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花売り娘と反逆者

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  1. 1 : : 2014/03/17(月) 23:01:19
    お久しぶりです。泪飴です。
    大学の試験が終わり、生活が落ち着いて書き始めた新作がやっと形になってきたので、ひとまず1話分書いていきたいと思います。
    そうです、Twitterで叫び続けていた例のアレですww
    地獄のような試験期間に思いついたネタが発端で、それが前から温めていた別のネタと結合したため、長くなること間違いなしという

    。笑
    本来はエルリ前提のモブリに仕上げる予定だったんですが、色々考えた結果、モブリ・エルリは入れたとしてもせいぜい匂わせる程度

    に抑えるつもりです。
    すなわち、エロは無し(のはず)で、主にシリアス。
    相変わらずの調査兵団大人組達メインです。笑
    だって好きなんだものしょうがない。
    登場人物が8人まで指定できるのですが、グンタさんが入れられませんでした…ごめんなさい><

    そして、今回は、いや今回も?
    オリキャラが強烈な存在感w
    更に、かなりのオリジナル設定ありです。
    あと、ところどころに言葉遊び的な要素を織り込んでみたので、よかったら楽しんでみてください。

    では!
  2. 2 : : 2014/03/17(月) 23:02:46

    調査兵団本部の側にある街の市場は、久々の安売りで、朝から人でごった返していた。雨が1週間以上降っていない、空気の乾燥した晴天の下、賑やかな声が響く。
    その人混みの中を、2人の若い男女が手を繋いで歩いていた。男の方は背が高く、丈の長い深緑色の、薄手のフード付きのコートとベージュのシャツを着ている。女の手を引いていた男が、急に振り返る。

    「おいペトラ、はぐれんなよ…」

    ペトラと呼ばれた少女は、明るい茶髪を風に揺らしながら膨れっ面をする。白いシャツの上にフードのついた朱色のコートを羽織っている。

    「オルオが、歩くの速いのよ」

    「う、悪いな…」

    本当に申し訳なさそうな顔をオルオがした時、ペトラが突然、人混みの中に何かを見つけたような表情をする。ポンチョのフードを被りながら小さく呟く。

    「オルオ、私『クリーム』が食べたいな」

    ペトラの言葉に、オルオは眼を少し見開いた。一瞬周りを見渡し、少し表情が堅くなる。

    「…じゃあ、食べるか」

    ペトラと同じようにオルオもフードを被る。2人は方向を変え、人混みの中を掻き分け進んでいく。


    そんなオルオ達に、30分以上前から2人分の視線が向けられていた。


  3. 3 : : 2014/03/17(月) 23:05:34


    その視線の主は、人でごった返している中央通りを見下ろせるカフェテラスに向かい合って座る2人の青年だった。紅茶を飲みながら談笑していた。
    片方は坊主頭で、もう片方は長い金髪を後ろで纏めている。坊主頭の方が人混みの中のオルオとペトラの姿を見ながら、口を開く。

    「オルオの奴、緊張して舌を噛んでないといいな…エルド」

    エルドは笑いながら坊主頭の青年の問いかけに答える。

    「確かにグンタの言う通りだが…それを言うなら、ペトラがキレてないか心配だ」

    「いや、意外にうまくやっているようだぞ」

    「それならいいが。…それにしても良い天気だな」

    「全くだ…こんな日は芝生の上で寝転がりたいよ」

    「はは、そんなことしたら背中が汚れるって怒られ…」

    そう言い掛けた時、エルドは飲もうとしていた紅茶のカップを戻す。視線の先にはフードを被った2人の姿がある。

    「…思ったより早いな。…オルオ達が『クリーム』を見つけたらしい。行くぞ」

    2人は険しい表情で伝票を掴むと、机の下に隠していた大きなトランクを持って、足早に席を立った。


    それを、また別の場所から見ている2人の人間が居た。彼らの視線は、エルド達からペトラ達へと移る。
    正確には、ペトラ達の少し前を歩く、とある人物、『クリーム』へと。


  4. 4 : : 2014/03/17(月) 23:07:15


    『クリーム』は、薄手の茶色いコートに、白いシャツとパンツを着た、普通の市民のように見えた。少し大きめのキャスケット帽を、中に髪を押し込むようにして被り、左手に大きな鞄を持っている。背は190cmに少し満たないくらいだが、線が細いせいかそれほど大きくは見えない。
    『クリーム』は、まるで通行人達の方が道を譲っているかのように、大混雑の中を、何の抵抗も受けずに進んでいく。
    オルオ達は急いでその背中を追うが、どんどん引き離されてしまう。


    「クソ…あいつ、何であんなに速く歩けるんだ…」

    オルオが苦々しげに呟く。その時、ペトラがきゃっ、と短く悲鳴を上げた。
    振り向くと、ペトラが人混みに流され、何人かの男に圧し掛かられるような状態になっている。
    オルオは慌てて引き返し、ペトラの体を引っ張り出す。ペトラを抱き寄せて、再び前を見る。『クリーム』の姿はもう見当たらなかった。

    「しまった…」

    ペトラに圧し掛かっていた男達は、オルオに睨まれて怯えたような表情を浮かべる。慌てて2人に謝り、足早に逆方向に歩いて行った。

    「ごめん、オルオ……」

    ペトラが落ち込んだ表情を見せる。自分が人混みに飲まれたせいで『クリーム』を見失ってしまった。

    「いや、仕方ねぇよ…俺達の仕事はここまでだ…あとはエルド達に…」

    そう言って屋根の上を走る2人…エルドとグンタの姿を見つめる。



  5. 5 : : 2014/03/17(月) 23:09:18



    「見てたな、グンタ!」

    「ああ、『クリーム』の野郎、パン屋の横の狭い路地を曲がって行った!」

    「追うぞ!!」

    数分前まで私服姿で紅茶を楽しんでいた2人は、トランクの中に隠していた立体機動装置を装着し、刀身を着けた柄を両手に構えている。
    道行く人々は、驚いて上を見上げ、2人が通りを飛び越えるのを見ていた。

    2人はパン屋の側に着地し、標的が姿を消した狭い路地に注意しながら入る。
    路地はすぐに開け、広くなる。この辺りは路地が入り組んでいて日当たりが悪く、治安も悪い。
    先を行くエルドの靴が、水溜まりを踏みそうになり、慌てて避ける。水溜まりを踏んで、靴に泥を付けて帰ろうものなら、極度の潔癖性である彼の上司が激怒することは間違いないからだ。
    見れば、あちこちに水溜まりがある。踏まないように気をつけなければ、とエルドは内心思う。

    「どこに行った……」

    そう、グンタが呟いた瞬間、頭上で拳銃に弾を装填する音がした。



  6. 6 : : 2014/03/17(月) 23:12:06
    新作キター!!!
    そしてさっそくエルド達ピンチィイイ!!!(゚Д゚ノ)ノエェエェエェエェ
  7. 7 : : 2014/03/17(月) 23:18:29



    エルド達が顔を上げると、『クリーム』が壁にアンカーを撃ち込んでぶら下がり、ピストルを向けていた。通りを歩いている時身に着けていたコートは脱いでおり、その腰に着けている立体機動装置が鈍い光を放っている。
    『クリーム』は、色白で、女性か男性か判別のつかない中性的な、しかし整った美しい顔立ちをしている。逆光の中、紫に近い独特な色の瞳だけが光っていた。
    黒い銃口の向こうの、堪らなく爽やかで不気味な笑顔に、エルド達の思考が止まる。
    動くことの出来ないエルド達に向けて引き金が引かれそうになった時、『クリーム』の顔のすぐ側に矢が突き刺さった。
    『クリーム』は、銃口の狙いを外さず、顔だけを矢の飛んできた方向、反対側の屋根の上に向ける。

    「動くな!!」

    屋根の上に隠れていたらしい、ゴーグルを掛けた女性が立ち上がり、剣の切っ先を『クリーム』へと向けて叫ぶ。その横では、優しい顔立ちの男が次の矢をつがえ、弓を構えている。2人とも、エルド達と同じく、私服姿の上から立体機動装置を装着していた。

    「ハンジ分隊長!」
    「モブリット副分隊長!」

    エルドとグンタが安心したような表情を見せる。ハンジと呼ばれたゴーグルの女性は、剣を向けたまま『クリーム』を睨みつける。

    「ルフュー…お前を捕縛する!!」

    『クリーム』と呼ばれていた人物の本名は、ルフューというらしい。ルフューは、4人に囲まれながらも、余裕の表情を全く崩さない。


    何故、この状況でそんなに落ち着いていられるのか…。


    不思議に思い、ルフューを鋭く観察する。そしてハンジは気がついた。

    ここ数日、ずっと雨が降っていないのに、幾つも水溜まりがあるのはおかしい。
    ということは。

    「エルド、グンタ!水溜まりから離れろ!罠だ!」

    ハンジが叫ぶと同時に、ルフューがニタリと笑い、銃口を素早く水溜まりに向ける。飛ぼうとしていたエルド達の動きが止まる。
    動くな、と言っているのだ。下手に動けば、罠を作動させる、と。言葉ではなく、行動によって意思を表現するルフューに対し、4人の警戒が強まる。ほんの僅かな動きであっても見逃すまい、と、極限まで集中するが、それは突然遠くで発せられた、甲高い悲鳴によって破られた。

    尾を長く引いた悲鳴に続いて、沢山の人々の叫び声や怒鳴り声が響いてくる。通りで何かあったらしい。
    ルフューに向けられていた全員の注意が逸れた、一瞬の隙にルフューは逃げ出した。モブリットが慌てて矢を放ったが、ルフューには当たらない。

    「待て!!!」

    ハンジはすかさずルフューの後を追う。モブリットは弓矢を捨て、一瞬立ち止まって指示を出す。

    「エルド、グンタ!君達はあちらの様子を見て来てくれ!!オルオ達と合流するんだ!」

    指示を受けた2人は、焦げ臭い臭いが風に乗って漂ってくるのを感じながら、通りへと飛び出した。

  8. 8 : : 2014/03/17(月) 23:22:38



    ルフューは、狭い路地を軽々と移動していく。後ろからハンジとモブリットが追ってきているのを確認すると、わざと急旋回して角を曲がった。しかし、ルフューを追う2人も、速度を殆ど落とさずに同じ角を曲がる。
    自分の突然の動きにも対応したハンジ達を見て、ルフューは微笑を浮かべる。次の角も、同じように急旋回して曲がった。肩越しに振り向いて、ハンジ達の姿を確認した時。

    「……ルフュー」

    低い、落ち着いた声が耳元で聞こえた。かと思うと、ルフューの目の前には銀色の物体が迫る。
    ルフューは反射的にガスを吹かせ、思い切り体を後ろに引いた。眼の前を掠めた刃の輝きと重なる、髭面の男の冷めた眼。

    「ザカリアス……」

    ルフューは驚いた、そしてどこか嬉しそうな表情を浮かべる。続けて打ち込まれたミケの斬撃を軽く受け流し、再び逃げ出す。
    ミケと、追いついてきたハンジとモブリットがそのまま追いかける。少し進んだところで、ルフューのスピードが急に落ちた。
    理由はわからないが、ミケ達にとってはルフューを仕留める好機だ。3人は一気に距離を詰め、一斉に攻撃を仕掛ける。
    ハンジが上から、モブリットが下から、そしてミケが真っ直ぐ襲い掛かる。ルフューは、3人の動きを目で追ってから、ミケを見据えた。ミケが攻撃に備える。
    当然ミケに向かっていく、と思い込んでいたハンジ達の目の前で、ルフューは突然急降下した。その剣は、モブリットのワイヤーに当たる。
    バランスを崩したモブリットの眼に映ったのは、自分に向かって振り下ろされるルフューの剣と、それをハンジが受け止める姿だった。地面にぶつかるすれすれのところで、モブリットの体をミケが掴んだ。ルフューはそれを見て、子供のように笑う。

     「ナイスキャッチ」

    口笛を吹くルフューに、ハンジはそのまま回転しながら斬りつける。しかし、ルフューは細身に似合わない怪力で応じる。甲高い金属音と共に、攻撃を仕掛けたハンジの方が、剣ごと弾かれてしまった。ハンジは地面に叩きつけられる寸前で何とか体勢を持ち直す。
    ミケの側に、転がるように着地したハンジの足元で、ぱしゃん、と液体の跳ねる音がした。見ると、足が大きな水溜まりに入ってしまっている。ミケもモブリットも、その飛沫を浴びてしまっていた。
    得体のしれない液体で濡れた3人の姿を満足げに見て、ルフューも地面に降り立つ。全てが、ルフューの思惑通りだった。

    「ザカリアス、それにゾエとバーナー…巨人狩りの達人は、犯罪者も狩るようになったのかい?」

    ハンジが、視線だけで射殺せそうなほど鋭い眼を、ゴーグル越しに見せる。

    「ああ、幾ら巨人を討伐したって、壁の中の人類が滅んじゃお終いだからね…ルフュー、あんたを野放しにはできない」

    真剣なハンジの眼を頷きながら見据え、ルフューは微笑む。

    「ゾエはいい子だ。そんなゾエを守るバーナーはもっといい子だ…そして、ザカリアスは更にいい男になったね……ねぇザカリアス、アタシの手口についてどこまで知ってるんだい?」

    全員が剣や弓しか使わないのを見て、ルフューはクスクスと笑う。その笑みが、すっと消えた。背後に迫る、重くも静かな足音。振り向きもせずに、ルフューはその人物が誰かを察する。

    「ああ………お久しぶりだね、スミス」

    「お前もな…ルフュー」


  9. 9 : : 2014/03/17(月) 23:30:33

     振り向いたルフューの瞳に、金髪に蒼い眼、恵まれた体格を持つ男が映る。調査兵団の団長を務める、エルヴィン・スミス。普段はきっちりと分け、ワックスで固められている前髪が、今日は垂れている。いつも通りの白いシャツとパンツに立体機動装置を着け、無表情のまま歩いてくる。

    「アタシに銃は使っちゃダメだってこと、よくわかったね。信煙弾も使えないから、フードを被ったりとか、そういう原始的な伝達方法を取ったんだろ?…まぁ、信煙弾を使わなかったのには、また別の理由があるんだろうけどね…」

    「…ああ、その通りだ」

    「…ねぇスミス、アタシを捕まえてどうするつもり?殺した方がいいんじゃないの?ま、できれば、の話だけど」

    「…やってみるか…?」

     エルヴィンの殺気の籠った蒼い瞳が、全く動じていないルフューの紫色の瞳に映る。ルフューは、銃を持っていない方の手で剣の柄を叩く。

    「構わないけど、お勧めしない。だって、スミスよりアタシの方が強い。それに何より、ザカリアス達の命は今、アタシの手の中だ。わかってるだろ?」

    ルフューは、水溜まりの液体を浴びた3人に銃口を向けて言う。エルヴィンの眼が細められる。

    「その液体は、燃料か何か、というわけか…あちこちに撒かれているようだな」

    「そうだ。火の気を近づけようものなら、この3人は一瞬で火だるまさ。身の振り方に気をつけた方がいい。調査兵団にとって、この3人は大切な人材なんだろ?」

    「…そうだ。こんなところで失うわけにはいかない」

    「なら、調査兵団はアタシには関わらないことだ。大人しく引き下がれば、命まで取りゃしないよ。邪魔しないでおくれ」

    エルヴィンは黙り込む。常人の何倍も鋭く切れる頭脳が、目まぐるしく回転して次の一手を捻り出そうとしているのだ。その姿を、嬉しそうに見つめているルフューは気がついていない。

    その背後。黴臭い路地裏の淀んだ陰。その影の中に、人影があることに。黒いマントで顔を隠した男の影は、闇の中にもっと濃い闇を作り出している。
    男は、音もなく地を蹴って飛び出した。男は、白銀の光を両手に、矢のような速度を持って、真っ直ぐにルフューへと向かっていく。ルフューの背中に、自身の危機を報せる本能的な悪寒が走った時には、刃が届く寸前だった。

  10. 10 : : 2014/03/17(月) 23:35:29

    「おっと…!! 」

    背後から襲ってきた刺客の、重い斬撃をギリギリで受け止めたルフューの剣が捩れ、真ん中で折れた。折れた刃は空中を舞い、水溜りの中に突き刺さった。衝撃でふらつきかけたルフューは、慌ててアンカーを壁の上の方に打ち込み真上に飛ぶ。手元の折れた剣をまじまじと見てから下を見下ろせば、エルヴィンの横でこちらを睨む小柄な男と目が合う。
    軽く痺れた手を振りながら、ルフューは声を上げて笑う。

    「お、こういうのを何というのかね…『夢の対決』とでも言えばいいのかね?」

    異様な興奮を覚えたルフューの唇が歪んで、少し上擦った声が狭い路地に響く。



    「調査兵団の元兵士長と、現役の兵士長の一騎討ち、なんてさ」



    そう言葉を紡いでニヤリと笑った、調査兵団元兵士長、ルフュー・プーリァは、現兵士長…リヴァイへと、ゆっくりと切っ先を向けた。
    リヴァイも、睨みながら何か言おうとして薄い唇を開く。

