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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

学生戦争

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  1. 1 : : 2016/02/06(土) 21:46:26

    本作品は学生戦争ったー
    http://shindanmaker.com/293610
    を元に独自に組み上げた作品です。


    本家にはほぼ準拠しておらず独自の設定を数多く含むため、原作を重視する方は閲覧を控えることをお勧めします。


    これは、わたせんさん、べるさんとの合作です。



    本作品は3部作です。
  2. 2 : : 2016/02/06(土) 21:56:07


    少年は走っていた。



    戦火の中草履の鼻緒が切れたことすらも気に留めず、裸足でかける。



    もう少しで家に着くという時だ。


    自分の家に異常がない事に安堵しつつも、いつも隣に建っていたはずの家がない事に少年は気づく。



    焼け焦げて全壊したその家は、少年が小さな頃から良くしてくれた、初老の男が住んでいた家だ。



    慌てて近くに駆け寄ると、そこには全身火傷と裂傷で血塗れの男が瓦礫に埋もれていた。



    その男が既に息を引き取っている事は少年の目にもはっきりとわかる。顔にはまるで生気がなく、辺りに流れる大量の血も全てがその事実を肯定しているのだ。



    「おじさん……」



    少年にとってその男は家族同然の存在だった。小さな頃から良く遊んでもらっていたし、彼と過ごす時間は自然と多かった。



    そんな男の死は少年にとってあまりに突然の事で思考が追いつかない。



    しかし、そんな中家族の顔が頭をよぎる。



    目の前に起きている事がまた起きるのではないか、そんな恐怖が少年の思考を支配した。




    すると自然に少年の足は自分の家へと向かう。恐る恐る表戸を手をかけゆっくりと戸を開いて中の様子を伺うが、全く人の気配がない。中を探してみても、そこに家族の姿はなかった。



    「家にいないなんて……みんなどこいったんだ」



    そして、再び少年は駆け出した。



    変わり果てた村の中を走っていると、すぐに家族たちの姿を見つける。



    しかし、そこにいたのは家族だけではない。村のあちこちで戦っている白い服を着た者たちに絡まれている様子だった。



    2人組のその男達の片方が腰に下げた剣を抜き放つ。



    「ま、待ってくれ!私はどうなってもいい。どうか妻と子供の命だけは!」



    「君達のような下賤な者がこの日本に存在するとは実に嘆かわしい……死にたまえ」




    男は喜色の笑みを浮かべると、手に持った刀を振り下ろす。



    少年は全力で走るが決して間に合う距離ではない。今にも少年の母に襲いかかろうとしてる刃に、おじさんの姿が思い出される。



    「やめろぉおお!」



    しかし、その刀は少年の母を捉える事はなく、あたりに甲高い金属音が響き渡った。



    少年の母と白服の男の間に臙脂の薄い外套を纏い、フードを深く被った男が立ち塞がっていた。



    外套の男は数巡の沈黙の後に受け止めた刀を弾きかえすと体を沈める。



    そして、次の瞬間二人組の男の体が宙を舞った。



    少年が安堵に腰を抜かしていると、外套の男が彼に歩み寄る。



    敵とも味方ともつかない怪しげな男に、少年は少し後ずさる。



    「安心しろ。俺は味方だ」



    その柔らかな口調と言葉に少年はようやく安心する。そして今まで緊張で表に出なかった感情が決壊したように溢れ出し、涙を流し始めた。



    「大変だったな……心配はいらない。すぐに終わらせる」



    そう言って男は少年の頭を優しく撫でると、男は去っていた。



    少年はその時思った。



    この男のようになりたいと。
  3. 3 : : 2016/02/06(土) 22:20:15



    天幕の隙間からは春の日差しが差し込んでいた。

    その中では十人ばかりの少年達が所狭しと寝台を並べて睡眠を取っている。

    その十人の中でも、1人の少年だけ異様にもぞもぞと体を動かしていた。


    「ぅん……」


    明らかに寝相の悪いその少年は次第に寝台の端へと体を寄せていった。

    そして遂に寝台から落ちるかと思われた瞬間である。


    「おい!!!お前ら起床時間だ!!!起きねえ奴はメシ抜きだぞッ!!!」


    「うわぁ!……ってて」


    突如として静寂を切り裂いたのは大柄で声の大きな青年だった。

    彼は天幕の中に入るや否や、周囲数十メートルには響き渡るかというような声で起床を伝える。

    勿論、全員が何事かと飛び跳ねるように起き、寝台の端に寄っていた少年は驚きの声を発してそのまま寝台から転げ落ちた。


    「おいおい、朝から派手な起き方だな。ほらとっとと身支度して外に出てこい。メシが冷めるぞ」


    そう言って大柄な青年は笑いながら天幕の外へ出ていった。

    それを合図にして天幕の中は一気に騒々しくなった。

    殆どがバタバタと着替えを自分の荷物から取り出して、寝間着から着替える。

    ただ一人だけ、寝台から落ちた少年はまだ目が覚めていないのかぼけーっとしていた。


    「………何であんな昔の事を………」


    その少年はそうぽつりと呟いてから、既に周りに誰も居ないことに気づいたのか、慌てて着替え始めたのだった。
  4. 4 : : 2016/02/06(土) 22:22:51
    日本は今、戦火の中にある。


    ペリー来航後に締結された日米和親条約により、開国に反対していた国民や政府内部からの風当たりが強くなった。


    それにより徐々に国内は二分化されていく。
    第一に近代国家の象徴とも言えるアメリカを迎合し、更なる繁栄を目指すべきであると主張する白派。


    第二に日本には独自の発展の歴史があり、日本国としての誇りの下に軍国化を進め、他国に隷属するのではなく独立国家として列強に名を連ねるべきと主張する黒派。


    双方は内戦を避けるため、討論という形でそれぞれの主張をぶつけ合っていた。


    それから数年後、日本政府は子を多く成した者に莫大な補助を与えるという大日本創生白書を発行。これにより日本の人口は大幅に増加することとなる。


    ところが1878年、白派が日本政府公認の学校を建設し、有能な子どもを無償入学させる権利を与える政策を発表。言わば白派による次世代の世論操作であり、それに反発した黒派は軍を挙げて内戦を起こす。


    その後数年に渡り内戦が続くが、子どもが増加して一定の年齢以上の大人が減少する中、双方の軍事的人員は困窮を極めることとなる。


    結果、権力者たちが目をつけたのが高校生以上大学院生以下の学生たちであった。


    軍の最上層部を除く、全てを学生で編成する事で人員不足を解消。これにより学生たちによる代理戦争が始まったのだ。
  5. 5 : : 2016/02/06(土) 22:27:02

    少年――淺凪 心護(あさなぎ しんご)もまた学生兵士であった。しかし心護が所属する組織は白軍でも黒軍でもない。


    実は国内には第三の組織が存在する。学生のみで構成され、他国との国交を継続したまま日本の独立的繁栄を目指す赤軍がそれである。


    「まだ入学して3日か」


    心護は朝食を前にして呟いた。焼いた魚と漬け物、味噌汁と白米が膳に並べられている。


    こうして豪勢な食事を前にすると、実家で食べていた質素な食事を思い出す。軍人である高校生には優先して食料が供給されており、それによってこれだけの質が維持されているのだ。


    「きちんと飯食えよ? これから訓練があるんだからよぉ」


    先ほど心護を起こした先輩が背中を叩いて話しかけてくる。心護は叩かれた背中を片手でさすりながら苦笑した。


    「そうですね。残さないように努力します」


    「訓練の調子はどうだ? やれそうか?」


    「大変ですけど、何とか頑張っています」


    朝食の後は訓練だ。学生たちは中学生の間に戦う術を学び、高校生となって初めて実戦に投入される。心護もいつくるかもわからない実戦に向けて訓練に励んでいた。


    今朝見た夢を思い出す。自分の原点とも言えるあの光景を瞼の裏に焼き付け、もっと頑張らなくてはいけないと自分に喝をいれた。


    「今年の新入生はいい顔をしてる奴が多いから期待してるからな!」


    「はい!」


    未来への希望で満ち溢れている顔で朝食をかき込んだ。時計をみると訓練の時間が迫っている。心護は席を立ち、小走りに訓練場へ向かった。
  6. 6 : : 2016/02/06(土) 22:31:45


    訓練場とは言うが、赤軍という組織の性質上地面を怪我しない程度に均して柵を敷いた簡素なものだ。



    彼らは日々様々な土地を転々と渡り歩いている。元より規模が小さい赤軍は遊撃戦を得意とするため普段は持ち歩き可能な天幕で生活し、特定の拠点を持たないのだ。



    赤軍の学校や農業施設、集落と言ったものは小規模ながら白軍黒軍を遥かに上回る数が存在する。そこにいるのは非戦闘民が殆どであり戦略的重要性は然程高くない。



    食料自給の拠点が全国に散り散りで数多く存在するため、個に攻撃を仕掛ける事は非常に非効率であり、他軍からの進行を受けづらいという特性を持っている。



    そのため、戦闘部隊がそこに駐留する事はあっても根を下ろすという事はない。



    こういった傾向からか、訓練においては基礎体力を強化するようなものは比較的少なく、体力は普段歩いている時につけろということなのだろう。


    そうなると必然的に多くなるのが実践訓練だ。


    如何に速く効率的に敵を無力化し、負傷を抑えられるか。電撃的に相手を制圧する術を徹底的に教え込まれる。



    勿論正面からの撃ち合いという事態を100%避けるというの戦争である以上不可能なため訓練も行うが、その状態は可能な限り避るべきであるとしている。



    そして今日がその個人における撃ち合いを想定した訓練だ。



    心護が訓練場に着くと少し離れたところから手を振りながら、心護に声をかける少年を見つける。



    「おせぇよ心護。訓練はじまんぞー」



    風見 徹(かざみ とおる)。心護と同期であり、入学式の時に知り合った友人だ。短く切り揃えた明るい色をした茶髪や、くっきりと整った顔立ちは利発そうな印象を与えるが、その実は彼自身お調子者で掴めない性格の持ち主だ。



    「ああ、今行くよ」



    心護がそう言って徹の元に駆け寄るとすぐに指導教官である大学生が訓練の開始を告げた。


  7. 7 : : 2016/02/06(土) 22:40:20



    実践形式をとった訓練だが、基本的にはそれぞれが二人組を作って行う。そのためそれほど苛烈な訓練ではない。


    心護もまた徹と怪我をしない程度に訓練を行っていた。


    「あぁ。だるい。心護休もうぜ……」


    「そんなことしたら僕まで怒られるだろ。文句ばっかり言ってないで早く立ちなよ」



    尻餅をついて、やる気のない徹を心護が呆れたようにしながら手を差し出す。



    「んなこと言ったってさあ……」



    ぶつぶつと文句を言いながらも手を取って、徹が立ち上がろうとした時だった。



    「貴様ァ!もう一度言ってみろ!」


    あたりに大きな怒声が響き渡る。


    唐突な事であたりの空気が静まり返り、一斉に声の主へと視線が集まる。



    そこには少年と少女が睨み合って立っていた。



    長く伸ばしていながらよく手入れされた黒髪が美しく、目つきの鋭いまさに日本美人といった様相の少女は月ヶ瀬 千夜(つきがせ ちや)



