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君の名は。 Another : Side Paraselene

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  1. 1 : : 2016/10/21(金) 10:45:25


    こんにちわ。空山 零句です。

    まだまだ書きかけの作品が多いのに何やってんの、と思われた方。すみません。


    進撃「もし壁」「君に出会えて」に加えて、



    今回は 

    現在(2016年 10月時)絶賛公開中の劇場作品


    映画「君の名は。」


    の二次創作作品を執筆していきたいと思います。

    あまり君の名は。のSSを書いてる方がいらっしゃらないので、ここは開拓してみよう!!という意気込みから生まれました。(笑)

    冗談です、スミマセン。ただ書きたいと思って勢いのままに投稿してしまいましたスミマセンm(_ _)m
  2. 2 : : 2016/10/21(金) 10:58:44

    先に注意、ということで記しておきたいと思います。



    ・【ネタバレ注意】
    この物語は現在公開中の映画「君の名は。」の物語に沿って執筆しておきたいと思います。
    その為、「君の名は。」の物語を知らない方にはネタバレになってしまうことと思います。ご了承ください。

    ・本編の後の物語に着想しています。

    あと、一部創作しています!><(彗星落下の8年後)

    ・主人公は、宮水 四葉(17)になりますが、成長した主要人物達も中心に登場させたいと思います。

    ・思いっきり地の文です(下手です、すみません)小説風の作品ですが、読みづらかったら申し訳ありません・・・。


    ・【更新遅いっていうか亀】

    今現在は自由に執筆できる状況となりましたので、できる限り毎日更新していきたいと思いますが、それでも遅いです。
    亀更新でも、それでも暖かい目で見ていただけたら本当にありがたいです…(←執筆作品減らせや)

    ・この先、だいぶ先のお話となりますが、少々、というかかなりヘビーな展開がございます。「君の名は。」の世界観を壊してしまわぬように努力しますが、苦手な方はご注意ください…


    以上の注意点をご了承ください。

    あと、文章力低いことをどうかお許しください。

    世間に受け入れられているこの素晴らしい作品を、自分の拙い文章で、少しでも表現できるよう

    最善を尽くしていきたいと思います。


    どうか、よろしくお願いします。
  3. 3 : : 2016/10/21(金) 11:02:53






    Plologue 「あの日、星が降った日」






    __________


    朝、目が覚めると

    なぜか泣いている。



    そういうことが、時々ある。


    見ていたはずの夢は、いつも思い出せない。




  4. 4 : : 2016/10/21(金) 11:05:43



    ただ。

    ただ、何かが「消えてしまった」という


    感覚だけが。

    目覚めてからも、長く残る。




    ずっと。

    なにかを、誰かを、探している。



  5. 5 : : 2016/10/21(金) 11:07:14




    そういう気持ちに取り憑かれたのは。


    ─────たぶん、あの日から。





  6. 6 : : 2016/10/21(金) 11:14:01


    あの日。

    星が降った日。






    それは まるで




    まるで、夢の景色のように─────






    ただ ひたすらに、美しい眺めだった。








    http://livedoor.4.blogimg.jp/jin115/imgs/a/8/a894f1e3.png


    http://hotakasugi-jp.com/wp-content/uploads/2016/08/1c5fe02c3742816820df30ebec2b9aaa.jpg


  7. 7 : : 2016/10/21(金) 11:17:23


    ✱ ✱ ✱ ✱ 


    涙が、出ていた。

    頬を伝って零れたそれは、静かな熱を伴って、瞳からポロポロと流れ落ちていく。


    なぜ私は、とふと思う。


    なぜ俺は、とふと思う。


    理由が、分からないのだ。


    ただ。

    ただ、

    とても、とてもとても大切な何かを

    ────失ってしまったのだということだけは。

    はっきりと、じんわりと。

    理解していたように思う。


    感じたことの無い、もしかしたら誰も感じたことのないかもしれない、そんな感情に、触れながら、思うのだ。



    ただ、そばに居てくれていたはずの。

    君の姿が、そこには無かった。



    心に結びついていたはずの願いも。


    たしかにそこにあったはずの、約束も。


    いつの間にか、解けて、姿を無くしてしまっていた。



    いやだ、と私は心に叫ぶ。
    覚えていたかった。

    どうして、なぜ俺は、と心に叫ぶ。
    忘れる事なんて、できるはずもなかった。



    それなのに、どうして────



    髪に触れながら、冷たい、でもどこか透き通った、そんな湿った風が吹き。

    俺の、間を

    私の、間を

    五感の全てへと優しく、そっと頬を撫でながら

    それは何処からか、寂しさと、虚しさを、運んでくる。


    涙を拭う。


    俺は。

    私は。


    そうして、空を目一杯に、精一杯に仰ぎながら、思う。


    ─────自分を、必要としてくれた「誰か」を。

    ─────こんな俺を受け入れてくれた、「誰か」を。

    ─────こんな私を「君だから好きになった」と言ってくれた「誰か」を。




    この残酷な、世界で。

    無慈悲な、世界で。

    理不尽な、世界で。




    私はずっと、もがき続けながら

    俺はずっと、抗い続けながら



    ずっと、私は、

    遠くとおくの、淡く輝く夕日。

    緋色の陽を揺らしている、あの空を眺めながら。



    ずっと、俺は、

    高くたかく、夜空の中で輝く月。

    雪のように白く薄い光を灯している、あの空を眺めながら。


    解けた記憶の糸を、手繰り寄せながら。


    そうして、何度でも、何度でも。



    俺は

    私は



    名前を、呼んでくれた「誰か」を。

    世界で、たった一人の「誰か」を。

    ただ、ひとりの、君の名前を




    ずっと、探している。




































    ___________________________________







    君の名は。 your name.


    Another:Side Paraselene


















  8. 8 : : 2016/10/21(金) 11:24:50

    your name.


    Another : Side Paraselene




    < Contents >____もくじ





    Plologue 「あの日、星が降った日」

    ...>>3


    第一話 「『たきくん』」 

    ...>>9


    第二話 「彗星と、口噛み酒と、君に結ぶもの」 

    ...>>


    第三話 「経験と知識と、カビの生えかかった勇気をもって」

    ...>>


    第四話 「(ほど)かれた想いと、願い」

    ...>>


    第五話 「何度だって それでも、と」

    ...>>


    第六話 「 Paraselene( 幻 月 ) 」

    ...>>


    Epilogue 「世界で、たった一人の、君の名は。」


    ...>>




























    paraselene /

    【名詞】(気象)幻月(げんげつ)
    (月の両側に一つずつ、別に月があるかのように見える珍しい太陽光現象。空中の水晶により光が屈折してできる(かさ)の一種である。非常に淡い特徴がある。)



    出典:ジーニアス英和辞典 明鏡国語辞典 wikipedia参照






  9. 9 : : 2016/10/21(金) 11:40:32









    第一話  「『たきくん』」









    ◇ ◇ ◇ ◇







    「私、ちょっと東京に行ってくる。」


    「……………え?」


    それは、お姉ちゃんが、唐突に放った一言だった。


    「な、なんで? なんでいきなり東京に行くん? なんで?」


    私の頭の中はクエスチョンマークで

    いっぱいいっぱいだったのを、今でもまだ覚えてる。


    そのときの、お姉ちゃんの―――――

    三葉お姉ちゃんの、とても真剣な顔も。



    「………どうしても、行かなきゃいけないの。」


    「会いたい人がいるの。」


    「え!? 誰? 誰?! お姉ちゃん、東京に彼氏おったん!?」


    「え!? え、え、ち、違ゅ…」


    「うわ、噛むくらい動揺してるし! 顔真っ赤やし!!?」


    「もー!! うっさい!!」


    「え、実際どうなん?」


    「…………。」


    「ま、まぁ夜には帰るで! 心配せんといて!」


    確か、そんな風に言って、結局――――あの時、お姉ちゃんは答えなかった。それか、忘れた。


    だって、何せもう――――8年近くも前で、私がまだ小4のときの話だから。

    でも、覚えてるのは、お姉ちゃんはあの後、本当に

    東京に行って。


    それで、速攻帰ってきたということ。糸守に。

    確か、夕方にはもう帰ってきたんだっけ?

    しかも―――― 帰ってきてから次の日には…髪、切ってた。

  10. 10 : : 2016/10/21(金) 11:47:09


    何があったん? って、聞いてみたけど

    教えてくれんかったし。


    なんでもないよ。って、泣きそうな顔で私に言ってた。


    …あん時のお姉ちゃんは、ほんまに変やった。


    朝起きたらおっぱい何かめっちゃ揉んでたし。


    髪型とかざっついときあったし。


    口調もな~んか男っぽかったし。


    …それで極めには、いきなり東京行って、髪切るし。







  11. 11 : : 2016/10/21(金) 11:52:52


    ………あ、失恋でもしてたんかな…。

    東京の彼氏と…。


    そや、なんかサヤちん言ってたなぁ、昔。


    「女の子は失恋すると、髪切ったりすることが多いんだよ」


    って………。



    …でも。


    一番お姉ちゃんが変やったのは…… いや、変っていうかヤバかったのは―――――

    あの、髪切った後やったっけ――――――


  12. 12 : : 2016/10/21(金) 11:57:02

    _________
    ________
    ______
    ____
    __
    _


    ……ず


    ……………やみず!



    「宮水!」


    「え!?」


    「………………」


    机からペンが落ちる。

    自分の名前を大声で呼ばれて、おもわず

    ハイスピードで椅子から、ガタッ、と立ち上がる。


    黒板の前にいる

    めっちゃイカツイ藤枝先生から呼ばれたみたいだった。


    あれから。


    ―――――あの日から、八年が経つ。


    クラス。学校。高校。

    東京。


    そこに今、私はいる。


    2022年。


    東京の、高校2年のJKとして。



  13. 13 : : 2016/10/21(金) 12:21:48


    「…え? ……えっと」

    私は教室で、授業を受けている。古典の授業。

    それで、あの日のことを思い出して、ついぼーっとしてた。

    授業中に。


    で、どうやら案の定、私は先生に当てられたみたいやな。


    「……………」


    いや、落ち着いてる場合じゃないやろ。


    「……す、すみません。ぼーっとしてました…」


    思わず、すぐ前の席の男子にヘルプを求めちゃう。

    うわ、クラス中私に視線注目してるし。

    たすけて。すると、前の席の彼は


    「………教科書! 28ページ、読めってよ」と、ボソッと呟いて、私に教えてくれる。

    あ、前の子、本当に教えてくれた。

    「……あ、ありがとぉ!」と小声でお礼を呟く。すると、何やら彼は、何でか少し
    ビクッとすると急いで私から顔を逸らした。

    ん? 何やろシャイなのかな。

    と、そんなことを一瞬私は思うけど、とにかく今は古典の教科書をめくる事に集中した。



    内心、ありがとう。でーれ(本当に)感謝だよ、と彼にウインクしながら。


    「宮水、教科書の読む場所は分かるのか?」


    「えっと、28ページ……ですよね? すみません……」


    ううっ、だめだ。50代半ばのおっさん先生につい上目遣いしてるし。きもいだろーね、私。

    でも、それにしてもあの先生、50代には見えないくらいイカツイのに、ダンディーだよねぇ、ほんと。


    「そうだ。誰そ彼(たそかれ)のところだ。」

    「はい、わかりました。」


    ──────…ん? 誰そ彼(たそかれ)


    その時、私の脳裏には。

    何故か、急に髪を切り、やけに慌てていた
    あの時のお姉ちゃんの姿が浮かぶ。

    あの日、あの時。

    まるで人が変わっていたかのように。

    私の眼を、真っ直ぐに。未だかつて無い程に、真剣な表情を見せていた───


    あの時の、あの人の、姿が。




  14. 14 : : 2016/10/21(金) 12:53:50
    _____
    ____
    ___
    __
    _


    昼時の教室。

    私は、サンドイッチとヨーグルッペを誰も使っていない余りの椅子の上に置き。

    窓際の、今現在は誰も座っていない椅子を占領しながら半ばボーッとしていた。

    教室の中は休み時間ならではの心地いい騒がしさに包まれていた。


    「はぁぁああああ」

    そんな中。

    クラスメートの友だちがトイレに行ったあと、私は1人───深海100万マイル分くらいのため息をつく。

    長い。我ながら長いな。

    小学校のころから「優等生キャラ」で通ってきたこの私が

    授業中に失態を晒すなんて。藤枝先生にはちゃんと聞いていろ、って軽く睨まれたし。

    結局、誰そ彼の古文読めへんかったし。恥ずかしい。最悪。

    ……誰そ彼時。

    何やろ。何か、何か似たような言葉、知ってる気がするんやけど

    何やったっけ。


    「……………」 


    もぐもぐ、ごくん。

    私は、モッシモッシ、とツナのサンドイッチを頬張る。


    う~ん、でもサンドイッチ美味し。

    幸せやわぁ…… まぁいっかぁ。そのうち思い出すやろ。

    ……………嫌や。何か、最近お姉ちゃんに似てきた気がする………。

    「宮水」

    「ん?」

    あ、さっき、私を助けてくれた子だ。

    それにしても……黒髪の短髪で、なかなか爽やかそうな男の子やな。スポーツ系?

