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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

「血濡れた翼を背負う者達」合作SS

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  1. 1 : : 2014/04/10(木) 09:27:04
    「血濡れた翼を背負う者達」合作SS

    大人組好きメンバーで集まり、一つの作品を作る事になりました
    二人のリレー形式になります

    ウォールマリア崩壊以前の845年からの話になります

    シリアスな話です
    キャラは本編の雰囲気に沿うようにしますが、多少の脚色などあります

    原作と話の相違があるかもしれませんが、よろしくお願いいたします


    作家三名は以下の通りです

    88@生き急ぎすぎです!!
    http://www.ssnote.net/users/fransowa

    泪飴@f5
    http://www.ssnote.net/users/tearscandy


    原作でも今だ詳しく語られていない部分を、私たちなりに深く掘り下げて行きたいと思います
  2. 2 : : 2014/04/10(木) 09:28:36
    人類は、最凶の天敵である巨人に対し、屈し続けていた

    安全だと信じられている、壁と言う檻の中に閉じ籠り、ただただ無為に巨人に怯え、暮らしていた

    檻の中に囲われる、さながら家畜の様に…ある者は考える事を放棄し、ある者は酒に溺れ、ある者は宗教に逃げた

    そんな絶望的な状況の中、何かを変える為の一石を投じようと、自らの命すら犠牲にして、抗い続ける小さな集団があった


    人類の叡知の結晶
    巨人を狩り、自由を追い求める者達 その名を《調査兵団》


    彼らは檻の中に囲われる事を由とはせず、常にその視線を壁の外へと向けていた

    その背に背負うは《自由の翼》

    その名の如く、翼をはためかせ、天敵蔓延る壁外へ、自由を求めて羽ばたき続ける

    ―例えどんなにその翼が傷ついても…

    ―例えどんなにその翼を血で染めようとも…
  3. 3 : : 2014/04/10(木) 09:28:56
    ―845年―

    調査兵団第12代団長キース・シャーディスは、団長室で頭を抱えていた

    団長になる前は豊だった頭髪はみる影も無く薄くなり、顔に刻まれる皺も、年齢にしては深すぎた

    今回の壁外遠征でも、沢山の部下…仲間が命を落とした

    キースは元々責任感が強く、情に厚い、上官として好もしい性質であったが、その性質が災いして、壁外遠征から帰還する度に心を痛めていた

    時に非情な判断をせねばならない、そんな立場にあるのだが、優しすぎるこの男には、今の団長職は、耐え難いものであった


    「エルヴィン…また沢山死なせてしまったな…」

    絞り出すようなキースの声に、控えていた長身の男が頷いた

    「…はい、キース団長」

    静かに口を開いたその男…エルヴィンは、キースにゆっくり歩み寄り、執務机に冊子を置いた

    キースはそれを手に取り、パラパラとめくった

    「…調査報告書…もう纏めてくれていたのか」

    「はい。団長は上への報告など何かと気苦労も多い事かと思い、差し出がましいとは思いましたが…」

    エルヴィンは青い瞳を、痩せこけたようなキースに向けた

    キースはその静かな、だが奥に青い焔の様な光を宿す瞳を、目を細めて見た

    「いや、助かった…すまないエルヴィン。君は、君こそはこの部屋の主に相応しいだろうな」

    その言葉にエルヴィンは首を横に振った

    「いえ、私にはまだ…」

    「今はまだ、と言った所だな」
    キースはそう言って、口角を上げた

    エルヴィンはその言葉の真意を図った上で、口を開く

    「分隊長として、まだやれる事がありますから…」

    「そうだな、団長など何時でもなれる。ならばなるべく効果的な時期に、君に渡したいものだな…俺が生きていれば…の話だが」

    少々いたずらっぽく言うキースに、エルヴィンはふっと笑みを浮かべた

    「私も生きているか、分かりませんよ?」

    その言葉に、キースが真摯な表情でエルヴィンを見据えた

    「君は、死んではいかん。それこそ調査兵団の、人類の為に…死ぬ事は許されんぞ」

    そんな上官の無茶な要求に、エルヴィンは
    「善処致します」
    と、苦笑気味に言った
  4. 13 : : 2014/06/04(水) 08:12:43
    皆さんお待たせしてすみません
    submarineさんがご多忙なため、しばらくの間私88と、泪飴さんの二人で更新して行きたいと思います

    時間が空きましたが、今後はどんどん更新していきますので、よろしくお付き合い下さいm(。≧Д≦。)m
  5. 14 : : 2014/06/04(水) 10:50:54
    皆さんこんにちは!
    泪飴と申します。

    88さんに続きまして、私が続きを書かせて戴きます♪
    拙い文章力で恐縮ですが、調査兵団大人組への愛を原動力に、力の限り書きたいと思います(눈_눈 )


    どうぞ、よろしくお願いします★
  6. 15 : : 2014/06/04(水) 10:51:59


    生臭い。
    嫌いな、雨の臭いが鼻腔を湿らせる。

    手を伸ばしても、ガスを吹かしても、壁に登っても届かない場所にある雲。
    それが撒き散らす無数の雫が、希望も、絶望も、夢も、現実も、溶かし洗い流していく。

    足元に転がっている、冷たくなった遺体の背中を打つ雨音の中に、様々な声を聞く。


    重傷を負った仲間の、痛みに呻く声。
    そんな仲間に、必死に呼び掛ける声。
    行方のわからない仲間を探す声。


    それらが反響して、ぐらぐらと視界が揺れる。
    足元の水溜まりに混じる赤が、もはや誰の流したものなのかもわからない。


    酷い。
    こんなにも、世界は残酷だったのか。


    何のために、我々は戦い、死にゆくのだろうか。


    ***


  7. 18 : : 2014/06/04(水) 18:25:41


    輝く太陽の下、どこまでも広がる草原を馬で駆ける。

    暑過ぎず、寒過ぎず、蒸し過ぎず、乾燥し過ぎない、心地よい風が吹いて、キースの髪を揺らす。


    シガンシナを出発してから10分ほど経つが、巨人の気配は無い。

    天候にも恵まれている。

    兵士達も、適度な緊張感を持ったまま、高い士気を保って進んでいる。


    今回の壁外調査の目的は、巨大樹の森内に壁外拠点を設置することだ。

    巨大樹の森は、非戦闘員は巨人の攻撃が届かない高さに退避できる上に、対巨人戦において立体機動の性能を最も生かせる、最高の環境である。

    ここに拠点を作ることが出来れば、今後の壁外調査で、更に遠方への遠征が可能になる。



    必ず、やってみせる。



    強い決意を胸に、キースはハンドシグナルを出し、声を張り上げる。



    「長距離索敵陣形、展開!!」



    キースの指示は、あっという間に全員に伝達される。



    先頭を走る兵は馬の速度を速め、後方を行く兵は減速する。

    兵達は互いに距離を取り、100人を超す調査兵による、巨大な人力レーダーが作り出された。



    844年、この壁外調査のちょうど1年前の遠征で初めて使用されたこの陣形は、壁外の移動に欠かせない存在となった。

    団長であるキースはもちろん、入団したての新兵に至るまで、この陣形を頭に叩き込んだ上で、この調査に参加している。



    キースは目を閉じ、陣形の情報を確認する。



    扇形の陣形の、外周部分には索敵班が、その内側に伝達班が、そして中央にはキース達、本部があり、その後ろを荷馬車が走る。


    壁外調査に参加する兵士達の食糧や、拠点設置の為の資材を積んだ荷馬車は、この陣形内で最も安全な中央後方に配置されている。


    巨人の接近をいち早く発見し、信煙弾により伝達するという、最も重要な役割を担っているのが索敵班だ。

    更に、奇行種が出現した場合の戦闘も、索敵班が担当することになる。


    索敵班によって発信された情報は、伝達班を介して更に拡散される。

    伝達班の兵の主な仕事は、予備の馬と並走しながら、陣形の中央、荷馬車の前方の本部と、索敵班の連絡を助けることであり、巨人との遭遇・戦闘機会は比較的少ないといえる。


    索敵班が兵歴2年以上の者を中心に編成されているのに対して、伝達班には新兵や、戦闘の不得手な兵が多く配置されているのはこの理由からだ。

    しかし、索敵班が巨人の発見に失敗し、陣形内への巨人の侵入を許してしまった場合には伝達班も戦闘に参加する。

    そのため、班長を務めるのは、皆戦闘力が高い者ばかりだ。



    多くの兵を喪った前回の遠征の反省を生かし、エルヴィンと共に何度も何度も練り直し、1ヶ月かけて作り上げた自慢の陣形…。


    そんなキースの思考は、時間差を持って耳に届いた銃声により破られる。

    音のした方向を見ると、早速、赤い煙が立ち上っている。


    「巨人を狩る」のではなく「巨人を避ける」ための陣形。

    その本領が発揮され始めた。


    キースは、緑の煙弾を用意し、赤い煙…すなわち、巨人の発見された方角とは逆の方向に向かって撃った。


    ***

  8. 19 : : 2014/06/17(火) 21:54:58


    出発した時は低い位置にあった太陽が、かなり高い所まで昇った。
    草原だけがずっと広がっていた風景は様変わりし、20メートル程度の樹が何か所も群生している。

    そろそろ、今回の遠征の目的地である巨大樹の森が近いはずだ。

    「エルヴィン、モーゼス、ハンジ、巨大樹の森が接近したら、計画通り陣形を畳む。いいな?」

    「ああ!」
    「ハイ!」

    2人分の返事。
    答えなかった1人は、少し間を置いて口を開く。

    「団長、」

    「何だ、エルヴィン」

    「あちらの雲、見えますか?」

    エルヴィンの視線の先にあったのは、大きな雨雲だった。
    まだ距離があるが、明らかにこちらに向かってくる。

    「何だ……あの雲は……」

    「1年前の…あの、悪夢のような壁外調査と同じですね…」
    「ね、ねぇ、エルヴィン……陣形、畳んだ方がいいんじゃない?巨大樹の森に入る時、どうせ陣形は畳むんだからさ…あの時みたいに、煙弾が使えなくなる前に…!!」

    「…エルヴィン、ハンジはそう言っているが、お前はどう思う?」

    「私も、閉じるべきだと考えます…ですが、いきなり長距離移動陣形に移行するのではなく、徐々に索敵範囲を狭めていく方が宜しいかと」

    「同感だ…よし、陣形を閉じるぞ」

    陣形を変更する、という意味の、青い信煙弾が空高く撃ち上がる。

    まるで、それに答えるかのようなタイミングで、次々と煙弾が上がる。



    しかし。
    その色は、青ではない。



    ゴロゴロと聞こえ始めた雷鳴に被さるように、伝達兵の声が響く。



    「陣形内に巨人が侵入した模様!しかも、左右両側から…!!」



    言葉を失ったキースの目に、血のような色をした赤い煙弾の群れが映った。




    ***




  9. 22 : : 2014/06/17(火) 22:27:57



    「血の臭い……」



    ミケは、自分の左側に配置された索敵班の兵士達が走っているであろう方角に目を凝らす。

    間違いない、人間の血の臭いだ。

    そしてその中に、それは確かにある。
    巨人独特の、臭い。


    「これは、何かあったな…」

    「ミケ!!」


    黒髪をなびかせながら、リヴァイが走ってくる。



    何でリヴァイがこんなところにいる?

