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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

エルヴィン「あー…お前の子供は預かった…」ナイル「は!?」~そのとき、何があったのか~

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  1. 1 : : 2014/11/04(火) 21:25:42
    こんばんは。執筆を始めさせていただきます。

    今回のお話について、説明いたします。

    数珠繋ぎが執筆しております、進撃の調査劇団シリーズ~おおきなかぶ~にて、エルヴィンはリヴァイを怒らせてしまいました。

    そしてリヴァイは、モブリットとともに、エルヴィンを“とある場所”に放置する、という罰を与えます。

    今回は、その放置されてしまった“とある場所”にて、エルヴィン、モブリット、そしてリヴァイが巻き込まれた事件について、執筆をしていきたいと思います。

    このお話を、より楽しんでいただくために

    進撃の調査劇団シリーズ~おおきなかぶ~、~赤ずきん~、~かさじぞう~も、ぜひこの機会に…。

    …あ、読んでいただいていなくても、楽しんでいただける内容にしていきます( ´▽ `)

    その他、条件はこちら↓↓↓

    * オリキャラあり

    * 読み易さを最優先し、コメントを制限させていただきます。

    * 超☆ご都合主義展開

    * 色々矛盾するところが出てくるかも…Σ(°д°)

    …以上の条件でも、かまわないという方は、ぜひどうぞ。数珠繋ぎが描く、ハートフルサスペンス(のつもり)です。

  2. 2 : : 2014/11/04(火) 21:43:06
    «オリジナルキャラクター紹介»

    * ティアナ・ドーク (11)

    ナイルの娘。しっかり者の、ドーク家長女。最近11歳の誕生日を迎え、大人としての意識も徐々に芽生えはじめた。

    母、妹と同じくリヴァイのファンだが、その想いは、次第に変わりはじめていて…。


    * レオナ・ドーク (8)

    ティアナと同じく、ナイルの娘。お調子者で、ちょっとおませなドーク家次女。

    常に自由奔放で、母、姉と同じく、リヴァイの大ファン。


    * マリー・ドーク

    ティアナ、レオナの母親で、ナイルの妻。現在3人目を妊娠中。多忙なため、なかなか家に帰ってこない夫に多少の不満を抱きつつも、明るく、お茶目な一面をもつ。

    娘たちとともに、リヴァイのファンを自認。


    * エルマー

    地下街で名の売れたゴロツキ。

    その過去には、何か秘密があるらしいのだが…。


    * ダニエル 

    エルマーの手下。家が貧しく、学校に通ったことがなく、文字の読み書きどころか、会話すらままならない。

    屈強な体つきで、感情表現に乏しい。


    * ターシャ

    モブリットが地下街で行動を共にすることになった、女スリ。

    モブリットいわく、誰かに似ているようなのだが…。


    * カール・グレッシェル

    エルヴィンがエルマーたちに名乗った、仮の名前。


    ※ちなみに、皆さんお気づきかもしれませんが、マリー・ドークは、完全なオリジナルではなく、原作にて、名前、ナイルの妻であること、そして3人目を妊娠中であることは、語られています。

    しかしながら、詳しい人物像などはふれられていないため、今回は、オリキャラとして扱わせていただきます。

    さらに、ティアナ、レオナ、そしてマリーは、数珠繋ぎ作品初登場ではなく

    【僕とハンジと、時々、巨人】~怒濤の日帰り温泉編~http://www.ssnote.net/archives/13287にて、登場しています。ご参考までに
  3. 3 : : 2014/11/04(火) 22:08:27
    « 序章 »


    「お前はここで勘弁してやる…こいつは、もっと奥だ…」

    その言葉を残し、自分よりもはるかに大柄な男を担いでゆく上官の姿を、モブリット・バーナーは、呆然と見送った。

    「リヴァイ…兵長…」

    ここはどこなのか、彼は理解していた。

    ウォール・シーナに囲まれた、華やかな地、王都。

    そして、その“影”の存在ともいえる場所…

    地下街。

    そこは、見捨てられた地…見捨てられた人々が生きる街…。

    そこに、自分は残された。リヴァイに連れられてここに来たのだが、地上に出るのは、自分1人の力でやりとげなければならないのだ。

    自分は今、私服に身を包み、兵士だとばれる心配は無いだろう。幸い、ある程度の持ち合わせもある。

    だがそれは逆に、スリや強盗の格好のターゲットにもなりうるということで…。

    モブリットは、思わず辺りを見回した。周りの人々は皆、モブリットに気を留めることなく、行き交っている。

    …あくまで、パッと見た範囲のみ、だが…。

    早く、地上に出なければ。

    そう思い立ち、地上に出られるであろう道へと向かおうとした瞬間、彼は思いとどまる。

    …そうだ、団長…。

    団長は今、どこにいるのだろう。モブリットの胸に、不安がよぎる。

    リヴァイ兵士長は、団長を、もっと地下街の奥へと連れていった。ただでさえ、得体の知れない犯罪者たちがうようよいる土地柄だ。

    そんなところのさらに奥地に、1人で放置されていたとしたら…。

    「…団長を捜さなきゃ…」

    彼の、いつしか培われた“上官への忠誠心”が、幸か不幸か、この時強く発動し、彼を地下街の人ごみへと、まぎれこませたのであった。
  4. 4 : : 2014/11/04(火) 22:40:04
    « 第1章 ねぐらの中の男たち »


    次第に戻りはじめる意識のなか、エルヴィンが最初に感じたのは、思わず眉を寄せてしまうほどの、酒の匂いと、後頭部の、硬い感触だった。

    「…エルマー、こいつ生きてる…今、顔動かした…」

    自分のはるか上から、低く、くぐもった声が聞こえる。

    「そうか…女だったら売り飛ばしゃ金になるが…どう見たって、こいつは野郎だしな…」

    先ほどの声よりも、甲高い声が応じる。エルヴィンは、瞳こそ開かなかったものの、1つの足音が、自分の方に近づいてくるのを感じていた。

    「俺たちの、ねぐらの前にあった…迷惑…俺今、仕事してるのに…じゃま…」

    近づく声が、色めき立つ。おそらく、“あった”と称されるものの主は自分であることを、エルヴィンはすぐに悟った。

    「…“あった?”…ダニエル、こいつぁまだ生きてる…“いた”と言え、“いた”と。」

    先ほど、エルマーと呼ばれた男が、鼻で笑う。

    「…いた…じゃま…」

    ダニエルと呼ばれた男は、靴の先で、エルヴィンの頭を小突いた。

    「じゃま…起きろ…」

    ダニエルの声のあとに、エルマーの声が続く。

    「もう意識は戻ってるはずだ…目ぇ覚ましたらどうなんだ…」

    これ以上、目を開かないでいると、この男たちは、躊躇なく自分に危害を加えるに違いない。

    エルヴィンは、目を開き、静かに体を起こした。


    目の前に見えたのは、今にも崩れそうな古ぼけたイスに座り、自分を見下ろしている、初老の男だった。

    「やっぱり起きていやがったか…」

    声から察するに、この男がエルマーなのだろう。エルマーは、持っていた酒ビンをあおる。

    「…エルマー…飲み過ぎ…」

    低く、くぐもった声に気づき、エルヴィンは目を向けると、そこには、目をみはる程屈強な体つきをした大男が立っていた。

    エルヴィン自身、長年兵士という職に就き、日々鍛練を繰り返し、周りも、自分自身も、体を鍛え上げているつもりではいたが、この大男は、それに匹敵するか、それ以上の体躯の持ち主であった。

    おそらく、この大男が、ダニエルなのだろう。

    ダニエルの視線の先で、酒をあおるエルマーは、不機嫌そうに酒ビンを机に叩きつけた。

    「うるせぇダニエル!生意気な口をきくなっ!」

    ダニエルは、無表情のまま、ぼそりと言った。

    「…すまない…」
  5. 5 : : 2014/11/05(水) 08:38:03
    「…で、そこのお前…」

    エルマーは、エルヴィンに目を向ける。

    「すまねぇが、お前が身に付けてる金目のもんは、あらかた拝借させてもらった。」

    エルヴィンは思わず、ポケットの中を調べる。確かに、財布と時計が無くなっている。

    幸い兵服ではなく、私服であったので、兵団関係の物は持ち合わせておらず、その事実にエルヴィンはひとまず安堵した。

    エルマーは続ける。

    「お前さん、名前は?」

    エルヴィンはすぐには答えず、エルマーを見た。

    酒に酔っているせいなのか、顔を赤らめ、だらしない笑みを浮かべたまま、エルマーはエルヴィンの顔をのぞきこむ。

    「…小綺麗なツラしやがって…この辺じゃ見ない顔だな…」

    酒臭い息を吹き付けられ、エルヴィンは顔をしかめながらも、頭の中で策略を練っていた。

    この男は、自分が調査兵団団長、エルヴィン・スミスだということを知らない。

    そしてその事実を、この男たちに知られるわけにはいかない。

    毎回壁外調査で莫大な税金を浪費し、市民の反感を買っているであろう兵団の長が、自分であることに。

    「あん?どうした…まさか、口がきけねぇのか?」

    再び酒臭い息を浴び、エルヴィンは静かに口を開いた。

    「俺の名前は…カール…カール・グレッシェル…」

    偽の名前を名乗った。エルマーは声を上げて笑い

    「カール、か…なぜお前がここにいる…ここはお前のいる所じゃねぇ…俺には分かる。お前の顔を見れば、な。」

    心なしか怒気を孕んだ声に、エルヴィンは少しも動揺することなく、カールを演じてみせる。

    「俺はもともと、ある貴族の屋敷で、執事として雇われていたんだ…」

    「…ほう…」

    エルマーはイスに座り直し、エルヴィンの話に耳を傾ける。ダニエルは表情を変えることなく、目玉だけぎょろりと、エルヴィンの方へ動かした。

    エルヴィンは続ける。

    「そこの貴族の奥方が、またいい女でね…以前から関係をもっていたんだが、ある日、主人に見つかってしまってね。おかげで暇を出され、このザマさ…それで行くあても無く、地下街へと流れ着き…」

    「そして、俺たちのねぐらの前で、ぶっ倒れていた、というわけか…」

    最後の締めを、エルマーがエルヴィンに代わって締め括る。

    「…まあ、そういうことだ…」

    エルヴィンが自嘲気味に笑ってみせると、エルマーはダニエルに向かい、声を張り上げる。

    「ダニエル!こいつを、あいつらと同じ部屋に押し込めておけ!」

    ダニエルは、エルヴィンをチラリと見、

    「こいつ…殺さない…のか?」

    エルマーは、大義そうに座り直す。イスがぎいと鳴る。

    「カール…こいつは俺のカンだが、お前は何か、俺たちに大きな隠し事をしてやがる…俺たちに知られちゃならねぇ何かを…違うか、カール?」
  6. 6 : : 2014/11/05(水) 10:42:39
    エルヴィンは内心、この男の洞察力に驚いたが、おくびにも出さずに、笑ってみせる。

    「…おいおい、一文無しのこの俺が、他に何を隠すっていうんだ?冗談にしては、笑えんな…」

    そんなエルヴィンの腕を、ダニエルの一枚岩の様なゴツゴツした手が、がっしりとつかみあげる。

    「…っ…!」

    不意に襲いかかる腕の激痛に、エルヴィンは思わず顔を歪める。

    「エルマーのこと…バカに…するな…」

    耳元ですごまれる。ダニエルは、表情こそ変えなかったものの、声が微妙に震えている。彼なりの、怒りの表現なのだろう。

    「やめろダニエル!」

    エルマーの一声で、ダニエルはすぐさまエルヴィンの腕を放した。

    「…すまねぇな、こいつ、冗談が通じなくてよ…」

    エルヴィンは、つかまれた腕をさすりながら

    「俺を…どうするつもりだ…」

    エルマーの目を見る。エルヴィンは意図せずに、その視線に、本来の調査兵団団長としての、策士の光を宿していた。

    エルマーはそれを、見逃さなかった。

    「俺はなぁカール…お前が気に入ったのさ…」

    ダニエルに腕を引かれながら、エルヴィンは背中でエルマーの言葉を聞いていた。

    「カール…お前をこれからどうするかは、じっくりと決めさせてもらう…」

    「エルマー…こいつ、縛る…」

    ダニエルはそう呟くと、手近にあったロープで、乱雑にエルヴィンの両腕を縛りはじめる。

    今抵抗しても、無駄だろう。ダニエルという男、かなりの戦闘能力を持ち合わせているに違いない。

    加えて今、エルヴィンは金品を奪われ、これといった武器も無く、さらに、ここが地下街のどこにあたるのかも、見当もつかない。

    …ずいぶんと面倒な罰を与えてくれたものだな、リヴァイ…。

    エルヴィンは、これから自分が監禁されるであろう部屋の前に立ちながら、今どこにいるかも分からない部下に対し、内心肩をすくめた。

    隙をみて逃げ出すか、それとも…

    エルヴィンは頭の中で、必死で策を練っていた。

    しかし、扉の向こうの光景を見たエルヴィンは、驚きのあまり、しばしその頭の中も、動きを止めたのである。
  7. 7 : : 2014/11/05(水) 10:59:45
    « 第2章 囚われた姉妹 »


