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図書室では、お静かに。

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  1. 1 : : 2015/08/17(月) 01:04:10
    注意


    ・とてもお粗末な出来です。

    ・甲子園を見ながら書いていました。多分それが大きな理由です。

    ・花巻東負けてしまったの、とても悲しい。

    ・守備はめっちゃ良かったよね。

    ・話が逸れました。所々クドイところもありますが、それでも構わんよという方はそのままお読み下さい。
  2. 2 : : 2015/08/17(月) 01:05:52



    「ほら、男子マジメに書くー」


    まだ俺はその頃、小さかったから墨汁でさえ愉快な遊び道具に見えた。

    撒き散らしたり、かけあったり、目に入ったらヤバイとは知っていたけどそんな事を一々気にするようなタイプではなかった。


    伏見(ふしみ)ー、墨汁で遊ばない!」


    「うぇー、なんでおれだけー」


    「アンタが一番騒いでるからよ!もう5年生なんだからしっかり書きなさい!」


    あははと周りの男子が笑った。

    俺からすれば全くもって不服である。いやまあ確かに一番騒いでる自覚はあったけど。


    「じゃあ今日はお手本の3つめを見ながら書きましょうね。前の時より画数が多いですがー……」


    そう言った事をつらつらと話す先生を見ながら、よくこんなつまらない事を教えれるなあと嫌味混じりに感心していた事を覚えている。


    「伏見くん」


    ふと、隣から声をかけられた。

    落ち着いた、まるで大人みたいな声だった。


    「半紙、くれない?1枚だけ……」


    「いーよー」


    「ほらそこ喋らない!伏見!」


    「だからなんでおれだけ!」


    これが彼女との初めての会話だったかと言うとはっきりとは頷けないが、これ以降の記憶は無いからこれが初めての会話という事にしよう。

    その初めての会話が、彼女と……音無 紅葉(おとなし もみじ)と俺の、静かな物語の幕開けだった。
  3. 3 : : 2015/08/17(月) 01:06:35

















    図書室では、お静かに。

















  4. 4 : : 2015/08/17(月) 01:07:00


    「ほら、続きいきますよー」


    その時の俺はまさに不満ありありと言った表情だっただろう。

    別に音無も一緒に怒られて欲しいという訳ではないが、俺だけ怒られるのは納得いかない。

    むすっとしていると、音無が半紙をすすっとこちらに寄せてきた。


    『顔にスミついてる』


    「うそ!」


    思わず大声を出してガタンと立ち上がる。

    いやこれは流石に俺が悪いなと思ったよ。


    「伏見っ!いい加減にしなさい!」


    5年生でクラス替えがあって、音無紅葉と同じクラスになった。

    それまでは多分お互いにお互いの事を知らなかっただろう。少なくとも俺はそうだった。

    彼女は物静かで声も小さくてよく1人でいる子だった。

    でも暗いなとか話しづらいなとか、そういうのを感じたことは1度たりとも無かった。

  5. 5 : : 2015/08/17(月) 01:07:52


    「音無さんは字が上手ねー」


    彼女が先生にそんな風に言われていたのを何度も聞いていたから、それについてはよく覚えている。

    俺自身も彼女の字を見て、上手いなあと思ったものだ。

    まるで大人みたいな字を書いていたから。


    「音無ってさあ、習字とか習ってんの?」


    「え?なんで?行ってないよ」


    それを聞いた時はなかなかの衝撃を受けた。

    まだガキだった俺は字が上手い人は大抵習字とか習っているという変な固定観念を持っていたから。


    「えっ、行ってないのにそんなに上手いの!?」


    「別に上手くないよ……」


    彼女はそう否定するが俺からしたら音無の字が上手くなかったら誰の字が上手いんだという話である。

    でも、そうやって謙遜する彼女を少しかっこいいなとも思うこともよくあった。


    「わあ、音無と伏見また一緒に帰ってるー」


    「うわー、ほんとだ!」


    5年生の頃はまだ一緒に帰るだけで周りが騒いだ。


    「ばっ、別にそんなんじゃねえよ!」


    そんな風に慌てて否定するのは、いつも俺だけだった。

    音無はまったく表情を変えずに何も言わなかった。

    でも俺はバカだから。

    その日から少し音無を避けるようになってしまった。
  6. 6 : : 2015/08/17(月) 01:09:27


    と、言っても結局俺達2人は席が隣同士な訳で。

    落ち着きのなかった自分と目の悪かった音無はいつも前の席に座らせられた。

    多分5年生の冬頃から彼女とよく話すようになった。


    『伏見くん、赤ペン貸して』


    音の無い、会話を。

    彼女の()はいつも真っ直ぐで聞き取りやすかった(読みやすかった)

