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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品は執筆を終了しています。

忘却の追憶

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  1. 1 : : 2015/10/04(日) 20:19:19
    ※ネタバレ注意※




    「ーーー舞園さんはさ、」


    彼がそんな言葉で切り出したのはいつだっただろう。

    思い出せない。

    否。

    覚えていないのだろう。

    忘れているのだろう。

    ああ、この先、彼は何と言っていたっけ。

    忘れちゃいけない事のはずなのに。

    ーーーーー

    ーーーー

    ーーー

    ーー



    ーー

    ーーー

    ーーーー

    ーーーーー
  2. 2 : : 2015/10/04(日) 20:25:16


    「…」


    そんな夢で目を覚ました。

    不快な夢でも何でもないのに、全身は嫌な汗でぐっしょりと濡れている。


    「…」


    シャワー浴びなきゃ…。

    …。


    「何でかな…」


    ここに閉じ込められてから、こんな夢を毎晩見る。

    こんな会話、彼としたことあったかな?



    今日聞いてみようかな。


    ーーーーー

    ーーーー

    ーー



    ーー

    ーーー

    ーーーー

    ーーーーー
  3. 3 : : 2015/10/04(日) 20:26:43


    「苗木くん、おはようございます!」

    「おはよう、舞園さん」


    シャワーを浴びた私は、食堂へ向かう途中で彼に会った。

    彼もーーー。

    苗木くんも、少し髪が湿っているように見えた。


    「シャワー浴びたんですか?」

    「うん、朝起きたら汗すごくかいててさ…
    なんか夢は見てた気がするんだけど…」

    「そうなんですか?」

    「うん…」


    …ふむ。

    苗木くんも?

    これは夢のことを聞くにはいい機会かもーーー



    「お、苗木に舞園じゃん!
    おはよー!」


    なんて考えてる時に、後ろから声が聞こえた。


    「ああ、江ノ島さん!
    おはよう!」

    「おはようございます、江ノ島さん」


    私は精一杯笑顔を作った。

    正直、江ノ島さんは苦手だ。

    私からしたらこの人も、演じてるようにしか見えないから。

    私も演じているから。

    だから苦手だ。

    そう、同族嫌悪という言葉がしっくりくる。


    「朝からお熱いことだねぇお2人さん!」


    なんて、からかい気味に言ってくる。

    こういう所も好きになれない。


    「そ、そんなんじゃないよ!
    第一、ボクなんかが舞園さんと釣り合うわけないし…」


    顔を赤くしながら苗木くんは答えていた。

    …釣り合わない、か。


    「舞園はどーなの?
    実際苗木のことどう思ってるわけ?」

    「…私、ですか?
    そうですね……苗木くんなら別にいいですよ?」


    ただ、本心でそう言った。

    それが素直な気持ちだったから。

    ーーー私こそが、苗木くんと釣り合うだなんて思ってないのに。

    苗木くんにふさわしい女なんかじゃないのに。
  4. 4 : : 2015/10/04(日) 20:27:30

    「……ん?
    舞園さん…それってどういうーーー」

    「やっぱお熱いんじゃんよ!
    ヒューヒュー!
    そんならアタシはこんな所いたら邪魔になっちゃうよね!うん!」


    なんて言いながら江ノ島さんは食堂へそそくさと向かってしまった。

    …。

    気まずい。

    苗木くんはこちらに一切顔を向けようとしない。

    …。

    苗木くんの顔…赤くなってるや……


    「あの〜…苗木くん…?」

    「うぇっ!?
    ど、どうしたの舞園さん!?」

    「食堂…着きましたよ?」


    無言でただ歩いている内に食堂に着いてしまった。

    夢のことは何も聞けないままに、 私は朝食を食べることになってしまった。



    ーーーーー

    ーーーー

    ーー



    ーー

    ーーーー

    ーーーーー
  5. 5 : : 2015/10/04(日) 20:34:22

    程なくして、私は狂った。

    あんなもの見せられて平常心でいられる方がおかしいでしょう?

