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この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

ミコトの天秤

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  1. 1 : : 2020/08/10(月) 00:10:11



    長い説明失礼します。

    このSSは各々が二つ決めたお題をクリスマスプレゼント形式で交換しあってオリジナルの作品を書く、オリコ祭りの作品です。

    ルールはお題の、二つのうち一つ(二つでもいい)使うこと。


    参加者は

    ・風邪は不治の病さん
    ・Deさん
    ・シャガルT督さん
    ・カラミティさん
    ・フレンさん
    ・豚骨味噌拉麺(作者咲紗)さん
    ・あげぴよさん
    ・herthさん
    ・ベータ


    お題を貰った相手は豚骨味噌拉麺(作者咲紗)さんさんで、
    内容は
    「帰省」と「夕立ち(雨)」です。


    初のオリジナルSSで緊張してますが宜しくお願いします。



     

    ↓↓本編↓↓
     ↓↓↓↓
  2. 2 : : 2020/08/10(月) 00:10:53







    Chapter1
        未完の除霊師






  3. 3 : : 2020/08/10(月) 00:11:38




    「貴方!何者ですか?!」


     散った桜で造られたピンクの道を歩く俺の足は、1人の女子高生によって阻まれる。


    「…………」

    「貴方ですよ貴方。おーい!」


     同じ制服を着た、暗い茶髪の女子生徒が耳元で騒ぎ立てる。何者はこちらの台詞なのだが。


    (みこと)君や、あんまり無視してやりなさんな』

    「……はぁ」


     緑のベストを着た老人、室園(むろぞの)さんに言われたので仕方なく言葉を返す。


    「なんだよ」


     険悪な態度を取りながらジロリと見つめる。

     しかし少女は、白いシュシュで結んだ髪を揺らしながら、怯まず更に近づいてくる。


    「貴方。何者ですか?!」


     また言われた。


    「…………これに俺はなんで答えれば良いんだよ」


     室園さんに聞こえる声量で言葉を漏らす。


    『ふぅむ……』


     室園さんは困ったように腕を組んでいた。


    「悪霊の影響でしょうか……?」


     困った表情が見えていないようで、少女はポツリと呟きながら鞄を漁る。

     鞄から取り出した木の棒に菱形を繋げたような紙が貼られた、如何にもなお祓い棒を、室園さんへ突き刺し、少女は円を描く。





    「えいっ」




     室園さんが木っ端微塵に霧散した。













    《キャラクター紹介》①

    室園(むろぞの)さん

    享年84歳のお爺さん。
    ゲートボールが好き。
    命とは、死後に知り合った。
    自称守護霊。
    たった今爆発四散した。








    「室園さん!?」

    「!」


     驚く俺を見て、口をあんぐりと開けている女子生徒。


    「成る程。貴方も見える側なんですか。魂が揺らいで見えたのも多分そのせいですね。納得です!」

    「勝手に納得すんなよ!自称だけど、俺の守護霊だったんだぞ」

    「いえ、悪霊です!だって取り憑かれていましたよ。守護霊は対象の陰に潜むものです!」

    「人畜無害そうな老人の霊のどこが悪霊だってんだよ!」

    「え?そこまで見えるんですか?」

    「は?逆にそこまで見えてないの?」


     少女は人差し指をこめかみに当てながら考え込む。


    「…………」

    「…………」


     沈黙を破るかのように、散り散りになった粒子が集まり形を成す。

    『はぁ死ぬかと思った。あ、ワシ死んどるじゃった』


     笑えない冗談を言いながら、巻き戻されるかのように室園さんが再生した。


    「室園さん。無事だったのか」

    『未熟な除霊で良かったわい。ワシ、まじで危ない所じゃったよ』

    「いや、完全に霧散してたけどな」


     当然安堵はしたが、未熟じゃないならどうなったのか少し気になった。


    「会話も出来るんですね……見つけました」


     がしり、と腕を掴まれる。160もない身長の割には中々力が強い。


    「何が?」

    (よみ)の相棒です」

    『命君。ワシこの子ヤバイと思うんじゃあ』

    「アグリー、アグリー」


     完全に同意。ヤバすぎて苦手な筈の英語が出た。


    「先程の霊は外国の方だったんですか!?」


     どうやら、この詠とかいうヤバい少女には霊の声が聞こえず、しっかりと見えないらしい。


    「手、そろそろ離せよな」

    「おっと失礼しました」


     少女は離した手をブレザーで拭う。それが1番失礼だ。

     馬場チョップを喰らわせてやろうか。


    『いくんだ命君。馬場チョップだ!』


     思考が完全にシンクロした。いや、怖いんだけど室園さん。いかないし。
  4. 4 : : 2020/08/10(月) 00:12:05



     ヒートアップする室園さんを視界の端に置いて、話を戻す。


    「それで相棒って何?」

    「貴方には霊がしっかり見えて声を聞くことが出来る。私には除霊する力がある。ね?相棒でしょう?」

    「やっば」


     ヤバすぎて思わず口に出てしまった。

     この女あれだ、自分の中で世界が完結するタイプの人種だ。地球の自転が自分だと思ってる地雷女。


    『いくんだ命君。馬場チョップだ』


     何でだよ。馬場チョップ推しすぎだろ。いかねえよ。


    「助手と理解者も候補なんですけどどれが良いでしょうか?」


     はは。ヤバいなこの女。中2病も入ってるぞ。


    『いけー!命ぉ!馬場チョップだぁ!!!』


     キャラ変わってるぞ室園さん。除霊されかけたのキレすぎだろ。


    「どれも断る。そもそもなんで相棒になる必要があるんだよ」

    「詠と一緒に、悪霊に困ってる人を救う為ですよ」

    「はぁ?」


     理解不能。疑問符を表情で示すが、目の前の少女は畳み掛けるように言葉を続ける。



    「詠と正義の味方活動、始めませんか?」



     彼女は真面目な顔で、まるで子どものような事を。だけど真っ直ぐに僕の目を見ながらそう言った。


    「……」


     強い風が吹く。

     木々が揺れ、はらはらと桜の花びらが散る。

     桜の花びらはゆっくりと、少女が差し伸べる手に落ちた。まるで、掴めと云うかのように。


    「え、やだけど」


     普通に嫌だった。


    「ええ!?なんで!?じゃあさっきまでの無駄に良い空気は何だったんですか!?」

    「気のせい」

    「無慈悲!!」

    『キェェェェェ!!!!今じゃあぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!』


     何がだ。

     狂った室園さんに呆れつつ、少女へ視線を戻す。


    「およよ……およよぉ」


     嘘泣きをしていた。

     泣き方、古。


    「……チラッ?」


     目を覆っていた指を開き、此方を見る少女。

     口で言うな馬鹿。

     下手な演技をする少女を無視して俺は再び歩を進める。


    「じゃ、俺行くから」

    「意地悪!でも詠、諦めませんからね!絶対、絶対に貴方を相棒にしてみせます!」

    「……」


     並走して歩きながら、彼女はビシッと指を差す。そして思い出したかのように言葉を付け加える。


    「そうだ!私の名前は阿知川(あちがわ) (よみ)!貴方は?!」

















    「……」


     俺は脚を速めた。


    「鬼畜モンスタぁ!!」


     少女の罵倒を背中で聞きながら、俺は時期外れの転校生として高校へと歩み始めた。


  5. 5 : : 2020/08/10(月) 00:12:53



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



    【学校:校門前】



     校門を前に歩む速さは変えずに、一度だけ深く呼吸をする。

     ここが、俺の新しく通う高校。

     見学と書類などのやり取りで二回来たが、登校時間のピークらしく、これまでにはなかった活気に少々面食らう。


    『ほらほら、命君。まずは職員室に行くんじゃろ』

    「わざわざ言わなくても覚えてるよ」


     小声で伝えて、俺は校門のレールの上を跨ぐ。

     年甲斐にもなく緊張する俺の姿と


    『およよぉ。最近命君が生意気じゃよぉ』


     下手な嘘泣きを真似する室園さんの姿があった。





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





    【職員室】



     職員室に入り、担任の教師からこれからの流れについて話を聞く。

     そして一通り話が終わった後、ホームルームの開始を知らせる鐘が鳴る。


    「それじゃあ、そろそろ行こうか。ついて来てね」

    『緊張するのぉ、一体どんな若人達がおるのか楽しみじゃな』


     小さく1度だけ頷き、俺は教師の背中を追うように廊下を歩く。

     職員室から案内され、2−Bと標識のある教室へと辿り着いた。


    「教室はここだよ。じゃあ、僕は先に入るから、僕が合図を出したら入って来てね」


     担任の教師に促され、俺は扉の前に立つ。

     扉を少し開けた担任は俺を残して教室の中へと姿を消した。

     騒がしかった教室が若干静かになり、日直と思われる少女の声が聞こえる。


    「きりーつ。れーい」


     椅子を引く音がまばらに響いた後、教室は再び静寂へと包まれる。


    「今日はなんと、新しい仲間が我が2のBに加わる事になります」


     どわっ。と堰き止められていた水が溢れ出すかのように教室内が騒がしくなる。


    「女の子ですかー?」


     一際声の大きい男子。


    「いや、男の子ですよ」

    「はぁー?テンション下がるぅ!」


     男子で悪かったな。


    「可愛い子ですかー?」


     別の声の大きい男子。

     男って言ったのに何を求めているんだ。


    「可愛い系では無いと思います」

    「クソォっっっ!!!!」

    「あ゛ッ……あ゛ぁぁぁあああああああ!!!!!」


     怒号。


     このクラス怖い。


    「じゃあ、日ノ元(ひのもと)君。入って来てください」


     正直嫌だが、入るまでの時間が長ければ長い程入りづらくなるのは間違いない。

     扉に手を掛け横へスライドをする。チラリと左に視線をやると60を超える目玉が俺の事を捉えていた。

     事前に知らされていた通り、黒板にチョークで名前を書いて再び向き直る。


    「ええと、日ノ元(ひのもと)(みこと)です。色々あって手続きが遅れたせいで、変な時期に転入して来ました。宜しくお願いします」


     ぺこり、と一礼。

     室園さんも一緒にしてくれていた。

     パチパチパチと手を叩く音。

     身構えていたが、温かい拍手が迎え入れてくれた。
  6. 6 : : 2020/08/10(月) 00:13:15


     拍手が鳴り止むと、教師は「新しい仲間です。皆さん仲良くしてあげてください」と伝えて、俺の座る席を教えてくれた。


    「では、日ノ元君は1番後ろの空いてる席に座ってください。三重内(みえない)君の隣です」

    「おー、よろしくぅ!」


     席まで移動すると、パーマをかけた茶髪混じりの男子生徒が、軽いノリでハイタッチを求めてくるので、此方も手を開き応じる。


    「オレは三重内(みえない)(れい)ってんだ。ま、宜しくな、(みこと)っち」


     命っち……。まあ、よし!

     少々馴れ馴れしいようにも感じるが、出遅れた俺にとって、これくらいの距離感は有難い。

     パチンっ、と手と手がぶつかり音が鳴る。


    「よし!これでオレらはダチだかんな!」

    「ああ!!」


     俺の処世術。陽キャのノリは乗るべし。

     弾いた手を握り合い、俺たちは友達になった。

     が、しかし、小さな問題が一つあった。

     ハイタッチの音で、俺の右の席で顔を埋めて眠っていた少女が目を覚ます。それは見覚えのある女子生徒の顔だった。


    「あー!貴方は!」


     ババっと起き上がり、オデコを赤くした少女が俺の顔に向かって指を指す。


     阿知川(あちがわ)(よみ)。変な名前の女だ。


    「鬼畜モンスター!」

    「やばい奴」


     咄嗟に互いが互いを罵って、俺たちの周辺は少し変な空気に包まれる。


    「…………」

    「おいおーい。もしかして命っち、詠っちと知り合いなのかぁ?」


     三重内が気不味い空気を壊すように間に入ってくれる。本当に有難い。


    「ははは。良かったですねぇ。知り合いが同じクラスで」


     担任が空気を読まずそんな風に言いながら笑う。
     同時にクラスの一部がクスクスと嗤うのが少し気になったが俺はそれ以上に気になる事があった。


    『なんじゃこの展開!ベタなラブコメ漫画かぁ!』


     さすが室園さん。言いたくても言えない事を代弁してくれる。有能だ。

     ただ、事態の解決には向かわない。この席から離れる為に俺は口を開く。


    「先生。俺、目悪いんで席前じゃダメですか?」

    「親友ッ!?」


     三重内が驚いた顔で俺を見る。いつの間にか関係が繰り上がっていた。


    「運命共同体!?」


     同じく、そんな!みたいな口振りで俺の顔を見る阿知川詠。関係が凄い重い。


    「えっ?婚約者なんですか!?」


     勘違いする自称親友。何故か敬語になった。


    『やめときなさい。命君、君にはもっとふさわしい人が居るはずじゃ。三丁目のトメさんとか』


     誰だ。


    「まあ、良いでしょう。日ノ元君と席を代わってもらっても大丈夫ですか?」


     担任が列の1番前の、丸刈りでいかにも野球部です、な男子生徒に聞くと、ガッツポーズをしながら快く受け入れてくれた。

     結果として俺は前の席を獲得して、平穏無事にホームルームを終えた。

     ホームルームが終わるのが遅く、現国の教師が教室に来るのが早かった為、俺が質問されたのは『どこから来たのか』『何でこの時期に転校して来たのか』の2点だった。

     曖昧な回答しか出来ぬまま、授業が始まる。


    「きりーつ。れーい」


     挨拶の後、教師の指示で1分間の黙想を行う。

     クセのある教師だ。

  7. 7 : : 2020/08/10(月) 00:14:24

    『のぉ、命君や』


     授業中に室園さんが俺に声を掛けてくる。


    『ワシもボケたかのぉ…。命君、視力どっちもAじゃなかったっけ?』


     それに対して俺は筆箱で壁を作りノートにシャープペンシルで文字を書く。


    「『ヤバい奴の隣は勘弁。アチガワを見るクラスメイトの目が何か変。小馬鹿にしてる感じ』」


     俺は淡々と文章を書く。室園さんは老眼なのでノートとの距離を調整しながら文字を読んでいた。

     実際、阿知川と俺の会話に向けられた笑み。

     それは天然な少女を暖かく見守る笑いではなく、冷たく笑い者にする嘲笑のような生乾きの笑みだった。


    『それで、どうするんじゃ?』


     このどうすると云うのは阿知川との関わりについてだろう。正確には阿知川関連のクラスメイトとの関わり。


    「『くんし危うきに近寄らず』」


    『……そうじゃがのぉ。あと、くんしは、命君の“君”に、子どもの“子”と書くんじゃよ』


    「………」


    「『くんし(君子)』」


     後学のために平仮名の上に漢字を書き足し、俺は頭を切り替え現国の授業へと集中をする。


    『…………』


     室園さんはそんな俺を黙って見守る。


    「…………」


     教科書の丸読み(句読点ごとで交代の教科書の音読)中だが、音が鳴らないようにシャープペンシルを動かす。


    「『阿知川について、ちょっと調べて来てほしい』」

    『任せんかぁい!』


     室園さんは嬉しそうにニカっと笑う。

     そして変身したウルトラマンの登場シーンの様なポーズで、張り切って窓の外へ飛んでいった。


    「……」

    「……三重内君、日ノ元君、窓の外に何かあるんですか?」


     教科書から視線を外していた為、現国の教師から名前を挙げられる。

     自称守護霊が飛んで行きました。なんて口が裂けても言えるわけがなく、一瞬固まる俺。

     先に口を開いたのは三重内。


    「校庭に……犬が!」

    「まじで!?」


     俺も視線を窓の外へ。

     数人が席から腰を上げ窓の外に視線を向けるが居るのは、体育の授業のウォーミングアップでトラックを走る女子生徒のみ。

     ちなみに男子生徒は端っこで体操をしていた。


    「玲!女子見てんじゃねーよ」

    「玲、サイテーっ」

    「おいおい玲、バレる嘘つくなよー」


     クラスメイトが笑いながら女子生徒を眺めていた事が発覚した三重内をイジる。三重内も笑顔で「サイコーだろ!」と訳のわからない事を言っている。とても温かなやりとりであるのは確かだ。


    「もう、よそ見は良しなさいね。じゃあ順番飛んで三重内君。貴方、残り全部読みなさいね」

    「げーっ!こんなにぃ!?」


     苦い虫を噛み潰した表情を浮かべ、三重内は教科書を手に持つ。


    「あと4行です」


     滅茶苦茶短い。

     三重内が授業に全く集中していない事が発覚した瞬間だった。


    「玲、どんだけ女子に集中してたんだよぉ」

    「馬鹿野郎!3年生の女子を舐めるなよ!」


     どうやら、トラックを走っていた女子は3年生らしい。

     言われてみれば、ジャージのラインが2年の赤とは違い、青色だ。


    「ほんっと玲、サイテー」

    「サイコーだろ!!」


     そこは譲らないらしい。

     こうして授業は少し遅れながらも本来の流れに戻ることになった。

     窓の外を見ていた理由が有耶無耶になったのは正直助かった。心の中で4行の文を音読する三重内に合掌をする。

     まあ「何でもないです」と答えれば良かっただけの話なんだけど。

  8. 8 : : 2020/08/10(月) 00:15:09
    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



    【教室2-B】


     昼休み。

     手作り弁当や、市販の惣菜パンやおにぎり、購買のパンに俺は囲まれる。

     正しくは、それを持ったクラスメイトにだ。

     思ったよりも快く受け入れてくれている様で、正直嬉しい。

     同時に様々な質問も飛んでくる。




     Q1なんでこの時期に?


    「あー、親の仕事の都合。ま、何もない田舎だったし、正直ラッキーって思ってる」





     Q2部活何してた?


    「ゲートボール」


     お爺ちゃんかよ。とクラスメイトは笑う。よし!ウケた。





     Q3何県から来たの?


    「県は此処と一緒。結構田舎でさ……篠縁(しのふち)市って言うんだけど分かる?」


     あー、少し前ニュースで話題になったよね。とクラスメイトが相槌をうってくれる。

     僕の地元は意外にも、認知されているらしい。

     最悪だ。




     Q4趣味は?


    「散歩」

     ガチでお爺ちゃんじゃんと再び笑うクラスメイト。笑いのハードルが低いのは気分が良い。

    「音楽も聴くな」

     趣味というほどは聴いてはいないが、好きなアーティストの名前を言い合う場が出来た。




     Q5「てか、LINEやってる?」


    「三重内、ナンパ男みたいだな。やってるやってる」


     携帯を取り出し、三重内と俺はLINEを交換する。「次は俺としようぜ」と声を掛けてくれる男子もいたが、三重内がクラスラインに招待してくれた事で解決する。

     複数人から友達追加が送られてくる。嬉しい。まだ誰が誰か分からないけど。





     Q6インスタは?


     もう質問形式ですらなかった。


    「入れてないな」


     じゃあ、入れてアカウント作ったら教えて!と言われた。

     最近の高校生は皆んなやってるものなのか。






     Q7阿知川さんとの関係は?


     件の阿知川詠が教室にいない為された質問。


    「……」


     少し考えてから俺は口を開く。


    「なんか登校中に話しかけられた」


     紛れもない事実だった。包んで隠した事実ではあるが。


    「だけ?」


     ピアスの穴を透明の蓋で防いでいる金髪の女子生徒が勘繰ってくる。


    「だけ」

    「じゃーあ、鬼畜モンスターってなんのこと?」


     違う女子が食い付いてくる。他のクラスメイトも興味ありげに耳を傾けている。


    「いや、なんか凄い絡まれたから無視したら、鬼畜モンスター扱いされた」


    「ははっ、やば!無視は鬼畜!ウケる!」


     金髪の少女が、口を手で覆いながら身を捩り笑う。


     それに釣られて何人かが笑った。


    「あれっしょ、『貴女、取り憑かれてますよ』ってヤツ!霊能少女気取りかっつーの」


     それそれ!と相槌を打つ女子生徒達、男子生徒達も何人かがやんわりと相槌を打つ。


    「プリクラかっつーの!」


     キャハハハハハっ。


     高い笑い声が教室に響く。

     プリクラかっつーのはよく分からなかった。

     が、1つ分かる事があった。

     この、ピアス跡のある女子生徒は。














    『ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』





     厄介なのに取り憑かれている。

  9. 9 : : 2020/08/10(月) 00:15:44







     〔3秒前〕







    『ケタケタケタケタケタケタケタケタ!!!!』


     そんな嗤い声と共に、何もなかった空間に粒子が集まって、霊体が構築される。


    「ゴフッ」


     擦り切れた声で笑う霊の登場に俺は思わず、パンを喉に詰まらせる。


     大丈夫?と心配される声を聴きながら、お茶で強引に流し込む。


    「大丈夫、大丈夫、全然平気」


     咳込みながら霊から目を逸らし、三重内達の方を向く。


    「うーけーる、涙目じゃーん」


     ピアス跡のある女子生徒が笑いながら背中を摩ってくれる。


     霊と俺、急接近。


    『ケタケタケタケタケタケタ!!!!!』


     ははは、怖。

     霊の容姿はボロボロの爪に、ヒビ割れた肌。長いボサボサの髪、眼は布が巻かれており見えない。


    「マジで大丈夫だから、摩んなくて良いよ」

    「あははー。照れてる〜」


     黒髪の清楚そうな女子生徒の渾身の一撃。

     照れてない。事もない。


    『ケタケタケタケタケタケタケタケタ』


     うるさいな。小突いてやろうか。

     ただ、霊と俺は話す事は出来ても触ったりは出来ないので、虚空にジャブする変な奴になってしまうのがオチだからしない。


    『室園帰還。命君おまた…ホワァッ!?』


     窓から帰ってきた室園さん、ボサボサの霊を見て奇声を上げる。


    『ケタケタケタケタケタケタ』


     そんな室園さんの様子など一切気にせずに霊は、ピアスの女子生徒の首に手を掛ける。


    「……」

    「てかさー、今時インスタやってない高校生なんて居んだねー」

    「それだよね。日ノ元君、本当にお爺さんなのかも」


     緊迫感のない2人は、そんな様子に気付く事なく談笑を行う。それも当然霊感が無いのだから。

     見えない上に聴こえない。そして何も感じない。


    『ケタケタケタケタケタケタ!!!!!』

    『…………』


     室園さんは黙り込み、俺も口を挟まずに流れに身を任せる。


    「てかさー、命っちは彼女とかいんのー?」

    「あ、それ少し気になるな、お前もこっち側だよな?」


     この場に居るクラスメイトは誰も霊の姿が見えていない様で、気楽な調子で俺へ質問を飛ばす。


    「居るよ」

    「はぁ!?」

    「嘘だろ?!」

    「マジかよ!!」

    「えー?マジ?写真見せてよ」

    「…………」


     咄嗟に要らない嘘をついてしまった。

     食いつき良すぎて冗談っていうタイミングを逃してしまった。


    『ケタケタケタケタケタケタ!!!!』


     女の霊がピアスの女子生徒の首を絞め続ける。

     そんな事は全く気にせずに女子生徒は会話を続ける。


    「前の高校の子?」

    「彼女のプリとか無いの?」

    「…………」


     絶体絶命。起れ奇跡。


    「横。失礼します」


     直後。背後でそんな声を聞いた。

     俺の頬すれすれを見覚えのある棒が通り過ぎる。


    『ケタケタ────』


     それは女の霊を捉え、それを受けた霊は霧散する。


    「ハァ!?危ないじゃん!?」


     金髪ピアスの少女は怒声を俺の背後の人物に向ける。


    「危ないのは貴女の方だったんですよ四志(しし)さん」


     振り返ると、お祓い棒を持った阿知川が、澄ました顔で立っていた。

  10. 10 : : 2020/08/10(月) 00:16:09



    『ひーん』


     阿知川詠の登場により、室園さん。逃亡。


     ピアスの女子生徒の名前はどうやら、四志、と云うらしい。そういえばLINEで追加来た中にいた気がする。

     確か名前は、四志(しし) 瑠衣(るい)。今時フルネームでLINEの名前登録する人居るんだなぁって思ったから間違いない。


    「だーかーらっ!毎回意味分かんないんだって!」


     怒りに任せて怒鳴る女子生徒の反応から、同じ様なことが何度か有っていることが窺える。


    「何度も言わせないでください。貴女には悪霊が取り憑いているんですって!」

    「るいるい、アイツ頭おかしいから何言っても無駄だって」


     黒髪の女子生徒は見かけによらず結構エグい発言をする。


    「おいおい、喧嘩は辞めろって。乃子っちも言い方ってもんがあるだろ」


     ヒートアップする3人の間に三重内が割って入る。


    「そうですよ。黒神(くろがみ)さん。私は頭がおかしくはありません、霊が見えるんです」


     得意げに黒髪の女子生徒へ告げる阿知川、その横暴にも似た態度に四志は、更に怒りのボルテージを上げる。


    「はぁ、マジうざいんだけど。こんな事言いたくないけどアンタさ、浮いてるの分かんないの?皆んなアンタの事疎ましく思ってるんだけど」

    「おい、瑠衣っちそれは言い過ぎだろ!」


     三重内が窘めるように声を大にするが、燃え始めた火を消すには至らず、教室は未だ騒がしい。


    「……残念でしたね四志さん。人格攻撃をして、取り憑かれている事実からは目を背けても無駄なんです。まあ、元から見えないとは思いますが」

    「あア!?」


     自分が怒っているにも関わらず、阿知川に冷静な物言いをされる事が(しゃく)に触るのだろう。四志は阿知川を指差しながら語気を荒げる。


    「もう死ねよ!!ウザい!マジでウザいよ阿知川!!いつまで中二病拗らせてんだよ、マジ電波だから、ほんと消えて!」

    「残念ですが、霊は居るんです。ねぇ!貴方も見てましたよね!!」


     彼女は叫ぶ、お祓い棒を持っていない方の手で、俺を指差しながら。

  11. 11 : : 2020/08/10(月) 00:21:31

     ジロリ、と

     一斉にクラスメイトの視線が俺へと注がれた。

     睨まれているわけではないのに、凄まじいプレッシャーに襲われる。


    「…………」


     俺の解答を待つ様に、一瞬の静寂が教室を支配し、それに俺は沈黙で応える──が、


    「もう、焦らさないでハッキリ言って良いんですよ。貴方には見えていた筈です!首の辺りに手を伸ばす悪霊の姿が!」


     沈黙では許されない。

     自信満々の阿知川。

     何故この状況で目を輝かせれるのか不思議だ。


    「……見えていない」

    「え?」


     阿知川の表情が一変。
    希望は絶望へと塗り替えられる。

     見て居られず、俺は思わず目を逸らす。

     それとは対照的にクラスメイトの視線は、阿知川へと向けられる。


    「────」


     阿知川は何も言わずに、振り返って駆け出す。

     腰の辺りを机にぶつけながらもペースを落とさず。当然心配の声を掛ける者など誰も居らず、阿知川はそのまま教室を飛び出した。


    「くそ、逃げんなっつーの」


     四志は、吐き捨てる様にそう言って椅子へと座り、弁当の箸へと再び手を伸ばす。


    「なんだ、アイツ」

    「マジで空気悪くなるんだけど」


     名前の分からない誰かが、阿知川の事を悪く言っている。


    「涙目だったよね」

    「高2もなってゴメンなさい言えないのはヤバイだろ」


     事実だ。全部事実なのだが釈然としない。

     阿知川のやり方と接し方が間違っているのは間違いない。

     だけど彼女は四志の為に行動をしていた。


    「ほんっと阿知川の奴ウザー」


     四志や他のクラスメイトが阿知川を責めるのは仕方がない。

     だって彼女達には霊は見えないのだから。

     嘘をついたのは俺だけ。


    「…………」


     脳裏に浮かぶ阿知川の表情。

     俺は間違いなく加害者の1人だ。

     胸の下に黒い渦が出来たかのようにモヤモヤが積もる。


    「オレ、トイレ!」


     突然手を挙げた三重内。唐突なトイレ宣言。


    「いや、三重内はトイレじゃないだろう」


     クラスの男子が茶化す。


    「オレはトイレだ!」


     開き直る三重内。


    「命っちもトイレ行こうぜ!初、連れション!」

    「ああ……良いよ」


     居心地の良くないこの場所から離れる為に、俺はその提案に乗った。

  12. 12 : : 2020/08/10(月) 00:22:20



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【男子トイレ】



     三重内とは一つ開けた小便器の前に立ち、ファスナーを下ろす。何故かこのタイミングで三重内は口を開いた。


    「悪かったな命っち。転入早々、あんなバチバチしちゃって」

    「三重内が謝る事じゃないだろ……」

    「いや、もっと上手くやれれば止めれたかもしれないじゃん」

    「……お前、良い奴だよな」

    「だろ?サイコーだろ?」

    「ははっ、やっぱ無し」

    「なんでだよ!……まあ良いや。そういえば命っちってさ、何か隠してる?」

    「……何で?」

    「いや、なんとなーくそんな気がしただけ」

    「特には……」

    「そっか」


     それ以上は会話は続かず、三重内はファスナーを上げ、手洗い場へと向かう。

     俺も遅れてそちらへ向かい、手を洗いながら、ハンドドライヤーで手を乾かす三重内へ、思い出したかのような口振りで話し出す。


    「あー、彼女居るのは嘘」

    「やっぱりー」

    「やっぱりってなんだよ!」

    「彼女いた事は?」

    「ねぇよ!!…悪いかよ」

    「そんなことねぇよ。仲間仲間、オレ達やっぱ、ズッ友だぜ」

    「え!?三重内居たことないのかよ」


     正直意外だ。顔は整っている方だと思うし、明るくて平和主義、清潔感もあるのに。


    「オレは高嶺の花しか愛せないタイプなんだよ。ま、愛されないが」

    「それは悲しいな」


     にゅっ。


    『命君。今時間良いかの?』


     室園さんが壁から頭を出してそう呟く。
    呟く意味は無いのだけれど。


     それに対して俺は耳を掻き、聞く事は出来ると伝える。


    『今、あの女の子屋上にいるんじゃ。1人でのぉ』

    「! 三重内、屋上ってどうやって行くんだ?」

    「今訊くことか?トイレの横にある階段の、反対側にある階段を登ったら入れるけど。でもあそこ立ち入り禁止だぜ?」

    「分かった。ありがとう」


     扉を勢いよく開き、生徒の間を縫うように走り出す。


    「待てって、いきなりどうした!」


     遅れて三重内も飛び出すが、直ぐに追い付かれ並走する。


    「話は後だ!反対側の階段ってこっちで合ってる?!」

    「自信ないなら飛び出すなよ!合ってるよ!」


     俺と三重内は階段を駆け上がる。登った先にあるのは太陽の光を此方へと向ける曇りガラスの付いた扉。

     蹴破る勢いでそれを開き、屋上へと足を踏み入れる。

     天を仰ぐように手を伸ばす阿知川の姿がそこにあった。

     扉の音で此方に気付いたのか、赤く腫らした目を俺達へ向ける。




    「こんにちは。三重内君に、鬼畜嘘つきモンスターさん」


  13. 13 : : 2020/08/10(月) 00:32:00




    「詠っち、屋上で何してんの?」


     刺激してはいけないと思ったのか、普段より穏やかな声色で三重内は阿知川へ話し掛ける。


    「あの状況では教室にはいられませんよ。だったら誰も居ない、立ち入り禁止の屋上に逃げ込むしかなくないですか?」


     一度俯いた後、再び顔を上げた阿知川は、しかめ面をしていた。

     こんな姿を見られたくなかったのだろう。


    「それでお二人は何をしに来たんですか?」

    「それは……」


     チラリと三重内が俺の方を見る。まあ突然駆け出したのは俺なので当然そうなるんだけど。


    「…………」


     腹を括らないといけない。

     覚悟を決めて、理解できない存在と胸の中にあるモヤモヤに、向き合う必要があった。


    「ついて来てもらったのにごめん三重内。俺は今、阿知川と2人で話がしたい」

    「……分かった、良いよ。それにオレ勝手について来ただけだしな。じゃっ、教室で待ってるからな」

    「ちゃんと始業までには戻ってこいよ」


     そう付け加えて、踵を返し扉の方へと歩み出す三重内。


     俺はその背中へ謝辞を述べた。


    「……ありがとう、三重内」


     それに対して三重内は無言で手を振って、扉を開いて階段を降りて行く。

     建て付けの関係上遅れて扉が、軋んだ音を建てながら閉じた。


    「さあ、2人っきりだ」

    「いや、ボヤーッと悪霊が見えるので2人っきりではないかと」


     薄めで俺の背後を指差す阿知川。振り返ると室園さんが腕を組んで納得のいかない表情をしていた。


    『ワシ、いつまで悪霊呼ばわりなんじゃろ。不服なんじゃが』

    「室園さん、ごめん。少し外しててくれ」

    『命君。あの子泣かせたらワシ許さんからの』

    「え?室園さんいつの間にそっち側に?」


     俺の言葉に答えず、室園さんは屋上のコンクリートに沈んでいく。


    「それで何ですか?血相を変えて、自殺するとか思いましたか?」

    「ああ、思った」

    「正直ですね」


     というやり、とても失礼だがそれしか考えてなかった。


    「私はしませんよ。自殺なんて」

    「それは良かった」

    「……」

    「……」


     暫しの沈黙の後、阿知川は僅かに苛立ちを含んだ声を此方へ向けた。


    「何ですか、何か言いに来たんじゃないんですか?」

    「えっとその……ごめん」

    「最低ですね。謝るのは最低ですよ。謝られたら責めれないじゃないですか。本当に鬼畜モンスターですね」


     はぁっ。と小さく息を吐いてから、阿知川は優しいとも諦めたとも取れる覇気の抜けた声で話し始める。


    「良いですよ。怒っていませんから。寧ろ勝手に期待していた私の方が馬鹿らしいです。大々的に霊能力者と称している詠があんな扱いを受けているんです。……だから、あれは間違いではないと思いますよ。ひとつの選択だと詠は思います」


     自分を責めるような物言いをする阿知川。

     ……いや、実際責めている。

     阿知川が本気でそう思っているのが根拠は無いが伝わってきた。

  14. 14 : : 2020/08/10(月) 00:32:55


    「……1個聞きたいことがあるんだけど良いか?」

    「なんですか?デリカシーのある質問なら答えますよ」

    「何であんな風に言われてまで、霊能力者を名乗るんだ?良いことなんて、1つもないだろ」

    「詠が霊能力者を称していれば、誰か、詠の目が届かない所でさえも、詠を頼りに私の元へ来てくれる人が居るかもしれないじゃないですか。そしたら、その人の事を救う事が出来るます。だから、詠は霊能力者という事を否定してはいけないんです」

    「自己犠牲が過ぎるって言ってるんだ」


     それは目を赤く腫らしてまで続ける事なのだろうか。

     報われず褒められもせず、傷付き蔑まれ涙を流してまで。


    「人を助ける力を持ってるのに、それを使わないなんて、それは怠慢じゃないですか?!詠しか助けられないんですよ!詠しか祓えないんですよ」

    「でも──」


     でも完全には祓えていないじゃないか。

     喉まで出かけた言葉を呑み込む。


    「…………」


     呑み込んだせいで俺は何も言えなくなった。


    「……誰も間違っていないんですよ。皆さんには見えていないんです。見えてないから……仕方ないんです。そこを責めるのは……些かエゴイズムが過ぎますよ……」

    「…………」


     何か言わないとと、口を開くが開いた口から言葉は出ない。


    「でも……もしも……」


    「もしも、何か替えたいのなら……」


     阿知川は震える声で言葉を紡ぐ。


    「……詠はどうすれば良いんですか……。教えて下さいよ。詠には……聴こえないんですよ……。詠には……詠を傷付ける言葉しか届かない」


     阿知川は顔を伏せる。髪に隠れた双眼から雫が落ちてコンクリートに跡を作った。


    「…………」


     俺が味方になるよ。

     この一言が言えない。そもそもどのツラ下げて言うというのか。


    キーンコーンカーンコーン──。


     授業5分前を告げる予鈴がなる。


    「ほら、早く行かないと遅刻してしまいますよ」


     目元を制服の袖で強く擦り、強引に涙を止めた阿知川が、弱々しく笑い俺を見る。


    「大丈夫です。詠も授業前には戻りますから」
  15. 15 : : 2020/08/10(月) 00:33:24


    「…………」


     涙で濡らして色の変わった袖が視界に入る。

     何故か俺の方が悔しくなって唇を強く噛み締めていた。


    「ほらほら行った行った!詠と一緒に教室に入ると、悪い噂が経ちますよ。さあ早く」


     何故、彼女はそれでも笑うのだろうか。

     僅かだが彼女の心根を知り、俺の中の天秤は傾いた。


    「……笑うなよ」


     思わず口に出ていた。それを聞き阿知川は困惑した様子を見せる。


    「助けてって言えよ……辛いんだろ。苦しいんだろ」

    「伸ばした手は握ってもらえませんでしたからね」

    「……っ」


     皮肉を込めて言われる。それは今朝の事なのか、それとも教室での事なのか。はたまた両方なのか。


    「なーんて、意地悪言ってしまいましたね。すいません」

    「謝るなよ。それは……ずるいんだろ」


     彼女が何かを言う度に、俺の心は罪悪感で押し潰されていく。


    「日ノ元君。一つ聞いて良いですか?」

    「なんだ?」

    「詠は……詠は間違っているんでしょうか?……詠はどうすれば良いんですか?」


     2つじゃん。と野暮な事は言わない。

     再び泣き出してしまいそうな阿知川を見て、出来るだけ優しい口調を心掛けながら、俺は吐き出すように言葉を並べる。


    「あの霊は……お前が悪霊と呼んでいたあの女の霊は、確かに四志の首に手を掛けていたよ。だからお前は間違っていない」

    「だけど首は絞められていない。女の霊は絞めようとしてたみたいだけど、普通、霊は人に直接干渉は出来ないんだ」

    「普通じゃない霊も居るには居る。けど、あの霊はあくまで、良くない“普通の霊”なんだ」

    「……つまり、詠は勝手に空回りしているだけだと?」


     そこは事実なので触れず、俺は阿知川の「どうすれば良い」という質問に答える。


    「だから、あの霊を悪霊に昇華させる。まあ俺を信じろ。お前はあの霊を祓えばいい。それでこの件は解決だ」

    「? 完全に祓えれるなら苦労はしません」

    「分かってはいたんだな」

    「当たり前ですよ。何年除霊をしてると思ってるんですか」


     何故か自慢げに語る阿知川を見て、思わず笑みを溢しながら、俺は再び扉へ手を掛ける。


    「じゃあ、先に教室で待ってるからな」

    「この流れで先に行くんですね」

    「まあ、関係勘ぐられたら嫌だしな」

    「ふふっ。やっぱり貴方は鬼畜モンスターですね」


     白い歯を見せながら小さく笑う阿知川。先程までの嘘笑いとは違う、明るい笑み。


    「言っとけ。ああ、あと俺が合図を出すまで四志の霊に手を出すなよ」

    「分かりました。だけど、何をするつもりなんです?悪霊に昇華すると言っていましたが」

    「あれは比喩で、実際にする訳じゃないよ。仕方も分からないし」

    「それと何をするかは言えない。合図だけど。俺が『大丈夫か』って言った後にしよう」


     電波腕時計に目を向けると、授業開始の13:10まであと1分22秒。


    「本気で授業遅れるから、阿知川も急げよな。俺走って行くから」


     そう言いながら俺はドアノブに手を掛ける。


    「……了解です」


     首を傾け緩い敬礼をする阿知川に見送られながら、俺は階段を駆け下りた。

  16. 16 : : 2020/08/10(月) 00:33:52


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【教室:2-B】




     俺が教室に戻ってから数十秒後、阿知川は教室へ入ってくる。

     教師は既に教卓の前に立っていた影響か、ピリッとした空気にはなったものの、誰も何も行動しようとはしない。


    「話は出来た?」

    「ああ」


     耳打ちをしてくる玲へ、1度だけ頷いて短く答える。


    『命君。話があるんじゃが』


     俺は了承の意で耳を2度掻いて、席に着く。

     授業開始の鐘が鳴る。あとはタイミングを待つだけ。

     日直の号令に合わせて立ち上がり、宜しくお願いしますの挨拶の後に着席をする。

     教師から話しかけられ、幾つかの会話を終えると教師は数学の教科書のページを告げる。

     内容は復習がメインらしい。多分、転校してきた俺への配慮も含まれているのだろう。


    『阿知川詠君の事なんじゃがのぉ』


     教師の板書が始まり、少し落ち着いてから、室園さんは口火を切る。


    『あの子は端的に言えば見てる此方が苦しくなる程の善人じゃ。自己犠牲を厭わん』


     知っている。屋上での会話で阿知川への評価は一変した。違う意味でやばい奴だ。


    『近辺の霊達に色々話を聞くとな、まぁこれが酷い過去を持っておる、ワシなら人間不信になりそうなんじゃが』


     室園さんの感想は要らないな、と思いつつも話の続きを待つ。

     それを感じ取ったのか、しみじみと語っていた室園さんは、淡々と話し始める。


    『おおっと、話を進めないとのぉ。まずあの子には霊の見える祖母がおったらしい。その祖母から、彼女の視界に映るモヤを霊だと教えてもらったらしい。除霊についても、恐らく祖母からじゃのぉ』

    『時が流れ、祖母が病死するが、祖母は霊にならんかった。だから、彼女は善人は霊に為らないと思っとるんじゃろうなぁ』

    『悪人の霊。まあ、これも一種の悪霊と捉えとるんじゃろう、だから、無差別に未熟な除霊を繰り返す』

    『中学生の時、1人で心霊スポットを巡り、除霊を行っとったらしい、健気じゃのぉ。動機は、此処に足を踏み入れた人が危険な目に遭わないように、らしい』

    『じゃが、彼女は危険な目に遭った。心霊スポットに来とった人間によってのお』

    『内容は、詳しくは言わんが、可哀想な話じゃ。じゃが、あの子は霊を祓い人を助ける。疎まれようと、蔑まれようと』


     ポツリポツリと話す室園さん。そして最後に


    『助けてあげなさい。男の子じゃろ?』


     陽の光のような優しい声色でそう付け加える。

     勿論だ。

     俺は小さく頷いた。

  17. 17 : : 2020/08/10(月) 00:36:44





     時計の針は進み、数学の授業も残り10分。


    『ケタケタケタケタケタケタケタケタ!!!』

    「!」


     やっと聴こえてきた。掠れた笑い声が。


    「では、ここの問題を……三重内くん。お願いします」

    「げぇーっ、オレですかー?」


     三重内が当てられた。回答を待つ生徒の視線が幾つか三重内へ向けられる。これにより俺は自然に後ろを見る事が出来た。

     視界の中に、頬杖を行う四志の姿が映る。

     ごめん。

     俺は四志へ心の中で謝罪した。

     四志を見つめ、意識を集中させる。


    グググ


    「ん?」


     まず四志を襲うのは首を触られる感触。
    そこから、ゆっくりと力を加えていく。

    「もうっ何すんのーっ」


     最初、四志は後ろの席の黒神がイタズラを行っているのかと思い、小声で呟きながら後ろを向く。


     振り向く前は笑っていたが、彼女はきっと顔を青くしているだろう。

     だって、誰も首を触れていないのだから。

     その力は徐々に、徐々に強くなっていく。
    俺が強くしているから。

     四志が取り乱しながら首に手を触れるが、見えない力で食い込む首にしか触れられない。


    「がぁっ、えっ?」

    「え、ちょっと、るいるいどうしたの?大丈夫?」


     異変に気付いた黒神が声を掛けるが、首に手を当てる四志は何も答えず、空気を求めて喘ぎだす。

     ごめん。苦しいよな。ごめんな四志。でも死なないから良いよな。


    『命君、やりすぎじゃぞ!!力が弱いからといって、絞め続けると死んでしまうぞ!!」


     まだだ、ギリギリを。


    グググッ!


