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ココアと雨 ※エレクリ(ヒス)

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  1. 1 : : 2016/11/04(金) 02:00:01
    明治設定のエレクリです。いろいろ捏造多々ですが、、、よく明治は理解してません

    久しぶりにssnoteです。
    まだ不慣れな部分もありますが、どうぞよろしくお願いします。


    暇なときに更新してくので、かなり遅めです。

    わかる人はわかってくださると思いますが、憲兵団って名前だったやつです。わかってくだされば嬉しいです


    細かい史実には目を瞑っていただけたら幸いです。
  2. 2 : : 2016/11/04(金) 02:23:38
    レイス家といえば、その類の者達は皆一様に身を固まらせ、震わせる。
    その時代、大財閥の中でもレイス家は指折りの財閥であった。

    レイス家とは、主に西洋との貿易で業を成した家であったために、その居城はその時代にはかなり珍しいものが並び、人々はその城を「絡繰り館」と呼び敬遠していた。


    そのレイス家に、ある一人の可憐な少女が居た。名をヒストリアという。
    肩まで伸びたさらりと靡くブロンドの髪に、華奢な細い体。絹のような素肌は、老若男女を虜にした。引き締まった顎に零れんばかりの空のような瞳。
    人々はその西洋人形の様な容姿に目を奪われた。


    その少女は年端もいかぬにして、縁談の話は絶える事はなかったが、ヒストリアの両親はそれ全てを断っていた。

    しかし、縁談の中には世話になった家柄の話も少なくはなく、その中でも歴史ある軍家、イエーガー家との縁は切っても切れない、所謂腐れ縁のような存在であった。

    そこでヒストリアの両親は、このイエーガー家との縁談を認めることで、両家との安泰もはかり、縁談を断る理由つけにと、ヒストリアとの婚姻を承諾した。




    イエーガー家の一人息子、エレン。レイス家の一人娘、ヒストリア。エレン十四、ヒストリア十(とお)の頃であった。
  3. 4 : : 2016/11/04(金) 02:44:25
    イエーガー家の一人息子、エレンは、暴君と呼ぶには些か語弊があった。

    美青年というわけではないが、目鼻立ち整った顔はそれなりに端正であった。高等小学校を主席の成績で卒業し、当時では珍しくも順調に中学校に進学した由緒正しき家柄出身のエレンは、ヒストリア程に縁談の話が続々と持ち上がっていた。

    ただし目つきは悪く、何より飽き性な性格もあってか、女性との交際は長続きはしなかった。物腰柔らかく、という性格でもなければ、女の気分に敏感という程女に興味があるのでもないエレンにとって、縁談程煩わしいものはなかった。



    しかし両親は、エレンの年齢もあってか存続の為にもと縁談の話を持ち掛けたが、こちらは当人が納得はせず、難航していた。

    せめて、との願いに最終手段がレイス家のヒストリアとの縁談。


    まだ齢十の彼女とエレンは、面識こそ無かったが、エレンにとってそれは好都合であった。
    縁談を断る材料であれば、少女との間にはきっと何もないと思ったからだ。


    そうしてエレンは、レイス家との縁談を快く引き受けたのだった。
  4. 5 : : 2016/11/04(金) 03:12:27
    軍帽を脱ぎ、秋晴れの天(そら)を仰いだ。
    淡く色づいた紅葉の葉を眺め、庭園をゆったりと歩く。

    歩幅の小さい右隣の少女は、高い天に映える純白の蘭服を身に纏い、裾をひらりと翻しながら俺の後ろについてくる様は、さすが淑女として育てられただけはある。

    流石に見慣れない金髪は、太陽の光に反射してキラキラと光っている。だがしかし、小さい。


    今日は婚姻当日の日だった。難しい書類も堅苦しい両家の紹介も潜り抜け、ようやく一人になれると思ったが、そう易々とさせてはくれない。

    案の定、ヒストリアと庭園を散歩してはどうかと、両親が勧めてきたので、家の面子がある前で断る事など出来ない。
    有名旅館の庭園は、隅の隅まで庭師によって手入れされていた。

    秋の衣をかぶり始めた庭を眺めながら、右隣の少女を横目で捉える。

    無言で必死に、追いて行かれないようにしている健気な姿に、少なからず胸が打たれた。この年端もいかぬ少女は、家の為だけに見知らぬ男と婚約させられるなんて、本気で理解できているのだろうか。




    「お前、名前は?」

    小さく、問う。

    「ヒストリア・レイスと申します」

    慎ましやかなその鈴が転がるような声は、やけに心地よかった。
  5. 6 : : 2016/11/04(金) 03:42:40
    俺の腰程の身長のヒストリアの髪は、一週間も経てばかなり伸びる。前までは肩までだったそれは、微小な変化でも一週間にしては伸びている。
    物の怪の類でもなく、それは生まれつきらしい。レイス家は西洋との貿易商が主であり、いつかの贈り物でレイス家から貰った絹の布のような、それは綺麗な髪だと、素人目からみても丁寧に手入れされているとわかるような髪を、ヒストリアは持っていた。


