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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

楽園〜もしもマルコが生きていたら③〜

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  1. 1 : : 2015/02/11(水) 13:55:45


    「もしもマルコが生きていたら」3話目です

    これが最終話になります

    プロット完成の段階で気が遠くなって挫けそうでしたが、なんとかここまで辿り着きました

    励まして下さった皆様のお陰でございますm(_ _)m


    いつもの事ですが、書きたいシーンの下書きしか出来てないので、面倒な穴埋め作業に手間がかかると思います( •́ .̫ •̀ )


    今回は構成上区切る所が無いので前二作より長くなりますが、遅筆ながらも頑張りますので、最後までお付き合い頂けたら幸いです



  2. 2 : : 2015/02/11(水) 13:58:19




    ーーー坊やなぜ泣く


    兄じゃがおらん


    お月さんにいっちて まだ帰らん


    山の神さん どんこんならん


    寂しゅてないても帰りゃせん


    泣くな 坊やはねんねしな


    兄じゃ恋しや


    はよ帰れ






    ーーーはよ帰れ…







  3. 3 : : 2015/02/11(水) 14:00:06




    「おねえちゃん…そのおうた、なぁに?」


    寝室の窓辺に座り、ぼんやりと月を見上げて思いに耽っていたサシャの膝に、小さく柔らかな手が躊躇いがちに乗せられた


    「ああ…目が覚めちゃいましたか。
    また怖い夢見たんですか?」


    その手を取り優しく問いかけるサシャに、少女は小さく (かぶり) を振った


    「もうこわいゆめみないよ?おねえちゃんもみんなもいっしょだもん」


    「そうですね。みんな一緒だから怖く無いですね」


    サシャは少女を抱えて膝の上に座らせると、背中から包みこむように抱きしめた

    子供らしく少し体温の高い項に鼻先を埋めて、小さな命が確かにそこにあることを実感する


    トロスト区の外れにあるこの孤児院に身を寄せて既に数ヶ月


    彼女をここに導いた少年は、身体の傷が癒える間もなく、彼女に幾つかの願いを託して姿を消した


    彼と自分を繋ぐメッセージバードも、その日以来何度呼んでも戻ることはなかった




    ーーーいったいどこで何をしてるんですか…?


    毎日何度も繰り返す問いかけは、呪いのようにサシャの心を不安で曇らせる




    それでも待つしかなかった




  4. 4 : : 2015/02/11(水) 14:27:51




    「おねえちゃん?」


    サシャは訝し気に振り返る少女の頭を慈しみを込めてゆっくりと撫でる


    「このお唄はね、お姉ちゃんが小さい頃にお母さんが唄ってくれた子守唄なんですよ」


    遠い記憶を懐かしむようにそう言った


    「なんていってるの?」


    「大好きだったお兄さんがお月様の所に行ってしまうお唄です」


    「おにいさんかえってこないの?」



    そう尋ねられ、サシャの手が止まる



    「お兄さんはね…やらなきゃいけない事が全部終わったら帰ってくるんです」



    「そっかぁ!おにいさんがんばってるのね?」


    「そうですね。きっと…とっても頑張ってますね…」


    「ねぇ、おうた、もういっかいうたって?」


    「いいですよ。じゃあベッドに戻りましょう」


    「うん!」




    まだ幼い少女は、姉と慕う彼女の優しい笑顔の奥に隠れた悲しみの色を見つける事は出来なかった


    しかしその物悲しい調べの子守唄は少女の心の深い所に落ちていき、切なさと共に不思議な安らぎを与えたのだった









    ーーーーーーーーーー

    ーーーーーーーー

    ーーーーー





  5. 5 : : 2015/02/11(水) 21:35:10




    ーーーストヘス区地下道




    「あれ?次どっちに行くんだ?」


    そう呟いたコニーは三又に分かれた路の前で、ふと足を止めた


    手元のランタンの灯りだけを頼りに薄暗い通路を歩いていたジャンは、少し前を行くコニーが立ち止まってしまったため、危うくその背中にぶつかりそうになり、思わず大声をあげる


    「馬鹿野郎!急に止まるな!道がわかんねぇなら前歩くんじゃねぇよ!」


    「やだよ。後ろだと背中が怖えもん」


    「前は平気なのかよ?」


    「おう、何か来ても先に見えるからな」


    「チッ…何も来やしねぇよ」


    「わかんねぇだろ!」


    「真ん中に行け。その次は左、最後も左だ。
    しっかり覚えろカカシ頭」


    ジャンに言われた通り中央の道へと進んだコニーは


    「こんなの覚えられるかよ。
    せっかく覚えても、どうせ次は違う部屋に移されてんだからな。
    目印でも付けてくれりゃいいのに」


    と、そもそも何故そんな手間を掛けるのかという根本を無視した言葉を吐いた


    「馬鹿かお前は…いや、馬鹿だったな…」


    ジャンの溜息を余所に順調に前を進むコニーは、最後の丁字路を「右」に曲った



    バシッ!!