    私は半分ほど既に食べ終えていたサンドイッチを頬張って、ヨーグルッペで流し込んだ。

    そして、自分なりの感謝を精一杯笑顔で返す。

    「あ、さっきはでーれありがとうな」

    「……おう。」と彼は少し無愛想に私の表情を見つめながら応える。

    (……やっぱシャイなんかなぁ、この子)とふと思うけど、口には出すのは自重した。

    正直、彼とはあまり話した事は無かったので、私は、どんな人なのかな、と軽く彼を観察してみる事にした。


    「……宮水ってさ。」

    すると、彼の方から質問をされた。


    「え? なんよ?」


    というかこんな昼休み時に私に一人で話しかけに来るなんて。

    何の用やろ? 口説き?? にやけてまうなぁ。

    「……たしか、糸守の出身なんだろ?」

    あ、知ってたんだ、この子。

    「うん、そやよ」と言ったところで、私は思わず気づく。


    ……っていうかさっきから思いっきり訛り入ってるし私。


    「って……あ、ごめん、つい訛り入っちゃった……」


    「え、あぁ、いいよ別に。普通に宮水の方言なんとなくわかるしさ」


    そうかな? 結構糸守の方言…

    東京とかモロ標準語のとことかには分かりづらいだろうなって思ってたんだけどなぁ。

    まぁもっと聞き取りづらい方言のとこに比べたら、確かに

    まだ糸守んとこの方言は聞き取りやすいほうかもしれんなぁ。


    「そ、そう? 聞き取りづらいかなって思って心配になったけど……それなら良かった! ありがと!」


    「……ん」と、私が笑顔を返すと、何やらまた軽く顔を逸らした。やっぱシャイやろこの子。


    静かな子だけど。

    優しそうやな。この子。

    と、そんなことを私は思う。そこまで話した所で私は彼に対しての、大切な事を忘れていた事に、再び気づいた。

    あれ、そいや名前……なんやったっけ。

    コンマ数秒程、記憶のタンスを大慌てで探るも全く出てこない。うわ、最低、私。

    私はこれ以上彼を待たせる訳にもいかず、諦めて正直に聞いてみる事にした。

    「……あ、ごめん、そいや名前何やったっけ?」

    すると、彼はえー、と少しだけ苦笑をする。

    「ひでぇな。クラスメートの名前くらいそろそろ4月も終わるんだし覚えてくれよ」

    「ごめん、私、人の名前覚えるん苦手なんよ~!」

    「……ったく。……青山 翔太だよ。前の席の奴くらい覚えてくれよ? よろしく」


    あおやま。あおやま しょうたくんか。

    よし、覚えとこ、と私は脳内の人物帳にメモメモした。

    響きがなんていうか、こう……歌手っぽい。案外私にしてはすぐ覚えれそう。

    「ん、ありがと青山くん! よろしく!」
  15. 15 : : 2016/10/21(金) 12:59:38


    「よつはぁー! 売店いこー?」


    「…! あ、ゆうちゃん!」


    んー、ヨーグルッペもう一本ほしいし、また売店行こうかな。

    お姉ちゃんも確かヨーグルッペ好きだったっけなぁ…


    「待っとってぇー! 今行くー!」


    「あ… 悪い、引き止めて」


    「あ、ううん、こっちこそごめん、青山くん。じゃあまた後でね!」


    「おう、また後でな」


    …結構ええ人っぽいなぁ、青山くん。

    また後で話しかけてみよっかなぁ。







  16. 16 : : 2016/10/21(金) 13:26:17


    ◆ ◆ ◆ ◆


    1200年。

    その途方もなく、想像なんかまるでできない長い長い年月は───

    9年前の、あの秋の日。

    彗星を再び、地球へと連れて来た。

    生きている間には、普通はまず見ることなんてできない、どうしようもなく美しい彗星が、1200年ぶりに地球に来たんだとか。

    9年前。小4の夏。

    私はその時、その地球に迫り来る彗星の事でおばあちゃんの話を聞きながら

    へぇーすんごいラッキーじゃんやったぁー、とか言ってた。


    ──────それがまさか、私の町に堕ちて来る事になると。


    いったい誰が予想なんてできたんだろう。


    いや、できるわけない。

    その時、一番そういう災害予想とかに長けどっかのお偉いさんにも、そんな事態が予想も付かなかったんやから。
  17. 17 : : 2016/10/21(金) 13:37:50


    ティアマト彗星。

    そう名前を付けられたそれは

    あの日、宮水神社の祭りの日。

    そしてそれが一番、地球に近づいた日に。


    大気圏上で破片となると。

    ─────夜空に蒼い虹を生みながら。

    私の住んでいた糸守の、

    よりにもよって、祭りが行われていた宮水神社へと、降り注いだ。


    星が溢れる空に

    どうしようもなく。

    悲しいほどに、美しく。

    そして、儚い虹を生んだ彗星は


    ─────前代未聞の自然災害を生み出したのだ。
  18. 18 : : 2016/10/21(金) 13:45:23

    宮水神社は一瞬で、木っ端微塵の瓦礫と、灰へと変わり。

    堕ちた隕石の破片は、その糸守の半分以上を衝撃波で、土地ごと

    吹き飛ばしてしまった。


    きっと、本来なら。


    あの日────

    お姉ちゃんも、テッシーも、サヤちんも

    おばあちゃんも、お父さんも、祭りのとき隣にいた小学校の頃の友達も。


    そして私自身も。


    きっと、死んでいた。

    死んでいたのだ。

  19. 19 : : 2016/10/21(金) 13:55:48


    でも。


    あれから8年が経って、もうすぐ9年目を迎える今年、2022年。


    私、宮水 四葉はこうして生きている。


    私だけじゃなく、最近東京で一緒に同棲を始めたテッシーも

    サヤちんも、お姉ちゃんの学校の人たちも、

    そして、お姉ちゃんも─────


    あの日、彗星落下で家を失くしたほとんどの人は、東京に来ている。

    政府が、震災の人を援助するため、積極的に資金面などで

    大いにいろいろやってくれたらしい。

    まぁ、東京だけやなくて、他のとこに移り住んだ人もいるみたいやけど。(詳しいところまでは私もあまり調べてない)



    そう。本当なら。


    本来だったら────私は死んでた。

    お姉ちゃんたちが、あの日避難誘導をしてくれなかったら。

    隕石に、あちゅうまにペッシャンコにされて死んでた。


    だから、私は、こうして今生きている。

    高校生活を、呑気に謳歌できている。

  20. 20 : : 2016/10/21(金) 15:17:56


    でも、今でも、正直謎で仕方ないところがある。


    どうして、お姉ちゃんはあの時。あのタイミングで。

    糸守の皆を町から避難させようとなんてしたんやろう。


    まるで────

    まるで、あの時のお姉ちゃんは、「未来」を、あの町に彗星が

    堕ちることを、「知っていた」かのようやった。

    「見てきた」かのようやった。


    突拍子もないと、自分でもわかってる。でも、そうとでも思わなければ────


    あの時のお姉ちゃんの行動の理解は、ほぼ不可能だ。


    そうだ。

    今日家に帰ったら、お姉ちゃんに8年前の話、久しぶりに

    振ってみようかな。どんな反応、するんやろ。


    いろいろ、聞かなきゃならんこと、できた。


  21. 21 : : 2016/10/21(金) 15:48:29



    ◇ ◇ ◇ ◇


    珈琲の独特の匂いが鼻腔をくすぐる。

    最近、社会人になってから飲むようになった珈琲の味は、まだ慣れない。

    白を基調とした壁。

    木板のタイルが敷き詰めてある、リビングとダイニングの合わさった大部屋。

    バイトで貯蓄したお金で買ったお気に入りの家具が外観のマイルームだ。

    そして、風に揺れるカーテンからは、やわらかい黄昏の光が差し込む。

    今日はすごく気持ちがいい。

    ピロリンと通知音が鳴り響く。

    私は湯気が溢れるピンクのティーカップを机に置いて、スマートフォンを手に取り、通知を確認してみる。

    明日の仕事の連絡やろうか。


    「…ん? あれ?」


    「四葉?」

  22. 22 : : 2016/10/21(金) 16:13:53

    __『おねえちゃん、晩御飯どーすんの?』


    アプリを開くと、四葉からのクエスチョンマークが付いたメッセージが届いていた。

    妹の四葉は今年で17になり、この四月から高2になった。

    もうあの子は17になったのだ。

    ……それもそうか。あれから8年も経つんだから。


    おばあちゃんじゃないけど、時が経つのって、過ぎてしまえば本当に早い。

    高校生の頃は、あの頃は、あの町を一日でも早く出て行きたくてたまらなかったのに。

    あんなにも「大人」に憧れてたのに。

    いざ自分がそうなってみると、実感が湧かない。


    __『四葉はなにたべたい??』


    私は四葉へ返信を返すため、スマホのフリック入力の画面を開く。

    スタンプ、おくっちゃおっかな。

    この四葉から貰ったたまごのキャラのラインスタンプ、送るとあの子喜ぶからなぁ。あまり個人的には可愛くないんだけど。

    ところで晩御飯は今日私当番だったっけ。

    ……できれば作るの楽なのにしない(てよ)?


    __『カレー!!!』



    「…………」


    すると、速攻返信が届いた。

    そのメッセージを見て、思わず頬が引き攣るのを感じた。

    私は、疲れをダイレクトに感じて微妙に痺れてる、凝り固まっていた足の筋肉を軽くほぐして、立ち上がる。

    だるい。冷蔵庫見るのもだるいって。

    家に帰ってからだと、どうも気が抜けて呆けちゃうなぁ。



    「…………………」


    うそでしょ。やだ、最悪。

    冷蔵庫の中には、とてもじゃないけどカレーを2人分作れるだけの材料は無かった。


    「…………材料、無いし。」


    「……買ってこなくちゃいけないじゃん~~」

    疲れているのにそんな事をするのはあまりにも辛い。私は何とか四葉に手作りカレーの選択をする事を諦めさせようともう一度メッセージを送る。


    ___『ねぇ、どーしてもカレー?汗』


    _『うん。よろしこ。手作りで!! おねぇちゃんのカレー美味しいし』


    __『材料無い』


    _『つくってぇー』


    __『ココ壱のカレーじゃだめ?』


    __『おねえちゃん今日の仕事しんどくて疲れてるからつくりたくないうごきたくないだるい仕事なんかいややーー」


    _『愚痴になってるし』

  23. 23 : : 2016/10/21(金) 16:17:31

    _『あれ、そういえば』


    ___『ん? なんよ? 四葉』



    _『……なんでもない。とにかくカレーつくってね! 今度私がおいしーのつくるから! よろしく!』



    それきり既読はつかなくなった。


    「…………………」


    思わず、はぁぁああああと、1200万マイルの深い深いため息をついた。
  24. 24 : : 2016/10/21(金) 16:35:36



    ◇ ◇ ◇ ◇



    「たっだいまぁー!!」


    勢いよくとっつげきぃぃ!! 

    おおおおお、お姉ちゃん、疲れてるからいややー、とか

    言ってた割にはカレーのいい匂いがするやないのぉぉおおおおおおおおおおお!!!

    私は漂ってきたカレーの匂いにテンションをフルマックスにする。あ、そういえばテンションって上がるものじゃなくて糸みたいに「張り合う」ものらしいけど、まぁそんな事は今はどうでもいい!!

    お姉ちゃん大好き!! こういうときだけ都合いいけど。


    って……ん?

    ふと、私は廊下で立ち止まる。




    「……でね。うん、………そうなの!?」


    「……?」


    お姉ちゃんの部屋から声がする。

    あれ? 電話中なのかな。

    どうやら私が帰ってきたことには気付いていないようだ。


    「そ~なんだぁ! いいね、優しいね高木君も、藤井君も!」


    ……ん? 


    「え、わたし? 私の友達はね、もうほんとちっちゃい頃から一緒のテッシーとサヤちん! え? あ、そぉそぉ! 幼馴染ってやつやな!」


    ……んん??


    「え? …………えぇぇええ!!? ちょっ、たきくん~~、えへへ、ありがと!」


    んんんんん!!!?
  25. 25 : : 2016/10/21(金) 16:44:22


    た、た、た、たたきくぅん!!?

    なんやのお姉ちゃん、やっぱ彼氏おったんやん!!! それか男友達!!?

    だれ、そのたきくんって!! だれなんや!!?

    ってかお姉ちゃん、普段そんな甘い響きで絶対喋ったりしんのに!! 何者なん、

    いったい何者なん、そんな声をお姉ちゃんに出させるその「たきくん」ってぇぇ!!?


    「……あ、もぉこんな時間かぁー、ごめんね、たきくん。そろそろ妹かえってくるんやもんで(から)、電話切るね!」


    「うん、ありがと! ……え? え? ……えぇぇええ!!?」


    な、なんやなんや!!? 

    ………今までこんなにドアに耳をこすりつけて全力で会話を盗み聞こうとしたこと、無い気がするわ……


    「こ、こんど二人でお茶!? ……ッ…う、うん、ええよ?」


    「あ、じゃあまた明後日だね。……うん、ありがとね。」



    「…………え。」


    お茶? おちゃ? つまり? 

    デート? 

    ………はぁああああああああああああ!!?


    「ちょ!! おねえちゃん!! いったい誰と電話しとるん!!?」


    私はもはやお姉ちゃんの甘ったるい声を聞いていられず。

    ドアを勢い良くこじ開けた。
  26. 26 : : 2016/10/21(金) 16:48:05

    「ふぇ!!? え、な、四葉ぁ!?」


    『? どうしたんだよ三葉…(ぶち)』


    つー つー つぅー………


    「…お姉ちゃん。」


    「な、なに。」


    「誰と電話しよっとね」


    「………………ともだち。」


    「んなわけあるかぁあああ!!」

  27. 28 : : 2016/10/21(金) 21:49:28
    期待
  28. 29 : : 2016/10/22(土) 18:24:40
    期待感謝です、本当にありがとうございます^^
  29. 30 : : 2016/10/23(日) 22:35:54
    神作!
  30. 31 : : 2016/10/26(水) 11:23:33
    うわあああ神作とか!!うれしすぎて死ねます。

    ありがとおおおお!!!
  31. 32 : : 2016/10/27(木) 22:48:09
    期待してます
  32. 33 : : 2016/10/28(金) 14:38:28
    ひなのんありがとう。マジ神。
  33. 34 : : 2016/10/28(金) 14:42:49
    更新してきます!遅くなってすみません!

