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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

ルーチンワークの『傍若無人』

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  1. 1 : : 2016/01/07(木) 21:25:46
    いろいろ考えた結果、オリジナルが出来ました。青春ホラーをテーマに最後まで頑張ります!
  2. 2 : : 2016/01/07(木) 21:28:24





    夏の強い陽射しが、お店の窓から射し込んで、木を材質としたテーブルを照らしている。


    こんなに外が明るい日は、電気をつける必要がないという店長の意見で、使い古された電球は久しぶりの休暇を貰っていた。


    陽が当たっていない箇所は薄暗かったが、その所為で、業務用クーラーを稼働させていないにも関わらず部屋の中はひんやりとした雰囲気に包まれていた。



    私と店長しか居ないこの空間は喫茶店の経営的に気まずく、誰か入ってこないかなと、箒を片手に少し曇った窓の方にチラチラと視線を向ける。


    すると、ドアに設置されたベルが心地よい音を立て辺りに響かせた。




    マコ「……あっ! いらっしゃいませ!」



    私は窓からドアの方に目線を移し、おそらくお客様であろうお方に笑顔で接客をする。


    ドアが開いたそこの隙間から陽が射し込み、そのお客様の姿は逆光で影だけしか確認出来なかったが、やけにミステリアスに輝いていた。


    ドアが重苦しく閉まり、外からの陽射しが閉ざされる。


    そのお客様からただならぬ雰囲気を感じ取った私は、暫くの間、仕事も忘れてその人の風貌をジッと見つめていた。


    身体の線は細く、脚はスラッと伸びていてモデルのような体型だ。髪の毛は首の辺りまで伸びており、色はコバルトブルーとマゼンダを交互に着色し、まるで突然変異して色が変わったシマウマのようだった。


    顔立ちは彫りが深く、バロック彫刻を彷彿とさせる。高い鼻は自分への自信の表れだろうか。


    葵色のジーンズを履き、肩や脇腹が露出しているオレンジのTシャツを着こなしてる。


    そうやって全体を眺めていると、首から提げた一眼レフのカメラが視界に飛び込んできた。




    「……Nikon の『D750』だよ」


    マコ「……へっ!?」


    「『へっ!?』じゃない。カメラの名前だ。やれやれ、いつからこの喫茶店はお客様を棒立ちさせ、私物の閲覧ショーに付き合わせるようになったんだ? 」




    急に言葉を並べられ、私の小さな頭は情報処理についていけずパンクしそうだった。


    どう対処していいか分からず戸惑っていると、お店の奥から、店長がゆるりと現れた。



    洞「……すみません。彼女はまだ新人なもので」


    洞「ようこそおいでくださいました。『ワキミチ』さん」



  3. 3 : : 2016/01/07(木) 21:30:54



    年の分だけ顔に皺が刻み込まれているのか、店長の穏やかな口調とは対照的に、表情はとても威圧感があった。


    だが、『ワキミチ』と呼ばれた彼は、店長の圧力に屈するどころか、そのカラフルな髪をかき上げ、




    傍道「新人だから許されると思っているその態度は気に入らないが、まあそれだけでキレて帰るってのも人格が疑われるしな」


    傍道「それよりアイスコーヒーを1杯と、サンドイッチを1切れ頼むよ」




    小言と注文を呟き、勝手に近くの椅子に腰掛けた。


    店長はいつも通りに奥へと戻っていく。



    会計と、接客と、掃除。頭の中で私の仕事を整理するが、とりあえず今は何もしなくてよさそうだ。


    お店の掃除はまだ終わってないけど、お客様の前でそれをするのは失礼に当たるので止めておいた。特に傍道さんという人の前では絶対にしない。


    というわけで暇潰しに傍道さんの行動を観察していると、案の定、脚を組んで、肘をテーブルの上に置き、片手で頭を支え出した。典型的なナルシシストの例だ。




    傍道「……さっきからこちらをチラチラと見ているが、何か用があるのか?」





    ぎくり。


    私は持ち前のポニテを縦に揺らし、思わず口をパクパクさせる。




    マコ「えーっと、その……あ! カメラ! 写真、撮られるんですか?」




    私の咄嗟に思いついた質問を、鼻で笑って一蹴した後、傍道さんは語り始めた。



    傍道「いきなり大胆なことを聞くやつだな。もしこれが僕の祖父の形見の品で、嫌な記憶を掘り起こしてしまったらどうする気だった?」


    マコ「……謝ります」


    傍道「当然だ。僕は違うから運が良かったな」


    マコ(なんだこの人は?)


