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この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

もこみち「まっすぐ伸びる、ボクの”みち”」

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  1. 1 : : 2014/11/30(日) 22:27:50


    ネットール王国。豊富な資源と広大な自然に囲まれた豊かな国。



    ここはその国の南端の街「タカクリコン」。周囲を山に囲まれ、台地の中に佇む小さな街。
    隣町へ行くためには山を2つ、3つ越えなければならないため、他の街との交流はそれ程
    盛んではない。



    それでも中心部は活気に溢れ、その中にある商店街は街中の人々が一堂に会し賑わいを見せる。
    行商人によってもたらされる外の街の商品を手に入れられるのはこの商店街だけと
    言う事もあり、人々が自然とこの場に引き寄せられるのは必然と言っていいだろう。


  2. 2 : : 2014/11/30(日) 22:37:09


    そんな小さな街に一人の男がやって来たところから、物語は始まる。



    「この国の空気を吸うのも久しぶりだな。前とちっとも変っちゃいない」



    茶髪のセミロング、すらっと伸びた身長は8頭身はあるだろうか。
    大男でありながら、相手に威圧感を与えないその爽やかな表情と引き締まった身体。



    彼こそ、この物語の主人公。その名は……







    「おう兄ちゃん、見ねぇ顔だな。ちょっと金貸してくれねぇか?」



    話の腰を容赦なく折り曲げてくれたこの巨漢。またの名をデブ。またの名をBMI45。
    フーリッシュな脳ミソとアブラギッシュな肉体を兼ね備える、三下の中の三下。
    初っ端から主人公に食って掛かるとは、噛ませ犬フラグビンビンである。

  3. 3 : : 2014/11/30(日) 22:40:08
    わけがわからないよ(褒め言葉)
  4. 4 : : 2014/11/30(日) 22:47:05


    「悪い、金は無いんだ。こいつでよければいくらでも出すけど?」



    そう言うと、我らが主人公はデブに向けて右手をかざした。
    するとどうだ、何と人差し指の先から、何やら液体が噴き出したではないか。



    太陽の光でキラキラと輝く、とろみを帯びた液体。
    その色は琥珀のように透き通った金色、そしてほのかに香るオリーブのかほり。



    「てめぇ、能力者か!」



    「この国じゃ珍しいもんでもないだろう?」



    その通り。この国には、とある能力を有した国民が多数存在する。
    種類や効力は多種多様であるが、それらの能力にはある一つの共通点が存在する。






    それは、「右手」から放たれる「液体」であると言う事。

  5. 5 : : 2014/11/30(日) 22:52:56


    その不思議な力の出どころも、原因も、現段階で解明されている事はほとんどない。



    だが、生まれながらに与えられるこの力を国民達は「神の所業」と崇め、能力者達は
    この国では厚遇されているのである。


    (尤も、能力者が生まれる割合は8人に1人と決して低い確率とは言えず、
    能力者とそうでない者への扱いの差に否定的な考えを持つ国民も多い)

  6. 6 : : 2014/11/30(日) 22:54:16
    とうとう奴が動き出したんですね....
  7. 7 : : 2014/11/30(日) 23:02:16


    「調子に乗りやがって。そんなモンでオレに勝てると思うな!」



    「別に思っちゃいないさ。そもそも、あんたとやり合う気もないしね」



    「何だと!?」



    この余裕である。雑魚キャラを絵に描いたような存在であるこのデブには、
    一生かけても辿り着けない境地である事には間違いない。



    「ちょっと教えてほしい事があってさ。聞いてもいいかな?」



    「よし、歯ぁ食いしばれ。目に物見せてやる!」



    「無視ですかい」



    頭に血が上ったデブの先制攻撃ッ!音速の如き喧嘩っ早さ!低い沸点!
    だがその言葉とは裏腹に動きは鈍いッ!高い血中コレステロールッ!!

  8. 8 : : 2014/11/30(日) 23:27:17


    「おっと」



    「んがっ!?」



    渾身の一撃(笑)を難なくかわされ、その反動でバランスを崩し地面にぶつかった!
    その拍子で下あごを裂傷、常人よりもドロドロとした静脈血が地面に流れるッ!



    大いなる大地とのニアミス接吻。この豚野郎の戦意を削ぐには十分過ぎるダメージだった。



    「野郎……よくも!」



    「ボクは何もしてないよ」



    「覚えてろ!この恨み、必ずアネゴが晴らしてくれる!」






    テンプレの捨て台詞を吐き、雄豚は逃げ出した。三下には荷が重かったようだ。
    それにしても、一体何がしたかったのか。やれやれである。

  9. 9 : : 2014/11/30(日) 23:33:00


    「あーあ、まだ何も聞けてないのに。仕方ない、他を当たるか」






    彼はそう呟いて歩き出す。彼が聞きたい事とは一体何なのか。
    のどかな街に吹く心地よい風がどこからともなく砂を運び、豚の流した血を覆い隠す……

  10. 10 : : 2014/12/01(月) 21:27:26
    期待
  11. 11 : : 2014/12/01(月) 21:35:23
    きたい!
  12. 12 : : 2014/12/02(火) 00:49:57
    さすが神宮さんだ・・・!オレ達のできないことを平然とやってのけるッ!そこに痺れる憧れるゥ
    応援してます
  13. 13 : : 2014/12/02(火) 17:35:51
    地の文ハイテンション過ぎワロタwwww
  14. 14 : : 2014/12/02(火) 21:14:20




















































































  15. 15 : : 2014/12/02(火) 21:14:35


    所変わって、ここはタカクリコンの商店街の中に佇む小さな飯店。
    8つ程あるテーブル席に、それぞれ椅子が4ずつ。
    壁にはメニューの札が10枚程かけられている。



    派手な飾りなどは一切なく、質素な、素朴な、シンプルな内装。



    決して大きいとは言えない店だが、店内の雰囲気は比較的落ち着いている。
    視覚に煩すぎず静かすぎない、玄人好みの内装であった。

  16. 16 : : 2014/12/02(火) 21:30:17


    開店準備に追われる女店主が、忙しく厨房内を動き回る。
    名をモコン。黒髪の美しい長髪を三角巾の下に束ね、少々つり目だが柔らかな印象を与える眼。
    ぱたぱたと動き回る小柄な体、その額に光る汗は麗しい輝きを放っている。



    「ふぅ、そろそろ仕込みも完了だね」



    下準備も粗方終わり、後は開店の時刻を待つだけである。
    彼女にとって、開店前の準備を終えるこの瞬間が、仕事に対する達成感を最も感じる時であった。



    閉店時や就寝時などは、肉体に残る疲労の色合いが大きくそのような爽快感を感じる
    余裕がないためである。



    自分の店を持って早5年。その間、幾度となく困難に襲われた。挫けそうにもなった。
    しかし、彼女が乗り越えたそれらの糧が幾重にも積み重なり、今がある。






    この店は、彼女にとって宝、命、いや、それらをも遥かに凌ぐ、とても言葉で表す事の出来ない
    かけがいのない財産であった。

  17. 17 : : 2014/12/02(火) 21:47:08


    店舗は決して大きいとは言えず、人を引きつけるような派手さも無かったが
    確かな味と信頼でタカクリコンの人々が好んで頻繁に足を運ぶ、まさに「行列のできる店」。



    その中でも一番人気のメニューは、女店主イチオシの「あんかけ固焼きそば」。



    程よい固さと香ばしさを誇る焼きそばに、絶妙なとろみ具合のあんがマッチし
    一度食べたらその味の誘惑から二度と逃れる事はできない、至高の一品であった。



    実はこの焼きそばには秘密があり、彼女が作り出す「あん」は……






    「アネゴ!アネゴ居るか!?」



    またしても話を遮る愚か者の出現。この見覚えのある愚者は……



    「うるさいよ!こっちは開店準備で忙しいんだ!後にしな!」



    「それどころじゃねぇんだよ!見慣れねぇ能力者がこの街に現れたんだ!」



    先程の豚であった。
    彼女の仕込みは、この男の骨を煮込んでスープを抽出する事で完了する。嘘である。






    しかし豚が自ら飯店を訪れるとは、命知らずもいいところだ。

  18. 18 : : 2014/12/02(火) 22:01:27


    「何だって?本当にそいつは能力者なのかい?」



    「あぁ、間違いねぇ!確かに右手から液体を出したんだ!」



    「まさか……奴の手先じゃないだろうね」



    何やら深そうな会話を始める二人。
    と、そこへもう一人、店へと足を踏み入れる者が居た。



    「こんにちは、ちょっといいかな?」



    「悪いけどまだ開店前なんだ。30分後にまた来ておくれ」



    「あっ!こいつですアネゴ!こいつがさっき話した奴ですよ!」



    「何だって!?」






    何と店へ現れたのは、先程豚を見事に退けた優男。
    噂をすれば何とやら、こんな場所へ一体何用か。

  19. 19 : : 2014/12/02(火) 22:15:16


    「いい店だ。店内全域にしみついたこの香りが、店主の腕の良さを表している」



    「突然何だい、アンタ?」



    「ボクも料理に心得があってね。まぁ、あくまで趣味の範疇でだけど」



    ナンパの第一歩は、相手と同じ目線で会話を始める事である。
  20. 20 : : 2014/12/02(火) 22:30:41


    「ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」



    「その前にアタシも一つ。あんた一体何者だい?どこから来たの?」



    「質問してるのはこっちなんだけどな」



    「答えな。事と次第によっちゃ、アタシはここであんたを迎え撃たなきゃならない」



    出会って早々キナ臭い雰囲気。初対面だと言うのに、何の躊躇いもなく会話をこなす二人。
    コミュ障と言う言葉とは縁もゆかりもない二人だからこそ成せる、まさしく神の所業。






    「……じゃあ、そっちの人には席を外してもらいたいな。二人きりで話がしたい」



    「オレが邪魔だって言うのか!?」



    「下がりな。どうやらここから先はアンタが踏み入れていい領域じゃないみたいだ」



    「……了解しやした。お気をつけて」



    飼育員の一言で、あっけなく店外へと出て行った豚。
    さぁ、男と女が一つ屋根の下、する事は一つだッ!

  21. 21 : : 2014/12/02(火) 22:58:01


    「ありがとう。これで踏み入った話ができる」



    「わざわざ人を払ったと言う事は、アンタはクロと言う事でいいんだね?」



    「君が何を持ってシロクロを決めているかは知らないけど、ボクの目的は一つ」



    そう言うと一呼吸置き、爽やかな吐息と共に再び口を開く。






    「君は、“どっち側”だい?」






    彼のその言葉を聞いた刹那、モコンの全身に電流が走る。
    体中を駆け巡る衝撃。やはりこいつは……



    「……表に出な。決着をつけてやるよ」



    「ちょっと、ボクは別に」



    「もう、アンタが何者だろうと構わない。アタシの手で引導を渡すだけだ」


  22. 22 : : 2014/12/02(火) 23:26:37
















































































  23. 23 : : 2014/12/02(火) 23:26:48


    目も合わせず言葉も交わさず、街を歩く男女。
    意味も分からずモコンについて行く優男と、闘志をむき出しにして先導するモコン。
    異様な雰囲気を醸し出す二人だが、街の人々は特に気にも留めなかった。






    店の扉に吊るされた「臨時休業」の札が、吹き抜ける風に寂しく揺れていた……

  24. 24 : : 2014/12/04(木) 21:04:34

















































































  25. 25 : : 2014/12/04(木) 21:04:52


    街はずれの小高い丘。ここからは街の全てを見下ろす事が出来る。
    基本的に人の出入りはほとんどないが、夜になれば美しい星空を眺める事が出来る。



    閑散とした街を見下ろしても壮観な夜景を期待する事は出来ないが、見上げれば満天の星空。
    “見下すよりも見上げる人生を送れ”。先人達の教えが体現されたかのようなスポットであった。



    当然ながら、この場所はリア充達のイチャコラスポットとしても人気があった。
    友人と共に丘を登り、恋人と共に丘を下ると言う謎の現象も多数報告されている。

  26. 26 : : 2014/12/04(木) 21:24:25


    街の飯店からやってきたモコンと優男は、そこで再び言葉を交わす。
    当然、友人同士ではない。






    「さて、ここなら問題ないんだろう?」



    「ありがとう。これで心置きなく君と話ができる」



    「まずはあんたの質問に答えないとね。アタシが“どっち側”かだって?」



    「答えてくれるんだね」



    「答えは……穏健派だよ。争いなんざ、これっぽっちも興味はないね」

  27. 27 : : 2014/12/04(木) 21:44:13


    ここで少々、この国の歴史について解説させていただきたい。






    この国では6年前、隣接する周囲の8国との間に大きな戦争が起こった。
    文字通り八方から敵に攻め入れられ、国家の崩壊は必至であった。



    敵国の目的はただ一つ。
    ネットール王国に眠ると言われる、“伝説の液体”を手中に収める事だった。



    この液体はネットール王宮の地下深くにあるとされ、一口飲めば万物を思うがままに操る
    力が手に入る。
    或は、巨万の富が手に入る。或は、何者にも負ける事のない強大な力が身に付く。