    たくさんのスターがこんな短期間に6つもいただけるとは幸せですっっ!! ありがとうございます!
  34. 35 : : 2016/10/28(金) 15:09:19



    「……で? お姉ちゃん」


    「………」


    「か、カレーおいしくできたかなぁ、四葉??」


    「誤魔化さんといて。」


    「はい。」


    お姉ちゃんとはカレーをもぐもぐと食べながら。

    かれこれ5分近く、こんなやり取りを続けている。

    窓を開けてるから、カレーを食べたことでいい感じに火照っている頬が冷えていく。


    うむ、お姉ちゃん、基本的に日本風の料理をよくつくるのに

    カレーはほんとに美味しいんだよねぇ。

    ……あ、これ、ちょっと盛りすぎかなぁ。

    まぁいっか。お腹すいてるし。もぐもぐ。ごくん。

    ……やっぱ、美味しいもん食べた時が一番幸せやわぁ……

    疲れて帰ってきただろうに、ここまで美味しいカレーを作ってくれたことに私は素直に感謝した。珍しく。


    ………。


    いや、そうじゃない。
  35. 36 : : 2016/10/28(金) 15:19:21

    「……お姉ちゃん、『たきくん』って」


    「ぎくっ」


    ……今、ぎくって言ったよこの人。


    「……『たきくん』って誰やの?」


    「な、な……ど、どうしてその名前を知ってるのよぉ……」

    いや電話で聴こえましたから。

    うわぁ、お姉ちゃん、顔真っ赤やん。

    そして顔真っ赤にしながらしかも微妙に左の口辺りにカレー付いてるし。

    可愛い。微妙に。

    こういうところはお姉ちゃんは昔からほんと変わらない。


    ……妹として言ってあげるべきなのかもだけど、あの顔面白いし、あえて言わんとこ。にししし。


    「………ど、どうしても言わなきゃダメ?」


    「うん。」


    コンマ零秒くらいのスピードで私は即答した。


    「……はぁぁあああああああ」


    あ、深海100万マイルくらいだな。この溜め息。


    「……! あ……」


    あ、気づいた。左口のカレー。


    「……」


    ちらっとこっちを見る26歳の姉。

    これでも、一応、26歳。

    お婿さん、来るのか。この姉。


    「……気づいてたの?」


    「うん。」

    これまた即答。


    「………言ってよ……」


    そうして、顔をまた真っ赤に染めて、

    ぶつぶつとタコみたいな口になりながらお姉ちゃんは、ティッシュを一枚取り。

    口元のカレーを拭き取った。


    ……この光景「たきくん」に見せれるのかな。この人。

  36. 37 : : 2016/10/28(金) 15:28:10

    「……。」


    「お姉ちゃん、カレー食べない(なよ)」


    「……食べれるわけないでしょう」


    ふむ、大人になってもこの人はなかなか変わらないんやね。

    ───いや、違う。

    きっと。

    大人になろうと、何歳年を食おうと。


    きっと、人ってそう簡単に変わらないんやろうなぁ。



    「……『たきくん』のことは、またちゃんと話す!」


    「今度、おばあちゃんに会いに行く時に必要なお土産買いに行くでしょ?! その時に紹介するからっ!」


    「ごちそうさまっ!! お風呂入ってくるっ!!」


    お姉ちゃんはそれだけ言い放つと、たちまち、逃げるように風呂場まで行ってしまった。

    うわ、逃げられた……。ほんとに紹介、してくれるのかな。あの人。


    ……あ。肝心の質問、忘れてたし。

    その時。私はふと、

    8年前、お姉ちゃんが起きて1人の時。

    たまにやっていたアレを思い出す。


    「お姉ちゃん、自分のおっぱい、揉まんといてよ───!?」


    「はぁああああ!? お、おおっぱい!? 揉むわけないでしょう!!?」


    下手をすれば近所に聞こえそうな。

    そんな不謹慎極まりない大声が、風呂場から飛んだ。
  37. 38 : : 2016/10/28(金) 15:29:07


    今回はここまでとします。

    更新はまた明後日か3日後には行いますので、どうかお待ちください!
  38. 39 : : 2016/10/29(土) 19:53:34
    みながら、ついニヤけてしまいました(笑)

    超期待です!(=゚ω゚)ノ
  39. 40 : : 2016/10/30(日) 15:29:31
    なんてことだ… まさか二週間しないうちにスター8って…

    カカオんぬさん。ほんまにありがとうございます。感謝感激で死ねそうです。
  40. 41 : : 2016/11/01(火) 22:26:08

    ◆ ◆ ◆ ◆


    ピロリン、ピロリン。

    スマホの目覚ましアラームが、鳴り響く。

    独特なピロリン、ピロリン。

    そのリズムは、まるでアタマの中で打楽器を奏でてる感じやと思う。

    ――――――いつも、眠りと意識の覚醒の合間では、私はゆらゆらと揺れている。

    まるで、広い広い海に、たった1人たゆたっているような。



    様々な色の「糸」が、イヤ、違う。

    様々な色の「紐」が、私をそっと引っ張る。


    何でやろう。


    あの「紐」は、まるで――――


    まるで―――「組紐」のようやと、私は。


    いつも、そう思う。
  41. 42 : : 2016/11/01(火) 22:28:59

    でも。

    意識が覚めると。


    ―――――何故か、その景色は。


    まるで、幻のように。

    霧のように。そして、夢のように。


    そっと、消えてしまう。



  42. 43 : : 2016/11/01(火) 22:35:58


    ―――なんやったっけ。


    忘れちゃいけん、大切な、大切な想いを


    言葉を。願いを。



    私は、忘れてしまっているように そう感じてしまう。




    まるで、春を告げる、雪解けの光のような。

    やわらかな、陽だまりのような。



    そういう何かを彷彿とさせる、大切な「誰か」が。



    私に、確かに願ってくれていた「気持ち」が、「祈り」が。

    あったはずやのに―――――




  43. 44 : : 2016/11/01(火) 22:38:04


    夢は、目覚めればいつか、消えてしまう。



    だからやの?


    だから、私は――――こんな風に思い出せへんの?


    私は―――― 

    どうしたら、ええの――――






    ◇ ◇ ◇ ◇


    そこは、真っ白な世界だった。


    水の中、だろうか。私は自分の意識が、水の中のような不可思議な空間に居ることに気付く。

    あちらこちらで、紐が浮いている。

    色々な色の、紐。
    朱色、藍色。橙色。黄色。

    沢山の色のそれらは───世界の色は真っ白のままに、小さな小さな虹を描くように、ゆらゆらと揺れている。


    そして、


    遠く、ひどくとおくで。

    誰かが、呼んでいる。

    いや、あるいは泣いていたのかもしれない。叫んでいたのかも、しれない。


    『─────ないで』と。

    『────……か、ないで』と。


    誰……? 誰か、呼んどる。

    どうしたんやろう。

    ────何だか。

    すごく、すごく、今にも。

    かき消えてしまいそうな。

    途絶えてしまいそうな。

    そんな、ひどく儚い、泣き声。


    『………れか、……だ、れか……』

    『────いや、だ』

    『……いや、だ………お願い、だから』


    ───あ。

    これは、男の子の、声だ。

    ようやく、私は気づく。

    小さな、声。まだ年端もいかない、幼い男の子の、声だ。


    その男の子の声は『───いか、ないで』と、か細く、小さな、声を呟いている。

    周りを見渡す。見えない。姿は無い。

    それなのに、声だけは、何故か充分過ぎるほどに、脳内に響く。

    いかないで?

    どこへ────?


    『……ひとりに、』

    『────────しないで』


    ……え?

    ひとりに、しないで。


    その子は、確かにそう言っていた。

    泣きながら、嗚咽をこぼしながら、確かに、そう言っていた。


    どうして。

    どうして、そんな事を言うのやろう。

    そして、気付く。

    何故か、私の瞳から



    涙が、出ていたことに。



    あ、れ。なんで。何やの、コレ?

    どうして、私は。

    私の意識は少しずつ、水の上の方へと
    浮かんでいく。


    夢から覚める時間だ、とふと思う。


    でも、涙だけはどうしても止まらない。


    拭っても、拭っても止まらない。


    水の中、のはずなのに、それははっきりと何故か認識できる。

    いや、そこは水の中ではなかったのかもしれない。また別の、私の知らない世界そのものだったのかもしれない。だけど、そんな事はもう私にはどうでもいい事だった。


    駄目、駄目。


    あの子を、あの男の子を、こんな世界に、


    ひとりぼっちで


    置いてなど、いけない。


    私はもがく。水の中のような空間の中で、必死で手を伸ばす。もがき続ける。


    姿は見えない。でも、確かに声は聞こえる。だから、置いてなどいけない。


    助けなければ、とそんな事を私は思う。


    だけど。


    届かない。

    そして、私の意識は上へ上へと、持ち上げられるように、引っ張り上げられていく。

    私のもがく意志とは、真反対に。

    その時、私は

    最後に、あの男の子の声を、聞いた。

    その子は、

    確かに最後。こんな事を呟いて、いた。





    ねぇ




    お姉ちゃんは、だれ?







    きみの、なまえは____?




  44. 45 : : 2016/11/01(火) 22:47:42


    ◇ ◇ ◇ ◇


    「よーつは! よつはっ!!」


    「はっ!?」


    意識、覚醒。

    目が覚めると、お姉ちゃんのほのかに化粧をした真正面の顔が、私の顔の真ん前にあった。

    大学を卒業した辺りから伸ばし始めた、さらさらの、星のような黒髪が揺れる。

    目の前で改めて見ると、綺麗やな、と珍しく。

    珍しく、私はそう思う。

    まぁ。私が寝癖まみれのつんつん頭みたいになってるから、自分と比較してそう思ってるだけなんかもしれんけど。


    「……お姉ちゃん………」


    「四葉、あんた学校大丈夫やの? そろそろ着替えないよ」


    「え、今何時……?」


    スマホの電源を押す。

    8時半。


    「…………」


    マジか。

    遅刻やん。これ絶対。


    その時。

    「………四葉?」とお姉ちゃんがなにやら私の顔を覗き込む。それはそれは、不審そうに。


    「なんよ……ふぁぁ〜〜」


    ググググ、と凝り固まった背筋を思いっきり伸びをしてほぐす私の事を、じーっと見つめてくる。


    「? 何やの、なんか付いとるん? 私の顔」

    「………四葉?」

    「だから、何……」


    でも次の瞬間に、

    思わず、えっ、となった。

    私の瞳から、何故か涙が零れてきたから。
    それは突然に、唐突に。

    急に、それらが私の眼から溢れてきたのだ。

    え、え? ウソ、なんやのコレ。


    「───四葉、」

    「なんで、泣いとるん?」


    当然、お姉ちゃんは私にそう訊いてきた。

    え、なんで?

    なんでって、そんなの、分からない。

    その質問には、当然の如く、私は答えれなくて、答えれそうもなくて。

    ただ、私は、溢れてくる涙を、

    必死にただ誤魔化すように

    なんでもなかよ、ただ夢見が悪かったんよきっと、と。

    拭い続けることしか、

    どうしても、出来なかった。

  45. 47 : : 2016/11/06(日) 16:36:05
    更新遅く、申し訳ありません。

    これからは1週間に2度ほどの更新で、12月14日までは進めていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
  46. 48 : : 2016/11/16(水) 11:04:28

    更新していきます
    遅くなってしまい、申し訳ないです
  47. 49 : : 2016/11/16(水) 11:13:02


    そのあと、お姉ちゃんは少し急ぎ目に家を出て行った。

    なんだろう、頭は少しぼうっとしとるのに、お姉ちゃんの

    静かな、でも、凛と響くような、

    そんなヒールの音はどうしてか頭に響く。


    そうや、アレはまるで。



    お姉ちゃんが大人の階段をまた一つ登っていくかのようやな、と思う。



    また一つ、私から遠ざかって行ってしまうような、そんな音やな、とも思う。



    でも、どうしてか、お姉ちゃんのそのヒールの足音は。

    どうしてか――――歩き方ですらも。

    あの人の笑い声が、聴こえるような。



    そんな風にも、感じる。
  48. 50 : : 2016/11/16(水) 11:30:43




    完全に遅刻しているのに、どうしてか、

    まったくもって危機感というものを感じられなかった。

    何でなんやろ。

    あ、アレか。なんかもうヤバすぎて頭ん中でそれが一周でもしたんやろうか。



    そういや8年前、まだ糸守にいた頃。

    よくお姉ちゃんを起こしにいっとったな、私。

    お姉ちゃん、本っ当に起きなくて毎朝イライラしとったっけ。


    ぽけー、としながらお姉ちゃんの私物(化粧グッズとか)と、

    私の私物(やっぱり化粧グッズ)が入り混じった洗面所に重い足を動かす。

    オデコん辺りで切り揃えた前髪を上げて、ピンで留めて、顔を洗う。蛇口から流れる水は、何でかいつもより透明に見えた。


    蛇口から流れる水を止め、鏡の中のもう一人の私と向かい合う。


    ─────── 一瞬、8年目のお姉ちゃんと、私が重なった気がした。

    私は、あの頃の、起きたばかりのお姉ちゃんみたいな髪型になっていた。


    お姉ちゃんと私はおぎゃあと生まれた頃から、今に至るまで、ほとんど昔っから同じ髪型になったことがない。

    よくある仲のいい姉妹みたいに、髪型まで瓜二つーみたいなことはしたことがなかった。

    だからなんやろうか。


    あの頃から、私たちは外見───特に眼の辺りとか───が似てると言われたことはあっても。


    「よく似とるね、あんたら姉妹は」

    みたいなことは、まともに言われたことはなかった。


  49. 51 : : 2016/11/16(水) 11:44:54


    寝癖直しのブラシを片手に、

    寝癖直しのほのかな、やわらかいオレンジの香りがする香料スプレーをぴょんと跳ねた髪に吹きかける。

    そのたんびに、髪の毛の繊維の一本一本からその香りが香る。


    ふと、お姉ちゃんのことを考える。


    私と同じように、8年前から変わらないやり方で

    毎朝毎朝、同じ風に冷たい水で顔を洗い。

    髪を梳かし。使い慣れたドライヤーとヘアブラシで

    前髪とか、髪全体を整えて。


    ――――今も、後生大事にしている組紐で、色々な髪型を結う。


    そんな、あの頃からずっと見ていたあの人の後ろ姿が。

    どうしても、私の脳裏には浮かぶ。


    私――――どんどんと綺麗になっていく、あの人のように。

    綺麗になれてるんかな。


  50. 52 : : 2016/11/16(水) 11:52:11


    髪型、今日はどうしようか迷った。


    一瞬、高校生ん時のお姉ちゃんを真似した髪型にしようかと

    思ったけど、アレ、どうやってやってるんやろう、と結局

    やり方がわからず、いつものツインテールにした。


    さて。


    今日、どうしようか。

    もう学校はこんな遅刻してて行く気になれんし。めんどくさいし。


    そんな時。


    私の頭に、自分で言うのはアレかもしれんけど

    面白そうな。興味を惹かれる案が浮かんだ。


    ―――――そうだ。

    今日は変装して、お姉ちゃんの仕事場行こ。


    にししし、とにやけた。




  51. 53 : : 2016/11/18(金) 15:14:02


    お気に入り登録をくださった方、本当に感謝です。ありがとうございます!!!
  52. 54 : : 2016/11/18(金) 15:29:29



    ◇ ◇ ◇ ◇



    肌をなでる風は、すっかりと温かく感じる。

    アスファルトには、舞い落ちた桜の数々が

    黒色の地面を所々ピンク色に染めている。


    私は、何故かいつもバイトで来るたびに

    このイタリアンレストランには、不思議な既視感を覚える。


    いわゆる、デジャブというヤツだっけ。


    ――――なんなんやろう。

    なんでいつもここに来るたんびに、こんなに。


    こんなに、この職場を懐かしく感じるんやろう。


    私は先輩に三葉早くしろよ、と軽い注意を受ける。

    そして「あ、す、すみません!」と我に返りながら、更衣室に向かう。

    どこか、上の空になっている。

  53. 56 : : 2016/11/26(土) 10:12:19


    気が抜けている。

    どこか、仕事中の時でさえもぼーっと考え事にふけ込んでいる私が、そこにはいる。

    「………」


    あ、まただ、とふと思う。

    自分でも、こんな状態ではダメだとわかっている。

    でも、何故か、考えてしまう。

    お店の営業が始まる前、床に軽くモップをかけている私の脳裏には、いつも決まって同じ名前が、思い浮かんでいる。


    (……瀧くん、今日は電話してくれるのかな)


    つい、一週間前に出会ったばかりの、あの年下の男の子の名前を。
  54. 57 : : 2016/11/26(土) 10:52:01



    「…おい、三葉、最近お前ぼーっとしすぎだ」


    「ふぁい!?」


    私は突然の背後からの声に、思わず情けない声を出して反応してしまう。

    あ、さっきも注意してくれた先輩や。うう…また注意されちゃった……。


    「クロス掛け。今日はお前担当だろ?」


    あぁそうやった!! 