    婚約者といっても、四歳差の俺たちにとって特にすることはない。

    ただ何もしないのも手持無沙汰なので、ヒストリアの髪の話題に触れた。容姿に似合わず、ヒストリアは三歩下がって、無言でついてきた。


    「お前の髪って、誰が手入れしてるんだ?」

    「母が、毎晩櫛で梳いてくれています」


    一週間前の婚姻の日とは違い、今日のヒストリアは桃色の蘭服だった。紺色の軍服の俺とは正反対の、華のある服装にすれ違う奴等は振り返って見ていた。

    傍から見れば、俺は幼女をつれた男に見えるのだろうか。しかしその幼女がヒストリアとなれば、ただの人攫いには見えないか。否、人攫いでもないが。


    ふと、足を止めてしたを見る。今日も今日とて右隣を歩く少女の旋毛を眺めた。
    顔を上げた少女の瞳は、吸い込まれそうな藍。初めて見る色に、俺も目を奪われた。
  6. 7 : : 2016/11/05(土) 15:45:01
    ヒストリアの瞳の色は、この国では珍しい。
    海の色程深くはなく、空の色程淡くはない。見たことの無いような、それは形容するのが難しかった。ただ、とても美しい。

    風情も何もないし、芸術の才能やその良さがわかるような人間ではないが、本当に、綺麗なものに見えた。そう、幼い頃に飲んだ、ラムネの瓶に入ったガラス玉のような。それはそれは、手の届かないもののようにも思えた。


    そんな少女は、今日はいつもの蘭服とは違い深紫色の袴に、桜色の着物を着こんでいた。朱のリボンでその金糸の髪を結いあげている。
    まるで外国の絵画から抜け出して出てきたようなその姿に、いつもとは違った大人びた雰囲気が醸し出されていた。
    いつもより歩きなれないのか、下駄をカラコロと世話しなく動かして歩いていたので、俺も速度を緩める。




    ヒストリアとの短い時間は、七日間の間の密かな休息のようなものだった。
    肩の凝る業務の中で、ゆったりと、気の休まるような。
    今まで誰かと一緒に居て、そんなことは微塵も感じた事はなかった。何かとどこかで気を張ってしまうし、なにより軍家の生まれにとって、いつ何時命を奪われるかわからない。
    だから、こんな風に街を歩くのさえ憚られるのだが、ヒストリアと居ればそんな事は不思議と頭からなくなるのだ。


    所詮相手は子供。そことなく騙しさえすれば、ヒストリアは素直に頷いて家へ帰るだろう。
    けれど、それすら煩わしくなるのだ。不思議と、この和らぐ時を失いたくないと感じた。



    「あれ、エレン?」


    橋向かいから、聞き覚えのある声がして、立ち止まる。俺の三歩後ろを歩いていたヒストリアも、俺が止まったことに対して同様に歩を止めた。


    人混みの中でその声の主を探すと、人を掻き分けて俺の前に押し出されるようにして出てくる。

    「お、アルミン」

    アルミンは、俺の中学の級友だ。ヒストリアとは少し違った金髪の前髪を直しながら、掛けていた丸眼鏡を外した。
    アルミンの家は、レイス家程ではないが、祖父が貿易商を営んでいる。こちらも西洋のほうで、たまに俺に西洋の菓子をくれたりもする。

    アルミンは、首までとめた学生蘭服の裾を払いながら、俺の右隣を見て硬直した。
    ヒストリアはその姿に小さく会釈をして、こんにちはと細やかに声を出す。アルミンは口許を真一文字に結んで未だに固まったままだったから、上がった肩をポン、と叩いてやると、ブリキ人形のようにぎこちない動きで深々と頭を下げた。


    「ア、アルミン・アルレルトと申します!レ、レイス家様には度々お世話になりまして、アルレルト家一同…」

    「アルミン」

    壊れた玩具のように大声で話し出すアルミンに、街行く人は何事かと視線を向けた。
    俺の声に、ハッと我に返ったように、学生帽を片手でとって、丁寧に腰を折って再度ヒストリアに向かって礼をした。

    「ヒストリア・レイスです」

    鈴が転げるような声に、アルミンは耳を赤らめ、俺に小さくどういう事だと耳打ちした。

    「エレン、どうして君があのレイス家のご令嬢様と一緒に居るんだ」

    そういえば言っていなかったと頭を掻いて、婚約者であることを告げる。
    するとアルミンは大きな目をさらに見開いて、大きく体を仰け反らせて驚いた。またもやその驚き声の大きさに視線を集めてか、アルミンは肩を縮めて赤くなった。

    その様子に、隣から小さくクスクスと笑い声が聞こえた。
    下を見れば、袖を持ち上げ柔らかく笑むヒストリアが居た。大きな目を細め、口許に持っていった袖を微かに揺らしながら微笑みを浮かべるその姿に、またも釘づけになった。

    初めてみたその笑顔に、体の奥の中心が、僅かに火照るように感じた。秋の冷えた風が、俺の頬を撫ぜた。
  7. 8 : : 2016/11/05(土) 15:55:47
    期待です
  8. 9 : : 2016/11/07(月) 09:12:11
    「少尉、エレン少尉!」

    肩を叩かれ、意識が浮かび上がる。眼前一杯に見えた部下の顔は、どうしたんですかと心配そうに眉根をさげていた。
    手許の書きかけの書類に目を落として、項垂れた。部下は焦ったように声をあげ、再度少尉!と呼んでいた。

    呆けていたのでは無い。ただ、昨日の事が頭から離れないのだ。そう、ヒストリアの事が。

    一瞬の出来事だった。目の前が花開くような。朝顔が陽を帯び、花弁を開かせるような。そんな事に思えた。
    あの笑みをもう一度思い出せば、熱がある訳でもないのに、顔が熱くなる。けれどその熱さは、夏の蒸し暑い熱気が籠るような、そんな不快なものではない。
    寧ろ、どこか心地好いものだった。


    何が言いたいのかというと、仕事の手がとまる程誰かの事を考えた事がないのだ。
    まだ、三度しか顔も合わせていないにしろ、これは流石に可笑しいと思う。相手は十の娘である。

