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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

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TRICK~ssnoteスペシャル~TRICK×進撃の巨人

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  1. 1 : : 2015/08/21(金) 21:23:40
    こんばんは。執筆を始めさせていただきます。

    今回は、私が手掛けるシリーズ、『進撃の調査劇団~ピーターパン~』にて、“わいは”への旅を手に入れたエレンとエルヴィンが、

    かつて一世を風靡したドラマ、『TRICK』の世界に迷い込み、お馴染みのキャラクターとともに、事件に巻き込まれる物語です。

    読みやすさを優先し、今回はコメントを制限させていただきます。

    そして、安定の亀更新です(笑)

    TRICK独特の世界観を、精一杯描いていきたいと思います。よろしくお願いします。
  2. 2 : : 2015/08/21(金) 21:27:52



    “超能力”とは、通常の人間にはできない事を実現できる、特殊な能力の総称である。


    超能力の存在に対しては、1世紀以上に渡り実験的研究が続けられているにもかかわらず、依然として多くの異論が存在する。


    果たして、超能力は本当に実現するのか。


    それを証明する根拠は、未だに存在していない…。
  3. 3 : : 2015/08/21(金) 21:54:05



    ****


    「…レン…エレン…」


    その声に、エレン・イェーガーは、ゆっくりと目を開いた。


    連日の激務による疲れからなのか、いつの間にか眠っていたようだ。


    「ん…あ…」


    周りを見回すと、隣に自分を見つめる上官の顔がある。エレンは慌てた。


    「はっ、エルヴィン団長…す、すみません、眠ってしまって…」


    「…うむ…」


    エルヴィンはうなずくと、人差し指を口元に当ててみせた。静かにしろ、という事なのだろうか。エレンは、改めて周りを見た。


    …どうやら、自分は何かの乗り物に乗っているようだった。それは、普段見慣れている馬車とは程遠く、スピードもさることながら、まるで、大きな箱のようだ。


    そこには、多くのイスが備え付けてあり、まばらだが、人の姿も見える。ただ、その誰もが、見慣れない服装に身を包んでいた。


    見慣れない人々に、見慣れない乗り物。…外の風景は、どうやら山の中のようだ。


    エレンは、まだ自分が夢の中をさ迷っているような感覚を、ぬぐいきる事ができぬまま、隣に座る上官を見た。


    調査兵団団長、エルヴィン・スミスは、周りの環境に戸惑う様子もなく、まっすぐに前を見つめている。


    ただ、服装はこれまた珍妙で、頭には黒く大きなメガネを乗せ、着ている物は派手なシャツに、短いズボンだった。


    「エレン…もうすぐ、“わいは”だ。」


    その言葉に、エレンははっとした。そうだ、自分はこのエルヴィン・スミスと、南国の楽園、“わいは”に向かっているのだ。


    でも、いつの間に眠ってしまったのだろう。エルヴィンに誘われ、兵団本部を出たまでは覚えているのだが、その後の記憶も、あいまいなままだ。


    いったい、ここはどこなのだろう。


    そのまま揺られること、1時間。1人、また1人と乗客は減っていき、ついにエレンとエルヴィンの2人だけになった。


    「…あの…団長。」


    「なんだ。」


    エレンは、窓の外を見つめるエルヴィンに、声をかける。


    「その…“わいは”には、いつになったら着くのでしょうか…どんどん山奥に入っていくみたいですけど…」


    乗り物は、どんどん人気の無い道を突き進んでゆく。エレンの不安はつのるばかりだ。


    エルヴィンは、旅行の手配をしてくれた商人から受け取った冊子を確認すると


    「この道で…間違いないはずなんだが…」


    と、普段の彼らしくない、曖昧な返事を返した。だが、今さら引き返すわけにもいかない。


    「…もうすぐ降りるぞ。」


    エルヴィンの声を合図にしたかのように乗り物が停まると、2人は荷物を抱え、深い森の中に足をおろした。


    乗り物は、2人を降ろすと、そのまま走り去っていった。


    エレンはふと、深い木々に埋もれかかった、古びた立て札を見つけた。


    『清仁村→この先2キロ』


    エレンに、その立て札の文字は読めなかったが、唯一、矢印の先に、何かがあるという事は、理解できた。


    「行くぞ。」


    エルヴィンも立て札を見つけたのか、描かれた矢印に従い、歩を進める。


    「あっ…待ってくださいよ、団長…」


    エレンも慌てて後を追った。


    そんな彼らを、


    『クマ牧場、ありません!』


    と描かれた立て札が、静かに、見守っていた。
  4. 4 : : 2015/08/22(土) 21:24:59



    今をときめく天才マジシャン、山田奈緒子(やまだなおこ)は、いつものように、とある寂れた遊園地の舞台に立っていた。


    演目は、彼女の得意とする、ゾンビボール。金色のボールが、手を触れていないのにもかかわらず、空中をスイスイと浮遊するマジックだ。


    それを華麗に決めた彼女は、観客席に向け笑顔を見せる…が、その表情はすぐにひきつる。


    いない。誰もいない。安っぽい作りのベンチに、ぱらぱらと人は座っているものの、皆それぞれ居眠りをしたり、スマートフォンをいじったりしてして、誰1人奈緒子の演技に注目する者はいなかった。


    その…それほど見慣れていない事もない光景に、奈緒子は、しおしおと視線を落とす。


    …が、そんな中、ただ1人彼女に声援を送る人物がいた。


    奈緒子の唯一のファンともいえる、照喜名保(てるきなたもつ)である。


    彼はその小太りの体を揺らしながら、満面の笑みを奈緒子に向ける…が、奈緒子は彼に笑顔を返す事なく、そそくさと舞台裏に身を引っ込めた。


    そして、その場でアッサリと舞台をクビになり、奈緒子は別の演者が舞台で大声援を浴びているのを尻目に、1人すごすごと家路に向かうのだった。


  5. 5 : : 2015/08/22(土) 21:56:34
    奈緒子が住むアパート、【池田荘】あらため、【エコメゾン・池田】(…が、実質見た目や中身はそのままだ)に着くと、いきなりアパートの家主、池田ハル(いけだはる)の巨体が、奈緒子を出迎えた。


    「山田!」


    奈緒子はとっさに物陰に身を潜めるも、ハルの目はごまかせない。


    「山田!先月と先々月の家賃、早く払ってもらわねぇと…」


    バレバレではあるものの、それでも身を潜めたまま、奈緒子は応じる。


    「その…もうすぐ、インドネシアの宝くじが当たるんで…そうしたら…」


    そんな得体の知れない物がアテにならない事は、火を見るより明らかである。ハルは言った。


    「あのね、私たちにも人生設計ってもんがあんのよぉ。もうすぐハーミーとジャルが小学校だし、こっちも金が必要なんだよ…」


    ハーミーとジャルというのは、奈緒子と同じアパートに住む、ジャーミーくんと、池田ハルとの間に生まれた双子の女の子の名前である。


    「コドモニ~ドンドンオカネカカル~、ワタシ、モットモットシゴト、ガンバリマス~。」


    いつの間にか、ジャーミーくんも、ハルの隣に立っている。


    ハルは、とろけるような笑みを彼に向け


    「あんまり無理しちゃダメよ、ダーリン♡」


    ジャーミーくんもそれに応じ


    「ワカッテルヨ、ハニー♡」


    奈緒子は、その隙を見逃さなかった。


    「くわっぱ!!!」


    と謎の掛け声を発したかと思うと、奈緒子は自室に向かって一目散に駆け出した。


    「こら、待て山田!」


    ハルの怒鳴り声にも振り向く事なく、奈緒子は無事、自室へとたどり着いたのだった。
  6. 6 : : 2015/08/23(日) 21:25:29
    最近オートロックになった扉をなんとかこじ開け、自室へと入った奈緒子の目に飛び込んできたのは、ちゃぶ台の上にちょこんと座った、奈緒子がこの世で最も関わりたくない男を型どった人形だった。


    「…。」


    奈緒子が呆然としていると、どこからともなく、男の声が聞こえてくる。


    「待っていたぞ、YOU。」


    辺りをざっと見回しても、男の姿は見えない。まるで、ちゃぶ台の上の人形が、奈緒子に語りかけているようだ。


    男は続ける。


    「はっはっは。驚いたか。またいつものように舞台をクビになったYOUを、元気づけてやろうと思ってな。」


    痛いところを突かれ、奈緒子は部屋の隅に置かれた不自然過ぎるダンボール箱を、キッとにらみつける。


    「…上田!そこにいるのは分かってるんだ!さっさと出て来い!」


    すると、ダンボール箱はガタガタと揺れ動き、中から1人の男が這い出して来た。


    「上田!」


    上田と呼ばれた男は、まったく悪びれる様子もなく、ちゃぶ台の前に座り、自身を型どった人形を抱き上げた。


    奈緒子も、すぐさま上田と向き合うように座り、非難がましい視線を、彼に浴びせた。


    この男の名は、上田次郎(うえだじろう)。日本科学技術大学教授であり、奈緒子と共にいくつもの不思議な事件を解決した、いわば相棒のような存在である。


    ただ、この説明を奈緒子が知ったならば、彼女は烈火のごとく怒り、否定する事だろう。


    なぜならば、奈緒子が摩訶不思議な事件に巻き込まれる元凶は、紛れもなく彼であり、しかも事件の間はまったく役に立たず、挙げ句の果てに、奈緒子が解決した事件の手柄を、教授である彼がすべてかっさらってゆく始末だ。


    奈緒子は常に、こう肝に銘じていた。


    上田(コイツ)といると、ロクな事が無い。


    「どうした、そんな怖い顔して。ま、茶でもどうだ。」


    上田はいつの間にか、湯呑みと急須を取りだし、茶の準備をしている。何度も言うが、ここは奈緒子の部屋だ。


    悠々と急須に湯を注ぐ上田に対し、奈緒子の表情は固い。


    「上田…今度は何の用だ…」


    長年の経験から、奈緒子はあえてそう切り出す。


    そんな奈緒子を尻目に、上田は2つの湯呑みに茶を注ぐと、1つを奈緒子の前に押しやる。


    「上田!」


    奈緒子が声を上げると、上田はようやく、こう切り出した。


    「…ところで君は、超能力がこの世に実在するとしたら、どうする?」


    「そんなことはあり得ませんよ。」


    奈緒子は、毅然とした態度でそう答える。


    「そういった類いは、全て奇術で説明できます。」


    そう信念を語る奈緒子に、上田はこう続けた。


    「…実はある村に、超能力で村人を支配する女が現れたんだ。」


    上田の言葉に、奈緒子は眉を潜める。


    「それは、昨日の事だ。俺のところに、1人の少年が訪ねて来たんだ…」


    「…少年?」


    奈緒子は、不本意ではあるものの、いつしか上田の話に、耳を傾けていた…。
  7. 7 : : 2015/08/24(月) 21:44:39
    その日、1人の少年が、上田の研究室を訪ねて来た。


    年の頃は、十代半ばくらいだろうか。黒い髪を短く刈り上げた、純朴そうな少年である。


    訪問者がまだ子どもという事もあり、上田は軽くあしらい、早々に追い払おうとしたが、少年がカバンから取り出した著書、『どん超』シリーズ、『なぜベス』を見たとたん、あっさりと相好を崩した。


    「上田先生の事は…常々、尊敬いたしておりました…」


    「いやいや。それほどの事ではあるが…はは。」


    「僕は…こういう者です。」


    少年がそう差し出したのは、厚紙を名刺大に切り、ボールペンで書き記した、手作りの名刺だった。


    『清仁村 暮津戸小丸』


    「せっ…せい…ひとし……むら?」


    見慣れない名称に苦戦する上田に、少年は口を開く。


    「きよじん村、です。僕は、暮津戸小丸(ぼつとこまる)といいます。」


    「それで…君はなぜ、私のところに?」


    上田の問いに、小丸は深刻そうに顔を曇らせ、語り始める。


    「…上田先生は、坂見赤子(さかみあかこ)という人物を、ご存知ですか?」


    「さかみ…あかこ…?」


    聞き慣れない名前に、上田は眉を潜める。小丸は続ける。


    「赤子は…ある日突然、僕たちの村に現れて…体を宙に浮かせたり、何も入っていないはずの箱から、物を取り出したり、他人が選んだカードを、ピタリと言い当てたりと、不思議な力を、次々と村人の前で披露し始めたのです…」


    小丸はここで、言葉を切った。上田は、全てお見通しと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべ


    「分かったぞ…それはおそらく、その村の周りにだけ、特殊な磁場が発生して…」


    「…村の人たちは、すっかり赤子の力を、信じ込んでしまいました…」


    上田が上機嫌に、とうとうと語り出すのを尻目に、小丸は続ける。


    「…そして赤子は、『自分に帰依しなければ、村に大きな災いが訪れる』と宣言し、次々に村人たちは、赤子の信者になっていったのです。僕の父は、村長をしているのですが、今、僕の父率いる、反赤子派と、赤子派で、村は真っ二つに対立してしまって…」


    小丸はここで、悔しそうに顔を歪め


    「僕の親友も…すっかり赤子の虜になってしまったのです…」


    「…。」


    上田が話に聞き入っていると、不意に小丸は身を乗り出す。


    「お願いです。上田先生のお力で、赤子のインチキを暴きだし、親友を…僕の村を、救ってください!!!」
  8. 8 : : 2015/08/26(水) 21:27:39
    上田の話を聞き終えた奈緒子は、深いため息をついた。


    「…呆れた。赤子が披露したものは全部、ただの奇術じゃないですか。」


    上田は、とっさに余裕の笑みを浮かべ


    「はは。俺もとっくに気づいていたんだがな…日頃の研究の疲れからか、その時に限り滑舌が普段の三分の一にまで低下し…」


    「上田さん。」


    上田の言い訳を絶ちきるように、奈緒子は言う。


    「上田さん…まさか、また私に手伝わせようって魂胆なんじゃ…」


    ドンドンドン!!!


