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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

あの日見た刃の名を、僕はまだ知らない。

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  1. 1 : : 2016/03/10(木) 17:31:37
    heiße:無銘の戯言遣いさんとの合作です。
    よろしくお願いします。
  2. 2 : : 2016/03/10(木) 17:34:38
    ありったけの期待を!
  3. 3 : : 2016/03/10(木) 17:40:37
    あの花風ですかね?とにかく期待です!
  4. 4 : : 2016/03/10(木) 18:21:39
    >>2
    ありがとうございます!

    >>3
    そのように捉えられると、タイトル詐欺になりますね(笑)
    期待ありがとうございます!
  5. 5 : : 2016/03/10(木) 18:22:19



    「ぎゃああ!!!」

    東京の夜に響く断末魔の叫び。それから、屍の落ちる音。
    その屍は男性の物で、緋色の瞳は当然ながら光を失っていた。
    その傍らに、同じく緋色の瞳を持つ男――喰種。身体は震え、恐怖していることが見て取れる。

    「な、何だっていうんだよ!俺が、何をしたって言うんだ!」

    喰種は疑問を投げ掛ける。投げ掛けられた側の、眼帯のマスクの青年は冷徹な眼のままその疑問に答えた。

    「自分の意にそぐわぬ喰種の殺害。そして、食用以外での一般人の虐殺。あなた、この世界の歪みの一部だ」

    「だから殺すってか………ふざけるな!」

    怒りからか、或いは自暴自棄になったのか、喰種は赫子を発現させ、真っ直ぐに青年へと襲い掛かる。その無策の攻撃が彼に通る訳も無く、次の瞬間には物言わぬ屍となっていた。



    「クズ豆は摘まないと」






    「カネキ、大丈夫だったか?」

    金木という名のその青年は、廃墟を出たところで仲間の大男――名を万丈数壱――に声を掛けられた。万丈の問いに、彼は「無傷で済みました」と軽く答える。今回の標的も腕に自信のある喰種であり、数名の配下もいるようだったが、彼にとっては関係ないようだ。

    「さすがは我が主。この程度の喰種、道を歩く蟻と同然ということだね」

    称賛の声を浴びせたのは、眉目秀麗な容姿を持った青年――“美食家(グルメ)”・月山習――だ。
    彼等の他にもイチミ、ジロ、サンテが廃墟の入り口に待機し、標的の逃走経路を塞いでいた。尤も、逃走する暇すら与えなかったのだが。

    標的を仕留め、目的を達成した彼等は、6区にあるアジトへ戻ろうとする。そこで月山が口を開いた。

    「さて、これで周辺に凄む名の有る極悪喰種達を全て仕留めた訳だが…これからはどうするつもりかな?」



    11区でのアオギリの騒乱から四カ月、金木は自身の運命を変えた謎多き喰種・リゼを追いながら、アオギリの樹に対抗すべく、残虐非道な喰種を狩り力を着けていた………のだが、リゼの情報はなかなか手に入らず、近頃は喰種を狩ることを専らにしていた。しかし、今や彼にとって狩るべき対象は残っていなかった。一部を除き、だが。



    月山の発言を受けても金木は直ぐには足を止めようとはしなかったが、彼の発言が的を射たものであると思い足を止める。

    「そうですね………そろそろ、僕たちの本来の目的に向け、本腰を入れても良い頃合いでしょう」
    「神代さんを追うということだね」
    「はい。明日、イトリさんの所に足を運んでみます」
  6. 6 : : 2016/03/10(木) 19:50:10
    機体
  7. 7 : : 2016/03/10(木) 21:01:29
    >>6
    官舎です!
  8. 8 : : 2016/03/10(木) 22:04:43



    ヘルタースケルター(Helter Skelter)。情報屋イトリが経営するこのバーでは、金銭の代わりに情報が取引に用いられる。
    情報は、時に大金よりも価値のあるものとなる。情報社会と呼ばれるこの時代、情報を制する者は全てを制す。それは人間に限らず、喰種の世界にも言えることであった。

    「イトリさん、こんばんは」

    ヘルタースケルターを訪れた金木は、挨拶を済ませるとすぐさま交渉に入った。
    今回用意した情報は、喰種を狩る過程で得た情報である。

    交渉の第一段階では、情報の一部を提供する。イトリはそれを見て、金木が求めている情報の対価としてそれが十分であるかを判断するのだ。彼女のお眼鏡に敵えば、情報が得られる代わりに彼も情報の全てを開示する事になる。

    最初に彼が示した情報を吟味した結果、彼女の答えは「まあまあの情報だけど、神代利世や嘉納の情報の対価としては不足している」との事だった。
    この両名については情報屋のイトリでさえ手を焼くほど謎が多く、逆に持っている情報はそれだけ貴重であるようだ。

    「他に知りたい情報があるなら教えてあげるけど。それとも、ツケにしとく?」

    彼女の問いに、彼はツケにする方を選択した。
    しかし彼女は、一応情報を提供してくれた彼を手ぶらで返すのは悪いと考え、彼を呼び止めた。

    「カネキチ。あんたにサービス、ちょっとした噂を教えてあげる」
    「噂?」
    「あんたと同じく、凶悪な喰種を狙っては殺して回っている奴がいるみたい。しかも噂によれば、そいつは太刀を携えた“人間”らしい」

    “人間”というその単語に、彼は反応を示した。
    幾つか疑問点を尋ねると、答えを聞く度にその噂がどんどん現実離れしたものになっていった。
    具体的には、「その人間は白鳩か」と問えば「違う」と返し、「太刀はクインケではないのか」と問えば「普通の刀であるかは分からないが、少なくともクインケとは違う」と返された。

    信じられない話ではあったが、彼はそれに興味を示した。
    凶悪な喰種を狩っているということであれば、自分達の標的となる喰種の情報を持っているかもしれない。なにより、喰種にクインケなしで渡り合える人間という存在そのものに興味が惹かれない訳が無かった。

    その人間の所在が分かるか尋ねると、彼女は意外な事に正確な居場所を教えてくれた。

    彼女は最後に、これらの情報は噂の域を出ないものであることを忠告した。
    彼は彼女にお礼を言い、ヘルタースケルターを後にした。
  9. 9 : : 2016/03/11(金) 00:12:27
    北井でーす
  10. 10 : : 2016/03/11(金) 18:48:12
    >>9
    二度は乗らぬ!
    きたいありがとうございます!
  11. 11 : : 2016/03/12(土) 19:29:45




    「最強っていうのは、どれくらい強いんだろうな………」

    「恐らく、一般人がイメージするよりずっと強いと思います。閾値を完全に越えて、針を振り切っている」
    「そこまでか」

    「えぇ。だけど強さなんてある一定の水準を超えてしまえば、そこから先は互角みたいなものでしょうね。温度に上限がないのと同じで」

    「なるほどな。百度だろうと一億度だろうと、水が蒸発することには変わりないしな。でも待てよ、確か低温には限度があったんじゃなかったか?」
    「よく気づきましたね、万丈さん。その通り、絶対温度があります」
    「強さに限界はなくとも、弱さに限度はあるんだな」

    「強さに絶対はなくとも、弱さに絶対があるのと同じことですよ」






    本来なら、生物に死なんてないのかもしれない。生物は己の性欲に任せ半恒久的に繁殖を繰り返し、子に遺伝子を受け継いでいく。子を産んだ親の体こそ秋に散る紅葉よろしく朽ち果てるものの、彼等の遺伝子は"子" というシステムにより世代を超えて未来永劫生き抜いていく。ここで、子を成す───祖先の遺伝子を死から限りなく遠ざける───ために絶対的且つ無条件に必要となる物。それが、生殖細胞だ。反対にそれ以外の体細胞は一定期間で死滅する。つまり、人間とは死なない遺伝子の増殖を支える為に、使い捨ての細胞を犠牲にしながら生き続けている事になる。ならば “死” と呼ばれるものは、使い捨ての肉の器が死滅する現象でしかなく、極めて表面的なモノであることを意味する。

    そんな金木の短絡的な思考は、足元を一匹の蟻が通り過ぎる刹那まで続いた。一寸の虫にも五分の魂。なら、この蟻には数ミリの魂がある。

    「お兄ちゃん、どうしたの?」

    数歩先を歩く可愛らしい少女は怪訝そうに金木の方を振り返った。

    「うん、ちょっと。蟻がね…………」

    蟻が通り過ぎるまでの数秒間、金木は不恰好な銅像のように静止していた。困ったように微笑を浮かべた金木を見た少女は、一瞬驚いたように目を見開いたが、直ぐに顔を綻ばせて言った。

    「やっぱりお兄ちゃんは優しいね!」
    「えっ………?」

    「お兄ちゃんね、ここの所ずっと苦しそうに悩んでて、人が変わっちゃったように見えたの。今もすごく難しそうな顔してたから………でも気のせいだったんだね。だって、お兄ちゃんはこんなに優しいんだもん」

    空を鴉色に覆い尽くす雲さえも吹き飛ばしてしまいそうな眩しい笑顔の彼女を見た金木は、攻めてこの子にだけは今考えていたこと、そしてこれから自身の成していくことを悟られたくないな、と力なく笑った。

    以下、回想。

  12. 12 : : 2016/03/12(土) 21:20:12
    きーたーいー
  13. 13 : : 2016/03/13(日) 17:45:52
    きったっい
  14. 14 : : 2016/03/13(日) 19:03:32
    >>12
    >>13
    ありがとうございます!
  15. 15 : : 2016/03/14(月) 22:05:39


    「お兄ちゃん、どこ行くの?」

    微かに雨の匂いがしていた、数時間前。
    金木が、皆に気付かれないよう静かな足音と共にアジトを出て行こうとしていた時だった。聴覚と嗅覚に優れた彼女は、耳聡く彼の外出を発見した。

    「ちょっとそこまで、ね………ヒナミちゃんは此処にいていいよ。すぐ戻るから」

    右手で少女───笛口雛実の頭を撫で、左手を顎に添えて金木は目を細めた。傘を手に、踵を返した金木は、小さくか弱い力に歩みを止められた。

    「ヒナミも行く!」

    金木の眉が、ピクリと動いた。

    「…………何かあったとき、ヒナミちゃんをなるべく危険な目に会わせたくないんだ」

    「何かあるような場所に行くの? そんな、危険な目に合うようなことをするの?」
    「そうじゃないけど…………」

    言葉に詰まって、俯いた金木に助け舟───ではなく、追い討ちをかけるように奥から大柄の男の声が聞こえてきた。

    「いいんじゃねぇか、カネキ?」
    「万丈さん────」

    「俺もついて行くからよ。ヒナちゃんだってたまには、表へ出たいだろ?」
    「うん!」

    まぁ確かに、今日は"彼"に会いに行くだけだし、これといって危険はないように思える。ただ、相手と面識がないだけに、一抹の不安は払拭しきれない。暫くの逡巡の末、金木は根を上げた。

