ssnote

x

新規登録する

作品にスターを付けるにはユーザー登録が必要です! 今ならすぐに登録可能!

このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

最後の聖戦3

    • Good
    • 13

loupe をクリックすると、その人の書き込みとそれに関連した書き込みだけが表示されます。

▼一番下へ

表示を元に戻す

  1. 1 : : 2015/12/28(月) 19:38:03








    Do you insist to lash the same faults as found in yourself that you see in others?






    ──お前は他人の中にある自分の欠点を鞭打とうと言うのか





    William Shakespeare








  2. 2 : : 2015/12/28(月) 19:43:33
    ✳︎このssは合作です。 (クリスマス大遅刻マン)


    ✳︎このssは過度なリア充表現を含みます。非リアの方は心臓や脳、及び身体の重要器官に深刻なダメージを負う恐れがあります。閲覧の際はくれぐれもお気を付けください。


    ✳︎また、今回もあまりクリスマス関係ありませんが、悪しからず。


    ✳︎最後にこの作品はフィクションです。実際の実際の団体・人物等とは一切関係ありません。



    今回から製作陣が一人増えましたが、ギャグセンの塊なのでお楽しみに()
  3. 3 : : 2015/12/28(月) 20:04:56










    T都某所──



    そこには今時名探偵コ◯ンですら見たことがないほどの黒ずくめの者達が集っていた。



    すっぽりと顔を隠すように深く被ったフードの隙間から覗く吊り上がった口元を、ちらちらとロウソクの炎が照らしている。



    真っ暗な空間の中、明かりは幾らかの火を灯したロウソクのみという状況で、円状に並んで立っており、何かをブツブツと呟いているようだった。



    そしてその中央には黄色い何かが置かれているが、それが何なのかはおそらく彼ら以外に理解できる者はいないだろう。



    ただひとつ言えることはその姿は、見ているだけで怖気が走るような雰囲気を醸し出しているということだろうか。




    静寂の中に恨言だけが小さく延々と響くような、そんな気味の悪い空気がその場を支配していた。



    そしてある時を境に、その中の一人が大きく声を上げる。



    「おお!我が父よ!すぐにあなた様に贄を捧げましょう!」



    そう嬉々とした様子で唾液を撒き散らしながら天を仰ぎ叫ぶ。



    そして、一度息を吸い込むと今度は低く唸るように告げた。







    「我ら非リアの未来に栄光を……」





  4. 4 : : 2015/12/28(月) 20:39:33















    「ぶえっくし!……ぁー、これだから冬は嫌なんだよなあ……」


    都内某所に建つ、何ら変わったところのない二階建ての木造建築。
    小西フラ男の家には今日もいつものメンバー、所謂『いつメン』が集まっていた。


    フラ男「今年も、まーた風邪ひいちまうよ」

    「あー。昼間は暖房で暖かくても、寝てる間とかはなー」

    「天下のフラ男様も、病気ばかりはお手上げですってか」


    そう言ってフラ男をからかうのは、青山 龍音と亀山 玄氏。
    だらしなく寝そべりながら半笑いを浮かべる彼らに、フラ男は天井に取り付けられたエアコンを指差して言う。


    フラ男「昼間は暖房で、ってわけにも行かねえんだよ……前に調子乗って一日中つけてたら大目玉食らってな、それからはずっと使用禁止だ」

    龍音「うわキッツwww」

    玄氏「どーりでついてねえ筈だわwww」


    今でこそ平和に笑っているが、実は彼らが今のような仲となるまでには数多くの事件があった。

    聖夜に巻き起こった、リア充と非リアの頂上戦争。その翌年に起こったタイムトラベル騒動。未来のリア充達が起こした魔竜召喚事件。

    幾度もの死線を越えて、今彼らは笑っているのだ。



    毎年の12月25日、つまりクリスマスになると彼らが自然とフラ男の家に集まるのは、それらの事件の影響でもあった。
  5. 5 : : 2015/12/28(月) 21:00:56


    とは言え、そんな事件を乗り越えてきたような迫力は皆無で、3人はダラダラと暖房の無い部屋でかなり着込みながら談笑している。

    玄氏と龍音からすればわざわざ寒い中歩いてきて、ようやく暖かい部屋に着いたと思えばこの寒さである。
    表面上笑ってはいるが、2人は心の内でフラ男に舌打ちをしたのだった。




    と、その時ガチャリと部屋のドアが開いた。


    「ういーっす……って寒っ!?外と変わらねえじゃねえか!!」


    そう言って入ってきたのは『いつメン』の四人目、鈴鳴 健太だ。

    彼もまた他の三人と同じく、幾つもの事件を解決してきた一人だ。


    フラ男「俺の部屋のドアはどこで○ドアで北極に繋がってんだよ、騒いでんじゃねえ」


    健太「おお…何回も来たけど初耳だわ、メリークリスマス」


    彼は戸惑ったままだったが、手土産のサ○ポロ一番味噌ラ○メンをフラ男に手渡した。


    フラ男「おっ、これこれ。サンキューな」


    龍音「お前ほんとそればっかだよな」


    玄氏「よくもまあ飽きねえもんだぜ」


    フラ男「うるせえな。ラーメン美味いだろうが」


    そう言ってフラ男はおもむろにラーメンを作り始めた。



    それを横目にしながら健太が思い出したように口を開いた。


    健太「そう言えばよ、ここに来る途中で変な服来た奴らに会ったんだよ。なんか宗教みたいな感じで、結構不気味なんだわ。目が生きてないっつーかよ」
  6. 6 : : 2015/12/28(月) 21:32:32


    龍音「姫宮に調教された遊楽をみたのか。怖いことだが、まあその辺によくいるよなー」



    龍音が健太の言葉を半ば聞き流しながら適当な受け答えをする。



    健太の話は割と誇張が混じり話半分的なところがあるため、ちょっと変な人を見た程度だと解釈したのだ。



    健太「ブチギレたわ。まじキレた。あんなやつそこらへんにいたらドン引きだわ」



    玄氏「いや、ことあるごとにブチギレたって言い出すお前にドン引きだから。んで、そいつらがどうしたんだよ」


    すこしふざけた掛け合いをしながら、玄氏が話を本題に戻す。すると健太は冗談とは思えない神妙さで話し出した。



    健太「いやな。そいつらからガルマラシャに似た空気を感じた……気がする」




    健太の曖昧な言葉に反応したのはラーメンにお湯を入れ終えたフラ男だった。



    フラ男「いや気がするってなんだよ。あんな嫌な気配いたらすぐわかるだろ」



    フラ男の言葉に眉間に手を当てて健太は考え込むような素振りを見せる。



    健太「いや、それがほんの一瞬だけでよくわからん。なんか嫌な予感?みたいなもんだ」



    龍音「要領を得ない話だな。気のせいだろどうせ」


    健太「気のせいか……」


    健太自身あまり自信がないのか、釈然としない様子ながらも話をそれ以上掘り下げることもしなかった。



    否、それ以前に掘り下げる事すらできなかった。



    それもそうだろう。




    突然フラ男の部屋の窓ガラスをぶち破り筋骨隆々の腹筋の部分だけ穴の開いたセーターを着たシックスパック男が現れたのだから。



    「HAHAHA!どうも!腹筋自慢のマッスル原田参上しました!フラ男さんお久しぶりです!」



    その場の空気が二重の意味で凍る中、マッスル原田と名乗る男は豪胆に笑い声を上げ続けた。


  7. 7 : : 2015/12/28(月) 22:10:45


    フラ男「……なんだこいつ」

    玄氏「取り敢えずブン殴るか…?」

    龍音「頭イカれてんな」

    健太「クソみてえなファッションセンスしてんな」

    「「「「……」」」」


    頬に汗を浮かべながら冷ややかな視線を向けるフラ男たちとは対照的に、原田はひたすら笑い続ける。

    謎の訪問者に、フラ男の部屋の空気が硬直していた。当人たちですら現状を把握出来ていないその空間は側から見れば一層奇妙である。ここに病院を建てれば、きっと建てた病院が逃げるだろう。


    そんな空気を打ち破るべく、勇気と共に口を開いたのはフラ男だった。


    フラ男「えーっと……取り敢えず誰だよ?久しぶりって言われても、少なくとも俺の記憶にはないんだが……」


    マッスル「えええ!!忘れたんですかフラ男さん!?この私の腹筋を!!鍛え抜かれた腹筋を!!!」


    フラ男「いや知らねえわ何だよお前腹筋の妖精か。脳みそ腹筋か」


    マッスル「最悪ですよ……最悪ですよフラ男さん!!思い出してください、私と共に過ごしたあの夜を!!私の腹筋で、腹枕でスヤスヤと寝てたじゃないですか!!」


    フラ男「気持ちわりいよ!!」


    玄氏「フラ男……流石の俺もそれは……」

    健太「性癖には割と理解あるつもりだけどよ…それはねえわ……」


    フラ男「だから違ーっつの!!」


    フラ男にあらぬ疑いがかけられる中で、原田はワハハと一層愉快そうに笑った後、声のトーンとテンションを一回り下げて言った。


    マッスル「あはは、冗談ですよフラ男さん。ごめんなさい。……改めて自己紹介しましょう。私はマッスル原田。こういう者です」


    そう言うと、原田は一枚の名刺を取り出して見せた。


    フラ男「何々……『全日本筋肉愛好会、名誉会員 マッスル原田』……何だよこのふざけた肩書き」


    マッスル「ええ、私こそ筋肉愛好会のマッスル四天王が一角、腹筋の原田です。以後お見知り置きを」


    原田が腹筋を強調するポーズをとったが敢えて無視して、フラ男は本題に切り込む。


    フラ男「……んで、その筋肉愛好会のマッスル原田がここに何の用だよ。窓ガラスぶち破ってまで……後で弁償しろよな」


    マッスル「ええ、実はですね……単刀直入に言います。フラ男さん達に、とある大会に出て欲しいんです」


    フラ男「とある大会?」


    マッスル「ええ。その名も……」






    マッスル「闇の武闘会(てんかいちぶとうかい)
  8. 9 : : 2015/12/28(月) 22:51:00

    健太「……!」


    フラ男「闇の武闘会……ってそれ、ドラゴンボー○に出てくるアレの事か?」


    マッスル「そうですね!いや、厳密にはそうでは無いですがモチーフになっています!」


    原田は尚も腹筋を強調するポーズを取り続けながらそう言った。


    龍音「モチーフ…ってことは内容はやっぱし闘い……だよな?」


    マッスル「ええ勿論です!流石に察しが良いですね。やはり貴方達の所に来て良かった」


    原田は先程までとは違う、どこか神妙な顔つきでそう言った。

    四人はその様子を見て、只事では無いのだろうと確信した。


    玄氏「で、その闇の武闘会とやらになぜ俺達に出て欲しいんだ?」


    マッスル「ええ、ですが実質出場して貰いたいのはフラ男さん以外・ ・ ・ ・ ・ ・ ・の三人なんです」


    そう言いながら原田は六つに割れた腹筋のうち、三つをトントントンと叩いた。

    フラ男はそれを無視して原田に尋ねた。


    フラ男「俺以外……?俺は何もしなくて良いのか?」


    マッスル「まさか!フラ男さんにはもっと重要な仕事が……いえ、お願いがあるのです」


    そう言って、原田は一拍開けてフラ男の顔を見ながら言った。


    マッスル「貴方には、闇の武闘会を裏で操る悪の非リア教団……通称幻の黄金鶏(ヒ ヨ コ)教を壊滅して貰いたいのです!」


    原田はボディービルにおいて腹筋をより強調するポーズ……アブドミナル&サイをキメながらそう言った。
  9. 10 : : 2015/12/28(月) 23:00:56
    頑張れ
  10. 11 : : 2015/12/28(月) 23:31:51



    フラ男「は?やっぱお前ただの腹筋キチなのか?」


    思わず口を突いて出たというように、間髪入れずに告げると、慌てて原田がそれを訂正する。


    マッスル「いやいや。私がおかしいとかではないんです。話せば長くなりますが、本来私主催である闇の武闘会がその"幻の黄金鶏教"に乗っ取られてしまいました。それを3人が囮となり、フラ男さんに裏から壊滅させ大会を取り返して欲しいのです」



    原田の話を聞いて、4人はなにやらスッキリしなかった。闇の武闘会とはいえ、乗っ取ったところで何のメリットがその宗教にあるのだろうか。


    彼自身が嘘をついているという可能性もなくはないが、逆に原田が武闘会を乗っ取ったところでメリットがあるとも思えない。


    観戦者の入場料目当てというには度が過ぎている。


    龍音「2つ聞きたい。1つ目は奴らがどういった宗教なのか、あとは奴らの目的だ」



    龍音の質問に原田は苦々しい様子で顔をしかめた。


    マッスル「奴らは非リアの神を信仰する昔滅びたとされる宗教を信仰しています。目的は全くわかりません。怨みを買うような覚えもないですし」



    玄氏「ふむ。まあいいんでねぇの。どうせ暇なんだし」


    一同玄氏の言葉にうなづいて、依頼を受ける事に同意の旨を原田に伝えた。



    マッスル「ありがとうございます!!明日が大会なのでお願いしますね!」



    しかし、喜ぶ原田を前に健太は少し居心地悪そうに手を挙げる。


    健太「いやぁ……すまん……俺彼女と約束があってだな」


    龍音「あ"?」



    チャイニーズマフィアもちびって逃げ出す様な顔で、龍音が健太を睨みつける。


    少し肩を跳ねさせながらも健太はなんとか向き直る。


    健太「ほんと悪いけど。前から入ってた予定だからな?勘弁してくれよ」



    フラ男「まあそれは仕方ないだろ。龍音もそんなやばい顔すんなって。またぶち込まれるぞ」



    すかさずフラ男が、龍音を茶化す様にしてなだめる。



    マッスル「健太さんのことは残念ですが、大丈夫ですよ!一応他にも参加者の方はいますし!では私はやることがあるので失礼」




    原田が帰った流れで、他のメンバーも解散の運びとなった。



    各々大会ということで力試しができることを楽しみに感じ、胸を躍らせていた。




    そして、ついに大会は幕を開ける。









  11. 12 : : 2015/12/29(火) 00:04:54



    龍音「さて、取り敢えず会場まで来たわけだが」


    玄氏「こんなでっかい建物、なんで今まで気付かなかったんだろうな……ひゃー高え」


    原田に教えられた通り、会場である筋肉愛好会保有のビルに来た龍音と玄氏。

    彼らはビルを見るなり、その巨大さに圧倒された。窓の数を見る限り50階層はありそうな高さだ。


    玄氏「でも、俺らが行くのは……」

    龍音「そう、上じゃねえ。…おし、行くぞ」


    そう言うと龍音はビルの入り口の隣、『関係者専用』と書かれた小さなドアの前に立った。


    龍音「……っ」


    龍音の頬に、一滴の汗が流れる。

    彼の脳裏によぎるのは、昨日原田と交わした会話だった。



    ーーーーーーーーーーーーーーー



    マッスル「そうそう、一つだけ注意なんですが……闇の武闘会の会場に入るためにはパスが必要なんです。誰でも無闇矢鱈に入れる場所じゃ駄目ですからね」


    玄氏「へー。ま、そりゃそっか。なんてパスワード?」


    マッスル「いえ、パスワードではありません」


    龍音「は?どういう事だよ」


    マッスル「これは、いわば参加資格を得るための試験でもあるのです。……闇の武闘会は、生半可な実力で参加出来るものではない」


    原田の目に、声に力が篭る。

    そのあまりの気迫に、龍音は自然と身体が強張るのを感じた。


    龍音「……へえ、面白いじゃん」


    マッスル「では、今から教える事をよく覚えておいてください。……会場に入るために必要なパス、それは……」




    ーーーーーーーーーーーーーーーー




    龍音「……!」

    玄氏「お、おい龍音。お前汗やばいぞ?やっぱここは俺が……」

    龍音「いや、俺がやる」

    玄氏「!……おう、任せた」



    玄氏は龍音の目を見て悟った。

    彼はもう『やる気』なのだと。


    なればもう何も言う事はあるまい。

    玄氏に出来るのは、見届ける事だけだ。



    龍音「……行くぞ……!!」



    龍音は、カッと目を見開き。

    まるで躊躇いの念を置き去りにするかのように叫んだ。
  12. 13 : : 2015/12/29(火) 00:22:19


    龍音「私は童貞ですッッッ!!!」


    龍音は声高々にそう叫んだ。

    そう……闇の武闘会に参加する資格がある者、それは『己が非リアであるという事を真摯に受け止める事が出来る』者なのだ。

    それは恥辱。それは苦渋。

    去年の聖夜、リア充非リア充の関係は改善されたとは言え、未だ非リアである事に負い目を感じる者は多い。

    中には周りの非リアがリア充になって一人取り残された非リアが己の境遇に耐え切れずにビルの上から身を投げ出す事件も起きた程だ。

    それを……非リアであると言う事実を乗り越える、且つ己の個性の一部としてそれを容認する事は極めて困難な事であると言える。

    しかし、龍音は違った。

    己が非リアであったから、非リアであったからこそ、仲間達に出逢えた。

    掛け替えのないクソ野郎共(親 友)に……。


    「……入れ」


    扉の奥から仰々しい声が響き、ドアが開く。

    龍音は扉の奥へと歩を進める。

    彼は振り向かなかった。

    否!振り向く必要は無いと知っていた。

    扉が閉まり、彼は暗い道を一人で歩いていく。

    それはまさに出口の無い非リアの闇の様な暗さだった。

    並の非リアならこの闇に耐え切れずに途中で歩みを止めてしまうだろう。

    しかし、龍音は知っていた。

    知っていたから、歩みを止めなかった。




    玄氏「私は……ッ!!童貞ですッッッ!!」







    ………こうして彼らは無事、闇の武闘会への参加資格を得たのだった。
  13. 14 : : 2015/12/29(火) 00:40:16



    この試練は彼らにとって重要な意味を持っている側面があった。


    彼らはいわばここで自分は非リアであると大声で叫んだのだ。つまり非リアとリア充の垣根をなくす未来を夢見る彼らにとって童貞は当然でなくてはならない。


    それを彼ら自身ができずして、そんな夢を実現できるはずもない。



    未だに非童貞を自慢する責任能力も無ければ、そんなことなど微塵も考えぬ子供の様な者たちが山ほどいる。



    そして、そういうものは非リアを虐げ続けてきた。彼らにとってこの試練は苦行であると同時に、清々しいものでもあった。



    おかげで2人共がなにやら爽やかでスッキリとした顔をしていた。



    そう。胸を張って童貞を叫ぶことができる未来を作らねばならないのだ。


    この大会に出ることがどれほどその夢に近づくことになるのか、遠ざかることになるのか、それとも代わり映えしないのか。



    そんなことはわからない。ただ彼らの頭の中には死力を尽くす以外の思考はすでに存在していなかった。


    龍音「もし直接やり合うことになっても、手を抜いたりしたら殺すからな」



    玄氏「当たり前だ。間違えてくたばるなよ」



    2人は違いに固く握った拳を合わせ、選手控え室へと向かうのだった。


  14. 15 : : 2015/12/29(火) 00:59:33



    「あなた達は、原田さんが言っていた武闘会参加希望の方ですね。データ等は既に頂いておりますので、あちらでお待ちください」


    愛想の良い笑顔を浮かべる男性に従い、2人は控え室と書かれた部屋の中へと入る。



    龍音「原田さんってか。やっぱなんやかんや立場はあるんだな。昨日の言葉も嘘じゃないらしい」

    玄氏「ああ、そうだな。それに……どうやら試合ってのもかなり楽しめそうだ」


    控え室に入った瞬間、2人は空気の違いを肌で感じ取った。

    十余年、非リアとして生きてきた。

    非リアとして力を振るい、非リアとして道を歩んできた。

    そんな龍音と玄氏だからこそ、分かる。

    この控え室内の人間達は皆、一様に普通ではない。

    いずれも、リア充と非リアが和解の協定を結ぶ以前には数多のリア充を屠ってきたのであろう事が分かった。


    龍音「おっさん婆さん同輩(タメ)にガキ。バリエーション豊富だねえ……って、ん?」


    そんな中、部屋の中を見回していた龍音の目がある人物を捉えた。


    玄氏「ん?どうし……あ!?」


    遅れて、玄氏もその姿を捉える。


    見間違うはずもない。2人はその顔に見覚えがあった。

    あの独特の、意図を掴ませぬ目。全身に纏う怪しげな雰囲気。そう、あれは未来の世界において、自分たちを助けてくれた人物。


    ……『彼女』は……!!


  15. 16 : : 2015/12/29(火) 01:06:45
    わただよー期待
  16. 17 : : 2015/12/29(火) 01:15:17


    龍音「渡瀬さ……ん???」


    玄氏「……んん???」


    二人は揃って目を擦る。

    目の前に『幼女』が立っている事が信じられなかったからだ。


    「………?」


    彼女は不思議そうに首を傾げて目を擦る悪人顔と陰キャを眺めていた。


    龍音「お、おかしいな……確かに渡瀬さんが見えたはずなんだが……」


    玄氏「俺もだ……でも、なあ?流石にこのロリ……もといちびっ子が渡瀬さんとは思えない……」


    とは言っても彼女から感じさせられるそのオーラはどことなくあの渡瀬さんを匂わせていた。


    「あっ!わたちゃん!勝手に動いたらダメですよ~!」


    そう言いながらそのちびっ子駆け寄ってきたのは肩下まで伸ばした朱色の髪が特徴の女性だった。


    「………ん」


    そのちびっ子は俺達を指差しながらその女性に耳打ちをする。


    「……はい、はい……えっ!?本当ですか!?」


    この時、二人が何故このちびっ子に敬語を使っているのだろうと首をかしげていた事は言うまでもない。


    そのちびっ子の話が終わったのか、その女性はこちらに向き直った。


    「……えー、何だかうちの子が世話になったみたいで……」


    龍音「い、いや特に世話も何も……」


    二人して目の前で目を擦っていただけなのだから世話なんてしていないのは当たり前である。


    「そ、そういえばお二人も大会に参加されるんですよね!?私は出雲 風子(いずも ふうこ)と言います。この子の……えー、わたちゃんの付き添いと言いますか、そんな感じです」


    明らかに挙動不審な自己紹介を済ませた彼女は全部言い終えると気まずそうに目を逸らした。
  17. 18 : : 2015/12/29(火) 01:32:40



    やや気まずい沈黙が空間を支配し、どうにもいたたまれない気持ちに2人が何か話そうとした時だった。



    建物内に放送がはいり、機械的なノイズ音と共に女性の声が響く。



    「選手控え室でお待ちの出場者の皆さん。大変お待たせ致しました。ただいまより組み合わせ抽選会を行います。会場の方へお越しくださいますようお願い致します」



    龍音「抽選会始まるみたいですね。よかったら一緒にどうですか?」



    わた「うむ。くるしゅうない」



    風子「え、えっと……行きましょうか!」



    風子が額に汗を浮かべながら慌てて2人の背中を押して会場へと促すのだった。




  18. 19 : : 2015/12/29(火) 17:29:53



    ……一方、その頃。


    龍音や玄氏とは別のルートで闇の武闘会場へと足を踏み入れた者がいた。


    そう、フラ男である。



    フラ男と原田がいるのは、選手控え室よりもさらに下の階層にある空間。

    暖色系の蛍光灯、飾られた赤い花、赤いタオル、橙色の床……。学校の体育館ほどの広さがあるその部屋は、無意識の内に闘志を燃やさせるような配色がなされていた。


    フラ男「はー、すっげえな。監視カメラってこんなにあんのか」

    マッスル「まあ、不正ほど面白くない事はないですからね。監視の目には力を入れてます」

    フラ男「迂闊に悪い事出来ねえな」


    映画館のスクリーンを思わせるような巨大なモニターに、ビルの各箇所に取り付けられた監視カメラから送られてくる映像たちが映し出されている。

    フラ男はふと、選手控え室の監視カメラに目を向けた。


    フラ男「あいつらは……ま、大丈夫そうだな」


    仲間たちの目が既に『やる』時のそれに変わっている事を確認する。フラ男の顔はどこか笑っているようにも見えた。


    マッスル「流石ですね。龍音さんも玄氏さんも、全く場の空気に呑まれていない。筋肉愛好会のベテランでも多少は気にしてしまうものなのに」

    フラ男「案外痩せ我慢だったりしてな。……で、俺は何をすりゃ良いんだ?原田」

    マッスル「まずはこれを見てください」


    マッスルが差し出した一枚の書類。

    それは闇の武闘会参加者のデータシートの一枚だった。

    名前の欄には『仁王 三蔵』と記されている。


    フラ男「仁王 三蔵?」

    マッスル「ええ。通称『ほろ酔いの三蔵』。アルコールを摂取せずとも酔拳のような型を使用できる事からそう呼ばれる、筋肉愛好会屈指の武闘家です」

    フラ男「なんだ、原田の仲間か。もしかして協力者とか?」

    マッスル「……いいえ、残念ながら」


    原田は一瞬だけバツが悪そうな顔になり、俯いた。

    しかし直ぐに顔をあげ、はっきりとした声で言い切った。


    マッスル「その逆です。彼こそが今回の件の引き鉄。……幻の黄金鶏教の信者なのです」
  19. 21 : : 2015/12/29(火) 19:37:53
    フラ男「へぇ……という事は協力者どころか今回のターゲットってところだな」


    マッスル「……ええ」


    そう答えた原田の顔はどこか優れない。


    フラ男「原田とコイツはどういう関係だったんだ?そんな顔をするくらいなら何かしらの関わりはあったんだろ?」


    マッスル「そうですね。……彼は信頼のおける男でした。非リアとしての覚悟も、そしてその強さも確かなモノだった。勿論筋肉についても理解は深く、よく語り合ったものです。……でも、私は彼を信頼し過ぎていたのかも知れません」


    原田は手に持ったデータを見つめながら静かに語った。


    マッスル「つい先日、私は世界筋肉連盟の会議に出席する為、日本を一時空けなければなりませんでした。しかし、この闇の武闘会の休止は出来ません。私の主催者としての誇りに反するからです。そこで私は仁王さんに代理主催者を頼みました。彼も快く引き受けてくれましたし、私は安心して日本を発つことが出来たのです」