    せっかく何もなく日々を過ごしていたのに。

    コロシアイなんて嘘だと思ってたのに。

    ただの、冗談だと。

    …。

    とりあえず苗木くんに諭されて落ち着いたけれど、それも一時的。

    ーーー。

    横たわる布団に、私の今のドス黒い心が染み渡っていっている気がする。

    みんなが心配。

    ここから出なきゃ。

    出なきゃ。

    出なきゃ。

    …。

    誰か殺してでも。

    いや、誰かを殺して。

    バレないように殺して。

    殺さなきゃ。

    殺さなきゃ。

    殺さなきゃ。



    誰を?

    誰がいた?





    桑田怜恩。


    …そうだ。

    努力を怠る人間のクズ。

    そうだ、桑田怜恩。

    あいつなら殺してやりたいと思える。

    殺意が芽生える。

    簡単に。

    …。


    …そして私にアプローチしてきてる。

    おびき出すのも簡単だ。

    少しだけ色目使ってやれば簡単に釣れるだろう。

    …けど。



    どうやったらバレずに済む?

  6. 6 : : 2015/10/04(日) 20:36:45



    夜時間の間に死体を処理してしまう?

    いや、誰かに見つからないという保証がない。

    そもそも、どうやって処理をすればいいかも検討つかない。


    …。


    誘うのではなく、私が桑田くんの部屋に行く?

    そして殺す…?

    いや、これも無理。

    不意打ちを狙える瞬間が見出せない。

    それに、腕力は相手の方が圧倒的に上…。

    何か抵抗された時に勝てる気がしない。


    …。


    バレずにという前提…。

    私の部屋で殺さなければ、恐らくそれはクリアできる。

    けれど、桑田くんの部屋で殺せばそれは変わってくる。

    ベストなのは、他の人の部屋で桑田くんを殺すこと。


    …そんなの不可能だけど。


    でも、他の人の部屋に桑田くんをおびき寄せて桑田くんを殺すっていうのはいいアイデアかも。

    どうやって実現させる?

    何か策を練らなきゃ。

    …。

    ……。


    ダメだ。


    …とりあえず落ち着こう。

    寝て、頭を冷やそう。

    そうすれば、何か案が浮かぶかもしれない。

    …。

    ……よっぽど疲れてたのかな、私。

    眠くなってきちゃった…。



    ーーーーー

    ーーーー

    ーー


  7. 7 : : 2015/10/04(日) 21:03:45

    ーー

    ーーー

    ーーーー

    ーーーーー



    目の前で苗木くんが震えてる。

    小さく、カタカタと。

    小動物のように、か細く。


    苗木くん。

    あなたはきっと、私の本当の顔を知らず、振りまく笑顔を疑わず、接してくれていますよね。


    私は、そっと苗木くんの背中に手を当てた。

    小刻みに震える背中を、優しく撫でる。

    やがて震えは止まり、苗木くんはこちらに顔を向ける。

    優しい、無垢な笑顔を、こちらに向ける。

    それだけで私の胸は苦しくなって、それだけで私は満たされる。

    彼の笑顔は、私を温めてくれる。



    ーーーー本当に?



    声が聞こえた気がした。

    それは紛れもなく、私の声。



    ーーーーあなたは本心でそう思ってるの?



    どうして?

    事実、私の心は満たされているじゃない。



    ーーーーあなたは、目をそらしているだけ。



    目をそらしている?

    何から?