    「………仕方ないな。万丈さん、ヒナミちゃんを守ってあげて下さい」

    「ホント⁈ お兄ちゃん、ありがとう!」

    雛実はいつでも、屈託のない笑顔を絶やさない。金木は常に、その笑顔に救われていた。金木だけでなく、皆その笑顔に支えられてきた。それでも、金木は知っている。彼女の笑顔は、過去の苦痛を乗り越えて形成された皮肉な産物に他ならないことを。雲の上で涙を流す両親の為にも、その笑顔を守らなければ。金木は服の袖で手を隠して、指を小さく鳴らした。

    回想終了。

    そして、現在に至る。
    頬を打つ冷たい風は、いつの間にか春雨に変わっていた。あちこちで蕾を開く梅の花は、雨に濡れて誰に気付かれるともなく泣いていた。春先とはいえ、まだまだ冷える今日この頃。金木は、はしゃぎ回る雛実にそっと傘をかざしながら、惨劇の舞台となる"彼"の元へ続く道を紡いだ。

  16. 16 : : 2016/03/15(火) 17:11:52
    きたい
  17. 17 : : 2016/03/15(火) 20:28:04
    きーたい
  18. 18 : : 2016/03/16(水) 21:51:57
    期待
  19. 19 : : 2016/03/17(木) 23:33:22
    期待してくださった皆様、ありがとうございます
  20. 20 : : 2016/03/17(木) 23:33:28
    人気の一切ないこの路地裏には、雨音だけが響き渡っている。そこは、隠れ家として、もしくは喰場として、喰種にとって最適と言える環境。その一角にある簡素なプレハブ建築の住宅が、イトリが“彼”の居場所として指示した場所だった。

    「お兄ちゃん―――」

    探知能力に優れている雛実は、水が地面を叩く音があちらこちらで鳴り響く中でも、周囲に潜む同種の存在を一体も漏らすことなく感じ取っていた。
    右に一体、後ろに一体―――そして前方、プレハブ住宅の中には二体とのこと。噂の“彼”は、結局喰種なのだろうか。しかし、せっかく目の前まで来たのだ。結論を出すのは、実際に中の様子を見てからでも良いだろう。

    金木は万が一に備え、雛実と万丈の二人をプレハブ住宅から距離を置かせた。そして、いつでも臨戦態勢に入れるように神経を尖らせた上で、彼はドアをノックした。

    「どうぞ、お入りください」

    彼の入室を許可したのは、女性の声だった。お邪魔しますと一声掛けてから、金木はドアを開く。
    玄関に立ち、彼を迎え入れたのは二人の女性であった。どちらも落ち着いた雰囲気の美しい女性で、首に華やかな色のマフラーを巻いている。敵意の類は見られない。

    彼は雛実と万丈を呼び寄せると共に、靴を脱ぎ始める。
    その時、奥の方から足音がした。となると、数が合わない。どうやら当たりのようだ。

    やがて、奥の部屋の扉が開かれ、屈強な体つきの男が姿を現した。
    “彼”だ。

    「初めまして。一体何の御用でしょうか、喰種の皆さん」

    “彼”が現れた瞬間、耳をつんざくほどに雨音が大きくなったような気がした。しかし、万丈と雛実の二人が玄関に入ったところで入口のドアは閉ざされ、その音はすぐに大人しいものとなった。
  21. 21 : : 2016/03/18(金) 22:15:23
    「あなたの噂を耳にしました。今日はその噂の真偽を確かめに来ました」

    金木の回答に、敵ではないと判断したのだろう。“彼”は二人の女性に彼等をもてなすよう指示を出した。
    彼女達は“彼”の給仕係、或いは家政婦、はたまたメイドと言ったところか。噂通りであれば、喰種が人間に仕えていることになる。考えられないことであったが、噂の内容を考慮すると妥当とも言えた。

    彼女達の一人に案内され、彼等は洋風の客間に通された。
    席がそれぞれ二つずつしか無く、万丈が立つことを選択すると、彼女はもう一つ椅子を持って来て着席を促した。直後、人数分のコーヒーが机に置かれる。
    非常に円滑なもてなしに、金木は感心せざるを得なかった。

    「さて、まずは名乗ってもらおう」

    先程とは違い、丁寧語が取れていた。互いの距離を縮めようという、ある種の意思表示である。
    普段から丁寧な言葉遣いの金木から丁寧語が抜けることは無かったものの、彼も少し肩の力を抜いて自己紹介を行う。

    「金木研か………俺の名前は罪口死吹だ。よろしく」
    「よろしくお願いします」

    挨拶の後、互いに握手。それが金木には不思議と新鮮だった。
    人間みたいだった。

    「さて、本題に移ろう。金木が耳にしたという噂を話してくれ」
    「分かりました」

    凶悪な喰種を殺している者がいること、その人物は人間であり、白鳩ではないこと、そしてその人物の住処としてこの場所が示されたこと―――彼はイトリからもたらされた情報をありのままに死吹に伝える。

    「この噂は全て事実ですか」

    穏やかな表情を見せていた金木であったが、この時ばかりは表情を硬くする。対する死吹は、微かに笑みを浮かべ答える。全て事実だと。

    「金木の言う通り、俺は喰種を駆逐して回っている。そして………人間だ」

    「何故、喰種捜査官を選ばなかったのですか」

    喰種を殺害することが目的であるのなら、喰種捜査官になることが一番であるはずだ。捜査官になれば喰種を倒すのに最適な武器―――クインケを手にすることが出来る。にもかかわらず、クインケを持たずに喰種と戦い続けている以上、何かしら特別な理由があるのが当然。彼が本当にただの人間であるならば。

    この質問は彼の本心を探るためのものであり、そして金木自身が疑問に思っていたことでもあった。

    「俺が駆逐したい喰種は、凶悪な喰種だけだからだ」

    彼は即答した。

    「喰種対策法において、喰種を庇うことが禁止されている。捜査官になってしまえば発見した喰種を確実に殺害、もしくは捕獲しなければならない。どんな喰種であっても………」

    彼が、給仕係の二人へと視線を移す。

    「しかし、俺は知っている。彼女達のように穏やかな心を持った喰種がいる事を。その一方で、弱者を蹂躙する喰種もいる事を。駆逐しなければならない喰種も確かに存在するという事を」

    言葉に熱が籠る。
    自分と同じ志を持っている。そう思わせる彼の演説に、金木はただただ惹かれていく。

    「だから俺はこの道を選んだ。幸い、身体能力には恵まれていた。俺は、自分がそうするべきだと思った喰種だけを駆逐することを決意した」

    金木にとって、彼の言葉には引力があった。逆らうことは許されない、強力無比な引力が。
    宇宙の墓場、ブラックホールの如き引力が。
  22. 22 : : 2016/03/18(金) 22:26:13
    きたい
  23. 23 : : 2016/03/19(土) 23:40:53
    >>22
    どうもです!
  24. 24 : : 2016/03/19(土) 23:40:57
    「―――さて、俺は素性を明かした。次は金木の番だ」

    死吹の切り返しに、金木は大きく目を見開かせる。
    死吹曰く、金木は他の喰種とは何かが違うとのことであった。人の身でありながら喰種の世界を生きているだけあって、優れた第六感を持っているのだろうと彼は感心する。

    「おっしゃる通りです。僕は普通の喰種とは違います」

    それから金木は、彼に全てを話した。
    “眼帯の喰種”として、彼と同様に凶悪な喰種を狩っていることはもちろん、自分が元は人間であり、喰種の臓器を移植されて喰種として生きることを余儀なくされたことさえも包み隠さず話した。お互いの利潤を考えれば、後者の内容は不要であるはずだ。が、それでも話した。彼ならば理解してくれる、そう錯覚していたから。

    期待通り、彼は金木の過去に対し理解を示してくれた。それだけではない。

    「金木さえ良ければ、同盟を組まないか」

    「同盟………ですか?」
    「正確には、同盟なんて堅苦しいものじゃない。同じ志を持つ者同士、協力し合おうということだ」

    金木はどこかで、真の理解者を求めていたのかもしれない。
    雛実も万丈も彼にとって良き仲間であり、良き理解者だ。あの日別れを告げた、董香達“あんていく”の面々もそうだ。彼女達のお陰で、彼は人間の心を持つ喰種という世界にただ独りしか居ない存在でありながら、孤独に苦しみ続けることは無かった。
    しかし、同じ立場の者はやはり現れなかった。だからこそ、喰種の世界を生きる人間―――死吹のこの提案は、彼にとって喜ばしいものであった。

    だが、彼はリーダーとしての責任も忘れていない。彼の一存で判断することはせず、万丈に意見を求めた。しかし、彼の答えは決まっている。

    「俺達のリーダーはカネキだ。だから、カネキの好きなようにしてくれ」

    言葉の調子から考えても、彼は同盟に対し肯定的なようだ。
    続いて、雛実にも質問をする。彼女だって立派な仲間の一人だ。それに、彼女の発する純粋な言葉は、歪んだ世界を歩む上で光り輝く道標となることもある。

    「ヒナミは、お兄ちゃんに仲間が増えてうれしいよ」

    彼女も賛成してくれた。
    月山さんは―――後にしても良いだろう。

    「では死吹さん、よろしくお願いします」

    二人はもう一度握手をした。
  25. 25 : : 2016/03/20(日) 00:14:40
    きたぁーい!!!
  26. 26 : : 2016/03/20(日) 20:40:58
    >>25
    ありがとうございまぁーす!
  27. 27 : : 2016/03/25(金) 06:10:57
    期待だぉー
  28. 28 : : 2016/03/26(土) 01:32:58
    期待
  29. 29 : : 2016/03/26(土) 18:59:41
    >>27>>28
    期待ありがとうございます!

