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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

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離島の超兵器少女 #1『運命の漂着者』

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  1. 1 : : 2015/10/10(土) 19:30:57

    意見感想はいつでも受け付けてます。
    どうぞよろしくです。
  2. 2 : : 2015/10/10(土) 20:26:09



    地球を象徴する蒼き大海原。
    その海底深くに眠る古代超兵器"アビスノア"───。


    約3000年前の、宇宙からもたらされた産物だと言われるそれは、現代社会が持つ最先端の技術をもってしても足元にすら及ばないほどのものであり、到底人類が扱えるような代物ではなかった。


    しかし、その古代超兵器に手を出した国が二つ。


    当時、世界の最先端の技術を誇っていた日本とアメリカだ。
    両国は50年もの時間をかけてアビスノアを海底から引っ張り上げることに成功。


    その起動因子を授かった者にのみ起動権限が与えられ、使用を許された。


    アビスノアが普及して30年───。


    日米の両国は、さらなるアビスノアを求めて太平洋南部でぶつかり合う。
    これが第一次制海戦争。


    アビスノアの起動因子を埋め込んだ超兵器によって、軍艦や艦載機の能力値は大幅に向上。
    激しい戦闘が海の上で行われていた。


    そんな中、日本の最前線補給基地である"前島補給基地"は、米アビスノア空母"カルマンテ"の空襲によって、基地機能を失ってしまう。
    脱出を試みた者、アビスノアで米国に応戦した者、その全ては帰らぬ人となった。


    近海は米国海軍に支配され、完全に孤立した前島補給基地は、通信機器の故障によって、連絡手段を絶たれたうえ、補給海路も封鎖されたため、完全に米国に奪われた。


    しかし、日米海戦協定により、両国本土、及び陸地への軍隊進行、壊滅的被害を与えることは禁止されているため、取り残された三人の少女たち。


    島の外で何が起こっているのかもわからず、たった三人で助け合いながら、5年の歳月が流れた──────。



  3. 3 : : 2015/10/10(土) 21:39:00


    #01「漂着者」






    米国海軍の有する大型アビスノア空母の大規模空襲によって基地としての機能を失ってしまった前島"前"補給基地。


    孤島の前基地の浜辺に、一人の少女が佇んでいた。


    背丈は女性としては平均より少し高いくらいだろうか。
    艶やかな黒色を放つ腰まで伸びた髪が、風に靡く。
    その服装は、袖を折り、肩から腕を露出させたようなセーラー服、丈の短いスカートから覗くすらりとした脚は、黒のストッキングに包まれていて、どうにも性を擽られる。


    彼女の名はアルス=マキナ。


    海を思わせる碧の瞳で、水平線の向こうを眺めるも、凪いだ海が映るだけ。


    「……もう、5年も経ったのね…………」


    まるで、過去の出来事を思い出すかのように遠い目をするアルス。


    アルスの他に二人の妹がいて、自分も含めて三人で助け合いながら5年の歳月が過ぎた。
    年齢はようやく結婚できる年になったくらいか。


    ──今日も、友軍機は無し。


    5年前、大規模空襲を受けた前島に姉妹三人で取り残され、仲間がきっと自分たちを助けにきてくれる。
    そう信じていたのだが、最近では、そんな希望すら持てなくなっていた。


    アルスを短く息を吐き出すと、自分に架せられた仕事を全うするために、島の海沿いの砂浜を歩き出す。


    アルスが行う仕事。
    それは、漂着物の回収。
    補給海路がないこのしまったねにおいて、生活で使えそうなものが確保できるのは漂着物に混ざっているものである。


    制海戦争で沈んだ艦艇が時々この島に流れてくる。艦艇内には生活に最低限必要なものはあるし、生きていくために必要な水や食料だってある。
    こんな廃れた島にいるのだ。そういったものに頼らなければならないことが多い。


    流れてくるものは、物だけではない。


    人だって流れてくる。


    それに対応するのも、アルスの仕事の一つだ。
    当然、こんな島に流れてくる者の中でまともに生きている者はいない。生きていたとしても、アルスが発見する前に死んでいる。


    死者への弔い。
    これは、アルスが妹たちの静止を振り払って自分に架した仕事だ。
    こんなことを続けるのも、ひとえに、妹たちに辛い思いをさせたくないという姉心からなるものだ。


    この島に流れてくる者は皆、アルスが発見する前に死んでいる。


    ────だからこそ。


    生死をさ迷っているように思える目の前の少年が視界に入った瞬間、喜びに弾かれ、砂を蹴って駆け出した。


    「まだ……助かる……!」


    希望を胸に、少年の胸元に耳を寄せた。
  4. 4 : : 2015/10/11(日) 10:17:35


    どうか、生きていて。


    そんなアルスの切なる願いは、一瞬にして絶望へと変わり、だんだん顔が青ざめ、体温が下がっていくのが自分でもわかった。


    心音が、聞こえない。
    呼吸が、止まっている。


    視界が涙でぐにゃりと歪んだ。
    また。まただ。
    また、助けることができなかった。


    いや、諦めてたまるか。


    少年を見るに、目立った外傷は無く、普段流れてくる漂着者より少しだけ体温が高い……気がする。希望的観測かもしれないが、そうであると信じたかった。


    もしかしたら助かるかもしれない。


    意を決したアルスは、少年の口元に自分の顔を近づけ、人工呼吸を開始した。


    まるで女の子みたいな整った中性的な顔立ちに一瞬ドキリとするが、そんな雑念を振り払い、次は心臓マッサージを施す。


    「お願い……お願い……お願いだから……っ!」


    ──。


    ────。


    ────────。


    どれだけ時間が経ったのだろうか。
    幾度かの蘇生術を繰り返し、汗を拭う。
    少年の胸元に耳を寄せる。


    「…………!」


    アルスの顔が、ぱぁっと明るくなった。


    「息……してる! まだ生きてるんだっ」


    少年がまだ生きているのを確認したアルスは、脇に腕を滑り込ませ、冷たくなった少年を支えながら、前基地の施設へと急ぐ。


    「やっと救えた……よかった……本当によかった…………!」


    そこで気づく。
    いま、自分が笑っていることに。


    妹たち以外のことで笑ったのは、果たしていつだったか。


    それほどまでに、自分は笑っていなかった。


    少年が生きていたことが嬉しかったのか、自分が少年を助けれたことが嬉しかったのか。


    目元にうっすらと涙を浮かべ、にやけそうになる顔を必死に抑え、医務室へと早足で向かう。


    あまりの嬉しさに、アルスは気づけなかった。


    少年が息を吹き返した瞬間、少年の左目が不自然に蒼く輝いたのを。



  5. 5 : : 2015/10/11(日) 11:41:39


    ###



    ───ダメ……緋沙人逃げて! このままじゃ沈んじゃう!!


    ……うん? 何だろう。頭の中で、無数の声が反響し合い、砲撃にも似た巨大な音、何かが割れる音、何かが起動したような音が、頭の中で響く。


    いったい何なんだと思い、意識は深いまま、聞こえてくる声だけに集中した。


    ───マキナ型アビスノア"空中艦艇(エア・フリード)"、全三艦の大破確認。これより、作戦は第三段階へと移行する。


    ヅヅヅ、とノイズが走った音が聞こえてくる。
    通信機を使って会話しているのだろうか。


    ───姉さん、緋沙人……もうこっちは持たない……。ごめん。先に逝くね…………。


    ───おい! イルム!! 何を言ってるんだよ!?