    傍道「まあ、コーヒーとサンドイッチが来るまでの暇潰しだ……答えてやるよ」


    傍道「『写真』も撮るが、僕は主に『真実』を撮る。僕の職業はフリージャーナリストだ」






    『真実』を……撮る?



  4. 4 : : 2016/01/07(木) 21:32:29



    彼の言葉を聞いて、性格に似つかわしくないことを言うなと思った。


    私に傍道さんの図々しさの1割でもあれば、『キザですね!』と煽ってみたい。



    マコ「へっ、へ〜……あ! コーヒー出来たようなのでお持ちしますね!」



    返答に困っていた私を助けるかのように、アイスコーヒーとサンドイッチをお盆に乗せた店長が、奥に通じるドアの前に立っている。



    傍道「……これ、君がいる意味ってあるの?」



    傍道さんはまたも何か小言を呟くが、私はそんなこと気にしない。彼は、1週間で成長した私の接客の技術を知らないのだ。


    いいだろう。その喧嘩、買ってやる。


    店長からお盆を両手で受け取り、傍道さんに私の偉大さを見せつけてやろうと、私は片手の指だけでお盆を抱える方にシフトチェンジした。


    そして上品に俯きながら、優雅に傍道さんの元へと歩み寄っていった。




    マコ「……ふっ……!」


    傍道「大丈夫かァ〜? 変な声漏れてるぞォ〜」




    傍道さんは完全に煽りモードだった。


    だがここで怒ってしまうと、バランスが崩れ飲食物を溢してしまう。私は模試の恐怖を思い出して怒りを忘れ去った。


    サンドイッチとアイスコーヒーの組み合わせは非常にアンバランスだったが、1週間アルバイトを重ねた私の敵ではない。私の歩みは止まらなかった。







    あと少しで到達できる。その気の緩みから、私は濡れていた床に足元を掬われてしまった。



    マコ(……あッ!? 掃除……途中だった……)



  5. 5 : : 2016/01/07(木) 21:33:23



    掃除を途中で放り出してしまっていた所為で、床を乾いた雑巾で拭くのを怠っていた箇所があったのだ。


    前に倒れるようにして私は足を滑らせ、思いっきり顔面を傍道さんの目の前の床に打ち付ける。



    洞「大丈夫かい……?」



    店長が優しく近寄ってくる。私は恥ずかしさから、逃げ出したり泣きたかったりする気分だ。


    傍道さんは大爆笑しているが、私が呪いをかけておいたのでいずれ不幸が訪れる筈だ。


    てか訪れろ。


    顔を真っ赤にして伏していると、その隣で、店長が床に落ちたサンドイッチを拾っていた。




    マコ「あのっ……!すみませんっ……サンドイッチとコーヒーの代金は私が払うので……!」


    洞「ああ、別に気にしないでいいよ。でも今度からはきちんと足元を確認してね?」


    マコ「はいっ……!」




    店長の優しさで目元に涙を浮かべていると、椅子に腰掛けている傍道さんがまた小言を呟く。




    傍道「説教なんて後にして、さっさとサンドイッチの代わりを持ってきてくれよな」


    マコ(きた失言……!)



    いちいち人の発言に揚げ足を取るのもどうかと思うが、特に傍道さんのようなタイプの人間には、そういうのが最も効くと思う。


    私は店長が奥に戻ったのを見計らい、さっと上体を起こし、傍道さんを見上げながら嫌味っぽさを含んで言い放つ。



    マコ「サンドイッチだけ(・・)でいいんですか? ……コーヒーは?」


    傍道「なんだ? コーヒーはあるが……ひょっとしてお詫びとしてもう1杯持ってきてくれるのか?」



    私は想像と違う傍道さんの態度に、疑問を覚える。もしかして揚げ足を取られたのが嫌で、誤魔化そうと支離滅裂なことを言っているのか?


    そんなことを思いながら立ち上がると、私は自分の目を疑った。




    マコ(な、なんでッ……!?)






