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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

容疑者 オルオ・ボザド~史上最悪の3日間~【オルオ誕SS】

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  1. 1 : : 2014/12/27(土) 22:17:05
    こんばんは。執筆を始めさせていただきます。

    今回は、きたる1月6日、オルオ・ボザドの誕生日企画です。詳しくは、こちら→http://www.ssnote.net/groups/964
    よろしくお願いします。

    条件はこちら↓↓↓

    * 亀更新

    * オルペト要素あり

    * 物語が進むにつれ、矛盾するところが出てくるかも

    * 作者の妄想設定あり

    * 読みやすさを優先し、コメントは制限させていただきます。

    …以上の条件でも良い、という方は、ぜひどうぞ…
  2. 2 : : 2014/12/27(土) 22:28:33
    「祝賀会?」

    リヴァイから発せられたその言葉に、ペトラは眉を寄せた。


    ここは、旧調査兵団本部。調査兵団のなかで結成された、特別作戦班、通称リヴァイ班の兵士4人は、食堂に集められ、上官であるリヴァイの言葉に耳を傾けている。

    「…ああ。」

    リヴァイは続ける。

    「内地の貴族から直々に誘いを受けた。なんでも、その貴族の息子が婚約したらしくてな…」

    「しかし兵長…そんな我々と直接縁もゆかりも無い人物から、どうしてそんな…」

    おそらく、今まさに4人が抱いているであろう疑問に、グンタが代表して口を開く。

    リヴァイは、うんざりとした様子で息をつき

    「…俺もそいつの顔すら知らねぇが、エルヴィンの話では、その貴族は壁外調査にかかる莫大な資金を、毎回かなり多く投資しているらしい…」

    「つまり…我々には、この誘いを断るという選択肢は無い、ということですね…」

    エルドの解釈に、リヴァイは目を伏せ

    「…そういうことだ。」

    「しかし兵長…人類最強の兵士と詠われるリヴァイ兵長だけならまだしも、なんで俺たちまで招待されたんスかね…」

    オルオの疑問に、リヴァイはそっけなく

    「…知るか。」

    そして、この話はこれで終わりだ、とでも告げるかのように、リヴァイは席を立つ。

    「会は2日後だ。それまでに、各々準備しておけ。」

  3. 3 : : 2014/12/27(土) 23:15:07
    リヴァイが食堂をあとにし、残った兵士たち4人は、そろって肩をすくめた。

    「貴族のパーティーなんて…私、初めてだわ。」

    困り顔のペトラ。その表情は、他の3人の男たちも大して変わらず

    「俺もだ。しかも、2日後だろ。いくらなんでも、急すぎるよな…」

    愚痴めいた台詞を吐くエルドに、グンタは

    「仕方ないさ。内地の貴族の気まぐれは、今に始まった事じゃない。俺たちは、黙って上の指示に従うだけだ…そうだろ?」

    その言葉に、エルドは力無く微笑むと

    「…そうだな。」

    「でも…準備っつったって…何かあるのか…?」

    戸惑い顔のオルオに、ペトラは顎に手を当て

    「そうね…やっぱりパーティーなんだし、ちゃんとした服装で出席しなきゃね。」

    「そうだな…明日は非番だし、実家に戻ってタキシードを引っ張り出してくるか…」

    「エルドは自前のがあるのか…俺はどうするかな…」

    そんな3人の様子に、オルオは呆れた表情をしてみせ

    「そんなの、普通に兵服でいいだろ…俺はお前らと違って形にはこだわらない…なぜだか分かるか…それはお前らが俺の域に…」

    「そうだわ!私、この機会にドレス新調しようかしら!」

    オルオの言葉を完全に無視して、ペトラは声を上げる。

    一瞬ひるんだ様子をみせたオルオだったが、めげずに続ける。

    「フッ…ペトラ、俺に早々と花嫁姿をみせたいか…しかしそれにはまだ必要な手順を…」

    「こうしちゃいられないわ!私、町に行ってくる!」

    ペトラはそう言うが早いか、一目散に食堂を出ていった。

    またもや無視され、情けない顔をするオルオの肩に、エルドは手をのせると

    「…オルオ、バカなこと言ってないで、ペトラのドレス姿、楽しみにしてろよ。」

    グンタも笑って

    「そうだぞ。なかなか見られるものじゃないからな。」

    オルオは、想像してみた。

    ペトラのドレス姿。

    可愛い…きっと、可愛いにきまってる。

    しかし、素直に楽しみだ、とも言えず、オルオはその頬を赤く染めたまま

    「うっ…うるせぇよ!!!」

    と、言い放ったのだった。

  4. 4 : : 2014/12/28(日) 13:56:56



    <アスペルマイヤー家にて>


    「何度言えば分かるんだ、このクソ親父!!!」

    青年は机に両手を叩きつけると、目の前で平然と自分を見つめる父に向かい、叫ぶ。

    「あいつらは…調査兵団は、ただの死に急ぎ集団だ!あんな奴らにこれ以上加担する必要は無い!金をドブに捨てるようなものだ!」

    激する息子を前にして、アスペルマイヤー家当主、アヒム・アスペルマイヤーは、静かに口を開く。

    「…お前は何も分かっとらんようだな…」

    父からの意外な言葉に、息子、ブルーノは怒りに震えながらも、静かに応じる。

    「どういう…ことだよ…」

    アヒムは言った。

    「人類は壁の外に出るべきだ。壁に囲まれ、平和を謳歌していた時代は5年前に終わった。それもあっさりと。我々は、巨人に対して全くもって無知であり、無力だ。にもかかわらず、果敢に挑み続けているのが、他ならぬ調査兵団だ。入団し、彼らと共に戦うという手段もあるが…あいにく私は、年をとりすぎている。だから、資金援助、というかたちで協力…いや、私はこの手段をもって、彼らと共に戦っているつもりでさえいる…おこがましいがな…」

    父が口を閉ざすと、ブルーノは悲しげに首を振った。

    「狂ってる…親父、あんたの頭は、調査兵団の奴らと同じ…狂ってやがる…」

    アヒムはそんな息子を見据え、言った。

    「2日後のお前の祝賀会に…その頭の狂った調査兵団の兵士を招待したのはブルーノ…お前だったな…」

    ブルーノは、不敵な笑みを浮かべ

    「…なぁに、親父へのほんの親孝行さ。親父だって、大好きな調査兵団の…しかも、かなりの精鋭だっていう兵士を、間近で見てみたいだろ?」

    アヒムは、息子に鋭い眼光を向け

    「ブルーノ…何を企んでいる…」

    ブルーノはそっぽを向き

    「…さあな。」

    そう言い残し、部屋を出ていった。

    1人残されたアヒムは、思案するように静かに、目を伏せた。
  5. 5 : : 2015/01/04(日) 21:54:20
    【 1日目ー9:40 a.m.】

    「わぁー、すてきね!」

    アスペルマイヤー家の敷地に入るなり、ペトラは感嘆の声を上げた。

    さすがはシーナの貴族のなかでも、有力者の部類に入るアスペルマイヤー家の屋敷とあって、屋敷の外観だけでなく、広大な庭の手入れも、充分行き届いており、ペトラだけでなく、グンタ、エルド、そしてオルオも、目を丸くしながら、キョロキョロと周りを見回している。

    そんななか、リヴァイは1人まっすぐ前を向き、そんな班員たちを率いている。


    「きゃあ、庭で立食パーティーするのね!」

    祝賀会は、どうやら庭で行われるようだった。

    並べられたテーブルの上には、豪華な料理が並べられ、すでに大勢の着飾った男女が、ワイングラスを片手に、談笑している。

    「ほらみんな、早く早く~!」

    いつも真面目に職務をこなす姿とはうって変わって、無邪気にはしゃぐペトラ。

    肩まで伸びた髪を、今日はふわりとカールさせ、イエロー・ゴールドのパーティードレスに身を包んだペトラは、まるで花の周りを飛び交う妖精のようだ。

    「ペトラ…あまりはしゃぐな。」

    4人とはちがい、いつものポーカーフェイスを保ったままのリヴァイが、静かに言う。

    「あ…すみません、兵長…」

    頬を染め、ペトラは、しゅんとうつむいた。

    だがその姿でさえ、とても愛らしいのだった。
  6. 6 : : 2015/01/04(日) 22:34:42
    「調査兵団の方たちですね?」

    そう声をかけられ、ペトラたちは、声のする方を見た。

    するといつの間にか自分たちのそばに、1人の男が立っていた。

    男は続ける。


    「申し遅れました。わたくし、アスペルマイヤー家の執事をしております、ヘルマン・ブラッハーと申します。」


    燕尾服に身を包み、髪はオールバックにまとめ、銀縁のメガネをかけている彼は、表面上は笑顔をみせているものの、その瞳は冷たい眼光を放っており、くわえて、完璧すぎる身のこなしが、ペトラたちに、“冷徹”という印象を、早くも植え付けた。

    人としてはともかく、執事としては、彼は優秀な存在なのだろう。

    「…いかにも、俺たちは調査兵団の兵士だが…」

    リヴァイが応じる。ヘルマンは、その顔に笑みを張り付けたまま

    「ようこそ、おいでくださいました。我が当主、アヒムさまも、皆さまを心待ちにしていらっしゃいます。」

    その言葉に、リヴァイは眉間のシワを深める。

    「俺たちはそのアヒムではなく、息子のブルーノに招待されて来たんだが…?」
  7. 7 : : 2015/01/06(火) 22:35:45
    その言葉に、ヘルマンの瞳が冷たい光を放つのを、リヴァイらは見逃さなかった。班員らに、緊張が走る。

    ヘルマンは言った。通りの良い声で、静かに。

    「もちろん…ブルーノさまも、皆さんにお会いするのを、楽しみにしていらっしゃいましたよ…本当に、待ちきれないほどに、ね。」

    息をのむリヴァイらを尻目に、ヘルマンはにこやかに一礼すると

    「では、失礼いたします。」

    と、立ち去っていった。

    リヴァイは、その心の内を読みとろうとするかのように、鋭い視線を彼の背に向けていたが、ふと視線を外すと

    「…いくぞ。」

    と、班員らを促し、パーティー会場へと向かった。



  8. 8 : : 2015/01/06(火) 22:56:04
    【 ー9:52 a.m.】

    「うおっ…うまそうだな…」

    結局、飛び込みの貸衣装屋で借りたタキシードに身を包んだオルオは、さっそくテーブルの上の料理に手を出そうとする。

    「バカ…挨拶が先だろ。」

    そこを、リヴァイに咎められ、オルオはしゅんとなり

    「…すんません…」

    「さっさと捜すぞ。そのブルーノとかいう奴をな…」

    リヴァイを先頭に、再び移動を始めようとする時、ペトラは、オルオに呆れた表情をみせ、一言。

    「バーカ。」

    「…るせっ。」

    オルオは、そう反撃したものの、可愛らしく着飾ったペトラがまともに視線に入ると、胸の高鳴りが止まらないのだった。
  9. 9 : : 2015/01/07(水) 14:43:16