    しかし、その言葉は、リヴァイ以外に知られることはなかった。
    辺り一帯に鳴り響いた爆音によって掻き消されたからだ。


    (続く)
  11. 11 : : 2014/03/18(火) 02:04:45
    初めて拝読しましたが、圧倒的な文章力と表現力にとても感動しました…!
    まるで本編の一部のようで、あっという間にこの作品の世界観の虜になってしまったようです。
    この気持ちをうまくお伝えしたいのですが、生憎わたしの言語力ではそれが出来なくて歯がゆいです…
    続きもとても楽しみにしております!
  12. 12 : : 2014/03/18(火) 09:06:24
    カッコいい★
    感動!!!
    本になりそうですね!
  13. 13 : : 2014/03/18(火) 13:53:32
    やばい!進撃不足の日々に、新しい楽しみがww
    てかこのオリキャラさん、私好きかもww
  14. 14 : : 2014/03/18(火) 22:01:28
    ありがとうございます!!
    皆様から暖かい声援を戴けて、大変嬉しいです^^
    では、第2話、「反逆者」です。
  15. 15 : : 2014/03/18(火) 22:08:50
    2.反逆者

     オルオとペトラが『クリーム』を追う殺伐としたデートをし、エルド達がそれを見張り、更にそのエルド達をハンジ達が見張り、追われた『クリーム』改めルフューなる人物をミケ、エルヴィン、リヴァイで包囲した日の数日前。

     「人類の希望」である少年、エレン・イェーガーを預かった調査兵団は、数週間後に第57回壁外調査を控えて、多忙を極めていた。その中でも一際忙しい筈の調査兵団幹部達が、この日だけは調査兵団旧本部に集結していた。


    「雨、かぁ……エレンの実験は、今日はどのみち無理だったね…早く実験したいなあ…」

    窓辺に立ち、外を見るハンジが呟く。そのすぐ後ろに立つモブリットが、素早く懐から手帳を取り出して答える。彼の上司のために、日ごろから情報収集は欠かさない。

    「今日以降は雨が暫く降らず、晴天が続くそうです」

    「ほんと!?じゃあ、明日なら出来るかなぁ!?」

    ハンジが目を輝かせると、椅子に座り紅茶を飲んでいたリヴァイが不機嫌そうな声を出す。

    「明日はダメだ。雨のせいであちこちがぬかるむ。わざわざそんな時に実験をする必要は無い」

    「えぇー!?何だよそれ…エレンが初めて巨人化した日は雨も降ってた!もしかしたら湿気とも何か関係があるかもしれないじゃないか!」

    唾を飛ばしそうな勢いで熱く語り始めそうなハンジの傍で、ドアが開いた。

    「遅れてすまない。待たせたな」

    「クソでも長引いたか、エルヴィン…ミケ」

    リヴァイの悪態には答えず、エルヴィンとミケが席に着く。ハンジとモブリットも腰掛ける。

  16. 16 : : 2014/03/18(火) 22:12:26

    「で?エルヴィン、重大な話って何?エレン?エレンのことだよね?それか壁外調査?まさか、中止になるとかじゃないよね!?」

    「落ち着けハンジ…だが、半分外れ、半分正解、だな」

    エルヴィンの意味深な言葉に、リヴァイが訝しげな表情を見せる。

    「どういうことだ…?」

    エルヴィンは、一呼吸置いてから話し始める。

    「最近、爆弾魔が街に出没している、という話は知っているな?」

    「ああ、それがどうかしたか?」

    壁内最南端の街であり、人類の生活領域と巨人の支配する領域の境界線とも言えるトロスト区では、少し前から、不審火や小さな爆発が多発していた。どの事件においても、犯人が捕まらないどころか目撃情報さえも集まらず、その目的も不明なままで、駐屯兵団も手を焼いていた。ただ、幸か不幸か大した被害が無かったため、そこまで注目されていなかった。
    しかし、数日前の超大型巨人の再来と壁の破壊、巨人の侵入、そしてエレンの巨人化、トロスト区の奪還作戦成功、という、壁内人類全体にとって大きな意味を持つ出来事が起きて以来、その犯罪は急に凶悪化した。
    とにかく人の集まるところで、それまでとは比べものにならない規模の爆発や放火が起こるようになったのだ。ある時は広場、またある時は食堂、昨日は住宅地。どれも、多くの怪我人を出した。
    本格的な捜査を行おうにも、先日多数の死者を出したばかりの駐屯兵団だけでは人手不足だった。シーナから憲兵団も派遣されたが、殆ど効果はなかった。
    エルヴィン達も、罪のない市民達が怪我を負い、財産を破壊される現状に心を痛めてはいたものの、調査兵団としては一切関わらない方針を取っていた。

    「先日、その犯人についての情報が、ある裏ルートから私の所に入ってきた。その情報によれば、犯人は………調査兵団の、元兵士らしい」

    ハンジ達が驚きの表情を浮かべる。エルヴィンは、そのまま続ける。

    「その者の名は、ルフュー・プーリァ……」

     いよいよ全員が固まる。リヴァイだけが、腑に落ちないような表情をしている。

    「おい、エルヴィン…そんな名前の兵士、兵団に居たか…?」

    「お前が知らないのも当然だ、リヴァイ……ルフューは、お前の先代の兵士長だからな……」

    リヴァイの細い目が大きく見開かれる。

    「何だと……!?」

    「リヴァイが調査兵団に来る少し前に、退役したんだ……理由は、確か体調不良。もともと色が白くて、線が細い人だったから……でも、そんな体に似合わない怪力の持ち主だった。優しくて、仲間思いで、責任感が強い、兵士長として、人格・実力の両面で相応しい人…だった…私の知ってるルフューは…そういう人だ…」

    淡々と説明をしてはいるが、さすがのハンジもショックを隠しきれないらしく、俯いている。
  17. 17 : : 2014/03/18(火) 22:15:11

    「何でそんな奴が……」

    「…わからない。ただ、あいつは調査兵団を抜けた後、消息が全く掴めなくなった。その間に、何かが…あいつを壊すような、『何か』が、あったのかもしれない…と私は考えている」

    リヴァイは、頬杖をついてエルヴィンの顔を覗き込む。

    「…信頼してるんだな、そいつのこと」

    エルヴィンの双眸がゆっくりとリヴァイを捉える。何の感情も読み取れない、いや、読み取らせまいとする無表情が、こちらをじっと見ている。

    「当然だろう、あいつとは訓練兵時代からの付き合いだ」

    ふぅん、と、嘆息のような返事を返すリヴァイに、エルヴィンは意地悪な表情を見せる。

    「…何だ、嫉妬しているのか?」

    リヴァイの眼に光が灯る。存外に、図星だったようだ。

    「…んなわけ無えだろ…寝言は寝ている間だけにしろ…」

    怒り、憎悪、殺意、恐怖…そういった感情や意思だけは読み取りやすい男だ。そこは、あいつと同じかもしれない、とエルヴィンは笑う。笑いながら、今自分は、自分で思っている以上に動揺しているのだな、と感じた。普段の自分なら、必要以上にリヴァイを刺激したりしない。

    「大体てめえが俺を調査兵団に…」

    「…やめろ」

    会議では基本的に沈黙を貫くミケが、こういう時は良い仲裁役になる。そして、それをうまくまとめてくれるのが…

    「はいはい、2人共そこらへんにして。今のはエルヴィンが悪いよ」

    「ああ、すまなかった……こう見えても、動揺しているんだ。リヴァイが怒って、殴ってくれれば…少しは頭が冷えるかと思ってな」

    冗談めかすエルヴィンに、はぁ、とハンジはため息をつく。リヴァイも、殴って欲しけりゃそう言えばいつでも殴ってやるが、と冗談を言い始めた。

    いつも通りだ。この4人は、いつも通りだ。これからも、きっとそうなのだろう。誰かが欠けようとも、誰かが戦えなくなろうとも、いつまでも、変わらずに。

    もし、あいつが兵士長だったら、どんな4人だったのだろう、とエルヴィンは考える。

    考えても仕方がないとは思いつつも、思考はどうしてもそちらに向いてしまう。時間が無いというのに、我ながら情けない話だ。

  18. 18 : : 2014/03/18(火) 22:17:12



    「それで、どうするの?エルヴィン…彼を…殺す?」

    そんな私の動揺は、彼女にはとっくに読まれていたのだろう。あえて遠回しな表現を避け、鋭く切り込んだハンジに、隣のモブリットがごくりと喉を鳴らす。

    「殺す…つもりで行って、丁度良い…。あいつ相手ならな」

    「…殺さねぇのか」

    「とりあえずは、な。理由を知りたい。あいつが何故、このような行動を取るに至ったのか。そして、何が目的なのか」

    「けどそうなると…この事、駐屯兵団はまだしも、憲兵団に知られるとヤバくない?エレンをやっと手に入れたのに、このタイミングで不祥事なんてさ…軍内部だけじゃなくて、民衆に対しても、調査兵団は信用を失うことになるよ…下手すると、壁外調査そのものが危うくなる…って、だから、『半分正解』だったのか!」

    「そうだ。それに、兵団内でも士気が下がる恐れがある。よってこの件は、信頼できる限られた人間だけが関わるものとする」

    「具体的には?」

    「ここにいる5人と、ミケの班員…ナナバ、ゲルガー、リーネ、へリング。それから、特別作戦班の、エレンを除いた4人だ。ナナバ達にはもう話してある。今は、エレン達に付き添ってくれている」

    「13人か…まぁ、ちょうどいい人数だな」

    「エレンのこともしっかり見張らないといけないからね…実験もしたいし、壁外調査での、例の作戦の準備も進めないといけないから、この件は早く処理しないとね…誰にも知られず、最小限の人数で少しでも早く、彼を捕まえなければならない、ってわけか…」

    察しの良すぎるハンジが、全て言い当ててしまったので、説明がかなり楽になった。

    「では、具体的な話に移るが……犯行の手口から考えて、奴は、火薬などの燃料を大量に所持し、またその扱いに慣れているはずだ。したがって、銃器は使えない」

    「もし、奴の持っている燃料に引火すれば、爆発の可能性があるから、か…?」

    「そうだ。それに、銃声は目立つ。武力を行使するにしても、なるべく穏便に済ませたい。同様の理由で、信煙弾も使えないため、連絡は別の手段を使うこととする」

    「えぇ……じゃあ、剣で戦うしかないってこと!?」

    「後は、弓が使えるな」

    「…この中で、弓が使える者は?もちろん、最低限の精度で当てられる、という意味だが」

    リヴァイがそっぽを向く。ミケもハンジも首を振る。やはりか、と思った時、モブリットが遠慮がちに手を上げる。


  19. 19 : : 2014/03/18(火) 22:19:57

    「あの…少しでしたら…心得てますが……」

    「モブリット!!それほんと!?…あなたって本当に頼りになるよ…!」

    「ならば、モブリットには弓も持ってもらおう」

    「作戦はもう考えてあるのか?」

    「ああ、モブリットが弓を使えるということで多少変更点があるが……よし、説明する。まず、作戦の日、エレンはナナバ達が見張る。そして、作戦決行日は3日後だ。」

    「え、何で?」

    「3日後、調査兵団本部のすぐ傍の市場で安売りがある。巨人の襲撃以降、初の安売りとあって、かなりの人が集まるはずだ」

    「そうか…事件が起きているのは全て人が沢山集まるところ……その日なら、彼が現れる可能性が高い、ってことだね…」

    「そうだ。まず、あいつを3ヶ所に分かれて探す。オルオとペトラには、実際に市場の人混みに紛れ、直接探してもらう。あいつはオルオ達の顔は知らないはずだから、気づかれないだろう。エルドとグンタ、ハンジとモブリットは、建物の上から探す係だ。エルド達には、このカフェのテラス席から通りの様子を監視してもらい、ハンジ達にはこの建物の屋根に隠れて待機してもらう。あいつを発見した場合は、合図をし、この路地に誘い込む」

    「ど、どうやって?」

    「あいつは人の気配に敏感だ。尾行にもすぐに気がついて、姿をくらまそうとするだろう。この路地は日当たりが悪く、入り組んでいるが、何かと便利な抜け道だ。地元では有名な道だから、あいつもよく知っている。だから、逃げるとすればここからだろう。万が一、あいつが我々の尾行に気づかなかったら、この路地の傍に差し掛かったところでオルオ達に大声で爆弾魔の話でもしてもらい、無理やり意識させる。そこで焦って自爆をされるのが怖いが…その場合はモブリットの弓の腕を頼ることになるだろう」

    「わ、わかりました…!!」

    「路地に逃げ込んだあいつを、地上のオルオ達、反対側で待機していたエルド達、そして路地の傍の屋根の上で待機するハンジ達の計6名で一斉に襲い、捕縛する。これが1次作戦だ」

  20. 20 : : 2014/03/18(火) 22:22:49

    「…早く本題を言え」

    「いやリヴァイ、今のも思いっきり本題だよ…ただ、エルヴィンの1次作戦は成功しないというジンクスがあるからね……って、あれだ。わかった。今の計画に自分が出てこなかったから、不服なんだ!?ま、ミケもだけど」

    「削ぐぞクソメガネ……大体こんな甘い計画、作戦とは言わねぇ」

    「失礼な…だがしかし、流石に私も、この作戦通り上手くいくとは思えない。あいつはそう簡単に捕まらないだろうし、何らかの手を打ってくる可能性が高い。1次作戦が遂行困難となった場合、エルド達には適宜、緊急性の高い方に回ってもらうとして、ハンジとモブリット、お前達には、あいつを路地の更に奥まで誘導して欲しい。そこでミケ、お前の出番だ」

    「ああ」

    「お前の嗅覚があれば、あいつの位置がわかるだろう。対人格闘に長けたお前なら、ハンジやモブリットと協力することで勝てる可能性が高い。これが2次作戦だ」

    「…それが、失敗したら…」

    「私と、リヴァイが出る」

    「お、よかったね、リヴァイ」

    「黙れクソメガネ……で、どうするんだ?」

    「私が、あいつを説得して気を引く。その隙に、リヴァイが背後から襲う」

    「兵士長対決ってわけだ…」

    「…ありきたりだな」

    「これだけ段取りをしたにも関わらず仕留められないような場合は、余計な策を立てても仕方がない。単純な力のぶつけ合いが一番だ。もちろん、私やミケ、ハンジ達も共に戦うのだから、勝てなければ困る。これは最終手段だからな。状況によっては、殺害も選択肢の一つだ。…これが3次作戦だ」

    モブリットが、何かを気にしたような表情を浮かべ、おずおずと口を開く。

    「…あの…団長、最初から全員で戦うわけにはいかないのですか?路地に誘導するところまでは納得なのですが、その後、少人数に分かれて襲い掛かるのは…」

    「時間を掛けて追い詰めることで、あいつを疲弊させることが出来る。路地の奥に誘導することで、人の目に触れることも避けられる。待ち伏せを2回行うことで、取り逃がす可能性も減る」

    論破、とはこのことを言うのだろう。エルヴィンの迷いのない返答に、モブリットは何か言いたげな顔を一瞬見せた」が、言い返す言葉が見つからなかったのか、素直に負けを認める。
  21. 21 : : 2014/03/18(火) 22:24:31

    「なるほど……差し出がましいことを…すいません…」

    「いや、いいんだ。今回の作戦は、事情が事情なだけに、何かと気を使う…ある意味、壁外調査以上に、だ…だから、こうした議論は非常に有益だ…もっともな指摘だったしね」

    「モブリット、さすが私の副官だよ!」

    「そ、そんな…ありがとうございます…」

    「そういえば、さ…コードネームって、決めたの?ルフューのこと、名前で呼ぶわけにはいかないでしょ」

    「ああ、それならもう決めたよ」

    「ええ!?どんなの!?」

    「『クリーム』だ」

    「はぁ?クリーム??色白だから?」

    「それもあるが…クリム(crime)…『罪』という意味の言葉を、もじって付けてみた」

    「なるほど……」

    「うんうん、ぴったりな気がする。『クリーム』か………さて、そろそろ行くか…仕事、早く片付けないとね…」

    「ああ、お疲れ様。作戦決行の前夜、もう一度会議をするから、そのつもりで」

    「了解」

    「失礼します」

    「じゃあな」

    そう言い、エルヴィンとリヴァイだけを残して3人は部屋を出て行った。
    互いに、何も言わない。雨音だけが響く。

  22. 22 : : 2014/03/18(火) 22:26:34
    オリキャラの存在感がすごいですね・・・。

    何故だか、ジョジョ2部のリサリサを想像してしまいました。


    ルヒューさんとそのバックにある組織が何を企んでいるのか、なぜ調査兵団が動かないといけないのか。

    真相を知りたくてわくわくします!