    傍道さんの机の上に、確かに1杯のアイスコーヒーが雫を表面につけながら存在していた。


    自分が転んだ位置と、傍道さんの位置を見比べて考える。



    マコ(そりゃ……手を伸ばせば、コップは触れたかもしれないけど……)



    傍道さんがにやりと笑みを浮かべた気がした。




    マコ(ていうか、まず私を助けろよ!)


  6. 6 : : 2016/01/07(木) 21:34:59




    私の心の叫びも気にせず、彼は水滴が付いたコップを握り、一気に口に運ぶ。豪快な飲みっぷりは見ているこっちも美味しそうだった。


    全て飲み終えた後、彼はわざと大きな音を立てグラスをテーブルに置く。グラスの中の氷が心地よく小刻みに揺れた。




    傍道「……やはりここのコーヒーは素晴らしい」


    マコ「……はぁ」



    突然、コーヒーについて語りだす傍道さんに、私はつい気の抜けた返事をする。



    傍道「コーヒーの美味しさは豆によってほとんど決まる。だから、豆に力を入れない喫茶店はない。入れてないところがあったとしたらそこは喫茶店じゃなく、ただのコンビニだ」


    傍道「まあ、だからこそ、豆以外の場所で優劣がつくんだ……彼、名前は『洞 源蔵』というらしいが、コーヒー豆の焙煎に関してはプロフェッショナルだ。こんな小さな喫茶店の店長をやっておくには勿体無いほどにな」


    傍道「水にも気を使っているようだし……代金通り払って後悔のない飲食店ってのもなかなかない。ここは素晴らしいよ」


    傍道「1回でいいから記事にしたいが、どうもここの店長はそういうの嫌うらしいしな」


    マコ「……ありがとうございます」



    私は適当に礼を述べ、彼に早く帰ってもらおうと、店長が作り直したサンドイッチを受け取りにいこうと踵を返す。


    後ろを振り向くと、既に店長が立っており、私は驚きからまたポニテを縦に揺らした。




    洞「こちら、サンドイッチになります」



    一礼して、店長が傍道さんにサンドイッチを差し出す。



    傍道「どうも」



    サンドイッチだけを見つめ、店長に視線を向けない傍道さんに、店長の方から話しかける。



    洞「……どうでしょう。貴方がここに来たということは、やはりこの町に何かあるのでしょうか?」


    傍道「……まあ、ネタは掴んでいるがな。じゃないとわざわざこんな田舎町には来ない」









    傍道「……『此処ど家』」


    マコ(へっ!?)


    傍道「誰もいない筈の空き家から『ここどけ』と聞こえるという理由で、そんな名前が付いた家がある」


    傍道「僕はそこに取材に行く」


  7. 7 : : 2016/01/07(木) 21:35:51




    その話なら私も小学生の頃、聞いたことがある。でも最近、その家の話題で高校は持ちきりだった。



    マコ「数日前、そこに行くと言って姿を消した大学生がいるって……」


    傍道「なんだ。知っていたのか? だったら話は早いな。僕は『真実』を知りにそこに行くのさ」


    洞「そんな……近々取り壊されるという話も聞きますし、危険ではないでしょうか?」


    傍道「違うな、近々取り壊されるからこそ『今』行くんだろうが……」


    傍道「まあ、火のないところに煙は立たぬとはよく言ったものだが」







    傍道「間違いなく『此処ど家』には何かがある」







    洞「……だったら」


    傍道「……でも店長さんも知ってるだろう? 僕には『技』がある」


    傍道「身を守る『技』が」



    洞「む……」




    マコ(『技』……? それってさっき、コーヒーが溢れてなかったのと何か関係があるのかな?)




    だが、それっきり、私が傍道さんに質問する機会が訪れることはなく、彼は会計を済ませ、店を出ていってしまった。



  8. 8 : : 2016/01/07(木) 21:36:12





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    『この物語にテーマがあるとすれば』



    『それは【真実を追う者】の物語』






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  9. 9 : : 2016/01/07(木) 21:57:39



    僕の名前は『傍道 透(ワキミチ トオル)』、職業はフリーのジャーナリストだ。


    気高い仕事だと個人的には思っているが、どうも世間は『フリー』という言葉を聞いただけで見下したような態度をとる。僕から言わせれば心底馬鹿らしい。


    ジャーナリストというのは『真実』を追い求める者のことを指す。ところが、ジャーナリストとして就職してしまうと、やれ出世だ、やれ対人関係だ、と、『真実』を追うこと以外の無駄な労力が必要になる。


    僕が『フリー』というのも、これが一番ベストだからという理由であり、それを否定される筋合いは持ち合わせていない。



    ……おっと、つい愚痴ってしまったな。



    まあ冒険の前のほんの余興だと思ってくれればいい。記事を読んでる君たちも、この記事を書いた奴の心境というのは、感情移入する上で大切になってくるだろう?