    ここは左翼の伝達班、リヴァイの持ち場とは真逆の位置だ。




    「リヴァイ、お前は右翼伝達の班長だろう!?持ち場を勝手に離れるな!!」

    「違う」



    そう答えるリヴァイの表情は、いつも通りの仏頂面だ。

    だが、その声は微かに、しかし明らかに掠れていた。


    「奇行種が複数来てる、エルヴィンに伝えろ…っ!!」


    絞り出すように付け加え、リヴァイはすぐに持ち場へと駆け出す。

    もう既に、片手は剣の柄にかかっている。



    伝達の兵を回す余裕も無いほど切迫しているのか。




    今にも泣き出しそうな曇天の下、突如現れた奇行種。

    「あの日」を再現したかのような、デジャヴ。



    だが今は、悠長に考え事をしている場合ではない。



    「聞いていたな!?団長にこのことを伝達してくれ…!」



    ミケは、伝達兵に指示を出し、指揮本部へ口頭伝達を送る。


    湿った嫌な風の中を駆けるミケの脳裏に、先程のリヴァイの表情が浮かぶ。



    …あいつ、とても苦しそうな表情をしていたな。



    1年前のあの壁外調査で、地下街時代からの親友を亡くして以来、リヴァイは変わった。

    無愛想な表情も、どこか高圧的な態度も、類い稀な才能も、全て変わらずそのままなのに、自分で何かを選択することを、極端に避けるようになったのだ。

    自信喪失…というわけではなさそうだが、自分より上の立場の人間の命令に対し、かなり従順になった。


    同期の中には、やっと調査兵らしくなって来て良かったじゃないか、などと笑う者も居た。

    だがミケは、その原因はもっと根深いところにあると考えていた。



    恐らく、リヴァイに起きた変化は、彼の心が負ってしまった、一種の心理的外傷の表れだ。



    自らの判断ミスで仲間を死なせてしまったというトラウマが、今も見えない血を垂れ流し、彼を追い詰めているのかもしれない。


    「ミケ分隊長!!…エルヴィン分隊長からの口頭伝達です!」


    先程の伝達兵が戻ってくる。


    「どうした!?」

    「『ミケ分隊長とリヴァイ班長の隊は本陣形を離れ、奇行種を討伐した後、巨大樹の森内にて本隊と合流せよ』とのことです!」



    兵団の中でも、貴重な戦力であるはずのミケとリヴァイの隊を切り離す?
    そんなことをして、平気なのか?


    そんな疑問が一瞬だけ過る。
    しかしその迷いは、次の瞬間にはもう消えている。



    「わかった。リヴァイの隊にも、このことを伝えてくれ…ナナバ、ゲルガー、リーネ、へニング、行くぞ…!!」



    ***


  10. 23 : : 2014/06/17(火) 22:29:40



    「リヴァイ班長…そいつはもう……」



    部下の言葉を背に受けながら、全滅させた巨人の体から立ち上る蒸気の中で、首のない新兵の体を抱き締める。



    「荷馬車は、巨大樹に向かってしまいました…残念ですが、」





    遺体は、持ち帰れません。


    ……だよな。



    遺体を寝かせ、背を向ける。


    雨が降り始めた。

    口笛を吹いて馬を呼び戻す。




    またか。
    また。




    『兄貴!』
    『リヴァイ』




    雨音の中に、幻聴を聴く。

    それを掻き消すように、別の声が響く。





    『食事でも、どう?』




    眼鏡を掛けて、髪を適当に束ねたあいつの幻が、笑っている。



    ***

  11. 24 : : 2014/06/17(火) 22:31:11



    人が滅多に来ない木の下。

    あいつらと共に過ごした兵団での日々でやっと見つけた、居場所。



    訓練が終わると、俺は必ずここに来て、考えても仕方のないことを考えている。

    毎日毎日、非生産的な思考の堂々巡りを繰り返して、疲れて、兵舎に戻る。



    恐らく、俺がここに一人でいることは、兵団の誰もが知っている。

    にも関わらず、この場所に人の気配が無いのは、俺への配慮か、遠慮か…その両方なのだろう。



    『やっと見つけたよ…!』



    ある日。

    いつものように、そこに腰かけた時、あいつはやって来た。



    『リヴァイってさ、脚、ほんとに早いね。訓練終わるとすぐ居なくなっちゃう…立体機動の速さと関係あるのかな?』

    「…何の用だ…クソメガネ」

    『私は、ハンジ・ゾエだよ。あの時の約束を守ってもらおうと思ってさ』

    「約束…?知らないな…、お前と話したのは、この前の壁外調査の、夜間休憩の時の一回だけだ」

    『だーかーらー、その時の約束だってば』

    「あ?」

    『食事でも、どう?』

    「何でそうなる」

    『生きて帰れたら、食事を奢るっていったじゃないか』

    「…それは、あいつらとの約束だろう。俺はしてない…断る」

    『ダメ』

    「は……てめぇ、」



    『いつまで逃げるの?』



    真っ直ぐに目を見て、鋭く投げかけられた言葉。



    知られたくない何かを掴まれるようで、眼鏡の奥の眼が、どこまでも不気味だった。

    その感情を誤魔化すために、冷たい言葉を選ぶ。



    「…馬鹿にしてんのか…?喧嘩なら買ってやるが?…大体、俺が、何から逃げてるって?……言っとくが、兵士達と馴れ合うつもりはねぇ。逃げてるんじゃない、避けているだけだ」



    『何から、か……現実、かな。あえて、言うなら……違う?』



    「現実……だと…何を、」

    『薄々気づいてるでしょ?あなた、たぶんもうすぐ班長に任命される…それに見合った実力があるからね、当然だよ。…でもね、このままだと…巨人を前にし、命を賭して戦わなければならない時に…班員達は、仲間とも向き合えないあなたに、その命を預けることになるのよ?』

    「……班長になんか、ならねぇ…俺は…」

    『でも、決めたんでしょ?エルヴィンが持ってる、あなたには無いものを見極める、って……』

    「俺は、俺のやり方であいつを見る…お前には関係のないことだ」




    『あの子達の死を無駄にしたくないんでしょ』




    その眼鏡は、心も見透かすのか。




    『だったら、あなたには、自分が何をすべきかわかるでしょ……貴方が背負うその翼の中に、彼らは生きる。飛ぶのをやめさえしなければ、きっと…』




    ***


  12. 25 : : 2014/06/17(火) 22:34:50



    「班長!?リヴァイ班長!?」



    部下に肩を叩かれ、現実に引き戻される。


    「すまない…」



    そう謝りながら、立ち上がる。

    それでも、どうしても気になってしまって、足元の遺体に目をやる。




    『翼』、か。





    遺体の、胸ポケットの紋章に手を掛ける。

    生き残り、集まってきた部下達が驚いた表情で見守る中、リヴァイは、爪で2、3回引っ掻いて、紋章を縫い付けている糸を解して強く引っ張る。


    やがて、プツプツと音を立てて糸が切れ、紋章が取れた。


    リヴァイは、血を吸い黒ずんだそれを強く握りしめる。



    「こいつの体は持ち帰れないが…これを…こいつの生きた証として持ち帰る」



    静かな、しかし熱を秘めた声が響く。


    そんなリヴァイに感化されたのだろうか。


    誰からとなく、部下達は遺体の紋章を回収し始めた。



    当のリヴァイは、紋章を握ったまま、その様子をぼんやりと見ていた。



    生き残ったのは、14人か。



    以前の壁外調査では、自分の力を信じた結果、仲間を死なせた。


    だが。


    キースやエルヴィンの指示に素直に従ってみても、やはり人は死んだ。




    言い訳なら出来る。




    壁外調査で人が死なないなんてありえない?

    ましてや、立体機動の不利な平地戦に犠牲はつきもの?

    むしろ、これだけの兵が生き残るのは奇跡?




    …ふざけるな。



    例え、それが真実だとしても、認めたくない。



    許せない。

    巨人なんざ、クソ食らえだ。




    腹の底から、熱い波のように、強い感情が込み上げて来る。



    「リヴァイ!!」



    馬に跨ったミケ達の隊が合流して来た。

    リヴァイ達の隊と同数居たはずだが、見る限り7人しか居ない。



    「ミケ……!!」



    振り返ったリヴァイの目を見て、ミケは息を呑んだ。




    巨人への憎しみに満ちた目。




    ああ、お前も、ついにそんな目になってしまったか。


    だが、それでは勝てないぞ。





    巨人にも……エルヴィン・スミスにも。





    ミケは、ゆっくりと瞬きをした。


    「とにかく、急いで団長達の隊と合流するぞ…本隊は、巨人と遭遇していなければいいが…」


    簡単に隊列を組んだ、21頭の馬が駆け出す。

    それをあざ笑うように、強さを増した雨が、リヴァイ達の髪を濡らしていく。




  13. 26 : : 2014/06/20(金) 20:09:32



    「総員、戦闘用意!!」



    キースの声に、全員が手綱を強く握り直す。



    「目標は1体だ!!必ず仕留めるぞ!!」



    その声を合図に、50人近い兵士達が一斉に動き、戦闘用の陣形を作る。

    樹の生い茂る巨大樹の森の中を、速度を落とさないようにしながら走る。



    雨はいよいよ本降りになっていた。

    しかし、高い樹のお陰で、森の中では雨の影響をあまり受けずに済む。



    「っ!!」



    エルヴィンが、樹の間から姿を現した巨人に気づく。



    「目標との距離400!!こちらに向かってきます!!」



    大きさ、およそ14メートル級の大型だが、奇行種ではなさそうだ。

    これなら、ミケとリヴァイが居なくとも十分戦える。



    いや、戦わなければならない。



    この巨大樹の森を、我々人類の壁外拠点とするために。



    「訓練通り、5つに分かれろ!囮は我々が引き受ける!」



    訓練では、キース、エルヴィン、ミケ、モーゼス、リヴァイの5つの班に分かれる予定だった。

    しかし、未だに2人の班は戻らない。

    そのため計画を変更し、今回は戦闘指揮を取る予定の無かったハンジを抜擢したのだ。



    「目標距離100!!」
    「全攻撃班!!立体機動に移れッ!!」
    「全方向から同時に叩くぞ!!」



    巨人は狙い通り、 先頭に躍り出たキースの班に真っ直ぐ向かっていく。


    その間に、立体機動に移った4つの班は、全方向から一斉攻撃を仕掛ける。


  14. 27 : : 2014/06/20(金) 20:12:35



    モーゼスが、巨人の横を一度通り過ぎ、近くの樹にアンカーを打ち込んだ。

    それまでに加速して得た速度を殺さずに大きく旋回する、ターンバックを成功させる。

    ワイヤーの長さも、アンカーを打ち込む角度も、全てが計算の上だった。


    大きな弧を描いて巨人の背後に回り込んだモーゼスの体は、まるで吸い込まれるかのように滑らかに、巨人の急所、うなじへと向かっていく。


    アンカーを抜き取る時の反動を利用して、体に回転を加える。

    こうすることで、斬撃の威力を何倍にも高められる。
    高いバランス能力と、全身の筋力、それらを操るセンスが要求されるこの技術は、調査兵団の中でも数人しか出来ない芸当だ。


    いける。
    巨人は、こちらに全く気づいていない。

    やれる。


    「人類の力を思い知れ!!」



    モーゼスは咆哮しながらうなじに斬りかかる。

    回転するたびに、巨人との距離が縮む。


    1回転。

    もう1回転。



    あと、もう1回転。




    突然、景色が変わる。

    目の前が赤い、暗い。

    何故……?






