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密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの渇望』

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  1. 1 : : 2014/05/13(火) 11:53:18
    密めき隠れる恋の翼たち~『エルヴィン・スミス暗殺計画』   
    (http://www.ssnote.net/archives/2247)   

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスとの1週間』   
    (http://www.ssnote.net/archives/4960)   

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの苦悩』   
    (http://www.ssnote.net/archives/6022)   

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの審判』  
    http://www.ssnote.net/archives/7972)  

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの否応』 
    (http://www.ssnote.net/archives/10210) 

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの溜飲』 
    (http://www.ssnote.net/archives/11948) 

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの流転』
    http://www.ssnote.net/archives/14678) 

    巨人に右腕を喰われたエルヴィンと   
    最愛のミケを失うが、   
    エルヴィンに仕えることになった   
    隠密のイブキの新たなる関係の続編。   
    『進撃の巨人』の最新話に私の想像(妄想)を書き足した   
    オリジナルストーリー(短編)です。 

    オリジナル・キャラクター   

    *イブキ   
    かつてイヴと名乗っていた   
    エルヴィンの命を狙っていた隠密の調査兵   
    生前のミケ・ザカリアスと深く愛し合っていた。   
    ミカサ・アッカーマンの年の近い叔母。   
  2. 2 : : 2014/05/13(火) 11:55:19
     調査兵団団長、エルヴィン・スミスにとって少し前まで自分の命を狙っていたはずの
    隠密から調査兵に生まれ変わったイブキが今では手放せない存在になっていた。
     エルヴィンが兵団本部の執務室で、人知れずイブキを抱きしめていると、
    調査兵団と共に壁の中で革命を起こそうと駐屯兵団の長であるドット・ピクシス司令を
    説得してたことを思い出す。
     狭い壁の中で起こそうとする革命に理解を得られるような材料が揃っていないため、
    ピクシス司令の同意は得られず残念ながら、駐屯兵団とは決別することになった。
     駐屯兵団の長として部下の命を巨人相手ではなく、人間相手に落とすことを
    許してはならない、というピクシス司令の判断にエルヴィンは無理強いして説得することはなかった。
     多くの部下の命を抱える長としての同じ立場を理解している。償いは失った右腕だけでは
    到底埋め合わせられない、と当然ながら思い知らされていた。
     
     調査兵団として、どのように挑めばいいのかと、ふと脳裏に浮べると、
    エルヴィンは右腕が通ってないシャツの袖に一瞥をくれた。
     普段は誰にも見せない柔らかい眼差しでイブキを見つめる。
     二人でこの過酷さを乗り乗り越えられるだろかと、不安が過ぎると、イブキから
    真っ直ぐな眼差しで見つめられ、その頬にエルヴィンが手を添えた。
     エルヴィンがイブキの柔らかい唇に口付けしようとしたとき突如、彼女が目を逸らした。
    その視線の先はエルヴィンのデスクに置かれた数枚の書類だった。

    「エルヴィン、これってもしかして…?」

    「いや、何でもない…気にするな」

     右腕を失ったエルヴィンはイブキの素早い動きに追いつけなかった。
    左手を伸ばしても阻止できずイブキは『レイス卿領地潜入班の報告書』を手に取っていた。

    「これは…もしかして、誰かが忍び込んで…?」

    「そうだ…レイス卿を調べさせた」

     淡々とした表情でイブキは『報告書』の内容を黙読して目を見開くと眉間にシワを作った。

    「どうして、私にさせてくれなかったの…?」

     イブキは怒りよりも不信感で握る拳に力が入るが、かすかに震える。
     
    「ねぇ…エルヴィン…? 私を信用…してなかった――」

     イブキの言葉を途中でさえぎると、エルヴィンは彼女を再び左手を伸ばして強く抱きしめた。

    「君をこれ以上…危険な目に遭わせられない…」

     エルヴィンの胸元で弱々しい口調が響くとイブキは眼差しが鋭くなる。
    だが責める気持ちはなくゆっくりと、反論を投げかける。

    「私は…それを覚悟で調査兵になったのに…ミケだって…他の兵士たちだって
    命を落として大事な一生を棒に振ったのに私だけ抜け駆けはできない…私だって…」
     
     イブキの声がだんだんとささやくように小さくなると、エルヴィンは力強く彼女を抱きしめる。

    「俺はこれ以上、何を失えばいいんだ…もう俺には何にもない…いつか、君と明るい未来を
    見てみたい、この過酷な世界で針の先ほどの小さな希望でも俺は持ってはいけないのか…」