    授業中は彼女とお喋りをするのがとても楽しかった。

    話す内容は意外とくだらないもので、今日の給食は何だろう、とか昨日は何のテレビ見た、とか。

    休み時間はお互いバラバラに過ごしていた。

    俺は友達とバカをやったり、騒いでいたりしていたけれど彼女は席に座って、本を読んでいた。

    彼女は多分読書が好きだったのだろう。

    いつも図書館の本を借りては、それを読んでいた。

    俺はバカだから、彼女が何の本を読んでいるかを聞いてもイマイチそれが何なのかがわからなかったけど。


    『今日は何よんでんの?』


    『星の王子さまっていう本。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリっていう人が書いたの』


    『ふーん、おもしろい?』


    『面白いよ。伏見くんも読む?』


    『俺は本よむの苦手だからなー』


    『読むくらい漢字で書きなよ』


    なんて、こんな感じに。
  7. 7 : : 2015/08/17(月) 01:09:52


    彼女が俺の身長を超えたあたりから、彼女と並ぶことに抵抗を感じた。

    もっとも、彼女は何も感じてはいないようだったけれども。


    『伏見くん、少し身長伸びた?』


    『のびてません』


    『伸びたよ、分かるもん』


    『でもおとなしの方が高いからなー』


    時間が経てばいくらバカな俺だって進級する。

    6年生になった頃だった。

    俺は騒がしい男子のグループに、音無は大人しい女子のグループに分かれるようになった。

    その頃になると流石の俺も前ほど落ち着きが無い訳ではなくなったので、後ろの席にも座るようになっていた。

    でも彼女の目は悪いまま、彼女だけは前の席に座っている。

    俺はそれがなんでだか面白くなかった。

    多分、彼女との接点が無くなるのが面白くなかったんだと思う。

    彼女は、そんな風に思ってなかったかもしれないけれど。

  8. 8 : : 2015/08/17(月) 01:10:26


    「伏見」


    珍しく音無が休みだったある日、俺は帰り際に先生に声をかけられた。


    「お前、音無の家分かるだろ?ほら音無、今日風邪で休みだからさ。プリント届けてきてくれ、仲いいだろ?」


    「えっ!?」


    「ははは、確かに音無と仲いいもんな。じゃー俺は先に帰るからな!」


    「あっ、ちょっ!」


    全くもって薄情な奴である。まああいつが帰らなくても多分断ってはいなかったけれど。

    音無の家は何度か前を通った事があったが、入った事は一度もなかった。

    マンションに住んでいるってだけで何故か入りにくかったのもあるけれど、俺達はそんな風に遊んだりするような関係では無かったから。


    (自動ドアだ……)


    彼女と一緒に帰る時に何度か通ったマンションだが、ここまで来たのは初めてだ。

    何故か緊張してしまう。

    この間、送られてきた年賀状に書いてあった号室を思い出しながら彼女の家を探す。


    (あっ…)


