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Poisony Poison Girl

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  1. 1 : : 2015/04/07(火) 22:25:43
    ヤリスギ科学と僕らの未来。

    という訳ではじめましておはこんばんにちは。WOLFGIRLです。

    ここでの公開は二作目になります。

    今回は完全オリジナル小説です。

    萌えっ子出したいと思います。

    よろしくお願いします。
  2. 2 : : 2015/04/07(火) 22:31:09
     二階の窓から、朝の光が見える。
     コンクリート打ちっぱなしの部屋は、シンプルな調度類で生活感がまるでない殺伐とした雰囲気だった。広すぎることと、ところどころにあるボタンや操作盤の存在感も相まって、女子高生のひとり暮らしの部屋と紹介されてもいや違うだろと誰もが否定するような部屋だろう。勉強机や学生かばんもない。
     小さな机と大きなベッド、クローゼット、床に平積みの大量の本。それが彼女の生活空間だった。
    「毒素さん、髪延びましたね」
    「お兄さんも延びて来たよね、前髪」
    「勘弁してください…」
     そういって僕は、部屋の中央にある椅子に座っている少女、毒素さんの髪をブラシで梳く。綺麗な髪。潤っていて、艶めきがある。長いのに絡まらず、柔らかくブラシの隙間を毀れさせる髪は、女性の誰もが羨むだろう。うん、僕もこんな髪の女性には危うく惚れてしまう。それから、染めてもいないのに紫色な所とか、素敵です。
    「前髪、私に切って欲しいから伸ばしてるんじゃないの?」
    「いえ、放置してるだけですよ別に」
    「私に斬って欲しいから伸ばしてるんじゃないの?」
     人斬り…。文字にしないと分からないようなギャグだな。あれ、マズい。怒ってる。何故。
    「僕ごときの前髪を毒素さんに切らせる訳にはいきませんよ」
    「やっぱり私の始めましてパフォーマンスのこと根に持ってたりするの?」
    「そりゃあ、初対面時にいきなり鋏持って前髪切られたら」
     美少女だったし悪気は無さそうだったから許したけど。因みにあの時、額も少し切られた。痛かったです、泣くの顔文字。
    「私あれから自分の前髪で練習したのよ?」
    「………」
     ここで毒素さんのヘアーを見てみよう。前髪と後ろ髪の毛先がぴったり揃っているが、それはきっと前髪の延び方が竹林並みに早いのだろう。きっと一日に十六センチは延びるのだろう。そうに違いないそうと信じたい。
    「とりあえず僕の前髪事情は気にしないで頂いて結構です。どうせなら後ろ髪も気にしてください。あの後、前髪のカットはすばらしいのに後ろ髪が長くて同期に笑われたんですよ」
    「じゃあさっさと美容院行って来なよね」
    「はいはい了解です委細承知に承りました」
     理容院じゃない辺りは乙女だと思う。
     腰辺りまである毒素さんの髪を結い上げるという一大任務を遂行させ、三分後に成功を収める。ポニーテイルは馬のお尻みたいで嫌だと毒素さんが言うから、シニヨン。お団子結びになった。毒素さんお気に入りのフリフリな服にもぴったりだ。馬の尻尾を丸めるだけの髪形でポニーテイルの進化系なのだがそれは敢えて言わないでおこう。紫の馬なんて夢と絵本にしか出てこない。
    「うん、満足。八十点だねっ」
     語尾にオクターブが飛んだ八分音符が付属しそうな黄色い声で毒素さんは言った。そんなにテンションが高くて八十点ですか。百点の反応が見たいと思った。精進せねば。
    「やるじゃん執事」
    「お褒めに預かり光栄で御座いますお嬢様」
     …いや、執事じゃないんだけどね。それらしい事はやってるけど。誤解を招きそうなので先に言っておくと、僕は研究員で毒素さんは被験者である。
  3. 3 : : 2015/04/07(火) 22:31:42
     毒素さんと僕と愉快な仲間達は、全日本統合学術研究会の末端施設、毒物研究所、通称毒ラボと呼ばれる所に存在する。全日本統合学術研究会、通称全学研とは、まあ日本中の学問――科学、医学、文学、心理学等々――の研究者が集まって日々各々の研究に取り組む巨大組織である。要するに研究の亡者達がやりたいようにやって結果を残すという滅茶苦茶な組織だ。毒ラボはそこに属する研究施設で、名前の通り毒物に関する研究を行っている。
     そして僕もその研究の亡者の一員。ジンと名乗らせていただこう。21歳になる。ジンとは毒ラボ内でのニックネームで、毒素さん以外は僕のことをこう呼ぶ(毒素さんは僕をお兄さんと呼ぶ)。先ほど執事と称していたが、実際、僕の仕事は毒ラボに住み込みで毒素さんの世話をすることだ。勿の論で毒物の研究もしてますよ。
     毒素さんは僕のお嬢様――ではなく、この施設内での被験者に当たる。ポイズンガールプロジェクト、通称PGPという実験観察の被験体だ。因みに試験管ベイビー。だから、日々の観察記録を付ける為に僕のような研究員が傍にいる。毒素さんの身体は何もかも、爪の先から毛髪一本に至るまで、毒素を含んで構成されているのだ。
  4. 4 : : 2015/04/07(火) 22:32:31
    「あれっ、午前八時回ってる。体温測りましょう毒素さん」
     時計はいつだって予想外な気まぐれ屋なんだというのは180度見当違いな言い訳に過ぎない。特に電波時計に対しては侮蔑に値するだろう。
     ガラスケースにコンパクトに収まった体温計を渡す。これは全学研の先輩が研究の成果として世に残したもののひとつだ。一万二千円也。ガラスケースを開ける。開けゴマと言うまでもなく開いた。これは脇に挟むタイプではないため、毒素さんは自身の耳の後ろにそれを当てた。小声な美声で僕への悪口が発せられた気がした。気のせいだろう。僕はのろまなんかじゃないさ、ははは。
