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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

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あなたは俺の、道標(モブハン)~87祭~

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  1. 1 : : 2015/05/06(水) 20:26:10

    こちらのグループで、モブリットの祭、バーナー祭を開催しています

    http://www.ssnote.net/groups/260/archives/16


    16巻特典DVD悔いなき選択ご覧になりましたか?

    それはリヴァイとエルヴィンの出会いを綴ったアニメなんですが、そこにハンジさんとモブリットがすでに一緒にいました

    二人はそんなに前から一緒だったのです

    というわけで、今回はモブリットとハンジさんが訓練兵で同期だったと仮定した話を書きます

    勿論捏造ですが、モブハンはかなり長く連れ添っているのは事実です

    そんな二人の若かりし日のお話
  2. 2 : : 2015/05/06(水) 20:26:56
    人類が壁によって、最大最悪の天敵である巨人の驚異から守られながら、生き永らえる事100数年

    壁の中という狭い世界しか知らぬ人類は、その数百倍、いや数千倍は広いであろう壁の外の大地の事など脳裏から忘れ去り、日々を暮らしていた

    その存在を忘れたのか、はたまた目を向けようとしないだけなのか

    ただ言えるのは、壁の外に対して興味を持つ事自体が、この狭い壁の中では異端の烙印を捺されるきっかけとなる

    人類は壁の外から目を背け、与えられた平和を貪っていた
  3. 3 : : 2015/05/06(水) 20:27:17
    そんな世界においても、変人は確かに存在した

    異端児と言われてもかまわない

    人類がいつか壁の外へ、自由に羽ばたける日を夢見て……

    また、広大な壁の外を見てみたくて……

    この狭い世界での異端児達は、必然的にある集団に集まる事となる

    その集団こそが、人類最高の叡知の結晶、そして人類最強の戦闘集団《調査兵団》であった

    《調査兵団》、壁の中を守る《駐屯兵団》、そして、皆がうらやむ内地……3重の壁の一番奥に勤務する《憲兵団》

    この三つを志願する者は《訓練兵団》に所属し、三年間過酷な訓練を行う

    そして今日もまた、新たなる訓練兵団の発足式が執り行われようとしていた
  4. 4 : : 2015/05/06(水) 20:28:53
    「貴様は何者だ! 」

    教官のけたたましい怒鳴り声に、思わず体を震わせた一人の兵士見習い

    「は、はい! ウォールローゼ北区出身、モブリット・バーナーです」

    声を上ずらせながら、なんとか最低限の受け答えをしたのは、いかにも気が弱そうな青年だ

    緑がかった茶色の髪は、眉の上で中途半端な長さで留まっている

    どうやら兵士になるために短くしすぎて失敗したような、そんな髪型だ

    眉尻は上がっているが、目尻が下がり気味で、多分彼の気弱そうな雰囲気は、その目元から醸し出されているのであろう

    「北区……内地に近い出身のお坊ちゃんが、何をしに来た!」

    ビクッ

    気弱そうな青年モブリットは、また体を震わせた

    「はいっ!あの……できたら憲兵団に入りたくて……」

    「貴様のようなひょろひょろに、兵士が勤まるか!ましてや憲兵など、貴様には無理だ!馬鹿者っ!」

    「は、はいっ!痛っ!」

    一喝され、ぴーんと背筋を伸ばしたモブリットは、あわてて敬礼をしたが、それすらままならず、教官にげんこつを食らわされたのだった
  5. 5 : : 2015/05/06(水) 20:29:58
    この訓練兵に課せられる最初の試練といえる通過儀礼では、モブリットだけでなく、皆が罵声を浴びせられた

    彼らはその異様なまでの雰囲気に圧倒され、これからの行く末を案じるのである

    地獄のような訓練が待ち受けているに違いないと、身を震わせながら

    そんな中、一人の兵士の前で、教官が何も言わずに立っていた

    その兵士は、皆が恐れを全面に出して震えていたのに対して、飄々と、まるでそよ風に吹かれているような涼しげな表情を、教官に向けていた

    「貴様は気合いが足らんようだな!」

    教官の言葉に、兵士はにかっと笑う

    「気合いは入っています。気負ってはいませんが。あっと、自己紹介だった……私はウォールローゼ南区出身、ハンジ・ゾエ! 調査兵団に入り、壁の外の大地を踏みしめたい一心で志願しました!」

    見事な敬礼と共に、少々甲高い声で兵士は朗々と自己紹介をした

    教官はしばし黙っていたが、やがて何も言わずにその兵士の前を去った

    ざわつく周囲

    その理由は、兵士、ハンジが教官に詰問されなかった事に加えて、《調査兵団》を目指すという言葉に対してだった

    モブリットも、その兵士に目をやっていた

    濃いブラウンの髪を乱雑にまとめただけの、ぼさぼさの髪型

    細面の顔に 特徴的な鼻筋

    薄い縁の眼鏡の下に、らんらんと輝くブラウンの瞳

    モブリットはその兵士に自分には無いものを感じて、じっと見入っていた
  6. 6 : : 2015/05/06(水) 20:32:43
    通過儀礼を無事に終えた兵士達は、早速訓練に入る

    まずは基礎体力などのテストだ

    そこで基準に満たない者は、容赦なくふるいに落とされて、開拓地送りとなった

    そんな落第の烙印を押された兵士達を目にしながら、なんとか初日を乗り切った兵士達は皆、一様に頭を垂れていた

    想像以上に厳しい現実であった
  7. 7 : : 2015/05/06(水) 20:40:30

    辛くも初日を乗り切った、気弱な青年兵士モブリット・バーナーは、疲れ果てた虚ろな目を窓の外に向けていた

    初っぱなの通過儀礼から、いきなり奈落の底に突き落とされる様な過酷な訓練

    この先三年間、無事に訓練を全う出来るとは到底思えない

    彼は初日から、訓練兵になった事を後悔していた

    周りの訓練兵達がため息混じりに会話をする中、モブリットだけは一言も言葉を発する事はなかった

    そんな彼に、一人の兵士が歩み寄る

    「初日から脱落者とは……結構厳しいねえ」

    窓の外を走って行く開拓地行きの馬車を目で追っていたモブリットは、背後から掛かった声に振り向いた

    彼に声を掛けた主は、今朝の通過儀礼時よりも幾分憔悴した様な顔をしていた

    だが、その瞳の力は些かも衰えてはいなかった
  8. 10 : : 2015/05/06(水) 20:47:40
    兵士は窓の外に視線を送りながら、モブリットの肩をポンと叩いた

    「……ハンジ……さん?」

    「おっ、もう私の名前を覚えてくれたのかい?いやぁ照れるなあ!」

    モブリットが、一番印象に残っていた兵士の名だ……忘れるはずがない

    「そりゃあ……目立ってましたから」

    「そうかな?ねえ、私なんか変な事した?皆すっごく遠巻きに私の事見てくるんだよね……まるで珍獣を見るように! ははっ」

    ハンジは愉しげに笑った

    「珍獣……」

    「妙に納得した様な顔するなよー。えっと、えっと……モブ、モブ…………バーナー君!」

    ハンジは、記憶の片隅から引っ張り出した名前の断片を口に出した

    「モブリット・バーナーです」

    「そうだ、モブリットだ! 思い出した! 教官にげんこつ貰って呻いてたバーナー君だよね! 頭は無事かい?」

    ハンジはそう言いながら、モブリットの頭をよしよしと撫でた

    「一応、無事ですよ……」

    「そっかあ! 良かった良かった! 今にも死にそうな顔してたから、ひょっとして頭の打ち所でも悪かったのかなあってね!」

    ハンジは破顔一笑し、さらにモブリットの頭をくしゃくしゃにしたのであった
  9. 11 : : 2015/05/06(水) 20:56:10
    「私さあ、親の反対押し切って来たんだよ」

    結局そのままモブリットはハンジに捕まって、夕食を共にしていた

    「ハンジさんは、調査兵団志望ですしね……そりゃあ反対されますよ」

    「えー、何でだよ。ちょっと壁の外見てみたいだけなのにさ」

    ハンジは不貞腐れた様に、口を尖らせた

    「ちょっとそこまで……なんて軽いのりで行ける場所じゃないですからね」

    「でもさぁ、夢があるじゃないか。壁の外の広大な大地! 一度は踏みしめてみたい。その為には調査兵団に入るしかなかったんだよ」

    ハンジは、すでに暗くなった窓の外に目をやった

    その輝く瞳は、遠く壁の向こう側を写し出そうとしていたのかもしれない

    モブリットは、そんなハンジの瞳に釘付けになった
  10. 12 : : 2015/05/06(水) 21:11:38

    「モブリットは憲兵志望だっけ?」

    唐突にハンジがくるりと振り返って、モブリットはどぎまぎした

    不躾に見詰めてしまっていたのがばれたと思ったのだ

    だが、ハンジは気にする様子を見せてはいなかった

    普段から視線を集める事に慣れているからかもしれない……通過儀礼の時の様に

    モブリットはそう思う事にした

    「確かに憲兵志望ですが……まあ、理想と現実は違いますから」

    モブリットはため息混じりにぼそっと口を開いた

    今日の自分の有り様を考えると、とてもじゃないが憲兵になるために必要な、訓練兵士10位以内を目指す事なと不可能に思えたからである

    「まあ、確かに憲兵になるのは大変だけどさ、まだ始まったばかりだし、いきなり諦めるのはどうだろ?」

    ハンジの問いに、モブリットはしばし考える様に目を虚空に向けた

    「……そう、ですね。とにかく必死に訓練に励むしかないです」

    「うん。一緒に頑張ろう! バーナー君!」

    ハンジはそう言って、モブリットの肩を思いきり叩いた
  11. 13 : : 2015/05/06(水) 21:40:37
    「モブリット、風呂行くぞ」

    食後にハンジと他愛のない会話をしていたモブリットに、同部屋の同僚が声をかけてきた

    「ああ、今行くよ。そうだ、ハンジさんも一緒に行きませんか?」

    モブリットの何気ない問いに、ハンジは一瞬目を見開く

    「……後で行くよ。荷物の整理が出来てなくてね、下着が何処にあるんだかわかんないんだ」

    ハンジはぽりぽりと頭をかきながら言った

    「部屋が違いますけど、よければ後程荷物の整理お手伝いしますよ。では、先に風呂行ってますね」

    「ああ、行ってらっしゃい! 」

    ハンジはモブリットに、ひらひらと手を振り見送った
  12. 14 : : 2015/05/06(水) 21:44:24
    彼が食堂から出た瞬間、ハンジはクスッと口元に笑みを浮かべた

    「こりゃ、また性別間違えられてそうだなあ……ははっ」

    女のわりには背が高く、胸や尻にあまり肉がついていない体型のせいでよく性別を間違われるハンジであったが、実は立派な女性だった

    「ま、いっか! そのうちばれちゃうだろうけど、黙っとこ……ふふっ」

    ハンジは一人、ほくそえんだ
  13. 15 : : 2015/05/07(木) 16:16:04
    翌朝

    「おはよー皆! 」

    ハンジは明るい笑顔と威勢の良い声で挨拶をしながら、食堂に入ってきた

    朝食がのったトレイを片手に、同僚達の肩をポンポンと叩きながら、迷うことなくある席に腰を下ろす

    「おはようございます、ハンジさん」

    隣に座ったハンジに、モブリットは朝食を口に運ぶ手を止めて頭を下げた

    「おはようモブリット! もう食べ終わりかけてるじゃないか、早いなあ」

    「何だか眠れなくて……早く起きたんですよ」

    モブリットはため息混じりに口を開いた
  14. 16 : : 2015/05/07(木) 16:16:24

    「ありゃりゃ、枕が変わったからかな?」

    「そうなんですかね……ここにいるのが何だか場違いな気がして」

    モブリットはまた、ため息をついた

    「今日の立体機動適性検査、これをクリア出来なかったらまた、開拓地送りになるしね。もしかしたら、二人で仲良く開拓地送りになるかもよ?ははっ」

    ハンジはがしっとモブリットの肩をつかんで、愉しげに笑った

    「あなたは大丈夫そうですよ」

    「そうかい?私から見たら、君も大丈夫そうだよ。昨日の基礎体力検査も、充分許容範囲内だったしさ! ま、深く考えずに気楽にやろうよ」

    「……はい、ハンジさん」

    結局モブリットは、昨日に引き続きハンジに宥められたのであった
  15. 17 : : 2015/05/07(木) 17:08:27
    本日の訓練は、兵士になるために一番必要とされている、立体機動の適性を見るためのものである

