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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

進撃の巨人 ~もしこの壁の中で 一人の少女と狩人が恋に落ちたとしたら~《第二話》

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  1. 1 : : 2019/07/02(火) 19:37:03
    まえがき



     一、二年ぶりにエレン&ミーナカップリング アナザーストーリー「もし壁」を更新していきます。



    ※〜もし壁とは〜

    ⇒「もしこの壁の中で一人の少女と狩人が恋に落ちたとしたら」が正式名称の、本編の主人公エレンと、第4話「初陣」(アニメ第5話)において死に至ったミーナ・カロライナを主人公とする物語です。

     カップリング要素は一応ありますが、それよりも原作の世界観に沿った形で執筆する為、殆ど必要な部分以外そういった描写を入れる予定はありません。

     Linked Horizon さんのシングル「もしこの壁が一軒の家だとしたら」をモチーフに構想しました。
     完全オリジナルストーリーであり、オリジナルキャラクターも存在していますが、 本編との矛盾はほぼゼロに近い状態で執筆しています。

    今作は15年より執筆していますが、私自身、病気を理由として療養していたのもあり、殆ど執筆が進んでいませんでした。その結果、こうして3年以上完結にまで時間がかかっています。

     ですが、ようやく執筆の目処が立ち始めたのもあり、つい先程「第一話」を完成させる事が出来ました。3年という時間が経過している為、かなり文章の書き方が変化している点があるかと思います。

     どうかその点はご了承ください。

     今作は「SSnote」において執筆が進み次第、他サイト「ハーメルン」等においても掲載を改稿した上で行うつもりです。


     今回第二話より、SSはやや小説に近い文章構成となります。見やすさを意識して執筆を行いますが、苦手な方はどうぞご退出ください。

     それでも良い、自分の描くエレンとミーナの物語を見てくださる優しい方は、そのまま下へスクロールください。

    ※第2話に関してはエレミナ(エレミー)要素はほとんど無いかもしれません。

     どちらかと言うとアニミナ要素が多くを占めると思いますが御容赦ください。


     それでは、どうぞ。
  2. 2 : : 2019/07/02(火) 19:39:07








































  3. 3 : : 2019/07/02(火) 19:43:12
    - attack on titan -

    -If a girl and "Yearger" fell in love in the walls.-






    Contents ─目次─






    第2話  「 友 達 」  - Annie Leonheart -




    ◇#00 Prologue ……………(>>4


    ◇#01     ……………(>>14


    ◇√01『ある巨人から見つかった記録』(>>39


    ◇#02     ……………(>>40


    ◇√02『ある貴族について一つの考察』(>>61


    ◇#03     ……………(>>62


    ◇√03『ある記者が最期に遺したもの』(>>90


    ◇#04     ……………(>>93


    ◇#05     ……………(>>145


    ◇#06     ……………(>>155


    ◇#07     ……………(>>181


    ◇#08     ……………(>>)


    ◇#09 Epilogue ……………(>>)
  4. 4 : : 2019/07/02(火) 19:44:13


    ◇ #00 Prologue



     耳の奥の鼓膜は、強い大気で揺れている。

     ────それはまるで嵐のように、ひどく喧しく吹き荒れている。

     時速80キロを超える暴風。気を抜けば、眼球が風によってめり込みそうになる。

     だがそれは、嵐や台風のそれではない。
     重力に取り憑かれた壁の中で、一人の少女が風と共に宙を舞う事で生じたものだ。

     射出装置から、鋭い(もり)状のアンカーが放たれる。
     巨木の幹に刺さる直前にそれは展開─────深く食い込む。そうしてそこを軸にして少女の三次元での動きは展開される。


     ようやく使い慣れてきた操作装置。


     それら金属の冷たい質感。そして手に馴染むグリップの感覚を、汗ばんだ掌の薬指と小指で思わず離してしまわない様に強く握りしめる。

     そして、余った人差し指と中指の中にあるスイッチを引くようにして押す。その瞬間。立体機動装置本体の噴射口から一気に高圧ガスが吹き出し、鋼の様な風へ煽られる。

     弛緩(しかん)していた身体中の筋肉が瞬時に硬直する───── そうして、一気に肉体が高度を上げ、高く高く飛び上がる。

     一瞬にして鳥以上の速度で、さながら鳥のように、蒼空へと身体を羽ばたかせる。


    「……………………ッッッ!」
  5. 5 : : 2019/07/02(火) 19:51:02


     頬の筋肉が凶暴な風圧に押しつぶされそうになり、思わず目蓋を強く、つよく瞑る。そして、視界も暗転する。

     本来、宙に飛び上がった際に目を閉じる事は自殺行為に等しい。

     視界が閉ざされる事で、一気に平衡感覚を失う恐れがあるからだ。

     だが、長く真っ直ぐに伸びた髪を肩の前に下ろし、お下げ髪を二つに括った彼女にはそんな事を気にする精神的余裕など無かった。

     幸いな事に、空へ飛び上がり、宙を舞う彼女の感覚は、本人の持つバランス感覚の良さによってかろうじて保たれる。だがその時、叫び声に等しい叱咤が下から響いた。


    「ミーナ!! 目を閉じんな!! 死にたいのか!!」


     瞬間。

     ミーナと名を呼ばれた彼女───ミーナ・カロライナは、一気に瞳孔(どうこう)を開く。

     瞳に写るのは高さ15mもの重木を優に超え、重力という名の鎖から刹那、解き放たれながら垣間見る空。その空は、雲一つ無い。

     だが───飛躍していたのは、時間にしてわずか三秒。

     その三秒を超えた時、再び彼女の身体は大きな樹へと吸い込まれていく。

     そしてそこから木下に叩きつけられるまでも、三秒で事足りる事だろう。その先にあるものは、厳かな死などではない。

     地面に落ちた後、ぐしゃり(・・・・)とその形を惨めに歪め、目も当てられなくなった腐った果実そのものになるだろう。
  6. 6 : : 2019/07/02(火) 19:53:51


    「───────っっ、あ、ぁあああっうぁああああ!!!」


     恐怖は全身から叫びとなって、鮮烈な勢いで漏れだしていく。
     二秒─────空から落ちる時、身体がふわっとした奇妙な感覚に襲われる。やばい。このままじゃ、死ぬ。

     何度この感覚を味わったかは分からない。
     これは何度味わおうとも、決して慣れる感覚ではない。失敗すれば死ぬ。

     だが、何度も自主的に訓練し、居残り訓練も受けてなんとか身体中に染み込ませることの出来た全身の感覚。

     脳の奥、前頭葉に抑え込まれた意識(じぶん)を解放する。

     暴力的な疾風は、その身を切り裂こうとせんばかりに少女の体へ叩きつけられる。
     一秒────地面へと墜落する僅か3mといったところで、ミーナは両手の人差し指のスイッチを押し込む。カチッ、という金属音。そして。

     巨大樹の中に飛び込んだ時、一瞬だけだが捉えることのできた太い幹へ、アンカーが凄まじい勢いで放たれる。その速度は人間では精々目で追うのが精一杯だ。

     反射神経の回路という回路が暴れ回る。脳細胞は狂ったように萎縮していく気がする。

     彼女は今度は中指のスイッチを押す事でそれらを瞬時にして巻きとる。

     機動装置本体が強烈な巻き取り音と共に唸り声を上げる。スピードで重力と、ワイヤーにかかる強い摩擦による振動が、全身の筋肉と細胞へと、強大な圧迫をかけていく。

     そして、再びリリースしたアンカーを再び射出する。
     
  7. 7 : : 2019/07/02(火) 19:56:46
     

    「───何度も言ってるだろ、ミーナ。立体機動してる時に目は絶対に閉じるなってよ」


    「え」


     腰元に備えられたアンカーは500m以上もの長い距離を巻きとることが出来る。機械的なファンの回転音が響く。

     そして、その巻き取られている間は姿勢を安定させながら維持するだけで、さながら空を飛んでいるかのように高度を保つ事が可能となる。

     そして、ミーナが丁度その状態で安定姿勢へ移行し始めたところで、先ほど強く彼女を叱咤した声の主が現れた。


    「ノア───」


     肩の上まで髪を伸ばした、男勝りな表情をした少女の姿がミーナの視界に映る。

     一年前に訓練兵団に入団した時よりずいぶんと長くなった濃い茶色の髪を揺らしながら、ノアは呆れたと言わんばかりの表情でミーナへと話しかけてきた。


    「……ごめん、つい」


    「前にも話したろ、実際に立体機動で死んだ奴がつい半年前にも出たばかりなんだから気をつけろよって」

    「うん、そうだよね……」


    「でもやっぱり、つい眼を閉じちゃうんだよね……急に高度が上がる時とか、身体中がすんごい圧迫されるし……」


    「それに何より───怖いもん………」


    「…………」


    (───まぁ、こんなもんやってたらそりゃそう思うのは無理もねぇか)


     ノアは思い出す。
     半年前、そこまで装置の扱いが悪いわけでもなかった2人の訓練生が立体機動訓練中、墜落死した。

     死因は恐らく、アンカーが正しく木の幹に入り切らずに外れたことによる平衡感覚の損失───それによる墜落だ、と教官からノアは聞いた。

    ─────立体機動装置を扱うということ。

     それは、全身の神経と筋肉を酷使するということであり。

     本来なら三次元に適応し得ない人間の身体を、半強制的に三次元に適応させる、などということを代償にそれが許されているに等しい。

     当たり前の事ながら、一度でも気を許せば、それは死にも繋がりかねないのだ。


    (───こいつ、ただでさえ昔からどっか抜けてるとこあるからなぁ………)


     正直、彼女は心配でならない。

     いや、もはや心配などというレベルではない程だ。
     だが、だからといって訓練を放棄するわけにもいかない。だからこそ、ノアは訓練が始まる頃から常にミーナを気にかけていた。

     いざという時、自分が助けになれるように。

     ミーナはそんなノアの気持ちを薄々だが察していた。今回は個人訓練という形で、目標討伐とされている模型巨人を各々仕留めるという課題が出ている。

     そして、これは毎月4回ほど行われている訳だが、その際は必ずノアが着いて来ているのだ。
  8. 8 : : 2019/07/02(火) 19:57:54


    (間違いなく、私を心配してるからなんだろうなぁ……)

     ノアは昔から自分をいつも守ってくれていた。ミーナもまた、考える。そして、死と隣り合わせな状況でなら、尚更彼女は自分を助けようとするだろうと思う。

     だけど。


    「───────── 」

     
     これでいいはずがない、とそんな事を考える。ノアはミーナを気にかけながら。ミーナはノアへ感謝もしながら、同時に決意をした。

     もうこれ以上。いつまででも守ってもらうわけには───いけないのだ、と。強く目を閉じ、そして、開く。

     視界に拠点となる訓練地が映り込む。

     ミーナは、トリガーを固く、固く。身を引き絞るような思いでもう一度それを握り締め、アンカーを再び射出した。
  9. 9 : : 2019/07/02(火) 19:58:33


     












    進撃の巨人 attack on titan


    〜もしこの壁の中で 一人の少女と狩人が恋に落ちたとしたら〜














    ______848
  10. 14 : : 2019/07/02(火) 21:42:29

    ◇ #01





    科目 「実技 : 立体機動」

    成績評価

    氏名 : ミーナ・カロライナ




    ミーナ「」


     立体機動訓練終了後、104期訓練生に講義室へ集合の話が通された。それから数分後。
     ────目の前には月末ごとに配布される成績評価書が机に置かれている。そして、ミーナは机に突っ伏すようにして齢15の生涯を終えようとしていた。無論本当に終わる訳では無い。あくまでも、比喩である。
     訓練兵団においての成績評価は9段階で行われる。高い順から言うのならば、A+、A、B+、B、C+、C、C−、D、E……と言った具合だ。
     何故Cの評価だけがこう無駄に数があるのかどうかは置いておくとしても。

     ────この成績は本当に、冗談抜きで。

    ミーナ「洒落になんないでしょおおおおおおおおおおっっっおおおっおおおっ!!!!!!」


    コニー「うおおおおおおっ!!!?」


    コニー「ななな、なんだよミーナ!? ビックリしちゃったじゃねぇか!!」


    ミーナ「あ……ごめん。……物凄いビックリさせちゃったね。ものすっごい身体浮き上がってたね」


    コニー「ホントだぞ!! 20mは飛んだぞ!!」


    ソフィ「コニー、それは天井ぶち破っちゃってるよ。正しくは20cmね」


    コニー「ん? 20mがこんくらいじゃないのか」


     コニーは両手で大きく広げて20cmを表現する。明らかに理解を間違えているそれに対し、その横に立つノアとソフィアは顔を見合わせて呆れ返る。


    ノア「───……おまえそれ、馬鹿という域を超えてるぞ」


    コニー「? よく分かんねぇけど、じゃあつまり天才なんだろ!? 俺は」


    ノア「で? ミーナはどーしたんだよ急に叫び出して……」


    コニー「ドヤヤヤヤ」


    ソフィ「…………シカトされてるし。コニー、単位、教えてあげるからおいでよ。あとドヤることじゃないからね」


    コニー「な、ナンダト」
  11. 15 : : 2019/07/02(火) 21:43:27

    ミーナ「────って私、コニーのこと言えないくらいやばいんだよおおおおぉぉおどおおおしよおおおおおお」


    ノア「んだよ、うるせぇなぁ……どれ、見してみろよ」ペラッ


    ノア「…………(フムフムフムフムフ──)」


    ノア「…………………………………」


    ミーナ「………え、なんで止まってるの、ノア」


    ノア「………」


    ミーナ「………」


    2人「……………………」


    ミーナ「いや『……………』じゃなくて何か言ってよ!!!?」


    ノア「………ミーナ」


     ノアはこれでもかと言うほどの爽やかな笑顔を見せながらミーナの肩の方へとゆっくり歩いてくる。


    ノア「───────ガンバレ」


    ミーナ「いやなんも励ましになってない」


     ノアにすら完全に何処か諦観した視線を向けられ、絶望という絶望にとうとう完全に突っ伏したその時。


    「うるせぇな……どうしたんだよ、ミーナ」

    ミーナ「……………え」


     顔を上げる。と、そこには。
  12. 16 : : 2019/07/02(火) 21:44:49


    ミーナ「────エレン」


    エレン「さっきから何を騒いでんだよ?」


     104期訓練生の中ではあらゆる意味で有名な駆逐系男子。通称『死に急ぎ野郎』───こと、エレン・イェーガーがミーナの成績評価証明書をペラッと見つめていた。

     常に不機嫌そうな形をした太く、濃い茶色の眉毛に、確かな強い意志を感じさせる翡翠(ヒスイ)の瞳。
     ミーナの周りにおいてエレンは、いつもイライラしていそう、なんか怖い、悪人面だしあんまり関わりたくないetc……などと散々に噂されているのだが。

     彼の眼を見る度にミーナは思う。
     実はそんなことないのになー、と。

     ん? ところで、あれ?


    ミーナ「────────」


    ミーナ「って!!! 何ナチュラルに私の成績評価証明書勝手に見てんのよおおおおぉぉぉぉぉお!!!」
  13. 17 : : 2019/07/02(火) 21:47:35


    エレン「………お前、思ったより成績悪ぃんだな」


     エレンがミーナの成績評価を勝手に許可も得ず見ておいて、勝手に呟いた一言はそれだった。
     

    ノア「───まぁ、正直結構やべぇよな、お前の成績」


    ソフィ「ええっえ!? ミーちゃん、こ、これは……まずくない?」


     何故か、先程諦観した視線を向けてきていたノアと、コニーに数学(もとい算数)を教えていたソフィアまでもが、いつの間にかミーナの成績評価証明書を見て口々とそう言う状況が彼女の周りに自然と出来上がっていた。


    エレン「お前、座学の成績はオレより頭イイのによ……なんでこんな全体評価がオレより低いんだよ」


    ノア「んぁ、じゃあお前の成績はいくつなんだよ、見せてみ」


    エレン「あぁ? ほらよ」


    ノア「ん、………………おおぉ………んん?」


     エレンから彼の成績評価証明書を受け取ったノアは、何やら微妙な表情を浮かべる。

     眉毛がノの字を書いてくにゃりと歪んだような表情だ。そんな表情を見たソフィアも好奇心からか、エレンの成績評価を「ん??」と見つめる。


    ノア「────おまえ、対人格闘とかはずば抜けてんのに、座学と馬術の成績は酷いな」


    エレン「なっ、……う、うるせぇな!! 仕方ねぇーだろ! 立体機動の訓練もあってつい……寝ちまうんだし、馬術とかなんか、馬なんかどうやったら乗りこなせんのかとかもよく分かんねぇんだよ!」


    ノア「それはそれは見事な言い訳だな、おまえ……」


    ソフィ「でもそれでもエレン、評価は酷くても最低Cだし……もっと頑張って苦手なとこ潰せれば伸び代あるんじゃない?」


    ミーナ「…………… 」
  14. 18 : : 2019/07/02(火) 21:51:39
     エレンの成績評価を何気なく一緒に見ていたミーナは、自分の成績の酷さに愕然とせざるを得なかった。

     恐らく、座学はそこまで酷くはないだろう。

     全体的評価としては、座学だけならB+と言ったところ。だが────問題なのは実技。

     座学、馬術に比べると、恐らく点数配分及び成績評価は高めに設定されているであろう
    立体機動戦闘訓練、兵站訓練といった主に実技にあたる科目の評価を、げんなりとしたような気持ちで彼女は自分の点数を平均点で割り出してみる。

     ………頭の中にガーン、という鐘のような鈍い擬音が響いたような錯覚に見舞われる。最悪だ。やはり、このままではかなりまずい。
     
     恐らく、実技だけならCも行ってないのだ。実技を含めてもCですら怪しい平均的評価だった。

     訓練兵団においては通常、座学においてのみD以下の総合評価を受けると強制再試験が行われる。

     しかし、立体機動等の実技科目はそういったものは無く、一度でもD以下を取ってしまえば落第すら有り得る。事実、立体機動を扱えなかった同期はここ一年の間に開拓地へ何人も送られていた。

     それだけ訓練兵団においては、立体機動は重要視されているのである。

     座学において毎回の様に追試を重ねているコニーやサシャが開拓地送りにならないのは、立体機動においてトップクラスの点数を叩き出すことでそういった点をフォロー出来ているからこそだった。

     というより、兵団に人を無駄に追い出す余裕が今の所無いから、という事情も少なからずある様ではあるが。


    ミーナ「わぁああああん〜〜!! どうしよおおおお、このままじゃ今月の内に落第だよぉおおお……追い出されちゃうよぉおお」


    エレン「………んー、ミーナ」


    ミーナ「ぐすっ、なによぉ~……そんなに見てて楽しいのぉ、人が苦しんでるとこ見るのがぁ…」


    エレン「…いや、そうじゃなくてよ。お前、訓練課題掲示板とか行ってみたのか?」


    ミーナ「……? 課題掲示板……?」


    ノア「お、珍しく冴えてんなエレン。それいい案だぞ」


    ソフィ「うん! 凄く今の状況を打開するにはピッタリな案だと思う!」


    ミーナ「?? ?? ねぇ、課題掲示板って…?」


    ノア「……お前、今までその存在も知らなかったのかよ…」


    ミーナ「むぅ、悪ぃ?」


    ノア「別に悪ぃとは言わねえけど、バカだなぁと」


     ムキーと言った擬音を叫びながら何かの動物のようにプリプリと怒るミーナを横目に、ノアは課題掲示板、というものについて説明を始めた。
  15. 19 : : 2019/07/02(火) 21:52:36
     課題掲示板、とはいわゆる課外活動、課外訓練の任務状や訓練兵団の人手を民間人及び憲兵団、駐屯兵団が各自要請した要請状が集められた掲示板の事だという。

     それらに応募、志望動向を示せば訓練時の配点に加えて、更に成績に加点が加えられるという訓練生にとってのメリットもある。
     成績を更に上げたい者、逆に成績を稼がなければまずいという訓練生はこれらに積極的に取り組んでいるらしい。


    ミーナ「そうなんだ………じゃあ、その…課外訓練に参加すれば、点数も稼げるのかな!?」


    エレン「というか、お前の場合はそうしないとやべぇかもしれねぇな」


    ミーナ「むぅうう…………」


    ノア「とりあえず、課題掲示板見に行くぞ。ソフィアも行くか?」


    ソフィ「うん、行く! 丁度私も成績稼ぎたいなぁって思ってたとこだから!」


    ミーナ「……分かったよ〜、行くよ〜……」


    エレン「んじゃあオレは、ミカサやアルミンと座学を勉強してくるから、頑張れよな。特にミーナ」


    ミーナ「応援どうも!!」


     ミーナは頬を膨らませながら部屋の扉を勢いよく開き、部屋を後にした。
     なんでアイツあんな怒ってんだ、とエレンは眉をひそめて腕を抱えた────どうやら、彼には全くその心情が理解に及んでいなかった。
  16. 20 : : 2019/07/02(火) 21:53:04


     そして、数分後。ミーナ、ノア、ソフィア一同は教官室前の課題掲示板とにらめっこをしていた。


    一同『…………………』


     ノア、ソフィア、ミーナは揃って同じ要請状を見つめている。雑に貼り付けられたそれには、

    要請状

    ・要請人数 : 訓練生4名
    ・要請名 : 『駐屯兵団』
    ・要請内容 : 訓練兵団で訓練生へ、トロスト区~ウォール・シーナ 工場都市地区への兵団資材、及び破損した立体機動装置の資材等の輸送を頼まれたし。

     輸送馬車に関しては既に訓練兵団施設へ資材の配送、詰め込みも完了している。

     しかし注意事項として、巨人に対し最有力な戦力を持つ調査兵団が、現在壁外調査へと出発してしまっている。
     ウォール・ローゼ各地区、及びトロスト区への巨人侵攻による防衛へ通常以上の駐屯兵の人数を割かなければならない状況にあるため、本来ならば訓練兵と同行しなければならない駐屯兵はこの任務において同行は不可能となる。

     よって、この任務に参加の意思を見せる訓練兵は必ず、成績上位20名の内に含まれる者が一人以上同行をし、
     安全性、報告任務への最大限の配慮を加える事の出来る者と、訓練兵団責任者が任務に適性ありと判断した者を必ずメンバーへ配置させる事が、安全とより確実な任務の成功への考慮を含めて今回の参加条件の必須事項となる。

     なお、参加条件には他の任務と比較してかなりの規定が施される為、
     この任務が達成出来た場合においては訓練兵団及び参加兵へ、駐屯兵団からの報酬もある。
     大幅な成績への加点も考慮しよう。
     是非とも励んで欲しい。よろしく頼む。

    要請責任者 : トロスト区 駐屯兵団 総司令 ドット・ピクシス

    申請書 代筆 : アンカ・ラインベルガー



    ─────


    以上の条件を満たせる場合、各自キース・シャーディスへ参加意思を示されたし。

    訓練兵団 課題掲示板 より


     ────といった内容が記されていた。

     ミーナはそれらを見上げながら、思わず絶句せずにはいられない。もしくは、開いた口が塞がらないという表現がきっとそれは正しい。


    ミーナ「────え、どう、しよ………これ、私無理なんじゃ」


    ノア「ソフィ、これ以外にはねぇのか?」


    ソフィ「……うーん、殆どがもう満員になってて、空きはないね」


    ノア「一つも?」


    ソフィ「ん、3人全員で一緒に出れそうなのはこの輸送任務くらいかも」
  17. 22 : : 2019/07/02(火) 22:24:21

    「くっそ、マジか……」とノアは髪の毛を擦りながら悪態をつく。
     そして、ミーナはその中の表記のある一部分に気が付く。


    ミーナ「ねぇ、待ってこれ……」


    ノア「ん?」


     よく見ると彼女が指で示した位置には『要請人数 : 訓練生4名』の記述があった。以上や未満の記述は一切この部分には書かれていない。

     これはつまり、3名では参加ができないという事ではないのかと彼女は気付いた。


    ソフィ「─────どーしよっか……誰か誘う?」


    ソフィ「というかこの任務自体、危険度とかどれくらいなんだろうね?」


    ノア「さぁな……運搬任務だし、そんな危険はねぇんじゃねぇの?」


    ミーナ「それなら良いんだけどさ……。でも、それにしても、メンバー足りないのはどうしよう……?」


    ミーナ「そういえばそもそもの話、私達の中に成績上位者って……」


    ソフィ「うーん、私は平均順位45位……」


    ノア「立体機動はぎりぎりトップ20には入れてねえな……んで、座学含めた平均は75……座学嫌いだしなあ私」


    ミーナ「………私一番最下位じゃん……」


    ノア「何位なんだよ」


    ミーナ「立体機動は289名のうちほぼほぼ最下位………平均順位は123位……」


    ノア「……アラー」


    ソフィ「……大丈夫、未来はあるよ」


     そういってやはり爽やかな笑顔でソフィアにミーナは肩をポン、とやさしく叩かれる。

     だが全くもってそれが慰めになっていなかった彼女には、自分の成績表を見てただただ溜め息を吐くことしか出来なかった。
  18. 23 : : 2019/07/02(火) 23:47:54


