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ソードアート・オンライン 《original story》 -OMT-

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  1. 1 : : 2018/11/16(金) 20:39:44

    今、俺___桐ヶ谷和人は、バイクで菊岡誠二郎の所へ向かっている。なぜ俺があいつの所へ向かっているかと言うと、今朝あいつにメールで呼び出されたからだ。正直いい話をされるとは思っていないが、久しぶりにアリスにも会っておきたい。俺はそのままバイクを走らせた。

    菊岡の所へ着くと、そこにはいっしょにアリスもいた。機械でできているとは思えない動作でアリスが駆け寄ってきた。
    「キリト!」
    「やぁアリス、久しぶり。元気そうで良かったよ」
    「はい、まぁこんな身体では元気も何もないですが。それではこれから私はメ、メンテナンス…?をしなければいけないのでこれで」
    それだけ言うと少し残念そうな顔をしながらアリスは部屋を出ていってしまった。するとずっと黙っていた菊岡が口を開いた。
    「やぁキリトくん。わざわざ来てもらって済まないね」
    「そんなことよりも話ってなんだ、菊岡さん」
    俺が話を聞こうとすると菊岡は横にあった椅子を進めてきた。そこに座ると、机を挟んで俺の向かいに菊岡が座った。菊岡は置いてあったグラスの水を一口飲むと、真意の読めない表情で話を切り出した。
    「キリトくん、君はもう一度ユージオ君に会いたいと思うかい?」
    ユージオ___その名を聴いて肩に力が入る。
    「…どういうことだ」
    「そのままの意味だよ。君がアンダーワールドで死なせてしまったユージオ君にまた会いたいか、そういうことだよ」
    「…そんなことが可能なのか。ユージオはあの時確かに死んで同時にユージオのフラクトライトも消滅してしまっただろう。それなのにまたユージオに会えるなんてことがあるのか?」
    ユージオの名前を口に出す度に胸が締め付けられる。いくらあいつが死んでしまったあと、何度か俺の目の前に現れたとはいえ、確かにガブリエルとの闘いの後でユージオのフラクトライトは完全に消えてしまったはずだ。
    「君は前に一度記憶をブロックした状態でアンダーワールドにログインしただろう。あれはアンダーワールド内のフラクトライト達のことを調べるために行った。だから君がログアウトした後のデータが残してある」
    「まさか…」
    「あぁ、そうだ。そのデータを使えば再び同じ世界を創れるはずだ。そうなればユージオ君のフラクトライトも復活する可能性がある。そこに再びキリトくんがログインし、ユージオ君のフラクトライトを救ける、つまり彼の運命を変えるということだ」
    「…」
    その話がもし本当なら、今すぐにでもログインしたい。だがいくつか気になることもある。
    「そのデータはあんたらの研究には大切なものだろう?そのデータを汚す危険を犯してまで、俺をダイブさせようと思うのはなぜだ?それに今はソウル・トランスレーター、STLは使えないんじゃないのか?」
    「実は今、使えるSTLが一台だけあるんだ。ダイブすることを提案したのは、キリトくんには一生消えない傷を心に与えてしまった。その償いと言うことだ。それにそのデータからはもう調べることは調べ終わっている。キリト君がログインすることでデータが汚染されても何ら問題はないよ」
    「あの世界に、もう一度行けるのか?ユージオに会うことができるのか?」
    「あぁ。しかしあの世界へ行くかは君次第だ。当然ログインすれば中で数年はログアウト出来なくなる。それに辛い思いだってすることはあるはずだ。またユージオ君を死なせてしまう可能性も十分にある」
    「…」
    「返事はいつでも構わない。家族や明日奈君にも相談して決めてくれ」
    菊岡は最後にそれだけ言うと、俺を残して部屋から出ていった。

  2. 2 : : 2018/11/16(金) 20:43:31

    『キリトくん、キリトくん?』
    電話越しの明日奈の声で意識が引き戻される。
    「ん、ごめん何だっけ?」
    『ううん、それよりキリトくん今日菊岡さんと何かあった?さっきから黙り込んで』
    明日奈が心配そうな声を出す。
    「…明日奈、今からALOで会えないかな?」
    『…うんわかった。待ってるね』
    それだけ言って通話を止めると枕元に置いてあったアミュスフィアを頭につけて、いつもの呪文を口にする。
    「リンク・スタート」

    ログインすると中には先にアスナがいた。長い水色の髪を垂らしてお茶を容れている。
    「あ、キリトくん、こんばんわ」
    「こんばんわアスナ。悪いな夜に呼び出したりして」
    「ううん大丈夫だよ。はい、座って、お茶を飲みながら話そ」
    ソファに座り込むとアスナがお茶を出してくる。そのまま、隣に座って尋ねてくる。
    「菊岡さんと…何を話したの?」
    「…もう一度、もう一度アンダーワールドへ行って…ユージオに会えるかもしれないって言われたんだ」
    「ユージオって、キリトくんと中の良かったっていう?」
    「あぁ、あいつは死んだ。でもあいつを生き返らせる方法があるんだ。でもそのためにはまたアンダーワールドにログインする必要がある」
    「…それは、安全なものなの?」
    「いいや、もしかしたらまた大変な目に遭うかもしれない。でも、でも俺はあいつに…」
    「私怖いよ、またキリトくんが遠くへ行ってしまいそうで」
    アスナが俯いて不安そうな声を出した。でも次の瞬間こっちを見て包み込むような優しい声で言った。
    「でもキリトくんにとってユージオくんは大切な人なんでしょう?それなら私は止めないよ」
    そこで一言切ると次に静かに、しかし力強い声で、
    「でも絶対に無事に戻ってきて。キリトくんが戻ってくるって信じてるから、必ず帰ってきて」
    そう言ってアスナは俺の手を握った。俺も返すようにアスナを抱きしめる。
    「わかった。約束する。必ず俺はここに、アスナの所に帰るよ」
    アスナは小さく頷いた。そして優しく俺の体を包んだ。

    「ここに来たってことは、返事は決まったのかい?」
    「あぁ、菊岡さん。俺をアンダーワールドに行かせてくれ」
    菊岡は俺の言葉を聞くと、満足そうにいつもの笑顔を浮かべた。
    「そう言ってくれて嬉しいよ。それじゃあ、よろしく、キリトくん」
    菊岡が手を出す。俺も手を出し
    「あぁ、よろしく頼む」
    菊岡の手を強く握った。
  3. 3 : : 2018/11/19(月) 20:21:17
     そして、俺はアンダーワールドにログインした。
    「ここに来るのも久しぶりだな」
    その時あの懐かしい斧を振る音が聞こえた。
  4. 4 : : 2018/11/19(月) 21:11:54
    UW大好き人間さん≫コメントありがとうございます^^ 名前からSAOへの愛が感じられますね笑
  5. 5 : : 2018/11/19(月) 21:59:06

    「それじゃ詳しいことは移動しながら話そうか…と言いたいところだけどその前に___」

    菊岡が俺の後ろを指さす。何があるのかと振り返るとそこには意外な人物がいた、

    「あ、明日奈!?どうして!?」

    明日奈は一度俺に向かってにこりと笑うと、今度は菊岡の方を向いて少し強めの口調で言った。

    「勝手に来てすいません菊岡さん」

    「いいや、それについては問題ないよ。それでどうしてここへ来たのか教えて貰ってもいいかな?」

    「夏休みで学校は休みですし、キリトくんの様子を側で見ていたいと思って。それにまたキリトくんをどこかに連れていかれても困りますから」

    後半は嫌味にしか思えなかったが、菊岡はそれを気にする様子もなく笑って言った。

    「そうか、それじゃあ二人ともついてきてくれ」



    俺はSTLダイブ用の滅菌衣に着替えSTLの置いてある部屋へ向かった。前を歩いていた菊岡が俺にきいた。

    「ところでキリトくん。君はユージオ君と再会したとして、その後はどうするつもりだい?」

    そうだ、ユージオに再会できたとしてもその後に問題がある。俺がログアウトする時だ。ユージオはきっとアリス-アリス・ツーベルクの方-をたすけたいと思うはずだ。そうなれば当然再び公理教会と闘わなければならなくなる。もし仮に無事にアリスをたすけられたとして俺はその後どうやってログアウトする?まさか中で一生を過ごすわけにもいかないし、そうなれば現実に帰ってから記憶を消す必要がでてくる。俺はユージオとの記憶を消したいとは絶対に思えないだろう。それなら残る方法は俺がログアウトした後に中の人間達の俺に関する記憶を全て消すしか___
  6. 6 : : 2018/11/20(火) 18:50:55

    「一つ案がある」
    黙り込んだ俺に向かって菊岡は前を向いたまま言った。
    「アリス君も使っているマシンボディ、あれにユージオ君のフラクトライトをいれるんだ」
    「いれるって言ってもあのマシンボディは造るのが大変でアリスがはいっているものしかないんじゃないのか?」
    「確かにあれをいくつも造るのは難しいが、今はあのマシンボディをもう一台造ろうとしているところなんだ。それも近い内に完成すると思われる。さすがにいくつも造れはしないが、一台くらいならどうってことないよ。それに中にはいってもらうフラクトライトもほしかったところだ」
    「……菊岡さん、あんたもしかして最初からそれが目的で俺に話をもちかけたな?」
    菊岡はすぐには返事をせず間を置いて俺に質問を返してきた。
    「もしそうだったら……君はこの話をなかったことにするかい?」
    菊岡の態度に怒ったのか、明日奈が口を開こうとしたがそれを手で制する。
    「いいや、俺としてもそうしてくれるのはありがたいよ。でもそれだと、こっちの世界の話をユージオに全部話さなくちゃならなくなる。それについては大丈夫なのか?」
    「問題ないよ。こっちとしては、マシンボディにはいってくれるフラクトライトがほしいからね。あとは君がユージオ君に話すかを決めてくれればいい」
    「わかった。それときいておきたいんだが、俺は中ではいつ頃のところにダイブするんだ?」
    「君が初のテストを終えてログアウトした頃だから、中だとアリス君が公理教会へ連れていかれてから数日後のはずだ」
    「ちょ、ちょっと待って!?」
    それまで黙って話をきいていた明日奈が驚いた声をあげた。
    「アリスが公理教会へ連れていかれてから数日後って、キリトくんが治療のためにアンダーワールドへログインしたときの何年も前なんでしょう!?そんなところにダイブしたらログアウトするまでに中で何年かかるか___」
    俺がログインしたとき、ユージオは17歳、その6年前ユージオが11歳のときにアリスは公理教会へ連れていかれた。そこから2年後にアリスと再会したから少なくとも8年は中で過ごさなければならない。明日奈が声を荒らげるのも当然だ。
    しかし俺はここに来るまでにずっと考えていたことを言った。
    「菊岡さん、その事なんだが……俺がアンダーワールドでテストをしていた期間の俺の記憶と、中のやつらの記憶を元に戻せないか?」
    「キリトくん!?」
    明日奈がさっきよりも驚いたような顔でこっちを見る。さっきの話の8年、俺がテストでアンダーワールドにいた11年、足せば19年だ。もう長いどころの話ではない。フラクトライトにも負担がかかるだろうし、何よりこれで俺は精神的に40年近くも生きたということになる。
    しかし、こんなことを言うのにはちゃんとした理由がある。
    アリスが整合騎士に連れていかれたとき、俺は確かにユージオと同じ場所にいた。しかし俺はそれを忘れ、本来俺も背負うべきだった責任をユージオは何年も一人で抱え、自分を責め続けてきた。だから、もし俺が再びあいつと共に歩むのなら、俺はそれを思い出して一緒に背負っていかなければならない。
    俺の表情から何かを察したのか菊岡は黙って頷いた。
    まだ不安そうな顔の明日奈の頭に手を置いた。
    「大丈夫。フラクトライトの寿命はだいたい150年だ。俺が100歳まで生きたとして19年中で過ごしていてもまだ少し余裕はあるよ」
    「余裕って……」
    明日奈は俺の言い分を聞いてもまだ不安そうだったが、やがて呆れたような顔に変わると渋々頷いた。そして、俺達のやりとりをみていた菊岡が言った。
    「それじゃあログインする前に記憶のブロックを解除しよう。ちょうど部屋にも着いた」
    「菊さん遅かったッスね。キリト君も久しぶりッス……ってどうしてアスナさんまで?」
    中には比嘉さんがいた。明日奈が一歩前に出て驚いている比嘉さんに挨拶をする。
    「お久しぶりです比嘉さん。いろいろあって私も一緒にいさせてもらっています」
    「ははは、相変わらず突然来るッスね。さてはキリト君と一緒にいたくてついてきたんでしょ?」
    「あはは…まぁそんなところです」
    比嘉と挨拶を交わした明日奈は周りを見渡した。
    「今日は凛子さん…神代博士はいらっしゃられないんですか?」
    「神代先輩は今アリスのメンテナンスをしているッス。もう少ししたら来るかもしれないッスけど」
    すると、今度は菊岡が前に進み出て言った。
    「ところで比嘉君、STLの調子はどうだい?」
    菊岡に声をかけられた比嘉さんは忘れていたと言わんばかりに菊岡に向き直って言った。
  7. 7 : : 2018/11/20(火) 19:03:20

    「はい、問題なかったッスよ。あとはキリト君がログインするだけッス」
    「そうか、それなら良かった。それと、キリト君をログインさせる前に彼のテスト時の記憶とアンダーワールド人たちの彼に関する記憶のブロックを解除してもらえるかい?」
    「い、いいんすか?そんなことしたら___」
    「大丈夫、本人の希望だ」
    比嘉さんが一度こちらを心配そうに見てくるので、大丈夫と頷く。それを見て比嘉さんも納得したようだ。
    「それならいいッスけど……それじゃあキリト君、準備ができたらSTLの上に寝てください」
    素直に比嘉さんが指したSTLに寝転がる。
    「ブロックを解除したら一度STLから出すんで。多分目が覚めるまで少しかかると思います」
    「わかりました、始めてください」
    STLが頭に装着され、周りが暗くなってみえなくなる。少しすると意識がだんだん遠のいていく。次いで体が浮くような感覚が来る。そこから俺の意識は完全に途切れた。
  8. 8 : : 2018/11/21(水) 15:58:01

    ___そら、お前の番だぞ……キリト

    ___こら__っ!またさぼってるわね!!

    ___よし決まり、次の休息日は白竜……じゃない、氷の洞窟探しだ!



    ___白竜の……骨?

    ___この竜を殺したのは__人間だ

    ___公理教会の整合騎士が、白竜を殺したの……?



    ___こっちで良かったんだよ、急ごう!

    ___ダーク……テリトリー……

    ___だめだっ!!



    ___アリス・ツーベルクを、禁忌条項抵触の咎により捕縛、連行し、審問ののち処刑する

    ___……いいか、俺がこの斧で整合騎士に打ちかかる。その隙にアリスを連れて逃げるんだ

    ___ユージオ!頼む、行ってくれ!!

    ___アリス__っ!!
  9. 9 : : 2018/11/21(水) 17:18:49

    体が重い。それにすごくだるい。直感的に現実世界だとわかる。
    目を開けると、俺が横になっている台のすぐ横に明日奈がいた。目を開けた俺に気づき心配そうに覗き込んでくる。
    「キリトくん……目が覚めたのね」
    体を起こし聞いてみる。
    「俺……どのくらい寝てた?」
    「キリトくんがSTLから出てまだ10分くらいよ。」
    それだけ答えると、明日奈は一瞬黙り込み、次に少し遠慮がちにきいてきた。
    「ところで、どうなの……?記憶は……戻った?」
    肝心なことを忘れていた。そもそも俺はそのためにSTLに入ったのだった。
    目を閉じて記憶を探ると、たくさんの情報が一気に流れ込んでくる。
    草木の匂い、木の葉の擦れる音、川のせせらぎ、そして、とても懐かしい少年と少女の笑い声___
    「キリトくん……あなた……っ」
    明日奈の声で両眼から出るものに初めて気づく。それは止まる気配を見せず、後から後から流れ出てくる。
    どうして、こんな大切なことを忘れてしまっていたんだろう。今では驚くほどはっきりと思い出せる。俺が全ての始まりだったんだ。俺が氷を取りに行こうと言い出さなければ……いや、俺があの世界へ行かなければ、ユージオとアリスは果ての山脈へ行き、アリスが公理教会へ連れていかれることもなかった___
    「全部…思い出せた……、俺は…あいつらに……死んでも償えないことをしてしまった___俺があいつらに会わなければ……みんな死なずに___」
    続きは、明日奈の手が遮った。涙を流して俯く俺に明日奈は、
    「キリトくん、あなたは今何のために記憶を戻してもらったの?そうやって自分を責めるためじゃないでしょう?」
    はっと明日奈をみる。昔と何も変わらない、強く優しく、包み込んでくれるような瞳。
    「確かに君はあの世界でたくさん大切なものを失った……でも、だからこそこれからやるべき事がある。
    それを今度こそちゃんと果たしてきて」
    「アスナ……」
    そうだ、何をしているんだ俺は。後悔するために記憶を戻したんじゃない。あいつを、ユージオと会うため、あいつ一人に背負わせないために俺は記憶を戻したんだ。それなら、こんなところで落ち込んでいる場合じゃない。今度こそ俺は___
    「……ありがとう、アスナ。俺、ちゃんとユージオたちを救けてくるよ。それであいつにこっちの世界をみせてやるよ」
    明日奈は俺の答えをきいて、嬉しそうに頷いた。
    「そのときは私たちにも紹介してね」
    「わかった、戻ったらみんなにあいつのことを紹介するよ。きっとビックリするぞ、あいつは俺よりも強いんだからな!」
    「えぇ!キリトくんよりも強いの!?それなら私も一回手合わせしてみたいなぁ!」
    はははと二人で笑っていると、声がきこえたのか菊岡と比嘉さんが戻ってきた。
    「おや、もう目が覚めたのかい?それじゃあダイブの準備はいいかな?」
    「あぁ、いつでもいいぜ」
    再び台に横になり、今度は明日奈に言う。
    「それじゃあ、行ってくる。数日の間待っててくれ」
    「うん、がんばってね」
    最後に二人で頷き合うと、俺は目を閉じた。
    STLが頭に被さってくる感覚のあと、もう一度あの感覚が訪れる。
    今度こそ、ユージオたちを守るんだ。
    決意を胸に秘め、俺の意識はあの世界へと誘われていった。
  10. 10 : : 2018/11/28(水) 20:48:56
    期待ぃ
  11. 11 : : 2018/12/03(月) 19:10:42

