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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

東京喰種《The New World》Ⅱ~王を目指す者たち~

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  1. 1 : : 2015/01/14(水) 16:27:06

    http://www.ssnote.net/archives/29933
    の続きです。
    今回は長く書いていこうと思っております。














    御神楽(みかみらく)の頭上には、空があった。雲があった。太陽があった。
    足元には芝生があった。
    背後には黒板があった。老人がいた。
    そして目の前には、幼い喰種(グール)が椅子に座っていた。
    同居している椿心珠(つばきしんじゅ)の姿もあった。




    「………まじか」




    そして、楽は約25ほどの視線に射抜かれていた。
    それも屈託な瞳で。何かを期待しているような眼差しで。
    ゴクリと唾を飲み込む。
    頬を伝う汗。手の中は汗でぐっしょり濡れていた。
    どうも人前に立つのは苦手だ。
    大きく息を吸い、吐いた。




    「み、皆さんはじじ、はじ、はじめまして。今日から皆の先生をすることになった御神楽です。どうぞよろしく」




    しーーーーーーーーん。




    軽く頭を下げて挨拶をするが、だれも口を開かずにジッと楽を見つめる。
    助けを求めるような瞳を心珠に向けると、「し」「つ」「も」「ん」と口をパクパクさせた。
    感謝の視線を向け、再び正面に向き直る。




    「えーっと、何か質問はありますか?」




    一瞬間が空いた。
    次の瞬間、その場にいた全員がSレイド喰種もびっくりの速度で手を空に向かって突き上げた。


  2. 2 : : 2015/01/14(水) 16:39:51



    「しっかり答えてあげてくださいね。御神先生」




    やたら先生というところを強調する柴崎老人。
    にこやかな笑みを浮かべ、子供たちを見守っている。




    「えーっと、じゃあ、まずそこ」




    「先生って喰種ですか?」




    「当然僕は喰種だよ!というか君、この前僕のこと『ちゅーに喰種』って言ってたよね!?中二病じゃないので!次ッ」




    「はーい、先生ってどーてーですか?」




    「ぐふぅッッッッ!?」




    斜め上からのヘビーパンチが脳てんに直撃して思わず頭を抱える。誰だッッ、こんな幼く純粋な子にこんなこと教えたのはッッ。




    「ああそうだ!僕は童貞だなんか文句あるかッッ!?はい次」




    「先生のことなんて呼べばいいですか?」




    ここにきてやっとまともな質問がきたので、胸を撫で下ろす。




    「好きに呼んでいいよ」




    すると心珠が。




    「あなたッッ」




    「お前のは悪意を感じるッ」



  3. 3 : : 2015/01/14(水) 16:50:17


    心珠をきっかけに、あちらこちらから声(というか悪口)が飛ぶ。




    「ロリコン!!」




    「ちゅーに喰種!」




    「幼女の身体に過剰反応するド変態ッッ」




    「待て待て待て、お前らふざけんなッッ」




    しかし子供たちは一向に収まるところを知らず、キャッキャと笑う。
    楽のスタミナはすでゼロだ。




    「………あー、それでは質問もこれほどにして、授業を始めよう。配ったプリントを見てくれ」




  4. 4 : : 2015/01/14(水) 17:29:04




    「ああぁぁぁぁ、疲れたぁぁぁ」




    全員が住処に帰った後、心珠と柴崎、そして楽が椅子に座っていた。
    柴崎はふふふと笑い、頭を下げてきた。




    「今日は本当にありがとうございました。御神君」




    「あ。いえ。こちらこそ心珠を無理やり……」




    心珠も空気を読んだのか、ぺこりと頭を下げる。




    「さすが現役高校生ですね。皆本当に楽しそうで」




    「楽、私も楽しかったよ!」




    「それは……よかった」




    心珠の笑顔を見ていると、少し心がチクリと痛む。この笑顔を、いつまで守ってやれるか。
    いつまで、心珠が笑っていられるのか。




    ふと、一週間前のことが脳裏によぎった───────
  5. 5 : : 2015/01/14(水) 17:37:23


    ────────。




    「僕は、新世界創造計画に加入する」




    《キュウビ》と名乗る鱗赫の喰種から勧誘され、自分の計画のために利用できるだろうと考えた結果、新世界創造計画に加入することに決めた。




    「……ほぅ、意外だな。お前なら断ると思ったのだが」




    マスクをしたままのキュウビの表情は伺えなかったが、おそらく、細く笑っているだろう。




    「………別に。それより、なんで僕なんだ」




    「いま組織が欲しているのは、戦闘力が高く、人間らしく、利口な喰種だ。お前は全てに当てはまる」



    少し頭を掻き、目線を下げる。




    「利口、なのかな」




    「ああ。利口だ。しかし、人間らしいというのは肯定するのだな」




    「………まあ、そうだね。そこらの喰種よりは人間らしいと思ってるよ」




    そこまで言うと、キュウビは踵を返した。




    「一度組織に入ったら、簡単には抜けられない。お前の同居人にも危険が及ぶかもしれない。覚悟はできているな」




    「当然だ」




    楽の返答を背中で受け止めて、跳躍。
    一瞬で視界から消えていった──────
  6. 6 : : 2015/01/14(水) 20:11:41



    ─────楽、楽ッッ。




    「ッッ」




    意識を過去から現在に引き戻し、心珠の顔を見る。




    「もう楽、さっきから呼んでるのに全然返事しないんだもん」




    「あ、ごめん」




    新世界創造計画への加入の件は、すでに心珠に話した。あまりいい顔はされなかったが、「楽が決めたことは、きっと全部正しい」と言ってくれた。やはり心珠は、喰種である楽にとって一番大切なモノだ。




    「それじゃあ御神君、奏君によろしく言っておいてね」




    「はい、ありがとうございました」




    柴崎は一礼すると、教え子たちが待つ住処へと歩いていった。




    「………よし、帰ろう心珠。あ、そういえばコーヒーがもう少なかったかな。帰りにスーパーに寄っていい?」




    「うん。今度はパックのがいいなー」




    心珠が差し出してきた小さな左手を、優しく右手で包み込む。
    それが合図となったのか。楽は手の中で熱く脈打つ体温を感じながら、スーパーに向かって歩き出した。
  7. 7 : : 2015/01/14(水) 20:30:34



    コーヒーが入った買い物袋を片手に帰路を歩く。もう日は沈んでいて、辺りは薄暗くなっていた。




    「ごめん心珠。遅くなっちゃったね」




    「いいよ。どうせ楽は寝かせてくれないし」




    今の言葉に違和感を感じた。
    しかしそんな思考は一瞬で吹っ飛んだ。
    壁にもたれかかっている少年が目に入った瞬間、身体が強張る。




    「………キュウビ」




    心珠が腰の辺りをぎゅっと掴み、身体を隠すようにしてキュウビの方を見る。




    「………ミカグラ、ついて来い」




    「………わかった」




    心珠の手を握り、キュウビの後を追った。




  8. 8 : : 2015/01/14(水) 20:38:30



    「どこに行くんだ」




    静かにキュウビに問いかけるが、無言。
    チラリと心珠の方を見ると、少し怯えているのがわかる。




    「……大丈夫だよ心珠」




    「うん………」




    そして今まで無言を貫いてきたキュウビが口を開く。




    「ここだ」




    指差した方を見てみると、マンホールがあった。それを片手で軽々持ち上げると、先に入るように促す。




    「よッッと」




    そこから一気に飛び降り、地下へと着地する。
    一拍遅れ、キュウビが足音軽く着地。




    「こっちだ」




    地下を進んで二十分ほどだろうか。
    巨大な扉があった。




    「まさか、新世界創造計画のアジトとかだったりするのか?」




    「ああ。一時的なものだがな」




    両手で扉を開くと、まぶしい光が光彩を刺激した。
  9. 9 : : 2015/01/15(木) 16:05:46



    足を踏み入れるとそこは、まるで地下帝国。
    そういえば、神奈川で起きた喰種と人間の激しい戦いの際、避難路として利用されたのがここだった。
    それを自分たちの手を加えてまるで喰種の世界のようにしたのか。
    案外、新世界創造計画というのはそう難しくないのかもしれない。




    「……喰種がこんなに」




    ステージらしき高台に立っている幹部らしき喰種と、まるで学校の朝礼のように並ぶ喰種たち。その真後ろから見渡すような構図になっている。




    「こいミカグラ。お前は今日から新世界創造計画の幹部だ」




    キュウビが手を軽く上げると、並んでいた喰種が波のように両脇に。軽く膝まずいている。




    「マスクは常時持っているのが当然だが、あるな?」




    「ああ」




    楽と心珠はバックからマスクを取り出し、顔を覆う。
    そしてステージの真ん中、おそらくリーダー格の喰種が一歩前に出る。




    「ようこそ御神楽。そして椿心珠。新世界創造計画へ」




    仮面を外し、こちらを見る。
    その瞳は、隻眼だった。



  10. 10 : : 2015/01/16(金) 16:49:14



    (隻眼の喰種……。都市伝説かと思ってたんだけど)