    ノア「っていうかおい、これ無理じゃねぇかよ」


    ソフィ「そーなんだよね、私達は誰も成績上位届いてないからねぇ……」


    ミーナ「うわあああんもうどうしよううう!!」


    ソフィ「ミーちゃん大丈夫だって!! まだ参加出来ないって決まった訳じゃないんだからさ!」


     ────ミーナ達の任務参加において、参加適正の点はほぼ問題ない、というのが教官室の女性教官の訓練説明の旨で判明した。

     分かりやすい話が成績だけではなく、それなりに訓練態度は認められている、という意味だ。

     つまり、参加の為の唯一の弊害となってるものは「成績上位20名メンバーの欠如」という点のみだった。
     ──────数分後。
     3人は成績上位20名のメンバーを探す為、一時間の昼休憩の時間を使って参加可能な人員を探し求めることにした。
  19. 24 : : 2019/07/03(水) 00:05:20

     しかし。


    ジャン「あぁ? 悪ぃな、俺とマルコはもうコニーやサシャの2バカ2人と別の任務行くことにしてるからな、他を当たりな」


    クリスタ「ごめん三人とも……実はライナーやベルトルト、ユミルに私、別の任務に誘われてるの……! 本当にごめんね!」


     ─────残り数名のメンバーであるルースやトーマス達は立体機動訓練を自習する為、既に兵舎内には居なかった。

     というかほぼ本当に別の任務に4人や2人で参加してるメンバーが殆どだった。

     ミーナは人生の終わりだと言わんばかりに落胆しつつ、最後の希望を掛けてエレンやミカサ、アルミンを尋ねることにした。


    ミカサ「─────ごめんなさい、私はもう既にエレンやアルミンと3人で参加を許可された課題任務をこなす事を約束してる」


    ノア「いやいやいやいや!! マジで!?」


    ミカサ「……え、えぇ。本当に」


     ミカサ達は自学室において、立体機動装置の座学自習を行っていた。
     エレンとアルミンはどうやらトイレで席を外しているらしい。
     そこでミーナ達は両手を合わせながらミカサに相当な勢いで頼み込んだ。
     ────が、やや勢いに気圧されつつもミカサは丁重にそれを断り、その後すぐに戻ってきたエレンとアルミンにも────


    ソフィ「お願い! 成績上位20名のメンバーが一人でいいから必要なの! ミーちゃんの成績本当にピンチだから本当にお願い……力貸して!」


    エレン「いや、そうは言われてもよ……」


    アルミン「……僕もエレンも、勿論行けるなら行きたいところなんだけどね。生憎、その任務と全く同じ日にトロスト区で固定整備砲の清掃任務に志願しちゃってるんだ………」


    ミーナ「そ、そんなぁ!」


    エレン「本当に悪ぃな。一度参加申請したものは、取り消しは効かねぇってこないだもシャーディス教官にキレられたところでよ」


     そっか……。じゃあ仕方ないねとソフィアは諦観しミーナの肩を叩いた。だな、とノアも伸びをしながら溜め息を漏らす。

     確かに、参加申請した任務には訓練兵団のみならず、駐屯兵団の指揮系統や街を管理している自治体等や下手をすれば憲兵団なども関わってくる。

     一度申請したものを個々の都合ではい出来ません、と断わる事は出来ない。
     そんなことをすれば訓練兵団全体の信用が落ち、任務自体掲示板に来なくなる恐れすらあるのだから。

     ミーナはもう半泣き状態だったが終始申し訳なさそうに謝り、気まずそうにするエレン達にこれ以上迷惑を掛けれないと考えた。

     そうして、三人に一言謝ってから自学室を抜けることにした。
  20. 25 : : 2019/07/03(水) 00:23:34



     自習が終わる鐘がなり、夕方の清掃、及び調理時間となった。

     ─────時刻は夕時となり、日が沈む西の空は赤色と紫の雲がお互いに絡み合う様にして、それぞれグラデーションを彩っている。

     斜陽が調理場から高くそびえる山と共に揺れている。そこからは、1期下の訓練生達による兵站訓練の掛け声が聞こえてきた。

     訓練兵団においては、週に三度、食事を自分達で作る事が規則となっている。

     週の始まりに当番制で人員が振り分けられ、大体5人ごとに分かれ、その日の昼時から300人近くの食事を作る、といった具合だ。

     無論、5人だけではそんな人数の食事を用意するのに莫大な時間を要してしまう。

     その為、最終的には食事の始まる1時間前から年季が入った女性教官数十人が手伝いはしてくれる。また、訓練が終了した他の訓練生達も自らの食事の為、皿準備や給仕を行ったりもする。

     採点などは無いものの、仲間との協調性、食事の材料が限られている中で生き残る為────実質、これもまた訓練の一つだった。
     今日の調理当番はミーナ、コニー、エレン、トーマス─────そして、アニ・レオンハートである。

     今にも泣きそうな表情でそうしてミーナは調理室の木造の扉をゆっくりと開く。

     すると、そこには先客がいた。

     鷹のような鋭い眼光に鷲鼻、クリスタやアルミンと似通った金髪の少女────アニ・レオンハートだ。
     既にアニは包丁で人参を切り終えようとしている。


    ミーナ「あ、アニ」


    ミーナ「えっと……早いんだね」


    アニ「……! ……あぁ、あんたか。……まぁね。もう人参とじゃがいも類は全て剥き終えたから。茹でるのお願い」


    ミーナ「あ、う、うん!」


     ミーナはただでさえ落ち込みがちな気分の中、挨拶がてらアニに話し掛ける。

     が、少しだけ会話は続いたものの、すぐにそこで止まってしまった。
    「………」とお互いに殆ど無言のまま、アニからはそれ以降何も応答はなかった。
  21. 26 : : 2019/07/03(水) 00:34:33

     ミーナは更に気分が萎えつつも、二つに揃えられたお下げをポニーテールに結び直し、バンダナを頭に縛り付けた。

     調理当番で美味しい料理が作れると、他の訓練生にも喜んで貰えることをミーナは知っていた。

     だからこそ、彼女にとってはこの調理訓練が一番好きなものだった。

    ────……今は気分を切りかえ、自分のすべきことをしよう。うん。

     そう考えを変え、ミーナは付近にあるポンプで手を洗う。

     そういえば、と彼女は手を流しながら思う。
     流れていく水は、ひどく冷たい。
     肌に触れる度に、弾けながら雫は窓から零れている夕陽によって反射している。

    ─────アニとミーナは、ここ一年殆どまともに会話が続いた事は無かったが、調理当番や兵站訓練で一緒になる機会は何度かあった。

     話しかける度、アニは嫌悪感を見せることは無くとも、とにかく無反応に近い反応を基本的にミーナへ返していた。
     故に、殆ど会話のキャッチボールは成り立っていないに等しかった。

     他の同期のメンバーもアニに話しかけたりしていたようだが、彼女の反応はやはり薄く、時には無視したりしてるようなこともあったとか(ミーナは話しかけて無視された事はなかった為、恐らく聞き取っていなかっただけだと考えている)。

    ─────アニ自身、もしかしたら人と関わるのが本来あまり好きじゃないのかもしれないと察していたミーナは、中々アニに対して距離を踏み込めずにいた。
  22. 28 : : 2019/07/04(木) 04:38:57

    ミーナ「…………」

     
     反応は、相変わらずそう期待出来ないかもしれない。

     でも、今なら……少しは話せるかな?

     彼女は細かくした不格好な野菜をボウルにまとめているアニを後ろ目に見ながら思う。

     アニは何分一人でいる事がとにかく多い。
     ……もし嫌そうな飯能を返されたらすぐに辞めようと思い、ミーナは「ねぇ、アニ……?」と話しかけることにした。


    アニ「何?」


    ミーナ「……いつも思ってたけど、アニって調理当番の時ってなんで他の人より早いの?」


     アニは作業の手を止めることはない。だが「落ち着くからだよ」と表情一つ変えることなくそう言った。

     良かった、反応はしてくれてる、とミーナは思わず内心安心する。そして、会話を続ける。


    ミーナ「……ん? 落ち着く?」


    アニ「言葉通りの意味さ。少し早く来て作業をこなしておけば、一人で過ごす時間が取れる」


    アニ「調理当番の時は訓練に出なくても良いっていう口実も作れるし、ここは割と静かだからね」


    ミーナ「ほぇ〜……」


     ミーナは再びポンプのハンドルを動かし、大鍋の中に水を入れる。そうしてアニの方へ視線を向けながら、話を聞いていた。
     そっか、だからアニは一人でいる事が多いんだなぁとミーナは理解し、そういえば、と再び思い出した。
  23. 29 : : 2019/07/04(木) 04:52:00

    ミーナ「確かにここ、訓練所の中でも端っこの方だし、静かだもんね……」


    ミーナ「そういえば、私もたまーに一人でいたい時があってさ、そういう時は調理場に早く来る時もあるんだよね」


     アニは視線をこちらに向けて反応を見せる。
     ミーナはそれに気づく。
     どうやらちゃんと聞いてはくれてるみたいだ。
     嬉しくてつい、内心で変な笑みを浮かべてしまう。そうせずにはいられない。

    「それは少し意外だね」と言いながら、アニはかまどに火を起こす為か、調理場の窓扉を開けて太い薪を何本か持ち運ぶ。

     山向こうから行われているのであろう兵站訓練の掛け声は少しだけ大きく聞こえてくるようになり、風に揺らめく木々のざわめきも大きくなる。


    ミーナ「え、そう?」


    アニ「私から見たら、アンタはあまり一人でいる所を見たことがないからね」


    アニ「いつも二人の女子と一緒にいるように見えるけど」


    ミーナ「あぁ、あの二人は親友だもの」


     ミーナはアニが会話を続けてくれていることに対して微笑ましく思う気持ちと、ノアやソフィアのことに触れられている事に少し恥ずかしく思う気持ちとで頬が緩んでしまう。

     自分でも、そんな自身の単純さに少し苦笑せずにはいられなかった。

     アニは薪を最下段に並べながら「そう」とだけ呟く。
  24. 30 : : 2019/07/04(木) 05:05:43

    アニ「でも、そんな親友が居てもなお一人でいたい時はアンタにもあるんだね」


    ミーナ「ふふっ、それが意外?」


    アニ「そうだね」


    ミーナ「誰かと一緒にいる時間は、私にとっても大切なものだけど」


     ミーナは水を大量に流し込んだ大鍋をよいしょ、と運び、かまど前の長机に並べる。そうして、アニの作業を手伝おうとかまど前に一緒にしゃがむ。


    ミーナ「───── 一人でいる時も、やっぱり、少し必要なのかもって思うの。最近」


    アニ「──────」


     アニはすぐ隣のかまどで同じ様に薪を並べるミーナには視線を向けないまま「アンタの場合、どうしてそう思うの?」とだけ聞いてくる。


    ミーナ「え、うーん……何だろうね。一人でいる時間が無いと疲れちゃうのかも」


    アニ「疲れる?」


    ミーナ「うん」


    ミーナ「私の場合、あまり会話を振るのは得意なほうじゃないの。実は」


    ミーナ「どちらかって言うと、ノアやソフィが話しかけてくれて、私がその二人の話を聴きながら返すって感じかなあ」


    アニ「ふーん……アンタは話を聞く方が好きなの?」


    ミーナ「どうだろ、いやまあ得意ではないと言っても、割と私から話し掛ける事も多いっちゃ多いんだけどね」


     ミーナはアッハハ、と快活に笑いながらそう言う。アニはそんなミーナに視線を向け、また視線を戻した。
  25. 31 : : 2019/07/04(木) 05:15:52

    ミーナ「まあ、話を戻すなら……誰かと一緒にいる事が多い私だからこそ、一人で過ごす時間も少し欲しいってことかな」


    アニ「……………ふーん」


    ミーナ「だから、アニが一人でいて落ち着くって言うその気持ちも分かるんだ!」


     ミーナは細かい薪を並べつつも、アニに向かって笑顔でそう言った。やはりアニは少しだけ視線を向けていて、目が合う時もあった。
     初めて、ちゃんとした会話ができてる気がするミーナは頬がやはり緩まずにはいられなかった。


    アニ「アンタに分かられてもね……」


    ミーナ「ええっ、ひどいっ!」


    アニ「まあ、嫌な気はしないけどね」


    ミーナ「えっ」


     アニの表情はやはり変わらない。薪を並べ終え、細かい木々を小さな薪と一緒にその上に重ねている。
     相も変わらず作業の手は止まらないままだった。だがミーナはちゃんとそんなアニが自分の話を聞いてくれている事に気付いていた。
     
     もしかして、少しでも心開いてくれてるのかなと思い、ミーナは「アニってさ」とアニの作業を更に手伝う為に大鍋を運ぶ。
  26. 32 : : 2019/07/04(木) 05:23:10

    ミーナ「優しいとこ、あるよね」


    アニ「は?」


     アニは思わず作業が止まり、ニンマリとはにかむミーナと今度はハッキリと目が合った。その時。調理場のドアがガチャ、という音ともに開かれた。


    トーマス「コニー、お前今日はつまみ食いとかするなよー? キース教官が巡回来るらしいからな」


    コニー「いんだよバレなきゃ」


    エレン「バレない前提で話を進めんなよコニー……」


    エレン「って、ん?」


    ミーナ「あ、エレン! トーマス達も!」


     時刻はアニとミーナが作業を始めてから二十分以上が過ぎ、そのタイミングで本来の作業開始時間に間に合う様に調理場に入室してきたのは、エレン達だった。
     エレンは、アニとミーナが一緒に作業をしてることを少し意外そうに「なんだ、お前らもう作業始めてたのかよ。早ぇな」とかまど周辺を見渡しながらそう言う。
  27. 33 : : 2019/07/04(木) 05:36:51

    コニー「ん? お前ら早いなおい」


    トーマス「凄いな、助かるよ。ありがとう二人とも」


    アニ「……どうも。先に手を洗ってきたらどう?」


     そうだな、そうするよ、とトーマスは苦笑しコニーと一緒に手押しポンプのところへ向かう。

     エレンもそれに続く中、「アニが一人で作業してるのはよくあるけどよ、お前も一緒だなんて珍しいな。ミーナ」とやはり驚いた様な表情を見せる。


    ミーナ「え、あぁ、うん、まぁね!」

     ミーナは照れくさそうに微笑む。アニはその様子に無表情で少し目を細めている。

    エレン「そういやアルミン達とクリスタとかが心配してたけどよ、お前……課題訓練の人員見つかったのか?」


     ミーナはそれを聞いて顔を俯かせ「あ、それは……まだかな」と気まずそうにそう言う。


    エレン「そうか……ん?」


     エレンはミーナの横で大鍋をかまどに並べているアニを見てふと何かに気付く。そしてアニに対して「なぁアニ」と声を掛けた。
     アニは後ろを振り向くことも無く作業を続ける。

    エレン「お前も確か、今月の全体平均の中で成績上位に届いてるんじゃなかったか?」


    アニ「────よく知ってるね、何で?」


    エレン「いや、ライナーが何か言ってたんだよなそういや」


     アニはそれを聞いて少し不機嫌そうに「…………………そう」とだけ呟く。

     ミーナはそれを脇で聞きつつ何故アニがやや不機嫌そうになったのかは分からないまま、エレンとアニの会話の中、アニの作業を再び手伝う。
  28. 36 : : 2019/07/04(木) 10:07:12

     エレンはそんなアニの様子には気がつくことはないまま続ける。ふと、視線を戻したエレンは「ミーナ」と彼女を呼ぶ。


    ミーナ「? なに?」


    エレン「アニには聞いてみたのか?」


    ミーナ「………あ」


     昼休憩の時点において、ミーナは成績上位者の名簿を見つつ、ノアやソフィと共に課題訓練に対し協力してくれそうな人物へとにかく頼み込んでいた。

     だが、結論からいえば時間内にアニの姿を見つけることが出来なかった。

     どこの兵舎を探しても彼女の姿は無かったのだ。
     時間も限られていたミーナ達はアニを探すことは早い段階で諦め、他の人物に助けを求めていた訳だが─────ミーナはアニとの会話に夢中で、すっかりその事をエレンに聞かれるまで忘れていた様だ。


    エレン「ちょうどいい機会だろ、アニにも頼んでみろよ。なぁ? アニ」


    ミーナ「そ、そうだね……ありがとうエレン、すっかり忘れてた……」


     話題の中心にあたる当の本人には全く会話の筋が読めず「……それで? アンタらは一体何の話をしてるの?」と訝しんでいた。


    ミーナ「あぁ、実はね……その、私、成績が今月ちょっと、いやかなりピンチなの……」


    ミーナ「だから、課題掲示板で募集してる任務に志願して成績を稼ごうかなぁって思ってるんだけど……」

     そこからミーナはその為の人員が残りあと一人足りていない事、そのメンバーは必ず成績上位20名以内である事が作戦参加の必須条件である事を彼女に伝えた。次いで、その任務の大体の内容も。
     エレンはトーマスやコニーと一緒に大鍋へと具材を流し込みながら話を聞いていた。

     それを聞いたアニは「────それで? エレン、……それこそアンタがやればいい話じゃないの? アンタも一応格闘と立体機動は上位なんだし」と無表情のままエレンに話を振り返した。


    エレン「そりゃミーナには借りがあるし、出来るならオレだってそうするところだけどよ……ミーナのその任務がある日はどうしても無理なんだよ。アルミン達と先約の任務がある」


    エレン「ていうか違ぇぞアニ、今回に関しちゃオレは格闘術しか成績上位に入れてねぇ。それはひと月前の話だ。だから、今回の場合は作戦参加自体そもそも認可が降りるか怪しんだよ」


    アニ「…………あぁ、そう」


    ミーナ「─────もし、出来たらでいいんだけど……」


     「……アニ、参加してくれないかな? 成績上位の人で頼めそうな人、もうアニしかいないんだ」とミーナは俯いて指を弄りながらアニに頼んだ。
  29. 37 : : 2019/07/04(木) 10:12:59

     アニは無言のまま左手で額を抑え「………それ、私にはメリットあるの?」と目を閉じながらミーナに問う。

    ミーナ「め、メリットなら勿論! 今回は作戦参加の為の制約が多いから駐屯兵団や他の所からの評価も期待できるみたいだよ!」


    アニ「……………」


    エレン「別に参加すりゃいいじゃねぇか、その日の非番は無くなるけどよ」


     エレンの言葉も聞いたアニは無言のままひとつ息を漏らす。「…………わかった、参加する」


    ミーナ「ほ、ほんと!?」


     それを聞いたミーナは頬を紅潮させ、アニとの距離を詰めてくる。アニはやや後ずさりしつつ「…………本当」と小声で呟いた。
  30. 38 : : 2019/07/04(木) 10:15:57

    「良かったなミーナ」と話を聞いていたエレンは白い歯を見せながらミーナとハイタッチする。


    ミーナ「うん!! アニはすっごく優秀だもの! 本当に嬉しい!!」


    アニ「持ち上げ過ぎだよ。言っとくけど私は憲兵団に対しての評価も欲しいから参加するだけだからね」


    ミーナ「それでも嬉しいよ!! ありがとう、アニっ!」


    アニ「…………どうも」


     アニはまたひとつ、嬉々とするミーナを横目にため息をついた。
  31. 39 : : 2019/07/04(木) 10:31:22



    ◇ √01


    《現在公開可能な情報》

    ※一部分、基となった資料の記載が何者かの手によって黒字、記号化されているため、解読できていない部分がある。
     また、記号はこの壁の中における文献において対応可能な文字───イロハニホヘトやヒラガナ、数字などを示す───が適応出来なかったものに当たる。

     また、この資料が見つかったのは壁に侵入したある巨人の体内から見つかった日記の一部分だ。
     この日記を書いた人物は一体何者なのか、またそれを発見した者はその後どうなったのかを知るものはいない。

     かつてMー☼においては○TN巨人の1つ『S:ntiJ*N』の能力を擬似的・及び一時的に創り出s為の人体実験gおこなWrていたと言u。
     巨人化学におけるある文献では、その能力は不完全ながらも多数の被検体の犠牲により完成し、ある一人の《以下、記述が余りにも乱雑及び解読不能の為、伏字》

     
  32. 40 : : 2019/07/04(木) 10:38:15

    ◇ #02



    「聞いて聞いてノア!! アニが課題訓練に参加してくれるんだって!!!」

     キーーン、という鼓膜の高音が自身の耳殻(じかく)から漏れているような錯覚をノア・ティファニーは受けていた。
     廊下上に設置されているランプもまた、大声の主によって灯火をゆらゆらとざわめかせている。

    「…………わかった、分かったからとりあえずそんな起きたての頭に大声を出さないでくれ……」と眉を指で抑え、苦悶の表情を浮かべながら彼女は嘆いた。
     その様子を見たミーナ・カロライナは黒髪のお下げを揺らし、慌てて「あっ、ご、ごめん……つい嬉しくてさ……だ、大丈夫??」と心配そうにノアを見つめた。
  33. 41 : : 2019/07/04(木) 10:45:07

     時刻は午後8時50分。夕方の食事を終え、自習時間がものの2分前に終わったところだ。
     各部屋の窓の向こうでは、鈴虫や鳥達が暑さが収まりを見せた外で楽しそうに騒いでいる。一切の明かりを通さない夜の森の中で、月だけは煌々と輝いている。

     そんな中、自由時間を知らせる鐘が鳴り響いたその1分後……凄まじい足音と共にノアやソフィア達の居る部屋の扉にやってきたのが彼女────ミーナ・カロライナというわけだった。

     
  34. 42 : : 2019/07/04(木) 11:14:08

    「なになに、どうしたの?」とその様子を見ていたソフィが駆け寄ってくる。

    ソフィ「とりあえず、外で話そうよ。ここじゃ邪魔になっちゃう」


    ミーナ「あ、そだね。ごめん」


    ノア「あぁ………」


    ミーナ「……もしかして、寝てたの?」


    ノア「そだよ、自習はどうも苦手でさぁ……」


     そう言ってノアは大きな欠伸をする。ミーナとソフィは呆れたり、苦笑せずにはいられなかった。


  35. 43 : : 2019/07/05(金) 03:03:46

     女子宿舎の扉を開くと、衣服の隙間から湿気た空気が入り込み、肌着と地肌にまとわりついてきた。

     ────長かった雨の時期は終わりを告げている。
     もうすぐ茹だるように暑い、あのジメジメとした夏が近づいてる事を予想させるには十分な夜だと、そうミーナは思う。

     きっとノアやソフィも同じ事を考えているのだろう。彼女達は服の襟のボタンをひとつ開いたり、襟を仰いでいた。

     今日は空がよく晴れ渡っている。
     漆黒に染まりながら高くそびえる樹林の隙間からでも、星の一つ一つが輝いている。それらは、今にも地上へと降ってきそうなほど煌びやかな光だった。

     ミーナ達は兵舎を出てすぐの階段脇に揃って三人で腰掛け、一息ついた。


    ミーナ「────こうやって」


    ノア「ん?」


    ソフィ「?」


    ミーナ「こうやって、こんな夜に三人で話すのは少しだけ久しぶりだよね」


    ノア「……ふふ、そうだな」


    ソフィ「だね!」


     三人は顔を見合わせて頬を(ほころ)ばせ合う。
     すぐ横で弾けながらその身を燻らせている松明の火が揺れる。


    ノア「────それで、誰が結局課題訓練に参加してくれるっつんだ?」


    ミーナ「ん? あぁ、アニだよ」


    ノア「アニ? アニってあのアニ・レオンハートの事か?」


    ミーナ「うん、そだよ?」


     ノアは腕を組みながら眉を吊りあげると
    「…お前よくそいつとそんな風に会話を持っていけたな」と驚嘆した様な様子で言う。


    ソフィ「私も驚いたかも、ミーちゃんがアニと仲良いなんて」


    ミーナ「え、そ、そうかな?」


     ソフィもまた、薄緑かかったセミバックヘアーのポニーを揺らしながら意外そうな表情を向けてきた。
  36. 47 : : 2019/07/06(土) 13:49:33

    ノア「お前、巷じゃアイツがなんて言われてるか知ってるか?」


    ミーナ「巷? 私たち104期の間ってこと?」


    ノア「まあそうだな」


     ミーナは長いまつ毛で揺れる大きな目を瞬かせなから不思議そうな表情を見せ、ノアの話に興味を向ける。
     ノアは少しだけ息を着きながら肩をすぼめ「────氷の女、だとさ」と小声で言った。


    ソフィ「氷の女?」


    ノア「あるいは氷柱(つらら)女とか言われてたっけな」


    ノア「なんだ、ソフィも知らなかったのか?」


    ソフィ「私自身あんまりそういう話好きじゃないからさ……」


     そうだな、お前はそういうやつだもんなと苦笑し、ノアは続ける。
     なんでもそれは、104期訓練兵の誰かが彼女の無反応さを詰って言い出した蔑称であるという噂もあれば、顔立ちが良い彼女の冷ややかさ────クールビューティな印象を揶揄してそういった呼称を作ったという噂もあるが、実際の所はどちらが確かなのか真偽は謎のままだという。
  37. 48 : : 2019/07/06(土) 13:59:43