    「痛ってぇ!!」


    手のひらで張られた坊主頭がすこぶるいい音を響かせる


    「左っつっただろ!いまだに左右が分からねえのか!」


    「うっかりしただけだろ!」


    「うっかりで済んだら憲兵は要らねーんだよ!」


    ジャンに襟首を掴まれ、引きずられるコニー


    「コラ!掴むんじゃねぇ!離せよ!
    もう後は真っ直ぐだろ?迷ったりしねぇから!」


    「黙れチビ!悔しかったらデカくなってみろ!」


    賑やかに地下道を進む二人は、通路の脇に作られた避難用の小部屋の前まで来て、ようやくその喧しい口を噤んだ


    鉄製の扉の取っ手には頑丈な鎖が幾重にも巻かれ、南京錠が三つつけられていた


    地下道が崩れたり火災が起きた際の避難所として使われる筈だったその小部屋は、密閉度が高く、そのため中には外気を取り込む通気口がつけられている


    中に居る人間を守るための小部屋が、今は外に居る人間を守るための地下牢として使われる…

    その皮肉に、いつもジャンは苦々しい気持ちを覚えていた


    南京錠を全て外し鎖を解いた二人は、幾許かの緊張と共にその部屋の扉を開けた



  6. 6 : : 2015/02/12(木) 21:32:11



    避難部屋の中は完全な闇だった


    手に持つランタンを中に翳すと、中央に置かれた寝台の上で横になっている人影が辛うじて見える


    「おい、寝てんのか?」


    ジャンが声を掛けると、人影はもぞもぞと形を変えた


    「こんな時間に寝ちまうと夜眠れなくなっちまうぞ?夜にちゃんと寝ないと、背が伸びねぇんだからな」


    子供の頃から言われ続けてきたジンクスを頑なに信じているコニーは、真剣な口調でそう諭した


    「こんな地下じゃ、昼も夜も関係ねぇだろ」


    言いながら身体を起こしたらしい人物の、大きな瞳が二人を見据える


    ランタンの灯を受けて光彩が絞られた金色のそれは、野生動物のようなギラギラした印象を見るものに与えた


    そんな囚われ人の苛立ちを気にする様子もなく、ジャンは穏やかな口調のまま話し掛ける


    「起きてんなら灯りぐらいつけろ、エレン」


    「つけてもやることねぇし」


    「この前差入れた本はどうした?」


    「アルミンじゃあるまいし、そんなに本ばっかり読めねぇ。
    筋トレしてる方がまだマシだ」


    「ったく…我儘言ってんじゃねぇよ」


    コニーがつけたランプの灯りが部屋全体を淡く照らす


    「んでも元気そうじゃん。メシも食えてんだろ?」


    ジャンの問いかけに、肩を竦めるだけのエレン

    わざわざ本人に訊くまでもない、ということだろう


    エレンの毎日は全て記録が取られていた

    何をどれだけ食べたか

    一日二回の軽い健康診断

    排泄の回数や量に関してまでもが、記録の対象だった


    ストヘス区とシーナを繋ぐこの地下道にエレンが閉じ込められて既に半年


    体調は問題なかったが、精神的な苛立ちは増すばかりのようだった


    面会に来る度にピリピリとした緊張感が昂まってきている


    ジャンはそれを十分承知した上で、敢えて素っ気ない言い方で彼に告げた





    「ようやくお前の上官達が動き始めた。
    あと少し、我慢しやがれ」





    「……どういうことだ?」



    赤に近いオレンジ色の灯を映した獣の瞳が

    ギラリと光ってジャンを睨み付けた




  7. 7 : : 2015/02/12(木) 22:08:33



    あの日エレンを奪い、ユミルとヒストリアが地下道を去ってからここに運び入れたジャンは、恐らく彼にとっては一世一代の博打を打って出た


    ストヘス区とシーナを護った英雄として、師団長より勲功を受ける事になった彼は、その場でエレンという切り札を憲兵団預かりとすることを提案したのだ



    これは一歩間違えれば王政に逆らう意思とも取られかねない案だった