    「ぴぴぴっ三十六度」
    「自分で言っちゃうんですね」
     体温計の鳴き声と毒素さんの見事なコーラスを鑑賞しながら、毒素さんが今日も平熱であることを確認する。それを黒のボールポイントペンで小さめのメモ帳に記録した。こちらは全学研の先輩方が汗と涙を滲ませ必死で作り上げた最高質の紙で出来たメモ帳と試行錯誤を重ねてようやく完成形となった世界一のペンではなく百均の文房具売り場で購入したものだ。ふたつで二百円也(税抜)。
    「…本日も高性能なことで」
     無機質な塊へのほめ言葉と共に、先ほど毒素さんの体温を感じた人肌専用小型温度測定機を元あったケースにインしてクローズして収納する。
     僕が閉じろゴマしている様子を笑顔で眺める毒素さんという生命体は十八歳の割には子供っぽい顔立ちで、喋り方も時折幼さが感じられる。但しそれを本人に言ったりなどしたら半日ずっと怒られる。相当なコンプレックスのようだ。敬語で接しているのも大人扱いのつもりである。
    「お兄さん、もう半年は執事なんだから私の基本生活日程くらい覚えてよ」
    「執事じゃないです。それとすみませんでした悪気はないです」
    「なん…だと…」
     その台詞は何の影響だ。
    「ていうか毒素さんだって忘れてたじゃないですか」
    「毒素さんに毒を吐くとはいい度胸だよねぇ」
    「真実ですから」
    「確かに真実が一番毒々しいよね」
    「毒女が」
    「少し黙れ」
     あう。命令形キタコレ。少し黙る。
     しかし真実が一番毒々しいなんて言い得て奇妙だ。実際、この毒々々しい少女をリアルに作り上げちゃう時点で何かしら思うことぐらいあるだろうに。全学研の科学者の連中とやらは脳味噌にまで毒が回ってるんじゃないか。あれ、遠まわしに自嘲してないかこれ。いかんいかん。
     何はともあれ「よね」が口癖の猛毒少女さん(本人いわくニックネームがヨネスケ)と呑気な日常をエンジョイしているならグッジョブだ。いや、仕事だし本当にグッドジョブだな。うーん、言い得て絶妙。我ながら座布団一枚。
    「今日は用事とかないから、夕方まで本が読めるんだよね」
     と、毒素さんが可愛い笑顔で言う。僕は、そうですね、と笑顔(の体を成していたら幸いだ)で返事した。
  5. 5 : : 2015/04/07(火) 22:33:13
     毒素さんは本当に夕方まで書を読むに徹していた。分厚い推理小説を一日で何冊読むんだこの人。たまにラボの人たちから送られてくる本も、すぐに足りなくなってしまいそうだ。
     昼ごろ運ばれてきた毒素様用特製料理も、まあ当然の如く毒だった。一見普通のランチに見えるのに、謎の植物が切り刻まれてサラダ化していたり白米が白米じゃなくてどどめ色だったりと凄まじい料理の数々を目の当たりにした。半年経っても驚くのはそのレパートリーだ。毒だけでこんなに多くのメニューができるんだな。コックさんも大変だろう。おみそれいたしました、毒。余談だが、食事中に僕が
    「美味しいのかな…」
    とウッカリかつシッカリ口にした時、
    「食べる?命は保証しないけど」
    とめっちゃスマイリーに言った毒素さんに未だに恐怖を感じています、汗の顔文字。
  6. 6 : : 2015/04/07(火) 22:36:04
     とまあランチと同じく毒々しいディナーを毒素さんが摂取し終えた後しばらくババ抜き(繰り広げられた低レベルな互角の戦い)をして毒素さんの就寝時間。今日という一日も残すところ十二分の一だ。毒素さんはピンクのパジャマに着替えて紅茶を飲んでいた。優雅だな。毒入り茶葉かな。隣に置いてあるパックを覗き込んでみる。僕も知ってるメーカーの、普通の黄色いパックだった。とりあえず、今日の僕の任務はもうすぐ終了だ。
     僕のような研究員でも一応泊まり込みの仕事なため私生活用の個室が用意される。寮制の学校みたいなものだ。毒素さんが寝付いたのを確認し、別に愛しい訳でもない自室へと足を運んだ。
     着ていた白衣は廃棄、薬品入りのシャワーを三回ほど浴びて消毒完了。毒素さんと触れあった形跡を物理的に消滅させた。
     元素周期表を唱えながらしばらく歩くと無機質な廊下で初老の男性に出会った。ルビジウムストロンチウムイットリウムジルコニウムニオブと呪文のように唱えながら歩を進める僕に向かって男性が変な人を見るような冷たい目線を送って来なかったのは、科学者は大体変人だという都市伝説の裏付けなのか、元素周期表をとっくに暗記している人だからなのか。男性は小柄だが肉付きがよく、毛髪アピールが控え目な人だった。
    「こんばんは、所長」
    「こんばんは……えっと」
    「ジンです」
    「ジン君。お疲れ様。君は娘の実験観察担当だったね」
    「はい」
     我らが毒ラボの所長は毒素さんのことを娘という。毒素さんは試験管ベイビーということでほとんど人工的に彼女が創造されたのだろうが、もしかしたら所長の遺伝子が入っているのかもしれない。丸顔なところとか、似てるし。
    「深夜まですまないねえ」
    「いえ、仕事ですから。所長こそお疲れ様です」
    「真面目な子だねえ、そんな優秀な人材が来てくれて嬉しいよ。助かるさ。ああ、ありがとうねえ。今、ちょうど娘に関しての論文を書いているんだ。君のデータを参考にさせてもらってるよ」
    「それはそれは。ありがとうございます」
    「君も美少女の世話ができて嬉しいだろう。今日はゆっくり休みなさい」
     ふむ。確かに毒素さんは美少女だな。
     僕は所長に就寝の挨拶を告げ、部屋に向かう足を再起動させた。
     所長は人当たりが良く研究熱心なため部下からの信頼に厚い。国語辞典の温厚篤実という四字熟語の欄に顔写真を載せたいくらいの仁徳を備えている。僕もそれなりに尊敬している人物だ。
