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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

ある巨大樹の上にて(モブハン)

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  1. 1 : : 2015/07/30(木) 11:23:53
    壁外での作戦の最中、ハンジが負傷して戦線離脱を余儀なくされる。
    そんな時にモブリットが取った行動とは。

    モブリットがハンジさんを好きすぎて少々病んでリットしています。
    悲しい結末が苦手な方は、ご覧にならないほうがいいと思います。

    モブハン前提のリヴァハン要素少しありです。

  2. 2 : : 2015/07/30(木) 11:25:42
    王政から政権を奪還した兵団は次なる一手として、シガンシナの門の修復とウォールマリアの奪還、そして巨人の秘密が眠っているであろうエレン・イェーガーの生家の地下室への到達を目標として掲げた。

    エレンが産み出す特殊な鉱石のお陰で、カラネス区からシガンシナ区へのルートの探索も順調にすすみ、ついにその作戦が明日、決行されようとしていた。

    重要な鍵であるエレンを部屋まで送り届け休ませた後、男はある部屋へと向かっていた。

    男の行く先は、彼の直属の上司である第四分隊長ハンジ・ゾエの自室。

    明日の作戦の細部の確認のためである。

    彼の足は迷うことなく通いなれたハンジの部屋にたどり着いた。

    だが、扉をノックをしようとした手を止める。

    「ぁ……」

    扉の向こう側から微かに、だがはっきりと彼の耳に届いた声は、まぎれもなくハンジのものだ。

    長年連れ添ってきた彼がその声を認識できないはずはない。

    そしてそれは、彼は一度たりとも掛けられた事がない、背筋を撫でる様な艶やかな声色。

    彼は扉の前でノックをしようとした拳をぎゅっと握りしめ、目を伏せた。
  3. 3 : : 2015/07/30(木) 11:26:16
    一体何度、こうして上司の情事を扉の外で確認しただろうか。

    調査兵団へ入隊直後からハンジの側でずっと補佐についていた。

    ハンジはいわゆる変態を地でいく様な、一風変わった女であったし、補佐についた最初の頃は、何度も彼女から逃げ出したくなる衝動に駆られたものであったが、その気持ちに変化が訪れるのにさして時間はかからなかった。

    男にとってハンジ・ゾエは守るべき存在であった……自分の身を投げ出してでも。

    それが、突然地下街から掬い上げられてきた男にいとも容易くハンジを奪われてしまう。

    ずっと身を呈して守ってきたその存在を、間近で鮮やかに拐われた。

    そして今も、こうして目の前で自分より大切な存在を組み敷き犯している男、リヴァイ・アッカーマン。

    扉に隔たれていて実際に見ているわけではない、だがその映像は何故か鮮明に、彼の脳裏を席巻する。

    男、第四分隊副隊長モブリット・バ―ナーは、脳裏に描き出される上官同士の情事を振り払うべく、頭を数回振った。

    そしてため息をついてその場を後にした。
  4. 4 : : 2015/07/30(木) 11:27:41
    翌朝、調査兵団特別作戦班はシガンシナを目指しカラネス区より出立した。

    シガンシナへ少人数での夜間移動。
    事前に模索したルートに沿って馬で駆ける。

    特別作戦班のメンバーは、新リヴァイ班に第4分隊のハンジとモブリット。

    エレンの力を使い、壁を埋める事を第一の目標に掲げている。

    順調に行路を進んでいた矢先、多数の巨人に遭遇した。


    「多数の巨人が行路を塞ぐように群れています!」

    班員の叫びに一同どよめく。

    だがそんな班員たちを落ち着かせるように、ハンジが彼らを振り返った。

    「私が食い止めるから、エレンを必ずシガンシナの壁まで連れていってくれ!あとは頼む!」

    ハンジはそう叫ぶと、巨人の群れに突っ込んでいった。

    エレンを守るために自ら囮となり、巨人の注意をひくためだ。

    「ハンジ、まて!」

    そういって慌てて馬首を返して後を追おうとした作戦班の長であるリヴァイは、その行く手を阻まれる。

    「兵長、最優先はハンジ分隊長の命ではなく、壁の補修と、ウォールマリア奪還です。あなた無しではそれは叶いません。どうかエレンをシガンシナへ導いてください」

    リヴァイの行く手を阻んだのは、モブリットであった。

    リヴァイはしばし彼の表情を伺っていたがやがて頷くと、その言葉を信じて前を向いた。
  5. 5 : : 2015/07/30(木) 11:29:26
    モブリットはリヴァイ達が先へ進んだのを確認するや否や、囮になったハンジを追って馬を駆った。



    地獄絵図、そうとしか言えない状況に、彼は思わず絶句した。

    数体の巨人の群れの中で、今にも食われそうなハンジの姿。

    「ハンジさん!」

    彼は上官の名を叫んだ。

    その時モブリットの中で、なにかがぷつんと音をたてて切れた。

    とにかく必死で、食われかけているハンジに接近する。

    既にハンジは巨人の口にくわえられていた。

    「ハンジさん!!」

    モブリットはそう叫ぶと、ハンジをくわえている巨人に向かってアンカーを射出した。

    パシュッ

    立体機動装置が彼の体を宙に飛ばす。

    巨人に片足をくわえられ動かないハンジを視界に捉えながら、モブリットはスナップブレードを構えた。

    「ハンジさんを、離せ!!」

    モブリットは間一髪のところで巨人の口の腱を切り、ハンジを救出した。

    そしてそのまま馬を駆り巨人の群れを掻い潜った。
  6. 6 : : 2015/07/30(木) 11:30:24
    こうして九死に一生を得たハンジを腕に抱えながら、モブリットは思考を燻らせる。

    リヴァイ達の跡を追う、その選択肢を考えた時、ふと頭によぎったのは、昨夜のハンジとリヴァイの情事。

    そしてふとモブリットは、腕の中のハンジに視線を移す。

    彼女の顔色は土気色に変色していた。

    「ハンジさんっ?!」

    彼は馬を走らせながらハンジの下半身を見て慄然とする。

    彼女の左足、腿の中腹あたりに歪みができていて、そこから大量に出血していた。

    そこから下の皮膚の変色。

    それを見た時、モブリットはハンジに命の危険が迫っていると認識する。

    彼は決めた。

    リヴァイの後を追わずに、近くにあるであろう、以前に設営した拠点を目指し、そこでハンジの治療をしようと。
  7. 7 : : 2015/07/30(木) 11:30:55

    何故リヴァイの後を追わなかったのか。

    ハンジを一刻も早く治療してやらなければならないからだ、彼はそう言い聞かせる。

    だが彼のもっと心の奥深い所には、別の思いがあった。

    ハンジをもう、誰にも犯されたくはないという自分勝手な思い。

    彼はそんな自分自身の心に、違うと目を背けた。

    ハンジを自分の物にしようなどという事は許されない。

    彼女の知恵は、人類の希望なのだから。

    だがその反面、心の底から激しく彼女を欲していた。

    彼は二つの思いに揺さぶられながら、とにかくハンジの命を救う事を考え馬を駆る。
  8. 8 : : 2015/07/30(木) 14:30:02
    ハンジが目を開けた時、見覚えのない天井を視界に捉えた。