    期待しております(≧∇≦)b
  23. 23 : : 2014/03/18(火) 22:28:48


    「モブリットの奴、惜しかったな。お前の、返答に困る、焦った顔が見れるかと思ったが」

    リヴァイが唐突に口を開く。

    「モブリットが、『最初から全員で襲えば』じゃなく、『強い奴から順に襲えば』と提案したら、お前、どう答えるつもりだったんだ?」

    「…あいつを油断させるには、この順番がいい、とでも答えただろうな」

    「なるほどな……まあ、反論はできねぇが…納得もできねぇ答えだな」

    「…そうだな。彼も気づいているんだろうな…」

    エルド達、ハンジ達、ミケ、エルヴィンと来てリヴァイが最後に戦う理由。それは、命の優先度の問題だ。
    敵は爆発を起こせる。だから、追っ手を撒くために爆発を使用してくる可能性は高い。その際、被害を受けるのは、待ち伏せをする者ではなく、追いかける者…すなわち、ハンジ達だ。次の壁外調査で重要な役割を持ち、エレンの身柄を調査兵団に託される条件であるリヴァイの負傷は何があっても避けたいこの状況を鑑みて、エルヴィンはこのような作戦を立てたのだ。


    外の雨が一気に強まる。ゴロゴロという低い雷鳴が聞こえ始めた。窓を雨粒が叩く音の中で、リヴァイは立ち上がる気配を全く見せない。椅子の背もたれに寄りかかるように座ったまま、静かに言葉を紡ぐ。

    「エルヴィン、奴の話をしろ」

    「ルフューの、か…?」

    「ああ。何でもいい。何か1つ、そいつとの思い出を、俺に教えろ」

    「…あいつのことを、知ろうというのか?」

    「知りてえのはそいつ自身じゃない。お前がそいつを、どう思っているか、だ」

    「…同じことだ…だが…それなら、…」




    なぜ、その記憶を選んだのか、自分でもよくわからない。
    ただ、なんとなく。


    語れば語るほど、思い出す。
    あいつの前では、私も、ただの「スミス」で居られたことを。


    (続く)
  24. 24 : : 2014/03/18(火) 22:34:01
    >>22

    そうなんですwオリキャラが全力で目立ってますww
    ジョジョ読んでなくて、今検索して画像見てみました笑
    結構近いかもです!w
    そのうち、Twitterの方にオリキャラのイラストを上げようかと思ってますw
    ありがとうございます!
    ルフューさんにはまだまだ頑張ってもらいますので、楽しみにしていて下さいw
  25. 25 : : 2014/03/19(水) 22:45:41
    皆様から声援を戴いて、とても幸せにフルスロットルで妄想できている泪飴です。
    今回で一応第1部が完結という形になります。
    スレはたぶん変えないと思います。

    では、第3話「兵士長と焔」です。
  26. 26 : : 2014/03/19(水) 22:46:19
    3. 兵士長と焔


    ルフューの消えた路地の側に辿り着いたオルオとペトラは、耳が痺れるほどの爆音の後、すぐ近くで起きた事態を唖然として見ていた。相変わらず揉みくちゃの、人混みの向こうに、それはいた。

    身体中に炎を纏い、躍り狂う3人の人間。
    その人間の炎が、周りの人間の衣服にも燃え移る。人でごった返していた大通りが、地獄と化すのに時間は掛からなかった。
    パニックに陥った人々が、我先にと、炎から離れようとする。あちこちで将棋倒しが起こり、悲鳴や怒号がこだまする。

    「オルオ、飛ぶよ!巻き込まれる!!」

    ペトラはそう叫ぶと、立体機動装置を隠すための丈の長いコートを脱ぎ捨て、立体機動に移った。オルオもその後を追う。屋根の上から下を見下ろすと、さっきまでオルオ達の入ろうとしていた路地に、群衆が殺到している。

    「オルオ、ペトラ!」

    声の方を見ると、エルドとグンタが飛んでくる。

    「こっちに、火のついた人間を来させては駄目だ!火気に反応して爆発する罠が仕掛けられている!」

    グンタがそう叫んだ矢先に、肩に火がついた男が助けを求めて泣き叫びながら、こちらへふらふらと歩いてくる。エルドが舌打ちをすると、男に駆け寄った。グンタも後に続き、エルドと共に熱さも構わず、服で叩いて火を消そうとする。ペトラとオルオがパン屋から貰ってきた水を浴びせると、男の肩の火は完全に消えた。

    男の火傷は肩の周りだけで、そこまで酷くはなかったが、痛みと恐怖で気絶したようだった。心配して薬や水を持ってきてくれたパン屋の女将に男を任せ、4人は他の燃えている人間を探す。
     
     体に火が付き、パニックに陥った人間は、まるで、奇行種のようだった。非合理的で、全く予想のつかない行動を取るからだ。周りの人間を巻き込まないよう人から離れるかと思えば、熱さに耐えかねて助けを求め、人垣に突っ込む。
     
    「おい、そこの野次馬共、お前らも黙って見てねえで助けろ!!」

    オルオが叫びながら、背中に火のついた青年の服を脱がしにかかる。

    「水が無いんだ、無理だ…医者でもないし、何も出来ない」

    そう言い訳をする民衆に、オルオの雷が落ちる。

    「水が無くても砂をかけりゃいいだろ!!喋ってる暇あったら頭回せ!!頭が動かねえんなら足を動かせ!!何も出来ねえんなら、ここからさっさと離れろ!!」

     強い語気に圧され、民衆がゆっくりと移動する。日頃ペトラから酷評を受ける、上司の真似もたまには役に立つようだ。珍しく舌を噛まなかったオルオに、エルドとグンタは内心拍手を送る。

  27. 27 : : 2014/03/19(水) 22:48:32

     「あ!!だめ!!!」

     ペトラの焦った声に慌てて振り返ると、右足に火をつけた男が、すぐ後ろを猛スピードで駆け抜けて行った。ペトラが制止する間も無く、例の路地へと向かっていく。

    「まずい!!止めろ!!あっちには兵長達が…!!」

    「クソ!」

    「オルオ!!」

    「危ねえからお前らは離れてろ!」

    「ちょっと!!オルオ!!」

    路地のすぐ手前で男に追いつき、首を掴んで地面に押し倒す。
    地面に投げ出された男が地面を転がり、火のついた足が水溜りに近づく。


    爆発する。


    もう間に合わないと気づきつつも、オルオは背を向けて走り出した。


    その背後で、
    男の脚の火は一瞬大きく燃え上がって、

    そして。






  28. 28 : : 2014/03/19(水) 22:51:05





    「何だ…今の音は…」

    エルヴィンが音のした方を見る。風に乗って漂ってくる焦げ臭い臭いに、ミケがスン、と鼻を鳴らす。

    「火と、煙の臭いだ」

    「うん、それは私でもわかるよミケ…」

    冷静に突っ込むハンジにルフューがケラケラと笑う。

    「じゃあ、肉の焦げる臭いもするかい?…もちろん、人間のね。…どうだい、ザカリアス」

    ミケの眼光が鋭くなる。エルヴィンはミケの方を黙って見る。ミケの沈黙が、ルフューの言葉が真実であることを肯定する。ずっと沈黙を貫いていたリヴァイが怒りを露わにする。

    「てめぇ…この気狂い野郎が…ズタズタに削いでやる…ッ!!」

    リヴァイの言葉に、ルフューが笑顔を崩す。美しくも妖しさを秘めたルヒューの顔は、無表情になると、ただどこまでも不気味だった。

    「せっかくスミス達がいい表情してるのに…下から煩いねえ…リヴァイ…見なよ、バーナーの怯えてるけど必死に勇気を奮い立たせようとしてる顔。かわいくってしょうがないよ。それに比べるとゾエは真っ直ぐだね。とにかく怒ってる。自分が抱いてる恐怖や緊張に、自分自身でも気づかないほどにね。今のゾエは色んな意味で危ない。そう思うと、ザカリアスはゾエと真逆だね。周囲の状況が気になって怒ってるどころじゃないんだろ。スミスも、いつも通りに見えるけど全然そんなことないよね。スミスはいつも、感情と思考が別の所にあるんだ。こんな状況でも、スミスだけは、この『先』を視てる。ああ素敵だよ、今すぐ近づいて間近でじっくり見たい気分さ……リヴァイが居なければね」

    流暢な言葉でエルヴィン達の表情を1人ずつ愛でていくルフューに、リヴァイも言葉が出てこない。半分は呆れているせいだったが、もう半分は一種の驚き、感動だった。
    ルフューは、やっていることは滅茶苦茶だが、言っていることはおしなべて的を射ている。高い身体能力に冷静な判断力、加えて鋭い観察眼。あのハンジをして、「兵士長に相応しい男だった」と言わしめるだけのことはある。

    「…まあ、リヴァイが居なくても、今日はそれは出来ない。お互い忙しい身だ。そろそろ終わらせないとね」

    引き金が掛かった指に、ルフューは突然力を込める。終わらせる、というルフューの言葉の意味は、良い意味に取りたいが、そうもいかないのがルフューという男だ。

    「ルフュー」

    エルヴィンが少し慌てて話しかける。ルフューはまた微笑んでいる。

    「まったく、スミスは…そんなにアタシと離れるのが嫌かい?」

    「ああ、まだ話し足りないな…ここまでのやり取りで分かったのは…結局、お前が、私の知る昔のお前のままでありながら、今、とてもお前がやっているとは思えない行動を取っているということだけだ…何故だ、何故こんなことをする?」

    エルヴィンがルフューと会話している間に、ミケ達はゆっくりと後ずさり、少しでもその場から離れようとする。
     
  29. 29 : : 2014/03/19(水) 22:56:15

     「教えてあげたいけど、悩んでるスミスを見る方が好きなんだよねぇ」

    ルフューの方は冗談を言って、まともに答える気がないようだった。当然と言えば当然だが、リヴァイはルフューの言動の1つ1つが癇に障る。そんな激しい苛立ちも、言葉になる寸前で何とか、喉元に留まっている。ミケ達が逃げられるよう、少しでも会話を引き延ばさねばならない。しかし同時に、リヴァイの怒りが沸点を超える前に動かなければ、という矛盾した気持ちに、エルヴィンもまた焦りを感じる。

    「理由を、言わないのか。それとも、言えないのか。それだけでも教えてくれないか…?」

    「ごめんね、スミス…」

    一瞬、悲しそうに微笑んだ後、また無表情に戻る。動く薄い唇から出る言葉は氷のように冷たい。

    「リヴァイ、もう我慢しなくていいよ。スミスも時間稼ぎはここまでだ」

    ルフューの言葉に、ミケ達は全力で離れる。その背中に向かって、ルフューが今度こそ引き金を引こうとした瞬間、リヴァイが弾かれたように飛んで斬りかかる。
    リヴァイが動いたのを確認したルフューは、アンカーを抜いてそのまま自由落下した。ルフューの予想外の動きに、リヴァイの剣が空を斬る。

    「なっ……待て!!」

    リヴァイの声を背中で聞いたルフューは、地面すれすれで加速し、そのままミケ達を追い掛ける。
    リヴァイもエルヴィンと共にすぐさま追い掛け、ルフューに追いつくが、その向こうには既にミケ達が見えている。今、撃たれたらまずい。リヴァイの顔が青ざめる。
     加速して、顔を打つ風の温度が下がったのを感じた次の瞬間。


  30. 30 : : 2014/03/19(水) 22:57:05



    ぽつん。



    血の気の引いたリヴァイの頬に、水滴が落ちてきた。上を見上げると、次々と雨粒が落ちてきて、あっというまに土砂降りになった。

     ルフューも、エルヴィン達も空を見上げ、顔面に大粒の雨を受ける。

    爆発の恐れは無くなったが、あまりに激しい雨のせいで視界が悪く、何も見えない。そもそも、眼を開けているのも難しい。

    「待て!!ルフュー!!」

    エルヴィンの叫びも空しく、ルフューは雨の幕の向こうへと姿を消した。



  31. 31 : : 2014/03/19(水) 22:58:31



    「この雨じゃ、臭いで追うのも無理か…臭いが混ざってしまってわからない」

    「そっか…ごめん…私達があんな罠に嵌らなければ、勝ててたのに…」

    「いえ、僕も結局、矢を外してしまいましたし…」

    「…俺こそ、背後からの不意打ちを防がれた…さっきも、攻撃を躱された……俺の力量不足だ」

    近くの建物の軒下に避難し、反省会と化しているリヴァイ達の会話を聞きながら、エルヴィンは目を堅く閉じていた。
    雨が降り出す前に見たルフューの笑顔。あの頃と、何も変わらないのに。
    直接会ってみて、余計にルフューのことがわからなくなった。
    わかったのは、ルフューを捕まえるのは決して簡単ではない、ということのみ。

    エルヴィンの瞼の裏に、3日前、リヴァイに語ったルフューとの思い出が自然と浮かび上がった。通りで起きたであろう爆発も、この雨なら収まったはずだ、雨が止むまでは好きなことを考えていていいだろう、と、誰に対してでもなく言い訳をして、ただその記憶に浸る。




  32. 32 : : 2014/03/19(水) 23:00:08


    夕暮れ時の訓練場。分隊長であるエルヴィンは、疲れた頭で遠くを見ていた。以前から頭にあった新しい陣形の案がまとまらない。陣形自体の形はもう決まっているが、どこにどれだけの兵を割くかがなかなか決まらない。どうしたものか、と悩んでいるエルヴィンの耳に、よく知る2人の声が入ってくる。

    「その髪、何とかならんのか、ルフュー」

    「何さ、キース。立体機動には差し支えない長さだよ、問題ないだろ」

    白い指で墨のように深い黒の髪をとかす。手を離れた髪の房の先端は、ふわりとルフューの腰の辺りに流れた。
    キースは顔をしかめる。

    「お前だから差し支えないが、普通なら巻き込んでしまって事故の元になる長さだ。何があるかわからないのが戦場というものだ。その油断が命取りになるかもしれんぞ…第一、男がそんなに髪を伸ばすなんて…」

    「いいじゃないか、アタシの自慢の黒髪さね」

    「…はぁ…せめて、編んだらどうだ?そういう髪型の兵士なら、何人か居る」

    「うーん、編むのは嫌だなぁ…ねぇ、どう思う?スミス」

    「…編んだらいいんじゃないか?戦闘時以外は下ろしていればいい」

    「そうかぁ…じゃあ、編んでくれない?髪紐は持ってるんだけどさ…慣れてないからうまく出来ない…キースは先に行ってていいよ」

    キースの背中を見送ってから、自分も人の髪を編んだことなどないのだが…と呟きつつも、エルヴィンは差し出された髪紐を受け取り、ルフューの背後に回って髪を一房手に取る。細くしなやかな毛の感触に、確かに切るのは勿体ないと思いながら、編んでいく。

    「出来たよ」

    髪紐をしっかり結んでから手を離す。ルフューはちらと振り向いて、漆黒の髪を編んで作った鎖に指先で触れる。

    「ありがとう、スミス…スミスは本当に何でもできるね」

    「何を。お前ほど手先の器用な男は見たことが無いよ。何でも作れるし、お前こそ何でもできるじゃないか」

    「それだけが取り柄さ…スミスは本当にいい男だよ…結婚して欲しいくらいだ」

    「はは、気持ちだけ受け取っておくよ……仮にお前が女でもね。私は、戦いが終わるまで結婚はしないと決めているしね」

    「アタシが女だったら、アタシ、本当にスミスに惚れてただろうな…でも、そうだったら、きっとスミスの方も、アタシと結婚する気になってたはずだよ」

    エルヴィンは意味を汲み取れずに首を傾げる。ルヒューは夕陽を白い肌に浴びながら、儚げな笑顔を浮かべ、言う。

    アタシは強いから。絶対死なないから。

    「……確かにな」

    だろう、と笑うルヒューの笑顔はどこまでも無邪気だ。

    「じゃあね、スミス。アタシ、キースを探さなきゃ。髪、ありがとう」

    ああ、と答え、手を振って別れる。


    ルヒューはまた痩せた。


    聞けば、訓練は人並み以上にこなしているというし、医者も特に病気ではないと言っているのだが、どうにも安心できなかった。
    いつか消えてしまうのではないか。
    色白を通り越して、顔色の悪い兵士長の後ろ姿を、エルヴィンは顔を曇らせて見送ったのだった。

    そして、口に入れたクリームが溶けて消えるように、本当に消えてしまったのだ、あいつは。

  33. 33 : : 2014/03/19(水) 23:01:08




    目を見開けば、リヴァイがシャツを脱いで絞っている。背中に水が入って気持ち悪かったらしい。ハンジも真似しようとして、モブリットが全力で止めている。ミケが、何かの匂いに気付いた表情を見せる。

    「あ、皆さーん!!」

    軽い、4人分の足音。

    「エルド達!!ああ、よかった、無事だったんだ」

    「お前ら…」

    「兵長達もご無事で…よかった…!!」

    「あの、『クリーム』は?」

    「…逃した」

    「…そうでしたか…すみませんでした…私のせいで…」

    俯いたペトラを皆が慰め、また反省会が始まりそうな雰囲気の中に、エルヴィンがやっと口を開く。

    「いや、私の作戦が全て読まれていたんだ……君達のせいではない。それに、済んだことをいつまでも言っていてもしかたがない…今はまず、情報の共有が重要だ…すぐに本部に戻り、話し合う…それから、次の作戦を考えよう」


    エルヴィンの力強い言葉に、全身びしょ濡れの、8人の精鋭達が大きく頷く。
    ルフューの放った焔を消した雨が、今度はエルヴィンの心に火をつけた。

    待っていろ。


    (続く)
  34. 34 : : 2014/03/20(木) 00:16:59
    うおおお更新来てたあああ!
    何この胸アツ展開ww
    アニメ1期の最終回みたいだ
  35. 35 : : 2014/03/20(木) 00:33:56
    >>34

    いつもありがとうございます^^
    はい、ちょっとだけ意識しましたww
    great escapeをBGMに、団長にかっこよく言って欲しいな、とww
  36. 36 : : 2014/03/20(木) 23:17:52
    Twitter見てきましたww
    正座待機www
  37. 37 : : 2014/03/20(木) 23:21:12
    おお、Twitterの宣伝効果、意外にあるんですねww
    更新宣言から時間が経ってしまいまして、ちゃめこさんの足がしびれてないか心配な泪飴ですww