    玄関から聞こえる大きな音に驚き振り向くと、何者かがドアを勢いよく叩いている。


    磨りガラス越しに見える顔は、紛れもなく、大家のハルのものだ。


    「山田!そこにいるのは分かってる!さっさと出てきて、家賃、払え!!!」


    そして、なおもハルは、扉を突き破らんとばかりに、叩き続ける。


    家賃を払っていない奈緒子にとって、当然の結果ではあるものの、今の奈緒子には、どうすることもできない。


    息を殺し、必死に居留守を使ってやり過ごそうとする奈緒子に、上田はチャンスとばかりに、らんらんと輝く瞳を、奈緒子に向けたのだった…。
  9. 9 : : 2015/08/28(金) 21:23:19
    …気がつけば、奈緒子は上田の愛車、『次郎号』の助手席に座り、徐々に深まってゆく緑の景色を眺めていた。


    上田は、というと、爽やかな笑みを浮かべたまま、ハンドルを握っている。


    後部座席には、上田次郎人形も座っている。前に座る2人と同じく、シートベルトをしているので、急ブレーキをかけても安心だ。


    「たまには自然と触れあうのも悪くないな…はは。」


    と、ご機嫌な上田に対し、奈緒子の表情は、固いままだ。


    結局、家賃を半年分肩代わりすることを条件に、上田に同行したのだが、奈緒子は長年の経験からか、言い知れぬ不安と、不思議な予感の2つを、その胸に抱えていた。


    言い知れぬ不安…何かが起こる。これから自分たちが行く先で、何かが…。


    そしてもう1つ…今まで自分が交わった事の無い…もしかしたら、自分とまったく違う世界を生きている“何か”が、この先待ち構えているのではないか…。


    黒門島のシャーマンの血を引く奈緒子の予感が的中するのは、もう間もなくである。



  10. 10 : : 2015/08/28(金) 21:35:50
    「YOU。なんて顔してるんだ。」


    いつの間にか、眉間にしわを寄せている奈緒子に、上田は声をかける。


    「いえ…別に。」


    胸に抱える様々な感情を言葉に表す事が出来ない奈緒子は、そう口ごもる。


    「…目的地まで、まだ時間がある…そこのダッシュボードを開けてみろ。」


    言われるがままに、奈緒子はダッシュボードを開くと、中に1冊のパンフレットが入っていた。


    「…なんですか、これ。」


    「これから行く、清仁村に関する資料だ。清仁村は、人里離れた山奥で、俗世間との関わりを極端に避け、農業と林業だけで生計を立ててきたんだが、近年、観光地として村おこしを始めようとする動きが高まってきたらしくてな…」


    奈緒子は、パンフレットを開いた。


    「おおう!?」


    そこに描かれていた内容に、奈緒子は目をみはった。


    豪華なリゾートホテルに、温泉。そして、山の中なのになぜかオーシャンビュー。白い砂浜の上で戯れるビキニの美女。


    そして…ホテルの豪華バイキング…食べ放題!!!


    「…清仁村…素晴らしい所ですね…」


    さっきまでの険しい表情は、どこへやら。奈緒子は溢れる期待に、頬を上気させる。


    そんな奈緒子に、上田は静かに言い放つ。


    「…もっとよく見てみろ。」


    「…え?」


    奈緒子がもう1度目を凝らして見てみると、パンフレットの端の方に、小さく『完成イメージ図』の文字が…。


    「…。」


    奈緒子は、がっくりと肩を落とした。


    「…完成してないのかよっ!」


    ぶつぶつと文句を言い続ける奈緒子を乗せたまま、次郎号は清仁村へ向かって走り続けた。
  11. 11 : : 2015/08/30(日) 21:57:40



    エルヴィン・スミスは、とある存在と対峙していた。


    調査兵団団長を務める彼が対峙するもの…巨人だろうか、いや、違う。


    「ここは…わいは、ではないのか…」


    「…あんたぁ、誰だぁ?」


    エルヴィンが対峙しているのは、いかにも田舎暮らし、といった風体の老人だった。


    「私の名前は…エルヴィン・スミスだ。」


    エルヴィンは、自身のよく通る声で、そう堂々と名乗ってみせる。


    一方老人は、というと、聞き慣れない横文字に、怪訝そうな表情を浮かべる。


    「………はあ?」


    「だから、エルヴィン。エルヴィン・スミス。」


    「……けるびん…………しみず?」


    「…。」


    エルヴィンは、深い深いため息のあと、再度老人に尋ねる。


    「…ここは、わいは、ですか?」


    老人は、深くうなずき


    「そんだ…ここは、わいはだ。」


    その返答に、エルヴィン、そしてエレンは、驚き顔を見合わせた。


    商人に渡されたパンフレットと、あまりにも違い過ぎる。


    今、2人が立っている場所は、どう見ても山奥の廃れた村だ。


    「あの…何かの間違いじゃ…」


    おずおずと尋ねるエレンに、老人は言う。


    「いんや…ここは、間違ぇなく、“わいは山”の、清仁村だ。」


    「わいは……山…?」


    「なんだ…わいはって、山の名前なのか…ん?」


    ふと、エレンは視線を感じ、振り向いた。


    「…。」


    そこには、なぜか首元に大きな赤いリボンを結んだ、自分と同い年くらいの少年が、じっ…とこちらを見つめ、立っている。


    「あ…」


    エレンが声をかけようとすると、少年は足早にどこかへ去っていってしまった。


    「…なんなんだ、あいつ…」


    そうつぶやきながらも、エレンは先ほどの少年の顔には見覚えがあった。


    …似ている。


    そう。馬面で、目付きも凶悪な、あの同期の顔に…。
  12. 12 : : 2015/08/31(月) 21:28:25




    「あ…上田先生!」


    次郎号で山道をひた走り、さらに車では通れぬ程の獣道をやっとこさ歩き、清仁村にたどり着いた2人を迎えたのは、村長の息子である、暮津戸小丸だった。


    「遠い所を…よくお越しくださいました。父も喜びます。」


    人懐っこい笑みを浮かべ、小丸は上田と握手を交わすと、隣に立つ奈緒子を見、首をかしげる。


    「…そちらの方は…?」


    上田は、笑顔のままこう答える。


    「ああ。こいつは5万番目助手の山田です。」


    「5万て…どんだけ多いんだっ!」


    奈緒子はすかさずツッコミを入れる。


    「山田さんですね…僕は、暮津戸小丸と申します。よろしくお願いします。」


    小丸は、奈緒子に対しても、律儀に頭を下げ、握手を求める。


    「はあ…どうも。」


    握手に応じながら、奈緒子は改めて小丸を見た。


    上田が話していた通り、まだ10代半ばほどの少年らしく、その顔立ちには、あどけなさが残る。


    黒い髪を短く切り、サイドは刈り上げている。前髪は真ん中で分けられ、頬には、ニキビの跡がある。


    そしてその表情からは、彼の誠実さや優しさが、わずかに言葉を交わしただけでも、充分に伝わってくる。


    おそらく年若いながらも、周囲からの信頼を、おおいに得ている存在なのだろう。


    「…さ、立ち話もなんですし、僕の家へどうぞ。父も待っています。」


    「では…お言葉に甘えて。」


    小丸に案内され、歩き始める上田に続こうとした奈緒子は、ふと、辺りを見回した。


    …それは、異様とも言える光景だった。


    村人のなかに、なぜか大きな赤いリボンを結んでいる者がいる。


    男性は首元に。女性は頭に。


    そして、リボンをしていない村人が、自分たちを珍しそうに眺めているのに対し、リボンを結んでいる者は、皆一様に、敵を見るような目で、こちらをにらんでいる…。


    いったい、彼らは何者なのだろうか。


    奈緒子は首をかしげたが、上田たちとの距離が思いのほか開いているのに気づくと、慌てて後を追うのだった。
  13. 13 : : 2015/09/07(月) 21:36:29
    小丸の父、暮津戸村長は、奈緒子たちを快く迎えてくれた。


    「こんな山奥まで、大変だったでしょうに。本当に、感謝しています。」


    息子同様、村長は上田、そして奈緒子と、それぞれ丁寧に頭を下げ、握手を交わした。


    年の頃は50前後だろうか。笑う度に刻まれる目尻のシワが、彼の温厚な人柄を顕著に表している。


    「父さん。上田先生は、東京の大学で教授をなさっていて、素晴らしい本も、いくつも書いていらっしゃる、とても偉い先生なんだよ。先生がいれば、きっと赤子のインチキもすぐに暴いてくれるに決まってる。」


    と、小丸は期待を込めた眼差しを、上田に注ぐ。村長も満足そうにうなずき


    「そうでしたか。そんな立派な先生でしたら、もう安心だ。」


    「私が来たからには、大船に乗ったつもりでいてください。はははは。」


    先ほどからベタ褒めされ続け、上田はすっかり気を良くしている。奈緒子は呆れた。


    そして、1つの疑問を、村長に投げ掛ける。


    「そういえば、ここに来るとすぐに、こう…頭や首元に、赤いリボンを付けた人たちがいましたが…あの人たちは、いったい…」


    奈緒子の言葉に、暮津戸親子は、そろって顔を曇らせる。


    「…それはきっと、赤子に帰依した人たちですよ。坂見赤子の信者は、なぜか赤いリボンを結ぶ事になってるんです。」


    小丸が答える。


    「…そうだったんですか。」


    …となると、先ほど感じた、赤いリボンを付けた村人たちからの敵意に満ちた視線は、気のせいではないのだろう。


    すると、村長が立ち上がる。


    「ではさっそく、赤子の所へ向かいましょう。案内します。」


    と歩き出すものの、村長は足が悪いのか、よろよろと覚束ない様子だ。


    それを見た息子は、慌てて父に駆け寄り、その体を支える。


    「父さん。無理しちゃダメだよ。先生は、僕が案内するから…」


    その言葉に、村長は再び椅子に腰をおろすと


    「そうか。すまないな小丸。だがくれぐれも、先生に失礼のないようにな。」


    小丸は優しく微笑み


    「分かったよ。父さん。」


    そして上田と奈緒子は、小丸に案内され、坂見赤子のもとへと向かった。



  14. 14 : : 2015/09/08(火) 21:24:15
    奈緒子たちは、村はずれの屋敷へとやって来た。小丸の話によれば、この屋敷の中に、赤子がいるらしい。


