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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

夜風と共に

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  1. 1 : : 2017/08/16(水) 23:43:51
    夏花杯に参加させて頂きましたので、書かせていただきました
    (http://www.ssnote.net/groups/835)
  2. 2 : : 2017/08/16(水) 23:50:34
    窓の外から見る小さな空には暗雲が立ち込め、あちらこちらに稲光が光って見える。

    ──今日も今日とて、いい天気(・ ・ ・ ・)

    そんな空の下をガーゴイルやらアーリマンの低級魔族が郵便配達の為にあちらこちらへと飛び回っている。

    彼らは何が楽しくてあんなつまらなさそうな仕事をしているんだろう?

    毎日、暇を潰す為に窓の外を見て、毎回同じ疑問にたどり着く。

    私が外に自由に出れるなら、もっと派手に、もっと楽しいことが出来るのに……。

    窓の外を見ながらぐっと右手に力を込めて突き出す。

    空気が震え、窓枠にはまっているガラスがカタカタと揺れ始める。

    私なら、やろうと思えば籠の外に飛び出せる。

    でも──


    私は首を振り、右手の力を抜いて魔力を散らした。

    もう少しの辛抱なのだ。
    こんな所で下手をうてばそもそもの計画が頓挫してしまう。

    私は自分にあてがわれただだっ広い部屋に備え付けられたベットに戻る。

    だが、ベットに座ろうとした時、扉をノックする音が聞こえた。


    「来たっ!」


    私は弾む声を隠そうともせずに扉の方に走って行き、扉を開けた。

    そこに居たのは執事のロドテンドロン、私は爺やって呼んでいる。


    「エルマお嬢様。兼ねてよりの話ですが、魔王様が今なら少し時間が取れると……」


    「ほんとに!?やった、爺やありがとう!」


    私は爺やに二の句を言わせる間もなく、駆け出していた。

    この日のためにずっと我慢していたのだから、きっと爺やも分かってくれるだろう。

    そう一人で納得して、私は魔王城の無駄に長い廊下を全速力で駆け抜けた。
  3. 3 : : 2017/08/16(水) 23:50:39
    あっという間に私はお父様の部屋の前に着く。

    ここで一呼吸、少し緊張しているのかいつもより鼓動が速い。

    お父様はこの広い魔界を治める王と言うだけあって、圧が他の悪魔何かとは全然違う。

    私にとっては親だから私はそうでもないけれど、他の人たちからすると隣に立つだけでも冷や汗をかくそうだ。

    それだけの畏敬を集めるお父様は勿論規律には厳しい。

    だから私のこの『お願い』も普通だったらにべも無く却下される。

    だが、今回はそうもいかないはずだ。

    何故なら……明日は私の誕生日だから。

    プレゼントと称せばきっとお父様も『お願い』を聞いてくれるはず。

    私はそう言い聞かせて、覚悟を決める。


    「お父様、エルマです」


    「……入れ」


    重くお腹の底にズンとくるような声、胃がキリキリ締め付けられるような感覚を覚えながらも私はお父様の部屋と足を踏み入れる。


    「何の用だ。見ての通り俺は忙しいのだが」


    「お忙しい所すみません。きょ、今日はお父様にお願いがあって参りました」


    お願い?と言ってお父様は目を向けていた書類から目を離してこちらを見やった。

    私はごくりと生唾を飲み込みながら続ける。


    「はい。……どうか、私に城の外に出る許可をお与えください!」


    「駄目だ」


    即答。
    うっ、と声が出そうになるがここで引いてはいけない。


    「お、お父様!もう私は窓から城下を眺めるだけでは物足りないのです!実際に外に出てみたい、普通の子のように街を歩いてみたい、もう我慢できません!」


    私は必死に思いの丈を伝える。
    だがお父様は眉一つ動かさずに答える。


    「駄目だと言っている」


    「なぜ!」


    「お前が俺の子で、俺が魔王だからだ。お前は普通の子などではないからだ」


    「……っ!ですが……!」


    私がなおも言葉を続けようとすると、お父様はそれを遮るように言った。


    「駄目なものは駄目だ。……これ以上の問答は必要ない。去れ、仕事の邪魔になる」


    お父様はそう言い放つと、再び書類へと目を戻した。
  4. 4 : : 2017/08/16(水) 23:50:42
    私はぐっと奥歯を咬み、拳を握りしめる。


    「……でも、私は明日で……」


    私がそう言うと、お父様は深い溜息を吐き、改めて私の方をじっと見る。

    その視線は今までのどれよりも厳しく、冷たい視線だった。


    「お前がもう18歳になる事など知っている。だが、それとこれとは話は別だ。お前には足りないものが多すぎる。実力もそうだが、自らのやりたい事を何よりも優先しようとするその幼稚さ。そんな奴を外に出す訳にはいかない。何か問題を起こすに違いないからだ。そんなことをされて魔王の一族の品位を下げられては困る」


    お父様は一通り言い終えると、再び溜息を吐いて、疲れたような様子で言った。


    「あまり苦労をかけるな。お前に構ってやる時間は無いんだ」


    私はその言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かが弾けるような音がしたのを聞いた。


    「……で……」


    「何?」


    「こんな家、出ていってやる!品位とか、一族とか、そんなくだらない事で私の一生を決められてたまるか!」


    私は怒りに肩を震わせながらお父様にそう言い放った。

    もう堪えられない、この堅物!

    何でこんなのが私のお父様なの!?

    勿論お父様は私の怒鳴り声に対して、立ち上がって怒りを顕にする。


    「エルマッ!くだらない事とはなんだ!」


    声だけで空気が震えるほどの振動を起こしながらお父様の怒鳴り声が響く。

    だがもう私も一々ビビっていられない。


    「くだらないものはくだらないよ!お父様なんて、お父様なんて……ッ!!」


    そして私は今日一番の大声で言いのける。


    「お父様の子供になんて、生まれたくなかったっ!!!」


    私のその一言に虚を突かれたのかお父様は目を見開いて驚いているようだった。

    私はそんなお父様を尻目にお父様の部屋を出た。
  5. 5 : : 2017/08/16(水) 23:50:46
    私はお父様の部屋を出て、肩を怒らせながらずんずんと歩いて、そのまま城の正面玄関までやって来た。

    そこには見知った、と言うよりも見飽きた顔の衛兵達が私を見て声をかけてきた。

    私はそれを適当にあしらいながら扉へと近づいていく。

    門の前に着くと、そこには如何にも軽薄そうな顔付きの上級魔族(デーモン)が立っていた。


    「おや、エルマお嬢様。ここに来たってことは御父上の許可がついに出たんですか?」


    「ええ、そうよ。だからさっさとそこをどきなさい、ゼオ」


    目の前の衛兵……ゼオはそうしたいのは山々なんですけどねえと言って首を振る。


    「一応私も門番を任される衛兵達の隊長でして。お嬢様の言ってることを疑う訳では無いですけど規則上、御父上の確認を取らなければいけませんでね」


    などと言ってヘラヘラと腹の立つにやけ顔で御託を並べる。

    いつもの私ならそこを何とか!とか言って暫く粘るのがいつもの流れなので向こうもまたそのくだりだろうと気を抜いて話しているが、生憎今は外出が目的じゃない。


    「ゼオ」


    私は静かな声で彼の名を呼ぶ。

    ゼオはいつもとは違う私の雰囲気を見て、顔に貼り付けていたにやけ顔を不思議そうな顔に変えていく。


    「お嬢様?一体どうされ───」


    「悪いけど、私今から家出するから」


    そう言い放った瞬間、こっそり集中させていた魔力を爆発させる。

    私の周りの城の床が生きているかのように蠢き、辺りの衛兵たちを薙ぎ払う。

    侍女達の悲鳴が城内に響き、周りの部屋からもなんだなんだと野次馬が覗く。
  6. 6 : : 2017/08/16(水) 23:50:50
    私の不意打ちを寸でのところで回避したゼオが額に汗を浮かべながら叫ぶ。


    「お嬢様!?何てことを!というか家出って!」


    「言葉の通りよゼオ。今日という今日は我慢ならない、力づくでもいかせてもらうから」


    未だ私の前に立ち塞がるゼオは、実力家柄どちらを取っても優秀な男だ。

    人望もあるし、顔もまあイケてる。

    私が、普通の子(・ ・ ・ ・)だったら適当にあしらわれて終わりだろう。

    だけど私は、私は、あの人の娘だ。

    その事実を考えるだけで今は腹立たしい。

    全身の血が煮えくり返るほどの怒りさえ覚える。

    その怒りを魔力に変えて、私は目の前のゼオを睨みつける。


    「悪く思わないで」


    その瞬間、再び地面が隆起する。

    意思を持ったかのように暴れる大地の柱は十本。

    その全てがゼオに向かって殺到していく。

    だが彼もまたあの人に見初められた優秀な衛兵だ。

    それら全てを尽く避け、私を睨めつけた。


    「お嬢様が何を考えているかは知らないが……ここまでするってことは覚悟はできてると言うことで良いんですね?」


    ゼオはそう言って抜刀し、その端正な顔を歪めながら私に最後の警告をする。

    これ以上するなら容赦はしない、と。

    だけどそうなることは織り込み済みだ。


    「喋ってる暇があったら働けば?」


    まるで彼のように、にやりと笑みを浮かべながら私は煽る。

    流石の彼もカチンと来たようで言葉は無用とばかりに雷を全身に迸らせながら奔る。

    彼は私の土柱による追撃を苦もなく躱し、私に肉薄する。


    「大人しくしてもらいます……よッ!!」


    「誰がするもんですか!」


    彼の剣が私の頬を掠める。

    それと同時に土柱を解除して、準備していた魔力を解放する。


    「これでもくらいなさいっ!」


    ゼオの足下にある地面が大きくうねり、彼の身体を這うように登っていく。


    「なっ……!くそ、しまった!」


    彼が逃げ出そうとした時にはもう既に遅い。
    うねり触手のようになった地面は彼の身体を雁字搦めに締め上げる。


    「こんな単純な陽動に引っかかるなんてゼオも修練が足りないのね。もっと精進なさい」


    私はそう言うとちょうど駆けつけた追っ手達を払いながら門の外へと駆け出した。
  7. 7 : : 2017/08/16(水) 23:50:59
    城を出て、初めて外側から見る巨大な城の門に密かに感動しながら魔力を集中させる。

    私の出てきた小さな出入口を土壁で塞いで、追手が追ってこれないようにする。

    土壁には魔力を割いたからそこそこの硬度になっている、ちょっとやそっとじゃ破れないはずだ。

    これで少しは時間稼ぎになるだろう、そう思って街の方へと向き直す。

    かくして私は覚えてる限りでは初めての城の外へと繰り出すことになった。

    どうも私が生まれた時には街中でパレードがあったらしいが、そんなのはカウントのうちではない。

    まあそのお陰で変装しなくても街の人は私が魔王の娘だなんて思いもしないはずだからそれに関しては悪くないのだが。

    城の外からすぐそこには窓から見た噴水の広場がある。

    実物は窓から見た時よりもずっと大きいんだ、そんな些細な事にも感動を覚える。


    「っと、そんなことより早く逃げなきゃ」


    私は噴水の広場を通り抜けて、人混みの中へ紛れていく。

    こんなに大勢の人達の中にいるのは初めてで何故か知らないけど私はドキドキしっぱなしだった。

    右を見れば人、左を見れば人、人人人。

    しかもみんな初めて見る顔で、しかも私に見向きもしない。

    城の中では見知った顔の人達が、私が近くを通る度に堅苦しい挨拶をしてくる。

    ここでは普通のことかも知れないが、それでも私には十分過ぎるほどに新鮮だった。

    人混みを通り抜けると、バザーに出た。

    ここは窓からは見えない場所で、その熱気と喧騒に私は一瞬たじろぐ。


    「すっごい……城の中とは大違いだ……」


    バザーもまた人で溢れかえっており、ゆっくり感動に浸る暇もない。

    私は人の流れに身を任せて、アテもなくバザーを歩いて回る。

    見たこともないような果実や綺麗な石があしらわれた古そうなブローチ、やたら擦り切れた本。

    見るもの全てが新鮮で、独特で、心が躍った。
  8. 8 : : 2017/08/16(水) 23:51:12
    と、そんな風にしていると何処からかとても香ばしい匂いが漂ってきた。

    城の中での食事とは全く種類の違う匂いでそれが料理であることは分かったけど、何の料理かまでは分からない。

    だが間違いなく美味しいということだけは匂いだけでも十分に分かった。

    そんな匂いを嗅がされてはお腹が鳴るというのもまた道理だろう。

    そもそも先ほど散々魔法を使ってお腹は減っていたのだ。

    外の世界でのカルチャーショックの連続で忘れていただけで、一旦意識すると耐え難い空腹が襲ってきた。


    「でも私お金なんて持ってないしな……」


    一応ポケットをまさぐって何か無いかと探してみるも、もとより外に出ることが無かった私は貨幣なんて見たことはあっても持ったことは無い。 

    当たり前だが何も無い事が分かって、私は溜息を吐きながら空っぽのお腹をさする。

    と、その時私の方を誰かが後ろから叩いた。

    追手!?こんなに早く!?

    私は即座に魔力を込めながら、素早く後ろを振り向く。

    しかしそこに居たのは城の衛兵達では無く、壮年の悪魔だった。

    私が殺気を放ちながら振り向いたせいか、どうも怯えている様子だ。

    私は咄嗟に魔力を霧散させて、笑顔で取り繕う。


    「え、えと、何か御用ですかぁ?」


    できる限り可愛い声を出して何とか誤魔化そうとする。

    悪魔の男性はそんな私を見ながら苦笑いを浮かべている。

    ……気まずい沈黙が流れる。

    とはいえ用があったのは向こうだけに、すぐに彼はその沈黙を破った。


    「ああ、えーと、私はこういうものでして……」


    そう言いながら男性はいわゆる名刺というものを差し出してくる。

    本で外の世界ではこういう事があるというのは知っていたが実際するのは初めてで何ともなしに緊張してしまう。

    恐る恐るそれを受け取り、書いてある内容を見る。


    「金融業者の……エリゴスさん?」


    「ええ。主に換金や貨幣の融資等を生業としおります」


    「そんな方が私にどういったご用件で?」


    いえね、と言いながらエリゴスさんは口もとを隠す。

    どうやら何か笑っているようだ。

    私が不思議そうに首を傾げるとエリゴスさんは説明してくれた。
  9. 9 : : 2017/08/16(水) 23:51:21
    「先程あそこの露店を見ながらお金を探す素振りをしていたでしょう?ですが見つからなかったのかガックリと肩を落としていらっしゃった。あそこの唐揚げが食べたかったのでしょう?」


    見、見られてた……!

