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食欲の春

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  1. 1 : : 2020/05/08(金) 04:57:28
    初めまして蒼電です。
    リハビリがてら「キッチンペーパー」
    のお題にそこから膨らませて書いてみました。
    とっても短いので
    良かったら見ていってください
  2. 2 : : 2020/05/08(金) 04:58:56
    「ここも売り切れ……」


    訪れた店はこれで十を超え、市をまたいだ先のスーパーのマスク売り場で私は肩を落とした。

    のろのろと店を出て、駐輪場に待っているママチャリ再会して地図アプリを広げる。

    スワイプをさせながら現在地から一番近いスーパーを見つけてそこまでのルートを検索する。

    次こそは!そう意気込んでいつの間にか肩について来ていた梅の花に御降車いただき母の愛車のママチャリ漕ぎ始めた。

    卒業式には梅の花が咲き入学式には桜の花が咲く――

    日本の四季は豊かで春は特に色鮮やかである。

    けれど私はその春が嫌いだった。


    「はっくしゅん!!」


    春は花粉の季節だからだった。

    毎年この季節に杉の木は自分の花粉を容赦なく私に浴びせてくる。

    特に今年は過去数十年でも特に花粉の猛威が強いらしくマスクの売れ行きが尋常じゃないらしい。

    中学二年生の貴重な春休みをこうしてサイクリングに費やしているのはこうした事情のせいであって、決して私に友達がいないわけじゃない。

    実際のところ本当に何人かには遊びに行こうと誘いが来ているけど、マスクを買うまではまともに遊べるわけないので全部キャンセル。

    マスクの買い占めさえなければこうして三日間もスーパー巡りをしなくて済んだはずなのに……


    「はっくしゅん!!」


    ああもう!春なんか嫌い!!

  3. 3 : : 2020/05/08(金) 05:00:23

    「ただいま……」


    あの後さらに数件のスーパーを回ったのちどうにか確保したマスクを早速つけて帰宅した私はマスクを買えたことへの感動よりもマスク購入ロードレースの疲労が強かった。


    「あら、おかえりなさいマスク買えたのね」


    母は夕飯の支度を始めており何か見慣れない野菜を切っていた。


    「それって何?初めて見たかも」


    「あぁこれ?タラの芽よ、お父さんが職場の人が山菜取りにいったみたいでその時に取ってきたものでね」


    よく見ると他にもいくつか知らない野菜――山菜らしきものも並んでいた。


    「これはフキノトウでこれはぜんまい、こっちはヨモギね。あとは……」


    いくつかの名前を聞いたところで私は汗だくの身体を流したい気持ちが溢れ、お風呂に入りたいからと会話を切った。

    衣類もってお風呂場に行くとき、母をちらりと見ると

    「やっぱり山菜は春が一番ね」

    と呟きながら料理の支度を進めている。

    春を充実してる母が少し憎たらしく感じた。


  4. 4 : : 2020/05/08(金) 05:02:52

    何度服を払ってもついて来た重度のストーカーの全身の花粉にようやく別れを告げた私はさっぱりとした面持ちで台所に顔を出す。


    「お母さん夕飯ってまだ?」


    「今揚げてる途中!あ、そこのキッチンペーパーとって!」


    タイミングを間違えた。これは手伝わされるパターン。

    そう思ったものの自転車を日中漕ぎ続けるのは普通の女子中学生には重度の運動でありお腹はペコペコ。働かざるもの食うべからずなんて言葉もあるので渋々戸棚を開けてキッチンペーパーを取り出す。


    「あれ?あんた背伸びた?」


    戸棚に背伸びしてない私を見た母が聞いて来た。

    そういえば最近はあまり手伝いをしなかったから分からなかったけれど昔はここの戸棚が届かなくて背伸びしてたっけ。


    「じゃあ天ぷらお願いね。お母さんお味噌汁を見るから」


    「おっけー」


    バットにキッチンペーパーを敷いて黄金色になった山菜をそこに乗せると、乗せたところの周りがじわりと油で吸い込んで染みていく。

    じわりと油が広がっていく景色は池の波紋を見ているようで結構好き。

    揚げ物鍋のスペースが開いたら衣をつけた山菜を入れて、上がったら白いキッチンペーパーの上に移す。


    「懐かしいわね。昔こうして隣に立ってたわね」


    「確かに。最近はあんま台所に立ってなかったけど」


    昔こうして料理を手伝った時は母の方が大きかったのに今では並べた肩の大きさは気が付けば逆転している。

    成長ってのはやっぱりいつの間にかに進んでいくんだ。そんなことを考えているうちにバットに敷かれた白い絨毯はいつの間にか天ぷらで見えなくなった。
  5. 5 : : 2020/05/08(金) 05:04:02


    天ぷらを揚げた頃、母のお吸い物も出来上がっていたみたいで食卓を並べる。

    いつの間にか帰ってきていた父も一緒に食卓を囲む。


    「いただきます」


    父がとって来た山菜は少しの苦みを含みながらも甘く美味しかった。

    柔らかいほろ苦さと油の甘さは成長した私に合うような少し大人の味で、春らしさを感じさせる風味もまた格別だった。


    「やっぱり春の山菜のおいしさは格別ね」


    上機嫌な母と頷く父。

    私はそんな二人のやり取りに憎たらしさは自然と感じず春の味を只管に噛みしめていた。

    お腹が空いていたという事もありお皿の天ぷらはあっという間になくなってバットの上には油が染み込んだキッチンペーパーが残るだけだった。



    私の根底に深く染み込んだ春嫌いは、今日の出来事で少しだけ吸い取られた。
  6. 6 : : 2020/05/08(金) 05:08:13
    終わりです。滅茶苦茶短いですね。

    春は山菜の他にもメバルや鰆なんかも美味しいので是非とも食べたいです。
    読んでくださった方ありがとうございました

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oudentt

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