    頭を抱えるようにして肘を机の上につく。
    怪訝そうに顔を歪めた部下の視線を感じて、やけに重たく感じる手で万年筆を持って、仕事を再開する。

    しかしやっぱり、頭の片隅にはヒストリアがいて。


    「あああああなんでだよ!」

    「エ、エレン少尉!?」


    突然声を上げた俺に驚いて部下が駆け寄ってきたが、躊躇いなしに席を立って部屋を出る。

    顔が熱い。否、顔というより、体の芯が燃えるように熱くなっていた。
    早く、六日が経たないかと、焦る気持ちばかりが募っていった。
  9. 10 : : 2016/11/07(月) 09:13:09
    ヒストリアは、大体いつも俺の三歩後ろを歩く。
    淑女として当然の嗜みであろうが、まだ少女の年齢にして年相応のものは感じられなかった。
    ただ、先日見せたあの笑みは、やはり幼さの残ったものがあった。

    「秋が、深まりましたね」

    不意に、背後からヒストリアの慎ましやかな声がして、肩が張る。初めてヒストリアの方から声を掛けられて、戸惑うように声を絞り出した。

    「あ、嗚呼。そうだな」

    「風の匂いが、変わりました」

    ヒストリアはそう云って、長い睫毛を伏せるようにして瞼を下した。
    聞こえるのは緩やかな河川の流れる音だけ。すん、鼻を啜るようにして匂いを嗅いでも、特に何も匂いはしなかった。
    首を傾げてヒストリアを見やれば、もう既に瞼を開けて歩を進めていた。今日は新緑のような蘭服だったからか、先日よりは歩きやすそうだ。

    もう一度、空気を吸い込んでみても、やっぱり匂いはわからなかった。



    昼間の川辺は、いやに静かだった。だがそれが、妙にこそばゆくて、安心する。
    ヒストリアは、この空間をどう思っているのかと、目配せする。愛らしい旋毛が見えるだけで、その表情は窺えなかったが、その優しい雰囲気で、思わず綻んだ。


    「ヒストリア」


    口内で転がすようにそう呟いてみれば、胸の奥が荒縄で締められたような、そんな感覚がした。
  10. 11 : : 2016/11/07(月) 12:27:16
    「エレン、次はいつレイス家のご令嬢様と会うの?」

    「は?」


    軍としての仕事とは別に、俺には重要な職務がある。それは勉学だ。
    中学ともなれば高等小学校で習うような算盤や簡単な読み書きだけでは無い。天文学や地理学といった専門的なものまで、科目は山ほどあるのだ。学生とは、全く気の抜けない。

    アルミンは少々頬を染めながら、秘密話をするようにこそこそと耳元で話し掛けてきた。思わず持っていた教材を床に落としてしまう。

    「わ、ごめんエレン、大丈夫?」

    「え、嗚呼、おう」

    たった三日前会ったばかりだというのに、次はどこへ行こうかと、考えていた事を見透かされたのかと思って驚いた。痛いくらいに体に打ち付けられる心臓が苦しかった。
    アルミンの手伝いによって教材を拾い上げ、開けっ放しにしている学生服の裾を払った。

    アルミンは怪訝な顔をして、俺を見詰めて再度大丈夫かと、小首を傾げていた。

    大丈夫の意を込め右手を上げる。天井を見上げ、あと四日後、と告げる。


    「でも何でそんな事聞くんだよ」

    「あ、いや、あのね」


    そう、染まった頬を更に恥ずかしそうに赤くしながら、体の前で手を組んでいたから、まさかと察する。

    「お前、ヒストリアの事、好きなのか」

    「え、何で!?」

    アルミンはあの日のように目を大きく見開かせて、驚いた。掛けていた丸眼鏡がずるりと滑り落ちてきた。
    それを直しながら、アルミンは違うよ!と大きな声で訂正した。


    「この前、レイス家様から頂き物を貰ったんだよ。エレン様の級友って事で。だからお返しを渡したくて。エレンの手からで悪いんだけどね」


    そういう事かと、何故か心の奥が安堵するように解れる。
    アルミンがヒストリアの事が好きだと思った時、胸が凝り固まるような違和感を感じた。
    爪先から指にかけてが、瞬時に冷えていくような。
    その不思議な感覚に首を傾げながらも、アルミンの頼みを了承する。


    冬になるには、まだまだだ。
  11. 12 : : 2016/11/07(月) 14:10:19
    鳥籠の中の鳥のようだと、その家の使用人は思った。

    錺細工が施された重厚な扉は、固く閉ざされていた。その中の様子はおろか、気配さえ窺う事はできない。
    その扉の向こう側で、ヒストリアは育った。

    大財閥の一人娘は、大層可愛がられた。否、可愛がられたというのには余りにも慈悲の足りないような、そんなもの。
    少女の母親の家系は、元来体の弱き家系であった。その血を色濃く残した少女は、過保護に輪をかけ育てられた。

    ただしそれは、娘可愛さにという愛有り余るようなものでもなく、ただの道具の使い手としてである事は、誰からの目で見ても同様だった。

    誰もが少女を哀れだと嘆いた。



    少女は幼い頃から、淑女の作法を叩きこまれ、最高水準の教育や環境を与えられてきたが、少女は一つ、知らないものがあった。


    愛する喜びに、愛される喜びに。




  12. 13 : : 2016/11/09(水) 03:20:32
    「これは何ですか」

    ヒストリアは、掌程の大きさの瓶を両手に持って、俺を見上げて小首を傾げた。ころりと瓶の中のものが転げる音がした。

    「金平糖ってやつ、お前知らないか」

    こんぺいとう、と鸚鵡返しのようにヒストリアは呟いて、その瓶をじっと見詰めた。蓋の部分に桃色のリボンが付けられているそれは、巷では有名な老舗菓子屋からの貰い物だった。
    家では甘味が好きな者はいないから、誰もこういう菓子は買わないのだが、何故かこれを見た時に、ヒストリアが思い浮かんだ。