    顔がカーッと熱くなるのが分かった。

    見ず知らずの人にそんなはしたない姿を見られていたというのは私にとっては耐え難く恥ずかしい事だった。

    だって城では知らない人とか殆どいないし……。

    とにもかくにも何か返事をしなければならない。


    「あ、あはは……お恥ずかしいところを見られてしまいましたね……ほんとに。でも、それで私にお金を貸そうとしたってことですか?それはあまりにも適当、と言いますか行き当たりばったりと言いますか……」


    「いえいえ。いや勿論私も普段はこんなことは致しません。これでも金を取り扱う商売だ、身元の知れない方に貸すような金はありません。ですがあなたのその耳につけているイヤリング、それは───」


    と、エリゴスさんが何かを言おうとした時だった。

    向こうの方から何か騒ぎ声が聞こえる。

    何事かと思って声の方を見ると、そこには数人の衛兵達が集まっていた。

    やばい、こんな所にいて見つかりでもしたら私の魔法は使えない。

    いや他の魔法も使えるには使えるが私が魔王の娘だなんてバレてしまえばこの街にいるのも難しい。


    「あーっ……と、すみません、私これから用事がありまして!お気持ちは有難いですがまたの機会にということで。それでは失礼します!」


    そう言って私は脱兎の如くその広場から逃げ出した。
  10. 10 : : 2017/08/16(水) 23:51:28




    取り残されたエリゴスは眼鏡をかけ直しながら去っていくエルマの背中を眺めていた。


    「ふむ……成程、ね」


    エリゴスは雑踏の中、一人で立っているはずなのにさも誰かに話しかけるように言った。

    彼がそれを言った瞬間、彼の周りの空間にノイズがかかったように霞む。

    次の瞬間、エリゴスは雑踏の中に立っていた姿のまま、全く別の場所に移動していた。

    ふとエリゴスは周りの景色が変わったのを確認すると、次は彼の体が粘土のようにぐにゃりと歪み、全く別の男の姿に変わる。

    銀色の髪を後ろに撫でつけた一見柔和な印象を与えるその初老の男は姿を変えると、歩き始める。

    男はカーペットの上を黙々と歩き、ある部屋の前で止まる。

    男はその部屋をノックし、名を名乗る。


    「魔王様、ダンダリオンにございます」


    「……入れ」


    ダンダリオンと名乗った男がそう言うとその部屋の中から重々しい声が返ってくる。

    ダンダリオンは失礼しますと言って部屋に入る。

    部屋の中は書類があちこちに散らばっており、整理整頓されていないのが分かった。


    「ダンダリオン、お前に頼みたい仕事がある」


    魔王はおもむろにそう言った。

    そういう魔王の顔は少しやつれており、些か生気に欠ける表情だった。


    「仕事。はて、一体どのような仕事にございましょう」


    「俺の娘を見つけ、そして引きずってでも城に連れ帰って貰いたい。本来俺が行くべきなのかもしれないが、少し体調が優れなくてな」


    「そういうことでしたか。ええ、お嬢様がいなくなられてはさぞや心配でしょう。お任せ下さい、わたくしめが必ず連れ帰ってみせましょう」


    「ああ……頼んだぞ」


    魔王がそう言うとダンダリオンは御意に、と恭しく礼をする。

    魔王は頷き、ダンダリオンは踵を返して部屋から出て行った。

    部屋を出て暫く進み、人気の無い場所へ来るとダンダリオンはパチンと指を鳴らす。

    すると何処からともなく学者風の痩身の男が現れる。


    「カシモラル、今の話を聞いてたな?」


    カシモラルと呼ばれた男は声を発することなく頷いた。

    ダンダリオンは眼鏡の位置を直しながら口元に下卑た笑みを浮かべる。


    「あの小娘を始末してこい。だだし耳についているイヤリングだけは壊すなよ。他の馬鹿共は気づいていないが、あの小娘の価値はあのイヤリングだけだ」


    饒舌に話すエリゴスに対してカシモラルは口を真一文字に引き結んだままに表情を変えない。

    エリゴスもそれに気づいたのか、一転してつまらなさそうな表情を浮かべる。


    「まあお前にどれだけ話しても意味は無かったな。お前はただ仕事をこなせばいい」


    「……了解」


    カシモラルはそれだけ言うと、再び何処かへと消えていった。

    エリゴスもまたそれを確認すると口端に笑みを浮かべて再び歩き出したのだった。
  11. 11 : : 2017/08/16(水) 23:51:34
    衛兵達から逃げつつ、街を歩き回っていたらいつの間にか日が傾いていた。

    私は目立たない路地に逃げ込んで一息つく。

    アテもなくとにかく逃げていたからいつの間にか遠くに来てしまったようで、城が遠くに見える。

    お腹は空いているし、足は疲れたしで、結構散々な状態だ。

    よく考えると私は今日寝る場所も確保出来ていないのだ。

    とは言え、お金も無ければつても無い。

    そもそもこんな小娘一人で行っても相手にはされないだろう。

    ……私一人じゃ、本当に無力なんだな。

    お父様の、魔王の庇護のもとに私の存在は成り立っていた。

    魔王の娘じゃない私なんてせいぜいちょっと魔法が得意なだけの凡庸な子供だ。

    そんな事を考えながら、ふと空を見上げる。

    今朝は空を覆っていた黒雲はすっかり晴れ、星空が輝いていた。

    まるで星が降ってきそうな酷い空だ。

    お父様にとって私はあの空の端にある小さい小さい星の一つなんだろう。

    興味も関心も無い、ただ御母様が残した唯一のモノだから手元に置いているだけ。

    私の価値なんてそんなもの……なのかな。


    「……はっ、駄目駄目。こんな弱気じゃいけないわ!」


    私はうっかり落ち込みかけていた頭をリセットするようにブンブン振って、ガッツポーズを取る。

    弱気になってちゃ始まらない。

    よし、とりあえず休めるところを探そう。

    他のことはそれから考えればいい。

    そう思って私が路地から出ようとした時、背後から急に風に吹かれた。


    「なんで路地の向こうから急に風が……?というかそれよりも……」


    この風、魔力密度がとんでもなく濃い(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

    そう感じた瞬間にぐらっと頭が揺れる。

    足下がふらつき、視界が揺れた。


    「嘘っ……私が魔力酔い……?」


    そもそも私達魔族は色んな種類がいる。

    例えばお父様は魔神と呼ばれる最高位の力を持つ種族で、お母様は最も一般的な種族である魔人。

    その娘の私はさしずめ半魔神(ハーフ)と言ったところだ。

    私は城から出たことはないので見たことは無いが、世の中には山羊頭(ゴート)羽魔猿(パズズ)と言った異形の悪魔も結構な数がいるらしい。

    しかし形は違えど、魔族には共通して魔力器官という魔力を扱う、感じる等の魔力を司る器官が存在する。

    種族や個人によってそれが発達未発達に差はあれど基本的には必ず持っている。

    魔力酔いと言うのはその個人が持つ魔力器官の容量を超過した魔力を浴びると起こす症状だ。

    一般的には頭痛や眩暈、酷い時は気絶する時もあるそうだ。

    半魔神である私の魔力器官はそこらの魔人とは比較にならないほど容量が大きい。

    にも関わらず、私が今魔力酔いを起こしたというのは、先程の風がそれだけ尋常ではない魔力を持っているということに相違ない。

    幸いにも症状は軽く、すぐに治ったが……。


    「無視して行く、のは流石に無理だよね」


    私は意を決して表通りとは真反対の路地の奥へと進んでいく。


    ───この一陣の風が、私の運命を大きく変えているとも知らずに。
  12. 12 : : 2017/08/16(水) 23:51:38
    路地を進んでいくと、行き止まりになっていた。

    誰かがいた痕跡もなく何も怪しいことはないように思える。

    しかしそこは半魔神である私だ、魔力を感知する能力も長けている。


    「って、これ下から……?」


    先程の様にとんでもない濃度の魔力ではないにしろ、何らかの魔力が私が立っている地面の下で働いている。

    下に続く道は無いかと思って探すと、無造作に置かれたと思っていたゴミ袋の下に梯子が下に向けて掛かっていた。

    近づいてみると異臭が漂ってくる。

    私はその嗅いだこともないすごい臭いに顔をしかめながらも下へ降りていく。

    カンカンカンと鉄製の梯子は音を立て、それが反響しているのかやけに音が色々な方向から聞こえる。

    高さはそれほどでも無かったようで程なくして地下へと着いたが、そこは薄暗く不気味な場所だった。

    トンネルのようになった道の真ん中を水が流れている。
    これが話に聞く下水道という奴だろうか。

    暗くてよく見えないが、なかなか縦にも横にも幅の広い場所のようだ。

    私は自分の感覚を頼りにしながら、魔力を感じる方へ進む。

    暫く歩いていると不意に足下を何かが通り過ぎて行った。


    「ひぃ……今の何よぉ……」


    ただでさえ暗くて見えないのだ。

    正体も分からない何かが這いずり回ってると知れたら気分の悪さも倍増だ。

    引き返そうか……そんな事を考えていると、魔力が感じられる方向に明かりが見えた。


    「明かり……!?誰かいるの!?」


    私は走ってその明かりの方へと向かう。

    明かりが灯っているその場所は、ボロ布で出来たテントのような形をとっており、恐らく誰かが住んでいるであろう事を示していた。

    テントのすぐ近くまで行くと、人影が見える。

    私はゴクリと生唾を飲み込む。

    もしかしたらここにとんでもない犯罪者が潜んでいるかもしれない。

    そう思うと怖い気持ちはあったが、だからと言って見逃すなんて出来やしない。

    それにもし捕まえたらお父様も……。

    いや、それは関係ない。

    とにかく今は目の前のことに集中するんだ。

    そして私は覚悟を決めて、そのテントの入口の様なものを捲りあげて中を確認する。



    ────そして私は目にするのだ。



    「……あんた、誰だ」



    こちらに虚ろな目を向けながらそう言ったボロ布を纏う黒髪の少年と。



    ────黒い粒子となって消えていく一人の老人を。

    その老人は粒子となって消えかけながらも残っていた顔をこちらに向けて、私を見る。

    そしてほんの少し、ほんの少しだけ目を見開いて、何かを一言ぼそりと呟くと、そのまま粒子となって消えていった。

    私は予想だにしなかった光景に言葉を失い、思考も停止し、体も動かなかった。

    ただ一つだけ分かったのは、今目の前で見知らぬ老人が死んでいったことだけだった。
  13. 13 : : 2017/08/16(水) 23:51:48
    私が愕然としていると、そこにいた黒髪の少年は私に話しかけてきた。


    「あんた、俺達が……俺が誰か分かってここにいるのか」


    感情の起伏を感じさせない声で話しかけられて、私はハッと正気に戻る。


    「わ、分からないわよ、そんなの……分かるわけないじゃない……」


    私は自分でも声が震えているのが分かった。

    自分が想像していたよりも遥かにとんでもない事になってしまった恐怖もあるが、それよりも大きかったのは目の前で誰かが死ぬ事を見たと言うこと。

    あの老人の事は知りもしないが、何故だろうか。

    心にポッカリと穴が空いてしまった、そんな喪失感を感じずにはいられなかった。

    そんな私の心中など察するわけもなく、少年は私をじっと見ていた。

    私がその視線に気づき、少したじろぐと彼は口を開いた。


    「……本当に知らないんだな。なら教える。俺は死神。死神テスカトリポカ」


    「……え?死神?」


    彼は何も言わずにこくりと頷いた。

    死神。

    それはこの世界で唯一、生死を扱う事を許された一族だ。

    遥か昔は魔神に匹敵する程の力を持っていたが、死を司るということから他の魔神に忌み嫌われてその格を堕とされた。

    今では死を扱う穢れた仕事をするとして、どの種族からも忌み嫌われ、避けられる対象となっているらしい。

    私は初めて見る死神という一族に興味がわき、心を支配していた喪失感が少しだけ紛れるのを感じた。


    「お、おい。死神だぞ。あんたは嫌じゃないのか?」


    じろじろと自分を見る私が余程不思議なだったのだろうか、彼は起伏のない声に初めて焦りの感情を込めて私に言った。


    「別に……嫌も何も私とあんまり見た目とか違わないし……それにあなた達って誰かがやらないといけないことをやってるだけなんでしょ?」


    彼はそれを聞くと心底驚いたように目を見開く。

    今まで虚ろだった眼に初めて光が差した。

    そしてゆっくりと口を開いた。


    「……あんたみたいなのは初めてだ。ほかの奴らはみんな汚いものを見るような目で俺を見るから」


    「いや実際こんな所に住んでたら汚くはあるわよ?私もそう思うし」


    「え、あ、あぁ、そうか。……ごめん、誰かと話すのは慣れてないから、どう言ったらいいか分からないんだ」


    そう言って彼は申し訳なさそうな顔で謝る。

    なんだ、特に死神の人達が悪い人って訳でもないんだ。

    私はそう思うと、何となく彼に親近感を覚える。

    誰にも見てもらえない一族の彼と誰にも必要とされてない私。

    あったばかりの彼にそんなことを思うのはおかしいかもしれないが、私は確かにそう感じていた。
  14. 14 : : 2017/08/16(水) 23:51:55
    その時、目の前の少年がハッとしたかのように顔を上げた。

