸を撫で下ろしていた。
    エルヴィンの不安なことを聞くと、ミケはなるようになる、
    何も起きてないうちに心配するな、起きてから心配しろと伝えるだけだった。
  209. 219 : : 2014/01/25(土) 12:53:12
    「確かにミケの言うと通りだと思うのだが…」

    エルヴィンはグラスのウイスキーを飲み干すとため息をついた。

    「人を繋ぎとめるのが容易いとは思わない…成長して旅立っていくとなれば
    応援すべきだと思う…だが、家族と思って接していたのに、突然いなくなるとなると――」

    ・・・死んだ奥さんのことか…

    エルヴィンは妻を突然の交通事故で失くしてしまったため、
    それ以来、親しくなっていた人が突然いなくなると考えると不安が過ぎる。
    突然の別れがトラウマのようになっていた。
    リヴァイからは『動くつもりはない』と言われたが、そのことが頭に浮かんでは消え、
    不安だけがエルヴィンの心を支配していた。

    「エルヴィン…まずは、その女性が接してきたから考えろよ――」

    浮かない様子のエルヴィンを見て、ミケがため息混じりに伝えると、
    真夜中の『ザカリアス』のドアがゆっくりと開いた。

    「こんばんは…! 遅い時間からだけど、来ちゃった」

    「イブキ、いらっしゃい――」

    ラフな格好でカーディガンを羽織って入店してきたのはイブキだった。
    1杯だけのつもりでやってきたものの、エルヴィンがうつむき加減の様子に
    目を見開き、肩に手を置いていた。
  210. 220 : : 2014/01/25(土) 12:53:31
    「エルヴィンさん、どうしたの…?」

    「あぁ…イブキか」

    イブキは二人から呼び捨てにされるほど、近い間柄になっていた。
    ときどきイブキは気分転換として、一人で『ザカリアス』にやってきてはすぐ帰ることがある。
    ミケにとって、イブキと二人きりになれる唯一の時間のため、楽しみでもある。
    しかし、イブキがエルヴィンを心配する様子を目の前にすると、心が痛んだ。
    イブキはいつになったら、二人のうちの誰を選ぶのか――
    だが、今はそれを考えるときでなないとミケは自分の心に言い聞かせていた。

    「こんばんは…! この前はどうも」

    平日の夜。クラブ『FDF』の比較的空いている時間帯にその女性は再び現われた。
    前回同様、高級ブランドのスーツにピンヒールで妖しげな笑みを浮かべ
    入り口で立ってるエルヴィンを見つめていた。

    ・・・こんなに早くきたか――

    エルヴィンは意図がわからないため、顔を引きつらせ、
    リヴァイがいるブースに視線を送りながら迎え入れるしかなかった。
  211. 221 : : 2014/01/26(日) 12:58:44
    21)リヴァイ、スカウトされる、が

    クラブ『FDF』にオーナーであるエルヴィン・スミスがフロアにある
    テーブル席にエスコートされ、席に付いたのは
    音楽兼ライブプロデューサーのダイアナ・ファーローだった。
    彼女は自らプロュースするアーティストが異国を回るツアーで
    同じステージに立ってもらうDJを探していた。
    もちろん、オーディションも開催しているが、なかなか決まらず、自ら様々な地域の
    クラブに出向いてはDJを見て回っていた。
    1回目のリヴァイとイアン・デュートリッヒのイベントのとき、初めてリヴァイの噂が
    彼女の元へ届いていた。その姿が動画サイトで投稿されると、華がありステージで
    映えると感じていた。そして、2回目があるとわかると、ぜひその姿を確かめたい、
    なかば『品定め』のようにイベントをライブでリヴァイを見て検討したいと願っていた。
    そして数日前のイベントでリヴァイを初めて見たとき、やっと見つけた逸材、
    自分の目に狂いはなかったと確信していた。
    その夜に『FDF』にやってきたのはリヴァイをスカウトしにきたのだった。
  212. 222 : : 2014/01/26(日) 12:59:26
    「オーナーさん、リヴァイさんのプレイが終ったら、少しお話できないかしら…?」

    「――どのようなご用件でしょうか?」

    エルヴィンはダイアナがテーブル席に座ったと同時にその声を聞くと息を飲んだ。
    ダイアナはエルヴィンに少しだけ自分の職業を明かし、
    エルヴィン自身も同席すると条件を出すと快諾されていた。
    そしてめったにプレイ中にブースに来ないエルヴィンが近づいてくるため、
    リヴァイは鋭い眼差しを注ぐと、その向こうにあの女性が来ていると気づいた。
    それは自分に話があるのだろうとすぐさま勘付いていた。

    「リヴァイ、いつものようにプレイして、別に彼女のために時間を短縮するとか
    そんな気遣いは無用だ――」

    「あぁ、それはわかっている」

    リヴァイは暗がりではあるが、ダイアナが腕を組み何度も脚を組みかえる姿が
    鋭い目線の先に飛び込んできていた。早く話しがしたいのだろうと
    察していたが、自分のペースを崩さず、その夜の自分のプレイを終え次の出番の
    ジャン・キリシュタインと交換していた。
  213. 223 : : 2014/01/26(日) 12:59:40
    「リヴァイさん、この前はどうも――」

    「――こちらこそ、今夜もありがとうございます」

    リヴァイは形式的な挨拶を済ませると、同じ席についた。
    隣のエルヴィンは目線が定まらない様子から、
    焦っているのだと、すぐにリヴァイに気づかれていた。

    「私はこういうもので…」

    ダイアナは自分の名刺をリヴァイに渡し、職業を説明して、
    そして今回リヴァイをスカウトしにきた事情を説明していた。
    その姿は身振り手振り大げさな姿のため、
    周りの客もダイアナの姿を振り返りながらチラチラ見るほどだった。

    ・・・大げさな女だ――

    リヴァイは舌打ちした気分になるが、自分を実力を認めてくれる相手のため
    息を飲んで彼にしては大人しく話に耳を傾けていた。

    「…私のプロデュースするツアーにステージに立つDJは
    あなたがピッタリだと思うの。まだ最終決定ではないけど、私は他のスタッフを
    説得できる自信があるし、あなたの腕を見たら、
    私が言いたいことをすぐ理解すると確信している――」

    ダイアナの声は特に抑揚の語気が強く、
    自信が溢れ勇ましさを感じさせられるほどだった。
    エルヴィンはダイアナの話を聞いていると、だんだんと自分の目つきが鋭くなり
    リヴァイを渡すつもりはない、その気持ちが強くなっていった。
  214. 224 : : 2014/01/26(日) 12:59:57
    「俺がもし…このツアーに同行したら、どのくらいで帰ってこれるのですか?」

    「そうね…最低でも半年の縛りはあるわね――」

    「半年!?」

    その期間を聞いて驚きの声を上げたのエルヴィンの方だった。
    ダイアナの話はまだ続いていた。

    「――最低限の機材であのテクニックと盛り上げられる腕を持っていながら、
    このクラブで小さな成功するよりも、もっと大きなことで、成功してみない?」

    エルヴィンは自分のクラブで成功することを『小さな成功』と言い切るダイアナに
    顔を引きつらせるだけだった。
    しかし、リヴァイの意思次第でどうなるか、今後の状況がわからなくなっていた。
    リヴァイはダイアナの名刺を見つめながら、しばらく考えている様子だった。
    まさか、自分の今の年齢で声が掛かるとは思ってもみなかった。
    異国の地を半年も回るとなると、その間『FDF』はどうなる、そしてペトラは――
    今は連絡が取りやすい環境があっても、距離があるほど心にも距離ができないか。
    リヴァイがペトラを思うと不安な気持ちが一瞬、掠めた。
  215. 225 : : 2014/01/26(日) 13:00:20
    「…あの、ダイアナさん…いつまでにお返事したら――」

    「――早ければ早いほどいいわね」

    話を途中で遮るように答えると、ダイアナはよっぽど気に入られているのか、
    それともせっかちなのか、というような印象だ。
    リヴァイはクラブ『FDF』やカフェ『H&M』では心地よく働けて、
    人にも恵まれ働いていると実感している。
    そして今は愛するペトラもそばにいる――不安定だが、自分の実力を試すチャンス
    なのかもしれない、そんな感覚が沸いてきていた。

    「すいませんが…考えさせてください」

    その返事を聞いたダイアナは妖しい笑みを浮かべるが、
    エルヴィンは目を見開き、信じられない様子でリヴァイを見入っていた。
    亡き妻のミランダとの約束で作り上げたクラブの理想とするDJの
    リヴァイがいなくなるかもしれない、
    そう考えるとエルヴィンは拳を強く握り膝の上に置いていた。

    「リヴァイさん、いい返事待っているから、ホント早いほどいいので――」

    ダイアナは勝ち誇ったような眼差しをエルヴィンに向け、
    ピンヒールをツカツカと音を立てながら、そのままフロアを後にしていた。

    「リヴァイ、どうするんだ…? ホントに――」

    「あぁ…まだわからない」

    「ペトラさんにも…相談すべきだ」

    エルヴィンは人の心は縛ることはできない、そう思いながらも悔しい気持ちで
    リヴァイがまだ座る席を立ち、自分の仕事に戻っていった。
  216. 226 : : 2014/01/26(日) 13:00:37
    ・・・そんなことわかっている――

    リヴァイは舌打ちしながら、ロッカルームへ行くとペトラからのメールが
    届いていると確認していた。そしてそれは
    翌日が休みの為に泊まりにくるという内容だった。
    ちょうどいい機会だからと、『スカウトの件』を話そうと決めていた。
    その夜はスムーズに帰宅できため、リヴァイは早速ペトラに淡々と話した。
    もちろん、ペトラは浮かない顔をしていた――

    ・・・そりゃ…当然か

    話した後、いつも愛しみのある眼差しで見つめるペトラの瞳は
    だんだんと精気がなくなっていく様子が手に取るようにわかった。
    出会ってまもないこと、
    そして今は幸せの絶頂であろう時期に離れ離れになるかもしれない――
    その気持ちは自然に溢れるだろうと感じるとリヴァイは胸が痛んだ。
    二人はその夜、もちろん同じベッドに寝るが、愛し合うことはなかった。
    ただリヴァイは背中を向けるペトラを抱きしめるしかなかった。
    そして朝になり、二人はリヴァイがカフェ『H&M』へ出勤するために
    一緒に部屋から出ることになった。いつもは賑やかに話しながら歩いているのだが、
    この時ばかりは二人の口数は皆無に等しかった。
  217. 227 : : 2014/01/26(日) 13:00:53
    「ねぇ、リヴァイさん――」

    『H&M』が入るテナントビルに近づいてきたとき、最初に話しかけたのは
    ペトラからだった。そして意を決したように話し出した。

    「私はリヴァイさんがやりたいようにやったらいいと思うよ。
    あのブースでのカッコイイ姿を色んな人に見てもらって…
    そして、リヴァイさんの視野が広がったら、さらにカッコよくなって戻ってきたら
    いいんじゃないかな…って思うよ――」

    自分が言いたいことを言い放ったペトラの瞳は、朝の瑞々しい空気には
    不似合いに潤んでいることをリヴァイはすぐに気づいた。
    そして、周りに人がいると確認すると、リヴァイはペトラの手を引いて
    人気がないビルの陰に隠れると強く抱きしめていた。

    「ペトラ…すまない――」

    リヴァイはペトラの頬を寄せ、
    唇を近づけるが、かすかに震えている気がした。

    「リヴァイさん…」

    リヴァイはペトラの声を聞くとペトラの震えを止めるように
    唇を重ねていた。ペトラも強くリヴァイの背中を抱きしめていた。
    そしてカフェ『H&M』で、ティータイムまで終了したとき。
    リヴァイの仕事も落ち着くと、ダイアナに電話で自分の決意を話すために
    ロッカールームに向うことにした。エルヴィンにはまだ話していないが、
    反対するエルヴィンを目の当たりにすると、自分の決意が揺れると思い
    最初からダイアナに電話しようと決めていた。
    名刺を手に取り、ダイアナの携帯に電話をすると、長い呼び出し音の後、
    ダイアナの声が響いてきた。特徴のある語尾の強い声が聞こえてきた。
  218. 228 : : 2014/01/26(日) 13:03:15
    「もしもし――」

    「その声はリヴァイさんよね…?あの今ね――」

    リヴァイは話を進めて欲しいと願うが急にダイアナが黙り込んだ。

    「あの、ダイアナさん…?」

    「えっと、あのその…」

    ダイアナの語気の強い話し方が急に弱り出し、歯切れが悪くなった。

    「リヴァイさん、申し訳ないけど、ツアーが中止になったの」

    「…何?」

    リヴァイは強い決意と共に電話をしたはずなのに突然、中止と言われ、
    何を言われているのか、わからなくなってしまっていた。

    「まぁ…突然なんだけど、アーティストの都合ってヤツなんだけど…」

    ダイアナは詳細は言いたがらないが、何かあったのだろうと察するも
    自分には関係ないために深く気にしなかった。しかし、自分の感情を
    引っ掻き回すダイアナにふつふつと怒りが沸いてくるようだった。

    「私はあなたの腕を見込んでいるは本当よ、だからいつかチャンスがあれば、
    ちょっと、勝手に撮らないでよ、そういうことだから――」

    リヴァイは一方的に電話を切られてしまった。
    マスコミに追いかけられながら、ダイアナはリヴァイと話しているようだった。
  219. 229 : : 2014/01/26(日) 13:03:46
    「まったく…なんて女だ――」

    リヴァイは自分の強い決意が
    他人に強制的に白紙にされた感覚がすると、眉間にシワを寄せ
    そして顔を引きつらせていた。
    不機嫌なままロッカールームから出ると、そこには驚いた様子のエルヴィンが
    リヴァイをカフェの中で待っていた。

    「リヴァイ、これ見てみろ――」

    エルヴィンは自分のスマホから芸能ニュースの見出しを見せると
    それはダイアナがプロデュースするアーティストが
    解散するという緊急の速報だった。

    「どうやら…元々不仲で、このツアーで仲直りが出来るんじゃないかって
    見込んだが…その前にケンカ別れになった、ということらしい」

    エルヴィンは目元を緩めながら、そのニュースの詳細をリヴァイに伝えていた。

    「そうか――」

    そして満面の笑みでエルヴィンは言い放った。

    「リヴァイ、おまえのスカウトも『なかったこと』になるはずだ――」

    ダイアナの慌てようにリヴァイは納得が出来たが、前の日から自分の心を
    乱すだけ乱して、そのまま縁が切れた彼女に腹立たしさしか残らなかった。
    ただエルヴィンだけはホッと胸を撫で下ろしていた。
    しかし、リヴァイは改めて自分がDJとして色々考えさせられる機会を与えられた
    気がしてならなかった。そして、中止と聞いて真っ先に思い浮かんだのが
    ペトラの涙を浮かべる笑顔だった。
    そして、ずっとそばにいてやりたい、それがリヴァイの素直な気持ちだった――
  220. 230 : : 2014/01/26(日) 13:04:01
    ・・・俺の…人生の基盤って何なんだろうな

    ふと思い浮かべると、まだ想像がつかない空白が多い未来だと感じると
    いい年してまだ決めきれないとは、思うと舌打ちしていた。
    その目線の先のエルヴィンの顔は緩んでいた。

    「リヴァイ、今夜は祝杯あげるぞ――」

    エルヴィンはリヴァイの肩を叩くと、安心したかのように上の階に位置する
    クラブ『FDF』の営業の準備のため、上機嫌でガラスのドアを開けて出て行った。

    ・・・なんて能天気なんだ

    リヴァイは安堵感に浸るエルヴィンを見ると、なぜか
    感染するように自分自身も安堵するのがわかった。
    小さいと言われ様と、クラブ『FDF』で高いレベルを維持させ、
    そしてそれを安定させることが自分に向いているかもと感じていた。
  221. 231 : : 2014/01/27(月) 15:29:10
    22)アルミン、恋する

    「そうだ…ペトラに――」

    オーナーのエルヴィン・スミスが上機嫌に
    今にもスキップをしそう足取りで
    カフェ『H&M』から出て行く後姿を見たリヴァイは
    大切なペトラ・ラルにメールをメールをしようと思い立った。
    それは自分のスカウトが『白紙』になったことを
    いち早く伝え、ペトラが涙を浮かべていた姿を笑顔に
    戻してあげたい、それだけの理由だった――
    そして、ロッカールームで手短にメールをして、
    ロッカーにスマホを戻そうとすると、即返事がきた。
    その日の夜もリヴァイのところに泊まりに来るという内容だった。
    互いに短い文面のメールしかしないが、そのペトラからの
    返信の文字を見ると、自然に口角が上がっていた。
    その日の夜。平日のためリヴァイは問題なく営業が終了すると、
    足早に帰宅していた。
    そして、ドアを開けた瞬間、ペトラが待ちわびていたように
    リヴァイに抱きついてきた。
  222. 232 : : 2014/01/27(月) 15:29:32
    「ペトラ…どうした…?」

    リヴァイはいつもの冷静な調子で
    抱きしめてきたペトラの顔を見ると、
    すでに泣き明かした眼差しを向けていた。

    「だって…だって――」

    リヴァイは早い時間に『好きにしたらいい』と言っていたのが
    強がりだということが、ペトラの行動から理解した。
    リヴァイはペトラの頬を寄せ手のひらに伝わる温かさと、
    愛しむように見つめる彼女の眼差しが穏やかな気持ちにさせると
    改めて感じていた。

    「…ペトラ、心配させて悪かった――」

    抱きしめながら、ペトラの頭を撫でていると
    穏やかな人生もありだと感じていた。
    その夜。リヴァイは前の夜にペトラに触れることが出来なかった分、
    互いの身体を求め合い、そして身を委ねて朝を迎え入れていた。
    翌朝、ペトラが仕事のためリヴァイの部屋から出勤することになると、
    距離を考えると、いつもより早い朝に出て行くことになった。
    リヴァイはペトラが心配で、駅まで送ることになった。
    自分に手を振るペトラの笑顔を見ると、

    ・・・会いたかったのは…俺の方だ――

    リヴァイはホームに消えゆく姿を見ると愛しく、切なく感じていた。
  223. 233 : : 2014/01/27(月) 15:29:58
    自宅のアパートに戻るのも中途半端な為にリヴァイは早めに
    カフェ『H&M』へ向っていた。そして、ハンジ・ゾエと夫のモブリットが
    出勤する頃にはリヴァイが掃除を終えていることに驚いていた。

    「リヴァイ、おはよう…! どうしたの ?こんなに早く!?」

    「あぁ…ちょっとな――」

    リヴァイの眼差しは眠そうにしているが、機嫌のよさにさらに
    目を見張っていた。

    ・・・最近のリヴァイ、朝から機嫌がいいのらしくない――

    苦笑いを浮かべたハンジはリヴァイを横目にすると、モブリットと共に
    ランチの準備に取り掛かった。
    そして、ユミルが出勤してくると、ガラスのドアを開けて一緒に
    カフェに入ってきたのはアルミンだった。

    「リヴァイさん、こんにちは!」

    「アルミン、今日はどうした? 平日なのに…?」

    平日でも休みなのはアルミンが通う学校がインフルエンザの為
    休校になったからだった。

    「で、おまえは大丈夫なのか?」

    「はい! 僕は大丈夫なので、今日は早目に来て、リヴァイさんの
    お掃除のお手伝いをしようと――」

    「あぁ、今日は全部終った」

    「リヴァイ! もう終ったの? いつも私が来る頃には
    ここの半分くらいは終えているはずじゃ…?」

    「あぁ…今日は早目に来てもう終った」

    「そう…」

    ユミルはリヴァイがすでに掃除を終えたと聞いて驚いていた。
    手を抜くこともなく、フロアもテーブルも
    すべて窓から入る太陽の光に反射して輝いていた。
    ユミルは隣に立つアルミンに小声でささやいた。
  224. 234 : : 2014/01/27(月) 15:30:17
    「アルミン、リヴァイのことだから、
    掃除は誰にも手伝わせないかもしれないし、
    あなたは、カウンターでのんびりしてなさい――」

    「そうですね…」

    アルミンは結局、自分の出番はなかったと思うと、
    苦笑いして、カウンターに座り持参した本を読むことにした。
    リヴァイとユミルはハンジが作った料理をテーブルにセッテイングしていると、
    ランチタイムを知らせる看板をイーゼルにリヴァイが掲げていた。

    「こんにちは…!」

    「いらっしゃいませ、あぁ、あなたは――」

    そこに立っていたのはアルミンが通う学校の保健室の養護教論である、
    ミリアン・パーカーだった。

    ・・・先生、なんか落ち込んでいる…?

    リヴァイはミリアンがぼんやりとした、うつろな眼差しを見ると
    何かあったのだろうと察していた。
    そして、ガラスのドアを開けリヴァイが入店を促すと、
    アルミンがミリアンに気づく。

    「ミリアン先生! こんにちは!テーブル席に座ってください!」

    アルミンは率先して、ミリアンをテーブル席に誘導すると、
    リヴァイは小声で彼に話しかけた。

    「アルミン…おまえの先生、元気がないみてーだぞ…?」

    「たぶん、インフルエンザのことで責任感じているのかも――」

    ミリアンは養護教論としてインフルエンザの猛威で休校になったことに
    自分が至らなかったと落ち込んでいた。
    午前中の仕事を終えると、気分転換と称してカフェ『H&M』に来たが、
    それでもまだ浮かない表情を浮かべていた。
    アルミンはミリアンのテーブル席で
    目の前に座ると、清々しい青空のように笑顔で話しかけた。

    「ミリアン先生! どうしたの…?インフルエンザのことだったら、
    気にしないでよ! 流行ったらさ、どうにも出来ないじゃん――」

    「…アルミン」

    アルミンは笑顔を交え身振り手振りで励ますと、
    うつむいていた顔を上げて笑顔のアルミンを見つめていた。
  225. 235 : : 2014/01/27(月) 15:30:37
    「ハンジさんの料理、何でも美味しいから、僕が適当に取ってくるから、
    何でもどんどん食べて!」

    ビュッフェのフードが並べられたテーブルにアルミンが向うと、
    プレートにたくさんの品数を並べ、そして飲み物も取ると
    アルミンは再び同じテーブルに座ってミリアンに差し出していた。

    「アルミン…! ありがとう、先生が元気にならないと、
    みんなを元気できないよね!」

    「そうだよ! ミリアン先生、また笑顔に戻ってよね!」

    ナイフとフォークを持ったミリアンは涙を浮かべた笑顔を交え
    ランチをほおばり始めていた。その顔を見るアルミンも
    目を輝かせ、頬が綻んでいた。

    ・・・ほう…アルミンのヤツ、本当に先生が好きなのか…?