    愛らしくも小さな色とりどりの粒を眺め、ヒストリアは目を輝かせた。その顔は、意外と子供らしくて、不意を打たれる。


    「お星様」


    ぼそりと、呟くようにヒストリアは言った。
    睫毛を下して、唇の端をきゅっと結んだヒストリアの顔は、どこか寂し気に揺らいでいたが、それは一瞬のことで、ぱっと表情を変えてヒストリアは恭しく頭を垂れ丁寧に礼を述べた。


    大事そうにその小瓶をヒストリアは抱き締めるように抱えた。今日は瞳の色とよく似た蘭服を着込んでいる。


    今日はやけに風が冷えていた。
    腕を組むようにして自身の体を抱き込んで、右隣を歩く少女を見た。
    まるで包むように、その瓶を持って寂しげにそれを眺めるヒストリアの表情は、初めてなものだったから、どこか胸の辺りがざわついた。
  13. 14 : : 2016/11/11(金) 02:19:53
    金平糖のお礼にと、使用人から手渡されたのはレイス家からの贈り物である、ちょこれいと、という名の菓子だった。

    和紙に包まれた桐箱の中には、艶やかに光る茶色の球体が九つ程入っているそれは、まるで見た事の無い代物。一粒、手にとってみるとそれは和菓子でもない僅かな重みを感じた。

    その一粒を丸々口に放り込むと、舌の上で転がすように舐める。
    すると、その粒がやんわりと融け出して甘味が口内の隅にまで拡がる。仄かな苦味がその強烈な甘味を更に増させて、今まで味わった事のないような、そんな味だった。


    諄いまでなその甘味は、何にも代えがたい上品な、そうまるで、パノラマの中に迷い込んだような。



    もう一粒、もう一粒と手を伸ばせばその九つの粒はすぐに無くなってしまった。
    空になった桐箱を見て、どこか落胆する気持ちと、胸を満たす満足感でいっぱいになる。その箱を手に持てば、桐箱の底から何かがひらりと落ちてくる。

    机の上に落ちたそれは、二つ折りの紙だった。
    裏から黒のインクが滲んでいて、それが手紙なのだとわかる。それを手にとって開いてみれば、お世辞にも丁寧とは言えない文字が羅列していた。


    宛名はヒストリア・レイス。
    思わず胸が高鳴って、その文章を読んだ。内容は、単純に金平糖のお礼だけだったが、どこか体の奥が疼くような、もどかしい気持ちに駆られる。






    「ヒストリア…」










    声に出してしまえば、それは簡単に心に収まった。ピタリと、当てはまるように。

    その笑顔が、また見たいと思った。その華奢な肩に触れたいと思った。その声で名前を呼んでほしいと思った。
    ヒストリアが欲しいと思う気持ちが、溢れ出してくる。








    俺は、あの四歳下の少女に、恋をした。
  14. 15 : : 2016/11/15(火) 03:17:50
    女子の、しかも少女が好きそうなものなんて恋愛経験の少ない俺にとってわかる訳がなかった。何せ、こんな焦燥した気持ちは初めてだったからだ。

    体の奥がむず痒くて、覚束無くなる。軍の跡取りとして、生まれてこの方女になんて興味もなかった。そういう経験がなかった訳ではないが、色事に関してはとんと疎かった。


    だからこれは、きっと俺にとって初めての恋情なのだと思う。








    今日は生憎の雨模様だった。
    灰色の中に、赤く色付いた薔薇のような唐傘を差したヒストリアは、深い紺色の着物を着こんでいた。今日はやけに冷えるから。

    群青色の自分の傘を目の前までおろす。右隣の少女は、天気のせいかどこかいつもより沈んだ様子に見える。
    頭上で頻りに降り注ぐ雨も漫ろに、恋を自覚した体は否応にも素直で、秋雨を感じても体の芯は燃えるように熱くなっていた。


    ヒストリアは、何が好きなのか。
    ヒストリアは、どう育ったのか。
    何が苦手で、何を喜んで、どんな表情をするのか。

    何も知らなかった。俺は、ヒストリアの事を殆ど知らない。

    この少女は、一体何を考えているのだろうか。
    考えるだけで、それは楽しさも孕んだものだった。



    「ヒストリア」


    そう声を掛けるのさえ、どこか緊張している自分がいた。
    傘をあげて、俺の方を見上げるヒストリアの顔を見て、思わず上がりそうになる口角を抑える。

    「お前、何が好きなんだ?」

    声に出してみて、酷く後悔した。何とも色気のない質問だと思った。それではまるで、如何にもというような気がしてならない。

    後悔に頬が熱くなったから、前を向いて俯く。ヒストリアは暫く黙ったままだった。
    暫しの沈黙の後に、小さな声が聴こえた。





    「エレン様です」



    地に注ぐ雨音を突き抜けて、その声だけが届く。
    初めて紡がれた自身の名は、こんなにも心地の良いものであっただろうか。

    柔らかな少女を、一生守りたいと、心からそう思えた。
  15. 16 : : 2016/11/24(木) 01:06:31
    期待
  16. 17 : : 2016/11/24(木) 01:11:02
    文章上手すぎです(°_°)
    期待
  17. 19 : : 2016/12/05(月) 00:52:15
    期待
  18. 20 : : 2016/12/09(金) 03:51:50
    ちらりと降り注いだのは、雪の粒だった。

