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この作品は執筆を終了しています。

幾星霜 ※ネタバレ注意

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  1. 1 : : 2021/09/13(月) 20:14:07


    ※諸注意

    最終話までのネタバレを含みます。
    設定の捏造や変更があります。

    それでもよろしければ、どうぞゆるりとお楽しみくださいませ。
  2. 2 : : 2021/09/13(月) 20:17:30

     人は、過ちを繰り返す。いや、繰り返してしまう。

     僕の親友は、僕の前から永遠に去っていった。

     不思議なもので、親友がいなくなった後も世界は終わらない。動き続けている。

     波飛沫のざぁという音が絶え間なく続いている。ぼぅという汽笛が聞こえてきた。間も無く入港するのだろう。金髪の青年は甲板に立ち、陸を眺めた。

     思えば何年経ったのだろう。

     彼の故郷……パラディ島の港が見えてきた。その港の上に、無数の米粒の如き人影が並んでいるのが遠く離れた甲板からでも見渡せた。
  3. 3 : : 2021/09/13(月) 20:19:31

     ふと、アルミンは後ろから声をかけられる。それは女性の声で、

    「どうだい、数年振りの故郷は?」

    「身の引き締まる思いがするよ、アニ。これから僕らの行手に何が待ち受けているか分からないからね。」

     アルミンの返答を聞いて、アニは思う。

     あの死に急ぎはその力で、こうなる未来を予見していたのだろうか?

     死の間際、エレンは私たちに接触してきた。紛れもなく遺言だった。そこで私は巨人の力は間も無く消え去ること、生きた父と再会できることを知ったのだ。

     そのことを私は、天と地の戦いの後(全てが終わった後)に思い出した。果たしてエレンの予言通り、巨人の力は消滅した。私は父と再会できた。

     もしかするとエレンはその先の未来まで知っていたのではないかと。
  4. 4 : : 2021/09/13(月) 20:21:32

     ……戯れ言だ。

     アニはそう思い直す。

     もう既に地上から巨人の力は消え去ったのだ。残されたのは踏み荒らされた大地と、細々と生き残った人類だけ。力が消滅した後の世界を見ることなど出来はしないだろう。

     無数の人影はもうはっきりと、銃を携え、直立不動の姿勢をとっている。波飛沫の音が聞こえなくなった。

     アルミンの両肩には、鉛のように重い何かがのしかかっていた。彼だけではない。同行したアニやライナー、ジャン、コニー、ピークの両肩にも、同じ重圧がのしかかっている。

     かつての大国マーレから、和平のために派遣された特使たちは、甲板からタラップをつたい、パラディの地へと降り立った。
  5. 5 : : 2021/09/13(月) 20:36:36

     港は異様な空気に包まれていた。

     決して歓迎ムードではない。その逆だ。痛々しいほどの敵意がこちらに向けられているのを間も無く特使たちは感じ取った。銃を携える兵士達の目が、そう語りかけている。いつ銃口がこちらに向けられても、全く不思議はない。

     特使たちはその中を、特に顔色を変えることなく歩いていく。そして、懐かしい顔が見えてきて、アルミンは漸く顔をほころばせた。

    「お久しぶりです、女王陛下。陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。」

    「無事のお越し、なによりです、特使様。」

     つられて顔をほころばせたヒストリア女王とアルミンは固い握手を交わした。アルミンの後ろでライナーが少しばかり鼻の下を伸ばしていたが、女王はそれを軽くあしらうように握手を交わすと、さっと他の特使たちと挨拶を交わした。
  6. 6 : : 2021/09/13(月) 22:18:12
    おー、原作最終回後っすね。
    期待です。あと、余計かもですけど一応アニメ勢居るかもなのでネタバレ注意とかのが良いかもですよ
  7. 7 : : 2021/09/13(月) 23:49:45

    期待ありがとうございます
    そうですね、タイトルにも付け加えます
  8. 8 : : 2021/09/14(火) 00:09:26

     楽しそうではあったが、油断しているわけではない。なんといっても彼らにはこれから大仕事が待っているのだ。それに、アルミンにはもう一つの目的があった。

     女王はそのことについてもう察しているらしく、乗り込んだ車の中でこう切り出した。

    「ミカサは元気にしているわ。彼女、今はシガンシナ区にひっそりと隠れ住んでる。でも、それ以上のことは、分からないの。」

     これは、女王の配慮であった。

     手紙のやり取りこそあるものの、ミカサの居所について情報が漏れることのないよう、女王は細心の注意を払っていた。そうでもしなければ、たとえミカサでも身の安全の保障はない。ましてや、幼馴染のアルミンがミカサに会うとなれば、その困難はアルミンにとっては容易に想像がつくことであった。

     アルミンがミカサに会うためには、何としてもこの交渉を成功させなければならない。それでもまだリスクは残されている。
  9. 9 : : 2021/09/14(火) 00:13:11

    「ありがとう、ヒストリア。」

    「礼を言われるのはまだ早いよ。」

     もうすっかり砕けた口調でヒストリアはアルミンに話しかける。

    「そういえばさっき言いそびれちゃったんだけど、あなたの嵌めているその指環、素敵。」

    「やっと指環のことに触れてくれたんだね。ほら、アニも同じ指環をしてるだろう?」

    「女王である私に惚気話? 呆れた。ずっと待っていたのね?」

     半ば呆れたように、半ば微笑ましくヒストリアが話を聞いていると、不意に後部座席から悲鳴が上がった。

    「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!」

     びっくりして後ろを見るとアルミンの隣に座っていたアニが、顔を真っ赤にしつつ、怒りの目でアルミンの足をヒールで踏んづけていた。調子に乗りすぎたアルミンが涙目で僕が悪かったと謝っても、アニは聞く耳を持たないようだった。

    「あらあら、随分とお忙しそうね、アルミン?」

    「うぎぎぎぎ……許して……」

     アニに足を踏まれ、ヒストリアにからかわれ、アルミンはタジタジであった。気がつくと運転手を務めているヒストリアの夫も声を殺して笑っている。後部座席に座っていたアルミンは、到着までずっと隣のアニに足を踏まれ続ける羽目になったという。
  10. 10 : : 2021/09/14(火) 10:20:28

