ssnote

x

新規登録する

作品にスターを付けるにはユーザー登録が必要です! 今ならすぐに登録可能!

このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

英雄のインテリアにオーロラはいらない

    • Good
    • 4

loupe をクリックすると、その人の書き込みとそれに関連した書き込みだけが表示されます。

▼一番下へ

表示を元に戻す

  1. 1 : : 2017/03/27(月) 16:30:36
    調味料杯に投稿するssになります。

    企画について詳しくはこちら↓
    http://www.ssnote.net/groups/2175
  2. 2 : : 2017/03/27(月) 16:31:18

    青色の空に虹色のオーロラが重なって、なんとも幻想的な雰囲気に包まれた正午、渋谷でのこと。

    あの日も、こんなオーロラが見える日だった。


    「これからよくないことが起きようとしてるよ。ほら、早くどうにかしなさい」


    水素水と同程度には信用出来る婆ちゃんの言葉が脳裏を過る。

    それを待たずして、俺は走り出していた。

    一目散に学校を飛び出したのと、授業開始のチャイムが鳴ったのは同時だった。

    空を覆う不吉なカーテンが遮るのは、光か、闇か。

    「闇なら俺が変えてやる……!だからっ!」

    光と信じて、闇雲に進む。 




    『英雄のインテリアにオーロラはいらない』


  3. 3 : : 2017/03/27(月) 16:31:40





    おわり あらた 5さい  

    はるかぜ まこも 5さい

    はぎや しゅう 5さい



  4. 4 : : 2017/03/27(月) 16:31:55


    「シャキーン!銀河ライダー出撃!」


    僕、おわり あらたが銀河ライダーであることはパパやママ、まこもちゃんに幼稚園の先生だけが知っている秘密だ。

    僕の秘密基地は、普段幼稚園のジャングルジムとして扱われているが、これは僕とまこもちゃんだけの秘密だ。

    そして僕がまこもちゃんに惚れているのは……僕だけの秘密だ。

    銀河ライダーが守るのは地球の平和と約束、そしてまこもちゃん。

    そのために、日夜トレーニングを欠かさない。

    牛乳も飲むし、ピーマンも残さない。
    (ニンジンは悪の組織に汚染されているから残していい)

    悪の組織、そうだ、あいつだ。

    はぎや しゅうだ。

    あいつはこの前、お弁当のニンジンを食べていた。だから僕は食べないのだ。

    でもあいつがハンバーグを食べても僕は食べる。ごえつどうしゅうって奴だ。

    しゅうくんは僕より足が早くて力持ちだ。おまけに顔がいいから、モテる。

    でも僕の方が友達が多いし、人気者だ!

    だから僕の勝ちなんだ!


    「ねぇねぇまこもちゃん」

    「なーに?」

    「ぼくね、まこもちゃんのことすき」

    「あたしはぎやくんがすき」


    ガーン!ガーン!ガーン……!


    ぼくの……勝……ち……。


    ガクッ。
  5. 5 : : 2017/03/27(月) 16:32:15


    「ふん、目が覚めたかい」


    しゃがれた声の目覚まし時計に、僕は眠りを妨げられた。

    そう、僕は眠っていただけで、決してショックで気絶したわけじゃあない。


    「全く手間がかかるよ。ほら、夕飯だから早く食べな」


    起き上がるとそこは僕の家、いつもご飯を食べる食卓。円形のテーブルの向こう側に、ばあちゃんが座っていた。


    「いただきますをするんだよ。いただきますを」

    「いただきます」


    僕は言われるがままに両手を合わせ、目の前に置かれた箸を取った。

    今日の夕飯は、うな丼だった。


    「うなぎ?夏じゃないのに?」


    僕は思ったままの疑問を口にする。


    「そうさね。あんたは貧弱すぎるんだよ、これでも食べて元気を出しな」

    「むぅ……毎日トレーニングしてるのに……」


    正直腑に落ちなかったけど、うなぎは好きだし、勿体ないから食べることにした。


    「あ!あんた手洗ってないね!先に手を洗うんだよ!バカちんが!」


    ばあちゃんのことは、もっと腑に落ちなかった。
  6. 6 : : 2017/03/27(月) 16:32:29

    「ねぇばあちゃん、僕もっと強くなりたいよ」


    手を洗い終えた僕は、再び食卓につきそう言った。

    するとばあちゃんは溜め息を吐いて、こう言うのだ。


    「生意気な子だね、誰に似たんだか……。いいかい、何事にも近道なんてないんだ。急がば回れなんて言うさね。毎日トレーニングしてれば10年後にはちったぁ成果が出るよ」

    「嫌だ!今!今強くなりたい!」

    「はぁ、だったら食べんしゃい。そして夕食後のトレーニングでもするんだね」

    「そしたら今強くなる?」

    「何もしないよりはね」

    「じゃあ食べる!トレーニングも、いつもよりたくさんする!」

    「単純な子だね、フェッフェッ」


    その夜、僕はばあちゃんが昔使っていた竹刀で素振りをしながら、まこもちゃんのことを考えていた。

    しゅうくんは僕と違ってトレーニングをしてないんだ。だからきっと、僕がトレーニングをしてればすぐに追い抜かせる。

    そしてまこもちゃんも僕のことを好きになってくれるはずだ!


    次の日、幼稚園では模様替えをした。

    僕は筋肉痛で机が持てず、しゅうくんが手伝ってくれた。

    きっとあいつも筋肉痛で、それを隠すために僕のところに来たんだろう。ヒーローである僕は、快く受け入れた。

    ごえつどうしゅうって奴だ。
  7. 7 : : 2017/03/27(月) 16:32:44

    「あ、あの、まこもちゃ……」

    「あっ、はぎやくーん!おわりくーん!」


    あ!僕らを見つけたまこもちゃんが走ってくる!


    「二人とも仲いいんだね!」

    「もちろん!ね、しゅうくん!」


    ふん、今だけは茶番に乗ってやるさ!まこもちゃんのためにな!


    「別に、今日初めて話したよ」


    おい!


    「じゃあ今日仲良くなったんだねー!」

    あぁ、まこもちゃんは優しい……。

    「流石はぎやくん!」

    優しい……けどうん……。悔しい……。

    「ふん……」

    けっ、気取っちゃって……。



    「…………」



    ふと、誰かの視線を感じたけれど、僕はそれどころではなく、どうまこもちゃんの気を引こうか必死だった。

    その結果、思い付いたのが……。


    「ねぇ、しゅうくん。決闘しない?」

    僕のトレーニングの成果を見せることだった。

    「え、決闘?危ないよー」

    違うんだ、君のためなんだよ。

    「いいよ、別に」

    よし。

    「それじゃあ今日の3時!ジャングルジムの前に集合だよ!まこもちゃんも来てね?」

    「え、私も?」

    「うん。たちあいにんって奴だよ」

    「ふーん。じゃあいくね!」


    そしてこの日、指定された時間、僕の仕掛けた決闘が開始された。

     
    「銀河ライダー!出撃!」


    開始と同時、僕の視界一面をしゅうくんの拳が支配した。

    次の瞬間、鼻に走った激痛が僕の戦意をこれでもかと奪って、それが何回か続くと、2分後、僕は負けた。

    顔を殴ってきた。まこもちゃんの前で泣いた。あいつだけは許さない。
  8. 8 : : 2017/03/27(月) 16:32:58


    その日の夜、僕は布団にくるまれながら、隣で寝ているばあちゃんに今日のことを話した。


    「ばあちゃん!僕やっぱり強くないよ!」


    すると、ばあちゃんは口を開けて笑った。


    「カッカッカッ!当たり前さね!まだ5歳じゃ!」

    「違うよ!しゅうくんに勝てなかったんだよ!」

    「しゅうくん?誰でもいいけど、強くなりたいなら毎日コツコツやることさね。ウサギとカメは読んだね?」

    「うん。ゆっくりだけどカメが勝った」

    「ウサギが怠けなきゃ勝ってたさね!ようは努力する天才が一番強いってことよ!カーッカッカッカッ!!」


    ばあちゃんの言うことは聞かないことにした。

    ともかく、僕は物心ついた時からトレーニングを欠かした日はない。

    なのにしゅうくんに負ける。それは……認めたくないけど、しゅうくんが怠けないウサギだったってことさ。

    どうしたらいい。カメの僕が勝つには、どうしたらいい?