    ミーナ「────アニ、そんなこと言われて嬉しくないよ絶対……」


     ミーナは苦々しく眉を潜め、無表情で作業をしていたアニの顔を思い浮かべながら俯いた。

     ノアはその様子を見て、ガシガシと頭を搔き、茶髪の毛束を弄らせながら「まぁでもよ……」と言う。


    ノア「正直私も私で、アイツはどうも苦手なんだよな」


    ミーナ「どうして?」


    ノア「アイツいつも基本一人だろ? それは別に個人の自由だとは思うけど、団体性を問われる科目の訓練とかで一緒に組まされると正直……やりずらい」


    ノア「基本一人で全部やろうとするしさ……」


    ミーナ「………」


    ソフィ「私も、アニがたまたま座学で隣で座ったことがあってさ」


    ソフィ「まあこれはウトウトしてた私が悪いんだけど……講義のノートが全部取りきれなくて。隣にいたアニに少しだけ写させて欲しいんだけどいいかなって聞いたの」


    ノア「そしたらなんて言ったんだ? アニのやつ」


    ソフィ「寝てたアンタが悪いんだから、反省して教官にでも聞いてきな、って……」


    ソフィ「……そのあとは教官に絞られながら、書けなかった所を聞きました」


    ノア「……ノートのひとつくらい見せてやりゃ良いのによ……」


    ミーナ「……そ、そんな事あったんだ……」


    ソフィ「ま、まぁ、その時に関しては自己管理が甘かった私が悪いんだし、アニの言うことももっともだけどね」


    ソフィ「────でも、正直言うと、その時のことあってからは、私も少し……アニとは話しかけにくい印象かもしれないなぁ」


     ソフィはあはは、と苦い顔で笑うと顔を俯かせ、一つ小さな溜め息を付く。
  38. 53 : : 2019/07/06(土) 19:58:40


    ソフィ「ところで、ミーちゃんは何をきっかけでアニとそういう話になったの?」 
     

    ミーナ「え、……えっと」


    ミーナ「ほとんど、エレンのおかげかな……」


    ノア「ん? なんでエレンが?」


    ミーナ「んと……今日私調理当番だったんだけど、その時にアニの他にもエレンと一緒になったの」


    ミーナ「その時に……気にかけてくれてたエレンが気を遣ってアニに話を振ってくれてさ」


     すると、ノアとソフィアは二人で顔を見合わせると「「え、エレン(の奴)が!?」」と声も合わせた上で揃って驚いた。
     ミーナは思わずたじろいで「う、うん。そんな驚く?」と苦笑する。

  39. 54 : : 2019/07/06(土) 20:02:25
    >>52
    パンツァーさん、ありがとう(´;ω;`)見てくれて嬉しいです。
    序章、第1話は基本的にミーナ視点で進行しています。今回の第2話からは全てオリジナルストーリーですね。イメージとしては原作14巻特典のOAD「困難」の時間軸の直後に近いです。

    原作と全く同じようなイメージで執筆してます。キャラも合わせてますので、ご安心を(*´∀`)


    続き投稿します
  40. 55 : : 2019/07/06(土) 20:14:13

    ノア「いやだってさぁ……」


    ソフィ「ねぇ……」


     二人は相変わらず顔を見合わせながら意外そうな表情をそのまま覗かせている。ミーナは今ひとつその真意が汲み取れず、「??」と少々汗を垂らして困惑する。


    ノア「あの巨人を駆逐することしか考えてない奴にもそんな気が遣えたとは正直驚きだろ」


    ソフィ「私もかなり意外、アニのことといい、エレンのことといい……なんというか、ミーちゃんってさ」


     人の心を開くのがすごく上手なんだろうね、とソフィはくすくすと微笑みながらミーナの頬に触れる。

     ミーナは「心を開くって……私は特にそんな何かしてる訳じゃないよっ? 大袈裟だよ……」とくすぐったそうに首を小さくよじる。


    ノア「いや、ある意味それはお前のすっげえいいとこだよ。そこは誇りを持ちな」


     ノアは顎を掌に乗せてはにかみながらそう言った。──そんな良いところが私にはあったんだ。ちょっと驚いたな。
     ミーナは何故か少し恥ずかしくなって、ポリポリと指で頬を擦った。
     自分では自覚がなかった分、こんな風に急に褒められると、どうにも心がいつも踊らずにはいられない。その感覚は、身体全体が少し浮き足立ってムズムズするそれに近い。


    ソフィ「……でも、ミーちゃんはそういう所があるからきっと、皆ほっとけなくてミーちゃんを助けちゃうんだろうね」


    ミーナ「え?」


    ソフィ「ミカサも言ってたよ、ミーナは周りがとても良く見えてる印象を受けるって。
     それでいて、いつも笑顔で話してくれるから、警戒心が自然と溶けるって」


    ミーナ「……ミカサが、そんなことを……えへへ、嬉しい」


    ソフィ「ふふっ」


    ノア「愛されてんなお前」


    ミーナ「…………うん。私……皆にいつも助けて貰ってばかりだなぁ」


    ミーナ「──────」


     その時、彼女は唐突に思い出す。
     脳に浮かんだのは、一年以上前の情景。そして、確かな体温。暖かな言葉。不安を見抜いていたのかもしれない母親がくれたもの。
     あの日────入団式の日に、母親が自分に対して優しく抱擁しながら伝えてくれた想い。


    _________


    _____あなたは優しい子よ。────だから、そんなあなたの優しさを知るだれかが、必ずあなたのことを助けてくれるわ。


    _____そしてもし、そんなだれかがあなたを助けてくれたら……


    _____今度はあなたがその人を助けてあげなさい?


    __________


    ミーナ「……………」


    ミーナ「世界は、この狭い壁の中でもそうやって回ってる……か」


     分かってはいた。言葉ではなんとなく、理解出来ているつもりだったのだ。その意味を。

     だけど、実際にほんの少しでも歳を重ねてきた結果、やっとその言葉の重みが分かる。たくさんの人を見てきた今なら、分かる。

    ノア「……ん? どうした?」


    ミーナ「………昔、ね。お母さんがね、助けて貰った分は、その分あなたが人を助けてあげるのよ、って言ってくれたことあったの」


    ミーナ「世界はそうして回ってるから、って」



    ノア「…………」


    ミーナ「今、やっとそれの本当の意味を理解したのかも。私」


    ソフィ「………………」


     ふと、訪れる静寂。森の声だけが、辺りには響く。ソフィアはそんなミーナを静かに見つめると、目を伏せる。
     そして顔を上げて、何処か遠い目で─────夜の光を見上げる。
     

    ソフィ「─────いいお母さん、だね」



    ミーナ「─────うん」


    ミーナ「………いつか、なれたらいいなぁ。もっと、当たり前のように真っ直ぐ人を助けれるような人に」



     静かな闇の中、揺らめく炎。
     松明の陰りの中で、ミーナは空を見上げている。

     ソフィアもまた、そんな彼女のこの先への憂いと期待に満ちた瞳を横目に、微笑みながら共に彼方へと視線を向けている。

     ノアはひとり、そんな彼女たちの表情を見つめている───── 一瞬、ひどく哀しげな表情を浮かべる─────ゆっくりと伏せる。

     目を、閉じる。

     膝の上に乗せた掌が、自然と力む。
     それはまた一つ、新たな決意を形に示す様に。かつて誓った、たった一つの願いを想うように。

     そうして、三人で夜空を見上げる。
     夜陰は、それそれの思いを否定はしなかった。
     ただただ────どこか、うら寂しげに沈黙を返すだけだった。
  41. 56 : : 2019/07/06(土) 20:20:44

    ソフィ「─────整理するとつまり、」


    ノア「エレンが間に立って話をしてくれたことで……アニは成績上のメリットの事を考えた結果、私たちと任務に志願してくれたってこと、でいんだよな?」


    ミーナ「そう。まとめるとつまり、そういう事」


    ノア「まあ、アニらしいよな。格闘技とかはサボってんのに、基本的に成績に役に立つ事は本気入れるヤツみたいだし」


    ミーナ「え、そなの? アニサボってるの?」


    ノア「知らねぇのか? しょっちゅう上手いこと教官の目を撒きながらサボってるぞ。まあ………アイツに限った話でもねぇけどな」


    ミーナ「へぇ……そうなんだ……」


     アニは基本的には真面目なイメージがあったミーナは少し意外に思った。
     ────まぁ、私だって手を抜いてはいないけど、やっぱり立体機動の後に格闘技はキツいし……動くの辛いからそうしたくなる気持ちも分かるけど……。

     
  42. 59 : : 2019/07/08(月) 20:53:08

    ノア「ま、当日は教官もついてこねぇし、見張りの駐屯兵もいないらしいからそんな力む必要も無いだろしな」


    ソフィ「あははは、案外アニとも今回の任務きっかけに仲良くなれるかもねっ」


    ミーナ「ふふっ、うん、だといいなぁ」


    ソフィ「こうやって三人で任務に出る機会って、兵站訓練の時とか立体機動の時くらいしかないから……まぁ、気は抜いちゃいけないってのわかってるけど」


    ミーナ「楽しみだね」


     ソフィアとミーナは揃って顔を見合わせて「ねっ」と笑い合った。クスクスとを目を細め合う二人の様子を見たノアもまた、苦笑せずにはいられない。


    ノア「ったく……ピクニックじゃねぇんだぞー」


    ミーナ「いいじゃん! ウォール・シーナまでは距離あるんだし、まぁ道中ケガだけは気をつけながら行こ!」


     そう言って立ち上がり、ミーナの顔は、何かを吹っ切ったように晴れやかだ。ノアは仕方ないな、と言わないばかりに呆れつつも、微笑む。

     そのタイミングで、就寝時間を告げる鐘が鳴り響いた。

     「そろそろ寝るか、行こうぜ」というノアの掛け声をきっかけに、三人はお互いにそれそれの思いを胸に、宿舎の中へと歩きはじめる。

     宿舎の入り口の重い扉が閉まり、夜の湿った空気はその流れを断ち切られる。
     ソフィアは、おやすみと言い合うミーナとノアの姿を見つめている。ミーナから「二人共、また明日ね!」と言われ、彼女はうん、おやすみと返す。

     ─────その表情は、ランプの灯火の影になっている。

    「行こうぜ、ソフィア」とミーナが奥の廊下へと向かうのを見送った後のノアには、ソフィアの面容が上手く窺えない。


    「………………」


     薄緑の髪の少女からの反応はない。彼女の視線は、ある一点から外れようとしない。

     ノアは「? どうしたソフィ………」と言いかけたところで、ソフィアが薄暗い闇の中で握りしめて見つめているものに気が付いた。
     そうして彼女は、ノアの視線に────気が付く。

     二人は視線を重ねる。

    「……………………………」

     その瞳孔は大きく開かれている────水色のそれは、無表情のままノアを穿つ。

     ノアは、自分の額が湿った汗に濡れている事に気が付く。

     脈打つ、心臓。
     手が汗ばみ、指先まで通っていたはずの血液が止まっていくような感覚に囚われる。

     火は、そんなふたりを照らしながら。
     そして、誰かの吐息によってその存在を掻き消された。
  43. 61 : : 2019/07/10(水) 00:35:10
    ◇√2




    《現在公開可能な情報》

     830年代、壁内における権力は「フリッツ家」と呼ばれる王家と、その他複数の貴族が数多く占めていた。
     そして王政は月に一度、壁内の情勢や今後の政治体制等を憲兵や駐屯兵へ伝達する為、軍法等に基づいて議会を行っていたという。
     だが、それらの場において具体的に壁内の将来を見据えた発言をした者は等しく皆無だった。どの者も自らの権益にしか興味が無かったからであろう。
     しかしある極秘の報告書によると、843年時、一つの貴族がその中で唯一積極的にある発言を行っていたという書記の記録がある。
     
     だが、その貴族の男は正義感が強すぎたと誰かが言った。
     その結果、翌月の議会において彼を見たものは居らず、それ以降も二度と彼の姿は現れなかったという。

     後に、ストレス区にて発行されたベルク新聞社の記事において、数日以内に起きたある大きな山火事についてこの様に書かれている。以下、その一文である。



    『山火事の発生源はひとつの豪華絢爛だった豪邸からということが判明した。出火原因は未だ不明。

     一時期は放火という説も学者によって検証されたが、それ以降の内容については憲兵によって捜査が打ち切られた為、詳細は不明なままである。

     周辺状況によると、ここ数日、地域は快晴が続き、乾燥が続いていた。よって出火は乾燥によって生じた摩擦熱の引火とみられている』
  44. 62 : : 2019/07/11(木) 09:51:44

    ◇#03

     空気は冷たく、およそ夏に近づいているとは到底信じ難い朝モヤの冷気が頬に張り付いていた。

     西の地平線近くにはぼんやりと滲んだ月がその身を隠そうとする一方、反対の空からは有明の光が堂々とその身を晒そうとしている。

     時刻は午前五時過ぎ。
     まだ日は登り始めたばかりだ。幸い、団服は厚手の長袖で皮膚をその身に出さずに済んでいる為、寒さは感じない。
     ミーナ・カロライナは、その中で一人、呑気に欠伸を漏らす。


    「ふぁあああ……」


     トロスト区、兵団支部。いくつもの煉瓦造り(れんがづくり)の塔が四方を囲む様にしてその周りを形成させている。松明の光は既に無く、そこに在った木片は炭となって辺り一面に空虚感を漂わせていた。

     その大広場の隅にて、ミーナ、ソフィア、ノア、アニはそれぞれ四人で整列していた。

     ソフィアは指先の爪を爪ヤスリで擦り、身だしなみを整えている。一方のノアはミーナとほぼ同じタイミングで大きな欠伸を一緒にしており、またアニは三人の目から見ても起きてるのかどうかすら判別ができないほど目が虚ろな様子だ。
  45. 63 : : 2019/07/11(木) 10:06:02

    「午前五時過ぎ明朝、輸送任務を行う第104期訓練兵はトロスト区兵団支部大広場前にて、ドット・ピクシス司令の任務説明を待機せよ」

     数時間以上前、訓練兵団の非番─────つまり休日一日前の彼女たちに女性教官より渡された伝令がそれだった。就寝前の四人はそれぞれゲンナリと倦怠感に駆られながら今に至る。
     だが、集合時間は既に20分以上は経過している。

    「………………………………」

     四人とも、当然のことながら起きたのはほんの30分前であり、眠気に囚われずにはいられなかった。
     おまけに、今日は本来であれば日々の訓練の疲れを癒すことの出来る限られた休日であり、同期の者達は皆ともにまだ深い眠りの中にいる時間である。─────まぁ、志願したのは、彼女たちの方ではあるが。
     だが、既に遅刻している総司令の事に対して四人はそれぞれ微かな苛立ちと不満、呆れの感情が積もり始めていた。
  46. 64 : : 2019/07/11(木) 10:31:23

     そして、そこから更に三分後、事態は動いた。

    「おい、アレ……」とノアは荷馬車用の大扉を指差す。


    ソフィア「?」


    ミーナ「んあ?」


     見ると、大扉が重い音を奏でながら少しずつ開かれている。そして、数十秒掛けてその扉は大きく開かれた。
     ──────そこから出てきたものは、本来の進行方向とは真逆に動く大きな幌馬車。

     見ると、その幌馬車のフレームは立体機動装置の半刃刀身にも使われている黒金竹製の金属めいた艶を見せている。
     調査兵団の荷馬車にも使われている型のものを輸送するのは、ノアとしては何とも神妙な気持ちになった。
  47. 66 : : 2019/07/13(土) 19:28:12

    「……やっと来たな」とノアは愚痴を呟くようにして小声で言う。ミーナは少し安堵した。
     そんな彼女たちを他所に、荷馬車と一緒に扉から入ってきた2頭の軍用馬────ドット・ピクシス総司令の乗ったそれと赤茶の髪の女性士官の馬────は蹄鉄を鳴らしながら少しずつ近づいてきた。


    ピクシス「ほう、遅くなってすまないね。少し輸送物の数が違っていたらしく、その総確認を行っていたのじゃ」


    女性「確認だけど、貴方達が今回の輸送を行う訓練兵達かしら?」


     赤茶色の女性士官が馬から降り、何かのリストをめくりながらくしゃっとした笑顔でそう尋ねる。ピクシスは髪の生えていない綺麗な坊主頭を手で擦り合わせている。
     四人はお互いにそれぞれ顔を一瞬見合わせた後、敬礼で答を返した。

     
    アンカ「そう、じゃあ今回は改めてよろしく頼むわね。紹介が遅れたけど、私はアンカ・ラインベルガーよ」


    ミーナ「あ、よ…よろしくお願いします」


     頬を緩めたアンカに対し、ミーナもぎこちない笑顔で敬礼のまま挨拶をした。

     その様子を見たピクシスは、鼻下の白髭を整えるかのように撫でると「ほぉ………なかなか今回の訓練兵は全員粒揃いじゃな」と呟く。

     それを聞いたソフィアとミーナは少し頬を赤らめ、苦笑する。ノアとアニは「………」と無言のままだ。
  48. 67 : : 2019/07/13(土) 19:36:54

    アンカ「─────………司令、そういうのはセクハラになります。やめてください」


     アンカは資料のような紙をめくる手を止め、ピクシスに対して目を細めながら発言を諌める。

     すると、老人はホッホッホ、としわがれた声で笑いながら何やら専用の兵団服の内ポケットから取り出す─────ノアの目から見る限り、それは瓶酒だった。恐らく、ウイスキーか何かだろう。
     

    ピクシス「どうじゃ、お主らも任務前に一杯気合いを入れていくか?」


     ピクシスは何やら楽しそうにそう言うが、当のミーナとソフィアは少し苦笑いしつつ、「え、遠慮しときます……」と汗を垂らす。
     アニとノアに関してはアンカの方を見つめ何とかしてくれこの上官、と言わんばかりに冷ややかな目を向けている。
     
     その様子を見たアンカは無言で勢いよく総司令の左手から酒瓶をふんだくり、「司令、勤務中ですよ」と睨む。ピクシスはやや萎縮しながら「……うむ」と言った。
  49. 68 : : 2019/07/13(土) 19:43:10

    アンカ「────ごめんね、四人とも。この人は何も悪気は無いからね」


    ノア「……は、はぁ」


     アンカの横で少し残念そうに眉をひそめている老人────ドット・ピクシスは仮にもトロスト区最高責任者、及び総司令である。いわば、トロスト区においても、駐屯兵団の中においても、トップクラスの権力を持った男だ。

     ……だが、同時に「世紀の変人」としてもまた、有名な男でもあった。

     その事実を薄々ながらも砲撃訓練時に駐屯兵によって聞いていたノア達は、この男のこの返しは予想の範疇ではあった。
     なんでこの人変人だなんて言われてるんだろ、と素直に疑問に思っていたミーナもまた、先の様子を見て納得したのだった。
  50. 69 : : 2019/07/13(土) 20:01:14



     時刻は3時間後。
     
     午前8時を回り、乾いた風の匂いが辺り一面に漂っている。朝方の冷気は霧散し、4馬の(ひづめ)の音が森林の中にこだましている。

     ─────アンカ・ラインベルガーはピクシスの対応に手を焼き、フォローもしつつも確実な任務内容の詳細を4人に伝えた。
     任務の内容は訓練兵団の掲示板に書かれていた内容に加え、より明確化されたものだった。

     任務時は必ず信煙弾を所持し、緊急事態時においては調査兵団が使用する煙弾と同じ「紫」及び「黄」の弾を撃つ事。

     恐らく緊急事態が起こる可能性は極端に低いものの、数ヶ月前に訓練兵団の一部が遭遇した────ミーナやエレン、ミカサ達二つの班が鉢合わせた強盗による立体機動装置強奪事件───案件がある為、決して油断はしないで欲しいとの事だった。
  51. 73 : : 2019/07/14(日) 19:15:04

    「油断するなっつったってな……」とふいに馬上のノアは頭を掻きながら息を漏らしてぼやく。


    ノア「ここ三時間ずっと森林を通ってばっかだぞ? さすがに暇だわ……」


    ソフィ「ねー……まあ景色は崖の付近の森林だから結構綺麗なんだけど……」


     ソフィアもまた、長時間の乗馬による固定された姿勢に嫌気が差したのか、はたまた肩が凝ったのか────肩関節を回し、何度も鞍の騎座の上で姿勢を変えていた。
     アニといえば出発から3時間が経過してから現在に至るまで常に無言のまま手綱を握り続けている。
     その一方で、隣のミーナはそんなアニの様子を、横目で垣間見ながら馬を走らせていた。

     恐らく場所は、3時間の道なりから逆算するにトロスト区から約80キロほどの巨大な大森林の中であろう。 
     森林はミーナにとって聞いたことの無い鳥の鳴き声や、ススメの鳴き声、その他様々な生命の声で常にざわめいている。
     
     彼女にとっては、かつてトラブルと共に経験した荒地行軍訓練での道程に比べれば、この景色はとても自然豊かかつ多種多様なものだったので退屈にはならなかった。
     だが、それはミーナのみに限った話のようで、先の様子を彼女から見る限りノアやソフィアにとってはそうではないようだった。
     
  52. 74 : : 2019/07/14(日) 19:21:08

     アニに関していえば、一言も愚痴も不満げな表情も無い上に常に無表情だった為、ミーナは彼女が何を考えているのかほとんど分からなかった。

     常に、無言。……どうしよ、なんか、やっぱり話しかけにくいなぁ、と彼女は宙を仰ぐ。

     聴くことの方が好きな彼女とはいえ、話すことが無い───もとい、何を話せばいいのか分からない相手には彼女も気まずさを感じずにはいられなかった。
     最も、当の本人であるアニはミーナのその心情には気づく様子も無かったが。

     ノアはふとアンカより渡された地図を開き、道のりを確認する。「なぁ、お前ら」と地図を見つめながら視線を横にいる3人に向ける。

    ノア「そろそろ休憩しようぜ?」
  53. 75 : : 2019/07/14(日) 19:50:25

     ミーナは布製の水筒の蓋を親指で軽く開け、乾いた唇へ、水を少量ずつ流し込む。
     口腔から注がれた水分は咽喉を通って汗ばんだ身体の隅々へと行き通っていく。ぷはっ、と満足したミーナは潤った唇を離し、ほぅと小さな息を漏らす。
     
     その様子を見ていた荷馬車の馬はまるで水を欲しがるかのように小さく(いなな)く。ミーナはそれに気付くと、自前のリュックに入れていた食事用の金属容器に水を流し込み、馬に飲ませる。

     馬は何やら嬉しそうに少し勢いよく舌で水を絡めとって行く。ミーナはその様子を見て思わず頬を緩ませながら頭を撫でた。

     ────立体機動装置の簡易点検をしつつ地図を眺めているノア曰く、まだ行程としては3分の1も行っていない、との事だった。

     ここから日没まで通しで馬を走らせれば何とかエルミハ区前の森林付近に到着は出来る見込みであり、ウォール・シーナに進入後は工業都市まですぐの道のりだった。


    ソフィ「私、こーゆう輸送任務初めてだったけど」


    ノア「ん?」


    ソフィ「まさかこんなに長い工程だなんて思わなかったよ……」


    ノア「ああ、そゆことな」


     ソフィアは凝り固まった筋肉をほぐすように首に手を添えて言う。どうも長旅には抵抗がある様だ。ノアも苦笑しつつ、その様子を見る。
  54. 76 : : 2019/07/14(日) 19:58:51

     アニは小さく腕を組み、付近の巨木にもたれながら立っている。
     彼女は、崖向こうの森林へとその視線を向けていた。ミーナは馬の横顔を優しく撫でながらアニへ視線を向けるが、彼女はそれには気づかない。

     ────……本当は話しかけたいんだけどなぁ。あーあ、どうしよっかなぁ……。

     ミーナとアニは一週間前の調理時以降、中途半端に会話が途切れたままだった。そこから結局お互いに話す事はほとんど出来ていないまま、そうして現在に至る。
     金髪の少女は遠い向こうの森林へ向けていた鋭い視線をふと戻すと、ミーナの視線に気が付く。


    アニ「………何?」


    ミーナ「ふぇ!? ああいや、その……なんでもない」


    アニ「────………そう。じゃああんまりこっち見ないで。落ち着かないから」


    ミーナ「ご、ごめん」


     それだけ言うと、アニは取り外していた装置の鞘を持ち上げると、無言で大腿部へ取り付け始めた。
     ミーナは結局それ以上アニに話しかける勇気は出ず、小さく溜め息をついた。
  55. 81 : : 2019/07/18(木) 08:52:15

     ────空の色が橙色に変わり始め、少しずつ暗さが目立つようになった。

     それ以降の一行の行程は順調なものだった。

     ノアの見込み通り、夕刻にはウォール・シーナの城壁が目視で確認できる範囲までは近付いている。
     ソフィアは馬を止め、目を細めながら「だいぶ見えてきたね!」とはしゃぐ。


    ノア「よし、んじゃまあ予定通りこの辺で野宿するか……」


    ノア「目視で見えるっつったってあと20キロくらいはあるみたいだし、野宿の準備も……日があるうちにやらないとだからな」


     ノアは、コンパスと地図の目盛りを確認しつつ馬を降り、3人に指示を出した。
     ノアのその提案に従い、全員それぞれ仕事を行うことにする。
     アニは火を付けるための薪をブレードで集める。
     ソフィアは火起こしの為の準備をノアと共に行い、ノアは食事の為に、付近の森林から食べれそうな植物類か果樹類を集める。
     一方のミーナは、荷馬車に積まれていた木樽バケツを手に、川まで歩いていた。