  7. 7 : : 2015/04/07(火) 22:37:13
     二足歩行による移動のおかげで僕のアイカメラは数メートル先に目的地である自室を認識した。《でるた》と平仮名で書かれた少女趣味なプレートは初見時からあったもので、誰の趣味かは分からない。所長かな。それはないな。うん。きっと毒素さんの趣味だ。
     部屋に入り鍵をかけ、購買で買ったオリジナルピッツァササミ盛りスペシャルを夕飯に摂り、備え付けの風呂で薬品なしのシャワー(ちょっと豪華だ、全学研の財力が窺える)を浴びた後、シングルベッドにダイブした。
    「…………論文ねえ」
     そこで僕のケータイが鳴った。電話の着信音だ。イギリスの伝説的な有名四人組バンドの音楽で助けを求めるような歌詞だといえば誰だって想像つくだろう。聴き惚れていたいところだがそれはまたの機会に、ということで僕は横になったまま電話に出た。
    「もしもし」
    「もしもーしジン氏、俺だよ俺」
     オレオレ詐欺だった。
    「あー君ですか。実は僕バイクで事故ってしまって相手の車壊して、しかも運転手が妊婦で流産させてしまいました、慰謝が払えないくらい馬鹿高くて、悪いけどお金を貸してくれませんか」
     詐欺返してみた。
    「成程、その手があったか。先手必勝だな」
     感心された。
    「で、なんの御用ですかルイ氏、違う詐欺師、いやペテン師?」
    「最初のやつで正解だよ」
     前言撤回。電話はルイという男からだった。ルイは僕の同期で、同い年だ。髪を赤く染めてたり喋り方がチャラチャラしてたりするが、根元は良い奴だ。偶に毒素さんの所に遊びに来てくれる。因みに高身長で、倉庫で頭をぶつけているのをよく見かける。倉庫の天井に触れたことすらない僕に少しばかり分けてくれ。
    「その御用なんだが、今日、全学研の連中が俺のいる猛毒海洋生物研究部まで来てさ、毒人間の処遇がどうのこうのって言ってんだよ。ポイズンガールプロジェクト…PGP担当は愛しの大親友ジンだろ?興味もったから聞かせてくれよ。毒素ちゃんの事情って事で心配だし」
    「嫌だ」
    「そこをなんとか」
    「ハウエヴァー、僕も詳しく聞いてないんでね。そのうち話があると思うけど、今のところ君に話せることはないんだよね、というより僕が知りたいコレ本音なんだよね」
     口調においてわずかばかり毒素さんが乗り移ってしまった。きっと毒素さんの声帯辺りから出る毒物に感染してしまったのだろう。
    「そうか。わかったありがとうな」
    「いえいえ」
    「今度暇あったら釣り行こうぜ」
    「はいはい、そしておやすみなさい」
    「あーいおやすみー、はーと」
     電話を切った。全学研か…果たして何だったのだろう…。
     一度起き上がり、注射を左腕に打つ。効能の全然違う例えだが、高血糖のオジサマ方が日常的に処方するように、僕も毎晩打っている。毒素さんの毒に耐えられるように。
     そして今日のまとめとして思考回路を四十パーセントほど活動させ、名前をつけて保存し、脳をスリープ状態にした。数分もすれば完全にシャットダウンするだろう。
     おやすみ。
     今日も素敵な一日でした。
  8. 8 : : 2015/04/07(火) 22:37:50
     数週間後のある一日、僕が毒素さんのもとをヴィジティングしたのは午前七時だった。自分の朝食(食堂のトーストとサラダ)を摂ってから毒素さんの部屋へ向かった。
     インターホンを押しても反応がない。部屋の外にあるモニターには、部屋の隅のベッドで横になる毒素さんが映っていた。
    「毒素さーん、入りますよー?」
     部屋に入って声をかけてみる。おはよーございまーす。朝ですよー。返事がない。ただの屍のようだ。
    「毒素さーん…寝てますねこれは」
     毒素さんは柔らかいベッドで屍になっている訳でもなく普通に寝息を立てていた。長い睫毛の生えた(もちろん紫)両の瞳はしっかりと閉じられている。起きないかなーと十秒ほど眺めていると、小さな寝言と共に寝返りをうった。今、確かに毒素さんは「塩ビ…」と言っていた。艶美とか燕尾とかEnvyかもしれないが。
     こうして快眠に浸っている毒素さんを見ると、幸せそうだなとか思ってしまう。自由に人に触れることもできない彼女が、幸せなはずないというのに。
     ここで突然の毒素さんが見ている夢を想像してみようタイム。どんな夢を見てるのだろう、推理小説みたいな探偵になって見事な推理で犯人を突き詰める夢かな、紫の馬に跨って草原を駆け抜ける夢だったらおもし腹筋に毒素さんの肘鉄をくらった。
    「ぐはっ……」
     突然腹筋に痛みが走る。朝の想像の時間は儚くも終了する。毒素さんはベッドから飛び起きたようだった。また次の想像タイムでお会いしよう。
    「いやなんで飛び起きる動作でエルボーできるんだ…」
    「あ、お兄さんおはよう」
    「あー、ああ、おはようございます」
     震える横隔膜に無理やり指示を出しながら毒素さんに朝の挨拶を告げた。引き攣り笑いのまま、今日も毒素さんが元気な事を確認した。
  9. 9 : : 2015/04/07(火) 22:39:17
     本日も先日の繰り返しで、体温測定→朝食摂取→予定確認となるわけだが、最後の項目でいつもと違う所があった。
    「毒素さん、今日は午後から所長がお見えになりますよ」
    「じゃあそれをキャンセルしたら用事ないのよね」
    「あからさまに拒否しないでください」
    「お父さんねえ。あの人全然私に構ってくれないから、私最近ムスッとしてるのよね。娘だけに」
     地味なギャグ要素はスルーするとして。
    「ムスメッ」
     引き摺るな。笑ってやるから。あはは。