    リヴァイは他の客を誘導したり、フードを追加しながら
    アルミンの様子を伺うと、楽しく話す姿が視界の端に映し出していた。
    前の年のクリスマスにミーナと話していたアルミンは友達と話しているという
    雰囲気だったが、ミリアンと話すときは頬を赤らめ、
    幸せの空気をまとっているように見える。母の面影に似た女性のミリアンに
    恋をしているのだと、リヴァイは想像していた。しかし、
    アルミンが楽しいと思っていた瞬間は突然終わりを告げた。それは副担任であり、
    ミリアンの恋人でもあるルーク・シスがやってきたからだった。

    「…ミリアン、大丈夫か?」

    「うん、ありがとう! アルミンが励ましてくれたから、私は大丈夫よ――」

    ミリアンは元々、シスと気分転換のためランチをする約束をしていたが、
    先に彼女が到着していたということだった。

    「アルミンと話していたら、ホント元気になちゃった!」

    「へー! そうか! アルミン、ありがとな」

    「…はい」

    アルミンはせっかくミリアンと話していたのに、と思うも
    ミリアンが嬉しそうにシスを見つける姿を目の前にすると、
    当たり前だが、自分が入れる余地はないと感じると肩を落としたように
    カウンター席に座っていた。
    リヴァイはアルミンの様子を見ると、実らない恋にすがっているようにも見える。
    そしてすかさず、そばへ寄り話しかけた。

    「アルミン…なんだ…焼きもちか…?」

    「そ、そんなことないよ! リヴァイさん――」

    慌てて否定するアルミンを見ていると、図星だと確信した。
    嘘をつくと、父親と似て、うろたえる姿が
    改めてエルヴィンと似たもの親子だと思うと鼻で笑っていた。

    「なぁ…年上で恋人がいる女性よりも、クラスメイトにも
    おまえと、合いそうなコはいそうだがな…
    ここにも来たことのある、おさげのコとか…」

    「…おさげのコ…あぁ、ツインテールのミーナか…クラスでは
    よく話しかけられるけど、普通に楽しく話しているだけだよ――」

    「…そうか」

    リヴァイはその返事を舌打ちをしながら聞いていた。
    それは『おさげ』をツインテールと言い直され、
    そして『普通に楽しく話す』ってどう話すんだよと、
    突っ込みたくなると、年齢差における感覚を指摘された気がしたからだった。
  226. 236 : : 2014/01/27(月) 15:30:58
    ・・・まぁ…一度くらい、そのミーナってコと遊びに行けばいいのだが――

    リヴァイは自分がアルミンにおせっかいなことを考えていると思うと
    苦笑いを浮かべていた。

    「母さんに似ているミリアン先生の温かさに触れると、
    母の温もりを求めているのか、好きなのか…僕もわかんいよ」

    「ほう…そうか」

    リヴァイは大人の女性にあこがれる年代かもしれないと思うも、
    母への温もりにアルミンは飢えているのかもと感じていた。
    そこへアルミンの父であるリヴァイが他の店舗の見回りを終えて
    『H&M』のガラスのドアを開けて入ってきた。

    「アルミン、来ていたか――」

    「あぁ、父さん」

    「どうした、アルミン? 元気がないようだが…?」

    「えっ? うん…」

    エルヴィンは息子のアルミンの顔を見るとすぐに
    何かがあったと察知していた。
    リヴァイは舌打ちをして、ミリアンが座るテーブル席を見るように
    目配せをした。

    「あぁー! アルミン、焼きもちか?」

    「…父さん!?」

    ミリアンが楽しげに恋人であるシスと話す姿を見ると、
    エルヴィンは思い浮かんだ言葉を何も考えずにアルミンに放っていた。
    やはり、図星であるだけにアルミンは不機嫌に返事をしていた。
  227. 237 : : 2014/01/27(月) 15:31:20
    ・・・この親子…おもしろいな――

    リヴァイはエルヴィン親子のやり取りを目を細め見ていた。
    そしてエルヴィンはミリアンのいるテーブル席に顔を出し
    挨拶すると、すでに自分の気持ちはイウキに移っているため
    ミリアンを目の前にしても『妻に似ている』と思うだけで
    それ以上の気持ちはないと感じていた。
    エルヴィンがアルミンの隣に座ったときだった。
    咳払いを何度かして、口元に手を寄せ
    まわりに迷惑をかけないような仕草をすると、
    エルヴィンがすかさず心配そうに声を掛けた。

    「アルミン? 大丈夫か? おまえまで、インフルに!?」

    「どうしたの? アルミン!?」

    ずっとシスと夢中になって話していたミリアンがアルミンの咳払いを聞くと
    席を立ち、まるで、飛び込んでくるようにカウンター席まで慌てて
    近づいてきていた。アルミンは空気が乾燥していた影響で
    喉が渇いて咳をしただけだった。

    「何でもないですよ――」

    「ホント、熱はない…?」

    ミリアンはアルミンの額を手で触ったり、心配そうな眼差しが注がれると、
    彼の顔は赤くなっていった。それは嬉しさからの照れた表情だった。

    「アルミン、大丈夫? 顔が赤い…! アルミンのお父さん、
    もう自宅で休ませてあげた方がいいかもしれません」

    「そ、そうですね…」

    リヴァイはアルミンを心配する様子に圧倒され、
    とても気を使ってくれる様子には有難さも感じていた。
    エルヴィンはハンジに頼みまかないをランチボックスに
    詰めてもらうと、それを持参してアルミンはそのまま帰っていった。

    「ミリアン先生、お気遣いありがとうございます。
    ウチでも手洗い、うがい徹底させますので――」

    「はい、私たちも学校で、努めて参ります」

    エルヴィンはミリアンにお礼をすると、
    シスと共にカフェ『H&M』を後にしていた。

    「オーナー、あの先生の心配する姿、母親のようだな…
    それにアルミンも母親を求めているかもな」

    リヴァイは二人を見送るエルヴィンのそばに立ちつぶやいた。

    「あぁ…確かそうだ…だが、母はミランダだけだと思うのだが…
    でも新しい母親となる人も必要だろう…だが、こればかりは一筋縄ではいかない――」

    父として眉間にシワを寄せ厳しい表情をしたかと思うと、すぐに消え
    頬が緩むエルヴィンを横目にするとリヴァイは舌打ちをした。
    その緩みは
    『新しい母はイブキにしたい』という表情だろうと安易に想像できたからだった。
  228. 238 : : 2014/01/28(火) 12:52:33
    23)ナイルの妻、シイナが『FDF』にも現る

    毎週土曜日のカフェ『H&M』のランチタイム。
    オーナーのエルヴィン・スミスに会う目的とした
    アルミンの同級生の母親たちが集まり、
    保護者会という名のエルヴィンを囲んだおしゃべりを楽しんでいる。
    その中にはエルヴィンのかつての仲間、ナイル・ドークの妻のシイナもいる――

    ・・・あのお嬢様風の奥さん…オーナーを見つめる目が他の奥さんと違う…
    まさか、本気か…?

    リヴァイは他の客が帰った後、
    そのテーブル席のプレートやグラスを片付けていると、
    シイナが見つめるエルヴィンへの眼差しが気になっていた。
    少し口を開き笑みを浮かべ、瞳はとろみが掛かったように潤んでいる。
    他の母親がシイナに話しかけると、話をあまり聞いてない様子で
    聞き返すことも何度かあった。リヴァイはその姿を見ていると
    エルヴィンとどうにかなりたいのか、と気がしてならなかった。
  229. 239 : : 2014/01/28(火) 12:52:48
    ・・・まぁ…夫婦で好かれて、よかったと言っていいのか――

    食器やグラスを運び、薄ら笑いを浮かべながら
    リヴァイは洗い場があるカウウンターの内側に回った。
    シイナはエルヴィンが父としての、そして昼間の顔しか知らない。
    しかし、夜の顔も見たいと強く願っていた。
    それは自分よりも若い母親たちが変装してクラブ『FDF』へ行き、
    エルヴィンの姿を見たら惚れ惚れする、と話しているのを
    偶然に耳にしていたからだった。
    もちろん、エルヴィンは変装している母親たちに気づいている。
    夜の遅い時間に彼女らと関わると、
    面倒だと感じると敢えて気づかない振りをしていた。

    そしてある金曜の夜――

    「ねぇ、あなた…私の学生時代の友達がね、大事な話があるから、
    相談に乗ってくれいうの、突然で悪いけど、今から出かけていいかしら?」

    「え? わかった、気をつけていってらっしゃい――」

    シイナはわざと切羽詰ったような演技をしながら、
    夫であるナイルに『友人の相談にのる』という『嘘』をつき、
    金曜日の夜から出かけることにした。
    そのことを話し出したのは家のリビングで
    ナイルはソファーに座りテレビを見ながら、シイナの姿を見ることもなかった。
    妻であるシイナの声を背中で聞いて受け答えをしていた。
  230. 240 : : 2014/01/28(火) 12:53:07
    ・・・あなたは…私の姿も見なないのね…友達の相談に乗るって人が
    こんな格好で行くのか?とか…言ってくれないのね――

    シイナはうつろな眼差しで、自宅から出て行った。
    相談に乗るため、突然の外出にしてはキチンと用意された
    膝下丈の胸元が強調されたようなワンピースを着ていた。
    家からで出るときはコートでその全貌を隠していた。
    そして、シイナはクラブ『FDF』の近くのコンビニに入ると、
    お手洗いでその日の為に習得したクラブに似合う派手なメイクとをして
    ウィッグを装着していた。

    「夫のために…ここまでおしゃれなんてしたことないのに…」

    シイナは鏡を見ながら最後に唇にリップグロスを乗せると、
    自分自身でも、驚くくらいの変りようだった。
    ウィッグはいつもよりも長いヘアスタイルだった。

    「これでよし…」

    いつものナチュラルメイクとは違う、
    鏡の自分に妖しく微笑むと、そのままクラブ『FDF』に向うことにした。
    お嬢様だったシイナはクラブ自体、独身時代から足を踏み入れたことはなかった。
    ただ、気になるエルヴィンの夜の姿を一目でいいから見てみたい、
    それだけのはずだった――
    カウンターに案内されたシイナは一人、ジンジャーエールを飲んでいた。
    グロスで輝く艶やかな唇がストローを受け入れると、シイナは自分の
    後ろから人が通るたびにエルヴィンではないかと、視線を送ってはため息をついた。
  231. 241 : : 2014/01/28(火) 12:53:24
    ・・・こんなに人がいるけど…エルヴィンさん、まだ来ないのかな…

    金曜日の夜の為、すでにフロアには多くの客がいるのだが、
    エルヴィンの姿はまだ見えない。
    ジンジャーエールが入ったグラスが半分くらいになり、
    したたる水滴をペーパーナプキンで拭いているときだった。
    ノスタルジックでスパイシーな香りがシイナの背中で
    静かに漂わせながら、通り過ぎていった。

    ・・・えっ…何、この香りは…香水?

    シイナは自分の鼻腔だけでなく、
    その香りを目線さえも誘っていると感じていた。

    「やっと…会えた――」

    その香りの主はエルヴィンだった。
    昼間の雰囲気とは違い、同じ高級ブランドのスーツではあるが、
    カラーシャツは第三ボタンまで外されていた。
    そして、ヘアスタイルはいつものキチンとした七三から、
    前髪は下ろされ、ワックスで空気感のあるスタイルに整えられていた。
  232. 242 : : 2014/01/28(火) 12:53:37
    ・・・エルヴィンさん…あんなに…色気のある人だったの…?

    常連客に挨拶するエルヴィンをラメの入った眼差しを注ぎ
    シイナは釘付けになった彼を見つめていた。
    特にシャツから覗く厚みのある胸元を見ると
    夫のナイルとも違いシイナの心は乱され胸の鼓動を止められなかった。
    エルヴィンから漂う香りの正体である『ファーレンファイト』が
    さらに大人のオトコの色香を醸し出していた。
    この香水は亡き妻であるミランダが、初めて
    エルヴィンが夜の飲食の仕事を始めたときにプレゼントしていた。
    しかし、若かった当時、この色気のある香りを
    エルヴィンは『まだ自分には早い』ということで大事に取っておいた。
    時が経ちクラブ『FDF』をオープンさせた頃、この香水を改めて香ると
    『やっと似合う年齢になった』と感じていた。
    今では『FDF』の営業のときにはこの香りを好んで身につけている。
    多くの客と客の合間からカウンターを見ていたリヴァイは
    ブースでプレイしながら、シイナの存在に気づいた。
  233. 243 : : 2014/01/28(火) 12:53:52
    「ほう…お嬢様風の奥様、夜もご登場か――」

    リヴァイはシイナを見たら、どう反応するだろうか、
    想像しただけで、鼻で笑い口角を上げていた。

    「エルヴィ~ン! 今夜も会いたかったわ~!」

    「もう、ママったら、いつもエルヴィンを先に抱きしめるなんてズルイ!」

    「マッコイ、あなたが遅いだけでしょ――」

    近くのゲイバーのママ、イッケイさんと小(チー)ママのマッコイさんが
    フロアに勢いよく入ってくると、
    早速エルヴィンの両腕を掴み奪い合いをしていた。
    イッケイさんはタイトなミニスカートから立派な脚を披露したドレスをまとい、
    そして、マッコイさんは大きな身体に
    光沢のある素材の生地で仕立てられたワンピースを着こなしていた。
    二人に共通するのは、バサバサと音を立てそうな付け睫と
    ポテっとした唇に艶やかに輝く口紅だった。

    「ママたちは…今夜もキレイだな…」

    エルヴィンが二人の肩を抱くと、恍惚とした視線が注がれていた。
    そしてテーブル席に半ば強制的に連れられエルヴィンは
    二人に相変わらず飲まされていた。
  234. 244 : : 2014/01/28(火) 12:54:43
    ・・・エルヴィンさん、モテモテなのね…

    シイナは初めて見る光景に顔を引きつらせ
    唖然としながら、その3人を見ていた。
    エルヴィンはイッケイさんとマッコイさんからお酌された
    ビールや注文してテーブルに運ばれたカクテルを
    飲まされると、早速酔いが回ってきていた。
    リヴァイはエルヴィンがマッコイさんたちに『さらわれた』タイミングを
    計ると、Earth, Wind & FireのSeptemberをセレクトして
    エルヴィンのために用意していた――

    「ねぇ、エルヴィンこのイントロは…?」

    イッケイさんが酒が回り頬を赤らめている耳元にささやいた。
    すでにフロアにはSeptemberのイントロが響いていた。

    「これは…俺の曲だーー!」

    エルヴィンがフロアに登場すると、イッケイさんとマッコイさんも後に続いた。
    リヴァイは『よく飽きないものだ』と呆れて舌打ちするが、
    金曜日の夜の『恒例行事』を冷ややかな眼差しで見ていた。
    エルヴィンが踊りだすと、周りの客も輪を作り踊り始める。
    その軽やかに腰を動かすように踊っている姿をシイナが見つめていると
    胸の高鳴りは押えられなかった。目線の先にいるスポットライトの下で
    悦楽で我を忘れて踊るエルヴィンを見つめていると、惹かれていると自覚していた。
  235. 245 : : 2014/01/28(火) 12:55:01
    ・・・エルヴィンさん…私はあなたのことを――

    シイナは頬を赤らめそして、
    自分の胸に手のひらで触れ、鼓動を感じながら夫である
    ナイルを思い出していた。もちろん、大切な家族ではあるが――

    ・・・あなただって…あの秘書たちの中に特別な存在がいるんでしょ…

    シイナは夫の裏切りの可能性はまだまだ疑惑のままではあるが、
    それよりも、目の前のエルヴィンに惹かれる自分を止められなかった。

    ・・・私だって…女なんだから――

    自分の中に渦巻く面倒な感情を抱えながらも、気がつくとエルヴィンを
    囲っている輪の中に入りシイナは踊っていた。

    ・・・エルヴィンさんのそばへ…あ、

    かかとの高いヒールでは踊りなれないシイナはエルヴィンの元へ
    近づこうとすると、よろけてしまい、キャッと小さな悲鳴を上げてしまった。
    転んでしまうとシイナが思った瞬間、エルヴィンの胸に抱きかかえられていた――
  236. 246 : : 2014/01/28(火) 12:55:16
    「…ドークさん…夜のあなたも素敵ですが、昼間の方があなたらしくて可憐だ」

    エルヴィンはシイナの耳元でささやいた。
    その声は漂う色香と共に甘く響いていた。
    転ぼうとしたシイナをエルヴィンを抱き上げたその時。
    そして、気づかれているとシイナが思った途端、
    エルヴィンの身体はイッケイさんとマッコイさん元へ引き寄せられていた。

    「何、あんたー! エルヴィンに抱きつくなんて、ずーずーしーわ!」

    「そうよ!そうよ――」

    「ママたち…何度も言わせるな…俺はママたちだけだって――」

    エルヴィンは二人の肩を抱き寄せると、恍惚な表情を浮かべ
    怒って悪かったと甘えた声で『エルヴィンに』謝ると両頬にキスしていた。
    エルヴィンは遠まわしに『昼間なら来ていいが、夜は来ないで』というニュアンスで
    シイナにささやいたが、理解されているか不安だったが、
    もちろん、彼女はその意図を理解していた。
  237. 247 : : 2014/01/28(火) 12:55:34
    ・・・エルヴィンさん…夜は来ないでってことよね――

    シイナはフロアの隅に立ちながら、楽しそうに踊るエルヴィンに
    熱い視線を送っていた。そして何気なく腕時計の時間を確かめると、
    早く帰宅しなければ、と思っていた。それは娘の為に――
    エルヴィンの声がまだ耳元に響く中、その胸に響く鼓動は止まぬまま
    帰路につくことにした。エルヴィンのささやきとは裏腹にその甘い声、
    そして漂う香りがさらにシイナの気持ちに火をつけてしまっていた。

    ・・・でも…ドークさんではなくて、シイナって…呼ばれたかった…

    シイナは至福のひと時を過ごすと、
    後ろ髪を引かれる思いで、フロアを後にした。
    そして、クラブの出入り口に待機している
    ユミルに見送られ帰路についた。

    「ありがとうございました――」

    ユミルはシイナを見ると、アルミンの同級生の母親の一人だと気づいた。
    元々勘の鋭い彼女は同じように変装して遊びに来る親たちに勘付くが
    エルヴィンと同様に、敢えて気づかない振りをしていた。

    ・・・彼女は確か…リヴァイがオーナーを本気で好きかもしれないから
    注意した方がいいとか言っていたっけ…

    エルヴィン目的で夜も現われたのかと想像すると、
    ユミルは息を飲みすでに姿を消したシイナを思い浮かべていた。
  238. 248 : : 2014/01/28(火) 12:55:48
    「ユミル…今の客、帰ったか?」

    エルヴィンはイッコイさんたち隙を見て逃げ出すと
    出入り口にいるユミルに話しかけていた。

    「え…! はい、今帰ったところです――」

    「そうか…」

    エルヴィンは深いため息と共にホッと胸を撫で下ろしていた。

    ・・・モテるオトコも大変だわ…

    ユミルはエルヴィンがシイナに本気で
    好かれている様子に再び息を飲んだ。
    彼の両頬で艶やかに光る
    イッケイさんたちに付けられたキスマークを見ては
    苦笑いを浮かべ、声に出して笑わないように努めていた。
    エルヴィンがフロアに戻ると、ブースはジャン・キリシュアインに
    譲られていて、リヴィアはカウンターがカウンターに座っていた。
    リヴァイの隣にエルヴィンが座るとすかさず声を掛けた。

    「オーナー、あのお嬢様風の奥様…来ていたな――」

    「えっ? リヴァイ、やっぱりおまえも気づいていたか…」

    エルヴィンはカウンターで肘を置くと深いため息をついた。
    本命のイブキにはおあずけをくらい、そしてこれからは
    自分のように自宅を突き止められないように
    客を巻いて帰らないといけないか?と、ため息をついた
    エルヴィンを見るとリヴァイは鼻で笑っていた。
  239. 250 : : 2014/01/29(水) 11:30:59
    24)初めての夫婦喧嘩

    真冬でも太陽が照って
    文字通りポカポカ陽気となった平日の午後。
    カフェ『H&M』ではリヴァイがランチタイムから
    ティータイムに着替える為、カフェの出入り口に置いてある
    イーゼルの看板を入れ替えていた。

    「こんにちは! 昼の営業はまだやっていますか?」

    リヴァイがランチタイムの片付けようとしていたランチタイムの
    看板を持ちながら、その声の方向を向くと、声の主の胸元しか見えず、
    見上げると、その日の青空に吸い込まれそうな高身長の
    若い男性客が立っていた。
  240. 251 : : 2014/01/29(水) 11:31:13
    「え、あぁ…ティータイムで、今はケーキやドリンクだけの時間となりますが――」

    「よかった! それでも結構です」

    その男性客は間に合ったと言いたげに、安堵感の表情を浮かべると
    リヴァイに誘導されそのままテーブル席に着いた。

    ・・・でかいー…ミケさんよりも高いか…

    リヴァイはメニューを広げるその男性客の背中を
    観察するようにじっと見ていた。リヴァイが知っている高身長の男性は
    ショットバー『ザカリアス』のマスター、ミケ・ザカリアスくらいで、
    彼よりも身長の高い男性はその街では珍しい部類に入っている。
    その男性客がカフェ『H&M』の名物でもある
    『恋するパンケーキ』を食べているときだった。
    ユミルがテーブルに運ぶと笑みを浮かべパンケーキを見たと思うと
    厳しい表情で食べ始めた。
    そして、一口ずつ味わうと、メモを取り始めていた。

    ・・・えっ? 何?フードライターとか? 評価とかするの…?