    「っつ……!」

    身体を起こそうとして唐突に走る、痛み。

    左足が痛い、そして何かが変だ。

    ハンジは掛けられていた毛布を捲って愕然とする。

    左足の腿の中腹から下が、無かった。

    「どう……して? 食われたのか、巨人に……っ」

    またしても痛みが走る、しかも無いはずの左足の先が痛む。

    顔を歪めて呻いたその時、扉が開いた。
  9. 9 : : 2015/07/30(木) 14:30:57
    「分隊長、大丈夫ですか?!」

    慌てて駆け寄ってくるその人物には見覚えがある。

    「モブリット……私、脚が」

    ハンジの震えるような言葉に、モブリットは何も言わず、目を伏せた。

    「巨人に食われたんだね……へましちゃったな……へへっ」

    力なく笑うハンジに、モブリットは思わず彼女を抱き締めたいと思ったが、その衝動にはぎりぎりで耐えた。

    「熱があります。まだ横になっていて下さい」

    「何日寝ていたの?」

    ハンジは副官の言う事などおかまいなしに、身体を起こしてそう尋ねた。

    「四日間、眠り続けていらっしゃいました」

    モブリットのその言葉に、ハンジは息をつく。

    「リヴァイたちは……?」

    今聞きたくはなかったその名前。

    だが上官の疑問に答えないような副官ではないモブリット。

    「リヴァイ兵長は、エレン達をつれて離脱なさいました。俺はそれを確認してからあなたを救出に……」

    モブリットの言葉に、ハンジは視線を鋭くする。

    「君は何で助けにきたんだ。何が最優先事項かわかるはずだ。私の命ではない。エレンを守り、シガンシナへ何としてでも到達する。それが……あっ…………」

    突如身体を折り曲げるハンジ。

    モブリットは慌てて彼女の口に薬を入れた。

    唇に水差しをあてがい薬を喉の奥へ押し流す。

    常備していた、きつめの鎮痛剤。

    それが尽きるまでに、痛みは治まるのだろうか……

    モブリットは内心心配しながらも、表面上は至って穏やかに応対するのであった。
  10. 10 : : 2015/07/30(木) 15:31:32
    痛みが収まったハンジに、モブリットは干し肉の切り身を食べさせた。

    「こんな物、あったんだ」

    「兵団拠点として、10年ほど前に借り上げられたツリーハウスなんですよ、ここは。ですので食糧も備蓄されていますし、ガスもあります」

    「ツリーハウス……そうか」

    ハンジは納得したように頷いた。

    当時ここウォールマリア領内はまだ人類の生活圏であった。

    調査兵団は各地に拠点を築き、そこに緊急用の食糧や兵器を保管していた。

    結果、ウォールマリアの崩壊によって、各地の拠点は放棄せざるを得なくなった。

    二人がいるツリーハウス……巨大樹の上に作られた小屋も、そうして打ち捨てられた拠点の一つであった。

    「あなたの体が回復するまでここで辛抱して、壁内へ戻りましょう」

    モブリットのその言葉に、ハンジは頷きながらも視線を下に落とした。

    「脚、無くなっちゃって……帰れるのかな」

    ハンジの瞳が、不安げに揺れた。

    「今はまだ無理でしょうけれど、体力が回復しさえすれば帰れますよ」

    「そう、だね。君がそう言うなら、きっと帰れるだろうね。君は私に嘘をついたことがないから」

    ハンジの言葉が、モブリットの心の奥底に突き刺さる。

    片足を失ったハンジの体で、立体機動が可能だとは思えない事。

    馬が一頭しかいない事。

    これらの事象だけでも、救援が来ない限りは壁内へ戻る事は不可能に近いと考えているモブリット。

    そして何より、彼自身がハンジをこのままここに置いておきたい……これ以上無茶をさせたくないし、自分だけの物にしたいと、そう願ってしまっていた。

    彼は自分自身のその考えに慄然としながらも、その欲求に抗う事が出来そうになかった。
  11. 11 : : 2015/07/30(木) 20:48:25

    「さあ分隊長、体力を戻すためにも、食べてください」

    モブリットはそう言うと、皿に盛った干し肉の切り身をフォークにさしてハンジに差し出した。

    開かれた口に、干し肉を投入する。

    味を確かめる様にゆっくり咀嚼する上官。

    細面の頬がその度に動く。

    そんな些細な動作でさえも、愛しいと思える。

    「美味しい」

    そう言って顔を綻ばせるハンジ。

    その表情は、彼の心を捕らえて離さない。

    彼女の全てに惹かれている自分。

    彼女に対する行き場の無い想いを、モブリットは常にもて余し続けていたのであった。
  12. 12 : : 2015/07/30(木) 21:07:45
    ハンジが意識を取り戻した日の夜。

    モブリットはハンジを残して、立体機動でツリーハウスを後にしていった。

    「夜じゃないと出歩けないか……そうだよね。ここは壁外だ」

    簡素なベッドに体を預けながら、ハンジは息をついた。

    ツリーハウスには、日持ちする食糧は腐敗防止のための酵母と共に保管されてはいたが、それがいつまでもつかはわからない。

    モブリットは新鮮な食糧を求めて、危険を顧みず外に出ていったのである。

    「無理してなきゃいいけど……いや、モブリットは無理しないか。無理してばかりなのは、私だ」

    ハンジは自嘲気味に呟きながら、なくなった左足を手で確認した。

    勿論あるべき所に足は無い。

    「もう……飛べないな」

    ハンジは天を仰いだ。
  13. 13 : : 2015/07/30(木) 21:55:38
    やっと壁を修復して、巨人の謎を解く鍵を手にすることが叶う時が来たというのに、それを自らの目で、自らの手で確認する事が出来そうにない。

