イチヂク様は生まれたときから
周囲の子供より劣っていた。

俗にいう『ガイジ』だ。

イチヂク様は1歳になっても一言も発せず、
3歳になる頃にようやく奇声を上げた。

4歳になる頃にオノマトペを覚えたが
(わんわん、にゃんにゃん 等)
それ以外の言葉は話せなかった。

6歳になってからおむつが外れ、卒乳。
完全にトイレに行けるようになった訳でなく、
小学校のひまわり学級では良く粗相した。
(その為、家ではやはりおむつを着用)

7歳になってからはぬりえが、
8歳になってからは折り紙遊びが
主な小学校っでの学びだった。

本来は8歳は国語、算数、生活を学ぶが
イチヂク様の場合はそこまで知能がなかった。
(2~3歳レベルの知能しかなかったようだ)

9歳になってからは普通教室に
顔を出したりもした。
勿論この時は教室がざわつき、
授業進行に支障が出たが
特例で受けさせてもらっていた。

10歳になると
「やはり普通学級での学習は無理」
と養護学校に編入することに。

関東、関西、四国等々
実に様々な地域への編入が考えられた。

しかし、どこもいっぱい。
イチヂク様の受け入れは 難しかった。

11歳になってからイチヂク様募金と称した
イチヂク様のための車椅子、
家をバリアフリーにリフォームするための
活動が行われた。

ちなみにこの当時のエレン様の身長は
180㎝体重65㎏であり
成人男性を上回る恵体であった……。
(パワー系ガイジ)

13歳からは全寮制の養護学校に
入学がきまった。

18歳になると障害者作業場での勤務が始まる。
ちなみにこの時働いたのは
時給換算すると200円程の作業場であった。

このあとのイチヂク様の悲劇は
誰もが知るところである……。