    飛び交う様々な情報と憶測が他国の王族を駆り立て、8国が結託し、徒党を組んで
    ネットール王国へと攻め入ったのだった。

  28. 28 : : 2014/12/04(木) 22:05:25


    九つの国を巻き込んだこの大規模な戦争は、後に「聖水戦争」と呼ばれる事となる。



    日々繰り返される隣国からの侵略行為によって、ネットール王国はまさに
    壊滅寸前まで追い込まれるのであった。



    しかし、そこである8人の救世主が立ち上がった事で、状況は一変する。



    ネットール王国に存在する能力者の中でも最上級の力を持つ者達。
    国家の命運を託された、精鋭八人で構成された最強の戦闘集団。






    彼らは後に「八将」と呼ばれる事となる。

  29. 29 : : 2014/12/04(木) 22:24:40


    彼らを筆頭に王国の兵達が団結して隣国を迎え撃ち、国と国との境界線で繰り広げられる死闘は
    1年にも及んだ。



    当初は前進と後退を繰り返すようなもどかしい戦況だったが、八将の大いなる力を前にして
    隣国の兵達もその力の前に徐々に衰退していき、やがて撤退と言う形で八将達の前に屈した。



    その勢いのまま逆に隣国へ攻め入る形となったネットール王国は、各国の王族に対し
    強制的に停戦協定を締結。



    八将の力の前にやむなく結ばされる形となった各国だが、結果的にこの決断が
    互いにとって最も人的、国家的被害を小さく済ませる事となったのだった。






    こうして、ネットール王国は八将達の活躍によって平穏を勝ち取ったのだった。

  30. 30 : : 2014/12/04(木) 22:45:03


    八将達の功績に多大な謝意を表した王は、ネットール王国領地を8つに分け、
    八将それぞれに一つずつ与えて彼らの治める街を作った。



    モコンの住むこのタカクリコンも、王より与えられた8つの領地のうちの一つである。
    戦争の終結と共にモコンは自らの店を構え、今ではタカクリコン屈指の人気店へと成長した。



    戦争が起きる以前にも、ネットール王国はたびたび隣国に狙われていた。
    幾度となく戦争に発展しそうになったが、辛うじて水際で食い止めていた。



    だがついに勃発してしまった聖水戦争。
    伝説を求め暴挙に走る隣国。それにより崩壊する、長きにわたり続いて来たかりそめの平和。





    しかし、もうそんなものに怯える日々は終わった。

  31. 31 : : 2014/12/04(木) 23:07:54


    八将達の影響力は大きく、聖水戦争以降、隣国から襲撃を受ける事は無くなった。
    それ程までに八将達の持つ力は強大で、隣国に対する抑止力として機能していた。



    モコンに限らず、この完全なる平和を喜ぶ国民は数知れず。
    ネットール王国は、八将達によって真の平穏を手に入れた。








    ……かに見えた。

  32. 32 : : 2014/12/04(木) 23:24:19


    国中に不穏な噂が流れ始めたのは、今からおよそ半年前。
    出所は、王都「ネットリア」周辺だと言われている。



    不穏な噂の内容は、王宮地下にある伝説の液体が再び狙われていると言う事。
    しかもそれを狙っているのは、あろうことか国内の人間だと言う事。



    ただの国民が徒党を組んだところで、国を守る八将達の力の前では無力も同然。



    ましてや、本当に存在するかも分からないその液体のために、負け戦と分かって命を捨てる
    行為など愚の骨頂である。

  33. 33 : : 2014/12/04(木) 23:46:19


    しかし、仮にその液体を狙っているのが、本来国を守るべき存在である八将達だとしたら?



    八将の中には、その液体の存在を実際に確認し、狙いを付けている者も居るかもしれない。
    王族に取り入り、すでに手中に収めている者も居るかもしれない。



    噂を知る者はまだまだほんの一握りであるが、国内に不安を煽り情勢をぐらつかせるには
    十分すぎる要素だった。



    噂を流した者の狙いは、あくまで国を揺する事か。それとも、本当に伝説の液体を手に入れる事か。
    真偽の程は誰にも分からない。

  34. 34 : : 2014/12/05(金) 21:02:40


    大体分かった。ここで先程の二人の会話に戻る。






    「穏健派、と言う事は、やはり君も何か情報を掴んでいるんだね?」



    優男が訪ねる。穏健派、と言う事は、これとは別にまた何かしらの派閥が存在すると思われる。
    そして優男が言う“何か”が指す事柄は、すでに言わずもがな。



    「さすが八将の娘。すでに情報を掴んでいると言う事か」



    このタカクリコンを治める八将の名は、ヤコン。
    モコンはその男の娘であった。「男の(むすめ)」であり、男の()ではない。

  35. 35 : : 2014/12/05(金) 21:22:22


    モコンが八将の娘と言う事実は当然、タカクリコンの民衆全てが知っている。
    この優男が八将の娘だと知って踏み入った話をしているのだとしても、何ら不思議はない。



    「あの噂、9割9分本当さ。王都に狙いを付けているバカは間違いなく存在する。そして……」



    一呼吸置き、モコンが強い口調で優男に言い放つッ!






    「あんたがあの男の……ポリプロン・ピレパラポートの手先だって事なんだろう!?」



    ポリプロン・ピレパラポート。
    名前のどこかに“ぺ”を入れて、パ行をコンプリートしたくなるような名前の男。



    この男の名を知らぬ国民は居ない。
    何を隠そう、この男は正真正銘の八将。ネットリア周辺を治めるその人である。



    国を狙う人物の筆頭として八将の名が出てしまうこの現状が、この国の置かれている事態の
    深刻さを物語っている。これは全部、ポリプロン・ピレパラポートって奴の仕業なんだ。

  36. 36 : : 2014/12/05(金) 21:44:06


    「ポリプロン……やはり“過激派”の黒幕はそいつなのか」



    「とぼけるんじゃないよ!あんたの主人だろうが!」



    「残念だが、ボクはそいつの手先なんかじゃないよ」



    「じゃあ何で!何でアタシの所に直接来たんだ!?一体あんたの目的は何!?」



    「君に、この国を救う手伝いをしてほしいからさ。八将・ダイラタント将軍であるモコンにね」



    え……?この優男、今何と言った……?







    「八将・ダイラタント将軍であるモコンにね」



    ななななななな何だって!?
    タカクリコンで店を切り盛りしている女店主のモコンが、八将だって!?
    そんなまさかぁ(笑)

  37. 37 : : 2014/12/05(金) 22:04:05


    「寝言は寝て言いな。そう言う話はアタシじゃなく親父にしておくれ」



    「民衆には、君の父親が八将だと謳っているようだけど、実際に6年前の聖水戦争に
    参加したのは君だろう?」



    「……」



    押し黙るモコンをよそに、優男が続ける。






    「隠しても無駄さ。ボクはとある情報筋で、君の事を知っている。
    ただのホラならここまで踏み入った話なんかしないさ。そうだろう?」



    「……チッ、やはり知っててアタシの所に来たんだね」

  38. 38 : : 2014/12/05(金) 22:24:35


    「王から領地をもらった君は、長年の夢だった飯店を開いた。
    八将だと知れてしまえば、そんな事すらもままならなくなってしまうからね」



    「その通り。アタシは八将なんてつまんない肩書に縛られるのが嫌だった。
    6年前の戦争に参加したのだって、店を開くために国を守りたかった。それだけだよ」



    「君の実力は本物だ。結果的に君の力で国を守れた。見立て通りの力だったと言う事だね」



    「国を守ったはいいけど、まさかあそこまで英雄視されるとは思ってなくてね。
    親父に相談して、王にも相談して、アタシの事は民衆には触れ回らないようにしてもらった」



    なんと……。まさか国を救った英雄の一人が街で飯店を営んでいるなんて、誰が思うだろうか。
    しかし、この優男はなぜその事実を知っているのだろうか。



    「それで、国を救うってどういう事さ?」



    「言葉通りの意味さ。今この国は、深刻な事態に置かれている」



    そう前置き、優男は話を続ける。

  39. 39 : : 2014/12/05(金) 22:44:48


    「君も八将なら当然知っているだろう。国中に流れている噂を。それが噂で済まない事を。
     本来国を守るべき八将が、国を狙っていると言う事実を」



    「そうだね。しかも、それは一人じゃない。他にも何人かいると聞いている」



    「君は穏健派だと言ったね。つまり、君はそんな事には興味が無いと思っている」



    「当然さ。店を守るために国にこの身を捧げたんだ。国を脅かすようなマネ、するわけないさ」



    「そう、君は国盗りなんて馬鹿げた事は考えちゃいない。だからこそ、ボクに協力してほしい」



    モコンは空を見上げ考え込む。そして、再び優男に向き直って口を開く。






    「ポリプロンは八将最強と言っても過言じゃない。当然、アタシの力じゃ敵わない。
     他の八将だってそうさ。アタシとあんたで奴らを食い止められるとは思えない」



    「だからこそ、仲間が欲しいんだ。他の穏健派の八将でもいい、八将以外の実力者でもいい。
     とにかく一人でも多くの仲間を集め、この国の危機を救いたい」



    優男は静かに言う。見た目のチャラさとは裏腹に、決意のこもった熱く鋭い眼差しだった。

  40. 40 : : 2014/12/05(金) 23:05:08




    「名前」



    「えっ?」



    「名前くらい教えなよ。名前も知らない奴を仲間とは認めたくないからね」



    「そうだね。ボクの名前は……」






    ついに明らかになる優男の名前ッ!耳の穴かっ穿ってよぉく聞き届けよッッッ!!!

  41. 41 : : 2014/12/05(金) 23:25:15


    「……ボクはもこみち。今はそれだけ覚えていてくれれば大丈夫だよ」











    もこみちッ!!男の名はもこみちッッ!!!今この瞬間に、
    そう遠くない未来に轟くであろう英雄の名が明らかになったァァァァァッ!!!!!

  42. 42 : : 2014/12/06(土) 21:01:25


    「もこみち。教えてくれてありがとう……」



    そう呟くと、何を思ったかモコンが突然拳を握る!
    そして渾身の右ストレートをもこみちに叩き込んだぁっ!?



    「うっ!?」



    うめき声をあげて後ろに倒れ込むもこみち!一体モコンはどうしたと言うんだッ!?



    「痛いな、突然何をするんだ」



    「悪いけど、弱い奴とつるむ気はないんでね。あんたの実力を見定めさせてもらうのさ」



    「君は八将だろう?ボク如きが敵う筈ないじゃないか」



    「だったらこの話はナシだね。アタシより弱い奴が国を救おうなんて笑わせるんじゃないよ」






    鬼畜だ……。
    ネットール王国最強クラスの8人で構成された八将、それを相手に実力を示せだなんて
    鬼畜にも程がある。

  43. 43 : : 2014/12/06(土) 21:15:11


    「そう……じゃあ、君の言う通り、実力を見せてあげないとね」



    「……」



    何故か余裕のもこみち。
    対照的に、歯に何かが挟まった時のようなモヤモヤとした不快感で曇るモコンの表情。



    実際に1時間ほど前に食べたアスパラの繊維が右下犬歯と第一小臼歯の間に挟まっていたが、
    これはそう言った類の不快感ではない。むしろ、違和感に近い。



    違和感の出どころは、先程喰らわせた右ストレートの手ごたえ。



    確かにモコンの攻撃はもこみちの不意を突き、左頬にクリーンヒットしたはずである。
    モコンの腕力は女性とは思えない、まるでゴリラの如kゲフンゲフン素晴らしいものだった。



    しかしもこみちの表情からは、さほどダメージを受けてないように見える。
    直撃したと言うのに頬の晴れは小さく、拳を振ったモコンの感じた手応えも小さかった。

  44. 44 : : 2014/12/06(土) 21:30:27


    確かに捉えたはずなのに……。
    避けられたわけでもない、防がれたわけでもない、それなのにほとんど残らない手ごたえ。



    モコンの拳の先端に残されているのは、太陽の光で黄金色に輝く謎の液体。
    その事実にモコンが気付くのはまだ先……。



    「さぁ、続きを始めようか。今度は僕の番だよ」



    もこみちはそう言うと、華麗なステップを踏みながらモコンに向かってくる。
    拳か脚か、次の一手が判断し難い動きだ。



    モコンは己が抱く迷いを振り切り、もこみちの攻撃に備える。
    右手を構え、ついにその能力が露わになるッ!!

  45. 45 : : 2014/12/06(土) 21:45:15


    「はっ!」



    「させないっ!」



    もこみちの鋭い蹴りよりも寸分早くモコンは右手を振るった!その指からは白濁色の液体!?
    その液体は空中に舞い、モコンともこみちの間に“壁”を作ったッ!!



    液体などお構いなしに脚を振るうもこみち!だが、その攻撃は謎の感触と共にかき消される!






    「ポヨンッ」



    例えるなら、まさにそんな擬音がふさわしい謎の感触!
    液体で作られた“壁”に跳ね返されるようにして、もこみちは後方にバランスを崩した!



    どうにかもう片方の脚で踏ん張り、バランスを保って転倒を防いだ。
    と同時に、モコンが謎の液体を右手に纏って突進してくる光景が目に飛び込んだッ!

  46. 46 : : 2014/12/06(土) 22:01:13


    咄嗟に防御の構えを取る!そして体の前で交差させた両腕に、モコンの拳が入る!
    ポヨポヨの液体を纏った攻撃は、もこみちに何のダメージも与えなかった!



    しかし次の瞬間、もこみちの体は大きく後ろに吹き飛ばされるッ!
    まるで何かに弾かれたような、強い反発力を感じた!!



    先程と同様、蹴りが弾かれたのと同じ感触。一体これは……?