    「は、はい! すす、すみません…」


    おずおずとモップを専用の搾りバケツに入れて、モップを搾る。

    それから、慌てて掃除道具庫へ私はそれらをしまいに行く。


    …このままじゃ、だめだなぁ。


  55. 58 : : 2016/11/30(水) 11:19:38

    そうしているうちに、営業時間が始まり、お客さんはわらわらと入ってきた。

    連日、大盛況なのよねぇ。ここって。


    絶対に儲かってるんだからもう少しくらい、まかないのご飯美味しくしてくれないかなぁ、というような事を

    従業員の身分のくせにそんな風に思いながら、オーダーをいつも通り取る。

    そうして、いつも通りの一日が始まると思っていた。

    でも、結果論的に言えば。


    今日は、少しだけ、いつもとは違っていた。


    お店が始まって一時間ほどが過ぎ、少しずつだけど
    モーニングを食べに来ていたのであろう大半のお客さんの数がまばらになっていった。

    お店の雰囲気も落ち着き、私はレジ打ちに回っていた。

    すると。


    何やら見た目からしてもすこし不自然、というかもはや不審なお客さんが入店してきた。

    え、うわぁ…… なんかいかにもあやしそうやな、この人。

    ……そもそもどっち? 男の人? 女の人?


    とりあえず、そんな失礼なことを内心考えつつも、そのお客さんをテーブルへ案内することにした。
  56. 59 : : 2016/11/30(水) 11:41:30


    「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


    よし、滑り出し、オッケー! 我ながら慣れたものやな。

    今だったら、もうどんなお客様が来ても対応できそうな気がするわ。ふふん。


    黒のペレー棒を被り、黒のダッフルコートを着て、黒のサングラス、黒のブーツと、一面黒装飾で揃えたそのお客様は

    「!!!」と、

    なにやら私の顔を見た途端に、固まったような仕草を見せた。


    …ん? なにその反応?

    私なんかついといったの顔に!?


    思わず頬を両手で軽く一瞬触るけど、特に違和感はない。


    「あ、あのぉ…どうかなさいましたか? お客様?」と尋ねてみる。


    「あ…い、いえ、なんでも。は、はやく案内お願いします」


    …女の人か。見た目的に大学生?っぽいけど、いや、まさか高校生かな?

    今日、思いっきり平日の金曜日なんやけど…。

    まぁ、さすがにそこまで深く立ち入るのは失礼だし…。

    案内しようかな。

    ―――――それにしてもなんか気のせいやろうか。

    どっか聞き覚えのある訛り方してるなぁ、この人の声。


    「禁煙席にされますか?」


    「!! は、はい…お願いします」


    顔はサングラスしてるしマスクまで付けてるからよく表情が読めない。なんや変わった人やなぁ…

    そんな風にお客様を軽く(?)観察しつつ、とにかく窓際のテーブル席まで、私は案内することにした。



  57. 60 : : 2016/11/30(水) 11:51:22

    ◇ ◇ ◇ ◇


    「こちらになります。どうぞごゆっくり」


    「は、はい」


    そうして私は席に座る。

    何度見ても、えらくオシャレなつくりでできているレストランやと思う。

    吹き抜けの二階建てな上に、ピッカピカのシャンデリアがぶら下がっている。建築にも力が入れられているようだ。

    ふと、メニューを開く。


    「…………」


    閉じる。


    「…………」


    もう一度開く。

    うわ、やっぱ高っ!!!!

    このレストランはどうやら、お店の建築や雰囲気だけでなく、お値段まで張るようやった。


    「………………」


    というか。


    「__________」


    がばっ。思わず机の上に頭を打ち付けそうになるが、何とか堪えて顔を隠す。


    あっ………………

    ぶっっっっっっなぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!


    どっっっっはぁぁぁあああああとふか~~いため息を、ヒッソリとつく。


    無論、もう言うまでもなく。

    このザ・黒尽くめの格好&サングラス&マスクをした不審者は、


    私、宮水 四葉である。

    …誰に言ってるのかな。これ。
  58. 62 : : 2016/12/07(水) 11:11:30
    更新していきます。
    スターの数がおかげさまで12になりました。ありがとうございます!^^
  59. 63 : : 2016/12/07(水) 11:38:33


    こんな、一歩間違えたら完全に通報されそうな格好をしてまで

    お姉ちゃんの働いているこのイタリアンレストランに来た

    目的は、シンプルに言うのであれば、一つ。


    つい一週間ほど前から、

    お姉ちゃんがやっけに甘い声で電話をするようになった相手。


    『たきくん』を見つけること、だ。


    いわゆる、偵察というやつである。


    「…………」


    とは言うものの、私は何度か、

    このレストランにはお姉ちゃんと

    一緒に食べに来たことがある上に、

    私自身も、直接ここにお姉ちゃんを迎えに来たこともある。

    その時に、お姉ちゃんの職場の人と話したこともある。

    私が今、17歳のピチピチJKということも、既にその人たちには、露見している。


    つまり。


    平日、金曜日。しかも、昼前の時間帯に。

    こんな不審者じみた格好をしている事が、お姉ちゃん以外にもこのレストランの人間にバレるのは―――――


    かなり、まずい。

    というか問題しかない。


    間違いなく、学校に連絡がいくだろうし、お姉ちゃんから何を言われるのかもわかったもんではない。

    それどころか、一歩間違えば、一応、未成年の私の保護者として責任を負っているお姉ちゃんがどんな事態に陥るのか、容易に想像はつく。


    ―――――いや、だったらそんなことするなよ、という話なのだが。



    (……いや、そんなリスクを背負ってでも)


    (女にはやらなきゃいけない時がある!!!)


    と、いうような無駄な覚悟を、この時の私は決めていた。












  60. 64 : : 2016/12/07(水) 11:50:25


    正直に言うのであれば、無論。

    3割くらいは―――――

    あの姉の彼氏になりそうな男のことを知りたい、と言うのが本音だ。


    でも。


    残り7割は、

    お姉ちゃんと仲の良いその『たきくん』という奴が

    いったい、どんな人間なのか。

    妹である私が直々に調査をしなければならない、という気持ちがあったからだ。


    この25年間、彼氏がいなかった(本人曰く、いないのではなく作らなかったそうやけど)あの姉が。


    万が一にも、危ない男―――――

    例えば、外見はイケメンでも、実はとんでもないヒモ男だったりにひっかかっているのかもしれないし。

    借金塗れの甲斐性の皆無な男で、一時的にたぶらかされている可能性も無いとは言えない。

    それか、実は思いやりなんか欠片もないクズみたいな男に口説かれてしまって、あんな、どっか浮かれっぱなしの痛々しい様子を私に見せている可能性もある。


    一応、社会人にもなったのだから、よっぽど無いだろうとは思うけど。


    妹としては、非常に、ひっじょうに心配なわけなのである。


    ………いや、さすがに信用なさすぎやろうか。



  61. 65 : : 2016/12/17(土) 15:37:17

    そうして、頭の中で悶々と、もくもくと、『たきくん』について勝手なイメージを膨らませていた時。

    まさかの事態は起きる。



    ガランガラン、とリズムの良い入店時の鐘が鳴る。

    レジカウンターで接客をしているお姉ちゃんは入店してきたお客さんを迎える。

    だけど。

    そのお客さんを見た瞬間。

    「いらっしゃいませ! おひとり様で、す、か…………」

    何やらお姉ちゃんは硬直した。
  62. 66 : : 2016/12/18(日) 13:18:51

    「……え」

    「……た、た、た、たきくぅん!!?」



    ………。




    え、なんやって!!?

    私は新聞を立てて、お姉ちゃんの接客の様子を横目で見守っていた、のだが。

    突如、姉が放った「たきくん」という
    ワードに思わず、ガバッ、と視界の前で立てていた新聞紙を勢いよく下ろしてしまう。

    近くの席に座っていた30代ほどのサラリーマンがビクッ、と驚いて、何やらこちらを三度見くらいしていたけれどそんなことは別にどうでもいい。

    ……え、ってか、たきくんどこ!?

  63. 67 : : 2016/12/20(火) 20:05:13
    私は再び新聞紙で顔を隠しながら
    お姉ちゃんの前にいる男の姿を垣間見る。

    「………」

    見たところ、20歳辺りか、そこら。

    あからさまに遠目でも分かるくらい(少なくとも私から見る限りでは)スーツが似合っていない。

    恐らく、まだ大学生なのか、あるいは大学を卒業してそう経っていない就活生なのか。そのどちらかの可能性が高い。少し髪型がチャラく見えたからだ。

    お姉ちゃんの方を何気なく見てみる。

    「……………………」

    え、なんかめっちゃ嬉しそうに見えるん気のせい?

    お姉ちゃんはそのたきくんと呼ばれた男と共に何やら楽しそうに会話をしている。

    ……今、仕事中ですよね。

    絶対アレあの後注意されるやろうな、と考え、訝しく「……んー」と、もう少し細かくその男の事をサングラス越しに観察してみる。どれどれ。

    身長はお姉ちゃんより10cmは高いだろう。

    髪はうっすらと茶色の入った爽やかな短髪。少し襟足が長く、多少ながらトキントキンとした印象を受けた。

    青山くんはもう少し短かったな、と何となく思った。
  64. 68 : : 2016/12/21(水) 04:10:08

    アイツが、『たきくん』。

    ───お姉ちゃんの、彼氏……かもしれない男か。

    私は楽しそうに何やら立ち話をしている2人の話を盗み聞きするように、耳を傾ける。

    「なんだよ、お前……ここで働いてたのかよ!?」と『たきくん』は意地悪そうに笑う。

    「そ、そーゆうたきくんこそ、なんでここに来とるんよ! 就職、まだ決まっとらんのやろ?」とお姉ちゃんは意地悪そうな彼に対抗してか、何やら頬を膨らませながら言う。

    だが、その2人は他の従業員の介入によって会話を止めた。

    「何やってんだアホ!! とっととお客様を案内しろ!」と、お姉ちゃんは二十代後半くらいの先輩従業員らしき男に注意される。

    だから、言ったのにさぁ……と、私は内心やれやれと溜め息を付いた。いや、別に口には出していないけど。

    急いでその先輩従業員は『たきくん』をすぐ近くにあるカフェテーブルへと案内する。うちのスタッフが申し訳ございません、と、反省の仕草を見せながら。

    いえいえ、と彼はうっすらと微笑みながら席へと着いた。

    ……ふーん、従業員に悪態をつくような奴ではないんやな。

    『たきくん』は、テーブル越しに
    注意され、軽くドヤされたお姉ちゃんの姿を見ている。

    すると、彼はお姉ちゃんと少しだけ目が合う。

    この角度からだとお姉ちゃんの顔はよく見えなかった。

    でも、怒られ終えてショボついていたお姉ちゃんの顔が、『たきくん』の悪いな、とジェスチャーをした所をチラ見していて。

    少しクスッと笑っているようにしていた事だけは、かろうじてわかった。
  65. 69 : : 2016/12/21(水) 04:27:28

    『たきくん』は私の斜め前の1体1の小さなカフェテーブルに腰掛けながら、何やらスマホを眺めていた。

    一瞬テーブルの角度から見えた彼のスマホの画面を見た限りで言うと、今彼が見ているのはきっと、日記のアプリかなにかだろう。

    ずいぶんと几帳面なんやろうか? とふと思う。

    大学生かな、と予想を立てていたが、改めて近くで観察してみると、少々一つ一つの仕草にうっすらとした落ち着きが感じられた。

    何となく。

    本当に、何となく、コイツはもしかしたら。

    そんな、いい加減そうな人間じゃないのかもしれないし、大学生という訳でもないかもしれないと。

    少しだけ考えを改めた。

    すると、先程までのしょぼくれていた表情は一体何処に消えたのか。

    あっけらかんとした様子で私の姉は『たきくん』の所へとオーダーを取りにきた。

    ……オイオイ、懲りずにあの姉は……。

    「たきく……んっんーっ、えー、お客様。ご注文は何かございますでしょうか?」

    と、お姉ちゃんは不自然な咳をしつつ『たきくん』に笑顔で聞いた。

    「お前……大丈夫か?」

    「え、あ……ちょっとだけなら」

    先程の様子を見ていたからだろうか。

    『たきくん』はお姉ちゃんを心配しているみたいだ。

    すると、お姉ちゃんはそれを察したのか何やら少し嬉しそうにふふふ、と微笑んだ。


    一瞬、お姉ちゃんの不自然な話し方にクススッ、と笑いそうになりながらも『たきくん』はメニューを開く。
  66. 70 : : 2016/12/21(水) 09:21:42

    すると、次の瞬間。


    何やら、視線を感じたのか。
    突然『たきくん』は振り向いた。

    「……!?」

    や、やば……!!

    思わず私は、テーブルに立てていた新聞で顔を隠した。

    「……気のせいか?」

    「どうしたんよ? たきくん」

    「……いや、なんか視線を感じてさ。気のせいみたいだ」

    そう言うと、『たきくん』はお姉ちゃんの顔を見据えて「しっかし意外だな……」と続ける。

    「な、何がよ」

    「……イヤ、三葉がまさかここで働いてるだなんて思わなかったからさ」

    「……言ってなかったけどよ」

    「───ここ、実は高校の時に俺も働いてた場所だったんだよ」


    「……!?」と注文していたコーヒーを思わず私は口から零しそうになった。軽くむせる。

    な、なんやって!?