    そして、悲鳴にも似た誰かの叫び声が鼓膜を震わせた。


    ───ごめん。護れなくて─────。












    プツン。


    少年の中にあった、何か大切なものは、音を立てずに静かに崩れていって、消えた。










    ###






    目を覚ました少年の目にまず映ったのは、シミ一つない真っ白な天井だった。
    パチパチと数回まばたきをして、状況を整理してみる。


    自分はいったい何でこんなところにいるのだろうか。


    何でだろう。何一つ覚えていない。
    自分がどこで生まれて、育ち、出逢い、別れ…………。
    例えるなら、物語の結末を知っているが、どういう過程でそこまで辿り着いたかを覚えていないということか。


    考えられるのは、記憶の欠落……記憶喪失だ。


    少年はうーんと唸りながら、部屋を見渡す。
    窓の外には海が広がっていて、静かに凪いでいる。
    部屋の隅の壁に設置されているのはエアコンだろうか。外ではセミの鳴き声が聞こえるのに、暖房がついている。


    視線を下に下げると、棚があり、その全てを覆い尽くす本があり。
    ガラス張りの棚には医薬品があることから、ここは医務室だと思い至る。


    木製のディスクの前に、背もたれ付きの革でできた椅子に脚を組んで座る少女の姿を見た瞬間、少年は驚いたような顔をした。


    「じー…………」


    口で擬音を言って、少年をまじまじと眺める少女は、無造作に伸びた雪のような髪を弄りながら、こちらへと歩いてきた。


    「おはよう。そしてご愁傷様。そしておめでとう」


    ……うん? 彼女の言ってることがよくわからない。
  6. 6 : : 2015/10/11(日) 13:02:53


    少年は目の前の椅子に座る少女を見た。


    クセのある雪のような白銀の髪は無造作に伸びており、眠そうな目をしたアイスブルーの瞳が少年をジッと眺める。
    少女の顔は整っていて、感情が篭もっていない表情じゃければ、もっと可愛いだろうに。
    長袖の制服のような服装で、少し丈の短いスカートに、黒いニーソを履いている。


    服の上から見ても、スタイルがいいとわかった。


    「ようこそ、前島前補給基地に。ここは日本海軍に放棄された可哀想な場所……。そして、可愛い女の子三人に囲まれたハーレムな楽園……さ」


    にひひ、と悪戯っぽく笑う少女。
    少年はなんだかよくわからなくなって、疑問に思ったことを聞いてみた。


    「聞いてもいいか?」


    少女は突然の質問に、少し目を開いたが、すぐさま「どうぞ」と言ってくれた。


    「なんで俺は……ここにいるんだ?」


    少女は「ほぅ」と、なにやら面白そうなものを見る目で少年をまじまじと眺める。


    「その……今までの記憶が全くないんだ。どこで生まれて、どこで育ったのかとか、全部覚えていない」


    「……つまり、記憶喪失ってことかい?」


    「ああ。多分……」


    少し考える素振りを見せて、ポンと手を合わせる。そして「それじゃあ」と小さく呟き。


    「君がこの島に来てからのことを大まかに話そうか」




    ###



    「イルム! いる!? いるなら返事して!!」


    医務室のベッドで眠っていた白銀の髪を持つ少女、イルム=マキナは、いつになく慌てた様子のアルスの声を聞き、あまりよくない目覚め方をする。


    「うるさいなぁ…………」


    「入って」とアルスに促すと、ドアが勢いよい開かれ、少年を抱えたアルスが息を切らしていた。


    アルスの様子にも驚いたが、何よりも、生きている少年に驚いた。


    「さっき浜辺で倒れてたの! 人工呼吸と心臓マッサージで息を吹き返したわ。どうにかしてよ!」


    どうにかしてよって……。責任感無いなぁと思いながら、初めての生存者に少しだけ嬉しくなった。


    「わかった。ベッドに寝かせて……そう。楽な姿勢で」


    少年をベッドに寝かせると、イルムはエアコンの暖房をつける。
    アルスの話を聞くからに、漂着者と思われる。
    海水に浸かっていたから、体温が低いハズだ。


    「……うん。呼吸も心音も異常無し。おつかれ姉さん。お手柄だね」


    「よかった…………」


    「それにしても、人工呼吸……ねぇ?」


    「な、何よ…………」


    思えば、男の子と人工呼吸とはいえ、唇を重ねたのだ。今になって恥ずかしくなり、羞恥に身悶える。


    「どれどれ…………ほほう、かなり美形の少年……」


    ベッドで横たわる少年をまじまじと眺め、ニヤニヤしながら(表情はあまり変わっていないが、ニヤニヤしているように思える)アルスを見た。


    「ほ、ほかに流れ着いたものが無いか見てくるっ!」


    恥ずかしさのあまり、顔を朱に染めて医務室からそそくさと撤退するアルスの背中を眺めながら、子供だなぁ。長女のクセに。
    と、そう思った。
  7. 7 : : 2015/10/11(日) 15:58:56


    ###



    「……つまり、俺は君のお姉さんに命を救われたのか」


    「そういうことさ。今度会ったらお礼言ってあげてよ」


    「ああ。そうする。ありがとう」


    突然お礼を言われて、少女は驚いたような表情で少年を見る。


    「なんで私にお礼を言うのかな?」


    「君も、俺をこの医務室に迎えてくれた。だからかな」


    呆けたような顔で少年を見ていた少女は、口元に手を当て、クスリと小さな笑みを浮かべた。
    少年はそのことに気づかない。


    「……どういたしまして、記憶喪失のお兄さん」


    今度は、明らかに微笑んでみせた。
    少年はなんだか、どう反応していいかわからず、視線を下げて俯いた。


    「…………お兄さん?」


    ずい、と少女が顔を近づけてきた。
    目の前にアイスブルーの瞳があって、眠たそうな目でこちらをジッと見つめる。


    そこで少女は何かに気づいたのか、ハッとして飛び上がり、椅子から転げ落ちた。
    大丈夫かと足を動かそうとしたが、右足が痛くて動けない。


    「……ああ、大丈夫だよ。お兄さんは右足首の骨が折れてるから、二週間は安静にしておいて」


    「わかった。それよりどうしたんだ? 突然椅子から転げ落ちて」


    そう問うと、少女は視線を逸らし、「左目が…………なんで姉さんは気づかなかったんだ」と小さく呟く。
    それから、「何でもないよ。顔が近づきすぎて、恥ずかしかっただけさ」と言って、はぐらかした。


    少年はこれ以上言及するのはやめた。


    「それにしても…………お兄さん、とてもいい顔してるね」


    「そうか?」


    「うん。姉さんのタイプだよ」


    姉さんとは、少年の命を助けた少女のことだろう。


    「……それは、喜んでいいのか」


    「もちろん」と少女は言い切り、なぜかドアの方に目をやる。
    そしてニンマリ微笑むと、よからぬことを考えていそうな表情で、少年にすり寄った。


    「……お兄さん、一つ教えてあげる」


    「何を教えてくれるんだ?」


    「今日の姉さんの下着の色」


    少年が咽せるのと同時に、医務室のドアが蹴飛ばされん勢いで開き、少女とは対照的な黒髪の少女が顔を真っ赤にして入ってくる。


    それを見た少年は、二人の少女の顔を見比べて、「似てる…………」と呟いた。


    「このお馬鹿! なんで私の下着の色を言うって話になってるのよ!?」


    「いや、お兄さんが命の恩人の下着の色が知りたいって言うから、仕方なく」


    おい待て、冗談じゃない。
    なんだよ、命の恩人の下着の色が知りたいって。
    ド変態丸出しじゃねーか!


    「いつ俺がそんなこと言ったんだよ!?」


    「え、ついさっき」


    「ふざけんな!」


  8. 8 : : 2015/10/11(日) 21:14:17


    とんだじゃじゃ馬がいたものだ。
    恨めしそうな顔で白い少女を睨むと、まるで小馬鹿にするかのような顔をした。


    (あの野郎…………)


    ふと視線を黒い少女の方に向けると、ほんのりと頬を朱に染めた彼女と目が合う。
    それを感じ取った白い少女は、悪戯を思いついた子供のような顔をした。


    「姉さん、お兄さんとお喋りしたいならすればいいじゃないか」


    「べ、別にそういうわけじゃないわ」


    「ふーん……ならこの際だからさ、私たちのことを知ってもらおう」


    白い少女の提案に、少年は首を傾げ、頭上にハテナマークが浮かぶ。


    「私たち三姉妹とお兄さんの、自己紹介をしようと思ってね」


    なるほど、それは悪くない提案だ。
    お互いが打ち解けあうには、まず、お互いのことを知ることから始まる。
    その旨を白い少女に伝えると、満足そうな顔(をしたように見えた)をして頷いた。