    その時、ふと思いついた。

    俺達は誰にも邪魔をされずに話す方法を知っていた事に。

    俺はその日買ったノートをプリントと一緒に封筒に入れた。

    年賀状にあった号室の前まで来て、インターホンを押す。

    彼女は寝ていたようで、彼女の母親が玄関に出てきた。

    彼女に似て、大人しそうな人だったのを覚えている。
  9. 9 : : 2015/08/17(月) 01:11:46


    次の日、熱の下がった彼女が学校へ来た。

    彼女は教室に入って、あたりを見回した後、俺を見つけたのか俺の方へやってきた。


    「おはよ……」


    そう言って彼女は俺の机に昨日のノートを置いていった。

    俺はそれをまじまじと見つめていた。

    彼女が席へ着いたあたりでチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。


    「はい席ついてー。お、音無はもう大丈夫なのか?」


    「はい」


    「そうか。じゃあ出席を取るぞー」


    その会話を聞き流しながら、俺はノートを開く。


    『マンションに入ったのってはじめて』


    『高いところ、怖いの?』


    久しぶりに彼女の()聞いた(読 ん だ)気がした。


    『べつに。音無は?』


    『ちょっと苦手』


    『そっか。じゃあ帰んのつらいね』


    そんな風に。俺達はまた2人だけの会話を再開した。

    休み時間の度にノートを渡した。

    ロッカーに、机の中に、カバンの中に、下駄箱の中に入れた時は流石に怒られてしまったけど。

    やっぱり俺は彼女とする他愛もない話が好きなんだって改めて気づいた。
  10. 10 : : 2015/08/17(月) 01:12:09

    そしてそれに気づいた頃には、小学校の卒業式が近づいてきていた。

    その頃にはもうノートが6冊になっていた。

    俺がようやく彼女の身長を2cm程越したくらいのところだっただろうか。

    そうして俺達は小学校を卒業して、2人一緒の中学校に進学する事になった。


    「あっ」


    が、そこで問題が発生する。

    中学校は1年生が1組から6組までがあり、俺は1組、音無は6組になってしまったのだ。

    別にどちらかが「やろう」と言ってやり始めたものじゃない。

    自然にやらなくなってしまうものかも知れないものだったし。

    こんなにクラスが離れてしまっていては、今までのようにノートを渡すことも難しくなるだろう。

    彼女にも新しい友達が出来るだろうし、俺にも……。

    もし彼女が委員会や部活を始めれば、それこそ俺に構っている時間もなくなるだろう。

    クラスの中ではケータイを持っている奴もいたが、俺も彼女もそんな物は持っていなかったし。

    ただ、それでも。

    彼女の声が聞こえない、音の無い世界は。

    時間の流れもとても遅いんだなって感じていた。
  11. 11 : : 2015/08/17(月) 01:13:02

    「伏見くん、委員会やんないの?」


    中学校に入って何週間か過ぎた頃にそんな話を持ちかけられた。

    声の主は確か木場(きば)……さん?と言う人だった。

    何となく俺は人の名前を覚えるのが苦手だったので曖昧にしか覚えていなかった。

    この木場さん、友達がよく可愛い可愛いと言っている、いわゆる人気の高い女子だった。

    なんでそんな人に俺が話しかけられたのかは分からないが、別に特別気にすることでもないだろう。


    「えっ、うーん別に……」


    「何かやっといた方がいいらしいよ。色んなことに有利らしいし」


    「ふーん」


    「でさ、もし……良かったら私と……」


    「おーい、伏見!次、移動だぞー急げー!」


    「あっ、そうだった。木場さんもほら。行かないと」


    「えっ、あっ、そ、そうだね…」


    心なしか彼女ががっくりしていた様だが理由はよく分からない。

    俺のせいであれば謝ろうと思うけど……多分そうじゃないだろ。

    バタバタと廊下に出ると、久しぶりに音無の姿を見た。

  12. 12 : : 2015/08/17(月) 01:13:47

    「あっ」


    思わずそう小声で言ってしまった。

    多分、聞こえてはないはずだけど。

    彼女も俺に気づいたようで顔を上げた。

    でも彼女は何も言わない。

    俺も最初の一言以外は何も話さない。



    いつも、どちらかが話すわけじゃない。



    彼女が立ち止まる俺の横を通り過ぎていく。

    通り過ぎて、その僅かな間に俺の指に何かが当たる。



    なにか、話すわけじゃない。



    それは7冊目のノート。

    まだ、新しいほとんど使われてないノート。

    彼女はそれを通り過ぎる最中に俺に手渡して、何も言わず去っていく。



    なにも、話さないけど。



    「伏見、行くぞー」


    「あっ、待てよ!」



    彼女の()は。



    『図書委員押し付けられちゃった。伏見くんは何か委員会するの?』



    いつも、俺だけに語りかけてくれた。



    『俺も図書委員。誰もやらないって言うから』


  13. 13 : : 2015/08/17(月) 01:14:11
    「え?伏見くん、図書委員やるの?」




    その日の昼休みに俺は早速先生のもとを訪ねた。

    理由は言わずもがなである。


    「えっ、もう駄目ですか?」


    まさかこれで図書委員になれなければ俺はただの嘘つきになってしまう。

    それだけはなんとしても避けなければ……。


    「いや、まだ大丈夫だけど。放課後とか結構残らないとダメだよ?」


    何だそんな事か。

    それならむしろ好都合っていうか嬉しいっていうか。


    「本、好きなんで」


    でもまあ一応、それっぽい理由でも付けておこう。

    本はそこまで好きじゃないけど、彼女の話のお陰で昔ほどの苦手意識は無くなった。

    だから大丈夫。嘘はついてない。……多分。


    「そう?じゃあ伏見くんは図書委員っと……じゃ、よろしくね」


    「えっと、図書委員の仕事っていつからあるんですか?」


    「ん?ああ、多分今日が1年生の当番だった気が……良かったね。相手の子、6組なんだけれど可愛らしい子だったわよ」


    可愛らしい……って。

    それは……そうだけど……でもそんな風に意識はした事は無いし。


    「そう、ですか。分かりました、ありがとうございます」


    俯き気味に俺はそう言って、そそくさと職員室から出ていった。

    ちょっと顔が熱くなっているのは多分、今日の気温がいつもより高いからだろう。

    きっと、そうだ。
  14. 14 : : 2015/08/17(月) 01:14:32




    私語禁止と書かれたポスターが点々と貼られている。

    早速俺達はその日の放課後から図書委員として、図書室の受付に座ることになった。

    が、しかしまあ人の来ない事である。

    中学生ともなるとあまり図書室とかには来ないものなのだろうか……。

    まあ俺も図書委員でなければ近寄ることもなかっただろうけど。


    『あんまり人こないね。むしあついし』


    『暑いかなぁ……』


    『しんろそーだん室、クーラーついてるんだって。みんなそっちの方に行くのかもね』


    『進路相談室って書くんだよ』


    『ばかにしないでください』


    と、くだらないやり取りをしていたら、図書室のドアが開く音がした。


    「あっ、ほら、いたよ!さっさと言ってきなよ!」


    「えーっ、やだぁ」


    「いいからいいから。ほら!」


    誰かと思えば……いや1人は知らないけど嫌だと言っている彼女は木場さんであった。

    図書室に人が来るのは珍しいが、どうも彼女らは本を目当てにしているように見えない。

    音無は相変わらず無口だったが、目線だけはそちらを向いていた。
  15. 15 : : 2015/08/17(月) 01:15:00

    「あっ、あのさーっ、伏見くん。今いいかな?美沙が言いたいことあるって」


    「ちょっ、待ってよぅ」


    木場さんの名前って美沙なんだ。

    確かにいつか聞いたような聞いたことないような。

    でもってその木場さんが俺に話?