     兵士として右腕を失い、以前より少し痩せても体力は回復している。
    もちろん、抱擁を通して左腕に残る強さをイブキは感じる。これまで多くの命を失わせ
    これからも失うかもしれない責任感でエルヴィンの心臓は震える。
     それでも小さな希望を抱くエルヴィンの人間臭さを目の前にしても、彼の強い覚悟に
    変りはないとイブキは感じていた。
  3. 3 : : 2014/05/13(火) 11:57:42
    ・・・あなたは…私の前では…弱さを見せるの…?

     イブキは顔を上げると、これから挑もうとすることが恐怖と隣り合わせで、今は
    怖さが上回っていているのかと想像すると自然に右手を伸ばしエルヴィンの頬を触れる。
     頬の冷たさは部屋の寒さの影響だけではないと、簡単に理解されると、
    イブキはかすかに笑みを浮べた。

    「私にだけ…本当のあなたを見せて…でも、それ以外は人類に心臓を捧げる
    覚悟を決めた強いあなたでいて…」

     自分より背の高いエルヴィンに対して背伸びをしてイブキはそっと
    彼の渇いた唇に口付けをした。
     エルヴィンはイブキの柔らかさを感じると、改めて左腕で抱きしめた。

    「私だったら…『レイス卿』からよりよい情報をつかめたかもしれない…」

     胸元でイブキの声を聞いたエルヴィンは鼻を鳴らして笑う。その日初めて笑った気が
    すると同時に彼はイブキと一緒にいる時だけ笑顔になれると実感していた。

     イブキが自分の育ての親でもある隠密の頭(かしら)のことをエルヴィンの腕の中で
    思い出していた。彼に伝えるべきだろうが、きっとさらなる不安材料を提供するに違いないと
    イブキは察する。また頭とリヴァイとの繋がりも気になっていた。エルヴィンとリヴァイは
    上官と部下を超えた互いに信用し合える間柄だとイブキは感じている。今のエルヴィンの
    精神状態を考えると、エルヴィンには話すべきではないと判断した。その決意を胸にすると
    イブキは自分が作り笑いをしている、と意識しても彼に笑顔を向けた。

    「私も…リヴァイ班に合流する」

     強い口調のイブキの声を聞いてもエルヴィンは返事をしなかった。改めてイブキは
    言い放つ。

    「私は…行くよ」

    「わかった…必ず戻ってくるんだ」

     エルヴィンはイブキの決意が固いと感じると、目を細め見つめるしかないが、
    その眼差しは弱々しい。だが一人になるかもしれないという恐怖が心に影を
    落とすようだった。これまでイブキには短い間ではあるが調査兵団のため
    隠密として尽くしている。今回は得体の知れない敵と遭遇させる気がしてならない。
     イブキがエルヴィンの不安な眼差しに気づくと、彼の身体から少し距離を置いて、
    そっと自分の心臓に右手で作った拳を宛がう。

    「私だって…人類の為、この身を捧げる調査兵…。それで壁の人類が救われ、
    あなたのお父様の無念が晴れたら…私はそれでいい」

     強い決意を感じたエルヴィンは再びイブキを抱きしめ、耳元で小さくつぶやいた。

    「ミケ…頼む、イブキを守ってくれ…」

    「私たちをきっと見守っているよ、ミケは…きっと」

     エルヴィンはイブキが愛したミケ・ザカリアスの名前を出すと自然に呼応して
    イブキも彼の名前を出す。二人にとっては彼は自分たちを見守ってくれる大切な存在に
    なりつつあった。
     自分だけに捧げるイブキの微笑みにエルヴィンが手を添えると彼女の唇に
    そっとキスをした。イブキがエルヴィンの腕を優しく振り払うと、微笑みだけを残し
    執務室のドアに手を伸ばそうとしたとき、彼の胸元に違和感を覚える。