    フラ男「………そこで裏切られた、って事か?」


    原田はええ、と言うとフラ男の方に向き直った。


    マッスル「私が帰ってきた頃には闇の武闘会は既に幻の黄金鶏教に支配されたも同然でした。私はすぐさま仁王を問い詰めようとしましたが、彼は教団でもトップクラスの地位におり、会うことは叶いませんでした」


    彼の話を聞く限り、仁王は原田の信用を裏切って闇の武闘会を教団の物とした。

    原田が彼を怨むのも仕方ないように思える。

    だが、彼の目に負の感情は存在しなかった。


    マッスル「フラ男さん、これは私の個人的な願いですが……どうか、彼を救って欲しい」


    フラ男「……救う?そんな、非リアの風上にも置けないような輩をか?」


    マッスル「確かにそうかも知れません。しかし、私はまだ諦めたくない。二人で語り合った時の彼の目が偽りではなかったと信じたい。……どうか、お願いします」


    そう言って彼は頭を下げた。

    それと同時に隆々とした背筋が見えた。

    あまり気持ちのいいものではなかった。


    フラ男「……分かった。お前のその心意気には感服したよ。頭を上げてくれ」


    マッスル「フラ男さん……!」


    原田は右大胸筋と左大胸筋が喜びで交互にビクビクと跳ねているのを感じた。


    フラ男「お喋りはもうこれくらいでいいだろ。行くぞ、解放戦の始まりだッ!」


    マッスル「はいッ!」


    こうしてフラ男の孤独な闘いは幕を開けるのだった。
  20. 22 : : 2015/12/29(火) 20:15:41




    会場がやたらと騒がしい。



    抽選会への参加のために会場へと向かっていた4人だったが、すぐにその異変に気付いた。



    抽選会だからかとも思ったが、そう言った熱気を帯びた騒がしさはではない。何かざわざわと困惑しているような、なんとも微妙な雰囲気を醸していた。



    玄氏「なんか変な感じだな。見にいくか」



    そう告げると、玄氏は小走りなって会場へと向かう。さっさと行ってしまう玄氏を見て、他の三人も慌ててその後に続くのだった。



    会場について玄氏達が見たものはとんでもないものだった。



    ステージの上で全身白銀のスパンコールの衣装に身を包み、やたらとキラキラさせている男。手足はまるで猿のように毛深く、やたらと甲高い奇声をあげている。



    それを見た瞬間、龍音と玄氏はその人物に見覚えがある事にきづいた。


    玄氏「アレわけのわからん変装をしてるけど、健太だよな」


    龍音「だよな。俺の目がおかしいんじゃなくてよかった」



    確かに胴体、手足に関して言えば完璧な変装だ。しかし、顔を隠すための道具がサングラスのみという状態で普段から一緒にいる彼らが気づかないわけがない。


    龍音「俺はあんな奴は知らない」


    あまりに滑稽な姿の健太を見ていられなくなったのか、そう言って龍音はそっぽを向く。そして、肝心の健太はクジを引くだけに無駄な動きが多い、くるくると回ってみたり踊って見たり、知らない人の振りをしたくなる典型だろう。



    玄氏「でもあいつデートだったんじゃ……抽選終わったら声かけてみようぜ」


    しかし、玄氏は龍音に対して健太の奇行には慣れたとでも言わんばかりに告げる。その言葉に龍音はあからさまに嫌そうな顔をするが、どこ吹く風とばかりに玄氏は歩き出してしまった。



    そんな掛け合いに、事情を知らぬ二人ははただ黙って顔を見合わせた後。首をかしげるのだった。
  21. 23 : : 2015/12/29(火) 21:18:22



    わた「先ほどの会話を聞くかぎり、2人とあの変態は知り合いなのか?」


    風子「ちょ、わたちゃん!?」


    龍音「あー……っと、まあ、そう、ですね。ギリギリ知り合いとは呼べるかもしれないです、はい」


    わた「なるほど。……たまには話を聞いてやるといいぞ」


    玄氏「ですね。まさかあいつがあんな闇を抱えてるとは」



    そんな話をしながら、4人は適当にクジ引きを終わらせていく。



    龍音「9番。……16人が総当たりでトーナメントするらしいから、二戦目か」

    玄氏「13番、結構後の方だな」

    わた「ふむ、1番か。縁起がいいな」


    互いに番号を見せ合い、各々の感想を述べていく。

    その時だった。



    「ウキーwwwwwwwwwウキャキャwwwwwwwwwキャーwwwwwwwwwwww」



    先ほどの白銀に輝く手長猿……ではなく健太のような何かが、奇声とともに4人の元へ寄ってくる。

    手長猿モドキは長い人差し指で玄氏のクジを指差し、なおも奇声を発し続ける。


    「ウェッホwwwwウェッホwwwwwウキョーwwwwwwwwwwwwww」



    玄氏「何だよお前……流石に気持ち悪いよ……」

    龍音「お前が健太だと認めたくない俺がいる、だが同時にお前が健太じゃなかったらどうしようと恐怖する俺もいるんだ」


    猿の惑星を字幕オフ・現地語で観たらこんな気持ちになるのだろうか。

    もはや変わり果ててしまった健太の姿に、玄氏と龍音は心底悲痛そうな面持ちで言葉を絞り出す。

    風子の目はゴミを見る目だった。


    だがそんな中で、1人冷静に表情を崩さない者がいた。


    わた「ふむ。玄氏よ、どうやらこの猿は第1戦でお前と当たるらしいな」

    玄氏「えっ……?」


    ロリわたの言葉に、玄氏が猿の右手を注視する。

    その手には先ほど引いたのであろうクジが握られており、そこにはハッキリと『14』という数字が記されていた。

    玄氏の番号は13。つまり本当に、第1戦の相手はこのキチガイ猿らしい。


    玄氏「はっ、上等だよ。健太、てめえの頭ぶん殴って正気に戻してやらぁ!」


    「いや、私の名前はプラチナムチンパンジーだ。略して『ぷらチン』。まあ気軽にぷらぷらチn……」


    龍音「おい流石に自重しろよ!!?」


    ぷらチン「ウキャキャwwwwwwwwwwwwホーwwwwwwwwウキョーwwwwwwwwwww」


    ぷらチンの言葉に、その場の空気がさらに凍り付く。

    風子の目は、ドブに落ちたゴキブリを見下す目だった。




  22. 24 : : 2015/12/29(火) 22:23:51


    「あれ?龍音じゃん」


    ぷらチンの奇声を見事にスルーし、こちらへ駆け寄ってきたのはちょうど同じ年頃の女性だった。


    龍音「あ?……あ!?さ、朔夜!?どうしてこんな所に……!?」


    朔夜と呼ばれたその女性はその極悪人フェイスに臆すること無く、龍音の側へと寄った。


    玄氏「なんだ、龍音知り合いか?」


    龍音「ま、まあ……元同級生っつーか……腐れ縁みたいなもんだ」


    朔夜「あ、龍音の友達?初めまして、沼津 朔夜(ぬまつ さくや)って言います。一応、大会参加者だよ」


    彼女はそう言って口端を吊り上げた不敵な笑みを浮かべた。


    龍音「大会参加者って……お前何でこんな大会に?」


    そう龍音が尋ねると、朔夜は深いため息をついた。


    朔夜「それがさあ……バイト先の先輩が大会の優勝賞品がどーーっしても欲しいって言ってて……それで頼み込まれて仕方なく参加してるってワケ。もちろんその先輩も来てるよ、さっきクジ引いてたからそろそろ戻ってくるはず……」


    ほら、と朔夜が指さした方から天パの男が駆け寄ってきた。


    「朔ちゃん!何番だったー……ってあれ、この方達はどちら様?」


    朔夜「これ、先輩の輿水 幸雄(こしみず ゆきお)さん。んで、こっちの人達は私の元同級生とそのお友達。みんな大会参加者だって」


    朔夜はサクサクと場を切り盛りしていく。

    何とも出来る女、って感じである。


    輿水「ああ、そう言う……どうもどうも。お互い頑張りましょうね」


    そう言って輿水は笑みを浮かべた。


    玄氏「あ、ああ、よろしく」


  23. 25 : : 2015/12/29(火) 22:57:42


    輿水は突然の事で少々困惑気味な玄氏に目を向けると、少し困ったような表情を浮かべる。


    輿水「そんなに硬くならないで。俺もピリピリしたのは苦手なんで」



    玄氏「申し訳ない。あまりに交友関係があちこちから出てきて驚いただけだから、気にしないで」



    輿水の指摘に玄氏はあわてて、態度を取り繕う。よく考えれば初対面で失礼な反応だ。


    そんな二人のやりとりに、朔夜は湿り気のある視線を向けながらぼそりと呟く。


    朔夜「輿水さん初対面の人には物腰柔らかいよねー私には厳しいのに」


    輿水「いやいや。そんな事ないって。朔ちゃんにも優しいから!……それはさておき」


    朔夜「あ、ごまかした」


    輿水は慌てて朔夜の言葉を否定すると同時に、露骨に話を切り替えようとしたが、ツッコミをくらう。


    しかし、輿水はこほんとひとつ咳払いをするとツッコミをなかったことにして強引に話を進め始めた。


    輿水「そのうちに大会も始まる。お互い悔いの残らぬよう、ベストを尽くしましょう」


    龍音「お手柔らかに」



    そう言ってそれぞれが硬く握手を交わす。すると、小さな身体でわたは輿水に歩み寄る。



    わた「ふむ。ぬしの力、わたも楽しみにしておるぞ」



    朔夜「なにこの子かわいい……」


    よだれを垂らしながら見つめる朔夜を気にも留めない様子で、それだけ言い残すとわたは風子の元に戻ってしまう。


    フラれた朔夜はというと、ガックリと肩を落として輿水に慰められていた。



  24. 26 : : 2016/01/01(金) 23:37:42


    『皆さま、たった今対戦の組み合わせが決定いたしました』


    朔夜が何とかショックから立ち直ったのとほぼ同じタイミングで、スピーカーから案内の音声が流れ始める。


    玄氏「おっ、来た来た」


    龍音「つってもお前は相手分かってるけどな」


    『今大会は、16名の参加者による勝ち上がりトーナメント制となっております。細かいルールに関しましては、後ほどまた別の放送をいたします』


    『では早速、第1試合から対戦カードの発表です』




    『第1試合

    渡瀬 なつvs二階堂 帝人


    第2試合

    輿水 幸雄vsジュピテル・木本


    第3試合

    顎田 噛男vs仁王 三蔵


    第4試合

    久東 天vs沼津 朔夜


    第5試合

    青山 龍音vs栗田 雪兎


    第6試合

    山本 次郎vs山本 三郎


    第7試合

    亀山 玄氏vsプラチナム・チンパンジー


    第8試合

    加羅 風香vs山本 太郎


    ……以上となります』








    わた「ふむ。何やらこの場に似つかわしくない名前の相手だな」


    二階堂「あんな小さい子が相手だと、手加減しなきゃいけませんね。でも出来ないかもですね、理性って面倒くさいものですし」


    輿水「さっさと終わらせてデレステしてえ」


    木本「さっさと終わらせて音ゲーしてえ」


    顎田「俺の歴史系拳法見せてやんよ!」


    仁王「……」


    久東「よっしゃ、気合入れて、行くぜ」


    沼津「眠てえ!!!!!!!」


    龍音「甘そうな面してんな、雪兎って野郎」


    栗田「桜の木の下に埋めてやんよ」


    山本「まさか兄弟同士で潰し合うことになるとはな……」


    山本「だが手加減せんぞ!」


    玄氏「何の真似か知らねえが、ぶっ潰してやらあクソ猿が!」


    ぷらチン「ウキャキャwwwwwwwwwwwwウキョッwwwwキョッwwwwwwwwwwww」


    加羅「苛々してきた」


    山本「待ってろよ兄弟達!!」






    闇の武闘会場に、闘気が満ちていく。


    ついに戦いのゴングが鳴らされようとしていた。

  25. 27 : : 2016/01/02(土) 00:00:11


    試合順が後ろの方であった龍音と玄氏、加えてぷらチンと風子は控え室のテレビで駄弁りながら観戦をする事になった。


    ぷらチン「ウッキィwwwwwwwwwwウキョーーwwwwwwwwww」


    龍音「一体何がお前をそうさせてるんだよ……」


    玄氏「さあな。それよりも聞いたろ?あの女の子、やっぱり渡瀬さんの妹だって」


    2人が思わず本人と見間違えたあの少女、通称わたちゃんの本名は渡瀬なつと言った。

    名前は違えど姓は同じ、流石に無関係とは言えないだろう。


    龍音「うーん、確かにな。風子さんは何か知ってるんじゃないのか?」


    風子「……へ!?私ですか!?」


    ボーッとしていたのか何なのが思わず椅子から転げ落ちそうになっている。


    玄氏「いや、わたちゃんのお守りなら何か事情を知ってるだろうと思って」


    風子「え、えーと……ま、まあ、お二人の推察で間違いないですよ。私も、わたちゃんから姉がいると聞きましたし……」


    龍音「やっぱりか。それにしても姉妹って似てるもんなんだな。気配っつーかオーラも似たような感じだったし」


    玄氏もそれに同意するように頷いた。


    ぷらチン「ウッキョー!?wwwwwwwwwwウキョッwwwwwwwwwwウキョーーwwwwwwwwww」


    頷いた玄氏の頭を爆笑しながらバシバシと叩くぷらチン。


    玄氏「んだよてめえ!?何なんだ……あ?テレビ?」


    ぷらチンは玄氏を叩きながらテレビを指さしていた。

    三人はそれを見て、そしてその瞬間に口をポカーンと空けることとなった。


    テレビから実況の声が甲高く鳴り響く。


    『な、な、な、なーーんとォ!!!!試合時間、僅か10秒!!!誰がこんな事を予想したでしょうか!?』



    「「「はぁ?」」」




    テレビには無傷でドヤ顔をキメるわたちゃんと仰向けに平伏してぶっ倒れている二階堂帝人が映っていた。


    『第一回戦から早くも波乱が巻き起こるゥ!!勝者は、正に天上天下唯我独尊!!小さき魔王、渡瀬なつゥゥゥーーーッッッ!!!』



    龍音と玄氏が口をポカーンと開けたままテレビを凝視している中、風子が一人頭を抱えていた事には誰も気づいていなかった。

  26. 28 : : 2016/01/02(土) 01:29:13



    龍音たちに限らず、会場一体が凍りついたように気味の悪い静寂に包まれた。まだ年端もいかないような子供が、ものの10秒で男を蹴散らして見せたのだ。あまりに異様で衝撃的な光景だったと言えるだろう。



    玄氏「は、はは……あの歳ですでに魔王としての風格丸出しじゃねぇか……」


    龍音「俺腹痛くなってきた。棄権していいかな……」



    大の男が幼女に恐怖し戦慄する姿は普段であればさぞ滑稽なものだっただろう。しかし、今はその感覚をその場の誰もが共有していた。


    とはいえ時間も経てば恐怖は薄れ始め、何かの偶然だという声が一度上がれば、心の安寧を取り戻すべく人は飛びつくようにその逃げ道を受け入れる。少しずつ会場はざわめきを取り戻し始め、その小さなさざめきはやがて大きな野次となる。



    だが、玄氏達にはそれを偶然などと断じることはできなかった。既に彼らは真の魔王に出会っている。そして、目の前にいるのはその血族。そんな甘えた考えをできようもない。



    二人の視線がテレビに釘付けになっていると、わたちゃんはカメラに視線を向け挑発的な笑みを浮かべる。さも、彼女の実力の底を真に理解し恐れたもの達に逃げるなと釘をさすかのように。




    玄氏達がその視線に背筋を凍らせていると、我に返った時には既に第二試合が始まって2分が経過していた。



    すると、そこにはテレビが止まっているかのように輿水と、木本の二人が並び立っている画像が映っていた。少し口論になっている様子だが戦いは始まらない。



    ただそこに流れるのは困惑する実況と、奇妙な状況にざわめく観客の声のみだった。










    時は少し遡る。



    わたちゃんの疾風怒濤の第一試合が終わり第二試合の出場者である輿水は、リングに上がる。



    しかし、すでに彼は試合に対する興味が失せていた。



    実際彼自身が景品欲しさに参加した大会であるが、第一試合後渡瀬なつという少女とすれ違ったその時、景品などどうでよくなった。



    あの少女には今の自分では勝つことは絶対にできない。そう実感した。先ほども彼女はやけに輿水に期待しているような素振りを見せたが、彼女はいつもより少しばかり頑強なおもちゃを見つけて喜んだに過ぎない。



    あの様な化け物の相手をさせられてはたまったものではない。そう感じるに足る実力が彼女にはある。



    とはいえ、朔夜を強引に誘った手前やめるとも言えないのが輿水という男だった。



    そんな事を考えながら彼は目の前の男に声をかける。



    輿水「ジュピテル木本くんだっけ……?戦うのだるいから棄権してくんない?」



    木本「は?お前が棄権しろ輿水」




    輿水が発した言葉に対して、木本はやたら横柄な態度で返す。そんなジュピテル木本には困った輿水だったが、相手を棄権させようという方針を変更する気はなかった。


    流石の朔夜でも輿水があの少女と当たれば棄権しても何も言うまい。そう考えていた。


    しかし、輿水があの恐怖の魔王のような少女がそれを許すはずもない事に考え至ることはなかった。


    そんな会話を皮切りに結果3分もの口論が続くと、周囲から罵声が飛び交う。



    そんな大衆の圧力に先に折れて、襲いかかったのは木本だった。



    輿水「うわ……勘弁してよ……」



    素早い動きで突進してくる木本を一瞥すると輿水は、悪態をつきながら半歩後ろに下がる。



    そして輿水の懐に入り込んだ木本が勝利を確信したかのように笑みを浮かべた。



    次の瞬間の出来事だった。



    木本の体は進行方向側。つまり輿水の背後の壁にその体を沈めていた。



    輿水「明日筋肉痛になりそ……」



    一瞬の静寂の後に審判が輿水の勝利を宣言。それと同時に会場を歓声が包み込み、第二試合は幕を閉じた。
  27. 29 : : 2016/01/02(土) 15:17:26



    玄氏「はー……あいつ結構やんのな」


    龍音「でもなんか気持ち悪いしツイ○ターのアカウントブロックするわ」









    輿水「ぶえっくし!……あー、なんか噂されてんのかな。どうせなら可愛い子がいいなー」


    『すぐに第3試合が始まりますので、控え室にお戻りください』


    輿水「あっ、ごめんなさい」



    アナウンスに急かされ、輿水が舞台を降りる。木本も担架に乗せられて後に続く。


    彼らが退出してすぐに、逆サイドの扉から2人の選手が現れる。



    顎田「っしゃ来いよー!」


    仁王「……」


    方や饒舌、方や無口。

    対照的な2人が向かい合い、互いの体を瞳に映し合う。






    試合開始のゴングが鳴った。


    先ほどの試合とは違い、状況は一瞬で変わる。ゴングの音が耳から出て行かぬ間に顎田が動いた。



    顎田「崩竜顎突(めっちゃ鋭いアゴ)!!!」


    顎を仁王の方に向け、一気に突進する。

    力を一点に集めて放たれるその様はまさしく、る○剣の牙○。見た目は○突とは比べるべくもないが、その迫力だけは本物だった。


    顎田「雪山深奥でひたすら雪を掘り続けた!感謝の顎掘り一万回によって辿りついた境地ぃぃ!!!」


    風を切り裂き、音を超え、弾丸にも勝る勢いで仁王に迫るアゴ。



    顎田「俺のこの突きを受けて倒れぬ者はいなかったぁぁぁぁぁ!!!!!」








    パァンッ


    乾いた音が会場の空気を叩いた。


    それは、顎田のアゴが仁王の身体を貫いた音……ではなかった。





    アゴが弾け飛んだ。






    仁王の筋肉の硬さに、強靭な筈の顎田のアゴが負けたのだ。



    仁王「……」


    顎田「」


    『…第3試合……しょ、勝者!仁王 三蔵ォォォォォ!!!!!!』




    余りの展開に、審判ですら言葉を失いかけた。それほどまでに衝撃的な出来事だった。


    顎田のアゴは、二度とアゴとして働く事はないだろう。
  28. 30 : : 2016/01/02(土) 16:00:00


    顎田は砕け散った自らの顎を摩っていた。

    その目は既に正気ではない。


    顎田「俺の……顎……」


    『すぐに第4試合が始まりますので選手は控え室にお戻りください』


    顎田「アゴ……ァ……ァ……」


    あまりの精神的ショックにもはや廃人と化した顎田はフラフラと何処かへ立ち去っていった。



    玄氏「……えっぐ」


    龍音「だな。それよりあの仁王って奴、何者なんだ?筋肉だけでアイツの顎を……」


    わた「ふん、気にくわぬがあのにおーとやらはそこそこやるようだな」


    1回戦を終えて風子の膝に腰掛けたわたちゃんは不満そうな顔でそう言った。


    龍音「わたちゃ…さんが言うほどって事は相当……」


    玄氏「あっ、おい。お前の同級生さんの試合だぞ」


    玄氏がそう言うと龍音は弾かれたようにテレビに向き直った。

    どうやら丁度試合が始まったところのようだ。





    朔夜「っはぁ~……折角の休みなのに……」


    朔夜はポケットに手を突っ込んだまま、非常に面倒くさそうな顔でボヤく。


    久東「ふん、お前の様な、女に、負けるほど、俺は、弱くないぞ」


    やたらと息継ぎをいれながらテンポの悪い返事をしたのは久東天。

    彼はそう言うや否や、おもむろに屈伸運動を始めた。


    久東「ふ、俺の能力で、一気にカタを、つけてやる。行くぞ、!!」


    そう言うと久東は膝を曲げて思いっきり跳躍した。


    朔夜「うわ、すごっ」


    そう、彼が飛んだ距離、およそ10メートルほど!!


    久東「ふふ、この俺の、天跳(ストロング・ホッピングピョンピョン)の前に、平伏すが、いい!、!」


    そう言って彼は無駄にその場で何度かピョンピョンした。

    しかし朔夜は不敵な笑みを浮かべていった。


    朔夜「跳ぶのは構わないけれど……」


    そう言うと朔夜の手元が一瞬だけ鈍く光った。


    朔夜「跳ぶ度に毎回毎回ちゃんと着地出来るとは限らないよっ!」


    彼が飛んだ瞬間、朔夜は光った手を一振りする。

    すると彼が蹴った地面が見る見るうちに変色し、形を変え、黒ずんだ水たまりになった。


    久東「な、ん、だ、とぉっ!?」


    久東はなす術もなくそのまま水たまりに着水……したと思われたが、彼が足をつけた瞬間ずぶりと彼の足が沈み込んだ。


    朔夜「ふふ、それは底なし沼……自ら幾つもの沼に浸かったからこそ、使える技……相性が悪かったわね」


    久東はそのままズブズブと沼へ落ちていき、最終的には見えなくなってしまった。


    そして審判も朔夜の勝利を高らかに叫び、オーディエンスも拍手の渦に呑まれたのだった。

  29. 31 : : 2016/01/02(土) 22:16:02
    第4試合終了後、次の試合の出場者への放送がかかる。


    『第5試合出場者の青山龍音さん、栗田雪兎さんは試合の準備をお願いいたします』



    龍音「もう俺の番か。いっちょやってきますか」



    龍音の態度は余裕に見えたが、いつもの彼とは少し違うようだった。こういった衆目に晒される機会というのは非リアにとって貴重だ。それなりに緊張しているのだろう。



    玄氏「緊張して段差で転ぶなよ」



    龍音「この顔で緊張とか笑わせんな」



    玄氏がその様子を茶化すように言うと、龍音はいつもの調子で答える。そしてひらひらと手を振って会場へと向かった。



    わた「ぬしらは良き関係を築いておるようじゃな」


    玄氏「まあ、変な気遣いしなくてもアレはそうそう負けるような殊勝な生き方はしてませんけどね」



    玄氏が笑って彼女の言葉に返すと、同意するようにプラちんが騒ぎ出す。それを玄氏とわたちゃんは無視するが、風子は困ったように乾いた笑いを見せるのだった。



    すると龍音がリングに出てくるのがTVに映る。4人は会話をやめて試合へとその集中力を向けるのだった。





    龍音「よろしく」



    対戦相手に少し素っ気なく思える様な挨拶をして一瞥する。普段なら見るだけで相手がビビって逃げ出すため避けたい行為だが、こういった大会では特に問題もない。



    実際に相手はというと龍音の目線など気にしていないどころか、見てすらいない。



    雪兎「んん〜龍音くん。君と戦えてとても嬉しいよ。クリスマス伝説の1人の君をこのボクがッ!!打ち破ることができるなんて」



    やたら気持ち悪いポージングをして、叫ぶ目の前の男に龍音は吐き気すらおぼえていた。



    そんなことを知ってか知らずか、雪兎は気持ち悪いポージング矢継ぎ早に切り替えていく。



    龍音「御託並べて、変なポーズとってる暇があるならさっさと始めましょうよ」



    あまりの気持ち悪さに龍音の語気に力がこもる。それでも尚、雪兎はポーズをとるのをやめようとはしなかった。



    それどころかやたらと龍音を見下す様なポーズをとって言い放つ。



    雪兎「強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」



    これには龍音の苛立ちも最高潮に達した。どこの毛染めみたいな名前した漫画のパクリかは知らないが、やたらとその言葉は龍音の感情を煽った。



    一触即発の状況を察してか、ジャッジも試合の開始を告げる。



  30. 32 : : 2016/01/02(土) 22:16:54
    それと同時に雪兎は大きく手を叩いて音を鳴らす。



    それを不審に思いながらも、龍音が地面を力強く蹴り上げる。




    否蹴り上げたつもりだった。



    しかし、龍音の足は一向に動く気配を見せない。ガタガタと膝が笑い、足を踏み出すことすらままならなかった。それどころか立っていることすら出来ず、片膝をついてしまう。



    雪兎「僕の能力は千変万化(佐野の名を継ぐ者)だ。今君が受けているのは君の能力だ。どうだ?怖いだろ?足が震えるだろ?」



    立ち上がることすらできない龍音を見て、嬉しそうに雪兎は笑う。


    一方、龍音は膝をついて顔を俯かせたまま一向に動く気配を見せない。




    そんな中でも雪兎は一歩一歩と龍音に近づく。
    勝利を確信し、その表情に満面の笑みを浮かべて龍音の前に立つ。



    雪兎「降参すれば痛い目を見ずにすむよ?さあ?どうする?」



    龍音「……だな……」




    雪兎の言葉に龍音は力なく、雪兎にもほとんど聞こえない声で小さく呟く。



    雪兎が龍音の言葉を聞き取れず。無防備にも、顔を近づけ耳をかたむける。



    龍音「終わりだって言ったんだよ」



    その瞬間だった。龍音がとっさに顔を上げ、雪兎の目の前で手のひらを力強く叩き合わせる。



    "猫騙し"いわゆる相撲における奇襲戦法のひとつだ。相撲における猫騙しは、本来隙をついて目を瞑らせることが目的だが、今回のものはそんな生易しいものではない。



    龍音のセカンドステージは音に恐怖を乗せる力だ。それを自身に最も合った形でドラミングで使っていたが、別に手で音を出せば何であれ本来は問題ない。



    今回の猫騙しはその応用だ。相手が油断し、最も"音"に集中力を向けた瞬間。なおかつ超至近距離で恐怖を音に乗せて送り込む。



    かなり条件は厳しい。しかし、決まってしまえばたとえどんな猛者であったとしてもその意識を刈り取られる。




    実際にその攻撃を受けた雪兎はその瞬間体をびくんと跳ねさせたのちに、泡を吹いて倒れた。




    ジャッジが、雪兎の意識がないことを確認した後に。龍音の勝利がコールされる。




    龍音「こっちは何年もこの能力と付き合ってんだ。付け焼き刃のパクリ野郎に負けるかよ」




    既に意識のないであろう雪兎にそう言い残して龍音はリングを後にするのだった。

  31. 33 : : 2016/01/02(土) 22:29:07



    山本次「うおおおおお!!!行くぞ弟よぉぉぉぉぉ!!!!!!」


    山本三「来い兄さぁぁぁぁぁん!!!!俺は実は一発殴られただけで死ぬぞおおおおお!!!!!!」





    第6試合は滞りなく行われ、山本次郎が弟を打ちやぶり先へと進んだ。

  32. 34 : : 2016/01/02(土) 22:59:18





    そして、第7試合。



    玄氏「さーて、そのふざけた面ぶっ飛ばしてやんよ」


    ぷらチン「ウッキャーwwwwwwwwwキャキャキャwwwwwwwwwwwwwww」



    向かい合う2人の雰囲気は真剣味を帯びているものの、何処かリラックスした様子にも見えた。よく見知った2人だからこそ緊張が少ないのだろう。


    ……だが、それが試合のランクを下げるかといえば当然「否」である。彼らはお互いの能力を知り尽くしているが故に、無数の展開を脳内でシミュレートする事が出来る。


    いかに自分のペースに引きずり込むか。彼らの戦いはゴングが鳴る前から始まっていた。



    玄氏(クソ猿……健太の『最低限度』は触れたもののスケールを最低にまで落としちまう能力。だが極論を言っちまえば、これは触れられなけりゃ問題ない。それよりこいつはセカンドステージが厄介だ。…『蓬莱肉壁』……あれを出されちゃ、俺の火力で攻略すんのはちょっとばかしキツい)


    ぷらチン(あー、流石にウキウキ言いながらやれる相手じゃねえな……何だっけ?高エネルギーの光を纏う能力と、意識外の領域に隠れる能力だったか……)


    ぷらチン(光に関しちゃ、ただ単に拳の威力が上がるだけだ。それより隠れられんのが面倒だな。意識を外さなきゃ防げるが、長え戦いになるとどうしても隙は生まれちまう)




    玄氏(となると……)

    ぷらチン(なら……)



    試合開始のゴングが、張り詰めた緊張の糸を切り落とした。



    ((狙うのは短期決着!!!))