    近づく足音に、2人の少女は、びくりと体を震わせた。

    ここに連れてこられて、おとなしくしろと、手足を縛られ、もう、どのくらい経つのだろう…。

    少女たちに、時計も無く、太陽の光の届かない、この地下街でそれを判断ことは、不可能だった。

    「…お姉ちゃん…」

    そう言って自分にぴったりと寄り添う妹に、目を向ける。普段は天真爛漫で、コロコロと表情を変える妹の顔も、今は恐怖に張り固められ、小刻みに震えているようにもみえる。

    自分もきっと、同じ顔をしているのだろう。

    「お姉ちゃん…こわいよ…」

    小さく絞り出された言葉。それに対し、何の言葉も返すことができずにいると、扉が開かれ、2つの大きな影が現れる。

    「ひっ…」

    そんな悲鳴にも似た声を出したのは、隣にいる妹か、もしかしたら、自分自身かもしれなかった。
  8. 8 : : 2014/11/05(水) 11:20:57
    「入って…おとなしくしていろ…」

    そう言うのは、自分と妹をここへ監禁した大男だった。

    大男に背中を押され、入ってきた背の高い男は、自分たちを見るなり、驚いた様子で目を見開くと、こちらに近づいてくる。

    妹が、さらにこちらにすり寄ってくるのが分かる。自分も、妹を庇うように、自然に妹を自分の体の後ろに押しやっていた。

    大男は、背の高い男が部屋の中に入るのを確認すると、黙って部屋を出てゆき、扉を閉めた。

    背の高い男は、両手を縛られながらも、まっすぐにこちらに近づいてくる。

    そして、自分たちの目線に合わせるためなのか、低くしゃがみこんだ。

    「…大丈夫かい?」

    優しい口調に、妹は少し心がほだされたのか、震える声で、男に問う。

    「おじさん…だあれ…?」

    「俺かい…俺は…」

    男は、少し考える様子を見せたあと、

    「俺は…エルヴィン・スミスだ…」

    その言葉に、姉妹は即座に顔を見合わせる。

    「お姉ちゃん、エルヴィンって…」

    「…うん…」

    エルヴィンは、静かに姉妹を見守った。すると、お姉ちゃん、と呼ばれた方の娘が、意を決した様子でエルヴィンにこう切り出した。

    「本当に…エルヴィンさん…ですか…?」

    エルヴィンは、穏やかに微笑んだ。

    「ああ。本当だよ。訳あって、こんな所まで来てしまったがな…」

    姉は、続ける。

    「あの私…ティアナ…ティアナ・ドークっていいます…で、こっちが…」

    ティアナが、隣にいる妹を紹介しようとして、エルヴィンが代わりに口を開く。

    「ああ…確か、レオナちゃん…だったね?」

    その言葉に、2人はぱっと顔を輝かせる。

    「うんっ、私レオナ…おじさん、お父さんのお友達でしょ?」

    「レオナ、ちょっと黙って…エルヴィンさん、私たち、憲兵団師団長、ナイル・ドークの娘なんです…あの、私たち、誘拐されてしまって…助けて…ほしいんです…」

    先ほどの輝いた表情から一転し、すがるような4つの瞳に見つめられ、エルヴィンは息をついた。

    まさかとは思っていたが、本当にナイルの娘たちだったとは。さすがのエルヴィンも、状況をのみ込むのに、少々の間を要した。
  9. 9 : : 2014/11/05(水) 11:38:12
    ティアナ、そしてレオナ。

    2人とも、会ったのは今が初めてだが、顔は知っていた。

    以前、ナイルの師団長室を訪れた際、机の上に飾られた、肖像画を目にしたことがあったのだ。

    ナイルに肖像画についてふれると、彼は大事そうにそれを手にとってみせ

    『左が長女のティアナ…その隣が、次女のレオナだ。2人とも、まだやんちゃ盛りで、家に帰るといつも、にぎやかだよ…』

    そう顔をほころばせる彼は、憲兵団師団長でもない、エルヴィンとの同期でもない、“父親”としての顔をしていたことを、エルヴィンは鮮明に記憶していた。

    子供たちが今、危機的状況にあることを、ナイルは、そして妻であり、この子たちの母親であるマリーは、もう気づいているのだろうか…。

    「…安心してくれ…」

    エルヴィンは2人に向け、力強くうなずいた。

    「君たちは…必ず無事に救い出す…俺を…信じてくれ…」

    ティアナとレオナは、互いに顔を見合わせたあと、エルヴィンをまっすぐに見つめ、そろってうなずき返した。
  10. 10 : : 2014/11/05(水) 12:13:33


    それから少し経って、扉の向こうから、ぼそぼそと話し声が聞こえたかと思うと、ゆっくりと扉が開き、ダニエルがぬうっと顔を出し、そのまま部屋の中に入り、熊のようにのしのしと、エルヴィンたちの周りを歩きはじめる。

    「…どうした、ダニエル…」

    怯えるティアナとレオナに代わり、エルヴィンが問う。

    ダニエルは、その大きな背中を丸く縮こませたまま、ぼそりと言った。

    「…困った…」

    「何が…困ったんだい?」

    エルヴィンが穏やかに促すと、ダニエルは続ける。

    「エルマーに…手紙…書けと言われた…」

    「手紙?」

    「この…娘たちの親に…返してほしいなら、金よこせって…」

    「…ああ、脅迫状か。」

    エルヴィンの言葉に、ダニエルはゆっくりと顔を上げ

    「…そう。それ…書けと言われた…」

    エルヴィンは、穏やかな口調のまま

    「だったら、書けばいいじゃないか…」

    その言葉に、ティアナは耳を疑い、思わずエルヴィンの顔を見上げた。

    しかし、そのエルヴィンの表情に迷いは無く、余裕さえ感じることができた。



    以前、父と母が会話していた光景を、ティアナは思い出した。


    『何を考えているか、さっぱり分からんよ、あいつは…』


    どうやら、父とこのエルヴィンは訓練兵時代からの友人で、母とも交流があるらしかった。

    『あいつは、なかなかのサクシだよ…』

    父が、半ば呆れ気味に母にこぼしていた。母はいつも笑って、父の話を聞いていた。

    ティアナには、“サクシ”というのが、どういったものかは分からなかったが、師団長を務めあげる、少なくとも、兵士としては優秀な父が評価するほどの男、エルヴィンが今、余裕の表情を見せている。

    ティアナは、今はひたすら、エルヴィンを信じるしかない…そう、悟った。


    「…うう…俺…」

    見ると、ダニエルが頭を抱え、うめいている。

    「俺…字…分からない…手紙…書けない…」

    ダニエルの言葉を聞き、エルヴィンの目がきらりと光るのを、ティアナは見逃さなかった。

    「…エルマーは、どうしたんだ?」

    エルヴィンの問いに、ダニエルはくるりと扉の方を向き

    「エルマー…寝てる…酒…飲んだから…」

    エルヴィンは静かに言った。

    「それは困ったな、ダニエル。エルマーの命令は、絶対なんだろ?」

    「…うう…エルマーの命令…絶対…」

    エルヴィンは続ける。

    「そうか…それに、せっかくこの子たちを誘拐しても、この子たちの親にその事を伝えないと、意味がない…見たところ、2人とも良い身なりをしている…それだけ家が裕福なんだろう。身代金を要求すれば、たんまりと儲かるだろう。しかしそれも、脅迫状を書けたらの話だがな…」

    「…うう…」

    ダニエルは頭を抱え、その場にしゃがみこむ。エルヴィンは構わず続ける。

    「どうする?今から、気持ち良さそうに寝ているエルマーを叩き起こして書かせるかい?エルマー、さぞかし怒るだろうな…」

    「…うう…」

    うめき続けるダニエルをしばらく見つめたあと、エルヴィンは静かに口を開く。

    「ダニエル…よかったら、その脅迫状、俺に書かせてはもらえないか?」

    ダニエルは、ゆっくりと顔を上げ、エルヴィンを見る。

    「カールが…か?」

    カール?

    聞き慣れない名に、姉妹はエルヴィンを見上げる。

    エルヴィンは続ける。

    「そうだ。こう見えても、執事をしていた頃は、よく主人に代わって関係者各位に手紙を書いていてね…字には少々自信があるんだ。」

    ダニエルは、少し間を置いてから

    「…じゃあ…頼む…お前が手紙書く間…俺、見張ってる…」

    エルヴィンは肩をすくめてみせ

    「おいおい、逃げるとでも思ったのか?…逃げやしないさ…」

    ダニエルは、じっとエルヴィンを見つめたあと

    「…紙とペンを持ってくる…」

    と言い残し、のしのしと部屋を出ていった。
  11. 11 : : 2014/11/05(水) 12:34:15
    バタンと扉の閉まる音のあと、緊張の糸が切れたのか、姉妹は、ふうと息をついた。

    「おじさん、カールなの?執事なの?」

    息をついたあと、レオナがエルヴィンに問うてくる。ティアナもエルヴィンの答えをじっと待った。

    「…いや。俺はエルヴィン・スミスだよ。ただ、俺もある程度世間に名前が知られているからね…本当の名前は、明かさない方が良いと思ったのさ。だから、俺がエルヴィンだということは、ここにいる3人だけの秘密だ…いいね?」

    レオナは、興奮した様子で息を弾ませながら

    「おじさんは、お父さんのお友達で、有名人なんだね。すごいすごい。」

    「しっ。レオナ、静かに…あの、エルヴィンさん…お父さ…いえ、父から聞いているのですが、あなたは、調査兵団の…団長さんなんですよね?」

    ティアナの問いに、エルヴィンは微笑んだ。

    「ああ。そうだよ。」

    レオナは、手足を縛られたまま、ぴょんぴょんと弾みながら

    「あっ、調査兵団って、リヴァイ兵士長がいるとこだよね?」

    「そうだよ…彼を、知っているのかい?」

    「知ってるよ。だって、レオナとお姉ちゃんとお母さんは、リヴァイ兵士長のファンなんだよ。凱旋の時は、いつもみんなで見に行ってるんだよ。ね、お姉ちゃん?」

    ティアナは、なぜかうつむいたまま

    「う…うん…そうだけど…」

    そんな姉にお構い無しに、レオナは瞳を輝かせる。

    「リヴァイ兵士長って、チョーカッコイイんだ。」

    エルヴィンはそんなレオナに

    「そうか…ところで、凱旋を見に行っているのなら、俺も毎回いるはずなんだが…覚えてるかい?」

    レオナは目をそらし、曖昧に笑ってみせ

    「う~ん…分かんない。」

    「…そうか…」

    エルヴィンは肩を落とした。
  12. 12 : : 2014/11/05(水) 12:47:05
    「レオナっ、静かにしなきゃダメでしょっ。」

    ティアナが叱責すると、レオナは口を尖らせ

    「お姉ちゃんの方がうるさいよぉ。」

    「うるさいっ。」

    レオナは、エルヴィンの体にすり寄りながら

    「おじさん、お姉ちゃんが怒るよぉ…」

    「レオナが静かにしないからでしょっ。」

    突如として“姉妹ゲンカ”の間に挟まれ、エルヴィンが苦笑していると、扉が開き、ダニエルが紙とペンを持って入ってきた。

    姉妹はそれをみるなり、2人そろってエルヴィンの後ろに隠れる。

    そんな2人の様子に、再び苦笑するエルヴィンの目の前に、紙とペンが差し出される。

    「…これ…」

    エルヴィンは再び肩をすくめ

    「すまないが、ロープをほどいてくれないか…あいにく俺は、口でペンをくわえて文字を書くという芸は、身につけていなくてね…」

    その言葉に、ダニエルは素直に

    「分かった…ナイフ取ってくる…」

    そして、両手を解放されたエルヴィンは、ペンを手にとった。

    ダニエルの言う通りの言葉を紙に書き、書き終えると、再び両手、そして両足を縛られた。

    脅迫状を届けにいくダニエルの背中を、エルヴィンは静かに見送った。

    むろん、エルヴィンはただ、言われるがままに脅迫状を書いたわけではない。脅迫状を受けとるであろう旧友、ナイルに向け、メッセージを密かに忍ばせていた。

    ナイルがそれに気づいてくれることを、信じて。
  13. 13 : : 2014/11/05(水) 13:08:32
    « 第3章 旧友 »


    ウォール・シーナ、ストヘス区。

    そこにたたずむ憲兵団支部にて、憲兵団師団長、ナイル・ドークは、部下たちが提出した書類に目を通していた。

    忙しさを理由に、ずいぶん書類をため込んでしまった。おそらく、今夜も徹夜になるだろう。

    ーコンコン。

    扉がノックされ、ナイルは顔を上げる。

    「…師団長、ちょっとよろしいでしょうか…」

    ナイルは息をついた。

    「…なんだ、入れ。」

    「…失礼します…」

    まだ若いその男性兵士は、とまどった表情のまま、おずおずと入室してくる。なぜかジャケットを羽織っておらず、シャツ1枚である。

    その様子に、ナイルは眉を寄せ

    「なんだ。なにかあったのか?」

    兵士は目を泳がせたまま、口ごもる。言おうか言うまいか、迷っているようにみえる。

    「どうした?俺は忙しいんだ。用件がないのなら、出ていってくれ。」

    少し苛立った様子をみせると、兵士はびくりと体を震わせ、口を開く。

    「あっ…あの、師団長…その…奥様が…」

    「は!?」

    「奥様が…いらっしゃってまして…」

    「マリーが!?…い、いや、妻が…何かの間違いじゃないのか…」

    ナイル・ドークの妻、マリー・ドークは、多忙な夫を支えながら、2人の娘たちと一緒に、ドーク家を守っている。

    そして、その体には、新たな命を宿していた。

    そんな妻が、わざわざ自分を訪ねてくるなど、今までに無いことだった。

    まして、憲兵団だけでも、いくつもの支部に分かれている。そんな中で師団長である自分を捜しだすなど、容易ではなかったはずだ。


    「…師団長…」

    おずおずと声をかけられ、ナイルははっと我に返る。

    「…なんだ?」

    「申し訳ありませんが、なるべく早く、奥様と会ってはいただけないでしょうか…」

    「…なぜだ?」

    ナイルの問いに、兵士は寒そうに体をさすりながら

    「実は…自分が最初に奥様に応対したのですが…師団長がこちらにいらっしゃると聞いたとたん、いきなりジャケットを脱がされ…“早く主人に会わせないと、これ、売り飛ばすわよ!”と、すごまれまして…」