    人類最強の兵士、リヴァイ。

    そう世間から謳い評される彼には、当然すぐに人だかりができ、ペトラたちは、たちまち輪の中からはじき出されてしまった。

    「もう…挨拶どころじゃあないわね…」

    ため息をつくペトラ。

    「さすがリヴァイ兵長。大人気だな。」

    エルドも肩をすくめる。

    「どうする…兵長はしばらく動けそうにないし、俺たちだけでブルーノを捜すか?」

    グンタの言葉に、オルオはテーブルの上の料理をチラ見しながら

    「もう、挨拶なんていいだろ…」

    「オルオ…早く料理が食べたいんでしょ。やめなさいよ、意地汚い。」

    ペトラに言われ、オルオは情けなく顔を歪ませる。


    「ねぇ、君…」

    いつの間にか、ペトラの隣に、1人の男が立っていた。高級そうなタキシードに身を包み、片手にはグラスを持っている。中身はミネラル・ウォーターのようだ。

    男は続ける。

    「君、名前は?」

    ペトラにきいているらしく、ペトラはいぶかしげな表情のまま

    「私ですか…ペトラ・ラルといいます…」

    「ペトラ、か…」

    すると男はいきなり、ペトラの肩を抱く。

    「きゃっ…」

    ペトラが声を上げるのも構わず、男はペトラを抱き寄せる。

    「可愛いねぇ…今夜、俺の家に…」

    そんな男の言葉を遮ったのは、オルオだった。

    ペトラの肩を抱くその左手を、つかみあげる。

    「おいあんた…いきなり、何しやがんだ!」
  10. 10 : : 2015/01/07(水) 15:04:03
    「なんだてめぇ…まさか、この女の恋人か?」

    男はそう言いつつも、どうせ違うんだろ、と言わんばかりに、皮肉な笑みを浮かべる。

    痛いところを突かれ、オルオは一瞬怯んだものの

    「そんなこと、どうでもいいだろ!この手を放せ!ペトラ、嫌がってるだろうが!」

    すると、男の表情が色めき立つのが分かり、エルドとグンタが口を出そうとした、その時

    「どうしました、ブルーノさま…」

    現れたのは、執事のヘルマンだった。

    ブルーノと呼ばれた男は、ふとペトラから手を放し

    「別に?ほんのご挨拶さ。」


    ブルーノ。


    その名前に最初に反応したのは、グンタだった。

    「あの…ブルーノってまさか…」

    その言葉に、ヘルマンが応じる。

    「はい。このお方が、あなたたちを招待した張本人…ブルーノ・アスペルマイヤーさまです…」
  11. 11 : : 2015/01/07(水) 21:18:35
    言葉を失うペトラたち4人に、ブルーノは得意げな様子で

    「そうか…お前らが、俺が招待した調査兵団の精鋭か…なら、俺の言うことに逆らえるわけねぇよな。」

    そしてブルーノは、再びペトラの手を握ると

    「なぁペトラ…俺と一緒に…」

    「あなたは…!」

    エルドが言う。

    「あなたはすでに、婚約なさっているのでしょう!?そして、今日はその祝賀会…にもかかわらず、そんな事をして…恥ずかしいと思わないのですか!?」

    グンタも、静かに口を開く。

    「この会場に、あなたのフィアンセもいらっしゃっているのでしょう?この辺で、おやめになったほうが…」

    2人の言葉に、ブルーノはせせら笑い

    「リリーのことなんか、気にする必要はねぇよ。どうせ今回の結婚は、家同士のただの決め事だ。それより、なぁペトラ…あいつの代わりに今夜俺と…」

    ブルーノにそう迫られるも、相手が貴族の有力者の息子だと知り、おおっぴらに嫌な顔もできず、ペトラはひきつった笑みを浮かべる。

    「…の野郎っ…!」

    そこへ、オルオがブルーノに向け、その拳をぶつけようとする。

    だが、その拳がブルーノの顔面へと届く事はなかった。
  12. 12 : : 2015/01/07(水) 21:30:31


    「へっ…兵長…」

    リヴァイが自らの右手で、オルオの拳を受け止めていたのだ。

    「…あらかた状況は理解した…」

    オルオの拳を下げながら、リヴァイが言う。

    「…俺の部下が、大変失礼な事をした…すまない…」

    なんとリヴァイは、そう言うなり、ブルーノに向かい頭を下げた。その光景に、オルオだけでなく、ペトラ、エルド、グンタも驚く。

    リヴァイは、オルオの方を見

    「オルオ…お前も謝れ。」

    上官に頭を下げさせておいて、自分が謝らないわけにもいかず、オルオはブルーノに向かい、深々と頭を下げ

    「も…申し訳ありませんでしたぁっ!!!」

    その様子に、ブルーノは満足そうにうなずき

    「ま、分かればいいんだ。分かればな。」

    次にリヴァイは、ペトラの手を握り続けるブルーノの手をつかみ

    「…だがしかし…俺の部下に手を出す真似は…許すわけにはいかねぇ…」

    「なんだとこ…の…」


    その目。


    リヴァイの、ブルーノを見るその目は、先ほどのオルオと同じく、怒りや非難といった感情が込もってはいるものの、その迫力は、オルオの比ではない。

    ブルーノはすぐさまペトラから手を放すと、媚びるような笑みを浮かべ

    「ほっ…ほんの冗談だよ…じゃあ俺はもう行かないと…リリーのやつが、待ってるからな。」

    そう言うなり、足早に去っていった。

    一連の様子を見届けていたヘルマンも、一礼し

    「間もなく当家の主人、アヒムさまより、ご出席いただいた皆さまに、ご挨拶をしていただきます。では、失礼します。」

    と、去っていった。
  13. 13 : : 2015/01/08(木) 08:00:43
    リヴァイは、ブルーノに握られた右手を、いまいましげに振るペトラに

    「…平気か?」

    と声をかける。ペトラは慌てて振るのをやめ

    「はっ…はい、兵長。その…助けていただいて、ありがとうございます。」

    リヴァイは、何事も無かったかのように目をそらすと

    「いや。構わん。」

    オルオは、というと、ペトラを守れなかったうえに、上官のリヴァイ兵長にまで迷惑をかけてしまい、自分が憎らしいやら情けないやらで、完全にしょげていた。

    ペトラはそんなオルオの腕に、そっと手を添えると

    「オルオも…ありがとね。」

    ペトラの顔を、オルオは見た。

    頬を朱に染め、彼女は微笑んでいる。この自分に向かって。

    「いっ…いや…別に気にすんなよ…」

    さっきまでの落ち込みは、どこへやら。

    「そんなことより…ほら、行くぞペトラ…エルドもグンタも。兵長、先に行っちまうぞ。」

    そう言うとオルオは、ウキウキとリヴァイの後ろを歩きはじめる。

    残されたエルド、グンタ、そしてペトラは、お互いに苦笑し合うと、オルオのあとに続いた。
  14. 14 : : 2015/01/08(木) 22:44:47
    【ー10:12 a.m.】

    「皆さま…」

    会場、屋敷側奥より、声がする。

    それが誰から発せられたものなのか、皆瞬時に察したらしく、たちまち会場は静まり返った。

    招待客らの視線の先には、いかにも紳士、貴族といった雰囲気をまとった初老の男が、招待客と向き合うかたちで立っていた。

    初老の男は続ける。


    「本日は、我が息子、ブルーノの婚約祝賀会にお越しいただき、ありがとうございます。私がこのアスペルマイヤー家当主、アヒム・アスペルマイヤーです。」


    ペトラは、ふとアヒムの左隣に視線を移した。

    ブルーノだ。

    ブルーノと、ピンクのドレスに身を包んだ金髪の女性が、新郎新婦よろしく、並んで座っている。

    その光景に、ペトラは眉を潜める。

    ほんの少し前まで、他の女性に声をかけていたくせに、いけしゃあしゃあとフィアンセの隣に座るブルーノに対し、ペトラは嫌悪感を抱くとともに、相手の女性に同情すらしていた。

    次にペトラは、そのブルーノのフィアンセを見た。

    夫となる男性の隣でしおらしく座るその女性は、いかにも良家のお嬢様、といった印象で、その華奢な体つきに、ペトラは自らの体と見比べ、思わずため息をついた。

    「紹介しよう…」

    アヒムは、ブルーノの方を見


    「こちらが、私の息子である、ブルーノ・アスペルマイヤーです。」


    ブルーノは、招待客に向け、軽く頭を下げる。


    「そして…こちらの女性が、今回息子のブルーノと婚約した、リリー・ボルマンさんです。」


    リリーと呼ばれたその女性は、伏せていた瞳をうっすらと開き、会釈する。



  15. 15 : : 2015/01/10(土) 22:11:13
    リヴァイは、表情こそ変えなかったものの、たった今挨拶を終えた3人に、どこかきな臭いものを感じていた。

    まず、ブルーノ。

    なぜわざわざ、調査兵団の兵士である自分たちを招待したのか。

    そして、先ほどの小競り合いは、わざと大げさにペトラに絡んでいたようにもみえた。

    しかし、一体何のために…

    次にアヒム。

    おそらく、普段から息子との折り合いは、あまり良くないのだろう。父、アヒムの表情からは、息子の婚約を喜んでいる様子は微塵も感じられなかった。

    ただ無表情に、淡々と事を進めている。

    これがもともとの彼の人柄なのだろうか。しかしそれは、アヒムと親交の無いリヴァイにとっては、推測の域を出ない。

    そしてリリー。

    女の事は未だに良く理解できんが…。

    リヴァイは、自分のなかでそう前置きし、リリーを見た。

    彼女もまた、ブルーノとの婚約を喜んでいるようにはみえなかった。

    しかし、その瞳には、なにか使命感のような、そんなはたから見れば理解しがたい感情が宿っているようにもみえる。


    …と、いったん思考を巡らせてみたが…

    リヴァイは息をついた。

    この一家が今後繁栄しようが没落しようが、自分には関係の無いことだ。

    もっとも、そんなことを他人に…たとえば、エルヴィンにでももらしてみれば

    「調査兵団の大事なスポンサーが、没落されては困るだろう。」

    と、眉をしかめるにちがいないだろうが、リヴァイにとっては、些細な問題に過ぎなかった。
  16. 16 : : 2015/01/10(土) 23:27:28
    【 10:30ーa.m.】