    とはいえ、立体機動に必要なバランス感覚は訓練で身に付く類いのものではない

    であるから、出来ない者はここで脱落を余儀なくされる

    腰に取り付けたベルトとロープで体をつり上げられ、二点で体の重心を保つ

    適性の無いものは、ひっくり返って起き上がることが出来ない

    訓練兵達は二人一組で、その適性検査に挑む
  16. 18 : : 2015/05/07(木) 17:09:18
    「モブリット……大丈夫?顔色悪いけど」

    ハンジは、モブリットのパートナーとして彼の金具の装着をし、体を宙に浮かすべくレバーを握っていた

    「大丈夫、です。ひっくり返ったら地面に頭打ち付けそうですね……」

    「ははっ、まあそうなったら痛いじゃすまないかもね、頭パッカーンて割れたりね! ま、心配するなって!」

    モブリットの情けない表情に、ハンジはとん、と胸を叩いた

    「う、怖いな……でも、やってみます……」

    「よしきた! さあ、上げるよ?」

    ハンジはゆっくり、レバーを回した
  17. 21 : : 2015/05/07(木) 17:51:38

    モブリットの体に取り付けられたロープが徐々に引かれ、やがて彼の体は完全に宙に浮いた

    「……どう、ですか?」

    モブリットは両手を使ってなんとかバランスを取りながら、ハンジに問い掛けた

    「モブリット、出来てるよ! 他の子達よりずいぶん安定してる! 才能あるんじゃないかな?!」

    ハンジは、上手くバランスを取って姿勢を保つモブリットに拍手を送った

    「ほ、ほんとですか?! よかった。今日の所は開拓地送りにならずに済みそうだ」

    モブリットは宙に浮きながら、訓練兵になって初めて笑顔になった

    「おっ、モブリットが笑った! なんだ、情けない顔しか出来ないのかと思ってたよ! ははっ」

    「なっ、情けない顔しかって……! 」

    モブリットは頬を膨らませた
  18. 22 : : 2015/05/07(木) 18:03:30
    「昨日からずっと死んだ魚みたいな目をしてたもん、君」

    「そ、そんな目してませんっ!」

    「…………貴様ら、無駄口が過ぎるぞ?いちゃつくな、真面目にやれ! 」

    急に背後から掛かった怒声に、ハンジとモブリットは慌てて敬礼をした

    「はっ、はいっ!」

    「はっ! しかし教官、モブリットは合格ですよね! 」

    「……最低限の適性だ、出来なければ困る。さっさと交代しろ、ハンジ。貴様は出来なければ口だけの笑い者だぞ?」

    「やってみます! よしモブリット、下ろすよ? 代わろう!」

    こうして、モブリットは意外にも軽々適性検査を突破し、ハンジの番となった
  19. 23 : : 2015/05/07(木) 19:13:51

    「いやっふー! たっのしい! いえーい!」

    ハンジは宙に吊るされながら、バランスをとるどころか、わざと体を揺すってみたりしていた

    その間バランスを崩す事は一切ない

    彼女は抜群のセンスを見せていた

    「あいつすげえぞ……」

    「天才か?」

    周りの訓練兵からも感嘆の声が上がっていた

    「ハンジさん、あんまり暴れてはいけません!」

    そんな中、モブリットだけは無駄な動きをするハンジを制止しようと声をかけていた

    「だって楽しいんだもん! ああ、早く立体機動したいよー!」

    ハンジはモブリットの制止を聞かず、くるくるっと体を回転させた

    その時だった

    ガチッ……

    ハンジの体とロープを繋ぐ金具から、異音がした

    「う、うわっ!? 」

    ハンジは急にバランスを崩した

    そのままハンジの体は地面にまっ逆さまに落下した
  20. 24 : : 2015/05/07(木) 19:29:12
    「ハンジさん! ………… うわっ」

    モブリットが間一髪で、ハンジの体をしっかり抱き止めた

    と思ったのだが、重みに耐えきれず地面に揉んどりうって倒れた

    「いっ……た……あれ?」

    ハンジは地面に落ちたわりには衝撃が軽いなと、体を起こした

    そして確認した……自分のお尻が、思いきり人のお腹のあたりを踏んづけている事を

    「う……」

    「モブリット、ごめん! 大丈夫?! 」

    ハンジは慌てて身を翻して、モブリットを抱き起こした

    「大丈夫なわけあるか! 貴様調子に乗りおって! モブリットを医療班へ連れていけ! 沙汰は追って通達する! 」

    教官の怒号に、モブリットが反応する

    「教官、自分大丈夫です、一人で行ってきま……」

    「直ぐに連れていきます」

    ハンジはモブリットの言葉を無視して、モブリットを担ぎ上げた

    「ひえっ! ハンジさん下ろして! 」

    「だめだよ、じっとしてて」

    ハンジは静かにそう言うと、周りの興味深げな視線に晒されながら、悠々とその場を離れた
  21. 25 : : 2015/05/07(木) 20:20:18

    「モブリット、ごめんね……下敷きにしちゃって」

    医務室のベッドに横たわるモブリットに、ハンジは申し訳なさそうに頭を下げた

    「平気ですよ、ハンジさん」

    モブリットはハンジに微笑みかけた

    「大事に至らなくて良かったよ……骨でも折れてたら取り返しがつかなかった」

    「ただの打撲ですし、大丈夫です。適性検査もクリアしましたし、今はホッとしています」

    モブリットは息をついた

    「私は、もしかしたら落とされちゃうかもなあ」

    「そんなわけないじゃないですか。あなたは抜群のセンスの持ち主ですよ?」

    「でも、君の制止を聞かずに、怪我までさせたしね。兵士たるもの、規律に従うのも大切だ。私はそれを怠ったからね」

    ハンジはベッドに頬杖をついて、ため息をもらした
  22. 26 : : 2015/05/07(木) 20:27:37
    「絶対に大丈夫ですよ……もしあなたが今日の事で落とされるなら……俺、直談判してきますから」

    モブリットは、元気の無いハンジを気遣う様に言葉を発した

    「モブリット……君って、いい奴だね」

    ハンジはモブリットの頬に手を伸ばして、優しく撫でた

    「ハ、ハンジさん……」

    「今日一日ここで体を休めていて?私は訓練に戻るね」

    ハンジはそう言ってモブリットの頬を軽くつまむと、立ち上がり医務室を後にした
  23. 27 : : 2015/05/07(木) 21:02:53

    モブリットはハンジの後ろ姿を見送った後、しばらくぽかんと口を開けたまま放心していた

    ハンジの抜群のセンスと共に、抱きとめた時に感じた、思ったより柔らかかった体の感触を思い出し、頬を染める

    「あの人ほんとに凄いな……口だけじゃない、本物だ。凄く、かっこいい。それに、何だろう……俺、なんか変だ……」

    ほてった顔に手を当てて、モブリットは首を降る

    彼は初めて見た時から、何処と無くハンジに惹かれていたのだが、どうやら勘違いではないらしい事に気がつきはじめていた

    「まてよ、俺はそんな趣味じゃないはずなのに……」

    モブリットは頭を抱えた

    彼はハンジを、男性だと思い込んでいたのだった
  24. 28 : : 2015/05/07(木) 21:24:14
    その日の夜

    体の傷みもかなり治まり、夕食をとっていたモブリットは、ある事に気がついた

    「あれ? ハンジさんは……?」

    食堂の何処にも、ハンジの姿が見つからなかったのだ

    「ハンジなら、ずっと罰を受けさせられているぞ。多分修練場裏の機材置き場じゃないかな?」

    同僚の言葉に、モブリットは食事を慌てて平らげ、ハンジの分の食事を手に兵舎の外に向かった
  25. 29 : : 2015/05/07(木) 21:52:24

    夜の修練場はしんと静まり返っていた

    その敷地の奥に、小さな小屋がある

    小屋には明かりが灯っていて、誰かがいる事を示していた

    モブリットがそっと窓から中を覗くと、確かにハンジがいて、座って何かをいじっている様子が伺えた

    モブリットは扉をノックして、そっと開けた

    「……ハンジさん」

    「あっ、モブリットじゃないか。寝てなきゃ駄目だろ?」

    ハンジは扉の外にいるモブリットに、飛び付かんばかりに駆け寄った

    「大丈夫です。傷みも殆どなくなりましたし、夕食も食べられましたから。ハンジさんが罰を受けていると聞いたので……」

    「ああ、うん。今日使った機材の確認さ。壊したやつを直さなきゃなんだけど、なかなか難しくってね。他の機材の点検はもう終わったんだけどね」

    ハンジは困ったように、自分で壊したベルトを手にして肩をすくめた
  26. 30 : : 2015/05/07(木) 22:21:54

    「……それ、俺が直しますから、ハンジさんは夕食にして下さい」

    ハンジの手からベルトを受け取り、代わりに夕食がのったトレイを押し付けた

    「あっ……でも」

    「俺、こういうのは得意なんですよ。さ、ハンジさん、お腹すいたでしょう」

    「うん……じゃあ遠慮なく」

    ハンジはすとんとその場に腰を下ろして、パンに手を伸ばした

    「あっと……手を拭いてください。その手で散々機材を触りまくったんでしょう?」

    モブリットはハンカチをハンジに握らせた

    「ああ……」

    ハンジは素直に頷いて、ハンカチで手をごしごし拭いた

    「綺麗になりましたか?」

    「うん。じゃあ……」

    ハンジは今度こそと言わんばかりに、パンを手で鷲掴みにした

    すると……
  27. 31 : : 2015/05/07(木) 22:22:49

    「待った。何か忘れてませんか?」

    モブリットの再三の制止に、ハンジは頬を膨らませる

    「な、何だよ……」

    「いただきます、は?」

    「……いただきます」

    ハンジはボソッと口を開くと、パンにかじりついた

    「余程お腹減ってたんですね」

    「うん……お昼も抜きだったからね。ずっと走らされててさ」

    ハンジはさすがに疲れたのか、はぁと息をついた

    「それは……大変でしたね」

    「まあ、君に怪我をさせたんだから、仕方ないよ。甘んじて受けたさ」

    ハンジはそう言うと、モブリットの背中に手を当てて、ゆっくり撫でた

    「もう、大丈夫ですから……」

    モブリットは何となく無図痒くて、身動ぎした
  28. 32 : : 2015/05/08(金) 15:23:30

    「しっかし君ってさ……お母さんみたいだねえ」

    ハンジは背中に手を当てたまま、モブリットの顔を覗き込んだ

    「な、なんですか、それ」

    間近に迫るハンジの顔に、モブリットは思わずのげぞった

    「だってさぁ、手を拭けだの頂きますしろだの……お母さんそのものじゃないか」

    「そんなの、当たり前の事じゃないですか」

    モブリットは顔に火がついたように感じて、慌てて距離をとろうとした

    だが、ハンジの手が自分の背中に当てられていて、それは叶わなかった

    「モブリット、なんか顔、赤くない?」

    「あ、あ、赤くないですっ! さっさと食事食べてください。冷めちゃいますよ!?」

    モブリットは顔の赤みをまぎらわそうとプイッと顔を背けると、ハンジが壊したベルトの修繕に勤しみ始めた

    「冷めちゃうって……何度も食べようとしたのを止めたのモブリットなのに……ま、いいや。いっただきまーす!」

    ハンジはぱちんと手をあわせて、夕食にかじりついたのであった
  29. 33 : : 2015/05/08(金) 16:33:14
    夜の機材置き場に、カチャカチャと器具を修繕する音と、ハンジが食事を口に運ぶ音だけが響く

    「モブリット、ほんとに得意なんだね、機械いじり」

    食事を口に運びながらモブリットの手先をじっと観察していたハンジは、感心したように言葉を発した

    「そうですかね?まあ、機械とはまた違いますけど、昔からわりと手先は器用だったかもしれません……よし、できましたよ」

    モブリットは修理したベルトをハンジに示して笑顔をみせた

    「おお……あれだけ悩んだのが嘘のように綺麗に直ってるよ。君は天才だな!」

    「そんな事言っても、何も出ませんよ?そうだ、天才と言えばあなたの方です。あの立体機動特性検査……訓練兵もですが、教官まで逸材だと誉めてましたし」

    「そうなの?教官には罵声浴びせられまくって、貶されまくってさ、もうダメかと思ってたんだよ」

    ハンジはきょとんとした顔をして、首をかしげた
  30. 34 : : 2015/05/08(金) 17:55:04
    「まあ、建前上そう言っただけでしょう。俺も凄いと思いましたし……ハンジさんの立体機動、早く見たいです」

    モブリットははにかんだような笑みを浮かべながらそう言った

    「立体機動かあ……確かに私も楽しみだよ。壁外へ出るには必須の技術だからね」

    ハンジは窓の外に目を向けながら、静かに言葉を紡いだ

    「壁外……ですか。俺はなんだか恐ろしくて、出来れば出たくはないですね」

    「ま、それが普通さ。誰だって巨人になんか会いたくないよ。死にたくないしね。でも、私は……」

    ハンジはそこまで言って、目を伏せた

    そして一呼吸ついた後、輝く瞳をモブリットに向けた

    「私は、壁外で何かを見つけたい。この閉鎖された世界を救う鍵を……巨人から人類が解放されるために必要な何かを。そのためなら、自分の命は惜しくないんだ」

    ハンジの力強く輝く瞳を眩しげに見つめながら、モブリットは息を飲んだ

    一度見てしまえばもう目を離す事が出来ない

    彼はまるで瞳に誘われるように、ハンジの顔をじっと見詰めていた
  31. 35 : : 2015/05/08(金) 19:18:36
    「モブリット……私の顔に何かついてる?」