    彼の顔は既に最初の感情の無いものに戻っており、私の横を通ってテントの外に出た。


    「ちょ、ちょっと!」


    私は慌てて彼の腕を掴む。

    すると彼は自分の腕を掴もうとする私の手をパンッと払い除けた。

    私は彼の急な態度の変わりように戸惑ってしまう。


    「……すまん。ただ腕はやめてくれ。俺の為じゃなくて、あんたの為に」


    「……どういうこと?」


    私が怪訝に思って、彼に尋ねるも彼はそのまま外に出る。

    そして振り向いて私に言った。


    「なんでここに来たかは知らない。迷い込んだんなら上まで送るけど」


    「別に、迷い込んだわけじゃないわ。気になることがあって来たのよ。というか私あなたに色々聞きたいことがあるんだけど」


    それは無論先程の風もそうだが、あの老人は何者だったのかも気になる。

    あまり触れない方がいいのかもしれないが、外に出る機会なんて滅多にないし好奇心を抑えようにも抑えきれないのだ。


    「聞きたいこと?それはいいが、それなら後にしてくれないか。俺は今から仕事だ」


    「仕事って……今夜中じゃない」


    「夜中にしないと、色々都合が悪いから」


    「……成程、それもそうね。誰かに見られると大変そうだもの」


    彼は表情も変えずにその通りだと頷く。

    ならば私の選択肢は一つだけだ。


    「じゃ、私ここで寝てるから帰ったら起こしてね」


    「え」


    思わずと言ったように彼はそう漏らした。

    顔には先程まではないがそれでも少し驚きの色が広がっている。


    「何よ、駄目なの?」


    「いや、駄目じゃないが……」


    彼はなんと言っていいか分からないというように口ごもる。

    何かそのまま続けるかと思ったが、なかなか彼が何も言わないので仕方なく助け舟を出すことにした。


    「別に汚いとか、死神の寝床だとかそんなに気にしないわよ。元々私も寝るところなかったし。臭いと言えば臭いけど慣れたらどうってことないもの」


    「……凄いな。外の女はみんなそうなのか」


    「さあ?私も外のことはよく知らないわ。ところであなたのこと、なんて呼べばいいのかしら」


    「名前はテスカトリポカ。でもあんたの呼びたいように呼んでくれて構わない」


    テスカトリポカ、ね。


    「じゃあテスカ、って呼ばせてもらうわ。私はエルマ。握手は出来なさそうだけど改めてよろしくね」


    「……よろしく頼む。それじゃあまた後で」


    そう言うと彼は闇の中に紛れて消え去って行った。

    それを見送ると同時に私の意識もまた、闇の中に溶け込んでいったのだった。
  15. 15 : : 2017/08/16(水) 23:52:01
    「………い、おい、起きろ」


    遠くから聞こえていた声が徐々に鮮明になっていく。

    私は声ともつかぬ唸り声を上げながら眠い目を擦って、上体を起こした。

    周りを見渡すと何時もの窓は見えず、ベッドのやわらかさも無く、どこか埃っぽい硬い床を感じた。

    何より違ったのは目前に黒髪をボサボサに伸ばした少年がいる事だった。


    「うーん……?」


    「寝ぼけているのか?」


    「……寝ぼけてるかなあ?」


    「さあ……寝ぼけているんじゃないか」


    「そっかー……」


    そんなトンチキな会話をしながら、私の頭は徐々にクリアになっていく。

    確かすごい風の出どころを追ってたらこんな所まで来てしまったんだっけ……。

    ああやっと思い出してきた。


    「うぅー、やっと目が冴えてきた。テスカ、でいいんだよね。おはよ」


    「ああ。おはよう、エルマ」


    なかなかに鉄扉面なテスカだが流石に挨拶の時はほんの少しだけ柔らかい表情をしている。

    こうして見る分には悪くない顔立ちだ。

    と、テスカが手に持った皮袋から何かを取り出した。


    「リンゴ……?綺麗だけど、これどうしたの?」


    「朝飯だ。とってきた」


    「……何処から?」


    私の言葉に含むものがあったのを感じたのか、彼はリンゴをむしゃむしゃ齧りながら説明してくれた。


    「別に盗んだ訳じゃない。だからと言って死神の俺が買い物なんて出来るわけない。これはいわゆる賃金の代わりみたいなもんだ。仕事が終わるといつも上のハシゴの横に置いてある」


    「死神って現物支給なのね……まあ盗んだものじゃないなら良いけど。ていうかこれってあなたのリンゴでしょ?良いの?」


    「昨日までは爺さんと分けて食べてた。爺さんがあんたに変わっただけだ。問題はない」


    「……そっか。じゃあ有難く頂きます」


    彼は既に食べ終わりかけていたが、私はそう言ってからリンゴを齧る。

    生まれて初めてこんな汚い食べ方をしたが、なかなかどうしてこれが美味しい。

    食べ方一つでこんなに変わるものなのかと驚いた。 

    ただでさえ昨日から何も食べていなかったので、私もすぐに食べ終わってしまった。
  16. 16 : : 2017/08/16(水) 23:52:06
    「そいでさ。お話を伺いたんだけど」


    朝食を食べ終えて、いよいよ本題に入る。

    仕事で疲れたのか少しぼーっとしていたテスカがそう言われてこちらに向き直る。


    「そういえば言ってたな。俺が答えられる範囲なら出来るだけ答えよう」


    「じゃあいきなりなんだけど、昨日多分ここからすごい魔力濃度の高い風が吹いたと思うんだけど」


    「風……?さあ、知らないな」


    「えっ!?知らないの!?」


    彼は表情を変えずに頷く。

    あんな魔力濃度の高い風が偶発的に起こる?

    それは有り得ない、あれは明らかに人為的なものだった。

    大体発生源は間違いなくここだった。

    でもテスカが嘘をついているようには見えないし……。


    「……風か起きたかどうかは知らないが」


    私がうんうんと唸っていると力になれないのが申し訳ないのか、彼がぼそりと呟いた。


    「昨日、爺さんから死神の仕事を継いだ時にすごい力を感じたな。魔力……とは違ったが」


    「継いだ?死神って何人もいるんじゃないの?」


    「いや、違う。死神という一族は親が子に代々仕事を引き継いでいくものだ。仕事を継ぐ、と言うのは即ち先代の死を意味する。爺さんの話によると死期は数ヶ月前にふと分かるそうだ。それに合わせて死神の仕事を学ばせる」


    珍しく饒舌な彼を見ながら、私は文献には残っていない死神の真実がいとも容易く明らかになっている状況に驚いていた。

    ということは昨日見たお爺さんは……。


    「昨日のお爺さんは、テスカのお父様だったのね……しかも今際の際だったってこと?」


    「ああ。元々爺さんが死ぬのは分かっていた。死神は死ぬ時、痕跡を残さない。爺さんは自分の死から目を離すなと言っていたから見ていたんだが、そこであんたが入ってきたんだ」


    「う、ごめん……てっきり何か犯罪者か誰かが根城にしているのかとか思っちゃって……」


    「構わないさ。元々死神の力の使い方と仕事のやり方以外では殆ど話さなかった。無愛想の塊みたいな人だったからな」


    「なるほど、遺伝か……」


    テスカは不思議そうに首を傾げる。

    自覚は無いのか……。
  17. 17 : : 2017/08/16(水) 23:52:13

    「何にしろ昨日あったことはそれだけだ。何かの助けになればいいが……」


    「ありがとう、十分助けになったわ。ところでもう一つ聞いてもいい?」


    「構わない。何だ?」


    「その、昨日私が手を触ろうとしたらすごい剣幕で払い除けたじゃない?何でかなーって……」


    テスカはそう言われると口に手を当てて思案する素振りを見せる。

    その手には白い包帯がぐるぐる巻きにされており、外観からは下がどうなっているのかは分からない。

    暫くして彼は口を開いた。


    「この腕は、死神が先代から継ぐものの一つだ。爺さんは『腕』と呼んでいた。加えて、これが死神が死神たる所以だろうな」


    わりと直接的に物を言う彼にしてはやたら迂遠な言い方だ。

    言いたくないのか、それとも単に説明しにくいだけなのか、それは分からないがそんな言い方をされてしまっては気になるのが道理だろう。


    「つまり、どういうことなの?」


    私が説明を求めると、テスカはまた何かを考えている。

    やっぱり言いたくないのかな……。

    流石に無理を言って教えてもらうのもこちらの気が引ける。


    「テスカ、言いたくないなら別に無理しなくてもいいんだけど……」


    「いや、言いたくない訳ではないんだ。ただ、これを聞いてエルマが……」


    「え?私?」


    「ああ。……これを聞いて、エルマが死神の事を他の奴らと同じように思うようになったら……嫌だと思ったんだ」


    「テスカ……」


    ああ、そうだったんだ。

    テスカもずっと寂しかったし、悲しかったんだ。

    死神という一族に生を受けただけで誰からも忌避され、時には石を投げられるような扱いをされる。

    当たり前だ、そんなの耐えきれるわけがない。

    彼もまた一人の魔族、心を持って生きているんだ。

    テスカの感情の機微は確かにあまり分からない。

    だけど生まれて初めて現れた死神という理由で自分を虐げない私という存在。

    それを失ってしまうのは彼にとって、何よりも恐ろしいことだったのだ。

    私はそんな彼に笑顔を向ける。


    「大丈夫。私は、少なくとも私だけは絶対あなたが死神だからってだけで嫌ったりしないわ。約束する」


    「……そうか。そうか……良かった」


    彼は私の言葉を聞くと、ゆっくり噛み締めるように言った。

    彼は胸に手を当てて、改めて言った。


    「これが嬉しいという感情なのか……今まで感じたことがなかったから、それは分からない。ただ俺はエルマに感謝している」


    「そしてあんたが約束してくれると言うならば俺もまた約束する。あんたに困ったことがあれば、必ず俺が助けとなろう。どんな命令にだって従う、(死神)の誇りにかけて」


    彼はそう言って私に頭を垂れる。

    ……はあ、何もわかってないんだから。

    私は彼の後頭部に手刀を入れる。

    急な衝撃の為に彼は思わずと言ったように声を上げる。

    そして困惑した顔で私の方を見上げた。


    「エルマ……?」


    「そうやってすぐに誰かに服そうとするのが死神としての流儀か何かは知らないけど、どうもあんたは勘違いしてるみたいね」


    「いやこれは俺なりの誠意を表そうと……」


    「いらないわよ、そんなの!私達、友達じゃないの!?」


    彼はその言葉に面食らったようにポカンとした表情を浮かべた。

    いつもの私ならその顔を見て笑うだろうが、この時ばかりは少し頭に血が上っていた。


    「私は命令なんてしない!あんたのその死神の誇りってやつも要らない!ただ私が助けてって言った時に助けてくれたらいい、私もあんたが助けてって言えば助けるわ。感謝しているなら、一言言えばいいじゃない。それだけで十分じゃないの?」


    それだけ言い切ると私はふんと鼻を鳴らして、彼の顔を見た。

    彼は未だに驚いたようにしていたが、私が言い切ると程なくして顔を上げて申し訳なさそうに言った。


    「すまん……俺は確かに勘違いしていたみたいだ」


    「すぐ謝らない!」


    「う……分かった。友達なんて、今までいなかったからどうしていいか分からなかったんだ」


    「私だっていなかったわよ。でもそれくらい分かるでしょ普通」


    「エルマにもいなかったのか。ならお互いに初めての友達というわけだな」


    「そうね。嬉しい?」


    彼は私の問いかけに口元に微笑みを浮かべて答える。


    「ああ、嬉しいよ」


    私は彼の返事を聞きながらも初めて見る彼の笑顔に目を奪われていた。

    ───それは死神と言うにはあまりにも優しい顔だった。


    「……あっそ。良かったね」


    思わず見とれてしまったのが恥ずかしかったのでそっぽを向いて答える。

    目の前でテスカが不思議そうな顔をしているのが少し憎たらしく思えた
  18. 18 : : 2017/08/16(水) 23:52:31
    そんなやり取りがあった後、テスカはその手に巻いていた包帯を取り去って、その手を見せてくれた。

    私はその手を見て思わず息を呑む。

    その両腕は炭化したかのように真っ黒で、見ていると吸い込まれそうになるほどだった。

    私がまじまじと見ていると、彼は説明してくれた。


    「この腕に触って欲しくない理由は一つ、この腕は触れた者の生命を奪うからだ。俺達はこの腕を使って仕事をこなす。俺達は神官が神託を受けるように、今日殺さなければいけない奴が自ずと分かるようになっている。毎晩俺はそれに従って仕事をしているんだ」


    「……そうなんだ。大変なのね」


    「それが俺の生きている意味だから」


    そう言って彼は腕に包帯を巻き直す。

    彼が毎晩仕事として誰かを殺しているという事実が私の胸を締め付ける。

    誰かがやらねばならないと言うのは分かっている。

    でも彼だけにそんな重荷を背負わせていいのだろうか。

    などと考えていると、今度はテスカの方から話しかけてきた。


    「そう言えばエルマは普段何をしているんだ?」


    「え。あー、えーと……その、町娘?みたいな?」


    「成程。まあ言いたくないなら無理には聞かないさ」


    呆れるほど容易に看破されてしまった。

    まあ確かに酷い言い訳ではあったが……。

    しかし自分だけ色々と聞いて、私だけ話さないと言うのは確かにフェアではない。

    私は意を決して彼に本当の事を話す。


    「本当はね。私、魔王の娘なの」


    「……魔王の?」


    「うん。昨日になるまで城から出たことなくてさ。今回こそはと思ってお父様に直談判しに行ったらそのまま大喧嘩になって、家出してきたの」


    「そうだったのか。確かに普通の魔族ではないと思ってはいたが……」


    「そう?まあお父様からすれば私なんてただの跡継ぎ。娘として扱われることなんて無かったからどうせ心配もしてないでしょうけど」


    そう言って私は自嘲気味に笑う。

    テスカもまた、そんな私を見てなんと声をかけたらいいのか分からないでいるようだった。

    しばらく私達の間に沈黙が流れる。

    先に沈黙を破ったのはテスカだった。


    「その魔王の話を聞いたことはあるのか?」


    「話?聞いたことないわよ、何も話してくれないもの」


    「……聞こうとしなければ、聞けないこともあるんじゃないか?」


    私は彼のその言い方が少し気に障った。

    思わず言い返してしまう。


    「何?私が悪いって言うの?」


    「そうじゃない。そうじゃないが……例えば、何の理由もなく娘を城の中に閉じ込めておくか?」


    「それは私が街で余計な事をしている暇があったら魔王になるための勉強をしろとでも考えてるんじゃないの?」


    「それならそう言うんじゃないか?そう言わないってことは何か言えない事情があるとか……言い難いことがあったりすると思うんだが」


    「……それは、確かに」


    ならばどういう事だろう。

    お父様は私の事をただの跡継ぎとだけしか思っていたというわけではないのだろうか。

    何か理由があって、私を外へ出さなかった?