  9. 9 : : 2017/03/27(月) 16:33:12

    僕の家に何人か友達が来た。

    みんなでゲームを持ち寄って、みんなで遊ぶ。ただそれだけで、僕は楽しかった。


    「ねぇ、それって1個しか手に入らないアイテムだよね。なんで99個あるの?」


    ゲーム画面を覗き込んだ誰かがそう言って、全員の視線が集まる。


    「これはね、チートだよ」

    「チート?」

    「うん。改造して、本当なら1個しか貰えないものを99個貰ったんだ。ほら、このザコキャラもラスボスより強く出来るよ」


    それから先は、「俺のも改造して」と皆が彼に言い寄った。

    その中で僕、僕だけが、ただならぬ閃きに全身を震わせていた。


    「そうか……本当ならカメの僕でも、ウサギより早く走ることが出来るんだ……」


    と、妄想したところで、僕自身を改造するにはどうしたらいいのか。そこで思考は行き詰まり、ぐうの音をあげた。
  10. 10 : : 2017/03/27(月) 16:33:28


    炎天下、真夏の太陽に肌を焼かれ、人混みに蒸されながら、声を張り上げる女がいた。

    女は全身黒い装束に身を纏い、顔すら認識出来ないが、辛うじて声による性別判定は可能だったのだ。


    「人類は常に進化している!私たち新型から見れば、あなた達は旧型に過ぎない!新型となれば、あなたが望むなら!飾りでしかない顔も!重りでしかない手足も!革命を遂げるだろう!シックスセンスはオカルトの域を脱出し、日常となるだろう!」

    「聡明な諸君!私のもとに来い!さすればすぐにでも新型への進化が始まるだろう!」


    道行く人々にとって、彼女の演説はセミの鳴き声と同義。

    やがて都会の喧騒に混じり、雑音として消えていく。


    彼女を除いて、誰もがそう思っていた。


    「お姉さん、それ本当?」

    「!」


    1人の男の子が、声をかけるまでは。


    「ええ、もちろん本当よ」

    「内緒にしといてくれる?知られたらめんどい」

    「わかったわ。あなたは今日3人目の新型よ。今日は何故か、全員あなたぐらいの子供だけど……まぁいいわ、ついてきて」


    やがて2人も、都会の喧騒に消えた。

  11. 11 : : 2017/03/27(月) 16:34:10

    次の日、僕はこの上なくご機嫌だった。 

    まこもちゃんを連れてやって来たのは渋谷のスクランブル交差点、そのど真ん中。


    「平気なの?人がたくさんいるよ?」


    まこもちゃんが不安を乗せた視線を僕に送る。

    僕は自信満々に答えた。


    「大丈夫。だって僕は……」


    昨日の今日、すでに体に馴染んでいるだろう。これがチートだということは充分に理解している。

    初公開は、まこもちゃんと一緒だと決めていた。


    「新型だからね」


    人混みの中、満天の青空に向けて僕は叫ぶ。

    新型になって、たった1つの変化。

    与えられた物、それはヒーローの条件と言っても差し支えない、特殊能力。


    【物事を大袈裟にする能力】


    「皆!上を見るんだ!オーロラが見えるぞーーー!!」


    さぁ、今だけはここが世界の中心だ。

    皆の大袈裟な反応を見せてみろ!


    「えぇ!?」


    雑音に紛れて上がった声は、まこもちゃんのもの。

    道行く人々に、僕の叫びはまるで聞こえていないようだった。


    「……えぇ?」


    まこもちゃんも驚いたが、僕も驚いた。
  12. 12 : : 2017/03/27(月) 16:34:27

    僕らはスクランブル交差点を出て、帰り道を歩いていた。


    「おかしいなぁ……インチキだったのかなぁ」

    「おわりくん嘘ついたのー?」

    「嘘じゃないよ!次はきっと……」

    「約束?」


    まこもちゃんが小指を差し出す。


    「うん!」


    僕も小指で応えて、指切りをした。


    その時、まこもちゃんの後ろ、上空、風に吹かれてゆらゆらと揺れる鉄骨に僕は気づく。

    偶然にも、その直後に鉄骨は揺れるのをやめた。

    自分が凶器である自覚もなく、ただ真下にいる通行人に向かって降りていく。


    「危ない!」


    僕は一目散に駆け出した。

    指切りを一旦解除して、すぐにまこもちゃんの手を握って。

    正直、僕も不安だったから手を握ってしまったんだろう。

    間近に迫る死に、通行人は気づかない。


    「!」


    通行人が先に気づいたのは、僕の方だった。

    間に合うか、僕は一気に飛び込んだ。

    ちょっとした衝撃の後、僕とまこもちゃん、通行人は歩道に横たわった。

    間を置かず降ってきた鉄骨が通行人のいた位置で大きな物音を立て、僕らとは反対の方向に倒れる。


    「はぁ、はぁ……君達、ありがとう」


    通行人は立ち上がり、ボサボサの髪を手櫛で更にくしゃくしゃにしながら頭を下げた。


    「ヒーローとして当然のことをしたまでです」


    僕はヒーローさながらにそう言った。何故なら僕は、銀河ライダーだからだ。


    「ははは……でも、感動したよ。君みたいな小さい子でも、人を救うことは出来るんだね。……丁度、進路を迷ってたんだ。僕もヒーローを目指そうかな」


    「ヒーロー!うん!お兄さんがヒーローになったら、応援するね!」


    「うん、だから君も……」


    お兄さんが言葉を詰まらせ、僕は首を傾げた。

    ただ言葉が出ないわけじゃないってことは、青ざめていく顔を見ればわかることで、何故青ざめていくかは、目線を辿ればわかることだった。


    「まこもちゃん!!」


    アスファルトに頭を打ち付け、頭から血を流すまこもちゃん。

    僕は、その手をしっかりと握っていた。


    ──僕が飛び込んだからだ。


    僕の体は、お兄さんがクッションになって助かったけど、まこもちゃんに用意されたクッションはアスファルト。優しく包めるようなものじゃあない。


    「救急車!お願いします!」


    お兄さんが救急車を呼んでくれた。

    お礼を言おうと、お兄さんを見上げる。




    空には、オーロラがかかっていた。


  13. 21 : : 2017/03/29(水) 15:38:46


    同時刻、尾張の自宅では、今時見られない黒電話が久方ぶりの仕事を命じられていた。


    「もしもしババア。あんたうちの孫になんかしたね」

    『そっちこそババア。あのアホ面はあんたの孫かい。頭までアホなところがそっくりだね』

    「ぶっ飛ばされたいかいババア。元に戻しな」

    『それは出来ないねえババア。望んでるんだよ、みんな、みんな』

    「どうせあんたに会おうとしても変な力で逃げられちまうだろうからね、これだけは言わせてもらうよババア。新多はうちの孫だ。あたしが育てるんだよ」

    『ケッケッケッ!育てるがいいさババア。予想だと、ありゃ不良になるね』

    「いい男にするさババア。後悔してろ」


    電話が切れ、複雑な思いを残したまま、気分転換のつもりでカーテンを開ける。


    そこで見たオーロラは──本人が望んでいるかは別として、気分転換の役目を果たしたことだけは間違いない。


    「あんのクソババアが……!」
  14. 22 : : 2017/03/29(水) 15:39:14


    さて、この日、物語は滑走路を脱した。

    しばらくのフライトを満喫すれば、やがて同じ滑走路に着陸するだろう。

    離陸時、滑走路にはいくつかの障壁がありながら、それらは砂の像であり、霧散した直後逆再生のように元に戻った。

    砂の像が岩の像となるのは着陸時。

    まずは機内のアナウンスに耳を傾け、エコノミー症候群に気をつけて、キャンディーの包みを開けながら外の景色でも楽しむこと。




    『今日夜7時頃、東京都渋谷区のスクランブル交差点で、大型バスと歩行者の追突事故があり、バスの運転手と乗客全員が重傷、歩行者の少年は奇跡的に怪我はなかったということで、警察が詳しい事故の状況を調べています。着陸までもうしばらくお待ちください』