    兵士の話に、ナイルは深い深いため息をついた。

    「それはすまなかったな…案内してくれ。すぐに行く。」

    ナイルの言葉に、兵士は心底安堵の表情をみせたあと、ナイルを、マリーのいる応接室へと案内した。
  14. 14 : : 2014/11/05(水) 14:04:37
    応接室に入るナイルの姿を見るなり、マリーは弾かれたようにソファーから立ち上がり、夫のもとへ駆け寄った。

    「あなた…!」

    ナイルは、妻のただならぬ様子に、内心焦りを感じながらも、しっかりとマリーの肩を支え

    「マリー、どうした…何があった…?」

    ナイルの問いに、マリーは体を震わせ、両手で(右手に兵士から奪ったジャケットをつかんでいたが)顔をおおう。

    「とにかく、落ち着け…」

    ナイルはひとまず、マリーをソファーへと促す。

    ナイルとマリーは、ソファーに腰を落ち着かせ、ジャケットを奪われた兵士は、部屋の隅に控え、ようやくマリーが口を開く。

    「あなた…ティアナが…レオナが…」

    子供たちの名を聞き、ナイルの顔も青ざめる。

    「子供たちが…どうしたんだ!?」

    マリーが再び口を開きかけ、ナイルはそれを手で制すと、部屋の隅で控える兵士を見て、マリーに言った。

    「おい。その前に、返してやれ。」

    マリーは、ぽかんとして

    「えっ…なにを?」

    「ジャケット。」

    夫に指摘され、マリーはようやく、ずっと握りしめていたジャケットに気づく。

    「あら…いやだ、私ったら…」

    マリーはジャケットを(だいぶシワになっていたが)兵士の所まで持っていくと

    「ごめんなさいね、寒かったでしょ?」

    見目美しいマリーに微笑みかけられ、兵士は頬を赤らめる。

    「あっ…いえ…自分は…その…」

    そんな若い兵士に、マリーはジャケットを着せてやりながら

    「…風邪、ひかないようにね…」

    「すまないが、席をはずしてもらえないか。」

    ナイルにそう指示され、ジャケットを着終えた兵士は

    「はっ…はい…失礼しました!」

    と、足早に自分の持ち場へと戻っていった。マリーは、少し落ち着いた様子で、夫の正面のソファーに腰かける。
  15. 15 : : 2014/11/07(金) 08:00:04
    「すまない…他人に聞かれない方がいいと思ってな…」

    マリーは、肩にかけていたカバンから、一通の手紙を取りだし、夫の前に押し出した。

    「こんな手紙が届いたの…」

    ナイルは、マリーの顔を見た。マリーがうなずくのを見るなり、手紙を慎重に開封し、読み上げる。

    「…お前の子供は預かった…無事返してほしくば、明日の夜10時、ウォール・シーナ、ヤルケル区**公園に、金を用意して待っていろ。なお、他にもらした場合、子供の命は無いと思え…」

    ナイルが手紙を読み終えると、マリーは辛そうに顔を歪め、目を伏せた。

    ナイルは、封筒の宛名を見る。

    「…俺宛て、か…」

    「あなた…一体これからどうすれば…」

    ナイルは腕組みし、しばし思案にふけ、そして言った。

    「…マリー、手紙に書いてあるとおり、このことは、他の人には絶対に話すな。引き渡し場所には、俺1人で行く。お前は金を工面して、家で待機していてくれ…いいね?」

    マリーの顔から、不安な表情は消えることなく

    「あなた…1人で大丈夫なの?」

    ナイルは、再び手紙を手にとる。

    「いや…おそらく…」

    ナイルはそう言葉を濁すと、席を立った。

    「少し待っていてくれ…」

    マリーにそう言い残し、ナイルは手紙を手にしたまま、部屋を出ていく。

    そしてほどなくして、1枚の書面を持って戻ってきた。
  16. 16 : : 2014/11/07(金) 22:18:03
    「…マリー、これを見てほしい。」

    そう言うとナイルは、マリーの前に、先程の手紙と、書面を並べてみせる。

    マリーは、書面に目を通すと、眉を寄せる。

    「この書面…エルヴィンのサインね…」

    「ああ。以前、エルヴィンからもらった、壁外調査に関する報告書なんだが…」

    書面を見つめたままの夫に、マリーは視線を移す。

    「これが…どうかしたの?」

    ナイルも、マリーとゆっくり視線を合わせ

    「…似ていると思わないか…」

    「似てるって…何が?」

    「筆跡だ…この、エルヴィンが書いた書面と、この、今回届いたこの手紙…」

    ナイルは言葉を切り、髭を生やした顎に手をあてる。

    「…エルヴィンには、昔から筆跡に、ちょっとしたクセがあってな…本人も直したいと言ってはいたんだが、未だに直らなくて…そのクセが、この手紙にも…」

    マリーとナイルは、再び手紙に視線を落とす。ナイルは続ける。

    「この手紙にも表れている…むしろ、気づきやすいように、強調されていると言ってもいい…」

    マリーは、顔を上げる。

    「まさか…まさか、エルヴィンがあの子たちを…!?」

    そんな妻の言葉に、ナイルは即座に

    「いや。それは無い。しかし、あいつが何らかの形でこの件に関与している可能性は、あると思うが…」

    ナイルは、手紙に視線を落としたまま、目を見開いた。

    「ちょっと…待て…」

    「どうしたの?」

    「ところどころ、文字に小さくインクの染みが付いてる…」

    ナイルは慎重に、その文字を拾った。

    「…子供は…無事…」

    ナイルはその瞬間、旧友であるエルヴィンの関与を確信した。

    「マリー…」

    ナイルは、マリーと向き合う。

    「…はい…」

    「ティアナとレオナは、必ず無事に取り戻す。俺を…俺たちを、信じてくれ…」

    マリーは、夫の目をまっすぐに見つめたまま、力強くうなずいた。
  17. 17 : : 2014/11/08(土) 21:30:53
    « 第4章 盗まれた女 »


    モブリット・バーナーは、地下街の人混みの中を、あてもなくさ迷っていた。

    実際、エルヴィンを捜そうにも、エルヴィン自身、調査兵団団長として、広く名が知られている存在である。そんな彼を、おおっぴらに捜し回るわけにもいかない。

    それらしい人物がいないか、見て回ったが、空回りに終わるばかりだ。

    「…仕方ないな…」

    気は進まないが、金は持っている。これを使い、情報を“買う”手段に出たほうが、賢明かもしれない。

    このままみすみす、スリや恐喝にあって、身ぐるみはがされるよりは…。

    モブリットは意を決して、“情報屋”と呼ばれる人種が集まりそうな場所へと向かった…といっても、彼もそう詳しいわけではなく、とりあえず、人気の無い路地裏へと入っていった。

    その選択が非常に危険だという、明らかな事実に気づく余裕など、今の彼には無かったのである。

    「…やっとおとなしくなったか…」

    路地裏の奥から、男の声が聞こえる。しかしモブリットは、長年培ってきた“戦場での経験”から、声は1つでも、もっと大勢の人間が潜んでいることを、肌で感じていた。

    「ナメた真似しやがって…どうしてやろうか…へへっ。」

    ようやく声の主を見つけ、モブリットは物陰に隠れて様子をうかがう。思った通り、そこでは4人の男たちが、1人の女性を取り囲んでいる。

    「…いい女だな…」

    先程の声の主が、女性の顎をつかみ、自分へ向ける。

    モブリットの距離からははっきり聞こえなかったが、女性は男に何か言ったらしく、その言葉に、男は激怒し

    「ふざけやがって…ここで痛めつけてやる…!」

    4人の男たちが、女性に一斉に襲いかかる。

    このあと、女性がこの男たちに何をされるか…。

    モブリットとて、容易に想像できた。

    モブリットは、自然に足が動き、気がつけば、4人の男たちの前に立ちはだかっていた。
  18. 18 : : 2014/11/08(土) 21:44:32
    「何をしている!」

    その声に、男たちは一斉に振り向く。女性も、うずくまったまま、モブリットを見ている。

    モブリットは、5人の視線を一身に浴び、一瞬ひるんだものの、続ける。

    「女性1人をよってたかって…恥ずかしくないのか!?」

    男たちは、あっけにとられてモブリットを見つめていたが、すぐに声を上げ、笑いだす。

    「なんだてめぇ、正義の味方気取りか!?」

    「見たとこ、憲兵でもねぇみたいだな…」

    「優男が…笑わせんじゃねぇ!」

    「まずはお前を…痛めつけてやる…」

    男たちの目が殺気立ち、ジリジリと自分に近づいてくる。

    しかし、モブリットは悟っていた。

    こいつらは、虚勢を張っているだけだ。

    対人格闘においての実力は、自分のほうがはるかに上…のはず…。

    「やっちまえ!!!」

    一斉に襲いかかる男たち。モブリットはひとまず、1人目の男の攻撃をかわすと、その首筋に手刀をお見舞いする。

    そのスキに襲いかかる男の攻撃をかわすと、そのままその男を背負い、飛びかかろうと構えていた男に向かって投げつける。

    3人の仲間をあっけなく倒され、最後に残った男は一瞬唖然としたものの、すぐにポケットからナイフを取り出すと

    「この野郎…ぶっ殺してやる…!」

    そう叫ぶなり、こちらに突進してくる。

    モブリットは、そんな男の、ナイフを持つ手をつかみ上げると、あらぬ方向にねじ曲げる。激痛に、男は悲鳴を上げる。

    モブリットは、男に静かに告げる。

    「…まだ…やるかい…?」

    男は、モブリットが手をゆるめたスキに、手を振り払うと、一目散に逃げ出していく。

    他の3人の男たちも、慌ててその後に続いた。
  19. 19 : : 2014/11/09(日) 21:26:59
    男たちが逃げてゆくのを確認すると、モブリットは息をついた。