    ユミルがその行動に対して首をかげていると、
    キッチンから出てきたハンジ・ゾエが気づいた。
  241. 252 : : 2014/01/29(水) 11:31:31
    「ユミル、どうしたの? 何かあった…?」

    「ハンジさん、あのお客さんなんだけど――」

    ユミルがパンケーキを食べる男性客の行動をハンジに
    耳打ちするように伝えていた。

    「確かにフードライターかもしれないけど…
    もしかして、同業者ってことも考えられるよ」

    「そうなんですか…?」

    「私もここをオープンするとき、同じようなことしていたから――」

    ハンジはユミルが戸惑う表情を浮かべるのをよそに
    その男性の様子を懐かしむように見つめていた。

    「それにね…私とモブリットが作ったものは、
    なかなかマネできないと思うよ! 結構、秘密が多いから」

    勝ち誇ったような表情をユミルに見せると、
    ハンジはそのままキッチンに戻っていった。

    「ハンジさん、どうしたんですか?」

    「あぁ、昔、私がカフェを始める前に色んなカフェや
    レストランに行って、研究した時期があったでしょ?」

    「ありましたね…! あの頃のハンジさんと僕は出会った…!
    食事を切り詰める僕を手助けしてくれた、女神様のようでした」

    「もう、モブリットったら、大げさ!」

    モブリットが目を輝かして両指を絡め目を輝かしながら
    冗談とも本気とも取れることを大げさに言うと、
    ハンジは声を出して笑っていた。
  242. 253 : : 2014/01/29(水) 11:31:50
    「で、ハンジさん、何かあったんですか?」

    「え…何だっけ…?」

    腕組みをして目線を上げながら、思い出すような仕草をしても
    笑ってしまったために、ハンジはユミルと話していたことを忘れていた。

    「もう、モブリット! 忘れちゃったじゃない…!」

    キッチンからはハンジとモブリットの笑い声が響いて
    カウンターにいるリヴァイとユミルにもその声は届いていた。

    「相変わらず…よく笑う夫婦だこと…」

    「そうね…ホント、ハンジさんとモブリットさんは仲がいいよね」

    リヴァイとユミルは仲のいい二人に口角を上げていた。
    その日から週に数回、その男性客はティータイムに来ては
    様々なデザートを注文してはメモをすることを繰り替えていた。
    腕組みをしたり、眉間にシワを寄せたり考え事をしながら
    メモをとる姿はハンジの言うとおり、なかなか味の秘密を
    つかめない様子だった。
    そして一ヵ月後が過ぎたころ――
    ハンジは熱心に味を見定めようとしている姿を見かけると、
    同業者だと確信していた。
    そして、いつも悩みながら食べる姿がモブリットと共に作った
    『作品』がなかなか見破られないと思うと、優越感に浸っていた。
  243. 254 : : 2014/01/29(水) 11:32:20
    「今日も来ている…話してみようかな」

    「ダメですよ、ハンジさん、レシピとか聞かれたらどうするんですか?」

    「もちろん、教えるわけないでしょ」

    「――でも」

    キッチンからハンジとモブリットが
    またその男性が熱心にデザートを食べる様子を見ると、
    ハンジが話しかけようと決めていた。
    そして、モブリットの静止も虚しく、ハンジは熱心にメモをする
    その男性客のテーブル席に向っていった。

    「いつもありがとうございます! お味はいかがですか?」

    ハンジが声を掛けると、その男性客はメモをしていた手を止め
    驚いた表情でハンジを見ていた。

    「――すいません、いつもメモばかりしていて」

    バツが悪いところを見られたという雰囲気を晒した男性は
    伏目がちになっていた。
    そして熱心にメモしていた手帳とペンをバッグに仕舞った。
    この男性はパティシエでカイと名乗った。最近まで異国の地で
    修行をしてきて帰ってきたばかりだった。
    また近いうちに隣の街で自分の店を持つ予定で、
    この国に合うデザートの研究のため
    色んな店のを食べ食べ歩いているということをハンジに話していた。
  244. 255 : : 2014/01/29(水) 11:32:35
    「いやぁ…研究の為いろんな店を回っているのですが、
    『H&M』さんのデザートの材料の配合だけがつかめなくて、
    何度も来てしまって」

    「私たちも夫婦で研究しているので、
    味がわからないというのもその研究結果かもしれない」

    ハンジは自分と同じ事をしているカイが微笑ましかった。

    「味も、もちろんですが、雰囲気もいいですよね!清潔感も抜群だ」

    「ありがとうございます!」

    カイが『清潔感も抜群だ』と言った瞬間、
    聞き耳を立ていたリヴァイは
    別の客が帰ったテーブルを拭く手が止まっていた。

    ・・・ほう…店を出したら、ペトラと行ってみようか――

    リヴァイは清潔感が評価されると、
    自然に口元が緩み、カイの店にぜひ大切なペトラ・ラルと
    デートで行ってみたいと早速考えていた。

    「――ごちそう様でした! 今日はもう失礼します! あ、そうだ」

    カイが帰ろうとすると、自分のバッグから名刺を取り出した。

    「正式にオープンが決まったら、また伺います!」

    カイが立ち上がり笑みを交えて名刺を渡すと、
    高身長の姿が目の前に聳え立っていた。
    ハンジは背中に届きそうなくらい首を曲げながら、
    彼を見つめていた。ハンジも背は高いほうだが、
    それでも見上げてしまうほど、カイは背が高かった。
  245. 256 : : 2014/01/29(水) 11:32:59
    「ぜひ、オープンしたら行きますので、カイさんもまた…
    ウチに来てくださいね――」

    「それはもちろん…!」

    カイが照れた表情を残し、くぐるようにガラスのドアを開けて
    帰路に着くとハンジは頬を赤らめその背中を見入っていた。
    しばらく名刺を両手で持って胸元で抱きしめながら、
    少女のような瞳が輝いていた。
    実はハンジは巨人のように高身長の男性が好みだった。
    モブリットももちろん彼女よりも背が高いが、
    巨人と呼ばれるようなことはない。
    ただのフェチズムということで、惚れた問い訳ではない。

    ・・・ハンジさん、まさか…

    モブリットはハンジがニヤける顔を見ると、
    カイに惚れたのかと勘違いしていた。
    そして思い切ってハンジに聞くことにした。

    「ハンジさん、まさか…今のお客さんに、ほ…惚れたとか…?」

    「まさか! 何言っているの?」

    すかさず否定するハンジだが、モブリットは指摘されても
    変らず笑みを浮かべ目元が緩い表情に平静さを失いかけていた。
    ティータイムが終るころ、ハンジがカイの名刺を見ながら
    キッチンを歩いてるとモブリットと肩が軽く触れた。
    その小さな衝撃でモブリットの中で何かが激しく崩れ落ちる感覚がした。
  246. 257 : : 2014/01/29(水) 11:33:19
    「ハンジさん…あのパティシエの客に…惚れたんですか?」

    いつも優しい表情を浮かべるモブリットがハンジに向い怒りをぶつけた。
    しかし、普段から怒りなれない彼は怒鳴ることはせず、握りこぶしを作ると、
    動揺して声が震えるだけだった。

    「もう、モブリット! 何言っているの?そんなバカなこと言ってないで、
    今から自分たちの昼食もあればディナーの用意も――」

    「どうして、名刺を見つめているんですか?ハッキリ言ってくださいよ」

    「ハッキリも何も…確かに背は高いとは思ったけど…!」

    いつも穏やかなモブリットの姿にオーナーのエルヴィン・スミスも
    息を飲み彼の姿を見ていた。長い付き合いだが、怒りの表情の
    モブリットを見るのは初めてだった。

    「本当ですか…?」

    「名刺を見ていたのはあなたとオープンしたら、
    あなたと一緒に行こうと思って住所を見ていただけ――」

    「ハンジさん…そうなんですか…!」

    モブリットは多忙の為ハンジと外出することが
    このところなかった。しかし、自分と出かけることを考える
    ハンジを想うと、怒りは一瞬で冷め忘れ去られていた。

    「ハンジさん…つまらないことで、怒ってしまってごめんなさい…」

    「まぁ、いいわ! わかってくれたんだし」

    ハンジは冷静になったモブリットの肩をそっと撫でると
    ディナーの材料の確認をしていた。
    当初、ハンジはカイの店には一人で行こうと思っていた。
    自分の味を参考にしたいという彼の作るケーキも気になったが、
    来るバレンタイのため、
    モブリットへ贈る手作りケーキの参考も兼ねていた。
    エルヴィンは二人の姿を見ると
    あっという間に終った夫婦喧嘩に驚いていた。
  247. 258 : : 2014/01/29(水) 11:33:42
    「モブリット、そういえば、
    おまえたち夫婦って夫婦喧嘩ってしたことあったけ?」

    「そういえば…したことあった…? あ、初めてです!」

    モブリットは腕組みしながら、天井を見上げ
    今までの二人で過ごした
    日々の記憶の糸を手繰り寄せるていると、
    初めての夫婦喧嘩だと気がついた。
    モブリットはキッチンで材料を確認するハンジの傍に立ち言い放った。

    「ハ、ハンジさん…! 僕たち今日、初めて夫婦喧嘩しましたよ…!」

    「えっ…そうだっけ? そうかもね…」

    「そうだ! 今日を『夫婦喧嘩記念日』にしましょう!」

    ハンジは作業をする手を止め、モブリットの発言に思いっきり笑った。

    「モブリット! もう何それ…!」

    「だから、僕らの記念日ですよ!」

    ハンジはモブリットの天然なのか本気なのかわからないことを
    自信を思って言い放つ姿が好きで、そしてモブリットも
    自分の発言でいつも大笑いするハンジが大好きだ――

    「この夫婦…死ぬまで、バカなこと言い合っているだろうよ…」

    リヴァイは呆れながらも、羨ましい気持ちで
    目を細めハンジとモブリットのやり取りの姿を見ていた。
  248. 259 : : 2014/01/30(木) 13:11:32
    25)選べない

    平日の夜中の日付が変る頃。
    ショットバー『ザカリアス』のバーカウンターの内側にいる
    マスターのミケ・ザカリアスは出入り口の木製のドアを見つめながら、
    彼が思いを寄せる女性、イブキが現われないことにため息をついていた。
    最近のイブキは占いのクライアントが新規客を立て続けに紹介したことがあり、
    依頼もその分増えてしまい、鑑定を多く抱えた為に自宅アパートにこもっていた。
    その紹介された新規のクライアントは異国の地に住んでいる為、
    出張もイブキは検討したが、それは流れた為にミケは安堵感に浸っていた。
    しかし、会えない日々が続くとミケのため息も増えていく。

    「まぁ…忙しいのはいいが、ちゃんと飯は食ってるのか…って
    俺も人に言えないが――」

    ミケは客が来ない為、一人で薄く作ったウイスキーのロックを飲み干し
    氷だけが残ったグラスを見つめ鼻を鳴らし笑っていた。
    その時、『ザカリアス』の木製のドアが開かれると、ミケが目線を送ると
    そこに立っていたのはエルヴィン・スミスだった。
    クラブ『FDF』の営業が終わり、『ザカリアス』に一人やってきていた。
    イブキかと思ったミケは笑顔になるが、一瞬でそれが崩れ真顔になった。
  249. 260 : : 2014/01/30(木) 13:11:46
    「俺で…悪かったな、ミケ」

    エルヴィンは不機嫌な様子でいつものカウンター席に座った。

    「まぁ…悪く思うな、エルヴィン」

    「そのおまえの顔を見ると…イブキは来てない様子だな」

    「そうだな…忙しくなって、パタリと来なくなった」

    「そうか…ウチもカフェにも来なくなった」

    二人はイブキに会えないことで、深いため息をつくと
    ミケはエルヴィンにいつものウイスキーのロックを差し出していた。
    互いにイブキに想いを寄せている。気がつけば互いに気を使い
    抜け駆けはしないということが暗黙の了解になっていた。
    その翌朝。ミケが近くのスーパーで買い物をしていた。
    いつもは料理はするのだが、その日の昼食は手を抜いて
    簡単に済まそうと、デリカコーナーで食べたい惣菜を
    選んでいるときだった。
  250. 261 : : 2014/01/30(木) 13:12:04
    「――お料理はしないの?」

    「えっ、あ…!」

    ミケが不意に後ろから声を掛けられた為、振り向くと
    そこにはイブキが立っていた。
    その手には多くの食材が入った買い物カゴを持っていた。

    「イブキ、久しぶりだな…今日はたまたまなんだが――」

    「たまたま…お惣菜を食べるのね!」

    イブキはからかうような表情でミケを見ると
    口角を上げていた。

    「いつもは作るのだが、ホントたまたまだって」

    「へーっ…!」

    ミケは久しぶりに見たイブキの笑顔に心が和んでいた。
    イブキが両手で抱えるたくさんの食材が入った買い物カゴに
    ミケは視線を落とした。

    「これね…! 最近、部屋にこもっているから、
    食材をまとめて買っているの。
    一気に作って、それをストックしてちょっとずつ食べるというか――」

    「なるほど…しかし、多くないか?」

    「そうだ! ミケさん、荷物を持ってくれたら、
    お礼としてお昼をご馳走したいんだけど、いいかな?」

    「…え…? いいのか!?」

    「もちろん!」

    ミケが笑顔を交え買い物カゴを持ち、買い物を終えると
    二人はイブキのアパートの部屋に向うことになった。
    たくさんの食材を抱えながら互いに笑顔を交え
    あまり話せなかった分、他愛のない話を楽しんでいると、
    あっという間にイブキの部屋にたどり着いていた。
    ミケは初めて一人でイブキの部屋に入れることが
    エルヴィンを出し抜けたようで嬉しかった。
    暗黙の了解でそれを避けていたはずだが、
    イブキから誘ったことなら仕方ないと
    その了解を崩したことを鼻で笑っていた。
  251. 262 : : 2014/01/30(木) 13:12:23
    「おしゃまします…この部屋も生活感が出てきたな」

    「そうでしょ?さぁ、入って――」

    ミケがイブキの部屋に入ると、
    引越し当初に比べ物ははあるが、
    女性の部屋にしてはシンプルで物も少ない方だ。

    「イブキ、女の子の部屋なら、もっとこう、おしゃれというか…」

    「えーっ! かわいらしい部屋がまだいいかな?
    私はあまり物に執着しないんだ! いいものは長く使いたいけど、
    使わなくなったら、見切りをつけて片付けるのよ――」

    「ほう…」

    ミケがイブキが占いのために使っているデスクに視線を送ると、
    PCのそばに古いノートが積んであり、
    それは母から受け継いだ占いの『秘密』が書かれたノートだった。

    「あのノートはね、私の母が残してくれた形見でもあるけど、
    私の仕事に必要なノートだし、もちろん捨てられないけどね。
    ミケさん、たいくつかもしれないけど、適当に休んでて――」

    「あぁ…」

    イブキが仕事で使っている部屋を通り抜けると、そこはベランダだった。
    窓を開けると、最上階のため風が強いが
    晴れ間の広がる昼間の太陽が心地よかった。
    ミケがイブキがキッチンに立っている姿を横目に
    ベランダに立つと、清々しい空気に目を細めた。
    手すりに両肘を置き遠くを見つめると、
    ミケはハッと目を見開いた。

    「…こうしていると、この空気…どこかで味わった気がする。
    大切な誰かと」

    ミケはその相手を思い出そうにも、どこまでも続く空を見上げても
    思い出せなかった。ただそれは、心地がいい時間だったに違いない、
    そう感じるだけだった。
    今のイブキといる時間とも変らない、そんな気がしていた。

    「ミケさん、出来たよ! もう…長いこといたら、風邪引くよ」

    「早いな、もう出来たとは」

    ミケはイブキに促されベランダからテーブル席に着くと
    ビーフシチューやサラダやバケットが並べられていた。
  252. 263 : : 2014/01/30(木) 13:12:42
    「さぁ、どうぞ!おかわりもあるから」

    「いただきます…」

    ミケは鼻腔をくすぐり、
    香り立つビーフシチューを
    笑みを浮かべ見つめていた。そして
    スプーンで一口分をすくい、口へ運ぶと
    ベランダで冷えた身体が温まる感覚がした。
    そして、温かい料理を囲み、二人で顔を合わせ食事をしていると
    懐かしい感覚が増していった。

    「好みの味かな…?」

    「あぁ、もちろんだ、うまいよ」

    「ホント? よかった…!」

    イブキはミケに自分の料理を食べてもらって嬉しいと同時に
    また美味しいと感想を聞くと、口元が綻んでいた。

    「どんどん食べてね――」

    ミケはイブキの笑顔を見ていると、
    相変わらず懐かしさを感じていた。
    その時、イブキがミケに笑顔を交えて言い放った。


    「だけど、久しぶりだよね、二人でこうして食事するの――」

    「えっ!?」

    「ん?」

    イブキは自分自分の発言にスプーンを止めていた。

    「…あれ? いつのことだろう? レストランで食事したのは…
    エルヴィンさんも一緒だったし…私は
    いつのこと言ってるのかな…疲れてるのかな」

    「そうかもしれないな…」

    ミケはお互いに何か秘めた感覚があるのなら、
    それは証明出来なくても、それでいいと感じていた。
    強い絆に導かれ二人は出会った。それだけでいいとミケは感じていた。
    最後に二人はコーヒーを飲んでいると、
    ミケが唐突だが、と断りを入れて話し出した。
  253. 264 : : 2014/01/30(木) 13:13:06
    「変な夢なんだが…」

    ミケは物心ついたころから、突然、体中がバラバラにされたような
    感覚と激痛が全身に走ると、痛みは一瞬で、その後楽になる。
    幼いながら、それは死と感じていた。

    「ホント変な夢だね」

    イブキの夢の話を眉間にシワをよせ聞いていた。

    「やっぱり、そう思うだろ? いつも起きると、全身に汗をかいているよ」

    ミケは身体をすぼめ、震えているような仕草をイブキに見せていた。

    「いつもはそこで、夢が終っていたんだが…その続きがあると最近知った」

    「どういうこと?」

    「その痛みよりも辛いことなんだ。
    だが、その痛みが原因で会えなくなってしまった
    大事な人がいたんだ…それは一体誰だろうな――」

    「全身に味わう痛みより苦痛…ってことは
    深く愛している人と別れたのかな…珍しい夢だね」

    イブキはミケからその夢の話を聞きながら、
    コーヒーカップを持ちながら両手を温めていた。
    その目線は遠くを見るように不思議そうな顔をしていた。

    ・・・イブキ、俺はその相手はおまえかと…

    ミケもコーヒーを一口飲むと、ため息をつくように
    息を吐いた。ミケはその相手がイブキかもしれないが、
    もちろん証明はできるはずがない。
    ただ、心から惹かれる。その理屈ではない
    不思議な感覚さえミケはイブキを前にすると心地よかった。
    ミケが帰る頃、イブキはキッチンに立って、洗い物をしていた。
  254. 265 : : 2014/01/30(木) 13:13:28
    「イブキ、ごちそうさま!」

    ミケがコーヒーカップを持ってイブキの背中の前に
    立ったときだった。

    ・・・あれ…この背中…抱きしめたことがある…?

    「ミケさん、ありがと…え――」

    イブキはミケがそばに立つと背筋を伸ばした。
    それは、彼から発せられる温かさが背中に伝わり、
    懐かしさに包まれていたからだった。
    互いに同じ幸せをまとっている感覚になると
    動きが停止してしまった。

    「あぁ、イブキ、すまない、これ」

    「えっ、うん」

    「じゃ…俺、もう行くから」

    ミケはイブキにコーヒーカップを渡すと伏し目がちになり
    足早に彼女の部屋を後にした。
    イブキは手渡されたコーヒーカップを見つめるだけだった。

    「ミケさんのあの温もりは…なんだろう――」

    イブキはミケを想うと胸が痛くなるが、
    どうにも出来ないもどかしさが残っていた。
    その日の真夜中過ぎ。
    ミケは『ザカリアス』のカウンターにいると、ジッポライターで
    たばこに火を着け、一息ついていた。
    イブキの部屋で一緒に彼女の手料理を食べたことや
    不思議な感覚を思い出すと、自然に顔がニヤけていた。
    客も誰もいなかったため、油断していたそのとき。
  255. 266 : : 2014/01/30(木) 13:13:58
    「…おい、ミケ…何笑ってやがる…? 気持ち悪い」

    「おまえに言われる筋合いはない――」

    エルヴィンが『ザカリアス』のドアを開けると、カウンターの内側で
    ニヤけるミケが視界に飛び込んできていた。
    しかし、エルヴィンも一人で笑っている姿を何度か目撃したことがあり、
    お互い様だと心では思っていた。

    「ミケ、おまえが笑っているってことは、イブキがここ来たのか?」

    「ここには来てない」

    「どういうことだ…?『ここ』には来てないって…?」

    「いやぁ…」

    ミケが再び笑みを浮かべたとき、再び『ザカリアス』のドアが開いた。

    「こんばんは! 久しぶりに来ちゃった」

    イブキの笑顔がドアからのぞかせていた。

    「ホントだな、どうぞ座って――」

    ミケがイブキをいつものカウンター席に座らせると、
    手に持っていた紙袋をカウンターに置いた。

    「これね、ビーフシチューからグラタンを作ったんだ!」

    イブキは袋からタッパーを取り出し、自分で作ったという
    グラタンを二人に差し出していた。
  256. 267 : : 2014/01/30(木) 13:14:18
    「ほう…あのビーフシチューから改めてグラタンを作ったのか」

    「ミケ、その言い方だと…すでにビーフシチューを食べたのか?」

    エルヴィンがミケを睨むと、イブキが焦った表情で二人の合間に入った。

    「今日の昼間ね、私の買い物を手伝ってくれたから、
    ミケさんにご馳走したの、それだけよ」

    ミケはエルヴィンに対して勝ち誇ったような表情を浮かべ
    目元が緩んでいた。

    「でも、今夜もエルヴィンさんが来るだろうと思って、
    それでグラタンにして持ってきたんだ――」

    イブキが二人に対して優しい笑みを注ぎ、
    取り皿も持参していたため、二人分を取り分けようとしていた。

    「そうか…イブキ、俺のために…ってことは、これは俺だけが
    食っていいんだよな?」

    エルヴィンがタッパーのふたを閉めて、
    再び袋に入れようする仕草をすると、ミケが止めに入った。

    「おまえ、何大人気ないことしているだ?」

    「おまえはすでに食べているだろう? これはお持ち帰りだ」

    イブキは二人の子供じみたやり取りに
    声を出して笑いそうになるが、どうにか堪えていた。

    「もう! 二人とも! 三人で食べようよ――」

    イブキはタッパーから3人分のグラタンを取り分ると、
    二人は笑顔と共にほお張っていた。
    イブキは楽しげな姿を見ていると、心が和むと同時に痛みも走る。
    頬杖を付きながら、カウンターから見える酒のカラフルなボトルを
    意味なく見つめると、ため息をついた。
    同時に出会っていけなかった三人は
    神のイタズラか、または自分が願ったことだろうか――
    二人から一人を選べない。二人から大事にされていることを
    大事にすることが最善である。
    それが今のイブキが出した答えで継続中だ。
  257. 268 : : 2014/01/31(金) 13:21:21
    26)ハンジのお料理教室

    その男が街を歩くだけで、誰もが振り向く。
    しかし、まったく気にしない。というか、視界に入らない。
    メインストリートで恐らく一番、
    背が高そうなその男がカフェのガラスドアを開いた。
    もちろん、お気に入りのカフェ『H&M』である。