  15. 23 : : 2017/03/29(水) 15:39:33





    尾張 新多 15歳

    春風 まこも 15歳

    萩谷 柊 15歳



  16. 24 : : 2017/03/29(水) 15:41:14
     

    あの日から10年。幼稚園を卒園して、同じ小学校に入学し、卒業。これまた同じ中学校に入学して、進路に尻を叩かれる3年生となった。

    全員同じクラスなのは、何らかの意思を感じられずにはいられない。

    萩谷は背が伸びて、よりモテるようになった。しかも社交的になって、今では友達も多い。

    春風とは疎遠になった。本来ならかすり傷で済む程度の怪我が何故生死を左右する大怪我になったのか、心当たりがないわけじゃあない。


    そして俺、尾張新多は……。


    「やべえ、無敵先輩だ……」

    「名前出すなよ、ボコされんぞ……」


    超グレた。

    もうめっちゃグレた。半端ない。卍。


    ヒーローなんかクソくらえだってぐらい、グレた。

    無敵先輩なんて呼ばれるほど、学校じゃそこそこ有名なヤンキーになった。
     

    「かぁーっ、きったない髪だね。腰のチェーンなんか危ないから外しな。それと飯の前に風呂だよ。タバコ臭くてしょうがない」

    「チッ」


    3年前か、グレ始めたとき、ばあちゃんに拳を向けたことがあった。

    いや、まさかばあちゃんがあんなに強いとは思わなかった。

    今も勝てるかわからない。でも、今は。

     
    「なぁばあちゃん。5歳ン時言ったよな」


    制服を雑に脱ぎ捨て、ばあちゃんに視線を送る。


    「10年で、俺は強くなるって!」


    色々あったが、結局トレーニングは毎日続けた。

    愚直にも思えるが、これで困ったことはないし、俺自身成長を感じていた。

    しかし厄介なことに、成長を共感してくれそうな春風や萩谷とは話す機会がなさすぎる。

    そのため、客観的な意見を得るには「今日安全日だから」と同じくらい信用出来るばあちゃんを頼る他ない。


    「どうなんだよ、ばあちゃん」

    「ん、まぁ多少筋肉はついたね。けど昔の方が強かったと思うよ」

    「はぁ!?」


    あぁ、そうかそうか。

    グレたからね、ヒーロー目指してる頃の方がよかったってことね。

    大事なのは心とかいうアレね。


    「そうかそうか。そういうことなら、もうばあちゃんには聞かないよ」

    「あぁいいさ。でもね、今のままだと必ずよくないことが起こるよ」

    「!」


    それは、いつになく神妙で、珍妙な顔つきだった。


    「予言にして断言、断言にして予言。ケッハモルタア!ケッハモヌラタア!」

    人差し指の先を俺の眉間に伸ばし、言う。

    「これからよくないことが起きようとしてるよ。ほら、早くどうにかしなさい」


    暗示のような、啓示のような。ただならぬ雰囲気に背筋が凍った。

    とにかく、今の俺に出来ることは背筋の解凍のため風呂に入ることだけだった。
  17. 25 : : 2017/03/29(水) 15:41:34

    風呂から上がると、茶色い木製の円形のテーブルに、軽く5人前はある巨大な丼が鎮座していた。


    「……なんだこれ」

    「うなぎステーキカツ丼さね」


    見ると、丼の上にはみ出た具材はうなぎの蒲焼き、豚カツ、牛のステーキと、なんともスタミナがつきそうなラインナップ。


    「流石にこれはやりすぎじゃね……?」

    「まぁ、以前ならここまではやらなかっただろうね」

    「いつだよ以前って……」

    「さぁ、ともかく食べな」


    それらは1時間かけて俺の胃の中へ収容され、やがて栄養となる運命に至った。

    食休みの後トレーニングをするつもりだったが、食休みに食事の倍の時間を要したのは、また別の話。


    (それにしても……)


    本当に自分が成長しているのか、結局曖昧なまま終えてしまった質問は自分の中で継続していた。

    体力テストなど、日頃行っているトレーニングとそう変わらない。結果も、特別心を動かすものではない。

    いくらグレたとはいえ、実のところ、喧嘩は一度もしたことがなかった。

    喧嘩のひとつでもすれば何かわかるだろうか?そう考えたことは、一度や二度ではないが……。

    ともかく、この喧嘩を一度もしたことがないヤンキー仮免以下の実績が、翌朝ちょっとした災厄をもたらすことになる。
  18. 26 : : 2017/03/29(水) 15:41:56


    「よぉ、ちょっとツラ貸せよ」


    朝露光る通学路、俺は目前に立つ仏像と見間違える程の巨体を持つ男の前に立ち止まった。160cm程しかない俺からすれば、顔を合わせるには見上げる必要がある高さだ。

    男はうちの学校の制服を着ているが、校内で見た記憶がないので下級生だとアタリをつけた。


    「よし、やり直せ。まずは頭を下げろ」


    男は微動だにせず続けた。


    「ここは通学路……ここで始めるのも乙だが、善良な生徒が邪魔だ。堅気には手を出さない主義でね」


    何が堅気だか。たかだか中学生がと鼻で笑った。

    しかしまぁ、なんだかんだ喧嘩を吹っ掛けられたのは初めてだった。


    「いいぜ、やってやるよ」


    ようやく得た機会だ。トレーニングの成果を存分に披露しよう。

    俺たちは近くにある人気の少ない公園に移動し、向かい合った。


    開始の合図は至極単純で、どちらかが動けばそれが合図。

    まず先に動いたのは尾張だった。

    一歩、力強く踏み出した足を軸として、拳を引いて腰を捻る。

    ここまでの動作、手際の良さは中学生のそれではなかった。

    対して、男は。

    その場から一歩も動かず。然れど尾張の拳を迎え入れるつもりもなく、ガードも、回避も、頭の中にあるのは先手を取るの言葉だけ。


    「!」


    ふと、尾張の体が浮いた。

    全ての動作をキャンセルされ、強制的に宙に浮かされている状態であることを彼は理解する。

    仏像のような男が、自分と同じ新型であることも。
  19. 27 : : 2017/03/29(水) 15:42:11


    金剛 不動(こんごう ふどう)!貴様を倒す男の名だ!」


    金剛は5Mほどの高さで滞空する尾張を見上げて告げた。

    無防備かつ対抗しない尾張を見て、金剛は口角を上げる。


    「貴様、やはり旧型だな!」


    その言葉を皮切りに、尾張は自らの意に反する浮遊から解放され、代わりに重力が彼を抱擁する。

    開始された落下運動は地面が近づき痛みに対する恐怖に舌鼓を打つ時間を存分に与えながら加速し、無慈悲に解放した。

    衝撃が顔面を駆け、鼻が折れた錯覚の後、皮膚が引き裂かれるような痛みが続く。

    砂の味を噛み締めたのは、立ち上がった瞬間。唾と一緒に吐き出すと、赤色が混じっていた。


    「誰が旧型だって?」


    話しかけたのは、回復する時間が1秒でも欲しかったから、という理由もあるが、それらは表に出さないよう睨み付けた。

     
    「貴様だ。能力がないから使わないのだろう?使わない理由がないからな。不良でありながら喧嘩をしないのは、新型に勝てないからじゃないのか!?」


    戦闘向けの能力じゃないだけで、新型ではあるのだが、些か反論に困った。確かにそう思われても仕方ないと、納得してしまった自分がいた。

    今や新型は珍しくない。国も新型の扱いには苦労してるし、能力というおもちゃを手に入れた子供からすれば、それを試したくなるのは当然。治安の悪さ、犯罪数はうなぎ登りだった。