    「ではそれも含めて久々に仲良くすればいいじゃないですか。親子水入らずで」
    「何言ってんのお兄さんも同席なさいよね」
    「日本語が微妙ですよ。僕が同席したことで何のメリットも見当たりませんが」
    「えー」
     子供っぽい反応を頂いた。目がうるうるしていて、眉(紫)が垂れ下っている。しょぼんの顔文字を具現化したらこうなるのかな。
    「この部屋、基本私とお兄さんのふたりしか入らないじゃない?後はたまーにルイお兄さんが本を持ってきてくれるけど…お父さんは滅多に来ないのね、だから久々に来てくれて賑やかでイエーイとか思ったのよね」
     台詞の後半に幼稚さがダダ漏れだが指摘せずに放置しよう。要するに毒素さんは退屈で退屈でさらに言うと寂しかったのだ。同情はしないが、哀れだとは思ってしまう。
    「では私も同席ということで」
     流石に所長も僕に部屋を出ろと言わないだろう。毒素お嬢様の仰せの通りに三人仲良くしようじゃないか。
     因みに今日の毒素さんの髪型はツインテール。八十五点を有難く頂戴した。動物みたいで可愛いと本人は言っているが何の動物なのかは僕にはさっぱりわからない。髪形のおかげで幼さが二割増しだった。
     僕と毒素さんは午前中を駄弁って過ごすことにした。
  10. 10 : : 2015/04/07(火) 22:39:47
    「こないだ本で読んだんだけどさ、シュレディンガーの猫ってあるよね」
    「量子力学ですか」
    「うん。《あらゆるものは観測されたときに状態が決定し、それまではどんな状態なのか曖昧である》っていう考え方だよね」
    「シュレディンガーの猫はそれを否定する実験ですよ」
    「そうなの?肯定するのかと思ってたよ」
    「……毒素さん、シュレディンガーの猫、説明できますか?」
    「あー、いや、ちょっと自信ない、かな?」
    「……」
    「お兄さんはできるのよね?科学者なんだし当然よね」
    「僕は専門が生物学なのでシュレディンガーの猫は専門外ですが…説明は一応できますよ」
    「言ってみてよね」
     何故に上から目線なんだ。
    「シュレディンガーの猫は先ほども言ったように、量子力学の《あらゆるものは観測されたときに状態が決定し、それまではどんな状態なのか曖昧である》っていう考え方の否定論で、シュレディンガーが考えた仮想実験です」
    「仮想なのよね、実際にはしないの」
    「そうですね。実験内容は簡単です。箱の中に猫、ラジウム、ラジウム検出装置と、ラジウムの検出に連動して青酸が噴出される装置を入れます」
    「ほうほう」
    「ラジウム検出装置は、一時間以内にラジウムが検出される確率を五十パーセントにな
    よう調整します」
    「それで青酸が噴出される確率も五十パーセントね」
    「そうです。ついでに噴出された青酸で猫が命を落とす確率も五十パーセントですね。そして箱に蓋をして一時間待って、ラジウムを検出して噴出した青酸で猫が死んでいるのか、ラジウムが検出されず猫が生きているのか、という実験です。毒素さんはどう思いますか?」
    「…生きてて、欲しいよね。お兄さんは?」
    「僕はマイナス思考なので残念な結果のほうを気にしてしまいますね。さて、一時間経ちましたよ。まだ箱を開けていません。箱の中の猫はどうなっているでしょう?」
    「見てないからわからない、ってことかな」
    「正解です。まだ猫の観測はしていませんから、箱の中の猫は《半分生きてて半分死んでる》ということになるらしいです」
    「なにそれ、おかしい」
    「でしょう。シュレディンガーは、そんなおかしなことあるはずないと、この仮想実験を唱えたのです」
    「そうね…。現在の観測で過去が決まるなんて因果関係が崩壊してるじゃない」
    「結局、毒素さんはシュレディンガーの猫を知らなかったということでいいのですか」
    「再確認しただけってことで…」
     やれやれ。ひとつ勉強になった。
  11. 11 : : 2015/04/07(火) 22:40:54
     箱の中の猫は生きていたことにして、ランチタイム。毒素さんのどどめ色な捕食行動を傍観した後は白衣の廃棄と消毒シャワーを経て昼休みに入る。しかし僕は研究以外では暇人なので、食堂で昼餉(日替わり定食、本日はタラレバなり)を味わった。一緒に食べようとルイを探したが見当たらない。昼食を抜いてまで研究しているのだろう、一番あり得そうな事情だった。皿を空にして食堂のおばちゃんを喜ばせた後はすぐに毒素さんのもとへ直行した。部屋を片付けて所長をお招きする準備をしなければ。
  12. 12 : : 2015/04/07(火) 22:41:24
     インターホンを押す。
    「毒素さーん入りますよー」
    「ちょっと待って、緊急事態ー」
    「は?」
    「安全マスク付けて入ってー」
    「わかりましたー」
     インターホンの応対の会話の語尾が延びてしまう謎はみんなも経験したことがあるだろうか。安全マスクを装着して部屋に入った。
    「ほらみてコレ」
    「なんですかコレ…」
     毒素さんが部屋の隅を指さしていた。そこにはキノコが落ちていた。
     …キノコが、何故か、一本だけ、無機質な床に、落ちていた。
    「……」
    「ベニテングタケだと思うよ。毒キノコなんだよね。小さくて可愛いのよね」
     ベニテングタケ。担子菌類ハラタケ目テングタケ科、学名はA marita muscariaと名付けられている、日本ではポピュラーな毒キノコだ。毒性は弱め。古来からハエ取りに使われる。毒素さんの毒でハエなぞ一匹残らず殲滅できるこの部屋に、わざわざハエを取りにきたのなら余計なお世話キノコだ。
    「……」