     特使たちの一行は、安全上の理由から、王都ミットラスへは向かわず、別の施設へと案内された。

     旧調査兵団本部……一時期を除いて使われなくなっていたこの古城を、女王が特使たちを迎えるにあたって極秘に整備していた。

     女王陛下や特使たちを乗せた車列は森の中を通り、やがてこの古城へと着く頃には、辺りは既に暗くなっていた。

     これより先は、女王陛下主催の晩餐会が催され、特使たちが歓待を受ける手筈となっていた。もっとも、厳重な警備下での極秘の晩餐会である為、招待客も招く訳にはいかず、晩餐会とは名ばかりの内輪祝いのようなものではあるのだが。

    「なぁアルミン。何でお前、片足を引きずってんだ?」

     コニーの無邪気な気遣いが、グサリと胸に刺さるアルミンであった。
  11. 11 : : 2021/09/14(火) 10:22:12

     さて、城に到着した一行は、まずはそれぞれの部屋に入って荷物を解いていた。

     アルミンはアニと一緒の部屋を取らなかった。先程の惚気話がその理由ではない。アルミンは宿泊場所に、一人で地下室を選んでいた。それはかつて、エレンが一時期寝泊まりをしていた部屋であった。

     ベットの上で荷物を解きながら、当時のエレンは一人で何を思っていたのか、アルミンはかつての親友の心情に思いを馳せていた。

     コンコンッ

     不意にノックする音が聞こえ、アルミンが地下室の扉を開けると、ピークがそこにいた。

    「ちょっといいかしら?」

    「かまわないよ。アニは一緒じゃないの?」

    「晩餐会の時間までは少し休みたいって。あなたは随分と荷解きに時間がかかってるのね。」

     アルミンが静かにうんと頷くと、ピークが部屋に入ってきた。狭い部屋を見渡しながら、独り言のように呟きはじめた。

    「私も少し、エレン・イェーガーに触れてみたくなってね。私は本当の彼には会えずじまいだったから。」

     そう呟いてからピークは、アルミンが座っているベットに並んで座った。

     かつては鎬を削りあったピークと並んで座り、パラディ(かつての故郷)マーレ(かつての敵国)との和平のために奔走している今の自分を、アルミンは考えずにはいられなかった。

     まったく奇妙な話だと思う。

     エレンは僕らを生かし、自らは死を選んだ。僕は君のいない未来など、考えてもいなかったというのに……
  12. 12 : : 2021/09/14(火) 10:24:37

    「泣いてるのね、アルミン。」

    「えっ…?」

     気付かぬうちに、アルミンは涙を流していた。

    「アニには言わないでおいてあげる。ひとつ貸しが出来たね。」

    「そうしてくれると助かるよ。ごめんね、やっぱり……エレンのことを思い出しちゃって。」

    「聞かせてくれる? エレンのこと。」

     アルミンは少し微笑み、肩をすくめて、幼い頃のエレンとミカサについて話し始めた。話せば話すほどに、アルミンにはエレンが身近にいるように感じられた。

    「……それでね、エレンはいっつもミカサに助けられていたんだよ。」

    「いやーあの見た目からは想像もつかなかったねー。」

    「それでもね、エレンがそうやって立ち上がってくれたから、僕はいつもいじめっ子から助けられていたんだ。」

    「そういうところは最後まで変わらなかった。エレンのことがちょっと分かってきたかな。」

    「全く、僕らときたらいつまでも同じことしてさ。」
  13. 13 : : 2021/09/14(火) 11:03:28

    バンッ!

     アルミンとピークが話し込んでいると、いきなり地下室の扉が開いた。

     扉を開けたのはコニーで、後ろにはライナーとアニ、女王がいた。皆顔から血の気が引いている。

    アルミン「びっくりしたけど、まさか……何かあったのかい?」

    コニー「やべーことになったぞアルミン! ピーク! 晩餐会の準備をしていた料理人が……死んじまったんだ!」

    ピーク「死んだ!?」

    アルミン「それはいつの話!?」

    ライナー「ついさっきだ。ジャンとコニーがこっそり厨房に盗み食いに入ろうとして、ちょうど味見をしていた料理人が死ぬところを見たらしい。」

    コニー「あぁ。そいつは鶏肉の料理を食べてすぐ具合が悪くなって、血を吐いて死んじまったんだ。厨房は大混乱だ。」

    ライナー「今はなんとかジャンが厨房で他の料理人たちを宥めている。どうする?」
  14. 14 : : 2021/09/14(火) 11:05:41

     和平交渉自体そう簡単に進むはずがないということは、誰の頭の中にもあった。事が起こるのはいつも唐突で、しかも理不尽なのである。

     アルミンは慎重に、今後起こりうるだろうこととそのリスクを天秤にかけていた。ややあって、彼は口を開いた。

    「まずは厨房に移動しよう。ジャンや他の料理人たちと合流してから話をする。」

     騒然となっている厨房の中央付近では、一人の男が倒れていた。吐き出した血が辺りに生々しく飛び散っている。そして、死んだ料理人を囲むように、他の料理人三人とジャンが何やら話をしているようであった。

     厨房へとやってきたアルミンを出迎えたのは、その三人のうちの一人で、本来女王の粋な計らいとなるはずの人物だった。その人物は幾分暗い面持ちでアルミンに話しかけた。

    「まさか…こんな形での再会になるなんてな、アルミン。」

    「君は…ニコロかい!?」

     不本意な形での突然の再会に、アルミンは一瞬顔を輝かせ、次の瞬間には暗く沈んだ。
  15. 15 : : 2021/09/14(火) 12:02:38

     アルミンの心の内には、エレンがいた。しかしそれは、先ほどまでのあの無鉄砲な少年の姿ではない。人類の7割を大虐殺した殺戮者の姿だ。眼光鋭き、憎悪の権化のようなエレンであった。