    つまるところ、カメもウサギもチートを手にした世の中。そう考えれば、尾張は少しだけ気が楽になった。


    「……まぁ、そういうことならそれでいい。俺が新型だろうが旧型だろうが、どっちでもいい」


    真っ直ぐに歩を進める。金剛に向かって、一直線。先の攻撃による物だとは重々承知の上で、しかし未だ気づかぬ攻撃範囲の中へ。


    「俺が勝つことだけ。それ以外はどっちでもいい」

    「何ィ……!」


    今。

    返答を待たずして、尾張は地を蹴った。
  20. 28 : : 2017/03/29(水) 15:42:51

    話しかけたのは、意識を逸らす目的が本命だった。なんなら能力も使っていて、この場合は会話の効果を大袈裟にしたというべきか。

    その成果は気の済むまでに発揮されていて、奴の真横を過ぎる容易さたるや赤子の手を捻るどころか視界に入れる程度の物。

    そもそも、意識を逸らすならその間攻撃することも出来ただろうが、金剛と組み合うケースは避けたかった。

    ともかく何の問題もなく走行を終えることが出来たので、過去は杞憂として清算される。大事なのは近い将来であり、決着を招く尾張の思案。

    それはここが公園であることを条件に、尾張なりに機転を利かせた攻撃の起点であり、反撃の転機でもある。


    「てめ……!」


    金剛が尾張を追うようにして走り出した。

    しかし出だしが不調で、最高速度に達するまで初体験時正しい穴を見つけ挿入するまでと同程度の時間を要するだろう。

    となれば、この攻撃が成功するかどうかは置いておいて成立はするだろうから、それはともかく、尾張が目指したのは公園の遊具であるブランコだった。

    ブランコに寄り添うように立つと、鎖に手をかけ、そのまま左右に揺らした。

    乱雑な音が閑静な朝の公園に響く。

    段々と、音量を大きくして。

    揺れに揺れて、半月状の振り幅にまで達したそれは膨大な遠心力を蓄えていた。

    鎖と座板の誇るリーチと、それが当たった際に想像される威力は、金剛の足を止めるのに一役買った。

    刹那、大袈裟に揺れたブランコの鎖が千切れる。

    支えを失った座板は宙に投げ出されると、溜め込んだ威力を一気に解き放つ流星となり、金剛に向けて発射された!

    ブレーキをかけた瞬間、最も無防備になるタイミング。計算ではないが、考案はしていたタイミング。

    全ての運命がジグゾーパズルのように集合し、当てはまって、完成された一枚の絵を結果と呼ぶ!
  21. 29 : : 2017/03/29(水) 15:44:05


    「だが無効!」


    金剛の声が公園内に響いた。

    座板は軌道を変えて空に浮かび上がり、勢いを殺してそこに止まった。


    「俺の能力は浮遊!無敵先輩とあろうものがわからなかったのかぁ!?」

    「いいや、わかったよ」


    鈍い音が鳴った。

    直後、顔面に座板と同じ面積を持つ赤いアザを作り仰向けに倒れている金剛。

    そして何事もなかったかのように立つ尾張が結果であり、決着だった。


    「俺が浮いたのは驚いたよ。でも周りの砂は浮かなかった、だからお前の能力はある程度有効な範囲があるとしても大雑把な範囲指定してそこを浮かせるんじゃなくて、対象を指定して浮かせる能力」

    「だから俺は2つのブランコを時間差つけて飛ばした。1つ指定すれば、もう1つには対応出来ない。正解だったみたいだな、と」


    グレてからは初めての喧嘩、尾張は、無事に勝利を掴んだことに関して悪い気はしなかった。

    ただ、なんとなく自分の中のポリシーというか、今まで喧嘩をしなかった自分を裏切ったことに関して、少しだけ後ろめたさを感じた。

    昔鼻を何度も殴られ敗北した苦い記憶が、鼻を打ち付けた際に蘇りはしたが──思考は冷静で、落ち着いていたから問題ない。

    ともかく、トレーニングの成果としては、これ以上ないものを感じたことに、時間と、本来受けるべき授業に出ていないことを忘れる程の多幸感を得ていたのだった。
  22. 30 : : 2017/03/29(水) 15:44:20


    「ばあちゃん!喧嘩勝ったよ!」


    帰宅早々、俺は今日のことを報告した。

    するとばあちゃんは、怪訝な表情を浮かべ口を開く。


    「あぁん?学校サボってかい?」


    抜群の命中精度を以て俺の心に深々と刺さった矢を、出血多量を訴えながら引っこ抜くと、ひとまず一拍置いて本題に戻した。


    「いや、喧嘩売られたから仕方ないんだって。それにしてもさ、やっぱ俺、強くなってるんじゃない?」

    「自惚れるな。あんたは負けた方がよかったさね」

    「は?負けた方が……?」

    「うむ。きっとね、これで癖になってまた喧嘩をするんだろうね」

    「うっ!」


    図星だった。

    勝利の美酒は一度口づけるともうやみつきで、何度酌を注ごうが飽きる代物ではないことを、本能が刻んでしまったのだ。

    敗北の苦汁も味わった経験があるから、なおさら。


    「いいかい、あんたは弱いんだよ。まさかトレーニングをやめたりなんか……」

    「っ!いいや!俺の能力だって、戦闘向けじゃないと思ってたけど、工夫すれば強かったんだぜ!トレーニングもするさ!」


    能力。

    それを口にした瞬間、弛んでいた空気が即座に張り詰めた。


    「能力、ねぇ。あれから一度だって使わなかったものを、そんな利己的なことで使ったわけだ」

    「利己的……いや、正当防衛だろ!?」


    聞く耳を持たないのか、ばあちゃんは台所の奥へと消えてしまった。

    この日の夕飯はめざしとご飯。昨晩とは打って変わって、なんとも安上がりなメニュー。

    食後の休憩を挟んでからのトレーニングに、あまり身が入らなかった。
  23. 31 : : 2017/03/29(水) 16:34:11


    欠席の連絡ではなく、私用で黒電話を使ったのは10年ぶりだった。


    新型を名乗る銀行強盗が老人、女子供含め18人を殺害し2億4千万ほどの現金を奪い行方を眩ました。

    行方不明だった女子中学生30人余りが都内に住む男の自宅で見つかり、それらは小型のキューブとなり保存されていて、全員が性的暴行を受けた痕跡があった。


    この凄惨な事件が今日だけで2件、見つかっていないものもあるだろう。


    電話の先の人物が受話器に声を当てるより先に、こちらが口を開いた。


    「まだ生きてたのかいババア」

    『こっちの台詞だよ、相変わらず辛気臭い声してんねぇババア』


    電話の相手は10年前と変わらない声で、今もなお健在であることを示す。転じて、挑発的な態度も汲み取れた。

    老いぼれた覚えはないが、力の全貌が見えない以上迂闊に手を出せない現状を噛み締める。


    「老害が世界に迷惑かけるんじゃないよ。座席を譲ってもらうだけじゃ満足出来ないのかいババア」

    『ちぃと孫にお小遣いをあげてるだけじゃろが、お小遣いをどう使うかは孫の勝手じゃて、ババア』

    「教育がなっとらんのさね、ババア」

    『それはそっちもさ。フヒヒッ、いいこと考えたよ。少し遊ばせてあげようか、ババア』

    「また得意のオーロラかい。不吉の象徴だかなんだか知らないけどね、ちょっと若作りが過ぎるよババア」

    『老いぼれの言葉に耳を傾けるのも疲れるね。忙しいからそろそろ切るよ。たぶんもう話すこともないだろうね、ババア』

    「全て終わらせるさ、うちの孫がね」

    『ババアをつけろよババア』

    「ふざけてる時間はないんだよ。あたしゃ孫のことを、孫があたしを信じる気持ちくらい信じてるんだよ」

    『大した絆だね……すでに存分にいじり倒してやるよ、ババア』


    一方的に通話が切られ、耳障りな音が一瞬鼓膜を突いた。


    「本当に変わったね、あのババアは……。変な宗教だか魔術だかに入れ込んで、それを拡散するなんて……」

    黒電話の置かれたリビングを出て、廊下を歩き寝室に移る過程、孫の部屋の前を通った。

    開けっぱなしの扉、腹を出して寝る姿は10年前となんら変わらない。


    「頼んだよ」


    尾張家に、夜の静寂が訪れた。
  24. 32 : : 2017/03/29(水) 21:05:18


    朝が来ると、すでに用意された朝食をたいらげ、尾張はすぐに登校の支度を終えれば、靴を履きに玄関に立ったところで振り返った。


    「ばあちゃん、昨日なんか言ったか?」

    「ん、何も。ただね、あんたなら大丈夫だよ」

    「当たり前だろ」

    「昔の方が強かった。これだけ覚えておきな」


    そう言い残して、ばあちゃんは背中を向ける。

    気がつけば、随分小さな背中だ。


    ばあちゃんの言う、よくないこと。それは昨日のちっぽけな出来事じゃなくて、もっと大きな何かが待ち構えているということ。

    それが今日か明日か、ばあちゃんの態度から何となく察することが出来た俺は、意を決して扉を開ける。


    「行ってきます」


    扉が閉まり、途端静かになった家の中で、ポツリと呟く声があった。


    「違うだろ?我が孫よ。期待を裏切るんじゃないよ。もっとも、ほんの少し猶予があるさね」

  25. 33 : : 2017/03/30(木) 19:08:35

    尾張らの通う中学校では、夏場と冬場はエアコンの使用が認められていて、地獄とも形容される暑さから逃れるために一度は期待を抱き手を伸ばすものの、教室中に祝福を与えることは極めて難しいという現実を悟り、汗水垂らして文句をたらす生徒達の光景が夏の風物詩として見受けられていた。