    初めて目の当たりにする隻眼。
    ゆっくりとこちらに歩いてくる。




    「隻眼を見るのは初めてかな」




    鮮血を思わせる紅の長髪。
    リーダー格の喰種は女性だった。




    「……ああ。初めてだね」




  11. 11 : : 2015/01/16(金) 19:42:15



    「ふふ。あら。その可愛い娘はミカグラの妹さん?それにしては髪の色が違うし」




    視線を心珠に向ける隻眼喰種の女性。
    心珠は怯えているだろうな、と思ったのだが。




    「楽は私の未来の旦那さんなの」




    隻眼さんの和らかい雰囲気のおかげで緊張がほどけたのか、いつもの調子を取り戻した心珠。




    「ミカグラ、こんな幼い子を調教してるのね」




    「いや、違ッッ……あー、もう。心珠、誤解を招くような発言をしないでくれ」




    クスクスと隻眼さんは笑い、楽と心珠のマスクを外すように促した。




    「私は主宮水無月(あるみやみなづき)。早速だけど、君を試させてもらうわね」
  12. 12 : : 2015/01/16(金) 20:06:26



    「え、試す………って、何を?」




    「それは、あなたの決意を試すのよ。楽」




    いきなり本名で呼ばれびくりと反応し、咄嗟に横を向く。そこにいたのは、幼なじみであり、姉弟子の─────




    「み、未礼………」




    ────流童未礼(りゅうどうみら)だった。
  13. 13 : : 2015/01/16(金) 20:52:28


    「最近道場サボってると思ったら、あなたも喰種だったなんて。まぁ、薄々感づいてたんだけど」




    「未礼が、新世界創造計画に……」




    驚きを隠せない楽。
    しかし未礼は続ける。




    「楽、私はね、こんな理不尽な世界を変えたくてここにいるの。罪のない喰種が殺されていくのは見たくない」




    「………そうなんだ」




    「まあ、格闘術は常に磨いていたわ。あなたも、変なプライドは捨てなさい。もうあなたは、人間の生活には戻れない」




    昔、未礼の見よう見まねで初めた格闘術。
    喰種でありながら教わったそれは、今の楽の高い身体能力の基礎になっていた。




    未礼の言うプライドとは、"人間"の時にしか格闘術を使わないことだろう。
    楽は区切りをつけていた。
    "人間"としての自分と、"喰種"としての自分。
    だが、その区切りはもう無くなった。




    「………そうだね」




    「さて、話を戻すけどミカグラ。優雅にスカウトされてここに来たんでしょ」




    水無月がキュウビの方を向く。




    「……俺の本名は九城優雅(くじょうゆうが)




    「────でも、最終決定権は私にある。だから、君が幹部に相応しいか試してみようって思って。優雅、案内してあげて」




    優雅はコクリと頷き、ついて来るように促す。
  14. 14 : : 2015/01/16(金) 21:01:43


    扉を三回ほどくぐっただろうか。
    案内されたのはコロシアムのような場所だった。




    「ミカグラ、今から君には"ある喰種"と戦ってもらう。強いから、死なない程度に頑張ってね」




    高みの見物、なのだろうか。幹部組と心珠、そして部下であろう喰種。
    ふと、幹部組の一人と目が合う。
    その瞳には、燃えるような感情が逆巻いているように見えた。




    (………ある喰種ってなんだろう)




    「あ、そうだ。今から出てくる喰種を殺して。それが条件」




    ───殺して。




    その言葉が耳に響く。
    金属が擦れるような音がして、扉が開く。
    そこに立っていたのは、男性の喰種。
    特に変わった様子はない。




    (さて、ミカグラは《ハイブリッド》相手にどこまで戦えるかしら)




    細く微笑んだ水無月の顔は、恐ろしいほど冷たかった。
  15. 15 : : 2015/01/16(金) 21:07:04


    「……コロス。敵、コロス」




    よく男性の顔を見ると、ノースリーブから露出した肩に《亜種》という文字が焼かれていた。




    (亜種……?)




    次の瞬間、亜種の姿が消えた。




    (はや─────ッッ)




    否、瞬間的に楽の視界から消えていたのだ。
    もうすでに、戦闘は始まっている。
    意識を集中させる。視界がクリアになり、赫眼になったことがわかる。
    動体視力が爆発的に上がり、亜種の姿を捉えると、地面を蹴って飛びかかった。
  16. 16 : : 2015/01/16(金) 21:26:42


    地面を抉るほどの踏み込み。
    膝に全体重を乗せ、一気に蹴り上げる。その際、肩の辺りからRc細胞を放出。羽赫がうなり、推進力によって威力が膨張する。





    「ァガァアアッッ」




    亜種の顎が砕け散る感覚が足の先から伝わる。




    ────捉えた。




    そう思い、僅かに力を緩めた刹那。
    足首が押しつぶされるような痛みが広がる。




    「コロス……コロス……」




    亜種の赫子───鱗赫がまるで触手のように足首を捉えていた。




    「しまッッ─────」




    視界がブレる。天と地が逆さまになり、背中が張り裂けるような痛みが襲う。
    地面に叩きつけられたらと気づくのに少し時間がかかった。
  17. 17 : : 2015/01/16(金) 21:42:04


    「グッ───かはッッ」




    マズいと感じたが、亜種の力は強く、簡単に逃れられない。再び勢い良く持ち上げられ、今度は壁に向かって投げつけられる。




    「ッッ────ぁあ!!」




    身体を捻って強引に脱出。
    赫子を四方向に放出し、戦闘体制に入る。
    まるで死神の鎌を思わせるその赫子に、観客となった喰種たちから驚きの声が漏れる。





    「コロスコロスコロスッッ」




    「この脳筋野郎め」




    四本の鎌の先が亜種を標準する。
    そして再び接近。今度は空中からの攻撃。
    鎌がしなり、亜種の赫子とぶつかり合う。
    ───相殺。




    空中に弾かれた楽は、そのままその場で回転。
    防御を続ける亜種の鱗赫を徐々に削っていく。




    「これで────壊れろッッ!」




    一度赫子を足場にして跳躍。空中で前転し、その勢いのまま攻撃。今度こそ敵の赫子を穿った。
  18. 18 : : 2015/01/16(金) 21:52:50


    一瞬だけ亜種の表情が崩れた。
    叩き込むなら、今しかない。
    Rc細胞が体内で渦巻き、勢いよく噴射される。
    四本の鎌を交錯させるようにして亜種の肉を抉る。




    「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁあああぁぁあああああああああああああアアァッッ!!!??」




    耳をつんざく絶叫と共に結合されていき赫子。
    鱗赫は崩れやすい代わりに結合しやすい。
    マジックテープのようだ。




    「しつッッこいなッッ!」




    全霊を込めて撃ち込んだ渾身のハイキック。
    顔面を確実に捉えた。しかし、まだ終わらない。




    「ッッッッらぁ!」




    羽赫による連撃。休む間もなく次々と打ち出す。数ならこちらの方が圧倒的に有利だ。
    このまま押し切れる。




  19. 19 : : 2015/01/17(土) 14:31:19



    亜種は体制を立て直そうと一旦後ろに大きく跳躍。逃がすまいとRc細胞を凝縮。それにより固体化したRc細胞の羽根がまるで矢のように飛び交う。
    亜種赫子で身体を覆うが、それほど赫子が大きくないので、頬、肩、脇腹、太股、致命傷は避けられたが、じわじわと血が滲む。それが少量のダメージでも、確実に体力を削いでいっている。




    (次で決めるッッ)




    Rc細胞の羽根による攻撃を止め、地面を蹴って距離を詰める。亜種は赫子でガードを上げていたせいか、反応に一瞬遅れる。




    「せッッァァァァァアアッッ!!」




    地面と身体を平行にして弾丸のような速度で放つ中段蹴りは、亜種の腹部を完璧に捉えた。
    体内で内臓が破裂する音が、喰種の並外れた聴覚によって聞こえてくる。




    「………ッッ」




    足を振り抜き、亜種を見る。その顔はまるで死期を悟った患者のようだった。
    次の瞬間、目にも留まらぬ速さで吹っ飛び、地面をバウンド。地面に激しい擦過痕を残しながら壁に衝突する。




    「……終わり、なのか」




    肩で息をしながら、煙が晴れるのを待つこと二分。楽は目の前で起こった光景に、呼吸をする事すら忘れていた。




    「《ハイブリッド》亜種の真骨頂。それは赫胞の複数持ち。そして通常の喰種の1.5倍のRc細胞の稼働値。ありえないほどの回復速度に、別の部位の赫子。まさにハイブリッド喰種」




    水無月が冷たく微笑む。




    「………そんな、ことが。あり得るのかッッ」




    死んでもおかしくないような攻撃を受け、たった数分で完治。それよりも驚いたのが、鱗赫が放出されているその下部。尻の辺りから突き出た、まるで尻尾みたいな赫子──尾赫。
    しなやかな刃は楽の心臓に向けられている。




    ────そう。鱗赫と尾赫。二つの赫子を持っている喰種。



  20. 20 : : 2015/01/17(土) 15:15:27



    「コロスッッ。ハイジョッッァァ!!」




    精神状態がおかしいと思っていたが、ここにきてさらに崩壊した。
    身構えた瞬間、側頭部にハンマーで殴られたような痛みが走る。




    ────蹴られたッッ!?