    人界歴372年7月

    再び体が重くなる。しかし、さっきとは違いだるさはない。次に少しずつ音がきこえてくる。車や機械音ではない。人の声や風の音だろうか。ゆっくり目を開けるとまず木の天井が目に映った。どうやらベッドの上に寝かされていたようだ。アンダーワールドには無事ログインできたらしい。
    体を起こすとまず強烈な違和感が体を襲った。仮想世界でアバターに慣れない感覚と似ている。それもそのはず体を見ると実際の体よりもだいぶ小さい。そうだ、俺の体は今この世界の11歳の平均男子と同じくらいの体格なのだ。となると当然___
    「……あー、あー」
    声も高い。
    ベッドから立ち上がると少しふらつくいたがすぐに慣れる。辺りを見回すとすぐ横に窓があった。窓に近寄ると自分の姿が映る。その姿は確かに記憶にある自分の姿と重なる。
    漆黒の髪は所々はねており、髪と同じく真っ黒な瞳。顔立ちは女の子のようで、いかにもやんちゃそうな大きな目がこっちを見つめ返している。昔の俺が実際にこんな顔だったかはあまり覚えちゃいないが、それでもやはりとんでもない再現度だ。
    窓から外を見ると懐かしい景色が広がっている。ここがルーリッドなのは間違いないだろう。何人か知っている顔もある-当然こっちで過ごしてた俺の記憶だが-。陽の高さを見ると、太陽(ソルス)がちょうど真上辺りまで昇りかけているので、そろそろお昼だろう。今日は安息日ではないはずなのでおそらくユージオは今頃いつも通りギガスシダーに向かって斧を振っているはすだ。
    「ユージオ……」
    いてもたってもいられなくなり急いで部屋を飛び出す。普段寝泊まりしている協会を出て村の人たちの間を一気に駆け抜ける。驚いた顔の後に一瞬顔をしかめられたように見えたが気にせず走る。小さな石橋を越え、短い買い物通りを駆け抜け、村の南門をくぐる。何度か転びそうになるが何とかこらえ、とてつもなく高い大杉を目指す。麦畑を過ぎると森の小道に入る。しばらく走ると、とてもよく聞き慣れた懐かしい音が聞こえてくる。まだとても良いとは言えない音だが、これは確かに木を叩く音だ。
    逸る気持ちを抑え、転ばないよう気をつけつつ出せる全力のスピードで走る。
    とても長く思えた道を抜けると円形の空き地に出た。空き地の中心にはとても巨大な大杉が立っている。そしてその下で木を叩く音が響いている。荒れる呼吸を整え、ゆっくり気の根元へ近づいていく。
    あそこに___あの下にずっと会いたかった人がいる……。
    木の下へたどり着く。まだ音は続いている。覗けばすぐそこにあいつがいるだろう。
    深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。心の中でよし、と言い一歩踏み出す。
    ___いた。大きな斧を振っている少年は俺とそう変わらない……というかほぼ全く同じ身長に体格だ。亜麻色の髪を汗で顔に張り付かせている少年の目は濃い緑。木を叩くのに集中しているのかまだこちらには気づいていない。
    懐かしい姿を見て嬉しさと悲しさが同時に襲ってくるが、今は気持ちを出してはいけないと気持ちを押し殺す。できるだけいつも通りの声を意識して俺は、そいつの名前を呼んだ。
  12. 12 : : 2018/12/03(月) 21:09:28

    「ユージオ」
    名を呼ばれた少年が木を叩こうとした手を止め、こちらを振り向く。その表情には驚きと喜び、そして罪悪感があった。
    「キリト……」
    ユージオも同じように俺の名前を呟く。名前を呼ばれただけなのに酷く胸が締めつけられるが、どうにか表情には出さないよう堪える。
    「キリト、目が覚めたんだね、よかった……体の調子はどうだい?」
    どこか後ろめたそうな顔でユージオが訊ねてくる。体の調子とは俺が眠っていたことに関係するのだろうか。
    「あぁ、この通り元気だよ。それより悪かったな、一人で仕事させちゃって」
    「よかった。それに僕なら大丈夫だよ。まぁ、いつもより少しペースは遅れちゃってるけど…ちょうどこれからお昼を食べようと思ってたんだ。キリトも一緒に食べよう。お昼、まだなんだろう?」
    木の根の上に座ると隣を勧めてくる。言われてみればとてもお腹が空いていたが、仕事もしていないのにユージオの弁当をとってしまうのは申し訳ない。
    「いや、俺はお腹空いてないから……」
    いいよ、と言いかけたところで俺の腹が鳴った。それもかなりの大音量で。
    ユージオは一瞬ぽかーんとしたが次に吹き出すとおかしくてたまらないというように笑いだした。
    「そ、そんなに笑わなくても……」
    「ごめんごめん、でもキリトってば柄にもなく我慢なんかしようとするから」
    恥ずかしいやらなんやらでそっぽを向きつつ、柄にもなくは余計だよとボヤいて素直にユージオの隣に腰を下ろす。ユージオが渡してきた丸パンをうけとり、指でSを描きパンを叩くと《ステータス・ウィンドウ》、《ステイシアの窓》が現れる。天命が十分に残っていることを確認して硬いパンを一口齧ると口の中に素朴な味わいが広がる。
    俺が口の中のパンを飲み込んでもユージオはなかなかパンを口に運ぼうとしない。おそらく俺がアリスのことを聞いてくることを気にしているのだろう。
    「……このパン意外といけるぜ、ユージオも食ってみろよ。早くしないと天命がなくなっちまうぜ」
    俺に声をかけられてもユージオはすぐにはパンを食べようとはしなかったが、やがて小さく頷くと少しずつ食べだした。その様子を見て俺も続きを食べだす。その後は二人とも食べ終わるまで口をきかなかった。
    ユージオが最後の一口を食べ終えると、沈黙の時間が訪れた。
    俺が仕事を再開しようと言う前に、先にユージオが喋りだした。
    「キリト、君は僕のことを責めないのかい?」
    「……どうしてお前を責める必要があるんだ?」
    ユージオは悔しそうに小さな拳を握りしめ言った。
    「だって……僕が動けなかったせいで、アリスは……」
    「……アリスが連れていかれたのはユージオのせいじゃないよ。あの時は俺だって何もできなかった」
    俺の答えにユージオは力なく首を横に振った。
    「そんなことないよ。キリトはあの時アリスを助けようとしたじゃないか。僕があそこで動けていればアリスは連れていかれずに済んだかもしれないのに……」
    「あの時に俺たちが動いてもアリスは助けられなかったよ。あの整合騎士は俺たちなんかよりずっと強い。たぶん斧をかすらせるどころか近づくこともできなかったよ」
    「それでも君は動こうとしたじゃないか。僕は動くこともできなかったんだ。アリスを助けることよりも禁忌目録を守る方を優先してしまったんだ……!キリトが倒れたのもきっと僕のせいなんだ……」
    ユージオの拳がさっきより強く握られる。きっと右眼の封印によって動けなかったことを自分の意思の弱さゆえだと思っているのだろう-あながち間違ってはいないが-。
    だが、それよりも気になることがあった。
    「ちょっと待ってくれ、俺が倒れたって何の話だ?」
    「え、覚えていないのかい?」
    ユージオが首を傾げる。
    「あぁ……それがどうもアリスを連れていかれた後の記憶がどうもあやふやで……」
    「ほ、ほんとに覚えていないのかい…?あれだけの騒ぎを起こして…?」
    「あ、あぁ…悪いけど何があったのか教えてくれないか?それとアリスが連れていかれて何日経ったのかも…」
    再びユージオがぽかーんとする。いったい俺は今度は何をやらかしたんだ……。
    ユージオはなおも怪訝そうな表情だったが、すぐに話し出した。
  13. 13 : : 2018/12/04(火) 15:41:50
    「アリスが連れていかれたのは三日前だよ……アリスが連れていかれたあと、君は村長に怒って殴りかかろうとしたんだよ。それを村の大人たちで抑えこんだんだけど、それでも君が暴れるからしかたなく薬で眠らせて教会に運んだんだ。君は一日外出を禁止されて、昨日ようやく外に出てよくなったんだけど……昨日の朝、これから仕事に行こうってときに君が倒れたんだ。シスター・アザリヤにも診てもらったんだけど目が覚めなくて……」
    「そ、そうだったのか……」
    全くと言っていいほど覚えていなかった。きっとログアウトする直前だったからだろう。おそらく俺が倒れたというのも俺がログアウトして1度現実世界に還されたからだ。となると俺は再びログインしてからほぼ丸一日眠っていたということに___
    俺が一人で考えこんでいると、再びユージオが俯いたまましゃべりだした。
    「シスター・アザリヤは、君が倒れたのは数日の間にたくさんのことがあって疲れただけだろうって言っていたけど、きっと僕のせいなんだ……結局その時もキリトが暴れて抑えられているのを僕はただ見ているだけで動けなかった。キリトだけに責任を押しつけてしまったから……本当は僕が背負わなきゃいけなかったはずなのに……」
    深くこうべを垂れ、自分を責めるユージオをみていて俺は、この姿をどこかで見たことがあると思った。そうだ、この姿は俺自身のものだ。
    《死銃事件》の調査のために《GGO》にログインした俺は、元《ラフィン・コフィン》のメンバーだった赤眼のザザと遭遇した。そこで、俺は殺した奴らのことを忘れたことを酷く責めた。重荷を……義務を放り捨ててしまった、救われる権利なんかない、と。
    確かに少し状況は異なるが自分を責めるユージオの姿は俺と同じだった。
    「僕はきっととんでもないひとでなしだ……禁忌目録を守るためなら友達だって見捨てる酷いやつなんだ……」
    「……本当に……本当にそうなら、そんなに苦しんだりしないよ」
    そっと小さな肩に手を置いて体ごとユージオを引き寄せる。ユージオは一瞬体をビクッとさせたがそのまま俺の胸に体を委ねる。
    「確かにあの時、体は動かなかったかもしれない。でも今お前がアリスを想っているのは嘘じゃないだろ。俺だって何もできなかった。お前一人の責任じゃないよ。あの時動けなかったのはきっと、まだ動くべき時じゃなかったんだ。だからその時が来たら今度こそ、ちゃんと動かなくちゃいけない。俺たちが守るべきものを守れるように」
    少しぎこちない動作でユージオの柔らかい髪を撫でる。するとユージオの肩の力が抜けていった。
    安岐さんのようにはいかないけど……それでも、少しでも、この自分に似た少年の支えになってやりたい。俺の心を救ってくれたたくさんの人たちのように……最後までそばにいてくれた、今はもういない彼のように。
    「……俺にも半分、お前が背負っているもの、背負わせてくれ」
    肩の力が完全に抜け、ずっと溜め込んでいたものが一気に溢れたのだろう。ユージオは俺の腕の中で幾粒もの涙を流した。
    辺りには風と葉の音と、小さな嗚咽だけが響いていた。
  14. 14 : : 2018/12/04(火) 18:19:08
    明くる日の昼間、大きな木の下で木を叩く音が響いている。
    体に合わない大きさの斧をまだ少しおぼつかない動作で振っている黒髪の少年の後ろ姿を眺めながらユージオは昨日ここであったことを思い出していた。
    キリトの腕の中で散々泣いた後、おたがいなんだか気恥ずかしくなってしまい、結局その後の仕事を終えるまでほとんど無言で終わってしまった。正直キリトが人を慰めるなんていう気の利いたことをできるとは思ってもいなかったが、キリトの言葉の中には人を安心させる力がこもっていた。
    あとでちゃんとお礼をいわないとなぁ、と考えつつユージオは同時にキリトの言った言葉へいくつか疑問を感じていた。
    自分を責めるユージオにキリトが言った言葉。あれはキリトが自分自身にも向けて言っていたようにも聞こえた。そこまでならまだわかるが、まだ動くべき時じゃなかった、あれはどういう意味で言ったんだろうか。あの時以外に動くべき時とはいったいいつだというのだ。それに、守るべきものは何を指しているんだ?ユージオたちが守るべきものといったら禁忌目録とその他法律……そして大切な友達のアリスやキリトくらいのものだ。
    禁忌目録や法律を守るのは当然のことだとしても、アリスは既に公理協会に連れ去られてしまっているので今更守ることなんて……それにキリトを守ると言ってもいったい何から守れというのか……
    ユージオが一人で悶々と考えていると頭の上に手が乗せられた。
    「ユ〜〜ジ〜オ〜?」
    「わっ、ちょっ、キリト、何するんだやめろよ!」
    ぐしゃぐしゃと頭をかき回してくる手の主から逃れるように距離をとる。手の主である少年がいたずらっぽい笑みを浮かべてユージオを見下ろしてくる。
    「何ぼーっとしてるんだ、ほらユージオの番だぞ」
    「あ、あぁそうかごめん」
    少年が突き出してくる斧を受け取りユージオは深い切り込みのある場所まで行く。斧を振り上げて木を叩こうとして、手を止める。
    五十回叩き終わって、地面にどっかりと腰を下ろしている汗だくの少年の方を向くと、視線に気づいた少年が不思議そうな顔で首をかしげ、見つめ返してくる。
    「ん、どうした?やらないのか?」
    「いや、その……」
    こんなことを、長年一緒に過ごしてきた相棒に面と向かって言うのは少し恥ずかしい気もするが、ここはちゃんと言うべきだろう。
    「昨日はありがとう。キリトのおかげで元気出たよ」
    きょとんとした顔のまま相棒は何度か目をぱちくりさせると、次に心底嬉しそうな顔で少し顔を赤くしながら、「そっか」と言う。一瞬悲しそうな顔をしていた気がするが、たぶん木陰でそう見えただけだろう。てっきり冷やかされると思っていたユージオまでなんだか嬉しくなり、思わずニヤけそうになる顔を見られないようにユージオは深い切り込みに向かって斧を振り下ろした。斧は吸い込まれるように切れ込みに入り、気持ちの良い音を響かせた。
  15. 15 : : 2018/12/06(木) 15:40:10
    人界暦378年3月

    あっという間だなぁ……。
    梢から射し込む陽の光をぼーっと見上げながら、ユージオはそんなことを考えていた。
    ギガスシダーの刻み手として斧を降り始めて7年、ユージオももう17歳になった。そして隣では、ユージオと同じ17歳の黒髪の少年が様になった姿で斧を振っている。最初の頃は、二人とも五十回振っただけでへばってしまっていたが、今ではそれなりに体力もつき、斧を切れ込みに当てる回数も増えてきた。背も伸びて、体格に合わなかった斧もちょうどいい大きさになった。
    昔はやんちゃ坊主感で満ちていた相棒の顔つきも大人になりつつある。しかし、ところどころはねた黒髪と黒い目に宿る輝きは昔と変わらず、中身もあまり変わっていない。今でもときどき騒ぎを起こしそうになっては、村長や協会の人たちに注意されている。そういうユージオ自身にもあまり変わったところは特にない。変わったことと言えば、ここ数年でキリトが妙な行動をとるようになったことくらいか。
    安息日の度にキリトは毎回どこかに出かけては、いつもコソコソと何かをやるようになった。だいたい行くのはギガスシダーなのだが、そこで何をしているのかがよくわからない。細長い、布に巻かれた何かを持って行っているのだが、何度中身をきいても教えてくれない。
    何度かこっそり、中身を覗こうとしたがなぜかその度にバレてしまい、結局中を覗くどころかそれを包んでいる布に触ることもできたことがない。
    昼を過ぎた頃からは何時間かギガスシダーの根元で昼寝をして、ようやく起きたと思ったら、一人で何かをブツブツ喋っているのだが、それもよく聞こえない。
    どうしてわざわざ安息日にギガスシダーにまで出かけてそんな変なことをしているのかと聞いたことがあったが、その時は「独りぼっちじゃギガスシダーが可哀想だから」などと、訳のわからないことを言って逃げられてしまった。
    そういうユージオもユージオでおととしから安息日の度に、キリトに隠れてやっていたことはあるわけだが、どうもキリトはユージオの行動に気づいているんだかいないんだかわからないが、何もきいてこようとはしなかった。
    もし、ここにアリスがいたら、彼女はどんな女性になっていただろうか……きっと美人だっただろうなぁ……
    と、ユージオがため息をつこうとした時、頭に手が乗せられる。
    「ユ〜〜ジ〜オ〜?」
    「わっ、またキリト、お前っ!」
    頭をぐしゃぐしゃとかき回してくる手を払いのけると、斧を振っていたはずの相棒が隣でニヤニヤしていた。
    ぐしゃぐしゃにされた髪を整え、手の主に文句を言う。
    「それやめろって何度も言ってるだろ、キリト」
    「いやぁ、なんて言うかユージオの髪ってなんか良いからさ、何度やっても飽きないなぁって」
    ユージオの頭をかき回した方の手をひらひらとさせているキリトを睨む。
    「おかげでこっちはいい迷惑だよ、まったく……」
    「ははは、悪かったって。なんだかユージオ君がいやらしい顔をしていた気がしてさ」
    「なっ……べ、別にいやらしい顔なんてしてないよ!!」
    「どうだかなぁ?」
    ムキになって反抗するユージオをなおも楽しそうな表情で見ていたキリトだったが、「あー腹減った!飯にしよう!」と、隣にどかっと座り込んできた。
    このセリフも相変わらずだなぁ、と思いつついつもの丸パンを放ってやると、早速かじりつく-ももちろん天命を確認して-。ユージオも自分の分を取りだして食べ始める。硬いパンをもそもそと口の中で噛み砕いていると、それまでひたすら食べているだけだったキリトが、握ったパンを見つめたまま、
    「……なぁ、ユージオ、今日って3月19日だよな?」
    「そうだけど、どうしたのさ急に?」
    突然質問されたので一瞬、何かあった日だったか?と考え出してしまったが、特に今日は何もない普通の日だったはずだ。
    「いや、ちょっとな……」
    「ちょっとって何さ?」
    「んー……記念日、みたいなもんかな。俺にとっては」
    「記念日?何の?」
    「それは秘密」
    「なんだよ、ここまで言っといて秘密はないだろ」
    抗議してみたが、キリトの方はそれ以上話すつもりはないらしく、再びパンにかじりついている。その表情がどこか悲しそうなものに見えた気がして、ユージオも聞き出すのを諦めて続きを食べした。
    また、隠し事か……。
    寂しさにも似た感情を覚え、それを忘れようとするかのようにユージオは硬いパンをかじった。
  16. 16 : : 2018/12/06(木) 17:09:42