    もし師団長がジャンの意図を全く無視し、頭から否定していたら彼は謀叛の罪で英雄から犯罪者に墜ちていただろう


    『何故中央に渡さず憲兵団が預かるのか?』


    当然そう問われる事は分かっていたジャンは、至極簡単な事だと言わんばかりに師団長に告げた


    『市街地で発砲するような組織を持つ中央を、私は信用出来ません』


    そのジャンの言葉を聞き、師団長は暫し考え込んでいるようだった


    一見の元に提案が却下されなかったということは、彼にも思う所があったからだろう


    王政が束ねる兵団の中でも、最も中央に近い位置にある憲兵団の長である自分ですら全くその存在を知らされていなかった、中央憲兵という組織のとった暴挙


    先日旧友であるエルヴィンに馬車の中で告げられた言葉にも、引っかかるものを感じる


    しかし師団長ナイル・ドークの気持ちを最大級に動かしたのは、まだ少年と呼ぶのが相応しい年齢の新兵が自分に向けて問うた一言だった




    『私たちは、一体何に心臓を捧げているのですか?』




    そう改めて尋ねられたナイルの脳裏に浮かんだのは


    愛おしい家族の顔と、平和で活気に満ちた街の姿であった







    ーーーそしてジャンは師団長から条件付きで「諾」を得、エレンを憲兵団預かりとすることに成功した








  8. 8 : : 2015/02/13(金) 21:14:09



    一方

    すっかり人材が薄くなり、前団長の猜疑も解けないまま壁外遠征に出ることも叶わなくなっていた調査兵団は、表面上は完全に活動停止状態のまま、この半年を静かに過ごしていた


    元よりこの兵団は中央からも市民からも、正しい評価どころかその存在意義すら疑われ続けてきた組織である


    税金泥棒と罵られ、外へと目を向けた血気盛んな若者たちのていのいい口減らしだと陰口をたたかれ、実際多くの命を犠牲にしてここまで存続してきたのだ


    逆風には慣れている


    そして、そんな組織を構成している兵士たちもまた、一般兵とは違う特別な思いと強い意思の力を持ち合わせていた



    「ミカサ、アルミンを見なかった?!」


    変わり者の集団と称される調査兵団の中でも一際その奇行ぶりが伝えられている団長、ハンジ・ゾエが、彼女にしては珍しく慌てた様子で談話室に飛び込んできた


    「アルミンなら書庫にいると思います」


    「あぁ、やっぱりそうか…
    モブリット、書庫に行ってみて。
    パッと見ていないと思っても念入りに探してね。
    汚い毛布にくるまって床にうずくまってたり、書架の隙間にぴったりとはまって考え事してた時もあったから」


    「わかりました。探してきます」


    「どうかしました?」


    ミカサはテーブルの上に広げていた繕いものをまとめると、ハンジに椅子をすすめた




    調査兵団の財政は万年厳しい


    本部兵舎の中で暖房の設備が整っているのは、団長室とここ、談話室ぐらいであった


    そのためかなりの数の兵がここに集まり、思い思いの作業や雑談に興じている


    ハンジは周りの兵には聞こえないよう注意を払った後、ミカサの耳元で囁いた




    「ユミルが来る」






    「…なぜです?」


    眉ひとつ動かさずミカサが聞き返した


    「さぁ…なぜだろうね。彼女は恐らく巨人勢力のメッセンジャーとしてここに来るんだろう。
    でもエレンを持っているのは憲兵だ。
    ヒストリアを必要としているのは中央…
    今更こんな潰れかけた兵団に用があるとは思えないんだけどね。
    何も持たない私たちと、一体どんな取引をしようというのか…」


    「取り引きなんですね?」


    「そう手紙に書いてあったよ。
    今日の午後には着くらしい。
    面談のテーブルにつけるのは私だけだが…
    ミカサとアルミン、そしてリヴァイには隣室に待機していてもらうから、心づもりをしておいて」