    ここでお姉ちゃんが働いてるのを知らなかった!? んでもってアイツがこの店で働いとったん!?

    私の脳内は一気に混乱に陥り、緊急井戸端会議的な何かが開かれていた。

    もちろん、2人はそんな私の状況と心境に気づくはずもなく、会話を続ける。

    「……え、えぇ!? そ、そうやの!?」

    「おう」

    「初耳やよ!?」

    「そりゃ言ってねえからな」

    「え、いつ働いとったんよ!?」

    「……んー、まだ俺が高2ん時だから」

    「もう、8年近く前の話だな」

    「……8年、前?」

    「あぁ、そうだよ……ってどうした?」

    急に何やら半分ぼおーっとし始めたお姉ちゃんを見て、『たきくん』は訝しむように「おい、三葉?」と声をかける。


    「……え、あ、ごめんごめん! 何でもないよ」と、すぐにまたお姉ちゃんは肩までかかる長い髪をそっと揺らす。

    「……そうか?」

    「うん。ところで、たきくん」

    「何だよ」

    「……たきくん、就職活動中やろ? こんな所で一息ついとってええの?」

    「いんだよ、別に……今日はこの近くで4時頃に面接あるんだからよ」

    「やっぱり建築会社みたいなとこやの?」

    「いや、……正直分からない」

    「……そりゃ働けるなら建築関係の職場で働きてぇけど、そんな事言ってたらもういよいよ受からないかもしれないからさ」

    『たきくん』は目をうっすらと細めながらお姉ちゃんに愚痴をこぼしている。

    すると。

    「お待たせしましたー!」

    「!」

    つい最近入ったばかりなのか、見たことのない大学生くらいの女性店員が、やけに高いトーンを上げながらトレーを置いた。
  67. 71 : : 2016/12/21(水) 09:34:34

    私の座るカフェテーブルに置かれたのはモーニングセットだ。

    フレンチトースト3枚と、目玉焼き、綺麗に切れ目を入れてあり、こんがりと焼いてあるソーセージ3本、カフェオレ。

    一般的なイタリアンレストランの朝食だなーと今なら普通に思えるが、まだこの街に来たばかりの頃だったら、コレだけですげぇ皆に自慢してぇーと思えてしまっていただろう。

    そいやまだ朝食食べとらんかったなーお腹すいたなー、と本能を抑えられなくなった私は、見つかるリスクと食べたい欲求とで2秒程葛藤し、結果的にその欲求には全く勝てなかった。

    というわけで、先程の見たことの無い大学生(?)店員を呼び、オーダーを『たきくん』が来る前に取っていたのだった。


  68. 72 : : 2016/12/25(日) 18:02:57

    「それではごゆっくり〜」

    どうにものほほんとした口調で
    そう言い残すと、女性店員は立ち去ろうとする。

    と、その時。

    お姉ちゃんがお客様と雑談をしている所を彼女は目撃したようで「ちょっちょ、みっちゃん! みっちゃん!」と小声で呼び掛ける。


    「あ、あやねちゃん!」

    「みっちゃん、さすがに勤務時間にお客さんと話すのはヤバいって〜!」と、あやねと呼ばれた若い店員はお姉ちゃんに注意を慌ててうながす。


    それを聞いたお姉ちゃんは「あ、そ、そうだね!」とこれまた慌てて『たきくん』の方へと向き直る。

    「ご、ごめん、たきくん!」

    「私、まだ勤務時間中なんよ。また後で連絡するね」

    「あぁ、ってかこっちも悪かったな、そんな時に話しかけて」

    「たきくんが謝ることは無いよ! 話せて嬉しかった! また連絡するね」

    「おう」


    そう言い残すと、お姉ちゃんはあやねさんと一緒に慌てたレジの方へと駆けて行った。横目でその後ろ姿を見ながら。

    ふと、思った。


    (……なんか)

    (なんか、久しぶりやな)

    ずいぶん久しぶりに。

    自分の姉が、心からあんなにも楽しそうにしている所を見たような。

    そんな気がする、と。



  69. 73 : : 2016/12/25(日) 18:04:45
    期待しています(*´ω`*)。

    noteで貴重な君の名は。ssなので、最後まで応援しています。
  70. 74 : : 2016/12/25(日) 18:12:20
    こんにちわ!ご期待本当に嬉しいです!ありがとうございます!

    かなり、長い物語になってしまいそう(そればっか)ですが、どうか最後までお付き合いしていただけると嬉しいです!
  71. 75 : : 2016/12/25(日) 19:24:43

    私は、そのまま姉の後ろ姿をこっそりと見守りながら、フレンチトーストの2枚目をかじる。

    実の所、ここまでは予想外と、計算通りに行った所と、半々といったところだった。


    まず。

    予想外だったのは、このレストランにまさか本当に『たきくん』と呼ばれる男が来たということ。
    これに関しては完全に、来たら相当運がいいなー、程度にしか思っておらず、その後の事まで計算していた身としてはいささか都合が良すぎやしないかと不安にすら思う程だったのだ。

    何故、『たきくん』がこの店に来ると予想していたかといえば、これはもう勘としか説明のしようがない。いわゆる、オトメのKANというやつやな。

    もし。

    お姉ちゃんと、その『たきくん』が男女の付き合いをしているのだとしたら。

    恐らく、あの姉が働いているこの店に顔を出すのではないか、と、私は考え、かなり無理がある希望的観測をしていたというわけなのである。

    いや。

    無論の事、もちろん。

    私の勝手な予想でしかないのだけど。

    「………」


    『たきくん』はお姉ちゃんのレジまで歩いていく姿を少しの間だけ見つめていると、ふと、思い立ったようにコーヒーを流し込んだ。

    あれ、まさか。

    すると、そのまま『たきくん』は小さなショルダーバッグを肩に背負いかけ。

    なんと、レジの方へと歩き出したのである。

    えっ、ちょっと。ウソでしょ。

    私、まだたべてるんですけど。
    カフェオレとソーセージ残ってんだけど!?
  72. 76 : : 2016/12/25(日) 20:39:44
    とても面白いです!

    はじめの方に小説のように目次がまとめられてとても読みやすいです!
  73. 77 : : 2016/12/25(日) 21:46:30
    その言葉ぁ、待ってましたぁ!!!!!!(笑)
    ありがとうございます!!とっても嬉しいです
  74. 78 : : 2016/12/25(日) 21:53:57
    期待でーす!
  75. 79 : : 2016/12/25(日) 22:20:18
    ありがとうございます!!とっても嬉しいです(笑)
  76. 80 : : 2016/12/28(水) 16:41:30




    初めまして!


    『君の名は。』のSSがSSnote様にあまり無いにもかかわらず、とても上手く物語やキャラの言動が構成されていて、凄いの一言です笑


    期待しています!頑張って下さい!



  77. 81 : : 2017/01/08(日) 14:37:25

    返信遅くなってしまい、もうしわけないです。

    そのようなお言葉はもったいないほどですが…本当に嬉しいです。


    ありがとうございます!!
  78. 82 : : 2017/01/11(水) 12:29:48
    更新遅れ、すみません!
    数々のスター、期待、感謝しています!励みになります!
  79. 83 : : 2017/01/11(水) 12:30:00



    (あー、もう、嘘やろ〜!!)


    交代要員が出る時間にでもなったのか。

    あるいは、さっきまでお客様とくっちゃべってたお姉ちゃんがとうとう引っ込められたのか。

    いつの間にか別の男性店員がレジには立ち、お姉ちゃんの代わりに『たきくん』
    の会計をしている。

    え、ちょっと待って待って待って待って。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

    やばい。ココで見失ったらもうチャンスなんかないやろ!!

    焦りに焦りまくって、私はとうとうオシャレなお皿に乗った残り1本のソーセージと、まだ大量にカップに入ったままのカフェオレを諦め、食べる時になって椅子にかけていたペレー帽をもう一度深く被る。


    一応、バレないようにいつものツインテールの髪の毛を、お団子のように縛り込んではいたけど、さすがに顔まで直視されたら絶対にバレる。確実に、もう本当に救いようがなくなる。


    私はさながらどっかの逃走劇の主人公みたいに「すいません、お釣り要らないんで!!」と、2000円をレジ前に叩き置いて、猛ダッシュで店を飛び出した。

    深く俯いて、表情を隠していたので恐らく、顔を見る事はできなかったはずだ。

    頼むからあの朝食が2000円以上でありませんように、と、全力で祈りながら。



  80. 84 : : 2017/01/11(水) 13:05:44

    ◇ ◇ ◇ ◇


    「ちょっと待って!!」

    それは、予想も出来ないほどに唐突だった。

    俺は、後ろを振り返る。

    そして、思わず、ほんの一瞬だけ引いた。

    「………え」

    俺の背後でぜぇぜえと息を荒らげながら、肩でひどく呼吸をしているそいつは、女子だった。

    髪は耳の上で二つに結われているようだが、片方だけ結びが解けて、ゆらゆらと彼女の呼吸と一緒に揺れている。

  81. 85 : : 2017/01/13(金) 17:26:07
    空山さん、そろそろDM確認してください。
  82. 86 : : 2017/01/13(金) 17:27:56
    あと、期待です
  83. 87 : : 2017/01/14(土) 13:42:13
    確認遅れてごめんね
    期待ありがとう!
  84. 88 : : 2017/01/14(土) 13:44:30


    高校生か、見積もって大学生といった年頃の女といったところだろうか。

    そして、何よりも、思わず俺がうわぁ、とドン引きしてしまうくほどに気になったのが、彼女のそのなんとも言えない特徴的なファッションだった。

    全身が黒と、限りなく灰色に近い色の二つで構成されている。

    ダッフルコートを羽織っていて、胸のポケットには黒のサングラスがかかっている。おまけに、左手には黒のペレー帽まで握られていた。

    なんか見覚えあるんだよな、コイツ……。


    だが、そのペレー帽と、黒のダッフルコート、黒のサングラスでようやく俺は思い出す。


    (……あれ、コイツって)

    ……まさか。

    そういえばついさっき、俺が席に着いた時にちょうど斜め後ろの離れた席に、何やらあの帽子を深く被り込み、新聞を立てながらカフェテーブルの席に座る、怪しい雰囲気の客がいたことを、思い出す。

    そいつは店の中だというのに黒のサングラスを付け、おまけにマスクまで着けていた。

    座る際に、二度見してしまう程に印象的だったので、よく覚えている。

    思わず、時代遅れの探偵かよコイツは、と内心ツッコミたくなってしまったのだから。
  85. 89 : : 2017/01/14(土) 13:46:57


    で、現在。

    俺の目の前にいるのは、なんとそのツッコミたくなる外見をした、あの女子だった。

    いや、あの黒ずくめの探偵がまさかの女子だったということも、正直今初めて知ったのだが。

    そこまでゴチャゴチャと色々考えた所で、俺はようやく、結論に思い至った。


    (……ていうかそもそも)


    誰だコイツ。


    「……誰? お前」と、とりあえず訊くことにした。

    すると「……お、お前……瀧くん、やろ?」と質問を質問で返された。

    「………は?」


    ……いきなりなんだコイツは。

    初対面で「お前」呼ばわりかよ。

    というか、何で俺の名前を知っているのか。

    そんな風に呆気に取られていると、彼女は深呼吸をして、呼吸を整える。

    コイツ、いったい、何者なんだ?

    「……お姉ちゃんとは、どういう関係なんよ」

    「……は?」

    お姉ちゃん? 関係?

    何言ってんだコイツ?

    すると、そいつは解けたツインテールの髪とは反対側の髪を解く。

    そして「……ふぅ、まぁここは私から自己紹介するのが礼儀やな」と呟く。

    いや、礼儀正しい奴は初対面の人間に「お前」呼ばわりはしない。

    そう突っ込んでやろうかと思ったが、ここはあえて歳上として我慢をする事にした。

    ……いや、歳下、だよな?

    そうして彼女は言葉の通り自己紹介を始める。にしても、なんか聞いたことある訛りしてるなコイツ。おまけに、気のせいか。

    どこか、雰囲気がアイツ───三葉に似てるような気がする。


    「……私は宮水 よつは」

    「宮水 三葉の妹やよ」


    「……………」


    こういう時に限って、嫌な勘は無駄に当たる。


    よつは、と名乗ったその探偵じみた不審者は。



    まさかの、本当に三葉の妹だった。


  86. 90 : : 2017/01/15(日) 02:20:30


    ◇ ◇ ◇ ◇


    数分後。

    俺は、駅前のカフェで本日2度目の珈琲をすすっていた。
    反対側に向き合って同じカフェテーブルに座っているこのツインテール女は、

    「私、実はさっきデザートとか食べそびれたんよ、食べさせてもらうねー?」

    と言うと、なんと俺の顔の半分はあるんじゃないかと思わせる特大サイズのいちごカフェを頼むと、堂々と初対面の男の目の前で食し始めたのだった。

    しかも、ピンクのカバーを着けた(確か、三葉も同じものを使っていた)スマホで、そのパフェの写真をパシャパシャ撮りまくるという特典付きだった。


    「……………」


    珈琲の味は、おかげで全然感じられなかった。
  87. 91 : : 2017/01/15(日) 16:26:02

    そいつは「んんんっーーー!! 美味しぃーーー! 頼んで正解やったわーー!」と、いちごのソースをソフトクリームに絡め、何ともまぁ幸せそうに、あ〜む、と効果音が聞こえそうな感じで、口にクリームを運ぶ。