    「それじゃ、キリトまた明日」
    「あぁ、また明日な」
    教会の前でキリトと挨拶をする。キリトが教会の、扉を開き中へ入ろうとすると、
    「キリト兄ちゃんが帰ってきたぞ!!みんなかかれ!!」
    「ちょっ、まっ……うわああぁぁ!?」
    どたばたんととんでもがない音とキリトの悲鳴がきこえ、何事かとユージオが慌てて玄関へ駆け寄る。
    中を覗くと、キリトが三人の子供たちに押し倒されている。キリトの腹の上に馬乗りになった男の子がぴょんぴょんして、
    「ねぇねぇ、兄ちゃん遊ぼうよ!」
    「そうだよ!最近遊んでくれなくてつまんない!!」
    キリトに馬乗りになっている男の子が跳ねる度、キリトが苦しそうな声を出す。どうやら教会に住んでいる子たちのようだ。ユージオがどうすればいいかわからずあたふたしていると、
    「こら!みんな!キリトは仕事帰りで疲れてるんだから、休ませてあげなさい!」
    「げっ……」
    子供たちがの視線を追うと、茶色い髪を後ろでまとめた、修道服を着た少女が両手を当て、胸を反らして立っていた。
    「お、俺なら大丈夫だよ、セルカ……そんなにおこらないでやってくれ……」
    キリトが首だけを持ちあげて、今も自分に飛びついたままの子供たちを庇うが、セルカは今度はキリトを睨んで、
    「そんなに元気なら、ガリッタさんに言って回数を増やしてもらったほうがいいかしら?」
    「そ、それはちょっと……」
    「冗談よ。___ほら、もう夕食の時間だから、みんな準備して」
    子供たちはなおも不満そうだったが、奥の部屋から流れてくるいい匂いに負けたのだろう。キリトの上から下りると三人仲良く走って行った。
    いつかの少女とそっくりな言動のセルカを見て、ユージオはとても微笑ましく、そして寂しく感じた。未だに床に座り込んだままのキリトを見ると、同じような表情でセルカをみつめている。ふと、キリトと目が合い、二人で苦笑する。
    そんな二人には気づかないセルカはユージオを見つけて言った。
    「あ、ユージオ……来てたのね。ごめんなさい、騒がしくて」
    「ううん、みんな元気そうで良かったよ」
    「少し元気すぎるくらいだけどね」
    今度はセルカが苦笑した。ユージオも一緒に笑ってしまうが、やっぱりセルカといるとどうも気まずい。
    セルカがずっと小さかった時は普通に話していたのだが、アリスがいなくなってからというもの、おたがい顔を合わせづらくなってしまった。
    そんなユージオの気持ちを知ってか知らずか、床に座ったままのキリトがユージオに言う。
    「そうだ、ちょうどいいし、ユージオも一緒に食べていくか?」
    「あぁー……悪いけど、僕は早く帰らないと家族が気にするから……」
    「そうか……わかった、それじゃあまた明日な」
    「うん、また明日。……セルカもまたね」
    「えぇ……」
    少し残念そうなキリトと、気まずそうなセルカに背を向けて外に出る。
    少し歩いたところで、後ろから小さな足音がきこえた。
  17. 17 : : 2018/12/06(木) 18:08:36
    「ちょっとまって、ユージオ!」
    振り返ると、セルカが束ねた髪を揺らしながら走ってきた。
    「セルカ、どうかしたの?」
    「ごめんなさい、ユージオ……一瞬だけ話せない?」
    「大丈夫だけど……いったい何を?」
    セルカは一瞬目を伏せると、近くの石段を指さして、
    「立ち話もあれだから、あそこで話しましょう」
    セルカが腰を下ろすと、ユージオも少し距離を開けて隣に腰を下ろす。
    「……それで話って?」
    「……キリトのことなんだけど……」
    「キリト?キリトがどうかしたの?」
    セルカは少し話すのを躊躇う様子を見せたが、ぽつりぽつりと話し出した。
    「……最近、キリトの様子がおかしい気がして……食事中もぼーっとしてたり、時々すごく思い詰めてる顔をしたりするの」
    それは、ユージオも時々感じていたことだった。よく、人の話を聞いていなかったり、遠くを見つめて物思いにふけっているような。そしてすごく辛そうな顔をするのだ。そして、ユージオを見るとき、キリトはどこか寂しそうな悲しいような目をする。どうかしたかときいてもたいてい「なんでもない」で理由は教えてくれない。
    「……僕もきいても何も教えてくれなくて……この数年でそういう顔をすることは何度かあったんだけど、ここ数ヶ月、数週間の間は特に増えている気がして……」
    「……そう……キリト、私たちに気をつかって普通に振舞おうとはしているみたいなんどけど、やっぱり辛そうで……」
    セルカが辛そうに俯く。
    あぁ、この子は本当にキリトのことを心配しているんだなぁと、思ったところでユージオにピンとくるものがあった。もしかしたらと思い尋ねてみる。
    「その……セルカは……キリトのことが好きなのかい……?」
    「え?」
    セルカが心底驚いた顔で見つめてくる。まずい違ったか、と慌てて付け足す。
    「ご、ごめん、そんなことないよね!ごめんよ変なこと聞いて」
    なおも驚いたような顔をしていたセルカだったが、やがて少しそっぽを向くと、
    「……私が好きなのは……よ、バカ」
    「え?今なんて……?」
    「なんでもないわよ!」
    一箇所よく聞き取れなかったが、聞かない方がいいみたいなのでそれ以上は控える。
    セルカは顔を真っ赤にしていたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻ると、
    「まぁ、もしまたキリトに何かあったらお願いね。きっとキリトもユージオが一緒なら心の支えになるだろうから」
    「……うん、わかった。ありがとう、セルカ」
    ユージオがセルカの頭に手を乗せてそう言うと、セルカは少し頬を赤く染め頷いた。
    人の頭を撫でるのが相棒に似ている気がして、ユージオは一人で苦笑する。
    「今日はありがとう。……また、何かあったら相談に乗ってもらってもいい?」
    「うん、もちろんだよ」
    その返事をきいてセルカは嬉しそうな顔をする。そして急に立ち上がり走りだしたと思うと、途中でこちらを振り返り、手を大きく振りながら叫んだ。
    「じゃあまたね、ユージオ!キリトのことよろしくね!!」
    ユージオも立ち上がり、セルカに負けないくらいの声で、
    「うん!任せてよ!」
    と言うと、セルカはユージオがしばらく見れていなかった満面の笑みを浮かべて教会に向かって走って行った。その後ろ姿を見届けてユージオも後ろを向く。
    ……僕にも、君を支えることができるかな。
    親友の姿を思い浮かべながら、ユージオは家に向かって歩きだした。
  18. 18 : : 2018/12/06(木) 18:11:54
    すみません。コメントの17、作者名とトリップをつけ忘れてしまいました。本当にすみませんm(_ _)mご迷惑をおかけします。
  19. 19 : : 2018/12/06(木) 19:06:53
    「ふわぁぁぁぁ……」
    真昼間に大きなあくびをしている相棒を呆れ顔で見つめながら、ユージオは眠そうに目をこすっているキリトにきく。
    「やけに眠そうだね、昨日は何をしてたんだい?」
    「いやぁ、たまにはあいつらとも遊んであげないと可哀想だなぁって思って」
    「それで夜更かしかい?」
    「そゆこと……ふあぁぁ……」
    あいつらというのは、教会で一緒に住んでいる子供たちのことだろう。しかしそれにしたって……
    「それでも夜更かしは良くないよキリト、明日は安息日なんだから明日遊んであげればいいだろ?」
    「いや、その明日は……」
    言い淀むキリトを見て、あぁまたいつものあれをやるのかとため息をつく。
    「キリト、いい加減教えてくれてもいいだろ。安息日にいつも何をしてるんだよ、変な袋持ったり、一人でブツブツなんか喋ってたり…」
    「……言わなきゃダメか?」
    「言って」
    上目遣いで嫌そうな顔をするキリトに、言うように言うがたいていはこの後、
    「ダメ、やっぱ秘密」
    「もう!またその答えか!いったいいつになったら教えてくれるんだよ!!」
    「さて!午後の仕事を始めようかユージオ君!」
    あからさまにわざとらしい声で立ち上がり斧を持つ。
    くそ、また逃げられたと相棒の後ろ姿を睨んだとき、一瞬キリトの横顔が見えた。
    はっと息を呑む。また、あの思い詰めた顔だ。反射的にキリトが何か後ろめたいことがあるんじゃないか、嘘をついたんじゃないかと思う。疑いたくはないが念の為と、自分の中で納得する。
    「キリト、ほんとに明日はいつもと同じことをするだけなんだよね?」
    キリトの動きが一瞬止まる。しかしすぐにいつも通りの声で、
    「そうだよ、いつも通りさ」
    それだけ言ってキリトは斧を振り始める。
    「……そっか」と返事をしてユージオは昨夜のことを思い出した。
    キリトは何か悩んでいるんじゃないか。セルカはそう言っていたけど……確かに何か悩みがあるようには思う。しかし、それだけじゃないとも思う。きっとキリトは、もっと何か……とんでもないことを隠しているんじゃないか。そんな気がしてたまらない。
    ……キリト、君はいったい何を考えているんだい?
    ユージオは斧を振り続けるキリトの後ろ姿を見つめたが、その答えが出ることはなかった。

    「ふぅー、疲れた」
    そう言ってキリトは残りのシラル水を飲み干す。ユージオも疲れた体を揉みほぐしながら言った。
    「それじゃあそろそろ帰ろうか」
    「あぁ」
    キリトが斧を持ち、ユージオは弁当を入れてきた袋を持つ。
    「そういえば、キリト今日はやけに当たりが悪かったね、何かあった?」
    「……あれかなぁ、やっぱ昨日の疲れが残ってんのかなぁ……」
    「これからはちゃんと早く寝なよ?」
    「わかってるって」
    そう言うキリトだが正直ユージオにはキリトが集中できていないような気がした。何かずっと他のことを考えていたように見えたが、本人が言うならそうなのだろうと気にしないことにする。
    すると、隣を歩いていたキリトの足が止まった。ユージオも足を止めて振り返る。
    「ん?キリト、どうかしたのかい?」
    ユージオがきいてもキリトは何も反応しない。どこかに釘付けになっているようだ。キリトは目を見開いて北の方を見つめている。しかし、あっちには果ての山脈があるだけで他には何も……
    「どうしたんだよ、キリト。そっちに何かあるのか?」
    と、ユージオがキリトに近づいた時……
    怖い。ただそれだけをユージオは体で感じた。睨んでいるのだ。キリトが果ての山脈を……殺気とでも言うものを発しながら。怒っているようでもなく、ただ深く暗い何かがキリトの周りに、目の奥にある。反射的に近づいちゃいけないと思い体が動かなくなるが何とか声を絞り出して、相棒の名前を呼ぶ。
    「___キリト、キリト!」
    はっとしたように、キリトがユージオの方へ振り返る。その瞬間キリトの周りにあった何かは消え去り表情もいつも通りのものに戻っている。
    不安げなユージオの表情を見て、慌てたようにキリトが笑って言う。
    「あ……悪いユージオ、なんでもない。さ、行こうぜ」
    先に歩いて行ってしまうキリトの後ろ姿をしばらく見つめるが本当にいつも通りだ。慌ててキリトを追いかける。
    ……さっきのは何だったんだ……?キリト、君はいったい何を隠しているんだ?
    底知れない不安だけがユージオの中から消えなかった。
  20. 20 : : 2018/12/06(木) 21:39:55
    期待!!
  21. 21 : : 2018/12/07(金) 15:19:11
    ___待ってろ、いま治してやるからな!お前を死なせやしない……絶対に死なせない!

    掠れた叫び声……誰だ?

    ___俺は運命なんて認めない!!そんなの、絶対に認めないからな!!

    子供のような、嗚咽混じりの声はとても聞き慣れたものだ。しかし、視界がぼやけていて相手の顔がよくみえない。頬に雫が落ちてくる。泣いているのか?

    ___ありがとう、ユージオ

    ……僕?僕の名前を呼んでいる君は誰?
    霞んでいた視界が少しずつはっきりしてくる。視界の先で、夜空よりも深く黒い目から涙を零しながら微笑む少年の顔をユージオはよく知っている。
    ……キリト?



    目を開けると、木の天井がみえた。今のはどうやらただの夢だったようだ。
    体を起こして窓をみると、まだ外は暗かった。早く起きすぎたみたいだ。
    朝までもう一眠りしようと、布団に潜り込むが、さっきの夢のせいか目が冴えてしまって眠れそうもない。しかたなく体を起こしていつもの服に着替える。朝になるまで散歩でもしようと井戸へ向かう。
    外に出ると、まだ暗いため空気が冷えている。周りをみても出歩いている人はいない。小さな音で時告げの鐘が鳴る。この音色だと今は5時か。
    井戸から冷たい水を引き上げ、顔を洗うと残っていた眠気の余韻が一気に吹き飛ぶ。
    さて、どこを歩こうかと、ユージオが道に出ると、遠くに人影がみえた。色は違うがユージオと同じ作りの服を身にまとっており、髪の色は真っ黒だ。見た瞬間キリトだとわかる。あの様子だとキリトもどこかに出かけるようだ。しかし、いつもの安息日と違って手ぶらだ。それに、いくらなんでも早すぎる。
    まるで人目がないのを確認するかのように、キリトが辺りを見回すので反射的に物陰に隠れる。誰もいないのを確認して、キリトは村の外へ続く道に出る。
    ……こんな時間にどこへ行くんだ?
    昨日のキリトの様子と今朝の夢のせいで、余計に心配になる。あまりいい気はしないが、気付かれないようにあとをつける。
    キリトはギガスシダーのある方とは逆の方へ進んで行く。長い道を進み、川沿いの道を通り、双子池を横切る。
    ……果ての山脈に向かっているのか?
    再び昨日のキリトの顔が頭をよぎる。不安がさらに大きくなる。

