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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品は執筆を終了しています。

終焉世界の死の魔眼

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  1. 1 : : 2016/03/08(火) 17:05:12



    そして暗闇が生まれた。
    夜を照らす月明かりも、夜空を彩るあまたの星も、黒塗りの厚い黒雲の天一枚を隔てて、一切の輝きを失っていた。
    どこかの街の夜の中、一人の少年は独りで、ひとりでに糸が切れた浄瑠璃人形のごとく、整備もなにもされていない固い土の上に膝から崩れ落ちた。
    まず視界に入ったのは、どこの誰のものとも知れない右腕。こんにちはと軽く手を挙げているかのように、目の前に飛び込んできた。
    で、二十世紀前半の、第二次世界大戦中の日本の風景のような街並みが続く。
    何よりも、蠢く影のような異型の化け物が街を徘徊しているということに絶望した。
    ヤツらは人を屠り、喰らう。
    わけもわからず何もわからず、ただただ地面とにらめっこ。そんなもので現状が理解できる筈もなく。少年は鉛のように重たい体を脚で支えて立ち上がった。

    「……何がどうなって………」

    少年は──浅葱亜李(あさぎあり)は、日本の一高校生だ。
    平々凡々、というのは語弊があるか。
    父は外務省の高官、母は大手企業の社長。
    主観的に見ても客観的に見ても裕福な家庭に生まれた亜李は、幼い頃から俗に言う英才教育なるものを受けて育った。ピアノやお習字は勿論のこと、スポーツにバイオリン、人生で使うかどうかわからない国の言葉も叩き込まれた。
    幼稚園から私立に通い、エスカレーター式で小学、中学に上がった。やがて周囲の期待通りに有名進学高校に入学。三年生になった今、このままの成績で卒業すれば、間違いなく一番最も高いレベルの大学に入れるし、順調に道を違わず進めば、両親が希望する政府の官僚になれるだろう。欲しいものは手に入り、死ぬまで何の不自由もなく安泰だろう────くだらない。
  2. 2 : : 2016/03/08(火) 17:25:55


    これまでの十八年間、勉強だけしかやらせてもらえなかった。友達と遊ぶことというか、友達を作ることすらさせてもらえなかった。母が言うには「勝ち組のあなたが負け組の人間と接しているだけであなたの格が下がってしまう」らしく、友達と呼べる人間なんか一人もいなかった。
    母の放ったその一言に違和感を覚えたのは、高校に入学して数ヶ月経った時のことだった。
    亜李と同等の学力と運動能力を備えた同級生が交通事故で命を落とした。そのことをニュースで知った母はクラスメートを喪って沈み気味だった亜李に「そんなこと考える暇があったら勉強をしなさい」と吐き捨てるように言った。続けて「亜李さんと拮抗していた人が勝手にいなくなってくれたのだから、寧ろ喜ぶべきね」と吐いた。

    違和感の正体は母──両親に対する憤怒の感情だった。

    人間の命とは何よりも尊く、重んじられるものではなかったか?
    その通りだと刹那的に脳内から返答が帰ってきた。
    それはつい先ほど、塾から帰る途中にふと思ったことだ。
    空には月が浮かんでいて、星々は嬉々として煌めいていた。何度も見た景色の筈なのに、とても綺麗で、掛け替えのないものに思えて愛しさが込み上げてきた。

    そして異変が起こる。

    ただ目を閉じ、開ける。
    その瞬間に世界は変わった。瞬きの間ほんの一瞬の間に世界は黒く染まり、絶望が滲んでいた。
    体重を支える両足は風車がカラカラと回るような音を奏でながら震える。
    一瞬だ。たった一瞬でこんなこと、ありえない。

    「なんでこんな……いや、なんで……」

    ありえない。ありえないのだ。こんな世界に立っていることが。目の前で人間が死んでいくという非現実的な出来事が。
  3. 3 : : 2016/03/08(火) 17:56:31


    心臓を一思いに貫き通し、深紅を空中にバラまきながら踊り狂う肉塊。異型の影は恐竜や魚や動物がごちゃ混ぜになったかのような気持ち悪い容姿をしている。あれは動物ギリギリ、ギリギリ動物と判断できるのだが、亜李はそれを認めたくないらしく、拒絶反応を引き起こしている。
    人の命を簡単に何の理由もなく奪うようなヤツは動物どころか生物として認識しない。
    亜李は吐き気を怒りの感情でどうにか押し留めていた。

    (俺は何もできないのか……)

    異型の影に見つからないように倒壊した建物の陰に背中を預け、はやく去ってくれどこか遠くへ行ってくれと祈ることしかできない自分に腹が立った。この状況下で、亜李が十八年間勉強で培ってきた全ての知識は無意味で無価値だった。こんなところで方程式を解いたところで。英語やロシア語で異型の影に話しかけたところで。全く持って意味を成さない。それこそ亜李が最も嫌う"自らを殺す行為"に他ならない。
    唇を噛む。このまま何もできないのか。本当に何もできないのだろうか。参考書やマニュアルが完全に頭に入っている人間ほど、予想外の出来事への対応に遅れる。この場合、予想外もいいところだが。

    (…………! 倒れてる人がいる…………ッ)

    異型の影の様子を見ようと顔を半分だけ瓦礫から覗かせると、その進行方向に横たわる少女の姿が映えた。
    仰向けで眠る少女は、どこか凪いだ表情をしていた。

    (は、はやく助けないと……でもどうやって?)

    あの異型の影が少女の眠りを悠久のものへと変える前に少女を助けなければならない。そのためには一度姿を晒す必要がある。そうなれば居場所を教えることとなり、そのゴツゴツした肩に添えられた巨大な砲塔の餌食になるか、伸びた剣のような爪の赤い垢になってしまうか。どちらにせよ命を落とすことは確実だ。仮に助けることができたとしても、少女を抱えて逃げ切れる保証はどこにもない。なんせ異型の影は何体も存在していて、街を徘徊しているのだから。
  4. 4 : : 2016/03/08(火) 18:35:54


    自分の手が震えていることに気づき、左手に右手を添える。ギュッと強く握りしめ、大きく息を吐き出す。
    こんな理不尽で不条理な世界は間違っている。最も尊き尊い人の命が無情にも悲劇的に奪われていい筈がない。人の命を殺す行為はあってはならない。死ね。そんなやつ死ね。死んでしまえ。そんなクズ、許さない。
    これまで十八年間生きてきた中で、これほどまでに激昂したことはあっただろうか。いいや、きっとなかった筈だ。母に憤怒の感情を抱いた時でさえもここまで熱くなることはなかった。
    体内が業火に灼かれているかのような錯覚を覚え、いつの間にか一歩を踏み出していた。
    体は思いのほか軽く、十メートルはあったであろう距離を瞬く間に縮め、倒れてる少女を抱えようとその華奢な肩に触れた瞬間、その刹那。

    光が爆発し、世界が白く染まった。

    ──許せない? ヤツらが。人の命を奪うヤツらが。

    亜李は何が起きたのか理解できなかった。少女の声が聞こえたと思ったら、光の中にいた。頭上には先ほど倒れていた少女がふわりと浮いている。
    許せないか、だって? そんなの言うまでもないだろう。

    「許せない……許せない」

    少女は嬉しそうに笑う。

    ──わかった。ならこの理不尽な世界を、あなたが正して。

    眼球に螺旋が刻まれ、目の奥が焼けるような痛みに襲われ、叫ぶ。

    気づけば、亜李は先ほどの瓦礫の中に立っていた。傍らには横たわる少女……訂正。先ほどまで横たわっていた少女。さあ行けと促すような目をして、亜李、そして異型の影の順に視線を移す。
  5. 5 : : 2016/03/08(火) 19:28:09


    どん、と勢いよく背中を押され、異型の影の真正面に躍り出る。転けないようにバランスと取りながら体勢を立て直し、改めて異型の影を見上げる。二足歩行の恐竜に魚のエラのようなものが付いていて、始祖鳥みたいな羽が尻尾の付け根から飛び出している。体表は黒く、なぜか冷気が漂っている。肩には戦艦に搭載されるような巨大な砲塔。浮いた前脚には研ぎ澄まされた剣のような爪。自分が知りうるいくつもの生物が混ざったかのようなものだと再確認した。

    こうして対峙しているわけだが、その間にも亜李の周囲には新たな異型の影が忍び寄っていた。完全に包囲され頬に汗が伝う。

    (俺に何ができるって言うんだよッ!!)