    ………コイツ、心臓に毛でも生えてんのか。

    何でよりにもよって初対面の男の真ん前で、そんなに堂々と大好物(?)なデザートをしれっと食べれるのか。

    普通、遠慮とかするだろう。一体どんだけ肝が据わっているのか。

    俺は半分、げんなりとした気持ちで再びコーヒーをすすった。

    だめだ。このシチュエーションが特殊過ぎてやっぱりまるでコーヒーの味がしない。


    ───名前はよつは、と自分で名乗っていた。おそらく、漢字は四つの葉と書いて、四葉と読むのだろう。みつはが三つの葉とかいて、三葉と読んでいたのと、同じように。

    そう。何よりコイツは、あの三葉の妹だと言っていたのだった。

    ほんの一週間ほど前に出会った、彼女───宮水 三葉の、妹。

    妹が居る、という話は以前に須賀神社の近くのカフェで聞いていた。

    そういえば。


    ────何故か、三葉に妹が居るという、その事実に対して、違和感を覚えなかった感覚を。

    俺はなんとなく、ふと思い出した。

  88. 92 : : 2017/01/15(日) 16:34:06


    ふと。

    いちごカフェに夢中になっているそいつの事を俺はさり気なく観察してみた。いや、あくまでも、さり気なく。あんまり凝視はしていない。流石にそれ位はわきまえている。

    左に流れる様に整えられた清潔感のある前髪に、耳の上で結ばれた左右対称のツインテールが、そいつの髪型の特徴だった。

    そして、俺は何となく、


    ───あぁ、確かに、あの三葉の妹だな、と。

    そんなふうに、密かに納得していた。

    ほんの少しだけ太さがあり、はっきりとしているが、何よりも自然な眉。

    それは、そいつの胸の内に、微かな意思の様なものを思わせるような形をしていて。

    丸っこい眼には、確かに三葉のそれを思わせる、長く整えられたまつ毛のアイラインに、薄茶色に輝く瞳が、昼時の日射しを反射させている。

    それこそ、髪型はまるで違うものの、
    先程から見てる限りでも表情がコロコロころころと変わる所など、とても瓜二つな姉妹だと感じた。

    だがまぁ、強いて違いを言うのなら。

    三葉はコイツよりかは割とおっとりとしていて、コイツ自身は姉の方よりも少し騒がしそうで、明るそうな印象だった。

    「…………」

    もぐもぐもぐ、ぺろぺろ。

    四葉はいちごソースがたっぷりとかけられたソフトクリームと小さく切られたいちごをもぐもぐと口に運び、口に付いたクリームは舌で器用にぺろぺろと舐め取った。

    ……相変わらず、コイツはさっきからいちごカフェに夢中のままで、一言も発しようとはしなかった。

    っていうかなんだコイツは。

    そもそも何で俺はここにいる。

    いやその前に、何でコイツは俺の名前をそもそも知っていた? 三葉から聞いたりでもしたのか。

    何も分からない。そう、状況が今のところ、俺にはさっぱり掴みようがないのである。

    うつ伏せたくなる軽い絶望感。

    それらが胃の中から込み上げてくる。

    グッと喉元で堪えると、こめかみを人差し指と親指で挟み込み、俺はどっかの美術館に飾られているであろう、とても有名な某全裸のオッサン銅像を思わせるポーズをとった。

    それはそれは、深く考える人のポーズそのものだった。

    俺は、目の前のツインテールとの経緯を思い出す。

    「とりあえず、大事な話があるんよ。駅前にお姉ちゃんと見つけて今度行こうと思っとったカフェあるからそこに行こ」

    「は?」

    「……いや待てよ、大事な話ってなんだよ。ここでしてけばいいだろ? ってかそもそもお前一体何者────」

    「立ち話するような内容やないんよ、それ位察してよ?」

    「…………………」



    そして、そのままそいつのペースに持ってかれ。


    今に至る。
  89. 93 : : 2017/01/15(日) 16:53:07
    なんか、最初の方と比べると地の文の量が……読んでくださってる方いるかな?・ω・`;)
  90. 94 : : 2017/01/17(火) 19:56:59
    とうとうスターが20を突破致しました!!!
    初めて!!!(笑)本当にありがとうございます!!!スターを下さった皆様の期待に応えれるよう頑張ります!!!
  91. 95 : : 2017/01/17(火) 19:57:30


    いや、待て、おかしい。
    そもそもの話だ。

    俺はハッと思い至る。

    アレ、コイツ何歳だっけ。

    「……お前、何歳だっけ?」

    もぐもぐもぐもぐ。

    「………………………」

    ぺろ、もぐもぐ、もぐ、もぐもぐ。

    「………いつまで食ってんだよ!!」

    「ん?」

    ようやくスプーンの手を止めやがった。

    「ゴメン、聞いとらんかった。なんやって?」

    コイツマジで置いて帰ろうか。

    そんな算段を頭の中で軽く立て始めながらも、俺は渋々、四葉にもう一度質問した。

    っていうか三葉より大人っぽいかもって一瞬思った俺の期待を返せや。

    「………お前、いくつだよ、そういや」

    「ん? 歳やろ?」

    「17やよ」

    「ふーん、17か」

    「そそ、……なに、さっきから私のことジッと見とるけど、私の口のついたいちごカフェ食べたいん? 変態やな」

    「誰が変態だゴラ、カフェなんか見てねぇよ」

    「じゃあ……私のことをやっぱりジッーと見とったん? ………うわ、変質者?」

    「う、うるせぇ!!」


    げ、何でこいつ視線に気付いてたんだ。

    内心焦った。いや、何で焦る。

    コイツなんなんだ、って観察してただけだろうが。別にそんな変な目で見てない。
    何でこんなツインテール女をしかも明らかに年下)そんなイヤラシイ目で見なきゃなんねぇんだ。アホか。


    「うわ変態やな、動揺しとるし図星やの? キモ」


    「だから誰が変態だゴラ、あと変質者でもねぇ」


    「じゃあ不審者?」


    「人を鼻っから犯罪者扱いするのをまずやめろ」


    「まぁ私、ピチピチでキャピキャピの女子高生やもんねー私の魅力に惹かれても無理ないやろ〜なぁ」


    「帰っていいか。あと本気でそれ言ってるんならいっぺん病院に行ったほうがいいぞ」


    「はっ倒していいん?」


    「こっちの台詞だそれは」


    気付けば口喧嘩になっていた。

  92. 96 : : 2017/01/24(火) 16:24:57


    ◇ ◇ ◇ ◇

    閑話休題。とりあえず、俺はコーヒーを喉に流し込み、四葉はカフェを綺麗に食べ終え。

    「まぁ、冗談は置いといてやな」

    「お前、初対面の年上に対して礼儀というものをどうやら本当に知らないらしいな」

    「は? 何でお姉ちゃんの彼氏なんかに敬語使わないかんのよ」

    殴りたい。ものすごい殴りてぇ、コイツ。
    てか三葉の妹じゃなきゃ100%バック投げつけてる。

    ……………は?


    「は? 今なんつった?」

    「耳遠いんやな、可哀想に。およよ〜」

    「黙れどっかの古典的少女マンガみたいな擬音付けんな。とりあえず今なんつった? お姉ちゃんの……彼氏?」

    「ん、そやよ?」

    「………お姉ちゃんって、三葉の事だよな?」

    「………他に誰がおるん?」

    「…………………」

    「…………………」

    お互いに、沈黙する。

    周りにいる他の客───大学生っぽい女達のけらけらとした笑い声だったり、あるいはカフェテーブルでノートパソコンを開き、ずいぶんと丁寧な口調で電話をしているサラリーマンの喋り声だったり、近くにいるコーヒーを片手に男女のカップルが静かにひそひそ声を立てている囁き声だったりと。

    それだけが、一瞬俺達の周りの空気を響かせた。

    「………え、違うん?」

    最初に口を開いたのは四葉の方からだった。
    その顔は一体どういうわけか、困惑と戸惑いに満ちていた。いやいや、その顔をしたいのは俺の方だ。

    「………………いや、いやいやいやいやいや」

    な、なんでそうなる。
    全力で俺は首を横に振る。気のせいか顔が熱い。いや、なんだこれは。

    「え、違うん!!? あんだけ仲睦まじそうにしとって?!」

    「なんやのそれ!? バカやの!?」

    「バカってなんだよ!!?」

    「え、実際どうなんよ!?」

    そう言って、そいつはツインテールの髪の毛をやけにぴょんぴょんと揺らしながら、何やら必死に俺に前のめりになってきた。まるでウサギだな、と何となく思う。いや、今重要なのはそこじゃない。

    「いや、ちげぇよ!! べ、別に付き合ってるわけじゃねえ!!」

    「……の割には、ずいぶん顔赤いやないの」

    「はぁあ!?」

    「あ、わかった。片想いなんやな!!?」

    というと、四葉はポンッと手を打つ。

    いや、勝手に納得すんな!!

