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先輩の話

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  1. 1 : : 2019/08/13(火) 23:29:06
    これは少し、というか結構変わっている先輩と、僕の思い出である。

    先輩は僕の一つ上で、理学部の人だった。工学部の僕は、怪談サークルで彼女と知り合った。

    彼女はなんというか少し、いや、結構変わった人だった。どのように変わっていたのかは以下の、具体的な話の中で語ることにする。
  2. 2 : : 2019/08/13(火) 23:53:18



    水無月


    先輩は素敵な女性だった。セミロングの黒髪はいつ見ても流れるように綺麗だったし、顔も大学内で一番じゃなかろうかというほど。そのうえスタイルもよく、服のセンスも良いのだから人間とは不公平なものだ。

    その先輩と僕はなぜかよく行動を共にしていた。きっかけは怪談サークルであるのだが、その話はまた追追。

    その先輩と僕は今、真夜中の路上にいた。

    周囲に人影はなく、こんな綺麗な人と真夜中に2人きりなんだから、僕の心は少しぐらいときめいたって良かったのだが、とてもそんな気分ではなかったはずだ。

    目の前には大学内で噂になっていた幽霊屋敷である。ときめいていられる訳が無い。

    「あー、やっぱ結構ボロボロだねえ」

    呑気に先輩が言っているが返事をする気にもならない。幽霊屋敷と呼ばれている目の前の建物は、いわゆる廃屋、事故物件である。同級生の話によればここで30年前に殺人が起こって以来、誰も住まず、なぜか取り壊されもしないのだとか。

    この通りは別に人がいない訳では無い。むしろ住んでいる人は結構多いといっていい。周囲にはマンションも建ち並ぶ、いたって普通の通りだった。通りの中に異質な雰囲気を放って鎮座する、この屋敷以外は。

    屋敷というが実際のところ洋風ではなく、よくある日本建築である。が、さすがは30年誰も住んでいない建物というか、いたるところに植物のつるが生え、雑草だらけで足を踏み入れる場所も無い。見えるだけでも蜘蛛の巣が4,5箇所張っている。

    もう内心gkbrである。そんなところに入ろうとしている先輩はやっぱりヤバい人なんじゃなかろうか。そんな僕の気持ちを露知らず、先輩は屋敷の周りをウロウロして、裏口が開いているのに気づいたようだった。ちなみに玄関は鍵がかかっている。先輩チェック済み。

    手招きしてる。嘘でしょ?マジで入るの?
  3. 3 : : 2019/08/14(水) 00:23:45
    結局押し切られて裏口の前に立っている僕。隣にはニコニコしている先輩。笑顔が可愛いがそれでドキドキする余裕はない。いや、ドキドキはしてた。別の意味で。

    裏口の扉、そのドアノブを回す。先輩の言った通り、開いているようだった。手前に引く……と同時にむせるような空気が、屋敷の中からムワッと押し寄せる。木が腐敗した臭いと、土臭さが混ざったような臭いに思わず顔が引き攣った。後ろから先輩につつかれ、足を踏み入れた。

    どうやらそこは台所のようだった。おそらく30年洗われていないであろう食器が乱雑に重ねてある。後ろから先輩の残念そうな、退屈そうな声が聞こえた。どうやら期待はずれだったらしい。何を期待してたのかは、聞かないけれど。

    「奥行ってみようか、そこの」

    先輩が指さした先にはまた扉。通常ならば、おそらく居間と台所をつなぐ扉だろう。

    「先輩、ちょっと足震えていけそうにないんすけど……」

    「しょうがないなあ、先行くから交代ね」

    情けない自分に悲しくなるがしょうがない。足がほんとに進まないのだし、ちょっとどうしようもなかった。

    ほら頑張れ、と僕の背中を叩き、先輩が前に出る。なんの躊躇もなく扉を開け、奥へ入っていった。僕もあとに続こうとなんとか足を動かす。

    「あ、ついてきちゃダメ」

    「え?」

    先輩が突然そんなことを言う。何かあったのかと、先輩の方を見ようとして目線を上げた。


    居間の中央、普通ならちゃぶ台とかが置いてありそうな場所に、鏡があった。


    僕の方に向いているのは鏡の裏側のようで、鏡の表側、つまり鏡の奥側に先輩が立って、鏡に向かい合っていた。

    あまり覚えていないが、鏡はそんなに大きいサイズではなく、いわば普通の家庭にもあるような、洗面台にあるぐらいのサイズで、周りに錆び付いた金属の装飾がついていたと思う。

    「こっち来ちゃダメだよ、鏡の方には」

    念を押すように先輩が言った。
  4. 4 : : 2019/08/14(水) 08:15:12
    何で?鏡の方に何かあるのか。先輩は食い入るように鏡を見つめていた。じっと鏡を見つめる瞳は日本人らしくない藍色に揺蕩いて、僕の視線を吸い込んだ。

    そんな時間が2,30秒も続いただろうか。パッと先輩が顔を上げて、帰ろう、と呟いた。黒髪が揺れて、僕もまたハッとして、頷いた。




    帰り道、先輩が言っていた。

    「鏡ってさ」

    「大事に使ってると、持ち主の魂を写すって言われてるんだ」

    「あの鏡はきっと、大事にされてたんだろうね」

    「一一一…………」

    「…あの、先輩」

    「あの鏡、なにが写ってたんですか」

    「……私。」

    それきり、彼女は何も言わなかった。

    何も言わなかったが、何か言いたそうに見えた。

    「明日もサークルあるし、ちゃんと今日は寝なよ」

    別れ際、先輩は笑ってそう言った。僕が怖さで眠れないだろうというところまでお見通しだった。苦笑で返した。先輩の後ろ姿を見送る。鼓動の高鳴りが遅れ馳せにやってきていた。

    先輩は、そんな人だ。

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