    「ちょっと、やりすぎたかな…」

    調査兵団の兵士として、日々巨人と戦っているモブリットにとって、人間の男を相手にすることなど、容易いことだった。

    …もとい、その巨人よりも行動の読めない“奇行種”こと、ハンジ・ゾエの副官を務める彼にとっては、その辺の悪党など、可愛いものだったのである。

    モブリットは、うずくまったまま自分を見つめている女性へと歩み寄った。

    「あの…大丈夫ですか…?」

    女性は、しばしの間モブリットを見つめた後、

    「…こわかったぁっ!」

    と、モブリットの胸に飛び込んでくる。

    これが、演劇や小説の中に出てくるような英雄であったなら、女性の肩を抱き

    「…もう、安心ですよ…」

    と、言葉の1つでもかけてやるところだが、モブリットは顔を真っ赤にし、戸惑うばかり。

    女性は顔を上げ、上目遣いでモブリットを見る。

    モブリットはドキリとしたが、同時に違和感を覚えた。

    「…あれっ…」

    この人…どこかで見たような…。

    戸惑うモブリットに、女性は小首をかしげ

    「…どうかされました…?」

    モブリットは慌てて首を振り

    「いっ、いえ…なんでも…」

    女性はモブリットの胸に顔を埋め、

    「私…本当にこわくて…でも、あなたが助けてくれて…」

    自分の胸に感じる熱い吐息に、モブリットのドキドキは止まらない。

    そんなモブリットの様子を知ってか知らずか、女性も頬を赤らめ、いじらしく顔をそらしてみせる。

    「私…お金も無くて…何のお礼もできなくて…」

    「そんな…お礼なんていりませんよ…」

    そう言うモブリットの胸に、女性は人差し指を、つ…と這わせながら

    「そんなこと言わずに…私の家に…来て…」

    モブリットは、生唾をごくりと飲みながらも、ふと、ズボンのポケットに違和感を覚え、彼女の右手をそっとつかんだ。

  20. 20 : : 2014/11/09(日) 21:36:00
    その右手には、モブリットの財布が握られていた。

    「…チッ…」

    女性は、先ほどとはうって変わって、顔を歪め、舌打ちをする。

    モブリットは、静かに言う。

    「お礼はいらない…けど、これは返してもらうよ…」

    そしてモブリットは、女性に背を向け、歩き始める。

    「ちょっ…ちょっと待ってよ!」

    女性の声に、モブリットは足を止める。女性は続ける。

    「あんた…この辺じゃ見ない顔だけど、いったい何者なの…憲兵なの?」

    モブリットは振り向いた。

    「憲兵じゃない…けど、ある人を捜してるんだ。」

    「ある人?」

    「俺の…上司だ。」

    あながち間違いではない。自分が調査兵団の兵士であることも、極力伏せたほうが良いだろうと、モブリットは思った。

    「上…司…?」

    女性はモブリットを見たまま、眉を寄せる。その顔を見、モブリットの脳内で再び何かの記憶が反応し始める。

    やっぱりこの人…どこかで…いや、誰かに似て…る…?
  21. 21 : : 2014/11/10(月) 14:13:33
    「あっ…」

    ある確信が芽生え、モブリットは女性に近づく。

    「あの…ちょっと…」

    女性は戸惑いながら

    「なっ…なによ…」

    モブリットは言った。

    「ちょっと…お願いがあるんだけど…」

    「は?」

    怪訝な表情をみせる女性にかまわず、モブリットは続ける。

    「後ろの髪をこう…束ねてみてくれないか…」

    女性は、声を荒げ

    「は?なんで私がそんなこと…」

    モブリットは、顔の前に手を合わせてみせ、頼み込む。

    「頼むよ…このとおりだ…」

    女性は、腑に落ちない様子で息をつくと、肩まで伸びた髪を、両手で後ろに束ねてみせる。モブリットはそれを、じっと見入る。

    「…あ、テキトーでいいから…あと、前髪は真ん中で分けて…そうそう…」

    そして、その女性の姿を見、モブリットは確信した。

    この人は…。

    「ねぇ、なんなの?あんた、髪型フェチなわけ?」

    女性の言葉も、モブリットの耳には入らなかった。

    幾分か、あの人よりは小柄で、(モブリットの個人的観測によれば)胸も、この女性のほうが豊かであるが…

    …ハンジさんだ…。
  22. 22 : : 2014/12/10(水) 15:52:17
    「…ちょっとぉ…」

    女性の不満気な声に、モブリットは、はっと我に返る。

    「は…はい!?」

    「いつまでこの格好にさせとくつもり?そろそろ、腕が限界なんだけど。」

    ここでモブリットは、彼女が律儀にハンジの髪型を再現したまま立っていることに気づいた。

    「あっ…すまない、もういいんだ…」

    女性は、だらりと腕をおろす。茶色の髪が、するりと落ちる。

    「…なに、私、あんたの知ってる誰かに似てるの?」

    「うん…俺の上司に…少しね。」

    実際は少しどころか、瓜二つなのだが。

    「女?」

    「もちろん。」

    「ふぅん…」

    気のない声を漏らしつつも、女性は真剣な眼差しを向け

    「あんた…その上司とやらに惚れてんの…?」

    モブリットは、慌てて首を振った。

    「そんな…上司として尊敬はしてるけど、そういうのは、ないよ…」

    女性はなぜか、ホッとした表情をみせた後

    「人を捜してるんなら、私も協力するよ…この辺のことは詳しいからさ。」

    「ありがとう、助かるよ…俺は、モブリット・バーナー…君は?」

    女性は、そっと乱れた横髪を耳にかけ

    「私は…ターシャ…」
  23. 23 : : 2014/12/10(水) 16:15:27
    モブリットはターシャに、エルヴィンの名前は明かさず(かなりしつこく追及されたが)、身体的特徴をこと細かく説明した。

    するとターシャは、しばし瞑目した後、ああ、と声を上げる。

    「そういえば…噂になってた。エルマーのねぐらの近くに、そんな様な男が倒れてて…」

    ターシャの言葉に、モブリットは目をみはった。

    「それで…どうなったの!?」

    「たぶん…ダニエルが始末したんじゃないかって…すぐにいなくなってたから…」

    モブリットは頭を抱える。

    「…そんな…」

    モブリットの落胆ぶりに、ターシャは慌て、励ますようにモブリットの腕を支え

    「そんな…分からないよ。ダニエルは恐ろしい奴だけど、エルマーの命令無しじゃ、何もできない奴だから。」

    モブリットはここでやっと、聞き慣れない2つの名前に意識が傾く。

    「その…エルマーとダニエルという人は、この辺りじゃ有名な人なの?」

    ターシャは、頬に人差し指を当て

    「そうね。わりと知られてると思うわ。」

    「ダニエルって奴は…そんなに恐ろしいのかい?」

    ターシャは少し声を潜める。モブリットもそれに合わせ、彼女に顔を近づける。

    「うん…エルマーの命令なら、平気で人殺しもするの。」

    「人殺しも!?」

    「それでいて、すごく強いの。その辺の憲兵なんか、集団で襲ってきても、敵わないでしょうね。」

    モブリットの胸に、再び不安がよぎる。

    「じゃあ…もしかしたら団長も…」

    「…ダン…チョウ…?」

    思わず口が滑り、モブリットは慌てて

    「いや…何でもないんだ…」

    ターシャは、狐につままれた様な顔をしたが

    「まあ、いいわ。エルマーって男は、気まぐれで偏屈な奴って話だから、もしかしたら、自分のねぐらに招き入れてるかもしれないわね。」

    モブリットは、ターシャの両肩をつかみ

    「その、ねぐらの場所って分かる!?」

    「わ…分かる…けど。」

    「連れていってくれ、すぐに…!」

    モブリットはそう言うが早いか、ターシャの腕を引き、歩きはじめる。

    「ちょ…ちょっと、引っ張んないでよ…もう!」
  24. 24 : : 2014/12/10(水) 21:47:31
    « 第5章 師弟 »


    「ちゅーもーく!」

    「…うう…」

    レオナの可愛らしい号令に、岩を擦りつけたような、低い唸り声が続く。レオナは、不満気に口を尖らせ

    「ちがうよ!返事は、はい、だよ。」

    ここは、所変わってエルマーのねぐらである。

    なんとレオナは、ダニエルが字の読み書きができず、悩んでいると(レオナの若干の思い込みもあるが)知り、自ら先生役を買って出た。

    「レオナが、字を教えてあげる!これでもう、お手紙書けるよ!」

    瞳を輝かせそう言い放つレオナとは裏腹に、ティアナは、生きた心地がしなかった。

    自分たちはいわば、人質なのだ。彼らを…エルマー、そしてダニエルの機嫌を損ねようものなら、殺されてしまうかもしれないのだ。

    「ねー、教えるよ?」

    レオナは、黙りこくるダニエルの顔をのぞきこみ、なおも訴え続ける。

    ふと、隣を見れば、エルヴィンもまた、顔をこわばらせ、状況を見守っているようだった。

    もし、何か事が起きようものなら、身を挺してレオナを守るつもりなのだろう。

    「…うう…」

    ダニエルが声を上げる。

    「…ん、なあに?」

    レオナは、可愛らしく小首をかしげ、ティアナ、そしてエルヴィンは、息を呑んだ。
  25. 25 : : 2014/12/10(水) 22:32:27
    「…うう…」

    ティアナは、これから起こりうるかもしれない状況に身を強ばらせ、エルヴィンは両手を縛られながらも、今にもダニエルに飛びかかろうとしている。

    「…おしえて…ほしい…」

    「はっ!?」

    ティアナとエルヴィンは思わず声を上げ、レオナはただ1人、満足そうに笑う。

    「うん、いいよ!…あ、でもね、誰かにものを頼む時は、お願いしますって言うんだよ。お母さんが言ってた。」

    またもやレオナが火種になるような発言をし、ティアナとエルヴィンは再び緊張を強めるも…

    「おねがい…します…」

    大岩のような体つきの男が、野ウサギのような小柄な少女に素直に頭を下げている様子には、さすがのエルヴィンも、唖然とした。

    しかしレオナは満足そうに、うんうんとうなずき

    「それでよろしい!じゃあこの縄、ほどいてね。」

    と、レオナは当然のようにダニエルに縛られた両手を差し出す。

    ティアナは思わず、天を仰いだ。

    しかしダニエルは、またも素直にナイフを取りだし

    「…逃げない…?」

    と問う。レオナは満面の笑みを浮かべ

    「逃げないよ。だってレオナ、どうやってお家に帰るのか、知らないもん。」

    レオナのその言葉から、新たな事実に気づかされたティアナは、目を潤ませ、うつむく。

    すると、不意に脇腹をつつかれる。エルヴィンだ。

    見れば、エルヴィンは優しく微笑み、うなずいてみせる。

    自分を励ましてくれているのだと…頼っても良い存在なのだと、改めて理解したティアナは、目の前ではしゃぐ、自由奔放な妹を見、深い深いため息をついた。
  26. 26 : : 2014/12/12(金) 22:41:18
    「これが…ダ…」

    「うう。」

    「これが…ニ…」

    「う。」

    「…でこれが…エ…」

    「…う…」

    「そんでもって…ル…」

    「ダ…ニ…エ…ル…」

    レオナは輝く瞳でダニエルを見る。

    「そうだよ!まず、自分の名前から覚えてね。」

    ダニエルは、その後もレオナが得意気に書き示す文字を、そのアンバーの瞳で、じっと見つめ続ける。

    やれやれ、と、ティアナは何度目かのため息をついた。まったく、レオナの世話好きには、迷惑をかけられっぱなしである。

    普段からも、ちょくちょく野良犬だの捨て猫だのを拾ってきては

    『ねぇねぇ、今日から、うちの子にしようよ!』

    と言い出し、母のマリーが、それを咎めると思いきや

    『まぁ!可愛い子ね。大歓迎だわ!』

    …と歓迎してしまい、結局、たまに帰宅する父にこっぴどく(マリーも一緒に)叱られる、というのが、日常茶飯事だった。

    ティアナは1人、お父さんに怒られるからと、事前に2人を諭したというのに。

    そんな時、父は決まって

    『ティアナは、お利口だったな。』

    …と、ティアナの頭を撫で

    『ティアナはお姉ちゃんだからな。この家のこと、レオナのことも、頼んだぞ。』

    と言われるのが常だった。

    それを素直に喜べていたのは、少し前までだった。
  27. 27 : : 2014/12/13(土) 13:53:33
    いつからだろう。

    ティアナはいつしか緊張も忘れ、物思いに耽った。

    いつから自分は、両親の…とくに、父からの『お利口だな。』といった誉め言葉と、自分の頭をくしゃくしゃと撫でるのを、時にはうっとおしいとさえ思うようになったのだろう。

    11歳の誕生日…仕事が忙しいという理由で、妹と、母と3人で祝った誕生日からだろうか。

    いや…そうじゃない。ティアナには、思いあたる節があった。自分は、変わったのだ、と。

    リヴァイ兵士長。彼の存在が、ティアナの心を大きく変化させていた。

    凱旋で彼を一目見に駆けつける、という習慣は、母、そして妹と同じく、変わることはなかった。

    ただ、笑顔で彼に向かって声援を送る2人とはちがい、ティアナは目を伏せたまま、じっと彼が目の前を通るのを待ち、そしてそっと顔を上げる。

    心臓の鼓動が高鳴り、顔も火のついたように熱くなる。けれども、とても幸せな気持ちにもなれる。

    こんな感覚を、ティアナはすでに知っていた。ただ、2年ほど前の相手は、近所に住む同い年の男の子だったが。

    リヴァイ兵士長に、自分は恋をしているのだと気づくのに、それほど時間を要すことはなかった。

    彼に会いたい。自分の事を見てほしい。そんな感情を思い起こすうち、家族に対する想いも変化した。

    どうして私は、お姉ちゃんなの。

    どうして私にばかり…何でも任せようとするの。

    お父さんもお母さんも…レオナの方を、より愛しているにちがいない。見ていれば分かる。

    レオナのするイタズラだってなんだって、すぐに許してるじゃないか。

    お人形だって洋服だって、お父さん、レオナにすぐに買い与えてるじゃないか。誕生日でもないのに。

    ほの暗い感情が、いつしかティアナを取り巻いていた。日の光の届かない、地下街という環境が、それを助長する要因になっているのかもしれない。

    ティアナは、無邪気にダニエルに字を教え続ける妹を、悲しみと怒り、そしてほんの少しの憎しみをこめた瞳で、見つめ続けた。
  28. 28 : : 2014/12/13(土) 14:17:31
    「ちょっと…いい…?」

    ダニエルの、低くくぐもった声が、ティアナを現実へと引き戻す。

    レオナは、相変わらず笑顔で、元気に右手を挙げ

    「意見のある人は、手を挙げてください!」

    もうすでに、自分は教室の中の先生にでもなったつもりでいるのだろう。

    ダニエルは、おずおずと、丸太のような右手を挙げる。レオナはダニエルに手を差しのべ

    「はい、どうぞ!」

    するとダニエルは、先ほどレオナの書き示した、ダニエルの文字を指差し

    「…この、エル、と…」

    そして、エルマーが眠る部屋に続く扉を見

    「エルマーのエル、は…同じ…か…?」

    レオナは目を丸くした。

    「そうだよ!すごいねダニエル、良いところに気づいたね、えらいえらい。」

    そう誉められても、ダニエルは表情を変えることはなかった。レオナはかまわずペンをとり

    「エルマーはね…こう、書くんだよ…」

    レオナは、先ほどダニエル、と書いた横に、エルマー、と書いてみせる。

    ダニエルは、その紙を大事そうに手にとってみせた。それはまるで、貴重な昆虫を手にとる少年のように思えた。ティアナは、2年前に恋した男の子も、同じ表情をしたことがあると、ふと、思い出した。