    今日から、第2部です^^
    特殊設定が入ってきますが、ひたすら泪飴の妄想ということでお許しください…

    では第4話、『花街』です!!
  38. 38 : : 2014/03/20(木) 23:22:30
    4.花街

    「ルフューの居場所が掴めたよ」

     エルヴィンがリヴァイ達を集め、ルフューに関する新たな情報を口にしたのは、ルフュー捕縛作戦の2日後の深夜だった。

     あの日、エルヴィン達は本部に帰還してすぐに、緊急かつ極秘の会議を開いた。
     ルフューとエルヴィン達が戦闘している最中に、通りで起きた小さな爆発は、所謂「自爆」によるものだった。3人の男が、持っていた可燃物を爆発させたのだという。自爆した3人以外の死者は出なかったが、周りに居た多くの人間が重傷を負った。
     遺体はすぐに、駐屯兵団及び憲兵団によって回収されてしまったため、彼らに姿を見られないように本部へと帰還したエルヴィン達には、それを直接見る機会は無かった。
     しかし、オルオとペトラの証言から、自爆したのは、ペトラに圧しかかり、尾行を妨害した男達だということがわかったのだ。

     つまり、ルフューには協力者が存在する。

     ルフューの、あの異常なまでの手際の良さには、このことも関係していたのだろう。だとすれば、ルフュー本人の捕縛が難しくとも、協力者達を捕まえることで何か新たな情報がわかるかもしれない。そう踏んだエルヴィン達は、その日のうちに3人の素性を調べたが、それは空回りに終わった。
     3人の男達は互いに面識が無かったばかりか、どの兵団とも一切無関係な、一般市民だったのだ。暗い会議室で、書類を机に置きながら、金で雇われただけの連中なのかもしれないな、と呟くミケの横顔をランプの明かりが照らし出した。
     その翌日、エルヴィン達はエレンを交代で見守り、壁外調査の準備も進めながら、ルフューの捜索を水面下で行った。各自、使える情報網は全て使ったにも関わらず、ルフューに関する情報は得られなかった。
     その翌日も、エルヴィンが所用で不在の中、日が暮れるまで必死に捜索を続けたが、やはり結果は同じだった。その代わり、それ以降は一切爆発事件は起こらなかったため、巨人侵攻の傷から回復しつつある街の人々も、次第に明るさを取り戻して来たようにも思えたのが唯一の救いだった。

    深夜の会議室で、エルヴィンの帰還を待つリヴァイ達は黙り込み、疲労の色を隠せずにいた。ただでさえ蓄積していた疲れに、努力が報われない苛立ちが重なって、精神的にも肉体的にも限界が近づいて来たのだ。

     そんな、夜の闇よりも暗いムードの部屋に、トランクを片手に帰還したエルヴィンが放った一言は、一瞬で皆の顔を明るくした。


    ルフューの居場所が掴めた。


    ハンジが思わず立ち上がる。

  39. 39 : : 2014/03/20(木) 23:25:47



    「それ…ほんと!?え、…ほんと!?」

    「ああ。王都に居る情報屋から聞くことが出来たよ」

    「王都……?え、今日の出張って、まさかルフュー探しが目的だったの?」

    「もちろんそれだけではない。壁外調査で使う予定の、例の装置についての話も進めてきたが…だが本命はこっちだ。これだけ探しても見つからないとなれば、考えられる場所は、王都の地下街だけだったからな。そして、私の勘が当たった」

    「う、うおおおお!!凄い!!流石だよエルヴィン!!」

    「地下、か…道理で、見つからないわけだ」

    「おいエルヴィン…地下と言っても、あそこは広い…地下のどこなのか、ちゃんとわかってんだろうな?」

    「ああ。私も足を踏み入れたことが無い場所だが……『花街』と呼ばれる区域だ」

    「『花街』?随分呑気な名前というか…第一、地下に花なんて咲くの?」

    「馬鹿か、花ってのはそういう意味じゃねえよ」

    「…リヴァイ、知ってるのか?」

    「ああ、地下に居る連中にもあまり知られてない話だが…地下の中でも特に深い奥、最下層に、そう呼ばれる区域がある。名前はハンジの言う通り呑気だが、…実際は、見てくれだけが綺麗な、悪趣味な風俗街だ」

    「なるほどね…リヴァイは行ったことがあるの?」

    「数回だけだが………あくまでも、『仕事』で、だ」

    「『仕事』、な…」

    ミケが苦笑いする。ハンジも、まぁ時効でしょ、と笑う。
    リヴァイがかつて、地下街を騒がせる窃盗団のリーダーをしていたことを知っているのは、調査兵団の中でも限られた人間だけだ。
    そんな中、エルヴィンだけが、何か含みのある表情でリヴァイを見る。エルヴィンの視線を頬に感じながら、あえてそちらを見ることはせず、リヴァイは話を続ける。

    「風俗街に近いものなら、別に地下じゃなくても存在するし、はっきり言って地下にはその類の店が多い。だが、あそこは少し特別だ」

    「超偉い人しか来ない…とか?」

    「それもある。だが、一番特殊なのは、その趣だ」

    「趣…」

    「あそこは、今の俺達には、書物の中でしか知ることの出来ない、『東洋』の文化を再現している」


  40. 40 : : 2014/03/20(木) 23:27:12


    ミケとハンジの目が大きく見開かれる。

    「えええ!!何それ!!行ってみたい!」

    目を輝かせるハンジを横目に、エルヴィンが説明を引き継ぐ。

    「…かつて、『東洋』には『遊女』と呼ばれる娼婦たちが居て、『遊郭』と呼ばれる風俗街で、毎晩美しく着飾り、男達の相手をしたのだそうだ。彼らは、ただ体を売るだけではなく、楽器や踊り、学問といった『芸事』に精通し、訪れる者達を様々な形で楽しませていたという。中でも、『太夫』や『花魁』と呼ばれる上級の遊女の中には、その美貌と才覚から、時の権力者よりも優位に立った者もいたらしい。『花街』では、『東洋人』が身に着けていたとされる『着物』を再現した衣服を纏った、黒髪・黒目に近い容姿を持った男娼・娼婦を集めている。建物や小物、装飾に至るまで、可能な限り『東洋』のものに近づけていて、壁内唯一の『遊郭』を名乗っているらしい」

    「へぇ……そんな場所があったんだ…リヴァイは行ったことあるんだよね…いいなあ」

    「ああ、話を聞いていて、私も興奮したよ。是非とも見てみたい」

    「…それで、どうするんだ?確かに、何もかもが目新しくて綺麗な街だが、それゆえにその影は濃く、危険だ…犯罪者達だらけのあの町では怪しい薬も人身売買も当たり前だからな…そもそも急に押しかけて、入れる場所じゃねえ……地下の中でも、特に隠された区域だからな」

    「そうなのか…そこは、リヴァイの力で何とか…ってわけにはならないの?」

    「…俺が地下を出てから何年経ったと思ってる…?…あんな場所だ…俺が知ってる奴の何人が生き延びているか……大体、それならエルヴィンが使った情報屋に頼った方が早いはずだ」

    「その話ならもう付けて来た。従業員、及び客として、我々4人くらいなら潜入できるそうだ」

    「うわ、さっすが……って従業員!?私!?」

    「と、リヴァイだ」

    「ふぅん、そっか。じゃあ、エルヴィン達が客か」

    「そうなるな」

    「………おい待て」

    「2人共、かなりもてるんじゃない?」

    「はは、そんなことはないよ」

    「やっぱりお洒落して行くの?というか、本当に『花街』に行けるなんて!」

    「不謹慎だが、少し楽しみだ」

    「お前らっ!!おい!!」

    「何だリヴァイ」


  41. 41 : : 2014/03/20(木) 23:29:37



    リヴァイの眉間の皺が深くなっている。相当怒っている証拠だ。

    「何で俺が従業員なんだ…?…エルヴィンてめぇ…それが何を意味するか分かってて言ってんのか…?」

    「もちろんわかっている。あそこで働く人間は、身を売る人間が殆どで、残りはそうした人々を店に置く連中だ。そして、ルフューはそこに客として滞在している。ルフューと接触できるのは我々『客』ではない。ならば、女であり怪しまれにくいハンジと、この中で一番腕が立つお前が行くのは当然だろう。2人共、黒髪・黒目に近いしな。逆に、私かミケでは無理があるだろう…違うか?」

    「……っ…俺に、男娼の振りをしろと…?」

    「いや。お前がするのは、男娼の振りではない。…大体、そのままの姿で会いに行ったら、扉を開けた瞬間に逃げられるだろう。最悪の場合、爆発を起こされるかもしれない」

    「…そりゃ…そうだが……おい……まさか……」

    「その、まさかだ」

    エルヴィンは足元に置いていたトランクを開け、その中身をリヴァイの目の前に突き出した。


    (続く)
  42. 42 : : 2014/03/20(木) 23:52:54
    足の痺れは回避したけど続き気になるー!
    兵長どうなるのですか。。w
  43. 43 : : 2014/03/21(金) 00:01:01
    続き気になって仕方ない!
    期待×100!!
  44. 44 : : 2014/03/21(金) 00:07:26
    >>42

    ちゃめこさん、足がご無事でよかったですww
    兵長は…悪いようにはしません…(妖笑

    >>43

    ありがとうございます^^
    最後まで楽しんでいただけるよう、頑張ります♪
  45. 45 : : 2014/03/21(金) 17:37:42

    Twitterで連絡くれた当初は、この作品を書いていた泪飴さんだと気が付かなかったよ、ごめんなさい!(´+ω+`)

    あのやりとりの以前に、Submarineさんにこのお話と「幻影彷徨う夜」を紹介されていて、
    いざ読んでみると、情景描写や人物の特徴の描写の能力の高さに目を丸くしていたんですよ(・∀・`*)

    文章力・ストーリー性ともに私が読んで来たSSの中でも、泪飴さんはトップクラスのポテンシャルがあるから、これからも執筆活動を頑張って!!
    (同じくオリキャラ扱っている身だから、泪飴さんの実力が分かる事もありました!(=゚ω゚)ノ
  46. 46 : : 2014/03/21(金) 21:31:33
    Twitterでもフォローさせて頂きました!るーじゅんです(・ω・)
    続きを全裸待機してます(≧∇≦*)(≧∇≦*)
  47. 47 : : 2014/03/21(金) 23:24:33
    >>45

    My.Loさん…!ありがとうございます!!
    そうだったんですね^^いえいえ、気にしないでください♪
    こんなに褒めて戴いてしまって、内心ドキドキしながらの更新になりそうです笑
    SS作家の先輩として、これからも暖かく見守ってください☆

    >>46

    るーじゅんさん!フォローありがとうございました☆
    Twitterでも仲良くしてください^^
    そして、2時間近く裸で待機させてしまってごめんなさいww
    手直ししてたら遅くなってしまいました…!!



    では、第5話、「ヴァイゼ」です!
  48. 48 : : 2014/03/21(金) 23:26:38
    5. ヴァイゼ

    エルヴィン達4人が密かに調査兵団本部を発ち、地下の『花街』へと向かった後、その不在を守るのはモブリット達だった。
    モブリットは、誰も居ない部屋で、ハンジが残していった大量の仕事を進めていた。不意に、扉がノックされる。足音で誰だかわかったモブリットは、すぐにどうぞ、と答える。すぐに扉が開く。

    「モブリット、お疲れ様。代わるよ」

    「ナナバさん!いえ、僕はまだ平気ですから…仕事でもしていないと落ち着かなくて…」

    「いつもはハンジに振り回されて大変だけど、こうしてハンジが居ないとそれはそれで落ち着かないか」

    「ええ…あの人、無理しますから……何事も無ければいいんですが…今頃…」

    「リヴァイ達と行ってるんだろ?あの4人ならまず平気だと思うけど…まぁ、地下だからな」

    「そうなんですよ…それに、ハンジ分隊長もれっきとした女性ですから……」

    「暴漢に襲われたりして…って?モブリット、ハンジのこと好きなの?」

    「や、やめてくださいよ!!副分隊長として、分隊長の身を案じているまでです…」

    「ふぅーん…まぁ、その件は色んな問題が落ち着いてから、ゆっくりじっくり聞かせてもらうとして……」

    ナナバの言葉を遮るように、ドアがノックされた。ルフューの件を知る13人だけが使うノック。ナナバとモブリットは顔を見合わせると、どうぞ、と答える。
    一呼吸置いて、エルドが紙の束を持って部屋に入ってくる。あまり顔色がよくない。

    「あ、ナナバさん、モブリットさん…お話し中失礼します…これ…こんな、ものが…」

    「ん?エルド、どうした?顔色が悪いよ…?」

    「配達されたものではなくて、敷地内に外から放り込まれたようで…たまたまペトラが見つけました……とにかく、見てください…」

    ナナバがエルドから束を受け取る。紙の束は、5通の手紙だった。宛名は、エルヴィン、リヴァイ、ミケ、ハンジ、そして…

    「え、僕?誰からだろう…」

    そう呟いて封筒を裏返したモブリットは、そこに描かれた模様を見て、思わず封筒を落としそうになる。

    「何だ…これ…」


  49. 49 : : 2014/03/21(金) 23:27:27

    それは、調査兵団のシンボルである自由の翼を上下反転させたマークだった。それだけなら、印刷のミスかと思うが、ご丁寧に白と青の2色も逆にしてある。これは、明らかに意図的な改変だ。

    「こんなマーク、見たことないぞ…悪戯か?」

    ナナバも首をかしげる。
     悪戯。でも、それにしては手が込みすぎている。

    「僕宛てのなら…開けても平気だから…」

    殆ど独り言だったが、言葉にしないと落ち着かなかった。ルフューの笑顔が脳裏から
    離れない。
    ペーパーナイフを走らせて封筒を開けると、中には便箋が1枚入っていた。急いで目を通したモブリットの表情が強張る。

    「どうした?まさか、ルフューからか?」

    「ええ…本当に、ハンジ分隊長が危ないかもしれません…!!」

    「えっ……」




  50. 50 : : 2014/03/21(金) 23:29:22



    暗い地下の奥深く。常世の街は、美しくも虚ろな賑わいを見せている。
    漆塗りの盆に載った食事と酒には殆ど手を付けず、ルフューは窓から外を見ていた。大小合わせて100近い店が立ち並ぶ花街は、陽の光の届かない地下でありながら、地上の夕暮れよりも明るい。
    ルフューの居る店は、宿泊施設としても使えるが、やはり色事を対象としており、どの部屋にも必ず1人の『遊女』が付くことになっていた。

    「ルフュー様、本日の担当の『遊女』をお連れしました。今日も、よい一晩をお過ごしくださいませ」

    小柄な少女が襖を開け、桃色の羽織を深く被った『遊女』を伴って部屋に入って来る。女性は、挨拶を済ませると、すぐに部屋を出て行った。
    一人残された遊女は、緊張しているのか、頭を垂れたまま動かない。ルフューは、ふっと笑う。ルフューがこの店を使うのは、今回が初めてではない。所謂『常連』に数えられるルフューには、彼女が何を考えているのか、その鋭い観察眼を働かせずとも容易に解った。

    「新人だっけ?アタシのことは聞いてる?」

    羽織が横に揺れるのが返答の代わりだった。

    「そう…『布団』、敷いてないだろ。アタシはあなたと寝るつもりはないからさ。酷いこともしないけど、良いこともしないつもりだ。その食事は、お腹が空いているならあげるけど…眠くなったら、自分の分だけ敷いて寝るといい」

    アタシは横になって寝ないからさ、と言いながら窓の外に視線を移す。

    路地で戦闘してから3日。調査兵団の幹部がどこかに出掛けた、という情報はもう既に入ってきている。だとすれば、そろそろ来る頃合いだ。スミスが、ここに、来る。

    興奮して乾燥した唇を舐め、我に返る。
    『遊女』の方を見ると、さっきとまったく同じ場所に居る。返事どころか身動きもしない『遊女』に、ルフューは笑いかける。


  51. 51 : : 2014/03/21(金) 23:32:11

    この店は『花街』でもかなり大きく、それだけ沢山の『遊女』達を抱えている。そのため、『遊女』間の序列が細かく、それに応じて売られる値段と、相手にする客のレベルが大きく変わる。上級の『遊女』達は、それこそかつて『東洋』に居たとされる『太夫』や『花魁』のような扱いだが、逆に、下級の者達は目も当てられないような扱いを受ける。

    必死に磨いた芸事を披露する機会も与えられず、ただ男達の欲望の掃き出し口のような扱いをされながらも、より上の級に昇るため、必死に自分を売り込む少女達は、『花売り娘』と呼ばれていた。

    それを知っていたルフューは、あえてそんな『花売り娘』達を指名していた。上客としてこの店に滞在するルフューに呼ばれた『花売り娘』達は、決まって怯えた表情を見せた。本来ならば決して相手をする機会など無い筈の上客の指名となれば、『使い捨て』にされる可能性が高いからだ。万が一、そうした理由でなくとも、機嫌を損ねるようなことをすれば客本人からも、店からも制裁を受ける羽目になる。ルフューの部屋に来る『花売り娘』達は、絶望に満ちた表情で、その敷居を跨ぐのである。
    しかし、そんな絶望の中でも、彼女達は必死で自分を売り込んでくる。彼女達には、上客に気に入られ上の級に昇る機会を得る、という一縷の希望が残っているからだ。