    こればかりはトレーニングではどうにもならないため、尾張も渋い表情で暑さを忍ぶ朝。

    成績優秀、スポーツ万能のイケメンとしてクラスの中心に立つ萩谷の周りには、クラスメイト達がいつものように輪を作っている。来る夏休みの予定について話しているらしい。

    さて、尾張が気になっているのは、その輪に入っていない3人について。

    尾張が窓に向けた顔から、視界の端で輪を覗き込むと、その3人はもはや固定されたメンバーだった。

    一人は名前もわからないような、地味な風貌で、これから先関わることもないだろうからいいとして、もう一人は、何故輪に加わらないのか以前から気になっていた。

    春風まこも、その人である。

    奇しくもあの日を境に裂かれた縁だが、尾張には心当たりと呼べるものがなかった。

    普段ならそれほど固執しない物事であっても、今日は神経を配る必要があると、尾張は考えていた。

    窓に手をかけ、校門に入っていく生徒達を眺めていると、その光景すら不吉に感じて、自身が緊張していることに気づく。

    落ち着け、今はまだ──


    「あらたくん、少しいいかな?」

    「ッ!」


    尾張は、大袈裟に仰け反りながら振り返った。

    その結果窓に頭をぶつけようが、痛みを嘆く暇も、醜態を晒す度胸もないため、何事もなかったかのように装いながら、尾張は向き直った。

    発言の主はそれを見透かすようにクスりと笑うと、10年前は見せなかった笑顔で口を開く。


    「あらたくん、久しぶりだからってそんな反応しないでよ。昔は喧嘩もしたけど、今はそんな関係でもないだろ?」

    「……今更なんの用だ。萩谷」


    すると萩谷は肩を上げ、すぐに降ろして。


    「あれ……しゅうくんって呼んでくれないんだ。残念だな」

    クラスメイトには好評で、然れど尾張には不快で、不評で、不気味な笑みを易々と浮かべ、旧友であるかのように──旧知の仲ではありながら、旧友のように言葉を発した。
  26. 34 : : 2017/04/01(土) 23:34:13


    「何の用だよ、しゅうくん」

    「あぁ、ちょっと冷たいかも」


    まるで要領を得ないちぐはぐなやり取りは、敵意の視察とも取れた。血圧の上昇を感じながらも、尾張は話の要点を探る。


    「何の用かって」

    「夏休み、皆で集まって遊ぼうって話なんだけど、来るよね?」

    「行かない」

    「どうして?」

    「お前が春風を誘わないから」

    「!」


    石化した笑顔に、ヒビが入ったことを確認した。それは陰りであり、弱味。不良でありクラスでは浮いた存在の俺を誘うからには、善良な生徒である春風 まこもを誘わないのは行動に矛盾が生じ、萩谷の立場を危うくする可能性の種。


    「もちろん誘うさ。次に声をかける予定だった」

    「ふぅん……。とにかく、俺は行かないぜ。ほら、春風のところに行きな」

    「? あ、呼びなよ。昔みたいにまこもちゃんって」

    「昔みたいにってな、別に仲良くなかっただろ」

    「仲良かったよ。一緒に遊んだし、重い物を協力して運んだし」

    「仲良いってのを否定したのはお前だったけどな」

    「へぇ、そんな昔のことよく覚えてるね」


    やはりこいつとは仲良くなれない。これから先も一生。そうお互いが確信して、2人の会話はそこで終わった。

    その後何分経っても、春風の元には誰もいかなかった。そんなもんか、と心の中で納得する。何があったのかはしらないが、あちらの関係もよくない。

    などと推考して、しばらくすると、朝のHRが始まった。
  27. 35 : : 2017/04/01(土) 23:34:28


    授業はこの日の雲の流れのように、長期休暇を前にして浮き足立つ生徒達の頭に内容が入っているかは別として、滞りなく進んでおり、その間も警戒していた尾張としては、まだ安心出来ないとはいえ、日常に浸ることで少しだけリラックス出来た。

    大丈夫だ、と、強張る体を慰める。

    その瞬間にも、黒板の上をチョークが走り、開きっぱなしのノートに早く書けと脅しをかけていた。

    グレたとはいえ、進路を考えなくてはいけない大事な年ではあるため、尾張はペンを取り視線をノートに落とす──

    ──と、ようやく気づく。

    ついさっき視線を落とした際には無かった置き手紙の存在。そのついさっきすら、尾張にはいつのことか曖昧だが。

    とにかく、何かが動きだした、それだけは確固たる事実として目の前に存在する。早くなる動悸につられて、その手紙を手に取る。

    手紙にはこう記されていた。


    『春風まこもを預かった』


    冷汗が肌を叱咤する。

    いつから?という質問には、手紙が置いてあるのだから今日だ、とガムシロップのように甘い結論で自分を誤魔化した。

    しかしそれは途端に苦味となる。

    春風まこもは、尾張の斜め前に位置する席に座っていた。

    黒板とノートを交互に見ながら、必死に文字を書き連ねていた。

    耳を澄ませば彼女の吐息も聞こえてくるし、汗で透けたシャツから覗く肌色は存在感を助長している。

    確かにそこに居る、はずなのに。

    と、そこで尾張はようやく気づく。むしろ何故気づかなかったのか、と頭を抱える簡単な事実に。

    新型の中で、幻覚を見せる能力があるとしたら?今、ここにいる春風まこもが幻覚ならば?

    だが──思考が堂々巡りになったところで、春風まこもが振り返った。

    少し距離はあるが、実に10年ぶりに顔を合わせた気がする。

    「助けて」

    そう言って、少女は、春風まこもは陽炎のように消えた。

    それは授業終了のチャイムとほぼ同時であり、他の生徒には聞こえなかったのか、はたまた尾張にのみ聞こえる能力の延長戦、幻聴だったのか、都合のいい方で解釈した。
  28. 36 : : 2017/04/01(土) 23:34:43