    「エルヴィン、ループタイを忘れている――」

    「…もういいんだ」

    「どうして…?」

    「とにかく…君は行くんだ…」

     伏し目がちなるエルヴィンがドアを開けると、まるで出て行けと言わんばかりに
    執務室から出るよう促した。
     イブキは疑問に感じる間さえ与えられず、そのまま調査兵団の施設から出て、
    カラネス区のレンガ造りの屋根から屋根を気配を消しながら移動しているときだった。
     足元がもつれそうになりながらも、懸命に調査兵団の施設に向う人影が視界に入った――
  4. 6 : : 2014/05/13(火) 12:00:33
    「…あれは…ハンジ? どうしたんだろう? あんなに慌てて?」

     施設の出入り口の段差でつまづきそうになっても素早く体勢を整え、
    調査兵団分隊長であるハンジ・ゾエはエルヴィンの執務室に向っていた。
     ハンジの慌てる様子に気を取られながら、そのまま屋根の上を移動していると
    再び見覚えある人影を見つける。その正体がすぐにわかり、怒りと共に
    そのまま地上に降り立った。

    「フレーゲル…何しているの? こんなところで…?」

    「うわぁ! イブキ…!」

     カラネス区のレンガ作りの建物の合間の細い路地で駆けるフレーゲルの前に
    忍装束のイブキがひらりと降り立つと、突如現れた彼女を目の当たりにして尻もちをついた。
     速やかに立ち上がっても後ずさりしながら再びこけてしまう――

    「ねぇ…こんなところで何しているの?」

     イブキににらめつけられると、地面に尻を付け後ずさりするが、唾を飲み込み
    大きく息を吐く。呼吸が整うとフレーゲルはイブキを睨み付けた。

    「リヴァイのおっさん…ストヘス区に行くんだとよ…! 
    付いて来たければ付いて来い。だが、足手まといにならなければ、って…
    すげー殺気立って言いやがった。あれは絶対に人殺しをするつもりだ」

    「えっ…!」

    「だから、殺人者にはなりたくねーし、逃げてきたんだよ」

     リヴァイ班と合流して守られていると思っていたフレーゲルが予想外のことを
    口走る為、イブキはあっ気に取られた。それでも逃げてきたことに怒りを覚えると
    彼の襟元に手を伸ばす。

    「おまえは…逃げてばかりだな…聞くところによると、おまえの親父は
    壊滅したこの街から逃げなかったそうじゃないか…」

    「苦しい…! おまえも俺を殺す気か…!」

     イブキの力が入ると、フレーゲルのシャツの襟元が少しずつ絞まっていく。彼が苦しさで
    イブキの手元を握ったとき、背後で人だかりが移動していく気配を感じた。咄嗟にイブキが
    フレーゲルの背後に回り、今度は後ろから口元を手のひらで押える。
     フルーゲルがもがいていると、イブキが氷のような冷たい声で、静かに、というと
    彼は黙ってうなずき、身体を硬直させた。

    「…何だか変な殺気がする…あいつらはまさか――」

     二人が建物合間から、人だかりを眺めていると、その中心に第一憲兵がいると気づく。
     またリーブスの遺体を担架で運んでいて、それを調査兵団の施設前に降ろしていた。

    「やっぱり…第一憲兵団か…あいつらの殺気…やっぱり気持ち悪いな…」

     フレーゲルの口を押えながら、この争いにこの息子まで巻き込んではいけないと判断して
    リヴァイはわざ彼を逃がしたのではないかと察する。人だかりの隙間から女性が
    身を屈め、担架に寝かされた遺体に抱きついている様子を伺えた。