    「お前たちと会うときはいつもこうだな。」

    「君のその正直じゃないところも相変わらずだよ。」

    「言ってくれるな、アルミン。よく無事だった。あまり安心できる状況じゃないが、とにかく無事でよかった。」

     そういうとニコロは、アルミンの肩をポンと叩いた。ニコロなら信じられる。アルミンはそう直感した。
  16. 16 : : 2021/09/14(火) 12:04:10

    「で、お前の意見を聞かせろよ、アルミン?」

     ジャンが重々しく口を開き、皆の目線はアルミンに集中した。やはりジャンには、リーダーとしての資質が備わっている。

    「……ニコロ。」

    「……なんだ?」

    「聞かせて欲しい。君たち料理人は、毒を盛ったりはしてない……そうはっきりと言って欲しい。」

    「サシャに誓って……ない。」

     重々しく言うニコロに、アルミンはゆっくり頷いた。様子を見ていたコニーも頷き、他の特使たちも同様であった。

     他の料理人たちについてもニコロは心配はいらないという。ニコロにとって彼らはこの三年余り、苦楽を共にしてきた仲間であったし、グリースのようなことを繰り返すまいと、ニコロ自身が用心深くもなっていた。

     とはいえ、疑い出せばキリもないし、潔白を証明するだけの時間もない。続けてアルミンは言う。
  17. 17 : : 2021/09/14(火) 12:09:46

    「今の僕らには犯人を探すだけの時間はない。そして、その必要も……ないと思う。

    この策謀の裏には、僕らの和平交渉を快く思わない一派が必ずいる。三年もここを離れていた僕らが、その正体に迫るには時間が足らなすぎる。

    それに、もしこのことが表沙汰になれば、必ず交渉はこじれる。そうなれば最悪戦争になる。それだけは……避けなきゃいけないんだ。」

    「つまり、こう言いたいんだな?」

     ジャンが横から口を挟む。

    「今は交渉が最優先、他は捨て置け……そうだろ?」

    「……そうだよ、ジャン。今は……耐え忍ぶしかない。」

     ジャンに促され、奥歯で感情を噛み殺し、決断を下したアルミンは、間も無くこの事件の隠蔽工作を指示した。

     晩餐会は開かれたということにし、料理は振る舞われたものの、どの段階でどれに毒が入ったか分からないために手を触れないこととした。そして……

    「亡くなったグスターヴォ(料理人)は……作った料理と一緒に……」

     そこから先は、さしものアルミンも口を閉ざした。すると、ニコロはアルミンの手を取った。

    「……俺たちがやる。」

    「ニコロ……」

    「お前だけに辛い決断を背負わせたりはしない。それに、グスターヴォは俺たちの仲間だ。料理と、一緒に…葬られる、なら……」

     それ以上は言葉も続かず、ニコロは大粒の涙を流した。

    「……やりきれないな。被害者が涙を飲んでまで、事件の隠蔽をしなくちゃいけないなんてね。」

     傍らで事の顛末を眺めていたピークは、こう呟いた。
  18. 18 : : 2021/09/14(火) 19:55:58

     全ての隠蔽工作が終わり、アルミンはベットに体を投げ出した。

     疲れていた。

     横たわったアルミンの顔に影がさした。その顔を眺め、右手でその頬をさすりながら、アルミンは深くため息をついた。

    「アニにも苦労をかけたね。済まなかった。」

    「一番苦労したアンタが言うセリフじゃないね。」

     アニもまたアルミンの額をさすり、それから二人は口づけを交わした。

     一人部屋をとっていたはずではあったが、シングルベットの上で、二人は並んで天井を見上げていた。
  19. 19 : : 2021/09/14(火) 19:59:39

    「……ずっと、考えていたんだ。僕が生きている意味を。」

    「そんなものが分かるなら、私にも教えて欲しいね。」

    「ははは、そう簡単に分かるはずもないよね。まだまだ僕にも、分からないままだ。」

     そういうなり、アルミンは上半身を起こした。密かに抱いていた懸念を、アニは口にした。

    「アンタのとなりには、まだあの死に急ぎがいるんだね。」

    「……そうとも言えるね。」

    「どういうこと?」

    「やっぱりエレンは間違っていたということさ。」

     そう断ずるアルミンの胸中には、不吉な予感が渦巻いていた。

    「僕たちを生かすためだったとはいえ、エレンは世界中に憎悪の種をばら撒いてしまった。今回のことも……

    僕とエレンとの戦いは、エレンが死んだ後もまだ続いているんだよ。」

     一人呟くアルミンに、アニは後ろから両腕を回した。

    「アンタだけじゃない。」

    「やっぱりアニは…優しいんだね。」

    「それはもう聞き飽きたよ。」

     この時アルミンが抱いた不吉な予感は、遥か未来において大変な惨禍となって現実のものとなるのであるが、それはまだ先の話である。
  20. 20 : : 2021/09/14(火) 23:01:09

     翌朝、まだ夜が明け切らない早い時間に特使の一行は旧調査兵団本部を後にした。人目を避ける為の、極秘の出発であった。

     彼らの中には、ヒストリア女王もいる。本来既にミットラスの王宮にいて、一行を出迎える手筈であったが、先の騒動の為に身の安全を図らなくてはならなかった。女王にしてからがこの有様であるからして、特使たちが置かれている危険な立場は、既に読者様にあっては承知して下さっていることであろう。

     今一つ読者様に承知していただきたいことは、天と地の戦いから三年経った後の、エルディアにおける勢力図である。

     エルディアの統治者は形式上はヒストリア女王であったが、事実上のエルディアの支配者は軍であり、軍を運営するイェーガー派であった。

     勝てば生きる。負ければ死ぬ。戦わなければ勝てない。

     戦え。戦え。

     エレンが彼らに遺していった言葉は、外の世界に対する憎悪、報復を恐れる気持ちと簡単に結びついた。この言葉が、彼らを今日まで軍備の増強に走らせてきたのだ。
  21. 21 : : 2021/09/14(火) 23:03:01

     朝の日差しがようやく夜空の底を白く照らしだす頃、アルミンは車を降り、ミットラスの王宮を見上げた。宮殿は深閑として、まだ外にいるにも関わらず足音があたりに響くのが聞こえるほどであった。