    「これ…絶対に覚える…」

    決意に満ちた言葉だった。レオナもそれを感じとったのか、励ますようにダニエルの肩に手を置き

    「うん。頑張って覚えようね。」

    エルヴィンは、目の前の微笑ましくもある光景を目の当たりにしながら、時計も、日光もない状況のなかで、“取引”の時が刻々と迫っている事実に、緊張を緩めなかった。

    そして、その緊張に応えるように、扉がゆっくりと開き、エルマーが顔を出した。

    「…そろそろ時間だ。地上へ行こう。」

    もう、酔いはすっかり醒め、エルマーの表情は引き締まっている。

    ティアナは、やっと地上へ出られるという安堵の想いとともに、両親と顔を合わせるかと思うと、不思議と心が重くなるのだった。

  29. 29 : : 2014/12/13(土) 14:51:14
    レオナは、すっかり緊張から解放された様子で

    「じゃ、今日はこれでおしまいね!」

    さも、また“教室ごっこ”をやろう、といった口ぶりに、ティアナは眉をひそめたが、何も言わなかった。

    エルマーは扉をくぐり、中へ入ると、レオナを忌々しげに睨み付け、その肩をつかむと

    「ダニエル…もう1度縛れ。」

    そう静かに言い放つと同時に、レオナを強く突飛ばした。レオナが床に倒れる音が、妙に大きく響く。

    「い…痛い…」

    泣き叫ぶかと思いきや、レオナはうめきながらも、ゆっくりと起き上がろうとしている。

    そんな様子を見、ダニエルは、糾弾するような視線をエルマーに向ける。おそらく、今回が初めてなのだろう。ダニエルの態度に、エルマーは少々狼狽したようだった。

    「なんだダニエル…言いたい事があるのなら、言ってみろ…」

    どうせダニエルは、自分には逆らえないだろうと、高を括っているのだろう。大男を前にしても、エルマーは少しも臆することなく、そう言い放つ。

    「…エルマー…やりすぎ…」

    ダニエルはそう言うなり、レオナのもとへと近づき、その小さな体を抱き起こした。

    「こいつの縄をほどいたのは、俺…こいつは悪くない…」

    エルマーは、呆れたように笑い

    「おいおい、こんな小娘にほだされたのか…しょうのない奴だな…」

    ダニエルは激することなく、ゆっくりと立ち上がる。

    「こいつは…大事なこと、教えてくれた…」

    「大事なこと?」

    「…俺の名前と…エルマーの名前…」

    溢れる想いを表すのに、彼の持ち合わせた語彙は、あまりにも少ないのだろう。もごもごと言葉につまるダニエルに、エルマーは痺れを切らせ

    「ああ、もういい!ダニエル、お前はこの子供2人を連れて地上へ出ろ。受け渡し場所は分かるな…確実に金を奪って、戻ってくるんだ。」

    ダニエルは、うつむいたまま

    「…分かった…」

    そして、レオナの両手を再び縄で縛った。
  30. 30 : : 2014/12/13(土) 21:43:25
    « 第6章 ティアナの決意 »


    「…エルマー、ちょっといいか…」

    まるで飲みにでも誘うかのような気軽さで、エルヴィンが口を開いた。エルマーは大義そうに顔を向け

    「なんだ、カール。」

    エルヴィンは、口調を変えることなく続ける。

    「地上へ行く階段を登るには、通行料を払わなきゃならんだろ。そんな持ち合わせは、あるのか?」

    地下街から地上へ出るには、数ヶ所設置された階段を通る必要があった。

    しかしながら、それらは次々に権力者によって買い占められ、その通行料は、値上がりする一方だった。

    エルマーは、にやりと笑った。下品な笑みではあったが、実に楽しそうな様子だった。

    「…気遣ってくれて、ありがとよ。しかし、問題はいらんよ。もちろん、強行突破なんて野蛮なこともしねぇ。」

    エルマーは、それ以上は何も語ろうとはせず、ダニエルにひたすら金を必ず持ち帰るよう、念押ししはじめる。

    エルヴィンは

    「そうか…要らぬおせっかいだったな。」

    と、話をしめくくった。それだけ分かれば、充分だった。

    そもそも、身代金を奪うことに成功したとしても、通行料をバカ正直に支払ってしまえば、利益はほとんど残らない。

    かといって、子ども2人を連れて関門を突破する、というのも、現実的ではない。

    絶対に何か“秘策”があるはずだと、エルヴィンは推測していた。そして、エルマーの先ほどの発言から、推測は確信へと変わった。

    彼らの“秘策”は、今まさに自分が地上へと戻るヒントになるだけではなく、今後の兵団としての“活動”にも、一役買うことになるかもしれない。

    エルヴィンは冷静に、事態の進行を待った。
  31. 31 : : 2014/12/13(土) 22:41:00



    妻から差し出されたカバンを、ナイルは汗ばむ手をズボンで素早く拭い、受け取った。

    カバンの中には、娘たちの身代金が入っている。

    「…あなた…」

    不安気に目を潤ませるマリーは、それ以上何も言えず、視線を落とす。ナイルも、その視線を追う。

    マリーのお腹は、また一段とその膨らみを大きくしていた。出産の日も近い。

    マリーは、そっとお腹を撫でる。ナイルもその手に自らの手を重ねる。

    「マリー…もうすぐ、この子とも会えるな…家族みんなで迎えよう…必ず…」

    「…ええ…」

    両親の声に応えるように、お腹の中の子が、微かに動くのを感じ、ナイルは、そっと撫でてみる。

    すると、もこ…もこ、と動く。ナイルは、そっと微笑んだ。

    「…早く、この子の姉さんたちに会わせてやらんとな…」

    そしてナイルは、顔を上げる。

    「行ってくる。」

    マリーも、顔を上げる。

    「いってらっしゃい…気をつけて。」

    「ああ…」

    くしくもその会話は、朝ナイルが出勤する時に交わすものと、同じものだった。

    ただ今は

    「今日は帰ってこれる~?ねぇ、お父さ~ん…」

    と、まとわりついてくるレオナも

    「こら、レオナ。お父さん、忙しいんだから…」

    と、それをなだめるティアナも、いない。

    その事実が、ナイルの胸を、どうしようもないくらいに掻きむしる。

    ティアナ…レオナ…

    必ず取り戻す。そのためなら、自分はどうなっても構わない。

    ナイルは足早に、取引場所へと向かった。

  32. 32 : : 2014/12/14(日) 21:47:57



    ティアナとレオナは、ダニエルに連れられ、地下街の中を歩いた。

    最初に連れてこられた時は、目隠しをされ、ズタ袋に押し込められていたので、ティアナもレオナも、地下街の光景を目の当たりにするのは、これが初めてだった。

    キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回すレオナとは対照的に、ティアナはじっとうつむき、ただ黙々と歩を進めた。

    両手を縛られ、男に連れられて歩く少女。

    そんな自分達に、道行く人々から、奇異な目で見られていることを、ティアナは肌で感じていた。とても顔を上げて歩く気にはなれない。

    「ねぇ、ダニエル…」

    レオナが、隣を歩くダニエルに声をかける。

    「…なんだ…」

    「私たち…これからどこへ行くの?」

    至極当然な質問だった。2人は、ただついてこいと言われただけで、他に何の情報も与えられていない。

    ティアナも、顔を伏せたまま、聞き耳を立てる。

    「墓場。」

    「ええーっ。」

    ダニエルの返答に、ティアナも思わず顔を上げた。

    レオナが、ダニエルの方に体をすり寄せているのが見える。

    「やだー。レオナ、行きたくなーい。」

    「…行かなければ帰れない…」

    おそらく、正規のルートである階段ではなく、その墓場に行けば、通行料を支払わなくて済む、裏のルートがあるのだろう。

    ティアナはある程度の覚悟を固めるも、レオナは、なおもだだをこねる。

  33. 33 : : 2014/12/14(日) 21:58:44
    「こわいよぉ…オバケが出たらどうするの…?」

    洒落や冗談ではなく、オバケの存在を信じてやまないレオナにとって、それは死活問題だった。

    ダニエルは少し間をあけ

    「…倒す…」

    「どうやって?」

    「…殴り倒す…」

    ダニエルはそう言って、自らの拳を掲げてみせる。しかしレオナは首を振って

    「無理だよ。オバケにパンチは効かないんだよ。」

    「じゃあ…蹴り倒す…」

    その答えにも、レオナは即座に

    「それも無理。オバケってね、壁も通りぬけられちゃうんだよ。パンチもキックも、通りぬけちゃうよ。」

    ダニエルは、少し考え込むと

    「…エルマーにきいてみる…」

    ティアナはふと、悪い予感がして、ダニエルを見る。

    案の定、彼は立ち止まり、くるりと後ろを向いて、エルマーのねぐらへと戻ろうとする。
  34. 34 : : 2014/12/17(水) 21:43:54
    ティアナは慌てて、ダニエルの前に立った。また同じ道を引き返すなんて、ごめんだった。

    「大丈夫だよダニエル。オバケが出たって…お祈りをすれば消えてしまうわ。」

    幼いころ、暗闇に怯えていたティアナに、母が教えてくれたおまじないだった。

    まだ、レオナが生まれる前のことだった。

    「…祈り…?」

    「そうよ。私、お祈りのやり方は知ってるから、オバケがもし出てきたら、私に任せてくれればいいのよ。」

    レオナはともかく、大人であるダニエルに、こんな子供騙しが通用するか、ティアナは不安だったが、ダニエルは納得したのか、またくるりと向きを直し、墓場に向かって歩きはじめる。

    ティアナは、ほっと息をつき、ダニエルのあとに続く。そんなティアナに、レオナはいつになく真剣な表情で

    「じゃあ…お姉ちゃん、オバケが出たら、よろしく頼んだよ。」

    ティアナは苦笑しながらも

    「うん…分かった。」

    ティアナはもう、暗闇も怖くはないし、オバケなんてこの世にいないと、そう信じるようになってきていた。

    じゃあ果たして何が怖いのだろう、と考えてみると、ティアナの脳裏に浮かんだのは

    学校での抜き打ちテストと、たまにできてしまう、大きなニキビだった。
  35. 35 : : 2014/12/17(水) 21:58:43
    長い時間歩き続け、やっとのことで墓場にたどり着いた。

    この場所に近づくたび、人の数がだんだんと減っていくのを感じていたが、墓場についてみると、ティアナたち以外、人っ子1人姿がみえなくなってしまった。

    墓場、といっても、整然とした石造りのものは少なく、その多くは、こんもりと盛られた土の上に、粗末な細い木の板が刺さったものばかりだ。

    そして、音も無い。辛うじてティアナたちが周りの様子をうかがい知る事ができたのは、ダニエルが、放置されていた使い古しのランプに明かりを灯し、掲げていてくれたからだった。

    ダニエルは、再び歩を進める。2人の少女は、慌ててあとを追った。

    歩を進めるにつれ、ティアナの鼻腔を、今までかいだことのない、妙な臭いがまとわりはじめる。

    なんとも形容しがたいその臭い。

    ただ1つ言えるのは、それは、死者の臭い。

    生きている者が嗅いではいけない臭いだ、ということだった。

    ティアナは両手を縛られ、鼻や口を覆うことはできなかったが、なるべく吸わないように、呼吸を細くした。

    すでにたくさんの距離を歩き、疲れきった体には、苦しかった。

    ティアナは、たまらなくなって

    「ねぇ…まだなの…?」

    ダニエルに問う。

    「…もうすぐ…」

    そう答えるダニエルは、出発した当初と、なんの変化もなく、まったく疲れている様子がない。

    ティアナは、レオナを見た。レオナも、この墓場の雰囲気にのまれたのか、引きつった表情のまま、ひたすらダニエルのあとを追っている。

    さすがのレオナも今や、家に帰りたい一心のようだ。

    「…ついた…あまり見ない方がいい…」

    ダニエルはそう言って、足を止める。目の前の光景に、姉妹は息をのんだ。


  36. 36 : : 2015/01/27(火) 22:12:48
    死者の臭いの原因が、今、目の前に広がる“それ”であったことを、ティアナは疑わなかった。

    すぐにでも目を反らすべきだろうが、なぜかじっと凝視してしまう。

    男の死体、女の死体…子どものものもある。ほとんどが、衣服を身につけていない。

    なかには、ほとんど髪の毛の無いものもあった。その体の主は、まだ若いというのに。

    「ここにあるものは…」

    ダニエルの声が、静かに辺りに響く。

    「埋葬する人もなく、棄てられたもの…衣服は、奪われた。奪って、金にするために。髪の毛も売れる…かつらになるから。」

    レオナは、ダニエルの体に顔を埋め、肩で大きく息をした。屈強な体を持ち、地下街の事を熟知していると思われるダニエルは、レオナにとって頼れる存在になっていた。もしかしたら、姉のティアナよりも。

    ダニエルは、そんなレオナの頭をそっと体から離すと

    「この先…地上に行ける階段が…ある。」

    「そこは、お金を払うの?」

    ティアナがきく。

    「金は払わない。でも…登るのが大変…」

    ダニエルはいったん言葉を切り、ティアナ、そしてレオナに視線を移し

    「…お前たちには。」

    「でもレオナ、頑張るよ。早くお父さんとお母さんに会いたいもん。」

    そんなレオナに、ダニエルはぽつりと

    「そうか。」

    そしてダニエルは、躊躇することなく死体をまたぎながら、歩を進める。

    ティアナとレオナも…死体を慎重によけながら、あとを追った。
  37. 37 : : 2015/01/31(土) 13:53:23
    ダニエルはそこを“階段”と呼んだが、実際は崖だった。