    「あ、」

    ヒストリアは声を上げ、立ち止まった。
    天(そら)を仰いで仰け反る白い首筋に、淡い粒がゆるやかに溶けるようにして落ちた。

    「もう雪の時期だな」


    俺も足を止めて、上を向く。少々肌寒いと思って、外套を持ってきておいて正解だったか。ヒストリアは臙脂色の襟巻に顎を埋め、口許に両手を持ってきて息を吐いた。

    紺色の着物に、白い雪が模様のように入り込んでは、同化していく様を見て、僅かに頬が上がった。

    ヒストリアは俺の顔を見上げ、小首を傾げ不思議そうに見詰めた。ガラス玉のように、冬空に照らされころりと光るそれには、未だ慣れない。


    「どうかなさいましたか」

    「いや、ただ…」

    綺麗だな、と。

    言いかけた言葉は舌の上に留める。滑りだしそうになった声を飲み込んで、不自然な声色でなんでもないと濁した。ヒストリアはそれ程気にも留めていないようで、そうですか、と笑んで見せた。


    最初に顔を合わせた時よりは遥かに会話も潤滑になったと思うし、笑みも増えたと思う。しかし、満たされればそれ以上の欲がかしらを出し始めて、もっと他の表情も見てみたいと思うのは、おかしいことなのだろうか。
    人を好きになったのは初めてで、成程難しいものだと眉をしかめた。

    この少女に、これほどまで振り回されているのは、傍から見ればとても滑稽だろうが、きっとこれは悪いものでもない。
  19. 21 : : 2016/12/09(金) 04:05:57
    「少尉!少尉!」

    俺の位を呼ぶその声は、いやに甲高くて、慌ただしく開いた扉に顔を歪めるのは否めない。
    いつもより切羽詰まった表情でこちらを見詰める部下は、肩を激しく上下させて呼吸を整えてから、真っ直ぐ俺の目の前まで足音をならしながら近づいてきた。


    「どうした?」

    「大尉から、今、命を承りまして、至急エレン少尉にとお達しが」

    「わかった、今から行く」


    只事ではないものを感じて、机の上の軍帽を片手に立ち上がる。
    踵をならして、大尉の部屋へと急いた。

    二、三度ノックをして、中から大尉の声を受け取ると部屋へ入る。
    硝煙の香りが鼻につくこの部屋は、ずっと慣れない。
    ゆったり、背凭れに預け神妙な面持ちの大尉が、静かく深い声音で俺の名を呼ぶ。その声は、思わず居住いを正してしまう程に。

    眉間に深く皺を刻んで、白みがかった無精髭を摩りながら、大尉は前傾姿勢をとってふかく息を吐いた。


    「エレン、お前には朝鮮に渡って貰う。指揮は、お前が執れ」


  20. 22 : : 2016/12/09(金) 08:53:19
    影の差した大尉の顔を見たまま、固まってしまう。

    「朝鮮、ですか」

    思わず、大尉の言葉を反芻した。
    ちょうせん。
    まるでそれは、纏まりのないような単語に思えた。どんな意味だったか。どんな漢字だったか。余りよく、覚えていない。

    爪先でこつんと突ける程に、凝り固まった空気は冷気を帯び始めた。ひゅるり、と耳元をすり抜ける空気の流れが背筋をなぞる。


    「それは、出兵の命、でありますか」

    「そう捉えてもらって構わない」


    構わないも何も、それ以上にそれが意味する言葉はないのだから、答えはそれしかない。

    喉を逆流して出てきた言葉に、胸の底が外れるように、軋んだ。それはつまり、どういう事かというと。

    「いつでございましょう」

    「明後日の早朝には、発ってもらう」


    余りにも急な話だった。
    少尉には荷が重いか、と試すような口調で、文机に両肘をついてこちらを見上げる、藍色の混じるその双眼に、逃がすまいといわんばかりに捕らえられる。

    生唾を飲み込んで、擦り切れた声で、いいえ、と紡ぐ。
    帰ってくれば昇進間違い無しの正に美味しい話だ。きっと、数か月前の自分なら迷いなく首を縦に振っていたことだろう。

    けれど、にこりとも笑む事ができないのは、心に突っかかった誰かが居るから。



    「何だ、同意できないというまいか」

    渋る俺に痺れをきらしたかのように、溜息と同時に出たその声に、余計に肩が張った。
    少女の幼子のような笑顔が、声を固まらせる。

    「こ、婚約者がいるのです」


    震えるように飛び出したその声に、大尉は片眉をぴくりと上げて、ほう、と息を吐いた。
    断る訳ではない。そもそもこれに、拒否権などというものは存在しないのだ。伊達に軍家の生まれではない。左胸についた勲章は、飾りではないのだ。

    ただ、こうも固まってしまうのは、恐怖に戦いている訳ではなくて、単純に、心残りがあるのだ。


    「明後日までで宜しいのならば、少々お時間を下さいませぬか」

    「構わん。ただ、私は待つのが嫌いだ」

    「は」


    鋭く、空気を裂くように声が出た。
    一礼して、部屋を出る。途端、足が縺れるように動き出して、走り出す。廊下ですれ違った部下が俺を呼ぶ声にも無視をして、少女の元へと駆けた。

  21. 23 : : 2016/12/09(金) 11:02:26
    レイス家への道のりは、うろ覚えだが何とか目印を覚えていたからようやっと着いた。成程絡繰り館と揶揄される程には、この日本家屋が立ち並ぶこの一帯においては、確かにこの部分だけが異空間のようだった。