    椅子も机もスターティングブロックが如く健脚で投げ出して、尾張は走り出した。

    それが萩谷の目に止まったのは、また別の話として、とにかく尾張は教室を出ると、そのまま階段を降りて昇降口へ向かった。

    昇降口までが中途半端に遠かったため、暑さも手伝って体力が消耗されていく。

    まぁ、そんなことは些細な問題で、尾張はすぐに靴を履き替えると外に出た。

    カンカンと照りつける太陽の光がまばたきを強制させる1秒後、尾張の視界に懐かしく、忌まわしい、カーテンがあった。

    青色の空に虹色のオーロラが重なって、なんとも幻想的な雰囲気に包まれた正午。

    あの日も、こんなオーロラが見える日だった。


    「これからよくないことが起きようとしてるよ。ほら、早くどうにかしなさい」


    水素水と同程度には信用出来る婆ちゃんの言葉が脳裏を過る。

    それを待たずして、俺は走り出していた。

    一目散に学校を飛び出したのと、授業開始のチャイムが鳴ったのは同時だった。

    空を覆う不吉なカーテンが遮るのは、光か、闇か。

    「闇なら俺が変えてやる……!だからっ!」

    光と信じて、闇雲に進む。 

  29. 37 : : 2017/04/02(日) 00:05:28

    尾張は闇雲に進んでおきながら、何故か、正解の道筋を辿っていると実感していた。

    到着してみれば、やはりそれは正しかったのだと確信する。

    何故なら尾張の目の前に広がるのは、かつて夢を語り、育み、競い、謳った幼稚園だったのだから。

    ここはすでに廃園となりながら取り壊しが進んでおらず、かつての姿そのままに残り、幾つかの年月を過ごしていることから、廃墟としては少しだけ名が知れている。

    それはさておき、尾張は幼稚園の門を潜り、秘密基地の横を通りすぎて、庭の中心から少し逸れた位置に立った。

    その先には、助けるべき人物と、そして、倒すべき人物がいたから。


    「春風を返せ」


    言葉の先にいる人物には、見覚えがある。クラスで萩谷の輪に入らない、前髪で両目を隠した男。


    「尾張くん……ごめん。ありがとう」


    春風に目を移すと、オレンジ色の光が、胸元に吸収されていくのを見た。やはりあれは幻覚であり、俺がここに辿り着いたのも、春風が新型だったからと理解する。

    大方、対象に見せたいものを見せる能力といったところか。無論、いくつかの制限や条件はあるのだろうが。

    オーロラが見守る下、春風を拐った男が口を開いた。


    「お前みたいな不良に!春風ちゃんは渡さないぞ!」


    その声は震えていたが、薄ら笑いや態度に含まれた意味を察するに、勇気がないだけで、俺に対抗するだけの力はあるのだろう。

    つまるところ、奴もまた新型。


    「俺がいつ春風を狙った」

    「いつもさ!春風ちゃんをじろじろ見やがって!俺は知ってるぞ……お前が春風ちゃんを傷つけたって!」

    「!」


    10年前の苦い記憶が蘇る。

    確かにあれは、間違いなく、俺が大袈裟にしてしまったせいで起きた事故。なんなら、気を使っていれば、事故は起きなかっただろう。

    誰がなんと言おうと、完全に俺が悪だった。

    返答に困るが、しかし、そうか。俺がグレたせいで、周りからの見方も変わってしまったのか。

    これまでの信用は地に伏せ、針のような視線を送られる10年間。

    本当は気づいていた。

    喧嘩をしたことない俺についた無敵先輩というあだ名は、当然のこと嘲笑。

    誰かを傷つけることにトラウマがあって、喧嘩で負けることにもトラウマがあった。

    やってみれば、なんてこともなかったが、気づくのが遅すぎた故……いや、そもそも俺が腐らなければ何事もなかった。

    結局は、俺が悪いと結論が出る。
  30. 38 : : 2017/04/02(日) 02:13:17


    だから男の言い分も……同じクラスなのだから名前を思いだそう。確か十森と言ったか。十森の言い分も、すんなりと受け入れられる自分がいた。

    一方で、現状はどうか。

    春風を救おうとした人物と相対し、春風本人は、俺に助けを求めている。

    それに救いの手をもたらすことが、悪だとは到底思えない。

    この場合、俺がすべきことは一つ。

    助けること。


    「春風、今助けるぞ」

    「ダメだよ春風ちゃん、俺が守ってあげるから、ここで俺と過ごそう。すぐに家を空けるさ」

    「……」


    春風は少しの間沈黙し、口を開く。


    「あなたは……私とそこまで親しくないのに、どうしてここまでするの?」

    「何言ってるんだい。幼稚園からずっと一緒だろ。まぁ、君のそういうところも俺は好きだ」


    ━━━━━━━━━━


    >>7

    「あ、あの、まこもちゃ……」

    「あっ、はぎやくーん!おわりくーん!」



    ━━━━━━━━━━


    春風は首を傾げる。

    覚えがないそうだが、十森はそんなことも気にせず言った。


    「取り返したいなら、決闘さ。君が以前しゅうくんとやったように、俺と決闘で決めるんだ」


    またしても声が震えているのがわかる。初めてなのだろう。

    能力への警戒は怠らないが、俺は頷く。


    「あぁ、やろう」

  31. 39 : : 2017/04/02(日) 02:13:37


    開幕、俺は地を蹴った。同時に、春風が十森から離れることで、誤爆を未然に防ぐことが出来た。

    ここは公園よりも遊具が充実しており、攻撃の起点には困らない。

    颯爽とした足取りでブランコに向かえば、すぐにそれを揺らし、武器として充分に熟したタイミングでそれを放った。

    羽を得た座板は弾丸の如きスピードで十森目掛け一直線に、勝負を決さんと飛んでいく。

    だが、その攻撃が十森に届くことはなかった。


    「!」


    飛ばした座板は2枚。どちらとも、十森の両手に収まっていた。いや、よく見れば、それは強引に掴まれたという感じ。

    手で受け止めたところでただでは済まないはずだが、完璧に威力を殺され奴は無傷でそこにいる。

    カラクリはすぐに紐解かれた。見れば解決するような、幼児でもわかる簡単な問題。

    十森の両腕が、手首から肩にかけて、激しく隆起していたのだ。

    両腕だけが、大木と見間違う程に筋骨隆々。

    仏像とも形容された肉体を持つ金剛を一撃で沈めた弾丸が、攻撃として成立することなく動作を終えたことに対して、尾張は戦慄する。

    安全を期して、まずは遠距離攻撃から始めてよかった。もしも近距離戦闘を選んでいたら、あの腕に全身を折られ、勝敗は灰色に染まっていただろう。

    敗(灰)色濃厚。ってやかましいわ。

    ……冗談を言ってる場合ではなく、あの腕に掴まれた座板はまだ生きている。つまり、あれを投げて攻撃してくる未来が見てとれた。

    だから尾張は走る──狙いをつけさせない狙いのもと、撹乱の意図を汲み取った足がそれに応えようと動く。

    が、そこに誤算があった。

    炎天下、ここまで走ってきた際の体力の消耗。それだけは撹乱の意図を汲み取りながらも反旗を翻して、尾張から活力を奪っていた。

    動きが遅くなった、その瞬間、放たれる1投目は、尾張が放った弾丸を遥かに越える別次元の威力を秘め、勝つというよりは殺すことに特化した物騒極まれる砲丸。

    それが真空を引き連れて尾張に距離を詰める刹那、尾張はただ待つしかない。

    大袈裟にする能力は、防御に向かない。何をどうすればいいか、尾張にはわからなかった。

    だからわからない。

    何故、直撃間近となった砲丸が、尾張の目前となって消滅したのか。


    「ふぅ、間に合った」


    それも、その声が聞こえるまでのこと。
  32. 40 : : 2017/04/02(日) 03:49:44
    顔を上げるまでもなく、その声を発した人物は、間違いなく萩谷 柊その人だった。