    「姉さんも、いい?」


    「寧ろ名案ね。いいと思うよ、自己紹介」


    「それじゃあ私はフィリオを呼んでくるから、お二人はゆっくりお話でもしてて」


    そう言い残して、軽快な足どりで医務室から出て行ったと思ったら、顔だけ覗かせ、「今日の姉さんの下着の色は水色だよ」と特大の爆弾を放り投げて行ってしまった。


    少年はなんと言っていいかわからず、黒い少女は顔を真っ赤にして俯く。


    それにしても、やってくれた。
    先ほどの発言のせいで気まずくなり、会話しにくい状況に陥っていまった。


    しかし意外にも、先に沈黙を破ったのは黒い少女だった。


    「その……大丈夫? 漂着してから」


    呆けた顔で、少年は少女を見つめた。


    「え……ああ、うん。大丈夫だよ」


    そう言えば、この島にきて彼女と面と向かって顔を合わせたのは初めてだった。
    本来なら、命の恩人の元に自分から赴かなければならないのだが。


    兎に角、お礼を言うのが礼儀だろう。


    「今更だけど、本当にありがとう。君のおかげで命を救われた。君がいなきゃ、俺は死んでた」


    ベッドの上で、上半身だけを起こした格好のまま、頭を深々と下げる。
    それを見た少女はあたふたと慌て、顔を上げるように少年に伝える。


    少年はゆっくり頭を上げると、不意に少女の唇が視界に入る。


    この控えめな唇が、自分の唇に触れて──。


    ダメだ。命の恩人によこしまな感情を持ってはいけない。
    頭ではそう思っているのに、なぜか口が勝手に動いた。


    「人工呼吸と心臓マッサージまでしてくれて……」


    ──人工呼吸。


    そのワードを聞いた瞬間、少女の顔を見る見るうちに真っ赤に染まり、今にも頭から蒸気が吹き出しそうになっている。


    「き、きき、気にしないで! 私もあなたが無事でよかったし……その……あああ、ありがとう! 生きていてくれて、どうもありがとう!」


  9. 9 : : 2015/10/12(月) 10:36:59


    なぜか頭を下げてお礼を言う少女を見て、面白い女の子だな。そう思った。


    「なんで君がお礼を言うんだよ?」


    なんだか可笑しくて、笑いながらそう問いかけると、少女の動きはピタッと止まり、先ほどの慌てた様子とは一転。
    今度は目に涙を溜めてポツポツと言葉を紡いだ。


    「その……私がいつも浜辺に漂着した人を見つけても、もうその人は死んでいるの……。何度も何度も、見つけるたびに死んでて……とても悔しかった」


    ……と、なると。
    今回この島に漂着したのは少年だけではないということになる。
    その全てが、少女が発見する前に死んでいるのだが。


    「自分には誰も救えないんだって……。今も、昔も。けど、あなたは生きてくれた。だから、今までやってきたことはきっと無駄じゃないんだって、そう思えたの」


    目尻に溜まった涙を指で拭い、飛びっきりの笑顔で。


    「だから、ありがとう!」


    ……なんて強く、儚く、優しく、そして悲しい笑顔なんだろう。
    美しいものは、人に感動を与えるというが、なるほど。確かに彼女の笑顔は眩しい。美しい。
    だが、感動の前に、少年は感じ取った。


    この少女は、脆い。


    察するに、これまで多くの漂着者の死を見てきたのだろう。一人で。
    妹たちに悲しい思いはさせまいと。
    涙の一つも流さず。
    強くあろうとした。


    けど、5年もの間我慢してきた辛さと、5年もの間隠してきた弱さは、今の少女の強さと拮抗している。
    いつ彼女が壊れても可笑しくない状況だ。
    なんて危うい華なんだろう。


    だから───いや、これ以上考えるのは止そう。
    所詮、自分は漂着者。
    彼女の心の内なんて知らないし、名前すら知らない。
    出会ったばかりの人間に心中を探られるのは、あまり気持ちのいいものではないだろう。


    だから、気づかないふりをしておく。


    「…………こっちこそ、ありがとう」


    笑顔でそう返すと、少女は「そうだ」と手をポンと叩き。


    「私の名前はアルス=マキナ。自己紹介はもう少し後だけどね」


    「えへへ」と言って頬をほんのり朱に染めるアルスに、見惚れたなんて言ったら、どう思われるだろう。


    少年はかぶりを振って、自分も名乗ろうとした。


    しかしそれは、例の爆弾少女によって遮られる。


    「まだ自己紹介は始まってないよ?」

  10. 10 : : 2015/10/12(月) 12:35:18


    声のした方に目をやると、ドアが開いていて、白い少女ともう一人。


    緋色のボブカットに、ピンクのラインが入ったおしゃれなベレー帽を被っていて、ルビーのような瞳は強い意思を宿していそうだ。
    まるで女子高のブレザーに似たような上着を羽織り、かなり際どい丈のスカートはチェック柄で、三姉妹の中で一番おしゃれだと思った。
    そして、三人ともやはり似ている。


    なんかこう、言っちゃ悪いが、身体の発育では、アルスが一番育ってない気が……。
    口には出さないが。


    全員揃ったのを見て、アルスが頷き。


    「それじゃ、自己紹介しましょうか」


    「まずは私からやるわ」と言って、アルスが一歩前に出る。


    「えーっと、私はアルス=マキナ。三姉妹の長女よ。よろしくね」


    簡潔に自己紹介を済ませた姉に対して不満ありげな白い少女が「自己紹介のお手本を見せるよ」と言い切り、バッと前進した。


    少年の前までくると、短いスカートをつまみ、軽く一礼。真っ白な太ももが見えて、一瞬ドキリとする。


    「私の名前はイルム=マキナ。三姉妹の次女だよ。好きな食べ物はイチゴジャム。好きな異性のタイプはお兄さんみたいな人かな。ちなみにファーストキスはまだで、今日の下着の色は────」


    「待って、ちょっと待て!」


    「なんだい? まだ自己紹介の途中だよ?」


    「これ以上はいろいろ危ない気がする」


    イルムはつまらまさそうな顔をして、先ほどまで自分がいた位置に戻った。


    (さて、最後は……)


    まだ話したことがない、緋色の少女が優雅に歩いてくる。
    なんと言うか、気高いオーラをまとっていて、どこか話し掛けにくい。
    少年の目の前まできて、一瞥すると、口を開いた。


    「フィリオ=マキナです。末っ子だからって子供扱いしたら許さねーですので、よろしくしやがれです」


    え、えぇぇ……!?
    なんだこの子。喋り方にめちゃくちゃ違和感がある。
    本人は敬語を喋っているつもりかもしれないが、ちょっとダーティーな言葉遣いが混ざってしまっている。
    ああ、なんてことだ。せっかくの美貌が台無しだ。


    一番まともなのがアルスとわかったところで、これから何かを相談するのはアルスにしようと決めた。
  11. 11 : : 2015/10/12(月) 15:16:23


    「最後はおめーです。さっさと自己紹介しやがってください」


    フィリオちゃん、そんなキュートな瞳でダーティーな言葉遣いをされたら、かなりキツいんだけど。


    ゴホンと咳払いをして、一度全員を見渡す。
    皆綺麗だ。
    姉妹揃って美人なんだから、きっと親御さんもそうなんだろうと思いながら。


    「俺は浜波緋沙人(はまなみひさと)。記憶喪失でいろいろ迷惑かけるけど、よろしくどうぞ」


    緋沙人の自己紹介を聞いたイルムは、何か物足りなかったのか、「うーむ」と唸る。
    そして「質問してもいいかい?」
    そう言って手を挙げた。


    「俺が答えれる範囲なら」


    まあ、記憶がないからあんまり答えれないだけどね。そう付け足したが、イルムはお構いなしに、マシンガンのように質問してくる。


    「緋沙人は日本人だよね。今の日米間の制海戦争は知ってる? 好きな食べ物は? 好きな本は? 好きな下着の色は? 彼女とかいたの?」


    緋沙人は豊耳の王子ではないので、一気に質問され、その全てを返せるわけじゃない。
    アルスが「一個ずつにしなさいよ」と諭す。
    フィリオは「イルムは本当に腐ってやがるです」なんて物騒なことを言っている。


    とにかく、この破天荒な姉妹を纏め上げているのは、やはり長女であるアルスなんだとひしひしと感じた。


    「それじゃあ、この三人の中で、一番好みの女の子は誰?」


    なんてやつだ。
    緋沙人は頭を抱えた。


    一番可愛いと思うのは誰…………だって?