     ひんやりとした石畳の上を歩きながら、アルミン は決意を新たにしていた。美しい中庭を望む事のできる回廊で足を止め、後ろをついてきた全員に話しかける。

    「僕らの戦いは、まだ終わらない。まだまだ続く。でも、ひとつだけ言える事がある。

    ……武器を取って戦う事だけは、終わらせなきゃいけない。

    僕らはその為に、血も涙も流した。でも、ここでしくじればその全てが無駄になる。

    なにより……死んだエレンに合わせる顔がない!」

     話を聞いていた特使たちの目に、在りし日の自由の翼の紋章を背負った者たちの背中が見えたような気がした。夜明けの日差しが中庭から回廊に差し込み始めた。

     今はもうない調査兵団最後の団長として、心に刃を握りしめ、アルミンは再び歩き出した。
  22. 22 : : 2021/09/15(水) 04:22:55

     時刻は、10時23分である。

     王宮の大広間には、既にエルディアのおもだった関係者が集まっていた。中央の玉座にはヒストリア女王が座り、あくまで中立という構えを見せている。

     女王から向かって左側の席にはエルディア軍の中枢を担う幹部、手前よりヒッチ、スルマ、リコ、他三名の計六人が座っている。そして、向かって右側に特使六人が座っているはずであったが、席は未だ空席であった。

     大広間はざわついていた。

     居ても立っても居られないという様子でリコは立ち上がり、女王に詰め寄った。

    「陛下、特使はまだ見えないのですか!? もう時刻はとっくに過ぎたというのに!?」

     リコの焦燥と苛立ちとを他所に、女王は平然として答えた。

    「特使は今朝早く、私と一緒に王宮に入りました。そういきり立たず、座して待てばよいのです。分かりますね?」

     釈然としないながらも座るリコの横でスルマはじっと待ち、ヒッチに至ってはあくびを堪えている。他の三人は何やら雑談をしているようで、女王の言葉が耳に入らないといった有様であった。
  23. 23 : : 2021/09/15(水) 04:24:31

     ギギギギギ……

     大きな重い扉がようやく開き、約30分遅れで特使たちが入ってきた時、大広間は一瞬、水を打ったようにしんと静まり返った。が、次の瞬間には再び、蜂の巣を突いたかの如くにざわめき出した。

     並み居る聴衆は驚いた。何故なら、特使たちはスーツの上に、かつての調査兵団が着用していたフード付きの緑色のマントを纏っていたからである。

     そんな動揺の中を、アルミンを先頭とした特使たちは部屋の中央へと進んでいき、先ずは女王陛下に並んで頭を下げた。

    「マーレ特使、アルミン・アルレルト。やむに止まれぬ事情により、この交渉の場に遅れたること、お詫び申し上げます。」

    「お待ちしておりました、特使様。どうぞ、席へとお着きください。」

     女王が礼を返すと、特使たちは悠々と交渉のテーブルに着いた。
  24. 24 : : 2021/09/15(水) 15:17:59

     以下の文章は、エルディアの軍幹部と、マーレ特使との間で行われた交渉の議事録である。

    ヒストリア:ようやく揃いましたね? では話し合いを始めましょう。まずは特使様を代表して、アルミン・アルレルトに発言を求めます。

    アルミン:マーレの特使を代表して発言します。我々マーレには、エルディアと和平を結ぶ意志があります。つきましては、こちらをご覧ください。

    (懐から一通の外交文書を取り出す。)

    アルミン:こちらは、エルディアの友好国であるヒィズル国、キヨミ・アズマビト様からの文書です。マーレがエルディアと和平を結ぶときは、その仲立ちをする用意があると記されています。

    (ヒストリアに手渡される。)

    ヒストリア:確かに、確認しました。続いて、我らエルディアを代表し、スルマに発言を求めます。

    スルマ:はい。我がエルディアは、これ以上の対立は望まず、従って和平を妨げる気持ちはありません。ついては、交渉にあたり、和平の条件を申し上げます。
     ひとつ、マーレはエルディアに対し、如何なる差別も行わないこと。
     ひとつ、マーレはエルディアに対し、如何なる軍事的な侵略も行わないこと。
     ひとつ、マーレはエルディアに対し、如何なる経済的、軍事的な野心を抱かぬこと。

    ライナー:恐れながら。野心という表現はいささか引っかかります。それを言うならば、現在のエルディアにおける軍拡路線は、それこそ野心という誹りを免れないと考えます。

    コニー:おいライナー! それは言い過ぎだろ!?

    (削除済み):我々が軍備を拡張するのは、未だ野心を抱く一部の国家がある為であります。あくまで我が軍は、それらの脅威から我が国を守る為のものであって、決して野心のためにあるのではありません。
  25. 25 : : 2021/09/15(水) 15:34:24

    ジャン:事情はエルディアだけではなく、マーレも同じです。現在、マーレは地ならしによって痛ましい損失を蒙り、その痛手からいまだに立ち直れないでいます。
     自分はこの目で、マーレの、いや、世界の惨憺たる有様を見てきました。そして自分は、いまだ世界のことを知らなかった時代の、壁の外の巨人に怯えていたエルディアを忘れたことはありません。

    (削除済み):巨人の恐怖は、今でも思い出すとゾッとします。そして我々は長らく巨人について無知でいました。しかしながら、いや、それ故に我々は巨人と戦ってきたようなものです。

    アルミン:争いの元はいつも無知と恐怖にあります。そしてそれは、いついかなる時代にもなくなったためしはありません。
     そして、衝突が起こった時に、強大な軍事力は互いを滅ぼしかねないのです。

    (削除済み):より慎重な議論が求められます。軍事力の均衡を保つのは実現されれば結構ですが、片方がそれを破ればたちまち均衡は崩れ去ってしまいます。

    ピーク:その為のヒィズル国です。エルディアとマーレ、双方に利害を持つヒィズル国であれば、中立的に物事を見ることができます。

    リコ:悪くない話だと思います。彼の国ほどの適任者は他を探しても見つからないでしょう。

    (削除済み):あまりヒィズル国に頼るというのはいささか早計ではないでしょうか?
     ヒィズル国の尺度はあくまで利害関係にあるもの。もし利益が上がるとみれば中立の立場を変える可能性もなくはないでしょう?