    「四志さん!!!」


     阿知川がお祓い棒を構えて、女の霊に突き刺す。

     合図を待たずに独断での行動だ。

     それと同時に俺は掛けていた力を解き、四志は肩を動かしながら、空気を取り込むために呼吸をする。


    「大丈夫ですか!?四志さん!もう大丈夫ですよ!!悪霊は祓ったから!」


     四志は息を乱しながらも、不快を絵にしたような顔で阿知川を睨む。


    「……アンタまじでキモいよ……。最悪。まじで最悪」


     誰かが態とらしく大きな溜息をした。

     立ち上がった阿知川へとクラス中の目が向けられる。

     とても冷たい視線だった。


     パチンっ


     そこへ響く、指を鳴らす音。


    「X=√2です!!」


     ドヤ顔で玲が教師に指名された問題に答える。


    「違います」


     違った。

     自信満々の回答は一刀両断された。

     それを受けクスリと女子生徒の笑い声がした

     玲のヤツまさかわざと……。


    「……」


     玲は真っ赤な顔で着席していた。

     間違えたのは、素なのか。


    「……ふんっ」


     壊れた空気を蒸し返すつもりもないのか、何も言わずに四志は席につく。

     阿知川も教師に席を離れていることと、お祓い棒を振るった事を注意され席についた。

     そして遺恨を遺しつつも授業は進行していく。

     何度か同じ音色の鐘の音を聞き、時限爆弾と隣で過ごすかの様な不快感の中、俺の記念すべき1日は終わりの鐘を鳴らす。


  18. 18 : : 2020/08/10(月) 00:37:39


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



     放課後。

     俺は阿知川に、ノート切れ端で呼び出されて屋上へと向かった。



    【屋上】



     俺より少し遅れて阿知川がやって来た。ムスッとした態度が見て取れる。

     何でだよ。俺の方が早かったじゃん。

     そんな事を考えていると、阿知川が言葉を並べ、捲し立てながら詰め寄ってくる。


    「何ですか、あれは。何で四志さんは苦しんでたんですか!霊は直接干渉出来ないんですよね!」


     不可解な現象に追究だった。

     霊能力者だとバレている以上隠す必要もあまり感じないので、俺は四志が苦しんだ理由の説明に入る。


    「……ポルターガイスト現象って知ってるか?」

    「馬鹿にしないでください。誰も触れて無いのに物体が動いたり音がなったりするヤツですよね!それくらい知っています!」

    「それ、俺出来るんだ」


     そう言って、意識を集中させてから彼女の肩に力を送る。


    「え……キモいんですけど」


     ドン引きされていた。


    「普通、手の先とかにしません?肩、触りますか?」

    「待て待て、上司がお疲れって肩叩くのセクハラなのか?手を触って、お疲れって言う方がヤバくないか!?」

    「結論としてはどっちも気持ち悪いですね」

    「お前はこの瞬間、全国の上司を敵に回した!」

    「では、将来日ノ元君を敵に回す事はなさそうですね」


     何故嬉しそうに笑う、失礼だぞ。


    「それはどうでも良くって。要は、これで四志の首を絞めたってわけだ」


     脱線した話を戻し、自分の首に手を添えながら、四志が苦しんだ理由の種明かしをする。


    「それは流石に!倫理的にいけないことだと思います!」


    「死なないから良いだろ」

    「あんな事されたらトラウマですよ!」

    「トラウマは生きているから得られるものなんだぜ」

    「あの悪霊、直接干渉は出来て居なかったんですよね?だったらあれは……四志さんが可哀想です」

    「それはそうだけど、ちゃんと天秤に掛けろよ。(いのち)が掛かってなかったら自分の方が大事だろ」


     苦しむ四志の姿を思い出し、可哀想だと言い切る阿知川へ俺は言葉を付け加える。


    「それと、甘いな。可哀想なのは阿知川お前の方だからな」

    「何が甘いのか、そして何故詠が可哀想なのか分かりません」


     突っぱねるように言うので、惚けているのか、本気で言っているのか分からない。

     が、俺は見ていた。教室を飛び出し、赤く目を腫らした阿知川の姿を。


    「だってお前泣いてたじゃん」

    「泣いていません!」

    「屋上でも目に涙が溜まってたぞ」

    「雨です!」

    「いや、晴れてたし」

    「突然夕立ちが降ったんです!」

    「いや昼だったし」

    「っ……」


     阿知川が頬を膨らまし黙りこくってしまった。

     俺は泣いてる泣いてないの話をやめ、本題へ戻す。


    「俺の天秤が傾いたんだよ。阿知川に」


     俺が四志を苦しめる為に使ったのではない。

     俺は阿知川を救う為にポルターガイストを使った。


    「あと俺は少し怒ってるからな。何で俺の合図を待たなかった」

    「それは……四志さんが苦しんでいたからですけど」

    「本当はもっと大事(おおごと)にするつもりだったんだ。クラス中が認知してからじゃないと、お前が本物(霊能力者)になれないからな」

    「せめて私に一言相談してからにしてくださいよ……」

    「でも、阿知川、ちゃんと説明したら止めたろ?」

    「はい!!」


     気持ちの良い返事が返ってきた。

     だから相談しなかったんだよ。


    「……日ノ元君」

    「なんだよ」

    「その力を、人を苦しめるために使わないで欲しいです」


     お前を助ける為に使った。というのはエゴなのだろうか。


     口を噤む俺を見つめながら、阿知川は言葉を続ける。


    「詠達に与えられた力は、きっと誰かを守る為にあるんですよ」


     ぺらぺらと綺麗事を語る阿知川。


    「本当に中二病だよな」

    「否定はしませんよ」

    「救おうとした相手に信じて貰えず、責め立てられてもか?」

    「勿論です」


     屈託のない笑顔を向けられる。

     この女は天秤が壊れている。優先順位を分かっていない。

     普通は他人より自分を優先するべきなのに。



  19. 19 : : 2020/08/10(月) 00:39:19

    「ねぇ」と前置きを置いてから、阿知川は朗らかな表情のまま俺の顔を見つめる。


    「日ノ元君。詠と一緒に部活を作りませんか?」

    「部活?」


     脈絡のない申し出に、俺は思わず鸚鵡返しをしてしまう。


    「はい。除霊部(仮)です。まあ、まずは同好会からですが」

    「他に部員は居るのか?」

    「居ないですよ?そもそも部員が居たら、詠、こんな孤立してないです」

    「それもそうだな」

    「真っ向から同意されるのは釈然としませんね」


     プクッと片方だけ頬を膨らまし、空気を吐き出す阿知川。

     一瞬で澄ました顔になった阿知川はブレザーのポケットへと手を伸ばす。


    「当然、嫌なら無理強いはしませんが」


     ポケットから四つ折りにされた紙を取り出して、開いた後に此方へ渡してくる。

     手描きのイラストと文字。


     [来たれ除霊部]

     [幽霊部員も募集中!]


     キャッチコピーは中々にセンスが無い。


    「ははっ、絵が下手」

    「感想がそれですか?!」

    「因みに、紙は要らない」


     受け取る事を拒むと、阿知川は一瞬だけ残念そうな表情をしてから、再び紙を四つに追ってからポケットへしまう。


    「もし気が変わったら、是非お願いします。あと2年弱、詠は年中無休で待ってますから」


     取り繕うように笑う阿知川の笑みを見て、俺は彼女が勘違いしている事に気付く。

     ならばしっかりと伝えよう。


    「じゃあ、今でも問題ないよな」

    「え?」


     脈絡に気付けていないのか、彼女は不思議そうな声を漏らす。

    「だから、除霊部に俺も入るって言ったんだ」

    「っ……!」


     息を呑む阿知川。

     彼女は唇を震わせて、俺の顔をジッと見つめていた。ずっと1人で戦ってきた彼女だからこそ、現実味がないのかもしれない。


    「本当……ですか?」

    「ああ。本当だ」


     俺は改めて、言う資格が無いと、口に出来なかった言葉を口にする。


    「──俺がお前の味方になるよ」


     言いたかった言葉を、やっと言えた。

     それに対して阿知川は、はらはらと涙を溢しながらも、此方へ微笑みかける。


    「……えへへ。宜しくお願いしますね。日ノ元君」

    「ああ、宜しくな。阿知川」


     ぼんやりとした夕焼けに照らされながら、俺達は手を取り合う。

     確かに存在していた胸のつかえが、取れた様な気がした。



  20. 20 : : 2020/08/10(月) 00:39:50









    Chapter1
        阿知川 詠
             END




  21. 21 : : 2020/08/10(月) 00:40:41

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



    ◇室園レポートⅠ◆



     阿知川詠

     同級生にも敬語で話す、猪突猛進な女の子
    一人称は自身の名前で、詠
     暗い茶髪で、髪型は度々代わるが、基本は後ろで毛先をシュシュで縛るセミロング。
     左右から一房ずつ髪の束を肩に垂らしいている。

     幼少の頃に、祖母から霊の知識を少し与えられ形見のお祓い棒を使い、不完全な除霊を行う事ができる。しかし霊が成仏することはなく、散らすことしか出来ない。
     同じような力を持つ人を探して除霊部を作ろうと試みていた。目的は人助け。
     中学校時代から、電波扱いや軽度のイジメを受けるが、見え祓えるものの使命として除霊を行う。が、不完全な除霊の為復活した霊を祓うのサイクルを繰り返す。

     霊感は並以上。
     霊は、しっかり視認できるわけでなく、声は聞こえるが文章と捉えられず、ノイズが混じっていたり獣の唸り声のようにしか聞こえない。
     心霊スポットへも除霊に向かったりしていて、何度か人間によって危ない目に合わされている。
     しかし折れない強さを持っている。



     ワシの推しの1人。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  22. 22 : : 2020/08/10(月) 00:42:02




    ◇幕間Ⅰ◆




     10年前。

     物心がつく前から霊の姿が見えていた。それを隠さない幼少期は不気味に扱われて、自分の中での常識が普通ではない事を、俺は理解することが出来ていた。

     そして同時に、自分が特別だという事に優越感もあった。

     見えないものが見える。きっとこの力には何か意味があるんじゃないかと。

     色んな霊が力を貸してくれた。

     だから俺も霊に力を貸して生きていた。


  23. 23 : : 2020/08/11(火) 00:31:28









    Chapter2
        高嶺の花の生徒会長






  24. 24 : : 2020/08/11(火) 00:32:20




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【廊下】



     激動の1日を終えた次の日の昼休み。

     学校の購買で買った、プラスチックの容器に入れられたカツ丼を手に持ち俺は歩いていた。

     その最中、後ろからトンっと肩を触れられる。


    「ねえ、君」


     同時にそんな風に声を掛けられ振り返る。

     後ろに居たのは、艶のある黒髪で、三つ編みをカチューシャの様にする髪型をした女子生徒。

     衣服にシワなどが全くなく、着崩しも一切ない。整った容姿も相まって、制服がまるで別のモノの様に感じる。

     上履きを見る限りだと3年生。

     見覚えのない顔、話し掛けられる理由が分からない。何か落とし物でもしてしまったのだろうか。


    「なんですか?」


     取り敢えずの気持ちでそう聞いた。先輩だと分かっているので敬語も使った。


    「君は一体何者?」


     うわー。デジャブ。

     俺の額へと真っ直ぐ手を伸ばしながら先輩は微笑んだ。


    「祓ってあげようか」

    「待て待て、……は?」


     思わず敬語を崩しながら俺は身構える。



    『ひーーん』


     室園さんは高速で逃げ出した。



    『おや、お爺さんの霊は何処かへ行ってしまった様だね。それで祓うのかい?」


     窓枠の外へ消え去る室園さんを目で追いながら、女子生徒は除霊の提案をする。


    「いえ、結構です」


     すぐに判った。この人は本物だ。


    「逆に先輩こそ何者なんですか」

    「ああ、失礼。此方から名乗るのが流儀だよね。ボクの名前は枯岸(かれきし) (めい)。一応、生徒会長をしているよ」

    「わぁボクっこだぁ」


    (へえ、今まで生きてて生徒会長と話すの実は産まれて初めてなんですよ)


    「あははっ、本音と建前が逆になる子初めて見たよ」


     口元に手を添えて笑う生徒会長。品のある、というより絵に成る笑い方だ。


    「カレキシって初めて聞く名字です。どんな漢字なんですか?」

    「ほう。話を逸らすのが上手だね。私は君の事を知りたいのだけれど」


     俺の瞳を覗き込むように距離を詰められる。身長はさほど変わらない為、無駄にドキっとしてしまう。

     ふわりとした、洗剤かシャンプーの匂いか分からない何かの香りを嗅いで謎の罪悪感から顔を背ける。


    「せめて逸らされてから言ってほしいんですけど……」


     なんで俺が顔を逸らさないといけないのだろう。

     何かに負けた気がしたのが気に食わず、首を動かし生徒会長と向き直る。


    「……」


     わあ、顔小さ!


    「ごめんね。君は昼食の買い物の後の様だったし、あまり時間を取らせるのも悪いと思ってね」

    「会長は昼食べたんですか?」

    「ボクは、夜しか食べない主義なんだ」


     1日1食って体に良いのか?芸能人でもしてる人いるとは聞いたことあるけど。

     ただ、食べない主義なら都合が良い。


    「じゃあ心配ないですね。会長、屋上へ行きましょう」


     この校舎内で生徒が立ち入らず、話が出来るのはおそらく屋上だけ。

     ついでに快晴の空の下でカツ丼を食べれるのでこちらとしては万々歳。

     教室の面々と話しながら食べれない事に一抹の寂しさはあるけれど。


    「おいおい、生徒会長を誘って立入禁止区域に入ろうと言うのかい?」

    「あっ……」

    「なんてね。勿論同行するよ。誰にも聞かれたくない話なんだろう?」


     生徒会長が融通の効く人で良かった。

     胸を撫で下ろし、俺と会長は階段へと歩みを進めた。


  25. 25 : : 2020/08/11(火) 00:32:56



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【屋上】



     屋上の扉を開くと、柔らかな日差しがコンクリートを照らしていた。

     4月中旬ということもあり、普段なら少し肌寒さを感じるが、この時間帯はポカポカしていて、気持ちのいい気候だ。

     立ち入り禁止である屋上。

     しかし、そこには取り囲まれたフェンスにもたれかかる見覚えのある少女の姿があった。


    「げっ」

    「なんですか!?いきなり詠の顔を見て、失礼じゃないですか!」


     先客が居たようだ。

     片耳にイヤホンを掛けて、サンドイッチを食べようと口を開いている阿知川が視界に映る。


    「おや?君は……」

    「あっ、冥さん!」


     阿知川は目を輝かせ、イヤホンを外し、此方へ駆け寄る。

     エラい態度の違いだ。


    「確か、阿知川詠ちゃんだ」

    「そうです!歌って踊れて除霊も出来る高校生の阿知川詠です!」


     嘘をつくな。


    「そして、会長さんの目の前にいる男子生徒は、首絞めが好きな鬼畜モンスターこと、日ノ元命君です」


     嘘をつくな!!


    「鬼畜モンスターことって何だよ、認めないぞ俺は!」

    「えっ……首絞めは、お好きなんですか……?」


     首絞め好きを捌ききれなかった為、認めたと取られたのだろうか。

     阿知川が首を庇いながら青ざめた表情でこちらを見る。

     心外だ。

     …………。

     絞めちゃお。


    「きゃあああああああああああああ!!!!!!」


     甲高い叫び声。

     本当は絞めていないが、ポルターガイスト(首を撫でられた様な感触)が阿知川を襲う。


    「要らない嘘はつくな」

    「いや、絶対好きじゃないですか……鬼畜変態嘘つき脱税モンスターじゃないですかぁ」

    「属性を盛るな」


     やれやれと溜息をついて、会長の方へ目を向ける。


    「くふっ……くふふっ、あははははっ、2人はふふっ、本当に仲が良いんだね」


     堪えていたが吹き出してしまい、そこから瞳に涙を浮かべながら笑う会長の姿があった。


    「どこをどう見たらそう映るんですか!?」

    「どこをどう見たらそう映るんですか!?」

    「あははははっ、一緒だ」


     会長はそのまま一頻り笑った後、瞳に溜まった涙を指で拭いながら阿知川へ微笑みかける。


    「良かったね。詠ちゃん」

    「な、何がですか!?」


     訳もわからずに困惑の声を漏らす阿知川。ちなみに俺も何が良かったのか分からない。

     そもそも、阿知川はなんで屋上にいるんだ?

     俺は疑問を言語化して阿知川へと放つ。


    「そういえば阿知川、なんでこんな所に居るんだよ」

    「ふふふっ、詠と同じクラスですよね。分かりませんか?」


     暗雲立ち込める表情を浮かべる阿知川。

     確かに教室で食べるのは居心地が悪いだろう。

     配慮が足りず、言いたくないことを言わせてしまった。


    「……悪い」

    「良いですよ。本当の理由は空が綺麗だった、からですしね」

    「くたばれ」

    「それで、何故会長さんと日ノ元君が一緒に?」

    「ああ──」


     俺が説明しようと口を開くが、一歩前に出た会長がそれを静止するかのように右手の掌を此方へ向ける。

     それを受け、喋るのを辞めた俺と入れ替わるように会長が口を開く。

     口元に袖口を添えて、恥じらいを持ちながら。


    「……ボク、屋上へ呼び出されちゃった」

    「!?」

    「えっ?」


     いや、間違った事は言ってないけど、しおらしくなる必要なくない?


    「節操……ない人ですね」


     阿知川は呆れを息にして吐きだし、軽蔑を含んだ視線が俺へと向けられる。


    「違うだ阿知川!いや、違うくはないけど!」


     何で浮気した男みたいになってるんだ俺は!



  26. 26 : : 2020/08/11(火) 00:33:16


     このままではいけないと思い、一つの咳払いの後、俺は改めて自己紹介を始める。


    「さっきも名前が出てたけど、日ノ元命です。阿知川の言ってる事は全部嘘なんで気にしないでください。阿知川とは同じクラスで、まあ、友達です」

    「まあ、ってなんですか?一応感があって何か嫌なんですけど。普通に友達で良いじゃないですか。それとも、友達と思っているのは詠だけですか!?」

    「……いや、だから……友達って言ったじゃん……」


     なんか気恥ずかしくて黙ってしまう俺。


    「それなら良しです!」


     満足気に胸を張る阿知川を、細めた目で見つめながら会長は口を開く。


    「ふふっ、良かったね詠ちゃん。それで部活の方は順調かい?」

    「はい!」


     俺のブレザーの裾を掴みながら、阿知川は喜びを頬に浮かべ口を開く。


    「彼が除霊部同好会(仮)の新しい仲間です。(仮)の取れる3人まであと1人なんですよ」

    「ああ。それならもう大丈夫だよ」

    「何でですか?」

    「ボクも入るから」


     袖を掴んでいた手をパッと離して阿知川は両手を口元に添えて驚いて見せる。


    「海老で鯛が釣れてしまいました」

    「誰が餌だ」

    「宜しくね」


     左手でピースを作り、カニのように動かす会長。くっっっそ可愛い。


    「宜しくです」


    会長の真似をしてカニの動きをする阿知川。


    「くたばれ」

    (宜しくな)

    「詠に対して冷たくないですか!?」

    「それはお互い様だろ」


     そんな風に話していると、離れた所からこちらの様子を伺っていた室園さんが屋上の上へ降りてくる。

    『シュワッ!!』

    『ワシ帰還!!』


     頭上から降ってきた霊に対して阿知川が鞄に手を入れ身構える。


    「待て阿知川!これ室園さん!俺の守護霊だから!」

    「むっ……」


     俺の訴えが伝わり、阿知川は何も握らずに鞄の中から手を出した。


    『ほっ。まったく心臓止まるかと思った』

    『あっ!ワシもう止まっとったわい』


     1人でゲラゲラと笑う室園さん。面白くない自虐ネタほど聴いてて辛いものはない。


    「……」


     俺は真顔だった。


    『真顔やめて……ぴえんじゃよ』

    「……」


     俺は引き続き真顔。


    『……』


     室園さんも真顔になった。


    『ピヨン』


     ピヨンってなんだ。真顔で言うな。


    『ピ・ヨンジュン』

    「っ……」


     真顔で言うから、ちょっと笑いそうで悔しい。



     俺と室園さんが下らないやり取りをしている間にも、阿知川と会長の間では話が進んでいた。


    「これで、遂に部として行動出来るんですね」


     感慨深く何度も頷く阿知川へ、会長は言葉を加える。


    「正確には同好会だけど、ボクらの活動では部費は必要ないからね。実質除霊部の結成だ」

    「……良かったな阿知川」

    「はい!これもお二人のお陰です」


     眩しい笑顔で笑いかけられるから、自然とこちらの頬も緩む。


  27. 27 : : 2020/08/11(火) 00:35:35



    「たださ、阿知川。俺は霊能力者だと公表はしたくないんだけど」

    「じゃあ、部名をオカルト同好会にすれば良い。霊の窓口を詠ちゃんにして、ボクらはそれを秘密裏にサポートする」

    「それなら、構わないですけど」


     それなら霊能力者だという事は隠せるし、阿知川へ手を貸すこともできる。


    「まあボクは、隠す事では無いと思うけどね」

    「それは会長が、強い人だからですよ」

    「違うよ。ボクは強くはない。周りの人が弱いだけ」


     冷たい声色で会長は言葉を重ねる。


    「自分の理解できないモノを排他しようとするのは弱さだよ」


     思わず息が詰まるが、それに怯まずに言葉を発する。


    「……それは違うんじゃないですかね」

    「なにがだい?」

    「これは受け売りだけど、見えない奴には見えないんですよ。それがそいつらの真実なんです。だから、同じを求めるのは違うんじゃないかなって」


     俺の言葉を咀嚼したあと、会長は呟く様に言葉を発する。


    「ほかの人よりも優れた才能を隠す世界が、正解だと思うのかな?」

    「俺宇宙人なんですよ」

    「ん?」

    「今何言ってるんだよって思いましたよね」

    「うん。そうだね」

    「そんなもんなんですよ。霊能力者なんて意味の分からない存在なんです。霊に対して脅威を感じない人にとっては恩恵もありませんしね」

    「うん、そんな考えもあるんだね。うんうん、じゃあ最後に、2人にひとつ聞いて良いかな?」


     会長は満足そうに何度か頷いて、視線を阿知川と俺へと向ける。


    「良いですけど」

    「何ですか?」

    「君達は、霊能力者として産まれて幸せだったかい?」

    「……」


     俺は視線を室園さんへ向ける。


    『……』


     それに気付いたのか此方を向いた室園さんと目が合う。


    「幸せですよ」


     俺の答えは最初から決まっていた。


    「詠ちゃんは?」


     阿知川は少し考えたあと、顎に当てていた手を離し、ゆっくりと話し始める。


    「幸せだったかなんて死んだ時にしか分からないと詠は思います」

    「だけど間違いなく言える事は、今は、不幸ではありませんって事だけですね」

    「そうかい」


     心底安堵した様に、穏やかな表情で微笑む会長。

     質問の真意は分からなかったが、2人の解答が会長にとって悦ばしいものだという事は伝わった。


    「そうだ、ボクに対して敬語を使わなくて良いよ。ボクら同じ目的を持った仲間じゃないか。堅苦しいのは無しだ」

    「じゃ、じゃあ、宜しくな……お願いします」

    「あはは、下手だねぇ」

    「詠はこの喋り方がフォーマルなので」

    「うんうん、全然構わないよ。ただ、詠ちゃんの砕けた口調も気になるな」

    「会長さん、ご飯ご一緒に食べましょう、ぜ」

    「あははー、もっと下手」

    「蒸し返すようであれなんだけど、オカルト同好会じゃ霊以外の話も来ちゃいそうじゃないか?」

    「おっ、敬語抜くの上手だね」

    「揶揄うなよ、ください。ていうか、何でそんなにタメ語に拘る」

    「対等に話せた方が楽しいじゃないか」

    「……やっぱ敬語にしますね、正直言葉遣いに頭使うのはしんどいです」

    「そうかい、残念だ」


     一瞬だけ目を伏せて、考え込む様にした後、会長は部活の名前についての案を出す。


    「それじゃあ、部活動の名前を、霊研究同好会にしようか、あくまで霊を研究している、という程はどう?」


  28. 28 : : 2020/08/11(火) 00:36:48


    「……」


     中々首を縦に振る事が出来ない俺を見かねて室園さんが話しかけてくる。


    『ワシはそれでも良いと思うぞ。命君、正直、オカルトでも霊研究でも命君の立場は変わらんと思うぞ。あの子のそばにいる限りにのぉ』


     見当違いの考えをしている室園さんへ、俺は小声で返事をする。


    「いや、俺は自分の立場とかで迷ってるわけじゃなくてなぁ」

    『疎まれっ子の近くに居るからと言うわけじゃない。命君が、あの子を助けていくつもりならという話じゃよ。命君は過去に失敗を重ねて来た。だからこそ助けられる、いや助け合えるとワシは思う』

    「それは……」


     霊能力者を称する少女の取り巻きに属する時点で霊肯定派。 

     もう俺は透明ではいられない。


    「日ノ元君、駄目ですか?」


     中々提案に対して返事をしない俺へと阿知川は問い掛ける。

     駄目ですか?という事は、阿知川本人は霊研究同好会で構わないという事。

     3人が肯定しているなら否定する理由はない。


    「良いと思うよ」


     短くそう返すと、小さく腹の虫が鳴いた。

     冷めたカツ丼を食べる為にタイルの上に座り込む。


    「見ましたか?冥さん、彼パンツを見る気ですよ」

    「ちげーよ!!」


     会長は小さく笑い、阿知川のお弁当を指差した。


    「詠ちゃんもサンドイッチを食べなよ。昼休み、そろそろ終わってしまうよ」

    「そ、そうですね。いただきます」


     会長に促され、阿知川もサンドイッチに手をつける。

    「あっ、冥さんおひとついかがですか?美味しいですよ!」


     手ブラの会長へと、サンドイッチの入った弁当箱を差し出す阿知川。


    「ごめん、夕食以外口にしない主義なんだ」

    「そうですか……」

    「じゃあ俺が貰おうか?」

    「日ノ元君はカツ丼があるから良いじゃないですか、どうしてもと言うならカツと交換です!」

    「馬鹿、それは等価交換では無いだろ!せめて三つ葉」

    「馬鹿ではありません!それに三つ葉って、葉っぱじゃないですか!」

    「三つ葉は一個しかないんだぜ?この貴重さ分かんないかなぁ」

    「確かに、この場で1つしかないのは三つ葉のみ……」

    「やっぱ馬鹿じゃん。良いよ、じゃあカツと交換しよう」

    「えっ、良いんですか?」

    「カツ丼で1番上手いのはタレと卵の混じったご飯だからな」

    「それは、よく分かりませんが……では、どうぞ」


     そう言いながら差し出された弁当箱から四角く切られたサンドイッチを取り出し口に含む。


  29. 29 : : 2020/08/11(火) 00:38:09





    「旨っ!」


     卵焼き、きゅうり、ハム、マヨネーズといったシンプルな具材だが、それぞれが主張しすぎず活かし合い絶妙な味に仕上がっていた。瑞々しいきゅうりの食感もクセになる。


    「ですよね!なんせ詠の手作りですから」


     言葉こそ強気だが、味が褒められたのが嬉しかったのか、阿知川は照れくさそうに頬を掻く。


    「じゃあ、カツあげるよ」


     お礼に、というよりそういう条件だったので、俺はプラスチックの容器を阿知川へと差し出す。

     それを受け取ろうとした阿知川は少し固まり、苦い顔をする。


    「あっ……詠、お箸ありません……」


    「?いや、俺の割り箸使えば良いじゃん」

    「えっ?」

    「ん?」

    「いや、だって……ほら……もう日ノ元君お箸使ってるではないですか」

    「当たり前だろ。俺の昼飯なんだから」

    「……なんでしょう。意識している側の方が子どもっぽいというか、恥ずかしいこの状況は」

    「命。詠ちゃんをあまり揶揄わないであげなよ」

    「何がですか!?俺は、ちゃんとカツをあげようとしてるじゃないですか!」

    「それはそうなんだけれど……」


     会長は、右手を頭に当て考え込んでしまう。


    『室園 動きます。』

    「ん?」



    『さっきからラブコメ漫画か!!』

    「なにが!?」



     唐突な室園さんの介入に俺は驚いて声に出す。

     阿知川と会長は何と言われたか聞こえていないようで、驚く俺を見て不思議そうに首を傾げていた。

     結局阿知川は、カツを指で掴み口に含む。


    「おいふぃいです!」


     口元を手で隠しながら味の感想を言う。


    「だろ。流石俺の手作りなだけはある」

    「うふぉふき!」


     ビシッと指を俺へ向ける阿知川。


    「こらこら詠ちゃん、口に食べ物を含みながら喋るのは行儀が良くないよ」


     会長に窘められ、少し顔を赤くしてから阿知川は肉を飲み込む。

     ひと段落してから会長は腕時計を確認し、部活についての話を再開した。


    「では、部活についての話はまた放課後にしよう。そうだね、君たちの2年B組にお邪魔させて貰うから、帰らないで待っててね」

    「OKです」

    「了解です!」

    「ボクは手続きをしてくるから署名の紙を貰って良いかな?」

    「はい!どうぞです」


     阿知川はブレザーのポケットから、阿知川詠と日ノ元命の名前が書かれた紙を取り出す。


    「確かに。預かって行くね」

    「宜しくお願いします!」


     お辞儀をする阿知川へヒラヒラと手を振りながら、「バイバイ」と言い残し、会長は扉の向こうへと消えていった。


    「日ノ元君。早く食べてしまいましょう」

    「だな」


     手早く食事を済ませ、俺と阿知川は教室へと戻った。


  30. 30 : : 2020/08/11(火) 00:40:40




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



     時間は流れ放課後。



    【教室:2-B】



    「命、詠ちゃん。待たせたね」


     開いたドアから臆する事なく教室の中に入ってきた会長が、それぞれの席で本を読む俺と阿知川を見ながらそう言った。

     既にクラスの生徒が殆ど帰っていたが、お喋りをしながら残っていた生徒達が会長の顔を見てボソボソと話している。


    「生冥さん可愛い……」

    「マジで綺麗だよな」

    「え?何で2人に話しかけに来たんだろう。取り立て?」


     前2つは賛同。最後1つは何でだよ。


    「部室が決まったんだ。行こうか」

    「はい!」


     阿知川が読んでいた本に栞を挟み、鞄を抱えて教室の入り口へと駆け出す。

     俺も帰りの用意を既に終えていたので、スマホをポケットへしまい阿知川の後を追う。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    「ここだよ」


     案内されたのは、どうやら使われていない教室のようで、机がまばらに置かれている。

     蛍光灯がチカチカと点滅し、少し埃っぽい。

     視線をあげると、この教室にはエアコンがなく、夏を迎えることへの不快感で思わず顔を歪めてしまう。


    「詠ちゃん、今、部のポスターってある?」

    「勿論です。そういえば部の場所を書かないといけませんね」

    「それもあるけど、[幽霊部員も募集中!]はやめておこう。ボクとしては面白くて好きなんだけどね」

    「分かりました。ちょっと書き直してコピーしてきますね」

    「うん。宜しくね」


     それから10分後。

     手直しが加わったポスターには


    [来たれ霊研究部]

    [霊に困ったあなたを救います!]


     絶妙にセンスのないキャッチコピーと、依然として下手くそな絵が描いてあった。


    「……阿知川、ずっと気になってたんだけどさ」

    「なんですか?」

    「この、フォークみたいなの持った化け物何?悪魔?」


     真っ黒な人形(ひとがた)の何かが、先が分かれた尖った何かで、泣いている白い生き物を突き刺す絵を指しながら阿知川の返事を待つ。


    「詠です!」

    「え゛っ!?」

    「えっ!?」


     いつも飄々としている会長も驚いたようで、俺と阿知川の間に割り込み、イラストと阿知川を見比べる。


    「除霊する詠です」


     本人は、何故こんなに俺と会長が取り乱しているのか分からないようで、ケロっとしたままそう言った。


    「……血が出てるよ?」


     会長が普段の姿からは想像出来ない程、か細い声を出しながら、泣いている白い生物(おそらく霊)から飛び出した赤い何かを指差す。


    「見えない所は詠の想像で補ってます!」


     やだ。この子、怖い。

     なんで少し得意げなの?

     スプラッター女!


    「じゃ、じゃあ、この人形(ひとがた)の包丁持って呪詛みたいなの飛ばしてるヤツはなんだ?」


    「詠です!」


    「2人目!?!?」


     同じポスターに自分を2人書いてるのかよ!!


    「あと、日ノ元君。これは包丁ではなくマイクで、飛ばしてるのは呪詛ではなく音符ですよ」

    「わかんねぇよ!そもそも霊研究部のポスターで歌ってんじゃねえ!」

    「ねえ詠ちゃん。何で音符の近くにいる白い生物が血を吐いて倒れているの?」

    「そこは、まあ、除霊するぞという強い意志で」


     なんで霊に対してこんなに好戦的なんだよ。

     血を見たすぎだろ。


    「阿知川、ちなみに成仏する時こんなにグロくないからな」

    「そうなんですか?」

    「ああ、普通に粒子になって消えていく」

    「そっちの方が怖くないですか!?」

    「え゛」


     納得がいかない。が、確かに見た事がないなら人が粒子になって消えていく方が怖く感じてしまうかもと溜飲を下げ────いや、やっぱ納得いかない!

     そんな俺の葛藤など気付く様子もなく、会長は怖いもの見たさで再びイラストへと指を添える。

     描かれたイラストは先ほどまでとは違い、赤い女と目がぐるぐるの短髪の男が並んで書かれたイラストだ。


    「詠ちゃん、最後に。この山姥みたいな絵と、髪がボサボサな一つ目小僧もどきみたいな絵は一体誰なのかな?」

    「はい!冥さんと、日ノ元君です!」


     良い返事と共に俺達の名前を言う。


    「え゛っ」

    「えーっ」


     やはり、と思いつつも、納得いかない2人の姿があった。

     結局、ポスターは会長が作り直し、部の説明の書かれた普通のものが完成した。



  31. 31 : : 2020/08/11(火) 00:41:50




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




     次の日の放課後、俺と阿知川と会長は空き教室に集まっていた。






    【霊研究部:空き教室】



     具体的な活動内容が無いため手持ち無沙汰になる俺を他所目に、会長は生徒会の仕事をパソコンで行っていた。


    「何か手伝いましょうか?」

    「大丈夫だよ命。これはボクの仕事だし、君に頼る内容でもない」

    「そうですか……」


     課題と睨めっこをしている阿知川へと視線をやりながら会長は耳打ちをしてくる。


    「手が空いて暇なら、詠ちゃんのお手伝いをしてあげなよ。評価をあげておいで」

    「別に俺はそういうんじゃ」

    「おや?では何故君は、詠ちゃんの手伝いをするんだい?」

    「それは───


     言いかけた言葉を遮るように教室の扉が開かれる。






     記念すべき来客1号目は。





    「2のB、三重内玲っす。オレを部に入れてください!!」


     三重内。同じクラスの男子生徒。

     普段よりワックスで髪型を決めており、いつも片側だけ出ているシャツもズボンの中へ入っている。

     緊張からか動きがぎこちなく、顔も赤い。

     クラスメイトである俺と阿知川へ見向きもせず真っ直ぐに会長を見つめる三重内。

     高嶺の花ってもしかして会長の事か。


    「じゃあテストをさせてもらうね」

    「て、テストですか?」


     いきなりテストと言われ、面食らっている三重内など御構い無しに、会長は問いを口にする。


    「この部室にお化けは何人いる?」


     内容は霊が見えるか見えないかのテストのようだ。因みに答えは天井ギリギリを浮遊している室園さんだけだから、1だ。


    「…………」


     沈黙の三重内、チラリと俺の方を見たので、俺は人差し指を立てて、1人であることを伝える。


    「1っす」

    「ぶっぷー残念だったね。ハズレだよ」

    「えっ!?だって!」


     無意識の動きで、三重内は俺の方を見てしまう。それは自身がカンニングをした事を明かす同義だった。


    「……あっ」


     本人も気付いたのか、咄嗟に視線を逸らすが会長はそれを見逃さない。


    「その反応で分かるよね。君に霊感が無いことが」

    「うっ……すいません」

    「謝る必要はないさ。それより、君は疑わないのかい?遠回しに霊が見える。って言ってるボクらをさ」

    「え?嘘だったんっすか?」

    「さあ?どうだと思う?」


     俺の事を思ってか、会長は解答をはぐらかす。


    「そうっすねー……どうなの?」


     暫しの思案の後、三重内は俺へ問い掛ける。


    「……本当だ」

    「おや、良いのかい?教えてしまっても」

    「三重内は信用してますから、それにコイツは言いふらす様な奴じゃない」


     阿知川と室園さんが驚いた表情で俺を見つめていた。

    『命君、成長したのお……』


  32. 32 : : 2020/08/11(火) 00:42:39


     ここにいる全員が霊が見えるという事実を咀嚼している最中の三重内へ、会長は凛とした声で言葉を並べる。


    「では、三重内玲君。尚更分かるよね?ここに居るのは全員霊能力者」

    「霊が見えない(きみ)の存在は、ただでさえ破綻しかけている同好会の綻びになる。だから君は必要ないんだ」


     冷たく突き放すとも取れるその言葉を受け、三重内は少し考え込む。


    「すんません。正直そこまでは考えてなかったっすね。ただ、破綻しそうなら現状を変える必要があるんじゃないんすかね」

    「人数を増やすということかい?良いよ別に、かさ増しの木偶は要らないから」


     憧れの存在に木偶と揶揄され、否定されても、臆さずに言葉を続ける。


    「オレには3人には見えない物が見えると思うんすよ」

    「ボクらに見えない物?」

    「お化けの見えない景色が見れるのは、この中でオレだけなんっす。この部の目的が霊感のない人達を助ける事なら、オレ絶対に役に立てる自身があるんすよ。あと好きです」


     さらっと告白をするな。


    「あっはっはっはー、彼、面白いから合格で良い?」


     一頻り笑った後、会長は目尻の涙を拭いながら俺達に目を向ける。


    「異議なし!」

    「異議なしです!」


     三重内の人柄を知っている俺と阿知川は即答だった。


    「え?花婿候補にですか?!」


     ガッツポーズをする三重内。それは都合の良いように解釈しすぎだろ。


    「ああ、告白の返事は……ごめんね」

    「異議あり!!!!!!」


     態とらしくペロリと舌を出し、再度手を合わせながら会長は再度「ごめんね」と告げる。


    「か、可愛えぇ」


     三重内、悩殺。

     駄目だ。三重内は駄目になってしまった。さっきまで少しカッコ良かったのに。

     他に告白の件で異議を唱えるものはおらず、三重内の唱えた異議は流されてしまった。


    「それじゃあ宜しくね。玲」

    「ほわぁぁあああああ!?!?」


     会長に下の名前で呼ばれ、発狂する三重内。相当嬉しかったみたいだ。

     同時に三重内が、高嶺の花に相手されない理由がハッキリした。


    「三重内君ってあんなキャラでしたっけ?」


     ジトっとした視線を三重内へ向けながら、阿知川が耳打ちをしてくる。


    「……」


    『恋は人を狂わせるのじゃ』


     回答に困った所へ、室園さんが助け舟を出してくれたので、そのまま丸パクリさせてもらうことにした。


    「恋は人を狂わせるのじゃ」

    「のじゃ?日ノ元君もそんなキャラでしたっけ?」

    「そんな日もある」

    「そうですか……、まあ、狂ってはいますよね」

    「だな」


     2人並んで三重内と会長を見つめる。


     メンバーは4人となり、同好会だが活気が付いて来た。


     何かが始まる様な予感がした。俺たちの部の活動はこれからだ!!


  33. 33 : : 2020/08/11(火) 00:43:25




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




     それから2週間の時が経った。



    【霊研究部:空き教室】



     栞を挟んだ小説を傍らに置きながら、長机に突っ伏す阿知川詠。


    「いやー、今日も誰も来ませんねー」

    「来ないな」


     椅子に浅く座り、背もたれにもたれかかりながら何度か見返した漫画を閉じた。

    「冥さんと三重内君はどうしたんですか?」

    「会長は生徒会の仕事、三重内はサッカー部の助っ人だってさ。LINEのグループ見てない?」


     霊研究部でグループを作り、欠席する時や連絡がある時は利用するようにしている。勿論、阿知川も入っている。


    「詠は学校では携帯を弄らないと決めています」

    「嘘付け、前屋上で動画見てたじゃん」

    「…………」

    「…………」


     論破された阿知川は、話題を替え、現在深刻な問題を提示した。


    「活動報告書どうしましょうか」

    「そもそも活動してないしなぁ。知ってるか?2週間での来訪者、会長と三重内の友達がお喋りにきただけだぜ」

    「当然!知ってますよ。気不味くて端っこで本読んでましたから」


     因みに、会長の友達が来た際には俺も同じ様に端っこで本を読んでいた。


    「「マジで霊研に入ってんだー、ヤバイーあははーっ」とか言ってたな」


     会長も三重内も顔が広く、大人しそうな子からギャルまで男女問わず様々な人種が訪れた。


    「言ってましたねー。あと似てないです」

    「別にクオリティー求めてないし」

    「では聞いていてください。ごほん、「マジで霊研に入ったんだー、ヤバイーあははーっ」どうですか?」

    「え?!すげぇ似てる!」


     間違いなくあの時聞いた3年の先輩の声だ!


    「そうでしょう?詠の特技です」


     得意げになった阿知川へ、俺は現実へ引き戻す一言を放つ。


    「スゲェけど、活動報告書どうしようか」

    「……冥さんが偽造はお任せって言ってましたが、そういうわけにはいきませんもんね」

    「だな」

    「そもそも詠達の目的は、霊の脅威から人類を救うことですし」

    「あれ?目的大きくなってないか?」


     そんなロボットアニメみたいなスケールの大きさだったか?