    ミーナ「んんぅ〜……こんなに長い時間馬に乗るとやっぱり疲れるなあ……」


     身体の関節を伸ばし、筋肉をほぐしながら彼女は川から飲み水を汲み取っていく。
     河川は山の麓から流れてきているのか───森林の隙間から滲む夕陽の明かりに照らされて、透き通っていた。
     
  56. 82 : : 2019/07/18(木) 09:06:23

     そうしてミーナが川から何杯かの水を汲み、火起こしをしているノア達の元へ運び終えた頃────細かい枝を切り集めていたアニと彼女は行き会った。
     アニは、敢えて短めにへし折ったのであろう半刃刀身を右手に、そして左手でそれを添えるようにして木を切っていた。


    ミーナ「……あ、アニ! 手伝おうか?」


    アニ「! あぁ、またあんたか。……いや、いいよ。もうすぐ終わるからね」


     アニはミーナを横目にそこまで言った時、ひとつの失敗をした。「ッ!」と少女は金髪を小さく揺らし、顔を歪める。

     恐らく油断したのか────ミーナに気が付いた時に、一瞬注意を逸らした事が一つの要因だった。刃の先端が左手に微かに触れ、小さく切り裂いていた。
  57. 83 : : 2019/07/18(木) 09:25:57

    ミーナ「あ……ッ、アニ! 大丈夫!?」


     その様子を一部始終見ていたミーナはバケツを置き、慌ててアニの元へ駆け出す。


    アニ「……ッ、別に平気だよ。放っときな」


    ミーナ「そんなわけないじゃない! ほら、見せて!」


    「だからいいって……」と言うアニに構わず、ミーナはジャケットの胸ポケットに仕舞っておいた小型医療セットを取り出す。
     アニの切り傷は刃の先端が触れただけとはいえ、大体4cm以上は血が大きく滲んでいた。様子を見ていたミーナが思った以上に、彼女は手の甲を深く切ってしまったようだ。


    ミーナ「……ごめん、少し我慢してね」


    アニ「な、だからいいって言ってるだろ……!」


    ミーナ「いいわけないでしょ! 傷から菌が入ったらどうするの!」


     アニが止めるのも(いと)わず、彼女は小さく叱責する。すると、お下げを耳に掛け、目の色を変えて集中を始める。

     ────医療セットから2枚のガーゼを取り出し、1枚目はバケツの水で濡らし、傷口の洗浄に使う。2枚目は小さな消毒液を付着させ、傷口を殺菌していく。

     傷が染みるのだろう。「んッ………ッ」と身体を小さく震わせ、アニは消毒の痛みに耐えている。……痛みに鈍そうなアニでもこんな風になるんだな、とミーナは少し意外に思いつつも「ごめんね、もう少しがんばって」と励ます。
  58. 84 : : 2019/07/20(土) 19:36:11

     ミーナがそうしてアニの傷を応急処置し、包帯を巻き終えた頃、林をかき分けて何者かがのっそりと出てきた。「お前ら、何やってんだ?」
     その声の主は茶色の髪を揺らし、頭に着いた葉を振り落とす。


    ミーナ「ノア」


    ノア「こんな所にいたんだな、……なんだよアニ、ケガしたのかよ。大丈夫か?」


    アニ「……あぁ、まぁね」


    ミーナ「私が応急処置したし、よっぽど大丈夫!」


     ミーナはそう言ってねっ、とアニへ白い歯を見せてはにかむ。アニは無言のままそれを見つめ返す。

     ノアは少しを見開かせた後────安心したのか、心配する必要が無いと判断したのか───「それなら大丈夫だな、…………そろそろ飯にしようぜ」と少々悪そうな笑顔で踵を返した。
  59. 85 : : 2019/07/20(土) 20:12:26

     辺りはすっかり暗闇が覆い尽くしている。
     夜の森林は松明無しで歩くには危険が伴う。
     まして、このウォール・シーナ付近の森林地帯は高山地帯でもある為、一歩踏み間違えばたちまち馬と共に落下しかねない。

     荷はおろか、下手をすれば4人の身の安全にも関わる。

     その為、実質夜間における野宿以外の選択肢は、4人には無かった。
     幸いな事に、今回の訓練は制限時間は課せられていない。安全こそが第一になるのは必然だった。
     
     夕陽が完全にその姿を隠す頃、四人はリュックにそれぞれ詰めていた支給品の野戦食を頬張っていた。


    ノア「…………この野戦食糧ほんっとカブトムシみてぇな味するよな」


    ミーナ「もー! やめてよぉー……食欲無くなるぅ……」


     ノアが口を歪めながら愚痴を漏らし、ミーナがそれに対して軽く嫌悪感を抱きながら咎める。ソフィは言葉は発さないものの、何とも微妙そうな表情で野戦食の缶詰を開く。


    アニ「そうかい? 私は別に普通だと思うけどね」


     アニは無表情なままではあるが、そんな二人に珍しく発言をし、クラッカーを齧る。バリバリと言う音が焚き火の音共に響く。

    「……なんだ、お前が喋るなんて珍しいなアニ」とノアは意外そうな表情で缶詰の中の味付け魚をフォークで口の中へ入れる。

     ミーナもまた、目を丸くしながら焚き火で温めたジャガイモスープをスプーンですする。


    ミーナ(……アニの声、みんながいる時初めて聞いたかも)


    アニ「失礼だね、私だって乙女なんだよ。今はなんとなくそう思ったから発言しただけさ」


     それを聞いたノアはブハッ、と口の中の魚をこぼしそうになる。そして慌てて飲み込むと「なんだよ、お前自分のこと乙女とか言うんだな。面白い冗談言うじゃん」と笑いを堪えるかのように震えた。


    アニ「………」


     アニは、少し口を開きながら苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
  60. 86 : : 2019/07/21(日) 02:06:43

     その後、長い旅路に疲れ切っていたのか。
     
     4人は食事を終えた後、それぞれ微睡(まどろ)みに溺れていくかの様に眠りについた。

     その中でも特に金髪の少女は寝息を立てるのが早かった。彼女は寝袋を頭から被り、表情は伺えそうもない。

     川の水の入ったバケツで洗い───火に炙る形で乾かした金属の食器を、静かに片すミーナはその様子に少しクスッと微笑む。


    ミーナ「ふふ、思ったより一番早くに寝ちゃったね……アニ」


    ノア「だな」


     そうしてミーナはお下げを解き、寝袋の中へ体を半分うずめる。夜の閑静な森の空気は静かに彼女達を包み、体温を緩やかに奪っていく。

     だが、小さくなった焚き火はそんなミーナたちを守るように火の粉を散らしている。


    ノア「ソフィ、お前はもう寝るのか……って」


     手の平を頬にくっつける形で胡座をかいていたノアは、話しかける形でソフィアの方へふと視線を移す。

     すると、ソフィアは既に船を漕ぐ様に頭を揺らしていた。
     そうして、間もなく寝袋へ勢いよく倒れ込む。だが余程疲れているのだろう、彼女はそのまま床へ就いたままだった。


    「………」


     2人は無言のまま、顔を合わせる。そして、揃って苦笑する。
     
    「今日は長い一日だったのか、短い一日だったのかよく分からねぇな」と、ノアは両手を寝袋上で組み、寝転びながらそう言った。


    「………」


     ミーナはバラバラになった黒い髪の一つ一つを、母親がくれた(くし)()いていく。
     そうして、ノアの方へ穏やかな視線を向けながら「────うん、そうだね」と目を閉じる。

     その日は確かに、一年間過ごしてきた地獄のような訓練の日々と比べれば、いささか平穏過ぎるものであり。

     そして、彼女が忘れかけていた、確かな「日常」そのものでもあった。


     ─────馬に揺られながら、4人は色んな話をした。(アニがその会話に参加したのは片手で足りる程度のものではあったが)

     ミーナがかつて経験した、荒地行軍訓練での出来事の話。

     その中で見かけた大きなトカゲの話。

     強盗に誘拐され、エレン達と共にクリスタを救出しようと奮闘した際の話。

     ソフィアが食い意地の張ったサシャによって、夕飯の半分以上を横取りされてしまった話。

     そして、そんなサシャの首を羽交い締めで押さえつけたノアの話。

     非番のトロスト区で偶然居合わせたハンナによって、ソフィア、ノアが一時間以上フランツとの惚気話に付き合わされた話。
     
     雨の日でも、雪の日でも、変わらずジョギングに励んでいたアニを見かけたというミーナの話。

     そして、そんな所を観察するなんてアンタも暇だね、と横にいたアニに呆れられた話。

     どれも、取るに足らない彼女達の情景ではあった。

     だが、立体機動で命懸けの訓練をしていた時。
     頭から知恵熱が出かねないほどの膨大な内容の講義を学んだ時。
     複雑怪奇な立体機動装置の技巧術を修した時。
     永遠にも思えるような行路を、とてつもなく重い兵装を背負いながら歩いた、兵站訓練の時。

     それだけの数多くの訓練をこなし続けた1年という長い時間の中で、今日ほど穏やかで緩やかな一日は、他に無かった。
  61. 87 : : 2019/07/21(日) 02:23:45
     
     つまるところ、今日ほど4人で会話をした日は他に無かったのだ。
     ─────長く続いた冬の日に、唐突に暖かな日差しと空気が辺りを包む時がある。
     虫たちは春の訪れだ、と言わんばかりにそのほとぼりを喜ぶのだ。
     その身を開きながら祝福の姿を世界に晒す花。
     サナギからまるで2匹の鳥(・・・・)のように空を掛けていく蝶。

     気分はひどく平穏にならずにはいられない。

     ミーナにとって今日の日というのは、そういうものに等しかった。

     もしかしたらそれをきっと、本当の意味での日常と呼ぶのかもしれないとミーナ・カロライナは思う。

  62. 88 : : 2019/07/21(日) 02:30:50

    「………今日みたいな日が続いてくれればいいのに」

     ミーナはそんな言葉を、思わず呟いていた。ほとんど無意識に等しく、それは彼女の口から零れていた言葉だった。
     そうして、ミーナはふと気付く。

     もしかして、私が望んでたものってこれ(・・)だったのかな。私が、願っていたもの(・・・・・・・)は────

     ノアはそんなミーナの様子を見て、どうしたんだ、と何気なく聞いてくる。

     ううん、ごめん、なんでもないんだ(・・・ ・・・ ・・・・・・・・)とミーナははにかんだ。
  63. 89 : : 2019/07/21(日) 02:43:01

     夜はそうして更けていく。

     閑静な森は、この世界を「巨人」という化け物が支配しているとは思えない程度に、彼女達を見守っていた。
     
  64. 90 : : 2019/07/21(日) 03:00:34

    ◇√3

    《現在公開可能な情報》

     これはある記者が書き残した日記のひとつであるが、その中にはこんな記述があったとされる。これが発見されたのは、850年になってからの話だ。
     だが、この日記は誰によって見つけられたものなのか、そしてこの日記がその後どうなったのかを知るものはいない。


    『その者達は、ある夫婦を射殺し、ある教師を拷問して嬲り殺しにした』

    『私は金髪の夫婦達が殺されるところを陰ながら観てしまった。そして、ある教師が『秘密』を知った為に殺されたことを聞いた。

     奴らはどうやら普通の憲兵ではないようだ。

     そして、あるとんでもない事実を私は共に聞いてしまった。そして、見つかった。見つかったのだ。

     私は消される。

     何故なら私は数日前、ある女にこちらを見られてしまった。草むらに隠れていたが、どうやら無駄だったようだ。私は必死に逃げた。逃げた。逃げた。
     そして今、逃げ込んだドブみたいな地下街から、ウォール・マリアの何処かに私はいる。何処に? そんなものは知らない。今はそんなことに関心など無い。
     だが、憲兵は100人規模で、私を探している。
     誰かがそう噂していたのを聞いたのだ。
     そしてその中で確かに『奴ら』は特にその目を光らせて殺そうとしている。この私を。

     怖い、恐い、こわい、コワイ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない誰かに助けて欲しいが誰にも助けは求められない。もはや助からない。殺される。確実にそれだけはわかる。

     だからもう、願うのはただ一つだ。この日記を読んだ人間は、速やかに憲兵団の目に届かないところへどうかこれを隠して欲しい。私の知った事実が消される前に』


    『憲兵団は、一枚岩ではない。彼らの中にはある特殊な組織が存在する。
     誰もが知る立体機動装置……それに似た何かを身につけた彼らは、今ある少女を探している。彼女はこの世界の『鍵』となる何かを持っているようだ。
     そして、『黒い髪が目立つある一族』を探している。それが何かは私には分からない。

     彼らがそれを躍起になって探す理由────それは、フリッツ王家が、ほんとうの』


     日記はこれ以降、血塗れになったまま記載が無い。
  65. 93 : : 2019/07/21(日) 13:21:49

    ◇#04

     木材と超硬質スチールを織り交ぜられた車輪が石畳に触れる度、帆馬車は揺れる。
     ウォール・シーナ南城壁都市を抜けた後、彼女たちの目的地は在る。
     エルミハ区は貴族の街だ。
     内壁に向かうまでの一本道となっているメインストリートでは、華やかな衣装を着飾った数多くの市民達が街を闊歩(かっぽ)している。その中を、帆馬車は真っ直ぐに駆けていく。


    ミーナ「……………」


    (なんか、ものすっごい視線を感じる)


     ミーナたち訓練兵の姿は、彼らからすれば物珍しい存在なのかもしれない。
     この街において巡回する兵士といえば、内地在住の憲兵団がその基本なのだろう。
     事実、彼女たちは道の脇にいる市民達から好奇な目、奇異なものを見る目で見られていた。

     2頭の馬の手網を握る手が何やら緊張して汗でぬかるんでいるのをミーナは感じる。

     ノアやアニはそんな視線を気にすることもなく、作戦要項を確認しながら荷馬車と共に馬を走らせている。


    ミーナ「………………」


     そうだ、と思いミーナはふと荷馬車の中にいるソフィアに声を掛けた。「ソフィア、体調は大丈夫?」


    ソフィア「う、うん。大丈夫……ごめんね、馬のお世話頼んじゃって」


    ミーナ「それは全然良いけど……」


     そう言ってミーナは隣を走らせているソフィアの馬へ視線を移す。
     ソフィアはエルミハ区に入るタイミングで、「頭が痛む」と言って体調不良を訴えていた。

     ミーナやノアは彼女の体調を慮り、野宿していた拠点で待っていてもいい、と声を掛けたが「大丈夫、私も行かないといけないでしょ? ……でも一つ、お願いがあるの」と言った。

  66. 94 : : 2019/07/21(日) 13:28:48

     その頼み、というのは至ってミーナからすればシンプルなものだった。


    ミーナ(荷馬車の中で休ませて欲しい、か……)


     荷馬車の中は石畳の上を歩くのもあって、かなり揺れが激しいはず。
     その中で休んだりなんてしたら、なお一層気分が悪くなったり、下手をすれば酔ってしまうのではないのか。

     ミーナからすれば、そちらの方が余程心配だった。

     だがソフィアは、シーナから出る頃には多分良くなると思う。だから大丈夫だよ、と言って聞かなかった。

     
    ミーナ(───────どうしたんだろ、ソフィア)


     生理痛や、長い旅路で体調を崩したのならまだ良いけど……もしかしてそうじゃない理由もあるのかな……。
     だが、彼女の体調不良の理由を考えていても事態は変わらない。ミーナは仕方なく、馬を内門まで走らせる事に集中した。
  67. 97 : : 2019/07/21(日) 13:54:31



     ウォール・シーナの内門から工業都市まではさほど距離は無かった。
     門を出た時、彼女達は目視でもその目的地を確認する事が出来た。
     工業都市のシンボルとなっている、あるものを見ることができたからだ。

     ─────その街は50メートルもの高炉(言うまでもないが、それこそがシンボルに当たる)が中心に建てられており、それを囲むようにして数多くの煙突や小高炉が造設されている。

     ミーナ達は20メートルほどの警護障壁に覆われた街の門へと辿り着いた。そこには、図体が大きい2人の憲兵団の男が居た。
     その屈強な男達が警備兵である事を察するのは、彼女達にとってあまりにも容易だった。


    「お前達、その紋章は訓練兵か」


     男らは荷馬車を止め、身分証の提示を指示してきた。その右手にはマスケット銃が握られている。彼らは立体機動装置もしっかりと装備していた。

     ミーナは慌てて、作戦要項に書かれた一文と共に身分を明かす。


    ミーナ「は、はい。工破損立体機動装置、及びその他の工業用品のこちらへの輸送を請け負った者です」


    「ジャケットの紋章上に書かれた所属を伺おうか」


     男達は鋭利な疑いの目を向けてくる。
     アニは無言のままその憲兵を睨み、ノアはその視線に苛立ったように訓練兵の身分証を取り出そうとするが─────その時。


    「こらこら、そんな不穏なオーラでせっかく荷物を運んでくれた子達を睨んでどうすんの!」という陽気な声によって、その場の冷えた雰囲気は一気にその温度を上げた。

     昇降式の開かれた門から出てきた女兵士───眼鏡を掛け、ウェーブがかかった茶色の髪を揺らす女性────は呆れたような笑顔で男兵士達の尻を軽く両手で叩いた。


    「シルヴァーナ隊長! し、しかし……」と男憲兵は動揺する。
  68. 101 : : 2019/07/21(日) 14:03:16

     シルヴァーナ────恐らくそれは苗字だろう。そう名前を呼ばれた女兵士は、ミーナ達の元へ駆け寄る。


    「君たち、すまないね。私はこの工業都市を警備する憲兵団の責任者、ルチナ・シルヴァーナという者だ」


     ルチナ、と名乗った女性は日向のような明るい笑顔で一番近くにいたミーナへ握手を求める。
     ミーナは多少狼狽しながらも「だ、第104期トロスト区訓練兵団所属、ミーナ・カロライナです」と手を握りながら応える。

     その彼女の声に続くようにして「同じく、第104期訓練兵、ノア・ティファニーです」「アニ・レオンハートです」とノア、アニは馬から降りて敬礼をする。

  69. 102 : : 2019/07/21(日) 14:12:33

    ルチナ「あぁ、聞いてるよ! 君達が近いうちに荷を輸送してくれるっていってた第104期の訓練兵達だろ?」


     ルチナはそこまで言うと、何かを探すように視線をミーナ達へ彷徨わせる。


    「……あれ? でもトロスト区のピクシス司令から聞いてる人数は4人なんだけど、もう1人はいるかい?」と不思議そうにミーナ達へ問う。

     ノアはそれを聞いて、荷馬車の帆をめくる。


    ノア「おい、ソフィア。体調は大丈夫か? 大丈夫そうなら隊長さんに挨拶しようぜ?」


     すると数十秒後、ソフィアはノアがめくった帆とは反対の後ろ側からゆっくりと姿を見せる。


    「─────申し訳ございません。体調不良で少し荷馬車内で休ませて頂いてました」と敬礼し「第104期訓練兵、ソフィア・ルージュです」とソフィアは緊張を形にしたような表情をルチナヘ見せた。

  70. 103 : : 2019/07/21(日) 14:18:49

     ルチナはソフィアを見ると、何やら目を見開いたような仕草をする。


    ソフィア「………!!」


     ソフィアは何かに(おのの)いたように、目を開く。そして、声を上擦らせながら「………………あ、あの、何か?」と尋ねる。


    ルチナ「──────あぁ、いや。なんでもないよ。ごめんねぇ、知り合いに少し似てた気がしたからさ!」


     少しの間が空いた後、ルチナはあっはっはっは、と朗らかに大声で笑ってそう言った。
     ミーナは何気なく、ソフィアの方へ敬礼をしながら目を向ける。

     ソフィアの顔は、

     何故か、ひどく青ざめていた。

     ミーナはソフィアに声をかけようとするが「さてさて、長い旅路お疲れ様!」という陽気なルチアの声によってそれは遮られた。
  71. 104 : : 2019/07/21(日) 14:26:36

    ルチナ「いや、本来なら君達にもこれら荷の運搬を工業都市内の工場まで手伝ってもらう……っていう手はずだったんだけどね」


     ルチナは左手を口元に添えて苦笑いしながら続ける。「まぁ、アレだ。君達全員まさかの女の子達ときた!」 


    ルチナ「これだけの荷物をここまで運んでくれた君達みたいなか弱い子達に、またこれを工場まで運び出しまでさせるのは少々忍びないから……」


    ミーナ「え、つ、つまり?」


    ルチナ「ちょうど今日はエルミハ区でバザーが開かれてるみたいだしその時間を自由にそこで発散してきてくれればいいよって言おうと思ってね」


     ─────ルチナは突然、何やら早口になる。

     つまり、彼女はあとは自分達がやる。その間、君たちはエルミハ区で時間を潰してきて良いと伝えている。
     早い話が上官から心遣いをミーナ達は貰っているのだ。本来なら喜ぶべき、はずである。
     ───だが、何故か、だ。

     黒縁の薄眼鏡向こうの視線が、ミーナには伺えなくなる。ミーナは、何故か、嫌な予感を感じる。感じずにはいられない。思わず、ルチナの気配に気圧される。後ずさり、する。


    ルチナ「その前に」


     じり。じり。じり。じり、じり、じりじり。
     ルチナは、ミーナへ、近づいて、くる。その距離を、少しづつ、詰めて、くる。


    ミーナ「え? え、え? ………ふぇ?」



     後ろへ後退するミーナ。慄くミーナ。それは本能の動きだ。その表情は、喜ぶべき場面であるはずなのに、とてつもない困惑に満ちている。
     そして、そうして、突如。それは

     起こった。
     

    ルチナ「君の身体────────ちょっと、さわらせてぇええええ!!」


    ミーナ「きゃあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁああ!?」


     そんな事を言いながら彼女は、

     ミーナへ襲いかかった。
  72. 105 : : 2019/07/21(日) 14:38:19

    ミーナ「!? !? ?!」


    ノア「な!? ちょ、な、何してんすか!?」


     ノアが慌ててルチナをミーナから引き剥がそうと飛びかかるが─────既に遅い。ルチナはノアをもハグの中へと引き寄せてきた。


    ノア「うわああああああああぁぁぁぁあ!? ちょ、やめ、どこ触ってんだあんたはぁあぁぁあ!?」


    ルチナ「んーーーーーーーーーーーーーーさいっっっっこう!! 君達さっきから思ってたけど、めっちゃんこ可愛いよね!! 特に黒髪のミーナちゃん、だっけ? 君とかもろ私のタイプ! ちょー可愛いよ!?」


    ミーナ「にゃああぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!?」


    ミーナ「ちょ、ひゃぁ……っ! や、やだ、隊長さんんっ、どさくさに紛れてどこ触ってんですかぁあっぁっ!? や、らめっ……んぁっ、んっ、スンスンしないでくださっ……んぅんっ、やぁ!!」


     ─────それは、何とも形容し難い地獄絵図だった。
     暴走したそれはミーナに抱きつくと、彼女の髪や肌に自分の頬などの肌を擦り付け、匂いを嗅きはじめた。さながら捉えた獲物をじっくりと嬲るようだ。
     ノアに関しては、まるで猫か何かのようにそのケダモノに襟を掴まれ、年頃の女子にしてはややふくよかな胸を揉みしだかれた。

     それと同じタイミングでミーナも胸を揉まれ、一歩間違えば公序良俗に反しかねない光景がそこには広がっていた。

     ミーナは顔を真っ赤に染め、声もまともに出せないながらも必死に抵抗し、ルチナから逃げようとする。「んんっ………ぁッ! やだ、やめ……ぁ!」
     
     だが、両手を彼女の右手で固定され、獣の余った左手で自分でも普段触らない部分を愛撫されているミーナは────思う様に身体が言う事を聞かない。為す術もなく溺れ、口から唾液が零れ落ちる。


     そんなミーナを他所にルチナは「おおお! 君結構良いおっぱいしてるね!? うーん、将来巨乳になりそうだねぇ。あ! こら、逃げるんじゃない!!」と狂気を形にしたような好奇心旺盛の目をしつつ、ミーナの身体を淫らにまさぐり続ける。

     ミーナはもはや抵抗すらできず、目に涙を浮かべている。

     アニは絶句した様にその光景をただ眺めることしか出来なかった。────と、いうより、恐くて何も出来なかった。一歩間違えばその女の「餌」になりかねなかったからだ。
  73. 106 : : 2019/07/21(日) 14:46:25

    「隊長、ダメです。隊長!! あんた同姓愛を晒すのも大概にしてください!! それ以上俺らの前でその性癖を暴露されると貴方を立場上捕まえなきゃいけなくなります! 隊長!!」と最早獣同然となったルチナを、憲兵は慌ててミーナから両肘で脇を掴む形で引き剥がした。