    肩から飛び出た巨大な砲塔がガコンと重い金属音を鳴らし、自身にへと照準したのがわかった。汗の量と心拍数が比例して増加していく。
    まさか少女に囮にされたのではあるまいなと振り返ったが、物陰から少女はジッと亜李を見つめている。

    (……俺は)

    亜李が決断を下すまで丁寧に待ってくれるわけもなく、異型の影の一体が亜李に向かって直進してきた。無力な人間には考え無しの特攻でも事足りるってか。

    「……馬鹿にしやがって」

    明確な殺意をもった眼でそれを睨みつけると、ゆらゆらと陽炎のように揺れる"線"が視界に現れた。それはまるで付いて来いと言わんばかりにどんどんと伸びていき、やがて"点"へとたどり着く。その点を握り潰すと──異型の影は呆気なく潰れて跡形もなく消え失せた。
  6. 6 : : 2016/03/08(火) 20:28:28


    何が起こったのか理解不能だ。
    現れた黒色の線にそってたどり着いた点を握り潰すと、異型の影も潰れた。
    これは使用者が「死」を視覚情報として捉えることができる力。"線"とはつまりそのものの寿命であり。ならばその"線"がたどり着く"点"は寿命の終結──「死」そのもの。
    寿命をたどり、「死期」に直接干渉することのできる左眼。亜李はこの力をそう捉えた。

    「これなら」

    視線を隣にいた異型の影へと向けると、再び線が陽炎のようにぼやけて視界に映る。それをたどって行き、点を潰す。
    人の命を殺す化け物が、こんなにも呆気なく消えてなくなる。

    「は、はは、ははははは、あははははははははははははッッッ!」

    異型の影を殺しながら、耐えきれない何かが途切れ、一気に笑いがこぼれた。

    「命を殺すヤツは死ねッ! 死んじまえこのクズッッ!」

    もはや人間の身体能力をはるかに凌駕した動きで異型の影たちの合間を縫い、電光石火を体現したかのようなスピードで旋風よろしく場を掻き乱す。
    肩から飛び出た砲塔が火を噴くことなく、あっという間に異型の影たちは姿を消した。

    「はぁ──はぁ──はぁ──ッ」

    突然意識が飛び、そのまま地面に倒れ込む。
    見届けた少女は無言で亜李の元に歩み寄り、微笑んだ。

    「初めまして、私のご主人様」

    耳元で囁き、ゆっくりと頭を持ち上げて崩した膝、正確には太ももに亜李の頭を乗せる。

    「こんなにもはやく私の力を使いこなす人なんて初めて。あはっ、スッゴいドキドキしてきたッ」

    少女は紅潮した頬を両の手で包み込み、夜空に咲く花火のような笑みをこぼす。

    この少年の何が気に入ったのか。それはわからないけど、確かに一つだけわかることがある。
    それはこれから先、この少年と一緒に居れば楽しいってこと。

    「ともあれ、これからよろしくね、素敵なご主人様♡」
  7. 7 : : 2016/03/09(水) 14:18:35


    ###



    燃えるような夕陽が天を灼熱に染めている。
    最近は夕方が長くなり、空に月が姿を現すのがずいぶん遅く感じるようになった。
    海辺から見える絶景も、それを背に愛を囁き合う恋人たちにも目を向けることなく、鞄を肩に提げて帰り道を歩いていた。なんでだろう、何だか家に帰りたくない気分だった。

    同級生の喜多村君が事故で死んだ。朝のホームルームで担任の教師が瞳に涙を溜めてクラス全員に告げた。信じられないと口を押さえ驚愕する者、興味なさげにペンを弄ったり外を眺める者。亜李は初めて身近(と言うには語弊があるかもしれないが)な人間が死んだという事実と、尊き命が儚く散ったという現実に目を背けたい気分だった。

    教室を見渡しても、涙しているのは教師だけで、どの生徒も気の毒程度にしか思っていないのだろう。寧ろ、自分より成績の良い人間が消えて清々しているのだろう。教師の涙は命の消失を悲しむものではなく、優秀な教え子が死んだ悲しみからくるものだろう。なんせ、自身の受け持つクラスの成績が良ければ校長の評価も上がり出世できる。ホームルーム後、担任の教師は亜李に「アイツの分までお前が勉強を頑張れ」と肩を叩いてきた。作った笑顔で「はい!」と返事すると、満足したのか、先ほどの涙は嘘だった思う程の笑みを残して階段も下りていった。

    どうせお前にとっての俺たちは、自分がのし上がるための道具程度にしか思っていないんだろうな。

    いつの間にか自宅の前に立っていて、亜李は大きく息を吐き出した。
  8. 8 : : 2016/03/09(水) 14:56:51


    高級住宅街の一角にそびえ立つ五階建ての家が亜李の家だ。四角い洋風の建物は、家というよりマンションと形容した方が正しいのかもしれない。両親と亜李、そして数人の家政婦が家にいるが、それでも部屋が十以上有り余っている。十分すぎる面積だ。
    表札の横のインターホンを押すと、家政婦の声が返ってくる。亜李は帰ったことを伝えると、身長の倍近くある門が開かれ、玄関の両脇に控えた数人の家政婦たちが頭を下げて出迎える。正直、こういうのは苦手だ。

    「お帰りなさいませ亜李ぼっちゃま。おかばんお持ちしますね」

    いつもなら素直に渡すのだが、今日はなんだかそんな気になれなかったので、自分で持って上がりますと言った。
    玄関に到着すると、無駄に広い廊下の奥から母がパタパタと早足に歩いてきた。

    「ただいま帰りました、お母様」

    「お帰りなさい亜李さん。で、亜李さん? 今日もしっかり勉強できましたか?」

    帰るやいなやこれだ。勉強勉強勉強勉強。まるで自分の息子には興味が無いといった風に、馬鹿の一つ覚えに勉強やテストの点についてしか聞いてこない。あまりにしつこいので得意の作り笑顔で「はい、集中して勉強できました」と言ってやる。
    しかし母は亜李の顔をジッと見つめ、何を疑問に思ったのか、首を傾げる。