    もし、この質問をされたのが記憶喪失していない自分なら、迷わず答えてただろう。
    けど、今の自分はなにもない空っぽな人間だ。さながら、筒のような。


    けれど、けれども。
    なぜか、ここで誰かを選ぶのに躊躇いがあった。誰かを裏切るような、そんな感覚。


    もしかしたら、記憶を失う前の自分には愛しい人がいて、毎日毎日お互いの愛を確かめ合い、抱き合いながら愛を囁きあっていたのかもしれない────なんて。


    本当に大切な人がいたとしても、何一つ覚えてないくせに。
    妄想や想像力だけは一流だな。


    緋沙人は一度三姉妹全員を見渡す。
    アルス、イルム、フィリオ────。
    どの娘も魅力的で、誰を選んでも後悔しないような気がする。


    だが、イルムは"可愛いと思うのは誰"と言ったのではなく、"好みの女の子は誰"と聞いてきたのだ。容姿では非常に拮抗している。
    ではやはり、決め手になるのは性格──内面的なものであり。
    島に漂着してから、一緒にいて一番安心したのは。


    ──アルスかな。


    なんでだろう。
    まるで時間が止まったかのように全てが硬直し、緋沙人の思いは声にならなかった。


    そして気のせいか、世界が蒼く輝いて見える。


    熱い。左目が燃えるように熱い。
    そこで、世界を蒼く照らしているのは自身の左目だと気づく。


    いったい、何が起こっているんだ?
  12. 12 : : 2015/10/12(月) 15:39:15


    まるで、自分だけが現実世界から切り離され、別の世界にいるかのような。
    自分は君たちの目の前にいるのに。


    そして、無数の声が聞こえた。


    「お前は選ばれた。アビスノアに」
    「その左目は世界を変える」
    「起動因子は君に委ねよう」
    「どうか日本を勝利に導いてくれ」
    「この終わりなき戦いに終止符を」
    「ああ、神よ。どうか我らをお救いください」
    「お願い。私たちを助けて」


    『────緋沙人』


    なん、だ。なんなんだ、これは。
    なぜ、俺の名前を呼ぶ。
    選ばれた? アビスノアに? 起動因子?
    なんだ、それは。


    あぁ、やめろ。思い出したくない。


    『いいや、やめないよ』


    コツコツ、コツコツコツコツ。
    どこからともなく、地面を一定のリズムで叩く足音が聞こえてくる。
    コツコツ、コツコツと。
    近づいてくる。


    振り向くとそこには、俺がいた。


    『君はいいよね。記憶喪失なんて理由で、嫌なこと全部忘れられて』


    「……」


    『不思議そうな顔をしてるね、緋沙人。教えてあげるよ。ここは精神世界。いわば、君の心の隙間にできた空想の世界さ』


    緋沙人は訝しげな視線を目の前に立つ自分へとぶつける。


    『……ずいぶんと、 穏やかな表情ができるようになったじゃないか。……まあ、そんなものは必要ないけどね』


    ククク、と不気味な笑い声を上げ、気味の悪い視線を返してくる。


    『君、記憶喪失なんだって? はは、都合がいい」


    「……なに?」


    『君は覚えていないのかい? 自分が何をしたのか』


    記憶喪失だから、覚えてるわけない。


    『あはは、だよね。それじゃあちょっと、一瞬だけでも思い出してみる?』


    気づいた時には、もう一人の緋沙人は消えていた。


    入れ替わるようにして、再び無数の声が聞こえてきた。
  13. 13 : : 2015/10/12(月) 16:10:02


    「力が欲しい?」
    「お前はお前だよ」
    「自分を責めないで」
    「一緒に行こう!」
    「これは力。世界を掌握する絶対正義」
    「たまには無理して生きてみようぜ」
    「誰にだって失敗はあるよ」
    「この水平線の向こうには、何があるんだろうな」
    「この嘘つき!」
    「終わらせないよ」
    「ずっと好きでした……」
    「私は死ぬけど、どうか浜波君だけでも……」
    「生きて」
    「死ねよ!」
    「まだ死ねない!」
    「もっと生きたかったよぉ!!!」
    「死ぬ時は一緒だよ……」
    「お馬鹿さーーん!」
    「こんにちは!」
    「緋沙人、手に入れるんだ。力を」
    「アビスノアさえあれば、米国の精鋭艦隊だって敵じゃないぜ」
    「お前だけは絶対許さない」
    「浜波緋沙人」
    「ありがとう緋沙人!」
    「お前が起動因子となるのだ」
    「俺がやる。この終わりのない戦争を終わらせる。その力が欲しい!」
    「それでいいの緋沙人」
    「その代償は大きい」
    「力あるものが力なき者を従える。この世界の理だ」
    「弱者は私に従っていればいいのだ!」
    「絶対に助ける!」
    「お前には無理だ」
    「不可能だ」
    「無意味なんだよ、貴様みたいなガキがその力を持っていても」
    「この世界は理不尽で不条理で不平等だよな」
    「緋沙人」
    「私の緋沙人」
    「どうしたの?」
    「そんな顔して」
    「私のこと、嫌いになっちゃったの?」
    「お前は誰なんだよ!?」
    「こんなにも好きなのに」
    「自分を見失うな」
    「こんなにも愛してるのに」
    「もう許さない。あなたのせいよ、緋沙人」
    「この戦争が始まったのは、あなたのせい」
    「あなたのせい。あなたのせい」
    「アビスノアは、僕のもの」


    頭が痛い。重い。思い。想い。思い出したくない。


    お前のせい。君のせい。あなたのせい。てめえのせい。あんたのせい。


    緋沙人のせい。


    はい、そうです。全部僕のせい。
    皆が死んだのは僕のせい。


    僕が殺しました。殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました殺しました。


    …………。


    涙が止まらなかった。
    違うのに。なんで僕ばかり。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
    世界は理不尽で不条理で不平等だ。


    誰か。誰か僕を助けてくれ…………。


    「……緋沙人」


    誰かの呼ぶ声がして、縋るような思いで伸ばした手は、見覚えのある黒い少女の手首を掴んでいた。



  14. 14 : : 2015/10/12(月) 17:11:18


    #02「離島」





    目を覚ました緋沙人の目にまず映ったのは、シミ一つない真っ白な天井。
    何度かまばたきをして上半身だけを起こすと、三人の少女が安堵した表情でこちらを見ていた。


    恐らく、倒れたんだろうな。


    長い夢を見ていたような気がするが、それがいったいなんだったのか思い出せない。
    ただ一つ覚えているのは、誰かが自分に声を掛けてくれたこと。
    どこか懐かしく、愛おしい声だった。


    「俺は……どれだけ眠ってた?」


    「十分くらいかな」


    緋沙人の問いにイルムが答える。


    あれだけ長い間寝ていたように思えたのに、たった十分しか寝ていないなんて。


    再びイルムの方を向くと、なにやらニンマリと笑っていて、緋沙人とアルスを交互に舐めまわすように見ながら言った。


    「まさか、緋沙人お兄さんは気を失っても姉さんを選ぶなんて……」


    「どういうことだよ」


    「無意識なんだね。起きる前までずっと姉さんの手を掴んでいたよ」


    アルスの方を向くと、右の手首のあたりを胸の前でぎゅっと握りしめ、頬を染めながら俯いている。


    何と言っていいかわからず、緋沙人は頭を掻いた。


    「あー、なんだ、その。迷惑かけたな」


    「気にするんじゃねーです」


    「あ、はい……」


    とりあえず、フィリオの口調はどうにかならないだろうか。
    なんだかいつも怒っているようで微妙に怖いんだが……。


    「……とにかく、わからないことがあったら何でも聞いて。できる限りお答えするわ」


    最後にアルスがそうしめる。


    緋沙人はどこか違和感を感じて、うーんと小さく唸る。


    記憶喪失の自分が覚えていること。
    それは、名前や今まで学習してきたこと、一般常識、出身国。
    それ以外はほとんど喪失したと言っていい。
    エピソードの欠陥、と言うべきか。


    そんな空っぽな自分が思い至った先には。


    (ここは前島補給基地……日本の基地ってイルムが言ってたっけ。今は日米間で戦争が起こっていて…………)


    そこで、疑問にぶち当たった。


    (……アルス=マキナ、イルム=マキナ、フィリオ=マキナ…………。どれも、日本人の名前じゃない。そんなやつが、なんで日本の基地にいるんだ…………?)