    「そう云えば室園さんは、今どちらへ向かわれているのですか?」

    「ああ、今日は映画見にいくとか言ってたよ」

    「じ、自由ですね」

    「無賃鑑賞だな」

    「やはり悪霊ですね、払わないと」


     鞄からお祓い棒を取り出しながら阿知川は立ち上がる。


    「悪霊の判定材料にするにはセコすぎない?」

    「冗談ですよ。日ノ元君や冥さんから色々教えて貰って詠の凝り固まった常識は破壊されてますから」


     お祓い棒を机の上に置いて、阿知川は胸に手を当てる。


    「なんで得意げなんだよ」


     阿知川へ俺と会長が話した内容は主に5つ。




     ①霊は誰しも悪霊ではない。寧ろ悪霊は僅かな一部であり、また基本霊は人に対して何かをすることが出来ない。


     ②死んだ時に霊として生まれやすい条件が2つある。強い未練がある事と死を自覚していない事。


     ③霊が成仏する方法は幾つかあり、霊媒能力による成仏、未練が満たされてする成仏、長い年月を掛けて感情や霊体が薄れてする成仏の3種類。


     ④強い霊になりやすい条件。強い感情持っている事(恨みとかが一般的)生前霊能力に優れている事。死んだ状況と生まれた状況が似ている事。

     俺のは室園さんから教えてもらって事だったんだけど、概ね会長と同じ内容だった。


     ⑤の内容は、それぞれの霊能力について。

     俺は、霊視と霊聴、そしてポルターガイスト。

     会長は、霊視と除霊。霊の声は全く聞こえないらしい。

     阿知川は、不完全な除霊、霊視霊聴は、モヤの様に霊が見え、霊の声はテレビの砂嵐の様に聞こえるとのことだった。

  34. 34 : : 2020/08/11(火) 00:44:06




    「よっと……」

     四つ足の椅子の後ろに体重をかけ、前2つの足を浮かせて、机を支えにバランスを取る阿知川。

     危なっかしい奴だ。


    「そういえば、まだしてるのか?」

    「何をですか?デリカシーのある事ならお答えしますが」

    「デリカシーのない様な内容の事をしていたのか!?」

    「えっ……なんでそんな食いつくんですか……気持ち悪いんですけど」


     ガタンっと椅子を床へ着地させ、蚊の鳴く様な声で「ダイエットですよ」と教えてくれた後、阿知川は俺の言葉を待つ。


    「ちなみに俺が聞いたのは、心霊スポット除霊巡───」

    「は、はえぇえ!?な、なんで知ってるんですか!!そんな事っ!」


     声を裏返せながら、両手をあたふたと泳がせる阿知川。


    「……あっ」


     ふとした好奇心で訊いてしまったが、これは本来俺が知るはずのない情報なのか。


    「貴方がヤバイ奴じゃないですか!!」

    「実は俺、エスパーなんだ」

    「え?そうなんですか?!」


     チョッロ。


    「嘘だけど」

    「よ、詠は分かってましたけどね」


     動揺を隠せないまま阿知川は口を開く。


    「そそそうだ、大方近隣の霊達に詠の過去を聞いたんですよね」


     大正解。


    「なんですか、わざわざ詠の過去を調べるなんて、も、も、もしかして詠の事好きなんですかっ?!」

    「いや、それは無い」


     それは無かった。


    「なんか二重で否定されたみたいな感じがして凄〜く不愉快なんですけど……」

     阿知川は不服を息にして吐き出した後、重苦しい雰囲気で俺を見る。

    「じゃあ、知ってるんですよね。詠がどんな酷い目にあったか……」

     室園さんは言っていた。阿知川詠は、人間によって危険な目に遭わされたと。

     もっと後先を考えて質問をするべきだったと後悔と反省をする。


    「…………」


     後ろ暗い過去の為か、目を伏せる阿知川へ、俺は否定の言葉を送る。

    「知らないからな。そこまでは聞いてない」

    「気を使わなくて良いですよ。知られたからって何が減るとかそんな事はありませんから」

    「いや、本当に知らない!何かあったとは聞いたけど内容までは聞いてないんだ!」


     必死で否定する俺に目を丸くした後、阿知川は小さく笑う。


    「では、墓穴を掘ってしまったというわけですね」

    「そのまま墓まで持っていけよ」

    「いえ、本当に大した事ではないんです。寧ろ、勝手に勘違いされたままで気を使われる方が詠的には嫌なのでお話ししますよ」

    「本当に大した事ないのか?」

    「中くらいです」

    「中くらい」


     反応に困る単位だ。少し心に来そうな重さ。


    「強姦されました──」

    「おっも!!!!!!!!!!」

    「──とかではないので安心してください」


     左手の親指と人差し指で丸を作りながら、弱々しく笑う阿知川。


    「まじでくたばれよ!そういうのは冗談でも言うな!俺の、カロリーを返せ!」

    「怒る所そこですか……?ただ、聞く人を不快にさせる冗談でしたね。ごめんなさい」


     ふざけ過ぎたと謝る阿知川へ「もうそんな冗談を言うな」と告げて、脱線した話を戻す。


    「じゃあ本当は何があったんだ?」


  35. 35 : : 2020/08/11(火) 00:44:35




     阿知川は遠い目をした後、唇に人差し指の腹を当てながら。


    「そうですね、あくまで詠視点の回想なので事実とは少し変わってくるかもしれませんが……」


     そんな前置きをしてから語り始めた。


















    「中学年生の夏、時間は午前10時ごろでしたね。詠はお小遣いを握り締めて少し離れた心霊スポットへ向かいました。山岳地帯の使われなくなったトンネル。まあ、そこそこ有名な所ですね」

    「お婆ちゃんから貰った形見のお祓い棒を手に持ち、シートとお弁当と水筒の入った鞄を持って」

    「ピクニックかよ」


     思った事を口にしてしまった。それに対して阿知川は顔を少ししかめる。


    「話の腰を折らないで下さい。詠がトンネルの前まで来ると嫌な気を感じました。進路を塞ぐブロックの隙間から、うっすらと見える巨大なモヤを見た瞬間、詠は思いました。これは悪霊だと」

    「いつも悪霊判定してるよな」

    「……次茶々を入れたらデコピンします」

    「はい」


     言葉とは裏腹にジャブの構えを見せる阿知川に俺は機械のように返事をする。


    「詠はトンネル内に侵入、何故か天井からポタポタと水滴がしたたり。トンネルといえども高さが5メートル近くあるので、上の方にいた悪霊を、除霊しようにも高さが足りませんでした」

    「ロリ詠は、ぴょんぴょんしながら試みたのですが当然届かず、時間だけが流れます」

    「自分でロリ詠って言うの──痛っ!」


     デコピンを喰らってしまったが言いたい事は全部言えたので、俺は阿知川の話の続きを待つ。


    「暫くすると車の音がして、心霊スポット目的だった若い男性の3人組が入って来たんですよ」

    「1人がスマホでカメラを回して、もう1人のはビデオカメラを、最後の1人は懐中電灯を持っていましたね」


     少しずつ、阿知川の声色が重苦しいものに変わり、視線も徐々下がっている。


    「詠は忠告したんです。ここは危険です悪霊がいます。って」

    「男の人たちはどうしたと思いますか?」

    「……馬鹿にして笑った?」


     そう答えた。真剣に考えた末の回答だった。

     阿知川は首を横に振ってから、震える唇で


    「違いますよ、興奮した様子でカメラを詠へ向けたんです」

    「まあ、そうですよね。面白半分で心霊スポットに来たら、もっと面白そうな、お祓い棒を持った制服の中学生が居るんですから」

    「3人は、正確にはカメラを持っている2人は一頻(ひとしき)り必死に注意する詠を取った後、色々な質問をして来ました」


    「名前、年齢、学校、何故こんな所にいるのか……そして……」


     そこで口籠る阿知川。しかし話を止めるつもりは無いようで、ゆっくりとだが、口を動かす。







    「そして……1人で来たのか……と」


  36. 36 : : 2020/08/11(火) 00:50:29




    「ストップストップストップだ!!本当に中くらいかこれは!!!」

    「何ですかさっきから!歌番組の審査員みたいに神妙な面持ちをして黙って聞いてて下さいよ!」

    「本当に中くらいなのかよこれ!そこら辺に転がってる怖い話より怖いんだが!!」

    「大丈夫ですよ。詠、嘘はつきません」


     親指を立てながら真顔でこちらを見る阿知川。


    「いや、学校で携帯使わないって嘘ついたじゃん」

    「……」


     阿知川は、沈黙しながら目を泳がせる。


    「こほん。…………詠は先ほどの質問に答えました。1人で来ました、と」


     否定できない為か、阿知川は強引に話を戻す。

     俺も黙って続きを聞くことにした。


    「すると更に質問を重ねてきました。じゃあ、この中で誰が1番タイプなのかと」


     気持ち悪いな。女子中学生に何を聞いているんだよ。


    「詠は答えました。全員タイプではありませんと」

    「そこでジリジリと距離を詰められている事に詠は気付きました」

    「ハッとしてお祓い棒を構えましたが、既に遅く、詠は取り囲まれました」

    「咄嗟にお祓い棒を振るいますが、手を掴まれ止められて……お婆ちゃんの形見のお祓い棒は折られてしまいました」


     阿知川は話しながら、徐々に顔を下げていく。

     声色も比例して沈んでいき、哀愁漂う声でポツリと。

    「そして詠のファーストキスは奪われてしました」


     下を向いたまま、大きく深呼吸をして、阿知川は続ける。


    「当然必死に抵抗しましたが、力では敵いません。無駄だと悟りましたね、詠、殺されるんだーとか考えてました」

    「その時、トンネル内に漂っていたモヤが3人の男の人に吸い込まれていったんです」

    「3人は狂った様に笑い出し、詠を撮影していたビデオカメラやスマートフォンを地面に叩き付け粉々になるまでそれを繰り返していました」

    「詠は腰が抜けて動けないままその様子を見ていました。暫くすると、男の人達は壁に頭を打ち付け始めました。何度も、何度も」

    「それを見て、詠は立ち上がって、折れたお祓い棒で3人に取り憑いていた悪霊を祓いました」

    「3人は気絶して倒れていました。おそらく気絶です。近付くのは怖くて出来ませんでした」

    「詠は、救急車を呼んでから下山しました」

    「お話は以上です」


     憑物が落ちたかの様な表情でニコリと笑い、阿知川は俺を見る。


    「いや重いだろ!!!」


  37. 37 : : 2020/08/11(火) 00:54:36




    「どこが中くらいだよ。中よりの大だろうが」


     何かに憑かれたような重苦しい何かを腹の下に抱えながら、俺はボヤいた。


    「だから、チュウくらいの話って言ったじゃないですか」


     唇を尖らせる姿を見て合点がいく。


    「中くらいの、ちゅうってキスの事かよ!」

    「一本取られましたか?」

    「ウザいな」

    「やっぱり日ノ元君、詠に厳しいですよね?」

    「まあ、それはそうと、辛かったな」

    「はい?そういう話でしたっけ?」


     阿知川はニコニコとした表情で惚けて見せる。


    「お前、本当にそれ止めろよな」

    「何をですか?」

    「辛いのに辛く無いフリするの、見ててこっちが苦しくなる」

    「少なくとも、霊研のメンバーはお前の味方だから、素直になれよ」

    「あははっ、そう言って貰えると嬉しいです」


     阿知川は気恥ずかしさに頭を掻く。


    「……だけどさ、どうしてそこまでされて人を助けようと思うんだ?」

    「そうですね。それは詠が見えて祓える側だからだと思います」

    「助けれるのに助けない方が気持ち悪くないですか?」


     そんな風に問い掛けられるが、俺は除霊は出来ないから何も返さず黙りこくる。

     答えなど最初から決まっていたかのように阿知川は話を続ける。


    「詠だって、聖人ではありません。でも、除霊が出来るのなら、助ける力があるのなら、人を助けたいじゃないですか」

    「そこが分かんねぇよ。だって、阿知川は……人を助けてるのに、感謝されず、自分が傷付いているじゃねぇか」

    「そこは詠が未熟という事で……」


     誰かのせいになど決してせず、自分のせいだと言い切って、少女は言葉を紡ぐ。


    「皆さんには霊は見えないんです。詠が逆の立場だったら、見えない霊を信じろって言われても、信じられる自信はありません」

    「それに、得たものは傷だけではありませんよ」

    「いや、他に何があるっていうんだよ」

    「霊研の繋がりですよ。確かに辛い事も苦しい事も沢山ありました。だけど、今は辛くありません」

    「だって、1人じゃありませんからね。詠は今が1番楽しいですよ」

    「……っ」


     バチンっ!!!

     自分の頬を思いっきり叩く。


    「え!?日ノ元さん!?どうされたんですか!?」

    「何でもない!!」


     危ない!少し好きになりかけた!!危ない!!

     メンタルリセット。完璧だ。

     話をそらす為に、俺は机の上に置かれたお祓い棒へ話題を移す。


    「因みに折られたお祓い棒はどうしたんですか?」

    「アロンアルファでくっ付けました」


     阿知川は机の上に置かれたお祓い棒を手に取り、掌に当てペチペチと音を立てる。


    「形見に接着剤使うなよ!!」

    「まあまあ。近代でも有名な絵画の修復とかもあるじゃないですか、それと同じですよ。大切な物、価値のある物だって状態が良い方が良いんです」

    「……確かにそうだな」

  38. 38 : : 2020/08/11(火) 00:56:46


     納得して頷く俺の元へ、阿知川は椅子を動かしながら近づいて来る。


    「次は、日ノ元君の番ですよ」

    「俺の番?」

    「詠の過去だけ知られるのはフェアじゃないでしょう?」

    「詠は気になっているんですよ。どんな人生を送れば、教室の中心で女子の首を絞めれるのか」

    「事実だけど、脚色が加わってるぞ!」


     主に真っ黒な何かが!!


    「それで、日ノ元君の少年時代はどうだったんですか?」

    「俺は……普通だよ。特に変わった事無く過ごしてたよ」

    「絶対嘘です。ズルイです。鬼畜嘘つきヤバいモンスター」

    「お前も俺に対して容赦無いよな……」


    ピロリン♫


     マナーモードにし忘れていた為、そんな音がポケットの中から響いた。どうやらメールが届いたようだ。


    「…………」


     スマホを開き、届いたメールを見る。


    「どうしたんですか?そんな嫌そうな顔をして、お腹が痛いんですか?」


     俺が苦い顔をしていたからか、阿知川が心配してくれる。


    「いや、母さんからのメールみただけだから」

    「どんな内容だったんですか?」

    「いや、その……」

    「歯切れが悪いですね。霊研のメンバーは仲間といったばかりじゃないですか。ただ、言いたくないなら無理強いはしませんが」


     阿知川は半分諦めたように、自身の毛先を指で弄る。

     俺が言い出したことを、ここで持ち出されたら、言うしかないだろ。


    「大丈夫だ。姉ちゃんの命日が夏だから、夏には帰って来いってメールだったから……」

    「あっ……それは、すいませんでした」

     髪から手を離して、阿知川は申し訳なさそうに頭を下げる。


    「良いよ。言ったのは俺だし、そんな大した事じゃない」

    「大した事ですよ!」

    「本当に大した事じゃないんだって、そもそも、顔を見たことすらないんだから」

    「え?」

    「産まれて直ぐ、正確には産まれる前に死んじゃったみたいなんだけどさ……、まあ、だから、俺には姉ちゃんとの思い出も思入れも全くないわけ」


     重い空気を嫌い、わざと軽薄そうに伝えるがそれが逆効果だったようで、阿知川は悲しそうな表情を浮かべる。


    「……死んじゃったとか、軽々しく言うのは良くないですよ。日ノ元君のお姉さんなんですから」

    「そうだな」


     自分の事ではないのに、今にも泣きそうな顔をする阿知川を見て、俺は肯定することしか出来なかった。


    「…………」

    「…………」


     沈黙。


    「…………」

    「…………」


     沈黙。


    「…………」

    「…………」


    「空気が重い!」

    「詠が悪いんですか?!」


     大きな声に驚いたようで、阿知川の身体が跳ねた。

     僅かな沈黙の後、意を決してように阿知川は口を開く。


    「……他の内容はないんですか?」

    「他に……か」


     少し考え込む、無い事もないが、話すとなると整理したりする必要がある。


    「いつか話すよ。そん時はもっと楽しく話そうぜ、暴露大会みたいにさ」

    「あ、阿知川の話は重過ぎるから違う話にしとけよ」

    「勿論ですよ。聞いていて楽しい話ではないですからね」


     阿知川はクスッと笑いながら手の上でお祓い棒を踊らせる。

  39. 39 : : 2020/08/11(火) 00:57:10


    「そうだ!」


     阿知川が何か思いついたようで声を張り上げる。


    「日ノ元君、お悩み相談箱を作りませんか?」

    「なんだそれ」


     全く話の流れとは関係のない提案に俺は素っ頓狂な声を漏らす。


    「霊に関する悩みを持つ人が、お悩み相談箱に紙を入れるんです。重い話なら直接会って離しにくい人もいるかもしれませんしね」

    「それでどうやって解決するんだ?」

    「それは……内容次第と言いますか……」


     本人もそこまでは考えていなかったらしく、言葉を詰まらせながら視線を逸らす。


    「どうせ冷やかししか来ないだろ」

    「やる前から卑屈になる必要は無いと思います。それに生徒会長である冥さんの居る部活ですよ?そんなふざけた事をする人は現れないと思いますが」

    「……一理あるな」

    「ですよね、ですよね!では、早速作りましょう!」

    「取り敢えず、作るだけ作ってみるか」


     重い腰を上げて立ち上がる。


    トンチンカン、トンチンカン。



    《30分後》



    「出来ました!」

    「さもやり切った感を出しているけど、作ったのは俺だからな」

    「えへへっ。ありがとうございます」

    「あざといな」

    「あざとくないです!素です!」


     作ったと言っても、形としてはポストのようなもので、厚紙をカッターで切り、アロンアルファとテープで貼り付けた簡易的なものだ。


    「早速、ポスターにもお悩み相談箱について追記する必要がありますね」


     張り切りながら鞄からポスターカラーペンを取り出す阿知川。

     こいつ、懲りていない。


    「絵は描くなよ」

    「わ、分かってますよ!余計なお世話ですーっ!!」


     図星だったのか動揺を隠せずにポスカを抱えて部室を後にする阿知川。


    「…………」


     ひとりぼっちになった瞬間、シンっと静まり返る教室。

     意識してなかったが、耳を澄ませば開いた窓から野球部やサッカー部の声、吹奏楽部の演奏、それを掻き消すような蝉の合唱が聞こえてくる。

     ガラガラと、扉の開く音がして俺はそちらへ振り返る。


    「おや、命。黄昏てどうしたんだい?」

    「別に、大した事じゃ……ん?」


     何か居る?


    「目を擦って、ゴミでも入ったかい?」


     目を凝らし何も見えなかった為、目を擦る俺へと近付きながら会長は心配そうにしてくれる。


    「いや、なんか会長の背後に目玉だけ見えたような気がして」

    「……気のせいだと思うよ。そんな霊が居たら、ボク見つけているだろうし」

    「そうです……よね」


     あれ?俺、霊だなんて言ったっけ?


    「それより、その夏休みの図画工作の結晶みたいな箱は一体?」


     不格好故に不思議がり、会長はお悩み相談箱へと近付く。


    「これ、触って良いやつなのかな?」

    「どうぞ。ただこれ、ただの箱ですよ。阿知川曰く、お悩み相談箱らしいですけどね。直接言えないことを手紙を出して言ってもらうらしくて」

    「成る程、ファミリーレストランや水族館でよくあるお客様の声みたいなやつだね」

    「多分、イメージ的にはそれだと思うんですけどね」

    「ボクは良いと思うよ。うん」


     柔らかい表情で頷きながら、お悩み相談箱を抱え上げる。


    「これを作ったのは命だろ?ありがとね」

    「そうですけど、俺、言いましたっけ?」

    「ううん、君の手に、接着剤の固まった残りカスが付着していたからね。手を洗っておいで」


     言われて見てみると小指の外側に、白と透明のアロンアルファのカスが付いていた。恐るべき観察眼。


    「そうします。あと、阿知川はポスターにお悩み相談箱の事を書きに行ったみたいですよ」

    「絵は描いてない……よね?」


     僅かに表情を曇らせる。会長もあの地獄をひっくり返したようなイラストに良い思い出は無いらしい。


    「勿論、釘は刺してますよ」


     そう伝えると、会長は胸を撫で下ろして


    「優秀な後輩達を持つと苦労しないね、本当に」


     お悩み相談箱を抱いたまま、椅子へと腰掛け、優しく微笑んだ。






     最初の依頼。もっと正しく云えばお悩み相談箱へと手紙が届くのはこの2日後となる



  40. 40 : : 2020/08/11(火) 00:57:47



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【霊研究部:空き教室】


     目安箱を設置してから2日、冷やかしの手紙が届くかと思ったがそういう事は無く。


    「日ノ元君見てください!手紙!手紙が入ってますよ!」


     代わりに、折り畳まれたメモ帳の1ページが、パタパタと走る阿知川の右手に握られていた。


    「中は見たのか?」

    「今から見ます。冥さんと三重内君が居ないですが良いでしょうか?」

    「ただ折り畳まれてるだけだし、待つ必要なくないか?」


     それに対して阿知川はコクリと頷き、手紙を机の上に置く。

     二つ折りにされた可愛らしいデザインのメモ紙を開き、俺と阿知川は中身を覗き込む。


    『もし、阿知川以外に霊感ある人いたら、今日の6時半に体育館裏に来てほしいです』

    「ぶはっ」


     阿知川以外と書かれた文章見て思わず吹き出してしまった。しかし、名指しで拒否されているのが面白すぎる。


    「何でですか?!詠が霊相談窓口担当みたいなものなのに!?」

    「日頃の行いとか?」

    「自分で言うのもなんですが、中々良い方だと思いますよ!?」

    「それにしても、いつも確認してるから、今日って、今日だよなぁ」

    「日ノ元君は、霊能力の事を隠していますし、消去法で冥さんですね」

    「会長も、別に公表しているわけじゃないけどな」


     と、言うわけで俺たちは会長が部室に来るのを待つことにした。

     来れないというLINEが来てない為、近々来るだろう。

     ちなみに三重内は今日もサッカー部の助っ人に行っている。





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    「やあ、遅くなってごめんね」


     15分後、会長が生徒会の備品であるパソコンを小脇に抱えながら、部室へと入ってくる。

     荷物を机の上に置いた後、手紙を見せながら状況を説明した。


    「なるほどなるほど、つまり生徒会長であるこのボクを顎で使おうとするんだね」


     開いていた黒の扇子を閉じ、自身の顎に当てながら会長は意地悪な笑みを浮かべる。


    「どこをどう切り取ったらそうなるんですか!消去法じゃないですか」

    「君が行けば良いさ。結局ボクらは詠ちゃんのサポーターなんだから、霊能力が無い程で話を聞けば良い」

    「もし、深刻な内容だったら?」

    「それは君が決める事だよ、命。君が霊能力者だと明かすか、嫌がってはいるが詠ちゃんを頼らせるか、君が決めてきなさい」


     再び扇子を開いて、此方へ風を送ってくれる会長。涼しいし、扇子から良い匂いがする。


    「もし、霊能力者じゃないから話をしたくないと言われたら?」

    「それは君の技量だと思うけど……そうだね、霊媒師に相談してみる事をお勧めしてみたらどうかな?本物の相場は15万円くらいからだけど」

    「適当に揺さぶって、反応を見ろって事ですね」

    「本当にそれぐらいするんだけどねー」


     流れる汗をハンカチで拭いながら、会長は時計に目をやる。


    「……まあ、そろそろ時間ですし、俺行ってきますよ。もし何かあったら会長、サポートお願いしますね」

    「優秀な後輩を持つと苦労しないよー」


     扇子で煽ぎ、ハンカチをはためかせながら手を振る。サポートをする気が無いことだけ伝わった。
  41. 41 : : 2020/08/11(火) 00:58:50



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



    【体育館裏】



     待ち合わせの場所に着くと見覚えのある金髪の女子の姿があった。


    「四志……」

    「えっ?命!?」


     俺の顔を見て声をあげたのは同じクラスの四志(しし)瑠衣(るい)

     背中まで伸びた金髪のゆるふわパーマで、耳にピアスの穴を開けているいわゆるギャルだ。


    「あっ、そっか……アンタも所属(ぞく)してたのか……」

    「別に教室で顔を合わせてるんだし、そんな気まずそうにしなくて良いだろ」

    「まあ、それもそうだけどさ……って、そもそもアンタ霊感ないじゃん」


     教室で見えないと言った為、四志の中では俺は見えない奴というカテゴリーらしい。

     ただ、この物言いだと霊を信じているのは確かのようだ。


    「阿知川にNGが入れられててな」

    「うっ、それはそうなんだけど……」

    「前に首を絞められた悪霊についてか?」

    「う、うん。何かさ、あれ以降気持ち悪くなっちゃって、阿知川は相変わらずブンブン棒振り回して除霊すんじゃん?多分、アタシが取り憑かれてんのはマジだと思うんだよねー……」


     意識的にか無意識的になのか、件の首筋に手を当てながら四志は弱々しく笑う。

     ちなみに取り憑かれてるのはマジ。


    『ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ』

    『ゲッゲッゲゲゲゲゲーーー』


     なんか1人増えてる。


    「アンタは信じてくんないかもしんないけど、前にアタシ、教室で苦しくて倒れ掛けた事あったでしょ?あん時、見えない力みたいなので首を絞められたの」

    「…………」


     絞めたのは俺ですごめんなさい。

     後ろめたさで言葉を発せず、気不味く頬を掻くだけの俺。


    「……えっと」


     何も言わない俺の顔色を伺う様にチラリとこちらを見た後、四志は態度を変え笑い始める。


    「……なーんて、嘘嘘、ジョーダンだよジョーダン!あれ演技だし、ハハッ、マジだと思ったウケるー!」


     沈黙を信じないと取ってしまったのか、四志が必死に取り繕い始めた。


     多分、普通と違うと思われたくないから。


    「いや、さっき迄の表情……俺には嘘だと思えない。話してくれないか?何で相談箱に手紙を入れたんだ?」


     最低だな、俺。

     解答見ながら答案書いてる気分だ。


    「!……信じてくれるの?ママも話半分で信じてくれなかったんだよ?」

    「当たり前だろ。どんだけ一緒にいたと思ってるんだ」


     なんか、楽しくなってきたぞ。


    「えっ、せいぜい学校での2週間」


     調子に乗りすぎてマジレスが返ってきてしまった。


    「まあ、それは置いといて、取り敢えず話してみてくれよ。あんまりゆっくりしてると完全下校時間過ぎちまうぞ」

    「確かに……じゃあぶっちゃけて言うけどさー……阿………たい……」

    「は?最後の方が聞こえない」

    「だからー、……阿……川に………りたい」


     大事な所が聞こえない。


    「あっちがわにありたい?」

    「違うってーの!だから、阿知川に……まりたい」


     未だに後半がボソボソ声になるが、恐らく聞き取れた。内容は──


    「阿知川に謝りたい!!」


     これが俺の答えだ!


  42. 42 : : 2020/08/11(火) 00:59:27



    「そうそれ!」


     正解だったみたいで、嬉しそうにビシッと指を差す四志。


    「さっさと話せよな。金髪だろ」

    「アンタ、そんなこという奴だっけ!?金髪なんだと思ってんの?!」

    「で、阿知川に謝る事に、何で霊感が必要なんだよ」

    「……だって、もしアタシが本当に悪霊に取り憑かれててさ、それで阿知川が祓ってくれてたんなら、アイツ被害者でアタシ加害者じゃん……だから、まずは第三者に聞いてハッキリさせたかったのっ!アタシが取り憑かれてるか!!」

    「いや、増えてるぞ」

    「えっ!?増えてるの!?……ってか、アンタ見えてんの?!」


     いかん、ついポロっと言ってしまった。上手く誤魔化さないと。


    「いや見えてない。父さんの友達の息子に霊感がある奴がいて、其奴がさっきLINEで教えてくれた」

    「ヤバっ!そいつ千里眼でも持ってじゃない!?」


     チョッロ。


    「結論からだけど、素直に伝えれば良いんじゃないか?阿知川もそんな引き摺る奴じゃないと思うし」

    「そ、それはそうなんだけどさっ、いきなりアタシが阿知川に友好的に話し掛けに行ったら何か変じゃない?」

    「周りから見たら変かもな。「マジウザいんだけど〜マジで消えてし〜!」とか言ってたくらいだし」

    「はぁ?何覚えてんの?てか、アタシそんな言い方絶対してないし!そもそも似てない!」

    「そもそもの話、こっそり謝れば良いじゃん」

    「はぁ?謝った後教室で知らない顔しろっての?アンタ意外と薄情?」

    「ギャルだろ。頑張れよ」

    「ギャルを雑に扱い過ぎでしょ。厚顔無恥怪獣だと思ってんの?」

    「まあ、四志が良い奴だってのは分かった」

    「な、何、急に褒めてんの?恥ずいんだけど」


     素直なのも分かった。


    「ただ、周りを気にし過ぎじゃないのか?多分、阿知川と友好的に接したって周りから四志が後ろ指差されることは無いと思うけど」

    「……うん」

    「それに別に謝ってから関わらなくても良いと思うけどな。阿知川はそれでも、理解者が1人増えたことを嬉しがる筈さ」

    「へぇ、分かった気で話すんだね」

    「おいおい、俺がアイツとどんだけ一緒にいたと思ってたんだよ」



    「「せいぜい2週間程度だろ」」



     2人の声が重なる。


    「ハハっ、完璧じゃーん。ウケるんですけどっ」


     2人で笑い合った後、四志が短く息を吐き、真面目な口調で話し出す。


    「アタシ。明日阿知川と話してみるよ」

    「多分、部室にいると思うぞ?」


     親切心でそう伝えると、四志は眼を見開いた後に、語気を強めて喋り出す。


    「はぁ!?心の準備ぐらいさせてよね!ったく、アンタやっぱり鬼畜モンスターなのかもね」

    「おい、心外だぞ!」


     俺が詰め寄ろうとすると、四志は逃げる様に駆け出して、顔だけ此方へ向ける。


    「あはっ、嘘嘘、ジョーダンだからジョーダン!」


     両の掌を合わせてはいるが、声色には楽しげさが含まれていた。


    「良いよ!そんなに気にしてないから!」


     距離が開いてしまった為少し声を張ってそう伝える。

     すると、顔だけ此方へ向けていた四志が立ち止まり、くるりと回転して俺の方へと振り返る。


    「それと……ありがとね。命」


    ニヒッと笑う彼女の声は確かに俺へと届いていた。


    「どう致しまして」


    届くか届かないか分からないほどの声量でそう返す。


    「うん!」


     金髪の髪をふわりと揺らしながら、四志は手を振った。

     数歩、後ろ歩きを行い、進行方向へと向き直り駆け出す四志を見て、俺はポツリと呟く。


    「悪い気はしないな」







  43. 43 : : 2020/08/11(火) 01:00:50



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【教室:2-B】



     次の日の昼休み。大きな変化が二つあった。

     1つは


    「阿知川……一緒に弁当食べようよ」


     四志から昼食のお誘い。


    「いえ、詠は屋上で食べますので」


     おい!空気を読め!!


    「じゃあ、アタシも屋上で食べるし、これで文句ないっしょ?」

    「ふふっ、文句など最初からあるわけないじゃないですか。では四志さん、一緒に行きましょう」


     仲睦まじいそうに話して、2人は教室を後にする。


    「まじかよーっ」


     黒髪の黒神乃子は紙パックのカフェオレを手に持ち、面食らった表情をしていた。

     ちなみに俺も驚いた事があった。


     それが2つ目。


    『おや、あのパツ金のお嬢ちゃん、取り憑かれてとる霊が跡形も無く消えとるぞ』

    「え、マジ?」

    『マジじゃよマジ』


     今日は朝から授業中の教室が静かで、霊が復活するのが遅いと思っていたが除霊されていたのか。

     じゃあ誰が?

     階段の方へ歩を進める2人の背中を見ながら思案していると。


    「誰だと思う?」


     視界が指で塞がれ、澄んだ声が背後で響く。


    「会長…!?」

    「そっ、大せいかーい。枯岸冥、第32回生徒会長さ」

    「何故フルネームで」

    「だってボクの名字忘れられてないか心配になってさ。──というのはおふざけで、1つの(わだかま)りが解消されて良かったね」

    「除霊はもしかして会長が?」

    「そうだよ。……全く、ボクの除霊は高いんだからね」

    「じゃあ何で除霊したんですか?」

    「ボクの(いのち)は、後少しだからね」

    「えっ?」

    「なんてね。可愛い後輩の友達だから……かな?」


    「……会長も本当に御人好しですね」


     一瞬だけ視線を阿知川へ移す。四志と語り合いながら朗らかに笑う少女の姿あった。


    「ふふ、そうだろうねぇ。『霊に困る誰かの為に』が行動理念の同好会なんだ。相当な御人好ししかいないだろう?」


     額に指を当てられ、微笑み掛けられる。

     君もだよ。と暗に示すように。


    「……俺は違いますよ」


     気恥ずかしさで視線を外す。外した先に三重内が居た。


    「!?」


     いつからそこに居た。


    「密です。密です」


     三重内はパンを抱えた腕を真っ直ぐに伸ばして、会長と俺の間に、体を捻じ込んでくる。


    「おや、玲。君も昼食かい?」

    「そっす。枯岸会長も御一緒にどうですか?」

    「あははー、ごめんね。ボクは普段から夕食以外嗜まない主義なんだ」

    「了解っす。オレも今日からその主義になります」


     売店で買ったであろうパンをボトボトと廊下へ落とす三重内。

     馬鹿だ。


    「こらこら、食べ物を粗末に扱ってはいけないよ」


     屈んで袋に入った惣菜パンを3つ、手際良く拾った会長は、それを三重内へ差し出す。


    「枯岸会長。結婚してください」


     何でだよ。


    「間違えた。お手を煩わせてすいません、ありがとうございます」


    「どう致しまして。ごめんなさい」


     流れる様に振られた。


    「……えっ……玲って、もしかして会長の事が……」


     黒神(くろがみ)乃子(のこ)が、窓の向こうから此方の様子を見ていたらしく、先程の比ではない程に衝撃を受けた顔をしている。

     三重内、罪な男だ。



  44. 44 : : 2020/08/11(火) 01:02:59



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




     その日の放課後、霊研究同好会の4人は部室へと集まっていた。




    【霊研究部:空き教室】




    「それでは、第1回以来達成のお疲れ様会、乾杯です!」


     各々が手に自動販売機で買ったペットボトルを持ち阿知川の乾杯の音頭でそれぞれがペットボトルの先を合わせる。

     溢れ出した時の為に慎重にキャップを開ける。しかしその心配は杞憂に終わり、清涼飲料からプシュッと炭酸の抜ける音がするのみだった。


    「改めて、お疲れさま。命」


     少し減ったミネラルウォーターを机に置いて、会長が労いの言葉をかけてくれる。


    「俺はただ話しただけですよ。除霊してくれたのは会長で、そのきっかけになったのは阿知川の行動ですからね」

    「えへへっ。詠は大したことはしていませんよ」


     くねくねと、恥ずかしそうに身体を揺らす阿知川。


    「おいおーい、命っち。オレが何もしてないみたいな言い方傷つくぜっ!」

    「いや事実だろ」

    「玲はパンを食べてただけだよ」

    「あのさ、冷たいマジレスって結構クるんすよね」


     憧れの人に、パンを食べてただけと言われ落ち込んだ様子を見せる三重内。事実だが少し可哀想に思えてきた。

     そんな様子を見かねて阿知川が、オレンジジュースを持つ手の反対の手で挙手し、喋り始める。


    「三重内君は目立った活躍はしていませんが、詠と四志さんの間に決定的な亀裂が入らなかったのは、クラスの輪を取り持ってくれていた三重内君のお陰だと詠は思います」

    「詠っち、最の高だぜ」

    「えへへっ」

    「そうだね。きっとここに居る誰が欠けていても、結果は違うものになっていたかもしれないね」

    「そうそう!俺がパン食ってたことも意味があったってわけっすよ」

    「それは違うだろ」

    「マジレスやめて……」


     眉を八の字にして、弱々しい声で呟く三重内。

     そのやり取りを見て阿知川は口元に手を添えながら笑い出す。

     視線を少し横に向ければ、会長も笑いを堪えるように口に力を入れていた。

     そんな3人の姿を見て、俺も吹き出してしまう。


    『命君。楽しいかい?』


     背後から優しい声色で室園さんが語りかけてくる。

     その問いに対し、俺はゆっくりとだが、確実に。確固たる思いを持って頷いた。



     笑いあい、認め合い、高め合う。



     自分を偽らなくて良い場所が、ここにある。


  45. 45 : : 2020/08/11(火) 01:04:56








    Chapter2
        枯岸 冥
           END






  46. 46 : : 2020/08/11(火) 01:05:57


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    ◇室園レポートⅡ◆



     枯岸冥

     命君の通う学校の生徒会長でひとつ歳上。
     一人称がボク。
     肩まで伸ばした艶のある黒髪、三つ編みを交えた髪型を好む。

     有名な霊能家系である枯岸家の次期当主。
     完全な除霊と完全な霊視を行えるダブルギフテッドであり、容姿端麗頭脳明晰のおまけ付き。
     しかし、霊の声は聴こえないようであり、霊にあまり好かれない性質を持っている。

     のらりくらりと過去や本心を語らない為、底知れない何かを感じる(命君談)

     この娘だけ、完全にワシ除霊できるかもしれんから気を付けとこ。




    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  47. 47 : : 2020/08/11(火) 01:09:26



    ◇幕間Ⅱ◆



     3年前。

     陰鬱な顔をする男性の霊が目の前にいた。

     見た目は30代程の眼鏡をかけた優しそうな顔。服装がスーツなので会社員なのだろうか。


    「ねえ、どうかした?」

    『き、君!僕が見えるのかい!?』

    「見えるし、聞こえるよ」

    『す、凄いな。霊能力者って本当に居るんだ。僕全部ヤラセだと思ってたよ』


     霊になってまで何を言っているのだろう。

     あと、お茶の間に流れているやつは大抵ヤラセ。


    「それでどうしたんだ?そんな落ち込んで」

    『ああ。実はね、僕死んじゃったんだ』

    「……そりゃあそうか、ごめんな、変な事を聞いて」

    『謝らないでくれ、何でか分かんないけど、自分が死んだ事に対してはそんなにショックは無いんだ』

    「まあ、霊になるってそういうものだから。それで?何か未練があるんだよな」

    『娘がいるんだ。今年で17歳の娘が』

    「それが未練?」

    『単身赴任でね、僕が中々家に帰れず、娘の誕生日の日に帰れる事になったんだが……』

    「そっか……、それで誕生日っていつなの?」

    『今日だよ』

    「そりゃあ、暗くもなるな」

    『伝えたい事もあったんだ。……ちゃんと、祝ってあげたかった』

    「泣くなよ!いい歳してんだから」

    『すまない。すまない、紫穂(しほ)……』


     謝罪の言葉を述べるのは、自身の娘。

     それも当然、未練というのはそういうものだ。

     死者を現世に縛り付ける大きな(くさび)


    「じゃあ、俺が伝えてきてあげるよ。おじさんの伝えたい言葉」

    『本当かい!?』


     幾度となく、霊の望みを叶え、未練の縛りから解き放ってきた俺は自信があった。

     なんでも解決出来るのだと、どんな霊でも救うことができるのだと。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



     案内され自宅に辿り着いた俺は、扉を開けて此方を見る少女へと包み隠さずに説明する。

     その結果


    「お父さんは死んだの!勝手にだよ!!約束破って……アンタもお父さんも嘘つきだ!!」


     高校生の女に激怒される。そりゃあ信じられないよな。いきなり、アンタのお父さんの言葉を伝えにきたなんて言っても。

     だけど、伝える。霊能力者と信じて貰えなくても、霊のために。


    「アンタのお父さんさ、中学校の頃にキモいって言われて以来1度も口にして無かったけど、『僕と母さんの世界で一番の宝は紫穂だよ。愛してる。幸せになってくれ』だってさ」


     その発言を聞き、少女はヒステリックに笑う。


    「ハハ、ハハハッ、揶揄って楽しい?お父さんが、そんなこと言うわけないじゃん。ウザいよ。アンタが代わりに死ねば良かったのに」

    「は?」


     憎しみを向けられた事に対して、俺は声を荒げてしまう。


    「ふざけんな!!いるんだよ!!」

    「アンタの親父が言ってるんだぞ!?」


     自身の隣を指差すが、少女の目には何も映らない。

     少女は虚な目のまま俺を睨む。

    「扉閉めるからあっち行ってよ。本当……死んで。私の心を引っ掻き回さないでよ」


     鬼気迫る表情に後ずさると、凄まじい勢いで扉が閉められた。


    「…………」

    『すまない。娘も消沈しているようで、普段はあんな事言う子じゃないんだよ』

    「良いよ。もう、馬鹿らしい」

    「おじさんは娘さんの所にいてあげてよ。せめて誕生日に一緒にいる約束は守ってあげな」

    『そうさせてもらうよ。ありがとう』


  48. 48 : : 2020/08/11(火) 01:10:16




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



    【公園】


     誰もいない寂れた公園。隣の民家との隔たりの為に作られたブロック塀へと頭をぶつけながら、頭とは違う痛みに堪えながら、口を動かす。


    「……くそ、何で善意なのに……死ねまで言われるんだよ……実の親父が死んでんのに死ねとか使うなよ……馬鹿……馬鹿野郎ッ」


     痛い。痛い。痛い。

     痛みを傷みで誤魔化しながら、俺は頭突きを繰り返す。


    『命君!?どうしたんじゃ!?ブロックに頭突きして!!頭怪我するぞ!!』


     散歩から戻ってきた室園さんが、慌てながら此方へ近づいて来る。


    「室園さん……俺さ、間違ってんのかなぁ」


     涙を流しながら事の顛末を説明すると、室園さんは険しい表情でこう言った。


    『……誰も間違っとらんからこそ、辛い事もあるのぉ』

    「うん……」

    『誰も悪くない、誰も間違っとらん。ただ、もっと上手くやる方法もあったかもしれんのぉ』

    「うん……」


     情けない事に、俺は涙を流しながら頷くことしか出来ず、あかべこの様に何度も何度も室園さんの言葉を首を縦に振りながら聞いていた。


     それをクラスの奴らに見られているなんて思いもせずに。


     ましてや面白半分でスマホのカメラを向けられているなんて、到底考え付かずに。


     俺はただただ、虚空に向かって話しかけ、泣きながら頷いていた。


     何度も、何度も。






    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  49. 49 : : 2020/08/14(金) 01:01:45






    Chapter3
         見えない少年






  50. 50 : : 2020/08/14(金) 01:03:07



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




     翌日。

     正確には四志に取り憑いていた霊が除霊され、阿知川と四志が一緒に昼食を摂った次の日の放課後。

     もっと言うなら4月30日。

     俺と阿知川はエアコンの無い部室で、間隔を開けて並べられた椅子へと座り、黒板の前に立つ会長の姿を見ていた。





    【霊研究部:空き教室】




    「じゃあ、今日は基礎編ではなく上級編だ」


     右手にチョークを、左手で眼鏡をクイっと上げながら会長はすらすらと[上級編]と、黒板へ記入していく。


    「あれ?会長って眼鏡してましたっけ?」

    「ああ、これはブルーライトカット眼鏡、勿論伊達だよ。ボク両眼視力2.0だし」


     眼鏡を取り外し、ウインクしてくる会長。

     絶対あのウインクは俺に対してだ!