    ぐちゃ。





    肉の潰れる音と共に、モーゼスの血が舞う。

    モーゼスの体は、突然振り返った巨人の口の中に飛び込み、そして。




    がちり。

    ごくん。






    巨人の口が閉じられ、合わさった歯に挟まれたモーゼスの腕だけが切断され、地面に落ちた。



    ほんの、2秒ほどの出来事だった。




  15. 28 : : 2014/06/20(金) 20:13:01




    「モーゼスさん…っ…!!」
    「うわああああ…っ!!」



    続けて攻撃した兵士が、地面に叩き落とされる。


    「怯むな!!攻撃を続けろ!!」


    他の兵士が、巨人の頭上からうなじを目指す。
    落下の勢いを利用して、急所を削ぐつもりなのだ。


    「この!!化け物がああ!!」


    叫びながら飛び込んで行った兵士はそのまま地面に落ちていく。


    「ワイヤーを掴んだ…!?…そんな…っ!!」


    見ていた兵士も次々と攻撃を仕掛けるが、皆食われたり、樹に叩きつけられたり、地面に落とされてしまう。


    大切なものを奪われれば奪われるほど、兵士達の怒りは増す。
    それは、ハンジも例外ではなかった。


    「うわああああ!!お前ぇええええ!!!!」



    頭では、異様に感知能力の高い巨人だ、と分析できている。
    単純な攻撃では通用しないこともわかっている。
    それでも、モーゼス達を殺された怒りの方が上回ってしまう。

    剣を抜いて突っ込もうとしたハンジの体が、突然がくん、と止まる。





  16. 29 : : 2014/06/20(金) 20:13:47




    「班長!!ハンジ班長!!」


    顔を真っ青にしながら、ハンジを羽交い締めにしている新兵が居た。

    「な、なんだよ…っ…放せ、えーと、君…モハメット…だっけ?」

    「モブリット…モブリット・バーナーですよ……じゃなくて!!…ダメです、無謀過ぎます!!」

    「放せ!」

    「生き急ぎ過ぎです!!」


    「生き急ぎ過ぎ…?…ははっ…変なの………君、面白いね……名前、覚えたよ…モブリット…」

    ほっとした表情のモブリットの側に、エルヴィンが降り立つ。

    「ハンジ!」

    「エルヴィン…!」

    「あの高い感知能力を、早く何とかしなければ……このままでは、被害が大きくなるばかりだ……」


    そう会話する3人の目の前で、勇敢な兵士達が、また1人、2人と命を散らしていく。


    「くそっ…また…………でも…あの巨人は感知能力が高いだけじゃない。本当に恐ろしいのは、そのスピードだ……兵団内で3番目に速いモーゼスですら捕まったんだよ…私達じゃ…」

    「あの高い感知能力を逆に利用する。だがそれには、囮役と攻撃役が必要…」


    エルヴィンの言葉を遮るように、信煙弾が打ち上げられる。
    囮役を引き受けたキースの隊が戻ってきたらしい。

    『樹上待機』を意味する色付きの煙に、エルヴィンは目を細める。

    ハンジは、爪が白くなるほど強く手を握って、煙を見上げる。


    「団長は、ああ言ってるけど……?」

    「…そのようだ……だが…それでは……彼らの死が無駄に………俺は…」


    巨人への殺意と、自身の立てた作戦に対する自信が溢れる眼差しを見て、ハンジはため息を吐く。


    「そう言うと思った……だって、あなた、根っからの博打打ちだもんね………聞かせてよ、あなたの作戦…ほら、モブリットも聞いて」


    この混乱した状況で、キースの決定に背くことは、兵団全体への反逆行為に近い。

    それを肯定したハンジの発言に、エルヴィンは素直に驚いた表情を浮かべる。


    「…いいのか…?」

    「何でも、言うだけならタダでしょ。それなら、聞くだけもタダだからさ……それに、」


    ハンジがにこりと笑う。


    「自信、あるんでしょ」


    エルヴィンも、引き攣った頬を無理矢理動かして、笑顔を浮かべる。


    「…ああ……ハンジ、モブリット、聞いてくれ……」


    ***




  17. 30 : : 2014/06/20(金) 20:14:28




    「…なら、囮役は私がやるよ……私の方が、小回りが利くから」

    「…私も、行きます…」

    「…わかった、くれぐれも無茶するなよ、モブリット……」

    「はい…!!」

    「それから、」

    「…は、はい!?」

    「さっきは…ハンジを止めてくれて、ありがとう」


    切迫した状況であることを忘れてしまったかのように、エルヴィンは柔らかく笑った。

    ほんの、一瞬だけ。


    「…はい!!」


    その大きな背中に返事をし、モブリットはハンジの後を追う。


    それとほぼ同時に、長く尾を引く悲鳴が響き渡った。

    樹上に退避した人間達に苛立ったのか、巨人は樹を揺すり始めたのだ。

    兵士達は、振り落とされないよう、必死で樹にしがみついている。

    耐え切れないと判断し、他の樹に飛び移ろうとした兵士を、巨人が素早く捕まえて食らう。


    口の周りを紅くした巨人が、別の樹を揺すろうとした時、


    「こっちを見ろ!!この化け物!!」


    叫びながら、ハンジはわざと、巨人の足元を掠めるように飛ぶ。

    それに気づいた巨人は、ハンジを追いかけ始めた。


    「ハンジ……!?」


    ハンジの突然の動きに、唖然としたキース達が見守る中、ハンジは恐ろしい速さで伸びてくる手をかわす。

    右へ左へとジグザグに飛びながら、巨人の周りを旋回する。

    巨人は鬱陶しそうに、ハンジの体を掴もうとする。

    ギリギリのところでそれを避けるハンジの動きは、まるで蝶のように軽やかだった。

    ハンジを追うのに必死になって、前屈みになった巨人のうなじを遮るものは何もない。

    巨人の頭上に回り込んだモブリットは、息を飲む。



    今だ。



    モブリットは、自分が出せる限界の速度でうなじに向かう。


    剣を頭上に振り上げた体勢のモブリットに、いち早く巨人が気づいた。


    勢いよく振り返った巨人の顔は、笑っているように歪んでいる。



    この程度の速さで自分を殺せると思ったのか?



    少しだけ開かれた巨人の口からは、そんな嘲りの声が聞こえてきそうだ。

    先に食われてしまった仲間達の血が、巨人の頬や歯にべっとりとついている。
    それがてらてらと光っているのが見えて、モブリットは死の恐怖に襲われる。


    次の瞬間、歯を食いしばり、目をぎゅっ、と閉じたモブリットの体は、餌が飛び込んでくるのを待つかのように大きく開かれた、臭い口のすぐ手前で大きく方向転換する。


    かっ、と目を見開いたモブリットは、思いきり剣のグリップを握り締め、今度は全速力で巨人から遠ざかる。


    「う、わああああ!!!」


    絶叫しながら、モブリットはそのままターンバックを始めた。


    あまりの速度に、風を切る音しか聞こえない。



    怖い。



    すぐ傍に巨人の口がある現実も怖いが、熟達した技術が求められるターンバックも怖い。

    広い練習場ならともかく、ここは樹の生い茂る森の中だ。

    この速さで樹にぶつかったら、ただでは済まない。

    必死でレバーを操り、近くの樹の、横に突き出した枝の上への着地を試みる。



    「う、わぁ、…あ、あ……っと…ぉ、お…!!」



    情けない声が出てしまったが、何とか両足で樹の上に立つことができた。

    まだ、脚の震えが止まらない。




    でも、成功した。




  18. 31 : : 2014/06/20(金) 20:14:53




    モブリットには、最初からうなじを狙うつもりなどなかった。

    彼の役目は、巨人に前傾姿勢を取らせること、ただそれだけだった。

    狙い通りの姿勢になった巨人は、ハンジに左脚の腱を斬られ、今まさに、そのまま前に倒れ込んでいるところだ。

    そこに、剣を構えたエルヴィンが降って来て、一瞬でうなじを切り取る。


    紅い華を盛大に咲かせて、巨人は軽くなった後頭部を地面にぶつけた。


    「やった……!!」


    そう、嬉しそうに呟いたハンジの目に、


    「え……!?」


    四つん這いでこちらに走ってくる巨人が映る。



    奇行種。
    しまった。



    反射的に上へ飛ぶが、一瞬遅かった。


    体に衝撃が走って、ハンジの体が吹っ飛ぶ。

    ハンジ班長、という声を、薄れゆく意識の中で聞いて、闇に沈む。



    ***






  19. 32 : : 2014/06/23(月) 21:34:46




    「ハンジ班長……しっかりしてください、ハンジ班長…!!お願いします、起きてください……!!」

    「ハンジ、…俺だ、わかるか?」

    「モブ…リット……エルヴィン…」

    「よかった…」


    ハンジはエルヴィンとモブリットに体を支えられ、ゆっくりと身を起こす。


    唇に血の塊がついている。
    それに、背中が痛い。
    どちらも、巨人と衝突した時のものだろう。



    「私、確か巨人に………何が、起きて……」

    「俺が説明する、ハンジ、落ち着いて聞け」



    エルヴィンが14メートル級の巨人を討伐した直後、森の奥から、四つん這いで移動する奇行種が出現した。

    避けようとしたハンジは、巨人の体と接触してしまい、地面に叩きつけられて気絶した。

    通常種ならば、その巨人はハンジを食らっていただろうが、巨人が狙ったのは、その先に居たキースの隊だった。




    そこから、地獄は始まった。




  20. 33 : : 2014/06/23(月) 21:35:56


    先頭に立っていたキースが危うく襲われそうになったところを、同じ隊の兵士が庇い、捕まってしまった。

    エルヴィンの制止も聞かず、巨人の口の中でもがく兵士を助けようと、その部下達が次々と突っ込み…全員食われてしまった。

    更に恐ろしいことに、奇行種との戦闘が長引いているうちに、通常種まで集まって来た。

    見通しの悪い巨大樹の森の中での索敵は困難であり、唯一視覚ではなく嗅覚で索敵が出来るミケと、戦闘の要であるリヴァイを欠いた本隊の被害は、増えるばかりだった。

    ミケとリヴァイの隊が駆けつけた時には、本隊は殆どの兵を失っている状況だった。


    エルヴィンの話を聞き終えても、ハンジは呆けたように黙っている。

    そんなハンジを見ながら、エルヴィンも目を伏せる。


    落ち着け、という方が無理か。
    当然だ。
    何せ、ここまで多くの兵が死ぬのは、30回以上壁外調査を行ってきた調査兵団にとっても初めての出来事だろう。

    そもそも、この少ない人数で、壁内に無事辿り着けるかも怪しい。

    ずっと固まっていたハンジが、突然、震える声で問いかける。


    「何人…死んだの……?」

    「何人生きているかを数えた方が圧倒的に早いくらいの人数だと思ってくれ」


    エルヴィンの抽象的な答えでは、納得がいかないらしい。


    「………何人、…何人が、生き残ったの?」

    「…40人弱だ……ミケとリヴァイの隊も合わせて、な…それに、その中には怪我人も含まれている。まともに戦える兵は、実質、20人程度だろう」

    「…嘘、でしょ………最初…出発した時は…100人以上居たじゃないか……そんな………」



    地面に崩れ落ちたハンジの背後に、2人分の足音が近づく。




  21. 34 : : 2014/06/23(月) 21:36:42


    「エルヴィン……この辺りに居た巨人は全て討伐した…今……遺体の回収を行っている」


    頬に付いた血を袖口で拭いながら、リヴァイが歩いてくる。

    その後ろを、ミケが歩く。
    その手に握られているのは、戦友の残した肉片だった。


    「モー…ゼス………」



    布で包まれたモーゼスの腕をミケから受け取り、ハンジは泣きながら抱き締める。


    「どうして……」


    励まそうと、優しく肩に置かれたミケの手を、突然、ハンジは思いきり振り払う。





    「どうして…もっと早く来てくれなかったの…!?」





    ハンジが放った予想外の言葉に、ミケは目を見開く。

    ハンジの嗚咽混じりの非難は続く。


    「……ミケも、リヴァイも……あなた達が居てくれたら………こんなに被害は大きくならなかったかもしれない…モーゼスも死ななかったかもしれない……ねぇ、どうして……どこで、何してたの……?」