    「亜李さん、どこか調子が悪いの?」

    「いえ…………いや、少し。同級生が事故で亡くなって……」

    何が不満だったのか、母は少し低い声で威圧を放った。

    「そんなこと考える暇があったら勉強をしなさい。まあでも、亜李さんと拮抗していた人が勝手にいなくなってくれたのだから、寧ろ喜ぶべきね」

    このとき亜李の胸は未だかつてない未知なる感情が渦巻いていた。

    「お母様」

    「何かしら」

    何でだろう、いままで親に対して反抗的な態度を取るどころか、言い返すことすらなかった亜李だが、人の命をどうでもいいと思っている母に対して憤怒の感情を抱いている自分がいることに気づき、動揺した。

  9. 9 : : 2016/03/09(水) 15:21:30


    「人の命とは、何よりも尊きもののはず。いくらお母様でも、命が喪われたことに対してそのような考えをお持ちになっているのなら、僕は許しませんよ」

    パァンと心地の良い音が響く。一瞬何が起こったのか理解できなかったが、遅れて頬に痛みが走る。それで、自分が叩かれたのだと理解した。母は何も言わずに亜李に背を向け「二時間後に夕食です。それまで勉強しておきなさい」と告げ、廊下の奥へと戻っていった。今頭の中で浮かんできた文句を惜しみなく吐き出したかったが、痛む頬を押さ、「はい」と消え入るような声で呟いた。
    家政婦があわあわとしているのも気にとめず、自身の部屋のある三階へと向かった。背後で家政婦の一人が「手当ていたしましょうか」と声を掛けてきたが、「大丈夫です」と言って逃げるようにして部屋に入った。

    後ろ手で扉を閉めると、大きなため息が漏れた。
    十六畳もある広い部屋には、問題集や参考書が本棚に綺麗に収まっている。漫画やゲームはもちろんのこと、テレビすら置かせてもらえなかった。殺風景な室内を見渡し、再びため息を吐き出す。

    「結局勉強かよ…………ッ」

    両親や家政婦、教師の前では自分を「僕」と称し、いい人を演じている。母にそう言われたからだ。習い事だって、進路だってそうだ。親に言われたからただそれをやるだけ。
    まるでロボットだなと自嘲気味に笑いベッドに沈む。どこか悔しい気持ちになった。「俺」はロボットではない。と。だが、頭と体は動きが乖離している。

    「……俺は、ダメなヤツだな」



  10. 10 : : 2016/03/09(水) 15:55:13


    ###



    目が覚めると、光の中で出逢った女の子に膝枕をされていて、びっくりして起き上がるとお互いに頭を打ち揃って地面を転がった。何らかの衝撃でもとの世界に戻れるのではないかと内心期待したが、やってきたのは激しい痛みと期待を裏切られた悲しさだった。

    「い、痛い………」

    横を見ると、女の子は亜李の方をジッと眺めていた。

    「な、なに…………?」

    「…………ぷっ」

    「ぷっ?」

    「ぷっ……はは、ははは、あーははははははははははは、無理無理こんなの堪えきれるわけないんですけどーー!!」

    腹を抱えて笑う女の子を見て、どう反応していいのかわからず硬直する亜李をよそに、当の女の子は分け目もふらず地面を転げ回っている。
    亜李の冷えた視線を受け我に返ったのか、ハッとしてその場に正座し、穏やかな笑みを浮かべる。

    「初めまして、名も知れぬ我が主」

    コイツ……絶対に裏表を作っているヤツだ。何故だろう、自分と同種に思えたからか、いち早く女の子の性格を把握してしまったような気がする。あまり嬉しくない。

    「えっと、初めまして。君はいったい……」

    さっきの"線"と"点"が見える力を授けてくれたのはこの女の子だろう。光の中で聞いた声、そして姿が完全に一致した。というか、背中を突っぱねて異型の影が蔓延る戦場に促したのも彼女なので、確信していた。

    「はい、ご主人様。私はエクスカリバーと申します」

    「うん、すいません。もう一度お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

    「はい、ご主人様。私はエクスカリバーと申します」

    「……………うん?」

    「ですから、エクスカリバーです。エ・ク・ス・カ・リ・バー。エクスカリバーです」

  11. 11 : : 2016/03/09(水) 16:09:15


    いや、聞こえているのだが、なんていうか、どことなくファンタジーな単語だったので、言葉が出てこなかった。女の子本人が言うのだ、エクスカリバーという名前なんだろう。

    「エクスカリバーさん、いくつか聞きたいことが」

    「エクスで構いません」

    「エクスさん」

    「エクスで構いません」

    「……エクス」

    「はいっ」

    弾けるような笑顔を向けるエクス。名前を呼ばれるだけでそんなに嬉しくなるものなのだろうかと疑問に思いながら質問を考える。聞きたいことが山ほどあって、何から聞けばいいのか分からない。そんな亜李の心境を読み取ったのか、エクスが言う。

    「ご主人様は知りたいことがたくさんある様子……とりあえず一度、落ち着ける場所に移しましょうか」

    周囲を見渡すと、瓦礫に埋もれた街と呼ぶことに抵抗がある絵図だったので、落ち着いて話ができる場所を探して歩き出した。

    数分ほど歩いたところに破壊されていない小屋があったので、勝手に使わせていただく。丁度椅子が二つ向かい合う形で置かれていたので、遠慮なく腰を掛ける。

    「で、何から話せばいいのやら」

    エクスは背筋の伸ばし、姿勢良く椅子に座っている。亜李も昔から母に立ち振る舞いについて指導されてきたので、印象を悪くするような姿勢ではないはずだ。エクスは促すような目を亜李に向ける。何か質問してこいと言いたげな目だ。

    「そうですね……まず、あなたについてお聞きしたいことがあります」

    丁寧な口調でエクスに訊ねる。

    「わぁ、嬉しい。何よりも先に私に興味を持っていただけるなんて! 光栄ですご主人様」

    別にエクスカリバーという少女が正面にいて、この変な世界で唯一まともに会話ができる人間なので、知っておいた方がいいに決まっている。興味が無いわけではないが、何よりも先にというのはちょっと違う。
  12. 12 : : 2016/03/09(水) 16:38:47


    思っていても口にしないが、亜李は言葉を選んでエクスに聞く。まず、何者なのかと。
    エクスは考える素振りを見せて、ニッと口角を持ち上げた。

    概念式伝承憑依兵器。彼女はそう名乗った。馴染みのない言葉に戸惑う亜李だったが、エクスは話を進める。これらは総称して"受念者"と呼ばれ、主に過去有名だった伝説上の剣や槍などの名前を取ることが多いらしい。
    現実の物理法則を完全に無視した摩訶不思議な力を扱うことができ、その力は"祈念者"と呼ばれる、いわゆる選ばれた者と接触して初めて発動するものだという。
    自身の姿を伝説上の武器に変え、戦う。敵を消すことが受念者の存在意義だとエクスは言う。
    人間かどうなのかと聞かれると、自信を持って首を縦に振ることはできないらしい。また、受念者は祈念者に扱われるため、エクスは祈念者である亜李を「ご主人様」と呼んだとのこと。
    あんなところで倒れていたのは一つ前の「ご主人様」が死んでしまったかららしい。相性は最悪だったとか。亜李との相性は抜群で、それ故に亜李のことを好いている。

    だいたいエクスのことが分かったような気がした亜李は、二つ目の質問を投げかける。
    あの異型の影は何なのかと。

    どこから現れ、目的はなんなのか。エクスもわかっていないが、亜李でもわかることが一つ。人を殺すクズだということ。
    クズどもはその姿から"影獣(えいじゅう)"と呼ばれているらしい。
    殺すことは不可能で、一度戦闘不能にしても、いつの間にか生き返り、行動を開始する。
    亜李の使ったあの力は、影獣を殺せる唯一無二の力なのだと。