    (削除済み):ヒィズル国を仲立ちにするかどうかの議論よりも先に、我々はまず差し当たっての軍事衝突の回避をせねばならないのではないでしょうか?
     それにはまず、停戦の協定から入り、徐々に和平の道を探るのが上策かと思われますが、皆さんのご意見はどうでしょうか?

    (以下中略)

    ヒストリア:一旦休憩にいたしましょう。13時ちょうどに議論を再開いたします。
  26. 26 : : 2021/09/15(水) 17:56:58

     和平交渉は一旦お開きとなり、昼食休憩となった。とは言っても、先の騒動のおかげで迂闊に食事を頼むこともできず、持参した水と食料にも限りがある状態。それなのに交渉は長引く気配であった。

     特使の一行は控室の椅子に座り、多いとは言えない食事を分け合っていた。

    「食えない奴らだな。」

     パンを貪りながらそう話すジャンの口調は、苛立っていた。

    「全員がそういうわけではないよ。」

     たしなめるアルミンでさえ、表情は冴えない。

     アルミンには確信があった。この席で交渉に臨んだ特使たちも感じ取っていた。その確信を、アニは口にした。

    「この席の中にいるね。私たちを殺そうとした犯人が。」
  27. 27 : : 2021/09/15(水) 17:58:35

     特使たちの沈黙は、無言の肯定であった。今度はライナーが口を開いた。

    「全員ではないにしろ、話の論点をずらして交渉を長引かせようとしている。交渉が不首尾に終われば、燻っている火種が燃え上がらないとも限らない。」

    「それだけじゃない。」

     アルミンが口を挟む。

    「彼らは切り札を持っている。交渉が長引き、何処かから毒殺未遂の話が漏れてきたらどうなるか……

    でも、僕らは先手を打った。

    僕らがわざと交渉の場に遅れていったのは、相手に猜疑心を持たせ、相手の決断を鈍らせる為。これで、少しは時間稼ぎが出来た筈。」

     アルミンは大きくため息をつき、それから、静かに言葉を続けた。

    「……後は皆、それぞれ、手筈通りに。」

     重苦しい空気が、部屋の中を包みこむ。ややあって、ジャンがおもむろに立ち上がった。

    「いいんだな? アルミン?」

     ジャンの問いかけに対し、アルミンはゆっくりと頷いた。
  28. 28 : : 2021/09/15(水) 18:00:53

    「……もしエレンが生きていたら、今の僕をなんで言うかな?」

     アルミンの問いかけに、ジャンが皮肉混じりに答えを返す。

    「結局お前らは、俺と同じだ、とでも言うんじゃねぇか? なぁライナー?」

    「あのなぁジャン。」

    「いや、ジャンは間違っていないよ。僕自身が、そう思うんだ。」

    今度はアルミンが立ち上がると、なかば自分に言い聞かせるように語り始めた。

    「今度のやり方は、本来僕のやり方じゃない。エレンのものだ。

    僕は話し合いを大切にしたかった。でも僕は既に一度失敗している。

    エルディアとマーレは、そもそも話し合えるような状況じゃなかった。もうエルディアは滅ぼされる瀬戸際だったのを、僕は見ようとしなかった。ただ一人、エレンだけがこの真実を見ていた。結果、数多の犠牲と、エレンの命とを引き換えに、今日の和平交渉にまで辿り着いた。

    ……今なら、エレンの気持ちが分かる気がする。

    今から僕らは、もう一度……この手を血で染める。

    もう、後戻りは出来ない。それでもやるんだ。それで、再び流血の惨禍が起こるのを防げるのなら。」

     アルミンの肚は、決まった。

     自分たちの代で話し合うことは、まだ出来ないのかもしれない。しかし、いつか話し合うことの出来る礎を築く為に……

     特使たちは次々と立ち上がり、部屋を出ていく。ジャンが出ていくのを見送って、最後に一人残っていたアルミンは部屋を出た。
  29. 29 : : 2021/09/16(木) 20:53:17

     それからしばらくして、エルディア軍の幹部の一人であるスルマの元に、一人の人物が訪ねてきた。

     その小柄な男は右手に小さな包みを持ち、スルマに丁寧に頭を下げ、いきなり訪ねた非礼を詫びてきた。スルマは慌ててその男……アルミン・アルレルトに声をかけた。

    「どうか謝らないで下さい。わざわざのご足労、痛み入ります。さ、こちらにお座り下さい。」

     スルマにあてがわれた控室のソファにアルミンが座るのを見届けてから、相対するようにスルマは座った。その物腰は、しかし、先程の交渉の場とは打って変わってと言っていいくらいに柔らかなものであった。

    「あなた方がいつお越しになられるのか、実は首を長くして待っていたんですよ。」

     とても先程と同じ人物とは思えないと、アルミンが訝しんでいると、相手もそれを察したのか、丁寧に頭を下げてきた。
  30. 30 : : 2021/09/16(木) 20:54:52

    「失礼、あなたとはほとんど面識がなかったというのに。三年前、私はまだ訓練兵でした。」

    「道理で。では、キース教官からご指導を?」

    「はい、お恥ずかしながら、教官には命を救っていただきました。その時教官は言われたのです。『いつか立ち上がるべき日が来る。それまで、自分を見失うな。』と。

    そのお言葉を胸に、私は今日まで生き延び、軍の幹部にまでなりました。」

     物腰は柔らかかったが、その奥にある決意の固さをアルミンは読み取った。そしてアルミンは、この人物に対する疑いを抱いていた自分を恥じた。と同時に、これからやらねばならぬことを考えると胸塞がる思いであった。