    とまあ、そういうわけで僕はなるべく『真実』を細かく話すが、くれぐれも


    『細か過ぎる! こんなのは創作だ!!』


    なんて喚かないでくれよ。君たちが知らない以上に世界ってのは不可解なんだぜ。






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    File『此処ど家』
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  10. 10 : : 2016/01/07(木) 21:58:48




    都内から電車に揺られて1時間。そしてその駅からバスに乗って1時間。


    E市N町。のどかで自然に富んだ田舎町だ。バス停に立つと、爽やかな鳥の囀りが聞こえる。


    そしてバス停から美味いコーヒーを出す喫茶店まで徒歩5分。さらにそこから徒歩1時間の場所。


    その、町外れの人気のない場所に、ポツンとひとつだけ古びた木の家があった。周りはやけにこざっぱりしており、アスファルトで整備すらされていない。剥き出しの土から幾らか雑草が生えていた。


    僕は前々からこの家、通称『此処ど家』の噂は聞いていたのだが、いまいちただの噂話っぽく、間に受けてはいなかった。


    どうも誰もいない空き家から『ここどけ』と聴こえるという理由から、そんな名前がついたらしい。


    近々取り壊されるとも聞いていたし、一生訪れる機会はないと思っていたのだが……


    なんと数日前、ここに行くと言って行方を晦ませた大学生がいるというのだ。結果、僕はこの溢れる好奇心を抑えることが出来ず、この噂話に決着をつけようと、カメラ片手に遥々ここまで来た。


    まあ、『真実』を取材するにあたって、情報収集というのは欠かせない。だからこそ僕は、『此処ど家で行方不明になった大学生』とやらの個人情報を根こそぎかき集め、プロフィールを作った。特別に見せてやるよ。



  11. 11 : : 2016/01/07(木) 21:58:56
    期待!!
  12. 12 : : 2016/01/07(木) 22:00:12
    >>11
    ありがとうございます! とにかく頑張ります!
  13. 13 : : 2016/01/07(木) 22:01:00






    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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    〜行方不明になった大学生〜


    名前『土魔 平田(ツチマ ヘイタ)』


    年齢『20歳』


    性別『男』


    所謂オカルトオタクらしく、耳に挟んだ都市伝説や噂話をその場に行って確かめるほどらしい。出身はこの田舎町らしいが、数日前、行くなという周りからの反対を押し切り、『此処ど家』に向かったっきり、連絡が取れていない。


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    傍道(親は警察に捜索願を申し立てたが……『此処ど家』だけは捜査してくれなかったらしい)


    傍道(その他にも、『此処ど家』が空き家になった1970年から、この町で行方不明になった人数はざっと数えただけでも明らかに他の町の平均より多かった。間違いない……この家には何かがあるッ!)




    傍道「そして、やれやれ……思ったより時間がかかったな」



    あまり体力に自信がない僕は、ここまで徒歩でくるだけでお気に入りのシャツを汗でびしょ濡れにしてしまった。


    辺りは既に薄暗く、オレンジ色に煌めく夕日はもう直ぐ山に吸い込まれてしまいそうだった。


    1秒でも早く『此処ど家』を調べようと、雑草が生い茂る敷地内へと足を運ぶ。すると、不意に脛へと鋭い痛みが襲いかかった。視線を足元に向けると、棘がある草を見つけ、それが繁殖していることに気づく。