    これを登るなんて、想像もつかないほどの。

    ダニエルは、階段、もとい崖の前に立つと、ふん、と大きく息をつき、両腕を大きく回した。

    そしてその腕を、レオナに向かってつき出す。

    「ん。」

    それだけだった。むろんレオナには、彼が何を言わんとしているのか分かるわけもなく

    「えっ…なあに?」

    「…運ぶ。」

    レオナを抱えて、この崖を登るつもりなのだろう。それを察するなり、レオナはぴょんぴょんと飛びはねながら

    「おもしろそう!早く早く!」

    ダニエルは、そんなレオナを易々と抱え上げ、今度はレオナの方を向いた。

    「…2人は無理…少し待て。」

    ティアナは、さっと青ざめて

    「えっ…私…1人で!?」

    ティアナの反応をよそに、ダニエルはさっさと登っていってしまう。

    レオナは、そんな姉に向かって

    「お姉ちゃん、待ってられるよね…お姉ちゃんだもんね。」

    またそれだ。

    ティアナはカッとなって

    「うるさいっ!!!」

    気がついたら、叫んでいた。ずっと吸わないように我慢していた死者の空気を、たくさん吸い込んで。

    そんなティアナに、ダニエルは一瞬動きを止めたが、またすぐにレオナを抱え、地上に向かってよじ登り始めた。



  38. 38 : : 2015/01/31(土) 14:18:08
    なぜだろう。涙は出なかった。

    胸が熱い。とても。しかし、そこから自分の体に広がるものは、限りなく冷たくて、痛かった。

    けれど、ティアナは耐えた。自分の家に帰るために…お父さんとお母さんに会うために。

    両親に会ったら…聞いてほしいことが、たくさんあるから。

    囚われた時、怯えるレオナを懸命に励ましたこと。

    レオナは泣きじゃくっていたけれど、自分はけっして涙を見せなかったこと。

    そして今は…不気味に広がる死体の山の中で、妹を先に地上に行かせ、自分は必死に恐怖に耐え、待っていることを。

    聞いてほしい。そして、抱き締めてほしい…よくやったと、頭を撫でてほしい。



    お父さん…お母さん…



    早く会いたい…早く。

    「…待たせたな。」

    ダニエルだ。レオナの時よりも、躊躇した様子で両手を差し出してくる。

    「レオナは…大丈夫なの…?」

    ティアナの問いに、ダニエルはぼそりと

    「…元気。」

    その言葉に、ティアナはわずかに頬をゆるめ、ダニエルに抱えられ、死者の空間をあとにした。

  39. 39 : : 2015/01/31(土) 15:08:47
    取り引き場所に、指定されていた時間よりも1時間早く訪れたナイルは、すっかり日も落ちて人気も無い公園に1人、佇んでいた。

    身代金の入ったカバンを持つ手は、異常に汗ばんで、ナイルは何度もそれをズボンでぬぐった。

    そして、その時はやってきた。

    「ティアナ…レオナ…!」

    「お父さん!」

    娘たちが、屈強な男に連れられ、やって来たのだ。

    数メートル先に父親がいるにもかかわらず、娘たちは駆け寄って来ない。その理由は、男がしっかりと、2人の縛られた両手をつかんでいるからだった。

    ナイルは、男をにらみつけた。

    殺気さえこもるその眼光を向けられても、男は動じることなく

    「…金は用意できたか?」

    ナイルは持っていたカバンを掲げ、叫ぶ。

    「このとおり、金は用意した!娘たちを放せ!」

    男は、静かに言った。

    「…1人、放す。そいつに取りに行かせる。金を置いて下がれ…妙な真似をしたら、もう1人の命は…分かっているな…」

    ナイルは少しの間男に視線を向けたあと、言われたとおりにカバンを置き、数歩後ろに下がった。

    男はナイフを取り出すと、レオナの方の両手を解放した。

    「金…取って来てくれ…」

    「…うん。」

    レオナは小さくうなずくと、小走りにカバンに近づき、重いカバンをなんとか持ち上げた。

    ナイルは、その両手を見た。

    長い時間ロープで縛られていたその細い手首には、生々しい痣が残っていた。

    ナイルは何かに耐え忍ぶように顔をゆがめ、目を伏せた。

  40. 40 : : 2015/02/09(月) 14:08:28
    レオナはそのまま、えっちらおっちらとカバンを抱え、男のもとへと向かった。

    だいぶ危なっかしくはあったが、ナイルは手出しできない。もう1人の愛娘、ティアナはまだ、男の手中にいる。

    男はレオナから金を受けとると

    「…もういい。父親のところへ帰れ…」

    男がそう言い終えるが早いか、レオナは時おり足をもつれさせながらも、父、ナイルのもとへと駆け出していた。

    ティアナも、解放されるとすぐ、そのあとに続く。

    むろんナイルも、娘のもとに駆け寄った。そしてその両手で抱き締めたのは、レオナだった。

    「うわぁぁぁぁん、お父さぁぁん…!」

    泣きじゃくるレオナ。ティアナはふと、後ろを振り返った。

    もう金は手元にあるのだから、さっさと逃げればいいのに、ダニエルは大木の如くつっ立ったまま、こちらを見つめている。

    ティアナはそんなダニエルの様子に眉をひそめながらも

    「お父さん…」

    と、父の腕に手を伸ばし、ふと、止めた。

    「よく頑張ったな、レオナ…」


    …お父さん…


    「怖かっただろう、辛かっただろう…よく我慢したな、レオナ…」

    ああ…ダメだ…

    ティアナは理解した。自分でも驚くくらい、冷静に。

    「…レオナ…」

    この人は…私を見ていない…。

    ティアナが自分に空虚な視線を向けていることにも気づかず、ナイルは顔を上げ、右手を高々と掲げた。

    「構え!!!」

    すると、次々と茂みの中から銃を携えた憲兵が現れ、その銃口を他ならぬダニエルへと向けたのだった。
  41. 41 : : 2015/02/15(日) 13:28:33
    ダニエルは今、どこを見ているのだろう。

    荒野に残された大岩のように、微動だにせず、立っている。

    ナイルは、静かに言った。

    「…大人しく、金をこちらに渡し、降伏しろ。仲間の居場所も、すべて話してもらう。」

    ティアナに、もう1つの真実が襲った。そうだこの人は、最初からお金を渡す気なんて無かった。

    自分とレオナを取り戻したら、従えていた部下にダニエルを襲わせ、捕まえてお金を奪って、エルマーの居場所まで白状させて…

    …この人は…

    「さあ、もうお前は逃げられない。降伏しろ。」

    その時、ティアナは見た。ダニエルの中の“何か”が呼び覚まされたのを。

    眠っていた…そう、獰猛な獣が。

    「うおぉぉぉぉっ!!!」

    ダニエルは雄叫びを上げたかと思うと、金の入ったカバンを抱えたまま、地下街に向かい走りだした。

    しかしその先にも、銃を構えた憲兵がいる。

    ただ彼らは、突進してくる獣に狼狽し、構えた銃口を反らしてさえいたのだか。

    「何をしている、撃て!撃てぇい!!!」

    上官の命令に、憲兵らは我に返り、ダニエルに向かって発砲した。

    「ダニエル!お父さん、なんで撃つの!?撃っちゃだめ!」

    腕の中でレオナがそう叫んでも、ナイルは耳を貸さない。

    戦局を冷静に見つめる上官のまなざしのままで、ティアナに向かって手を差し出した。

    「…さあ、お姉ちゃんも来なさい、こっちに…」

    ティアナの答えはもう、決まっていた。
  42. 42 : : 2015/02/15(日) 13:37:30
    「ダニエル!!!」

    銃弾が飛び交うなか、ティアナはダニエルの腕に飛びついた。

    「ダニエル!早く、逃げるよ!」

    突如目の前に現れた少女に、現場は混乱した。

    上官の命令は無かったが、銃弾の数が圧倒的に減る。

    「ダニエル!何してるの、走るよ!」

    ダニエルは答えないものの、走り出した。被弾しているのか、足を引きずっている。

    ティアナはその体を支えながら、必死になって走った。あの仄暗い地下街に向かって。

    「お姉ちゃん…お姉ちゃん…!」

    レオナの声だ。

    「待て、撃つな…ティアナーっ!!!」

    あの人の叫び声。

    私これから…どうなるんだろう。

    ティアナはまるで他人事のように思いながら、自分が物語の主人公になったかのようで、その心は、にわかに浮き足立っていた。
  43. 43 : : 2015/02/15(日) 13:50:35


    « 第7章 わるもの »

    ティアナとダニエルがエルマーのねぐらに戻ってみると、2人の大人は酒を飲みながら、チェスに興じていた。

    縄を解かれ、エルマーと向き合っていたエルヴィンは、ティアナの姿を見て驚いたが、エルマーは笑ったままだった。

    「おかえり、嬢ちゃん。」

    「ただいま。」

    ティアナは早口にそう言い放つと、エルマーに向かって金の入ったカバンを差し出した。

    「これ…ちゃんと、取ってきたから。」

    エルマーは目を細めた。

    「おお、おお。ご苦労さん。」

    「それから…ダニエル、ケガしてるから、ちゃんとお医者さまに看せてあげて。」

    エルマーは汚い歯を剥き出して笑う。

    「おいちゃちゃま…お医者さまだって?そんなもん、知らねぇな。」

    ティアナはがく然とした。

    「そんな…ダニエルは…そのお金を取ってくるために…」

    ティアナの言葉に、エルマーは大義そうに立ち上がると、ダニエルのキズを見た。

    「…痛むのか。」

    「…少し…」

    「…そうか…仕方ないな…」

    そう言うとエルマーは外へ出ようとする。その背中に、ダニエルは慌てて

    「…構うな。すぐに治る。」

    エルマーは振り向くことなく、言った。

    「そんなわけないだろ。お前が歩けなくなったら、ただの大木だ。いや、大木のほうが、ましか。材木になるから…」

    そして、こう続けた。

    「…嬢ちゃん、ここはな、地下街なんだ。見捨てられた土地…生きることを望まれねぇ人間が集まる土地なんだ。お医者さまなんてしゃれたもん、簡単に呼べる場所じゃねぇんだ…」

    そう言ってエルマーは、カバンの中から札束を1つ掴むと、地下の街へと消えていった。
  44. 44 : : 2015/02/15(日) 19:58:44
    「…縄、ほどいてもらったんですね。」

    驚くエルヴィンを尻目に、ティアナは言った。エルヴィンもすぐに笑みを浮かべ

    「ああ。彼が暇をもて余していたからね。ほどいてもらったのさ。」

    エルヴィンはさらりと言い放つと、ダニエルに目を向けた。

    「…大丈夫か?」

    「…ああ…」

    そう言いつつも、ダニエルもさすがに疲れているのか…それともキズが痛むのか、壁にもたれたまま、腰を下ろした。

    「ダニエル!」

    ティアナが駆け寄る。ダニエルはそのアンバーの瞳を、ゆっくりとティアナに向けた。

    「いい…のか…?」

    その言葉だけで分かる。ダニエルが何を言いたいのか。

    「…いい。これでいいの。」

    そう、これでいい。エルマーの言うとおり、ここが…この地下街が、生きることを望まれない人間が集まる土地ならば。

    今、ティアナの中には、地下街で生きてゆく未来さえ、広がっていた。

    その様子にエルヴィンは、悲しげに息をついた。
  45. 45 : : 2015/02/15(日) 20:15:52
    最愛の娘の1人が戻ってきたドーク家に、笑顔は戻らなかった。当然である。

    「ティアナ…くそっ…あいつらめ…」

    ナイルは、ティアナが誘拐犯の一味と逃げたのは、彼らの策略であると信じて疑わなかった。

    何か…何か卑劣な手段を用いて、ティアナの心を惑わせたのだ。

    許せない…絶対に…。

    「…あなた…」

    疲れ果てたレオナを寝かしつけ、マリーは夫のもとへとやってきた。

    「…マリーか…」

    ナイルは妻を一瞥すると、再び苦悶の表情を浮かべた。

    「ティアナは…あいつらにそそのかされたんだ…そうに決まってる…」

    マリーは何も言わなかった。事の顛末は、夫から聞いている。

    「ティアナ…どうしてあんな犯罪者の言うことなんか聞いたんだ…あんな地下街に住む…薄汚い奴らの言うことなんか…」

    「あなた。」

    マリーはゆっくりと噛み締めるように、夫に問う。

    「あなたはティアナを…抱き締めてあげたんですか…」

    「なん…だって…?」

    マリーは続けた。

    「ティアナをその手で抱き締めて…頭を撫でてあげたんですか…よく耐えたと、誉めてやったんですか…」

    ナイルは答えない…答えられるはずがなかった。

    夫の様子に、マリーはすべてを悟った。

    「あなた…ティアナは…聞き分けの良い子です。とても賢くて、家族想いで優しくて…レオナにとって、とても良いお姉ちゃんですよ…でもね…」

    マリーはその瞳に涙を浮かべ、夫に寄り添った。

    「でもあの子だってまだ…訓練兵にも満たない…ほんの子供なんです…あの子だって怖かったはずです…泣きたかったはずです……あの子だって…」

    そこから先は、言葉にならなかった。

    ナイルはふと、あの時のティアナの顔を思い浮かべようとして…目を伏せる。情けないことに、はっきりと思い浮かべることができなかった。

    自分は何を見ていたのか…後悔の念に、押し潰されそうになる。

    「うう…ティアナ…」

    ナイルは声を押し殺して泣いた。泣いてもどうしようもないことは分かりきっていたのだが、その感情を抑えることはできなかった。

    寄り添いながら泣き崩れる2人を、扉の隙間から、小さな影が覗いていた。

    レオナだった。
  46. 46 : : 2015/02/15(日) 20:26:05
    「おーい、お医者さまを呼んで来たぞー。」

    エルマーはそう言って、上機嫌で戻ってきた。聞けば、格安で医者だと名乗る人物を呼ぶことができたのだという。

    見れば、帽子を目深に被った若い男女が、エルマーのあとに続いて入ってきた。

    「さあ、こいつだ…足を撃たれちまったみたいでよ…」

    エルマーがダニエルのもとへ2人を案内すると、さっそく女のほうがダニエルの足を看はじめる。顔は帽子のせいで、2人ともはっきりとは分からない。

    男のほうは…素早くエルヴィンのもとへ近づき、ささやいた。

    「…こんな所にいたんですね…」

    男はそっと帽子を上げ、エルヴィンに顔を見せた。その顔に、エルヴィンはわずかに目を見開く。

    「お久しぶりですね…団長。」

    得意気にウインクしてみせるその男は…我らが名(迷?)副官、モブリット・バーナーだったのである。
  47. 47 : : 2015/02/16(月) 07:55:05
    「ちょっとモブリット!私分かんないから、早く看てよね…」