    「皆さん、聞いてください…! リーブスさんは…調査兵に殺されたんです!」

     第一憲兵が集まった人たちに大げさに身振り手振りを交え、
    嘘を吹き込んでいる姿を眺めていると、イブキは思わずフレーゲルを押えている手を離した。

    「違う、あれは…違う――」

     フレーゲルとイブキはリーブスや彼に仕える二人が殺された瞬間に居合わせた目撃者である。
     イブキが名乗り出ようと人だかりに近づこうとしたとき、フレーゲルが止めに入り、
    彼女の手首を握った。

    「ダメだよ、行っちゃ…! きっとあいつらは俺らを殺し損ねたって、逆に殺されるよ」

     イブキは隠密の『イヴ』として死んだことになっている。第一憲兵と頭はに通じている。
    自分が生きていると知られると、やはり不味いのかと過ぎると立ち止まった。

    「だけど…事実は事実だよ…」

     フレーゲルがイブキの思い詰める表情を見るとゆっくりと握っていた手首を振りほどいた。
    彼女がもどかしさに襲われていると、人だかりから突然、悲鳴と罵声が響き、その方向に
    二人は視線を送った。
  5. 7 : : 2014/05/13(火) 12:02:18
    「エ、エルヴィン…? そんな…」

     エルヴィンが調査兵団の責任者である団長として現れると、特にフレーゲルの
    母親から憎しみ込めて詰め寄られ、突然の夫の死に悲しみ嘆いていた。
     
    「母さん…違うんだ、親父の本当の敵は調査兵団じゃない…」

     悔しさで目に力が入るとフレーゲルの額に汗が流れる。怒りの拳の矛先には
    遠くを見るような、虚しい色をその瞳に宿すエルヴィンがリーブスの前に跪いていた。
     リーブスの亡骸を見つめていると、無念さが伝わる。
     この気持ちをエルヴィンが味わうのは自分の父親を亡くして以来だった。
     この壊滅したトロスト区を復興させ、潤いを取り戻そうと、これまでの5年、
    彼なりに勤めてきたに違いないと確信する。

    「…この無念、私が必ず」 

     リーブスの未亡人へ強い決意の眼差しを送ると、これまで悪党呼ばわりしていた
    はずなのに、彼女にエルヴィンの気持ちが伝わったのか、止め処もなく涙を流した。
     エルヴィンはリーブスの無念、そして亡き父の無念を晴らすため、この巨人のいる
    世界の真実をつきとめ、壁の中から再び潤わせる渇望を叶えなければならないと、
    その胸の鼓動に誓う――
     イブキを抱きしめながら見せていた弱さは微塵も感じさせず、
    調査兵団の長としての責任感を果たそうと、エルヴィンは第一憲兵団の馬車に乗り込んだ。

    「ミケ…エルヴィンを守って…」

     イブキは自分の胸元に手を充てミケに助けを請うようだった。その胸からミケの
    声が聞こえなくても、すがる気持ちに変りはない。
     イブキがエルヴィンを見送る揺れる眼差しにフレーゲルは鼻を鳴らしニヤッと右頬を上げた。

    「あいつが…あんたの男か?」

    「えっ…?」

     イブキは驚くと同時に眉間にシワを寄せた。

    「――さっきもいちゃついていたんだろ?」

    「何言っているんだよ、まったく!」

     イブキがフレーゲルに強い口調で言い放つと同時に突然、殺気を感じると、
    フレーゲルを庇い抱きしめる。その殺気の方向を見上げると、マントに包まれた人影と
    直ぐに理解された。その正体は建物の合間で開脚し、壁を器用に足で支えながら
    地上目掛け下りてきたハンジである。

    「ハンジか…」

    「イブキ、今…エルヴィンといちゃついていた、って聞こえたけど!?」

    「ハ、ハンジまで…!」

     イブキはハンジを見ても安堵しないまま、彼女の声に狼狽してうろたえてしまった。
    直後、フレーゲルはハンジに抱えられ立体機動で飛び上がり、隣の民家の屋根に降り立った。