    白い花を付けるこの種はワルナスビだろう。棘を持ち、果実には毒がある。除草が難しく、害虫を呼び寄せる最悪の雑草だ。



    傍道「畜生……少し血が出てるぞ」



    僕は悪態をつき、辺りを蹴り払う。


    前の家を憎たらしく見つめていると、夕日の妖しさも相まって、ただの木造建築が、何か恐ろしい蠢めく生物のように感じた。気圧され、額を冷汗が流れていく。


    僕は逆にワクワクしながら、ほくそ笑み、さらに奥へと足を踏み入れていった。




  14. 14 : : 2016/01/07(木) 22:02:26






    ガラス張りの軋む木戸を横に引いていき、闇が広がった内部をを見回した後、玄関へとそのまま入る。


    すると、肌を突き刺すような冷気が身体を包み込み、服を背中に張り付かせていた汗が、急に冷やされていくのを感じた。


    傍道「なんだこれッ……夏なのに寒いぞッ!?」


    霊がいるとでも言わんばかりに、中は暗く冷たかった。それとも夏を涼しく過ごすための昔ながらの知恵が、この家に施されているのだろうか。


    とにかくそれは分からないが、それが引き退る理由にはならない。僕は土足で廊下に上がり、慎重に一歩ずつ進んでいった。



    傍道「懐中電灯を持って来ればよかったな」



    自分の準備の悪さを悔やんでいると、ところどころ蜘蛛の巣がある階段が視界に写る。


    二階建てらしいこの家は、玄関の直ぐ近くに二階へと続く階段があった。外観から予想するに、二階はおそらく一室あるかどうかの大きさだろう。


    僕はゲームのRPGでもしらみ潰しに調べ尽くす性格であるため、まずは一階を捜査しきってから二階に向かおうと考えた。


    奥へと続く一本道の廊下の横に、ドアノブの付いた扉が取り付けられている。そこを少し開け中を覗くと、畳が広がった茶の間の様だった。


    ドアノブの扉と畳の組み合わせは珍しいなと思ったが、それだけで特に代わり映えはなかったのでスルーして、奥の方へと足をさらに踏み入れる。



    廊下の終わりは、また設置されていたドアノブの付いた扉により直ぐに訪れた。


    ひと呼吸置き、それをおもむろに押していく。


  15. 15 : : 2016/01/07(木) 22:03:46



    僕の視界は、廃れた家具が揃っている光景を捉えていた。和風チックなリビングだと感じる。


    冷気が廊下から吹き抜けてくるので、少しでも緩和しようと扉を閉めた。


    室内には埃かぶった机と、百足のような節足動物がのそのそと這う椅子が置いてあり、それらはまるで長い間誰にも使われていないことを示しているようだ。


    そんなことを思いながら、視界に写るであろう次の扉を探していると、それをなかなか発見することが出来ないでいた。



    傍道「なんだ……これで終わりか?」



    肩透かしを食らった気分だが、確かに常人が此処に来たら、この異様な雰囲気に飲み込まれ自我を保てなくなるかもしれない。


    溜め息をつきながら、せめて大学生の行方くらいは分からないものかと、やるせなく辺りを見渡していると、その身を暗さで隠すかのように存在している引き戸を見つけた。


    堂々と近寄り、一気に開ける。気持ちは半分くらい、二階の方に移っていた。






    中から飛び出したのは、仰け反りたくなるほどの異臭だった。



    傍道「こッ!? この鼻が曲がるような不快な臭いは……ッ!?」



    僕は鳥肌が沸き立つのを感じていた。


    その扉の先にあったのは、どうやら洋式トイレと木造の風呂らしい。これらを一緒くたにする家は珍しいが、最早そんな些細なことはどうでもよかった。



















    洋式トイレの便器の中へと頭を突っ込む形で、人間が倒れこんでいたのだ。


  16. 16 : : 2016/01/07(木) 22:05:06


    その手は便器に触れていたが、どうやら力は入ってなさそうだった。微動すらしないその身体を、呼吸をするのも忘れて瞬間的に眺めた後、咄嗟にしゃがみ、それに触れる。


    こいつの死因を見つけないと、次にこうなるのは間違いないなく僕だからだ。




    傍道「……トイレに突っ込まれての溺死なのか……!? いや……!!」



    その人物の背中をトントンと叩き、内部の水の様子を確かめる。



    傍道「『泡沫(これが僕の技だ)』ッ!!」


    傍道「……どういうことだ? 肺に水と空気がシェイクされてできた泡が見られない。溺死なら、肺の中にそれらが見られる筈だ。ということはつまり、『こいつは水を飲み込む前に死んだってことだッ!! 死因は溺死じゃないのかッ!?』」