  15. 15 : : 2015/10/12(月) 19:27:15


    そう考えると、様々な疑問が浮き彫りになってくる。


    漂着した緋沙人を医務室まで運んだのはアルス。
    よく考えてみれば、あんな華奢な少女が男性一人を抱えて歩けるのだろうか。


    まだ成人どころか、どこか幼さを残す彼女たちだけで5年間どうやって生きてきたのか。


    米空母の空襲を受けて基地機能は失ったものの、なぜ人が住める環境なのか。


    思い返せばきりがない。


    別に彼女たちを疑っているわけではないが、徐々に緋沙人は疑心暗鬼になる。


    今はそれらの疑問は置いておこう。


    「……今のところはないかな。ありがとう。気を使ってくれて」


    「そう……。あ、そろそろ夕食時ね」


    アルスに釣られるように窓の外に目をやると、夕陽が海を赤く染め上げていた。
    制海戦争なんてどこ吹く風。
    この夕陽を見ていると、そう思えてくる。
    あぁ、醜い争いだ。


    「お腹空いたです。はやく飯が食いてーです」


    お腹のあたりをさすりながら空腹を訴えるフィリオ。
    アルスが宥めると、全員に向かって言った。


    「今日はこの人がいるから、お腹に優しい物を作るわね」


    この人とは緋沙人のことだろう。
    それを聞いたフィリオが疑問に思ったのか、小首を傾げながら言った。


    「なんでアルスは緋沙人のこと緋沙人って呼ばねーんですか?」


    キラリーン、と。
    イルムの瞳が煌めいた気がした。


    「あれだよフィリオ。姉さんは初チューの男の子にどう接していいかわからないんだよ」


    「なっ、何よ初チューって!」


    「アルス……いつの間に俺にキスしたんだよ」


    「え、それは浜辺で…………って、それは人工呼吸でしょう!?」


    顔を真っ赤にしながら追いかけ回すアルスに対して、涼しい顔して逃げ回るイルム。
    なんだか可笑しくって、笑みが零れる。


    ──そういえば、ここにきて自然体で笑ったのは、初めてだったな。


    「……アルスには」


    いつの間にかベッドの横に来ていたフィリオが、おもむろに口を開いた。


    「……アルスには、気をつけた方がいいです」


    「…………え?」


    それ以上、フィリオが口を開くことはなかった。



  16. 16 : : 2015/10/12(月) 21:02:46


    ###





    「あーたーらしーいーあーさがきたーきぼーうのーあーさーだー」


    「おい誰だよ。変な歌歌ってるやつ」


    翌日、医務室にあった松葉杖をつきながら早朝の散歩をしていると、恐らくイルムと思われる歌声を聞き取り、中庭に出てみると、案の定、感情の籠もっていない歌声で謎の歌を熱唱(?)していた。


    「変な歌とは…………心外だね、緋沙人お兄さん」


    「……いつもここで歌っているのか?」


    「ううん。今日はたまたま。見てごらん」


    イルムが指差した方向には、背の高い木があり、その枝に鳥の巣があった。
    中には、ひなと思われる小さな鳥がいて、母鳥の帰りを待っている……ように見えた。


    「お母さんが帰ってくる間、こうして歌でも歌って安心させてあげようかと思ってね」


    「上手いかどうかは別だけどね」とはにかみながら(緋沙人にはそう見えた)そう言って、再び巣の中を見つめる。


    「こんな島にでも、動植物は存在し、力強く生きている。私たちよりもっと苦しい生活をしてるのにね」


    「…………」


    「……だからかな。私も負けないように強く生きようって思うんだ」


    いつもは無表情で、緋沙人やアルスを煽ったり弄ったりするイルムだが、彼女もまた、強くあろうとしている。
    姉譲り、といったところか。


    普段とのギャップに、なんだか笑えてくる。


    「…………ふぅ、らしくない。すまないね、朝からなんだかおかしなところを見せて」


    「……普段の君は、ワザと俺たちを煽っているのか?」


    「…………………………」


    長い長い沈黙の後、ふぅ、と息を吐き出し。


    「……なんのことだい?」


    「それはイルムが一番わかっているはずだろ?」


    「…………」


    言い返せなくなったのか、イルムは古びたベンチに腰を降ろし、ポンポンとベンチを叩き、隣に座るように促す。


    「遠慮なく」と言ってイルムの隣に腰を降ろした緋沙人は、思い出したように呟く。


    「そういえば、二週間は安静にしてなきゃダメなんだよな」


    その呟きを拾ったイルムは、悪戯を思いついた子供のような顔をして、二ヒヒと笑った(ような気がした)。


    「それじゃあ罰として、鳥さんのお母さんが帰ってくるまでここにいよう」


    「なんだ、そんなことか。いいよ」


    それからしばらく、緋沙人とイルムの間に会話はなかったものの、どこか心地よい沈黙に身を委ねた。


    さらに数分が計経過し、チュンチュンとひなたちが鳴き声を上げたので上を見ると、餌を口に加えた母鳥が帰ってきていた。


    その様子を見たイルムは、思い出したかのように腹を鳴らした。


    「……朝ご飯、食べたいね」


    「…………そうだな」


  17. 17 : : 2015/10/12(月) 21:45:05


    ###



    食パンにジャムをつけて食べるという、イルムが言うにはごく一般的な朝食を済ませ、医務室のベッドに寝ころんでいると、コンコンとドアがノックされる音がした。


    こうやってドアをノックするのはアルスしかいないということを二日間で学んだ緋沙人は、気を緩めて「はーい」と間延びした返事をした。


    思った通り、入ってきたのはアルスだった。


    「改めて、おはよう」


    「おはようアルス」


    こんな些細なことでも、誰かと挨拶を交わすのは心地よいものだと実感できたのは、ひとえにアルスが命を救ってくれたからだろう。


    全く、一生返しきれない恩を授けてくれたものだ。感謝しっぱなしだな。


    「それで、何の用かな」


    ただ挨拶をしにきたわけではあるまい。
    アルスは縦に長い両開きの棚の前に立つと、扉を開き、タイヤのついた折り畳まれたものを取り出す。


    それを広げると、車椅子になった。


    「…………乗れってことですか」


    「まあ、お利口さん」


    クスクスと口元に手を当て上品に笑うアルス。
    そんな彼女の様子を見ていると、昨日フィリオが言ってた言葉がどこか引っ掛かる。


    『……アルスには、気をつけた方がいいです』


    あれはどういう意味だったのだろうか。
    その答えを知って後悔するのは、もう少し後になる。


    車椅子に乗ると、アルスが気取った風に言う。


    「今日は私がこの施設の案内をするわ」


    ……そう言えば、この施設……前島前補給基地の内部構造を把握していなかった。
    これからここに居座らさせて貰うのだから、どこに何があるのかは知っていた方がいい。


    ──あれ? どこか違和感を感じる。


    「……それじゃあ、お願いしようかな」


    「ふふ、かしこまりました」


    どことなく嬉しそうなアルスが車椅子を押し、女の子に車椅子を押してもらうのはなんだか気が引ける緋沙人。
    まあ、あんな顔で案内してくれると言ったんだ。好意を無碍にはできない。


    ここはアルスに甘えよう。

  18. 18 : : 2015/10/12(月) 22:27:54


    医務室を出て、いろいろな場所を回った。
    それは食堂だったり。キッチンだったり。司令室だったり。お風呂だったり。


    まるでこの基地を自分のものだと言わんばかりに得意気に語るアルスを見ていると、なんだか笑みが零れる。


    施設を回っている途中、イルムがなぜか食堂の椅子を三つほど並べて寝ていたり、フィリオはお湯を張っていない湯船の中で読書していたりと、なかなか面白い彼女たちの普段の生活を見てしまったような気がしてならない。


    アルス曰わく、「気にしたらダメ」らしい。


    そうだろうなぁと思い、アルスの説明に耳を傾ける。


    「なあ、アルス」


    「何かしら?」


    「……外にも、行ってみたいな」


    「え…………」


    なぜか快く承認してくれないアルス。
    まるで、外に行くのに抵抗があるような。


    ああ、そうか。


    今朝、アルスは浜辺に出ていた。
    イルムやフィリオは気づいていなかったのかもしれないが、アルスの服の袖に、赤い液体が付着していたのを緋沙人は見た。


    きっと、今日も漂着した者がいたのだろう。
    それを一人で────。


    助からなかったんだろうな。


    「…………ごめん。やっぱりいいや。ありがとうアルス」


    「え、ああ、うん! こっちこそありがとう! 楽しかったわ」


    名残惜しそうに車椅子から手を離すアルス。
    緋沙人も、できればもう少しアルスと話していたかったのだが。


    「それじゃあ、また昼食の時にね」


    「うん。それじゃあ」


    笑顔で手を振ってくれたアルスに手を振り返し、その背中が見なくなるまで見届け、医務室に戻った。


    再びベッドに転がると、先ほど感じた違和感の正体はなんなのか考えてみる。


    (…………なんだろう、この感じ)