    「…カイさん、いらっしゃい」

    「リヴァイさん、今日も来てしまいまして――」

    隣街に住むパティシエのカイはカフェ『H&M』のティータイムを
    楽しむ為に足を運んでいた。
    すでに顔見知りになっているリヴァイが
    カイのテーブルにお冷を置いたとき、
    彼がため息をついた瞬間を目の当たりした。

    「カイさん…どうした? 元気がないみたいだが…?」

    「はい…僕の店なんですが…工事が遅れてしまっているです――」

    カイは自分の店にこだわり過ぎて、工事が遅れてバレンタイまでに
    オープンする予定のはずが、それには間に合わないことに悩まされていた。

    「妥協はしたくないので…まぁ、仕方ないんですけどね…」
  258. 269 : : 2014/01/31(金) 13:21:38
    その顔は浮かない顔で上の空でオーダーした
    ケーキが運ばれてくるのを待っていた。
    彼がオーダーしたケーキを心配そうな顔と共に
    運んできたのはハンジ・ゾエだった。
    長身の男性のフェチズムを持つ彼女は
    夫であるモブリットの顔を立てる為、
    カイを見ても、溢れる笑顔にならないように努めても
    どうしても、頬が緩んでしまっていた。
    ちなみにカイは長身だけでなく、端整な顔立ちであり、
    涼しい目元をしている。
    ブラウンの肩まで伸びた髪を後ろに束ねるスタイルだった。
    その国では男前と言われる部類に入るがハンジにとって、
    顔よりも身長に興味がある。

    「カイさん、おまたせ…リヴァイから聞いたけど、工事が遅れてるんだって?」

    「そうなんですよ、ハンジさん…」

    「パティシエだったら、バレンタインに間に合わせたかっただろうね」

    ハンジはカイのガッカリしたを見ると、自分のことのようにため息をついた。
    同じ料理を作る者として、スムーズに事が進まないやるせなさは
    気持ちが理解できるだけに、どう声を掛けたらいいか、戸惑わされていた。
  259. 270 : : 2014/01/31(金) 13:25:09
    「まぁ、ハンジさんのケーキを頂いたら、いい気分転換になるかと思って
    今日はおじゃましたんですが…暗い顔見せてしまいましたね…」

    無力感が溢れる表情でケーキを食べるカイを見たハンジは
    自分の作った料理は笑顔で食べて欲しいと願うも、
    何も出来ないことで悔しそうな表情をしていた。

    「カイさん、得意なケーキとかあるの?」

    「あぁ、僕はチョコレートを使ったケーキが得意ですよ」

    カイはハンジのケーキを食べると、少しずつ元気を取り戻し
    話しかけられる頃には半分くらい食べていた。

    「チョコレートのケーキか…」

    ハンジが腕組みをして片手はあごに手をあてがい
    何かいいアイディアがないか、考えていた。
    その時、オーナーであるエルヴィン・スミスが他の店の
    見回りを追え、ガラスのドアを開けて入ってきた。
  260. 271 : : 2014/01/31(金) 13:25:35
    「ハンジ、すまない、今日は時間はだいぶ遅れてしまった。
    料理のことで、向こうと話し込んでいた――」

    「お疲れ様、エルヴィン…」

    「どうした? ハンジ?」

    エルヴィンは他の店でミーティングで話し込んで、カフェ『H&M』では
    ゆっくりしようと思っていたはずが、ナンジの浮かない顔を見ると、
    強張った面持ちで彼女を見つめた。そして、理由を聞くと同じように
    腕組みをして、アイディアを練ることにした。

    「そうだ…ハンジ、君と一緒に
    バレンタイの手作りケーキの料理教室でもしたらどうか?」

    「えっ?」

    エルヴィンはあごに寄せていた手を離し、身振り手振りで話し出した。
    異国の地で学んだというパティシエのカイにエルヴィンは興味を持っていた。
    自分の店にもその異国の風を吹かせても、今までにないカフェの雰囲気が
    作れるのではないかと感じていた。そして、もう一つの策略が浮かんでいた。
    毎週土曜日、エルヴィン目的でやってくる奥様連中は
    ハンジのレシピに興味があり、味付けについてエルヴィンはよく聞かれている。
    『企業秘密』ということを通していたが、ここで料理教室をして、ハンジに興味に
    移してもらえば、自分に対する興味を分散できるのではないかと、
    咄嗟に思いついた。

    「料理教室…? エルヴィンはいいの?」

    「あぁ、だが…日曜日になってしまうが…休みの日に申し訳ないが、
    この日だったら、集客もしやすいだろうし、カイさんがケーキを作り
    君がバレンタイに合う料理を教えるのもいいと思うが」

    「いいね…カイさん、どう…?」

    「え…? いいですか? 僕もハンジさんの作る料理を見てみたいですし」

    「でも、私はモブリットと二人で作っているから、3人でってことになるかな?」

    「はい、モブリットさんさえよければ、僕はぜひお願いしたい!」

    ハンジはキッチンにいるモブリットを呼ぶと、ハンジのそばに立ち、
    無意識にカイから彼女を守るように立ちふさがった。
  261. 272 : : 2014/01/31(金) 13:26:02
    「モブリット、何私の前に立っているのよ?実はね――」

    ハンジはモブリットに対して料理教室のアイディアを話し出した。
    カイと一緒というとが、納得いかなかったが、ハンジの笑顔を見ると
    新しいことを始めるのもまた違った視点でメニューに活かせるなら、
    というこで快諾していた。

    「決まりだね! もう時間がないから、今からミーティングだよ!」

    ハンジは初めての料理教室のため、張り切って3人で話し合うことにした。
    自分の料理のレシピを教えるつもりはないが、興味を持つ客がいるのなら、
    嬉しくて、教えても差し支えのないような料理のレシピを考えることにした。
    エルヴィンは3人の顔を見ると、ホッと胸を撫で下ろし、
    いつものカウンター席に座ると、リヴァイもそばに寄ってきた。

    「オーナー…また忙しくなるな…」

    「リヴァイ、日曜日はおまえは貴重な休みだから、料理教室はマルコや
    他のみんなに頼むことにするよ」

    「いや…片付けはどうなる?」

    「それもそうか…」

    エルヴィンはミーティングをする3人を見ながら思い出していた。
    ハンジ夫婦が掃除が苦手なことを…

    「リヴァイ…すまないが、片付け…頼んでいいか?」

    舌打ちをしながら、リヴァイは3人に視線を送っていた。

    「あぁ…仕方ない、終った頃に片付けに来るよ――」
  262. 273 : : 2014/01/31(金) 13:26:20
    その日の夜中過ぎ。エルヴィンは慌しい時間を過ごすと、
    すべての営業を終えてショットバー『ザカリアス』のドアを開けると、
    すでにイブキがカウンターに座っていてマスターのミケ・ザカリアスと
    笑顔を交えて談笑している様子が目に飛び込んできた。

    「イブキ、来ていたのか」

    「エルヴィンさん、こんばんは! 今日もお疲れ様」

    「あぁ…」

    エルヴィンはイブキが笑顔で労ってくれると、疲れも和らぐと思ったが
    この日は朝から多忙だった為に、疲れた表情のままだった。

    「エルヴィンさん、どうしたの…?」

    隣に座るカウンター席でイブキは心配そうな眼差しをエルヴィンに注いだ。
    そのイブキの顔を見つめるミケは鼻を鳴らし苦笑いをした。
    エルヴィンは異国の地でパティシエ修行をしたカイのことや
    料理教室の話ををすると、目を見開いて彼の話を聞き入っていた。
    カイが修行したその異国はイブキのふるさとの隣国だった。
    そして、お菓子が有名で彼女のクライアントも多数いる国でもあった。
  263. 274 : : 2014/01/31(金) 13:26:41
    「そこのお菓子やケーキってね…すごく美味しいんだよ!
    出張でそこに行くときとても楽しみだったんだ…!」

    イブキはうっとりとした表情で肘をカウンターに置いて
    両頬を手で押えていた。その表情に二人は息を飲んだ。
    そして、イブキは突然、エルヴィンの元へ振り向いた。

    「あ、そうだ! 私もぜひ料理教室に参加したい! 
    私もカイさんからケーキ作りを教えてもらって、
    バレンタインに手作りしたい! いいかな?」

    「え、イブキ…君もケーキ作りに興味があるのか?」

    「だって、近いうちバレンタインだし、それにあの国で修行してるなら、
    絶対に参加したい!私の友達も呼びたいくらいよ――」

    「それじゃ…ぜひ、参加してくれ」

    エルヴィンから快諾の返事をもらうと、イブキは満面の笑みを浮かべ
    自分の両手の指を絡ませて胸元にあてがっていた。
  264. 275 : : 2014/01/31(金) 13:27:00
    「エルヴィン、俺は…」

    「まさか、ミケ…おまえも参加したいとか…?」

    「いや、見学してもいいか?」

    「どういうことだ…?」

    「…イブキが作るケーキを食べてみたい…」

    ミケは照れた表情でイブキを見ると、伏目がちになった。

    「――それは…」

    エルヴィンが躊躇したとき、テーブルに置いていた手を
    咄嗟にイブキが握って懇願し始めた。

    「ねぇ? いいでしょ? エルヴィンさん? 見学だけだし」

    エルヴィンは手を握られたことで、表情を緩ませていた。
    その対照的にミケは鋭い視線を彼に送っていた。

    「イブキ…そうだな、見学だけで、退屈かもしれないが…」

    「ありがとう、ミケさんよかったね!」

    「うん…俺も楽しみだ…ところで、エルヴィン、その手を離せ」

    「えっ?」

    エルヴィンは咄嗟に握られたイブキの手を握り返していた。
  265. 276 : : 2014/01/31(金) 13:27:15
    「エルヴィンさん、ごめん! つい――」

    手を離すイブキを見たエルヴィンは頬を赤らめていたが、
    ミケの鋭い眼差しを続いていた。
    エルヴィンは突然思い立ったアイディアとはいえ、
    予想外にイブキが反応したことに、
    自分で自分を褒めたい気分に浸っていた。
    ただ、ミケも反応したことが、『ザカリアス』でカイのことを話したことは
    うかつだったと感じていた。
  266. 277 : : 2014/01/31(金) 13:27:35
    同じ夜。
    リヴァイが自宅のアパートに帰ると、大切な存在であるペトラ・ラルが
    待っていた。そして、何気なくクラブではなく、カフェ『H&M』でも
    イベントをすることになり、それが日曜日だと知ると浮かない顔をした。
    しかし、ハンジの料理教室であると聞くと目を見開いた。

    「パティシエの方も気になるけど…ハンジさんもお料理を教えるの?」

    「あぁ、バレンタインに合う料理とどうこうって言っていたが――」

    「私は何度かハンジさんのお料理食べてて、レシピ知りたいって思ってたんだ」

    「ほう…そうか」

    「私も参加していい?」

    「わかった、オーナーに伝える」

    元々、料理好きのペトラだが、ハンジの作る料理に興味を持っていた。
    そのため、料理教室を開くならぜひ参加したいと願っていた。
    リヴァイはペトラの料理は悪くないと思っていたが、ハンジから料理を学ぶと
    さらにうまくなるのかと思うと、口角を上げペトラを見つめていた。
  267. 278 : : 2014/01/31(金) 13:27:53
    数日後、ハンジの料理教室は身近な人を誘うとすでに定員は達成していた。
    もちろん、イブキやペトラもその中に含まれる。
    その料理教室が迫ったある朝、エルヴィンが朝食を用意していると
    アルミンが食卓のテーブルに座り、父であるエルヴィンに話し出した。

    「…そういえば、父さん、ハンジさんの料理教室ね、
    ウチのクラスからもミカサも参加するんだけど…」

    「ほう…」

    「あとね、ミーナがお母さんと参加するって言っていたよ」

    「えっ…わかった――」

    ナイル・ドークの妻で、自分自身に興味を持つ
    シイナが参加すると聞くと顔を引きつらせていた。
    また娘の前で自分に対して色目を使うことはないだろうと
    考えることにした。奥様方も多く参加し、そしてシイナは
    社長夫人であるため、口コミでいい宣伝になるなら、
    妥協するしかないとエルヴィンは半ば強制的に決意すると、
    ため息をついた。
    そして、料理教室の日曜日がやってくる――
  268. 279 : : 2014/02/01(土) 14:10:08
    27)ハンジのお料理教室開催

    日曜日の朝。
    カフェ『H&M』ではハンジ・ゾエ、夫のモブリット、
    そして隣街に住むパティシエのカイが料理教室のため
    材料や調理道具をそろえ準備をしていた。
    3人が作るのはカップ入りのブラウニーと煮込みハンバーグと
    ポテトサラダの予定だ。

    「ハンジさん、これだけの材料があれば足りますよね…?」

    「うん! 大丈夫よ、モブリット。簡単に作れる料理だし、
    それに予算の範囲内だから大丈夫でしょう」

    「お二人とも今日はよろしくお願いします――」

    「カイさん、こちらこそよろしくね!」

    3人はキッチンの中で材料を見ながら最後の打ち合わせをすると
    特にカイは修行から帰ってきて初めて人に腕を振るう為に
    緊張で手先だけでなく、顔も強張っていた。
    今回の参加者はアルミンの同級生の母親が中心であるが、
    イブキ、ペトラ・ラル、ミカサ、シイナ・ドークと娘のミーナ、
    そしてエレン・イェーガーの母親であるカルラも
    締め切り寸前でギリギリで参加の申し込みが出来ていた。
    眠そうな顔をしたリヴァイがガラスのドアの前に立ち、
    イーゼルを設置して『本日、貸切』の看板を掲げたとき。
    最初にやってきたのはアルミンの同級生の母親たちだった。
    会釈してカフェの中に入る姿は相変わらず
    楽しげな笑みを浮かべている。
  269. 280 : : 2014/02/01(土) 14:10:27
    ・・・何が目的なんだ…?オーナーか? 料理か?

    リヴァイは奥様連中を見ながら眠い目をこすっていた。
    その半分しか目が開いていない姿を見て
    心配していたのはペトラだった。
    前日からリヴァイの部屋に泊まっていて、
    二人でカフェ『H&M』に来ていた。
    そしてペトラはリヴァイと早く来て、
    テーブルのセッテイングの手伝いをしていた。

    「リヴァイさん、おはよう…さすがに眠そうね」

    そして次に入ってきたのはイブキで、ミケ・ミケザカリアスも一緒だ。

    「おはよう…あれ? ミケさんも一緒か?」

    「俺は途中で会った」

    「ほう…」

    ミケが『H&M』へ向う途中でイブキとバッタリ会っていたのだが、
    やはり、ぼーっとした表情をしていた。
    カフェの中にいるオーナーのエルヴィン・スミスも同じような
    ぼやけた表情を浮かべていた。
  270. 281 : : 2014/02/01(土) 14:10:47
    「エルヴィン、おまえは今日はムリしなくてもよかったんじゃ?」

    「いや…そういう訳にはいかないだろ」

    二人は朝からイブキを巡り、
    火花を散らすがさすがに目には力が入っていない。

    「もう…二人とも! 朝から何だか…そうだ!
    手伝いできることないかな?」

    「…ハンジに聞いてくれ」

    「わかった!」

    イブキはハンジに何か手伝いできることがないか問うと、
    ペトラと一緒に材料や食器の並べる準備を手伝うことにした。
    何もすることがなくなったエルヴィン、ミケそしてリヴァイは
    カウンターに座り料理教室の風景を見ることにした。

    「オーナーとミケさんは…特にやることないなら、
    帰って寝た方がいいのでは?」

    「いや、そういうわけにもいかない…」

    ミケはイブキがエプロンをして楽しそうに皆と談笑している姿を
    目を細めて見ていた。

    ・・・ほう…こういうことか――

    リヴァイはミケが優しい眼差しでイブキを見る姿を横目に見ると、
    ただそばにいたいのだろうと察していた。
    そして参加者がそろい、『ハンジのお料理教室』が始まった。

    「みなさま、今日はお集まりいただきまして、ありがとうございます!」

    ハンジが笑顔を交えた挨拶から始まったお料理教室は
    一番最初にカイの紹介から始まった。やはり、背の高さに
    皆は圧倒されたが、奥様連中はそれよりも端整な顔立ちに心奪われた。
  271. 282 : : 2014/02/01(土) 14:11:16
    「あらやだ、このカフェに来る男性ってみんないい男ね…」

    「…スミスさんより若くてフレッシュね」

    奥様連中は小声で互いに耳打ちしながら話しているつもりだったが、
    エルヴィンの耳には届いていた。

    「エルヴィン、若くてフレッシュだとよ…」

    「俺はまだ若い…」

    ミケが笑いを堪え、エルヴィンに話しかけると
    いつも自分を慕ってくる奥様連中の
    言われように顔を引きつらせるだけだった。

    「そんなことより…どれだけ汚される方が重要だ」

    リヴァイは舌打ちして相変わらず眠い表情を浮かべながら、
    料理教室の光景を眺めていた。

    「今日は僕からのプレゼントで特製のチョコレートを用意しました。
    これで、ブラウニーをカップケーキとして作ります!」

    カイが修行先の異国の地から取り寄せたチョコレートを見せると、
    参加者は目を見張った。そのまま食べても美味しそうなチョコレートを
    惜しげもなく使うため、美味しいブラウニーになるだろと安易に想像できた。
  272. 283 : : 2014/02/01(土) 14:11:39
    「カイさん、太っ腹だわ~! あなたのお店が出来たら、常連になっちゃう――」

    「ありがとうございます! お待ちしています」

    カイが笑顔で奥様連中に挨拶すると、すでにトリコになっているようだった。

    「オーナー…カイさんに客が取られたら、どうする…?」

    「まさか、それはない…?」

    エルヴィンが奥様連中を見ると、
    レシピをメモしながらもカイの周辺に集まる姿を見ると
    万が一、カイのところばかり行かれたら大事な常連客が減ってしまう為、
    眉間にシワを寄せていた。

    「ちょっと…行って来る――」

    エルヴィンはため息混じりにカウンターから離れると、
    奥様連中に『皆さん、さらに料理上手になりますね』と
    話しかけご機嫌取りをして場を和ませた。

    「エルヴィンも…大変だな」

    ミケは鼻で笑いながらその光景を見て苦笑いを浮かべていた。
    そしてカフェの中に甘いチョコレートの香りが広がると
    参加者の表情もどんどん綻んでいった。
  273. 284 : : 2014/02/01(土) 14:11:59
    「焼いている間、簡単に出来るハンバーグの作り方をご紹介します!」

    ハンジとモブリットの出番になると、
    短時間で出来る手作りハンバーグを紹介することになった。

    「パン粉の代用としてホットケーキミックスを使うんですよ!」

    「なんと、それが柔らかくさせるとは!
    素晴らしいアイディア! ハンジさん…!」

    ハンジが説明する度、いちいちモブリットが大げさに反応する為、
    奥様連中をはじめ、皆は苦笑いしていた。
    皆は仲良し夫婦ということを知っているため、
    敢えて気にせず『スルー』することに努め、
    ハンジの説明にメモをしていた。

    「ハンジさんのお料理好きなので、ぜひ今日は業を盗んでいきたいです!」

    メモを熱心に取るのはペトラはハンジに話しかけていた。

    「そうね、これでリヴァイも満足だろうね! あいつ、太らないかな」

    「それも困りますよね…あ、とにかく今のスタイルを維持できるように
    健康管理も気をつけなきゃ」

    「私の料理は栄養士の資格のあるモブリットも色々考えているから、
    維持できるかも! まぁ、食べ過ぎなければ、の話だけどね!」

    ハンジはペトラの一生懸命な姿が微笑ましかった。

    ・・・リヴァイ、こんなにいい子がそばにいて、あなたは幸せね――

    ハンバーグをこねながら、ハンジがリヴァイを見ると睨んでいた。

    ・・・だ、大丈夫よ…あまり汚さないようにするから

    睨まれたハンジはすぐに
    『掃除が面倒になるくらい汚すな』と、
    リヴァイが鋭い眼差しで訴えていると気づいていた。
    そして下湯でをしたジャガイモを使ってポテトサラダを作り
    ハンバーグも焼き上げ、ハンジ特製のデミグラスソースで
    盛り付けると、ワンプレートの料理が仕上がった。
    その頃、カイがオーブンを見るとブラウニーもタイミングよく
    焼けていていた。
    そして皆の分を取り出して、荒熱を取る作業をすると、
    しばらくそのまま放置することにした。
  274. 285 : : 2014/02/01(土) 14:12:36
    「みなさん、先にハンバーグから頂きましょう!」

    皆がテーブルを片付け、手作りのハンバーグを食べ始めると、
    イブキはプレートを持ってミケがいるカウンターに座った。

    「ミケさん、お待たせ! ハンバーグ、食べて」

    「あぁ…ありがとう」

    イブキは自分が作ったハンバーグの半分を切ると
    ミケに食べるよう促した。

    「…おいしい」

    ミケは笑顔を交え感想を言うとイブキも微笑んだ。

    「よかった…」

    ミケは眠気との戦いだったが、
    目元が緩むイブキを見ていると
    待った甲斐があった瞬間だった。
    しかし、その時背中に殺気が走る。
    ゆっくりとその視線の方向へ
    身体をずらすとエルヴィンが強い眼差しを送っていた。
    奥様連中に囲まれ、和やかな雰囲気には不似合いな視線だった。

    ・・・まぁ、エルヴィン、悪く思うな――

    ミケは鼻を鳴らすとからかうような笑みを浮かべ
    エルヴィンを睨み返していた。

    「おば様、美味しいね、さすがハンジさん」

    「そうね、今度エレンにもこのハンバーグを作ってあげなきゃね、ミカサ」

    「うん!」

    エレンの母であるカルラは実の娘同様に可愛がるミカサと共に
    ハンバーグを食べながら、充実感を味わっていた。
    そして笑みを浮かべながら一緒に料理をする二人は
    誰が見ても実の親子のようだった。

    「皆さん、ブラウニーが出来ましたよ! 
    まだ温かいですが、半分はラップをして持ち帰って
    一晩冷蔵庫に入れてください! 明日はまた違う美味しさが味わえますよ」

    カイがシロップを塗って最後の仕上げをしたブラウニーを
    皆に配ると、それぞれの元には笑顔と共に甘い香りが広がった。

    「まだ温かいけど、美味しいわね! いいチョコレートを使ったから?」

    「…いや、皆さんが一生懸命作ったからですよ」

    カイのその一言で奥様連中は頬を赤らめ熱い視線を送っていた。
  275. 286 : : 2014/02/01(土) 14:12:59
    ペトラが一口大に切ったブラウニーをフォークで差したとき。
    リヴァイがテーブル周辺がどの程度汚れているか見回り、
    ペトラのそばを通った。