     イブキもそのまま二人を追いかけ、同じ屋根に降り立つ。
     ハンジはイブキに彼女本来の茶目っ気な視線を送った。

    「まぁ…イブキ、ミケを失って確かに間もないけど、今だから言うのもなんだけど…
    ミケが生きていた頃から…あなたに気が合ったみたいよ、エルヴィンは」

    「そ…そうなの…?」

     イブキは全くその時、気がついていなかった。動揺して目を泳がせると、
    ハンジから目をそらし視線を落とした。

    「あなたたちが二人でいるとき…とても寂しそうな眼差しをエルヴィンはしていたから…」

     ハンジの柔らかい笑みがイブキに注がれると、驚きを隠せず頬を赤らめる。

    「この世界…何があってもおかしくない! いつ死ぬかわからないんだよ。
    だから…滾るようなことをすりゃいいじゃんか…!」

     ハンジはゴーグルの奥から爛々と血走る眼差しを二人に注ぎ、両手を差し出し、
    手のひらを空に向けながら空気を力強く揉むような仕草をする。
     ハンジが自分の気持ちを体現する姿にイブキとフレーゲル顔を引きつらせていた。

     フレーゲルとイブキがリーブスの死の瞬間を目撃していたと知ったハンジは
    一人の立場のある調査兵として、責任感ある眼差しを素早く取り戻していた。
     イブキの立場を理解するハンジは、フレーゲルだけでもその証言をするよう提案しても
    彼は涙ながらに拒否を訴えた。

    「もう…この壁の中には俺の居場所はないんだよ、
    俺の人生は…この壁の中を逃げ惑うしかねーんだよ!」

    「私はそんな人生は…真っ平だけどね…ネズミのようにこそこそ生きるくらいなら、
    天敵に一矢報いたい…!」

    「思わねぇよ!普通!!」

     思い詰めた口調と共にフレーゲルの涙が頬を伝う。ハンジが説得に応じないと理解すると、
    彼の襟元に手を伸ばす。
  6. 8 : : 2014/05/13(火) 12:04:15
    「あんたら調査兵はなんで…俺の首を絞めたがるんだよ!?」