    「えぇ……何?」


    「いやここだとアレだからさ……伏見くん、委員会何時まで?もう下校時間だし、終わるでしょ?」


    あれ、もうそんな時間なのか。

    時計を見てみるともう既に6時を過ぎていた。


    「や、まあ、終わる……けど………」


    「やっぱり!じゃあさ後で美沙が─────────」





    「静かにしてください」





  16. 16 : : 2015/08/17(月) 01:15:20

    彼女が俺をどう思っているのか。

    俺が彼女をどう思っているのか。

    そんなことは欠片も知らないけれど。


    「図書館なんで、静かに…してください」


    その時の彼女は明らかに不機嫌だったんだ。


    彼女の急な介入に俺はもちろん、騒いでいた2人もピタリと動きを止めてしまった。

    そうしてしばらくして、ようやくさっきまで俺と話していた女子が口を開く。


    「………今、伏見くんと話してんだけど」


    少し、というか凄く低い声だった。恐らく威圧の意味も込めてだろう。

    俺はとてもじゃないが気が気でなかった。

    内心ドキドキしっぱなしである。

    だって音無がこんな風に自分の意思をはっきりと示す事なんてほとんど無かった。

    そんな彼女が急にこんなことをすれば驚くのも無理はないだろう。

    きっと彼女だって今、凄くドキドキしてるはずだ。

    逃げ出したいとまで思っているかも知れない。


    「……静かにしてください」


    でも、それでも、彼女は自分の意思を貫き通す。

    不謹慎かも知れないが意外と頑固なところがあるんだと知った。
  17. 17 : : 2015/08/17(月) 01:15:46

    「はぁっ!?キモッ!美沙、もう行こうっ!」


    そう吐き捨てて彼女は、木場さんの手を掴んで図書室のドアに向かっていった。


    「えっ!?あっ、えっと、伏見くん、また今度……」


    「あっ、えっと、あ、うん……」


    木場さんも慌てふためきながらもう1人の女子の後を付いて行った。

    思わず俺も返事を返してしまったが、聞こえたか聞こえてないかは怪しいラインである。

    そして、当の音無はというと。


    「ご、ごめん………っ」


    「えっ!?」


    それこそ彼女の名前の通り、紅葉の様に顔を赤くしながら俺に謝ってきた。

    もう真っ赤である。耳の先まで真っ赤っかである。


    「な、なんで謝んのさ……」


    とりあえず何か言わないと彼女が茹で上がりそうなので適当に質問してみる。


    「わ、私…うまく話せないから、なんか凄くカンジ悪くなっちゃった……」


    「い、いーよ。実際うるさかったしさ」


    彼女に助けられたのも事実である。

    俺だって異性と話すのはそんなに得意じゃないからあんな風に押され気味に話されるとあたふたしてしまう。

  18. 18 : : 2015/08/17(月) 01:16:06

    「でも……伏見くんに会いに来たのに、ごめん……」


    そうやって顔を赤くしながら謝る彼女が俯きながらそう言うものだから俺もなんと言えばいいか分からなくなってしまう。

    何を言っても謝られそうだし……。

    と、そんな風に逡巡していると彼女がパッと顔を上げて、俺の方を向いた。

    先程よりは赤みは引いたものの、まだ頬のあたりが少し赤い。

    それも相まってか、いつも大人びていた音無の姿が少しだけ子供っぽく見えたっていうか、等身大に感じたっていうか。

    その、平たく言えば凄く可愛く見えた。


    「なんかっ……怒っちゃった。ごめんね」


    「や、別に……」


    そしてお互いに明後日の方に顔を背ける。

    俺は彼女を見ていると凄くドキドキして、俺まで顔が赤くなってしまうから。

    彼女がなんで顔を背けたかは分からないけど。

    そう、彼女が俺をどう思ってるかは知らないけど。

    でも、もしかしたら俺が彼女に向けている気持ちを……彼女も俺に向けていたのなら。


    いいなって、思ったんだ。


  19. 19 : : 2015/08/17(月) 01:17:06


    あれから数日。


    「で、ここで主人公が言ったセリフが──────」


    授業に使うノートやら教科書やらを出してはいるものの、俺が見ているのは案の定、もう半分は使い切った6冊目のノートである。


    『先月から駅前の塾に通い始めたの。伏見くんも来ればいいのに……』

    『多分同じクラスだと思うけど、宇城くんも一緒だよ』


    「────であり、ここから読み取れる心情は─────」


    (宇城かぁ……)


    彼女との会話の中で、他の人の名前が出てくるのは結構珍しいことである。

    宇城というのは同じクラスにいるバスケ部の奴である。

    背が高くて、運動が出来る。

    ついでに顔も良くて、男女関係なしに人気者だ。


    (伏見、伏見ー)


    (……音無、宇城と仲いいのかなぁ………)


    ぼーっとそんな事を考えていた。


    「おい、伏見!聞いてんのか!」


    「えっ!?あっ、えっと、すみせん!聞いてっませんっ、でした……!」


    ぼーっとしていたツケが一瞬で回ってきた。ちくしょう。

    周りから笑い声が漏れる。クスクスと笑ってる声が聞こえる度に恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。


    (はぁ………)


    と、そこで目に入ったのは宇城がこちらを見てクスクス笑っている姿。

    ぐしゃっと手にあったプリントを握りしめる。


    (お前のせいだよっ!)