    「ヒーローは遅れてやってくる……でも、遅れてやってきちゃ話にならないよね。ごめん」


    萩谷は十森に開かれた右手を向けながら、尾張に目を配った。

    尾張の目前ではサッカーボール程の円が、円の中心から外側に向けて繰り返し波を起こしている。

    それこそが、座板を消滅させたものの正体だろう。

    というか。


    「お前も新型……?」

    「あぁ。言っても問題なさそうだから言っとくと、あらゆるものを遮断する能力」


    そして戦闘中だというのにも関わらず、それが何の利益ももたらさない一方的な慈善行為であることを重々承知した上で、少年漫画よろしくあっさりと自白した。

    何も考えていないというよりは、余裕がある風に見える分救いか。あるいはよっぽど自分の能力に自身があるんだろう。


    「萩谷くん……どうして僕の邪魔をするんだい?」


    不思議そうに、十森。


    「君がまこもちゃんを傷つけるからさ」


    当然のように、萩谷。


    「どうしてここが?」


    更に不思議そうに、十森。


    「まこもちゃんとあらたくんが導いてくれたから」


    更に当然のように、萩谷。

    十森の中で萩谷が敵ということはもはや疑いがなく、十森はそうか、と短く呟いて、持っていた片方の座板を投げ捨てた。

    両手を握り、開き、骨を鳴らす。

    飛び道具が遮断されるのであれば、当然接近戦に切り替える。

    十森が地を蹴って、2人が構えた。
  33. 41 : : 2017/04/02(日) 04:31:18

    が、すぐに萩谷が構えを解く。

    咄嗟に構えたのはどうやら十森が動き出したことへの脊髄反射らしく、それなりに距離があったため、構える必要はないと判断したのか。

    と、思えば萩谷は走り出してしまった。幼稚園の中に向かって。


    「おい、萩谷!」

    「しゅうくんって呼んでってば!ほら来て!」


    何か具体的な策でもあるのか、淡い期待を胸に尾張も駆け出す。

    廃墟と化した建物に侵入することは容易だが、昼間にも関わらず、どこか侵入者を拒むような雰囲気に息を飲んだ。

    当時は大きく見えた園内は思ったよりも小さくて、おもちゃのような下駄箱を過ぎて最上階である2階へと上がっていく。

    十森は追ってきているだろうが、振り返っても姿は見えなかった。


    「……で、策はなんだ?」


    2階の一番奥にある空き教室に身を潜め、尾張が小声で言った。

    すると萩谷は、目を丸くして呟く。


    「策?ないよそんなの」

    「……!」


    呆れて、直後に怒りが来た。しかし萩谷はそんなことも露知れず続ける。


    「話したかったんだ。あらたくんと」

    「話……?」

    「うん。というより、聞いてほしいだけなんだけどね」


    一拍。気の遠くなるほど長い一拍が置かれ、萩谷は透き通るような声で尾張に言った。


    「10年前のスクランブル交差点で起きた、大型バスと歩行者の事故、覚えてる?」


    それは尾張の予想とは大きく外れた内容だった。

    少し考えて、尾張。


    「覚えてる。大きな事件だったし」


    すると萩谷が、すぐに返事を口にした。


    「無傷の歩行者、俺なんだ」
  34. 42 : : 2017/04/02(日) 17:03:04


    思考に靄がかかる、というよりは、思考の波が聳え立つ一本の木に邪魔されていて、いあいぎりを覚えていないような戸惑いと不安。


    「……どういう意味だよ」


    やっとのことで絞り出した言葉は、意味を問うものだった。


    「あらたくんがまこもちゃんに怪我を負わせてしまったあの日、俺も同じ気持ちだったんだよ」

    「手にしたチートを使いたくて、仕方がなかった」


    ぎゅっと、尾張の胸が締め付けられる。

    それは萩谷も同じ。


    「だから僕はスクランブル交差点の真ん中で、自分のチートを試したんだ。新品のおもちゃでも扱うように、それは乱暴で、壊れてしまった」


    萩谷もまた、苦しんでいた。


    「あの日から僕は怖くて、怖くて、1匹狼をやめた。なるべく交流を広げて、保険をかけようとした。奇しくも同じくして、あらたくんは変わったんだよね」

    「……。あぁ、空にオーロラがかかったあの日、俺たちの運命は変わったわけだ」

    「なら今日と同じさ。今日でまた変えよう。……いや、あらたくんの場合は、戻そう」


    萩谷が照れ臭そうにはにかむ。


    「昔の君を真似て、今の僕がいるんだよ」


    昔の尾張。常に友人に囲まれていた、あの時の光景が鮮明に蘇る。


    「昔の俺……」


    今と比べて、明らかに輝いていた自分の笑顔が、邪な自分を浄化する聖火のように照りつける。その光は、さながら祝福であり、転生であり、進化であり、それらの要因を含めた兆し。


    「今更俺と仲良くなろうとは、かつてあらたくんを傷つけた身から言える言葉じゃあない。だからせめて、俺のことを聞いて欲しかったんだ」


    不意に、教室の扉が上げる断末魔を聞いた。会話を遮り、弛んだ空気を一瞬で引き締めたそれは、2人の視線を誘導すると、邪悪な笑みに辿り着かせた。


    「かくれんぼなんて、懐かしいな」


    教室の入口に立つ十森。言わずとも、教室内を渦巻く殺意ともとれる戦意が、戦いの火蓋を切って落とした。
  35. 43 : : 2017/04/02(日) 21:38:15

    十森の禍々しい両手から伸びる双棍は文字通り鉄の棒であり、その名を冠する遊具から取り外したと考えるのが最も自然だった。

    すでに凶器である両腕に、汎用性を犠牲としたリーチが加わり、目前に迫った接近戦にて更なる不利を強いられるだろう。


    「なぁ、しゅうくん、1つ聞いていいか」

    「なんだい?」

    「どうして1匹狼やってたのか」

    「あぁ、それはあれだよ。無口でクールなヒーローに憧れてたから」

    「そういうこと?」

    「うん。だからトレーニングもしてたし……模様替えのときは、筋肉痛で重いもの持てなくてね」

    「なんだ、やっぱあの時そうだったのか!」

    「あ、わかった?」

    「ダッセー持ち方してたから!」

    「うわ、そっちこそ」

    「ッ……ハハッ……!」

    「ッフフフ……!」


    教室内に、2人の笑い声が共鳴している。

    戦意の渦中でありながら、平和を語る草原に吹くそよ風のようなメロディーが、教室内で確かに聞こえる。


    「……呉越同舟って奴だな」

    「酷いな。味方に言う?」


    振り下ろされた鉄棒が、2人の間を割くように半月の軌道を描き床に激突した。

    それぞれサイドステップで回避したが、鉄棒の当たった床はその威力に耐えかね、自身の亡骸を飛散させながら絶命を陥没という形で成し遂げた。

    もしも人体に当たっていたら、より凄惨な光景を記憶、もしくは体験しただろうが、当面の問題は飛散した破片であり、十森を含めて、全員が無傷のまま次の行動に移ったのは、この戦いに余計な茶々を入れないために破片が空気を読んだということにしておく。

    各自、次のアクションを整理しよう。
  36. 44 : : 2017/04/02(日) 21:38:29

    十森は、標的を尾張に定め凪ぎ払うように鉄棒を振った。

    萩谷は、防衛手段を持たない尾張と分断されてしまったことん悔いながら、十森の攻撃が尾張に向くことを予測し、十森より速く動き始めていた。

    間に合うかどうか。

    結論から言えば、間に合わない。

    萩谷は全力で動きながらも、その視界に尾張を捉える前から、脳の片隅で、すでに後悔を始めていた。

    では、尾張は。

    サイドステップの最中にいた。
     
    正確には、着地の瞬間。つまるところ最も無防備で、ここから動作を開始するには命取りとも言える刹那のインターバルを必要とされている。

    そして命を刈り取る鎌と化した鉄棒は、まるで嘲笑うかのように、インターバルの瞬間に大きく振り払われた。

    ──空を切る音を奏でて。

    尾張のサイドステップは、大袈裟だったから。

    教室の端、壁に寄り添うようにして着地のインターバルを終えた。

    こうなると、十森の敵意は至極単純、間近にいる萩谷に向かう。

    寸分の狂いなく腹部を捉えたそれは、しかし遮断された故、萩谷は無傷のまま尾張と合流した。


    「チッ」


    現状、どちらも攻めあぐねていた。
  37. 45 : : 2017/04/02(日) 22:59:19


    「何か策はある?」


    萩谷が小声で呟く。


    「……あいつが強いのは腕だけで、脚や他の部位は弱い」


    だから尾張も、小声で返す。


    「根拠は?」

    「さっき、追いかけてくるときも遅かった。俺達を倒す力はあるのにわざわざ鉄棒を持ってきたのも、足の遅さを誤魔化すために必要なリーチ」

    「なら、両手が塞がってることを利用する?」

    「……だから頼む」

    「任せて」


    教室内に反響した軽快な音、それは2人が同時に駆け出した際に生じたもの。


    「自棄になったか?」


    対して、十森は鉄棒を振った。

    出鱈目に、乱雑に、だが効果的に。

    それはこの空間に生まれた小規模の竜巻であり、躍り狂う打撃の暴風雨。巻き込まれれば、さながら本物の竜巻のように、人体の無力を実感することが出来るだろう。

    遅ればせながら、萩谷の遮断について少しだけ説明しよう。

    絶対防御の盾と言っても過言ではない能力だが、遮断出来る範囲は彼の手を開く先、サッカーボールほどの大きさに限る。

    故に効果的な暴風雨である。これを十森が知っているかどうかは別として、突っ込んでくる2人への対処としては及第点である。

    満点ではない理由も説明しよう。

    萩谷は、この暴風雨を遮断する気など毛頭ないのである。

    ただ、尾張の攻撃の後始末をするだけ。

    これは2人の共通認識だった。

    お互いがお互い、攻撃に、防御に、得手不得手がハッキリしているからこその、思考の一致。

    瞬間、十森は己の体が浮いていることに気づいた。

    立っている感覚が一切なく、空を飛んでいるのかと錯覚する。

    正解は、落ちている。

    彼の生み出した、陥没した床。それが大袈裟になって、落とし穴の役割を果たした。
  38. 46 : : 2017/04/02(日) 22:59:35

    欠点としては、幼稚園の教室は中学の教室より狭かったということ。

    大袈裟にした落とし穴に、自分達も落ちていくということ。

    ただ、園児達も利用することを計算して作られた1階分程度の差、然して問題にはならない。

    念のために着地時の衝撃を遮断して、倒壊した瓦礫の上に2人は立つ。

    予想通り、十森は挫いた足を見つめ涙目を浮かべていた。


    「……チートってさ、皆が平等で、公平な中で使うからずるいんだよね。でも、全員がチートを使うなら、それが平等で、公平になる。ともなれば、チート以外のところで差がつくに決まってるよ」