    僕は本当の死因を探るため、死体の便器に埋まった頭部へと視線を向ける。


    すると首筋辺りを、薄っすらとした赤い跡が付いているのに気づいた。



    傍道「何か鋭利なもので斬りつけられたかのような痕があるぞ……本当の死因はこれかッ」



    便器の内部は汚れて黒ずんでいたし、暗かったので分からなかったが、目を凝らして見ると、どうやら赤い液体が乾燥してこびりついているのに気づいた。


    きっと、ここにいたところを何者かに便器に頭を突っ込まれ、その上で首筋を何らかの凶器で切られたのだろう。



    傍道「おそらくこいつは行方不明になった大学生だ…… そしてこれをやった『何者か』とはッ!?」





    ぐうおん。


    さっき扉を閉めたリビングの方から、禍々しい気配がここまで伝播した。




    傍道「ッ!?」


    傍道「クソ……わかったが、少し遅かったかッ!?」


  17. 17 : : 2016/01/07(木) 22:16:46



    僕はその場から飛び退き、先程いたリビングへと向かう。


    そこには無造作に閉じられた扉が、行き場を無くしたかのように存在しているだけだった。


    いや、『何もない』というのは嘘だ。人の目は、恐怖を避けるあまり無意識に情報を排除する。


    僕はカメラを構え、その部屋を見渡した。



    傍道「『写真』は『真実』を写し出す……」


    傍道「カメラのフィルター越しに見た光景は『真実』だ……!」



    カメラ越しに見た世界は、直に見た世界と特に変わりは無かった。


    ただ、ドアの横に、錆びた鎌を握りしめた、黒い長髪の人影がいる。そいつは白い服を着ていたが、それは赤い染みだらけだった。




    傍道「ハァー……ハァー……」




    さっきの死体をやったのは間違いない、こいつだ。そして、僕はもうこいつの正体を突き止めている。



    殺すということは、即ち汚れるということ。それは比喩の意味もあるし、文字通りの意味もある。


    トイレや風呂場は基本的に汚れても良い場所だ。日頃から排泄物などを流すのだから。


    そしてさっきの死体は、そこで殺されていた。ということはつまり犯人は、『家が汚れるのを嫌う人物』だということになる。




    傍道「お前は、『この家の主人の亡霊』だな」


  18. 18 : : 2016/01/07(木) 22:17:59



    僕の言葉を理解したのか、そいつは髪に覆われた顔で嗤った気がした。だがこの笑みは友好的なものではなく、『だからどうした?』という類のものだろう。


    そいつは裸足で一歩ずつゆっくりと踏み出し、僕の方へと近寄ってくる。



    傍道「悪いが、やすやすと殺されるわけにはいかないッ」



    僕はカメラから目線を外し、直ぐ側の百足が這っていた椅子を、亡霊の方へと蹴り飛ばした。


    二転三転した後、それは破壊音を立てながら壁へと打ち付けられる。


    再びカメラへと視線を落とすと、亡霊は何とも無かったかのように佇んでいた。いや、正確には、少しずつこちらに近づいてきている。



    傍道「クソ……非常にマズイな。霊には幾つか種類があるが、こいつはどうやら『こちらとの干渉をほぼ受けない』タイプの霊らしい」



    こういうタイプの霊は大抵、現世との因果を断ち切られる寸前まできているのだが、おそらく何か強大な『未練』がこいつを現世に縛り付けているのだろう。


    そんなことを冷静を装って考えているが、霊は着実に、血の付いた服を揺らしながら、こちらへと歩んできている。


    逃げようと脚に力を込めるが、一向に動く気配がない。金縛りにでもあったかのようだ。


    そして亡霊は僕の目の前に立ち、手に持つ薄汚れた鎌を振り上げた。



    傍道「まさか……それで僕を……!?」



    あんぐりと開けた亡霊の口の中は、まるで異界に繋がっているかのように真っ暗だった。


    亡霊の髪から覗ける螺旋のような目は、確実に僕の手首を睨みつけている。


    僕はカメラを離し、亡霊を見るのを止めた。





















    僕の手首が突然抉られ、そこから真紅の血液が飛び散る。



    傍道「ああッ……!!」