    数時間かけてようやく灰白色の岩の連なりが見えてきた。ソルスもだいぶ昇ってきているので、もう村の人たちも起きている頃だろう。
    洞窟の入口の前まで来て、ようやくキリトが足を止める。どうかしたのか、とユージオが岩陰から見ていると、キリトが何かをブツブツ唱えだした。なんだ、と思い身を乗り出してみると、キリトの手には草穂が握られている。キリトが何かを唱え終わったと思うと、手に握られていた草穂が淡く発光した。その様子をユージオはずっと昔に同じ場所で見ている。
    6年前、キリトとアリスと三人でここに来た時、アリスが明かりの代わりに使っていた神聖術だ。
    キリト、あいついつの間に神聖術なんて練習していたんだ。
    神聖術は初めてで急に使えるようなものではないと、同じく練習をしていたユージオは知っていた。それならいつ?と思ったところでキリトが安息日の度に一人でブツブツ何かを言っていたのを思い出す。なるほどあの時かと、キリトの様子を伺っていたが、突然キリトが洞窟の中に向かって走り出す。
    置いて行かれまいと慌てて後を追ったが、ユージオが中に入った時には相棒の姿は消えている。
    あの短時間でいったいどこへ、とユージオが突っ立っていると、後ろから大きな咳払いがきこえた。
    驚いて振り返ると道の端、壁の少し深くなっている窪みのところによりかかった相棒が腕組をして立っていた。草穂の明かりに気がつかなかったのはキリトが自分の体で隠していたからみたいだ。
    「……どの辺から気づいてたんだい?」
    「村を出てすぐあとのところで気づいたよ」
    ……どうやら最初から気づかれていたみたいだ。未だに固まったまま動かないユージオをチラリと見て、キリトは感心しているわけでも怒っているわけでもない声できく。
    「それで?どうして俺のあとをつけていたんだ?」
    「……朝早く目が覚めちゃって散歩でもしようと思って外に出たら、君が出かけていくのがみえたから……どこへ行くんだろうって思って……」
    嘘をつく必要もなかったので正直にそう答える。それを聞いたキリトは数秒の間ユージオを見つめると、目を逸らして何かを考え込み出す。
  22. 22 : : 2018/12/07(金) 16:56:24
    チラチラとこっちを見てくる相棒にもやもやしたものを感じて、ユージオも思い切って聞いてみる。
    「キ、キリトこそこんな所に来て何してるのさ」
    すると聞かれたくなかったことを聞かれたかのようにキリトが顔をしかめる。なおも言い訳を探そうと口をぱくぱくさせていたが諦めたようだ。一瞬気遣わしげな目でユージオをみつめ、そして真剣な顔で話し出した。
    「……今日、ここにゴブリンたちが来る」
    「なっ……」
    今、ゴブリンと言ったのか?あのダークテリトリーの、人間を殺し喰らうという?
    「ゴ、ゴブリンって……だって整合騎士たちが闇の軍勢の侵入を防いでるはずだろ?キリトだって昔みたじゃないか、闇の軍勢の竜騎士が整合騎士に倒されているところを……」
    キリトにいつも通りのいたずら顔で「冗談だよ!さ、帰ろうぜ」と言ってほしかった。
    しかし相棒は真剣な表情のまま、
    「その整合騎士の目をくぐり抜けてやつらは侵入してくるんだ。そして、ここで止めないと、その内やつらはルーリッドにも侵攻してくる」
    信じられなかったし、信じたくもなかった。闇の軍勢が侵攻してくる?ルーリッドの村にも攻めてくる?そんなことが起こりうるのか?それに、どうしてキリトはそんなことを知っているのだ?そして、ここに来ていったいどうするつもりだったのか?まさか、戦おうなどと考えているんじゃ……
    聞きたいことは山ほどあった。しかし、何から言ったらいいものかわからずユージオが放心していると、ずっと真剣な顔だったキリトが子供を安心させるような優しい声で、
    「大丈夫、別に戦おうなんて思ってないよ。ただ少し罠をしかけておくだけさ」
    「罠って言ったって……闇の軍勢にそんなのが通じるのか?」
    見たところキリトは明かり代わりに使っている草穂以外は何も持っていない。そんなんでいったいどんな罠を仕掛けるというのか……
    「俺もちょっと罠をはったくらいで奴らを倒せるとは思ってないよ。少し時間稼ぎをするだけさ。だからユージオは先に村に戻ってジンクや村長たちに知らせてくれないか?」
    「でも……」
    なおも不安そうなユージオに、笑いかけ胸を叩きながらキリトが言う。
    「心配するな!この手のことに関して俺は天才だからな、あっちゅーまに罠にひっかけてあいつらに痛い目みせてとっとと逃げてやるさ!」
    そうしてニカッと笑う相棒を見ていると本当に大丈夫な気がしてきてしまうが、やっぱり不安が完全に消えることはなかった。
    「……わかった。でも絶対に無茶はするなよ?危険だと思ったらすぐに逃げるんだぞ」
    「わかってるって。それじゃあ頼んだぞ、相棒!」
    肩をポンと叩かれ、ユージオは頷くと来た道を戻りだした。
    ……早くみんなに知らせないと……!絶対無事に戻ってきてくれよ、キリト……!
    ユージオは一度振り返ったが、そこに相棒の姿はもうなかった。消えない不安を押し殺して、ユージオは再び走り出した。
  23. 23 : : 2018/12/07(金) 18:31:13
    走って行くユージオの後ろ姿を見送り、俺もゴブリンたちのいるであろう方向に向かう。
    さっきは来るという言い方をしたが、おそらくもうやつらは昨晩にはここに来ていただろう。現に進行方向からは、ゴブリン特有の焼け焦げるような匂いと生臭い獣臭が流れてきている。
    この世界に再びログインしてから、ずっと避けたかった日のひとつがついに来てしまった。
    この数年間、俺はこの日のためにずっと剣を振ってきた。木の中ではかなり高級な、白金樫(しらかねがし)の木を自分で何とか見つけだし、そいつを削って木剣を作った。そして、それを安息日にギガスシダーの下で毎日振っていた。午後は修剣学院で習った知識にあるだけの神聖術をひたすら唱えて何とかいくつかの術くらいは使えるようにした。もちろん真意の練習もしてみたが、やはりやろうと思ってできるものでもないみたいで成功したことはない。その代わりに、人の気配くらいなら感知しようと思えばできるようにはなった。
    ユージオにずっと隠していた理由は、あいつをできることなら戦いの世界に巻き込みたくなかったからだ。アリスを助けたいのは俺も一緒だが、正直このまま村で木を叩いて終わるのもいいんじゃないか、と思ってしまう自分がいる。
    それに、俺が村を出るには、ギガスシダーを倒すしかなく、またギガスシダーを倒すにはユージオが俺に秘密で運んできた青薔薇の剣を使うしかない。しかし、今の俺では《オブジェクト・コントロール権限(オーソリティ)》が圧倒的に足りないので持ち上げることすらままならない。そして、その権限を上げようとすればモンスター-この世界でいう闇の軍勢-と戦って勝つしかない。まぁ、ゴブリンたちが攻め込んで来る時点で、俺がそいつらと戦うのは絶対の前提条件なわけだが。
    だから、ゴブリンたちが攻めてこないことを願っていなくもなかったが、昨日仕事終わりに、この辺りを真意-と呼ぶにはまだまだだが-で探ったところ、いくつもの気配を感じたので、今日奴らの侵攻を秘密裏に止めるはずだったのだが……結局ユージオにバレ、追い返す暇も惜しかったのでここに来てからユージオを村に返させたわけだ。
    あの時のような油断をするつもりもなければ、負ける気もしないので、ユージオがジンクたちを引き連れて戻って来る前に全て片付けたいと思っている。みんなが来てから何もなかったで終われば、それなりに怒られはするだろうが、その程度で済むのなら大歓迎だ。
    ユージオがこの戦いに参加しなければ、ユージオのオブジェクト・コントロール権限は上がらないので、ユージオがアリスを助けに行くのは必然的にほぼ不可能になる。そうすれば、村で一生を終えるか、最悪俺一人でアリスを助けに行くつもりだ。
    いや、結局全部口実に過ぎないのだろう。きっと俺は怖いのだ。俺の力不足でユージオを傷つけてしまうことが。
    我ながら自分の臆病さに呆れるが、ユージオにああ言ってしまった以上今は、ゴブリンどもを倒すしかない。
    しばらく進むと行く手にオレンジ色の光がみえた。獣臭も徐々に濃くなっていき、ギッギッというゴブリンたちの鳴き声もきこえてくる。中にそのまま飛び出すと、とてつもなく広い真円のドームに出る。そして、思った通り中には大勢のゴブリンたちがいた。
    手近な大きい氷に身を隠すと、ゴブリンたちの様子をみる。
    数は三十と少し、装備や武器も前と同じだ。あの時と違ってユージオがいないことを考えると、数的に少し不利だが、それが問題にならないほど俺は鍛えてきた。大丈夫、隊長ゴブリンさえ倒せば終わりだ。十分に勝機はある。
    身を潜めてゴブリンたちの様子を伺っていると、
    「ウガチさん、そろそろ行きますか?」
    ギィギィと鳴き声を上げながら一匹が、一回りでかいゴブリンにきく。あいつが隊長___《蜥蜴(トカゲ)殺しのウガチ》だろう。ウガチは相変わらずの(しゃが)れ声で、
    「あぁ、いい加減待ち飽きたぜ。お前ら準備しろ!!」
    ウガチが大声でそう言うと、他のゴブリンどもは返事だかよくわからないが、ギィギィ鳴いてそれぞれが準備を始める。
    奴らは全員油断している。行くなら今だ!!
  24. 24 : : 2018/12/07(金) 19:12:25
    勢いのままに氷から全速力で飛び出す。まだ奴らは気がついていない。ゴブリンどもの間を一瞬で駆け抜け、二つある(かが)()の内の一つを目指す。
    そこでようやく何匹かが突然の侵入者に気づくが、遅かった。かがり火を水面に思い切りお押し倒す。
    辺りが急に暗くなり、ゴブリンたちが何が起きたかわからずに騒ぎ出す。
    放り出されていた手近な武器を二つ拾い上げ片方をもう一方のかがり火向けて投げる。上手い具合に武器が当たりかがり火が水面に倒れる。
    それらの動作を一瞬で行うと、さっき拾った直剣を持ってウガチの本へ向かう。下っ端ゴブリンたちは俺が腰に付けている草穂の光で近づこうとしてこない。
    そいつらの間をくぐり抜けウガチに近づき、思い切り斬りかかる。ウガチの方も相当な反射神経で俺の剣を蛮刀(マチエーテ)で受け止める。
    競り合いになり、互いの顔が草穂の灯りで照らされる。侵入者の正体に気づいたウガチは濁った黄色い眼を見開く。
    「白イウムが、どうしてこんなところにいやがる!?」
    「悪いが、お前らをこの先に行かせるつもりはない!」
    「イウムのガキが……この《蜥蜴殺しのウガチ》様と戦う気かぁ!」
    前回と同じセリフを叫ぶ隊長ゴブリンに、俺も前回と同じ言葉を叫ぶ。
    「違う!戦うんじゃない___勝つんだ!」
  25. 25 : : 2018/12/08(土) 13:58:45
    直後、剣を全力で前に押し出す。人間の予想以上のバカ力に驚き、後ろによろけるゴブリンを、二連撃技《バーチカル・アーク》で一気に攻める。
    前と同じく、防御しようと突き出してくるゴブリンの左腕を、初撃で肘より少し下の辺りから斬り飛ばす。左腕を斬られてもなお怯むことなく攻撃してこようと、ゴブリンが右手に持っている剣を振り回す。
    前回はここで油断してカウンターをくらってしまったが、今回は違う。上から下に斬り払われていた俺の剣が瞬間的に上に跳ね上がる。
    二撃目で、ゴブリンのカウンターを弾くと、ゴブリンの体勢が崩れる。俺も、本来ならここで技が終了してしまうところだが、俺の剣は輝きが消える直前に再び光を放ち出す。
    システム外スキル《スキルコネクト》。上に跳ねたままの状態から、単発水平斬り《ホリゾンタル》に繋げる。
    ゴブリンはまだまだ体勢を回復させていない。これなら確実に当たる!確信を持って、俺はゴブリンの首めがけて剣を振り出す。
    ……これで、終わりだ!!
    しかし、そこで信じられないことが起きた。光る刀身がゴブリンの首に触れる直前、見えない壁でもできたかのように俺の剣が弾かれた。
    「なっ___!?」
    全力の技を防がれ、今度は俺の体勢が崩れされる。
    当然、そんな隙をゴブリンが見逃してくれるはずもなかった。振り下ろされたゴブリンの剣が俺の体を無惨に斬り裂き、辺りに鮮血を撒き散らしながら、俺は2mほど吹き飛ばされる。
    斬られた衝撃で俺が立ち上がれずにいると、隊長ゴブリンの指示で三匹のゴブリンが俺の体を抑え込んでくる。両腕を後ろに回され、完全に身動きが取れなくなる。
    隊長ゴブリンは、手に持っていた蛮刀を口に咥え、俺に斬られた腕を力任せに握りつぶして止血している。
    「……何だかよくわからねぇが、勝手に外してくれて助かったぜ」
    そう言いながら、隊長ゴブリンは、身につけている装飾品をじゃらじゃらと鳴らしながらこっちに歩いてくる。
    しかし、俺はゴブリンの行動も目に入らないほど驚愕していた。
    あの体勢から、俺の技を躱すことも受け止めるのも奴には不可能だった。そして、俺が技を失敗したという訳でもない。なら、どうして俺の技は当たらなかった?あの時、一瞬確かに見えない壁ができた。その壁が俺の技を弾いたのだ。本来なら考えられないが、この世界にはそれを可能にする唯一の方法がある。
    心意。あれなら、剣を弾くくらいは可能だろう。しかし、それを使える奴は今この空間にいるはずがない。
    隊長ゴブリン、奴に俺の剣を防ぐ余裕があったとは思えない。それなら周りにいた下っぱゴブリンどもの誰か?……いや、それもないだろう。それならいったい誰が?この空間には今俺たちしかいないはずなのに……。
    すると、俺の目の前まで来た隊長ゴブリンが歩みを止め、俺の髪ごと頭を掴みあげた。
    「ぐ……」
    「この屈辱は、お前を八つ裂きにして、食い散らしても収まりそうもねぇが……とりあえず、やってみるとするか……おい」
    前にも聞いたセリフを言って、俺を抑えるゴブリンの一匹に指示を出す。すると、指示を出されたゴブリンが、俺の左腕を持ち上げる。
  26. 26 : : 2018/12/08(土) 14:48:33
    何をする気だ、と思って見ていると、隊長ゴブリンは手に持ち直した蛮刀で俺の左腕の肩より少し下の部分を、ノコギリのように斬りだしたのだ。
    「うああああ___!!!」
    あまりの痛みで絶叫し、逃れようと暴れるが、三匹のゴブリンにがっちりと体を固定されて、動けない。今にも意識が飛びそうになる。俺の悲鳴と苦しむ姿をみて愉しんでいるのか、周囲のゴブリンたちがギッギッと笑う。
    いっそ、一思いに斬ってくれと懇願ちたくなるほどの痛みに耐え、ようやく俺の腕が骨ごと断ち切られる。再び痛みが全身を駆け巡るが、もうそれすら感じなくなってきている。
    涙も出てこない目で、隊長ゴブリンを見上げると、荒い息を繰り返す俺を残忍な笑みを浮かべて、隊長ゴブリンが見下ろしてきている。
    「どうだ、痛てぇだろ?命乞いをすれば見逃してやるぜ?」
    そう言うと隊長ゴブリンだけでなく周りの奴らも、下品な笑い声を上げる。
    そんなことしたところで結局殺すつもりだろ!と思うが、頭のでは、諦めろ、もう天命もほとんど残っていないだろう、ここで命乞いをすれば本当に見逃してくれるかもしれないぞ、と叫ぶ声が響く。
    一瞬、その声に身を任せてしまいそうになるが、思い直す。今、ユージオは俺の無事を信じて村までの道を必死に走っているはずなんだ。こんなところで命乞いなんかしたら、あいつに顔向けできない。あいつのことを友と呼ぶ資格もなくなる。故に、俺は荒れた呼吸を整えると、できるだけ馬鹿にした顔で、ゴブリンを睨む。
    「……お前を倒すぐらい……片腕で十分さ」
    こういう、相手を挑発するのはアインクラッドにいた時からしょっちゅうやっていたので、たぶん挑発は効いているだろう。俺の言葉をきいたゴブリンどもは静まり返り、隊長ゴブリンは顔を引き攣らせ、目を見開きわなわなしている。
    ざまあみろ、心の中で唱えると、引き攣った顔のまま無理に笑いを浮かべてゴブリンが喚く。
    「……そこまで言うなら……二度と剣を振れなくなる覚悟は、できてるんだろうなぁ!?」
    強がってはみたものの、正直この後のことなんかは微塵も考えていないし、目もだいぶ霞んできている。
    俺を抑えるゴブリンが今度は右腕を持ち上げる。今度は右腕を斬り落とすつもりなのだろう。
    きっとなぶり殺しにされるんだろうなぁ……などとぼーっとした頭で考える。
    ……ユージオにも悪いことしたなぁ。みんな、無事に逃げてくれるといいんだけど……。……あぁ、それにアスナとの約束も守れなかったや……帰ったら怒られちゃうかな……。
    霞んだ目で右腕を見つめる。ゴブリンの蛮刀が腕に食い込んでくる。さっきと同じくらい痛かったが、せめてあいつらを愉しませないようにと歯を食いしばって悲鳴をあげそうになるのを必死に堪える。
    徐々に蛮刀が食い込んでゆき骨に当たって止まる。
  27. 27 : : 2018/12/08(土) 15:37:16
    「……く……あぁ___っ」
    ついに堪えきれなくなり、悲鳴をあげそうになったその時___、
    「___うあああああ___!!!」
    誰かが叫びながらこっちへ走ってきて隊長ゴブリンに全力のタックルを決め込んだ。
    予想外のことで、躱せなかった隊長ゴブリンはそのまま吹き飛ばされ、俺を抑えていたゴブリンたちも巻き込んで転がっていく。
    「……っつう……」
    タックルを決めた方の肩を押さえながら、その人物はこちらに向き直ると、服が血で汚れるのもお構いなしに俺のことを背負う。そして、自身が飛び出してきた方、外に繋がる道へ向かって走り出した。
    この声と、細いがしっかりした背中、そして顔に触れる亜麻色の髪を俺は知っている。俺はその人物の名前を呟く。
    「……ユー……ジオ……」
    掠れていてほとんど聞こえないような声だったが、どうにか聞こえたらしい相棒は、
    「……ごめんね、キリト。遅くなっちゃって」
    それだけ言って出口へ全速力-といっても俺の傷を気にしてか、少しペースは落としている-で向かう。
    今、ユージオは遅くなったと言ったが、村へ帰って事情を説明し、ここまで戻ってきたことを考えると早すぎるくらいだ。
    すると、ユージオに吹き飛ばされ、仲間と絡まっていた隊長ゴブリンが、
    「今日はどうなってやがんだ!!どいつもこいつも邪魔しやがって!!」
    相当頭にきているらしく、怒鳴り散らすとこちらに向かって走ってくる。
    ゴブリンの足はあまり速くないようだが、いくらユージオの足の方が速くとも、同年代の男一人を背負い、しかもそいつの傷を気にしながら走るのでは、すぐに追いつかれてしまうだろう。そんなことはユージオもわかっているはずだ。
    「……ユージオ、俺を、置いて行け……お前一人なら……逃げ切れる……」
    途切れ途切れの言葉で何とかそれだけを口にする。しかし、
    「嫌だっ」
    そう言ってユージオは足を緩めようとしない。
    「……俺は、もう持たない……余計な体力を、使うな……」
    「キリトは黙っててくれ!すぐに、村まで連れて行ってあげるから」
    あまりにも悠長なことを言うユージオに少しイライラさせられ、俺も出せるだけの声を張り上げる。
    「それじゃあ間に合わないって言ってるんだ……!!いいから、降ろせ……!」
    「黙っててくれって言ってるだろ!!こんなところで、お前を死なせやしない……絶対に死なせないからな!!」
    一瞬ドキッとした。今ユージオが言った言葉は、俺がユージオが死ぬ時に言ったこととほぼ同じだったからだ。しかし、ユージオがそんなことを知っているはずがないので偶然だろう。
    自分が昔言ったことを聞かされそれ以上何も言えなくなる。ユージオの首に回した右腕で、背中越しにユージオの服を握りしめる。
    ……ごめん、ありがとう。謝罪と感謝の言葉を心の中で唱えて、溢れそうになる涙を堪えるようにしてユージオの背中に顔を押し付ける。
    その行動をどう解釈したかはわからないが、相棒は大きく頷き出口を目指した。
  28. 28 : : 2018/12/08(土) 16:59:26
    出口は目前だ。ゴブリンともまだ距離がある。
    逃げきれるか……?
    俺がそう思ったその瞬間___ユージオが突然体を前のめりにして倒れた、いや転んだのだ。
    「あうっ……」
    「ぐっ……」
    ユージオが転んだため、俺もユージオの背中から放り出される。
    体を起こそうとしているユージオの顔には何が起きたかわからないという困惑がうかんでいた。
    当然だ。だって、ユージオが転んだ場所、足元には何もなかった。しかし、ユージオの転び方からするに何かにつまづいたのは確かだ。
    俺も目が霞んでいたせいでよくはみえなかったが、ユージオは《何もない空間に足をひっかけた》のだ。これと似た現象が先程一度起きている。
    俺がゴブリンを斬ろうとした瞬間、俺も《見えない何かに剣を阻まれた》。つまり、今ユージオが転んだのも、誰かの心意によるものだ。
    転んだ時に強く打ちつけた体を起こそうとしたユージオの腹に、追いついてきた隊長ゴブリンの蹴りが入った。
    「がっ……!」
    ユージオが腹を抱えて(うずくま)る。
    隊長ゴブリンがユージオを見下ろして言う。
    「お友達を助けに飛び込んで来たのに、何もない所で転んで自滅じゃ世話ねぇなぁ!」
    それをきいた他のゴブリンが大声で笑い出す。隊長ゴブリンもひとしきり笑ったあと、
    「そいつはお前らにくれてやる、食うなり殺すなり好きにしろ」
    と、ユージオを指してゴブリンどもに言う。
    それを聞いたゴブリンたちは歓喜の声をあげて一斉にユージオに群がっていく。そして、ユージオを取り囲み蹴ったり殴ったりとそれぞれが好きにユージオを痛めつける。
    「……ゃ……めろ……」
    声を出そうとするが掠れた音しか出ない。すると、最初に斬られた傷口を隊長ゴブリンが踏みつけてきた。
    「ぐあぁっ……!」
    「お前だけは俺が殺さないと気が済まない。安心しろ、後で仲のいい奴らも全員送ってやるよ」
    そう言い、逆手に持ちかえた蛮刀を俺の上に振り下ろしてこようとした時、
    「___待て!!」
    隊長ゴブリンが声のした方を向く。ゴブリンの群衆の中からユージオが叫んだのだ。
    「……弱っている奴を先に殺して、元気な方は下っぱ任せか。弱いものイジメなんて子供しかやらないぞ。ゴブリンの隊長って言っても本当は大したことないんだな!」
    ゴブリンたちに好き放題やられて、ボロボロの体を起こしながらユージオが隊長ゴブリンを挑発した。
    ユージオが誰かを挑発するところなんて見たことがなかったから驚いた。
    隊長ゴブリンは俺に下ろしかけていた蛮刀を上げると、
    「……白イウムってのは強くもねぇのに口ばっか達者だなぁ!やっぱり気が変わった。お前もオレが殺してやるよ!どけお前らぁ!!」
    そう叫ぶと、慌てたようにゴブリンたちが散っていく。残されたユージオは体を起こそうと試みているが、ゴブリンたちにやられたところがこたえているみたいで起きあがれないようだ。
    ユージオの元にたどり着いた隊長ゴブリンは俺にしたようにユージオを足で踏みつける。
    「うぐ…」
    だめだ、やめろ。叫ぼうとしてもやはり声が出ない。霞む視界の先でユージオがこっちに微笑みかけてくる。そして、殺れと言うように静かに目を閉じる。
    ……どうして……どうして上手くいかないんだ。俺はユージオを救うためにここに来たんじゃなかったのか。
    頭の中で自身に問いかけるが答える者もなければ、体が動くこともなかった。
    隊長ゴブリンの蛮刀が振り下ろされる。もう今動いたんじゃ間に合わない。天命ももうほとんどない。数分……いや数十秒で尽きてしまうだろう。
    やっぱりダメだったんだ。俺なんかにユージオを救うことはできなかったんだ。……ごめん、ごめん、ユージオ……。
    諦めかけたその時___、
    ___らしくないぞ。諦めるなんて
    誰かの声が頭に響く。よく見れば周囲の時間も止まっている……いや、本当に少しずつだが、動いてはいるようだ。
    温かい誰かの手が俺の右手におかれる。
    ___言っただろう?今度は、僕が君の背中を押すって。君なら何度だって、立ち上がれるって。だって君は___
    感覚もほとんど残っていなかった体に力がこもる。ゆっくりと体を起こす。痛みが全身に走るが、気にならない。前にいる敵だけを見る。深く息を吸い込む。
    ___君は、僕の英雄なんだから。
  29. 29 : : 2018/12/08(土) 17:21:41
    「うおおおお___!!!」
    絶叫しながら、友に剣を振り下ろさんとしている隊長ゴブリンに突っ込む。
    自分でも驚くほどの速さでゴブリンの前に出る。隊長ゴブリンが驚愕の表情を浮かべる。
    残っている右手の五指を揃え構えると、手が光を帯びる。体術スキル零距離技《エンブレイザー》。
    ありえない速さで突き出した手刀で、隊長ゴブリンの右腕を突くと、その手から蛮刀が離れる。
    刺した手を引き抜き、ゴブリンが離した剣を空中で握る。そのまま溜めをいれて、ソードスキルを発動させる。左から右へ剣を振り払いゴブリンの右腕を吹き飛ばす。
    「白イウムのガキがぁぁ!!!」
    叫ぶゴブリンの首を、右から左に戻った剣が跳ね飛ばした。二連撃技《スネークバイト》。
    左腕がなかったのでしかたなく、落ちた隊長ゴブリンの頭を剣の先に刺して掲げ、あの時と同じセリフを叫ぶ。
    「お前らの親玉の首は取った!まだ戦う気がある奴はかかってこい、そうでない奴は今すぐ闇の国に帰れ!」
    ギッギッとざわめくゴブリンたちの間から、あの時と同じ奴が出てくる。そしてあの時と同じセリフをこいつも言う。
    「ギヘッ、そういうことなら、手前ェを殺ればこのアブリ様が次の頭に……」
    同じセリフを聞くのもいやだったし、時間が惜しかった。剣の先の頭を払い捨て、片手剣突進技《ソニックリープ》でそいつの右脇から左肩までを両断する。両断された上部分がどしゃりと音を立てて落ちるのをみて、周りのゴブリンたちが我先にと、出口-ダークテリトリー側の-へ詰めかける。
    その様子を黙って見送る。そして、全員が出て行った時に静寂が訪れた。
    ユージオの方を見ると、ユージオは呆然とこちらを見ている。体中アザだらけだが、他に大した傷はないようだ。
    対して俺は、止血もしないで暴れまわったためか、頭がクラクラして立っているのも辛い。正直今、立てているのも不思議なくらいだ。
    しかし、この後すぐ俺の天命は尽きるだろう。そうなればユージオともお別れだ。やり残したことはたくさんあるし、アスナとの約束も守れないで帰るのはとても残念だが、ここでユージオを守りきれただけでもよしとしよう。二度とこの世界に戻ってくることもあるまい。
    霞む景色の先にいる友の顔を目に焼きつけ目を閉じると全身から力が抜ける。
    俺の名前を叫ぶ声を遠のく意識の中で聞きながら、俺は心の中で別れの言葉を呟いた。
    ___さようなら(ステイ・クール)、ユージオ。
    離れる意識の中で、俺の右手は誰かの温もりで包まれていた。
  30. 30 : : 2018/12/08(土) 17:37:50
    ※注 まだおわりません\( ˙▽˙ )/
  31. 31 : : 2018/12/08(土) 21:21:18
    またまた期待
  32. 32 : : 2018/12/10(月) 16:03:41
    遠くに誰かがいる。亜麻色の髪、緑色の瞳、青い服……ユージオ?
    どうしてそんなに悲しそうに笑っているんだ?
    ……待ってくれ、どこへ行くんだ、ユージオ。俺を……俺を置いていかないでくれ!もう、一人は嫌なんだ……
    ___ユージオ!!