    「ち、ち、ちが……………」

    「かみまくりやん」

    「だぁぁあーーーー!!! 帰るぞ俺は!!」

    だが。

    席を慌てて立とうとする俺の手をそいつはガシッと、しっかり掴んだ。

    「逃がさんよ?」と。


    「…………………」


    え、なにこれ。だから何で俺こんな状況に陥ってんの。
  93. 97 : : 2017/01/29(日) 21:08:02


    ◆ ◆ ◆ ◆


    一週間前の、あの日。

    その日も、いつもの時刻に起きて。


    いつもの通りに、顔を洗って、何となく鏡をまっすぐに見据えて。

    昨晩の日に作って余った残りの食事をとり。

    自分で買ったカットシャツと、リクルートスーツを羽織って。

    ゴミ出し場に溜まったビニール袋を置いて。

    そして、いつもの通りに、あの日も俺は家を出た。


    いつもと変わらない光景。だけど、毎日少しずつ確かに変わっていた光景。気付かぬうちに、過ぎていった日々。


    空は突き抜けるように青くあおく澄んでいて、桜の花びらが車の駆け抜ける風で漂っていた。

    新宿から、千葉方面へと向かう総武線快速に乗り、朝の通勤ラッシュに揉まれながら。

    そうして俺は、あの日も

    何となく、手のひらを見つめて。


    そして、人混みの中で


    ただ一人の誰かを、確かに探していたのだ。


    いや、厳密にはきっと、俺は誰かを探していたわけじゃなかったのかもしれない。

    ただの、妙な癖なのだと、そう思い込むことにしていたのだ。

    もうすこしだけでいいから。

    あと、すこしだけでもいいから、と。

    何故かその先に望みがあった訳でもないのに、俺はいつもそう思っていた。



  94. 98 : : 2017/01/30(月) 14:08:02

    そんな時の話だ。

    そう、あの日。

    俺は、ようやく、自分の願いに気付いたのだ。

    もう少しだけでもいいから、

    あと、すこしだけでもいいから、

    君のそばにいたかったのだ、と。


    それは、ほんの一瞬。併走する電車。
    反対側の車窓に見えた、彼女の姿。


    あの人が、居たのだ。


    距離にして、恐らくほんの1メートルもなかっただろう。

    名前も知らない。

    会ったことなど、無い、はずだ。


    だけど、俺は覚えていた。

    あの時、彼女───宮水三葉を見かけた時。

    確かに、からだの奥の奥。

    それは、心臓だろうか。あるいは、心だったのだろうか。あるいは、また別のなにかだったのだろうか。

    どちらでもいい。

    ただ、それら胸の中にある何かに

    ひどく、俺自身の魂みたいなものが、強く、つよく、引き寄せられたのを。


    ────あぁ、彼女だ、と。




    俺は、確証もないのに。

    思ったのだ。


    あぁ、俺は

    あと少しだけでも、

    君と一緒にいたかったのだ、と。


    世界で、ただ一人。

    たった一人の、君と、一緒に。



  95. 99 : : 2017/01/30(月) 14:26:13

    走った。走った。走った。走った。

    人でごった返していた電車を、目的地でもない駅で降りて、

    桜が咲き始めて、春の匂いが漂い始めた、歩道を。階段を。歩道橋を。

    それぞれのやるべき事へと向かっていく、様々な何かへと立ち向かっていく人々を乗せた、多くの車を横目に。


    俺は、走りまくった。

    ただひとり、あの人だけを探して。

    息が切れた。何度も。

    汗が額ににじんで、ひどく身体中が暑かった。


    思い込みかもしれない、と思った。

    何をやっているのだろう、とも一瞬考えた。

    それこそ、ただの妄想なのかもしれない、と思った。

    でも。

    でも、それなら、あの身体中の全てを掴まれた様な感覚は、一体何だったのか。


    今でも、俺には説明は着かないのだ。


    俺はただ、確信していただけだった。


    あぁ、やっと会えたんだ、と。


    ───その時の気持ちを、俺は、言葉になんてできるわけがなかったのだ。


    ただ、俺は、会いたかった。


    併走する電車で互いを見つめ合ったあの一瞬で、彼女も強くつよく俺を見つめていた。

    離れていく電車の中で、ずっと彼女は俺を見つめ続けていた。

    だから、

    だから、俺は信じた。


    きっと、彼女も、俺と同じこと(・・・・)を思ってくれているはずだと。




  96. 100 : : 2017/01/30(月) 14:47:16

    そうして。

    俺達は出会った。

    柔らかい、花の匂いがする風が吹いていて、スーツが膨らみ、俺の汗ばんだ身体を冷やしていた。

    須賀神社の、手前。

    長い階段がある住宅街。

    そこで、俺と、彼女は出会った。


    『…………』

    『…………』


    お互いにお互いを見ているようで、
    だけど、目が合わせられなかった。

    いや、実際の所、彼女がどうかは俺にはわからなかった。

    少なくとも、俺は彼女の目を見れなかった。彼女の気配を感じて、彼女の姿をほんの一瞬見つめるだけで精一杯だった。

    綺麗だ、と思ってた。

    春の大気に揺れる星のような長い黒髪。

    華奢な体格。

    きっと仕事に行くためだったからであろう、派手すぎない、でも、春の空に溶けてしまいそうな程に儚く、薄い色のカーディガンとパンツ。

    全てが垢抜けていた。

    見とれていた。


    だけど、やっぱりこんなに綺麗な彼女が

    俺の探していた、あの人にはやっぱり

    思えなくて。


    どうしていいか、分からなくて。

    俺は、彼女の目を見ることなく、

    彼女も、俺を見ることなく、

    お互いに目を伏せたままに。

    階段を一段一段歩いた。


    あぁ、やっぱり、と思った。

    そんなわけがない、と。


    何をやっているのだろう。俺は。

    急激に、熱が冷えていく。

    汗ばんだ身体よりも、心が、冷えていく。確かにその瞬間まで、彼女に出会う時まで心を支配していたはずの熱が。


    この世界は、残酷なのだ。


    現実は、そんな運命だとか、未来だとか呼び寄せたりなんてしない。

    俺は、分かっていたはずなのに。


    なのに、それなのに。



    俺は、



    立ち止まったのだ。

    いや、違う。

    俺の中の、何が。

    俺の身体を無理矢理立ち止まらせた。



    諦めるな、と。



    それでも、と言い続けろと。




  97. 101 : : 2017/01/30(月) 15:10:19

    全身が苦しくなって、

    必死に、心が抵抗した。

    まちがっている、と。


    俺達は、見知らぬ人間なんかじゃないんだ、と。


    いや、心だけじゃない。

    身体中を巡る血液、心臓、臓の全てが。

    俺の脳の何かが。

    俺という人間を、構成する全てが、叫んでいた。

    世界にだろうか。現実にだろうか。


    だから。

    だから、俺は

    振り向いた。


    声を、かけようと。


    振り絞れる限りの全てを振り絞り、震える喉から、声を出そうとした。

    気付くと、彼女も同じタイミングで。

    俺の方を振り向いていてくれた。

    そして、その彼女の表情を見て、

    ようやく俺は言葉を紡いだ。


    『────あ、あの!!』

    『………ッ!』

    『………は、はい…』

    『……:俺、』

    『………きみを、どこかで!!』


    言った。

    その瞬間。

    彼女は、儚げな瞳から、大粒の涙をポロポロとこぼした。


    うそだ、きっと、これは夢だ、と一瞬思った。

    あるいは、奇跡だ、と思った。

    信じられなくて、

    嬉しくて。


    あぁ、気のせいなんかじゃなかった、と。


    やっと、君に、出逢えたのだと。


    あぁ、くそダメだ。泣きそうだと思った。

    そう思ったところで、俺は自分が既に泣いている事に気づいた。

    その時、彼女は微笑んでくれた。

    それが、嬉しくて、もう、死んでもいいと思った。
    彼女の笑顔が余りにも、愛しくて。

    だけど、やっぱり思った。

    違う。


    嬉しいからこそ、生きるのだと。

    笑えるからこそ、生きるのだと。

    その涙はきっと、


    こぼれるままのその涙は

    俺達の心が確かに結びあったからこそ、生まれたのだ。


    そして、彼女は言う。

    俺が今まで生きてきた中で

    最も美しくて、可愛くて、


    それ以上美しいものなんてきっとこの世にはないと思わせてくれる

    そんな、笑顔で、彼女は言ったのだ。



    『────私も!』と。



  98. 102 : : 2017/02/11(土) 14:46:48

    ◇ ◇ ◇ ◇

    「…………」

    「…………で?」


    そうして、今に至る。


    一週間前の俺と三葉の話を聞いていた四葉は、これでもかという程に眉を吊り上げ、ヒクヒクと頬を引きつらせていた。


    「……つまり」

    「……ナンパやの?」

    「ちょっと待て、今の話のどこを聞いてたらそうなるんだよ」

    「いや、逆にコレをナンパと言わんかったらなんやの!?」

    「だ、だからそうじゃねぇって!」

    「はぁ!?」

    「……だ、だからさ、俺は三葉とは……多分何処かで会ったことがあって」

    すると、四葉はますます目を細めて俺の方を睨む。

    そして、そんな俺にすかさず「何処か、ってどこなんよ」と、更に追いうちを掛けるように質問をしてきた。


    「……………ッ、えっ、と……それは、だな……」


    分からない。
    自分でも、説明が付かないのだ。

    そんな状態で、誰かに説明などできるわけがない。どうしても俺はしどろもどろになってしまう。

    すると、四葉はまるで呆れたようにはぁぁ〜と深い溜め息を吐いて、頬を付き始めた。


    「………つまり?」

    「ナンパ、なんやろ」

    「……………………」


    返す言葉もなく、俺はコーヒーを飲もうとする。が、そういえば中身は空っぽだった。

    四葉の視線は更に突き刺さるように真っ直ぐと俺に向けられている。


    「………………いや、その、だな」

    「……なんよ」

    「………ナンパ、だな。多分。うん。」


    俺はこれ以上この空間に居るのがつらくなり、諦めて降参した。

    すると、四葉は次の瞬間、ケロッと表情を苦笑したように変えた。


    「……まっ、そうやと思っとったからね。」と、言いながら。

    「え?」

    「思ってたって……分かってたのかよ」

    「ん? まぁ、それくらいは察しついとったし」


    「……なんだそりゃ」

    「そういえばお姉ちゃんから聞いとらんの? あの人、あの歳まで彼氏出来たことないんよ?」

    「はぁ!?」


    思わず身を乗り出してしまった。

    な、なんだそりゃ!?


    「なんよ、知らんの?」

    「……知らねぇよ……」


    すると、四葉はふーん、と言いながら何やら今度はニヤニヤと俺の方を見つめ始めた。

    なんだコイツは。


    「……なんだよ」

    「べっつにー何でもなかよ!」


    明らかに悪だくみしてるだろコイツ、と思い、軽く言い返そうとしたがその次の四葉の行動で見事にそれは遮られた。

    つい先程から何やらカバンをゴソゴソしていたコイツは「んっ、LINE、教えて。」と急にスマホを手に持ったまま、こちらに腕を伸ばしてきたのだ。


    「なんでだよ」

    「お姉ちゃんのこと、教えてあげるから」

    「はぁ?」


    明らかにさっきまで不信感ありありの態度をしてたくせにどういう手の平返しだコイツは、と内心渋ったが、結局俺達は連絡先を交換する事にした。

    正直、三葉の事で、その妹からの観点の話には興味があったから、である。
  99. 103 : : 2017/02/11(土) 15:03:53

    四葉と俺はその後会計を済ませ、お店の外に出た。

    時間をスマホで確認する。


    「……ヤバい」

    「なんよ」

    「そろそろ面接先行くわ。余裕が無い」

    「やっぱり瀧くん就活生やの?」

    「まぁな、大学はもうこないだ卒業したからここんとこはずっと就活だな……」


    そこではたと、俺は気づく。

    ん? 瀧くん?
    んでもってコイツ17歳って言ってなかったかそういや? という二つの疑問に。


  100. 104 : : 2017/02/11(土) 23:06:59


    「あ、さり気なく下の名前で呼んだけど、そういや瀧くん、上の苗字って何なんよ?」


    少しだけ戸惑っていた俺を横目に四葉は尋ねてくる。

    昼を過ぎて、気温が上がってきたのもあるからなのか、帽子とコートは既に腕に抱えていた四葉は少し上目遣いで俺の方を見てきた。


    「……立花。立花瀧だよ」


    三葉に似ているコイツの瞳を一瞬だけマジマジと見てしまったのもあって、俺はやや顔を逸らしながらそう呟いた。


    「ふーん……立花瀧かぁ、ええ名前やね」


    いきなり名前を褒めてくるとは思ってなかったので少しだけ不意を突かれた気持ちになった。


    「……そうか? 『た』の平仮名が多いなってよく突っ込まれるけど」

    「あ、そうなん? うーん、まぁ私、基本的に人の名前は誰でも褒める主義の人やからね」

    「…………」


    なかなかいい名前だね、なんて言われて一瞬だけ喜んだ俺の気持ちを返して欲しい。
  101. 105 : : 2017/02/12(日) 11:05:16

    「っていうか、そういやお前学校はどうしたんだよ」

    「ぎくっ」


    おい。今コイツぎくっって言わなかったか。


    「……じゃ、じゃあ瀧くんって呼ばせしてもらうね、これから」とか言って無理矢理会話を戻そうとしたので、俺はそうは問屋が卸さないと言わんばかりに畳み掛けた。


    「話変えようとすんな」

    「はい。」


    あ、来た、形勢逆転。
  102. 106 : : 2017/02/12(日) 11:47:25
    期待


  103. 107 : : 2017/02/12(日) 17:01:58
    »106
    久しぶりの期待コメント、ありがとうございます(ノ)*´꒳`*(ヾ)
    めっちゃ嬉しいです!
    そろそろ第1話、終わります!!
  104. 108 : : 2017/02/12(日) 17:13:53
    期待です
  105. 109 : : 2017/02/12(日) 17:17:17
    魂学さん、期待ありがとう!!ものすごく励みになります!
  106. 110 : : 2017/02/14(火) 22:43:47
    期待です
  107. 111 : : 2017/02/16(木) 08:23:33
    Assassinさん、期待嬉しいです。ありがとう!!!(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)
  108. 112 : : 2017/05/20(土) 21:53:34
    更新が訳あって遅くなりました。

    申し訳ないです。もう見てくださる方は居ないかも知れませんが、もしいて下さったら、本当に幸いです。

    更新していきます、文が長くなるかもしれませんが、ご了承ください
  109. 113 : : 2017/05/21(日) 02:42:00

    「………で、学校はホントの所はどうしたんだ」

    「……休んだ。」

    「……理由は?」

    「ズル休み」

    「堂々と即答するな」

    「てかお前、17歳って言ったよな? 多分高二なんだろうけどさ、……学校そんな堂々と休んで、あんな場所にいたのが他の大人にバレたら面倒くさい事態になるのくらい予想付いたろ?」

    「…………………まぁ、そう、やけど」

    四葉は気まずそうに視線を逸らす。

    しかし、ただ何の考えもなしに休んだにしては、今日の四葉の行動(初対面の人間の尾行とか、探偵じみた格好とか)は不自然だという思考に至り、俺は敢えて予想を言ってみることにした。


    「……お前さ、三葉の事を気にして今日休んだな?」

    「……なっ」

    「………」

    昨日、三葉と電話をしていた時。アイツは初めて突然ブチッと電話を切った。恐らく四葉は、俺と三葉の関係を怪しく思ったか何かで、三葉の事を今日一日追跡していたのだろう。

    顔を赤らめて急にこちらを見返してきた所を見る限り、きっと図星だ。腕に軽く左手を当て、子どもを叱りつけるように四葉を軽く睨む。


    「……お姉ちゃん心配するだろ」と、敢えて少しだけ四葉の行動を正すために怒った口調で言ってみる。

    客観的に見て、コイツの行動はおかしい点もある。

    すると、「……わ、私だって」と今度は顔を俯かせながら言い返してきた。


    「そんな事は分かっとったけど、仕方ないやろ……! 心配だったんよ!」

    「……お、お姉ちゃんはあの歳まで彼氏とか出来たことなかったんやもん、私の知る限り!」

    「それさっきも言ってたけど、お前に話してないだけかもしれねぇだろ?」

    「……うっ」

    「……」

    少しだけ、沈黙。

    四葉はまた俯いて、下を向く。
    その表情は少しずつ曇る。

    そんな彼女を見て俺は気付いた。
    学校をわざわざ休んでまで、その上あんな不審者めいた格好をしたのは。

    きっと本当に、心配だったのだろう。

    あぁ、そうか、と俺は思う。

    四葉、お前は、


    「三葉のこと、大好きなんだな」

    「……え」


    四葉は顔を上げると、何やらポカンとした顔を向けてきた。

    くくり直されたツインテールの結びが風に揺れる。やんわりと持ち上がる髪。光と影がそっと揺れて、淡いピンク色の関節光が、四葉を照らす。

    なんともまぁ、間抜けな顔だった。だけど同時にその表情が、仕草が、 やっぱりどこか三葉に似ていて、俺は自分の頬がやんわりとほころんでいくのを感じた。

    「……べ、別に、それは関係ないやろ」と、どこか恥ずかしそうな口調で否定する四葉の姿は、自らその通りだと言っているようなものだったが、これ以上それを言うと本当にそっぽを向きそうで、更に機嫌をこじらせかねない気がしたので、やめておくことにした。

    ふぅ、と俺は軽く一息つく。
    そろそろ時間的にも本当に余裕がなくなってきた。もう電車には乗らないとヤバいな。
    俺は四葉を軽く小突く。

    「いたっ、……むぅ、何するんよ!」

    「今日の罰だ、馬鹿。三葉には黙っといてやるから」

    「……別に、黙ってなくてもええけどさ。どっちみち私から言うつもりやったし」

    「…………………」

    こいつ。人の気遣いとかそういうもんを本当に無為にしやがる。……まぁ、いいか。

    「……瀧くん、もう時間無いんやろ。はよ行きない」

    ……もしかしたら。もしかしたら、こんなふうに名前で呼んできたり、変な風に時間とかに気を遣っているのはコイツなりの優しさなのかもしれないと、俺は思う。普段からきっと四葉はこんなふうに生意気なヤツなのだろう。

    だけど、たとえその予想が違っていたとしても、その彼女の一言には、少しだけ、本当に少しだけだけど、可愛げがあった。

    「……ありがとな、四葉」

    「……ん。」

    「また連絡するから、気をつけないよ」

    たぶん、気をつけろよ、と言いたいのだろう。聞き間違えによっては真逆の意味にすら捉えてしまいそうだったが、俺は何故かそれを間違えることは無く、彼女から別れて、新宿駅の改札口へと走り出したのだった。
  110. 114 : : 2017/05/23(火) 10:58:02


    ◇ ◇ ◇ ◇

    西の空に太陽が沈み始めて、名前も知らない鳥たちが、少しずつ色を変えていく空をどこか名残惜しそうに飛んでいる。その鳥達はNTTドコモの高くたかくそびえる巨塔と、そして、幾多のビルとビルの合間と合間を縫うように舞っていく。

    新宿駅前の交差点の景色の間を視界が流れていく中、俺は宮水四葉について考えていた。

    ありがとうね、と言った彼女の小声を思い出す。あの時、彼女は俺の名前すらも分かっていなかったらしい。やれやれ、前の席の奴くらい覚えてくれよな、と俺は窓にもたれながら苦笑する。

    その声は、黒板の前で授業をしていた重く響く古典の先生の(名前は忘れた)大きな低い声よりも、余程俺の耳には聞き取りやすかった。

    古典の授業自体は好きだ。昔の古語とかを聞くと、何か不思議な、どこか懐かしい気持ちになれる。だけど、声がどこか威圧的なあの古典の先生だけはどうにも俺は好きになれそうもなかった。

    それもあって、退屈していた授業の中。

    突如、先生指名を受けた俺の真後ろの席の彼女が、ものすごくオドオドと焦っていた姿が脳裏に浮かぶ。

    あの姿は思い出す度に少しだけ笑えてきてしまう。

    そんな時に俺達は突如として目が合ったのだ。
    宮水は真っ直ぐに俺を見据えていた。

    「……」

    古典の先生は質問に答えられないと、席を立たせるという面倒くさいことこの上ない事をする教師だった。いや、ほんとにめんどくせぇなおい、と今でも心底に思う。

    恐らく、質問された事が何なのか分かっていなかったのだろう。

    俺に対し、宮水は半ば助けを求める視線を向けてきていた。

    「……教科書! 64ページだってよ!」と、俺はボソりと呟いた。

    まぁ、結果的にはそのフォローは宮水が結局質問された「彼誰時」の意味を答えられなかったことで、あまり、いやあまりというよりむしろほとんど意味はなかったわけだが。

    新宿駅に到着したバスを降り、目まぐるしい程に人が溢れた駅前広場を歩く。

    宮水は今日は1日、学校を休んでいた。

    体調不良が理由とは聞いていた。

    昨日まであんなに元気に見えたアイツが体調不良でそんな簡単に倒れたりするのか、とか思いながら、今日一日、俺は授業をぼんやりと受けていた。何故か、その時間はどうしようもない程に長く感じた。