    それから、しばし談笑の時間となった。リヴァイの周りにはまたしても人だかりができてしまい、仕方なくペトラたちは、少し離れた場所でパーティーを楽しむことにした。

    「こら、オルオ!その服借り物でしょ!?シミ付いたら大変じゃない!」

    華やかな雰囲気の会場に、ペトラの怒鳴り声は良く響く。

    「しょうがねぇだろ…これ、食べにくいしよ…」

    オルオは、慣れない高級料理に悪戦苦闘しながら、口ごもる。

    「だったら、せめてナフキンを当てるとか…ほら、もうここに付いてる…」

    ペトラはそう言うなり、オルオの服に付いたソースを、せっせと拭きはじめる。

    「やめろって。ガキじゃあるまいし。」

    「だったら、ちゃんとしなさいよね。」

    そんな2人を、ワイングラスを持ったエルドとグンタが、笑いながら見ている。

    「はは。まるで親子だな。」

    エルドが言う。

    ペトラとオルオ。どちらが子で、どちらが親であるかは、説明するまでもない。

    ペトラはエルドをにらみつけ

    「何言い出すのよエルド!変なこと言わないでよね!」

    オルオも

    「まったくだ…こんな口うるさいのが母親だなんて、想像するだけで、ぞっとするぜ。」

    「私だって、こんな可愛くない息子なんて、いらないわよ!」

    「なっ…お、俺だって少しは可愛いとこくらい…」

    「何何何!?オルオの可愛いとこって。ぜんっぜん思いつかないけど!?」

    「フッ…それはなペトラ…お前が俺の域に達…」

    「こんなところにまで、リヴァイ兵長のモノマネ持ち込まないでよね!」

    すると、今までにこやかにその様子を見守っていたグンタが、ふと顔を引き締めた。

    どうやら、周りの貴族たちから、自分たち(とくにペトラとオルオ)は、奇異な目で見られはじめているようだった。

    グンタは、いまだに言い争っている2人に、声をかけることにした。
  17. 17 : : 2015/01/11(日) 15:11:08
    【 10:37ーa.m.】

    「おいおいお前ら。いい加減にしろ。」

    グンタの言葉に、ペトラは周りの雰囲気を察したのか、気まずそうに口をつぐむ。

    オルオは料理をテーブルに戻し、ナフキンで両手と口を拭うと

    「ちょっと俺…トイレ行ってくるわ。」

    と、屋敷のほうへ歩を進めていった。

    オルオがトイレへと向かってからしばらく経つと、会場のどこかから、執事のヘルマンの声がした。

    「ブルーノさま!お酒はほどほどにしてください!お客様の前ですよ!」

    ヘルマンの声は大きく、おそらくこの会場内にいる誰もが聞いていたことだろう。

    ペトラは再び眉を寄せた。

    あのバカ息子ときたら。またハメを外しているんだわ…。

    イラ立ちがどうにも治まらなくなったペトラは、グラスに注がれたワインを一気に飲み干そうとし…むせ返してしまったのだった。
  18. 18 : : 2015/01/11(日) 15:19:35
    【 10:42ーa.m.】

    屋敷の入り口に立つ執事に、トイレを借りに来たと伝えると、すぐに扉が開かれ、場所を説明された。

    トイレは屋敷を入って右。厨房の前を通りすぎて、突き当たりを左だという。

    オルオは小さく、どうも、と頭を下げると、おずおずと屋敷の中へと入っていった。


    【 10:45ーa.m.】

    屋敷内はとても静かだった。皆、庭で行われているパーティーに駆り出されているのだろう。

    オルオは、厨房の前を通りすがった。厨房の扉は開いている。

    ふと、“何か”が視界の端に入る。

    なんだろうと、オルオは厨房の中を覗いた。

    そこには…

    「おっ…おい…」

    ブルーノだ。ブルーノが、自分とちょうど向かい合うように、仰向けに倒れている。

    死んでいるのだろうか。パッと見、胸が動いているようにはみえない。

    オルオは、もっとよく状況を確かめようと、厨房に足を踏み入れようとした。そのとき…


    ガッ…!


    後頭部に衝撃を感じ、オルオの意識は、そのまま遠のいていった…。
  19. 19 : : 2015/01/11(日) 16:32:12
    【 11:00ーa.m.】

    「おそいなぁ、オルオ…」

    ペトラは、なかなかトイレから戻って来ないオルオに、何度目かのため息をついた。

    「緊張しすぎて、腹でも壊したのかな…」

    エルドも息をついた。

    「いつもは口にできない高級料理に、がっついてたしな…俺もトイレに行くから、そのついでにオルオを捜して来るか…」

    グンタが歩きだそうとすると

    「パーティーは楽しんでいただいてますかな。」

    見ると、声をかけてきたのは、アヒムだった。その隣にはリリーもいる。

    「ええ。お陰さまで。」

    グンタは、歩を止め、そう応じた。

    「それはよかった。」

    アヒムは穏やかに微笑む。そしてペトラに向かい

    「先ほどは…息子が大変失礼な事をした…申し訳ない…」

    と、頭を下げる。それを見たリリーはすぐさま

    「おじさまが謝ることじゃないわ…あの人が悪いんだから。」

    ペトラは言った。

    「大丈夫です。私、気にしてないので…」

    それに対し、アヒムはホッとした様子で

    「それならばよかった。」

    ペトラは、改めてアヒムを見た。

    挨拶の時とはうって変わって、穏やかに微笑む彼からは、優しい人柄がうかがえる。

    その隣に立つリリーは、まるで父親を慕う娘のように寄り添っている。

    「あっ、そうだ…」

    ペトラはアヒムに、オルオのことを聞こうと口を開きかけたとき…


    屋敷から、悲鳴が聞こえた。
  20. 20 : : 2015/01/11(日) 17:18:37
    【 同じく、11:00ーa.m. 屋敷内にて】

    オルオは、少しずつ意識を取り戻した。

    まず感じたのは、右手の感触。何かを握っているようだ。

    固く、そしてなぜか、生温かくぬるぬるしたものが付着した何かを。

    そして目を開くと、まず床が見えた。ゆっくりと頭を上げると足が見える。

    高級そうな革靴を履いた、人間の足だった。

    体を起こしてみる…頭が痛い。

    すると、目の前で男が死んでいる。

    目の前に…死体…?