    そしてもう一人の整髪料で髪を撫で付けた、柄の悪い男が今年から2年になった竜胆 勝太(りんどう かった)だった。



    心護は彼女に見覚えがあった。



    「彼女、今年主席の……?」


    心護が小さく呟くと、それに反応して徹が興奮気味に語り始める。



    そんな事は無視して2人を見ていると、千夜が物怖じする事なく勝太を見据えて言い放つ。



    「頭だけじゃなく耳も悪いのね。私は能力もないのに威張り散らしているのは酷く滑稽だからやめた方がいいと言ったのよ」


    「ふざけやがってぇ!」


    彼女の辛辣な言葉は勝太の怒りに火をつけるには十分すぎた。


    激昂し我を忘れた彼は手に持った訓練用の模擬刀を振り回し始める。



    その事に周囲の生徒が騒ぎ出すが、教官の姿がない。止めるものの無いままに勝太は模擬刀を振り上げ、それに対して千夜も迎え撃つ為に姿勢を落として模擬刀を構える。




    一瞬の交錯。



    互いの間合いが交わり、侵食し、その優劣を決するはずだった。



    しかしその攻撃がぶつかり合う事はない。




    「ふたりともそこまでにしなよ。仲間同士で傷つけ合ってどうするんだ」



    突然な介入に再び場がざわめく。



    ふたりの間に割って入り、その攻撃を受け流すまでの流れは本人達ですら見切れていなかっただろう。


    彼がその場に立っている事にその場の誰もが驚きを隠せずにいた。


    だがそんな事を気にするほど勝太には余裕がなかった。



    「外野が出しゃばって来んじゃねぇ!」



    そう叫ぶと完全にふたりを止めたと思い込み、油断して無防備になった心護の脇腹に蹴りを入れる。


    心護の体が吹き飛び、突如襲いかかる激痛に悶え、声にならぬ叫びをあげる。



    それを見た勝太は心護を見下し嘲る様に笑った。



    「ふん。図に乗って出しゃばるから痛い目にあうんだ」



    そう告げると再び千夜に向き合う。だが、その肩を心護の手がつかむ。



    「やめろって言ってるんだ……」



    手を振り払いながら模擬刀の頭で心護の横っ面を殴りつけると、地面に血が飛び散った。



    そして、額に青筋を浮かべながら告げる。



    「そんなに死にたいなら貴様から相手をしてやる」


  8. 8 : : 2016/02/06(土) 22:43:08



    心護は血を拭って勝太を睨みつけると模擬刀を握る手に力を込める。



    「おいおい。なんだ来ないのか?ならこっちから行ってやる!」



    言葉と同時に勝太が心護に斬りかかった。


    心護もまた応戦してその一つ一つを受けるが斬撃の重さに徐々に押され始め、反撃に転じる事が出来ない。




    「やり返してみろよ!俺を止めるんだろ?」



    数々の斬撃を受け止めれば自然と体勢が崩れ、防御に歪みが生まれる。




    その隙に鳩尾に勝太の膝蹴りが入る。



    肺から空気が吐き出され、口の中に血の味が広がる。



    一度体勢を崩されてしまえば立て直すのには時間がかかる。しかしそれを許すほど勝太は甘くなかった。



    幾度となく模擬刀で殴りつけ、腹を蹴り上げる。




    心護が倒れるたびに立ち上がらせてはまた同じことを繰り返した。



    「雑魚が粋がるからこうなるんだよ!」



    身体中を殴りつけられ、流れた血で白いシャツが赤く染まる。


    その時、徹が心護を再び立たせようとする手を掴み止める。


    「もう良いだろ。これ以上やったらこいつ死んじまうぞ」



    徹の言葉に再び勝太は苛立ちを露わにする。



    「なんだ貴様も邪魔をするのか?」


    「心護が好きでやったんだ。止める気はなかったけどな、流石にこれはやりすぎたわ。じきに教官も戻ってくるこの辺にしたらどうだ?」



    徹の言葉に勝太は少し冷静さを取り戻したのか、舌打ちをしながらも引き下がる。



    「その雑魚によく言い聞かせとけよ」



    そう言って勝太は立ち去っていった。



    そしてそれと入れ違いにして千夜が意識を失った心護を覗き込む。



    「馬鹿な人ね。余計な事をしなければ痛い目を見ずに済んだのに」



    そう一言蔑むように冷たく言い放って千夜もまた去っていった。


  9. 9 : : 2016/02/06(土) 22:55:28


    見るも無惨なボロ雑巾のようになってしまった心護は徹に背負われて、救護班の所へ連れられていた。


    「これでよしっ……と。じゃあ徹くん、しばらくしたら彼が目を覚ますと思うからそれまで念の為に見ててあげてね」


    「了解ですー」


    「それじゃあよろしくね」


    徹はここに来て数日にも関わらず既に顔見知りとなっていた救護班の先輩に頼み、心護に手当てを受けさせていた。


    今はちょうどそれが終わり、救護班の先輩が用事があるというので席を立った所だ。


    「全く……弱っちい癖にお前はなーんでああいう事に首を突っ込むのかねえ」


    徹は赤軍へ入った初日から心護と行動を共にしていた。


    訓練や食事など基本的には二人で過ごしてきたが、徹の彼に対する疑問は募るばかりであった。


    淺凪心護、彼は正義感の強い人物だ。


    誰かが不当な扱いを受けているだとか、争い事だとかにやたらと敏感ですぐに首を突っ込もうとしたがる。


    その癖、首を突っ込んでも彼自身がまだ未熟な為、ボコボコにされて帰ってくる。


    驚くべきことに赤軍にやって来てから三日目だと言うのに既にそういった事は今回で二回目である。


    徹は最初は彼にやめた方がいいと忠告して止めようともしたが無駄だった為、今回は彼の意思を尊重して止めようとはしなかった。


    だがそれでも徹の目には、彼が常軌を逸した行動をしているようにしか見えなかった。


    実際徹は最初、心護の事を頭がイカれた奴なんじゃないかと思っていたが、しかし彼の目は二回とも本気だったのだ。


    「あっ、つーか俺、最後止めに入っちゃったしあの先輩から目つけられたんじゃ……?うわ、参ったな」


    徹が大げさに溜め息を吐くと、傍らで気を失っていた心護が身じろいた。


    「ん………ここは……」


    「おーおー、やっと起きたか。ここは救護班の天幕だ。今回はずいぶんもこっ酷くやられたな」


    「徹……じゃあ僕はまた気を失って……?」


    「そういうこった。だがまあお前の無謀な仲裁の甲斐あって千夜ちゃんは無傷で元気良くお前を馬鹿にしてどっか行ったからな。今回ばかりはお前の行動は無駄じゃなかったぜ」


    「………はぁ、僕はまた負けたのか。最初止めに入った時は良かったんだけど」


    「ああ、それは俺も思った。結構距離あったと思ったんだがよく割って入れたもんだ」


    「まあ足の速さだけは自信あるし……ってこんな所でしゃべってる暇はないじゃないか。急いで訓練に戻らないと……」


    「何言ってんだ馬鹿、そんな怪我しといてそんなホイホイ訓練に出れると思うなよ」


    「何を……こんな傷くらいで僕が訓練を休むわけが……あいた!?」


    寝台から起き上がろうとした心護は途中で顔を歪めた。


    それもそのはず、彼の身体はあちこちに生々しい傷跡があり、どれも治りきっていない。


    「幸いにも骨とか治るのに時間がかかりそうな怪我は無かったが……結構血を流してたし今日は安静にしとけだとさ」


    「何だって!?つまり半日はここでじっとしてろって事じゃないか、そんなの出来るわけが……」


    と、そこまで彼が言うと救護班の天幕にある人物が入って来る。


    それを見て、徹は固まったかのように動きを停止し、心護も目を見開いた。


    入ってきたのは絵に描いたような美少女、月ヶ瀬千夜。


    しかも如何にも嫌々来ましたというような表情で、両手にお盆を持ってそこに立っていた。

  10. 10 : : 2016/02/06(土) 23:13:44


    二人が唖然としている中、彼女は両手に持った御膳を近くのテーブルにドンと置いた。


    「……お昼ご飯。食べたらそこの茶髪が持っていくこと、以上」


    必要最低限、いや最低限も満たしていないような報告をして彼女は立ち去ろうとする。


    茶髪と言われた徹がやや衝撃を受けていたように見えたが、彼女が早々に立ち去ってくれる所を見てありありと胸をなで下ろしていた。


    「ちょっと待って、月ヶ瀬……さん」


    が、あろう事か心護は彼女を呼び止めた。


    徹が小声で心護に何やってんだのなんだ非難を浴びせていたが、心護には聞こえてなかった。


    千夜は振り返らずに立ち止まった。


    「……何、急いでるのだけど」


    「月ヶ瀬さんは何であの先輩に突っかかったの?確かにあの人は嫌な感じだったけど……」


    「……じゃあ貴方にも問うわ。何で割って入ってきたの?私を守るつもりだったの?私より弱い癖に随分と自分の力を過信しているのね」


    「僕は自分を過信なんてしてないよ。例え弱くとも、それでも女の子に手をあげようとするのは見過ごせなかったんだ」


    と、心護がそう言った瞬間、鈍い音が天幕内に響く。


    至極冷たい視線のまま千夜がテーブルを叩いた。


    「私は、口だけの人間が大っ嫌いなの。貴方みたいに言うことは立派なのに行動が伴わない人は特にね」


    それだけ言い残すと、千夜はスタスタと天幕から出ていった。


    「お、おい心護……大丈夫か?」


    いつもはよく喋るくせに千夜が入ってきた途端に黙っていた徹がおずおずと聞いた。


    「ああ、大丈夫。…………行動が伴わない、か」


    心護は遠くを見つめながらぽつりと呟いた。


    「お、俺は伴ってると思うぞ。確かに弱いとはいえ止めに入ったりはしてるし……」


    「いや、彼女の言う通りだよ。例え止めに入ったとしても結果的に負けてるんじゃ伴ってないのと同じだ」


    心護は悔しそうにそう言った。


    「……まあお前がそう言うならそうなんだろ。ほら昼飯冷めるぞ」


    「あ、ありがとう」


    二人は早々と昼食を平らげた。


    心護は今日一日、安静にしなければならないが徹は午後の訓練があると言ってお盆を持って立ち去っていった。


    「…………強くなりたいなあ」


    心護はぽつりとそう呟いて、目を閉じたのだった。

  11. 11 : : 2016/02/06(土) 23:24:23
    気がつけばあっという間に二ヶ月もの時間が流れていた。


    軍人となったばかりの高校一年生たちがようやく環境に慣れ、自己強化にも磨きがかかったその頃。膠着気味であった黒軍と白軍の戦いに一つの動きが見えた。黒軍が白軍に押され始めたのだ。


    赤軍はその成り立ち故に人員が他の二軍と比べ圧倒的に少ない。そんな赤軍が得意とするのが奇襲や遊撃である。多数の人員を必要とする真正面からの戦闘ではなく、敵の不意を狙うこの戦術でこそ赤軍は今まで戦ってこれた。


    黒軍と白軍の戦いを第三者という好位置から見極め、互いの戦力が削がれた頃合いに仕掛けて漁夫の利を得る。つまりこの戦局が変わった今こそが赤軍の仕掛け時であるということだ。


    「おい心護。お前呼ばれてるぞ」


    昼食の時間が終わろうとしたその時、厠に立っていた徹が戻りざまに心護の肩を叩く。


    勝太に傷付けられた身体もすっかり元通りに治り、調子を完全に取り戻していた心護は空になったばかりの茶碗を盆に置いて徹に問うた。


    「え、誰に」


    「ほら……あの軍師」


    それに対して徹は少しだけ気まずそうな顔をしてみせた。何と言えばいいのかわからない、といった様子だ。


    「軍師……ああ」


    人の少ない赤軍は比較的上の立場の人間とも会いやすい。そして徹が言う『軍師』というのは、まさに赤軍の最高指導者のことであった。


    「さっきから交代で1年も呼ばれてるみたいで次はどうやらお前みたいだぜ。次の作戦があらかた決まったからそのことだってよ」


    「よくわからないけど、とにかく行けばいいってことだよね」


    「おう、場所教えるからついてこいよ」


    「わかった。ありがとう」


    心護は立ち上がり、急いで食事の盆を配膳の当番に手渡した。徹がそんな心護を見ながら言う。


    「お前ってそういうところ真面目だよな。置いていけば誰か片してくれそうなのに」


    「こういうことってどんな時も忘れちゃいけないと思うからさ」


    徹の言うことは軽くいなし、急いで軍師がいるであろう天幕へと向かう。その傍ら心護は入学した日に初めて会った軍師の姿を思い浮かべていた。
  12. 12 : : 2016/02/06(土) 23:29:00

    複雑な心境で徹と共に本部の天幕へと入る。他のそれよりだいぶ広い内部には、数人の先輩たちが立っており、一枚の大きな地図を見て何やら話し合っている様子だった。


    「すみません。風見と淺凪です」


    徹が声をかけると、食い入るように地図を見ていた集団の視線が一斉に二人へと向けられる。お世辞にも歓迎されているとは言えない視線にたじろきながらも徹は続けた。


    「あー、先輩にここに淺凪を連れて来るように言われたので来ました。なんかこいつの隊が決まったとかなんとかで――」


    「ああ、そういうことか。待っていたんだ」


    輪の中から一人が歩み出る。おそらくは心護たちより1つか2つ上の先輩だろう。纏っている雰囲気から比較的話しやすそうな人だと心護は感じた。


    「よかった……一瞬本気で連絡くれた先輩に嵌められたのかと」


    ほっとしたように胸を撫で下ろす徹。だが目の前に立っている少しだけ色素の薄い茶色の髪をした先輩は肩を竦めた。


    「参ったな。実は作戦も隊も決まっていたんだが、ついさっき立てた作戦が駄目になったところなんだ」


    「じゃあ僕は帰った方がいいんでしょうか。その……なんか邪魔になりそうですし」


    奥で地図を見つめながら黙って腕を組む先輩たちの姿を見て心護は困ったように笑う。どう見ても一年生が居ていい雰囲気ではなかった。


    「そうだな。まだ暫くは誰も何も思いつかないだろうから、一回帰ってもらってまた後で来ても――」


    「いや、作戦ならたった今全部決めた」


    その時、目の前の先輩の言葉を遮るように地図を囲む先輩たちの更に後ろから新たな人物が現れる。


    驚くほどの長身、そしてその割りに細い体躯。烏よりも黒い髪を長く伸ばして後ろで束ねた朗らかな笑顔を浮かべるその姿を認めた瞬間、さっきまで眉間に皺を寄せていた先輩たちは一斉にその人物が通る道を開けた。


    いや、開けたのではない。開けるしかなかったのだ。


    「軍師……決まったって、こんな早くにですか!?」


    「うん。決めたよ」


    軍師と呼ばれた彼の言葉に、周りが一斉にざわめきだす。それを見ながら心護は必死で彼の名前を思い出していた。


    彼の名前は十朱 万次郎(とあけ まんじろう)。大人を最高指導者としない赤軍の最高権力者であり――、


    「それよりさ、誰か一人でもいいから気立ての良くて柔らかそうな女の子連れてきてくれないかな。後さ、ここ暑苦しいからぼく説明終わったら川まで水浴びいくねー」


    同時に赤軍一の変人として知られている。


    「ナナフシ野郎……」


    ぼそっと隣で徹が呟いたのを心護は聞き逃さなかった。慌てて肘で小突くとバツの悪そうな顔で下を向く。


    一方、軍師はくねくねと全身を揺らした謎の動きをしながら中心で広げられた地図へと歩み寄る。入口にいる心護たちのことなど目にも入っていない様子だった。
  13. 13 : : 2016/02/06(土) 23:34:45

    「えーと、偵察部隊によると黒軍と白軍がここで戦ってて、本隊はそれぞれこの位置でしょ?」


    長い指で地図の二点を示す。山に囲まれた戦場のちょうど谷間。ほんの少し開けた平地で二軍は衝突している。今の場所に赤軍が攻め入ることは出来ない。それは少数である赤軍の基本だ。


    「んで、こっちの黒軍が撤退しそうな雰囲気がある。ぼくならまだ攻めるけどなー、注ぎ込んだ分がもったいないもん」


    余計なことを言いつつ、その指は地図を滑り山間の細道で止まる。


    「この道が黒軍が来た道。これまで整備してきたみたいで馬も人も通りやすい理想的な道だ。今は撤退前の準備なのか馬を連れた少数の援軍が通ってるね」


    そこまで話すと、軍師は曲げていた上体を起こし話疲れたとでも言うように息をつく。そしてついでとばかりに身体をくねらせた。もしかしたら彼なりの運動なのかもしれない。


    「ぼくが考えたのはとても簡単なことだよ。黒軍の帰り道に浅めの落とし穴を無数に掘っておいてちょこんと落っことすんだ。馬も人も疲れてるからねー多分結構しんどいと思うよー」


    間延びした言葉と共にへらへらと笑うと、軍師は楽しくなってきたのか少し話すのが速くなる。


    「もちろん全部相手にするのはしんどいから、先頭の方だけ分断しよう。適当に土砂崩れでも起こすか岩でも落とすか丸太をいっぱい転がすかでやればいい」


    そのまま地図の周りをぐるぐると歩き出す。


    「それであたふたしてる敵さんが落とし穴にはまって困ってるところを襲撃ってところかなー。それで分断した後ろの方も前の連中を助けに行けないようにある程度こちらの部隊を投入して、黒軍を打っては引いてを繰り返して遊んでやればいい。……はぁ。つかれた」


    「わかりました!」


    今度は本格的に疲れたらしく、ぽかんと大口を開けてその場にしゃがみ込む軍師。その彼に向かって一歩引いていた先輩たちの一人が口を開いた。


    「黒軍が来た道に罠を仕掛けるってことですね! 奴ら絶対そこを通るだろうから」
  14. 14 : : 2016/02/06(土) 23:37:56

    「いや、それは違う」


    しかし大きな声を出したその先輩の言葉を軍師の声が否定する。心なしか声が冷たい。


    「黒軍は多分馬鹿じゃないんだよなぁ。彼らきっと赤軍の存在も忘れていないよ。だからこんな整備された綺麗な道なんて迂闊に通らない。まあ、だからこそ赤軍は落とし穴を掘るなんて作戦をとれるわけだ」


    よく知らないでこぼこ道なら落とし穴が隠されていても気付きにくいしねーと笑う。


    「じ、じゃあ一体黒軍はどこを通って――!」


    「それはねー。んー、ここ?」


    そう言って軍師は再び地図の上に指を滑らせてさっきとは別の山道を指す。


    「ここは……黒軍の拠点からだいぶ遠い道じゃないですか」


    「ぼくはよく知らないけど、黒軍の軍師はこの局面で撤退することを選んだ人だ。つまり慎重な考えの人物だと予想される。それで奇襲を避けたいと考えているならこの道が一番安全だと思う」


    「……そこの道ってこの間偵察に行くのに通ったけど、余計な木が全然なくて見通しがいいんだ。何というか、通ってきた道もこれから行く道も丸見えでさ」


    あまり地図が見えない心護が僅かに背伸びをしていると、隣の徹が小声で説明してくれた。徹は早い内に諜報隊に引き抜かれていて既に幾つかの仕事を任されている。その一つでその道を通る機会があったのだ。


    「黒軍はこの道を通る限り気にするのはここで合流してくるこの一つ上に伸びた道しかない。そしてここすら通過してしまえば何も不安なんてないと思うはずさ。だから落とし穴を仕掛けるならこの少し先がいい」


    人差し指に添えられるように中指が隣り合わせに置かれ、そして人差し指をそこから離していく。


    「先頭がここを通ったら落とし穴に嵌る頃に分断。本隊と逸れた先頭の部隊は浅いとはいえ落とし穴に嵌るんだから大慌て。そこを地面に穴でも掘って隠れていた赤軍が撃破。一方で――」


    上の道に置いていた中指を下へと移動し、軍師は笑う。


    「残りの本隊は先頭を助けに行けない程度に適当に背後から突いてやればいい。危なくなったら上の道に逃げればそこは草木の生い茂る森の中だ」


    奇襲や遊撃が赤軍の得意技。視界の悪い森の中は最早全てが赤軍の庭だ。


    「――まさか敵が最初から潜んでいるだなんて思わないよきっと」


    そう最後に笑って軍師は話を終える。そして身体を不自然に動かしながら誰にも何も言わずに外へと出て行ってしまった。後にはぽかんとした人々が残されるだけだ。
  15. 15 : : 2016/02/06(土) 23:43:20

    「なんだあの人……」


    心護は小さく呟く。初めて会った時もだいぶ変わった人だとは思ったものの、流石にここまで変な人だとは思わなかった。


    女子たちが軍師のことを『美男子だけど存在がもう無理』と言っていたことも今なら頷ける。心護ですら軍師は苦手な人物になりそうだった。


    「とりあえず……後は俺たちが決めろってことだろうか」


    「ああ、でもこれなら隊は編成し直さなくて良さそうだぜ」


    「そうか……その辺りはお前らに任せる。俺はとりあえず一年生をどうにかしてくるよ」


    「おう。お疲れ」


    「後はよろしくな」


    ずっと心護たちの前にいた茶髪の先輩は脱力する奥の先輩たちに向かって手を振り、二人の肩を押して天幕の外へと連れ出した。


    久々に見る気がする外の景色に二人が思わず深呼吸していると、茶髪の先輩はそれを乾いた声で笑って言った。


    「あの軍師のことは気にしたら負けだ。――それより、淺凪だったか? お前の所属部隊が俺のところなんだよ。俺は早乙女 爽(さおとめ あきら)だ。これからよろしく」


    その言葉に心護ははっとして顔を上げる。爽と名乗った先輩は少し疲れた笑顔のまま心護の頭に手を置いてその髪をわしゃわしゃと撫でた。


    「みっちり……って程でもないが、これからは俺がお前のことを鍛えてやろう。そっちのと違ってまだ伸び代がだいぶあるって顔してるからな」


    「そんなの……僕の顔に出ていますか?」


    「出てる出てる。俺すらわかるぜ」


    半信半疑で問う心護を隣の徹が笑った。不本意な回答をされた心護は内心複雑だったが、爽はそれを見て一層強く心護の髪をかき乱した。


    「お前はこれからもっと強くなれる。いいじゃないかそれで。喜んでいいことだぞ」


    「強く……なれる」


    浮かんだのは強く焦がれ憧れた男の姿。そして勝太に負けた後に千夜から言われた言葉だった。


    「僕は強くなりたい。だから教えて下さい。どうすればもっと強くなれるのか」


    あの時千夜に言われたことが今の心護の全てを表している。言うことは立派でも行動が伴わない人間。それがどれだけみっともないことなのかをあの時傷付いた身体で理解していた。