    そこで三つ目。あの変な力は何なのか。

    曰わく、「死」を視覚情報として捉えることができる力。"線"とはつまりそのものの寿命であり。ならばその"線"がたどり着く"点"は寿命の終結──「死」そのもの。
    寿命をたどり、「死期」に直接干渉することのできる左眼。と、推測通りの答えが帰ってきた。これはなにも影獣にだけ現れるものではなく、人や物にも見えるのだと言う。そうなった場合、同じ手順を踏むと人は死に、物は壊れる。おっかない力なので、眼帯でもしておこうかと考えた。
    この力は特異能力と呼ばれる、受念者を媒体とし、祈念者の願いを力として発現させたものらしい。なるほど、それで受念と祈念か。
  13. 13 : : 2016/03/09(水) 17:27:44


    大まかなことはだいたい理解したので、脳内で整理しながらうんうんと頷く。
    四つ目の質問を投げかける。この世界はなんなのかと。影獣が蔓延り、摩訶不思議な力が存在していて、亜李がいた現代日本とはかけ離れた昭和初期のような街並み。瞬きの間に豹変したこの世界はなんなのか。

    「終焉世界……と、言います」

    「終焉世界…………」

    なるほど。影獣に怯えながら衰退した文明。技術もなく、為す術もなく屠られる尊き命。こんなくそったれな世界はまさに終焉世界と呼ぶに相応しい。

    「この世界は終焉に向かって緩やかに下降しています。いつかくる終わり。あなたの左眼は、それを支配するのです」

    「するとなにか? 世界の"線"をたどって"点"を潰せば、終焉世界は死ぬ……と?」

    「端的に言うと、そうですね。しかしそれにはまだあなたの力は到底及ばない。あなたの力は影獣を殺す唯一無二の力です。が、影獣の上位種を相手にした場合、先ほどのように簡単に"線"をたどり"点"を潰すことはできないのです」

    エクスの言いたいことはおおよそ理解できた。
    力には様々な種類がある。炎を出す、氷を作る、相手の攻撃を跳ね返す──など。亜李の力は影獣を殺すことのできる唯一無二の力だ。しかしその力を発揮するには、敵に白兵戦を挑み、肉迫しなければならない。先ほどの影獣はのろく、恐らく下位種だろう。それに身体能力が圧倒的に強化されたわけではない。生身で敵に挑まなければならないというハンデが発生するわけだ。一撃必殺の力だが、それ故にリスクが高い。ハイリスクハイリターンな力ということか。

    「ですので、経験値をじゃんじゃん稼ぎましょう」

    「え?」

  14. 14 : : 2016/03/09(水) 18:06:50


    経験値ってなんだろう。エクス曰わく、敵を倒せば不可視の何かが体内に吸収されていき、自動的に能力が向上するとのこと。どこかゲーム地味た世界だなと呆れながらも、シンプルでわかりやすいとも思った。
    そのゲームの知識も、小学校の頃に誰かが話しているのを聞いただけなのだが。

    「とにかく、こんな潰れた街に居座ってもいいことなんてありません。行きましょうご主人様」

    「行くって、どこに?」

    「近くの街に祈念者が集まった巨大な軍事組織の支部が存在します。とりあえずはそこに身を置くことになるかと」

    「なるほど、この世界にも軍事組織は存在しているのか」

    この街が破壊されてもそれらしき者の姿が見えなかったので無法地帯かと思っていたが、そうでもないらしい。ひとまず、人間はまだ社会的な動物であるとわかっただけでもよかった。

    「さあ行きますよご主人様。これから始まるのです」

    「何が?」

    「私とご主人様の愛を育む物語がッ!」

    ──こうして。終焉世界に堕ちた亜李はエクスカリバーなる少女と共に行動を開始した。
    終焉世界は緩やかに終焉に向かっている。

  15. 16 : : 2016/03/10(木) 08:44:27


    ###



    この世界は絶望に満ち溢れている。そしてそれ故に美しい。何故か。
    亜李が最も美しいと感じるもの。それは世界中を魅了する美女ではなく。大自然が作り出した産物でもなく。豪奢の限りを尽くした金の財宝でもなく──生きとし生ける人間の命だ。
    どんな逆境でも、身を焦がす煉獄の絶望にすら抗い、その命を力の限り燃やし、生きる。歴史上の先人達はそうして世界を形成してきた。
    歴史とはつまり、その時代に生きた人間の血と涙、そして努力の雫が海のように集まり作られる"人工物"だと思う。必死に生きる。人間の素晴らしさは生に対する異常なまでの固執した執着だとずっと考えていた。

    亜李自身、親の言いなりになって自分が生きる意味って何なのかと自問自答し、結局答えが返ってくることはなかった。だがそれでも、自分が自分であり、その意味を見つけようと必死に生きた。いずれ訪れる死。終わりがあるからこそ、今をどう生きるか悩み、苦しみ、もがき、そしてそれは掛け替えのない不可視の財産となるのだ。それが、亜李にとっての生きることに他ならない。

    終焉をたどるこの世界で、抗い、生きる。
    命とは絶望の中で見つけた素晴らしいものだ。最も価値あるものだ。

    そして、だからこそ。

    その"命"をいとも簡単に手放そうとする「馬鹿者」がその眼に映った瞬間、亜李は弾かれたように地面を蹴り上げてその「馬鹿者」へと一直線に駆け出した。

    自らを殺す者は許さない。
    日本では自殺に対しても殺人として扱われる。当然だ。亜李は吐き捨てた。
    命を粗末にするヤツなんて大嫌いだ。そして、命を軽視し、奪うことに何の抵抗もないクズはもっと嫌いだ。死ね!

  16. 17 : : 2016/03/10(木) 09:15:24


    自ら死地に赴き、影獣の餌食になろうとしている少女に、亜李は力の限り叫んだ。

    「逃げてくださいッッ!!」

    叫びも虚しく、少女は亜李を見向きもせずに影獣に一歩、また一歩と歩み寄る。
    そこまでして死にたいのか、コイツは。亜李は腹の中でふつふつと煮えたぎる何かを必死に押さえ込み、左眼で影獣を射抜く。初めて見た影獣よりはるかにデカい。エクスの言っていた通りなら、この影獣は上位種か。なるほど"線"が見えないわけだ。
    経験値とやらがどうにも足りないらしい。短く舌打ちし、少女を救出することだけを考える。幸い受念者と力を共有している祈念者は常人よりか数倍身体能力が跳ね上がっている。今の亜李にとって、自分より身長の低い少女を抱えて走ることなど造作もない。

    影獣の上位種の妨害が無ければ。

    後方から亜李を追いかけてきたエクスの声によって、影獣の肩から飛び出た砲門が自分に向いていることに気がつき、咄嗟に進路を変更する。少女に向かって走るのではなく、影獣の足下に。四足歩行の影獣の前脚付近に近寄れば、無闇な砲撃は自殺行為だ。自分の脚を吹き飛ばすことになる。
    それがわかるほどの知能の持ち合わせているのかあるいは、先に少女を殺そうと思っただけなのか、少女を潰そうと脚を振り上げる。あんなのに踏まれたら人体は破裂し内臓がこんにちはと飛び出てくるだろう。もっとも、その内臓すらぺしゃんこかもしれないが。