    気がついたら、右手を上に伸ばしていた。呼吸は乱れ、汗もたくさんかいており、とても胸が苦しい。
    「……夢、か」
    消えない寂寥感(せきりょうかん)を、強引に胸の奥へ押しやり、息を整え改めて辺りを見回す。
    もう何年も寝泊まりしていた教会の自室、ということは、俺はまだアンダーワールドにいるらしい。
    確か俺はゴブリンとの戦いでひどい傷を負ったはずだ。それなのにまだここにいるということは、何とか一命は取り留めたのだろう。
    「……まったくしぶといね、俺も」
    一人の部屋で自分の悪運強さに笑う。
    それにしても、いったい誰が俺を回復させたのだ?ユージオは高度な神聖術はまだ使えないはずだし、あそこから村に連れて帰るのは不可能だったはずだ。
    ……考えてもしょうがない。と、体を起こそうとした途端、
    「っつ……!」
    体と左腕に走った痛みで再びベッドに倒れ込む。おそらく、ゴブリンと戦った時に骨を何本かやられていたのだろう。左腕に関しては一度体から切り離されたのだ。まだ完治していなくてもおかしくはない。
    そうだ、ユージオはあれから無事だろうか。俺が無事なのだからあまり心配はしていないが、万が一がある。
    俺が痛む体を起こそうとしたところで、扉を小さくノックする音が聞こえた。セルカかなと思い返事をする。
    「どうぞ」
    返事はしたが、扉が開く気配はない。聞こえなかったかなと思い、さっきより大きい声で、
    「どうぞ!」
    それでも開かないので、誰かのイタズラかと思えてきたとき、突然扉が勢いよく開かれる。思わず体をビクッとさせ、扉の先を見るとそこにはなぜか、驚いた顔のユージオが立っていた。口をぱくぱくさせ、言葉に迷っているようだ。
    元気そうな様子をみて、一人ほっと胸を撫で下ろす。
    「な、なんだユージオか……びっくりさせるなよ……」
    「キ、キリト……目が、目が覚めたんだね、よかったぁ……」
    そう言うと、ユージオは心底安心した様子で、目に涙を浮かべる。
    「お……おい泣くなよ!」
    「な、泣いてないよ」
    そう言いながらユージオは目元を拭う。やっぱ泣いてるじゃんか!というツッコミはひとまずおいておき、さっきの不審な行動について尋ねる。
    「で、なんでそんなにビクビクしながら入ってくるんだよ」
    「だって、キリトの声が幻聴だったらどうしようって思ったら不安になっちゃって……」
    「おいおい……」
    恥ずかしげもなく真顔でそんなことを言ってくるので、こっちが恥ずかしくなってしまう。俺のそんな様子に気づかず、ユージオは笑って言う。
    「でも、本当に目が覚めて良かったよ。……今度はちゃんと覚えてるかい?」
    「さ、流石に覚えてるよ……」
    今度というのは、六年前の俺が倒れた時のことを気にしているんだろう。あの時は俺がログアウトする直前だったため、少し前の記憶が飛んでしまっていたが……。
    「……それにしてもどうやって俺をここまで運んだんだ?」
    俺が聞くと、ユージオは俺の寝ているベッドを指さし座ってもいいかい?ときいてくる。俺が頷くと、ユージオはベッドの縁にそっと腰を下ろし、口を開く。
    「……君が倒れた直後にセルカが来てくれたんだ。……あの時は安心したなぁ。何せ君の天命はどんどん減っていくし、僕はまともな神聖術を使えないからね」
    そう言ってユージオは困ったように笑う。しかし、実際とても焦っただろう。俺も、ユージオがゴブリンに斬られ、天命が無くなりそうになるのを一度経験している。あの時は、セルカが近くにいたから良かったが、いなかったらと思うと今でもゾッとする。
    「それでセルカと高位神聖術を使って、僕と彼女の天命を君に分けたんだ。大きな傷もだいたい塞がって、天命の減少はなんとか止めたけどそれでもまだ危険な状態だったから、僕が君を背負って村まで連れ帰ったんだ。その後はシスターに任せて、ゴブリンのこともみんなに伝えたよ。村長や村の大人たちもみんな驚いてたよ」
    「そ、そうか……って、ユージオ、お前はどうなんだ?お前もけっこうゴブリンにやられてたろ」
    「僕のは大したことなかったよ。まぁ、アザもできてるし、今でもまだ痛むところはあるけど、キリトのと比べればよっぽどマシさ」
    確かに見たところ変な場所もないし、大怪我をした俺が言うのもあれだったのでとやかくは言わないようにする。
  33. 33 : : 2018/12/10(月) 17:21:29
    すると、そこまで話し終えたユージオがそういえば、と考え込む素振りをみせる。
    「どうかしたか?」
    気になったので尋ねると、ユージオは実は、と話し出した。
    「セルカと一緒に神聖術を使っているとき、天命が足りなくて僕は一度意識を失いかけたんだけど、直前に隣に誰かがいたような気がするんだ」
    「隣って、セルカじゃなくてか?」
    「ううん、セルカは僕の左側にいたし、その人は僕の右側にいたんだ。背だってセルカよりずっと高かったし、僕より少し高かったかな?顔とかはあんまりよく覚えてないけど、全身青い服を着ていたのは覚えてる。それに何か喋ってた気がするけど、どこかで聞いたような声なんだよね。誰だかちっとも思い出せないけど……もしかしたらその人が天命を分けてくれたのかもしれないね」
    そう言って笑いながら、僕の気のせいかもしれないけど、と付け足す。
    ユージオはそう言っているが、今度は俺が考えさせらる。ユージオが言う人物に心当たりがある。そして、俺もその人間をほぼ同じタイミングで感じているのだ。
    ユージオがゴブリンに斬られそうになったとき、俺はそいつと思しき人物の声を聞いている。あの声は間違いなく……
    そこまで考えて、浮かびそうになった言葉を頭から振り払う。そんなはずがない。だってあいつのフラクトライトはガブリエルとの戦いを最後に消えてしまったはずなのだから。あれは、俺自身が創り出した幻だ……そうに違いないんだ。
    しかし、そうなるとユージオの言ったことの説明がつかない。ユージオがそいつを見た時、俺は完全に意識がなかったのだから、幻を創るもクソもない。ましてや、ユージオやセルカ、その他の人間が創り出したとも思えない。
    いや、あの空間にはもう一人、誰かがいたはずだ。俺の剣を止め、ユージオを転ばせた、心意を使えるほどの人間が。そいつなら、心意を使って幻を創り出すことくらいできるはずだ。しかし、俺たちの邪魔をした奴が、俺たちを助けるような真似をするとは思えない。それなら、その心意使いにとって、あいつの幻は予想外の出来事だったのか?
    と、考え出す俺の思考をユージオの声がかき消した。
    「キリト、どうかしたのかい?」
    心配そうな顔で覗き込んでくるユージオの瞳は何も知らない、純粋な光で満ちている。その目を直視出来ずに、俺は目を逸らす。
    「なんでもないよ」
    すると、ユージオがムッとした顔をして、少し怒った口調で言う。
    「……また、なんでもないか。そうやって、いつも一人で抱え込もうとする。そんなに僕を信用出来ないのか」
    その言葉にドキッとし、反射的に言い返す。
    「ち、違う!俺はただ……」
    続きの言葉が出てこない。どこが違うんだと、頭の中で声がする。ユージオから目を逸らしたまま、力なく答える。
    「……いや、ユージオの言う通りだよ。相談しようと思えばいつでもできた。それをしなかったのは、お前を巻き込んで、お前が傷つくことで俺が傷つくのが怖かったからだ。それなのに結局お前を巻き込んで危険な目に遭わせた。俺が最初からお前に話していればこんなことにはならなかった。」
    ユージオは俺の話を黙って聞いている。俺が目を逸らしているせいで、どんな表情かは見えない。その顔を見てしまうのが怖くて、右手を額辺りに置いて目を覆う。
    「……これが初めてじゃないんだ。俺が嘘を吐いたせいで俺は大切なものをたくさん失ってしまった……俺の心が弱かったばっかりに……すまない」
    最後は声が震えてしまっていた。やり場のない気持ちが溢れそうになって右手にチカラがこもる。
    たぶん大半はユージオには、理解できなかっただろう。ここで、ユージオに怒られても、嫌われても何も文句は言えまい。ユージオの口から罵倒の言葉が出るのを待ったが、ユージオは何も話そうとしない。
    数秒して、ユージオが体を動かすのを感じた。部屋を出ていくのだろうと思ったが、ユージオは俺の近くに寄り、その手を俺の頭に置いた。そして、ユージオから口から出たのはとても穏やかで優しい声だった。
  34. 34 : : 2018/12/10(月) 17:51:58
    「……キリト、僕には君の言っていることの意味も、君が何を抱え何を思ってその言葉を言っているのかもわからないけど、僕は君の心が弱いなんて思ったことは一度もないよ。君はいつも、僕には出来ないことをやろうとするんだ。アリスを助けようとした時も、ゴブリンと戦おうとした時も、君は自分のことなんか少しも考えないで先に体を動かすんだ。僕にはそれが、できなかった。アリスが連れていかれる時も、君がゴブリンと戦っている時も、僕は怖くて動けなかった」
    ユージオの声が悔しそうに震える。
    きっとユージオは俺がゴブリンと戦っている時、村には戻らず途中で引き返して来たのだろう。そして、俺の様子をずっと隠れて見ていたのだろう。
    「だから、僕はずっと君のことが羨ましかったんだ。僕のできないことを平気でやってのけちゃって、他の人のことを一番に考えられるキリトが。」
    ユージオは、そう笑いながら言った。
    「それにキリトが僕に言ってくれた言葉、君が僕の背負っているものを半分背負うって言ってくれたとき、僕はすごく救われたんだよ。……だから一人で抱え込まないで、僕にも君のことを手伝わせて。少しでも君の支えになりたいんだ」
    そう言って、頭を撫でてくる手はとても大きくて温かくて、優しかった。
    ……お前はもう十分俺の事を支えてくれてるし、俺だって何度もお前に救われてるよ。
    そう言いたかったが、声が出せなかったのは、涙を堪えるので精一杯だったからだ。
    この世界では涙を流しちゃいけない、俺がこの世界で泣くことはずるいことだ。そう自分に言い聞かせる。
    「……ありがとう」
    その小さな声が親友に届いたかはわからない。その親友はそっと力強く、俺の頭を撫で続けた。
  35. 35 : : 2018/12/11(火) 17:59:48
    すみません、受験生なんで更新ペースかなりおそくなるかもです。m(_ _)m

    りゅーまるさん、いつも読んでくれて+コメントありがとうございます。本当すみません。
  36. 36 : : 2018/12/14(金) 19:12:42
    コーン……コーン……