    「アタシのこれは防げないよ。否応なしに、あんたを弾き飛ばすさ」



    「へぇ……流石八将、おもしろい力を持ってるんだね」



    「まだ余裕ってワケ?いいよ、ならばとことん痛めつけてやるからさ!」

  47. 47 : : 2014/12/06(土) 22:15:31


    そう言うとモコンは、今度は右手からプヨプヨ液の球を数個生成した。
    それらを空中に放り投げる。



    フワフワと浮かぶ、プヨプヨ球。
    白色とも灰色とも言い難いその色が、能力の不気味さをさらに掻き立てている。



    「面白いものを見せてやるよ」



    再び右手にプヨプヨを纏ってもこみちに向かうッ!
    モコンは先程と同様に拳を振るい、もこみちも同じく防御姿勢をとるッ!!



    「ポヨンッ」



    不可解な弾力と共に、もこみちがさらに後方へ吹き飛ぶ!
    っとそこには、モコンが先程生成した球の一つが待ち受けるッ!!

  48. 48 : : 2014/12/06(土) 22:30:33


    激しい勢いで球に叩き付けられるもこみち!その体は深く球に沈み、球形を大きく歪ませる!
    そして……



    「ポヨンッ」



    案の定、そのプヨプヨ球も謎の弾力でもこみちの体を弾き、空中へと舞い上がらせる!
    そしてもこみちが向かう先には、また別のプヨプヨ球がッ!!



    「ポヨンッ」



    別の球に弾かれたもこみちの身体は、また更に別の球へと向かう!
    球に弾かれ別の球へ!それに弾かれればまた更に別の球へ!もこみちの身体は舞い続けるッ!



    逃れようにも、勢いよく空中に弾かれるため体勢を立て直す事が出来ない。
    おまけに、弾かれる度にその勢いはどんどん増してゆく。



    このまま速度を上げていけば、いずれ人体では耐え切れない程の負荷がかかる速度に達し、
    やがて肉体は悲鳴を上げて崩壊するだろう。





    そうなった場合、もこみちは……。

  49. 49 : : 2014/12/06(土) 22:42:42


    「“人間ピンボール”はどうだい?尤も、その状態じゃまともに会話もできないだろうけど」



    その問いかけが耳に届いているかいないか、もこみちの身体は宙を舞い続ける。
    高速で跳ね続けるもこみちの体。モコンの眼に映るのは、その残像だけ。
    常人の動体視力でもこみちの表情を読み取る事は大変難儀であると言えよう。






    いよいよ音速でも突破しようかという段階に入りつつある時、ある一つの変化が起きる。



    「……え!?」



    モコンが驚いたような声を上げる。実際にものすごく驚いていた。
    モコンが想像だにしていなかった、あり得ない出来事が起きたからだ。



    もこみちを受け止める筈だったプヨプヨ球の一つが、突如として消滅したのだった。



    正確には、消滅ではない。
    “球”が“球”と呼ばれる所以、即ち球形を保てなくなり、もこみちの体を跳ね返せずに
    空中に霧散したのだった。

  50. 50 : : 2014/12/06(土) 22:57:18


    受け止める筈だったプヨプヨが消えたため、そのままの勢いで地面に叩き付けられるもこみち。
    常軌を逸した速度と衝撃で地面にごっつんこしたその様は、さながら宇宙より飛来した小惑星。



    最低でも死亡、あわよくば逝去、最悪の場合、肉体と魂が泣き別れする程の凄まじい激突だった。
    しかしモコンの懸念はそれらとは別の所にあった。



    「あんた……一体何をしたんだい?」



    「う……」



    い、生きていたぁっ!?サプライズ!アメイジング!アンビrrrrリーバブルッ!!!






    激しく地面と激突し、よろめきながら立ち上がるもこみち。
    あれだけの衝撃を受けながら、その表情からは余裕すら伺える。



    「君の能力のカラクリが分かったからね。突破口を突かせてもらっただけさ」



    「この短時間で見破ったって?冗談も大概にしておきな!」



    「冗談かどうかは、これからすぐに分かるよ」

  51. 51 : : 2014/12/06(土) 23:05:01


    その刹那、もこみちの目つきが変わる!今までとは比べ物にならない程の鋭い目つき!
    その眼はさながら、獲物を視界に捉えた食獣の如きッ!!



    (ヤバい!)



    考えるより早く、モコンの体が反応した!
    右手を素早く振りかざし、プヨプヨ液を自身の体中に纏って鎧を作った!!



    「“リキッドアーマー”!!」



    謎の弾力を誇るプヨプヨ液。この液体ならば、いかなる衝撃であっても体を守る事が出来る。
    もこみちがどれ程強力な一撃を繰り出そうと、大抵の攻撃はこの鎧に無効化される。






    (これで大丈夫だ)



    大技に守られることによって生まれた安堵感。言い換えれば、緊張感の中で生じたただ一点の隙。
    これが後に吉となるか凶となるか、この時点ではまだ誰にも分からない。

  52. 52 : : 2014/12/06(土) 23:16:32


    「それっ」



    もこみちの右手から放たれる、キラキラと輝く黄金色の液体。
    攻撃かと思い、モコンは一瞬警戒する。



    しかし液体はモコンの眼前まで伸びたが、モコンには届かずその前で地面に落ち、浸みる。
    液体が大地に作り出した浸みは、もこみちとモコンとの間にまっすぐ一直線に伸び、二人の
    立ち位置同士を繋ぐ一本の“みち”となった。



    (何をする気だ……?)



    次の瞬間、もこみちが勢いよく走り出す!そして先程できた“みち”の上に脚を乗せた!!
    するとどうだ!人間の所業とは思えぬ驚異的な速度でモコンに向かってくるではないか!!



    走ると言うより、“みち”の上を軽快に滑ると言った方が適切だろう!
    電光石火の如く、微塵の迷いなく一直線にモコンへと向かってくるッ!
    初動に対する反応が送れたモコンは、一瞬のうちにもこみちに間合いを詰められたッ!!

  53. 53 : : 2014/12/06(土) 23:24:15


    「あっ……」



    言うより早くもこみちはモコンの眼前に立ち塞がる!目の前で見ると改めてその長身が際立つ!
    鼻は高く、ぱっちりとした目。顔が……と言うより皮膚そのものが、これでもかと言う程の
    整い具合。阪神園芸も嫉妬する程の整備状況であった。



    当然、モコンの脳味噌はそんな能天気な思考を巡らせられる程の余裕はない!
    今まさにこの瞬間、文字通りもこみちの魔の“手”がモコンに襲い掛かろうとしていた!



    右手を伸ばすもこみち!反応できないモコン!身を守るための希望は纏った鎧だけだッ!!

  54. 54 : : 2014/12/06(土) 23:32:18


    大丈夫だ。
    いや、マズいかも知れない。
    でも、この鎧が破られるはずがない。
    だけど、こいつならもしかして。



    モコンの頭の中で様々な思いが駆け巡る。
    あれだけの速度を纏った攻撃など、今まで受けたことが無い。



    攻撃の速度は、そのまま威力に直結する。
    速ければ速い程“勢い”と言う武器になり、勢いが強ければ強い程“破壊力”と言う力になる。






    そして今、強大な“力”を纏った右手がついにモコンに振り降ろされる!!

  55. 55 : : 2014/12/06(土) 23:44:35


    “この一手が、勝負を決定付ける最後の局面であろう”






    モコンは、肌の表面から直接全身の細胞全域に。もこみちは、思考よりも早くダイレクトに脳に。
    二人はすでに頭で理解するより先に、身体でこれを“理解”する事を終えていたのであるッ!



    「……っ!!」



    モコンは強く目を閉じ、そして祈る!



    (どうか防いでくれっ!!)



    攻撃に備え、体をこわばらせるモコン。脳より発せられる電気信号が、全身の筋肉を
    極限まで硬直させる事を命じる。



    仮に鎧が破られてしまった場合、その程度の防衛策など肉体を守る上では二束三文程度に
    しかならない事はモコン自身、自分でよく分かっている。



    人の防衛本能とは、所詮その程度である。いかなる実力者であっても、いざとなれば
    己の肉体の微塵の可能性にかけて、そのような行動に出る他ないのだ。

  56. 56 : : 2014/12/06(土) 23:56:57



    しかし次の瞬間に起きた、モコンの想像をはるかに凌駕した出来事に拍子抜けするのだった。



    「え……!?」



    一瞬何が起きたか分からないモコン。
    分かるのは、もこみちの右手が何故か自分の左頬に触れていると言う事だけ。



    殴られたワケでもなく、ひっぱたかれたワケでもない。
    優しく柔らかく、包み込むような手つきでその手はモコンに触れていた。

  57. 57 : : 2014/12/07(日) 21:02:49


    (あれ程勢いを付けて右手を振りかざしていたはずなのに、何故?
    そもそも、アタシの鎧は“勢い”に対しては無敵の筈……)



    疑問が止まないモコン。プヨプヨの鎧を突破された理由も分からない。
    そんな事はお構いなしと言わんばかりに、もこみちの手はひたすら頬をさする。



    さする。只管さする。時々揉み解す。揉まれる度、モコンの脳は冷静な思考を取り戻してゆく。
    流石にイラつくモコン。乱暴にもこみちの手を振り払い、疑問を率直にぶつける。



    「あんた、一体何をした!?何故アタシの鎧を越えられる!?」



    「君の能力を見切ったと言っただろう?ヒントは、君の店にあったんだ」



    「なっ……」



    ヒントはモコンの店?一体どういう事なのか。
    もこみちは続ける。

  58. 58 : : 2014/12/07(日) 21:22:26



    「君の店の一番人気商品であるあんかけ固焼きそば。実は開店直後に一度食べた事があるんだ。
     あれは中々絶品だったね。程よいとろみを誇るあんが口の中で奏でるハーモニー。
     焼きそばとの相性もバッチリだ。完璧と言っていいね」



    ウザったい御託を並べるもこみち。彼の話は終わらない。



    「きっと今なら、あの頃よりももっとおいしくなっているんだろう。今日ボクは、それが
     楽しみで楽しみで仕方なかった。ボクはあの店で固焼きそばを食べながらゆっくり君と
     語ろうと思っていたのに、まさかこんな事になるなんてね。想像だにしなかったよ」



    「あんたは何が言いたいんだ?」



    「絶品のあんかけ固焼きそば。いや、絶品の“あん”。その原料が君の能力だ」



    「……っ!」






    もこみちには、すべてお見通しだった。

  59. 59 : : 2014/12/07(日) 21:42:31



    「君の能力の正体、それは」



    ついに明かされる、モコンの謎のプヨプヨ液の正体。







    「“水溶き片栗粉”だ」



    何…だと!?

  60. 60 : : 2014/12/07(日) 22:02:21


    「君の能力は、水溶き片栗粉のある性質を応用したものだったんだ」






    能力の正体が分かれば、プヨプヨ液のカラクリも合点がいった。
    ここからはこちらでモコンの能力を解説させていただこう。



    通常の液体は、本来一定の形を持たない流動体である。
    当然、力を加えても離散するだけで、固体として捉える事は出来ない。



    しかし、ある物質を加える事によって、その性質は突如として豹変する。

  61. 61 : : 2014/12/07(日) 22:23:27


    身近なもので例えるなら、モコンも使用していた片栗粉。
    液体と混ぜ合わせる事で粘度を得る混合物に、一定以上の力を加えるとある現象が起きる。



    力がかけられ圧縮された液体中に含まれる粒子が、縮小された体積の中で行き場を無くす。
    すると、それらの粒子は液体中の密度を増して大きな抵抗力を得る。



    加えられた力が大きければ大きいほどその抵抗力は大きくなり、やがては外力を跳ね返す。
    もこみちがモコンの技で大きく弾き飛ばされた理由もこれである。



    この現象が起こる物質を“ダイラタント流体”と言い、この性質を“ダイラタンシー”と呼ぶ。
    モコンがダイラタント将軍と呼ばれる所以もこれであろう。
    難しく考えずに、単純に“大きな力を跳ね返す液体”と考えれば大丈夫である。

  62. 62 : : 2014/12/07(日) 22:42:10


    序盤で話が途中になっていたが、モコンのあんかけ固焼きそばのあんも、この能力で作られる。
    能力の熟練度は年々増し、それに比例するように味も際立っている。
    あの絶品のあんは、この能力で作り出される水溶き片栗粉によって生み出されていたのだった。



    但しこの能力にも弱点は存在する。
    それは、“小さな力”である。



    液体中の粒子の密度を上昇させるだけの力が加えられない場合、この現象は発生しない。
    例をあげれば、先程のもこみちのようにそっとモコンの頬に手を差し出した時など。



    これでは相手の力を跳ね返す事が出来ず、鎧を突破しモコンに触れる事が可能となる。
    尤も、通常であれば鎧に対し弱い力で攻め入ろうなどと考えないワケではあるが。

  63. 63 : : 2014/12/07(日) 23:02:56


    「まだ決着はついてないだろ!アタシはまだ一撃ももらってないよ!」



    「もう、これ以上戦う必要はないよ。どうせ“強い力”では君に触れる事はできないしね」



    「だったら!待ってるのはアンタの敗北だけだよ!」



    「君に触れるためには、優しくそっと力を抜かなければならない。これが何を意味するか。
     そう、料理だ。君を扱う時は、料理をする時と同じように無駄な力を入れてはいけない。
     女性を扱う時は、食材をと同じように繊細な手さばきが必要だと教わってきた。まさに、
     君はその言葉の体現者だ。君のその能力こそ、まさしくボクが教わってきた言葉そのもの。
     つまり君とボクは……」






    「うらぁっ!!」



    「へぶしっ!?」

  64. 64 : : 2014/12/07(日) 23:22:14


    身の毛もよだつような気持ち悪いセリフを放つもこみちに、モコンの拳がクリーンヒット!
    勢いに乗ったもこみちの身体は空中で三回転フリップを決め、着地に失敗!!