    まさに今殺されようとしているのに、少女は足を動かさない。本当に死ぬつもりだ。
    亜李は奥歯を噛み締め、少女へと再び駆け出す。影獣が脚を振り下ろすのとほぼ同時だった。

    「ご主人様ッ?」

    エクスが顔面を蒼白させるが、あわやというところで少女共々影獣の視界から逃れる。さすがに影が全身を覆った時はもうだめかと思ったが。

  17. 18 : : 2016/03/10(木) 09:59:01


    ひとまず影獣から距離を取り、少女を安全な場所へと連れて行く。
    亜李は大きく息を吐き出した。この終焉世界にやってきてから二日経った。この世界に降り立った街から歩き、初めて訪れた破壊されていない街……というか、村を見て安心したのも束の間。影獣が湧いて出てきたのだ。様子を見に村の中心部へ向かっていたところ、この「馬鹿者」に出会ったのだ。

    「何で逃げなかったんですか」

    他人の前では良い人を演じるため、自然と口調が丁寧になる。柔らかに言ったつもりだったが、少女はびくんと肩を震わせ俯く。
    亜李は改めて少女を眺める。中学生になるかならないかほどの年齢だろうか。他の村人とは違い、生地のいい着物を着ている。
    自分より背の高い男性に怯えているのか、亜李は頭を掻いた。
    こんな状況で説教を垂れても無意味だろう。

    「お父さんが」

    「……うん?」

    「お父さんが死んじゃったの…………ッ」

    必死に涙を堪えながら、自分の父が死んだということを伝えてくる少女。どうやらあの影獣に父を殺されたらしく、無謀にも影獣に挑み、しかし恐怖で動けなくなってしまったらしい。仇を討ちたかったのだろうか。だとしても「馬鹿者」に変わりはない。

    「…………そう、ですか」

    亜李にはわからない。父が死ぬと、そこまで取り乱すものなのだろうか。亜李にとっての両親は、ただ自分に命令するだけの存在だった。一緒にいて楽しいと思ったことはないし、嬉しいと思ったこともない。寧ろ居なくなってほしかった。養ってくれていることには感謝している。だがそれだけだ。

    耐えきれなくなったのか、少女は嗚咽を漏らしながら泣きじゃくった。
    それまで傍観していたエクスが口を挟む。
  18. 19 : : 2016/03/10(木) 12:59:55


    「このお嬢様も安全な場所に移せたことですし、行きますよ」

    エクスが言いそうなことは何となくわかっていた。「あの影獣を倒して経験値をいただきに」だろう。この二日間でエクスカリバーという少女の性格や行動パターンが何となくわかった。
    普段はこうして丁寧に喋っているが、その実腹の中では黒い何かが蠢いている。実際、初めて会話したときも地面を転がって大爆笑していた。要約すると、腹黒くて他人を馬鹿にするのが好きなのだ。どうせ今も腹の中では「プークスクス! ウケるんですけどー!」とか思ってるのだろう。実際亜李が下位種を殺し損ねた時に「ぷっ、プークスクス! あんな雑魚仕留めれないなんてご主人も弱い! 超笑えて体内が正月とお盆とクリスマスが同時にやってきたぐらいウケるんですけどーッ!」なんて周囲の目なんて気にせず大笑いしていたほどだ。遂に誤魔化せなくなり、しかし笑いを掻き消すかのように再び丁寧な口調に戻った。もういいやと思い、亜李もエクスの前ではなるべく自然体でいようと決めた。

    おおかた予想していたことが返ってきたので、亜李は息を吐き出す。

    「倒すと言ってもどうやって? "線"が見えないんじゃ攻撃しても意味ないだろ」

    ふふんと得意気に笑い、有無を言わせず亜李の腕を引っ張る。

    「任せてくださいご主人様。私たち受念者の真骨頂は自身が武器になること」

    そう言えばそんなこと言ってたっけ。しかし人間が武器になるなんて物理的には不可能だろうが、終焉世界において亜李のいた日本の常識を当てはめるのは合理的ではない。
    エクスの任せてはあまりアテにはできないが、彼女も馬鹿ではない。勝算があってのことだろう。
    エクスの言う通り、再び影獣のいた場所へと駆け出した。
  19. 20 : : 2016/03/10(木) 13:27:33


    数分ほどで先ほどの影獣を発見することができた。遠目から改めて見ると、何とも言えない外見だった。ブラキオサウルスみたいな長い首、四足歩行の恐竜みたいで、 ゾウのように太い脚。やはり肩には砲塔が飛び出ている。一瞬人間が遺伝子を組み替えた人工物ではないかと思ったが、この世界にそんな技術は無いということをこの二日間で理解したつもりだ。
    物影に隠れて様子を窺っていると、影獣は近くに人がいないと悟ったのか、移動を始めた。不運なことに、その先は村人たちが避難している場所がいくつもある。

    「エクス」

    「わかってるわよ」

    周囲に人がいないので素が出ているエクス。猫かぶったいつもの丁寧な口調はどこに行ったのやら。

    「私が剣になるから、ご主人は私で"線"をたどって"点"を斬るの」

    「見えないのにどうやって?」

    「さっき"線"が見えなかったのは、確かにご主人の経験値が不足しているからというのもあるけど、もっと簡単に見えるようになる方法があるわ」

    「どういう?」

    「ご主人が直接握り潰すより、剣で斬った方が殺傷性が高いでしょ?」

    なるほど。一般的に考えて、拳で殴るより剣で斬った方が効率よく殺せる。拳では殺しきれない相手でも、剣では殺せるということか。変なところでわかりやすくていい。
    だが、本当に剣を握るだけで見えるものなのだろうか。見た感じ、あの影獣は初めて殺した影獣よりはるかに強い。体表もゴツゴツして硬そうだし、何より肩の砲塔が阿呆みたいにデカい。あれでは遠くにいても砲撃されてしまう。
    そんな不安を払拭するかのようにエクスが言う。

    「大丈夫! 私はかの騎士王アーサーの誇り高きエクスカリバーよ? 使い手の能力はアーサー王と同等まで跳ね上がるわ!」

    それがエクスカリバーの特性だろう。亜李にとっての勝利。それは相手を殺すこと。寿命をたどる"線"は勝利へと導く道。ならばその道を突き進むだけの力がいる。それがアーサー王の力だろう。
  20. 21 : : 2016/03/10(木) 16:26:18


    「そうだな、まあ……信じるよ」

    エクスが不思議そうな顔をしてこちらを見てくるので、何かおかしなことを言ったか不安になってくる。聞き返そうとしたところで、エクスがフワッと微笑む。珍しく作り笑いではない。目元が笑っている。

    「初めて、かな」

    「何が……」

    「ご主人が笑ったの」

    そうだったかな。初めて影獣を殺したときに阿呆みたいに笑ったのを覚えているが、多分そんなことじゃなくて。

    「かもな」

    何故だろう。こんな性悪な謎少女なのに、今回ばかりは頼もしく見えて仕方がない。何だってできる。絶対に殺せる。そんな気がした。亜李の気持ちを理解しているのか、エクスは強く頷く。
    影獣に向き直ると、こちらを見ずに言った。

    「行きましょうご主人。アイツ倒せば経験値半端ないわ!」

    「だな。少なくとも、当分は大丈夫そうだ」

    二人が駆け出したのは全く同時だった。作戦は至ってシンプル。正面から殴り込む。
    隣に立っていたエクスが突如黄金の輝きを放つ。光に導かれるまま右腕を伸ばすと、温かい何かを掴んだ。見なくてもわかる。これが聖剣エクスカリバー。金の装飾が施された蒼い鞘から引き抜くと、黄金の刀身が現れた。美しい。