    ルチナ「──────ハッ!」


     ─────そうして、ケダモノは我を取り戻したようにミーナを解放し、捕まえていたノアの身体を離した。


    ミーナ「…………ッ、はぁ、ぁは、はぁ」


    ルチナ「す、すまないね。大丈夫? ケガはない?」


     ミーナは突然の行為に竦み、身体を震わせながら石畳に倒れ込んだ。ルチナはそんな彼女へ手を差し出し、必死に謝った。


    憲兵「隊長、あんたは可愛い女の子を見ると直ぐに理性飛ぶそれなんとかしてください」


     ミーナはルチナの手を握って立ち上がる。
     だがすぐに、乱れてボタンが二つほど取れた衣服を、涙目になりながら慌てて整え直した。
     ノアもまた、羞恥なのか怒りなのか判断がつかない様子で顔を伏せ、震えていた。

     憲兵達はルチナの暴走を止めねばならないと分かってはいたが、どうやら突然のその展開に呆然としていたようだった。─────否、ミーナの余りにも艶かしい声に動揺していたのかもしれない。それは定かではないが。

     だが実際、彼らはミーナへ視線を向けることは決して無かった。


    (─────こ、こわかったよぅ……女の人に襲われる日が来るなんて思わなかったよう………)と赤面し、怯えながらミーナはルチナから距離を取った。
     幸いにも、憲兵はそんなミーナからは目を背けていてくれたので、特に彼女は気にすることもなく形が崩れて取れそうになったブラジャーを、服の上から整え直した。
  74. 111 : : 2019/07/22(月) 01:09:26

     閑話休題。

     ミーナ達は入口となっている門付近、そこにある兵士の休憩所に座り込んでいた。

     ミーナは萎え切った表情で、椅子にへたり込み「もうお嫁行けないよぅお嫁いけないよぅうう…………」とボソボソと呟いている。

     また、もう一人のセクハラの被害者であるノアもまた、血の気のない表情で床を見つめていた。────その眼は何処か焦点がまばらだ。

     アニはそんな2人へ同情の眼差しを向けている。


    「いやぁ……その、ごめんよ。さっきは」と反省したような口調でウェーブを巻いた彼女は紅茶を3人へ用意した。ミーナは「っ」と背筋を伸ばし、ひどく怯えている。
     アニは要らない、と言わんばかりに手を振り、ジェスチャーした。そっか、分かったと呟き、それを見たルチナはアニに渡そうとした紅茶をすすった。


    ルチナ「ごめんって! もう何もしないから。ね? 安心して?」


    ミーナ「ほ、ほんとですか……?」


     ミーナは身を守るかのように胸を隠し、両手を鎖骨前に添えている。
     その眼は未だに薄らと涙が滲んでいて、例えるならまるでケダモノに怯える兎のようだった。

     いやもうほんとだって! とルチナは最初に見せた屈託のない笑顔で、そんなミーナの頭を優しく撫でる。

     ノアはそんなルチナを警戒し続けている。


    ルチナ「あはは、まぁその、言い訳をすると私は可愛い女の子を見るとつい興奮して、ね。あぁなっちゃう時があるんだよね」


     ルチナは、紅茶を片手に頬を苦笑しながら擦る。

     

  75. 112 : : 2019/07/22(月) 01:22:47

    ノア「まさか訓練兵の女子見る度にあんなことしてる訳じゃないでしょね?」


    ルチナ「あっはははは! そんなことは無いよっ」

     いや、ホントなのかそれは、と言わんばかりにミーナとノアは互いに懐疑的な視線を向けた。
     そうしてノアは机に肘を乗せ、不機嫌そうに呟く。「あなたのその性癖のおかげで私とミーナは危うく貞操の危機でしたよホンット」

     それを見たルチナもまた、「あははは、だからごめんってぇほんっとに!」とまた苦笑した。

    ルチナ「いやまあホントのこと言うと、私は男の子よりちょーーっとだけ女の子の方が好きなんだよね!」


     ミーナとノアは、背筋を氷の板でなぞられた様な恐怖を一瞬覚える─────そのちょーーっと、というのは、女の子にとって大事な部分を揉みしだかれたり、なぞられたり、すりすりされたりする行為が「ちょーーっと」に当てはまるのか……と。
     

    ルチナ「まあ少し真面目な話をするとね」


     すると、彼女は少しだけ表情を変え、紅茶の入ったティーグラスを木製テーブルの上に静かに置く。ミーナやノアはその気配を察し、少しだけ伏せていた顔を上げる。


    ミーナ「!」


    ルチナ「─────うちの工業都市で勤務する子達ってみんな男の子ばっかりでさ。それも筋肉達磨みたいなゴッツイ野郎ばっかでね?」


    ルチナ「君達みたいに、」


    ルチナ「純粋な目をした女の子たち、ってのは」


    ルチナ「まぁ、珍しいんだよね」


     何故か、彼女の視線はミーナ達3人の中には向いていない。門の近くに停留している帆馬車へとその目線は向いている。
  76. 113 : : 2019/07/22(月) 01:37:25

     ルチナの表情には少し、陰りが見えた。何かを大きく憂いている様に──そんなふうに、何故かミーナには伺えた。
     ───────……え? なん、なんだろう? あの顔。

     ミーナはふと、疑問に思う。

     だが、ルチナはパッと表情を変えると「ささ、そんな私の話は置いといて! 君たちはエルミハ区で買い物でもして帰りな?」とミーナやアニたちの肩をポンポン、と叩く。

     ノアはその手を鬱陶しげに払うと「ていうか! あんたは実際どっち(・・・)」なんですか!?」と問い質す。


    ルチナ「え? 私が女か男かって話? なーに言ってんの!? ちゃんとほら、胸あるじゃん。君よりあるよ?」


    ノア「いやそうじゃなくてぇえええ!!」


    ミーナ「……………」


     そうしてルチナと騒ぐノアを差し置いて、そういえば、とミーナはふと帆馬車へ視線を移す。アニもまた、それに気が付いていた。


    ミーナ(──────なんで、ソフィア、あんな顔してたんだろ? なんで)


     私とルチナさんが話してる時、全然会話に加わらなかったんだろ?

  77. 114 : : 2019/07/22(月) 17:20:18



    「全くほんとにあんたって人は……」


     筋肉が締まった憲兵────その一人が、残りの紅茶をすするルチナへ呆れたように声を掛ける。


    ルチナ「なんだよ、アベル……。そんな怪訝そうな眼を向けてくれるなって」


     相変わらず、彼女は能天気そうにケラケラと笑う。アベル、と名を呼ばれた筋肉質なその憲兵の男は、角々している顔つきに苦悩の表情を浮かべる。


    アベル「───隊長、一つ気になった事を聞きたいんですけど」


    ルチナ「何だ? お前もあのノアって子みたく私が実際のとこ『バイ』なのか『ビアン』なのか気になるってのかい?」


    アベル「いやあの、そっちじゃなくて……」


     何がそんなに楽しいのか、ルチナはアベルをからかう様に冗談めいた口調で続ける。
     アベルは苦々しく「────あー、もう……」と切り揃えられたショートヘアのモヒカン頭を掻く。


    「…………話が、あるんですよ。真面目な話です」そう、彼が呟いた瞬間。


     空気は変わった。


    ルチナ「やめな」


    アベル「─────────────」


    アベル「………………は、」


     ルチナの眼鏡奥の表情は、アベルには見えない。─────だが、一瞬にして。
     朗らかだったはずの空気は冷気を伴い、鋭利なそれへと、姿を確かに変えた。

     それだけは、彼にも理解出来た。

     アベルは一瞬、声を失う。
     突然、悪ふざけが過ぎるいつもの彼女の姿が、変貌した。やめな、と彼女は言った。
     口調は明らかに本気だった。重々しいそれは、彼の背筋を凍らせるには十分すぎた。
  78. 115 : : 2019/07/24(水) 14:56:49

     思わずその感覚が錯覚なのではないかと考えアベルは、彼女のその目をもう一度、確認する様にして見つめ返す。

     ───ルチナもまた、横目でこちらを真っ直ぐ見つめ返している───だが、彼女の形相には、およそ表情と呼べるものがない。
     否、そこには。
     殺された確かな「感情」が遺っていた。


    アベル「──────ルチナ、隊長」


     脂汗が、額から滲み出ている。殺気のこもった視線から確かに、伝えている。

     表情で─────彼女は、伝えているのだ。

     喋るな、と。触れるな、と。

     
    ルチナ「─────あの子のことだろ?」


    アベル「……………はい」


    ルチナ「今はやめろ。その話は夜だ」


    ルチナ「じゃないと、」


     ルチナはそこまで言ったところで、静かにティーカップを木机の上へ置く。立ち上がる。
     そして、耳打ちする。アベルは、瞳孔を大きく開く。動揺する。

     身体の大きさや体格、全てがルチナのそれを上回っているはずの彼を、ルチナは戦慄させた。


     そうして、彼女は立ち去った。だが彼は立ちつくしたままだ。マスケット銃を持つ右手は震えが止まらない。

     彼女の言った言葉に対して、アベルはただ閉口する。

     その瞬間、何かが叫んだ(・・・・・・)

     彼は、恐ろしさのあまり、ぁあぁあっ、とその声に叫び返す。その身体は大きく震え、両眼は四方八方に揺れる。まるで錯乱のそれだ。

     だが実際に叫んだのは近くでその様子を傍観していた─────ただのカラスだった。カラスの黒目は彼を凝視している。その目が、まるで誰かが見ているように彼には感じられたのだ。

     制御出来なかった。
     止められなかった。
     止めるには、恐怖は余りにも彼を大きく襲った。

     膝が、嗤っていた。そのカラスが嘲笑ったように。

     ルチナは言った。

     お前、今日には死ぬかもよ、と。
  79. 116 : : 2019/07/26(金) 00:32:54


     普段は閉じられているエルミハ区の内門は、今日に限っては開かれていた。
     3人は馬を引き、空になった帆馬車を動かしている。そうして、影の中から開かれた巨大な門の光の中へとやがて触れていく。

     そうして門をくぐると、ミーナは高く昇り始めてきた陽に思わず目を細め、眩しさに耐えかねて左手でそれを隠す。

  80. 117 : : 2019/07/26(金) 01:35:26

     内門付近からのメインストレートでは、今日はなにやら人が賑わいを見せていた。
     路地からはノアとミーナは2人揃って首を傾げ、石畳を踏みしめる。ノアは怪訝そうにそれを見つめている。


    ノア「おいおい、何だこの人の集まり」


    ミーナ「うわああああ! すっっごい!」


     ミーナは思わず子どものようにその様子を見て歓喜する。
     道には先程も工場都市に行く前に見かけた様な貴族達だけではなく、別の都市から足を運んだのか──── 一般市民らしき格好をした者達も多く溢れていた。中には家族連れの者達もいる。

     普段この街には基本的に貴族以外の者が出入りすることは無い。マリアから足を運んだ者達なども居るのだろう。
     余程大掛かりな行事か何かなのか、とノアはミーナとは対照的に歩きながらその様子を静かに眺め、観察する。そして気付く。


    ノア(────兵士もそこかしこにうろついてんな)


     見ると、そこかしこにミーナ達と違った紋章を背負うもの達がいた。ユニコーンの紋章────この街に駐屯する憲兵団か。
     ある者はマスケット銃を携えたまま呑気に警備することもなく駄弁っており、ある者は商店の壁煉瓦にもたれ、大きな欠伸をしながら首を揺らす。

     その中で、黒の服に、何やら三重の壁の女神を型どった煌びやかなネックレスを着けている年配の者と話している男が────こちらをチラリと覗く。

     奴だけは何故かマスケット銃を持っていない。─────開かれた瞳孔がジロリ、とこちらを見据える。

     ノアはその視線に素早く気付くと、目をただちに逸らす。工場都市に居たようなあんな朗らかな憲兵など本来は居ない。奴はこちらを何か警戒している。
     憲兵団には今日、訓練兵がこの街を通る事が伝達されているはず。

     だというのに、何故か。

     今の憲兵の視線には、不快な何か(・・・・・)を、感じた。


    ミーナ「んーなんだろ、お祭り? 今日何かの記念日だっけ?」


    アニ「………!」


     そんなノアの思惑とは違い、ミーナは無邪気に目の前の喧騒に胸を踊らせている。

     街路には様々な出店が立ち並び、木箱に詰められた品物らしきものを、多くの商品が店開きに合わせて運び出している。

     屋台には様々な物が並ばれつつあった。


    ミーナ「…………ん?」


     何処かの名産品か───その中で際立って豪華な袋詰めされたものをミーナは視界に移す。
    「………へぇー……すっごい、あんなのもあるんだ」と思わず足を止めて駆け寄り、品を手に取ってみる。

     それの裏にはビッシリと成分表が記載され、その中の表記には『ジナエ町 名産品』と書かれていた。見るとそれは、珈琲豆だった。


    「おっ、お嬢ちゃん。あんた目がいいね! それはローゼのある小さな町の名産品の珈琲豆でね。この壁の中でも特に品質が良くて愛されてる品なんだよ」


     大柄な体格をした商人の男は、ミーナへ得意満面な表情を浮かべて楽しげに彼女が手に取ったものを解説し始める。

     ミーナはその豆を手に取りながら「ほぇえ〜……これが珈琲豆かぁ。私あまり珈琲飲まないけど、これマルコが好きだって前に話してた気がするしなぁ」と呟き、他の商品を検分し始める。

     ジナエ町、といえば同じ104期訓練兵の一人───マルコ・ボットの故郷の小さな町である。彼女はその事を知っていた。

     ────……おいおい、ミーナのやつ……。

     ノアは急に馬が足を止めた理由を探るためにミーナを見つけると、やや呆れてその様子を眺めた。


    「今日は月に一度の自由貿易の日なんだよ、きっと」


     すると、唐突に帆馬車から先程の二人の疑問に答える声がした。
     帆馬車から体調を崩していたソフィアが顔を薄らと出す。
     ミーナは相も変わらず出店の色んな商品を手に取りながらも、それに気づきソフィアの方へ視線を向く。


    ミーナ「ソフィア、体調大丈夫なの?」


    ソフィ「うん、だいぶ平気。多分、街から出る頃にはだいぶ良くなるかも」


     ミーナがお下げを揺らめかせながら、心配そうにソフィアの表情を伺う。
     ソフィアはそれに対してカーテン状の帆を薄開きにさせたまま「ありがと、ごめんねミーナ」と苦笑する。


    ノア「……………」


     ノアだけは唯一、その様子を横目で何も言わずにただ見ていた。
  81. 118 : : 2019/07/28(日) 06:01:36

     その時、ノアはふと気付いた。


    ノア「────おい、なぁ」


    ミーナ「? どうしたの、ノア」


    ノア「そういえばアニのやつどこ行った?」


     ミーナはふと帆馬車の裏を見る。
     居ない。路地を歩く様々な人混みだけが空になった荷を通り越していく。

     そうして周りへ視線を向ける────だがやはり居ない。どこにも影も形もない。


    ミーナ「え、あれ!?」


     帆の中にいるソフィアも顔を出しミーナとはまた別方向で目を凝らし、視線を巡らせているがやはり何処にも姿は見当たらない。

     彼女はノアとミーナでこの状況に疑問符を浮かべている時には、まだ確かに横を歩いていた。
     そうして、それ以降から姿が無いことにノアは気付く。


    「………………」ノアは一旦馬車から離れ、大股で先程まで歩いていた内門付近の街路へと歩き出す。


    ノア「───────あ」


     数十メートル程歩いた所で、ノアは横の裏路地を何やら見つめる。
     ミーナはその様子を見つめ、手に持っていた珈琲豆をとにかく急いで買う。「ありがとさん!」と商人は大仰に白い歯を見せて硬貨を受け取った。

     そうして帆馬車の馬を元来た道へ折り返し、急いで駆け寄る。すると────

  82. 119 : : 2019/07/28(日) 06:21:40

     そこには少女が、居た。

     金髪の少女。自分達と同じ、二つの刃を交差させた紋章のジャケットを羽織った後ろ姿。

     有り体に言えばそれはアニ・レオンハートだ。そのはずだ。
     金色に映える髪を後ろでブルームバインドで縛り上げている姿のそれは、ミーナ達が知る限りではアニ以外には基本的に見た事が無い。

     だが、その姿はミーナやノア、そして帆馬車からその様子を見つめるソフィアの知っている彼女ではないように見えた。

     その少女は、猫の首をくすぐっていた。

     猫────恐らく野良猫か。首輪は見受けられない。だが毛並みはそれなりに揃っていて、そこそこ肥えた体型だ。

     彼女の周りには4匹ほどの猫が居て、そのどれもが金髪の少女に群がっていた。


    「…………………」


     猫達はとても機嫌が良さそうに彼女へ擦り寄っている。そして、その中の斑点状のでっぷりとした体型の猫が少女の左手を舐める。


    「ひゃっ」


     少女は慌てて手を収め、高い声を出して驚いた。───そんな声は、その様子を見守る同期の彼女達には聞いたことがないものだった。否、最早別人を疑うレベルのそれだった。3人は無意識に顔を見合わせる。

     そしてあろう事か。

     しゃがんでいる彼女の横にくっついてきたその猫を撫でながら─────

     その少女は、笑った。それは、「氷の女」などと呼ばれた人間の見せる表情などでは無かった。

     年相応の、少女の穏やかな表情。

     恐らく、誰にも見せたことの無いもの。それを、彼女は猫達に対して何も恥じることなく見せていた。


    「………ふふっ。おまえ、良い体型してるじゃないか。全く」


     猫はそれに答えるようにうにゃん、と鳴く。
     完全に懐いてる仕草だった。事実、その猫はだらしなく腹を見せ、その少女の目の前で寝転がってみせた。

     少女────アニ・レオンハートである筈のその誰か────は頬を緩ませ、その腹を勢い良く撫で回した。

     そして。

     ふと、彼女は後ろを振り向く。きっと何気なく、だろう。目が合う。ミーナ、ノア、そして帆馬車の中にいるソフィアとも。
     彼女達は呆然とも唖然ともとれないなんとも言い難い表情を浮かべ、とにかく口をあんぐりと開けていた。


    「………………………………」



    「………………………………」



     沈黙が、その場を一瞬支配する。


    アニ「────────────────は、」

     
     そして、数秒後。


    アニ「───────なに、覗き見、し、てんの?」


     顔を真っ赤に染めた少女が、瞳孔をこれでもかという程に開き、ゆらりと立ち上がった。
     その言葉は、どこかひどく上ずっていた。
  83. 120 : : 2019/07/28(日) 14:35:11

     アニの後ろには間違いなく何かが立っていた。例えるなら────修羅。それを思わず感じずにはいられないほどの、殺気。

     反対に、表情は喩えるなら林檎の様。頬は紅く紅く染め上がり、目には薄らと涙が滲んでるようにも見える。
     眉は八の字に歪み、口はきつくきつく閉じられている。それが、怒りによるものなのか、羞恥によるものなのか、屈辱によるものなのか────区別が三人にはまるでつかない。

     ただ感じるのは、見てはいけないものを見てしまったような、これ以上ないほどまずいものを見てしまったような、そんな感覚。

     ミーナは自分が驚きを感じているのか、アニの明らかに照れ隠しとしか思えない言動に可愛さを感じているのか、最早判断がつかなかった。つきそうもなかった。

     ただし、ものすごい冷や汗が脇からも額からも溢れているのだけは、彼女自身にも理解出来た。
     そして、チラリとその様子を横目で見るとノアやソフィアも表情が凍りついて、汗が浸たっていた。…………否、違う。ノアは違っていた。彼女は、頬を膨らませ、何か必死に笑いを堪えているようにミーナからは見えた。

     思わず、血の気が引いた。

     そうしてノアは先程のアニ以上に声を上擦らせながら「…………よ、よぉ。な、な、なにしてんだよう、アニちゃん」とアニへ質問を投げかける。

     身体はプルプルと震え、やはり笑いを堪えているようにしかどうみても見えなかった。



  84. 121 : : 2019/08/04(日) 01:25:59
    ミーナ「“ガーベラ”の花が咲く時、あなたに伝えたいこと」
    この話ってどこの時系列なのん
  85. 122 : : 2019/08/05(月) 12:36:40
    放置しないーでー
  86. 123 : : 2019/08/05(月) 12:39:42
    放置すんな
  87. 124 : : 2019/08/05(月) 12:39:46
    するなら消せ
  88. 131 : : 2019/08/05(月) 23:02:33
    >>122 名無しさんそんなに待てないなら、違う作品見ればいいじゃないですか笑
    それに放置するなら消せ? だったら見☆る☆な☆
    空山さん、荒らしに気にせず書いてくださいね!自分もエレミナ好きですのでw期待です!
  89. 132 : : 2019/08/05(月) 23:04:19
    >>131
    >>122>>123以降は違う奴
  90. 133 : : 2019/08/05(月) 23:44:55
    >>132 そ、そうだったんですか!?それは申し訳ございませんでした…。名前が同じでしたもので…、違いが分かりませんでした(´・_・`)
  91. 134 : : 2019/08/05(月) 23:45:18
    >>133
    ええよ
  92. 135 : : 2019/08/07(水) 03:53:38
    お久しぶりです。
    申し訳ありません。ここ十日間以上仕事で余裕がなかったので全然更新出来なかったです(´;ω;`)。。今日まとめて更新してきますのでもし良ければまた見ていただけるとありがたいです。
  93. 136 : : 2019/08/07(水) 03:58:17
    >>121
    「ガーベラ」はこのもし壁の中では割と最後の方の時間軸に当たるかもしれません。詳細は今後の4話以降から明かしますね!

    それ以降のコメントはずっと待ってくれてた方がいたという意味の有難いお言葉として受け取ります(´;ω;`)ありがとう。ごめんなさいね。

    >>131

    ありがとうございます(*´ω`*)
    第3話もいよいよ終盤。頑張りますね!