    ーーーー1つの可能性から、目をそらしている。




    ーーーーー

    ーーーー

    ーーー

    ーー


  8. 8 : : 2015/10/04(日) 21:14:34
    そして目覚めた。

    私はどうやら、眠るたびに汗をかく体質らしい。

    汗ばむ額を拭い、コップに水を注いで一気に飲み干す。


    …。


    そして、先ほどの夢を思い出していた。


    震える苗木くん

    1つの可能性

    私の本心


    …。


    分からない。

    否。

    分かりたくないだけなのかもしれない。

    本当は、その可能性に自分で蓋をしているだけなのかもしれない。

    …。

    ……。


    「出るんでしょう?ここから」


    そう呟いた。

    そう、出るんだ。

    この学園から。

    そのためなら私は何だってする。

    殺人だって、騙しだって、何だって。


    相手が誰であろうと。

    ーーー例え、好きな人であろうと。

    利用する。

    そうだ、そうやってきたじゃないか。

    私は狡猾な人間じゃないか。

    そうだ、思い出せ、舞園さやか。


    あなたはもう…


    私はもう、覚悟を決めたんだ。


    行動に移そう。

    考えをまとめて、そしてなるべく急ごう。

    焦らずに行動するんだ。


    まずは…凶器。

    包丁でいいかな?

    食堂にあったよね、確か。


    …。


    「よし、行こう」
  9. 9 : : 2015/10/04(日) 21:36:51
    1度決めてしまえば話は早かった。

    計画としてはこうだ。


    まず、食堂で包丁を入手。

    それを持ったまま苗木くんの部屋へ向かい、どうにか説得して部屋を交換してもらう。

    ……ドアノブを執拗に回されたとかでいいか。

    部屋を交換してもらった後、ネームプレートを交換。

    そして桑田くんを誘って…

    部屋へ入ってきた瞬間を狙って包丁で刺す。

    曲がりなりにも野球選手だ。

    不意打ちじゃないと殺せる気がしない。


    よし、途中でドジらなければ大丈夫。

    落ち着け、私。



    そう考えている間に食堂に辿り着いたけれど…

    朝日奈さんと大神さんがいた。

    あちゃー…。


    「む?舞園か…
    どうしたのだ?」

    「いや、ちょっとお水を飲みに…」

    「そうか…」

    「お水じゃなくてさ、さやかちゃんもお紅茶飲マない?
    美味しいよ?」

    「せっかくですけれど、またの機会に…」


    そう言って、私は急ぎ足で厨房に向かった。

    言った通り、水を飲む。

    …。

    少し頭が冷えた。

    そして、冷や汗をかいていることに気づく。

    大丈夫だ、バレてない。


    視線を移すと、そこには大きさ順に並べられた包丁がある。

    手頃な1つ手に取り、服に隠す。

    そして私は厨房を出た。

    大神さんと朝日奈さんがこちらを怪訝そうな目で見ていたが、そんなの気にしていられなかった。


    「それじゃあ、おやすみなさい」


    その一言を残し、私は食堂を後にした。
  10. 10 : : 2015/10/04(日) 21:43:35
    とても面白いです。なによりお上手ですね(*^^*)期待しています!
  11. 11 : : 2015/10/04(日) 21:45:42
    部屋に戻り、包丁を見る。

    …ああ、実感が湧いてきた。

    私はこの包丁で、桑田怜恩を殺す。


    …。


    膝が震えていることに気づいた。

    そして同様に、手も震えていた。

    ああ、やっぱり怖いんだ。

    そりゃあそうだよね。

    だって人を殺すんだもの。

    …でも、ダメ。

    震えるな、私。

    怖れを克服しろ。

    出なきゃ。

    …出なきゃ。

    私の居場所へ、帰らなきゃ。


    1つ、大きな深呼吸をした。


    私は今から、苗木くんの部屋へ向かう。

    部屋を交換してもらうために。

    彼を騙すために。

    彼に罪を、着せるために。


    体の震えは収まっていた。

    その代わり、涙が溢れた。


    「此の期に及んでなんで泣くの…?」


    体の震えが収まったのに、次は声が震えだした。


    「出なきゃいけないの…私は…」


    独り、呟いた。

    その声は部屋に消えた。

    私の耳には、ただ嗚咽しか聞こえなかった。
  12. 12 : : 2015/10/04(日) 21:56:08


    そして私は今、苗木くんの部屋の前にいる。

    ああ、これでもう戻れなくなる。

    ーーーいいや、退路を立て。


    覚悟を決めろ。


    私は、インターホンを押した。

    決意のせいか、少し力んだ。


    ピンポーン、と軽快な音が響く。


    しばらくして、部屋の主がドアから少し顔をのぞかせた。


    「誰?」


    …覚悟を決めろ。

    いや、覚悟は決めたでしょう?