    「あっ……いえ、すみません」

    モブリットは、ハンジの言葉に慌てて視線をそらして頭を下げた

    「なんか、あんまり見つめられちゃうから、恥ずかしくなってきてさ」

    「す、すみません……つい」

    「いや、別にいいけどね。なんか変なものでもくっ付けてるのかなぁって思っちゃうだけさ。そんなに変な顔なのかなぁとか……ははっ」

    ハンジはからっとした笑顔をモブリットに向けた
  32. 36 : : 2015/05/08(金) 19:19:13
    「あなたは……変な顔なんかじゃありませんよ。その…………き、綺麗だと思います」

    モブリットはそこまで言って、両手で顔を覆った

    ついうっかり、男性に対して綺麗だなんて言ってしまった、完全に怪しまれる……そう思った

    だが彼の素直な感想に対し、ハンジはふわりと笑顔を浮かべた

    「綺麗だなんて、言われたの初めてだよ。どの辺が綺麗なのか、是非聞きたいな」

    ハンジの柔らかな口調を耳にしたモブリットは、指と指の隙間からハンジの顔を覗き見た

    彼の目に垣間見えたものは、口調と同じ様に柔らかて、穏やかな表情のハンジだった

    どの辺がなんて言われても、答えられない

    彼の目には、ハンジの見た目だけではなく、人となりや瞳の輝きなど、まだ出会って間もないハンジの全てが、美しいものに写っていたのだから
  33. 37 : : 2015/05/08(金) 20:44:19
    そんな矢先だった

    「ハンジ!」

    機材倉庫の扉が開くと共に、同僚の女性兵士が顔を覗かせた

    「あっ、アンカ!」

    「何やってるのー? 男と二人っきりで。ハンジはモブリットをえらく気に入ってるなあって思ってたけど、もう連れ込むまでしてるんだね。意外と手が早いんだ……ふふっ」

    いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言う、同僚の女性兵士、アンカ・ラインベルガー

    「つ、連れ込んでないよ? モブリットが押し入ってきたんだって!」

    「ちょっと、俺は夕食を持ってきただけじゃないですか! 押し入るだなんて人聞きの悪い!」

    モブリットとハンジは、お互いを指で差し合いながら叫んだ
  34. 38 : : 2015/05/08(金) 21:26:17

    「ふうん……どっちも怪しいなあ。ま、いいか、今日の所は詮索しないでおいてあげる。それよりハンジ、お風呂行こうよ。早くしないと男風呂の時間になっちゃうわよ?」

    訓練兵の風呂は、時間で男女が分かれていたのだ

    「うわっ、もうそんな時間……モブリットごめん、先に行くね!? お礼はまた後日!」

    ハンジはアンカに連れられて、足早に倉庫をあとにしていった


    しばらくその去った扉を見つめていたモブリットは、鳩が豆を食らったような顔をしていた

    「あの人、女だったんだ……なんだ、そうか……」

    モブリットは、心の底から安堵した

    それと同時に、きゅっと胸を締め付けられる様な感覚に囚われた

    そして、昨日の事を振り返って顔を朱に染める

    「そういえば俺、昨日、一緒に風呂に行こうとか誘ってた……」

    そう一人ごちて、更に顔を赤くしながら頭を抱えたのであった
  35. 39 : : 2015/05/08(金) 21:48:07
    翌日


    基礎体力訓練の後、訓練兵達は兵士として必要な事象や歴史を学ぶ、座学に勤しんだ

    体を酷使せずに済む座学は、怪我人であるモブリットにとっては嬉しい時間であった

    「良かったね。君は病み上がりだし、ハードな訓練じゃなくってさ」

    ハンジは例に漏れずにモブリットの隣に陣取り、彼にあれやこれやと話し掛けていた

    彼女は何となく、モブリットと馬が合う様に感じていたのである

    「そうですね、昨日の今日ですから。座学なら頭を使うだけですしね」

    ペン先をきちんと揃えた筆入れの中身を確認しながら、モブリットは頷いた

    「どんな授業なんだろうねえ。寝ない努力をしなくちゃいけないかもなあ」

    「やめて下さいよ?隣でいびきかいて寝たりするのは。迷惑ですからね」

    すでにあくびを噛み殺しているハンジに、モブリットは呆れたような目を向けた
  36. 40 : : 2015/05/08(金) 21:48:44

    「えーっ、いびきなんかかかないって! すやすや眠ってるよ、いつも!」

    「いいえ、ハンジのいびきは超絶に耳障りよ」

    突然背後から掛かった声に、ハンジとモブリットは振り向いた

    「嘘つくなよ、アンカ!」

    ハンジは顔を真っ赤にして叫んだ

    「嘘じゃないわよ。私あなたと同室なのよ?あなたの発するいびきと歯軋りのせいで、夜寝付きが悪いんだから」

    「そんなわけないだろ?! 名誉毀損だ!」

    ハンジは立ち上がり、アンカに詰め寄った

    すると、アンカがハンジの耳元に口を寄せる

    「あっ、彼に聞かせちゃまずかったかしら? ごめんね……ふふっ」

    ハンジに小さな声でそう囁いた

    「ちょっと、アンカ何言ってんの?!」

    ハンジは慌てて手をばたつかせた

    「……二人とも静かにして下さい! 皆注目してますよ?」

    モブリットは慌てて二人の言い合いを止めに入るのであった
  37. 41 : : 2015/05/08(金) 21:55:47
    座学の講義中、ハンジはつまらなさそうにあくびを連発していた

    「ふわぁー、やっぱり眠い……」

    「ハンジさん、声が大きい」

    モブリットはそう言って、口元に人差し指を当てた

    「だって、つまんないもん」

    「俺はつまんなくないです。ノートとるのに邪魔なんで、静かにしてて下さい」

    頬を膨らませるハンジに目もくれず、モブリットは座学教官の言葉を一文字一句漏らすまいと、メモをとっていた

    「うへーっ、モブリット真面目だなあ……っていうか、凄く綺麗な字だね」

    ハンジはモブリットのノートを覗いて目を丸くした

    彼がさらさらとノートの上に筆を走らせる度、美しい筆跡が記されていく

    「ちょっと、邪魔なんですけど……」

    「しかも、よくまとまってるね。見易いノートだ」

    ハンジはモブリットを押し退ける様に、彼のノートにかじりついた
  38. 42 : : 2015/05/08(金) 22:00:24

    「ハンジさん、ほんっとに邪魔なんで、席離れてもらっていいですかね?! 」

    「なんだよ、つれないなあ。人がせっかく誉めてるのに……」

    「ちょっと、モブリット、ハンジ、教官が見てるわよ……しーっ」

    背後から掛かるアンカの声に、二人はおそるおそる顔を教壇へ向けた

    すると……穏和そうな座学教官のひきつった笑顔と、ばっちり目があってしまった

    「こわっ」

    「あなたのせいですよ……俺は真面目にやってるのに……」

    モブリットはこめかみを指で押さえて、呻くように言葉を発した

    「同罪だよ」

    「一緒にしないで下さいよ」

    「……君たち、仲良しなのはいい事だが、講義のしょっぱなにしては、緊張感が足りなさすぎやしないかね?」

    二人の問答をみかねた教官が、ついに堪忍袋の緒を切って、二人に特別多い課題を与えたのであった
  39. 43 : : 2015/05/08(金) 22:50:13
    「ああ、最低だ。やらなくてもいい課題なんか押し付けられて……俺は悪くないのに」

    「まあ仲良くやろうよ、モブリット。頑張ろう?力を合わせてさ」

    「って言いつつ、俺にばかり書かせてるじゃないですか」

    講義後、他の訓練兵達が自由時間を満喫する中、ハンジとモブリットは部屋に残って、教官から罰として与えられた課題をこなしていた

    モブリットは不平たらたら、ノートを纏めていた

    ハンジはというと、モブリットに、やれ頑張れだの、凄いだの言いつつ、一向に手伝う素振りを見せない

    「モブリットはノート纏めるの上手だしさ、字も綺麗だし……」

    「誉めたってダメですよ?課題は全部俺がやりましたって正直に申し出ますからね」

    モブリットはそう言うと、ふん、と鼻を鳴らした
  40. 44 : : 2015/05/08(金) 22:50:49

    「そんなあ……君にまで見捨てられたら私はどうすれば……」

    「さあ?知りませんよ、俺は。開拓地で頑張ればいいんじゃないですかね?」

    モブリットは冷たく言い放った

    「な、なんだか今日のモブリットは意地悪だよ!? 昨日まであんなに優しくて可愛かったのに!」

    ハンジは世も末だとでも言いたいような顔を、天井に向けて叫んだ

    「郷に入っては郷に従え、です。いつまでも同じ調子じゃあやってられませんし」

    「……じゃあ、もうあの可愛いモブリットは戻って来ないのか!? そんなバカな……私を男だと勘違いして、お風呂に誘ってきたりする可愛いモブリットにはもう、会えないのか……」

    肩を落としながらそう言うハンジに、モブリットはぎくっとした

    「…………痛いところを的確についてきますね、あなた」

    「うん、そういうの得意だからね。どうする?今日も私を風呂に誘ってみる?もしかしたらいいよって言うかもしれないよ?」

    ハンジはモブリットに向かって、誘う様にウィンクした

    「俺はこの上更に痴漢容疑なんかかけられたら、それこそ開拓地行きですよっ! 開拓地はあなた一人で行って下さい!」

    モブリットは色目を使ってくるハンジを振り払う様に、頭を振った

    「やっぱり可愛いモブリットは健在だね。顔真っ赤だよ?ふふっ」

    「怒りのあまり顔が真っ赤になってんですよ! 勘違いしないで下さい! 」

    「…………はいはい」

    ハンジは今にも吹き出しそうなのを堪えながら、息巻くモブリットの頭を撫でてやるのであった
  41. 45 : : 2015/05/09(土) 11:52:58
    「ふぅ、やっと出来たね。今日の講義のレポートと、独自の考察。なかなかいい感じに仕上がったよ」

    ハンジは纏まったノートに目を通しながら、満足げに頷いた

    「……全部俺が書いたんですけどね。あぁ、肩が凝った」

    モブリットは机に突っ伏しながら、息をついた

    「考察は私がちゃんと考えただろ? だから共同作業さ。あっ……二人の初めての共同作業だね」

    ハンジは頬に手を当ててしなを作った

    だが、モブリットはそれにちらりと目をやって眉をひそめる

    「愛はまったく無い共同作業ですがね」

    「つれないなぁ。すこーしくらいあるだろ?愛」

    ハンジはつんつんとモブリットの頬をつつきながら、顔を覗いた

    「まったく無いですね」

    モブリットはきっぱり言い放った
  42. 46 : : 2015/05/09(土) 14:00:27
    「ほんとかなぁ……ま、いいか。それより本当に綺麗に纏められてるね。君は補佐役に向いてると思うよ。将来は憲兵団の書記官とか似合いそうだ」

    ハンジは心底モブリットの書記能力に感心していた

    「嫌ですよ……書いてばかりなんて。肩が凝って仕方がない」

    「あー、そうだ、肩が凝ったって言ってたよね。よし……」

    ハンジはぽん、とモブリットの肩に手を置いた

    「な、何です?」

    モブリットが振り返ろうとした時、ハンジの手がモブリットの肩を揉みはじめた

    「もみもみ……どうだい?気持ちいい?」

    「…………はい」

    モブリットは心地いい力加減の圧迫感に、目を閉じた

    「私は書記官付きのマッサージ師にでもなるかな! 」

    「……あなたは調査兵団でしょうが」

    「そういやそうでした! ははっ」

    こうして二人の穏やかな時間が過ぎていく
  43. 47 : : 2015/05/09(土) 18:33:06
    お互い誘い合わせたわけではないが、行動を共にする事が多くなった二人

    崖の上から吊るされた状態で長時間耐える訓練も、雨天の中リスキーな山道を大きな荷物を担いで歩く兵站行進も……二人は何故か導かれるかの様に共に手を携えて取り組んでいた

    数々の厳しい訓練を、時に協力し、時に切磋琢磨し合いながら乗り越えて行ったのである
  44. 48 : : 2015/05/09(土) 18:38:50

    そんな彼らに、訓練兵となって初めての休暇が訪れた

    「みんな、おっはよーっ! 」

    休日の朝七時

    普段ならとっくに起きて朝食を口にしている時間帯であったが、今日は休日

    モブリットは二段ベッドの下で、安眠を貪っていた

    同室の兵士も同様であった

    けたたましい声に、夢から現実に引き戻される前までは

    「……う、誰だよ朝早くに……なんだ、ハンジか」

    モーニングコールにしては色気も優しさの欠片もなく、耳障りなハンジの声にいち早く反応したのは、モブリットの上のベッドで寝ていた長身の男であった

    いつもは几帳面に長めの髪をポマードで後ろに撫で付けている彼、グスタフも、今はライオンのたてがみの様に立ち上がった髪型になっていた

    「グスタフ、おはよ。すげー髪型だね……」

    ハンジは二段ベッドの階段を登りながら、彼の芸術的な寝癖に眉を潜めた

    「お前ね、休日なのになんで起こしに来るんだよ。しかもここは男子寮だぞ?不法侵入だ。っていうか登ってくるな」

    「アンカから言伝て受けてるんだけど、伝えなくていいなら降りるよ」

    「……それを早く言えよ」

    グスタフは一転、ハンジに手をさしのべた
  45. 49 : : 2015/05/09(土) 19:20:39
    「えっとね……今日、一緒に出掛けるのオッケーだってさ。良かったね、寝癖ライオン」