    もこみちの脳天が大いなる大地との邂逅を果たしたその刹那、もこみちの意識は
    混濁の彼方へと飛ばされるのであったッ!!






    「……はぁ」






    こんな奴に、と思いながらモコンは深くため息をつく。
    かくして、唐突に始まった二人の戦いは不意に終焉を迎えるのだった。

  65. 65 : : 2014/12/09(火) 03:29:02
    きたい
  66. 66 : : 2014/12/09(火) 21:11:15
















































































  67. 67 : : 2014/12/09(火) 21:11:38


    場所はモコンの店に戻る。
    大の字に伸びる変態を背負い、丘を降りて店まで連れて来たモコンは疲労困憊していた。
    ちなみに、恋人ではない。不思議な現象は起こらなかったようだ。



    自分の倍近い体格を誇る男を背負って丘を降りて来たのであれば、この疲弊具合も当然である。
    怒りに身を任せたとは言え、ド変態発言を聞かされたからとは言え、流石にやり過ぎたと
    反省の念を抱えていたモコンは渋々もこみちを連れて来たのだった。






    「アネゴ、そいつを一体どうするおつもりで?」



    豚である。ふらつきながら戻って来たモコンと街の入り口で偶然出くわし、
    ここまでもこみちを運んでくれた。



    モコンにとってこの豚の存在は、あくまで舎弟。
    10年程前、好き放題にやんちゃしていた頃の付き合いが今でも続いているだけに過ぎなかった。



    ちなみにこの豚も、豚の分際でありながらモコンが八将であると言う事を知る数少ない
    豚であった。つまり知らない豚はただの豚と言う事か。

  68. 68 : : 2014/12/09(火) 21:23:18


    「こいつにはまだ色々と聞きたい事があるんだ。お前はとりあえず帰っていいぞ」



    こんな豚でも、モコンの信頼に足る数少ない人物。しかしながら、もこみちと話すべき内容を
    聞かせるわけにはいかなかった。巻き込みたくなかった。



    「そうですかい……。アネゴがそう言うなら、オレは退散しやしょう。それでは、失礼」



    巨体を揺らしながら、のそのそと店の外へ出ていく豚。その背中はどこか寂しげだった。
    モコンは心の中で“すまない”と思いながらも、これから起きるであろう争いに、豚を
    巻き込まずに済んだと安堵するのであった。


  69. 69 : : 2014/12/09(火) 21:40:36


    店の奥の休憩部屋で横たわるもこみち。しんと静まり返った店内で、モコンは一人考えていた。
    これからどうするべきか。本当にこの男と共に、国のために行動するべきか。



    大好きなこの国が危機に瀕していると言うのなら、動かなければならないのは理解している。
    しかし、そうなれば大好きなこの店を休業せざるを得なくなってしまう。それも避けたい。



    一体どうすればいいのか。悩めるモコンの前に、今度は豚とは別の男が訪ねてきた。






    「おぉ、戻っていたか。先程まで店が閉まっていたので何事かと思ったぞ」



    「親父……」



    ついにベールを脱いだ表向きの八将・ヤコン。つんつんに逆立った短髪と無精髭が
    屈強さをこれでもかとアピールする。八将としての風格は十分備えていた。

  70. 70 : : 2014/12/09(火) 21:51:07


    ヤコンは八将として、街の中心部に居を構えそこに単身住んでいた。
    家内、即ちモコンの母親は10年ほど前に病に屈服し天に召されていた。
    5年前からはモコンも独立して店を持ったため、親子共々一人暮らしである。



    偽りの八将であるとは言え、この父親も持っている力は本物である。
    真の八将ほどではないと言え、隣国の一般兵士程度なら余裕で退けられる程の実力は
    持ち合わせていた。



    民衆を欺く後ろめたさと、娘を護る父としての立場での葛藤に苦しみ、今日まで生きてきた父。
    そんな父に対して、モコンは多大な謝意を持つと共に尊敬の念を忘れたことは一日たりとも無い。

  71. 71 : : 2014/12/09(火) 22:02:08


    「その人は?」



    「知らないよ。一緒に国を救おうとか何とか言って、真っ先にアタシを勧誘しに来たらしい。
     アヤシイ変態のエセ料理人だよ」



    「お前を?ずいぶんと物好きな男だな。いの一番にお前に声をかけるとは」



    「どういう意味だよ」



    何気ない父との会話。
    素っ気ない返事ばかりだが、この何気ない時間がモコンにとっての楽しみであった。

  72. 72 : : 2014/12/09(火) 22:14:13


    「この国の闇については俺も知っている。近いうちに動かねばと思っていたところだ」



    「やめとけよ、もう歳なんだから。それにあんたがどうにかできる相手じゃないだろ」



    「ふっ、そうだな。だがお前と、その男ならどうにかなるかもしれんがな」



    「はぁ!?」



    ヤコンの突拍子もない発言に、素っ頓狂な声を上げるモコン。






    「冗談じゃない、何でアタシがあんな奴と!それにあいつはアタシに負けたんだ、
     言う事聞いてやる義理も無いよ!」



    「だ、そうだが?若者よ」



    「え?」



    モコンが振り返ると、そこには目を醒ましたもこみちが微笑みながらこちらを見ていた。
    先程の変態発言を思い出して、思わず身構えるモコンをよそにもこみちが答える。

  73. 73 : : 2014/12/09(火) 22:26:40


    「ボクには彼女を傷つける事はできません。同時に、彼女に僕を傷つけさせる事もできません。
     彼女の手は、人を傷つけるための物ではなく人を笑顔にするための物だからです」



    「それでアタシに何もしかけて来なかったって言うのか!?馬鹿じゃないの!?」



    「最後に僕を殴った右手、大丈夫だったかい?あれは流石にかわせなかったからなぁ」



    「問題ないよ。あの程度でイカれるようなヤワな拳はしてないさ」



    「ならばよかった」



    喧しくもどこか愛嬌のある二人の会話を、微笑ましく見つめるヤコン。
    二人のやり取りは続く。

  74. 74 : : 2014/12/09(火) 22:36:09


    「大体、アタシに誰も傷つけさせないって、それじゃアタシはただの足手まといじゃねぇか!」



    「大丈夫、君にはその片栗粉の能力がある。
    それを纏って攻撃すれば、直接君が誰かを傷つけたことにはならないよ」



    「そんなのただの屁理屈じゃねぇかぁ!!」



    「わっはっは、面白いなお前達。特にそっちの男。気に入ったぞ」



    ヤコンの豪快な笑い声が響く。このままお父上の許しが出れば、二人は晴れて……。






    「お前になら、娘を預けても安心できそうだ」



    「ありがとうございます。必ずや、国を救って娘さんをあなたの下へお返しします」

  75. 75 : : 2014/12/09(火) 22:51:25


    「お前ら勝手に話進めんなぁ!アタシはまだ賛成してねぇぞ!!」



    モコンが威勢良くもこみちに掴みかかったその瞬間……



    「ぎゅるるるる」






    この音は……モコンが放屁した音?



    いや違う。料理人であればこれまでに幾度となく耳にしてきた音。
    お客様が食欲と言う名の魔物に取り憑かれ、自分達の料理を渇望している時の音。



    「お腹、空いてるのかい?」



    「だ、黙れっ!!」



    こんな性格でも一応は女性、当然恥じらいはある。
    真っ赤になった顔を背け、ふて腐れたように部屋の隅に座り込むモコン。

  76. 76 : : 2014/12/09(火) 23:07:19


    「腹が減っては何とやらと言うからね。ここは一つ、みんなで食事と行きませんか?」



    「よかろう。お主も料理人なら、その腕を拝見したい」



    「喜んで。腕が鳴ります」



    「おいモコン、この人が今から食事を用意してくれるそうだ。何か希望はあるか?」



    「要らねぇよそんなもん!」







    すっかり拗ねてしまったモコン。どうやら何を言っても駄目らしい。
    しかしもこみちはそんなモコンに近付くと、後ろからそっと肩に手を置いた。

  77. 77 : : 2014/12/09(火) 23:23:32


    「っ!?」



    突然の出来事に驚きを隠せないモコン。湧き出す嫌悪感とは異なり、身体は硬直して動かない。
    もこみちはモコンの耳元に口を寄せると、優しく語り掛けるように言葉を発する。



    「“いつも楽しく見させていただいています。
     今度、国を救うための旅に出るのですが、自分が今抱えている物を置いて行かなければ
    ならなくなってしまうため、どうしようかたいへん悩んでいます。
    自分に素直になれればいいのですが、なかなか上手くいきません。
    こんな時、モヤモヤした迷いを振り切れるような、それでいて何か元気が出るような
    料理がありませんでしょうか。教えてくだ…さい“っと。
    PN.ダイラタント将軍さんからのお便りです」



    「はぁ!?」






    何か気の利いた言葉を掛けられるのかと期待していたモコンだったが、理解不能な文字列を
    並べられ混乱状態に陥る。

  78. 78 : : 2014/12/09(火) 23:42:48


    「そんなあなたにぴったりの料理を、これからご紹介します」



    そう言うともこみちはすっと立ち上がり、店の厨房へ向かう。
    ワケが分からず固まるモコンと、静かにそれを見送るヤコン。



    厨房から聞こえた謎のフレーズに対して、二人の頭に“?”マークが躍るのは数秒後の出来事。











    「今日作りたくなる簡単レシピをご紹介。MOCO'S キッチン」

  79. 79 : : 2014/12/11(木) 14:55:06
    期待っす
  80. 80 : : 2014/12/11(木) 20:55:29





















































































  81. 81 : : 2014/12/11(木) 20:57:14


    数分後、ほかほかの湯気が立つ皿をもこみちが食卓に運んできた。
    ほのかに香るオリーブのかほり。



    「これは?」



    モコンが訪ねる。店頭で出しているメニューには無い、見慣れない料理。
    しかしながらその中にも、モコンにとって馴染み深い食材が使われている事に安堵感を覚える。



    「これはあんかけスパゲティさ。片栗粉、使わせてもらったよ」



    「すぱげてぃ?」



    「この辺ではあまり馴染みがないかな。王都周辺ではよく食べられているんだけど」

  82. 82 : : 2014/12/11(木) 21:17:03


    スパゲティという食材を初めて目にしたモコン。
    火傷しないように注意を払いながら、そのうちの一本をつまみ、横に引きのばしてみる。
    店で扱っている“蕎麦”とは違う、程よい弾力と強度を誇る不思議な麺。



    その上に、これでもかとかけられた自慢のあん。
    そのとろみ具合が麺に程よく絡み、美しい輝きを放っている。



    あんに使われている具材は、主に剥き海老と青梗菜。
    海に隣接しないこのネットール王国において、海産物は隣国から輸入しなければ手に入らない
    貴重な食材であった。



    加えて、5年が経過したとはいえ聖水戦争の影響はまだ色濃く残る。
    停戦協定を結んだ国家の間にも、未だ消えない遺恨が国家間取引の弊害になっている。



    当然タカクリコンでも、海産物はほとんど出回る事がない。
    本気で海産物を手に入れたいのなら、それこそ王都にでも行かない限りは不可能だった。

  83. 83 : : 2014/12/11(木) 21:37:23


    「あんた、この海老どこから持ってきたんだい?」



    「そんなのはどうだっていいでしょ。さ、冷めないうちに早く食べようか」



    海老などと言う貴重品、モコンがこれまで生きてきた中で口にした事は数える程しかない。
    それをふんだんに取り入れるとは、もこみちと言う存在が益々分からなくなっていた。






    それにしても、である。
    他人の料理で、目にしただけでこれ程までに食欲をそそられる経験も久方ぶりであった。



    見た目もさることながら、スパゲティと言う未知の料理を前にして高まる好奇心。
    モコンの胸は、さながらフライパンで弾け飛ぶポップコーンの如く踊り、跳ね回っていた。

  84. 84 : : 2014/12/11(木) 21:57:08


    恐る恐る、右手に持つ箸を近付けるモコン。
    本来は、箸ではない別の道具を使って食すものであると言う事を、もこみちも敢えて
    言わなかった。



    これから始まるモコンの大冒険に水を差すなどと言う行為は、野暮以外の何物でもないと
    分かっていた。






    部屋の窓から差し込む太陽の光によって輝くあんと、その羽衣を纏い皿の上で重なり合う麺。
    黄金の輝きを放つその光景は、まさに財宝が積み重なった山と言っても過言ではなかった。



    その宝の山の中から、焼きそばを食べる時と同じように、平行に並ぶ2本の箸の奥側の
    それに麺を垂れかけさせ、まっすぐ天に向かって引き延ばす。



    垂直に引き延ばされた麺はモコンの眼前で一度止まり、目にした者をひたすら虜にし続ける。

  85. 85 : : 2014/12/11(木) 22:17:16


    「はぁ……」



    感嘆の籠ったため息を一度付き、モコンは一度目を閉じる。
    そして、意を決したようにその光を口内へと運ぶ。






    その“瞬間”は、舌先に触れた時……いや、それよりも前に訪れた気がする。
    その“衝撃”は、光よりも早くモコンの体を突き抜け、刻を止める。



    「……っ!!」



    言葉にならなかった。声にもならなかった。

  86. 86 : : 2014/12/11(木) 22:37:28


    あれだけ扱い慣れていて、あれだけ長い間共に過ごしてきたはずの、自慢のあん。
    それが、絡む食材のパートナーを違えるだけで、これ程まで別の顔を見せるものなのか。