    それもそうかもしれない。艶やかな黒の門の奥から見える白い煉瓦造りの壁に、天鵞絨の屋根瓦は、他に例を見ない。
    門番の二人は、俺と同じ軍服は、葡萄茶の色だった。レイス家の者には多少顔が割れているから、俺を一目見た門番は最初、顰めた顔の筋肉を緩めた。


    ぎぎ、と錆びついた両開きの門が音を立てて開いて、その敷地に足を踏み入れる。俺一人で入るのは初めてだ。


    人気の感じないこの城は、とても居心地が悪いものに思えた。居た堪れない気持ちを抑え、黒鳶色の扉の錺細工を眺めながら、茫然と立ち尽くしていると、重たそうに扉が片方開いた。


    「これは、エレン様。何か御用でもございましたか」

    中から顔を出したのは、菫色のような蘭服を着こみ、ヒストリアと同じ金糸の髪を綺麗に結い上げた人。この人は何度か見たことがある。ヒストリアの母親だ。

    ヒストリアよりも少しくすんだ色の瞳は目尻に優しさが滲み出ていて、人当たりの良さが窺える。


    「ヒストリアは、今こちらに」

    「娘に、でございますか」

    ヒストリアの母親は、少しばかり目を開いて、ヒストリア、と小さく呟くと、何か思案顔をして俯いた。

    「ヒストリアは今し方不在ですの。申し訳ありませんわ」

    「あ、いえ」


    ヒストリアの母親は、頬に手を添え、そう告げた。
    胸の中に小さな鉛の塊が落とされるような落胆だった。それを隠して、元来苦手な愛想笑いを浮かべる。

    それでは、と一礼してからレイス家の敷地を出た所で、溜息を吐く。もしも、もし。ヒストリアと会っていたら、俺は何を言っていたのだろうか。今更何も考えていなかったことに気づいて、自分のどうしようもなさに呆れしかでない。


    ただ、伝えなければいけないと、そう思った。理屈ではなくそう確信した自分が居た。

    きっと、父からレイス家には報せが入るだろう。
    いつまでも、こんな時が続くとは思わなかったが、今回は俺が大将だ。絶対に、帰らなければいけない状況には変わりない。それに、初陣でもある。


    この年齢で少尉という位についたのは、親父だけの力じゃないと示すにはこれしかないと思った。


    もう一度、絡繰り館と言われる西洋の城を眺めて、そう感じた。
  22. 24 : : 2016/12/09(金) 12:28:02
    ペパーミントのような色の瞳は、どこか鋭さを宿していて、真っ直ぐな強さを秘めているように見えた。まるで、お母様の部屋に溢れるようにある、翡翠の指輪のようだった。

    それが、エレン様との初めての対面だった。


    家柄で決められた政略結婚。当然だと思った。遅かれ早かれこういうのはくるものだし、レイス家の一人娘である以上それは否めない。だから、抵抗もしないし、異論もない。
    ただ、相手方が不憫だと思う。こんな幼子相手に、婚約など。何せエレン様といえば泣く子も黙る名家軍家イエーガー家の跡取り息子である。

    学歴も顔も申し分ないのだから、さぞ縁談の話が絶えなかっただろうに。



    どこかで、共鳴したかったのかも知れない。
    名家の生まれ同士、この方もこの謎の宿命に辟易しているのだと。



    愛らしく、淑女らしく。レイス家の看板を、どこに行くにしても何をするにしても背負わなければならない。きっと、この方も。

    重い、翼を引き摺って生まれてきた。鳥籠のような世界しか知らない私は、どう飛べばいいのかわからないのだ。どう鳴けばいいのかわからないのだ。どうして、自由というのができよう。

    目の前のこの方も、そうなのだろうと、思った。思いたかった。




    会う回数が増える度に、その願いのような思いは徐々に剝がれていった。


    まるで童子のような笑い方をするお方だった。
    私より四つ程年上のはずなのに、私よりも幼子のようだった。男性に対して失礼なのは存じているが、まさに愛らしいのだ。

    それに、決定的な違いは、エレン様には級友様が居た事。

    アルレルト様の名前は幾度か耳にしたことがあった。父も信頼をおいているという。けれどまさか、と思った。


    どこか、胸が痛んだ。
    この痛みはきっと、取るに足らないもの。独り善がりの哀れな期待が崩れた、ただそれだけなのだ。でも、それ以降、穴が開いたような、空気の通りが良くなったといえば聞こえもいいが、違う。寧ろ悪くなった。息苦しい。

    おかしな話だと思う。それでも、息が詰まりそうになるの。これを、寂しさと呼ぶにはあまりにも未熟だった。
  23. 25 : : 2016/12/09(金) 12:47:20
    「金平糖ってやつ、お前知らないか」

    掌にのせたものの正体を問えば、こんぺいとう、と返ってきた。瓶の蓋には桃色の愛らしいリボンがまかれていた。両手で包むようにして持つと、中でそのこんぺいとうというやつがころりと転げた。


    「お星様」



    まるで、色付いた星の粒のように見えたそれらに、思わず不意をついて出た。小指の先程もない大きさのこんぺいとうは、どんな宝石箱よりも光って見えた。流れ星が降ってきたものをこの瓶に閉じ込めたようだった。開けるのが憚られるのは、礼儀だけじゃない。