     
    「ちなみにこれ、なかなか良い値段がしたんだけど、高いのも安いのも差がないね」


     会長は眼鏡を胸ポケットへと入れて、空いた手をひらひらと振った。


    「そうなんですか?」


     買う予定は無いが良い事を聞いた。ブランドとか、デザインとかが値段の決め手で性能に差は無いのか。


    「性能に差はあるだろうけど、数十分の作業の為に一々するのが億劫でね」


     ああ。幾ら高くても付けなければ意味がないと云うことか。

     確かに会長が部室でパソコンを使う時、眼鏡をする姿を見たことはなかった。


    「成る程……」

    「?」


     阿知川だけが意味を理解しておらず、ふにゃっとした表情で首を傾げていた。


    「では、授業に戻ろうか。なんてっ、そんな大層な事じゃないけれどね。今日の内容は人と霊の関わりについてさ」


     形から入るタイプの会長は、チョークを手に持つだけで何も書かずに話し続ける。


    「以前、強い霊に成りやすい条件を話したのを覚えているかな?」


     会長の問いに対して、阿知川は机の上に置いたノートのページをめくり始める。


    「えっと、《強い感情持っている事》、《生前霊能力に優れている事》、《死んだ状況と生まれた状況が似ている事》の3つですよね?」

    「そうだよ。わざわざノートに書き起こしているなんて、本当に詠ちゃんは可愛い後輩だ」

    「えへへっ。詠、顔を褒められたのは初めてです!」


     照れくさそうに自分の頭を撫でる阿知川。


    「顔は褒めてないと思うぞ」

    「命。詠ちゃんの顔は可愛いよ」

    「俺が間違ってるんですか!?」


     裏切りだ。これは間違いなく裏切りだ。

     整っていて、可愛くはあるんだけれど。


    「詠の顔が、可愛くないんですか……!?」


     大袈裟なリアクションをとる阿知川。

     いつからそんなキャラになってしまったんだと、心の中で涙を流しながら、俺は話題を授業へと戻す。


    「阿知川、悪ノリするな。会長も話が脱線してますよ」

    「あはは、ごめんね。じゃあ、さっき話した中にあった、[霊能力に優れている]人に成りやすい条件を話そうか」

    「そんなの有るんですか?」

    「まあ、あくまで参考程度で良いと思うよ」


     ついにチョークを教卓の上に置いて、会長は自身の手首を指差す。


    「先ずは血だね。要は遺伝ってやつさ、親や祖父母に霊能力に優れた人が居れば、子どもや孫もそれを継ぎやすくなるみたいだね」

    「なんか、ピンと来ないですね」


    あと血のジェスチャーが手首なのなんか怖ッ!!


    「命のご両親は、全く霊能力が無いのかい?」

    「そうですね、ちなみに爺ちゃん婆ちゃん含む親戚も、霊能力を持ってる人居ませんよ」

    「じゃあ、君は特別なのかもしれないね」

     よく分からない感心をする会長。そこへ阿知川が手を挙げながら会話に入ってくる。


    「話に横入りしますが、詠は納得出来ます。おばあちゃん、霊が見えたりお祓い出来てましたし」


     確か室園さんも言ってたな。阿知川の祖母は霊能力者で、お祓い棒はその形見だって。


    「他にも条件があるから話していって良いかい?もしかしたらしっくり来るものもあるかもしれないから」

    「続けて下さい」

    「どうぞです」


     2人の了承を得た会長が、次は自身の唇の横へ人差し指の先を当てながら。


    「女性である事」


     ニヒルな笑みを浮かべる会長。

     しっくりくるわけがなかった。


    「日ノ元君!女の子説!」

    「ねぇよ馬鹿」


     これで俺が女の子だったら男装力高過ぎだろ。

  51. 51 : : 2020/08/14(金) 01:03:26



    「会長、他に無いんですか?」

    「うん。あるよ」

     会長は何処から取り出したか、扇子で仰ぎながらケロっとした表情を浮かべた後、扇子の片側を摘み、軽く振って扇子を閉じる。

     少しの間を置いて、会長が胸に手を添えながら呟く。


    「ボクも当て嵌まるんだけど、双子である事」

    「えっ!?冥さん双子だったんですか!?」

    「双子だよ。ただ、兄はボクが産まれると同時に亡くなってしまったけどね」

    「!?!?!?」


     兄の死をさらりと話す会長に、ワンテンポ遅れて俺と阿知川は驚嘆する。

     そんな事は気にせず、会長は立てた二本の指の内一本だけ折り畳み、


    「これが条件さ、双子として生を受け、無事に産まれたのが1人だけ。魂が混じり合う、のかな?詳しいことはよく判らないけれどね」


     残った人差し指をクルクルと回しながら話を続ける。


    「後天的に霊感を得るケースもあると聞くし、上級編と言ったけれどあんまり参考にならないかな……どうしたんだい?命」


     淡々と話進める会長が俺の顔を覗き込みながらそう聞いた。


    「い、いや。何でもないです」


     全てを見透かしているかのようなその目に、一瞬怯んでしまう。

     会長は「それなら良いや」と呟いてから、話題を上級編の内容へと戻す。


    「次に霊に干渉しやすくなる、またされやすくなる条件だ」

    「そんなのあるんですか?」


     兄の死という話題の後から、バツが悪そうに黙っていた阿知川が再び口を開いた。


    「あるよ。と言っても単純で濡れること何だけど。水っていうのは生と死に深いつながりがあってね。此岸と彼岸、三途の川、水は生者と死者の境界であり、交わる場所でもあるんだ」

    「お盆などに水の事故が多いのもそういうことなのでしょうか?」

    「うん、そうだね。正確にはお盆には成仏した霊が帰ってきて霊が増えてしまうことも要因の1つに挙げられるね」


     ずっと聞きに徹していた俺だが、会長の話を理解出来ず、思わず声を発していた。


    「えっ、お盆って霊帰ってくるんですか!?」

    「命は、輪廻転生肯定派なのかい?」

    「そ、そうではないんですけど、だって成仏した霊が俺の所に来たなんてこと一回も無いですよ!?」

    「成仏した霊はね、普通の霊とは違うからね。仏に成ると書くくらいだ、きっと別の何かに変わってるんじゃないかな。だからきっと霊視出来る命でも見る事が叶わない」

    「と、信じたいですね」

    「ちなみに命はどれだけの霊の成仏に携わったんだい?」

    「えっと……3桁くらい?」


     会長から驚いているのか訝しんでいるのかよく分からない、不思議な視線を向けられる。


    「……それは除霊ではなくて?」

    「そうですね。そもそも俺除霊できないですし」

     若干誇らしげに除霊が出来ない事を伝える俺をみて、会長は優しく微笑む。


    「あははっ、君、化け物だね」

    「じゃあきっと干渉出来てないだけさ。そうじゃないと報われなさすぎる」

    「そうですか、じゃあこれからお盆では1日中風呂の中にいるとしますよ」

    「お風呂はお風呂だから意味ないんじゃないかなぁ」

    「日ノ元君!指がふやけてお爺ちゃんみたいになってしまいますよ!」


     冗談に対してズレたご意見をいただき、返答に困った俺は話を少し前へと戻す。


    「さっきお盆中の水の事故は霊が関係してるって言ってましたけど、そもそも、霊って人に直接干渉できないんじゃないんですか?」

    「そうだね。生物に直接触れれる霊は普通はいない。でも、君は知ってるんじゃないのかい?触れずに対象に影響を与える方法(すべ)を」

    「……ポルターガイスト」

    「うん。その通りだ」


    キーンコーンカーンコーン。


     そのタイミングで鐘が鳴る。8限(今日は授業が無かった)の終了を知らせる鐘だ。

    「切りもいいし今日は、この辺までかな」

     会長の一声で、恙無く進行していた勉強会はお開きになった。

     お悩み相談箱には何も入っておらず、各自課題などやるべき事に取り掛かり1日を終えた。

     ちなみに三重内は今日もサッカー部に顔を出しに行っていた。

  52. 52 : : 2020/08/14(金) 01:06:04



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



     次の日。


     4月が終えて5月になり、1ヶ月の制服移行期間(夏服冬服どちらでも良い期間)に入った。

     男子の一部(主に運動部)が夏服に替わる中、ブレザーを纏った俺と三重内は霊研究部へと向かう。

     その道中

    「やあ、命に玲。君達も今から行くのかい?」

     こちらに気付き黒髪の髪を靡かせながら手を立てて指をパタパタと動かす会長。本日の髪型は、右耳の上から三つ編みをするシンプルなものだった。


    「はい!そうっす!」


     曲がり角でばったり会った会長へ、無い尻尾をパタパタさせるようなテンションで、横に並んでいた三重内が飛び出す。


    「こらこら。玲、廊下を走ると危ないよ」

    「ありがとうござァますッ!!」


     叱られて何故か感謝する三重内。


    「なんでだよ」

    「命っち、会長からありがたいお言葉戴いたんだぜ?そりゃあ感謝の言葉も出るだろー?」

    「『廊下を走るな』がか?」

    「ああ!今すぐ書道部の先生に書いてもらって掛け軸にして家に飾りたいくらいだ!こらこら、込みで!」

    「玲……ボクは真面目に伝えたつもりなんだけどね」


     頭に手を当てながら首を振る会長。ほら見ろ呆れられてる。


    「オレも……真面目ですよ。結婚してください」


     何故だ。

     イカれた連想ゲームすぎる。なんでもプロポーズに繋げるな。


    「……ゴメンね」

    「そん…………な」


     ガクリと膝を突き、掌や、手の側面を使い廊下の埃を集め出す三重内。


    「甲子園かよ」


     何人かに見られ、クスクスと笑われるのも気にも止めず、拳を握り小さく言葉を漏らす。


    「逆転……負けだ」

    「途中まで優勢みたいに語んなよ……」


     なんならまだ1回表だぞ。


    「くくっ……ふふふっ……」

     御決まり染みたやり取りとはいえ振った立場だからか、必死に笑いを堪えている会長だが、口元を隠している指の隙間から空気が漏れていた。

     三重内はスッと立ち上がり、集めた埃を近くの教室のゴミ箱に捨てて、手を(はた)きながら合流する。


    「じゃっ、行きましょうか」


     何事もなかったかの様に提案する三重内。


    「なんで埃を集めたんだよ」

    「命っち、埃って灰色に見えるだろ?」


     何か言い始めた。

     俺は「見える」と相槌をして言葉の続きを待つ。


    「正確にはあれ、服の細〜い糸の集まりなんだぜ?だから赤い糸とか青い糸とか黄色い糸とか色々混じってるんだ」

    「へぇー」

    「で、人の脳って色んな色がゴチャゴチャしていると灰色って判断しちゃうから、灰色に見えるらしいぜ」

    「なるほどな」

    「ちなみに青い服だけしか世界になかったら埃は青色になるらしいぜー?」

    「青い埃は、なんか汚い感じがしないな」

    「だろ?」


     良い豆知識をもらった。

     それと、何か聞いてた事があった様な気がするが忘れてしまった。

     会長は歩きながら終始笑っていた。

     それから廊下を歩くこと約2分。


    「……おや、電気が付いているね」


     真っ直ぐ行った先に霊研究部への扉があり、四角い覗き窓から蛍光灯の光が漏れ出しているのが見える。

     既に阿知川が教室内にいるのだろう。


    「どうぞ。枯岸会長」


     会長の為に自動ドアと成った三重内。


    「ありがとう、玲」

    「ありがとうござァますッ!!」


     何でだよ。


    「サンキューな」


     愉悦に浸る三重内を横目に俺も教室へ足を踏み入れると、阿知川が小説から顔を上げる姿が目に映った。


  53. 53 : : 2020/08/14(金) 01:06:22



    【霊研究部:空き教室】




    「皆さん。来てましたよ」


     阿知川の指差す方へと目を向ける。

     目に入るのは机の上に置かれた青い洋封筒。封はまだ切られて居らず、状況から見るに俺たちの到着を待っていたのだろう。


    「わざわざ待っていてくれたんだね。ありがとう詠ちゃん。……じゃあ、開けようか」


     その提案に3人が同時に頷く。

     会長が白いポーチからハサミを取り出し、洋封筒へとハサミを通す。

     中から猫のイラストの書かれた二つ折りの便箋を取り出し、一瞬だけ目を通したのち会長が吹き出した。


    「どうしたんすか!?」


     三重内が便箋を覗き込もうとするが、会長は素早い動きで其れを躱し、再度二つ折りにして俺へと差し出す。


    「……何で俺なんですか」

    「良いから、見てご覧よ。理由がきっと分かる筈さ」

    「……?」


     渋々便箋を受け取り、折り目を持って開く。

     飛び込んできた一文目は。









    [霊研究同好会の、三重内玲君、枯岸冥さん、阿知川詠を除く部員の方へ]








    「いや、俺じゃん」

    「御指名みたいだね」


     状況を理解出来ていない三重内と阿知川へ便箋を机の上に置いて見せた。


    「詠だけ敬称が付いていません!」


     えっ?そこ?


    「そもそもの話、何で命っち以外は駄目なんだ?」

    「続きを読めば分かるかもしれませんね」


     阿知川の言葉を聞き、俺は視線を便箋へと戻し、手紙の続きに目をやった。


    [本日17:00、体育館裏で待ってます]

    「またかよ!!」


     どうして1週間で2回も、体育館裏に呼び出されないといけないんだ。


    「なあ、命っち。もしかしてだけどさ」

    「なんだよ」

    「これって告白とかなんじゃねーの?」

    「マジか」

    「ええええっ!?!?!?!?」


     過剰に反応したのは阿知川。


    「日ノ元君!も、もし告白だったらどうするんですか!」

    「そうだな……」


     ここで大事なのは決断をしない事。告白を受けて付き合うも付き合わないもここで決めるべきではない。

     まだ見ぬ美少女が来てしまった場合、俺は多分流されて受け入れてしまう。

     失礼ながら好みじゃない女子が来た場合、本当に失礼ながら袖にさせてもらう。

     もしかしたら、男という可能性もあるし、嘘告というヤツだったらここで舞い上がれば馬鹿のように思われてしまう。

     実際にその状況をシュミレートしてから、丁寧に、答えを返す。


    「顔を見る」


     これが俺の選択だ。


    「うわぁ……」

    「命、0点だ」

    「命っち、その解答はどうかと……」


     凄い冷たい視線。


    「いや、そもそもの話、告白なわけ無いだろ。今時、部活先に手紙送って、体育館裏に呼び出しての告白とかあるか?」

    「確かに」

    「アニメや漫画に影響されすぎだぜ三重内。普通は下駄箱に手紙を入れるだろ」

    「それも無いんじゃないかなー?」

    「ここの下駄箱、蓋ないですからね」


     女子2人が、先程の顔を見る発言から態度が冷ややかだ。


    「取り敢えず、時間も迫ってるし行ってみるよ」


     大袈裟に腕時計に目をやり、この場から逃げ出す為に部室の扉を開いて駆け出した。

  54. 54 : : 2020/08/14(金) 01:07:28




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【体育館裏】



    まさかの2度目の来訪。

    5分前に着いたのだが、既に人影があった。


    「あ、みことんだー」


    待ち合わせの場所には、耳より高い位置で結ばれたツインテールのクラスメイトが居た。


    黒髪(くろがみ)黒神(くろがみ)

    「あー!それ嫌だって分かって言ってるでしょー!」


     和やかな雰囲気で俺を迎えた後、ボソリと「……ウチだって親が厳しくなかったら染めてんのにぃ」とボヤく声が聞こえた。


    「それに「あ、ミコトンだー」じゃねぇよ。手紙の内容明らかに呼び出しだったよな。LINEで話せLINEで」


     あとなんだミコトンって。ママも安心な商品名か?


    「内情に詳しい人に来てもらう予定だったんだけどさぁ、あの3人以外の部員、みことんしかいないのー?」

    「居たら、同好会じゃなくて部になってるだろ」

    「ハハッ言われてみれば確かにー」

    「で、内容はなんだよ。三重内関連か?」

    「は?えっ!?何で分かんの!怖いってー!」

    「俺のお父さんの友達の息子が霊能力者でさ、さっきLINEをくれたんだ」

    「それ霊能力関係なくない!?」

    「ハハッ言われてみれば確かにー」


     意趣返しとばかりに先程の黒神の真似をした。すると


    「は?コピペすんなしぃ」


     新しいツッコミをくらった。

     因みに三重内関連と言った理由は、四志と阿知川が初めて屋上へ昼食を食べに行った日の黒神のリアクションからだった。

     彼女は、三重内が会長(枯岸冥)のことを好いていると知っている為呼び出しの候補から除外したのだろう。

     その上内情を探ろうって言うのだから大体察しがついた。


    「多分、黒神が思ってる通りだと思うけど」

    「えっ、玲、ウチのこと好きなの?」


     お花畑さんだった。

     ここは現実を教えてあげるべきだろう。優しくするだけが思いやりではないと何かの本に書いてあった。


    「いや、会長のことが好き」

    「っっっっっぅ──!」


     目を閉じ耳を塞ぎしゃがみ込む黒神。変わった現実逃避だ。

    「…………」


     会話は成立しないようだ。

     スタスタ、と。俺は来た道を帰ることに──


    「待てやい!!」

    「……なんだよ」


     呼び止められる振り返ると、高めに結われたツインテールを揺らしながら此方に強い眼差しを向ける黒神の姿があった。


    「何さらっと帰ろうとしてんのさぁ!ウチが可哀想だとは思わないのぉ!?」

    「……パッツンだろ。頑張れよ」

    「何をもってその応援は成立してんの?!」

    「帰ろうとしたのは半分冗談だけどさ、俺はどうすれば良いんだよ」

    「半分は帰ろうとしたんだ。いや、そのー……玲のこと聞きたくて」

    「本人に聞けば良いだろ」


     投げやりになっていると思いつつも、俺はそう提案する。

     その提案を聞き、黒神は呆れたように溜息をついた。


    「あーもう、みことんデリカシーないよねっホンット」

    「はいはい、悪かったよ」


     心の篭ってない謝罪をしてから、不満げな黒神へ俺は提案する。


    「じゃあ実際に来れば良いじゃん」

  55. 55 : : 2020/08/14(金) 01:12:48


    「どこにぃ?」


     主語が無かった為、黒神は首を傾げながら疑問を声と身振りで表していた。


    「1日霊研究同好会に見学に来れば良い。今日は遅いから明日にでもさ」

    「無理無理無理!無理だってぇー!!ウチ枯岸冥に差を見せつけられて、絶対失恋しちゃうもんっ!!」

    「それで失恋するなら、そんなもんだったんじゃないのか?」

    「みことん、ピュアボーイすぎでしょ。略奪愛なんて今時成立しないって。あと失恋なんてそんなもんだよ?割とさー」

    「ん?別に会長は三重内と付き合ってないぞ?三重内から猛アプローチはかけられてるけど歯牙にも掛けてない」

    「はい、チャンス頂きましたぁ!!」


     この時俺は改めて思った。

     やっぱりギャルは強い。


    「でもやっぱり、ウチの気持ちがバレちゃうの恥ずかしいかも」


     ガッツポーズの手を開き、頬に手を当てながら身体を左右に捻るように揺らし、スカートがはためく。遅れて鞭のようにツインテールがしなっていた。

     ぶりっ子ではなく、耳が赤くなってるから本気で思っているのだろう。


    「本当にピュアなのは黒神の方なんじゃないか?」

    「うっさいし!」


     赤い顔で怒鳴る黒神。別に怒ってはないようだが。


    「じゃあどうすんだよ」

    「う〜」

    「今時、「う〜」っていう奴居るんだな」

    「うざっ!キモっ!あと似てない!」


     ノリの良いクラスメイトの「キモっ!」にちょっと傷つきながら、俺は質問をする。


    「ていうか、なんで三重内が好きなんだ?いや、アイツいい奴だし、わからない事はないんだけど切っ掛け的なやつ」

    「は?!何で!?」

    「言いたくないなら良いけど」


     切っ掛けが分かれば力になりやすいと思ったから、というのが建前。本音は興味本位だ。


    「別に、減るもんじゃないし、良いよ」


     本人も話すことに対して抵抗はないらしく、気恥ずかしさからか、ツインテール(右)を指でクルクルとしながら話し始める。


    「玲とさ、ウチ同中だったのね」

    「でさ、そん時玲サッカー部でぇ、めっちゃカッコ良かったんだよね」

    「その姿を見て惚れたと」

    「ううん……その、さ。好きになって切っ掛けはそれじゃなくて……」


     両手の指先だけを合わせ、もじもじしだす黒神。


    「何かあったのか?」

    「昔はウチこう見えても大人しめな子だったんだよね。で可愛いから、他校の変な男に粘着されてたの」

    「偶然通りかかった玲が追い払ってくれてさ」

    「その姿にか……」


    自分で可愛いという事はスルーだ。


    「ううん。玲が追い払った翌日、報復みたいな感じで来た高校生5人ぐらいに玲とウチが囲まれちゃってさ。しかもモヒカンのやつとか釘バット持った奴にだよ」


    「唐突なバイオレンス」

    「玲、めっちゃ喧嘩強くてさ。みーんなボコボコ」

    「おおっ」


     三重内、かっこいい。

     アホみたいな2語分を頭に浮かべながら、続く黒神の話へ耳を傾ける。


    「でもさ、玲、それが理由で退部にされちゃって、そのせいでサッカー部、中体連で負けちゃった」

    「そのことでさ……玲に謝ったら、玲なんて言ったと思う?」


     これは質問ではないようで、俺が答える前に黒神は口を開いた。


    「『オレが勝手に喧嘩しただけ』だってさ……」


     三重内、かっこいい!

     またアホみたいな2語分を!!しかし、事実だ。


    「玲さ、部活のメンバーにも顧問にだって、ウチを庇ったこと話してないの」

    「そんな人さ、好きにならない方が可笑しいよ」


     その瞬間を思い出すように蕩けた表情をする黒神。


    「やっぱり、三重内はいい奴なんだな」

    「うん……だから……好き」

  56. 56 : : 2020/08/14(金) 01:13:40



     甘い甘い言葉に若干の胸焼けを覚えながら俺は低く手をあげる。


    「ああ。……その話聞けてよかったよ。じゃあな」


     踵を返して俺は歩き出──


    「あ、うん────ってちょっとちょっとぉ!依頼なんも解決してないんだけどぉ!」

    「なんか終わっていい感じになったから」

    「なってないし!」

    「ていうか、そんだけの事が有ったなら、もう玉砕覚悟で突っ込んで玉砕しろよ」

    「確かに!……ってそれ結局玉砕すんじゃん」

    「言葉の綾だよ。ただ、あの様子を見ると、覚悟はしといたほうがいいと思う」

    「そう……かもね。だって玲は私だから助けた訳じゃないんだもん。玲は、玲は優しいから、誰だって助けようとするんだ」


     誰にでも優しい。という言葉で三重内を括り、逃げようとする黒神へ、俺は否定の言葉を送る。


    「そんな漫画でよく見る設定は良いよ。三重内は確かに誰にでも優しいよ。でもさ、三重内が困ってる奴を見境なく助けるような奴でもさ、お前を助けたのは三重内じゃないか。そこは変わんないだろ」

    「みことんさ、アンタは誰の味方なの?ウチ?それとも枯岸冥?」

    「…………俺は誰の敵でも味方でもないよ。でも強いて言うなら、三重内の味方だよ」

    「だから決めるのは三重内だ」

    「そっかぁ、力は貸してくれない感じ?」

    「場を設ける協力はしても良い。だけど、お節介みたいな事はしたくない」

    「手厳しぃ」


     項垂れながらボヤく黒神。


    「頑張れよ。触覚があるんだから」

    「触覚ヘアをまるで昆虫みたいに言うのやめてほしいし!?」

    「で、どうするんだ」

     一通りの話を聞き、俺の答えを伝えたので、それを踏まえ、どうするのかを問い掛ける。

    「もう少しさ、待ってみようと思う」

    「待ってみる?」

    「ウチはクラスメイトなんだから、これから体育祭とか文化祭とか修学旅行とか色んなイベントもりもりだし、そこで絶対落としてやるし」

    「そうかよ。頑張れよ」

    「うん!サンキューね」


     親指を立てながら黒神は嫣然(えんぜん)と笑う。


    「そういえばさ、これ霊研究同好会に相談する必要あったか?」

    「んー、無いかな。あっ、強いてあげるから肩こりがヤバいとか?」

    「はは、関係ねぇーっ」



    にゅにゅっ。



    『命君。ワシの見立てだとあの子Fカッ──』


     突如現れて喋り始めた室園さんの顔の辺りをワシャワシャする。

     触れられないが、室園さんはこれをされる事を極端に嫌がる。


    「どしたのみことん?虫でも居た?」

    「ああ、居た。悪い虫が」

    『うっ……うっ……命君。ワシの事悪い虫呼ばわりするんじゃね……』


     嘘泣きを聞き流しつつ、改めて黒神へと目を向ける。

     Fカップか……。

     !!──馬鹿!堪えろ煩悩!!頑張れ俺の理性!!

     視線を必死に上へとあげ、上げ過ぎた結果空を見つめる。

     雲ひとつない夕焼け空だった。


    「どしたの、いきなり上向いてさ」

    「いや、頑張れって思ってさ」

    「あはっ、何にさ」

    「それでさ、みことんは気になる子とか居ないの?」

    「はっ?なんで俺の話!?」

    「だって恋バナなんだからみことんも話すべきでしょーっ」

    「おい待て、恋バナではなかったよな!」

    「もしかしてみことんも、枯岸冥に気ぃある感じ?それともるいるい?あ、るいるいってEカップあるんだよ」

    「えっ、マジですか?」

    「食いつくなしー、きもぉ」


     けらけらと笑う黒神。そもそも友達の胸のカップをバラすなよ。


    「ちなみに気になる子とかは特に居ないよ」

    「嘘だぁ。じゃあ阿知川とか?わざわざ同好会に入ったくらいだし」

    「ちげぇよ。はぁ、人は恋愛感情だけで動くんじゃないって、三重内見て知ってるだろう?」

    「あはっ、そっか……そうだね。じゃあ、みことんも、良い奴なんだね」


     更に近付き、身体が触れるか触れないかの距離で、あどけない笑みをこちらに向ける。

     ……Fカップ

     見るな。見るな。肘を動かそうとするな!

     心拍数の上がる俺のチョロさが悔しい。

     悔しいけど、ドキドキする。許せん!室園さん!


    「他に候補あるかなーっ」


     黒神は俺の葛藤に微塵も気付く様子はなく、頬に指を当てて僅かに思案した後、妖しい笑みを浮かべる。


    「もしかして……ウチが好きとか?」

    「あ、それはない」


     それはなかった。


    「うざーーーっ!」

     黒髪少女の声が体育館裏で木霊(こだま)した。

  57. 57 : : 2020/08/14(金) 01:14:05



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【校舎:入り口・下駄箱】



    「命っち。お疲れさん。解決はしたか?」


     一階の下駄箱で外履きと上履きを履き替えている最中、同じフロアにある自販機で購入したであろうバナナオレを持った三重内に声を掛けられる。


    「ああ、当面は問題なさそうだ」

    「へへ、そっか。それはよかった」


     白い歯を見せながら、ストローをバナナオレの紙パックに刺してコチラへ差し出す三重内。


    「飲む?」

    「いや、大丈夫。ありがとな」


     自分が飲む為に買ったのであろうことと、尚且つサイズの小さい紙パックの為丁重に断ると三重内は「そっかー」と口にしてからストローを口に含む。


    「三重内、お前喧嘩強かったんだな」


     上履きの(かかと)の部分を指で引っ張りながら、先程聞いた内容を本人へ確認する。


    「は?え?それ誰情報!?もしかして凛音っち?あ!優っちか!?分かった!藍っちだ!いや、それとも──」


     すらすらと知らない名前を並べていく三重内。コイツ、どんだけいろんな奴助けてんだよ。

     思わず笑みがこぼれる。


    「おいおい、何笑ってんだよー。オレなんか変なこと言ったか?」

    「いや、やっぱ三重内、いい奴だなと思ってさ」

    「だろ?」

    「ああ」


     誇張なしにそう思う。

     ありのままの言葉を伝えるのは恥ずかしいものだけど、不思議とそんな気持ちは無く。

     ただただ、謎の誇らしさが俺の中にあった。


    「てかさー、なんで命っちがオレが喧嘩強いの知ってるか教えてくれよー」

    「自分の胸に聞けよ」

    「93㎝」

    「なんで測ってんだよ!!」


     男子高校生の好奇心の恐ろしさを感じた。


    「ちげーって、服作る時とかに採寸するんだって」

    「ああ、なるほどな」


     説明を受け納得していると、三重内が急かすように手を動かす。


    「それより早く部室行こうぜ。なんか詠っちがソワソワしてんだよ」

    「ああ。ある種呼び出しされてたようなもんだし、心配してくれてたんだろうな」

    「それもあるけど、ソワソワの8割をオレはトイレと見たね。言い出し難いかもと思ってジュース買いに来たんだ」

    「その気遣いキモくね?」


     笑いながらそう告げる。その後も互いに笑いながら会話を続けていく。


    「キモくねーよ!てか、命っちキモいとかいう感じだっけ?」


     普段言わない単語を口にする事を、不思議に思ったのか三重内は戯けた調子で聞いてくる。


    「……移された」

    「《キモい》って感染の危険があんの!?」



    ストローを加える三重内から「早く治してくれよ!」と懇願されながら、俺達は部室へ向けて歩を進めた。

  58. 58 : : 2020/08/14(金) 01:16:38

     


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【霊研究部:空き教室】



    「おかえりなさい!日ノ元君!」


     パタパタと足音を立てながら阿知川が駆け寄ってくる。


    「お、おう、ただいま阿知川」


     未だ冷ややかな態度だったらどうしようと、幾ばくかの不安を持っていたがどうやら杞憂だったらしい。

     寧ろ、いつもより優しい態度で迎え入れられて拍子抜けを通り越し、面食らってしまう。


    「おつかれ様だね、命。解決は出来たかい?」


     会長がいつもと変わらぬ声色で優しく問いかけてくる。


    「それとも本当にラブレターだったのかい?」


     声色は変えずに態とらしく笑う会長。


    「依頼は……現状保留、って形で解決しました。相談者には良い方向に進んでいるのである意味解決だと思います」


     言葉を選び、当たり障りのないように返す。

     そもそも、あとは当人の問題だしな。


    「詠の出番は有りそうですか?」

    「絶対無い」

    「即答ですか!?」


     実際無いし、3人のうち、色恋で唯一関係してないのも阿知川だ。


    「おかしいですね。もっと除霊の相談がバンバン来る予定だったのですが……」


     絶対出番がないと告げられ、ボソボソと陰鬱そうに呟く阿知川。


    「そもそも見えないんだから、相談に来なくね?」

    「!!」


     的を得た発言に阿知川は絶句する。

     しかし現実はそういうものである。

     悪霊自体がそもそも少ないし、体調不良があったとしても霊に結びつける人はそうそう居ない。

     学園で、文字通り目に見える霊は、会長と俺でどうにか出来るのも事実。


    「やはり、脚を使って探すしかないんですね」


    刑事ドラマみたいな事を言いつつ、阿知川はお祓い棒の入った鞄を背負う。


    「詠っち、今から行くのか!?」

    「詠ちゃん。もう、暗くなってしまうよ」

    「……では、明日に」


     部内の2人に止められて、阿知川は背負った鞄を再び下ろした。


    「でもね詠ちゃん、この周辺に悪霊は居ないんじゃないかな」


     会長がボソリと呟く。狭い教室なので誰1人としてその言葉を聞き逃すものは居なかった。


    「それは何か根拠があるんですか?」


     俺からの質問に、会長は一度だけ頷いてから言葉を返す。


    「誰も会っていないからさ。ボクも命も、そして君の近くにいつもいるお爺さんだってね」

    「室園さん関係ありますか?」

    「悪霊が居たら、命を通じてボクに伝えてきそうではあるけどね。だって、人に害を与えられる霊だ、守護する対象である、君の危険を減らすためにもボクに頼るはずだよ」

    「……確かに」


     日中フラフラしながら情報集取や趣味に興じている室園さんから、悪霊がいるなんて話は聞いた事ない。



  59. 59 : : 2020/08/14(金) 01:18:34



    「では、四志さんに取り憑いていた霊は、一体どこから来たのでしょうか……」


     阿知川が不安そうに呟く。

     2人とも悪霊ではないのだが、会話が成立せず、悪意を持った霊。確かに四志が取り憑かれた経路が不明だった。


    「どこだろうねぇ」


     会長も経路は分からないようで、息を吐くように告げて目を閉じる。


    「誰か、悪意を持った奴が取り憑かせたとか?」


     少しの沈黙の後。静観していた三重内が、疑問符混じりにそう呟いた。


    「霊を使役する存在がいるって言いたいのかい?」

    「そっすね。言いたいのはそんな感じです。まあ、瑠衣っちも悪い奴じゃないし、呪われる理由もないとは思うんすけど」

    「ふむ……」


     会長は手を顎に添えて深く考え込む。


    「……良い線を行っているかもしれないね」


     暫しの思案の後、そう答えてから、俺の方へと視線を向ける。


    「命。君はどう考える?」

    「分かりません。ただ、そんな風に霊を使って人を呪う奴は居て欲しくないです」

    「だってそれは霊が見えて、霊と言葉を交わす人にしかできないことじゃないですか。そんな使われ方をするのは、嫌だ」


     俺と全く同じ霊能力を、もしくは俺以上の霊能力を持った人間が、悪用しているなんて考えたくなかった。


    「詠もそう思います!!」


     阿知川が同意してくれる、彼女は霊能力を救う為に使って欲しいというくらいだ。呪うなんて、もっての外なのだろう。


    「ボクも、そうじゃない事を祈るばかりだよ」

    「オレもオレも!」


     会長に乗っかる様に手をあげる三重内。

     そりゃそうか。ここに悪い奴なんて1人もいないのだから。


    「……ただ、もしもそんな人物が居たらどうする?」


     もしも、の話を会長にされ、各々が答えを返す。


    「馬場チョップ」

    「デコピンです」

    「蹴ります!」


     まさかの全員暴力。


    「はははっ、野蛮だっ」


     野蛮だと笑う会長へ、俺は一歩詰め寄る。


    「じゃあ、会長ならどうするんですか?」


    会長は再び顎に手を添えて考え始める。そして、添えた手をゆっくりと離しながら口を開く。


    「うーん、そうだな……消しちゃうかな?」

    「1番物騒だ!!!」

    「そんな姿も最高ッす!」

    「なんでもありじゃねーか!」



     恋は盲目。


     見えないだけで、確かにそこに存在するものは沢山ある。


     見えないことも幸せで、見えることも幸せなのだと、密かに心の中で呟く。


     








     そして



     時間は流れ、日めくりカレンダーは捲られていく。



     何かが大きく変わる事はなく、かといって何も変わらない日などなく。



     流れゆく時間に身を委ねながら、この心地の良い時間に沈んでいく。















     そんなありふれた日常の一コマ、一コマをを。





















    『…………』


    『………………』


    『………………………』


    『…………』


    『………………』


    『……』


    『………………………………』




     無数の霊が監視しているなど、気付きもせずに。



     
  60. 60 : : 2020/08/14(金) 01:19:04








    Chapter3
        三重内 玲
             END







  61. 61 : : 2020/08/14(金) 01:22:08


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





    ◇室園レポートⅢ◆



     三重内(みえない) (れい)






     嘘吐(うそつ)き。





    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  62. 62 : : 2020/08/14(金) 01:22:49






    ◇幕間Ⅲ◆



     とある雑誌の切り抜き。


     篠縁(しのふち)市で、意識不明の患者が多数発生。


     確認されているだけでも17人。


     老若男女関係なく、原因も不明。


     警察は何らかの事件の可能性もあるとして調査を進めている。





    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  63. 63 : : 2020/08/14(金) 01:50:09










    Chapter4
        口のある死人









  64. 64 : : 2020/08/14(金) 01:51:29






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





    【通学路】



     6月の半ばの帰り道。

     夕暮れで伸びた二つの影を横に並べながら、俺と阿知川は歩いていた。

     互いに制服が夏服に替わり、白いカッターシャツに学食で食べたカレーうどんのシミを付けた阿知川が明るい調子で、


    「除霊にいきましょう!!」

    「はぁ?」


     脈絡がなさ過ぎた。

     確かに最近依頼が来ていないし、霊研究同好会として何かしないといけないのも事実。

     だが、除霊に関してはその限りではない。

     先生達には分からない。成果を書いても鼻で笑われる。それに加えて──


    「どうせ元に戻るから意味ないだろ」


     阿知川の除霊は不完全で、分散させた霊が時間と共に戻ってしまう。

     意味がないから行く意味がない。


    「では、詠は1人で向かいますね?」


     言葉足らずだが意味合いは伝わったらしく阿知川は澄ました顔をしたまま一歩前へ出た。

    「なんで疑問形なんだよ。そもそも会長とか三重内には声かけないのかよ」

    「冥さんも、三重内君も忙しそうだったので……」

    「まるで俺が暇みたいな物言いやめろ」

    「確かに失礼でしたね。ただ、冥さんも三重内さんも予定が立て込んでいるのは本当です。誘う前に本人達が言っていましたから」


     確かに部室(といっても空き教室)でそんなやり取りをしていたな、と思い出す。


    「なんか言ってたな。三重内は中学校の友達との集まり、会長は同じクラスの人と買い物だっけ?」

    「そうですね。日ノ元君だけが、その際予定を言ってなかったのでお暇なのかと……」

    「暇じゃない。予定がないだけだ」

    「…………」


    苦虫を噛み潰した様な表情で俺を見る阿知川。


    「沈黙やめろ!」

    「……予定ないのに、付いて来てくれないんですね……」

    「まず、どこに行くかをすら聞いてないしな」

    「前、詠が襲われた話をしましたよね?」

    「ああ。中学校の頃の話のやつだな」

    「そうですそうです!そこです!!」

    「え?なんで……」

    「結局あれ以降行けてませんし、もしかしたらもう除霊出来るようになってるかもしれないですからね」


     阿知川は、腕を折り曲げ、力瘤(ちからこぶ)の無い白い二の腕をペチペチと叩く。

     除霊関連なのに何故腕力を誇示するのか。


    「………やっぱ行く」

    「え?」

    「だから、俺も行くって」


     そう伝えると、阿知川はススっと近寄って俺の手を包む様に握る。


    「日ノ元君!ありがとうございます!」

    「…………」


     ここで一句。


     安易なボディタッチ
     純朴な青少年の心を
     揺れ動かす


     全部字余りだ。


    「そうだ!日ノ元君、自転車は持ってますか?」

    「持ってる。しかもマウンテンバイク」

    「えっ、日ノ元君のお家って実はお金持ちですか?!」

    「自転車の基準が、金持ちの基準なのかよ」

    「詠は中学校の頃に買ってもらったママチャリですよ」


     ママチャリと言いつつ、手をバイクを運転するかの様にグルグルさせる阿知川。


    「なんか、似合いそうだな。ママチャリ」

    「それ褒め言葉として捉えて良いんですよね?」


    老けてると言われていると取られたのだろうか。阿知川は心配そうに自身の頬へと手を当てる。


    「それで、何時から行くんだ?」

    「そうですね……お昼ご飯を食べてからにしましょうか。2時に水面(みなも)公園に集まるのはどうですか?」

    「水面公園?」


    ここに引っ越してから2ヶ月が経ったとはいえ、立ち入ったことの無い公園の名前など知る由もなかった。


    「あれですよ。水の流れてない噴水のある公園」

    「あー、あれか」


     公園の名前ガン無視な彫像を脳裏に思い浮かべる。

     全国探しても、水の流れていない噴水がある公園なんてそうそう無いだろう。


    「水筒忘れると大変ですからね!気を付けてくださいね!」

    「いや、道中でペットボトル買えば良いじゃん」

    「!!────やっぱり命君、お金持ちなんですね」


     わなわなと震える阿知川。

     彼女の家があまり裕福ではない事だけが、伝わった。



  65. 65 : : 2020/08/14(金) 01:52:28


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




     次の日。




    【水面公園】


     約束の時間の3分前に辿り着くと、子ども達の遊ぶ声が聞こえてきた。

     その中に。


    「顔面なのでセーフです!!」


     私服の阿知川の姿があった。どうやら小学生の子ども達に混じってドッジボールをしていたらしい。

     柔らかいボールとはいえ、近距離で当てられたからか、鼻のツラが少し赤くなっていた。

     顔面セーフは無事受理されたらしく、嬉しそうに内野に留まる阿知川。


    「阿知川、何やってんだ?」

    「わわわぁ!!!」


     ボールに集中しすぎて、声を掛けるまで気付かなかったらしく、近付いた俺に対して阿知川は酷く動揺していた。

     その挙句(あげく)、集中していたボールから目を離してしまう。


    「がふっ」


     再びボールは阿知川の顔面に吸い込まれ、勢いのまま引っくり返る。


    「あ!ごめん!」


     子どもが謝りながら倒れた阿知川へと駆け寄る。


    「……大丈夫ですよ」


     親指と人差し指で輪っかを作りながら、安心させようと子どもに微笑みかける阿知川。


    「ただ、顔面なのでセーフです」

    「いや、行くぞ」


     どんだけ、ドッジボールがやりたいんだよ。


    「出来ません!このままでは、女の子チームが負けてしまいます。どうか、待ってはくれませんか?」

    「……分かったよ」


     外野の女の子達が阿知川を応援する姿を見て、奮闘を見守る事にした。


    「……あっ」


     低いボールを取れず、普通にアウトになって終わった。


    「ヨミぃ、オマエ取るの下手すぎ、次は強くなってこいよなぁ」


     ノースリーブを来た小学生に煽られる阿知川。それに対し


    「はい!!」


     阿知川は素直に力強く返事をしていた。

     情けない。


    「ねえねえ、お兄さん」

    「ん?」


     ピンクの意味が分からない英語がプリントされたシャツに、花柄のスカートを履いた女の子から声を掛けられる。

     後ろにいる引き連れている童女達と、ゴニョゴニョと話した後。


    「お兄さんって、ヨミと付き合ってるの?」


     その瞬間「キャーっ本当に聞いちゃった!」や、「絶対そうだよ!待ち合わせしてるんだもん!」などの声が童女の背後から聞こえて来る。


    「…………んっ、どう思う?」


     即座に否定するのを勿体なく感じ、ちょっと見栄を張る16歳の姿がここにあった。


    「うーんとね、付き合ってない!」


     張る見えなど最初からなく、花柄スカートの童女に即座に付き合ってないと言われてしまう。

     何故か少しショックだ。


    「だってお兄さん、ワタシのことエッチな目で見てたんだもーん」


     またしても、花柄スカートの童女の背後は盛り上がる。「え?お兄さん変態!?」「エッチな目で見てたの?!」「どうしよ〜」


    「見てねぇよ」


     このままでは、自転車ではなくパトカーに乗る事になると危惧した俺は、冤罪に対しての否定を行う。

     発育が良いからって調子に乗ってはいけないぞ。


    「見てたもーん、発育が良いからってワタシのこと見てたもーん」

    「なっ!?」


     エスパーだ。きっと彼女はエスパーなのだ。

     ならば、本当に俺は見ていたのか?

     俺は小学生女児に劣情を……?