    「リヴァイさん、美味しく焼けたよ」

    ペトラがフォークを差し出すと、リヴァイがそのまま受取ると思った瞬間、
    『あーん』とそのまま口を開け、そのままブラウニーを一口で食べた。

    「リ、リヴァイさん!?」

    リヴァイはまだ頭が冴えてなかった為に
    ペトラから差し出されると、そのまま口にしていた。
    そしてフォークをゆっくり手に取ると、
    自分の無意識の行動に鋭い眼差しのまま
    目を見開いた。
    リヴァイは息を飲むようにブラウニーを流し込んだ。

    「…ペトラ、悪くない」

    そのままフォークを渡すと、その場を離れた。

    ・・・もう、リヴァイさんったら――

    ペトラは恥ずかしさと嬉しさが混ざり合った感情を抱き、
    手渡されたフォークを持つと頬を真っ赤にしていた。

    「リヴァイ! あなたはペトラさんの前では甘えん坊なのね!」

    その光景をハンジに見られ、からかい半分に言われていた。
    そして、涼しい表情をしながら舌打ちすると敢えて無視していた。
  276. 287 : : 2014/02/01(土) 14:13:18
    再びイブキはカウンターの元に座るミケのそばに座り、
    今度はブラウニーを振舞うことにした。

    「ミケさん、これは冷蔵庫に入れて明日食べてね。
    そして、今食べられるのは…」

    イブキもフォークで一口大に切ると、
    その瞬間をエルヴィンは見逃さなかった。
    きっと、ミケもリヴァイのようにそのまま食べたがるだろうと。
    エルヴィンは奥様連中がカイに夢中になっていることに
    気づくと、そのままカウンターに慌しく近寄った。

    「ミケ、待った」

    エルヴィンはイブキがミケに食べさせようとする瞬間を
    どうにか阻止することが出来た。

    「エルヴィンさん、どうしたの?」

    「俺も…食べたい」

    「もう…二人とも!」

    イブキは声を上げて笑うと、
    二人分のブラウニーを取り分け差し出した。
    そして二人から美味しいと、笑顔を交え言われると
    照れた表情で伏目がちになるだけだった。
    エルヴィンと楽しげに話すイブキに焼きもちを焼いていたのは
    シイナだった。その日はエルヴィンと話せるかと思っていても
    なかなか話せず、彼の態度を見ていると意中の人がイブキだと気づくと
    心が荒んでいく感覚がしていた。

    「ママ、美味しく出来たから、バレンタインにはパパにも作ろう」

    「えっ! そうね…ミーナ――」

    シイナは優しく微笑む娘に声を掛かられると我に返った。
    二人で笑顔を交え再びブラウニーを口にすると、
    シイナはエルヴィンへの思いをそっと心に秘めることにした。
    ミーナは『パパに作る』と言いながらも、
    本当はアルミンの為に作りたいというのが本音だった。
  277. 288 : : 2014/02/01(土) 14:13:35
    そして、皆が帰る時間になると、片付けの手伝いの為に
    ジャン・キリシュタインとマルコ・ボットがカフェ『H&M』の中に入ってきた。

    「ミカサ…あなたエレンのためとは言え、作りすぎじゃない…?」

    「ホント、そうね…おば様」

    ミカサは作りすぎた為、
    エレンが嫌そうな顔をするだろうと想像したとき、
    ジャンと目があった。

    「あの…これよかったら、どうぞ――」

    「え? 俺に!?」

    「はい、お二人で」

    「ありがとう! ジャン、よかったな」

    「ミ、ミカサちゃんが俺のために…」

    「いや、俺たち二人だよ、ジャン?」

    ミカサが笑みを浮かべ
    二人に一つずつブラウニーを
    渡すと再びカルラと帰る準備をしていた。
    頬を紅潮させながら、
    ジャンの笑顔が固まる姿を見ていると、
    マルコはミカサが好きだと一瞬でわかった。
  278. 289 : : 2014/02/01(土) 14:13:54
    「二人とも、今日は休みなのにすまない、
    ハンジ特製のハンバーグ料理もあるから、
    片づけが終ったら遠慮なく食べてくれ」

    エルヴィンは片付けの為にやってきた二人を労うと
    ハンバーグをご馳走していた。

    「オーナー! 今日は来てよかったですよ! ありがとうございます」

    「そ、そうか…ジャン」

    ミカサからブラウニーをもらったことで、
    目が血走った表情で喜ぶジャンを皆が見ると
    引き気味にさせてしまっていた。

    「ジャン、そこまで喜ばなくても――」

    マルコはジャンの身体を押えるような仕草をして
    興奮をなだめていた。
  279. 290 : : 2014/02/01(土) 14:14:17
    「エルヴィンさん、今日はありがとうございました!
    あの奥様たちはここの常連さんなんですよね…?
    ママ友にも宣伝しますから、って言ってくれて
    なんだか、いい宣伝効果を期待できそうです!」

    カイは料理教室が成功したことで、
    エルヴィンに安堵感に浸った表情で言われると
    嬉しい変面、貴重な常連客が移行しても困ると感じると
    表情を強張らせていた。

    ・・・俺も…潮時か――

    エルヴィンは世代交代と焦ってしまうが、実際のところ奥様連中は
    新たに見物が出来るイケメンが増えて嬉しいだけだった。
  280. 291 : : 2014/02/01(土) 14:14:46
    「イブキ、よかったら、俺のところで飲まないか?」

    「えーっ! いいの?」

    「今日は俺のところも休みだ…『貸切』にしよう」

    「うん!」

    ミケは楽しそうに料理をする姿が愛おしくてたまらなかった。
    二人だけになりたかったミケは自分の店に誘っていた。
    時間はすでに夕方近い時間になっていて、
    もちろん、片づけを終え、すべての予定が終了したエルヴィンは
    すぐさま『ザカリアス』に乱入するように駆けつけていた。
    エプロン姿のイブキを愛おしく感じていたのはエルヴィンも同じだった――
  281. 296 : : 2014/02/02(日) 14:03:29
    28)ミカサをデートに誘う、が

    平日の午後。
    ほぼグレーの曇が空を占め、
    肌でも湿気を帯びる空気を感じられ
    一雨きそうな雰囲気の
    大空がこの街を攻めているようだ。
    放課後、アルミンが校門から出ると空を見上げ、
    手のひらで手前に差しだし、雨が振らないか不安そうな
    表情を浮かべていた。

    「アルミン、お腹すかねーか? おまえんとこのカフェ行こうよ」

    「うん! わかった」

    エレンが小腹がすいた為、お腹をさすっていた。
    そして彼の誘いに乗ったアルミンと、
    カサ・アッカマーンはカフェ『H&M』に向うことになった。
    3人は一雨きそうな大空を眺めると、小走りに向うが、
    最後に着いてきたはずのミカサが俊足の為
    いつも、彼女の方が先に到着している。

    「ギリギリだったかな…?」

    アルミンが腕時計を見ながら、ガラスのドアを開けると
    カフェ『H&M』のティータイムの終了間際に到着していた。
    3人を招き入れ、テーブル席に座るよう促したユミルが
    メニューを渡すと、
    『恋するパンケーキ』はすでに売れ切れだと話していた。

    「エレン、パンケーキ…ないんだって」

    「もう何度も食べてるだろ――」

    「2回だけよ」

    エレンが照れて頭をかきながら、ミカサの言うことに答えていた。

    「まぁ…ハンジさんの作るデザートは何でも美味しいから」

    ユミルが笑顔を交えてメニューの説明をしていると、
    アルミンが質問してきた。

    「ねぇ、ユミルさん、この前の料理教室で作ったブラウニーだっけ?
    あれってメニューになっているの? 僕…食べ損ねたんだ」

    「え? オーナーは確かイブキさんが作ったのを持ち帰ったって聞いたよ?」

    「そうなんだ! でも、父さんに…独り占めされた」

    ユミルは笑いを堪えると、軽く拳を握り口元に当てていた。
    その理由は簡単に想像できていた。
  282. 297 : : 2014/02/02(日) 14:03:44
    「まったく…食いしん坊のお父さんだね、
    ブラウニーも最近から新メニューになったから、今日はそれにする?」

    「はい! 僕はブラウニーをお願いします」

    「…アルミン、了解! で、お二人はどうする?」

    ミカサとエレンは迷った挙句、同じブラウニーにすることにした。
    迷っていたのは母のカルラとミカサが作ったブラウニーが
    まだ冷蔵庫に残っていたからだった。ミカサは気にしなかったが
    エレンは『家で食えるものをなんで、外でも食わなきゃいけないんだ』と
    不満を口にしようとしたが、前にリヴァイに『荒療治』されたことを思い出すと
    黙り込んでいた。そしてハンジが作ったものなら、ということで妥協していた。

    「みんな、おまたせ――」

    「あれ? ウチにあるのと違うぞ?」

    テーブル席に運ばれたブラウニーの面影が自分が見慣れたものと
    違うことにいち早く気づいたのはエレンだった。

    「そうなの、ハンジさんがカイさんから習った
    レシピからさらに自分で改良を加えたのよ」

    ユミルからの説明の声を聞くと目を見開いてテーブルに並んだ
    ブラウニーを見つめていた。アレンジされたブラウニーは
    ローストナッツやクランベリーが乗せられ、
    そして甘いチョコレートのケーキのため、
    甘さ控えめのホイップクリームが添えられていた。
  283. 298 : : 2014/02/02(日) 14:04:13
    「すごい! ハンジさん、全然違う…」

    実際に料理教室に参加していたミカサは
    一口食べると、ハンジのアレンジに驚かされていた。

    「ホント、そうだよな! っていうか当たり前だよ!
    プロには叶わねーよ」

    「エ、エレン…!」

    エレンは思わず嫌味っぽいことを言うと、
    それを静止したのはアルミンだった。
    二人は冷たい視線を感じると、その先にいたのはリヴァイだ。
    エレンの発言を聞き逃していなかった。
    また『カミナリが落ちる』と思い、彼は肩をすぼめると
    自分の前を通り過ぎ、
    うつむき加減のミカサのリヴァイは前に立っていた。

    「ミカサ…この前、おまえがブラウニーをあげたジャンを覚えているか?」

    「うん…すごく喜んでいた人ね?」

    「…そうだ」

    ミカサは顔をあげ、リヴァイの話を聞いていた。
    料理教室のとき、ミカサからブラウニーをもらった
    ジャン・キリュタインは大喜びで、ミカサはそれで印象に残っていた。
  284. 301 : : 2014/02/02(日) 14:10:16
    「一度、ジャンと…遊びに行ってみないか?」

    「えっ…」

    リヴァイの提案でミカサは『きょとん』とした表情で何を言われているのか
    わからない表情を浮かべるが、エレンは無反応だった。
    ミカサはエレンの反応に心がチクっと痛む気がすると、
    当てつけの如く、提案を受け入れることにする――

    「わかった…ミカサ、ちょっと待ってくれ」

    リヴァイはその場から去ると、ロッカールームに向った。

    「リヴァイさん、何をするつもりだろう…?」

    アルミンはリヴァイの鋭い眼差しを目の当たりにした後、
    背筋を伸ばしていると、
    エレンも同様に背筋を伸ばし顔を引きつらせていた。
    そしてリヴァイが戻ってくると、
    眼差しは鋭いままだが、口角は上がっていた。

    「ミカサ…今、ジャンに連絡したら、大雨が振りそうだから、
    今日は早目に出勤するつもりだったとかで…だから、もうすぐにここ来るそうだ」

    「そう…」

    ミカサがリヴァイの顔を見ながら返事をしても、相変わらずエレンは無反応だった。
    そしてティータイムが終るころ、曇り空の中、慌ててジャンがカフェ『H&M』の
    ガラスのドアを開けてやってきては、ミカサのいるテーブルに立った。
    リヴァイはその姿を見たとき、エレンがどう反応するか妖しい笑みを浮かべていた。
  285. 302 : : 2014/02/02(日) 14:10:51
    「ミ、ミカサちゃん…ホントに俺と遊びに…?」

    「うん、本当だよ。行こう」

    「じゃ…定番で悪いけど、映画とかでも?」

    「もちろん、ちょうど行きたい映画があったんだ――」

    エレンは具体的な話が出ても相変わらず無反応だった。
    ミカサはその映画はエレンと行きたかったが、
    ほとんど当てつけのようにジャンとデートをすることを決めていた。
    そして、二人はさらに一緒に遊びに行く曜日や時間を決めると
    互いの連絡先を交換していた。

    「ミカサちゃん! 俺、すごく楽しみしているよ!」

    「ジャンさん…よろしくね」

    「うん…! リヴァイさんもありがとうございます! 
    それじゃ、営業の準備してきます!」

    ジャンはスマホを握りながら、ミカサに満面の笑みを浮かべ見つめると
    そしてリヴァイにお礼を言いながら、クラブ『FDF』に駆け出すように向っていった。
    後姿は誰が見ても張り切っていて、今にも踊りだしそうな足取りだった。
  286. 303 : : 2014/02/02(日) 14:11:11
    「エレン、帰ろう――」

    「うん…ミカサ、悪いけど、先に帰っててくれ」

    「どうして…?」

    「アルミンが俺に話があるだって」

    「えっ…」

    咄嗟に言われたアルミンは何のことだかあっ気に取られていた。
    そしてミカサは疑問を感じたが、首をかしげ、一人で帰ることにした。
    視界からミカサが完全に消えたことを感じたエレンは
    テーブルに手を付いてアルミンに言い放った。

    「アルミン、その映画、一緒に行かないか?」

    ・・・話があるのは、エレンの方だったのか――

    アルミンは驚きの表情を浮かべるが、エレンの必死の訴えを聞くことにした。

    「…だけど、その映画って恋愛映画だろ? 男二人で行くのは気持ち悪いよ――」

    「いいじゃんか! 俺も見たかったんだし」

    「ミカサのことが気になるんだろ?」

    「そうじゃない!」

    エレンは否定するが、ムキになるほど、
    肯定している表情を晒していた。
    アルミンはため息をついていった。
  287. 304 : : 2014/02/02(日) 14:11:29
    「わかったよ…エレン。一緒に行こう――」

    リヴァイはエレンがテーブルの上で
    手のひらを強く握り、拳を作る姿を見ては鼻で笑っていた。

    ・・・これで、ミカサへの気持ちがわかるだろうよ、
    まぁ、ジャンとくっついてもそれが人生ってもんだ、エレンよ――

    リヴァイは引き続き冷たくも、情熱を秘めた眼差しのまま
    ガラスのドアあげ、ティータイムを知らせる看板を
    イーゼルから下ろしていた。
    そして、ジャンとミカサのデートの日がやってくる。
    花柄の模様で、ふわっと広がる素材の膝上のスカートに
    パステルカラーのブラウスを着て、そして
    手にコートを持つ姿のミカサがイェーガー家のリビングルームに現れた。
    ソファーに座っていたエレンは
    いつもと違うミカサの姿にすでに目だけは驚いた。
  288. 305 : : 2014/02/02(日) 14:11:50
    「ミカサ、エレン、気をつけていってらっしゃい」

    「おば様、今日は私だけ出かけるの」

    リビングルームで掃除機をかけていたカルラは
    ミカサはてっきりエレンと出かけると思っていたため、
    その手を止めていた。

    「ミカサ、こんなにおしゃれして、
    てっきりエレンと一緒かと思っていたのに…」

    カルラは苦笑いを浮かべエレンを見ると、
    何事もないようにテレビを見ている。

    「おば様、いってきます」

    ミカサはカルラに見送られると
    玄関先でコートを羽織そのまま出て行った。
    そしてテレビを見るエレンの後姿を見ながらカルラは言い放った。

    「エレン、母さんはてっきりあんたとミカサが出かけるかと――」

    「ちげーんだよ!」

    エレンは声を荒げ、カルラに反抗的に応えていた。
    その声を聞いたカルラはため息をつき、
    そして発破をかけるように改めて言い放った。

    「エレン! あんたもミカサを守れるような男になりなさい!」

    「うっせーな!」

    エレンは見ていなかったテレビをリモコンで消すと、
    あらかじめ用意していたモスグリーンのブルゾンを手に取ると
    そのままミカサを追うように玄関から出て行った。
    エレンが閉めたドアの音にまばたきをしたカルラはため息をついた。

    「まったく…エレン、
    後悔しないように生きなさいよ…さぁ、お掃除、お掃除…!」

    カルラは改めて掃除機のスイッチを入れると、
    鼻歌を歌いながらリビングの掃除を再開していた。
  289. 307 : : 2014/02/03(月) 14:59:10
    29)ミカサとデート

    この街のランドマークでもある高層ビル街。
    その近くにあるユニコーンをかたどった象のそばで
    恋人たちは待ち合わせをするのがステータスである。
    ジャン・キリシュタインが青空に吸い込まれそうな
    ユニコーンの角を見上げ、一緒に映画を見る予定の
    ミカサ・アッカーマンが到着するのを待っていた。

    「ミカサちゃんまだかな…」

    ジャンは緊張のあまり、早目に到着していた。
    風の冷たさと緊張感からその指先は冷えてしまい、
    口元に手を寄せて自分の吐息で温めていた。
  290. 308 : : 2014/02/03(月) 14:59:26
    「ジャンさん、お待たせ…」

    ジャンの固い面持ちとは対照的にミカサはいつものように
    涼しい表情で現われた。
    いつもの制服姿しか見たことがなかったジャンは
    普段のミカサに息を飲んで見つめ、ごくりという音が
    ミカサに聞こえてしまいそうだった。

    「ミ、ミカサちゃん…それじゃ、行こうか――」

    「…うん」

    ミカサに話しかけたジャンは一瞬で頬を紅潮させていた。
    そして二人は少しだけ隙間を開けながら並んで歩き
    映画館に向うことにした。
    二人が余所余所しく歩く姿を離れたビルの陰から見ていたのは
    エレン・イェーガーとアルミンだ。

    「エレン、デートを盗み見るって…やっぱり、よくないよ」

    「もうここまで来て、引き返せるわけねーだろ! 行くぞ――」

    鋭い眼差しの先にはミカサとジャンがいる。
    寒空の下で二人の後をつけていたため、
    パーカーのポケットの指先は冷えているが、
    握る拳は二人を追う気持ちで熱くなっていた。
    二人がチケットを買い、映画館にエントランスから入ると
    外気温との温度差があるため、ミカサがコートを脱ぐと、
    ミカサの花柄のスカートがふわっと揺れた。
  291. 309 : : 2014/02/03(月) 14:59:46
    「ミカサちゃん…このスカート、かわいい…似合っているよ、すごく――」

    「ありがとう――」

    ・・・ホントはエレンと出かけるときに着たかったな…

    ミカサはジャンにスカートを褒められると、照れてうつむいた。
    しかし、本心はジャンではなく、エレンと一緒に出かけたかった。
    ジャンは飲み物やお菓子を買った後、
    ミカサをエスコートするようにシートまで導いていた。

    「エレン、ちょっと近いよ…バレるよ――」

    「大丈夫だよ、アルミン、静かに」

    エレンが口元に人差し指をあてがえると、
    その視線の先にはもちろん、ミカサとジャンがいた。
    約10席先のミカサの横顔を見下ろしたエレンはただ無心で睨んでいた。
    ジャンはミカサの笑顔が見たいがために楽しげに話しかけているが、
    その最中に上映開始のブザーが鳴ると、
    二人の周辺を少しずつ暗闇が包んだ。
    その映画はケンカ別れした恋人同士が
    『自称、天才科学者』が作った機械を使い、
    二人がもう二度と会いたくない理由から、
    楽しかった記憶を消してもらい、
    しかし、元々惹かれあっていた二人は、
    記憶がないはずなのに同じような出会い方をしては
    改めて惹かれてまたカップルになることを
    何度も繰り返すというストーリーだ。
  292. 310 : : 2014/02/03(月) 15:00:02
    ・・・エレンと見たかった…
    私たちもこの二人みたいに何度も出会うのかな――

    ミカサは映画を見ながら自嘲気味に口元を緩めていた。
    ジャンはミカサの反応が気になり、時々横顔を見るが
    見入ってしまいそう、と気づくと敢えてミカサを見ずに
    映画に集中していた。
    結局、エレンもアルミンも映画に見入っていた。
    上映が終了して辺りが明るくなるにつれ、客が出入り口に
    一気に流れるように向うと、ジャンとミカサもその中に
    紛れ込んでいた。そのため、エレンたちは二人を見失っていた。

    「エレン…ミカサたち、もう見つからないよ…」

    「そうだな、こんなに人がいちゃ…俺、何やってんだ」

    ・・・エレン、いつも近くにミカサはいるのに…

    人の流れの合間にいるアルミンは肩を落とすエレンを
    見ながらため息をついた。そして、励ますように彼の肩を叩く――

    「エレン、ゲーセン行かない? 
    シューティングゲームとかやってさ、スッキリしようよ」

    「あぁ、そうだな! ぶっ放してやろう――」

    血走った目で歩きながら両手を握り、
    力を入れるエレンの目の前にしたアルミンは
    『今、ジャンが現われたら大変なことになる』と
    本能的に感じていた。そして
    エレンのその意気揚々とした表情を晒すと、
    口元は引きつっていた。
  293. 311 : : 2014/02/03(月) 15:00:28
    「ミカサちゃん、お腹空かない? 
    映画の話とかしながらさ、ご飯たべよう――」

    「うん…」

    ジャンとミカサは映画館を出ると、自然の流れのように
    近くのイタリアンレストランに入った。お高い雰囲気ではなく、
    カジュアルで年齢層を選ばない場所だ。
    自然に入店したように見えた二人だったが、
    実際はすでにジャンが下調べをしていた。

    「なんでも好きなの選んでいいから――」

    「え、でも…」

    一緒にいる時間、ひたむきに自分に接するジャンの目を見たミカサは
    だんだんと、自分の心の中にはエレンがいることが悪い気がし始めていた。
    しかし、自分の正直さで、彼の気持ちを踏みにじり帰るわけにもいかない、
    ミカサはその時、今を楽しもうと決めた――

    「えーっと…私はマルガリータのピザがいい…」

    ミカサは人差し指でメニューを指差すと、
    顔を上げジャンを見つめた。
    そして頬が緩んだミカサを見たジャンは
    その日、初めて彼女の笑顔を見たような気がしていた。
  294. 312 : : 2014/02/03(月) 15:00:45
    ・・・やっと笑ってくれた――

    「ミカサちゃん、マルゲリータだね、それから――」

    二人はピザやサラダやドリンクを頼むと
    食事の時間を楽しんだ。食事を積極的に取り分けたり、
    店員に対して笑顔で接するミカサを見ていると
    気配りが出来る女の子という印象を持つと、
    ジャンは益々惹かれていった。