    驚愕の表情で横を見ると、歪んだ笑みを浮かべた亜種の顔があった。



    「ッッちぃ!」



    反撃に出ようと拳を握るが、今度は脇腹に痛みが走る。はやすぎる。もう目で追えない。




    「ケッチャク、ツイタッッ」




    「まだッ………終わってねぇッッ!」




    自分の身体の周りを旋回するように羽赫を展開。亜種の赫子とぶつかり、金属が擦れるような音が響く。
    しかし─────。




    「なッッ!?」




    パリィィン、という音とともに散る楽の赫子。
    刹那、頭の先から足の先まで、波紋が広がるかのように衝撃が走り、一瞬体が浮いた。




    「─────ぇ」




    鱗赫と尾赫が結合し合い、まるで巨大な槍のような形状に変化した亜種の赫子が、楽の腹部を貫いていた。
    ズパ、という生々しい音が体内に響く。




    「ぁ、ぁれ」




    患部を手で抑えようとするが、空を切る。
    視線を下に下げると、自分の左腹部がなくなっていた。
    まるでドリルで穴を空けられたかのような円が楽の左腹部を刈り取っていた。
    火山が噴火したかのように溢れ出す鮮血は、散った赫子とともに虚空を舞い、地面に赤い染みを作りながら墜ちていく。




    「ぃ……ぁぁああ………ぅぁ」




    激しく喀血しながら地面に崩れ落ちる。
    ふと、幹部組の中で何かを必死に叫ぶ心珠の姿が眼に移った。遠くにいるハズなのに、とても近くに見える。涙を流しながら、必死に叫んでいる。その口元を見る。




    「し」「な」「な」「い」「で」




    ─────ごめん。




    「ひ」「と」「り」「に」「し」「な」「い」「で」




    ────無理だよ。




    喰種の再生能力を持ってしても傷が消えない。
    視界が暗転する。もう、見えない。聞こえない。




    心珠にすがるように伸ばした手も、届かない。力なくダランと垂れ、地面に落ちる。




    ─────ああ、死ぬんだ。




    意識無くなる瞬間、聞こえないハズの心珠の声が天から降り注いできた。




    「──死なないでッッ!私を一人にしないでよぉッッ、楽ぅぅッッ!!」




    閉じかけていた瞳が、大きく開かれる。
    傷口から入り込んでくる、《シニガミ》の絶対零度の手。心臓を握られる錯覚を覚える。




    「うッッ……ぁぁぁ………ッ、ぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁああああぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁぁぁあぁぁああああああああああああああ────────ッッ!!」




    一瞬両眼が煌めき、大きく心臓が跳ねる。
    まるで自分ではない何かが体内に入り込んでくる感覚。まるでビデオの逆再生のように身体の内部から再構築されていく。
    骨が構成され、肉が盛り上がり、皮膚が張り付く。まるで体内をグチャグチャに蹂躙されているかのような痛みが襲うが、今はそれすら心地いい。




    羽赫が爆発的に放出され、未だかつてないほどのRc細胞が体内を駆け巡る。
    そして、楽に《シニガミ》が乗り移った。




    「くッッハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハッッッッ!」




    生きている実感が身体の奥底から湧き出てくる。




    まるで狂ったように放出されるRc細胞。
    羽赫の数が四本、五本、六本と増えていく。
    いや、違う。増えていたのは羽赫ではない。
    腰辺りから放出されている───鱗赫だった。




    ボフン、という音とともに、再び眼を開く。




    「……今度は、(ボク)の番だ」









  21. 21 : : 2015/01/17(土) 15:49:04


    「コロスコロスコロスコロスッッ」




    「てめぇが死ねよ」




    腰辺りから放出される鱗赫が、剣のような形状に変化する。二本の剣が橋を造るように伸び、亜種の足を貫通する。




    「ァガァア……ッッ」




    綱渡りのように赫子の上を駆け抜けていく楽。
    助走をつけながら放つローキック。
    首元を抉るかのような強烈な蹴り。
    亜種の首が上に浮く────瞬間、空中で一回転。そのまま身体を反転させ、天地が逆さまになってからのオーバーヘッド。
    衝撃を支えきれなかったのか、地面が陥落しながら煙を上げる。




    「ハイジョ…コロスゴロスゴロスゴロスゴロスゴロスコロスッッッッッッッ!!」




    二つの赫子を振り回しながら突進してくる亜種に冷ややかな視線を送りながら、鎌となった羽赫を旋回させる。
    三度赫子がぶつかり合い、果たして勝ったのは楽だった。




    「───砕け散れ」




    破壊音とともに鳴り響くRc細胞の流れ。
    楽は両手を地面につき、足を空中で回転させる。



    ──流童式格闘術一式五番・雪月華(せつげつか)──



    積もる雪の中でも華は強く咲き誇る。
    合計四発の蹴りが直撃した亜種は、その場で大の字に転がる。




    「死ねよ」




    楽は羽赫を亜種に向かって最大放出。
    ジェットエンジンの放出が直撃したかのような衝撃。今度こそ、亜種は動かなかった。




    「……勝った、んだよな」




    スゥゥ、と何かが体から抜けていく感覚がする。疲労が身体を襲い、その場に倒れ込む。
    心珠の声を聞きながら、楽の視界は暗転した。




    意識を手放す瞬間、殺意がこもった眼差しに射抜かれた。
  22. 23 : : 2015/01/18(日) 13:38:36



    「まだ試作品だったのだけど、まさかハイブリッドを倒しちゃうなんて」




    心珠に運ばれていく楽を見ながら、水無月は隣に座る優雅に声を掛けた。




    「……いや、あれは」




    「わかってるって。でもエラーが起こってなかったとしても結果は変わらない」




    「………御神楽。予想以上だ」




    ガタン、と、いう音がして激しく扉が開かれる。




    「………あなたも人が悪い。なんであの子のを………」




    「ふふふ、ほーんと可愛いわ」




    走り去っていった少女の背中を見つめながら、水無月はうっすらと微笑む。




    「まぁとりあえず、加入おめでとう。ミカグラ」




  23. 24 : : 2015/01/18(日) 14:07:41



    千白美海(ちしろみうな)は泣いていた。
    年齢は12、13ほだろうか。エメラルドグリーンの瞳の中で踊るみずらのように結わえた長い黒髪。一見子供のように見えるが、その容姿に合わない冷静な雰囲気漂わせている。




    「お兄さん……ッッ」




    先ほどの光景が眼に浮かぶ。
    精神が崩壊して別人のように変わり果てた兄。
    それは御神楽という少年が殺したハイブリッドの亜種。彼は、美海の兄だった。




    「どうして……どうしてッッ。殺さないんじゃなかったの……ッ?無事だって言ってたでしょッッ」




    兄が殺された。組織とは約束したハズなのに。
    兄を殺させないと。私は裏切られた。そして失った。




    「………御神楽」




    ふと兄を殺した少年の名前が口に出る。





    「……御神楽。御神楽。」




    いつの間にか流れていた涙が止まっていた。
    なにかが涙をせき止めていたのだ。
    それがなんなのか、私にはわかった。




    ───殺意。復讐。




    「…………」




    兄が死んでぽっかりと空いた穴に、黒い感情が流れ込んでくるのを感じた。


  24. 26 : : 2015/01/18(日) 15:11:55









    ───死ねよ。




    僕が亜種に放ったRc細胞の最大放出。
    端から見たら、僕がトドメを刺した風に見えただろう。
    しかし、違った。僕じゃない。
    いや、もしかすると、罪悪感から逃れたいが故の幻だったのかもしれない。
    だけど亜種は、僕が攻撃する前に血を吐き、意識を失っていた。




    ────ああ、美海。




    最期に最愛の者の名前でも呟いたのだろう。
    僕がトドメを刺す前に、彼は死んだ。




    そう、僕がトドメを刺す前に。













    ────目が覚めた。
    僕の視界にまず入ったのは、灰色の天井。
    そして右手に感じる温もり。これが心珠の手なのだとすぐにわかった。




    「………いま朝か?地下だからわかんね……」




    ガチャ、と、いう音が室内に響く。
    首だけドアの方に向けると、そこには少女が立っていた。




    「……君は」




    心珠と同じくらいの年齢だろう。
    黒い髪に、エメラルドグリーンの瞳。
    その中で揺らぐ殺意。
    僕はこの眼を見たことがある。
    この殺意に、射抜かれたことがある。




    「………千白美海」




  25. 28 : : 2015/01/19(月) 16:52:38


    ────ああ、美海。




    亜種の声が蘇る。
    止めてくれ。思いだしたくない。




    「………君、もしかして亜種の妹?」




    「私は君って名前じゃないし、亜種じゃなくて千白波斗(ちしろなみと)って名前」




    「……美海は、やっぱり波斗の妹だったのか。面影を感じたんだ。兄妹揃って美形だな」




    「………どうして、お兄さんを殺したの」




    鋭い目つきで楽を睨む美海の眼は、紅く染まっていた。おそらく、感情の高ぶりだろう。




    「僕は、殺してない」




    「嘘ッッ、だって御神楽、あなたがトドメを刺したのよッッ」




    美海の放つ一言一言が胸に突き刺さる。
    僕は殺していない。けど、波斗が死ぬきっかけをつくってしまったことには変わりない。




    「……信じてくれ。僕じゃないんだ」




    「信じられないッッ」




    楽を睨むその瞳からは、大粒の涙がとめどなく流れていた。




    「………どうして、私の大好きを奪うの」




    「────ッ」




    荒々しくドアを開け、美海は部屋から出て行ってしまった。




  26. 29 : : 2015/01/19(月) 17:04:18



    「大好きを奪う、か」




    美海は泣いていた。僕が大好きを奪ったから。
    ちがう、僕じゃない。
    そんな考えれが頭の中を巡る。
    視線を下に下げると、心珠がキョトンとした顔でこちらを覗いていた。