  19. 19 : : 2016/01/07(木) 22:18:24













    傍道「ああ、くれてやるよ。だが『これだけ』だがな」










  20. 20 : : 2016/01/07(木) 22:19:27






    僕の手首から飛び出した血液は急に、蛇のように空中で固まり、そのまま亡霊がいるであろう場所へと蛇行して襲いかかった。


    この世のものとは思えない断末魔が部屋に響き渡る。


    真紅の蛇は目標を捉えたのか、暫くそのまま形を保っていたが、その後空中で自らを破裂させ、辺りを赤く染め上げた。


    僕の手首の血は、既にピタリと止まっていた。




    傍道「『泡沫(バブル・アンド・エンド)』……この『技』は『液体』を操る」


    傍道「例えば、振動で液体の情報を探り当てたり、水源を刺激して液体を出させたり、『触れた液体をコントロール』したりなッ」



    この『技』を身につけたのはアフリカのとある遺跡でだが、それはまたいつか話そう。


    僕は呻き声をあげる亡霊をカメラから見据え、憎たらしく言い放つ。



    傍道「お前の服……血塗れだが、それは返り血か? 」



    傍道「返り血ってことは、お前、『血には干渉』するんだろッ!! だから僕も『血』で攻撃したッ!!」




    僕の声に気圧されてか、亡霊は扉をすり抜けて、廊下の方へと消えていく。


    僕はそれを追うように、扉を乱暴に開け、全力疾走で行方を探った。


  21. 21 : : 2016/01/07(木) 22:20:20



    亡霊が階段の方へと姿を移すのを見たため、本能的に二階に何かがあるのだと察した。僕はそこに『真実』があることを祈った。



    手すりに手をかけ、軋む階段を一歩ずつ慎重に上ると、とある部屋に辿り着く。そこに広がっていたのはただの書斎のようだった。



    傍道「なんだこれ……本棚があるぞ……」



    そこの本棚に並べられた本の表紙は、どれも虫に食い破られていて、触りたくはなかった。


    唯一、綺麗な本を視界に捉える。


    疑問を抱きながらそれを開くと、何やら日記帳のようであることに気づく。


    黒い万年筆で達筆に書かれたそれを、僕はいつの間にか朗読していた。



    傍道「『……1969年、12月、5日。晴れ。……巨大なゴミ処理場をこの辺りに作るため、この家を明け渡すように政府が言ってきて、もう十年の日々が経った。恐喝に怯え、見えないところでは暴力も受けてきた。家族はストレスで皆、どこかへ行ってしまった』」


    傍道「『私は祖先から受け継いだこの家を守らなければならない。これは、私の意地だ。……私はもう長くないだろう。もし、この日記帳を見た者がいたら、真実を明かして欲しい。本来なら私がやるべきことだろうが、ことごとく政府の奴らにそれを邪魔される。証拠は一階の茶の間の畳の下に隠してある。どうか頼んだぞ。こうして最後まで戦って死ねるのだ。私に悔いはない。』」



















    傍道「『……だが、寂しかった。』」







    傍道「……」



    僕はそれを本棚に戻すと、溜め息をついた。



    傍道「……やれやれ、1日で終わる日記帳とは、三日坊主も呆れるな」



    僕はカメラを構え、本棚を写真に収めた後、踵を返して一階へと向かう。



    傍道「……安心しろ、『真実』を伝えるのが僕の仕事だ」






    ーーーーー

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  22. 22 : : 2016/01/07(木) 22:21:05




    流石に暑過ぎるということで、今日は店長のオーケーを貰い、店内ではガンガンに冷房を効かしている。


    私は週刊誌『ルーチンワーク』を片手に、感嘆の声をあげていた。




    マコ「スゴイ!! 傍道さん、政府の悪行を暴いちゃったじゃないですか!?」


    傍道「……結局、『此処ど家の主人』が残した証拠は風化して解析不可能だったし、依然変わらずあそこの取り壊しも決定したままだがな」


    マコ「でも今度、大学生死亡事件について、本格的に警察が捜査を始めるらしいじゃないですか!もしかしたら、政府が不当に立ち退きを命じていた証拠も出るかもしれませんよ!!」


