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八咫烏に衣は似合わない

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  1. 1 : : 2015/07/30(木) 16:14:42
    ─────山神様がこの地にご光来しました時、山の峰からは水が溢れたちまち木々は花をつけ、稲穂は重く頭を垂れた。



    豊かな山内をご覧になった山神様は自らに代わり、この地を整える事を金烏(きんう)にお命じになったという。



    そこで金烏は四人の子供たちにそれぞれ、四つに土地をお分けになった。



    一番目の子供には花咲く東の地を。



    二番目の子供には果実稔る南の地を。



    三番目の子供には稲穂垂れる西の地を。



    四番目の子供には水湧き踊る北の地を。



    四人の子供たちは子々孫々、与えられた土地を良く守ることを金烏に約束した。



    これが四家四領(よんけよんりょう)の始めであり、金烏を宿す宗家の始めであるという──────。
  2. 2 : : 2015/07/30(木) 16:15:28












    八咫烏に衣は似合わない











  3. 3 : : 2015/07/30(木) 16:33:26
    序章



    この人がいい、と思ったのは私がまだ五つか六つの時だった。





    春たけなわの風が少しだけ強い、だが気持ちの良い朝の事だった。


    桜が咲いたぞと言って、悪友が私のもとを訪ねてきた。


    すみの奴がこうしてくるのは、大抵が私を外に連れ出そうとしている時だ。


    案の定その日も、大人達から行ってはいけないと言われていた領境の崖へ連れていかれた。


    崖を挟んだ隣の領には、白く霞んで見えるくらいに桜が咲いているという。


    笑いながら追いかけっこをして、私達は森の中を走っていた。


    だがそこで、すみは足を滑らせたのだった。



    頭上の木々が途切れ、視界がひらけたことに気を取られたのだろう。



    派手な音を立てて転げ落ちていくすみに、瞬間、肝を冷やした。



    着物を脱ぐのももどかしく鳥形へと姿を転じると、急いで崖下に舞い降りた。


    しかし、再び人間の姿に戻りすみのもとに駆け寄ってみれば、元気に悪態をついていたので私は、思わず噴き出してしまった。


    浅い谷間を、笑い声がこだまする。


    憎々しげにあたまをおさえていたすみは、ふと私の肩越しに上を見て、口を閉ざした。


    すみの視線を追った私は、そこで世にも美しいものを見た。


    この崖を越えてしまえば、もう隣の領である。


    その隣の領の崖上には、すみが言ったとおり見事な桜が咲いている。


    満開に咲き誇るその桜の下に、ひっそりと立つ人影があった。


    金色に光る、しゃらりと流れる髪飾り。


    やわらかそうな髪の毛は一族のものに珍しい、薄い茶色の巻き毛であった。


    きょとんと私とすみを見下ろす瞳の色も、透き通るように淡い。


    長い袂は薄紅色。


    桜模様を散らしたそれは、その幼い娘によく似合っていた。


    風が吹いた。


    淡い水色の空に、桜の花が舞い散った。

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