    「どうしたの?」




    「……なあ、心珠。もし僕が誰かに殺されたら、その殺したヤツがどんなに償っても許せない?」




    そう問いかけると、心珠は即答する。




    「絶対に許さないよ。だって、大好きな人が奪われるんだもん」




    やっぱり、そうか。美海も心珠と同じくらいの年だろう。考え方は一緒だ。




    「もしかして楽、さっきの───」




    「───さて、もう動けることだし、一旦家に帰ろうぜ」




    心珠の言葉を遮るようにして起き上がり、ドアノブに手を掛ける。
    心珠はなにか言いたげに口元を動かしていたが、コクリと頷いた。




  27. 30 : : 2015/01/19(月) 17:09:44


    部屋から出るとそこには、水無月と優雅が壁にもたれかかれながら立っていた。




    「起きたようだね」




    「………今日は帰っていいか」




    「いいよ────っとそうだ。君にお願いしたいことがあってね」




    「お願い……?」




    「捜査官狩りをしてほしいんだ」




    捜査官狩り。自ら喰種捜査官に戦いを挑むことを意味する。楽はゴクリと唾を飲み込んだ。




    「………断るって、言ったら?」




    「構わないよ。他の人に頼むし」




    なにか見返りを求められるかと思ったが、ホッと息を吐く。
  28. 31 : : 2015/01/19(月) 18:26:09




    「それじゃあね」




    踵を返して歩き出した二人の背中に、楽は思い出したように問いかけた。




    「なあ、水無月……」




    水無月だけがくるりとこちらを向く。




    「なに、ミカグラ」




    「その、さっきの亜種って、千白美海の兄……だったんだよな」




    「………それが?」




    楽は見逃さなかった。水無月の頬が少しピクリと動いたのを。




    「赫子の複数持ち……あれはどういうこと。僕も赫子が二つ出た。知ってることを話してくれ」




    「………いずれわかるさ。私たちは喰種のために新世界創造計画を行う。それは本当だ」




    「……水無月」




    沈黙を守っていた優雅が口を開くと、水無月は再び踵を返した。




    「待てよッッ!何の為に僕と亜種──波斗を戦わせたッッ?答えろよッッ」




    「楽………」



  29. 32 : : 2015/01/19(月) 21:28:42






    「………不運なヤツだな」




    「あら、優雅。あなた結構優しい?」




    「いや、別に。ただ、生まれたて時からの宿命なんだなって。あなたも」




    優雅が視線だけ水無月に向ける。
    それに気づいたのか、水無月は優しく微笑んだ。




    「ミカグラも可哀想だね。まるで、私の姿を鏡に映したみたい」




    微笑みから徐々に自嘲地味た笑いに変わっていく。見てられなくなったのか、優雅が強引に話題を逸らす。




    「美海はどうするんだ。兄が死んだんだぞ」




    「………さあ、どうだろう」



  30. 33 : : 2015/01/19(月) 21:33:53


    「まだ12歳だぞ。あいつ」




    「大丈夫よ。きっと。誰かが心に空いた穴を埋めてくれる。本当に、悪いと思ってるわ。けどこれは私たちのため───いいえ、喰種のため」




    そこからは無言が続いた。
    少し歩くと、研究室という標識された部屋の前にたどり着く。




    「………赫胞の移植、か」




    液体が入った巨大なカプセルを手でなぞり、優雅がつぶやく。




    「ええ。死んだ喰種から人間へ。あるいは、他の動物とかね」




  31. 34 : : 2015/01/19(月) 21:44:11








    「楽、大丈夫?」




    「………え、ああ、うん」




    無言で立ち尽くしていた楽に、心珠が優しく声を掛ける。




    「心配しないで」




    「でも───」




    心配してくれている心珠を手で制しながら、思考を巡らせる。
    さっき、水無月にボロが出た。
    赫子の複数持ち。喰種に赫子が二つ以上あるなんてありえない。だが、実際に起こったし、自分も体験した。普通ではありえてはいけないことだ。




    (きっと、何かある。新世界創造計画。きっと、もっと他の目的が───)




  32. 35 : : 2015/01/19(月) 21:52:10



    考えられるとすれば、赫胞の移植。
    そう仮定しておく。
    すると、自然とあの亜種──千白波斗のことうがわかってくる。
    あくまで仮定だが、水無月の言っていたある喰種とは、赫子の複数持ちのはずだ。
    そして、波斗は試作、もしくは失敗作。




    (……なにがある。他に、考えられるのは)




    「なに小難しい顔してるの、楽」




    心珠の声ではない。
    後ろを振り返ると、そこには未礼が腕を組ながら立っていた。




    「楽、この女だれ」




    「まて心珠。まじでこの人の前で冗談言うの止めてくれ。僕の社会的地位が最低ランクになっちゃうから。ほら見て。ケータイ出して警察に連絡するのやめてッッ」




  33. 36 : : 2015/01/19(月) 21:55:35



    「………冗談よ」




    液晶を見せ、ホラといった表情を見せる未礼。




    「いや、未礼がやると冗談に見えない」




    「………それで、何考えてたの」




    「……未礼、君はどこまで新世界創造計画のことを知ってる?」




    未礼は少し考える素振りを見せるが、首を横に振る。




    「わからない。私も詳しくは知らないわ」
  34. 37 : : 2015/01/19(月) 22:53:30
    とても読みやすいです!
    内容もとても面白い!
    めちゃくちゃ期待です!!
  35. 38 : : 2015/01/20(火) 13:53:38


    「となると、やっぱり水無月か優雅か。ほかにも幹部のやつがいるはずなんだけど」




    「……楽、あなたは無茶しそうだから言っておくわ」




    いつもは感情が読みにくい未礼だが、今回はそうじゃない。多分、誰が見ても真剣そのもの。




    「…………やめておきなさい。組織に刃向かわない方がいい」




    「………だろうね。特に水無月は隻眼だし、戦闘能力は以上だろう」
  36. 39 : : 2015/01/20(火) 14:55:23



    楽は未礼から視線を逸らすと、眉を寄せながら呟いた。




    「君と一緒だよ。僕も理不尽に喰種が殺されるのは見たくない」




    「………」




    未礼は無言で俯く。




    「………いいわ。好きにしなさい」




    そう言い残すと、未礼は暗闇に消えてしまった。
    楽は心珠の背中を押し、歩くように促す。




    「行こう」





  37. 40 : : 2015/01/20(火) 20:25:52




    マンホールを押し上げ、地上に出る。
    一夜明けてて、太陽の光が眩しい。ずっと地下にいたからだろうか。




    「………学校、どうしようかな」




    新世界創造計に加入すると決めた時から、もう人間としての生活を捨てることはわかりきっていたことだ。高校を中退し、暇があればスラム街の喰種たちに勉強を教えてやりたい。




    「中退、しようかな」




    楽が呟いた言葉を心珠が咄嗟に拾った。




    「ダメだよ楽ッ。学校はちゃんと行かなきゃ」




    「うーん、でも決めたことなんだ。もう人間として生きるのは止めようって。それに、その方が心珠と一緒にいられる時間も長くなるし」




    そう言うと心珠は少し頬を染めて俯き、納得したのか、コクコクと頷く。銀糸のような髪が揺れ、楽の瞳の中で踊る。




    「わかった。楽がそう言うなら正しいよね」
  38. 41 : : 2015/01/21(水) 06:58:53


    「いつもごめん」




    「何が?」




    「いや、その。いつも僕の勝手に心珠を付き合わせてしまってるなって思って」




    心珠の方を向くと、ちょっと思案顔になっていた。そして結論にたどり着いたのか、コクコクと頷いた。




    「私ね、楽に助けてもらったあの日から、楽に尽くそうって思ったの」




    なぜだろう。心珠の眼が紅く染まり、少し引きつった笑顔になった。




    「例えば、楽が他の女と手を繋いだりッッ」




    バキバキ、という音と共に、地面が沈下していく。




    「他の女と抱きしめ合ったりッッ」




    グチャグチャ、という音と共に、心珠が蹴りを入れた大木にひびが入る。




    「他の女とキスしたりッッッ」




    ズゴーン、という音と共に、ぶ厚い壁に風穴が空く。




    「ちょ、落ち着いて心珠」




  39. 42 : : 2015/01/21(水) 13:51:35



    心珠の周りは、そこに怪獣でも通過したのではないかと錯覚するほど荒れていた。超怖い。
    まだ赫子を出せない心珠だが、これを拍子に間違って出てきそうだ。




    「落ち着いてってば。人が来る」




    「………まあいいよ。楽の自由だからね」




    眼が徐々に戻っていく。




    「でも、楽がうかうかしてたら私が楽をもらっちゃうから」




    「ばッ……12歳のガキがそんなこと言っちゃだめだ」




    内心少し動揺しながら、心珠に背を向ける楽。




  40. 43 : : 2015/01/21(水) 14:19:53



    「どうするの?」




    「授業だよ授業。今日はもう学校行く気ないし」




    拗ね気味だった心珠の顔がパァっと明るくなり、楽の右腕に自分の腕を絡める。




    「私たち恋人みたいだね楽ッ」




    「心珠歩きにくいって」




    本当、こっちの気も知らないでさ。
    心珠には言えないが、心珠はすごく綺麗になった。そんな彼女に身体を密着させられたら、自然とドキドキしてしまう。




    「柴崎さんにはあんまり無茶させたくないし、急ごう。ってわけで心珠、離れてくれ」




    「えー、やだ」




    「いや、マジで。周りの視線が痛いからさ。変態を哀れんで見ている冷たい視線が僕に突き刺さってる」




    心珠は辺りを見渡し、ニコッと笑った。
    やっと解放されると思った矢先、更に身体を密着させてくる。勘弁勘弁。




    「私は気にしないから」




    「僕が気にするってのッッ。あ、ちょっと待って。そこの方、お願いだから警察に通報しないで僕は無罪だからッッ!」
  41. 44 : : 2015/01/21(水) 14:27:02