    そう口を尖らせモブリットに詰め寄る女。彼女を見た時の驚きのほうが、エルヴィンにとって大きいものだった。

    「…ハンジ…か…?」

    モブリットは笑った。

    「ね、そっくりでしょ?当然別人ですよ。彼女はターシャ。」

    ターシャは不服そうに頬をふくらませ

    「まったく…私そんなにハンジって人に似てるの?」

    「うん…よく似てる。俺の上司に。」

    「すまない…俺も一瞬見間違えた。」

    エルヴィンもそう言って軽く頭を下げる。ターシャは深いため息をつくと

    「…ま、いいわ。それよりモブリット、早く看てあげてよ。」

    「なんだお前ら。知り合いか?」

    いぶかしげなエルマーに、モブリットは笑って

    「ええ…ちょっとした、ね。」

    モブリットは当然医者ではなかったが、ダニエルのキズは深いものの、弾がかすっただけだったので、難なく治療することができた。

    長い兵士生活の中で培った知識…もとい、しょっちゅう無茶をしてケガの絶えない上官の補佐をしてきた経験の賜物であった。
  48. 48 : : 2015/02/16(月) 21:24:28
    「それで団長…」

    ダニエルの治療を終え、エルマーが再び酒を飲み始めたところで、モブリットはエルヴィンに耳打ちした。

    「これから…どうなさるおつもりですか…?」

    エルヴィンは、大きく息をついた。

    「もちろん、地上に出る。」

    「階段を使いますか?」

    「うむ…人数分の通行料が払えるかどうか…それに、ここから逃げられるかどうかは、彼ら次第だ。」

    エルヴィンはそう言ってエルマー、そしてダニエルを見た。

    「あのダニエルという男…相当腕が立つみたいですね…」

    モブリットはますます声を潜める。ケガを負っていることを差し引いても、ここから逃亡する際には大きな“壁”となることは確かだろう。

    加えて、身代金との取引のなか、“戻ってきた”少女、ティアナもいる。子供を連れて地下街を脱出することは、容易ではない。

    「…ねぇ…」

    ターシャが、モブリットをつつく。

    「このおじさん、何なの?団長って…」

    「調査兵団13代団長、エルヴィン・スミス…」

    エルマーだった。
  49. 49 : : 2015/02/16(月) 21:44:56
    「まったく、カールなんて偽名を使いやがって…」

    エルヴィンは、エルマーの言葉を予想していたかのように落ち着きを払ったまま、口を開いた。

    「…聞いたことがある。昔、調査兵団に所属していた兵士が、逃亡し…地下街で暮らしている、と…」

    「それがこの俺だと言いたいのか…」

    エルマーはゆっくりとエルヴィンと向き合う。エルヴィンもまっすぐにエルマーを見る。

    「分からない…俺はただ、昔そういった男がいたということを知っている…それだけだ。」

    エルマーは、微かに笑った。

    「そうさ…俺がその腰抜けさ…壁外に行くのが…巨人と戦うのが怖くなったのさ…任務放棄は死罪だったからな。死ぬのも怖かった。そして地下街へと流れ着き、こいつを拾って…」

    エルマーはダニエルに視線を移す。ダニエルは下を向いている。

    「そして俺はダニエルに格闘術を教え…そして人を殺めることを教えた…ここで生きていくために…」

    皆、一様にエルマーの言葉に耳を傾けている。それはティアナも例外ではなかった。

    エルマーは続けた。彼がその言葉を吐露するたび、苦しげな表情を深く刻みこんでゆく。

    「そう…ここで生きていくためには…こうして毎日、酒飲んで、なんともなしに毎日をやり過ごすためには…金が必要なんだ。だから俺はお前らを簡単には帰さねぇ…兵団から…俺をこんなところへ追いやった調査兵団から、たっぷり金を絞り取ってやる…」

    エルマーの瞳に、暗闇が宿った。この地下街のどこよりも、深い深い闇が。
  50. 50 : : 2015/02/17(火) 21:57:22
    すぐさまモブリットが動いた。エルマーに攻撃を仕掛けようとし…ダニエルによってねじ伏せられた。

    彼の圧倒的な腕力に、モブリットはなす術もなかった。

    「う…くそ…」

    「モブリット!」

    床に倒れるモブリットを、ターシャが支え起こす。

    「ダニエルやめて!私…逃げたりしないから!」

    ティアナが叫ぶ。その声に、彼は何を思うのか…その表情からうかがい知ることはできない。

    「ダニエル…」

    エルヴィンが言う。

    「ダニエル…この子だけでも、またレオナの時のように、地上に帰してはもらえないか…ここは、この子のいる所じゃない。」

    「いやだ!私はここにいる!」

    ティアナは幼子のように泣きじゃくる。

    するとエルマーは、部屋の奥から何かを取りだし、ティアナに手渡した。

    「嬢ちゃん…そんなにここに居たけりゃ、これを使って…」

    それは拳銃だった。ティアナの手にも納まるほどの、小さな小さな武器だった。

    「それを使って…あの女を殺してみな。」

    エルマーはそう言ってティアナの肩を支え、ターシャの方に向けた。

    「えっ…私!?」

    予想外の展開に、ターシャは間の抜けた声を上げる。

    「エルマー…」

    ダニエルの声を無視して、エルマーは続ける。

    「嬢ちゃん…ここで生きていくために必要なことは…人を殺そうが、物を盗もうが、平気な顔して表を歩ける心を持つことだ…そうさなぁ…嬢ちゃんがいた所で言うところの…“悪者”ってやつになるんだよ。もっとも、地下街での悪者は、そんな俺たちを悪だと指差す連中のことだがな…」

    ティアナは、ゆっくりとその目で、ターシャを見た。ターシャは思わずビクリとし

    「ちょ…じょ、冗談でしょ!?そんな物騒なもん、早く捨てなさいよ!」

    しかし、ティアナは動かない。こんなことしちゃダメなんだと思いながらも、その小さな武器を捨てることができずにいた。

    かつて自分がいた場所。自分がいた家。

    そこに帰ることはできない。だってもう、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだから。

    父と母。そしてレオナの顔が浮かぶ。仲睦まじい3人の姿が。

    私はもう必要ない…お父さんもお母さんも、レオナがいればそれで良いのだ。それにもうすぐ、赤ちゃんが産まれる。

    私はもう悪い子だ。悪者だ。だから早く…この武器を…

    「さあ、いつでもやりな。あとの始末はしてやるから…」

    エルマーの声が聞こえる。

    そんなティアナの姿を照らすものは、ただ1つのガス灯だけだった。

    ここは地下街。見捨てられた地。見捨てられた人々の集う街。

    夜の闇をも照らす月明かりですら、彼女の決断を見守る術を持ち合わせていなかったのである。

  51. 51 : : 2015/02/18(水) 15:57:56
    朝になった。ドーク家の窓に、朝日が差し込む。

    マリーは、ふと目を開けた。いつの間にか、眠っていたのである。

    自分の大きなお腹がもこ、もこと動く。マリーはそのお腹をそっと撫で、ある事に気づく…夫がいない。

    「お母さん…」

    レオナがパジャマのまま起床し、自分にすり寄ってくる。そして辺りを見回し

    「…お父さんは…?」

    マリーは、正直こんな状況を前にして、泣き出してしまいたくなったが、その気持ちを抑え、努めて明るく言った。

    「お姉ちゃんを迎えに行ったのよ。すぐに帰ってくるわ。」

    レオナは、ぐうっと伸びをした。

    「そうなんだ…」

    その声はやはり沈んでいた。とっさの母の嘘に騙されるほど、彼女はもう子供ではないのだろう。

    するとレオナは、そそくさと自分で着替えを揃え、着替えはじめた。

    いつもはマリーが準備して、やっと着替えはじめるというのに。

    顔を洗い、髪までクシで整えたレオナは

    「お母さん…あとは、どうすればいい…?」

    マリーはその髪をそっと撫でた。

    「待ちましょう。お父さんとティアナを。」

    「…待つの…?」

    「そうよ。待つの。お母さんと。」

    マリーはそう言うなり、お腹の張りを感じ、しきりにさすりながら、ソファーに座りこんだ。

    「お母さん、大丈夫!?お医者さま、呼んでくる…」

    駆け出そうとするレオナの腕を、マリーはとっさにつかんだ。

    「行かないで…お願い…もう、私…もう…」

    マリーはレオナにすがり、泣いていた。

    レオナは、静かに母の背中に手を回し、ぽん、ぽんと優しく叩いた。

    昨夜自分が眠りに就くまで、母がしてくれたように。
  52. 52 : : 2015/02/18(水) 21:31:17
    どのくらいの時間が経ったのだろう。

    頭が痺れる…寒い。

    誰もがティアナに注視し、息をのむなか、エルマーはただ1人、退屈そうに天井を仰いでは、大きなあくびを何度も繰り返している。

    いつまでも銃口を向けられたままのターシャは、たまらず叫んだ。

    「あっ…あんたもう…やめなさいよ!そんなもの捨てて、早くお家に戻りなさい!」

    ティアナは寂しげに首を振った。以前家族で観たお芝居に出てきた、悲劇のヒロインのように。

    「だめ…なんです…もう。」

    ふとエルマーが伸びをして、ティアナを見た。

    「茶番はいい…早く撃て!早く!!!」

    エルマーの声がビリビリと空気を震わせたかと思うと、ティアナは引き金を引いた。

    拳銃特有の破裂音が、ティアナたちのいる空間だけでなく、静まり返った地下街に、広く響き渡った。
  53. 53 : : 2015/02/19(木) 22:10:57
    「いやぁぁぁっ!!!」

    ターシャは悲鳴を上げ、頭を抱えしゃがみこんだ。

    そして…自分の体に何の異常も無いことに気づき、おそるおそる顔を上げた。

    見ると、未だ両目をかたく瞑ったままのティアナの手を、ダニエルがつかみ、銃口を下へと向けていた。

    銃弾は床へ命中したのか、部屋の隅で微かに白い煙を上げている。

    ティアナは、ゆっくりと目を開いた。自分よりもはるかに太くたくましい腕が見える。そしてすぐに、エルマーの笑い声が聞こえた。

    「まさか本当に撃つとはな…こりゃ、驚きだ。」

    「エルマー…試したのか…こいつを…」

    ダニエルの問いに、エルマーは笑ったまま答えた。

    「ああそうさ。いつかのお前みたいにな。あの時のお前は、見事に頭を撃ち抜いていたがな。」

    ダニエルは目を伏せた。まるで何かに耐えるかのように。

    そして言った。

    「俺とこいつは…違う。俺はあの頃…体も弱くて頭も悪くて…麻薬の売人の仕事を仕込まれても…できなくて…ゴミみたいに捨てられて…帰る所なんて、無かった…」

    ダニエルは、ティアナを見た。

    「だがこいつは…違う。」

    そして次にダニエルは、外に通じる扉に視線を移す。

    ティアナもその視線を追った。
  54. 54 : : 2015/02/20(金) 08:06:43
    扉は、ゆっくりと開かれた。

    そこに枯れ木のような影を伸ばし、立っていたのは、傷つき、くたびれ果てた男だった。

    ティアナはその男を知っていた。自分でも驚くくらいに、誰よりも求めていたその人を。


    「…お父さん…」


    ティアナの父親は、よろめきながら2、3歩前に出たかと思うと、崩れるように膝をついた。

    ズボンは兵服のようだが、背中に一角獣が描かれたジャケットは着ておらず、シャツ1枚だった。

    そしてその衣服さえ、ところどころ破れ、汚れている。

    父は、そのまま両手をついた。

    「…てくれ…」

    かすれる声で、繰り返す。

    「返してくれ…俺の…娘を…」

    「ナイル…」

    エルヴィンはナイルのそばにしゃがみこんだ。

    しかし、それもかまわず、父は繰り返す。

    「返…して…娘を…」

    ダニエルは、そっとティアナを両手で抱えると、ナイルの前に差し出した。

    父は、ゆっくりと顔を上げた。頬に涙の筋を残したままで。

    「抱っこ…してやれ。」

    父は、娘の体をがむしゃらに抱きしめた。そして、哀れなくらいに声を上げて泣きじゃくった。

    嗚咽混じりに、すまなかったと口にしながら泣いていた。

    娘はそんな父の背中をさすりながら、周りにいる大人たちに顔を向け、言った。涙を見せることなく。

    「迷惑をかけて…すみませんでした。私、自分の家に帰ります。」

    言い終えて、父の胸に顔を埋めた。幼いころ、何度も感じたにおい。懐かしかった。

    ティアナの胸に、温かな想いが、清らかな大河のごとく押し寄せる。

    そしてその一滴一滴が、彼女の瞳から、とめどなくこぼれ落ちるのだった。
  55. 55 : : 2015/02/21(土) 12:56:09


    « 最終章 太陽が知らない場所 »

    「それでお前さんは…俺たちを、捕まえに来たっていうのか!?」

    エルマーは声を荒げた。

    「憲兵さんよぉ!」

    「憲兵なんて…いない。俺は…娘を取り戻しに来た…ただの父親だ。」

    確かに、今のナイルの背に、誇り高き一角獣の姿はない。

    ナイルは続けた。

    「だから今、この場にいる人たちにお詫びしたい…」

    そして、深々と頭を下げた。

    「ティアナが迷惑をかけて…すまなかった。」

    父の隣で、娘も一緒になって頭を下げた。

    そんな父と娘に歩み寄ったのは、ダニエルだった。手には、身代金の入ったカバンを持っている。

    「これで帰れ…地上に。」

    ナイルも彼の行動には、驚きを隠せなかった。

    「おい…これは…」

    ナイルはダニエルの背後に立つエルマーを見た。

    エルマーは神妙な顔つきだった。少々ハードボイルドな自分を、演出しているつもりなのかもしれない。

    「その金は…よく考えてみりゃ、俺たちのものじゃない。ダニエルから聞いたが…それはその嬢ちゃんが、ドンパチしてる中で必死に手に入れたもんだ…な、テアナ?」

    最後のウインクこそ決まったものの、酒の飲み過ぎで、ろれつが回っていないようだった。ティアナは苦笑した。

    「…ティアナ、です。」

    「エルマー…やっぱり飲み過ぎ…」

    ダニエルの言葉に、エルマーはまるで子供のようにそっぽを向いてみせた。
  56. 56 : : 2015/02/21(土) 13:41:58
    「ナイル…」