    「誰がライオンだ誰が。でも、まあ、断られずにすんだならいいか」

    グスタフは、ハンジと同部屋のアンカにべた惚れであった

    「いいねぇ、若者は! このこのっ」

    「お前、自分も若者だろうが」

    つつくハンジに、グスタフはきっぱり言った

    「いやあもう私は枯れてるからなぁ」

    「まだ咲いてもない内に枯れたのか。気の毒にな」

    グスタフは肩を竦めた
  46. 50 : : 2015/05/09(土) 19:28:40

    「アンカに女らしい仕草とかならって、潤う努力でもするかな」

    「んな無駄な努力はいらんだろ?そんなお前に首ったけな奴が、下で寝てるじゃないか」

    グスタフはそう言うと、ベッドから身を乗り出して、下を覗き込んだ

    ハンジも隣に並んで同じように覗く

    「首ったけ?というか腐れ縁というか……」

    「お前の方が実は執着してたりしてな?」

    「……うるさいよ、グスタフ」

    ハンジはぼそっと呟くと、そのまま下のベッドにひらりと降りた
  47. 51 : : 2015/05/09(土) 20:43:53

    下のベッドには、グスタフとハンジの会話など知るよしもなく、すやすや眠っているモブリットがいた

    ハンジはふぅ、と息をつくと、いきなり体を彼の上に投げ出した

    「モブリットーおはよう。起きろー朝だよ! ハンジさんがモーニングコールしにきたよ!」

    ハンジが耳元で叫ぶと、モブリットがびくっと体を震わせた

    「…………な、何?重い……」

    「ハンジさんのモーニングコールだよ、モブリット」

    ハンジはそう言うと、モブリットの背中に覆い被さりながら、きゅっと抱き締めた

    「………!? うわっ、あんた何やってんですか? っていうかここ、男子寮……!」

    「モブリット、私枯れてるのかなぁ……?」

    「し、し、知りませんよ! そんな事! グスタフ……助けてくれ!」

    モブリットは目の前にグスタフを見つけて、懇願するように叫んだ

    「……朝からお熱いことで。黙っててやるからどうぞ続けてくれ」

    グスタフはじと目をモブリットに向けて、部屋を後にしていったのであった
  48. 52 : : 2015/05/09(土) 22:02:50

    「まったくもう……人生で初めての、親以外からのモーニングコールだったのに、朝からけたたましい声で頭キンキンするし、色気もくそもあったもんじゃないし……」

    「なんだよなんだよ~折角起こしにきてやったのに、その言いぐさは」

    こめかみを指で押さえながら呻くモブリットに、ハンジは口を尖らせた

    「色気も少しはあっただろ? ハグしてやったのにさぁ」

    男子寮の二段ベッドの下で、二人は押し問答を繰り返していた

    「だいたいあなたね、男子寮に入ってきちゃだめでしょ? 前も夜に忍び込んできて、変な虫放り込んで逃げたり……それを教官に見つかって叱られたはずですよね?」

    モブリットは、ハンジを指差しながら諭すような口調で話しかけた

    「だってさ、だめだと言われたら余計にやりたくなるのか人ってもんじゃない? 不法侵入とか、門限破りとかさぁ」

    ハンジはさも当然とばかりに言葉を発した
  49. 53 : : 2015/05/09(土) 22:25:57
    「あんたがやりたくなるのは勝手ですが、俺まで巻き込まないで下さいって話ですよ! あなたと一緒にいたら、ますます憲兵団が遠退く気がします!」

    モブリットのその言葉に、ハンジは目に見えて元気をなくす

    「…………そうか、そうだよね。私なんかといたら、モブリットの成績が悪くなっちゃうよね。足、引っ張っちゃうよね…………」

    そんなしおらしいハンジに、モブリットはおろおろする

    「あ、いえ、足を引っ張るなんてそんな事は……あなたのお陰で助かっている面もたくさんありますし……」

    「ほんとかい?」

    ハンジは狼狽えるモブリットの顔をじっと覗き込む

    みるみるうちに、彼の顔が真っ赤に変化するのを観察しながら、内心にやりとほくそ笑む

    勿論外見は健気な女を演じながら

    「はい、すみません。いつもありがとうございます、ハンジさん」

    モブリットはぺこりと頭を下げた

    ハンジはそんなモブリットに、相好を崩す

    「うーん、やっぱりモブリットは可愛いな! 」

    「ちょ、ちょっと?! ハンジさん、抱きつかないで下さいよ! 」

    ハンジはモブリットを力一杯抱き締めながら、愉しげな笑みを浮かべていた

  50. 54 : : 2015/05/10(日) 11:14:07


    「ねえねえ、アンカは寝癖ライオンとデートなんだって。いいなあ」

    朝食をいつもの様に並んで食べながら、ハンジはぼそっと呟いた

    「寝癖ライオン……ああ、グスタフですか。いいえて妙ですね。ぴったりのあだ名です」

    「だよねー、ぶぷぷっ」

    ハンジは含み笑いをもらした

    「デートですか。ついに誘ったんですね……グスタフ。ずっと煩かったので。アンカがどーのこーの」

    「ありゃあ、恋愛相談されてたんだ。男同士でもそういうのあるんだねぇ」

    ハンジはモブリットに、探るような目を向けた

    「いえ、俺はあんまり人には話さないですね。照れ臭いですし。ハンジさんはアンカたちに相談するんですか?恋愛の」

    今度はモブリットが、ハンジに問いかけた

    「恋愛の……いや、話さないなあ。勝手に想像されてああだこうだ言われちゃあいるけどね」

    ハンジは何かを思い出したかの様に、顔を朱に染めた
  51. 58 : : 2015/05/10(日) 14:54:33
    「ハンジさん、そういえば、今日はお暇ですか?」

    モブリットのその言葉に、ハンジが身を乗り出す

    「えっ?! もしかして、デートのお誘いかいっ?!」

    「ちょっと、目が怖いですよ、目が! 近寄りすぎです!」

    ハンジの鼻息の荒さに、モブリットは思わず身を引いた

    「だって、人生で初めてなんだよ?! デートに誘われたの!」

    「ちょっと、ハンジさん、声が大きい……皆見てますよ?」

    モブリットは顔を真っ赤にしながら、ちらちらと辺りを見回した

    「いやあ、ついに万年枯れてるハンジさんにも、春が、春がやって来たんだねっ!」

    ハンジはモブリットの手をがっちり掴んでぶんぶん振った

    「お、大袈裟過ぎますよ……お暇なら一緒に町にでもと思っただけなんですから」

    「だから、それってデートだろ?むふふ」

    ハンジは怪しげな含み笑いをした

    「デートというか、普通に買い物に……」

    「デート、だよね?」

    「…………はい、デートしましょう、ハンジさん」

    モブリットはハンジのしつこい問いに、反論しても無駄だと悟り、早々に折れたのであった
  52. 59 : : 2015/05/10(日) 17:04:16

    訓練施設から歩いて半時間ほどの所に、小さな町がある

    訓練兵たちは、休暇をこの街で過ごす事が多かった

    酒場、料理屋、雑貨屋、用品店、宿などすべての施設が整っている町である

    ハンジとモブリットは、その中にある一軒の古本屋に足を踏み入れていた

    「見てよ、モブリット。検閲を逃れた壁外に関する本があるよ。やっぱり少し田舎の本屋の方が、掘り出し物に出会えるね」

    ハンジはそう言いながら、古びた本を手に取り、それをモブリットに渡した

    「確かに、壁外の事が書かれていますね。こんな物を持っていては、訓練兵除隊されるかもしれませんよ?」

    「大丈夫だよ。表紙を張り替えるからさ。ね、おじさん」

    ハンジが相づちを求めたのは、長く古本屋を営んでいたのであろう、偏屈そうなお爺さんであった
  53. 60 : : 2015/05/10(日) 19:03:10

    「壁外に興味があるか……珍しい奴じゃな。その文献が気に入ったか」

    「うん、これが欲しいな。譲ってくれない?大事にするから」

    ハンジの言葉に、老人はしばし黙っていたが、やがて本の表紙に細工をしはじめた

    そして、再びハンジの手に渡った時には、表紙は植物図鑑に変わっていた

    「さすがおじさん、ありがとう」

    ハンジは見事に差し変わった表紙に、満足な笑顔を見せた

    「なるほど。見た目はわからなくするわけですか……」

    モブリットが本を覗きながら、顎に手をやり頷いた

    「うん、そうなんだよ。見つかったら没収されたりするからね、ちゃんと隠すんだ。後で一緒に読もう」

    「…………はい、ハンジさん」

    正直、今のモブリットは壁外の話になどさして興味を持っていなかった

    だが、彼はハンジに対しては人一倍興味を持っている

    だから、ハンジがそうまでして読みたい本だという意味で、少し興味を持つ様になった
  54. 61 : : 2015/05/10(日) 20:12:41

    途中で屋台の吹かしいもを二人でほおばったり、甘い飲み物で喉を潤したりした

    デートらしく、手を繋ぐとか腕を組むなどは一切しない

    気の合う親友といった感じで、他愛の無い会話をしながら……だが二人の距離は確実に縮まりつつあった
  55. 62 : : 2015/05/10(日) 21:00:14

    町から離れて、訓練兵団施設の裏にある小高い丘の上

    知る人ぞ知る、眼下に町を見下ろす絶景ポイント

    訓練兵達の間……とくに若いカップルの間では、密かに人気の場所である

    そんな雰囲気のよい場所にはそぐわない真剣な表情で、ハンジとモブリットは議論を交わしていた

    「100年に渡って、巨人に支配されている人類だけどさ、それ以前の歴史に関しては、殆ど触れられていないんだ。こうして、外に関する本があるということは、確かに人類はその昔は、広大で肥沃な土地で自由を謳歌していたはずなのに」

    ハンジの話に耳を傾けながら、モブリットは懸命に、その考えを頭に入れようとしていた

    「確かに、よく語られる歴史は、人類が巨人に支配される直前と、それからの物ばかりですね」

    「うん。なんだろう……まるで煙に巻かれている様に感じない?頭の中がすっきりしないと言うか」

    モブリットの言葉に頷きながら、ハンジはしばし目を空に向けた
  56. 63 : : 2015/05/10(日) 21:11:34

    「それにさ……確かに巨人を倒すための弱点や、武器の考案は一部の才覚によって発展したけど……なぜか、空を飛ぶという技術は全く発展していないんだ。でも、私は知ってる。大きな布を風船みたいに膨らませて空を飛ぼうとした人達や、大きな翼で風を受けて体を飛ばそうとした人達がいた事を」

    ハンジのその言葉に、モブリットは息を飲んだ

    「空を、飛ぶ……?」

    「そうさ。ほら、あの鳥のように空を飛べたら、巨人がいない場所まで行けるかもしれないだろ? そういう事を考える人が、いない方が不思議だ。でも……」

    ハンジはそこで言葉を切った

    「でも、何です?」

    「……ここからは、誰彼構わず言える話じゃない。実際私も、誰にも話した事が無い。でも、君になら……」

    ハンジは真摯な眼差しを、モブリットに向けた

    「君になら、話してもいいと思っているんだ」

    静かにそう言ったハンジの瞳は、まるでそれ自身が燃えて熱を発している様に、モブリットには見えた
  57. 64 : : 2015/05/10(日) 21:46:43