    「何を、間抜けなやり取りをしているのですか……」

    「阿知川っ!?」


     男の子達とのやり取りを終えた阿知川が、いつの間にか直ぐ横にいて、呆れた表情のまま、俺の腕を掴み引っ張っていく。

     そして、


    「ちなみに詠と彼、付き合っていますよ。これからデートです」


     振り返り、花柄スカートの女の子にそう告げる阿知川。


    「キャーっ!やっぱりそうだったんだ!」

    「デートだって、どこに行くのかなぁ!」

    「ヨミヨミ彼氏いたんだぁ!」


     背後の童女達も大喜びである。

     子ども達に「バイバーイ!また遊ぼーね」と見送られながら、俺と阿知川は自転車を停めている場所まで戻る。


  66. 66 : : 2020/08/14(金) 01:56:20

     子どもたちの姿が見えなくなった頃、俺は阿知川へ問い掛けた。


    「おいおい、あんな嘘つく必要あったのか?」


    「日ノ元君が警察のお世話にならない様に気を遣っただけですが?」


     諭すように伝えたのも束の間、俺は案件の2文字で頭を殴られる。


    「うっ」

    「駄目ですよ。否定するときは、しっかり否定しないと」

    「悪い、助かった。気をつけるよ」


     助けられた事は事実なので、素直に受け止め、俺は片方の手を立てて軽く頭を下げた。


    「それに詠にも責任がありますしね」

    「責任?」

    「日ノ元君に話しかけてきていた女の子、花さんって言うんですけど、彼女、詠に「弱い」って言ってた男の子が好きみたいなんですよ」

    「ん?ん?どういうことだ?」


     花柄のスカートを着ていた女の子が、ノースリーブの男の子を好き?それがどう繋がるんだ?


    「鈍い人ですね……。花さんは、意中の相手が詠と関わっているのが悔しくて、詠を迎えに来た貴方を揶揄っていたんです」

    「だから、日ノ元君と付き合ってるとお伝えしたんです。これで花さんも、蜜流(みつる)君を詠に盗られる!と思わずに安心できるでしょうしね」

    「なるほどな」


     全てに合点が行き、俺は何度も頷く。綺麗にパズルが当て嵌まった気分だ。


    「ただ、日ノ元君の許可も取らずに、勝手に付き合ってるなどと言って申し訳ありませんでした。結果として、利用した形になっていますし」


     ペコリと頭を下げる阿知川。


     ボトボトボトボト


     リュックのファスナーが開いていたらしく、中身が全部飛び出した。


    「あーあーあ〜〜〜〜!」


     深く頭を下げた姿勢は保ったまま、鞄の中身が落ちていく音を聞いて、後悔の声を漏らす阿知川。


    「馬鹿!怒ってないから頭上げろって!」


     肩を掴み、強引に体制を上げさせ、2人で落ちた鞄の中身を拾う。

     水筒。袋に包まれた弁当。お祓い棒。お菓子。ポーチ。お菓子。懐中電灯。お菓子。造花。お菓子。


    「遠足か!」


     明らかに300円を越えているお菓子を拾い上げ鞄へと移しながら、俺は叫んだ。


    「すいません、少し楽しみだったのでつい買い込んでしまいました」

    「除霊に楽しみとかあるのか?」


     俺の発言に対して、阿知川は少し頬を膨らます。


    「日ノ元君は、楽しみではなかったんですか?」

    「除霊がか?」

    「違います。詠との……サイクリングデートかですよ」


     しをらしく、僅かな間を置いてポツリと呟く阿知川。


    「…………いや、サイクリングデートではないだろ」

    「ですね」


     ケロっとした表情で笑う阿知川。この2ヶ月で会長からよくない影響を受けている。

     同時に男の弱点を突く方法を着実に身につけてきている。


    「ふぅ……」


     バレない様小さく息を吐く。

     危ない。昨日、弱虫◯ダルを見ていなければ即死だった。

     俺はこめかみを流れる汗を、服の肩の部分で拭い、マウンテンバイクへと跨った。
  67. 67 : : 2020/08/14(金) 01:58:23




    「準備は良いですか日ノ元君!」


     カチリとプラスチックのバックルが噛み合う音がする。

     目を向けるとママチャリなのに、サイクルヘルメットをカブる阿知川の姿があった。

     正直、似合っている。


    「では、出発進行です!」


     先導する阿知川にペダルを回しついて行く。

     縦に並んで漕いでみるが、意外に後ろの方も風が来る。

     体格の差もあるし、当然ではあるが。





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





     適度な休憩と、山道の傾斜が激しい所では押して登るなどしていた為、到着までに2時間ほど掛かってしまった。

    時刻は4時半。

     木漏れ日に照らされたトンネルの前で、俺と阿知川は自転車を降りる。







    猫撫(ねこなで)トンネル】



    「…………」


     トラウマの象徴であるからか、阿知川は右腕で、身体を抱くようにして、洋服の左の腹部あたりを強く握っていた。


    「阿知川……大丈夫か?」

    「大丈夫です。覚悟はして来ていますから」


    山登りをした事もあり、疲弊した顔で無理やり表情を和らげる阿知川。


    「それに、日ノ元君も居ますし。だから、大丈夫です」


     えへへ、と弱々しく笑う阿知川を見て、胸の辺りが苦しくなる。

     そうだ。不測の事態にどうにか出来るのは俺だけだと、改めて気持ちを引き締める。

     そして空いている阿知川左手を握った。


    「日ノ元君……」






    「手を繋いでいては、ブロックの塀を超えられませんよ」


     手厳しいご指摘をいただいた。


    「……確かに」


     気恥ずかしいに殺されそうになりながら、俺は手を離して、ブロック塀を乗り越える。

     トンネルの中に踏み入ると、足の踏み場がない程ではないがゴミが散乱しており、壁にはスプレーで落書きされていた。

     ……マネキンの生首はどうして落ちているのだろうか。


    「…………ん?」


     辺りを見渡すが霊の姿がどこにも無い。

     遅れてトンネル内に入った阿知川も、同じくその事に気付いたらしく、懐中電灯で照らしながら、周りをキョロキョロと見回している。


    「室園さーん!いるかー?」


     室園さんが先に山に来て、悪霊がいた場合は伝えてくれる手筈になってはいたが、室園さんもトンネルの霊も居ない。


    にゅっ!


    『ほほーい!』


     訂正。居た。


     トンネルの上部からゆっくりと降り立つ室園さん。

  68. 68 : : 2020/08/14(金) 01:58:51



    「今現れた霊は、室園さんですか?」


     背負う鞄を反対側に掛け前面に来るようにした阿知川が、鞄の中に手を突っ込んでこちらを見据えている。


    「そうだよ。いま、ここに室園さん以外の霊は居ない」

    「そうですか……」


     残念そうに肩を落とす阿知川を横目に俺は室園さんに現状の説明を求める。


    「なんで誰も居ないんだ?」


    『うーむ、そうじゃのお。霊体が摩耗して消滅、否成仏をしたのか……それとも』


     意図的に言葉を濁す姿を見て、俺は思考と口を動かす。


    「除霊されたか」

    『うむ』

    「一体誰が?」

    『分からん。じゃが、詠君の話を聞く限り、中々高位の霊じゃと思うんじゃよ』


     確かに、3人同時に介入して身体の自由を奪える霊などそうそう居ない。というより、俺は出会った事がない。

     そういう系統の霊とは。


    「会長が……とか?」

    『それはないじゃろう』

    「なんでだよ。会長なら出来そうじゃん」

    『出来そうと、やるかは別じゃろう?あの子は、絶対にしとらんよ』


     根拠を提示せず、強く断言する室園さんを見て堂々巡りだと見切りをつけて、未だ懐中電灯を持って彷徨う阿知川へ状況を伝える。


    「おい、阿知川」

    「はい。なんでしょうか?」

    「室園さんがさ、調べてくれたんだけど、ここには霊は居ないってよ。多分、除霊されてる」

    「……そうですか」

    「なんで落ち込んでるんだよ。除霊されてるんだぞ?」

    「…………」


     鞄を抱く力を強める阿知川の様子を見て、俺は鞄の中を思い出し、そこで1つの答えに至る。


    「阿知川……お前さ、もしかして霊にお礼を言いに来たのか?」


     コクリと、ゆっくりとした動きで阿知川は頷いた。


    「……詠、助けてもらっちゃいましたし」


     霊の意図は不明だが、中学校時代の阿知川はここで襲われかけた際、霊が襲った男を乗っ取り気絶させた。律儀に録画した媒体を破壊してまで。


    「日ノ元君を通して会話が出来ると思ってたんですけどね……」


     鞄から造花が顔を出す。御供物(おそなえもの)としてはどうかと思うが、未だ手を付けられていない無数のお菓子もそういう事なのだろう。

     残念そうに阿知川は、鞄のチャックを閉める。お祓い棒も、御供物も、もう必要ないと判断して。


     「えへへ。あの時、すぐ逃げずに……お礼を言っておけば良かったです」

    「…………」


     スプレー缶で落書きのされてない部分を指先でなぞりながらトボトボ歩く、小さな背中を俺は見ていた。

     見ていたから、振り返った阿知川と目が合う。


    「さっ。帰りましょうか」


     完全下校時間10分前を告げるチャイムを聞いた時の様に、柔らかい表情をこちらへ向ける。


    「そうだな。帰ろう」


     俺と阿知川はトンネルを跡にして、下り坂を自転車で走る抜ける為に自転車へと跨がる。



     その2分後。




     パァン!!!!!




     背後から突然の破裂音。



    「!?」


     ブレーキに僅かに力を入れながら、後方へと目を向けると、


    「日ノ元君……」


     既に半泣きになっている阿知川と、ガタガタと音を立てる自転車。


    「どうした!撃たれたか!」


     自転車を完全に停止させ、冗談まじりでそう呼び掛けると。



    「詠の自転車がパンクしてしまいました……!」


     自転車を押しながら、小さな身体を更に小さくさせる阿知川の姿。

     顔面にボールをぶつけられ、2時間半かけて目的の霊とは会えず、帰り道にパンク、厄日すぎんだろ。


     
  69. 69 : : 2020/08/14(金) 01:59:12



    「……日ノ元君、詠は自転車を押して帰るので先に帰ってもらって大丈夫ですよ」


     カラカラと音を立て、後輪がパンクした自転車を押す阿知川がそんな風に言ってくる。


    「いや、流石に置いていけるかよ。それに直ぐに暗くなるぞ」


     ポケットからスマホを取り出してディスプレイを点灯させると、[16:54]と表示されていた。

     当然圏外。


    「下り坂だけ乗って帰るのは駄目なのか?」


     行きは上りばかりだったので、帰り道は自ずと下りが多くなる。

     そんな提案をするが、それは一蹴されてしまう。


    「それではホイールが歪んでしまいます。ホイールって意外と高いんですよ」

    「はいはい、じゃあ結局押すんだな。ならさっさと行こうぜ。ここで話す時間が勿体ない」


     跨っていたマウンテンバイクから降りて、阿知川の横へ並ぶ。


    「だから、先に帰っていいと……」

    「俺は、非常に残念ながら暇だからな。付き合ってもらうぞ」

    「告白ですか?」


     なんでだよ。最後だけ切り取るなよ。俺様系かよ。

     先程までの泣きそうな顔が嘘のように、クシャッとした笑顔を向けてくる阿知川。


    「良いですよ」


     !?


    「一緒に帰りましょう。日ノ元君」


     告白ですか?は冗談だったらしく、純情を弄ばれた気分だ。


    「……あー、ソダネー」

    「魂抜かれたんですか日ノ元君!?!?」


     正気(せいき)のない生返事を返す俺と、気が動転する阿知川。

     阿知川は、俺の眼前で指を3本立てて。



    「これ!何本ですか!日ノ元君!」


    「キャベツ」


    「日ノ元君ッッッ!!!!」



     悲しそうに片手で目元を覆う阿知川、嘘泣きだ。



    「そうだ!詠の名前分かりますか!?日ノ元君!」


    「ごぼう」


    「日ノ元君ッッッ!!!!」



     割とノリノリなごぼう、もとい阿知川。こんな調子で楽しんだり、日常的な会話や、面白かった小説の話などしながら下山する。





     辺りが暗くなり、自転車のライトを点灯させ始めた頃に、何故か自分のポリシーの話になった。


    「詠は、『人を助ける』がポリシーですが、日ノ元君は何かありますか?」


     飾り気なくさらりと言う阿知川。

     人を助ける、を自己犠牲込みの地で行くから恐ろしい。


    「天秤に掛ける……かなぁ」


     少し考えた結果、現在の方針はこれであると結論付けて言葉にする。

    「天秤ですか?そういえば、以前も屋上で詠に言ってましたね。『自分を大切にしろ』みたいな意味合いで」

    「……それって転入初日じゃん。よく覚えてたな」


     自分でも口にしていた事を忘れていたので、思わず感心してしまう。


    「詠、これでも学年首位ですから」


     え、初耳。

     おバカキャラかと思ってたのに。


    「まあ、嘘なんですけど」

    「!!」


     少し信じてしまったのが悔しい。

     そういえば、前に部室で課題の問題が解けずに頭捻ってたじゃん。


    「それで、どうして天秤にかけるがポリシーなんですか?」


    「ポリシーっていうより、困った時、物事を冷静に判断する為だな。2つの重さを受け止めて優劣をキチンとつければ自ずと間違いも減るだろう?」

    「……難しいですね」

    「例えば、1番に重きを置くのは自分のことだったり」

    「清々しい程に言い切りますね」

    「当たり前だろ。そもそも阿知川みたいな方が異常なんだよ」


     自分を二の次など普通は出来ない。


    「次に生者、そして死者」

    「そこも言い切るんですね……。まあ、詠も霊より人を優先的に考えているので理解は出来ますが」

    「いや、だって死者に重点置いても、なんもいい事ないだろう?」

    「それは、些か行き過ぎた発言では?!」

    「いや、霊を優先して生きてる人間蔑ろにしたら、自分に刃物が飛んでくるんだぞ」


     アイツは頭が可笑しい。イカれてる。電波。イマジナリーフレンド。死ねば。空気と話すKY……etc

     うん、言葉の刃は恐ろしい。


    「霊を助けても良い事がないと言いたいんですか?」

    「いや、そういうわけでもない。要は優先順位だ。救えるなら、救いたいよ」


     阿知川に毒されたせいかポツリと言葉を漏らしてしまう。

     それを聞いた阿知川が、自転車を押す手を止めずに顔だけこちらへ向ける。


    「それで3桁の霊を成仏させてるんですから、言葉の重みは違いますよね」


     何故か阿知川の方が嬉しそうにしながら、少し足を早めた。俺は歩幅を少し広げながら、それに並走する。


     麓まであと少しだ。


  70. 70 : : 2020/08/14(金) 02:00:40



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




     「少し、電話をするので待ってもらって良いですか?」


     山を下り、電波の回復したスマートフォンで親に電話を掛ける阿知川、時計の短針は8に差し掛かっていた。

     俺も、『ごめん、友達のうちでご飯を食べて帰るから、夜ご飯は明日の朝食べる』と嘘のメールを爺ちゃんと婆ちゃんにを送りスマホを閉じた。


     阿知川の方へ目を向けると、スマホ越しなのにペコペコしながら通話する姿があった。


    「危ないことはしてません!自転車がパンクしちゃって。……本当です!いま友達と居るんですって」


     親に対しても敬語なのか。俺は黙って通話のいく末を見守る。


    「え?じゃあその友達と替わりなさい?えっと、それは、そのー……」


     阿知川がバツが悪そうにこちらを見る。左手の人差し指で、俺の頬を指すと、気不味そうに頷く。

     渋々、阿知川のスマートフォンを受け取り通話を替わる。


    「……もしもし、替わりました。日ノ元です」

    『「えっ、男の子?」』


     電話の向こうから聞こえて来たのは男性の声。

     お父さんかよ!!!


    『「母さん!大変だ!詠ちゃん、男の子と一緒にいる!!」』


     酷く動揺しているらしく、バタバタという音と共に声が離れていく。


    「おい、これどういう状況?」


     ミュートボタンを押して、阿知川の方を見る。

     両の手を合わせて申し訳なさそうに拝む阿知川が目に映る。

     丸投げかよ。

     一応、状況を汲み取ってもらうべく、スピーカーをオンにし、ミュートを解除してから阿知川(父)が帰ってくるのを待つ。


    『「スピーカーってこれで良いんだよな?」』


     スマホからそんな声が聞こえてくる。あちらも似たような状況らしい。


    『「あー、ヒノモト君、だったかな。娘とは、どういう関係で?」』

    「友達です」

    『「……いま2人きりかい?」』

    「はい」

    『「…………」』


     電話の向こうから流れてくるのは、沈黙の二文字。


    「もしもし、聞こえてますか?阿知川のお父さん」

    『「君からお父さんと呼ばれる謂れはない!!」』


     え、えー……。

     言葉を失い、何も言えないでいるとスマホから女性の声が聞こえてくる。


    『「アナタ。詠だってもう高校2年生よ。そういうことだってあるわ」』


     おそらく、この声は阿知川のお母さんのものだろう。


    『「そういうことってどういう事だ」』

    『「覚悟しなさい」』

    『「ねぇ〜どういう〜っ」』


     ピシャッと話す母親とは対照的に、情けない声を出す阿知川(父)。

     父親の痴態が露わになり、阿知川(詠)は顔を真っ赤にさせていた。


     『「うぅっ、小さい頃の詠は、パパと結婚すると言ってくれたのに、何処の馬の骨かも分からん男と────」』


     嗚咽混じりの声で小さい頃のお決まりエピソードをされ、阿知川の恥ずかしさはピークを迎えたようで、強引にスマートフォンを俺の手から奪い。


    「もう!パパもママも勝手な事言わないで下さい!詠と日ノ元君はそういう関係じゃありませんからね!!特にパパ!4歳の頃の話を引き合いに出すのは辞めてと何度も言ってるじゃないですか!詠!もう、16歳なんですからね!!」


     捲し立てながら言い、乱れた息を整えながら、阿知川は通話終了のボタンを押す。


    「はぁ……はぁ……。──遅めの反抗期です」


     敬語の反抗期、新しいな。


    「それと日ノ元君、重ね重ねご迷惑をかけて、申し訳ないです」


     両の手を重ね、深くお辞儀をする阿知川。


    「気にすんなよ。俺もそんなに気にしないし」

    「えへっ、ありがとうございます。日ノ元君」


     阿知川が、まだ若干赤くなったままの顔で微笑む。


    ピロンっ♫


     阿知川の携帯からそんな音がした。


    「お父さんからだ……見てみますね」


     スマホのロックを解除して、LINEの中身を確認した阿知川。

     そして、ゆっくりと手首を返し、メッセージの中身を俺に見せてくる。


    パパ『「ハノモト君を、今夜のディナーに招待しなさい」』


     怖っ!!!!


    「そっか。じゃあハノモト君には頑張ってもらおうかなーっ」


     誤字を理由に帰ろうとする俺の肩を阿知川が掴む。


    「……日ノ元君、死ぬ時は一緒ですよ」


     親指を立てながら、ほくそ笑む阿知川。


    「重いだろーーー!!!」


  71. 71 : : 2020/08/14(金) 02:01:07





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【阿知川邸:アパート202号室】



     結局断り切れず、ご好意をむげには出来ないと言い聞かせ、ここまで来てしまった。



    ピンポーンっ



     阿知川はインターホンを鳴らしてから鍵を開ける。変わった習慣だ。


    「ただいま帰りました」

    「お邪魔します」


     借りて来た猫の様におずおずと入り、靴を並べる。


    「あらぁ、いらっしゃーいっ」


     エプロンをつけた妙齢の女性が、スリッパの音をパタパタさせながら近づいて来る。


    「え、阿知川お姉さんとか居たのか?」

    「いえ、詠は一人っ子です。日ノ元君の前にいるのはママです」

    「ママです♫」

    「ママ!?!?」


     若ッッ!!

     お世辞抜きで、二十代後半くらいかと思ってしまった、明るい茶髪をしてシワも全然ない。美魔女というやつだ。


    「君は、ヒノモト……何君かな?」


     下の名前を聞かれ、自己紹介をしていない事を思い出す。


    「あ、日ノ元命です。命って書いてミコトって読みます」

    「そうかー、命君かー。お世辞が上手ねーっ」

    「いや、本当にお姉さんかと思いましたよ!?お世辞じゃなくて」

    「本当?それは嬉しいわぁ」


     目尻にシワを作り微笑む阿知川母。それをジトっとした視線で見てくる阿知川。


    「え、なに人のママ口説いてるんですか……ママもやめてくださいって」

    「えー?何かおかしいことしたかなぁ?」


     母親は、阿知川に押されてリビングへと連れて行かれる。


    「そうだ日ノ元君、左の扉開いた場所が洗面台なので手を洗いましょう!」

    「分かった」


     指示通りに扉を開けると、散らかっている訳ではないのだが、様々な物が置かれ、ごちゃごちゃしている洗面台が目に入る。

     1種類で良い筈の歯磨き粉が3種類あるので、それぞれ好きな奴を使っているのだろう。

     ハンドソープで手を洗い、うがいをしていると阿知川が戻って来たので入れ替わりで洗面台を使う。

     1人でリビングに行くのは些か勇気が入り過ぎるので、阿知川を待ちリビングへと足を運ぶ。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    「………………」


     寡黙を貫く、年相応の見た目をした阿知川父が、態とらしく新聞を読んでいた。


    「……夜分遅くに失礼します。阿知川さんと学校で仲良くさせてもらっている日ノ元命と言います」

    「ふむ。よく来たね」


     厳格な態度を取る阿知川父、既に手遅れだと思うのだが。


    「しかしね、日ノ元君、この場にいる全員阿知川なのだが?」


     確かにそうなのだが、少し意地悪な言い方をされる。

     なんでこんな状況に?と少し泣きそうな気持ちになりながらも、俺は訂正する事にした。


    「……詠さんと仲良くさせてもらってる──」

    「ウチの娘を、詠さんだと!?馴れ馴れし────


    スパンッ!!!!


     新聞紙を放り、食い気味に突っかかってくる阿知川父の側頭頭を、スリッパが捉える。


    「ガタガタガタガタ、なに抜かしてる!16の子ども相手に大人げなかろうがってっ!」

    「ママぁ……」


     頭を抑えて飛んでいった眼鏡を拾う阿知川父。凄く悲しい気持ちになった。


    「ごめんねぇ、日ノ元君、ビックリしたでしょう?主人、娘の事になるとおかしくなっちゃうの」

    「い、いえいえ」


     1番驚いたのは、大の大人がスリッパでしばかれた事なのだが何も言えずに、曖昧な返事だけを返した。

     視線を気取られないようにゆっくとと動かして、阿知川へとアイコンタクトを送る。


     カ・エ・リ・タ・イ


     それに対して返ってきたのは。


     ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ


     駄目なようだった。
     


  72. 72 : : 2020/08/14(金) 02:06:16





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



    「はい、召し上がれ」


     手伝いを申し出たが、お客さんだからという理由で座布団に座らさせられ、待つ事数分。
    酢豚、味噌汁、ご飯、漬物、ほうれん草のおひたしが机の上に並べられる。

     渡される度に「ありがとうございます」と呟いていたので、阿知川母はクスクスと笑いながらお盆の上からお皿を机の上に移す。


    「ママ、麦茶持っていきますね」

    「お願〜い」


     そんな母親と娘の日常会話に目をやる。


    「…………」


     正確には正面に座る阿知川父から、視線を逸らすために。


    「それじゃあ、食べましょう」


     準備を終えた阿知川母が、そそくさと阿知川父の隣に座ったので、阿知川は俺の隣に座った。

     ちょっと阿知川父の目元に力が籠る。



    「いただきます」


     手を合わせて呟き、お箸を手に取り、おひたしを口に含む。


    「美味しいっ……」


     酢豚やご飯、味噌汁から漬物まで何から何まで美味い。


    「あら、良かったわぁ。おかわりもあるからどんどん食べてね」


     阿知川母は嬉しそうに目を細める。


    「それで、今日は一体何をしていたんだい?」


     安らぐ時間も束の間、阿知川父がお箸を置いて、そう尋ねてくる。


    「サイクリングデートです!!」


     間髪入れずにそう答える阿知川。どうやら、猫撫トンネルに行ったことは隠したいらしい。


    「ふっ、ふぎゅぅぅっ」


     デートという単語に反応してか、阿知川父は顔を酸っぱくして、虫の様な声を上げた。


    「あらあらぁ」


     母親の方は娘の発言を聞き、嬉しそうに頰に手を当てていた。


    「ご、ごほん」


     気を取り直してと言わんばかりの咳払いを1つして、阿知川父は違う質問をしてくる。


    「……詠ちゃんの事を一体どう思っているんだい?」

    「ちょっとパパ!?デリカシーがなさすぎです!!」


     机から身を乗り出す様にする阿知川、相当嫌な質問だったらしい。


    「……」


     これ、答えた方が良いのか?


    「パパは、詠ちゃんのことが心配で……」

    「詠だって人をみる目はあります!日ノ元君は信頼できる人です!心配って言葉を理由に人の触れられたくない所を踏み荒らそうとするのはやめてください!」


     信頼出来る人と言葉にして貰えて伝えられて嬉しい反面、よその家族の(いさか)いは居心地が悪すぎた。


     小っ恥ずかしくて言いたくはなかったが、この言い争いを止める為には仕方ないと、自分の中の天秤を傾かせて、俺は口を動かす。

     思いの丈を余すことなく。





    「初めてなんです」


    「俺が初めて、人に対して本気で助けたいって気持ちになったんです」


    「阿知川──詠さんは、怖いくらいの善人なのに、怖いくらい不器用で、自己犠牲なんて躊躇わないやつだから……傲慢ですけど、味方になりたいって思ってます」


    「……日ノ元君」


     ポツリと俺の名前を呼ばれて顔を向けると、阿知川が気恥ずかしそうに笑う。


    「ありがとうございます。──ただ」


     「ただ」と付け加えて、阿知川は納得のいかない表情でこう言った。


    「詠は不器用ではありません」


     コイツ!!!


    「ヨミ。そういう所が不器用なんだよ……」


     母親が右手で頭を抱えながら呆れていた。


    「パパは詠ちゃん、器用だと思うなーっ」


     失った何かを挽回するかのように、阿知川父が阿知川を持ち上げる。


    「パパ、あからさまな担ぎは一周回って失礼ですよ」

    「くっ、くぎゅううううぅっ」


     女性声優に心を侵されたようなリアクションをする阿知川父。ツーっと涙が出た。


    「……ねえミコト君」

    「は、はい!」


     突然、阿知川母から名前を呼ばれて背筋を伸ばして身構えてしまう。


    「ヨミがさ、最近楽しそうにしてるんだよ」

    「ママっ!?」


     自分の事を話し出されて、驚く阿知川を「黙ってて」と静止して阿知川母は言葉を並べていく。


    「一緒に帰る人が出来たとか、部活を作ったとか、お昼を一緒に食べる友達が出来たとかさ……、この子可愛いのに変わってるからさ、心配してたのよね」


     しみじみと語り出す阿知川母の言葉を黙って聞く。「ミコト君」と改めて俺の名前を呼んだ後、阿知川の母親は安堵が籠った優しい笑みを浮かべて、



    「ヨミが、君に出会えて良かった。本当にありがとう」



     深く、深く。頭を下げた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


  73. 73 : : 2020/08/14(金) 02:08:29




     夜も更けていたので長居せず、俺は自転車に乗って帰路につく。


    「…………」


     一回りも歳の離れた人から、あんなに真面目に礼を言われた事が初めてで胸の辺りが熱くなっていた。


    ピロリンっ♫ピロリンっ♫


     メッセージが二つ届く。自転車を止めてスマホを開くと別々の宛先から届いていた。


     ひとつが、阿知川詠からのもの。もうひとつが先程交換した阿知川の母親からだった。

     まず最初に阿知川のメッセージを開き、文章に目を通す。


    『本当に申し訳ありません!詠の家族が粗相の連発で!!半ば無理やりだったのに来てくれて嬉しかったです。あと、あの時恥ずかしく御礼を言えませんでしたが、ありがとうございます。それではおやすみなさい」


     そんなメッセージに対して、「大丈夫。ご飯美味しかったおやすみ」とだけ送り、眠る熊のスタンプを送る。

     次に開くのは阿知川母のメッセージ。


    『今日は遅くまで付き合わせてごめんね。いつでもご飯を食べにおいで。 P.S 詠のことを末永く宜しくね』


     ……少し重い。


    「『ご飯美味しかったです。また、機会があれば伺わせて貰います』……送信っと」


     再びポケットに携帯を入れて、家へと向けてペダルを漕いだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





    【日ノ元祖父母邸:一軒家】



     家へと帰り着くが、爺ちゃんと婆ちゃんは既に眠っていたので、静かに玄関を閉めて部屋へと入る。

     ドサっとベッドの上に鞄を置いてから、椅子に腰掛け、エアコンのスイッチを入れる。


    「シャワー浴びないとな……」


     ボソリと呟いて、ボーッとしながら携帯を弄る。


    にゅっ。


     すると、壁から室園さんが顔を出してきた。昔は驚いたが慣れとは恐ろしいものだ。


    『命君、楽しかったかい?』

    「楽しくはなかったかな……でも、悪くは無かった」


     正直にそう答えて、充電器をスマホ挿してからベッドの上に軽く放る。








     不思議だ。沢山失ってきたはずなのに何故かこうも満たされている。







     眠たさ故の浅慮(せんりょ)だろうか。







     幸せだと思えてしまう。








     あの時死んで、良かったとすら思えてしまう程に。





  74. 74 : : 2020/08/14(金) 02:09:55









    Chapter4
        日ノ元 命
             END






  75. 75 : : 2020/08/14(金) 02:27:50



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    ◇室園レポートⅣ◆



     日ノ元命


     推しの弟であり、最大の推し。

     物心付いた頃から霊の姿が見え、霊の声が聞こえていた。
     そんな力を持っている理由を、霊を助ける為だと紐付け、霊を手助けして生きてきた。
     昔は霊が見える事を周りに隠す事はしなかったが、それが原因で手痛い失敗をした為、霊が見える事を隠している。

     過去に幾度となく重ねた失敗が起因してか、物事を2択の天秤に掛ける癖がある。
     本人曰く、自分>生者>死者らしい。

     霊の姿がはっきり見え、会話をする事が可能。一般的な例に好かれやすい。というより、意思疎通をしっかり取れるので、霊からしても特別(生者と会話出来るのは楽しい)
     除霊が全く出来ない故に霊からすれば人畜無害認定。

     助けた霊は基本成仏するので、命君の事を知っている霊はあまり多くない。





    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  76. 76 : : 2020/08/15(土) 00:40:30








     Chapter5
         壊れた幻想








  77. 77 : : 2020/08/15(土) 00:41:09




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




     生者死者に関係なく、平等に時は流れる。



     7月14日火曜日。天気は晴れ


     
    未だ同好会の文字は部に替わっておらず、いつもの4人で部室に集まっていた。






    【霊研究部:空き教室】




    「そういえば、皆さん誕生日っていつなんですか?」


     夏休み直前とはいえ相変わらずの不況ぶり。話題に事欠いた阿知川がそんな風に切り出した。


    「オレは10月24日!」

    「ボクは9月6日だよ」


     間髪入れずに三重内が手を挙げながら答え、それに続いて会長が日付を言う。


    「詠は3月18日です。日ノ元君は?」


     阿知川から振られ、唯一答えていない俺へと視線が集まる。特に隠す理由もないので普通に答える。


    「8月12日」


    「この中で1番誕生日が早いのは日ノ元君なんですね」


     阿知川は、俺の誕生日の日付を、ピンクのスケジュール帳にメモしていた。


    「そうだ、命っちの誕生日に皆んなで集まってなんかしないか?」

    「詠、それに賛成です!あ、勿論お二人の都合がつくならですが……」

    「ボクは大丈夫だけど、命は?」


     本人の予定を聞かないことにはどうしようもないだろうとニュアンスを込めた物言いの後、会長は俺の予定を聞いてくる。


    「俺は……、その日だけは地元に帰らないといけないです」


     一瞬の空白の時間の後、阿知川が口火を切って話し出す。


    「……折角の誕生日ですし先約があったんですね。そもそもの話、次の日お盆ですしね」

    「いや、そういうんじゃなくて……いや、間違ってはないんだけどさ……その」

    「どうしたんだよ命っち、歯切れが悪いな」


     口籠る俺におかしさを感じたのか、三重内にそう指摘される。

     1番オブラートに伝わる方法を考えて、思案し言葉にする。


    「……姉ちゃんの誕生日なんだ」

    「あっ」


     姉の命日だと(全てを)察した阿知川が声を漏らし、慌てて口を塞ぐ。

     残った2人も重苦しい雰囲気から何かを感じ取った様だ。


    「まじかぁ、でも無理に止められねーよな」


     残念がりながらも、あっさりとした態度を見せる三重内。


    「……本当にそれだけかい?」

    「え?」


     言葉足らずだと思ったのだろうか、会長は言葉を足して同じ質問をしてくる。


    「より正確に言うなら、帰りたくない理由はそれだけかい?」

    「俺、帰りたくないなんて一言も……」


     事実帰りたくないので、言っていないと言い切ることが出来ず、会長側から援護射撃が飛んでくる。


    「いやー、詠も帰りたくなさそうだなとは思ってましたよ」

    「なんとなーく、地元に嫌な感情を覚えてる事だけは最初の日から伝わってきた」

    「あと、ボクしか分からないだろうけれど、後ろのお爺さん。君が地元に帰る話の時、難しい顔をしていたよ」

    「……」


     静かな動きで室園さんの方へと目をやる。


    『ワシ、顔に出てた?』


     動揺からか目を凄く泳がせる室園さんの姿があった。


    「話しづらい事なら聞かないよ」


     会長が優しく諭してくれる。
    だが、話せるなら話してくれとも取れる言い方だ。


    「大丈夫ですよ。ていうか、薄々気付いているんですよね、会長は」

    「……」


     肯定なのだろうか。会長は黙って俺の言葉を待っている。


    「……その事は多分、詠も気付いているかもしれません」

    「?」


     小さく挙手する阿知川と、難しい顔をする三重内。


    「三重内は……分かんないか。それとも本当は分かってるのか?」

    「何がだよ」


     本当に分からないようで、表情を変えずに《帰りたくない理由》を聞く三重内。


    「俺は……」

    『命君。言うのかい?』


     大きく息を吐いて、包み隠さず伝えようとする俺を室園さんが一度だけ静止する。

     俺の答えは既に決まっていた。


    「ああ。それに言っても減るもんじゃない」

    『そうか。なら、ワシは止めんよ』

    「……」

     8つの目玉が俺へと向けられる。発音するまでに少々の時間を有したが、最初の一言を発すれば、すらすらと言葉が出てきた。






    「実は俺、一回死んでるんだ」





    「えぇ!?!?」


     阿知川だけが、取り乱し大声をあげる。


    「どういう事だよ」


     三重内も前のめりになりながら追求をする。


    「……」


     会長は目を伏せ、静かに俺の言葉の続きを待っていた。


    「5ヶ月前の雪の日……俺は何かに殺された」




    ──────
    ────
    ───

  78. 78 : : 2020/08/15(土) 00:42:03





     その日は薄く雪が積もっていて、アスファルトに散らばった足跡の上に更に足跡を作りながら俺は歩いていた。

     安物のワイヤレスイヤホンを右耳に着けて、月明かりに照らされた雪をゆっくりと、踏み締めながら。

     ふと顔を上げて前を見ると二つの人影があった。

     1つはスーツケースを手に持った白髪混じりの男性。黒いスーツを纏った背中が街頭に照らし出され、スーツケースの金具に反射した光がチラリと俺の方へ向けられる。

     もう1つは大きな雨合羽を来た小柄な、顔は見えないがおそらくは女性。

     雨合羽の人影は此方へ向かって歩いて来ている。

     雨は降っていないけれど、雪は降っていたため特に違和感は感じなかった。

     雨合羽の人影がスーツの男性に触れる。


    ─ズルリ。

    ──どさり。



    「は?」


     スーツの男性は受け身も取らずに膝から崩れ落ち、白い雪に頬を付けた。

     待て待て待て待て。

     おかしいだろそれは。

     俺が驚いたのは突然倒れた男性に対してでは無く。


    『ーーー!ーーーー!!』


     雨合羽の手には、首根っこを掴まれた男性の霊の姿があった。

     回りくどい言い方をしたが起こった事は単純。

     雨合羽はスーツの男とすれ違う際に首筋に軽く触れた、そして身体から霊体を抜き出した。


    「……」


     単純故に難解、何だよそれは。

     雨合羽を来た死神は、崩れ落ちた男の体など気に求めず、静かに此方へ迫ってきている。


    「!」


     その場で固まる俺は、頬に落ちた雪の冷たさでハッとする。

     同時に眼前に迫る死を理解した。

     次の狙いは確実に俺だ。


    「う、ぁ、うわぁぁああぁ!!!!」


    俺は身を翻し、来た道を全速力で駆け出した。

    いや、駆け出そうとした。


    ガシリと、


    もう既に腕を掴まれていた。

    ヒヤリとした手が俺の首を掴む。ナイフよりも冷たく、鋭利な死を連想させる感触だった。

    それは一瞬で、眼前には俺の身体があった。

    正気のない俺の顔が視界に現れる。ならば俺の体は?


    『あああああああああああああああ!!!!!』


     思った様に声が出せない、咆哮のような悲鳴を挙げるが、霊体になった俺の声は誰にも届かない。


     死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
    死んでしまった。死。おしまい。死体。死者。死人。屍。他殺。霊体。生きていない。


     頭の中で似た様な羅列が走り回る。いや、正確には頭と思われる場所で。

     必死に身体へ手を伸ばすが、まるで水中かのように身体が重く、思う様に身動きが取れない。

     少しずつ霊体()が身体から離されていく。

     ブチリっ、と、切れてはいけない音がした事が本能で分かった。

     俺の肉体は、ダラリと膝を付き──





    にゅっ。





     華奢な腕が霊体()を掴む。


     腕をなぞるように、視線を動かすと、俺の肉体に繋がっていた。

     俺のものでない左手が、俺の肉体のあばらの部分から伸びて、俺の霊体の右手を掴んでいる。


    『あ?』



    にゅにゅっ。



     俺の身体から、恐らく同世代の白髪の少女の霊が顔を出す。


    『死にたいの!?早く逃げないさいよ馬鹿!!』


     謎の霊が(すみれ)色の瞳で俺を見つめながら叫び、俺を罵倒する。




  79. 79 : : 2020/08/15(土) 00:42:26



    『俺の中に俺以外の霊が?!お前何もんだよ!!』

    『話は後!このままだと本当に死ぬわよ!」


     白髪の霊が雨合羽の死神に掴まれた俺の霊体を引き、強引に肉体へ引き込み結び付ける。


    「ぐぇっ」


     死神の魔の手から逃れた俺は、カエルが潰れるような声を出した後、冷たい空気を取り込み震える身体に安堵する。

     だが、手足を動かす事ができない。

     俺は今までどうやって身体を動かしていたんだっけ?


    『何突っ立ってんの!はやく逃げなさい!』

    「出来ないんだよ!身体が動かない!」

    『貴方の身体でしょ!!じゃあ、全部操りなさい!無意識にやってる事だから貴方でも出来るわ!!』

    「でも!!」

    『でもでもうっさい!男の子でしょ!?長男でしょ!!しっかりしなさい!!』

    「長男関係ないだろ!───って後ろ!」


     俺の霊体を横取りされ、怯んでいた雨合羽の死神だが、臆する事なく突っ込んでくる。

    『しつこいわね!今良い話してるところでしょ!』


     若い女性の霊は、俺の肉体から飛び出して、雨合羽の死神へ体当たりを喰らわせる。

     特に良い話はしていない。


    『長女舐めんな!馬鹿!』


     謎の誇りを掲げつつ、中指を立てる少女の霊。


    『よし。逃げるわよ』


     そのまま、ススっと俺の肉体に入ってくる。


    「うわっ!?入ってくんなよ馬鹿!」


     咄嗟に構えた両の手を擦り抜けて、霊体の少女は俺の中に入った。


    「うわぁぁああ!!」

    『うるさいわね。早く走りなさい、また霊体抜かれるわよ。手が動いたんだから足も動くでしょ』


     腹からひょっこりと顔を出しながら、少女の霊は告げる。確かに、手も動くし足も動く。

     腹部から視線を上げると、のそりと起き上がる雨合羽の死神の姿があった。

     同時に脱兎の如く走り出す俺。

     未だ心臓を握られている様な動機に襲われる。まだ、アイツは俺の事を狙っている。


    『室園さんは居ないの?』

    「今日は室園さん、美術館行ってる!」

    『大事な時に、使えない爺さんね!!……全く』


     白髪の霊は悪態を吐き、深く考え込む。


    『まあ、私が居るから何とかなるでしょ』

    「その大層な自信は心強いんだけど、お前誰!!」

    『見れば分かるでしょ?!通りすがりのアルビノ美少女よ!!』

    「どっからどう見ても俺の身体から現れた不審者だろうが!」

    『漫才やってる暇はないわよ、追って来てる』


     チラリと後ろを見ると、距離こそ開いているが、かなりの速度で此方へ迫ってきている。

     少しでも走る足を緩めれば間違いなく追い付かれる。


    「あの合羽を着たバケモンはなんなんだよ」

    『知らない!!』

    「よくもまあ、なんとかなる、とか言えたもんだよな!!」

    『ピーピーうっさいわね!なんとかしてやろうって気概を伝えてあげただけよ!』


     若干キレ気味で、白髪の霊は背中をグイグイ押して来る。

     そもそも、この霊なんで肉体に触れれるんだよ。


    『!──左!』

    「!──うわっ」


     強引に頭を傾けさせられ、右耳スレスレを細い指が通り過ぎる。

    『この雨合羽、速すぎない?』

    「ハァハァ……逃げられない……」

    『貴方ねぇ、諦め早すぎ。もっと生き汚くなりなさい。命乞いするとか』

    「ふざけてる場合かよ」

    『そうね。じゃ、ここは私が時間稼いであげるから何とかして逃げなさい』


     白髪の霊が俺の身体から飛び出して、俺と死神の間で浮遊する。


    「何言って……」

    『貴方なら分かってるでしょ。アンタの目の前にいる雨合羽の人間は普通じゃない。そして、私も普通の霊じゃない』

    「だからって……!」

    『貴方に構ってる暇ないの見て分かんないの馬鹿!……大丈夫だから』


     雨合羽の死神の徒手を捌きながら、白髪の霊は背中を向けたまま語る。


    『逃げなさい』

    「何か力になれることは──」

    『いきなさい!ミコト!!』

    「くっ……」


     何も出来ない歯痒さと、足手纏いである悔しさ。

     名前も知らない霊に助けられ何も言えないまま、俺はその場から逃げ出した。



  80. 80 : : 2020/08/15(土) 00:43:09



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【日ノ元邸:一軒家】



    「はぁ……はぁ……」


     無我夢中で脚を動かして、気付いたら家の靴箱の前で倒れ込み震えていた。

     緊張の糸が切れて立ち上がれず、歯を鳴らして、何故か涙が溢れて止まらない。

     心ににポッカリと穴が開いたような、何か大切な物を失ってしまったと感じたが、それが何なのか俺には未だに分からない。

     ただ、ただ、俺は。俺を庇い、あの場に残った白髪の少女の霊の安否を神なんて信じてないくせに、指と指を重ね祈りながら震えていた。



    にゅっ。



     祈りが届いたのか、霊体がドアを擦り抜けて入ってきた。


    「!!無事だっ──」


    『室園帰還!』


    「…………」


    『えっ、ワシなんか悪い事した?ていうか、命君、なんでそんなに泣いとるの?歯、痛いの?』


     気の抜けた声でオロオロし出す室園さんへ、俺は震える唇を動かして経緯を説明する。







    『なるほどのぉ。ワシが離れたせいじゃの、すまんかった』


     深く溜息をつき、目を伏せる室園さん。

     俺も話していく中で落ち着きを取り戻したので普段通りの口調で話し掛ける。


    「室園さんのせいじゃないよ。あの、訳わかんない雨合羽のヤツが悪い」

    「でも、あの白髪の霊は何者だったんだ?室園さんの名前を言ってたけどさ」

    『……さぁの。ワシでも分からんこともある』


     険しい表情のまま、話す事を止めた室園さんを見て、俺はそれ以上何かを聞く事は出来なかった。

     ただただ、あの霊と再開できる事を祈るのみ。

     しかしその祈りは届かず。白髪の霊は俺の前に姿を現すことは無かった。




    ────
    ────────
    ────────────

  81. 81 : : 2020/08/15(土) 00:43:32





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





    「生きてんじゃん」


     三重内が、拍子抜けした態度を取りながらそう言った。


    「いやいや、こうして生きてはいるけどさ。肉体と霊体が完全に別れたわけなんだよ」


     この3人なら大丈夫と話した結果、大袈裟に話す痛いやつみたいな扱いを受けそうになり、それが嫌で必死に話の補填に掛かる。


    「幽体離脱みたいなものと思いなよ。そんな重く捉える事じゃないさ」


     専門家っぽい会長に言われたらおしまいだ。完全論破。俺はもう大袈裟に話す痛い奴になってしまった。


    「ぼへーー」

    「大変です!日ノ元君から正気が抜けていきます!日ノ元君!大丈夫ですか!!」


     阿知川が肩に手を当て、必死に揺する。力に逆らわないので、俺の首は赤子の様にグネグネと動く。



    「日ノ元君、しっかりしてください!そうだ!卵は英語でなんて言いますか?!」


    「タメィゴ」


    「日ノ元君ッッッ!!!!」



     阿知川は諦めた様に手を離して、ガクリと膝をつく。


    「eggだよ」


     このやり取りが初見の会長だけが普段と変わらぬ声色でそう答えていた。


    「けど、触れただけで霊体抜くとかそんな事出来るんすか?」


     会長に感化された三重内が、俺の話を踏まえた上で真面目な質問をする。


    「さあ、どうだろうね。ただ、ボクは(みこと)の云う事に嘘は無いと思っているよ。除霊出来る人間もいるんだ。そういう事が出来る人間が居てもおかしくはない」

    「いや、枯岸会長、オレも命っちのことは信じてますけど……それに命っちの地元で意識不明の患者が多発してるのって多分それが原因なんじゃないんすか?」


     篠縁(しのふち)市で原因の分からない意識不明患者が多発している現象。

     未だ解決に至っておらず、被害者は今も増え続けている。

     一時期はニュースでも話題になっていた。


    「俺も事件に関係していると思う。だから……」

    「だから、帰りたくないんですね」


     俺の言いたい事を汲み取った阿知川が、優しい声色で言葉を付け足してくれる。


    「もしかしてだけどさ、命っちが転校してきた理由ってさ」

    「……ああ」


     それに続く言葉は既に分かっており、俺は2回頷いた。


    「そんな事があれば帰省するのも億劫になりますよね……」


     同情を含む声色とともに阿知川が目を伏せた。

     そんな中、会長だけがあっけらかんな態度で言った。


    「じゃあ皆んなで行けばいいさ」

    「でも──」

    「大丈夫。その雨合羽の死神とやらに出会ってもボクがなんとかしてあげるからさ」


     拳銃を撃つジェスチャーと共に、左瞼をパチっと閉じて、俗に云うウインクを俺へと向ける。

     かっけぇぇ!