    『宇城かー、仲いいの?』


    『ううん、そういう訳じゃないけど……同じ学校の人が、宇城くんだけだから』
  20. 20 : : 2015/08/17(月) 01:17:36



    体育祭などが終わり、ようやく落ち着いてきた頃にはもう冬休みが近づいていた。

    依然として音無との会話は続いてはいる。

    いるのだが、近頃嫌な場面に出くわすことが増えてきた。

    嫌な場面と言うのは、音無と宇城が廊下で話している姿である。

    宇城の事はあまり気にしないようにはしていたが、あんな風に音無と話されると気にするなという方が難しい。

    それは今日も同じで、またもその場面に出くわしてしまった。


    (うわっ、また話してるよー……通りたくねー)


    いつもならここでUターンして、別の道を遠回りしていくのだけれど、生憎にも今日はそうもいかない。


    (でも、今日は図書当番だから行かないとなー……宇城どっか行けよー)


    そんな風に俺が宇城に対して『スーパーどっか行けオーラ』を発していると、ふと話している音無に目がついた。


    (………ん?)


    俺は読唇術なんて一切、嗜んでいないが何故だか彼女がなんと言ったかは分かった。

    ただ、それよりも。


    (あ……)


    それよりも、彼女の眩しい笑顔が俺の目に灼きついた。

    まさか、こんな形で初めて彼女の笑顔を見ることになってしまうとは。
  21. 21 : : 2015/08/17(月) 01:18:00

    そしてこの笑顔を見たらさっきの彼女のセリフがどういう意味なのかも分かってしまった。


    『本当?』


    『私で大丈夫?』


    『ありがとう』


    『よろしくね』


    (ああ……宇城と音無ってそういう……そういうのか)


    (あ……俺ってもしかしてアホみたいなんじゃ……てか、アホだろ)


    まるで俺が彼女の特別な存在になっていた気がしたんだ。

    それは馬鹿馬鹿しい勘違いだったんだと気付かされた。

    はっきりと自分の気持ちも正直に言ったことが無いくせに。

    でもまあ、宇城なら仕方ないかな。


    (だって、宇城はかっこいいし)


    いやそれは違うな。


    (……宇城がかっこいいんじゃなくて、俺がかっこ悪いのか)


    そして多分この頃だったか。


    音に出来ない、感情を知ったのは。




  22. 22 : : 2015/08/17(月) 01:19:53





    いやいや本当に宇城はかっこいいんだよ。

    そう本当に。だから別にこれは仕方ない事なんだよ。


    と、言う事を昨晩から頭の中で100回以上リピートしたところで。

    彼女があの夏の日、図書室で怒ったのは本当に女子がうるさかったからだったのかなとかそんなしょうもない事まで、ひとしきり考えたところで。

    この数日、彼女にノートを渡していないという事に気づいたのだった。


    (まあでも……何も言ってこないって事は、宇城とか塾でそれどころではないという事じゃないだろうか)


    (いや、あれこれ詮索するのは音無に悪いな)


    (いいじゃないか、彼女が楽しそうならそれで)


    それで、いいじゃないか。

  23. 23 : : 2015/08/17(月) 01:20:28


    時間は流れて、いつもの図書室。

    あの夏の日以降、特別騒ぎ立てるような生徒も来る事はなく、静かで落ち着く場所だ。

    と言っても今の俺からすれば彼女の隣という場所ほど落ち着かない場所はないのだけれど。

    今日はいつもより会話が少ない。というか、していない。

    あのノートを渡していないんだからそれは当然なのだけれど……だからと言って何も書いていないノートを渡すわけにもいかない。

    なんて悶々と考えていると、彼女が小さなメモ帳にさらさらと何かを書いていた。


    『なんか怒ってる』


    と、彼女から声をかけてくれたにも関わらずに俺は不覚にも。


    「……べっ、別に怒ってないよ」


    俺は不覚にも、何時ものように返事を返すことが出来なかった。

    多分、あれこれと余計な事を考えていたせいだろう。

    俺は最低な事に自ら書くことを拒絶してしまったのだ。

    そんなつもりは微塵もなかったのに。自分から、思わず、やってしまった。


    (やっちまった……)