    屋敷に入ろうとすると、首に赤いリボンを巻いた1人の少年が立ちはだかった。


    小丸と同い年くらいの、面長で目付きの鋭い少年である。


    「何の用だ、小丸。」


    「…潤(じゅん)。」


    2人は知り合いなのだろうか。小丸は、そのままうつむいてしまう。


    潤と呼ばれた少年は続ける。


    「いい加減、つまんねぇ意地を張るのはやめろ。赤子様の力は、本物だ…」


    潤はそこで、言葉を切った。そして、重々しく口を開く。


    「……ので、早くお前も、赤子様に帰依しろ。そのほうが良い。」


    妙な話の切り方に、奈緒子は小声で


    「なぜそこで切るっ」


    と、さりげなく突っ込んだ。


    小丸は、顔を上げた。


    「潤こそ、いい加減目を覚ませ。君は…君は赤子に、騙されてるんだ。」


    「うるっせぇ!!!」


    潤は小丸の胸ぐらをつかんだ。


    「赤子様のお力を、インチキだなんだって言いがかり付けやがって!何の根拠があってそんな事言いやがんだてめぇは!!!」


    胸ぐらをつかまれながらも、小丸は言う。


    「う…きょ、今日は…いつもとは違う…東京から、偉い学者先生が…来て…くださったんだ…」


    「なんだって!?」


    その言葉に驚き、潤の手が緩んだスキに、小丸は潤の手から逃れ、続ける。


    「この…上田先生が、必ず赤子のインチキを暴いてくださる。そうすれば…」


    潤は敵意に満ちた視線を、上田に向ける。当の上田はというと、鋭い視線にビビっているのか、潤から視線をそらし


    「い…いや…私は…その…」


    「…いったい、何が起きたの…?」


    すると、屋敷の奥から、1人の人物が歩み出て来た。それは…
  15. 15 : : 2015/09/08(火) 22:00:34
    「…赤子様!」


    奥から歩み出た人物に、道を空けようと、潤は慌てて脇に身を寄せ、頭を下げる。


    ー妖艶。


    彼女を表す言葉があるとしたら、その言葉がふさわしいのだろう。


    黒く、美しい髪は、肩まで伸び、歩く度にさらさらと靡いている。


    肌は雪の様に白く、その顔立ちは、とても美しい。


    そしてその女性にしては長身な体を、彼女の髪の色と同じ黒い浴衣で包み込んでいる。


    基本的に、美人にすぐ心奪われる上田であるにもかかわらず、美しい赤子を目の前にして、その心は完全には揺れ動く事は無かった。


    なぜなら、赤子はまだ15、6ほどの、まだあどけなさが残る少女だったからである。


    しかしながら、彼女が身にまとっているカリスマ性を帯びたオーラは、成人のそれに引けをとらない物であった。


    「…この方たちは?」


    赤子の、薄い桜色に染まった唇が動く。


    「はい。東京から来た、学者だそうです。」


    潤が答える。


    赤子は、その細く整った眉を、わずかに潜める。


    「学者が…どうして、ここにいるの…?」


    上田は、へらへらと愛想笑いをみせ


    「は、はは…いや、たまには森林浴でもと。都会に暮らしていると、なかなかこう…自然とふれ合う機会が…」


    そんな上田を尻目に、奈緒子は赤子の前に進み出ると


    「村長さんから、あなたのインチキを暴くように、依頼されて来たんです。」


    赤子の瞳に、漆黒の闇が宿る。常人であれば、それを見ただけで萎縮してしまう所だが、今の奈緒子には、通用しなかった。


    「…インチキ?」


    「はい。あなたがこの村でやっている事は、おそらく、全部ただの奇術です。」


    奈緒子は、毅然とした態度でそう言い放った。すると潤が、


    「何を言いだすんだてめぇ!」


    「…潤、やめて。」


    赤子は静かに潤を制すと、奈緒子に言った。


    「そうですか。私の力を見た事も無い人たちに、そこまで言われるのは心外…ので、私の力を、これからあなたたちにもお見せする…」


    「そうだ!そうすりゃあんたたちだって、赤子様の力を認めるはずだ!」


    自信に満ちた表情で、潤が言う。その様子を、小丸は悲しそうに見つめている。


    「…30分後に、この先の広場へ…」


    赤子はそう告げると、屋敷の奥へと姿を消した。潤も、その後に続く。


    「…潤…」


    小丸は、悲しげに潤の背中を見送る。


    「小丸さん…君が言っていた、親友というのは…」


    上田の問いに、小丸は力無くうなずき


    「はい…先ほどの彼です。桐下潤(きりしたじゅん)といいます。僕の幼なじみなんです…」


    「30分後に、赤子は何を私たちに見せるつもりなんでしょうか…」


    奈緒子の問いに、小丸は


    「…分かりません。」


    奈緒子が思考を巡らそうとした時、小丸とも、潤とも違う、別の少年と思われる声が、耳に飛び込んできた。


    「ですから団長!あれは、絶対ミカサですって!」


    見ると、妙な2人組の姿が、少し離れた所に見える。どうやら、少年がもう1人の背の高い金髪の男に、なにやら訴えている様子だ。


    いつしか奈緒子も、そして上田も、先ほどの赤子との一件すら忘れ、その2人組に釘付けになっていた…。
  16. 16 : : 2015/09/09(水) 21:17:05
    「団長も見たでしょう!?服装は違ってたけれど、あの顔、声、しゃべり方…どれをとっても、ミカサそのものでした!」


    と、興奮している様子の少年に対し、金髪の男は冷静に少年をなだめている。


    「落ち着け、エレン。確かに良く似てはいたが、彼女は名をサカミアカコと名乗っていたし、君の事も、全く知らないと言っていた。おそらく、別人だ。」


    「…しかし…」


    彼らの口から、赤子の名を耳にした奈緒子は、声をかけてみる事にした。


    「あの…すみません…」


    声をかけられ、2人はそろって奈緒子に視線を向ける。


    そして奈緒子は、その奇妙な姿に、改めて目を見張った。


    背の高い男は、西洋人なのか、美しいブロンズの髪を七三に分け、瞳の色は鮮やかな青だ。背も、高いだけでなく、体格もガッチリしている。


    しかしながら、端正な顔立ちから、スポーツ選手と言うよりは、映画か舞台俳優のようだ。


    一方、少年の瞳は美しい翡翠色で、髪は黒みがかってはいるものの、顔立ちは東洋人のそれとは少し異なるものだった。


    そして何よりも妙だったのは、彼らの服装だ。


    金髪の男は赤色、少年は青色のアロハシャツに、お揃いの白い短パン。頭には、これまたお揃いの大きなサングラス。足元は、ビーチサンダルを履いている。


    その様は、この清仁村の雰囲気から、完全に浮いていた。


    「…私たちに何かご用ですか。お嬢さん。」


    彼らの異様さに言葉を失う奈緒子に代わり、金髪の男がそう問うてくる。奈緒子は、はっと我に返ると


    「あの…さっき赤子の事を話していたみたいですけど…彼女の知り合いか何かなんですか…?」


    その問いに、先ほどエレンと呼ばれた少年が答える。


    「そうなんです!名前は違うけど、オレの同期と瓜二つなんです!あいつ、絶対ミカサに違いない…」


    「…ミカサ?」


    「あ、オレの同期の名前です。」


    すると、金髪の男が口を開く。


    「しかしな、エレン。他人のそら似という事もある。」


    「でも団長…アカコと一緒にいた、あのジュンって奴も、ジャンにすごく似てたし…何なんですかこの村…もう、わけ分かんねぇ…」


    少年は疲れた様子で、がっくりと肩を落とした。
  17. 17 : : 2015/09/10(木) 21:44:43
    「…あの…あなたたちは、この村の住民ではありませんよね。いったい、何をしにこの村に来たんですか?」


    奈緒子はそう訊ねながらも、もしかしたら、バカンスに来たのではないかとも思った。


    次郎号の中の自分のように、あのインチキパンフレットに騙されたのではないか、と。


    金髪の男は、重々しく口を開いた。


    「……森林浴だ。」


    「…はい?」


    「森林浴だ。」


    その格好で?


    奈緒子が突っ込みを入れる前に、上田が彼らの前にしゃしゃり出てきた。


    「すみません、こいつが、大変無礼な事を…」


    こいつ、というのは、無論奈緒子の事である。上田は続ける。


    「こいつは強欲な上に、大飯食らいで、しかも胸の貧相な女でして…」


    「…上田っ!」


    最も気にしている事を言われ、奈緒子は上田を思いっきりにらみつける。


    金髪の男は、ふと奈緒子の胸を注視し…


    「…うむ。」


    納得した。


    「何を納得した!?」


    上田は、何事も無かったかのように続ける。


    「こいつには、私からキツく言っておきますので、どうか、お気になさらず…」


    上田の言葉に、金髪の男は笑った。


    「いえ。我々は特に何も気にしていませんよ。本当に…本当に森林浴に来たのですから。」


    上田も笑った。


    「ほう…それは奇遇ですね。実は私も、日頃の都会生活に疲れ、広大な大自然に触れてみたいと思いましてね…」


    小さな寂れた村に来て、何が大自然だ。奈緒子は、深いため息をつく。


    「申し遅れました。私、日本科学技術大学教授、上田次郎です。」


    上田は、そう言って金髪の男に握手を求める。


    金髪の男は、握手に応じながら


    「私は、調査兵団団長および、調査劇団座長、エルヴィン・スミスです。」※調査劇団座長の肩書きは、数珠繋ぎ作品オリジナルです


    聞き慣れない言葉に、奈緒子は眉を潜める。


    「え…け…けるびん……しみず…?」


    奈緒子が見当違いな解釈をしているのを尻目に、上田とエルヴィンは、爽やかな笑みで握手を交わしている。


    「あの…団長…森林浴ってオレ…今初めて聞いたんですけど…わいはでビキニじゃなかったんですか…?」


    エレンが横で戸惑っているなか、今、何かを超越した熱い友情が、ここに誕生したのだった。


    「あなたとは気が合いそうだ、エルヴィン。」


    「私もだ。ジロウ。」


    「ける…びん…?かっ…かる…びー?」


    奈緒子は、なおも未知なる横文字と格闘していた…。
  18. 18 : : 2015/09/11(金) 21:41:22
    そこでふと、エレンは、奈緒子たちの後ろで呆然と立ち尽くす小丸に気がついた。


    「おい…お前…」


    ただならぬ彼の雰囲気に、小丸は思わず後ずさった。


    「な、何…?」


    エレンは、戸惑う小丸の肩を、がっちりつかむと


    「お前…マルコ…マルコじゃないか!」


    小丸は、全く聞き覚えの無い名前に、眉を寄せる。


    「マル…コ…?」


    小丸の反応をよそに、エレンは興奮した様子で


    「お前、生きてたのか!オレはてっきり、トロスト区での初陣の時、死んじまったんじゃないかって…記録だってあるし…でも、元気そうで良かった!」


    エレンは1人、嬉々とした表情で、小丸を抱き締める。小丸は、ますます戸惑うばかりだ。


    「あの…君、悪いんだけど…」


    小丸は、遠慮がちにエレンの腕から逃れると


    「僕の名前は、暮津戸小丸。その、君の言ってるマルコって人とは、別人だよ。」


    エレンは驚いた。


    「は!?何言ってんだ。こんなにそっくりなのに……あ!!!」


    小丸の顔を改めて見つめたエレンは、小丸の顔を指さし、声を上げる。


    「そっ…そ…そばかすが、無い!!!」


    どうやら、エレンの知るマルコという人物には、そばかすがあるらしいが、小丸の顔には無い。あるのは、ニキビの跡だ。


    目の前で繰り広げられる展開に、上田も奈緒子も、エルヴィンですら、呆然としている。


    「…マルコ…?」


    上田がふとつぶやき、その後に、奈緒子が続く。


    「どっちだ…母をたずねる方か…日曜の夕方にみる方か…」


    「…おいっ!」


    それ以上の発言はまずいと思ったのか、上田は奈緒子を諌めた。


    奈緒子が推測した“マルコ”と、エレンの言っている“マルコ”は、全く違う存在なのだが、その事実を、彼女は知るよしも無い。


  19. 19 : : 2015/09/13(日) 21:43:58



    奈緒子、上田、小丸。そして、エルヴィンとエレンの5人は、そろって広場へと赴いた。


    広場の中心には、すでに暗幕が広げてあり、火を灯した松明まで用意され、ものものしい雰囲気に包まれている。


    暗幕の高さは、ゆうに5、6メートルはあるだろうか。よくこの短時間で準備できたものだと、奈緒子はふと感心した。


    広場には、村の住人たちも集まっている。


    すると、赤いリボンを巻いた赤子の信者に囲まれ、赤子が姿を現した。


    いったい、これから何が起きるのか。たちまち、広場に緊張が走る。


    「これより、赤子様のお力をお前たちに見せてやる。前にも言ったが、この清仁村は、赤子様に帰依し、その教えに従わなければ、大きな災いが起きる…ので、心してその目に焼きつけるように!」


    桐下潤が、そう村人に向かって、声を張り上げる。すると、信者たちが、まるで潤の言葉を支援するかのように


    「ので!ので!ので!」


    と、謎の掛け声を上げ始める。信者ではない村人たち、そして、奈緒子らは、呆然とその様子を眺めている。


    赤子がすっと右手を上げ、信者たちが口を閉ざすと、潤にエスコートされながら、赤子は暗幕と同じ高さほどの踏み台を、一段一段、登ってゆく。


    いつしか、赤子は6メートルほどの高さにまで登りつめていた。


    潤はというと、素早く地上に降りる。


    赤子は、何かの儀式のように、両手を空に向かって広げ、踏み台からギリギリの位置で、つま先立ちをしてみせる。


    そして…


    「…のでっ!!!」


    謎の掛け声をかけると、潤はあろうことか、踏み台を勢いよくずらしてしまった。


    「…危ないっ!」


    あちこちから、悲鳴にも似た声が上がる。


    踏み台を外したら、赤子は地面に真っ逆さまに落下してしまうだろう。


    落ちたら、無事では済まない。


    奈緒子も、この後起こるであろう惨劇を想像し、思わず赤子から目を反らした。
  20. 20 : : 2015/09/13(日) 22:08:39
    どのくらいの時間が経ったのだろう。