    ここは、壁外か…?オルオが瞬時に思いついたのはそれだった。

    壁外に死体はつきものだ。これまで自分も、他の仲間も、嫌というほど経験してきた状況だった。

    でもちがう。ここは壁外じゃない。

    ここは…そうだ。ここは、アスペルマイヤー家だ。そう、自分はトイレを借りにここへ来て…

    オルオは、ここで初めて、自分の右手に握られているモノを見た。

    「…!」

    ナイフだった。それも、血がべっとりと付いた、切れ味の良さそうな…


    ふと、背後に人の気配を感じ、オルオは振り向いた。

    そこに立っていたのは、招待客とおぼしき女性だった。

    自分を見たまま、恐怖にひきつった表情で、小刻みに震えている。

    「あっ…いや…」

    これ、俺じゃないんスよ。俺、さっきまで気ぃ失ってて…目が覚めたらこういう状況で…いやあ、参ったっスよ…。

    オルオがそう訴えるべく、口を開きかけたとき

    「キャアァァッ!!!」

    女性の悲鳴が響き渡る。

    その悲鳴を聞き、オルオもようやく、自分が置かれた状況を理解し、必死に訴える。

    「ちがう、俺じゃない!話を聞いてくれ!」

    オルオは思わず、両手を女性の前につき出す。ナイフを持ったままで。

    それを見た女性は、パニックになり

    「いやぁ!人殺し!誰か来てー!」

    すると、廊下左側方向から、複数の人間の駆けてくる音が聞こえる。

    「ちがう…俺じゃない…」

    力無く発せられたその言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。




    ー Who done it…?
  21. 21 : : 2015/01/12(月) 21:47:58
    【 11:05ーa.m.】

    屋敷の中で何かが起こった。

    そんな極めて不確かな情報は、たちまち会場内を駆け抜け、招待客たちは、ざわめきはじめた。

    「はて…何かあったのかな…」

    アヒムも眉を寄せる。

    「おい、グンタ…」

    リヴァイだ。人だかりからようやく解放されたのか、足早にやってくる。

    「何かあったのか?」

    リヴァイの問いに、グンタはもちろん、皆首をひねる。

    「すみません、兵長。自分にも何が起こったのか、さっぱり…」

    リヴァイは、素早く周りに視線を走らせ

    「オルオはどうした?」

    「それが…屋敷にトイレを借りに行ったまま、戻って来ないんです。」

    ペトラの答えを聞き、リヴァイは屋敷に目を向けると

    「とにかく、屋敷に行くぞ。状況を確認しねぇと埒が明かねぇ。」

    「了解です。」

    ペトラたちは、屋敷へと向かうべく、歩を進めようとした。

    そのとき、1人の執事が、アヒムのもとへ駆け寄って来る。

    「だっ…旦那さま、大変です!」

    「どうした。何があったんだ。」

    慌てる執事を尻目に、アヒムは冷静に応じる。

    「じっ…実は…」

    息が上がっているせいか、執事は言葉を切る。

    そして、言った。

    「屋敷の中で…人が殺されてるんです!」

    一瞬の静寂。

    そしてどよめき。悲鳴と怒号。

    そんな中、オルオを除くリヴァイ班は、決断する。

    「行くぞ。」

    リヴァイの指示と同時に、4人は屋敷へと急いだ。
  22. 22 : : 2015/01/13(火) 22:56:50
    【 11:15ーa.m.】

    悪いことを考えると、本当に悪いことが起こる。だから、良いことだけを、考えなさい。

    幼いころ、ペトラが母から何度も聞かされた言葉だった。

    現場に向かう途中、ペトラはふと、この言葉を心の引き出しから、取りだしていた。

    壁外調査に行く時、この言葉を、ペトラは常に胸に刻んでいた。

    訓練兵のころ、どんなに叩き込まれた教訓よりも、ずっと心に溶け込むものだった。


    オルオは無事だ。そうに決まってる。

    きっと、めったに食べられない料理にがっつき過ぎて、お腹を壊し、トイレにこもっていただけだ。

    何食わぬ顔して、自分たちの前に、ひょっこり現れるに決まってる。


    そしてペトラたちは、現場へとたどり着いた。

    そこには、人の大きさ程のモノが、布に覆われて床に寝かせてある。おそらく、あれが被害者なのだろう。

    ペトラは、その布を払いのけ、顔を確かめようとすると、背後から声がした。

    「被害者は、誰なんだ?」

    ヘルマンだ。見ると、アヒムとリリーもいる。

    遺体のそばにいた執事が、静かに布をめくった。

    皆、おそるおそる顔をのぞきこんだ。

    「そっ…そんな…」

    最初にそう声を上げ、よろめいたのは、ヘルマンだった。

    「どうして…ブルーノさまが…」

    ヘルマンは、そのまま壁に体をもたれさせ、ずるずるとその場にへたりこんだ。

    「落ち着きなさい。」

    アヒムが言う。その、ヘルマンを見つめる視線は、とても鋭いものだった。

    「…リリー、大丈夫か…?」

    アヒムがリリーに問う。リリーは、口を手で覆い、多少青ざめてはいるものの

    「…はい…」

    と気丈に答える。アヒムは続ける。

    「息子をこんな目に遇わせた輩は…分かっているのかね?」

    すると、先ほど遺体の布をめくった執事が、指差し答える。

    「すでに、取り押さえています!」

    その場にいる誰もが、執事の指示す方を見た。

    「放せこの!俺じゃねぇって言ってるだろ!」

    そこに拘束されていたのは、紛れも無く、調査兵団リヴァイ班の1人、オルオ・ボザドだった。

  23. 23 : : 2015/01/14(水) 19:46:22
    【 12:05 ーp.m.】

    それから

    憲兵がアスペルマイヤー家にやって来た。

    もちろん、今回の殺人の容疑者を、連行するために。

    「俺じゃない!俺はやってない!話を聞いてくれ!」

    そうわめき叫ぶオルオに、憲兵は誰1人耳を貸そうとはしなかった。

    「オルオ!」

    ペトラは人ごみをかき分け、オルオへと手を伸ばす。

    「ペトラ!」

    オルオもペトラに向かって、すでに手錠で繋がれてしまった腕をつき出す。

    しかし、すぐさま憲兵に取り押さえられ、オルオは、連れていかれてしまった。

    その場に、崩れるように座り込むペトラ。エルドとグンタが、その両脇を支える。

    リヴァイは…何を考えているのか、じっと連行されてゆくオルオを見つめている。

    「オルオ!」

    ペトラが叫んでも、もう返事は戻って来なかった。

    オルオは、ブルーノ・アスペルマイヤー殺害容疑で、憲兵団へと連行されていった。
  24. 24 : : 2015/01/14(水) 20:07:55
    【 1:00 ーp.m.】

    その後、当然のことながら、パーティーはお開きとなり、ペトラたちは、旧本部へと戻った。

    その間、皆、終始無言のままだった。

    誰とも無しに食堂に集まったものの、誰1人口を開こうとしない。

    まるで、オルオと今生の別れを済ませてしまったかのように、悲痛な表情を浮かべたまま、うつむいている。

    そこへ、リヴァイが食堂に入って来る。

    「お前ら…」

    「…兵長…」

    グンタが、いち早く顔を上げる。リヴァイは続ける。

    「…面倒な事になっちまったが…俺たちのすべき事は、大して変わりはしねぇ…」

    リヴァイは、一旦言葉を切り、ペトラたちを見回した。

    「俺たちのすべき事は、そのときどきの感情に流される事じゃない。自分たちの正しいと思った事を、せいぜいやり尽くせ。誰が何と言おうとな。」

    それだけ告げると、リヴァイは黙って去っていった。

    調査兵団の兵士が、民間人を殺害した、というニュースは、たちまち世間に広がるだろう。

    団長のエルヴィンと共に、オルオの直属の上官であるリヴァイも、しばらくは対応に追われる事になるだろう。

    オルオの疑いが晴れないかぎりは。


    ペトラは、静かに口を開いた。

    「…確かにオルオは…」

    エルドもグンタも、黙ってペトラの次の言葉を待った。

    「オルオは…馬上ですぐ舌噛むし、巨人の討伐数が多い事をすぐに鼻にかけるし、やたらリヴァイ兵長のモノマネしてくるししかも全然似てないしバカだし変態だし本当にどうしようもない奴だけど…」

    ペトラはここで言葉を切った。オルオへの実に手厳しい言葉の羅列の後だったが、エルドもグンタも、表情を崩す事はなかった。

    ペトラがこの次、何を口にするのか。

    その答えは、同じだったからだ。

    「だけど…オルオは、人を殺すような人間じゃない。」

    エルドは言った。

    「…よし。やるか。」

    「ああ。」

    「そうね。」

    仲間の無実を晴らすべく、彼らは立ち上がった。

  25. 25 : : 2015/01/14(水) 21:34:48
    【 1:30 ーp.m.】

    「二手に分かれよう。」

    1つのテーブルの上に、3つの頭をつき合わせ、ペトラたちは、今後について話し合った。

    「まずは…俺とグンタで、明日またアスペルマイヤー家に行き、事件当時の事を聞いて来る。」

    エルドの提案に、ペトラは眉を寄せる。

    「明日?今日じゃダメなの?」

    「今日はまだ向こうもてんやわんやで、話を聞ける状況ではないだろう。それに、明日はブルーノの葬儀がある。参列する人間は、パーティーの時とそれほど変わりは無いはずだ。充分証言を得られると思う。」

    ペトラは、少しの間押し黙ると

    「それで…私は何をすればいいの?」

    「ペトラは、オルオのところに面会に行ってくれ。オルオの話も、キチンと聞いておかなきゃならんからな。」

    「分かったわ。」

    エルドに言われるが早いか、ペトラはすぐさま憲兵団へと向かおうとする。

    それを、グンタが止める。

    「ペトラ。どちらにしろ、動くのは明日だ。」

    「どうして!?早くしないとオルオが…」

    「焦るな。焦ったうえで物事を進めると、どういう結果になるかは、お前も良く理解しているはずだ。」

    ペトラは、ゆっくりと息をついた。

    「…そうね。グンタの言うとおりだわ。ダメね、私ったら。これまで壁外調査で、何度も修羅場をくぐり抜けてきたっていうのに…」

    肩を落とすペトラ。

    「そう落ち込むなペトラ。明日から忙しくなるんだ。キチンと英気を養っておかないとな。」

    エルドの言葉に、ペトラは笑って

    「そうね。私たちで、絶対にオルオの無実を証明してみせるんだから。」

    「その意気だ。」

    エルド、グンタ、そしてペトラは、お互いにうなずき合い、明日に備え、それぞれの自室へと戻ることにした。
  26. 26 : : 2015/01/15(木) 21:48:08
    【 2日目ー9:30 a.m.】

    憲兵団にてオルオへの面会を申し出ると、あっさりと許可された。

    憲兵側としては、すでにオルオをブルーノ殺害の犯人だと確定しているのだろう。面倒な裏付け捜査などやるわけもなく、ただ犯人が捕まり、刑に服せばそれでいいのだ。

    この流れだと、裁判すら行わず、オルオは極刑に処されるおそれもある。急がねばならない。


    鉄格子越しに見るオルオは、普段からただでさえ老け顔なのに、今は本当に年老いてしまったかのようにみえる。

    看守役の憲兵は、ペトラがやって来た時はすでに、うつらうつらと居眠りをしていた。

    気楽なもんね…。

    ペトラは苦笑し、うなだれたままのオルオに声をかける。

    「おっす。」

    どんな言葉をかけて良いか分からず、ペトラはあえて気楽に構えてみた。

    「気分はどう?」

    オルオは答えない。力無く首を振る。

    ペトラは…看守を起こさない程度に、オルオと自分を仕切る鉄格子を、ガン、と叩いてみせる。

    「こら。何弱気になってんのよ。」

    「…だってよ…」

    「だって、なに?」

    「俺の話…憲兵の奴ら、誰も聞こうとしなくて…最初っから俺が犯人と決めつけるだけで…」

    彼なりに、無実を訴えるべく、悪戦苦闘していたのだろう。しかし、組織自体に自浄力のない憲兵団には、何を訴えてもムダだろう。

    「大丈夫。私たちで、オルオの無実を証明してあげるから。」

    ペトラの言葉に、オルオの瞳に、わずかに光が宿る。

    「…ペトラ…」

    オルオが、ペトラに視線を向ける。

    「私だって、エルドだって、グンタだって…もちろん、リヴァイ兵長だって、オルオが人を殺せるような人間じゃないってことは、充分分かってるつもりだから。」

    オルオは、泣き笑いのような表情を浮かべている。

    「ちょっとオルオ…泣かないでよ。鼻水出てるわよ。」

    オルオは、服の袖で鼻水を拭うと、腰かけていた椅子から、おもむろに立ち上がった。

    その顔つきは、真剣そのものだった。

    何事だろうと、ペトラも真剣な面持ちで、オルオを見つめる。

    オルオは、重々しく口を開いた。


    「…この事件の犯人は、必ず俺が暴いてやる…」

    …本来ならば、アイドル演じる名探偵が言っていそうなセリフを、オルオは得意気に続ける。


    「人類最強といわれた……リヴァイ兵長の名にかけて!!!」


    勝手に上官の名をかけるオルオに、ペトラは、深い深いため息をついた…。



    ー Is he detective…?