    「結婚してください」


     口からプロポーズが出た。脊髄反射だ。


    「あ!命っち!オレんだぞ!!」


     会長に対してなのか、ネタとしてなのか鼻息荒く噛み付いてくる三重内。


    「そ、そうです!安易にプロポーズはしない方が良いと思いますよ!会長にも失礼です!」


     何故か阿知川にも怒られた。いつも三重内のやり取りはスルーしているのに。


    「うーん」


     その一連のやり取りを見終えた会長が態とらしく、顎に手を添えて考え込む。

     目と手が同時に開いて、遅れて口も開く。


    「ありがとう。でも、ごめんね」


     冗談の告白とはいえ、考え込んだ末にフラれるのはかなり応え()るな。

     マジっぽさが段違いだ。美人にフラれるとこうも辛いのか。


    「じゃがいも」

    「あーー!!!日ノ元君から再び正気(せいき)が!!」

    「あははっ、そのやり取りまたやるの?」

     会長が指の隙間から白い歯を見せて笑う。

     呆れなど一切含まない純粋な笑顔。

    「それでどうかな?一緒に行くっていう案は。勿論、命にも、2人にも無理強いはしないけど」

    「行きます!」

    「オレも行きまーす!!」


    「良いのか?」


    「はい!」

    「勿論だぜ」


     会長の提案に二つ返事をした2人は、またしても即座に頷き、快諾してくる。


    「そっか、良かった。……それでさ、皆んな次の日──8月13日はお盆なんだけど、3人とも祖父母の家に行く予定かい?」


     単純な興味本位で聞いてるとかではなさそうな。そんな含みのある言い方だった。

  82. 82 : : 2020/08/15(土) 00:43:55



    「オレん()は、事実上の絶縁状態っぽいんで、特に無いっすよ。毎回、(うち)にいる感じなんで」

    「詠の家は、マ──母と父、両方の祖父母の家、どちらも家から近いですから、行くとは思いますけど」


     ママと言い掛けるが、強引な軌道修正で難を逃れた阿知川。多分、恥ずかしいのだろう。あの日は散々言っていたが。


    「俺はこっちに戻ってくるだけですね。そもそもお盆なんて形式上の儀式としか思ってないんで、爺ちゃんと婆ちゃんにお小遣いとプレゼントをもらいにくる感覚でしかないですよ」


     成仏した霊がお盆に俺の元に来た事は無く、当然御先祖様とやらも現れたことはない。故に大切だとは思えない。


     3人の予定を聞いた会長が肩を少し落として口を開く。


    「そうかい、残念だ。ボクの実家に招待しようと思ったのに……」


    「う、うおおおおおっ!オレ行きます!行きます!行きまーす!」


     何度もその場で手を挙げる三重内。手が増えたと思うほどの高速な動き。


    「ははっ、キモ」

    「命っちの病気が治ってねぇぞ!」


     黒神から移された病気を再び発症させた俺を見て三重内は吼えた。


    「お盆にお邪魔しても大丈夫なんですか?」


     阿知川がおずおずと聞いた。俺も気になっていたので、返答へ耳を傾ける。


    「そこは構わないよ。何ならボクの家の方から是非来て欲しいって話だしね」

    「お婿さん候補!?」

     三重内はがたりと椅子の音を立てながら立ち上がる。

     食いつき方のオカシイ発言に、会長は鋭い声を発する。


    「玲。話が拗れるから、ガムテープ」

    「!!……」

     三重内は、音を立てないよう椅子を引き、棚の上に置いてあったガムテープで己の口にバッテンを作った。

     そしてそのまま椅子へと戻り、会長の言葉を待つ。

     なんだこの構図は。地獄か?





    「ご実家に招いてもらえるのは光栄なのですが、どうして詠達がご招待されるのでしょうか?」

    「以前話した、霊能力に優れた人に当て嵌まりやすい条件、覚えているかい?」

    「血と、女性である事と、双子の片方がなくなっている事」


     記憶力に自信はないが、この内容はハッキリと覚えていたので俺は言葉を並べた。


    「命、その通りだよ。まどろっこしい言い方をしたけれど、血縁──つまりは枯岸家は有名な霊能家系でね。君達の話を是非聞いてみたいとのことらしい」


     今迄の会長の様子を頭の中で思い返して納得をする。霊能家系という土台が、会長の知識の元だったのか。


    「どうかな?12日に泊まって、13日帰るというプランは」

     可能であれば、と付け加え、改めて予定の確認を取る会長。

    ビリビリっ

     バッテンマンの封印が解かれた。


    「お泊まり!?やったーーー!!!!!」


     知性0のモンスターが誕生してしまった。


    「お前、霊能力無いだろ」

    「それはそれ、これはこれ」


     俺の指摘をクレーンゲームのアームの動きで端に置き、三重内は阿知川と俺に目をやる。


    「どうせなら、オレは命っちや詠っちとも行きたいと思ってる。それに命っち1人だと雨合羽のヤツが来たら不安だしな」


     1人でも会長の家に行く気なのは置いといて、俺を心配してくれているのは本心なのだと、言葉の端からひしひしと伝わってくる。


    「詠も行ってみたいです。それに、祖父母の家には13日の夜に行けば良いだけですしね」

    「俺も、それで良いです」


     全員行く事が可能の様で、それを聞いた会長が手を高らかに打ち鳴らした後。


    「それじゃあ、決定だ」


     嬉しそうな口調とは裏腹に、何処か哀愁漂う様子でそう言った。

  83. 83 : : 2020/08/15(土) 00:44:30


     予定が決定し、阿知川はピンクのスケジュール帳に三色ボールペンの赤で予定を書いていく。

     口から剥いだガムテープをゴミ箱へ投げ入れて三重内は、感慨深そうに俺の顔を見る。


    「それにしても命っちのお姉さんかぁ。いま何歳なん?」

    「あ……、あー、その、ごめん。さっきはややこしい言い方をしたんだけどさ。姉ちゃんは、もう亡くなってるんだよ……それで、俺が地元に帰るのはその日が姉ちゃんの命日(めいにち)だからなんだ」


     気遣いで言うまいと思っていたが、篠縁(しのふち)市に行く上で、会う事の出来ない相手なので素直にそう告げる。


    「えっ、あ……そうなのか、ゴメンな」


     謝る三重内に大丈夫だと伝えると、普段と変わらぬ表情で此方を見る会長の視線に気づく。


    「ねえ、命。それは誕生日が命日だと云うことかい?」

    「……そうですね」

    「双子の姉が、ということだよね」

    「はい」

    「そうか。大変だったね」


     そこで初めて表情の仮面を崩し、表情に哀れみを浮かべる会長。

     ここで、霊能力に優れている理由が分かった、なんて云うデリカシーのない人じゃ無くて良かった。


    「別に、大変とかではなかったですよ。物心付く前ですし」

    「期待は2人分、愛は半分だからね」

    「っ……」


     思い当たる節があった。それは、俺を縛る呪いだったから。


    『ユキちゃんの為にも頑張って』

    『ユキちゃんの分まで幸せになりなさい』

    『命がしっかりしないとユキちゃんが悲しむわよ』


     何で俺は俺の為に生きてはいけないのだと、幼心で反抗した事を覚えている。


     『命が女の子だったら良かったのにね』なんて、この境遇の親が息子に対して言ってはいけない、最悪な台詞を言われたこともあった。


    「期待は生きている方にしか与えられないのに、愛は死者にも注がれる。いや、時にその愛の天秤は死者へと傾く」


     まるで俺の過去を知っているかのように、思考を読み取れるかのように、会長はぽつりと呟く。


     ぽんと、頭に手を置かれ、撫でられる。


    「大丈夫だよ。命、今の君にはボクらがついてる」

    「──!!」


     鼻の面がツンと痛くなり、思わず泣きそうになる。

     泣いてはいけないと俯いて、歯を食いしばる俺の肩に三重内の手が、背中に阿知川が手を添えてくれた。


    「…………」




     開いた窓の向こうで、野球部の使う金属バットがカーンと音を鳴らす。



     暑い暑い夏が始まりの鐘を鳴らすかの様に。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


  84. 84 : : 2020/08/15(土) 00:44:50




     それから、ジェットコースターを降るように時間は流れていく。



     夏休みは始まる前が1番楽しいと云うが、それは事実だ。



     夏休みが始まってしまえば、貯金を切り崩す様に休みが減っていく。毎日ビッシリ予定が詰まっていることもなく、何時もより遅くまで寝て、いつまでも遅く起きる生活を繰り返していく。



     わざわざ語るイベントがあるなら、阿知川の家で何度かご飯をご馳走になった事や、霊研究同好会の4人で図書館に集まり宿題をした事、三重内とフットサルをしに行った事、夜が更けるまで霊研究同好会の4人で通話をした事、三重内の家に集まってクラスの男子とゲーム大会をした事、クラスで良く話すメンツとカラオケに行ったこと、阿知川と除霊をしに行ったこと(結果として対話で成仏させた)、登校日の日に、三重内、阿知川、四志、黒神と買い物に行った事や、買い物に行った面々でプール行った事、黒神からダブルデートをセッティングしろと脅されて、三重内を誘って水族館に行ったことぐらいか(ちなみに黒神が連れて来たのは四志)。






     あれ、結構充実してないか?



     始まってからも楽しいし。







     あっという間に貯金は切り崩されていき、替わりと言わんばかりにスマホのカメラフォルダに画像だけが溜まり、気付けば8月も中旬に差し掛かっていた。





  85. 85 : : 2020/08/15(土) 00:45:15



     8月11日。


     お泊りと誕生日を明日に控え、高揚感に包まれながら自分の部屋へと入る。

     誕生日の日に遊びに行く事を伝えると、爺ちゃん婆ちゃんからは1万円ずつプレゼントとしてもらう事ができた。プチ富豪の気分。


    「……準備よし」


     2人いる室内で独り言を呟くと、それに室園さんが反応する。


    『命君、歯ブラシは忘れとらんか?』

    「あ、忘れてた」


     言われて思い出し、先日購入したトラベルセットを袋から取り出してリュックの中に詰めた。

     これで旅支度は万全だ。


    『そういえば命君、ワシ、枯岸家の中には入らんからのぉ』


     室園さんが天井辺りを浮遊しながら腕を組む。一応、篠縁(しのふち)市についてくれる手筈ではあったのだが。


    「え、どうしてだよ」

    『そりゃあ……、あれじゃよ、除霊出来る一族の中にワシみたいなか弱い老人放り込まれたらどうなるかなんて分かりきったことじゃろう?」

    「あー……」


     取り囲まれて除霊()されてしまう未来が見える。


    『それに、トメさんにも久し振りに会いに行きたいしのぉ』

    「誰だよ。トメさんって……」



     室園さんとの会話を終え、明日着ていく服を用意して布団へ潜るとメッセージが来ていた。会長からだ。



    「『ボクはもう寝てしまうから、一足早いけれどメッセージを送らせてもらうね。お誕生日おめでとう命。1ヶ月だけボクと同い年だね』」



    「お、おおっ」


     先輩の女子から「お誕生日おめでとう」と送られてくる経験なんて初めてで、感動からか1人で愉悦に浸る。


    『ありがとうございます!おやすみなさい』


     シンプルな返信をして、俺は充電器をスマホに挿した。

     明日は8時に駅に集合だ。遅刻しないように早く寝ないと。

     しかし。乱れた生活習慣と、寝ないといけない、と脅迫概念にも近い何かを反芻してしまい中々寝付けない。

     今が何時かとスマホに触れ、再び目を閉じるを繰り返していると、丁度時計が23:59から0:00に変わり、それと同時に通知が画面上部に現れる。


    「『命っち!happy birthday!!』」

    「『どうだ?俺が1番だろ?』」

    「『今日は目一杯楽しもうな!おやすみ!!』」


    「1番じゃねーし。しかも、明日早いのにこんな事の為に起きてんじゃねーよ……」


     クスッと笑いながら、俺はスマホを閉じて再度眠りにつく。笑って肩の力が抜けたからだろうか。


    「…………」


     先ほどまでが嘘のようにあっさりと、俺は眠りにつくことが出来た。





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    藍雨(あいう)駅」




    「早く着きすぎたな」


     視線を落としたスマートフォンの画面には
     8月12日 水曜日 7:38 の文字。


    「流石に1番か……」

    「おーい日ノ元くーんっ!」


     声の方へ目を向ける。

     朝の通勤でかなりの人が改札を行き来する中、券売機の横に立っていた阿知川が大きな声と共に手を振っている。

     やめろ!恥ずかしい!

     カジュアルな服装に、自身の髪より暗い茶色のキャスケットを被った阿知川が、ペンギンを連想させる歩き方で、とことこと近づいて来た。


    「おはようございます!」


     朝一番とは思えない眩しい笑みを俺へと向けて、阿知川は背負っていた縦幅が1m程あるリュックを下ろし中に手を突っ込む。


    「リュックでか!!」



     俺の発言など意にも返さず、阿知川は取り出した小さな紙袋を渡しながら微笑む。


    「お誕生日おめでとうございます!日ノ元君!」


     渡されたのは手提げのついた紙袋は、制服のスカートを連想させる藍色を基調としたチェック柄で、右上の角に赤いリボンが取り付けられていた。


     「え、ありがとう」


     感謝を告げて、中を見てみると、ラッピングされた袋とメッセージカードが入っている。

     ラッピングされた袋は透明で、星柄のイラストの隙間からクッキーやマカロンが見えていた。


    「えっへんです。詠が1番ですね」


     腰に手を当て胸を張る阿知川へ、俺は現実を突きつける。


    「いや、6番」

    「えっ!ええ!?見えないライバルが多すぎませんか!?」



     身振り手振り込みで驚愕の2文字を表現する阿知川が、周りに目をやりながらそう叫んだ。

     ちなみに祝ってもらった順番は

     爺ちゃん婆ちゃん(昨日)→会長(昨日)→三重内(0:00)→室園さん(今朝)→阿知川だ。

  86. 86 : : 2020/08/15(土) 00:45:38


    「ありがとな。阿知川、大事に食べさせてもらうよ」

    「はいです!」


     改めて礼を伝えると阿知川はキャスケットを外し、胸に抱きながら微笑んだ。

     貰った紙袋の手提げを手首に掛け、阿知川と話しながら待っていると三重内と会長から駅に着いたと連絡が来る。


    「では行きましょう」


     改札にICカードを(かざ)し、俺は駅のホームへと向かう。

     阿知川は切符を改札に入れていた。どうやらICカードを持っていないらしい。





    【藍雨駅:2番ホーム】



     三重内は身長が180近くあるし、会長もスラッとしててオーラを放っているので遠くから見てもすぐに見つかった。

     遠目で見ても、三重内がソワソワしているのが伝わる。

     会長がスリットワンピースにスキニーという、身体のラインが出る格好をしているから目のやり場に困っているみたいだ。



     にゅっ。



    『命君。冥君のバストはジ────」






     突然現れた室園さんが、木っ端微塵に弾け飛んだ。






    「……すいません。悪い気を感じたので」


     いつの間にかお祓い棒を取り出していた阿知川が、室園さんを霧散させていた。


    「いや、正解だ」


     Good job


     お祓い棒を振るって、此方も目立ってしまったので、会長たちの方から近付いて声をかけてくる。


    「おはよう詠ちゃん、命。あと昨日も言ったけれど誕生日おめでとうね」

    「命っち!詠っち!おはよーさん!命っち!これプレゼント!」

    「三重内、会長、おはようございます」

    「冥さん!三重内君!おはようございます!」


     阿知川と俺が挨拶を返すと、キャリーケースを持った会長からまたしても紙袋を貰い、三重内からは何かキーホルダーぽいものを渡される。


    「会長、ありがとうございます!……三重内、これ何?」

    「これ、フローティングキーホルダーってやつで鍵につけるんだ。フワフワだぜ。しかもチャムスとノースフェイスのコラボ商品!」


     ブランドはよく分からない。受け取り透明な袋から取り出し、黄色い鯉のぼりのような形をしたキーホルダーを握る。


    「おお、確かに不思議な手触りだな」

    「だろ!」


     早速、鍵に取り付ける。自宅と祖父母の家と自転車のチェーンロックの三つの鍵を細い輪っかで括っただけの鍵束が、お洒落になった。


    「良いな。これ」

    「へへっ、喜んでもらって良かったぜ」


     会長から貰った紙袋の中には高そうな平たい箱が入っていた。


    「ちなみにボクからはハンカチだよ。気に入らなかったら捨てて貰っても構わないからね」


    「そんな。大事に使わせてもらいますよ」


     箱を開けて中身を見ると、白色を基調として紅いギンガムチェックのラインが引かれたハンカチが1枚、(だいだい)色にブランドのロゴがされたものが1枚、そして同じデザインの白色のハンカチが1枚、計3枚入っていた。


    「落ち着いた色にしようか迷ったんだけど、命の服装的に明るい色の方が似合うと思ってね」


     落ち着いた色の服を好むからか、確かに白や橙色は良いアクセントになっていた。

    「オレがキーホルダーの色、黄色にしたのもそれが理由だぜ。うちの制服の色も暗いしな」


     気遣いに感動していると、アナウンスが流れて目的地へ向かう電車が到着する。


    「さっ、乗り込もうぜ!」


     三重内の先導で、俺たちは車内へと足を踏み入れた。


  87. 87 : : 2020/08/15(土) 00:45:59



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




     電車を乗り継ぎ、鈍行に揺られること1時間半。

     車窓の外には見覚えのある景色。

     緑が多く、一面田畑の区域もある。

     民家がいちいち離れている区画、普通にマンションの立ち並ぶ区画、何かあるたびに通っていた大きなショッピングモール。

     夏になれば友達と遊びに行っていた大きな河川敷。

     あれは、自転車一人旅中に引き返す事を決心した橋だ。

     それらを見る度に脳裏のアルバムが強制的に捲られていく。

     本来なら愛すべき筈の故郷がそこにあった。


    「…………」


     本来なら。

     俺にとっては、自身の死を連想させる不快な場所でもあった。


    「大丈夫さ。だってボクがいるんだから」


     徐々に口数が減っていく俺を見かねてか、会長がそんな風に声を掛けてくれる。


    「そんな不安そうにしてましたか?でも頼りにしてます」

    「そうです。詠も居ますしね、今日はアロンアルファ持って来てますし、何があっても大丈夫です!」


     アロンアルファに何を求めろと。


    「ははっ」


     乾いた笑いが口に出る。


    「任せろ命っち、今日はサッカーボールを持って来たからな!」


     名探偵コナ◯か?


    「俺は何を任せればいいんだよ。フリーキックか?」

    「そりゃあ、俺が悪霊の顔にボールをシュゥッ!!ってわけさ」

    「三ートシールド……」

    「おいおい、命っち。仮にも親友を肉盾扱いは酷くね?」

    「間もなく〜篠縁駅〜。お降りの際は足元にお気を付け、お忘れ物のない様、お気をつけ下さい」


     電車のアナウンスが、間もなく目的地に着くことを告げる。

     ゴォっと音を鳴らし、電車は一瞬だけトンネルを通る。

     遅れて、窓に反射した自分が映る。

     ふと、あの時助けてくれた少女の霊が頭をよぎる。

     あの霊は何者だったのだろうか。

     そして、今は如何しているのだろうか。

     電車は駅へ着き、アナウンスと共に音を立てて扉を開く。


    「……よしっ。行こう」


     もしかしたらまた逢えるかもしれないと思うと、俺の足取りも少し軽くなった。


    「冥会長!キャリーケースお持ちしますよ」

    「ありがとう玲。でも大丈夫だよ、ボクこれでも鍛えてるから」

    「何度見ても阿知川のリュック面白いな」

    「何かおかしい所ありますか?」

    「いや、明らかにサイズがおかしいだろ。膝下まで大きさのあるリュック初めて見た。巨人が使うサイズじゃん、それ」

    「命、あんまり揶揄うんじゃない。女の子は男の子と違って持ち運ぶ日用品が多いんだから」

    「あ、すいません。じゃなくて、すまん阿知川」

    「良いですよ別に、気にしてませんから」


     阿知川は言葉通り、気にする様子を見せずにそのまま歩き始める。

    「…………」


     いや、あれはちょっと不機嫌になっていると、俺の第六感が告げている。


    「あのさ阿知川、リュック持とうか?」


     三重内を真似て、ご機嫌とりを行う。それに対する反応は。


    「……よきにはからえです」


     おそらくニュアンス的には、任せたということなのだろう。俺は肩から外されたショルダーハーネスを掴み持ち上げる。


    「おっもッ!」


     こいつ何をもって来ているんだ!?確かに祖父母の家に直接行くらしいから荷物は多いとはいえ流石にこれは重過ぎる!


    「……貧弱ですね」

    「いやいや、勝手に貧弱設定付与すんなよ!肩に背負うのと片手で持ち上げるのは違うだろ」


     自分のリュックを前に掛け、阿知川のリュックを背負い、俺は3人の後を追いかける。


  88. 88 : : 2020/08/15(土) 00:47:27



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



     小言を言われるのが嫌だったから、実家へと向かわずに直接霊園と向かう。

     バス停に辿り着くと、タイミング良くバスが到着した。


    「良いんですか?折角地元に帰ってきたのに……」

    「良いんだよ。どうせお盆は爺ちゃん婆ちゃんの家に集まるんだし」

    「命が良いならボクは良いと思うよ。家庭の事情は人それぞれだし」

    「冥会長がそういうなら、さんせーっス!」


     いつの間にか、枯岸会長を冥会長と呼ぶ三重内。関係の進展があったのだろうか?

     黒髪ツインテールの少女へ心の中で黙祷を捧げて俺はバスへ乗り込む。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



     バスを使い霊園前へと辿り着く。バスを降りた後、阿知川は自身のリュックを受け取り背負う。


    「持ってもらってありがとうございました」

    「どういたしまして」


     簡素なやり取りを済ませて、俺たちは霊園内へと足を踏み入れる。




    【霊園】



     両親は命日の墓参りは毎回午後に行うので、俺は早速荷物を脇に置き、掃除に取り掛かる。


    「日ノ元君!手伝いますよ!」

    「ボクは水を汲んでくるね」

    「ホウキ借りてくるぜ!」

    「3人とも、ありがとう」


     元々、1人で行うつもりだったが、ありがたい申し出に俺はそれを受け入れる。


     3人の助力もあって墓掃除は速やかに終えることができ、道中に購入した菊の花と果物を並べる。

     火の灯った蝋燭に、線香をかざして火が付いたら、手の平で仰ぎ、立てる。

     阿知川達も、俺に続いて同じ所作を行い、手を合わせてくれた。


    「…………」


     合わせた手を解き、黙って墓石を見つめる俺の肩を阿知川がつんつんと突いてくる。


    「どうした?」

    「お墓の前で何か喋ったりしないんですか?詠達に気を使っているなら何処かへ行きますけど」

    「いや、毎年何も言わないよ。だって、ここに赤ん坊の霊は1人も居ないんだから」

    辺りを見回す。そこそこ大きな霊園だが、霊は大人の霊が数人しか居ない。


    「……」


     ふとした思案。両親が墓前で、居ない娘へと言葉を重ねる事のもどかしさを思い出す。

     見え、言葉を伝えられる俺だからこそ感じる、届かぬ言葉を送る事の無意味さ。

     俺が今までで1番両親に怒られたのが「ここには居ないから意味ないよ」っと伝えたときだった。


    「命っちの姉ちゃんの名前、なんて名前なん?」


     阿知川と俺のやり取りを聞いていた三重内が、墓石から目を逸らさずに呟く。


    「幸運の運で、ユキって読む」

    「そか、分かった」


     三重内が膝をついてしゃがみ、墓の前で手を合わせる


    (ゆき)っち、アンタの弟は元気でやってるよ。ははっ馴れ馴れしいか?」

    「だから居ないんだって……」

    「ここには居なくても、空の上に居るかもしれないじゃん。口にしないと届くもんも届かねーよ」

    「……それも、そうだな」


     三重内の言葉に納得した俺は、ゆっくりとした動きで屈み、改めて姉ちゃんの眠る墓石へと向き直る。


    「姉ちゃん、誕生日おめでとう。俺は元気でやってるよ」

    「…………よし」


     屈んだ動作をなぞる様にゆっくりと立ち上がる。


    「え!?お終いですか!?」

    「良いんだよこれで」


     言葉にしないと伝わらない事もある。しかし、言葉にすると安っぽくなってしまう言葉もある。

     姉ちゃん、俺、自分を偽らなくて良い友達が出来たよ。

     心の中でそう呟いて、俺達は霊園を後にする。

  89. 89 : : 2020/08/15(土) 00:48:11



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




    「それで、どーするよ命っち!これから海に行っちゃう?!」

    「玲、それも面白い案だが、海は少し遠い。先ずはこの荷物を置いてからにしないかい?」

    「賛成っす!」


     イエスマン三重内。因みにこの辺に海はなく、行くなら再び電車に乗る必要がある。


    「と、いうことは遂に足を踏み入れるわけですね!」

    「冥会長の実家に!!」


     ノリノリの阿知川と三重内。


    「え、なんでそんなテンション上がってんの?」

    「アホだなー、命っちは。女の子の家に入るってのは男のロマンの一つだろー?」

    「でも実家だぞ?」

    「三重内君のロマンにはちょっと賛同出来ませんが、冥さんのご実家がどの様なものなのか気になりませんか?」

    「そうそう、それに実家となると冥会長の小さい頃の写真とかあるかもしれないぞ」

    「……」


     少し気になるな。


    「駅に行くのはこの炎天下ではキツいし、バスに乗って行こうか」

    「来る時に使ったバス停っすね、了解っす」




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



     暫しバスに揺られて、俺たちは目的の場所へと辿り着く。


     ピピッ、と電子音が鳴る。


     380円を電子マネーで支払い、俺と会長と三重内はバスからアスファルトの上へ降り立つ。


    「……すいません!両替をします!」


     キャッシュ派の阿知川がもたついていた。



    「どうか私の事は置いて先に!」


    「いや、道分かんないだろ。待つから早く支払えよな。バスの運転手さん困ってんだろ」

    「すみません!すみません!」


     阿知川の必死の謝罪に、バスの運転手は帽子に手を当て軽く微笑んでくれていた。


    「ありがとうございました!」


     ペコペコしながら両替を済ませ精算を終えた阿知川は、階段を飛び降りてバスの外へ。


     ぐらっ


    「わわっ」

    「おっと」


     大きいリュック故にバランスを崩し転倒しかけた阿知川の手を掴み引き上げる。


    「大丈夫か?」

    「──くっ、不覚です。日ノ元君に借りを作ってしまうなんて!」


     悪態をつきながら顔をプイと逸らす。耳が赤くなっている。

     別に良いじゃん。交換条件で首絞めさせてとか言わないからね、俺。

     やっぱ、絞めちゃおっ。


    「でも、ありがとうございま──ひゃあっ!!」


     可愛らしい悲鳴が蝉の声を掻き消す。

     正確には締めてないのだが、撫でられた感触が阿知川を襲う。


     ビシッ


    「あてっ!」


     顔を真っ赤にした阿知川が、俺の額にデコピンを浴びせる。


    「次したらビンタですからね!」

    「……悪かったって」


     そのやり取りを見ていた会長が、棘のある声色を俺へと向ける。


    「命、痴漢だからね。それ」


     金槌で頭を殴られた様な衝撃。

     性犯罪者。俺が?

     俺が。性犯罪者?


     並べ替えても意味は変わらなかった。

     
    「これから気を付けます。何卒(なにとぞ)、何卒」

    「詠も悪かったですけど、もうやめてくださいね……」


     拝み倒す俺を、首元を摩りながらジト目と涙目の中間の目で見つめてくる。

     罪悪感が募るばかりだ。


    「約束するよ」


     弱った瞳を真っ直ぐ見つめ返すと、三重内が横から声を掛けてくる。


    「じゃ、指切りだな」

    「指切り!?高2だぞ!?」

    「誓いを立てるべきだよ命、ここで立てておかないと君はまたする」


     俺の信用 地の底ですか?なんて言えず

     阿知川の方から小指を立てて差し出して来たので、此方も小指を立てて引っ掛け合う。

     阿知川が歌い始め、リズムに合わせながら指を動かす。


    「指切りげんまん嘘ついたら電気椅子〜♫」

    「死刑じゃん」


     怖ッ!!

     スプラッター阿知川出てこないで!!


    「死んだら御免〜♫指切ったっ♫」

    「知らない歌詞!!」


     掛け合っていた指が離れた後、困惑する俺へ会長が注釈を入れてくれる。


    「本来の指切りにも死んだら御免というフレーズは含まれているよ。約束を守れないのは死んだ時のみって意味でね」

    「へぇー、つまりどう足掻いても俺死ぬんですね」

    「それは、君が約束を守れば良いだけじゃないかな?」

    「Death!」


     朗らかな表情で相槌をうつ阿知川。

     です!がDeath!に聞こえる。怖い怖い。



  90. 90 : : 2020/08/15(土) 00:48:35




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



    【枯岸邸】



     バス停から歩く事5分、会長がキャリーケースを引く手を止めた。


    「着いたよ」


     目の前には瓦で作られた屋根を携えた、巨大な木製の門があった。


    「でっけーー!!!」

    「大きいです!!!」


     高い塀からも中の家屋(かおく)が顔を覗かせていた。

     フィクションの世界でよく見る極道の家の門、と云うのがしっくりくるそれは会長がインターホンを押すと数秒後に開かれる。

     門を潜り、まず目に入るのが広い庭園。

     まず整えられ草木、特に巨大な松の木に目を奪われる。


    「見ろよ、命っち!スーモが埋まってるぜ!!」


     剪定(せんてい)され形の整えられた植物を指しながら、興奮気味の三重内。


    「日ノ元君!見てください!鯉がいます!!」

     池へと駆け寄る阿知川、餌をくれるのかと鯉たちが集まってくる。

     こいつら高校2年生にもなって、何はしゃい──


    「すっげ!!家に橋がある!!!!」


     家に橋があるぞ!!!あと、竹に水貯めてカコンってなるやつも!!!


    「直接見るのは初めてかい?それは鹿威(ししおど)しと言うんだよ」


     会長がキャリーケースを家屋の玄関の前に置いて、此方へ歩み寄ってくる。


    「へえ、そうなんですね。ちなみに直接見るのは初めてです」


     鹿威し、金髪ピアスのギャルを脅すみたいな名前だ。

     そんな事を頭の中で考えていると、両手を口の横に添えてメガホンの様にしながら口を開く。

    「おーい、皆んな、見て回るのは後でも良いかい?荷物を持ったままだし、昼食の用意をしてくれているらしいからね」


    「賛成です!」

    「右に同じく!」


     直ぐに会長の元へと集まってくる2人。


    「更に右に同じく」


     俺も会長へと一歩近付く。


    「今更だけど、この中にアレルギーがある人はいるかな?」

    「いえ、ないです」

    「俺も特に」

    「なんも無いです」


     3人とも首を横に振ると、会長が安心したように息を吐いた。


    「良かった。では、行こうか」


     老舗の旅館を思われる横開きの扉をスライドさせて、会長は中へと入る。


    「お邪魔します」

    「お邪魔します!」

    「お邪魔しまーす」


     バラバラのタイミングそう告げ、開いた隙間から漏れる冷気に吸い込まれるように、玄関へと足を踏み入れる。





     入って直ぐに目を引かれたのが、白と黒を基調とした服装の女性。主は服装だ。


    「お帰りなさいませ。お嬢様」



     表情の薄いメイドさんが居た。


     メイドさんが居た!?


     メイドさんが居た!!


     しかもロングスカート!最高だ!



    「うん。ただいま、久しぶりだね」


     会長は特に気にする様子もなく、キャリーケースをメイドさんに預けた。


    「よくぞお越し下さいました。日ノ元様と阿知川様と……」


     三重内を見て言葉を詰まらせるメイドさん。

     悲しい。


    「三重内です!あ!これから枯岸になる予定っす!なんつッて」


    「……」


     クスリともしないメイドさん。


    「……彼はジョークが好きなんだ。普段は面白くて良い子なんだけど、今日は空回りしている」


     滑った三重内へ助け舟を出す会長。


    「失礼しました。三重内様ですね」


    「靴は此方へ」


     靴箱へと5本の指を向け、案内するメイドさん。

    スリッパが4つ並べてあるので、当然だが履き替えろという事なのだろう。


    「お嬢様と阿知川様は鶴の間へ、お荷物は後でお持ちします。日ノ元様と、三重内様は此方へ。お部屋に案内します」


    「昼食は大広間に用意してあります。各自準備が出来ましたらお越し下さい」


     案内に従い、まず靴を脱ぐ。すると三重内が耳打ちをしてきた。


    「命っち、なんか旅館みたいだな」

    「メイドさんが居なければそう思っただろうな」


     メイドに、さんを付けるか、付けないかの葛藤の末、さんを付けることにした俺へ、会長が話し掛けてくる。


    「枯岸家の使用人は、基本服装が自由だからね。あのメイド服は彼女の趣味だよ」


     エッッッ


     良い趣味をしてなさる。




  91. 91 : : 2020/08/15(土) 00:49:08



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    「こちらになります」


     メイドさんに案内してもらい、襖まで開けて貰えた。至れり尽くせりだ。


    「大広間は、右手の縁側を抜けた先に、トイレは幾つかありますが直近は左手の突き当たりにあります。では、ごゆっくりと」


     それだけ言い残し、1度ぺこりと頭を下げて元来た道を引き返して行った。






    【枯岸邸:孔雀の間】



    「広いっ!!」

    「おおお!!!」


     畳の部屋に大興奮の俺たち。


    「オレん家のテレビよりでかいぞ!」

    「おおお!!!」

    「命っち。和の匂いだ……」

    「おおっ…」

    「お茶請けが机の上にあるぞ!!」

    「おおお!!!」

    「壺だ!!」

    「おおお!!!」

    「掛け軸もあるぞ!!」

    「おおお!!!」

    「すげー、命っち!窓の外庭園見えるぞ!!」

    「おおお!!!」


     一通り反応して、落ち着きを取り戻した三重内が、冷静な口調でこう言った。


    「命っち、さっきからリアクション1個じゃね?」

    「俺も思ってた。取り敢えずさ、荷物置かないか?」

    「そだな」


     背負っていたリュックを部屋の隅に置いて、大きく伸びをする。


    「じゃあ行こうぜ。会長たち待たせても悪いし」

    「腹も減ったしな。ゼンは急げだ」


     善と膳を掛けながら、三重内は廊下を歩く。

     俺もそれに着いていき部屋を出た。





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【大広間】



     縁側で会長と阿知川に合流して、俺達は襖を開けて大広間へと入る。

     スリッパを脱いで木枠の靴箱に直して、並べられた座布団へ腰を下ろす。

     俺の横に阿知川が、向かい側に会長が座っている。


    (good)


     会長の横に座った三重内が、こっそりと親指を立てて此方に向けてきた。


    (勿論だ)


     家でご飯を御馳走になる時の流れで、無意識に阿知川の隣に座っていたのだが、さも気を利かせましたよ、的な表情で俺も親指を立てる。





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



    「ごちそうさまでした」



     4人一緒に手を合わせ、声を合わせて口にする。

     会長は夜しか食べない主義だからか、料理は用意されておらず、お茶だけを飲んでいた。


     食べた感想。


     うまぁっ、皿いっぱぁい!














    「ご飯、凄く美味しかったです!素材が良い上に下拵(したごしら)えが丁寧で、だからこそ薄味で仕上げられるんですね!卵焼きの火加減も絶妙でした!色合いも素晴らしくて、目で見ても楽しめました!こんな料理を食べられるなんて詠、幸せ者ですっ!」


     ツラツラと料理人に言葉を並べる阿知川。普段から料理する奴には俺と違う世界が見えているらしい。


    「ハッハッハッ、ありがとよ!夕飯も沢山食べてくれよ!!」


     コックコートを着た料理人(ただし出た料理は和食)は嬉しそうに笑っていた。


    「!そうでした!詠、楽しみにしてますね!!」




     微笑ましいやり取りから目を離すと、直ぐ横にメイドさんが居た。


    「メイドさん!?」


     気配がなさ過ぎてその場で肩を跳ねさせてしまう。


    「驚かせてしまい申し訳ありません、日ノ元様」

    「別に大丈夫ですけど、どうしたんですか?」


     食事に来た雰囲気でもないので、何か用件があるのかと思い俺はそう聞いた。


    空乃夜(あのよ)様が阿知川様と日ノ元様とお話したいとの事で」


     またナチュラルにハブられる三重内。

     この家、霊能力ない奴に厳しすぎないか?


    「俺は大丈夫ですけど、空乃夜(あのよ)様って一体?」

    「…………」


     メイドさんは腕を組む会長へ木の葉のように閉じた5本の指を向けながら、端的に答える。


    「空乃夜様は、冥様の御母上様です」


  92. 92 : : 2020/08/15(土) 00:49:41



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    「こちらです」


     俺、阿知川、会長の3人はメンドさんに連れられて、他と比べて明らかに豪華な造りになっている(ふすま)の前へと立つ。

     悪趣味とも思える程鈍い金色の襖には松の木に飛ぶ鶴が描かれている。

     三重内は部屋に置いてきた。

    『お母様にご挨拶に行かないと!』と暴走気味だったからだ。


    「失礼します」


     会長が襖に手を掛ける。


     丁寧な所作で最低限の音だけを発しながら開かれたその先は豪華絢爛(ごうかけんらん)な広い和室だった。


    「なっ……」


     俺は驚いて思わず、声を漏らしてしまう。


     イメージとして1番近いのは、ドラマで観る大奥の様な造り。


     しかし俺が面食らったのは内装(そこ)ではない。


     俺が驚いたのは、俺達の通り道を作る様に、部屋の左右の端に、首を垂れた()達が列を作って並んでいたことだ。


    「え?」


     はっきり見えている俺でも困惑するくらいだ、モヤのようにしか見えない阿知川は更に困惑するだろう。


    「……大丈夫だ、首を垂れてるだけだから」


     小さな声で耳打ちをして、唾を飲み込み気持ちを切り替える。


     数メートル先に和の内装から、異彩を放つ存在があった。

     その女性は、玉座を思わせる赤と金の二色で作られたソファに座っていた。

     この部屋に居る人間は彼女1人だけ。

     ならば彼女が枯岸空乃夜なのだろう。

     和服の女性は玉座に座ったまま、(りん)とした声色を此方へ向けた。


    「よくいらっしゃいましたね。さあ、お入りください」


     緊張で背筋を伸ばしながら、そのまま入室して、三つ並べられた座布団のうち左の座布団に座る。


     続いて会長と阿知川が腰を下ろすと、目の前の女性は再び口を開く。


    「まずは、簡単に自己紹介からはじめましょう。私の名前は、枯岸空乃夜と申します」


     軽く会釈を交えて、俺、阿知川の順番で名前を言った。


    「わざわざ御呼び立てしたのは他でもありません。貴方達について知りたかったのです。また、貴方達に知ってほしいのです」


    「ある程度の事は、冥がお伝えしていると思います。ですから、今回お話しする事はそのひとつ先の話です」


     お話を聞きたいと言いながら一方的に話す、空乃夜さん。しかし誰も異議を唱えることも出来ず、黙って耳を傾ける。


    「何故、女性の方が霊能力が強くなりやすいかをまずは話しましょう。あくまで成りやすいので、参考程度に」


    「『()』という漢字の成り立ちをご存知ですか?」

    「いいえ……」


     阿知川も分からない様で静かに首を横に振っていった。


    「靈とは、雨が雲から滴り落ちる象形文字と、祈りの言葉を並べて雨乞いをする巫女の様子を組み合わせて出来た漢字なのです」


    「巫女は人と神との橋渡し。本来見えざる物を見て、聞こえぬ物を捉えて人に伝える存在です。故に本質的な意味で、女性の方が霊能力に優れやすくなる。もっと分かりやすくいうのなら、男性は霊能力には優れにくいのです」


     男性は神の声を聞けない存在だから霊とも干渉しにくい、という話なのだろうか?