    危うく警察のお世話になりかけ冷や汗が頬を伝う。




    「警察に通報されたら捜査官にやられるって」





    「楽なら勝てるよ。ファイトッ」




    親指をグッと立てながらウィンクをする心珠。




    「はぁ………」




  42. 45 : : 2015/01/21(水) 14:37:21








    「えー、それじゃあ今日の授業は終わり。宿題をしっかりやってくるんだぞ」




    言い終えると、幼い喰種たちが声を揃えて返事をし、各々挨拶をし、住処に帰っていく。
    周りに女子たちが集まり、あたふたしながら話を聞いていると、心珠が鬼の形相でこちらを睨んでいた。




    「さよなら、楽先生!」




    「うん、気をつけてね」




    手を振りながら挨拶をし、柴崎の方に歩み寄る。




    「いやぁ、すまないね。聞いたよ。中退するんだって?」




    「心珠が言ったんですか」




    「いいや、奏君から聞いたんだが」




    奏林檎(かなでりんご)。楽の先生に当たる存在。喰種でありながら大学院の講師をしているハイテンションな女性。
    というか、あれから一回も会ってないのになぜ自分たちの行動がわかるのだろうか。




    「そこまでする必要はないと思うけどね」




    「あー、いえ。これは僕の都合というかなんというか」




    「ミカグラ君は可愛い可愛い幼女喰種と戯れたいからだよね☆」




    「…………え」




    背後からした声に驚き、咄嗟に後ろを振り向くと、奏林檎の姿があった。




    「おっす☆」
  43. 46 : : 2015/01/21(水) 14:45:34



    「おお奏君。久し振りだね。相変わらず若いね」




    「でしょー☆なんなら若さの秘訣でも教えようか?」




    「え、それって奏さん結構年増──ってうぉッッ!?危なッッ!」




    ニコニコとした笑いを浮かべながら顔面をめがけて回し蹴りを繰り出す奏。
    まるで研ぎ澄まされた刃物のようにしなやかな蹴り。





    「おっしー☆当たってたら首から上がなくなってたのにな☆」




    「今のはガチだったですよね!?」




    「久し振りだね心珠ちゃん☆かっわいいなぁぁ☆」




    楽をガン無視して心珠に抱きつく林檎。




    「ああそうだ柴てぃー、これ☆」




    柴てぃーとは柴崎さんのあだ名らしい。
    背負っていたリュックの中から文房具とノートを取り出すと、柴崎に渡す。




    「いつも悪いね奏君」




    「いやいや、これも未来を担う喰種のためさ☆」
  44. 47 : : 2015/01/21(水) 17:24:52



    「見直したよ林檎!」




    無償提供する林檎の姿に意外性を感じたのか、心珠が声を上げる。




    「見直したまえ幼女よ☆」




    「すごーいっ、林檎すごーいっ!」




    「ふはははは☆ワンモアタイッ、ワンモアタぁぁぁぁぁイムッッ☆」




    「林檎すごーいっ!世界一すごーいッッ!」




    「はははははふははは☆」




    幼女に褒められながら胸をふんぞり返して高らかに笑う林檎を見ていると、なんだかとても悲しくなってくる。




    「奏さん、結構いい人だよね」




    「今更気づいたのかい?遅すぎるよミカグラ君☆」




    やはりハイテンションな林檎。
    柴崎さんはニコニコしながら見ている。
    正直すごい。この人のハッチャケぶりに動じていない。




  45. 48 : : 2015/01/21(水) 18:03:17



    「あ、そうそうミカグラ君☆ちょっと話があるんだけど☆」




    「どうせまたロリコンとか言うんでしょ」




    「いやいや☆ガチガチガチなお話だって☆二人っきりで」




    「二人っきり!?」




    心珠が瞬間的に反応し、林檎に飛びかかろうとするが、柴崎がまあまあとなだめる。




    「君に話しておかないといけないと思ってね」




    その時の林檎の眼は、いつになく真面目で、ふざけている色は見て取れなかった。
  46. 49 : : 2015/01/21(水) 18:13:09


    心珠と柴崎さんから少し離れた机を挟み、向かい合う形で椅子に座る二人。
    どうしても心珠がうるさかったので、見える範囲で聞こえない距離を取るという条件やっと首を縦に振ってくれた。




    「愛されてるね☆───幼女に☆」




    「………で、なんなんですか。はやく話して」




    「あのねミカグラ君。敬語とため口どっちかに統一してくれないかな☆」




    「………」




    楽の真剣な眼差しを受け、しばらく楽をジッと見つめる林檎。やがて大きく息を吸い、吐いた。




    「これからする話は、君がこれから新世界創造計画に乗じて喰種と人間の共存を目指すために必要だと思う。心して聞いてほしい」




    「………はい」




    ゴクリと唾を飲み込み、膝の上の拳を握る。




    「まず何から話せばいいのか。そうだな……うん。"二つの赫子を持つ喰種"の話をしよう。君も、心当たりがあるんじゃないかな」




  47. 50 : : 2015/01/21(水) 18:20:49



    心当たりというか、実際に体験したことだ。
    新世界創造計画への加入のために戦った千白波斗もその一人だ。




    「僕は羽赫なんだけど、何かの拍子で腰の辺りにもRc細胞が一気に流れ込んできて、鱗赫が出てきたんだ」




    「ふむふむ、それで?」




    「その時思ったのは、体の中を流れるRc細胞が異常に多くなってたことです。今まで感じたことのない、その、なんて言うか」




    林檎は人差し指でコツコツと机を叩きながら唸る。




  48. 51 : : 2015/01/21(水) 19:38:27



    「単刀直入に言おう。喰種が赫胞を二つ以上宿して生まれてくることはありえない」




    「単刀直入って……そりゃあそうですけど」




    「君は鈍いね。鈍感だよ」




    人差し指の動きを止め、楽を指差す。




    「"生まれながらにして宿さない"んだ。必ずどこかで"第三者の手が加わっている"と言いたいんだよわかる?」




    「ッッ、つまり、何者かに移植された?」




    「ふーん、結構考えてたんだ」




  49. 52 : : 2015/01/21(水) 20:16:27


    「まあ、いろいろあった後ですからね」




    頬を掻きながら視線を下げる楽。




    「僕自身、そんな覚えは無いんです」




    「もしかしたら、生まれた瞬間に移植を始めたとか」




    林檎の問いに首を振る。




    「そもそも、体内に赫胞が存在していたというのがおかしいんですよ。普通なら赫胞にRc細胞が溜まりますし」




    「だよね。うーん、あ、そう言えばミカグラ君、何かの拍子にあるはずのない鱗赫が出てきたんだよね。今は出せる?」




    「えーっと、死んでもおかしくないくらいの傷を負って、それでいつの間にか」




    楽は腰の辺りを中心にRc細胞の流れを意識する。体内で熱いものが活発に動く。
    身体が熱を帯び、赫子が放出される時の感覚が身体を駆け巡る。




    「ッッ」





    しかし───────




    「────羽赫だね」




    「あ、あれ………?」




    鱗赫はでてなく、楽本来の羽赫が紅く揺れていた。



  50. 53 : : 2015/01/21(水) 20:38:23


    「きっかけが必要なのかも。あ、赫子しまいなよ」




    スゥ、と脱力して力が抜ける。
    赫子が個体化して地面にこぼれ落ちる。




    「いつ見ても綺麗な赫子だね」




    「ありがうございます」




    「ふむ、有力な情報は無しか。私もいろいろ調べてみるよ」




    「お願いします」




    「まあ、新世界創造計画。あれはヤバい。もしかしたら、というか絶対に赫胞の移植を行っている。気をつけて」




    「………はい」




    林檎は椅子から立ち上がり、挨拶もなしに帰ってしまった。それだけ本気で調べるつもりなのだろう。
  51. 54 : : 2015/01/21(水) 20:45:15