    実際、1分も経っていなかったのだが、奈緒子には、とてつもなく長い時間に思えた。


    聞こえない。


    赤子が地面に落下する音も、悲鳴も、怒号も、何も。


    奈緒子は、おそるおそる目を開いた。


    そこには…。


    「…!?」


    赤子がいた。その場所は、地上ではない。先ほど登りつめた、6メートルほどの上空に、その両手を広げたまま、空中に立っていたのだ。


    「そ…そんな…どうして…」


    奈緒子の隣で、上田が驚きのあまり、声を震わせている。


    「エルヴィン団長…こ、これはいったい…立体機動も無しに…どうやって空中に…」


    エレンは、隣に立つ上官にそう問うも、エルヴィンも息を飲み、赤子を見つめるばかりだ。


    「これが赤子様のお力だ。だが、疑い深いお前らのために、赤子様が今、本当に宙に浮いているのか、証明してやろう。」


    そう言うと潤は、長い棒を手に、先ほどの踏み台を登り、赤子の後ろに立つ。


    そして奈緒子たちを見下ろし、言った。


    「上から糸か何かで吊るしてるとでも思うだろ。だがな、そんなインチキはしてねぇぜ…ほら、見ろ!」


    潤は、赤子の頭上に棒を振りかざし、左右に大きく滑らせてみせる。


    棒はとくに何かに引っ掛かることもなく、するすると空中を滑る。


    そもそも、ここは屋外の広場の中心であり、周りに大きな木々も無い。潤のパフォーマンスが無くとも、糸やワイヤーで吊るすトリックが不可能だということは、奈緒子には容易に想像がついていた。


    赤子は、空中に立ったまま、こう宣言した。


    「未だ多くの村人が、私に反抗した…ので、罰を与える。今夜12時、この村に、大きな災いが起きる…」


    村人たちに、戦慄が走る。


    そんな彼らを尻目に、赤子は再び潤にエスコートされ、踏み台を使い地上に降り立つと、信者たちに囲まれ、さっさと立ち去ってゆく。


    「…待ってください!」


    奈緒子は思わず赤子を呼び止める。


    「その災いというのは、いったいどんな事が起きるのですか?あなたなら、それも充分分かっているはずですよね?」


    奈緒子の問いに、赤子はふっと息をつくと


    「…あなたたちは、本当に疑り深い…ので、今晩ずっと、私たちを見張っていれば良い…」


    「…見張る?」


    「そう。それならば、あなたたちも満足なはず。」


    そう言い残し、赤子は去っていった。


    赤子は、いったい何をしようとしているのだろう。


    奈緒子は、見当もつかなかった。
  21. 21 : : 2015/09/14(月) 21:44:05
    清仁村には宿が無く、小丸の薦めで暮津戸家に宿泊する事になった奈緒子と上田、そしてエルヴィンとエレンは、小丸とともに先ほどの広場での出来事を、村長に話して聞かせた。


    村長は、驚きを隠せない様子で


    「ま…まさか、人間が宙に浮くなんて…しかも、そんな高い所まで…」


    「赤子がこの村に来てすぐにも、同じような事をあなたたちに見せたんですよね?」


    奈緒子が問う。


    「はい…しかし、宙に浮くといっても、せいぜい数センチほどで…まさか、赤子は自らの力を強めているのかも…」


    誰もが押し黙るなか、小丸が静かに口を開く。


    「…上田先生。先生には、赤子がどうやって体を宙に浮かせたのか、もう分かってらっしゃるんですよね?」


    全員の視線が、上田に集中する。


    「い、いや…それはもう…説明するほども無いくらいに、単純なトリックでして…」


    目を泳がせながらそう言ってのける上田の発言に、エルヴィンが声を上げる。


    「本当か!?さすがジロウ!俺の見込んだ男なだけあるな!」


    エルヴィンの言葉に気を良くした上田は


    「そうか…ははっ。実はな、赤子の履き物には強力な電磁石が含まれていて、そして同じく仕掛けておいた地面の電磁石に反応し…」


    「それは違います。」


    上機嫌に語り出す上田の説を、奈緒子はすっぱり経ちきった。


    そして、静かに謎解きをはじめる。


    「…赤子はおそらく、踏み台と同じ高さに作られた、透明な鏡張りの台に乗り移っていたんです。暗幕を張り、さらに、松明まで用意したのは、透明な台を目立たなくするためだと思います。」


    皆、一様に押し黙って、奈緒子の話に耳を傾けている。


    「さらに、桐下潤という少年が行った、あの棒を使ったパフォーマンスは、ワイヤーでのトリックを否定するだけでなく、私たちを透明な台のある足元ではなく、頭上に視線を反らすための効果もあったんです。」


    奈緒子が口を閉ざすと、皆納得したように、うなずいた。


    「はは。私の思っていたとおりですね。ちょっとばかし、こいつの力を試すために、デタラメの説を披露したんですよ。ははは。」


    しゃあしゃあと言ってのける上田に、奈緒子は大きくため息をつくと


    「…しかし、このトリックが分かったからと言って、赤子が今夜、何を仕掛けてくるかは、見当もつきませんね…」


    「…やはり、赤子を今夜見張るべきなんでしょうか…」


    小丸も、そう言って息をついた。


    すると、外から


    「わん…わんわん!」


    犬の鳴き声だ。すると小丸は、笑顔を浮かべ、入り口の扉を開いた。


    「おや、来てたのか、ジョン。」


    そこには、まだ仔犬らしき可愛らしい柴犬が、しっぽを振り座っていた。


    「わん!」


  22. 22 : : 2015/09/16(水) 20:56:02
    「よ~しよし…」


    小丸は庭に出ると、仔犬の頭を撫でる。


    奈緒子も、庭に出てみた。


    「…可愛いですね。この家で飼ってるんですか?」


    「いえ…父が、幼い頃犬に咬まれた事があるらしく、大の犬嫌いで…こいつは、潤の家で飼われてる、ジョンです。」


    「わん!」


    ジョンは、奈緒子に挨拶するように一声吠える。なかなか、賢そうな犬だ。


    奈緒子も、小丸の隣にしゃがみこみ、ジョンを撫でる。


    「…ずいぶん人懐っこい犬ですね…」


    「はい。僕も、潤の家に遊びに行った時、よくジョンとも遊んでいたんです…な、ジョン?」


    「わん!」


    小丸の表情に、再び影がさす。


    「こいつは…本当に潤の事が大好きで…心が通じあっているみたいに…潤の言う事をよくきいて…でも、赤子が現れてからというもの、潤は、全然ジョンの相手をしなくなってしまって…寂しいよな、ジョン…」


    「…クゥン…」


    小丸の言葉を理解したかのように、ジョンは、悲しそうな声を出した。

  23. 23 : : 2015/09/16(水) 21:31:32
    エレンは、ふっと息をついた。


    マルコによく似た、コマルという少年は、あの髪の長い女性と庭で何やら話しこんでいる。


    エルヴィンは、というと、ジロウというメガネの男性とすっかり意気投合したらしく、仲良くお茶を飲んでいる。


    「私はな…ジロウ。壁の外でいきなり3体の巨人に遭遇するも、1体を3人の部下に任せ、自分は2体もの巨人を1人で倒してみせたんだ…ブレードを巨人の両目につき刺してな…うむ、あの時は、間一髪。危なかった…」


    エルヴィンは、ジロウにとうとうと話して聞かせている。


    エレンは、というと


    (あれ…確かその話、前にペトラさんに…でも、その時巨人を倒したのって、確か、リヴァイ兵長なんじゃ…)


    エレンは色々疑問に思いつつも、ここは何も言わないほうが良いと判断した。


    「そうか…ははは。私はな、エルヴィン…」


    2人は、とても楽しそうだ。そして、とても爽やかだ。しかし、なぜか見ていて不快だ。


    村長も、今晩自分たちが泊まる部屋の準備をしてくると言って、屋敷の奥へ行ってしまっている。


    「…どうすっかな…」


    エレンは、少し考えた後、未だ多く謎が残るこの村の周りを、探索してみる事にした。


    「団長…オレ、少しその辺を散歩してきます。」


    そう言い残し、エレンは立ち上がる。


    「はっはっはっは!」


    背後には、2人の男の楽しそうな笑い声が響く。


    「…どちらへ行かれるんですか?」


    庭に出ると、髪の長い女性に声をかけられる。


    「えっと…ちょっと、散歩です。」


    とここで、エレンはまだ自己紹介が済んでいない事に気づくと


    「まだ名前を言っていませんでしたね…オレ、エレン・イェーガーっていいます。」


    そして、遠慮がちに右手を差し出す。


    女性は、その手をまた遠慮がちに握ると


    「私は…山田奈緒子。」


    「ナオコさんですね。よろしくお願いします。」


    「こちらこそよろしく…エレンさん。」


    奈緒子の言葉に、エレンは、はにかみながら


    「あ…エレンでいいですよ。さん付けされるのって、慣れてないんで。」


    「じゃあ…エレン。散歩、気をつけて行ってきてくださいね。」


    「はい…ありがとうございます。」


    奈緒子は、エレンと会話を交わしながらも、その翡翠色に輝く瞳と、自分たちとは違う、“何か”をまとうこの少年に、しばし目を奪われていた…。


  24. 24 : : 2015/09/16(水) 21:53:48



    「それにしても…すっげぇ山ん中だな…」


    歩きながら、エレンはそうひとりごちた。村、とはいうものの、数軒の民間を通り越したかと思えば、もう険しい山道である。


    日頃、兵士として鍛えられている成果なのか、エレンは足元がビーチサンダルにもかかわらず、なんとか歩き進める事ができた。


    「…全然人がいねぇな…」


    山の中に入ると、うっそうと生い茂る木々が風に揺れる音と、鳥や虫の鳴く声以外、何も聞こえない。


    こんな山の中を歩き回っても意味が無い。


    村へ戻ろう。エレンは、そうきびすを返そうとして、ふと足を止めた。


    人の気配がする。


    エレンがそっと近づいていくと、案の定、人の姿が見える。


    どうやら、あのアカコとかいうミカサに似た少女と、ジュンという少年の2人が、身を寄せ合うようにして、何やら話こんでいる。


    エレンは、とっさに木の陰に身を隠し、2人の話に耳を傾けた。
  25. 25 : : 2015/09/19(土) 21:43:35
    「…潤…」


    「…赤子…」


    2人はそう呼び合うと、赤子はそっと、潤の胸に顔を埋めた。


    まさに、2人が親密な関係であることを示す光景である。


    未だ恋愛経験が皆無のエレンにとって、刺激的な光景を目の当たりにし、エレンは赤面した…と思いきや


    (!?…おい、あのジュンってやつ、アカコの事、様付けで呼んでたのに…なんで今は呼び捨てなんだ…何か、裏があるのか…)


    と、やや見当違いな事で、ひたすら首をひねっている。


    自らを巨人化させる能力を持ち、人類唯一の希望である彼は、恋愛方面にはからっきし興味が無かったのである。


    そんなエレンの存在に気づかぬまま、潤は続ける。


    「赤子…オレ、頑張るから…いつか、あの村を2人だけのものにするんだ…」


    「潤…嬉しい…」


    赤子は、わずかに頬を染め、微笑んでみせる。


    潤でなくても、思わず見とれてしまうような微笑みだった。当然、潤の顔はみるみるうちに赤くなる。


    「…あ、あの、東京から来た学者も…すっかり…騙されてるみたいだし…今、オレたちに歯向かってるやつらも、すぐに帰依して来るに決まってる…今夜、あの計画が成功すれば…」


    「…そうね。そうすれば、私たち、2人でいつまでも幸せに暮らせるわね…潤…」


    そこで、ふと会話が途切れた。当然である。なぜなら、赤子が潤の唇に、そっと口づけしたのだから。


    おそらく、初めてだったのだろう。潤は茹でダコの様に赤くなり、体を硬直させている。


    赤子が唇を離したあとも、潤の顔は赤いままだ。


    「…じゃあ今夜…頑張りましょう…潤。」


    そう言い残し、赤子は去ってゆく。潤は、直立不動のまま、動く気配は無い。もしかしたら、気絶しているのかもしれない。


    エレンは、訝しんだ。当然である。気になる言葉を、彼らはいくつも残していたのだから。


    (あのアカコってやつ…ミカサにすごく似てるけど…団長の言うとおり、別人かもしれねぇな…だってミカサはあんな表情しねぇし…ミカサはもっと…こう…獲物を射すくめる獣のような…そんな目付きだもんな、いつも。)