    「俺さ、大学通いながら、DJもやっていて、まだ修行中だけど――」

    ジャンは自分がDJであること一生懸命話し出した。
    そしてリヴァイの元で修行中であり、アルミンの父でもあり
    オーナーのエルヴィン・スミスの
    そばで働いていることが誇らしいと話していた。
    ミカサは仲良しのアルミンの父親のことを尊敬するという
    ジャンの笑顔を見ると、嬉しくなり自然に笑みがこぼれていた。

    「ミカサちゃんに俺がブースで立っている姿、見て欲しいけど
    高校生だし、年齢的にムリなのが残念…」

    照れながら頭を搔き、ミカサを見つめていた。
  295. 313 : : 2014/02/03(月) 15:00:59
    「いつか、私もジャンさんがDJしている姿、見てみたいな…」

    「そっか! ミカサちゃんがクラブに来れる年齢になる頃、
    リヴァイさんに認められるよう、頑張らないと」

    ミカサの目を見たと思うと、
    すぐにそらしてしまったジャンを
    どんなことでも真っ向勝負な人だという印象を彼女は持った――
    終始、エレンのことが頭から離れないが、
    また違う楽しさも感じていた。
    二人が食事を終えると、とても遅い時間ではないが、
    ジャンは高校生のミカサを考えると、早目に帰宅させると決め、
    そして、歩いて彼女を家まで送ることにした。
    少しずつ、ジャンとの会話に慣れてきたミカサは普段、
    年の近い男性と話すのはエレンとアルミくらいで、
    歩きながら、ジャンの会話がとても新鮮に感じていた。
    そして、自分に対してに興味を持ってくれた
    ジャンの気持ちが嬉しくて、
    いい友達になれそうな気がしていた――

    「ジャンさん、今日はありがとう! もうここでいいよ」

    「え、ホントにここ?」

    玄関先の表札が『イェーガー』となっていたため、
    ジャンは疑問だったが春先には花々が絡みつくであろう
    アーチ型の門を当たり前のように開くミカサを見ると
    本当の家なんだと確信した。
  296. 314 : : 2014/02/03(月) 15:01:16
    「ねぇ、また連絡していい?」

    「うん! もちろんいいよ! 楽しかったよ!」

    「俺も…またね! ちょっと早いけど、おやすみ!」

    「おやすみなさい――」

    ミカサが玄関のドアを開けて
    笑顔と共に家に消えゆく姿を見送ると、
    ジャンはホッと胸を撫で下ろしたと同時に
    ため息のように息を吐いた。そして
    すぐに次に会いたい、と切なさも
    湧き上がる左胸を押えていた。
    連絡してもいいかとミカサが聞かれて了解したのは
    いい男友達が出来たと、嬉しかったから。
    しかし、ジャンはそれ以上を望んでいた。
    ミカサが帰宅して、リビングルームに入ると
    暗がりの部屋でエレンがテレビを見ていた。

    「ただいま、エレン…」

    「ミカサ…楽しかったか?」

    暗がりの中でもエレンは不機嫌だとミカサは気づいた。
    そしてうつむき、敢えて彼女は無言を通し、
    その問いには答えず、そのまま自分の部屋に向った。
    エレンはアルミンとゲーセンで気持ちを発散させると、
    その後ファーストフードで時間を過ごしそのまま帰宅していた。
  297. 315 : : 2014/02/03(月) 15:01:33
    ・・・エレンの前で…楽しかった、なんて…言えない――

    ミカサはため息をつきながら、自分の部屋のドアを開けた。

    「馬面のクセに同じ面のユニコーンの前で
    待ち合わせするあの野郎のどこがいいだよ――」

    エレンはふくれっ面のまま灯りを失ったままの
    リビングの天井に取り付けらえたカルラの趣味の
    アンティークライトを見つめていた。
    ミカサは着替えもせず、ベッドに座りながらその日の出来事を思い出すと
    楽しいのは楽しい、だけどいつも気持ちはエレンに傾いていることを
    改めて感じていた。でも、男友達を持つことって
    いいことなのかと疑問に感じると誰かに相談したくなった。
    そしてスマホを見つめると、大人の意見を聞きたいと思いつくと、
    叔母でもあるイブキに電話することにした。
  298. 316 : : 2014/02/03(月) 15:01:51
    「ミカサ! どうしたの? 突然電話してくるなんて――」

    「――実は」

    ミカサはたどたどしく、その日の出来事を話すと
    イブキは真摯に話を聞いてくれた。
    そして、イブキもミカサの生真面目に恋する気持ちが
    可愛らしく感じていた。そして
    大切な話を自分に打ち明けてくれたことが嬉しくなり
    この国にやってきたことが改めて正解だと感じていた。
    ミカサが話し終える頃に
    改めてアドバイスするように話しだした。

    「ミカサは…一途だね…だけどね、色んな人と話してみて、
    それでやっぱり、自分はエレンが好きなんだって思うならそれでいい…」

    「…うん」

    「それでね、色んな人を見て、感じてその過程で
    また新しい出会いもあるかもしれない」

    「うん…」

    「まだまだ、ミカサ、若いんだから! 
    たくさんの男性と話すことは悪いことじゃないんだよ!」

    「そうよね…」

    晴天の日の太陽のようにパッと明るいイブキの声を聞いていると
    ミカサの雨雲が覆っていたような気持ちにも晴れ間が広がり、
    一筋の光が差すような気がしていた。
  299. 317 : : 2014/02/03(月) 15:02:17
    「こう言っちゃ、悪いけど、そのジャンってコ、
    話を聞いている限りいい感じだし…
    まぁ、『キープ』っていう手段もあるよ!
    エレンが振り向いてくれるまでの間のね」

    「もう、イブキ叔母さん、キープって悪いよ!」

    ミカサは声を上げて笑っていた。
    その日、初めて心から声を上げて笑った気がしていた。

    「とにかく、ミカサはかわいいんだから、もっと自信をもちなさい!
    何かあったら、いつでも連絡していいからね!」

    「イブキ叔母さん、ありがとう! また電話するね」

    ミカサは通話を終えると、笑って目じりに溜まった涙を
    指先で拭っていた。

    「キープね…まさか、そこまで器用じゃないし――」

    とにかくミカサはエレンやアルミン以外で
    まともに話が出来る男友達のため、
    友達として仲良くしていこうと決めると、頬を緩めていた。
    同じ頃のジャンは新たなデートプランを考えるため、
    スマホで様々なデートスポットを検索していた。
  300. 318 : : 2014/02/04(火) 10:58:56
    30)ナイル、再び秘書たちと来店する

    金曜日の昼時。リヴァイがランチタイムを知らせるイーゼルを
    カフェ『H&M』の前にランチタイムを知らせる看板を掲げると、
    止め処なく続くような女性同士の甲高い声の
    会話が背中から聞こえてきた。
    舌打ちをしながら、振り向きながら
    徐々に近づいてくるその声がする方向へ鋭い視線を送った。

    ・・・まったく…うるせー声だ…ん?

    その中心にいたのはオーナーのエルヴィン・スミスのかつての仲間である
    ナイル・ドークが自分の秘書たちを連れてやってきていた。

    「こんちは…! エルヴィンはいないみたいだが?」

    ナイルはガラスのドアからカフェ内を覗くと、
    エルヴィンの所在をリヴァイに聞いてきた。
  301. 319 : : 2014/02/04(火) 10:59:14
    「オーナーはいつも他の店を回って最後にここに来るので、
    もう少ししたら、こちらに来ます…」

    リヴァイはナイルに対して答えたつもりだったが、その声を聞いて
    歓声を上げたのは秘書たちだった。

    「よかったー! 
    あの素敵な方とまた会えると思ってきたから、楽しみ~!」

    「ホント、ウチの社長と交換して欲しいわ」

    「おい、君たち! 社長に向って何を――」

    秘書たちはナイルの言うことは無視し、
    リヴァイがガラスのドアを開けると
    カフェ内で待機していたユミルにエスコートされていた。

    「相変わらず、服に着られている…」

    リヴァイは秘書たちとナイルがカフェ内に
    入りテーブル席に着いたことを確認すると、鼻で笑っていた。
    3ピースのオーダーメイドであろう
    スーツを着こなせていないだけでなく、
    リヴァイは服だけが立派に見えていた。
    そして近くのオフィス街からの客も入り、
    カフェ内は満席の状態になった。そしてリヴァイとユミルが
    いつものように慌しく動いていると、
    エルヴィンがトレードマークのグラデーションサングラスを外し、
    胸ポケットに入れながらガラスのドアを開けカフェ内に入ってきた。
    女性グループの賑やかな雰囲気に視線を送るとため息をついた。
    それは手前に背中を向けているが、
    正体がすぐにナイルだと気づいたからだった。
  302. 320 : : 2014/02/04(火) 10:59:37
    「オーナー…例の昔の馴染み、来ているぞ」

    リヴァイはエルヴィンが入ってくるとすぐさま声を掛けた。

    「あぁ…すぐわかった、あの背中はナイルだ」

    「あのボンボン社長…相変わらずだな――」

    「おい、リヴァイ!」

    エルヴィンはリヴァイの一言に笑いを堪えるが、
    口元を人差し指で押さえ、目線はナイルの方に向けていた。
    『静かに』と言いたげな口元ではあったが、
    笑いを堪えているため、緩んでいた。

    「ナイル、今日も来てくれてありがとう――」

    エルヴィンがナイルの背中に声を掛けると、
    賑やかに話しに花を咲かせていたはずが、
    エルヴィンの存在が瞬く間に静寂を与えた。

    「エルヴィン、今日も――」

    「エルヴィンさん、こんにちは!今日も来ちゃいました!」

    「相変わらず、素敵よね~」

    「本っ当に交換したい、社長と――」

    「おい、君たち! また言うのか…」

    「…皆さん、ごゆっくり」

    ナイルがエルヴィンに話をしようとすると、
    それを阻止し秘書たちがエルヴィンに話し出した。
    その姿を見たエルヴィンは顔を強張らせ、
    丁寧に挨拶をしてその場を後にするしかなかった。
  303. 321 : : 2014/02/04(火) 10:59:58
    「社長業もある意味、大変そうだな――」

    カウンターに座ったエルヴィンに
    アイスコーヒーを差し出しながらリヴァイは小さくつぶやいた。

    「確かにそうだな…あの秘書たちをまとめるのは大変そうだ」

    エルヴィンはアイスコーヒーのグラスを手に取ると
    ナイルと秘書たちに眉をしかめ、険しい視線を送っていた。
    彼の秘書たちはほとんどが長身の美女ばかりで容姿で
    採用したのかとエルヴィンは勘ぐる。打って変わって妻の
    シイナはこの国の女性の身長にしては平均的だ。

    ・・・まさか、ミランダに似ている女性を選んでいる…?

    エルヴィンの亡き妻のミランダは長身の美女だった。
    そして薬指にある形見のヒスイのペンダントから
    リフォームして作ったカレッジリングの輝きを見ながら、
    亡き妻のことをエルヴィンは思い出していた。
  304. 322 : : 2014/02/04(火) 11:00:14
    ・・・最近、イブキのことばかりだが…
    おまえを忘れているわけじゃないからな、ミランダ――

    「エルヴィン、何、ぼーっとしているんだ?」

    「あ、あ…ナイルか――」

    「ちょっと隣に座っていいか?」

    ナイルが軽く振りかえり、視線を注いだ秘書たちは
    社長をまるで、居なかったように放置し
    まるで女子会のように話に話を盛りしゃべり続けていた。

    「あぁ…ナイル、おまえも大変だな」

    「まぁ、慣れているがな――」

    冷ややかな表情を浮かべため息をつくと
    ナイルはエルヴィンの隣に座った。

    「最近…俺のカミさんの様子がおかしいんだ」

    突然、ナイルは思いがけないことを口にした
    彼に身体を向け、驚くエルヴィンは姿勢を正すと
    目を見開いて視線を彼の横顔に注いでいた。
  305. 323 : : 2014/02/04(火) 11:00:30
    「どうしたんだ、いきなり?」

    「妙におしゃれになってキレイになってやがる…」

    「それは、いいことじゃないか」

    深いため息をついて、ナイルは続ける。

    「いや、あれは…俺のためじゃない。他の誰かのためだろよ」

    「ほう…何か心辺りがあるのか?」

    「…ない!」

    エルヴィンは『ないのか!』と突っ込みたい一心だったが
    それを堪えて話を聞き続けていた。

    「完璧なくらい何もない…ただ、突然、何の前触れもなく…キレイになった。
    だから、悪いと思ったが、あいつが風呂に入っているとき、
    バッグの中やクローゼットや…
    見たくもなかったが携帯も見てしまった…だが、何もない」

    「おまえ、そりゃ、夫婦とはいえ、やりすぎじゃないか?」

    エルヴィンは顔を強張らせながら、ナイルに質問していた。
    彼の妻が一度だけ、クラブ『FDF』に来ていたが、
    それは敢えてエルヴィンは口にしなかった。
    アルミンの同級生の母親たちが遊びに来るとき、ほとんどが
    変装しているため、自分を隠してまで遊びたいということは
    何か事情があるのだろうと察すると、
    敢えてエルヴィンは見なかったことにしている。
  306. 324 : : 2014/02/04(火) 11:00:51
    「確かにやりすぎだと思うが…キレイになったな、とは
    言えるわけがない。それは俺の為じゃないからな――」

    エルヴィンはずっとそばにいる、
    夫だから勘付くこともあるだろうと想像すると、息を飲んだ。

    「俺は…あいつに悪いことをしたと思っているよ。
    社会に出る前のしかも、人生で楽しいであろう時期に
    俺と結婚したんだからな…恋愛なんて、まともにしたことなかったはずだ」

    「確かに…ずいぶん若い奥さんをもらったと思っていたよ」

    エルヴィンはナイルの結婚式にかつての仲間として招待されていたが
    その時は亡き妻のミランダも同席していた。出席していた仲間内では
    お嬢様であり、若い花嫁だった為に『政略結婚』なのかと噂になっていた。

    「まぁ…今では娘を授かり、世襲とはいえ社長として会社も経営している。
    何よりも家庭を築けたことは俺の誇りだ」

    「そうか…」

    力強いナイルの声を聞くエルヴィンは昔の彼に比べ、
    大人になった馴染みの横顔を見ると、時の流れが微笑ましかった。
  307. 325 : : 2014/02/04(火) 11:01:15
    「おまえのその生活感のない雰囲気…まだ再婚もしていなさそうだな」

    ナイルはエルヴィンの高級ブランドのスーツを完璧に着こなす
    スタイルを見ると、まだ独身であろうという印象しか浮かばなかった。

    「俺は俺でなんとかする…」

    その声を聞いたエルヴィンは自嘲気味に口角を上げた。

    「おまえはもっと奥さんとコニュニケーションを取った方いいのかもな…
    どちらかが一方的にしゃべる感じじゃなく――」

    エルヴィンは秘書たちに視線を送りながらナイルにアドバイスするように話した。

    「確かに家でも、あんな感じで話されちゃ、たまったもんじゃない。だがな――」

    ナイルは一呼吸置くと、エルヴィンに身体を向け話し出す。

    「あいつは、時々ママ友とここに来ては、ランチすることが楽しみらしいな」

    恐れのないナイルの眼差しを注がれたエルヴィンは姿勢を正した。

    ・・・おまえ、やっぱり何か気づいているじゃないか――

    「もう、社長! 何してるですか! こっちに戻ってきてくださいよ~!」

    秘書たちまるで、エルヴィンの助け舟のように
    ナイルに呼び寄せるため声を掛けた。
    エルヴィンはナイルの妻のシイナに気に入られていることを気づいているが
    そのことを彼も気づき、それを確かめる為、
    来店してきたのかと想像すると顔が引きつった。
    もちろん、何かがある関係でもなく、一方的に気持ちを寄せられてだけである。
    そしてナイルがカウンターから離れるとき、
    エルヴィンに捨て台詞のように言い放った。
  308. 326 : : 2014/02/04(火) 11:04:24
    「…ミランダだけでなく、妻までおまえに取られちゃたまったもんじゃない!」

    「おい! ミランダは俺を選んだんだ――」

    ナイルは自分がエルヴィンの亡き妻のミランダに振られたことを
    再び蒸し返し、また妻のことも嫌味をこめているようだった。

    エルヴィンは呆れた表情で言い返すが、彼は冷めた眼差しのまま
    秘書たちの下へ戻っていった。
    ナイルの冗談なのか、本気なのかわからない一言にエルヴィンは
    深いため息をついた。そして、その声を聞いたリヴァイは
    エルヴィンのそばに近づいてきた。

    「オーナー…一方的に思いを寄せられてるだけなのに、
    あの言い草、たまったもんじゃねーな…」

    「それも、そうだが…あいつは昔から、
    俺に意味なく楯突くところがあるから、いちいち気にしてられない…」

    「ほう…だが、本当に気づいているなら、殴っているだろうよ」

    秘書たちが待つテーブル席に再び迎え入れられると、
    ナイルは相変わらず鼻の下を伸ばし賑やかに話していた。
    エルヴィンは彼の妻が一方的に自分に気持ちを寄せることを
    気づいているのか、どうだかわからない読めない笑顔が怖かった。
  309. 329 : : 2014/02/05(水) 14:22:06
    31)DJジャン、デビュー戦

    毎週金曜日のクラブ『FDF』の夜。
    相変わらず、DJリヴァイ目的の女性客が多く占める。
    今までリヴァイは金曜の夜は自らブースに立ち、
    他の曜日はジャン・キリシュタインや他のヘルプで入る
    DJに任せている。
    しかし、最近の金曜の夜はリヴァイ目的だけでなく、
    音好きの客もいると気づいている。
    それはセレクトする曲によってハイタッチをブースに求めてくる
    男性客もいるからだ。
    その顔はブース前からこぼれたスポットライトの輝きに
    照らされ恍惚とした表情を浮かべている。
    リヴァイは少数派ではあるが、
    その客の為にもプレイすべきだと考えていた。
    またそのプレイをタイミングを見計らい
    ジャンに任せてみよう密かに案を練っていた。
  310. 330 : : 2014/02/05(水) 14:22:18
    「お疲れ様です! リヴァイさん」

    ジャンが出勤すると、いつものようにウェイターの仕事の準備に入った。
    炭酸水のボトルが足りているか確認の最中、リヴァイが隣に立ち
    その作業の静止させる為、手を添える。

    「ジャン、今日は…おまえがメインDJだ…わかったか?」

    「リヴァイさん…何を? 今日は金曜日ですよ?」

    鋭い眼差しを注がれたジャンは顔を強張らせていた。

    「あぁ…確かに金曜だ。だが…敢えておまえがメインだ」

    「マジですか…? え? 今日、金曜――」

    「おい、何度も言わせるな」

    リヴァイは信じられない表情を浮かべるジャンを見ていると、
    舌打ちして、さらに眼差しは鋭くなっていた。

    「今から流行や定番のナンバーを考えてリストを作れ」

    ジャンの仕事をリヴァイが代わり、ブースに一人で行かせると
    自分の思いつくままの曲のリストを作らせていた。
    そしてそのリストを見たリヴァイはしばらく見つめ、舌打ちするものの、
    その日は、彼はウェイターに徹すると告げられると、
    ジャンはさらに顔を強張らせた。
  311. 331 : : 2014/02/05(水) 14:22:32
    ・・・今日は金曜日…リヴァイさん目当ての女性客も多いのに、大丈夫か、俺――

    「…ジャン、おい…」

    ブースからリヴァイは声を掛けるが、
    リストを見つめるジャンはリヴァイの声は届いていなかった。

    「おまえ、大丈夫か?」

    リヴァイはジャンが気づかないため、
    ブースを囲うアクリル材を数回ノックして音を立てると、
    やっと気がつき顔を上げていた。

    「リヴァイさん、すいません――」

    「ちゃんと…見ている…気を抜くな」

    舌打ちしながらジャンの前を去ると、彼は唇を震えさせていた。

    ・・・やばいよ…マジで…

    レコードを探す指先が震えていると気づきながらも、
    リヴァイが見ていると思うと、さらに緊張感がジャンに走っていた。
    そして営業が始まると、フロアにいるリヴァイを見つけると、
    オーナーであるエルヴィン・スミスが首をかしげ、そのまま話しかける。
  312. 332 : : 2014/02/05(水) 14:22:48
    「リヴァイ、今日はどうしたんだ? ジャンだけがブースにいるようだが?」

    「あぁ…今日はあいつのDJとしてのテストだ。まぁ…それに合格したら、
    デビュー戦、初勝利ってとこか――」

    「ほう…敢えて、おまえのファンが多い金曜日にってことか。見物だな」

    エルヴィンはリヴァイに続く人気DJになるよう、
    ジャンに期待している為、思惑顔でブースを見つめていた。
    その視線を感じたジャンはすぐに目線を下げていた。
    そして続々と客が入り、テーブル席に座る客、特に常連客たちから
    『なぜリヴァイがまわしていないのか』という声があちこちから聞こえていた。
    しかし、フロアにリヴァイがいるため、普段、ブースにいて話せなかった
    一部の客たちの目は目じりにをさげ、楽しげな表情を浮かべていた。
    リヴァイ自身はジャンが気になりながら、ウェイターとして徹していても
    いつものように、涼しい顔は崩していない。

    「まぁ…今のセレクトはいい…その調子だ――」

    客が少ない間、ミディアムテンポの
    ナンバーで繋げている様子を伺うとリヴァイは息を飲み、
    グラスから滴る水滴がいくつもの輪をかたどった
    テーブル席を拭きながら視線はジャンに送っていた。
    そしてほとんどのテーブル席に座ったとジャンが気づいたとき、
    フロアに呼び寄せるようにダンスナンバーに切りかえっていった。
    ミラーボールの光をを恍惚とした表情で浴びる客が踊り始め
    盛り上がっていく光景が手に取るようにわかると、
    リヴァイはジャンがまったくフロアを気にしていないことがわかった。
    また客層を意識していない、流行のナンバーばかり次から次への
    セレクトしていくためにリヴァイはあえてフロアから注意することにした。
  313. 333 : : 2014/02/05(水) 14:23:03
    「ここを通り…まぁ、仕方ない――」

    リヴァイは女性客で溢れるフロアを見ると、舌打ちをするが意を決したように
    その合間を通りブースのジャンのところまで行くことにする。

    「えーー! リヴァイじゃん!一緒に踊ろうよ」

    「どうしたの!? 珍しい! リヴァイがフロアにいるって――」

    リヴァイ目的の女性客が踊る中、その本人がそばにいることに気づく。
    女性客は自分たちと踊りにフロアに現われたと思うと、輪を作るように囲った。
    そしてとうとう、一人の客から手をつかまれた。

    「ねぇ、踊ろうよ! いいでしょ?」

    手をつかまれた瞬間、リヴァイは振り下ろしたくなる気持ちを抑え、
    そして舌打ちもしたくなったが堪えた。
    それはジャンをプレイに集中させたいために――
    つかまれた手を優しく握ると、鋭い眼差しではあるが、
    耳元で『ごめんね』とつぶやくと、
    つかまれた手は緩められリヴァイは解放された。
    女性客は憧れのリヴァイに耳元でささやかれたことで、
    自分の胸に何か射抜かれた感覚がすると、顔を赤らめていた。
  314. 334 : : 2014/02/05(水) 14:23:17
    ・・・まったく、なんで俺が女に優しくしないといけないんだ、ペトラ以外の――

    舌打ちしながら、リヴァイはどうにかブースまでたどり着くが
    客がいなければ、いとも簡単にたどり着けるずなのに
    そのときの歩みの遅さに苛立ってっていた。
    ジャンがヘッドフォンをしながら、ターンテーブルを見つめていると、
    その視界の端に鋭い眼差しを感じると、
    ハッと我に返りフロアにいるリヴァイを見つけた。

    「リ、リヴァイさん、どうしてここに?」

    「フロアをちゃんと見ろ!」

    大音響の中、リヴァイが叫ぶように言うと、
    ヘッドフォンで外しながら、かすかに聞こえるリヴァイの声と
    そして口の動きから何を言わんとすることに気がついた。
    リヴァイが目の前にいることに驚いたジャンは
    女性客がまるで彼を奪うような行動する姿がまるで、
    蝶が蜘蛛の巣に引っかかり、それに集ろうとしている蜘蛛が
    わんさかとやってきたようで、ジャンは笑いそうになった。
    その姿を目の当たりにした影響か、緊張感が溶けていき、
    だんだんとセレクトの偏りがなくなると、
    客もジャンのナンバーに酔いしれるようになった。
    リヴァイがジャンに注意した後、ブースから離れようとするが、
    最終的には常連客に囲まれてしまい、一緒にやむなく踊ることになった。
    常連のはずなのにリヴァイが暗がりの中で、
    時々光る眼差しと共に踊る姿を初めて見ると、
    ますます彼に夢中になっていた。
  315. 335 : : 2014/02/05(水) 14:23:37
    ・・・リヴァイが踊っている…!