    「スルマさん…あなたの決意は、よく分かりました。」

    「アルミンさん…」

    「平和を願う気持ちは、私も同じです。しかし、その前に……」

     どうしても言葉が詰まってしまうのを押し出すように、アルミンは言葉を継いだ。

    「私たちには、どうしてもやらねばならないことがあるのです。」
  31. 31 : : 2021/09/16(木) 20:55:48

     そういうなりアルミンは、手に持っていた小包を開けた。それは小さな弁当箱であり、中には鶏肉の煮物が入っていた。

    「これは?」

    「この鶏肉には……毒が仕込まれています。」

    「あ、アルミンさん!? 一体何を!?」

    「いえ、誤解のないように話します。昨日夜、女王陛下主催の晩餐会の準備をしていた料理人の一人が、この毒によって命を落としたのです。」

     スルマの顔面に、驚愕と恐怖の表情が浮かんだ。

    「まさか!? なぜこんな重大なことを……いや、話せるはずもない。これが、これが公になったら……」

    「間違いなく交渉は潰れます。しかし、先ほども言ったように、平和を願う気持ちは同じ。だから私は、先手を打ちました。」

    「せ、先手?」

    「先程の交渉で、私は、毒殺を仕掛けたものがこの交渉のテーブルにいると断定しました。今頃、他の特使たちがこれと同じような小包を持って、脅迫しているはずです。」

    「なっ!? あ、あなたは……なんということを!」

    「スルマさん! あなたに真実を話したのは、あなたが志を同じくするものだと思ったからです。

    しかし、このことが漏れれば……全てが終わってしまう。

    和平に向けての交渉が、動き出した暁には……彼らの口を封じて欲しいのです。」
  32. 32 : : 2021/09/16(木) 20:57:20

     部屋の中にある時計の秒針の音が、カチッ、カチッ、と響き渡って聞こえるほどに、部屋は静まり返った。

     スルマは、苦悩していた。

     目の前にいる冷酷なアルミンを、あまりに信じられないことばかり語る彼を信用していいものか、判断がつかないでいた。

     すると、アルミンは力が尽きたかのように、ソファに深くもたれかかった。

    「アルミンさん!?」

    「いや、今日ばかりは僕……私も気が張っていて……

    スルマさん、あなたがここで迷ってくれる人間で本当に良かった。」

    「えっ?」

    「私はこう思うんです。事を成すなら、まず恐れるべきだと。恐れをなくしてしまったら、人は人でなくなる。

    私は、自分の言った事、行った事の恐ろしさを充分に知っているつもりです。

    しかし、これをやらなければ、和平への道が開かれない……

    私にとってこれは、痛恨の極み……私の力が足りなかったからです。

    だからどうか、どうか飲み込んで欲しい! この通りです!」
  33. 33 : : 2021/09/16(木) 20:58:26

    そう言ってアルミンは再び頭を下げた。深く頭を下げたアルミンの手を、スルマは取った。

    「私は、あの日のことを覚えています。幼い時、突然現れた巨大な巨人を駆逐した、英雄たちの姿を。」

    「えっ?」

    「幼い時、私はオルブド区に住んでいました。壁の上にいるあなた方を、私は見上げていたのです。」

     今度は、アルミンが驚愕する番であった。

    「まさか君は、あの時の!?」

    「壁の上から見ていたんですね。あの時のあなた方がに憧れて、自分は訓練兵になりました。

    今、かつて憧れたあなた方の……真実が分かったような気がします。そして、何かを選択する、その重みについても……」

     スルマは座り直し、改めてアルミンと向かい合った。その目に、もう迷いの色はなかった。

    「あらかじめ言っておきますが、今回の件について、私は不承知です。しかし、他に代案がないのも事実。私も、腹を決めました。

    和平の為に……力を尽くします!」
  34. 34 : : 2021/09/16(木) 20:59:35

     和平への道はなんて遠いのだろう、とアルミンは思う。

     話し合うことが出来たらと考えていたが、話し合いにもしかとは見えぬ毒の刃がある。

     今日僕は、話し合いによって三人の人間を抹殺した。この交渉が終わってから、まもなく彼らは行方不明になるだろう。

     事を成し終え、控室にアルミンが戻ると、既にアニとライナー、ピークが戻っていた。いずれも毒殺を企んだと思しき幹部を脅迫しにいった特使たち。彼らも同様に仕事を成し終えたようで、それぞれが無言で椅子に座っていた。

     ジャンとコニーは引き付け役。ヒッチとリコにはこの事を知らせていない為、気取られないように立ち回ってもらっている。間もなく戻ってくるだろう。
  35. 35 : : 2021/09/16(木) 21:18:50

     やがて交渉は再開されたが、午前中の長引きそうな気配が嘘のように、トントン拍子に話が進んだ。とはいっても、いきなり条約が結ばれたわけではないが、少なくとも条約締結へ向け、お互いが歩み寄るという形で落ち着いた。

     先程まで論点をブレさせて、交渉の長期化を図っていた三名の幹部は、沈黙した。この三人はこの交渉が終了した後、忽然と姿を消して行方不明となり、議事録からも名前を消されることとなる。

     これにより、エルディアとマーレはヒィズルの仲立ちの元、平和条約締結に向けての交渉の端緒を掴むことが出来た。細かい交渉はこれからであるが、ともかくもはじめの一歩を踏み出したのである。
  36. 36 : : 2021/09/16(木) 22:48:33

     特使たちがまず果たすべき仕事も、終わりの時が近づいていた。

     3日目の朝は、風の少し冷たい日であった。

     初日とは別の宿所から、アルミンとジャン、コニーは外へと出た。実はこの日は何の予定も入れておらず、特使たちは各々が好きに動くことが出来た。その為、エルディアに縁の深い三人は、リスクを承知で外出することにしたのである。

     実を言うと、コニーはここで、特使としての任が終わり、エルディアに里帰りをする予定となっていた。ただ一人生き残った、自分の母親と再会し、ひっそりと一緒に暮らす為である。

    三人は車に乗り込み、移動し始めた。その後をもう一台の車が追いかけていく。

    「なぁジャン、アルミン……母ちゃんに久しぶりに会ったら、俺はなんて声をかけてやりゃいいかな?」

    「ただいまって言ってやりゃいいだろうが。彼女に会いに行くんじゃねーんだぞ。」

    「お、おう、そうだよな。」

    「和平交渉自体はまだ終わってねぇんだ。すぐにまた召し出される。それまではゆっくり過ごすんだな。」

     ソワソワして落ち着かないコニーと、ちょっと皮肉っぽく言葉を返すジャンとを、アルミンは微笑みながら聞いていた。
  37. 37 : : 2021/09/16(木) 22:50:55

     車はやがて、最初の目的地に着いた。

     三人は車を降り、墓地の中を歩いて行く。そして、タクサンノゴチソウトトモニネムルと彫られた墓の前にやってきた。そこには、まだ新しい花が手向けられていた。

     三人はサシャに祈りを捧げると、いよいよここで、コニーとお別れとなった。

    「お前らとずっと一緒に戦ってきたけどよ。そりゃ辛い日々だったぜ?