    私はここから出る。

    そのためなら、何だってする。



    何だって。



    「苗木くん…少しいいですか?」


    私は精一杯、怯える顔をして彼と向かい合った。
  13. 13 : : 2015/10/04(日) 22:06:42
    期待
  14. 14 : : 2015/10/04(日) 23:11:23
    すんなりと、彼の部屋に通してもらえた。

    まあ、彼ならば当然だろう。

    私、苗木くんのこと分かるんですよ。


    「ごめんなさい…
    こんな夜遅くに…」


    こんな事を思っていても、表情は変えない。

    私は今、何かに怯えている。

    そういう風に見えているはず。


    「ど、どうしたの!?
    震えてるけど…!」

    「…実は」


    震えているのは、演技じゃない。


    「誰かが…
    私の部屋をこじ開けようと…
    ドアノブを執拗に回してきて…」


    少し目を逸らす。

    涙は、自然に目に溜まっていた。

    罪悪感で。


    「しばらくしたらドアの前からいなくなったみたいなんですけど…
    私…怖くて…!」


    苗木くんに対する罪悪感だけで、演技をするまでもなく涙が出た。

    ああ、結局私の覚悟なんてそんなもの。


    「…っ」





    「…何か言いました?」

    「…え?ううん?何にも?
    そんな事より…舞園さんそれは危険だよ!
    誰かがモノクマの言う事を本気にしてるんだ!」

    「やっぱり…
    そしてドアを無理やり開けて私を…」


    殺そうと…。


    「舞園さん…」


    殺そうと…してるのは、私なんだけど。


    「どうしてこんな事になっちゃったの…?
    どうして…こんなひどい事を…」


    ああ、グサグサくる。


    「もう沢山…!
    私たちが何をしたって言うの…!?」


    けど、これが覚悟。

    これが決意。


    「殺すとか…こ、殺される……とか…!」


    ごめんなさい、苗木くん。


    「お願い…助けて…?
    私、もう耐えられない…」


    本当にごめんなさい、苗木くん。

    私のために、どうか犠牲になって。
  15. 15 : : 2015/10/04(日) 23:28:15
    ーーーーー
    ーーーー
    ーーー
    ーー


    思った以上に事が上手く運びすぎて、正直に言って怖い。

    今私は、苗木くんの部屋にいる。

    もちろん1人で。

    苗木くんと部屋の鍵を交換し、そして苗木くんは私の部屋へと向かった。


    ここまでは完璧。


    桑田をこの部屋に呼び出さなきゃ…。


    …。

    苗木くんの…ベッド………か。


    少し、横になってみる。

    彼の匂いに包まれ、すこし高揚した。

    安心する。

    …このまま眠ってしまいたい。


    ーーーーダメ。


    もう戻れないのだから。

    戻っちゃダメ。


    …。


    少し部屋を見渡すと、メモ帳が置いてあるのを発見。

    私は、手紙で桑田くんを呼び出すことにした。


    「内容は…っと…」


    『2人きりで話したいことがあります。
    5分後に私の部屋まで来てください。』


    「これでいいかな?」


    あ、ネームプレートを念押ししておこう。

    少し不安だし。


    『部屋を間違えないように、ちゃんと部屋のネームプレートを確認してくださいね。』


    「舞園さやか…っと」


    ……できた。

    これで桑田はホイホイ釣れるはず。

    私はメモを本体から切り離し、桑田くんの部屋へ向おうとした。

    …。

    ドアノブに手をかける。

    …。

    絶対に開けないって言いましたっけ…。

    ごめんなさい、苗木くん。


    また涙が溢れそうになる。

    私はそれを拭って、ドアノブを捻った。

    私は罪悪感で押しつぶされそうなのに、ドアは簡単に開いた。
  16. 16 : : 2015/10/05(月) 01:09:49
    廊下に誰もいないことを確認して、私は苗木くんの部屋のネームプレートを外した。