    「わかりました」


    ミカサは頷くと手早くテーブルの上を片付け、席を立った




  9. 9 : : 2015/02/13(金) 21:41:12



    ユミルとの交渉を前にハンジは執務室に戻ると、機密文書を入れる用途で作られた金庫を開け、二重底になっている部分から報告書の束を出した



    暗記するほど何度も読み返したそれを、さらにもう一度確認する
     

    ユミルが面談を申し込んできた理由は間違いなくこの内容に関することだろう


    何度見ても現実味の薄い、まるで少年が読む空想小説のような事実が書き連ねられている




    あの時、調査兵団が捕えた新兵は言った


    『王政はどうして巨人化できるエレンを、何の危機感も持たずに中央に招き入れようとするのか疑問に思いませんでしたか?』



    それはまさに彼女が常々疑問に思っていることだった



    初めてエレンが巨人化し、審議場に引き出された時も


    半年前、ヒストリアと共に中央憲兵に狙われた時も


    一歩間違えれば内側から破壊されてしまう危険を冒し、エレンを中央へと入れた


    本来であればネズミよりも用心深く、保身の塊のような彼らが…



    『彼らにとってエレンは…いや、巨人そのものが脅威の対象ではないからですよ』



    なぜ脅威となりえないのか
     


    ーーー全ての根源は『酵母』にあります



    その後少年が続けた言葉にハンジは、頭の中でばらばらだったピースが音を立ててはまっていくのを感じた



    巨人の体躯と質量の矛盾


    高熱を発する身体


    蒸気と共に消える死骸


    人が一斉に巨人化する現象



    潜在的に壁内人類すべてが持つ、巨人化を促す要因とそれを抑える因子



    彼が祖父から聞いていた情報は、曽祖父の頃から受け継が れてきたため不確かで言い伝えに近いほど眉唾なものだったが、巨人研究に身を捧げ、いくつもの解けない疑問を抱えて孤軍奮闘していたハンジにとっては『万能のカギ』に等しいものだった



    『人頭ほどの大きさの酵母の塊』



    それは壁内に流通する食物を蓄えるための施設内にある



    まさに命の要ともいえる食物プラントこそが、長きに渡って人類を脅かしてきた恐怖の元凶だったのだ






  10. 10 : : 2015/02/13(金) 22:15:53



    「ハンジさん、ナイル師団長から返事が届きました。
    それと…アルミンはやっぱり書庫の隅で丸まってましたよ。
    今はミカサと同室で待機しています」



    自身の右腕であり最も信頼している副官との間にノックの習慣は無い


    モブリットが手に持つ手紙を受け取り中を検めたハンジは


    「まぁ…第一段階はクリアだね。
    この先はいきなり難易度が上がるんだけど…」


    そう言って暖炉の中に手紙を投げた



    「その前にもう一仕事ですよ」


    「分かってるよ。
    しかし…このタイミングで彼らが接触してきたっていうのは…」


    「偶然ではないでしょうね」


    「だろうね。
    まぁ、それは今考えても仕方ない。 考えるのは彼らの言い分を全て聞いてからだ」


    ハンジの言葉にモブリットも頷いた





    「…ミカサがね、エレンが居なくなってからやたらと裁縫をするようになったんだ。
    針仕事をすると落ち着くらしい」


    なんの脈絡もなくハンジはそう呟いた

    そしてそんな彼女の性格をよく知るモブリットは黙って続きを待っていた



    「早くなんとかしてあげないとね。
    本部の中の繕い物は、この半年であらかた新品同様になってしまったよ…」



    そう言いながら笑う上官の瞳が静かに燃えているのを、敏い部下は見逃してはいなかった


  11. 11 : : 2015/02/15(日) 22:24:36




    数刻後

    ハンジは巨人能力者の少女、ユミルと二人きりの部屋で対峙していた


    「長い時間話す気も無いんでね。
    さっさと用件だけ伝えますよ」


    最後にユミルを見た時には、常人であれば命を失っているほどの重症だった

    今、まるで別人のように回復している彼女を目の前にして、改めてハンジは巨人能力者の持つ力を実感していた


    エレンを見て慣れているはずだった

    しかし心のどこかで彼が特別な存在なのだという思いがあったのだろう


    今ならわかる

    彼が特別なのではない

    自分自身の体内にもその忌まわしい力の因子が眠っているのだと



    「そうだね。君もいつ捕らえられるか分からない状態じゃ落ち着かないだろうしね」


    ハンジの軽口をユミルは鼻で嗤った


    「今更私を捕まえたところで、なんの意味もないでしょう?」


    「いや、私には仲間を傷つけられた私怨がある。
    脱走兵を団長権限で確保するのは簡単なことだしね」


    ユミルはハンジの脅しを気にした様子もなく


    「ああ、残念ですね、団長さん」


    そう言って邪気の無い表情を浮かべた


    「ユミルとクリスタは既に戦死者になってます。
    ちゃんと名簿にも載っている。
    ここにいるのは一介の民間人ですから、うっかり手を出したら前団長の二の舞ですよ」



    「……なんだって?」



    「手が足りないのは分かりますがね、もっと事務方にも人手を割いた方がいい。
    窓口で兵士の家族のふりをして、戦死者名簿を見せて欲しいと頼んだら、原本を渡してくれましたよ。
    後はそこに約2名の名前を書き足すだけ。
    ちょろ過ぎて気が抜けました」