    喉から手が出るほど欲しかった真実を、自ら手にしたかったのに……

    「いや、それは傲慢すぎるか。誰でもいいんだ、私じゃなくても……誰かが真実を明らかにしてくれたら。私の代わりは、いくらでもいるんだから」

    ハンジはそう言いながら、窓の外に視線を向けた。

    木々の間から月明かりが溢れて、暗い室内までも仄かに照らす。

    「マリア、塞げたかな……さすがにまだか。うまくいくといいな。リヴァイならうまくやるよね……っつ!」

    その時突然襲ってくる強烈な痛み。

    失ったはずの左足の痛み……幻肢痛だ。

    数日すれば収まるらしいが、ハンジはまだ時おりこの激しい痛みに苛まれていた。

    「ん……ぅぅっ……いってぇ……」

    何もないはずの左足を庇うように体を折り曲げながら、そこに手を伸ばす。

    痛む部分を押さえようにも、その部分は現実には存在しない。

    存在しない事を頭が理解していない事が、この幻肢痛の原因と言われているが、この痛みに対する薬はない。

    万力で足を潰されるような痛みに、ただ耐える事しかできないのであった。
  14. 14 : : 2015/07/30(木) 22:47:05
    「ん……」

    額に感じる冷たい感覚に、ハンジは目を覚ました。

    「ハンジさん、大丈夫ですか……?」

    目の前には心配そうな表情のモブリットがいた。

    「……あぁ。帰ってたのか」

    「はい。あなたは気絶しておられたので……かなり、痛むようですね」

    彼は沈痛な面持ちでそう言いながら、ハンジの額に乗せた布を取り上げ、たらいに浸した水に浸してしぼり、また額に乗せた。

    「そうだね……さすがにきついよ」

    「…………すみません」

    モブリットは何故かハンジに頭を下げた。
  15. 15 : : 2015/07/30(木) 22:47:29

    「なんで君が謝るんだい? なんか、すごく変な顔してるよ、モブリット」

    「……そんな事はありません、ハンジさん。それより、果物があったんですが、食べられそうですか?」

    モブリットがそう言って見せた袋の中には、赤くて丸い果物が数個入っていた。

    「リンゴか……美味しそうだね。食べようかな」

    「では直ぐに剥いて……」

    そう言って立ち上がろうとしたモブリットの手を握り、止める。

    「いいよ、剥かなくて。そのままかじるからさ」

    ハンジはそう言うや否や、袋の中のリンゴを手に取り手のひらで擦ったあとで、真っ赤なそれにかじりついた。

    「ん、うまい。蜜が沢山入っていて凄く甘いよ」

    「そうですか……それは良かったです」

    ハンジが見せた笑顔に、モブリットは釘付けになった。
  16. 16 : : 2015/07/30(木) 22:49:01

    この人のこの笑顔を守りたい。

    ただそれだけを願って今まで必死で戦い、生きてきたはずなのに。

    いつしかその思いのベクトルが別の方向へ傾いていった。

    その軌道を修正しようにも、立体機動のようにうまくはいかない。

    正そうと思えば思うほど、心に溜まった思いは反発するように溢れかえってゆく。

    彼女を自分のだけの物にしたい。

    叶うはずなどなかったその思いが、成就するかもしれないという状況に今まさに在る。

    手を伸ばせば届く所に彼女はいる。

    抱き締めようと思えば、簡単に叶う……その先も然り。

    彼女は抗う事が出来ない体になってしまったのだ。

    彼がいなければ、生きていけない状況なのだから。
  17. 17 : : 2015/07/30(木) 22:50:21

    「モブリット……怖い顔してどうしたんだい? なんか変だよ、君」

    ハンジの不思議そうな言葉に、モブリットは思考の海から現実へと戻った。

    「怖い……ですか? 分隊長」

    「あぁ……何となくだけどね。いつもとは雰囲気が違う気がしたんだ」

    ハンジはそう言って、モブリットの頬に手を伸ばし、そっと撫でた。

    擽ったそうに顔をしかめる副官の様子を見て、ハンジは何かに気がついたように口を開く。

    「わかったぞ。少し痩せたんじゃない? ほっぺの肉が少なくなって、顔がしゅっとしているもん。だからかー。いつももっと柔らかいもんね」

    「……そ、そんなに柔らかくないですよ」

    「君は……ちゃんと食べなよ? モブリット」

    ハンジは、確かに少し痩せた彼の顔を覗き込んだ。

    「あなたこそ、ちゃんと食べて下さい、分隊長」

    モブリットは間近にあるハンジの瞳にどぎまぎしながら、辛うじて言葉を発した。

    「食べたら足、生えてくるかなあ」

    「……それは」

    「わかってるよ、生えてくるわけないって事くらい。そんな顔するなよ、モブリット」

    ハンジは今にも泣き出しそうな表情のモブリットの頭を撫でてやりながら、苦笑いした。

    彼が自分の事を必要以上に心配するのは日常茶飯時であった。

    そんな彼を、先程漠然と怖いと感じたのは気のせいだと、ハンジは思うことにした。



  18. 18 : : 2015/07/31(金) 10:21:05
    翌日、ハンジが目を覚ました時、モブリットはベッドから少し離れた位置で雑魚寝していた。

    ツリーハウスには少し大きめのベッドが一つしかない。

    モブリットは当然の様にそのベッドに上官を寝かせ、自分は床で毛布にくるまっていた。

    彼の横には、棒のような長い物が転がっていた。

    ハンジは体を起こし、ベッドから降りようとしたが、やはり思うように体が動かない。

    ベッドから落ちそうになったので諦めて、体を起こすだけに留めた。

    「体……動かないなあ。体力消耗してるからかな。エルヴィンだって一週間動けなかったしな」

    ハンジは、勇敢に戦った末に隻腕となった上官を思い出し、視線を落とした。

    あの偉丈夫なエルヴィンでさえ、回復するのに時間がかかったのだ。

    じくじくと痛む傷口を覗けば、包帯から血が滲んでいた。

    「いっ……!」

    顔をしかめながら包帯を慎重に外すと、思いの外綺麗に縫合された傷口が目に入った。

    この処置も、何でも器用にこなすモブリットが行ったのであろう。

    「ほんとに、足が無いや……しかし見事な縫合だな」

    副官の手先の器用さは折り紙つきであるから、驚く程の事ではないが、意識を失った自分をここまで運び込んで、その上治療まで施した彼の機転に、ハンジは内心舌を巻いた。

    「まあずっと、私の無茶に振り回され続けてたら、機転も効くようにならざるを得ないか……ははっ」

    ハンジがそう呟いて笑った時、床に転がっていた背中がピクリと動いた。
  19. 19 : : 2015/07/31(金) 10:21:41
    「……ハ、ハンジさん?」

    「ごめん、起こしたかい? モブリット」

    目を擦りながら体を起こしたモブリットに、ハンジはそう声をかけた。

    「あ、いえ……目が覚めただけです。あ、足! 大丈夫ですか?!」

    モブリットはハンジの姿を見るや否や、慌てて飛び上がりベッドに駆け寄った。

    「大丈夫だよ。血が滲んでいたから、包帯を換えようかと」

    「す、すみません、直ぐに巻き直しますから!」

    モブリットはそう言うと、慌てた様子で部屋を動き回り、軟膏と包帯を手にしてまた戻ってきた。

    「綺麗に縫合されてる……流石だね。医者顔負けだよ」

    「そんな事は無いです……失礼します」

    彼の手は遠慮がちに左足に触れながら軟膏を塗り、丁寧に包帯を巻いていく。

    その手際の良さも見事なものだ。

    彼の優れた能力は、エルヴィンやリヴァイ、ハンジらの影に隠れてあまり見えないが、実は何でもオールマイティにこなす、優秀な兵士であった。

    その能力のほぼ全てを、自分のために使ってくれていると、ハンジは自覚していた。

    ただそこに、男女としての情愛がある事については思い至ってはいなかった。

    何故なら彼は、自分との距離をある一定の所に保ち、それ以上近づこうとはしなかったのだ。

    彼はよき部下であるし、彼も自分をよき上官だと思ってくれている、ただそれだけだと、ハンジは感じていた。
  20. 20 : : 2015/07/31(金) 10:22:04

    「痛み……少しましになったよ」

    「そうですか……良かったです。薬を飲んだら、また休んで下さいね」

    包帯を巻き終えたモブリットが、胸ポケットから取り出した薬をハンジに手渡した。

    ハンジがそれを口に放り込むと、すかさずモブリットはコップを彼女の口に宛がう。

    水くらい自分で飲めるのにと言いたかったハンジだが、彼の表情が真剣そのものであったから、言葉を飲み込んだ……流し込まれる水と共に。


  21. 21 : : 2015/07/31(金) 16:54:39
    こうして隻脚となったハンジは、モブリットの献身的な介護を受けながら、ツリーハウスで日々を暮らすことになった。