    まるで、調査兵団の兵士のような少女達だ、と、ルフューは思う。
    恐怖に怯えながら、巨人の居る領域に命を懸けて足を踏み入れ、生きて壁内に還れば非難の嵐。そんな絶望的な状況の中でも『自由の翼』を掲げ、人類勝利という淡い不確かな希望に向かって手を伸ばし続ける彼らと、この『花売り娘』達は、どこかで似ている。

    だが、ルフューの部屋に来る少女達は揃って困惑させられることになる。

    酷いことも良いこともしない。
    一晩、同じ部屋の空気を吸い、話し相手になるだけ。

    美しい容姿と高い経済力を持ちながら、『遊女』に全く関心を示さないルフューは、彼女達を怯えさせ、驚かせ、退屈させ、そして魅了した。
    ルフューは店を去る時、必ず担当の『遊女』を高く評価して帰る。そのため、次にルフューが店に現れる時は、その『遊女』は『花売り娘』では無くなっている。皮肉なのは、ルフューに恋してしまった『遊女』は、『花売り娘』しか指名しないルフューにはもう二度と会えないということだったが、それでも、この店の『花売り娘』にとって、ルフューは『英雄』だった。

    今日の『遊女』だって同じだ。動かないのは、動けないのは、困惑しているからなのだろう。『酷いことはしない』と言ってしまったし、何より兵士長を時代に染みついた兄貴肌のせいで、ルフューとしてもそのまま放置しておくのは可哀想だ、という結論に達した。

    「つまらない男で悪かったね。なら、こっちにおいで。一緒に外を見よう。恥ずかしいなら、それ、被ったままでいいから」

  52. 52 : : 2014/03/21(金) 23:33:33

     どの言葉が『遊女』の心を動かしたのかはわからないが、初めて『遊女』が動いた。
    羽織を被ったまま立ち、ゆっくりと近づいてくる。微かに香が焚かれているらしく、芳しい香りがする。この『花売り娘』には、優しい先輩が付いているのかもしれない。

    しかしそれにしても。
    この羽織は、彼女の感情を隠すには薄すぎた。

    窓辺に佇む自分よりも、ずっと背の低い『遊女』がすぐ側まで来たところで、ルフューは突然、羽織の端を踏みつけた。
    一瞬、ぐらりと傾いた体はバランスを崩してしまったかのようだったが、羽織の中の影はそのまま倒れ込むようにして短剣を突き出してくる。ルフューはそれをひらりと躱し、距離を取る。
    羽織が、睨み合う2人の間にぱさりと落ちる。羽織の中に隠れていた刺客と目が合って、ルフューはこれ以上なく楽しそうな笑みを浮かべた。

    「色目を使う代わりに殺気を出す変わり者の可愛い娘ちゃんかと思ったら、不愛想な兵士長さんだ…それ、女物だろ?何、そういう趣味あるの?意外」

     膝をついた体勢のまま、リヴァイは短剣を低く構える。『着物』を模した服を纏う姿は、本物の『東洋人』だと言われても納得かもしれない。

    「あるわけねぇだろ…てめぇこそ、あれだけ大口叩いておいて、逃げた挙句、こそこそ隠れやがって…こんな穴ぐら、こうでもしなきゃ入り込めねぇんだよ」

    「なるほど。スミスらしい作戦だ。そういえば、リヴァイは地下出身だったね。よくわかってる」

    「…てめぇは…口を開けばスミス、だな…そんなにあいつが好きか?」

    「うん、大好き……何?嫉妬してるのかい?」

    エルヴィンと同じことを言う。確かに、この2人は心が通い合っている、いや、いたのかもしれない。それこそ、嫉妬したくなるくらいに、深く。

  53. 53 : : 2014/03/21(金) 23:35:19

    「…俺に男色の趣味は無ぇよ…残念ながらあんたは犯罪者、俺は兵士長だ。比べようがねぇ……大体、あいつがそんなに好きなら、これ以上悲しませんな」

    「あはは、そうだね。だけどこれは、やらなきゃいけないことなのさ」

    「…人を焼き、家を壊し、壁内を混乱させることが、か?」

    「そうさ。…ああ、わかっているよ、アタシのやり方は正しくない。むしろ、間違ったことだ。だけどね、やらなきゃ何も変わらないのさ。『やらない善より、やる偽善』って言うだろ」

    「…わからねぇな…あんなことに何の意味がある?」

    「…ヒントをあげようか。『何かが起こると、人が動く』」

    「…人が、動く…」

    意味を汲み取れず困惑するリヴァイに、ルフューは優しい笑みを浮かべる。

    「当たり前のことだ、と思ってるんだろ?そりゃそうさ、爆発騒ぎが起こって、無反応な人間なんか居やしないんだからね」

    「だったら、…」

    「悪いね、まだ全てを語るには早いんだ。でも、きっとスミスやゾエならわかる。リヴァイはアタシの言葉を、スミスに届ければいい」

    「…残念だが、俺がエルヴィンに届けるのはてめぇの首だ」

    「そうかい。それが出来るなら、だけどね」

    「…確かにあんたは強い。俺とあんたじゃ体格差もあるし、スピードや身のこなしは俺より上で、力の使い方にも無駄が無い。咄嗟の判断力もある」

    「否定はしないけど、褒め過ぎだ。リヴァイもかなりの腕じゃないか。地下で生き抜いていただけあるよ。何より、立体機動の技術はアタシの格段上だ。巨人狩りで勝負したら、アタシは確実に負けるよ。でも逆に言えば、肉弾戦ならアタシの方が有利だ」

    「ああ、だから、」

    リヴァイは凄まじい早さで懐に隠し持っていた瓶を取り出し、渾身の力を込めて投げつける。素早く動いて直撃を免れたルフューの横で瓶が壁に当たって割れ、中に入っていた液体が飛び散る。少し浴びてしまった液体がルフューの服に染み込んで、新しい模様を残した。

    「この前のお返しだ……ハンジの野郎が作った特製の燃料だ…数回洗った程度では落ちないそうだ」

    「しかも、微かに臭いがついているね。ザカリアスがこの臭いを覚えていて、アタシを追える、ってわけだ」

    「よくわかってるじゃねぇか…今、銃を使えねえのはてめぇの方だ」

    そう鋭く言い放ったリヴァイに、ルフューはクスクスと笑い始めた。この前と同じだ。こいつはどんな状況でも、この余裕の表情を崩さない。

    「何がおかしい…?」
  54. 54 : : 2014/03/21(金) 23:37:13

    「リヴァイ、あんたは確かに最強の兵士長かもしれない。でも、」

    そう言いながらルフューも袖口に手を入れ、隠してあった短剣を抜き放つ。


    「最高の兵士長とは言い難いね」


    リヴァイが眉根を寄せる。何故、突然自分が侮辱されるのかわからない。

    「リヴァイはこれでいいの?スミスは、リヴァイがアタシに勝てないのを前提にこの作戦を立ててる。この薬は、アタシがここで爆発を起こして余計に人を死なせないようにするのと、さっき言った通り、逃げたアタシを追うためだ」

    「…変な動きしたら、てめぇが丸焦げになるって言ってんのがわかんねぇのか」

    「はっ…爆発させる気なんてないくせに」

    「何だと?」

    「リヴァイはさっきアタシのやり方を責めたね。もし、ここで本当にアタシを燃やしたら、この建物は火事になる。この狭い地下で火事が起これば、あっという間に煙が充満して沢山の人が死ぬ。スミスはともかく、リヴァイにはそれができない。だから、この薬はハッタリだ」

    「…てめえのその態度こそハッタリだろうが…まあいい…こっちも負けっぱなしじゃ気が済まねぇ…叩きのめしてやる…」

    「その傲慢さが仲間を死なせる。リヴァイ、それじゃ勝てないよ…アタシにすら、ね」

    そう言いながらルフューが動く。リヴァイもまた応じる。
    自分より背が高い敵と刃を交える時、リヴァイは必ず相手の脚を狙った。それは相手が巨人でも同じだ。脚の負傷によってバランスを崩した敵の急所は、背の低い自分でも容易に狙える位置に来るし、逃走も防げる。更に、そんなことは滅多に無かったが、自分が逃げる場合にも、相手の追跡を撒ける。可能なら目も潰したいが、人間相手では、そううまくはいかないものだ。
    視線をルフューの喉元に向けたまま接近し、直前で腰を落とし、ルフューの脚に剣を振り下ろす。頭上でルフューの剣が風を裂く音がして、リヴァイは内心、もらった、と思う。剣の切っ先がまさにルフューの脚に届こうとした瞬間、ルフューはそれをかわした。素早く浮かせたルフューの足が、リヴァイの剣を踏みつける。歯を食いしばって手に力を込め、剣を取り落とすことだけは避けるが、一瞬動きの止まったリヴァイの背中に、ルフューの剣が容赦なく降ってくる。



    殺される。



    生命の危機を感じたリヴァイの中で、電撃が走るような感覚が沸き起こり、全身の筋肉に伝播する。普段は自制している、リヴァイ本来の力が解き放たれる。
  55. 55 : : 2014/03/21(金) 23:38:33
    自身の筋肉を完全に支配するこの能力こそが、彼を、人類最強の兵士たらしめている所以だ。リヴァイの腕の力は、剣を踏みつけているルフューの足の力に打ち勝つ。
    リヴァイは低い唸り声を上げながら、思い切り剣を振り抜く。踏んでいた剣が動いたことで、振り払われたルフューの体が吹き飛び、壁に打ちつけられそうになる。
    ルフューはルフューで、冷静に受け身を取って壁から受ける衝撃を緩和し、すぐに剣を構え直す。ギロリと睨んでくるリヴァイの眼に、さっきまではなかった光が宿ったのを見て、ルフューは口許を緩める。ルフューの眼にも、まるでそれに応えるように、妖しい光が差す。

    「リヴァイ、いいじゃないか。その動きだよ。出し惜しみなんて勿体ない」

    「てめぇこそ、やっと真面目に戦る気になったようだな…前とは動きも目つきも違う」

    「それはリヴァイのお陰だ。リヴァイが本気になったから、アタシも本気になれるのさ」

    そのまま2人は激しい斬り合いになる。
    ルフューの短剣の方がわずかに刃渡りが長いせいか、鋭い切っ先が幾度となくリヴァイの服を掠めた。腹に向かってルフューの短剣が突き出されたのを躱した時、リヴァイの帯が切れ、はだける。
    その下に身に着けている、襟のない薄手のシャツと、ベージュのパンツが露わになる。

    『着物』を脱ぎ捨てたリヴァイは、それまで以上に素早く動く。
    剣同士が何度も打ち合わされ、火花が散る。互いが渾身の力を込めているため、双方とも剣が刃零れし始めている。折れてしまえば、互いの剣が届く距離で、その衝撃を浴びることになる。替えの剣は持っているが、出来れば使わずに決着をつけたい。
    巨人のうなじを削ぐ時のように、鋭い回転を体にかけて斬撃を重くする。それを受け止めるルフューも、その衝撃に備え、短剣の柄に両手を添える。


    甲高い金属音と共に、双方の刃が折れた。


    刃が折れると同時に2人は剣を手放しており、2人が握っていた剣の柄の部分は、それぞれ綺麗な放物線を描き、明後日の方向へと飛んで行った。
    リヴァイが2本目の短剣を抜いた時、背後で襖が開く音がした。

  56. 56 : : 2014/03/21(金) 23:40:28
    振り向くと、リヴァイをこの部屋まで導いた少女が立ち尽くしている。黒目がちの大きな目を見開いて、人形のように動かない。細く長い両手がだらりと垂れている。あまりの驚きに体が脱力しているのだろうか。
    店の上客用の部屋をこんな戦場に変えてしまって申し訳ないが、今は構っている暇はない。そう自分に言い聞かせ、ルフューに向き直ったリヴァイの眼に映ったのは、あの路地裏で自分を見下ろしていた時と同じ笑顔だった。

    その視線が自分を捉えていないこと、そして、先程目にした、襖を開けた少女の脱力した手に何かが握られていたことにリヴァイが気づくのと、背中に鋭い痛みが走ったのはほぼ同時だった。

    思わず短剣を取り落としたが、拾っている余裕が無い。チリチリと焦げるような痛みに堪えながら、傷の状態を確認するため首を捩じる。中心が太くなっている、長さの割に重い矢が、肩のあたりに刺さっている。傷が浅いのを確認してから、抜いて捨てる。急いで短剣を拾って構えようとするが、ルフューがそんな時間を与えてくれるわけがなかった。リヴァイの腹に、ルフューの重い蹴りが突き刺さる。


    急所を抉られ、地面に転がった状態で痙攣するリヴァイを横目に、ルフューは落ち着いて逃げる支度を整える。リヴァイの背に矢を撃ち込んだ少女に荷物を持たせ、襖に向かう。

    息もろくに出来ず、背と腹の両方の痛みに耐えながら、リヴァイは最後の力を振り絞って短剣を投げつけようと、落ちている短剣に手を伸ばそうとする。しかし、完全に手の感覚が無く、ぴくりとも動かない。その手を、ルフューがそっと包む。

    「リヴァイ、今回もこんな終わらせ方でごめんよ。でも、わかるだろ?リヴァイの負けだ」

    悔しさに、リヴァイは歯を食いしばる。

    「リヴァイは潔癖症なんだってね。きっと完璧主義で、真面目すぎるんだ。それに比べてアタシは狡いだろ?逃げてばかりで、罠や小道具を沢山使って、こうして仲間の助けも借りる。さっきの矢は、中心に空洞があって、薄めた痺れ毒が入ってる。相手の体に刺さった衝撃で、先端の穴から体内へ毒が染み出す仕組みだ。アタシが作ったんだ、良く出来てるだろ。この娘はヴァイゼっていう、アタシの自慢の部下だ。脱走した『花売り娘』で、地下で死にかけてたところを助けた。親の居ない子でね、アタシが守ってあげないと駄目なんだ」

  57. 57 : : 2014/03/21(金) 23:42:23

    ヴァイゼの話に、光を喪いつつあるリヴァイの眼が微かに揺らぐ。ルフューの横で、こちらを見下ろす少女に、自分がかつて助け、仲間とし、散って行った少女の影が重なる。

    「アタシは目的の為なら何でもする。人も焼く。家も壊す。こうして狡い手だって使う。でもそれは、こうしなければ勝てないからだ…リヴァイにも、スミスにも」

    ルフューの白い手が、リヴァイの顎を軽く持ち上げ、目を合わせる。

    「リヴァイ、あなたはこれからも自分より大きな敵と戦い続ける。その時、必要ならば狡いことをしても構わないんだよ。自分でその責任が取れるならね。スミスやアタシのようになれとは言わない。でも、そのことをしっかり胸に刻むんだ」

    ルフューの手が首筋に伸びたかと思うと、リヴァイの意識は急に曇り、暗闇に沈んだ。





  58. 58 : : 2014/03/21(金) 23:43:10




    頸動脈を絞めてリヴァイを気絶させたルフューの横で、ヴァイゼは静かに報告を始める。

    「ハンジ・ゾエは今、この店のすぐ近くに居ます。恐らく、『彼』との接触が狙いかと思われます。エルヴィン・スミスとミケ・ザカリアスは、リヴァイ達より少し後に『客』として『花街』に入り、別の店に入って以降、出てきていません」

    「そうか、ありがとう。ところで、ヴァイゼ…今の報告には、とても重要な情報が抜けているよ…」

    ルフューは今までになく真剣な表情を見せる。ヴァイゼが目をぱちくりさせる。
    ルフューは、息を深く吸ってから尋ねる。




    「スミスが買ったのは女かい?それとも男?」



    (続く)
  59. 59 : : 2014/03/22(土) 14:17:10
    またしても続きを全裸待機です!!
    ほんと、素晴らしい(≧∀≦)!!
  60. 60 : : 2014/03/22(土) 16:20:06
    今よんだ!
    ルフューさんと兵長の対決、かっこよすぎるww
    設定も深いし、続き気になる!
    ああ早く夜にならないかなwww
  61. 61 : : 2014/03/22(土) 18:18:09
    ひょこっと登場o(^o^)o
    話の構成やら文章力が凄い!続きに期待です!
  62. 62 : : 2014/03/22(土) 21:58:51
    皆様、ありがとうございます!!
    ゚.+:。ヾ(*`∀´*)ゞアリガトォー゚.+:。

    そろそろ終わりが近いので、散らばっていた謎や情報を繋いでいければ、と思います^^

    では、第6話「スティンガー」です!
  63. 63 : : 2014/03/22(土) 22:02:20
    6.スティンガー

     『花街』の片隅にある、客の居ない酒場のカウンター席でただ1人、着物姿の女性がカクテルを飲んでいた。黒に近い茶髪を綺麗に結い、薄く化粧もしている。掛けている眼鏡が、飲んでいるカクテルの鮮やかな色を映す。
     マスターがグラスを拭きながら話しかけて来る。