    「どういうこと…?」

     ハンジはフレーゲルの襟元を力強く絞めていくと、イブキに視線を送った。

    「実は…私もさっき、同じことしてた…」

    「ほう…」

     イブキが襟首を絞めるような仕草をしながらハンジに説明してもその手を緩めることはない。

    「商会や家族に真実を教えてあげなくていいのか!?」

    「そりゃ、あんたたちの都合だろうが!」

    「当たり前だ、お前も自分の都合を通してみろ!」

     力強い口調のハンジの声を耳にするとイブキが屋根の下に視線を送る。
    数人の通行人が訝しげな視線をこちらに送ることにイブキは気づいた。

    「ハンジ、人に気づかれる…!」

    「あぁ、わかった…だが、フレーゲル、私に付いてきてもらうよ」

    「離せよ、あんたたちは負けたんだ! 敗者ってことがわかんねーのかよ!」

    「何言ってんの? 調査兵団は未だ負けたことしかないんだよ!」

     ハンジがフレーゲルの手首を強く握ると、『負けたことしかない』と言いながら
    彼女の勝ち誇り自信に満ち溢れる笑顔は頼もしいという印象である。

    「ハンジとエルヴィン…二人の存在は、本当に心強いよ」

     イブキが目を細め自分を見つめる姿にハンジが気づいても、
    フレーゲルの手首を握る手を緩めることはなく、自信に溢れる表情も変りはない。

    「そういば、イブキ…あのさ、エルヴィンがこれから調査兵団の表立った行動は自分の役目、
    って言っていたんだ」

    「どういう意味?」

    「実は、私が団長を継ぐことになった」

    「そうなの!? ハンジ…!」

     目を見開き驚くと、イブキはエルヴィンの姿を思い出しその眼差しを宙に浮かせる。
    自分の中で合点がいき、指先で顎を支えると再びハンジに視線を送った。 

    「――だから、ループタイをしていなかったのか…!」

    「んっ? そうだっけ? そういえば…さっき会った時、見たっけな…だけど、
    イブキといちゃついたとき、取ったんじゃないの?」

    「いや…最初から襟元にはなかったの」

    「なんだ…! やっぱり、いちゃついていたんじゃないか…!」

     ハンジとの話にニヤけた表情で話しに割り込むフレーゲルにイブキは拳を握り
    その脂肪で膨らんだ腹に一発お見舞いしたい、という気分になる。
     イブキは顔を強張らせその気持ちをぐっと抑えた。

    「とにかく…! あの兵団トップの証が胸元にないってことは、エルヴィンの決意は固い
    ってことだよ」

     少し前の茶目っ気溢れる表情が消えると、ハンジは鋭い眼差しになる。
     まだ調査兵団団長としての自覚はないが、強い責任感がその胸に宿ることに疑う余地はない。

     3人が屋根の上で話していると、地上から怪しむ声が聞こえると、身を屈め静かに
    人目が付かないところへ移動し始める。3人が顔を合わせていると、
     イブキが意を決したようにハンジに告白する。

    「ハンジ、私もリヴァイ班に合流するよ」

    「そうか、イブキ…頼んだ。とにかく、私はこいつを連れて行く。互いの武運を祈る!」

    ハイジがフレーゲルの身体を抱え立体機動で屋根から屋根へ伝うと、
    その姿を見送りながら忍装束で顔を隠し、イブキはそのままストヘス区へ向うことにした。
  7. 9 : : 2014/05/13(火) 12:07:31
     ストヘス区にリヴァイ班がいる、それだけの乏しい情報しかないがイブキはそれでも
    彼等を見つけるため皆を身を隠しながら、屋根から屋根へ伝っていた。
     気配を消しながらある民家の背の高い煙突付近で人の流れに目を凝らしているときだった。
     ビラを抱きかかえている憲兵が慌てて駈けていると、強風にあおられ、
    その抱えている中から数枚のビラが風に舞う瞬間をイブキは目撃した。
     急いでいる影響か、風に弄ばれたビラを気にも留めず、憲兵はそのまま目的地へ向かい駈け続けていた。

    「憲兵が慌てて…どうしたんだろ? あれは何?」

     ビラの内容が気になると、その一枚が人影がない路地に落ちる瞬間を
    イブキが見計らって拾い上げた。その内容はリヴァイを始め調査兵たちが
    『殺人犯』として指名手配になっていることで、イブキは目を見開きビラを握り
    記事を食い入るように見入っていた。

    「まさか、このままではミカサも…」

     姪のミカサ・アッカーマンも捕まってしまうかもしれない、と考えると早く探さなければと、
    焦る気持ちを抑え再び屋根を移動し始めた。
     ビラを配っている憲兵の周りの人だかりが視界に入る。
     それを手に取る人の中にイブキは見覚えがある人物に目を凝らす。

    「あれは…確か、ジャン?」

     ジャン・キルシュタインが帽子を目深にかぶり、ビラに視線を落としている様子にイブキは
    気づく。表情はうかがい知れないが、悔しい表情だろうとイブキは踏んだ。
     ジャンの背中をイブキが気配を消しながら屋根伝いに追うと、
    どうにかリヴァイ班までたどり着くことができた。イブキは安堵と共に皆の前に
    ひらりと降り立つ。皆の顔は不安と不信感で入り交ざり、
    突如現れても、もうイブキに驚くことはない。

    「…イブキさん、遅かったな――」

    「どうしたの…みんな?」

     イブキが目の前に現れると、いつも頬を赤らめていたコニー・スプリンガーでさえ、
    冷めた眼差しで彼女を見ていた。イブキが皆の顔を見渡すと、リヴァイに対する不満で
    爆発寸前だった。
     リヴァイがヒストリア・レイスに対して力ずくで説得する姿が皆のまぶたに焼きついる。
    そこまでして、リヴァイに付いて行くべきか、俺たちは敵は巨人のはず、と皆は口々にする。
     不満顔の皆に対して冷めた眼差しを注ぐミカサは天を仰ぐようにつぶやいた――