    ゴーグルの中に涙を溜めて、震えながら睨むハンジに、ミケもリヴァイも、何も言えなかった。



    理不尽な言い掛かりだと思う。

    恐らく、ハンジ本人もそれはわかっているはずだ。

    それでも。

    それでも、耐え難いこの苦しみを、悲しみを、誰かにぶつけなければ気が済まないのだろう。

    その気持ちが、痛いほどわかるミケ達には、ハンジに掛ける言葉が見つからなかった。

    「ハ、ハンジ班長……ミケ分隊長も、リヴァイ班長も、最善を尽くされたんです……そんな言い方は…」

    「うるさい、モブリット……ねぇ、何か、何か言ってよ…ミケ…!!…リヴァイ…!!」


    ハンジが、リヴァイの手首を掴む。
    リヴァイが本気を出せば、簡単に振りほどける程度の力だが、その眼光の強さに圧されて、抵抗する気が湧かない。


    あぁ、そうだった。
    こいつは……。


    ***




  22. 35 : : 2014/06/24(火) 23:07:02



    『このお店の料理、結構美味しいだろ?』

    「ああ、悪くない」



    貴重な肉を、沢山の野菜と一緒に煮た、シンプルな味付け。
    経済的で、万人の舌になじみ、栄養のバランスまで考えられている。

    こうした、家庭料理、と言われる類いの食事を、リヴァイは今まで口にしたことがなかった。

    スラムのような過酷な状況下では、最低限の食事を確保できた者だけが生き残る。
    しかしそれ故に、食事という行為自体に、人と談笑したり、思い出を作ったりする、という意義を見ることはない。

    数少ない食料を、同じ境遇の仲間達と分け合うことで生まれる絆はあっても、「食事を楽しむ」ということはない。



    壁内にも、まだ自分の知らない「世界」はたくさんあるのだ。



    エルヴィンに感じたように、ハンジにも、自分が持っていない「何か」がある。



    『訓練兵の頃から、ずっと通ってるの…調査兵になってからは、調査が終わるたびに、同期全員で来てた』

    「そうか」

    『兵団に入ってすぐの頃は、よく10人位で来たよ』

    「この…狭い店にか?」

    『うん、特別に、貸し切らせてもらって。…それが、初陣の後に5人になって、3人になって、2人になって、それで、…』

    「もういい…言わなくていい、やめろ 」



    リヴァイが思わず止めてしまうほどに、ハンジの目は潤んでいた。




    何故、気づかなかったのだろう。




    この前の調査では、参加した兵の半数以上が死んだという。
    その中に、ハンジの親友が含まれていたとしても、何も不思議ではなかった。



    こいつも、今回の調査で、かけがえのない仲間を亡くしたのか。



    いや、そうでなければ、俺なんか誘うはずがない。



    『…賢いあなたには、もうわかったよね。……そうだよ、私はただ、1人でここに来たくなかっただけ…仲間を亡くしたあなたに、勝手に自分を重ねただけ………ごめんね、付き合わせて』

    「…別に構わない。いい店だ…飯も美味い」

    『ありがと。リヴァイって、優しいね…だから、あの子達も……あなたを慕ってたんだろうね』



    「どうだろうな」



    カチャリ、とスプーンを置いたリヴァイを、ハンジは不思議そうに見る。


  23. 36 : : 2014/06/24(火) 23:07:36




    「あいつらが死ぬ直前……俺が、誤った選択をした時……ファーランと言い合いになった」

    『…男同士だったら、よくあることでしょ……言い合いできるくらい、仲が良かったってことなんじゃないの?』

    「ああ……だが、その時に言われた言葉が、どうにも忘れられねぇんだよ」

    『…何て?』

    「それは、命令か?と…言われた。そんなつもりは無かった。あいつらと俺は、ずっと対等だと……そう、俺は思っていたが…わからなくなった」

    『……そっか…色々、あったんだね。傍目には、わからなかったよ………今は、その真意を確めることも出来ないってわけか…』




    傷の舐め合い。
    今の自分達には、そんな表現が相応しい。

    食べ終わってしまったらしいハンジが、口を開く。



    『リヴァイは、巨人を見て、どう思った?』



    今度は、素直に答えた。



    初めて見たときは、確かに手強そうだが、うまくやれば倒せる、と思った。
    失敗さえしなければ、殺せる、と。


    だがそれは、その『失敗』が、いかに簡単に起こりうるものなのかを知らなかったからこそだった。


    仲間を殺され、壁の外の自由を知り、壁の中に囚われていた屈辱を思い知らされた今は、巨人に対して抱く感情は、ただひとつだった。



    「巨人は…この世界から、消し去るべきだ。一刻も早く、徹底的に……俺は、」


    言い掛けたリヴァイの視界の端で、ゴトリ、と音を立てて、ハンジのグラスが倒れる。


    「おい、倒したぞ」


    グラスを直そうとして伸ばした手を、ハンジに凄まじい力で掴まれる。




    『リヴァイ、よく言った…』

    「あ?…おい、てめぇ…」


    『そうさ、そうだよ……巨人は、殺さなきゃいけない。何があってもね…ふふ、嬉しいよリヴァイ…あなたがそう言ってくれて……私はね、巨人を殺すのが楽しくて楽しくてしょうがないよ…うなじを無くして、地面に倒れて、蒸気になって散っていく姿を見る度に、ざまあみろ、って思うんだ……ねぇ、リヴァイ、あなたなら、わかってくれるよね?巨人はさ、いくら切り刻んでも足りないよね?そうだよね?憎いよね?巨人が…私達の大切な仲間を連れていっちゃう、あいつらが……』


    長く、熱く語るハンジの目を、リヴァイは見る気がしなかった。



    正確には、見たくなかった。



    得たばかりの、兵団での数少ない話し相手が、狂気に姿を変えつつある、深すぎる憎悪に燃えているところなど見たくない、と思った。


    なぜなら。
    その憎悪を深くしているのは、他でもない、彼女の持つ優しさだからだ。

    彼女が人一倍、仲間を想っているからこそ、仲間を喪うことに敏感なのだ。



    そして、自分もやがて、ハンジと同じ目を持つようになっていくのだろう、と考えるのが怖かった。



    『リヴァイ、私、あなたが調査兵団に入ってくれて、本当によかった、って思ってる。あなたが居れば、きっと、巨人だって滅ぼせる……頑張ろうね、リヴァイ』



    それは、冬に備えて蓄えられた薪よりも乾き切った「頑張ろうね」だった。




    ハンジが倒したグラスから溢れた水は、机の上を広がり、端から床へと滴り落ちていた。

    まるで涙のように。



    ***



  24. 37 : : 2014/06/24(火) 23:35:07




    「ねぇ、どうして…!?」


    泣いているハンジと、手首を掴まれているリヴァイを、エルヴィンが引き離す。


    「エルヴィン…離してよ……!!」

    「リヴァイに八つ当たりするな、ハンジ。お前は班長だろう」

    「そんなの関係ない!私は、」




    その瞬間、パン、という、破裂音にも似た音が響いた。




    リヴァイとミケが硬直し、モブリットが口を開けて驚く目の前で、エルヴィンは思い切りハンジの頬を打ったのだった。




    「頭を冷やせ、ハンジ・ゾエ……お前のしていることは、時間の浪費以外の何物でもない」



    冷たい声だった。
    温度という概念そのものを受け付けないような、冷徹さに満ちた声だった。


    頬を打たれたハンジといえば、魂が抜けてしまったかのように、ぼんやりとへたりこんでいる。


    「聞いているのか」


    エルヴィンは、握っていたハンジの腕を揺すると、彷徨っていたハンジの目の焦点が、エルヴィンの目に合わさった。

    乾いた唇の間から、掠れた声が漏れる。


    「大切な仲間がこんなに死んだのに……エルヴィンは……あんたは、仲間が大事じゃないんだ……だから、そんなに落ち着いていられるんだ……!!」


    容赦ない平手打ちだったが、流石、加減はしていたらしい。

    うまく衝撃が逃げるような位置を打たれたおかげで、話している途中だったにも関わらず、口の中を切らないで済んだようだ。


    頬を打たれても怯まず、流れるように紡がれたハンジの言葉を聞いて、エルヴィンの蒼い目が揺れた。

    それを遮るように、鋭い声が飛ぶ。


  25. 38 : : 2014/06/24(火) 23:35:45



    「それは違うぞハンジ…っ!!」


    ミケが、珍しく声を荒げていた。


    「いいか、ハンジ、エルヴィンはな…」

    「いい、ミケ。…ハンジの言う通りかもしれない」


    空いている方の手で、エルヴィンはミケを制する。


    「…親友が目の前で死ねば、普通の人間なら、泣き叫んでその死を嘆くだろう……普通の人間なら、な…」


    『親友』という言葉に、今度はリヴァイの眉が動く。


    改めて、腕だけになったその遺体を見る。


    手が、握られた形のまま硬直している。


    この遺体の主…モーゼスは、死の間際まで、剣を握りしめていたのだ。

    それは、モーゼスが、最期の最期まで戦い抜いた証に他ならない。



    リヴァイには、モーゼスとの接点はあまり無かった。

    しかし、作戦の説明などで顔を合わせる時は、モーゼスはいつもエルヴィンやミケと一緒に居た。




    そうか、エルヴィンも、ミケも、大切な一人を、喪ったのか。




    ハンジも、リヴァイと同じ思考を辿ったらしい。

    さっきまでの、燃えるような反抗的な態度はすっかり消え失せ、今度は雨に濡れた子犬のように悲しそうな声を出す。


    「…エルヴィン……ごめん……」


    ハンジの目から、また新しい涙が溢れる。


    「…私、…ごめん…酷いこと言った…本当は、エルヴィンが一番辛いのに……ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」


    エルヴィンの右手が、ハンジの震えている細い肩に置かれる。


    「構わない。私も、手を上げたりして申し訳ない」

    「エルヴィンも、ミケも、リヴァイも…モーゼス達と同じように、大切な仲間なのに……慰めるどころか、責めるだなんて…どうかしてた…」

    「大切な仲間、か…そうだな……それならば……先ほどの戦闘で気絶したお前を助け、お前が意識を取り戻してから片時も離れずに、ずっとお前の側に居てくれているのも、お前の言う、『大切な仲間』だ……礼を、言いなさい」


    突然、全員の視線を浴びたモブリットは、慌てて首をブンブン振った。


    「い、いや…っ…私は…その、…!!」

    「モブリット…ありがとう……あなたが居たから、私は今、ここに居られる…」


    ぎゅ、と、ハンジはモブリットを抱き締めた。

    モブリットは、顔を赤らめ、目のやり場に困っている。


    「モブリット…今日、生きて壁内に帰れたら…今度、食事を奢るよ…」

    「…はい……是非、ご一緒させて下さい……その為に…何としてでも、生き残りましょう…班長…」


    そんな会話を背中で聞きながら、リヴァイはエルヴィンの側に立つ。



  26. 39 : : 2014/06/24(火) 23:36:17



    「エルヴィン、今、少しだけいいか」

    「…リヴァイ、どうかしたのか…?珍しいな」


    考えてみれば、今までのリヴァイなら、手を掴まれ罵倒されて、反撃も抵抗もしないなど、あり得ない。
    例え相手がハンジでも、毅然とした態度を取りそうなものだ。

    それが、ハンジと同じくらい辛そうな表情を浮かべ、ハンジの感情の受け皿となっていたばかりか、自分から率先して私に話しかけてくるとは…一体、どういう風の吹き回しだろうか。