    今のままでは理想に届くどころか偽善者よりたちが悪い。それではいけない。もっと強く在らなければ届かない。近付けない。


    「……そういう真っ直ぐな言葉は嫌いじゃない。多分今回の作戦が終わっても暫くは俺の隊だろうしな。作戦が終わっても生き残っていたら太刀筋から見てやる。なに、俺もこれでも2年間は生き残った人間だから一端の腕前はある。安心しとけ」


    そう言って爽は最後にもう一度心護の頭を撫でて手を離す。


    「お前が前みたいにボロボロになるところなんてもう見たくねぇからな。――頑張れよ心護」


    一足先に仕事を任されている優秀な一年生である徹もそう言って笑った。先輩である爽だけならともかく、同級生である徹にまで励まされたことを心護は情けなく思って顔を伏せる。


    「じゃあ、改めてこれからよろしく」


    「こちらこそよろしくお願いします。――ちょ、やめろよ徹っ」


    調子に乗って頭を撫でてこようとする徹の手を払いながら心護もつい笑ってしまう。


    今も戦場で数多の学生たちが血を流しており、更にこれから初めての実戦が近いというにも関わらず、今の心護は強さを得る糸口をやっと見つけられたかもしれないという期待でいっぱいだった。
  16. 16 : : 2016/02/06(土) 23:50:38






    「なあ、心護ってさ。なんで赤軍に入ったんだ?」


    「随分突然だな」


    夜。後少しで就寝時間という時に心護と徹はそれぞれの天幕を出ていた。


    丸太を転がした上に座り、空に輝く星々を眺めながら二人は静かに語り合う。入学してから既に何度も行われた光景だった。


    特に明日に初陣を控えた心護は期待や不安でとても穏やかに眠れる状況ではない。それを察してか心護を連れ出して焚き火の前に陣取った徹の気遣いは流石といったところか。


    「お前って普通じゃないからさ。喧嘩の仲裁に平気で入っていってボコボコにされて後悔しないし、やたら強さにこだわってる気がするし」


    「そんなに変なことをしてるつもりはないんだけど。まあ、強さにこだわってるっていうのは少し自覚はある」


    目を閉じれば今でも目蓋の裏に浮かぶ光景がある。外套を翻した力強い背中、優しい声と確かな強さ。――遠い日に見た、憧れの人の姿。


    「徹はさ、憧れてる人っている?」


    「なんだよそれ。いないけど」


    普通の奴にはいないものなのかもな、と心護は笑う。心護自身、あの出会いが現実のものだったのか時々不安になることがあるのだ。あんな出会いはきっと普通ではないのだろう。


    「僕さ、この軍に人を探しに来たんだ」


    「女か?」


    戯けたように笑う徹を小突いて黙らせ、心護は言葉を続ける。


    「男だよ。滅茶苦茶強くて、かっこよくてすごい人。僕は昔その人に助けられたんだ」


    あの時、あの人が心護の家族を助けてくれなかったら――。そう考えるととても恐ろしい。


    「へぇ、その人が赤軍だから追いかけてきたってか」


    「まあ、そんなところ。僕のいた村は黒派でさ、赤軍の存在なんて全然知られてなかったから探すのが大変だったよ」


    「よく赤軍に来れたな。反対されただろう?」


    「うーん、そうでもないよ。僕の親もその人に助けられたからかもしれない」


    黒軍ではなく赤軍に行くという心護の言葉を両親は意外にもあっさり快諾してくれた。


    それは自分たち一家を助けたあの男の姿を未来の息子に重ねたからか――そんなことはわからないが、長男である心護を得体の知れない組織と思われている赤軍へと送り出してくれた両親は心護の誇りだ。


    「でもよ、そんな強い人なんて赤軍にいたか?」


    「赤軍の格好をしていたから間違いなくあの人は赤軍のはずなんだ。でも……僕も探してるんだけど全く会えない」


    「どんな顔の奴なんだよ」


    「さあ」


    「さあって……覚えてないのかよ」


    顔を見ていないんだ、と心護は呟く。だがそんなことはきっと関係ない。あの人を前にすれば絶対にわかる。そんな確信があった。


    「あの人のように強い男になりたい。みんなを守れるような、そんな力がほしいんだ」


    拳を固く握る。喧嘩の仲裁くらいでボロボロになるような自分が憎かった。行動が伴わないと言われてしまう自分が悔しかった。


    目指しているのは強く憧れたあの姿なのに、今の心護ではその理想に到底辿り着けない。だからこそ心護は更なる強さを求めるのだ。

  17. 17 : : 2016/02/06(土) 23:55:21

    「お前、俺が思っていたよりずっと真面目なことを考えてたんだな」


    そんな心護の様子を見て、隣に座る徹は笑う。そして懐に手を突っ込み、そこから何かを引っ張り出しながら話を続けた。


    「俺はお前と違って自分自身に理想なんて持てない。だから代わりにこの国の未来っていうか、そういうやつに希望を求めて赤軍に来たんだ」


    一枚の紙切れのようなものを焚き火による薄明かりの中で見つめながら徹は言った。


    「俺にはまだ小学生の妹がいるんだよ。俺と全然違って可愛くて優しくてとにかくいい妹で自慢なんだ」


    「ほんと、性格は全然似てないみたいだね」


    「あ?」


    「いや、何でもない。徹の妹がどうしたって?」


    慌てて首を振ると徹はむすっとした顔で手元の紙へと向き直る。


    「数年前に俺ん家片親になって妹もだいぶ苦労してるみたいでよ。俺、あいつはもっといい環境で勉強して偉い人間になるべきだって思うんだ。だから妹の分も戦って戦争を終わらせたいって考えてる」


    「妹思いの兄貴じゃないか」


    「そんなんじゃ……ほら、可哀想だろう?」


    誤魔化すように手を振りながら笑ってみせるが、徹が妹を大切に思っていることは心護にもはっきり伝わった。


    「戦争、終わりにしたいな……」


    徹は静かにそう呟いた。そしてそれは心護も同感だった。こんな戦争なんて1日も早く終わりにしたいに決まっている。


    「終わりにしよう。強くなって、僕たちの手で終わらせよう」


    心護は丸太から立ち上がって強く言った。その姿を徹は口角を上げて静かに笑い、自分もまた立ち上がる。


    「寝ようぜ。お前明日は初めての実戦だろ? 寝ておかないと持たないぜ」


    「じゃあもう寝ることにするよ。おやすみ」


    「おう、おやすみ。絶対に生きて帰ってこいよ」


    徹に向かって軽く手を振り、心護は背中を向けて歩き出す。


    明日はいよいよ心護の初陣だ。

  18. 18 : : 2016/02/07(日) 00:08:46




    決戦の朝。心護はまだ日が昇りきっていない頃に目を覚ました。



    微かに寝息が聞こえる程度で、まだあたりは静まり返っている。



    もう一度眠ろうにも、目が冴えてしまい眠れず、音を立てないようにしながら心護は天幕を出た。



    まだ薄暗い外に出ると、ひんやりとした風が心護の頬を撫でる。もう夏だというのにまだ日が無いせいか寝衣では少し肌寒くすら感じられた。



    鳥のさえずり以外にはほとんど何も聞こえないこの空間にひとり立っていると、これから戦いに行くことなど忘れてしまいそうなほど穏やかな時間がそこにはあった。



    本来心護は争い事を嫌っている。それでも、無力な自分には家族や大切な人を守る力がなかった。自身の守りたいと感じた小さな世界を守る力を得る為に、憧れた男の背を追ってここまで来たのだ。



    人一倍努力を続けてきた心護にとって今日という日はこれまでの全てが試されると言っても過言ではない。



    とはいえ、多少の緊張はあれど気負いはなかった。これまでやれる事はやってきたのだ。これ以上は望めない。



    「大丈夫。僕だって……」



    幾度となく刀を振り続けたせいで、以前とはすっかり変わってしまった自分の手を見て心護は呟く。



    そうこうしているうちに既に空は明るみ始めていた。かなり長く外に立っていたのだろう。


    天幕からもちらほらと人が見え始め、炊き出しも始まっていた。じきに心護たちのところにも起床の声がかかるだろう。



    「よし。頑張ろう」



    心護は気合を入れて、着替えるために天幕の中に戻るのだった。



    着替えと朝食を済ませると部隊の点呼や装備の確認が始まる。心護は爽の部隊の列の中にいた。そしてそこには千夜の姿もあった。


    勝太との一件以来、彼女は心護と会話もしていなければ、目もろくに合わせようとしない。



    心護はよほど嫌われたようだと思いながらも、今は一旦保留として作戦に集中することを決めた。戦場においては小さなミスが死に直結する。彼はこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。



    今回の作戦の現場指揮を執る先輩の掛け声とともに各部隊の進軍が開始する。そして、しばらくすると爽から声がかかり心護の部隊も動き出す。



    こうして心護の初陣は幕を開けるのだった。

  19. 19 : : 2016/02/07(日) 00:14:02



    今回の作戦では大まかに黒軍を分断する為の部隊、分断された先頭を殲滅する部隊、残った本隊を足止めする部隊に分けられる。


    早乙女隊……心護が所属する部隊は先頭を殲滅する部隊に編成されている。


    作戦を行うにあたって、重要となるのが相手を嵌める落とし穴。


    そしてもう一つ、殲滅部隊が地中に潜むためのスペースの確保だった。


    そしてそれは事前に諜報隊を筆頭に完璧に成されていた。


    地中にはそこそこ広さのある防空壕の様な空間が作られており、心護達は現在そこで待機していた。


    「よう、心護。緊張してるか?」


    「爽先輩!えっと……まあ、少しは」


    爽が明らかに緊張した面立ちで壁に寄りかかっていた心護に話しかけた。


    心護は弾かれたように姿勢を正してしどろもどろしながら応えた。


    「そんな顔して少しなんて言われても説得力ねえなあ。まあ誰しも初陣は特に緊張するもんだ。俺だってそうだった」


    「……あの、爽先輩」


    「ん?何だ?」


    心護はやや俯き気味に爽に尋ねた。


    「……やっぱり、戦場に出る以上は人を殺める事になりますよね」


    「それは…そうだろうな。俺達だって死にたくないから、危険な奴らは始末しなきゃならない。殺らなきゃこっちが殺られちまう」


    「……ですよね」


    それを聞くと、心護は一層優れない表情に変わった。


    「どうかしたのか?」


    心護の調子が優れないと思ったのか爽が心配そうに声をかける。


    「あの……こんな事言ったら怒られるかも知れないんですけど……。僕その、人を殺したくないって言うか。だっていくら敵とは言え、同じ人間じゃないですか。殺さなくても相手を無力化する方法は幾らでもあると思うんです。……ってやっぱ甘いですよね、はは、何言ってんだろ僕」


    それを聞くと爽は驚いた表情を浮かべ、そしてすぐに笑った。


    「お前はほんっとに良い奴だな!バカみたいに良い奴だよマジで」


    爽は笑いながら心護の頭をわしゃわしゃと荒く撫でる。


    心護は面食らったのかされるがままになっていた。


    「だが、甘いのもまた確かな事実だ。殺さねえと殺される。それだけは覚えておけよ。お前が誰かを見逃すことで仲間が死ぬ可能性があるんだという事をな」


    爽は先程とは打って変わって真剣な顔付きで心護にそう忠告した。


    多くの戦友が亡くなっていくのを間近で見て、数多の敵を屠ってきた男のその言葉には確かな重みがあった。


    心護はそれを無意識に感じ取ったのか背筋がぞわりとする感覚を覚えた。

    しかしすぐに爽はいつもの優しい表情に戻って、心護の肩を叩いた。


    「まあ、先ずは生きて帰ってこれたら上出来だ。誰かを守りたいという志は大事だが自分が死んでちゃ世話ないからな」


    「そう……ですよね。分かりました。必死に生き残ってそしたら……稽古つけて貰えますか?」


    「おう、約束は守るさ。ま、俺が生き残れる保障は無いんだけどな」


    そう言うと爽は軽快に笑った。


    心護は笑っていいのかどうなのか若干迷ったが、結局控えめに笑みを浮かべただけだった。


    「どうだ、緊張ほぐれたか?」


    「あ、はい!お陰様でもう大丈夫です」


    「そりゃ良かった。緊張してると視野が狭まって死角を突かれて……ってあるからな。リラックスするのは大事なんだよ」


    「成程……集中し過ぎるのも駄目という事ですね」


    心護が熱心にそう聞き返すと、爽は思わずと言ったように苦笑した。


    「全くお前は真面目だな……」


    と、その時だった。


    地中に作られた防空壕の真上が爆発したかのように揺れる。


    それは先頭と本隊が丁度分断されたという合図に相違なかった。


    「来たか!」


    爽は壁に立て掛けていた太刀を手に持って、先頭に立つ。


    心護も腰に差した太刀の柄を握り締める。


    「行くぞお前ら、目の前で友が死んでも止まるなよ。仲間の屍を踏み越えて、仇を討て」


    爽はそう言って外へ通じる出口へと走り出す。


    心護も最後尾近くから全速力で駆け抜けて行く。



    「皆で……生きて帰るんだ、絶対に……!」
  20. 20 : : 2016/02/07(日) 00:36:49

    時を赤軍作戦開始前に遡る。白軍との戦いを終え、拠点へと戻る黒軍の歩みはどことなくぎこちない。


    「軍師……本当に撤退してよかったのですか?」


    「ええ。怪我人もそれなりに多いのだし、ここは素直に退くわ」


    早すぎる撤退。見慣れぬ退路。黒軍の学生たちを取り巻く環境はいつもとはまるで違っていた。


    黒軍と白軍は長い間膠着した状態が続いている。いや、兵の数を考えれば黒軍が白軍をほんの僅かに押している状況だった。


    各地にある拠点で繰り広げられた戦いにある程度の目処がつき、強者を集めた選りすぐりの本隊を白軍の本拠地に近いこの地に運んだ時、この長い戦いにやっと終止符が打たれることを誰もが喜んだ。


    だが実際は白軍の足元で転がされるだけで、今まで通り大規模な戦いを避けられたまま時は過ぎる。その後、長い間機をうかがっていた黒軍は、白軍の動きを察知してやっと進軍した。――と思ったらすぐに撤退命令があったのだ。学生たちは動揺を隠せないでいるだろう。


    「怪我人は確かに多いですが命を落とした者はまだ……」


    「おい。軍師に物を言う前に黙って英気を養っておけ。いつ白軍が追ってくるかもわからんぞ」


    「は、はい。失礼しました軍師」


    「いいのよ。さあ、行きましょう」


    まだ戦えるのに何故撤退するのか。それが一般兵たちの素直な気持ちだ。何も痛手を負っていない状態で帰る意味が彼らにはわからないのだ。


    しかし、それでも彼らは最上官である軍師の言葉をけして疑わない。


    「皆納得いかないといった顔だな」


    「ええ、予想通りといったところかしら。白軍の様子は?」


    「後ろによると特に追ってきてはいないようだ。警戒しているんだろう」


    軍師の姿は軍の中ほどに近いところの馬上にある。彼女の名前は烏丸 知恵(からすま ともえ)。肩口で切り揃えられた艶やかな黒髪と、利発そうな眼差しを持ち、その女性らしい曲線は見る者を魅力する。


    三軍中最も学生数が多い黒軍を束ねるだけの素質を持ち、そして三軍の軍師の中で唯一戦場に姿を見せ、更に武器を取り回すこともある豪胆な一面も持っている。女といえ侮れない人物だ。


    だが黒軍の学生たちが彼女を信頼しているのは彼女の人間性――おおらかで気遣いの出来る母親的な人柄を見ているからである。共に命を賭け戦場を行く軍師のことを学生たちはよく慕っていた。


    「二軍の精鋭がこの地に集められてそれなりの時間が過ぎたわ。私は白軍との大きな戦いになる前に自分の目で戦場を見ておきたかったの。だからそれだけのために兵を失うわけにはいかなかった」


    「理由はそれだけではないんだろうが、まあいい。アンタの仕事は敵も味方も騙くらかすことで、俺たちの仕事は敵を打ちのめすことだ。そういう風にはっきり分かれている以上、誰にも口出しは出来ん」


    知恵の乗る馬の隣には熊のような男が並び歩いている。彼は知恵の言葉などなくても構わないとばかりに冷静だった。風貌のわりに学生服を着る彼はこの年に成人を迎える知恵よりも若いが、そのわりに物腰はとても落ち着きがあり歴戦の戦士を思わせた。