    「この状況を乗り越えるためにはあのチビに従うのが最善だと思っている…できれば、
    皆も覚悟を決めて欲しい」
     
     人類最強と呼ばれるリヴァイに対してチビ呼ばわりするミカサの言葉に皆はうつむくだけだった。

     ミカサがリヴァイに対してチビ、と呼ぶことさえ気に止めない。
     皆はただ覚悟を決められず不安の色を抱えることに変りはない。

    「敵が…巨人から人間になった…ではなく、最初から私たちの敵は人間だったかもしれない」

     皆はイブキの言葉にさらに言葉をつぐむ。壁の中の人類の未来を導く重要人物たちが
    若きリヴァイ班だとイブキが感じると、その手に強い拳が握られた。

    「そういえば、ミカサ…リヴァイは今どこにいるの?」

    「あのチビ…あ、兵長は作戦の最中なの」

     イブキがミカサからリヴァイと精鋭が敵に挑む場所を聞くと、
    右口角を上げ不敵な笑みを浮べる。

    「だけど、イブキ叔母さん、綿密な作戦だから、今から行っても兵長に煙たがられる」

    「煙たがられるね…私の特技は煙のように消えることよ…! ミカサ、みんな…大丈夫、
    すべてはきっと、うまくいく。私も…人類に心臓を捧げる調査兵だから――」

     ミカサの目の前にいた不敵の笑みのイブキが本当に煙の如く姿を消すと、
    皆は目を見開いた。

    「ミカサ…あなたも同じことが出来るんですか…?」

    「さすがに…できない…私の特技は肉を削ぐことだし…」

     サシャ・ブラウスは目の前から消えたイブキへの質問をミカサに投げかける。
     珍しくいつも冷静なミカサが目を白黒しているため、
    サシャは手先が器用なミカサでも無理なことがあるんだと一人納得していた。
  8. 10 : : 2014/05/13(火) 12:09:16
     ミカサの言われた通り、第一憲兵団が潜む出あろう宿が見える向かい側の
    レンガ造りの建物にイブキが降り立つ。リヴァイの背後に立つと彼は自然に身体の
    一部となるブレードの袂に手を置いた。

    「イブキ…てめー何しにきやがった?」

    「あなたたちの助太刀に――」

    「そんなものはいらねーな…そんなもんは」

     リヴァイはイブキの元に振り返らず、目線は敵に向けたまま彼女に話しかける。 
    葬儀屋に化けた第一憲兵団に動きがあるため、イブキは建物に身を隠す。
     同時にリヴァイも身を屈めた。
     イブキが敵の位置と調査兵の配置を確認すると、はっと息を飲む。

    ・・・この…敵陣地に入ったときの構図…どこかで…見たような…これってリヴァイの考え?

     イブキは目を見開きリヴァイの背中を睨む。
     彼は隣で双眼鏡を覗き込むニファと共に敵の監視に集中していた。

    ・・・この配置…頭(かしら)から教えられたことがある――

    「ニファ、『切り裂きケニー』って知っているか…?」

    「もう、兵長ったらこんなときに冗談を…!」

     リヴァイが突然、ニファに都市伝説とされる『切り裂きケニー』の話をすると、
    イブキは背中に汗が流れるのを感じていた。
     隠密の中には彼女以外にも小刀を使った殺しを専門とする仲間が数人いた。
     その手口は暗殺相手の背後に回ると、後ろから横一直線に喉元を切りつける。
     切り口がほぼ同じで、『切り裂きケニー』が一人でやったこと、
    また同一犯の犯行と憲兵団は判断していたが、実はその数人の隠密の殺しの手口だった。