    「これがエクスカリバーよ」

    剣からエクスの声が聞こえた。なんだかおかしくって、ふっと笑みが零れる。

    「ああ。綺麗だ」

    呟き、その左眼で影獣を射抜く。漆黒の"線"が陽炎のように浮かび上がり、道を照らした。その先には"(勝利)"が見える。いける。
    亜李はさらにギアを上げた。体が面白いほど支配できている。意のままに動かせている。それを実現させているのはアーサーを模したこの力だ。
    正面から轟音と共に迫り来る砲弾をエクスカリバーで斬り裂きながら直進する。砲弾は真っ二つに割れ、左右に散って亜李のはるか後方で爆散する。
    ならば数を撃てばいいと考えたのか、まともな照準もしないで連射してくる。が、亜李は大きく跳躍する。空中に逃げ場は無い。次の砲撃で確実に当たる──いや、当たらなかった。亜李は空中で再びジャンプした。その足元には円陣のエフェクトが形成され、それを蹴って飛んだのだ。砲弾をエフェクトを足場にして躱す。端から見れば虚空を飛び回っているかのように思えるだろう。

    "線"を捉えることができる範囲にまで達すると、亜李はエクスカリバーを振りかざした。そのまま"線"をたどり、"点"へと突き進む。

    「断ち斬って、ご主人ッ!」

    エクスカリバーを握る手にさらに力を込める。やがて黄金の軌道は"線"を断ち"点"を穿った。

    そして。

    祝福するかのように光の柱が曇天を貫き、温かな光が世界をあまねく照らし出していた。
  21. 22 : : 2016/03/10(木) 18:07:43


    ###



    「何というか、色々得しちゃった気分よね」

    「そうだな……うん。良かったんじゃない? これはこれで」

    先日、亜李はエクスカリバーを駆使して上位種影獣を文字通りこの世から消し去った。どうやら発生したのはあの一体だけだったようで、村に深刻な被害は出ていなかった。亜李の中での理想のゴミ掃除ができたわけだ。クズは消え、美は残る。なんと素晴らしいことか。

    あの影獣を殺した後、村長らしき人を中心に、村人から「祈念者様」と頭を下げられた。彼らからしたら亜李とエクスは村を救った英雄なのだろう、村で一番豪勢な宿に連れていかれ、もてなされた。食事は亜李の前いた世界より味は落ちるものの、古くから食べられてきた米と魚を中心とした本格的な和風料理を堪能することができた。酒宴をしようかと誘われたのだが、まだ未成年だったため断る。

    ふと部屋の入り口を見ると、亜李が助けた「馬鹿者」の姿があった。村長の孫娘だったらしく、その母と一緒に命を救ってくれてありがとうとお礼を言われた。何とも言えなくなって、取りあえずこちらも頭を下げるという奇妙な構図が成り立った。それを見たエクスが隣で「プークスクス! コミュニケーション能力の無いぼっちがいて笑えるんですけどーー!」と腹を抱えて笑い出した。頭を小突くと顔を真っ赤にして酒を呑み始めた。

    「馬鹿者」のお爺さん、村長が孫が成人するのを待って結婚してくれないかと提案すれば、村人は口々に「それはいい」とか「ぜひ」とはやし立てた。少女は顔を真っ赤にして俯き、その母は穏やかな笑みを娘に向ける。

    そんな笑顔を見て、亜李は胸が苦しくなった。
    自分の親は、あんな風に笑ってくれたことはない。
  22. 23 : : 2016/03/10(木) 18:21:10


    あんな親にでも、認めて欲しかったのかもしれない。だが、それは叶わない。亜李の視線に気づいたのか、少女の母はきょとんと首を傾げる。慌てて視線を逸らした。
    村長から「ぜひ孫を貰ってほしい」と言われたが、やんわり断った。何故か自分は幸せになってはいけない。そんな気がした。

    亜李が結婚を断ったことで一瞬にして空気が凍り付いたが、さすが酒といったところか。氷点下を振り切った室内をじんわり溶かしていった。
    亜李は機会を見計らって宴会の席を立つ。もう少し居ようと言うエクスだったが、明日には村を出たかったので、今日はもう部屋で寝たい気分だった。

    退室する際、「馬鹿者」に袖を掴まれた。何だろうかと目線を同じ高さに合わせると、再びお礼を言われた。母に手伝ってもらっての感謝の言葉では満足できなかったのか、少女は一人で頭を下げる。その様子を優しく見守る母。亜李は少女の頭を撫で、「二度と自らの命を投げ出すようなことはしないように」と釘を刺した。すると少女は満面の笑みを返す。
    「また会えますか?」と問われたので、しばし考えて「会えるよ」と返した。

    そして今、綺麗に敷かれた布団の上に腰を下ろしているのだった。
    風呂はドラム缶だったが、それはそれで心地よかった。

    「ご飯美味しかったー。また食べたいわ」

    ゴロゴロと転がりながら先ほどの飯を思い浮かべるエクス。確かに美味かった。いつも食べていた家政婦の料理より、なんだか温かく感じた。

    ボケーッと天井を眺めながら、亜李は意外にも両親のことを考えていた。
    果たして亜李がいなくなってどのように思っているのだろうか。心配してくれているだろうか。それとも、まあいいかと切り捨てたのだろうか。

  23. 24 : : 2016/03/10(木) 20:14:30


    知りたいような、知りたくないような。
    どちらにせよ、亜李にそれを知る術は無い。
    そこでようやく自身はもう元いた日本に干渉することはできないのだと気づく。いや、気づかないふりをしていたのだ。

    目を閉じ、開けたらこの終焉世界に立っていた。ならば目を閉じ、開けたら日本に戻れるかもしれない。寝て起きたらいつものふかふかのベッドの上で方程式を頭に浮かべながら寝転がっているのかもしれない。
    そんな淡い期待は、呆気なく打ち崩された。
    悟った。もう元の世界に戻ることはできない。
    布団のシーツを強く握りしめる亜李を見て、エクスは恐る恐る訊ねた。

    「元の世界に帰りたいの?」

    「…………どうだろう」

    果たして本当に帰りたいのだろうか。
    帰ったとしても、また親の言いなりになって勉強漬けの日々に戻るだけだ。つまらない、本当に面白くない人生を送るだけだ。
    かと言って、終焉世界で生きていきたいのだろうか。平和な日本と違い、文明は後退、立ち止まったら死に追いつかれる残酷な世界。明日こうして生きているのかわからない。

    どちらが幸せなんだろう。エクスの問いに、しかし亜李は答えることはできなかった。

    しばらくの間沈黙が続いたが、エクスの何気ない呟きがそれを破った。

    「へぇ。ここってユリス教を信仰しているのね」

    「ユリス教……?」

    ほら、と言ってエクスの指差す方向には、白鳩と美しい女性の姿が描かれた絵画が飾られていた。エクスが言うには、日の出る東にユリスティーナの絵画が飾られている家はユリス教信者なのだという。愛と勇気を司る神様で、国教として広い地域で信仰されているらしい。

  24. 25 : : 2016/03/10(木) 20:44:17


    それにしても本当に美しい女性だなと、改めてユリスティーナの絵画を眺める。
    ただ単に絵を描いた人が上手いのか、それとも本当にユリスティーナが美しいのか。どちらでもいいが、会うことはまずないだろう。こうして宗教として崇拝されているのだ。仮に実在したとしても、下々の者の前に姿を現すことはないだろう。