    「エルヴィン…俺は、勘違いをしていた」

    「…何だ?」

    「1年前、俺は、お前にこう言った。『俺が持っていない何かを、お前は持っているようだ。そいつが何か分かるまで、つきあってやる』……あの時…俺は、お前は特別な人間だと思った。お前は、俺が、自分から『興味』を持った、数少ない人間だ」

    「そうか……俺にとっても、リヴァイ…お前は、特別に好奇心をそそられる男だがな……お前の強さも…生い立ちも……」


    生い立ち、と言われて、リヴァイの目に焦りの色が浮き出る。


    彼が、胸の奥に隠している過去。

    それは、彼にとって最大の秘密であり、同時に最も忌々しい記憶なのだろう。


    つまり、リヴァイにとっては、最も触れられたくない部分だ。


    こんな時に、わざわざそのことを追及するような意地悪をしたら、可哀想か。


    「…まあ、その話はまた今度聞くとしようか……それで?私が特別だったら、何なんだ?」


    話題が逸れたことに、リヴァイは安堵の表情を浮かべた。
    少し長めの瞬きの後、再び話し始める。


    「…それが、勘違いだった」

    「…どういう意味だ?」

    「お前が特別じゃない、って言ってるんじゃねぇんだ。お前だけが特別だっていう考えが、間違いだった」


    リヴァイは、先程回収した自由の翼の紋章を取り出す。


    「特別じゃない奴なんていない。こいつらだって、他の誰にもない特別なものを持ってた…一人一人に、特別な人生があった」


    エルヴィンは、目を見張った。

    未だに、敬礼を見せないリヴァイが、自由の翼を仲間の形見として持ち帰ろうとしている。

    何とか、声が上擦るのは抑えたが、驚きの表情を隠せない。


    「そうだな、リヴァイ…その通りだ」

    「巨人は、それを奪い、壊す。だから…俺は、巨人を殺さなきゃならねぇと思った…そのためになら、何だってする、って………それが、死んでいった連中への報いになるんだよな?」

    「そうだ。勝利の時が来るまで…我々は戦い続ける。この世界の、自由と真実を、ただ追い求めて…」

    「ああ…なら、早く行かねえとな…あいつらが、無事に壁内で飯を食えるように…」


    リヴァイの視線の先に、モブリットに励まされているハンジがいる。


    「話は、それだけだ……忙しい時に悪かった」


    軽い足音が遠ざかっていく。

    エルヴィンは、ハンジの元に歩いていくリヴァイの背中を嬉しそうに見て、いつの間にかすぐ側まで来ていたミケに話しかけた。


  27. 40 : : 2014/06/24(火) 23:36:39



    「リヴァイは、兵団の人間を仲間、と思えるようになったんだな……そういえば、最近、感情をよく顔に出すようになった…無機質で、ぶっきらぼうで、何かと不足しがちな言葉を補うかのように、表情が豊かになってきた気がするよ…」


    子供の成長でも見守るかのように、楽しそうに語るエルヴィンの言葉を聞いたミケは、笑った。
    いつものような、鼻を鳴らす笑い方ではなく、声を上げて笑った。


    「な、何だミケ……そんなにおかしかったか…?」

    「いやな、エルヴィン……それは恐らく…お前が、リヴァイの表情に敏感になったからだ…」

    「俺が、か?」

    「ああ…もちろんあいつ自身も、前よりは心を開くようになったとは思うが」

    「そうか……」


    エルヴィン、お前も、リヴァイのことを仲間だと思い始めているんだろう?


    その言葉は、一歩早く発されたエルヴィンの言葉によって、音になることはなかった。



    「見ていろ、ミケ……仲間を守ることを知ったリヴァイは、もっと強くなるぞ……そうなれば、我々の勝利は更に近づく」



    そう語るエルヴィンは、お気に入りの玩具の自慢をする子供のように口許を緩ませている。

    だが、その目は悲しそうに細められている。

    行くぞ、と短く言って、ぬかるんだ土を踏みしめて歩いていくエルヴィンの背中を、ミケは黙って見ていた。





  28. 41 : : 2014/06/24(火) 23:36:57




    リヴァイの内面に起きた変化は、ハンジや、その他の兵団員との会話や信頼関係がもたらしたものだ。



    だが、ハンジがリヴァイを食事に誘ったのは、偶然ではない。



    ハンジにリヴァイを誘うよう勧めたのは、エルヴィンだ。


    戦闘力、精神力、判断力……様々な面において、調査兵として確かな才覚を持ち、年齢も近い2人。

    その2人が、前回の壁外調査の夜間休憩で会話していたことは、エルヴィン達の耳にも入っていた。

    そして偶然にも、2人は共に、親しい人間を喪った。


    それも、目の前で。


    エルヴィンは、特に落ち込みの激しかったハンジに接触し、励ましの言葉を掛け、言ったのだ。



    イザベル達とハンジが交わした約束を、せめて、リヴァイと果たしてはどうか?、と。



    …遅かれ早かれ、いつかは、リヴァイはそうした関係を自力で築き、兵団員に対する仲間意識を持っていただろう。
    遅かれ早かれ、いつかは、ハンジは立ち直り、自らリヴァイと親しくなっていただろう。


    だが、その『いつか』がやって来るのを格段に早めたのも、2人を班長に推薦したのも、この男だ。




    ミケは思考する。



    この男の実体は、どちらなのだろう。




    崇高なる目的の前では、リヴァイもハンジも自分達も、ただの道具に過ぎないのか。

    それとも本当は、そうせざるを得ない現実を、他の誰よりも恨んでいるのか。


    若しくは、その両方か。



    疲れているせいだろうか。
    自分が、エルヴィンとの付き合いが長すぎるせいなのか。


    雨の中で、エルヴィンという人間までも、見失ってしまったような気がした。


    スン、と鼻を鳴らして、ミケは空を見上げる。

    匂いを嗅げば、わかるような気がして。


    しかし、ミケの鼻腔を掠めたのは、湿った空気だけだった。




    「雨の匂いが邪魔して、わからないな…」




    遺体の回収完了と、撤退を報せる信煙弾をぼんやりと見つめてから、ミケはエルヴィンの後を追いかける。



  29. 42 : : 2014/06/25(水) 22:21:06



    「長距離、移動陣形を展開!!このまま、壁内へ帰還する…進め!!」


    キースの号令と同時に、矢印型の陣形が動き出す。


    死傷者を多く出した調査兵団は、往路に比べ、かなり陣形が縮小してしまっていた。

    そのため、復路における陣形として採用されたのは、1年前まで主流だった、長距離移動陣形だった。

    一番の理由は、この少人数では、索敵がうまく出来ないということだった。

    むしろ、この状況で陣形の面積を広げることは、より多くの巨人を呼び寄せてしまうことに繋がりかねない。

    巨人は、最も近くにいる人間を感知して襲うからだ。


    長距離索敵陣形に比べ、索敵能力は落ちるが、全体の生存確率を上げるためには、この方がよいと判断した結果だった。


    「我々の視力を除けば、索敵に関して頼れるのは、ミケ、お前の嗅覚だけだ…頼むぞ…!!」


    エルヴィンの言葉を聞いて、黙って頷いたミケのすぐ後ろを、リヴァイとハンジが並んで走る。


    「ねぇ、リヴァイ…」

    「何だ……さっきのことなら、もう忘れろ」

    「うん、それは私ももう忘れてたんだけどね、」


    さらりと言ってのけたハンジを、思わず、リヴァイが呆れた表情で見る。

    やはり、変わり者のようだ。


    「ん?何?どうかした?」

    「いや……何でもない、続けろ…」

    「うん…あのさ…リヴァイも、もう5回以上、壁外調査を経験してるでしょ?」

    「ああ」

    「今回、何かおかしくない…?」

    「…天候のことか?」

    「それもそうだけどさ……巨人の動きがいつもと違うというか……遭遇率が高すぎるような気がする」

    「確かにな……」

    「それに、巨人のやって来る方向もおかしい」

    「方向…?」

    「普段は、巨人は陣形に対して、色んな方向から向かってくるよね?恐らくそそれは、その巨人の感知範囲内に私達が入ると同時に、最短距離でこちらに向かおうとするからだ」

    「そうだな…だから、索敵班で陣形の周囲を固めている」

    「うん、だけど、今回遭遇した巨人の多くは、陣形の前方からやって来た」

    「たまたま、巨人の多い地帯に入っちまっただけじゃねぇのか?」

    「もちろん、その可能性が高いよ。でも、何だか…ものすごい、違和感を感じるんだ」



    よく見ている。

    人のことも、巨人のことも。


    そのうち、こいつは世界のことも見るようになるんだろう。



    リヴァイが考え事をしている間も、ハンジの頭は回転していた。


    「でも、リヴァイ、巨人が前方から来るってことはさ…」

    「巨人だ!!」


    ミケが叫び、赤い信煙弾を後方に向かって打ち上げた。

    その煙の先の地平線あたりに、巨人がいる。

    まだ肉眼ではよく見えないくらいの距離だ。

    これなら、戦う必要はなさそうだ。

    安堵したキースの表情に再び緊張が走る。


  30. 43 : : 2014/06/25(水) 22:23:30



    「別のがこちらに向かってくるぞ!!3体だ!」


    エルヴィンが馬の速度を落としてミケの横に並ぶ。


    「ミケ、それはどこからだ?」

    「後方からだ…」

    「…ほら…リヴァイ、やっぱり…!!」


    ハンジが、少し興奮した表情を浮かべる。


    「やっぱり、って、何がだ…!?」

    「巨人のやって来る方向だよ。もしかして、巨人は、壁内に向かってるんじゃないかな…!?」

    「待て、ハンジ…その話、詳しく聞かせろ」


    ハンジの声を聞きつけたエルヴィンも会話に参加してくる。


    「巨人が壁内に向かっている…さっき、そう言ったな?」

    「うん、あくまでも推測だけどね……でも、どうしてかはわからない……何でだろう…?」

    「奇行種……いや、そんな言葉では説明できそうにないな………」


    その時。
    強い向かい風が吹く。

    前髪が乱れたエルヴィンは、片手で髪を直した。

    が、新しく吹いてきた風で、また髪が乱れる。


    「風向きが…変わった…?」

    「おい、エルヴィン…やばいんじゃねぇのか……こっちが風上じゃ、風下の臭いは届かねぇ…もし、ハンジの言う通り、巨人が壁を目指してるとしたら…」


    振り向いたリヴァイの目に、こちらに向かってくる巨人の大群が映る。


    「走れ…!!壁まで、逃げ切れ!!」


    キースの声と共に、全員が最高速度で走り出した。


    ***




  31. 44 : : 2014/06/26(木) 18:04:12
    何か奇妙なことになってますね。
    期待です!
  32. 45 : : 2014/07/01(火) 23:06:33