    コメント欄は小説の見やすさを意識するため、一部非表示とさせていただきます。数々のコメント、ありがとうございました! (ここ2日間のコメントは他の方のレスも含め、話が終わるまで敢えて取っておきますね!)
  94. 137 : : 2019/08/07(水) 04:39:54

     少女の髪の奥の表情は伺えず、ノアのその問いの後には沈黙が残る。ミーナは思わず、生唾を呑み込む。
     だが、しばらくして。
     代わりに彼女は言葉ではなく、あるひとつの構え(・・・・・・・・)をとる。右手は右こめかみ横に、左手は左目より数十センチほど離れた位置へ、真っ直ぐに固定される。

     そこまでの一切の動きに余韻は感じられない。ノアは思わず、アニから足裏一つほどの距離を取る。


    ノア「………!!」


     少女らしく頬を染めていた────羞恥と怒りによるものではあるが────彼女の周辺の雰囲気は、その瞬間。

     確かに、豹変した。

     アニの足元にいた猫達はただならぬ気配を感じたのか、裏路地の奥へと走り去って消えていく。
     ────その構えには、無駄が無かった。
     そして、隙も無かった。そこにあるのは殺気。それは見事なまでに洗練された「戦士」のそれだった。

     アニの眼は、鷹のようにノアを穿つ。そこには確かに、先程とは比にならない怒りが渦巻いていた。


    ノア「………へ、へぇ、喧嘩か? 喧嘩なら買ってやるよ。私はこれでも格闘術はエレンと並ぶくらいには成績良いんだぜ」


     かかってこいよ、とノアもまた茶髪を揺らし訓練所で習った格闘術の構えでアニのそれに対抗する。やっべ、これはまじで怒らせたかもなと内心思う。
     額から脂汗が滲む。両手の固く握りしめられた手汗が滲む。

     ミーナとソフィアはその様子を離れた距離で見守る。

     あの構え─────あんなの、見たことない。アニはいったい、何処でアレを得たんだろう。ミーナは無言のまま構えを取り合い、見つめ合う二人を垣間見ながら考える。


  95. 138 : : 2019/08/07(水) 05:23:55

     ノアの挑発を聞き、更に不機嫌になったのか。アニは「…………乙女を怒らせると、どうなるか」と視線を外すことの無いまま呟く。

     そして。


    「あんたに教えてあげるよ」


     アニのその言葉を機に、試合のコングも無いまま。
     唐突に。瞬時に。
     戦いの火蓋は切って落とされた。

     アニの身体は一瞬、ゆらり、と揺れた。
     ────その動きはノアには読めなかった。それが、その事が、結論から言うと彼女の仇となった。

     アニはその瞬間。
     身体を刹那の間に屈ませ、右足を踏み出す。
     そして、加速。5メートル程の二人の間の距離は、一瞬にして、詰められる。

     声を出す間もなく、ノアはアニの攻撃に対抗しようする。拳、或いは蹴りに対応出来るように瞬時に身を固める。だが遅い。

     アニの右手は、ノアの顔面へ伸びる。口元を抑えられ、痛みが走る。そしてそれと同時に右肩が持っていかれる(・・・・・・・・・・)

    「は─────」と思わず声が漏れる。

     何が、起こった。ノアは自分が今何をされているのか理解出来ない。そうか、今私は右手を引かれたのか。
     そう気付いた時、ノアの姿勢は重心を大きく崩した。

     アニはすかさず、更に右足を踏み込む。ノアの顎には膨大な衝撃が走る。その痛みを感じる間はない。
     ─────そこまでの出来事は、僅か二秒にも満たなかった。
     その動きは、人間の神経が反応できる速度を超えてるようにノアには感じられる。

     あ、これやばい。

     そう思った瞬間、アニの「はぁあぁっ!」と言う掛け声によって、ノアはトドメを刺された。
     最後の拠り所となっていた左足の重心が、アニの鋭い左足の薙ぎによって蹴り崩され、そして。

     浮き上がった。

     ノアの身体は宙を一回転して大きく舞う。
     そうして仰向けに、石で出来た地面へと、叩きつけられた。


    ノア「──────が、っぁあっ!?」


     痛覚よりも先に、背中から脳髄へ強烈な震動が走る。声にならない声が喉から抉り出される。身体が、動かない。


    アニ「──────……」


     一歩も動けないノアの負けを悟ったアニは、放り投げたノアを後ろ目に一瞥(いちべつ)し、息を整えた。
     
  96. 139 : : 2019/08/07(水) 05:45:32

     戦いが終わった瞬間、ミーナは弾け出したようにノアの元へ駆け寄る。「ちょ、ちょっと! だ、大丈夫!?」


     ノアはゴロゴロと脊椎からの痛みに耐えかね、地面の上でのたうち回るように悶えている。


    ノア「いっ………………てぇ〜ぇええええ!」


    ミーナ「も、もう……喧嘩を売ったのは確かにノアの方だけど、アニもやりすぎだよ!」


     それに続いてソフィアも馬車から慌てて降りてくる。
     そうして、ミーナと共にゆっくりとノアの背中を起こした。いてて、と呻くノアを他所に、アニはそれを見下ろし、唇と頬に着いた土汚れを拭う。


    アニ「………………」


     アニは無言のままだった。
     ミーナはアニのその態度に対して少しむっとする。

     が、先程、猫を可愛がってる所を半ばからかうような事をしたノアにも今回は非がある。アレはアニが怒るのも仕方が無い。

     ミーナからすると、文字通り今回はどっちもどっちな気がした。

     あの様子を見たのはミーナからしてもとてつもなく心外であり、そして意外だった。

     アニにもあんなに年頃らしいところがあるとはミーナは夢にも思っていなかったのだ。

     正直、ちょっとだけそれをからかいたいと思ってしまった自分も(いが)めない。情けないな、とミーナはそんな自分に苦笑する。
     それもあって、ノアを咎める事も出来そうになかった。

     怒るにも怒れず、とりあえずミーナははぁ、と細い溜め息をつく。
     ────そして同時に、胸を燻らせていた一つの思いを漏らす。


    ミーナ「────でも、びっくりした」


    アニ「何が?」


    ミーナ「すごい技術、だね。それ」


    アニ「!」


     それは、素直な感想だった。

     先程の(いさか)い。彼女は本来ならば、止めに入ろうと考えていた。間に割り込み、その喧嘩の仲裁に入ろうとしていたのだ。

     だが。
     それが、出来なかった。その気が、削がれた。否、してはならない(・・・・・・・)と感じてしまった。

     余りにも、その構えが───気高に感じられたから。
     気高く、勇敢で、堂々としていた。
     隙もなく、油断が微塵も見られなかったあのアニの構え。

     それにミーナは、言葉もなく、魅せられていた。

     見蕩れていたのだ。



     
  97. 140 : : 2019/08/07(水) 06:22:20

    アニ「──────すごい?」


     少し間を持たせて、アニはそうミーナへ問い返す。それに対して「うん、凄いよ」とミーナは黒髪を揺らしながら素直に頷く。


    「…………」


     アニは大きな瞳でミーナを見つめる。ミーナも真っ直ぐに見つめ返す。金色の瞳に彼女の姿が映る。そこには、驚愕も映っていた。
     まるで、そんな事は初めて言われた、と言わんばかりに。


    アニ「………なんで、そう思うの?」


     ミーナはえっ、と小さく驚く。「何で? え、何でだろう」

     痛みに表情を歪ませているノアの背中を優しく撫でる────首を傾けて何でなんだろう、とアニに聞かれた疑問を思わず口から零す。そうして一つの結論に至ったのか、顔を見上げてアニと再び目を合わせる。


    ミーナ「私には、無いものだからかな」


     アニはミーナのその答えを受けると「……」と瞳を瞬かせた。路地の隙間から流れる小さな風に長い睫毛が揺れる。
     ミーナはふと、疑問に思った事を質問してみる。


    ミーナ「ねぇ、それ、誰に習ったの?」


    アニ「!」


    ノア「────ててて、あぁそれ、私も気になる。教えろよアニ。それ、訓練所で習ったものじゃないだろ?」


     やっと痛みが落ち着いたのか、ミーナとソフィアに支えられたノアもまた、その疑問に同調する。ソフィアとミーナは、アニを一緒になって見つめる。答えを待つように。

     ────アニは回答に悩んだのか、表情を落とす。


    アニ「……………」


     あれは、と呟く。少しずつつぐませた口を開く。


    アニ「お父、さんに」


    ミーナ「お父さんに?」
     

    アニ「そう」


    アニ「父親が、私に叩き込んだものなの」


    ミーナ「え!? そうなの? やっぱりすごいよ!!」


    アニ「─────そんな凄いものじゃないよ」


    ミーナ「え?」


    アニ「………そろそろ行くよ。人混みは疲れる」


     アニは目を輝かせるミーナに背を向け、帆馬車の方へ向かう。
     凄いものじゃない。自分自身の持つ技術に対してそう言い放った─────アニの背中が、ミーナには何故か、どこか寂しそうに感じられた。
  98. 143 : : 2019/08/07(水) 23:50:07
    絶賛腐敗中の茄子達は思った。
    この考えは謬見なのだろうか。思いが胸裡で反芻し、不安が怒濤の如く押し寄せる。
    その作品の素晴らしさに慄然としてしまい、茄子達自身が起こした心の大波に呑まれ、気絶者は漸増していく。しかしある一匹の勇敢なる茄子が、果敢にも神へ突進し、そして告げた。
    「期待、しております······ぐふっ」

    すいませんふざけました許してくだs((殴
  99. 144 : : 2019/08/08(木) 22:58:27
    >>143
    期待ありがとうございます(*´ω`*)
    文の中に俺にも読めない単語あってビビりました(ºωº`*)

    続きは1時に更新します
  100. 145 : : 2019/08/09(金) 01:47:11
    ◇#05

    「ルチナ隊長」とアベルは古びた部屋の扉を開く。ギシッと軋む音ともに、ルチナの近くの壁で光源となる松明の火が揺れた。


    ルチナ「やあ、来たみたいだね編隊長さん」


    アベル「名だけです、そんな肩書き」


     アベルは一つ息を着き、手に抱えた紙の束と木の箱をルチナの机に置く。それらは憲兵団支部の内部にある資料保管室から運び出されたものであり、古い紙の匂いが珈琲と共に混ざる。
     そして彼の抱えたその束は数十枚以上もの資料であり、その1番上に挟まれたファイルの中にはベルク社の新聞の切れ端が入っていた。


    アベル「─────言われたとおり、揃えました」


    ルチナ「お疲れさん」


     ルチナは珈琲を啜り、ファイルを手に取り「原因不明の大火災、ね。よく言ったものだ」と呟く。


    アベル「─────ルチナ、隊長。やはり、あの帆馬車から出てきた彼女は………」


    ルチナ「間違いないだろうね」


     資料以外にも、様々な書類が積み重なって埃が被っている机。それらの机の紙と紙の隙間を開いて、彼女は珈琲の入ったマグカップを置いた。


    ルチナ「ウォール・シーナの中の貴族の一つにルージュ家、というものがあった」


    アベル「……!」


     ルチナは新聞の切れ端が入った薄いファイルの下にある分厚い “機密情報”と記された木箱を取り出す。そして、その箱の蓋を開きいくつもの古びた報告書類を手に取った。

     ルチナはしばらく無言でその紙の一枚一枚を素早く内容を目で追う。

     そうして、12枚目の資料で、紙をめくる手を止めた。


    ルチナ「これだ」


    アベル「は……どういうものです?」


     ルチナに手渡された報告書をアベルはそっと受け取る。
     それは843年6月16日、王都ミットラスの城内議会室における記録書だ。恐らく、壁内の情勢を見据えた上で議会が行われていた事が伺える。


    ルチナ「────その中で、ウォール・シーナの中でたまたま壊れた昇降機を無断に使用し、マリアを出ようとした者が居たらしいんだけどね」


    アベル「はい」


    ルチナ「その人間は一般人だった。目的は不明、まあ恐らくシーナの中に紛れ込み、あわよくばそのままそこで生活をしようって魂胆だったんだろうとそこにも書かれてる」


    ルチナ「本来ならば審議所において審査会が開かれ、壁内で王政が定めた憲法と法律に基づいて裁かれる」


    ルチナ「だけど結果から言うと」


    ルチナ「その男は死刑になったそうだ」


    アベル「え?」


    ルチナ「─────理由としては、審議会においてのウォール教の提言、及び『ルージュ家』を除いた全ての貴族の多数決による審議結果、というのが理由らしい」
  101. 146 : : 2019/08/09(金) 01:56:58

    ルチナ「まあ壁を何の許可も無く乗り越えるのは本来禁止だ。憲法にもそう定められている。反すれば王制地下の幽閉所において無期懲役、酷い場合は……だけどね」


    アベル「─────は?」


    アベル「………待ってください、それだとつまり」


    ルチナ「……そう、本来であれば」


    ルチナ「その男は『死刑になるはずが無い』んだよね、大概」


    ルチナ「余程悪質なものでない限りはね」


    アベル「………その時は、悪質だと運悪く判断された、ってことなんでしょうかね? でも死人が出たわけでもないんですよね?」


    ルチナ「まぁね。死人はでてない。精々捕まらないよう抵抗した程度らしい。……本来であれば、こんな程度なら殆ど死刑になるなんてことは無いはずさ」


    ルチナ「これなら酷くても幽閉所においての無期懲役、及び20年以上の王制指揮下の開拓地における労働が一般的な罰になる。少なくとも私が拘束した様な犯罪者は九割方そういう末路を辿ったからね」


     そこまで言うとルチナは眼鏡を取り、胸ポケットに仕舞っていた布でレンズの汚れを拭き取る。
     眼鏡を外した彼女の顔は整った童顔であり、とてもアベルより歳上の女性には見えなかった。

    「───……ウォール教が、死刑を促したとかですかね?」とアベルは重々しくルチナへ尋ねる。


    ルチナ「その可能性はゼロじゃない。ただこの時のウォール教はそこまで支持が無かったし、そこまで発言力があったとは考えにくい」


    ルチナ「ウォール教が今ほどの大規模な宗教として壁内を占めるようになったのは壁が壊されて以降の話になるんだよ」

  102. 147 : : 2019/08/09(金) 02:06:32


    ルチナ「─────まあ、話を戻そうか」


    アベル「……先程『ルージュ家』以外の貴族の多数決、と隊長は仰ってましたけど、それも関係してる、と?」


    ルチナ「…………」


     ルチナは革椅子に背中を倒し、大きくもたれ掛かる。
     そして、一つ大きな息を着いた。天井を見上げ「彼女、ソフィア・ルージュと言ったよね」と静かに独りごちる様に話す。天井には窓が見え、その窓からは揺らめくように満月が黒い雲の合間から輝いている。


    アベル「はい」


    ルチナ「………ルージュ一家は、その報告書を最後に、もうどの議会報告書にも記載が一切見当たらない。その議会において彼は、彼だけはきっと、その多数決において唯一反対意見を申し出たのかもしれないね」


    アベル「…………!」


    ルチナ「その時の当主は、私からするととても常識ある人物だったんだよねホント。まあ、それはあの人を知ってる私のただの妄想というか、予想にしかならないけど。多分あの人は議会において唯一自分の意見を周りに流されて捨てようとしなかった」


    アベル「隊長………いえ、ルチナさんは、ルージュ家の当主と顔を見合わせた事があったんですか!?」


     アベルは背中に携帯させたマスケット銃のベルトを左手の脇で掴みながらも、ルチナへ身を乗り出した。ルチナはそれに反応を示す事も無く「あぁ、あるよ。何回かね。護衛任務とかだよ」とだけ呟いた。
  103. 148 : : 2019/08/09(金) 02:18:12

    ルチナ「─────貴族にしちゃ、全く歯に衣着せぬ話し方をする人間だったよ、あの当主」


    ルチナ「………貴族らしくなかったんだよあの人。全く傲慢さの欠片も無かった。品性を持った貴族で、あの人を慕う人間も多かったらしい」


    ルチナ「………あの当主は、よく嬉しそうに子どもを抱えててね。その子は父親に大層甘えてたのが今でも記憶に残ってる。ここに配属される前、よく荷馬車の護衛に当たってたし」


    アベル「─────……その貴族や、子どもはどうなったんです?」


    ルチナ「……………」


    ルチナ「────大方、邪魔な存在……だったのかもね。議会に参加してる貴族や、王からしたら」


    アベル「…………!」


     ルチナはそうして口を固くつぐみ、ファイルを手に取る。「貴族の屋敷、大炎上」と見出しで書かれたそれを感情の宿らない目で眺める。
     アベルはその様子を見つめながら「隊長?」と問う。すると殺されたんだよ、と低さを伴った声音でそう彼女は言った。


    アベル「──────………え」


    アベル「え、でも、そのファイルには……」


    ルチナ「あぁ、ここには書かれてない。そしてベルク新聞社以外の全メディアでも『どこの貴族一家』の屋敷が火事によって消失したのか記載は無い」


    アベル「つまり、………それ、って」


    ルチナ「………あの一家は、火事によって殺された、もとい消された(・・・・)んだよ」


    アベル「!? 待ってください、それ一体、誰に?」


    ルチナ「それが分かれば私だって憲兵として犯人探しをしたいところさ。私自身独自で調査を行った、でもあれから5年近く経つってのに全く何の関連資料も出てきやしない」


    ルチナ「まるで、不自然に誰かが処分(・・)でもしたみたいにね」


    アベル「昼時、あの時喋るな、と言ったのは────」


    ルチナ「………実際にいるんだよね。私の知り合いから聞いた話だけど、それら関連のことを調べていたある駐屯兵が『行方不明』になったって話」


    アベル「………………」


    ルチナ「私にも分からない。でも、憲兵団には私達の知らない「何か」が確かに動いてるのは間違いない。だから誰かに聞かれないようここに呼んだって訳なんだよ」


    アベル「……………それは、理解しました。だから、あの時脅迫じみたことを……。でもルチナさん。あのソフィア、という少女兵はそれじゃあつまり……」


    ルチナ「─────あぁ、間違いない。あの薄緑の髪、銀色の瞳。あれは」

     その瞬間。「っゔぁッ?」

     途端に、アベルは不自然な呻き声を漏らした(・・・・)

     天井を見上げながらも腕で両目を覆っていたルチナは「………なに、どうしたのアベル」と腕を下げて視界を向けた。
  104. 149 : : 2019/08/09(金) 03:17:15

    ルチナ「………………は?」

     目を、見開いた。

     そしてそれは彼女だけではなくアベルも同様だった。その目は目玉が転げ落ちかねないほどに瞳孔が開ききっている。
     アベルの腹部。丁度ベルトの真上、アンカー射出装置の5、6センチ横か。
     左腹部から、刃が飛び出ていた(・・・・・・・・)
     そして、そこから、真紅が滲む。


    ルチナ「──────────────」


     アベルはがふっ、と血を吐く。自身に何が起きたのかまるで理解が及ばない。脳の理解が追いつかない。
     勝手に震える身体、揺らめく視界を腹部に向け、そして、絶望した。なんだ、これは。なんで、刃物が? そして、なんで俺が、刺されているんだ?

     その答えを出す間もなく、()は引き抜かれ、綺麗な刺し穴をアベルの腹部に空けた。
     勢いよく血が零れ、飛び散る。
     そして、目玉がぐるり、と音を立てて上を向いてアベルは失神し────勢い良く、倒れ込む。資料に飛び散った血飛沫。
     そして、倒れ込むアベルの恐怖とも絶望とも取れない形相が、ルチナの網膜に焼き付く。
     脳の思考がスパークし、真っ白になる。

    ルチナ「────………っぁあ、ぁっ、あぁあああああああああああああぁぁぁ!!」

     自身の、断末魔。自身の鼓膜を破壊せんばかりの、悲鳴。アベルが倒れ込んだ、刹那。
     うそ、だ。コイツ、コイツ、コイツ、私の部下に、何をしてくれる。殺す。殺す、殺す。殺す。殺してやる。衝動的に吹き上がり、湧き上がって沸騰せんばかりの熱が身体中を灼き尽くす。

     ルチナは資料塗れの机に右手を叩きつけ、それを軸に、左足先で帽子を被り右手にナイフを持った男(・・・・・・・・・・・・・・・・)目掛けて轟音と共に、蹴りつけた。
     そこに至るまで、殆ど0.5秒にも満たない。アベルが倒れたその瞬間、仕掛けられた反撃。
     その蹴りはその男の顔目掛けて激烈な勢いで放たれる。まともに喰らえば、頚髄骨折となる速度─────だが、無駄。それは、徒労に終わった。

     硬い金属音によって甲高い音を奏でながら、その蹴りは虚しくも不発に決まる。


    ルチナ「っ、な、に………」


    「おっっっっと、あっぶねぇじゃねぇか」と、その男は殺陣の雰囲気にそぐわない陽気な声でそう言いながら、右手に取り付けられた金属の「何か」によってルチナの蹴りを確実に受け止めていた。
     ハット帽の様な帽子の下の口元は、ルチナから見て一瞬でも不快と感じる程に、不可解な笑みで歪みきっている。


    ルチナ「っ、き、さま…………!!」


     強く、つよく、歯を軋ませる。全身の毛が逆立っているのをルチナは感じる。視界が赤色に染まり、右手の軸が崩れる。
     ルチナはその瞬間、右手を離し───次いで左手を机に掌底させ、再びそれを軸に身体を宙で一回転───帽子男を視界に捉え、再度左足で蹴りかかる。殆どそれは、脊髄反射としか言いようのない速度。
     ルチナの驚異的な身体神経を窺わせるには十分な蹴りだった。
     その蹴りは男の首を落とさんとばかりに繰り出される。だが、瞬時に男は右手のみならず、左手にも取り付けられた金属を頭上で交差させるようにしてそれを防ぐ。
     空気を裂く蹴りを「おっ………っぉい。危ねぇ危ねぇ」と呻く様に男は受け止めた。

     それらは、とても常人に出来る芸当では無かった。
  105. 150 : : 2019/08/09(金) 04:22:27

     男の挑発し、こちらを馬鹿にしたような口調に更に怒りが湧き上がる。

     鉄を熱する時の様な、熱。鉄をも溶かす程の熱。

     それらがさらに湧き上がっては、ルチナを支配していく。
     だが、その男の不愉快極まりない口調。語尾。それらの全てを、ルチナは知っていた。

     受け止められた脚を軸となった手に力を入れ、即座にこちらへ戻す。
     瞬く間に左手を机上から振り上げるようにして元に戻す。
     同様に前へ強制的に屈み、両手逆さ立ちの様になっていた身体も、限界を超えた速度で無理矢理元に戻す。
     そうして机上にしゃがむ様にして降り立った、次の瞬間。
     右手による鉄拳が、放たれた。

    「……ぐ、……ぁ?」と男は刹那、呼吸が止まったかのように呻く。

     腹部にそれはメキメキ、とめり込まれる。
     幸いにも、その部分には何のガードも付けていなかった。
     ルチナの銃弾にも似た拳は女の力とは思えない鉄槌となって、炸裂する。


    ルチナ「──────ぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!」


     男は、飛んだ。

     腹部に入ったそれは、男の身体を古びた扉ごと勢い良く廊下へ吹き飛ばした。激音と共に扉の破片が窓にヒビを入れる。

     男は床に倒れ伏せる。
     強烈な拳を腹部に喰らった男は、壊れて共に吹き飛んだ扉上に少量だが涎と吐瀉物を吐き出す。


    「ごふ、っが、はっ、………やる、じゃねぇか」


     だが、その瞬間をルチナは逃さなかった。

     そこから5秒後、ルチナはアベルから抜き取ったのであろう立体機動装置のグリップ───それに半刃刀身を取り付けたもの───で男に飛び掛った。さながら、獲物に飛びかかる狼のそれだった。

     男は脳髄と神経を全力で加速させ、左手をルチナのように掌底させて伏せていた身体を起こす。

     そうして、ルチナの殺気に充ちた刃を再び右手の金属部で受け止めた。
     ルチナによって袈裟斬りを仕掛けられた男の右肩の筋肉は悲鳴を上げて軋む。それと同様に、金属の鉄鋼と重なる黒金竹製の刃も音を立てて火花を散らしている。
     

    ルチナ「──────貴様、「切り裂きケニー」か」


     帽子が吹き飛んだ男の顔。長身痩躯の身体。その男は、やはりルチナにとって見覚えのあるものだった。
     ────否、見覚えどころの話ではなく、「一度、殺し合いをした犬猿の仲」そのものだった。


    ケニー「ひっっっさしぶりじゃねぇか、女。相変わらず良い女の癖してバケモンみてぇな体術してやがる」


     ケニー、と名を呼ばれた男は一歩油断すれば首が吹き飛ぶような勢いにおいても饒舌に口を動かす。
     それはますますルチナの殺意に対して滑車を掛けた。
     十年近く前。かつてまだルチナが十代だった頃────この男は、かつて同胞だった憲兵団の仲間や上司の首を何人も目の前で切り裂いた。


    ルチナ「────久しぶりに会ったと思えば、貴様、良くも私の部下に手をかけてくれたな」


    ケニー「あぁん? 知らなくてもいいことに首を突っ込んだおめェらが悪ぃんだろうがよ」


    ルチナ「………やっぱりあんただけはどんな手使ってでも殺しておけば良かったよ。なんで今更私の前に姿を現した!? 「知らなくてもいいこと」ってのは「ルージュ家」の事か!?」


     激情に駆られたルチナは狂気の表情でケニーをまくし立て、より一層スナップブレードを握る手に力を込める。まぁ待てよ、そう一度にぎゃあぎゃあ騒ぐなよ、とケニーは肩をすかしながら呟く。

    ケニー「────お前ら、特にお前に聞きてぇ事があってな? 本当ならお前だけを拘束するつもりだったんだが」


    ルチナ「…………何?」


    ケニー「お前の言う通り、俺らは今「ルージュ家」の人間を追っててよ」


    ケニー「あるジジィがそいつを殺すか連れてくるかどちらかしろってうるさくてな。仕方なく俺ら『対人立体機動部隊』が動いたってハナシだ」


    ルチナ「…………何? なんつった? 「対人立体機動部隊」だって? 何だそれは」


    ケニー「まあ待て、最後まで聞けよ。おめーは強い上に良い女だがそこんとこはいけねぇな」


    ケニー「俺らは今日、その『目標』をエルミハ区付近で見た奴が居るってのを聞きつけてな? おまけにそれでそれらしき女がこの『工業都市』にも顔を見せたって話じゃねぇか」


    ケニー「それでもしかしてと思って明かりの気配がしたこの扉からおめーらの会話を聴いてたら案の定だ」


    ケニー「まあ扉の前にいたアイツは、邪魔な上に余計なこと知ろうとしてたから頭ん中にクソを突っ込んでやったって訳だよ」
  106. 151 : : 2019/08/09(金) 10:50:11

    ルチナ「────────」


    ルチナ「……つまり、口封じって言いたいのか」


    ケニー「あぁ、そーゆうこったな。ってな訳でそろそろ肩が痛てぇしよ、そろそろ「ソフィア・ルージュ」の居場所を教えてくれる気はねェかぁ?」


     ケニーは平然と口調を変えることも無く、流暢に続ける。肩が痛い、と言いながらもルチナのブレードに対する抵抗力は微力ながらも強まりつつあった。

     呟くようにして、抑えるようにして「…………何の為にだ? 何故十年以上前に皆殺しにされた一家の生き残りを今更になって探す?」とルチナはその目的を問う。


    ケニー「あぁ? んなもん俺の方が聞きてェぐらいだしな、生憎知らねぇよ」


     まあ冥土の土産代わりに教えてやってもいいぞ、とケニーは付け加える。そうして火花がまたひとつ、強く弾ける。

    ケニー「まぁ、その娘自体の消息も、つい最近までは死んだって事にされてたらしくてよ。「王家の妾の娘」をウォール教の連中が見張ってた時に、たまたまそれっぽいのを見掛けた────だから俺らにそいつを連れて来いって話がきたって訳だ」


    ケニー「何か「探しもん」をしてるらしいが────まぁ、詳しくは聞いちゃいねぇよ。どうだ? 満足したか」


    ルチナ「…………ふーん」


    ルチナ「ありがとうね、教えてくれてさ。でもさ」


     金属部分が手汗で滑りそうになる。一瞬でもグリップを手放せば、アベルを貫いた刃が今度は自分の首を飛ばすだろう。
     故に。
     グリップ部分を握り潰さんばかりの勢いでより強く、より硬く、握り締める。右手、右肩に掛けている重心へ更に力を込める。

     受け止めている金属板ごと、腕を断ち切らんばかりに。
     殺意はより加速していく。限界を超えてその先へ。
     死ぬ恐怖など最早どうでもいい。兵士になると決めた時から、心臓を捧げると誓った時からそんなものはとうに捨てている。