    なかなか更新できずすみません。ちょっと構想の練り直しがあった故、もう少し更新が滞ると思います。が、放置ではないのでよろしくお願いします。
  30. 30 : : 2016/03/26(土) 19:29:14
    期待して待ってます!!!
  31. 31 : : 2016/03/26(土) 19:42:07
    >>30
    ('◇')ゞ
  32. 32 : : 2016/03/27(日) 19:29:49




    「夢はそう簡単には叶わないですね」

    「そりゃそうさ。こちとら現実にだって叶わねぇんだからな」
    「つまり夢というのは、ことごとく実現不可能な代物だって言うんですか?」

    「実現不可能な物が、ことごとく夢だって訳じゃねぇけどな」






    微笑みが、韜晦する。

    「そうだ………金木。少し頼まれてくれないか?」

    死吹が施設を案内し終わった、その15分後。
    彼は微塵の躊躇もなく刹那の遠慮もなく、何の淀みも滞りもなく、あたかもそれが自然だと言うように、まるでそれが必然だとでも言うように、かと言って剛圧な風のようでもなく特に傲岸な風のようでもなく、すらりとさらりと不自然な程当たり前であるかのようにそう言ってのけた。

    「何ですか?」

    「ここから少し行った所を喰場にしている喰種がいるんだが……………老若男女問わず、兎に角無茶苦茶荒喰いをしやがる野郎だ。過去何度か駆逐しに出かけたが、全く歯が立たない有様だ」

    雨音が、聞こえた。
    雲の上で、神様が泣いていた。
    アジトを出た時よりも雨音は大きくなっていた。時折軒先に溜まって落ちる雫の声に混じって、死吹の歯軋りする音が聞こえた。

    「俺はそいつを倒したい………協力してくれるか?」

    頷きかけた顔を上げ、金木は二人の方を振り返る。万丈も雛実も、慨然として首肯した。答えは決まった。

    「是非、協力させて下さい」

    「………良し。ついて来い。場所は向こう三軒両隣だ」

    「草枕ですか?」
    「ご明察だな。最も、そこにいるのは神でもなければ鬼でもない」

    歩き出した、死吹のしたり顔を見た者は誰もいない。

    「─────ましてや、人でもないな」

    ただの喰種(モブ)だ。
    呟いた死吹の影を追って、三人は歩いた。

  33. 33 : : 2016/03/27(日) 22:00:07
    期待だぉ〜〜〜
  34. 34 : : 2016/03/29(火) 22:28:39
    >>33
    ありがとうございます!
  35. 35 : : 2016/03/29(火) 22:28:45
    死吹が足を止めた場所は、向こう三軒両隣の言葉に違わず彼の拠点のすぐ近くであった。ただしそこに家はなく、あるのはアスファルトの地面のみ。

    「―――ここで待機だ。すぐに奴が現れるだろう」

    「この人数でも…ですか?」

    話によれば、これまで死吹は一人でその喰種と交戦していた。しかし今回は金木、万丈、雛実の三人が加わっている。それでもその喰種はのうのうと現れるのか、甚だ疑問である。

    「奴は極めて好戦的な喰種だ。必ず現れる」

    彼は強く断言した。その言葉に甘んじて、金木はその疑問を置いておくことにした。

    改めてその喰種の喰場とされる地点を見る。老朽化が始まっているビルに囲まれた路地と、喰場にはスタンダードかつ最適な地と言える。加えて今日は雨。血痕を始めとした多岐にわたる痕跡を洗い流してくれる―――狩り日和。この路地は人通りも少ないのだろう、両脇のビル以外にもあらゆる所に放置による老朽化が見られる。ただ、地面のアスファルトだけは妙に真新しかった。

    「―――お兄ちゃん」

    雛実がある方角を指差しながら、金木を呼ぶ。それはつまり、何者かの接近を意味する。この場合のそれは、まず間違いなく………

    「来るぞ!」

    死吹は腰に下げていた太刀を抜き、構える。

    「二人は下がって。万丈さん、今度もヒナミちゃんをお願いします」
    「おう、任せろ!」

    万丈は雛実の手を取り、彼女が指した方とは真逆へと走る。一方の金木はマスクを装着、臨戦態勢の証だ。こうして一同が戦闘準備を整えた直後………

    「―――上だ!」

    其の喰種、雨俱して虚空より現る。
  36. 36 : : 2016/03/31(木) 23:26:29
    重厚な衝突音と共に、その喰種は地面に降り立つ。彼は、190はあろうかという上背に加えて、筋骨隆々な肉体を誇っていた。口元を見れば不敵な笑みを浮かべている。

    見るからに手強そうだった。誰から見ても手強そうだった。明らか過ぎる程に、手強そうだった。

    「懲りずにまた来たのか、人間!今度こそ殺してやる!」

    彼は肩部から分厚い板状の赫子―――甲赫を発現させる。刹那、それを死吹へと打ち振るう。
    死吹は甲赫の進路に太刀を添える。防御。
    が、その一振りは人が受け止めるには余りにも重荷であった。

    「―――ッア!」

    ベキベキという生々しい音と共に、死吹の身体は宙へと投げ出された。

    「死吹さん!」

    弾き飛ばされた死吹を心配し、金木は彼の身体を目で追った。幾ら強いとはいえ彼は生身の人間………喰種(自分達)にとっては些細なダメージでも、致命傷になることもある。

    そう、その心配は必然。しかし余所見が戦闘に於いて意味するものは―――

    「終わりだ!」

    背後からの強襲。死角からの攻撃であり、致命傷は確実かと思われた。
    が、瞬間、金木は赫子を発現。此れを以って攻撃を防ぐ。完全に。
    彼はその喰種への警戒を怠ってはいなかったのだ。

    「俺の赫子をッ、いとも簡単に!?」

    必殺の一撃を容易に防がれた喰種から、驚きの声が上がる。
    冗談じゃない、驚いたのは僕の方だ。金木が心の内で呟いたことを知るはずもなく、彼は必死の猛攻を仕掛ける。その口元からは、既に笑みは消えている。
    自分が喰われる立場であることを理解したから。

    しかしと言うべきか、当然と言うべきか、彼の命を賭した攻撃は全て空振りに終わった。格が違う。

    「―――弱過ぎます」
    「だとッ!?」

    金木のその言葉は彼に向けたものでは無かったのだが、彼は自身への挑発と取り、怒りの一撃を放つ。今更感情任せの攻撃が当たるわけが無い。
    金木は軽やかにそれを避け、赫包へと一撃。
    そして、胸部へともう一撃。

    「…そっ…なし…が………ちが………」

    彼は力尽き、意識を奪われた。
  37. 37 : : 2016/04/02(土) 22:32:07







    「ねぇお兄ちゃん、どうして雨の日のお話は悲しいものが多いのかな」

    「一般に、雨は悲しみを連想させるものだからね。水滴が降りて来る様は天が泣いているようだし、雨の降る日は暗くて冷たい日が多い」
    「なるほどね。ヒナミも雨の日は、何だか悲しい気持ちになるときがあるよ」

    「でもね、本当は気持ちの問題だけじゃないと思うんだ。そもそも雨の日の方が、悲劇の舞台には向いているんだよ」
    「どうして?」

    「何か悪いことをする時、人はそれを隠そうとするでしょ?雨はそれを助けてくれる。流れる雨水はあらゆる痕跡を消し去り、響く雨音は悲鳴、怒号、慟哭を掻き消す。悪意の影すらも、見えなくしまうんだよ」







    「死吹さん、何か隠していますね?」

    喰種の意識が完全に消えているのを確認した直後、金木は地面に伏したままの死吹に鋭い視線を向ける。明らかにおかしい………その疑問は喰種の“弱さ”から生まれた。

    喰種の強さを表す(厳密にはそれ以外も加味される)尺度・危険度(レート)を用いて言うなれば、その喰種のレートはA。弱くはない、戦い慣れはしている、だがそれまで。
    人間の彼がそれに苦戦することになんらおかしいことはない?その通りだ。普通ならそれで済む話。しかし彼は普通ではない。

    彼は“凶悪な喰種”を駆逐して回っているのだ。

    「あなたがこの程度の実力であるならば、あなたは僕に嘘を吐いたことになります。もしあなたが実力を隠していたならば、それはそれで問題です。正直に話してください」

    疑問…いや、疑惑の声を投げ掛けられた彼は、ようやく体を起こし立ち上がる。その動作は軽やかなものであり、金木は後者の疑念を強める。そして、彼の口が開かれた。

    「掴みは上々だったんだが、流石に気付くよな。だが………もうおせーよ!」

    ―――先に動き出したのは金木の方だった。
    彼の発言により何らかの悪意、敵意を感じ取った金木は彼へと赫子を差し向ける。
    が、死吹はこれを太刀で切断。
    もう決まりだ。彼は実力を隠していたのだ。騙していたのだ。

    次の瞬間、彼は懐から何かのリモコンを取り出す。そして即座にスイッチを押した。すると、轟音と共に金木の立つ地面が沈下していくではないか。
    金木は咄嗟に赫子を伸ばし、沈下していく地面からの脱出を図る。しかし、先刻と同様死吹に切り落とされてしまう。赫子を壁へと突き刺し昇っていく策に切り替えようとするも、上手く刺さらない。ただの壁ではないということか。

    雨の中高笑う死吹の姿を前に、金木は地面と共に落ちていくことしか出来なかった。
  38. 38 : : 2016/04/07(木) 00:49:39



    「―――てめぇ、何しやがった!?」

    地を叩く豪雨が降りしきる中、万丈の怒号が響く。彼の腸は既に煮えくり返っていた。金木と似た思想を騙り、協力を偽り、嵌めた死吹に。そして、目の前の出来事に対し何も出来なかった自分自身に………

    死吹はその怒りを全て見透かした上で、嘲る様に言い放った。

    「知ってどうなる?てめーじゃ何にも出来ねー癖によ」

    的確に、狡猾に、万丈の神経を逆撫でする台詞だ。彼の堪忍袋の緒が、いよいよ切れる。
    が、その時―――

    「お兄ちゃんに何をしたのか、教えてください」

    傍らの少女が、切実に訴えた。それが彼を正気に引き戻した。
    金木は言った。雛実をお願いすると、彼女を護れと言った。主の危機を前にして何も出来なかった自分がすべきことは、怒りのままに目の前の敵に挑むことではなく、最後までその命を果たすことだ。

    彼は握り拳を解いた。
    残念、そのまま殴りかかって来たなら殺してやったのに。死吹はそう呟き、太刀に置いていた手を元の場所に戻す。

    「パーティー会場に招いただけだ。だからてめーらは大人しくお家に帰るんだな。俺は雑魚には興味ねーからよ」

    奴を狩れればそれで良い。強者、共喰い常習者、そして隻眼―――この上なく激レアの獲物を狩れれば………
    狂喜の笑みを浮かべながら、死吹は去って行った。



    「くそぉッ!!!」

    万丈は拳を地面へと叩き付ける。ここまで堪えられたのが奇跡とも言える程に、彼の怒りは頂点に迫っていた。

    「万丈さん。お兄ちゃんの事………絶対に助けよう。ヒナミ、何でもするから!」

    健気に金木を想う彼女の声で、万丈は再び我に返る。
    雛実が諦めずに金木を助けようとしているのだ。自分が諦める訳にはいかない。第一、最初から諦める気などサラサラない。そう思い、彼もまた金木を助けようと意志を強く持っていた。だが、手が無かった。