    そして私の部屋へと向かい、同様にネームプレートを外す。


    結論から言うと、苗木くんの部屋と私の部屋のネームプレートを交換した。


    これによって、桑田くんが間違って苗木くんのいる部屋に行くことも無くなる。

    その作業が済み、桑田くんの部屋の前へと向かう。

    ポケットに忍ばせておいたメモを、ドアの下の隙間から滑らせた。

    これなら、どんな鈍感野郎でも気づくはず。


    …多分。


    ここで運要素絡むのが何だかなぁ…。

    何て言ってる場合じゃない。

    私は部屋へと戻り、テーブルに置いておいた包丁を握りしめた。

    柄の感触が、嫌に掌に伝わる。


    …。


    体がまた震えてきた。

    やっと落ち着いてきたと思ったのに…。


    「はぁ…」


    此の期に及んでためらっている自分に呆れ、ため息をついた。

    その拍子に、体の震えはピタリと止まった。


    …。

    5分、まだかな。
  17. 17 : : 2015/10/05(月) 12:47:49
    ドアのそばに立ち、息をひそめる。

    たった5分のはずなのに、馬鹿みたいに長く感じる。

    永遠かと錯覚する。

    もう、逃げてしまいたくなる。


    「いいえ、逃げちゃダメ」


    私は小さく呟き、自分に言い聞かせた。

    焦ったさが鳴りを潜め、やがて私の心の中にもこの部屋同様に静寂が訪れる。

    その中に確かにある緊張感。

    それが汗という形で表れ、私の頬を伝った。

    私は、それを拭うことすらしない。

    しばらくして、雫が落ちていくのを肌で感じた。

    …。

    桑田くんは、まだ来ない。


    …。

    気を緩めるな。

    だけど落ち着け。

    力むな。

    力むな。

    力を抜け。

    …。


    「…ふぅ」

    少し息を吐いた。

    頭はもうパンクしそう。


    と。


    ピンポーン、という音が部屋に響いた。






    ーーーー。


    来た。
  18. 18 : : 2015/10/05(月) 12:57:03
    「はーい」


    少し声が上ずってしまった。

    少しドアを開け、その隙間から訪問者を伺う。


    「よっ、舞園ちゃん!」


    間違いない、桑田怜恩だ。


    「急にお呼び出ししてすみません…
    どうぞ、入ってください」

    「舞園ちゃんの頼みならいいってことよ!
    それに、まさか舞園ちゃんの部屋に入れるだなんて夢にも思ってなかったし…!」


    言いながら、桑田くんは無警戒にこちらのテリトリーに侵入した。

    私は気づかれないよう、ドアの鍵を閉めた。


    「へぇ〜…
    ここが舞園ちゃんの部屋か…」


    と、爛々と目を輝かせながら桑田くんは部屋を見回している。

    背中がガラ空き。

    今刺す…?

    背中に刺して致命傷になるのか?