    「………そう、ごめんね」


    音無の静かな声が俺の心に刺さる。
  24. 24 : : 2015/08/17(月) 01:21:15


    「私、明日塾なんだ。だから悪いんだけど伏見くん、ここ1人でお願いできるかな」


    彼女の声はとても小さくて。


    「あっ………うん、分かった」


    俺の声はかっこ悪く震えていた。

    お互い、顔を合わせずに会話……俺達に限ってはこれを会話と表現すべきか怪しいところだが、声を交わしあった。

    そして再び、沈黙。

    図書室にいるのがこんなに辛いのは初めてで、どうしようもなく彼女と関わるのが嫌で、今すぐにでも帰りたかった。


    「伏見くん、私、あの……」


    「あっ、もう下校時間だから鍵、閉めないと」


    わざとらしくその場から逃げるようにそう言って席を立つ。


    でも下駄箱の位置は変わらないので、俺達は2人並んでそこまで行かなければならない。

    今日、俺はいつもより早足で彼女は後ろをついてきていた。


    彼女の顔を見ることが出来ない。

    彼女の声を聞くことが出来ない。

    彼女の情報を自分の中に入れたくない。

    とても、怖いんだ。

    宇城と付き合ってるのか知りたかった。

    でも。

    後ろを振り返る勇気すら。

    今は。


    「……………ノート」


    後ろを振り返らずにそう言った。


    「あ、ノート………明日、持ってくるから……」


    「……!うん……!待ってる」


    背後から聞こえた、彼女の明るい声が後ろめたかった。

  25. 25 : : 2015/08/17(月) 01:22:21


    ノートを続けてはいけないと思った。

    なんだか急に、自分が彼女の時間を奪ってしまっているような気がして凄く不安になった。

    俺が、彼女の時間を……ひいては宇城と彼女の時間を奪ってしまっている。

    そんな事をしていい筈が無い。

    彼女が宇城に向けた笑顔は自分と彼女の間には生まれることは無かった。

    そう思うと、手は動かなかった。

    何も話せない。()出せない(書けない)

    何も、何も、何も、書けなかった。

    いくら頭を捻っても、どれだけ手を動かそうとしても、俺はノートの白紙を、埋めることは出来なかった。

    息が詰まりそうだ。

    とても静かで、音が聞こえない。

    賑やかだった彼女との世界がまるで別世界かのように無音だった。

    凍りついてしまったのだろうか。

    ……いや、違うな。

    俺が、凍りつかせてしまったんだよな。

    先に、喋らなくなったのは俺の方だもんな。

    ただ音に出来ない感情が胸のうちに渦巻いて、大きくなって、消えようとはしなかった。

    声にも出せない。手も動かない。

    どうやって表現すれば良いのか。

    どうやって表現すれば良かったのか。

    もう何も、分からなくなっていた。

  26. 26 : : 2015/08/17(月) 01:23:12


    その夜、ろくに眠れなずに俺はひどい顔のままで学校に向かった。


    「伏見」


    そんなろくに眠っていないでボーッとしている俺に声をかけてきたのは何を隠そう宇城本人だった。


    「おはよう宇城くん。今日もかっこいいね」


    「なんだそれ。伏見は面白いなー」


    嫌味に気づいているのかいないのか、宇城は笑いながらそう言った。


    「あのさ、音無と仲いいでしょ?俺、今日塾遅れるって言っといてくれないかな。ほら、音無、携帯持ってないみたいだし」


    ……こいつ。

    何かの嫌がらせか何かだろうか。


    「なんで……自分で言えばいーじゃん……」


    心底嫌そうに言ってみる。

    が、宇城はそんな事に一切気づいてないのか何なのか、ダメ?と聞いてきた。


    「……いや、別に。……ダメじゃないけど」


    (どうせ、ノート渡さないといけないし……)






    彼女は放課後はもう早く帰るだろうから昼休みに彼女の元を訪ねに行った。


    「あ、音無……その」


    「伏見くん、図書室いかない……」


    彼女は俯き気味にそう言った。声も小さい。


    「え、でも、これ渡しに来ただけだし……」


    「どうせ今日当番だし……昼休みあんまり人来ないけど」


    彼女はそこで一拍置いて、顔を上げて言った。


    「話したいこと、あるから」


    (…………きた)

  27. 27 : : 2015/08/17(月) 01:24:51


    案の定、図書室はがらんとしていて俺達2人以外には誰もいなかった。


    「あ、あのさ、宇城が今日塾遅れるって……い、いや、自分で言えばっつったんだけどさ」


    彼女はそれを聞くと、ビクッとしたように俺の方を向いて、慌てて聞いてきた。


    「うっ、宇城くんから何か聞いたの……?」


    こんな慌てた表情をした彼女を見るのも珍しい。

    なんでそんなに慌てているのかは分からないけど、まあ2人だけの秘密とかがあるのだろう。


    「いや……?別に、それだけだけど」


    「そっか………あ、ノート……」


    来た。ここしか、タイミングは無い。


    「あっ!いやっ、あのさー俺……あのー……俺も音無にちょっと言いたいことあって」


    「……………」


    彼女の端正な顔が不安そうに歪む。

    そんな彼女を見ているのは辛くて、前を向きながら俺は続けた。


    「なんていうか……今までみたいに、その、つ、続けられないんじゃないかと思って……これ……ほら、音無も俺も勉強とか忙しくなると思うし……」


    ……彼女の顔が見れない。今どんな気持ちで聞いているんだろう。

    でも、言わないと。


    「そ、その、さ。……宇城にも悪いし( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)……」


    「……宇城くん?なんで……宇城くん?」


    彼女は本当に不思議そうにそう聞いてきた。

    そんな事を俺に聞かれても本人が一番分かっているんじゃないのか……?