    何でもない一般人のモコンであれば、これをただ美味いと捉え、食していただけだっただろう。
    しかし、料理人としてのモコンはこの衝撃をただ見過ごす事は出来なかった。



    少しでも多く、僅かでも詳細に。この別の顔を見せた自分の片割れの情報を得るために、
    モコンは体の奥底からこの財宝の山を求めた。



    麺を口に運ぶ手が止まらない。箸に絡める動作が、咀嚼する動作すらもどかしい。
    少しでも多く、早く、より詳しく。その全ての体内に取り込まなければ気が済まない。



    モコンが食べる様は、上品さなど微塵も無かった。しかし、その姿はどこか美しい。
    料理人として、食を求める者として、漠然と食に没頭するその姿は、人の食欲の原点であり
    それこそが人を料理人へと突き動かす原動力であると言えよう。

  87. 87 : : 2014/12/11(木) 22:57:13


    「ごちそうさま」



    モコンが行為を終えるまでに、さほど時間はかからなかった。
    驚くヤコンと、最初から全てを悟っていたような表情のもこみち。






    「これが……あんたの言いたかった事か」



    「そうだよ。それが世界だ」



    世界。それこそがもこみちの伝えたかった事。

  88. 88 : : 2014/12/11(木) 23:18:00


    「……今までとは全く違う世界が見えた。衝撃的過ぎて、まだ理解が追い付かないよ」



    戸惑いながらも晴れ晴れとした表情のモコン。



    「こんなちっぽけな街なんて、ただの井戸と一緒だ。そしてアタシはその中で大海原を
    知らずにイキがってるだけの蛙。スパゲティのスの字も知らずに何が料理人だ。
    この国が大好きとか言いながら、この国の食材もろくに知らないなんてな。
    今まで気づかなかったよ」



    スッキリと、何か憑き物が落ちたかのような表情のモコン。

  89. 89 : : 2014/12/11(木) 23:37:38


    「今だから言わせてもらうけど、アタシは別にこの街を出る事に対して何の抵抗も無かった。
    だけど、きっかけが無かった。アタシの背中を押してくれる、何か小さなきっかけが。
    けど今、ようやくあんたの手によってアタシは一歩踏み出す決意が固まった」



    穏やかな表情でモコンの言葉に耳を傾けるもこみち。言葉を続けるモコン。



    「どうやらアタシは、この国を一度見て回る必要がありそうだ。目的はどうあれ、な」



    「その通り。国を守るための道中で、君は君の見たいものを見ればいい。そうすれば、
     お互いにとって百利あって一害なし。平和も勝ち取れて万々歳だ」



    「PN.ダイラタント将軍も、きっと喜んでるだろうさ。悩みも迷いもスッキリ解消だ」

  90. 90 : : 2014/12/11(木) 23:57:51


    「それじゃ……」



    先程まで拗ねていた捻くれ女店主はもういない。
    晴れ晴れとした表情で、モコンはもこみちに向かって高らかに言い放った。



    「あんたと相乗りしてやるよ。責任持ってアタシの面倒見やがれ!」



    「喜んで。後悔はさせないよ」






    得るべくして得られた、最高の結果。
    見事モコンの迷いを撃ち払い、MOCO’S キッチン完了である。

  91. 91 : : 2014/12/13(土) 21:06:01
















































































  92. 92 : : 2014/12/13(土) 21:13:15


    「では、気を付けて行って来いよ」



    ヤコンの見送りを受けて、二人の若者が旅に出る。
    荷物は取り急ぎ必要な物だけをまとめ、後は行く先々で必要があれば仕入れるつもりだ。



    「もこみちよ、娘をよろしく頼んだぞ」



    「はい、責任を持ってお預かりします。あわよくば、そのまま娘さんを頂いても……」



    「嫁にはやらんぞ」



    今明かされる衝撃的事実。ヤコンはただの娘ちゅきちゅき親父であった。
    呆れたような顔を覆い、深いため息をつくモコン。笑うもこみち。

  93. 93 : : 2014/12/13(土) 21:43:12


    他愛の無いやり取りもひと段落ついた後、モコンはある疑問をもこみちに投げかける。



    「ところでさ、あんたって本当に何者なの?この国の人間?」



    モコンに限らず、冒頭から皆が気になっていたであろう疑問である。



    「今は……まだ言えないな。出身とかは秘密だけど、この国の人間だよ」



    「あ、そう」



    きっとこの手の主人公は、話が進む毎にじわじわと秘密が明かされていくタイプなのだろう。
    焦らしプレイと言う奴である。

  94. 94 : : 2014/12/13(土) 22:13:14


    「それじゃさ、あんたの能力だけでも教えてくれない?アタシと戦ってる時、球が突然
     消えたじゃんか?あれもあんたの能力なの?」



    確かにもこみちとモコンの戦闘の最中、モコンの作り出したプヨプヨ球のうちの一つが
    唐突に消滅していた。
    人間ピンボールの最中、モコンの頬に触れたような優しい手つきであの球に触れる事は
    不可能だったはず。



    にもかかわらず、あの球を消し去る事が出来た理由は一体何なのであろうか。



    「先ほどの料理を食べて、俺にはある程度目星がついているがな」



    「えっ!?」



    何と、ヤコンにはもこみちの能力の見当が付いていると言う。
    恐るべき馬鹿親父である。

  95. 95 : : 2014/12/13(土) 22:45:13


    「あんの陰に隠れて気付きにくいが、あの芳醇な香りと爽快な喉越しを得られるものは
     あれしかないだろう。恐らく、お前の球が消されたのもその物質の作用だ」



    「ご名答。僕の能力により生み出されたそれは、球の中でひしめき合う粒子の間の潤滑油となり、
     摩擦を消して凝固する作用を解消させた。当然、固まれなくなった液体は空中で霧散する」



    「それって一体……?」



    「ボクの能力の正体は……」






    誇らしげに笑みを浮かべ、適度な焦らしを入れつつモコンを見つめるその眼は、
    無邪気ないたずらっ子を連想させる。

  96. 96 : : 2014/12/13(土) 23:14:03


    答え合わせの瞬間をウズウズと待ち侘びるヤコンと、苛立ちを堪えるモコン。
    二人の相反する感情がピークに達するその寸前で、もこみちはその口を開き謎を打ち砕く。











    「ボクの能力の正体は……“オリーブオイル”さ」

  97. 97 : : 2014/12/15(月) 20:27:46
















































































  98. 98 : : 2014/12/15(月) 20:31:03


    タカクリコンの街の北側に位置する森。鬱蒼と生い茂る木々によって、昼間であると言うのに
    太陽の光はほとんど遮られ、細く仄暗い山道が闇の中へと延びているだけである。



    不気味な森に、人影二つ。もこみちとモコンである。



    「相変わらず薄気味悪ぃ森だな」



    「もうそろそろ出口だよ」



    二人はこの森を抜け、次なる目的地へと足を運ぶ最中であった。

  99. 99 : : 2014/12/15(月) 20:43:28


    この森は、タカクリコンと次の街「チー」を繋ぐ唯一の森。別名、トキワの森。嘘。
    周囲を山に囲まれたタカクリコン。当然山を越えなければ、他の街へ行く事が出来ない。



    しかし山を登ろうにも、剥き出しになった険しい岩肌の妨害によってそれすら叶わず、
    加えて保守的な性格の者が多いタカクリコンとあっては、そんな苦労を被ってまで
    わざわざ山越えをしようと考える者はほとんど皆無であった。



    そんな状況とあっては、外の街から入ってくる物が貴重品として扱われるのも当然である。
    だがそれでも、外の街からの流入はある。何故か。行商の存在である。



    中から誰も出て行かないのであれば、外から来る者を受け入れればいい。タカクリコンは
    ネットール一、行商が盛んな街であった。行商達にとっては商売繁盛、ウハウハなのだ。
  100. 100 : : 2014/12/15(月) 20:54:15


    そしてこの森こそタカクリコンとチーの往来を可能にする、唯一のルート。
    しかしながら、この森の存在がタカクリコンを他の街々からの孤立を辛うじて
    防いでいるのにも関わらず、何故か山道を整備し、通行の便を図ろうと言う動きが見られない。



    まぁ、物事には必ず理由と言う物が存在する。この事例に関しても然り。






    一つは、タカクリコン民の性格。モコンの様な社交的でコミュ障とは無縁の人間は一握りで、
    先に述べたようにほとんどが保守的、内向的な人間で構成されている。
    そもそも、外に行こうと言う考えに至らないのだ。

  101. 101 : : 2014/12/15(月) 21:03:34

    もう一つは、行商達による抑止。
    立派な舗装路が完成してしまえば、いくらタカクリコンの人間とは言え、自らの脚で外へ赴き
    物の流通を盛んにしてしまうだろう。



    そうなった場合、行商達の仕事も当然減る。仕事が減れば、儲けが減る。世の理である。
    行商達にとってもこの道が過酷である事には変わらなかったが、儲けのためなら
    そんな事はお構いなし。



    簡単に言えば行商達の保身のために、この道が“発展”と言う名の流れから置き去りにされた
    格好となったと言うワケだ。






    だが、理由はこれだけに留まらない。もう一つ、最大の理由があった。

  102. 102 : : 2014/12/15(月) 21:12:50

    聖水戦争の真っただ中だった5年前、タカクリコンは一度隣国の手に堕ちた。
    街の住人達は捕虜となる者、虐げられる者、命の灯を消される者、様々であった。



    しかし、“タカクリコンを堕とした勢いのままチーの街へ攻め込む”と言う考えを
    敵国は持たなかった。持つ事が出来なかった。



    理由は、この森の悪路である。






    武装した多数の兵が、馬や兵器を所持してこの道を通るのは至難の業だった。
    森を通る事が出来ないのなら、当然山越えなど以ての外である。



    そして、一度手中に収めたとは言え、仮にもそこはネットール王国の領地内。
    チーへと攻め込むのに手間取っている隙に体勢を整えられ、要らぬ反撃を喰らう事になれば
    その損害は計り知れない。


  103. 103 : : 2014/12/15(月) 21:22:25


    森へ強引に攻め込んだ際に生じるリスクを考慮するのであれば、隣国の決断はただ一つ。
    タカクリコンを手に入れたものの、結局は他の街から内部へ攻め込むべきだと言う結論に至り、
    結果的にここから国内へ隣国の魔の手が伸びる事は無かった。



    一度は手にしたタカクリコンの領地を有効活用する事が叶わず、その後に大隊を率いて
    行われたネットール軍の奪還作戦によって、隣国の兵達は全滅。
    泣く泣くこの地を手放す事となったのである。



    敵国の進撃を食い止め、大きな抑止力となったこの森。
    八将が居るとは言え、いつまたあのような戦争に発展するかも分からない。



    そんな不穏な未来の可能性を見据えて、敢えてこの森を悪路のまま残しておく事で
    あってはならない事態を未然に防ぐための備えとして機能させているのであった。

  104. 104 : : 2014/12/15(月) 21:33:30



    城壁の如きこの森、人間の手にかかれば活用の仕方は十人十色である。
    先述のような使い方もあれば、当然良くない使い方をする者も現れる。






    近年、この森には質の悪い山賊が棲みついている。



    この森の隠れ家的な閉塞感を利用し、闇に乗じて通りかかる人々を襲撃する
    古典的かつ合理的な手法を得意とし、これまでに数々の戦果を挙げている山賊達。
    世はまさに、大山賊時代。



    被害の報告は後を絶たず、時折負傷者も出ていた。
    死者が未だに皆無なのは不幸中の幸いであるが。



    そのためこの森を通る行商達は、護衛役としてそれなりの実力者を率いている場合が多い。
    そうでもしなければ、積み荷の価値や量に関係なく、たちまち素寒貧にされてしまうからである。

  105. 105 : : 2014/12/15(月) 21:42:57


    盗賊達にとって、この森を通る人間は格好の獲物。
    待ち侘びて待ち侘びて、ようやく出会う事が出来る垂涎のカモ。



    言うなれば、巣の中心でじっと獲物がかかるのを待ち続ける蜘蛛のように。
    そして獲物がかかれば、欲望のままに相手に牙を剥き自らの糧とする。



    もこみちとモコンの凸凹コンビも例外ではない。
    今まさに二人の右斜め後方の樹から、獲物を視界に捉えた蜘蛛が飛び出そうとしていた。






    あ、飛び出した。






    もこみち達は敵シンボルと今ここでエンカウントした。
    内訳は“さんぞくA”、“さんぞくB”、“じごくのばんけん”である。

  106. 106 : : 2014/12/15(月) 21:53:26


    「お前ら!身包み全部置いて行け!」



    「あ?」



    煩わしそうに振り返るモコン。振り向きすらしないもこみち。テンプレのセリフを聞くだけで、
    己との格の違いを瞬時に見抜くこの男、流石である。素敵。イケメン。抱いて。



    「オォウ?シカトこいてんじゃねぇぞこの優男。俺の話聞いてんのかぁ?」



    さんぞくAの にらみつける!
    しかし もこみちは めをあわせなかった!