    「ん?なんだこれ…?
    刀?……ああ、模擬刀」


    少しして、ドアの側にあった金箔の模擬刀に興味を示したようだ。

    私は、桑田くんの後ろをキープしたまま。

    その時が来るのを待つ。

    ベストタイミングを、伺う。


    「こんなもんあるのか…護身用?
    あ、そうだ舞園ちゃーーー」


    桑田くんがこちらに体を向けた。

    背中でなく、今度はお腹がこちらに向いた。



    ーーーー今だ。



  19. 19 : : 2015/10/05(月) 13:42:22
    「ああああああああ!!!!!」


    叫んだ。

    そうしなきゃ足が動かなかった。

    それがいけなかった。


    「ま、舞園ちゃ……!?」


    私が刺そうとしていることを、結果として声で知らせてしまったからだ。


    「あっ」


    桑田くんは、後ろにあった模擬刀で私の包丁を防いだ。

    鞘から包丁を抜き、そのまま動けない。

    しくじった。


    「……どういうことだ?
    あ?」


    そして、気づいた。

    このままじゃ私は……。




    コロサレル。



    「あ…あ……あっ…」

    「そうか…
    浮かれてるオレを殺して…
    “卒業”しようとしたのか…へぇ…」


    言いながら、桑田くんは模擬刀を鞘から引き抜いた。


    「ナメてんじゃねぇぞアイドル風情が」


    そこから先、私は何も分からないままに包丁を地面に落としていた。

    その後すぐに右手首に激痛が走った。


    …あぁ、模擬刀で叩かれたのか。


    「いった…!」

    「これでテメェはオレを殺せなぇわけだがよ…
    オレさ、今マジでキレてんだ」


    桑田くんなら許してくれるだろうって、実は心のどこかで思っていたのかも。

    だから咄嗟にこの言葉が出たのかもしれない。


    「ご、ごめんなさーーー」

    「それで許してもらえるんならケーサツいらねぇよ!」

    「ひっ!」


    思わず悲鳴を上げた。

    目の前にいる男は、いつの間にか私に殺意の目を向けていた。


    「オレもさ…あのDVD見せられて出たくなったぜ?
    チームメイトの皆が心配ないわけねぇだろ?」


    言いながら桑田くんはこちらに近づいてきた。


    「だからさ…」


    私は後ずさることしかできなかった。

    背後にはもう、トイレのドアがあった。

    ただ、距離が近づいていく。


    「オレがお前殺して “卒業” するわ」


    死が、近づいていく。
  20. 20 : : 2015/10/05(月) 21:30:41


    「あ…あ…」


    包丁の先端がこちらを向いて、徐々に近づく。

    “ お前はここで終わるぞ ”

    って囁いてくる。


    「じゃあな、舞園
    …やっぱり裏あるよな、アイドルなんて」


    そんな言葉を桑田くんがかけてくる。

    包丁の先端は揺るがない。

    私と違って、震えない。


    「やめ…や……!」

    「やめろ…?
    先に刺そうとしてきたクセに何言ってんだよ」


    まだ死にたくない。

    死にたくない。

    死にたくない。

    死にたくない。


    「死にたくなーーー」






    「死ねよ」






    気づけば。

    目の前にいた。

    後ろの扉は固く閉ざされていて。

    私はきっとーーーー。




    「あっ」


    そうだ、建てつけ。

    このドアは建てつけが悪かったんだ。

    特殊な開け方をしないと入れない…!


    「…」


    目の前の男に気づかれないように腕を後ろに回し、ドアノブに触れた。


    「んだよ突然黙りやがってよ…
    さっきみたいに怯えてろよ…!
    そっちのが断然そそるだろ?ああ?」


    ドアノブをひねり、上に持ち上げる。


    「…チッ
    反応なしかよ」


    そして瞬時にドアを開いた。


    「なっ!?」


    ドアの隙間をくぐり、素早くトイレへと入る。


    「はぁ…はぁ…はぁ…!」


    ガチャガチャ、と嫌な音が外から聞こえる。


    「んだよコレッ!
    おいテメェ開けろよゴラァ!」


    ドア越しに、そんな怒鳴り声が聞こえた。

    本当に普通には開かないらしい。


    「はぁっ…はぁ…はぁ…」


    息が荒い。

    落ち着かない。

    鼓動が速い。
  21. 21 : : 2015/10/05(月) 23:00:00
    大きな物音がする。


    部屋に八つ当たりしているのかな…?

    なんにせよ


    怖い。


    私助かったかな?

    また明日起きてるかな?

    苗木くんに会えるかな?


    …。


    みんなに…会えるのかな。


    「バカだな…私」


    自分のために殺そうとして、そして失敗して殺されかけて。

    右手首の骨は折れるし、扉の向こうには私が殺そうとした私を殺そうとしてる奴がいるし。

    流石にもうーーー

    ーーーあれ。


    「…」


    音が…止んだ?


    間髪入れずに乱暴にドアを閉める音がした。

    …。

    え?


    「……え?」


    私…助かったの?

    本当に?

    え?

    信じられない…嘘…!