    「どうだ?美味いか?グラッド・アイって言うんだぜ…そのカクテル」

    「へぇ…緑色のカクテルなんて珍しいよね…どういう意味?」

    「『色目を使う』って意味だ。今のあんたにピッタリだろ」

    「やだなぁ、私はそんなに尻軽じゃないよ」

    「…そう思わせるくらい、綺麗だ」

    「色目使ってんのはどっちさ。そんな口説き文句じゃ私は落ちないよ」

    「はは、そりゃ失礼。でも、一応本心だ」

    「……それで…リヴァイがこの店に通ってた、って。本当なの?」

    「ん?ああ、そうだよ…リヴァイの奴、爆弾魔相手に頑張ってるらしいな。女装して敵の懐に飛び込んだんだって?」

    「…情報屋だって、自ら名乗るだけあるね。あのお店の娘達から聞いたの?」

    「まあ、そんなところだ。あいつ、身長が小さいだけじゃなくて、変に妖しい雰囲気持ってるからな…まあ実際……そういう『仕事』、やってたしな」

    「…!!ちょ…それ、本当?ここで?」

    「ああ、この『花街』の店で…お、この情報も『買う』かい?」

    「是非とも………いや…やっぱりやめておこうかな。リヴァイにしてみれば、誰にも知られたくない過去かもしれないし。いつか、戦いが終わったら、本人から聞くよ」

    「はは…何でも話せる仲に見えて、意外に気を遣うんだな。…あいつは別に、気にしてないと思うが…」

    「うーん…まぁ…地下ではそういうことも珍しくないのかもしれないけど…昔のこと、でしょ。私達にとっても…何よりも、リヴァイにとって、さ」

    「おいおい、それは調査兵団に入ってからの話だぞ?あんたらも無縁な話じゃないから言ったんだ」

    ハンジがギロリとマスターを見る。

    「…どういうこと?」

    「お、おい…殺さないでくれよ?おっかねぇ顔しやがって」

    「ああ、ごめんごめん。驚いただけ…よく、部下にも目が怖いって言われるよ……怖がらせてしまったお詫びと、情報代ってことで、もう1杯貰おうかな」

    「まいどあり。…じゃあ、これで」

    琥珀色のカクテルが出される。

    「どうも。…これ、スティンガー?」

    「そうだ。今度こそ、あんたにピッタリな酒だろう?」

    「まぁね…」

    そう答えるハンジの目は鋭い。

  64. 64 : : 2014/03/22(土) 22:04:44

    「で?リヴァイが『仕事』をしてたのには、あなたも関わっているのかな?」

    「…察しがいいな」

    「あ、当たってた。やっぱ、そうなんだ…というか、『仕事』って、窃盗団の方かと思ってたよ……」

    「地下に居た頃はむしろそっちだったけどな。今はジリ貧の調査兵団の為、何度か来てたよ」

    ハンジは穏やかな表情に戻ってグラスを口に運ぶ。安らかな顔のまま無言のハンジに、マスターが恐る恐る口を開く。

    「…あんた、怒らねぇのかよ?」

    「…ん?」

    「一応、あいつは大切な仲間だろう?」

    「そうだよ。かつ、リヴァイはもうガキじゃない。兵士だ。自分で線引きは出来るはずだし、そうじゃなきゃ困る。現に、今まで私達も気づかなかったんだからさ。もちろんアイツの自己管理の賜物だろうけど」

    「まぁ…な、こんなことをしておいて説得力は無いだろうが、俺もあんた達のことは尊敬しているんだ」

    「お陰様で、また壁外調査が出来るよ」

    「そうか…とはいえ、その前にこの事件を解決しなきゃならねぇんだろ?」

    「ああ、その通りだよ」

    グラスをコトリ、とカウンターの上に置く。マスターと名乗る情報屋から、粗方の情報は『買えた』。後は、行動を起こすだけだ。いや、作戦そのものはもう始まっている。

    リヴァイは、ルフューとうまくやっているだろうか。

     マスターがリヴァイの過去の話なんか聞かせるから、途端に心配になってきた。ぼんやりと考え事をするハンジの背中に、ドアベルの音が当たる。

  65. 65 : : 2014/03/22(土) 22:07:50
    静かにドアを開けて、新しい客が入ってきた。マスターが一瞬顔を強張らせたが、知り合いだったのか、何も言わず迎え入れる。軽い足音が近づいてきて、同じように着物を身に着けた少女が、ハンジの2つ隣の席に腰掛ける。

    年は20歳前後といったところか。よく見れば純粋な黒ではない、黒目がちの大きな瞳に、艶やかな黒髪を結い上げている横顔は、同じ女性のハンジから見ても、息を呑むほど美しい。ハンジやペトラの健康的な笑顔とは違う、実体の掴めない謎めいた笑顔。リヴァイやルフューの、どこか影のある顔立ちは、こういった「妖しい美しさ」に分類されるのだろう。
     
    マスターが近づくと、少女は白い細い手を首元にやり、襟を少し捲って開く。そして、その下にある何かをマスターに見せつける。少し身を乗り出したハンジには、そこに黒薔薇の入れ墨があるのが見えた。陶器のような肌に深く彫られたその模様は、美しいというよりは毒々しい。

     それを見たマスターは、無言で頷くと、グラスに水を注いで出した。少女もまた、無言で受け取り、口に含む。
     ハンジは、突然隣で始まった不思議なやり取りを黙って見ていた。自分の前にマスターが戻ると、少し声のトーンを抑えて尋ねる。

     「ねぇマスター。あの子の首のアレ、何?」

    「ああ、あれは、彼女が『遊女』だという証だ。店によって模様は異なる。でも、今は彫らない店の方が多いよ、手間がかかるし、万が一傷から菌が入ったら厄介だから」

    「へぇー…何で、わざわざあなたに見せたの?」

    「あれを見せれば、代金を店にツケられる。あの子はいつも飲まないけど、挨拶のつもりか宣伝のつもりか、毎回見せてくれる」

    「あんな綺麗な娘の首筋が拝めるんだから、逆にお金払った方がいいんじゃないの?」

    「まったくだ。一度くらい奢ってやろうかな、なぁヴァイゼ」

     マスターに名を呼ばれた少女は、ちら、とこちらを見る。ハンジと目が合って、にこ、と微笑む。ハンジも軽く首を傾けて笑みを返す。しかし、その笑顔はすぐに消え、真剣な表情になる。

    「じゃあ、私はこれで。色々ありがとね、マスター。感謝しているよ」

    ハンジはそう言って席を立つ。

  66. 66 : : 2014/03/22(土) 22:11:25


    「ああ、どういたしまして。……酒代貰っていいかね?」

    「あ、すまない。忘れていたよ……これでいい?」


    そう言いながらハンジは袖の中で構えていた銃をマスターに向ける。マスターの方も落ち着いた素振りで、カウンターの下で構えていた銃をハンジに向ける。


    「ひでぇなぁ…情報と酒の礼が鉛弾かよ」

    「そっちがさっきから構えてるからじゃないか。酒のつまみに銃弾はキツイよ」

    睨み合う2人の後ろで、カチャカチャと音がする。マスターへの狙いは外さずに、そっと後ろを見ると、いつの間にか現れた従業員達が次々と銃を構えている。

    「参ったねこりゃ……」

    ハンジが銃をカウンターに置き、抵抗の意思が無いことを示す。マスターがその銃を取り上げる。

    「巨人のようにはいかんよ、分隊長さん……俺達にゃ頭があるからな……ちょっくら来てもらうぜ……」

    従業員が一斉に飛び掛かり、ハンジの腕を縛り上げる。ハンジの方も、腕を拘束されるまでは激しく抵抗したが、一度縛られてしまってからは大人しくしていた。
    そこに、凛とした声が響く。

    「そうそう、せっかく美人なんだから、下手に暴れない方が得策よ、ハンジさん」

    声のした方を見ると、ヴァイゼが頬杖をついて、こちらを楽しそうに見ている。思ったよりも良く通る、はっきりした話し方をする。ハンジは、はぁ、とため息をつく。

    「あなたも……」

    「ええ、ご想像の通りよ」

    「…ヴァイゼ、だっけ……あの路地に薬撒いて、ルフューが逃げるの手伝ったの、あなたでしょ」

    突然核心に触れた言葉に、ヴァイゼは小さく笑う。

    「そうよ。マスターから聞いたの?ほら、この人、お喋りだから」

    ヴァイゼの冷ややかな視線を浴びて、マスターは首をブンブンと横に振る。確かにマスターはお喋りだが、と思いつつ、ハンジは冷静に答える。

    「いいや、あなた、私の顔を知っているようだったからね…あなたがこの店に来てから、マスターは一度も私の名前を呼んでいないのに。…どこかで見たことあるのかな、って思ってさ」

    ヴァイゼは感心したように頷く。

    「…その切れる頭も、地下の荒くれ者達には通じなかったわね」

    「…ほんと……はぁー…地下では人を見たら泥棒と思え、って言われたけど、マスターが実は人攫いで可愛い女の子が爆弾魔の手下とはね……今度憲兵団に文句を言ってやろう…」

    ヴァイゼが、ぶつぶつ文句を言うハンジの目の前まで歩いてくる。こんな状況なのに、ヴァイゼの隙のない動きと、一本の筋の通ったような立ち姿を見て、この子、立体機動の素質がありそうだな、などと考えてしまう。

    ハンジの頬に手を添えて、ヴァイゼは囁く。

    「今宵は一晩、我らの主のお相手をして貰います…いいわよね、『遊女』のハンジさん?」

    誰も居なくなった店内で、グラスの底に残ったスティンガーが鈍い光を放っていた。


  67. 67 : : 2014/03/22(土) 22:12:16





    「痛ぇ……」

    散々暴れて散らかった部屋の中で、リヴァイは意識を取り戻していた。特に縛られたりはしていないが、肩の傷が微かに熱を持っているのと、渾身の力で蹴られた腹部に残る鈍痛で、少しぼうっとする。

    今回の敗因とも言うべき、体内の毒が気になったが、薄めた痺れ毒、と言っていただけあって、殆ど痺れは残っていない。大きく安堵の息を吐いてから、床に手をついて立ち上がる。

    襖以外の開けられるところは全て開け、ルフュー達がもう居ないのを確認する。
    リヴァイを気絶させた後、ルフュー達は一切の痕跡を残さず姿を消したようだった。もう一度ため息をついてから、呟く。


    「ここまでは作戦通り、だな……」


    床に落ちていた羽織と着物を拾い上げ、袖を通したリヴァイの眼には強い光が宿っている。それは、人類で最も強い、頼もしい兵士長の眼だった。

    「無論、ハンジが問題なくやってりゃ、だが…………そうだろ?」

    リヴァイは窓の方を睨む。窓の外に立つ人影が、今のリヴァイの言葉が独り言でないことを示していた。



    (続く)
  68. 68 : : 2014/03/24(月) 01:58:18
    日付が変わってしまいましたが、今回で、完結となります。

    ですが、今回、尋常じゃない量になってしまいましたww

    完全に配分間違えましたね…でも、全部載せます。


    では、第7話「赤い華」です!
  69. 69 : : 2014/03/24(月) 01:59:09
    7. 赤い華

    『花街』に並ぶ店の表玄関は、煌びやかに飾られ、眩しいくらいに明るい。まるでその代償を負ったかのように、店の裏はとても暗い。

     そこを行く、幾つかの人影。着物姿の女性2人を中心に、周りを、覆面を被った数人の男で固めた一行は、まるで姫と家来のようだ。

     だが、その実は、なかなか物騒なものだった。

     
    手を縄で括られてしまっているハンジの喉元には、鈍い銀色が突きつけられている。店を出る時、ハンジを押さえていた従業員の代わりに、この覆面を被った男達が現れた。明らかに、何らかの格闘術を学んでいることがうかがい知れる、屈強な体つきをしている。

    それを見たハンジは、こりゃ脱走は無理だ、と考え、大人しく従っている。
    ハンジの手の自由を奪う縄の先はマスターが握っており、それを引くと、ハンジがすかさず抗議する。

    「ちょっと、引っ張らないでよ!」

    「す、すまん…」

    「情けないわね、マスター…あのね、ハンジさん。一応捕虜なんだから、少しは大人しくして下さる?」

    「はぁ、可愛い子に言われちゃしょうがないけどさぁ……この店って確か、紹介制のかなり高級な所だよね?」

    「そうよ。ここは、この『花街』でも有数の高級店」

    「…ルフューお金持ってんじゃん…爆弾と女遊びに使うくらいなら、調査兵団に寄付して欲しいわ……」

    「ルフューさんは女遊びなんかしないわ」

    「そうだったね。ルフューの場合男遊び…」

    「怒りますよ」

    「……はいはい。まぁ、ルフューのアレは、エルヴィン曰く、博愛主義をこじらせたとか何とからしいからね…」

    裏口から店に入り、階段を上っていく。

    「その入れ墨さ…あなた、『遊女』だったってことでしょ。どこのお店で働いてたの?」

    「その店は、もう無いわ。地下の『常識』から考えても、かなり危ないことに関わっていたみたいで、ある日突然店主が殺されて終わり。でも、酷い店だったから、そんなに悲しくなかったけど」

    「そうなのかい?」

    「…黒薔薇の入れ墨は、従属の証。『束縛』は、黒薔薇の花言葉よ。大体どんな店か、それでわかるでしょ」

    「なるほどね……」

    地上だったら、薔薇は駐屯兵団の紋章なのにな、と心の中で呟く。
    気がつくと、綺麗な模様の描かれた襖の前まで来ていた。

    さて、着いたわ、と言ってヴァイゼが襖を開ける。
    そこに居たのは、自分達が必死に探して来た人物。

    「ゾエ、待ってたよ」

    「だよね……会いたかったよ、ルフュー」


  70. 70 : : 2014/03/24(月) 02:00:23



    エルドがエレンの所に戻った後、モブリットとナナバは、例の手紙を前に頭を抱えていた。

    「モブリット、その手紙には何て書いてあったの?」

    モブリットは冗談は言わない。そんなモブリットが、ハンジが危ない、と言うのだから、よっぽどだと思った。

    「…『調査兵団は、手を引け。税金泥棒は、巨人の餌にでもなっていろ』って……」

    「…それだけ…?」

    言葉そのものは、壁外調査からの帰還の度に浴びせかけられる類のものだ。
    でも、何だか気になる。どうして、このタイミングで?

    「はい……ナナバさん、どうしましょう…」

    「どうかな……けど、地下に行くわけにはいかないしね。第一、今から向かっても間に合わない」

    ナナバがモブリットから便箋を取り上げる。

    「ん?」

    よく見ると、「調査兵団」の綴りが間違っている。
    ルフューが、こんなミスを……?

    ナナバの脳裏に、一つの考えが浮かんだ。




  71. 71 : : 2014/03/24(月) 02:00:56




    ハンジは、相変わらず手が不自由な状態のまま、ルフューと向き合っていた。ヴァイゼの短剣が、ハンジの首筋すれすれをなぞる。
    今、くしゃみをしたら刺さるかも、と思いながら、ルフューを睨む。

    「ねぇゾエ、マスターから色々話を聞けた?」

    「ああ……けど、まさか…彼があなたに付くとはね……」

    「マスターと調査兵団は古い付き合いだ。スポンサーになってくれる貴族の接待の場を設けたり、色んな情報を流してくれる。つまり、スミスとも長い付き合いだけど、アタシとも長い付き合いってわけ」

    「なるほど……」

    「リヴァイは今頃目を覚まして、スミスの所に行ってるかな?で、ゾエを助けに来るんじゃないかな」

    「だといいんだけどね……普通に置いてかれそうな気もするんだよね…」

    「まぁ、壁外に置いてかれるよりはよかったと思うしかないね」

    ルフューがハンジの目の前まで歩いてくる。ヴァイゼが短剣をハンジの首から離し、一歩下がる。

    「アタシは『遊女』には、良いことも酷いこともしないからさ」

    ハンジの首にルフューの手がかかる。

    「ゾエは頭が切れる。でもそれだけじゃない。ゾエは女だてらに、肝が据わってる。これから何があっても、怯えることなく突き進むことだ。バーナーと仲良くね」

    ハンジが、その言葉をきちんと聞いたのを確認してから、リヴァイにしたのと同じようにして、気を失わせようとする。


  72. 72 : : 2014/03/24(月) 02:01:54


    その手を、近くに居た覆面の男が踏みつけた。
    同時にハンジが、もともと引っ張れば解けるように結ばれていた手の縄を外す。

    「マスター!!もう帰っていいよ!案内ありがとう!」

    ハンジの声に、マスターは部屋を急いで出て行く。

    …2重スパイ。やってくれる。
    ルフューの手を踏みつける覆面の男が小柄なのと、逆手で短剣を抜いたのを見て、咄嗟にヴァイゼが短剣をルフューに投げて渡す。
    覆面の男の剣を、ルフューは受け取った短剣で受け止める。剣の刃を合わせたまま言葉を交わす。

    「あらま、これで何回目かね、リヴァイ。着物せっかく置いていってあげたのに、脱いじゃったの?似合ってたのに」

    「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ」

    リヴァイが空いた方の手で覆面を投げ捨てる。同時にヴァイゼの声が聞こえる。


    「きゃっ!!」


    ルフューが短い悲鳴の方を見ると、ヴァイゼが覆面の男とハンジに押さえつけられていた。
    覆面を取ったその下にいるのは、ミケ。

    「ザカリアス……そう、あの店に行ったってのは、フェイクか」

    なら、もう1人は決まっている。覆面の下の蒼い眼。
    その眼を待っていたのだ。

    「ルフュー、リヴァイがお前と決着をつけたいそうだ。可愛い後輩だ、面倒を見てやってくれ…さっき、ハンジに語ったみたいに」

    「ああ、聞かれてるなんて思わなかったから、我ながら恥ずかしいことを言ったような気がするよ…スミスの頼みならしょうがないね」

    2人共、全力でぶつかる。
    金属音と共に火花が散る。

    エルヴィンは腕を組んで見ているが、ハンジは息が出来なくなりそうなほどの迫力を感じていた。

    ルフューの剣をリヴァイが受け止めた時。

    一際激しい金属音の後、リヴァイの剣が折れ、手元を離れる。折れた刃は窓の外に消え、刀身の残った柄は天井に突き刺さる。
    相手の剣を負った衝撃で手が痺れながらも、武器を失い丸腰になったリヴァイに剣を振り降ろす。