  27. 27 : : 2015/01/16(金) 22:00:48
    【 9:40ーa.m.】

    なにはともあれ、ペトラとオルオは、鉄格子を間に挟み、向かい合った。

    看守は、というと、もはや熟睡の域に入っている。当分目覚める事はないだろう。

    「あのとき…俺は、屋敷にトイレを借りに行ったんだ…」

    オルオはペトラに、“あのとき”何があったのか、洗いざらい話をした。

    厨房でブルーノの死体を見つけた事。

    その直後、誰かに後頭部を殴打され、気を失っていた事。

    そして目が覚めたら…血まみれのナイフを握らされていた事。

    すべてを聞き終えたペトラは、大きくうなずいた。

    「なるほど。それじゃあオルオは、その真犯人にはめられたってわけね。」

    ペトラの言葉に、オルオは心外だ、とでも言わんばかりに眉を寄せる。

    「はめられたってお前…」

    「だって事実じゃない。」

    返す言葉も無く、オルオはうつむく。

    そこでふと、ペトラは息をついた。

    「…でも…よかった。」

    オルオは、ふと顔を上げる。

    「何が…よかったんだよ。」

    ペトラは、オルオに向かって微笑んだ。

    「オルオが…やっぱり、オルオだったから。」

    その顔があまりに可愛らしくて、赤面してしまったのをごまかすかのように、オルオは大袈裟に顔をしかめる。

    「あ?俺が俺って…当たり前だろ?」

    ペトラは、くすりと笑う。それがまた、可愛い。

    「そうだよね…何言ってんだろ。私。」

    「ほ、ほ、ホントにそうだ…何言ってやがるホントに…そんなんだから未だに俺の域に…」

    「心配…だったの…」

    意外な言葉に、オルオは

    「へっ?」

    と間の抜けた声を上げる。ペトラは続ける。

    「心配だったの。オルオにもしもの事があったらどうしようって。」

    正直、昨夜は眠れなかった。

    もしかしたら、酷い拷問を受けているかもしれない…まさかもう、極刑に処されているのかも…。

    考えていたら、涙が止まらなくて、気がつけば朝になっていた。

    でも、大丈夫だった。オルオは、オルオのままだった。

    よかった…本当に。本人の前では言えないけれど、心の底から、ペトラは思っていた。

    「…もう…」

    ふと目をふせて、ペトラが言う。

    「なっ…なんだよ…」

    「……ばか。」

    そして、涙が溢れた。

    「おっ……おいおいおい。何泣いてんだよ…落ち着けって…」

    ペトラの突然の涙に、おろおろするオルオ。

    そんな彼を見て、ペトラはすぐにまた笑って

    「じゃ、私もう行くね。エルドとグンタも、今アスペルマイヤー家に行って情報を集めてるはずだから…」

    「…お、おう…」

    ペトラは、ぎこちなく、鉄格子の間から、自分の手をオルオに差し出す。

    「絶対に…助けるから。」

    オルオも、そっとその手に触れて

    「ああ。信じてるからな。」

    そしてお互いにうなずき合うと、ペトラは去っていった。

    すると、その拍子に看守が目を覚ます。

    はて、何かあったかな?と首をかしげる看守のそばで、オルオはその瞳に、紛れも無い希望の光を宿していた。

  28. 28 : : 2015/02/22(日) 21:24:11
    【 11:00ー a.m.】

    ペトラが旧本部へ戻ってみると、すでにエルドとグンタが待ちかまえていた。

    「色々と分かったことがある。」

    1つのテーブルを囲み、腰をおろしたところで、さっそくエルドが口を開いた。

    「まず、アスペルマイヤー家についてだが…ブルーノの母親は幼い頃に死別し、長い間アヒムと2人で暮らしていたらしい。」

    「そうだったの…」

    ペトラは思わず眉を潜めた。長い間親1人子1人の生活を送っていたにしては、2人の絆の深さは微塵も感じられなかった。むしろ他人以上に、よそよそしいものであったとさえ感じた。

    そんなペトラの思いをくみ取るように、エルドは続けた。

    「…アヒムとブルーノの関係は、あまり良好では無かったらしい。とくに最近は、父親のアヒムが財産の一部を調査兵団に援助するようになり、2人は激しく対立していたらしい。」

    「なぜアヒムは、そんなに調査兵団を贔屓にしているんだ?」

    グンタの質問に、エルドは肩をすくめて

    「…どうもアヒムは、人類は壁の外に出るべきだと、常日頃から周りの人間に話をしていたらしい…ああ見えて周りからは、変人扱いされてたみたいだな。」

    「貴族と兵士…立場は違えど、想いは同じだったということか…」

    「そういうことだな。」

    エルドは続ける。

    「かたや、息子のブルーノは、金さえあれば何でもできると考えているような男で…日々女や賭博に金をつぎ込んでいたらしい。」

    エルドの言葉に、グンタはうなずきながら

    「なるほど。ブルーノとしては、自分が遊ぶための金を、そんな縁もゆかりも無い調査兵団に、おいそれとつぎ込むようなことは、気に食わなかったということか。」

    「そうだな…」

  29. 29 : : 2015/02/23(月) 21:32:41
    「じゃあ…」

    ペトラが口を開く。

    「そんなに対立していたのなら…ブルーノを殺した犯人はアヒムなの?」

    その言葉に対し口を開いたのは、グンタだった。

    「…そうとは限らない。ブルーノはとにかく女ぐせが悪くてな…リリーと婚約したあとも、女遊びをやめなかったらしい。しかも、リリーにその事を隠そうともせず、開き直ってさえいたらしい。」

    グンタの説明に、ペトラも大きくうなずいた。

    そして思い出していた。昨日ペトラ自身も、ブルーノに絡まれた事も。

    そして、助けようとしてくれた、オルオの事も。

    「つまりは…そのリリーって女にも、ブルーノを殺す動機は充分あるって事か…」

    エルドが天井を仰ぎ見ながらつぶやく。

    ペトラはここで、思わずため息をついた。

    1人の人間の死。それは自分達にとって、決して珍しい事ではなかった。

    壁外に出れば、毎回多くの死者が出る。目の前でそれを目にした事も、1度や2度ではない。

    しかしそれは、巨人という未知の存在によるものだった。

    ブルーノは違う。自分と同じ、人間の手によって死んだのだ。

    そしてその人物は、大切な仲間にその罪を被せ、平然と自分達の前に現れた…。
  30. 30 : : 2015/02/25(水) 21:21:38
    ペトラの2度目のため息のあと、グンタが言う。

    「怪しいのはアヒム、そしてリリーだな。」

    「執事のヘルマンは?彼の事は何か分かったの?」

    初めて彼を見たときの、あの冷ややかな瞳を思い出し、ペトラは問うた。なぜか彼も、この事件の一端を握っているのではないかと、ペトラは感じていた。

    殺害されたのがブルーノだと分かった時の彼の様子は、肉親であるアヒムよりも動揺していたように見えた。

    「ヘルマン…こいつがまた曲者でな…」

    エルドは続ける。

    「彼は年齢的にもまだ若く、アスペルマイヤー家にも、それほど長く仕えているわけではないんだが、使用人の中で権力を持っていたメイド頭やら、周りのメイドやらを上手いこと口説き、彼の虜にさせ、裏でアスペルマイヤー家を牛耳っていたらしい。」

    「まあ…」

    ペトラは顔をしかめた。確かにヘルマンは、時折冷徹な本性が見え隠れするものの、物腰もスマートで、美しい顔立ちをしていた。

    だけど、最っ底の女たらしじゃないの!

    ブルーノといいヘルマンといい、男ってみんなそうなのかしら。

    ペトラはふと、目の前に立つ、今一番身近な存在である男2人を見た。
  31. 31 : : 2015/02/25(水) 21:51:08
    グンタの印象はとにかく真面目で、自分にも他人にも厳しい男だった。

    ペトラ自身、訓練中に少しでも気の緩みがあると、彼に見抜かれ、叱責される事もしばしばだった。

    リヴァイ兵長ほどではないが、出会った当初は、ペトラにとってグンタは近寄りがたい存在でもあった。

    しかし、よくよく接してみれば、訓練や任務の時以外の彼は至って穏やかな性格であり、女性である自分に対して、じつに紳士的に接してくれる好青年だ。

    一方エルドは、いかなる時であっても他人への配慮を忘れず、とくに、リヴァイ班唯一の女性である自分に対して、常に気を遣ってくれる存在だった。

    そのうえ、話し方はウイットに富み、リヴァイ兵長が不在の時は、代わりに指揮を執るなど、頼れる存在でもあり…ここだけの話、彼に心がなびく事もあった。

    だけどそれは恋ではないと、ペトラは理解していた。

    そう。恋するってもっと苦しくて切なくて、ずっとその人と一緒にいたいって思えるような…。

    とここで、ペトラの脳裏に老け顔の男が浮かんで…

    「ちがう、あんたじゃない!」

    思わずそう口にして、しまった、と思った時にはもう、グンタとエルドの2人が目を丸くしてこちらを見ていた。

    「ペトラ…なにが、ちがうんだ?」

    呆然としながらも、そう尋ねるエルドに、ペトラは慌てて作り笑いを浮かべながら

    「な、なんでもないのよ。おっほほほほ。」

    「そうか…」

    2人が自分から目をそらし、ペトラはほっと息をついた。

    なんでオルオの顔が出てくるのよ、まったく…。

    そしてふと、窓から空を見上げる。

    オルオ…。

    彼は今も無事なのか。そう案ずるたび、ペトラは胸の奥が痛むのを感じていた。
  32. 32 : : 2015/02/26(木) 21:38:08
    【 12:00ーp.m.】~憲兵団拘置所にて~

    ペトラが自分のもとを去ったあとも、オルオは…とくに大してする事も無いという事もあったが、ペトラと合わせた自分の手のひらを見つめ、わずかに残された温もりを感じたり、においを嗅いでみたりして、時が過ぎるのを待っていた。

    すると、1つの足音が、自分に向かって近づいて来るのを感じ、オルオは顔を上げた。

    それは、看守のものではなかった。

    「…オルオ・ボザド…ちっ、やっと大人しくなったか…」

    気だるそうな様子を隠そうともせず近づいてきたのは、オルオの取り調べを担当した憲兵だった。

    もっとも、取り調べとは名ばかりで、実際はオルオを犯人と決めつけ、自白を強要させるというものだった。

    俺じゃない、俺はやっていないと、何度も訴えていたオルオに、最後まで胡散臭そうな視線を送り、オルオの言葉に、一切耳を貸そうとはしなかった。

    オルオは、口を閉じてはいるものの、近づいてくる憲兵に、精一杯抵抗の意思を秘めた視線を送りつける。

    憲兵はその様子に呆れ、ため息をつくと、何やら1枚の紙をオルオに向かって掲げ、言い放つ。


    「オルオ・ボザド。ブルーノ・アスペルマイヤー殺害の罪により、極刑に処する。」


    オルオは信じられず、声も出せずにただ頭に浮かんだのは、ペトラの笑顔だった。


    ー Oh my god!