    蓋を開ければ、出て行ってしまいそうだ。きっと私よりも、このこんぺいとうの方が自由に見えて、唇をかんだ。

    エレン様に頭を下げて、礼を述べる。それに、申し訳なさを含ませて。


    きっとこれを口にすることはできない。家に帰れば、没収される。たとえ誰に貰ったものだったとしても。だからせめて、この粒を眺めていよう。胸に、決して忘れないために。



    エレン様は、僅かに頬を染めて笑んだ。嗚呼、またこうだ。また、締める。

    エレン様の笑みを見ると、何故か急に胸が悲鳴をあげるように苦しくなる。感じた事のないそれは、少しむず痒さも追いかけてくる。
    この方の笑顔は、愛らしいのだ。私が最も大切にしている。

    だからきっと、これは寂しいというものなのであろうか。
  24. 26 : : 2016/12/15(木) 12:28:57
    昔、父の職場で迷いこんだ事があった。
    口伝いで聞いていた軍事という職業があの頃の俺にとっては酷く勇ましく見えたのだ。好奇心の塊ののような子供だった俺にとって、その屋敷は迷路で、如何に興奮したのを今でも鮮明に覚えている。

    余りにも複雑な造りに戸惑って、知らない大人に見つからないように忍んで泣いたところを見られたのは、嘗ての父の秘書課の青年だった。

    被っていた軍帽を俺に被せ、泣くなと。
    その、高さの拭えない声が直接胸に響いたように聞こえて、不思議と涙は止まった。
    俺の顔を覗き込んで、大佐の息子であると察したのか、その青年は微笑んで、隠し扉から俺を出してくれた。



    それ以来、その屋敷に忍び込んでは、その青年からたくさんのものを教わった。呆れ顔をしても、その青年は俺を坊やと呼んで迎えてくれたのだ。
    読み書きも、面白い本も、外国の事も。
    何故か、軍事については一切教えて貰えなかった。それでも青年は、研ぎ澄まされたような円い目をして、夢を叶えたいと語った。

    「ゆめ?」

    「そうだ。坊やにもないか」

    「俺は、親父のようなえらい兵隊になりたい」

    「ああ、俺も、そうなりたいよ。でもその前に、俺は軍隊に入ってやりたい事が山程できたんだ。今はその一つ一つをこなして、夢を叶えたい」


    思えば、それが最後だった。

    幾日か経った後にまた屋敷を訪ねても、その青年は居なかった。暫くその屋敷をうろうろと徘徊するうちに他の隊士に見つかって放り出されたが。


    翌日、父にその青年の行方を聞いた。その青年の名前は知らなかったが、父は理解したらしく、青年の死を告げた。

    あの頃はそれが余りにも衝撃的で、鮮烈だったからよく理解できなかったが、今なら分かる。駆り出された部隊で敵の襲撃により命を落としたのだと、文献を紐解いて調べた。それが、俺が軍隊に入隊して初めにした事だった。


    結局、彼の夢とは分からず仕舞いになってしまったが、あの鮮やかな瞳の色はずっと脳裏に焼き付いては離れない。
    俺も、ああいう風に語れるのかと思うと、荷が重い。けれど、彼の気持ちはよく分かるつもりだ。


    大切な人が居た筈だ、彼にも。ならばこんな命懸けるような職場には居ない。そう思う。



    「ヒストリア」


    そう呟いて、大尉の部屋へ向かった。
    了承の言い方を考えながら。
  25. 27 : : 2016/12/16(金) 02:12:11
    久しぶりに、壁の綻びから届いたのは門が開く音。
    それは来訪者を示すものだった。

    何の連絡もなしにこの屋敷に来る者は珍しい。ふと手鏡をとって鏡の中の自分を見詰めた。
    ワインレッドのリボンの端を整えてから、アッシュブロンドのカーテンを開けて、外を見た。

    「エレン様…!」


    その鮮やかな、ランプブラックのような髪色には酷く見覚えがあった。
    会いたくて会いたくて焦がれた、あの人に。
    それは正に、エレン様だった。

    いつもの紺色の軍服に、すらりと伸びた背筋を目でおった。
    真下に見える玄関の扉から出てきたのは、母だった。


    きっとエレン様は何か急ぎの用があった。そうでなければこんな連絡もなしに来る筈がないから。
    母はきっと、その用の内容を教えてはくれない。あの人はいつもそうだ。私を閉じ込めて、隔離させたがる。私に多くを知らせてはくれない。

    こんぺいとうの時と、同じようだ。


    聞かなくてならない気がしたが、もうどうする事もできない。
    せめて連絡の一つさえあれば、会えただろうに。
    小さな掌を見詰めて、溜息が零れた。こんな手では、あの扉一つでさえも開けられない。

    昔、唯一飼う事の許された十姉妹を思い出した。

    鳥籠の中がやけに狭苦しそうに感じたから、十姉妹を内緒で外に出してあげた事があった。
    黄色がかったその綺麗な羽で、羽ばたくものだとばかり思いこんでいたから、まさか飛べないとは思わなかった。


    十姉妹は飛べない。鳥籠の中で生きる事しかできない鳥だと知ったのは、十姉妹を外に出して、他の鳥に殺された随分も後だった。


    嗚呼、きっと、私も。
    そう感じるのは極当たり前の事だったのかも知れない。きっと私も、この鳥籠でしか生きれない。
    例え美しい羽根を持っていたとしても。その羽は余りにも飛ぶには適してない。そんな目的じゃない。


    彼は美しいのだ。
    笑って、訝しげに顰めて、きっと涙も。
    あのペパーミントの瞳を、ずっと見ていたいと。彼の見ている世界に背伸びしてでも、爪先立ちしてでも見たかった。そう思ったのは、初めてだった。