     いやそんな話じゃない。僕は無言のまま、可愛いと賞されたベニテングタケに嫉妬を覚えながらそいつを拾い上げ、壁に設置されたダストシュートに放り込んだ。バスケットボールの試合だったらスリーポイントだ。ナイッシュー。毒素さんを隣接した彼女専用バスルームに避難させ、壁のボタンを押して部屋に消毒用のミストを噴出した。
     毒人間の前で行ったキノコの消毒作業を疾風迅雷のごとき早業で終了させた後、バスルームから出て来た当の毒人間は少し悲しそうだった。
    「可愛かったのに…」
     毒素さんってそんなにキノコ好きだったっけ。僕は安全を確認してマスクを外し、キノコ事件をメモにとった。詳細不明だが安全面では問題ないだろう。
    「所長が来る前に片付いてよかった…」
    「キノコ…」
     相変わらず涙目な毒素さんを運命はスルーするように、部屋のインターホンが鳴った。
    「私だよーう」
    「はーい」
     毒素さんはキノコのことを完全に忘却したかのように、三連符でも付属してそうなどちらかと言えばオレンジ色の声で返事した。しかし所長でもインターホン応対のときには語尾が延びるのか。もともと間延びした喋り方だとは思っていたがインターホン越しだと際立つ。意外だ。メモメモ。
  13. 13 : : 2015/04/07(火) 22:42:03
    「へえー、キノコが、はははは!それはびっくりするねえ」
     毒素さんは所長が入ってきて早速、キノコの話をした。所長はその話を気に入ったようで恰幅よく笑った。毒素さんは計画通りだと言わんばかりに嬉しそうだった。僕はモナリザ並みの微笑を浮かべてみた。
    「しかしよく、ベニテングタケだとわかったねえ」
    「たまたま本で読んだのよね。私もびっくりした」
    「本で?この間買ってあげたあれかな?」
    「違うよ、ルイお兄さんが持ってきてくれたのよね」
     ………やっぱり親子水入らずのほうがよかったんじゃなかったんじゃなかったか。
    「そうだ、ジン君」
    「え、あ、はっははい」
    「何なのよその返事」
     僕のような弱小兵隊さんは突然にして死角のステルス部隊から予想外の攻撃を受けたらそうなるのだ。
    「君のおかげで論文がまとまりそうだよ。ありがとう」
    「は、はあ…」
    「それで、全学研の本部から、娘の研究をもっと本格的にやりたいと要請が来たんだ」
    「本部から、ですか」
     数週間前ルイが言っていたのはこのことか。ルイの話から時間が結構経っているがそれはそれだけ話が難航しているのだろうか?
    「要請って、具体的にどんなものですか?」
    「さあ、私にはまだわからない。しかし、論文の出来次第では全学研に引き取ることにもなるだろうと言っていた」
     全学研に…引き取る…。
     それはつまり、毒素さんがここに居られなくなるということだ。
     ふと毒素さんを見た。
     無機質な顔だった。
    「そうですか…」
    「もし引き取ったとしたら、君は別の毒生物に関しての研究をしてもらうだろう」
     毒素さんと別れるかもしれないのか…。
  14. 14 : : 2015/04/07(火) 22:42:26
     所長との団らんを終えて、部屋がふたりだけを収容する状態に戻ったのは、午後五時のことだった。外は夕暮れで毒素さんが外に立っていたら同系色の効果で見えなくなってしまうような紫色の空だった。しかし、彼女が外に立つなど不可能だということは分かっている。
    「毒素さん、体調とかどうですか」
    「吐きそう助けて」
    「大丈夫ですねわかりました」
     目が笑っているぞ。よかった。もとの毒素さんに戻っている。
    「どうでもいいこと教えるね」
    「なんですか」
    「お父さんの遺伝子、やっぱり私の中に入ってるらしいよ」
     薄々気づいてました。
  15. 16 : : 2015/04/07(火) 22:43:43
     毒素様の夕食終了のお時間です。本日も見事などどめ色をお召し上がりになっていました。壁に設置されたお食事用エレベーターで食器が下げられます。
    「どどめ色どどめ色って言うけどさ、どんな色か説明できるの?」
    「確かに見れば分かりますが口で説明するのは難しいですよね…」
    「赤のような青のような紫のような黄色のようなね」
    「打撲したときの肌の色ですね」
    「痛そうな例えよね…ご飯が進まなくなっちゃうじゃない」
    「例え僕が打撲を知らなくてもどどめ色のライスなんて食べられません」
    「意外と美味しいのよ?」
    「僕の口内には毒素さんと同じ種類の味らいの設備はありませんので」
    「無いのならおひとつどうぞ」
    「僕に他界しろと」
    「キノコは取っちゃうし前髪は切らせてくれないしね」
     毒女に毒づかれた。お前の額にどどめ色を作ってやろうか。
    「丁重にお断りさせていただきます」
    「じゃあお兄さんとは永遠にお食事デートはできないわ」
    「なんちゅーミステリアス電波系猛毒カップルですか。いや、猛毒は彼女だけでした」
    「実は私の唇は風邪に効く抗体でできてるのよ、キスすれば病気もあなたのハートもイチコロなのよね」
    「毒じゃなくてですか」
    「一瞬にして嘘がばれたわ」
    「毒素さんの恋人になったら刺激的な恋愛ができそうですね。いろんな意味で」
    「痺れちゃうのよー」
  16. 17 : : 2015/04/07(火) 22:44:45
     …えっと、夜。午後十時過ぎ。
    「えー寝ない寝ない寝ない」
     と珍しく駄々をこねる毒素さんを押さえつけ布団春巻きの刑に処し(紫の春雨なんてどこの国のびっくりグルメだ)、いつも通りに白衣の廃棄と消毒シャワーを終わらせて部屋を出ると、そこには顔面蒼白したアルファ氏が突っ立っていた。
    「所長が…」