    死吹の居場所は分かっている。さっきまで居たあの施設だ。しかし、乗り込んだ所で返り討ちに遭うだけ。犬死でしかない。

    「奴の言う通り、俺じゃあ何にも出来ない―――」

    だが、あいつなら………。万丈の脳裏にある人物が浮かぶ。彼はポケットから携帯電話を取り出し、その人物へと電話を掛けた。
  39. 39 : : 2016/04/10(日) 00:40:33



    轟音が止んだ。途中で天に蓋をされ、雨水に体を冷やされなくなった代わりに光を奪われている。金木は周囲の状況を確認するために、赫子を発現させ辺りを巡らせる。

    先ずは壁を確認。そこからは壁伝いに赫子を這わせる。それにより天井の高さは3メートル程、部屋の形と大きさは約4メートル四方の正方形であることを認識する。そしてもう一つ―――扉の存在が確認できた。

    彼は扉へと接近してそれを開こうとする。当然、鍵が掛かっていた。
    だからと言って、黙って囚われているつもりはない。金木は強行突破を試みる。

    だが、彼が手を煩わせるまでもなく、扉は自ずと開かれた。

    ―――罠だ。

    向こうから扉を開いたという事は、彼をこの先へと進めさせたいという事。このまま部屋を抜ける事は、扉を開けた者―――罪口死吹の思惑通りの行動という事。
    しかし、彼には進むしか道は残されていない。このままここに留まった所で得られるものは何もない。そうである以上は、危険を承知で前進するしかないのだ。だからこそ罠なのだ。

    何も学んでいない、これじゃあ月山さんの時と同じじゃないか。そう呟きながら、彼は歩を進める。

    そうして部屋から足を出した瞬間、暁光が彼の目を眩ませる。やがて、その明るさに目が慣れると、彼は目の前の光景に絶句した。
    全てを理解したからだ。

    そこはドーム状の大広間になっていた。
    中央にはボクシングのそれの数倍の広さを持つリングがある。さらにその中央に一人の男が立っている。哀しく光る赫眼から、その男が喰種であることが見て取れた。首には首輪を填めている。
    最下層の壁には所々に鉄格子があり、隙間からは人影が見える。
    その上の層には無数のカメラ。小さな物から大きな物まで、種類は実に多種多様。
    そして上層の一角には窓がある。

    その窓からこちらを見下ろす影が一つ。そう、その影の主こそ―――罪口死吹。

    ―――無数の嘲笑が耳をつんざくのを感じた。さっき思った通り、これはあの時と同じなのだ。自分が考えていたよりもずっと………
  40. 40 : : 2016/04/15(金) 22:08:50



    「―――ごきげんよう、観客の皆さま」

    スピーカーから流れるのは、招待主の罪口死吹の声。彼は相変わらずこちらを見下ろし続けながら、口元に近付けた小型マイクへと声を吹き込んでいる。

    「この度も、我が地下闘技場にお越しいただきありがとうございます。この闘技場で行われる決闘の趣旨は皆さん既にご存知の通り、喰種同士の殺し合いであります。しかし、常連の方はそろそろこの趣旨に飽きてくる頃合いなのではないでしょうか?そこで、今回はスペシャルゲストをお呼び致しました!」

    スポットライトから照射される光が、“今日の主役”へと集められた。

    「ご紹介いたします!半喰種・金木研です!」



    古代ローマ帝国を代表する建造物・コロッセオ。
    その円形闘技場で行われる剣闘士の命懸けの決闘は、古代ローマの人々を沸かせ続けたという………。



    これはまさにそれだ。
    リングの中央の男、そして壁の奥の牢獄に囚われている者達は、彼に飼われている喰種―――飼い喰種。飼い喰種達は、目の前にあるリングで連日死闘を繰り広げているのだろう。それはリングに残る無数の血痕が証明している。
    そして彼はその様子をカメラで撮影し、世界中の狂人達へと流すのだ。彼が…人の皮を被った怪物・罪口死吹が催す最低なショーを至高の楽しみとしている者達が、決闘―――否、悲劇が行われる瞬間を、今か今かと心を踊らせ待ち侘びているに違いない。

    変わらないな。こんなところも。

    「半喰種…その呼び名が示す通り、彼はヒトと喰種の狭間の存在であります。この存在がどれだけ希少であるかは、この闘技場にお越しの方々には周知の事でありましょう。彼はその事に意味を見出し、ヒトと喰種との共存を………おっと、こんな話はどうでも良いですね」

    ワザと言ったな。金木が密かに溢す。
    もうあなたのことに何一つ期待を抱いてはいないのだから、いちいちそんなことをしなくてもいいのに………。

    「では早速、本日の第一戦に参りましょう。金木研と対峙するのは、これまで5連勝中の期待の新星・ファイターナンバー12です。かつてはAレート喰種として猛威を振るっていた彼に、金木研はどう戦うのか!?」

    このアナウンスが流れる時にはまだ、金木はリングに上がっていなかった。しかし死吹は、そんなことは意にも介さず決闘へ向け話を進めていく。金木がこちらのペースに合わせろということなのだろう。
    反抗することも出来たが、そんなことには意味が無いと、彼は素直にリングへと上がった。

    「両者の準備が出来たようです!では………決闘開始!!!」
  41. 41 : : 2016/04/21(木) 22:29:48
    ―――こんな雑魚じゃ、役不足だ。



    開始の合図の後、瞬きを一つした。そしたら、勝負は決まっていた。
    まさしく、一閃。

    金木の赫子に胴を貫かれたその喰種は、即座に意識を失った。
    たった一突き―――喰種にとっては致命傷と言えるかも曖昧な一撃であったかもしれない。しかし、瞬間金木の放った殺気が、決定的なまでの格の違いが、その一撃に意識を奪う程の威力を付加させたのだ。



    「次の相手はあなたでお願いします、死吹さん。こんな戦いでは、何の享楽にもならないでしょうから」

    彼は死吹へ鋭い視線を向ける。
    その眼から滲み出るのは憤怒ではなく、失望と軽蔑。当たり前だ。こんな愚図に怒るなんて勿体ない。

    彼の要求を聞き、死吹は嗤った。名案だと言わんばかりに………

    「彼の―――金木研の提案を、皆さんお聞きいただきましたでしょうか!実に素晴らしい提案です。よって、私はこの提案を承諾します!」

    今頃、世界中の閲覧者共は歓声を上げているのだろうか。

    「では、準備を行いますので五分ほど御時間を頂戴いたします」

    死吹が観覧席から姿を消した。






    「どうやらここは、既にもぬけの殻のようだね」

    緊急事態だというのに、相変わらず余裕の表情を崩す気配のない月山。彼が指しているのは、罪口死吹が拠点としている施設である。

    死吹が拠点へと戻った後、万丈はすぐに月山に連絡を入れた。

    月山習―――彼は金木の仲間であり、唯一金木の戦闘に付いていくことのできる強者であるのだが、仲間としてある一点が大きく欠けていた。
    それは信頼性である。彼は以前、金木を喰わんと画策していた。いや、この言い方には語弊がある。彼は今でも、金木を食す機会を伺い続けている。

    しかし今回は、彼の手を借りないわけにはいかなかった。罪口死吹を相手にするのに、強者の存在は不可欠であるからだ。ところがいざ突入してみると、施設内には死吹はおろか、給仕係の二人の姿も消えていた。

    「本当に監視を続けていたのかい?バンジョイくん」
    「当たり前だ。奴等があの施設を出て来ることは一切無かった。ただ、ヒナちゃんが………」

    「ah…リトル・ヒナミ!何かを感じ取ったのかい?」
    「うん。ヒナミ、このお家の中にある気配にずっと注意していたんだけど………少し前に、土の中に潜って行っちゃったの。モグラさんみたいに」
  42. 42 : : 2016/05/01(日) 21:26:40
    期待です!
  43. 43 : : 2016/05/02(月) 21:48:07
    >>42
    ハイセさん、お久しぶりです。
    期待ありがとうございます。
  44. 44 : : 2016/05/02(月) 21:48:29
    「understand!つまり、この施設内のどこかに地下への隠し通路があるということだね。やはりリトルレディの力は素晴らしい」

    諸手を挙げ、雛実を称賛する月山。だが、問題は依然として残っている。

    「だがよお、この施設はもう全部調べてるぜ。それでも隠し通路らしきものは見当たらなかったぞ」
    「ふっ、やはりバンジョイくんはバンジョイくんという訳だ」

    意味不明な彼の発言に、万丈はその意味を問い質した。すると彼は意味不明な外国語を発した後、こう答えた。

    「”隠し”通路が隠されていない訳がないだろう!地下へのroadの入り口は、簡単には見つからない場所にあるに決まっているのだよ!」

    今度の発言は、万丈は一応理解することが出来た。一方で、イチミが新たな問題点を指摘する。

    「しっかし、それが分かっただけじゃあどうしようもないっすよね。月山さんの言う通りなら、ちょっと探したぐらいじゃ見つからないでしょうし………」

    しかし、月山はその点においても抜かりが無かった。

    「安心したまえ。今日はその手の事に長けたペットを連れて来ている。出て来たまえ!掘よ!」

    彼が名前を呼ぶと、その人物はどこからともなく姿を現した。小学生のような体格と顔をした彼女の名前は掘チエ。信じられないことだが、彼女は彼と同い年―――大学生である。

    「―――連れて来られたんじゃ無くて、勝手に着いてきたんだけど」
    「そう思わせたのは僕なのだから、僕が連れて来たと同義だろう」
    「あっそ。ならそれでも良いよ」

    月山の発言に対し、掘チエが大雑把な返事をするといういつものやり取りが数回行われた。

    「では掘よ。話は聞いていただろう?地下への隠し通路を探して欲しい」
    「オッケー」

    彼女は月山の頼みをあっさりと承諾し、施設内部を縦横無尽に動き回り始めた。
    何だか面白そう。彼女を動かすのは、純粋な好奇心のみである。
  45. 45 : : 2016/05/09(月) 22:36:19



    「―――待たせたな」

    数分ぶりに、今度は決闘者として、闘技場の入場口から死吹が姿を現す。腰には地上で携えていた太刀を下げ、静かにリングへと足を踏み入れる。顔には薄ら笑い。気味が悪いほどに楽しそうだ。