    傍道「……そもそも、警察があそこを捜査しなかったのも、おそらく政府が証拠を出すのを嫌って上から圧力をかけていたからだろうな。今さら出ても握りつぶされるだけさ」


    傍道「というか、それはいいが君、仕事はいいのかい?」


    マコ「ええ!! 今、傍道さん以外にお客さんいませんので!!」


    傍道「それは喫茶店的にはマズイんじゃないか」



    私は再び『ルーチンワーク』に視線を落とし、隅から隅まで記事を眺める。


    その中には、幾つか読者のコメントもあった。


  23. 23 : : 2016/01/07(木) 22:21:59



    マコ「……え〜何々、『やっぱり先生の話は面白いです!』『先生の写真雰囲気出てますね!どんなコラソフト使ってます?』『この溢れるリアリティ! 素晴らしいです!』」


    マコ「……こ、これって」


    傍道「チッ……ああそうだよ!! 僕の記事は、いつも創作扱いさ!!」



    傍道さんは机を叩き、カメラを握りしめ、唾を飛ばしながら講義した。



    傍道「どうせ君も、創作だって思ってるんだろ!?」


    マコ「い、いえ……私は、本当だと思ってますよ? 多分、『此処ど家のご主人』も傍道さんには感謝してると思うんです」


    マコ「だって、何十年間も独りで家を守ってきたんですから」


    傍道「……フン、どうだかな」


    マコ「でも、感動出来る話じゃありません? 何十年間も家を守ってきた亡霊が、家が壊されるのを知って、たまたま訪れた大学生を使い、注目を集め、再び政府に喧嘩を売るんですから!!」


    傍道「いや、大学生を使うっていうか、殺して……」





    傍道「ッ……!」




    傍道さんは急に、ハッとしたような表情を見せ、顔色を酷くする。




    マコ「どうされました?」


    傍道「いや……そもそも、どうやって亡霊が家が取り壊されるのを知ったのかと思ってな」


    マコ「え……? それは……」






    傍道「……これは僕の推測だから証拠は何もない。あくまで1つの可能性として聞いてくれ」



    傍道「亡霊は最初は侵入者を家を守るために殺していたんだ」


    傍道「……しかし、何十年と人を殺していくうちに、いつしか『殺す』ことの快楽を覚えてしまった。『死んだ』自分が、『生きた』人間を殺すことにな」


    傍道「そして、霊である自分の力を使って人を誘き寄せ出した」


    傍道「……実際、大学生も、僕も、あの家に魅力を感じ、何かの力で誘き寄せられた。警察の捜査はあくまで結果だ。本当の霊の目的は『人を殺す』ことにあったんだよ」




    傍道「亡霊は『血』だけに干渉していた……だからこそ僕は奴を撃退出来たのだが」










    傍道「それは奴の『望んだ』ことだったんだよ。返り血を浴びて、相手の死を感じるために」






    ぞわり。


    私の背中を、鳥肌がかけていくのを感じた。お気に入りのポニテはまだびくびくしている。




    傍道「なあ、警察の捜査はいつからだ?」


    マコ「えーっと、多分……今日からだと思います」





    私は腰に力を入れられないでいた。そして傍道さんがボソリと、「何事もなければいいがな」と呟いたのを聞き逃さなかった。




    File『此処ど家』 完。





  24. 24 : : 2016/01/07(木) 22:23:57
    完結です! まとまった短編的なのを考えるの好きなので、いつかまた書いてみたいです。最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました!!
  25. 25 : : 2016/01/08(金) 08:04:31
    最初から最後まで筋が通っていて、読んでいる間浮かんだ疑問が次々と解決されていく心地よさを覚えました。面白かったです!お疲れさまでした!
  26. 26 : : 2016/01/08(金) 14:54:00
    一度読み始めたら魅入ってしまいました…!途中から、冒頭では謎の対象だった傍道さんに視点が切り替わるのが面白かったです!お疲れ様でした!
  27. 27 : : 2016/01/08(金) 16:55:23
    >>25
    こんなことを出来るのが短編のいいところだと思います! ありがとうございました!!

    >>26
    個人的にマコのキャラ気に入ってるので、また書いてみたいです。閲覧感謝です!!
  28. 28 : : 2016/01/17(日) 00:25:05
    奇妙な空気感と絶妙な言い回しが実に素晴らしい作品でした!
    流石です!感服致しました!

    続編も楽しみに待たせていただきます!
  29. 29 : : 2016/01/17(日) 17:39:16
    >>28
    本当にありがとうございます!!ガチで嬉しいです!! また頑張りますので、その時はよろしければお願いします!!

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Koutarou

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