    「よんじゅう……きゅう、ごじゅ……うっと」

    目を覚ました次の日、斬られた腕やボロボロだった体も、シスターやセルカの神聖術のおかげで無事に回復し、またいつも通り巨杉に斧を振っている。

    「よし、終わったぞユージオ」

    隣に座り込んでいる相棒に斧を渡す。相棒は立ち上がって斧を受け取ると、今日何度目とも知れない心配顔で、

    「ねぇ、キリト、本当に体は大丈夫かい?あれだけ酷い傷だったんだ、まだどこか痛んだりとか……」

    「だーいじょうぶだって!もうこの通りピンピンしてるよ。ほんとに心配性だなユージオは」

    「それならいいけど……ほんとに無理はしないでくれよ」

    「わかってるって〜」

    手をヒラヒラさせて言う俺を、ユージオはもう一度眺め回してから、ようやく斧を振り出す。俺もユージオが座っていた辺りに座って、その様子を見る。
    さっきこっそり確認した自身の《ステイシアの窓》に表示された天命の最大値とオブジェクト・コントロール権限、システム・コントロール権限が大幅に上昇していた。そして、ユージオもまた、同じく上昇していると見ていい。現に俺だけでなく、ユージオの斧の振りがいつもよりもとてもスムーズし、当たりも良い。
    これなら、ユージオが持っているはずのアレを使えば数日でギガスシダーを倒すことが可能だろう。そして、俺がその話を持ち出せばユージオは確実にその話に乗ってくるだろう。しかし、俺は自分から話し出すつもりは、少しもない。理由は、ユージオの人生を俺が決めてはいけない、ユージオ自身の意思で決めさせなければならないからだ。
    ユージオもその話をいつするか迷っているのだろう。さっきから、時々口ごもったり、何か言いたげな顔をしている。そして、俺の予想が正しければ、ユージオがこの回を叩き終わった後の昼休憩の時に、ユージオはその話をする。なぜかというと、今ユージオがそういう顔、よしやるぞという何かを決めた時の顔をしているからだ。
    そして、ついにその時が来た。

    「ごじゅう……っと…………ふぅ……」

    ユージオが息をついて、斧を木に立てかける。そして、すまし顔で素知らぬ顔をする俺の方に向き直り、

    「キリト、話したいことがあるんだ」

    「どうしたんだ、改まって」

    「君は……剣を使えるのかい?」

    「…………ああ、使えるよ」

    一瞬ユージオの目が見開かれる。しかし、すぐに真剣な顔になる。

    「……キリトに見てほしいものがあるんだ」

    そう言ってユージオは、今朝から-おそらく、昨日の内に運んできておいたのだろう-ずっと木に立てかけてあった細長い布包みの紐を解きだす。そして、中からとても美しい一振りの剣を取り出した。
    六年前、いやもっと昔にも見た、青い薔薇が彫り込まれた長剣。神器《青薔薇の剣》、かつての相棒の愛剣であり、何度か俺を救ってくれもした剣だ。
    ユージオは布からそれをおそるおそる取り出す。そして、俺の目の前まで持ってくると、どこか複雑そうな表情で、

    「これを覚えてるかい?六年前、僕らが果ての山脈で見つけ、何年も昔に英雄ベルクーリが白竜の巣から盗み出そうとした……」

    「青薔薇の剣、だろ?」

    俺が続きを引き継いで言うと、俺が驚かなかったことに驚いているのか、少し意外そうな顔をした後、静かに頷いて、視線を手元の剣に移す。

    「……これは、僕が一昨年、果ての山脈から運んできたものなんだ。自分でもどうしてそんなことをしたのかはわからないけどね」

    苦笑しながらそう言うと、今度は俺の方を向き、どこか(すが)るような視線を向けてくる。

    「僕には重すぎて振れないけど……でもキリト、ゴブリンにも勝った君になら……」

    ユージオの言わんとすることは十分わかっている。しかし、ここで素直に俺が剣を振って、ユージオが俺に剣の修行をつけろと言ったとしても、それではユージオ自身から出た言葉だと言えるのか。厳しいとは思うが、故に俺はここでユージオに尋ねておかねばならない。

    「……俺がここでそいつを振れたとして、お前は何がしたいんだ?」

    こんなことを聞かれるとは思っていなかったんだろう。ユージオは目を見開くと、少しの間迷う様子を見せる。そして、再び視線を剣に落とす。

    「……僕は、アリスが連れていかれる時も、君がゴブリンと戦っている時も見ていることしかできなかった。……だから次こそは、キリトが言っていた守るべきものを守りたいんだ、自分の力で。」
  37. 37 : : 2018/12/17(月) 19:29:05
    ユージオは剣から顔を上げると、俺の顔をまっすぐ見つめてくる。その目には、一切の迷いもなかった。だからこそ、俺は同時にそれを悲しくも思った。

    「…………わかった」

    一言呟いて、ユージオの持っている剣を受け取る。幸い持てないなんてこともなく、鞘から剣を抜くと、薄青い刀身が木漏れ日を受けて輝く。その剣の輝きに見とれているのか、後ろでユージオがため息をもらす。
    ギガスシダーの幹に向かい、いつものように構える。腰を落とし、右脚を引いて半身になる。右手の剣をそれに合わせて後ろに引き、一瞬の溜めを入れると、刀身が薄水色の光に包まれる。

    「___セイッ!!」

    短い気勢とともに地面を蹴る。システムアシストの動きに合わせて体を動かし、斬撃の威力とスピードを上げ、深い切り込み目掛けて思い切り剣を叩き込む。片手剣単発ソードスキル、《ホリゾンタル》。
    水平に伸びた剣は切り込みにピンポイントで入り、辺り一帯に衝撃音を轟かせる。ギガスシダーの巨体がびりびりと震え、周囲の梢でさえずっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。
    静かに剣を幹から引き抜き、小さく息をついて、相棒に向き直る。少し距離をとって様子を見ていた相棒は、口をポカーンと開けて、目を輝かせている。やがて、肩を震わせながら、絞り出したような声を出す。

    「……やっぱり、キリトは凄いね。僕にはそれを持ち上げるのだって一苦労なのに……」

    そう言ってしょんぼりした顔をするユージオの前に進み、右肩をぽんと叩く。

    「いいや、そんなはずはないよ」

    「え?」

    今度はキョトンとした顔をするユージオの手に青薔薇の剣を乗せてやると、相棒はその剣をしっかりと握る。
    どういうことかわからないという顔で、剣を握った右手と俺の顔を交互に見比べていたが、やがて自分が片手で、平然と青薔薇の剣を持っていることに気がついたのだろう。自身の右手を凝視し、唇をわなわなさせる。
    そして剣を握ったまま、俺の両肩をガシッと掴むと、今度はがっくがっくと俺の肩を全力で揺らし出す。

    「すごい、すごいよキリト!僕、あの青薔薇の剣を持ててるよ!!」

    「わ、わかった。わかったから、とりあえず、揺らすのを、やめてくれ」

    そう訴えると、相棒は「あ、ごめん」と言ってようやく両手を放した。危うく頭が落ちるところだったと、なおもくらくらする頭を押さえて、まだ驚嘆の色を浮かべ、剣を眺め回す相棒の顔を見る。

    「どうだ?ちゃんと持てるだろ?」

    「うん、でもこの前までは持てなかったはずなのに……」

    「まぁそれはどうだっていいさ」

    そう言うと、相棒はなおも不思議そうだったが、今度は俺の顔を見やると、

    「そ、そうだ、キリト。今の剣術の流派は?当然あるんだろう?」

    少し答えに迷うが、前といっしょでいいだろうと、ゲーム感覚で決める。まぁ、実際これ以外に考えられないが……。

    「俺の流派は、《アインクラッド流》だよ」

    「アイン……クラッド、流?」

    ユージオは俺の言葉を繰り返すと、首をかしげて再び問い返してくる。

    「きいたことないなぁ。村にそんな名前の人もいないし……地名か何かかい?」

    「まぁ、そんなとこだよ」

    これ以上追求されたらちょっとめんどうだなぁ、などと考えていたが、どうやらユージオは今の答えで満足してくれたらしい。もう何度かアインクラッド流とブツブツと繰り返して、大きく頷くと俺の顔を強い光の宿った瞳でまっすぐ見つめてくる。

    「キリト。……《アインクラッド流剣術》を、僕に教えてくれ」

    「……解った。教えるよ、俺が知る限りの技を」

    押し寄せてくる寂しさを必死に押し殺して、悪戯っぽい笑みを浮かべ、最後の一言をつけ加える。

    「でも、修行は辛いぞ」

    「望むところだよ」

    そう言って笑うユージオと右の拳を合わせる。
    ユージオはアリスを救うため、そして俺はそのユージオを救うため。そうだ、今度こそ俺が二人を助けるんだ。俺の全てを捧げてでも。
    それぞれの誓いを胸に秘め、俺たちは顔を見合わせて笑った。
  38. 38 : : 2018/12/18(火) 16:24:59
    ごめんなさい、37のとこまた名前入れ忘れました。ほんとすいませんm(_ _)m
  39. 39 : : 2018/12/18(火) 18:07:28
    俺の予想通り、ユージオが青薔薇の剣を使って剣の修行を始めてから五日後に、ギガスシダーは倒れた。当然倒れる時に、そいつは俺とユージオの方に倒れてきたので、それをそれぞれ左右に回避し、倒れた衝撃で俺たちの天命が五十ほど減るというイベントと言えなくもないことを再び遂行したわけだが。
    その日の夜は、これまた予想通り村を挙げての祭りが催され、そこで俺たちは次の天職を決めさせられるはずだ。

    「………それにしても、すごい人数だなぁ……」

    俺が滅多に食べれることのない肉の串焼きを頬張りながら、広場の中央で踊っている人々と噴水の傍らの楽団たちを見てポツリと言うと、テーブルの向かいで発泡酒の入ったジョッキを持ったユージオが顔を綻ばせる。

    「ほんとだよね。年末の大聖節のお祈りでもこんなに集まらないよ」

    そう言って二人で顔を見合わせて笑っていると、甲高い声が頭上から降ってくる。

    「あっ、こんな所にいた!何やってんのよ、お祭りの主役が」

    両手を腰に当て、胸を反らせるというお馴染みの立ち方で、セルカがこちらへ寄ってきた。前と同じく、解いた髪に、赤いベストと草色のスカートを身につけている。

    「あ、いや……僕、ダンスは苦手で……」

    もごもごと言い訳するユージオに倣って、俺も首と右手を振る。

    「ほら、俺も、記憶喪……悪いなんでもない」

    「何言ってるのよ。ほら、そんなもの、やればなんとかなるわよ!」

    ユージオといっしょに手を掴まれ、セルカはずるずると俺たちを広場の真ん中まで引っ張っていく。最後に勢いよく背中を押され、踊りの輪に放り込まれる。
    一度入ってしまうとやはり楽しいもので、結局俺もユージオも、少しぎこちなくはあるが、楽団の奏でる素朴なリズムに合わせて踊ってしまう。
    しばらく踊ったところで、だんだん音楽のペースが上がり、そして唐突に終わった。楽団のいる演台の方を見ると、ルーリッド村長にしてセルカとアリスの父、ガスフトが登ったところだった。
    村長は両手をぱんぱん叩き、よく通るバリトンで叫んだ。

    「みんな、(えん)もたけなわだが、ちょっと聞いてくれ!」

    村人たちが、村長に歓声を送ったあと、さっと沈黙する。一同を見回し、村長は再び口を開いた。

    「___ルーリッドの村を拓いた父祖たちの大願は、ついに果たされた!肥沃(ひよく)な南の土地からテラリアとソルスの恵みを奪っていた悪魔の樹が倒されたのだ!我々は、新たなる麦畑、豆畑、牛や羊の放牧地を手に入れるだろう!」

    ガスフトの美声を、再びの歓声が掻き消す。村長は両手を上げて静けさが戻るのを待つと、続けた。

    「それを成し遂げた若者___オリックの息子ユージオ、そして教会の少年キリトよ、ここに!」

    村長が広場の俺とユージオを順番に見る。
    俺とユージオは周りの村人に促され、村長の隣にまで登る。二人で広場の方に向き直った途端、三度目の、そして最大の歓声が浴びせられる。

    「掟に従い___」

    村長の声が響き渡り、村人は口を閉じて耳を澄ませた。

    「見事天職を果たした彼らには、自ら次の天職を選ぶ権利が与えられる!このまま森で木こりを続けるもよし、牛飼いになろうと、酒を(かも)そうと、商売をしようと、なんなりと己の道を選ぶがいい!」

    横目でユージオの様子を見ると、そうとう緊張しているのだろう、困ったように俯き、右手で頭を掻きつつ、左手を閉じたり開いたりしている。最後に俺の方を見てくるので、小声で伝える。

    「……大丈夫、お前が今、一番やりたいことを言えばいい」

    笑ってそう言うと、少しは緊張がほぐれたようで、ユージオは青い顔のまま笑って頷く。そして、左手で腰に吊ってあった青薔薇の剣の柄をぐっと握り、顔を上げる。まず村長を、次いで村人たちの輪を見回すと、大きなはっきりとした声で言った。

    「僕は___剣士になります。ザッカリアの街で衛兵隊に入り、腕を磨いて、いつか央都に上ります」

    その様子を見てユージオの肩に手を置き、俺も間を開けずに言う。

    「俺も、ユージオといっしょに村を出て、剣士になります」

    しんとした静寂のあと、村人の間に、さざ波に似たどよめきが広がった。大人たちは皆、眉をひそめて周りの者に首を寄せ、ぼそぼそと何か言い合っている。ユージオの父親や二人の兄でさえ、苦々しい顔をしている。ただ一人、セルカだけは口許に寂しさと嬉しさの入り交じったような微笑を滲ませていた。
    場を鎮めたのは、今度もガスフト村長だった。片手を上げて村人を黙らせると、彼も厳しい顔を作り、口を開いた。

    「キリト、ユージオ、お前たちはまさか___」

    そこで一度言葉を切り、あご髭を撫でてからまた続ける。
  40. 40 : : 2018/12/18(火) 19:06:15
    「……いや、理由は問うまい。次の天職を選ぶのは、教会の定めたお前たちの権利なのだからな。よかろう、ルーリッドの長として教会の少年キリトとオリックの息子ユージオの新たなる天職を剣士と認める。望ならば村を出て、剣の腕を磨くがよかろう」

    ユージオと顔を見合わせて笑い、頷き合う。村人たちも村長の決定ならばと納得したようで、少々躊躇いがちながらも手を叩き始めた。しかし、その音が大きくなる前に、鋭い叫びが夜空にこだました。

    「待ってもらおう!」

    うわ、やっぱり来た、と少々げんなりしつつ人垣を割って壇の前に現れた若者をみる。左腰に吊るしたシンプルな形の長剣を揺らして、若者は壇上の俺たちに張り合うように胸を張り、太い声で叫んだ。

    「ザッカリアの衛兵隊を目指すのは、まず第一にこの俺の権利だったはずだ!ユージオたちが村を出ることが許されるのは、俺の次じゃないとおかしいだろう!」

    「そうだ、その通りだ!」

    追随する叫び声を発しながら、続いて若者とよく似た顔立ちの腹の出た中年の男が進み出てくる。間違えるはずもなく、若者の方が今の衛士長のジンクで、中年男の方が前の衛士長でありジンクの父であるドイクだ。
    俺が隠れてため息をついていると、ジンク親子の言い分を一通り聞いたガスフト村長が、なだめるように手を挙げながら言った。

    「しかしジンクよ、お前はまだ衛士の天職に就いて六年だろう。掟では、あと四年経たねばザッカリアの剣術大会に出ることはできんぞ」

    「ならばその二人もあと四年待つべきだ!剣の腕が俺より下のその二人が、俺を差し置いて大会に出るのはおかしい!」

    「ふむ。しかしそれをどうやって証明するのだ?お前のほうがこの二人より腕が立つことを?」

    「なっ……」

    ジンク親子の顔が見る間にまったく同じ赤に染まった。そうだ、もっと言ってやれ村長!と、思わなくもないが、当然俺はこの後のめんどくさいイベントを知っている。
    ジンク父が、湯気を立てながらガスフトに詰め寄る。

    「ルーリッドの長と言えど、その暴言は聞き捨てなりませんな!息子の剣が、木こり如きに遅れを取ると申すのなら、この場で試合わせてみればよいでしょう!」

    それを聞いた村人の間から、そうだそうだ、と無責任な野次が飛んだ。思いがけぬ祭りの余興を楽しめそうだと見るや、ジョッキを掲げ、足を踏み鳴らして、試合だ試合だと喚き散らす。
    ほらやっぱりそうなった、と俺は本日、いやここ数ヶ月で最も大きなため息をつき、ユージオは何でこんなことにと言いたげな顔をする。

    「どうしようキリト、なんだか大ごとになっちゃったよ」

    「……ここまで来てごめんなさいじゃ済まないだろうなあ」

    と、二人でぼそぼそと話していると、やる気満々のジンクが叫んでくる。

    「さぁ、どっちからやる?なんなら二人同時でも構わないぞ」

    それを聞いた村人たちがまた面白がって歓声を上げる。調子に乗りやがってとカチンとくるが、同時にもうとっとと終わらせてしまおうというめんどうな気持ちになる。どうせ今は俺だってここの村人なんだ、それなら俺が代わりにやっても問題はないだろうと思い口を開こうとしたが、先に隣にいたユージオが一歩前に進み出て言った。

    「僕一人でやるよ」

    言おうとしていたセリフを取られてしまい、少しがっくりしながらも相棒の顔を見る。相棒は俺に頷きかけると、さっきと同じように堂々と言う。

    「キリトはこの前、一人で闇の軍勢と戦って勝っているんだから、剣の腕を証明するのは僕一人で十分だろう」

    そう言うと、再びジンク親子が苛立った顔をする。ガスフト村長を見ると、よかろうとでも言うように頷く。
    いつの間にこんな堂々とものを言うようになったのかと呆れながら、ユージオに顔を近づけ囁く。

    「ほんとに大丈夫か?」

    「大丈夫だよ、僕にはキリトが教えてくれたアインクラッド流剣術があるんだ」

    そう言いながらも緊張で少し顔が青くなっているが、そこはもうユージオの度胸を信じるしかない。

    「わかった。いいか、ジンク本人じゃなくてあいつの剣を狙え。横っ腹に《ホリゾンタル》を一発当てればそれで終わる」

    「ほ、ほんとに?」

    「絶対だ、保証する」

    最後にユージオの背中をばんと叩いて後ろへ下がる。
    壇の上でガスフト村長が両手を叩き、静粛に!と叫んだ。

    「それでは___予定にはなかったが、この場で衛士長ジンクと、刻み手……いや剣士ユージオの立合を執り行う!剣は寸止めにて、互いの天命を損なうこと能わず、よいな!!」
  41. 41 : : 2018/12/19(水) 16:54:26
    その言葉が終わるや否や、ジンクがじゃりんと音を立てて腰の剣を抜き、少し遅れてユージオがゆっくり抜剣した。かがり火の下で美しく映える青薔薇の剣の輝きで村人たちがほおうと嘆声が漏れる。ジンクもまた、相手の剣がまとうオーラに気圧されているようだ。
    ジンクは両手に唾を吐きかけ、直剣を大上段に構える。対してユージオは、右手一本で握った剣をぴたりと正眼に据え、左手左足を引いてすっと腰を落とす。
    数百の村人が息を詰めて見守るなか、ガスフトが右手を高く掲げ、「始め!」の声とともに振り下ろした。

    「ウオオオオッ!!」

    合図が出た瞬間、野太い気合を放ちながらジンクが先に突っ掛ける。俺の記憶が正しければ、ここでジンクは確実に……。
    そう思ったと同時に、予想通りジンクの剣が、空中で大きく軌道を変えた。上段からの斬り下ろしと見せかけての右水平斬り。ここでユージオが、俺の指示通りに《ホリゾンタル》を使えば、ほぼ確実に空振り、ジンクに一本取られる。
    しかし俺は、ユージオが俺の見ていないところで、必死に努力していたことを知っている。
    ___さぁ、村の連中にお前の力を見せてやれ!