     何があったのか理解不能。ダッシュで所長の所へ向かう。ルイが先に走り、二歩後ろを僕が走った。しばらく走った。目的地が見えた。三階の所長室ではなく一階の医務室だった。
     医務室は普段とは明らかに異質な雰囲気だった。
    「一体、どうしたんですか」
     疑問符の付属しない僕の問いに医務員のまだ若い女性が答えた。全学研付属の医大出身らしい。
    「所長が少し前、体調が悪いとここへ来られて。最初はちょっとした風邪のような症状だったのだけどどんどん酷くなっていって…血液検査をしたところ、微量の毒が検出されました」
     所長はベッドで横になっていた。顔色が悪く、衰弱して動けないようだ。さっきまで元気にキノコ談合していたのが嘘のように弱っている。
     周囲には研究員が大勢集まっていた。白衣を着た者や私服の者もいた。きっと、毒素さん以外の皆は一人残らずここに集まっているのだろう。
    「検出された毒の種類は…?」
     ここは毒物研究所、毒ラボだ。毒物のプロフェッショナルばかり無駄に集結している。
    「菌類や食虫植物がもつ自然界では普遍的な種類の毒です。所長は午前中、植物採集に外へ出られたので、その後の食事で誤って体内に取り込んだのかと…」
     研究員の一人が答えた。
     …しかし、おかしい。午前中に取り込んだのなら、午後、毒素さんとの面会時に発症していてもおかしくないんじゃないか?夕食で摂取したとしても時間が空きすぎだ。自然界で遅行性の毒物が増殖してるなんて聞いたことないぞ…。幾名かの研究員が顔をしかめていた。僕と同じことを考えているのだろう。
    「毒素さん…PGP被験体から毒を吸い込んだという可能性は?」
     僕が言った。それに対して答えたのは隣にいたルイだった。
    「いや、その可能性は無いな。彼女は外側に毒を撒き散らすようなことはない。身体もそういう風に作られている。もしそうだとしたら、ジン、お前も発症してておかしくないだろう。それから、検出された毒はPGP被験体には使用されてないタイプの毒だった」
     担当が違うのにやけに詳しかった。いつの間に仲良くなっていたのだろう。その事実が僕がいつも忙しなく世話している毒素さんのことを連想させ、僕の落ち着きをわずかながら取り戻すによりことに成功した。
    「所長は…助かるんですか?」
    「ええ…おそらく…」
     女性が言った。
     その時、僕の聴覚がサイレンの音を認識した。誰もが聞いたことのある、救急車の音。
    「全学研の医学部付属医院に収容し、集中治療を受けてもらいます。助かる確率はゼロではないので、頑張りましょう」
     男性陣の手助けと、医務室が一階だったこともあり、所長を担架に乗せて救急車まで運ぶ作業はスムーズだった。僕たちは解散し、それぞれの目的地へ向かった。まだ研究を続ける者もいるようだ。
    …ある種の冷たさは、科学者にときに必要だと思った。
  17. 18 : : 2015/04/07(火) 22:45:43
     僕とルイは廊下に出た。
    「なあ、ジン、所長、大丈夫だよな…」
    「大丈夫だと信じよう」
     ルイも所長を尊敬しているのだろう。
     いつも賑やかなルイが無表情で、違和感を覚えた。
     しばらく歩いた後、ルイは、プレートに《きけんないきものけんきゅうしつ》と平仮名でファンシーに書かれた部屋に入って行った。この先の階段をスリーフロア分登れば宿泊施設があり、その一番奥が僕の部屋だ。
     タイミングを見計らったように、僕のケータイが鳴った。イギリスの伝説的な有名四人組音楽バンドの曲で、映画・獄門島の挿入曲。これは毒素さんからの電話の着信音だ。まだ起きていたのか…。
    「もしもし」
    「今すぐ来て」
     電話が切られた。…何だったのだろう。謎すぎる。オーパーツと同レベルに謎だ…。僕は早足で毒素さんのもとへ向かった。
  18. 19 : : 2015/04/07(火) 22:48:07
    「この部屋から出たいのよね」
     毒素さんは言った。発言に驚愕させていただく。時計はすでに長い針が六の上に、短い針が十一と十二の間に。
    「出たいって…所長の論文が評価されればここから…」
     いや。所長は倒れた。回復を待ったとしても論文が書けるような体調、思考に戻れるかどうか…。もしかしたら毒に副作用があるかもしれないし……。
    「出るの」
    「出るって…」
    「一回、部屋出て」
    「はあ…」
     毒素さん、何があったんだ?突然すぎて、混乱している。稚拙な文章でしか表現できないのが些か残念だ。
     言われた通りに、首を四十五度傾けながらいつもの手順で部屋を出た。二分後。
     外側に着ていたフリフリのジャケットを脱いで、毒素さんが、ひとり、廊下に、出て来た。服一枚分涼しそうだ。
     焦った。
     毒素さんの身体にはどこから見ても分かるような異変が起こっていた。毒素さんの髪は紫色が薄くなっており、肌は赤っぽく、眼は充血し涙目だった。
     部屋を出る際の消毒シャワーには、研究員の消毒の他に、毒素さんの脱出防止策でもあったのだ。
     薄っすら笑いながら、彼女は言った。
    「なんとか大丈夫だったよ」
    「大丈夫じゃないでしょう!消毒剤を浴びたんですか!?こんな無理をして…」
    「だって…」
     毒素さんは少し怯えているようだった。果たして何に。僕に。世界に。
  19. 20 : : 2015/04/07(火) 22:48:32
     毒素さんは、閉じ込められるのが嫌だったのだ。普段は優しい所長に対しても、自分を閉じ込めて研究している事に不快感を覚えていたらしい。しかしここまでして外に出たかったとは…ごめん、少しだけ、思っていた。
    「わかりました。もう何も言いません。廊下の突き当たりに非常階段があります。くれぐれもバレないように…」
    「何言ってんのお兄さんも同席なさいよね」
     いつもの調子で言った。
     ……。少女に夢を見せるためふたりでランデブーか。いいかもしれない。場違いな表現で毒素さんとの外の世界を想像してみた。
    「わかりました」
     僕は毒素さんの手を取った。ふたりは歩き始めた。一瞬だけ、どうなったっていいや、なんて、間違えて、思ってしまったかもしれない。
  20. 21 : : 2015/04/07(火) 22:49:07
     月に照らされたさざ波が揺れている。今日は少しだけ風があるようで、露出した耳に感じる澄んだ感覚がその存在を物語る。波の表面は刹那毎に移り変わる白い光の筋をまとっていてビロードのようだ。毒素さんは初めて見る景色だろう。いつか毒素さんと海釣りをしてみたい。その時はルイも呼ぼう。
    「…あれ、毒素さんがやったんですか?」
    「なんのこと?」
    「所長が倒れたんですよ」
    「…そう」
     ふたりは堤防の上を歩いていた。毒素さんはふらふらと、支える僕はしっかりと。河川敷には芝が生えている。少年少女の遊び場となっているようだ。いつか毒素さんとサッカーをしてみたい。
    「所長が倒れるなんて仕事か人づきあいでのストレスくらいかと思ってました」
    「…私だよやったの」
     やはり…そうだった。
    「正確にはルイお兄さんも協力してくれて」
    「ルイ?」
    「ルイお兄さんが持ってきてくれたの、あのキノコ。あれから毒をもらったのね」
     成程…ルイが…。
    「だって、このまま閉じ込められ続けるなんて嫌だよ、移動しちゃったらさらに監視されるだろうし、だったら、命がけで逃げ出した方が楽しい」
    そして毒素さんはポケットから紙きれを出した。本に付属している栞のようだった。黄色い長方形の紙に黒のペンで《がんばれよ》と書かれた字体は確実にルイのものだった。何を頑張るのか僕には分からなかったが、彼の心からの言葉なのだろう。
    「だけど、そのために所長を…」
    「ベニテングタケの毒は致死量にまで達してないから、お父さんは助かるよ」
     お父さん…仮にも毒素さんの父親…。
    「毒素さん。これからどうするんですか?」
    「お兄さんの髪を切りに行くんだよね」
     …まったく。やっぱり毒素さんは…普通の女の子に、なりたいらしい。ひとつ毒づいてみる。
    「あれ、毒素さんが切らなくていいんですねわかりました」
    「あ、やっぱり切りたい切らせて」
    「美容院のネット予約でもしますか」
    「やめてええ」
     悲痛な叫び声をあげる毒素さん。可愛らしい。ほどいた髪をぱさぱさとさせながら歩いてくる。屋外にいると新鮮だ。和むなあ、笑うの顔文字。
  21. 22 : : 2015/04/07(火) 22:50:19
     このまま、どこか遠くへ行ってしまうのもいいのかもしれない。ふたりで、幸せになりたい。
     空には星座がきらめいていた。毒ラボは開けた場所、九州の海に面した平野の片隅にあるので、周囲から空を眺めると晴れた夜なら綺麗な星を観測できる。残念ながら僕は、天文学はかじった程度の勉強しかしていないので、学力としては微妙なところだ。いつか毒素さんと、全学研天文学部付属の天文台に遊びに行きたい。ここからそう遠くないだろう。毒素さんはどこか、行きたい所はあるのかな。毒素さん。