  33. 33 : : 2015/07/01(水) 13:10:38
    「きょ…くけ…い…?」

    オルオは、ふらふらと憲兵に近づき、倒れそうになるところを、鉄格子をつかみ、なんとかもちこたえる。

    「執行は明日の夕刻だ。」

    憲兵はそう告げると、やれやれ終わった、という様子できびすを返す。

    「おい…おい待て!俺はやってないって何度言えば分かるんだ!この…くそ野郎が!!!」

    オルオの叫びに、憲兵はぴくりと立ち止まり、振り向いた。その顔には、嫌みたらしい笑みを浮かべている。

    「…はあ?お前ら所詮、変人の死にたがり集団だろうが。壁の外で巨人に喰われて死のうが、ここで死のうが、同じことじゃねぇか。」

    「なん…だと…」

    憲兵は続ける。

    「むしろ、俺はこの壁の中で巨人の恐怖を感じずに死ねたほうが、気楽だと思うがな。」

    そして憲兵は、ははは、と高笑いしてみせ、その場を去っていった。

    残されたオルオは、1人、怒りに震えた。

    許せなかった。極刑を下されたことよりも、自分の主張をことごとく無視されたことよりも、何よりも許せないのは、調査兵団を…自分の大切な仲間を、侮辱されたことだった。

    「ちく…しょう…」

    死んでたまるか。

    あんなやつらの思惑通りに…こんな薄汚い壁の中でなんか…。

    自分がもし死ぬのなら、それは、壁の外。そう、こんなちっぽけな命でも、人類の勝利のために、捧げてみせる。

    人類が自由を手にするために。

    オルオは、力無く椅子に座りこんだ。

    …ペトラたちは今、何をしているのだろう。

    『絶対に…助けるから。』

    ペトラの言葉が、よみがえる。

    オルオは祈るように、天を仰いだ。

  34. 34 : : 2015/07/01(水) 13:47:17
    【 1:00 ーp.m.】~旧本部にて~

    「う~ん…」

    ペトラは頭を抱えた。

    「いまいち、しっくり来ないわね…」

    「疑わしい人物が、3人もいちゃあな…」

    エルドも、髭を蓄えた顎をさする。

    グンタも、何度目かのため息のあと

    「こうなったら、1人ひとり尋問して、自白を促すというのは…」

    「バカ言うな。憲兵でもない俺たちに、そんな事できるわけがないだろう。」

    エルドににべもなく否定され、グンタは苦笑し

    「…だろうな。」

    そこへ、リヴァイがやって来た。そして何の前置きもなく、言った。

    「…オルオの処刑が決まったらしい。」

    一同に衝撃が走る。そんななか、リヴァイは淡々と続ける。

    「執行は明日の夕刻だそうだ。」

    「そんな…早すぎるわ!だってまだ、裁判だって行われてないじゃない!」

    そう気色ばむペトラに、リヴァイは静かに言った。

    「これがやつらのやり方だ。これがもしオルオではなく、どこぞの有力貴族なら、少しは変わっていたかもしれねぇがな。」

    ペトラは悔しさをにじませ、うつむいた。

    エルドもグンタも、納得はできないが、どうしようもならないこの状況に、唇を噛み締める。

    「…お前ら…」

    リヴァイは再び、口を開く。

    「お前ら…本当にこれで良いと思ってるのか…」

    真っ先に顔を上げたのは、ペトラだった。

    「兵長…それはどういう…」

    「オルオが…まがりなりにも、お前らと共に過ごしたやつが、このままおめおめと憲兵のやつらに殺されても、それで満足なのかときいている。」

    「それは…違います!絶対に嫌です、そんなこと!」

    ペトラは即答した。声に出さずとも、彼女の想いは、エルド、そしてグンタも同じだった。

    「なら抗え。最後までとことん…やつらを呆れさせる位にな。」

    リヴァイはそう言うと、きびすを返した。

    「兵長…」

    リヴァイはふと、立ち止まり、振り向くことなく言った。

    「…最近城が妙にキレイでな…掃除する手間も要らんだろう…訓練するにも、俺の班が全員揃ってねぇようだし…」

    ペトラたちの表情が、わずかに緩む。

    「お前たちは…暇になるだろうな…ま、俺の知ったことじゃないが…」

    そこまで言い終えると、リヴァイは再び歩を進め、去っていった。

    リヴァイが彼らに伝えたかった、本当の意味…。

    それは確実に、届いていた。

    「エルド、グンタ!」

    ペトラに、もはや絶望の色は無い。

    「さあ、捜査再開よ!」

    「ああ。」

    「よし、やるか。」

    食堂の扉の陰に身を潜め、事態を見守っていたリヴァイも、静かにその場をあとにした。
  35. 35 : : 2015/07/01(水) 21:42:09
    【 3:00 ーp.m.】

    ペトラは新たな証言を得るべく、1人アスペルマイヤー家を訪れた。

    「ブルーノさまですか…亡くなった方をあまり悪く言いたくはありませんが…」

    まず声をかけた年配のメイドは、そう前置きし、声を潜める。

    「本当に素行の悪いお方で…アヒムさまも、ずいぶんと苦労していたようでした…」

    「…そうですか。具体的には、どんな?」

    メイドは、辺りを一通り見回した後

    「しょっちゅう家に女を連れ込んだり…家のお金を勝手に持ち出して、大好きなお酒につぎ込んだり…」

    ペトラはふと、眉を潜める。

    「ブルーノ…さんは、お酒が好きだったんですか?」

    メイドは、大きくうなずくと

    「ええ、とっても。宴の席では、いつも浴びるほど飲んでいたわ。そのくせ酒に弱くて…すぐに歩けなくなったと思ったら、そこら辺で寝てしまわれたり…ほんと、大変だったわ。」

    ペトラは考え込んだ。

    酒好きなブルーノ。しかしあの日、婚約発表の宴の席であったのにもかかわらず、ブルーノは酒を口にしていなかった。

    ペトラに絡んで来た時も、グラスの中身はミネラルウォーターだったし、殺害されたあとも、ブルーノの体から、酒の匂いはしなかった…。

    ブルーノは、意図的に飲酒を避けていたのだろうか。

    だとしたら、なぜ。いったい、何のために。

  36. 36 : : 2015/07/02(木) 21:34:40
    ペトラは口元に手をやり、探偵の如く思案を巡らせた。

    どうもひっかかる。しかし、具体的に何が、と問われれば、答えることができない。

    思い出せ、あの日のことを…思い出せ…。

    「おや、君は…」

    ふと声をかけられ、ペトラははっと顔を上げる。

    「あの時の…調査兵さん、ですね?」

    ヘルマンだ。心なしか、初めて会った時よりも、表情が柔らかく見える。

    「あ…はい。この度は、その、お気の毒に…」

    ペトラは形式的にそう一礼した。ブルーノの喪に服している、という建て前を、崩すわけにはいかない。

    「はい…ブルーノさまは、本当にお気の毒でした…」

    ヘルマンも、そう言って顔を曇らせるも、すぐに笑みを浮かべ

    「しかし、彼が死んでせいせいしてる者は、少なくないようですがね。」

    ペトラは眉を寄せ

    「…と、言いますと?」

    「あなたもさっきから、色々な人に聞き込みをしてたでしょう?ブルーノさまがこの家の中でどう思われていたかは、充分理解していると思いますが?」

    …バレてたのね…。ペトラは、動揺を相手に悟られぬよう、微笑んでみせる。

    「聞き込みなんて人聞きの悪い…ちょっとした、世間話ですわ。でも、たしかにブルーノさんの評判、あまり良くなかったみたいね。」

    あまり、というより、かなり、だけど。ペトラは心の中でそう付け加える。

    「先程も調査兵の男が2人、うろうろしてたようですし…あなたたち、仲間が無実の罪で捕らえられてるとはいえ、あまり深追いしないでいただきたいですね…」

    「無実の…罪?」

    ペトラは訝しんだ。

    「どうしてオルオが…仲間が無実だと、あなたは言いきれるんですか?まさか、あなた…」

    その時、ヘルマンの瞳に一瞬動揺が走ったのを、ペトラは見逃さなかった。

    「…こ、これは私としたことが…浅慮な発言でしたね。少しでもあなたたちに、希望を持っていただこうと…いやはや、失礼…」

    ヘルマンはそう捲し立てると、ペトラに一礼し、そそくさと去っていった。

    その後ろ姿を眺めながら、ペトラは考えた。

    ヘルマンは、真犯人を知っているのではないか。もしくは、ヘルマン自身が犯人なのだろうか。

    いや…しかし…。

    ブルーノの遺体を見たときのヘルマンの反応は、明らかに不自然だった。

    血縁者のアヒムよりも、はるかに動揺していた…。

    「…アヒム、か…」

    もう一度、アヒムに話を訊く必要があるようだ。

    ペトラは、アヒムを捜した。

  37. 37 : : 2015/07/03(金) 22:02:55
    アヒムはすぐに見つかった。そばには、ブルーノの元婚約者、リリーがいる。

    「あの…」

    ペトラが声をかけると、リリーは何しに来たんだ、とばかりに、ペトラを睨み付ける。

    「何のご用?」

    「すみません。亡くなったブルーノさんについて、少しお話を…」

    「話すことなんて、何もありませんわ!こっちはまだ色々やることがあって、忙しいんです。お引き取りください!」

    婚約発表の場とはうって変わって、ものすごい剣幕だった。しかし、冷静になって見ると、リリーは執拗に、ヘルマンをかばっているようにも見てとれる。

    「リリー、落ち着きなさい…」

    アヒムはリリーを穏やかにたしなめる。

    「だっておじ様…」

    不満顔のリリー。ペトラは、アヒムに向かって

    「あの、差し支えなければ教えていただきたいのですが、アヒムさんとリリーさんは、以前からのお知り合いか何かで…」

    どうもこの2人を見ていると、ただ息子を通して知り合っただけの関係とは、受け取りにくい。その質問に答えたのは、リリーだった。

    「おじ様は以前…我がボルマン家が没落しかけた時、とても尽力してくださった、優しいお方なの。だから私、いつか必ず恩返しがしたくて…」

    リリーはそこで、口をつぐむ。

    「だから…あなたはブルーノさんとの結婚を、承諾した…」

    ペトラがその先を引き継ぐも、リリーは無言だった。

    これは肯定したのも同じだろうと、ペトラは思った。

    「込み入った質問をしてしまい…申し訳ありません…」

    頭を下げるペトラに、アヒムは

    「構わんよ。その代わり、少しこちらからも質問しても良いかね…」

    「はい。私に分かることでしたら…」

    アヒムは笑った。

    「あんたにしか、分からんことだよ。」

    「私に?」

    アヒムは窓の前に立った。そこからは、美しいシーナの街並み。そして遠くにそびえ立つ、巨大な壁…。

    「…壁の外は…この人間が造りだしたちっぽけな世界よりも、美しいものなのか…それとも、巨人が支配する、世にも恐ろしい地獄なのか…あんたは、どう思う…?」

    アヒムは壁の外を知らない。隣に立つリリーも。この家の使用人も、死んだブルーノも。

    今、壁の外を知っている人物は、ペトラただ1人だ。

    そしてペトラは思い出した。アヒムが調査兵団に資金を援助していることを。そして自らも、壁の外に憧れを抱いていることを。

    「…そう…ですね…」

    ペトラは答えた。

    「たしかに、巨人は恐ろしい存在です。私自身、何人もの仲間を、目の前で失いました。」

    その有り様を想像したのか、リリーは息をのむ。アヒムは、窓の外を見つめたまま、じっとペトラの言葉を待っている。

    「だけど…だけど私は、壁の外の…あのどこまでも続く高い空が…果てしない草原が……えっと、どんな言葉に表して良いのか、分かりませんが…なぜか、懐かしくて…とても、心地よいものなのです…」