    「い……やああっ!!」

    やや迫力に欠ける気合でユージオが一拍遅れてソードスキルを繰り出す。剣を右肩に担ぐと刀身がやや濃い青に輝く。地面に思い切り踏み込み、続いて空中に斜め四十五度の円弧が鋭く描かれる。斜め切りソードスキル《スラント》。
    稲妻の如きスピードで閃いたユージオの剣は、水平斬りの途上にあったジンクの剣を上から叩き、鋼鉄の刃を呆気なく粉砕した。
    誰も予想だにしなかった、しかし見事な決着に村人たちがわっと湧く。その中心ではユージオに剣をへし折られ呆然としているジンクと、安心したように息を吐きながら、青薔薇の剣を鞘にしまうユージオがいる。そのまま、村人たちの歓声から逃れるように、こちらへ歩み寄ってくるユージオに声をかける。

    「おつかれユージオ、初の対人戦はどうだった?」

    「緊張したなんてもんじゃないよ。それこそジンクが水平斬りに切り替えてきたときはどうしようかと思ったよ」

    「まぁ、俺に隠れて練習してたかいはあったわけだな」

    「あれ……もしかして僕が家で練習してたの、気づいてた……?」

    「当たり前だろ、そのくらいお見通しさ」

    そう言ってバツが悪そうに笑うユージオの背中をバシンと叩く。それに混じって、村の大人たちもユージオに感嘆の言葉を浴びせながら、頭を撫で回したりしている。
    その後は、茫然自失の体で引き上げていくジンク親子を見送り、再開された祭りをたっぷりお開きの夜十時まで楽しんだ。林檎酒を飲んで酔っ払った俺をセルカが教会まで引きずって行き、そこでユージオとも別れる。
    セルカに支えてもらいつつ、自室に辿り着き、崩れるようにベッドに座り込む。

    「まったく、いくらお祭りだからって呑みすぎよキリト。ほら、お水」

    セルカが差し出した冷たい井戸水を一気に飲み干すと、やっと頭が冷却され、俺は長く息を吐いた。
    冷えた頭で改めて部屋を見回していると、怪訝そうな表情でセルカが尋ねてくる。

    「どうかしたの?」

    「いや……この部屋で寝るのも今日が最後かって思うとちょっとな……」

    この部屋は本物の俺の部屋ではないとはいえ、記憶的には俺が物心ついたときから寝泊まりしてきた部屋だ。明日の朝には、ユージオとともにザッカリアヘ向かうので、俺がここで眠ることはもうない。
    俺の言葉を聞いたセルカも、同じように部屋を見回して、もう一度、今度は少し躊躇いがちに尋ねてくる。
  42. 42 : : 2018/12/19(水) 17:48:45
    「そういえば……キリトは昔からこの教会にいるけど、その……キリトはどうしてこの教会に住んでいたの?」

    そう言われて、どうしてだったかな……と少し考え込む。そして昔、俺が天職に就くよりずっと前に一度だけ、シスター・アザリヤに聞いたことを思い出す。

    「……これはシスターに聞いたんだけど、俺は《ベクタの迷子》なんだって」

    「ベクタの迷子って……闇の神ベクタが人間をさらって、生まれの記憶を引っこ抜いてすごく遠い土地に放り出す……っていうベクタの迷子?」

    「うん。何歳って言ってたかな……俺がまだ物心ついたばっかりの時だかに、村の近くで村の人がまだよちよちで、名前と歳くらいしか覚えてない俺を見つけたんだとさ。正直その時のことはまったく覚えてないけどな。それからから俺はずっとこの教会でシスターにめんどうを見てもらってる」

    「そうだったの……」

    俺の長い話を静かに聞き終えたセルカがしゅんと俯く。そして、少し間を置いて遠慮がちに口を開く。

    「その……いつか、旅の途中でキリトの故郷や家族が見つかるといいわね」

    「俺は、別にどっちでもいいけどな」

    セルカの気遣いをぶち壊さん物言いをすると、セルカが驚いた顔をする。

    「え、どうして?」

    「だって、故郷や家族を見つけても、俺はあっちのことをまったく覚えてないし、それに今の俺にとってはルーリッドが故郷で、村の人たち、そしてユージオやアリス、もちろんシスターやセルカたちだって俺の家族みたいなもんだからな」

    今言ったのはだいたい本心だ。テストだったとはいえ、こっちでユージオやアリスと兄弟のように過ごしたし、そして俺を本当の子供のように今まで育ててくれたシスターのことも母親と変わらない存在だと思っている。実際には俺の本当の故郷や家族はすべてリアルワールドに存在しているが、それと同じくらい俺はこの村を、そしてユージオたちを本当の故郷であり家族だと感じる。
    俺が心からの言葉を伝えると、セルカはなぜか頬を紅くしながら呆れたような顔をする。

    「まったく……そういうことを平気で言うところがほんとにキリトらしいわね。気を遣って損しちゃったわ」

    「そうだ、一つセルカに言い忘れてることがあった」

    俺が思い出したようにそう言うと、セルカがきょとんとする。

    「この間、俺がゴブリンにやられたとき神聖術で助けてくれたんだってな。本当にありがとう」

    今度も本心を伝えると、再びセルカは顔を赤らめそっぽを向いてしまう。

    「今更いいわよ、そんなこと。それに半分はユージオのおかげだもの」

    ここで一つ疑問が浮かんだのでついでに尋ねてみる。

    「それにしても、どうしてセルカは俺たちが果ての山脈にいるってわかったんだ?俺もユージオも何も言ってなかっただろ?」

    「そうだったわ、私もその話がしたかったの」

    セルカのいう意味がわからず俺が首を傾げていると、こちらに向き直ったセルカが真剣な表情で話し出した。

    「別に私も二人がそこに行っているってわかったわけじゃないのよ。二人がそこにいるって思ったのは、ただの私の勘」

    「ど、どうしてそう思ったんだ?」

    「……キリトは気づいてないかもしれないけど、あなた、ここ数ヶ月、数週間の間に何度も思い詰めたような顔をしていたのよ」

    ……まったく自覚していなかった。俺的にはできるだけ隠しているつもりだったがどうやら顔に出てたらしい。

    「キリトが果ての山脈に行く前の日の夜、今までで一番悩んだ顔をしていたの。何かあるのかと思ってたら、次の日にユージオと二人揃って朝早くから様子が見えなかったから……それでまさかと思って果ての山脈に向かってみたら、人が二人通った跡があったから私も山脈へ入ったの」

    「……それでそこに、ゴブリンたちの死体に、血まみれの俺とボロボロのユージオがいたわけだ」

    続きを引き継いで俺が言うと、セルカは大きく頷いた。
  43. 43 : : 2018/12/19(水) 18:48:10
    そして、まだ幼さの残る怒り顔をつくると、母親のような口ぶりで俺を叱りつける。

    「キリトがどうして闇の軍勢が来ることがわかったのかは知らないけど、これからは一人で抱え込まないで、もっと周りの人に相談しなさい!村のみんなにも迷惑かけて。すごく心配したんだからね!」

    「は、はい。気をつけます」

    「私だけじゃないわ、ユージオだってずっとキリトのことを心配してたんだから」

    「え、ユージオも?」

    「そうよ。キリトが自分に何も相談してくれないってかなりしょげてたわよ」

    「そうか……」

    それにはかなり驚かされた。ユージオの前では特に、明るく振舞っていたつもりだったが、とうに見透かされていたようだ。さすが、長年いっしょにいるだけはある。俺の知らない間に、そうとう周りの人間に気を遣わせていたようだ。

    「もう一回言っておくけど、これからは一人で抱え込まないこと。キリトには、ユージオがいるんだから。もっと頼りなさい」

    そのやはり母親味のある言い方に、アスナやアリス、スグやシノンなど、たくさんの人の顔が重なる。どうやら俺の周りにはそういった母性のある人間が多く集まるらしい。単純に俺が子供っぽくて自然とそうなってしまっているだけかもしれないが……。

    「……わかった。これからはちゃんといろんな人を頼ってみるよ。何度もありがとうな、セルカ」

    「わかればいいのよ」

    そう言って満足気な顔をするところが、本当に姉のアリスとそっくりだと思う。
    そして、俺は「よし!」と言いながら勢いよく立ち上がる。急な俺の行動に驚いたセルカの方を向いて宣言する。

    「前言撤回だ!俺は必ずこの村に帰って、もう一度この部屋で寝る!」

    俺が突然発した謎の宣言にセルカが呆然としているが、気にせず続ける。

    「その時は、俺だけじゃなくて、ユージオもアリスも、いっしょに帰ってくるよ。約束する」

    セルカは俺の顔をしばらく見つめていたが、やがて小さく吹き出して、クスクスと笑いだした。

    「もう、急に何を言い出すのかと思ったら、そんなことだったのね」

    「そ、そんなに笑わなくても……」

    セルカがあまりにもおかしそうに笑うものだから、自分のしたことが突然恥ずかしくなってきてしまう。俺としては、必ずユージオとアリスを助けて戻ってくるというつもりで言ったのだが、当然そんなことがセルカに伝わるはずもない。
    そこでセルカは、笑うのをやめ、笑顔で、そして力強い声で言った。

    「姉様を探しに行くために村を出て剣士になるんだから、絶対に姉様もいっしょに連れて帰ってきてね。三人が帰ってくるのを、ずっと待ってるから。その時は、私も姉様と同じくらい……ううん、姉様よりもすごい神聖術を使えるようになって三人をびっくりさせてあげる」

    「あぁ、楽しみにしてるよ。じゃあ、その時は俺とユージオはセルカにすごい剣術を見せるよ。それを見たらきっとセルカはユージオに惚れ直しちゃうだろうなぁ」

    俺がふざけてそう言うとセルカが怒鳴りだした。顔が真っ赤なのは怒っているから、というわけではないだろう。

    「なっ、何バカなこと言ってるのよ!!さ、もう話は終わったでしょ!もう夜遅いし、キリトは明日朝早いんだから、もう寝なさい!」

    「はいはい。それじゃおやすみ、セルカ」

    「おやすみなさい!」

    そう言ってセルカはドアを勢いよく閉めて、出ていってしまった。
    足音が遠ざかるのを待って、俺もベッドに横になる。その途端、祭りの疲れによる睡魔がどっと襲ってきた。
    目を閉じると、あっという間に意識が遠ざかる。完全に眠ってしまう前に、もう一度確かめるように心の中で呟く。
    ___必ず……必ず三人で、もう一度ここに帰ってくる。
  44. 44 : : 2018/12/20(木) 00:22:12
    いやー久しぶりに来ましたね
    そーいやメモデフで星六7体目来ました←だからなんだし
    期待していくぜ!
  45. 45 : : 2018/12/20(木) 16:36:41
    ≫りゅーまるさん
    ほんとにいつもありがとうございますm(_ _)m
    いやぁいいなぁメモデフ。よし受験終わったら入れてもらおう(๑•ㅂ•)و✧
  46. 46 : : 2018/12/20(木) 17:43:28
    翌朝、見事な快晴の下、セルカが作ってくれた弁当を手に、村の人々に別れを告げ、俺とユージオはザッカリアに向かって歩きだした。
    ギガスシダーのあった森へと入る細道の分岐点まで来た時、そこには一人の老人が立っていた。
    その老人を見た途端、ユージオは嬉しそうに顔を綻ばせて走り寄った。俺もユージオの後ろに続いて、老人に歩み寄る。

    「ガリッタじい!来てくれたの、嬉しいよ。昨日は会えなかったからね」

    ガリッタ老人は、ひげの下に優しげな笑みを浮かべ、俺とユージオの顔を順に見る。

    「おぬしたち、儂が指の長さほどしか刻めなかったギガスシダーを、よもや倒すとはなあ……。教えてくれんかね、いったいどうやったのじゃ?」

    「この剣と……」

    ユージオは、左腰の青薔薇の剣をわずかに抜いてからチーンと音をさせて鞘に収め、次いで振り返って俺を見た。

    「何より、キリトのおかげだよ」

    「久しぶり、ガリッタじい。きっと見送りに来てくれると思ったよ」

    俺がそう言って手をひらひら振ると、ガリッタ老人は俺を見て呆れ半分、感心半分の笑みを浮かべた。

    「まるで儂がここにいるのを知ってたかのような言い草じゃな。思った通り、やはりおぬしじゃったか、キリト。昔からとんでもない問題ばかり起こしておったが、まさかここまでやるとはなぁ……」

    「……褒めてるのか馬鹿にしてるのか、どっちなんだよ」

    俺が不満そうに言うと、ガリッタ老人はホッホッホッと愉快そうに笑い、今度は左手で森を指して言う。

    「さて、せっかくの旅立ちを邪魔して悪いが、少々付き合ってもらえんかな。何、そう手間は取らせん」

    二人で顔を見合わせてから、ガリッタ老人に頷く。老人はもう一度笑い、それではついておいで、と森への細道に足を踏み入れた。
    二十分ほど歩いて、広い空き地に出ると、そこには俺たちが倒したギガスシダーが横たわっている。

    「……ギガスシダーがどうかしたの、ガリッタじい?」

    ユージオの声に、ガリッタ老人は無言のまま倒れた幹の先端方向へと足を進めた。二人で慌てて後を追い、ギガスシダーが薙ぎ倒した他の木々をどうにか避けながら、涼しい顔でとっくに立ち止まっていたガリッタの隣に辿り着いた。掌で額の汗を拭いながら、ユージオがぼやくように言った。

    「いったい何があるのさ、ここに?」

    「これじゃ」

    ガリッタ老人が指差したのは、倒れたギガスシダーの幹のまさに最頂点、真っ直ぐに伸びた梢だった。かなりの長さに渡って小さな枝ひとつ生えておらず、その先端はレイピアのように鋭く尖っている。

    「この枝が、どうかしたの?」

    ユージオが訊ねると、ガリッタ老人は節くれ立った右手を伸ばし、太さ五セン……ではなく五センチほどの梢部分を撫でた。

    「ギガスシダーの全ての枝のなかで、最もソルスの恵みを吸い込んだ一本がこれじゃ。さあ、その剣で、ここから断ち切るがよい。一刀で落とすのだぞ、何度も打つと裂けてしまうかもしれんでな」

    ガリッタ老人は先端から一メートルと二十センチほど下の部分に手刀をぽんと当ててから、数歩退いた。
    ガリッタ老人の意図を図りかねているユージオに頼む。

    「ユージオ、俺にやらせてくれないか」

    やはりまだわからないという顔をしていたユージオだったが、俺が前に出て手を伸ばすと、素直に頷いて、剣を鞘ごと渡してきた。持っていた弁当を渡して、代わりに剣を受け取り、枝の横に移動する。
    剣を鞘から抜く前にその場に跪いて、左手を枝に触れさせて目を閉じる。
  47. 47 : : 2018/12/20(木) 18:38:01
    ユージオはまだ知らないだろうが、この枝は数年後、央都セントリアの金細工師サードレの手によって一本の剣に変えられる。そして、そこで出来上がった剣が、この世界での俺の愛剣となる。
    今となってはもうずっと昔に感じられるが、カセドラルの大図書館で見た剣、つまりギガスシダーの記憶は今でも鮮明に思い出せる。それを一言で表すなら、《孤独》としか言いようのないものだった。
    その孤独を知っていたからこそ、俺はこの数年の間、安息日も含め毎日ギガスシダーの傍に居続けた。何百年もここに立っているギガスシダーからすれば、たった数年俺が近くにいたくらいで満たされるわけはないだろうが、それをわかった上で少しでもこいつの傍にいてやりたかった。いつか、愛剣となるであろうこいつと、心を通わせたかった。
    ___お前を切り倒した俺が言うことじゃないけど……ユージオたちを守るために、俺に力を貸してくれ。
    俺の言葉がギガスシダーに届いたかはわからないが、今は届いたことを信じてゆっくり目を開けて立ち上がる。俺は右手に持っていた剣を左手に持ち替え柄を握り、剣を引き抜くと鞘を隣のユージオに預ける。
    何も考えず、ただ黒い枝だけを見て、俺は剣を振り上げ、まっすぐ斬り下ろした。きしっ、という澄んだ音とわずかな手ごたえを残して、刃は狙った箇所を通り抜けた。少し遅れて落下する黒く長い枝を、刀身の腹で受け止め、跳ね上げる。宙をくるくる回りながら落下してきたそれを、今度は左手で受け止めた。ずしりと手首に響く重さと、氷のような冷たさに少々よろけた。

    「悪い、待たせちゃったな」

    青薔薇の剣をユージオに返し、黒い枝を両手で掲げてガリッタ老人に差し出す。

    「そのまま持っておいておくれ」

    言うと、ガリッタ老人は懐から分厚い布を取り出し、俺の手の中の枝を慎重に包んだ。さらにその上からは革紐でぐるぐると縛り上げる。

    「これで良し。央都セントリアに到着したら、この枝を、北七区に店を構えているサードレという名の細工師に預けるがいい。強力な剣に仕立ててくれるはずじゃ。その、美しき青銀の剣に勝るとも劣らぬ、な」