     偉い人の話はどうも難しくて分かり辛い。


    「勿論、例外もありますがね」


     そう言いながら、空乃夜さんは無表情のまま俺を見る。


  93. 93 : : 2020/08/15(土) 00:50:34



    「日ノ元命君。貴方は、双子のお姉さんを亡くしているのですね」


    「はい」


    「産まれて間もなく死んだ子どもは、自我が希薄なのです。本来なら線香に灯る炎の様に揺らぎ消えてしまう存在。しかし、産まれた状況と死ぬ状況は何よりも近い。同じ日に同じ場所で死ぬのですからね」


    「同じ細胞から生まれ、似た霊魂の形をした片割れへと、霊魂を溶け込ませる」


    「そして生まれるのは肉体を持ちながら、生者と死者両方の性質を持つ魂、なのです」


    「人は生きていく上で様々な経験をします。その中で恨み悲しみ傷付き憎悪し妬み苦しむ。負の感情は強い霊が生まれる上で必要不可欠な能力です」


    「そして生きるという事は、常に未練を溜め込むという事なのです。生者でありながら強い霊体になる上でのエネルギーを蓄えることが出来る」


    「それが君が、霊を見て、話す事の出来る理由ですよ」
     


    「…………」


     なるほどな、さっぱり分からん。

     半分ショート寸前の俺を見兼ねてか、会長が声を忍ばせながら説明してくれる。


    「噛み砕くと、双子は似た性質を持っているから、片方が亡くなった場合、魂が混じり合いやすいんだ。混じり合った魂は、生者と死者両方の性質を持つことが出来る。だから、霊能力に優れやすくなるってことだよ」

    「なるほど」

     すごく簡潔で分かりやすい。長々と話してくれた空乃夜さんに対して、少し失礼だと思いながらも、俺はそんな声を出していた。


    「フフフ、少し難しかったかもしれませんね。ここまでで何か質問はありますか?」


     特に気にする様子もなく、空乃夜さんが俺達へと目をやる。それに即座に反応した阿知川が手を真っ直ぐ上に挙げた。


    「あ、あの!なぜ、この部屋には大量の霊がいるのでしょうか?」


     先程までの話と全く関係ない質問。だが、確かに質問したい1番の内容はそれだった。


    「彼、彼女らは、枯岸家の祖先達です」


    「え……?」


    「枯岸の繁栄の為に尽力してくれる霊達なのですよ。ワタシたち祖先を見守り、力を貸してくれる存在」


    「…………」


     素直に胡散臭いと思った。

     その話が事実ならば、此処に土下座に近い態勢で並べる必要などないのだ。

     別の目的があるとするならば───


    「そうだったんですね」


     それ以上の思案はいけないと考え、相槌を打って会話と思考を終わらせる。


    「他に質問はありますか?」

    「ないです!」


     阿知川が要らぬ追及をする前に、強引に会話を終わらせる。


    「そうですか……、では次は貴方達の話を聞かせてください」


     少し残念がりながら、空乃夜さんは俺達への質問を始める。


    「────。」



     気を引き締めなければならない。理由は分からないけれど、彼女が俺達にしたのは、力の誇示だ。


     それが俺には、ワタシは枯岸家の(霊能力者故に恐らく霊能力の強い)霊を自由に従わせられるぞ、という脅しに見えた。


  94. 94 : : 2020/08/15(土) 00:50:56


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




     長い長い拘束から解放されて、ため息をつきながら孔雀の間へ手を掛ける。




    【孔雀の間】




    「お帰り命っちー、話は終わったか?」


     お茶請けの煎餅を口に運びながら三重内は、軽く手を振る。


    「結構長かった」

    「だな、1時間以上話してたもんな。冥会長や詠っちも解放された感じ?」

    「されたよ。3人一緒に部屋を出たから」


     その話を聞き、三重内は目の色を変える。


    「じゃあ、そろそろあれしようぜ」

    「あれって?」

    「旅行のイベントの1つ、[女子の部屋に行く]だ。任せろ命っち、俺に作戦がある」





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




    【鶴の間】




    「トランプしようぜ!!」


     右手にトランプを持った三重内が、阿知川と会長の居る部屋の襖越しにそう言い放つ。

     作戦なんて甚だしい。これは特攻だ。


    「うん、いいよ」


     扉越しからそう聞こえ三重内はガッツポーズをする。そして俺達は互いに右手の拳をぶつけ合った。






    《5分後》






    「いくぜ!!!」


     5枚のトランプを掲げた三重内が、畳へ叩きつける様にしながら言い放つ。


    「ロイヤル──ストレートフラッシュッ!!」




     ♣︎10 ♣︎J ♣︎Q ♣︎K ♣︎A




     カードを並べ、近年稀に見るドヤ顔を決める三重内。
     




    「馬鹿!今やってるの21(ブラックジャック)だぞ!!」


    「あはははははははっ!!!ふ……ふふっっ、ぷふっ!あははははは!!」


    「玲、バーストだね」


     笑い転げる阿知川と、対照的に落ち着いた様子の会長。


    「……バーストじゃなくて、ブタって言ってもらえませんか?」


     なんの提案?


    「玲、ブタだね」


    「ありがとうござァますッ!!」


     ありがとうございますじゃねぇよ!!





     こんなやり取りをしながら遊んでいると、時間もまあまあいい頃合いになってきた。


     因みにトランプ大会は、会長の優勝で幕を降した。





    「どうする?先にご飯にするかい?それともお風呂にするかい?」


     集めたトランプをケースにしまい、時計に目をやりながら会長は聞いた。


    「冥会長で」

    「言うと思った」

    「言うと思いました」


     阿知川と言葉を被せながら、会長の返事を待つ。


    「……良いよって言ったらどうするつもりだい?」


     ──!?まじか!

     まさかの返答。なんで答えるんだ三重内!!!


    「え、おっ、あっあっ」


     きょどっていた。


    「じゃあ先にお風呂から入ろうか。汗もかいているしね。ボクの家のお風呂は結構広いんだ」


     襟に人差し指を引っ掛けながら会長は言う。
     

    「混浴っすか!?!?」


    「違うよ」


     一蹴。


    「……じゃあ会長達から先に入ってきて良いですよ」


     何の気なしに提案すると、会長はその台詞を待ってましたばかりのテンションでこう返す。


    「いやいや、なんと大丈夫なんだよ。だって僕の家、男湯と女湯があるからね」






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





    【男湯】



    「ちくしょーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」



     むかーしむかし、爆速でシャンプーをする男の姿があった。


     三重内玲という男じゃった。



  95. 95 : : 2020/08/15(土) 00:51:22


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






     大広間の襖を開け、冷気を浴びながら縁側に胡座をかいて、蚊取り線香の匂いを嗅ぎながら、阿知川と会長を待つ。

     ギシッと、木板を踏み締める音に反応して視線を送ると、浴衣を纏った阿知川と会長が歩いてきていた。


    「折角なので貸していただくことにしました!似合ってますか?」

     気恥ずかしそうに、腰の辺り巻かれた赤い帯へと目をやる阿知川。


    「似合ってます!会長!」

    「似合ってるっす!冥会長!」


    「あれ!聞いたのは詠なんですけど!」


    「ありがとう命、玲。でも、ちゃんと詠ちゃんにも反応してあげなよ。照れ隠しなんて男らしくないよ、命」


     何故名指し。


    「まあ、似合ってるよ……」


     一旦間を開けてしまった事と、気恥ずかしさそうにする、いつもと違い髪を下ろしている阿知川のギャップに、緊張している俺がいる。

     悔しい!!

     湿った髪が頬についており、それを指で摘みながら阿知川は微笑む。


    「えへへっ」


     三重内はそんな様子など全く気にせず、会長へと視線を向けていた。

     会長も普段とは違い、三つ編みを解いており阿知川と同じ赤い帯を巻いていた。これは余談だが、巻いてる位置は阿知川と比べてかなり高い。


    「……詠っち。後で話があるんだ、大丈夫か?」


     何故かこの状況で阿知川と話す約束を取り付けようとする三重内。


    「なんでしょう?デリカシーのある内容なら大丈夫ですよ」

    「じゃあ……無理だ」


     残念そうに項垂れて、三重内は一歩後ずさり、そのまま大広間の中へ消えていった。


    「何を話すつもりだったんですか!?」


     それを阿知川が追い掛けて襖の向こうに消えたので、俺と会長は顔を見合わせて小さく笑い、2人の後を追──


    「ねえ、命」


     袖を掴み引き寄せられ、耳元でそう囁かれる。


    「ボクも君に話があるんだ。とても……とても大事な話が」



     二の腕に会長の手が触れ、会長の体温を感じる。吐息が耳に当たる。シャンプーの香りがする。触れてないのに体温を感じる距離。大きな瞳が、眼前に迫る。

     脳が蕩けてしまうと錯覚するフワフワした感覚。のぼせたように鼓動が早い。



    「……あとで、二人きりで話がしたいっ」



  96. 96 : : 2020/08/15(土) 00:53:19



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


     こういう時、夕食は味がしないと云うらしいが、しっかり味がして美味かった。









    【庭園】



     不自然じゃないように部屋を出て、待ち合わせの場所へと足を運ぶ。


    「やあ。呼び出してごめんね」


     草履を履いた会長が、月明かりに照らされながら俺へと手を振る。

     俺は小走りで向かい、開口一番にこう聞いた。


    「それで大事な話って、なんですか?」


    「ふふっ、この宿泊で、2人っきりで話せる機会は中々ない。ボクだけの要件を言うのも忍びない。君から聞いておきたい事はないかい?」

     回答をはぐらかしながら会長は微笑を浮かべる。


    「?……特に」


     ……強いてあげるなら本当にGカップなんですか?ってくらい。


    「なんでも良いんだよ。相談とかでも、ほら詠ちゃんの事とか」

    「なんで阿知川のことなんですか……でも、1つ気になることが」

    「ん、何かな何かな?」


     すすっと歩み寄って、会長は首を傾げる。


    「……なんか、俺だけに厳しいんですよ。俺的には結構友好的な関係だとは思ってるんですけど、実は嫌われているんですかね?」


     会長は拍子抜けと言わんばかりの態度で小さく息を吐いた。


    「……そうだね。女の子周りの人と態度を変えて扱う対象には大きく分けて2パターンあるんだ」


     右手の小指を立てながら会長は言う。


    「ひとつが、特別な存在。まあ、濁していったけど恋心を持っている相手だね」


     続けて、左の小指を背中に隠しながら。


    「もうひとつが、絶対に特別な存在にならないとカテゴライズされた相手だ」


     大きく分けて、というくらいなので他の選択肢もあるのだろうが、一つ確かなことがあった。


    「前者はないですね」

    「そもそも命、君だって詠ちゃんに厳しいじゃないか」

    「はぁ!?俺は別に厳しくないですよ!なんか、売り言葉に買い言葉で皮肉めいた言い方する時はあるけど……」

    「もしかしたら、お互い様なんじゃない?詠ちゃんの方も売り言葉に買い言葉って思ってるのかも」


     言われて思い返してみるが、確かに思い当たる節もあった。


    「……一理ありますね。ありがとうございます」

    「そもそも、命はどうして厳しい態度が気になるんだい?」


     とぼけた調子でそう言って、会長はニタリと笑う。


    「厳しい物言いをされるなら嫌えば良いじゃないか」


     分かっているのに、そんな事を言ってくる。


    「会長、偶に意地悪を言いますよね」

    「命、失礼だね。ボクはただ要らないお節介をかけたくなる性分なだけさ」

    「要らないって自分で言ってますし……」

    「気を使わなくたって、互いに嫌いになんてならない関係なんだよ。君達は」


     会長は柔らかな表情でそう告げる。

     そこで俺の相談は一区切りついた。


    「俺から聞きたい事は、本当にそれぐらいですね。あっ」


     思い出したかのように口にする。実際、思い出したのだけれど。


    「三重内のこと、実際の所どう思ってますか?」


     その場のノリでそんな事を聞いた。旅行の定番恋バナという奴だ。


    「そうだね、面白い後輩……かな」


     言葉を選びながら、会長は呟く。


    「話は変わるんだけどさ」


     そんな一言と共に、会長はゆっくりと池のふちを歩き出す。

     俺は隣を歩きながら会長の言葉に耳を傾ける。


    「知ってるかい?第六感を司る遺伝子も発見されているらしいよ。そして第七感も存在する」

    「第七感を持つ人は、3次元ではない別の次元を理解できる、とも言われてる。それが霊感」

    「他には、雨の日に耳鳴りがなるように。天候が崩れると古傷が痛むように」

    「特別な症状を持った人が、特別な条件下でみる共通幻想のような考え方もあるね」


    「まあ、ボクは共通幻想という考えは信じていないけれど、でもそれの方が良いと思っている」


    「どうしてですか?」


     霊能力を持つ会長らしからぬ発言に、俺は思わず言葉を発していた。


    「幽霊の正体見たり枯れ尾花、という言葉があるくらいだ。幽霊なんてのは思い込みの生み出した産物だなんて、如何にも物語らしくて辻褄が合うじゃないか」


    「それが幻想なら、幻想だと証明できれば、ボクは怯えなくて済む。でも、希望は持たない」


    「……だから、言うね」







     俺達を照らしていた月明かりは、大きな雲に覆われる。








    「君の姉と交換しないかい?」

















    「君の姉を渡す。──だから」

























    枯岸(かれきし)室園(むろぞの)を裏切って」



  97. 97 : : 2020/08/15(土) 00:54:32







    Chapter5
        壊れた幻想
             END






  98. 98 : : 2020/08/16(日) 03:29:01








    Chapter6
        ミコトの天秤








  99. 99 : : 2020/08/16(日) 03:30:31



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



    「え!?室園って苗字じゃないんですか!?」


     最初、意味が理解出来ず。俺が反応したのはそんな大した問題でもない所だった。

     頭で言葉を理解し、心で咀嚼しながら、俺は願望じみた言葉を発する。


    「それにいきなり何ですか、室園さんと姉ちゃんを天秤に掛けさせて。一体なんの冗談なんですか」


     会長は泣いてる子ども諭すような調子で口を開く。


    「君の姉の霊体を、枯岸家が捕らえているって事だよ。それに冗談じゃないんだ」



    「…………」



    「命、ごめんね。君に選択権はほぼ無いんだ。隠す……いや騙すのは忍びないから言わせてもらうよ。これは脅しだ。枯岸家からの脅し。これは提案じゃない命令なんだ」

    「今なら枯岸室園を枯岸家に差し出せば、君の姉が帰ってくる。もし差し出さなければ……」


     言い淀んで、一瞬苦い顔をさせた後、俺の顔をゆっくりと見つめる会長。


    「君達3人は死ぬ」

    「は?ははっ、何言ってるんですか、俺誕生日ですよ?」

    「誕生日は、関係ないんじゃないかな」

    「いや、そうじゃなくてドッキリにしては不謹慎っていうか、産まれた日に死ぬとか、本気で不謹慎ですよ。俺の姉ちゃんの命日って知ってるでしょ」


     笑えない。面白くないを通り越して失礼だ。


    「命。本気なんだよ、冗談じゃない」

    「そろそろやめてくださいよ。そんな、それが真実だったら───」


     真実だったら今までの全てが。


    「真実なんだよ。ボクは最初から君達を裏切っていた」


     聞きたくなかった。そんな事を言ってほしくなかった。


    「最初からって……いつからですか」

    「……分かってるのに聞かないでくれよ。最初からだって言ってるじゃないか。廊下で話し掛けたその時から──ボクは騙す目的で君へ近付いた」

    「嘘だ」

    「嘘じゃ……ないんだよ」

    「じゃあ、俺達の4ヶ月はなんだったんですか……」


     共に笑いながら過ごした時間は、あの暖かな場所なんだったんだ。


    「完璧だっただろ?交換材料が2つも増えた」

    「!!」


     2つと表しているのが阿知川と三重内だと分かった瞬間、怒りよりも哀しみの感情が(まさ)った。

     何も言い返せず、プスプスと不完全燃焼な怒りだけが募り、拳を強く握る。

     しかし重い雲が晴れ、月明かりに照らされた会長の顔が今にも泣き出しそうで。結局、俺は何も出来ず項垂れた。


    「少し考える時間をあげるよ。秤に掛けるまでもないとは思うけれどね」


     生者と死者の天秤。

     傾くべきは当然生者。

     ただ、これはそんな単純な問題じゃない。

     考える時間があるなら貰う。

     天秤の行方ではなくこの状況の脱却を。


    「それで、どれくらい時間を貰えるんですか?」

    「そうだね。その辺の匙加減はボクに一任されているから──どれくらい欲しい?」

    「は?え……?」


     逆に聞かれるとは思わず困惑してしまい、俺は情けない声を漏らす。


    「どれくらいの時間が必要だい?」


     改めて尋ねられ、俺は子どもが考えた様な答えを捻り出す。


    「100年」

    「それは流石に……」


     普段ならクスリと笑ってくれる所だが、会長を表情を一切変えず、呆れていた。


    「じゃあ、明日の昼まで」

    「良いよ。じゃあ明日の正午までに結論を出してくれ。ただ脱走しようとしても無駄だよ?此処には枯岸家に飼われた霊が大量にいる。今、この会話も、隠れながら何人もの霊が見聞きしているからね」

     釘を刺され、辺りを見渡す。

     地面から目元だけが飛び出した霊が居て、目をギョロリとさせて此方を見ていた。


    「会長……一つ聞いていいですか」

    「なんだい?」

    「会長は俺たちの事が嫌いだったんですか?」


     言って欲しい答えは決まっていた。


     これは駄々で、ただの願望だ。


     だけど、この返答次第では、俺は、まだ───


    「好きになるわけないだろう?騙す為に近付いたんだから」


     ────俺は……。


    「……そう……ですか。俺達は……俺達……は、多分会長のこと好きでしたよ」


     泣きそうになる気持ちを堪えて、会長に背を向けて歩き出す。


    「残念だ。君達とは別の形で出逢いたかったよ」


     吐き捨てられた言葉を背中で聞く。足音はしない。もう、彼女は俺の後を追わない。


     当然俺も、彼女の後を追うことはない。


     故に、一緒に歩むことは、もうあり得ない。

     
  100. 100 : : 2020/08/16(日) 03:30:52




    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



    【庭園】



    「あははっ……」


     この庭園にいる生者は彼女のみ。枯岸冥は1人で笑う。

     乾いた笑いを浮かべた後に、目元に涙を浮かべて再び笑う。


    「──あははっ、好きだったに決まってるじゃないか」


     誰もいない庭園で1人呟く声を、無数の霊は聞いていた。




    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  101. 101 : : 2020/08/16(日) 03:31:16




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【孔雀の間】



    「という訳で、ヤベェんだ三重内」


     俺は会長とのやり取りを全て三重内へ説明した。


    「ええ!?それ言って良いヤツなの命っち!?」

    「ん?別に口止めされてないしな」

    「いやぁ、それマズくない?そこは1人でゆっくり考えるパターンじゃない?」

    「言われてみれば、でも言った所でどうにもならないだろ」

    「確かに。窓から脱走!とかしてみる?」

    「庭園広いし、塀も高くて機械でロックしてある門もある。そもそも阿知川置いて行くことになるだろ」

    「詠っちに話して、3人で門開けて大脱走!とかは?」

    「それ企てた時点で終わるからな。俺達の周りに幾つの耳があると思ってるんだ」


     霊視の出来ない三重内と、事情を知ってる俺の2人。こそこそ隠れる必要が無いと踏んだのだろう。

     リアル壁に耳あり障子に目ありだ。気持ち悪い。


    「そもそも、命っちの姉ちゃんの霊って何処で捕まえたって話」

    「いや、ブラフだと思うけど……」

    「もしだけどさそれがブラフじゃなくて、オレ達の事が関係なく、天秤にかけるならどっちを取る?」


     口振りから何方を大切にするかという事だろう。

     室園さんと、俺の双子の姉。


    「室園さん」

    「即答じゃん、リアル姉ちゃんだぜ?」

    「会ったこともないんだ。それに死んでる。室園さんとは、物心つく前から一緒にいるからな」


     とても長い時間を過ごした。

     沢山助けられてきた。

     命を救われたなんて大袈裟な事は無いけれど。何度も何度も、室園さんに助けられてきた。

     死んではいるが、俺の中で生きているのは室園さんの方だ。


    「ふぅん。でも、どうやってオレ達殺すつもりなんだろーなぁ。薬とか?」

    「……そこなんだよな。物理的に殺したら警察沙汰だし、俺達が枯岸家に居たってのは、調べたらスマホのGPSやら何やらで直ぐに分かるから。そもそも、今外部に伝えて保険にしとけば良いし」


     殺すとまで言い切ったくらいだ。何か方法があるのは間違いない筈。


    「…………!」

    「どうした三重内。そんな『!』みたいな顔をして」

    「分かったぞ命っち」

    「何がだ?」

    「オレ達をどうやって殺すか」

    「どうやって殺すんだ?そもそも死ぬつもりは無いけど」

    「命っち、一回殺されてんじゃん」

    「……あっ、そういう事か……」


     何度も頷きながら、三重内は言葉を続ける。


    「霊体を抜く。これ、この家の人達出来るんじゃねぇの?」


     それなら意識不明か突然死扱い、疑われはするかもしれないが、罪に問われる事は無い。


    「はははっ、マジでやばくね?」

    「そもそも室園さんってのを差し出すとどうなるん?」

    「分からない。聞けばよかったな。でも多分、枯岸室園って事は御先祖とかなんじゃないかな」

    「こんな事言いたくないけど、それはもう差し出すしかなくないか?」

    「…………」

    「まずは、冥会長に話を聞く所からだな。大丈夫だ命っち、俺にいい作戦がある」

    「……?」


  102. 102 : : 2020/08/16(日) 03:31:55



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【鶴の間】



     襖を豪快に開け放ち、三重内は言い放つ。


    「トランプしよーぜ!!!」


     トランプ片手に女子部屋へ特攻。天丼!!


    「イェーイ!」


     俺の完璧なアシストによって何の違和感もなく空気はトランプ。

     空気はトランプ?


    「おや、どうして乙女の部屋にモンスターが」


     阿知川が冷たく言い放つ。

     空気はトランプにならなかった。


    「まあ、詠としても遊ぶ分には問題ないですけど。冥さんはどうですか?」


     話を振られた会長は、ジッと三重内を見つめた後視線が俺へと移る。


    「話したね、命」


     ニヤリと笑う会長。筒抜けだった。


    「おい命っち!バレてる!」

    「……会長、霊の声聞こえないんじゃなかったですっけ?」

    「此方からの声は届くからね。ハンドサインを決めているだけだよ」

    「おい命っち!想定されてたぞ!」


     動揺する三重内を落ち着かせる為に、俺は得た収穫の話をする。


    「話しても何もされないって分かった時点で収穫じゃないか?」

    「確かにな!」


     単純なのか、肝が座っているのか納得して嬉しそうにする三重内。そんな俺達を見て、阿知川が小さく挙手をする。


    「あのー、先程からこそこそ話しているようですが、三重内君の声、筒抜けですよ。それに、なんだか詠だけ置いてけぼりをくらっている気がするのですが」

    「それは……」

    「話して良いよ。命、玲」

    「……」

     許可を得たが少し考え込む。話して良いのだろうかと。

     思わず話してしまった三重内はともかく。

     話す事で、何か終わってしまいそうな気がして。

     俺の天秤は生者に傾くのだから、わざわざ阿知川を巻き込む必要はないのではないだろうかと。

     本当はただ話したくないだけで、阿知川が悲しむ顔を見たくはないだけなのだけれど。



    「阿知川、後で話すから少し待っててくれ」

    「……分かりましたよ。詠、席外した方が良いですか?」

    「詠っち、少し話そうか」


     気を使った三重内が立ち上がり、阿知川を部屋の外へと促す。


    「分かりました。では日ノ元君、冥さん、また後で……」


     物言いたげな表情で、しかしそれを飲み込み、阿知川と三重内は鶴の間を後にした。





    「……2人きりだね」


     態とらしく会長がそう言う。


    「そうですね。生者は2人だけです」


     無数の霊という監視カメラの中で、俺は口を開く。


    「聞きたいんですけど、どうして室園さんをそんなに欲しがってるんですか?言っちゃあなんですけど、ただの人畜無害のお爺ちゃんですよ」

    「君にとっては、そうかもしれないね」


     含みのある言い方だ。


    「何ですか、事実は異なるみたいな言い方をして、回りくどいんですよ。ハッキリ言ってください」

    「枯岸室園は、ボク達の御先祖だ。枯岸家という霊媒家系の先代であり、1000年以上霊体として顕在している最強の霊」

    「はぁぁ?信じられるわけないでしょ!だって、室園さんゲートボール好きな緑の洋服着た老人なんですよ!そもそも──」


     俺が何をいうかなんて分かり切ったことであるとばかりに、会長が言葉を被せる。


    「そもそも、霊は常に擦り切れていく存在であり、余程現世に未練があっても悠久の時間滞在する事は叶わない」


     そしてそのまま言葉を続ける。


    「例外があるんだ」


    「例外……?」



     突然の言葉に、思わず鸚鵡返しをする。例外なんて俺は知らない。


     例外があるなんて、室園さんは一言も──



    「人の身体に憑依するのさ」



    「……なにを……」


     意味が理解出来ないと表情に出す俺に、会長はいつもの様に、優しく噛み砕いて説明をする。

     目を背けるなと突き付けるように。


    「枯岸室園は、人の肉体を乗っ取り移り変わって来た存在。ここまで云えば分かるよね、庇う必要はないって事に」


    「信じない」


     突きつけられた言葉を、俺は即座に否定する。


    「枯岸室園は生きている時から最強の霊能力者だった。霊視、霊聴、除霊、言霊、ポルターガイスト、幽体離脱、そして他人の幽体離脱」


    「信じない」


    「君のお姉さん。亡くなったんだよね。あれ、枯岸室園の仕業だよ」


    「信じないって言ってんだろ!!」


     激昂した俺は、荒れた口調でそう叫ぶ。


    「君が回りくどいっていうから伝えてるんだ」


    「じゃあ、室園さんが枯岸家に戻って来たらどうなるんだよ」


    「……さあね。君の知ることじゃあないよ」


     会長は何も教えてくれない。ただただはぐらかすように、窓枠の向こう側にある月を見ていた。


  103. 103 : : 2020/08/16(日) 03:32:19




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【孔雀の間】



    「作戦会議をしましょう!!」


     重い足取りで部屋に戻り、襖を開いた俺は、駆け寄ってきた阿知川にそんな言葉を掛けられる。


    「オレから話したぜ!」


     ご丁寧に俺の質問を先読みして三重内が答える。


    「いや、作戦会議しますって言ったら駄目だろ」


     めっちゃ、霊見てる。

     既に隠れる気がない様だ。


    「別に脱走の話をする訳ではありません。するのは、現時点の状況把握の為の情報整理です」

    「情報整理か……」

    「まず命っち、話を聞けたか?」


     口火を切る様に三重内が俺へ問い掛ける。内容は先程の会長と俺の会話だ。


    「いや、何が目的かは聞けなかった。ただ、室園さんは千年以上存在してて、人の身体を奪いながら生きてきた最強の霊だって言われた。信じないけどな」


     端的に伝えると、阿知川が考え込んだ末に口を開く。


    「日ノ元君はどちらを信じますか……?」

    「…………それは」


     室園さんと会長の顔が浮かぶ。色褪せた写真の様なそれを脳裏に浮かべながら。

     俺は……


    「そうではありません」



    「冥さんが、善人なのか悪人なのかです」


     会長の人間性を天秤に掛けろという阿知川。そんなの──


     脳裏に浮かぶ色褪せた情景は、どれも素晴らしいものだった。


    「そんなの……善人に決まってるだろ」


     強く拳を握りしめ、吐き出すようにそう伝えると、阿知川と三重内は表情を緩める。


    「良かった。詠も、三重内君も同じ考えですよ」


    「でもさ、それなら何でそんなことをするんだろうな?」


     三重内が、畳のヘリを指でなぞりながら疑問を漏らす。


    「室園さんは良い霊だ。これは、絶対譲らない」


    「でも、ただの霊ではない事は確かですよね。だって、普通の霊なら、ここまでする事は無いはずですもん」


     阿知川の発言に何もおかしな事はなく、俺は黙りこくる。


    「なんで、あんな脅しをするんでしょうね」


     3人とも死ぬなんて脅し。最初から騙していたなんて発言。


    「……全部逆とか?」


     三重内がボソリと呟く。


    「逆?」


    「だってさ、この状況が可笑しくね?霊体抜ける相手だぜ?逃げられる危険がある状況で建物内に軟禁しかしないの変だろ」


     確かに可笑しい。例えば、三重内や阿知川を監禁してしまえば俺はただ従う事しか出来ない。


    「つまり、冥会長はさ──」


     言葉の途中で、俺は同じ答えへと至る。

     ゾクリと、全身が下からひっくり返りそうな程の身震い。


    「会長は俺達を……助けようとしてる?」


     ぐちゃぐちゃだった紐が解かれていく。俺の脳が高速で回転し出す。

     疑う材料を探すより、信じる材料を探す方が回るらしい。

     それもそうか。俺は会長を信じたくて、俺達は会長が大好きなのだから。



    『枯岸家からの脅し。これは提案じゃない命令なんだ』

    『その辺の匙加減はボクに一任されているから』


     過去の会長の発言、その違和感。今なら分かる。


     一任されていると云うことは。つまりは、会長の裏で糸を引く人物がいるという事。




     俺は、その人物が1人しか思いつかなかった。



     成る程、その為の力の誇示か。



     抵抗しても無駄だと知らしめる為の。




     枯岸空乃夜。




     彼女が黒幕だ。


  104. 104 : : 2020/08/16(日) 03:32:42



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



     次の日。


     正しくは8月13日木曜日。


     お盆1日目。


     午後に、夕立ちが降るらしい。



















    【廊下】



    「答えは、決まったかい?」


     廊下で会った俺へ、会長が挨拶をするかのように笑い掛けてくる。


    「決まりましたよ。俺は、室園さんを裏切ります」

    「そうか……」


     直接口にはしないが、語尾に良かった、と含んでいる様な声色だった。


    「終わらせましょうよ。今日ここで」


    「そうだね」


    「そして、また始めましょう」


    「出来るのかな……、ボクにはちょっと想像つかないや」


    「出来ますよ」


     信じるんだ会長を。信じるんだ、室園さんを。


     会長は俺達を守るつもりであるという事を。


     室園さんが最強の霊であるという事を。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




    【庭園】


     正午。約束の時間が来た。


     約束を守る、という意味なのだろうか。もう隠す必要もないので阿知川と三重内は、門から丁重に帰らされて、枯岸家を後にした。


     庭園に居るのは、俺と会長と、そして。



    「では、日ノ元命君、貴方のお答えをお聞かせ下さい」


     黒幕。枯岸空乃夜。


     彼女はもう隠す気がないのか、百人近くいる霊を携えながらそう言った。


    「室園さんを裏切る。俺は、どうすれば良い?」

     
     間髪入れずにそう答え、俺は従順な態度を示す。


    「ただ、此処に呼ぶだけで良いのです。目一杯、大きな声で」


    「え……?それだけ?」


    「ええ。そうです。それで貴方の役目はお終いですよ」


     空乃夜は、赤い口紅を付けた唇を三日月の様に細めた。


    「…………」


     会長に視線を送ると、だらんと下げ、腰の辺りで組んでいた手を解く。

     心配そうな表情を浮かべながら、会長は小さく頷いてくれた。






     大きく息を吸い込み空を見上げる。



    「スゥゥ────」



     強い日射しに目を細めながら、空に叫ぶ。






    「室園さーーーーーん!!!!!!!!!」















     バチッ!!バリバリバリバリッッッッ────!!!!!!!!





     轟音と共に、空に張られた見えない膜を破りながら、緑のベストを纏った霊体が舞い降りる。




    『ワシ参上』





    「……強力な結界なんですけどねぇ」




  105. 105 : : 2020/08/16(日) 03:39:35


     結界をいとも容易く破る室園さん。やはり最強なのは事実らしい。



    「室園さん!!助────」



     俺が言葉を言い終わるより早く。



    「日ノ元命君。今迄ご苦労様でした」



     冷たい指先が、首筋に触れた。



    『……っなぁ!?』



     視界が一瞬で切り替わる。


     あの雪の日と同じ様に、俺の視界に俺が映った。


     首の根っこを掴まれた俺の霊体が、宙を無様に泳ぎ続ける。


    「抵抗しないでくださいね。除霊()してしまいますよ」


     訪れた2度目の死。


    『き、貴様ぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


     激昂する室園さんに呼応する様に空気が揺れる。


    「おやまあ、立場を分かってくださいね。ワタシの指1つで貴方のお気に入りである少年は除霊されてしまうんですよ」


    『そうなればワシは貴様らを殺すぞ?』


    「貴方の子孫だと云うのにですか?」


     枯岸空乃夜が左手を俺の霊体の肩に、右手を俺の霊体の首に掛けながら、ニタニタと笑う。


    『だから殺すんじゃよ。逝かれた血族をこの手で終わらせる』


     初めて見る表情と、ドスの効いた口調だった。


    「室園さん……」


     考え不足だった。

     最強の霊である室園さんをどう制御するつもりなのか、考えるべきだった。


    『安心しなさい命君。命君は必ずワシが助けるからのぉ』


     室園さんは先程とは違い、いつもの様に優しい声色を俺に向ける。

     その言葉で俺は多少の落ち着きを取り戻す。この場で一番狼狽えているのは、会長だった。


    「話が……話が違うよ。ボクと約束したじゃないか!協力すれば皆んなを助けてくれるって!」


     会長の必死の叫びを蔑む様な眼で見た後に、空乃夜は室園さんへ強い眼差しを向ける。


    「この少年の身体を乗っ取って下さい」


    『フザケるな!!出来るわけないじゃろうが!1度違う霊体の器になってしまった肉体は、憑依能力が無い限り戻れないと、ワシが知らんと思うとるのか!!』


    「ええ。知っていますよ。ワタシの目的はそれですから」


    『俺の肉体を乗っ取らせることが……目的?」


     意味が分からない。何故?俺の肉体に室園さんが憑依する事に何の意味がある。


    「2年と1月(ひとつき)後、ワタシは冥の身体を乗っ取ります。そして貴方は、日ノ元命の身体を乗っ取り、ワタシ達は子を成すのです」


    「古来より生き延びている、最強の霊体を持つワタシ達と、霊能力者の力が急激に弱まっている現代で産まれた優秀な肉体。さあ、また伝説を始めましょう」


     吐き気がする様な計画を、声高らかに話す空乃夜。


    「何……それ……」


     会長は青い顔をしながら、震える唇で弱々しく呟く。

     全てを踏み躙る発言に俺は後先考えずに口を開く。


    『どういう事だよ!!会長は!?会長の意思は無いのかよ!?』

    「あらあら、貴方はなにも知らないのですね」

    「枯岸家は代々しきたりがあるのです、枯岸家に相応しく無いものは器となる」

    『勝手に代々にするな、不愉快じゃ』

    「それは失礼しました。簡潔に説明するなら、枯岸家の意思にそぐわない行動をするものは霊体を抜かれ、霊の器にされてしまうという事です」

    『会長!!』


     信じられない。俺は邪悪すぎる仕来(しきた)りの事実確認をする為に、会長に目をやる。


    「……うん」


     視線に気付いた会長が弱々しく頷いた。



    『それって、脅しってことだろ?!実の娘になんて事を……!!』


    「ウフフっ」


     その発言を聞き、枯岸空乃夜は悪意の篭った笑みを浮かべた。

     それを見て、室園さんは諦めた様に口にする。


    『言うても無駄じゃよ……だって其奴(そやつ)、枯岸空乃夜の中に入った別人なんじゃから』

    『っくそ……じゃあ、会長の母親はどうなったんだよ!!』


     器という事は、会長の母親の霊体は何処にいったのだろうか。答えは悪意と共に吐き出された。


    「冥の母親は、とっくの昔に除霊()されてまーす」


    『ふざけんな!!そんなのって……そんなのって有りかよ……』

  106. 106 : : 2020/08/16(日) 03:39:57


     霊体の言葉が聞こえない会長でも、節々の会話から話してる内容を読み取ったのだろう。空乃夜の方へと一歩近付く。


    「ボクは、諦めている。ボクは人を傷付ける行いはしたくない。賛同も出来ない。だから枯岸家には相応しくない。でも、命は関係ないだろう!?朽留(くちる)様!!!」


     初めて聞く名前だった。多分それが、会長の母親の身体を乗っ取っている霊の名前。


    『やはり、お前か……』


     室園さんが悲しそうに呟く。


    『朽留……ワシが命君の身体を乗っ取る以外のことならば全て応じよう。どうか、それだけはやめてくれ』

    「そう言われても困ります。日ノ元命が肉体へ戻るという事は、貴方を縛るモノがなくなるという事、貴方が抵抗すれば、百近い霊がいるとは言え無傷ではすみません」


     自身の周りを浮遊する霊に目を遣りながら、枯岸朽留(くちる)はケタケタと笑う。


    『せん、そんな事は絶対にせん。どうか、命君は助けてくれ、命君がお主らに何をした?何もしとらんじゃろ?彼は霊と話せるだけのただの少年じゃ。生者死者関係なく、人の為に本気で悲しめる優しい少年なんじゃ。じゃからどうか、どうか見逃してくれ』


     額を地面に付け、土下座をする室園さん。


    「無理ですっ」

    「しかし、このままでは拉致が飽きませんね。そうですねぇ。それならば他の枯岸家の霊にこの肉体を譲渡しても宜しいですか?」


    『やめてくれ……どうか、命君を助けてくれ』


    「では、入ってください。こちらも不測の事態と伝説の成就が成されないのは避けたいのです。それではどうかお早めに」



    「10」



     枯岸空乃夜によるカウントダウンが始まる。

     きっと、このカウントが0になったら俺の肉体は奪われて、俺は戻れなくなる。


    「待って────」


     駆け寄ろうとする会長を、朽留は右手で静止して、5人の霊が取り囲む。




    「9」



     長い間を開けながら、カウントは進んでいく。


    『頼む……頼む、命君は関係ないんじゃ……』


     その中でも室園さんは動けず、自分の事ではないのに、命乞いをする様な今にも消えそうな声で、俺の為に救いを乞う。



    「8」



     カウントダウンは止まらない。カウントまでの合間に数秒の猶予があるが、誰も動くことが出来ない。




    「7」




     死にたくないな。俺まだキスもした事ないのに。


     胸揉んでみたかったなぁ。ははは。


     はははははははは、怖い。怖いな、怖いよ、くそ。怖くないことを……怖くない事を考えよう。



    「6」




     楽しい事を考えよう。楽しい事を……






    「5」




     今まで辛いことも楽しい事も沢山あった。


     だけど、楽しい事の方が沢山あった。


     その最たるものはこの4ヶ月。


     そこに辛い事は一つもなく、瞳を閉じれば広がる楽しかった日々。





    「4」



     死にたくない。死にたくないよ。



     ……くそ、霊体じゃなかったら泣いてるぞ。



     くそっ……ちくしょう……。






    「3」



    『どうか、どうか、慈悲を。頼む、頼むから、命君を死なせんでくれ……!』


     幾ら頭を下げても結果は変わらない事を俺は悟っていた。


     そんな情を持ち合わせている奴なら、此処には居ない。


     それより、ずっと一緒にいた室園さんが、俺の為に膝を折り懇願する姿をもう見たくなかった。


     覚悟を決めろ。天秤に乗せるんだ。自分の死を。



    『もう、無理だよ……室園さん』

    『……俺達詰んでるよ』


    『諦めるな命君!ワシが必ず君は!』






    「2」



    『……良いよ、室園さん。こんな狂った奴らに肉体取られるくらいなら、室園さんに取られた方が何億倍もマシだ』


    『っ…………』


    『もし、此処の人たちに手を出すとしても、会長のことは守ってあげてくれないか?』


    『こんな時でも、人の心配をするんじゃな……』


     室園さんは土下座を辞め、立ち上がる。















    「い〜〜〜ち」
























    『アッパーカットォおおおっ!!!!!!!』







     (それ)は、足元から突然現れた。



     遅れて現れる長い白髪。ニッと笑った菫色の瞳と目が合った。



     あの日俺を助けてくれた少女の霊が、枯岸朽留を殴り飛ばして────





    『戻れ!!命君!!!』


    『戻りなさい!ミコト!!』




     ───2人の声が重なる。


  107. 107 : : 2020/08/16(日) 03:40:22





     俺は肉体へと手を伸ばし、霊体と肉体は再び結び付く。


    「ハァッハァッ……」


     短く息を整えて、朽留を見据える。


     振り返ったアルビノの霊は此方へ向き手をヒラヒラと振っていた。


    「助けに来てくれたのか!!」

    『まぁね。長女ですから』


     明るい声で言い放つ白髪の少女。

     誰のだよ。


    「あらあらまあまあ、オカシイですね。どうして貴女が此処に?」


     顎をさすりながら朽留は不思議そうに首を傾げる。


    『なんで結界に幽閉されていた私がここに居るのかってこと?』





    『パンパカパーーーーン!!』


     聞き覚えのある声がした。

     帰った筈の三重内がこの場に現れ、そう高らかに言い放つ。

     正確には、三重内の肉体の頭頂部から、霊体の頭を出した三重内(霊)が。

    「三重内!?」

    「玲!?」


     会長と俺が同時に彼の名前を呼ぶ。


    『2人とも遅くなってごめん。でも間に合って良かった!』


     耳の辺りから、右手(霊体)を出して親指を立てる三重内。状況を上手く理解できないが、確かなことがひとつだけあった。


    「きっも」


    『オレ救世主的存在じゃないの!?!?』








     そんなやり取りを見て、口元の力を強める朽留。


    「冥。これは命令です。直ぐに日ノ元命とあの少年を拘束しなさい!」

    「嫌だ……」


     弱々しい口調だが、会長は確かに否定の言葉を呟いた。


    「……冥、ふざけているのですか?直ぐに乗っ取っ(消し)てしまいますよ?」


     会長が断る事が、理解出来ないのだろう。朽留は苛立ちを含む声色で手を伸ばす。


    「ふざけているのはどっちだよ。皆んなには手を出さない約束だったじゃないか……!!」


    「枯岸家の傀儡が何を言うかと思えば……」


     会長を嘲笑う朽留。

     会長はそれに怯まず、貫く様に真っ直ぐと人差し指を朽留へと向ける。


    「貴女の方こそ、死して尚枯岸の血に囚われている傀儡じゃないか。人の母親の肉体を使って、返してよ。それは貴女の身体じゃない!」


     ピキリと青筋を立てながら、それでも余裕と言わんばかりの振る舞いを見せる朽留。


    「全く……愚かな人達ですね。枯岸の千年を相手にする気ですか?」


     数多の霊が、うねるように朽留の周りを飛び回る。数はざっと見ても百近くいる。

     その姿を見ても会長は臆さず、更に強めた口調で言い放つ。



    「違うよ。枯岸の千年を終わらせるんだ!」




  108. 108 : : 2020/08/16(日) 03:40:57




    『よく言った、冥君。これから君もワシの推しじゃ』

    「えっ……」


     室園さん、推しって単語使ってるの?