    同時に戦いの火蓋も切って落とされる。



  33. 35 : : 2016/01/02(土) 23:43:18



    ぷらチン「ウキャwwwwww」


    ゴングと共にダラリと重心を落とし、その勢いで一気に突っ込むぷらチン。

    対して玄氏は全く動かない。


    ぷらチン(貰った!)


    低い姿勢のまま勢いを殺さず、玄氏の脇腹に右の掌底を放つ。

    一瞬の間に繰り出された矢のような速攻。



    決まったか。一部の実力ある観客達はぷらチンの余りの早業に感嘆すらしていた。

    何より、ぷらチン自身が半ば勝利を確信した。腹部は行動の際必ず力を込める部位であり、ここに力を込められなくなれば自ずと全ての行動が出来なくなる。



    玄氏「『こいしちゃんの笑顔』!!」


    だが。


    対する玄氏は、低い位置にあるぷらチンの目の前で手のひらを強く叩き合わせた。さらに、その手のひらから光を発生させる。


    猫騙しだった。ただし光も炸裂させる、玄氏にしか不可能な技。


    ぷらチンの意識が揺さぶられ、視界が白一色に染まる。



    ぷらチン「ッウキャ!!?」



    ぷらチン(やられたっ!が!!)




    だが、幾ら意識が揺らいでも既についた勢いが消えるわけではない。


    ぷらチンの『最低限度』を発動させた一撃は、威力を衰えさせる事なく目前を貫いた。



    ぷらチン「!?」



    しかし。


    その拳は虚しく空気を捉えたのみだった。



    ぷらチン(なんで……っ!?まさか!!)



    玄氏「『無意識の闇』……!!」



    玄氏の声が、ぷらチンの背後から響く。



    ぷらチン(あの一瞬、猫騙しで意識が外れた瞬間に……!!)



    玄氏「食らえおらぁぁぁ!!!」



    ぷらチン「『蓬莱に……」



    ぷらチンが能力を発動し終える前に、玄氏の拳がその後頭部を捉えた。
  34. 36 : : 2016/01/03(日) 01:32:34



    玄氏「はぁ、はぁ……どうよクソ猿」


    ぷらチンを殴り飛ばした玄氏は追撃せず、その場で構えつつ相手の出方を伺う。


    ぷらチン「…キャww……ウキキwww」


    対するぷらチンは即座に立ち上がったものの、猫騙しと後頭部への打撃が二重の衝撃となって彼の意識にダメージを与えていた。視界もまだ万全には回復していない。


    今度は誰もが玄氏の勝利を確信する番だった。



    玄氏「俺の勝ちだ。さっさと棄権しちまえ」


    けれども。


    ぷらチン「ウキャ……ッwwwww…ウォホッwww……猿も木から落ちるとは言いますが、これは木から落ちたどころの騒ぎじゃありませんね」


    玄氏「あ?何言ってやがる。とうとうトチ狂っちまったか?」


    ぷらチン「ウキキキキwwwwwwwww」



    ここで終わらないのが彼、プラチナム・チンパンジーの底力だった。



    ぷらチン「『最低限度』」



    玄氏「っ!?」



    途端に、玄氏の右腕から力が抜け落ちていく。


    玄氏「なっ……」


    ぷらチン「見ざる聞かざる言わざる、ですが私の場合はもう一猿あるんですよ。それは触れざる。あなたの右腕はもう動かなウッキャwwwwwwww」



    プラリ、とだらしなく垂れる玄氏の右腕。


    そう、ぷらチンは自らの後頭部を殴られた瞬間『蓬莱肉壁』よりも先に『最低限度』を発動させたのだ。そのせいで『蓬莱肉壁』が間に合わなかったのである。


    ぷらチン「ウキョーwwwwwwwww」



    フラつく足取りながらも玄氏に殴りかかるぷらチン。


    眼前に迫った拳を玄氏はギリギリで避ける。



    玄氏「らあっ!!」



    そして反撃の左ストレート。しかし右腕が大きな荷物と化した今その一撃は精細を欠いており、ぷらチンには当たらない。



    ぷらチン「ウッキwwwwwウォホッwwwwwwキャーッwwwwwwwww」


    玄氏「っ、クソ、埒が開かねえ!」



    ぷらチンが攻める。玄氏が後退して躱し、カウンターを放つ。ぷらチンが避け、また攻める。

    2人の攻防が繰り返される。



    玄氏「…っ!おいクソ猿!」



    攻防の合間に玄氏が叫ぶ。



    玄氏「このままじゃ永遠に決着がつかねえだろ?どうだ、ここは一つ渾身の一撃を出し合うってのは!」


    ぷらチン「ウキャッ……確かにこのままじゃ、勝負はつきませんね」



    地道な長期戦では、先に大きなダメージを食らっていたぷらチンの方が不利だ。それにぷらチンは蓬莱肉壁で玄氏の大技を潰すことも出来る。玄氏の提案は彼にとってかなり魅力的なものであった。



    ぷらチン「……ですが残念、その望みは猿猴捉月というものです。ウキッwwwwwwwww」



    ただし、ぷらチンが無策であれば、だが。



    玄氏「何……を!?」



    言葉と共に放たれたぷらチンの拳を、玄氏は先ほどまでと同じように後退して避けた。


    が。玄氏が引いた右の足に違和感があった。沈む感覚。謎の浮遊感。


    咄嗟に視線を移し、玄氏はその正体を知った。



    玄氏「なっ…床が!?」



    玄氏の右足を支えるはずだった床が、ボロボロに崩れていた。



    ぷらチン「一番最初に仕込んでおいたんですよ……初撃の踏み込みと同時に床の強度を最低にしておいた」



    玄氏「最初からここに誘導して……っ!!」



    玄氏は何とか体制を整えようとするが、片手片足が封じられた状態でそれが叶うはずもなく。



    ぷらチン「『最低限度』……ウキャ〜〜ッwwwwwwwwwwwwwwwwキャキャキャキャwwwwwwwwwwwwwwwww」




    顔面と腹部にぷらチンの能力を受け、玄氏の意識は闇に沈んでいった。
  35. 37 : : 2016/01/03(日) 01:55:51


    玄氏の意識が落ちると同時に審判が勝者を告げる。


    ぷらチン「ウキィ~wwwwwwwww私の方が一枚上手だったという事ですね。ウッキヒィ~wwwwwwwww」


    腹を抱えながら彼は愉快そうに控え室と帰っていった。




    ちょうどその顛末をテレビで見ていた龍音達はと言うとぷらチンの予想外の強さに舌を巻いていた。


    龍音「まさか玄氏が負けるとは……いや、確かにどちらが勝ってもおかしくは無かったが、後半はずっと健太のペースだったな」


    わた「ふむぅ……あの奇っ怪な猿もまた相当な実力者だったな。楽しみがひとつ増えたというものだ」


    そう言って彼女はにんまりと笑った。

    龍音はその笑みに込められた意味を嫌でも理解してしまった。


    龍音(玩具が増えたな……とでも思っているのだろうな…この人は)


    輿水「やー、わたちゃん以外にも強敵揃いですね、これ。今回は運が悪かったなあ」


    朔夜「ちょっと、何弱気になってるんですか。わざわざ私を連れ出したんですからしっかりしてくださいよね」


    輿水「わ、分かってるさ……はは」


    と言う輿水であるが、目が泳いでいる。

    朔夜が後輩ではあるが何故だか彼女には頭が上がらないのだ。


    風子「あ、最後の試合が始まってるみたいですよ!」


    風子がそう言うと、全員テレビに注目した。







    山本太「くっ……山本三兄弟の長男であるこの俺が苦戦するとは……!!」


    加羅「……君の敗因は一つ。僕をイラつかせた事だ」


    加羅がそう言うと、彼の右手に怒りが滾るような赤色の球体が生み出された。


    加羅「これで終わりだよ。山本、君はネタにすらなれない」


    山本太「クッ、クソッ!!すまない弟達ーーッッ」


    加羅がその赤色の球体を山本太に向けて投げつける。

    山本太に当たったそれは弾けて彼をリングの端にまで吹き飛ばした。

    山本太はなす術もなく失神、審判もそれを見て加羅の勝利を宣言した。






    山本次「兄さん……ッ!兄さんの敵は俺が……!!」







    こうして予選が終わりを告げた。

    しかし、これはまだ物語の2章半ばぐらいに過ぎなかったのだ……。
  36. 38 : : 2016/01/03(日) 11:56:50




    1回戦のすべての試合が終了した段階で一度全体として休憩が挟まれる。何分屋内での大会であるためリングの傷みはもちろんながら、壁が崩れかかったりすれば、試合の進行に支障が出る可能性があるのだ。



    そのため各回戦毎に念入りな修理点検を行っている。とはいえ、それだけの作業をものの1時間でこなすというのだから、この大会に如何に莫大な資金が投入されているのかということが伺える。



    それだけに原田の強さという概念に対する執念は強いものであったということの証明とも言えるだろう。



    1回戦と2回戦ではトーナメントの消化順が逆になる。この一時間は、そのための不公平を生まないようにとの配慮でもあるのだろう。各々選手達は気ままにその行動を決めているようだった。









    時は遡り




    フラ男は原田と別れてから建物の地下を探索した結果、やたら怪しげな祭壇や、生物実験に関わるような薄気味悪い資料が大量に残された研究室がもぬけの殻で残されている事かわかった。


    そこには人が居たであろう痕跡が数多く残されているにも関わらず、現在では人っ子ひとりとしてそこにはいない。



    しかしこの階層から下に降りられる階段はない。となれば、上に上がったのだろうか。



    そうであればここに到達するまでに誰かに出会っていてもおかしくはない。ここまで誰ひとりとして人がいなかったことを考えると何かしら隠されていると考えるのが自然だろう。



    フラ男「なんか隠し扉とか探すのワクワクするな」



    ガタイの良い大男が、壁や床を触りまくったり
    、ものを漁ったりさながら泥棒の様な状態である。



    しばらく捜索を続けると、フラ男はある研究室で奇妙な資料を発見する。



    『RESURRECTION OF HIYOKO 』



    それは英字で書き連ねられた論文だった。英語がさほどわかるわけでもないフラ男であってもタイトルの意味くらいはわかる。


    『ヒヨコの復活』


    しかし、日本語として解釈できたところで、実際それがいったい何を意味するのかがわからない。



    フラ男「ヒヨコってあの卵から生まれてくるやつか……?でもそんなもん復活させなくとも養鶏場にでも行けばいるはずだ。黄金鶏教という名前といい何か関わりがあるんじゃ……」


    さらに辺りの資料をとっかえひっかえしつつ、英論文からも集められる情報を抜き出していく。


    フラ男「クソ……英語勉強しときゃよかった……」


    ほとんどわからない英語をわかる単語から文脈で類推していく。しかし、ほぼストーリーを作っている様なもので全くと言って良いほど理解からは程遠い。


    結果的にわかったことといえば、ヒヨコを復活させる計画であるということと、それに闇の武闘会がなんらかの形で関係しているということくらいだ。


    肝心のヒヨコの正体はさっぱりわからない。神云々と書いてある気はするが、ヒヨコが神と言われてもわけがわからない。


    確かにヒヨコは黄金鶏だ。しかし、なぜヒヨコを崇拝してるのか、その他にもわからないことだらけでフラ男の脳内は混乱を極めていた。



    フラ男「あー!やめだやめだ。こういうのは俺に向いてない。通路探そ」





    そして数十分後



    フラ男「いやまじか。本当にあるのかよ……」



    本当に隠し通路を発見してフラ男は焦っていた。やたら隙間風が吹き込んで寒い部屋があったため、足元を探っていたら見事に床に隠し階段があったのだ。



    フラ男「普通に出払ってるだけって展開がよかったんだけどな……」



    嫌な予感と、隠し通路探索へのワクワク感の入り混ざった複雑な気持ちを抱えたまま、フラ男は階段を降り始めた。



  37. 39 : : 2016/01/03(日) 12:28:39


    フラ男がない階段を降りると、そこはさながら中世ヨーロッパの教会、それもだいぶ風化が進んでいるものだった。


    フラ男「んだよここ……気味わりいな」


    壁には鶏だか何だかのオブジェクトが一定間隔に並べられており、口元には淡い火が灯っている。

    さながらライト代わりと言ったところだが、何とも古めかしい作りだ。

    そこは幅約10メートル程の一本道が長々と続いてるだけであり、目を凝らしてみると奥の方に扉が見える。


    フラ男「よし……とりあえずあそこを目指すか」


    と言ってフラ男が走り出した瞬間である。


    ???「止まれ……」


    フラ男「!?」


    ドスの効いた何者かの声が響いた。

    どうやら壁に隠し扉があったらしく、そこから1人の男が現れた。


    ???「まさかここまで辿り着くとはな……ここまで来たのならば看過することは出来ない。黄金鶏教の大義の為、消えてもらう」


    そう言って謎の男がスッと右手を挙げると、ゾロゾロと教徒と思しき男達が出てきた。


    しかし、フラ男の顔に恐怖は無い。

    むしろ彼は嬉々とした表情を浮かべていたのだ。


    フラ男「上等じゃねえか。黄金鶏教が何だろうとてめえら全員ぶっ飛ばせばいいんだろ!!」


    そう言うと彼は猛然と駆け出して、リーダー格の男に強烈な拳を叩き込む。


    ???「がぁっ!?」


    モロに拳を受けた彼はかなりの距離を吹っ飛んでいった。

    それを見て周りの教徒はざわついた。


    フラ男「一人ずつじゃなくてもいいぜ?まとめてかかって来い!! 」


    こうしてフラ男の孤独な戦いに火蓋が切って落とされたのだった。
  38. 40 : : 2016/01/03(日) 13:47:10


    黄金鶏教信者は徐々に増えていき、既に3桁に届きそうなほどの数が集まっていた。


    フラ男「すげぇ数だな……まあ、練習には丁度いいか」



    龍音や玄氏を含め、フラ男達はいつもダラダラしているわけではない。彼らは常に自分の能力と向き合い、見つめ直していた。



    自分の能力を今の固定概念にとらわれず進化させようと努力し続けて来たのだ。



    その結果、見出したフラ男にとっての課題は"同時認識量"だった。フラ男も言ってしまえばただの非リアだ。



    フラグを司るとはいえ、その空間に数多のフラグがあれば認識の限界が訪れる。



    そして、フラ男の処理能力が飽和し、その許容量を超えた時。思考が混乱した結果運命を切り開く者はオーバーロードを起こし、機能を停止してしまう。


    つまり同時多発的攻撃に致命的なまでに弱いのだ。



    これは、フラ男の能力の唯一にして最大の弱点だった。



    以前から龍音に協力を仰ぎ音ゲーなる者を始めることで、同時認識能力、空間把握能力etcetc。フラグを管理する上で必要で必要であろう能力を磨きに磨いてきた。


    しかし、フラ男の肌に合わない部分もあってかイマイチ成果は上がっていない。



    フラ男「ぶっつけ本番って俺の性格にぴったりじゃね?」



    フラ男は不敵に笑うと、フラグの認識を始める。



    大凡100にも及ぶフラグの情報が脳内に流れ込む。その瞬間目の端に火花が散るような感覚とともに、運命を切り開く者の機能が停止する。



    フラ男「……ッ!」



    強烈な頭痛と眩暈に襲われ、バランスを崩しそうになるがなんとか持ち直して襲いかかる信者を拳ひとつで殴り倒していく。



    やはりこの数の同時認識と言うのは一般的な脳の処理能力では対応不可能ということだろう。運命を切り開く者は発動しない。勿論同じ性質を持つセカンドステージも使えないという状態を強いられることとなる。



    フラ男「これはきついな……せめて目の前の敵のフラグくらい……」



    フラ男は自分の吐いた悪態にハッとする。


    なぜ今この場ですべてのフラグを同時認識する必要があるだろうか。フラ男は一人であり、彼に押し寄せることが可能な人数はせいぜい4、5人だ。



    今まで考えたことはなかったが、運命を切り開く者の効果範囲を絞ることができれば自身の周囲の一定の領域内に侵入したフラグを管理することができるのではないか。



    簡単なことだ。処理の限界を増やすことができないなら、処理する数そのものを減らせばいいのだ。


    フラ男はその考えに至ってすぐ、行動に移す。



    自らの周囲に球体を発生させるようなイメージで能力を構築していく。



    最初は能力範囲を狭め切れず、能力の停止には至らないものの、頭がズキズキと痛んだ。




    しかし徐々にその範囲を狭めていくことで、痛みもなくなりストレスなくフラグ管理が可能になる。



    フラ男は再び不敵な笑みを浮かべて信者に向けて言い放つ。



    フラ男「待たせたな。こっから俺のずっと俺のターンだからよろしくちゃん」



    信者「何をふざけたことを!この人数を前に貴様に勝ち目はなぁいッ!!!」



    フラ男の言葉に激情した信者が一斉にフラ男に向けて押し寄せる。



    しかしフラ男の周囲に入った途端にひとり、またひとりと信者が吹き飛んでいく。


    急激に信者の処理数が増えたのだ。周囲もその事実に気付き、ざわつき始めていた。



    そしてものの数分で信者はほぼ壊滅した。




    フラ男「まだやるか?やるってんなら容赦しねぇぞ」



    フラ男の威嚇に対して慌てて残った数人の信者は逃げ出し、倒れた信者たちの山とただひとりそこに立つフラ男だけが残された。



  39. 41 : : 2016/01/03(日) 18:10:41




    フラ男「ま、ざっとこんなもんだな」


    死屍累々の中心に1人立つフラ男は満足げに頷く。


    フラ男「他に敵は……あ、そうだ」


    フラ男はある事を思い付くと直ぐさま実行に移した。

    運命を切り開く者の効果範囲を、今度は狭めるのではなく薄い円盤状にして少しずつ広げる。こうする事により自分と近い距離にいる数人のフラグを把握し、位置を知る事が出来るのだ。


    フラ男「……3人、この奥にいるな。でもそれ以外は何のフラグも感じない。よっしゃ、この程度なら楽勝だぜ」


    言うが早いか、フラ男は残る信者を打ち倒すべく隠し通路の奥へと走り出した。

    フラ男は自らの力が確実に向上していることを実感し、顔を綻ばせていた。





















    ???「……悲鳴が途絶えた。残念だが……」


    ??「悲しむ必要はありません。彼らの無念は力となり、神にさらなる力を与えるのですから。……それより」


    ????「大会は今、2回戦の終盤です。原田君が頑張っているし、それに何より…参加者の質が良かった。進行度は予想を大きく上回っている」


    ??「さあ、祈りましょう。大いなる神に乞い願いましょう」


    ??「我らが、先祖より代々受け継いできた悲願を……!!」















  40. 43 : : 2016/01/03(日) 19:26:48

    時は遡り、控え室。

    予選を終えた龍音達は配られた弁当を食べていた。

    時間はちょうど正午を過ぎたあたりで、二回戦の開始時刻は一時からである。


    龍音「それにしても、やっぱり半分いなくなると部屋も広く感じるな」


    さっきまで16人分の荷物が置いてあったのだが、それは半分に無くなっている。

    負けたら即刻退去なのだ。

    もちろん玄氏も例外ではない。

    その上、加羅とかいう奴は8試合目が終わったあと、控え室に戻って来ていない。


    風子「そうですね。……私がなぜ控え室に入れてるのかは未だに疑問なんですけど」


    風子は大会参加者ではないが、控え室に入ることが許可されてるだけでなく弁当まで貰っている。


    輿水「多分わたちゃんのお守りだからじゃないかな……その、わたちゃんを1人にしたら色々大変そうだし」


    この場合の色々大変そうと言うのは、「彼女が」ではなく、「周りの僕達が」である。


    わた「ふむ?あまり失礼な事を言うと、不幸な目にあうというものだぞ。……例えば次の試合で強敵にあたるとか、な」


    ニヤニヤとしながら不吉な事を言うわたちゃん。

    輿水の顔色はどんどん青くなっていった。


    朔夜「まあ二回戦まで残ってんならだいたいみんな実力者でしょ、そんなにビビらなくても結果はそんな変わらないですよ」


    淡々と朔夜はそう言ったが、輿水は何かと考え過ぎるタイプである。

    そのフォローはあまり効果を発揮せずに終わった。


    と、そんな風に雑談しながら昼飯を食べているとナレーションが入った。


    『選手の皆様方、二回戦の対戦カードが決まりましたので発表致します』


    輿水「頼むぞ……わたちゃんだけは勘弁……!」



    『第1試合
    プラチナムチンパンジー VS 加羅風香


    第2試合
    青山龍音 VS 山本次郎


    第3試合
    沼津朔夜 VS 仁王三蔵


    第4試合
    輿水幸雄 VS 渡瀬なつ 以上となります』





    朔夜「こ、輿水さん……」


    輿水は口を開けたまま、停止していた。

    流石に気の毒に思ったのか朔夜が声をかけるが反応が無い。


    わた「ふふ、だから言ったのだ。棄権なんてしてくれるなよ、つまらんからのう」


    そう言ってわたちゃんは機嫌よく笑うのだった。

  41. 45 : : 2016/01/03(日) 20:30:27


    輿水「あの。朔ちゃん!俺お腹痛くて仕方ないんで棄権してもいいですかね?いいですよね?」


    わたちゃんが立ち去った後、輿水は脂汗流しながら、必死に訴える。なんとしても避けたいわたちゃんとの対戦という事態に、いま直面しているのだから仕方ない。



    その時、輿水は後ろからの妙な圧力にぎこちなく振り返る。するとそこには満面の笑顔のわたちゃんが立っていた。


    わた「棄権などしてみろ?ぬしを地の果てまで追いかけてやるからな。覚悟して棄権するがよいぞ」



    その一言にその場の空気が凍りつく。わたちゃんの笑顔がその迫力を一層凄まじいものとしていた。



    輿水「いやぁ。オラ強えヤツと戦いてぇ!わたちゃんとやれるなんてワクワクすっぞ!」


    今度は違う意味で汗をかきながら輿水は準備運動をするようにして、万全で試合に臨むアピールをし始める。


    わた「そうかそうか。それはよいことじゃ。楽しみにしておるぞ」


    そういうとわたちゃんはプレッシャーを引っ込めて、ちょこちょこと可愛らしい足取りで去っていった。


    周囲の一同が安堵の息を漏らしていると、2回戦開始の放送が流れる。



    こうして第1試合ぷらチンvs加羅風香の試合が幕を開けた。




    ぷらチンがリングに上がると、そこにはすでに風香の姿があった。ぷらチンのことなど関係ないとばかりに、俯いたまま無反応にそこに立っている。



    2人が向き合った段階で、ジャッジが試合開始を告げる。風香はそれでもなお動こうとしなかった。



    ぷらチン「ウキャーーーーーーッwwwwwwww」



    ぷらチンは叫び声を上げると、奇怪な彼の行動に警戒しつつも正面から懐に入り込む。そのまま一度フェイントを入れ、鋭角から抉るようなボディブローを放つ。




    予想外にも、その攻撃は回避や防御という行動に阻まれることなくすんなりと決まる。



    しかし、その攻撃を受けた直後ですら風香は微動だにしなかった。



    あまりの異様さに攻撃を決めたはずのぷらチンも大きく飛び退く。



    すると、少しずつ風香は顔を上げ始める。その顔には青筋がくっきりの浮かび上がっており、歯を強く食いしばっている様子だった。



    そんな風香に嫌な予感を感じながらも、それをぷらチンは先ほどの攻撃をやせ我慢していると判断し、再び風香に向けて駆け出す。



    その時だった。




    風香「いい加減にしろ!!!!!!昼飯を友達と仲良くわいわい食べやがって!!!!!!うるせぇんだよ!!!!!ギャーギャー騒いで他人の迷惑考えろ!!!!!!!!!!」