    鐘の音と共に門が開き、逃げこむようにしてくぐる。


    馬にしがみつくようにして、肩で息をする兵士達が、閉じていく門の向こうに、最後に見たのは、追い付いてきた巨人と…


    逃げ遅れて捕まり、食われている最中の仲間の姿だった。



    喉に、胃酸を感じる。
    リヴァイは馬から降り、口を押さえて地面にしゃがみこんだ。



    何だったんだ、あれは。




    壁が近づいた途端に、巨人は突然数を増した。




    もともと、予想以上の死者を出して人数不足だった上に、風向きが変わったことも災いし、索敵が遅れる。

    巨人を撒くために進路を少し変えて、また巨人と遭遇する。


    そんなことを繰り返して、繰り返して。

    気がつけば、多くの巨人を引き連れてしまっていた。

    そんなギリギリの状態で壁を目指していた調査兵団にとって、壁の周囲に群がる巨人の存在は、死の宣告に等しかった。



    後ろにも巨人、前にも巨人。



    考えている暇など無かった。


    リヴァイはすぐに立体機動に移り、視界に入る巨人を次々と斬っていった。


    仕留めようとは思わない。
    ただ、動きを止められればいい。


    陣形が門に辿り着くための道を作るために、滅茶苦茶に剣を振り回し、暴れ回って……エルヴィン達に何度も名を呼ばれて我に返り、自分の馬に戻った。

    そのまま、後ろも見ずに馬を駆り、陣形の最後尾を走っていた荷馬車と共に、壁内へと飛び込んだのだった。



    過度な無酸素運動に加え、ここまでに蓄積された疲労、そして仲間を死なせた罪悪感は、リヴァイの心身を着実に蝕んでいた。



    息が苦しい。

    震える手で、首元のクラバットを緩めた。


    「リヴァイ」


    エルヴィンが水筒を片手に走ってくる。

    黙って受け取り、口に含む。


    「流石だったよ、リヴァイ……お前のおかげで助かった」


    エルヴィンの声は、自分達に向けられている数多の視線に掻き消された。


    壁の門の開閉を担当していた駐屯兵が、複雑な表情でこちらを見ている。


    安全な鳥籠から飛び出して、慌てて逃げ帰ってきた、無様な俺達を。





  33. 46 : : 2014/07/01(火) 23:07:05




    結局、壁内に生きて戻れたのは、20人強だった。

    もちろん、荷馬車の中の怪我人達も含めた数字だ。



    シガンシナの大通りを、見た目にも、精神的にもボロボロの状態で歩いていく。

    矢のように浴びせられる冷たい視線や言葉を身体中に感じる。


    「これだけしか帰ってこれなかったのか…」
    「今回もひどいな…」
    「100人以上で調査に向かったはずなのに…」
    「20人もいないぞ……みんな…食われちまったのか…」


    皆、一様に下を向いて歩く。

    前を見ようと努めていたエルヴィンも、人垣の中から自分達を憧れの目で見つめる少年と目が合うと、思わず目を伏せた。


    「モーゼス!!モーゼス!!」


    先頭を歩くキースの目の前に、痩せた女性が飛び出してくる。


    「あの…息子が…モーゼスが見当たらないんですが…息子は…どこでしょうか…!?」


    女性は、キースのマントを握る手を震わせている。

    キースは、暗い表情のまま指示を出す。


    「モーゼスの母親だ…持ってこい……」

    「え…?」

    布で包まれたそれを手渡された母親は、意味がわからない、とでも言うような表情を見せた。


    「それだけしか取り返せませんでした…」


    キースの言葉を受け、女性は全てを理解したらしい。

    う、う、と漏れ出すように泣き始めたかと思えば、大通りに響き渡るような大声で泣き叫んだ。

    ひとしきり叫んだ後も、女性の言葉は止まらない。


    「…でも…息子は…役に立ったのですよね…」

    「っ……!!」


    痛いところを突かれたように、キースの表情が強張る。


    「何か直接の手柄を立てたわけではなくても!!息子の死は!!人類の反撃の糧になったのですよね!!?」


    答えられないキースと、答えを待つ女性の間に、風が吹き抜ける。


    「…もちろん…………!!」


    強く、そう言いかけたものの、言葉が続かない。

    明るく取り繕っていたキースの表情は、みるみるうちに崩れた。


    「………………いや……今回の調査で…我々は……今回も…………!!」


    ついに、キースの目には涙が滲み始めていた。


    「なんの成果も!!得られませんでした!!」


    度重なる危機を乗り越え、何とかここまで兵を束ねてきたキースの忍耐力は、常人離れしたものであることに間違いはない。

    だが、キースが人間である以上、限界というものが存在する。

    蓄積した疲労感と罪悪感、そして無力感が、ついに、その限界を乗り超えてしまった瞬間だった。


    「私が無能なばかりに……!!ただいたずらに兵士を死なせ…!!ヤツらの正体を…!!突きとめることができませんでした!!」


    黙って聞いていた民衆の間に、ざわめきが広がる。


    「……ひでえもんだな」
    「壁の中にさえ居れば安全に暮らせるのに…」
    「兵士なんて税の無駄遣いだ…」


    エルヴィンに優しく支えられ、馬に戻ったキースの背中には、心ない言葉がふり掛かる。


    「まったくだ…」
    「これじゃあオレらの税でヤツらにエサをやって太らせてるようなもんだなあ」


    普段だったら、自信を持って否定できる。

    だが今は、巨人の恐ろしさを知らない彼らの放つ無責任な言葉の方が、現実をよく捉えているように思えてしまう。


    だめだ、そんなことでは、いけない。


    ここで諦めたら、今までに散って行った仲間達の死は、どうなる?


    後に続く者が居なければ、それは全て無駄になってしまうではないか。


    例え、この壁の中に囚われた生活そのものは変えられないとしても。


    なぜ自分達が、この狭い壁の中に追いやられているのか。

    なぜ、巨人達は人を食らうのか。


    その理由がわかるまで、どんなに非難されたとしても、自分はやめようとは思わない 。


    ああ、それでも。

    こんな非難の声を聞き続けていたら、そうした熱い思いも、掻き消されてしまいそうだ。

    とにかく今は、すこしでも早く通過してしまおう。


    そう自分に言い聞かせていたエルヴィンが、ふと、人垣の中に目をやる。

    先程までこちらを見ていた少年と少女が、少女に引きずられていくようにして去っていく。


    彼らは、我々に失望してしまっただろうか。

    それとも、いつか、我々の意志を継ぐ、若く強い翼となるのだろうか。


    自分のマントの裾に付いた血の染みに目を落とし、エルヴィンは手綱をきつく握り締めた。


    ***



  34. 47 : : 2014/07/01(火) 23:10:54



    「壁が見えて来た…あの向こうが、トロスト区ですね……」


    項垂れたキースの横に並ぶエルヴィンは、いつも通りの声で話しかけ続けていた。


    2時間ほど前、シガンシナ区の門から帰還したキース達は、ウォールローゼの近くまで来ていた。


    トロスト区は、調査兵団本部が近い。


    疲れ切ったキース達にとっては、もう家に着いたも同然の気分だった。



    その時。



    「おい、エルヴィン!誰か来るぞ!!」


    リヴァイの声で振り向くと、1頭の馬が物凄い速さで走ってくるのが見えた。


    あの馬は見覚えがある。

    確か、駐屯兵団が有事の際に用いる、早馬だ。


    「皆さん、聞いてください…!!大変…大変です!!!」




    そこで告げられたのは、俄には信じられない事実だった。




    「ウォールマリアに超大型巨人が出現…!!シガンシナの門が……破られました…!!!」




    ほら、言ったじゃないか。

    あの壁がいつまでももつとは限らない、と。


    世界とは、そういうものなのだから。




  35. 48 : : 2014/07/01(火) 23:11:20



    「現在、門に開いた穴から、次々と巨人が侵入してきています…!!我々は、住民の避難を最優先に、対応しています……」


    連絡兵は、言葉を詰まらせた。

    馬をノンストップで走らせてきた自分よりも、キース達の方がよっぽどボロボロだったからだ。

    それでも、言葉を続ける。


    「皆さんが、今どのような状態か…我々も十分分かっているつもりです。ですが、その上で、お願いしたい…どうか、力を貸してください……!!我々駐屯兵では、巨人の侵攻を食い止められないのです…お願いします…」



    巨人なんて、もう見たくないに決まっている。

    奇跡的に、壁内に生きて帰れたのに、そこが今度は壁外だなんて、全く笑えない冗談だ。

    体も心ももう限界だ。

    状況も、全く読めない。





    今度こそ、死ぬかもしれない。





    それなのに。



    「わかった…」
    「私が行きます」
    「了解だ」
    「行こう」
    「行くよ」



    5人の声が、ほぼ同時に響いた。


  36. 49 : : 2014/07/01(火) 23:11:39




    「調査兵団団長として、その要請を受理する…今返事をした、エルヴィン、ミケ、リヴァイ、ハンジの他に、戦える者はいるか?いるならば着いてこい…この者の話が本当なら……ここは、壁外なんだからな…!!」

    「ハンジさん、私も行きます!!」

    モブリットが、我先にと声を上げる。

    「ミケ、私達も行くよ」

    ナナバ達も後に続く。


    顔に包帯を巻いた兵士が、キースの前に進み出る。

    「我々は、残念ながら…行っても、足手まといにしかなりません……それでも、できることはたくさんあります…そちらの怪我人と仲間の遺体の処理、遺品整理、……それら全て、我々にお任せください」

    「お前達……わかった、任せよう………総員、覚悟はいいな!?…心臓を捧げ……シガンシナに向かって進め!!!」


    キースの声と共に、全員が走り出す。


    「皆さん、ご武運を…!!」


    負傷兵達が見守る中、キース達は、巨人から逃げていた時と同じくらいのスピードで、来た道を引き返し始めた。



  37. 50 : : 2014/07/01(火) 23:13:02


    ***




    「どういうことだ…!?」



    人々が、血相を変えてこちらに逃げてくる。

    先程得た情報では、巨人が侵入しているのはシガンシナ区の領域内だけのはずだ。

    なのに、すれ違う避難民の数は、シガンシナ区の人口を遥かに超えている。


    壁が破られて、混乱した住民達が逃げ出しているのだろうか?


    だが、その謎はすぐに解けた。



    シガンシナ区への門が、ギリギリ肉眼視できる距離になった時、ミケが巨人の臭いを察知したのだ。



    「ウォールマリア内に……巨人…!?巨人の侵入は、シガンシナ区だけじゃないのか!?」

    「かなりの量の巨人が来ている……こんなに大量の巨人の臭いは、初めて嗅ぐ…!!」


    狼狽するミケの後ろを走っていたリヴァイが、エルヴィンの横に躍り出る。

    「おい、エルヴィン……お前、視力どれくらいだ…」

    「ん……普通だが……?」

    「俺は、目は良い方だが……今、信じがたいものが見えている…」

    「何だ…?」

    「…壁に、穴が開いている…そこから、巨人が入ってきている…ようだ」


    もともと細い目を、更に細めて、リヴァイは答えた。


    「壁に…穴?じゃあ、例の…超大型巨人が、すぐそこまで来ているというのか?」

    「今のところ、その様子はないが…」

    「エルヴィン、リヴァイの言う通りだよ…」


    どこから取り出したのか、掌サイズに折り畳める望遠鏡を目に当てているハンジが答える。

    器用に片手で手綱を操りながら、その方向をよく見ている。


    「門は、ほとんど完全に壊されてるね……あれじゃ塞ぐのは無理だし、大型の巨人も簡単に入ってこれる…かも…」

    「ハンジ、平気?顔色、悪いけど」

    「平気だよ…ナナバ………はは……ここまで来ておいてなんだけど……ちょっと、ビビるね……って、ああ!!巨人が…入ってきた…!!」


    ハンジの声を聞いて、全員の表情が強張る。


    「やはりか……!!くそ、巨人がウォールマリア内に散らばると面倒だ……門をくぐってきたところをすぐに倒す…急ぐぞ……!!」


    キースの指示を受け、一同は馬の速度を上げる。


    「あ………」


    ハンジが、情けない声を出して、望遠鏡を取り落とした。



  38. 51 : : 2014/07/01(火) 23:16:04




    「ハンジさん!?」

    「ひ、拾わなくて良いよ、モブリット…!!」


    明らかに動揺しているハンジを見て、ナナバが再び声を掛ける。


    「今度はどうした……?」

    「人が…………ううん……何でも……ない………」


    最後まで聞かなくとも、ハンジの青ざめた表情を見れば、十分だった。


    武器も、戦う技術も、正確な情報すらも持っていない、ただ逃げ惑うだけの避難民。

    巨人を前にした彼らに、餌になる以外の未来は存在しない。


    「我々は……今日も含めて、仲間が巨人に食われるところは何度も見てきた……だが、訓練を受けていない、一般市民が食われるところは、見たことがない……いいか、忘れるな………彼らは、今日…人生で初めて巨人を目にし……今日、人生を終えてしまう……そんなことを、許してはならない…絶対に…!!!」