    よく、わからない。
    何を不思議に思ったのか。
    何に違和感を感じたのか。
    何でこんな違和感を感じたのか。
    わからない。わからない。


    わからないことだらけだ。
    この島のことも。彼女たちのことも。そして、自分のことも。


    改めて考えてみると、今の自分は本当に空っぽなんだと。
    そう、思った。


    「…………情けないな」


    自嘲めいた笑いが止まらない。


    なんだ、俺は。
    彼女たちがいなければとっくに死んでる。現に今、彼女たちのおかげで生かされているようなものではないか。
    情けない。非情に情けない。


    ──あれ? どこか違和感を感じる。


    先ほどよりも、はっきりと。


    だが。
    果たしてその違和感の正体はなんなのか、まだわからないままだ。
  19. 19 : : 2015/10/12(月) 22:35:49
    わお。嫌ってほど大好きで、
    憎たらしいほど期待です!
  20. 20 : : 2015/10/13(火) 06:21:33
    >>19ありがとうございます!
    頑張りますね。
  21. 21 : : 2015/10/13(火) 18:30:10


    特にやることもなかったので、松葉杖をベッドの脇に立てかけ、昼前まで睡眠を取ろうかと考える。


    思いのほか身体は睡眠を欲していたのか、数分と経たぬうちに意識を深海に沈むかのごとく、深い眠りに墜ちていった。













    目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
    何もない、ただただ白く、無の象徴とも見て取れた。


    ここには、一度来たような気がする。
    気のせいだろうか?


    だが、聞き覚えのある声(というか、自分の声)が頭上から降ってきた瞬間、「ああ……」と口から漏らした。


    『やあ、浜波緋沙人』


    それはお前もだろ……。
    緋沙人を見下ろす、真っ赤な瞳。
    それは、八方から見ても自分だった。


    「……なんだ、またお前か」


    『そんな表情しないでくれよ。僕は君なんだよ?』


    煙ったそうな顔をする緋沙人に不満なのか、なんだか機嫌があまりよろしくない。
    しかしそれは一瞬のことで、先ほどとは打って変わり、好奇心旺盛な無邪気な子供のような目を向けてくる。


    『今の生活はどうだい? 自分の責任を忘れられて幸せだろう? 今この時にも、制海戦争で多くの人が死んでいるというのに』


    どうでもいいけど、先ほどから妙な浮遊感を感じていたのだが、実際に自分が浮いているのだと、正直驚いた。


    「……俺は、いったいなんでアビスノアに手を出してしまったんだろうな」


    『愛する人を護るためさ。ひさしぶりに、会ってみる?』


    この前この空間で浜波緋沙人(コイツ)に会ったときも、突然無数の声が聞こえてきた。


    どんな魔術か。どんな秘術か。
    はたまた、どんな魔法か。


    よくわからないけど、再び上を向くと、もう浜波緋沙人の姿はなく、夥しい量の無が身体を優しく包んでくるのを感じた。


    ──温かい。


    この温もりは────。


    「…………羽唯(うい)


    愛しき人の名前を呼んで、夢の中で、再び夢のようなものを見た。


    せめて夢の中だけでもいいから、神様、羽唯の温もりを感じさせてください。


  22. 22 : : 2015/10/13(火) 19:02:23
    えげつないくらい面白い(笑)
    期待です。
  23. 23 : : 2015/10/13(火) 19:57:06
    >>22
    スパシィーバ!
    ありがとうございます!
  24. 24 : : 2015/10/13(火) 20:28:05



    #03「記憶の欠片」








    ───緋沙人。


    ……誰、僕の名前を呼ぶのは。


    ───起きて、緋沙人。


    なんだか身体が揺れる。
    地震でも起こったのかと一瞬考えたが、その揺れは断続的に続いたので、その線はないと考える。


    と、すれば。


    「ほらぁ緋沙人、起きなきゃほっぺにチューするぞー」


    ああ、それも悪くない……が、朝からキスの雨が降ってきて、理性がなくなるのはあまりいただけない。……前科があるので尚更、ね。


    うっすらと目を開けると、柔らかいな朝の日差しとともに、愛おしい笑顔がそこにあった。


    あぁもう、どうして君はそんなに僕を夢中にさせるのか。
    君のその笑顔を見るだけで、理性が吹き飛んで、今すぐにでもその柔らかな腕を引き、刹那の快楽へと飛び込みたい。


    だがしかし、ここは我慢。


    「…………おはよう、羽唯」


    「おはよう緋沙人!」


    元気な挨拶と共に僕の胸元へと飛び込んでくる羽唯。
    こうやって甘えてきてくれるのは嬉しい限りなのだが、時と場所を弁えずにそういうことをするのはあまりよろしくない。


    特に、男性のお目覚めの時とかは……。


    「今日も一日頑張ろうね」


    「君の顔を見るだけで頑張れる……。そうだね、頑張ろう」


    二人で笑い合いながら、一日の始まりを告げる目覚まし時計が少し遅れて鳴り響いた。


    浜波緋沙人が水面羽唯(みなもうい)と出逢ったのは、三年ほど前。


    日本海軍独立機動部隊、通称"アウトロー"に入隊できる可能性を秘めた者たちが集められる教育学校の第一学士生になって、数ヶ月が過ぎた時だった。


    アウトロー教育学校は四年制で、卒業時に適性成績三位以上の者は"とある権利"を得られるらしい。


    実際に卒業してその真実を目の当たりにした時、緋沙人は全てに失望するのだが、それはまた別の話。


    『いいの? こんなことに時間を費やして。羽唯といられる時間は限られてるよ』


    黙れ。わかってる。


    「……羽唯、今日は、どこかに出掛けようか」


    僕が朝食時にそう切り出すと、一瞬驚いたような顔をして、飲んでいた牛乳を緋沙人に吐き出し、嬉しそうな顔をした後。


    「え、えぇぇ!? 緋沙人がデートに誘ってくれた…………っ!」


    真っ赤に染まった頬も隠すように両手を頬に添え、きゅんきゅん言いながら身悶えする。


    「…………羽唯?」

  25. 25 : : 2015/10/14(水) 14:38:47


    「…………はっ!」


    我に帰った羽唯は嬉しさや喜びを身体全体で表現し、「行こう!」と笑顔で応えてくれた。


    ──これは、俺が羽唯にしてあげることができなかったことだ。


    そう考えると、なぜだか涙が止まらなかった。


    突然泣き出した僕に、羽唯が「ど、どうしたの? 大丈夫?」と声を掛けるが、アイツの声によってそれが緋沙人の耳に届くことはなかった。


    『後悔先に立たず……か。はは、よくできた言葉だと思わないかい?』


    全く、その通りだと思う。
    今更どれだけ愛の言葉を投げかけようと、羽唯を想い涙を流そうとも、もう遅い。
    後悔とは、先に立たないものなのだから。


    『……それが君の……僕と君が愛した水面羽唯という人間だよ。そして、僕と君が切り捨てた人間さ』



    哀愁を漂わせたアイツは、大きく息を吐き出すと、再び僕の前から姿を消し、また、僕の世界が入れ替わった。





    ###




    とあるアーティストがこう言った。


    「何かを始めるのに遅いなんてことはない」と。
    確かに、彼らしい。
    いつになってもいくつになっても挑戦を続けるという意味なのだろうが────。


    じゃあ聞きたい。


    「愛する人を失ってからその人の大切さに気づき、もう一度愛したいと思うのは……、失ってから気づくのは、遅くないですか?」


    ……答えは否だ。


    よく本当に大切なものに気づくのは、それを失ってからだというが、まさにその通りだと思う。


    ─────。


    ────────。


    『これは、君の記憶の欠片。君の犯した罪さ。浜波緋沙人』


    僕の目の前で、世界が青く輝いた。
    僕の真後ろで、世界が赤く染まった。


    「…………は、ははは……はぁぁぁはははははははあははは!!」


    僕の目の前でアビスノアが蒼く輝き、僕の真後ろで羽唯が紅く散った。




  26. 26 : : 2015/10/14(水) 16:44:39


    蒼と紅の狭間に立った僕は、まるで何事もなかったかのように前へ進み、蒼の世界に足を踏み入れた。


    さながら海底遺跡とも見て取れるその空間の奥、空白の王座の上で存在を示す蒼き超兵器。
    それはこの世界を統べる絶対的正義。
    神にも等しい絶対的強さ。
    自分以外の人間全てを殺してもなお届かない、絶対的悪。