    「ええ。大丈夫、命を預かっていることは絶対に忘れないわ。ありがとう、轟木くん」


    轟木 剛健(とどろき ごうけん)。この熊を思わせる男もまた、黒軍で重要な人物である。


    戦いに鍛え上げられた身体はどんな刃も通さないと錯覚させるし、彼の振るう刀は岩をも両断すると思わせる。それでまだ高校生だというのだから恐ろしい。


    「ん……? 待て、聞こえるか?」


    そんな剛健が急に辺りをそわそわと見渡し始めた。知恵もその様子を見て意識を集中させる。


    足音、馬の息遣い、木立が揺れる音。そんなさっきから聞こえるものの他に、確かに何かが聞こえる。


    「一体何が――」


    「いかん! 落石だッ全軍その場から離れろッ!」


    剛健の太い声が大気を震わせた。それと同時に、どんなに耳の悪い者にも聞こえる音量でその音はこちらへ向けて進んでくる。


    やがて道に接した崖からコツ、コツと細かい石が降り始める。当然離れろと言われても大勢で道を歩く彼らは急には止まれず、方向転換も出来ない。
  21. 21 : : 2016/02/07(日) 00:48:01

    それでも何とか、ほんの僅かに前後に軍が割れた時だった。


    「うわぁああッ!」


    大きな石の塊が馬ごと学生を巻き込んで地面へと叩きつけられていく。それも道を塞いでしまうほどの量だった。一般兵も隊長たちも、そして知恵ですら唖然としてその光景を見ていることしか出来ない。


    「敵襲……やられたわ。これは――」


    赤軍だ、と知恵はすぐさま理解した。この道は確かに見通しはいいが、ほんの一部だけ上を通る道と接する場所がある。そこが今知恵たちがいる場所だったのだ。


    目の前には塞がれた道と落石によって怪我をした数人の学生がいる。だがそれ以上の損害を出さないようにすることが知恵の仕事である。


    「総員! 気を引き締め周囲を警戒せよ!」


    動揺して列を乱す者が現れる前に知恵は学生たちに声を掛けた。だが物事には全て理由がある。落石で軍を分断しただけで終わるわけがない。


    「て、敵襲ッ! いやぁッ」


    知恵の声で我に返った学生たちが興奮している馬を宥めていると、後方から鋭い悲鳴が上がった。それに反応し、馬に乗る者も含めて全員が方向を転換する。


    「赤軍の襲撃です!」


    それを聞くや否や剛健がその場を抜けて後方へと走り去っていく。しかしすぐに再び知恵の隣へ戻り言った。


    「赤軍の様子がおかしい。あれは本気ではない」


    聞けばこちらの数に対して赤軍はほんの一部しか襲ってきていないのだという。確かに赤軍は圧倒的に数が少ないが、それでも全員を導入すればそれなりの数はいる。


    そして更におかしいのは次の話だった。赤軍たちは黒軍を襲ったと思えばこちらが刀を引き抜いた段階で撤退してしまうのだという。まるで遊んでいるかのような動き。かと言ってこちらから攻めるわけにもいかず、今は完全に向こうのペースになっている。


    「まさか本当に遊んでいる……?」


    嫌な予感に駆られて知恵は背後を振り返る。戦いの喧騒の中では向こうがどうなっているのか伺うことは出来ない。だが――。


    「先頭にいたのは確か一年生よね?」


    「ああ。今年入ったばかりの新人だ。無事拠点に戻れるといいが……」


    この嫌な空気を剛健も感じているようだった。知恵は少し考えた後、すぐ近くにいる学生に鷹を飛ばすように言う。


    「向こうに連絡か?」


    「ええ。流石に隊をこれ以上危険には晒せない。速さだけなら馬がある彼が一番だから」


    納得したように頷く剛健に何か言おうとしたその瞬間、知恵の耳にもはっきり聞こえる金属音が分断された道の向こうから無数に響いた。


    「な……向こうでも戦闘が?」


    全身を悪寒が駆け巡る。先頭には戦いに慣れていない新入生ばかりが配置されている。確かに知恵が目をつけた優秀な新入生も中にはいるが、あの奇策を得意とする赤軍が相手な以上、どこまで耐えられるかどうかはわからない。


    「――っ。私たちはこっちを片付けましょう。後はあちらに任せるわ」


    悔しげに唇を噛み、再び知恵は塞がれた道に背を向けた。そんな知恵を横目で見やると剛健は何も言わずに赤軍との戦いが始まっている軍の後方へと駆けて行く。


    「清志郎――」


    残された知恵は、道の向こうにいる顔馴染みとなった新入生の名前をぽつりと呟いた。
  22. 22 : : 2016/02/07(日) 01:05:45


    落石が発生した時の黒軍の反応は予想以上に機敏なものだった。前方部隊からすぐに指示を出して、直接的な被害はほとんど出さなかった。


    黒軍にとって不運だったことといえば、赤軍にとってはそれすらも織り込み済みであったということだ。



    本隊と分断され、落石から逃れるために前進を余儀なくされた黒軍の前衛部隊は次々と事前に仕掛けられた罠に足を取られて落馬する者や、恐慌に陥る者を相次がせた。



    その隙を赤軍は見逃すはずもなかった。



    一斉に雪崩れ込むように黒軍に襲いかかる。その中には心護の姿もあった。




    心護は素早く鳩尾や、頸部といった急所に的確に刀の頭や打撃を打ち込むことで黒軍兵を無力化していく。



    しかし、黒軍の者達もただでは転ばない。指揮官の指示によって隊を立て直して反撃を開始する。



    それと同時に場が膠着し始め、怪我人も増え始める。



    心護もまた黒軍の反撃に攻めあぐねていた。徐々に増す敵の圧力に身体に生傷が増え始める。


    「くそっ……立て直しが早い……」


    悪態をつきながらも、斬りかかる相手の攻撃を流し、足を斬りつけることで動きを制約して拘束していった。


    その時、すぐ隣から悲鳴のような声が上がる。


    心護が慌ててそちらに目をやると、肩まである長い黒髪の男が赤軍兵を今にも殺さんとしていた。


    力強い意思を宿した青い瞳、がっしりとした恵まれた身体つき、高潔さと厳格さを感じさせる立ち居振る舞い。何をとっても心護が戦った兵士とは纏う雰囲気が違う。


    この男が強いという事は心護の目にすらわかる。


    だが、心護は目の前で起ころうとしていることを見過ごす事は出来なかった。


    千夜の時と同じように二人の間に割って入り、振り下ろされた刀を受け止める。


    そしてガラ空きになっている黒軍兵の腹をめがけて向けて蹴りを放った。


    しかし、その攻撃は空を切ることとなる。黒軍兵は身体をくの字に曲げて背後に飛びながら心護の攻撃をかわすと、刀を構えなおした。


    「なぜ殺そうとしたんだ。君なら彼を殺さずとも無力化できたはずだ」


    黒軍兵は心護の言葉にあからさまに顔を歪める。戦場での油断は自らの死に繋がる。だからこそ、相手の死を以ってしなければ自らの安全には代えられないと考える者がほとんどなのだ。その中で心護の言葉はあまりに異質だったことだろう。


    「甘えた事を……何かを守るために犠牲はつきものだ」


    呆れたように告げる黒軍兵の態度に心護は心の中にふつふつと湧き上がる怒りを静かに押し込めるように告げる。


    「誰かの不幸の上に成り立つ幸せなんて何の意味があるって言うんだ……誰もが守りたい世界を持ってるっていうのに!」


    心護の刀を握る手に力が篭る。たとえ戦争であろうが、心護は人を殺すことを良しとできない。そんなことは不可能だろうが、殺さずに済むならそれに越したことはないのだ。


    しかし、その想いが黒軍兵に届くことはなかった。心護の言葉に黒軍兵は苛立ちを露わにする。


    「それが甘えだと言っている……!」


    言葉と同時に黒軍兵は駆け出すと、心護に斬りかかった。それに対して心護はその攻撃を受け流し、反撃の隙を伺う。


    しかし黒軍兵の猛攻は収まるところを知らない。心護も反撃に出るも、その攻撃は封殺され、その隙に生傷が増える。


    一見拮抗しているように見えても技量の差というのは時間が経てば経つほどに如実に現れ始める。


    徐々に体力の差が現れ始め、心護の動きが鈍くなり始めた隙を黒軍兵は見逃さなかった。


    心護の脇に蹴りが入り、体勢を崩される。何とか持ち直すも既に黒軍兵の白刃が迫っていた。心護は体をひねりながらなんとか回避を試みるもその刃は右腕を掠め、切り裂く。


    そこからは一方的だった。


    利き腕に傷を負い、体力の切れかけた心護は致命傷は避けながらも身体中に多くの傷を負い既に戦える状態ではなく、ついに片膝をつく。


    ゆっくりと黒軍兵は心護に歩み寄り、首元に刃を突きつけると告げた。


    「お前の正義では何も守れはしない」


    そして、心護にとどめを刺そうと刃を振り上げた。


    その時だった。


    「黒軍総員退路は確保した。退くぞ!一兵卒は無視だ。撤退に専念せよ!」


    馬に乗った男の叫び声に黒軍兵の動きが止まる。


    「命拾いしたな……」


    恨めしそうにそう告げると、刀をゆっくりと鞘におさめるとその場を立ち去ろうと心護に背を向ける。


    「ま、まって!君の名前を教えてくれないか」


    柳刃 清志郎(やなぎば せいしろう)


    必死の形相で引き止める心護にポツリと呟くようにして告げると、清志郎はその場を後にし、黒軍は撤退を開始した。
  23. 23 : : 2016/02/07(日) 01:23:21

    柳刃清志郎。


    心護は赤軍本拠地から程なくした所にある川の側で、手元の資料にあるその名前を見た。


    そして本日もう数え切れないほどした溜め息を再び漏らす。



    心護の初陣から数日後、先の戦いでの戦果報告会で諜報隊が黒軍の主要戦力に関する資料を配布した。


    その資料は各隊の隊長に隊員分手渡され、全兵士に行き渡るようになっていた。


    そして唯一、心護と同じ高校一年生にして主要戦力と数えられていたのが柳刃清志郎だった。


    その高い身体能力と強い覚悟を感じさせる太刀筋は並大抵の兵では敵わないとある。


    とは言っても実際に彼と対峙した訳では無い人、その中でも特に先輩達からすればまだ実践経験も少ないだろうに買い被り過ぎでは、という声もちらほら上がったそうだ。


    だが、実際に彼と対峙した心護はその資料に載っている情報に全くの嘘偽りが無いことは明白だった。


    彼の一太刀一太刀はどれもがとても重かった。


    彼の鍛えられた筋力に因るものもあるだろうが、それだけではない。



    その研ぎ澄まされた強い意志。



    勝利の為、そして仲間を守る為には如何なる犠牲も厭わないという揺るぎない覚悟。


    彼にはそれがあった。


    「『お前の正義では何も守れはしない』か……」


    あの日、首に刃を立てられた時に彼が突き付けた言葉を口に出す。


    前に千夜にも同じような事を言われたのを思い出し、自嘲気味に笑う。


    心護の掲げる正義は、噛み砕いて言うと皆を守る事だ。


    尚且つ、極力犠牲は出さない。


    「……全く以て彼の言う通りだ」


    よくよく考えればそんな事が出来るのなら戦争なんかにはなっていないのかも知れない。


    心護は考えれば考えるほど自分では何も守れないのだろうかと負の方向へ思考が向かっていった。


    力もないのに大口を叩いて、守ろうとしても弱いから結果的に何も守れない。


    「何で……僕はこんなに……」


    心護は手に持った資料をぐじゃりと握り締めながら膝に顔を埋める。


    理想を掲げて赤軍に入ったは良いものの現実は厳しく、行く先には壁が無数に立ちはだかっていた。


    その壁にぶち当たって、とことん傷ついても、へこたれずに立ち上がってきた心護だったが、今回ばかりは相当堪えていた。


  24. 24 : : 2016/02/07(日) 01:29:33

    結局、心護が立ち直る前に赤軍は拠点へと撤退した。


    それからの心護は訓練でも思うように動けず絶不調が続く。周りはそれを心配していたが、心護自身の問題であることを知ると、そうそう口出し出来るようなものではないと一歩引いて見守るだけだった。


    「心護」


    いつもの訓練の後、思うような結果を出せず木陰で膝を抱えていた心護の肩を誰かが叩く。顔を上げた心護が見たのは隊長の爽だった。


    「爽先輩……」


    よっ、と明るく笑って片手をあげると、爽は心護の隣に腰を下ろした。


    「俺は隊長だからな。調子が悪い後輩の話は幾らでも聞いてやるぞ」


    当然、心護のことは爽にも伝わっている。黒軍が撤退した後、傷だらけになった心護を連れて帰ったのも爽だった。恐らくは心護が清志郎と対峙したことも知っているだろう。


    「僕は……」


    口を開きかけ、しかし言葉を飲み込んだ。頭に過ぎったのは千夜や清志郎に言われた言葉。


    作戦中にみんなであの横穴にいた時、心護は爽に一度自分の理想を話している。しかしそれを初陣後に再び話し、いつまで理想を追っているのかと責められることが怖かったのだ。


    「お前、今でも誰も殺したくないって思ってるか?」


    だが爽はそんな心護の甘えを挫くように直球の質問をしてきた。


    「それは……」


    心護が答えられずに目を泳がせていると、爽は気にせず話し始める。


    「いや、正直お前が生き残っただけでも俺はお前を褒めたいんだ。確かに俺たちは生まれた時から誰かを殺すことが決まっていた。そうしないと自分が殺されるし、殺すことが生まれた理由と言ってもきっと間違いじゃない」


    だが、と続ける。


    「誰だって望むなら人を殺したくはない。当たり前だろ? 所属は違うがみんな同じような年齢で、いつもは友達と笑って好きなヤツと話して盛り上がったり落ち込んだり色々で。……頭の中以外何も変わらない。そんな連中を殺すなんて思うだけで俺は今でも刀が震える」


    「殺されないためだけに、先輩は人を殺すんですか? そんなに辛いのに」


    木立が音を立てて揺れる。蝉の声が煩わしい陽射しの強い日だった。それなのに心護の心は今にも吹雪になりそうな程冷たく乾ききっている。


    「俺が人を殺すのは、守りたいからだ」


    「それは、自分の命を?」


    「違う。それだけじゃない」


    「じゃあ、みんなを――?」


    心護の問いかけに、爽は立ち上がりながら答えた。


    「風呂に行くぞ。お前も汗を流した方がいい」


    「え、はい」


    心護も慌てて立ち上がる。そして何も言わない爽の後を追って浴場へと向かった。
  25. 25 : : 2016/02/07(日) 01:40:24

    基本的に赤軍は持ち運びに便利な天幕を活用しているが、浴場と厠だけは川の近くに木造の小さな小屋を建てている。


    外にある釜がちょうど火が小さいまま燻っていたため、慌てて脱衣所で服を脱いで洗い場に入る。その瞬間むわっとした熱気が心護の身体を包んだ。きっと誰かがさっきまでここを使っていたのだろう。


    「運が良かったな。湯加減も悪くない」


    二人で急いで身体を洗い、数人が同時に浸かれるほどの大きさの檜の湯船に入った。


    「はぁー」


    隣で大きく息をつく爽。心護も暖かい湯の感触に心が穏やかになっていくのを感じた。


    「……すみません先輩。気を遣わせてしまって」


    爽は隊長だ。それなりに仕事も多いだろうし、心護に構って風呂に入ることよりもやりたいことがたくさんあるはず。それをこうして投げ出して心護に付き合ってくれる彼の優しさに心護は胸を打たれていた。


    「俺は何もしてない。それに、俺には何も出来ないだろうな。お前が今悩んでいるのはお前にしか解決出来ない問題だ。俺が出来るのは……そうだな」


    「わっ!」


    ピシャッと爽は心護の顔面目掛けて湯を飛ばした。反応が遅れて驚く心護を笑うと爽は言う。


    「せいぜいこうやってお前を元気付けることくらいだ」


    「心配をかけるつもりはないんです。僕はこれまで自分の信じる通りにやってきて、でも結局まだ誰も守れていない。おまけにお前の正義では何も守れないと言われて、自分の信じるものが正しいのかわからなくなって……」


    拳を強く握り締めた。心護は非力だ。どんなに真面目に訓練しても、どんなに強くなろうと思っても、中々身体がついていかない。そんな思い通りにならない自分が恨めしくてたまらない日も何度もあった。


    それでも心護を支えたのは、いつか見た男の背中に自分の未来を重ねたからだ。自分もああなりたい、強くなってみんなを守りたい。その思いこそが今までの心護の強さだったのだ。


    それを折られた今、心護は再び力のない自分を見つめるしかなかった。憧れるだけでは、夢みるだけでは。……それだけでは、“みんなを守りたい”という一番の願いは叶えられないのだ。そんなこと、わかっているのに。