  107. 107 : : 2014/12/15(月) 22:03:22


    「こいつら、舐めてやがるな。言う通りにしねぇなら死んでもらうぞ?」



    さんぞくBの きょうはく!
    しかし あいてにされなかった!



    「ワンワンッ!!」



    じごくのばんけんの ほえる!
    しかし その声は闇深き森の木々に生い茂る無数の葉、それらが風で揺れ動く際の
    ざわめきによって無情にもかき消されるのだった。

  108. 108 : : 2014/12/15(月) 22:14:30


    「めんどくせぇのに会っちまったなぁ。ま、ある程度覚悟はしてたけどさ」



    「どうやらボクらがカモだと思われているようだね。どうする?」



    「どうするって、当然ぶっ潰すさ。こんな奴らにアタシらがやられる筈ねぇだろ」



    すでに戦う気満々のモコン。コマンドは“こうげき”、作戦は“ガンガンいこうぜ”。






    「ふむ、女性に先だって戦わせるのはボクのプライドが許さないな。ここはボクがやろう」



    「はぁ!?オイシイ所だけ持ってくつもりかよ!」



    「そうじゃない。ボクらは料理人だ。この手で無闇に人を傷つけるようなマネはしたくない」



    今からお前らがやろうとしている事は何なんだ?と言うツッコミは控えてもらおう。
    あくまでこの場を切り抜けるためだけに、相手を傷つけたくないと言う事にしてほしい。

  109. 109 : : 2014/12/15(月) 22:25:21


    「じゃあどうするってんだよ!?」



    「まぁ、見ていてくれ。それと、あまり野蛮な言葉を吐くもんじゃないよ、モコン」



    荒々しい言葉を吐くモコンにそう言って諭し、山賊の前に立ち塞がるもこみち。
    コマンドは“におうだち”、作戦は“じょせいだいじに”。






    「優男てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!死にてぇか!?」



    「お前一人でやろうなんざ、笑わせてくれるじゃねぇか。後悔するなよ!」



    「ワンッ!」



    山賊達は一斉に走り出した!三位一体の攻撃、トリニティアタック!
    走り出す瞬間にさんぞくAが小石に躓き転びかけた事は、この場ではあえて伏せておこう!

  110. 110 : : 2014/12/15(月) 22:35:11


    真っ先にもこみちに近付いたのはじごくのばんけん!獲物との距離を瞬時に縮めるその脚力!
    敵の肉を引き裂きその血を躍らせる鋭利な牙を光らせ、猛然ともこみちに突撃してくるッ!



    初速とほぼ変わらぬそのトップスピードは、例えるならライオン!トラ!チーター!
    イヌ科とネコ科の違いはあれど、彼らに流れる、貪欲に獲物を屠る狩人としてのその血には
    何の違いも無いのである!



    もこみちにとっては絶体絶命の窮地!MajiでDieする5秒前!
    じごくのばんけんは、ずっと前から彼のこと狙ってた誰よりも!

  111. 111 : : 2014/12/15(月) 22:46:33


    そんな状況下でも、もこみちは冷静さを失わなかった。
    口元に笑みを浮かべながらその場に立ち、向かってくるばんけんをじっと見つめていた。



    だが、何も策を講じず立ち尽くしていたわけではない。
    もこみちがこの場で起こしたアクションはただ一つ。



    握りしめていた右手を、そっと開いただけ。まるで握りっ屁を、その閉ざされた空間から
    大気中へと解放するように。



    開かれた右手には、誰の目にも何も映らない。もこみち自身の瞳にすらも。
    しかしもこみちが仕掛けたそれは、確実に相手に変化をもたらしていた。






    「!?」



    じごくのばんけんが突如として動きを止める。あまりに唐突で、且つ予想だにしない動き。
    さんぞく達は、その謎の行動に当然警戒せざるを得ない。二人もほぼ同時に動きを止める。

  112. 112 : : 2014/12/15(月) 22:56:07

    「何が起きた……?」



    額に冷や汗をにじませながら、さんぞくAが……いや、こっちはBか?どちらでもいいか。
    さんぞくの一人がそう呟いた。



    ばんけんはと言うと、先程までの荒々しい狩人のオーラはどこへやら、すっかり大人しく
    なってしまっていた。
    闘争心の消え失せたばんけんなど、ばんけんに非ず。ただの犬。それ以上でも以下でもない。



    何が起きたか分からず、動揺の色を見せる山賊達。しかしそれはモコンも同じであった。
    そもそも、この場でもこみちが静かに右手を開いていた事にすら、この3人は気付いていない。



    目論見通りの出来事に、その口元をさらに緩ませるもこみち。
    ばんけんに起こった謎の鎮静化現象は、やがて山賊達の身にも起こる事になる。

  113. 113 : : 2014/12/15(月) 23:06:27



    「ん……なんかもう、どうでもよくなっちまったな」



    「こいつらなんかもう興味ねぇよ。帰って寝たい気分だな」



    「はぁ!?」



    先程まで自分達を狙っていたはずなのに、突然発せられた山賊達の腑抜けたセリフ。
    モコンは心の底から声を発した。全く意味が分からないと。

  114. 114 : : 2014/12/15(月) 23:16:42


    「お前らは見逃してやるよ。もう面倒臭ぇし。じゃあな」



    「さーて、今日の飯は何かなー」



    「ワン」



    さんぞくたちは にげだした!






    「……何で?」



    「ほら、無駄な戦いをしなくて済んだ。ボクに任せてよかったでしょ?」



    誇らしげなもこみちに対し、何も状況が理解できないモコンは苛立ちをぶつける。

  115. 115 : : 2014/12/15(月) 23:27:24


    「アンタ、一体何をしたんだ!?何であいつらはいきなり帰っちまったんだよ!」



    「簡単だよ、ボクの能力で作り出したアロマオイルで、彼らの気を静めてやる気を削いだんだ。
     彼らレベルの人間の“意思”なら、このアロマで簡単に捻じ曲げて鎮静化させられる」



    「能力…オリーブオイルってやつか?」



    「そう。右手で生み出したアロマオイルを気化させて放ち、相手の体内に直接潜りこませ
     戦意を奪う。これなら、お互いに傷つかずに済むでしょ?」



    「アンタってやつは……」

  116. 116 : : 2014/12/15(月) 23:41:01


    もこみちが先程放った握りっ屁の正体、それは能力によって作り出されたアロマオイルだった。
    戦わずして場を治めるとは、この男、偉そうな事を言うだけはある。



    アロマで少々気分を沈められた程度で、目的を諦める山賊も山賊である。
    元々面白半分で略奪行為を行う彼らを動かす原動力は、他でもない“気分”一つなのである。



    「さぁ、もうすぐ出口だ。チーの街は目と鼻の先だよ」



    そう言って、未だ驚きの消えないモコンをよそにさっさと歩き出してしまった。
    まだまだ謎に包まれたもこみちの能力であるが、汎用性に富んだ力である事には
    間違いないようだった。






    去りゆくもこみちの大き過ぎる背中を見ながら、モコンの脳裏にある一つの疑問がよぎる。



    オリーブオイルと言う物をさほど詳しく知らないので、この疑問が的外れなものであるかも
    しれないと敢えて口には出さなかったが、モコンはどこかモヤモヤした気分になっていた。











    (アロマ……オリーブオイルってやつは、本当にそんな使い方もできるのか……?)

  117. 117 : : 2014/12/19(金) 17:48:00
    わけわからんが、とても笑ってしまう
    期待
  118. 118 : : 2014/12/19(金) 21:12:57
















































































  119. 119 : : 2014/12/19(金) 21:17:30


    そして二人は森を抜け、チーの街へとたどり着いた。
    タカクリコンが周囲を山に囲まれているのに対し、こちらは広大な平原が続いている。



    一番の特徴は、街を二分するように流れている大きな川。名をチン川。
    チーの街の川であるのにもかかわらず、何故かチン川。理由は全くの謎である。



    それと、川の上にかかる8本の橋。
    この橋の存在が、住民達の街の東西両端への往来を可能にしている。



    この橋は、元々7本しか存在しなかった。5年前までの事である。
    しかし聖水戦争終了後、八将達を称えた街の長の提案により橋を1本追加する事となった。

  120. 120 : : 2014/12/19(金) 21:29:50

    この案に反対する者は皆無だったが、元々等間隔に設置されていた7本の橋。
    それを崩して4本目と5本目の間に半ば強引に設置する事となった橋は、若干の
    見栄えの悪さを伴った。



    だが、人間とは所詮“慣れ”の生物である。
    不恰好に収まったその8本目の橋も、今となってはこの街を象徴するスポットとなりつつある。



    川の源流は南側にのみ存在する山々。そこから流れ出るミネラル満点の湧水が森の出口で
    幾つも交わり、一つの流れとなってこの街に注がれ、川となっている。



    栄養満点の水で育った川魚、その加工品がチーの街の特産品である。
    その出荷先は隣町のタカクリコンは勿論の事、上質な物は王宮に献上される程。
    この街は、川からもたらされる多大な恩恵によって成り立っていた。

  121. 121 : : 2014/12/19(金) 21:42:18


    「なかなか優雅な街だね。あれから何も変わっていない」



    「何か言ったか?」



    風と共に消えたもこみちの呟き。
    モコンの耳に届いたのは、残り香の様にわずかなイケボの欠片だけ。






    二人がこの街を訪れたのは他でもない。協力者を募るためである。
    まぁ、この街に用があろうがなかろうが、どの道通らねば先へは進めないワケだが。



    その協力者に、モコンは心当たりがあった。実際に話をしてみない事には分からないが、
    ある程度の確信を持っていた。

  122. 122 : : 2014/12/19(金) 21:54:11

    二人はその協力者が住む家に向かって歩いていた。筈だった。
    まぁ旅というものには、寄り道が付きものである。



    気が付けば、ただの通過点である筈だった東の商店街で、ふらふらと沿道の出店に
    脚を取られるもこみち。



    その店先には、アユ、イワナ、ヤマメ、その他諸々の川魚達が所狭しと並んでいる。
    彼らは皆、その身に浴びる太陽の輝きで鮮やかな銀色を放っており、もこみちの料理人の心を
    くすぐり、その視線を一身に集めるには十分過ぎる魅力を備えていた。

  123. 123 : : 2014/12/19(金) 22:07:06

    そのアイドル達の中でも、ひときわ輝くセンター的存在が居た。
    川魚の帝王であり、さらには海水適性も備える最強の両刀使い、鮭である。



    生まれて数か月で故郷の川を離れ、過酷な海の旅を4,5年ほど経て、成魚となって
    故郷の川に帰ってくる。
    その理由は未だ明らかにされていないが、一説には生まれた川の匂いを覚えているとか、
    はたまた放流した者の思念を辿り、その者が住む街の川に帰って来るとか、様々である。



    このチン川も、この国を横断するように流れ、隣国の領土を跨いで広大な海へと繋がっていた。
    その長い旅路を経て、この川で生まれた鮭達がまたここへ遡上するのであった。






    ちなみに、鮭はあくまで“サケ”であり、“シャケ”という読み方はこの世に存在しない。
    チーの街から遠く離れた地方であれば、シャケ読みと言う極めて邪道な手法を用いる者も居る。



    だが仮に鮭漁の本場であるこの街でそんな読み方をしてみたら、人間としての扱いを
    受ける事は二度と敵わない。血祭り、エンコ詰め、七代先までに渡る呪い。恐ろしや。

  124. 124 : : 2014/12/19(金) 22:17:42


    過去のこの街では、シャケ読みを認める派と認めない派による内乱が勃発した。
    サケ読み派が東部、シャケ読み派が西部に分かれ、街の人間達はチー川を挟んで二分し
    真っ向から対立する形を取った。



    互いに譲歩の姿勢を全く見せず、日に日に激化していく両派閥の争い。
    ほとんどが戦闘の心得など無い一般の街人であるとは言え、そこに一つの凶器と
    僅かな狂気が加われば、そこに生まれるのは立派な殺戮兵である。



    当時は川に一本だけかかっていた、小さな橋。
    その橋の中央で、凶器と狂気を兼ね備えた民衆同士が血で血を洗っていた。



    些細なきっかけであるとは言え、もう誰にも止める事はできない争い。
    流れる幾千の民の血は、幾万の民に涙を流させた。






    そしてその“流れ”によって、やがてチン川にある変化が起きる。

  125. 125 : : 2014/12/19(金) 22:30:17


    民衆の心の汚れ具合に比例するかのように、川に汚染が広がり始めたのである。
    怒り、悲しみ、募り積もる負の感情。それらを感じたかのように、唐突に、である。



    当初は気にも留めず争いに従じていた民衆であったが、次第に川のその変化に恐怖を
    覚えていった。かつてない異常事態。原因は明白である。



    川の汚染が広がるにつれて、チー自慢の川魚達も次第に姿を見せなくなっていく。
    民衆の不安は大きくなり、不安が大きくなればなるほど汚染はさらに加速する。悪循環である。



    下らない争いのために、チーが誇るチン川の恩恵を失っては元も子もない。
    ようやく事の重大さ、争いの下らなさを理解した両陣営の長は、互いにある提案を持ちかける。






    それは、じゃんけん一本勝負による平和的決着であった。

  126. 126 : : 2014/12/19(金) 22:40:22

    ルールは単純明快。両陣営の長が橋の中央で相対する。そして恨みっこなしのじゃんけんで
    勝者の陣営の支持する読み方を、チーの街で用いる公式の読み方とする、と言う物だった。