    駅のホームへと向かう階段の中、夕日が少しずつ滲み始めた空を、俺は大きな窓越しに見つめる。鮮やかな陽の色が目に眩む。その眩しさがまるで、反射神経をくすぐられたかのように、どこか胸の中を切なく湿ったような気分にさせる。

    改札口まで歩みを進める。

    そして。

    宮水は大丈夫なのだろうか。

    そんなことを思いながら、改札をスマホの電子マネーでくぐり、長い階段へと、俺は足を運んだ。
  111. 115 : : 2017/08/02(水) 22:56:22


     懐かしい空の色。悲しいほどに懐かしく、それは俺の瞼に焼き付く。

     瞳の中に映る景色はトマトのように紅く、果てしなく藍色に近い紫と混じり合うような雲が流れていく中で、橙色の輝きを放つ夕日がゆらゆらと揺れている。

     帰り道、俺は今頃疲れて死んだように寝ているであろう母親への栄養ドリンクと、自分用のヨーグルッペを買って、次の乗り換えの駅へと向かう。

     自分の背丈より遥かに大きな巨人が立ち尽くしているような高層ビルの通り。そこへと通じる地下通路の階段を踏みしめていく。まだ午後三時過ぎなのもあって、同じ様に階段を歩くサラリーマンや、OLのような女性の姿をまちまちと見かけた。肩が軽くぶつかった年配の会社員のような男からナフタリンと煙草の混じった匂いがして、思わず軽くむせる。あぁ、これはきっと長年仕事に明け暮れて疲れ果てた男の匂いかもしれないと、そんな事を思う。
     地下通路の出口へと出る。そこはひどく喧しい音で、世界が溢れていた。
     学校の帰り道かなにか、膝上の短いスカートをゆらゆらと揺らしながら自分と同い年くらいの女子の楽しそうにケラケラと笑う声が聞こえる。階段を登りきった頃、ちょうど彼女たちは俺の横を通っていく。

    「ねぇねぇ、この店ー! 新しく出来たんだって!!」

    「えー! マジ!? うそ、最高、今から行こー」

    「やば、お金ないっ」

    「おまえ、オトコに貢ぎ過ぎぃー!」

     楽しそうに騒ぎながら俺の横を通り過ぎていく女子高生たちを見ながら、いや違う、彼女たちの誰かでもない、とそんな事を思う。

     道行く人、人、人、人、人。

     アスファルトの上を急ぎ足で歩く誰かのヒールの音。
     誰かの革靴が、地面を擦れていく音。
     何やら深刻そうに密かに話す男の女の声。
     ひどくやかましい車のエンジン音が溢れる歩道。
     クランクションと、信号機の補助音がリズムよく脳に響く、十字の交差点。

     世界に積もる音と、誰とも知れない声の全てを、まるで別世界の音を聴いてるような感覚で俺は歩みを進める。
     空気はひどく乾いていて、鼻から吸い込む空気は車のフロントガスのにおいがする。酸素を身体に取り入れていく度に、喉の奥までもがびりびりと刺激されて、痺れていくような気になる。
     そしていつものように、自分の視界に入る人盛りを見ながら、あぁ、まただ、と俺は思う。

     また、俺は探していた。

     誰を? 何を? 

     そもそもそれは人なのか。場所なのか。

     それとも景色なのか。

     それすらも分からないままに、俺は道行く人たちの中で、自らではどうにもならない程に曇る心を憂鬱に思いながら、重い足を引きずるように桜の咲く街路樹を通る。
     けたたましく線路を走る電車の音が響く短く、ひどく暗いトンネルの中を歩く。何日か前の雨の水たまりがまだ残っている歩道の窪みへ足を踏み入れて、バシャと水が跳ねる。
  112. 116 : : 2017/08/02(水) 22:57:18

     陽の反射に揺らめくように光る大きなビルや、マンションのある狭い歩道と、近道の狭い住宅街の道を通っていく。

     だけど。

     どれだけ歩いて歩いて歩いて歩いても、変わることの無いモヤモヤに、不快感を覚える。

     いったいいつまで、こんな感覚に俺は囚われ続けるのだろう。俺は一体、何なのだろう。なんで、どうしてなのだろうと、そんな事を思うのだ。
     住宅街を抜ける。最近堤防が作られたばかりの真新しさの溢れる河川敷の橋へと出る。

     そこで。

     そこで俺は、驚いて目を見張った。

     足元ばかり見ていた俺は、すぐには気づかなかった。今よりもう少し気分が良かったら、俺はきっと、反対側の交差点にいる彼女の姿に気づけたはずだった。

     だから、歩道信号機の真下にいる彼女が、フワフワとしたツインテールを揺らしながら「あれ!? 青山くん!!?」と驚いた声をあげた時、俺は思わず「ふぁ!?」とえらく素っ頓狂な声を上げてしまったのだ。
     それを見た彼女は遠目にでもわかるくらいに一瞬目を瞬かせると。
     あはははっ、と、まるでこの世界の教科書のような笑顔で、高い声で笑いながら、彼女は俺の方へと、何やら楽しそうに走ってきたのだった。



  113. 117 : : 2017/08/02(水) 23:00:05

    ◇ ◇ ◇ ◇

     今日あった事を、何気なく私は振り返っていた。

     朝───目が覚めた時、私は何故か泣いていた。その涙の理由は未だにわからない。
    何やろ、悪夢でも見たんかな。

     昼───瀧くんこと、立花瀧とお姉ちゃんが何やら楽しそうに話しとって、お姉ちゃんにしては本当に楽しそうにしていた所を、目撃したこと。しかも驚いた事に、どうやらあの2人、まだ付き合っとらんという話なのだ。

     信じられん。アホやろ、チキンやろ、あのツンツン頭。あんなべっぴんさんそんな居らんやろうに。
     まぁ、お姉ちゃんに手を出してたら出してたで私が全力でぶっ飛ばしにいくけど。

     とまぁ、そんな自分でも薄々、いやかなり理不尽な事をフツフツと内心アイツに思いながらも、結局これからどうしようか、という結論に私は至り、スーパーで買ったお菓子の入った袋を片手に、河川敷で絶たれている街と街の合間を繋ぐ小さな橋をのらりくらりと散歩していた、その時に。
     会うはずの無い人に、私はその日会ったのだった。

    「あれ!? 青山くん!?」

     橋を渡り終え、河川敷の入口の交差点に出ようとした時、歩道交差点の反対側には、私のクラスメイト───もっと言うなら私とあの時目が合った、彼の驚いた顔がそこにはあったのだ。

  114. 118 : : 2017/08/02(水) 23:17:38
     あの子は、昨日の授業中の時も私を助けてくれた、そう、あおやま、青山翔太くんや!

     思わずビックリして名前を呼んでみてしまったのだけど、その時の「ふぁ!? な、え、宮水!?」というなんともまぁ、素っ頓狂な反応の仕方につい私は笑ってしまい、何となくそのままの勢いで、青信号になったのを合図に歩道を歩き始める。

     でも、三歩目を踏み出した辺りで、私は気付く。あれ。ってかこれヤバない? とふと思い至る。

     今日は一応、体調不良という形で学校の職員室へ電話を通した。なのに、こんな時間に、こんなラフな格好で、こんなお菓子袋を片手に、ブラブラと散歩をしている所を、そんなふうに連絡を伝えられてるはずのクラスメイトに見られたのは───

     あ。やばいわ。これ。

    「────……………じゃ、じゃあね!!」

    「は? えっ、ちょ、おい!!!」

     私は事の重大さに気づき、回れ右と言わんばかりに百八十度回転する。そして、そのまま、走り出す。

     でも、そこでまさかの事態が起きた。

    「ま、待てよ!」とガシッ、と右腕を掴まれたのだ。

     …………え。足速ッッ!!

    「……いや、お前の足が遅いだけだろ」

    「いやいやいやこれでも私、女子サッカー部なんやからね!? あんまり舐めんといとてよね!?」

     つい、悔しくて言い返してしまった。
     その間も、青山くんはがっしりと右腕を掴んでいる。手の体温が、じんわりと伝わってくるような、そんな気がする。

    「………おまえ、なにしてんだ?」と、青山くんは言う。当然のことながら。
     私はなんとか言い訳を考えてこの場を逃げようと、未だかつてない程に脳をジェット機のエンジンのごとくフル回転させる。

    「……………えっと」

    「………………」

     冷や汗が頬から滴るのを感じる。そして、ようやく。私は言い訳をさながら芋を引っこ抜くかのようにその場の勢いで捻り出した。

    「…………あ、歩くのって時速何キロなんかな、と」

    「どんな言い訳だよ」

     駄目でした。
     芋を引っこ抜く勢いで考えた言い訳は速攻破られました。


  115. 119 : : 2017/08/02(水) 23:23:06


    「………」

    「………」

     私と青山くんは、橋の近くにある河川敷の階段に揃いも揃って体操座りをしていた。
     少し離れた川で、羽根を休めていた名前も知らない鳥がバシャッ、と勢いの良い音を立てて飛び上がる。その音のおかげで私は、ここに青山くんと座ってからできた、静かな時間の空間をこわす勇気が、少しだけ出る。

    「……た、食べる?」と、とりあえず手元にあったビニール袋から、私の好きなチューパッドを取り出し、半分に折ってから青山くんに差し出してみた。

     もっと他に話すような事はないんかーい、と内心思ったけど、正直まだあまり話した事のないクラスメイトと、何を話したらええか分からなかった。

     ……食べてくれるんかな、青山くん。

     ちょっとだけ心配になりながら、私は少し上の段にいる彼の顔を見上げる。

    「え、……あぁ、いいのか?」

     あ、喋った。

    「ん……別にええよ?」

    「……ありがと、貰うわ」と、青山くんはそっと私の左手からチューパッドを受け取る。

    (……あれ?)

     てっきり断られると思っていた私は、ちょっとだけ満足しながらまた川の方を見つめ直す。

     ………。

     いやダメやろ、この後の会話どうしよう。

     このままやとまたあの謎の静寂が私たちを呑み込む。流石にもう勘弁して欲しい、普通に気まずい。
     と、そんな事を考えていると、ガリガリと凍ったチューパッドの氷を食べている助け舟が降りてきた。

    「……おまえ、チューパッドとか好きなんだな」

    「え?」

    「いや、宮水ってなんか高貴なお嬢様? みたいな感じしたからさ」

    「はぁぁ??」

     な、いきやり何言い出すんよ、この人は。
     私がお嬢様ぁ? 高貴ぃ?

     思わずチューパッドをぎゅううと握りしめて、ついでに軽く呆れるように後ろを振り返る。右手の体温が、一気にそれによって奪われていく。きゃっ、冷たっ。

    「ん? だってさ、お前って確か……神社で育ったん……じゃなかったっけか?」

    「あれ? なんで青山くんそれ知っとるんよ?」

     私はクラスメイトには友人以外自分が神社育ちだったのだということを話してない。なのになんでやろ?
     余程きょとんとした顔でもしていたのだろう、彼は私のその姿を見て苦笑するように言う。
     おまえ、思ったより鈍いんだな、と。
     なんやの、なんかバカにされとる気がする。

    「うちのクラスの誰かが言ってたのをたまたま聞いてさ。
     八年前の週刊誌か何かに糸守の市長の名前が特集されてて、その市長がなんでも宮水神社ってとこの出らしい、たぶんうちの学校に来た宮水はこの人の娘かなんかじゃねぇのって」

    「………8年前も前の週刊誌の内容をよく覚えとるよね、そもそも」

     少々げんなりしたような気分になる。

     お父さんの事を知っとる人なんてそう居ないと思ってたのに、やっぱり私は東京をナメていたのかもしれない、とそんな事を思う。

    「そりゃあ8年前の彗星事故はホントに話題になったしな。普段そういうのにあんまり興味も持たない俺だって、思わず気になってネットを漁ったくらいだし」

    「糸守のニュースが週刊誌とかでも滅茶苦茶取り上げられてたし、興味持ったやつがそーゆうの覚えてても無理はないんじゃね?」と彼はどこか少しぶっきらぼうとした口調で言う。

     なるほど、そういえばお父さんの名前が週刊誌に載ってるってお姉ちゃんが話しとったっけ。
     砂漠の砂塵の中へ沈んでいたようなおぼろな記憶を、思いっきり引っ張り出して、そんな事を思う。

    「まぁ……そいうもんなんかな」

     頰杖を突いて、河川敷の下流を見つめながらぼーっとしてると、唐突に青山くんは「……宮水ってさ?」と何やら質問してきた。

    「ん? なんよ」

    「───小学校のときって、どんなやつだったんだ?」

     ほんの少し微妙な間が開くと、彼はそんな事を訊いてきた。小学校の時? なんやのまた急に。

    「あ、いや、何となくな。前々から聞きたいなぁって思ってた話題を思い出してさ」と後ろにいる青山くんはそう言う。

    「んーと、なんて言うかな、アレだ。……お前さえ良かったらさ、その、糸守にいた頃の話とか聞かせてくれないかなって思って」

    「……!」

  116. 120 : : 2017/08/02(水) 23:24:59

     私は思わずちょっとだけびっくりしながら後ろをまた振り返る。
     振り返って見上げた彼の顔は何だかちょっとだけ緊張しているように見える。その拍子で私と彼は目が合い、青山くんは少しハッ、とした仕草をしてきた。

    「あ、えっと……話したくなかったら、まぁ話さなくてもいいからさ」

    「………」

     それだけ言うと、彼はまた昨日のように目を逸らし俯いてしまった。

     ……もしかして、と私は思い立つ。

     それもあってか「青山くん……気を遣ってくれとるの?」と反射的に聞いてしまった。

    「……え、いや、だって……彗星のせいでお前の故郷は結構ひどい事になっちまったんだからさ、もしかしたら思い出したくないことかも知れないって思ったから」

    「……そんな気を遣ってくれなくてもええのに」と今度は私が苦笑してしまう。

     そんなふうに言ってもらったからだろうか。

     あるいは綺麗に輝いているあのビルの向こうの夕日のせいだろうか。眩しさに目を細めていたその時の私は、不思議と郷愁感に駆られていた。
     それらもあって尚更思い出に浸りたい気分になった私は、気付けば小学校の頃の話を自然と、ひとつひとつゆっくりと思い出すように、青山くんにはなしていた。
     青山くんは優しそう、なのではなく。優しい人なのだということを、この時私は知る事になった。

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okskymonten

空山 零句

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