    「…そうか…」

    「私のこの気持ちは、他の調査兵と大差無いと思います。私たちは、1日も早く、あの美しい世界を取り戻すため、人類に心臓を捧げたのです。」

    そう、私も…そしてオルオだって…。

    アヒムはペトラを見た。なぜか、悲しそうに微笑んでいる。

    「ありがとう…」

    ペトラはそのままアヒムとリリーに見送られ、帰路についた。
  38. 38 : : 2015/07/04(土) 21:49:07
    【 6:00 ーp.m.】~旧本部にて~

    ペトラは旧本部に戻ると、未だ外出したままのエルドとグンタの帰りを待った。

    もう、すでに陽は傾きかけ、夕闇が迫っている。

    「…ただいま…」

    「…!エルド、グンタ!」

    2人の顔を見るなり、ペトラは駆け寄る。

    「どう?…何か、分かった?」

    エルドとグンタは、事前に調べておいた、ブルーノの行きつけの飲み屋に行っていた。

    「まあ、落ち着けペトラ…」

    エルドになだめられ、ペトラは席につく。

    「…アスペルマイヤー家のほうは、どうだった?」

    エルドとグンタも席につき、ペトラに問う。ペトラは、ため息をついた。

    「色々と訊いてはみたけど…直接犯人につながる情報は…とくには…」

    「…そうか…」

    今度は、グンタが口を開く。

    「俺たちは、ブルーノの行きつけの飲み屋に行って、マスターから話を訊いて来た。」

    「何か分かったの!?」

    ペトラは身を乗り出す。

    「うむ…ブルーノは、酒に酔っては、父親の愚痴をこぼしていたらしい。調査兵団なんかに資金を回すなんて、バカがすることだ、とかな…」

    「…それは、前にも聞いたわ。他には?」

    「それなんだが…実はそのマスターも、ブルーノの婚約披露宴に出席してたらしくてな。」

    ペトラは、自分の鼓動が高まるのを感じた。“あの日”、現場にいた人物の、新たな証言…。

    「マスターが、しきりに妙だ、と思っていることが、いくつかあるらしい。」

    「それって、何なの?」

    「ブルーノは、宴の最中、やたら周りの人間に絡んでいたらしい。」

    「…それは…」

    ペトラには、妙でも何でも無いように思える。ブルーノは女好きなのだから、女性に声をかけていても不思議ではない。実際にペトラも被害に遭っている。

    ペトラがそれを指摘すると

    「まあ、声をかけること自体はあり得ることだが、しきりに時間を気にしていたらしい。」

    「時間を?」

    「誰かに声をかけては、今、何時だ?と…」

    ここで、エルドが口をはさむ。

    「ブルーノは…その、犯人に、予め指定の時間に呼び出されていたんじゃないか?それで、遅れてはなるまいと、時間を…」

    グンタもうなずき

    「そうだろうな。しかし、皮肉にも、指定通りにやって来たばかりに、殺されるはめになるとはな…」

    しばしの沈黙ののち、ペトラが口を開く。

    「マスターは他に、妙だと思ったことは無かったの?」

    「その事なんだが…なあ、ペトラは覚えてるか、あの時…」

    ふいにグンタに言われ、ペトラは首をかしげる。

    「え…なに?」

    「屋敷から悲鳴が聞こえる少し前…ヘルマンがブルーノに対して、大きな声を上げていたのを…」

    「あ…」

    その時、頭の中で、鋭い稲妻が走るのを、ペトラは感じた。

    そうだ…あの時…。

    「マスターも、その声を聞いてたらしいんだが、肝心のブルーノの声や、姿は見えなかったそうなんだ。いつもなら、執事ごときにそんな大声で注意されたら、逆上ぐらいしてもおかしくないのにな、と、マスターは思ったらしいんだが…」

    ペトラは、おもむろに立ち上がった。そして、部屋の中を徘徊し始める。

    「…ペトラ…?」

    呆然と見つめるエルドとグンタ。

    そして、その歩を止めた時…。

    ペトラは、はっと顔を上げた。

    そうか…そうだったのね…!

    「ペトラ…いったい、どうしたんだ…?」

    「何か思いついたのか、ペトラ…?」

    呆然とする2人を尻目に、ペトラは、高らかに、こう言い放つ。

    「謎は…」


    「謎は…すべて解けた…!」



  39. 39 : : 2015/07/04(土) 22:09:25
    【 3日目ー 9:00 a.m.】~アスペルマイヤー家にて~

    突然の訪問にも関わらず、アヒム・アスペルマイヤーは、快く彼らを招き入れた。

    「今日は何のご用件かな。調査兵の皆さん…」

    訪問してきたのは、調査兵団の精鋭、エルド、グンタ、そしてペトラの3人だった。

    「毎日毎日押しかけてきて…どういうつもりなの、あなたたち!」

    そう語気を強めるリリー・ボルマンに、ペトラは静かに言い放った。

    「申し訳ありません。しかし、これで最後です。私たちがここを訪れるのは…」

    ここは、アスペルマイヤー家の、アヒムの自室である。

    アヒム、その隣にはリリー。ヘルマンは、なぜか姿を見せていない。

    ペトラは、構わずに続ける。

    「これから、あなたたちにお話するのは…ここで起きた、ブルーノ殺害事件の真相についてです。」

    「真相?」

    眉をひそめるリリー。

    「はい。ブルーノを殺害した犯人は…この、アスペルマイヤー家の中にいます。」

    「そんなのデタラメよ!犯人はもう憲兵に捕まってるじゃない!あなたと同じ、調査兵団の兵士が!」

    「その兵士…オルオ・ボザドといいますが…彼は、犯人ではありません。真犯人によって、無実の罪を被せられたのです。」

    ペトラの言葉に、リリーは絶句する。アヒムは、静かにペトラの話に耳を傾ける。

    「ブルーノを殺害した真犯人は…あなたですね…」
  40. 40 : : 2015/07/04(土) 22:34:12
    「ブルーノの殺害した真犯人は…あなたですね…アヒム・アスペルマイヤーさん!」

    「なっ…!」

    ペトラに指を差されるも、アヒムは動揺することなく、その場に立ちすくんでいる。逆に驚きの表情を隠せないのは、リリーだった。

    「な…何を言っているのよあなたは!おじ様が…そんな恐ろしいこと、するはずないじゃないの!」

    「事件の真相を、説明しましょう…」

    取り乱すリリーを尻目に、ペトラは静かに話し始める。

    「まず、私が妙だと感じたのは、婚約披露宴当日の、ブルーノの行動です。」

    「…どういうこと…?」

    「聞いたところによると、ブルーノは無類の酒好きであり、そのくせ、酒にめっぽう弱かった。飲んだらすぐに、泥酔してしまうほどに…そうですね、アヒムさん?」

    ペトラに問われ、アヒムは小さくうなずく。

    「ああ…その通りだ…」

    ペトラは続ける。

    「そんな酒好きにも関わらず、あの披露宴の席では、酒ではなく、ミネラルウォーターを口にしていた。」

    「そんなの…ブルーノの勝手じゃないの!」

    「たしかにそうですが、他にもある。彼は披露宴の席で、やたらと周りの客に絡んでいた…」

    その言葉に、リリーは冷たく笑い

    「そりゃそうよ。あの人は女好きですもの。私との結婚が決まっても、女遊びをやめなかったもの。」

    「ええ。ブルーノの性格を考えれば、その行動もうなずけますが、彼はさらに時間を気にしていた…」

    「…それは…」

    「普通に考えれば、ブルーノはある人物と指定の時間に待ち合わせをしていて、その時間に遅れまいとしているようにもみえますが…」

    ペトラはここで一呼吸おき

    「逆に考えれば、周りの人間に、自分はその時間まで披露宴会場にいたと、印象づけることもできる…」

    「なっ…ペトラ…ということは、つまり…」

    息をのむエルドに、ペトラはうなずき

    「そう…ブルーノは犯人に呼び出されて殺されたんじゃない。アヒムさん…あなたを殺害するために、着々と自分のアリバイを作り上げていたんですよ…」
  41. 41 : : 2015/07/04(土) 22:54:44
    「そんなの…そんなの、あなたの勝手な想像じゃない!」

    そう叫ぶリリーに、ペトラは

    「ブルーノの行動を裏付けるカギ…それは、ヘルマンの行動にあります。」

    「え…?」

    「あなたも聞いたはずです…ヘルマンは、とても大きな…披露宴の会場中に響き渡るような声で、こう言ってましたから…」

    『ブルーノさま!お酒はほどほどにしてください!お客様の前ですよ!』

    リリーも聞いていたのだろう。反論することなく、口をつぐんでいる。

    「…おかしいと思いませんか…ブルーノはたしか、殺害されるまでお酒を口にしていないはず…にも関わらず、お酒はほどほどに…とは、矛盾した発言です…しかし、ヘルマンにとっては、発言の内容はどうでもよかった…彼の目的は、ブルーノの名を口にすることで、彼がまだ披露宴会場にいることを、客に印象づけることだった…」