    「心珠、帰ろう」




    柴崎に心珠と揃って挨拶をし、並んで歩き出す。




    「楽、林檎と何話してたの?」




    「んー、ちょっとね」




    心珠の方を見ると、なぜか頬を膨らましている。




    「ふん。いいよいいよ。どうせ楽は私みたいな女より年上のS気お姉さん系が好きなんでしょ。いいよいいよ」




    「待て、ストレートを待っていたバッターが勘を外してフォークで三振取られたくらい外れてるぞ」




    「例えがわかりにくい」




  52. 55 : : 2015/01/21(水) 20:47:26










    ###










  53. 56 : : 2015/01/21(水) 21:04:32



    夜はどちらかと言うと嫌いだ。暗いし、怖い。
    月を見ていると、まるで吸い込まれてどこかに連れて行かれそうだから。
    ひどく、孤独を感じるから。




    「美海~、帰るわよ」




    「はーい」




    太陽が地平線に隠れ、月と入れ替わった。
    空に浮かぶ星たちは遠く、けど手を伸ばせば届きそうで。




    「最近波斗が連絡してこないのよ。どうしたのかしら」




    「お母さん……」




    本当のことを言ったら、きっと母悲しむ。
    三年前に美海のお父さんは死んだ。
    そして、波斗もついこないだ死んだ。
    家族はお母さんだけになってしまった。




    「まあ波斗も年頃だしね。帰りましょう」




    無理に笑顔を作る母を見ていると、胸が締め付けられるように痛み、見ていられなくなって顔を逸らしてしまう。
  54. 57 : : 2015/01/21(水) 21:15:25



    「お母さん」




    「何、美海」




    母の顔を見ていると、隠し通したくなくなってしまったのか、思わず呟いてしまった。




    「あのね、その………お兄さんは───」




    ────血飛沫が舞った。
    虚空に紅い軌道を描きながら。
    まるで雪のように。




    「………美海、無事?」




    「お母……さん?」




    おそらく、そこで二発目の攻撃が母の身体を穿ったのだろう。胸部から溢れ出した鮮血がバシャリと美海の顔にかかる。




    「喰種を発見。直ちに戦闘を開始する」





    そこに立っていたのは、CCG横浜本部最強の喰種捜査官。鳴神椋露(なるかみむくろ)だった。
  55. 58 : : 2015/01/21(水) 21:23:27




    「え、ぁぁあ……」




    突然の出来事に理解が追いつかない美海をよそに、鳴神はクインケ『羽赫:ガンマβ44』を構えていた。二挺拳銃。Rc細胞を凝縮して放つその銃弾は、硬い喰種の皮膚をも穿つ。




    「……子供、か。悪く思うな」




    美海の眉間を標準。
    母の死を受け入れることができない美海は、ただただ涙を流すだけだった。




    「………いや。死にたくないッッ」




    恐怖の中で必死に叫んだ。
    けど、それは届かない。




    引き金が、引かれた。
  56. 59 : : 2015/01/21(水) 21:34:49



    パリィン、という音が響き、命を奪うであろう銃弾がいつまで経っても当たらない。
    代わりに聞こえてきたのは、聞き覚えある声だった。




    「マジ最悪。なんでこいつがいんの」




    「……御神楽?」




    羽赫を放ちながら美海と鳴神の間に割って入った形になっている。




    「……その赫子、弦儀の言ってたミカグラか。Sレイド喰種」




    四本の鎌の形状になった羽赫の刃先は、鳴神に向けられてはいる。




    「おい美海、大丈夫か」




    「………お母さんが」




    嗚咽混じりに必死で声を出す美海。
    マスクを被っているが、あまりしゃべるのはバレるのでよくない。




    「………そうか」




    再び鳴神に向き直り、精神を集中させる。
    相手は最強の捜査官。正直、勝てる気が微塵もしない。




    「…………あーもう。なんで助けようと思っちゃったかな」
  57. 60 : : 2015/01/22(木) 16:39:05



    「………なんで助けるのッ?相手はCCG最強の捜査官なのにッッ」




    「うっせー。なにも勝つ気なんて毛頭ない。逃げるんだよ」




    「お願い見捨ててッッ!私も皆のところに逝かしてよッッ」




    美海の叫びを聞いた鳴神は、少し複雑な表情をした。




    「………今から揃ってあの世に送ってやる」




    再びガンマβ44を構える鳴神。
    楽は美海を脇に抱えて脱出を試みる。
    バタバタと暴れる美海を押さえ込み跳躍するために踏み込むが、鳴神のクインケが火を噴く。




    「ッッ!」




    喰種の勘が跳んだら危ないと警鐘を鳴らす。
    咄嗟に身を屈め、鳴神のいる方向に向き直った瞬間、頭上を擦過していく凝縮されたRc細胞。
    跳んでいたら確実に撃ち抜かれていた。




    「っぶねぇえ」




    「離してッッ!」




    「あーっもう、いいから黙れ」




  58. 61 : : 2015/01/22(木) 17:20:54



    「………」




    「うん。聞き分けのいい子は嫌いじゃないぞ」




    美海を少し離れたところに置かせ、赫子を展開する。




    「さて、どうしたもんか」




    前方約十メートルほどの位置に立つ最強の捜査官を見据えながら思考を巡らせる。
    鳴神は今持っているクインケ以外にあと一つだけアタッシュケースがある。おそらくそれは近接戦闘のものだろう。




    「やるしかねえな」




    大地を踏みしめ、羽赫の喰種の本領とも言える超スピードで接近。鎌の形状を取った羽赫が鋭くしなり、鳴神の首もと目掛けて襲いかかる。
    しかし、金属の交わる音が大気を振動させる。
    銃型のクインケで楽の攻撃を受け止めた。
    冗談じゃない。
    四十センチほどの銃身で喰種の、しかもSレイドの攻撃を凌いだのだ。




    「………攻撃が軽い」




    「っせ!」




    その場で一回転し、その勢いのまま赫子を撃ちつける。しかし鳴神は、楽の攻撃を予測しているかのようにスッテプを駆使して回避する。
    時折赫子とクインケが合わさる音が響き、そのたびに背筋が伸びる。




    (こいつッッ、本気じゃないッッ!?)




    身体を逆さまにしてからの空中で足を回転させる流童式格闘術一式五番・雪月華。
    合計四発の蹴りからなるそれは、直撃すれば勝負の決め手に化ける一手だ。
    しかしそれを難なくいなし、その瞳の奥でさらなる十数手先の攻撃を読んでいる。





    「いい動きだミカグラ。もう少し楽しませてくれ」




    顎を狙ったハイキックをクインケで逸らし、身体を捻って上段蹴り。
    凄まじい勢いの蹴りを回避しきれず直撃。首が持っていかれる。
    衝撃を殺すために右手を軸に一回転。




    (馬鹿げてるッッ)




    もはや人間がしてもいい動きではない。
    人類の領域を軽く通り越している。



  59. 62 : : 2015/01/22(木) 18:08:20



    一旦距離を取るために後ろに跳躍。
    着地した瞬間に再び突進。
    至近距離から発砲を赫子で防ぎつつ接近。
    勢いを殺さずに軽く跳躍。




    ──流童式格闘術一式三番・炎穿華(えんせんか)──




    初撃の右方向からの上段蹴り。その勢いのまま身体を捻ってからの左足踵の中段蹴り。
    そして一回転して戻ってきた右足の横薙ぎにするかのような水平蹴り。全てを空中で行うその技は、回転の威力を余さずぶつけることができる。
    一撃二撃三撃と全てクインケで防がれる。





    「っくそ、このッッッ」




    続けて流童式格闘術二式七番・華鳴子(はなめいし)を繰り出す。
    二式は拳の型。弓のように引き絞った右拳から放たれる矢のような一撃。溜めに溜めた力を一気に解き放つ。空気を拳が共鳴させる。




    「ッ」




    この時、初めて鳴神の表情が変わった。
    焦りにも感じられるその表情は、楽の拳を受け止めてしまったことを後悔していた。




    「─────ぶっ飛べッッ」




    クインケを通過する衝撃。
    鳴神の腹部に直撃して吹き飛ぶ。




    擦過痕を残しながら地面を転がる。
    しかしそれは威力を軽減するためだと気づく。




    「………やるな、ミカグラ」




  60. 63 : : 2015/01/22(木) 19:05:37




    立ち上がった鳴神がボソリと呟く。
    口の中に溜まった血を吐き出す。
    楽が地面を蹴って一気に距離を詰める。
    至近距離まで接近した瞬間、楽は驚愕に瞳を開く。




    「そッッ、れは……ッ!?」




    鳴神の眼が紅く染まっていたのだ。
    これは隻眼────?