    当然、敗者の後腐れは認めない。仮にそんな事があれば、民衆達にはびこる負の感情が
    消える事は叶わず、川の汚染に歯止めをかける事は出来ない。
    両者にとってそれは本末転倒であり、それを防ぐためにこの手法が取られたのである。



    こうして幕を開けた、両陣営の代表者による一騎打ち。
    当初は一瞬で勝負が決まると思われていた。






    しかし、これは決してそんな甘い勝負ではなかった。

  127. 127 : : 2014/12/19(金) 23:00:55

    互いに繰り返す、無数のあいこ。
    サケ側が敵の手を読めば、シャケ側がさらにその先を読む。そしてサケ側がそのまた先を。



    深読みに深読みを重ね、浅読みを挟んだ後にまた更に深読みする事によって、常人の理解を超えた
    想像を絶するじゃんけん勝負となってしまい、誰も予期せぬ長期戦を迎えてしまっていた。






    じゃんけんは、7日間にも及んだ。






    その間、白熱する戦いを見届ける民衆達の心は躍り、滾り、熱く燃え上がった。
    中には興奮しすぎて、志半ばで命を落とす者もいた。



    だが、民衆達の心から負の感情は完全に消え去っていた。
    手に汗握る熱い戦いを見届けようと湧き上がる感情。消えた、かつてのドス黒い想い。
    その心に呼応するように、チー川もかつての姿を取り戻しつつあったのだった。

  128. 128 : : 2014/12/19(金) 23:12:31


    民衆達が輝きを取り戻したチー川の存在に気付いたのは、7日目の夕方だった。
    一人のシャケ派の男が、川を指差しこう言った。



    「川が元に戻ってるぞ!!」



    その一言で、じゃんけん勝負に見入っていた他の民衆達も一斉に川に向き直る。
    と同時に、一人の男の思考に寸分の狂いが生じる。シャケ派の長だった。



    シャケ派の男の歓喜の声によってもたらされた、ほんの僅かな手読みのミス。
    そのミスが、この長きにわたる戦いにピリオドを打つ。

  129. 129 : : 2014/12/19(金) 23:26:08


    「あっ……」






    誰の口から発せられたとも知れない、その声により街の時間は一瞬止まる。
    7日目にして初めて訪れた、両者の出し手が異なる形を取る光景。



    サケ派の男の手はパー、シャケ派の男の手はグー。決着の刻である。
    試合開始から154時間後、55283手目での事であった。

  130. 130 : : 2014/12/19(金) 23:36:41


    精根尽き果てた両陣営の長達は、そのまま眠るように倒れ、川へと転落。
    その瞬間を待ち侘びたように、チー川には大量の鮭が一斉に遡上してきたのだった。



    その光景を目の当たりにした民衆達は、口を揃えて叫んだ。
    誰一人、それに違う言葉を発する事無く、全員がこう言ったのである。



    「鮭が…“サケ”が帰って来たぞぉぉっ!!!!!」






    こうして、長きにわたる争いはサケ派の勝利によって幕を閉じた。
    後に二人の長は残念な形で発見されたが、誰も勝者を称えず、誰も敗者を罵る事はしなかった。

  131. 131 : : 2014/12/19(金) 23:49:26


    読み方と“サケ”として統一する事になったチーの街は、二人の勇者の存在と、この街に
    悲痛な争いがあった事を後世に伝え行くため、その象徴として新たに6本の橋を作った。



    元々存在していた小さな橋に加え、新たに6本の橋を作り、7日間の勝負に準えたのである。



    現在ではこれに1本加えた8本の橋となっているが、英雄を称えると言う意味で追加する
    という理由を、この歴史を知る者達が反対する筈が無かった。






    今でも民衆達は東西に分かれて生活しているが、遺恨は一切残っていない。



    余談ではあるが、民衆達の現在の東西への分布状況は、かつてのサケ派とシャケ派の
    子孫がその名残のまま住居を構えているからだと言われている。



    これが、過去にこの街で発生した“サケシャケの乱”の全容である。

  132. 132 : : 2014/12/21(日) 20:32:04


    話を現代に戻そう。


    一般的に鮭と言えば、その大きな肉体を構成する柔らかで、脂の乗った上質の身にばかり
    目が行きがちだが、その真髄は別の所にある。


    基本的に鮭と言う生物は(鮭に限った話ではないが)、捨てる部分が無いのである。

  133. 133 : : 2014/12/21(日) 20:51:11


    太く硬い中骨は身を食べる際に邪険にされがちであるが、それらをカリカリになるまで揚げて
    細かく砕き、かりんとうやクッキーの生地に混ぜて焼き上げるお菓子。



    さらには頭部の“カマ”と呼ばれる部分は塩焼きにして良し、みそ汁にしても良し。
    心臓は複数連ねて串焼きにし、好みの味付けを施せばおかずにも酒のつまみにも良し。



    メスであれば真珠の如きイクラの山、オスであれば癖になる味と歯ごたえの茹で白子もある。



    堅くて丈夫な皮は複数貼り合わせるなどの加工を施し、切ったり縫ったりの工程を経て
    財布、カードケース、アクセサリー等を作り上げる“鮭皮細工”も、チーの街では盛んだった。

  134. 134 : : 2014/12/21(日) 21:10:03

    他にも活用法は無限に存在するが、その中でも極めつけは“新巻鮭”と呼ばれるものである。



    鮭の内臓を取り除き、これでもかと言わんばかりに塩を施して数日天日干しにした物であり、
    完成系はカリカリに乾燥した、言うなれば素揚げのような姿になる。



    水分を飛ばした上でさらに塩漬けにする事で、長期間の保存が可能となるほか、
    それを焼いた切り身は、効きに効きまくるその塩味が、アツアツのご飯とのコンボによって
    食卓無双が発生する。



    一度食べた者であれば理解できるだろうが、その味はとても言葉では表す事が出来ない。
    どんな高級食材よりも、一切れの切り身があれば他の物は何もいらない。
    唯一無二の相棒である白米さえあれば、舌も胃袋もゴートゥーヘヴンである。



    これ程までに愛され、高級食材にも決して劣らない新巻であるが、値段は比較的安価である。
    冬のお歳暮の時期には、新巻鮭を丸々一匹贈る事も珍しくない。
    そしてもらった側はミラクルハッピーである。

  135. 135 : : 2014/12/21(日) 21:30:29

    そして、もこみちが見つめる先に吊るされている新巻鮭。
    その隣には、“鮮魚”と書かれた店の看板。



    鮮魚店でありながら、どちらかというとミイラに近い新巻鮭を販売しているその店が
    もこみちは可笑しくてたまらなかった。



    きっと、店主の“鮮魚”に対するストライクゾーンが物凄く広いのだと自己解釈した。
    そう思ったら、また笑えてきた。

  136. 136 : : 2014/12/21(日) 21:50:03

    しかしもこみちのひと時の安らぎは、小さな鬼神によって終焉を迎える。
    もこみちの、“みち”を外れた羨望の眼差しに、苛立ちを露わにする旅の相棒。



    口より先に手が出るタイプのモコンは、言うより先にもこみちの耳を掴み、
    目的の方角へと引きずり歩いていた。



    とは言っても、二人のこの身長差である。悠に30センチはあるだろうか。
    モコンはその腕を目いっぱいに伸ばし、もこみちの耳に手をかけている。



    「いたたたたた、ちょっとモコン、耳が千切れるってば」



    「さっさと来いよマヌケが!」



    モコンは苛立ちを隠せない。隠そうともしない。

  137. 137 : : 2014/12/21(日) 22:10:27

    「そんなもん見てるヒマはねぇんだ!さっさと行くぞ!」



    「まぁ待ってよ。ここに並んだ魚達、実に良質だとは思わないか?今すぐ買い占めて
     美味しく調理してあげたい気分だよ。君もそう思わないか?」



    「思うけど!そうじゃなくて!アタシ達は魚買いに来たんじゃねぇんだよ!!」



    「連れないねぇ」






    癇癪を起こすモコンに、やれやれと言わんばかりの表情を浮かべながら再び前へ歩き出す。
    手に入れる事が叶わなかったその魚達を、新巻鮭を、もこみちは恨めしそうに眺めながら
    モコンに引きずられていく。

  138. 138 : : 2014/12/21(日) 22:25:06





















































































  139. 139 : : 2014/12/21(日) 22:40:46

    「ここだよ」



    そうこうしているうちに、二人はその協力者候補の住む場所に到着した。
    東側の、北端に位置する地点。
    そこにあったのは住居ではなく、小さな診療所。ここにその候補君が居る。



    名前をヤラ。5年前よりこの内科の診療所を営む男。
    “ヤラ内科”と言う名の診療所。あたかも誘っているかの如き医院の名だが、そうではない。



    この街には、“ヤる”と言う隠語は存在しない。よって、こんな怪しげな医院の名であっても
    不穏な解釈を行う人間は皆無なのである。



    あくまで、この街に関しては。他の街では細心の注意を怠ってはいけない。

  140. 140 : : 2014/12/21(日) 22:57:31


    病院名はさておき、何を隠そうヤラは、この街を治める八将だった。



    かつての聖水戦争では主に医療活動に従事し、自身の持つ能力で敵兵を退けつつ国を護り、
    同時に多数の負傷者を救済した事からその栄誉を授かった。



    医師と言う職業柄、争いを好まない性格だったが、故郷の危機とあらば話は別である。
    聖水戦争終結後は生まれ故郷であるチーの街を治める八将となり、診療所を営みながら
    街の平和と笑顔を守る心優しき医師として日々を過ごしていた。



    この診療所、住民達の評判はおおむね好評であった。どんな些細な症状であっても診察に際して
    真摯に向き合ってくれる医師が、酷評される理由などあるはずが無い。



    特に聖水戦勝終結直後は、心身的ストレスから体内に異常や不調をきたす者も多かった。
    それらの症状を訴える患者に真正面から向き合い、時には専門外である筈の
    カウンセリング的治療も合わせて行えるだけの、豊かな器量の持ち主でもあった。

  141. 141 : : 2014/12/21(日) 23:12:07


    余談ではあるが、ヤラが営むこの医院はあくまで“診療所”。
    ネットール王国の規定では、病床の数が19以下の医療機関を“病院”とは認めないのである。



    ヤラ内科の病床の数は10。国が定める規定を下回っている。よってここは診療所。
    他にも従事する医師の人数、薬剤師や看護師の配置等に関する細かい規定が多々あるが、
    この場でこれ以上の詳細な説明は不要であろう。



    「あいつと会うのは1年ぶりだな。悪い奴じゃないからさ、多分大丈夫だと思う」



    不安と期待をルームシェアさせているモコンの心。
    意を決してヤラ内科の扉に手をかけ、秘められた内なる世界へ飛び込もうとしたその矢先……


  142. 142 : : 2014/12/21(日) 23:22:26


    「あれ?」



    「あっ……」



    中から出てきた痩身の男。右手には、“臨時休業”の札。そして左手には、小さな鞄。
    大事そうに抱えている様子から察するに、きっと何らかの重要な書類、もしくは器具等である
    可能性が高い。確証は無いが。



    しかし、もこみち達と遭遇した際にこの鞄を咄嗟に庇ったように見えたのは錯覚か?
    重要な物が入っていると言う事を差し引いても、その動きはどこか過剰気味で、何かに驚き
    怯えるような印象すらあった。理由は分からない。

  143. 143 : : 2014/12/21(日) 23:40:19


    どうやら今日はこれから休診らしい。現在、もこみち達の肉体に不調が無いのは幸いである。



    「悪いな、今日はちょっとこれから出かけるんだ。診察は終わりだよ」



    「ヤラ、久しぶりだな。今日は別に診察目的で来たんじゃないよ」



    「ん?お前……モコンか?どうしたんだ、突然」



    もこみち程ではないが、長身イケメンの色黒男。彼こそ、この診療所を営む医師、ヤラ。
    意外な人物の突然の訪問に、驚きの色を隠せない。

  144. 144 : : 2014/12/21(日) 23:58:38


    「ちょっと話があってな。今から時間取れないか……って言っても、出かけるんだよな?」



    「何だよ、話って。それにそちらの方は?」



    そう言って、もこみちに視線を送る。ヤラとモコンの仲はあくまで“旧知の友”ではあるが、
    知り合いの女が見知らぬイケメンを連れ歩いていれば、正直いい気はしない。






    「ちょっと、な。この国の一大事に付いての話なんだ。お前も多少は知ってるんじゃないのか?」



    「……」



    深刻な表情で訴えるモコンを見て、言葉に詰まるヤラ。話の内容については見当が付いていた。
    そしてその話にもこみちが深く関わっていると言う事も、出して言うまでもない。



    一度地面を向き、そして再び顔を上げて向き直るヤラ。
    診療所の入り口の扉に手をかけ、二人を顎で中に誘いこう言った。











    「門前払いってのは医者のタブーだからな。30分でよければ、話を聞いてやろうじゃないか」
  145. 145 : : 2014/12/28(日) 19:34:17



















































































  146. 146 : : 2014/12/28(日) 19:34:56


    もこみちとモコンが通されたのは、診療所の奥に位置するヤラの居住棟。
    極めて質素な空間で、寝具や食器など必要最低限の物資が、必要最低限な数で
    備えられているだけであった。