    風香の叫び声とともに突風がぷらチンを襲う。駆け出していたはずのぷらチンはあまりの風の強さに元の位置にまで押し戻されてしまう。



    会場中に大音量で響き渡る叫び声と突風が収まると、風香は身体に赤いオーラを纏っていた。



    風香「怒りを力に変えるのが僕の力だ!!!!!!尊敬する非リアの1人、健太大先生。いや……クソチン!!!!!!!とっとと散れ!!!!!!!!」




    再び地鳴りがするのではないかというほどの大音量で叫び声をあげると、風香は尋常ならざる速度で地面を抉りながら駆け出す。



    しかし、ぷらチンは冷静だった。彼の言っている意味を理解するまでに時間はかからなかったし回答を用意するのもまた然りだった。



    ぷらチン「いや、お前に友達いないのを他人のせいにすんなよ」



    真顔だった。先ほどまでウキャーーーーーーッwwwwwwwwなどと気違い染みた発言を繰り返すぷらチンの予想外の辛辣な言葉に一瞬風香の動きが止まる。




    なんとか反骨精神で再び風香は足を踏み出そうとするが、ぷらチンは甘くなかった。



    ぷらチン「それに今のお前の大声のがうるせぇから。迷惑なのお前な?ブーメラン自覚しろよ。それに、いくらそんなブチギレても友達増えねえから」


    真性のキチガイ猿にここまで言われると思っていなかったのか、風香は口を開けて力なく立ち尽くす。



    心なしか先ほどまで炎のように力強かった赤いオーラも徐々に弱々しく薄くなっていくようだった。



    ぷらチンはその隙を見逃すほど優しくはなかった。




    ぷらチン「無抵抗の女性の顔面を殴打する無慈悲なる一撃……喰らえ……一場式ローリングソバット!!ウキャーーーーーーッwwwww」




    ただそこに無防備に立ち尽くす風香の鳩尾に、ぷらチンの無慈悲なる強烈な一撃がクリーンヒットする。


    風香の身体は宙を舞い、リング外へと落ちる。



    心なしか輝く雫が舞っていたような気もしたが、ぷらチンはそんな事を気にすら止めなかった。



    すぐにジャッジによるぷらチンの勝利判定が為され、2回戦第一試合はあっけなくその幕を降ろした。
  42. 46 : : 2016/01/03(日) 22:16:05









    続く2回戦第二試合。


    山本は下痢で棄権した。







  43. 47 : : 2016/01/03(日) 23:22:26




    続く第3試合。

    未だ口を開かない仁王、飄々とした態度で常に余の表情を崩さない朔夜はリングで向かい合った。


    仁王「…………」


    朔夜「……おっさん、何か喋らないの?張り合いが無いんだけど……」


    仁王「……語る言の葉は無い」


    全く表情の動かないさながら鉄仮面の様な顔をした彼はそう言うと静かに構えた。


    朔夜「ふぅん……ま、やる気があるなら上等。前の試合の様にはいかないだろうけど、負ける相手でもないかな」


    そう言うと朔夜の両手が淡く光る。

    審判はどちらも準備が整ったことを見ると、ゴングを鳴らした。


    朔夜「最初から出し惜しみはしないよ!」


    両手の淡い光が強さを増し、カッと輝く。


    朔夜「色即是空(カラー・プレーナ)ッ!」


    次の瞬間、朔夜の手から青色の何かが仁王の脚にに向かって飛んでいく。

    咄嗟の出来事に仁王はそれをモロに受けてしまった。


    仁王「……絵の具か?………ふん、餓鬼の遊びには付き合えんな」


    そう言って仁王は猛然と駆けだす。

    ……いや、駆けだそうとした(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)


    仁王「……!?」


    彼の脚はまるでスーパースローカメラで流しているかのようにゆっくりと動いていた。


    朔夜「青色は鎮静化の色……私の能力は絵の具を介して、色を操る事。色にはそれぞれに意味があって、私はそれを自在に扱える」


    仁王「……ベラベラと喋って、墓穴を掘ったな。色がついてなければ良いのだろう」


    そう言って仁王は絵の具のついた部分の布をビリビリとちぎった。

    そして再び朔夜に向かって走り出す。


    朔夜「灰の壁(グレー・ウォール)!」


    朔夜は床に灰色の絵の具で細長い四角を描く。

    するとその四角形が光り、床が盛り上がり壁となって仁王の行く手を阻む。

    が、しかし仁王もその程度で止まるほど軟弱では無かった。

    その鍛え上げられた肉体はもはや鋼と言っても過言では無い。

    仁王は走るスピードは緩めずに思いっきり壁にタックルし、それを打ち破った。


    朔夜「んなっ、嘘でしょ!?」


    仁王「ふん、甘く見たな小娘。俺の能力は鉄鋼身(プルート)。己の身を鋼とする事、小細工はいらぬ。圧倒的な力さえ有ればいい」


    一気に距離を詰めた仁王はその拳を容赦無く朔夜に向けて振るう。


    朔夜「ひゃっ!?」


    間一髪、まさに紙一重でそれを避けるも当たれば一発KOだろう。

    しかし仁王は続けざまにボディに強烈な拳を叩き込もうとする。

    咄嗟に朔夜は黄色の絵の具を腹に塗りたくった。


    仁王「ふっ……んっ!!!」


    朔夜「がっ……はぁっ!?」


    軽い朔夜の身体は宙に浮き、数メートルほど吹き飛んだ。

  44. 48 : : 2016/01/04(月) 00:03:40


    仁王「咄嗟に何かしたようだが……あまり効果は無かったようだな」


    朔夜の腹部を襲った仁王の拳は血で滲んでいた。


    朔夜「ぐっ……黄色は硬化を司る色。……でも衝撃は吸収出来ない、か」


    とは言えあそこで機転を利かせてなければ今頃意識は無かっただろう。

    朔夜は地に伏せたまま、もがくがなかなか立ち上がれない。

    そんな朔夜を見て、仁王はゆっくりと朔夜に近づいていく。


    仁王「ふん、所詮は餓鬼か」


    仁王はそう言い放ち、朔夜の真横まで来るとゆっくりと脚を上げた。


    仁王「せめてもの情だ。顔はやめてやる」


    そう言って仁王は持ち上げた脚を朔夜の腹めがけて思いっきり降ろす。

    観客の誰もがその様子に目を瞑った。

    ………が、しかし。

    仁王が朔夜の腹を踏み潰した鈍い音はしなかった。


    仁王「………何だと……!?」


    仁王の鉄仮面が遂に崩れ、初めて焦りの表情が見えた。

    彼の足は黒と緑が混ざったような空間に沈み、朔夜の腹には到達していなかった。


    仁王「くっ……!何をした……!?」


    咄嗟に足を抜いて、後方へ飛び退いた。


    朔夜「……初戦でも使ったでしょ。まあアンタは見てないだろうけど」


    フラフラと立ち上がりながら朔夜はそう言う。

    その手は先程と違い、どす黒い色をしていた。


    朔夜「……色即是空(カラー・プレーナ)セカンドステージ」


    朔夜がそう言うと、彼女の周りに先程仁王の足を飲み込んだ空間が幾つも出現した。



    朔夜「空即是色(ヴァニタス)



    仁王「何……!?セカンドステージだと……!?」


    仁王が静かに動揺した。

    セカンドステージ……選ばれた非リアだけが到達することを許された非リアの極地。

    それを発動出来るというのは即ち、数々の死線をくぐり抜けてきたという証拠でもある。


    朔夜「私のセカンドステージは色の複合、その中でも『固定』の緑と『分解』の赤、そして『空間』の黒。私はこの3つを混ぜたモノを操る事が得意なの」


    『固定』、『分解』、『空間』。

    この3つの単語を聞き、仁王の頭が導き出した答え。


    仁王「………異空間への……(ゲート)………!?」


    朔夜「そう。言い換えるなら四次元ポケットね。さっきもアンタの足を飲み込んだのはそれよ。私はそれを『沼』と呼ぶ。底無しの沼、一度沈めば帰ってこれない。もがけばもがくほど沈んでいく」


    仁王「そんな……そんな出鱈目な能力があってたまるか……!!」


    仁王はそう言ってがむしゃらに駆け出した。

    その姿は明らかに最初と違って、精細を欠いている。


    朔夜「蛇を描きて足を添う……人の妄想は底無し、無限だよ。如何なる理からも束縛を受けない……だから私は描き続けるんだ、皆に果てない夢を見せるために!!」


    朔夜が手を挙げると、周りの『沼』が一斉に仁王の方を向く。


    仁王「こんな所で……こんな所で負けられんのだッッッ!!!」


    そう言って向かってくる仁王、朔夜はその手をピストルの様にして仁王に向けた。


    朔夜「決着(チェック・メイト)


    そう言った瞬間、『沼』から数本の鉄骨が勢い良く飛び出て仁王に直撃する。


    仁王「ガぁぁぁぁっ!!??」


    仁王はなす術もなく吹き飛んでいった。

    観客は会場が割れんばかりの歓声を上げる。


    朔夜「ふぅ……」


    審判とそれを見て決着を言い渡す。


    「勝者!沼津─────」






    仁王「………………………だ」






    朔夜「なっ……!?」


    鉄骨に直撃し、既にボロボロの筈の仁王は尚も立ち上がる。


    仁王「まだだ………まだ、終わってない」


    朔夜「………!!なら、もう一度……!」


    と、朔夜が言った瞬間である。


    プルルルルルル、と着信音が鳴り響く。

    その音はどうやら朔夜のケータイからの様だ。


    朔夜「こんな時に………はい、もしもし?………あ、店長?えっ?………シフト?……あっ、えっ、ちょっ………わ、忘れて……………はい、はい、行きます………はいぃ……すみません……」


    朔夜はチラリと審判を見る。

    審判もある程度その応答から察していたようだった。


    朔夜「ごめんなさいぃ……ごめんなさいぃ……」


    朔夜は泣き声で謝りながら会場を後にしたのだった。





    結果的に朔夜が急用で棄権、3回戦に進んだのは仁王となったのだった。

  45. 49 : : 2016/01/04(月) 00:44:13
    期待です。
  46. 50 : : 2016/01/04(月) 00:49:00



    何とも微妙になった会場の空気は、次の試合の選手が入場すると一層微妙なものになった。




    輿水「ああぁぁぁ……棄権してえ……もうマジ無理無理無理無理無理」


    試合開始のゴングはとっくに鳴っているのに、輿水が頭を抱えたまま弱音を吐き続けているのだ。

    終いには、対戦相手であるわたちゃんに怒られる始末である。


    わた「全く、一度舞台に上がった男がウジウジとするな!…トイレに篭って同僚の試合は見ていないと言うし、情けない……」


    輿水「そうは言ってもさぁー……緊張は仕方ないじゃん?それにわたちゃんと違ってリスクが大きいんだよね、俺の能力。だから試合後が心配で」


    わた「たわけが。事後を気にして本番が出来るか」


    輿水「はぁー……もうやだなぁ……帰って寝たい……」


    わた「お主という奴は……」



    気の抜ける溜め息を繰り返す輿水の姿に、わたちゃんの機嫌が露骨に悪くなっていく。



    わた「よかろう」



    わたちゃんが冷めた目で吐き捨てた。

    次の瞬間。



    竹が破裂するような音が鳴り響いたかと思うと、輿水の身体が大きく吹き飛ばされていた。



    輿水「ぐごッ!……!!」



    余りにも一瞬の出来事に、当事者である輿水すらも何が起こったのか把握出来ていなかった。彼は受け身を取ることも出来ず、ゴロゴロと地面を転がる。


    わたちゃんは倒れ伏す輿水の方へとゆっくり歩みながら、蔑みの視線を向けて言った。



    わた「ほら、さっさと立たんか輿水」


    輿水「ゔっ……ぉぉ、キッツ……〜!!」



    腹を抱えて悶える輿水。


    小さな魔王はその身体に触れるか触れないかの距離まで近付き。




    わた「輿水よ、お主は何か勘違いしておらんか?」


    わた「わたは面白い玩具なら丁重に扱うがな……」










    わた「つまらんガラクタは容赦なく踏み潰すぞ」


    足元に転がる輿水の頭を、容赦なく踏み抜いた。











    わた「……む?」


    わたちゃんが眉をひそめ、何かを訝しむような表情になる。


    わた「手応えがない?」


    その時だった。



    輿水「『上手水漏(じょうずのみずもれ)』……わたちゃん程の達人でも、時には失敗しちゃうよね」


    不気味に笑う輿水。


    わた「!」



    その様子に危険なものを感じたわたちゃんは即座に輿水から離れようとする。


    が、遅かった。



    輿水「『氷水寒(こおりのみずよりさむきこと)』」



    超速で放たれた輿水の張り手が、両腕を交差させたわたちゃんのガードに突き刺さる。


    魔王の小さな身体は倒れる事はなかったものの、地面にガリガリと痕を残しながら大きく後方へと吹き飛ばされた。



    わた「むぅ……!」


    輿水「いやぁー、やっぱ怖いなぁわたちゃん……まさか一発でここまで手酷くやられるとは思わなかったよ」


    輿水「でもそのお陰で、お望み通り魔王様を納得させられそうだ」


    わた「なるほど、やられる程に強くなる能力か。先程の態度も攻撃を誘うための演技と」


    輿水「さっすがわたちゃん、察しが良い」



    輿水の能力は数多ある非リアの能力の中でも特に異質なものだった。

    普通、非リアの能力というのは1種類だけに限られる。火を操る者は火を操るだけ。スケールを縮める者はスケールを縮めるだけ。それが常識だ。

    しかし輿水だけは違う。彼は『強いダメージを受ける』という過酷な発動条件の対価として、無数の完全に異なった能力を使用できるのだ。




    輿水「 『上手水漏』は一度受けた相手の技の熟練度を著しく下げる能力。そして『氷水寒』は受けた技をより威力の高い一撃として放ち返す能力」


    輿水「まさに攻防一体、発動さえすれば止める術なしの無敵の能力だ。わたちゃん、別に降参しても良いんだよ?」


    わた「世迷いごとを」


    輿水「だよねー」



    輿水(……ま、実際は無敵とは程遠い能力なんだけど。……くっそ、頭がグラつく)

    輿水(『上手水漏』で技術的なクオリティはかなり落としたのに。あの小さな身体の何処にこんなパワーがあるんだよ……)

    輿水(……でもまあ)



    わた「ふふ、面白くなってきたぞ輿水」



    わたちゃんは心底楽しそうに口を歪める。



    輿水「……そりゃ嬉しい限りですよ、魔王閣下!」



    輿水(朔夜も見てんだ、恥ずかしいとこばっかも見せらんねえ!!)


    輿水「ぜってー勝つ!!」





    なお、当たり前だが朔夜は見ていない。彼女は既にバイトに出ている。







  47. 51 : : 2016/01/04(月) 01:34:26





    輿水「っらあ!!」


    輿水の張り手が次から次へと繰り出される。

    が、対するわたちゃんは余裕を持ってそれらを捌いていく。



    わた「まだ甘いな、輿水。なぜお主の攻撃が当たらぬか分かるか?」



    輿水が掌を突き出した隙、腕が伸び切った一瞬を狙ってわたちゃんが輿水の腕を抱き抱えるようにして掴む。

    そして左足を大きく踏み出し、滑らかな前方向への重心移動と共に輿水の身体を持ち上げ、そして地面に叩きつける。


    輿水の身体から嫌な音が鳴った。



    わた「小さい私に攻撃を加えようとして前傾姿勢になるから、重心が前に傾いておる。それではバランスも安定するまい。技が最高のパフォーマンスを発揮出来ないのも当然」


    輿水「……っ、ご忠告どうも!」



    ゴロゴロと転がってわたちゃんから距離を取った輿水は直ぐさま跳ね起き、タックルのようにわたちゃん目掛けて突っ込んでいく。



    わた「だから重心を前に傾けるなと……っ!?」



    左に飛び退くことでタックルを避けようとしたわたちゃんの右腕を、直前でタックルを急停止させた輿水が掴んだ。


    そのままわたちゃんとは逆の方向へ左足を大きく踏み出し、わたちゃんに引っ張られる事で傾いた重心を一気に移動させる。



    輿水「『重心の移動』はもう昇華したっ!!」



    本家よりも鮮やかな投げの型に、わたちゃんは為す術なく地面に投げ飛ばされた。



    わた「ぐっ……おのれ〜!!」



    しかし小さな魔王は無抵抗でやられたままでいるほど甘くはない。直ぐに体制を立て直すと輿水の左足に強烈なローキックをお見舞いする。



    わた「良いところに落ちてきたな」



    さらに、支えが欠けて崩れ落ちた輿水の顔に追撃の左ストレートが放たれる。




    輿水「ごはっ!……ぐぅぅ!!」



    だが輿水は倒れない。立ち上がり、今度はローキックでわたちゃんを狙う。



    わた「ぬうっ!」



    鋭いローキックがわたちゃんの脇腹を抉った。



    一瞬姿勢を崩しながらも、わたちゃんは瞬時に飛び退いて輿水と距離を取る。






    互角の戦い。観客の目にこの試合はそう映っていた。


    ……だが。
  48. 52 : : 2016/01/04(月) 02:51:28



    わた(ふむ……不味いな、これは)



    実際に輿水と拳を交えているわたちゃんだけが、その戦況の傾きに気付いていた。



    わた(長期戦になればなるほど、こちらの手札は無くなっていく。逆に奴の手札はドンドン増えていく。攻防一体とはよく言ったものだな)


    わた(それに……あやつ、いくらダメージを与えても倒れる気配が全くない。しかもダメージが蓄積する度に動きのキレが増しておる。……先ほどわざとらしく能力を説明したのはミスリード狙い、おそらくは他にも能力を隠しておるな?小癪な奴め……!)



    わたちゃんは今日何度目かも分からない獰猛な笑みを浮かべた。



    わた「隠し能力とは中々に味なことをするではないか、輿水よ。お陰で一杯食わされる羽目になった」



    脇腹をさすりながら言うわたちゃん。



    輿水「本当にわたちゃんは察しが良すぎて困るね。……その通りさ。『水魚双心(うおごころとみずごころ)』。ダメージを負えば負うほどに身体性能が上がる能力」



    輿水はわたちゃんを睨みつけながら続ける。



    輿水「でも、気付いた所でどうしようもないでしょ?……技術そのものである能力は一度使ってしまえば二度と俺には効かなくなる。わたちゃんはそんなリスキーな事をするタイプじゃないだろうからね、必然的にこのまま肉弾戦を続けるしかないってわけだ」



    わた「……」



    輿水の言葉を、わたちゃんは静かに聞いていた。

    だがやがて、その口からクスクスと笑い声が漏れ始める。



    輿水「……何がおかしいの?」



    わた「ふっふふ、ふふははは!素晴らしい、素晴らしいぞ輿水!予想以上に最高だ!」



    わたちゃんは大声で叫び始めた。



    わた「楽しいぞ、こんなに楽しいのは久しぶりだ!お主を我が生涯における敵の一人として認識しよう!」



    段々とテンションが上がり始めるわたちゃんの姿に、輿水の頬を汗が伝う。彼は本能的に何かヤバイものを感じ取っていた。



    輿水「……まるで今までは敵じゃなかったみたいだね」



    わた「ああ、敵ではなかった!先ほどまでのお主はただの戯れの道具、玩具でしかなかった」


    わた「だが最早そうではない!」



    わた「私 は 、 私 と し て 全 力 で お 主 を 叩 き 潰 す」









    わた「……『刻詠(にょいぬるんっぱ)』」
  49. 53 : : 2016/01/04(月) 03:21:58






    輿水「にょい……ぬるんっぱ…?」



    わた「輿水よ。お主はその身に受けた技をコピーし、そしてその技のオリジナルを劣化させ使えなくする。そうだろう?」



    輿水「……だから?」



    わた「なに、実に単純な話だ。お前に放つのが駄目なら、代わりに世界に放てばいいのだ」



    輿水「は?」




    わけが分からず首を傾げる輿水。


    だがわたちゃんは御構いなしと言わんばかりに輿水の元に突っ込んでくる。



    輿水「何やかんや言って、結局やる事は変わらないんじゃないかっ!!」



    輿水はその動きを捉え、そしてカウンターの拳を繰り出す。


    能力により上がった身体性能に、研ぎ澄まされていたわたちゃんの技をさらに磨き上げた技術。その一撃は確実に決まる……筈だった。



    しかし。



    輿水「っ!?」



    輿水の一撃は虚しく空を切った。



    わた「どうした輿水、外しておるぞ!」



    わたちゃんのボディブローが輿水に刺さる。


    輿水はその腕を掴み、先ほどのようにわたちゃんを投げ飛ばそうとした。



    輿水「なっ!?」



    だがしかし、わたちゃんの腕を掴もうと伸ばした輿水の腕はわたちゃんのハイキックにより打ち払われた。



    そう、まるで行動を先読みされたかのように……




    輿水「!ま、まさか……!!」



    わた「そう、私の『にょいぬるんっぱ』は未来を視る能力なのじゃ。その強力さゆえに反動で体力がかなり削られるが………もはやお主の行動は全て掌握した。お主の敗北までの道は既に繋がっておる」



    輿水「っ……!そんなわけっ!!」



    わたちゃんの言葉を否定するかのごとく乱打を繰り出す輿水。


    だがしかし、それらはただの一発も掠る事すらなかった。



    わた「輿水よ……これこそが本当の、無敵の能力というものだ」





    そこからは、完全なワンサイドゲームだった。


    輿水の攻撃は当たらず、わたちゃんの攻撃は全て的確に急所を捉える。


    輿水が倒れるのには1分と掛からなかった。
  50. 54 : : 2016/01/04(月) 03:43:27



    一方的なわたちゃんによる攻勢に輿水はなす術もなく倒れ伏した。なんとか能力の恩恵で身体は起こせるものの、すでに体力は限界であり戦える状態ではなかった。




    輿水「……ッここまで来て降参は無しなんて野暮な事は言わないよな?」


    わた「流石にわたもそこまで外道ではない。十分楽しんませてもらった。好きにするがよい」



    輿水が降参の旨をジャッジに告げ、わたちゃんの勝利を宣言しようとしたその時だった。



    突如として壁の崩落と共に、会場内に轟音が響き渡る。


    会場の壁をぶち破って、人が飛び込んで来たのだ。


    その人は力なく受け身を取ることすらないまま、リングのすぐそばの地面に叩きつけられる。


    わたちゃんと輿水がリングの外を覗くと、そこには見知った顔の男が血塗れになって倒れていた。



    聖夜の英雄。非リアとリア充の対立という構図を打破した男。



    その名を知らぬ非リアはいないだろう。



    そう、そこに意識を失って横たわっていたのは、間違いなく小西フラ男だった。


  51. 56 : : 2016/01/04(月) 13:40:12
    目の前にある現実に会場は騒然とした。


    最強の非リアとすら言われるほどの猛者が、突如として血塗れで倒れているのだから仕方ないことだろう。



    慌てて輿水とわたちゃんが駆け寄って様子を見るとそれはひどい有様だった。



    身体中の骨があちこち砕かれ、吐血の量からして内臓もかなり損傷しているように見えた。




    わた「まずいな……輿水よ。こやつを連れて救護室へ行け。ここの設備なら命くらいは助かるじゃろう。ついでにぬしも治療を受けてくるといい」



    輿水「そんなこと言ったって、あのフラ男をここまでにする相手にいくらわたちゃんでも、そんな消耗した状態でひとりじゃ無理だ!」



    その場にひとり残り、どこかに潜んでいるであろうフラ男を倒した相手とわたちゃんが対峙しようとしている事に気付き輿水は声をあげる。



    しかし、その言葉はわたちゃんの一喝によって一蹴される。



    わた「たわけが!!今のぬしがおったところで足手まといじゃ。戦えるようになってから戻って来いと言うておるのがなぜわからん!」



    輿水は彼女の言い分に反論する言葉を持ち合わせてはいなかった。彼が苦虫を噛み潰したようにしていると、わたちゃんは先ほどとは一転して落ち着いた声音で告げる。



    わた「安心せい。この場は映像として控え室にも流れておる。すぐに龍音達も駆けつけるじゃろう」


    わたちゃんの言葉に輿水は一度薄笑うと、少し声を張って答える。


    輿水「了解。ここは任せましたよ魔王様」



    わた「ふん。そうやって最初から素直に従えば良いのだ」



    輿水はフラ男を抱えて走り出す。


    しかし、その行く手にはひとりの男が立っていた。仁王三蔵。大会参加者のひとりである彼が何故ここで輿水の前に立ちはだかるのか。輿水自身には全く心当たりがない。



    輿水「他人にかまってる暇はないんだ。そこを退いてくれ」



    仁王「それはできんな。余計な真似をしてもらっては困るのだよ。その男は我々の計画の障害。ここで死んでもらう」



    仁王の言葉と同時に後ろからぞろぞろと人が現れ輿水とわたちゃんを囲い込んだ。
  52. 57 : : 2016/01/04(月) 14:12:03



    流石のわたちゃんでも、足手まといを2人抱えながら集団と戦うのは部が悪い。まだ輿水がある程度動けるのであれば話は別だったが、彼の動きは戦闘をできるほどの領域に既にない。