    力強いキースの声を聞いて、ハンジの目が、強い光を取り戻した。


    「はい…!!!」



    ***



    「いやあああ!!」
    「助けて!!」
    「兵士さん、巨人が、巨人が来てる、すぐそこまで…!!」


    屋根の上を走るキース達の耳に、逃げ惑う市民達の声が聞こえる。




    途中で合流した駐屯兵との会話で、新しい情報が入ってきていた。


    ウォールマリア内への巨人の侵攻の原因は、「鎧の巨人」と呼ばれる、異常に頑丈な体と知性を持った謎の巨人によるものだった。

    突如姿を現したその巨人により、シガンシナ区の内門にも穴が開けられてしまったのだ。


    そのため、穴に近づけば近づくほど、避難民は多くなる。


    壁に近づいた頃には、道はごった返してしまい、馬が使えなくなっていた。


    「総員、立体機動に移れ!!!」


    キースの号令と共に、全員が馬を繋ぎ、立体機動によって屋根の上に飛び乗る。

    ガスの節約のため、可能な限り屋根の上を移動していく。


    「目標発見!!」


    ウォール・マリアに侵入してきた巨人の先頭集団を発見すると、そこにエルヴィン達は直行した。


    「あの巨人は…!!」


    リヴァイが小さく呟いて、剣を構えた。


    「何!?どうしたの?」

    「門が閉まる時見えた……俺の部下を食いやがった野郎だ……」


    リヴァイの目を見て、ハンジはその巨人を睨む。


    「へぇ……あいつが……」


    すぅ、と、ハンジの目が冷たくなる。


    「リヴァイ…私が気を引く…敵はあんたが取りなよ…っ!!」


    ハンジが、巨人の気を引く。

    巨人は嬉々として、ハンジに手を伸ばす。


    「急所が、がら空きだ……」


    1度高く舞い上がったリヴァイは、地に落ちる稲妻のようにうなじに向かって急降下する。

    落下の勢いを利用した攻撃は、深く、的確にうなじの肉を削ぎ落とした。


    「さすが…!!」


    笑いながら、ハンジも6メートル級を倒す。



    喰われかけている人々が見える。


    10人位の集団。

    同じ集落から逃げてきたのだろうか。


    いや、そんなことはどうでもいい、助けなければ、という感情と、今から向かっても間に合わないと分かってしまう冷静さとが交錯する。


    それでも地を蹴り、一直線に向かっていくリヴァイには、巨人に捕まり食われようとしている人物の顔が、よく見える。



    彼らの顔は、見覚えがある。

    ああ、そうか。
    思い出した。


    彼らは、まさか、今日1日で2回も自分達と会うことになるとは思わなかっただろう。



    その人々は、数時間前に。


    帰還した調査兵団に罵声を浴びせた町人達だった。



  39. 52 : : 2014/07/01(火) 23:16:31





    飲み込まれる寸前の人々と目が合う。


    何か言ったのが見えたかと思えば、口の中に消えていく。


    「うわぁあああ、助けてくれ!!」


    悲鳴を上げている男。

    彼ならまだ間に合う。救える。


    巨人の腕を切り落として救い出す。


    「あ、あんた達は……」

    「調査兵団……あんた達が、税金の無駄遣いだと言っていた集団だ」


    言葉に詰まった男を近くの屋根に下ろし、巨人の後ろに回り込んで急所を裂く。


    巨人の返り血を浴びたリヴァイが振り返ると、そこにはもう、男は居なかった。


    リヴァイは、軽く頭を振ってから、次の標的に向かって走り出した。


    ***




  40. 53 : : 2014/07/01(火) 23:17:06




    「キース団長…あちらで戦っていた駐屯兵団第13班、壊滅した模様です…!!」

    「くそ……壁の穴を塞げない以上、巨人の侵入は食い止められない……避難が完了するまで…と思ったが……」

    回りを見渡すと、取り逃がした巨人がどんどん遠ざかっていくのが見える。

    建物のない平地まで侵入した巨人との戦闘は、リスクが大きすぎるため、見守ることしか出来ない。

    鞘に残った刃の数も、体で感じるガスボンベの軽さも、限界を超え、もはや麻痺に近い疲労感も、今、キースが下すべき判断が何なのか、明瞭に示している。




    もはや、ウォール・マリアは壁外だ。

    これ以上は、もう無理だ。




    「撤退だ………!!」


    キースの声を、汗だくになった調査兵達はしっかりと聞いた。


    異論は一切無かった。


    当初の予定では、駐屯兵団の援軍と、物資の補給が得られるはずだった。

    しかし結局、この地獄を体現したかのような過酷な最前線に、人も物資も届くことはなかった。


    補給を待ちながら戦ううちに、壁を登れるギリギリまでガスを使ってしまった者も多い。

    何より、体力的、精神的に、もう誰もが限界を超えているのだ。


    キースの打ち上げた煙弾が、血を溢したように赤い空に線を描くのをぼんやりと見上げ、調査兵達は撤退の準備を始める。

    煙弾に気づいたのか、生き残った駐屯兵達もぞろぞろと集まってきた。


    馬を繋いだ場所まで、ただひたすら走る。



    背中に聞こえる、人々の悲鳴と重い足音。

    逃げ遅れた避難民達が、自分達が見捨てた命が、細かい肉片へと変貌していく光景が、確かにそこにある。


    いや、本当は無いのかもしれない。

    1日に、異常なものを見過ぎたことによる幻覚なのかもしれない。


    それでも決して振り向かない。


    それが現実なのか、幻聴なのか、知りたくなかったからだ。




    先頭を行くキースのマントの翼に、赤い染みがついている。

    まだ乾かず、鮮やかさを失っていないそれは、彼らの翼が背負うものが、決して清らかなものではないことを物語っている。


    誰もが、人類が無数の命と共に放棄した壁に背を向け、これから彼らを護るであろう壁に向かう中で、一人、振り返った者が居た。


    その男の蒼い目が、後ろを走る兵の目を射抜く。


    エルヴィンの意識は、既に別のところへ向かい始めていた。


    新たな巨人の出現。

    知性を持ち、片方は壁よりも大きく、片方は鋼よりも硬い。

    その意味するところは、一体何なのか。





    人類100年の平和が脆くも崩れ去った日。

    その日を、100年続いた真実の隠蔽から、人類が解放された日とするべく、彼らの血濡れた翼は羽ばたきを止めない。




  41. 54 : : 2014/07/02(水) 10:48:56
    ウォールマリアは事実上陥落した

    100年に亘るかりそめの平和は、人類が忘れかけていた、いや、忘れようとしていた天敵に襲われる恐怖を持って打ち壊された

    平和という名の惰性・・・当たり前の様に甘受していた物が脆くも崩れ去ったその瞬間、人々が目にした恐怖は、更なる悲劇を生む引き金にしかならない様に思えた

    人類存続は絶望的

    いとも簡単に壊された、人類を守る壁
    ウォールローゼ・ウォールシーナがあれど、そんな物は何の安心材料にもならなかった

    ただ檻に囚われ、いつ食されても可笑しくない家畜の様な存在
    人類の状況とはまさにそれに合致していた

    次は自分の番かもしれないと、身を震わせながら

    人類は恐怖におびえる目を、南から背ける
  42. 55 : : 2014/07/02(水) 10:49:48
    だが、そんな人類の中にも

    強い光の灯った眼差しを、敢然たる覚悟の上で、南へ向ける人々がいた

    自ら傷ついても、ただ檻に囚われる事を由とはせず、常に運命に抗おうとする

    その背に負う白き翼は、すでに自らの血と、仲間が流した血で朱く、朱く、染まっていた

    血が染み込み、重たくて、飛べそうにない翼を必死に広げ、人類を滅亡へと追いやろうとする天敵に対して立ち向かう

    誇り高き、翼を持つ者たち

    彼らの行く末に待つものは・・・

    自由か死か

    その答えは誰にも、わからない
  43. 56 : : 2014/07/02(水) 10:50:05
    846年

    ウォールマリアの事実上の陥落によって、多数の避難民がウォールローゼに流れ込んだ

    ウォールローゼ内地には、マリアからの避難民が生活できる程の土地はあった

    だが、問題は食糧備蓄だった

    開拓地に避難民を送り込み、食糧難を回避すべく食糧生産に取り組んでいるものの、そんなものの成果がたかだか半年で出るはずもない

    避難民だけではなく、ウォールローゼ住人も、兵士達でさえも、満足の行く食事が出来なくなっていた

    食事は毎食パン一つ、や、薄いスープのみ

    いつ壁が壊されるかもしれないという精神的不安の中でのこの食糧難

    人類は巨人に食われるまでもなく、内側から崩壊の一途をたどっていた
  44. 57 : : 2014/07/02(水) 10:54:11
    「ふむ・・・うっすいスープだね・・・人参しか入ってないんだけど」
    調査兵団の食堂で、毒づく一人の女性兵士

    「パンも・・・出なかったですよね」
    その女性の隣で、ぼそっと呟く男性兵士

    「これで、もし巨人が攻めてきたらさ・・・私たち、ろくに戦えると思う?モハメット」
    女性はお腹に手をやって、力なくつぶやいた

    「誰がモハメットですか。俺はモブリットです。いい加減に覚えていただきたいものですが」
    モハメット・・・いや、モブリットはこめかみを指で押さえながら言った

    「ははは、まあいいじゃないか。これくらいしか笑えるネタが無いんだからさ。こんなご時世」

    「人の名前を、唯一笑えるネタみたいに使うのやめて下さいよ」
    モブリットは眉をひそめた

    「嫌だ、やめない、モハメット君」

    「しつこいですよ!ハンジさん!」

    静かな食堂に、場違いなまでに明るい会話

    質素すぎる食事の最中、それでも笑いの絶えないこのコンビに、温かい視線を送る者たちがいた

    「ハンジは・・・最近少し変わってきたな」
    金の髪を持つ偉丈夫は、いつもは鋭い光を宿す瞳に、今は優しげで温かい光を湛えて、ハンジを見ていた

    「ああ、相変わらず猪突猛進な所はあるし、興奮すりゃ手が付けられない事だって多々あるが・・・それでも、あの野獣の様な凶暴な目になる事は少なくなったな」
    金の髪の隣で薄いスープをつつきながら、上背の小さな男は言葉を発した

    「そうだな・・・壁外へまた出れば、元に戻ってしまう可能性もあるが、それもモハメットがいれば何とか制御できるかもしれんな、リヴァイ」

    金の髪は、いたずらっぽい瞳を小さな男・・・リヴァイに向けた

    「・・・おいエルヴィン。モハメットじゃねえだろうが」
    リヴァイは肩をすくめた







  45. 58 : : 2014/07/11(金) 10:14:55
    「とりあえずは今の所人々は落ち着いているようだね・・・」
    ふわりとしたショートカットの髪をかき上げながら、女性兵士が呟く様に言った

    「ああ、そうだな、ナナバ。だが、正直何時まで持つんだろうな。最近顕著だろ、食糧不足が」
    隣を歩く男性兵士が小さな声で言いながら、眉をひそめた

    ここはトロスト区突端地区・・・ウォールマリアが破壊された今、ここが人類と巨人の領域を分ける要となっていた

    ナナバと男性兵士はトロスト区の視察・・・と称した監視のために、町を回っていた
    食糧難に拍車がかかり、今にも暴動が起きそうな、そんな様相を呈していたのである