    「エクスってユリスティーナは存在すると思う?」

    言い終わってから、後悔した。「プークスクス! そんなのいるわけないじゃない」と笑い飛ばされるのがオチだ。しかしエクスの放った言葉に亜李は目を丸くした。

    「いるわよ。実際に会ったこともあるし」

    「……いるんだ、神様って」

    終焉世界では神様をお目にかかることはそう珍しい話ではないらしい。エクスが言うには酒場で人間と飲み比べしている神様や、食料売場で商品を安くしてくれとせがむ神様もいるんだとか。自分の想像していた神様と大きくかけ離れた実像に失望し、大きく息を吐き出した。
    それでいいのか神様と不安になってきた。

    「そもそも、民衆にとっては祈念者と受念者も神様と同じような存在なのだけれどね」

    そう言われても実感はできないのだが、納得することはできる。影獣に対抗できる存在。自分たちを守ってくれる存在。そして実際に守ってくれる組織が存在している。無力な一般人からしてみれば神様のような存在だろう。
    文明が発達していなかった頃は、他人とは大きくかけ離れた何かを持っている者は神聖視されていたのだとか。
    ジャンヌダルクも似たようなものなのかもしれない。エクスは誰それと聞いてくるが、亜李は笑って誤魔化す。
  25. 26 : : 2016/03/10(木) 21:40:05


    訝しげな視線を投げて寄越すエクスだったが、まあいいわと言って布団に転がる。

    「もう寝るのか? 灯り消そうか?」

    「ご主人にそんなことさせるわけないじゃない。自分でやるわ」

    変なところで忠実だなと思いエクスを眺める。
    彼女は受念者。人をして人を越える者たちの片割れ。どうやって剣になったのだろうか。疑問に思ってエクスの頬に手を伸ばし、触れる。
    ビクンと肩が跳ね上がる。エクスは珍しく顔を赤くして身じろいだ。

    「な、何やってるのご主人」

    嫌ではないらしく、抵抗はしない。そのまま頬をにゅいーんと引っ張ったり指先で突っついたりする。

    「柔らかいな。本当に剣になっちゃうんだなぁこれが」

    にわかに信じがたいが、この柔らかい少女は聖剣エクスカリバーとして敵を斬り捨てるのだ。普段の姿からすれば想像できないが、実際に彼女を使ったのだから今更否定することは彼女を否定することになる。
    ほっぺを鷲掴みにすると、さすがに払われた。

    「なんなのご主人。実際に私を激しく使ったんだから。確認することは無いでしょ」

    「うん、そうだな」

    会話は途切れ、エクスは灯りを消した。
    思っていたより疲れていたのか、消灯と共に眠気がどっと襲ってきた。隣のエクスは無防備な寝顔を晒してすでに眠っている。なんだか罪悪感を覚え、エクスに背を向けた。

    (……俺は、この世界で何をしたいんだろう)

    何の前触れも前兆もなく終焉世界に墜とされ、エクスという少女に出逢い、影獣を殺す。まるでどこかの誰かが敷いたレールの上を走っている電車のように思えた。もしもエクスと出逢っていなかったら、今頃どうなっていただろうか。何もわからないまま、影獣に蹂躙されていただろう。

    エクスが起きている時に礼を言うのはなんだか癪なので、小声で呟く。

    「ありがとう、エクス」

    返ってきたのは、穏やかな寝息だった。

  26. 27 : : 2016/03/11(金) 09:40:33


    ###



    「お腹すいた…………もう、ダメ」

    燦々と日光が大地を照りつける。日本では初夏ほどの気温だろうか。
    とある村ととある街を繋ぐ道に。
    見た顔の女性が転がっていた。

    「……なあ、エクス」

    「何?」

    「これってさ、この人ってさ」

    「ユリス教の母神体、ユリスティーナよ」

    「神様ッッッッッッ!?」

    どっかの村の宿で見た美しい絵画の神様は、空腹で行き倒れていた。



    ###



    宴会の翌日。村人全員が送り出しに来てくれたのではないかと思うほどの人数が村の出口に集まっていた。食料や金銭をいただき、当分の生活は心配なさそうだ。
    多くの見送りを背に、一時間ほど歩いたところで、それに出会う。

    「えっとエクス……これが、あのユリスティーナ様?」

    「そうよ。久しぶりね、ユリス」

    エクスの声にピクリと反応し、首だけこちらに向ける様はいつか聞いたホラー映画の何子さんと重なるものがあり、背筋が凍る。空腹からか、目の輝きが完全に失われていて、神々しいなんて言葉あったもんじゃない。

    「その声エクスですか。久しぶりです……早速で悪いんですが、何か食べるもの持ってませんか…………? もう三日も何も食べていなくて」

    ユリスティーナ、もといユリスは、先ほどから「きゅるるる」と空腹を訴えてくる腹を抑えながら寝転がって縋るような視線を向けてくる。
    なかなかエクスが返さないので嫌な予感がして横目で表情を覗き込む。
    案の定──

    「……ふひっ」

    (あー、コイツ絶対何か企んでるなぁ)

    不気味な声を上げ、殺戮的な細い笑みを零したエクス。
  27. 28 : : 2016/03/11(金) 09:57:31


    やがてそれは嘲笑に変わり、クスクスと漏れだした。堪えきれなくなったのか、遂には腹を抱えて地面を転がる。何度も見た光景に額を抑えながら大きく息を吐き出した。

    「プークスクス! 国教の女神様が空腹で倒れてるなんて超ウケるんですけどーーーックスクス! プークスクス! そのまま餓死したら後世まで語り継がれる最高の伝説になるんですけどーーーッッッ!!」

    (……コイツ、ホントに最低だな…………)

    終いには自分の荷物の中から携帯食料を取り出し、美味しそうにユリスの前で食べ始めたではないか。ユリスはもう泣きそうになっている。

    (コイツ、ホントに最低だな)

    改めて自身の相棒の最悪さを再確認した亜李は、自分の荷物の中の食料を漁り、いくつかユリスの前に並べる。
    神様が、神様を見たという眼差しで亜李を見つめる。

    「どうぞ、食べてくださいユリスティーナ様」

    「い、いいの?」

    「はい」

    「あ……ありがとうございます! このユリスティーナ、あなた様より受けたご恩は一生……いや、永劫忘れません!」

    目の輝きを取り戻したユリスは一心不乱に食料に食らいつく。はぐはぐもぐもぐ。かなりの量を出したはずだったのだが、あっという間にユリスの胃袋に収まってしまった。その細い体のどこに入っていったのか不思議で仕方ない。
    神様の胃袋はブラックホールなのだろうか。
    ポケットから上質な布を取り出し、口元を拭く。一息ついてから立ち上がり、スカートを摘まんで一礼。先ほど地面に倒れていた姿からは想像することができない優雅さだった。