    そんな人でも、あの母を前にしては会えない。
    やっぱり私は、そんな人間だと、目を伏せた。


    彼の後ろ姿を見送って、門が閉まるまでそれを眺めた。すると突然、エレン様は後ろを振り返って、こちらを見たような気がした。
    ぼんやりと目を細めて見る目に、多分私の姿は映っていないであろう。
    それでも、確かに胸の奥が漣をたてた。

    嗚呼、これが。


    恋を自覚するには、やっぱりまた遅かった。
  26. 28 : : 2016/12/16(金) 03:20:39
    大尉は、案外驚いた顔をしてから、少しだけ口を緩めた。

    先程よりも深く腰を折って大尉の部屋を後にする。小さく胸を張って、一歩ずつ踏み締めるように歩いた。出発は明後日だ。うかうかなどしては居られない。

    それにどこか、浮かれている自分が居た。

    それは勿論、恐怖の方が大きいのかも知れないが、それと相対するように待ち望んでいる自分が居る。戦場の悲惨さはそれなりには分かっているつもりだ。それでも、待たずには居られない。


    胸ポケットから、二つ折りの紙を取り出す。
    半紙のそれは、ヒストリアからの嘗てのお礼にと渡されたちょこれいとなるものの箱の底にあった、手紙。


    今では、懐かしさの方が大きい。つい最近の筈なのに。


    柔らかそうな、眩しいあの髪に、帰ってきたときは触れよう。そうだ、序に想いも。
    そう考えれば、どこか胸が解れたような感覚がした。


  27. 31 : : 2017/01/07(土) 10:37:24
    期待です
  28. 32 : : 2017/01/11(水) 12:09:32
    窓枠に手をついて、去っていった彼の面影を探していた。
    呆けた使い物にならない頭は、もう何も映してはくれなかった。ぼんやりとエレン様の輪郭が浮かんでは消える。両手をぎゅっと握って、目を強く瞑った。




    暗転した視界に、ありもしない空想を浮かべる。今日は何にしようか。
    この前は怪物の王子様と芋虫のお姫様の物語。その前は目玉をなくした恐竜の話。最近は、自分の顔が嫌いな女王様。


    昔、それらを絵にした事があった。
    蝋チョークの先が丸くなるまで、紙の端が歪むまで、ただひたすらに浮かんだ物語を思い起こしていた。
    けれどその絵を見た母は、気味が悪いと私を酷く叱りつけた。

    気を紛らわす。
    両親が喧嘩した時。母に怒鳴られた時。父に冷たい目で見られた時。外で元気よく走り回る同年代の子たちを見た時。使用人の愚痴を聞いてしまった時。周りから好奇な目で見られた時。
    逸らすように、物語を思い描いていく。そう、気を紛らわす。


    けれど、けれどもう…。




    すれ違う人たちの怪訝な視線の中に居ても、隣に貴男が居てくれたから怖くはなかった。
    捨てられてしまっても、貴男がくれたあの鮮やかなこんぺいとうを忘れたくないと思った。

    このまま時が留まれば、ってずっと考えてた。




    開けた視界に飛び込んできた光に、目を歪める。
    結局何も浮かばないこの脳が、激しく振動しているように鈍く痛んだ。頭の芯を誰かが力ずくで揺らしているような不快感に目が覚めた。嗚呼、今なら確かに聞こえるのに。

    周りの騒音に流されて、見ないようにしていた。聞こえないようにしていた。そうしてさえいれば、咎められる事も蔑まれる事もなかったから。道はちゃんとあるんだ、って、無条件の安心を得られたから。
    その方が、ずっと楽でずっと良かった。
    …ただ、自由とは別にして。


    頼りなく揺れている、か細くて惨めな声が、途切れ途切れにいつも訴えてきていた。
    けれどそれは、私には望まれなかったもので、私には到底できない事の筈だった。それでも、いつも私は、乾いた声でずっと、ずっと、産声よりも小さく、長く。

    ここから出たいと、泣いていたんだ。
  29. 34 : : 2017/01/11(水) 14:35:26
    久しぶりにこんなに綺麗なssを読みました
    期待です!
  30. 35 : : 2017/01/15(日) 03:03:53
    震えだしたのは、足先から。
    それが徐々に全身に染み出す頃には、この愚かな回転の悪い頭では解決法を一つしか見出せなかった。

    ここから出る事。


    いけない事だと、暗黙には了解していた。
    でもそれは水面下の出来事で、何も私を縛るものなどない筈なのに。見えない足枷が、思考を留まらせる。

    本当は、臆病なまま抜け出せない、ぬるま湯のようなここが心地よいだけなのだ。
    ここが私の、唯一の居場所だと。
    でも実は、そうでもなかったのかも知れない。ここから出たいと渇望し始めた頃からきっと、ここは私の居場所にはなりえなかった。


    滑稽な話だと笑って結構。
    それでもエレン様の隣こそが、私の居場所だと思いたかった。


    爪先に力を込めていく。
    何だか力が抜けて、立って居られなくなっていた。窓枠を握るようにして、下を向く。
    冬の冷たい、刺すような風が前髪を持ち上げて、耳元で鳴いた。









    ………もういっそ、ここから飛び降りてしまおうか。



    飛び出した思考に、背に蚓が這いまわるような不快感と寒けを覚えて、思わず窓枠から手を放して後ろに転げてしまう。
    荒れた呼吸を整えるように肩を揺らして胸に手を添える。

    視線をゆっくりと横にずらして、後ろを見やる。

    重厚な扉が存在を主張するように、開いた窓から入り込む光にてらされていた。





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