     今必要なのは、一秒でもこの不快にニヤついた老害を叩き斬る事。
     ただそれだけに、全神経と全細胞を総動員させればいい。それ以外は、どうでもいい事だ。
     
     ルチナの脳裏には、アベルの面貌(めんぼう)が浮かぶ。グリップを手に取った時、一瞬だが脈を測った。

     既に、事切れていた。つい数時間前まで自分を諌めていた男は、ただの肉塊と化し、その顔には恐怖だけが張り付いていた。

     歯が折れそうな程に、激情を軋ませる。

     
    ルチナ「─────冥土の土産って言ったよな」


    ルチナ「私は、死ぬ気なんて無いんだよ」


     その一瞬に。

     全ての力を────右手に込める。

     そうしてそのままルチナは、刃を叩き折った(・・・・・)

     折れ目が入った刀身はけたたましい音を立てて3つ程の破片となって飛び散る。
     一つはヒビが入った窓を更に砕き、一つはルチナの頬の肉を抉り取る。血飛沫がケニーに飛び散る。最後の一つは、天井へと突き刺さった。

     そして、僅か8センチ余りになった刃をルチナは金属板から脇の方へと、一瞬にして引き抜き。


    ルチナ「──────死ぬのは、」



    ルチナ「てめぇの方なんだからさ」

     
     そうしてその小さな刃を、ケニーの頚髄目掛けて、空気を切り裂きながら─────打突した。

  107. 152 : : 2019/08/10(土) 00:22:34

     だが、結末から言うのであれば。
     それは、ケニーを殺めるに至らなかった。

     音が、聞こえた。

     似た音がある。固定砲の発射音に似た音───耳をつんざく程の爆音。


    ルチナ「──────ァ?」


     ルチナの半刃による打突は不発に終わったどころか、右手からグリップが零れ落ちる。
     それは重力に引かれ、歯止めも無く落ちていく。
     誰にもそれは受け止められることも無いまま、間もなく、空しい音ともにそれは音を立てて床へ弾ける。

     ルチナはそれを、拾おうとする。
     脚の力が、何故か急に抜けてしまった。両膝をつく。ケニーを、この男を殺さなければならないのに、私は何をしているのか?
     力が入らない。それどころか膝が折れる。
     左の視界が真っ暗だ。
     うご、か、な、い。

     左目でそれを捉えようとする。
     だが、出来ない。
     そもそも、彼女は既に左目どころか左顔の肉を失っていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)
     もはや痛みなど無い。

     あるのはただ、嵌めるべきピースが壊れて無くなり、欠如してしまったパズルの様な感覚。
     何かが、足りない。そんな感覚。状況を理解したいのに、理解する間もなく崩壊していく感覚。

     そうしてそんな感覚もまたすぐに、頭から零れ落ちた脳やリンチとなった肉と共に、砕けた硝子のように欠損して消え失せていく。

     つまり、言うなれば。
     ルチナの左半分は、固定砲に似た「何か」によって、綺麗に損失(・・・・・)していたのだ。

     かつてルチナだったそれは、ぐらりと揺らめく。そして横向きに倒れる。

     その反動で頭からボロボロと血塊とミンチ状になった脳が、床に散らばる。
     そのまま操り主の消えた肉は────仰向けに伏すと、とうとう完全に動かなくなった。


     
  108. 153 : : 2019/08/13(火) 00:36:38
     
     極端に甲高い音を出し、銀に揺らめくそれ(・・)は床へ舞い落ちた。硝煙を放ち、転がる。
     それは、喩えるならば「弾丸」。
     だが、弾丸にしては、必要以上に細長い。30センチ以上はある。

    「やるじゃねぇか、助かったぜ」とケニーは傾ききった身体を起こし膝を付いた体勢をつくる。
     そうして俯きながら、床に落ちている血飛沫が散ったハットを手に取る。血を拭うが、赤黒い染みは染み込んでいて取れそうにない。
     

    ケニー「……ったく、これ洗わねぇとだな」


     そうして、扉が破られたルチナの部屋からは一人の女が出てくる。
     女は、歩きながら左手に持つ「銃器」の中指のスイッチを押す。

     天井上に刺さりつつ垂れ下がっている窓付近のアンカーは、素早く「銃器」の中へ巻き戻された。

     金髪を後ろに縛り込んでいる化粧をした女の格好は、この壁内における兵士のそれにしては───奇妙の一言に尽きるものだった。
     
     まず、本来であれば腰裏に装備されているはずの機動装置「本体」が存在しない。また、その脇にあるはずのアンカー射出装置も同様に無く、射出装置は「銃器」と一体化している。

     背中には一本の小型ガスボンベが背負われている。ガスボンベの左右には本来の立体機動装置同様の形を──更にこれもまた同様に小型化されてはいるが──型どった本体が、揺らめく松明の光に照らされている。
     
     また、銃器本体から床に落ちた筒状固形物同様の───恐らく交換用の銃身───それらが左右6本の計12本ずつ、左右対称に大腿部には備え付けられていた。

     そして、女は右手にも持つ「銃器」───否、トリガー型操作装置兼「小型散弾銃」の銃身をその大腿部から装填する。
     ガチャ、という機械じみた低音と共にそれは手元の操作装置に装着された。

     女の操作装置には、通常の立体機動装置であれば在るはずの刀身を取り付ける柄が存在していない。
     その為なのか、同様に刀身を収納する鞘型収納装置もまた、彼女の身体の何処にも存在はしていなかった。
  109. 154 : : 2019/08/13(火) 01:01:43

    「隊長、今のは危なかったですね」と女はケニーの見下げる形で無表情に言う。

     ケニーはいてて、と痛みに軽く呻きながら「あぁ、助かったぜトラウテ」と女の名前を呼んだ。トラウテ、と名前を呼ばれたその金髪の女の表情は鉄仮面そのものであり、微動だにしない。

     すると、ふと疑問に思ったのかそのままトラウテは続ける。


    トラウテ「何故『対人立体機動装置』を使わなかったのですか? 中途半端に金属板だけ腕に括りつけて。案の定死にかけてましたが」


    ケニー「あぁ? それはまぁ……」


     ケニーは左膝に手を添え、右膝を軸に立ち上がると「この女とは、十年越しの因縁があってよ」と右側に倒れ付したルチナの遺体を一瞥(いちべつ)する。


    ケニー「こんな室内で必要ねぇと思ったのもあるが、コイツと今のような形で殺りあってみたかったんだよ」


    トラウテ「………………」


    ケニー「まあ何はともあれ、さすがに舐めてたか。憲兵になってから体術はこの組織の中で腐ってると思ったが、まさかのより一層強くなっていやがった」


    ケニー「下手すりゃ俺の方が脳ん中にクソをぶち込まれてたかもしれねえな」


     ケニーは立ち上がり薄汚れた黒のコートの胸を叩き、木片と埃を払う。

     腕に念のためにケニー自身が左右巻き付けた金属板には、深い切り傷の中に、薄い穴が空いていた。

     この金属板はスナップブレード同様の超硬質スチール製を更に強化したものだったが、ルチナの怪力はそれをも超えていたことが伺える。

     また、身体能力もケニー同様のそれだった。

     下手をすれば、あの刀身の刃で喉元を切り裂かれていたであろう事は本人にも、またルチナを撃ち殺したトラウテにも容易に理解出来た。
     トラウテの援護が無ければ死に至っていたとしても決しておかしくはなかった。
     その事実に、思わずケニーは薄笑いを浮かべる。

     その様子を見た女は、表情を変えることの無いまま「……楽しかったですか?」とルチナの遺体をケニーと共に見つめながら訊く。

     顎髭を擦るケニーは「あぁ? あぁ、相変わらず怒り狂った猫か何かみてぇな感じだったが」と呟き、そうして腕元の金属板を取り外すと、鋭い眼光を伏せる様に帽子を深く被り直す。


    ケニー「まぁ、俺の夢に向けての暇潰しには十分な相手だったよ」


     トラウテが侵入した天井の窓から風が差し込んでいる。
     揺れる月光の光は黒い雲に覆われてその身を覆い隠している。入り込んだ風は、床に倒れたアベルの死体の髪を揺らす。

     無表情の瞳には何も映ってはいない。

     同様に風に揺れる資料の紙達には、飛び散った血と争いの跡だけが遺っていた。
     
  110. 155 : : 2019/08/13(火) 01:47:35
    ◇#06

     時刻は夕刻。ミーナ達作戦班は自分達で作った焚火のある拠点へ再び戻り、夕飯の支度をしていた。
    「今日ごめんね、迷惑かけちゃったね」とソフィアは馬車から降り、水運び用のバケツを手に取りながら言った。


    ミーナ「ううん、体調は大丈夫?」


     ミーナはソフィアを心配そうに見据えながら聞く。「うん、私はもう大丈夫。だいぶ良くなったから」とソフィアは笑顔を返した。
     すると、ミーナの後ろにいたアニの姿に気付いたソフィアは「あ、ねぇねぇアニ」と声を掛ける。


    アニ「何?」


    ソフィ「今日は私が木材集めやるよ。ちょうどさっき切れ味が良いナイフを見つけてさ、馬車の中からこっそり買ったんだ」


    ソフィ「それに、手の傷治ってないでしょ? 良いよね、ノア」


     ソフィアは帆馬車の中から木製バケツと共に革製の鞘に収まった20センチ程のナイフを手に取りながらアニとその脇に居たノアに微笑んだ。


    ノア「あぁ、まあ木材集めてくれさえすれば誰がやってくれてもいいけどな」


    アニ「……あんた、抜け目が無いね」


     アニはミーナが巻いた包帯の手をさすりつつ小さな息を吐いた。

  111. 156 : : 2019/08/13(火) 02:16:59

     そうして林の中へ姿を消したソフィアを尻目に、ミーナは林を見つめながらノアへ話し掛ける。


    ミーナ「でも良かった、ソフィアが体調を崩した事なんて殆ど無いから心配してたもの」


    ノア「………」


     ミーナはすぐ近くにいるノアに声を掛けているのにも関わらず、反応が無いのを不思議に思う。自分より背が20センチは高いノアの事を見上げるようにして目を向ける。


    ミーナ「ノア?」


    「ん? あ、……あぁ」と何処か上の空のような様子でソフィアの消えた林をノアは見つめていたが、ミーナの掛け声にようやく気付いたように反応を示す。


    ノア「なんか言ったか? ミーナ」


    ミーナ「え、体調なんて殆ど崩さないソフィアがああなっちゃうの珍しいね、って」


    ノア「……あぁ、そう、だな」


    ミーナ「?」


     何処か反応がハッキリしないノアの様子にミーナは怪訝な顔を向ける。どうしたんだろ、と眉をひそめる。
     だが、ノアは瞳を閉じて一つ息を着くと、表情を変えて「なぁミーナ」と反応を変えてきた。


    ミーナ「?? な、なに?」


    ノア「……お前さ、昼間のアニどう思った?」


    ミーナ「え、どうって……?」


     ミーナ達とは離れた距離で果樹類を集めているアニを他所に、ノアはミーナの肩に手を乗せ頬に手を添えて顔を近づけてくる。
     ミーナは思わず戸惑わずにはいられない。


    ノア「……私な、ひとついいことを思いついたんだよな」


    ミーナ「? なにを?」


     ミーナが黒髪の中の瞳を疑問で満たしている様子を見て、何やらはにかむ。そしてズボンのポケットから何かを取り出し、囁く。


    ノア「コレ(・・)だよ」


     ミーナはそれを見て、「っひっ!?」と思わず声にならない悲鳴を上げ、慌てて距離を取った。


    ミーナ「〜〜〜〜っっっ!? な、な、の、ノア、それ……!?」


     ミーナの顔には怯えが貼りついている。
     ノアはあっははっは、と笑うと「冗談だってぇ! そんなビビるなよミーナ」と可笑しそうにノアはそれを人差し指と親指で掴みながらブラブラとさせた。

     それは「5センチほどの小さな虫」に見える玩具だった。

     ミーナが目を細めてそれを見ると、とても出来が良く、さながら本物の様だった。なんの虫かは分かりたくもなかった。

     ミーナは顔をしかめ、溜め息をつく。


    ミーナ「………馬鹿じゃないのーー!? もー、ほんっとにノア趣味悪いよ」


    ノア「バザールの玩具屋で見かけたただのイタズラ道具だよ、本物じゃないさ」


    ミーナ「玩具だとしてもそんなの買わないでよっ!? ……何に使うの、そんなの」


     呆れながらお下げをミーナは耳に掛ける。するとノアは決まってんだろ、とニヤリとまた趣味の悪い表情をした。


    ノア「────アニに使うんだよ』
  112. 157 : : 2019/08/13(火) 02:37:00



     焚き火の光が夜の闇を弾いている。

     四人はその中で、その焚き火を囲うようにして食事を取っていた。


    ミーナ「………………」


     ミーナはげんなりとした表情でクラッカーを齧り、ノアを垣間見ていた。

     ノアは昨日と同じ戦闘糧食を一足先に食べ終えると、先程からチラチラと何度もアニが食べ終わる瞬間を観察していた。

     アニはそんな視線には露ほどの興味も湧かないのか、それとも単に気がついていないのか、無言のまま火で温めた具のないじゃがいもスープを啜る。
     もうすぐ器の中のスープは空になろうとしていた。────そして、その時は訪れる。
     
    「ん?」とアニは何かに気が付いたように声を上げる。食べ終わろうとしていた具のない筈のスープの中にあるスプーンに、何かが当たる。


    アニ「………?」


     そうしてアニは、それをすくい上げた(・・・・・・)。スプーンに乗ったものは「虫」────勿論、ノアが先程わざとらしくアニのためにスープをすくって入れた時に意図的に混入させた偽物だった。
     だが、当の何も知らないアニには、その虫が本物か偽物かの区別などつかない。

     それを2秒ほど見たアニはたまらず「っっひ!?」と悲鳴を上げ、器とスプーンが両手から零れ落とした。
     アニの顔にはミーナ以上に怯えと恐怖が浮かんでいる。
     そして、器がゴロゴロと転がる。

     そうして、アニは我に返ったように前を見る。


    「………………」


     三人共、アニのその反応を無言のまま目を丸めて見つめている。
     ────無論の事、ミーナ達は昼同様、アニがそんな反応を示した所などここ一年の間一度も見たことは無かった。
     その中で、ノアは堪らずぶはっ、と笑って噴き出した。


    ノア「ぶっあはっはっはっはっは!! 大丈夫かよアニ!?」


     一人笑い転げているノアの隣にいるミーナは、ノアのその悪戯に対して反対していた。辞めた方がいい、どんな事になるか予想が着かない、と。
     反対していた、が────アニのその意外過ぎる反応に、ノア同様に頬を膨らませて笑いを堪えずにはいられなかった。
     事情を一人何も知らないソフィアは焚き火横に転がった器から転がってきた虫を見て「きゃあぁあ!?」とアニ同様悲鳴を上げている。

  113. 158 : : 2019/08/13(火) 02:54:35

     その様子を見たノアは、笑いを抑え「大丈夫だってソフィア。それホンモノじゃねぇから」と虫の玩具を拾い上げる。


    ソフィ「もーーーーほんっとになにやってんのノア! やめてよねぇもう」


     初めてそれを見たミーナ同様にソフィアは呆れ返ってノアの悪戯を非難する───その瞬間、ソフィアは横から再びただならぬ殺気を感じ取る。

     思わず頬を引き攣らせながら隣を見ると、金髪の少女が、とてつもない怒りの表情をノアに向けていた。
     昼間見たそれとは違い、今度は頬を赤らめたりなどはしていない。
     より一層に、直接的に、まるで腸が煮えくり返ったと言わんばかりに怒りを剥き出しにさせて眉をひそめ切っていた。

     それを見たミーナとノアは、背筋を凍らせ、ゾッとした表情をアニに向けている。
     その表情を見たアニは、何も知らずに驚いたソフィアと違って、主犯のノア以外にミーナも「コレ」に絡んでいたという事に気が付く。


    アニ「───────そう。アンタらとは一回、決着をつけなきゃならないみたいだね」


    ノア「ま、待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てアニ、まあ落ち着けって! ごめんってほんの出来心だったんだよ、ほらなぁミーナ、普段仏頂面のアニがどうするかお前も知りたいって言ってたもんなぁ!?」


    ミーナ「なぁあ!? ちょ、私そんなこと言ってな────」


     昼間のアニの格闘術の恐さを知っていたノアは、無言のまま砂利を踏んで近づいてくるアニに対し、普段の三倍ほどの速度で饒舌に弁解しようとする。ミーナを巻き込みながら。
     だがアニにとっては、そんなことはどうでもよかった。
     ─────そこから5秒後、勝負になってなかった勝負は、一瞬にしてねじ伏せられる事となった。
  114. 159 : : 2019/08/13(火) 03:19:39

     ミーナとノアは、揃って背中を地面に叩きつけられ、両足を耳横に置く形で転がっていた。

     ミーナは涙目で脊髄の激痛に堪えながら「………わたし、やってないのにぃ……」と小声で呟いた。

     さすがに少し疲れたのか、ふう、とアニは息を漏らす。その様子を一部始終見ていたソフィアは身体を震わせ、子犬さながらにアニに対して怯えきっていた。
     ────アニの格闘術は、昼にノアに対して行った技以上に一瞬だった。二分前に溯る。

     後ずさりするノアに向かって急加速。そしてアニはノアの首へ両手を素早く潜り込ませる。
     
     そのまま両腕で拘束し、あっと言う暇すら与えず、その勢いのまま─── 一回転させたノアの身体を、首ごと持ち上げる形で地面へ叩きつける。

     加速した速度の分、身長をアニより超えている筈のノアの身体は呆気なく浮き上がった。


    ノア「───────!!! ちょ、ぐ、んぐ」


     地面に押さえ付けられたノアは両腕で首を拘束されている為、抵抗も出来ぬままに必死にアニの腕元を叩く。呼吸が出来ない。
     みるみる間も無くノアの顔は酸欠によって真っ赤になっていく。そのままいけば、窒息死は必至だ。
    「待て待て待て待て待て待て待て待待て待て! わるがっだ、ギブギブギブ! マジで死ぬがら!!」と堪らずノアは叫ぶ。

     アニは懲らしめたノアに対して満足したのか、ゆっくりと両腕を解き、そして離れる。だが。


    ミーナ「─────ぇ」


     次の瞬間。

     アニは同じく後ずさりして恐怖に顔を引き攣らせていた脇に居たミーナの襟を掴む。
    「ぇ、へ?」と何が起こったか分からないミーナは、前に出ていた左足に強烈な蹴りを叩き込まれる。

    「─────ぃっ」と呻く。
     だが同時にたちまちミーナの身体は浮き上がる。これは、昼間にアニがノアに対して決めた蹴り技。
     完全に不意を突かれたミーナはバランスを崩し、そのままノアと同じく一回転しながら地面へと吸い込まれ────

     そして、今に至る。
  115. 160 : : 2019/08/13(火) 03:33:12

    アニ「これに懲りたらもう二度とすんじゃないよ」


     アニは吐き捨てるように言い、大きな溜め息をつきながら転がった器をバケツの中へ突っ込んだ。背中から転がった二人は、全く動けないまま「…………ハイ」と言うことしかできなかった。


     この夜の森は静かで、虫達の声すらもささやかだった。

     アニは河川で器を洗い終え、木のバケツに水を切ったものを一つずつ放り込む。すると「手伝おっか?」と声を背中から掛けられた。


    アニ「……!」


    ミーナ「やほ」


     振り向くと、そこに居たのは黒髪のお下げを解き、両耳に髪を掛けたミーナだった。手を振ってアニに笑顔を向けている。「………いや、いいよ」とアニは顔を戻し、水を切っていない器を振る。


    ミーナ「そ、そう? ごめん」


     ミーナは、アニの横に座り込むと「でも、これだけは運ぶね」と言った。


    アニ「……好きにしな」


    ミーナ「うん!」


     ミーナはアニの反応に微笑むと、隣で一緒に水を切り始める。何がそんなに楽しいんだ、とアニはただただ疑問に思う。ただでさえついさっき背中から地面に叩きつけてやった後なのに。コイツはお人好しなのか。

     そこまで考えた所で、アニは思い出す。
     ミーナは、アニの知る限りいつもそうだった。いつも人のことばかり考えている印象だった。
     例えば誰かが立体機動や格闘術の訓練で負傷した時は、大概クリスタと一緒に医務室に運んでいた。困っている誰かが居たら、とにかく積極的に声を掛けていた。

     アニは、この一年の中でも何度もその姿を見ていた。それが兵団の中で何を言われている人物であろうと、そんな事はお構い無しと言わんばかりに。
     
  116. 161 : : 2019/08/13(火) 04:00:49

     そんなことをアニが考えていると「ねぇアニ?」とミーナは作業をしながら、何気なく質問をする。


    アニ「何?」


    ミーナ「……私さ、さっきの格闘術なんだけどさ」


     さっきの格闘術、というとさっきミーナとノアに食らわせた格闘術の話か。「それが何?」と返す。


    ミーナ「……お父さんに、教わったって言ってたじゃん?」


    アニ「……そうだけど」


    ミーナ「────その、さ」


    ミーナ「…………実は、その、格闘術ね。教えて欲しいんだ、私にも」


    「は?」と思わず素の声でアニは驚く。ミーナを見つめ返す。すると、ミーナもまた俯きながらもこちらに視線を向けていた。

     ミーナは何やら緊張しているように見える。
     その声には何処か自信が無く、いつもの彼女の明るさは無い。意図が見えず、アニは少し身を硬くする。

     ミーナの耳に掛けられた髪の毛。それらの一つ一つが森の隙間から輝く月光に揺らめき、光を放つ。
     さながら夜の街灯に揺らめく煌めきの様。アニは不覚にも一瞬、ミーナのそれを綺麗だと感じた。

     それを誤魔化す様に、アニは一つ聞きたいんだけどさ、と言った。


    ミーナ「? 何?」


    アニ「どうして、そう思うの?」

     
    ミーナ「え、………んー」


     ミーナは人差し指を顎に添え、考える。「……私さ、強くなりたいって思ってるんだ」と答える。


    アニ「……強くなりたい?」


    ミーナ「うん」


    アニ「何の為? ……今より成績上げるため?」


    ミーナ「いやまあ、それもあるんだけどさ」


     ミーナはふふふ、と口元を手で覆いながら苦笑する。きっとこういう所がこの子の好かれる所なのかもしれないな、とアニは何となく思う。


    ミーナ「─────守ってもらってばっかりだったんだ、私」


     ミーナはアニに向けていた視線を流れる水の中へと向ける。腕を両肘に乗せ顔を腕の中へ埋める。何かを憂いている様にアニには見える。
     どういう意味、と尋ねる。
     言葉通りだよ、と返される。


    ミーナ「私ね、自分のこの黒髪とか、自分の顔とか、嫌いだったんだ」


    アニ「……!」


    ミーナ「……トロスト区に居た時、ちっちゃい頃からよくいじめられてた」


     壁の中にも人を外見で差別する様な頭の弱い奴がいるんだな、とアニは思い、案外どこも同じなのかもしれないとも考える。「……それで?」とアニはミーナへ返す。
  117. 162 : : 2019/08/13(火) 04:12:43

    ミーナ「……その度に、いつも守ってくれる人がいた」


    ミーナ「守ってくれる誰かが居たの。私が苦しい時、いつもいつも守ってくれる人」


    アニ「……………」


     きっと幸せ者だったんだろう、とアニは思う。ミーナは環境に恵まれていた。この壁内においても、ごく普通に、幸せを享受できていた方の人間だったんだろう。
     そこまで考えて、アニはまた(・・)胸が痛むのを感じた。

     ミーナはその様子に気がつくこともなく、続ける。


    ミーナ「でもね」


    ミーナ「─────私、もう、守られてばかりいるの、嫌なんだ」


    アニ「どうして?」


    ミーナ「……助けたいから」


    アニ「助けたい?」


    ミーナ「……うん。だって、私には、文字通り何も無いから。エレンみたいに巨人を駆逐したいだなんて思わないし、マルコみたいに王様に貢献したいとも思わない」


    ミーナ「だからといって、ジャンみたいに自分の為に憲兵団になって壁の中に引き篭る様なことをするのも好きじゃない。私だって巨人と戦いたいだなんて思わないけど」


    ミーナ「でもだからといって、自分さえ良ければいいだなんて思いたくない、のかも」


     それは、心に溜まっていたのであろう悩みだったのかもしれない。自分でも分からない何か─────それを、ミーナは躊躇う事もなくアニに漏らしていた。

     助けたい、と彼女は確かにそう言った。
     それは自らの為ではなく、他人の為に在りたいと願う意志そのものだった。
     アニはそれを拒否することはなく、ただ無言で聞き続けていた。
     何も無い(・・・・)。その感情が、少し、理解出来る気もしたからだった。


    ミーナ「……でもね。私、どうしたいか自分でも分からないの。どうしたらいいのか分からないの」


    ミーナ「何の為に戦うのか、何の為に強くなりたいのか、自分でも曖昧なの。物凄く」


    ミーナ「─────だからせめて、守ってくれてばかりの人の為に、守ってもらった分を返したいの。私も助けたいの。その為に、今は強くなりたいのかも」


     そこまで言ったところで、ミーナは静かになった。「────……そう」とアニは返した。





     
  118. 163 : : 2019/08/13(火) 04:57:07

    ミーナ「────だから、だから私ね!」


    アニ「!」


     ミーナは川へ向けていた顔を上げ、横にいるアニの方へ振り向く。「教えて、欲しいの。アニみたいに、強くなりたいから」

     黒く鮮やかな瞳の中に自分が映る。

     思わず、潰されそうになる。さながら光に闇が塗り潰されるように。目を開けた時、太陽が目に滲んでつい目を閉じずにはいられないように。

     アニは堪らず目を真っ直ぐに合わせてきたミーナから目を逸らした。

     その眼を、何故かアニは怖いと感じた。

     何故なのかは分からない。ただひたすらに、怖い(・・)と感じていた。

     もしかしたら、彼女の思うそれは、決定的に、徹底的に自分とは違うものだったからなのかもしれない。
     それは定かではなかった。ただとにかくアニ・レオンハートにとって、ミーナ・カロライナは違う人種(・・・・)の様に考えずにはいられなかった。

     だけど同時に。
     アニは、複雑に感じていた。そんな感情と相反して─────心が、高揚していたのだ。

     そんな感情をここ数年まともに感じた事は無かったと言うのに、ミーナと話して、ミーナに誰からも言われたことの無い言葉を伝えられて────アニは、どうしようもなく心が、踊らずにはいられなかった。
     思わず、口から言葉が零れる。無意識に、扉を開く。もう開けるまいと、あの日誓ったその扉を、彼女になら開いてもいいかもしれないと、思いかける。

     
    アニ「私は、そもそも強くなんて、ない」


    アニ「……でも、そこまで言うんだったら。そんなにあの技が気に入ったんだったら───」


     その瞬間。声が、聞こえた。
     ──────残像が、走る。夢。なん、だ、これ、は。

    『うわぁあ……やめ、やめろぉおおおおおおお』

    『やめてくれよ!? アニ!?』

    『何で!? 何で!? 何で!? 何でだよ!??』

    『だれかっ、やだ、いやだ、やめ、うぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ

    『島の悪魔からみんなを救ってくれ!!』

    『マルセルが必要なら…俺がマルセルに…なるから…』

    『帰ろう…みんなで…故郷に…』

    『俺が間違っていた。今更許してくれとは言わない』

    『だから約束してくれ、必ず』

    『帰ってくると』

  119. 164 : : 2019/08/13(火) 05:24:37

     その瞬間、世界が見える。視界が、狂う。
     青と緑の虹が見える。何処とも言えない場所に自分が立っている。地平線の果てまで消えていくそれは、数々の星が満ち足りている。幻想的なそれは、また、残像となって消える。
     網膜に、強烈にそれは焼き付いていく。
     
     そしてまた、それらは霧散する。


    ─────ニッ? アニ!?