    「改めて、エクスカリバーの祈念者様。ユリス教母神体ユリスティーナ、深く感謝しております」

    「あ、はい」

  28. 29 : : 2016/03/11(金) 10:17:49


    改めて見ると眩しいほどに美しいお姿だ。
    それこそ宿で見た絵画とは比べ物にならないほど。見とれているとエクスが肘で小突いてきたので、ハッと我に返る。

    「お名前をお聞かせください」

    「浅葱亜李です」

    聞いたユリスは浅葱亜李と何度も何度も繰り返す。十回ほど繰り返したところで、周囲に咲き誇る花の美しさなど忘れさせてしまうかのようにふっと微笑む。

    「エクス、いい人に出逢いましたね」

    「ええ。ご主人は最高の祈念者よ」

    「一目見ただけでわかります。素敵な殿方です」

    まん前でそんなこと言われるとなんだか恥ずかしくなって、熱くなった顔を背ける。
    それから二人はお互いのことを喋り始めた。エクスが猫被らないあたり、相当仲のいい間柄なんだとわかる。
    エクスとユリスは古くからの知り合いらしく、なんでも、エクスが生まれたのはユリス教の総本山がある街なんだとか。エクスの初めての相棒がユリスで、当時は皆から恐れられていたらしい。

    「神様にも祈念者がいるんですね」

    「はい。元々祈念者と受念者の関係は私たち神々の契約より始まったものなのです。後に神と人間が交わり子を生み、そうして生まれたのが祈念者の資格を持つ人間です。受念者は神が作ったものだと思っていただければ」

    なるほど。祈念者とは半神半人というわけか。どうりで身体能力が高いわけだ。日本にいた時よりも動きにスピードや鋭さが増している。
    そこで、亜李はとある矛盾に気づく。
    なぜ自分は祈念者の資格を持っているのだろう、と。
    元々別の世界にいた亜李は本来、祈念者の資格を持っていること自体おかしいのだ。終焉世界で生まれていないのだから。それにはエクスも気づいたようで、亜李に同調する。
  29. 30 : : 2016/03/11(金) 15:28:51


    「なんで僕は資格を持っているんでしょうか」

    「私も疑問に思ってたの。教えてユリス」

    二人に見つめられ、あうあうと視線を泳がせるユリス。苛立ったエクスがユリスの襟元を握りしめてブンブンと振り回す。かくんかくんとユリスの首が揺れ、頭が遠くに飛んでいきそうな気がしたので、エクスを引っ剥がした。

    「いてて……亜李さんの件については存じません。ですが、異世界から人間が終焉世界に墜ちるのはごくまれにあるそうなんですよ」

    つまり、亜李以外にも終焉世界にやってきた異世界人がいるということか。その者は決まって強力な力を持っているらしい。
    それにしても、墜ちるというユリスの表現が気になる。しかし、単なる杞憂だと考え深く考えなかった。

    「私が認知している異世界人は亜李さんを含めて5人。皆さんに共通しているのは、摩訶不思議な左眼です」

    亜李の左眼を指し、不思議そうな顔をして言った。

    「あれ、エクス。亜李さんの左眼の色変わってませんが」

    「経験値不足よ」

    やはりまだ完全に"眼"の力を使いこなせていないらしい。恐らく影獣のさらに上位の個体には通用しないだろう。これから先、エクスと共に戦っていくのなら"眼"の力の上昇は必須だろう。いくらアーサー王を模した力を持っていても、敵を殺せないのであれば意味はない。亜李にとっての影獣とは、人の命を奪うクズだ。クズが人を殺す前に殺す。
    亜李はこのままではいけないと、拳を握りしめた。

    「亜李さん、あなたの持つ"魔眼"はあなただけのものです。エクスカリバーの力ではありません。エクスカリバーを触媒として"魔眼"を発動しているだけであって、あなた自身が成長しなければ魔眼の力は育たないのですよ」
  30. 31 : : 2016/03/11(金) 21:45:08


    自分自身の成長。つまり、影獣を殺して殺して殺しまくらなければならないということ。
    なんと素晴らしいことか。影獣を殺せば自分が成長できて、クズはいなくなる。一石二鳥とはまさにこのことだ。
    そこで気づく。昨日宿で考えていたこの世界でやろたいこと。そんなことは端から決まっていたではないか。

    「なあ、エクス」

    「何? ご主人」

    「俺……決めたよ」

    亜李の口調が変わったからか、驚いた顔をするユリスをよそに、亜李は殺戮的な笑みを浮かべて言う。

    「俺が終焉世界でやりたいこと。影獣(クズ)共を一体残らずぶっ殺す」

    「あは、ご主人」

    それにエクスもまた、殺戮的な笑みを返す。

    「だから俺に付いて来てほしい」

    「最初からそのつもりなのだけど」

    「ありがとう」

    ユリスはそんな亜李を見て。
    溢れ出る殺意に痺れた。
    滲み出る狂気に震えた。
    その瞳の奥の炎に灼かれた。
    確かな決意に、無謀とも言える渇望に理想を抱いた。かつて自身が持っていた夢を、理想郷を。彼は追い求めると高らかに宣言した。
    撃ち抜かれた──心を。
    奪われた──心を。
    惚れた────浅葱亜李に。

    ユリスティーナはかつての自分の姿を、いや。かつての自分を上回る殺意を、狂気を、情熱を、渇望を、理想を見た。

    脊髄を迸る電撃。背筋にゾクゾク来た。
    その殺意に。踊る狂気に。
    ただただ愛を。敬愛を。そして啓示を捧げよう。

    「あなたのことが好きになりました、亜李さん。ですので最高の愛と敬意を以て、あなたに啓示を捧げます」

    ────ぶどう園(ヴィニヤード)灼き(殺し)なさい。
  31. 32 : : 2016/03/12(土) 20:41:00


    ###


    とある"軍事組織本部"の地下。陽の光が降り注ぐことのない、闇より深く黒より黒き漆黒の空間に。摩訶不思議な光を放つ"左眼"を持った男が蜃気楼のように佇んでいた。

    「もうすぐ……もうすぐだ。ユリスティーナ、君の選んだ"魔眼"では追いつかないよ」

    その視線の先には、まるで"ぶどう"のようなそれがあった。
    ぶよぶよとした、緑に黒を混ぜたグロテスクな色合いの球状に膨らんだ袋が、心臓のごとく胎動している。外周に張り詰めた網目状の血管は密集していて、ドーム状になった天井から重く垂れ下がっている。そう、まるでぶどうのように。
    袋の大きさは大小様々だが、薄く透けていて中が確認できる。
    やたらと首の本数が多いキリンと鳥類が混ざったような影獣。体が枝分かれして、メデゥーサの頭を彷彿とさせる蛇にも線虫ともとれる巨大な影獣。

    「はは、ヴィニヤード……。終焉を齎せ」

    袋が密集して垂れ下がるそれは、日本でいう"ぶどう"に酷似していた。
    巨大なドームの中にいくつもの"ぶどう"が房ごとぶら下がっている。その袋の中、一つ一つに影獣が入っている。まるで、藤棚に大量のぶどうが成っているように。

    それはさながらぶどう園(ヴィニヤード)

    「灼かせはしない。これは終焉を告げる殺戮の天使。喇叭の音色が鳴り響く時は近い」

    終焉世界は、終焉に向かって緩やかに下降している。

  32. 33 : : 2016/03/12(土) 20:45:10
    あ と がき!

    文を詰めすぎたことを反省しています。めちゃくちゃ見にくいんですけど!でも密集してるのってなんだか好きよ。

    はい、というわけで、よくある異世界ファンタジー(?)ものです。結構ハイスペックな主人公が裏表のある性悪エクスカリバーとともに影獣たちを殺しながら世界の核心に至る物語です。
    "魔眼"設定は空○境界ネタです。

    以上、終わり!続く!(多分)
  33. 34 : : 2016/07/18(月) 14:34:28

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enjyujyudan

緋色

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