    ・・・初めて見たけど、カッコよすぎる!

    リヴァイは女性客の視線を浴びながら、
    どうにか隙を見てウェイターの仕事に戻っていた。

    「リ、リヴァイさん…お疲れ様…」

    「あぁ…」

    フロアから戻った彼に声を掛けたのはマルコ・ボットだった。
    そして、後輩の為なら普段は近づかない女性客にも
    突っ込んでいったリヴァイの疲れた背中を見送ると頼もしかった。

    ・・・ジャンは…だから、この人についていくんだろうな――

    ブースでリヴァイには劣るが鋭い眼差しをしながら
    プレイする姿に目をマルコは細めて見つめていた。
  316. 336 : : 2014/02/05(水) 14:23:50
    そして夜も更け、営業が終るころリヴァイ目的の女性客も帰っていくと
    音にうるさい常連客がブースにいるジャンに話しかけている姿を
    リヴァイは見つけた。『いちゃもん』でも付けられているのかと
    気になったが、遠くからでも笑みを浮かべている表情が見受けられると
    リヴァイは胸を撫で下ろした。
    女性の常連客から、一緒に踊れてよかったと
    満足した表情で声を掛けられた。しかし、彼は口角を上げ、
    『最初で最後』と言いたかったが口にせず
    出入り口で彼女らを見送った。
    客数がだいぶ減ってきたため、スローナンバーに切り替えた頃、
    リヴァイはジャンのいるブースに入った。

    「リヴァイさん…お疲れ様です――」

    疲れた表情でヘッドフォンを外しながらリヴァイを見つめる眼差しは
    一目で疲れている様子が伺えた。
    しかし、ブース内を見られると舌打ちされていた。

    「…片付けがなっていない」

    ジャンはプレイに集中することで、レコードが乱雑に扱われていた。
    あちこちからレコードが飛び出したり、
    キチンとジャケットの収められてない光景を晒していた。
  317. 337 : : 2014/02/05(水) 14:24:03
    「まぁ…最初だから仕方ないだろう――」

    リヴァイは舌打ちをしながら、レコードを丁寧に片付け始めた。
    ジャンは息を飲みながら、片づけする様子を見つめていた。

    ・・・やっぱり、リヴァイさんスゲー…立ちっぱなしで
    最初から最後まで客の動きを見てプレイするのは俺はまだまだ…

    ジャンは悔しさもその胸に湧き上がるが、
    改めてリヴァイを尊敬する気持ちが強くなるようだった。
    レコードを扱うリヴァイの指先はまるで、恋人に触れるかのようで、

    ・・・恋人のペトラさんにもこんなに優しく――

    と、思った瞬間、リヴァイが顔を上げると鋭い視線が注がれた。

    「おい、プレイに集中しろ――」

    「は、はい!」

    だいぶ客がいなくなったフロアを見ながら、
    ジャンは安堵感と充実感の合間に浸っていた。
    そしてジャンのデビュー戦は、
    『片付け』が原因で合格点は付けられず
    『まずまず』という評価をリヴァイは下した。
  318. 342 : : 2014/02/06(木) 12:20:38
    32)横顔に見覚えのある初老客

    その日は週の真ん中。
    ランチタイムの時間が中盤を過ぎた頃、
    カフェ『H&M』のガラスのドアから覗く大空には雨雲が広がっていた。
    ランチ目的で、カフェへ入る客も傘を持参しているため、
    ユミルはガラスのドアのそばに傘立てを移動させた。
    そして大雨にならないことを願いながら、ガラスのドアから
    空を見上げていた――

    「晴れてよかったな…」

    「そうね、お客さんも帰る時、濡れずにすむわ!」

    カフェ『H&M』のティータイムが始まると、
    ガラスのドア越しに光が差し、雲の合間の太陽が
    晴天に戻ったことを告げていた。
    リヴァイとユミルがランチタイム終盤から振っていた雨が
    止んだことに気づくと、ホッと胸を撫で下ろしていた。
    そして、雨が止んだことで、雨宿りとして長居していた
    客たちにも安堵感が広がる。
  319. 343 : : 2014/02/06(木) 12:21:02
    「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

    雨脚が止んで、初めてカフェ『H&M』に入ってきたのは
    初老の男性だった。一人で来る客も多いが、
    年齢の高い男性が一人というのはこのカフェでは珍しい方である。
    ユミルがテーブル席に案内すると、眉間にシワを寄せ気難しい表情をしていた。
    メニューとお冷をテーブルに置くとユミルは
    『ティータイムの説明』を説明し、そのまま席を離れた。

    ・・・雨に濡れて不機嫌なのかしら…

    ユミルは他のテーブルのプレートを下げながら、
    不機嫌な様子のこの初老の客を横目に見ていた。
    普段はスーツで羽織っているであろうジャケットの下の
    Yシャツはノーネクタイのカジュアルな服装の為、
    その日は休みのため立ち寄ったのかとユミルは想像した。
    そしてしばらくすると、メニューが決まったのか、
    手招きするような合図をしたため、
    ユミルがその客のテーブル席に近づいていった。
  320. 344 : : 2014/02/06(木) 12:21:31
    「お決まりでしょうか――」

    「――いや、悪いが…彼に頼めないか?」

    ユミルが声を掛けても即座に自分ではなく、
    他の誰かに視線を送っていることに気づいた。
    その先を追うとそれはリヴァイだと気づく。

    「かしこまりました! 少々お待ちください」

    ユミルが戸惑う表情を浮かべながら、会釈をすると
    他のテーブルを拭いているリヴァイに近づいた。

    「リヴァイ! あのお客さん…あなたに頼みたいんだって」

    「…なぜ?」

    「さぁ…」

    ユミルは首をかしげ面食らった表情をリヴァイに晒していた。
    その表情を見たリヴァイは舌打ちをしながら、その客に近づいていった。

    ・・・まったく…指名制とかやっていないんだが――

    リヴァイがその初老の客の前に立つと、
    ただ立っているというだけで、睨まれていた。

    「あの…ご注文はお決まりでしょうか――」

    「えーっと…これなんだが…」

    この客はリヴァイに対してメニューのケーキについて
    あれこれと質問し始めた。現在は『恋するパンケーキ』が人気であること、
    そして新たなメニューに加わった『ブラウニー』について、
    料理を作るハンジ・ゾエとモブリットについてムダがなく、
    わかりやすいように説明していた。
  321. 345 : : 2014/02/06(木) 12:21:55
    ・・・この男…ちゃんと自分の仕事をわかっておる…

    「あれこれ聞いてすまなかったな、注文は――」

    その客が紅茶とブラウニーを頼むと、回りを見渡していた。

    「この店は…初めて来たのだが、心地いいですね。
    清潔感があるというか」

    「ありがとうございます。掃除には気を使っていますので」

    「もしかして、あんたが掃除もするとか?」

    「まぁ…」

    「ふむ…」

    リヴァイは褒められるかと予想したが、そうではなく、
    腕組みしながら、その客はうつむき加減になった。

    ・・・一体、なんなんだ…

    リヴァイはあら捜しをするようなこの客の発言に
    眉をしかめていた。そして彼がテーブルから離れ
    キッチンのハンジの元へオーダーを頼みに行く背中を
    その初老の客は見つめていた。
  322. 346 : : 2014/02/06(木) 12:22:20
    ・・・完璧な…男か――

    「おまたせしました…」

    リヴァイがオーダーの品をテーブルに置きながら、
    この客の招待を勘ぐっていた。音楽関係者がまた接触してきたのかと
    想像するが、その雰囲気もない。まったくわけがわからない。
    そして、相変わらず睨まれている為に異様な緊張感が手先には走っていた。
    紅茶をすすると、安心したかのように
    今度は優しい眼差しでリヴァイを見つめていた。
    そして、ブラウニーも口元に運ぶと目を見開き、
    プレートの中を見つめていた。

    「すまないが、ちょっと――」

    再びリヴァイを呼ぶと改めて質問し始める。

    「すまないが、このケーキ、持ち帰りはできないのかい?妻にも食べさせたくてね」

    「申し訳ありませんが、持ち帰りはやっていません…」

    「そうか…しかし、娘が同じようなケーキを作ったことがあるんだが、
    全然違う風味でな…」

    この客が娘の話をし始めると目元が緩んだ。
    ハンジが作るケーキと自分の娘の手作りケーキを比べ
    プロとの料理の味の落差を舌で感じながら、
    『風味が違う』という感想を言うこの客に対して
    リヴァイは娘への愛情を感じていた。
  323. 347 : : 2014/02/06(木) 12:22:39
    「ほう…料理好きな娘さんがいらっしゃるですね」

    「それはもう、いい子で…
    私のところに生まれてきて、こっちが幸せなくらいだよ」

    リヴァイを見たかと思うと視線を落とし涙を浮かべ指先で押えた。

    ・・・おい…この客…ホントに一体なんなんだ?

    リヴァイが戸惑っている様子にも意に介さず、この客は話し続ける。

    「まぁ…最近のウチの娘はホントに幸せそうで…きっと交際相手が
    そうさせていると感じる。今の時代、結婚だけが人生だとは思わないが、
    娘が幸せなら、一緒になってほしいものだ…」

    「そうですか…ぜひ、一緒になれるといいですね――」

    リヴァイは社交辞令のように答えると、
    うっすらと涙を浮かべた眼差しは、少し前まで優しさで溢れていたが、
    また何か思いつめるように、改めてじーっと睨んでいた。
  324. 348 : : 2014/02/06(木) 12:22:55
    「あんたは…独身かい?仕事も完璧そうだし、疲れないか?」

    「えぇ…まぁ、癒してくれる相手がいるから…それは問題ないです…」

    リヴァイは見ず知らずの客に自分のことは言いたくないが
    あまりにも表情をコロコロと変えるこの客の調子に尻込みすると、
    思わず答えてしまった。

    ・・・ホント、この客、大丈夫か…

    涼しい表情を浮かべながらも、リヴァイの心は混乱していた。

    「そうか…」

    その客はリヴァイの言葉で安心した表情をした途端、
    寂しげな視線を下げると肩も落とした。
    リヴァイがこの客の横顔を見ていると、二人は目が合わさった。

    ・・・これ以上、ここにいてはまずいか――

    リヴァイが首をかしげながら、テーブルから離れた。
    この客は慌てながら、話している間にぬるくなってしまった紅茶をすすり、
    ブラウニーを食べると、会計のため、すぐに席を立った。
    最初はリヴァイに興味を持っていたはずなのに
    帰る頃にはうつむき加減で、顔を見合わせないような態度をとっていた。
    リヴァイがガラスのドアを開け、帰宅の途につく姿を見送るため
    この客の横顔を見ているときだった。
  325. 349 : : 2014/02/06(木) 12:23:15
    ・・・やっぱり、この横顔、誰かに似てる…?

    そしてその時、うつむきながら、この客がつぶやいた。

    「…会えてよかったよ――」

    「…えっ」

    「あー! お久しぶりです!」

    リヴァイがその客の一言で驚いていると、入れ違いのように
    来店したのはクリスタ・レンズだった。
    突然、自分に向けて挨拶するクリスタが現われたため、
    その客も目を見開いて、驚きを隠せないようだった。
  326. 350 : : 2014/02/06(木) 12:23:36
    「こんにちは! あれ? 今日はお一人なんですか?
    ペトラのお父さん!」

    「…な、何っ?」

    その初老の客の正体はペトラ・ラルの父親だった――
    そして正体をリヴァイが知った瞬間、
    唖然とした表情を浮かべ全身が固まってしまった。

    「ああ! クリスタさん、私は急いでいるから、また――」

    ペトラの父は自分のことを隠して、リヴァイに接触していた。
    しかし、それが明らかになると、あっという間に目が泳いだ表情を浮かべた。
    そして慌てふためきながら逃げるように帰っていった。

    「リヴァイさん…どうしてペトラのお父さんがここに?」

    「いや…なぜだが知らない…
    客としてお茶を飲んでケーキ食べていただけだ…」

    リヴァイはペトラの父が帰った方向を視線を向けながら、
    呆然と立ち尽くしていた。クリスタはペトラの家に遊びに行ったことがあり、
    その時に父親とも会っていた。
    クリスタはその日、平日の休みでたまたま近くに来ていたため、
    ユミルに会いにきていた。
  327. 351 : : 2014/02/06(木) 12:23:58
    「あの…リヴァイさん、今日はペトラは仕事なので、
    ちょっと聞いてみますね…」

    クリスタは唖然としているリヴァイを見ると、
    ペトラに連絡をした方がいいと感じると、
    勤め先へ仕事の用事の振りをして彼女に繋いでもらった。

    「あぁ…ペトラ? 仕事じゃないんだけど…今ね『H&M』にいるんだけど…
    あなたのお父さんと会ったよ…」

    「えぇ、えーーっ!!どういうことー!?」

    ペトラが驚きで叫ぶように大きな声を上げると、クリスタは
    あまりのうるささにスマホの受話器部分から耳元を遠ざけていた。
    その叫び声はリヴァイにも届いていた。

    「ペトラ…知らなかったの? わかった…うん」

    いつも冷静なペトラが慌てふためき、大きな声を出す様子を
    伺うと、全く知らなかったのだとクリスタも気づいた。
    そしてリヴァイには家に電話して、確かめると言う事を
    ペトラが話していたことを告げた。

    「あの横顔…誰かに似ているかと思っていたら、ペトラか――」

    リヴァイは思わず独り言を言うと、左胸を右手で押えていた。
    あの初老の客がペトラの父だっと知ると、
    時間差で遅れてきた緊張の波が胸の鼓動を早めていた。
    リヴァイの右手にはイベントの緊張でも
    味わったことがないくらいの早鐘が響いていた。
  328. 356 : : 2014/02/07(金) 14:15:50
    33)最後の願いが叶うとき

    「――あれ、私は死んだのに、どうして…?」

    その長身の女は暗闇の中で、
    突然、崖の上から突き飛ばされた感覚がすると、
    自分の存在を感じ、と驚き戸惑う表情を浮かべた。
    正確には暗闇の中で立ちすくむように浮いていた。

    「あ、そっか、新しい世界に行くから、最後の願いが叶ったのか――」

    目を閉じているのか、開けているのかわからないほどの暗闇で
    浮いているその正体はエルヴィン・スミスの亡き妻のミランダだった。
    突然の交通事故で命を落として以来、
    自分の死を受け入れると、何年も時間は流れていた。
    新しい世界で生まれ変わる直前の『最後の願い』が叶うと思った瞬間、
    暗闇の中から瞬時にある場所に移動していた。
    そこはミランダの死後、二人がこらまでの住まいから引っ越して
    彼女自身は住んだことはない、マンションの一室だった。
    最後の願い、それは最愛の夫、エルヴィンと
    息子のアルミンに一目会うことである。
    その時は真夜中過ぎ、アルミンがベッドで眠る姿を見ていると、
    愛おしさで涙をこぼしそうになり、両手で自分の顔を押さえていた。
  329. 357 : : 2014/02/07(金) 14:16:09
    「アルミン…大きくなったね。私にもエルヴィンにも似ている…」

    その時、アルミンが寝返りを打ち、かぶっていた布団を蹴飛ばし
    身体があらわになった。
    そばに寄ることが出来ても、アルミンが風邪を引かぬ様に、
    布団をまた被せたくてもそれが出来ない。
    もどかしさがミランダを苦しめた。

    「ごめんね、ママはどうにもできない…でもね、寂しいときは、
    寂しいっていうのよ、あなたは強がりだからね――」

    ミランダは触れることもできないアルミンの左頭部を
    右手の指先でクシで髪をとくような仕草と、
    そして左頬にキスするように唇を近づけるとその場から去った。
    アルミンはその瞬間、目を覚ますと目を見開いた。
  330. 358 : : 2014/02/07(金) 14:16:24
    「今、ママに触られた感じがした? 夢?」

    アルミンは寝ぼけながら、ゆっくり起き上がると
    自分しかいないベッドの上で左側の頭部と左頬を撫でていた。
    しかし、その身体には母から触れられた感覚は残っていた。
    次の瞬間、ミランダはエルヴィンの元へと念じると
    ショットバー『ザカリアス』に移動していた。
    そこにはエルヴィン、ミケ・ザカリアス、イブキの3人が
    グラス片手に楽しそうに談笑している様子を見ると、
    エルヴィンがイブキを好きだと感じた。焼きもちを焼くことよりも、
    突然、自分がエルヴィンの元から去ってしまった為
    新たに恋をしているエルヴィンを見ると安心して旅立てると感じた。
    しかも、ミケもイブキがすきだと感じると
    半ば呆れる表情を浮かべ苦笑いをして目を細めた。

    「ミケさんまで…だけど、イブキさんっていい人そうね…
    エルヴィン、あなたはもうこれは…いらないわ」

    イブキがエルヴィンの左手の薬指で輝く彼女の形見である
    ヒスイのペンダントをリフォームしたカレッジリングに触れたときだった。
    エルヴィンは左手の薬指に何かが触れる感覚がしていた。
    そして何気なく目線を落として指輪を確かめた。
  331. 359 : : 2014/02/07(金) 14:16:45
    「えっ…どうして?」

    ヒスイの中心に亀裂が走っていた。
    左手の拳を握り、その指輪を目を見開きまじまじと見つめ
    突然、胸騒ぎすると、喉を鳴らし息を飲んだ。

    「すまないが、今日はこれで失礼する…
    もしかして、アルミンに何かあったのかも――」

    エルヴィンは席から立ち上がると、いつもならイブキと離れるとき、
    名残惜しい表情を残しているのだが、それもなく
    ただ顔が強張り、その時は厳しい表情だけを二人に残していた。
    彼はヒスイに亀裂が入ったことで、アルミンに何か不吉なことが起きて
    それをミランダが知らせたのかと、いぶかった。
    そのために慌しく一人で帰宅することにしたのだった。

    「…エルヴィンさん?」

    イブキは駆け出すように帰宅するエルヴィンを見送りながら
    目線は空(くう)を見上げていた。
    それは妙な例えようがない感覚が胸に沸いてくると眉をしかめていた。

    「イブキさん…あなたは何か感じるのかな? 
    だけど、大変ね…二人に思われて…
    あなたが一緒にいてとても幸せと感じる人を選んでね」

    ミランダは茶目っ気が溢れる笑顔をイブキに向けると
    アルミンと同じように右手でイブキの左頭部の髪に
    触れるような仕草をすると、そのまま『ザカリアス』から消えた。
  332. 360 : : 2014/02/07(金) 14:17:04
    「今の何…?」

    イブキは言葉を発したと同時に涙が頬を伝った。

    「イブキ、どうした…?」

    ミケはイブキの涙を見た瞬間、戸惑い驚きの表情を浮かべた。

    「今ね…何か優しい空気というか、とにかく優しさが私を包んだ――」

    イブキが左手で自分の髪に触れると、表情は穏やかで
    美しさがさらに増しているようでミケは息を飲んだ。

    ・・・エルヴィンの指輪のヒスイといい、
    イブキのこの様子、まさかミランダが現われた?

    ミケはイブキから視線をそらすことができず、
    涙を拭ってあげたいが、美しさに心は奪われ
    そのまま見つめることしかできなかった。
    イブキが涙に濡れる瞳はミランダの優しさが生み出したものだと
    ミケは何となく感じていた。
  333. 361 : : 2014/02/07(金) 14:17:33

    「アルミン、大丈夫か!?」

    エルヴィンが急いでいたために
    乱暴に玄関のドアを開け、部屋の中に足音を立てて入ると
    リビングのソファにアルミンが座っていた。

    「父さん…」

    「よかった…無事か」

    エルヴィンが息子のアルミンの無事を確認すると
    ホッとした表情を浮かべ隣に座った。
    アルミンが伏し目がちでため息をついたため
    すかさず、エルヴィンはアルミンに話し出した。

    「どうした? 遅くまで起きて?」

    「さっき寝ていたら…ママに触れられたような感じがしたんだ――」

    「そうか…」

    ・・・どうして、ミランダが?