    ならばどういう理由があったのだろう。


    「何にせよ、俺はもう一度話してみた方がいいと思う。話せば分かることだってあるはずだろう。エルマが俺にしてくれたようにな」


    「……そうかな」


    「ああ。もし戻るなら夜に仕事に行くついでに城まで送ろう」


    このまま家出していてもいつかは見つかってしまうだろう。

    それなら一度お父様の話を聞いてみてから考えてもいいのかもしれない。

    私のことをどう思っているのか、何で私を外に出してくれなかったのか。

    私が勝手に決めつけていたことが本当はそうじゃなかったとしたら私はとんでもないことを言ってしまったかもしれないのだから。


    「……分かった。私、1回お父様と話してみる」


    「そうか。なら夜になったら城まで送ろう」


    そして私はお父様と何を話したらいいのか、それを考えることにした。

    テスカは昨晩の仕事と今までの話で疲れていたのか、程なくして寝息を立て始めた。

    そして夜はやって来る。





    ───絶望と共に、足並みを揃えて。



  19. 19 : : 2017/08/16(水) 23:52:46
    テスカに先導されて、私は1日ぶりに外の空気を吸うことになった。

    多少下水道にも慣れてはいたが、やはり外とは比べようもない。

    私はぐーっと伸びをすると、隣に立っているテスカに話しかけた。


    「ところでテスカって城までの道のり分かってるの?」


    「うん?ああ、いや行ったことはないが何とかなるだろう」


    「そんな適当で大丈夫なの?テスカも仕事があるんでしょ?」


    私がそう言うとテスカは前を向いたまま、相変わらずの無表情のままに無言で頷いた。

    それから膝をついて、胸に手を当てる。


    「実はエルマに一つ言っていないことがある」


    おもむろに彼がそう言ったので私は疑問に思って首をかしげた。

    彼はそんな私を横目に続ける。


    「死神はこの腕以外にも伝えられるものがある。死神の一族にだけ伝わる魔法だ。今からそれを使って城まで向かう」


    死神にだけ伝わる魔法……!?

    その明らかにワクワクするような響きに私は思わず笑顔を浮かべる。

    膝をついた彼の周りに魔力が集中していく。

    しかしその魔力は私のように手に集まるのではなく、背中に集中していた。


    夜風舞う翼(ヨワリ・エヘカトル)


    彼がそう唱えると、彼の背中に黒い魔力の粒子が翼を形作る。

    その漆黒の翼を大きく広げたテスカは、立ち上がりこちらを向いて手を差し伸べた。


    「行こう。手を掴んでいてくれ」


    「と、と、飛んでいくの!?」


    「……嫌か?」


    私は興奮したまま、首をぶんぶんと横に振って彼の手を握る。

    そんな私を見てテスカはくすりと笑みをこぼす。

    このちょっとの間で彼も大分表情豊かになったと思う。

    私の頑張りの賜物だと思うと少し誇らしく感じる。


    「しっかり掴まっていろ。落ちると痛いぞ」


    「……落ちたことあるの?」


    彼は無言で前に向き直った。

    多分あったのだろう……痛いですんで十分良かったと思うけれど。

    彼は翼を大きくはためかせ、徐々に上昇していく。

    程なくして建物の上に出るが、それでも止まらずにどんどん上昇していく。

    そうして上空から見えるその景色に私は思わずため息を漏らす。


    「わぁ……!」


    「気に入ったか?」


    テスカのその声は上空から見える、その地上の星空に見蕩れていた私には届いていなかった。

    しばらくした後、テスカが私に声をかける。


    「エルマ、そろそろ進もう」


    「うん……よろしくね」


    私は返事をしたものの、未だにこの街にこんな綺麗な景色があったのかと感動に打ちひしがれていた。

    テスカは私に気をつかったのか、少しゆっくりと進んでくれた。
  20. 20 : : 2017/08/16(水) 23:53:06
    そうして進んでいくと、段々と城が近づいてくる。

    今思えばこんなに大きな城に住んでいたのかと自分でも驚く。

    街の暮らしぶりや下水道での1日を過ごして、自分が恵まれていることやお父様にどれだけ守られていたかが分かった。

    戻ったらまずはお父様に謝ろう。

    そして出来るだけお父様の話も聞いてみよう。

    そんな風に考えていると、私を持って飛んでいるテスカが急に止まった。


    「テスカ?」


    私が呼びかけても、彼は返事をしなかった。

    顔を見るとどうも険しい表情を浮かべている。

    どうかしたのだろうか、私がそう思った瞬間に私もまたテスカのその表情の意味を理解することになる。


    「っ!?」


    荒れ狂う魔力の気配、私の感覚が警鐘を鳴らしている。

    ───この魔力はヤバい!


    そもそも魔力とは、個々がそれぞれに持っているその人特有のものだ。

    故に全く同じ魔力は理論上存在しない。

    言わば指紋のようなものだ。

    それ故、魔力には個人の特徴や性格が表れやすい。

    ちなみに私はよく激しい炎のような魔力と言われる。

    得意な魔法は地面を操る魔法なのに変な話といえば変な話だ。


    そして今感じたこの魔力は今まで私が感じてきた魔力の中で最もおぞましいものだった。

    溢れんばかりの殺意、喉元に刃を突きつけられてるような剣呑な魔力。

    テスカもまたそれを感じているようで、その険しい表情を崩さないまま辺りを警戒している。

    私もまたその魔力の出処を探る。

    だが、その必要は無かった。

    一瞬、後方で魔力が爆発的に増幅する。


    「テスカ!避けて!」


    「分かっている!一旦ひらけた所に降りるぞ!」


    私が叫んだ瞬間にテスカが左に曲がって、全速力で空を駆け抜けた。

    一拍遅れて後方から熱線が奔る。

    そしてその熱線は続け様に私達に向かって放たれる。

    テスカは寸でのところでその熱線を避けながら、街の外れにある広場を目指す。

    私達が広場に着くと、熱線は止んで、上空から大きな翼を持った犬の様な魔物が降りてきた。

    その魔物は一瞬光ったかと思うと、その姿を学者然とした中年の男に変えて、その場に降り立った。


    「何なのこいつ……!?」


    「少なくとも俺達を生かして帰そうとはしていないな」


    その男はゆっくりと口を開く。


    「……ようやく見つけたぞ。魔王の娘よ」


    極々小さな声だったが、そいつは確実にそう言った。

    こいつ、私を探していた……?

    その男は鋭い犬歯を覗かせながらさらに言葉を続ける。


    「イヤリングだ。そのイヤリングを渡せば命は助けよう」


    「……?何故?」


    「答える義理はない。お前は俺の言うことに従えばいい」


    「……嫌よ。このイヤリングはお母様の形見。私とお母様を繋げる唯一のもの。例え誰であろうと譲れないわ」


    「そうか。ならば当初の予定通りいかせてもらう」


    その男はそれだけ言うと、再びその姿を変える。

    口から熱を持った息を吐きながら翼をはためかせる巨大な魔犬。

    何故このイヤリングを奪おうとしているのか、理由は定かではないが、逃がしてもらえそうにない以上、戦うしかない。

    私は魔力を集中させて、臨戦態勢を取る。

    そうしているとテスカが横から話しかけてくる。


    「エルマ、俺も加勢しよう」


    「ありがと。正直一人じゃきつそうだから助かるわ」


    「礼はいらない。俺達は友達なんだろう?困っているお前を助けるのは当然だ」


    「何をいっちょまえに言ってるんだか。勝手にやられたりしないでよね」


    こくりと彼は頷いて、魔犬の方に目をやる。

    そんな私達を睨みつけ、魔犬はこちらに向けて駆け出した。
  21. 21 : : 2017/08/16(水) 23:53:25
    無論、目の前の魔犬は私を狙ってくる。

    私は地面を操り、先端を鋭くした土柱を幾つも生み出して魔犬へ狙いを定める。


    穿通の土槍(スパイク・オルカ)


    放たれた十を越える槍のように形を変えた土柱は高速で駆ける魔犬へと殺到する。

    相手は速いが自分の魔法も負けていない。

    捉えた自信はある───が。

    魔犬は柱が殺到するのに気づいた瞬間、大きく吠える。

    その瞬間に生み出した柱は全て砕け散る。


    「えっ!?」


    驚きのあまり私は声を上げる。

    まさかその吠え声で粉砕するはずも無い、だとしたらどんな魔法を……!?

    そうこうしているうちに魔犬はすぐに距離を詰めてくる。

    私は慌てて、地面をせり上げて壁をつくる。


    「◼◼◼◼◼ーーッッ!!!」


    だがその壁もまた魔犬の声に打ち砕かれる。

    手を伸ばせば魔犬に触れそうな距離、鋭い牙や爪がぎらりと光って見える。


    「鬼籍に入れ──隷属の黒斧(ティトラカワン)


    やばい、そう思った瞬間現れたテスカが魔犬は横に吹き飛ばした。


    「エルマ、もう少し気をつけろ」


    「わ、分かってるわよ……」


    テスカは手に持った黒い塊──巨大な斧を構えて吹き飛んだ魔犬に追撃を加える。

    瞬く間に距離を詰めたテスカは斧を振りかぶり、体勢の整わない魔犬に叩きつける。

    力一杯振り下ろした斧は魔犬の腹を傷つける……が、見た目に反して傷が浅い。


    「硬いな」


    魔犬もただではいない。

    すぐに体を大きく振ってテスカを退けると、口から白い光を迸らせる。


    「テスカ!」


    私は咄嗟にテスカと自分の足下の地面を隆起させて、上昇させる。

    そして魔犬の口から放たれた熱線はこの広場を囲む木々を焼き切り、薙ぎ倒し、燃やし尽くす。

    魔犬はその熱線を横一直線に薙ぎ、私達が避難していた土柱すら焼き切った。

    無論そこに立っていた私達もバランスを崩して落下する。

    私は咄嗟に魔力を解放して、地面に干渉する。


    「変質系はそこまで得意じゃないけど……っ!軟化(モルビド)っ!」


    私とテスカが落下するであろう地面を柔らかいクッション程度の硬度に変質させる。
  22. 22 : : 2017/08/16(水) 23:53:45
    テスカも私も軟化した地面に落下して、事なきを得る。

    魔犬はその間、へっへっと舌を出しながら口から白い煙を吐いていた。

    私達が無防備なのにも関わらず、黙って見ていた……?