    「俺に、話して貰えるんですか?あなたが誰にも語った事がない様な、重要な考えを……」

    「うん。だって私は君を信頼してるからね。君はいい奴だけど、それだけじゃないのも知ってるし」

    ハンジはそう言うと、モブリットの頭に手を伸ばして撫でた

    何故なら、彼が今にも泣き出しそうな顔をしていたからである

    「ちょっと、モブリット……泣かないでよ」

    「…………な、泣いていません」

    「私はさ、まだ君とは出会って数ヵ月だけど……なんだか君といると落ち着くし、ほんとに信頼してるんだ」

    ハンジは微笑みを浮かべながら、尚もモブリットの頭を撫で続けた

    「ありがとうございます……嬉しいです。俺はあなたの事を、ずっと尊敬していましたから。困った所もあるんですけど、そこがまたいいというか……」

    「それって要するに、これからも困らせて欲しいって事か。わかった。また夜中に変な虫枕元に投げ入れてあげるね?」

    ハンジはにやりと笑って、モブリットにデコピンを食らわせた

    「や、やめて下さい、それは!」

    モブリットは思い出した様に身震いした

    「えーっ、でも私、君が困ったり、焦ったりする顔が見たいんだよね」

    「そんなの見なくていいですから!」

    モブリットはきっぱり言った

    「ははっ。でも私、君とは上手くやっていけそうな気がするんだ。だから……もし良ければ、私の考えを聞いてほしい」

    「……はい、俺でよければ、是非聞かせて下さい」

    ハンジの手に自分の手を重ねながら、モブリットは力強く頷いたのであった
  58. 65 : : 2015/05/10(日) 22:33:14

    「要するに、空を飛ぼうとした人達はことごとく消された……という事ですね」

    「うん。何者かによって……それが誰なのかはわからないんだけどね」

    ハンジはため息をついた

    「……そして、歴史も辻褄があわないとなると、何か大きな流れが……歴史を流してしまっているのでしょうか」

    「それも、わからないんだ……」

    ハンジは肩を落とした

    モブリットはそんなハンジに、真摯な眼差しを向けて語りかける

    「ハンジさん、俺は正直、まだあなたの話を全て理解できていません」

    「そりゃそうだよ。いきなりこんな、眉唾物の話聞かされて、はいわかりました、なんて言われた方がびっくりするからね」

    ハンジは頷いた
  59. 66 : : 2015/05/10(日) 22:34:08

    「ですので、俺はこれから自分なりに、あなたがおっしゃった事象を調べてみます。あなたの話が理解できるように。もしかしたらその過程が、人類を救う手だてになるかもしれませんし」

    「調べて理解するって、本気なの?モブリット?」

    モブリットの言葉に、ハンジはなぜか瞳を潤ませる

    「本気ですよ? あなたが折角話して下さった事をさらっと水に流すなんて出来ませんから」

    ハンジは彼のその答えを聞くや否や、モブリットの胸に自分の顔を埋めた

    「ありがとう、モブリット……まさか私の話を聞いて、理解しようとしてくれるなんて……変な奴だとか思われるかなって、ちょっとびびってたんだ」

    「あなたが変なのは前からじゃないですか……」

    モブリットは言葉ではそう言いながらも、自身の目尻を赤くし、ハンジの震える背中をゆっくりさすった

    ハンジが泣いている事が、わかったからだ
  60. 67 : : 2015/05/10(日) 22:36:27

    彼女のその涙が、悲しくて流すものとは真逆だと確信しながら、心に誓う

    今まである意味味方がいなかったハンジの、初めての味方になろうと

    彼女の考えを自分自身の中に深く取り込んで、咀嚼し理解しようと


    こうして、モブリットの心の中の転機はいささか突然に、だがそれ自体が必然であるかの様に訪れたのであった
  61. 68 : : 2015/05/11(月) 15:46:43
    半年が過ぎたある日の事


    「さあ、今日はどっきどきわくわくの、成績査定結果発表の日だよっ! 」

    ハンジが朝から興奮ぎみに捲し立てていた

    半年に一度、訓練兵全体での成績順位の発表がある

    この成績順位如何で、所属兵科の選択肢が変わってくるため、特に憲兵団を目指す若者達には重要な日である

    座学、立体機動術、技巧、兵站行進、協調性など、多岐に渡る項目においてランク分けされ、それらを合わせて、総合順位が決められる

    「ハンジさん楽しそうですね。まああなたは立体機動の成績はだんとつでしょうね」

    「私が期待してるのは君の成績さ! それが楽しみで仕方がないんだよ。ハンジさんの予想ではトップ10どころか、トップ3に入ってるよ!」

    「あなただってまじめにやればそれくらいは軽いはずなのに……日頃の素行が足を引っ張ってそうですね」

    モブリットは眉をひそめた

    「ま、とにかく見よ見よ!」

    二人は連れだって、成績が貼り出される掲示板に向かった
  62. 69 : : 2015/05/11(月) 16:55:07

    修練場の手前に設置されている掲示板に、教官が紙を貼り出していく

    皆がこぞって群がる中、ハンジとモブリットは出遅れて後方にいた

    「ありゃあ、皆早いなあ……」

    「あなたとは違って、皆ほとんど憲兵団に行きたいでしょうし、今回の成績である程度目安はつけられますからね」

    「なるほど……調査兵団なら成績は関係ないっちゃあないもんね」

    ハンジは納得したように頷いた

    「立体機動はあなたにかなう人はいなさそうですからね。座学は期待できませんね。なにせあなたはいつもあくびばっかりで不真面目で、課題は俺に押し付けてますし……ああ、半年疲れたなぁ」

    モブリットは腕を組ながらぼそぼそと口走った

    「モブリットって、最近愚痴が増えたよね……私に何の不満が……こんなに頑張ってるのに」

    「どこが頑張ってるんですか。あなたが頑張ってるのは立体機動術とか、馬術だけでしょう?不満ありまくりですよ」

    モブリットは口を尖らせた

    その時だった

    「おおーっ!」

    「すげえ!」

    掲示板に群がる兵士達から、感嘆の声があがった
  63. 70 : : 2015/05/11(月) 18:48:13
    「何がすげーんだろうねえ」

    「さあ、見えないからわからないですが……皆の視線から察するに、俺に関係してそうですね」

    モブリットは、集まる視線が自分に向けられているのを感じて赤面した

    「君の状況判断が的確かどうか、見に行こう」

    二人は人だかりを押し退けて、掲示板の前に進み出た
  64. 71 : : 2015/05/11(月) 18:51:08

    「モブリット凄いじゃないか! 座学1位、技巧1位、立体機動5位、馬術9位、総合2位……次席だよ?! 顔に似合ってなさすぎ!」

    「顔に似合ってないは余計です。しかしまさか次席だなんて……自分でびっくりです」

    モブリットは何度も目を擦りながら、掲示板にある自分の名前を見直した

    「いや、君は真面目だし、優秀だから当たり前だよ。ハンジさんの予想的中だね! 」

    ハンジは我が事の様に嬉しそうな顔をしていた

    「あなたと課題をこなすと、不思議と上手くいくんですよね。ですから、あなたのおかげでもあります。ハンジさん、ありがとうございます」

    モブリットはハンジに頭を下げた

    「いやいや、この順位を維持しなきゃね! 頑張ろう、モブリット!」

    ハンジはにっこり笑って、ガッツポーズをした
  65. 72 : : 2015/05/11(月) 21:07:15
    「……ところで、あなたのこの順位なんですが、俺はちょっと腹が立ってます。教官に直談判してきていいですか?」

    モブリットは急に顔をしかめて、静かにそう言った

    ハンジは成績自体は悪くはなかった

    立体機動術と馬術はトップ、座学は18位、技巧は30位

    総合すればトップ10入りは間違いがなさそうであるのに、彼女の順位は28位だったのだ

    「えっ、28位だよ?250人いる兵士の中でなんだし、立派なもんじゃないか」

    「いえ、成績だけをみれば、もっと上位である事は疑う余地が無いじゃないですか。それなのに……」

    モブリットは、今まで見せたことの無い様な剣呑な眼差しを、掲示板に向けていた

    「ほら、それはあれだよ。私は変人だから……それに、さっき君も言ってたじゃないか。私は素行も悪いだろ?門限破りに男子寮襲撃、その他もろもろ……ははっ」

    「よく笑っていられますね。俺は相当頭にきてるのに」

    「いいんだよ、モブリット。私は順位なんて気にしないし! 調査兵団に行くんだしさ! だから直談判とかやめて? 折角次席なのに、教官に対して心象悪くなんてしてほしくないんだから、ね?」

    ハンジは、拗ねるモブリットの頬をつつきながら顔を覗いた
  66. 73 : : 2015/05/11(月) 21:45:10

    「……俺の次席なんかどうでも。ですが、今後あなたの成績がこのまんまは納得できませんから、あなたの素行を直す事を、次の半期の目標にします」

    「ひいっ、モブリット、本気なの?目が座ってて凄く怖いんだけど……」

    「誰にも文句がつけられない、パーフェクトなハンジさんになって頂きます」

    モブリットは、後ずさるハンジの手をがっちり掴んでそう言った

    「い、いやだよ。私は私、自由に羽ばたかせてくれよ!」

    ハンジは捕まれた腕を何とか解放しようと、じたばた暴れた

    「自由に羽ばたく前に、素行を直さなきゃ、調査兵団にも入れてもらえませんよっ?! わかりましたね?!次席の言う事は絶対ですっ!」

    「うわぁ、席次に物を言わせるなんて! モブリット、横暴だぁぁ!」

    ハンジの断末魔の様な悲鳴が、訓練兵達の笑いを誘ったのであった
  67. 74 : : 2015/05/12(火) 15:55:21
    「うっ、うっ……許して下さい次席様ぁ」

    「許しません。きちんと最後まで課題を自力でやるまでは」

    席次発表後、モブリットは結局、ハンジが止めるのも聞かずに教官に直談判しに行った

    もちろん、ハンジの席次についてだ

    そして教官からの言葉を聞いた彼は、早速訓練後、食事を終えたのハンジの首根っこを捕まえて、講義室に連れ込んだのであった

    「だから、今夜は外出して……昨夜設置した巨大昆虫捕獲罠が機能しているかどうか確認に……」

    「要するに、昨夜に引き続き、今夜も門限破りするんじゃないですか」

    モブリットは呆れたような口調で言葉を発した

    「だって……くわがた虫……」

    「……で、捕まえたくわがたのハサミで俺の鼻を挟むんですよね? いい加減にしてくださいよ! そんなに高くもない鼻が、もげたらどうしてくれるんですかっ! 」

    「な、なんで私の華麗なる計画がばれてるんだ。誰にも話してないはずなのに……って、しまった、アンカか」

    ハンジは頭を抱えた

    「そうです。後は数人の女性兵士からも聞かされました。危ないとね……はぁ」

    モブリットはため息をついた
  68. 75 : : 2015/05/12(火) 17:38:57
    「な、なんで君がため息つくんだよ」

    「教官がおっしゃる通りですね。あなたは全てにおいて水準を遥かに超える能力を持っているのに、一つ興味をそそられると、周りをないがしろにしても気にせず猪突する。それが兵士としての信頼や、協調性を損なう恐れがある。だから、成績のわりに席次がかんばしくなかったんです」