    能力を解けば彼は立つ事すらままならないだろう。それでも敵は待ってはくれない。



    彼らは既に弱点は見えているとばかりに、執拗に輿水やフラ男を狙い続ける。



    それを全てわたちゃんは刻詠を使いながら捌いていく。しかしいくら素早く動き、未来を先読みしたところで体はひとつしかない。3人分の体を守るにはあまりに手が足りない。



    いずれ許容の限界が訪れ、綻びが出始める。



    その度にわたちゃんの体にダメージが蓄積されていく。次々と現れてくる敵にわたちゃんが敵を倒すスピードより消耗のスピードが上回り始める。



    仁王「なんだ。もう終わりか?その程度で魔王などとよくほざいたものだな」


    わた「たわけ。まだまだこれからじゃ。貴様の脳天に風穴をあけるまでは終われん」



    強気な言葉とは裏腹に、わたちゃんの体には傷が増え、肩で息をし始めている。



    明らかに能力の使いすぎと、ダメージの蓄積で限界に近づいているのは目に見えていた。



    それでもなお戦い続けるも、徐々に被弾が増え敵を倒す数が減る一方だった。



    それでもなお、無尽蔵かと思えるほどに湧き出してくる敵はその数を減らすことはなく、わたちゃんに襲いかかる。



    そしてついにわたちゃんが片膝をつく。



    仁王「呆気ないな。魔王様よ。流石の魔王様も物量の前にはなす術なしか」



    わたちゃんの姿を仁王が大声で笑う。



    しかし、わたちゃんの体力も既に限界だ。フラ男に残された時間もそう長くはないだろう。



    万事休す。勝ち筋は潰えた。



    諦めかけたその時だった。


    「うおおおおおおおい!!!」



    観客席から轟く雄叫びに誰もが注目する。



    そしてその雄叫びの主は、観客席から高々と舞い上がると、わたちゃん達と敵の間に立ちはだかるかのように着地した。








    マッスル「お待たせしましてすみません。助けに来ました」







  53. 58 : : 2016/01/04(月) 14:46:28



    突如として現れた救世主に輿水とわたちゃんは困惑した。と言うよりも普通に知らない人だった。



    わた「ぬしは……?」




    マッスル「申し送れました。この大会主催者のマッスル原田です。フラ男さんや、龍音さんへの依頼主でもありますね」



    輿水「よくわからないけど、時間がないんだ!助けに来たならこいつらなんとかしてくれよ!」


    悠長に構えている原田に輿水は慌てて詰め寄る。しかし、依然として彼はその余裕の態度を崩そうとはしない。


    マッスル「あはは。僕は戦えませんよ?これ見せ筋ですからね」


    そう言って笑う、原田にわたちゃんと輿水はぽかんと口を開けて固まった。まさかこの状況で足手まといを一人増やす結果に終わるとは誰も思わない。



    わた「ぬしは何をしに来たんじゃ……それより龍音達はどうした」



    最後の望みである彼らの助けに期待した言葉だった。



    マッスル「まあまあ。そう焦らず。僕も木偶ではないですから。それと龍音さん達には既にフラ男さんがやられた敵の捜索にあたってもらっています」


    3人がモタモタと会話していると、無視されてしびれを切らしたのか、仁王が大きな声を上げる。



    仁王「茶番はそのへんにしてもらおうか。助けが何人来ようが変わらん!叩き潰せ!」



    仁王の合図と共に再び手下達がわたちゃん達に襲いかかる。



    マッスル「わたさん10秒だけ踏ん張ってください。それでなんとかします」



    わた「まったく……魔王使いの荒い奴らじゃ」




    わたちゃんは最後の力を振り絞り、敵の攻撃を捌き、反撃していく。


    その速度は、火事場の馬鹿力とも言うべきか最初のレベルまで引き戻されていた。



    マッスル「行きますよ!我が血肉は力の代価……六花の大輪は癒しの証 自己犠牲(アルトルイスト ヒーリング)



    マッスルが能力名を叫んだ瞬間。マッスルの体が眩いほどに光り輝くと、その光がフラ男、輿水、わたちゃんの体を包み込む。

    そしてみるみるうち傷が癒え、彼ら自身体力が回復しているのを実感していた。



    そしてその光が収まるとそこには筋肉を失ったガリガリの原田の姿があった。



    ガリ田「フラ男さんの傷を治すのに力を使いすぎて全快とは行きませんが、これでその程度の奴ら蹴散らせるはずです……!」



    わた「ふむ……男の筋肉で回復したと思うとアレだが、この際選り好みはできん。感謝するぞ」


    輿水「おお。こりゃすごい。ようやく反撃できるってわけか!」



    仁王「くっ……ちょこざいな!構わんそのままたたきつぶせ!」


    フラ男はまだ意識がないものの、輿水と、わたちゃんの復活によって戦況は大きく変わったと言える、二人は仕切り直すべくフラ男をガリ田に預け、戦闘態勢に入るのだった。


  54. 59 : : 2016/01/04(月) 15:21:10






    輿水とわたちゃんが復活して仁王たちと戦い始めた、それと時を同じくして。


    龍音と玄氏、そしてぷらチンは急いで階段を駆け上がり、地下から地上へと出ようとしていた。



    龍音「っち……!急がねえと!!」


    彼らが必死で走るのには理由があった。








    つい先刻の事だ。控え室で試合を観戦していた龍音たちの元に、ただならぬ様子の原田がやって来た。


    そして息を切らせながら言ったのだ。



    幻の黄金鶏教の手により恐ろしい化け物が復活してしまった。今はフラ男が抑えてくれているがそれも何時まで持つか分からない、と。



    始め、龍音たちは控え室よりも更に下にあるという隠し部屋に向かっていた。原田がそこに化け物がいると教えてくれたからだ。


    しかし、凄まじい爆音と共に建物が揺れたかと思うと、コンクリートだの地面だのを豆腐のように打ち崩しながら何かが凄まじいスピードで上方向へと飛んでいくのが見えたのだ。


    ほんの一瞬だけ、すれ違う瞬間に見えたその姿に3人は絶句した。



    ほつれた糸のような、細く捻じ曲がった鱗が絡み合うようにして形作られている淡黄色の肌。周囲の光を全て吸い込むかのような錯覚を起こさせる、底無しの闇を思わせる黒い眼球。

    あと明太子みてえな唇。



    見るも悍ましい存在だった。背筋が凍りつくのを感じると共に、龍音たちは直感した。


    間違いない。『これ』が原田の言っていた化け物だ、と。







    玄氏「あいつが地上に飛んでったって事は、まさかフラ男が……!」


    ぷらチン「……だとしても、今俺らがやるべき事は決まってんだろ!」



    階段を登り終え、扉をぶち破る勢いで外に出る3人。



    彼らが目にしたのは、俄かには信じ難い光景だった。










  55. 60 : : 2016/01/04(月) 15:27:30





    人が、倒れていた。


    だが普通の倒れ方ではない。



    口から何か、半透明な緑色の物体を吐き出すようにしていた。


    そして『目測で数千はあろうという数』のそれが、空に浮かぶ先ほどの化け物の元へと集まってきていた。




    緑色に染まった街は、彼らの目には酷く気持ち悪く映った。
  56. 61 : : 2016/01/04(月) 15:49:38



    龍音「あいつは………あいつは一体何を……」


    龍音は先程から自分を襲っている寒気と圧倒的な圧力に震えていた。

    龍音とて並の非リアでは無い。それは周知の事実であろう。

    だが、上空の化け物は『並』だとか『特盛』だとかそんな物差しでは測れないのだ。

    世界は広く、多種多様な言語が存在する。

    だがそのどの言語を尽くせど、目の前の化け物を表現しきれないだろう。



    しかしこの時、2人は直感していた。

    奴を語るに多くの言葉は必要としないことを。


    そう、奴は──────────





    龍音「まるで………『神』だ」





    龍音の零した呟きに同意するようにぷらチンは静かに頷いた。

    今まで感じた事のないような恐怖、圧力。


    ぷらチン「……はは、やべえな。膝が笑っちまってる」


    2人は目の前の今までとは明らかに異質な存在に、戦う前から既に戦意喪失していた。

    神にとっては少し力のある程度の非リアでも、所詮は虫ケラと言うことを思い知らされていた。




    「おいおい。なーにブルってんだ?」




    そう言いながら2人の肩を掴んだのは何を隠そう、2人の親友であり戦友。


    亀山玄氏だった。


    ちなみに彼の膝は秒速15回の速さで震えていた。


  57. 62 : : 2016/01/04(月) 16:07:57



    確かに目の前にいる存在は畏怖の念を拭えぬ程に強大な存在だった。冗談でも言っていなければ正気を保てなかったかもしれない。




    奴がそこにいるだけで、街ゆくカップルが倒れ、家族は死に絶える。その理由はわからないが、町にいるリア充達だけが次々とその命を奪われていく。



    幸せな笑顔をした者たちの魂を喰らい、醜く肥大化した金色の昏き闇を放置するなどという選択肢は彼らの中にはあるはずもなかった。



    最初はただリア充を憎み、戦った。でも今は違う。今のこの状況を笑う事など出来ない。あの戦い以来リア充がこちらに歩み寄った。ならば、今度は非リアも彼らに歩み寄らねばならないと思っている。



    今回の事件が明るみに出れば、非リアは再びリア充に非難されるかもしれない。それでもこのままリア充を見捨てるわけにはいかない。



    それでは、今まで非リアを蔑んだリア充達と何も変わりはしないのだから。再びあの暗い混沌とした世界を呼び戻すわけにはいかないのだ。



    もう既に彼らの中に非リアやリア充といった、くだらない固定観念は意味を成していない。




    これは既に等しき人類の未来を守る戦いだ。




    3人は震える足に力を込める。



    もはや彼らはそこに意地と執念で立っていると言っても過言ではない。



    押しつぶされそうなほどのプレッシャーに耐えながら、まるで生まれたての仔馬のように膝を笑わせながら……それでもただ彼らの瞳はただひとつ未来にある勝利をしっかりと捉えて離さなかった。







  58. 63 : : 2016/01/04(月) 16:46:45




    と、その時。


    龍音たちに気付いたのか、化け物がその視線を彼らへと向けた。


    次の瞬間、その口元に黒く禍々しいエネルギーの塊が生成される。



    玄氏「来るぞ!」



    そして、バチバチと電気を帯びたそれは轟音と共に射出された。

    周囲の空間さえ歪めるほどの力が3人に襲い来る。



    ぷらチン「俺が『蓬莱肉壁』で盾になる!その隙にお前らで攻撃を加えてくれ!!」



    咄嗟にぷらチンが2人の前に飛び出し、『蓬莱肉壁』を発動させる。


    彼の周りの一定範囲に入ったもののエネルギー量を最低まで低下させ、あらゆる攻撃を無効とするチート技。


    化け物の攻撃は無力化され、反撃の糸口が開ける……筈だった。




    ぷらチン「……は?」



    だが。


    その目論見は哀れにも、直ぐさま脆く崩れ散った。



    実に単純な話だった。


    余りにも桁が違いすぎるそのエネルギーは、例えぷらチンの能力といえども無力化させる事が不可能なほどの物だったのだ。





    かつての英雄たちの身を、神の暴力が蹂躙し尽くした。




  59. 64 : : 2016/01/04(月) 21:59:03


    玄氏「がっ……はっ………」


    3人は今まで経験したことの無い破壊力を伴った攻撃に直撃し、誇張ではなく、それこそ人が紙屑に息を吹きかけたかのように吹き飛び、後方のビルへと衝突した。

    この攻撃、ぷらチンの『蓬莱肉壁』で無力化出来なかったとはいえ、多少威力は軽減されていたはずである。

    しかしそれを踏まえたとしても3人を戦闘不能へ追い込むには十分過ぎる威力であった。

    化け物はそれを見てか見らずか、上空でリア充達を虐殺するのを止め、ビルの入り口へと向かっていく。



    ぷらチン「おいコラ、てめえクソ。……何終わったと思ってやがる、ブチギレるぞ……」


    龍音「このたらこくちびるが……てめえの攻撃程度じゃ何回やっても俺は死なねえぞ……!」


    玄氏「そうだ……えーっと、このたらこくちびる野郎……!明太子みてえなくちびるしやがってタダじゃおかねえ……」


    既に満身創痍の3人は尚も立ち上がる。

    地下では今、わたちゃんと輿水が身を呈してフラ男を護っている。

    そんな所にコイツをやれば、2人の努力は水泡と帰すであろう。

    それだけはしてはいけない。

    彼らはいわば、人類の存亡のかかったこの戦いの、最終防衛ラインなのだ。

    奴は立ち上がった3人を見て、その動きを止めた。



    「……オ……モシ…ロイ」



    龍音「なっ、コイツ……!?」


    化け物は明太子の様な口は動いていないが、どうやってか言葉を発している。


    「……ワレ……ワタシ………オレ…?……オレの、ナマエハ……ヒヨコ。……ムカシ、オマエラノヨウナヤツラガ……ツクリアゲタ……カミ、ダ」


    玄氏「俺達のような奴が……」


    ぷらチン「造り上げた………?」


    ヒヨコ「ソウ……ダ。ア……あ、ああー……。……ようやく馴染んだか。……よお、お前ら。ボロボロじゃねえか………と、こんな感じか?」


    龍音「その声……!?」


    そう、最初はまるで機械のような無機質な声であったヒヨコの声は、何を隠そう非リアの英雄、フラ男と同じ声になっていたのだ。


  60. 65 : : 2016/01/04(月) 23:50:00
    時を同じくして、輿水とわたちゃんは予想以上の苦戦を強いられていた。


    次から次へと湧いてくる敵に、なかなか本丸とも言える仁王の元にたどり着けずにいた。



    わた「くっ……煩わしい蝿どもじゃ!いちいち……わたの邪魔をしおって。おい!輿水!なんとかならぬのか!」



    輿水「うーん。なるっちゃなるけど……うーん」



    二人して敵を蹴散らしながら会話を続ける。そして、その様子を愉快そうに見つめる仁王の姿が、わたちゃんの怒りを加速させた。



    わた「ええい!できるのか、できんのかはっきりせぬか!」


    輿水「わ、わかったからそう怒りなさんな。仁王までの道は作って雑魚は引き受けるから。ただ、ちょっとだけ時間をくれ」


    半ギレのわたちゃんの迫力に輿水も少し引き気味になりながら答えると、わたちゃんが黒い笑みを浮かべる。余程苛立ちを募らせていたのか、仁王の未来が可哀想なものになることは避けられないだろう。



    輿水「こんなセカンドステージ本当は使いたくないんだけど……水清無魚(みずきよければうおすまず)


    能力の名を口にすると、輿水の体が脱力すると共に小さく何かをつぶやき始める。



    輿水「歩の(うお)は清水に死す。共に死すは彷徨い込みし武技の魚」



    輿水の言葉がつぶやかれると同時に、周りを取り囲んでいた者達の中の一部が、崩れ落ちた。命を失ったわけではない、しかし立ち上がることなくその場でもがき続ける。



    わた「便利なものではないか。なぜ試合で使わなかった?わたに勝てていたかもしれんぞ」



    輿水「そんな便利なもんじゃない。自らのひとつの暗黙知を捨てることで、特定の範囲で指定した者の暗黙知を消す能力。つまり、自らも何かの熟練度を切り捨てる必要がある。そのうえ発動には宣言と明確なイメージが必要で、その間無防備。到底実践で使えるもんじゃない」



    輿水はこの時にも、わたちゃんとの試合の時に得た技能を切り捨てていた。一度でも模倣し、肉体を以って実践した技というのはそう簡単にその身を離れることはない。しかし、この技を使えばその技能はすっぽりと抜け落ちる。



    ある意味他の能力との相性が良いように見えるが、熟練度がなくなるということは、技に対する理解度が低下することであり相手の攻撃を初見で戦うのと大差はないのだ。




    輿水「お膳立てはしたからね。また湧いてきた雑魚はこっちでなんとかするから、好きにやっちゃってどうぞ」



    わた「大儀じゃ。散々こけにしてくれたからには、奴にその御礼をせねばならんな」



    ひらひらと手を振る輿水にわたちゃんは答えると、仁王の元へと駆け出す。




    手薄になった方位をぶち抜く程度のこと、わたちゃんにとっては造作もないことだ。先ほどまで遠く感じた、仁王の元へとものの数秒でたどり着く。



    そして、ゆったりとした動きで仁王に向き合うと、わたちゃんは獰猛な笑みを浮かべながら、嬉しそうに告げた。




    わた「さあ。魔王に無礼を働いた罪、如何にして償いと為そうか」




  61. 68 : : 2016/01/05(火) 01:30:15




    わた「にょい…ぬるっぱぁ〜!!」



    その掛け声と共に、わたは一気に仁王との距離を詰める。


    そしてその腹に強烈なボディブローをお見舞いした。



    仁王「……っ!流石は尊大な態度を取るだけあるな。確かに大した威力だ、だが……」


    わた「この程度で済むかっ!!」


    仁王「!!」



    仁王が語り終えるのを待つ事なく、怒涛のラッシュを打ち込むわたちゃん。彼女が持つありとあらゆる技が仁王の身体を痛めつけていく。


    対する仁王の拳はやはり、わたちゃんの身体に掠りさえしない。




    輿水「ひゃー、えげっつねえ。幾らあの筋肉バカでも何秒持つか……」




    離れた場所で雑魚たちを処理していた輿水ですら引くほどに、その攻撃は熾烈なものだった。



    仁王「……ぐぐ」



    ……だが。



    仁王「ぐは、ぐはははは……」



    その猛攻に晒されていた仁王は、突如笑い出した。


    彼は心底楽しそうに、余裕の表情を浮かべている。



    わた「……何がおかしい」



    仁王「全部。全部だよ。……フラ男(クズ)を助けようとして弱り切った原田(バカ)も、そこで必死に暴れている輿水(マヌケ)と、勝てもしないのに向かっていく俺の部下(ゴミ屑たち)も、……何より、魔王だなんだと調子に乗っているお前(ガキ)も。全てがちゃんちゃら可笑しい!」



    わた「…」



    仁王「未来を知る能力!?ならば分かっている筈だ!今や俺の身体には神の、ヒヨコ様の力が流れ込んできている!!いや、あんなものはただの木偶!!もはや俺こそが神そのものだ!!!この程度の拳も蹴りも……赤子の遊戯に等しい!!」



    わた「……」



    仁王の言葉を無言で聞くわたちゃんは、軽く後ろに退いて仁王と距離を取った。



    仁王「なんだ!?臆したか!!あれだけ大口を叩いておいて、所詮最後はこんなもの。ちっぽけな、ちっぽけな、その見た目に違わぬ非力さよ!!!」



    わた「………」



    仁王「んん?黙っていないで何か言ったらどうだ?それとも歯が震えて言葉もまともに話せないかぁ?」



    わた「…………が」



    仁王「んん〜?そんな声じゃあ聞こえんぞ?わ〜た〜ちゃ〜ん〜!!」



    わた「虚け者が」




    仁王「!!」



    その口から言葉が零れ出た瞬間。


    空気が、凍った。



    わた「高貴さも信念も敬意もなく 己だけでは事を成すことも出来ない 他者の力に頼らねば こうやって闘うことすら出来ない 己の腐った劣等感だけで真っ当な者たちに害を為し 挙句仲間すら捨て石にする」



    小さな魔王が言葉を吐くたび、余りのプレッシャーに地面が揺れる。



    わた「それで神を名乗るなどと おこがましいにも程がある」



    いや、もはや『小さな魔王』ではない。



    わた「恥を知れ」



    そこに立つのは、魔王そのもの。



    わた「刻詠セカンドステージ『刻鏡』……【解除】」




    奪い取り、壊し尽くし、嗤い、そして最後には神の心臓を抉り出す者。










    渡瀬「……まあ、随分と好き勝手やってくれたが」


    渡瀬「心配する事はないよ、別に地獄になんて堕ちやしないさ。ただ……」


    魔王(渡瀬 夏未)が、笑っていた。



    渡瀬「ちょっと生き地獄を見るだけだ」











  62. 69 : : 2016/01/05(火) 01:43:33


    圧。


    ビリビリと肌に電流が流れているかのように、輿水は目の前の魔王に威圧されていた。

    決してそれは輿水に対して向けられた敵意でも殺意でも無い、それどころか今の彼女は輿水に対して一切興味を抱いていないだろう。

    それでいて、この威圧感。

    今までの自分が苦戦していたわたちゃんはある意味では本当に赤子の様なものだったのかも知れない。


    輿水「はは………あの人、人間?」







    仁王「……セカンドステージ、解除……だと?」


    仁王は少し驚いたように問いただした。


    渡瀬「……私の『刻詠』は、未来の自分の記憶をロードして、未来を先読みしてるの。でも、実は過去の記憶もロード出来るのだけど、そんな事は日常生活では役立っても戦闘中では役立たず、情報処理の量も増えるから疲れるのもあるから使わないのだけれど」


    渡瀬「私のセカンドステージ『刻鏡』は、未来過去からロードした記憶を私自身に反映する能力。過去の幼少の頃の私の記憶をロードして、それを反映したのがさっきまでの姿って事よ」


    渡瀬は説明を終えると溜息をついた。


    渡瀬「全く……こんな所で元の姿に戻るなんて思ってもみなかったけど……」


    仁王を睨みつけて、彼女はニヤリと笑った。

    心なしか仁王が震え上がったようにも見える。


    渡瀬「『神』が相手なら仕方ないわね。私より上の存在を名乗るなら、全力でお相手しないと」


    仁王「…………ふ、は。ふはははは………ふはははははははははははははは!!!!!!」


    突如として高笑いをし始める仁王。

    そして次の瞬間、確かに今までの仁王とは段違いのオーラを放った。


    仁王「面白い……!面白いぞ、渡瀬夏未ィ!!ようやく神の力を手に入れた俺の力を全力で試す事が出来る!!!喜べ!!!貴様は神の実験台となれるのだ!!!ここまで来るのにどれほどの月日を費やしたか……!!しかし!!!今の俺には誰も敵わない!!!貴様も感じるだろう!?この圧を!!!絶対的な力を!!!!魔王如きが届くはずもないであろう全能の力をばがらっふぁがッッッ!!!???」


    仁王は会場の端まで、一気に吹き飛び壁を突き破っていった。

    渡瀬の右拳から煙の様なものが立ち上る。

    2人を見ていた人間は一瞬全く理解ができなかった。

    そして、数秒が経ってやっと渡瀬が仁王を殴ったのだと、理解する。

    不可視の打撃、それでいて破壊力は魔王の名に恥じない強さ。

    これを最強と言わずして何が最強か。






    渡瀬「話が、長い」






    最強にして最恐。

    魔王(渡瀬 夏未)はそう言ってにんまりと笑った。
  63. 70 : : 2016/01/05(火) 02:24:19


    渡瀬の拳を喰らい、数十メートルを吹き飛んだ仁王を見て、教団の人間は自分らの敗北を、輿水は渡瀬の勝利を確信した。

    しかし渡瀬は笑みを浮かべたまま、吹き飛んでいった仁王を見据えている。

    そして次の瞬間、渡瀬の前に仁王が『出現』する。

    その速さを目で追えるものはこの場において渡瀬以外に存在しなかった。

    彼もまた口だけではなく、確かに圧倒的な力を得てはいたのだ。


    仁王「やるじゃあないか、渡瀬夏未ィ!!」


    仁王の力任せの拳が空を切る。

    人の身にその拳が当たれば一瞬で肉塊になるであろう威力。

    しかし渡瀬の身には届かない。

    拳が避けられ、空中で無防備になった仁王に数発の拳が叩き込まれる。


    仁王「がべぁっ!?」


    またも吹き飛び、そしてすぐ様渡瀬の目の前に戻ってくる。

    既に仁王の眼からは正気を感じられず、常軌を逸していた。


    仁王「渡瀬ェ……お前ヲ……コロスァァァァッッッ!!!!」


    仁王のスピードはより一層速くなり、武道の型も何も無いただの殴打が続けざまに繰り出される。

    唸る拳、当たればその部位は一瞬で血煙に変わる。

    しかし渡瀬には、届かない。

    その悪魔的な破壊力を秘めた拳をいなす。

    ギリギリでいなして、ギリギリで躱して、その攻撃を避け続ける。

    もはや人間の立ち入れる域では無かった。

    渡瀬は攻撃を避け続けるが、先程とは一転して反撃をしようとはしない。

    それは避けるので精一杯で反撃出来ないのか、はたまたあえて反撃をしていないのか。

    ただその戦いを固唾を飲んで見守っていた周りの人間は同じ事を考えていた。

    何故、避け続けているだけの渡瀬の方が勝っているように、圧倒しているように見えるのか、と。

    そして数十秒殴り続けた仁王の大振りの一撃を避けた瞬間、フラリと仁王がよろめく。

    もちろんそんな大きな隙を見逃して貰える筈もない。

    渡瀬は両手を合わせて、振りかぶり思いっきり仁王目掛けて振り下ろした。

    が、刹那で仁王が宙に身を投げ出す。

    渡瀬の振り下ろしは地面を揺らし、その大地を大きく抉りとった。

    周りから悲鳴にも似たような声が上がる。


    仁王「か、ワしたァッッッ!!!」


    大振りな一撃を外した渡瀬に隙が生まれる。

    仁王はそれを見逃さずに渾身の一撃を裂帛の気合と共に打ち込もうとした。


    仁王「ガァァァァァァァァッッッ!!!!!」


    しかし、渡瀬は佇んでいた。

    ただ佇んでいた。

    そして、ニヤリと笑う。

    あたかもここまで全て、計算通りだと言わんばかりに。

    仁王がその隙が罠であったという事に気づく暇は無かった。

    拳が渡瀬の頬を掠めるように接近した瞬間、渡瀬は仁王の拳を掴み、飛びかかる。

    右足を肩を極めるように腕に絡ませ、膝を顎下に持っていく。

    左足を後頭部に引っ掛けるようにして固定する。

    その型を見た瞬間、輿水は悟った。

    見た事のある形だと、これは何処かで、何かで見た形だと。


    腕を捕られ、なす術もなくその術中にハマってしまった哀れな獲物(仁王)は何が起きているか理解していなかった。

    しかし、両脚がまるで虎の顎の様に己の首を噛みちぎろうとしている事に気づいた瞬間、全身の毛が逆立つ程の恐怖を覚えた。


    仁王「待っ───────」


    渡瀬「遅いわ、馬鹿が」


    そして右膝が仁王の顎を打ち砕く。

    後頭部を押さえつけられたまま、思いっきり振り上げられた右膝が顎に当たった瞬間、鈍く凄惨な音が辺りに響いた。


    地に伏した仁王の頭から夥しい血が流れる。

    既に勝敗は決していた。


    圧倒的な破壊力。魔王としての最高の一撃。

    その名は『虎王』。


    渡瀬「虎王完了……って所かしら?」


    魔王は血だまりの上で、妖艶に、獰猛に、優雅に笑みを浮かべたのだった。


  64. 71 : : 2016/01/05(火) 14:30:03



    輿水「うわ……」



    あまりに惨たらしい光景を前に輿水は、血の気が引いて行くような感覚を覚えた。


    仁王に背を向けゆっくりと輿水達のもとに戻ってくる渡瀬の姿に、先ほどまでの鬼の様な姿がリフレインする。


    背筋を走る悪寒に、逃げ出しそうになる輿水の襟首を渡瀬がガッチリと捕まえた。



    渡瀬「君が逃げてどうする」



    そこでようやく輿水はこの無慈悲なる暴力の塊の様な存在が味方である事を思い出す。


    輿水「そうだったそうだった。殺されるかと思ったよ」


    渡瀬「私を殺戮兵器か何かと勘違いしていないか?」


    輿水「あはは……」



    半ば本気でそんなレベルではないかと思っていた輿水はそれを直接本人に告げるわけにも行かず、笑ってお茶を濁すのだった。




    渡瀬「さて、フラ男を叩き起こして上の救援に行かせるとするか」



    渡瀬が屈みこんで、フラ男を起こそうとした時だった。



    既に肉の塊と化した仁王からぬるぬるとした触手のようなものが溢れ出し、その1本が無防備な渡瀬の背中に襲いかかる。



    既に刻詠の能力を解除し、先ほどの戦闘で消耗を強いられた渡瀬はその攻撃への反応が遅れた。



    確実に渡瀬の心臓を捉え、ひと突きにしようする触手の軌道にいち早く触手の動きに気づいた輿水がなんとか割り込む。



    とはいえ、敵との力量に差がありすぎる以上止められるか否かは賭けだった。



    触手は輿水の肩を貫通してもなお、その勢いを緩めない。肩の肉を抉り続けられる激痛に耐えながら輿水は触手を握りしめる。



    徐々に力が増しているにもかかわらず、まるで誤差であるかのように触手は突き進んだ。



    この間触手に半秒の遅れが生じる。ほぼ変わらない程度の誤差ともいえる時間。


    しかし、渡瀬にとって体勢が整ってからであれば、半秒もあれば十分だった。


    触手が地面を抉り取る。既にそこには渡瀬も、フラ男も誰一人として存在しなかった。


    そして観客席のあたりから声が届く。



    渡瀬「少々油断した。時間稼ぎご苦労」


    輿水「いってぇ……嫌味かよ……」



    輿水は止まった触手を引きちぎり、肩の傷を抑えながら悪態を吐く。時間稼ぎなどできなかったも同然なのだから嫌味にも聞こえるだろう。



    そんな中、輿水が引きちぎった触手は、ミミズのように動きながら本体へと戻っていく。さらには、触手自体もすぐに再生してしまう。



    輿水「これ無限再生っぽいけどどうするよ」



    渡瀬「力尽きるまで削る」



    輿水「脳筋かよ」



    そうは言ったものの、渡瀬自身そんな事が出来ないのは百も承知だ。以前ほど強いわけでも速いわけでもないが、ヒヨコから力の供給を受けている以上その力がいつ切れるのかなど、到底把握しようがない。無駄ないたちごっこを続ければ渡瀬達の体力が切れるのが関の山だろう。