    しかし魔犬はそれを考えさせる暇を与えてはくれなかった。

    私達が態勢をを立て直した瞬間、再び走り出す。

    無論、私めがけてだ。

    それを見て私は魔力を集中させるが、必要無いとばかりにテスカが私と魔犬の間に割り込み、魔犬を斧で迎え撃った。

    魔犬の牙とテスカの斧がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。


    「エルマ、俺があいつを足止めをする。その間に一番強い魔法を準備しておけ」


    「足止めって……出来るの?」


    「出来る。頼むぞ」


    「あっ、ちょっと!」


    テスカはそう言い残すと、斧で魔犬の横っ腹を叩いて吹き飛ばした。

    なんであいつあんなに冷静なのよ……私は心の中で悪態をつく。

    とは言え、彼が冷静に場を見て判断しているのは間違いない。

    彼の斧では魔犬に傷をつけることは出来ても致命傷は追わせることが出来ない。

    反面私なら時間さえあればどデカイ魔法をぶちかますことは出来る。

    テスカが時間を稼いで、私の一撃にかける。

    一か八かの作戦にも思えるが、今の私達にとってはそれが最善だろう。

    割り切って私は心を落ち着かせて、胸の前で両手を重ね、魔力を集中させる。




    その間にもテスカは魔犬とその身一つで渡り合っていた。

    魔犬が爪を振りかぶれば、斧でいなす。

    突進してこようものなら、闘牛士さながらの身のこなしでぎりぎりの所でそれを躱す。

    そして相手の攻撃を無効化しながらも自分は相手に一撃を確実に入れている。

    だが、魔犬もまたやられるだけでは無かった。

    攻撃が当たらず、それでいて自分にはダメージが少ないとはいえ攻撃が入っている。

    そんな状況に苛立ったかのように魔犬は大音量で吼えた。

    テスカは驚いて、素早く数歩下がる。

    威嚇だろうか……テスカがそれを疑った瞬間に異変は起きた。


    「ごふっ、がはっ」


    ダメージを受けた覚えはないのに、テスカは大量の血を吐く。

    同時に腹部への違和感、恐らく内蔵をやられているのだろう。

    奴が吠えた瞬間にこのダメージ、恐らく無関係ではないだろう。

    膝をつきながら考え、そして一つの結論に帰結する。


    「……音、か」


    音響による体内への攻撃、それが奴の咆哮に紛れさせた魔法だった。
  23. 23 : : 2017/08/16(水) 23:54:03


    「厄介だな……」


    音の厄介な所は防ぐ手段の少なさにあった。

    音の速さや効果範囲を含めても避けるというのはまずもって不可能。

    だからといって何の対策もせずに突っ込めば殺されてしまうだろう。

    成程、エルマの魔法が砕かれていたのはこのせいだったのか……と納得する。

    いくら頑強な大地の柱とて内部から破壊されてしまえばなす術もないだろう。

    さて、どうする。


    「◼◼◼◼◼ーーッッ!!」


    だが、目の前の魔犬はこちらの事情などお構い無しに───むしろこちらの油断を突いたと言わんばかりに叫び散らしながら突進してくる。

    ───考える時間も与えてもらえないか。

    俺は斧を構えて応戦する。

    爪や牙を避けながら再び吠えさせまいとその口を重点的に攻め立てる。

    だがその猛攻は魔犬に徐々に見切られはじめていた。

    それに伴って身体にも生傷が増えはじめる。

    そして遂に隙を突かれて突進をくらい、吹き飛んでしまう。


    「ぐっ……!」


    蓄積していたダメージに加えて、さっきの内臓へのダメージが予想以上に効いていた。

    立ち上がろうとしても膝に力が入らない。

    しかし目前の魔犬はとどめと言わんばかりに白く輝く光を口に蓄えていた。

    動かなければ死ぬ……だが、身体は動かない。

    万事休す、か。

    そう思った時、後方に巨大な魔力を感じた。

    背後を見るとそこには胸の前に手を当てて、魔力を集中させているエルマの姿があった。

    その豪奢な金髪は魔力が生み出す風でたなびき、煌めいていた。

    耳についた黄金色のイヤリングは光り輝き、彼女の黄金の瞳は力強い光を灯していた。

    それはあたかも『まだ諦めるな』と伝えんばかりに。

    ──ああ、そうだ。

    俺が時間を稼ぐと言ったんだ。

    こんな所で折れてどうする。

    こんな所で死んでどうする。

    奮い立たせろ、立ち上がれ。

    俺は、死神テスカトリポカ。

    あらゆる者から忌避され、嫌悪され、だがそれでも誇り高き一族の末裔だ。


    「死神が殺されては先祖に合わせる顔がない……からな」


    そして俺は再び魔犬の前に立ちはだかる。

    魔犬は今にも口から白熱する閃光を放たんとしていた。

    だがそれよりも早く俺は唱える。


    「泉下の塵となれ───黒耀の双閃(ネコク・ヤオトル)ッ!」


    身体がバラバラになるかと思うほどの加速、一瞬で間合いを詰める。

    そして死神の魔力を纏った斧を十字に切りつける。

    その斬撃は今までと違って、魔犬の身体に深く刻まれる。

    そして今にも放たれんとしていた閃光は突如として霧散する。


    「これで十分だろう?エルマ」


    「ええ、いつでもいけるわ。テスカ、空に避難して」


    エルマは自信満々にそう言い放つ。

    魔王の娘の本気、見せてもらうぞ。

    俺はそう心のうちで唱えて上空へと舞い上がった。
  24. 24 : : 2017/08/16(水) 23:54:19
    時は少し遡る。


    私が魔力を集中させ始めて、最初の方はテスカが頑張ってくれているのが分かった。

    魔犬の攻撃をいなし、要所で相手を攻撃する。

    騒ぐほどの怪我ではないが、無視することも出来ない。

    それくらいの距離感を保って、足止めし続けていた。

    だが、魔犬の咆哮がその状況を一変させる。

    突然テスカが血を吐いて、膝をついたのだ。

    私は思わず声を出してしまいそうになるが、それでは私の役目を果たせない。

    魔力を極限まで練り上げるには、それだけに集中しなければならない。

    声を出さずとも、一瞬集中が切れただけで今まで練り上げていた魔力が霧散しかけたのだ。

    大丈夫、テスカなら出来る。

    彼が言ったんだ、出来るって。

    ならば私がそれを信じないでどうする。

    そうして深く深く集中する。

    魔の真髄へ近づいていくような感覚。

    それはまるで自分一人で無数の敵を相手するような孤独感。

    音もしない、何も見えない、ただ巨大な魔力だけが漠然と存在している。

    怖い、助けて欲しい。

    今すぐ叫んで、逃げ出したかった。

    でも。

    出来なかった。

    知っていたから。

    私を守るために必死に戦っていることを知っていたから。

    だから私は今はただ耐える。

    ひたすらに集中し、彼の期待に応えるために。

    その時ふと声が聞こえた。


    ───信じる心に、力を。


    誰の声かは分からない。

    だけどその声はとても優しく、温かく。

    そして何より、懐かしかった。

    声が聞こえた直後から体の奥底から力が湧いてくる。

    今まで感じたことのないような魔力が全身に満ち満ちていくのを感じていた。

    これなら、これなら奴に勝てるかもしれない。

    私は確信を持って目を開く。

    眼前に広がったのは倒れ伏すテスカととどめを刺さんとす魔犬。

    だが不思議と心は落ち着いていた。

    テスカは約束を違わないと信じているから。

    テスカが後ろを振り向き、私の目を見る。

    彼が自分で気づいているかどうかは知らないが、テスカは口端にほんの少しだけ笑みを浮かべていた。

    そうして彼は再び立ち上がる。

    今にも倒れそうになりながら、それでも堂々と魔犬の前に立ち塞がる。

    そうして彼が何かを唱えると、テスカは一瞬で魔犬に十字の斬撃を刻みつける。


    「これで十分だろう?エルマ」


    彼は誇らしげにそう聞いてきた。

    私もまたそれに応えるように堂々と言いのける。


    「ええ、いつでもいけるわ。テスカ、空に避難して」


    テスカが上空に行くのを見送り、私は魔力を両手に集中させ、静かに唱える。


    「大地よ。全ての生ける者、全ての亡ぶ者、あらゆるものの礎よ」


    「大地を抉る疵、大地に流れた血、その尽くを歴史と刻め」


    「其は歴史の再現者、刻まれた歴史を今ここに。我が命によって顕現せよ!」


    私はそう唱え、両手を合わせて両手をつく。

    そして高らかに叫ぶ。


    大戦刻まれし暴虐の璧(バルカ・モニカ)ッッ!!!」


    魔犬を囲むように四つの壁がせり上がる。

    壁の内側に刻まれた壁画には無数の骸骨が描かれていた。

    そしてその刻まれていたはずの無数の骸骨は壁の中から抜け出すように地面に降り立つ。

    骸骨は手に持った剣で魔犬を斬りつける。

    一振り一振りは取るに足りないが、骸骨の数は既に百を越えていた。

    魔犬は無数の骸骨に飲み込まれ、その姿を視認することは出来なくなった────
  25. 25 : : 2017/08/16(水) 23:54:34
    その光景を見ていたテスカが驚いたような顔をして降りてきた。


    「これは……思ったより、ずっと」


    「うん?ずっと、何?」


    私は自信満々に彼に尋ねる。

    大方私の力を見くびっていたのだろう。

    まあ私も正直こんな大きな魔力を使えるとは思っていなかったし、何なら明らかにキャパオーバーしていたがそこは私の魔王の娘としての才能が開花したのだろう。

    テスカは私の催促に頷きながら答える。


    「ああ。……思っていたより遥かに惨いな。いや凄いのは認めるが……」


    「ええ!?もっと褒めたり、そういうのはないの!?」


    「いやだから凄いのは認めている。しかしわざわざこんな魔法を選ぶお前のセンスが心配というか……」


    「べ、別に私がこんな魔法にしたわけじゃないもの!私はここら一体の大地の歴史を再現しただけ。過去この辺りで行われた戦争で死んでしまった兵士の亡骸の埋まった大地が触媒になったからこんな風になっただけなんだから」


    魔法は幾つかの種類に分けられる。

    例えば私がよく使う土柱を操る魔法は自然に働きかける干渉系と物体を浮かしたり、伸ばしたりなどモノに働きかける操作系の複合型。

    それとさっき使った軟化などの物質の性質を変える様な魔法は変質系。

    テスカの翼や斧を出す魔法は、魔力で物質を精製する創造系でさっきの急加速からの斬撃は自身の身体能力を強化する強化系の魔法だ。

    これが大体基本的な魔法の種類だ。

    だが時折これらのどれにも属さない魔法がある。

    今回私が使った魔法は、再現魔法。

    厳密に言えば干渉系との複合型だ。

    大地に深く干渉し、その大地の歴史を読み取る。

    そうして読み取った魔法を現世に、術者が指定した範囲に再現する。

    完全な再現となると、それこそ世界中の魔族を集めても不可能だろうが、今回のように極々狭い範囲で戦争で骸となった兵士たちという限定的な再現なら私でも出来る。というか出来た。

    テスカはその話を聞いてなるほどと言って納得していた。

    そうこうしていると魔犬を取り囲んでいた骸骨が動きを止めて、砂となって消えはじめていた。

    それに合わせてせり上がっていた壁も崩れ、魔犬の姿があらわになる。

    横になって倒れ伏している魔犬の身体には夥しい程の傷がつくられ、その身体の下には血が池をつくっていた。

    だが、奴はまだそれでも生きていた。

    もはや虫の息だがそれでもまだ微かにその身体は動いていた。

    変身が解けたのか、魔犬の身体は煙に包まれてみるみるうちに小さくなっていく。

    そうしてあとに残ったのは血塗れになった学者風の男だった。
    男はもはや起き上がることもかなわないのかその場で細い呼吸を繰り返していた。
  26. 26 : : 2017/08/16(水) 23:54:51
    私は黙ってその男に近づいていく。

    そして私は男の前で屈んで、手をかざした。


    癒しの光(ヒールライト)


    暖かな光が目の前の男を包んだ。

    彼の身体にあった傷が塞がっていく。


    「エルマ!?何をしてるんだ!?」


    テスカが慌てて私の横にやってくる。


    「だってこいつから色々聞かないといけないでしょ?このままだと死んじゃいそうだから……」


    「……その必要は……無い」


    私が治療していると唐突に男が言葉を発した。

    驚いて私は思わず魔法を止めしてまう。


    「……どの道、このザマでは任務は達成出来まい。そうなれば始末されるのがオチだ。……だからもう良い、放っておけ」


    「そんなこと言われても私はあなたから色々聞きたいのよ。だから放っておくわけにもいかないわ」


    「だが俺には何も話すことは無い。聞かれても答えることは無い。それが俺の流儀だからだ」


    「……っ!」


    そう言いきった彼は息も絶え絶えなはずなのに瞳に力強い光を宿していた。

    この人、もう覚悟を決めているんだ……。

    彼が自分の死を免れないものと割り切っている以上、どんな手段を使っても何かを聞き出すことは不可能だろう。

    私はため息をついて、立ち上がる。


    「テスカ、行こう」


    「……ああ」


    テスカは短く返事をして、城の方へと歩き出す。

    私もそれについて行く。


    「……これは、俺の独り言だが」


    背後から小さな声が聞こえてくる。

    その声を私達は振り返らずに聞いた。


    「魔王の娘の付けているイヤリングには、莫大な魔力が込められている。それさえあればあの魔王ですら打ち倒せる程のな……」


    私のイヤリングに……?

    やっぱり問い正そうと思って慌てて後ろを振り返る。

    しかし既にそこには男の姿は無く、代わりに一人の男が立っていた。


    「お久しぶりです。エルマお嬢様」


    そう言って恭しく男は礼をした。

    その見知った顔に私は驚愕する。


    「爺や……?何故ここに……?」


    私の執事、ロドテンドロンが血だまりの上に立っていたのだから。
  27. 27 : : 2017/08/16(水) 23:55:05
    爺やは私を見ると、ハンカチを取り出して目を押さえながら涙声で言った。


    「何でも何もございません。この1日と少しの間、私がどれだけお嬢様を心配したことか……何か事件に巻き込まれていないか、おかしな輩に絡まれていないか……好奇心の強いお嬢様ですから危ないと分かっていても何かに首を突っ込んでおられまいかと私は気が気でありませんでしたよ」


    爺やは涙ながらにそう語った。

    私も改めて自分のやった事の軽率さを思い知る。

    お父様だけじゃない。

    爺やにも、多分ほかの色んな人にも私は迷惑をかけたんだ。


    「ごめんなさい爺や……私、ついカーッとなっちゃって」


    「いいえ、もう良いのです。こうしてちゃんと生きておられたのですから」


    そう言うと爺やは私の方に向かって歩いてきて、私の目の前で止まる。


    「ああおいたわしや……綺麗な頬に切り傷などつくられて」


    そう言って爺やは私の頬に手を伸ばす。

    いつの間に頬に傷なんて出来たのだろう、気づかないうちに切ってたのかな。

    そんなことを考えていると、伸びてきた爺やの手が横から伸びてきた別の手に掴まれる。

    テスカがやたらと剣呑な表情を浮かべて、爺やを睨んでいた。


    「これはこれは……どうかなされましたか?」


    爺やは突然の出来事にも焦らずに対応する。

    だがそんな爺やの対応など見えていないようにテスカは厳しい目つきで爺やを睨んで言った。


    「あんた、今エルマのイヤリングを取ろうとしていただろ」


    「え?」


    「……」


    テスカの言葉に私は驚いて、爺やの方を見る。

    爺やは何も言わずにテスカをじっと見ていた。


    「全く俺のことが見えていなかったみたいだな。よっぽど死神がお気に召さないらしい」


    「何を……仰っているので?」


    「とぼけるな。エルマの頬に傷なんて無い。……よくもまあそんな大胆な嘘がつける」


    テスカは吐き捨てるようにそう言った。

    爺やはまた暫く黙ってテスカを見ていた。

    私は目を白黒させながら二人を交互に見ていた。

    何が起きているの?

    自分の頬を触ってみると、確かに傷なんて無かった。

    爺やが私に嘘をついた……?

    爺やは暫くすると、深いため息をついて、テスカの手を乱暴に払い除けた。


    「汚らわしい手で触れるな。……全く、死神は本当にろくなことをしない」


    爺やはテスカを睨みつけながらそう言う。

    その声はいつもの爺やの声では無い、底冷えがするような男の声だった。


    「申し訳ありません、エルマお嬢様。少しばかり、あなたの執事の姿をお借りしましたよ」


    そう言うと男の姿はぐにゃりと粘土のように捻れて、全く違う男の姿へと変わる。

    しかしそれもまたエルマにとって既知の存在だった。


    「宰相……ダンダリオン?」


    「ええ、そうです。宰相のダンダリオンにございます」


    そう言って彼は初老の男には似つかわしくない獣のような笑みを浮かべた。
  28. 28 : : 2017/08/16(水) 23:55:20
    「何をしてるの?……いえ、何をしに来たの?」


    私が彼にそう尋ねると彼はふむ、と顎に手を当てて答える。


    「何をしに来た、と言われますと……ええ、色々としに来たわけでございます。もうこの際隠すようなこともございませんので正直に申し上げましょう」


    そして次の瞬間、彼は涼しい顔をしてとんでもないことを言いのけた。


    「第一にお嬢様の始末、並びにイヤリングの回収。次に先程までそこに転がっていた犬の始末、これは既に完了しております。そして最後に目撃者の始末……具体的に言いますとそこな死神を消す、といった具合です」


    懇切丁寧に、彼は説明した。

    私はあまりにも当たり前のように彼がそう言うものだから最初は何を言っているか理解出来なかった。

    しかし、彼の言動に理解が追いついたところで全く意味が分からないことには変わらない。


    「ちょっと、何言ってるか……分かんないんだけど」


    私が絞り出すようにそう言うと、彼はため息をついてやれやれと言わんばかりに首を振った。


    「仕方ありませんね。まあ分からなくても構わないのですが……この際ですしご説明致しましょう」


    「あなたの耳についているイヤリング、あなたにはお嬢様のお母様の形見としか伝えられていないでしょう。だが実際は違う」


    「それは世界の核、この世全ての魔力の根源と言われている大岩、賢者の石(アポイタカラ)の欠片から作られたイヤリング。欠片と言えどもその石に含まれる魔力は一般的な魔族百人分にも匹敵するそうでして。要はそれが欲しいんですよ、私は」


    と、そこまで説明して彼は私を一瞥する。

    このイヤリングがそんな貴重な物だったなんて……。

    賢者の石と言えばこの世界では子供でも知っている一般常識だ。

    ただ何処にあるかは分かっておらず、世界の果てだとか海の底、果ては天空など根も葉もない噂だけが飛び交っている。

    何でお母様はこんなものを持っていたのだろう、私に託したのだろう。

    ただ私は一つだけ目の前の男に聞いてみたいことがあった。


    「一つだけ聞かせて。あなた、このイヤリングを使って何をするつもりなの?」


    ダンダリオンはそうですね、と一言置いて答えた。


    「魔王の座を頂こうと思っています。無論、今の魔王様には死んでもらいますよ」


    「な……!」


    「つまらないんですよ、今の世界は。昔は良かった。まだ国が一つではなく、戦争があちらこちらで行われていた時代は刺激的だった。私が考えた作戦で敵が大勢死んでいく。ああ、思い出しただけで興奮しますよ。……だが、今の世界は戦いなんて一つも無い。だから私は魔王になってもう一度国を割るのです」


    絶句。

    わざわざお父様が平和にした世界をもう一度バラバラにする?