    グンタが、思わず口を開く。

    「ということは…ヘルマンとブルーノは共犯…」

    ペトラは、グンタに向かってうなずいてみせ

    「そうです…ブルーノは予め、ヘルマンに指示を出し、自分が屋敷内で犯行に及んでいる間のアリバイを作らせたのです。」

    「…しかし…逆にブルーノは殺されてしまった…」

    エルドはそうつぶやき、アヒムに目を向ける。アヒムは相変わらず、表情を崩すことなく、話に耳を傾けている。

    「ええ。…ブルーノの遺体を見た時、ヘルマンはひどく驚いた…無理もありません。本来なら、アヒムさん、あなたが殺されるはずだったのだから…」

    ペトラは、まっすぐにアヒムと向き合うと

    「アヒムさん…あなたはもしかしたら、事件のあと、ヘルマンに脅迫されていたんじゃないですか…」

    アヒムは、何も言わない。

    「ヘルマンはブルーノの遺体を見て、即座にあなたが犯人であると確信したはずです…それをネタに、ヘルマンは…」

    そこで不意に扉が開き、そこに立っていたのは…。

    「…兵長!?」

  42. 42 : : 2015/07/04(土) 23:08:55
    リヴァイが、右手で“何か”を引きずったまま、立っている。

    「…こいつが全て吐いた…」

    そう言い放ち、右手に持った“何か”を差し出す。それは…

    「ヘ…ヘルマン!?」

    それは、ボロボロになったヘルマン・ブラッハーだった。いつもの冷淡な表情は、どこへやら。ひどく怯えている。

    「わっ、私は無実だ!ブルーノに…そそのかされて…」

    リヴァイはその三白眼をヘルマンの顔に引き寄せ

    「…てめぇはあの事件のあと、アヒムをゆすってた…そうだな?」

    よほど、恐ろしい目に遭ったのだろう。ヘルマンは、悲鳴にも似た声で

    「ひっ…そ、そうだ…そうだよ!で、でも…人を殺すほうが悪いんじゃないか!」

    ヘルマンの言葉は、さほど間違ってはいないが、彼を見つめる周りの目は、驚くほどに冷たいものだった。

    「…アヒムさん…」

    ペトラは言った。

    「…認めるんですね…自分の身を守ることとはいえ…ブルーノを殺したことを…」

    今度は、アヒムが全てを語る番だ。



  43. 43 : : 2015/07/04(土) 23:31:28
    「…おじ様…!」

    リリーは、アヒムにすがる。

    「おじ様、ウソよね…おじ様が…」

    そんなリリーを、アヒムはやんわりと押し戻し

    「リリー…すまない…」

    その一言で、リリーも全てを悟った。

    「あんたの言った通りだよ、調査兵さん…見たところ、可愛いお嬢さんだが…名前はたしか…」

    「ペトラです。ペトラ・ラル。」

    「ペトラ、か。良い名前だ。」

    アヒムは、息をついた。

    「ブルーノ…本当に残念だよ…あいつなら…私の夢を、少しでも理解してくれると、信じていたんだが…」

    アヒムは、悲しそうに首を振る。

    「それも…単なる私の幻想に過ぎなかった…話がある、と呼ばれて来てみれば、あいつは私に刃を向けた…そして、気が付いた時には…その刃がブルーノの胸に刺さり、あいつは…息子は、死んでいた…」

    たくさんの人間がいるにも関わらず、誰もが口を閉ざし、アヒムの告白に聞き入っている。

    「そして、思った…憲兵に事の全てを話そうと。しかし、その時やって来たのが…」

    そこでアヒムは、ペトラたち調査兵に目を向け

    「あんたたちの仲間だった…たまたま、トイレを借りに来たのだろう。その姿を見たとき、私の中で、悪魔が囁いた…こいつに罪を着せてしまおうと…」

    アヒムは、目を伏せた。

    「私は悪魔の囁き通りに、あんたたちの仲間を気絶させ、その手に刃を握らせた…」

    そして、アヒムは言った。

    「あとはペトラ…あんたの話した通りだよ…」

    ペトラはふと、口を開く。

    「ブルーノは…なぜ、私たち調査兵を、招待したのでしょうか…」

    「さあ…今となっては確かめようがないが…ブルーノにしてみれば、私を…調査兵団に出資する1人の貴族を殺すことで、精神的な痛手を負わせるつもりだったのかもしれんな…ま、あんたたちは、そんなことではビクともしないだろうが…」

    そうだろう?という視線を送られ、ペトラも微笑する。

    そして、言った。

    「アヒムさんお願いです。憲兵団に行き、自首してください。」

    アヒムは何も言わない。ペトラは続ける。

    「このままだとオルオが…大切な仲間が、処刑されてしまうんです…オルオは…こんな所で死ぬべき人間じゃありません…オルオも私たちも…人類の勝利のため、心臓を捧げた…兵士なのです…」

    アヒムはしばし、ペトラの瞳をじっと見据えたのち、静かにうなずいた。

    「分かった…そうしよう…」

    ペトラの顔に、パッと笑みが咲いた。
  44. 44 : : 2015/07/04(土) 23:38:38
    【 12:00 ーp.m.】~憲兵団支所入り口にて~

    ペトラは待った。

    仲間が、その姿を見せるのを。

    そして…。

    「…あ…」

    憲兵に見送られ、門をくぐり抜けた、その姿は…

    「…オルオ…!」

    「…ペトラ…!」

    ペトラは、オルオのもとに駆け寄った。そして、その体を、強く強く抱き締めていた。

    「オルオ…よかった…本当に…」

    ペトラの瞳からは、涙が溢れている。

    純粋に、そして、真剣に、自分の身を案じ続けてくれていたのだ、と、オルオは思った。

    そして、言った。

    「ペトラ…ありがとな。」



  45. 45 : : 2015/07/04(土) 23:46:54
    【 13:00 ーp.m.】~旧本部にて~

    ペトラは、思い切り伸びをすると

    「…さ、今日からまた、リヴァイ班、活動開始よ!」

    「ふっ…いきなり俺の行動を束縛するつもりかペトラ…しかしまだその手順をこなし」

    「…って、だぁれがあんたなんかの行動を束縛すんのよ!」

    「ふ、照れるなよ…」

    「照れてないわよ、バカオルオ!」

    そんな2人の様子に、エルドとグンタは笑いながら

    「ははは。名コンビ復活だな。」

    「まったくだ。」

    「ちょっと!オルオとコンビ組んだ覚えなんか、これっぽっちも無いわよ!」

    「コンビじゃ満足できないかペトラ…ならいっそ夫…」

    「バカ!!!」

    そこへ、リヴァイが姿を見せ、4人は上官に向かい、敬礼する。

    しかしリヴァイから発せられた言葉は、衝撃的なものだった。

    「…アヒム・アスペルマイヤーが、憲兵団から逃亡したらしい…」

    事件はまだ、完全に終わったわけではなかった…。

  46. 46 : : 2015/07/04(土) 23:54:07
    「アヒムが…逃げた…?」

    ペトラは思わず、オルオの袖を掴んでいた。まさか、またオルオが…。

    リヴァイは続ける。

    「それと…付け加えるが…」

    「何ですか…兵長…」

    「…シーナの街…アスペルマイヤー家の方角から、煙が上がっているらしい…」

    煙…。

    「まさか…」

    ペトラが何か言おうとする前に、一目散に旧本部を馬で飛び出してゆく人物がいた。

    オルオ・ボザドだった。
  47. 47 : : 2015/07/05(日) 00:01:31
    【 1:00ーp.m.】~アスペルマイヤー家にて~

    じわじわと迫り来る炎のなか、アヒム・アスペルマイヤーは、静かに時を待っていた。

    すでに、屋敷の人払いは済ませてある。これ以上、死人を出したくはない。

    アヒムは、思い出していた。

    幼い頃。禁忌と言われていた、外の世界を描いた本を読んだ時のことを…。

    それ以来、壁の外に憧れ…調査兵を夢みたこともあった。ただ、自分に志願する勇気は無かった…。

    炎は確実に広がり、徐々にアヒムに迫りつつある。

    ペトラの…外の世界を見て来た者たちの、あの瞳…

    …美しかった…。きっと、壁の外も、彼らの瞳と同じくらいに…。

    「壁の外、か…」

    「……見てみたかったな…」

    アヒムはそのまま、瞳を閉じた…。
  48. 48 : : 2015/07/05(日) 00:09:52
    バァン!!!

    ものすごい衝撃に、アヒムは思わず目を開いた。

    するとそこには…。

    「あ、あんたは…」

    肩でぜえぜえと息をし、所々煤で汚れてはいるものの、それはオルオだった。

    「お、俺は…!」

    オルオはそのまま、アヒムの胸ぐらをつかむと

    「俺は今、大きな目標ができた!」

    「…目…標…?」

    オルオは、アヒムの目を見たまま、言い放つ。

    「俺は必ず…巨人共をぶっ殺して…あんたを壁の外へ連れていく…絶対にな!」

    アヒムは呆然と、オルオを見つめる。その瞳に、迷いは無い。

    「だから…だからあんたが…こんな所で死なれちゃ困るんだよ!俺の実力を甘く見んなよ!?絶対に実現してみせるから…それまでキチンと生きとけ!バカ野郎!!!」

    アヒムは、しばしオルオをまっすぐに見据えたのち、静かに涙を流した。

    こうしてアヒムは、オルオの手によって炎の中から助け出され、憲兵団のもとで、裁きを受けるのだった…。
  49. 49 : : 2015/07/05(日) 00:24:50
    【 7:00 ーp.m.】~旧本部にて~

    「…もう…」

    旧本部へと戻ったオルオは、リヴァイ兵長から勝手に馬を飛ばしてアスペルマイヤー家に向かったことに対する叱責を受け、その後、所々に負ったやけどの手当てをペトラから受けていた。

    「オルオったら…カッコつけて無茶するんだから…」

    オルオの顔に薬を塗りながら、ペトラはそう小言をもらす。

    「しょうがねぇだろ。体が勝手にだな…」

    「言い訳無用!」

    そう言い放つペトラに、オルオは不満顔だ。

    「…なあ、ペトラ…」

    「なあに?」

    「…こんな俺は…その…」

    言葉を濁すオルオ。そんなオルオに、ペトラは優しく微笑むと

    「こんなオルオも…まあ…悪くない。」

    声色を低くし言い放つペトラに、オルオは眉を寄せ

    「おいおい…まさかそれ、兵長のマネか?」

    ペトラは得意気に笑い

    「どう?あんたよりは、マシでしょ?」

    「…何言ってんだ。全然似てねぇ…」

    と言いつつも、オルオも笑顔を取り戻している。

    「…オルオ…」

    ふと、ペトラがオルオと向き合う。

    「…な、なんだよ…」

    心なしか、ペトラの頬が赤く染まっているように見える。

    「…えっと…」

    「…だからなんだよ…」

    ペトラはふと目を反らし、そして…

    「やっぱり…何でもない!」

    「なんだよそれ!」

    窓の外を見れば、無数の星が瞬いて、兵士たちの行く末を、見守り続けていた。


    <おしまい>
  50. 50 : : 2015/07/05(日) 00:26:43
    ※以上で、終了とさせていただきます。
    長い執筆期間にも関わらず、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
    コメントを解禁いたしますので、作品の感想などを、ぜひよろしくお願いいたします。
  51. 51 : : 2015/07/05(日) 08:47:41
    いつもワクワクで拝見していました。リヴァイ班のそれぞれがぴったり個性的に活かされていて、本当に楽しかったです。ペトラのキレに惚れ惚れしました。他作品も応援しています。
  52. 52 : : 2015/07/05(日) 21:09:05
    >>51 トミーとジーナさん
    最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
    今回ペトラは、探偵役として頑張ってもらいました。
    オルオは犯人暴いてやると意気込んでおいて、結局何も解決に役立っていなかったので
    最後にカッコいいシーンを付け加えてみました。
    今後とも、よろしくお願いします。

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kaku

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