    「俺はお前を尊敬してるよ、心護」


    唇を噛みながら水面に映る自分の顔を見つけていると、その姿に向かって腕が伸びて心護の髪を乱暴に掻き回した。驚いて隣を見ると、極楽そうに笑みを浮かべた爽が弛んだ体勢で天井を見上げている。


    「こんな時に冗談はやめて下さいよ」


    「冗談じゃなくて本当だ。お前はみんなを守るために戦っている。それも誰も殺さずに成し遂げようとしている。そいつはな、心護。とびきり強い奴の持つ考えなんだよ」


    「でも僕は――」


    反論しようとすると、爽の腕がそれを遮る。
  26. 26 : : 2016/02/07(日) 01:45:39

    「……風呂に入る前に訊かれた質問の答えだが、俺は大切な連中を守るために戦って人を殺している。何故だかわかるか?」


    心護は少し考えてから頭を振る。それを見ると、爽は息を吐きながら呟くように言った。


    「俺にはそれだけの力がないからだ。殺したくなくても殺すしか守りたいものを守る術がない。だから俺は人を殺す。誰も殺さずにみんなを守るなんてことは、それこそ最強の奴にしか言えないくらいの理想なんだ」


    「なら、僕が掲げるものはあまりに見合っていない馬鹿馬鹿しい絵空事だって、そう言うんですか?」


    「いいや。お前はこれからも自分が思う限りその理想を追え」


    強い人間にしか叶えられない理想を、弱い人間である心護が掲げることを爽は否定しない。当然のように何故かと問いかける心護に、爽は明るく笑って言った。


    「そうだな、心護。お前はもうその道を歩いているからだ」


    「え……?」


    困惑する心護。当然だ。自分は喧嘩の仲裁に入っても、そして実戦でも負けてばかりの口だけ野郎。敵に甘えたことを言っていると刃を向けられ、その相手に殺されかけた。そんな弱い人間である心護が強い人間と同じ道を歩いているだなんて信じられるはずもない。


    「なんだ、わからないのか」


    そんな様子の心護を見て呆れたように声を上げる爽。


    「確かにこの間の戦いが終わったときのお前はボロ雑巾そっくりで、しかも敵に殺されかけていたが。だが、お前はあの戦場を誰も殺さずに生き延びたんだぞ。俺には出来なかったことをお前はやってみせたんだ」


    「先輩に出来なかったことを、僕が?」


    とても不思議な気持ちだった。心護にとって隊長である爽は強くて頼れる兄貴分で、それこそ憧れていたあの人に重なる部分もあった。だからこそ、そんな人でも出来ないことを自分が成し遂げたと言われても実感がわかない。


    「ああ、だからお前はもっと強くなれ。間違ってるとか間違ってないとか、そういうことを決めるのは他人じゃなくて自分自身だ。今は甘えでもいいじゃないか。いずれ強くなって、お前は自分が正しかったと証明すればそれでいい」


    心護にはその言葉はよくわからなかった。それはあまりに自分を非難した彼らの言葉が力強く、確かな正論に聞こえていたからだった。だが爽は再び心護の髪をくしゃくしゃと撫で回し、大丈夫だと笑ってみせる。


    「お前を見ればどれだけ本気で夢を追っているのかとか努力の程度とか、そんなことは全部わかる。だから俺はこうやってお前の背中を押すことにしたんだ。……お前がどんなに馬鹿で弱っちい奴でも、俺はお前が望むなら前に進むのが一番だとおもうからな」


    胸の奥が温かくなったのは、きっと湯船に浸かっているからではないのだろう。つい目頭が熱くなるのを感じて顔を伏せた心護の肩を叩き、爽は立ち上がって浴槽から出る。


    「俺は先に上がる。明日の訓練は俺と組むぞ。約束を果たしてやる」


    「はい。その……本当にありがとうございます、先輩」


    心からの礼を言う心護に背中を向けて手を挙げただけで応えると、爽は脱衣所へと去っていく。


    その力強い背中に、憧れたあの男の姿が今度こそはっきりと重なった。
  27. 27 : : 2016/02/07(日) 01:57:49
    翌朝、心護が食事を済ませて訓練場に向かうとすでに生徒が集まっていた。そしてその中には爽の姿もある。



    まだ心護自身、自分の考えが正しいのか間違っているのかはわからない。それでも爽の言葉でもう一度信じてみようと思えたのだ。


    そう考えると、これまでより訓練に集中できそうな気がした。


    訓練が始まると爽がやってくる。そして、心護に模擬刀を投げて寄越すと告げた。


    「よっ。じゃあ始めるか」


    「はい。よろしくお願いします!」


    こうして、心護の己との戦いが幕を開けた。

    爽と向き合って刀を構えると、その力強い肉体から放たれる威圧感に気圧されそうになる。


    高校3年まで生き残っただけに、流石の貫禄だった。鍛え上げられた肉体もそうだが、それ以上にゆったりとした構えはその経験に裏付けられた自信を思わせる。


    固唾を飲んで相手の動きを見守っていると、爽は和かに笑う。


    「んじゃ。どこからでもいい。一撃打ち込んでくれ」


    そうは言うが、隙がない構えに心護は攻めあぐねていた。攻撃する気がないのではなく、できないでいたのだ。


    ヤケクソ気味になりながらも、爽の間合いへと死角から抉りこむように模擬刀を全力で振るう。



    しかし、その攻撃も刀で受け止められてしまう。力が強いわけではない心護は、競り合いで勝る事は難しい。実際にがっしりと受け止められた刀はビクともしない。



    あの男の背に憧れてからいくつもの剣術に師事し、その型を修めた。誰よりも努力し積み上げ、業を理解し、天才とまで言われた事もある。


    しかし、それでも勝つことはできなかった。その度に皆が皆期待を裏切られたような顔をする。中には想いが足りないと叱責する者もいた。



    いくら努力を重ねようとも心護の刀はこれほどまでに軽い。いくら想いを乗せようとも刃は届かない。



    目の前の現実に心護は歯噛みするが、それに反して爽は嬉しそうだった。



    「実にいい太刀筋だ。脱力も型も完璧。申し分ない……それどころか俺ですら一瞬見えなかった」


    だが、と付け加えて爽は少し真剣な表情になる。



    「途中で力が入って太刀筋が鈍った。あれでは誰にでも止められるだろう。やはり人を斬るという行為には抵抗があるか?」



    「わかりません……僕はこの一刀に想いも、努力も全てを乗せて振り切ったつもりです」



    心護の言葉に爽は考え込むような素振りを見せると、何かを思いついたかのように告げる。



    「心護。もしかしてその太刀の長さ相手の攻撃を防ぐのに窮屈じゃないか?」



    この言葉には心護も覚えがあった。勝太と戦ったときも、清志郎と戦ったときもそうだ。


    受けに回る事が多かった心護は、結局受けから攻撃に転じる事ができずそのままジリ貧になっていた。



    「かもしれません……いつも苛烈な攻撃を受けると間合いを潰されてしまって、攻守の転換が効かなくなるんです」


    すると、爽は納得したようにうなづく。


    「そうか。ならば俺に考えがある」


    そう言って不敵に笑うと、爽は倉庫から鞘のついた刀と言うにはあまりに短い刀を持ってくる。


    そしてそれを丁寧に鍔と鞘を紐で括り付け、抜けないように固定すると心護に向かって投げた。


    「小太刀ですか……?」


    「そうだ。間合いを潰されるなら内側で戦えばいい。一度使ってみろ」



    手にかかる重さも握った感触も何もかもが違う刀に戸惑いながらも、心護はひとつひとつその感覚を確かめていく。



    「どうだ?」


    「うーん。どうなんでしょう……」


    「まあやってみればわかるさ……いくぞ」


    お互いに構えなおすと、今度は爽が仕掛ける。


    幾度となく振り下ろされる刀を心護は完全に捌ききっていた。そして、隙をついては当身を入れ、反撃していく。



    確かに以前よりは確実に良好だった。


    しかし、心護はイマイチ釈然としない感覚があった。しっくりこないような、今一歩、決め手にかけるような気持ち悪さが残る。



    爽は心護の事を嬉しそうに褒めちぎったが、そんな中でも体に残る感覚は抜けなかった。



    それを爽に伝えようとしたが、その前に訓練は終わりを告げる。


    結局心護はそんな不安を残しながらも、その場で爽と別れるのだった。
  28. 28 : : 2016/02/07(日) 02:04:58


    爽と別れた後も心護は一人で悶々と悩んでいた。


    訓練の結果だけを見れば、確かに今までとは比較にならない程に良くはなっているのだ。


    心護だってそれについては嬉しい気持ちもあったし、何かを掴みかけている感覚はある。


    しかし、まだ何かが欠けているような気がしてならないのだ。


    爽は心護の不安に気づかずにいたが、心護とて自分の身体の事は自分が最も分かるという事くらいは分かる。


    訓練場から自分の天幕に戻る途中ではあったが、心護は意を決して再び訓練場の方へと戻る。


    「やっぱり不安要素を残したくないし爽先輩にちゃんと言っておこう。小太刀も借りっぱなしで持ってきちゃったし」


    心護は返すのを忘れたまま腰に差していた小太刀を手に持って握り締める。


    今まで使っていた太刀と比べて遥かに短く、重量も軽い。


    そんな風に小太刀に気を取られながら心護が歩いていると訓練場の方からガヤガヤとした集団がやって来ていた。


    心護はその集団の中心にいる人物に見覚えがあった。


    それは赤軍に入ってすぐに心護が痛めつけられた相手、竜胆勝太だった。


    思わず心護は身構えてしまったが、何か言われると面倒だと思い早足で彼らの横を通り過ぎようとした。


    しかし、勝太は目敏く心護が自分らを避けて通っていくのを見つけると大声で心護に呼びかけた。


    「おお、口だけは達者で俺になす術もなく、気絶しちまった恥ずかしい淺凪くんじゃないか!」


    馬鹿にしたような口調でべらべらと心護の醜態を大声で周りに言い聞かせるように勝太は言った。


    それを聞いて勝太の取り巻き達も一斉に大笑いする。


    だが心護は避けて通れなかった事を悔いたが、勝太の煽りに全くなびかず、歩みを止めはしなかった。


    それが勝太には気に食わなかったのか、ズンズンと大股で歩き、心護の肩を掴む。


    「貴様、何を無視してる」


    先程までの馬鹿にしたような口調とは打って変わって怒気を孕んだその呼びかけに勝太の取り巻き達はぴたりと笑うのを止めた。


    だが心護は肩を掴んだ腕を叩き落とすと、勝太を睨みつける。


    「僕は急いでるんだ。何の用かは知らないけど放っておいてくれよ」


    その一言が勝太の怒りを爆発させる。


    元々我の強い勝太は自分を蔑ろにされる事が死ぬ程嫌いだった。


    それを後輩、格下の相手に言われたとなれば彼の怒りが容易く限界に達するのは明白だった。


    「貴様…丁度訓練場に向かっているようだな。ならば都合が良い、俺が稽古をつけてやろう」


    そう言って意地の悪い笑みを浮かべる。


    稽古をつけるのは口実で、前回のように心護を痛めつけようとしているのだろう。


    心護は一瞬、逡巡したがどうせ嫌だと言っても自分の意見が通らないだろうと言うことを察し、それを了承した。


    「大丈夫、僕は前とは違うんだ……」


    心護は小声で自分に言い聞かせるように言い、手にした小太刀を握り締めた。
  29. 29 : : 2016/02/07(日) 02:09:20


    二人は訓練場へ着くと適度な間をあけて対峙する。勝太は見ていろと言って遠くに取り巻きたちを待機させると、模擬刀を手に大袈裟な構え方をして心護を煽った。


    「なんだその刀。小太刀じゃないか。しかも抜けないように紐で固定しているなんてまるで貴様の甘えきった根性をそのまま表しているようだな」


    取り巻きたちからどっと笑いが起こる。それに気分を良くした勝太は、棒立ちのまま動こうともしない心護を嘲笑って言った。


    「どうした、掛かってこないのか? どうせ貴様が勝てる要素は一つもないんだからこれくらいは花を持たせてやってもいいんだぞ?」


    「喋ってないで早く終わらせてくれよ。僕は帰りたいんだから……」


    「掛かってこいと言ってるだろうッ!」


    心護の煮え切らない態度に激昂した勝太が模擬刀を手に襲いかかってくる。


    「っ――」


    心護は咄嗟にその刃を小太刀で受け止めた。それに対して意外そうな顔をする勝太。


    木と鉄のぶつかり合う不思議な音が何度か響いた後、勝太は一度間合いをあけた。


    「ふん。少しは力をつけたようだな。だが守りで精一杯じゃないか。ほらッ!」


    再び勝太が心護へと斬りかかる。心護は落ち着いてその姿を視界の中心に捉えると、息を吐きながら小太刀を構えた。


    カンッ、という間抜けな音を立てて何かが回転しながら宙を舞う。


    「なっ!?」


    心護の胸倉を勝太が左手で掴んでいた。しかし勝太は自分の右手にあるはずの模擬刀が握られていないことに気付く。慌てて地面を目で追うと、数メートル先の地面に模擬刀が落ちていた。


    そんな馬鹿な、と呟く勝太。胸倉を掴まれたままの心護は静かに呟く。


    「もういいだろ。止めてくれよ」


    勝太が一本取られたことに彼の取り巻きたちがざわざわと騒ぎ出す。自分が負かされたことに気付いた勝太は顔を怒りに染めた。


    「貴様――っ! よくも俺に恥をかかせたな!」


    武器のない勝太は心護の顔面目掛けて拳を振り下ろす。しかしそれは心護に届くことはない。


    「ぐぁ……はっ」


    勝太は身体をくの字に曲げて悶絶する。ありえない。コイツが俺の攻撃を避け、尚且つ腹に膝蹴りを食らわせてくるなんて。絶対にありえない――そんな表情を浮かべて。


    「喧嘩なんてしても意味がない。僕はこういうことが大嫌いなんだ。……いい加減にわかってくれよ」


    「うぉらぁああッ! 貴様ァアッ!」


    最早型すら気にせず、ただ怒りのまま拳を打ち込む勝太を心護は一つひとつ丁寧に捌いていく。


    今までのようにただ武器に頼りきった防御ではなく、自分自身の身体を最大限使った防御。刀を持っていた時に使っていなかった筋肉が軋むようにきりきりと痛む。しかしそれはまだ知らない自分の可能性を暗示させる、どこか気持ちのいいものでもあった。


    「まだまだァ! その程度でいい気になるなよ青二才がァッ!」

  30. 30 : : 2016/02/07(日) 02:13:11

    徐々に防御にも慣れてきた頃。少しずつ心護の目に勝太の隙が見えてきた。好き放題に拳を振り下ろすだけの勝太は確かに攻撃は強力だったが、その分防御にはまるで関心がなかったのだろう。


    「止めてくれって――言ってるじゃないかッ!」


    遂に心護の拳は勝太の顔面を掠めた。しかしそれだけでは勝太はびくともしない。唇から一筋だけ血を流し、勝太は目元を痙攣させながらも猛攻を続ける。


    「こんなこと間違ってる! 仲間同士で争うなんて意味ないじゃないか! だからもう――ッ」


    「あぁぁッ!」


    勝太の靴底が地面を蹴る。一拍遅れて心護の靴底が地面を削る。


    大きく振りかぶった拳の一撃を横に避け、その次の瞬間繰り出された左足の蹴りを両手で受け止めた。だが勢いは止まることなく、あっという間に体制を立て直した勝太は心護が攻撃に転じる前にその鳩尾目掛けて膝を突き出した。


    「ぐっ……」


    「俺はなぁ! 貴様の言うようなガキの仲良しごっこに付き合ってられねぇんだよッ!」


    「ごっこ遊びなんかじゃ――ないッ!」


    痛みに顔を歪ませ、それでも心護は膝を折らない。顔を上げ、真っ直ぐ勝太を見据えて突進する。


    ごっこ遊びなんかではない。心護はただ、誰かが誰かを虐げる世界が許せないだけだ。


    それを認めてしまったら、誰かが悲しむ世界なら、それは心護が思い描く理想の世界ではないのだから。


    だから心護は倒れない。どんなに自分が弱くても、痛めつけられても。自分が倒れ挫けたら、それは自分の理想を裏切ることに相違ない。


    「僕はただ――ッ!」


    強く、そう強く。誰かを守るための強さを、自分の理想を守る強さを。心護は手にしなければならないのだから。


    「みんなが笑えるようにしたいだけだッ!」


    「ふざけたことを――ッ!」


    だから、そのために今の心護が出来ることはただ一つ。


    ここで負けるわけにはいかない(・・・・・・・・・・・・・・)