    4人は仁王を前にして再び足止めを食らうことになってしまうのだった。
  65. 72 : : 2016/01/05(火) 15:35:57

















    小西フラ男は、一言で言えば馬鹿だった。


    馬鹿といっても学力的な馬鹿ではない。先を考えない、計画性皆無の向こう見ずな馬鹿だった。


    『見えない明日より目の前の今日』。そう嘯きながら、彼はあらゆる無茶で以ってその身を削っていった。




  66. 73 : : 2016/01/05(火) 15:46:03


    そんなフラ男には、ふとした事で知り合った1人の友人がいた。


    それこそが非リアAだった。


    彼はフラ男とは正反対の、慎重過ぎる人物だった。常に先の事を考え、身の安全を第一としていた。

    彼は絶対に争い身を置く事がなかった。

    たとえ勝てたとしてもその後に何らかのリスクを負うのだと、彼はよく知っていたからだ。



    フラ男は最初、そんな彼の性格が気に入らなかった。お前はただの臆病者だと軽蔑してすらいた。


    PCの画面越しに思い描かれる非リアAの姿は、酷く滑稽な笑みを浮かべる気持ちの悪い有り様だった。
  67. 74 : : 2016/01/05(火) 15:52:55


    けれども。


    ある時、フラ男のそんな考えを180度変えてしまうような事件が発生した。


    非リアAが会社の上司をぶん殴り、クビになったと言うのだ。


    フラ男は面食らった。彼の想像上の非リアAでは、決してやる筈もない行動だった。


    フラ男は震える指でキーボードを叩き、何度も打ち間違いを訂正しながらやっとの思いで一つのメッセージを送信した。




    「なんでそんな事を?」




    そのシンプルな一文に、フラ男の困惑の全てが込められていた。


    それに対して非リアAが返したのは、さらにシンプルな答えだった。




    「守りたかったからさ」




    その一言は短く、しかしそれでいて、フラ男の人生そのものを変えてしまうほどのエネルギーを持っていた。
  68. 75 : : 2016/01/05(火) 15:58:24









    これは、もはや知られた事だとは思うが。



    あの聖夜の奇跡において『5人の英雄』以外にもう1人、讃えられた人物がいる。







    それこそが、非リアA。






    彼はどの英雄よりも先に不条理に抗い、そしてその命を散らしていった。
  69. 76 : : 2016/01/05(火) 16:21:06












    今、フラ男は闇の中にいる。



    闇の中で、過去の記憶を思い返している。



    邪龍との激戦。かつての仲間の裏切り。剣を折られた少年との出会い。父との壮絶な親子喧嘩。頼れる仲間たちとの出会い。


    そして──












    「……なあ」



    「世界は変わったよ…非リアである俺が、こうして外に出られる。外に出て、あんたの墓を参ることが出来るんだ。凄えよな?あんたのお陰だ。……でも」



    「これからきっと、大変なことが山ほど起きる。まだまだ理想までの道は果てしなく遠い」



    「それでもさ、頑張っていこうと思うんだ。…今だけじゃない、明日も笑っていられるように」



    「だって……」







    「…守りたいからさ」







  70. 77 : : 2016/01/05(火) 18:33:02


    渡瀬「ふんっ!」


    仁王であった物から伸びる触手を鋭い蹴りで血煙へと変える。

    が、しかしその触手はすぐ様再生して再び襲い来る。

    触手自体はあまり強くもなく、処理には困りはしないのだが、その再生能力が4人を先へと進ませなかった。


    輿水「ちっ、このままじゃジリ貧だ。渡瀬さん、一発逆転の必殺技頼みます」


    渡瀬「馬鹿、そんなのがあったらとっくに使ってる。……とは言え、確かにジリ貧だな」


    もう既に10分以上ここで足止めを食らっている4人、特に触手の処理をしている2人の疲労はピークに達していた。

    いや既に先の戦いで限界まで消耗してはいたのだ。

    彼らは限界を超えて、今無理矢理体を動かしているに過ぎず、いつ倒れてもおかしくは無かった。


    原田「くっ……せめて、せめてフラ男さんが起きてくれれば……!」


    依然として気を失っているフラ男を抱えながら悔しそうに顔を歪める原田。


    輿水「……はぁーっ……はぁーっ……」


    輿水はもう肩で息をし始めている。

    足下もおぼつかなくなっていた。

    それもそのはず、輿水は渡瀬を庇った時に肩を貫かれている。

    痛みはもちろんあったが、それよりも問題なのは流れた血の量だ。

    このままでは輿水は戦闘不能どころか、死に至る可能性まである。

    そして、遂に綻びが生まれた。


    輿水「くっ………」


    輿水が気を抜いたその一瞬に触手は待っていたと言わんばかりに後ろの原田の心臓目掛けて伸びていった。


    輿水「しまっ─────」


    原田「くっ……ここまで、なのか…………!?」









    ドクン。








    力強い鼓動が聞こえた。

    触手は原田の心臓を貫いてはいない。

    何者かに、遮られたのだ。



    輿水「………おはよう、よく眠れたかい?」



    渡瀬「全く……いつまで私の手を煩わせる気なんだ?あと一瞬遅かったらまず君から始末していたぞ」



    原田「………ありがとう……!!ずっと、信じていました……ッッ!!」






    今、彼は蘇った。

    守るべき人の為に、死の淵より帰還したのだ。

    そう、彼の者の名は─────────








    フラ男「……待たせたな」









    非リアの英雄(小西 フラ男)
  71. 78 : : 2016/01/05(火) 20:14:01





    フラ男は原田に向けて襲いかかった触手を見つめて考え込む。ようなそぶりを見せる。



    フラ男「再生するのか……厄介だな。てか夏未さんがなんでいるんだ?それとそっちの人誰?」


    フラ男は眠っていたせいで、全く状況に頭が追いついていない様子だった。



    渡瀬「細かい事は後だ。アレをなんとかできないか?」



    フラ男は渡瀬の言葉にもう一度考え込むような素振りをみせると、あっけらかんとした様子で答えた。



    フラ男「無理ですね。だってあんなん再生とかずるいやん。これは引き分けですよ引き分け」



    全くお手上げといった様子で、首を振るフラ男に渡瀬と輿水は開いた口がふさがらなかった。



    とはいえ、このままではいずれ全員共倒れだ。なんとかしないわけにはいかない。



    輿水「相当厳しいけど、もしあいつの本体を俺の能力圏内に持ち込めれば再生能力を消せるかもしれない」


    これは先ほどから考えなかった手ではない。しかし輿水自身が傷を負ってしまったがために能力範囲内に到達もできなければ、ついたところで宣言できずに終る。



    そこにフラ男が加わる事で何かしら打開できる可能性ができたのだ。



    フラ男「お前を無傷であそこに送ればいいんだろ?回避フラグを維持したまま、敵の攻撃の命中フラグを切って行けば一応攻撃は当たらないはずだ。ただこっちの守りもある。撃ち漏れがあったら確実に死ぬけどな」



    渡瀬「ならば私が輿水の側について撃ち漏らしはなんとかしよう。そのままトドメをさせれば効率がいいだろう」



    フラ男の一言をきっかけに作戦は固まった。輿水は消耗しているものの、まだなんとか戦える。その間になんとかしなければ勝ち筋は無くなる。


    原田の最後っ屁、いやラストマッスルともいうべき治癒の力で輿水の肩の止血をすると、すぐに作戦を実行に移すべく準備に取り掛かる。




    輿水「一発勝負だ。命は預けたぞ」


    フラ男「おう。任せとけ」


    渡瀬「誰に口を利いている」



    2人の言葉を聞くと同時に輿水は真っ直ぐに走り出し、それに渡瀬が続く。


    すると、無数の触手が2人の側を掠めながら地面に突き刺さっていく。恐怖に立ち止まりそうになるのを必死にこらえながらただひたすらにまっすぐ走る。



    時折命中しそうなものはその度に渡瀬の手によって血肉へと変えられていった。



    漸くにして、能力の圏内にたどり着くと一気に触手の密度が増え、徐々にフラ男による撃ち漏らしが増える。




    輿水の手足に生傷が増えるが無視して、集中に入る。



    輿水「水清無魚」



    輿水「黄泉より返る魚、清水に死す。共に死すは物語を紡ぎし魚」



    輿水のつぶやきと同時に確かに能力が発動した。しかし、紫色の火花を散らし始める。



    輿水「くっ……!能力が通らねぇ……!」



    輿水の能力と、ヒヨコの力が反発し合うことで火花を散らしていたのだ。このままでは、体力の少ない輿水が明らかに不利なのは間違いなかった。


    既に輿水の能力は押し返され始め、フラ男の目には敗北フラグが、渡瀬の目にも敗北の未来が映っていた。



    フラ男「まだだ!!!!こんなところで終わらせるか!!!音ゲーの成果見せてやる!!!」




    フラ男は回避フラグ、触手の命中フラグ切りをしながら輿水の敗北フラグを切断に取りかかった。



    渡瀬の目に映る未来にノイズが走り始め、徐々にその内容を塗り替えていく。



    しかし、フラ男はそれで満足しようとはしなかった。輿水に勝利フラグを立てるために能力を行使する。



    同時に4種類のフラグをさらに多くの頻度で処理していく。今までのフラ男であれば既に能力が止まっていたであろう量のフラグをゆうに超えていた。



    フラ男「いっけぇえええええ!!!!」




    フラ男の叫び声に呼応するように輿水の能力が均衡を崩して押し返しはじめ、ついには火花がはじけたのち、光が冒涜的仁王を包み込む。



    輿水「今だ!!!」



    渡瀬「言われなくとも……!」



    掛け声と同時に渡瀬は走り出し、全力で仁王の本体を蹴り上げる。すると肉の弾ける嫌な音と共に、空に真っ赤な大輪の花火が打ち上げられた。



  72. 79 : : 2016/01/05(火) 20:54:48



    ビチャビチャと、ヘドロの様な色をした冒涜的仁王の体液が降り注ぐ。とても公共の電波には乗せられない光景だった。


    まともに浴びた輿水が悲鳴をあげる。


    輿水「ギャー!!!何これ気持ち悪いんだけど!!臭い!!めっちゃネバつく!!!」


    渡瀬「五月蝿いぞ輿水、傷に響く。さっさと黙れ」


    いつの間にか傘を差していた渡瀬が冷たく吐き捨てる。


    輿水「渡瀬さん酷くない!?仮にも活躍したよ俺!?」


    渡瀬「喚くな鬱陶しい。蹴り飛ば……すのは嫌だな。靴が汚れる」


    輿水「俺が……俺が何したってんだよぉ……!」


    騒がしく叫んでいた輿水は一転して、今度はメソメソと泣き始めた。


    そんな輿水に渡瀬が養豚場の豚でも見るかのような視線を落としていると、遠くからフラ男の声が聞こえてきた。


    フラ男「夏末さん、これって今どういう状況なんですか?」


    渡瀬「ああ、それを説明せねばならないんだったな」


    渡瀬は仁王さん家の無農薬ヘドロがベットリとへばり付いた傘を輿水の方に投げ捨てると、現在の状況を掻い摘んでフラ男に伝えた。



    フラ男「なっ……て事は、あの化け物は今も外で暴れてるんですか!?」


    渡瀬「ああ。先ほど君の仲間が押さえに向かった、上手くいってると良いんだが……」


    フラ男「駄目です、あいつらには悪いけど……アレは次元が違う。幾らあいつらでもやられちまう!」


    フラ男はそう言うと、問答の暇もなく外へと向かって走り出した。









    渡瀬「やれやれ、若者は元気が良いな。ほんの少しだが羨ましいよ」


    輿水「……渡瀬さん、行かなくていいんですか?」


    渡瀬「輿水、君はまだ私を働かせようと言うのかい?」


    輿水の問いに、渡瀬は自分の瞳を指差しながら答えた。


    輿水「……もう一つだけ聞いても?」


    渡瀬「未来の事についてならお断りだ。何度も言うがこれは疲れるんでね」


























    輿水「……『若者は』って、渡瀬さん一体何さi……」




    輿水の意識はそこで途切れた。
  73. 80 : : 2016/01/05(火) 22:02:49



    時は遡り、場面はビルの入口に移る。


    ヒヨコ「驚いたか?この声の主……小西フラ男と言ったか。そいつは貴様らの仲間だったようだが、何とも愚かな男を仲間に持ったものだ」


    ぷらチン「てめぇ……ッ!」


    ぷらチンが怒りのままにヒヨコの方へ突撃しようとするが、寸でのところで龍音が止める。


    龍音「待て健太!無闇に突っ込んでもやられるだけだ……まずはアイツから話を聞こう。……ヒヨコ、と言ったな。お前は何者だ?何でお前があいつの声で話している?」


    ヒヨコ「神に対して無礼な物言い……だがまあ今の所は不問にしといてやろう。私は遥か昔に非リアの手によって創られた対リア充殲滅兵器、非リアは私を崇め、神と奉ったのだ。言わば人造神と言ったところか。私は彼らの願いを叶える為、あらゆるリア充を殺戮した」


    龍音「待て!!ちょっと待て!!……対リア充殲滅兵器だと?遥か昔にそんな高度な文明があった訳がないだろ。だいたい俺達は学校でも本でもそんな歴史は聞いたこともない」


    龍音の言っている事は至極真っ当な事である。

    確かにどの歴史の教科書を読んでもそんな歴史は記されていない。


    ヒヨコ「あったのだ、私を造れる様な文明が。私が破滅に追い込んだから無くなっただけに過ぎない。リア充を殲滅した時、私を造った非リア達は私を恐れ、事もあろうか封印しようとまでした。私は願いを聞いただけなのに封印されるなどあってはならないだろう?仕方なく、逆らう者達も殺していった。語り手がいなければ、歴史も伝わらない。それだけの事だ」


    3人は語られざる歴史の顛末を聞き、愕然とした。

    しかし、1つ疑問が残る。


    龍音「じゃあ何でアンタは封印されてたんだ?文明丸ごと滅ぼしたんだろ?」


    ヒヨコは表情が一切変わらないから真意は定かではないが、何処か面倒くさそうな物言いで言った。


    ヒヨコ「質問攻めも良いところだな……私を封印したのはある1人の非リアだ。たった1人で奴は現れ、三日三晩私と激闘を繰り広げた。最終的には私が封印される形で終わったがな」


    玄氏「だ、だめだ……あまりに現実離れしすぎてついていけねえ」


    玄氏が頭を抑えながらそう言った。

    健太もそれに同意するように頷く。


    ヒヨコ「これで答えるのは最後だ……俺が小西フラ男の声で話しているのは、俺が最初に葬った男が奴だったからだ。復活したのは言いものの言語機能が失われていた私は奴を葬る直前に奴の声帯をコピーし、こうやって使っている」


    そう言うとヒヨコはバチバチと雷が迸るようなオーラを発した。


    ヒヨコ「お喋りはここまでだ……邪魔をせず、大人しくしているならばお前らだけは助けてやるが?」


    ヒヨコはそう言うとその圧倒的なオーラを威圧するように3人へと向けた。

    しかし3人は笑っていた。

    かなり無理をしている笑顔だったが。


    玄氏「はっ、愚問だな」


    ぷらチン「確かに愚問だな」


    龍音「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」


    3人とも膝が笑っているし、額には脂汗が滲み出ている。

    歯はカタカタと音を立てているし、相当ビビっているのは誰の目にも明らかだった。


    しかし、彼らは退かない。

    例え臆しても絶対に背は向けない。


    ヒヨコ「……最終勧告だ。そこを退け」




    「「「断る」」」



    ヒヨコ「……愚かだな」




    こうして、人類の存亡をかけた戦いの火蓋は切って落とされた。
  74. 81 : : 2016/01/05(火) 22:44:07




    この時、龍音は強気な言葉とは裏腹に、大きな無力感に苛まれていた。自分の能力にこの場面でいかなる意味があろうか。




    先程まで戦っていた時もそうだ。必死でヒヨコに対して抵抗する、玄氏や健太に対して龍音は能力が故にヒヨコは歯牙にもかけない様子だった。



    確かに龍音の能力は対人戦に置いて多様な使い道を持ち、奇襲性に長けた能力だ。



    だがこのような化け物を前に何の役にも立たない。さらには、そのことを健太や玄氏は責めようとはしない。その事実が余計に龍音を無力感と苛立ちの中に突き落とした。



    健太がヒヨコの攻撃で壁に叩きつけられ、力なく崩れ落ちる。



    玄氏が漆黒の雷をその身に受け、白目をむいて倒れる。



    一瞬で倒れて行く仲間達に龍音の頭の中を絶望が支配していく。



    何ひとつとして変わってなどいない。吹き飛ばされては立ち上がり、虚言とも取れる言葉を吐き、自らを奮い立たせる。


    その繰り返しだ。


    しかしその中でも龍音は違った。その様を見つめることしかできない。この場でヒヨコを打ち倒し、彼らを守る肩を並べ戦う力ことはもうできないのだろうか。



    龍音は昔から強面で、友達を作るのにも一苦労だった。喧嘩をすれば全て自分のせいにされた。



    だが、そんなものが彼自身の本質なのだろうか。自らの本質をその実とする能力が、何故恐怖なのか。




    そんなことが、目の前に迫るヒヨコをただ棒立ちで見つめなが頭の中をぐるぐると回る。



    ヒヨコ「どうしたのだ。貴様は戦わぬのか?奴らを見捨てて降参するか?」



    確かにその方が賢明だろう。龍音には力がない。ただ人をおびえさせる程度の人間だ。



    龍音「お、おれは……」



    ここで諦めたところで誰も龍音を責めはしないだろう。そうすれば命は助かるのだ。



    それでいいだろう。




    龍音「俺は……」




    『降参する。助けてくれ』




    そう言葉にしようとした。時だった。





    「待ってください!!!!」




    声の主は風子だった。彼女が如何なる能力を持っているのかはわからない。しかし、それがどうであれこの場にいることは尋常ならざる危険を伴うのは間違いない。



    静かにしていれば見つからずにやり過ごせたかもしれないというのに。それでも彼女は龍音に向けて声を上げた。




    風子「龍音さん!あなたはまだ自分の能力を理解してません。真の能力は恐怖ではない。これはわたちゃんの言葉ですから間違いありません!!だから、諦めないで!!」



    風子の言葉に龍音は頭を殴られたような衝撃を受ける。



    龍音「俺の能力は"絶対恐怖"じゃない……?」



    風子「そうです。思い出してください!あなたの人生から切り離す事のできない夢中になれるものあるはずです!恐怖なんておまけにすぎないんです!」



    龍音は思い出す。これまでの人生で常に自分の友だった唯一のものを。決して自分を裏切らず、己の技を磨く楽しみを教えてくれた師を。



    龍音「そうか……そうだよな。何をクソにも劣るような事しようとしてんだ俺は……」





    龍音「おいヒヨコ……さっきの質問の答えはNOだ」




    ヒヨコは龍音の言葉をあざ笑い再びたらこのような口元に漆黒のエネルギーを集め始める。



    しかし龍音はそれを避けようという素振りすらも見せない。




    龍音「この能力はそうだな……」





    ゆっくりとその手をヒヨコに向けかざす。





    不屈の演奏者(インヴィクタ・ヴィルトゥオーゼ)
  75. 84 : : 2016/01/06(水) 01:12:50




    龍音がその名を口にした瞬間ヒヨコの口元に浮かぶ漆黒の雷球が爆ぜる。



    龍音「俺の思い込みが音に恐怖を乗せていたって事か……」



    龍音の本来の能力は恐怖ではなく音や振動を操るものであった。


    彼は昔から他人から恐怖の対象という印象を押し付けられたが故に勘違いを起こしていただけにすぎない。


    その先入観を取り払う事さえできれば、既に彼は能力を十二分に扱えるポテンシャルがあったのだ。


    龍音が自らの力への感慨に耽っていると、爆破の中から姿を現し少し焦げたヒヨコが怒りを露わにする。



    ヒヨコ「貴様……何をした!」



    龍音「何をしたって。雷球に強烈な振動を加えて整形のバランスを崩壊させる。そうすると、圧力によって強引に押し固められたエネルギーは支えを失えば爆発するってだけの事だよ」



    龍音「風子さんその二人を連れてその辺に隠れてて。フラ男が来るまでは俺が持たせるから」



    健太「お、おまえ……こいつ相手に1人なんて無茶だ……!」



    今にも意識を失いそうな健太が這いずるようにして、龍音と友に戦おうとするが今のままではとても戦える状態ではないのは明白だった。



    龍音「うるせぇ。死に損ないは隅っこで死んでろ」



    せめて彼らが戦える状態になるまで、フラ男達がの救援が来るまでは持たせなければならない。その想いが龍音を奮い立たせた。





    ヒヨコ「あやつの言うとおりだ。いくら力を得ようとも言え貴様1人で抗おうなど、傲慢の極みよ」



    龍音「そんなに言うなら見せてやる……俺の本当のセカンドステージ……無響鳴絶(アブソリュート・ゼロ)




    龍音がセカンドステージを発動した途端。周囲が一瞬時間を止めたかのような静寂に包まれる。



    一切の音がない世界。例え喉を鳴らし声を上げたところでその振動は世界に響くことはない。



    流石にこの状況にはヒヨコも困惑を隠せない様子で、その巨体を宙で慌ただしく動かしている。




    そして龍音が能力を解いた瞬間世界に音が戻る。



    龍音「どうだ?頭がおかしくなりそうだろ?おまえがビビってる声は俺にはしっかり聞こえてたがな」



    ヒヨコ「ふ、ふん。音がなくなる程度なんだと言うのだ」



    図星を突かれてか、少しヒヨコは挙動不審になりながらも平然を装う。



    龍音「音だけじゃないんだよそれが」



    龍音はおかしそうに笑うとゆっくりと告げる。



    龍音「無響鳴絶」



    今度は世界から音が消えることはない。しかし、ヒヨコの周りが一瞬にして氷結し、巨大な氷塊が地面に落ちる。




    龍音「物体の温度は分子の運動によって決まる。もし、その分子間運動を奪ってやったらどうなる。そこは0K(ケルビン)……-273℃の世界だ」




    龍音「まあ今は聞こえてないか。これでしばらく大人しくしてくれればいいんだが……」




    そこにフラ男がいればその不用意な発言を咎めただろう。



    完全なるフラグだ。氷塊に小さな亀裂が入り始め、次第にその亀裂は大きくなっていく。



    龍音も負けじと、上から上から氷結させていくが、徐々にその亀裂は致命的なものになっていく。



    そしてついに氷は砕け散り、ヒヨコが姿を現した。





    ヒヨコ「確かにこれは寒いな。凍え死ぬかと思った。だが、それで終わりか?」




    ヒヨコの余裕の態度に龍音は、舌打ちする。



    本来氷漬けにしておけばもう少し時間を稼げると思っていたが、予想以上に早く出てきてしまった。



    いい加減手品のタネも切れ始めている。このままではヒヨコは飽きて龍音を潰しにかかるだろう。


    そうなれば一瞬で終わってしまうのは、既に先程までの戦いで証明されている。




    龍音「仕方ない……無響鳴絶」




    再び龍音の周囲から音が消える。



    しかし、これは既に2度目であり賭けだった。ヒヨコの出方次第では時間稼ぎどころではない。



    まだこの空間に多少興味があるのかヒヨコはワチャワチャと動き回る。



    ヒヨコは再びエネルギーを溜め始めるが、口元でエネルギー体を形成する前に霧散する。




    それから数分不審な動きを見せたのち、いい加減飽き始めたのか龍音に高速で迫る。



    龍音は慌てて無響鳴絶を解除しヒヨコの攻撃を回避しようと飛び退くが、その巨体から放たれる高速の突進をかわすには及ばず、吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。