    けどよ、なんつーか、楽しかった。」

    「はぁ? 何だそりゃ?」

    「最後ぐらい素直に聞けよな!」

    「別に最後でもねーだろ。まだまだ交渉は続くんだからな。

    やっと母ちゃんに会えるんだ。孝行しろよ。」

    「へへへ、ジャン坊には言われたくねーな。」

    「うっせーな!」

     三人が別れの挨拶を済ませると、コニーは後ろからついてきた車に乗り込んだ。コニーを乗せた車は、彼の母親が現在住んでいる村へと向かっていった。

    「……僕らも行こう。」

    「そうだな。」
  38. 38 : : 2021/09/16(木) 22:53:32

     アルミンとジャンも車に乗り込み、二人は最後の目的地へと走り出した。やがて、シガンシナ区を望む小高い丘の、背の高い木が見え始め、車はその近くに足を止めた。

     少し冷たい風が吹き、木の葉が騒めく。

     二人が丘を上がって行くと、そこには一人の女性が佇んでいた。赤いマフラーを巻いた彼女が二人の姿を認めると、一気に丘を駆け降り、二人に飛びついた。

    「アルミンッ! ジャンッ!」

    「ミカサッ!」

    「元気そうじゃねえか!」

     三年振りの、再会であった。

     子供の頃に還ったかのように、三人は笑い合った。かつて一緒に訓練兵として鍛えあった時のように、三人は丘の坂道に座り込んで話し込んだ。

     アルミンとジャンは、天と地の戦いの後の外の世界の様子を、ミカサは戦いの後のパラディの様子を、降り積もった思いの丈をはらすかのように語り合った。

     時が経つのはあっという間で、日が傾くまで話しても、まだまだ話し足りなかった。
  39. 39 : : 2021/09/16(木) 22:54:25

     話はいつしか、エレンの話へと及んだ。戦いの後、ミカサはすぐに行方をくらませた為、話す時間が持てないでいた。それが叶うまでにかかった三年という年数は、たった二文字だけでは表せないほどの苦労があった。

    「まったく君は……とことん不器用なんだから。」

     ありし日の彼の姿を脳裏に浮かべながら、アルミンが感慨深げに呟く。

     その目線の先には、彼の墓があった。いつも彼が居眠りをしていた木の根本に作られた、小さな墓であった。

     その存在の大きさとは釣り合わないほどに小さな墓の側にしゃがんで手を置きながら、アルミンは小さな声で、ごめんね、と呟いた。

    「アルミン、どうして謝るの?」

     ミカサがその意図を掴みかねる、といった様子で聞くと、アルミンは立ち上がり、ジャンの方を向いた。にわかに、アルミンの顔が真剣になった。
  40. 40 : : 2021/09/16(木) 22:55:54

    「ジャン! 男として、君に頼みがある!」

    「オイオイなんだ急に?」

    「これは僕の一生に一度のお願いだ! 君には……このシガンシナに残って欲しいんだ!」

    「な、何を言って!?」

    「これまで僕は、ジャンに何度も助けてもらった! 今回のことも、君がいてくれてどれだけ心強かったか分からない! でも!」

     これまでにない切実な口調で話すアルミンは、ジャンの手を取った。口にも手にも力を込めて、アルミンは話を続けた。

    「君のその優しさを、今度は、ミカサに向けて欲しいんだ! そして、君自身にも!」

     ミカサもジャンも度肝を抜かれたが、あまりに必死なアルミンに言葉が出てこなかった。

    冷たい風がざぁと吹き、ようやくジャンが口を開いた。

    「そいつは、出来ない相談だ。ミカサは、エレンを忘れられない。」

    「君はエレンじゃない。代わりをしてくれとも言わない。でも、ミカサのそばにいてやれるのは……君だけだ。

    君しかいないんだ! こんなことを頼めるのは……

    僕はもうきっと、ここには戻ってこない。

    これからも交渉は続けるけれど、今回の件ではっきりと思い知った。ここはもう……僕の帰るべきところじゃない。

    でも、ジャン……君には母親がいる、ミカサがいる。」
  41. 41 : : 2021/09/16(木) 22:57:23

     いつしかアルミンの目には、涙が浮かんでいた。ミカサとジャンも、涙を堪えながら話を聞いていた。

    「三年間も僕は、ミカサを一人にしてしまった。僕はこのままずっと、ミカサを一人には出来ないんだ!」

    「分かったッ!」

    「ジャン?」

    「分かったって言ってんだよッ! 五年だろうが十年だろうが口説き続けて、いつか俺がミカサを振り向かせてやるからよッ!」

    「あぁ、ありがとう! ジャン! ほんとに! 本当に!」

    「分かったからもう泣くんじゃねぇよ!」

    「君だって泣いてるじゃないか!」

     すると、泣いているアルミンの背中を、ミカサが優しくさすった。ミカサもまた目から涙を流していた。

    「ありがとう、アルミン。私は、良い親友を持った。」

    「ごめん、ミカサ。目の前で勝手に。」

    「良いの。これで私も、前を向いて生きていける。私には、エレンがいる。ジャンがいる。そして、アルミンがいる。」

     それを聞いてアルミンは、泣きながらも笑顔を作った。ジャンもミカサも、泣きながら笑った。
  42. 42 : : 2021/09/16(木) 22:59:11

     シガンシナに、夕陽が沈んでいく。

     その最後の光を惜しむかのように、三人は丘から、かつての故郷を眺めた。

     やがて三人は丘を降り、新しく出来たというシガンシナの食堂へと入っていった。

     そこにはコニーとその母親、ジャンの母親、フレーゲルをはじめとしたリーブス商会の面々、ロイ、ピュレを始めとしたベルク新聞の面々、ブラウス一家にニコロ、そして、ライナーやアニ、ピーク、ヒストリアまでもが今か今かと彼らを待ち構えていた。