    ・・・確か…その中にもお頭がいたはず――

     イブキが頭のことを思い出した瞬間、
    リヴァイが振り向きイブキに鋭い眼差しを注ぐと再び正面を見据えた。

    「ガキの頃…俺はヤツと一緒に暮らしたことがある…」

     リヴァイの氷のような冷たい一言でイブキの背中は汗が流れていた影響もあり
    さらに背筋が凍るような感覚に襲われた。

    ・・・まさか、私はリヴァイと会ったこと…ある? でも、見覚えは―― 
  9. 11 : : 2014/05/13(火) 12:10:20
     イブキが目を見開きリヴァイの背中を見ていると、3人が隠れる屋根に突如、
    『対人立体起動装置』を装備した輩が、屋根の瓦を力強く踏みつけるように降り立つ。
     銃を構えていることに気づいたイブキが双眼鏡で敵を伺うニファを庇おうとしても
    間に合わず彼女は顔面を打たれてしまった。リヴァイはニファが撃たれる瞬間を
    目の当たりにして青ざめる。危機一髪で彼自身は避けることが出来ても、ケイジら
    二人の調査兵も敵に撃たれ、リヴァイはらしくなく口を開け顔面蒼白になってしまった。

    「きゃーーーーっ!!」

     調査兵たちの死体が目の前に降って湧くように現れると、通りがかりの女性は腰を抜かし
    悲鳴を上げる。その背後では何事もなかったように第一憲兵団の馬車に棺が積まれると、
    遠く離れていった。

    「ケニー!!」

     殺気立った口調でリヴァイが目の前に現れた長身の男にその名を叫ぶ。
     イブキはその姿が自分の育ての親である頭で間違いないと気づいた――

     『ケニー』とは頭のもうひとつの名前である。隠密以外では格闘技の弟子がいると
    イブキは知っていた。その弟子の一人がリヴァイだったのか、と想像力が働くと
    リヴァイとケニーに目配せをする。その眼差しは小刀の刃先のように鋭い。

    「イブキ…やはり、おまえは生きていたか…いや、おまえはもう死んだ。
    調査兵団に寝返った隠密は死んだと同じ…まさかこのチビと一緒だとは何の因果だか…」

     ケニーはイブキに冷たく言い放つと同時に対人立体機動装置の銃を構えリヴァイはブレードを抜いた。
     イブキは手早くニファの立体機動装置からブレードを抜き取ると、建物の影に隠れる。

    「お頭…私はもうそっちへ戻らない…死ぬのは調査兵として――」

     育ての親である頭を建物の影から憎しみを込めて睨む。頭であるケニーが立体機動の
    アンカーをレンガで出来た煙突に突き刺すと、空高く飛び立った。
     ケニーとリヴァイの動きを瞬きをせず睨みながらイブキはブレードの袂を強く握った。
    そのとき、目には見えない何かに手を押さえつけられる感覚をイブキは感じる。
     それがミケの温もりと感じてもイブキはリヴァイの動きを見逃さないよう見据えるだけだった――
  10. 12 : : 2014/05/13(火) 12:10:46
    ★あとがき★

    皆様、いつもありがとうございます。
    今回は短編にしては長い内容となりなました。書き上がったとき爽快感よりも
    どっと疲れてしまい、理由を考えると短編で登場人物が多いことでした。
    人物像を妄想することって時間がかかると思い知らされました。
    しかし、隠密の頭はいつか別の形で再登場させたいと思っていたので、
    ケニーの存在は私にとって好都合で、その同時にどう描くか楽しみに変りました。
    だけど、長いこと最新話を元にしたSSを書いていると、一体どっちが本当の話なんだろう
    って思ってしまいます…。これは『SSあるある』なんでしょう…。
    また来月も楽しみ書いていこうと思いますが、この1ヶ月、エルヴィンの無事を願うばかりです。
    引き続きよろしくお願い致します!

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著者情報
lamaku_pele

女上アサヒ

@lamaku_pele

この作品はシリーズ作品です

密めき隠れる恋の翼たち~2 シリーズ

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