    有り得ない、そんな事が許されるわけがない。


    「信じられませんか?ですが、私の考えに賛同する者も一定数存在するのですよ。……だから、あなたのイヤリングは絶対に必要なのです」


    「……そんな話を聞いて渡すと思ってるわけ?大体お父様がそんな事に気づかない訳がないじゃない」


    「いえいえ。あなたのお父様は思いのほか視野が狭いようで、あなたを連れ戻そうと必死でしたよ。お陰様で色々と事がうまく運べました。本来なら先程の犬があなたからイヤリングを奪う手筈だったのですが……役立たずでしたね」


    そこまでダンダリオンは言うと、さて、と言って改めて私の方に向き直った。


    「お話もここまでです。これ以上話しても意味もありませんしね……心苦しくはありますが、これにてお別れにございます。それでは」


    ダンダリオンはそう言うと指先に魔力を集中させて、空中に魔法陣を描く。

    その速さたるや逃げる間も防ぐ間も無く、私は身動きすら取れなかった。


    星空の紋章(プロキオン)


    魔法陣から特大の光線が放たれ、私の視界は真っ白に染まった。

    嘘、こんなに呆気なく終わるの……?

    まだやらないといけない事が残ってるのに。

    私は─────




  29. 29 : : 2017/08/16(水) 23:55:40
    だが、その白い光は私を飲み込まなかった。


    「ぐ……!」


    瞑っていた目を開けると、大きく黒い翼を広げたテスカがその翼でその白い光を受け止め、遮っていた。

    その顔には大粒の汗が滴り、声にならない呻き声を上げていた。


    「テスカ……!?」


    「ぐ、おぉおおお!!」


    テスカが吠えると、テスカが受け止めていた白い光は霧散した。

    そしてテスカはその荒い息のまま、私を抱き抱えて宙に浮く。


    「エルマ、掴まっていろ」


    息切れを起こしながら彼は振り絞るようにそう言って、背中の翼で空中に舞い上がり、下水道の入口がある方向へと加速した。

    魔法を防がれたダンダリオンはこちらを……いや、テスカを睨みながら佇んでいた。

    特別追ってきたり、追撃しようという素振りは見えず、そうこうしているうちに彼の姿は遠ざかり見えなくなった。


    「テスカ、その、ありがとう」


    私は少しどもりながらテスカにお礼を言う。

    いつもなら普通に言えるのだが、今テスカに抱き抱えられている……有り体に言えばお姫様抱っこをされている状況のせいか、何だか少し気恥ずかしかった。

    だがテスカは聞こえていないのか、返事をすること無く前を向いていた。

    相手に聞こえていないと思うと私が恥ずかしがっているのが馬鹿みたいだ。

    下水道の入口へ着くと、テスカは口を開いた。


    「……俺は、このまま仕事に出る。先に休んでてくれ」


    そう言うテスカの顔は憔悴しきっており、とてもじゃないが仕事なんてできそうに無かった。


    「いや、テスカも休んだほうがいいよ……大体テスカは大怪我してるんだし、無理したらどうなるか……」


    「エルマが気に病む必要は無い。……それに仕事をしない死神なんて存在価値など無いんだ」


    そう言うと彼はその場から飛び去っていった。

    私は彼の言葉に胸を締め付けられるような思いを抱きながら、飛び去っていくテスカを眺めていた。
  30. 30 : : 2017/08/16(水) 23:55:54
    結局あの後、私はその場でテスカを待ち続けるわけにもいかずに一人でテントに戻った。

    最初は中々寝つけずに、イヤリングのこと、お父様のこと、テスカのこと、ダンダリオンのこと……色々な事が頭から離れなかった。

    そして気づいたら寝ていたようで、ふと目を覚ますとテスカが隣で深い眠りについていた。

    彼の顔や体にはまだ生々しい傷がいくつもあり、纏うボロ布の様な衣服にはあちこちに血がこびりついていた。

    私は彼を起こさないように静かに魔法で治療していく。

    城にいた頃、魔法の勉強だけは欠かさずに行ってきて良かったと思った。

    ……細いなあ。

    今までまじまじと彼を見ることは無かったが、よく見ると彼の身体はあまりに細すぎる。

    今治している傷以外にもいくつもの古傷のあとが見て取れ、彼がどれだけ厳しい生活を送ってきたかが分かった。

    私はこんな彼にずっと頼ってきたのかと自責の念にかられる。

    思えば今日の戦いも彼がいなければ勝てなかったし、その後のダンダリオンの魔法から私を守ってくれたのも彼だ。

    結局自分だけでは何も出来ない……改めて私は思い知った。


    「……一人で、やらなきゃ」


    誰かに頼っていてはいつまで経っても成長出来ない。

    もっと強く、一人で何でもできるようになりたい。

    そうすればお父様だって私を認めてくれるはず。

    ……ダンダリオン達を止めよう。

    彼らの手元にはまだ作戦の鍵となるイヤリングは無い。

    彼がのどから手が出るほど欲しいであろうこのイヤリング。

    それを囮に使って、彼の不意を突けばその目論見を頓挫させることが出来るかもしれない。

    これなら一人でも出来るし、成功率も高いはずだ。

    私はテスカの治療を急いで終わらせて、立ち上がる。


    「テスカ、短い間だったけどありがとう。……いつか、また会おうね」


    そう言い残して、私はテントを後にする。

    大丈夫、私にはこのイヤリングもある。

    出来るから……やってみせるから。

    私は心でそう唱え続け、城へと足を進めた。
  31. 31 : : 2017/08/16(水) 23:56:08
    私は未だになれない街を歩き、どうにか城にたどり着く。

    だがどうもおかしい。

    いつもなら何人もの衛兵が城の前に誰も立っているはずなのに今日は誰一人として立っていない。

    何かが城の中で起きているのだろうか……?

    私は息を呑んで門の前に立つ。

    私が城から出てくる時にあちこち傷をつけたはずだがもう既に全て修復されている。

    私は意を決して城の中に入る。

    城の中は18年間欠かすことなく見ていた景色が、



    ────広がっているはずだった。




    「……え?」


    広い城のエントランスホールには至るところに血が飛び散っており、見知った顔の衛兵達が倒れていた。


    「ちょ、ちょっと!?どうしたの!?」


    私は近くに倒れ伏していた衛兵に近寄って、声をかける。

    だがその衛兵は心臓を抉られ、すでに事切れていた。

    生気のない目が虚空を見つめている。


    「ひっ……」


    あたりを見回すと同じように殺されている死体が無数にあった。

    そしてその誰もが私の知り合い。

    明るく気さくに声をかけてくれたロータスや外に出れない私を慰めてくれたアッシュ……みんなみんな死んでいた。


    「何で?何で……!?」


    私は走り回って誰か生きていないかと探し回ったが、ここにいた衛兵は一人残らず殺されていた。

    私のイヤリングが揃うまでダンダリオンの計画は進まないはずじゃ無かったの……!?

    血にまみれ、私以外で動くものの無い城の中で私は一人うずくまる。

    そうしているとふと城の奥にある大広間から魔力の揺れを感じた。

    極めて小さなものだったが、確かに誰かがいる。

    私は慌てて立ち上がって、大広間の方へと走る。

    まだ誰かが生きている!

    それだけが私にとって最後の希望だった。

    そして私は大広間の前にたどり着く。

    荒れて切れ切れになった呼吸を整えようともせずに私は大広間へと入る。


    「おや、思ったより早いご到着で」


    「は───」


    そこに居たのはダンダリオン、周りにはその配下と思われる魔族、そして傷だらけで血まみれになったお父様が倒れていた。


    「お、おと、お父様……!?」


    震える声でお父様を呼ぶ。

    倒れていたお父様はまだ生きているようで、顔だけをこちらに向けた。

    その金の瞳は怒りに満ち溢れていたが、私を見た瞬間に驚きの色に変わる。


    「エルマ……!?何故このタイミングで……!」


    「な、なんで、お父様が……一番強いお父様が……?」


    「それは私の方からご説明しましょう」


    ダンダリオンが場違いな程、清々しい笑みを浮かべてそう申し出る。

    私が返事をする前に彼は話し始めた。


    「昨夜申したようにこの作戦を決行するにあたって色々な準備をして参りました。その中でも特に骨を折ったのが魔王様の無力化でした」


    「お父様の……無力化?」


    「ええ。あなたのお父様はその名に恥じぬ最強の魔族にございます。放っておけば、私諸共あっという間に粛清されていたでしょう。……そこで、これの出番という訳です」


    ダンダリオンが胸ポケットの中から金色に光る指輪を取り出す。


    「これはまだ私が賢者の石に代わるものを造らせていた途中で生まれた副産物、そうですね……愚者の石(アンベシル)とでも言いましょうか。最初は魔力の入っていない失敗作かと思ったのですが、驚いたことに対象の魔力を吸収する力が発見されまして。ですが魔王様の魔力量はとてつもなく、ここまで吸収するのに大分時間がかかりましたよ」


    そう嬉しそうにダンダリオンは話すと、お父様の近くに歩み寄る。


    「しかし魔王様と言えどここまで弱ってしまえば一般の魔族と変わりませんね」


    お父様はそう言うダンダリオンを睨みつける。


    「吐かせ……所詮は道具に頼らねば己が野望も叶えられぬ男。そのような輩が何を言っても小鳥のさえずりにしか聞こえぬわ」


    そう言ってお父様は鼻でダンダリオンを笑う。

    ダンダリオンはそのお父様の言葉に表面上は表情を変えなかったが、額に青筋が浮かんでいた。

    そしてお父様の顔を思いっきり蹴り抜く。


    「がっ……!」


    「お父様ぁ!」


    私は思わず叫んでしまう。

    ダンダリオンはふぅと一息ついて私の方に向き直った。
  32. 32 : : 2017/08/16(水) 23:56:21
    「で、ここに来てくださったということはイヤリングを渡す気になった、ということで宜しいのですね?」


    「そ、それは……」


    本来の想定とは大きく変わってしまった以上、今更不意打ちなどで倒せないだろう。

    かと言って今更尻尾を撒いて逃げることも叶わない。

    イヤリングを渡すか……でも、それは……。


    「まあどちらにしろ頂くことには変わらないのですが……こちらとしても女性に手荒な真似はしたくない。大人しく渡してもらえるとお互いに綺麗な形で纏まると思うのです」


    「……」


    こいつに渡してしまえばそれこそ手がつけられなくなってしまう。

    まだこちらにイヤリングがある以上、この力を使って抵抗する方が可能性はあるのかも知れない。

    しかし相手はダンダリオン以外にもおり、その全てがあの魔犬と同等かそれ以上の魔力を持っている。

    果たして一人でどうにかなるのだろうか……。

    いや、しなければならないのだ。

    ここで私がやらなければ本当に終わってしまう。

    そう私が決意しかけた時、ダンダリオンが思い出したように付け加える。


    「ちなみにですが……こちらに渡さなかった場合、あなたの前にここに居る魔王様を殺すことになりますが、そのあたりも加味してお考えください……まあ考える余地もないとは思いますが」


    「なっ……そんなの……」


    そんなの……選択肢なんて最初から無いじゃない。

    お父様は私の唯一の肉親、それを見捨てるなんて出来るわけがない。

    私は血だらけになったお父様を見る。

    するとお父様もまたこちらを見ていた。

    お父様は振り絞るように言う。


    「……逃げろエルマ……俺のことは気にするな、こんな奴らに殺されなどしない」


    「ちっ……いい加減あなたは黙っててくださいよォ!!」


    癇癪を起こしたようにダンダリオンはお父様を蹴りたくる。

    何発も何発も蹴って、お父様が呻き声すら上げなくなってようやく止めた。

    私はその場から動くことも出来ずに、ただ涙を流しながらやめて、やめて、と言うだけしかできなかった。

    ……結局、私は何も出来ないんだ。

    一人勇んで城に乗り込んでもこうやって人に迷惑をかけることしか出来ない。

    最後まで役立たずの愚図だった。


    「……分かった。イヤリング渡すから……渡すからもうこれ以上お父様を傷つけないで……」


    「はっ、ようやくその気になりましたか。傷つけないのは構いませんが、静かにしていてくださいよ」


    私はイヤリングを外して、ダンダリオンの所まで持っていく。

    その途中でお父様が弱々しい声で私に呼びかける。


    「エル……マ……やめろ……」


    「ごめんなさいお父様……でも、私もう見てられないよ……」


    私はお父様の方を向かないまま、そう言ってダンダリオンにイヤリングを手渡した。


    「ほう……これが賢者の石。綺麗な色をしている」


    ダンダリオンはイヤリングを見ながらうっとりと恍惚とした表情を浮かべている。

    私は渡して、急いでお父様に駆け寄って回復魔法を使う。


    「ごめんなさいお父様……私のせいで……ごめんなさいっ……」


    「エルマ……もう良い。治療も要らない。……もう逃げろ」


    「そんなっ……そんなこと出来るわけないじゃない!だって、だってお父様は……私のお父様は、お父様以外いないもの……」


    私がそう言うとお父様は今までに見たことのないような優しい目で私を見た。


    「ああ……お前はあいつに似ているな。言い出したら聞かず、頑固で、誰よりも優しい。……だからこそ生きて欲しい……不甲斐ない父親だが、それだけが望みだ。どうか言うことを聞いてくれ」


    「無理だよ……私一人になっちゃう……それだけは嫌だ……嫌だよ……」


    泣きじゃくって駄々をこねる子供のような私に、お父様が何かを言おうと口を開いた時、横からダンダリオンの声がした。


    「お二人とも、親子の時間を邪魔するようで申し訳ないのですが……そろそろ御役御免の時間です」


    「は……えっ?」


    ダンダリオンはそう言って昨晩私に使った魔法を構築する。


    「どちらにしろあなた方には最初から消えてもらう予定でした。……特にお嬢様には。何をしでかすか分かりませんからね。まあ冥界でお好きなだけお話してください」


    そう言ってダンダリオンは魔法を完成させる。

    私はお父様を庇うように抱いて、目を瞑った。


    「またお会いしましょう……星空の──」


    ああ、出来ることなら。

    最後にテスカに謝りたかったな────
  33. 33 : : 2017/08/16(水) 23:56:35












    「───ようやく見つけたぞ、エルマ」










  34. 34 : : 2017/08/16(水) 23:56:49
    「え───」


    「泉下の塵となれ───黒耀の双閃ッ!」


    唐突に聞こえた聞こえるはずのない声は、高らかに魔法を唱えて目の前にいたダンダリオンに傷をつける。


    「ぐおっ!?」


    テスカは十字に斬撃を放ち、よろめいたダンダリオンを蹴飛ばす。

    不意打ちを喰らったダンダリオンは受け身を取ることも出来ずに吹き飛んだ。

    それによって周りにいたダンダリオンの配下達も俄に騒ぎ出す。


    「ゆっくり話してる暇もなさそうだ」


    「え、え!?テスカ!?何でここに!?」


    「朝起きたら消えていたからな。お前が行きそうなところといえばここしか無かった」


    「そういう事じゃなくて───」


    「話してる暇はない。立て、戦えるだろ?」


    テスカは私の方を見向きもせずに軽々と言ってのける。

    こいつは人の気も知らないで……!