     ―――――毒素さん?

     瞬間。振り返ってみた。毒素さんは倒れていた。ぱたりと。道端に仰向けに、星を眺めるように倒れていた。
    「私、あれ、知ってるよ。赤い星。アンタレス、さ、ささそり座」
     声は震えていた。言葉を紡ぐのもままならない。僕は毒素さんに駆け寄った。
     毒素さんの頬に触れる。夜の闇で良く見えないが、健康でないことは確かだ。ゼエゼエとした息づかいを感じる。毒素さんの体温が急速に何かに奪われていくのを感じる。
    「毒素さん…」
    「…赤い星、き、れい……」
     毒素さんの瞳が映す宇宙のはるか遠くには、毒々しく瞬く真っ赤な星があった。毒素さんの口が閉じる。もう何も語れなくなった。毒素さんの瞳が閉じる。もう何も見えなくなった。首が右に倒れ、顔だけが僕のほうを向く。もう毒素さんは助からないだろうなと思ってしまった。
     十分の二秒、当たり前のように僕の肩から生えている僕の右手に、痺れという感覚が認識された。毒素さんの頬に触れていた手だ。毒素さんの瞳から流れ落ちて来た、目の洗浄が必要な時か感情が高ぶった時に分泌される体液、すなわち《涙》に含まれていた、神経系の毒だった。痺れが徐々に大きくなっていく。ヒリヒリした感覚が手首、肘、肩、首筋を伝う。知らなかった。毒素さんの涙が、こんなに猛毒だったなんて。先に言ってよね。だったら、絶対、泣かせたりしなかったのに。
     毒素さんの身体。華奢な腕。細い足。弱々しい少女。僕は彼女を救うことができなかった…。
     毒素さんの傍らに倒れてみる。再び彼女の手を取ってみる。どんどんと意識が遠のいていく。もう僕は助からないだろうな、と思ってしまった。
     ふたりの身体は少しずつ、静かに、冷たくなっていく。毒素さんは毒を浄化され、僕は毒に汚染されていく…。毒素さんの身体から毒が完全に消え去った時、毒素さんは、彼女の憧れていた普通の女の子になれるのかな。
     僕の視界から毒素さんが消え、僕の意識からも毒素さんが消えた。