    「…今それを私にバラしちゃダメだろう?」



    「偽装を調べるならどうぞご自由に。
    とんでもない時間と労力が必要でしょうけどね」



    まだ兵団にいた時はそれほど気にしてはいなかったが、今こうして話してみるとユミルはかなり強かな曲者のようだ


    ハンジは更に警戒心を強めた

    巨人能力者とはいえこんな小娘に丸め込まれる訳にはいかないのだ


    「なるほど。ここに来るための準備は万端ってわけか。
    その様子だとどうせ保険もかけてるんだろう。
    分かったよ、とっとと本題に入ろう」



    ハンジの言葉にユミルは軽く頷いた




  12. 12 : : 2015/02/17(火) 23:54:49



    「こっちの用件は簡単です。
    この半年であなた方が手にした情報、それを中央に売って貰いたい」



    「…売る?」


    「マルコの奴から引き出した昔話を元に、すっかり調べ上げたんでしょう?
    それをネタに王政をひっくり返すつもりでしょうが、そこにちょっと色を付けて貰いたいんですよ」


    口の端しだけを持ち上げてユミルが笑う


    「それは虫のいい話だね。私たちが必死で手に入れたこの情報は、君たちがずっと隠していたものだ。
    中央と取り引きしたいなら自分たちですればいい」


    ハンジはまだ相手の本意を掴みきれないまま、曖昧な答えを返した


    「おいおい、おかしな事を言わないでくれよ団長さん。
    こっちと中央の間に取り引きなんか成立するわけないだろう?
    あんた達が手に入れたそのネタは、どっちにとっても当たり前すぎて何の価値も無いものだ。
    あんた達みたいな第三者が手にして初めて意味が生まれるんですよ。
    分かってるんでしょ?」


    「それにしたってずい分回りくどい事をする。
    私たちを使うつもりなら、最初からその情報をこっちに渡していれば良かったんだ」


    「ハッ!
    半年前のあんた達に同じこと言っても、項を削がれて終わってただろうよ」


    いつの間にか敬語が取れ、素の話し方になっているユミルは、ますます侮れない印象をハンジに与えた


    対峙した二人の間の緊張感がさらに高まる


  13. 13 : : 2015/02/18(水) 00:24:59



    「…条件は何?」


    ハンジの問いにユミルは躊躇いもなく答えた



    「アニ・レオンハートと酵母の引き渡し。
    それと金だ」



    「カネ…?」



    予想外の単語に思わず聞き返す


    「そうだよ。物でも土地でもダメだ。
    きっちり金貨で払ってもらう」



    「一体いくら?」



    ユミルが答えたのは、一番予算の割り当てが大きい憲兵団の維持費、二年分に相当する額だった


    さすがのハンジも二の句が継げない


    万年貧乏活動を強いられている調査兵団であれば、十年近くを賄える金額である


    「君…本気で言ってるの?」


    「大真面目だよ。これ以上はビタ一文まからねぇから、気合い入れて交渉してくれ」


    「待て待て…ったく…何だか頭痛がしてきたよ…」


    「貧乏兵団の団長さんには頭の痛くなる額でも、中央の豚どもにしたらほんのはした金だ。
    試しに提案してみろよ。
    あんた達が握ったネタが、どれほど奴らにとって都合が悪いものかってことが分かるはずだ」


    「確かに大層な情報だとは思うよ…
    でもね、私たちが君たちの出した条件を飲まなきゃならない理由をまだ聞いていない気がするんだが?
    取り引きっていうのは双方のメリットが等価じゃなければ成立しないものだろう?」


    「こっちの提案を聞く気になったってことは、少しはその気になってくれたんだね?」


    「さぁ…それはご褒美次第だね」



    幾つもの死線をくぐり抜けてきた女傑と、決して人には言えないような底辺を生きてきた強かな山師が、静かにお互いの腹を探り合う


    しかしユミルはこの勝負に負けるつもりはなかった


    勿体ぶった様子で鞄から出した石をテーブルに乗せ



    「ご褒美は…この石とヒストリア・レイスの身柄だ」



    挑むような視線を女傑に向ける






    ーーーそして

    黒く、質量のある拳大のその石を前にしたハンジの目が驚きに大きく見開かれるのを見たユミルは、勝利を確信して心の中で勝どきをあげた



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著者情報
Tukiko_moon

月子

@Tukiko_moon

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もしもマルコが生きていたら シリーズ

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