    思考しながら次々と手を撃つ。
    しかし未来予知にも似た回避運動で全て当たらない。




    「……この眼は義眼なんだ。Rc細胞を凝縮した高性能演算義眼。隻眼のようなものになるのか」




    CCGの技術はここまで向上していたんと内心毒づきながらどうやって脱出しようかと頭がオーバーヒートするかと思うほど考える。
    もう美海の母は助からない。せめて美海だけでも。




  61. 64 : : 2015/01/23(金) 16:48:28




    「美海、逃げろッッ!」




    後ろに向かって叫ぶが、返事がない。
    俯いたままこちらに反応する素振りを見せてくれない。




    「おいッッ」





    「………ない」




    「美海ッッ」




    「もう、いない。誰も。皆」




    マズい。今更になって母の死を受け入れてしまったらしい。




    「ッッくそ」




    鳴神に向かってRc細胞を固形化した羽根を飛ばすが、全てを銃弾で弾き返すという非現実的な光景を目の当たりにする。
    短く舌打ちし、羽赫を放出して最接近。
    赫子での接近戦を選んだ。




    「……はやいな」




    鳴神は一度身を屈め、脚を掛けるようにして回る。体制を崩した楽に向かって容赦ない発砲。




    「ッッぁガ!!」




    次々と身体を穿つ凝縮されたRc細胞。
    ふと視界に美海が入る。信じられないと言った表情でかぶりを振る。
    鮮血が踊るように舞う。




    「もう……もうこれ以上、私の前で死なないでッッッッ!」




    その声に呼応するように、熱い身体とは裏腹に凍えるような空気が辺りを漂う。傷口から入り込んでくるシニガミの手。
    この時はっきりとわかった。





  62. 65 : : 2015/01/23(金) 18:01:28



    ガリッ、と親指を噛み千切る。
    燃えるような痛みが右手を襲うが、それも見る見るうちに回復していく。





    ────ああ、これが。




    腰の辺りに溜まるRc細胞。皮膚が破裂してあるはずのない鱗赫が咆哮する。




    「………赫子が二つだと?」




    鳴神はあくまで冷静に。
    足下にあったもう一つのアタッシュケースを握りしめる。




    「ハハハ、ハハハハハ。壊れてくッッ、(ボク)がッッ」




    狂ったように溢れ出るRc細胞。鮮血を思わせる二つの赫子がうなる。




  63. 66 : : 2015/01/23(金) 18:16:42



    「死滅しろッッ、CCGぃぃ!!」




    まるで何かが乗り移ったかのように右腕を振り抜く楽。それに合わせて鱗赫が矢のように鳴神目掛けて一直線に空気を切り裂きながら直進。
    絶妙なタイミングで回避しながらガンマβ44が火を噴く。
    空中で身体を捻りながらムーンサルトのような動きで銃弾を赫子で蹴散らす。




    「まるで別人だな」




    アタッシュケースを持ったまま発砲を続ける。
    しかし鱗赫を上手く壁などの建物に突き刺し、ターザンロープの容量で鳴神の頭上を駆け巡る。




    「鳴神ぃぃ椋露ぉぉぉッッッッ!!」




    羽赫が一瞬煌めき、次の瞬間に固体化されたRc細胞が雨のように降り注ぐ。
    それを読んでいたのか、猛ダッシュでその場から離れ、先ほどまで立っていた場所にRc細胞が突き刺さる。




    「華鳴子ッッ!!」




    流童式格闘術二式七番・華鳴子を繰り出す。
    ついさっき食らった一撃が脳裏に過ぎったのか、転がるようにして回避。
    クレーターが地面に刻まれる。




  64. 67 : : 2015/01/23(金) 18:30:55



    「化け物だな」




    土煙が晴れ、クレーターの真ん中に立っていた楽が、突然頭を抱えて地面に額を打ちつけ始めた。




    「僕の身体だ寄越せ俺のだ違う僕のだこの身体は僕のだ内臓が蹂躙されてるやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ違う僕のだ俺の肉僕の肉違う人殺して違う違う違う殺したくない新城さん助けなきゃだめだ心珠独りにしないで寄越せ俺の肉喰わせろ僕俺僕俺僕のだ痛いよ柚助けて光なんで俺を一人にしたの柚柚ゆづぅぅ違うこんなの僕じゃない奪わせろやめろ俺に奪わせろやめろ僕の身体から出ていけェェェ俺の寄越せよ来るなァァァァァァッァ!!!!」





    壊れてく。音を立てながらどんどん壊れていく。崩壊していく。奪われていく。無くなっていく。僕が僕で無くなってしまう。




    「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁッッ出ていけ僕の身体から出ていけぇァァァァ!!!」




    自分の腕を噛み千切りながら頭を地面に打ちつける。血がとめどなく溢れてくる。
    おかしい。自分の身体なのに、他人の感情みたいなものが流れこんでくる。抑えないと支配される。
    今こんなことしてる場合ではないのに。




  65. 68 : : 2015/01/23(金) 18:37:18




    ────何をしてるんだ。僕は。





    「僕の身体は俺のモノだ違う死んじまうだろぉうやめろ僕の身体だ触るな入ってくるなぁぁあああああああ」




    ────ああ、なんとなく解る。僕の身体を奪いたがっているんだね。




    「寄越せよ俺の代わりに生きやがって死ねよ寄越せ俺に全部寄越せ違う僕のだこれは俺のだ僕のぁあああああああああッッ!!




    曖昧な意識の中、眼に入ったのは美海の姿だった。
  66. 69 : : 2015/01/23(金) 21:41:36



    ピタリ、と壊れていく音が無くなる。
    助けないといけない。それは美海の兄を死に追いやった罪悪感かもしれない。
    けど、助けないといけない。
    心珠が待っている。




    「心珠………ッッ、ああああぁぁあぁあぁうああぁぁあああああぃあぁああぁあぉあああぇあああぁぁぁぁああああああがぁあぁッッ!!」




    楽は絶叫して額を地面にぶつける。
    マスク越しに伝わってくる痛み。




    ───眼が、覚めた。




    ()は、死ねない」




    赫子が再び放出される。
    ジッと鳴神を見据え、精神を落ち着かせる。




    「ッッ」




    そして美海がいる方向に向かって駆け出す。
    全力で逃走するべきだと判断した楽は、美海を横抱きにして跳躍。鱗赫をアンカーのように打ちつけ、ターザンロープの要領で空中を駆ける。その際、羽赫を最大放出。ジェット噴射のように加速する。
    重力が身体に大きく降りかかるが、必死に歯を食いしばる。





    ────逃げれるッッ。





    その慢心が、悲劇を生んだ。





    「『羽赫:マスティカフォル』展開」




    アタッシュケースのスイッチを押した瞬間、鳴神の肩から肩甲骨にかけて自動着脱式のクインケが装着される。
    まるで喰種の羽赫のように放出されるRc細胞。
    月の光に照らされた深紅の翼は、まさに火の鳥。




    「飛翔」





    助走をつけて大きく飛翔。
    それはまるでハングライダーのように空を飛んでいた。





  67. 70 : : 2015/01/23(金) 21:48:16



    ありえない。人間が空を飛んでいるのだ。
    鳴神はガンマβ44を両手に追跡してくる。





    ───『羽赫:マスティカフォル』
    SSレイドの喰種の羽赫を使ったCCG最高峰のクインケ。その強力なRc細胞の放出から、インターバルを挟んでの短時間の飛翔を可能とした。




    「御神楽、くるッッ」




    「わかってるッ!」




    鱗赫を伸縮させ、背後からの銃弾をなんとか避ける。一旦屋根に降り立ち、羽赫を放出。
    羽根が矢のように飛び交うが、鳴神の左眼が紅く煌めき、全てを撃ち落とす。




    「逃がしはしない」





    連続で発砲。円運動を描きながらビルの隙間を縫うようにして逃げる楽。
  68. 71 : : 2015/01/23(金) 21:53:29



    インターバルを挟むため、鳴神が屋根に降り立ったのを見た瞬間、楽は最後の力を振り絞り、鳴神の位置からは目視不能な死角に入り込む。その際、鳴神のクインケが火を噴き、弾丸が足を直撃する。