    立っているだけでも痛みを伴うほどの傷を抱え、それでも二人は交差する。そして最後の一撃が互いの胸を打った。


    「うっ、ぐぁ――」


    「あ……ぅぐ」


    重い音が二つ地面に落ち、辺りに砂埃が舞う。二人は暫くの間そのままだったが、やがて片方が汚れた顔を上げた。


    「これで……終わりだ、な」


    小太刀を握り締めたままうつ伏せに倒れた心護がゆっくりと起き上がる。対して勝太はいつまで経っても身動き一つしない。それは気にせず、心護は勝太へと言葉を向ける。


    「もう僕に構わないでくれよ……」


    切れた唇を赤く染め、膝はガクガクと力なく震えた。それでも心護はゆっくりと歩き出す。


    唖然としていた勝太の取り巻きたちが気絶した勝太へと駆け寄る頃、心護は初めて手にした勝利の余韻を噛み締めていた。
  31. 31 : : 2016/02/07(日) 02:21:53


    「おかしい……」


    昼食の最中、心護は頭を抱えながら呟いた。するとそれを見た徹が不思議そうな顔をする。



    「急にどうしたんだ?」


    「いや、それがさ──」


    勝太との勝負に勝利してから2ヶ月が過ぎた頃からだった。心護はやたら誰かにつけられているような気がしていた。今もだが時々気配を感じる。しかし、肝心のその誰かの姿を見つけることができないでいる。



    勝太が闇討ちでも企んでいるのかとも考えたが、そんなこんなでもう1週間が過ぎる。しかし、全くもって姿を見せる気配すらもないため心護自身どうしたものか迷っていた。


    心護の話を聞いた徹は何やら意味深な笑みを浮かべる。


    「ふーん。どこぞの先輩に絡まれたり、主席の同級生に罵られたり、誰かにつけられたり心護はモテモテだねぇ」


    「冗談でもやめてくれよ……僕は全部御免被りたいんだから」



    ケラケラと笑う徹に心護はさらに深いため息が漏れる。


    なんにせよこのまま放置しておくわけにもいかない。今後どう対処すべきかと思案に耽っていると、しばらくしてようやく笑いが収まったのか徹が口を開く。


    「てか、ストーカーの犯人は竜胆さんだろ。それくらいでもなきゃお前の事なんか誰も尾け回したりしないだろ」



    「うーん。でも、決めつけるのは……」


    流石に一朝一夕であの高圧的で好戦的な態度が治るとも思えないが、いくらなんでも心護を襲撃するとは考えたくない。


    そうやって心護が渋っていると、徹はニヤリと笑い息を吸い込むような素振りを見せる。それだけで彼が何をしようとしているのか一目瞭然だった。


    しかし気づいた時にはもう遅い。


    「竜胆先輩!そんなところで何してるんですかぁ!!?」



    周囲が一斉に振り向く程の大声で勝太を呼ぶ。もうどうしていいかわからず心護がすると物陰から慌てて逃げ出していく人影が見える。



    「追うぞ!心護!」


    「まったく……なんでこうなるかなあ……」


    そう言って徹は食器も片付けず、飛び出してしまう。心護は呆れながらも急いで2人分の食器を片付けると後を追いかけるのだった。


    足の速さには自信がある心護と徹を前にして逃げられるはずもなく、勝太は徹に敢え無く捕まり、地面に押さえ込まれる。それに慌てた勝太は急いで弁明しようとする。



    「ま、まて!俺が何をしたというんだ!」


    「いや何って、心護のこと付け狙ってたんじゃないんですか?」



    勝太の鬼気迫る様子に、徹は心底不思議そうに首をかしげる。


    「付け狙うとは失敬な!俺は先日の詫びをする機会を伺っていただけだ!」


    「仕返しではなく?」


    「違うと言っているだろう!だからいい加減そこを退いてくれ」



    心護と徹は顔を見合わせる。今ならふたりいる上に周囲に人の気配はない。恐らく彼の言う事は本当だろう。もし違ったとしても2対1で彼を抑えるのは容易だと判断し彼を解放する。


    「先日は俺もどうかしていた。守るだなんだと口にする人間にはトラウマがあってな。頭に血が上ってしまった。でも、改めてお前と戦ってわかったんだ。その努力も、かける想いも。お前に本当にすまなかった」



    そう言って勝太は深々と頭を下げる。


    いくら不当な扱いをされたとはいえ、目上の人間にそこまでされると心護としても居た堪れない気持ちになる。



    「もういいんです。僕はただ自分のやりたいようにやっただけですから」



    「それでもだ。俺はお前の本当の意味での強さを見誤った。謝らせてくれ」



    頑なに謝罪を敢行する勝太に心護が苦笑いを浮かべていた時だった。



    突然1人の上級生が慌てた様子で息を切らして心護達の元に走ってくる。



    「淺凪心護、緊急招集だ!至急、本部天幕に来い!」



    上級生の鬼気迫る様子に、心護は急いで天幕を目指した。

  32. 32 : : 2016/02/07(日) 02:31:14


    心護が呼ばれたのは、いつぞやも爽に呼びつけられた軍師の天幕だった。

    中に入ると、真っ先に彼の目に飛び込んできたのは千夜だった。

    千夜は心護を一瞥すると直ぐに軍師の座っている方へ向き直った。


    「すみません、淺凪ただ今参りました」


    それを聞くと軍師はうん、と頷き座っていた椅子から腰を持ち上げると、ひとくねりしてそれぞれの顔を見回した。


    心護は周りの面々を見渡してみる。


    千夜を含め、どうやら爽先輩の隊員がこの部屋に呼ばれているようだった。


    「やあ、早乙女隊のみんな。今回呼んだのは他でもない君らの隊長の事についてなんだ。先日から黒軍の拠点を偵察しに精鋭部隊を送り込んだのは知っているよね?」


    軍師がそう言った瞬間、心護の胸に不安が過ぎる。


    何日か前に心護が爽と訓練終わりに風呂に入っていた時、爽が明日から暫く任務でいないという事は聞いていた。


    具体的な任務の内容は知らなかったが、話の流れからして恐らくこの部隊に爽は入っていたのだろう。


    もしかしたら爽の身に何かがあったのではないか……最悪の事態が心護の脳裏に浮かぶ。


    咄嗟にそれを振り払うかのように軽く頭を振って、軍師の話の続きを聞く。


    「その部隊が昨日帰投する予定だったんだけど、未だに帰ってないんだ。向こうで何かがあったんだろうけど今諜報部隊も手が外せなくて彼らの安否を確認出来る部隊が無くてね。そこで、精鋭部隊の隊長を務める早乙女くんの部下の君らに行ってもらおうと思ってさ」


    「行きます!行かせてください!」


    心護は思わずそう叫んでいた。


    だが直ぐにハッとして、肩身狭そうに一言謝り、列に戻る。


    だが軍師はその様子を見てニコニコと笑顔を浮かべて奇妙な体勢をとりつつ心護を指差す。


    「うんうん、やる気がある事は良いことだね。じゃあ君、臨時で隊長ね。じゃあ、えーと、副隊長は……うん、そこの真面目そうな彼女!千夜ちゃん!頭の弱そうな隊長をしっかりサポートしてあげてね」


    心護はあまりの軽い隊長任命に度肝を抜かれて、慌てて抗議の声を上げる。


    「え!?僕が!?そんな無理です!とても周りを引っ張って行くなんて僕には……」


    「私も彼の意見に同意です。彼の能力では隊長が務まるとは思えません。ご再考、お願いします」


    すかさず千夜も抗議する。


    言い方にやはり少なからず刺を感じるが、心護もその通りだとばかりに頷いた。


    しかし軍師はヘラヘラと笑いながら気持ち悪い動きをするばかりで全く彼らの声が届いてるようには見えなかった。


    「良いの良いのー。今回は急いで精鋭部隊の安否を確認して直ぐに帰ってくるだけだから、隊長なんて名ばかりで大してやる事はないよ。ほら、そうと決まれば早く準備するんだ。事態は急を要するよ」


    二人の抗議は虚しく、呼ばれた隊員は全員準備を始めた。


    心護は余りに急な事態にふわふわと現実味の無い感覚を覚えていたが、一気に辺りが騒々しくなり現実に引き戻される。


    予想外の事態になったとは言え、爽の安否が気になったのだろう。


    心護は直ぐに真剣な眼差しになり、準備を始めた。すると、軍師がふらふらと歩いて来た。


    「やあ、隊長くん。今回の緊急作戦の要点は如何に迅速に行動するかだ。行って、帰ってくるだけ。仮に精鋭部隊が全滅していて、敵に遭遇しても反撃しようなんて考えないことだ。分かるね?」


    「……はい、承知してます」


    心護が緊張した面立ちでそう言うと、軍師は笑顔で、なら良いんだと言い残して千夜の方へ歩いていった。

    今、軍師に釘を刺されていなけば、最悪の事態が起きていた場合、心護は敵に攻撃を仕掛けていたかもしれないと反省する。


    「不本意とはいえ臨時隊長に任命されたんだ……冷静に行かないと」


    そう言って心護は頬をパンパンと気合を入れ直すように叩く。





    そして、一時間後。


    心護は馬に跨がって先頭に立っていた。


    周りに聞こえるのではないかと言うほどに彼の鼓動は早く大きくなっていた。


    だが彼は冷静になれと自分に言い聞かせ続け、静かに口を開いた。


    「……作戦開始、です」


    彼はそう言って馬を走らせる。


    それに続いて隊員全員が一気に馬を走らせた。



    「爽先輩、どうかご無事で……!」


    心護は目的地に全速力で向かって行った。

  33. 33 : : 2016/02/07(日) 02:47:56


    季節は初秋。山の心護は広葉樹は色づき始め、辺りに秋の色を撒き散らしていた。そんな美しいと言っても差し支えのない光景の中で、不安を胸に抱えていた。空には暗雲が分厚く広がり、今にもひと雨降りそうである。


    黒軍の拠点は立派な学校だ。校舎や寮、訓練場に火葬場、そして田畑。遊牧民のように辺りを転々とする赤軍と違い、黒軍はその地で生活するための設備や敷地を持っている。


    そんな場所に近付くのは容易ではない。そして警戒が薄い場所というところは早々ない。つまり爽たちが通る道は心護が今馬で駆けている道しかないのだ。それなのに精鋭部隊とすれ違わないということは、何かがあったということに違いない。


    黙って馬を走らせるうちに、心護たちはやっと黒軍の敷地が見渡せる場所に辿り着いた。そこは軍師に言われた指定の場所で、いつも赤軍が黒軍偵察の拠点にしている場所だった。しかし――、


    「なんだ……これ」


    一緒に来た隊員たちが口々に騒ぎ立てる。心護たちの眼前、そこに広がるのは戦の爪痕だった。


    「そんな……だってここは敵に知られてないんじゃ」


    「それが知られてしまっただけよ。残念ね、この様子だともう手遅れみたい」


    馬から降りて他の隊員たちと同様に辺りの惨状を見つめながら、それでも心護の胸には希望があった。だが隣に降り立った千夜はそんな心護の希望をへし折る。


    「なんでそんなこと……まだわからないじゃないか!」


    「人影もなければ馬もいない。こんな全てを壊されている状態で無事に生きていられるとでも?」


    「それは……」


    冷ややかな千夜の瞳が心護を睨んだ。それに言い返すことなど出来ず、心護は黙って唇を噛み、ゆっくりと歩を進める。


    千夜は正論を言っている。――雨露を避けるために建てられたはずの粗末な小屋は、火を付けられたのか黒く焼け焦げて崩れ落ちている。急いで逃げ出したのだろうか。周囲には紙束や布が散乱し、それらを靴で踏んだ跡がくっきり見て取れる。


    この光景を前にして、一体どうやってここにいた人間たちが生きているなどという希望を抱けるのか。


    「――探そう。もしかしたら怪我人がいるかもしれない」


    心護たちは多少の救命用具を馬に積んでやってきている。精鋭部隊の人数はほんの十人ほどだから、怪我人がいてもほんの二、三人。そう見繕って持ってきたのだ。


    だが、事態はあまりにも重い。精鋭部隊が無事に脱出出来たのかすら確認出来ないような悲惨な現実がここにある。見つかるのが怪我人で済むのか、それすら心護にはわからない。


    隊員たちは手分けして瓦礫の中を踏み進んでいく。火にまかれて倒れた木々が視界を塞ぐ。しかし僅かな希望はどうしても捨てきれなかった。


    「爽先輩……」


    礼も満足に言えないままだった。武器を小太刀に変えたのだって、勝太に勝てたことだって。元を辿れば爽が助言し、心護を導いてくれたからだ。


    爽がいなければ、心護は勝太に勝てただろうか。いや、それ以前に立ち直れたかどうかすらわからない。間違いなく爽は心護の恩人だった。


    爽は強い。だからこんなところで命を落とすはずがない。きっと今もどこかに潜んでいて、助けがくるのを待っているのだ。そうであってほしい。そうであってくれ。心護は必死で祈り続ける。
  34. 34 : : 2016/02/07(日) 02:51:43

    靴が厚い板を踏み抜く音で心護は我に返った。いつの間にか黒軍の学校がよく見える場所に立っている。黒軍たちはあそこからやってきたのだろうか。林の奥に馬が固めたと思われる道が続いていた。


    「くそ……」


    黒軍を恨むことはない。これは戦争で、命を懸けた戦いだ。こうなることも覚悟の上でみんな戦っている。赤軍だって黒軍だって白軍だって――その誰だって恨むことなど出来やしない。


    だが、それでも心護は拳を握って爪を突き立てる。それは未だ何も成せない自分に対しての怒りだった。そして振り返ったその時。


    「……精鋭部隊を見つけたわ」


    その背を千夜の声が叩く。一瞬心護の顔は歓喜の色を見せるが、千夜の赤く濡れた手を見た瞬間に血の気を失っていった。


    「その手……血、だよね」


    「ええ。みんなで表に運んでいるから、一人でも多くに手伝ってもらわないと」


    「運ぶって、怪我人をだよね?」


    千夜は答えない。そんなことわかるでしょうと言いたげな顔で、その場に立ったまま心護の反応を窺っている。


    「見つけたって、……そりゃ当然みんな生きてるんだよね? 当たり前か、はは」


    「馬に乗せるわけにもいかないから、後に来た隊の為にも表に出しておかないと」


    まるでモノ(・・)を扱っているような言い草に、心護の意識は遠くなる。だがすぐに最悪の想像を否定するために自分の頬を叩いた。


    まだ決まったわけじゃない。いるのはきっと怪我人なのだ。そこに爽もいて、心護が駆け付けるといつものように笑って「今回は失敗だった」と言うに違いない。


    「わかった。僕も行くよ」


    その言葉に満足したのか、千夜は長い髪をなびかせて振り返ると心護を先導して歩き出す。


    会話もないまま馬を置いた場所へと戻ってくる。すると何人かの隊員が何やら大きなものを引きずっているのが見えた。


    「……覚悟しておきなさい」


    隣で千夜が呟く。心護はそんな千夜の言葉を無視するように駆け出した。足が縺れて思うような速さが出せない中、心護は隊員たちの運ぶものに近付く。


    空から大粒の雨が落ちてくる中、心護はそれを覗き込んだ。白い顔に開かれない目蓋。臙脂の外套を染める黒い血。だが爽ではない。


    もう遺体を見ても驚かなかった。心の底ではわかっていたのだ。こんな状況に希望などあるはずがないことを。だが、運ばれている遺体が爽ではないということ――それだけに心護は縋っていた。


    次々と死体が道に並べられていく。心護も最初の一人が爽でないことを確認すると、心を凍らせて他の隊員たちと共に見つかった遺体を運ぶ。
  35. 35 : : 2016/02/07(日) 02:55:24

    髪や服が濡れ、秋の冷たい空気に身体が震えた。これ以上続けるのは難しいと、心護は作業を中断して隊員たちに馬に乗るよう指示するため声を上げようとする。


    「こっちにまだいるぞ! これで最後か? ぅ――」 


    結局、最後まで爽の姿は見つからなかった。やはり爽は逃げたのだろうと、心護が安堵していた時だった。心護の甘えを打ち砕くように男の声が上がる。


    心護は吸った息をそのまま音を立てて飲み込んだ。遺体を確認するのが怖い。それでも、確認しなくてはいけなかった。それしか心護の不安を消してくれるものがなかったのだ。


    「おい……これって」


    「くそ、あいつらこの人までっ!」


    隊員たちが新たに発見された遺体の周りを囲み、口々に言葉を吐いた。


    そして、とうとう心護の足はその遺体の前で止まる。


    「あ――」


    足から力が抜ける。地面に膝をつき、心護は目を見開いてその遺体の顔を凝視した。


    明るい茶色の髪、鍛えられた身体。赤軍の証でもある臙脂色の外套で身を包んだその姿。――焼けた木々の奥に、まるで何かを守るようにして剣を抜いたまま事切れた男がいる。


    半分開かれた茶色い瞳はいつだって前を見据え、心護たちを見守ってきた。その乾いて血の滲む唇は、かつて心護に自分の夢を追えと謳った。そしてその手は時に力強く武器を取り、時に乱雑に心護の髪を掻き乱した。