    エルヴィンの肩に支えられ、ナイルは立ち上がった。ティアナを抱いたままだったため、すんなりとはいかなかったが。

    「…さあ、帰ろう。」

    …ところで、さっきから発言の無いモブリットは、どうしているかというと…

    「ううっう…」

    目の前で繰り広げられた親子の再会に、1人涙していた。

    「ちょっとモブリット…あんた何泣いてんのよ…」

    そう声をかけるターシャの瞳も、心なしか潤んでいる。

    「ごっ…ごめん…と…とても感動的…だったから…」

    ごしごしと袖口で涙を拭うモブリットに、ターシャは優しく手を伸ばし

    「よしよしモブリット…私の家にいらっしゃい。慰めてあ、げ、る…」

    その甘い言葉に、モブリットは涙を溜めたまま、その目を見開き、優しく自分の頭を撫でる彼女を見た。

    「そ、そんな冗談はやめてくださいよ、ハンジさん!」

    ターシャはモブリットの足を思いっきり蹴っ飛ばし

    「違うって言ってるでしょ、バカ!!!」

    モブリットは蹴飛ばされた足をさすりながら

    「ご…ごめん、ターシャ…」

    「もう!…さっさと帰りなさい。私、そのうち会いに行くから…そのハンジって人に。」

    ターシャの柔らかな微笑みに、モブリットも笑った。

    「ぜひ来てください…できれば、巨人の実験の時以外で。」

    ターシャは首をかしげる。

    「どうして?」

    「危ないので。」

    モブリットは間髪入れずに答える。その様子に、エルヴィンも苦笑する。

    「分かった…じゃあ、もし私がハンジって人に会いに行ったその時は…」

    ターシャはそこで言葉を切り、モブリットの耳元で、そっとささやいた。

    「…教えてよね。あなたにとって、どっちが良い女なのか。」

    そしてその頬に、そっと口づけした。
  57. 57 : : 2015/02/21(土) 16:22:08
    2人の娘が戻ったドーク家。そこにやっと、笑顔が戻った。

    身代金は地上へ戻る通行料に使ってしまったが、ナイルは妻と娘たちに、今夜はみんなでレストランへ行こうと提案した。

    久しぶりの父との外食に、娘たちは大いに喜んだ。

    「よし、さっそく支度しよう。」

    父の呼びかけに、娘たちは元気に

    「はーい!!!」

    と返事をし、それぞれの自室へ駆けてゆく。

    マリーはその様子を笑って見届け、ボロボロになった夫の着替えを取りに行くところで、夫に呼び止められた。

    「そう言えばマリー…」

    「あら、なあに?」

    ナイルは頬に生々しい傷痕を残したまま、いたずらっぽく笑い

    「売れたぞ。」

    マリーは夫の言葉の意図が分からず、首をかしげる。

    「えっ…何が売れたの?」

    「ジャケット。」

    その言葉にマリーは驚いたが、その表情は実に楽しげだった。

    「あらま。そうなの!?」

    「ああ…」

    地下街に入り、ティアナの情報を買い漁るうちに、所持金が底をついてしまい、ついに憲兵団の証であるジャケットを手離し、ようやくエルマーのねぐらにたどり着いたのだった。

    憲兵団師団長としては、あるまじき行為ではあったが、娘の命に比べたら、些細な問題でしか無かった。

    「…あなた…」

    マリーは、そっと夫の胸に顔を埋めた。ナイルも妻の体を優しく抱きしめる。

    「あなた…お疲れさま…」

    ナイルは、マリーの髪をそっと撫でた。

    「お前こそ…心配かけて、すまなかった…」

    そして2人は見つめ合い、口づけを交わした…。
  58. 58 : : 2015/02/21(土) 16:49:10
    「…はあ…」

    レオナは大げさにため息をつくと、姉のティアナに問う。

    「お姉ちゃん…まだなの?」

    「しっ…レオナ静かに。まだ終わりそうにないから、もう少し隠れてなきゃダメ…」

    すっかりおめかしも済んだ2人が、さあ出かけようと両親のもとへ向かってみると…お父さんとお母さん、なにやら良い雰囲気だったため、2人して回れ右をして、両親の前に出るタイミングをうかがっていたのである。

    レオナは、扉のすき間からそっと中を覗き、クスクスと笑いながら姉に飛びつく。

    「そういえばお姉ちゃん、私さっきオオカミ見たよ。」

    ティアナは眉を寄せた。

    「オオカミ?」

    「うん。家の中を覗いてたけど、すぐに帰っちゃった。」

    「そんな…こんな街の中にオオカミなんて…」

    怯える姉をよそに、レオナは瞳を輝かせ

    「普通のオオカミじゃないよ。なんか…リヴァイ兵士長に似てた。」

    ティアナはますます訳が分からず

    「バカじゃないの。そんなの見間違いだよ。」

    レオナは口を尖らせる。

    「いたいたいた!絶対見たもん!」

    「いないいないいない!絶対そんなオオカミ、いるわけない!」

    「じゃあもし見つけても、お姉ちゃんには教えてあげないから!」

    「なんでそういう事になるのよ!見つけたら教えてよ!」

    扉の外から聞こえる姉妹ゲンカに、ナイルとマリーは顔を見合せ微笑み合うと、扉を開いた。
  59. 59 : : 2015/02/21(土) 17:03:36
    「…まったく…」

    人類最強の兵士は、不機嫌そうな顔を崩そうともせず、口を開いた。

    「帰って来るのに、どれだけ時間をかけてやがるんだ…」

    エルヴィン、そしてモブリットは、ナイルとティアナをドーク家に送り届けたあと、程なくして、眉間に皺を寄せた兵士長の顔に出迎えられたのである。

    エルヴィンは肩をすくめた。

    「おいおい…もとはと言えばリヴァイ、お前が…」

    リヴァイはエルヴィンが言い終えるのも待たず

    「もとはと言えばエルヴィン…てめぇが下らん事をしでかすからだろう。」

    「それにしてもリヴァイ兵士長…我々のことを心配して、来てくださったんですね。」

    でなければ、こんな街中でひょっこり出会うはずもない。

    リヴァイは事無げに言った。

    「…ヤルケル区で銃撃騒ぎがあったと耳にしてから、何かあるとは思っていたが…まさかあの薄ら髭まで絡んでいたとはな…」

    エルヴィンはここで、楽しげに笑ってみせた。

    「それにしても、俺は嬉しいぞ、リヴァイ。調査劇団の衣装から着替える時間も惜しんで、迎えに来てくれたんだからな。」

    「!!!」

    人類最強の…オオカミの衣装に身を包んだ兵士は、ピタリと立ち止まった。

    エルヴィンとモブリットも、彼に倣って立ち止まる。

    「…ま、まさか兵長…気づいて…」

    おそるおそる尋ねるモブリットを尻目に、リヴァイは目にも止まらぬ早さで、オオカミの耳としっぽを取り外すと、何事も無かったように再び、歩を進めるのだった。
  60. 60 : : 2015/02/21(土) 17:14:16
    鏡の前で、ターシャは髪を束ねた。

    以前モブリットに頼まれた時のように。

    「ハンジ、か…」

    まだ顔も声すらも知らない…でも、自分に似ているというその人…。

    「…どんな人なんだろう…」

    会ってみたい。自分の住む世界からは想像もできない、壁の外を幾度となく見ているであろう、その人に。

    ターシャは束ねた髪をまとめると、明日の食いぶちを稼ぐため…そして、まだ見ぬ自分に似たその人に会いに行くという目標のため、地下の街へと消えていった。
  61. 61 : : 2015/02/21(土) 17:23:22
    「…見て…」

    ダニエルの声に、エルマーは顔を上げる。

    見ると、ダニエルが1枚の紙を自分に向かって掲げ、立っている。

    エルマーは眉を寄せた。

    「…その紙がどうした?」

    ダニエルは紙を指示し、言った。

    「…覚えた…」

    ダニエルの言っていることが要領を得ず、エルマーは仕方なく紙をまじまじと見た。

    「エル…マー…ダニエル…これ、お前が書いたのか?」

    ダニエルはうなずく。そこには、月並みながら、ミミズの這ったような文字ではあったが、確かにエルマーとダニエルの名前が書かれていた。

    エルマーは、にやりと笑った。

    「お前…やるじゃねぇか…あ?」

    ダニエルのアンバーの瞳が、すっと細められる。笑っているのだ。

    「じゃあついでに…これと、これも覚えな。大事なんだろ、お前にとっては。」

    そう言いながらエルマーは、ダニエルから紙とペンを受けとり、その名を記した。


    ティアナ、そして、レオナ。


    「ああ…必ず覚える。」

    ダニエルはそう言って、その2つの名に、そっと触れた。
  62. 62 : : 2015/02/21(土) 18:00:29
    「…ねぇ、お父さん…」

    レストランからの帰り道、レオナは自分の右手を繋ぎ、歩く父に声をかけた。

    「…ん、なんだレオナ…」

    「私ね、オオカミ見たんだよ。リヴァイ兵士長にそっくりの!」

    「は?」

    「だから、それはレオナの勘違いでしょ。」

    レオナの左手を繋ぎ歩くティアナに、レオナは再び口を尖らせ

    「ちがうもん、本当に見たんだもん。」

    「でも…本当にいたのなら、ずいぶんイケメンなオオカミなのね…」

    ティアナの左手を繋ぎながら歩くマリーは、まんざらでもない様子だ。

    「ね、会ってみたいよね、お母さん!」

    「おいおいマリー…」

    娘2人を間にはさみ、歩を進める妻に、ナイルは肩をすくめる。

    「オオカミリヴァイ!絶対に見つけるよ!」

    レオナは、はりきっている。

    「レオナ、見つけたらお母さんにも教えるのよ。」

    「はーい。」

    妻と娘の様子に、ナイルは年甲斐も無くすねた様子で

    「お前らは…なんだ。そんなにリヴァイがいいのか…人類最強の兵士がそんなにいいのか…」

    「だって、カッコいいんだもーん。」

    おどけた様子で答えるレオナ。すると、ティアナが口を開いた。

    「でも…でもねお父さん…私はお父さんも…いいって言うか…」

    そしてうつむき、口ごもる。それを聞いたナイルは、空いている右手を口元に当て、顔をそらした。

    「お父さんもってなんだよ…も、って…」

    右手で隠したその口元は、微かにゆるんでいる。

    「…ティアナはお父さんのことも、リヴァイ兵士長のことも好きだけど、好き、の意味が違うのよね?」

    母の言葉に、ティアナの顔はみるみるうちに赤くなる。

    「お、お母さん!」

    かたや父、ナイルの顔は、さっと青ざめる。

    「ちょ…ちょっと待て!それはどういうことだ…まさかティアナ…いや、認めんぞ俺は!」

    「なに?お父さんには関係ないでしょ。」

    そう言ってティアナは、ぷいとそっぽを向く。

    ナイルはますます向きになって

    「関係ないことはないだろう!いいかティアナ…あいつは以前の兵法会議でも礼儀を知らん奴でな…」

    「ねぇ…好きの意味がちがうってなーに?」

    焦りまくる父をよそに、レオナが母に向かって問いかける。

    「それは…レオナもすぐに分かるようになるわよ。」

    マリーはそう言って、娘に向かってウインクしてみせた。

    「ティアナ…聞いてるのか!?確かにあいつは人類最強の兵士かもしれんが、それだけの事実で男を見るというのはな…」

    延々と続く父の説教に、ティアナは深い深いため息をつく。

    「お父さん…ちょっと落ち着きなよ…」

    最終的には、レオナにまでそう促されてしまう。

    「これが…落ち着いていられるかーっ!」

    ナイルの悲痛な叫びが街にこだまするなか、それでも家族は手を繋ぎ合い、家路へとそろって歩を進めるのだった。


    < 完 >
  63. 63 : : 2015/02/21(土) 18:06:11
    ※…以上で終了とさせていただきます。執筆期間が長い上、長編であるにもかかわらず、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
    また、執筆にあたり、励ましのお言葉をくださった皆さま、お陰さまで無事、完結させることができました。この場をお借りして、深く感謝いたします。ありがとうございました。
  64. 64 : : 2015/02/21(土) 19:39:53
    さだはる殿、お疲れ様でした!
    ターシャさんとハンジさんの出会いの物語...読みたい...
    そして!
    親子の愛に感動しました!私も姉なので分かります...!どうせ弟の方が好きなんでしょ!って思いがちです( ;´・ω・`)
    リヴァイ、可愛いねw赤ずきんに、エルヴィンとモブリットが登場しないのは、こんな物語があったからなんだね!
  65. 65 : : 2015/02/22(日) 10:03:27
    >>64 ゆう姫さま
    最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
    そうなのです。リヴァイは調査劇団の赤ずきんの公演の最中に抜け出したんです(^_^;)
    オオカミコスで街中を歩いたリヴァイ…目立っただろうなぁ。

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