    モブリットは頬杖をつきながら、アンニュイな表情を見せた

    ハンジは耳を塞ぐ

    「モブリット、うるさい……話長いし」

    「とにかく、今日与えられた課題だけは済ませましょう。俺も見守ってますから」

    モブリットは、耳だけでなく目まで閉じているハンジの肩をぽんと叩いて、優しく言葉をかけた

    「見守るじゃなくて、監視だろ」

    ハンジは恨みがましい目をモブリットに向けた

    「ええ、監視です」

    「ちぇっ。くわがた虫……」

    ハンジは尚も名残惜しそうに呟いたが、諦めて課題に向き合う事にした
  69. 76 : : 2015/05/12(火) 18:35:46

    「やれば、出来るじゃないですか。さすがです、ハンジさん」

    二時間程で全ての課題をやり終えたハンジに、モブリットは拍手を送った

    「……つ、疲れたなぁ」

    ハンジは机に突っ伏しながら息をついた

    「疲れましたか。もう動けませんかね?」

    「ん? いや、動けないことは無いけど……」

    ハンジは顔を上げて、虚ろな目をモブリットに向けた

    「死んだ魚みたいな目をしていますよ、ハンジさん。今から、行きましょうか……その巨大昆虫捕獲罠の確認に」

    モブリットのその言葉に、ハンジは勢いよく立ち上がり、両手の拳を天高くあげた

    「わーっ! いいの?! 門限破り、いいのかい?!」

    「今から一時間以内なら、門限破りにはなりませんよ。施設内の森でしょう?」

    「う、うん! そうだね……! よし、善は急げだ! 行こう、モブリット!」

    ハンジの虚ろな目は、みるみるうちに生き生きと輝きを増していく

    モブリットはやはりハンジには、その熱の籠った眼差しが似合っていると密かに思ったのであった

  70. 77 : : 2015/05/12(火) 20:24:51

    「……ありゃ、全然捕まえられてないや」

    数個の捕獲罠の全てを確認し、ハンジはため息をついた

    「くわがた虫を捕まえたいんですよね? でしたらこんな大層な罠なんか必要ありませんよ」

    ハンジが示した捕獲罠を、モブリットは手に取ってそう言った

    「……そ、そうなの? 空き瓶に樹液塗りたくって、入ったらパタン、て蓋が閉まるようにしたんだけど」

    「とても上手く出来た罠だと思います。ですが、これだと外に群がるだけで、蓋が閉まるほど中に入ってくれないと思うんです」

    「……そっかあ。くわがた捕獲作戦は失敗かあ」

    ハンジはがっくり肩を落とした
  71. 78 : : 2015/05/12(火) 20:25:19

    「ですから、罠なんか必要ないんですって。樹液が良く出ている木を探してみましょうか」

    モブリットの言葉にハンジは頷くと、辺りの木を確認しはじめた

    しばらくすると、ハンジがモブリットを呼んだ

    「この木はどうかな?」

    「……いいですね。じゃあ木の根元の土を少し手で掘ってみましょうか」

    ハンジが言われた通りにすると、土の中からくわがた虫やカブトムシがわらわら出てきた

    「凄い! 大漁だ! 」

    「樹液の良く出ている木の根元の腐葉土。これはカブトムシやくわがた虫の絶好の巣なんですよ」

    手のひらにカブトムシやくわがた虫を乗せて嬉しそうなハンジを、モブリットはじっと見詰めた

    目の前で昆虫と戯れる無邪気なハンジの頭の中だが、一方では無邪気とは程遠い、途方もない夢を描いている

    彼女のどちらの面も大切に育みたいと、彼は願うのであった
  72. 79 : : 2015/05/12(火) 21:37:42

    「さぁでは早速……」

    ハンジはいきなり立ち上がると、くわがたのハサミをモブリットの鼻の頭にくっつけようとした

    それを辛くも身を翻し、逃れるモブリット

    「ちょっと、油断も隙もない! やめて下さいって言ったはずですよ?!」

    「やっぱり起きてる間は無理かぁ。寝静まった頃を見計らって……」

    「しょうもないいたずら目的で、男子寮に不法侵入しないで下さいよ」

    モブリットはこめかみを指で押さえながら呻くように言った

    「じゃあさ、夜這いならいいの?」

    ハンジはモブリットの顔を覗きながら問いかけた

    「…………はい?」

    「いたずらじゃなくて、夜這いならいいのかな?」

    ハンジは艶やかな笑みを浮かべた

    「い、いいわけないでしょうが……!」

    「次席の優等生君、顔が真っ赤で満更じゃなさそうだね」

    ハンジはそう言いながら、モブリットとの距離をぐっと縮めた
  73. 80 : : 2015/05/12(火) 21:38:16

    鼻先が触れ合うくらいに近づいたハンジの顔に、モブリットは赤面し、思わずのげぞる

    「ちょっと、ハンジさん、近すぎ……」

    「ほいっ!」

    ハンジは素早く、モブリットの鼻をくわがたに挟ませた

    「……いっ……痛った!!!!!」

    「ふふっ、油断大敵だよ、モブリット」

    ハンジは愉しげに笑うと、逃げるようにその場を後にした


    残されたモブリットは、なんとかくわがたを鼻から引きはがしてから、不満げに口を開く

    「……まったく、デリカシーが無さすぎだ。あの人、絶対わかってやってるよな……?」

    痛む鼻を擦りながら、モブリットはため息をついたのであった
  74. 81 : : 2015/05/12(火) 22:41:14
    「……で、夜中に二人でこっそり森に消えたと思ったら、虫取りしてたのかよ……色気が無いな」

    男子寮のベッドの上で、同室のグスタフと会話を交わしていたモブリット

    どうやらハンジと連れだって森に行った所を彼に見られたらしく、質問攻めにあっていたのだった

    「色気なんかあるわけないだろ?ハンジさん相手だぞ?」

    「夜に男女が二人でこっそりといえば、俺の常識からすれば、逢い引きとしか考えられん。やる事やったんだろ? 正直に話せよ、モブリット」

    「だから、本当に虫取りだって……ほらこれが戦利品さ」

    モブリットはそう言うと、先程自分の鼻を挟んでいたくわがたをグスタフに見せた

    「……立派なくわがただな。小さい頃よく取った」

    「ああ、同じく。ハンジさんは都会育ちだから、あまりそう言う遊びはしなかったらしい。だから今ごろになって興味がわいてるみたいなんだ」

    モブリットの言葉に、グスタフは肩を竦めた

    「いい年した女が虫取りに興味……やっぱり相当変わってるな」

    「……ああ、それは否定できない。ハンジさんは変わり者だよ」

    モブリットは頷いた
  75. 82 : : 2015/05/12(火) 22:42:30

    「だが、そういう一風変わった所も気に入ってるんだろ? ハンジの事になると、お前は目の色を変えるからな」

    「そ、そんな事は!」

    「ハンジは良くみたら美人だしな。それに、そういえばアンカが言ってたが、ハンジは着痩せするタイプで、実は結構胸あるらしいぞ。良かったな、モブリット」

    グスタフはにやりと笑いながら、モブリットの肩を叩いた

    「な、な、何が良かったな、だよ!」

    モブリットはみるみるうちに顔を紅潮させた

    「今後の楽しみが増えただろうが。っと、すでに確認済だったかもしれんがな」

    「確認?! してないし、しない!」

    モブリットは何かを振り切るように首をぶんぶん振った

    「しないなんて言い切らなくてもいいだろ? 全く素直じゃないな、次席様は」

    「その呼び方止めてくれよ……」

    モブリットは頭を抱えた

    「じゃあおっぱい星人か? それともむっつりスケベか?」

    「そんなの、どっちも嫌に決まってるだろ?! 俺はもう寝るからな!」

    モブリットは布団を頭から被って目を瞑った

    すると、布団ごしにぽんと背中を叩かれる

    「まあ、頑張れよ。そう簡単にものに出来るような女じゃないから大変だろうけどな」

    「ものにしようなんて思ってないのに……」
    そう小さく呟いたモブリットであった

    だがその実、彼女の全てを知りたいという気持ちを持ち始めている自分に、慄然としたのであった
  76. 83 : : 2015/05/13(水) 16:06:45
    こうして、二人の甘いとは言えない関係は変わる事なく続いていく

    ハンジはある意味二面性を持ちながらも、持ち合わせていた卓越した戦闘能力や立体機動のセンスを更に伸ばし、開花させ、自らが夢に描いた外の世界で生き残る術を身に付けて行く

    モブリットは、堅実にあらゆる技術や学問を身に付け、不安要素であった体力面も、人一倍の努力でその憂いをなくした

    訓練兵になりたての頃、ひょろひょろだと言われた体は、そのお陰で鍛え抜かれた立派な体躯に変わっていた

    その結果、二年目の終わりには、ハンジは9位という席次にまで上がっていた

    モブリットの次席は変わらなかったが、教官からの信頼も厚く、憲兵団入りは確実視されていた
  77. 84 : : 2015/05/13(水) 16:08:12
    訓練兵になってから丸二年、三年目の中程に入ったある日、二人はいつもの馴染みの場所に陣取って、読書やメモ書きに勤しんでいた

    「ふう……ここはやっぱり落ち着くね。人も見当たらないし、景色はいいし、風が心地いいし」

    ハンジは風に煽られる前髪を手で掬いながら、ふわりと微笑んだ

    「そうですね。静かな休日を過ごすには、ここが一番です。もう何回も、この場所に世話になっていますし、常連ですね」

    彼らがいるのは、ハンジが初めて、モブリットに自分の夢を、考えを語った場所……施設の裏の小高い丘の上だ

    カップルに人気の丘だが、結構広い場所のお陰か、他の兵士達に見咎められた事は一度もなかった

    彼らは何度も、二人でこの丘に足を運んでは考えをまとめたり語り合ったりした

    訓練の合間をぬって、モブリットは主に空の飛び方を、ハンジは巨人に虐げられる以前の歴史を、人目を忍んで整理していたのである

    「やっぱり、空は案外簡単に飛べる方法がありますね。いくつか思い付いています。ただ……」

    「うん、言わなくていい。それは頭の中にだけ入れておいて?」

    ハンジはモブリットの言葉を制止するように、彼の唇に自分の人差し指を当てた

    「はい、ハンジさん」

    モブリットは素直に頷いて、返事をした
  78. 85 : : 2015/05/13(水) 16:11:19
    「君は技工に詳しいから、その考えを実現させる力を持ってると思う。けど、今はまだ、内緒だね……万が一誰かに聞かれでもしたら、危ないしね」

    ハンジは、唇に当てていた指で彼の頬をすっと撫でて、目尻を下げた

    次席の優等生であるモブリットが、変人の異名を持つ自分を懸命に理解しようとしてくれているのを、ハンジは嬉しく思っていた

    後にも先にも、彼ほど信頼できる人間は現れないだろう……そう思っていた

    だが、一年後には道を分かつ事になる

    彼は間違いなく憲兵団に配属される

    教官達のお墨付きなのだ

    そしてハンジは調査兵団へ……

    今の席次ならば、モブリットと共に憲兵団に行くことは可能だ

    しかし彼女の頭には、憲兵団という選択肢はない

    だが、彼と共に有る事が普通になりつつある今……このまま共に過ごし続ければ離れがたくなるかもしれない

    直ぐ手の届く所に何時もいて、小言を言いながらも支えてくれていた、目の前にいる優しい青年

    彼に一緒に来てくれと頼めばいいじゃないか……そうすればきっと迷わず着いてきてくれるはずだ

    ハンジはそう考えて、息を飲む

    彼の運命を、軽々しく左右しようとしている自分自身に背筋が凍りつく
  79. 86 : : 2015/05/13(水) 16:11:56

    「……ハンジさん、どうかしましたか?気分でも悪いんですか?」

    モブリットの言葉に、ハンジは我に返り、息をつく

    「いや、なんでもないよ。ごめんモブリット……今日は帰ろうか。ちょっと、疲れてるみたいでさ」

    「そうでしたか。すみません気が付かなくて……大丈夫ですか?歩けますか?」

    モブリットは立ち上がると、心配そうな表情でハンジに手を差し伸べた

    ハンジはしばらくその手をじっと見詰めたが、結局握ることはなく、自分で立ち上がった

    「ごめん、大丈夫だよ。行こうか」

    「…………はい、ハンジさん」

    モブリットはハンジの表情が、何処と無く憂いを帯びている様に見えて、彼女の背中を追って丘を下る間、ずっと自分の行いに何か非があったかと考えを巡らせていた
  80. 87 : : 2015/05/13(水) 16:22:08
    その日の夜、ハンジはベッドに横になったものの、寝付けずふらふらと廊下を歩いて寮の外に出た

    昼間に脳裏を過った、あの考えが頭から離れなかったのだ

    後一年足らずで、モブリットと離れなければならない

    いくら自分が彼を必要としていても、その時は確実にやってくる

    今までの訓練を思い出すと、ハンジはなぜか、モブリットと組まされる事が多かった

    チームに分かれて行う訓練も、一対一の訓練も、その殆どをモブリットと組まされていた

    自分を御せるのがモブリットしかいないからなのかもしれない……とにかく、理由は定かではないが、暗黙の了解の様に一緒にいた

    ハンジはその場に座り込み、目を伏せた

    このまま一緒にいれば、いつか必ずモブリットに思いをぶつけてしまう

    ずっと側にいて欲しいという、とんでもないわがままを……

    ハンジはぐっと唇をかんだ

    そして、しばらくして立ち上がると、女子寮でも男子寮でもない、ある場所に向かって歩き始めた
  81. 88 : : 2015/05/13(水) 16:26:50
    次の日

    ハンジは朝早く起きて食堂へ行った

    いつもより半時間は早い……案の定、モブリットはおろか、同僚は誰もいなかった

    用意されていた朝食を一人でそそくさと平らげ、食堂を後にしようと立ち上がったその時、背後から声が掛かった

    「おはようございます、ハンジさん。今朝は早かったんですね」

    ハンジが振り向くと、そこにはいつもと変わらないモブリットの笑顔があった

    ハンジは思わず目を反らした

    「ああ……早く目が覚めちゃって。じゃあまた後でね」

    ハンジはそう言うと、彼とろくに目も合わさぬまま、逃げるように食堂を後にした

    「…………ハンジさん?」

    モブリットはいつもとは全く違う、今までに見たことが無い様なハンジの行動に、首を傾げた

    「なんだ、珍しいな。ハンジがお前と飯を食わない日が来るとは。喧嘩でもしたのか?」

    グスタフの問いに、モブリットは首を振った

    彼にも何がなんだかわけがわからなかった

    昨日までとはあきらかに違うハンジの態度に、やはり何か怒らせたのかもしれないと思った

    だが、昨晩中考えても答えが出なかったのだ

    このままあれやこれや考えるより、訓練後にでも直接話を聞いてみるほうがいいと結論付けて、朝食をかきこんだ
  82. 89 : : 2015/05/13(水) 16:30:12
    今日の訓練内容は、雪山での訓練を想定した内容のものであった