    「爽……先輩」


    心護の見開いた目から幾筋もの涙が流れ、雨粒と混ざって落ちる。目の前の現実を受け止められるわけもなく、しかし圧倒的な現実感に逃げることも出来ない。


    彼の腹に大きく血が滲んでいた。即死ではなかったのだろう。苦悶の表情を浮かべ、それでも生きたいと強く思ったのか、その表情はどこか力強く美しくもあった。


    ――そうだ、早乙女爽は死んだのだ。


    「嫌だ……そんなの、絶対信じない。だって先輩はあんなに強かったじゃないか――っ!」


    濡れた土を握り締めて心護は叫ぶ。その叫び声は裏返り、周囲の木々に飲み込まれて消えてしまう。誰もがそんな心護の姿を見て、しかし何も言えなかった。


    確かに赤軍である以上、誰もが仲間だ。だが所詮はその程度。普段から付き合っている人間でない限り死の痛みは少なくて済む。


    精鋭部隊のほとんどの学生は早乙女隊である彼らには無縁の存在だった。しかし爽だけは違う。みんなの兄貴分として振舞っていた爽のことを隊員たちの誰もが認め、敬い、そして大切に思っていたに違いない。


    心護の叫びは早乙女隊であるみんなの叫びだった。だから彼らには心護のことは止められない。


    「僕がっ……まだ何も出来なかったから! お礼すら言えなくて、何一つ返せないでっ!」


    拳が擦り切れるほど地面に叩きつけ、心護は掠れた声で己の無力さを呪う。やがて通り雨が止み空が晴れるまで、心護は親しい者の死を受け止められずに慟哭し続けた。
  36. 36 : : 2016/02/07(日) 03:05:17

    目の前に横たわる爽の亡骸を前に心護は考える。


    力がなければ何も守る事は出来ない。心護は誰よりその事実を理解していたし、だからこそここまで努力を続けてきた。


    それでも、常に誰もが自分の手の届くところで傷つくわけではない。それを嘆き悲しんだところで心護は神ではない。どうしようもないのだ。


    普通の人間ならばどうしようもないと言って割り切れるものでもないだろう。だが心護はここで泣いて立ち止まっているわけにはいかなかった。それではいつも背中を押してくれた爽に示しがつかない。



    悔しさも、無念も、悲しさも全て背負って生きて行く。それでも押しつぶされずに胸を張って我が道を行かねばならない。



    彼は心護に想いを託した。自らにできなかった事をお前が成し遂げろとそう言った。だからこそ心護はこの道の先を必ず見なくてはならない。それが今心護に出来る爽への唯一の報いなのだから。



    「どうか安らかに……こんなくだらない戦争必ず僕が終わらせますから」



    くだらない。心から出た言葉だった。そこにどんな想いがあろうが、暴力と殺戮の上に成り立った思想になどなんの価値もない。そう感じずにはいられなかった。


    元はくだらない大人の政治ごっこから始まったこんな戦争のためにどれだけの人が命を落としたか。挙句に学生まで巻き込み、命のやり取りを強要する。


    そんな者達がこの国の未来を語る資格など到底あり得るはずもない。


    綺麗事だけではやっていけないなどという者もいるだろう。それも間違いではない。だが、この戦争が仕方のないものだと肯定されることだけは絶対に理解できなかった。



    大切なものを守る為には戦うしかない。


    今のままでは腕の中にある大切なものすら取りこぼしてしまう。ならばこのなんの生産性も意味も生み出さない不毛な戦争を終わらせるしかない。


    そう固く決意して心護が立ち上がると、後ろから千夜がやってくる。



    「すこしはマシな顔するようになったんじゃない?自分の甘さを思い知ったでしょ」



    「そうだね。僕は考えが甘かった。みんなを守り抜くには何もかもが足りない。まず君に口先だけって言われない程度には強くならないとね」



    そう言って心護は薄く笑う。


    それに対して千夜は一瞬思考が追いつかず、言葉を失てしまった。


    大切な人の死を前に恨みや仇討ちではなく、それでもまだこの男は守るという言葉を口にする。


    彼女自身心護という男をただの偽善者か英雄願望をもつ子供か程度の認識しか持っていなかった。


    黒派の名家に生まれ育ち戦争の悲惨さも、戦うことの意義もその身を持って教え込まれた千夜にとって彼はふざけているようにしか見えなかった。


    敵も味方も誰も傷つけたくないなどという甘い戯言など歴史上の多くの傑物のなかでも成し遂げたのはほんの一握りだ。


    そんな人間ですら多くの血を見た上にそれを成し遂げている。


    だが彼はどうだ。余りに非力で自らの適正すら理解できていない。才能がないとは思わないだが、傑物と言えるほどの能力は絶対に持ち得ない程度の器だ。それは千夜の目に見てもわかるのだから本人にだってそれは多少なりとも感じられるはずだろう。


    それでも彼は守りたいという。幾度もの敗北に心が折れようとも立ち上がり、恩人の死に直面しても尚その意志を曲げようとはしなかった。



    彼の甘えた考えに苛立っていた自分がまるで道化のように思えるほどに真っ直ぐで。大凡馬鹿としか思えない事を真顔で語る。



    そんな姿はこの戦場であまりに眩しい。



    何をムキになっていたのだろうか。まるで子供のようだったのは千夜自身だ。


    本当ならばもっと早く気付けたはずなのに、愚直なまでに真っ直ぐな彼の生き方が羨ましくて、それに目を瞑っていた事に気付く。


    そう考えると自分があまりに滑稽で思わず笑い声が漏れる。



    「私、あなたを見誤ってたみたいね。口だけなんて言ったことは謝るわ」



    心護は突然軟化した千夜の態度に目を丸くした。あれほどまでに彼を毛嫌いしていた千夜がどういう心境の変化か、謝罪しているのだ。


    「え、なんで……?」



    「だって何度打たれても折れないんだもの。偽善者じゃなくて筋金入りの馬鹿だってわかったわ」



    千夜の表情は今までにないほど柔らかく女性らしいもので、心護は安堵を覚えた。


    それでも彼女の辛辣な言葉が相変わらずなのが、なんとなく打ち解けたようで嬉しくて表情が緩んでしまう。


    「あはは。ごめんね」



    「安心して。褒めてるのよ」



    心護がきまりが悪そうに頬をかいていると、それを見た千夜が可笑しそうに笑って言った。
  37. 37 : : 2016/02/07(日) 03:17:53



    そんな時だった。馬の蹄が地面を蹴る音が二人の耳を刺激する。


    恐らく、精鋭部隊と衝突した者たちと入れ替わりで後続を警戒して送り込まれた部隊だろう。


    「もたつきすぎたわね。完全に捕捉されてるようだし」


    彼らに逃げるという選択肢は許されていない。相手は馬に乗っているうえに、他の者達は離れた場所で死体を運ぶ準備をしているため合流するのは絶望的だろう。



    「僕たちでなんとかするしかないみたいだね」



    「まあそうなるわよね……」



    億劫そうな声音で告げると、千夜は薙刀を背中から下ろして構える。それに続くようにして心護も小太刀を抜きはなった。


    そうこうしている間に黒軍の部隊は目の前に馬を止める。


    するとその中で先頭にいる熊のような巨体をした、綺麗に刈り上げられた坊主頭の男が、その巨躯に相応しい野太く大きな声を上げる。


    「赤軍の者と見受ける!大人しく投降しろ!そうすれば手荒な真似はせん!」



    あまりに大きな声に千夜は顔をしかめる。


    「馬の上から人にものを言うってどういう躾をされているのかしら?しかも無駄に大声をあげて下品にもほどがあるわ」


    千夜の苛烈な洗礼を受ける事となった大男は一瞬目を丸くしたのちに、ガハハと剛胆な笑い声を上げた。


    「実に威勢がいいな。そういうのは嫌いではない。その威勢の良さに免じてふたりで俺に勝てたら、我らは全員引く事にしよう」



    その一言は仲間内から反感を買うかと思われたが、一切批難する声は上がらなかった。


    それだけその男の強さを信頼し、敗北はあり得ないと考えているのだろう。それだけで、彼の実力が相当のものである事が窺い知れた。


    「僕がやる。月ヶ瀬さんは待ってて」



    突然の心護の言葉に千夜は耳を疑った。何故、ふたりで戦えるところをひとりで戦わなければならないのか理解できなかった。


    「あなた馬鹿が行き過ぎて、ついに気が違ったの?あの人ふたりで戦っていいって言ってるのよ?」



    「ごめん。でもひとりでやりたいんだ。これは僕自身のためのわがままだけど、わかって欲しい……」


    そう告げると一度爽の亡骸を見た後に真剣な眼差しを心護は千夜に向けた。すると千夜は頭を抱えて溜息をつく。



    「本気?あの人相当強いわよ。どこぞの天狗になってる上級生とはわけが違う」



    「うん、わかってる。だけど僕はこの想いを鈍らせたくないんだ」



    心護の目は本気だった。こうなってしまえば意地でもきかないだろう。その事をなんとなく千夜も察していた。



    「わかったわ。好きにして」


    「ありがとう月ヶ瀬さん」


    ふたりの話が終わったのを見て、座り込んでいたらしい大男が立ち上がる。


    「話はまとまったみたいだな。始めるとしようか」


    相変わらず遠慮のない大声で話しながら、男は腰に下げた大太刀を軽々と片手で抜きはなつと大上段に構えた。



    その巨体と大太刀から放たれる一撃は当たればひとたまりもないであろう事は容易に想像できた。


    じりじりとお互いの間合いを探り合い出方を伺う。本来大男が先に切り込めば間合いで勝る分有利を取れる。だが大男はそれをしなかった。


    心護の出方を伺う以上に、下手に隙を作れば一撃で勝負を決められるようなそんな力強さが彼の身体から滲み出ている気がしたのだ。


    男自身体力や肉体には自身があった。実際に一撃でやられるなどという事は無いだろう。だが今の心護にはそれだけ鬼気迫る迫力があった。

    二人は睨み合ったまま動く事はなかった。


    手に汗が滲み、集中が高まるにつれて鼓動の音すらも遠く聞こえる。


    互いの呼吸が同調し、静寂が空間を支配した。


    膠着してから数分が過ぎた頃。


    突然弾けるように心護が飛び出す。一気に間合いの中に入り込み、攻勢を仕掛けた。


    しかしそれを大男が簡単に許すはずもなく、上段から心護めがけて高速の斬撃が襲いかかる。



    それを心護は小太刀の反りを利用して受け流すとそのまま懐に入り込むと、大男の腹めがけて渾身の一撃を打ち込んだ。
  38. 38 : : 2016/02/07(日) 03:23:04


    しかし、まるで分厚い鉄板でも殴ったかのような固い感触に心護は手首から先が痛みに痺れるのを感じて飛び退く。



    「ぐぬぅ……かなり堪えるな」



    大男は腹をさすりながらそう訴えているが、全く堪えているようには見えない。筋肉の鎧を纏ったその肉体はまるで鋼の如き硬さで心護の拳を受け付けなかった。



    もし彼が筋力任せに大きな刀を振り回す程度の使い手であれば心護であってもその攻撃を完全に躱しきった上で、その強靭な肉体に対してなんらかの対策を講じることもできただろう。



    だが、巨体から繰り出される太刀筋は決して大振りではなく、基礎をしっかりと練り上げ、速さを失っていない。かと言って小さくまとまりすぎない剛剣というに相応しい力強さがあった。


    悠長にしていれば動きを捉えられて、真っ二つにされるのがオチだ。早い段階で確実に仕留める必要がある。


    そう考えていると大男は楽しそうに笑う。


    「なかなか骨のある男だ。うちの連中でも俺とサシでやろうなんて考える奴はそうはいないからな。礼といってはなんだが今度は俺から行くぞ」



    そう言うと視線の高さに刃を寝かせ、引き絞るような構えを取る。力を溜め込むように腰を落とした。


    何が繰り出されるにせよ、心護の目にもまずいということはわかった。巨大な筋肉はこのためにあるとばかりに全身の筋肉が収縮し、次の一撃のための体勢を整えている。服越しでもそう感じられた。


    決して筋肉は鋼の鎧などではない。すべては最高の一撃を放つ為だけに練り上げられ、最適化された筋肉だったのだ。


    下手に切り込めば返り討ちにあう。かと言って距離を取ればいいとも言い切れない。



    心護は既に出たとこ勝負を強いられていた。


    覚悟を決めて、刀を構え相手の切っ先に意識を集中する。



    「いい判断と胆力だ。うちの部隊に欲しいくらいだな」


    「嬉しいお言葉ですけど、僕はここに守りたいものがあるんです」


    刀を構え互いの呼吸を読み合いながら、いつ崩れるかもわからぬ均衡の中でふたりは会話を続ける。


    「気に入った。名は何という」


    「淺凪心護」


    「そうか。いい名だ。その名我が心に刻もう」


    大男の静かで低く唸るような声の後、幾許かの沈黙が場を支配する。


    互いの集中力が研ぎ澄まされた最高の一瞬。



    地面を抉り取るかのような踏み込みと共に、大男の巨体がその場から消える。


    実際に消えたわけではない。静止から最高速に達するまでの時間が途轍もなく短すぎるが故に消えたように見えるのだ。


    大男はそのまま心護に向けて突進し、平突きを放つ。最高速から放たれる超重量の突きは当たれば容易に体を貫通し、心護を死に至らしめるだろう。



    一瞬にして間合いを詰められた心護に、踏み込みの深い一撃が尋常ならざる速さで襲いかかる。


    その攻撃をやっとの思いで避けた心護だったが、まだ終わりではなかった。



    大男は地面と水平に寝かされていた刃を利用して、突きの姿勢のまま横薙ぎに切り替える。


    突きの回避で体勢を崩している心護に回避という手段は残されていない。


    無防備な心護の体を白刃が襲った。
  39. 39 : : 2016/02/07(日) 03:28:21


    甲高い金属音と共に、心護の体があまりの衝撃に宙を舞い、地面を転がる。


    本来なら上半身と下半身が切り離されていてもおかしくはない一撃だったが、間一髪でそれだけは免れていた。


    「咄嗟に飛び退きつつ刀で受け止めたか。なかなかやるな」


    とはいえ、心護の体は先ほどの一撃でボロボロだ。斬撃を受け止め、吹き飛ばされたときに嫌な音とともに肋の辺りに激痛が走った。


    肋が数本ほど折れている可能性がある。かなり厳しい状態だった。


    かと言って万全であったとしても、大男を倒すには力が足りない。ここに来てあの時覚えた違和感が顕著に現れる。



    全てが足りない。手数も、相手の隙を突くだけの選択肢も。このままでは届かない。



    「足りない……こんなんじゃまた守れない……僕は決めたんだ。すべて守ってこの戦争を終わらせるって」



    心護は偶然にもすぐそばに横たわっていた爽に目を向ける。


    「誓ったんだ。必ず、この道を貫き通すって」



    こんな所で負けているわけにはいかない。ここで心護が負ければ、千夜にも危害が及ぶだろう。


    そんなことは許せるはずもない。



    半ばヤケクソで爽の腰に刺さっている小太刀を抜き両手に小太刀を握りしめる。


    馬鹿なことをしていると剣を志すものならば笑うに違いない。数が多ければ強いなど、小学生の子供のような理論だ。


    だが妙にしっくりと馴染む。


    そしてようやく先ほどまでの違和感の正体を理解する。


    心護は刀を守りに使う。そのため左右半身で攻守の起点が固定されてしまっていた。そのため、必然的に選択肢が狭まる。


    小太刀なら握ったままでも打撃を行うには支障はない。それならば心護の場合両手に小太刀を持っていた方が攻撃も防御も幅が広がるのはいうまでもない。どちらでも攻守の役割を持てる。そこに意味があるのだ。



    「もう少しだけ、僕に力を貸してください……」



    激痛に膝が笑う。呼吸のひとつですら心護を苦しめていた。


    だが、ここで諦めるという考えはあり得ない。


    足に力を込めて震えを押さえ込み、ゆっくりと呼吸を整えながら体に無理な力が入らないように小太刀を2本構える。それを見て大男は嬉しそうな笑みを浮かべながら再び刺突の構えを取った。