     僕は死んで、毒素さんも死んだ。

     ……。

     最期の最期の一瞬、とある心理状態が僕の中で観測された。シュレディンガーの猫、量子力学。信じきれていなかった学論が心理の中で起こっている。今まで気がついていなかった、曖昧な気持ちが、この瞬間、明確になった。

     好きでした、毒素さん。
     おやすみ。
     今日も素敵な一日でした。
  22. 23 : : 2015/04/07(火) 22:51:19
    Poison become pure.
    "Poisony Poison Girl"is END.
  23. 24 : : 2015/04/07(火) 23:02:42
    アトガキ

    もう『アトガキ』がカタカナな時点で西尾維新厨ですね。

    ジンさんはお気に入りのキャラです。毒素さんもお気に入りのキャラです。

    実はこれ、地元の文集に出そうとしたのですが、文字数が多すぎて出せませんでした。でも、小説として出すにはまだ未熟。でも誰かに読んでもらいたい。ってことで公開しました。後悔はしてません。

    この話を書くにあたって、影響を受けた作品なんかは特にありません。が、校正を頼まれてくれた友人が「これ『毒姫』って漫画と似てるよね」と。慌てて借り読みしましたが、素晴らしい漫画でした。リコリス美しい…。科学ではなかったですが、毒系女の子としては足元どころか玄関口にも及びませんでした。いやはや私も成長せねば。

    そんなわけで、読んでいただいてありがとうございました。

    まだまだ頑張るよ!

    Twitter→@lie_is_my_life_

    感想駄目だし待ってるぜ!
  24. 25 : : 2015/04/10(金) 19:37:40
    執筆お疲れ様です
  25. 26 : : 2015/04/10(金) 22:38:05
    >>25
    ありがとうございました!
  26. 27 : : 2015/04/11(土) 18:43:17
    追筆?

    >>17に漏れがありましたので書きくわえさせていただきました!読んでて違和感を感じた方も多かったのでは?

    本当にすみませんでした!
  27. 28 : : 2015/05/21(木) 18:17:22
    毒ラボで研究してみたいですねw

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