    私はさっきまで無くなりかけていた生への執着に火をつけられたような錯覚を覚える。

    ああ、当たり前よ!
    こんなところで終われるわけないじゃない!

    ダンダリオンにも、お父様にも、テスカにも言ってやりたいことが沢山ある。

    それを全部言うまでは死ねない、終われない。

    私は涙を拭って、立ち上がる。


    「当たり前でしょ!こんな奴ら屁でもないわ!」


    「それでこそエルマだ。大丈夫、俺たちならやれるさ」


    テスカはそう言って斧を構える。

    私も魔力を集中させて、襲撃に備える。


    「待てッッ!!!!」


    だがその集中させていた魔力はその一声で霧散してしまった。

    テスカも驚いたように声のした方を向く。

    声の主であるダンダリオンはその端正な顔を盛大に歪めて、額に青筋を浮かべながら立ち上がった。


    「死神風情が俺に恥をかかせやがってっ……!お前らは手を出すなよ、こいつらは俺が殺す」


    そう言ってダンダリオンは手元にあるイヤリングを握り締めて、魔力を解放させる。

    その魔力はあの夜、路地裏で感じた魔力と同じくらい巨大で圧倒的なものだった。

    私は思わずたじろいでしまう。


    「はははは!!!こりゃいい、力が……魔力が漲ってくる!!!」


    そう言って高笑いするダンダリオンはこちらを向いて、冷酷な笑みを浮かべる。

    そしてこちらを指差して大声で叫んだ。


    「感謝しろ!お前らを俺の実験台1号2号としてやる!簡単に死ぬなよ、試したい魔法が幾つもあるんだからなあ!?」


    そういうダンダリオンには目の前で立っているだけで膝が笑っちゃいそうな程の圧があった。


    「……気を抜くなエルマ。気を抜いたら死ぬぞ」


    「そっちこそ。死神が目の前で死んだりしたらずっと笑いものにしてやるんだから」


    「それは困る。気をつけなければな」


    だけど、今の私には仲間がいた。

    それだけで何倍も強くなれる。

    一人じゃない、それだけの事がどれだけ大きい事かを思い知る。


    「……私達なら勝てるわ。絶対に!」


    「ああ、エルマ。俺達ならやれる。絶対にだ」


    そう言葉を交わし、私達の最後の決戦の幕は切って落とされた。
  35. 35 : : 2017/08/16(水) 23:57:07
    テスカがまずダンダリオンに飛びかかって、斧を振り下ろす。

    だがそれはダンダリオンが手をかざした時に生じた障壁に防がれる。


    穿通の土槍(スパイク・オルカ)!」


    間髪入れずに私が鋭い土槍にダンダリオンの周りを囲むようにして襲わせる。

    だがダンダリオンが指を鳴らすと、その土柱を全て砕いて攻撃を未然に防ぐ。

    しかし防がれるところまでは織り込み済みだ。

    振り向いたテスカに私は目で合図をする。

    テスカは頷いて、空中へと浮かび上がる。


    「喰らいなさいっ!鼓動刻む大地(ハートビートグランド)っ!」


    ダンダリオンの足下が魔法によって心音の様な音を奏でながら揺れ、崩れる。

    流石のダンダリオンもこれには一瞬、バランスを崩してふらついた。

    そしてテスカはその隙を見逃さない。


    「十三階段を登れ───泰山砕く一撃(テペ・ヨロトル)ッ!」


    空中で大きく縦に一回転して、勢いをつけた黒斧はテスカの魔力で黒い光を放ちながらダンダリオンへと吸い込まれていく。

    そしてその一撃はバランスを崩していたこともあり、一瞬その硬度を失った障壁を容易く砕いてダンダリオンの右肩を抉る。


    「叩き……斬るっ!!」


    テスカはそのまま斧を振り下ろして、ダンダリオンの右肩から下を丸ごと切り落とした。


    「がああっ!!死神風情がァ!!」


    ダンダリオンのその咆哮で奴の魔力が爆発し、辺り一帯の瓦礫と共にテスカを吹き飛ばす。

    しかしテスカはさしたるダメージを受ける様子もなく、受け身をとって私の横に並ぶ。


    「テスカ、ナイス!」


    「ああ……エルマも良いサポートだった」


    思ったより、私達戦える!

    現にこちらにダメージはほとんど無く、先手を取った勢いのまま奴の右腕を奪った。

    向こうも精彩を欠いている様子であったこともあり、本当に勝てるかもしれないという希望が私の中に芽生えていた。

    だが、目の前でふらついているダンダリオンの顔には凄惨な笑みが張り付いていた。


    「くく……はははは……あははははは!!!」


    「な、何……?」


    「お前ら、今勝てるかもしれない、とでも思ったか!?思ったよなァ!?くくく、馬鹿だ、こいつら本当の馬鹿だ!」


    ダンダリオンは心底面白いという風に私達を指差して笑っていた。

    私とテスカはその常軌を逸した様子に思わず後ずさる。


    「あぁ……ようやく馴染んだぜ?賢者の石の魔力がデカすぎて時間がかかっちまったが、ここからが本番だ」


    そう言ってダンダリオンは何も唱えずに自分の右腕を再生させる。

    その再生された右腕にはごつごつとした結晶のような物があちこちから生えており、明らかに様子がおかしかった。


    「ほぅら、喰らえ。重星(ウェズン)


    奴がその魔法を唱えた瞬間、私は地面にひれ伏していた。

    重い……!?

    立てない……いや、体が動かない!?


    「動けねえだろ?お前らのいる空間だけ重力を何倍にもしてんだ……だが、まだ終わらねえぞ」


    ダンダリオンが右手をこちらに向ける。

    右腕から生えた結晶がキラリと光り、魔力が増幅していくのが分かった。
  36. 36 : : 2017/08/16(水) 23:57:21
    これはヤバい……!

    私は咄嗟に魔法を発動させる。


    泥沼(ダートフロア)


    私の魔法によって、地面が泥沼に変わり私達の身体がずぶりと沈む。

    だが先程まで感じていた重力は既に無く、私は泥沼を泳いで何とか奴の魔法の範囲外に逃げる。

    テスカも同じように移動しており、効果範囲からは脱しているようだ。

    そして私達がそこから逃げ仰せ、一拍遅れてダンダリオンの魔法が発動する。


    少女の慟哭(ベネトナーシュ)ッ!」


    私達が先程まで居た場所を莫大な量の水流がレーザーの様な形をとって奔る。

    それは私の発生させた泥沼を丸ごと吹き飛ばして、城の壁すら吹き飛ばしていく。

    その破壊力は私に冷や汗をかかせるには十分過ぎるものだった。

    ダンダリオンの配下達ですら驚いたように目を見開いてる。


    「ははァ……逃げてんじゃねえよォ……!!」


    そう言うダンダリオンの背中には右腕と同じような結晶が幾つも生えていた。

    あれは何……?

    ダンダリオンが魔法を使う度に彼の体をあの結晶が蝕んでいるようにも見える。

    現にダンダリオンの目は既に正気のものではなく、舌も口の外に出てだらりと伸びきっている。


    「エルマ、ぼうっとするな!」


    「は、え!?」


    私がダンダリオンの結晶に気を取られていると、奴がこちらを向いて魔法を構築していた。


    突星(エルナト)ォ!!」


    鋭く尖った閃光が私目掛けて放たれ、腹部を貫通する。


    「ぎっ……ぁあっ!」


    腹部が灼けるような熱を伴ったかと思えば、遅れて激痛が全身を駆け巡った。

    私は叫ぼうにも激痛の余りに声を出せずに、その場でのたうち回る。


    「エル……マ……!」


    ちょうど私の背後にいたらしいお父様が静かな声で私の名を呼んだのは分かった。

    そして咄嗟に回復魔法を使ってくれたのか、ほんの少しだけ痛みが和らぐ。

    しかしお父様も魔力がほとんど無い状態で魔法を使った為に苦しそうに咳をして血を吐く。


    「ぐ……うぅあ……!」


    ダンダリオンがこちらを向いてとどめを刺すために魔法を構築している。

    ……お父様を守らなきゃ……!

    私はその一心でお腹を押さえながらその場に立ち上がる。

    魔法を構築しようとするが、この痛みでは集中が出来ずにろくに魔法が使えない。

    一方ダンダリオンは魔法を完成させようとしていた。

    しかしテスカが飛びかかり、それを発動させない。


    「おあえが一番邪魔くせえらぁ!?」


    呂律の回っていないダンダリオンがそう叫んでテスカを振り払う。


    「エルマはやらせない……っ!」


    テスカはダンダリオンが魔法を放とうとする度に斧の一撃でそれを遮る。

    だが攻撃は全て効いているようには見えず、徐々にテスカがおされていく。


    「らァ!重星ッ!」


    「ぐ……!?」


    ダンダリオンは既に体の至る所から結晶を生やしており、結晶の無い部分の方が少なくなっていた。

    涎を垂れ流しながらダンダリオンは目の前の笑う。


    「へはァ……これで、死ね」


    ダンダリオンは彼の真上で魔法を構築する。

    その魔法につぎ込まれる魔力は尋常じゃなく、先程の少女の慟哭クラスの魔法が放たれようとしているのは容易に分かった。


    「テスカ……!」


    私はどうにかテスカを助けようと魔法を構築するが、テスカの一声で思わず止めてしまう。


    「来るなエルマっ……俺は大丈夫だから」


    「大丈夫らぁねえよぉ!消えろ、天穿つ青龍の咆哮(フォーマルハウト)ォ!!!」


    蒼白い閃光がテスカを包んで天へと駆け登る。

    それはさながら龍が天へと舞い上がっているかのような錯覚を覚えさせた。


    「テスカーーーッ!!」


    目の前で莫大な魔力の奔流に呑まれたテスカの名を叫ぶが、返事は無かった。
  37. 37 : : 2017/08/16(水) 23:57:35
    閃光が消え、その中からボロボロになったテスカが出てくる。

    彼は物言わずにその場に倒れた。


    「テスカ、テスカっ!?」


    私は自分の怪我のことを忘れて、思わずテスカに駆け寄ろうとする。

    だがテスカは何も言わないまま、手だけで私を制止する。

    その手は包帯が取れ、何よりも深い黒をしていた。


    「あんだァ……?まだ生きてやがんのか……?」


    結晶が生えすぎて、身体に結晶の鎧を纏ったかのようなダンダリオンはゆっくりとテスカを一瞥する。


    「……エルマ……下がってろ……」


    テスカは消え入りそうな声でそう呟き、血塗れの顔を上げてダンダリオンを睨んだ。


    「こいつは、俺が倒す……!」


    そう言ってテスカはふらふらとその場に立ち上がる。

    今にも倒れそうで、既に限界を迎えているのは想像にかたくない。

    だがテスカの漆黒の瞳にはまだ力が宿っていた。


    傍らの王(トロケ・ナワケ)


    彼がそう唱えた瞬間、辺り一帯に突風が起こる。

    私はその風に覚えがあった。

    路地裏で感じたあの風と一緒だ。

    濃密な魔力が込められたその突風はあのダンダリオンをしても一瞬怯ませる。


    「ァア……?」


    だがその魔法の真骨頂はその風では無かった。


    「ぉおおおおお!!!」


    テスカの半身は黒い闇に包まれ、いつもより巨大な翼が背中に生えている。

    目から黒い閃光を迸らせ、これまた一回り大きくなった斧はその形状を変えて鎌となり、テスカはそれを容易く担ぎあげた。

    黒い髪が逆立ち、いつものどこか穏やかなテスカとは全く違う印象を覚える。

    その様はまさに死神と形容するに相応しかった。


    「あれは……」


    背後でお父様が驚いたように呟く。


    「お父様、あの魔法を知ってるの?」


    「ああ……だがアレは……。いや、エルマ。今から言うことをよく聞け」


    お父様はそう言って私に小声で耳打ちをする。

    その内容を聞き、私は頷く。


    「分かった。やってみせる」


    私はそう言ってダンダリオンとテスカの方に目を向ける。

    彼らは既に戦いを始めており、その様子は今までの戦いとはまるで別物だった。
  38. 38 : : 2017/08/16(水) 23:57:47
    テスカが目にも止まらない速さでダンダリオンへと接近する。

    その速さたるや残像が生じるほどで、気を抜けば彼がどこにいるかすら分からなくなってしまう。

    そしてその速さのまま巨大な鎌を振り下ろす。

    その鎌はダンダリオンの障壁を易々と切り裂き、ダンダリオンの身体へと到達する。

    しかし既に顔以外を結晶で覆われているダンダリオンはその結晶を散らされるだけで、ダメージを受けている様子は無い。

    むしろ結晶はすぐに再生し、より大きくなる。

    そのせいでダンダリオンの魔法はより威力を増していく。


    「ァ……ァア、カ、命刈り取る暴風(カノープス)


    最早ダンダリオンは魔法を発動する以外に意味のある言葉を話すことが出来なくなっていた。

    魔法を放つ方向も、またその威力も出鱈目というほか無く、テスカさえ捉えていればその先に自分の配下がいてもお構い無しだった。

    テスカはその魔法を切り裂き(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)、それを突破する。

    そのような攻防が何度も繰り広げられ、城は穴だらけになっていく。

    私はその中で虎視眈々とチャンスを窺っていた。

    お父様に言われた指示を果たすには一瞬でも目をそらすわけにはいかない。

    そして幾度目かの攻防が終わった後、ダンダリオンの魔法が遂にテスカを捉えた。


    「───星穿つ神龍の激昂(カストル・フォーマルハウト)


    先程テスカを瀕死まで追い込んだ閃光が束となって降り注ぐ。

    テスカはその全てを捌き切れずに閃光に呑まれる。


    「テスカ……っ!」


    私は思わずダンダリオンから目を離して、テスカの名前を呟く。

    ダンダリオンは満足したようにテスカが光に呑まれる様子を見て、私の方を見た。

    既にダンダリオンは結晶に呑み込まれ、原型を留めていない。

    私は後ずさりしながら、奴を睨む。

    ダンダリオンだったそれは、こちらを向いて魔法を発動せんとこちらに手を向けた。


    ───そして、それが奴の敗因となる。



    「おおおおおっ!!」


    テスカが黒い稲妻の様に閃光の中から飛び出し、そのまま鎌を大きく振りかぶる。


    「──絶命の一振り(イル・ウィカワ・ヤオトル)