    人間が扱っていいものではない。


    だが僕は、狂ったように力を……アビスノアを求め、自分を見失った。


    「……これが」


    階段のような段差を登りきり、絶対的力に触れた。


    「………………ッッッッッ!」


    ──刹那の出来事だった。
    雷に打たれたかのような電撃が全身を迸り、やがて左目へと痺れが移動していく。
    まるでアビスノアに食い尽くされるような感覚に陥り、消えそうな自我を必死に保つ。


    ──起動因子の焼き付けが完了。これより、浜波緋沙人を寄り代とし、アビスノア起動権を全て委ねます。


    その声を皮切りに、僕の中に何かが流れ込んでくる。


    ……声、心。


    そういった類のものが突き抜けるように入り込んでくる。


    「これは俺の力だ!」
    「僕だけの力」
    「私が世界を手に入れる」
    「妾の邪魔をするか、下等な人間風情が」
    「この世界は、僕のものだ」


    どいつもこいつも己の野望ばかり。
    制御しきれない強大な力は、時に自身に牙を向ける。


    だが、僕は違う。


    これまでこの力を制御しきれなかった無能とは違う。
    アビスノアを使い、この戦争を終わらせる。


    『本当に?』


    『本当にそう思っているの?』


    『ねえ本当? 君はこの力を使って、救世主になりたいのかい?』


    『……違うだろう?』


    『君はこの世界を統べる神になりたいんじゃないのかい?』


    鼓膜を叩く、無数の声。
    まるでアビスノアの力に呑まれそうな……いや、この声は"こっち"に来いと過去の者たちが僕に囁いているんだ。


    僕は靡かない。
    愛する人さえを切り捨てて手に入れた力だ。
    正しく使わなければ、その全てが無駄になる。


    『無駄にしたんだよ。君は』


    振り向くと、アイツが笑っていた。


    『ほら、聞いてみなよ。君に切り捨てられたら人の声を』


  27. 27 : : 2015/10/14(水) 17:19:22


    「…………緋沙人」


    …………羽唯。
    やめてくれ。そんな目で僕を見ないで。


    「嘘つき。ずっと一緒だよって言ったのに」


    ごめん。


    「……緋沙人」


    もう、やめてよ。
    なんでそんな目で僕を見るの。
    僕が君を殺したからかい?


    「…………ずっと、ずっと好きだった。あなたのこと」


    …………それは、僕もだよ。


    「あなたになら、何でもしてあげたいと思った。けど────」


    その顔はまるで羽唯じゃないみたいで、羽唯の姿をした化け物かとさえ思った。


    「緋沙人は、私を捨てたよね」


    輝きを失い、褪せた目を僕に向け、内で怒りを煮えたぎらせているのがわかった。
    まるでこの空間一帯が深海に沈んでいるかのような錯覚を覚えるほど、空気が重く、押しつぶされそうだ。


    何も言い返せず、ただただ俯く僕を見た羽唯は、失意と失望を込めた声で。


    「許さない」


    壊れてしまったかのように同じ言葉を繰り返す羽唯を、僕はただ見ていることしかできなかった。


    許さない。許さない。許さない許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。


    「あなただけは許さない。緋沙人」


    背筋に悪寒が走った。
    首もとに鋭利なナイフを突きつけられてはいるような感覚。
    呼吸することさえも忘れ、漠然と羽唯を見ているだけだった。


    『……これが、僕と君が愛した水面羽唯…………。はは、笑えてくるよね。こうなることも覚悟して力を手に入れたのに、いざ実際にこうなると、あの時ああすればよかったって後悔する。人間なんてそんなものさ』


    僕は否定しなかった。
    寧ろ肯定した。


    『まあ、君はもう人間じゃないけどね。人間の姿をした兵器さ。彼女たちと同じように』


    「え…………」


    『また会おう、浜波緋沙人。悲劇を辿るもう一人の僕』


  28. 28 : : 2015/10/14(水) 20:26:30


    ###





    長い、とても長く、かけがえのないような、愛おしいような、懐かしいような、悲劇のような夢を見ていた気がするが、なぜだろう。
    全く思い出すことができない。


    左腕をおでこに乗せ、なぜか微かに熱い左目をさする。
    どうも、目覚めた時からほんのり熱いのだ。


    「…………視力が悪くなったりするのかな」


    暗いところで読書やゲームをしていないので、まあそれはないだろう。


    時計を見ると、ちょうど正午を知らせるメロディーが医務室に響き渡る。
    三十分後には昼食なので、目を覚ましておかないと。


    いつも足の骨を折った緋沙人を気遣い、食事は医務室で摂っていた四人だが、折りたたみ式の車椅子があることを今朝知ったので、迷惑を掛けないように食堂に行こうと考えた。


    「確か、今日の昼食担当はフィリオだったかな……」


    アルスに施設を案内してもらっている時、今日はフィリオが昼食担当だから期待できると言ってたのを思い出し、緋沙人も期待してしまう。
    にしても、話を聞く限り、どうやらフィリオは料理が得意らしい。
    意外な一面があるものだ。


    『……アルスには、気をつけた方がいいです』


    フィリオが口にした何かありげな言葉を思い出し、ぶんぶんと頭を振る。
    出逢って間もない彼女たちに変な先入観を持ってはいけない。


    忘れてはいけない。自分はただの漂着者。


    深く踏み込まず、踏み込ませない。
    まあ、緋沙人に対しては踏み込んだところでなにも無いのだが。


    「…………食堂、行こっか」


    こうやって一人でいると、なんだか物事を深く考えすぎて、悪い方向へと進んでいるような気がしてならない。
    もしかしたら、記憶を無くす前の自分には、いい方向へと引き戻してくれる人がいたのかもしれない。


    …………くだらない妄想だな。


    そんな思考を一蹴し、ベッドの脇にある車椅子に乗り、タイヤを手で回しながら医務室を後にした。


    彼女たちとの食事を楽しみにしている自分がいることに気づき、どこか恥ずかしくなってくると共に、なぜか違和感を感じてしまう。


    彼女たちと食事をするのに、どうして違和感を感じるのか。


    何が不安なんだ? 浜波緋沙人。
    空っぽのお前でも、彼女たちは受け入れてくれるだろ?
    何で違和感を感じてるんだよ。


    自問してみるが、返ってくる答えはいつも通り。


    わからない。



  29. 29 : : 2015/10/15(木) 14:12:11

    ###




    「何してやがるです緋沙人。怪我人は医務室のベッドで寝てやがってください」


    食堂に入って何をしようかと考える。
    すると、厨房からトントンと小気味よい包丁の音が聞こえたので、頭だけを覗かせると、ピンクのエプロン姿のフィリオが視界に入った。


    「なんです?」とこちらを見向きもせずそう言ったので、「可愛いエプロンだな」と返す。


    ようやくこちらを向いたフィリオが放った言葉がそれだ。


    「いや、いつも医務室に来てもらってるから、これからは食堂で食べようかなって思ってさ」


    しばらく緋沙人の顔をジーッと眺め、くるりと背を向ける。
    それから「ふーん」と興味なさげな反応をして、再び料理に戻る。


    それからしばらく会話がなかったので、それはつまらないと思い、声を掛けてみた。


    「昼飯はなに?」


    「野菜のサラダ。それから、カレー」


    先ほどからピリッとしたスパイスの香りはカレーから発せられたものなのか。
    それにしてもいい匂いだ。


    視線を横の鍋に移すと、パックに包まれた何かがお湯で温められていることに気づく。
    これは…………?