    今までのトラブルだらけで嵐の様な生活とはうって変わって、穏やかな時の流れの中で、特に何に追いたてられる事もなくゆるりと一日が過ぎる。

    モブリットは夜には出ていくし、昼間はハンジの看護と、生活必需品や食料確保のための罠を作ったりと、暇をもて余すような事はない。

    暇なのは動けないハンジだけであった。

    ハンジとて、何かしたいと思う気持ちは持っていた。

    何せ今まで生き急いできた彼女だ……一日ベッドに座ったまま過ごすなど、耐えきれるはずがない。

    だが、彼女の体は彼女自身が想像した以上に自由が効かない。

    体を起こす事は出来ても、ベッドから降り立つなど不可能であった。

    今夜もモブリットは、外へ出ていった。

    もうここにきて数週間は経つが、未だに巨人の姿を付近で目撃するらしい。

    マリアを防ぐ作戦は失敗したのだろうか。

    いや、成功したとしても、すぐに巨人が消滅するとは限らない。

    地下室には何があったのだろうか。

    巨人の謎は全て明るみにでたのであろうか。

    ハンジの脳内には様々な事象が駆け巡っていた。
  22. 22 : : 2015/07/31(金) 16:55:20
    「体が言うことをきけば……なぁ」

    ハンジは拳を握ったり開いたりを繰り返しながら呟いた。

    こんな些細な動作でも、思うように力が入らない。

    脚だけでなく、背中も負傷しているのかもしれない。

    もう、一生寝たきりになるのか……ハンジはそう思い至って、ぎゅっと唇をかんだ。

    苛立ちがつのり、作った拳で左足の太股を何度も殴る。

    「何で、皆頑張ってる時に、私はこんな所で、何をしてるんだ……よっ、痛っ」

    ついに痛みに耐えきれず、瞳から涙を溢す。

    「私、バカだな……はは、情けない…………」

    ハンジはぽろぽろと涙を流しながら、自嘲気味に笑ったのであった。
  23. 23 : : 2015/07/31(金) 16:55:51

    しばらく涙を流していると、ツリーハウスの入口で物音がした。

    ハンジはその気配に慌てて横たわり、目を瞑った。

    カチャ……微かな音が耳に入ってくる。

    荷物を置くような音に続いて、足音が近づいてくる。

    ハンジは泣いていた事がバレないように、顔を枕に伏せて隠している。

    微かに背中に感じる、人の気配。

    毛布がふわりと体に被せられる。

    ふぅ……と安堵する様な息の音が聞こえた。

    そしてまた、遠ざかる足音。

    ハンジも内心、安堵の息をついた。

    彼に心配は掛けたくはないし、弱いところを見せたくもなかった。

    こんな体になっていても、自分は彼の上官だというプライドが、彼女にそうさせていた。

    ハンジは今夜も心の中にもやもやを抱えながら、眠りについた。
  24. 24 : : 2015/07/31(金) 19:39:57
    やがてハンジは、体をベッドから降ろして、自分の脚で立てるようになった。

    モブリットが作ってくれた杖と、リハビリのお陰だ。

    平衡感覚が保てずすぐに座り込んでしまうが、それでもベッドに座ったままよりは随分充実した日々を送れるようになった。

    だが、ハンジは部屋の中を歩くだけのその生活にも、やがて飽きてくる。

    どうしても、もう一度飛びたいとそう願うようになっていた。

    モブリットに立体機動をしてみたいと頼んだ事があるが、無茶だと即却下された。
  25. 25 : : 2015/07/31(金) 19:40:33

    ある夜の事、モブリットが出払ったのを見計らったハンジは、整備済みの自分の立体機動装置を装着した。

    左足が無くとも、右足だけで圧に耐えられる……机上の理論ではそう答えが出ていた。

    ツリーハウスの扉をゆっくり開け、久々の外の空気をゆっくり吸い込み、体に取り込む。

    グリップを握ると、何処までも行けるような、そんな高揚感に身体中が満たされて震えた。

    「モブリットは無理だって言ってたけどさ……あの子は心配性だからな。絶対に大丈夫さ」


    ハンジはそう一人ごち、慣れた手つきで、近くの木に向かってアンカーを射出した。

    パシュッ

    体がぐんと慣性に引かれて跳ぶ。

    そして目標地点に着地しようと脚を出したその時であった。

    急に左足の傷が軋むように傷んだ。

    「っ!?うわっ!」

    痛みに気をとられて片足での着地に失敗し、アンカーが刺さったまま、巨大樹に吊るされ振り子のように体を振られた。

    そして、木の幹にしこたま背中をぶつけてしまい、意識を飛ばしてしまったのであった。
  26. 26 : : 2015/07/31(金) 20:54:08
    「……さんっ、ハンジさんっ!」

    ハンジが意識を取り戻したのは、巨大樹の幹の上だった。

    副官に抱き抱えられ、頬をパチパチと叩かれていた。

    「ぅ……モブ、リット」

    ハンジがその呼び掛けに返事をすれば、モブリットは深く息をついた。

    「あなた、何て無茶を……あれほどお止めしたはずなのに」

    「へへっ……バレてしまったか」

    ハンジは全く悪びれる様子もなく、にやりと笑みを浮かべた。

    「……」

    モブリットはそんなハンジの様子に、何も言わずただため息一つついて、上官を抱き上げた。

    ハンジがちらりと彼の横顔を伺うと、何時もとは随分違う、厳しい表情の副官を目の当たりにした。

    「(こりゃ、かなり怒ってる……かな)」

    ハンジは内心肩を竦めると、立体機動するであろう副官の背中に腕を回してしっかりしがみついた。

    彼の不機嫌はそんなに長くは続かない。すぐに元の優しくて気弱ないつもの彼に戻る……今までの経験則からすればそう予想が出来た。

    だが、ハンジのある言葉がきっかけで、その経験則が崩れる瞬間が訪れようとは……ハンジにも、モブリットにも予想が出来なかった。
  27. 27 : : 2015/08/01(土) 08:51:59
    無事ツリーハウスに帰還し、背中の打ち身を手早く処置してもらうと、ハンジはベッドに寝かされた。

    「もう、立体機動はなさらないで下さい。お願いします」

    モブリットの震えるような声は、辛うじてハンジの耳に届いた。

    ハンジはそんなモブリットに、彼が心配してくれているとわかっていながら、苛立ちをつのらせた。

    「何でやったらいけないんだよ。ちょっとミスっただけだろ? 私だって兵士だ。飛べなきゃ意味ないじゃないか。だから訓練のつもりで……」

    「訓練のつもりならば、何故俺の目を盗んで行うんですか? 万が一木の下に落下なんかしたら、あなた食われて死にますよ?」

    モブリットの至極もっともな発言に、ハンジは頬を膨らませた。

    「目を盗まなきゃ、飛ばせてもらえないじゃないか。何回頼んでも却下されるしさ」

    「今はまだ無理だと言ったはずです。まだ歩けるようになって間もないのに、立体機動で片足着地は不可能です」

    「出来るさ! 私はバランス感覚には自信あるしね!」

    ハンジはガバッと体を起こすと、ベッドの脇に立つモブリットの胸のベルトをぐいっと引っ張った。
  28. 28 : : 2015/08/01(土) 08:54:41
    彼は一瞬体を揺らしたが、倒れ込むような事はなく、じっとハンジを見据えた。

    「無理です、ハンジさん。あなたはもう、飛べません」

    副官から告げられた、冷酷な現実。

    頭の奥底ではわかっていた事実。

    理解したくなかった、目を背けたかった。

    ハンジはぐっと歯を噛み締めた。

    悔しさで顔が歪ませながら、尚も副官を睨み付ける事を止めない。

    「それなら、死なせてくれ。飛べないなら、戦えないなら、私は存在する意味がない。私は全て失った。調査兵としてやっていけないなら、私は自分が必要じゃない。いらないんだ、こんな私は、誰も、必要とはしない!」

    今まで見せた事が無いような冷ややかな眼差しを彼女に向けながら聞いていたモブリットは、胸のベルトにかかったハンジの手を取り、握りしめた。

    「誰も……と言うのは、兵長の事、ですか?」

    「……ああ、そうだ。リヴァイや、エルヴィンやあの子達の事さ。ああ、もう殺してくれ、モブリット。君一人なら、馬もあるし立体機動だって出来る。壁内へ帰れるだろ? 私はもう、無理だ。ここに放っておいてくれ!」