    訓練兵三年目に行われる、大規模な雪山での兵站行進

    馬も立体機動も使わず、大きな荷物を背負って登山する

    しかも険しい北の雪山での訓練のため、死者が出る年もあるほど、過酷な訓練であった

    その訓練に先立ち、二人でチームを組み、数日間共に訓練に励む

    その後、北の雪山へと移動し、本番を迎える

    そのペアが発表された時、周囲は少なからずどよめいた

    影でおしどり夫婦と呼ばれていたハンジとモブリットが、ペアにならなかったからだ

    モブリットの相手はアンカで、ハンジの相手は首席のエリートだった

    「モブリット……よろしくね? 大丈夫?」

    固まったモブリットの表情を心配して、アンカが顔を覗いた

    「ああ、ごめん。こちらこそよろしく。荷物の準備とか、さっさとやってしまわないとね」

    「ええ、そうね。雪山って行った事が無いし不安だけど……次席様と一緒なら大丈夫そうだわ」

    アンカはモブリットににっこり笑いかけた

    「次席様は止めてくれよ……夫婦揃っておなじなんだからなぁ……全く」

    モブリットは肩を竦めた
  83. 90 : : 2015/05/13(水) 16:41:27

    「夫婦といえば……ハンジには首席様がつくのね。私はまたモブリットとかな?って思っていたけど」

    「まあ、彼は優秀な男だし、ハンジさんも嬉しそうだし、いいんじゃないかな」

    「嬉しそうかな? にやにやしてて怪しいとは思うけど……」

    アンカは眉をひそめた

    その時だった

    「モブリット……アンカは頼んだぞ! いいか、絶対に手を出すなよ? 俺もまだ最後までは……むぐぐ」

    「グスタフ、うるさい。あなたのバディは男二人よね? 良かったわね。頑張って」

    「くそう……モブリット、羨ましいぞ」

    グスタフは恨めしげな目をモブリットに向けた後、仲間の所に立ち去って行った

    「そうか。二年以上付き合ってて、まだ至ってないんだな」

    「……何の話? 詮索ならお断りよ」

    モブリットの小さな呟きに、アンカはつんとそっぽを向いた


    こうして、モブリットはハンジの態度の変化について聞く暇を与えられず、訓練兵最大の難関訓練に向けて動き始めた
  84. 91 : : 2015/05/13(水) 16:46:17
    北の雪山訓練の前夜

    北ユトピア区に移動した訓練兵達は、北の訓練兵団施設に間借りをして一夜を明かし、明日朝から訓練を開始する

    やっと全ての準備を万全に整え、話し合いも済ませたモブリットは、バディであるアンカと分かれ、ハンジの姿を探した

    彼女は施設の外で佇んでいた

    何度もハンジと話をするチャンスを伺っていたのだが、なかなかその機会が得られなかった

    というより、どうやら彼女に避けられている様に感じていたモブリット

    今日こそはと思い、そっとハンジの背後に歩み寄った

    「ハンジさん」

    彼が声を掛けると、ハンジは体をびくつかせた

    「……やあ、モブリット」

    ハンジはちらりと振り向きそう言うと、また視線を前方に向けた

    「明日は雪山ですね。準備は万全ですか?」

    「……大丈夫だよ。子どもじゃあるまいし、そんな事くらい言われなくてもさ」

    「そう……ですよね。すみません」

    モブリットは明らかに不機嫌になったハンジに、頭を下げた

    「ま、明日は君たちの前に出立みたいだし、抜かれない様にしなくちゃね。何せうちのバディは首席だから、この訓練で君のチームに負けたら、君に成績を逆転されちゃうしね」

    「俺は、成績よりも、あなたの方が……」

    「私の方が、何? 心配とでも言いたいのかい? 私は君がいなくてもやれるよ。バカにしないでくれ」

    ハンジは吐き捨てる様に言うと、踵を返して兵舎に戻ってしまった

    「…………ハンジさん」

    モブリットはこめかみを指で押さえながら、頭を振った

    自分が良かれと思って焼いてきた世話を、実は迷惑に思われていたという事実を突きつけられて、やりようの無い後悔に苛まれた
  85. 92 : : 2015/05/13(水) 18:11:42
    悲しいな
    期待
  86. 93 : : 2015/05/13(水) 18:54:43
    >とあちゃん☆
    うん……。・゜゜(ノД`)読んでくれてありがとう!
  87. 94 : : 2015/05/13(水) 19:01:24
    翌日


    北の雪山の訓練は、午前中快晴であった

    成績下位の者から出立し、最終二組がハンジと首席のチーム、最終がモブリットとアンカのチームになる

    彼らはチーム毎に時間差で出立するため、ハンジたちが出立するのは夕方頃になる

    順調に訓練が進む中、ついにハンジ達の出立時間になった

    モブリットは彼女のその背中を見送ったが、声を掛けることが出来なかった

    「……あなた、大丈夫? 顔色が良くないけど」

    「アンカ、ごめん、不安にさせて。大丈夫だよ」

    「不安ではないけど……元気がないから心配なだけよ」

    アンカの言葉にモブリットは、心配かけまいと笑顔を見せた

    そうこうしている間に、モブリット達の出立時間になった

    彼らの過酷な訓練が、幕を開ける
  88. 95 : : 2015/05/13(水) 19:04:53

    「……吹雪いてきたな。アンカ、寒さは大丈夫かい?」

    「ええ、靴下何枚も履いてきたし、寒さは大丈夫だわ。視界は良くないけど……道は外れて無いわよね?」

    「ああ。地図は頭に叩き込んであるからね。支給されていない詳しい地図の方をね」

    モブリット達はコンパスを頼りに確実に山を登っていた

    山頂にたどり着いた時には夜だったが、休む間もなく下山する

    しかし、時間が経つにつれ、吹雪がきつくなってきていた
  89. 96 : : 2015/05/13(水) 19:06:49

    「視界が殆どないな……」

    「ええ……吹雪も酷くなっているし、早く下山した方が良いわね」

    モブリットとアンカが並んで歩いていると、前方に松明の灯りが見えた

    「……あら?もしかして首席に追い付いた?」

    アンカの言葉にモブリットは頷いた

    だが、その松明の灯りの側までたどり着いた時、彼は思わず目を疑った

    「……何を、してるんだ? ハンジさんは?」

    彼が確認したかったハンジの姿は、そこにはなかった
  90. 97 : : 2015/05/13(水) 19:12:49

    首席の兵士は、松明を片手に崖下を覗いていた

    モブリットの言葉を聞いた瞬間、彼は立ち上がり叫んだ

    「モブリット……ハンジが下に落ちた! 返事が無いんだ」

    「えっ……この崖から落ちたの……?高さは」

    首席の言葉に、アンカが状況を整理しようと問う

    「10メートル程だと思う……熊に襲われたんだ。何とか追い払ったんだが、ハンジは飛びかかられて、避けたんだが、そのまま崖下に……」

    「……君、怪我は大丈夫か? 足から出血しているようだけど。止血はしたか? 」

    モブリットの言葉に、首席は頭を振る

    「いや……とにかくハンジを上げてやろうと……」

    「アンカ、止血をしてあげてくれないか。そして、すまないけど二人で山を降りてくれ」

    モブリットは静かにそう言うと、ロープを木に巻き付けはじめた
  91. 98 : : 2015/05/13(水) 19:30:23

    「モブリット、何する気?!」

    「下に降りてハンジさんを助ける」

    アンカの問いに、モブリットは当然とばかりに即答した

    「俺も手伝わせてくれ……モブリット」

    首席の兵士は、アンカに止血をしてもらいながら力なくそう言った

    「君の足は、もう限界に近い。早く下山して手当てをしなきゃ、切断しなきゃいけなくなるよ ? 幸いアンカはまだ少し余裕があるし、俺はまだまだ行けそうだし、後で追いかけるから」

    「で、でもモブリット……一人じゃ無理よ」

    「アンカ、大丈夫。彼の事は頼んだよ? さあ、早く下山するんだ。吹雪がこれ以上酷くなる前に」

    モブリットは半ば無理矢理彼らの背を押して下山させると、木に巻き付けたロープの反対側を、自分の体に巻き付けて崖下に降りた
  92. 99 : : 2015/05/13(水) 20:51:36

    「ハンジさん……ハンジさん!」

    彼は声を上げて、何度もハンジを呼んだが、返事は無い

    焦る気持ちを抑えながら、諦めずに辺りを見回す

    しばらく落下地点らしい所を目を皿にして探していると、ハンジをやっと見つけた

    彼女は木に引っ掛かっていた

    モブリットは慌てて木に登り、彼女の体を今にも折れそうな枝から、自分の腕の中に移動させた

    おそるおそる呼吸を確認すると、微かだが空気が口から漏れる音がした

    「生きてる……だけど」

    彼女の顔色は蒼白で、唇にも血の気が感じられなかった

    「ハンジさん、ハンジさん!」

    モブリットは彼女の頬を叩きながら何度も名前を呼んだ
  93. 100 : : 2015/05/13(水) 20:52:08

    やがて、ハンジはうっすら目を開けた

    「…………モ……ブ……?」

    微かな声で自分の名を口に出そうとするハンジに、モブリットはほっとして、胸の奥がじんと熱くなった様に感じた

    「ど……して……?」

    「あなたのバディは、アンカと一緒に先に下山してもらいました。彼は足に大怪我を負っていて、直ぐに処置しなければ取り返しがつかなかったからです。俺が代役ですが……すみません」

    モブリットは何故か謝ると、ハンジを背負って木を降りた

    「近くに山小屋があるはずなんです。山の詳細地図に書かれていたので。この吹雪にあなたの体力を考えると、何処かで暖を取らなければ……」

    モブリットはそう言うと、コンパスを確認して歩き始めた

    「私……歩くよ」

    ハンジの言葉にモブリットは頷くと、背中から彼女を下ろした

    「行きましょう。辛くなったら遠慮なく言って下さいね、ハンジさん」

    「……うん」

    こうして二人は、雪山の中を吹雪に吹き付けられながらなんとか歩む

  94. 101 : : 2015/05/13(水) 21:22:59

    しばらくさ迷った後、モブリットの見立て通り、山小屋を発見した

    モブリットが燃料になりそうな物を燃やしている時、ハンジが歯の根が合わないような声を出す

    「モブ……リット……寒い」

    ハンジは端から見てわかるほどに震えていた

    部屋は暖かくなりつつあったが、長時間枝に吊るされ、雪まみれになったハンジの衣服が冷えて、彼女の体温を奪っていたのである

    モブリットは彼女の手袋を外してぎゅっと握った

    暖かみは全く感じなかった

    そして、彼はハンジに徐に告げた

    「服、脱いで下さい。濡れてる物全部」

    「えっ……いやでも……」

    「早く! その濡れた服があなたの体温を奪ってるんですから!」

    モブリットの剣幕に、ハンジは震える指先で服を脱ぎはじめた
  95. 102 : : 2015/05/13(水) 21:23:24

    モブリットはその間に、ハンジの荷物を探っていたが、やがてため息をついた

    「あなた、着替えを入れてないじゃないですか……」

    「忘れてた……ごめん」

    ハンジの荷物に着替えが入っていない事を確認したモブリットは、自分の荷物からシャツを取り出した

    「脱いだよ……」

    下着だけになったハンジに、モブリットはシャツを被せる

    「それ、着てて下さい」

    「うん……ありがとう」

    ハンジはモブリットのシャツに袖を通した
  96. 103 : : 2015/05/13(水) 21:24:04

    モブリットは自分の荷物の中から、シュラフ(寝袋)を広げた

    「ハンジさん、ここに入ってて下さい」

    「うん」

    ハンジは素直に、用意されたシュラフに入った

    すると、モブリットは自分も濡れた服を全て脱いで、シャツはハンジに貸してしまったので、下着だけで同じシュラフに潜り込んだ

    ハンジはその行動にびっくりしたが、彼が自分の体に腕を回してしっかり抱き締めてくれた時、心の底から安堵の息をした
  97. 104 : : 2015/05/13(水) 21:25:45

    モブリットにすっぽり覆われながら、ハンジは言葉を発する

    「モブリット、暖かい……」

    「あなたの体が、冷たすぎるんですよ」

    モブリットはそう言うと、体を密着させた

    「冷たいよね……」

    「俺の体温、全部奪っていいですから……ハンジさん」

    モブリットはそう言うと、ハンジを抱く腕により一層力を込めた

    「それじゃあ君が死んじゃうよ」

    「俺はそうそう死にませんから……とにかくこのままじっとしていましょう。部屋もじき暖かくなりますし、朝日が昇って吹雪がやめば、下山できますからね」

    「うん……」

    ハンジはモブリットの温もりに包まれながら、そっと目を閉じた

    このまま時が止まればいいのにと思いながら
  98. 105 : : 2015/05/13(水) 21:27:16

    パチッパチと木が燃える音が、部屋に響く

    ハンジは目を開けた

    そして、埋めていた彼の胸から顔を上げると、少し恥ずかしげに彼に問いかけた

    「……あのさ、君は恥ずかしいとか、ないの? 脱いで、なんて言ったり、こうして密着してるわけじゃない……?半裸で」

    「あなたの命の危険がある時に、そんな事かまってられないですよ。そりゃあできたら……」

    モブリットはそこまで言って、言葉を止めた

    「できたら……なんだい?」

    「できたら、こんな状況じゃなくて、こうしてみたい……って何言わすんですか!」

    モブリットは顔を真っ赤にして叫んだ

    「勝手に言ったんだろ……?モブリットのえっち」

    ハンジはモブリットの背中に手を回して、指先でつつきながら艶やかな声色で囁いた

    「うるさいですよ?! あんたそんなに元気なら離れて!」

    「やだ……まだ寒いし」

    離れようとするモブリットの胸に顔を埋めて、ハンジは首を振った

    「じゃあ、さっさと寝なさい。余計な事は考えんでよし」

    「はぁい……おやすみなさい」

    こうして、二人はシュラフにくるまり一夜を明かす
  99. 106 : : 2015/05/13(水) 21:28:05
    翌朝、ハンジ達が下山した時、訓練兵達が登山道の入口に集まっていた