    今の所そういう状況を目の当たりにはしていないが、疲れ切ってやせた人々を見ていると、その時がいつ来てもおかしくはないと思わされた

    「暴動・・・か。でもどうする事も出来ないよね。生きていくには食べ物が必要だし、かといって生産できる量には限りがあるし・・・」

    「ああ、植物みたいに、光合成でもできたらいいなあと思うぜ俺は。そのうち進化するんじゃないか?」
    男はにやりと笑みを浮かべた

    「進化なんてするのを待ってる間に、全員死んでしまうよ。ゲルガーったら」
    ナナバは場違いなまでに気楽な言葉を発する男に向かって、苦笑した

    「まあ真面目な話、このままでは本当に全員死んじまう可能性が大だな」

    「・・・ああ。どう、なるんだろうね」
    二人は真剣な眼差しで見つめ合った

    「・・・俺は、酒がないから今にも死にそうなんだが」

    「・・・一回死んで来たらいいんじゃないの?あなたは」
    ナナバは肩をすくめた
  46. 59 : : 2014/07/11(金) 21:43:05
    ―エルミハ区―

    「ザックレー総統・・・それは!そんな事は!出来ません!!」
    キースの声が室内に響き渡る

    今しがた、軍を統括する立場にあるダリス・ザックレーから、衝撃的な言葉を告げられたキース
    とても二つ返事ができる内容ではなかった

    耳を疑って、何度も聞き返したが、その言葉が覆る事はなかった

    「キース、これは命令だ。拒絶は許されん」
    ザックレーは殊更強い口調でそう言い放った

    だが口調とは裏腹、表情にはどこか気遣うような様子を浮かべて、項垂れるキースを見つめていた

    「兵士達が・・・納得するとは、思えないのです・・・」
    キースは絞り出す様な声で言った

    ザックレーは首を振る
    「納得する、しないの問題ではないのだ。もう、他に選択の余地はない。わかってくれ、キース」

    「我々は・・・人類を守る、兵士です」
    キースは視線を上げてザックレーを見据えた

    「ああ、そうだ」
    ザックレーは憂いを秘めた眼差しをキースに向けた

    「こんな、こんな作戦・・・。我々は、何のために戦っているのか・・・一体誰のために・・・」
    キースはゆるりと頭を振った

    「こうするしか方法はないのだ。人類が存続する方法は、他にはない。わかってくれ、キース」
    ザックレーの言葉に、キースは肩を落とし、息をついた
  47. 60 : : 2014/07/13(日) 14:28:19
    もう本編並に素晴らしいです!!
    毎日期待させていただいてます。
    頑張って下さい!
  48. 61 : : 2014/07/13(日) 14:51:46
    >リヴァイ兵長かっけーっすさん☆
    期待ありがとうございます♪
    頑張りますのでよろしくお願いいたします♪
  49. 62 : : 2014/08/20(水) 14:07:27
    「…なあエルヴィン…俺は、もう限界かもしれん。情けないが」

    総統府からの帰り道の馬車の車中、キースは絞り出すような声を発した

    あの衝撃的なザックレーからの命令を受けて今まで、キースは一言も言葉を発する事はなかった

    何とか自分の心の中で整理をつけようとしていたキースであったが、事が事なだけに、それが出来なかった

    彼は優しすぎたのだ

    エルヴィンはそんな上官に、労るような視線を送る

    「キース団長、情けないなどとおっしゃらないで下さい。限界など…あなたはまだ…」
    エルヴィンのいつになく優しい声色が、キースの耳に届く

    だが、キースは首を振った

    「エルヴィン、俺は自分の事を分かっているつもりだ。もう随分前から、俺の心は限界に来ていた。騙し騙しやってきたが、ここらが潮時なのかもしれん…」

    確かに、キースは辟易していた
    幻滅していた

    調査兵団に入り、人類が自由を勝ち取るために、懸命に戦ってきた

    それらの努力の殆どを無用だと世論に罵倒され、蔑まれてきた

    壁外で戦うだけならまだしも、調査兵団の団長になってからというものの、内政というどろどろとした物に首を突っ込まなければならなくなった

    自分の事しか考えない貴族や王政府の偉い方に、振り回され続けた

    それらの事が、キースを追い詰めていたのであった

    「キース団長。私も出来うる限りの補佐を致します。ですので今一度…」

    「ああ、エルヴィン…、分かっている。すまない、君にまた愚痴を言ってしまったな」

    エルヴィンの言葉を途中で制すると、キースはこめかみを指で押さえながら言葉を発した

    エルヴィンは、緩やかに首を振った

    「いいえ、私でよければ何時でも聞きますよ。後、部下への作戦の説明は、私にお任せ頂けますか」

    エルヴィンは、疲れきったキースに、これ以上心労を与えたくなくて、そう申し出た

    だが、キースは首を振る
    「エルヴィン、気を使ってくれたんだな、すまない。だが……あいつらに伝えるのは俺がやらなければ。しかし…こんな作戦を命ずるのが…恐ろしい…な」

    キースはため息混じりに呟いたのであった
  50. 63 : : 2014/08/20(水) 14:08:19
    団長室に、各班の班長と、分隊長が集められた

    キースが静かに口を開く

    「今日集まってもらったのは、ある作戦について、話をするためだ。ウォールマリアが破壊されて以降、ローゼ内の食糧難が加速し、もう破綻寸前なのは、お前たちも知っているだろう」

    キースの言葉に、一同が頷いた

    「今日、総統府から言い渡された作戦をお前たちに伝える。綺麗事で片付ける様な言い方はしない。はっきり言おう…」

    キースはそこで、言葉を止めて大きく息をした

    そして、また口を開く

    「ウォールマリアからの避難民たちと共に、大規模な壁外遠征を行う。表向きは、領土奪還作戦、だが真の目的は……」

    「食いぶちを減らすため…か」
    苦虫を噛み潰したような顔で、キースの言葉を繋いだのは、リヴァイだった

    「そうだ、リヴァイ。要するに、口減らしをしてこいとの命だ。お前たちに拒絶する権利は無い。そのつもりで準備に当たってくれ」

    キースの言葉に、一人の兵が彼に詰め寄った

    「権利がないだって!?じゃあその口を減らされる人は、どうして生きる権利がないの?!残れる人は何故、生きる権利があるの!?誰が命の選別をするの!?納得出来ない!!」

    ハンジは怒号の様な声を上げて、キースに捲し立てた

    キースはただ黙って、されるがままになっていた

    襟首を掴むようなハンジの不遜な態度にも、何も言わなかった

    「まて、ハンジ。団長の顔を見ろ…」
    それを制したのは、ミケだった
    ミケは、ハンジの肩にぽんと手を置いて、小さな声で言った

    ミケの言葉に、ハンジはキースの顔をじっと見つめる

    その顔は厳しく引き締まっていたが、瞳が揺れているように感じた

    感情を圧し殺した、男の表情だった

    それに気がついたハンジは、キースの襟首を離し、その襟を丁寧に整えた

    「団長…ごめんなさい。わかりました。分かりたくは無いけど…他に、選択肢が、無いのなら…」

    ハンジはそう言って、項垂れた

    キースはそんなハンジに、厳しく引き締めていた頬を、少しだが緩めた

    この、限りなく熱く、優しい女が、必ずや未来の希望になると、はっきり感じたのであった
  51. 64 : : 2014/08/26(火) 16:35:40
    「信じられないぜ…立体機動装置も着けずに壁外なんてな…」

    酒も無く、つまみも無く、ただ冷たい氷水だけをグラスに注ぎ、酒宴ごっこに興じている調査兵達

    ぼそっと呟いたのは、酒が三度の飯より好きなゲルガーだった

    「食糧備蓄が、もう限界だからね…だけど…気が滅入るよ」
    ゲルガーに相づちを打つように、隣に座る快活そうな女性がため息をついた

    「リーネ、大丈夫か?」
    顔色がすぐれない女性に、心配そうな表情をむけていたのは、髪をオールバックに綺麗に撫で付けている男だ

    「大丈夫だよ、ヘニング。心配してくれてるのかい?そんなに柔じゃないからね」
    リーネと呼ばれた女性は、自分に気遣わしげな視線を送る生真面目な男に、柔らかい笑みを見せ、彼の肩にぽんと手を置いた

    「食いぶち減らすためとしか思えねえからな…いくら酒が飲めるようになるかもしれんとはいえ、こんな形はのぞんでないぜ…」
    ゲルガーは、肩を落としてため息をついた

    「立体機動に馬にスナップブレード…これが揃っていても簡単に殺られてしまう場所に、徒歩で、何の訓練もしない一般人を送り込むなんて…これは、殺人だよ」
    リーネは呻くように言葉を発した

    ヘニングがそんな彼女の肩をそっと抱いた

    「そうだね。私たちは何の罪も無い人達を死地に送り込もうとしている。それを命じたのは王だ。私たちは命令には従わなければいけない。割り切るしか、無いんだ」

    ナナバは憂いを秘めた瞳を燻らせながら、静かな口調で噛み締めるように、言葉を発した

    「………そうだな、俺たちは俺たちで出来る事をしよう。なるべく沢山の巨人を討伐しよう…襲われている人を、一人でも無事に壁内に帰すために…」
    ゲルガーの言葉に、一同は頷いたのだった
  52. 65 : : 2014/08/27(水) 09:16:07
    静かな夜

    聴こえるのは風が木々を揺らす音だけ

    人類存続の危機が迫っている等想像できない様な、平和な夜だ

    調査兵団の本部の門の前で、辺りを見回しながら立つ一人の男性兵士

    柔和な顔つきが、何時にも増して厳しく引き締められているのは、門番をしているからという理由からだけでは無かった

    先程、先輩兵士から聞いた、衝撃的な作戦の内容…頭の中で反芻するだけで、吐き気をもよおしそうになる

    「……はぁ」
    兵士は深いため息をついた

    その時だった

    「ワッ!!」
    そんな声がしたと思ったら、突然視界が真っ暗になった

    「えっ!?な、な!?」
    何が起こっているのかわからず、兵士は目を覆う何かを剥がそうとするが、しっかり固められているのか、一向に外れない

    それが人の手だとわかるのには、更に数瞬の時間が必要だった

    「誰ですか!?目隠しなんかするのは?」
    兵士は、その手を引き離そうとしながら問い掛けた

    犯人が誰かは大体予想はついていた

    「モハメット君、だーれだ!?」
    場違いなまでに明るく、素っ頓狂な声

    「ハンジ…班長ですね?モハメットではありませんってば…」
    モハメット…いや、モブリットは肩を竦めた

    「へへ、ばれたか!!」
    その言葉と共に、目を塞いでいた手が離される

    モブリットが振り返ると、想像通りの人がぺろりと舌を出していた

    「まだ、お休みになられていなかったんですね、班長」

    モブリットの問いに、ハンジは頷く

    「ああ、眠れなくってね…外をぶらついていたら、モハメット…がいたから、つい悪戯心がね」

    ハンジはそう言って、モブリットの頭をがしがしと撫でた

    「俺は勤務中ですよ…邪魔しないでください。びっくりしたんですから」
    頭を大人しく撫でられながら、モブリットは眉をひそめた

    「はは。ごめんごめん!!なんかね…どうしても一人でいたくなくってさ…」

    ハンジのその表情に、いつもの燃えるような力が感じられなくて、モブリットは一瞬目を見開いた

    「…あれですか」

    「ああ、そうさ。胸くその悪い、あれのせいでね…」

    二人は同時にため息をついた
  53. 66 : : 2014/08/30(土) 10:13:46
    ど、どうなるのでしょう・・・期待です!
  54. 67 : : 2014/08/30(土) 10:39:31
    >ハンジもどきさん☆
    ありがとう!頑張ります!!

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fransowa

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