    だが流石に来客用のティーカップは複数備えていたらしい。
    台所から紅茶の注がれたカップを3つ、お盆に乗せてヤラがやってきて、座る。



    リビングと言うよりは、絨毯が敷かれているだけのシンプルな座敷。
    その中央に位置する円卓にそのお盆を置き、カップを二人に配りながらヤラが口を開く。

  147. 147 : : 2014/12/28(日) 19:54:29


    「で、話ってのは?まぁ、オレの方でも大体予想はついてるけどな」



    「なら早い。単刀直入に言うぞ。アタシが言いたいのは、この国の置かれている現状についてだ。
     お前も薄々感付いているだろうけど、アタマのイカれた八将がこの国を乗っ取って
     伝説の水を手中に収めようとしてるらしい」



    「やはり、か。あの噂はデマではなかったと?」



    「あぁ。アタシは今まで見て見ぬふりを貫いていたんだけど、こいつに言われて考えが変わった。
     この国がめちゃくちゃになるかもしれないのに、黙っているワケにはいかなくなった」



    モコンはもこみちを指刺し、熱い眼差しでヤラに対してそう語った。
    もこみちも若干のドヤ顔でヤラの方を見る。
  148. 148 : : 2014/12/28(日) 20:14:18


    「あんたがモコンを焚き付けたのか。何を言ったかは知らないが、大したもんだな」



    「それ程でもないよ。元々彼女の中には、熱い魂が眠っていた。それを呼び覚ますきっかけを
     与えただけに過ぎないよ」



    「成程な。あんたが一体どんな理由でこの国を守りたいのかは知らないが、とりあえず名前を
     教えてもらえないか?どんな患者でも、名前を聞かない事には診察は始められないからな」



    もこみちは別に患者ではなかったが、そこはヤラの医師としての性であろう。



    「ボクの名はもこみち。今はそれ以上の事は語れない。だけど、これだけは言わせてほしい。
     ボク達と一緒に、どうかこの国を救う事に協力してほしい」



    この場において、必要最低限の勧誘文句。
    一にも二にも、まずはこちらの意図を理解してもらう事から始めねばならない。だが……

  149. 149 : : 2014/12/28(日) 20:35:11


    「素性の分からん奴に手を貸せと?それに、仮にオレを含めてもたった3人で国を救うだと?
     寝言は寝て言え。残念だが、精神科は専門外だ。他を当たってくれ」



    「ちょっと待ってくれヤラ!アタシ達の目的のためには、どうしてもお前の力が必要だ!」



    「お前はこいつに諭されたんじゃなく、ただ毒されただけだったようだな。解毒治療してやるから
     こいつとは縁を切れ。夢物語を語るだけの脳内花畑野郎に、オレがしてやれることは
     何もないんだよ」



    「そんな!こいつはそんな生温い奴じゃねぇよ!頼むから話を最後まで聞いてくれ!」



    懇願するモコンを、ヤラは退けるように言う。
  150. 150 : : 2014/12/28(日) 20:54:36

    「オレが耳にした話だと、国盗りの黒幕はどうやらあのポリプロンらしいじゃないか。
     八将最強のあんなバケモノ、どうやって倒そうって言うんだ?」



    「それは……」



    最強の八将、ポリプロン。かつての聖水戦争で最も大きな戦果を残し、国中の伝説と化す
    その男の名を出されては、流石のモコンもこれ以上食い下がる事は出来なかった。



    「悪いがオレはこの話には乗れない。ここに置いて行けない、大切なものもあるんでな」



    「大切なもの……」



    ヤラにとっての大切なものとは、一に命、二に診療所。
    だが、それらとは比べ物にならない程の大切な存在がもう一つ、ヤラの心の中にはあった。

  151. 151 : : 2014/12/28(日) 21:17:08


    「ヤラ、お客さんかい?」



    奥の部屋から、ふすまを開けて覗き込む一人の老女。頭髪全体に白みがかかっており、
    痩せ細った身体が弱々しい。その細い手足で自らをようやく支えていると言った感じだ。



    その老女が病床に就いていたと言う事が誰の目にも明らかなのは、
    寝間着姿だからという理由だけではない。



    こけた頬、生気の無い表情。かなり強引に笑顔を作って客人を出迎えているつもりだろうが、
    その様がかえって痛々しく見える。






    「おい、寝てなきゃダメだろう!体悪いんだから無理するな、お袋!」



    お袋、つまりはヤラの母親。乱暴に怒鳴りつける声が、部屋中に響き渡る。
    だが、母親には怯える様子は微塵もない。

  152. 152 : : 2014/12/28(日) 21:36:26

    確かにヤラの声は、母親を疎ましく思う反抗期の息子のような荒々しさがあった。しかし、
    その中には母親を案ずる孝行息子の想いが込められている事を、母は理解していたからである。



    「そうかい、ごめんねヤラ。あ、皆さんはゆっくりして行ってくださいね」



    「いいからさっさと寝ろ!」



    ツンデレ息子に促され、静かに、ゆっくりとふすまを閉める母。その後に小さく足音が聞こえた。
    どうやら再び床に就いたようだ。






    「今のは?」



    「ヤラの母親さ。聖水戦争が終わった頃から、病に侵されててな。ずっと具合が悪いんだ。
     こいつの言う大切なものって言うのは、あの母親の事なんだよ」



    「余計な事を言うな、モコン。こいつには関係ない話だろう」
  153. 153 : : 2014/12/28(日) 21:56:12


    モコンともこみちのやり取りを不愉快そうに遮るヤラ。
    彼にとって、あの母親は何物にも代えがたい尊い存在。それについては、今々会ったばかりの
    どこぞの馬の骨とも知れぬ奴には触れてほしくないのだろう。



    そんなヤラの行動に、モコンは少々の苛立ちを覚えた。いくら何でも不躾過ぎないか。
    確かに初対面の奴に深く教えてやる義理も無いが、だからと言ってあんなドライな対応も
    いかがなものか。もこみちにだって、心配する権利くらいはあると言うのに。



    端から見れば単純に、母親への必要以上の干渉を遮っただけに見えたヤラの行動。
    だが、この男はある違和感を感じずにはいられなかった。

  154. 154 : : 2014/12/28(日) 22:10:24


    思った事はそのまま口へ。疑問と言う名の言霊と化したその思いは、直接ヤラにぶつけられる。



    「君は、何かを隠しているね。母親もさることながら、それとは別に何か重大な事を」



    「何だと?」



    ヤラが母親への気遣いの中で垣間見せた、少しの違和感。
    もこみちに対する必要以上の拒絶が、その違和感をさらに加速させていた。






    「さっき、君は外出しようとしていたね?その事と関係があるんじゃないのかい?」



    「……」



    「おい、そうなのかヤラ!?」



    確かに、ヤラはもこみち達が診療所を訪れた際、丁度外出するところだった。
    わざわざ診療所を臨時休業させてまで。

  155. 155 : : 2014/12/28(日) 22:31:13


    「お前らには関係ない。そもそも、別に理由なんか何もない。ただの買い出しだ」



    「ただの買い出しに、そんな大事なものを持って行くかな?」



    「何の話だ?」



    「ボクらと最初に会った時、君は鞄を持っていたね。とても大事そうに抱えていた。
     まるで、誰かの命と同等の何かが入っているかのような庇い方だった」



    最初にもこみち達と遭遇した時に、必要以上に庇う動作を見せて守っていたあの鞄。
    あの動きに隠された意図。そして母親への干渉の拒絶。これらが意味する事は……






    「……」



    「おいヤラ、黙ってないで何とか言えよ!一体何がどうなってるんだ!?」



    痺れを切らし、声を荒げるモコン。ここまでくれば、ヤラが何か重要な隠し事をしているのは
    明らかだった。



    「……帰れ。別にお前らが思っているようなことは何一つない。仮にそうだったとしても、
     お前らには関係ない。そろそろ約束の30分だ、協力者なら他を当たってくれ」

  156. 156 : : 2015/01/08(木) 17:26:38
    期待してます!
  157. 157 : : 2015/02/01(日) 13:03:21
    期待!!
  158. 158 : : 2015/06/21(日) 20:31:01
















































































  159. 159 : : 2015/06/21(日) 20:31:24


    ほとんど追い出されるような格好で診療所を後にしたもこみちとモコン。
    協力してくれるだろうとタカを括っていた分、拒否されたダメージは想像以上に大きかった。



    あくまで、モコンに関しては。



    だが、もこみちは諦めない。だからこそ、今こうしてこの場に留まっているのだ。






    「なぁ、こんな場所で張り込んで一体何をする気なんだよ?」



    「決まってるだろ?ヤラはきっと、さっきの用を足すために外出する筈だ。そこを尾行するんだ」



    張り込み。からの尾行。追跡対象へ用いる常套手段。しかしながら、実際にこれらの方法を
    駆使して誰かを尾行したと言う経験を持つ人間は、ほとんどいないのではないか。
    この二人だって今日が初体験だし。アンッ。


  160. 160 : : 2015/06/21(日) 20:45:55

    ヤラはあのように言っていたが、何かしら深い事情を持っているのは間違いない。
    そう睨んだもこみちはヤラを尾行し、その事情の正体を突き止めようと言う算段だった。



    当然、この行為は褒められたものではないだろう。しかし、これから過酷を極める事になる
    であろう旅路に協力者は欲しい。絶対欲しい。何が何でもほちぃ。



    ヤラが抱えるその“何か”の根幹を突き止め、あわよくば解決して差し上げ、悩みの種を
    取り除いたところで晴れて仲間になって頂こうと言う、いわば交換条件と言ったところか。






    (そんなうまく行くわけないだろうなぁ……)



    とモコンは思っていたが、それでも淡い期待は抱いていた。モコンにとっても、旧知の仲であり
    信頼の足る人物であるヤラが仲間になってくれるのであれば、恋しく切なく心強かった。

  161. 161 : : 2015/06/21(日) 21:01:29


    あッ!ついにヤラが出て来た!



    正直、二人は完全に油断していたが、身を隠し気配を殺す事は怠っていなかったので、
    バレずに済んだ。






    「……」






    額に皺を浮かべ、深刻な表情で入り口を施錠するヤラ。周囲をキョロキョロと見渡す
    その動作は、今まさに玄関のカギを抉じ開け部屋へと侵入する空き巣さながら。
    実際は真逆の行動であるのにも関わらず、だ



    小刻みに震える手で施錠を完了させ、いずこへと向かうヤラ。
    その手には、例の鞄が大事そうに抱えられている。やはり、あの鞄には何かある。

  162. 162 : : 2015/06/21(日) 21:10:06



    「さて、ボクらも行こうか」






    ヤラに気付かれぬように、慎重に後を追う二人。
    こうして3人はヤラ内科を後にし、チーの街中へと消えていく……
  163. 163 : : 2015/06/21(日) 21:10:25




















































































  164. 164 : : 2015/06/21(日) 21:23:34


    尾行を始めて、30分ほど経過しただろうか。



    ヤラはチン川沿いに南へ歩き、北から数えて5番目の橋を渡って西側へ移り、それからまた
    歩き続けて、とある廃倉庫に辿り着いた。



    あちこちが錆びついて、今にも崩壊しそうな様子が外観から伺える。何年も使われず、
    人々の管理下から解き放たれたその廃倉庫は、怪しげな取引を行う現場にはうってつけだろう。






    実際この廃倉庫にまつわる、黒い噂は絶えない。不穏な集団も目撃されている。



    しかしながら、人間と言う生物は得体の知れない恐怖に対して敏感であり、臆病である。
    この廃倉庫での出来事は見て見ぬ振りが貫かれ、無かった事として扱うのが
    暗黙のルールとなっていた。ヘタに関わりさえしなければ、脅かされる命も無いのである。



    だが、この二人は違った。そもそも、そんなルールなど知った事ではない。
    半ば勝手に仲間に引き入れたと思い込んでいる男を、完全にこちら側に引き入れるためだから。

  165. 165 : : 2015/06/21(日) 21:40:40

    案の定ヤラは、臆する事なく廃倉庫の中へ入っていった。
    臆してはいなかったが、その顔に緊張の色が浮かんでいたのが遠目からでも見て取れた。



    倉庫の中には一体何が。
    ガラガラと重厚な音を立てて、倉庫の扉がヤラを内部へと吸い込んだ後、閉まる。
  166. 166 : : 2020/10/14(水) 14:31:12
    高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
    http://www.ssnote.net/archives/80410

    恋中騒動 提督 みかぱん 絶賛恋仲 神威団
    http://www.ssnote.net/archives/86931

    害悪ユーザーカグラ
    http://www.ssnote.net/archives/78041

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    http://www.ssnote.net/archives/78042

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    http://www.ssnote.net/archives/80906

    害悪ユーザー提督、にゃる、墓場
    http://www.ssnote.net/archives/81672

    害悪ユーザー墓場、提督の別アカ
    http://www.ssnote.net/archives/81774

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    http://www.ssnote.net/archives/84057

    害悪ユーザースルメ、カグラ、提督謝罪
    http://www.ssnote.net/archives/85091

    害悪ユーザー空山
    http://www.ssnote.net/archives/81038

    【キャロル様教団】
    http://www.ssnote.net/archives/86972

    何故、登録ユーザーは自演をするのだろうか??
    コソコソ隠れて見てるのも知ってるぞ?
    http://www.ssnote.net/archives/86986

    http://www.ssnote.net/categories/%E9%80%B2%E6%92%83%E3%81%AE%E5%B7%A8%E4%BA%BA/populars?p=61
  167. 167 : : 2020/10/26(月) 13:52:49
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

    ⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

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