    まるで彼の周りだけ時間がゆっくり流れているかのようにその鎌は静かに、ゆっくりとダンダリオンの身体を切り裂いていく。

    鎌が風を切る音以外は何も音がしないという、そのあまりに自然に振るわれた一振りは、ダンダリオンの身体を真っ二つに切り裂いた。

    その時、ダンダリオンの身体からきらりと光る指輪が転がった。

    私はそれを急いで回収する。

    だがその時、私は何かに掴まれてしまう。


    「な、何!?」


    後ろを振り返るとそこには先程テスカに真っ二つにされたはずのダンダリオンが……いや、最早ダンダリオンでは無い。

    そこに居たのは結晶で出来た巨人だった。

    ダンダリオンの面影などは最早どこにも無く、ただただ結晶から漏れる魔力だけが僅かにダンダリオンを感じさせた。

    それを見たテスカが焦ったように、鎌を構えたがふっと動きを止めてうずくまる。


    「が、あぁあ……!」


    テスカが頭を押さえると、彼の半身を包んでいた漆黒の闇が彼の全身を包み込もうとしていた。


    「テスカ!テスカしっかりして!」


    私がそう呼びかけてもテスカは返事をせず、呻き声を上げるだけだった。

    その時、お父様が私に向かって叫ぶ。


    「エルマ、指輪を渡せっ……!」


    私はハッとして手に握った指輪をお父様に投げ渡す。

    お父様に私が言われていたこと、それはお父様の魔力を蓄えた指輪を奪うという事だった。

    そしてそれを取り返した今、お父様の魔力は全てあるべき所に還っていく。

    お父様はゆっくりと起き上がり、そしてその金の瞳に光を宿らせる。





    「エルマ、そして死神の少年。礼を言う。そして不様な姿を晒してすまなかった。後は、俺に任せろ」




    ───そして魔王は蘇る。
  39. 39 : : 2017/08/16(水) 23:58:00
    そこからはあまりに一方的でほとんど語るべきことは無い。

    お父様はまず魔法の副作用で自我を失いかけてたテスカを気絶させ、その後私を巨人の手から助け出した。

    元々2メートルを越える身長を持つお父様ですら小さく見えるほどの大きさを持つ結晶の巨人は最早魔法とも言えないただただ膨大な魔力を纏った拳でお父様を殴りつける。

    だがお父様はそれを片手で受け止めて、はじき返す。


    「賢者の石の成れの果て……貴様に本当の魔法というものを見せてやろう」


    お父様は静かにそう言って、光り輝く槍を生み出す。

    そうしてゆっくりと投擲の体勢に入る。

    その間にも巨人は魔力を纏った拳を構えてお父様に走ってきている。

    だが私には分かっていた。

    お父様の槍には、それこそ賢者の石など比では無い魔力が宿っていることを。

    膨大な魔力が槍の先端、一点に集中される。

    それはあらゆるものを貫く槍。

    一条の流星となり、星を墜す一投。



    明けの明星(イツラ・コリウキ)



    瞬間、辺り一帯がホワイトアウトする。

    咄嗟に目を瞑ったがそれでも辺りが光で真っ白になっていることが分かる。

    もし後一秒目を瞑るのが遅ければ間違いなく失明は免れなかっただろう。

    しばらくしてようやく辺りが落ち着き、私はゆっくりと目を開く。

    そこにはここからでも外が窺えるほど大きな穴が開いていた。

    結晶の巨人は既にそこに姿は無く、まるで何事も無かったかのようにお父様だけがそこに立っていた。

    私は声をかけず、黙ってお父様の背中を見ていた。

    大きく、誰よりも広いその背中。

    お父様はどれだけ多くのものを背負っているのだろう。

    私は、いつかお父様のようになれるのだろうか。


    「エルマ」


    そんなことを考えているとお父様が私の傍に屈んでいた。

    そしてお父様は私の目をじっと見る。

    否応無く私もお父様の目を見ることになる。

    私と同じ金色の瞳、その瞳に映る私は砂埃やら何やらで汚れていた。

    だけど、私は何故かそれが誇らしかった。

    お父様はしばらくしてから口を開いた。


    「今までお前を外に出さなかった理由、何故だか分かるか?」


    お父様はいつもの厳しい声でそう私に聞いてきた。


    「……私は、お父様が私を次の魔王にする為に余計な事はさせないようにしてる、って思ってた。……違うの?」


    お父様は違うと言って首を横に振る。

    そうして伏し目がちになってお父様は言った。


    「俺は怖かった。あいつが死んで、お前までいなくなることが恐ろしかった。だから城の中から出したくなかった。それだけの事だった。俺の身勝手で辛い思いをさせてしまったこと、申し訳ないと思っている……すまなかった」


    「お父様……」


    お父様は私に興味がなかったんじゃない。

    私のことを見てくれていなかった事なんて無かった。

    ただただ私のことを案じてくれていたんだ。

    私はずっとお父様の愛情を受けてたんだ。

    それなのに私は……。


    「私も、酷いことを言ってしまってごめんなさい。……私のお父様はお父様しかいないのに……お父様の子供に生まれてこなきゃよかったなんて……」


    「いいんだ、エルマ。俺はお前がいてくれるだけでいい。無事でいてくれればいい。だが、お前は俺が思っているより成長していたみたいだ。俺の心配が要らないほどに。……大きくなったな、エルマ」


    そう言ってお父様は私の頭にぽんと手を置く。

    私は我慢出来ずにお父さん(・ ・ ・ ・)に抱きついた。


    「……お父さん……そうだよ、私大きくなったよ……もう一人でも大丈夫だよっ……だがら、しんぱいしないで……」


    私は涙声で途切れ途切れになりながらもそう伝える。

    お父さんもまた私を抱き返してくれる。


    「ああ、分かってる……そうだ、まだ言っていなかったな」


    「うぇ?」


    私は思わず変な声で返事をしてしまう。

    お父様はわざとらしく咳払いをして、私を抱きしめながら言った。


    「──お誕生日おめでとう、エルマ」


    「……一日遅いよ……でも、ありがとう……」


    私はそう言ってにっこりと微笑む。

    滅多に笑わないお父様も口元に優しい笑みを浮かべていた。

    二人で笑いあって、私はふと思い出す。


    「あっ、テスカ!」


    そうだ、お父様に気絶させられてそのままだった。

    私は慌ててあたりを見渡す。


    「……あれ?」


    だが、どれだけ探しても私の友達の姿はどこにも見当たらなかった。
  40. 40 : : 2017/08/16(水) 23:58:15
    あれから数日、城には壁を修復する工事の音が響いていた。

    私はそれを喧しいと思いながら城の廊下を歩いていく。 

    時たま通りすがる侍女達と挨拶を交わしながら私が目指しているのは正門だった。

    無論、街に繰り出すためである。

    正門前のエントランスホールは既に綺麗に洗浄されており、あの凄惨な光景は残っていない。

    だが衛兵の数は明らかに少なくなっており、それが私の心を締め付ける。

    結局あの後、ダンダリオンの意向に賛同する魔族は全員投降して彼らの計画は潰えた。

    そもそも肝心のダンダリオンがああなってしまえばそれもまた必然だろう。

    ダンダリオンを蝕んだあの結晶、あれは賢者の石から無理矢理魔力を引き出した副作用だそうだ。

    賢者の石に体を依り代とされ、最終的には膨大な魔力を持つ巨人に変わってしまう……思い出しただけで恐ろしい。

    賢者の石を手にした時からダンダリオンの様子が変わっていったのはそう言った影響によるものが殆どだそうだ。

    本来なら魔法を使う時、賢者の石から力を与えるらしい。

    私があの魔犬に対して使った時は正しい使い方をしていたという事だ。

    ちなみにイヤリングは原型を留めたまま、私の手元に返ってきた。

    お父様曰く私の身に何かあった時に助けになるだろうとの事だ。
    やっぱりまだ心配なんだなと少し面白かった。


    「ゼオ、ちゃんとやってる?」


    私はちょうど正門の辺りで金槌を振るっていたゼオに声をかける。

    彼は事件当日、実家に戻っていたらしく事なきを得たらしい。

    当人は同僚の死を深く悲しみ、自分がその場にいれなかったことを強く後悔しているそうだ。


    「おや、お嬢様ですか。見ての通りですよ、全然終わる気がしません。お嬢様の魔法でどうにかならないんですか?」


    ゼオはやってられないという風にそう言った。


    「私の魔法じゃせいぜいゼオを足止めするくらいしか出来ないからな〜……ちょっと無理かも?」


    「マジでお嬢様、それは性格悪いですって。勘弁してくださいよ」


    「んふふ、しっかり働きなさいよ!」


    そう言って私は正門を後にする。

    あんな事件が起きても街自体は普段と変わらず、いつも通りの喧騒に包まれている。

    私は街の人に挨拶をしながら、街を歩いていく。

    街の人達に私の存在を認識してもらったのはあの事件の説明を街の人たちにお父様がしている時だった。

    魔王の娘ということで紹介され、少し敬遠されるものかとも思ったが、街の人たちは私にもよく接してくれて、その心配は杞憂に終わった。

    だが、今日の目的は観光ではない。

    私は淀みのない足取りで例の路地裏を目指す。

    あの後、いつの間にか姿を消していたテスカに会いに行くためだ。
  41. 41 : : 2017/08/16(水) 23:58:43
    今までは色々と忙しかったが、今日はようやく時間が取れたのだ。

    程なくして私は路地裏に着く。

    こうやって私が今ここにいるのも、あの日ここに座っていたからだ。

    あの時に運命が大きく変わったと言っても過言ではない。

    それはきっと私だけじゃなく、彼にとっても。

    今のこの時間帯なら彼はまだ寝てる頃かな?

    そんなことを考えながら私が踏み出そうとした時、後ろから声をかけられる。


    「エルマ?こんな所でどうしたんだ?」


    無論、テスカその人である。

    私は驚いて振り返ると、そこにはいつもと変わらぬ様子で彼が立っていた。


    「こ、こっちのセリフよ……なんでこんな所にいるのよ」


    「いや、その先が俺の寝床だからな……」


    「む。大体あの時なんで勝手に消えたのよ」


    「親子の時間を邪魔するべきでないと思ってな。空気を読ませてもらった」


    「……はぁ、あっそ」


    私は呆れてものも言えなかった。

    テスカは不思議そうな顔でこちらを見ていた。

    しばらくして、テスカは思い出したように聞く。


    「そう言えば一つ聞きたいことがあった」


    「ん?何?」


    「……これからも、俺はお前の友達を名乗っていいのだろうか」


    「はあ?」


    私は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

    こいつはまだそんなことを言っているのか?


    「この先俺達が会うことは少なくなるだろうし、そもそも俺達は死神と魔王の娘で……」


    「バカ!バカバカバカ!クソバカ!何言ってんの!?」


    テスカは私の言葉に目を丸くしていた。

    私はため息をついて説明する。


    「あのね、友達ってなくなったりとかそういうんじゃないんだよ。私にとってテスカは一番最初に出来た、一番大切な友達。テスカはどう?」


    「それは俺だって同じだ。エルマがいなければ俺はまだ何を感じることもなくただ仕事だけをこなしていただろう」


    「でしょ?じゃあそれでいいじゃない。身分も、距離も、性別も、種族も関係ない。私達は友達っていう糸でしっかり繋がってるんだから!」


    私が笑顔を浮かべてそう言うと、テスカはポカンとしたような表情を浮かべてそしてその後ふっと笑う。

    やけにすっきりとした笑顔を浮かべており、私は不覚にもドキッとしてしまう。


    「そうだな……いや、悪いな。心配症なんだ。お前を失うのは正直かなり辛くてな」


    何だか似たようなことを最近聞いたような気がする。

    そう思うと私は吹き出すのを止められなかった。


    「あはは、そんな居なくなったりしないから!安心してよ、テスカ」


    「笑うな……これでも本気でそう思ったんだ」


    「分かってるよ、テスカは私のこと大好きだもんね?」


    私はにやにやと笑みを浮かべながらテスカの顔を覗き込む。

    だがテスカの顔は真面目そのものだった。


    「大好き……かどうかは分からないが、だが好きだとは思う。ずっとお前といたいと思うくらいにはな」


    「なっ……!?」


    私は彼の言葉に面食らってしまう。

    まさかテスカは本当に私のことを……!?


    「はは……」


    「ちょ、ちょっと何笑ってるのよ」


    「いや、今の顔は傑作だったからな。本気にするな、冗談だ」 


    テスカに嵌められた!

    そのことが私は屈辱で、恥ずかしかった。

    けど、そんな他愛も無い会話が私はどうしようもなく楽しかった。

    私達はそのまま長い間、話し続けた。

    そしていつの間にか日が傾きはじめてたので私はそろそろ帰ろうと立ち上がる。

    と、テスカが立ち上がった私を呼び止めた。


    「エルマ」


    「ん?どうしたの?」


    「まだ言ってないことがあった」


    テスカはそう言って、私の目をまっすぐ見つめる。

    彼の真っ黒な瞳に私は思わず吸い込まれそうになってしまう。

    テスカがゆっくりと口を開いた。


    「俺と、友達になってくれてありがとう。そしてこれからも……よろしく」


    そう言ってテスカは手を差し出す。

    私は驚いて彼の顔を見る。


    「俺の腕は直接触らなければ恐らく効果は無い。……一応、試してみたから大丈夫だとは思うんだが。もし嫌なら───」


    私は彼の言葉を遮るように彼の手を握った。

    少し冷たいけど、私より少し大きくて凄く安心する手だ。


    「嫌なんかじゃないよ。テスカ、私こそありがとう。それと、これからもよろしくね」


    そう言って私は手を握る手にぎゅっと力を込める。

    すると彼もまた握り返してくれる。


    「──ああ」


    そう言う彼の顔は今まで見てきた顔の中でも一番優しい笑顔で、それに応える私もまたとびっきりの笑顔を浮かべていた。

    心地良い一陣の夜の風が、私達を優しく包み込んでいた。







    fin.
  42. 42 : : 2017/08/17(木) 00:02:39
    あとがき

    思ったより長くなってしまいました。

    ですが、そこそこ楽しくかけたので良かったかなと思います。

    作品自体は見切り発車で書き始めてしまい、なかなか纏まってないような気がしています。

    もっとプロットやら何やらをしっかり作れる人間になりたいです。

    読んでくださった方、ありがとうございました。

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