    彼らは下山してきた二人を見つけて、大歓声を上げる

    その集団の先頭にいた人物が、ハンジとモブリットに駆け寄ってきた

    「ハンジ、モブリット……! 無事で良かった……」

    「心配かけたね、アンカ」

    すがりつく彼女に、ハンジは腕を回して応えた

    「こんな所に皆いて……アンカ、君が集めたのかい?」

    「ええ、そうよ。私と首席様でね。教官の命令を無視して、皆で捜索隊を結成してたの。今から出立しようとしてた所だったのよ」

    アンカは胸を張って答えた

    そう話していると、ハンジとバディだった首席の兵士が歩み寄ってきた

    「モブリット、すまなかった。ハンジが無事で良かった……」

    彼はモブリットに頭を下げた

    「いや、君がハンジさんを見捨てずに俺たちを待っていてくれたから、彼女を助ける事が出来たんだよ。こちらこそ、感謝してる。ありがとう」

    モブリットは逆に首席に頭を下げた

    「ごめんね、首席君……足引っ張っちゃって……」

    ハンジは項垂れた

    「ハンジは足を引っ張っちゃいないさ。お前がいなかったら熊にやられてた」

    「首席君……」

    ハンジは瞳を潤ませた

    「……ふふっ、三人とも謙虚で良いわ。それより早く戻りましょ?積もる話しはまた後で!」

    アンカの言葉に、ハンジ達は仲間の輪の中に入って行った

    こうして、一人の犠牲者も出す事はなく、北の雪山訓練は幕を下ろした
  100. 107 : : 2015/05/13(水) 21:48:54
    その日の夜

    ユトピア区の訓練兵施設の個室に、ハンジは寝かされていた

    先程まで怪我の処置が定期的に行われていたが、それもやっと一息ついた

    彼女は足が凍傷に近い状態ではあったものの、命に別状はなく至って元気であった

    全てはモブリットの対応の賜物であった

    眠るにはまだ早い時間……ハンジが手持ちぶさたになりかけた頃、扉を叩く音がした

    「どうぞ」

    ハンジが扉に向かって声を掛けると、ギィ……と軋む音と共にそれが開いた

    「ハンジさん、御加減はいかがですか?」

    訪問者はモブリットであった

    「ああ、もう平気だよ。足も状態はいいみたいだし」

    ベッドに歩み寄ってくるモブリットに、にこやかに応対した

    「それならよかったです」

    モブリットはハンジの顔を見てホッとしたのか、頬を緩ませた

    「君のお陰だよ。ありがとう」

    ハンジの言葉に、モブリットはゆるゆると首を振った

    「本当に、無事で良かったです……」

    モブリットは俯き、小さな声で言った
  101. 108 : : 2015/05/13(水) 21:49:24
    「君は本当に、凄い男だね。初めて会った時からは想像もつかないよ……いつも泣きそうな顔して、気が弱そうだったのにさ」

    「凄くなんかないです……強いていえば、あなたと共にいたから、成長出来たんだと思います」

    モブリットはベッドの側の椅子に腰を下ろして、彼女の手を握った

    重ね合わせた手から暖かい熱を感じて、モブリットは息をついた

    「……ハンジさん、一つお聞きしたいことがあるんですが」

    「ん、なんだい? モブリット」

    「何故、数日間俺の事を……避けてたんですか?」

    モブリットの問いと、真剣な眼差しに、ハンジは息を飲んだ

    「…………」

    「言いたくなければ、おっしゃって頂かなくても結構です……ただ、さすがに俺も……きつかったんで。何か悪かったのか、何でもいいから教えて頂きたかったんです」

    モブリットはハンジの手をぎゅっと握りしめて、今にも泣きそうな顔をした
  102. 109 : : 2015/05/13(水) 21:50:12

    「ごめん、モブリット……」

    ハンジは彼に握られていない方の手を伸ばし、彼の頬に手を当てた

    「いえ……俺は、きっと何かを勘違いしていたんです。あなたと共にいる事が普通になっていて、少し離れたくらいで落ち込んで……」

    「私もさ……君と一緒にいる事が普通で、心地よくて……だから、後少しで道が分かれてしまうのが寂しくて……」

    ハンジはモブリットの頬を撫でた

    彼の優しげな目尻にうっすら涙が浮かんでいるのを目にして、自身も瞳を潤ませた

    「君とこれ以上一緒にいたら……取り返しのつかないわがままを、君にぶつけてしまいそうで……それが怖くて……だから、君から距離を置いたんだ」

    ハンジはそう言うと、瞳から涙を溢れさせた

    モブリットは、彼女の頬を後から後から伝う涙を、丁寧に指で掬った

    「取り返しのつかないわがまま……それは、所属兵科の事でしょうか?」

    「……あ、ああ……そうだよ」

    ハンジはこくりと頷いた
  103. 110 : : 2015/05/13(水) 21:50:50
    「それについては、俺もずっと……考えていました。あなたと共にあるためにどうすればいいかを。あなたが憲兵団に行くのは、あなたの優れた能力を殺してしまいかねませんし……」

    「優れた能力なんかないよ」

    「ありますよ。人とは違った目線から、常識に囚われずに思考を巡らせる……これは誰にでもできる事ではありません。憲兵の様に保守的な立場であればその考えは生かせないでしょうから、やはりあなたは調査兵団に行くべきだと思っています」

    モブリットの言葉に、ハンジは目を見張った

    「私の変人ぶりを、生かすのか」

    「そうです。訓練兵の成績は、いわば憲兵団に入る人材を選ぶためのもの。ですから、俺みたいな堅実派が上位に来るんです。発想力や行動力でいえば、あなたにかなう人は訓練兵にはいませんよ」

    モブリットは熱の籠った眼差しで、ハンジを見詰めた

    「私の力……」

    「はい。俺はあなたがその力を存分に生かせるように、お手伝いしたいと思っています。大した事は出来ないでしょうし、あなたに迷惑をかけるかもしれませんが……」

    モブリットの言葉に、ハンジはまた、止まりかけていた涙を溢しはじめた
  104. 111 : : 2015/05/13(水) 21:51:15

    「モブ……リット……」

    「はい、ハンジさん」

    モブリットはハンジの呼びかけに答えながら、彼女の頬に手を当てた

    「私のわがまま……聞いてくれる……?」

    「はい」

    「私と一緒に、調査兵団に来てくれない?」

    モブリットはその問いに、真摯な眼差しで応える

    「はい、ハンジさん。あなたは俺の、道標です。あなたが実現したい夢を、どうか俺も側で見させてください。できるなら、あなたの一番近くで」

    モブリットの言葉を聞いたハンジは、涙を流しながら頷いた

    頬に当てられていたモブリットの手先が、ハンジの唇をなぞる

    その感覚に応える様に、ハンジはほんの少し、唇を開いた

    その先は、彼らに言葉は必要ない

    熱い吐息と共に優しく落とされたモブリットの唇

    彼の柔らかいそれに、ハンジは確かに彼の強い想いを感じた
  105. 112 : : 2015/05/13(水) 21:55:54
    二人はそのまま、流れに逆らうことなく、お互いの全てを知るために、全ての情報を共有するために……

    やがて一つになった

  106. 113 : : 2015/05/13(水) 21:56:27
    「では、俺は部屋に戻りますね」

    事が済み、しばらく彼女の体を抱いていたモブリットは、ハンジの頬を撫でて立ち上がった

    「えっ……? もう行っちゃうのかい? 」

    ハンジは体を起こすと名残惜しそうに手を伸ばした

    「はい。扉の外が騒がしいのでね」

    モブリットはハンジの手を握ってやりながら、扉に目をやり肩を竦めた

    「……確かに、なんか気配がするね」

    ハンジは小声で言った

    「はい。どうやら声が漏れていた様ですね……しくじりました」

    「ど、ど、どうしよ。やってたのばれちゃった? 教官だったらやばい……」

    「大丈夫ですよ。教官だったらすでに踏み込まれているはずなんで」

    モブリットはそう言うと、扉に静かに近付き、勢いよく開けた

    「わっ!?」

    「あ!」

    「……グスタフ、アンカ、こんな所で何をやってるんだ?」

    扉の外には、案の定グスタフとアンカがいた

    「私はハンジの様子を見に行こうとして……」

    「俺も……」

    「こんな所で扉に耳をひっつけておいてかい?」

    モブリットの呆れた様な口調に、アンカが立ち上がる

    「だって、先に部屋に入られちゃったんだもの! モブリットは待てども待てども出てこないし、かといってハンジの顔は見たいし……仕方がないから待ってたんじゃないの!」

    「そうだ! 邪魔したら悪いから、気配を消して様子を伺ってたんだろ?!」

    「ちょっと、グスタフ!? 」

    アンカはグスタフの言葉に慌ててた

    「…………全く、君たち不粋すぎだぞ?!」

    「モブリットに先を越された! アンカ、早速俺たちも今夜辺り……」

    「しないわ! バカっ!」

    アンカに殴られるグスタフに肩を竦めながら、部屋の中に視線を送った

    その視線の先には、体を折り曲げて笑い転げるハンジの姿があった

    モブリットは彼女に手を振ると、ハンジは投げキッスを返した

    若者達の、甘美で賑やかな夜は過ぎていったのであった
  107. 114 : : 2015/05/13(水) 21:57:04
    こうして、ハンジはモブリットという唯一無二の味方を得た

    二人は訓練兵団を優秀な成績で卒業後、調査兵団に加わる

    果てしなく長く辛い道のりを、諦めずに前を見据えて、時に振り返りながら

    公私共に手を携え歩んで行く

    彼らの夢を実現させるまで、その歩みは止まることは無い


    ─完─
  108. 115 : : 2015/05/13(水) 21:59:23
    完結おめでとうございます。
    貴方様の文才にはただただ脱帽です。
  109. 116 : : 2015/05/13(水) 22:02:07
    >>りんねさん☆
    わあ、早速読んで下さってありがとうございます♪
    今回は若い二人をどう書こうか、悩みながらでしたが……そう言って頂けて嬉しいです(*/□\*)
    ありがとうございました♪
  110. 117 : : 2015/05/13(水) 22:04:33

    ひたすら良かった

    最後のまとめが素晴らしいなといつも。
  111. 118 : : 2015/05/13(水) 22:07:06
    >とあちゃん☆
    読んでくれてありがとう!
    ひたすら良かっただなんて照れる(*/□\*)
    最後、あんまり何も考えてないんだけど、ちょっとおちはつけたいよね……w
    また一緒にぼちぼちがんばろうね!
  112. 119 : : 2015/05/13(水) 22:48:14
    ロメ姉の書くモブハンはいつも素敵で、ニヤニヤしながら読んでますw

    今回はアンカ&グスタフの二人が良い味出しててツボですw
    特に最後www

    あとあと、ハンジさんにだけ敬語を使ってるモブリットさんが好きです!
  113. 120 : : 2015/05/13(水) 23:07:13
    >妹姫☆
    いつも読んでくれてありがとう♪
    モブハン!今回は15才から18才っていう若い年齢の彼らって事で、少しきゃぴ感だしたつもりがあんまりでてなかった!
    アンカとグスタフは、もっと大人びた恋愛してそうだけど、若い頃はみんなこんな感じさ、なんて勝手に解釈して楽しく書けたよw
    モブリットはなんでハンジさんにだけ敬語だったのか……彼なりに敬意を持っていたと思って……
    そこに気がついてくれて嬉しい♪
    ありがとう!
  114. 121 : : 2015/05/15(金) 18:45:46
    執筆お疲れ様でした!
    原作では常に一緒にいる二人が当たり前のように描かれていますが、彼等も訓練兵として苦しい訓練に耐えてきたのでしょうね…
    憲兵を目指していたモブリットが調査兵団への入団を決めたのはやはり、ハンジさんの存在であることが凄く素敵でした

    個人的にモブリットとグスタフが男の子トークをしている場面が凄く癒されました(笑)

    このあと、モブリットが104期訓練兵のように覚悟を決めた表情で(調査兵団へ入る者はこの場に残る)のシーンを想像するとめちゃくちゃ格好いいですね!!!師匠の作品は終わらせ方が凄く綺麗でかっこよくて、読者が次の場面を想像したくなるぐらいの文章力とストーリー力で感動します!!素敵な作品をありがとうございました!!次の作品も期待しています!
  115. 122 : : 2015/05/17(日) 08:43:29
    >EreAni師匠☆
    師匠。・゜゜(ノД`)読んで下さってありがとうございました!
    そうなんですよ!当たり前の様に一緒にいますし、生き残ってきていますが、相当つらい訓練をしてきたはずですよね……
    モブリットはハンジさんに出会って、自分が何をしたいか目標をしっかり持てた!と妄想しましたw

    モブリットとグスタフの男子会話w
    あの辺は年相応の男の子達って感じですよねw

    あー!調査兵団に入るために広場に残るシーン!
    それ凄くかっこいい!
    (書けばよかったw)
    最後笑いで終わらせたから……w

    師匠、いつも温かいコメントをありがとうございます////

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fransowa

88&EreAni☆

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