    「ぁぐッッ」





    美海を庇うようにして転がり込む。
    遠心力によって壁に衝突し、肺の中の酸素が一気に吐き出される。




    「ッッ……」




    「御神楽、大丈夫ッッ?」




    すぐさま立ち上がった美海が駆け寄ってくる。




    「……わり、足やられた。運んでほしい」




  69. 72 : : 2015/01/23(金) 22:02:06




    「………逃げられたか」




    楽たちが姿を消したビルを見ながら、鳴神は呟いた。




    「それにしても、赫子が二つあったなんて。報告が必要だ」




    そしてミカグラ。ヤツの力は計り知れない。
    基本的に捜査官はツーマンセルだが、今回に限っては鳴神の単独行動だった。




    携帯の画面を叩き、耳に当てる。




    「Sレイド喰種のデスサイズ・マンティスをSS配置。呼び名をミカグラに変更してほしい」




    たった今、新たなSSレイド喰種《ミカグラ》が誕生した。






  70. 73 : : 2015/01/23(金) 22:13:22



    今の自分の姿は、最高に情けないと思う。
    幼女におんぶをしてもらい、自分の家に送ってもらっているのだから。





    「美海、怪我してない?」





    「歩けもしないのに人の心配しないで」




    「………」




    母親が死んだのに結構冷静だな、と思う。
    いや、心の中ではまだ思うところがあるだろう。千白美海という少女は、やはり年齢に合わない思考を持っている。




    「………御神楽、なんで私を助けたの」




    あまりにも唐突な質問。
    戸惑いつつも必死に考えるのが、これといった理由はない。




    「うーん、何でだろうか。よくわからない」




    「CCG最強に戦い挑むなんて自殺行為。バカだよあなた」




    「結果良ければ全てよし。まあ、美海が無事でよかった」




    美海はすこし俯く。母親が死んだのだから当然といったら当然か。




    「……ごめん。お母さん助けられなくて」




    「何であなたが謝るの」




    「僕がもう少しはやかったら助けれたかもしれなかったから」




    美海は大きくかぶりを振る。




    「やめてよ」





    沈黙。
    それっきり会話が途切れてしまった。




    「あ、そうだ。美海、今日から僕のアパートで過ごしてもらうから」
  71. 74 : : 2015/01/24(土) 08:07:31



    「………え、どういうこと」




    「いや、だってさ。その、いろいろあった後だし」





    あえて母親が死んだからとは言わない。
    理解したのか、渋々首を縦に振る美海。




    「あ、ありがと」




    「ん、何?」




    「何でもない。それより、家どこ?」




    「もうすぐそこだよ。あれ。アパート見えてるでしょ」




  72. 75 : : 2015/01/24(土) 08:17:57






    「………楽、その女だれ」




    CCG最強の捜査官から命からがら逃げ帰ってきて、開口一番がこれだ。




    「えっと、その………ですね心珠さん。あの、なんていうか、千白美海っていう名前で……」




    「この浮気者!!ロリコン!私とのは遊びだったのッッ!?」




    「いや待て心珠」




    「………ロリコン」




    隣の美海がゴミを見るような目でこちらを見てくる。




    「あのなぁ心珠。こっちはもう死にかけたんだぞ。おかえりーとか、がんばったねーとか、言ってくれないの?」




    「浮気者には言う必要ありません」




    「だから誤解を招く発言をするなッッ。あ、ちょっと美海、なんで出て行こうとしてるのかなぁぁぁぁ!?」





  73. 76 : : 2015/01/24(土) 08:30:13



    「まったく。お前らな、悪乗りしすぎ。美海まで乗っかるとは思わなかった」




    楽はロリコンという概念から逃れられることはできないらしい。




    「楽、もう眠い………」




    「え、ああ。もうそんな時間か」




    時計を見ると二十三時を回っていた。




    「お休み楽。布団で待ってるよ。今日も長い夜になりそうだね」




    「はいお休み。もう寝ろ」




    相変わらず口が達者な心珠は欠伸をしながら布団が敷かれてある和室へ向かった。




    「美海、先に風呂入っていいよ」




    「いや」




    「え、なんで?」




    「覗かれそうだから」




    「覗かないからッッ」
  74. 77 : : 2015/01/24(土) 09:37:31



    「冗談だよ」




    「あ、着替えは心珠のを使ってくれ」




    コクリと頷き、風呂場に向かう美海。




    「………あー、足痛い」




    鳴神に撃ち抜かれた両足が痛む。
    徐々に回復してきたが、明日は休養を取った方が良さそうだ。




    「………美海」




    成り行き上半ば強引に匿うことにしたのだが、やはり母親との別れが辛いのだろうか。
    美海を助けたのが罪悪感が少しでも無くなってほしいという願いからなのか。
    大きく首を横に振り、その考えを頭から追い出す。感情論抜きにしても居場所がなくなった幼い喰種を放っておくわけにはいかない。




    「………明日、美海の家に行って荷物を持ってきた方がいいのかな」




  75. 78 : : 2015/01/24(土) 09:42:57


    しばらくボーッとしていると、風呂場の扉が開く音がして、美海が顔を覗かせた。




    「お先でした」




    「ん」




    美海の頬は風呂上がりだから紅潮しており、髪を乾かすためか、いつもみずらのように結わえた髪を下ろしている。濡れた髪が妙に色っぽい。
    なんて考えを死滅させ、風呂場に向かう。




    (僕は決してロリコンではないロリコンではないロリコンではない)




    呪文のように唱え続ける楽。
    見苦しいが、彼なりにうちに秘めた考えと葛藤しているのだろう。
  76. 79 : : 2015/01/24(土) 10:04:12





    「やっぱり風呂って喰種とか人間とか関係なく必要だよね」




    風呂場から出て和室に向かう途中、ふとそんなことを呟いていた。
    和室に入ると、やはり心珠が楽の布団で寝ていた。




    「お前なぁ………」




    不意に視界に黒髪が映り、そちらを向くと、ベランダで美海が三角座りをして空を眺めていた。




    「どうしたの」




    「………ちょっとね」




    美海の横に座り、右膝を抱えるように寄せる。




    「私、最低だ」




  77. 80 : : 2015/01/24(土) 10:15:43



    「いきなりどうしたの」




    華奢な膝を抱え込み、顔をうずめる美海。




    「私だけのうのうと生き残って。お父さんもお母さんもお兄さんも死んだのに」




    楽は掛ける言葉がなかった。
    しかし気持ちは解る。目の前で好きな人が死んでいく辛さは。




    「苦しい。苦しいよ」




    「美海………」




    しばしの沈黙。
    それは美海の嗚咽混じりの声によって打ち消される。




    「辛い……ッ、苦しいよ……ッッ。皆に会いたい」




  78. 81 : : 2015/01/24(土) 10:28:08



    楽は見ていられなくなり、視線を逸らす。




    「……もう、会えないよ」




    静かにそう告げた。美海から聞こえてくる途切れ途切れの声。それが泣き声だと気づくのにはしばらく時間がかかった。




    「………ねぇ、教えてよ。なんで喰種は生きてたらいけないの」




    美海の問いにドキリとした。




    「………」




    わからない。いや、正確には認めたくないのかも。





  79. 82 : : 2015/01/24(土) 10:43:53



    「私なんて──喰種なんて生まれてこなかった方がよかったのかな」




    カッと何かがこみ上げ、気づけば美海を押し倒すような姿勢になっていた。




    「ふざけるな。そんな、僕らの存在を否定するようなことを言うな」




    驚いた表情をする美海。視線を逸らし、楽を視界に入れないようにする。




    「………美海、僕は思う。どんなに辛くても、苦しくても、生まれてきたことが無駄だって、無意味だって思いたくない。今は辛くて悲しい現実を受け入れなきゃいけないかもしれない。けど、君が生きていたいと思う世界を、僕が必ず見せてあげるから」




    美海は呆気にとられたような顔をして、楽を見つめる。




    「………なんか、上手く言えてないね」




    楽は身体を起こそうとするが、何かに引っ張られて美海の首もとに顔をうずめる姿勢になる。




    「美海ッ、なにやってるんだよ」




    起きあがろうとするが、頭を手で抑えられているので身動きが取れない。




    「………私、なんか変。胸の辺りがぽっかり空いてたのに、今すごく満たされてる」




    「………」





  80. 83 : : 2015/01/24(土) 11:12:37


    「こんな気持ち初めて。あなたに言って貰ったこと、すごく嬉しい」




    抱きしめていた楽の頭を離し、互い視線を絡ませる。




    「………ねぇ、()、私の大好きになってくれる?」




    楽は心の中で不思議な感慨が浮かんできた。
    美海は袖口で目元を拭うと、年相応の表情で、キラキラした瞳をこちらに向ける。




    「……ああ。僕も今、美海が大好きになったよ」




    少し顔を紅潮させて俯く美海。




    「………ありがとう。楽」




    空に浮かんだ月は、太陽の光を反射して、優しく二人を包み込んだ。






  81. 84 : : 2015/01/24(土) 11:40:54




    瞼がチカチカする。
    鼻孔をくすぐる香ばしい、しかしほろ苦い香り。朝の爽気を含んだ風が顔を撫でる。
    頭を起こし、時計を確認すると、朝の八時を回っていた。




    「んー、朝か」




    不意にお腹の辺りに重みを感じ、心珠が乗っているのだろうと布団をひったくる。
    しかしそこにいたのは美海だった。




    「おはよう、楽。いい朝ね」




    眠たそうな瞳で懸命に微笑む美海。




    「あ、ああおはよう」




    「ああぁぁぁッッ!楽なにやってるの!不純異性行為ッッ!?私にはキスもしてくれないくせにぃ!」




    すでに着替えていた心珠が飛び込んでくる。




    「げほぉッッ?お前らなぁ!人の上で暴れないでよ」




    「楽、昨日の夜はありがとう。私、楽ので満たされたよ」




    「満たされたッッ!?満たされたってなにがッッ!?」




    「おい美海、お前マジでそういうのいいから!!」




    「このロリコン!!変態!!」




    ともあれ、美海も加わった御神家は一層騒がしくなりそうで。
    しかし平穏も長くは続かず。
    それでも今を精一杯生き抜いて。





    喰種は生きてもいいと胸を張って言える世界を目指して。新世界創造計画───




    ────喰種と、人間の共存のために。








                Next to Ⅲ




  82. 85 : : 2015/01/24(土) 11:46:59



    あー終わった終わりました。
    ひどく疲れました。
    この作品を見て、「この作者ロリコンじゃねぇの」と思った方、僕は年下は2つまでが許容範囲です。決してロリコンではありません。

    さて、第二話が終わりました。
    若干だけど新世界創造計画について書けたかなぁーと思います。それにしても心理描写がえぐいほど下手すぎますね。泣きたいです。

    個人的に美海が好きですね。
    このキャラはあるアニメのキャラから名前を借り、そして人物像も借り(パクリ)ました。申し訳ないです。




    えっと、次回もよろしくです。では(^.^)/~~~
  83. 86 : : 2015/01/24(土) 19:33:35
    とても面白い!
    次回も期待です。
  84. 87 : : 2015/01/24(土) 20:25:24
    >>86
    どうもありがとうございます。
    結構ぐだぐだだったんですけど、そのように言って頂きとても嬉しいです。
    次回もどうぞよろしくです。
  85. 88 : : 2015/01/27(火) 22:05:56
    |||はまだかな?
    (*^^*)
  86. 89 : : 2015/01/27(火) 22:08:58
    >>88
    明日には投稿できると思いますので。
    鈍筆ですがお付き合いしていただけたらと思います。すいませんッッ。
  87. 92 : : 2016/12/09(金) 18:29:33
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jyudan

緋色

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