    エレンは、その、ややずれた疑惑を胸に、しばしその場に立ち尽くしていた…。
  26. 26 : : 2015/09/20(日) 21:24:26
    夜になった。


    奈緒子と上田、そしてエルヴィンとエレンは、暮津戸邸にて、共に食卓を囲んだ。


    釜で炊きあげたご飯に、山菜や川魚を中心とした、一流旅館顔負けの料理に、奈緒子は即座に箸を手にとり、がつがつと食べはじめる。


    「…うん。まあまあってとこだな。」


    と言っているわりに、奈緒子の箸は止まらない。


    「おい!意地汚いぞ。」


    そうたしなめながらも、上田も料理に舌鼓を打っている。


    「…団長…」


    いっぽう、エレンとエルヴィンは、初めて目にする料理、そして箸の登場に、戸惑っている。


    「えっと……ああやって使えばいいのか…?」


    エレンは、一心不乱に箸を動かす奈緒子を参考にしながら、悪戦苦闘しはじめる。


    「…うむ…」


    エルヴィンは、上田の手元を見、箸を手にとると、いとも簡単に山菜の天ぷらをつまんでみせる。


    「うん…なかなか美味いな。」


    「団長……オレにも、教えてください…」


    自分ではどうにもならなくなったエレンは、そう上官に泣きつくのだった。
  27. 27 : : 2015/09/20(日) 21:50:59
    「あの、エレンさん…フォークか何か、出しましょうか?」


    父と共に客人に給仕していた小丸が、エレンに声をかける。


    「…あ、いや…大丈夫だ。」


    エレンは、そう応じたあと、こう続けた。


    「あの…その、敬語とか、さん付けとか、やめてくれねぇかな。お前からエレンさんなんて呼ばれると、変な感じすっからよ…」


    未だ小丸に、亡き同期の面影をみているのだろう。


    小丸自身も、それを察したようだった。


    「…分かった。エレン。じゃあ…僕の事も、小丸でいいよ。」


    彼の…かつてのマルコにも似た優しさにふれたエレンは、微笑んだ。


    そして、小丸も。


    「…おや。小丸に新しいお友達ができたみたいだな…」


    日本酒を手にやって来た村長は、息子たちの様子に、思わず目を細める。


    「おっ…酒ですか。」


    日本酒を目にした上田の目が輝く。


    「父さん…この後、赤子の所へ行くんだから、飲み過ぎちゃダメだよ。」


    赤子により予告された時間は、今夜12時。それを前に、夕食後、赤子のいる屋敷へと、皆で赴く事になっていたのだ。


    「いいじゃないか小丸。12時まで、まだ時間はある。固い事言うな。」


    現在の時刻は、午後7時。確かに、まだ出発するには早すぎる時間帯だ。


    どうやら、村長は酒好きらしく、ちゃっかり自分の杯も準備している。


    「そうですね…さあ、エルヴィン。俺たちの出会いに…」


    上田は、そう言いながら2つの杯に酒をそそぎ、1つをエルヴィンに手渡す。


    「…ジロウ…」


    2人は、杯を高々と掲げ


    「「乾杯!」」


    そして、そのまま村長を交え、宴会が始まる。


    「…さ、君はこっちだよ。」


    と、未成年のエレンは、オレンジジュースの入ったビンと、グラスを目の前に出される。


    「あ…はい。あの、もう1つグラスを出してもらえませんか。」


    エレンに言われ、村長は奈緒子に視線を向け



    「…あっちのよく食べるお嬢さんにも、ジュースは出しているよ。」


    「いえ…そうじゃなくて…あ、オレ、自分で取って来ます。どこにありますか?」


    足の悪い村長を気遣ってか、エレンは立ち上がる。


    「いいよエレン。僕が取って来るから…」


    そう腰を浮かせる小丸に、エレンは笑って


    「いいって。座ってろよ。」


    その言葉に、小丸は再び腰をおろす。


    「うん…これもまあまあだな…こっちは…」


    周りの様子など目もくれず、奈緒子は箸を動かし続け、いつしか他の皿からも料理を奪い始めている。


    「…おまたせ。」


    もう1つのグラスを手に戻ったエレンは、それを小丸の前に置き、ジュースを注ぐと、自分のグラスにも注ぎ、隣に座った。


    「…大人は大人で楽しんでるみたいだし…オレたちも飲もうぜ…コマル。」


    小丸は微笑んだ。


    「うん…そうだね、エレン。」


    そして、少し迷った後、


    「その……もしよければ…マルコって呼んでもいいよ。」


    そんな小丸に、エレンはわずかに目を潤ませた後、笑って友の頭を小突いた。
  28. 28 : : 2015/09/23(水) 21:32:53
    午後11時。

    赤子が、この村に災いが起きると予言した時間まで、あと1時間。


    奈緒子たちは、赤子のもとへと向かった。


    「あの…やっぱり、警察に連絡しておいたほうが、よかったんじゃ…」


    不安な様子の小丸に、奈緒子は言った。


    「警察も、実際に事件が起こらなければ、何も動いてくれませんよ。」


    「大丈夫だ小丸。いざとなれば、上田先生が何とかしてくださる。」


    村長の言葉に、上田も笑みを浮かべ


    「その通りですよ…ははは。」


    本当は何の手だても無いくせに、実に無責任だ。奈緒子は、深いため息をついた。

  29. 29 : : 2015/09/23(水) 22:03:12
    赤子とその信者たちが活動している屋敷は、この村一番の広さを誇っており、案内された大広間は、信者たちだけでなく、大きな不安を抱えたままの村人たちを集めても、充分余裕があった。


    村長によれば、ここには清仁村に住むすべての人間が集結しているという。


    「昔はもっとたくさんの人間が住んでいたんだが…とくに若い人は、すぐに都会へ移ってしまうからな…」


    と、村長は苦笑した。


    まだ、赤子の姿はみえない。奈緒子は、村長にもっと話を聞いてみることにした。


    「聞くところによれば…この清仁村は、俗世間からの関わりを、極端に嫌っていたそうですね…なぜ、今になっていきなり、村興しを始めようと思ったんですか?」


    奈緒子の問いに、村長は顔を曇らせ


    「…私たちが、バカだったんです。この清仁村には、とても素晴らしい自然が広がっています。自然は、この村の宝でもあります。私たちは、この自然を守りたかった…しかし、外から来た者は、自然を破壊しようとする…森を汚したり、木を切り拓いたりして…ですから、私たちは外から来た者を拒み続けた……時には、人の道に外れた事までして…」


    「…えっ?」


    奈緒子が眉を潜めると同時に、入り口の扉が開き、赤子が側近の潤とともに、姿を現した。全員の視線が、赤子に集中する。


    そのため、奈緒子は村長にそれ以上の事を聞きだせなかった。


    信者たちは、そろって赤子に頭を下げる。村人たちは、怯えた様子で、赤子を見つめている。


    「もうすぐ、その時が来る…その前に、村長にこれを渡しておく…」


    赤子の言葉を合図に、潤は封筒らしき物を、村長に手渡した。


    「…これは、何ですか?」


    村長の問いに、赤子は


    「…お手紙。」


    「おて~がみ。」


    赤子が答えたのち、なぜか信者たちは口を揃え、独特の言い回しで繰り返す。


    「…よく、読んでおいてください。…中身は、なるべく他の人に見られないほうが良い…それが、あなたのため。」


    「あな~たのため。」


    「…なぜそこだけ繰り返す?」


    あまりにも異様な演出に、奈緒子は思わずつぶやく。


    村長は、戸惑いながらも、赤子の言葉通り誰にも見られぬよう後ろを向き、手紙を開封した。


    「…父さん?」


    開封し、体を硬直させたままの父親に、小丸は思わず声をかける。


    「…あ…ああ…何でも無い。大丈夫だ…」


    とは言うものの、村長の様子は、手紙を開封する前と比べ、明らかに動揺していた。


    「…父さんに、何をしたんだ!?」


    怒りを込めた視線を、赤子に送る小丸。しかし、それをなだめたのは、村長だった。


    「…気にするな小丸。他愛の無い事だ。そう大きな声を出さなくてもいい。」


    父にそこまで言われては、小丸も引き下がるしかない。


    「…お手紙は渡した…もうすぐ時間になる…ので、あなたたちは、私たちをしっかり監視する必要がある…そうでしょう?」


    赤子は、最後の言葉のみ、奈緒子に鋭い視線を向けた。


    「あなたたちはいったい、何をするつもりなんですか。」


    「…それは…あと少しすれば、分かること。」


    カチ…カチ…カチ…


    これだけの人数が集まっているにも関わらず、大広間に備え付けられた、古びた大きな柱時計の音が、妙に大きく響く。


    すると、これまでおとなしく赤子の隣に控えていた潤が、おもむろに立ち上がった。

  30. 30 : : 2015/09/23(水) 22:36:12
    「…なんか、湿っぽい雰囲気になってるな…もっと明るくいこうぜ、明るく。」


    これから、予想だにしない何かが起ころうとしている時に、到底無理な話なのだか、潤は1人、どこからかラジカセを準備すると、大音量で音楽をかけ始めた。


    流れてくるロック調の軽快な音楽に、潤は1人、体を小刻みに揺らし始める。


    「ヒュー、最高だぜ!」


    隣に座る赤子、そして、信者たちはというと、何事も無かったかのように、じっと座ったまま、前を見据えている。


    村人たちは、またしても異様な光景に、息を飲む。


    「よっしゃ~ノッて来たぜ!」


    周りの様子を尻目に、潤はとうとう立ち上がり、1人でダンスを踊り始める。


    奈緒子も、さすがにその行動には、目をむいた。


    少年が1人、ノリノリで踊り、それを大人たちが静かに見つめる様子は、確かに異様なのだが、それだけではなく、その不自然すぎる行動が、何か不吉な出来事を呼び起こそうとしているようで、奈緒子は、胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。


    「…父さん?」


    小丸の声に、はっと我に返ると、村長は立ち上がり、どこかへ向かおうとしている。


    「父さん、どこ行くんだよ。もうすぐ、赤子が予言した時刻になる。外へ出たら危ないよ。」


    見れば、柱時計は、午後11時50分を示している。


    「…小丸。父さんは、行かなきゃならん。大丈夫だ。赤子は、村人全員と、上田先生が見張っている。何も出来やしないさ。」


    確かに、赤子はノリノリで踊り狂う潤の隣で、大人しく正座している。外へ出る様子も無い。


    「…なら父さん。僕も一緒に行くよ。」


    息子の言葉に、村長はかぶりを振った。


    「いや。父さん1人でいい。お前は来るな…いいな?」


    普段の温厚な父ならぬ、強い口調に、小丸も思わず口をつぐむ。


    「村長さん…さっきの手紙と、何か関係があるのですか?」


    奈緒子の問いかけにも、村長は目を合わせず


    「悪いが、答えるわけにはいかん。」


    その言葉が肯定を示している事は、奈緒子にも察しがついたが、村長を止める事はできなかった。


    「…父さん…」


    心配そうに父の背を見送る小丸を尻目に、潤のダンスは止まらない。


    現在、午後11時55分。


    「ヘイ…ヘイ…ヘイヘイ!」


    潤は、いよいよ謎の掛け声まで上げ始める。しかし、彼以外に動く者は、誰もいない。


    そして、午後11時59分。


    「ヘイ…ヘイ!!!」


    潤は掛け声とともに、決めポーズをとり、音楽も止まった。


    そして…


    …ボーン…ボーン…ボーン…


    12時を告げる鐘の音が、不気味に響き渡る。


    赤子は、まばたきすらせず、前を見据えたままだ。


    ボーン…


    鐘の音が、12回響き終え、辺りに静寂が訪れようとした、その時…


    「うわ…うわ~っ!!!」


    「…!?」


    村長の悲鳴が、夜の漆黒の闇の中に、響き渡った。
  31. 31 : : 2015/09/24(木) 21:56:03
    「村長の声だ!」


    「どこだ!?」


    「とにかく、外へ行くぞ!」


    しばし、辺りには怒号が飛び交った。


    とにかく、外だ。奈緒子たちも、村人たちに続く形で、外へと飛び出した。


    村人が全員家を空けているうえに、街灯らしきものがほとんど無いため、懐中電灯の灯りが無ければ、歩くのもままならないほどの暗さだ。


    「…きゃっ!?」


    突然、奈緒子は体のバランスを崩した。どうやら足を踏み外したらしい。


    「危ないっ!」


    とっさに奈緒子の手をつかんだのは、エルヴィンだった。彼が奈緒子の手をつかまなければ、そのまま崖の下に真っ逆さまに転落していただろう。


    「…すみません。」


    「いや。構わんよ。ケガは無かったかい?」


    「…はい。」


    そこへ、上田が口をはさむ。


    「まったく、ぼうっとしてるから、そんな事になるんだ。」


    その言い回しは、まるで保護者のようで、奈緒子は不服そうに口を尖らせる。


    「コマル…落ち着けよ?大丈夫だから、な?」


    エレンは、すでに顔面蒼白な小丸に、そう声をかける。


    「うん…でも、父さん、どこにいるんだろう…」


    村人たちは、各々灯りを手にし、必死に村長を捜し回っている。


    「悲鳴が聞こえたんだ。そう遠くには、行っていないはずだ…」


    上田が言う。


    「それに、父は足が悪いんです。1人でそう遠くまで行けるはずがありません!」


    小丸も、たまらず声を上げる。


    …すると、奈緒子はふと、自分が落ちかけた崖の下を、何気なく照らしてみると…。


    「…!?」


    “その光景”に目を見開く奈緒子に、上田が詰め寄る。


    「おいYOU、どうした!?」


    奈緒子は、黙って崖の下を指差した。





    …そこに照らされていたのは、紛れもなく村長の死体だった。


    「…父さん!!!」


    小丸が、悲鳴にも似た叫び声を上げるなか、奈緒子は悲しみと怒りに、1人、静かに震えていた。
  32. 32 : : 2015/09/28(月) 21:24:29
    村人たちは、朝を待って村長の遺体を、崖から回収した。