    「お前とは気が合うと思うのだが、出会いがこんな形だとはな……残念だ」



    「僕も貴方もここでは誰も死にません。いや……僕の前ではもう誰も死なせない!」



    心護は痛みを無視して吠える。



    今までにないほど戦いに集中していた。大男の動き出しも、駆けてくる間もまるでスローモーションになったかのようにはっきりと目に映る。



    先ほどより鋭敏に、かつ少ない動きで平突きを紙一重という所で躱す。



    体勢は崩れていないが、このままでは先ほどと同じ結果だ。薙ぎ払いに対応を強いられ吹き飛ばされる。だが同じ事を繰り返すほど心護も馬鹿ではない。



    心護は平突きで無防備にも晒されている刀の腹に刃を叩きつける。すると激しい金属音音と共に大男の握る大太刀は半ばから折れた。


    そしてそのまま心護はもう片方の小太刀を大男の首筋に突き付けて告げる。



    「これで、僕の勝ちです」



    強敵を前に心護は苦しみながらも勝利をもぎ取った瞬間だった。
  40. 40 : : 2016/02/07(日) 03:31:51


    一瞬の出来事に狐につままれたような表情を浮かべていた大男だったが自分の敗北を悟ると同時に、自分が生きているとわかると大声を上げて笑い始める。



    「敵すらも殺めないとはお前さては馬鹿だな。いや実に天晴れ。完敗だ。自慢の技は破られ、命すら守られたとあっては申し訳も立たん」


    今回の相手が豪胆で人間としてできた人で良かったと心から安堵する。彼がこういう性格の人間でなければ心護は既に命がなかったかもしれない。


    「いえ、僕ひとりでは何もできませんでした……次に会うときはもっと腕を磨いておきます」


    「慢心のかけらもないとは……流石だな。ただ白軍には気をつけろ。俺たちのように甘くはないからな」


    真剣な表情で語る大男に心護は強く頷く。


    「肝に命じます」


    「おう。ではな。また何処かで」


    そう言って馬に乗ると、大男は別れの言葉を告げる。


    「あ、名前をまだ聞いてませんでした!」


    「轟木剛健だ!頑張れよ。俺はお前の夢を応援するぞ」


    そう言って剛健は部隊を引き連れて手を振って去っていった。


    剛健が去っていくと気が抜けたせいか足腰に力が入らなくなって尻餅をついてしまう。


    「あはは……情けないなぁ……」


    そう呟くと後ろから見ていた千夜がクスクスと笑う。



    「ほんと情けないわね。手を貸してあげるから、早く立ちなさい。帰るわよ」



    相変わらず厳しさ満点の千夜に、安心してしまう心護は自分は被虐嗜好なのではないと少し心配になるが、そんなはずないと思い込むことにする。


    「ありがとう月ヶ瀬さん」



    そう言って心護が手を取ろうとすると、千夜はその手を引っ込める。


    「千夜でいいわ」


    顔を背けて再び手を差し出す千夜が、今までの冷たいイメージとあまりにかけ離れていて、心護は笑いそうになるのをこらえながら手を取る。



    「ありがとう千夜」
  41. 41 : : 2016/02/07(日) 03:56:30



    「いやぁ、全く。実に素晴らしい戦いでしたよ。流石の私もこれには称賛を送らざるを得ない」


    心護が立ち上がった瞬間、背後から聞き覚えの無い声と称えるような拍手が聞こえる。


    「なっ――」


    心護が咄嗟に振り向くと、木に背を預けるようにして一人の男が立っていた。


    白を基調とした洋風の制服を身に纏い、透き通る様な白髪を肩まで伸ばしている。


    糸を引いた様な細い目は睨め付けた相手を釘付けにしてしまうような威圧感を放っていた。


    心護はその身なりを見た瞬間、その男が敵だと言うことを確信する。


    反射的に腰に差した二振りの小太刀を抜いて臨戦態勢を取る。


    「何で……何で白軍がこんな所に!?」


    しかし、白軍の男は自分に敵意が無いと示すように両手を挙げた。


    「いやいや別に私は戦いに来たわけではないんですよ。ただちょっとした現場確認と言いますか、まあ偵察みたいなものです」


    偵察。その言葉を聞いて、一先ず交戦する気が無いというのを知ると心護は一旦警戒を解く。

    念の為、小太刀は鞘に納めずに手に持ったままではあるが。


    「……そう、ですか」


    心護が警戒を解いた事に喜んだのか白軍の男は笑顔で言った。


    「物分かりが良くて助かります。自分と違う軍を見つけると直ぐに全員敵だと思うような野蛮な連中とは大違いですね。その冷静さ、まだ未完ながらも黒軍の轟木を退かす戦闘能力、実に素晴らしい人材です。どうです?我が軍に来てみる気はありませんか?」


    「すみません。僕にはここでやる事があるので」


    即答であった。


    だが白軍の男も本気では無かったようで、わざとらしく肩を竦めた。


    「残念ですねぇ。まあここで悩むようでしたらら、こちらとしても困りますが」


    白軍の男はそんな風に戯けてみせる。それを見て心護は言った。


    「では僕達はここで。黒軍に見つからないようにお気を付けて」


    心護がそう言うと白軍の男は再び笑顔を浮かべた。


    「敵の心配とは……全く君はつくづくお人好しだ。君の名前は覚えておきます、淺凪心護君」



    そう言って白軍の男は森の中へと立ち去って行った。


    心護と千夜はそれを見届けると馬に跨がり、死体の運搬の準備をしていた隊員達に合流する。


    心護は並べられた死体を前に、込み上げてくる熱い者を感じた。


    しかしもう前に進む事を決めたのだと心護は自らに言い聞かせて、ぐっと堪える。


    いつの間にか止んでいた雨で出来た水溜まりが、雲間から差す夕日に照らされていた。


    「それじゃ、あとは後続に任せて帰ろうか」


    心護はそう言って馬を走らせる。


    それに千夜が続き、その後ろに他の隊員が続く。


    心護は先ほどの白軍の男に不気味さを感じらずにはいられなかった。千夜もそれを感じ取ったのか、先ほどから険しい表情をうかべている。


    あの目の色も伺えないほどの細目の奥で何を考えているのか、到底見当も付かない。


    「まあいいか。考えてどうにかなる事でもないし」


    心護が呟くと、千夜が呆れたように溜め息をついた。


    「貴方は少し楽観的過ぎるんじゃないかしら?奴が偵察兵だとしたらあの黒軍の大男を退けた貴方は戦力に数えられて、ますます危険になるってわかってるの?」


    「……そうだね。なら強くなる理由がまた増えたよ」


    そう答えた心護の顔は真剣そのもので、まるで強くなる事に取り憑かれたかのようだった。


    それを見た千夜は少し心配そうに心護に問い返した。


    「強くなろうとする事が悪い事だとは思わない……でも、それだけに拘り過ぎるといつか何かを失う事になるわよ」


    しかしそれを聞いた心護は思わずと言ったように笑った。


    千夜はそれを怪訝な顔で見る。


    「いや、まさかこんな風にまともに会話ができるなんて思わなくて」


    「そうね。あなたと会話しようとすら思わなかったもの」


    そう言って千夜は馬の足をゆるめて後ろに下がる。


    心護はそれに苦笑しながら帰路を辿った。

  42. 42 : : 2016/02/07(日) 03:59:00

    数日後。犠牲者たちの葬儀が執り行われた。


    精鋭部隊を失った赤軍の損失は大きく、軍師は暫くの間こちら側から行動を起こすことは出来ないと心護たちに説明した。


    赤軍内でも名を響かせる黒軍の豪傑、轟木剛健を心護が退けたという話を軍師に聞かせると、軍師は毎年春に選ぶ新しい部隊長の中に心護を選ぶことを決断。


    言うなればこれは心護の長い努力がやっと報われた瞬間でもあった。


    「爽先輩」


    細い煙が空へと消えていく。徐々に冬へと変わっていく景色の中に混ざり、溶け、馴染んでいく。


    心護は少し離れた場所から、その光景を見つめていた。手には爽の形見でもある小太刀を握っている。拠点に戻った時に返すはずだったのだが、周りの声もあってそのまま心護が所持することになった物だ。


    爽は立派な人間だった。誰もが彼を喪ったことを悲しみ、涙を流すほど。だが心護はもう泣かない。手にした小太刀の心地良い重みが心護に前を向かせたからだ。


    「僕は……必ず、戦争を終わらせますから」


    心護は爽と約束したのだ。戦争を終わらせる、と。赤軍の未来を背負うと言われていた爽に代わり、自分がこの悲しみに塗れた戦いに終止符を打つつもりだった。


    幼い頃に家族にも等しい人を戦争に巻き込まれて亡くし、家族すらも喪いかけた。そしてその時にある男に助けられ、その背中に憧れた。


    誰もが抱く、『幸せになりたい』という願い。そんな当たり前で叶えられるべきはずの願いを、心護は人を守るという行為で守っていく。そう、心護を救ったあの男のように。


    まだ心護はその第一歩を踏み出しただけだ。道は遠く果てしなく、そして険しい。


    「安心して見ていてください。僕はきっと成し遂げてみせますから」


    それでも、心護には誰よりも強い理想がある。それを折られない限り、心護は二度と挫けない。


    そう、二度と。


    心護は落ち葉が敷かれた地面の上にそっと爽の小太刀を置く。そして今度は自分の小太刀を取り出すと、それを横に寝かせて持った。


    「これで、約束です」


    小太刀を鞘から僅かに抜き、そのまま立てて鞘に戻す。すると澄んだ金属音が辺りに響き渡った。――金打。誓いの印として武士が行っていたものだ。


    金打を打つのは固い約束を交わした時だけだ。約束を破れば死を覚悟しなくてはならないというほど重い意味を持つ。


    心護の決意がそれだけ固いものであるという表明だった。


    「――さようなら、爽先輩。そしてありがとうございました」


    爽の小太刀と自分の小太刀。その両方を手に、心護は青空へと呟く。澄んだ青空に消えていく白煙がどこか物悲しくその様子を見守っていた。
  43. 43 : : 2016/02/07(日) 04:03:10
    夜。赤く燃える火を囲みながら、心護と徹、そして千夜の三人は就寝前の生姜湯を飲んでいた。


    辺りは冷え込み、火を囲んでいるにも関わらず手足の末端が冷たくなっているほどだ。もうすぐ厳しい冬がやってくる。この辺りは雪があまり降らないとはいえ、山間部であるために寒さは一際酷いのだ。


    きっと戦局も春まで動かないだろうと、人一倍防寒具を着込んだ軍師が言っていたのを思い出す。



    「なあ心護。……なんで千夜ちゃんがいるんだよ?」


    心護を引き寄せるようにして囁き、千夜の方を指差す徹。暫くぶりに潜り込んでいた白軍から赤軍へと帰ってきた徹は心護が千夜と和解したことを知らない。


    「ああ、千夜はもう僕に対しては怒ってないよ。これからは仲良くしていこうと思って」


    「千夜? おいおい名前呼びってなんだよ! いつの間にお前ら青春してるんだよ!?」


    「あはは……青春ってなんだよ……」


    「一体お前らに何があったんだ……。げ、あいつこっちを睨んでるぞ? ひぃぃ」


    聞こえているぞとばかりに千夜は徹を睨みつけた。生姜湯を啜る千夜の所作にはどこか品が感じられる。ついさっきそれを指摘した時は話をはぐらかされたが、おそらく千夜はそれなりの家庭に育った人間なんだろうと思う。


    「心護……あいつ色気も何もないくせに生意気じゃね? しかも怖いし?」


    「――色気がない? そこの茶髪。それは一体どういうことかしら?」


    「ひぃいいいいッ!」


    胸に手を当てて立ち上がると、千夜はゆっくりと徹へと迫っていく。徹は慌てて心護の背中へと隠れた。どうやら胸が薄いことを千夜は気にしているらしいが、当然鈍感な心護は千夜が何に機嫌を損ねたのかわからず困惑するしかない。


    「淺凪くん。その人、貸してくれるかしら?」


    「あ、えっと……」


    鬼が宿ったような千夜の気迫に、心護は争いはいけないだとか、淺凪くんじゃなくて呼び捨てでいいとは言えず口籠るだけだ。


    「頼むよ心護守ってくれ! オレまだ美人の巨乳を揉むまで死ねないんだ!」


    「胸を――揉む、ですって?」


    「ひぃええ? なんで、なんでそこで反応するんだァアアアアア」


    とりあえず、心護は徹の犠牲によって今後一切胸の話を千夜の前で持ち出してはいけないという教訓を得た。


  44. 44 : : 2016/02/07(日) 04:14:19


    「もうすぐ冬が来て、そして春になる。何とか一年生き延びたわね」


    「うん……一年生は結構減ったけど、僕たちは生きてる」


    「南無阿弥陀……南無阿弥陀」


    春にはそれなりの数がいた同級生たちも、夏になり秋になった頃には大きく数を減らしていた。これが高校三年生になると片手で数えるほどしか残らないという。戦争の恐ろしいところだった。


    「どうせ貴方はもう誰も死なせないって、そう考えてるんでしょう?」


    「すごいな千夜は。よく僕の考えることがわかってる」


    「……単純なのよ、あなたは」


    溜息を吐き、千夜は空を見上げた。心護もつられて空を見上げる。名前も知らない星々が墨を落としたような闇に踊っていた。


    「千夜って、千の夜って書くんだっけ。綺麗な名前だね。月ヶ瀬って苗字も合わさって、何だか神秘的で」


    「……そういう褒められ方をしたのは初めてよ、ありがとう。自分ではあまり好きじゃないから、この名前」


    「そんなに綺麗なのに? もったいないな」


    千夜は上を見上げたまま目を閉じ、暫くそのまま黙った後に目を開けた。


    「何だか、私の生き方を縛られている気がするから。でも――今は違うから、好きになる努力をしてもいいのかもしれないわね」


    「南無阿弥陀……心護ぉ、オレなんでこんな責め苦を? オレって何かした?」


    念仏千回の刑に処された徹が泣き喚きながら心護に縋り付く。驚いて飛び退くと、それに衝撃を受けたのか徹は更に喚いた。


    「心護、お前はオレを見捨てて自分だけにきた短い春を選んだんだな……! いいよ、オレにはこんな可愛い妹がいる!」


    袖で涙を拭き、懐から白い紙のようなものを取り出すと心護に突きつけた。


    「うわ……これほんとに徹の妹? そこら辺で捕まえた女の子とかじゃなくて?」


    「お前失礼だな! れっきとした血の繋がった妹ですよ!?」


    小学生くらいの女の子が写っている写真だ。満面の笑みを浮かべた幸せそうな姿は、写真をみる心護をも幸せにな気分にさせる。


    「確か、前にも言ってたよな。妹のために戦うんだって感じのことを」


    「まあな。オレは家に帰れないから、妹がどう成長していくのかはわからないけど。でも、オレが知ってる妹のこの表情を守ってやりたくて」


    照れたように心護から写真を引っ手繰り、一度眺めた後でまた懐の手帳に挟んでしまう。


    「確か白軍に潜り込む間者よね? 赤軍に帰ってきて危険ではないの?」


    「ひっ……えっと、それはまあ、適当にボロボロになって帰れば山で遭難したように見えるから――」


    「そう。あなたのことはどうでもいいけど、赤軍であると知られて捕まらないようにせいぜい気を張ってちょうだい」


    千夜は冷たい言葉を徹に投げる。こいつらが仲良くなるにはだいぶ掛かりそうだな、と心護は苦笑しながら二人の様子を見ていた。


    「心護ぉ……やっぱこの人怖い」


    「何を言っているの? 殺されてみる?」


    「こ、殺――? 誰に? ねえ誰にぃ!?」


    赤い炎が爆ぜ、乾いた音を立てる。殺し殺される毎日の中で、この一時は嘘のように温かい。


    「ねえ、淺凪くん」


    「え?」


    「あ、ごめんなさいね。名前間違えたわバカ凪くん。ただこれからもよろしくって言おうと思っただけなのだけれど」


    「あはは……僕の方こそ、よろしく」


    だからこそ、今の幸せが続くように武器を取って戦うのだ。この一時を遠い思い出にしないように。




    数十年後、世間一般で学生戦争と呼ばれることになる戦い。1884年の今、三軍の争いは刻一刻と終わりへと向かっていた。







  45. 45 : : 2016/02/07(日) 12:55:45
    乙でした
    自作も期待してまふ(´・ω・`)
  46. 46 : : 2016/02/09(火) 23:09:43
    乙でした
    次作も期待してまふ(´・ω・`)
  47. 67 : : 2016/08/13(土) 13:40:06
    な、なんじゃこりゃあぁぁぁーー!?
  48. 68 : : 2016/08/13(土) 14:57:35
    ハラショー!
  49. 69 : : 2016/08/13(土) 15:01:02
    コメント不可にして下さい。すいません
  50. 70 : : 2016/08/13(土) 15:14:09
    >>67>>68
    コメントありがとうございます
  51. 71 : : 2016/08/13(土) 15:15:29
    >>69
    大変申し訳ないのですが、この作品は終了しているのでコメントを不可にするつもりはありません。私としては読者に楽しんでいただけたのならコメントという形で足跡を残していただければ幸いと考えていますので

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