    ハンジの叫びにモブリットは、彼女の手を握る自分の手に更に力を込めた。
  29. 29 : : 2015/08/01(土) 08:57:09
    「……あなたは、俺が守る。そう決めていた。初めて会った日から、ずっと……放っておくなんて、出来ません」

    モブリットの絞り出すような声に、だがハンジは首を振る。

    「守ってくれなんて、頼んだ覚えはない、 迷惑だ! 止めてくれ……私をもう、放っておいてくれよ! 出ていってくれ!」

    ハンジの悲痛な叫びに、モブリットは顔を歪ませた。

    「迷惑……それでも俺は、あなたを守りたい。それが許されないのなら……いっそ……」

    モブリットはそう呟くと、唐突に身を屈めてハンジの唇を奪った。

    驚き目を見開くハンジは、あれよあれよという間に副官に馬乗りにされた。
  30. 30 : : 2015/08/01(土) 11:03:00
    「な、何をするんだよ!」

    「あなたを守りたかった。ずっと、そう思い続けていた。それなのにあなたは、簡単に他人に体を許して、挙げ句の果てに死にたいだなんて……そんな勝手な事は、俺が、許さない」

    自分を見据える、冷酷な光を宿す副官の瞳に射竦められたハンジは、ただならぬ雰囲気に身を縮める。

    「モブリット……っん!?」

    彼に冷静さを取り戻させようと、言葉を発したその瞬間、またしても口を塞がれる。

    執拗に口腔内を犯してくる副官を、何とか押し退けようと彼の肩を両手で押し上げようとするが、逆にその手は、彼の片手によって頭上に束縛されてしまう。

    「ん……っ」

    いやいやと言いたげに、顔を振って唇を離そうとするが、彼の手がハンジの顎にかかってそれすら許されない状況に陥る。

    やがて息苦しくなったハンジが、目でそれを訴えると、モブリットはやっと彼女の唇を解放した。

    自分の上で口を拳で拭うモブリットに、
    ハンジは文句の一つでも言ってやろうと口を開いた……その時。

    「あなたが、悪いんです」

    モブリットは冷たくそう言い放つと、ハンジの首筋に顔を埋めた。

    「モブリット? ちょっと待っ……ぁ」

    首筋を這うざらりとした感触に、意図せず声が漏れる。

    忘れかけていた感覚が呼び戻されて、背筋が震える。

    だが、その感覚を彼女に与え続けていたのは、彼ではない。

    彼は部下だ、それ以上でもそれ以下でもなかった、ハンジの中では。
  31. 31 : : 2015/08/01(土) 11:03:26
    「モブリット……だ、だめだよ、こんな、あっ……」

    上官のその声は確実にモブリットの耳に届いていた。

    だが彼に止まる意思はない。

    ハンジの耳を念入りに舐め上げながら、彼の手は上官の上衣のボタンを手早く外していく。

    下着を些か乱暴にはぎとり、露になった胸の双丘に躊躇いなく掌を押し付けて、まるでスポンジを握るかの様に強く揉み拉いた。

    「いや、嫌だ……止めて」

    ハンジの懇願に、何時ものモブリットであれば直ぐに言うことを聞いたであろう。

    だが今の彼には、上官の弱々しい懇願の言葉、涙を溜めた瞳、それすら興奮の材料にしかならなかった。

    長い間抑え込めていた思いの河が決壊したその時、その流れは激流となってハンジもろとも彼を溺れさせる。

    彼は必死に、ハンジの随分肉の落ちた体を掻き抱いた。

    ハンジを失う事など考えられない。

    もう、誰にも犯されたくはない。

    自分だけを見て欲しい。

    全ての想いが彼の体を突き動かしていった。
  32. 32 : : 2015/08/01(土) 12:29:32

    ハンジは強引に事を成そうとする部下に、最終的には自ら身体を開き、彼を受け入れた。

    彼が最初ほど乱暴にはしなくなった事と、その瞳に何処か寂しげな光が宿っている様に見えたからだ。

    あなたが悪いんです、という彼の言葉が、ハンジの胸に深く突き刺さっていたのもある。

    大人しく従順な彼をここまでさせる原因は、確実に自分にある、それを認識した。

    モブリットの物を迎え入れた瞬間、ハンジはそっと彼の頬を撫でた。

    その時のモブリットの顔を、ハンジは脳裏に焼き付けた。

    後悔のためか、今にも泣き出しそうに歪んだ、忠実だった副官の表情を。

    「モブリット……いいよ、好きにして」

    ハンジは彼に微笑みかけながら、小さな声でそう発した。

    ハンジの許可を合図に、モブリットは彼女の奥を掻き乱すべく、自身を何度も突き入れる。

    最後は長年の思いと共に、ハンジの中に全てを放出した。
  33. 33 : : 2015/08/01(土) 20:45:55
    全てが終わるとモブリットは、直ぐ様ハンジに衣服を着せた。