    「あ…よかった……よかったよぉ…!」


    大粒の涙がボロボロと溢れてくる。

    生きているということを、これ以上ないぐらい実感していた。


    そして、安心してしまった。

    張り詰めていた糸を、切ってしまった。


    「…あぁ」


    眠くなってきた。

    ……。

    うん。

    今日はここで夜を明かそう。

    そして明日、みんなに正直に伝えよう。

    うん。

    そうしよう。

    …。

    今は寝よう。


    目を閉じよう。




    おやすみ。










    ーーーーおやすみ。













  22. 22 : : 2015/10/05(月) 23:32:49
    「ーーー舞園さんはさ、」


    夕日が逆光になって、彼の顔をよく視覚できない。

    でも、彼と私は確かにそこに居た。

    あの日、放課後、教室に。

    希望ヶ峰学園の、教室に。


    「はい?」


    返事をする。

    いつもここで夢から覚める。

    今日こそは続きを聞かせーーー


    「この日常が退屈って思ったことない?」


    ……え?



    ーーーーー
    ーーーー
    ーーー
    ーー



    カチャカチャ、と。

    そんな音で目を覚ました。


    「ん……」


    寝ぼけ目を擦り、辺りを見る。


    …?


    ………ああ。

    そう言えば私、殺されかけてたんだっけ。

    …で。

    この音は?


    カチャカチャ、カチャカチャ、と。

    止むことはない。

    耳をすますと、それがドアから聞こえてきていると分かった。

    そして。



    ドアノブのネジが緩んでいる。

    段々と。

    現在進行形で。


    「えっ…?」


    え?嘘なにこれどういうこと?桑田くんが?まさか私を殺そうとして?わざわざドライバーを?自分の部屋から?持ってきて?え?え?え?え?うそうそうそうそ?うそ?え?え?え?


    「うそ………」


    助かっただなんて。

    とんだ夢物語。

    目を開けても、待っていたのは絶望。


    「いや…嫌だ…いやだいやだいやだ!」


    キィ…、と音を立ててドアが開いた。

    そこには、嫌な笑みを浮かべた桑田怜恩がいた。


    「鍵閉めるだなんて連れねぇな舞園ちゃんよぉ…?
    んん?ハハハッ今殺してやるからな?」


    瞬間。




    私のお腹は包丁で一突きされた。




    呆気ないものだ、人生なんて。


    「え…嘘…」


    体が熱い…。

    お腹から血が出てるのが分かる…。

    私が終わってゆく。


    「っは……ははは…やっちまった…!
    お…おま…お前が悪いんだぞ?
    最初にお前がががが俺を殺そうとしししししたから…!」


    前にいる男をもはや識別することすらできない。

    視界が霞む。

    出血多量。血が足りない。

    ああ、こんな時に何故冷静でいられるの?

    こんな時だからこそ?


    「…」


    そうだ、ダイイングメッセージ。

    幸い、桑田は部屋の後処理に勤しんでいるようだ。

    こちらには目もくれない。

    そこらへんが馬鹿だと思う。


    「…」


    私は使えなくなった右手の代わりに、左手で壁に

    『LEON』

    と書いた。

    もちろん、桑田に見えないように。

    その桑田すら、今の私には見えないけれど。


    「…」


    視界が暗くなっていく。

    血を流しすぎた。

    そろそろ、お別れの時間。


  23. 23 : : 2015/10/05(月) 23:44:06
    こんな時に思い出すのは、アイドル仲間じゃなくて苗木くんだった。

    どうして最期まで彼なの?

    それなら、最初から人殺しなんて考えなきゃよかった。

    だって、私にとっての1番は

    “ 帰る場所 ”

    じゃなくて

    “ 好きな人 ”

    だったってことでしょう?


    …。

    今さら気づいても仕方ないか…。


    あ、走馬灯。

    少しの間だったけど、苗木くんと過ごせて幸せだったな。

    私、助手として役に立てたかな?

    ああ、走馬灯か…。


    死ぬのか。


    嫌だなぁ死にたくないなぁ。

    せめて告白したかったな。

    というか、中学生の時に告白しとくべきだった。

    でもまあ、どうせ断られてたよね。

    分かりますよ?