    「先程はつまらない相手を用意してしまってすまなかった。お前の力を見誤っていたよ」
    「つまらないなんてとんでもありません。とても面白かったですよ、あなたの丁寧な言葉遣いとか………」

    皮肉たっぷりの返答を、笑顔と共に贈り付ける。それは金木が普段見せない対応であった。

    「何がそんなに楽しいんですか」

    打って変わって険しい表情を見せた途端、彼の口から疑問の言葉が漏れ出す。正確には疑問半分、皮肉半分か。

    「逆に問おう。何だと思う?」
    「質問返しは失礼ですよ」
    「つれない奴だ」

    「“死に様”………かな」

    狂っている。
    どんな背景があろうとそう断言することが出来るその答えに、彼の眉は一層寄せられる。

    「子供の頃から、生物の死の瞬間を見るのが好きだった。最初は蟻を殺した。次はバッタだったか、いや、カエルか?一年ぐらいで犬や猫にステップアップ。そして九つの時………両親を殺した。ついでに近所の奴も数人。そしたら流石に捕まっちまった。あの時はやんちゃだったなあ」

    死吹は懐かしさから穏やかな表情を見せる。まさにサイコパス。人格破綻者。

    「そこで俺は学んだ、人を殺すと色々面倒くさいと。だけど、人ほどそそられる断末魔を見せる動物もいない。俺は悩んだ。殺しても面倒な目に遭わなくて済み、尚且つ最高の快楽を与えてくれる生物を。ちと考えたら、すぐに答えは見つかった。喰種だ!と」

    「だからあなたは、凶悪な喰種を狩って回るようになった。更には、こんな催し物も開きだした。わざわざ説明してくださってありがとうございます。無駄話はこの辺にして、さっさと始めましょうよ」

    「それもそうだな」

    死吹は小型マイクの電源を入れる。そして咳払いを一つ。

    「お待たせしました皆様。これより隻眼の喰種・金木研と、私・罪口死吹の決闘を開始致します。では………決闘開始!」

    合図の直後、死吹はもう一度咳払いをする。
    そして顔を上げたら、金木の赫子が―――
  46. 46 : : 2016/05/31(火) 21:54:09
    「まあ、そう急ぐな」

    死吹の眼前にまで迫っていた赫子は、彼の頭蓋を砕く前に弾かれた。人間離れした反応速度。が、人間だ。それは雛実の嗅覚が証明している。

    「これはショーだ。最初は小手調べってのがテンプレだろう?」

    続いて、死吹の反撃。彼の持つ太刀が金木の顔面へと二、三度突き出される。
    正確には………眼球?
    四度目の突き。金木はわざとこれを掠らせた。すると、血の代わりに火花が散る。つまり、斬れなかった。

    この太刀は本当に―――

    五度目の突き。金木は突きを素手で弾く。それとほぼ同時、死吹の腹部めがけて蹴りを放った。攻撃の最中であった彼は、為す術なくリング外まで蹴り飛ばされた。
    普通の人間であれば、これで終幕だ。だが―――

    「こんな攻撃、屁でもないんでしょう?」

    先にこの問いかけの真意を説明すると、これまた皮肉だった。
    人間である死吹は、この攻撃で敗北………とは流石に思っていないが、かなりの大ダメージであると金木は予見していた。
    それだけに死吹の反応は彼を驚かせた。

    「ああ、全く効かねぇな」

    立ち上がった死吹の第一声。痩せ我慢をしている様子は皆無だった。

    「あなた、本当に人間ですか?」

    雛実の嗅覚を疑うわけではない。しかし、目の前の男は金木の考える“人間”とはあまりかけ離れている存在だった。

    「お前、今更何言ってんだ。俺は人間だよ。ほら、腹の痣とか残ったままだろ」

    ですよね。

    「その太刀も含めて、噂は全て正しかったということですか」
    「太刀?」

    「ええ。その太刀、クインケでも何でもなく、ただの太刀ですね」

    =喰種は斬れない。眼球を始めとする粘膜以外は。
    先程の執拗な眼球狙いはそれが理由であると金木は推測していた。

    「ただのってのは間違いだな。この太刀は一応、先祖代々受け継がれてきた太刀だ。何か特殊な力があるんだか知らねぇが、両手を使って思い切り振れば喰種も斬れる」
    「それはどういう………?」

    「んなこたぁどうでもいいんだよ!」

    金木の質問ラッシュに痺れを切らしたのか、大声でそう言い放った死吹は、リング上へと戻る。

    「御託を並べる時間はもう終わりだ。ショーも中盤、ど派手な血飛沫上げていこうや」
  47. 47 : : 2016/06/17(金) 23:27:08



    「―――開いたよ」

    キーボードを叩く音が止み、溜め息が一つ。掘チエの口からこの言葉が出たのはその直後だった。

    「Good job 小ネズミ!」
    「よく分かんねぇけどすげぇな………」

    一同から湧き出る称賛の言葉に、彼女はあっさり「いつも破ってるセキュリティに比べたら大したことないよ」と一言。彼女の“いつも”が気になるところだが、今そのことに突っ掛かる者はいなかった。

    「早速潜入………といきたいところだが、その前に聞いておかねばな」

    隠し扉を前にしたところで、月山が顔を後ろへと向ける。彼の視線の先にいるのは―――

    「リトルヒナミ。君はどうしたい?」

    彼のこの言葉に、雛実は大きく目を見開かせる。驚くのも当然だった。
    自身はきっと置いて行かれる。彼女はそう思っていた。皆の優しさを、彼女は知っていた。
    万丈を始めとする他の仲間達は、彼女を危険な目に遭わせまいと、同行拒否を促す言葉を掛ける。それ自体はとても嬉しかった。

    でも―――

    「私、付いていく。みんなと一緒に、お兄ちゃんを助けたい」

    護られてばかりではいられない。自分も金木の役に立ちたい。その想いが彼女を動かした。

    月山は、以前から彼女の心の奥に燻っていたその気持ちに感付いていたのだろう。だから、彼女に選択する権利を与えたのだ。それに彼は万丈の話から、今回の相手はある程度の強敵であれど、彼らが普段相手にしている敵―――アオギリに比べれば危険度は格段に落ちると判断していた。有事の際でも彼女を護り切ることは可能である、と考えていた。

    結論から言って、彼の見立ては概ね正しい。しかし、それが即ち彼の判断の正しさを証明するわけでは無い。

    優しさが時に、残酷な結末を招くように………

    「―――でも、素人にしては凝ったセキュリティだったんだよなぁ」

    「掘よ、securityの話はもうしなくて良いだろう」
    「はいはい、ごめんごめん」

    このやり取りの後、彼らは隠し扉から地下施設へと足を踏み入れていった。

    この掘チエの呟き。これは死吹がコンピュータにそれなりに造詣があることを示唆していたのだが、彼らはその事を意に介せなかった。もしもそれが頭にあったなら、気付けていたかもしれないのに………



    いや、無理だ。彼らは優しいもの。
  48. 48 : : 2016/07/04(月) 23:50:29
    「―――なんだこれは………牢屋………か?」

    地下通路を進んでいくと、両側の壁の所々に鉄格子の小さな小窓が現れ始めた。

    「フゥム………ますます罪口死吹という男に興味が湧いてきたよ」

    垣間見える死吹の異常性に、彼の姿を未だ見ぬ月山は一喰種としての関心を滲ませる。と、そこに二つの足音が近付いて来た。

    「そこまでです」
    「貴方達を拘束させていただきます」

    「てめぇらは…」

    万丈と雛実には、この二人に見覚えがあった。そう、この二人組の正体とは、最初に金木達を出迎えた給仕係の女性喰種達である。

    「バンジョイくん、リトルヒナミを任せたよ。この二人のladiesは僕が相手をしよう」

    両の瞳が深紅に染まった瞬間、月山の肩から甲赫が蜷局を巻いて発現する。
    呼応するように、給仕の二人も赫子を放出する。一人は二本の太い鱗赫、もう一人は先端が膨らんだ一本の尾赫である。

    「人間に仕える愚かな喰種諸君、僕が本物の喰種とは何たるかをlectureしてあげよう」

    刹那、尾赫の女性喰種が跳んだ。彼女は身体を回転させながら月山へと接近する。
    回転により生じた遠心力によって、大きな力が蓄えられた彼女の尾赫の先端部分が、彼の体を破壊せんと襲い来る。これは彼女の必殺技とも云える攻撃方法であり、受けるのは極めて危険。

    ただし、それは力が拮抗している場合の話。

    「―――やはりsoft」

    月山は、彼女の必殺技を自身の赫子で正面から受け止めて見せた。それが示すものは二つ。

    一つ目は、攻守交代。空中に跳んだ後の攻撃という、無防備この上ない行動を繰り出したばかりの彼女は隙だらけの状態である。次の攻撃に移ることは出来ず、彼女は防御側に回ることを強制される。
    当然間に合わず。彼女は月山習の赫子に串刺しにされましたとさ。

    二つ目は、余りにも大きい実力の差。必殺技を正面から防御されたのでは、もうどうしようもない。死角を突くとか、防御不可の状況を作るとか、攻撃を通す方法は無いわけでは無いが、そうでもしなければ必殺の一撃すら通らない時点で勝率はかなり低くなってしまう。
    もちろん、それだけでは勝機が完全に失われるわけでは無い。が、残された鱗赫の女性喰種にはもう、正面戦闘を挑むことを選択することは出来なかった。

    結果として、彼女が導き出した逆転の一手は………人質。

  49. 49 : : 2016/07/11(月) 23:28:13
    期待です!
  50. 50 : : 2016/07/14(木) 22:56:56
    >>49
    ありがとうございます!
    何かあればご遠慮なく!!!
  51. 51 : : 2016/07/20(水) 13:11:11
    面白いです!
    期待してます!
  52. 52 : : 2016/07/22(金) 01:02:07
    >>51
    ありがとうございます!
    進みがとても遅いですが、お付き合い頂けたら幸いです。
  53. 53 : : 2016/07/22(金) 01:02:12
    意を決した彼女は、“最もか弱い見た目をした者”へと襲い掛かった。人質作戦であるのだから、狙いはもちろん拘束。
    そして、彼女が一同で最弱であると見なした者は―――

    「リトルヒナミ!」

    雛実である。

    突然敵にターゲットとして定められるという驚きから、雛実は体の動きを止めてしまった。
    間もなく、彼女は自身の間合いに雛実を捉える。彼女は作戦の成功を確信した。が、その時。