    汚れた下半身を丁寧に拭きとるが、彼女の中からは後から後から、白濁した液体が流れ出てくる。

    彼がそれを全て掻き出そうと指を宛がおうとした時、ハンジがそれを止めた。

    「いいよ。そんな事しなくて」

    「ですが……」

    「今日はこのまんま寝るから」

    ハンジはそう言うと、下着を着けぬまま横になり毛布を被り、そして彼に背を向けた。

    「……すみません、ハンジさん」

    モブリットの今にも消え入りそうな声の謝罪に、ハンジは何も言わずに目を閉じた。

    彼が自分から遠ざかる足音を耳にしながら、ハンジは違和感の残る下腹部の中心に手を伸ばす。

    未だにそこは、彼が自分の中で放出した精液のせいなのか、はたまた自分の愛液のせいなのか、濡れていた。

    そっとそこを指でなぞれば、先程の行為の名残か、快感がいとも簡単に訪れる。

    「……ん」

    副官が施した行為で十分に快楽を享受したはずなのに、久々の行為はハンジの身体を女に戻した。

    何度も指でなぞり擦り合わせ、自身でまた、絶頂を手繰り寄せたのであった。


  34. 34 : : 2015/08/01(土) 20:46:20
    その日から、モブリットは滅多にハンジに触れなくなった。

    勿論、夜の営みはそれっきり。

    包帯をしかえる時は最低限に触れてくるが、着替えや行水中は絶対に部屋に入ってこなかった。

    それどころか彼は、ベッドから一番遠い壁際の床で、ハンジに背を向けて寝るようになった。
  35. 35 : : 2015/08/01(土) 20:47:10

    ある夜、ハンジはそっとモブリットが眠る部屋の隅に歩み寄った。

    彼の顔を覗くと、少し痩せたのか頬が一回りほど小さくなっている様に感じた。

    「気を使ってるんだよね……きっと。君の事だから」

    あの夜の一件以来、モブリットは目に見えて元気を無くしていた。

    食欲も無く、いつも外をぼんやりと見つめる様になった。

    勿論夜は果物をとったり、川魚の仕掛けを確認しに行ったりしている。

    そのくせ、あまり食べ物を口にしないものであるから、痩せて当然なのだ。

    「……ちゃんと食べなきゃ、駄目だよ、モブリット」

    ハンジはそう呟くと、彼の顔の前に綺麗に磨いたりんごを置いて、またベッドに入った。

    「……守りたかった、か」

    ハンジは彼が発したその言葉の意味を噛み締めるように、ゆっくり呟いた。
  36. 36 : : 2015/08/01(土) 20:47:29

    彼は自分を守りたかった、いろいろな意味で。

    そんな彼の気持ちを知らなかったとはいえ、今までの自分の行動が至らなかった事には変わりない。

    彼の間近で、何度もリヴァイと情事を交わした。

    ハンジにとってリヴァイは、恋人という存在ではない、あくまで一番わかり合える戦友だ。

    身体の関係があったのは事実であるが、それは互いの欲を満たすためだけの行為だ。

    少なくともハンジはそのつもりであった。

    自分にまともな恋愛が出来るとは思わなかったし、そんなものを求めてもいなかった。

    身体など、欲しいやつにくれてやってもいいくらい、価値が見いだせなかった。

    だが、モブリットはそう考えていなかった。

    彼は自分の身体も心も性格も成し遂げたい夢も、全てを大切に思ってくれていたのであろう。

    彼はまっとうな心を持つ、普通の人間だ。

    そんな彼の誠実な思いを踏みにじったのは自分なのに、彼にその事を伝えられない。

    それでいいんだと、ハンジは自分に言い聞かせる。

    彼にはまっとうな人と、まっとうな人生を歩んで欲しい。

    「でも……巻き込んだのは、私だ」

    ハンジは深く息をついた。
  37. 37 : : 2015/08/01(土) 22:22:15
    モブリットが翌朝目覚めると、目の前に赤い何かが目に飛び込んできた。

    目を擦りながら身体を起こすと、赤い物がりんごだと確認できた。

    小さな布の上に置かれているりんご。

    その布は、ハンジがいつも使っているハンカチだった。

    「ハンジ……さん」

    モブリットはりんごを両手できゅっと握った。

    酷い事をした自分を怒る事も蔑む事もせず、こうして優しさを見せるハンジに、モブリットは深々と頭を下げた。

    もう二度と、ハンジにあの様な事はしないと心に決めて。

    だが、またしても運命は、皮肉に舵を切る。
  38. 38 : : 2015/08/02(日) 09:15:35
    一月、また一月とつつがなく毎日を過ごしていたある日の事だった。

    ベッドに座っていたハンジが、モブリットを呼んだ。

    「お呼びでしょうか、ハンジさん」

    「ああ、モブリット、そこに座って」

    モブリットはハンジの言う通り、ベッドの脇の椅子に腰をおろした。

    「どうされましたか、ハンジさん」

    モブリットはハンジのいつになく真剣な眼差しに、怪訝そうに首を傾げた。

    「モブリット、落ち着いて聞いて欲しい。いいかい?」

    「……はい、ハンジさん」

    モブリットはハンジの言葉に、ごくりと生唾を飲み込んだ。

    「実はね、もう二月、来ないんだ、月のものが」

    「…………」

    「多分、できたと思う」

    ハンジはそう言いながら、下腹部を撫でた。

    「…………できた?」

    「まさか、誰の子とか聞かないよね? 」

    「もしかして、いや、まさか、でも……」

    ただ一度だけ身体を交わしたあの時に、勢いのまま中に出した、その事をモブリットが忘れるはずがない。

    「最近、体がだるいし何かおかしかったんだ。風邪かと思っていたけど……妊娠するとそうなるって聞くからさ。まだわからないけど、多分できてる」

    ハンジの言葉に、モブリットは椅子から飛び上がって床にひれ伏した。

    「す、すみません、すみません、ハンジさん! 俺は、何て事を……」
  39. 39 : : 2015/08/02(日) 09:15:59
    「私、産むよ。いいよね?モブリット」

    モブリットは恐る恐る顔を上げた。

    決意を固めた強い輝きを宿す、美しいハンジの瞳が、自分をまっすぐ見据えている。

    「ですが……それは……」

    モブリットは、ハンジを強引に抱いた事をずっと思い悩んでいた。

    言葉を飾る必要などない。

    上官を無理矢理抱いた、強姦したのだ。

    その上孕ませた。

    そんな愛の無い行為でできた子を産むなど……

    モブリットがそう考えを巡らせていた時、ハンジは静かに口を開いた。

    「確かに合意の上での行為ではなかった。でもそんな事、この子には関係ない。 折角宿ったなら、私は産んでやりたい。この身体だから、もしかしたら流れてしまうかもしれないけど……でも、産みたい」

    「ハンジ、さん……」

    「勿論、私は君に生かされている身だ。君がだめだと言えばおろす。君に判断を委ねるよ」

    モブリットは、今にも泣き出しそうな表情をハンジに向けた。

    「生かされているだなんて……俺は、あなたに好きにしてもらいたいと……」

    「なら、産んでもかまわないよね?」

    「………………はい、ハンジさん。仰せのままに」

    モブリットがそう言って頭を垂れると、ハンジはベッドから降りてしゃがんだ。

    「ありがとう、モブリット」

    そう言って頬を撫でるハンジに誘われるように、モブリットは頭を上げた。

    「大事になさって下さいね」

    「ああ、無茶はできなくなったな……ははっ」

    ハンジは久々に笑った。

    モブリットはハンジのその笑いに、心が解きほぐされていく様に感じた。
  40. 40 : : 2015/08/02(日) 18:00:27
    穏やかな日々が過ぎる。

    ハンジはやはり妊娠しており、時が経つにつれ、腹が少しづつ目立ち始めた。

    モブリットはハンジのために少しでも栄養のある食事をと、肉や魚をとってきては焼いて食べさせた。

    相変わらずモブリットは、ハンジの身体に殆ど触れる事はなく、寝る時もできるだけ距離をとっていたが、それ以外はいつも通り、甲斐甲斐しく身重のハンジの世話をしていた。
  41. 41 : : 2015/08/02(日) 18:00:46