    遺体を安置している暮津戸邸に集まった村人たちは、皆一様に、戸惑うばかりだ。


    「やっぱり…赤子の力は、本物だったんだ…」


    「今すぐにでも、みんなで赤子に帰依しよう!そうしないと、また災いが…」


    「待ってください。」


    口々に言い合う村人に、奈緒子が待ったをかけた。


    「…まだ、赤子の力のせいだと決まったわけではありません。村長の死には、いくつか不自然な点があります。それを解決しない事には、赤子の力を認める事にはなりません。」


    「…不自然な点…?」


    父の遺体に寄り添う小丸が、口を開く。


    「…はい。村長は、なぜあんな危険な道を歩かなければならなかったのでしょうか。事件当時は深夜で辺りは暗く、しかも村長は足を悪くしていた…にも関わらず、あんな崖っぷちを歩いていた…少し先には、安全な道があったのに。」


    「確かに不自然だ。俺たちみたいに、土地勘の無い者ならともかく、村長なら、この辺りの道は熟知しているはずなのに…」


    奈緒子の説明に、上田もそう言ってうなずく。


    「おそらく、何らかの事情によって、村長はあの危険な道を歩かざるを得なかったのでしょう。」


    「しかし…いったい、どんな事情があったっていうんだ…」


    上田の呟きに、答えられる者はいなかった。


    暫しの沈黙の後、奈緒子が再び口を開く。


    「…とにかく、人1人が亡くなっているんです。警察に、連絡を。」


    すると、村人の1人が言う。


    「それなら、夕べ連絡して…東京の、警視庁の、優秀な刑事さんが来てくださるそうです。」


    その言葉に、他の村人から、おお~!と、歓声が上がる。


    いっぽう、奈緒子は眉を潜める。


    事件、警視庁、“優秀な”刑事…。


    いつの日からか、耳にこびり付いているダミ声が、耳の奥から、よみがえってきた…。
  33. 33 : : 2015/09/28(月) 21:40:42



    「しっかしまあ…ずいぶん山奥に来たもんやな~。」


    わいは山に、関西弁交じりのダミ声が響く。


    「レアな虫~!レアな虫~!どこですか~!?」


    そう言いながら、わいは山の大自然をぴょんぴょんとはしゃぎまくるのは、秋葉原人(あきばはらんど)。


    よれよれのスーツをだらしなく着込み、少々ウェーブのかかった長髪は、ペッタリと肌に張りついている。そして、無精髭を蓄えたその顔は、ヘラヘラと締まりの無い笑顔を浮かべている。


    「うるっさいねん秋葉!ちぃとはまっすぐ歩け!」


    そう一括するのは、スーツの中に派手なシャツを着込んだ、ギョロ目のひょろっとした中年男。名を、矢部謙三(やべけんぞう)という。


    時おり頭に落ちてくる葉っぱを、神経質そうに払いのけている。


    その頭は、もとい、髪は、不自然過ぎる“何か”を感じさせる物だった。要は、カツラなのだ。


    「っとに…どこなんや、その清仁村って…」


    矢部が、不機嫌に舌打ちする。


    「この険しい山道じゃ、車も通れませんしね~。」


    と、秋葉はスキップしながら応じ…こけた。


    「…ったく…ワシを誰や思うとんねん!天下の警視庁の刑事やぞ!国家権力やぞ!誰か迎えに来い!」


    矢部が、誰にとも無しに、そう叫ぶ。


    そうなのだ。どこから見ても、街のチンピラとオタクにしか見えないこの2人。実は警視庁からやって来た、れっきとした刑事なのだった。
  34. 34 : : 2015/09/29(火) 21:47:04
    なんとか清仁村にたどり着いた刑事2人を、まるでヒーローの凱旋のように、村人たちは歓迎した。


    「こんな遠い所まで…よくお越しくださいました!」


    「警視庁の刑事さんが来てくれた!これでもう、安心だ!」


    「テレビでしか見たことないけど…実物は、かなりイメージ違うな…」


    山奥の片田舎に暮らす人々は、東京からの刑事を、多少過剰評価しているらしい。実際には、彼らのみでこの事件を解決する事は、不可能である。


    「やあやあ…皆さん、出迎えご苦労!」


    矢部も秋葉も、すっかり気を良くし、声援に応えている。


    「…刑事さんっ!」


    そこへ、人混みをかき分け、矢部にすがる人物が現れる。小丸だ。


    「刑事さん、お願いです!父さんを…殺した犯人を、早く見つけ出してください!」


    「まあまあ、落ち着いて…」


    かなり興奮している様子の小丸を、矢部はやんわりと押し戻すと、大袈裟に両手を広げてみせ


    「皆さん!我々警察が来たからには、もう安心です!村長を殺害した犯人を、たちどころに暴いてみせましょう!!!」


    矢部の言葉に、村人から、おお~!と歓声が上がる。


    矢部はますます調子に乗り


    「…犯人に告ぐ!この、正しい事が大好きな矢部謙三が来たからには、もう逃げられない!大人しく自分がやったと、白状しなさい!!!」


    村人の周りをゆっくりと歩きながら、矢部は芝居がかった口調で、そう言い放つ。


    すると、白くて細い手が、人混みの中から、すっと上がった。


    「…はい。」


    赤子だ。いつの間にか、潤と共に人混みの中に立っている。潤の足元には、愛犬のジョンもいる。ジョンはご主人の近くに居られて、ご機嫌な様子だ。


    「…はいぃ?」


    まさか本当に名乗り出るとは思っていなかったのか、矢部はすっとんきょうな声を上げる。


    「…私が予言した…ので、村長は私の予言通りに死んだ…ので、私が殺したとも言えなくもない…」


    「よし秋葉、逮捕や!」


    矢部の言葉に、部下である秋葉は


    「はいは~い。」


    と、緊張感の欠片も無い声を出し、ひょこひょこと赤子に近づく。


    「…しかし!」


    赤子はそこで、声を張り上げる。秋葉も、びくりと動きを止める。


    赤子は続ける。


    「村長が亡くなった時刻、私は…この村人たちと、信者たちの前にいた…ので、私には村長を崖から突き落とす事は不可能…ので、私を逮捕するのは、間違い…」


    矢部は、思いきり顔をしかめ


    「はあ?ほんなら、誰が犯人やっちゅうねん!」


    「…矢部!」


    そんな中、矢部は人混みの中から、聞き覚えのある声が聞こえ、視線を移した。


    そして、心底うんざりした顔をみせ


    「ま~たお前か山田奈緒子!…おや、上田先生まで…」


    2人の刑事、とくに矢部は、奈緒子と上田と共に、数々の事件に巻き込まれている。


    あくまで権力や地位を重んじる矢部にとって、大学の教授である上田はともかく、貧乏マジシャンの奈緒子は、やたらトラブルや事件を呼び起こす、厄介者に過ぎなかった。


    「お前…なんでこんな所におんねん。」


    「矢部さんこそ…」


    「事件が起きたんや。警察が来るのは、当たり前やがな!」


    そりゃそうだが…奈緒子は内心、うんざりしていた。なぜこう毎回、示し合わせたかのように現れるのだろう。


    「矢部さん。先ほど赤子が言っていた事は本当です。昨夜0時、確かに赤子は、私たちの目の前にいて、妙な素振りは1度もしていません。」


    上田に言われ、矢部は眉を潜めた。


    「そないな事言われてもですね…この、のでので言うてる姉ちゃんが、自分でやったと言うとるんですから…」


    「私はただ…予言しただけ。」


    赤子の言葉に、矢部はしびれを切らせたのか


    「バカバカしい!予言なんてこの世にあるわけあらへん!これは事故や、事故!」


    「そんな…ちょっと待ってください!」


    奈緒子がすぐさま食い下がる。そして、最愛の家族を失った小丸も、奈緒子と共に矢部に詰め寄る。


    「刑事さん、もっとよく調べてください!父さんがあんな夜更けに、あんな危険な道を通るなんて、おかしいんです!」


    「じゃかあしいわホンマに!なら、事故やないっていう証拠見せてみい!」


    無下にそう言い放つ矢部に、再び詰め寄る人物がいた。エレンだ。


    「おいあんた!たいして調べもせず、決めつけるなんておかしいだろ!」


    その言葉を聞き、矢部はさらに一括しようと、そのギョロ目をエレンに向け…その、エレンの容姿に、一瞬言葉を失った。





  35. 35 : : 2016/04/06(水) 11:34:04
    矢部はそのままエレンを舐め回すように見つめた後、ニヤニヤと笑いながらエレンにこう言い放った。