    「いや、だって、音無は宇城と付き合っているのかなって……」


    がたっと彼女が席を立つ。

    今にも泣きそうな顔で、俺を見つめる。


    「………なんで、そんなこと言うの………」


    「………!」


    なんでそんな顔をするんだよ。なんなんだよ。

    俺はその場から逃げたくて、その口実にノートを出した。


    「とっ、とにかくこれ……もう昼休み終わっちゃうから」


    そして小声で続ける。


    「……ごめん、何も書けなかったんだ」


    君に伝えたいことが何もなくなってしまったようで、言葉が何もできなかったんだ。


    「そう………」


    キーンコーンカーンコーンと、昼休みの終わりを告げるチャイムが彼女の声をかき消す。


    (私は……伏見くんより勉強の方が大切だなんて……思ったことないよ……)


    彼女が何か言ったようだった。

    でも、チャイムの音でかき消されて、うまく聞こえなかった。


  28. 28 : : 2015/08/17(月) 01:25:31



    「言ってくれた?ちゃんと」


    何故だか知らないが教室では宇城が絡んでくる。


    「はい、2人組から3人組を作ってー、相手の意見と自分の意見の相違点をまとめてくださーい」


    先生がそういう風に呼びかけるが、既に俺の前には机をがっちりとくっ付けた宇城が目の前にいた。

    なんだコイツ。意味わかんねえ。


    「言ったよ。てかちゃんと自分で言えって」


    「いやいや俺が言っても……おっと」


    「何だよ」


    「別に何でも?」


    なんだコイツの態度……何か隠してるのか?

    というか話し方腹立つな。


    「というか宇城は俺が音無と話していてもいいの?」


    「……?はぁ……?」


    音無と言い、宇城と言い、こいつら本当に不思議そうな顔をするな。

    不思議なのは俺の方だっつの。


    「だっ、だって、宇城と音無は仲良いっていうか……その、なんていうか、そういうアレではないの……」


    「……お前本当に、あー………あーあ……ははっ」


    「笑うなって!」


    ガタンと思わず席を立ち上がる。

    ……やっちまった。


    「伏見!うるさいぞ!真面目にやれ!!」

  29. 29 : : 2015/08/17(月) 01:27:10

    くそっ。こいつの笑い方ってやっぱり癪に障るな。

    俺は席について、メモ紙を取り出す。


    『宇城は音無とつきあっているのではないの』


    それを宇城に突き付ける。

    宇城はそれを見て、紙をひっくり返してサラサラと何かを書いていく。


    『いや、音無さんにはフラれまして。なんか音無さん、好きな人いるっぽい』


    「………え!?宇城、フラれたの……かっこいい人でもフラれるの……どんまい……」


    俺はこんなかっこいい人がフラれる姿を想像すらしていなかった。

    えぇ……宇城がフラれるって……どうしようもないじゃないですか……。


    「そこだけ拾うなよ。しかも結構前の話だよ。今では普通に話してるし。音無さんがさぁ、好きな人いるって言うから」


    「そぉ……音無、好きな人居るんだ……」


    誰だろうか。やっぱりクラスが離れているとそう言った検討もつけづらいし……。

    でも、そっか。……やっぱり俺はかっこ悪いなあ。


    「小学校の頃から同じクラスだったらしくて。でも中学校では
    クラスが離れちゃったんだって。そんで、最近はあんま話してくれないらしいよ」


    「せっかく同じ委員会なのに、酷いよなぁ」


    「って言うのを色々相談されまして。まぁ、口止めされてたんだけど色々勘違いしているみたいだし。伏見は馬鹿だし?」


    宇城は立て続けにそう言った。

    俺は頭が理解するのが追いつかずに混乱している。


    「いや、でも……そんな……」


    「……あの時、見てただろ。俺と音無さんが話してるところ。あれなんて言ってたと思う?」


    彼はメモ紙を取り出して、何かを書いていく。

    書き終わるとスっと俺の前にそれを差し出した。


    『本当?本当に協力してくれるの?ごめんね……私上手くお話できないから……。ああ、大丈夫かな……でもそう言ってくれてありがとう。よろしくね。……と、音無さん言ってたんだよ』



  30. 30 : : 2015/08/17(月) 01:27:53


    「んで、俺が伏見付き合ってる人いないっぽいよって言ったら、すごい笑顔になった時があって。いやー、あれは可愛かったなあホント。お前も見たろ?」


    「………………」


    「はは、呆然としてるね。ところで授業終わるけど、用紙は白紙のままで大丈夫なの?」


    「あっ!やっべ!」


    ……そんなことを言われても、俺は音無に酷いことをたくさん言ってしまった訳で。

    でも、宇城が言ったことがもし本当なら。

    本当なら。


    俺はやらなきゃいけない事があるんじゃないか。

    取り返しのつかない事になる前に。

    俺は、想いを伝えなきゃ。

    声に出せなくても。音にできなくても。



  31. 31 : : 2015/08/17(月) 01:28:38


    俺は学校が終わると、急いで彼女のクラスに走って行った。


    「音無さん?多分もう帰ったよ?確か……塾かなんかで」


    「あー……!」


    そうだった。うっかりしてた。

    急がないと間に合わなくなってしまう。

    でも、まだ学校から出たばっかりかも知れないし。

    そんな事を思いながら、下駄箱へ走り、靴を取り出そうとする。


    「……!ノート……」


    そう言えば前にノートを下駄箱に入れたら怒られたこともあったっけな……じゃなくて!