    そんなある日の事だった。

    ベッドに座って小さな靴下を編んでいるハンジを、部屋の隅から眺めながら、モブリットはペンを走らせていた。

    「……モブリット、何描いてるの?」

    「あっ……いえ、何も……その、たいした物では……」

    「へえ、私ってたいしたものではないんだね。まあそうだけどさ」

    ハンジが頬を膨らませる振りをすれば、モブリットは慌てた様子で立ち上がり、ベッドに歩み寄ってきた。

    「いえ、そう言う意味ではなくて……」

    「いつも、私を描いてたんだろ? 見せてくれよ」

    ハンジは、モブリットが胸に抱くスケッチブックを指差してそう言った。

    「そ、そんな……お見せする程では」

    「早く見せて」

    ハンジの再三の請求に、モブリットはしぶしぶスケッチブックを手渡した。

    ハンジは一枚一枚、ページをめくっていく。

    そこには、少しづつお腹が大きくなるハンジの姿が描かれていた。

    「ハ、ハンジさん……もう、いいですか……?」

    モブリットは顔を真っ赤にしながら、スケッチブックをハンジの手から奪おうとした。

    「もう少し……」

    ハンジは、先程まで編んでいた靴下を握りしめながら、まさにそのシーンを描いているページを、食い入るように見つめていた。

    スケッチブックのどの絵の自分も、穏やかな笑みを浮かべて、幸せそうに描かれていた。

    ハンジは、自分が今幸せであるのだと、絵を通して初めて認識したのであった。


  42. 42 : : 2015/08/02(日) 21:37:36
    こうして、数ヵ月穏やかな日々が過ぎ、ハンジのお腹は最高潮に膨れ上がってきていた。

    たまに起こる微弱な陣痛が、出産の時が近い事を示していた。

    だが、ハンジには不安があった。

    いくら食べても、自分の身体に肉がつかない事。

    すぐにふらついてしまう事、顔色が良くない事。

    出産に耐えられる身体ではないのかもしれない。

    片足を切断した後も、きちんと医療を受けたわけではない。

    在り合わせの薬で辛うじて乗り切ったにすぎない。

    そうした不安を感じているのはモブリットも同様ではあったが、彼は一切ハンジを不安にさせるような事は言わなかった。

    一抹の不安を抱えながら、ハンジは初めての出産に挑む。
  43. 43 : : 2015/08/02(日) 21:40:06
    その時は突如訪れた。

    モブリットが夜の狩りに出掛けてから数時間後、ハンジはお腹から腰にかけての激痛に目を覚ました。

    定期的にやって来るその痛みは、徐々に強く、長くなっていく。

    「う、痛い……痛い……」

    ハンジはベッドで腹這いになったり横になったりしながら、何とか痛みを逃がそうとしたが、やがて身体すら動かせないほど陣痛が切迫する。

    「私、死ぬ……かも……痛い、よ……」

    何とか痛みを逃がそうと息をつきながら下腹部に手を伸ばすと、何かフワッとした物が指先に触れた。

    「髪の毛……?赤ちゃん出てきてるのかな……っ痛」

    ハンジが更に痛みを感じていきんだ時、部屋の扉が開いた。

    「ハンジさんっ?! 」

    ベッドで苦しむハンジを目の当たりにして、慌てて駆け寄ろうとしたモブリットであったが、森を飛び回った身体である事に気が付き、直ぐに服を脱いで着替えつつ、湯を沸かした。

    綺麗に手や身体を拭いた後、急いでハンジの元に駆け寄った。

    「モブリット……後、少し……かも」

    ハンジはモブリットに手を伸ばした。

    モブリットはその手をしっかりと握りしめた。

    「お一人で、よく耐えましたね、ハンジさん……ええ、後少しです、頑張って……」

    ハンジは痛みに耐えながら、モブリットの手を握り返した。
  44. 44 : : 2015/08/02(日) 21:40:26

    それからしばらくの後、ハンジは元気な女の子を無事出産した。

    臍の緒を切り、産湯につけ、洗いざらさしのタオルで産まれたばかりの赤ちゃんを優しく拭き取り、ハンジの胸に置いてやると、赤ちゃんは直ぐに胸を口で探って吸い始めた。

    モブリットはそれらを手際よく行った後、まるで操り人形の糸が切れたように、その場に膝から崩れ落ちた。

    「モブリット……大丈夫かい?」

    「……はい、ハンジさん……おめでとうございます……」

    モブリットは座り込んだまま、ハンジに頭を下げた。

    「可愛いよ……私、産んで良かったな……本当に、可愛い」

    ハンジは、自分の胸に必死に吸い付く小さな命に、慈愛のこもった眼差しを向けながら呟いた。

    モブリットはそんなハンジの様子に、ふらつきながらもスケッチブックを棚から探りだし、ペンを走らせ始めた。

    逃してはならない瞬間を目に焼きつけるだけではなく、絵に残しておこうと、必死で……
  45. 45 : : 2015/08/03(月) 08:32:48
    無事に女の子を出産したハンジは、乳を出すために懸命にいろいろな物を食べた。

    お陰で乳の量自体に不足はなかったが、ハンジの体は目に見えて痩せていった。

    処置を施した下腹部からも悪露がなかなか止まらない。

    だが、ハンジは幸せそうだった。

    事前に作っていた産着を着せて、靴下を履かせて、一番大切な宝だと言いながら、赤ちゃんをずっと抱いていた。

    その様子も、モブリットは克明に絵に記録していた。

    日が経つにつれ、赤ちゃんは確実に大きくなっていったが、ハンジはその逆を辿っていた。

    モブリットはとにかく栄養のある物を、ハンジに必死で食べさせていた。

    だがその食事すら、彼女の体は受け付けなくなっていった。
  46. 46 : : 2015/08/03(月) 08:33:18
    ハンジは、自らの命が後わずかであると感じていた。

    腕に抱くこの子を、大きくなるまで育てることが叶わない、この子の成長を見ることが出来ない事を、自分自身で悟っていた。

    モブリットは、そんなハンジのために子育てにも積極的に関わった。

    抱いたり、風呂にいれたり、おむつをかえたり、父親としての役割全てを完璧に全うしていた。

    夜は狩りに出かけ、帰ってくれば少し寝た後またハンジの子育てを手伝う。

    ハンジは、疲れて眠るモブリットを見てふと思い付き、彼のスケッチブックを手に取った。

    そして目を閉じると、モブリットが赤ちゃんを抱いて必死にあやす姿が脳裏に思い浮かぶ。

    彼女は目を開き、微笑みを浮かべると、ペンを走らせはじめた。
  47. 47 : : 2015/08/03(月) 12:10:18
    やがて、逃れようの無い運命の時が残酷にもやって来る。

    痩せ衰えたハンジは、ベッドから身体を起こすことすら出来なくなっていた。

    ハンジは、赤ちゃんを抱くモブリットを枕元に呼んだ。

    「ねえ……モブリット。わ、私……話せるうちに、君に話しておきたい事が……あるんだ……」

    「はい、なんでしょうか、ハンジさん」

    モブリットはベッドの側の椅子に腰をおろして頷いた。

    「私……もう長くない……から、この子、よろしく頼む……よ」

    「な、何を仰っているんですか……あなたがいなければ、この子は……」

    「私が死んだら、この子と一緒に壁内へ戻って……お願い、最後のお願いだから」

    ハンジの弱々しい声に、モブリットは首を振る。

    「あ、あなたが死ぬなら俺は、俺は……」

    「モブリット、君しかいないんだ。この子を壁内へ連れていけるのは……わかるだろ……?ね、お願いだから……」

    モブリットの瞳から流れ落ちる涙を掬いながら、ハンジは笑みを浮かべた。

    「俺は……あなたを、あなただけを……愛しています」

    「ありがとう、モブリット。嬉しいよ……わ、私も……君を……愛している。それにようやく気が、ついた……遅かった、けど……」

    モブリットは、自分の頬に触れるハンジの手を、ぎゅっと握りしめた。

    「そんな……違う、俺は、あなたに酷いことをした……それが許されるはずが、ありません。兵長にも、申し訳がたちません……あなたが愛していたのは……」

    「私が、愛していたのは、君だ。違わない、嘘じゃ、ないよ……こんな間際にしか言えなくて、本当にごめん……」

    ハンジはそう言うと、瞳にうっすら涙を浮かべた。
  48. 48 : : 2015/08/03(月) 12:11:21
    モブリットは腕に抱いた赤ちゃんをそっと、ハンジに抱かせてやった。

    「ハンジ、さん……俺は……」

    「泣いたら駄目だよ? この子に、笑われるよ……?ねえ、モブリット……お願い。笑ってくれないかな?私、君が笑った顔、見たこと無いんだ……そういえば。私は酷い、上司、だっ……た、ね」

    ハンジがそう言ったが、モブリットは首を振る。

    「わ、笑うなんてできません……」

    「お願い、ほら、この子に笑いかけるみたいに、私にも、して……くれよ」

    ハンジは渾身の力を振り絞って、モブリットに笑顔を見せた。

    モブリットは、ぎゅっと唇をかんだ後、ハンジの手を握りながら、ふわりと笑みを浮かべた。

    「……笑った。可愛い、笑顔だ。この子は君に、そっくり……だ。もっと、よく、見せて」

    「……はい、ハンジさん」

    モブリットが顔を近付けると、ハンジはふぅと息をついた。

    「モブリット……愛してるよ。本当に、幸せだった……あり……がとう……」

    ハンジはそう言うと、目を閉じた。

    握った手から、力が抜ける。

    「ハンジ、さん……ハンジさん!? い、逝かないで下さい……俺は……」

    微笑みを浮かべるハンジの唇に、モブリットは自分の唇を落とした。

    まだ柔らかくて、まだ温かいのに、大切な人はもう、二度と目を開かない。

    「ハンジさん、愛しています……ハンジさん……」

    あの夜以来触れることが出来なかったハンジの身体を、強く抱き締めながら、モブリットは止めどなく涙を流した。
  49. 49 : : 2015/08/03(月) 12:11:38