    彼女の目の前に、“壁”が立ち塞がった。

    彼女は咄嗟に赫子を放ち、“壁”へと突き刺した。しかし、“壁”は崩れることなく仁王立ちを続ける。

    「ヒナちゃんには傷一つ付けさせねぇぞ!」

    “壁”の正体―――万丈数壱が吠えた。

    「Excellent!バンジョイくん!では―――」

    次の瞬間、万丈は血塗れになっていた。眼前の彼女の血飛沫によって。

    「愚かな淑女達には眠って頂こう」

    月山はそう言って赫子をしまうと、倒れている二人に一礼した。

    「―――万丈さん、ごめんなさい!私のせいで………」

    雛実を庇って傷を負った万丈に、彼女は謝罪の言葉を述べる。瞳には涙が浮かんでいる。

    「ヒナちゃんが謝る事なんて何一つねぇよ」
    「ああとも。悪いのは外道な行動を取った、この愚かな淑女だけだ」

    「でも私、お兄ちゃんを助けたいってみんなに着いてきたのに………それなのに………また私が助けられてる………」

    その言葉を吐き出すと共に、彼女の眼からポロポロと大粒の涙が零れ出した。
    雛実はまだ子供。大人達に護られるべき存在だ。しかし、彼女の強い優しさが、そして何より自分を護って命を落とした母親の記憶が、彼女にただ護られている自分への嫌悪感を抱かせていた。

    可哀想に。彼女が人間であったなら………。
    或いは、優しくなかったのなら。

    彼女はその場にうずくまってしまった。すると、万丈は彼女の背中にそっと手を置いた。

    「俺だって、いつもカネキに助けられて…護られてばかりだ。あいつの“盾”になる、そう決めた筈なのに………。自分の不甲斐なさが情けねぇよ。だけど、最近こう思うようになった。今の自分でも護れるものがあるんじゃないかって。カネキは自分一人で全員を護ろうとするから、その重荷を少しでも軽くしてやることなら出来るんじゃないかって………」

    彼の口から紡ぎ出される言葉に惹かれたのか、彼女は顔を上げ、万丈の方へと向けた。
    彼は続ける。

    「ヒナちゃんも、今自分に出来ることを精一杯やってくれれば良いんだ。ヒナちゃんの探知能力にはいつも助けられているし、何よりヒナちゃんはカネキの心の支えになってくれてる。目に見える形じゃないから、見落としてしまいがちだけど………ヒナちゃんはもう何度も、カネキを、俺達を、助けてくれてる。だからヒナちゃんも、たまには助けられたって良いんだ」

    彼女はまた涙した。さっきと違って、暖かかった。
  54. 54 : : 2016/07/22(金) 06:21:09
    しえん
  55. 55 : : 2016/07/22(金) 13:44:37
    なんでそんなに文章を作るのが上手いんですか!?
    私もそうなってみたい……

    頑張って下さい!
  56. 56 : : 2016/07/26(火) 21:45:16
    >>54
    ありがとうございます。

    >>55
    何度もありがとうございます(笑)
    ユーザー登録をされたようですね。お気に入り感謝です!

    頑張ります!
  57. 57 : : 2016/08/07(日) 02:03:21
    「―――あれ?」

    突然の、拍子の抜けた掘チエの声。彼女は右の人差し指を、倒れている給仕係の頸部へと向けている。
    彼女の声にすぐに反応した月山は、その指の先に“ある物”を見た。

    「これは………首輪」

    給仕係の二人のマフラーの下には、首輪が隠されていた。二人も檻の中に囚われている者達と同じ飼い喰種であったのだ。

    「結局、死吹には本当の仲間なんざ居なかったって事だな」

    万丈がこう吐き捨てる。その言葉と共に、彼は決意を固めた。

    「必ずカネキを助けて、死吹の野郎をぶっ倒すぞ。そして、飼われている喰種達を解放してやるんだ」

    「フッ、そうと決まれば先へと進もう。恐らく、残るは罪口死吹一人だ」






    「フハハハハハッ!!!たまんねぇなぁ!!!」

    リング上では、金木の赫子と死吹の太刀が幾度となく火花を散らしていた。
    金木は冷静に死吹の攻撃を捌く一方、死吹は狂喜の声と狂気の表情を携えて金木に肉薄する。

    「互角以上の実力の敵との戦い。これに勝る快楽は無い!そうは思わねぇか?」
    「思いませんね。生憎、僕に戦いを愉しむ趣味は―――」

    死吹の攻撃を捌く中、一点の隙を見つけた金木。その瞬間、彼は赫子を死吹の足へと放つ。

    「ありませんッ!」

    しかし、それは―――

    「残念、わざとだよ」

    彼の隙は、隙に見せかけた罠であった。彼は金木の赫子をギリギリで回避すると、勢いよく金木の懐へと潜り込み、両手で握った太刀を全力で振り下ろした。

    「ッ――――――――――アアアアアア!!!」

    左肩を大きく裂かれ、金木は苦痛の叫びを上げる。

    「叫んでる暇はねぇ!」

    直後、眼球への刺突が繰り出されようとする。金木はこれに対し、4本ある赫子の全てを死吹へと放つ。
    回避を余儀なくされ、彼は刺突を繰り出さぬまま後方へと下がった。

    驚異的な身体能力を持つ罪口死吹。所詮は人間である彼の地力は、金木のそれよりも劣っていた。だが、彼は金木との戦いにおいて、優位に立っていた。

    その理由の一つは、金木の不殺の意志。
    残虐非道、傍若無人の彼をも金木はヒトとして扱い、彼を殺さないように注意を払っていた。具体的に言えば、攻撃の標的は四肢と得物の太刀に絞られていた。彼はそれに気付き、なおかつ逆手に取り、金木の攻撃を正確に読み取っていた。

    もう一つは、死吹の戦闘スタイル。
    彼は本能の赴くままに戦うタイプの男であった。そんな彼の攻撃は出鱈目そのもの、金木に言わせれば『文脈が読めない』ものであったのだ。

    「まだ死ぬなよ。もっと、もっと、もっと、俺を滾らせろぉぉぉ!」
  58. 58 : : 2016/08/07(日) 22:27:15
    再び金木へと迫る死吹。彼の接近に対し、金木は赫子での迎撃を試みるが、彼はそれを獣の如き動きで次々と躱し金木へと近付いていく。そして遂に、彼の太刀が届く領域にまで接近を許してしまう。

    そこから二人の攻防は赫子と太刀の無数の衝突に切り替わる。死吹の斬撃を一つずつ捌いていく金木であったが、先程のダメージの影響か、僅かに精細さを欠いていた。その結果、4本の赫子の中の1本を切り落とされてしまう。
    更に、1本の欠如は連鎖反応を引き起こし、2本、3本と切り落とされてしまう。

    「後1本―――」

    死吹が最後の1本を切り落とそうと狙いを定めた瞬間を、金木は見逃さなかった。

    喰種の武器は赫子だけでは無い。その卓越した身体能力によって繰り出されるパンチやキックも、人間を倒すには十分すぎるほどの殺傷能力を秘めている。

    金木は死吹の注意が完全に赫子に向けられた所を狙い、ハイキックを繰り出した。が―――

    「何度でも言いますよ。あなた、本当に人間ですか?」

    それを死吹は自身の腕1本で防御して見せた。あり得ない。

    「人間だよッ!」

    次の瞬間、死吹は金木を蹴り飛ばした。この蹴撃自体にはダメージは無い。
    しかし、体勢を崩すには十二分。

    「おらッッッ!」

    「ガフッ」

    死吹の放った水平斬りが、金木の腹部を削り取った。余りのダメージに、金木はその場に伏してしまう。

    「本調子なら今ので真っ二つなんだがな。さっきの防御で左腕の骨にヒビが入っちまったもんだから、浅くなっちまった。ほら、ちゃんと人間してるだろ?」

    喰種の蹴りを受け止めて、骨にヒビだけで済む者を人間とは言いません。

    「だがまぁ、お前の戦闘力を削ぐには十分だったみたいだな。これで幕引きだ」

    死吹は太刀を両手で持ち、点へと突き立てる。
    そして、地面に伏した金木へと振り下ろ―――

    「カネキクゥゥン!!!」

    紫色の剣が、死吹へと襲い掛かる。
  59. 59 : : 2016/08/10(水) 15:30:36
    予期せぬ横槍に、死吹は後方への対比を余儀なくされる。その結果、金木との距離を大きく離されることになった。

    「大丈夫か!?カネキ!」
    「お兄ちゃん!」

    続いて万丈、雛実が現れ、倒れている金木の元へと駆け寄る。月山も後に続く。

    「これは一体どういうことなのかな?」

    金木の傍へと近付くや否や、月山は疑問を投げ掛けた。この疑問は尤もなものであった。それというのも、金木救出に向かった一同は、彼が身動きの取れない状態にあると思い込んでいたからだ。
    だが、実状は違った。彼は指一本すら拘束されておらず、牢獄に入れられているわけでも無かった。彼は、無数のカメラに囲まれたドーム状の大広間のリングの上で、死吹と交戦していた。
    この不可解な状況を即座に理解できる者は、この場に一人も居なかった。その証拠に、万丈も月山に続いて同様の質問をした。

    既に、受けたダメージの半分程度が回復していた金木は、立ち上がってから、まずは月山を見て皮肉たっぷりに「貴方が僕にしたことと似たようなものですよ」と一言吐き捨てる。
    それから、現状の説明を始めた。

    「ここは決闘場。奴は喰種を飼い、その喰種達を闘わせていたんです。そしてその様子を世界中の狂人へ向けて配信していた。僕はその特別ゲストとして招かれたわけです。隻眼は珍しいですからね」

    「そいつの言っている通りだ。今はショーの途中なんだよ。だから、邪魔しないでもらえるかな?」

    温和な態度を装おうとしながら、死吹は月山達に手を引くように懇願する。しかし、彼の表情からは邪魔者への怒りが容易に見て取れた。
    金木は彼を尻目に、一同にこう告げた。

    「僕は死吹のショーに付き合う気なんてありません。奴のような屑は、何としてでも摘まなきゃいけないんだ。だから皆、僕に力を貸してください」

    先刻まで劣勢であった金木がこの選択をするのは、必然であった。
    そして彼の選択に異を唱える者は、この場に誰も居なかった。

    「Of course!主の意のままに」
    「盾にするでも何でも良い、お前の思うように使ってくれ!」
    「ヒナミも、出来ることは何でもするよ!」

    一人を除いて。

    「ふざけんなよぉ………ショーの邪魔すんなって言ったのに、どうしてそうなるんだよぉッ!!!
    皆様どうします?この状況?飛び入り認めちゃう?いやいやそしたら勝ち目無いでしょ!さっきまでほぼ互角だったんだから。皆様もそうは思いませんか?ていうかこれ、完璧違反だよね。だったらもうね、少年野球でもオリンピックでも闇賭博でも、古今東西の常識!違反者には………罰を!」

