その日は平凡だった。随分と大きな鴉が、神社の縁側を横切るまでは、確かに。

平凡で平和で、することも特に無く、昼寝でもしようかという、夏の昼下がりだった。
キーン、と高い耳鳴りのような音が聞こえ、振り向けばとても大きな鴉が縁側を横切り、飛び去っていった。その鴉は、人間一人くらいなら包み込んでしまいそうなほどの大きさで、当然羽も大きい。だから、羽ばたくと障子に穴が開いてしまうのではないかという、目も開けられない強さの風が襲ってくるのだ。
思わず腕を顔の前で交差させ、目を閉じる。
風が止んだ。目を開く。

「……は?」

そんなふうに、言葉が洩れてしまった。
視界いっぱいに広がるのは、晴れ渡る青空、真っ白な雲、さんさんと照り輝く太陽、弱い風に吹かれてそよそよと揺れる木々の枝、飛び交う妖精……などではなく。
前に私。右に私。左に私。後ろに私。そして下に……は、何もなかった。
しかし、四方私に囲まれた上、前の私の奥を見るとまた私がいる。そうか、これは全て鏡で、合わせ鏡になっているんだな、と理解した。だが、解せない。何故あの一瞬でこんな場所へ送り込まれてきたのだろうか。
例によっていつものあいつかとも思ったが、あいつの能力だと私の体が動かないと転送できないはず。私の体は少し揺れはしていたものの、一歩も動いていないはずだ。

謎に謎が重なるが、この狭い場でどうすればいいのだろうか。背とかかとを鏡にぴったりくっつけたとしても、普段の一歩の幅でさえつま先向かいの鏡スレスレだ。

「はぁぁ〜……」

多分、これまでにないくらい、一番のため息だったと思う。