     我に返る。


    アニ「………ッ、ぁ」


    ミーナ「アニ!? 大丈夫?」


     ミーナは何やら相当恐慌してアニの両腕を掴んでいる。アニは遅れてそれに気が付く。場所は同じ様に、川だった。ミーナと話している川だ。
    ────今のは何だ、とアニは考える。

     誰かの悲鳴。何かの記憶。まるで何かと繋がったように、一瞬だけ垣間見た。
     見たことの無いはずの景色と見覚えのない記憶が刹那のように視界に展開され、そして消えていった。だが、その中にはかつて自分が見た景色と記憶も存在していた。

     そう。かつて、父親が伝えたもの。

     アニは、濁流の様に頭を流れた記憶の中で唯一確かなことを思い出す。アニはそれを思い出す。

     それは使命。誓い。どれにでも当てはまる。

     そうだ。
     やらなければならないことは、何があろうと為さなれければならない。使命を果たす。そうでなければ、『故郷』に帰ることは出来ない。

     思い出せ、自分の『過ち』を。その罪を。
     
     ここでミーナにそれを伝えてはならないと、頭の中の声が言う。
     教えてはならない、と。
     お前にそんなことをする資格(・・・・・・・・・・)必要も無い(・・・・・)
     そんな事は許されない、と。


    アニ「───────何でも、ない」
     

    ミーナ「え……?」


     悪いけど、とアニはミーナの眼を見る事もなく立ち上がる。その際、ミーナが手に取っていた器を半ば強引に奪う。ミーナは「え、え? きゅ、急にどうしたの?」と訴えてくる。その声は明らかに動揺している様に震えている。
     

    アニ「私に、関わらないでくんない?」


    アニ「そんなの、自分でなんとかしな」


     吐き捨てる様に、拒絶する様に、アニはミーナへそんな言葉を浴びせる。
     いつもの様に。かつてソフィアに伝えた様に。仲良くしようと擦り寄ってきた連中へ同様に伝えた様に。ここに来るな、消えろと、言わんばかりに。

     ミーナが酷く傷付いたように目を開く。「────っ、え………な、なんで」と声を上擦らせる。
     開かれた瞳孔には確かな疑問と悲しみが浮かんでいるのがアニにも分かる。

     それに痛む何かをかなぐり捨て、アニはそのまま立ち上がり、早足で焚き火のある林の中へと消えていったのだった。
     
  120. 166 : : 2019/08/17(土) 18:53:16



     月が黒い森の隙間から青白い微かな光となって差し込む。今日の空気は、何故かミーナにとって酷く冷たく感じる。
     研ぎ澄まされた冷気は、自らの冷え切って傷ついた心を更に抉り取ってくるような気がした。
     
    『私に関わんないでくんない?』と言った彼女の言葉。それが何度も反復しては脳に響き渡る。

     ミーナは重い瞼を開く。
     明日はトロスト区まで再び長い旅路となる。今夜はゆっくり休まなければならない。
     だというのに、彼女は眠りにつけそうになかった。身体が震え、どうしてか目が冴える。
     何度も瞼を閉じようとするのに、どうしても眠れない。


    ミーナ「………」


     仕方なく、身体を起こす。
     するといの一番に視界に入ったのは、既に燃え尽きていたはずの焚き火だった。火は変わらず、寝袋に入る前と同じ様に光源となってミーナ達を照らし続けている。
     灰となった筈の木は新しい木で積み重ねられ、そして激しく燃えている。


    ミーナ「────え、あれ……」


     どうしてまだ火がついてるんだろ、寝る前には確かに消えかかっていたはずなのに。
     そんな事を思っていると「ん? なんだ、まだ起きてたのかミーナ」と暗闇から声がする。


    ミーナ「ノアこそ、まだ起きてたの?」


    ノア「あぁ、どうやらお互いに夜更かし好きみたいだな」


     ノアは新しく削り取ってきたのであろう細かい木々を火の中に放り込み、そんなことを言っては苦笑してみせた。
    「……眠れないのか?」と座り込んで少しの沈黙の後、ノアはミーナに問いかけた。


    ミーナ「……」


    ミーナ「うん、眠れないの」


    ノア「……そうか」


     焚き火は静かに三角座りをしたミーナと、胡座をかくノアを照らす。火の粉が小さく弾けた。
     そういやさ、とノアは何やらリュックを探り始める。
     中途半端に乱れたお下げを全てほどくミーナは不思議そうにそれを見つめる。


    ノア「こんなのがバザールにあってよ」


    ミーナ「え」


     それを見ると、ミーナは露骨に驚いて目を丸くする。目を見張ったそれはウォール・マリアにおいては非常に貴重な1リットル程の牛乳瓶だった。

     ノアはニヤリと笑みを浮かべると「これ、眠れない時に暖めて飲むと効くんだってよ」と瓶のコルクを開ける。空気が通る音と共にそれは開かれる。
     そして再びリュックを漁り、小さな鍋を取り出す。
     そのままそこへ牛乳を注ぎこんだ。綺麗な牛乳は揺らめく火に照らされて白く輝いていた。

  121. 167 : : 2019/08/17(土) 19:05:03


    ノア「お前も飲むだろ、ミーナ」


    ミーナ「えっ、いいの?」


    ノア「こんなんそう長くは保管なんか出来ねぇし、訓練施設に個人の地下保管庫があるわけでもねぇからよ」


    ノア「もうどうせなら、今一緒に飲んじまおうぜ」


     ノアはそこまで言うと、焚き火の上に金網を置く為か、木製の小さな支えを組み立て始める。そしてその上に鍋を置いて暖め始めた。

     それがノアなりに自分に対して気を遣ってくれているのだという事に、ミーナは気が付く。


    ミーナ「………」


     冷え切った心が、小鍋と同じ様に温められていく感覚を覚える。ふとそこで、思わずミーナは焚き火とは逆向きに眠っているアニの背中を見つめた。

    「アニと何かあったのか?」とノアはこちらを見ることもなくそう口を開いた。


    ミーナ「……!」

     素直に、驚く。……本当に、とミーナは思う。本当にノアには、叶わないなぁと。


    ミーナ「……どうして分かるの?」


    ノア「分かるさそんくらい。お前がアニと一緒に食器を持ってきた時、露骨に萎えた顔してたからな」


     ノアの観察力には本当にいつも驚かされずにはいられない。一緒に訓練を重ねたアルミンのそれに負けずとも劣らないかもしれない。そうしてミーナは小さく溜め息を漏らす。


    ミーナ「……アニに、ね」


    ノア「ん?」


    ミーナ「格闘術、教えてもらおうとしたんだ」


    ノア「あぁ、それで?」


     ノアが問うと、ミーナは途端に黙り込む。なお一層、腕の中に顔を埋め始めている。
     拒否られたんだろ、と微かな沈黙と共にノアが聞くと、ミーナは顔をひどく俯かせ「うん」と返した。
  122. 168 : : 2019/08/17(土) 19:16:43

    ノア「どうして?」


    ミーナ「─────それが、分からないの」


     ミーナはアニに対して話した内容を、そっくりそのままノアへ話した。
     自らが何の為に訓練施設で訓練を重ねているのか、一年が過ぎてもその答えが未だに見つかっていないということ。
     何の為に戦うのか。その答えに少しでも近付けると信じてアニに教えを乞おうとした事を。

     ひとしきり話し終えると、再びミーナは顔を埋める。
     そしてその姿勢のまま「……確かに」と呟く。
     それは迸る焚き火の音にいとも簡単に消えてしまいそうなか細い声。
     ミーナは「少しだけ、嬉しそうにしてくれてるように感じたの」と不安そうに言った。

     ミーナ曰く、アニは突然何かを思い出したように動揺を見せたのだという。
     その直後、話を黙って聴いていた姿勢を急変させ、大きく態度を変えてしまったのだとか。

     ノアには、どうもそれが違和感を感じずにはいられなかった。その原因は何かはノアには分からなかったが、とにかくそれはしこりの様にノアの思考の中へと残った。
  123. 170 : : 2019/08/17(土) 23:37:15

    「アニってさ」と、俯いたまま火を哀しげに見つめるミーナを見ながらノアは話し始める。

     話を振られたミーナは「?」と腕の中に顔を半分埋めながら目線だけノアを見つめる。
     そんなミーナの視線に気がついたノアは、何やら少しだけ困った様に微笑む。
     そして焚き火へと再び視線を戻した。


    ノア「………アイツのこと、今日どんな奴か少しだけ分かったような気がするんだよな」


    ミーナ「え、……本当に?」


    ノア「あぁ、本当だよ」


     アイツってさ、とノアは呟く。案外、普通の女の子なんだろうな、と。
     だがアニの事を「普通の女の子」とノアが評した理由がミーナには今ひとつ分からなかった。
     そうして「どうしてそう思うの」と思わず彼女は聞き返した。


    ノア「もしあいつが噂通りの『氷の女』とかいう奴なら昼間ん時みてぇな反応も、さっきみてぇな反応だってしないだろうなって私は思う」


    ノア「例えば野良猫とじゃれたり、それをからかった事をキレたり、虫にびびったり」


     言われてみれば確かにその通りかもしれないと、ミーナは静かにノアの言葉のひとつひとつに頷く。少なくとも、昼間の様に猫と戯れたりするのは誰でもすることだし、何も悪い事でも何でもない。
     むしろ、猫が好きな「普通の女の子」であれば誰でも似たような経験をしていてもおかしくはない話だった。

     大体『氷の女』というのは、彼女の事を何も知らない人間が勝手に名付けただけのただの蔑称だ。────アニはそんな人間じゃない。
     それだけは、ミーナにとっても確信できる事実だった。
  124. 171 : : 2019/08/18(日) 00:29:26

    ノア「だからさ、アイツ自身は多分そんな「友達」をつくる事自体が嫌ってわけじゃないように私には感じたんだ」


     まああくまでもただの勘だけどな、とノアは皮肉めいた笑みを浮かべる。


    ノア「……それは、お前も何となく感じてたんじゃないのか?」


    ミーナ「……!」


     ミーナは思わず虚をつかれた様な感覚に陥る。実際の所、その通りだった。
     アニは一度として、自分を拒絶したりはしなかった。
     本当に人との間に距離を取るのであれば、そもそも話を聞く必要は無いはずだったのだ。だというのに、そうしなかった。

     きっとそれにも、理由があるんじゃないのか。彼女はそう思っていた。

     そう思っていたが故に、この二日間の間だけでも何度も話すのを試みる事が出来たのだ。

     ─────でも。

    「……でも、私、もうダメだよ」と思わず本音を漏らす。「きっともう、嫌われちゃった。何かアニの触れたくないことに触れた。だから拒絶されたんだよ………」
     その声が自分でも泣きそうになっているのが理解出来た。目頭に熱が滲むのが自分でも分かってしまって、たまらなくなる。アニに嫌われてしまったかもしれない。
     その事実に堪えきれず、それはついには頬を伝った。
     ノアは何も言わず、ただ本音を伝えるミーナを悲しげに見つめている。

     ────悔しいと、思った。

     そんな事で泣いてしまう自分が、ひどく惨めに思えた。また私は、ノアに甘えている。
     気を遣っているからこそ敢えて何も言わない事が余計に慰めてもらっている気がして、本当に嫌になる。どうしようもないくらい情けない。

     そんな風に自己嫌悪に陥ったミーナを見つつ、ノアは湯気を出している鍋をそっと持つ。そして金属のコップに温まった牛乳を八分程流し込んだ。


    ノア「─────……お前、甘い方が好きだったよな」
     

     ノアの視線はコップに向けられている。それは、とても穏やかでどこか慈しみを伴っていた。ミーナは何も言う事が出来ず、ただ頷く。

     それを見たノアは胸ポケットの中から小さな瓶を取り出す。その中に入っていた角砂糖を二つある内の一つに幾つかポチャン、と落とした。
    「……飲みな?」とスプーンの入ったそれを頬を濡らす彼女に差し出す。


    ミーナ「………」


    ミーナ「……ありが、と」


     ミーナは両手でコップを受け取る。ノアから渡された金属のそれは、手の平に、そして胸の中に確かな「熱」となって彼女の中に滲む。
     
     今は泣いてもいいんだよ、と言われてる気がした。

     息を吹いて牛乳を冷ます。そして、そっとそれを飲みこんでいく。
     喉の奥に染み渡っていくそれは、言葉よりもずっと明瞭にノアの優しさを伝えてくれた。
     もうどうしようもなかった。止めどなく、涙が溢れてくる。今の彼女には小さな嗚咽を漏らすことしか、出来ることはありそうも無かった。
  125. 172 : : 2019/08/19(月) 14:19:18
    エレン君いつ出てくるのですか
  126. 173 : : 2019/08/20(火) 16:21:23
    >>127
     エレミナなのにほとんどエレン出番なくて申し訳ない(´;ω;) エレンは最後に出す予定ですが本格的な出番は4話からの予定です。もうちょいお待ちください。

     お待たせしました。引き続き更新していきます。この話もいよいよラストスパートです。
  127. 174 : : 2019/08/23(金) 00:20:10
    初見です!期待させて頂きます!
  128. 175 : : 2019/08/23(金) 05:04:52


     金属製のカップが空になり、その温もりを失う頃、ミーナはふと一つ息を吐いた。

     焚き火の火は相変わらず燃え盛ったままだったが、その勢いは徐々に衰えていきつつもあった。ノアはカップを片手に枝をそんな火の中へ放り込む。

     しばらくの間、二人は無言のままだった。

     だがしばらくして、ノアは「……落ち着いたか?」と口を開いた。ミーナは、そんなノアの表情を垣間見て「……うん」と答えた。

     薄らと赤く腫れたミーナの黒い瞳から零れた涙は、既に乾ききっている。
     俯いて火を黙って見つめている彼女は何も言おうとはしなかった。何も言えないまま、寝袋の中の毛布を肩にかけ直して三角座りをしていた。


    ノア「……仕方ねぇなぁ」


     その様子を見ていたノアは、やれやれと言わんばかりに一つ息を吐く。
     ミーナがまだ、酷く思い悩んでいるのは明瞭だった。だからこそ考える。
     そうして何かを思いついたように、どこか空虚な視線を雲一つ無い空へ向け「まだ眠れねぇみたいだからさ。……一つだけ、お前に昔話をしてやるよ」と呟いた。


    ミーナ「……昔、話? どんな?」


    ノア「……そうだな」


    ノア「ある一人の女の子の話だ」


     ───昔、ある何処かの家庭に一人の女子が居た。
     その子は四人家族だったらしい。母親と、父親、弟との四人。その四人は、とても仲の良い家族だった。
     喧嘩なんてほとんどしなかったし、いつも笑いあってた。
     でもな。
     その四人の住んでた環境は、あまり良い所じゃなかったみたいだ。
     
     ───どんな環境だったの?

     ───さぁ、なんて言えばいいんだろうな。聞いた話だし。……わかりやすく言うなら、あまり「歓迎される様な場所」では無かったらしい。

     たまに石も投げられたりするし、周りから何処か蔑みの目で見つめられたりもした。

     その子の父親は理不尽に殴られたりもしたし、母親はヒソヒソと嘲笑われたりもしたらしい。弟に関してはいじめられたりなんて日常茶飯事だったらしいな。

     その少女は何でそんな目に家族が合わなきゃいけなのか全く理解が出来なかったみたいだ。

     でも、その少女にとってはそんな事は大した事でも無かったらしい。どうでも良かったらしい。
     家族もまた、同様に同じ事を思ってたみたいだからな。

     ただ家族で一緒に居られればいい。

     ただ、毎日を家族でささやかに過ごせればそれで良かった。ただ、毎日を飯食って、家族といろんな話をして過ごせれば、それで良かったらしい。
  129. 176 : : 2019/08/23(金) 05:07:34
    >>174期待ありがとうo( ^_^ )o頑張ります!
  130. 177 : : 2019/08/23(金) 05:22:31

     でも、その家族はある日突然引き裂かれた。

     ────え?

     ……まず父親は何処かに何人もの男に連れていかれた。母親もだ。

     残ったその少女と弟もまた、両親とも、姉弟同士とも別々になる形で何処かに連れていかれた。親がどうなったのか、少女は知らないままらしい。
     何で? さぁ、私もよくはわからないよ。何処かで誰かから聞いただけだからな。

     その少女は相当酷い目にあったらしい。どんな目なのかは分からない。
     最後にその少女が気が付いた時には、高台が見える湖みたいな所にいた。広い湖だったらしい。

     弟も一緒に居たみたいだけど、その少女が弟と顔を合わせたのはそれが……悲しいけど最後だったみたいだ。
     
     ────そこから少女曰く、長い時間が経ったらしい。雨の中、少女は何処とも知らない街で、たった独りで野垂れ死にそうになってたらしい。
     
     でも、その少女は見ず知らずの他人に救われたらしいな。
     それ以来、……その他人の為に、少女は憎んだ世界の中で生きる事を決めた、んだってさ。
  131. 178 : : 2019/08/23(金) 05:46:21

    ミーナ「…………」


    ノア「はい、これで昔話は終わりだ」


     ノアは手を小さく叩くのを合図に、話を締める。そうして何処かミーナからは哀しげに見えなくもない表情を浮かべながら「……さ、そろそろ寝ようぜ?」と言った。


    ミーナ「────ノア」


     ミーナは、思わず声を掛けた。何を言うべきなのか、自分の中でもひどく曖昧だった。
     ただ、声を掛けずにはいられなかった。話の続きが気になるからではなかった。その少女を、ミーナは知っていたような気がしたからだ。
     だがノアは、ただ静かに「ミーナ、一つだけその昔話に関連した言葉、言わせてくれ」と表情を変えることないままに黒髪の彼女を見つめる。


    ノア「その子はな、その「他人」に救われた時、『自分なんて生まれてこなければよかったのに』って思ったらしい」


    ミーナ「………!!」


     ミーナは小さく目を見開く。それを見つめるノアは何故か、泣きそうになってるようにミーナには見える。
     火は、もうすぐ消えようとしている。
     ミーナは、燻りながら自分たちを見つめるそれに消えないで、と心の中で言った。

     だが彼はそんな事言われても困ると言わんばかりにその存在を徐々に縮小させていく。もう木々も薪も無かった。
     彼が消えてしまえば、この時間が終わってしまう。
     消えて欲しくない。終わって欲しくない。このまま話していたいのに。だって知っている。知らないはずがない。覚えているのだから。
     その少女が、かつてどんな眼をしていたか、ミーナはそれを知っている(・・・・・・・・)のだから。
     だがそう願うミーナの想いは叶いそうもない。その時間はもう、終わろうとしている。

    「─────でも」とノアは視線を落として哀しくもやさしい声で言う。


    ノア「……最終的には、少女はそう思わずに済んだんだってさ」


    ノア「『希望』を貰ったかららしい。……ただ、生きたいと。そう思えたかららしい」


  132. 179 : : 2019/08/23(金) 06:18:32

    「───希望」とミーナは独りごちる。

     希望を持つこと。それは、生きる為に必要な感情なんだということを、ミーナは知っていた。願いが無駄にならない事。それこそが、希望そのものだということも。

     それはなにかとても大切な事───例えるなら世界の秘密そのものの様に───彼女の胸の中に落ちていく。
     その言葉は、自分とひとつになるかのように不思議な感覚として全身に広がっていくのがミーナには理解出来た。

     さながら、灰色だったキャンパスに一つの絵の具が水滴の様に吸い込まれていくよう。

     そして紙に落ちたそれは、白黒を塗り替える。そこを起点として、沢山の色が溶けていく。
     それと同じ様に、ミーナの中の感情も色付いていった。

     
    ノア「…………ミーナ?」


     だというのに。


    ミーナ「え?」


    ノア「……おまえ、どうしてまた」


     泣いてるんだ、とノアは小さく驚く。そんなことを言われて、ミーナは自分の頬をまた涙が伝ってる事に気がついた。
     慌てて拭う。
     何で、どうして? とミーナは思う。
     でも答えが出るはずも無くて、また涙は溢れてくる。
     理由は分からない。ただ、無性に泣きたくなる。もしかしたら、これが最後なんじゃないかと思っている自分がいる。何を言っているのか、そんなわけがないのに。

     それが情けないって分かっているのに、彼女にはどうする事も出来ない。

     心配げにこちらを見つめてくるノアにミーナは涙を流しながらも目を向ける。
  133. 180 : : 2019/08/23(金) 06:45:56

     ノアは、決して直接的に慰める事はしない。先程もそうだったように。だがノアは、困ったように微笑む。
     そしてそんなミーナの頭を撫でる。自分より大きな手で撫でられているのが理解出来る。頬を伝う熱を感じながら、目を開いてミーナはノアを見つめ返す。
     すると「なぁ、ミーナ」と表情を変えずにノアは言う。


    ノア「これだけは、忘れないでくれ」


    ミーナ「え……?」


     ノアはどこか掠れたような声で言う。その声は、とても頼りない。普段の彼女のそれとはとても似ても似つかない。
     火が消え始める。その空間の空気を、ほんの少ししか震わせる事は出来ない。──ミーナ。


    ノア「大事なのはきっと、相手を恨むことじゃない」


    ノア「責めることでもない」


    ノア「いちばん大切なのは、お前自身がどうしていくかを決めることだ」


    ノア「どんな「未来」を選んでもいい。どんな「道」を選んでも構わない」


    ノア「でもこの世界は残酷だからさ」


    ノア「────だから、せめて」


     そこまで言ったところで、ノアはミーナを抱きしめた。
     火が、まもなく消える。ふたりの世界は小さく消えゆく。東の空がその色を黒から白と橙色に薄らと変わっていることにミーナは気がつく。

     どうして、とミーナは思う。何故ノアは自分を抱きしめて────そして、
     震えているんだろうと、不思議に思う。何故自分の涙はこんなに止まらないんだろうと思う。

     そうして、ノアは消え入りそうに最後に言う。ミーナは、それを受け止める。とても大切なそれを、二度と忘れないように胸にしまい込む。


     ──────絶対に、お前の好きなガーベラの花言葉みたいに、

     希望だけは捨てないでくれ、と。

     そう、ノアは最後に、呟いた。思うように。願うように。祈るようにして、最後に彼女はそう言った。

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空山 零句

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進撃の巨人 ~ もしこの壁の中で一人の“少女”と“狩人”が恋に落ちたとしたら ~ シリーズ

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