    俺はそのノートをパラパラとめくっていく。


    『伏見くん、ノートありがとう。今まで何も書かないで渡したことって無かったね。なんか新鮮だね』


    そこには一文も。

    無神経な俺を責める言葉は無かった。


    『宇城くんから聞いたかな。私、話すの得意じゃないから宇城くんみたいに誰とでもお話できるようになりたくて、色々相談してたんだ。まだ、苦手なんだけど』


    彼女の()は何時ものように穏やかで、丁寧で、まるで本当に彼女が話してるかのように思えた。


    『一番話したい人ほど、上手く話せないんだね。だからこうやって文章で伝えることができるのはとても嬉しいです』


    彼女の、まっすぐな言葉を見るといつも安心した。


    『わたし、こんなんだから分かりにくいかも知れないけど図書当番凄く楽しいよ。あと、宇城くんと付き合ってるって勘違いされた時は少しショックだった。宇城くんは確かに優しくて良い人だけれど』


    小学校の時からずっと話し続けてきたのに。

    彼女はいつも言葉を投げかけてくれていたのに。


    『やっぱり2年生になったら、伏見くんの言うとおりに他の事も大事にした方がいいのかな』


    もう気づいた時には俺の足は動き出していた。

    間に合え。間に合ってくれ。


    『よく分からないや。ごめんね』

  32. 32 : : 2015/08/17(月) 01:29:11


    「はぁっ…はぁっ……!」


    駅に向かってどうする?

    彼女に会って何を言う?

    何かが上手く言葉になるのか?

    俺みたいな奴は一生黙っていた方がいいんじゃないか?


    でも………。


    『でも……私はなんか終わるの嫌だなって思った。伏見くんは……』


    それでも。


    『伏見くんは、そんな風に思ってないのかもしれないけど』


    「はぁ……はぁ……おとっ…なし……」


    『私は、伏見くんの事、すごく好きだって思っているよ』


    音無は俺の顔を見ると、少しだけ驚いたように目を見開いた。


    「あのっ、ノート見た……えっと、その、ほんと、色々ごめん。なんていうか……」


    しどろもどろになる俺を見ながら、彼女も口を開いた。


    「私こそごめんね。一方的に続けたいなんてわがまま……」


    「あ、いや、それは違くて」


    「もう始まるから行くね」


    時間が無い。やっぱり上手く言葉にならないみたいで。

    だから、俺はノートを持っているんだけれど。

    それでも……。


    「あのっ、じゃあこれだけでも」


    俺は彼女にノートを差し出す。


    「いいよ……大丈夫だから。……読んでくれただけでじゅうぶんだから……」


    「や、ちょっ」


    だけど彼女はいつも受け取ってくれたノートを拒んだ。

    でも、これしか俺にはもう方法が無いんだよ。

    これが無くなったら俺にはもう……。


    「おとなっ……!」


    「もう……いいから……」


    彼女の目にはじわりと涙を浮かべていた。

    彼女がそんな風に泣いている姿を見るのは初めてだった。

  33. 33 : : 2015/08/17(月) 01:30:25


    ノートを渡そうとして触った彼女の白い手。

    冷たくて、白くて。

    このまま……このままでいいのか?

    何も伝えれないままで……。


    『小6の時、音無の方が、背高くなったの覚えてる?あのまま、自分が小さいままだったらどうしようと思った』


    そんな訳ないだろ。

    伝えないままでいるなんて、出来るわけないだろ。

    彼女の白い手をしっかりと掴む。

    胸ポケットにあった赤ペンを取り出して。


    『宇城のことはごめん。あと、ノート返ってきて良かった。あと、図書委員になって良かった。あと、』


    結局、音にして伝えれなかったけど。

    俺達は、音を出すより、もっと分かり合える方法が。


    『あと、』


    だから、音無。

    これが俺の気持ち。

    精一杯の俺の気持ち。


    『ごめん。やっぱあとで』


    ノートに書いてちゃ間に合わなかったんだ。


    だから、赤ペンで彼女の白い手に書いた。


    『I Love you』


    俺の気持ちを。

    結局声に出せなかった、音に出来ないままだった感情を。

    伝えるんだ。

  34. 34 : : 2015/08/17(月) 01:31:15


    「……悪い。ノート、半分も残ってなくて、返事書く前に終わっちゃって……」


    声が震えている。我ながら情けない。


    「……ずるいよ伏見くん。私は、ちゃんと書いたのに」


    彼女は目を赤くさせながらも笑いながら、そう言った。

    俺は若干涙目になっていたのが急に恥ずかしくなってきた。

    やばい。音無の前で……はっずかしい。

    見る見るうちに顔が赤くなっていくのが分かる。


    「そう、だね。ごめん。これからは……ちゃんと話すから」


    「うん。私もちゃんと話すね。……でも、図書室では静かにね」


    そう言って彼女が俺に向けた最初の笑顔は、何よりも綺麗で、愛おしかった。

    音が無くても伝わった、この想いを絶対に忘れないようにしようと。

    硬く誓わせるような、そんな笑顔だった。







  35. 35 : : 2015/08/17(月) 01:31:52







    『2年生になったら同じクラスになるといいね』


    『同じクラスはやだなー』


    『えー……どうして?』


    『だって、クラスに1人でしょ。図書委員』


    『……そうだね!』











    fin.

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著者情報
ace_1478

ダイチン

@ace_1478

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