    ポチッ―――とボタンが押される音がした。

    「―――上!」

    最初に異変に気付いたのは雛実。彼女の声で、他の皆も一斉に天井へと顔を向ける。

    「あれは………ガス?」
  60. 60 : : 2016/08/12(金) 23:26:48
    「そう、ガスだ」

    そう答えた死吹の表情は、笑っているようにも怒っているようにも見える歪んだものだった。彼は答えを続ける。

    「“CRcガス”って知ってるか。喰種の呼吸と粘膜から作用し、Rc細胞の働きを阻止する効果のある気体だ。この意味分かるよな?」

    「―――っ!!!」

    刹那、金木は死吹へと赫子を放った。しかし―――

    「ざぁんねん、タイムオーバァァァ」

    彼の赫子は、死吹へと届く前に独りでに崩れ落ちた。

    「あっはっはっはっ!見ての通り、赫子の発動も阻止される。それだけじゃねぇ!喰種の身体能力が人間を大きく上回るのは、Rc細胞の働きあってのものだ。つまり!お前らはもう、武器も持たねぇ一般人も同然ってことだ!」

    それは絶望を意味する。
    クインケを持たぬ人間は、束になっても喰種に傷を付けることすら敵わない。そして目の前の敵は、力で喰種を従えてきた男である。このままではどうあがいても勝ち目は無い。

    「みんな、逃げるんだ!」

    必然的に選択された行動は、逃亡であった。金木達は出口まで奔る。しかし、いつの間にか扉は閉ざされ、ロックが掛けられていた。恐らくは、ガスの噴出と連動して閉まる仕組みになっているのだろう。

    「とにかく奴と距離を取るんだ!それも出来るだけ散らばって!ヒナミちゃんだけは、僕から離れないで!」

    金木の狙いは、CRcガスの効果が弱まるまでの時間稼ぎであった。もちろん彼はCRcガスの持続時間など知る由も無いが、この状態で死吹に立ち向かうよりは、この作戦の方がよっぽど勝率は高いように思われる。だが、その僅かな希望すらも、死吹は踏みにじってくる。

    「無駄だ!この空間は完全な密室になっている。どれだけ逃げ続けようとCRcガスは留まり続け、お前らの力を奪い続ける!」

    死吹の言葉に、金木は苦渋の表情を浮かべる。玉砕覚悟で立ち向かうしか無いのか、そんな考えが彼の頭を侵食し始めた時―――

    「構うことはないカネキクン!このまま時間を稼ぐんだ!」

    彼の考えを察し、月山が叫んだ。彼は黙って頷いた。

    「往生際が悪いんだよぉぉぉ!諦められないってなら………俺の方から出向いてやるよっ」

    痺れを切らした死吹が走り出した。最初に標的として定められたのは万丈。
    彼はすぐに死吹から逃げようとするが、CRcガスの効力によって動きが鈍くなってしまった彼が、死吹に追い付かれるのは時間の問題。

    このままでは―――

    金木が決死の覚悟で万丈を助けに行こうと動き出す。ちょうどその時だった。

    ウイーンという自動ドアが開くような音。続いて、モーターの回転音が、ドーム中に鳴り響いた。
  61. 61 : : 2016/08/15(月) 23:39:34
    「―――この音はまさか!?」

    真っ先に反応を示したのは、施設の主である死吹自身であった。この反応から、金木はこの音が死吹の新たな罠によるものではないことを知る。

    しかし、それなら誰が………?
    金木の疑問は月山へと向けられた。先程の為す術無しと思われた状況において、彼が何らかの策を秘めているかのような素振りを見せていたからである。彼はそれに応じるように呟いた。

    「流石は小ネズミと言ったところだね」

    「お前等、ドーム外に仲間を残していたのか!」
    「Of course. 敵陣の真っ只中だというのに、何の罠も警戒していないと思っていたのかい?一匹、腕利きの写真家に別行動をしてもらった。必ずあるであろう、コントロールルームを抑えてもらうためにね」

    月山がこのように説明している間に、CRcガスの霧が徐々に薄くなっていった。

    これでお分かりになった方もいるだろう。先程の音を発生させた要因、そして小ネズミ―――掘チエがコントロールルームで行ったこと、それは換気装置の起動である。

    自分の施設を勝手に動かされ、自身が仕掛けた策をも挫かれ、死吹は青筋を立てる。が、彼はすぐに冷静さを取り戻した。何故なら、彼は気付いたからである。

    「よくよく考えたら、お前等の圧倒的不利に変わりはないじゃねぇか。CRcガスは散ったとはいえ、お前等は既に十分な量のガスを浴びている。まともに戦える状態になるには、早くても10分はかかる。要は………ちゃちゃっと片せば良いだけだ!」

    死吹が再び動き出す。狙いは先刻と同じく、万丈。
    死吹は即座に万丈を間合いに捉え、太刀を握る手に力を込める。その瞬間を見計らい、金木と月山が両サイドから詰め寄り、それぞれ死吹に攻撃を仕掛ける。

    だが、二人の攻撃はいとも容易くいなされる。喰種としての力を失っている二人の攻撃を捌くことなど、死吹にとっては赤子の手をひねるようなものであった。
    それから死吹は金木、月山の順に腹部へと蹴りを浴びせ、二人を跪かせる。

    「金木!月山!」

    「他人の心配してる暇はねぇ!何故なら―――」

    次の瞬間、万丈までもが地に跪いた。両脚の腱を切り裂かれたのだ。

    「最初の獲物はお前だからだ」
  62. 62 : : 2016/08/19(金) 23:08:54
    「ッ―――ゥオオオオオ!!!」

    次の瞬間、右肩を貫かれた万丈の叫び声がこだました。

    「万丈さん!」
    「逃げろ、ヒナちゃん………ッアアアアア!!!」

    続いて左肩。叫び声が示す苦痛は最初の倍以上であった。

    「最初見たときから思っていたが、お前弱すぎないか?そんなんで喰種なんて………羨ましい限りだよッ!」

    次は腹部を貫かれる。今度の叫びは、今までで一番か弱いものであった。
    既に限界は近かった。それでも万丈は、死吹に訊かずにいられなかった。

    「どういう意味だよ?」
    「ああん?喰種とは思えないぐらい弱いって事だよ」

    「そうじゃねぇ。“羨ましい”って、どういう意味だ?」

    死吹は大きく眼を見開いた。この時万丈だけではなく、腹部のダメージから立ち直りつつあった金木も彼のその表情を目にしたのだが、それは彼が今まで見せたどの表情ともかけ離れていた。
    しかし、すぐにその表情は失われ、代わりに冷酷な笑みが戻る。

    「そのままの意味だ。俺は、喰種のことが羨ましくてたまらないんだよ」

    「何故だ!?」

    彼の回答に真っ先に食ってかかったのは金木であった。

    金木はこの時、心の奥底では未だに死吹の存在に希望を抱いていたことに気付いた。歪な形ではあれど、自ら望んで喰種の世界を生きる死吹の存在から得られるものがあるかもしれない。そんなことをまだ思っていたのだ。

    愉快なことこの上ない。どうぞ失望してください。

    「人殺しが正当化されるから」

    「―――は?」

    「“生きるために仕方なく”人を殺せる。それに比べて人間はどうだ?食料としている動植物を殺すことさえ、今は生産者に位置する人間に一任されちまってる。この手で命を摘むという行動に、いちいち倫理に反するだとかケチをつけてくる。人殺しなんてもっての外。なんて窮屈!だが喰種は違う!生きるための殺生なら、誰も文句は言わねぇ。まぁ人間からしたら殺されるのが怖いから、駆逐対象とはされているが、襲ってくる奴は返り討ちにすれば良い。正当防衛も倫理的に許されている行為の一つだ」

    喰種であるがために人の命を奪い続けるしかない、自身の正体を親友に隠しながら生きていくしかない、そんな自分の運命を呪いながら、それでも必死に生きる彼女の姿が、金木の瞼の裏に映し出された。

    そんなくだらないことが理由?
    前言撤回、やっぱり怒ります。

    死吹のこの発言が、金木の心に燻っていた憤怒の炎を爆発させた。
  63. 63 : : 2016/08/20(土) 23:11:55



    ゴクリ、と何かを飲み込む音がした。

    「―――摘まなきゃ」



    死吹が万丈にトドメを刺すため、太刀を握る手に力を込めた時だった。

    「ッ!?」

    それは、軟体動物の体のように、変幻自在にうねりながら近付いてきた。
    それは、金属のような堅さで、人間の身体など簡単に切り裂いてしまう鋭さを持っていた。
    それは、赫子と呼ばれる、喰種特有の捕食器官。

    突然の急襲をも捌いて見せた死吹であったが、その顔は驚きを隠せていなかった。

    「何故赫子が使える!?CRcガスは無くなったとはいえ、Rc細胞が回復するにはまだまだ時間が掛かるはずだ!」

    「補給した。それだけの話です」

    そう言って、金木は後方へと視線を促す。見ると、そこには肩から血を流している月山の姿が。

    「思いの外美味しかったですよ、月山さん」
    「だろう?上質な食事が上質な肉を作るのだよ。君が望むなら、僕はいつでも己の身体を差しだそう」

    「………そういうわけです。罪口死吹、ここからはあなたを罰する時間だ」

    「誰が罰せられ―――」

    次の瞬間、金木は死吹のすぐ目の前にいた。到底人間には反応し得ないこの速度、しかし死吹はそれに対応する。続けて放たれた金木の拳を、死吹は余裕で回避してみせる。

    その攻撃は囮です―――

    死吹が金木の先手を見極め、反撃に転じようとした時だ。金木は腰部から全赫子を一気に放出する。そして―――

    一斉に放った。

    「ぬおおおおおっ!!!」

    圧倒的物量という単純な強さが、死吹の防御容量を上回る決め手であった。死吹は勢いよく、リングの外へと弾き飛ばされる。

    この攻撃には明確な殺意が含まれていた。不殺の意志では放てない攻撃であった。
    金木はもう、死吹を“ヒト”とは見ていなかった。

    その見立てを肯定するかのように、死吹は起き上がり、ヒトならざる生命力を見せ付ける。
    だが、彼の身体は無事でも、その心は既に壊れていた。

    「殺したい!殺したい殺したい、殺したい、その眼から光の消える瞬間が見たい!観たい!殺して解して並べて揃えて晒して刻んで炒めて千切って潰して引き伸ばして刺して抉って剥がして断じて貫いて壊して歪めて屠って曲げて転がして沈めて縛って犯して侵して喰らって辱めてやりだぃいいぃいぃぃぃ!」