    エスパーですから。


    ーーーなんて。


    だって、私苗木くんにきっと告白しているもの。

    あの日、真っ赤な夕焼けが空を支配した放課後に。

    希望ヶ峰学園の教室で。

    告白していたもの。

    …覚えていないけれど。

    もちろん、返事も。


    けれど、いつも見ていたあの夢が、きっと返事だったのだろう。


    “ この日常が退屈だと思ったことはない? ”


    か。


    「苗木くんがいつも隣にいてくれたから、退屈なんて思ったことはありませんでしたよ」


    声は掠れていた。

    けれどきっと、彼に届いただろう。

    ーーー。


    ねえ、苗木くん。

    私どうしても気になるんです。

    あの夕焼けの日、あなたはどんな顔をしていたのか。


    「見せて?」



    すると、走馬灯は見せてくれた。

    あの日の彼を。

    苗木誠を。


    夕日を、厚い雲が隠した一瞬。












    「……は?」


    歪んだ笑みを浮かべた彼を思い出して、私は逝った。
  24. 24 : : 2015/10/05(月) 23:44:37
    前スレ、名前入れ忘れてました。
  25. 25 : : 2015/10/05(月) 23:56:25
    ーーーーー
    ーーーー
    ーーー
    ーー




    目の前に、血まみれで横たわる女の子が1人。

    名前は舞園さやか。

    超高校級のアイドル。

    ボクの…憧れの人。


    「ねえ、舞園さん?
    ボクね、本当は良いやつなんかじゃないんだ」


    死体に話しかける。


    「最近ね、よく夢を見たんだ…
    ボクと舞園さんが、放課後に教室で向かい合っている夢」

    「その夢を君も見ていたかな?
    だったら、嬉しいな…」


    眠るように死んでいる彼女。

    けれど、鮮血に塗れたそれは、眠っているわけではないことを物語っていた。


    「…ごめんね、ボク今すごく震えてる」












    「すごく……興奮してる…!」












    「本当はね…あのDVDを見た時ボクすごく嬉しかったんだ」

    「非日常だ、これは」

    「そう思って胸が高鳴ったんだ」

    「キミはどうだった?
    あの絶叫、本当は演技だったりしたかった?」

    「…はははっ」


    何故か笑ってしまう。

    ときめく。

    この状況に。


    「これを皮切りにもっともっと【非日常】がボクらを襲うよね…!
    ボクはそれが嬉しくてたまらない!」

    「平凡で退屈でツマラナイ日常が無いだけで!
    ここまで生きていて良かったと思えるなんて…!」


    ああ、舞園さん。ボクは壊れてたんだ。

    元から。


    「だからさ…舞園さん?
    キミは非日常の犠牲なんだ…」

    「きっと誇っていいんだよ、この死を」

    「今はゆっくりね?
    きっとそっちに逝くからね」

    「非日常を楽しんで、そして逝くから」

    「だから待ってて」



    「おやすみ」




    ーーーおやすみ。



    そう言って、ボクは部屋を後にした。

    これからの出来事に、ただ胸を弾ませて。
  26. 26 : : 2015/10/05(月) 23:56:54





    〜fin〜
  27. 27 : : 2015/10/05(月) 23:57:54
    あ、また名前入れ忘れてた…

    ここまで読んでくださり、ありがとうございました
    ただのリハビリみたいなものでした

    では、また何処かで
  28. 28 : : 2015/10/06(火) 07:32:14
    面白かったです!お疲れさまでした!
  29. 29 : : 2015/10/07(水) 20:19:32
    お疲れ様でした!
    文章が綺麗で内容もとても良かったです!‎٩(๑˙ω˙๑)و
  30. 31 : : 2019/07/25(木) 23:44:35
    ‎٩(๑˙ω˙๑)و
  31. 32 : : 2019/07/25(木) 23:45:03
    (⁎˃ᴗ˂⁎)
  32. 33 : : 2020/10/26(月) 23:05:44
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

    ⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

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donguri

たけのこまんじゅう

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