    「なんや兄ちゃんそれ…派手な目ぇしてるのぉ…カラーコンタクトか?カラコンか?」


    エレンの翡翠色の瞳が珍しかったのだろう。矢部はポケットに手を突っ込んだままギョロ目でエレンを威嚇し始める。


    「二次元キター!女の子だったら萌え萌えなのにぃ~!」


    矢部の隣では秋葉が、あまり触れてほしくない事を連呼し、時折白目を剥き興奮している。


    「なっ…なんだよいったい…」


    当然の事ながら、エレンは大いに戸惑っている。両者共とくに意識していないが、どう見ても街中でチンピラとオタクに絡まれている少年にしか見えない。


    「刑事さん!」


    人混みから矢部たちの前に進み出たのは、潤だ。


    「長旅でさぞやお疲れでしょう。清仁村には、温泉もございます。どうかお立ち寄りください」


    潤だけではなく、信者たちも矢部の周りに集まり、しきりに温泉を勧めてくる。


    …何か意図があっての事だろうか…奈緒子は不審に思うが、矢部たちはそんなもの微塵も感じていない様子だった。


    「温泉か…エエなあ。ただ、我々も決してプライベートで来たわけやないんでね…あくまで、殺人事件の捜査を…」


    矢部はそう言いつつも、すでに心の大半は温泉に傾いている。


    「ここの温泉はですね…」


    潤は矢部に顔を近づけ、意味深な笑みを浮かべる。


    「大丹(たいたん)の湯と言いまして、入ると体のあらゆる所が大きく、逞しくなる、と言われているのです…」


    「…逞しく…」


    気になるワードを反芻しつつ、矢部の手は無意識のうちに頭にいってしまう。


    「そうです…強く!太く!逞しく!!!」


    そうして潤は締めくくりとばかりに、矢部の頭をすっと指差し


    「当然…この下に隠されている“モノ”も…」


    矢部は大きく目を見開いた。カツラがわずかに後ろにずれる。


    隣に立つ秋葉は、心配そうにその様子を見つめている。


    矢部はとっさに、取り繕うような笑みを見せると


    「は…はは…いやね、この下に隠されているとか、全く意味が分かりません…これは紛れもなく、ホンマもんですから…」


    もはや、それを信じる者は、誰1人存在しないのだが。


    矢部は続ける。


    「いや、しかしね…あなたたちがど~してもとおっしゃるのなら、この矢部謙三、喜んで赴く事にいたしましょう!…ほら、行くで秋葉!」


    「はいは~い」


    矢部はそう言うが早いか、秋葉を引き連れ、足早に温泉へと向かってしまった。


    「そんな…刑事さん!」


    小丸が思わずその背中に向かって叫ぶも、2人は振り向きもしない。


    「…けっ、チョロいもんだぜ…」


    見れば、潤が小声でそう呟きほくそ笑んでいる。やはりあれは、赤子の信者たちが警察の目を遠ざけるための画策だったのだ。


    「…私に帰依する事…それが唯一、村を救う方法…」


    赤子はそう声高らかに言い放つと、信者たちを従え、立ち去っていった。


    「…もう、どうする事も出来ないのか…これは、全部赤子の…」


    「まだ諦めるのは早いですよ」


    上田の呟きを遮ったのは、奈緒子だった。


    「私たちだけでも、また調べてみましょう。きっと何か手がかりがあるはずです」


  36. 36 : : 2016/04/07(木) 10:44:57
    奈緒子たちは再び、昨晩村人が集まった赤子の屋敷へと赴いた。


    奈緒子がおそるおそる中を覗くと…誰もいない。まるで、調べてくださいと言わんばかりに、昨晩から何も変わらない状態で保存されている。


    奈緒子はずかずかと上がり込むと、ふと、ある物に目が留まる。


    「これはあの時の…」


    それはラジカセだった。潤が事件の直前に使っていた物に間違いない。


    奈緒子はおもむろにスイッチを入れる。


    「…っ…!」


    ラジカセから流れる音量の大きさに、奈緒子は思わず耳をふさいだ。


    「おいっ…!」


    音を聞き付けたのか、上田が足早に駆け寄って来る。


    「まったく…何をしてるんだ。外まで音がまる聞こえじゃないか」


    「…すみません…」


    奈緒子は素直にスイッチを切る。


    「まったく、YOUは目を離すと、すぐこれだ…」


    ぶつぶつと保護者めいた言葉を口にする上田をよそに、奈緒子は何やら考え込んでいる。


    「…何も手がかりは無さそうですね…」


    屋敷の中を見回し、小丸は肩を落とす。


    「諦めるなよコマル。もっとよく調べてみようぜ」


    小丸の隣で、エレンはキョロキョロと辺りを見回してみたものの、何も見つける気配は無い。


    「…そうだ…」


    静かながら、よく通るエルヴィンの声に、皆の注目が集まる。


    エルヴィンは続ける。


    「踊ってみないか」


    「えっ…団長…踊るって…」


    「だから、あの夜のジュンように、我々も踊ってみてはどうだろうか」


    エルヴィンの提案に、エレンや小丸、そして上田ですら唖然としている。


    そんな中、奈緒子は


    「いいですね…やってみましょうか」


    「おいYOU!そんな事をして、何になる」


    戸惑う上田に対し、奈緒子は決然とした表情をみせ


    「このままこうしていても、何の手がかりも得られません。それに…私は、昨夜潤がやってみせたパフォーマンスは…今回の事件に深く関わっている気がするんです」


    奈緒子の言う通り、昨夜の潤の行動は、あまりにも不自然だった。幸い、ラジカセはまだ残されたままだ。


    「では皆さん…準備はよろしいですね…」


    皆にそう呼び掛けた後、奈緒子は再びラジカセのスイッチを入れた。


  37. 37 : : 2016/04/07(木) 21:26:09



    「あ~…やっぱり、温泉はエエなあ…」


    露天風呂につかり、矢部はすっかり上機嫌だ。


    「村長が死んだ事も、事故やという事にしとけば、あとはの~んびりし放題や、はは」


    「すい~っ、すいすい~っと」


    秋葉もすっかり気を良くし、温泉でクロールなど始めている。


    「…おい秋葉!泳ぐのはええけど、ソレ、濡らすなよ。濡れたら蒸れるからな」


    矢部の言う“ソレ”とは、隅に置かれた黒い、髪の毛のような物体である。もはやこれが何であるのか、説明するまでもないだろう。


    さて矢部の頭は、といえば、なぜか厳重に(?)モザイクがかかり、その実体を伺い知る事は出来ない。


    「…は~…生き返るのお…日頃の激務の疲れが、ようとれるわ…」


    本来、日頃真面目に働き続けている人間が言うセリフを、感慨深けに矢部は呟く。


    すると、突然…


    「…な、なんやこの風…」


    突風が彼らを襲ったのである。


    「や、矢部さん!あれ!」


    秋葉が指差す方向、そこには…


    「あーっ!!!」


    矢部が絶叫するのも無理は無い。なぜなら、矢部が命の次に大切にしているカツラが、風に乗ってどこかへ飛ばされてゆくのだから!


    「あっ…この…待たんかい!!!」


    追いかけようにも、全裸のまま外に飛び出すわけにもいかず、カツラはそんな矢部をあざ笑うかのように、ふわふわと風に乗ってどこかへ飛んでいってしまったのだった。





  38. 38 : : 2016/04/08(金) 21:46:40
    いっぽう奈緒子たちは、大音量で流れる音楽に合わせ、思い思いのダンスを踊り始めていた。


    もしかしたら、潤が踊った通りの振り付けでなければならなかったのかもしれないが、誰1人、正しい振り付けを覚えている者がいないのだ。


    「ヘイ!ヘイ!ヘイヘイ!」


    歌や音楽といった類いはからっきしダメな奈緒子は、真顔のまま奇怪に舞っている。


    そんな中、上田はエルヴィンの踊りを見るなり、驚きの表情をみせた。


    「エルヴィン…そのステップは…」


    上田の熱い視線を浴びながら、エルヴィンは得意気に踊り続ける。


    「…はっはっは。さすがジロウ。このステップのすごさが理解できるようだな…」


    その言葉に、上田は余裕の笑みを浮かべ


    「ああ。当然だ。なにせ自分は、中学の時、フォークダンスで学年1位になった事もあるからな」


    「…どんな学校に通ってたんですか」


    踊りを続けながらも、奈緒子はすかさず突っ込みを入れる。


    そして音楽はフィニッシュを迎え、皆それぞれポーズを決めた。


    「ヘイ!」


    「ペイ!」


    なぜか奈緒子だけ、最後の掛け声が違う。


    それを聞き、上田はボソリと


    「ア~ダ~モ~…」


    と、謎の言葉を呟いたのだった。
  39. 39 : : 2016/04/10(日) 14:47:24
    音楽が鳴り止むと同時に、気まずい沈黙が辺りに漂う。


    「………何も起きないじゃないか」


    上田は非難がましく奈緒子をにらみつける。


    「でも上田さん、とても楽しそうだったじゃないですか。えへへへへへ」


    もはや見慣れてしまった小憎たらしい笑いに、上田が反論しようとした時


    「わん!わんわん!」


    犬の鳴き声がする。


    「…行ってみましょう」


    奈緒子たちは、鳴き声のする方へと向かった。


    「…ジョン」


    「わん!」


    鳴き声の主は、潤の愛犬であるジョンだった。ジョンは奈緒子たちの到着を待っていたかのように、嬉しそうに尻尾を振っている。


    小丸はそれに応えるように、優しくジョンを撫で回す。


    「よしよし…ジョン、お前1人なのか?潤は一緒じゃないのか?」


    「クゥン…」


    ジョンは悲しそうな声を上げる。ジョンの近くには、誰もいないようだ。


    「上田さん…ここって…」


    奈緒子に言われ、上田は辺りを見回し驚く。


    「ここは…村長が転落死したガケの上じゃないか!」


    その言葉に、奈緒子は確信に満ちた表情をみせ


    「この場所にこうしてジョンがいた事が、今回の事件の重要なカギになるのは、間違いありませんね…」


    「…本当ですか!?ジョン、お前あの時何か見たのか!?父さんを殺した犯人は、いったい誰なんだ、ジョン!」


    そんな小丸の言葉を知ってか知らずか、ジョンは困った表情で小首を傾げた。
  40. 40 : : 2016/04/10(日) 15:11:33
    奈緒子たちはその足で、暮津戸邸へと赴いた。


    小丸が父について、1つ思い出した事があると言うのだ。


    「…さあ、着いたぞジョン…」


    小丸は道中腕に抱いていたジョンを、そっと床に降ろした。


    「父さんがいた頃は、家に上げてやれなかったもんな…でも、もう父さんはいないから…」


    小丸はそう寂しげに微笑む。


    「それで、お父さんについて思い出した事というのは…」


    「ああ、こっちです」


    奈緒子に言われ、小丸は父の書斎へと案内した。


    「この机の引き出しなんですが…」


    見ると、ずいぶん年季の入った書斎机がある。小丸は重々しく口を開く。


    「子供の頃から、父に言われ続けてきた事があるんです…この引き出しを、けっして開けてはならない…もし、開けてしまったら」


    ガラッ。


    何のためらいもなく、奈緒子は件の引き出しを開いた。


    「…何か入ってる…これは新聞…10年前のものですね…」


    新聞といっても、限られた地方にしか配布されないローカル新聞だった。


    地域の特産品やお店の紹介記事が並ぶなか、奈緒子は1つの記事に目が留まる。


    『不明男性、わいは山で遺体発見』


    記事によれば、10年前、行方不明とされていた男性が、わいは山のガケの下で、衰弱死していた、というものだった。


    警察は事件と事故の両方から捜査を進めたが、結局男性はわいは山で遭難した後、ガケに転落し衰弱死した、不幸な事故と断定したと、記事は締め括っている。


    そしてその死亡した男性の名前を見て、奈緒子は驚愕した。


    「…そういう事だったんですね…」


    「なんだ、何か分かったのか」


    奈緒子の背後から、上田が新聞を覗き見てくる。なぜ少しの間があったのかというと、小丸から引き出しの話を聞いて、少々ビビっていたのだ。


    そして上田も奈緒子同様、死亡した男性の名前を見て、驚きの表情をみせている。


    「おい…まさかこれって…」


    「これでようやく、奴らの化けの皮をはがす事ができますね…」


    奈緒子の顔は、自信に満ち溢れている。


    「もう1度、赤子の所へ行きましょう。今度こそ、真実が明らかになるはずです」
  41. 41 : : 2016/04/10(日) 15:53:09
    赤子のもとへと向かうべく歩を進める途中、小丸はふと、隣を歩くエレンに向かいつぶやいた。


    「なんだか、怖いなぁ」


    意外な言葉に、エレンは思わず小丸を見た。小丸は続ける。


    「もちろん、僕は真実を知りたい。父さんを殺した犯人を見つけたい。だけど、それが怖いっていう気持ちも、どこかにあるんだ…おかしな話だけどね…」


    「心配するなコマル!ケーサツやケージって奴は当てにならねぇみたいだけど、オレはナオコさんなら、事件の謎を暴いてくれる…そんな気がしてならねぇんだ」


    そんな友の言葉に、小丸は微笑む。


    「うん…そうだね」


    「もっと胸を張れよ。オレ、よく分からねぇけど…もしかしたら、得体の知れない何かが、お前の役に立ってくれるかもしれねぇし…もちろん、オレも力になるし…」


    「ありがとう、エレン」


    「へへっ…あ、アレは何だ…?」


    「え…?」


    エレンの指差した先…空の上から、“得体のしれない何か”が、こちらに向かって舞い落ちてくる。


    「おっ…と!」


    “それ”は、見事エレンの手の中に、ぽすっと収まった。


    「なんだ、これは…」


    “それ”は黒くてなぜかほんのり温かく、フサフサしている。


    「もしかしたら…“これ”が小丸の役に立つ、何かなんじゃないか!?」


    嬉々とした表情を浮かべるエレンに対し、小丸はいぶかしげな表情をみせ


    「えっ…そうかな…なんか、まるでカツ」


    「絶対そうだ!空からこうして舞い落ちてきたんだ、間違いねぇよ!」


    「おやおや、皆さんお揃いで、何してはるんですか?」


    背後から聞き覚えのあるダミ声がする。


    見ればそこには秋葉と矢部の姿があった。矢部は、どこから調達してきたのか、『安全第一』と書かれた作業用ヘルメットを頭に被っている。


    「矢部さんたちこそ…こんな所で何してるんですか?」


    「見れば分かるに決まってるやろ!事件の調査や!」


    「…それと、矢部さんのカツ…」


    「じゃかぁしぃわい!」


    秋葉が言い終える前に、矢部は強烈な一発で黙らせたものの、矢部のヘルメットを見てみれば、大半の事情は察する事が出来る。


    「…あーっ!!!」


    矢部はエレンを…実際には、エレンの手元を見るなり、驚き叫んだ。


    「おい、カラコン小僧!なんでお前がソレ持ってんねん!」


    勝手に妙なあだ名を付けられ、エレンは矢部をにらみ付けた。そうでなくても、矢部たちはエレンにとって、たいして事件の捜査もせずに遊び回っている、イヤなオッサンたち、という印象がある。


    「お前らに答える義理は無いね」


    「なに訳の分からん事言うてんねん。エエから、さっさとそれ返さんかい」


    あくまでも上から目線の矢部に、エレンはますます敵意を募らせ


    「訳の分からない事を言ってるのはお前だろ!これは、絶対に渡さねぇぞ!」


    「あの…エレン、ソレ、返してあげた方が…」


    小丸がおずおずと、エレンに声をかけるも、エレンも本来思い込んだらとことん突っ走ってしまう性分である。


    「何言ってんだ小丸!これは、お前に与えられたモノなんだぞ!それをみすみす、あいつらに渡してたまるか!」


    「いや、僕は別に…」


    「矢部さぁん…どうします…そろそろ、ここ、ヤバいんじゃ…」


    秋葉が矢部の頭を指差す。確かに、このままだとヘルメットの下が、蒸れ蒸れになってしまう…!