    リヴァイは全く動く気配が無く、振り降ろされる剣を凝視し、左腕で刃を受け止めた。


    リヴァイの左腕が深く斬られ、真っ赤になる代わりに、剣を受けた左手から金属音がする。


    リヴァイの破れた左の袖口から、厚い金属の板…所謂、小手と呼ばれる防具が覗いているのを見つめるルフューの顔面に、リヴァイの右手の拳が入る。


  73. 73 : : 2014/03/24(月) 02:02:27



    リヴァイの拳をまともに食らったルフューの体が吹っ飛び、襖を突き破って消える。人間相手の力加減とは思えない威力に、流石のハンジも腰を抜かしそうになる。

    「うわあああ!!やりすぎでしょ、リヴァイ!!ルフュー、死んだんじゃ…」

    「いや、あれでちょうどいい。向こうも受け身を取っている。むしろ心配なのは…」

    そう言うエルヴィンより先に、襖で仕切られていた隣の部屋に駆け込んだミケが呟く。

    「しまった…」

    頬を腫らしたルフューが、羽織を被った遊女らしき人間の首に手を回している。

    「痛いねぇ…けど、まぁ、悪くない。リヴァイが成長した。でも…」

    ルフューの眼が再び余裕を取り戻す。短剣は取り落としたが、ルフューなら腕だけで首を折って殺せる。十分脅しになる。

    「この『遊女』の命が惜しかったら、ヴァイゼを放してもらおうか」

    エルヴィンは静かな顔で答える。

    「逆だ。ヴァイゼを放して欲しかったら、その『遊女』を放せ」

    「スミス…アタシは……っ!!」

    ルフューの言葉は、意外にも、人質の動きで遮られる。
    人質になった『遊女』は、迷いのない動きで、肘でルフューの腹を突いた。
    息が詰まったルフューに、『遊女』はすかさず蹴りを入れて脚を払い、思い切り投げる。

    どう考えても、素人の動きではない。当然、エルヴィンはこの好機を逃さない。

    「誰だか知らないが、助かった…!リヴァイ!!」

    「ああ、わかってる…!!」

    ルフューをリヴァイが捕まえ、縛り上げる。


  74. 74 : : 2014/03/24(月) 02:02:47


    「終わったな…」


    エルヴィンが、天を仰いで呟く。
    誰も侵せないような静けさの中、先程の『遊女』がもぞもぞと動き、身を屈めて部屋をそっと出て行こうとする。

    「あ、待ちなさい、君」

    エルヴィンの手が羽織の裾を掴む。羽織を剥がされると思ったのか、『遊女』は羽織をぎゅっと掴み、引っ張り返す。

    「あぁ、驚かせてしまってすまない。嫌なら、外さなくていい。ただ、礼を言わせてほしい。君の勇気のある行動のおかげで無事、彼を捕まえることが出来た。ありがとう」

    エルヴィンが、紳士な笑顔を浮かべ、丁重に礼を言う。『遊女』は、羽織を余計に深く被り、エルヴィンから離れようとする。しかし、エルヴィンは羽織の裾から手を離さない。

    「もう少しいいか?…さっきの格闘術はどこで学んだ?あれは、兵士が学ぶのと同じだ。もしや、君は兵団の…」

    「エルヴィン」

    エルヴィンの言葉を遮ったのは、何とも珍しいことにミケだった。

    「何だ、ミケ…今私は彼女と話しているのだが…」

    「いや、その……『遊女』の、ことなんだが」

    ミケは非常に複雑そうな顔をする。だが、ミケがこんな言い方をするということは、羽織の下の人間が臭いで分かったということだろう。
    『遊女』の方も、観念したように、羽織から手を離す。

    「失礼するよ」

    エルヴィンが、羽織を剥ぎ取る。その下に隠れていた人間に、エルヴィンの冷静な顔が歪む。ハンジもリヴァイも、ルフューですら口をあんぐりと開けている。
    エルヴィンが完全に動揺の現れた声を出す。

    「お、お前…は…こんなところで何をしているんだ…?」




    短い黒髪、細い目、薄ら髭。



    「ナイル……!!」





  75. 75 : : 2014/03/24(月) 02:04:31



    誰もが予想しなかった人物の登場に、近くに居る者同士でひそひそと話し始める。

    「何でドークがここに居るのさ…ねぇリヴァイ、固まってないで教えてよ」

    「うるせぇ黙ってろ…」

    「おお、リヴァイもビックリしてるんだ」

    「当たり前だろ……何で薄ら髭野郎まで『遊女』の恰好してんだ…」



    「ミケ、ナイルだね」

    「ああ」

    「師団長の、ナイルだね」

    「ああ」

    「ナイル、女装してたね?」

    「…ああ」

    リヴァイとルフューの会話に被さるように、ミケとハンジもかなり一方通行な会話を繰り広げている。

    その中心にいる、当の本人は完全に無言である。
    エルヴィンはと言えば、大きな手で顔を覆って黙り込んでいる。

    ヴァイゼがため息をついて沈黙を破る。

    「誰ですか、この男は」

    本人の代わりにエルヴィンが答える。

    「ナイル・ドーク、憲兵団師団長…のはずだ……おいナイル!お前こんなところで何やってるんだ!?お前には愛する妻子がいるだろう!?」

    エルヴィンが、普通に怒っている。

    「うるせぇな!別に遊んでいたわけじゃねぇ、仕事だ…というかお前らこそ、何でこんなところにいるんだよ!?しかも爆弾魔と一緒に!ルフューの野郎が襖を突き破って飛んでくるわ、こっちはたまらねぇよ」


    エルヴィンが驚いた顔をする。


    「……知っていたのか?爆弾魔がルフューだと」


    「……いや、お前らが隣の部屋で騒いでるのが聞こえちまっただけだ。俺が聞いたのは、俺と同期の兵士が爆弾魔で、そいつが今晩ここに来るって話だけだ。だから、憲兵団師団長の権力で隣の部屋を予約して、現れるのを待っていたんだが、お前らが派手に暴れ始めたからな…ここも危ないと思って、『遊女』は逃がした」

    「それで?何で羽織なんか被ってたんだ?それは、その『遊女』のだろう?」

    「いや、だからそのな、『遊女』のふりをして油断させようと…」

    「薄ら髭の生えた『遊女』がこの世界のどこにいんだよ」

    「っ!!…うるせぇリヴァイ……さっきのルフューの口ぶりじゃ、お前も女装したらしいじゃねぇか…今度の壁外調査はドレスで行ったらどうだ?」

    「あ?てめぇ…!!」

    「まぁまぁ、2人共作戦だったんだしさ。リヴァイ…地下に来たからか、なんかゴロツキっぽくなってるよ…目つきがいつも以上に凶悪なんだけど」

    「チッ…もともとだが…?おい、お前も何か言え、ミケ」

    八つ当たりに近い勢いで話を振られたミケが、急に鋭い質問をする。

    「ところでナイル……お前、武器はどこに持ってるんだ?」

  76. 76 : : 2014/03/24(月) 02:06:13

    ナイルの頬を冷や汗が伝う。エルヴィンも、急に意地悪な笑顔を浮かべる。

    「…そういえば、さっきも素手で戦っていたな。ルフューを捕まえるつもりだったのに、丸腰か?憲兵団師団長は勇敢だな?」

    「あ、ああ…武器なんかなくても…俺は…」

    しどろもどろになるナイルを見て、全員が同じ結論に達する。

    「ナイル…お前……一番の目的は遊びだっただろ…」

    「……だぁああ、ったくもう…しょうがねぇなあ…ああ、そうだよ!もちろん、ここに爆弾魔が来るって情報はあったから、姿くらい見れれば、とは思っていたけどな…!!」

    「へぇー…それで、ルフューが襖突き破って現れたから、慌てて羽織被って震えてたんだ?」

    「ハンジてめぇ…失礼な言い方すんじゃねぇ!!羽織被ったのは、油断させるためだ!これは本当だからな!」

    「俺達に顔を見られたくなかったからじゃないのか?」

    ミケの指摘に、ナイルが何も言えなくなる。

    「あ、当たりみたい。ミケ、今日冴えてるね!!」

    フッ…と、ミケに鼻で笑われ、ナイルの握りしめた拳が震える。

    「お前ら…随分と強気だが……いいのか?調査兵団の前兵士長であるルフューが爆弾魔だったことが明るみに出れば、お前らだってただじゃ済まねえだろう…?」

    エルヴィンがすました顔で確かにそれは困るな、と答える。その反応に、少し安心したナイルだったが、次の瞬間、エルヴィンが爽やかすぎる笑顔で囁いた一言に、その表情が凍る。

    「マリーに言うぞ」

    「…」

    「マリーに、言うぞ」

    「…おい、やめろ、早まるな」

    「何だ?立派じゃないか、師団長の夫が危険な地下の深奥に単身で乗り込み、爆弾魔を追っていたなんて。その武勇伝を、旧知の仲である私としても、じっくりと、詳しく、語って差し上げたいのだ。まるでその場に居合わせたように感じるほど、詳しく、ね」

    エルヴィンの天使のような微笑みと、悪魔のような策略に、ナイルは撃沈する。

    「では、取引成立ということでいいかな?」


  77. 77 : : 2014/03/24(月) 02:07:40

    顔色がすっかり悪くなっているナイルをルフューが慰める。

    「まぁ、一応『遊女』は先に逃がしたんだしさ、あまり責めないでおやりよ、な?スミス」

    「ルフュー、お前、誰のせいだと思ってる!?そもそもはお前がこんな事件を起こすからだろう!?」

    エルヴィンに怒られ、ルフューがしゅんとする。まるで、昔に戻ったようだ、と、その様子を黙って見ていたナイルが口を開く。

    「…なぁルフュー。本当に、お前が全てやったのか?」

    「ドーク、そりゃ、どういう意味だい?」

    「最終的に、事件の捜査権は駐屯兵団から憲兵団に回ってきてな。俺も3人の遺体を見たんだが……ありゃ、素人だ。遺体の焼け方から、連中は爆薬に関する正しい知識も無く、それを使用する訓練も受けてないのがすぐわかった。それとは対照的に、巨人がトロスト区に現れる前の放火は見事なもんだった。近くに人が居ない場所が選ばれ、周囲には燃え広がらないよう爆薬の量も調節されていた」

    「…後者がアタシの犯行なのは間違いないとして…もし、自爆事件にアタシが関わってないって言うなら、誰の仕業だっていうんだい?」

    「…『兵団組織に不満を持った民衆』……違うか?」

    「…スミス…」

    「んだよ、エルヴィン…お前も気づいていたのか…?」

    「お前と何年一緒に居たと思っているんだ……お前の動揺くらい、すぐわかる」

    ルフューは、ハァー、と長く息を吐く。

    「…そうさ、あの時…スミス達にとって、あの、通りに鳴り響いた爆音は、全ての始まりを告げる音だったかもしれない。でもね、アタシにとっては、全てが終わってしまった音だったのさ…」

    ぽつり、と呟く。

    「人なんか、殺したくなかったのにね……馬鹿な人達だよ…」

    ルフューは遠い目をする。それを見て、エルヴィンが指示を出す。

    「リヴァイ、ルフューの縄を解け。ヴァイゼが捕まっている限り、ルフューは逃げない」

    自由になった手首を擦りながら、ルフューは夢でも見ているような、浮いた口調で話す。

    「ヴァイゼが無事でも、もう逃げないよ。アタシが行きたいところは、もう無いんだ」

    「それは、どういう……」




    その時は、突然やってきた。




    ごほ、ごほっ…。


    ルフューは、突然苦しそうに咳き込み、胸を押さえる。
    口元をあっと言う間に染め上げる鮮血。


  78. 78 : : 2014/03/24(月) 02:09:19


    「どうした…おい!!ルフュー!!」

    「心配しなさんな、そろそろだってわかってた……スミス、これが、私が兵士長を辞めた理由だよ」

    「な…何を、」

    「笑ってしまうよ。人類に捧げた心臓が、腐っちまうなんてね」

    慌てて駆け寄り、ルフューの脈を取っていたハンジが気づく。

    「まさか、心臓の病に……?」

    「そうだよ、ゾエは賢いね。強い薬で症状だけ抑えてたんだけど、切れたみたいだ。まぁ、言いたいことは全部言ったし、きちんとお仕事をしてくれるお薬でよかったよ」

    「ルフュー、待て…ルフュー」

    真っ白なルフューの頬を包み、必死に呼びかける。

    「スミス、髪を編んで」

    「…わかった」


    兵士と言うのは、つくづく嫌な仕事だ。
    この歳まで戦場を生き抜いてくると、『看取り』にも慣れてしまう。


    ルフューを横向きに寝かせ、髪を編む。
    情けないことに、手が震えてしまって上手く編めない。


    ルフューの表情を覗くと、気持ちよさそうに目を閉じている。
    胸が微かに動いているのを見て安心するが、その呼吸も、浅く、速い。

    残された時間は、あとわずかだ。

    丁寧に編み込んで、あと少しで編み終わる、という時に、ルフューは突然口を開く。

    「スミス、ヴァイゼを、」

    続く言葉を待つ。
    ルフューは一向に言葉を発しない。
    ルフューの肩が震えたような気がする。
    どうしたのだろう。

    「ルフュー?すまない、聞こえなかった、もう一度…」

    「エルヴィン」

    ルフューの顔をずっと見ていたリヴァイが、私を制止する。無視して名を呼ぶ。

    「ルフュー?」

    「エルヴィン…!!………わかってんだろ…」

    「………ああ、すまない」

    ルフューは、もう何も話さなかった。





  79. 79 : : 2014/03/24(月) 02:09:44







    「おい、エルヴィン」

    ナイルが眉間に皺を寄せて言う。

    「さっきの取引の話だが…そのついでに教えてやる。憲兵団の上層部だけが知る、極秘情報だ」

    動かないルフューを抱えたまま、エルヴィンは疲れ切った表情でナイルを見上げる。

    「ルフューが起こした放火や爆発事件…それがきっかけで、銃や麻薬を違法に所持していた貴族が何人も捕まってる。幾つかの事件現場の近くに、その保管庫があったからだ。その貴族達が全員、日頃から調査兵団を良く思ってない連中だったのは偶然……だろうな?」

    「ルフューの奴が、俺に言っていた…『何かが起こると、人が動く』……お前に、そう伝えろ、と…」

    ハンジが顎に手を当てる。

    「じゃあ、『何か』、というのはルフューの爆発で、『動く』のは憲兵団?そして、反対派の貴族が失脚し、調査兵団はより自由に動けるようになる…ってこと?……そんな…じゃあ、ルフューは…私達の為に……?…そんな…っ…」

    ナイルが窓の方を見ながら、肩を震わせるハンジの言葉を止める。

    「無許可での爆発物の作成・所持・使用は犯罪だ。それに、市街地で爆発を起こせば、そこに暮らす住民達は当然不安に晒される。『ルフューは爆弾魔』、それは変わらないことだ…どんな理由があってもな。たまたま、その結果利益を被ったのが調査兵団だっただけだ…まぁ、その一番の邪魔者がお前らだったってのが、また皮肉な話だが」

    ナイルが、安らかに眠るルフューを見る。ルフューから目を逸らし、窓の外を見ていたリヴァイが呟く。

    「綺麗だな」

    ナイル達もつられて外を見る。
    全ての店の表の照明が落とされ、窓の外は薄暗い。その暗闇に、沢山の店の部屋の一つ一つから漏れる明かりが、まるで星のように浮かび上がっている。

    「ああ、綺麗だ」

    そう答えるエルヴィンだけは、目の前の旧友を見ていた。

    形の綺麗なルフューの唇が、少し笑ったように見えた。







  80. 80 : : 2014/03/24(月) 02:12:25






    「例の爆発事件を起こした民衆達の居場所は、大体こんなところよ、ナイルさん」

    「わかった。地上に戻ったら、すぐに捜査を行う」

    「もっとも、彼らの手元にはもう殆ど爆薬は残ってないでしょうけどね。あの3人が、全て使ってしまったから…今の彼らに出来るのは、嫌がらせの手紙を送り付けるくらいじゃないかしら」

    「だが、それを利用して兵団を攻撃する連中が居てもおかしくない…徹底して追及する」

    ナイルの言葉に、ヴァイゼは静かに頷く。

    「ヴァイゼ、君は、これからどうする?」

    エルヴィンに問われ、ヴァイゼは黙って首を振る。

    「マスターの所で預かってもらうというのは…?」

    エルヴィンの提案に、さっきより激しく首を振る。

    「…ねぇエルヴィン、この子、立体機動の素質がありそうなんだ。だからさ…」

    「なるほど…前例も無いわけではないし…」

    そう言いながらエルヴィンがリヴァイを見る。リヴァイは、キッと睨む。

    「俺は反対だ……次の壁外調査まで時間が無い今、地下から拾ってきたガキを兵団に入れてどうする?丁寧に訓練している時間は無ぇし、他の兵士も困惑するだろう……地下の人間は、お前らが思ってるより強かで逞しい。わざわざ巨人の餌になる道に引き入れることは無ぇ」