    エルヴィンがアルミンのその声を聞くと、
    改めて左手の薬指から指輪を見ながら
    それを外し目の前のテーブルに置いた。
    そして、突然この指輪の亀裂が走ったことを
    アルミンに説明すると、彼は目を見開き驚きの表情を隠せなかった。
    それは父であるエルヴィンがこの指輪を肌身離さず
    左手の薬指に輝かしていることを当たり前に知っているから――
    二人は急にミランダが恋しくなると久しぶりに
    アルミンが4歳の誕生日の時に撮られたDVDを
    鑑賞することにした。
    エルヴィンは身勝手だと思いながらも、
    イブキと出会って以来、見ることを避けている。
    そしてアルミンに接する笑顔のミランダは
    いつでも美しさを放っていて、
    右手で左頭部の髪の毛を触るクセも映っていた。
  334. 362 : : 2014/02/07(金) 14:17:55
    「やっぱり、ママが来ていたのかな」

    「かもしれないな…」

    そして再び、二人が座るソファの後ろにミランダが現われた。

    「あなたたち…前に進まなきゃ、
    私は新しい世界に旅立つけど、見守っているからね」

    二人の肩にそっと手を置くと、
    そのままミランダは二人に愛された笑みと共に
    夕暮れから闇夜へと空の色が変化するように姿を消した。
    エルヴィンとアルミンは目には見えない最愛の妻、
    そして母の感触をその肩で味わっていた。

    「今のは…ミランダ?」

    「父さん、そうだ、この温かさ、ママだよ」

    「だよな…」

    エルヴィンはアルミンに見つめられながら、
    そのまま涙を流し指先で目頭を押えた。
  335. 363 : : 2014/02/07(金) 14:18:14
    「父さん?」

    「…父さんな、ママを…ミランダを想いながら…
    イブキを好きになることに罪悪感を感じていたよ…」

    エルヴィンは目頭を押えながら、
    アルミンに自分の気持ちを告白していた。
    イブキを追い掛け回すくらい好きな気持ちはあるが、
    いつでも、ミランダの存在が心から消えることはなかった。

    「僕だってもちろん、ママのこと大好きだよ。だけど、父さんが
    幸せな方を選んでって、ママが現われたんじゃないかな」

    「えっ…そうかな」

    「だから、この指輪にもヒビが入ったかもしれない」

    アルミンがテーブルに置いている指輪を手に取ると、
    亀裂が入っていた石は真っ二つに割れていた。
    アルミンは手に取りながら、目を白黒させ驚き、
    エルヴィンは眉間にしわを寄せ、鋭いまなざしを指輪に注ぐ。

    「この固い石がキレイに割れてるってことは
    ママが潔く断ちなさいって言っているのかな…」

    「かもしれない…」

    エルヴィンは流れる涙をそのままにアルミンの手のひらから
    指輪を受取り、しばらく見つめると強く握り締めていた。
  336. 364 : : 2014/02/07(金) 14:18:27
    「このDVD、しばらく見ないほうがいいね」

    「そうしよう…」

    愛おしく大切にしていた妻の形見から作った指輪が割れてしまい、
    伏し目がちで、口数が少なくなったエルヴィンを横目に
    アルミンはミランダが笑顔で輝く映像を途中で停止した。
    父の前で気を張っているが、暗くなってしまった画面を見ながら、
    自分の心にポッカリと穴が開いているとアルミンは感じた。
    二人は最後まで見ず、映像を途中で停止させたのは初めてのことだった。
  337. 367 : : 2014/02/08(土) 12:13:32
    34)アルミンの祖父、現る (第2章最終話)

    「明日から…この空ともしばらくお別れだな…」

    イブキが自宅アパートを出ると、その日の雲ひとつない
    青空を見上げていた。ビルの合間から見える空は
    心地よくさせる。そして翌日からのスケジュールを考えながら
    足取り軽く歩いていると、聞き覚えのある声が響いてきた。

    「おい、よそ見しながら、歩いていると、危ないぞ!」

    「えっ…あー! ミケさん…!」

    イブキが見上げていた空からその声の方向に視線を送ると、
    ミケ・ザカリアスが車道を挟んだ向かい側から声を掛けてきた。
    そして、そのまま彼女の方へ近づいてきた。

    「変なところ、見られちゃったね」

    「車も通るところだし、ちゃんと前を見ないと――」

    「そうだよね…!」

    幼い子供がいたずらをして、親に見つかったときに
    注意され茶目っ気が溢れるような表情をイブキが浮かべると、
    その顔を見たミケはイブキの頭を軽くポンと触れた。
    頭を触れられたことで、イブキは嬉しさと恥ずかしさで
    頬を赤らめると、ミケは自分が彼女に咄嗟に触れた自分自身に驚き、
    その手を背中に隠していた。
  338. 368 : : 2014/02/08(土) 12:13:51
    「イブキ…すまなかった…今から出かけるの?」

    「えっと…昼時だし、『H&M』に行こうと思って」

    「そうか、俺も一緒に行っていいかい?」

    「もちろん!」

    イブキとミケは顔を見合わせると、二人はそのまま
    カフェ『H&M』に向うことにした。
    ミケはたまたま自分の店に行こうとしてたときに
    イブキと偶然に会っていたため、この偶然に対して
    目じりにしわを寄せていた。
    二人が到着した頃、テーブル席は
    ほぼ満席でいつもオーナーであるエルヴィン・スミスは
    ランチタイムはいつもだとカウンター席に座り、
    自分の予定や売り上げを確認することが多いが、
    それが出来ないほど接客に勤しんでいた。

    「イブキさん、いらっしゃい…あ、ミケも一緒か」

    「――悪かったな」

    エルヴィンはガラスのドア越しに
    嬉しそうな表情でイブキを見つけ
    カフェ内に招き入れようとしたとき、
    その後ろにミケがいることで、
    遠くを見るようなまなざしを注いでいた。
    しかし、ミケはその視線も意に介さず
    イブキと一緒だった為に溢れる笑顔で応戦していた。
  339. 369 : : 2014/02/08(土) 12:14:14
    「席は…ちょうど二人席が空いている…こちらへどうぞ――」

    「ありがとう! エルヴィンさん!」

    ・・・もうこの二人は…!

    イブキは二人に呆れた表情を浮かべると、エルヴィンに案内され
    ちょうど空いていて二人席に座ると、カフェ内は満席となった。

    「ミケさん、いいタイミングだったね」

    「そうだな…俺たちツイてるな――」

    ミケのその声を尻目にエルヴィンはリヴァイとユミルと共に
    接客や他のテーブルを片付けることに勤しんでいた。

    「オーナー…まぁ、こんな日もあるって…」

    「…『俺たち』って…何なんだ…え? リヴァイ、何だ?」

    「たいしたことじゃない――」

    ・・・人の話が聞こえない程、気になるのかよ

    リヴァイはエルヴィンがイブキに視線を送りながら
    接客することに苛立ち始めていた。
    そしてイブキとミケがプレートを持ちながら、
    ビュッフェのフードを選んでいると、エルヴィンが話しかけた。

    「イブキ、今日はここでは仕事はしないのか?」

    「仕事というか、明日から出張の鑑定があって
    その予定をここで立てようかと思って」

    「えっ…」

    エルヴィンがイブキが出張すると驚いた表情を浮かべると、
    ミケが間に入り品数で溢れたイブキのプレートを
    手に取っていた。
  340. 370 : : 2014/02/08(土) 12:15:01
    「イブキ、これは俺が席まで運ぶ…エルヴィン、お前は仕事中だろ?」

    「あぁ…そうだな」

    ミケはしたり顔をエルヴィンに向けると
    そのまま自分たちの席に戻っていった。
    イブキは席に座り、ナイフとフォークを持つと
    ミケと食事が出来ることの嬉しさで、
    予定を考えることが二の次になっていた。

    「忙しいんだな…」

    「そうね、この国に住む前は結構、
    出張鑑定していたけど、最近は…避けていたから」

    「どうして?」

    「えっ…まぁ…」

    イブキはミケとエルヴィンとすごす日々が
    最近感じたことのない充実感で
    離れてたくない気持ちで溢れていた。
    特にミケと顔を見合わせていると幸せな気持ちに
    包まれることを感じている。

    「今回の出張ね、久しぶりだから、
    数カ国回るし…長期だから、2週間の予定だよ」

    「えっ、2週間も!?」

    ミケは予想以上の長期間のために思わず大きな声を
    出すくらい反応していた。そしてその声を聞いたエルヴィンは
    イブキの出張期間であろうと想像して、
    テーブル席に行きたい気持ちで落ち着かなくなってきた。
    その様子を見ていたリヴァイは舌打ちをした。
  341. 371 : : 2014/02/08(土) 12:15:18
    「オーナー…今はあの二人と話すのはダメだ…
    せめて忙しさのピークが過ぎてからだ」

    「あぁ、わかっているよ」

    二人に視線を向けるエルヴィンに対して
    リヴァイは呆れ顔だった。
    そして、ランチタイムが終盤になった頃、
    カフェ内が落ち伝来るとアルミンが学校から直帰して
    カウンター席に座り、ハンジにまかない料理を頼んでいた。

    「アルミン、今日は早いのか?」

    「うん、今日は授業が午前中で終わったんだ!」

    「そうか…ところでお前の親父、相変わらず忙しいぞ…」

    アルミンはカウンター席でリヴァイに話しかけられ
    そして父であるエルヴィンの様子を聞かされ
    目でその姿を追うと、ため息をついた。

    「と、父さん…」

    アルミンの視線の先のエルヴィンはトレイを手に持ち、
    その上に片付ける食器を乗せながら、
    イブキの手帳をミケと共に覗き込んでいた。

    「まったく…あのトレイ、あぶねー…俺が取ってくる――」

    「リヴァイさん、すいません」

    アルミンは不機嫌な様子のリヴァイに決まりが悪い顔を浮かべ
    肩をすぼめるとそのまま大人しくカウンター席に収まっていた。
  342. 372 : : 2014/02/08(土) 12:15:50
    ・・・父さん、イブキさんの前で、なんでそんなに大人気ないんだよ――

    アルミンは恥をかかされたような気分で、顔を引きつらせていた。

    「アルミン、おまちどうさま…」

    ハンジ・ゾエがアルミンが座るテーブル席にその日のまかないの
    ランチプレートを差し出すと、彼女の視線の先にはやはり
    エルヴィンがいた。

    「あなたのお父さん…仕事そっちのけで何してんだか…」

    「ホントだよね、ハンジさん」

    ハンジが視線を送っているとエルヴィンは
    アルミンがカウンターに座っていることに気がついた。

    「アルミン、来ていたのか」

    「今朝、午前中で授業が終わるって…話さなかったっけ?」

    「あぁ…そういえば…話していた…?」

    ハンジとアルミンは改めて呆れた顔でエルヴィンを見つめるが
    夢中になっているイブキがライバルであるイブキと一緒にいるのなら
    仕方ないと半ばあきらめていた。
  343. 373 : : 2014/02/08(土) 12:16:07
    アルミンがハンジと話しながら、食事をしているとそのとき
    恰幅のいい大柄の男性がカフェに入ってきた。
    年齢を重ねた目じりのしわと白髪頭、
    そしてあごから口にもとにかけて生やした白い髭は
    短く整えられていた。
    その姿がカフェ内で晒されると、アルミンは息を飲んだ。

    「おじい…ちゃん、どうして?」

    「アルミン、久しぶりだな」

    その人物はアルミンの亡き母、ミランダの父親、
    祖父のダリス・ザックレイだった。
    小さな銀縁のめがねの淵に輝く目は鋭くアルミンを睨んでいた
    アルミンの祖母が最近、電話をしたときのことだった。
    何気ない会話でアルミンが
    『夜は一人でいることが多い』と話してしまい、
    それを聞いたザックレイは心配で
    普段は遠い街に住んでいて、めったに会えないが
    アルミンの様子を伺いにやってきていた。

    「アルミン…夜は一人が多いってどういうことなんだ?」

    「え、何の話…?」

    「おばあちゃんと電話で話したとき、
    夜は一人が多いって言っていたそうじゃないか?」

    ザックレイの低く野太い声がエルヴィンの耳元へ届くと
    久しぶりにやってきた義父の姿に目を見開き
    アルミンのそばに近寄ってきた。

    「お義父さん…ご無沙汰です」

    「エルヴィンくん…元気そうだな――」

    「おかげさまで…」

    「だが、アルミンを寂しくさせていないか?」

    「いや、そんなことは…」

    エルヴィンは夜の営業が終わるとなるべく早く帰っているが
    それでも深夜過ぎに帰ることが多いため、
    目を逸らして気まずい表情を浮かべていた。
  344. 374 : : 2014/02/08(土) 12:16:30
    「やっぱり、そうじゃないか…確かに君はミランダが死んで以来、
    一人でここまで孫のアルミンを立派に育てたことには感謝する。
    だがな…」

    ザックレイは息を飲みながら話し続けた。

    「孫を一人ぼっちにさせて寂しい思いをさせるのは許さん…」

    エルヴィンはザックレイに鋭い眼を注がれると
    再び目を逸らすと、うつむき加減になった。
    ミランダを守れず、交通事故とは言え早く死なせてしまったことを
    負い目に感じていて、ザックレイには何も反論は出来なかった。

    「おじいちゃん、僕はそんな子供じゃないんだから、
    そんなに寂しくないよ――」

    「アルミン、おまえは黙ってなさい」

    アルミンが口を挟むと野太く低い声で制止されると
    やはり黙り込んでしまった。そして父親の顔を立てる為に
    庇っているのだと勘ぐっていた。
    エルヴィンが言われっぱなしのため、そばで見ていた
    ハンジも話しに加わることにした。

    「あの…ザックレイさん、私もアルミンと食事したりとか…
    一緒に接する時間、夫のモブリットを含め、結構あるんですよ」

    「そうだよ!おじいちゃん! ハンジさんはお母さんみたいに
    とても優しくしてくれるんだよ」

    ザックレイの鋭い眼差しは相変わらず続いたままだった。

    「ハンジさん、あなたは確かにミランダが生きていたころから
    世話になっているは知っている。だけど、
    それでも一人で寂しい思いをしているのではないか?」

    ハンジもザックレイの野太い声で指摘されると、
    肩をすぼめ黙って聞くしかなかった。

    「エルヴィンくん…私は孫のアルミンとは
    めったに会えないないがたまに会うときの成長が楽しみなんだよ。
    それとは別にやっぱり、一人で過ごす時間が多いのは…納得できんよ」
  345. 375 : : 2014/02/08(土) 12:16:49
    「――だから、おじいちゃん、僕は平気だよ」

    落ち着いた口調になってきたザックレイに対して
    アルミンもすかさず自分の気持ちを伝えても
    信じてもらえなかった。

    「エルヴィンくん…君はどうして、再婚しないのか?」

    「はいっ!?」

    エルヴィンは唐突にこれまでの話の流れとはまったく違うことを
    口にしたザックレイにさらに戸惑い唖然とした表情を向けていた。

    「そんな『ちゃらちゃら』した格好をしおって…相手はおるんだろうな?」

    「いや、その…」

    高級ブランドのスーツに身を包むエルヴィンの姿は
    ザックレイから『ちゃらい』という印象を与えていた。
    そして鋭い視線と野太い声に押され、
    エルヴィンはしり込みして、目を泳がせていた。

    「アルミンが寂しい思いをしているのは、きっと母親がいないからだ――」

    「お義父さん、何を…?」

    「私は…もし、君がミランダを想い、再婚をとどまっているのは
    父親として嬉しい。だが…やはり、アルミンには母親は必要だ」

    「あの、突然…何をおっしゃるんですか?」

    「――実はお見合いの話を持ってきたんだ」

    ザックレイはおもむろに自分のバックの中から
    そのお見合い相手の写真を探し出した。

    「あの…お義父さん、僕はお見合いなんて…困ります――」

    エルヴィンは焦りの表情を浮かべながら、
    イブキとミケが話すテーブルに視線を送ると、
    二人は様子に気づいているが、楽しげな雰囲気で
    談笑していることには変らなかった。
    しかし、エルヴィンの困っている眼差しを見た
    イブキは立ち上がり近づいていった。
  346. 376 : : 2014/02/08(土) 12:17:15
    「イブキ、どうした…?」

    ミケは突然の行動で顔を引きつらせ、
    イブキの歩む先を目線で追いかけていた。
    彼女がいたたまれずに
    その場を収めるつもりでエルヴィンそばに立ち、
    ザックレイに言い放った。

    「初めまして…私、エルヴィンさんとお付き合いさせて頂いています、
    イブキと申します」

    「ええええーーーっ!!」

    丁寧にお辞儀をして挨拶するイブキに周辺に居た皆は驚きの表情を
    隠せず、特にミケは席から立ち上がり唖然としていた。

    「なんだ…エルヴィンくん、交際相手がいるのなら、それを先にいいたまえ」

    ザックレイが安堵した表情浮かべると
    エルヴィンはすかさず、言い放った。

    「はい、結婚前提でお付き合いしています――」

    エルヴィンのその手は調子に乗りイブキの肩を抱いていた。

    「何だと…? エルヴィン…!」

    エルヴィンのその発言に
    目を見開き口をあんぐりと開ける
    イブキを見たミケは、怒りで眉間にしわを寄せ
    二人のそばに近づこうとした。
    その様子を見たアルミンがカウンター席から立ち上がった。
  347. 377 : : 2014/02/08(土) 12:17:30
    ・・・もう…おじいちゃんのせいで話がどんどんややこしくなる――

    アルミンは泣きそうな気持ちになったが、
    引きつった表情をどうにか隠し
    ザックレイの前に近づいた。

    「お、おじいちゃん! 僕、ホント寂しくないし、
    父さんだって、お付き合いしている人いるし、
    僕はいい人ばかりに囲まれて幸せなんだ!
    そうだ…! 久しぶりにこの街案内するよ!」

    「アルミン、それはいいな! だが、おじいちゃんは
    まだ話は終わってないよ――」

    「いいから、いいから…! おじいちゃん、早く行こうよ~!」

    アルミンはザックレイの手を引っ張り、
    甘えたような声を出すと、
    厳しい眼差しでエルヴィンと接していたはずなのに、
    孫に甘えられるとこれまでの表情がウソのように変わり
    一人の優しい祖父の姿になっていた。

    「まぁ…エルヴィンくん、話は帰ってからゆっくり、
    アルミン、そんなに慌てなくてもいいだろう」

    アルミンはエルヴィンにまるで『僕にまかせて』と言っているような
    強い眼差しを送ると、そのままザックレイの手を引っ張りながら
    ガラスのドアを開けると出かけていった。
  348. 378 : : 2014/02/08(土) 12:17:56
    「エルヴィン、どういうことだ…? 結婚前提ってのは?」

    「え? 『結婚前提』は結婚前提だよ」

    ミケはエルヴィンに詰め寄ると、今までザックレイの言動に
    怯んでいたはずなのに結婚宣言をして以来、顔が緩んでいた。

    「エルヴィンさん、ごめんなさい…
    あなたがあまりにも困った顔をしていたので
    その場を収めるつもりだったのに…」

    イブキはエルヴィンに抱かれている肩をそっと握り
    振り払おうとするが、エルヴィンの力の強さに顔が引きつっていた。
    ミケが鋭い眼差しをその手に注ぐと、エルヴィンはようやく力を緩め
    イブキの肩は解放されていた。

    「父は…正確にはミランダの父親なんだが…
    アルミンと連絡取ることが多いし、
    やっぱり、ミランダを…守れなかったから
    普段は気まずくてあまり話さないよ…
    イブキがその場を収めたと思う」

    エルヴィンはミケに対してこれまでイブキとの関係を
    形勢逆転が出来たと思うと、笑みを隠せなかった。

    「じゃあ、今日、じーさんは何しに来たって言うんだ?」

    「アルミンが心配で訪ねてきただけじゃないか…?」

    「ほう…」

    エルヴィンはミケから厳しく詰め寄られても
    表情は緩んだままだった。
    そしてザックレイが来た事により3人の関係が
    より掻き乱されてしまい、イブキはさらに戸惑いの表情を浮かべていた。
  349. 379 : : 2014/02/08(土) 12:18:12
    「あの…その場を繕うつもりだったのに…私は余計なことをしてしまった…」

    イブキはうつむきながら、肩を落とした。

    「イブキ、気にするな…父はめったに来ないし、
    俺はいい『助け舟』を出してもらったと思っている…
    でも、さっき言ったことは本気で――」

    「エルヴィン!」

    エルヴィンが流れに乗って自分の気持ちを打ち明けようとすると
    ミケはそれを阻止した。イブキは二人のやり取りをそばで見ながら
    とんでもない行動をとったと後悔していた。
    エルヴィンはプロポーズした気分になるが、ミケは引く気はない。

    「えっと…二人とも、私の出張は今夜、出発なんだ。
    この話、これ以上は不毛…私が帰ってから話し合わない?」

    「わかった…そうしよう」

    イブキはエルヴィンから返事を聞くと
    うつむき加減で自分の荷物を手に取った。
    そして二人の間で揺れ動く気持ちを抱えながら
    目をあわさずそのまま出て行ってしまった。
  350. 380 : : 2014/02/08(土) 12:18:27
    「なんだか…ますます面白いことになってきたね、リヴァイ…」

    3人のやりとりをずっと見ていたハンジは目を泳がし
    笑いを堪えながら、隣のリヴァイに話しかけた。

    「面白いこと…って当事者は大変だろうよ」

    「イブキさん…この際、もう二股でいいじゃん! 
    そこまで二人に思われているんだったら」

    「そんなバカな…」

    リヴァイはハンジの冗談なのか
    本気かわからない発言を聞くと舌打ちをしていた。
    アルミンの心配でやってきたはずのザックレイの出現により
    3人の関係が簡単には解けない、
    複雑に絡み合う赤い糸のようになってしまった。

    イブキの出張予定は当初、2週間のはずだった。
    それが、3週間過ぎても戻らない。
    身内であるミカサ・アッカーマンのところにも連絡がない。
    スマホ以外の連絡先がないため、
    ミケやエルヴィンはただ心配で、
    切ない気持ちを抱えながら連絡を待つしかなかった。
    第3章へ続く――
  351. 381 : : 2014/02/08(土) 12:18:42
    ★あとがき★

    第2章はエルヴィンとミケ、そしてイブキの恋愛を多く描きました。
    そして第3章はイブキはどうなるのでしょうか…。
    また二人だけでなく、他のキャラたちの恋愛事情も描きましたが、
    進撃の巨人の世界では特に巨人の前では
    容易く命を落としやすい環境だと想像します。
    そのため、非日常の過酷さだけなく、
    私のSSでは日常にありそうな過酷であろう
    恋愛を体験してもらいました。
    第3章も引き続き恋愛事情もあると思いますが、
    それ以外の出来事も紆余曲折を含めながら、
    『心臓を捧げない』方向で描いていきたいと思います。
    長くなりましたが、第3章はネタを集めてから、更新しますので
    UPまで少しの間、お待ちください。
    引き続き皆様よろしくお願い致します。
    お読みいただいて心から感謝致します。
    誤字脱字には気をつけていますが、相変わらず多く、
    ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

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lamaku_pele

女上アサヒ

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