    「な、なあ…それ、こっちに渡してくれ。エエ子やから。な…な!?」


    先ほどの態度から一変し、矢部はひきつった笑顔で必死に訴える。


    「誰が渡すもんか!」


    「そないな事言わずに…」


    「イヤだ!」


    「ええ加減…返せ~っ!!!」


    矢部の悲鳴が、わいは山に大きく響き渡った。



  42. 42 : : 2016/04/11(月) 22:05:56
    奈緒子たちが赤子の屋敷にたどり着くと、信者たちは怪しげな祈祷を止め、敵意に満ちた目でにらみ付けてきた。


    「…また何をしに来たんだ。さっきも勝手に、屋敷に上がり込んでただろ!」


    潤はそう奈緒子にすごむが、奈緒子は動じる事なく


    「赤子さんはどこですか。話しておきたい事があるんですけど」


    「赤子様はお忙しいんだ!気安くお前らなんかと」


    潤が言い終えるのを待たず、屋敷の奥から、赤子が姿をみせた。


    「何を騒いでいるの。まだ、大事なお祈りが終わっていない…ので、ここで騒ぐのは厳禁…」


    大事なお祈り、というのは、先ほどまで信者たちが行っていた怪しげな祈祷の事だろう。どうやら、村に降りかかるであろう災いを防ぐため、行っているようだ。


    「お祈りの続きは、私の話が終わってからにしてもらえませんか」


    奈緒子の言葉に、赤子は眉を潜める。


    「…話って、何の事?」


    「この事件の真実です」


    「はあ?村長がガケから落ちて死んだのは、赤子様の予言に従い、帰依しなかった報いに決まってるだろ!」


    奈緒子は、視線をまっすぐ潤に向け


    「…違います。村長は…あなたたちによって殺されたんです…」


    奈緒子の言葉に、赤子らはおろか、上田たちも言葉を失った。


    しばしの沈黙のあと、潤の笑い声が響く。


    「はっはっは…こいつぁお笑いだぜ。村長を、オレたちが殺した?どうやって?」


    「村長がガケから転落した時、私たちは屋敷の中にいた…それを証明してくれるのは、他ならぬ、あなたたちのはず…」


    奈緒子は視線を落とした。少し悲しげな表情を浮かべた後、口を開いた。


    「あの時、確かにあなたたちは屋敷の中にいた。しかし、潤さんはあまりにも不自然な行動を、私たちの前でしてみせた」


    「そう…音楽に合わせ、踊りだしたんだったな…」


    上田の言葉に、奈緒子はうなずいた。


    「あなたは、外に聞こえるくらいの大音量で音楽を鳴らし、かけ声を上げながら踊った…そして、踊りが終わるとすぐ、村長の悲鳴が聞こえた…」


    「ふん…まさか、その踊りで村長を転落させた、とか言うんじゃねぇだろうな」


    「そうとも言えます」


    「なん…だと…」


    潤の表情が固まる。


    「実はさっき、私たちは昨夜のあなた同様、あのラジカセの音楽に合わせ、踊りを踊ったんです」


    「それで…何か起こったのかよ…」


    「いえ。その時は何も。しかし外に出てみると、あなたの愛犬のジョンが、村長の転落したガケの上で吠えていたんです」


    潤の顔に、つっ、と一筋の汗が流れる。


    「…それが…何の関係があるって言うんだよ…」


    「潤さん。あなたはジョンに、ある条件のもと村長を襲うように、あらかじめ訓練しておいたんじゃないですか」


    とたんに、潤の目が泳ぐ。


    「ある条件…何なんですか、それ…」


    ジョンを抱えたまま、小丸が問う。


    「ジョンは、あのラジカセの音楽が鳴り終わり、潤さんが『ヘイ!』とかけ声をかけたら、近くにいる人間に飛びかかるように、訓練されていたんです。私たちが踊り終わった時、ジョンが現場のガケの上にいたのが、何よりの証拠です」


    「でも…村長が転落して皆で駆けつけた時、ジョンはどこにもいなかったじゃないか!」


    潤の反論にも、奈緒子は動じる事なく続ける。


    「時計の鐘ですよ。ジョンは飛びかかった後、時計の鐘を合図に、自分の小屋へ戻るように訓練されていた。私たちが踊り終わったあと、ジョンが現場を離れなかったのは、時計の鐘が鳴らなかったから…」


    「…もし、そうだとしても、まだ疑問は残るぞ。村長はなぜ、わざわざガケから滑り落ちそうな危険な道を通ったんだ…」


    上田がそう自問自答するなか、奈緒子は言う。


    「それは、村長が大の犬嫌いだったからですよ。安全な道を通りたくても、そこには犬のジョンがいた。だから仕方なく、ガケに近い道を通ってしまった…」


    暗い夜道。その上、村長は足を悪くしていた。そんな状況の中で、ジョンが飛びかかってきたら…。


    そして奈緒子は、まっすぐな光をたたえた視線を、赤子たちに向け


    「お前らのやったことは…すべてまるっとイェーガーお見通しだ!!!」




  43. 43 : : 2016/04/12(火) 21:38:10
    明らかに動揺する潤に対し、赤子はあくまで平静を装っている。


    「実に、下らない。私たちには、そうまでして村長を殺す動機が無い」


    「…動機ならあります…少なくとも赤子さん、あなたのね…」


    奈緒子が掲げて見せたのは、村長の部屋の引き出しに納められていた新聞記事だった。


    赤子の表情が、わずかに引きつる。


    「…10年前、この、わいは山で遭難した男性…名前は、坂見赤男(さかみあかお)…赤子さん、あなたのお父さんなんじゃないですか」


    赤子は何も言わない。そして、奈緒子の言葉を、今度は上田が引き継ぐ。


    「赤子さん…君は、お父さんが遭難したのはこの清仁村の人たちのせいだと、逆恨みし、こんな事を…」


    「…逆恨みではない…」


    そう口を開く赤子のその瞳には、闇よりも深い光が宿っていた。


    「10年前、お父さんは…この清仁村の奴らに、殺された…」


    その声は決して大きいものでは無く、そして低かった。だがその場にいる誰もが、すでに赤子の言葉に囚われはじめている。
  44. 44 : : 2016/04/13(水) 22:22:48
    「あの日…お父さんは私に、美しく豊かな自然を見せてやる、と言い出し、2人でこの山を訪れ…運悪く遭難してしまった…携帯の電波も届かず、途方に暮れていた時…この清仁村にたどり着いた…だけど、この村の人たちは…」


    赤子は自分の信者…清仁村の人々を、血走った目で睨みつけ


    「私とお父さんを…俗世間の人間だからとか、わけの分からない理由で、追い払った…」


    10年前の出来事を知る村人たちは、揃って目を背ける。


    「疲れた私を背負いながら歩き続けたお父さんは…足を滑らせ、ガケから転落した…落ちる直前、私をかばって、お父さんは落ちてしまった…」


    誰1人、犬のジョンでさえ、息を飲んで赤子の話に聞き入っている。


    「私はお父さんを助ける事が出来ずに…運良く山から降り、大人たちに一刻も早くお父さんを助けるように訴えた…でも、お父さんは死んでしまった…」


    「では清仁村での事を、警察に話せば…」


    上田の言葉に、赤子はまるで血を吐くようにうめき、苦しみながら言った。


    「何度話しても、警察は…大人たちは、信じてくれなかった!だから私はこの手で…この村に復讐してやる!この清仁村をめちゃくちゃにしてやる!…そう思って今まで、生きてきた…」


    もうすでに、以前までの凛とした赤子の姿はどこにも無い。黒く艶やかな髪を振り乱し訴えるその姿は、復讐に囚われた哀れな少女だ。


    赤子の隣に立つ潤は、ただ呆然と一部始終を眺めていた。そして、ぽつりと言った。


    「赤子…そうだったのか…お前は復讐のためにこんな事を…オレと2人で、この村を自分たちのものにしようって決めたのは…ウソだったのかよ…」


    赤子は何も言わなかった。潤の方を見ようともしなかった。そんな赤子の様子に、潤はすべてを悟った。


    「そんな…そんなのってねぇよ…ふざけんなよ、マジで…」


    すると、赤子はすっと顔を上げた。その顔に、表情は無かった。白い陶器のような肌をした顔を向けられ、潤は思わずびくりとした。


    「…はあ?何言ってるの…私はあんたとそんな約束、した覚え無い…村長をガケから落としたのだって、あんたが勝手にやった事じゃないの」


    「ふざっけんなこの女…!」


    赤子につかみかかろうとする潤を、上田はなんとか取り押さえる。潤は羽交い締めにされながらも、憎しみを込めた視線を、赤子に向けている。


    「…とにかく、2人とも警察や。大人しく付いて来い」


    2人にそう静かに告げた後、矢部は赤子と潤を、秋葉と共に連行していく。


    「わん!わんわん!」


    状況も何も分からぬまま、ただ、主人との別れを惜しむかのように、ジョンは潤の背中に向かい、いつまでも吠え続けていた。


    人々にそれぞれの悲しみを遺したまま、惨劇は静かに幕を降ろすのだった。


  45. 45 : : 2016/04/14(木) 14:36:40
    清仁村をあとにした奈緒子たちは、うっそうと生い茂る木々の中、歩を進めていた。


    友人である小丸の行く末を案じているのか、うつむきかげんで歩くエレンに、奈緒子は声をかける。


    「…心配いりませんよ。小丸さん、言ってたじゃないですか…ジョンと一緒に、潤さんをいつまでも待ち続けるって…」


    「そうですね…コマルはああ見えて強いから…きっと大丈夫ですよね…」


    「清仁村も、これから少しずつだけど、発展していけるんじゃないでしょうか…」


    そう語りながらも、奈緒子もエレンも、再び清仁村に戻る事は無いだろうという予感が、心のどこかに芽生えていた。


    そして自分たちは、もう2度と出逢う事は無い、という事も。


    「ジロウの活躍、見事だったぞ」


    「今度、科技大の研究室に遊びに来い。いつでも待っているぞ」


    「研究室?それは楽しみだ。俺の部下にも、研究好きな輩がいる」


    「そうか、なら、その部下も一緒に…」


    上田とエルヴィンは、固く握手を交わした。白い歯がキラリと光り、実に爽やかだ。


    そんな2人とは裏腹に、奈緒子とエレンの表情は、少し寂しげなものであった。


    …上田の愛車が見えてきた。


    奈緒子は歩を止め、エレンと向き合う。


    「…ここでお別れですね…」


    その言葉を合図にしたかのように、上田の愛車がある道とは反対の方向に、バスが停車した。


    「ナオコさん…」


    「エレン…」


    「あの…色々ありましたけど…出逢えてよかったと、オレ、思うんです…ありがとうございます」


    そしてエレンは、遠慮がちに右手を差し出す。奈緒子はその手をそっと握り


    「私もです、エレン。どうか、お元気で…」


    「ナオコさんも…」


    上田と奈緒子は、上田の愛車へと乗り込んだ。後部座席には、上田次郎人形が座っている。心無しか、よくも置いてきぼりにしやがって!と、怒っているようにも見える。


    上田の愛車が発車するのと同時に、エレンとエルヴィンを乗せたバスも走りだした。


    それぞれの道、それぞれの未来に向かって。


    彼らは何処へ向かい、そして何処へ帰るのか。


    それは、誰にも分からない。





    <終>










  46. 46 : : 2016/04/14(木) 14:39:40
    ※以上で終了とさせていただきます。本当に長い執筆期間にも関わらず、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
  47. 47 : : 2020/10/27(火) 10:14:37
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

    ⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

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