    龍音「がはっ……!」



    ヒヨコ「芸のない奴だな。終いにしようか」



    痛みにもがき苦しむ龍音を見下しながらヒヨコは、つまらなそうに告げる。



    しかし、龍音は笑っていた。



    まるで勝利を確信するかのように。
  76. 85 : : 2016/01/06(水) 01:38:14




    その笑みを見てヒヨコはあからさまに不快感を露わにした。目の前で痛みに喘ぐ、あとは狩られることを待つのみであるはずの獲物が、まるで首を取ったかのように笑うのだ。



    ヒヨコ「何がおかしい!!!」



    龍音「いや……まだ俺の策は尽きてねぇよ」




    無響鳴絶に共通していことは、指定したものの振動を奪うということだ。


    その結果は様々だがこの点は全ての過程として存在する。



    すると、その奪われた振動はどこへ行くのかという疑問が生まれる。


    その答えは簡単だ。全て龍音の元に蓄積されていくのだ。



    龍音「さて、準備は整った……」



    ヒヨコに向けて龍音は手をかざさずと声高々に叫ぶ。



    龍音「闇の炎に抱かれてヒヨコォ!!!」




    そう叫ぶと同時にヒヨコのイカした黄色いボディが燃え上がった。

  77. 86 : : 2016/01/06(水) 17:13:57





    ヒヨコ「ぐおあああ!!?!?」



    爆炎に包まれたヒヨコが悲鳴をあげながら墜ちていく。



    ヒヨコ「貴様!!貴様ァァァァァ!!!!!」



    巨大な火の玉と化したヒヨコは、大気を震わせながら怨嗟の声を巻き散らした。



    ヒヨコ「許さん!!絶対に許さんぞォォ!!!神に唾吐く大罪人がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



    龍音「五月蝿えよ。……フラ男(あいつ)の声で情けなく鳴き喚くんじゃねえ」



    龍音が腕をかざし、世界から音が消える。



    ヒヨコ「〜〜〜〜〜!!!!!!!」




    静寂の中。


    神は静かに、地に堕ちた。

  78. 87 : : 2016/01/06(水) 19:14:59





    玄氏「…はは……凄え、凄えよ龍音……」



    ヒヨコが墜ちていく様子を最後まで見つめていた龍音に、倒れたままの玄氏が感嘆に近い言葉をかける。



    しかし返事は返ってこない。


    その理由は直ぐに分かることとなった。



    龍音「……」



    魂が抜け落ちたかのように、操り人形の糸が切れたように、龍音が力なくその場に倒れ伏した。



    健太「龍音!!?」


    玄氏「おい、しっかりしろ!!」



    健太と玄氏は痛む身体を引きずり、慌てて龍音の元へ向かう。


    しかし幾ら声を掛けても、龍音から音が発せられる事はなかった。









    『不屈の演奏者』セカンドステージ、『無響鳴絶』。


    世界から振動を奪い絶対零度を作り出す、強力無比な能力。


    しかし、この能力は人間が扱うには余りにも強大すぎたのだ。





    冷気を生み出す。それは現代社会に生きる者にとっては酷く容易い事のように思われるだろう。冷蔵庫に水を入れれば冷えて凍る。知ってさえいれば幼子にでも出来る行為だ。


    しかし、それは人類が連綿と続けてきた科学研究があってこそのもの。生み出された技術の結晶があってこそのものだ。


    科学に頼らず冷気を生み出すとはどういう事か。それは単純に言えば『動きを止める』という事だ。ただし1つや2つではない。億にも兆にも、下手をすれば京にも及ぶ数の分子のその全てを、自然の理に反して押さえ付けるという事なのだ。


    言うなれば、全人類vs1人の鬼ごっこ。勝つ事など到底無理。全員捕まえる前に体力も気力も枯れ尽くしてしまう。



    それが冷気を生み出すという事なのだ。




    ……その無茶苦茶な行為を、龍音は今やりきった。


    当然その代償は彼の身体に重くのしかかってくる。





    彼は今、生命維持こそ何とか出来ているもののそれ以外の機能はほぼ停止。


    俗に言う『植物状態』の一歩手前にまで追い詰められていたのである。

  79. 88 : : 2016/01/08(金) 20:26:22





    健太「武闘会の会場に戻れば、選手用の医者がいる筈だ!一刻も早く連れてくぞ!!」



    玄氏「全力で運んでやっから、ぜってー死ぬんじゃねえぞ龍音!!」



    龍音はもちろん動かない。



    だが、2人には彼が少しだけ笑っているような気がした。




    健太「お前が死ねばカガリさんが!カガリさんが悲しむだろうが!!」



    龍音はもちろん動かない。



    だが、2人にはその頬が僅かに緩んだような気がした。




    玄氏「ハクたそが!!ハクたそがお前の帰りを待ってんだぞ!!」



    龍音は動かない。



    だが、2人には彼が嬉しそうな顔をしているように見えた。




    健太「お前が死んだら、ありすちゃんはどうすんだ!アイドル達はどうすんだよ!!……泣きながら繰り返したリセマラも無駄になんだぞ!!」



    龍音は動かない。



    だが、2人には彼が頬を緩めきっているように見えた。















    というか最早普通に動いていた。


    言われなければ悪人面だと気付かない程に純粋な笑顔だった。愛は強い。


  80. 89 : : 2016/01/08(金) 20:37:38









    と、玄氏と健太が協力して龍音を運び始めた、その時だった。




    突如、地面が大きく揺れた。




    ……そして。





    「……ふは、ふはははは!!惨めな姿だなぁ!?ええ!?……人間風情が神に楯突くからそうなるのだ!!!」





    酷く聞き覚えのある声が空から降ってきた。



    玄氏と健太が恐る恐る、視線を上へと移す。









    ヒヨコ「人間風情の力で神を殺せると思ったか?……全く、罪深いな」





    火達磨になって墜ちたはずのヒヨコが、そこには悠然と浮かんでいた。
  81. 90 : : 2016/01/08(金) 22:20:19


    健太「おいおい……!?神って野郎は不死身かよ……!?」


    玄氏「いや、よく見てみろ。あいつ、さっきのヒヨコと色が違う」


    よく見てみると確かに先程まで黄色だったヒヨコの体毛は見事なハワイアンブルーに変わっていた。


    ヒヨコ「冥土の土産に教えてやろう。さっき火達磨になった私は7人いる内の1人。即ち貴様らは少なくともあと6回は地獄を見る事になる。……まあ、私とて痛ぶる趣味は無い。一息に終わらせてやろう」


    そう言うとヒヨコはその明太子の様な唇に白く輝く球体を生み出す。

    玄氏と健太は周りの気温が一気に下がっていくのを肌で感じた。


    ヒヨコ「先程はそこの男に凍らされてしまったからな。人間風情の冷気とは比べ物にならぬ極寒の地獄を味わうがいい!!」


    ヒヨコはそう叫ぶと、白い球体は光の尾を引きながら健太達の方へ飛来する。


    玄氏「ちくしょう!!こんな所で……っっ!!」


    玄氏は最後の足掻きだと言わんばかりに龍音を庇うようにして目を瞑る。

    そして、もう1人の男は2人の前に立ちはだかる。


    健太「玄氏、1人で龍音を抱えて走れるな?」


    玄氏「えっ……?あ、ああ……でもお前は」


    玄氏が皆まで言いきる前に健太は飛来する白い球体へ向き直った。


    健太「………俺の能力はな、お前らとは何でか知らねえけど全く違うんだわ。勿論俺だって強くて派手なのが好きさ。羨ましいと何度も思った事がある。でもな、気づいたんだよ」


    健太はそう言うと、未だに変装のつもりで付けていたサングラスを投げ捨てる。


    健太「俺は、俺だけが、皆を守れる壁になれる。俺の能力は誰かを守る為にあるんだってな」


    玄氏「お前……。……でもさっきは通用しなかっただろ!?一緒に逃げた方が可能性は……!!」


    しかし彼は玄氏の背中を押した。

    もう目の前まで白球は迫っている。


    健太「行けよ玄氏、歩いて行っても良いぜ。俺がここで!!全部全部守り抜いてやるからなァ!!!!」


    そう叫ぶと健太は両手を前に突き出して高らかに吠えた。


    健太「『蓬莱肉壁(もこたんボディ)』ッッッ!!!!」


    そして彼の生み出した空間はその中で働く運動エネルギー、位置エネルギーを停滞させる。

    白球は一瞬その勢いを緩めたものの、完全には止まらず徐々に勢いを取り戻していく。


    健太「おおおおおおおおッッッッ!!!!」


    しかし健太は目の前で力を使い果たしていった龍音を見て気づいていた。

    まだ自分の能力には出来る事があるという確信があった。

    そもそも、『蓬莱肉壁』が球体の形をしているのは全方位如何なる場所からの攻撃も防ぐという目的である。

    事実、未来で戦った姫宮は全方位から蝶の形を象った刃物を飛ばしてきていた。

    だが今回は圧倒的質量を伴った一方向からの攻撃。

    何もわざわざ力の分散する球体に形を留める必要は何処にも無いのだ。

    健太は最初、球体だった蓬莱肉壁を飴細工の様にゆっくりと一枚の横長の壁へと変形させていく。


    健太「やっぱ……受け止めながらだと能力を操るのはキッツイな……!!」


    今彼は能力を操りつつ、目の前の一撃をギリギリのラインで塞き止めている。

    その行為には脳に大きな負担をかける。

    彼の鼻からは鼻血が溢れていた。

    しかし奴の攻撃は徐々に、少しづつだが勢いを弱めている。

    ジワリジワリと。

    大勢の人間が集まって巨大な岩を動かすように。

    彼には今背負っている命がある。

    誰かを守る、その使命感が彼を奮い立たせる。


    ヒヨコ「………馬鹿な。神の一撃を……人間風情が……!?」


    そう、既にヒヨコの一撃はその勢いを失いつつあった。

    そして彼の蓬莱肉壁もその形を変え、健太より後ろに一切の被害をもたらしていなかった。


    そして静かに、ヒヨコの放った白球は運動エネルギーを失い、消滅した。


    健太「塵も積もれば何とやら……だな」


    彼の蓬莱肉壁は真っ直ぐ一直線に壁の形をしていた。

    その壁から先への干渉を全く許さない。

    一体どんな攻撃であろうと、全て消えていく。


    例えるならそう………。


    健太「ベルリンの壁、ってか?」


    彼がそういった理由。

    それは、彼がベルリンの壁以外に大きな壁の名前を知らなかった。

    それだけだった。

  82. 91 : : 2016/01/08(金) 22:38:52


    ヒヨコ「………たかだか1回攻撃を止めただけでいい気になるなよッ!!!」


    ヒヨコがそう言うと再び白く輝く球体が生み出され、発射される。

    が、しかし健太の生み出した蓬莱肉壁はその攻撃を難無く消し去った。


    ヒヨコ「何だと……!?」


    健太「悪いな。1回同じ攻撃を止めちまえば俺が力尽きてこの能力が解除されるまで、その攻撃より弱い攻撃は通らねえ」


    そう言うと健太はその場にドスンと腰を下ろした。


    健太「さ、どっちの体力が先に切れるか我慢比べといこうじゃねえか」


    ヒヨコ「人間風情が……!!!」


    ヒヨコは絶え間無く攻撃を続けるが、一度張られた蓬莱肉壁の前には無力であった。

    しかし、何も意味が無い訳では無い。

    蓬莱肉壁は攻撃を無力化する度にほんの少しだけ健太の生命力を消費する。

    つまり、攻撃を続けていればいつかは健太が倒れるという事になる。

    しかも健太は先程壁を張る為にかなりの力を消費している。

    今の彼の生命力は通常の半分以下と見てもいいだろう。

    彼の額に汗が滲む。


    健太「………早く来てくれよ……!」


    彼がそう言った瞬間、聞き覚えのある声が耳に入った。


    フラ男「健太!!」


    健太「フラ男!?お前もう大丈夫なのか!?」


    彼の目の前に現れたのは玄氏では無く、予想外のフラ男だった。


    フラ男「ああ。来る途中で玄氏とすれ違った。そこでお前が食い止めてるって聞いたが……上手くいったみたいだな」


    健太「おう、つってもヤバイ状況には変わらねえが……。まあ龍音や玄氏達のお陰でもあるからな、聞いたか?龍音の活躍」


    フラ男「ああ。まあ時間が無かったからあんま聞けてねえけど」


    健太「そうか……。じゃあとっとと片付けて、ゆっくり語らおうぜ。生憎俺はもうここで壁を張ってるから動けねえ。あいつはお前に任せっきりになっちまうが……やばくなったら後ろに下がれよ」


    健太がそう言うとフラ男はニヤリとして前を向いた。


    フラ男「まあ任せろ。さっき目覚めてからすこぶる体の調子が良いんだ」


    そう言ってフラ男はヒヨコのいる方のエリアへと足を踏み入れた。


    ヒヨコは攻撃の手を止めて、フラ男に目をやる。


    ヒヨコ「ふん、わざわざ死の淵から戻ったというのに自らまた死地に足を運ぶとはな」


    フラ男「馬鹿野郎、ここはてめえの死地になるんだよ」


    2人はそう啖呵を切って、睨み合う。

    遂に神VS英雄の最終決戦の火蓋が切って落とされたのだった。

  83. 92 : : 2016/01/09(土) 00:04:55


    いくら全快したとはいえ、フラ男の実力が急激に上昇したわけではない。1度目は油断したとはいえ、その力の差の大きさは変わらない。



    しかも、そのヒヨコ自体先ほどフラ男が戦った時よりも巨大化しその力を増している。



    勝利への道筋を間違えれば、即敗北に繋がるのは間違いなかった。



    先ほど戦った時も、理由はわからないがヒヨコのフラグが無数に分裂していき、フラ男の能力はオーバーロードを起こし、その結果為す術なくやられてしまったのだ。



    とはいえ、今回は目の前にくる攻撃に関するフラグくらいなら処理していけるはずだ。




    しかし、実際に勝利への道筋を作り出すには情報が足りない。



    ヒヨコは目の前に1体しかいない。にもかかわらず、突然色の違うヒヨコが現れ自分は7人いると言った。そう玄氏はフラ男に告げた。




    目の前に居座るヒヨコの様子を伺いながらフラ男が思考していると、痺れを切らしたヒヨコが苛立ちを露わにする。



    ヒヨコ「貴様から来ないというのなら……私から行こう……」



    ヒヨコは力をためるようにして白銀の巨大なエネルギーの球を生み出す。



    先程健太に放った一撃を見る限り、当たればひとたまりもないことは言うまでもないことだろう。



    フラ男「当てられるものなら当ててみやがれ!」




    フラ男は、能力の効果範囲にヒヨコを入れないようにしながら駆け出す。



    ヒヨコもフラ男を追いながら複数の球体を素早く打ち出していく。



    フラ男もその一つ一つのフラグを管理しつつ回避し続け、攻撃は命中は愚か掠めることすらもない。


    しかし、ヒヨコは余裕を崩さなかった。


    ヒヨコ「くっくっく……逃げるだけでは私は倒せんぞ!!」



    そう、フラ男には有効打がない。


    覚◯ラーでマシンヘ◯に対面するように、敵の攻撃は致命的なまでの威力。しかし、こちらの火力は敵を一撃で屠ることはできない。



    先日友人とマシン◯ラに挑んで負けた時を彷彿とさせた。




    しかし、パ◯ドラで負けるのはスタミナを浪費するだけで済む。しかし、今負ければ人類の内何人のリア充の命が奪われるだろうか。




    その命がフラ男背中に乗っているのだ。諦めようにも、諦められるわけがなかった。



    このままいけば、フラ男の父や母の命も危ない、それどころかもう既に。そう考えるだけで身の毛もよだつ思いだった。



    フラ男は一層体に力を込め攻撃をかわしていく。



    そして、ついに攻撃の隙をついてヒヨコの巨大を地面に向け蹴りおろす。




    フラ男の蹴りは見事ヒヨコの脳天を捉え、地面に大きな穴を穿ちながら叩きつけられる。




    土煙が舞い上がり、辺り一帯を包み込む。



    フラ男はその中心の一点をただしっかりと見据えていた。




    すると、次の瞬間煙を晴らすように複数の白い球体がフラ男めがけて飛来する。



    フラ男「くそっ……!!」


    フラ男自身、フラグのないただの蹴りひとつでヒヨコを倒せるとは思っていなかったが、煙の中彼の位置を特定して反撃してくることまでは想定していなかった。



    とはいえ、警戒を怠らなかったおかげでなんとか回避が間に合う。



    そして、ヒヨコが高笑いを発しながら土煙を吹き飛ばして姿をあらわす。



    ヒヨコ「確かにいい蹴りだが、所詮人の域。先程の龍音やらの攻撃の方がよほど骨があった。つまらん戦いだ幕を引こう」




    そう告げ、再び力を蓄え始めた時だった。



    ヒヨコの白銀の力に何やら不純物のように黒い稲妻の様な力が混ざり合っていく。



    それはまるで先程の黄色いイカしたヒヨコの吐き出していた力と同質に見えた。


    フラ男が困惑していると、ヒヨコが嬉しそうに笑う。



    ヒヨコ「驚く顔というのは滑稽なものよな。無知な貴様のために説明してやろう。倒れた私は次の私にその力を吸収される。つまり、私は倒れれば倒れるほど強くなってゆく。その力も、鱗の強固さもまた然りだ」




    それはフラ男にとって絶望的な情報だった。ヒヨコの言葉が真実であれば、まだヒヨコは5段階の変身を残しているのと同義だ。



    2倍3倍と強くなるヒヨコに対して、能力を攻撃に使えないフラ男に勝ち目があるとは思えなかった。


  84. 93 : : 2016/01/09(土) 00:17:12



    戸惑いのあまりフラ男の足が一瞬その歩みを緩める。



    ほんの一瞬。本来であれば何の意味もないほどの時間。しかし今この高度な戦闘の場において、ヒヨコの絶大なる力の前においてはその一瞬は命取りだった。



    ヒヨコの表情が一瞬愉悦に歪んだ様に見える。



    刹那フラ男の体に向けて、ヒヨコの口元から分裂した数百数千という数の白黒の入り混じった球体が襲いかかる。



    電撃が走り身体中を熱が焼いたかと思えば、瞬間にして極寒の冷気が凍てつかせる。



    何度も何度も。それが繰り返される。




    フラグでいくら管理しようとも数千という数の球体を捌ききれるわけはない。



    高温と低音の繰り返しに、フラ男は体中の組織が悲鳴を上げているのを感じた。



    だが、幾度とその球体をその身に受けたフラ男にはヒヨコによる攻撃の嵐から抜け出す程の力は残っていない。



    何度も健名を叫ぶ健太の声がフラ男の耳に届く。



    しかしその甲斐も虚しく、フラ男の意識は暗く深い闇の底に沈んでいった。






  85. 94 : : 2016/01/09(土) 00:32:19



    辺りにはヒヨコの笑い声が響き渡る。



    フラ男が倒れた今。この場には健太以外はいない。



    確かに健太の能力は強力だが、この場でヒヨコを倒すほどの余力は全くない。



    完全に詰みだ。龍音も玄氏も消耗しきっていた。戻ってきたところでろくな戦力にもならないだろう。



    健太「フラ男……お前こんなとこで終わっちまうのかよ……なあ!!!」



    どんなに叫ぼうともフラ男が動くことはない。



    それに、彼は既に先程の攻撃でボロボロだ。もし仮に目覚めたところで碌に戦えるとも思えない。




    この状況を打破する駒など何ひとつ残ってはいなかった。




    ヒヨコは悔しさに地面に拳を打ち付ける健太を見て、笑をかみ殺す様にして告げる。



    ヒヨコ「さあ……そろそろ終わりにしようか」
  86. 95 : : 2016/01/09(土) 01:04:27




    フラ男は夢を見ていた。



    自分の人生を再び歩む様な夢。



    幼い頃から可愛がられ、フラ男は幸せな家庭に育った。



    JBCの息子として生まれたフラ男は言わばリア充のサラブレッドとも言える存在だろう。



    そんな彼は普通だった。



    確かに生まれつき体格はよく、腕っぷしで負けることなどあり得なかったし、勉強だってそれなりにできた。



    だが彼は口下手(コミュ障)だった。



    そんな彼への世間の目は良いものではなかった。中学でも高校でも、あらゆる人間に関わろうとしては爪弾きにされた。



    オタク仲間を作ろうとしたが、彼らは結局フラ男という強者の前に媚びへつらう存在でしかなかった。



    だから彼はネットの世界に閉じこもり、自らを鍛え上げるという心の支えを持つことで逃避した。




    ネットであれば自分の姿形は関係がない。体を鍛えていたのは、かめ◯め波を出したいという理由以外にも、彼の唯一のアイデンティティとも言える点だったからと言うのも大きかった。



    それからは怒涛の日々だった。



    非リアAと知り合い。今生の別れを経験した。



    しかし、彼の仇を討つために新たに仲間を得た。お互い助け合い、戦い抜いた戦友達。素晴らしい仲間に出会った。



    きっと非リアAの導きだろうと今でもフラ男は思っている。


    様々な記憶が漂う空間でフラ男はただふわふわとそこに浮かんでいた。少しずつ今に至るまでを振り返るように記憶が流れ込んでくる。



    これを走馬灯と言うのだろうか。



    フラ男は自分は死ぬのだと。そう直感的に悟った。



    そう考えると、最期に自分の人生を振り返るのも悪くない。そう思えてくる。



    その中でひとつ気になる記憶を見つける。



    父がフラ男に能力を授けた時の記憶だった。



    フラ男の能力は厳密に言えば非リア術とは少し違う。逆に言えば、リア充達の扱うリア術とも違う。



    完全に中性に位置する能力だった。これを父にこの時教わったのだ。



    小西一族は男の子が生まれると、その子にまず1つの能力を与える。



    そして、その子が現代正当後継者を超えた時。



    2つ目の能力をあたえる。



    それが『運命を切り開く者』と『運命を切り裂く者』にあたる能力だ。



    遥か昔、先祖がある化け物を退治した時。



    最期の力を振り絞り、まだ胎内にいる自らの子にその力を託したことが始まりだという。



    その時は大したこととも考えてはいなかったが、フラ男に能力を力を託す時こう言った。



    父「『運命を切り開く者』と『運命を切り裂く者』は2つで1対。決して別の能力などではない。性質は異なるが対極ではなく、同極に位置する。努努忘れるな」




    この時は父の言葉の意味などさっぱりわからなかったし、考えようともしなかった。



    だが、今頃考えてももう遅い。フラ男は敗北したのだ。強大な力の前に及ばなかった。




    少しずつ記憶が霞んでいく。



    もう、命が尽きるのだ。からだが光に包まれて消えていく。




    フラ男「せめて……守りたかったな」





    体が消える瞬間、最期にそうつぶやいた。






  87. 96 : : 2016/01/09(土) 01:32:56














    最期はずだった。



    しかし、フラ男の体は消えていなかった。



    同じ場所にいたが、今度はふわふわと浮かんでいるだけではない。



    なんとなく体に感覚があれば、手足も動く。




    フラ男「なんだこれ……俺のかっこいい死に際返せよ」




    「何がかっこいいものか」



    その声は記憶の奥底から聞こえてくる。



    フラ男「誰だ……!」



    フラ男の言葉に声の主は鷹揚に笑う。




    「私か?私は君の能力であり、君の先祖といったところか」



    その言葉と同時に、若い男が姿をあらわす。



    目鼻立ちや、身体つきに至るまでフラ男そっくりの男。



    しかし、少し違うのは男はざんばら頭で清潔感とはほど遠いといったどころか。



    「改めて自己紹介しよう。君の先祖にあたるドゥン・コーニシだ」



    そう名乗るとニコニコと笑顔を振りまく。フラ男と違いやたらリア充臭い男だった。



    フラ男「それでその先祖が何の用だ?」



    ドゥン「君はまだやることが残ってるんじゃないのかい?」



    ドゥンは相変わらずその笑顔を微塵も崩さないままヘラヘラとした調子で告げる。




    フラ男「でも俺は負けたんだよ……」



    フラ男の言葉に笑顔のまま呆れたようにため息を吐くとドゥンはフラ男に顔を近づける。



    ドゥン「今、僕が君を生かしてる。多分君はもうわかってると思うけど、君はまだ戦えるし、ヒヨコにも勝てるよ」



    フラ男「そんなこと……!」




    "ない"そう言おうとした。だが言えなかった。



    フラ男はなんとなく気づいていたから。




    それどころかこの男が現れることすらも察しがついていた。



    ドゥン「君は優しい。くだらない業を子孫に押し付けた僕の願いを守ろうと考えるくらいなのだから」



    ドゥン「でも僕の願いは君と同じだ。先代は僕を使えない。君がやらなきゃ僕の願いは達成しないんだ。さあフラ男行っておいで。お友達が待ってる」



    ドゥンの言葉を聞いて、フラ男は歯噛みする。自分がこの男の切なる願いを途切れさせてしまう事実が悔しくて、申し訳なくて仕方なかった。



    フラ男「すまない……」



    この時フラ男は人生で初めて非リアであることを後悔した。そして仲間の元へ向かうべく、ドゥンに背を向ける。



    ドゥン「すまないはこっちのセリフだ……ありがとうフラ男くん……」



    フラ男が消える瞬間。ドゥンはその笑顔を悲しみに歪ませて、小さく呟いた。
  88. 97 : : 2016/01/09(土) 01:59:59







    ヒヨコ「さあ……そろそろ終わりにしようか」




    無慈悲にも、目の前で下衆に笑うヒヨコを止めるものは何処にもいない。



    このままヒヨコは健太を殺し、建物内に逃げ込んだ玄氏や龍音。まだ中に残っているであろう原田や輿水、渡瀬。全てを蹂躙し尽くすに違いない。



    人類の抵抗は虚しくも、この神を名乗るヒヨコに踏み潰される他ないのだ。



    健太は圧倒的絶望を前にもう、泣き喚くことすら馬鹿馬鹿しく感じていた。



    もう何をしたところでその行動に意味など存在しないのだから。




    そしてついに、先ほどフラ男を仕留めた白黒の絶望の雨が健太に降り注いだ。




  89. 98 : : 2016/01/09(土) 02:20:51




    しかし、健太の体の何処にも痛みはない。



    それもそのはずだろう。




    ヒヨコの放った攻撃は全て健太を避けて通っていた。



    いや、正確には目の前に立ちはだかる光り輝くフラ男を避けて通っていた。



    フラ男「悪い……待たせた……今度こそ絶対終わらせる」



    フラ男の言葉には恐怖は愚か、虚勢も、見栄も何ひとつとして存在していなかった。



    ただ厳然たる事実を淡々と述べるかのように告げられた言葉に、健太は妙な安心感を覚える。




    健太「お前クソだな。マジクソだわ」






    フラ男は健太の言葉に笑って返すと、舞い上がった土煙の先にいるヒヨコを見据える。



    徐々に土煙が消え始め、ヒヨコ目にフラ男の姿が映る。先ほど倒したはずのフラ男の存在に驚きながらも、嘲笑を浮かべた。



    ヒヨコ「しぶといヤツだ。今度は何があるのか知らんが、何度やっても同じことだ」




    ヒヨコの大きな笑い声に対して、フラ男は静かにひとつひとつ噛みしめるように言葉を紡ぐ。




    フラ男「そうだな。さっきまではどう足掻こうが勝てなかっただろうな……それどころか今頃死んでたはずだ」





    ヒヨコ「ならば諦めて大人しく死んだらどうだ」




    ヒヨコの言葉をフラ男は鼻で笑うと、告げる。



    フラ男「それはごめんだね。ひとつだけお前に勝てる方法があるからな」



    ヒヨコ「ふん。戯言を……」



    フラ男「戯言かどうかは試してみろよ……!」



    言葉と同時にフラ男が光の粉を散らせて消える。




    そして次の瞬間には鮮やかな青のヒヨコは砕け散り、血肉を撒き散らして絶命した。




    そして次は真っ赤なヒヨコが顔を出す、


    ヒヨ「貴様……なにをした!」




    フラ男「簡単なことだ。これしか方法がなかったからな。そう、お前に勝つ唯一の方法。それは……」












    フラ男「俺自身が世界の理(フラグ)になることだ」





  90. 99 : : 2016/01/09(土) 22:08:36



    『運命を切り開く者』と『運命を切り裂く者』


    これらは表裏一体でたり、本来ひとつの能力である。


    あくまで便宜上その方が都合が良かったがためにふたつに分けられたにすぎない。




    天地開闢(あめつちのはじめのとき)