    今回の壁外調査では、一般兵達はかなりの危険に晒される可能性が高い。
    リヴァイは、わかっているのだ。この娘が、人類の進撃の為の『犠牲』になるかもしれない、と。
    そして、過去の自分と重ね、同じ苦しみを味あわせたくないと思っている。
    もっとも、彼女にはもう失うものはないのだろうが…。


    そんなリヴァイの気持ちを華麗に裏切る一言が響く。


    「入ります」

    ヴァイゼは、深い影を落とした瞳でエルヴィンを見る。

    「私は、調査兵団に入ります」

    こんなに、空虚な入団宣言をする新兵を初めて見た、とエルヴィンは思う。リヴァイは納得できないらしく、すぐに噛みつく。

    「てめぇ…調査兵になるってことの意味を解って言ってんのか?大体、立体機動の習得は簡単じゃ…」

    「立体機動なら、出来ます。ルフューさんから習いました」

    リヴァイの反論をさらりと躱す。

    「…君の勇気ある決断に、敬意を。ようこそ、調査兵団へ」

    エルヴィンが手を差し伸べる。白い手を重ねる。

    ヴァイゼは、ゆっくりと立ち上がり、フラフラと窓の方へ歩く。
    その先には、ルフューの落とした短剣が転がっている。

    ナイルがそれに気づき、止めようとしたが、遅かった。


    ヴァイゼは拾った短剣を首筋に押し当てるように構える。


    「これが、私の覚悟です」


    そう言うと、躊躇いなく引かれた剣が、ヴァイゼの細い首筋を走った。




  81. 81 : : 2014/03/24(月) 02:14:03
    やはり長いので、分けます…汗

    これが、最終話になります。

    第8話「光」。
  82. 82 : : 2014/03/24(月) 02:16:14
    8.光

     周囲を見渡すことの出来ない、森の中。短い髪を風に揺らしながら、特に役職も持たない調査兵の私はただ、一直線に飛ぶ。
     かつては観光地だったとされている、この巨大樹の森の中は涼しく、静かだ。
     だが、今ここは安全じゃない。むしろ…。

     そう思った瞬間、眼下に遺体を発見した。調査兵団の緑のマントを赤く染め、地面に転がっている。
     敗者、という言葉が相応しいのだろうか。背に翼はあろうとも、両手に剣を握っていようとも、彼らはもう息をしていない。彼らが身を削って磨いた戦闘技術も、彼らを突き動かしてきた熱い情熱も、全てが無為となった。
     それほどまでに、生死とは、明確な境界なのだ。
     だからこそ、私は行かなければならない。戦い抜き、息絶えたあなた達を、ただの敗者にしないために。
     レバーを握り込んで加速すれば、あっという間に遺体は見えなくなる。
     その時、静寂に慣れた耳に、高音が届く。音響弾だ。

    「あっちか…」

     先程の音のした方向へ進むと、地響きがどんどん近づいてきた。
     その先にあるのは、巨大樹の森の中央を貫く大きな道だ。草木が生えておらず、荷馬車が問題なく通行できる。そこにこそ、私のするべき仕事が、待っている。
    意を決して飛び出すと、女性のような体つきをした巨人が視界に入った。
     
     長距離索敵陣形が展開されて暫くし、陣形内に突然現れた、奇行種…いや、「女型の巨人」。さっき見た兵士の遺体も、こいつがやったのだろうか。
     それが今、6人の兵士達を追い掛けている。遠目ではあるが、兵士達の緊張が見て取れる。

     彼ら、特別作戦班を、正確には、エレン・イェーガーを死守する。
     それが、我々、一般兵の使命だ。

     女型のすぐ後ろを飛ぶ。わざと大袈裟に動き、注意を引く。


     さぁ、こっちを見ろ!!



     女型は、煩わしそうな表情を見せ、私の体を捕まえようとして手を振り回す。頭を空にして、とにかく避ける。
    女型の手が自分のすぐ傍を掠めた時の風圧から、その手がどれほど恐ろしい凶器なのかが計り知れてしまう。ならば尚更、こいつを特別作戦班に追いつかせるわけにはいかない。

     しつこく女型の周りを飛び回る。女型を倒すことではなく、注意を引くことに専念する私は、今までの兵士達と違って簡単には捕まえられないらしい。
     
    どこまで持つかわからないけれど、命のある限りはこいつの邪魔をしてやる。

  83. 83 : : 2014/03/24(月) 02:16:46

    高く舞い上がった時、特別作戦班の様子が目に入った。何かを言い争っているように見える。エレンらしき新兵が、変な動きをしていて、それを周りの班員が止めているようだ。

    何を、しているの…!?作戦に変更があったのか?それとも、まさか…エレンが兵団を裏切ったのか?
    もしそうなら、私は戦線を今すぐ離脱して、団長にこのことを報せなければならない。どうする…?

    必死に女型の攻撃を躱しながら逡巡していると、5人が一斉に、先頭を切って走る兵士長の方を見た。言葉は聞こえないけれど、何かを語っているらしい。

    今、特別作戦班にとって、大事な時なんだ。私と同じように、いつ女型に殺されるかわからない恐怖の中で、今自分が何をすべきか、何を出来るのか、悩んでいるのだろう。

    なら、私が出来ることは、これだ。
    女型を足止めして、彼らが結論を出すための時間を、少しでも長く作ること。

    ガスを全て使い切っても構わない。装置が壊れたって構わない。
    女型の目の前を最高速度で横切る。

    女型の足の動きが鈍る。よし、このまま…。

    そう思った瞬間、さっきまでとは比べものにならない速さで腕が振り抜かれた。何とか躱すけれど、女型の手が私のワイヤーに引っ掛かるのを見て、覚悟した。
     
     凄まじい速さで体が引っ張られる。そして、自分に向かって繰り出された、私の体と同じくらいの大きさの拳が、視界を埋める。

     体中の骨が砕ける音がした。痛い、というよりは、単純な強い衝撃に全てが揺れる感覚だ。


     そのまま私は堕ちていく。拳に打たれたせいで、私の体は女型の進行方向へと飛んでいく。脱力した体は九の字に曲がり、首が晒け出される。そこに彫られた、黒薔薇の入れ墨が光を浴びる。




  84. 84 : : 2014/03/24(月) 02:17:23



    私が最後に咲かせた『花』は、赤い華だった。
    赤い、血の華。

    でも、いいの。
    彼らはきっと、勝ってくれる。
    そして私の逝く先には、ルフューさんが居る。
     
     ルフューさん、ルフューさんの秘密は、私が守り抜きました。
     あなたの願い通り、あの世まで、持っていきます。



    ルフューさんは反逆者だった。調査兵団の裏の歴史にはそう残るだろう。きっと、表の歴史には、名前すらも残らない。


    けれど。
    ルフューさんが「反逆者」だと言うのなら、彼は何に逆らったというの?
    調査兵団?憲兵団?貴族?法律?王様?


    違う。


    彼は、「流れ」に逆らったんだ。
    巨人への勝利と、エレン・イェーガーという人類の希望に、皆が夢中になってしまっている、そんな「流れ」に。

    ルフューさんは気付いていた。
    本当の敵は、壁の中に居る。
    それは、エレンのように巨人化の能力を持った人間だ。
    でも、それよりもっと根深い所にいる、私達の敵はそれじゃない。


    王政だ。


    ルフューさんの起こした数々の事件の、本当の狙いは、中央憲兵を動かし、そこから王政の秘密を探ることだったんだ。

    もちろん、最初に動くのは駐屯兵団で、その次が憲兵団だ。ナイル・ドークが言った通り、その捜査のついでに調査兵団にとって不利益な貴族が消えるのも、もちろんルフューさんの計画だった。だけど、憲兵団にはルフューさんを捕まえられない。

    そして、憲兵団の手に負えなくなれば、きっと王政は中央憲兵を動かす。

    そんなことしなくたって、ルフューさんならエルヴィン・スミス達と協力して王政の秘密を暴けたかもしれない。でも、出来なかった。

    ルフューさんには命の期限があったから。時間が無かったんだ。

    そして何よりも、ルフューさんはエルヴィン・スミスを真の意味で愛していたから……きっと、巻き込みたくなかったんだ。

    エルヴィン・スミスが反逆者になることだけは避けたかったのだと思う。

    いつだったか、ルフューさんにエルヴィン・スミスのことを尋ねた時、スミスだけは真の敵の存在に気付いていると思う、と言っていた。詳しくは聞かなかったけれど、エルヴィン・スミスは昔、王政にとても大切なものを奪われたらしい。そして、その責任は自分にある、と考えていて、その真実を探るために調査兵団に身を置いているのだと。

    でも私は、それなら、遅かれ早かれ、エルヴィン・スミスは王政に逆らうのではないか、と思った。仮に調査兵団が巨人との戦いに勝利しても、王政との戦いは終わらないはずだ。

    そう言うと、ルフューさんは悲しそうに笑って、その通りだと言った。スミスはああ見えて優しいから、すぐに自分のことを否定してしまうから、反逆者にはさせられない、と。

    ルフューさんって、一途だと思った。


     でもそれなら、どうやって王政を倒すの?誰が倒すの?私達だけではいくら何でも不可能だ。最初、私にはそれがわからなかった。ルフューさんに尋ねても、あの笑顔のまま、考えてごらんなさい、と言われてしまった。馬鹿な私は、なかなか答えにたどり着けなくて、その埋め合わせをするつもりで、ルフューさんの為に力を尽くしてきた。


     だけど、今ならわかる。


     それは、『民衆』だ。

  85. 85 : : 2014/03/24(月) 02:18:01
    ルフューさんは、民衆を扇動して、王政を倒そうとしていたんだ。
    でも失敗した。

    結局、彼らは暴走してしまった。
    ナイル・ドークが懸念していた通り、彼らを王政が利用して、調査兵団を襲う日が来るかもしれない。

    その上、調査兵団とエルヴィン・スミスを巻き込んでしまった。
    きっと、それはルフューさんにとって、何よりも悔いを残す結果だったはずだ。


    けれど、私達は、中央憲兵の上層部の人間の顔と名前、指揮系統を知ることには成功した。そこに、ウォール教も関わっているということも。



    このことを、エルヴィン・スミスに伝えなくてよかったのか。
    このことを秘密にすることが、ルフューさんの最後にして最大の願いだったから、言わずに来たけれど、私個人は、実は今でも迷っている。

    いずれは反逆者になるであろうエルヴィン・スミス率いる調査兵団にとって、この情報は有益だったはずだ。もしかしたら、この情報を伝えることで救える命があるのかもしれない。それは、もしかしたらエルヴィン・スミスかもしれないのに。
     

    でも、私は、あなたを信じます。


     『このこと、スミスはまだ知らない方がいい』


     忘れられないくらい悲しそうな顔をしたあなたが辿り着いた、この辛い結論が、きっと正しいと。



    それに。
    ルフューさんほどではないけれど、私はエルヴィン・スミスのことも信じている。彼は、必要ならきっとこの情報を、いや、これ以上の情報を自力で掴むだろう。そしていつか、人類を真の勝利に導いてくれるはずだ。

    意識が薄れていく。これが、死なのだろう、と思う。
     そんな中で、まるで、私の思いに応えるように、人類の希望を背負った新兵の叫びが聞こえる。


    「進みます!!!!」



    …ありがとう。
    そうして、私は、ひかりのなかへと飛んでいく。



    (完)
  86. 86 : : 2014/03/24(月) 02:24:17
    以上です!!

    今まで応援してくださった方々、本当にありがとうございました…!!
    この作品を通じて、多くの方と出会うことが出来、本当にうれしかったです。

    この作品は、かなり思い入れが強く、それ故に、いざ書きだそうとすると筆が止まってしまうことがよくありました。
    また、オリキャラが出て来るということで、中には抵抗を感じる方もいらっしゃるのではないか、と思いつつも、どうしても形にしたい!と思いました。
    そこで、必ず毎日1話更新する、と宣言し、自分に枷を嵌めてみたりもしました。

    そういった意味で、私にとってとてもいい思い出になった1週間でした。


    さて、せっかくなので、蛇足を載せておきますww
    まあ、あとがきみたいなものだと思って戴ければ、と思います。
  87. 87 : : 2014/03/24(月) 02:27:25
    【蛇足】
    〇題名について
    「反逆者」は明確だと思うんですが、「花売り」は2つの意味を掛けてます。
    1つは、「花売り」は実在する隠語で、「春を鬻ぐ」という意味があるので、遊郭に関係するイメージ。
    もう1つは、単純に、「花」=「最もよい時期」という意味から、調査兵団にとって、この時期は何気に充実した日々だったのではないか、というイメージ。
    後は単純に、どちらも「は」から始まる言葉にして語呂を良くしただけです笑

    〇登場人物の名前について
    「クリーム」は、エルヴィンさんの台詞に説明を入れましたが、ルフューが色白であることと、犯罪、つまりcrime(罪)をもじって作ったコードネームです。

    「ルフュー(refus)」は、フランス語で「拒絶、拒否」の意味。
    現状を否定し、どこかで自身をも否定してしまっていた彼の境遇に合わせて付けました。

    「ヴァイゼ(Waise)」は、ドイツ語で「孤児」の意味。
    そのまんまですね笑

    ただ、進撃はドイツ人やフランス人の名前が多いような気がしたので、それにも合わせました。
    一応、エルヴィンさんにとっての「3人組」はナイルさんとルフュー、というつもりで書いてますw

    〇着想について

    前半・後半通じて繰り広げられた元兵長vs現兵長は、進撃実写化のお話についてTwitterで荒ぶってた時に、じゃあ進撃が総集編映画ではなくオリジナルストーリーで映画を作ったらどうなるのか、と考えた結果思いつきました。

    進撃は、原作の物語が一本筋が通っているので、原作には影響を与えないようなオリジナルストーリーが作りにくいのではないか、と私個人としては思うので…。

    ちなみに、前兵長が異様に女っぽいのは、進撃にオカマキャラが居ないのが寂しかったからです←

    泪飴は、オカマキャラ、凄く好きなんですよね^^

    女性陣まで男らしい進撃だからこそ、女性の心を理解できる繊細で変わり者の男子がいてもいいのではないか、と。笑

    ただ、今回は物語の方向性上、そこまでオカマスキル発揮できなかったので、また何か別の機会に生かしたいです←執念


    一方で、後半部分の着想は、ボカロ曲の「トキヲ・ファンカ」がきっかけでした。

    【Utattemita】トキヲ・ファンカ(TOKIO FUNKA) Ver.杏ノ助(Kyounosuke)

    https://www.youtube.com/watch?v=Ltfvw5jF3gI&feature=youtu.be

    上記の動画を見て、完全にこの曲自体にはまってしまいまして、日々妄想に勤しんでおりましたところ、こうなりました。
    遊女に女装したリヴァイさんがなんやかんやでモブリで、からのなんやかんやでミケリやらエルリやらでめっちゃ愛されればいいと思ってたんですが←おい

    何か、あまりにもルフューやヴァイゼと地下遊郭の相性が良かったし、原作にはない雰囲気が出るかな?とかいう出しゃばった考えからこんな感じに纏まりました。

    一応ミカサさんの過去にも、東洋人の人身売買の話が出てましたし。

    ただ、どんなオリジナル設定でも、今回は(←ここ重要)原作からかけ離れるのは嫌だったので、最後はきちんと原作に繋がっていくようにしました。

    〇続編…?

    本作の中に登場させた、「暴走した民衆」。
    これは、原作に登場した、兵長達を襲撃した「彼ら」を想定して書いているんですが、今度、この人達と調査兵団の関わり合いを描いた小説を書きたいなあ、と密かに思っており、わざと細かい設定まで触れましたw
    いつ書くかわかりませんが、もし、泪飴の作品をこれからも読み続けてくださる方がいらっしゃるならば、そのうち作品の中で、彼らと再会できるかもしれませんww
  88. 88 : : 2014/03/24(月) 02:28:42
    そろそろ自分でも何を書いているのかわからなくなったので、一度ここで切ります。


    そして、何度言っても言い足りない気がする、この言葉を、最後に。



    本当に、ありがとうございました!
  89. 89 : : 2014/03/24(月) 23:14:10
    初めまして!
    なんだか、すごく惹き込まれるお話で読んでいて時間が過ぎるのを忘れていました!
  90. 90 : : 2014/03/24(月) 23:27:36
    さすがでした!888888888888←拍手

    また次回を楽しみにしています♪
    ホント、引き込まれるし描写が想像できました!
  91. 91 : : 2020/10/06(火) 15:30:40
    高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
    http://www.ssnote.net/archives/80410

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    害悪ユーザー提督、にゃる、墓場
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    害悪ユーザー墓場、提督の別アカ
    http://www.ssnote.net/archives/81774

    害悪ユーザー筋力
    http://www.ssnote.net/archives/84057

    害悪ユーザースルメ、カグラ、提督謝罪
    http://www.ssnote.net/archives/85091

    害悪ユーザー空山
    http://www.ssnote.net/archives/81038

    【キャロル様教団】
    http://www.ssnote.net/archives/86972

    何故、登録ユーザーは自演をするのだろうか??
    コソコソ隠れて見てるのも知ってるぞ?
    http://www.ssnote.net/archives/86986

    http://www.ssnote.net/categories/%E9%80%B2%E6%92%83%E3%81%AE%E5%B7%A8%E4%BA%BA/populars?p=51

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tearscandy

泪飴

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