    『爺さん!誰彼構わず推しを増やすなっての!』


     白髪の少女の霊が室園さんに近付き小突く。


    『ううん、(ゆき)君は手厳しいのぉ』


     室園さんがボヤくようにそう漏らす。俺の姉の名前を。


    「……は?今、ユキって言ったか?」

    『あ、ヤバいの』


     露骨に目を泳がせる室園さん。それは、認めるのと同義であった。


    「本当なのか?……本当に、姉ちゃんなのか?」


     改めて白髪の少女の霊へと向き直る。彼女は白い絹のような髪を揺らしながら頷いた。


    『そうよ。……でも、話はここを凌いでからにしましょう』


     姉ちゃんは、俺の肉体にスッと入り、頭の中で呟く。


    (『取り敢えず……そのまあ、ただいま』)


    (「おかえり、姉ちゃん」)
























    「はぁ……」




     大きく溜息をつく声が聞こえた。




    「もういいです。ワタシは諦めました」





     諦めたと言いながら、枯岸朽留は俺達へと手を翳す。







    「殺しなさい」







     100の霊が一斉に俺達へと襲い掛かる。






    「!!──絶対に、手に触られないで!!!!!」




     会長の叫びにも似た声と共に、庭園は戦場へと切り替わる。





  109. 109 : : 2020/08/16(日) 03:41:21



    「──っ」


     真っ先に仕掛けたのは会長。

     自身を取り囲み拘束していた霊へと手を触れた。

     触れた場所だけ僅かに霧散するが、除霊する事が出来ない。


    「くっ──」


     カウンターとばかりに伸ばされた手を仰け反りながら躱す。

     子孫(会長)ですら躊躇いなく襲う霊を見ながら、朽留は下衆な笑みを浮かべる。


    「フフフ、枯岸の血筋が簡単に除霊される訳ないでしょう。雑魚とは違い触れても一瞬では祓えませんよ」


     すると会長は、(ふところ)から(ふだ)を取り出し、何かを唱えて霊に貼り付けていく。

     そして改めて触れることでやっと1人除霊することが出来た。

     枯岸朽留の言う通り、完璧に除霊出来る筈の会長でさえ霊に苦戦している。



     規格外(室園さん)を除いて。



    『ワシ何人除霊したっけの、10人くらい?』


     手で触れた端から霊を除霊していく室園さん。

     心強すぎる。


    「つよっ」

    (『命、あんまりチンタラしてるとまた肉体と切り離されるわよ』)


     頭の中で声が響く、姉ちゃんのものだ。


    (「ただ、逃げ回るだけで良いの?!」)

    (『アンタが捕まると、また振り出しでしょ!室園さんの近くからあまり離れちゃ駄目よ!』)


     姉ちゃんの不意打ちで難を逃れたとはいえ、同じ状況になったら詰みだ。


    (「分かったよ」)


     俺は心の中でそう呟く。


    (『大丈夫。ある程度は私が綱引きの要領で食い止めてあげるから安心しなさい』)


     霊体を引っ張られる図は些かあれだが、かなり心強い。

     俺は室園さんの辺りを駆ける。

     霊自体、元々素早いわけではなく、手に触れられなければ問題ないので、脚などを擦り抜け逃げ回る。

     危険な時は


    『邪魔!!!』

    『やめんか!!」


     身体から飛び出した姉ちゃんと室園さんが助けてくれる。


     徐々に霊が減っていく中で、俺は室園さんの身体が薄れていっていることに気が付いた。


    「室園さん!?身体が!!」


     困惑している俺へと、枯岸朽留が語り掛ける。


    「あらあら知らなかったのですか?除霊出来る霊同士が触れ合った場合、両者とも削られていくのは必然でしょう?」


     そんな!それはつまり


    「室園さん!それ以上すると消えちゃうよ!!」

    『こちら側に除霊が出来るのがワシと冥君しか居ない以上、仕方ない』


     除霊に時間の掛かる会長と、霊が優先的に狙う俺を庇いながら除霊を繰り返す室園さん。

     手が足りないのは明らかだった。

     俺に除霊の力があれば、会長を庇いながら一緒に戦えて、室園さんの負担も減らせるのに。


    『それに大丈夫じゃよ。ワシは此処で消えても良いと思っとる』


    「良い訳ないだろ!!馬鹿かよ!!」


     また一体また一体と祓い、霊体が削られていきながらも、除霊を繰り返す。


    『だから、大丈夫じゃと言ってるおるじゃろ。命君は1人じゃあないんじゃから』


    「1人じゃないって今は関係な────」







    「そうです、1人じゃないんです」


     そんな少女の声が聞こえてきた。


     何処から持ってきていたのか、鉤縄のついたロープとお祓い棒を手に持った阿知川が塀の瓦の上に立っていた。



    「パ、パンパカパーン!詠参上です!」



    「なんで君までここに……」


    「可笑しな事を聞かないで下さい。詠たちの部のモットー、忘れちゃったんですか?」


    「……霊に困る人達を助ける」


    「はい!だから、助けに来ちゃいました」


  110. 110 : : 2020/08/16(日) 03:41:51



    「薄らとしか見えませんが、悪霊のバーゲンセールという事でしょうか」


     塀の上から敬礼の様なポーズをしながら辺りを見渡す阿知川。


    「そういう事。ただし命の後ろにいる霊と背中から生えている霊は善良な霊さ」


     会長が優しく告げる。室園さんを善良な霊と言ってくれている。


    「室園さんと、お姉さんですね」


    「は!?なんで阿知川が知ってんだよ」


    「話は後にすれば良いでしょう。今は、ここを凌がないと」


     阿知川がゆっくりとした動きで塀から降りる。


    「彼女も殺して良いですよ」


     不愉快と声で示しながら、朽留は阿知川へと霊を差し向ける。


    3人の霊が阿知川へと襲い掛かり───











    「えいっ」




    ────阿知川の振るったお祓い棒に触れて霧散した。



    「何故?何故、枯岸家の霊がこんな簡単に消されて……」


     動揺を隠せずに、頬をひくつかせる朽留。


     居た。この状況での救いの糸が。


     阿知川詠。


     最強の霊(室園さん)を霧散させた霊媒少女が此処にいる。


    「阿知川!そのまま片っ端から除霊してってくれ!!ただし、触れられないようにな!!」


    「勿論です!全部三重内君から聞いています!」



     三重内何者(なにもん)だよ!!俺は心の中で呟いて三重内を視界に捉える。



    『おーい!冥会長!!触られなければ良いんすよねー!……あ、聞こえてねぇー!!!』



     霊体の三重内が、同じく霊体の枯岸家の面々をボコボコにしていた。



    『あっ、投げは浮遊するからあんまり意味がないのか……』



     そういえば黒神が言ってたな。三重内めっちゃ喧嘩強いって。



    『除霊が専門だもんな。そりゃあ触れられないよな!」



     飛び廻り、力を逸らし、紙一重で躱す。1対4でも涼しい顔で捌いている。



     本当に何者(なにもん)だよ、アイツ!!!!



  111. 111 : : 2020/08/16(日) 03:42:45


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


     最初の戦況から状況は大きく変わった。依然不利ではあるが、優勢に傾きつつある。


     しかし相手がある種の即死攻撃を持っている以上、当然油断は出来ない。

     阿知川は会長の元へ駆けて、2人で除霊を行なっていく。



    「危ないです!!」



     会長へと伸ばされた魔の手を阿知川がお祓い棒で霧散させる。


    「詠ちゃんありがとう。でも自分の身を守る事だけを優先してほしい」

    「どちらかがやられてもおしまいなんでしょう!?」

    「そうだね。うん、ありがとう詠ちゃん」


     改めて礼を言い、2人は背中を合わせる。



     霊が分散した関係で、室園さんの負担が少し減ったがそれでも刻一刻と、霊体を削られている事は目に見て明らかだった。


    「室園さん!」


     消えてしまうのではと、不安になり俺は声をかけた。


    『大丈夫じゃよ。ギリ、大丈夫そうじゃ!!』


     『ギリ』と付けながらも、強く言い切り除霊を繰り返す室園さん。

     その背中に守られながら、俺は建物内から現れた使用人たちの姿を見た。


    「え?」


     建物の1番近くに居た会長と阿知川も、それに気付く。


    『命君マズイ!あ奴ら既に乗っ取られとるぞ!!』

    「気を付けろ!そいつら乗っ取られてる!」


     室園さんの言葉を伝える。

     今此処で室園さんの声を聞けるのは、霊体である三重内と俺だけだ。2人に聞こえていない。

     反応の遅れた阿知川と阿知川。それに迫る使用人達。


    「どうすれば──」


     反応が遅れれば、判断も遅れる。



     にゅっ。



     メイドさんの胸の辺りから伸ばされた手が、阿知川の首元を捕らえ、霊体を引き抜いた。


    「はい。おしまい」


     そんな呟きが聞こえる。口元に手を添えながら、枯岸朽留は笑っていた。


     霊体にされた阿知川はパクパクと口を動かしながら、朽留の元へ運ばれる。


    「動くとどうなるか分かりますね?」


     朽留は阿知川の首筋に手を添えた。

     それだけで、脚に釘を打たれた様に誰も動けなくなる。



     視線を落とし、霊体(自身)の手と肉体を見つめながら、阿知川は震えた声を出した。


    『……詠死んだんですか?』


    「あらあら、強制幽体離脱後なのに喋れるなんて、貴女は相当良い器に住んでいたんですねぇ」

    「大丈夫だ阿知川!お前は死んでない!絶対助けるからな!!」


    「どうやって助けるのでしょうね」


     朽留は鼻で笑い、阿知川の首元に指先を押し当てる。


    「やめろ!!」


     必死に叫ぶが、それを聞き朽留は嬉しそうに嗤った。そして。


    「そうですね、では誠意を見せて下さい。私の器を傷付けた、日ノ元運を除霊してください」



     そんな提案を持ち掛けた。




  112. 112 : : 2020/08/16(日) 03:43:09




    「出来ませんか?」


     口の中が急速に乾いていく。血の気が引いて、絶体絶命の4文字が頭に浮かぶ。


    『……詠君を救う保証はあるのか?』


     室園さんが口火を切って話し出す。


    「救いますよ。当然です。ただ、その後皆さんには霊体になってもらいますが」


     ──なっ!?


    「抵抗はしませんよね?だって、抵抗するという事は阿知川詠を除霊する引き金を引くという事なんですから」


     阿知川を除霊されたくなければ、実の姉を見殺しにして霊体になって生きろと言う朽留。

     俺には分かっている。これはただの嫌がらせなのだ。

     悪趣味で、最低な。


     誰もが何も言えず、俯く中。いつもよりも明るい声色で話し出す少女がいた。


    『ふっふっふ、何を言うんですか』


     わざとらしく笑って、少し呆れた様に息を吐き、そしてまた明るい声色で話出す。


    『日ノ元君は鬼畜モンスターなんですよ。直ぐに駆け出してブン殴られるのがオチですよ』


    「勝手に俺を暴力担当に仕立て上げるなよ……」


     動ける訳がない。

     だって、俺が動くとお前が消されてしまうんだぞ?


    『動いてください日ノ元君。お願いです。このままでは貴方のお姉さんは消される事になるんですよ!?』


     ちゃんと見た事も話した事もない相手の為に動けという阿知川。


    「……」


     俺が何も言えず唇を噛み締めていると、頭の中で声が響く。


    (『動いちゃダメよ命、詠ちゃんは生きてるの。貴女ならどっちを優先すればいいか分かるでしょ!?』)

    (『私を除霊しようとするタイミングで必ず隙を作るから』)

    (「どうやって」)

    (『捨て身で特攻してみるわ』)

    (「同じ手は通用しないだろ。それに阿知川の周りに何体霊がいると思ってるんだよ」)


     直ぐに殺す気なら、ここで霊に襲わせれば良い。それをしないのは、俺達を苦しめる為だ。

     俺達に重い選択を強いて。


    (『それは詠ちゃんを見捨てる理由にはならないでしょ』)

    (「でも……」)

    (『でもでもうるさい!死んだ私と、生きてる詠ちゃん、どっちが大切か分かんないの!?男の子が、自分の貫いてきたポリシー変えんな馬鹿!私の弟だろ!』)

    (「…………」)



    『日ノ元君!!絶対この人は詠を解放しません!だから、動いて!!』


     必死に叫ぶ阿知川、自分のことなど顧みず、俺達を助けようとしている。


    『日ノ元君!昔言ってましたよね!困った時は天秤に掛けるって!詠は1人です!でも、このままでは3人とも霊にされてしまいます!最悪消されてしまいます!だから、早く動いてください。単純な計算じゃないですか!3と1、どちらが重いかなんて!』


    「…………」


     動けない。助ける保証が無い相手だなんて判ってはいるが、動けば必ず阿知川を消す、そんな非道な連中だという事は嫌になる程判っている。


     現状あちらの方が有利な以上、人質を失うデメリットなど大した事じゃない。


     選べない。秤にかけるには重過ぎる。


  113. 113 : : 2020/08/16(日) 03:43:31




    「…………」

    「…………」

    『…………』

    『…………』



     誰も顔を上げず、ただただ沈黙の時が流れる。



    『……まったく、皆さんは御人好しですね』



     その沈黙を破ったのは、またしても阿知川だった。



    『お父さんお母さん。ごめんなさい。詠、お婆ちゃんの所へ行きますね』



     言葉の意味がわからなかった。何故、今そんな事を言うのだろうか。



    「何……言ってるんだよ。阿知川」



     乾いた口から言葉を出すが、阿知川はそれに取り合わず言葉を続ける。



    『三重内君はいつも、詠と四志さんの間に入ってくれていましたね。今思えば詠、クラスの輪を乱してましたよね。ごめんなさい。でも三重内君と同じクラスで良かったです。ありがとうございました』


    『詠っち……何で、何で俺にいまそんなことを言うんだよ」






    『冥さんは……そうですね、三重内君から伝えてください。冥さんと出会えて詠は色んな事を教えてくれました。でも、詠少し後悔していることがあります。詠がもっと早く冥さんが辛い事に気付けていれば、詠は冥さんを助けることができたかもしれないのに……。私ばかり冥さんの存在に救われてごめんなさい。本当にありがとうございました』


    『なあ!答えろよ詠っち!!!』


    「命……詠ちゃんは一体何を言っているんだい……?」



     声は聞こえないが、唯ならぬ様子の三重内と阿知川を見え、会長は震える声でそう聞いた。



    「……会長と、三重内に……ありがとうって……」



     そして太陽のような笑みが此方へ向けられる。





    『日ノ元君ありがとうございました。詠を地獄から救い上げてくれて……沢山の楽しいをくれて、詠を助けようとしてくれたの貴方が初めてだったんですよ。えへへ、詠の空回りで出会いは最悪だったんですけどね』





     嫌な予感だけがビリビリと伝わり、俺の脳に警報を鳴らす。





    『命君()めろ!未練を捨てる気じゃ!詠君、自ら成仏しようとしている!!』




    「!!やめ────」




     必死に止めようとするが、阿知川は、既に言葉を言い終えていた。





    『少しだけ憧れて……ほんのちょっとだけ好きでした。……バイバイ命君』







     満足そうに微笑むと、阿知川詠の身体は粒子となり、重力に逆らうように天へと登っていった。






















    「あ……あ…………あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


     堰が外れたように俺は叫ぶ。




    「ふふふふふふっ」



     (くだん)の元凶。枯岸朽留は嗤っていた。



     溢れるのは真っ黒な、体の内側から食い破られそうな、目元から黒が噴き出し、体全体を包んでしまいそうなドス黒い感情。




    殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す



    グググッ‼︎



     意識を集中させて、力を枯岸朽留の首へと向ける。



    「ポルターガイストですか……、稀有な能力を持っていますねぇ。しかし未熟」


     苦しむ様子など一切なく、首に掛かっている筈の力を躊躇いもせず嘲笑う。


    『命君。力の差があり過ぎる、あやつには効かん』


    「じゃあ、直接──」


    『馬鹿!ミコト!落ち着きなさい!』


     姉ちゃんに肩を掴み止められる。


    『無策で突っ込んでも周りの霊に霊体抜かれて、二の舞になるだけだわ!』


    「離せよ!!俺はアイツを──!!」


    『ここで貴方がやられるなんて……そんなのヨミちゃんが可哀想でしょ……だから冷静になりなさい』



     冷静になれるわけがない。だって阿知川が、阿知川が、ああ、ああああああ、だって、アイツは少し……少し前まで、隣で、笑って、普通に飯食って、だってだって、一緒にいて、俺が、俺が


    「俺が……守るって約束したのに……」


     頭がグチャグチャになりそうな程混乱する中で、その約束だけが頭で反芻されていた。



     殺意が途切れた時、俺は自身が喪った者の大きさに初めて直面した。



     阿知川、俺は──



     俺は膝から崩れ落ちた。




  114. 114 : : 2020/08/16(日) 03:44:20




    『立てますか?』


     先程成仏した筈の阿知川が、そんな風に手を差し伸べる。


    『あ、掴めませんでしたね』


     ぺろっと舌を出し、緊張感なく笑っている。


    「なんで……、何でだよ……」


     触れられないのに、縋るようにして立ち上がり、俺は阿知川問う。


    『さあ、お盆だからではないのでしょうか?帰省(かえ)って来ちゃいました!』


     軽い調子でそう答える阿知川。質問の食い違いがあったらしい。


    「そうじゃねえよ……なんで、成仏なんかしてんだよ」


     目頭に滴を溜める俺を見て、阿知川は目を丸くし、再び微笑んだ。


    『そんなの……皆さんが大好きだからに決まってるじゃないですか』


    『それよりも、やっと立てましたね。日ノ元君』


     触れられないのだが、背中をバシバシ叩いてくる阿知川。


    『さあ、黒幕なんてチャチャっと倒しちゃってください!』


     俺は再び立ち上がり、敵へと目を向ける。


     枯岸朽留────目を向けると、会長の母親の肉体が倒れていた。


    「フフフ、フフフフフフフフフフフフフフッ」


     同時に、阿知川の肉体が聞き覚えのある笑い方をしていた。


    『えっ!?詠ここにいるのにどうして!?』


     驚く俺達へ、答え合わせをするかのように室園さんが怒鳴る。


    『枯岸……朽留ッ!!!!』


    「フフフフフッ、やはり上質な器ですね。そして処女でもある。子を産んだ母親では力を振るう事が出来ませんでしたから」


    『なんでバラすんですかーーーー!!!!!!』


     顔を覆いながら阿知川が叫ぶ。


    「おやおや、これは──」


     阿知川の胸の辺りに手を添える朽留。


    『いやーーー!!!言わないでくださいーーーー!!!』


     めっちゃ叫ぶ阿知川。


     そんなやり取りなど束の間、朽留は此方にいる霊を見渡す。


    「ざっと400程……日ノ元命に縁のある霊ですか。ですが所詮烏合の衆ですね」


     一斉に放たれる50程の霊達。


    『ミコトを守るんだー!!!』


     俺を守る為に飛び出していく霊達。


    「そんな!!消されるんだぞ!!」


    『分かってる!!でも、僕らは君に救われた!!次は僕たちが君を救う番なんだ!!』


    「!!」


    『おにいさん!!早く!早く行って!!」


    「──ありがとう!」


     俺は霊達に庇われながら駆け出す。


    「フフフフフッ、そんなの時間稼ぎにしかなりませんよぉ」


     阿知川の身体を奪って力を振るえると言っていたのに、朽留は離れた場所から動かず静観していた。


     何故?


     頭を回せ。結論に至れ。最善を選べ。


     天秤では答えに辿りつかない!




     室園さんや霊達に庇われながら、三重内や会長の元へ辿り着く。

    「!……詠ちゃん」


     雨粒ではない、大粒の涙を目に浮かべる会長。


    『ただいまです。でも、話は後です』


    「……時間がないからな」


     三重内がそう言い、雨粒の音に隠れながら更に小さな声で呟いた。


    「───みんな。作戦がある」


     三重内が、3度目の作戦を提案しようとする。


    「奇遇だな。俺もだ」





  115. 115 : : 2020/08/16(日) 03:46:52



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



     枯岸朽留は思考する。


    (気をつけるべきは、枯岸室園ただ1人)


    (彼だけが、この肉体から霊体(ワタシ)を抜き取る(すべ)を持っているからだ)


    (他は取るに足りない。日ノ元(ゆき)も霊体で肉体に干渉出来るだけだ。ワタシが負けることは絶対にない)







    「うああああああああああああああああ────!!!!!」


    「うおおおおおおおお────!!!!!!!!!!」


     先陣を切って泥濘(ぬかる)んだ地面を蹴り突っ込んできたのは日ノ元命と三重内玲。

    「生者か、取るに足りない」



     ドゴォッっ!!!



     鈍い衝撃が日ノ元命と、三重内玲を襲う。


    「ぐぁっ!」

    「痛っ!」


     辺りに目をやると、霊を隠蓑に突っ込んでくる枯岸冥の姿があった。


    (成る程先の2人は囮か)


     阿知川の身体から放たれた鋭い蹴りが、枯岸冥を捉える。


    「がふっ」


     その場で(うずくま)る枯岸冥。


    枯岸室園(本名)は?)


     警戒している枯岸室園の姿は無く。有るのは横たわった人間のみ。


    (まさか、下!?)


     顎に一撃を貰った苦い過去を思い出す。だが、警戒しても誰も姿を現さない。


    「ハァハァ」


    「いってぇ……な」


     ゆっくりと立ち上がり再び距離を詰めようと駆け出す三重内玲と日ノ元命。


     チラリと背後に目をやる。


     枯岸の霊達は、二百近くなった霊に足止めされていた。


    (人質を取るか)


     三重内玲のみに意識を集中させ、渾身の一撃を浴びせる。


    「ぐあぁぁぁぁっ!!!

    (恐らく2度と歩けまい)


     悲痛な叫びをあげる三重内玲から、日ノ元命へ視線を移す。


    (あとは、日ノ元命の霊体を抜けば終い)


     朽留は真っ直ぐに手を伸ばす。


    「うおおおおおおおおお!!!!!」


     雨音を掻き消すほどの咆哮と共に、日ノ元命は死神の元へ突撃する。


     その距離、僅か1m


     拳を構えた日ノ元命が、朽留の憑依した阿知川詠の肉体に拳を──────












     ────構えたまま、阿知川詠の肉体へ倒れ込んだ。








    (?)









     日ノ元命に触れた筈なのに霊体を掴めていない。


     朽留に訪れた一瞬の空白。




     『ベロベロバァっ』



     身体に振られる直前に、日ノ元命の肉体から飛び出した日ノ元運が、そんな声と共に蹴りを浴びせる。


     日ノ元命の肉体ごと。




    「!!!!!!!!」



     仰け反った阿知川詠の肉体。


     その直ぐ横に三重内玲が立っていた。



    (三重内……玲?何故───)




    「ワシに貴様如きのポルターガイストは効かんよ」




    (────違う!!!)



     三重内玲の中に枯岸室園(答えに至った)ときには既に霊体は抜かれ、朽留の身体は宙に浮いていた。


    (でも大丈夫、枯岸室園は弱っていた。あれならワタシは消されない!!)


     咄嗟に手を伸ばし、三重内玲の身体から、枯岸室園の霊体を抜き返す。



    『なに!?』



     それによって朽留は、最強の手から逃れた。



     日ノ元運と枯岸室園は肉体という加護を失い除霊される危険があるので少し距離を取る。



    (立て直す!!阿知川詠の身体に再び────)




    『アッパーカットォオオオオオオオオオ!!!!!!』



    『ガフぇッ!?』



     地面から現れた日ノ元命の霊体、その拳が朽留を捉える。





     地面から現れた霊体は、日ノ元命だけではなかった。



    「なぁ。トランプしようぜ?」



     ふざけた調子で言いながら、三重内玲は最初から(、、、、)手に持っていた、枯岸冥のお札を朽留の霊体に貼り付ける。


    『それは──!?』


    「これがボク達の──取るに足らない生者の力だよ」




     立ち上がった枯岸冥が、朽留の霊体へと手を触れ、霊力を籠めた。





    『フザケ────────』




     言葉を言い終わるより先に、朽留の霊体は爆発する様な勢いで粒子となり、雨と日差しの降り注ぐ空へと向かっていく。







    「……除霊完了。(かたき)は取ったよ、母様(かあさま)



     天に昇る粒子を強く握りしめながら、枯岸冥は空に向かってそう呟いた。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  116. 116 : : 2020/08/16(日) 03:47:25



     枯岸朽留が除霊された直後、枯岸家の霊達は進行を止めた。


     立ち止まった霊達は一斉に此方へ向くと、土色で無表情だった顔を、にこりと微笑ませ、粒子となって天へと登っていった。


    『彼らは……朽留に縛られて居ったんじゃな。いや、枯岸の血に……。娘がスマン事をした……』


     室園さんが小さく呟きながら、天に登る霊の粒子を見守っていた。





    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



     姉ちゃんに肉体へと結び付けてもらった直後。


    「終わった……」


     言葉に出すと、どっと疲れに襲われ、倒れ込みそうな身体を姉ちゃんに支えられる。


    「ありがとう姉ちゃん……、あとさ、腰すげぇ痛いんだけど」

    『そりゃあ私の本気キックだもん』


     右手でピースして、誇らしげに言う姉ちゃん。

     勝利の為に必要なピースだったとはいえ、実際にピースするのは違うんじゃないか。


     ドタドタと、そんな擬音はしないのだが、まるでそんな音をさせるかのような勢いで、200近くの霊が俺の元へ集まってくる。



    『やったな!!みこと!!』

    『やりましたなミコト殿!!』

    『凄かったよお兄ちゃん!!』

    『すげー!!本当に勝った!!!』


    「どわぁっ」


     200近くの霊が俺へと駆け寄り、触れられないが揉みくちゃにされる。

     あと全方向から話し掛けられて、脳がパンクしそうだ。


    「一斉に喋っても分からないからな!!──あと、別に俺だけの力じゃないし、これは皆んなの力を借りて掴んだ勝利だから」


     その皆んなには、ここに居る200の霊と、ここに居ない200程の霊も含まれている。


    『ほーんと、ミコトたんは良い子だよぉ〜っ』


     豹柄のおばちゃんが触れられないに頭をよしよししてくる。


    「違うよ。だって事実だから……本当にありがとう」


     ぺこりと頭を下げてそう告げる。


    『お礼なんて良いんだよ。僕達は君に救われた。だから僕らは君を助けた。君は胸を張って誇りなさい。君の繋いだ縁を、君の人柄を』


    「……うん」


     気恥ずかしさで鼻を擦りながら、俺は小さく頷いた。


     夕立ちが止み始め、大粒の雨は小雨に変わっていく。


    『それずあ、アタスらは、盆だから田舎(いぬぁか)に帰るさ』


     米農家のお婆ちゃんの身体が徐々に薄れていく。

     いやそれだけじゃない。俺が成仏に関わった全ての霊の身体が徐々に透けていっていた。


    「皆んな、身体が!!」


    「水は黄泉の国と密接に関わっている。そして雨は天からのお告げであり、霊という文字の象徴でもある────からなのかな」


     透けていく皆んなを冷静に見詰めながら会長は言う。


    「雨が弱まったから……?」


    「うん。そうだと思うよ」


     成仏した霊が消えていく、ならば阿知川は?


     俺は泥濘んだ地面を駆け出した。


     隠れておけと伝えた、木の裏に阿知川は静かに立っていた。


    「お前、終わったんだから出てこいよな……」


     心配して損した、そう思っていると阿知川は頬に空気を入れて風船の様に膨らます。


    『詠だって一緒に行きたかったんですよ。拗ねてるんです察してください』


     腕を組んでプイっとそっぽ向く姿、何故だろうか、普段ならムカつくなって思うのに。

     何で今はこんなにも泣きそうなんだろうか。


    『作戦には必要ないってのは分かってます。詠がいるってブラフとして使ったのも分かってます」


     何も言わぬ俺など気にもせず、阿知川は言葉を並べていく。


    「でも、詠はもう死んで成仏してるんです。でもね日ノ元君、貴方は生きてるんですよ?それなのに無理して……死んだらどうしていたんですか……って、ええ!?何故泣いているんですか!?強く言いすぎましたか!?お腹痛いんですか!?」


     こうやって会話をする日常も失ってしまうのかと思うと涙が止まらない。


    「あちがわっ……ぐすっ……あちがわぁ……」


     理由なんて一つしかなくて、俺は何も答えれずにただ泣きじゃくって少女の名前を呼び続ける。


    『……はいはいっ、詠はここにいますから。まったく。メソメソしてても時間は止まってくれませんよ』


     手を差し伸ばして頭を撫でられる。当然触れられはしないのだけれど。


    『もう、時間は無いようですね』


     俺の背後に目を向けながら阿知川は呟く、つられて俺も見ると、沢山の霊が透けていき消えていく姿があった。


    『さあ、最期に皆さんの所へ行きましょう』


     1番辛いはずの少女が、1番明るい声色で、俺に微笑んだ。



  117. 117 : : 2020/08/16(日) 03:48:09



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






     雨が更に弱まり、日差しが強くなっていく。残り時間はあと少し。






    『最期に、また皆さんに逢えてよかったです』


     時間がないと分かっているからだろう。手短かに内容を伝える阿知川。

     俺達もそれが分かっているので誰も何も言わなかった。

     彼女の言葉を、一言一句聞き逃さない為に。


    『毎年この時期になったら定期的に逢いに来ますから、どうか、忘れないでくださいね』



     忘れないでと締め括り、阿知川は小さく手を振った。



    『ああ、忘れるわけないだろ!』


     霊体の三重内が力強く頷く。


    「そうだね。だから詠ちゃんもボク達のことをどうか覚えていてほしいな」


     俺が内容を伝えると、会長は鼻をすすりながらそう言った。


    『忘れるわけありません!!』


     阿知川も力強くそう返し、身振りで伝わるように親指と人差し指で丸を作り微笑む。


     微笑んで、唯一言葉を返さない俺を見ていた。



    「阿知川……」



     言わないといけないと思った。今言わないと絶対に後悔するから。




    「……お前はさ、俺の事、ちょっとだけ好きって言ってたけどさ……」




     言葉に詰まりながらも、一言一言噛み締めるように俺は伝える。




    「俺は……お前の事が────」




    『チュッ』




     口を塞ぐように、阿知川が俺の唇に口付けをする。





     唇が、重ならない。






     生者と死者は交わらない。






    『詠も……同じ気持ちですよ』






     心以外は。







    『大好きでした。命君』









    『詠は、幸せでしたよ』









     完全に雨が上がる。これでお別れだ。





    『…………』






     阿知川は静かに目を閉じた。







    『…………』

























    『あれ?』





     パチリと目を開けて素っ頓狂な声を漏らす。


     首を捻りながら、自身の両手を見つめる阿知川。



    『詠……透けていかないんですけど』



     手を震わせながら此方へ視線を送る。



    「消えない……?」


    「詠ちゃん……もしかして──」


     俺の呟きを聞いて、会長が一つの答えにたどり着く。


    「詠ちゃん、除霊だけじゃなくて成仏まで不完全?」


    『十分にありえるのぉ。ていうか、間違いないじゃろ」


     強い日差しに照らされながらも、変わらずそこに存在する阿知川を見て室園さんが言い切った。室園さんが言うならきっと確実だ。


     俺は目元に再び涙を浮かべた涙を拭いながらポツリと呟く。


    「……阿知川……良かった」




  118. 118 : : 2020/08/16(日) 03:48:31




     阿知川は成仏していない。故に現世に留まれる。そして現世に留まれると云う事は。


    「また、一緒に──」


    「だけどさ、肉体にはどうやって憑依す()るんだ?」


     別の霊体が入った肉体は、憑依出来る霊能力者じゃないと戻ることが出来ないと室園さんが言っていた。

     それを踏まえて三重内が室園さんへ尋ねると、ニッコリと笑って口を開く。


    『簡単な話じゃよ。形の変質した自身の肉体に憑依すれば良い』


     優しい声色でそう言い切る室園さん。かなりの無理難題だ。


    『室園の爺さん、それが出来るのは一部の特別な霊だけでしょ』


     誰かが言うべき言葉を、姉ちゃんが呆れながら言ってくれる。


    『ワシは力を与える事ができる。なんてたってワシ最強じゃから』

    「力を与える?」


     そんな規格外の事ができるのか?


    『うむ、ワシの全ての能力を譲渡する』

    「それで阿知川は助かるのか?」

    『勿論じゃ』


     室園さんは大きく頷き、俺と阿知川は顔を見合わせる。


    『……でもそれって──』


     苦虫を噛み潰したような表情で姉ちゃんが、室園さんを見つめる。


    「姉ちゃん、どうしたんだよ。重苦しい雰囲気出して阿知川助かるんだぜ?」

    『命、分かんないの?!全てを譲渡する事の意味が!』

    「な、なんだよ……まるで室園さんが消えちゃうみたいな言い方してさ」


     大きな声を出し取り乱す姉ちゃんを見て、適当な推察を口にする。


    『その通りじゃよ』


     正解だと、室園さんが言った。


    「いや、待て待て、え?何で室園さんが消えちゃうんだよ!」

    『憑依能力だけ都合良く与えられん。与えるなら、ワシの霊体自体を詠君に取り込ませる必要があるんじゃよ』

    「他に……他に方法は無いのか?」


     室園さんは少し考え込んだあと、スカスカの歯でニッと笑いかける。


    『大丈夫じゃよ』

    「何がだよ!消えるんだぞ!」

    『霊なんて生前の延長戦じゃ、ワシちょっと疲れたし』


     枯岸邸を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を並べていく。


    『ワシの未練は消えた。残した子孫が踏み外した道を正す事が出来た』

    『心残りがあるとするなら、命君達を見守れなくなってしまうことぐらいじゃなぁ』

    「じゃあ──」


     他の案を探そうと言おうとしたが、室園さんの言葉に被せられ、掻き消される。


    『ただのぉ、命君には悪いが、ワシ詠君も推しとるから。ワシが見たいのは、大好きな君達が、楽しく過ごしてる姿じゃから、じゃからのぉ、大丈夫なんじゃ』


     ホホっと笑って、朗らかな表情を浮かべる室園さん。


    「さっきから何が……大丈夫なんだよ」


     大丈夫なことなんて一つもない。だって消えるっていうことは。


    『命君は、もうワシが居なくても大丈夫じゃろ?』


     自分の事など考えず、俺はもう大丈夫だと言い放つ室園さん。

     室園さんは頑固で、昔から言ったことを一度も曲げない。曲げないからこそ、ここで曲げさせる必要があった。

     エゴだと分かっているが、俺は諦めきれずに口にする。


    「……でも、居て欲しいよ」


    『ジジイは孫より早く死ぬもんじゃろ?ま、ワシと命君、血繋がっとらんけど』


     最後まで笑えないジョークを口にする室園さん。

     俺は諦めたように溜息をついて、泣かないように必死に顔へ力を入れた。


  119. 119 : : 2020/08/16(日) 03:49:50




     姉ちゃんが、室園さんへと近付いて頭を下げる。

    『室園さん。今迄ありがとう』

    『おやおや、運君に礼を言われるなんて、ワシ泣いちゃう」


     普通の霊は涙を流せない為、室園さんは態とらしく目元に手を添える。

     それを見た姉ちゃんは、室園さんの脇腹に肘を入れながら口を開く。


    『ま、私の為とはいえ、ミコトに隠し事して、枯岸家に寄越すの止めなかったのは許さないけどね』


    『ひーん、グイグイはやめて』


    『でもさ……』


     若干ふざけた調子で進行していた会話だが、堪えていたものが溢れ出したかのように姉ちゃんは言葉を詰まらせ、瞳に大粒の涙を溜めていく。


    『でも……赤子の私と、今の私、ミコトと一緒に居られるのは、……居られるのは……ひっぐ……全部……ぅっ……全部室園さんの……ぐすっ…………お、かげ………だから……っ』


     霊体の姉ちゃんは、涙をボロボロと流しながら、嗚咽の交じった声で言葉を続ける。


    『ひっく……私と弟を……っ……守ってくれて有難うございました』


     何度も鼻を啜り、言葉に詰まらせながら姉ちゃんはそう言い切った。


    『運君。守ったのは君じゃよ。ワシは、ただ力を貸しただけじゃ』


     室園さんは下げられた姉ちゃんの頭を優しく撫でた。


     そして、阿知川へと向き直る。


    『すまんのぉ詠君、背負わすぞ』


    『はい。……ありがとうございます』


    『命君は、馬鹿馬鹿言うし、餓鬼じゃし、捻くれとるが、誰よりも優しい子じゃとワシは思う』


    『分かってますよ』


    『命君を宜しく頼む』


    『頼まれました』



     何をもってして譲渡か分からないけれど、御別れが直ぐそこだと云う事は分かっていた。



    『命……』

     まだ目元の赤い姉ちゃんが俺の名前を呼ぶ。

    「なんだよ、姉ちゃん」

    『室園さんとまだ一緒に居たいならさ、私が役、替わってこようか?』

    「無理だよ。室園さん頑固だから、一度決めた事は曲げない」

    『そうね、多分了承してくれない。貴方もそれが分かってるならシャキッとしなさい。これで……これでお別れなんだから……』


    バンと背中を叩かれ、俺は室園さんの前に勢いよく飛び出す。


    「室園さん……!!」


    『なんじゃ?』


     怖い夢を見た後、優しく話をしてくれたあの時のような、安心する声色が向けられる。


    「俺、頑張るよ」

    『……何を?』


     何を?と室園さんは聞いた。俺は、思いの丈をぶち撒ける。


    「室園さんに助けてもらった事全部、俺1人で頑張るから!!」


    『もしも出来ない時は?』


    「その時は、皆んなに助けてもらう!!」


     俺は1人じゃない。信じ合える人達がここに居る。


    「だから、だからさ、俺はもう、大丈夫だから……だから……」


    「だから……!!今までありがとう……」


     言い切ると同時に涙が溢れ出す。涙でぼやける視界でも室園さんが笑っているのが分かった。


    『礼を言うのはこっちの方じゃよ。君と過ごした17年間は、毎日が心躍る日々じゃった』

    『じゃあの。命君も、ワシみたいなダンディーなジジイになるんじゃよ』


     真っ直ぐに伸ばされた右手の拳に、俺も拳を突き付ける。


    「うん。もっとカッコいいジジイになっておくよ」

    『ほほっ、そこまで言い切れるならワシは心配する必要ないのぉ』


    『────じゃあの』


     それだけ言い残し、室園さんは阿知川へ力の全てを譲渡する。


     霊と同じ様に粒子になる事はなく、阿知川の心臓へと吸い込まれるように、室園さんは姿を消した。



  120. 120 : : 2020/08/16(日) 04:02:14







    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




    それから長い月日が経った。




    【通学路】




     散った桜で出来た文字通りの花道を、俺と詠は並んで歩く。


     暖かい日差し照らされ、他愛もない話を交わしながら。



    「あ、あの!」



     俺達の前に、見慣れぬ女子生徒から立ち塞がった。


     新品の制服で傷一つない通学鞄を抱きながら、おかっぱの少女は俺を指差してこう言った。



    「貴方!何者ですか!?」




     おかっぱの少女は困惑するだろう。だって俺は吹き出してしまったのだから。




    「こらこら、命君。あんまり虐めてあげないでくださいよ」



     嘗ての鏡を見せられているかのような光景に、俺は思わず笑ってしまう。



    「あの、信じられないかもしれないんですけど、アタシその霊能力者で!先輩、その魂が揺らいでてだからその──!!」



     ワタワタとしながらも真剣な面持ちで、おかっぱの少女言葉を続ける。


    「アタシに先輩を助けさせてください!!」


     なんと!助けさせてくださいだって!優しい!


    「昔のお前とは大違いだな」


     プクッと頬を膨らました詠が少女に話しかける。


    「貴女のお名前は?」


    「えっと、1年の室園(むろぞの) (そら)です」


    「…………」


     その名前を聞き、俺と詠は互いに顔を見合った。


    「あの、その、えっと……どうかしたんですか」


    「いいえ、大したことではありません。詠を生かす為にこの世を去った人のことを考えていただけです」


    「あの!それは、かなり重大なことなのでは!?」


     良いリアクションで驚く、室園……さん。


     その様子を見ながら阿知川は目を細め、自分達の自己紹介を始める。


    「こちらの男性は、3年C組の日ノ元命君。シスコンの鬼畜モンスターです」

    「えっ……」


     ご丁寧にクラスまで伝えて、阿知川は俺の事を罵倒する。


    「おい」


     後輩に嘘をつくな!ちょっと信じてる顔だろあれ!


    「じゃあ俺からも、こっちの平べったいのが3年C組の阿知川詠。クラスはCだが、バストは────ががががががががががががががががががががががががががが」


     見えない力に襲われ、俺は全身を小刻みに震わせる。


    「ふんっ!」


     詠、お冠である。


    「!!──やはり、あの、何かに、その、先輩取り憑かれていたんですね!」


     ただならぬ状態の俺を見て、室園さんは鞄から、袋に入った塩を取り出し力強く握る。


    「悪霊退散ッ!!!!」


     その掛け声とともに、動けない俺へ超至近距離でそれを放つ。しかも上投げ!!!!!


     咄嗟に目を瞑るが、塩は俺に届かず。

     空中で静止していた。


    「こらこら。食べ物を粗末にしてはいけませんよ」


     塩は生き物のように動き出し、詠の開いた手の上でピンポン球程の球体を作った。


    「エ……エスパー?」


     初めて見る光景に、口を丸く開けながら見入る室園さん。


    「違いますよ」


     詠はピンポン球程の塩の塊を、室園さんの取り出した袋の中へ戻した後、小さく咳払いをして再び話し始める。









     人は1人では生きられない。


     だからこそ寄り添い支え合って生きていく。


     誰かを助け、誰かに助けられながら生きていく。


     かつて、自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとする人がいた。




     そしてそいつは。()に助けられて。
     



    「では、改めて。詠の名前は阿知川詠と言います。────霊研究同好会部長にして、貴方と同じ霊能力者です!」




     今日も、晴れた空の下で笑っている。














  121. 121 : : 2020/08/16(日) 04:03:28









    Chapter6
        ミコトの天秤
              END






  122. 122 : : 2020/08/16(日) 22:05:45


    長いSSでしたが読んでくださり、ありがとうございました!

    お題の「帰省」は、地元に命と冥が帰省して話が進む事、お盆(霊が帰ってくる)の2つで
    「夕立ち」は降り始め降り止みが急な激しい雨なので、そういう感じで使いました!
    書いてて楽しかったです!豚骨味噌拉麺さんありがとうございます!




    自分のgoodの中に、他の参加者の方の面白いSSがあるので是非です!!

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be_ta0620

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