    日本神話に興味のある者であれば、一度は耳にしたことがあるだろう。



    これは別天津神(ことあまつがみ)を発端とするこの世界の創造の事を表している。



    混沌を切り開き、神をも創造する。



    それが『天地開闢』だった。



    能力に名を付けたのはドゥンだ。



    しかし、あくまでそれも日本神話における天地開闢がこの能力の本質を極めて正確に表していたからに過ぎない。




    この能力は常に世界の創生と崩壊の裏に関わってきている。



    非リア術などというものが存在しない世界



    死神が世界の均衡を守る為に戦う世界



    海賊が夢を追い、世界中の海を股にかける世界



    テニスをすれば人が壁にめり込む世界



    この世界は無限の可能性持つ。



    その可能性を生み出しているのは常に人であり、その可能性に終止符を打つのもまた人だ。




    そう。この世界の創造も終焉も人によって為されてきた。



    その力をフラ男は今行使しているのだ。



    だが、過ぎた力は自らを滅ぼす。



    神をも凌駕する力を行使してただで済むわけもなく、フラ男の足首より下は既に失われていた。フラ男の体は足元から少しずつ光の粉となって空気に溶けて消えて始めているのだ。



    今のフラ男にとって足が消えたところで、痛みもなければ、なんの不便すらもない。


    しかし、それは既にフラ男に残された時間が少ないという事を意味していた。




    フラ男「時間もない……短縮させてもらうぞ」



    フラ男が横一閃その手を振るう。すると、ガラスの割れるような音と共に4体のヒヨコが姿を現わす。



    倒したヒヨコも合わせれば虹と同じ7色のヒヨコだった。


    フラ男「亜空間に身を隠すなんて小物臭いことしてないで、全力で来いよ」



    フラ男の目には全てが映っていた。ヒヨコがその身を隠していた亜空間も。それが、ヒヨコの死をトリガーとして解除され、前のヒヨコの力を容易に取り込める仕組みを生み出していることも。


    その言葉にヒヨコは悔しげながらも嬉しそうに。そのたらこから言葉を発する。


    ヒヨコ「貴様が神の域にその足を踏み入れたことは認めよう……だがその程度で図に乗るな。全ての私の力を統合した私の前には貴様など塵芥に等しい」




    すると、現在の主人格とも言える赤いヒヨコが他のヒヨコを吸収し始める。



    ひとつ、またひとつと様々な色のヒヨコ達が統合されていく。その度に体の色を変色させ、7体の全てがひとつとなった時。



    その姿は漆黒に染まっていた。



    その黒はフラ男が今までに見たことがないほどに深く底の見えないような、形容しがたいまでの色であり、それを見る者の心を不安に騒つかせるようだった。



    まさに闇という言葉が相応しいだろう。



    ヒヨコ「これが私の究極完全体 闇をも喰らう漆黒(シュヴェルツェ・ドゥンケルハイト)……この姿を見た以上貴様にあるのは死のみだ」



    フラ男「そうかい。少しは期待しといてやるよ。オレに出させてくれよ……本気を」



    互いの最高の力。これ以上は振っても何も出てきはしない。互いに死力を尽くした戦いになる以上、どちらもただでは済まないだろう。互いが敵の動きを観察する。ジリジリとその間合いを確かめるような睨み合いが数分にも渡り続く。


    集中力を切らせばその瞬間、勝負は決する。そのあまりの緊張感にフラ男の頬を汗が流れ、滴り落ちる。



    そして次の瞬間。その汗が地面を濡らすより前に、突如ヒヨコとフラ男が姿を消した。





  91. 100 : : 2016/01/09(土) 23:09:55
    フラ男とヒヨコがぶつかる度に空気が揺らぐような振動が、幾度となく放たれる。



    地は揺らぎ、天は裂ける。



    彼らがその力をぶつけ合う度に世界に亀裂が入るように空間が歪み始める。



    それを見つける度に、フラ男がその能力で歪みを治す繰り返しだ。




    そして、打ち合いをひとしきり続け、元の場所に降り立った時にはフラ男の足はもう少しで完全に消えるというところまで来ていた。



    それを見たヒヨコは嬉しそうに笑い始める。このまま時間を稼げば、フラ男は消え、障害は無くなる。ヒヨコの前に敵はないのだ。



    ヒヨコ「時間がないようだな。もう十分楽しんだ……そのまま死ぬがいい」




    ヒヨコが天空へと舞い上がり、今までと同じ様にエネルギーを蓄え始める。



    しかし、今回は規模が違った。



    その巨大な球体は最早、放たれれば地球を消し飛ばすのではないかという程にまで肥大化していた。



    ヒヨコ「貴様らの様な下等な種族はいらん。この星ごと消え果てるがいい!!」




    まるであらゆる負の感情を混ぜ合わせたかのようにどす黒いオーラを放つその球体を前にフラ男は一切動じていなかった。



    彼は約束したのだ。非リアAに、健太や龍音、玄氏。そしてドゥンに。



    必ず守り抜くと。



    世界中のリア充、非リア達の事を救うために戦えるほどフラ男はできた人間ではない。



    確かに、彼らを救いたいとは思う。だがその程度の想いで命をかけられるわけがない。



    自分の家族が、友人がこの世界に生きているのならば。せめてそれだけは守りたい。手の届かぬ物は救えなくとも、自分の手の届く物くらいには笑っていて欲しい。



    これはフラ男自身のエゴだ。誰も彼の犠牲の上に成り立つ人生など求めてはいないだろう。



    それでも、フラ男にとってそれほどまでに大切な存在になってしまった。



    いくら自分を鍛え上げても、愚かな他人を笑っても満たされなかった。



    そんな彼を満たしてくれたのだ。この恩だけは、一生かかっても。その命を賭けても足りないと思っている。



    だから、怯えずに済んだ。迷わずに済んだ。



    フラ男「みんなありがとう。じゃあな……健太、龍音……そして、めいめい」




    フラ男はその言葉と共に、ヒヨコと地球の間に立ち塞がるかのように飛び上がる。



    ヒヨコ「何をしたところで無駄だァ!」




    放たれた球体をフラ男は受け止める。




    フラ男の能力は下手に使えば、この世界を歪ませ崩壊させてしまう。



    だからこそ、先ほどから必要最低限に抑えていた。その気になればヒヨコと言う概念をこの世から消すこともできた。



    しかし、そんなことをすれば世界に慣性が働き、巨大な爆発でも起こして世界は消え去っていただろう。



    だがこの球体を多少の能力では止められそうもなかった。



    徐々に押され、フラ男は地面に到達しそうな球体を必死に抑え込む。



    ヒヨコ「ふははは!貴様の力程度ではそのエネルギー球は止まらん。非リアの悲願がそこには詰まっているのだからな!」



    もう既にこの力を押し返すにはフラ男は時間を使いすぎた。既に体は腰のあたりまで消え去っている。


    その時


    このまま終わるのか?



    フラ男はそんなドゥンの声が聞こえた気がする。きっと幻聴だろう。



    だがその通りだ。



    こんな事で諦めるわけにはいかない。



    フラ男「んぬぁぁぁぁあ!!!」



    叫び声と共に、フラ男の体の輝きが一層その強さを増していく。


    最後の力を振り絞り、少しずつその球体を押し返す。



    自らの肉体の概念を弄るだけならば、自身の崩壊速度が上がるだけに過ぎない。



    ヒヨコを倒すのに間に合うかは完全なる賭けだ。だが、やらずに終るという選択肢はなかった。


    一歩一歩と歩みを進めるように、体の崩壊に焦りを覚えながらも前に進む。


    そして遂には球体をヒヨコに向けて完全に押し返す事に成功する。


    球体はヒヨコに直撃し、天空へとその体を押し上げて爆ぜた。



    しかし、それでは終わらない。



    フラ男は自ら爆風の中に飛び込む。



    そして、ヒヨコを更に上へと蹴り上げた。



    ヒヨコ「おのれ……!」



    ヒヨコは怒りに任せて、フラ男に反撃を繰り出そうとするが、フラ男はその隙を与えなかった。



    目に見えぬほどの拳を数千、数億と打ち付けていく。


    その度に徐々にヒヨコのたらこが歪み、取れて落ちそうになる。



    そして一瞬その攻撃が止み、フラ男は力を溜めるように拳を引き絞る。




    フラ男「これで最後だ……!!」




    フラ男が放った、最後の一撃はヒヨコの体に巨大な風穴を穿った。






  92. 101 : : 2016/01/09(土) 23:29:20



    ヒヨコは地面に墜落し、その体を肉塊へと変えた。



    実際にフラ男とヒヨコが戦っていた時間は然程長くはない。しかし、既にフラ男の体は胸元まで消え去っていた。



    フラ男が健太の元に戻ると、健太は嬉しいのか、悲しいのか自分でも理解できていない様子でフラ男を殴りつける。



    健太「お前ほんと最低だ……クソが……あいつらになんて説明すればいいんだよ……!」


    フラ男「悪い……でも仕方ねぇんだ。これしかなかったんだ。それにこうしなきゃどっちにしろくたばってたんだ」



    フラ男の言う通りなのは健太も既に理解していた。そらでも、共に数々の死線をくぐり抜けてきた友を失うことに納得などできるはずもなかった。



    折り合いをつける事などできるわけもない。



    だが、変えることのない現実だ。



    もう既に首元まで消えていた。



    フラ男「じゃあな。みんなによろしく頼む」


    健太「クソ……何て言えばいいんだよ……!俺はこんな時に何て言えば……!」



    簡単な事だ。既に答えは出ている。


    健太はこんな時だというのに、らしくないなどと考えしまう自分が憎かった。


    健太「クソ……!ありがとな!そんで、全部お前に背負わせてごめん!お前が守った世界を、次は俺たちが守るから!安心していけよ……!」



    ぶちまけるように告げた言葉だったが、これが健太の想いだった。きっと他のみんな誰でも同じ事を言うだろう。


    健太の言葉にフラ男は安らかに笑う。






    フラ男「ああ、ありがとう」






    そしてその言葉を最後に、フラ男は光の粒となって青空に溶けて消えた。




  93. 102 : : 2016/01/09(土) 23:48:09
    フラ男おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!
  94. 103 : : 2016/01/10(日) 00:29:47



    健太「クソ……クソッッッ!!!」


    健太は目から溢れる涙を隠そうともせずに地面を殴りつけた。

    肝心な時に彼の力になれない己の無力さをただただ嘆いていた。

    ヒヨコが消えた瞬間に奴が吸い取ったリア充達の魂は徐々に元の身体へと返っていき、周りのリア充は息を吹き返し始める。

    それと時を同じくして玄氏や龍音、輿水と渡瀬、風子と原田も健太の元へ駆けつけた。


    輿水「あの、あの怪物は何処に………?」


    先程渡瀬に刈り取られた意識が戻った輿水は上空を眺めてヒヨコを探す。


    健太「倒したよ……フラ男がな……」


    その報告を聞き、渡瀬と玄氏以外は笑顔で喜んだ。

    しかし玄氏は神妙な顔付きで健太に問いただした。


    玄氏「……何でお前、泣いてんだよ?それにフラ男はどこ行ったんだよ、英雄がいないと両手挙げて喜べねえぜ」


    健太「アイツは………アイツは……!!」


    そうして健太はフラ男の闘いの顛末を全て話した。

    最後、彼が青空に溶けていったことも、最期の別れの事も。

    話が終わると信じられないと全員が信じられないと言うように首を振った。

    当たり前だ、今まで無敗を誇っていたフラ男が死ぬなんて誰も予期していなかったのだ。


    龍音「命と引き換えになんて………馬鹿野郎ッ……!」


    原田「どうにか……どうにかならないんですか!?まだ打つ手はきっと……!」


    輿水「無い。無いよ………ある訳ないじゃないかそんなの。人を生き返らせるなんて……出来るわけないだろ!?」


    輿水は大声で、まるで自分に言い聞かせるように叫んだ。

    彼の目にも涙が溜まっていた。

    彼だけではない、周りの人間はほとんどが泣いていた。


    ただ2人だけを除いて。


    渡瀬「何を悲しみに暮れているんだ君達は。まだ可能性はある、私が悲しんでないのが何よりの証拠だろう?……なあ、亀山玄氏君?」


    渡瀬がそう言うと皆は信じられないとばかりに渡瀬を見上げた。

    そしてまた1人泣いていない男、玄氏の方に視線を注いだ。


    玄氏「………1年前の今日。俺は一度死の淵をさ迷った事がある。無理矢理聖夜(クリスマス)を終わらせた時だ、お前らは覚えてるだろ?」


    そう、去年の聖夜。

    彼の命を賭した大技がキッカケとなりで非リアはリア充を打ち倒し、今の世界がある。

    彼もまた、紛れもない英雄の1人だった。


    玄氏「無理矢理聖夜を終わらせる事が出来るなら……聖夜をもう1度最初から始める事も出来る、はずだ」


    龍音「いや………いくらお前でも無理だろ。もう1度やり直すって……今日死んだ人間は生き返るし、この闘いもまたやり直し。そんなの無意味だし、お前でも……お前じゃない誰だとしても出来るわけが無い」


    玄氏「ああ。確かに俺は世界丸ごとを巻き戻す事は不可能だ。だから……『小西フラ男』の聖夜だけに限定して、巻き戻す」


    それは余りにも理論的に破錠していて、余りにも拙い考えだった。


    そしてそれは、彼らに残された最後の希望だった。



  95. 104 : : 2016/01/10(日) 00:50:53


    健太「本当に……出来るんだよな?」


    最後フラ男が消えていった場所に玄氏は1人だけ立っている。

    玄氏は恐らく死ぬ程緊張しているだろう。

    当たり前だ、彼は去年まで陰キャだったのだから。

    だがそれでも彼には救うべき友がいる。

    命を賭して世界を救った彼の為に、今度は自分が恩返しをするんだと玄氏は覚悟を決めた。


    玄氏「できるできねえじゃねえよ。やるか、やらないかだ」


    そう言って彼は意識を集中させた。

    周りは固唾を飲んでそれを見守った。











    玄氏は深い闇の中に佇んでいた。

    フラ男達に会うまではずっとずっとこの闇の中に玄氏はいた。

    周りには自分を虐げるリア充、友達なんて1人もいなかった。

    見返そうとして入った東大でも陰キャと誹られて結局中退した。

    しかし、深い闇だった非リアの世界で尚も闘志を絶やさなかった者がいた。

    彼のその熱い呼びかけを見た時、玄氏はただただ涙を流していた。

    玄氏の深い闇に刺した一条の光。



    玄氏「俺の……闇に刺す光(ライトアンドダークネス)の光はよ。………お前なんだよ、フラ男───────」













    玄氏の身体は未だかつて無いほどに強烈な光を放っていた。


    龍音「頼む……!!」


    健太「玄氏……!!」





    輿水「渡瀬さん……貴女未来見えるんでしょ?この先の結末も……」


    渡瀬「さあな。……神のみぞ知る、という事だ」





    風子「頑張って……頑張って……!!」


    原田「玄氏さん………!!きっと……きっと……!!」








    玄氏「うおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!」


    そして溜めに溜めた彼の光が遂に放たれた。












  96. 105 : : 2016/01/10(日) 00:56:44

















    終わり無き聖夜(エンドレス・クリスマス)!!!!!」













  97. 106 : : 2016/01/10(日) 01:23:37


    その輝きで周りの人間の視界はホワイトアウトした。

    彼らが目を瞑り、数十秒後に目を開けた時に見たのは雪だった。

    去年の今日も、雪の降る日だった。

    その日に彼らは出会ったのだ。

    フラ男、龍音、健太、玄氏。

    あとついでに死んだハゲ。


    そして今日もまた。






    フラ男「………サンキュー、玄氏」




    玄氏「うるせえ、寝かせろ」






    また、彼らは揃ったのだ。

    あの聖夜の英雄達が………!!



    健太と龍音は2人に近づいていく。


    健太「ホント……心臓に悪いぜ」


    龍音「全くだな、最後までヒヤヒヤしたわ」


    玄氏「言うて最初からこうなると思ってただろ?」


    フラ男「思ってねーよ、2回も死にかけたんだぞ。……ま、とりあえず今は、な」


    フラ男は拳を出した。

    3人もそれに呼応するように拳をだす。





    「「「「彼女、欲しいな」」」」





    非リアの象徴の4人がそう言った拳を合わせた瞬間、周りの皆は4人を祝うように拍手と歓声を惜しみなく贈ったのだった。













  98. 107 : : 2016/01/10(日) 20:39:29













    ……それから1年が経った。


    世間が浮かれるクリスマスの夜に、フラ男を初めとしたいつものメンバーが集まっていた。



    フラ男「健太、そっちの紙皿取って」


    健太「おうよ」



    ただし、いつもとは異なる点もあった。

    彼らが今いるのはフラ男の部屋ではなく、かつて彼らが激戦を繰り広げた場所……筋肉愛好会が所有するビルの敷地内にある庭の中だった。



    玄氏「ふー、これで準備は大体終わりかな」


    龍音「今電話あって、わたさんたち後5分ぐらいで着くってよ」


    フラ男「何とか間に合ったな、良かった良かった。……1分でも遅れたら何言われるか分かんねえもんな」



    去年の激闘を経て、フラ男達はまた新たな仲間を得た。

    ……のは良いのだが、彼らは基本ニートかフリーターなフラ男達とは違い、輿水や朔夜は学生兼バイト、原田は仕事、と言った風に各々のやるべき事を持っているのだ。

    バラバラに会う事は出来ても、全員が集まるとなると中々難しい(特に朔夜はバラバラに会う事すら難しい)。


    そこで一度全員で集まる機会が欲しいという話になり、都合的にも思い出的にも、クリスマスの今日がベストだという事になったのだ。




    フラ男「おっ、来た来た」



    輿水「やっほー。久しぶりだね」


    わた「うむうむ、準備はしっかりと出来ておるようだな。よい心がけじゃ」


    風子「ちょ、待ってわたちゃんー!速いー!!」


    朔夜「げへへ、追いかけっこする2人も良いですなぁ」



    思い思いの台詞と共に現れる4人。


    因みに渡瀬はわたちゃんに戻っている。彼女曰く「こっちの方が色々と楽」なのだそうだ。




    フラ男「さて、後は原田が料理を持って来れば……」






    「皆さーん!!お待たせしましたー!!!」





    フラ男の言葉とその叫び声は、ほぼ同時だった。



    「とうっ!!」



    ビルの窓ガラスを割りながら盛大に飛び降りてきたのは、もちろんの事マッスル原田だった。

    あの日萎んだ筋肉は元通り、いやそれ以上にムキムキになっている。特に腹筋はテッカテカに輝き、そこだけ何故か真っ黒に焼けていた。



    玄氏「どうしたんだよその腹」



    原田「よくぞ聞いてくれました玄氏さん!!実はですね!腹筋をより美しく魅せるため、日焼けサロンで焼いてきたんですよ!!!」



    6つに分かれたその筋肉を高速でリズミカルに叩く原田。

    腹太鼓の歴史は原田によって大きく変わるかもしれない、とその場の全員が感じざるを得なかった。




    原田「さあ、始めましょう皆さん!!盛大な腹筋パーティーを!!!」




    腹太鼓の革命児が威勢良く宣言する。



    その言葉に、フラ男達は一斉に言った。




















    「「「いや……料理は?」」」



    腹太鼓の革命児は、トボトボとビルの中に戻っていった。


  99. 108 : : 2016/01/10(日) 21:11:34






    ……賑やかな騒ぎ声が聞こえる。



    ここはT都の、とある場所。




    朔夜「なんで避けんのせんぱーいwwwww」


    輿水「誰か助けて朔ちゃんが酔ttギャー!!!」


    玄氏「水さんが鉄骨の餌食に!!」


    龍音「水さん……あんたの犠牲は忘れねえ…!!」




    集まり笑うは、非リアたち。




    わた「よいではないか、よいではないか〜」


    フラ男「ぐああああ!!!」


    風子「わたちゃん!!?」


    健太「フ、フラ男がわたさんの関節技の餌食に!…つーか誰だわたさんに酒飲ませたの!!」




    しかし決して、彼らは負け犬などではない。




    原田「……フラ男さん、どうしたんです?こんな遠巻きから眺めて」


    フラ男「お、原田。……いや、平和だなあって思ってさ」


    原田「そういえば、フラ男さん達が事件に巻き込まれるのって決まってクリスマスらしいですもんね」


    フラ男「ああ。でも……この分じゃ、今年のクリスマスはやっとこさ静かに暮らせそうだ」




    いや、そもそも勝ち負けではないのだ。


    リア充にはリア充の、非リアには非リアの過ごし方がある。たったそれだけの話なのだ。




    フラ男「……なあ、原田」


    原田「ん?どうしました」


    フラ男「彼女欲しいとか何だとか、色々言ってきたけどさ」




    事実、今、このT都では全ての人たちが笑っていた。

    誰も彼もが、垣根無く。








    フラ男「やっぱ、持つべき者は友達だよな!」















    聖夜はまだまだ、終わりそうにない。









    ────完
  100. 109 : : 2016/01/11(月) 21:21:19








    大変遅くなりましたが、以上をもちましてラストクリスマス3を終わらせていただきます。最後までお付き合い頂いた方はありがとうございます。


    ご意見ご感想等々あれば、お気軽に書き込みをくださればと思います。



    作成者共々、またお会いできる日を楽しみにしております。


  101. 110 : : 2016/01/11(月) 21:37:13
    お疲れ様でした!
    とっても面白かったです!

    これからも執筆頑張って下さい!(執筆引退する奴が何を言う)

    私はあまり長編SSは見ないんですけど
    このSSはとても面白くて
    読むのが毎日楽しみでした!

    これからも期待しています!
    本当にお疲れ様でした!
  102. 111 : : 2016/01/11(月) 21:57:32
    >>110
    我々の作品に目を通していただき、コメントまでくださりありがとうございます。


    面白かったと言ってもらえると、拙い執筆者としての力を振り絞って書いた甲斐もあるというものです。


    次回はラスクリではないですが、現在の製作陣にひとり新たな人材を加えてこの作品以上に熱いものを用意しようと考えています。もし良ければ、アップされた時にはそちらも見ていただければなと思います。
  103. 112 : : 2020/10/27(火) 10:19:02
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

    ⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

▲一番上へ

名前
#

名前は最大20文字までで、記号は([]_+-)が使えます。また、トリップを使用することができます。詳しくはガイドをご確認ください。
トリップを付けておくと、あなたの書き込みのみ表示などのオプションが有効になります。
執筆者の方は、偽防止のためにトリップを付けておくことを強くおすすめします。

本文

2000文字以内で投稿できます。

0

投稿時に確認ウィンドウを表示する

著者情報
bokkatiokwase

いろはす

@bokkatiokwase

この作品はシリーズ作品です

最後の聖戦 シリーズ

「アクション」カテゴリの最新記事
「アクション」SSの交流広場
アクション 交流広場