    「うん、………邪魔だな」

    金木は静かに指を鳴らした。
  64. 64 : : 2016/08/20(土) 23:13:19
    期待です!
  65. 65 : : 2016/08/20(土) 23:14:04
    >>64
    感謝です!
  66. 66 : : 2016/08/23(火) 23:57:11
    金木は勢いよく地を蹴り、空中から死吹に接近する。そして死吹の身体が赫子の間合いに入るや否や、四本の赫子をまとめて振り下ろした。

    心が壊れていようとも、頭は無事。死吹は先刻の攻撃の教訓から、防御では無く回避を選択。
    回避成立後、即座に金木に刃を向ける。が、そこに彼はいなかった。

    「後ろ―――!?」

    咄嗟に顔を後ろへと向ける。そこにも彼はいなかった。つまり、金木は背後にもいないのか。否―――

    「下」

    バランスを崩し、身体を傾ける死吹。金木の足払いを食らったのだ。

    「これで決まりです」

    そして、金木はトドメの一撃を―――

    「まぁ゙だぁ゙だぁ゙ぁ゙ぁ!!!」

    体勢が崩されたまま、死吹は金木の胴を斬りつける。しかし、火花は散れども、血飛沫が散ることは無かった。彼の太刀では、この無理な体勢から喰種に傷を付けることが出来なかったのだ。

    次の瞬間、死吹は金木の赫子に貫かれた。



  67. 67 : : 2016/08/24(水) 16:57:10



    「―――どうして、急所を外した」

    目を覚ました死吹の第一声であった。彼は、生きていた。

    傍らで彼を見ていた金木はその問いに、顎をさすりながら答えた。

    「殺す価値も無い。そう判断したからですよ」

    「………そうかい。ところで、仲間の姿が見えないようだが」

    「あなたが飼っていた喰種達を解放しています」

    「それで、俺のことはどうする?」

    「ヒトとして、然るべき法の下、然るべき裁きを受けてもらいます。喰種達の解放が完了し次第、CCGにあなたのことを通報します」

    金木のこの言葉を聞き、死吹は笑みを浮かべた。
    今まで死吹は、様々な“笑顔”を見せてきた。冷酷な笑顔、凶気に満ちた笑顔、狂った笑顔………だが、今度の笑顔は、一言では言い表せないものだった。それは哀しげで、儚げで、それでいて―――

    「金木。俺はお前に、たくさんの嘘を吐いてきた。だが、最期くらいは真実を教えてやろう。俺は………本当の“ヒト”ではない」

    「―――え?」

    「戦ったお前なら分かるだろうが、喰種でもない。お前のような半喰種でもない」
    「じゃあ、何だって言うんですか!?」

    「答えは単純…分母が違う。俺は………“1/16”喰種だ」

    1/16―――つまりは高祖父母のどちらかが喰種。
    いや、この際何分の一かなんてことはどうでもいい。彼が人間と喰種の混血であるという事実に、驚きを隠せなかった。

    それと同時に、彼が口にした喰種への憧れの真意を察し得た。彼の憧れは、今となっては実現不可能なものであることに変わりはないものの、実現していた可能性がゼロではないものであったのだ。彼のこの思いは、僅かに残る喰種の血が呼び起こしたものではないか。そうとすら思えてきた。

    「でも、何故そのようなことを僕に………!?」

    次の瞬間、金木の視界を血飛沫が覆った。

    「なっ―――なんてことを!」

    死吹が、自らの頸部を掻き切ったのだ。

    「俺はヒトじゃねぇ………喰種でもねぇ………だから、俺を裁けるのは………俺だけだ。だがまぁ………少しだけ………似た種の人間に会えて………楽しかった………」



  68. 68 : : 2016/08/26(金) 00:03:29




    「夢はそう簡単には叶わないですね」

    「そりゃそうさ。こちとら現実にだって叶わねぇんだからな」
    「つまり夢というのは、ことごとく実現不可能な代物だって言うんですか?」

    「実現不可能な物が、ことごとく夢だって訳じゃねぇけどな」
    「なら、実現可能な夢もあるということですね」

    「だが、夢は叶わねぇことばかりだ。何でだと思う?」
    「それだけ難しいから」

    「そういう時もある。が、最もありがちなのは見落としてしまうことだ。自分の夢なんてものは、自分自身が一番理解してねぇもんだぜ」






    「人間と喰種、この二つが手を取り合う社会。そんなものが本当に実現可能なんでしょうか」

    アジトにて、金木がポツリと呟いた。

    「どうしたんだよ、急に」

    近くにいた万丈が、金木の呟きを拾い応じる。金木は独り言のように続けた。

    「彼は“どちらでもある”ことを捨てて、“どちらかであろう”としていた。人を殺したのは喰種になろうとしたから。喰種を飼ったのは、喰種を蔑み否定して、人間であろうとしたから。でも、彼は二律背反にもがき苦しんだ末、結局“どちらにもなれなかった”」

    金木の瞳は、虚空を追っていた。

    「“社会”という大きな世界どころか、“個人”という小さな世界ですら二つは調和できなかった。そして最後はどちらも消えた」

    そこまで言って、金木は黙り込む。それから暫く沈黙の時が流れる。
    どれだけ経過してからか、万丈がふと口を開いた。

    「混ざり合えないんじゃなくて、混ざり合うしかないって事じゃないのか」
    「混ざり合うしかない………」

    「あいつは1/16しか喰種の血を引いていなかった。それなら、そのちっぽけな部分を捨て去れば話は簡単だったんだ。でも、それは出来なかった。ちっぽけに見えても、それは捨て去れるものじゃなかったんだ」

    「当然15/16を捨てて喰種になることも出来なかった。それなら―――」
    「あいつが最初に捨てたことをすれば良い」

    「それこそが、唯一にして最善の解決策………ありがとうございます。何だかスッキリしました」

    「おう、そいつはよかった」

    金木の瞳に光が戻ったのを見て、万丈は安堵する。

    「―――それにしても万丈さんって、思ったより頭が良いんですね」

    「ああ。まぁ、人生経験はお前より豊富だから………って、馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」

    自分の学の無さを棚に上げられ、声を張り上げる万丈。珍しく自分に食って掛かってきた万丈の様子がおかしくて、金木はつい笑ってしまった。そしたら万丈も、つられて笑ってしまった。

    「慣れないことはするもんじゃないな」と万丈が口にした時、笑い合う二人のところへ、一人の少年がイチミに連れられて来た。

    「この子、死吹に飼われていた喰種の一人みたいっすよ」

    「こんな子供まで………可哀想に。つらかったよね?」
    「うん………でも、もう大丈夫!それで、今日はお兄さん達にお礼をしにきたんだ」
    「お礼?」

    「頑張って自分で獲ったんだ。はい、どうぞ!」

    あどけない笑顔で、お礼の品を載せた両手を差し出す少年。
    少年が持ってきたお礼の品は、人間社会ではお歳暮の定番とされている“食料品”であったのだが、金木は戦慄せざるを得なかった。なんでだろうね。
  69. 69 : : 2016/08/26(金) 22:06:14



    以下、現在。



    人間による喰種の蔵匿・隠避事件。

    非捕食者が捕食者を匿うという有り得ない事例に聞こえるが、実際にはこういった事件は毎年それなりの件数が報告されている。やはり、見た目は人間そのものであるが故に、情が湧いてくることがあるのかもしれない。こういった事例で匿われていた喰種の殆どが、その人間の友人・恋人である。

    ところが、何事にも異例というものは存在する。この事例においても例外ではない。

    3年前、大規模な喰種の蔵匿・隠避事件が発生した。匿われていた喰種の数は十数名~百名とも言われた。実態が正確に把握できていないのは、犯人が検挙された時には既に喰種は逃がされていたからである。さらに言えば、検挙時には既に犯人は死亡していた。赫子痕から、喰種に殺害されたものであると推測されている。

    この事件、その規模が異色を放っているように見えるが、異色さの最たるはそこにはない。この事件の最大の特徴は、厳密には“匿われていた”という表現が誤りであったことである。我々CCGが捜査を進める内に、その事実は明らかとなった。

    喰種は匿われていたのではなく、飼われていたのだ。



    「こんな事例があるくらいですから、匿われていた喰種が実は人気作家だったなんてことは、大したことない方なんですよ」
    「そうですか………」

    旧多の話に、佐々木准特等は素っ気ない反応を示した。

    二人はこの日、喰種容疑者・高槻泉の担当編集者である塩野瞬二を重要参考人として局内に連行した。喰種の蔵匿・隠避事件を担当したことのなかった佐々木が旧多に、「こういうことはよくあるのか」と尋ねたのがきっかけで、上述へと繋がる旧多の話が始まったのだ。

    「犯人の男の名は、罪口死吹と言うらしいですよ。これって本名なんですかね?」

    「さぁ………」

    「彼は特別な太刀を所有していました。何でもRc細胞の結晶が散りばめられていたらしいですよ。その刃の名前、分かります?」

    「………おちょくっているんですか?僕はその事件、始めて聞いたんですよ」

    「あっ、でした。心当たりとかは?」

    「あるわけないでしょう」

    それは良かった。



    その夜、旧多は芥子という男に告げた。

    金木研は余計なことは聞いていない。
    罪口死吹の本名は和修司吹。彼の高祖父・和修元命はV(和修)の裏切り者であり、組織を抜ける際にクインケの前身ともいえる太刀を盗んでいった。という、真相に行き着いてはいない。

    「和修刀―――ホント古いネーミングセンスですよね。江戸時代に付けられたから仕方ないか」



    あの日見た刃の名を、僕はまだ知らない。








    ―完―
  70. 70 : : 2016/08/26(金) 22:17:21
    【あとがき】
    執筆期間・・・五ヶ月超!長かったです!
    当初はもっと早く書き終える予定でしたが、思ったより内容が長くなったのと、思ったより忙しかったです。

    さて、今作はheiße:無銘の戯言遣いさんとの合作でした。自身初の合作で、しかもハイセさんと組むと言うことで、ワクワクが止らなかったです。ハイセさんの諸事情により、途中からは私一人で進めましたが、ハイセさんの意志はしっかりと受け継げたと勝手に思っています。

    最後まで読んでくださった読者様、本当にありがとうございました!
    そしてheiße:無銘の戯言遣いさん、お付き合いいただき感謝です!苦しい時期かもしれませんが、頑張ってください!応援しています!
  71. 71 : : 2020/10/26(月) 14:57:18
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

    ⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

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