    「ほ、ほんとかい、ガリッタじい!それは有り難いな、僕らは二人なのに剣が一本じゃこの先困りそうだなと思ってたんだ。ねえ、キリト」

    「そうだな。ありがとう、ガリッタじい」

    嬉しそうに声を上げるユージオに、俺も笑いながら頷き返した。
    二人揃ってぺこりと頭を下げると、ガリッタ老人は莞爾(かんじ)と微笑んだ。

    「なに、ささやかな餞別じゃよ。道中、気をつけて行くのじゃぞ。今やこの世界は、善神のみがしろしめす地ではないからな。……儂はもう少しここで、この樹を見てゆくとしようかの。さらばだユージオ、そしてキリト」



    再び小道を辿って街道に出ると、つい先刻までは晴天だった空に、東の端から小さな黒雲が湧き上がろうとしているのが見えた。

    「ちょっと風が湿ってきたね。今のうちに進んでおいたほうがよさそうだ」

    「……そうだな。急ごう」

    ユージオの言葉に頷き返し、俺はギガスシダーの枝が入った包みを革紐で背中に結わえ付けた。遠くでは雷鳴が響いている。
    この世界に戻ってきて六年……ようやくスタートラインに立った。ここからだ。運命なんてものに素直に従うつもりは毛頭ない。___俺の全てを犠牲にしてでも、ユージオを守るんだ。

    「ほら、行くよ、キリト!」

    顔を上げると、未知なる世界への期待に輝くユージオの笑顔が眼に入った。

    「ああ……行こう」

    重いギガスシダーの枝が入った包みと、自分の使命を背負って、俺は幼馴染の少女へと繋ぐ道を、相棒と肩を並べて歩きだした。
  48. 48 : : 2018/12/20(木) 23:45:08
    まさかの年上?!
    受験頑張ってください!
    期待してますよー
  49. 49 : : 2018/12/21(金) 18:35:15
    ≫りゅーまるさん
    まさかの年下!?笑
    バリバリ受験期間の中三です!笑←おい
    ありがとうございますがんばります( *˙ω˙*)و グッ!
    せっかくだからタメでいいですよ〜!
  50. 51 : : 2018/12/23(日) 21:33:37
    りょーかいしました!
    お願いなんだけどティーゼとロニエもリアルに連れてきて欲しいなーなんて思ってたりしますw
    期待しとくぜ!
  51. 52 : : 2018/12/24(月) 12:49:27
    ≫りゅーまるさん
    おお、ちょっとネタバレだけどその辺も検討してたりしますよ笑

    あとほんとに申し訳ないんですけどしばらく続き投稿できないかもですほんとすみませんm(_ _)m
  52. 53 : : 2019/01/11(金) 13:50:02
    いつまででも期待していくぜ!
  53. 54 : : 2019/01/21(月) 21:21:02
    はじめまして!名前はリュウガだ!SAOファンでもありSAO大好きオタクです!まさかユージオの為にもう一度あの世界に行くっとゆう話を作るなんてね!君の作品素晴らしいです!ハーメルとかでもいけるっと思うぞ!ユージオを無事に生還させることが出来るのかが楽しみです!また更新されてましたら読ませていただきます!ちなみに俺は22才の社会人です!
  54. 55 : : 2019/02/04(月) 22:52:37
    りゅーまるさん、リュウガさんありがとうございます
  55. 56 : : 2019/02/04(月) 22:53:30
    たぶん3月くらいから更新予定です…
  56. 57 : : 2019/02/12(火) 23:12:58
    おー
    気長に待ってるー
    期待してますね!
  57. 58 : : 2019/03/03(日) 16:21:07
    続き待ってます(*´﹀`*)
  58. 59 : : 2019/03/11(月) 22:01:36
    「……ジオ、起きろよ、朝だぞ」
    肩を大きく揺さぶられ、ユージオはまだ眠っていたい気持ちを抑え込んで目を開いた。視界が徐々に見やすくなると、すぐ横で相棒が真っ黒な瞳を大きく開いて、こちらを見ているのが見えた。いつもは自分が起こす側なのになあと思わず苦笑してしまう。
    「……おはよう、キリト。相変わらず、何かある日だけは早起きだね」
    嫌味も込めて言ったつもりだったのだが、キリトは何故か一瞬困ったような、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべて言う。
    「その逆よりマシだろ。ほら、起きた起きた!とっとと朝の仕事を済ませて、メシの前に《型》の稽古しようぜ。いちおう最終確認しておきたいからさ」
    ユージオを無理やりワラ山から引きずり下ろすと、キリトはベッドとして使われていた干しワラを両腕いっぱいに抱え上げ、壁際の大きな木桶に移していく。ユージオもそれにならい干しワラを移す。木桶が山盛りになったところで、二人でそれぞれの木桶を持ち上げて、入口へ向かう。
    納屋から出ると、登ったばかりの朝日に眼を射られる。隣ではキリトが朝靄(あさもや)を胸いっぱいに吸い込んでいる。
    「朝はだいぶ涼しくなったね。肝心な日に風邪引かなくてよかったよ」
    「そうだな。でも今夜から俺たちはザッカリアの衛兵隊宿舎に寝泊まりするから、その心配ももうなくなるな」
    「……その自信がどこから出てくるのか、教えてほしいよ本当に」
    悪戯っこい笑みを浮かべて言うキリトには、毎度のことながら呆れさせられる。万が一にでも試合に負ける、いやそれ以前にクジで二人とも同じ組になってしまうということを考えていないのだろうか。
    木桶を持ったまま納屋の隣の厩舎(きゅうしゃ)に運び、干しワラを馬の餌桶に移す。ばりばりと食べ始めた馬たちの体を、一頭ずつブラシで擦っていく。
    五ヶ月以上続けているだけあって、二人とも《馬飼い》の天職と同じくらいの手つきで仕事をこなしてしまうことに苦笑してしまう。
    お互い最後の一頭のブラシ掛けが終わると同時に全ての馬がワラを食べ終える。水桶で手を洗い厩舎を出ると、元気のいい挨拶が響いてきた。
    「「おはよう、キリト、ユージオ!」」
    ぴったりと声を合わせて飛び出して来たのは、今年で九歳になる農場主の娘たち、テルルとテリンだ。
    「おはよう、テリ……」
    いつものように挨拶を返そうとすると、後ろからキリトに口を塞がれる。
    「待った!なんか怪しい気がするぞ……」
    「さあ、どーかしら?」「気のせいかもしれないわよ?」
    顔を見合わせてうふふと笑う二人をキリトとよく見比べる……とは言っても何度も引っかかるユージオに対し、隣の相棒は不思議と二人を一度たりとも間違えたことがない。現に今も悪戯っこい笑み浮かべている。
    キリトはまず左手を持ち上げ左側の赤リボンを指差して、
    「おはよう、テルル!」
    次に右の青リボンを差し、
    「おはよう、テリン!」
    すると双子は顔を見合わせると、声を揃えて「あったりー!」と叫んだ。
    何を根拠に検討をつけているのか、はたまたただ勘がいいだけなのか、相棒にはいつも考えさせられる。
    今まで後ろに回していた手をくるっと前に持ってくると、そこには四角い籐かごが一つずつ握られている。
    「正解のご褒美に、今日の朝ご飯はマルベリーのパイだよ!」
    「マルベリーはすごく力がつくのよ!今日の大会で二人が勝てるように、あたしたちが一日がかりで摘んできたんだから!」
    籐かごを手に嬉しそうにする少女たちを見ていると、どうしても幼馴染の少女と重なってしまい胸がきゅうっと締めつけられる。
    相棒も同じことを考えていたのだろう、一瞬だけ寂しそうに笑うと少女二人の前にしゃがみこんで頭をぐりぐりと撫でた。
    「おー、そりゃ嬉しいな。ありがとう、テルル、テリン」
    それを聞いた双子は顔中でくしゃっと笑うと、厩舎と放牧地の間に置かれたテーブルへと走って行った。
    立ち上がって隣まで歩いてきたキリトに背中をぽんと叩かれる。
    「俺たちは今日の大会で勝ち抜いて、衛兵隊でもすぐ一番になって、来年にはセントリアに……アリスのすぐ近くまで辿り着く。そうだろ、ユージオ」
    小声の、しかし力のこもった言葉に元気づけられながら、ユージオも深く頷いた。
    「うん、そうだ。そのために僕はこの五ヶ月、キリトに《アインクラッド流》を教わってきたんだから」
    「キリトー!ユージオー!何してるのよー!!」
    「早く来ないと、あたしとテリンで食べちゃうわよー!!」
    先にテーブルについていた双子に大声で呼ばれると、キリトが慌ててユージオの背中を押して駆けだす。
    「キリトっていつも当てちゃうからつまらないよね」
    「ユージオは引っかかってくれるのにねー」
    この時に少女たちがボヤいていたのは恐らく聞き間違いではないだろう。
  59. 60 : : 2019/03/12(火) 23:08:33
    続ききた!大会まで来ましたね!さてどうなるのかな?また更新されてましたら読ませていただきます!一緒にSAOを盛り上げよう!
  60. 61 : : 2019/03/17(日) 21:43:56
    母屋を出発し、当主の妻トリザ・ウォルデに持たされた弁当を片手にザッカリアまでの道を目指して、しばらく歩くと、ようやく低い丘の向こうに街が見えてきた。前に二度来た時よりも、街は賑わっているようだ。
    こうしてこの街に足を運ぶのは三度目になるが、未だに自分が村の外にいることへの実感が湧かない。ルーリッドの村の大人たちでさえ、一度たりとも見たことのない街に、本来村を出ることすら叶わなかった自分が来ているのだ。正直村を出たばかりの頃は、ザッカリアの街は村の人たちの作り話なのではないかと疑ってたのだ。こうして村の外の世界を見れていることが、とても凄いことに思えてしまう。
    「…こうして本物を見るまで、ザッカリアなんて存在しない、とか疑ってただろ」
    今まで黙って隣を歩いていた相棒に思考を読まれ驚いたが、物心ついた時からの仲だ。もしかしたら、相棒も同じことを考えていたのかもしれない。しかし、あえて理由を聞いてみることにした。
    「どうしてわかったの?」
    「顔に出てた」
    「えっ」
    そんな顔をしていただろうかと、思わず顔を触ってしまうと、その様子を見た相棒は小さく吹き出すとからかうように言った。
    「何年一緒にいるとおもってるんだ。ユージオ君の考えていることなんて顔を見ればお兄さんには丸わかりですよ」
    その口調にはさすがにムッとさせられる。表情くらいでそこまでわかるか、いやそもそもお前のどこがお兄さんなんだ、とユージオが悶々と考えていると、ほんの数メル先で何かがバチンっと音をたてて弾けた。
    不思議に思って近づいてみると、どぎつい赤と黒の縞模様(しまもよう)を持つ、長さ四センほどの有翅虫類(ゆうしちゅうるい)で、口からは鋭い突起が伸びている。
    不思議なのは死骸が潰れたとか何かにぶつかったと言うより、何かに斬られたような状態であることだ。しかし、周囲には刃物と呼べるような物は置かれていないし、何より飛んでいる虫に刃物が当たるなんてことが起こるはずがない。
    「どうかしたか?」
    すぐ後ろから相棒が覗き込んで来たので死骸を見せると、相棒は特に驚いた様子もなく目をぱちぱちさせてた。
    「なんだ、ただのオオヌマアブじゃないか」
    「ただのって……」
    ウォルデ農場で働き始めた初日に、一番近い濁り沼のある西の森には絶対に馬を連れて行くなと、強く釘を刺された。人間に害はないが、オオヌマアブには馬や牛、羊などの血を吸って、わずかに天命を奪う習性がある。
    すぐ近くには馬に(またが)った騎馬衛兵がいるので、オオヌマアブはその馬の血を吸いに行っただろう。そうなれば、天命を減らされる馬は暴れだし、周囲の人々にも被害が出ていたろう。もちろんユージオたちも例外ではない。暴れた馬に攻撃されれば、いくら天命の多いユージオたちでもただでは済まないので大会には出場できなくなっていただろう。
    それに__
    「この近くに濁り沼はなかったはずだよ。濁った沼の周りにしかいないオオヌマアブがどうしてこんなところに……」
    西の森からザッカリアまでは七キロルはあるので、飛んできたとは考えられない。
    なんだかんだ頭のいい相棒がそんなことに気が付かないはずはないのだが、当の相棒は気にした様子もなくすたすたと先に歩き出してしまう。
    「どうせ沼の近くで怪我したオオヌマアブが、通りかかった行商の荷馬車にでも紛れて来たんだろ」
    「…………まあ、そうかもしれないね」
    相棒もそう言っているし、ユージオ自身何をそこまで気にしているのかよくわからなかったので、頭の奥に残るもやもやしたものを、ただの気のせいだと片付けて、ユージオは前を歩いている相棒を追いかけた。
  61. 62 : : 2019/03/24(日) 22:22:03
    すっっっっっごく面白いです!
    続き楽しみにしてます!
  62. 63 : : 2019/03/29(金) 08:12:33
    続き読んだ!進んでますね!頑張れ!
  63. 64 : : 2019/04/25(木) 22:32:54
    お久しぶりです!期待しますよー!
  64. 65 : : 2019/05/13(月) 16:26:34
    大会登録と腹ごしらえを済ませて三十分、十一時半を知らせる鐘が鳴る直前に俺たちは試合場控え室に入った。
    室内に踏み込んだ途端、参加者だろう大男たちが一斉にこちらを見た。ギラギラと浴びせられる視線に後ろのユージオが背中を竦ませている。この光景をどこか懐かしく感じながら、真っ先にこの部屋にいるであろう人物を、視線だけを動かして探す。
    視線を動かして数秒、四列ある長椅子の中の二列目のいちばん奥、他の参加者と比べてもかなり若い男が座っているのを見つけた。やや長めに垂れた砂色の髪に、ザッカリアの紋章の入った赤褐色色のチュニック、忘れるはずもない、イゴームだ。
    イゴームはザッカライトの一族の人間つまり貴族で、前に俺と試合をしたときはイカサマ使ってきた相手だ。他にもオオヌマアブを使い、間接的に俺とユージオを攻撃しようとしてきたこともある。先ほどユージオが気にしていたオオヌマアブ、あれも恐らくイゴームが放したものだろう。
    ちなみになぜイゴームの放ったオオヌマアブが何もないところで突然死んだのかと言うとそれは___。
    「ほらキリト、もうすぐ時間だよ。早く受付済ませちゃおうよ」
    「あ、ああそうだな」
    俺が回想に入りかけたところを、相棒に肩をつつかれてようやく受付を済ませていないことに気づく。
    二人で受付窓口に行って参加登録の札と全参加者共通の剣を借り、待機用長椅子の最前列に座ると、鮮やかな赤の制服を身につけた四人の衛兵隊員が入ってきた。少し遅れて後ろから大きな箱を持っている若い衛兵も入室してきた。
    衛兵隊長が簡単な挨拶と、組と予選の演舞の順番決めに関する話を終えると俺は真っ先に立ち上がり、クジ箱の前に歩み出た。ユージオを先頭に立たせて。
    「えっ、ちょっとキリト!?どうして僕が一番最初なのさ!?」
    「別にいいだろ。それともユージオくんがちゃんと俺と違う組の球を引いてくれるのかな?」
    「う……」
    「どうした、引いていいぞ、若いの」
    最初は抵抗していたユージオも隊長に急かされ、しぶしぶ箱に手を伸ばし中を漁り始めた。しばらく迷うようにゴソゴソと中をかき回していたが、ようやっと決めたのか一瞬動きを止めたかと思うと、一息に球の握られた手を引き抜いた。引き抜くと同時の「えいっ!」というかけ声がユージオらしくて思わず笑みがこぼれる。
    手の中を見せてもらうと、握られた球の色は赤。東ブロックだ。
    「じゃあキリト、任せたからね」
    「おう任せとけ」
    どこか心配そうにこちらを見つめてくる顔に親指を立て、クジ箱に向き直る。
    当然箱の中はその属性ゆえまったく見えない状態で、普通に引けばユージオと違う組になる確率はだいたい二分の一。ユージオの前では大見得を切ったが、あいにく俺は自分のリアルラック値にこれっぽっちも自信がない。だからといって俺は無策で先にユージオにクジを引かせたわけでもない。
    そう、《普通に》引かなければいい話なのだ。
    箱に手を差し込む直前、指先に意識を集中させる。隊員たちに気づかれない位置に、小さな小さな白く発行する点を思い描く。辛抱強く待っていると、暗い箱の中にチカチカと光点が瞬くのが見えた。
    光点の正体、それは俺の《心意(しんい)》によって発生した光素だ。
    なぜこの世界に来てから使えなかった心意が突然使えるようになったのかは正直俺自身もよくわかっていない。実戦を経たことによって目に見えない経験値的なものが溜まったか、単に俺が感覚を取り戻しつつあるのか……少なくとも先日の北の洞窟でのゴブリンとの闘いが関係しているのは間違いないだろう。
    まだ以前のように意のままに使えるほどには達していないが、集中すれば小さな素因(エレメント)くらいは組成できるようになった。現に指先の光は、少しでも集中を欠けば今にも消えてしまいそうだ。
    最近試してわかったことだが、どうやら素因の組成の他に心意の(かいな)や太刀-現段階では小刀だが-も使おうと思えば使えるようで、例のオオヌマアブも俺の放った心意の小刀によって絶命させたのである。
    灯りによってぼんやりと照らされた色を見分け、一番近くの青い球を掴んで引き抜く。組成できる素因が小さいので、ちゃんと箱の性質を打ち消せるか少々心配していたがどうやらいらぬ心配だったようだ。
    周りに気づかれないよう小さく息を吐き、俺は列から抜けて少し離れたところで待っていた相棒の元へ向かった。
  65. 66 : : 2019/05/13(月) 23:42:43
    続きキタ━(゚∀゚)━!
  66. 67 : : 2019/05/18(土) 00:21:25
    続ききたけど短く感じますね...まぁでも続き読めたから気にしない!また更新されたら読ませていただきます
  67. 68 : : 2019/11/07(木) 23:07:09
    続きマダカナー

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