    緋沙人の視線に気づいたのか、フィリオがサラダを盛り付けながら言った。


    「それはレトルトカレー。アルスは辛いのが食べれねーですから。いちいち分けて作ってたら材料の無駄です」


    思い出したように「緋沙人は辛口でも食えます?」と聞いてくる。
    そんなこと覚えてないが、せっかく作ってくれたのだ。ここはもし食べれなくても「うん」と言っておこう。


    それにしても、アルスが辛いものを食べれないなんて。
    意外とお子様なんだなと微笑ましく思えてしまう。


    アルスで思い出したのだが、先日フィリオが言っていたこと。
    それが気になってしょうがないので、アルスもイルムもいないし、ちょうどいい。
    聞いてみることにした。


    「……なあ、フィリオ」


    「なんです?」


    盛り付けが完了し、色とりどりの野菜サラダを運びながらフィリオが聞いてくる。


    「……アルスのこと、ですか?」


    おおよそこちらの考えがわかっていたのか、声を潜めて、神妙な面持ちでこちらに近づいてくる。


    「……ああ。アルスに気をつけろって、どういうことだよ」


    「…………」


    フィリオは何も答えない。
    まるで、先日言ったことを後悔しているかのように見えた。


    「……緋沙人が本当の私たちを起動する時が来たら、話してやるです」


    「は? 本当の君たち? 起動? 何の話だよ」


    「……アビスノア……いや、なんでもねーです」


    よくわからないが、今緋沙人に伝えるべきではないんだと思ったのだろう。
    ならば、無理に言及する必要はないだろう。
    いずれ話してくれるのであれば。


  30. 30 : : 2015/10/15(木) 21:19:28


    「つまみ食いとはいただけないね、緋沙人お兄さん」


    すでにテーブルの前で椅子に着いたイルムが、野菜サラダのトマトを指先でつまみ、口の中で咀嚼しながら緋沙人を指差す。


    現在進行中でつまみ食いをしてる君だけには言われたくないと思い、つまみ食いを否定する。


    イルムはゴクリとトマトを呑み込むと、一つだけじゃ物足りなかったのか、再び皿に手を伸ばす。


    しかし、パシンという爽快な音が響き、イルムの手がテーブルにたたき落とされる。


    「つまみ食いは許さねーです」


    「…………ごめん」


    少し切れ気味のフィリオに怖じ気づいたのか、申し訳なさそうに手を引っ込めるイルム。
    その手は真っ赤に染まっていて、かなり強烈な一撃だったのだろうと想像できた。


    ふと横を見ると、わなわなと震えるアルスの姿があった。
    視線はカレーに向いており、緋沙人たちのカレーと自分のカレーを交互に見比べている。


    「これ、レトルトカレーじゃない! しかも、"超甘口"だしっ」


    クワッと口を開き、テーブルを両手でドンと叩きながら、恥ずかしさと怒りを込めたような目でフィリオを睨む。


    「……だってアルスは辛口が食えねーじゃねーですか。いちいち分けて作ってたら材料の無駄です」


    「うっ…………だからって、超甘口にしなくても中辛くらいあったじゃない!」


    「その中辛を食べて一時間くらい呂律が回らなかったくせに」


    「うっ…………」


    「唇パンパンに腫れて『かあいのやあー!(辛いのやだー!)』って叫んでたじゃないか」


    「うっ…………」


    「とにかく、アルスに辛口は十年はえーです」


    「うっ…………何よ何よ! 子供扱いばっかりして! もう知らない! うわーん!」


    黒歴史を引っ張り出されて精神に損傷大、耐えきれずに部屋の隅でめそめそと泣き出してしまった。


    「……どうするんだよ、あれ」


    極力アルスに聞こえない大きさの声で正面に座る二人に聞いてみるが、同時に返ってきた答えが「お腹空いてるからほっとけばちゃんと食べる」だ。


    子供かあいつは。


    食事を始めて数分、二人の言った通り、アルスは袖で涙を拭き、椅子に戻ってきた。
    そして凄い勢いで超甘口レトルトカレーを平らげ、野菜サラダを掻き込む。
    コップにあった水を一気に飲み干すと、ぷはっと可愛らしい声を上げ。


    「ごちそうさま!」と言って、皆が食べ終わるのをジッと待っていた。
  31. 31 : : 2015/10/17(土) 21:42:28


    ###




    昼食を終え、アルスが浜辺に出るというので、車椅子を押してもらい一緒について行くことにした。
    というのも、いつもアルスが行っている漂着物の物色のお手伝いをするだけだが。


    「今朝回るのを忘れてたから。付き合ってくれてありがとう」


    「いや、一度外に出てみたいって思ってたんだ。車椅子を押してくれるのはアルスだから、結局手間を掛けさせてしまってるんだけどな」


    「気にしないでいいわ。正直、漂着物の物色は人がいてくれた方がいいから……」


    この車椅子は便利なもので、進みにくい砂浜もしっかりと進んでくれる。
    アルスの力が強いのかもしれないが、かなりスムーズに進んでいる気がする。


    しばらく歩いてみるが、漂着物は見つからない。


    「やっぱり流れてくるものって少ないのか?」


    「うーん……何日か連続で流れてくることもあれば、数ヶ月に一回の時もあったわ。もともとここは補給基地だったから、備蓄された食料は大量にあるし、そこまで困ってはいないわ」


    ものが流れてくるということは、近海で戦闘が行われている証拠だろう。


    ふとアルスの顔を見ると、幽霊でも見たかのような青ざめた表情をしていたので、何事かと視線を辿る。
    ……特に変わった様子はない……いや、岩場だ。
    岩場に何かある!


    「あれは……」


    緋沙人が呟くのと、アルスが駆け出すのはほぼ同時だった。


    岩場に打ち上げられたコンテナのようなもの。
    それから、横で倒れている上半身しかない人間の死体…………死体。


    出血が酷く、辺りに紅い華が可憐に、残酷に咲いていた。


    意外にも緋沙人は、この光景を目の当たりにしても冷静さを欠いていなかった。
    むしろ、落ち着いているとも言える。


    タイヤを回してアルスの後を追う。


    ようやく追いつき、間近で先ほどまで生きていたと思われるものを見る。


    「…………」


    言葉が出なかった。
    アルスは合掌して立ち上がると、コンテナの中に入っていく。


    緋沙人は自分に続く漂着者を見て、自分もこうなっていたかもしれないと身震いする。
    本当に運が良かったのだと。


    「…………うん?」


    死体の男性の胸元にあった輝くなにか。
    それが気になって手を伸ばして取ってみる。
    どうやらそれは、重要な書類を海水……水から保護するためのファイルだった。
    その中には、《重要機密》と記された書類が。


    どうしても気になって、ファイルから書類を取り出し、その重要機密を眺めて……戦慄した。


    「……なんだよ、これ」


    《アビスノア兵士による日本本土上陸制圧作戦》


    作戦立案はアメリカだが、なぜ日本語で記されているのか。なぜ日本人の死体が持っていたのか。


    考えられるのは、スパイ……。


    アビスノア兵士というワードも気になる。
    いったい、外の世界では何が起ころうとしているのか。


    この離島にいたら、時間に置いてけぼりにされているようにしか思えない。
    何も知らず、何もできず。


    そうやって終わっていくかもしれない。
    そんなの御免だ。


    このとき、緋沙人の中で生まれた感情が、後に、彼女たちの運命を分岐させる。










    #1「運命の漂着者」終





  32. 32 : : 2015/10/17(土) 21:50:03


    あとがき



    とにかく疲れました。スッゴく疲れました。
    ひとまず第一話はこれにて終了です。
    次回からは大きく物語が動きます。
    離島の外へ────。


    次回 #2「離島の外へ」(仮題)


    意見感想をいただけたら嬉しいです。

    次回もよろしくどうぞ。

  33. 33 : : 2015/10/19(月) 23:40:06
    いや、もう、言うことなしですね。
    どうしてどうして、こうも素晴らしいアイディアが浮かんでくるんでしょうか。羨ましい限りです。

    お疲れ様でした!
  34. 34 : : 2015/10/20(火) 21:28:01
    >>33
    そう言っていただき、嬉しい限りです。
    次回もパジャールスタ!
  35. 35 : : 2015/10/21(水) 00:51:06
    読んでいてとっても奇妙な感覚に襲われます。もちろんいい意味です。
    次回にも期待です。
  36. 36 : : 2015/10/21(水) 20:13:39
    このあとどうなんだろ····
    すごく面白いです、次回も期待です
  37. 37 : : 2015/10/21(水) 20:31:58
    >>36
    ありがとうございます!
    次回からは敵との遭遇を予定してます。
    第2話を投稿したので、よろしくどうぞ!
  38. 38 : : 2015/10/21(水) 20:32:47
    http://www.ssnote.net/archives/40390《離島の超兵器少女#2『海穿つ離島の蒼眼』》

    コツコツ書いていきます。
  39. 39 : : 2015/10/24(土) 19:51:00
    面白かったです。二話も速攻見ます!クワッ
  40. 40 : : 2015/10/24(土) 20:14:18
    >>39
    ありがとうございます!
    更新速度は遅めですが、最後まで付き合っていただけると幸いです!

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enjyujyudan

緋色

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