     驚くアルミンとジャンに、ミカサがイタズラっぽく微笑んだ。

    「驚いた?」

    「ビックリだよミカサ!」

    「やってくれやがったな!」

     ミカサの計らいに、アルミンとジャンは満面の笑みを浮かべた。

     それからは、夜を徹した宴となった。

     皆が特使たちの話を聞きたがるので、文字通り彼らは、休む暇もなく語り続けた。

     語りながら、アルミンは今一度エレンのことを思った。

     あの丘を駆け上がっていく小さな背中を追いながら、アルミンは語り続けた。
  43. 43 : : 2021/09/16(木) 23:01:12

     長いようで短い夜が明けた。

     風のない穏やかな出発の日の朝、マーレに戻る特使たちが次々と車に乗り込んでいく。ちなみにライナーは飲み過ぎ、女王に介抱されてご満悦だったそうな。

     さて、アルミンは車に乗り込む前に、今一度ミカサやジャン、コニーを見た。

     互いに小さく微笑みあって、アルミンは車に乗り込んだ。その隣には、アニが座っていた。

    「これで良かったの? アルミン?」

    「うん。僕には……君がいるから。」

     思わず顔を赤らめるアニの手を、アルミンはそっと握った。

     車はシガンシナ区を遠ざかっていく。

     やがて始まった平和条約締結の為の交渉で、アルミンはマーレにおいて、かつての仲間と再会することは何度かあったものの、彼自身の抱いた予感の通り、遂に再び生まれ故郷の土を踏むことはなかったという。

     アルミン・アルレルトがいつ、どこで、どのように死んだかは記録に残されていない。

     ただ、彼自身が周囲に語った物語が残されているのみである。その物語は現在ではこう呼ばれている。

     ……進撃の巨人。
  44. 44 : : 2021/09/16(木) 23:01:49


                幾星霜
                  fin.
  45. 45 : : 2021/09/16(木) 23:05:39

    以上で、幾星霜、終了となります。

    進撃の巨人という大作が終わり、自分もそれを記念してスピンオフ的な何かを作れたらと思い、久方振りに最後まで執筆出来ました。

    感想等を頂けたら幸いです。
  46. 46 : : 2021/09/17(金) 00:13:16
    お疲れ様です。感想呟きますわ
  47. 47 : : 2021/09/17(金) 03:22:11
    ミカサとジャンが付き合うきっかけになったのがアルミンなのはすげーいいまとまりだったと思いまっせ
  48. 48 : : 2021/09/17(金) 12:04:29

    ありがとうございます(^^)

    久しぶりに筆が進んで、書いていて楽しかったです
  49. 49 : : 2021/09/17(金) 16:08:03
    ラストの締めも完璧やと思うー!
    やっぱり序盤のその日、人類は思い出した、の流れがまさしくよね
  50. 50 : : 2021/09/17(金) 17:48:34

    アニメ版ではアルミン役の井上麻里奈がナレーションを務めているのを意識しました
  51. 51 : : 2021/09/17(金) 22:07:55
    やってそう。すげぇ細かくイメージ出来ましたよ。
    個人的にはアニとアルミンの絡みが見れたのと、アルミンの和平を得る為に自らの姿勢や信念を崩すシーンは、見ててくるものがあった。
  52. 52 : : 2021/09/17(金) 22:08:25
    MGSさんの作品見てるけど、アルミンへの理解が深い貴方だからこそ書ける作品やと思う
  53. 53 : : 2021/09/17(金) 22:46:14

    ありがとうございます(^^)

    推しがアルミンなだけに、どうしてもアルミン中心になってしまうのですが、そこまで言っていただけて嬉しいです

    この作品では一人称と三人称を違和感なく使い分けるというところや、風景描写に時間の推移と心情とを織り込もうと意図したところ、ジャンが要所要所で周りを引っ張り、最後の場面でジャンにミカサを託す場面で違和感が出ないように苦心したところなど、気にかけたところはたくさんありました

    個人的なこだわりではありますが、少しでも伝わってくれれば幸いです
  54. 54 : : 2021/09/17(金) 23:20:46
    いや十分それは伝わってる。
    例えば、最後のシガンシナにおける最後の宴、あのシーンも夕暮れの中でっていう感じだと切なさが滲み出ててなかなかいい。

    削除済み、ってなってる所とかあの辺も人称や書き方が変わっててゾッとしたし、良い意味で感情が揺さぶられてた。
    なんだろね、あと細かいことだけど「!」の後に空白をちゃんと空けてるのは地味に好感持てる。本来の作法だからさ
  55. 55 : : 2021/09/17(金) 23:27:56

    それを聞きまして安心しました(*´ー`*)

    おっしゃる通りで、表記の仕方にも今回は気をつけました。

    細かいところまで見ていただき、本当にありがとうございましたm(_ _)m
  56. 56 : : 2021/09/17(金) 23:36:03
    いえいえ。
    また気が向いたら書いてくださいな。

    あと空山氏との合作の進捗いかがです。個人的にめちゃ気になってるんですが。。
  57. 57 : : 2021/09/17(金) 23:42:57

    重ね重ねありがとうございます

    空山氏との合作、ただいま文章を少しずつ練っているところですが、お待たせしてしまうと思いますm(_ _)m
  58. 58 : : 2021/09/17(金) 23:47:27
    おっ、忘れられてはいなかったんですね。良かった。原作とはまた違った展開になるかと思うんで期待してます。ごゆるり頑張ってください

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