    萩谷がかけた言葉は、敗者への言葉として、多少のオブラートで包んで送られた。

    少しだけ、苛立ちの具現化となる棘も見えていたけれど。


    「だから、君も「うわぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


    咆哮。

    負け犬の遠吠えと言うには、不吉を含んだ、負け犬の咆哮。

    いや、不吉を上手く隠されたと言うべきか。

    突然の轟音に耳を塞ぎ、反射的に目を伏せようと、誰が責められよう。

    腕以外が弱点ということを見抜いた目、行った戦術、ここまでは完璧。あとは油断、油断さえしなければ、ここで大団円を迎えていた。

    尾張が目を開けると、何か、十森に不足感を覚えた。

    体の部位が、欠損したような。否、それは体の延長であった、鉄棒の不在。

    その時、襲いかかるは振動。

    見回して、理解した。


    「しゅうくん!!」


    萩谷の居たはずの場所。それが瓦礫に埋まっている。

    また、景色にも何か不足感。

    導かれた答えは、事実。投げられた鉄棒が支柱を破壊した、現実。
     
  39. 47 : : 2017/04/02(日) 23:00:08


    振動は、この幼稚園が崩れる予兆。

    すぐに脱出しなくては──しかし、萩谷の姿が見えない。いや、彼なら、遮断を使える彼ならきっと──


    「あらたくん!早く外に!」


    そう言うだろう、と思っていた。

    踵を返して、外に向けて走る。走る。

    幼稚園が倒壊したのは、尾張が外に出た直後だった。


    「ハァ、ハァ……」


    思い出が跡形も無くなるというのは、思いの外喪失感があった。


    周囲を見渡すと、幼稚園の外で佇む春風の無事を確認する。手を振ると、振り返してきた。

    だが、春風の胸元に、またもオレンジ色の光を見る。疑問に思っていると、どうも、手を振っているというより、ハッキリとは聞き取れないが声も聞こえて、もっと必死な何かを感じと──

    ──視界が暗転する。比喩ではなく、腹部を貫く痛みが全身を駆け巡って、体を乗っ取ったつもりでいる。

    それに比べれば、受け身もとれず倒れたことなんて、痛みを感じるのも馬鹿馬鹿しいほどのもの。

    腹部を穿ったのは、瓦礫。


    「何回油断してるんだ!!あぁ!?」


    そこには瓦礫を被り、倒れたままこちらを睨み付ける十森の姿があった。

    彼は足を犠牲にして、両腕で上半身を守ったのか。

    状況は最悪。身を守る術も、人もなく、十森の残弾は決着をつけるにはお釣りが来るほど。

    思い出すのは、10年前のスクランブル交差点、オーロラがあると嘘をついたあの日。

    大袈裟にする能力を見せびらかそうと躍起になっていたが、誰も見向きもしなかった。あの日の出来事を総じて、あの日ほど無力を、虚しさを感じた日はなかった。

    情けない。目頭が熱くなるのを感じていた。

    大見得切って、結局勝てなかった自分を嫌いになる前に、早く瓦礫を放ってほしい。


    「……?」


    のだが、どういうわけか、とどめとなる一撃が到達することはなかった。

    代わりに、聞こえたのは未知なる足音。
  40. 48 : : 2017/04/02(日) 23:00:25

    朦朧とした意識の中、虚ろな目で見つめると、人肌と青色だけを辛うじて認識することが出来た。


    「お待たせ。ようやくまた、君に会えたね」


    声色からして、それは男。聞き覚えのあるような、ないような、朧気な記憶を手探りに漁る。


    「警官か。邪魔するなら殺すぜ」


    少し自信がついたのか、震えていない十森の声が聞こえる。


    「そうか。これが見えるか?」


    警官が取り出したのは、恐らく拳銃。


    「あぁ?なんだそんなもん。この腕で余裕で防げるぜ」

    「腕だけ、だろ?」

    「?」


    発砲音。

    それはどうやら、十森のこめ髪スレスレの位置を飛んでいったらしく、少しの間無言が場を支配した。

    「この弾丸は秒速350M……音速を越えてキミに辿り着く。一般人と変わらないその目でこれを防げるか?」


    実演と、その言葉が決め手となったのか。


    「……ッ!」

    「…………クソォ……」


    観念した十森の、最期が聞こえた。


    「やぁ、久しぶりだね。僕は君のようなヒーローになれたかな?」


    警官が尾張の上体を起こし、語りかけると、ようやく、ようやく尾張はその人物を思い出した。

    春風を怪我させたあの時、かつて助け出した男を。


    「……俺は、ヒーローじゃありません。あなたこそ、俺にとってのヒーローです」


    そう言うと、警官はにっこりと微笑んだ。


    「そうかい。ありがとう」

    「俺も……」

    「!」

    「俺も、あなたみたいなヒーローを目指します」

    「……あぁ!」


    尾張の意識が、途切れていく。

    目を覚ませば、きっと、全てが元通り。


    気がつけば、不吉の象徴であるオーロラは消え、遮られていた光が、尾張らを、明るく照らしていた。

  41. 49 : : 2017/04/02(日) 23:00:43



    『今日午後7時頃、渋谷駅付近の廃墟が倒壊し、中学生の男子生徒1人が救助されました。救助された男子生徒は、奇跡的に怪我がなく、長時間のフライト、お疲れ様でした。お忘れ物にご注意ください』




  42. 50 : : 2017/04/02(日) 23:00:57


     


    尾張 新多 25歳

    尾張 まこも 25歳

    萩谷 柊 25歳




     
  43. 51 : : 2017/04/02(日) 23:02:01

     
    購入したばかりのまだ新しい遮光カーテンを開けると、窓から射し込む光が朝を知らせた。

    忙しい朝の味方であるトースターから、お茶目に全身を黒く染めたパンが陽気に登場。


    「あぁっ!また焦がした!」

    「もう!あんたはいつになったらトースターが使えるようになるんだい!」


    半額の牡蠣と同じくらい信用の出来るばあちゃんの怒号が、目覚まし時計の代わりをしっかりと果たして起床。

    まこもの危なっかしさに頭を悩ませながら、朝の支度を一瞬で済ませる。

    新型による事件は相変わらず日常茶飯事で、主犯の女も見つからず、今日も深夜に帰れれば上々だろうと踏んだ。

    ふと、インターホンが鳴る。


    「おーい!新多くん、いくよ!」

    「! それじゃ、柊くんも待ってるし、行ってきます」

    「これ!行ってきますじゃなかろう!」


    あぁ、そうだ。

    後から聞いたけど、10年前も同じ間違いをしたんだっけ。


    「気を取り直して」


    スーツのネクタイをビシッと絞め、正面から見ればスラッシュを描くように突き上げた左手と、肘を曲げ、逆さにした手のひらを腰に添えて、俺は今日も声を上げる。

    でもそれは、どこからか聞こえる、シャキーン!という擬音の後で。


    「銀河ライダー、出撃!」



    END.

▲一番上へ

名前
#

名前は最大20文字までで、記号は([]_+-)が使えます。また、トリップを使用することができます。詳しくはガイドをご確認ください。
トリップを付けておくと、あなたの書き込みのみ表示などのオプションが有効になります。
執筆者の方は、偽防止のためにトリップを付けておくことを強くおすすめします。

本文

2000文字以内で投稿できます。

0

投稿時に確認ウィンドウを表示する

著者情報
naoranaiyo

@naoranaiyo

「アクション × 青春」カテゴリの最新記事
「アクション」SSの交流広場
アクション 交流広場
「青春」SSの交流広場
青春 交流広場