    「だぁ……だぁ」

    ふと、ハンジの傍らにいる赤ちゃんの声に、モブリットは現実に引き戻される。

    「……この子だけは、守る」

    モブリットはそう決心すると、旅支度を手早く整え、赤ちゃんを抱いた。

    「……ハンジさん、少し待っていて下さいね。すぐに……戻りますから」

    モブリットはハンジの頬に触れてそう呟くと、ツリーハウスを飛び出していった。
  50. 50 : : 2015/08/03(月) 12:13:00
    ウォールローゼ内のトロスト区。

    調査兵団兵舎のある一室を、モブリットはノックした。

    真夜中の客に、部屋の主は扉を開けた瞬間目を見開いた。

    「モブリット……お前、今まで何処に」

    「リヴァイ兵長、お願いがあります。この子を、育てて頂けないでしょうか」

    モブリットはリヴァイの言葉に答える前に、赤ちゃんを押し付けた。

    「……待て、先に事情を説明しろ。何処にいた、何をしていた、この子はなんだ」

    「……ウォールマリア内のツリーハウスにいました。ハンジさんが脚を失って動けなくなったので、そこで生き永らえていました。この子はハンジさんが産んだ子です」

    モブリットは矢継ぎ早にリヴァイの質問に答えた。

    「ハンジと……お前の子か」

    「……はい、すみません、兵長。では、この子をよろしくお願いいたします」

    そう言って踵を返すモブリットの腕を、リヴァイがすかさず取った。

    「まて、ハンジはどうした」

    「……先ほど亡くなりました。産後の日達が悪く、脚のせいからか体力も回復せず……」

    「……死んだのか。案内しろ、モブリット」

    リヴァイの凄みに、だがモブリットは首を縦には振らない。

    「あなたはまだ、やらなければならない事がある。今むやみに壁外へ行けるような立場ではありません」

    「ならばお前もここに残れ。優秀な兵士が一人でも欲しい。だいたいお前が父親なら、お前が育てるべきだろうが」

    「……俺は、無理です。ハンジさんのところに、いかなければ……兵長、お願いいたします……失礼」

    モブリットはリヴァイの手を振り払うと、立体機動で窓から飛び出していった。

    「おいっ、モブリット!? っち……」

    リヴァイは追いかけようとしたが、手に抱いている赤ちゃんを見て、それを断念した。

    「どう、すんだよ……ガキ押し付けやがって……ばかが」

    リヴァイはそう言いながら、赤ちゃんの胸の辺りを探った。

    小さな革ひもは、確かハンジのゴーグルの物だ。

    それが首から下げられており、プレートに文字が掘ってあった。

    「マリア……か」

    リヴァイは小さく呟くと、目を伏せた。

    やがて息を一つつき、エルヴィンの部屋に行くべく部屋を出た。
  51. 51 : : 2015/08/03(月) 12:13:31
    15年後


    「リヴァイさん、ここですかね」

    「……ああ、たぶんここだ」

    リヴァイは女の子を連れて、ウォールマリア内の巨大樹の森へ来ていた。

    一際大きな木の上には、人が数人は住めるほどの大きなツリーハウスがあった。

    「お父さんとお母さんはここに?」

    「さあな、自分で確かめてこい、マリア」

    「……はい、リヴァイさん」

    マリアと呼ばれたブラウンの髪の少女は、立体機動装置を手慣れた手つきで扱い、木の上に飛んだ。

    恐る恐るツリーハウスの扉を開けると、中には埃を被った日用品が並んでいた。

    部屋の奥にはベッドが設えてあった。

    布の様なものが見える。

    マリアはゆっくり、ベッドに歩み寄った。

    「………………お父さん、お母さん?」

    ベッドには、二体の遺骨が絡み合うように眠っていた。

    風化していない微かな衣服の部分に、たしかに自由の翼の紋章がかいまみえた。

    「お父さんと、お母さん……なんだね……うっうっ……」

    少女はその場に崩折れて泣き始めた。

    「お母さんの顔、私知らないよ……お父さんの顔も、わかんないよ……お父さんどうして、私と一緒に、いてくれなかったの……?どうして私を置いて死んじゃったの……?私が、嫌いだったの……?うわぁぁん」

    少女は大声で泣いた。

    そうすれば、父と母が降りてきてくれるかもしれないと、そう思いながら。
  52. 52 : : 2015/08/03(月) 12:14:42
    しばらく泣き叫んでいると、部屋にリヴァイが入ってきた。

    「うるせえぞ、マリア……いたか、モブリットとハンジが」

    「……はい、間違いなく、二人分の遺骨が……」

    マリアはしゃくりあげながらも、ベッドを指差した。

    「そうか……やはりモブリットは後を追ったんだな」

    「お父さんは酷いです。私をリヴァイさんに押しつけて、自殺してしまうなんて……あんまりです……うっうっ」

    マリアはリヴァイにすがり付いて泣いた。

    リヴァイがポンポンと肩をたたく。

    「マリア、ありゃなんだ。ノートがあるぞ」

    「……あ、本当だ。お母さんのかな?ベッドに置いてある」

    マリアはベッドに歩みより、ノートを手に取りページを捲りはじめた。

    「リヴァイさん、これ、全部、お母さん?」

    「……ああ、ハンジだ。腹がでかくなってきてやがる様子を描いたんだろうな、奴が」

    「奴って、お父さん?」

    「それ以外にいねえだろうが」

    更にページをめくっていくと、やがて大きなお腹になり、そして赤ちゃんを抱く女性の絵になった。

    「……私、かな、お母さん、嬉しそうにしてる」

    「……お前だろ。ほら、お前がはいてた靴下、はいてやがるじゃねえか」

    マリアは頷いた。

    リヴァイに預けられた時に履いていた靴下と産着、それを絵の中の赤ちゃんも着ていた。

    「お母さん、幸せそう。だんだん、やせていくけど、表情は、全然辛そうじゃない……」

    「ああ、俺も奴のこんな表情は見たことがなかった。相当幸せだったんだろう」

    リヴァイの言葉に、マリアは涙ぐんだ。

    そして、最後のページをめくった時、マリアはポロポロと涙を溢し始めた。

    「お父さんが、私を、抱き上げてくれてる……笑ってる……お父さん、私が嫌いじゃ、なかったんだ……」

    「当たり前だ。自分の子が嫌いなわけないだろうが。ただ奴は、ハンジのために全てを捧げてきたからな。先立ったのは許してやってくれ」

    「う、う、うわぁぁん……お父さん、お母さぁぁん」

    マリアはリヴァイの胸に顔を埋めて、大泣きした。

    リヴァイはそんなマリアの背中をポンポンと叩きながら、ベッドの二人に目をやった。

    そして心の中で呟く。

    「(お前らの娘の養育費、そっちへいったらきっちり払ってもらうからな)」

    こうして、二人の悲しい愛の結末は、二人が残した宝物の存在が、その悲しい結末を幸せな物に変えた。

    マリアは二人の偉大で優しい兵士の血を引いて、ハンジとモブリット以上に優秀な兵士となるのであった。


    ─完─

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fransowa

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